ハリーポッターと機関銃 (グリボーバルシステム)
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賢者の石
case 00 The Boy who Lived 〜生き残った男の子〜


初投稿です
よろしくお願いします!


ヴォルデモートによる支配の終わったその年。

ホグワーツ魔法魔術学校の一室で予言者はひとつの予言をしていた。

 

 

『闇の帝王の復活と共に更なる闇がこの世を覆う。災いを引き起こす源は我々とは相違する英知とそれをもたらす者にある。しかし、引き起こすのは災いのみならず。闇を払う力も同時に教示する存在と彼はなるであろう』

 

 

 

 

「ハァ………ハァ………」

 

 

暗闇を一人の男が走る。

 

その男を追うようにしてもう一人の男が後を追っていた。

 

追っている方の男は“義眼”である。

 

 

「“インカーセラス 縛れ”」

 

「うあっ」

 

 

義眼の男が呪文を唱えると、どこからともなく現れた縄が逃げていた男を縛り上げる。

 

縛り上げられた男はどうっと地面に倒れこんだ。

 

 

「観念しろ。お前らが崇めていた闇の帝王はたった1歳の赤子に倒された。お前の戦う理由はもうない」

 

「そのことは………すでに知っている。いや、そうなる運命にあることも知っていた」

 

「何?」

 

「闇の帝王はこの世から消えたわけではない。まだかろうじて生きている。まあ、あの状態で生きていると表現するのはどうかとも思うが………」

 

「生きている……だと?戯言を」

 

「近い将来、あの方は復活する。これは規定事項だ。故にその時まで私は死ぬことが出来ない。その点、アズカバンの中は安全……とも言える」

 

「お前は………」

 

「そうだ。私はアズカバンに行くことを望んでいた。あそこまで私の命を狙いに来る人間は存在しないからな」

 

「血迷ったか貴様」

 

「私は至って正常だよアラスター。お前も時が来れば分かるようになるさ。魔法界全体に及ぶ災いが何なのかを………」

 

 

 

 

Case00 ・The Boy who Lived

 

1991年8月

 

クウェート

 

 

 

周囲に生きている人間はもう存在していなかった。

 

立ち上る煙の合間に見え隠れするのは良く知る人間たちの亡骸だ。

 

 

ーすべてを破壊された

 

街も

 

生活も………

 

 

 

がれきの山に一人生き残った俺自身の命も風前の灯火。

 

 

迫ってくるイラク軍の足音がまるで死へのカウントダウンだった。

 

 

手に持つ小銃の握把を握る手に力が入る。

 

 

ー俺たちの生活に土足で入り込んで全てを踏みにじった連中に一矢報いてやる。

 

 

既に何百の人間をこの手で葬り、そして多くの仲間を失った。

 

この世に未練は無い。

 

望みはただ一つ。

 

 

 

この理不尽に抗って死ぬこと!!!!

 

 

 

身を潜めていた瓦礫から飛び出し、ここへ向かってきていた敵兵士へ銃口を向ける。

 

 

 

突然飛び出してきた少年兵に驚いた様子の十数名の敵兵士は急いで持っていた銃を構え、迎撃しようとした。

 

「うらあああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 

感情に任せて引き金を引く。

 

同時に敵兵士たちも一斉に引き金を引いた。

 

 

 

交差する無数の銃弾。

 

自分に向かってくるそれらの銃弾が最後の記憶になる。

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

 

死を覚悟して目をつむったが、いつまでたっても痛みが訪れないことに疑問を感じて目を開ける。

 

 

「死んだ…………のか?いや、これは!!」

 

 

 

 

 

目を開けた瞬間に飛び込んできた光景に彼は驚愕する。

 

 

「銃弾が…………」

 

 

 

発射された銃弾が空中で静止していたのだ。

 

 

まるで魔法によって時間が止められてしまったように……

 

 

それだけではない。

 

敵兵士が例外なく倒されていた。

 

 

「し……死んだのか?」

 

「死んではおらんよ。意識を失っているだけじゃ」

 

 

声のした方を振り返るとそこにはこの場に似合わない服装の老人が立っていた。

 

 

 

 

銀色の長い髭。

 

半月眼鏡。

 

ゆったりと長いローブ。

 

 

こんな格好の戦闘員が存在するはずがない。

 

 

「ああ………。夢か」

 

「残念ながら夢でもないのう」

 

「そんな恰好で戦う奴は敵にも味方にもいない。それよりも、コレだ。この宙に静止する7.62ミリ弾は何なんだよ!!!」

 

 

宙に浮かぶ無数の7.62×39ミリ弾を指さして少年は叫ぶ。

 

 

「こんな魔法みたいなこと………夢じゃなきゃ起こらないだろ」

 

「ああ、そうじゃな。魔法みたいではなく、魔法はな」

 

ほっほっと愉快そうに笑う老人。

 

(目を見ればわかる。この老人は戦闘においては熟練だ。しかし、その眼からは戦闘に酔った狂気が伺えない。伺えるのは優しさと……哀しさ?)

 

「ふむ。どうやら君は開心術の才能があるようじゃの」

 

「かいしん……???」

 

「自己紹介が遅れたようじゃ。わしはアルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア。ホグワーツ魔法魔術学校というところで校長をしておる」

 

「は? 魔法?」

 

 

 

(こいつ……いかれているのか?いや、しかし、ほぐわーつという単語には聞き覚えがある)

 

「エスペランサ・ルックウッドよ」

 

「俺の名前を知って!?」

 

「端的に言おう。君は魔法使いじゃ」

 

 

 

何が何だかわからない。

 

魔法?

 

俺が魔法使い?

 

寝言は寝て言え………

 

しかし、空中で静止する銃弾。

 

一瞬で無力化された敵の一個小隊。

 

 

 

これがすべて魔法によるものなのだとすれば辻褄は合う。

 

 

 

「いや、そんな馬鹿な事があるはずない。だいたい、俺が魔法使いだったら……。俺はこんなことになる前に敵を殲滅出来ているはずだ」

 

「魔法使いも訓練をしなければ魔法を自由自在には使えん。しかし君は、身に覚えがあるはずじゃよ? 自分が魔法を使ったことを………。君が何かを望んだ時に不思議なことが起こったはずじゃ」

 

 「………………」

 

 

確かにそうだ

 

突然の空爆、機銃掃射、小銃のクロスファイアに晒されながら傷一つなく唯一生き残ったことは奇跡に他ならない。

 

戦闘が始まってから数十日間、撃ち合いを何度もしたが自分の方へ銃弾が飛んでくることはなかった。

 

そして、自分の撃った弾は不自然なほどに敵に命中した。

 

 

 

「あれが、魔法………。魔法で俺は敵を殺していたのか?」

 

「考え方は人それぞれじゃ。君は魔法で自分や周りの人を守っていたともいえる」

 

「人殺しを自分の学校に勧誘しに来るとはあんたも変わり者だろ」

 

「よく言われるのう。ボーリングを趣味とする魔法使いは変わり者と思われるようでの」

 

「???」

 

「それはともかくとして、じゃ。君は身を置いていた環境が特殊過ぎる。確かにホグワーツの理事の中には君を入学させるべきではないとする意見も存在はしていたが、魔法使いをマグル……ああ、非魔法族のことを我々はマグルと呼んでいるのじゃ。マグルの戦場の中に魔法使いを放置しておくというのは我々魔法界にとって危険極まりないことでの。やはり入学させるべきだと思ったんじゃ」

 

「危険?」

 

「そう。危険なのじゃ。魔法界はマグルに存在をばらさないように日々努力しているからのう」

 

「なぜ隠す必要があるんだ? クロスファイアを一瞬で止めて、一個小隊を無力化出来る魔法を持ったあんたたちが、非魔法族から身を隠す必要がどこにあるんだ? やりようによっては魔法で世界征服だって出来るだろうに………」

 

「11歳にしては良く頭が切れるようじゃの。ふむ。確かに魔法は極めれば君たちの世界を従えることも出来るかもしれん。現にそうしようとした魔法使いが少なくとも3人はおる」

 

 

複雑な表情をしながらダンブルドアは語る。

 

 

その眼からは様々な感情が読み取れた。

 

「しかしじゃ。君がそうしたように。君たちは突然やってきた征服者に抗うじゃろう。そして、その結果、双方に血が流れる」

 

 

「確かにそうだ」

 

「互いに知らない方が幸せ……ということもあるのじゃよ」

 

「理解はした。それと入学についても受け入れる。その……ほぐわーつとやらに」

 

「うむ。我々は君の入学を歓迎しよう。入学に必要なものや、移動方法は魔法省から移動キーが…………」

 

「ただ一つだけ頼みがある」

 

「聞こうかの」

 

「あんたは、魔法が使える。それならば…………」

 

「君の親しい者たちを生き返らせてほしい……という頼みじゃったら、答えはノーじゃ」

 

「なっ!?」

 

「万能な魔法も人の死を克服することは出来ぬ。そのような魔法はおとぎ話のなかにしか存在しないのじゃ」

 

「………………」

 

「しかし、人を死の淵から救うことは可能じゃ。君がそれを望むのなら。ホグワーツでは救いを求めたものにそれが与えられる。君は魔法の素質を持っておる。その素質を活かして、人の命を奪うためではなく、救うために魔法を使いたいと思うのなら………これに触れるとよい」

 

「これは?」

 

 

ダンブルドアが持っていた木の棒を振り、どこからともなく取り出したのはただの空き缶であった

 

 

 

「これは移動キーと呼ばれるものじゃ。これに触れれば英国のロンドンに移動することができる。中東に魔法学校が無いわけではないが、君の国籍は一応英国になっておるからの。入校は英国にある魔法学校となったのじゃ。この移動キーに触れて我々の世界へ来るかは、君次第ということじゃよ………」

 

 

戻るべき故郷も、守るべき仲間も失った今。

 

自分に残された選択肢は

 

 

 

前に進むことだけだった。

 

 

 

そっと空き缶に手を添える。

 

 

「ようこそ。魔法界へ」

 

 

そう言ったダンブルドアの瞳からは優しさしか感じ取れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回はここまでとなります。


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case 01 Come into contact with him 〜接触〜

2話の投稿です!


英国某所

 

 

 

 

暗い部屋で2人の男が喋っている

 

「ついに今年、彼が向こうの世界に入ります」

 

「11年前から計画していたこの計画の最初のフェイズ。上手くいけばこの国の在り方。いや、我々の世界の在り方が一遍に変わる」

 

「湾岸戦争での我が方の被害を考慮しても、やはり、この計画は成功させるべきですね」

 

「ああ。我々の時代はここからはじまる」

 

 

二人の手元にはひとつの冊子が置かれていた

 

その表紙には『AM計画 オーバーロード作戦』と表記されている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Case01 come into contact with him

 

 

魔法学校への交通手段が汽車というのは如何なものなのだろうか。

 

ホグワーツ特急と呼ばれた蒸気機関車のコンパートメント内でやたらと重いトランクの中身を確認しながらエスペランサ・ルックウッドはそんなことを思う。

 

イギリスがまだ科学技術において世界一を誇っていた時代に開発された科学技術を代表とする蒸気機関を科学とは無縁の魔法界が使用しているのは妙に現実的だ。

 

長期保存のためにトランク内に収められた黒光りする物に油を染み込ませ終え、エスペランサは一息つく。

 

魔法界に身を投ずるにあたり魔法界に関する知識は一通り網羅してきたが、今まで自分が居た環境とは全く違う環境に戸惑いを隠せないのもまた事実であった。

 

 

入学用品を買いにダイアゴン横丁を訪れた際も魔法の世界に驚いたものだ。

 

だが、それ以上に驚いたのはこの世界の平和さである。

 

非魔法族(マグル)の世界では連日、湾岸戦争に関するニュースが報じられているというのにこっちの世界では戦争のセの文字もない。

 

物騒な事件が起きたとしてもせいぜい銀行破りやドラゴンの密売くらいだ。

 

銀行強盗なんてマグルの世界では日常茶飯事だし、密売はもっと多い。

 

 

 

「平和だな。こっちは………」

 

 

エスペランサは脱力して呟く。

 

 

イラクのクウェート侵攻をきっかけにはじまった戦争は湾岸戦争(ガルフウォー)と名づけられた。

 

米国を中心とした多国籍軍による「砂漠の盾作戦」によって3日でクウェートは奪還された。

 

巡航ミサイルや戦略爆撃機を使った一方的な戦闘に地上のイラク軍はなす術もない。

 

多国籍軍の戦闘による死亡者はわずか300であったのに対し、イラク軍は8000人以上の死者を出した。

 

そして、兵器の性能差が現代戦闘においていかに重要かを、世界中がメディアを通すことによって知ることとなる。

 

 

 

1991年2月にはイラク軍はクウェートから撤退した。

 

久々に訪れた平和を味わっていたエスペランサたちであったが、敗走したイラク軍の一部生き残りで編成された非公式の武装組織が“あの日”、突如として襲い掛かってきたのだ。

 

目的は略奪ー

 

非公式の武装組織といえど、充実した武器を持ち、部隊編成もしっかりとされている。

 

平和を謳歌していた一般市民はあっけなく殺されてしまった。

 

湾岸戦争前に傭兵であったエスペランサをはじめとした若干名の人間が立ち向かったが焼け石に水だった。

 

市民もともに戦った仲間も全員蜂の巣に………

 

そんな中で彼はダンブルドアと出会ったのである。

 

 

自分の故郷を、生活を奪った理不尽な暴力に復讐するために魔法を学ぶ。

 

それが彼の魔法界に来た理由だった。

 

 

(しかし、魔力と言う力を手にしたとしても失ったものは戻ってこない。一人生き残った俺がすべきことはこの魔力を利用してあの地獄を二度と作らないことにある)

 

 

 

少し感傷的になった時にエスペランサのいるコンパートメントの扉が開いた。

 

 

「ここ空いてるかい?」

 

見れば青白い顔をしたブロンドの髪の少年がコンパートメントの入り口に立っている。

 

そしてその後ろには、ブロンドのボディガードのようにしてゴリラを人間にしたような少年が二人立っていた。

 

「ああ。いいよ」

 

ゴリラを二匹入れたらコンパートメントがだいぶ狭くなりそうだったが、とりあえず了承することにした。

 

何より同年齢の子供と会話をしたことがあまり無い彼にとって気軽に話しかけてきたブロンドの少年たちは大変ありがたい存在であり、無碍にすることも出来なかったのである。

 

3人の少年はズカズカとコンパートメント内に入ってきて椅子に座る。

 

全員が座ってからエスペランサは自己紹介をはじめることにした。

 

 

「俺はエスペランサ・ルックウッド。国籍は英国だけど訳あって中東のほうにいた。特技は銃の分解結合」

 

「?? 僕はドラコ・マルフォイ。マルフォイ家と言えば君もわかるだろう?聖28家に記された正当な血統の」

 

「ああ。こっちじゃ血統を重んじる風潮があるんだったな。オッケー。覚えた。マルフォイだな」

 

 

教養がないとやっていけないと思い、彼は英国魔法界の風潮などについて予習をしていた。

 

英国魔法界では血統主義が未だに根強く残っており、少なからず差別が存在するらしい。

 

 

 

「こっちがクラッブとゴイルだ」

 

「「………………」」

 

(無口なゴリラ1号と2号か。重戦車みたいだ)

 

 

マルフォイ少年は腰ぎんちゃく2名の紹介をするが、当の本人たちは何もしゃべらない。

 

そんなことは気にもせずマルフォイ少年はしゃべり続ける。

 

 

「ルックウッド家と聞いてすぐわかったよ。ルックウッド家と言えば由緒正しい血統だ。まあマルフォイ家ほどではないけど。純血同士仲良くしよう。君はもちろんスリザリンだろ?」

 

「たぶん人違いだ。親についての記憶は曖昧だが、俺は魔法とは縁のないところに居たからな。まあ、実際のところマグル出身か魔法族出身かも不明だ。そもそもこの間までマグル社会にいたしな」

 

「マグル社会に?冗談だろ?」

 

多少馬鹿にしたようにマルフォイが鼻で笑う。

 

(こいつ、俺がマグル出身かもしれない可能性を提示したとたんに侮蔑したような表情をしやがった。しかし、このブロンドの目から感情を読み取ることは出来ない。心を閉ざしているのか?)

 

 エスペランサは長い間特殊な環境に身を置いていたため目からその人間の感情を読み取るのが得意となっていた。

   

 ダンブルドア曰く開心術というらしい。

   

 実際、彼は目から読み取れる感情の変化から敵兵の動きを予測し、生き抜いてきた過去もある。

   

   

「君もホグワーツに入校するのなら家柄と血統については知っておくべきだ。もっとも、マグル出身は入校するべきではないと思うがね。マグル出身の入学を許すダンブルドアには父上も閉口しているよ」

 

「父上?」

 

「ああ。僕の父上はホグワーツの理事長をしていてね。魔法省でも発言権を持っている。あのコーネリウス・ファッジでさえ………」

 

 

それから十数分間、エスペランサはマルフォイ少年の自慢話に行き合わされる羽目になった。

 

「ハリーポッターを見てくる」と言い残してマルフォイら3人がコンパートメントを後にすると、ようやく彼は解放された。

 

 

マルフォイたちがいなくなった後、エスペランサはトランクから“ある物”を取り出す。

 

それはマグルの世界で“拳銃”と呼ばれる物であった。

 

実際、ホグワーツ魔法魔術学校と言う場所がどの程度、治安の維持を出来ているかわからないため(もっとも、ダンブルドアのような人間の指揮する英国の学校法人が無法地帯と言うことは無いだろうが)護身用の武器は持っておこうと思い、裏ルートで幾つかの装備を持ってきていたのだ。

 

 

弾倉に7発の11.4ミリ弾を装填し、スライドを前後させ、初弾を送り込む。

 

その後、再度、弾倉を銃本体から抜き取り、もう一発の弾丸を装填した。

 

 

(これでいつでも戦える………)

 

 

コンパートメント内で2、3回射撃姿勢を取ってみる。

 

 

「久々だな。この感覚…………」

 

 

握把を握った時の感覚。

 

ツンと鼻を突く油のにおい。

 

ズシリと重たい鉄の塊が、地獄のような戦場を思い出させる。

 

銃を構えることで、彼はここ何週間かの平和ボケした頭を切り替えさせた。

 

 

 




以上です。

ちなみに主人公が持っている銃はM1911と言う設定です。


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case 02 The sorting hat 〜組み分け帽子〜

3話目です。

お気に入り、UAありがとうございます!!!!


case 02 the sorting hat

 

 

 ホグワーツには4つの寮があるらしい。

 自分の入学する学校がどのような学校なのかくらいは知っておこうと思い、エスペランサはホグワーツに関する文献を読み漁った。

 学校創設の過程や、卒業生の功績、寮の特性などなど……。

  

 グリフィンドールは勇敢、スリザリンは狡猾と言う具合に個人個人の性格や血統などでいずれかの寮に振り分けられるらしい。

 もっとも、各寮の人数調整の関係上、必ずしも勇敢な学生がグリフィンドールに入るというわけではない。

  

 エスペランサにとっては組み分け自体は割りとどうでも良いことであったので大して気にしていなかったのだが、他の生徒は違うようだった。

 例えば、ホグワーツ城へ向かう途中のボートに一緒に乗り合わせたロナルド・ウィーズリーという赤毛でのっぽの少年はやたらとグリフィンドールに入りたがっていたし、例のマルフォイ少年はスリザリンを熱望していた。

 ボートの上ではどの学生も組み分けの話ばかりしていた。

  

 

 やがて、ボートが進み、湖畔に浮かぶ宝石のようなホグワーツ城が見えると、生徒は全員息を呑んで感動したものだ。

 無論、エスペランサとて例外ではない。

 口の中が砂利つく戦闘地域に長年居た彼にとって、ホグワーツ城のような絶景は新鮮だった。

  

「綺麗だな。こんな景色は生まれて初めてだ」

 

 彼はそう独りでに呟いた。

 

  

 

  

ーーーーーー  ---------  ---------

 

 

 

 ボートはやがて城の船着場に着いた。

 生徒たちはボートから降り、ハグリッドと呼ばれた巨大な人間に案内されながら城の内部に足を進める。

 城は中世に建てられたような古めかしいもので、現代の文明の利器が一切存在しない。

 コンセントも蛍光灯も一切無しだ。

 照明は全てランプか松明である。

 エスペランサが身を置いていた場所も、アメリカや英国の都市に比べたら文明が発達していたとは言えないが、それでも電気やガスなどは整っていた。

 魔法族はこんな生活でよく不便しないものだと彼は感心していた。

  

 一行はどんどん場内に進みやがて大広間につながる扉の前にたどり着く。

 

 

 大広間につながる大扉の前に初老の教師と思われる魔女が立っているのが見えた。

  

 

「マクゴナガル先生。イッチ年生をつれてきました」

 

「ご苦労様ですハグリッド。ここからは私が預かりましょう」

 

 

マクゴナガルと呼ばれた女教師は新入生の前に出てくると組み分けの儀式の説明をはじめた。

 

 「大広間の席につく前にあなたたちは組み分けの儀式を行わなくてはなりません。寮は4つあります。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、そして、スリザリン。あなたたちのした良い行いは各寮の点数となり、学期末には最高得点をとった寮に寮杯が与えられます」

 

 簡単な寮生活の説明であったが、その説明の中には組み分けをどう行うかの説明が含まれていなかった。

 そのことが新入生を不安とさせる。

 

 

「いったいどうやって寮を決めるんだろう?」

 

「試験みたいなものだと思う。フレッドはトロールと戦わされるって言ってたけど、多分嘘だ」

 

 

 赤毛のウィーズリー少年が不安げな表情を浮かべる黒髪のメガネをかけた少年と話している。

 

 (魔法生物と新入生を戦わせることで個人の性格や技量を見るという試験を行う可能性は十分にある。だが、俺はまともに魔法も使えないし、持っている武器は拳銃1丁のみだ。何をしてくるか分からない魔法生物相手に拳銃が通用するだろうか………?)

 

 組み分けの儀式が仮に「魔法生物との戦闘」であったときのことを考え、エスペランサはあらゆる戦闘プランを考える。

 元々、傭兵時代から作戦の立案を担当してきた彼はこういったプランを考えるのが得意ではあったが、魔法生物相手の戦闘は行ったことが無い。

 横で覚えてきたのであろう呪文を復習するようにブツブツと言っている女子生徒を尻目にエスペランサは戦闘に必要な“道具”の準備を行い始めていた。

 

 

  

  

 エスペランサが戦闘の準備を終えるころ、マクゴナガル教授は大広間の扉を開けて、新入生に大広間へ入るよう指示をした。

  

 それまで緊張した面持ちであった新入生は大広間の光景に圧倒される。

 中には歓声を上げる生徒すら存在した。

 

 何千と言う蝋燭が宙に浮かび、4つの長机を照らしている。

 4つの長机には各寮の上級生と思われる生徒がずらりと座りっていた。

 その間を縫うように数百のゴーストがひしめき合う。

 そして、天井は満天の星空で満たされていた(この星空に関しては魔法がかけられているだけなのだと秀才風の女子生徒が独りでに言っていた)。

  

 大広間の突き当たりに置かれた机の上には古ぼけた帽子がひとつ置かれている。

 

 

 (あんなものと戦うのか?)

 

 

 てっきり巨大なドラゴンだとか、オークと戦闘を行うのだろうと思っていたエスペランサは拍子抜けする。

 しかし、魔法生物に関する知識が無い以上、油断は禁物だと思い直し、ローブの懐に隠し持っていた拳銃を取り出す。

  

 そんな時だ。

 帽子の縁の破れ目が口のように動き、歌い始めたのは。

 

 

 「は?あれ喋るのかよ!?しかも、歌うのかよ!」

 

 

 喋る帽子という奇妙なものを目の当たりにして彼はつい声を出してしまう。

 さらに彼は帽子の歌った歌の内容にも驚いていた。

 

 帽子の歌った歌の内容は主に各寮の特色の説明のようなものであったが(しかも、なぜかスリザリンが微妙にネガキャンされる内容の)、歌詞の最後のほうに組み分けの方法が含まれていたのである。

  

 

「組み分けって、帽子と戦うんじゃないのか………。まあ、冷静に考えたら当たり前のことだけど」

 

 「なんだよ!フレッドのやつトロールと戦うなんて嘘じゃないか!」

 

 「でも全員の前で組み分けするのは………」

 

 

 試験が“帽子をかぶるだけ”だと分かり殆どの学生は安堵していた。

 エスペランサも取り出していた拳銃に安全装置をかけ、懐にしまった。

  

「今からABC順に名前を呼びます。呼ばれたらここへ来て帽子をかぶるように!」

 

 マクゴナガル教授が生徒をABC順に呼ぶ。

 

 ハンナ・アボット、スーザン・ボーンズ、テリー・ブート…………

 

 エスペランサの姓はRokewode(ルックウッド)であるから最後のほうだ。

 名前が呼ばれるまでの間、彼は各寮の雰囲気を観察していた。

 

 活気があり、陽気そうであるが、同時に精神年齢の低そうな者が多いのがグリフィンドール。

 辛気臭く、暗いが落ち着きのあるスリザリン。

 頭でっかちが多そうなレイブンクロー。

 ボーっとしていて戦場で部隊から置いていかれそうなハッフルパフ。

 

 赤毛のロナルド・ウィーズリーや秀才気味のハーマイオニー・グレンジャーなどはグリフィンドールに入り喜んでいる。

 マルフォイやその腰ぎんちゃくはスリザリンに組み分けされた。

 

黒髪でメガネをかけたハリー・ポッターという少年の組み分けは予想以上に長引いた。

 ハリーという少年が名前を呼ばれた瞬間に大広間はざわついていたが、組み分け帽子が長考に入ると静かになる。

 エスペランサはあまり知らないが、ハリー・ポッターという子は英国の魔法界では英雄らしい。

 かつて英国を恐怖のどん底に陥れたヴォルデモートという魔法使いをたった1歳で打ち破ったのだそうだ。

 1歳にして闇の魔法使いを倒す程の存在なのだからさぞ強そうな見た目をしているのだろうとエスペランサは思ったが、彼は栄養失調を疑うほどに痩せていた。

  

 

(あんな子供が英雄? というか1歳に負ける闇の魔法使いに支配される英国魔法界の治安維持能力には不安しか覚えられないな)

 

 

 エスペランサはヴォルデモートという人物がどのような強さを持っていたのかを知らない。

 おそらく独裁国家の独裁者やテロ組織のリーダーのような存在ではないのかと勝手に想像している。

 恐怖政治を行ったロベスピエールやファシズムを掲げたムッソリーニなどである。

 

  

 やがてハリー・ポッターはグリフィンドールに組み分けされ、グリフィンドールからは今までに無い歓声が上がった。

 赤毛の双子は「ポッターをとった!」と騒いでいるし、他の生徒もみな立ち上がって喜んでいる。

  

  

 ハリーの組み分けの後、数人の組み分けが終了し、いよいよエスペランサの組み分けが始まった。

 

 

「エスペランサ・ルックウッド!」

 

「はっ!」

 

 

 マクゴナガル教授の名前を呼ぶ声が、かつて傭兵だったころの上官の声とかぶり、ついつい硬い返事をしてしまう。

さっさと組み分けを終わらせてしまおうとエスペランサは小走りで帽子のところまで行き、それを被った。

 

「むむっ。これはまた難しい子が来た」

  

組み分け帽子が言う。

 

「難しいとは?」

 

「私は被った人の思考を読み取れるのだが、君のような思考の子供は珍しい」

 

「と言うと?」

 

「子供の思考は純粋だ。汚れを知らない。しかし、君は………」

 

「まあ、あんな地獄を経験してきたからな………。つい数週間前まで人殺しをしてきた子供が純粋なわけが無い」

 

「大抵の人間は過去に起きた辛いことや苦悩を忘れようとして、心の奥底に封じ込めようとする。だが、君の場合は逆だった。頭を覗いた瞬間に、君の苦悩が私に襲い掛かってきたよ」

 

「俺はあの地獄を忘れるわけにはいかないからな。あの戦場で犠牲になった仲間の死を俺は忘れはしない。そして………」

 

「君の体験したような恐ろしい出来事がもう起こさないために、魔法を学びに来た……と?」

 

「そうだ。折角、魔法という力を手に入れたんだ。この力を最大限に利用して理不尽に襲い掛かる暴力をこの世から滅ぼしてやる。テロリストだろうが、闇の魔法使いだろうが、一人残らず俺が倒す」

 

「それが死んだ仲間に対する弔いであると?」

 

「ま、そういうことだ」

 

「なるほど。君は力に対し貪欲だ。力を欲し、そして、それを利用とするならばスリザリンが適している。しかし、君の心にあるのは“闇”に対する憎悪。君のような生徒を二人ほど知っている。一人は悪の道に走り、一人は光の道へ走った」

 

「……………………」

 

「ふむ。君の力を最大限に活かせるのはスリザリンだ。しかし、世界を君の望む方向に変えたいのであるならば…………グリフィンドール!」

 

「………その寮で俺の求める力は得ることが出来るか?」

 

「それは君次第だ」

 

「なるほど。感謝します」

 

 

 ハリーほどではないがエスペランサは拍手でグリフィンドールに迎えられた。

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが、グリフィンドールの寮に向かう最中でクソ爆弾による爆撃をしてきたピーブスというポルターガイストの腕をM1911で撃ち抜いたことにより、エスペランサはマグル生まれの学生から恐れられるようになってしまった。

「クソ爆弾の形状が手榴弾に酷似していたのが悪い」、「自分は他の生徒の命の危険を感じたから行動したのだ」と、M1911を没収しようとするマクゴナガル教授に彼はそんなことを言いながら抵抗した。

 

 

 

 




子供が拳銃を撃つと反動で腕が後ろに吹っ飛ぶらしいですね。


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case 03 Mass production of weapons 〜武器開発〜

3話目です。

UA、お気に入り、コメントありがとうございます!!!





case 03 Mass production of weapons

 

入学から一週間は多忙な日々であった。

 

142もの階段(しかも動く)に惑わされつつ授業へむかうわけであるが、その道中には行く手を阻む障害が多数存在した。

だまし階段、偽物の扉、ピーブス(初日のことがあってエスペランサにだけはいたずらを控えているようだ)、ことあるごとに生徒を地下牢で拷問しようとする管理人のフィルチなどなど。

それらの障害を物理的に排除しつつ教場にたどり着いた後はやたら難しい授業を受けなくてはならない。

今の今まで勉学というものに無縁だったエスペランサにとって授業は苦痛でしかなかった。

 

しかも、彼は魔法の才能というものが皆無らしかった。

 

呪文を使う授業ではいくら杖を振っても魔法が発動しなかったし、薬草学や魔法薬学では他の生徒と同じ手順を踏んでも必ず失敗した。

それに加えて、彼の教師からの評価は最悪とも言われていた。

スプラウト先生の薬草学では高性能火薬の代わりになりそうな薬草をこっそり盗もうとしたことがばれてグリフィンドールから5点減点される始末(この際にハーマイオニーから叱責される羽目になった)。

ゴーストであるビンズ先生の魔法史は単調な授業をひたすら板書する授業であったが、エスペランサは終始銃の整備をしていた(そのせいで教場はつんとする油の臭いに満ちることになった)。

 

唯一、人並みに出来た教科がフリットウィック先生の呪文学である。

エスペランサは銃や弾薬の量産に魔法を使用していたので(“ジェミニオ そっくり”という魔法は弾薬の量産にはとても便利であった)、妖精呪文は割と出来たのである。

 

それとは対照的にマクゴナガル先生の変身術は悲惨であった。

「いい加減な態度で授業を受けた学生は追放します」と授業の最初に言われたので机の上に広げていた油やブラシ、銃口通しといった銃整備道具をカバンにしまい込み彼は珍しく真面目に授業を受けた。

マクゴナガル先生が黒板に書いた複雑な理論を板書したのちにマッチ棒を針に変えるという実技がはじまる。

理論が複雑なだけあって呪文を唱えて杖を振るだけではマッチ棒は何の変化も起こさなかった。

 

 

「そもそもあんな複雑な理論を理解しないと使えないとか。魔法も不便なもんだな」

 

「あ、見て。マッチ棒の先っぽが少し銀色に」

 

「へー」

 

 

周りの生徒もさっぱり出来ないようだった。

唯一成功させたのはハーマイオニーらしい。

その様子を悔しそうに見ているロンの傍らでエスペランサはマクゴナガル女史に助言をもらっていた。

 

 

「理論は難しいように見えて意外と単純なものです。変身術に必要なものは変身後の姿を想像することにあります」

 

「なるほど。イメージしたものを具現化するわけか」

 

「そうです。さあ、やってみなさい」

 

 

  パッ

 

 

「あ………」

 

「何ですかこれは?」

 

 

エスペランサが想像した針は撃針と呼ばれる銃の部品である。

机の上にあったマッチ棒は見事に撃針へ変化していた。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の魔術に対する防衛術の授業が終わり、今日はスリザリンとの合同授業である魔法薬学である。

魔法薬はあらゆる病を治すことのできる薬品を作る学問らしい。

もっとも、魔力を持たなければ調合できないのが魔法薬であり、薬剤師のつくる薬品とは違うらしかった。

戦場においてモルヒネや感染症止めの薬品が欠乏し、悲惨なことになっていた過去を思い出していたエスペランサは俄然やる気を出していた。

 

やがてセブルススネイプと言う教官が教場に入ってきて出席をとりはじめる。

 

「…………エスペランサ・ルックウッド」

 

「はい」

 

 

エスペランサを読み上げるときに少々驚いた様子を見せたのは気のせいだろうか?

スネイプ教授はハリーの出席だけ「ハリーポッター。我らが新しい………スターだね」と嫌味たっぷりにした後、授業の説明をし始める

 

 

「この授業では振り回すようなバカげたことはやらん。吾輩が教えるのは名声を瓶詰にし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である。ただし吾輩がこれまでに教えてきたウスノロより諸君がましだとすればの話だが」

 

 

スネイプ教授の嫌味たっぷりな大演説はかつてエスペランサが傭兵だったときの上官の口調とそっくりであった。

 

スネイプ教授は意地の悪い質問でハリーを晒し上げ、グリフィンドールから点数を減点した後、おできを治す薬の調合を生徒に命じた。

 

エスペランサは成績の悪い者同士仲良くなったネビル・ロングボトムとペアを組んだのだが、薬品づくりは一向に進まない。

ネビルは材料を間違えるし、手際は悪いしで使い物にならない。

一方、エスペランサは手順こそ間違えないものの、大鍋をいくら手順通りにかき混ぜても正しい色に薬品が変化しなかった。

 

   

やっとのことで薬が完成に近づいてきたころ、スネイプ教授がマルフォイのゆでた角ナメクジが完璧であるから見るようにと生徒に言った。

 

要領が良いのか、確かにマルフォイ少年の角ナメクジは良い感じに茹で上がっている。

 

  

そんな時であった。

 

 

   

シュウウウウウウウウウウウ

 

 

 

「っ熱!?」

 

 

ネビルが大なべを溶かしてしまっていた。

 

溶けた大なべからは未完成の薬品があふれ出し、周辺にいた生徒の靴を溶かす。

ネビル自身は薬品をモロに被ってしまったらしく身体中がおできだらけになっていた。

 

 

「大方、大なべを火から下ろさないうちにヤマアラシの針を入れたんだな?」

 

スネイプ教授の怒声が飛ぶ。

ネビルは蛇に睨まれた蛙のようになってしまっていた。

 

「ひっ」

 

「ポッター!」

 

「????」

 

「隣で見ていたのになぜ止めなかった。彼が失敗すれば自分が良く見えるとでも思ったのだろう?5点減点」

 

   

理不尽に減点を受けるハリーを尻目にエスペランサは今しがた大なべを溶かした薬品を見ていた。

 

 

(大なべの厚さは拳銃弾なら防ぐことができるほどの装甲がある。その装甲をヤマアラシの針のような小さな媒体を投入するだけで溶かす薬品…………。さらに副作用として人体に影響すら与える。塩酸や硫酸以上の威力を持ち、化学兵器としての利用も可能。製作自体は子供でもできるとなれば…………)

 

 

「エスペランサ?」

 

真剣な表情で考え事をしていたエスペランサに同じグリフィンドールの生徒であるシェーマスが話しかけてくる。

 

「あ、ああ。どうした?」

 

「靴が溶けてるけど大丈夫?」

 

「え?ああ問題ない。それよりも何か液体を入れる容器を持ってないか?」

 

「容器ならフラスコが教卓にあるけど?なんで?」

 

「研究のため……かな?」

 

「????」

 

 

 

エスペランサはこっそり薬品を持ち帰ることに成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー -------------- ---------

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

数週間後の課業終了後、エスペランサは図書館にいた。

 

別に勉強をするためではない。

入校してから数週間が経ったが、彼は簡単な呪文もあまり成功せず、魔法薬学では毎度毎度スネイプ先生に減点される始末であった。

 

しかし、色々と呪文を試して分かったこともある。

 

そもそも魔法の発動には魔法の論理と呪文の詠唱が必要なわけであるが、前者は想像力が不可欠である。

魔法使いの使用する魔法というのは自分の想像したものを体内に存在する魔力によって具現化することによって生まれるものらしい。

 

そして、この個人が持つ魔力というのは個人差が激しく、多くの魔力を持つ者がいれば少しの魔力しか持たないものも存在する。

さらに魔力の大小は遺伝ではなくランダムなもののようだ。

 

故に血統や家柄によって才能は決まらない。

 

   

長らく紛争地帯に身を置いていたエスペランサはファンタジー物の物語を読んだこともなければ、SF映画を見たこともない。

周りには常に“現実”が存在していた。

それ故に、杖から出た魔法がコップをねずみに変える想像などしたこともないし、仮に創造しようとしても深層心理で「そんな魔法のようなことはこの世には存在しない」と否定してしまうのだ。

 

そう、彼は心の中でいまだに魔法の存在を否定してしまっているのである。

 

これが魔法習得が難航している原因だとエスペランサは察していた。

 

   

(だが、ファンタジックなことは想像出来なくとも、実際の物理現象や俺が見慣れているものなどは想像することが出来る)

 

  

変身術の授業で撃針を想像して杖を振ったところ、撃針を作り出すことが出来た。

それは銃の部品に関して熟知し、創造が容易かったからだ。

 

(変身術に関しては俺の見知ったものなら変身させることが可能。呪文学に関しては羽ペンを宙に浮かせるといった突飛なことは想像できないが、単純に物体を地面で加速運動させたりすることは想像できるから可能ってことだ)

 

 

魔法は想像力豊かな子供時代に習得するのが良いとされるがエスペランサは子供時代から戦場に立って現実を見ていたために想像力(妄想といったほうが良いかもしれない)が欠如していたのだ。

 

   

 

「“トランスフィグラーティオ 変身せよ”」

 

 

杖を振って詠唱をする。

すると机においていた砂が白い粘土のようなものに変化した。

 

 

もう一度同じ呪文を唱える。

そしてマッチ棒は雷管になった。

 

 

「これなら武器の量産が効率的になる」

 

 

エスペランサは図書館にこもって武器の量産に励んでいたのである。

 

現在作成中のプラスチック爆弾。

没収されたM1911ガバメントの代わりに魔法で1から作り上げたベレッタ。

ガバメント用に持ってきた11.4ミリ弾を使用できるM3グリースガン。

作成に苦労したが、スタングレネードも完成した。

 

そして、これらの作成した武器を「“ジェミニオ そっくり”」と言う呪文で複製していったのである。

 

 

 

 

「そこの生徒!ガラクタを広げない!」

 

「あ、すみません………」

 

 

図書館司書のマダム・ビンズに怒鳴られるエスペランサ。

見れば机いっぱいに火器が並んでいた。

 




オリジナル呪文出しました。

「トランスフィグラーティオ 変身せよ」


想像したものにある物体を変化させる呪文です。
個人の想像力と魔力によって変化後の物体の質や大きさが変わります。
ホグワーツ一年生程度の能力だとせいぜいマッチ棒を針に変えることが出来るくらいです。
また、食料や黄金、複雑な道具などには変化させることが出来ません。
なので主人公は銃のパーツを一つ一つ作り出してそれを結合させています。


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case 04 Midnight fight 〜真夜中の決闘〜

久しぶりの投稿です!

感想やお気に入りありがとうございます!


図書館から食堂に向かうとグリフィンドールの席で何やらいざこざが始まっていた。

いざこざを起こしているのはハリーとロン、それにマルフォイとその腰巾着だった。

 

先日行われた飛行訓練での一件以来彼らは犬猿の仲となっている。

ハリーは飛行技術を見込まれてクィディッチとやらの選手になったらしい。

ちなみにエスペランサは全く飛べなかった。

 

 

 

 

「地上ではずいぶんと粋がってるじゃないか。小さなお友達もいるしね」

 

「僕一人で相手にしてやろうじゃないか。お望みなら今夜でもいい。魔法使いの決闘だ」

 

「決闘?」

 

「いいとも。僕が介添え人だ。そっちは?」

 

「ウィーズリーが介添人か。こっちは………クラッブだ」

 

 

聞けば彼らは決闘の約束をしているらしかった。

少し興味のわいたエスペランサは会話に混ざろうとする。

 

 

「介添え人ってなんだ?決闘って殺し合いでもするのか?」

 

「誰かと思えば落ちこぼれのマグルびいきじゃないか」

 

「それは否定しないが………。魔法使いの決闘ってどんなものなんだ?ロンは知ってるみたいだが」

 

「一人ずつ杖だけを持って呪文を撃ちながら戦うんだ。最初の一人が死んだら、介添え人が代わりに戦う」

 

「へー」

 

「今夜トロフィー室でしよう」

 

「わかった。逃げるなよ」

 

 

にやりと笑ってからマルフォイと腰巾着は去っていった

 

 

 

「俺、クラッブとゴイルが喋ってるとこ見たことないんだが」

 

一言も言葉を発さなかった2人を思い出してエスペランサはつぶやく。

 

「僕もだよ。ところで決闘って本当に殺し合いをするの?」

 

「まさか。それは本当の大人の決闘さ。僕らじゃせいぜい火花をぶつけあうくらいだよ」

 

「決着がつかなかったら?」

 

「杖なんか捨てて殴っちゃえ!」

 

「お前らがクラッブに勝てる未来が見えないんだが」

 

ヒョロガリのハリーがクラッブを倒すところはどうやっても想像できない。

 

 

「「……………」」

 

 

「戦争ってのは必ず勝てる条件下で行う必要がある。もしくは有利な条件で講和に持ち込める算段が無ければ戦わない。何の策もなく戦闘に持ち込んで闇雲に戦うんだったら石器時代と変わらないぞ。古代ローマ帝国の時代の人間のほうが今のお前らよかずっと戦い方を知ってる」

 

「うるさいなあ。君は部外者なんだから放っておいてくれよ」

 

「同じ寮の同期が負け戦をしようとするのは止めるだろうが。まあ、聞け。相手が戦力的に上であっても勝つ方法なんてたくさんある。ファランクスとか少数が大勢に勝つことは歴史的に見ても珍しいことじゃない。何にせよ戦い方だよ」

 

「戦い方って言っても君の戦い方はマグルの戦い方だろう?銃とか」

 

「まともな攻撃呪文も覚えてないリトルウィッチの持つ杖よりも銃のほうが役に立つぞ。ま、マルフォイたちに銃を使うわけにはいかないし。うーん。俺もその決闘にこっそりついていっても良いか?」

 

「いいけど………。その“じゅう”ってやつをぶっ放したりはしないんだよね?」

 

「約束する。ついでにお前たちの勝利も約束しておこう」

 

「君の自信は一体どこから来るんだい?」

 

 

さて、どうやってマルフォイら2人を倒そうかと考え始めた時、エスペランサの後ろから女子生徒が話しかけてきた。

 

「ちょっと失礼」

 

「ん?お前は………」

 

 

見れば眉間にしわを寄せたハーマイオニーが立っていた。

 

 

「聞くつもりじゃなかったんだけど、あなたたちの話が聞こえてきて………」

 

「聞くつもりが無かった?あったんじゃないの?」

 

「おいロン。挑発するんじゃない」

 

 

ロンとハーマイオニーが犬猿の仲であるのはグリフィンドール1学年なら誰しもが知っている。

 

 

「消灯後に校内を出歩いちゃ駄目!校則違反だもの。また減点されるわよ?」

 

「大きなお世話だよ」

 

 

ハリーもうんざりしたような顔で言う。

 

 

「それにあなたはまだ銃を隠し持っているの?法律違反だし、それも減点対象よ!」

 

「おいおい。魔法界に銃刀法は存在しないはずだ。調べたからな」

 

「それでも危険すぎるわ!だってそれは人殺しの為のものじゃない」

 

 

人殺しの為の武器。

 

確かにそうだ。

 

銃も爆弾も人を殺傷することを目的に作られたものだ。

 

エスペランサ自身、その武器を使って多くの人間を…………。

 

 

しかし…………。

 

 

「考え方は人それぞれだ。ガトリング銃はおびただしい数の死者を1次大戦等で出したが、開発者は“人道的な兵器”としてガトリング銃を開発した。武器は人を殺めると同時に、人を守ることだって出来る。まあ、俺が今持っている銃は完全に護身用だけどな。守るべき対象はすでにこの世を去ったし…………」

 

 

自分には今、守るべき対象がいない。

 

今、持っている武器は自分の命を守ることにしか使っていない。

 

その事実がエスペランサを傷つける。

 

 

 

「なんにせよ、宣戦布告をしてきたのはマルフォイたちだ。白旗を揚げるのも癪だしな。ここで一回ギャフンと言わせてみるのも悪くは無いだろ」

 

 

ハーマイオニーはまだ何か言いたそうであったが、それを無視してエスペランサは大広間を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

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結論から言おう。

 

 

「はめられたあああああ!!!!!」

 

 

「ちょっと静かに!」

 

 

 

迂闊だった。

 

真夜中になって約束のトロフィー室に来てみたものの、そこにマルフォイの姿は無かった。

代わりに管理人のフィルチがトロフィー室に出現する始末。

 

要するに嘘の決闘を申し込み、エスペランサたちを誘い込み、そこへフィルチをけしかけたという訳である。

 

ハリー、ロン、エスペランサを止めようとついてきたハーマイオニー、そして諸事情により同行したネビルの5人は現在窮地に立たされている。

 

 

 

「どこかこの辺にいるぞ隠れているに違いない………」

 

 

フィルチのいやらしい声が近づいてくる。

彼がペットのミセス・ノリスと共にトリフィー室へ踏み込んでくるのも時間の問題であった。

見つかったら処罰と減点が待っている。

フィルチは生徒を処罰する際に拷問器具を使おうとしているという噂をエスペランサは耳にしていた。

エスペランサは拷問に対してある程度までなら耐えることが出来るだろうが、他の4人はそうもいかないだろう。

 

 

「どうするの?早く逃げないと………」

 

「逃げるって言っても………」

 

「仕方ない。本当はマルフォイたち相手に使おうと思ってたんだが、これを使うか………」

 

 

そう言ってエスペランサはトロフィー室の床スレスレの場所にピンと張られたワイヤーを指でつまんだ。

 

 

「みんな。目を瞑って耳を塞いでろ」

 

「何をするつもりなんだ?」

 

「いいから言われたとおりにしろロン」

 

 

4人が目を瞑って耳を手で塞いだのを確認すると、彼は思いっきりワイヤーを引っ張った。

 

 

 

 

 

 

 

カッ 

 

 

 

キイイイイイイイイイイイイイン

 

 

 

 

 

 

フィルチがトロフィ室にいざ入ろうとしていたその瞬間に“ソレ”は起爆した。

 

 

M84スタングレネード。

 

1991年現在、米国で開発中の閃光発音筒だ。

まだ部隊に配備されるには至っていないが、試作品は裏で出回っており、エスペランサも数ヶ月前に入手していた。

起爆と同時に180デシベルの爆発音と100万カンデラ以上の閃光を放つ非殺傷兵器であり、使用用途は敵の制圧である。

 

そして、エスペランサが仕掛けたのはブービートラップというものであった。

 

スタングレネードを固定し、安全ピンにワイヤーをくくりつける。

そのワイヤに敵が足を引っ掛けてスタングレネードの安全ピンが外れ、起爆するという至って簡単な罠だった。

 

マルフォイたちがトロフィー室に入ってきたらそのブービートラップに嵌めてやろうと彼は思っていたのである。

 

 

 

 

 

「ぎゃあああああああああああああああ!」

 

 

 

閃光で目を、爆音で耳をやられたフィルチの叫び声がトロフィ室にこだまする。

 

 

「よし。逃げるぞ!悪く思うなフィルチさんよ」

 

 

エスペランサの号令でハリーたちはトロフィ室をダッシュで出る。

 

全速力で廊下という廊下を走りぬけ、妖精の呪文の教室近くまで5人は逃げてきた。

 

 

 

「あれ何? すごい音と光だったけど?」

 

「フラッシュバンだ。俺も使ったのは初めてだが、かなりの威力だったな」

 

「何でそんな危ないもの持ち込んでるの!? 見つかったらまた減点されるわよ。それにフィルチさんは大丈夫かしら?」

 

「安心しろ。あれは非殺傷兵器だ。耳と目が潰れるのも一時的なものだよ。死にはしない」

 

「フィルチのやつざまあみろだ!」

 

 

フィルチを撃退できたことで歓声を上げるロンとハリー。

 

何が起こったのかわからなくて呆然とするネビル。

 

 

「後は寮まで逃げるだけだ。ここで誰かに見つかったら終わりだけど………」

 

 

エスペランサはそう言って寮へ帰ろうと歩き始めた。

 

他の4人もそれに続く。

 

そんな時だ。

 

 

 

「おやおや~。こんな夜中に出歩いている生徒がいるぞ~」

 

 

この状況下で一番出会いたくない相手であるピーブスが出現した。

 

 

「どけピーブス」

 

「やだやだどかないよ。悪い子だな~。捕まるぞ~」

 

「また撃たれてえのか?」

 

「ヒッ」

 

 

ハリーたちに憎まれ口を叩いていたピーブスであったが、エスペランサが脅すと途端に顔色を変えた。

おそらく入校初日にガバメントで撃たれたときの痛みを思い出したのだろう。

 

 

「黙っていなくなれば痛い思いはしなくて済むぞ」

 

「うっ。そ、そんな脅しが………」

 

「脅しだと思うか?」

 

「………っ!でも大きな音を立てたら先生が飛んでくるぞ~」

 

 

ジャキ

 

 

「うわあああああああああああ!殺されるううううううううううう!」

 

 

エスペランサがローブの下で拳銃のスライドを引く音を聞いてピーブスは悲鳴を上げながら逃げ出した。

 

とっととピーブスを追い払おうとして行った行動だったが、完全に裏目に出てしまった。

 

 

「まずい。ピーブスの声を聞きつけて教師が来るぞ!」

 

「は、早く逃げないと!」

 

「そこだ!そこの部屋に入れ!」

 

「鍵がかかってる!!!」

 

 

ちょうど近くに部屋があったのでそこへ逃げようとしたが、残念ながら鍵がかかっているようだった。

 

 

「どいてっ!」

 

 

エスペランサが万策尽きたと思っている最中、ハーマイオニーは杖を取り出して鍵のかかった扉に魔法をかけた。

 

 

「アロホモラ」

 

 

途端に鍵は外れ、扉が開く。

 

 

「便利な魔法だな。俺のピッキングの技術も魔法界じゃ意味を成さない」

 

「いいから入って!」

 

 

暗い部屋の中に5人が入る。

 

しかし、その部屋には先客がいた。

 

 

「ああ。ここは禁じられた4階の部屋だったのか。何で禁じられていたか今分かった」

 

「あ、あれって何!?」

 

 

部屋の中に居たのは3つの首を持つ巨大な犬であった。

 

 

グオオオオオオ

 

 

うなり声をあげる3頭犬。

 

黒い体毛に覆われるその巨大な怪物は血走った目でエスペランサたちを睨みつける。

その目から「殺意」の感情を読み取ったエスペランサは即座に行動を起こした。

 

 

「先に扉まで逃げろ!!」

 

 

3頭犬が肉食かどうかは知らないが、明確な殺意を持っているのは確かだった。

怪物がちらつかせている鋭い爪や牙を見て命の危険を察知したエスペランサはまず先にハリーたち4人を部屋の外に逃がすことを考えた。

 

(全員杖を持った魔法使いだが、使える魔法は初歩的なものばかり。おそらく3頭犬には太刀打ちできない。なら、逃げるのが得策だ。しかし、パニックに陥っている4人が無事に逃げることが出来る可能性は低い)

 

ハリーたち4人はあろうことか悲鳴を上げながら3頭犬に背を向けて逃げている。

その4人に怪物は容赦なく襲い掛かろうとしていた。

 

「「「 わああああああああああああ! 」」」

 

グオオオオオオオオオオ

 

 

扉の前でつっかえて固まっている4人の命は風前の灯である。

扉とは逆の方向に退避して手持ちの武器を取り出していたエスペランサは軽く舌打ちをした。

 

このままでは全滅だ。

 

手持ちの武器は短機関銃に拳銃。

それに破片手榴弾M67が二つ。

スタングレネードはトロフィー室で全て使用してしまったことに気づく。

スタングレネードを使用して逃走する計画は不可能となった。

 

手持ちの武器は人間相手なら十分に威力を発揮する武器であるが3頭犬に対してどこまで有効かは分からない。

最大の火力を持つ破片手榴弾は効果範囲が15メートルと広いためにハリーたちにも被害が及ぶ。

 

 

(あの生物の皮膚が戦車並みの装甲だとしたら俺の持っている武器は役に立たない。しかし、ここで行動を起こさなくては4人とも食い殺される)

 

 

彼は短機関銃を構えた。

 

 

M3グリースガン。

米国が大戦中に開発したサブマシンガンであるM3はM1911ガバメントで使用する11.4ミリ弾を使用する。

内部構造も至って単純であったために急遽作成したものであった。

しかし、短機関銃故に威力と命中精度は芳しくない。

 

 

扉の前でもたつく4人に3頭犬が突進する。

 

突進する3頭犬の真ん中の頭の眼球に狙いを定め、エスペランサは引き金を引いた。

 

 

 

パラララララララララララ

 

 

 

短機関銃特有の乾いた音とともに11.4ミリの弾が銃口から発射される。

 

グリースガンには単発や三点制限射撃が存在しない。

安全装置を外せば連射しか出来ない代物だ。

引き金を引いたままだとすぐに弾は底をつく。

 

しかし は構わず引き金を引き続けた。

 

反動で銃口が上に向きそうになれば即修正。

間違ってもハリーたちには当たらないように慎重に狙う。

 

11.4ミリの弾は眼球に集弾し、確実に怪物にダメージを与えた。

初速の遅い短機関銃といえど数メートルの至近距離でその銃弾を浴びればただでは済まされない。

 

30発の弾丸は3頭犬の真ん中の犬だけの眼球を確実に粉砕した。

 

 

無論、1頭のみの眼球を狙ったのには意味があった。

3匹それぞれの脳が独立しているのなら、真ん中の1頭のみ痛みでのた打ち回り、混乱することで3頭の連携は崩れる。

エスペランサの読みどおり、3頭犬は真ん中の犬の痛みによる暴走によりハリーたちを襲うことを忘れていた。

 

 

 

「ぼさっとするな!!退避だ!」

 

 

戦場において何度も声に出した台詞をハリーたち4人に向ける。

 

その声にハッとして4人は禁じられた部屋から飛び出した。

 

 

しんがりを勤めたエスペランサは扉を厳重に閉める前に破片手榴弾を2つ部屋の中に投げ込み、すぐに扉から離れた。

 

 

 

ズドン

 

ズドン

 

 

安全ピンを引き抜いてから5秒で炸裂するM67破片手榴弾は5メートル以内の人間に致命傷を与え、15メートルの範囲に破片を撒き散らす。

3頭犬が死んだとは思わないが、戦闘能力は奪ったであろうと彼は思った。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー -------------- --------- -----------

 

 

 

 

 

全速力でグリフィンドールの寮まで戻ったエスペランサたち5人は談話室の床に倒れこんだ。

 

倒れこんだ後、すぐにエスペランサはM3グリースガンの銃点検を行う。

 

 

「魔法で急遽作った銃だから各部品ともボロが出てるな。薬室がめちゃくちゃだ」

 

 

魔法で作った部品は実際の銃よりも粗が多い。

スライドを動かして薬室内を見てみると中がぐにゃぐにゃに曲がっていた。

おそらく連射の熱に耐えられなかったのだろう。

M3は何丁か作ったが後でそれらも調整が必要だろうと彼はぼんやり思っていた。

 

何にせよ生き延びて帰ってくることが出来て良かった。

そうも思った。

 

 

「あんな怪物を学校で飼っておくなんて。一体何考えてるんだ!」

 

「あなたどこに目をつけてたの?」

 

怒鳴るロンにハーマイオニーがあきれた声で言う。

 

「隠し扉よ。あの犬は何かを守っていたに違いないわ」

 

「あの状況下でよくそんなところ見つけたな。案外お前は良い隊長になれるかもしれない」

 

「御生憎様。わたしはあなたのように野蛮じゃないの。それにあなたたちと一緒にいると命がいくつあっても足りないわ。下手したら退学!」

 

 

そう言ってハーマイオニーは寝室に行ってしまう。

 

 

「あいつ死ぬよりも退学のほうが嫌なんてどうかしてるぜ」

 

ロンが言う。

 

ハリーは何やら考え事をしているようでしかめっ面だ。

 

ちなみにネビルは未だに顔を真っ青にしていた。

 

 

「あんな犬に守らせている“何か”ってのは一体何なんだろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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エスペランサたちがようやく眠ろうとしていたころ、アルバス・ダンブルドアとセブルス・スネイプは4階の禁じられた部屋にいた。

 

 

数十分前に管理人のアーガス・フィルチが目と耳を押さえながら医務室に飛び込んできたとの知らせを聞いてトロフィー室にやって来たところ、今度は爆発音が聞こえ、その音のした禁じられた部屋に来た訳である。

 

 

「フィルチさんは寮から抜け出した生徒がいると聞いてトロフィー室に行った所、突然、眩い閃光に襲われたと言っておったが………」

 

「それだけなら生徒のいたずらで済む話です。しかし、これは………」

 

「うむ。いたずらで3頭犬を倒すことの出来る生徒が一体この学校に何人おるかの?」

 

 

セブルス・スネイプは考える。

 

彼ら2人の前にあるのは傷だらけで横たわる3頭犬だ。

 

今は魔法で眠らせてある。

 

 

これだけの怪物を倒すとなれば相当な魔法の腕の持ち主であるはずだ。

 

ホグワーツには優秀な生徒が多く存在するが、魔法生物相手に戦うことが出来る生徒は多くない。

まね妖怪やレッドキャップ程度の生物相手ならまだしも、小型ドラゴン並みの危険指定を受けているケルベロスを倒すとなると………。

 

 

「生徒ではない。とすればやはりクィレル………」

 

「ふむ。その可能性は大いにあり得る。しかし、彼が犯人となるとこれをどう説明するか困るのう」

 

「これは…………?」

 

「わしもマグルのことに関しては初心でのう。しかし、記憶に間違いが無ければこれは“じゅう”という武器を使った時に出るものじゃよ」

 

「銃………」

 

 

スネイプはマグル界でも治安の悪い場所であるスピナーズエンド出身だ。

父親はマグルであったし、環境的にも銃の存在は知っていた。

だが、存在を知っている程度で、銃がどのような仕組みであるかは知らなかった。

 

だから床一面に転がる空薬莢が何なのかも分からなかったのである。

 

 

「これは“からやっきょう”というものじゃと聞いた。“じゅう”を使った時に出るものじゃ」

 

「それなら尚のことクィレルが怪しい。奴は闇の魔術に対する防衛術の前はマグル学の教授であった」

 

「そうじゃのう。そう考えれば辻褄はあう。じゃが、実は最近マクゴナガル女史から妙なことを聞いてのう」

 

「例の……エスペランサ・ルックウッドですか?」

 

「そうじゃ。彼は“じゅう”を持っていた。それに、図書館で武器を作っているという噂も聞いておる。マグル生まれの生徒はマグルの武器を知っておるから」

 

 

スネイプは3頭犬に目を向ける。

 

真ん中の犬の目は完全に失われ、今も赤い血が滴り落ちている。

犬の胴体は“何かの爆発”に巻き込まれたのか、火傷跡が目立つ。

 

 

「かわいそうに………。ハグリッドが見たら泣いて悲しむじゃろう」

 

「だが、仮にルックウッドがこれをやったとしたら何のために?」

 

「フィルチさんの証言によれば、フィルチさんに“生徒が真夜中にうろついている”という情報を与えたのはスリザリンの1年生じゃそうじゃ。スリザリンの生徒の罠に嵌められ、フィルチさんから逃げてきたエスペランサがこの部屋に迷い込んだとしたら?」

 

「……………」

 

「まあ、疑わしきは罰せずじゃな。ともかく3頭犬が使い物にならない以上、セブルス、お主がクィレルを見張っておくのじゃぞ」

 

「はい………」

 

 

そう言ってダンブルドアは部屋を後にする。

 

スネイプも彼に続いた。

 

 

(エスペランサ・ルックウッド。落ちこぼれに違いないが要注意だ………)

 

 

スネイプは懐からトロフィー室で拾った“ある物”を取り出す。

 

それは使用済みのスタングレネードであった。

 

 

 

 

 

 




M3グリースガンを登場させた理由は題名のネタ元の映画から。
角川映画ではよく登場しますよね。
ちょっと古い銃で個人的にはトンプソンの方が好きです。

今回登場したスタングレネードは1991年時点ではまだ配備されていなかったので試作品ということで出しました。
主人公がなぜそんなものを入手できたかは後々書こうかなと。

3頭犬に対して銃がどの程度効果あるのか分からなかったのですが、至近距離からサブマシンガン撃たれたらやばそう。
ああ、ちなみに死んではいません。後日ハグリッドが号泣したとかしないとか。

あとフィルチどんまい。


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case 05 Decisive battle 〜決戦!VSトロール〜

UAとお気に入りありがとうございます!!!!!



 

 

 

 

3頭犬との激闘から時間が経ち、今日はハロウィンである。

 

ハロウィンというのは秋の収穫を祝って悪霊を追い出す祭りであるが、魔法界でもその祭りは健在であった。

悪霊という存在が魔法界に果たして存在するのかは不明だが、ゴーストやらポルターガイストやらがうようよしているのだから悪霊がいたって何も不思議ではない。

 

ホグワーツでもハロウィンを盛大に祝うことになっており、大広間はハロウィンの飾りつけと御馳走でいっぱいである。

生徒も授業中から浮かれ気分であった。

 

 

一人を除いて…………。

 

 

 

エスペランサ・ルックウッドは3頭犬との戦い以来、より強力な武器の制作に追われていた。

 

3頭犬相手にサブマシンガンが有効であったとは言い辛く、また、魔法で作った武器は脆く使い物にならなかったという事実は重く受け止める必要がある。

彼はあの夜以来、変身術と妖精呪文を極めることに時間を割いていた。

 

また、武器を作り出す魔法以外にも、決闘用にいくつかの呪文を習得することも欠かしていない。

 

銃や炸裂弾の類は対生徒用の決闘には使えないし、敵に呪文で先制攻撃をされた時には防ぐ手立てがない。

そこでエスペランサはいくつかの呪文を習得した。

 

”ステューピファイ 麻痺せよ”

”プロテゴ 守れ”

 

これらの呪文は”想像力”を必要とせず、単純に”生存本能”を魔力の源とする特殊な呪文だった。

基本的に攻撃的な呪文や防御的な呪文は「生き残りたい」という強い意志が成功の秘訣なのだそうだ。

 

数多もの戦闘を生き抜いてきたエスペランサにとって習得は容易かった。

 

 

 

 

ハロウィンということで生徒は早くから大広間にむかっている。

教職員も飾りつけで忙しいのだろう。

図書館には司書のマダム・ビンズを含めて人っ子一人いなかった。

エスペランサにとっては好都合だ。

 

 

呪文を唱えて杖を振り、いくつかの部品を石ころから作り出す。

 

スプリング状の部品や、細長いパイプのような金属の部品。

大小さまざまな部品を作り出し、それを結合する。

 

 

「こんなものだろ。被筒の形状が若干実物と異なるが問題にはならない。グリースガンの威力不足をこれで補うことが出来れば良いんだが」

 

 

エスペランサが今回作り出したのは小銃であった。

 

 

「ディレードブローバックを採用してるから反動は少ないし、新兵でも容易く扱えるこの銃なら短機関銃よりも戦い易そうだ。しかし、最近は小銃を撃っていない。ちょっと射撃訓練をする必要がありそうだな」

 

 

数時間に及ぶ武器制作作業も終わり、一息ついたところで彼はローブから煙草を取り出した。

周囲の目もあって久しく吸っていなかった煙草を1本取り出す。

魔法界にも煙草は売っている(ふくろう便で通信販売されているが勿論、未成年は買えない)が、愛用するアメリカンスピリッツはどこにも無かった。

 

「”インセンディオ 燃えよ”」

 

杖から炎を出し、煙草の先っぽに火を灯す。

スウッっと煙を吸い、一気に吐き出すと久々に吸ったからなのかクラクラとした。

燃焼材の入っていないアメリカンスピリッツは割と長く吸っていられる。

 

「腹も減ったし、大広間に行ってみるか。御馳走もありそうだしな」

 

そう呟いて短くなった煙草を7.62ミリNATO弾に魔法で変えたエスペランサは小銃を肩に担いで図書館を出ようとした。

 

図書館を出ようとして初めて彼はこの場所に他の生徒がいたことに気づく。

 

 

(他に人がいたのか。煙草も小銃も隠し通せるものじゃないか?)

 

 

図書館入り口付近に3学年と思われる男子生徒1人と1学年の女子生徒が2人立って何やら口論になっている。

 

この時間に図書館にいることも不可解であったが、3年の男子生徒と1年の女子生徒という組み合わせも奇妙なものであった。

エスペランサの記憶が正しければ3人ともスリザリンの生徒のはずだ。

男子生徒の名前はわからないが、女子生徒は魔法薬学の教室で見かけるので知っている。

 

ひとりはダフネ・グリーングラス。

純血家系であるグリーングラス家の出身であるが、当のグリーングラス家は純血主義でないらしくスリザリンの中では異端な存在であったとエスペランサは記憶する。

人懐っこい性格と非純血主義から他寮の生徒との付き合いも良かったはずだ。

 

もう一人のほうは逆に純血主義の家系出身であるフローラ・カローであった。

エスペランサはある目的のためにホグワーツの生徒の基本情報を調べたことがあるが、彼女の家系には“死喰い人”が存在していたことを確認している。

フローラという生徒がどのような思想を持っているのかは現段階では不明である。

エスペランサは相手の目からある程度の感情と思考を読み取ることが出来るが、彼女の思考は全く読み取ることが出来なかった。

謎に包まれた彼女だが、普段は無口であることと、冷めた目をしていることから同級生に恐れられている節がある。

ただし、綺麗なブロンドの髪と整った顔から、一定数のファンもいるらしい。

 

 

そんな2人が男子生徒に絡まれている現場というのは珍しいものである。

エスペランサは好奇心から3人の方へ向かっていった。

 

 

「僕と君との仲なんだから良いだろ?」

 

「あなたとの仲とはそういった仲なんでしょうか?」

 

「家族ぐるみの付き合いだろ? ハロウィンを一緒に過ごすくらいしてくれても良いじゃないか」

 

「駄目!この子はわたしと一緒に大広間に行くんだから」

 

 

会話の内容からある程度の状況は把握できた。

 

要はナンパだ。

おそらく男子生徒がカロー学生を無理に誘っているのだろう。

 

齢11か12にしてその手の話があるとは恐れ入る、とエスペランサは思った。

 

 

他人の色恋沙汰には興味が無かったし、何よりも早いところ晩飯を食べたかったので3人をスルーして彼は図書館を出ようとした。

だが、図書館の出口を塞ぐように3人が居た為にそれも不可能となる。

非常に面倒くさい事態であるが、スリザリン生とはいえ同期である2人の女子生徒に恩を売っておくのも悪くは無いと思い直し、エスペランサは行動を起こした。

 

 

「邪魔だ失せろ」

 

 

空腹感による苛立ちもあったのかもしれない。

エスペランサの口から出てきたのは有無を言わさぬ命令口調であった。

必要最低限の言葉で自分より2つ学年が上の男子生徒に命令したエスペランサにフローラ・カローとダフネ・グリーングラスは驚きを隠せないようだった。

 

 

「何だよ。偉そうな奴だな。お前は確かグリフィンドールの落ちこぼれの1年だろ」

 

「上級生にまで名が広まってるってのは喜ばしいことなのか?」

 

どうもエスペランサは学校中に名前が知れ渡るほどの問題児だったらしい。

 

「俺はそっちの娘に用があるんだ。とっとと失せるのはお前の方だ」

 

「用ってのはカローのことを口説くことか?だったら止めとけ。お前に口説かれてる最中は嫌な顔しかしてねえ。反吐が出そうって感じだ」

 

3学年の男子生徒の頭に血が上っていくのが分かる。

1年の、それもグリフィンドール生に煽られているのだから無理も無いだろう。

怒りのボルテージが上がりきったのか、男子生徒は杖を取り出してエスペランサに向けた。

 

 

「生意気な奴だ。呪いをかけてやる。今更後悔しても遅いぞ」

 

「こっちの台詞だ」

 

 

ジャキン

 

 

「あ?何だそれ?」

 

「G3A3。っていっても分からないか」

 

 

杖を向けてきた男子生徒にエスペランサは出来立てほやほやの銃を向けた。

 

G3A3。

ドイツのH&K社が開発した銃であり、M16やAK47カラシニコフと同じく世界の傑作銃と呼ばれている。

先日の3頭犬との戦いで短機関銃の威力不足と命中精度の悪さを実感したエスペランサは集弾性の良い自動小銃を欲しがっていた。

 

そこで作ったのがこの銃だ。

 

現行のNATO弾は5.56ミリであるが、それよりも威力の高い7.62ミリ弾を使用する小銃が必要と思った彼は幾つかの候補を立てた。

 

ガリル。

FAL。

カラシニコフ。

M14。

64式。

などなど。

 

その中で馴染みが深く信頼性のあるG3A3を採用したわけである。

 

 

「またマグルの武器か。マグルの武器で杖に挑むなんて無ぼ……………」

 

 

ズガアァーン

 

 

男子生徒が言い終わらないうちにエスペランサは引き金を引いた。

 

無論、銃口は男子生徒の背後の壁に向け(しかも衝撃波が彼を襲わないように細心の注意を払った)、危害を与えないようにした。

 

とは言え、至近距離で7.62ミリ小銃の射撃を目撃すれば、その威力に恐怖する。

男子生徒は杖を落とし、床に這いつくばって震えていた。

 

グリーングラスは小さな悲鳴を上げて耳を塞いでいる。

カローだけは一瞬ビクッとなっただけで、すぐに普段のポーカーフェイスに戻っていた。

 

 

「あまり“こいつ”をなめないほうが良いぞ。呪文を詠唱する間に、7.62ミリ弾がお前の脳天をぶち抜くからな」

 

「ひっ!ひいいいいいいいいいい」

 

 

腰を抜かした男子生徒は尻尾を巻いて逃げていった。

 

 

 

 

 

「そ、それ………。そんな危ないものいつも持ってるの?」

 

びくびくした様子でグリーングラスがエスペランサに話しかける。

 

「護身用だ。この学校には危ないものがいっぱいあるからな。もっとも、今撃った銃弾は衝撃弾だ。殺傷能力は無い。戦場でもないし、一般生徒を殺すような真似はしないさ」

 

「よ、よくわからないけど…………良かったぁ」

 

 

例え敵対している生徒であっても、非戦闘員には変わりない。

武器を持たない人間に向かって実弾を撃つようなことは絶対にあってはならないとエスペランサは思っている。

 

故に実弾ではなく限りなく殺傷能力を抑えた衝撃弾を作り出したのであった。

 

 

「方法はともかく、助けてくれたことはお礼を言います」

 

 

表情を一切変えずにフローラ・カローが礼を言ってくる。

声色は相変わらず冷たいままであったが………。

 

 

「いや、別に助けたわけじゃない。俺も腹が減ってイライラしてたし、早いところ大広間に行きたかったからな」

 

「その割にはタバコを吸ってゆっくりしてたみたいですけれど?」

 

「バレてたのかよ。まあいいや。助けた礼に喫煙は黙っておいてくれ。あと銃の所有も」

 

「気が変わらなかったら黙っています」

 

「可愛くない奴………。えっと?カローだっけ」

 

「フローラで良いです。私は自分の家系が好きではないので名前のほうで呼んで下さい」

 

「カロー家か………」

 

「わたしもダフネで良いよ!あと助けてくれたついでに1つ情報提供」

 

ダフネ・グリーングラスが唐突に言う。

 

「何だ?」

 

「さっきここにくる途中にグリフィンドールの1年生が女子トイレで泣いてるのを見たよ。慰めようと思ったけどわたしたちはスリザリン生だから多分口利いて貰えないし………」

 

「その生徒は誰だ?」

 

「グレンジャーよ」

 

 

ああ、成程とエスペランサは思った。

 

ハーマイオニーは優秀であるが、その優秀さの裏には壮絶な努力がある。

図書館で日頃から武器開発をしているエスペランサは、同じく図書館でずっと勉学に励んでいる彼女の姿を目撃していた。

ありとあらゆる分野の本に手を出しているハーマイオニーの知識に対する貪欲さを彼は尊敬すらしていた。

 

しかし、彼女の欠点は学力や魔法の能力を全て自分基準で見てしまうところである。

 

自分が出来るのだから他人も出来るという考えは時にヘイト感情を生んでしまう。

特に精神年齢の低いロンなどの生徒は次第にハーマイオニーを敵視するようになっていた。

 

 

「ハーマイオニーは寮内で孤立していたからな。それに今朝、ロンが本人の目の前でその事実を言った。おそらくそれがトリガーとなったんだろ。優秀とは言え、11歳の子供が他人の悪意をスルー出来る筈も無い」

 

「あなたは彼女のことが嫌いになったりはしてないの?」

 

「まさか。あそこまで努力が出来る人間とはむしろ親しくしたいくらいだ。まあ、俺は彼女に嫌われているみたいだけどな」

 

「ではあなたが彼女を慰めに行ってはどう?」

 

「女子便所にか?」

 

「ありとあらゆる校則を破っているあなたが今更女子トイレに侵入しても誰も驚かないと思いますけど?」

 

 

淡々とフローラは喋る。

 

案外この女は毒舌だとエスペランサは思った。

 

 

「とは言え同じ寮の生徒が泣いていると聞いて黙って何もしない訳にもいかんしな。とりあえず行ってみるか」

 

「結局、女子トイレに侵入する訳ですか。侵入する前にタバコの始末だけしておいて下さいね」

 

「バレてたのか」

 

「本にタバコの臭いがついたらマダム・ビンズがあなたを半殺しにすると思います」

 

「それもそうだ」

 

「では私たちはこれで」

 

 

終始無表情だったフローラ・カローであったが、去り際に少しだけ微笑んだような気がした。

ダフネ・グリーングラスは「またね」と手を振ってフローラの後に続く。

 

「スリザリン生だと思って警戒していたが、案外良い連中だったのかもしれないな」

 

そう呟いてからエスペランサは図書館を後にした(タバコの吸殻は消失呪文で消しておいた)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーー --------------- ------- ----------- ----------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女子トイレにハーマイオニーとトロールを一緒に閉じ込めた馬鹿な連中が居ると思ったらハリーとロンだった。

 

「お前ら馬鹿か!?」

 

呆れるを通り越して怒りを覚えたエスペランサは持っていたG3A3の銃床で木製のトイレの扉を破壊して中に入る。

ボロボロになった扉から女子トイレに入り込むとドブのような臭いが鼻をついた。

 

ダフネとフローラ両名の情報を元に地下の女子トイレに行ってみると、ハリーとロンが何故か居た。

不可解に思ったエスペランサは2人に何をしているのかと尋ねてみると、何とトロールを女子トイレに閉じ込めたのだという。

トロールという生物がどのようなものなのかは知らなかったが、先日の3頭犬のように危険な生物であることは2人の会話の様子から想像できた。

 

トロールを閉じ込めたことに喜ぶ二人に、女子トイレの中に居たハーマイオニーは逃がしたかと聞くと、二人とも顔を真っ青にしたものである。

 

 

「くそったれが!今回もまともな武器が無いまま戦うのかよ!」

 

 

途轍もない臭気に満ちた女子便所の中に侵入したエスペランサはすぐに銃を構える。

 

 

4メートルはあるであろう身長。

こぶが全身にあるように見える筋肉質の身体。

知能の低そうな顔は逆にトロールという生物の危険さを物語っている。

何よりもトロールが手に持った巨大な棍棒がエスペランサに命の危険を知らせていた。

 

トイレ内は至る所が破壊されている。

 

洗面台は粉々になり、折れた水道管からは水が噴出している。

個室は見る影も無い。

唯一破壊を免れた一番奥の個室の脇で縮み上がっている女子生徒はハーマイオニーに間違いなかった。

 

 

「こっちだウスノロ!」

 

 

急にトロールを挑発する声が聞こえたと思えばハリーとロンがトイレに入ってきていた。

どうやらトロールの意識をハリーたちに向けさせ、その隙にハーマイオニーを逃がすつもりらしい。

床に落ちていた扉や洗面台の残骸をトロールにぶつけはじめたハリーとロンを見て、エスペランサも行動に移った。

 

 

ズガアァーン

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアア」

 

 

トロールの眼球に7.62ミリ弾を撃ち込む。

 

「やっぱりバトルライフルは命中精度が良いな」

 

痛みを耐えながらトロールは今しがた自分に攻撃してきたエスペランサに向かって突進してくる。

相当怒っているのだろう。

トロールの顔は真っ赤であった。

 

「トロールは俺一人に攻撃対象を絞った。ハリー、ロン!今のうちにハーマイオニーを救出して離脱しろ!」

 

「君はどうするの!?」

 

「こいつを人気の無い場所に誘導する!」

 

「危険すぎるよ!」

 

「俺には銃(こいつ)がある!トロールは化け物みてえな強さだが、知能は殆ど無いと見える。数ヶ月前に相手にした戦車よりは倒しやすい!」

 

 

そう言ってエスペランサは再度トロールに銃撃を浴びせる。

 

 

ダンッ ダンッ ダンッ

 

 

「グアアアアアアアアア」

 

「そうだ。こっちに来やがれ化け物」

 

 

 

ハリーたち3人がトイレから脱出するのを確認した後、エスペランサはトロールをトイレの外に誘導した。

彼はハリーたちが逃げたのとは逆方向に銃を撃ちながら走る。

トロールも一定の間隔で銃弾を浴びせてくるエスペランサを追って走り出した。

 

 

ダダダダダン

 

ダダダ 

 

 

カチッ

 

 

「弾切れか」

 

 

20発しか装弾数のないG3A3は連射をすれば2秒で弾が尽きる。

 

予備弾倉に余裕の無かったエスペランサはG3A3を廊下の隅に投げ捨てると、今度は懐からM3グリースガンを取り出した。

 

 

エスペランサがトロールを誘導したのは比較的幅の広い地下1階の廊下である。

ここなら存分に戦えると彼は思った。

 

トロールを戦車と仮定して市街地戦を仕掛けるのならば、狭い路地は避けたい。

ホグワーツ城の中を市街地と仮定して戦闘を行うシミュレーションは何度も行ってきた。

しかし、そもそも、市街地戦というのは実働部隊と支援部隊の最低2つの部隊が必要である。

戦車=トロール相手にエスペランサ1人で戦いを仕掛けるのは無謀過ぎた。

 

 

「だが、勝算はある!」

 

 

パララララララララ

 

 

グリースガンを連発で撃ち、トロールを怯ませる。

だが、如何せん威力が低い短機関銃では思ったように効果が得られない。

加えて、戦闘によってアドレナリンが分泌されているのか、トロールは既に痛みを感じていないように思えた。

 

 

「グオオオオオオオオオオ」

 

 

トロールが棍棒を振りかざす。

 

対処に遅れたエスペランサはすんでの所でその攻撃をかわした。

攻撃はかわせたが、誤って銃を落としてしまう。

 

(接近しすぎた!銃の長射程を活かしてロングレンジ戦法を仕掛けるつもりが………。このトロール、思ったよりも素早い!)

 

落としたグリースガンを拾おうとしたが、その矢先にトロールがグリースガンを踏みつける。

数トンの体重を持つトロールに踏み潰されたグリースガンはぺしゃんこになってしまった。

 

さらに、トロールは棍棒でエスペランサに殴りかかる。

 

 

(くそっ。これは死んだか………?)

 

 

死を覚悟したエスペランサであったが、トロールが振りかざした棍棒は何故か“トロールの手を離れ、空中で静止していた”。

 

 

「何が起こったんだ?」

 

 

 

「間に合った!」

 

見れば逃げたはずのロンが杖を構えている。

おそらく彼が唱えた浮遊呪文が成功したのだろう。

トロールの持っていた棍棒は見事に空中で浮遊していた。

 

ロンの後ろにはハリーとハーマイオニーも居る。

 

 

「逃げろといったはずだ!」

 

「君一人を置いてはいけないだろ?それに今、やられそうだったじゃないか」

 

 

実際、エスペランサはロンに命を救われた。

それは変えようの無い事実だ。

彼が来なかったら自分は死んでいただろうとエスペランサは思う。

 

 

「感謝する!」

 

 

一言礼を言うと、エスペランサはすぐに体勢を立て直す。

トロールは武器を失った。

今がチャンスだ。

この機を逃したら勝機は無い。

 

(それに、敵は既にキルゾーンに入った)

 

エスペランサは単純に逃げていただけではない。

 

彼はトラップを仕掛けたキルゾーンにトロールを誘導していたのである。

 

 

あの3頭犬との戦いの反省で、エスペランサはいざという時に魔法生物を確実に倒せる場所を作っておいていた。

それが、現在居るこの場所である。

火をつけたところで引火もせず、起爆装置や雷管がなければ爆発しないC4プラスチック爆弾を複数、壁に設置しておいた。

仮に危険な魔法生物との戦闘に陥った時、彼はその生物をこの場所(キルゾーンと名付けた)に誘い込み、殲滅する予定だったのである。

 

壁の裂け目にあらかじめ押し込んでいた粘土状のC4に急いで起爆装置を差し込む。

本来なら遠隔操作で電気信号を流す起爆装置を使いたかったが、ホグワーツでは電子機器が全て使えなくなる魔法がかかっているため、有線にて起爆させる必要があった。

C4の起爆は信管を爆発させ、その衝撃波を利用する。

単純に着火をしただけではメラメラと燃えるだけで爆発しないが、信管の爆発による衝撃波によって爆発させることが可能であった。

 

 

「C4を起爆させる!総員退避!柱の後ろだ!」

 

 

ハリーたち3人にそう命令すると、エスペランサも3人と一緒に柱の影に隠れる。

トロールはいまだに混乱していて攻撃の素振りを見せない。

 

 

C4の破壊力は凄まじいものだ。

ホグワーツ城の基盤は案外頑丈に作られているから4~5キロのC4を爆発させたところで城自体が崩壊することは無いだろうが、万が一という可能性がある。

地下の廊下だけ崩壊するという事態は十分に考えられた。

 

「“プロテゴ・マキシマ 最大の防御”」

 

故にエスペランサは防御呪文を唱える。

最近、図書館で発見した虎の子の呪文で現在魔法界に存在する防御呪文の中では最大級の効力を持つ。

呪文の詠唱者を中心に360度、半径数メートル(この呪文の有効範囲は使った本人の魔力の強さに比例するらしい)の円を描くようにシールドが展開され、呪文や物理的攻撃を防いでくれる優れものの魔法だった。

 

エスペランサのプロテゴ・マキシマの有効範囲は現在のところ半径2メートル弱。

ハリーたち3人を爆発からギリギリ守ることが出来る。

 

「3人とも!俺から離れるなよ!」

 

3人がエスペランサの周りに固まったのを確認してから、彼は起爆装置を作動させた。

 

「吹っ飛べ化け物」

 

 

 

 

 

ズドオオオオオオオオオオオオオオオン

 

 

 

 

 

 

C4による爆発はトロールの巨体を容易く吹き飛ばし、周囲の大理石で出来た壁を抉った。

廊下に設置されていたランプや飾りなどは木っ端微塵になり、爆発による衝撃が城の床を揺らす。

 

エスペランサの使用した防御呪文は彼を含めた4人を爆風から守っていたが、衝撃波によって、展開されたシールドがビリビリとノイズが入ったように揺れている。

呪文の精度が完璧でなかったのだろう。

盾の呪文はかろうじで爆風を防いだみたいだった。

 

 

爆発も収まり、黒煙が立ち込める廊下を見ると、トロール“だった”ものが床に倒れこんでいる。

一応、生死を確認する必要があったのでエスペランサはそれに近づいた。

両腕は吹き飛ばされ、全身が赤く焼け爛れたトロールが焼ける臭いが鼻を突く。

 

「呼吸は停止してる。もう大丈夫だ」

 

「本当に?倒したの?」

 

ハリーが隠れていた柱から顔を出し、聞いてくる。

 

「ああ。倒したみたいだ」

 

「わーお!トロールを倒すなんて凄いや!」

 

「俺一人の力で倒したんじゃない。ロンが浮遊呪文を使っていなかったら今頃俺はあの世に行ってた」

 

 

エスペランサがそう言うとロンは少し顔を赤くした。

 

 

C4の爆発によって廊下の隅に置かれていたG3A3は粉々になっていたし、M3はトロールによって破壊された。

もし仮にトロールがC4によって絶命しなかったらもう後が無い状態だった事実をエスペランサは重く受け止める必要があった。

 

 

(武器も火力も十分じゃない。トロールより強力な敵を目の前にしたら、おそらく太刀打ち出来ない………)

 

 

ボロボロになった小銃を取り上げてエスペランサはそんなことを考える。

 

 

 

 

「あなたたち!これは一体どういうことですか!?」

 

 

 

バタバタと足音が聞こえたと思い、振り返ればマクゴナガル、スネイプ、クィレルの3人の教師が走ってきていた。

 

マクゴナガル先生とスネイプ先生はいまだに煙が立ち込める廊下に倒れこんだトロールを見て軽く驚く。

クィレル先生はトロールの死体を見て気絶する。

 

 

「これは………。あなた達は何をしたんですか!?」

 

「トロールが襲ってきたんで爆殺しました。すでに死亡は確認してあります。我々の中に負傷者はいません。廊下の破損状況は確認しておりませんが………」

 

「全く何を考えているんですか!!!!!」

 

 

マクゴナガル先生の雷が落ちる。

 

 

「あなた達が死ななかったのは運が良かっただけです!それに生徒は全員寮に帰るよう指示したはずです!」

 

「え?そうなの?」

 

 

エスペランサは図書館にこもっていたために大広間での避難指示を知らなかった。

 

 

「聞いてください先生!3人とも私を探しに来たんです!」

 

ハーマイオニーが突然喋りだす。

 

「私……トロールのことを本で読んでいたので倒せると思って、一人でここに来ました。でも、出来なくて。そこに、ハリーとロン、それにエスペランサが来てくれたんです」

 

 

詭弁だ………。

 

エスペランサはハーマイオニーがなぜトイレに居たかを知っている。

それでも、彼女はハリーたちを庇う為に嘘をついたのだ。

優秀な頭脳を持つハーマイオニーがたったひとりでトロールと戦おうとするはずが無い。

 

 

「しかし、このトロールはどうやって…………」

 

「プラスチック爆弾を使いました。と言っても先生はご存じないと思いますが。あらかじめこの廊下に爆薬を設置しておき、トロールをここまで誘導したのです」

 

「!!!廊下の壁に爆薬を設置していた!?」

 

「有事の際に使えると思いまして」

 

「グリフィンドールから10点減点です!今後、危険なものを廊下に勝手に設置しないと誓いなさい!」

 

「ですが、C4はそれ単体では爆発せず…………」

 

「それ以上言うようでしたら罰則を課します!」

 

「………………」

 

 

エスペランサは育ってきた環境上、常識が無かった。

 

 

「それとミス・グレンジャー。あなたには失望しました。あなたはもっと賢い生徒だと思っていましたよ。5点減点です」

 

「………………」

 

「ですが、未成年の魔法使いがトロールを倒したことは褒めるべきでしょう。学校の危機を救ったということもあり、1人につき5点差し上げます。エスペランサ。あなたにもです」

 

「あ、感謝します………」

 

「さあ、4人とも寮へ帰りなさい。寮で皆、パーティーの続きをしています。破壊された廊下は魔法で直しておきますので」

 

「ありがとうございます!!!!」

 

 

 

 

 

こうして対トロール戦は幕を閉じた。

 

この戦いを機に4人は親友となった。

 

人は共通の経験をすることで互いを好きになる。

エスペランサたちにとってはこのトロール戦がまさにそれだったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「1年生がトロールを倒すなんて聞いたことがありません」

 

「我輩も少々、あの生徒を過小評価していたかもしれませんな」

 

「ええ。それにこれを見てください」

 

 

エスペランサたち4人が寮へ帰った後、マクゴナガルとスネイプは破壊された廊下を魔法で復元していた。

トロールの死体は地下室に放り込まれた。

その最中、2人は奇妙なものを目にする。

 

廊下はあたり一面、爆発によって黒く焦げていたが、1箇所だけ全く焦げていない床が存在した。

 

半径3メートルの円を描くようにして無傷を保ったその場所は、4人の子供がぴったりと入るようなサイズである。

 

 

「爆発から身を守るために防御呪文を使った………と考えればこの無傷な床は説明できる」

 

「しかし、防御呪文を1年生が使えるとは思いません」

 

「ルックウッドは魔法薬は致命的だが、限られた呪文は得意としていると聞きました。それにグレンジャーも能力的には防御呪文を使えてもおかしくは無い」

 

「スネイプ先生。これは盾の呪文でも最上級のものを使った跡です。彼らには不可能です」

 

「事実は、彼らがトロールを爆殺し、生き残ったことです。我輩としては特にルックウッドは注意すべきかと」

 

「………………」

 

 

マクゴナガルとスネイプが話している場所とは少し離れた所で気絶した“フリ”をしていたクィレルは考えを巡らせていた。

 

クィレルはトロールに詳しい。

彼が今回送り込んだのは攻撃力も防御力も並外れた個体であったはずだ。

それを1年生の生徒が倒せるはずが無い。

 

それも爆殺だ。

 

コンフリンゴ等の爆発系呪文ならホグワーツの生徒も使えるが、今回の爆発はコンフリンゴを遥かに凌ぐ爆発だ。

それに、床一面に広がる空薬莢。

 

クィレルはかつてマグル学の教師であった過去がある。

マグルの武器に関してはある程度知っていた。

 

銃、火砲、ミサイル、化学兵器、核爆弾………。

 

マグルの兵器は魔法とは比べ物にならない威力がある。

が、同時に扱いには複雑なシステムが必要であり、魔法でそのシステムを無力化することも可能だった。

 

 

(マグルの武器は魔法界では役に立たない。しかし、仮にマグルの武器を“魔法で作動”させたら…………)

 

 

気絶したフリをしながらクィレルは床に転がっていたM3グリースガンの残骸を密かに回収する。

 

 

(感謝するぞ。エスペランサ・ルックウッド。私の計画はこれで飛躍的に成功する可能性が高まった!)

 

 

クィレルはにやりと笑った。




今回登場したのはG3A3とC4です。
あと、スリザリンのオリキャラ(設定上は原作にも登場する)出しました。
既存キャラよりもオリキャラのほうが動かしやすかったのと、スリザリンに主人公のコネクションを作っておきたかった為です。

また、プロテゴ・マキシマについては独自の設定を入れました。
魔力の強さと効果範囲が比例することと、360度シールドが展開するなどです。

では!!


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case 06 Sniper 〜狙撃〜

お気に入りやUA、感想ありがとうございます!!!
うれしい限りです!


クィディッチ。

 

英国魔法界で最も人気とされるスポーツである。

ルールは箒に乗った選手がクアッフルと呼ばれるボールを奪い合って、そのボールをゴールに入れることで点数が入るというシンプルなものだ。

箒に乗って行うバスケットボールと例えれば分かり易い。

これに加えて、選手を箒から落とそうと飛び回るブラッジャーや、スニッチと呼ばれる小さな羽根の生えたボールをシーカーが捕まえれば150点の点数が入るといったバスケットにはない要素がプラスされる。

 

スニッチを捕まえると一度に150点の点数が入り、尚且つそこで試合が終了となるというルールは果たしてどうなのかとエスペランサは疑問に思っていた。

 

ここホグワーツでもクィディッチは人気であり、各寮にチームが存在する。

そのチームのシーカーに1年生にして選ばれたハリーの才能は本物なのだろう。

 

 

季節は移り変わり寒さが肌にしみるようになった今日。

ホグワーツでは寮対抗クィディッチ競技会の第一戦が開幕となった。

 

グリフィンドール対スリザリン。

 

犬猿の仲ともいえる2つの寮の試合を一目見ようと、クィディッチ競技場にはほぼ全ての生徒が押し寄せていた。

片や赤色の旗を振り、片や緑色の旗を振る。

ホグワーツは今、熱狂の渦に巻き込まれていた。

 

 

 

 

 

 

クィディッチの観戦に生徒だけでなく職員も出払っている現在、ホグワーツ城内は閑散としている。

そんな閑散とした城内をエスペランサ・ルックウッドは一人、重そうな荷物を背負って歩いていた。

 

日々、銃や爆薬などの武器を作り続けていた彼であるが、その武器もそろそろ寮の部屋には隠しきれない量となっていた。

隠し場所が無いために新たな武器を作り出すことも出来ない状態を良しとしなかったエスペランサは武器の隠し場所を空き時間に探していた。

そして、ついに地下牢近くのタペストリー裏に秘密の抜け道を見つけたのである。

 

抜け道は地下という事もあり、冷気が漂っていた。

ごつごつした岩に囲まれる天然の洞窟のようなその抜け道は、武器の保管に最適な環境だ。

温度や湿気の変化も少ない。

自室のベット下やトランクの中に隠していた武器を全て保管出来る広さもある。

 

問題はいつ武器を抜け道に移動させるか、であった。

 

日中は生徒や教職員の目があって移動は困難。

例のトロール事件以来、マクゴナガル先生はエスペランサの所有する武器を狩ろうとしている節がある。

夜間は夜間でリスクが高い。

 

そこで彼はクィディッチで城内から一時的に人が居なくなる今日を武器の搬入日に選んだ。

 

 

 

G3A3が3丁。

M3グリースガンが4丁。

M92ベレッタが5丁。

破片手榴弾20個とスタングレネード8個。

 

7.62ミリ弾1120発入りの弾箱が2つに、予備マガジン十数個。

C4プラスチック爆弾と指向性散弾。

84ミリ無反動砲カールグスタフ。

 

カールグスタフは完成して間もない出来立てほやほやの虎の子で、あらかじめ準備が必要なプラスチック爆弾よりも即応性に秀でていた。

 

これらは新たに作ったものだが、もともと持ってきたものもある。

 

使い物にならなくなった暗視装置。

米軍の横流し品である防火加工、赤外線対策加工の施された戦闘服。

そして、分解されたままの軽機関銃M249。

 

 

本来なら検知不可能拡大呪文と言う、鞄の中に広大な空間を作ったりする魔法を使って、武器を保管しておきたかったのだが、検知不可能拡大呪文は高度な魔法過ぎたために習得が難航していた。

物体の重量を軽くする呪文も中々上手くいかない。

故にエスペランサは全ての武器を背負って移動しなくてはならなかったのである。

 

結局、十回近く寮と抜け道を往復し、現有する全戦力を移動することが出来た。

 

装備の作動確認と手入れを行い、それぞれ異常が無いことを確認。

布に油を染み込ませて銃や手榴弾をぐるぐる巻きにする。

空気を遮断させ、保存状態を良くするための加工を施した後、念のために抜け道の入り口にスタングレネードを使用したブービートラップを仕掛けておく必要があると思い、スタングレネードとワイヤーを取り出そうとした時、抜け道を隠しているタペストリーが動き人が入ってくる気配がした。

 

(まずい!?誰か入ってきやがった!)

 

急いで隠れようとするエスペランサだが、隠れるところは無い。

そうこうしているうちに侵入者は抜け道に入り込んできた。

 

 

「貴様………ここで何をしている?」

 

 

意地の悪い声。

足元にはペットの猫。

 

「管理人の………フィルチか」

 

ホグワーツの抜け道と言う抜け道を知り尽くし、生徒をしょっ引く事に全力を注ぐ管理人がそこに立っていた。

 

 

「言い逃れは出来んぞ。貴様が何やら色々なものをここに運び込んだというのをミセス・ノリスから聞いたからな」

 

「賢い猫だな。軍用犬より役に立つ」

 

 

ミャーとフィルチの足元に居るミセス・ノリスが鳴く。

 

 

「生徒も職員も居ないこの時間に何をしていた?さては悪戯の準備でもしていたな?」

 

「悪戯?そんな馬鹿げた事のために時間をつぶすほど俺は暇じゃない」

 

「じゃあ、これは何だ?」

 

 

そう言ってフィルチは布に包まれた銃を取り上げる。

そして、その布を取り払った。

 

 

「これは…………」

 

 

独特の油の臭いを放ち、黒光りする銃を見てフィルチの表情が固まる。

 

 

「銃を知っているようだな」

 

「貴様………。これで何をしようと?」

 

「最近、城内がきな臭かった物でね。有事の際に戦えるように準備をしていた。確か、あんたの持ち込み禁止リストに銃や爆薬は入ってなかったはずだが?」

 

「これは………本物か?」

 

「まあな。最近、ホグワーツにおっかない化け物が次々と入って来てるだろ。そいつらから生徒の命を守るとなったらこういった武器を保有するのが現実的だ。あんたも城の管理人として化け物が城に侵入するのは気持ちの良いものではないだろ」

 

「成程。トロールや3頭犬をやっつけたのは貴様か」

 

「3頭犬の存在を知っているのか」

 

「…………………」

 

「あの化け物が“何か”守っているということと、トロールの侵入はおそらく関係している。昨年までは、3頭犬はホグワーツに居なかったみたいだし、禁じられた部屋も普通に使用されていたらしいな。あの、3頭犬が守っていた“何か”をホグワーツに持ってきてから事件が起こったと考えるのが妥当だ。そもそもトロールの生態からしてここへ侵入するとは考えにくいし、誰かが故意に入れたとしか考えられん」

 

 

エスペランサはトロールの生態について調べたことがある。

トロールのような知能の低い怪物が果たしてホグワーツに単独で侵入可能なのかどうか疑問に思ったからだ。

 

結論から言えばNO。

 

トロールの生息地は一番近くてもホグワーツから数百キロは離れた場所である。

さらに、その危険性からトロールの生息地は魔法省によって監視されているらしい。

よって、単独でトロールがホグワーツを訪れる可能性は低かった(ちなみにこれらのことが書かれたレポートはクィレル先生の論文であった)。

 

ならば、何者かがトロールを招き入れたことになる。

 

教職員はあの日大広間に居たから犯人ではない。

生徒も同様に違う。

 

だとすれば部外者がホグワーツに侵入し、工作を行っているかもしれない。

その目的はおそらく3頭犬が守る“物”の奪取だろう。

 

これらのことが事実ならば、ホグワーツは危機に晒されている訳だ。

それも、一般の生徒に危害が及ぶこともあり得る。

エスペランサが本格的に戦闘を意識して武器開発に乗り出そうとしている理由はここにあった。

 

 

「フン。そんなマグルの道具に頼らなくても貴様らには杖があるだろうが」

 

「杖(こいつ)は俺の魔力じゃ火力不足だ。こっち(銃)のほうが性に合ってる」

 

「ケッ。では何だ?貴様はその銃とやらでホグワーツを守ろうとしている、と?」

 

「将来的にはホグワーツだけでなく、全世界の市民を守るつもりだ」

 

「…………………」

 

 

大真面目に答えたエスペランサをフィルチが黙って見つめる。

 

 

「本気か?」

 

「ああ。本気だ」

 

 

そう答えてエスペランサはタバコを取り出す。

 

 

「一本居ります?」

 

「…………貰おう」

 

 

杖に火を灯し、フィルチと自分のタバコに火をつける。

 

 

「タバコも持ち込み禁止リストに無かったからな」

 

「今日付け足しておくことにする」

 

「勘弁してくれ」

 

 

ハア、と息を吐きフィルチが喋りだす。

 

 

「貴様は他の生徒と違う。何が違うとは言えんが、生徒らしくない。生徒ってのは悪戯ばかりの悪餓鬼のことだ。だが、お前は………何かが違うな」

 

「そりゃそうだ。この間までマグルの世界の中でも有数の地獄に居たんだから。平和に暮らしてきたそこらの生徒とは違う」

 

「地獄?」

 

「殺すか、殺されるかの世界だ。俺も大勢殺したし、仲間も大勢死んだ。幼いときから教えられてきたのは銃の扱い方と人殺しの方法ばかりだった」

 

「…………そうか」

 

「そんな中で自分が魔法使いだと知った。魔法ってのは何でも出来るんだろうと思って、ここに来た。魔法を完璧に使いこなせばあんな地獄をこの世から消す事だって出来ると思ったからだ。だが、現実はそう上手くいかない。トロールから3人の生徒を守ることすら難しかった」

 

「今の世の中は平和ではないのか?」

 

「マグル界は常にどこかで紛争が起きている。魔法界だって人事ではない。つい十年前まで英国魔法界は戦争状態だったらしいじゃないか」

 

「そうだな。だがわしには魔法界がどうなろうと関係なかった」

 

「何故?」

 

「スクイブ。魔法が使えないからだ」

 

「………………」

 

「こんな話、絶対に生徒にはしないんだが。わしも魔法に憧れた時期があった。魔法は何でも出来ると思い羨ましがった。魔法で何でも出来るここの生徒が恨めしかった。だが、初めて見たよ。魔法よりもマグル武器を頼りにする奴をな」

 

 

フィルチがなぜ生徒に厳しいのかが分かったような気がした。

 

憧れていた魔法使いになれなかった彼が、魔法を自由自在に操るホグワーツの生徒を見たらどんな気持ちになるか………。

 

 

「それで?俺の武器はやっぱり没収されるのか?」

 

「…………いや。没収はしない。き……お前はその武器でこの城を守ろうとしているんだろ?ならわしと利害は一致するわけだ」

 

「ありがたい言葉だ」

 

「ただし、お前が他の生徒と一緒に悪戯でもしようものなら………覚悟しておけ?」

 

「了解した」

 

「ならもう寮に帰れ。そろそろクィディッチも終わるころだろう」

 

 

必要最低限の武器弾薬だけ持ち、エスペランサは抜け道を後にする。

 

フィルチの悪い噂は良く聞いていたが、案外悪い人でもないのかもしれない。

確かに性格に難があることは否定できないが、合理的な判断が出来る点は評価すべきところだろう。

そうエスペランサは思った。

 

 

「言い忘れてたことがある!」

 

 

寮に帰ろうとしていたエスペランサをフィルチが大声で呼び止めた。

 

 

「何だ?」

 

「お前、ホグワーツで事件が起き始めたのは3頭犬が守っていた“物”が運び込まれてからだと言ったな?」

 

「ああ。言った」

 

「それは少し違うかもしれんぞ?」

 

「?」

 

「この城に運び込まれた悪い連中が狙いそうなものはもう一つあるだろう」

 

 

もう一つ運び込まれたもの?

 

(3頭犬の守る“何か”が運び込まれたのは入学式の直前と聞いた。この“何か”を狙う奴が悪い奴、つまり、魔法界で言う「闇陣営」の人間であることは確定だ。その闇陣営が狙うもう一つのもの…………!!)

 

エスペランサの脳に電撃が走ったように何かが閃いた。

 

 

 

「ハリーポッター……………か」

 

 

 

この城には悪い奴が狙いそうな対象がもう一つあった。

 

かつて闇陣営を衰退させる原因を作った“生き残った男の子”。

即ち、ハリーポッターである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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アーガス・フィルチの言ったことは正しかった。

 

見えざる敵は3頭犬が守る“物”だけでなく、ハリーポッターの命も狙っている。

 

 

エスペランサが寮に戻ると、クィディッチ勝利パーティーが開かれていた。

宿敵スリザリンを負かしたとあって、クィディッチ代表選手はまさに英雄扱いだ。

特に、勝利の決め手となったシーカーであるハリーは英雄の中の英雄といった扱いをされていた。

無論、本人はそれを嫌がっていたが………。

 

双子のウィーズリーを筆頭にドンちゃん騒ぎをしている談話室の隅にロンとハーマイオニーを見つけたエスペランサは試合の内容を聞こうと話しかけた。

 

 

「試合は……勝ったみたいだな」

 

「ええ。そうね」

 

「そりゃもう凄かったさ!スニッチを取った、じゃなくてくわえた時のスリザリン生の顔を見せてやりたかったよ!」

 

 

興奮したロンとはうって変わってハーマイオニーは深刻な表情をしていた。

 

 

「どうした?何かあったのか?」

 

「え、ええ。その………」

 

「スネイプの奴だ」

 

「スネイプ先生がどうしたんだ?」

 

「あいつ、ハリーの箒に呪いをかけてハリーを箒から振り落とそうとしたんだ!」

 

 

スネイプ先生がハリーを目の敵にしているのはエスペランサも良く知っている。

授業毎に減点をし、嫌味を言うそのあからさまな態度からスネイプ先生がハリーを何故か憎んでいるのは周知の事実となっていた。

 

しかし、だからと言って教師が生徒を殺そうとするだろうか?

 

 

「本当にスネイプ先生がハリーを殺そうとしてたのか?」

 

「ええ。確かよ。私見たもの。先生はハリーの試合中ずっと呪文を唱えていたわ。瞬き一つせずにね。本で読んだからあれが呪いって事は分かるわ。私が邪魔をしたら途端に呪いが無くなったことからも明らかよ」

 

「うーむ」

 

 

本で読んだから、と言う理由は信憑性が薄いが秀才のハーマイオニーが言うのだから何かしらの呪文を唱えていたのは間違いないのかもしれない。

 

しかし、スネイプ先生がハリーに呪いをかけるというのは些か信じがたかった。

 

 

「スネイプ先生がハリーを殺そうとする理由って何だ?」

 

「スネイプはハリーを恨んでるんだ。だから呪いを」

 

「それなら別にクィディッチの最中にやらなくても良いんじゃないか?わざわざ全校生徒の集まっている前での殺人はリスクが高すぎるだろう」

 

「でも呪いをかけていたのは確かよ?」

 

「少し冷静になって考えてみてくれ。仮に俺がハリーを殺そうとしている奴だったとする。その場合、俺がハリーに日頃から憎悪の感情をむき出しにすることはデメリットにしかならない」

 

「どういうことだ?」

 

 

ロンは何を言っているか分からないという顔をして首をかしげる。

逆にハーマイオニーは何か理解したような顔をした。

 

 

「ロン。エスペランサはこう言いたいのよ。ハリーを殺そうとしている人間が日頃からハリーを嫌っている態度を露にしてたら、ハリーが殺された時に真っ先に殺しの疑いがかけられる危険性がある、って」

 

「そういうことだ」

 

 

もしエスペランサがハリー殺害の計画を練るとしたら、スネイプのようにあからさまにハリーを嫌う態度は取らない。

ハリーを殺した時に疑われる可能性が大きいし、それに殺害計画前に警戒される。

特にアルバス・ダンブルドアのように偉大な魔法使いのお膝元で殺害計画を練るのならば、怪しまれない行動を徹底しなくてはならない。

 

確かにスネイプ先生がハリーに殺意を持つことは否定し難いが、それならば日頃のハリーに向けたあからさまな態度はお粗末過ぎる。

 

 

「それに加えて、俺はハリーの命を狙う人物とトロールを城内に入れた人物は同一人物だと思っている」

 

「根拠は?」

 

「確証は無い。ホグワーツで事件が起き始めた時期というのが、3頭犬の守る“物”が搬入されたのと同時期っていうのは分かると思うが、“物”が搬入された時期にハリーも入学した。偶然と言ってしまえば偶然だが、ハリーは魔法界の悪い奴らにとって憎くて堪らない存在なんだろ?辻褄が合うことは合う」

 

 

実際のところトロール事件と3頭犬の守る“物”の搬入、そしてハリー殺害未遂事件が因果関係にあるのかは疑問が残る。

しかし、立て続けに物騒な事件が起きるのは偶然なのだろうか?

そうエスペランサは思う。

 

「ついでに言えば、トロール事件の際にスネイプ先生はずっと大広間に居た。もし俺の仮説が正しくて、今回の犯人とトロール事件の犯人が同一人物なのであればスネイプ先生は犯人ではないことになる。もっとも、犯人が複数人存在すればスネイプ先生も犯人となり得るが………」

 

「じゃあやっぱりスネイプが犯人だ!」

 

「何はともあれ、城内に敵が侵入していることは明白だ。今後はハリーを一人で行動させることが無いようにしないといけない」

 

「そうね」

 

「うん」

 

 

ロンとハーマイオニーが頷く。

彼らはすっかりスネイプ先生を犯人だと思っているらしい。

 

犯人が誰であれ、城内の一般生徒の命を狙う悪者には違いない。

 

しかも、その悪者は既に城内に潜伏している可能性がある。

 

(トロールを操り、高性能な箒に呪いをかけることが出来る敵………か)

 

 

強敵だ。

低知能のトロールとは違う。

魔法を熟知した人間を相手に銃や火薬でどう戦うべきか………。

 

(犠牲者が出る前に戦える体制を整え、作戦を練る必要がある)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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もうじきクリスマスが来るという季節。

禁じられた森も雪が積もり始め、ひんやりとした冷気が漂う。

 

生徒の侵入が禁じられたこの森であるが、危険なのは森の奥のほうであり、森に入ってすぐの場所は比較的安全である。

背の高い針葉樹が日光を遮り、昼間でも薄暗い。

そんな森の湖畔に面した比較的開けている場所にエスペランサ・ルックウッドはいた。

 

 

迷彩服に身を包み、頭にかぶるヘルメットは草木で偽装されている。

腰には弾納6つと水筒のつけられた弾帯を巻き、サスペンダーには4つ手榴弾がぶら下がっている。

背には大きめのリュックサック(背嚢)を背負っていた。

 

合計で10キロを超す装備を身にまとい、エスペランサは禁じられた森の危険ではないと言われている地帯を行軍していたのである。

 

 

ホグワーツに来て以来、彼は戦闘訓練をしていなかった。

 

空き時間に懸垂などの体力練成は行うものの、射撃訓練や行軍などは全く行っていない。

訓練を怠った兵士は使い物にならない。

故にエスペランサは休日の時間を使って禁じられた森での訓練を行うことにしたのである。

 

禁じられた森はほぼ未開の地であり、人の歩くことの出来る道は殆ど無い。

それが逆に野外訓練をするにはもってこいの条件となっていた。

 

また、禁じられた森ならばいくらでも射撃訓練が出来る。

 

森の外周を往復し、20キロほど歩いた頃、エスペランサは湖畔に装備を下ろし、休憩に入った。

朝一から50分歩き、10分休憩を繰り返し、重武装で20キロ歩いた訳であるが彼の体力にはまだ十分な余裕がある。

 

水筒のキャップに水筒内の水を入れ、一口だけ水分を取ったあとで、エスペランサは一服し始めた。

 

定期的にフィルチとタバコを吸うようになったために減りが早い。

大量に持ってきたはずのアメリカン・スピリッツも今持っているのが最後の箱だった。

 

 

「この森は美しいな」

 

 

無意識に呟くエスペランサ。

 

人の手が加えられていない森の中は神秘的なオーラを放つ。

時折顔を見せる魔法生物も彼の目を楽しませる要因の一つだった。

 

きらきらと光る湖を見つめ、湖に小さな岩が突き出ていることに気づいたエスペランサは脇に置いておいたG3A3自動小銃を手繰り寄せる。

 

 

「ちょうど良い的だ。距離は200メートル。射撃訓練にもってこいだな」

 

 

そう言って彼は寝撃ちの姿勢をとった。

 

寝撃ちとは地面に腹ばいとなって行う射撃姿勢のことである。

銃の銃尾を片につけ、頬をつける。

左手でハンドガード部分を軽く握り、照門と照星の中に目標となる岩を捉えた。

 

呼吸を読み取って射撃を行う。

 

 

(呼気、吸気、呼気、吸気…………今だ!)

 

 

 

 

ズガアアアアアン

 

 

 

 

目標の岩の端が砕けると同時に湖畔にいた鳥が一斉に飛び立つ。

 

 

「駄目だな。クリック修正しないと」

 

 

銃についた円状の部品を2回ほど横にスライドさせ、クリック修正を行う。

要するに照門を調整したわけだ。

射撃というのはどうしても個人個人で癖が出る。

そういった場合は照門の位置を微調整することで癖をカバーするのである。

 

 

(はじめて射撃訓練を行った時を思い出す………。教官に頭を叩かれながら行った射撃は悲惨なものだった)

 

 

傭兵時代の訓練を思い出し、懐かしむエスペランサ。

 

 

 

 

ズガアアアアン

 

 

 

 

2発目の銃弾は見事に目標の岩を撃ちぬいた。

 

 

 

「この程度の練度ならおそらく作戦に支障は出ないだろ」

 

 

エスペランサはここのところずっと、魔法使い相手の戦闘計画を練っていた。

 

魔法使いとマグルが戦争をした場合にマグルのほうが有利となるであろうというのが彼の持論だ。

それは武器の性能が良いというわけではない。

マグルの電子機器は魔法で封じられるからミサイルや戦闘機の類は使い物にならなくなる。

 

マグルの軍隊が有利な理由は、圧倒的な兵士の数と、統制された動き、しっかりとした指揮系統、過去に学んだ数々の戦略と戦術、優れた情報収集能力などが存在するためだ。

魔法使いは戦闘用のプロ組織を持っていないために、どうしても1対1の戦い方をしてしまう。

いくら魔法と言う利器があれど、優れた指揮系統を持ち、組織で攻撃をしてくるマグルの軍隊には勝てないだろう。

 

 

だが、エスペランサは軍隊など持っていない。

 

 

部下も指揮官も居ない。

情報収集をするためのUAVも持って居なければ、満足な武器も無い。

 

たった一人で戦わねばならなかったのだ。

 

 

そうなると魔法使いのほうが戦いを有利に運ぶことが出来る。

 

1対1のタイマンならば、物理攻撃を魔法で防ぐことが出来、攻撃のパターンも豊富な魔法使いに分がある。

対面で戦ったら確実に負けるだろう。

仮にエスペランサがホグワーツに潜伏している可能性のある魔法使いの“敵”と戦うことになれば、その戦い方は1つに絞られる。

 

狙撃だ。

 

おそらく銃撃はプロテゴなどの呪文で防がれるであろうから、相手に自分の攻撃を悟られずに1撃で倒す狙撃こそが対魔法使い戦で最も有効な戦い方と考えられた。

故に射撃訓練を欠かすことは出来ない。

 

 

 

 

ホグワーツに持ち込まれた“物”とハリーはいまだに無傷である。

敵の策はことごとく失敗しているということだ。

失敗続きの敵は少なくとも焦りを感じ始める頃だろう。

ならば近いうちに何らかのアクションを起こしてくるはずである。

 

その時がチャンスだ。

 

敵の正体が不明な現在、こちらから攻撃を仕掛けることは出来ないが、向こうが行動を起こした時に即時、戦闘を仕掛ける体制を整えておく必要がある。

 

 

「せめて敵の正体が分かりさえすればこっちとしても作戦が立てやすいんだが……………ん?」

 

 

ふと、エスペランサの視界に“白い何か”が映る。

 

銃尾を肩から外したエスペランサは、風に飛ばされてきたであろう“白い何か”を地面から拾い上げた。

 

 

「何だこれ?」

 

 

拾い上げて見てみれば、それは動物の白い毛のようなものであった。

エスペランサはそれを見て白馬の鬣かと思ったが、どうも違うようである。

 

動物の毛にしては綺麗過ぎる。

 

まるで絹糸のようにサラサラとしている癖に、光ファイバーケーブルのような手触りであり、それでいて頑丈だ。

彼はこんなにも美しい動物の体毛など見たことが無い。

 

その白い毛?のようなものにはエメラルドブルーに染められた液体がドロッと付着している。

 

これまた美しい液体であるが、同時に、その液体を触ることを本能が拒絶している気がした。

 

 

「何だろうな。この白い毛と液体を見ていると罪悪感が芽生える………」

 

 

エスペランサは知る由も無かったが、その白い毛はユニコーンの体毛であった。

 

 




フラッフィーが倒されているのでスネイプ先生の足の負傷は回避されています。
ハリーたちがほぼ空気状態だ………



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人物紹介

主人公の経歴紹介と、登場兵器の紹介をちょこっとしておきます。


主人公

エスペランサ・ルックウッド

 

11歳。

黒髪で短髪。身長は高くないが、長年の戦闘経験から体つきは良い。

 

国籍は英国であるが、育ちはクウェートである。

物心つく前に親によってクウェートに捨てられた。

運良くクウェート国内に潜伏していた米国政府の裏組織(特殊部隊)に拾われる。

傭兵として戦闘訓練や戦略戦術に関する教育を数年間受け、湾岸戦争の際に侵攻してきたイラク軍と戦い生き残った。

彼がガバメントやグリースガンなどの米国の銃器を扱うのはこれが理由である。

所属していた部隊は非公式の物であったが、編成と役割は米国海兵隊のフォース・リーコンと似ていた。

市街地戦の作戦立案を得意とし、数々の任務をこなしていた彼は教官陣からも一目置かれる存在となる。

 

湾岸戦争終結とともに米国の全特殊部隊は本土に引き上げたためにエスペランサを含む若干名の兵士はクウェート国内に一般市民として残った。

彼の功績を称えた部隊指揮官は彼に特殊部隊時の装備と勲章を授けている。

 

その後、湾岸戦争終了後にイラク軍から脱走し、武装集団となった組織にエスペランサの住む地域が襲撃された。

同じ部隊出身の者達で編成した義勇軍にて対抗するも、数と兵器の質で圧倒され、エスペランサ以外の兵士は全員死亡した。

また、彼の住む地域の市民もほとんどが虐殺されている。

 

 

ホグワーツ入校の理由は自分達を襲った理不尽な暴力をこの世から葬り去るための力を身につけるためである。

要するに世界各地に存在するテロリストや武装集団を魔法と兵器によって駆逐するのが目的。

 

現在はその目的達成のために使えそうな魔法を習得することと、武器の量産を日々行っている。

 

一部を除いて基本的に成績が悪く、素行もよろしくないために教師と生徒からの評価は悪い。

しかし、トロールを倒したことや盾の呪文を使いこなす彼を優秀であると評価する生徒も少数存在する。

加えて、寮の柵に囚われない彼に興味を持つ者も居る。

 

愛用するタバコの銘柄はアメリカンスピリッツ。

 

 

 

 

 

 

 

 

・登場兵器

 

 

 

兵器の量産は石や砂を魔法で部品に変えて、それを結合することによって行っている。

長期間に及ぶ修練の結果、本物と同程度の性能を保つ武器の開発が可能となった。

また、「そっくり呪文」によって銃弾の量産も行っている。

 

 

<M1911>

 

光景11.4ミリの拳銃。

米軍が1911年に開発したもので、通称コルト・ガバメント。

陸上自衛隊でも装備をしていたが、日本人の体格には大き過ぎた。

装填数は弾倉に7発。発射速度50発/分。

主人公の持ち込んだガバメントは現在マクゴナガル先生に没収されている。

ピーブスを撃ち抜いた訳であるが、3巻において「ワディワジ 逆づめ」が成功していることからポルターガイストに対しての物理攻撃は可能であると思われた。

ちなみに傷はすぐ治ったらしい。

 

 

 

 

<M3短機関銃>

 

ガバメントと同じく45APC弾を使用する短機関銃。

大戦中に米国で開発されたものでグリースガンと呼ばれている。

これまた陸上自衛隊でも装備されていた。

ガバメントが没収され、大量の11.4ミリ弾が余っていたので主人公はこれを急遽、作り出した。

タイトルのパロディ元に登場していたのでこっちでも登場させた。

角川映画ではプロットガンが良く出てくる。

 

1挺は3頭犬との戦闘で使用不能となり、次に作った物はトロールに踏み潰された後でクィレルに回収されている。

 

 

 

 

<C4プラスチック爆弾>

 

TNT換算で1.34倍の威力がある爆薬。

粘土状の固体をこねることで化学反応が起こり、それに雷管などで起爆させる。

火をつけただけでは起爆しないため、安全性が高く、また、隙間などに詰められ便利なことから主人公は量産を決定した。

 

スキャバースが時々食べようとしていたが、毒性があるので危険。

 

 

 

<G3A3>

 

エスペランサが信頼する小銃。

5.56ミリよりも威力の高い7.62ミリ小銃を使用するのは魔法生物の物理耐性が高いためである。

命中精度も良いために狙撃用としても使う予定。

作成にはだいたい1週間の時間を要するために量産化は順調でない。

 

 

 

<M92ベレッタ>

 

何かと人気の銃。

まだ使用に至っていないが、護身用として衝撃弾を装填したこの銃をエスペランサはローブに忍ばせている。

 

 

 

 

<スタングレネード>

 

実は賢者の石の時には正式採用されていないスタングレネードを使用している。

 

 

 

 

 

・独自設定に関して

 

 

 

<魔法の才能>

 

 

公式で魔法の才能に関しては血統は関係なくランダムと言われている。

オリジナル設定として魔法の精度=想像力と設定。

想像力が豊かで魔法による効果を鮮明に頭の中で描きあげることが出来る人ほど、上達が早いとしている。

ネビルに関しては自身への自信の無さが魔法習得の妨げとなっている(元々才能がある)。

エスペランサは銃器に関する想像なら出来る。

 

 

 

<戦争に勝つための方法>

 

 

戦争に勝つための方法に新兵器、新戦術を出したが、これは軍事学上でも重要視されている事柄である。

新兵器の製造法の秘匿はギリシャ火など歴史的にも良く見られ、新兵器が従来の戦術を打ち破ることは珍しくない。

魔法界においてマグルの兵器とは未知の領域であり、闇陣営も対マグル戦を想定した戦い方はしたことが無い。

魔法省が現在、魔法界を秘匿する理由はマグルとの武力衝突を回避するためというのが根底にある。

一部の有識者はマグルの大量破壊兵器の存在を知っているために、マグルを恐れている節もある。

 

 

 

<当初持ち込んだ武器>

 

ガバメントの他にも幾つか装備を持ち込んでいるが、暗視装置などの回路を用いた機器は軒並み魔法で壊されている。

手榴弾やスタングレネードは分解して内部構造を熟知することにより量産を可能にした。

また、戦闘の腕が鈍らないようにエスペランサは森で演習と射撃訓練を行っている。

 

持ち込んだ銃器の中にはM249といった機関銃も含まれていた。

 

 

 

 

 



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EX 01 The story of the past


書き溜めのデータが吹っ飛んだので1から書き直しています。
申し訳ありません。

唯一生き残ったデータが過去話だったのでこっちを先に投稿します。


 

EX01

 

死の商人。

友軍、敵軍問わず兵器を販売して儲ける商人、もしくは組織の蔑称である。

 

ソ連崩壊後、武器の生産と販売を行っていた国や企業が様々な理由から直接的な武器の販売を出来ない状態になったことにより死の商人が間接的に武器の販売を行うようになった。

己の利益のみを追求する商人たちは紛争当事国、テロリストなどにも武器の販売を行う。

その為、テロリストや非公式の武装組織は飛躍的に戦力を増大させていった。

 

 

性質が悪いことに死の商人は各国の政府首脳とも関係を持つ場合が多いために武器売買が摘発されることはほぼ無い。

 

 

1988年まで続いたイラン・イラク戦争では死の商人がこぞって武器を売るという事態にもなっている。

 

 

 

 

 

 

さて、ここパキスタンでも武装組織相手に武器を販売する組織が多数存在している。

 

その中でも勢力を伸ばし始めた「ターミナル・ウエポン社」は他の組織と異なり、裏で流出した米国最新の装備を販売する業者である。

武装組織に流れる銃器は基本的にソ連製のものをコピーした中華製等が多いが、コピー銃は粗悪なものが多く作動不良が良く起こる。

加えて、出回るのは現役で活躍する武器より1世代も2世代も前のものばかりだ。

 

しかし、ターミナル・ウエポン社は裏から入手した米国製の正規銃だとか、誘導兵器を売買している。

武装組織にとってそれらはのどから手が出るほど欲しい物であった。

 

 

パキスタンの首都イスラマバード郊外の一見、ただの海外商社オフィスと思われる5階建ての建物がターミナル・ウエポン社のオフィスであり、そのオフィスの地下に武器庫が存在していた。

 

 

オフィスの警備を担当するのは地元の民兵組織であり、今日も1個小隊に匹敵する人数が周囲の警戒を行っている。

その警備兵の一人であるコードネーム「E-1(エコー・タック・ワン)」と呼ばれる男は建物の裏門にて警戒を行っていた。

 

時刻はまもなく深夜2時を回ろうとしている。

 

町は寝静まり、時折遠くで罵声が聞こえる以外は虫の声すら聞こえない。

 

月明かりに照らされた建物前の通りも人っ子一人存在しなかった。

 

 

「これだけ警備を固めてる会社に攻めようとする組織なんていないんだから、警備なんてしなくたって良いと思うけどな………」

 

男は一人呟いた。

 

実際、男の所属する民兵組織は裏の世界では有名な武装組織であった。

受け持つのは汚れ仕事ばかりで、政府関係者の暗殺から、テロの支援まで様々だ。

それに、組織内の人間はどいつもこいつも荒くれ者で、武器を片手に一般市民を脅して好き放題している。

 

昨日も外国人向けのホテルに押し入り、2人ほど英国人を拉致してきたばかりだ。

拉致された2人の外国人がどのような末路をたどるのかは想像もつかない。

 

何にせよそんな武装組織の警備する会社を攻撃しようとする人間などこの市内には皆無だったのだ。

 

 

「ふああっ」

 

 

欠伸をしてから持っていたAK-47カラシニコフ銃を脇に置いた男は胸ポケットからタバコを取り出した。

口に煙草を咥え、火を付けようとしたとき、彼は目の前の通りから“1人の子供”が自分の方へ向かってくるのを目にした。

 

深夜2時に表向きには製薬会社となっているこの建物に子供が何故向かってくるのか?

お世辞にも治安の良いとは言えないこの町で、一人子供が歩くというのも不可解である。

一体何の用があるのだろうか?

 

 

「おいおい。こんな時間にガキ一人で何しに来た?ここは子供の来るような所じゃねえぞ。つか、俺らが誰か知ってるよな?」

 

男は近づいてくる子供に声をかけた。

 

身長は決して高くない。

見た目からして10歳前後の少年であろうか。

短い黒髪はこの辺りの子供にしては綺麗に整っており、服装も清潔感がある。

 

 

「迷子に………なっちゃって。この辺良く知らないから………」

 

「迷子だあ!?」

 

「お父さんと旅行に来てたんだけど………。はぐれちゃって」

 

 

治安の悪い地域に旅行に来る人間は少ない。

子供連れとなれば尚更だ。

しかし、少年の雰囲気は確かにこの地域の子供ではなく、どこか治安の良い場所で育てられたようなかんじだ。

 

綺麗な服を着ていることから意外と裕福な家庭育ちなのかもしれない。

とするのなら良いカモだ。

少年を人質に身代金を要求すれば案外稼げるかもしれない。

 

男はそう思った。

 

 

「オーケー。俺がお父さんのところに連れて行ってあげよう。さあ、こっちに来るんだ」

 

「わかった!」

 

 

男はニヤニヤしながら少年を迎え入れる。

 

少年は何の疑いもなく男のすぐ傍までやってきた。

 

 

「ところでここってターミナル・ウエポン社だよね?」

 

少年が尋ねる。

 

「おお。そうだ」

 

「そっか。それを聞いて安心したよ」

 

 

 

グサッ

 

 

 

「あ……………?」

 

 

少年は突然男に体当たりをした。

 

その少年の行動に驚いた男であったが、直後、腹部を襲う激痛で何が起こったかを察した。

 

 

「ぐあっ!な!?お前っ!!!」

 

 

「悪いな。これも仕事なんでね。ま、あんたたちのしたことを考えれば当然の報いだ」

 

 

少年は男の腹にサバイバルナイフを突きたてたのだった。

 

 

男の腹部には深々とナイフが刺さり、地面にポタポタと血が垂れている。

 

涼しい顔をして少年は男の腹部に刺さったナイフを引っこ抜く。

抜いたと同時に大量の血が噴出した。

 

 

「あんたらが町でやった悪事を昨日調べたんだがな………。正直、胸糞悪くなった。被害者の気持ちを味わうっていう意味で苦しんで死んでもらいたいんだが………。ちょっと時間が無いんだ」

 

「うっ。ぐ…………。お前、何…者だ?」

 

「ただの雇われ兵士だよ。あんた達と違って悪い連中を潰すためのな」

 

 

声を出して仲間を呼ぼうにも血が喉を埋め尽くし、声が出せない。

 

薄れ行く意識の中で男は少年の顔を見た。

 

 

(ああ。こいつはただのガキじゃねえ。兵士だ…………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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今しがた警備兵の命を奪ったナイフを懐にしまったエスペランサ・ルックウッドは耳につけられた骨電動式の通信機のスイッチを入れる。

 

 

「こちらブラボー1。目標の死亡を確認。他の警備兵が気づいた様子はなし。01は先行して内部に侵入。02は裏門にて援護を頼みます」

 

『了解』

 

 

エスペランサは今月10歳を迎えた子供である。

他の兵士に比べて筋力も体力も劣るが、“子供である”という利点があった。

 

子供は敵に警戒されにくい。

 

今回もそうであったように敵はエスペランサがまさか米国特殊部隊の雇われ兵だとは夢にも思わない。

 

最近の作戦は彼が油断した敵兵士に近づいて、その兵士を殺害することから始まることが多くなっていた。

 

 

エスペランサの所属する01分隊の分隊長とその分隊員が路地から続々と音も立てずにやってくる。

分隊は分隊長(彼はエスペランサの直属の教官であった)を含めて8名。

6人の小銃手と1人の機関銃手、それに対戦車榴弾を持った隊員で構成されていた。

 

エスペランサの下まで来た分隊長が口を開く。

 

「重要な伝達がある。周囲の警戒を行ったまま各人、耳を傾けて欲しい」

 

「了解!」

 

 

分隊員は各々小銃を構えて警戒態勢をとった。

 

 

「時間が無いので手短に言う。先程の通信で作戦に変更が出た。当初は我々の分隊が先行して突入する予定であったが、その任務は2分隊が行うこととなった」

 

「急に何故!?2分隊はオフィス内の上層部の制圧が任務では?」

 

「私にも詳しいことは知らされていない。上からの命令により我々は今から別の任務に移る」

 

 

今作戦の目的。

それは「ターミナル・ウエポン社内部に潜入し、上層部を制圧。武器の流出経路を明らかにせよ」というものであった。

 

投入された特殊部隊は総勢30名。

エスペランサの所属する1分隊が当初内部に潜入し、武器庫を確保。

敵火力の神通力を奪い去り、無力化する。

 

2分隊は1分隊が敵の戦力を無力化した後に上層部を制圧する。

残る3分隊が周囲の警備兵を倒す。

 

 

これが作戦の流れであった。

 

それが急遽変更されるとあって、分隊員たちに動揺が走る。

 

 

「昨日、この会社の警備に当たる民兵組織が2人の英国人を拉致したという事実はブリーフィングで話したと思う。どうもその拉致された英国人というのがVIPらしくてな。我々1分隊で彼らを救出して欲しいとの依頼があったそうだ。依頼主は英国政府の役人であるコーネリウス・ファッジという男らしいが………」

 

「英国人を?米国人以外のために我々を動かすことを上は了承したんでしょうか?」

 

「英国は同盟国だからな。それに我々は正義のために存在する部隊だ。拉致被害者救出という任務は我々にとって誇りある任務である」

 

 

分隊長は隊員を見渡す。

 

救出任務ははじめてではない。

テロリストに拉致された一般人の救出任務は年間10回以上行っている。

 

もっとも、エスペランサ少年が救出任務に参加するのははじめてのことであったが………。

 

エスペランサが実践配備されたのは半年前のことである。

任務の特性上、少年兵が必要とされたため急遽現在の部隊に彼は配属となった。

無論、非公式にだ。

 

米国では10歳の少年が兵士となり実践に投入されることなど認めていない。

しかし、この米海兵隊第二特殊部隊中東派遣隊はその存在自体限られた人間しか知らない秘匿組織であったし、多少の違法行為なら容認されていた。

 

中東において身寄りの無い子供を集め、兵士として教育(教育は人道的なものであったし、子供は生死を彷徨っているような子を保護して確保した)しているこの特殊部隊であるが、その子供の中でも特に優秀だったのがエスペランサ・ルックウッドだった。

 

だが、いくら優秀でも所詮は子供である。

エスペランサの考える戦術にはまだ“甘さ”がたっぷりと存在した。

 

 

「時間が無い。我々はこれより英国人救出任務に移行する。作戦概要は後ほどこの場を離れてから説明する。以上。質問があるもの?」

 

分隊長はそう言って全員を見渡す。

分隊員は誰も手を挙げずに、次の任務へ移行する準備を行おうとしていた。

エスペランサもである。

 

質問が無いことを確認して分隊長は隊員に前進を命じた。

 

 

「よし。では出発する。分隊前進!」

 

 




はやいところ本編を載せることが出来るよう努力します!


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case07 A smile 〜微笑み〜

久々に本編投稿です!
お気に入りやUAありがとうございます!!!


クリスマス。

キリストの降誕祭である12月25日。

 

ホグワーツ魔法魔術学校もこの降誕祭を祝うこととなっていた。

 

英国魔法使いの殆どはキリスト教信者である。

宗教と言うものはマグル界の慣習であると思っていたエスペランサ・ルックウッドであったが、どうも違うようだった。

 

そもそも、魔女狩りの行われていた中世においてマグル界と魔法界に隔ては無かった。

故に古くからの宗教などの慣習はそのまま魔法界にも受け継がれている訳だ。

加えて、イエス・キリストの起こした奇跡といったものが魔法界ではごく当たり前に存在している。

科学の進歩によって奇跡やら神やらの存在を疑うようになったマグル界よりも魔法界の方が神を信じる人が多く、宗教が普及し易かったのではないかと彼は勝手に考えていた。

 

ちなみにエスペランサは無神論者である。

 

神に祈った兵士が祈った次の瞬間に爆撃で吹き飛ばされるのを見て神の存在を疑うようになったのがきっかけだ。

 

 

ただ、無神論者と言えどもクリスマスの楽しいパーティーに参加したいとエスペランサは思っていた。

 

 

かつて傭兵時代に同じ小隊に所属していた日本人が日本と言う国は国民の殆どが無宗教でありながら、ハロウィンやクリスマスを盛大に祝うというのだと言っていた。

日本と言う国がどういった国かは知らないが、話に聞くところかなり奇天烈な国であるらしい。

 

 

という訳でクリスマスは武器の量産も、野外訓練も無しにして子供らしくパーティーやらを楽しもうと彼は考えていた。

 

 

 

12月25日の早朝。

 

いつも通り0600に起床したエスペランサは談話室に降りる。

普段ならこの時間は誰も談話室に居ないはずだったが、今日は違かったようだ。

 

 

「わー!それって透明マントだよ」

 

「でも一体誰が僕にくれたんだろう?」

 

 

届けられたプレゼントを開封するハリーとロンが談話室ではしゃいでいた。

 

 

 

 

「へー。こんなかんじにプレゼントが届くのか。俺のもあるのかな?」

 

「おはようエスペランサ。君のはそこに積み上げられているよ」

 

「お。意外とあるな」

 

 

エスペランサ宛に届けられたプレゼントが談話室の端に積み上げられている。

 

数えてみれば10個程度あった。

今までプレゼントを貰ったことの無い(貸与された銃を除けば)彼は少し感動していた。

 

 

ハリーからはオイル無しで火がつくジッポ。

ロンからは長持ちする菓子の詰め合わせ。

ハーマイオニーからはジェーン年鑑である。

 

他にもロンの母親からセーターが届いていたり、ハグリッドのケーキなどが存在した。

フィルチから魔法界の煙草も届いていた。

 

少し大きめの箱からはかつて傭兵時代に教官をしていた“彼”からドックタグとM16が出てきた。

同封されていたメモ書きには「私は退役した。君にこの認識票と銃を渡す。どこで何をしているかはわからないが君は我々の国の平和に貢献した。誇りに思ってくれ」と書かれている。

 

教官がどうやってホグワーツに居るエスペランサにプレゼントを贈ることが出来たのかは不明であるが、おそらくダンブルドアあたりが粋な働きをしたのではないだろうか。

 

認識票(ドックタグ)にはエスペランサの名前のほかに「US Second Special Force」と記されている。

かつて彼が所属していた部隊の名前だ。

エスペランサは非正規の雇われ兵士であったことと、米国国籍でなかった為にこの認識票は貰えなかった。

しかし、今になってそれが貰えたということは、教官がエスペランサを部隊の正式な隊員として認めてくれたということに他ならない。

 

 

「ありがたく受け取ります。教官………」

 

 

そう呟いてエスペランサは認識票を首にかけた。

 

 

 

M16を脇に置き、残ったプレゼントを開封していく。

 

簡素な包装から出てきた古ぼけた鞄はスリザリンのフローラ・カローからのものであった。

 

「何じゃこりゃ。というかスリザリンの生徒からプレゼントが届くとは思わなかったな」

 

濃紺の至る所に傷がある手提げ鞄を観察するも、これといって価値のある物には見えない。

嫌がらせか?と思っていると、包装の中にこれまたメモ書きが入っていることに気づく。

 

‟私の祖父から譲り受けたものです。検知不可能拡大呪文がかかっています。あなたの方が有効に活用できそうなので渡します”

 

メモ書きにはこう書いてあった。

 

「検知不可能拡大呪文!?」

 

検知不可能拡大呪文。

鞄などの入れ物や建物の中に見た目からは想像できないほどの大きさの空間を作り出す魔法である。

小さな鞄であっても、その中に大型倉庫並みの空間を作り出すことによって莫大な量の物を収納したりすることのできる魔法だ。

4次元ポケットのようなものと言えば分かり易い。

 

便利であるこの魔法は複雑な理論の上に成り立っており、熟練の魔法使いでなければ成功することが出来ない。

エスペランサも所有する武器の保管にこの魔法を使おうとしたが、無論成功することは出来なかった。

 

検知不可能拡大呪文のかけられた鞄を手に入れたことでエスペランサの戦略に幅が広がった。

 

トロールに3頭犬といった生物と戦ってきた彼であるが、たった一人で戦闘を行うことに限界を感じていた。

本来、軽戦車級の強さを持つトロール相手に一人で戦うことはまずありえない。

少なくとも分隊規模の部隊を編成して戦うべきだ。

 

もし仮にたった一人で戦うのだとしたら分隊規模の火力を一人で所持する必要がある。

 

しかしながら個人で携帯のできる火器には限度があった。

 

そこでエスペランサが目を付けたのが検知不可能拡大呪文なのである。

検知不可能拡大呪文をかけた入れ物に小火器のみならず、対戦車榴弾や爆薬、弾薬などを詰め込めば、1人で分隊規模の戦力を有することが出来る。

 

 

「しかし、フローラはなぜ俺にこんな凄い物を送ってきたんだ?」

 

 

それだけが謎であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ハーマイオニーは休暇でスキーに行っている。

彼女はホグワーツを出る前にエスペランサたちに宿題を課した。

 

‟ニコラス・フラメル”という人物が誰かを調べよ、というものだ。

 

ハグリッドがうっかり、3頭犬が守る物はニコラス・フラメルという人物が関わっていると口を滑らせてしまったのが原因である。

 

うっかり屋のハグリッドにそんな重要なことを教えておいて大丈夫なのかとエスペランサは思った。

 

 

何はともあれ、ホグワーツに隠された‟物”の手掛かりが手に入ったのは喜ばしいことだ。

‟物”の正体が分かれば敵の目的もはっきりとする。

敵の目的が分かれば、敵の正体もある程度予想することが出来る。

 

今、エスペランサに足りていないものは敵の情報であった。

 

 

「とは言え、クリスマスの日くらいはゆっくりしたいよな」

 

 

プレゼント開封が終了して、ハリーとロンと一緒に大広間に降りてみたエスペランサは用意された御馳走やら装飾やらに目を奪われた。

ハリーたちもニコラス・フラメルのことなんて忘れてケーキにかぶりついている。

 

「クリスマスは皆、実家に帰ると思っていたが意外と残っている学生が居るな」

 

大広間にはエスペランサたちのほかにも若干名の学生が居て、それぞれ御馳走にありついていた。

 

御馳走だけでなく魔法界のクラッカーも置いてあり、双子のフレッドとジョージが片っ端から引っ張って遊んでいた。

英国におけるクラッカーというのは100円ショップなどで売っている日本人が想像するパーティーグッズとは異なるものだ。

円柱上の筒を両端から2人で引っ張ると中から手紙やら紙吹雪やらプレゼントが出てくるというのがクラッカーである。

 

魔法界のクラッカーは引っ張ると、爆発とともに本物の鳥や様々な魔法仕掛けのおもちゃ、それに花火などが飛び出すようになっていた。

 

「へえ。面白いなこれ」

 

「じゃろう。わしも初めてこれを見た時は興奮したものじゃ」

 

「校長…………」

 

「久しいの。エスペランサ」

 

 

生徒がクラッカーで遊んでいる様子を眺めていたエスペランサの横にいつの間にかダンブルドアが立っていた。

エスペランサがダンブルドアと喋るのはあの戦場以来のことである。

 

 

「魔法界にはもう慣れたかの?」

 

「まあ。いまだに信じられないこと続きですけど」

 

「どうじゃ?友人は出来たかね?聞くところによればハリーたちと仲良くしてるみたいじゃが」

 

「例のトロールの件以来、戦友みたいな感じになりました」

 

「おお。トロールの件は謝らなくてはならんのう。君たちを危険な目に合わせてしまったのは校長として失格じゃ」

 

「いえ。あれは自分が勝手に戦おうとしただけです」

 

「ふむ。君は戦いに長けている。しかし、11歳の少年がトロールを爆殺するというのは簡単なことではない。君はマグルの武器を駆使して戦ったようじゃが、その武器はどうやって手に入れたのかね?」

 

「……………答えなくてはいけませんか?」

 

「ホグワーツに物騒なものが持ち込まれるのはあまり嬉しいことではないからの」

 

「そうでしょうか?ホグワーツ城には色々と物騒なものが既に持ち込まれていると思いますけど?」

 

「?そのような記憶はわしには無いのじゃが………」

 

「3頭犬に、3頭犬の守る‟物”。ハリーの命を狙う何者かを惹きつける程度には危ない物なんでしょうね」

 

 

エスペランサの言葉にダンブルドアは目を細めた。

 

ダンブルドアはエスペランサがどこまで秘密を知っているかを知らない。

それがアドバンテージとなる。

上手くいけば物の正体を聞き出せるかもしれないとエスペランサは思った。

 

 

「‟物”は3頭犬のような凶暴な生物に守らせている。つまるところ、‟物”を狙う敵は3頭犬のような生物でなくては対抗できないほどの強さを持つことになる。それほどの強者ならばトロールを城内に入れることもハリーの箒に細工するのも可能でしょう。実際、敵がハリーの命を狙うことも、一連の事件が関連していることも全て自分の憶測でしかありませんが。それでも、この城に敵の魔の手が及んでいるのは何となく分かります」

 

「君は賢い。そうじゃな。ホグワーツがある大切なものを隠していることは確かじゃ。そして、ハリーの箒に魔法をかけた人物がそれを狙っているということも、トロールを城内に入れたことも恐らく事実じゃろう」

 

「敵は何者なんですか?自分はハリーの学友として敵の正体を知り、そして、そいつからハリーを守る必要がある」

 

「エスペランサ。このわしが居る限り、この城でハリーをこれ以上危険な目には遭わせんよ。他の先生の監視もある。ホグワーツは安全じゃ。例の‟物”も何重にも守りが固めてあるから大丈夫じゃ」

 

「安全な割にはトロールが入り込んでいたりしますけど?」

 

「詳しくは言えんが、あれ以来、ある先生にハリーを守るように頑張ってもらっているからのう。君以上にハリーを守る力を持った先生じゃ。安心しなさい」

 

「しかし…………」

 

「エスペランサ。君はまだホグワーツの生徒になり切れていないのじゃよ」

 

「???」

 

「君の心はまだあの戦場に居るのじゃ。今の君はハリーを守るという目的を盾にして、‟戦いを求めている”ように思えて仕方がない」

 

「そう……なのかもしれませんね」

 

「エスペランサ・ルックウッドはホグワーツの生徒じゃ。つまりわしの生徒ということになる。君はハリーを敵から守ると言っておったが、わしにとっては君も守るべき生徒なのじゃよ。君には危険な目に遭って欲しくは無い」

 

 

自分が誰かに守ってもらうとは思っていなかった。

 

ダンブルドアが自分を守る対象だと思っていることに多少の嬉しさを感じるエスペランサだったが、同時に屈辱にも似た気持ちを持った。

ダンブルドアは、まるでエスペランサにハリーを守るだけの力が無いと言っているようだった。

確かにそうなのかもしれない。

小銃も爆薬もダンブルドアの魔力の前にはちっぽけな存在に過ぎない。

 

(結局、俺は人ひとり守る力すら持てていないのではないか?全世界の市民を理不尽な暴力から救うとか大層な目標を掲げておいて、この有様か…………)

 

「君が心配することは無い。今日は純粋にパーティーを楽しむと良い。わしもセブルスとクラッカーを引くとするかの」

 

 

いつの間にかダンブルドアの横にはセブルス・スネイプが立っていた。

 

ハリーたちがハリーの命を狙う敵と思い込んでいるのがスネイプである。

 

 

ダンブルドアとスネイプがクラッカーで遊ぶ様子は何ともシュールな光景であった。

 

 

 

「似合いませんね」

 

「吾輩もそう思っている」

 

クラッカーから飛び出した紙吹雪を頭から被ったスネイプにエスペランサは話しかけた。

 

「先生がクリスマスパーティーに来るとは意外でした」

 

「吾輩もルックウッドが来るとは思っていなかった。ルックウッドの魔法薬の成績を考えれば、クリスマス返上で勉学に励むべきだと思うが?」

 

「………………」

 

「3頭犬を知っているということは、3頭犬を倒したのはお前か」

 

「さあ。何のことでしょう」

 

「消灯後に出歩くだけで罰則ものだが、学校の備品扱いである3頭犬を傷つけたとすれば問題だ」

 

「学校の備品が生徒を食い殺そうとする方がよっぽど問題だと思いますが?」

 

「3頭犬の居る場所は生徒が立ち入り禁止の場所だ。食い殺されそうになっても自業自得ではないか?」

 

「一理あります」

 

「吾輩はお前がマグルの武器を密かに持ち込んでいるのを知っている。もしその武器が吾輩の前で使われたのなら、覚悟をしておくことだ」

 

スネイプはそう言って職員席へ帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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大広間のパーティーに参加した学生は十数人程度だったが、その中でもスリザリン生はたった2人しか居なかった。

 

一人は男子生徒であったが、不本意で参加したのだろう。

終始、不貞腐れたようにしていた。

 

もう一人のスリザリン生はエスペランサに検知不可能拡大呪文のかかった鞄をプレゼントしたフローラ・カローである。

 

 

「何であんな貴重なものを俺にくれたんだ?」

 

「別に貴重ではありませんよ?検知不可能拡大呪文を使える魔法使いは案外多いですから」

 

フローラとはトロール事件の夜以来話していなかった。

そんな彼女がなぜエスペランサにプレゼントを贈ってきたのだろう?

エスペランサは疑問を解消するために、大広間の端で一人デザートを食べていたフローラに話しかけていた。

 

「いや、まあそうだとしても何故俺に?何か裏でもあるのか?」

 

「裏なんてありません。私も良く図書館に行くのですが、そこであなたが検知不可能拡大呪文の習得に四苦八苦しているのを見つけたもので。私は別にあの鞄を使う予定は無かったですし、それならあなたに使ってもらった方が鞄も喜ぶでしょう」

 

「そうか。じゃあありがたく受け取っておくことにするよ。ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

フローラはニコリともせずに応えた。

 

エスペランサは教職員のテーブルからちょろまかしてきたウイスキーを口に運ぶ。

ファイアウイスキーという魔法界では有名なウイスキーらしいが、案外度数が高い。

喉が焼けるような感覚を彼は味わっていた。

 

ちなみに彼はハグリッドからウイスキーをちょろまかしてきたのだが、当のハグリッドは完全に酔っ払い、マクゴナガル先生にキスをするという暴挙に出ていた。

 

「そう言えば、フローラって姉が居たよな?ここには居ないみたいだがどうしたんだ?」

 

「姉は実家に帰っています。純血の家柄が集う高貴なパーティー(笑)とやらに参加するそうです」

 

「あんたは参加しなくても良かったのか?」

 

「前も言いましたが私は私の家柄が好きではないので。純血主義だとか古臭い慣習に拘るのは阿保らしいと思います」

 

「スリザリンの生徒らしくない発言だな」

 

「そうかもしれませんね。そもそも私もダフネもスリザリンの純血至上主義を嫌っていたので、レイブンクローへの入寮を希望していたんですけれど………」

 

 

フローラ・カローには姉が居た。

ヘスティア・カローという名前で学年は2学年だ。

 

容姿端麗なフローラと違い、トロールのような見た目(学力もトロール並みらしい)のヘスティア・カローは典型的なスリザリン生であった。

純血主義に傾倒し、マグル生まれを見下す姿を何度かエスペランサも見ている。

性格もお世辞にも良いとは言えなかった。

 

「俺もアンタはスリザリンっぽくないと思うぜ?姉の方は典型的なスリザリン生だけど」

 

「姉は昔から純血教育を受けていたので………。純血主義に否定的な私は家での居場所がありません。まあそれを苦に思ったことはありませんが。祖父は私と同じ考えを持っているので仲が良いんですけどね?」

 

「ふーん。色々苦労してるんだな」

 

 

家庭内の問題というのはエスペランサにとって無縁なものであった。

 

ふうっと息をつき彼はウイスキーをさらに口に入れる。

 

 

「ホグワーツに居ると家での嫌なことを思い出さずに済みます」

 

「俺もこの学校にいる間は嫌なことを忘れることが出来る。忘れちゃいけないって思っていても………な」

 

「忘れてはいけないこと?」

 

「……………。俺はこの学校に来る前に仲間を全て失った。故郷の人たちも全員死んだ。俺だけがたった一人生き残ったんだ。一人生き残った俺は彼らの死を忘れてはいけない。彼らの死を無駄にしないためにも、魔法を学んで………世界を変えようと思った。だが、この学校でハリーたちと過ごしていると、過去のことを忘れてしまう。いや、辛かったことを忘れて今を楽しもうとしてしまう自分が居るんだ」

 

「…………良くは分かりませんが、私が興味本位で聞いて良いような話ではなさそうですね……」

 

 

(俺はフローラ・カローを相手に何をぺらぺらと喋っているんだろう)

 

 

ハリーたちにもエスペランサは自分の生い立ちを話してはいなかった。

自分が魔法界入りを決意した理由もフィルチにしか話していない。

 

数か月前に自分を襲った悲劇を心の奥底に沈め、ひたすらに魔法を学んできた。

勉強をしたり武器を開発しているときは全てを忘れていられた。

ハリーたちと生活している間は失った仲間のことを思い出さずに済んだ。

 

決して忘れてはいけない過去。

しかし、いつの間にかその過去を忘れようとしている自分。

 

思った以上に自分は弱い。

そうエスペランサは思う。

 

ホグワーツの平和な生活を満喫しているうちに、かつてのあの地獄の日を思い出すのが怖くなっていた。

仲間の死を思い出したくなくなっていた。

 

 

「俺は弱いな………」

 

「はい?」

 

「いや、何でもない忘れてくれ。ちょっと柄にもなく話し過ぎた。酔ってるのかな?」

 

 

そう言いつつもエスペランサはまたウイスキーを口に運ぶ。

 

 

「あなたは弱くないと思います」

 

「え?」

 

「友人を救おうとしてトロールに単身挑みに行くことが出来る人間が弱いとは思いませんよ」

 

「あれはただの無謀ってやつだ。それにあの時は俺以外にもハリーたちが居た。あいつらが居なければ俺はトロールに潰されていた。結局、俺は武器を持っていても無力で人一人救うことが出来ないでいる」

 

「あなたはまだ11歳の子供です。確かにあなたは他の生徒とはどこか違い大人びてはいます。ですが、たった11年しか生きていない子供に人を救えるような力があると思いますか?」

 

「…………………」

 

「私は………ウジウジと後ろ向きなことを考えているあなたよりも、いつもの無鉄砲で無謀なあなたの方が好きです」

 

「無鉄砲……ね」

 

「あなたがグレンジャーを助けるためにトロールと戦ったということを聞いた時思いました。もし仮にダフネがトロールに襲われていた時に私は彼女を助けるためにトロールに立ち向かうことが出来るか?と。正直、無理かもしれないと思ってしまいました。怖かったからです。でも、あなたはトロールと戦うことを怖いとは一言も言いませんでしたね。あなたが恐れ、怖いと思っていることは自分の非力さゆえに他人を救えないという事実のみです。確かに非力かもしれませんが、あなたは弱く無いです」

 

「フローラ………」

 

「ダンブルドアに何を言われたのかは知りませんが、あなたはあなたのやりたいようにやるべきだと思います」

 

「そう……なのかもしれないな」

 

「少々偉そうなことを言ってしまいましたね。私自身弱い存在であるというのに………。少し酔ったみたいです」

 

「お前そもそも飲んでないだろうが!」

 

「未成年飲酒は違法ですからね」

 

 

そういってフローラはふふっと笑った。

フローラの笑い顔はいつもの冷たい表情からは想像できないほど温かく、そしてどこか年相応の子供っぽさがあった。

 

はじめて見る彼女の笑顔を見てエスペランサも笑みがこぼれる。

 

 

(ああ。故郷の人たちはみんなこうやって笑っていた。この笑顔を2度と奪われたくないから、俺は魔法界(ここ)に来たんだったな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なかなか話が進まないです………。
もうちょい戦闘シーン入れたい………。


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case08 Norbert the Norwegian Ridgeback 〜赤子のドラゴン〜

お気に入り、UA、感想ありがとうございます!




クィディッチ2回戦。

グリフィンドール対ハッフルパフである。

 

正直なところグリフィンドールの練度であれば負けはしない戦いであった。

 

 

「だが、スリザリンの寮監であるスネイプ教授が審判ってのはグリフィンドールにとっては不利に働くだろうな」

 

「それだけじゃないわ!スネイプはハリーの命を狙おうとしているもの。それに賢者の石も」

 

「スネイプ教授が犯人かどうかはともかく、前回の試合同様にハリーの命が狙われる可能性はあるってことだな」

 

 

クリスマスが終わり暫くした日の夜。

ハリーが蛙チョコのおまけカードであるダンブルドアのカードに載せられた説明文からニコラス・フラメルが誰かをつきとめた。

 

カードには‟パートナーであるニコラス・フラメルとの錬金術で有名”と書いてあった。

 

カードによりヒントを得たハーマイオニーはニコラス・フラメルが賢者の石を作り出した665歳の人間であることを発見した。

エスペランサは665歳という年齢の方に驚いたが、ロンがニコラスの年齢に驚いていない様子を見る限り、665歳という年齢は魔法界ではそれ程驚くべきものではないのかもしれない。

 

本によれば賢者の石は如何なる金属も黄金に変え、不老不死の源となる命の水を作り出すことも出来るらしい。

 

素晴らしい石だ。

如何なる金属も黄金に変えることが出来るとすれば、地球の資源問題は1つ解決したこととなる。

是非とも、マグル界に公表して最近の金属の高騰を抑えるべきだと主張するエスペランサを無視して、ハーマイオニーはハリーの命を狙う敵が「命の水」を求めて賢者の石を狙っているのだと結論付けた。

 

何はともあれ、敵の狙う‟物”の正体は分かったわけだ。

 

 

「賢者の石……か。俺だって手に入れたいぜ?賢者の石を狙う人間なんて大勢いそうだがな」

 

 

そう呟くエスペランサは機関銃に取り付けられたスコープを覗き込んでクィディッチ競技場をぐるりと見渡す。

 

 

ハリーの命を狙う人間がまたクィディッチ競技場に紛れ込んでいる可能性がある。

ロンとハーマイオニーはそれがスネイプであると言い張ったが、エスペランサはスネイプが犯人であるという確信が持てなかった。

 

仮にスネイプが犯人ではなかった場合、もしくは犯人がスネイプであってもスネイプ以外にも複数の敵が存在した場合、ハリーがクィディッチに参加するのは危険

エスペランサもロンもハーマイオニーもハリーにクィディッチの試合に出ないよう説得したのだが、ハリーは案外強情で負けず嫌いだった。

スリザリンとスネイプに一泡吹かせてやると言ってハリーは箒を片手にクィディッチ競技場へ向かっていった。

 

 

「ハリーの命は俺が守る。敵が少しでもハリーに攻撃しようものなら俺がこいつでぶっ殺す」

 

 

エスペランサは競技場の観覧席にある手摺に脚で固定した機関銃を構えなおした。

 

M249。

MINIMIと呼称される分隊支援用の軽機関銃はエスペランサが持ち込んだ武器であった。

 

分解してトランクに入れてあったものを急遽結合して使えるようにしたこの軽機関銃にはスコープがロープで括り付けてある。

MINIMIには元々スコープはついていないが為、G3に着けていたスコープを取り外し、ロープで無理やり括り付けたわけだ。

 

スコープの倍率を上げ、観覧席の職員を片っ端から観察する。

エスペランサは敵の正体が職員の誰かではないかと疑い始めていた。

 

ホグワーツに賢者の石が持ち込まれたことを知る人間は、ホグワーツの職員と森番のハグリッドのみである。

敵がホグワーツに賢者の石が持ち込まれているということを知っている以上、敵の正体は職員の誰かであると憶測できた。

 

もっとも、外部に敵が存在して、職員の誰かがその敵に協力しているという可能性もある。

しかし、敵は前回のクィディッチでハリーの箒に直接呪いをかけていた。

とするなら敵は前回の試合時に競技場に居た可能性が高い。

競技場に居た人間で、尚且つ賢者の石が城に持ち込まれていることを知る人物は限られている。

 

スネイプ。

マクゴナガル。

フリットウィック、スプラウト、クィレル、それにハグリッド。

 

他にも数人の教職員が前回の競技時に競技場に居た。

それら全員が容疑者である。

 

クィディッチ競技中に敵が再び、ハリーに危害を加える可能性はある。

エスペランサはそうなった場合、即座に敵を発見、射殺出来るように軽機関銃を持って来ていたのだった。

 

M249軽機関銃はエスペランサの所有する火器の中で最大の火力と射程を有する。

競技場内ならどこでも射程範囲内であったし、確実に相手の息の根を止められると彼は思った。

 

 

(敵は教職員の誰かである可能性が高い………。ならば教職員の観覧席を重点的に警戒すべきか?)

 

エスペランサは教職員の観覧席に銃を向け、スコープを覗き込む。

本体と200発入りマガジンを含めても8キロしかないM249であったが、それでも持ち上げて撃つのは難しい。

なので彼は機関銃に車両搭載用の脚を取り付け、その脚を観覧席の手摺に固定することで、銃を360度回転できるようにしていた。

 

 

「観覧席には各寮の寮監とクィレル、それに非常勤講師が数人。フィルチさんもいるな。審判のスネイプ教授を含めたら10人以上容疑者が存在する」

 

「一番疑うべきはスネイプだ」

 

「とは言ってもな………。ん!?あれは!」

 

 

スコープ越しに教職員用観覧席を眺めていたエスペランサは観覧席にダンブルドアが座っているのを確認した。

 

 

「ダンブルドアだ!」

 

「ダンブルドアが居れば誰もハリーに手出しはしないわ!見て、スネイプの意地の悪い顔!」

 

「そりゃ元々だろ」

 

 

確かにダンブルドアの目前でハリーに攻撃をするほど敵は馬鹿ではないだろう。

しかし、油断は禁物だ。

 

 

「さあ!プレイボールだ!アイタッ!?」

 

 

ゲームが始まり興奮していたロンが突如として悲鳴を上げる。

何事かと後ろを振り向けばマルフォイがロンに肘鉄を食らわせたところだった。

 

敵襲かと思い焦ったエスペランサは溜息をついて再び機関銃を構える。

 

 

「何だマルフォイ!」

 

「ごめんごめん気づかなかったよ。どうだい?ポッターがどのくらい箒の上に乗っていられるか賭けをしないか?といっても君には賭けをするほど金が無いか」

 

「失せろマルフォイ!」

 

「君たちはグリフィンドールの選手がどうやって選ばれているか知っているかい?気の毒な人が選ばれているんだよ。ポッターは親が居ないし、ウィーズリーは金が無い。ああそうだ。ロングボトム、君も入るべきだね。何て言っても頭が無いから」

 

 

マルフォイが憎まれ口を叩く。

腰巾着のクラッブとゴイルはそれを聞いて豚のように笑っていた。

 

(いやいや、ネビル以上に頭が悪いクラッブとゴイルが笑うなよ………)

 

エスペランサは内心呆れていた。

 

 

そんな中、エスペランサたちの横で観戦をしていたネビルが以外にもマルフォイに食って掛かっていた。

 

 

「ぼ…僕、君たちが束になっても敵わないほど価値があるんだ!」

 

そこからは売り言葉に買い言葉でロンとネビル、マルフォイたちの口論が始まる。

 

 

「ロン!どうでも良いが、マルフォイたちを機関銃の周りに近づけないでくれよ?危ないからな」

 

 

エスペランサは教職員席の警戒で頭がいっぱいであった。

そんなエスペランサの集中力をロンたちの口論が削ぎにかかっている。

 

 

「見て!ハリーがスニッチを見つけて急降下してる!」

 

「悪いが見れない。こっちは警戒監視で手いっぱいだ」

 

「頑張ってハリー!!」

 

 

どうやらハリーがスニッチを見つけたらしい。

会場も盛り上がりを見せている。

 

そんな盛り上がりの中、エスペランサはスコープ越しに‟彼の表情”を見た。

 

 

(何だ‟あいつ”………。ひでえ顔してやがる。まるで憎悪……………!?)

 

 

そこでエスペランサは気づいた。

 

(‟あいつ”が敵であるとしたら全ての辻褄が合う…………)

 

 

エスペランサがスコープ越しに見た、‟ある教員”はハリーを憎むかのように睨みつけていた。

他人の表情や目から感情を読み取れるエスペランサであったが、そんな能力を使わずとも分かる。

 

(あれは明らかに憎悪。戦場で何度も見た。殺意すら含んだ目だ)

 

 

 

何故気づかなかったのだろう。

そうエスペランサは思う。

 

あのトロールの侵入した夜。

ほとんどの教職員は大広間に居た。

 

だから彼は大広間に居た教職員がトロールを城内に導いた犯人ではないと思ってしまっていたのだ。

 

しかし、あの男ならトロールを城内に入れることが出来たはずだ。

 

第一発見者の‟あの男”なら!!!!

 

 

 

いつの間にかハリーはスニッチを掴み、試合を終了させていた。

 

会場は湧き、グリフィンドール生が歓声を上げる。

ハーマイオニーは席に立って飛び跳ねていた。

 

口論から物理的なケンカにシフトしたロンとマルフォイは取っ組み合いをし、ネビルはクラッブとゴイルに羽交い絞めにされている。

 

 

だが、エスペランサにとって今やクィディッチの勝敗はどうでも良かった。

何せ敵の正体が掴めたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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試合終了後、ハリーはスネイプとクィレルの両教授が禁じられた森の隅で口論を(といってもクィレルが一方的に脅されているだけだが)を発見したらしい。

箒を仕舞おうとロッカーに向かっていたところ、2人が禁じられた森に向かうのを見てハリーは後をつけたということだ。

 

ハリーの話によれば、スネイプが「吾輩を敵に回したくなかったら怪しげなまやかしについて教えろ」だとか「どちらの陣営につくかはっきりさせろ」だとか脅していたそうである。

加えて、会話には賢者の石という固有名詞も登場したことから、やはりホグワーツで保管されている物は賢者の石ということになった。

 

「やっぱりスネイプは賢者の石を狙っていたんだ!スネイプはクィレル先生に石を守る罠について聞き出そうとしていたんだ!」

 

「それじゃスネイプがおとなしくしているのもクィレル先生が抵抗している間だけということになるわ」

 

 

ハリーたちはスネイプが犯人だと決めつけて話を進める。

 

 

(いや。そうじゃねえ。スネイプ教授は犯人ではない。ハリーの目撃した2人の会話。一見、スネイプ教授がクィレルを脅しているようにも思えるが、仮にクィレルが犯人だとしても会話は成り立つ。ハリーたちは先入観から気づいていないと思うが………)

 

 

エスペランサはクィレルこそが真の敵であると確信するに至っていた。

 

根拠は4つある。

 

まず1つ目はクィレルがトロールを城内に入れることが出来たという事実。

スネイプ教授はトロール進入時に大広間に居たらしい(エスペランサは図書館に居たので他の生徒に聞いた)。

しかし、クィレルはパーティーの時は大広間に居なかった。

彼は大広間に「トロールが侵入した」と伝えに来た第一発見者であった。

ではパーティーに来ないでどこで何をしていたのだろう?

冷静に考えて、あの時間に城内にトロールを導くことが出来るのはクィレルだけであった。

 

2つ目にクィレルはトロールの専門家であることが挙げられる。

エスペランサはトロールとの戦闘後、図書館でトロールについて調べた。

その際にクィレルがトロールに関する論文をかつて発表していたことを発見している。

トロール専門家であればトロールを城内に入れることも可能だろう。

 

3つ目は今日のクィディッチの試合時にハリーを見ていたクィレルの表情である。

あれは明らかに殺意を持っている顔だとエスペランサは分かった。

 

そして4つ目がハリーの目撃したスネイプ教授との会話だ。

 

 

決定的な証拠こそない物の、クィレルが敵であるとすると辻褄はあう。

彼は前回のクィディッチの試合にも来ていたらしいし、ハリーの箒に呪いをかけることは可能だったはずだ。

ハーマイオニーはスネイプ教授が呪いをかけていたと言うが、それは反対呪文の類だったのではないだろうか。

 

 

(だが、何故クィレルがハリーの命を狙うんだ?何故賢者の石を欲しがるんだ?)

 

 

エスペランサはクィレルのことを良く知らない。

少々臆病な性格でありながら、授業内容自体は割とまともなことをしている。

昨年まではマグル学の教師であった。

その程度の情報しか知らなかった。

 

だからハリーの命を狙う理由など見当もつかない。

 

 

「まあしかし、これで幾分か戦い易くなったな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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エスペランサは事務室に居た。

 

ハリーたちは透明マントを被って天文塔に行っている。

ことの発端はハグリッドがどこからかドラゴンの卵を貰ってきたことから始まる。

 

どこから手に入れたのかは分からないが、ハグリッドはドラゴンの卵を貰ってきて孵化させた。

ノルウェー・リッジバック種というドラゴンらしい。

ドラゴンの飼育は1709年のワーロック法で禁じられているとエスペランサは本で読んでいた。

 

ドラゴンの飼育が違法となれば、ハグリッドは犯罪者ということになる。

それにドラゴンの成長は早く、学校側にばれるのも時間の問題であった。

さらに最悪なことにドラゴンの孵化をマルフォイに見られたのである。

 

ハグリッドの逮捕を覚悟していたエスペランサであるが、ロンの兄貴であるチャーリー・ウィーズリーが幸運にもドラゴンの研究をしていて、ドラゴンを引き取ってくれるという。

その約束が今日だったわけだ。

ハリーとハーマイオニーは今の時間、ノーバートと名付けられたドラゴン(エスペランサはゴジラと名付けようとした)を天文塔でチャーリーたちに引き渡そうとしているに違いない。

 

ちなみにロンはノーバートにかまれた傷が悪化して医務室に居る。

 

 

エスペランサも誘われたが断っていた。

ドラゴン運びを3人という大人数で行うのは見つかるリスクがあるし、何より彼はやることがあった。

 

彼はクィレルに関する情報を集めようとしていたのだ。

 

 

しかしながら教師にクィレルの情報を聞こうとすれば怪しまれる。

ダンブルドアの耳にエスペランサがクィレルについて探っているという話が入れば、おそらく止められるだろう。

クィレル本人の耳に入るのはもっての外だ。

 

そこで彼は考えた。

 

昔からホグワーツに居て、クィレルについて詳しい人物。

エスペランサがクィレルに関する情報を集めていることを怪しもうとしない人物は誰か………。

 

 

「と、言うわけでクィレルに関する情報を教えてくださいフィルチさん」

 

 

消灯後に訪問してきたエスペランサを見てフィルチは大きなため息をついていた。

 

 

「はあ。貴様、今何時だと思っている?前に言ったと思うが、校則違反をしたら容赦しないぞ?」

 

「いや、だって昼間フィルチさんに話しかけようとしても無視されるので」

 

「他の生徒の前でお前と仲良くしたら舐められるだろうが。ったく。罰則は覚悟の上なんだろうな」

 

「まあ。で?クィレルについて知っていることは?」

 

 

舌打ちをしながらもフィルチはエスペランサにお茶を出す。

 

実を言えばエスペランサとフィルチは度々消灯後に煙草を吸う仲となっていた。

消灯後にエスペランサがフィルチのもとを訪ねて一服するのは今月に入って3回目であったし、「罰則をするぞ」と脅すのはフィルチなりのジョークである。

フィルチ自身もミセスノリス以外に仲の良い人物はあまり居なかったし、愚痴を言う相手が欲しかった節もあり現状を良しとしていた。

 

以前のフィルチなら生徒と仲良くなど考えられなかったが、エスペランサは別であった。

 

 

「クリスマスに送ってくれたマグル界の煙草。なかなか美味いな。気に入った。ただ、煙をミセスノリスが嫌がってな」

 

「そう言えばミセスノリスはどこに?」

 

「消灯後に出歩く生徒が居ないかパトロール中だ。お前は例外だが」

 

「何か罪悪感あるな。俺だけ見逃されていると」

 

「お前は悪戯目的ではなく喫煙目的で出歩くからな。別に見張らんでも良い」

 

「そりゃどうも」

 

「で、クィレル教授に関しての情報か。なぜ奴を知りたがる?」

 

「あいつが一連の事件の犯人だと俺が疑っているからだ」

 

「何!?」

 

 

エスペランサはフィルチにクィレルが犯人であるという根拠を話して聞かせた。

彼はフィルチを信頼しているから話したというのもあるが、フィルチにクィレルを警戒して欲しいという気持ちもあって話した。

 

 

「確かに、教授が怪しいというのもわかるな。うむ。あの教授は生徒のときはそんなに目立たなかった。あれは儂が管理人として日が浅かった時だな。奴はレイブンクローの生徒として入学してきた」

 

「レイブンクローだったのか」

 

「優秀だったのかは知らんが、おどおどした生徒でな。儂が罰則だと脅せば泣いて逃げ出すような生徒だった。そのせいか周りの生徒には馬鹿にされていた」

 

「成程。続けてくれ」

 

「教授になってからはあまりおどおどしなくなっていたと思う。真面目な人でマグル学を教えていた。ある時、出張でアルバニアの森に行ってからおかしくなった。どうも鬼婆と嫌なことがあったらしい。その、痴話的な……な。それで今の奴が出来た」

 

「それだけ聞くとクィレルが犯人だとは思えないし、ハリーの命を狙う動機も分らんな」

 

「儂もそう思う。しかし、お前の話を聞くとやはり犯人は奴なんだろうな」

 

「近いうちにクィレルは賢者の石を奪取するために行動を起こす。用心してくれ」

 

「ああ………」

 

 

夜も更けてきたことだしそろそろ帰るかと思っていたエスペランサ。

そんな時、事務室の扉を叩く音がした。

 

「こんな時間にお前以外の訪問者とは珍しい」

 

「ミセスノリスが帰ってきたのか?」

 

「いやいや。彼女はノックはしない」

 

 

フィルチが事務室の扉を開くとそこにはマクゴナガル女史が立っていた。

 

 

「アーガス。消灯後に生徒が出歩いていました…………。ルックウッド!?」

 

「うげっ」

 

「あなたまでも消灯後に徘徊をしていたのですか!?全く、私の寮生には失望しました!」

 

「あ、いや……これには事情が………」

 

「ポッターもグレンジャーもロングボトムも………。あなたたちはもう少し賢いと思っていました………」

 

 

どうやらドラゴンをチャーリーに引き渡そうとしていたハリーたちがマクゴナガル教授にしょっ引かれたらしい。

 

ネビルまで捕まっているのは謎であるが。

 

しかし、透明マントを携行していたはずのハリーたちが何故捕まったのだろう?とエスペランサは疑問に思った。

それにドラゴンはちゃんと引き渡せたのであろうか…………。

 

「あー。マクゴナガル教授………彼はですね………」

 

「何ですアーガス?」

 

 

フィルチはエスペランサを庇おうとしていたが、言葉が見つからないようだった。

事実、エスペランサは消灯後徘徊を行っていたし、フィルチはそんな彼を見逃していた。

両名共に有罪である。

 

さらにエスペランサは机の隅に2本の煙草の吸殻が入った灰皿が置かれていることに気づく。

 

これは不味い。

 

色々と言い訳を考えていたエスペランサであったが、どの言い訳をしてもフィルチの立場が悪くなりそうだと思った。

それに深夜徘徊をしていたのも事実。

他の学生が処罰されるのに自分だけ免除されるというのは腑に落ちないと考え、ここはフェアに自首しようと判断した。

 

 

「先生。深夜徘徊をしていた自分をフィルチさんが捕まえたんです。罰則も減点も覚悟の上。処罰してください」

 

「お前…………」

 

「勿論ですとも。他の学生と同じく50点の減点と罰則を与えます」

 

「了解しました」

 

「もう夜も遅いですから寮に戻りなさい。二度とこのようなことが無いように………」

 

 

そう言い残してマクゴナガル教授は帰っていった。

 

 

「良いのか………?お前」

 

フィルチがエスペランサに話しかける。

 

「消灯後に徘徊していたのは確かです。他の生徒が罰を受けるのなら俺も受けなくてはならない」

 

「そうか………。すまないな」

 

「謝る必要はないでしょう。悪いのは俺だし。ただ、これからは用心して扉を開けて下さい。この部屋以外で俺が喫煙できるところは少ないし………。また来ますよ」

 

「さてはお前、懲りてないだろ?」

 

「勿論」

 

 

 




原作ではハリーたちをしょっ引いたのはフィルチでしたが、ここではマクゴナガルに改変しています。

登場したM249は初期型の物です。
至近距離で発砲を聞くと耳がヤバいらしいです。


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case 09 Of the enemy 〜会敵〜

今日は筆が進みます。
休暇中で暇なのもありますが………。

あ、お気に入りや感想ありがとうございます。


 

クィディッチで勝利をもたらしていたグリフィンドールの英雄、ハリー・ポッターの人気は底辺にまで失墜していた。

 

一晩で200点もグリフィンドールの点を落とした中の一人なのだから仕方がないのかもしれないが、グリフィンドール生の手のひら返しは酷かった。

元々、寮杯に興味の無かったエスペランサ・ルックウッドは200点の減点をどうでも良いと思っていた。

 

それでも、今まで積み重ねたグリフィンドール生の努力を一晩で泡にしてしまったことに彼は罪悪感を感じている。

 

「ま、俺にヘイトが向かってくるのは納得がいくが、クィディッチで勝ち続けて点数を稼いでいたハリーにもヘイトが来るのは理解できないな」

 

「仕方ないよ。一晩で200点だもの」

 

「グリフィンドールが200点ひかれたことでスリザリンが1位。スリザリンを嫌うハッフルパフやレイブンクローの生徒も俺らに怒ってるようだ。逆にスリザリンが可哀そうに思えるな」

 

「気にするなよ。フレッドもジョージも入学から通算すれば200点以上点が引かれてるって」

 

「彼らの3年間分の減点を一晩でやっちまったってことか………」

 

 

ハリーは廊下を歩くたびに後ろ指をさされる羽目になった。

スリザリンの生徒からは「ありがとよポッター」とか話しかけられていたが………。

 

ハーマイオニーとネビルはハリーほど有名でなかったためにハリーほど露骨に無視されることは無かったが、それでも寮内では孤立した。

エスペランサは元々問題児だったことに加えて、減点されようが罰則されようが全く懲りている様子が無かった。

故に他の生徒も「エスペランサ・ルックウッドが50点減点されたところで今更驚かない」と言って普段通りに接していたりする。

 

エスペランサの傭兵時代の罰則はひたすらに腕立てをしたり、ハイポート(銃を持って走る)やスカイポート(銃を掲げて走る)をやらされたのでホグワーツの罰則やら減点やらが生ぬるく思えていた。

 

 

「まあそのうち皆忘れるさ。なんたってテストがあるからな。俺らの減点なんてどうだって良くなるだろ」

 

エスペランサはそう言ってハリーたちを慰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー -----------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

基本的にホグワーツでの罰則は書き取りをやらせたり、掃除をやらせたりする。

寮監所定で内容は決められるが、体罰や危険なことは行わせない方針だ。

 

しかし、今回、エスペランサたちが受ける罰則は禁じられた森で行われるという。

 

エスペランサは度々禁じられた森に言って訓練をしているから何とも思わなかったが、他の生徒は酷く怯えた。

特にマルフォイは禁じられた森に入るなんてとんでもない!と発狂している。

 

確かに武器を持たない生徒を森に入れるのは危険だとエスペランサは思った。

今回ばかりはマルフォイの意見に同意である。

 

 

夜11時。

正面玄関からフィルチに連れられてエスペランサたち5人はハグリッドの小屋まで向かう。

 

「儂に言わせればこんな罰則生ぬるい。昔は鎖で生徒を吊るしたものだ。今でもその鎖は保管してある。いつでも使えるようにな」

 

フィルチは体罰を伴う罰則が好きらしかった。

 

「俺も訓練でミスった時は色々反省をさせられていたが、炎天下の中フル武装で懸垂させられたのは堪えたな。あんなこと二度とごめんだ」

 

傭兵時代の訓練を思い出すエスペランサ。

彼の居た部隊では2人ペアを作り、連帯責任制をとっていた。

 

例えば持久走。

片方の隊員が脱落すればもう片方の隊員が代わりに2倍の距離を走る。

 

片方の隊員がミスをすればもう片方の隊員も一緒になって反省を行う。

 

そうやって互いが互いをフォローし合う助け合いの精神を養ったのだ。

バディとなった隊員は運命共同体となり、実際の戦場では何があっても協力することとなる。

 

 

「ああ。何だ………。ルックウッドは気の毒だったな」

 

フィルチはエスペランサが罰則を受けることに少なからず心を痛めているらしい。

 

「こんな生ぬるい罰則なら何度でも受けてやっても良い。そんなことより、ほら、ハグリッドが小屋の前で待ってる」

 

 

森のはずれにあるハグリッドの小屋の前でハグリッドとファングが待っていた。

ハグリッドはドラゴンが居なくなったことが辛いのか泣きはらしていた。

 

「ハグリッド。生徒を連れてきたぞ」

 

フィルチがハグリッドに話しかける。

 

「お、おお。そうか。ヒック」

 

「ハグリッド。これから森に入るんだ。そんな泣き腫らしたまま森に入ったら命を落とすぞ?」

 

「そうだな………」

 

「やっぱり森に入るんだ!危険すぎる!僕は行かないからな!!!」

 

マルフォイが叫ぶ。

 

「罰則は罰則だ。全員受けてもらう」

 

「森には色々居るぞ。狼男とかでっかい蜘蛛とかな」

 

「フィルチ。あまり生徒を脅かすんじゃない。それに蜘蛛は案外良い奴らだ」

 

 

ネビルはメソメソと泣き、ハーマイオニーは真っ青な顔をしていた。

 

エスペランサが普段訓練するのは森と言っても奥深くない安全な場所である。

禁じられた森の奥に足を踏み入れるのは初めてであったし、狼男や巨大蜘蛛が住んでいるのなら武器を携行する必要があると思った。

 

彼はフローラ・カローにもらった検知不可能拡大呪文のかけられた鞄からG3A3を取り出す。

小銃だけでなく、マガジンポーチの複数つけられた弾帯と拳銃、信号拳銃、半長靴を取り出した。

 

半長靴を履き、弾帯を腰につけ、小銃に弾納を取り付けたエスペランサはネビルを慰めようと話しかけた。

 

 

「大丈夫。狼男くらいなら銃で倒せるだろうし。まあ、最悪の場合、遺骨は持ち帰ってやるからさ」

 

「うわああああああああん」

 

ちょっとしたジョークのつもりで言ったエスペランサの言葉にネビルは泣き出していた。

 

「儂は夜明けに戻ってくる。それまでに何人生き残っているか楽しみだな」

 

そう言い残してフィルチは去っていった。

 

 

 

「森に入るなんて………。父上が知ったらただじゃ済まされないぞ」

 

「父上に告げ口するのは生きて帰ってきてからにするんだなマルフォイ」

 

「父上はホグワーツの理事だ!その気になれば職員を辞めさせることだって出来る」

 

「森の中では父上とやらのご加護は受けられないぞ?」

 

 

エスペランサの言葉に黙り込むマルフォイ。

 

だが、エスペランサにとってはマルフォイも‟脅威から守るべき対象”であった。

憎たらしいところはある物の、マルフォイはか弱い一般生徒だ。

決して傷つけられるようなことがあってはならない。

無論、ハリーもハーマイオニーもネビルもエスペランサにとっては守るべき対象であった。

 

 

「で?これから何するんだ?」

 

「今日は傷つけられたユニコーンを探してもらう。ほれ、これを見ろ」

 

「それは…………」

 

 

ハグリッドが手に持っていたのは以前、エスペランサが訓練中に見つけた白い美しさを持った毛であった。

 

 

「水曜日にユニコーンの死体を見つけた。何者かがユニコーンを傷つけているんだ。今日も、ユニコーンの血痕をいくつか見つけた。今から傷ついたユニコーンを探しに行く」

 

「待った。じゃあ、ユニコーンを傷つけた物騒な奴が森の中にまだいるってことじゃないのか?危険すぎるだろ」

 

「だから俺とファングが同行する。俺とファングに攻撃する奴は森には存在しない。大丈夫だ」

 

 

まあ森番が同行するなら少しは安心できるだろうとエスペランサは思った。

しかし、万が一の場合もある。

 

彼は銃のスライドを引き、初弾を薬室に送り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー数十分後

 

ケンタウロスのロナンという人物に出会ったり、マルフォイがネビルに悪戯してハグリッドがキレたりと色々あった後、エスペランサはハリーとマルフォイ、それにファングと共にユニコーンの捜索に当たっていた。

ハグリッドの提案で2手に分かれて捜索を行うことにしたのだが、マルフォイとネビルを組ませたところ、マルフォイが悪戯をしはじめたのだ。

故に、マルフォイが悪戯をしないであろうエスペランサとハリーをネビルの代わりに組ませたのである。

 

 

森が深くなるにつれてユニコーンの血痕が多くなってくる。

 

エスペランサはG3A3に取り付けられたライトのスイッチを入れた。

 

 

「敵が近いな。いざというときは2人で逃げろ」

 

「ああ。そうすることにするよ」

 

震えた声で答えるマルフォイ。

 

「ひょっとして怖いの?」

 

「怖い物か!帰ったら父上に報告してやる」

 

「ちょっと静かにしろ2人とも!ユニコーンの死体があったぞ」

 

 

エスペランサは30メートルほど先にユニコーンと思われる白い生物が血を流して倒れているのを発見した。

ライトの明かりに照らされたユニコーンの死体は見たことが無いほど美しい死体だった。

 

そして、その死体を貪るようにする黒い影も発見した。

 

 

(敵か!?あれは……人間?)

 

 

ユニコーンを食らう黒い影はフードを被った人間であった。

 

そのフードを被った人間がエスペランサたちに気づく。

 

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああ!」

 

 

マルフォイは泣き叫んで逃げ出し、ファングもどこかへ走り去ってしまう。

ハリーは逃げようとしたが足が動かないようだった。

 

口からユニコーンの血を滴らせて、フードの人間はハリーにスーッと近づいてくる。

 

 

「まずい!?ハリー伏せてろ!」

 

 

ハリーの危険を感じたエスペランサはG3A3を構え、フードの人間に狙いを定める。

 

 

ダンッ ダンッ ダンッ

 

 

3発の銃弾を敵に撃ち込む。

しかし、ライトの僅かな光量と焦りから弾丸は命中しない。

 

「くそっ!お前は何者だ!賢者の石を狙う人物か!?」

 

エスペランサは叫ぶ。

彼の言葉にフードの人間は僅かに反応した。

 

 

(とりあえず敵をハリーから引き離さなくては………)

 

 

続けざまにエスペランサは銃撃を加える。

連射にすればバトルライフルであるG3A3は狙いが定まらなくなる。

そうなればハリーに銃弾を当ててしまう可能性もあった。

なので単射で敵をけん制する。

 

 

「こっちだ!お前の敵は俺だ!!!」

 

 

ダンダンダンダン

 

ダンダンダン

 

 

発射された7発の銃弾はフードを被った敵に向かっていく。

5発に1発の割合で装填されていた曳光弾が暗闇をシャッと照らしていった。

 

冷静さを取り戻したエスペランサは今度こそ確実に銃弾を命中させる。

 

が、しかし。

 

 

「‟プロテゴ 守れ”」

 

 

バスッ

 

バスバスバスッ

 

 

7発の7.62ミリ弾は盾の呪文によって弾かれた。

 

 

「防御呪文。魔法使いか!!!」

 

「‟ステューピファイ 麻痺せよ”」

 

「くっ!!」

 

 

敵はマントの下から杖を取り出して失神光線を放つ。

赤い閃光が襲い掛かってくるのを見てエスペランサは咄嗟に回避した。

 

間一髪で呪文を交わした彼は匍匐前進で近場にあった木の根元に隠れる。

隠れる前に銃のライトを切っておいた。

 

 

(銃弾をすべて防がれた。余程の手練れだろう。やはり賢者の石を狙う敵……クィレルなのだろうか)

 

 

フードの敵はハリーを襲うことを後回しにしてエスペランサを探すことにしたらしい。

魔法使いとして未熟なハリーよりも銃を持ったエスペランサの方が脅威になると判断したのだろう。

 

 

(暗視スコープが無いこの状況で正確な射撃は不可能だ。銃弾は盾の呪文で防がれるが、敵が呪文を詠唱し終える前に狙撃してしまえば………)

 

 

敵は今のところエスペランサを見失っている。

勝機は今しかないと彼は思った。

 

腰のホルスターにさしていた信号拳銃を取り出すエスペランサ。

 

信号拳銃には照明弾と呼ばれる弾丸が込められていた。

照明弾とはマグネシウムなどを利用した夜間に目標を証明するために使われる弾である。

 

少しの間持続して夜空を照らしだす照明弾を打ち上げることで、エスペランサは敵の場所を特定しようとしたわけだ。

 

無論、照明弾を使えば敵にエスペランサの位置も特定される。

故に彼は先に敵を捕捉し、防御呪文を使われる前に銃弾を撃ち込む必要があった。

一瞬のスキが命取りになるのである。

 

 

「3…2…1……今!」

 

 

バシュッ

 

 

シュウウウウウ

 

 

エスペランサは信号拳銃を夜空に向けると、思いっきり引き金を引いた。

 

信号拳銃から放たれた照明弾は空中で花火のように爆発し、眩い光で森を照らした。

 

 

「見つけた!」

 

 

マグネシウムの燃焼による光によって昼間のように照らされた森にフードを被った敵の姿を発見する。

敵は照明弾に驚いてエスペランサを発見するには至っていない。

 

その機を逃さず、エスペランサは小銃を構え、敵の頭に狙いをつけた。

 

 

ズガアアアアン

 

 

日頃の射撃訓練が活きた瞬間であった。

エスペランサが発射した1発の銃弾は正確に敵のフードに包まれた頭を貫く。

 

 

「当たった!ヘッドショットだ。即死に違いない!!!」

 

 

エスペランサは勝ちを確信した。

確実に敵の頭を撃ちぬいた感覚がある。

敵は防御呪文を展開しなかったのだろう。

 

ドウッと地面に倒れこむフード人間の姿がエスペランサの目に入る。

 

 

すかさず彼は倒れた敵のもとに走り寄り、死亡を確認しようとした。

 

 

銃口をフードの先に引っ掛けて、一気にフードを剝がし、敵の顔を見ようとするエスペランサ。

フードの下に隠れた顔が照明弾の光の下で露になる…………と思われた。

 

 

が…………しかし!

 

 

 

「残念だったな…………。‟エクスペリアームス 武器よされ”」

 

 

ニヤリと笑った敵は武装解除の呪文をエスペランサにかけた。

 

彼の持っていたG3A3は遥か彼方へ吹き飛ばされる。

また、呪文自体の威力が強かったのだろう。

エスペランサ自身も吹き飛ばされた。

 

 

「グアッ!?何故だ!!??」

 

 

吹き飛ばされ、地面に叩きつけられたエスペランサは叩きつけられた痛みでうめき声をあげる。

当たり所が悪かったのか、あばら骨に鈍い痛みが走っていた。

もしかしたら数本の骨が折れているのかもしれない。

 

痛みを必死で堪えながら彼は新しく武器を取り出そうとする。

 

幸いにも照明弾は効力が切れ、再び森を闇が包もうとしていた。

エスペランサは闇に隠れることが出来る。

 

 

「エスペランサ・ルックウッドか。マグルの武器で俺様に挑もうとする度胸だけは認めてやろう」

 

「誰だ貴様………」

 

 

聞いたことのない声だった。

冷たく恐ろしいその声はどこか蛇を連想させる。

このような声を出す教職員はホグワーツに存在しないとエスペランサは思った。

 

敵はクィレルではないのか?

 

 

「俺の銃弾は確かにお前の頭を撃ちぬいた………。なのになぜ生きていられる………」

 

「あの程度の攻撃を俺様が防げないとでも言うのか?まあ、種を明かしてやれば、俺様はお前が暗闇に逃げた時から全身に防御呪文を施していた。もっとも、呪文をかけたのは俺様自身ではなく僕のほうだったがな」

 

「チートじゃねえか………。くそったれ!!!」

 

 

パラララララララ

 

 

鞄からM3グリースガンを取り出し、エスペランサはありったけの銃弾を敵の居る方へ撃ち込む。

 

 

「威勢のいい餓鬼だ。そんな玩具で俺様に勝てると思っているのか?」

 

 

パラララララララ カチッ

 

 

グリースガンの残弾がゼロになる。

エスペランサはグリースガンを放棄し、今度はM16を取り出した。

検知不可能拡大呪文がかけられた鞄の中には十数挺の銃と1000発を超える銃弾が入っている。

 

効かないとわかっていてもエスペランサは銃撃を続けた。

 

半ばやけっぱちの攻撃だったが、エスペランサが攻撃をしている隙にハリーが逃げてくればそれで良いと彼は思っていた。

それにこれだけ派手に戦えばハグリッドも気づく。

異変を察知したハグリッドがハリーたち生徒を安全なところに連れて行ってくれる可能性もある。

 

 

ダダダダン ダダダ

 

 

 

「考えなしに攻撃とは脳が無いな…………。ならこちらから苦しめてやろう。‟クルーシオ 苦しめ”」

 

「ぐああああああああああああああ!」

 

 

突如としてエスペランサの体を凄まじい痛みが襲う。

 

骨という骨が折れ、皮という皮が剥がれ、身体全身に銃弾を撃ち込まれるようなそんな痛みだ。

経験したことのない苦痛に悲鳴を上げるエスペランサ。

 

(何だこれは!!!!?????止めてくれ!!!)

 

 

「ぐああああああああ!!!!ぐうう」

 

 

あまりの苦痛にエスペランサは意識を失った。




お辞儀さんの前では銃は無力ですね………。
いつかお辞儀さんに誘導弾をぶつけたいなぁ


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case 10 Lord Voldemort 〜ヴォルデモート卿〜

もうすぐ賢者の石編も終わりです。

最近ブックオフで本を買いあさって読むことにハマっています。
昨日は貴志祐介さんの黒い家を読んでいました。面白いですねこれ。


お気に入り、UAありがとうございます!!!


エスペランサは‟あの地獄”にいた。

 

終わったはずのあの戦いの真っただ中に彼は立っていた。

 

 

鼻を衝く異臭は人が焼ける臭いだろう。

 

爆撃で吹き飛ばされた建物の中でメラメラと燃える人‟だったもの”が見える。

それらはかつてエスペランサが生活を共にした人々のなれの果てであった。

 

己の身に起きた悲劇を嘆く暇もなく炭にされた彼らは死ぬ間際に何を思ったのだろうか。

 

 

遠くから聞こえている炸裂音や連続射撃音は時が経つにつれて近づいて来ている。

まるで死が歩いてくるようだ。

 

エスペランサはそう思った。

 

 

破壊しつくされ、瓦礫の山となり、火の海となった町の中でなぜ自分一人だけが生き残っているのだろう。

何故自分だけが生き残ったのだろう。

 

 

 

タタタタタタタタタ

 

 

乾いた射撃音とともに悲鳴が聞こえる。

運よく爆撃から生き延びた市民に敵が銃撃を加えているのだろう。

 

守るべき市民が攻撃されている。

 

エスペランサは咄嗟に銃を取り、戦おうとした。

しかし、彼が持っていたのは銃ではなかった。

 

「これは……………」

 

エスペランサが手にしていたのは銃ではなく、棒切れであった。

 

魔法界では杖と呼ばれる棒切れを手に取った彼は独自に勉強して習得した呪文を片っ端から唱える。

 

失神光線。

盾の呪文。

妨害の呪文。

武装解除呪文。

粉々の呪文。

 

しかし、唱えて発動された呪文は見えざる敵の航空機に当たりもしないし、戦況を変えることは無い。

この地獄では11歳の子供の唱える魔法は少しも役に立たなかった。

 

 

「何故だ!何故だ!魔法なんだろ!?魔法は何でもできるんだろ!?ならこの地獄を終わらせてくれよ!!!!」

 

 

彼の叫びは虚しく炎の中に消える。

 

 

ふと、彼は自分の足を誰かが掴んでいることに気が付いた。

 

ハッとして足元を見れば、瓦礫の中から自分の足を掴む焼けただれた手がある。

その手は1本だけではなかった。

無数の手がエスペランサの足を掴み、その手の持ち主が焼けただれた恨めしそうな顔で彼をにらんでいる。

 

 

「何で……お前だけ生き残るんだ?何でお前だけ無傷なんだ?」

 

 

口から血の泡を出してそう嘆く人々にエスペランサは何も言えなかった。

 

ああ。

なぜ自分だけ生き残れたのだろう。

 

そう思いながら…………。

 

 

 

「それは君が魔法使いだからじゃ」

 

 

エスペランサの代わりに解を示すのはダンブルドアだった。

 

いつの間にか背後に立っていた戦場には場違いな服装と出で立ちの老人は言葉を続ける。

 

 

「君は魔法を使える。杖が無くても子供は無意識に魔法という名の奇跡を起こすことがある。それは子供の‟願い”を具現化させた物であることが多いのじゃ。君は深層心理で‟生きたい”と思ったのじゃ。だから銃弾からも爆撃からも君は生き延びることが起きた」

 

 

「知ったような口利くんじゃねえ!!!俺はそんなこと望んでない!たった一人生き残りたいと何て思ってない!俺は……皆に生き残ってほしかったのに…………」

 

 

 

何で自分は魔法が使えるのに皆を救えなかったんだろう………。

 

何で自分が無意識に発動させた魔法は‟自分だけを”生き残らせてしまったのだろう…………。

 

 

 

「うああああああああああああああああああああ!」

 

 

行き場のない怒りに彼は叫ぶ。

 

 

 

 

ー暗転

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ---------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エスペランサは目を覚ました。

 

余程ひどい夢を見ていたのだろう。

服が体に張り付くほどに汗をかいている。

 

しかし、彼は夢の内容を覚えていなかった。

 

覚えているのはあの蛇のような声…………。

 

『そんな玩具で俺様に勝てると思っているのか?』

 

あれはいったい誰だったのだろう。

 

 

 

目を開けるとともに目に飛び込んできたのは医務室の天井だった。

 

医務室に居るということは自分は生きているということか。

試しに手足を少し動かしてみたが、おかしなところは見当たらない。

 

「生きてる………」

 

 

そう呟いた。

 

 

最後の記憶。

敵に聞いたこともない魔法をかけられ、この世の物とは思えない苦痛が身体を襲ったところで彼の記憶は終わっている。

 

全身を撃ち抜かれたような激痛だった。

 

 

「気が付いたようじゃの」

 

エスペランサの寝ているベッドを囲むカーテンがシャッと開き、ダンブルドアが入ってくる。

 

「校長…………」

 

「随分うなされておったようじゃが悪い夢でも見たのかね?」

 

「さあ………。夢の内容は忘れました。それより………ハリーたちは無事ですか?」

 

「自分の身よりも友人の安否を気にするとは………。君は素晴らしい心を持って居る。心配ご無用じゃ。ハリーたちは無事に帰ってきておるよ。今は寮のベッドで寝ているころじゃろう」

 

 

エスペランサは腕時計を見る。

が、彼の持ってきた日本製の電波時計は城に入った瞬間に狂って壊れてしまったことを思い出した。

 

 

「今は午前2時じゃ」

 

エスペランサの行動に気が付いて時刻を教えてくれるダンブルドア。

ダンブルドアには何もかもがお見通しという感じがしてならない。

 

「あれから3時間程度しか経過していないのか。そうだ、敵は………。ユニコーンを食っていた敵はどうなったんです?」

 

「奴は逃げたようじゃな。君に磔の呪いをかけていた‟奴”からケンタウロスのフィレンツェが助けてくれたのじゃよ。今度会う機会があればお礼を言っておくと良い」

 

「フィレンツェ………か。磔の呪いというのはあの激痛が伴う呪文のことですか?」

 

「そうじゃ。魔法界では禁じられておる。使う方に余程の闇の力が無ければ君が意識を失うまでに威力を発揮せん」

 

「恐ろしい呪文だった………。禁じられて当然だな」

 

「エスペランサ。君が戦ったおかげで敵は確かにハリーを襲うことが無かった。しかし、代わりに君が傷つくことになった………。以前君に言ったことを覚えているかな?」

 

「ええ。あなたにとっては俺も守るべき生徒であると………。でも、そうであるなら禁じられた森での罰則は行うべきではないと思いますが」

 

「その点に関しては謝罪をしよう。ユニコーンの血を吸う邪悪な敵に君たちが会う可能性を考えるべきじゃったな」

 

「ユニコーンの血………。確か死にかけている者ですら助けるとされる血。だが、デメリットとしてその罪の重さから完全な復活は出来ず、魂が壊れると本には書いてありました」

 

「良く勉強しておるみたいじゃな。ユニコーンの血は口にしたその瞬間から口にしたものを呪うのじゃ。呪われた命を与えられることになる。しかし、ユニコーンを殺してまで生きようとする者は既に人としての魂を失っている可能性もある。そのような人間にとってユニコーンの呪いというものは無力でもあるからのう」

 

「あの人間は呪われてまで生きたいと考える人間だった……ということか。いったい誰なんだ。一人称が‟俺様”でとてつもない魔力を持ち、そしてあの人の発する物とは思えない声…………」

 

「この件については儂の方で解決する。この城の中に居る限り君は安全じゃ……と言っても君は納得せんか。とにかく敵を探そうとしたりするでないぞ」

 

 

おやすみと一言残してダンブルドアは去っていった。

 

 

エスペランサはベッドの脇に置かれた鞄の中から水筒を取り出す。

 

フローラからもらったこの鞄であるが、どうも森から誰かが回収してきてくれたようだ。

無論、戦闘の中で放棄したG3A3とM3、それに最近量産に成功したM16は無かったが………。

 

水筒の中の生ぬるい水を一口飲み、彼は冷静さを取り戻す。

 

 

敵はクィレルでは無かった。

 

いや、違う。

 

クィレルは黒だ。

城内で工作を行っているのはクィレルに違いない。

 

先ほど戦った敵はクィレルと共闘関係にある外部の敵だ。

可能性としてしか考えていなかったが敵は複数名で行動していたのである。

とするならば奴は何者だ?

 

ユニコーンの血を吸っていたということは死にかけどころか殆ど死んでいるに等しい人物だ。

おそらく賢者の石をクィレルが欲しがっている理由はその死にかけの人間を完全に復活させようとしているからだろう。

そう考えれば筋が通る。

 

そして、両名はハリーの命を狙っている。

 

 

「ヴォルデモートか…………」

 

 

エスペランサは文献でしか読んだことが無く良く知らないが、ハリーは1歳の時に当時、英国魔法界で猛威を振るっていた闇の魔法使いヴォルデモートを無意識化で倒していた。

しかし、ヴォルデモートの死体は見つかっていないことからヴォルデモートが完全に死んだとは考えにくい。

もしかしたら死にかけの状態で生き残ったのかもしれない。

死にかけの状態でいたところをクィレルに発見され、クィレルは賢者の石で復活させようとした………。

 

 

「ヴォルデモート……もしくは、ヴォルデモートの手下の闇の魔法使い。その可能性が高い」

 

 

ならば…どう戦う?

 

エスペランサは考えた。

 

先ほどの戦いでは圧倒的な魔力の前に完敗した。

 

確実に魔法使いを倒せると思っていた狙撃も無力だった。

いや、狙撃は有効だ。

初手でこちらの武器が銃であると敵に知らせてしまったのが不味かった。

相手はこちらの武器が銃であると知った瞬間に自分の知らない防御呪文を身体に展開したのだ。

 

銃の優位性と対魔法戦闘における弱点を相手は知っている………?

 

 

 

「防御呪文は物理的ダメージを回避する魔法だ。なら防御呪文をこちらで解除すれば………。それにフラッシュバンの攻撃は防御できない可能性もある」

 

 

次に戦うときは今回のような無様な戦いはしない。

次は確実に奴の息の根を止めてやる。

 

エスペランサはここ数か月、身体の奥底に閉じ込めておいた戦闘員としての血が騒ぎ始めているのを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ヴォルデモートが真の犯人である。

 

ヴォルデモートの協力者が城内に居る。

 

 

エスペランサと同じくハリーもそう考えているようだった。

 

もっとも、ハリーは城内の敵はスネイプであると思っているようだったが…………。

 

 

 

あんな目に遭いながら恐怖よりもヴォルデモートとスネイプに対しての怒りの感情の方を露にしているハリーは案外タフなのかもしれない。

 

 

 

エスペランサは明後日に迫った試験の対策そっちのけで武器の開発と射撃訓練を行った。

これに加えて、有用性のある呪文の習得にも励んだ。

 

前回の戦闘で銃のみで戦うことに限界を感じていたエスペランサはより高性能な武器の使用を考えていた。

しかし、城内ではマグルの電子機器は使用不能になる。

 

誘導弾も赤外線センサーも暗視ゴーグルも使い物にならない。

 

それならば、それらの武器の穴を埋めるために魔法を使ってみてはどうだろうと彼は考えたのである。

 

 

 

 

「明後日は妖精呪文の筆記と実技。それに魔法史だ」

 

「ちょっとロン黙ってて。まだ狼人間の行動綱領を覚えきれてないの」

 

「何だよそれ!そんなの教科書になかっただろ!?」

 

 

ロンとハーマイオニーはヴォルデモートのことよりもテストの方で頭がいっぱいのようだった。

この二人は実際にあの戦闘を目撃していないから危機感が無いのも頷ける。

 

どこか心ここにあらずという状態で試験勉強をしているのはハリーだった。

 

 

「エスペランサ。あなたも勉強したらどうなの?このままじゃ赤点よ?」

 

 

先ほどからずっと銃の整備をしているエスペランサを心配したのかハーマイオニーが言う。

 

 

「大丈夫だ。一通りの勉強は授業中にしているし………。それに今から勉強したところでたかが知れてるだろ?」

 

「前日になって泣きついてきても助けないわよ?」

 

「泣きつかねえよ」

 

 

実際、ここ数か月のエスペランサの成績は悪くなかった。

 

依然として幾つかの呪文は苦手であったが、元々暗記物は得意であった(傭兵時代の教育で無理やり得意にされた)のでペーパーテストには自信があったのだ。

また、魔法薬学もコツをつかんできていて(裏で魔法薬を利用した爆薬や細菌兵器に似たものを開発し続けたからかもしれない)、スネイプに減点されることも少なくなっている。

 

無勉強でも赤点は回避できるのではないかと彼は思っていた。

 

 

(ユニコーンの血でヴォルデモートが生きながらえる時間は僅かしかない。すぐにでも賢者の石を手に入れたいとクィレルは思っているはずだ。ならばもう俺に残された準備期間は数日しかないと見て良い)

 

 

試験期間に教師であるクィレルが行動を起こす可能性は低かった。

とすれば動くのは試験終了後だ。

 

試験期間は多い生徒で4日間。

エスペランサに残された準備期間は今日を含めたとしても1週間未満。

 

 

(この僅かな期間でヴォルデモートへの対抗策を考えなくてはならない…………)

 

 

 

 

 

 

 

 




ヴォルデモートとタイマンしようとしている主人公。
考えてみれば無謀ですね。

主人公の強さはレンジャー課程を終えることの出来る程度と想定しています。
デルタフォースには遠く及ばない戦闘力なのでマグル相手でも無双は出来なさそう………。
魔法の腕も学年3位くらいで設定しています。


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case 11 Through the trapdoor 〜仕掛けられた罠〜

久々に投稿です。

お気に入りや感想、誤字の報告ありがとうございます。



余談ですが、先日久々のサバゲーに参加してきました。
ゲーム中に愛銃が動かなくなりました。


 

 

試験が終わったその日。

エスペランサ・ルックウッドはハリーたち三人とは別行動をしていた。

 

最後の試験が終わった瞬間に彼は地下にある武器の保管場所へ走っていき、必要な銃と弾薬を全て検知不可能拡大呪文のかけられた鞄に押し込んだ。

 

 

 

先手を打つためだ。

 

 

クィレルは試験の終わったこのタイミングで必ず賢者の石を奪いに例の部屋に入っていくだろう。

 

それよりも先に賢者の石が隠された部屋にたどり着き、待ち伏せる。

 

 

C4プラスチック爆弾。

クレイモア対人地雷。

フラッシュバンに破片手りゅう弾。

 

これらすべてを使い、部屋に罠を仕掛ける。

ヴォルデモートならともかくクィレル相手であればこれらの武器である程度のダメージが与えられるはずだ。

 

 

エスペランサはフィルチに頼み込み、禁じられた森からヴォルデモートと思われる不審人物が城内に入ってくる気配が無いかをミセスノリスに監視させるように頼んでいた。

フィルチはミセスノリスに危険が及ぶことを恐れて渋ったが、城内への侵入者が居るとすれば管理人として黙っているわけにはいかないということで了承した。

 

ミセスノリスの監視によればヴォルデモートはおろか、誰一人として城内に侵入してきた人物はいないそうだ。

 

とすれば賢者の石の奪取はクィレルが単独で行うことになる。

 

無論クィレルも手練れの魔法使いには違いなかったが、それでもヴォルデモートよりは戦い易い。

さらに、クィレルを倒すことでヴォルデモートの手に賢者の石が渡らなければ、ヴォルデモートは依然として死にぞこないのままということになる。

 

「勝機はある………」

 

保管しておいた最後の爆薬をカバンに詰めながらエスペランサは自分に言い聞かせるように呟いた。

 

 

これから始めるのは命を懸けた決戦である。

彼は手持ちの武器のほとんどを持ち出し、総力戦をかけるつもりだった。

勿論、ハリーたちには内緒にしてある。

 

ここのところ数日、ハリーは額の傷が痛むと言っていたが、それはヴォルデモートがユニコーンの血によって僅かながらも力を取り戻したためであろう。

ハリーもヴォルデモートが復活することを予期し、いざとなれば戦おうとしていたが銃も持たず、呪文も初級程度の物しか使えない状態で戦うのは無謀とも言えた。

 

 

「一人で戦う気なのか?」

 

 

いきなり声をかけられ、驚くエスペランサ。

振り返ればフィルチが立っていた。

 

思えばこの秘密の保管場所もフィルチが使わせてくれていたのだと気づく。

 

 

「まあな。ダンブルドアをはじめとした教師陣は賢者の石の守りが完璧だと思っているし、クィレルを疑おうともしてないだろう。なら、俺がクィレルの正体を暴いて、奴の息の根を止める」

 

「危険すぎるな。お前のような子供が大人の魔法使いに勝てる筈もないと思うが」

 

「俺はかつて何人もの大人の兵士を倒してきた。戦車だって戦闘ヘリだって倒したことがある。大人の魔法使いだからといって………」

 

「マグルの兵器と魔法は違う!お前が殺されに行くために儂はこの部屋を使わせたのではない!」

 

「殺されに行く?何言ってるんだ。俺は殺しに行くんだ」

 

 

エスペランサは敵を殺すことに何の躊躇もない。

 

それは、かつて傭兵時代に何人もの敵兵やテロリストを殺したから慣れている為である。

と、同時に彼は何の罪もない人々の平和な生活を脅かす人間というのは殺して当然という考えがあったからだ。

 

一般人を巻き込んでテロを行うテロリストも、大勢のマグルや魔法使いを殺したヴォルデモートもこの世に存在して良い人間ではない。

百害あって一利なし。

平和な世の中を作り出すためには排除しなくてはならない存在だと彼は思う。

 

だから彼は戦いに行く。

 

再びヴォルデモートをこの世界に解き放たないためにも………。

罪のない人間が傷つかないためにも………。

 

 

「止めないでくれフィルチさん。俺は二度とあんな地獄を見たくない。大勢の一般市民が死ぬのを見たくないんだ。その為にもクィレルを倒す」

 

「止めはせんよ。エスペランサ」

 

「え?」

 

「どうせ止めても無駄だ。お前は行く。ただ、儂はお前に死ぬなと言っているだけだ」

 

「……………」

 

「お前は馬鹿じゃない。きっと勝てる算段があるのだろう?ただ、お前は無鉄砲なところがあるからな。儂が死ぬなとでも言っておかないと自爆でもしそうだ」

 

「俺にはまだやることが沢山ある。ここで死ぬわけにはいかない」

 

「なら生きて帰ってこい。生きて帰ってきたら………今までお前がしてきた規則違反分の罰則をしてもらうとしようか」

 

「冗談だろ?」

 

「冗談だ。また消灯後、事務室で待ってる。絶対に帰ってこい」

 

 

かつてエスペランサの教官をしていた男も、任務前には必ず「生きて帰ってこい」という命令をしたものだ。

 

フィルチの言葉が教官の言葉と重なる。

だからエスペランサはフィルチの言葉に敬礼で答えた。

 

背筋を伸ばし、つま先を45度開く。

左腕は体側にしっかりとつけてこぶしを握り、伸ばした右手をこめかみまで持ってくる。

挙手の敬礼の動作だ。

本来なら被り物をしていないので10度の敬礼を行うはずだったが、あえて挙手の敬礼をした。

 

 

「エスペランサ・ルックウッド。了解しました!必ず生きて帰ってきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

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エスペランサはグリフィンドール寮の寝室に戻ると、トランクの中から戦闘服を取り出した。

米海兵隊の使用している戦闘服である。

防弾ベストは対魔法使い相手に無用の長物であるため今回は取り出さなかった。

 

戦闘服上下を身にまとい、鉄帽を被る。

半長靴を履き、弾帯とサスペンダー、満水になった水筒をつける。

 

戦闘服を着終えたエスペランサはベットの上に並べられた装備の点検を始めた。

教官からクリスマスに送られてきたM16A2にはM203グレネードランチャーが備え付けられている。

何度も整備をしたので作動には問題がなさそうだ。

グレネード弾と5.56ミリ弾のつまった弾倉にも不備はない。

スタングレネードと破片手りゅう弾も破損は見受けられない。

 

今回は対人戦ということもあってG3A3よりも装弾数が多く室内戦に向いたM16A2をメインウエポンとして採用した。

禁じられた森の戦闘では命中精度よりも、弾幕を多く張れる銃の方が対魔法使い戦では有効であると思われた為である。

 

検知不可能拡大呪文のかけられた鞄を肩からかけて全ての準備が完了した。

この鞄の中には今まで製造したG3A3やM3グリースガン、各種爆薬と弾薬にM249が全て詰められている。

 

M16の負い紐を肩にかけ、銃を背負った後、机の中にしまってあった何枚かの羊皮紙を取り出す。

その羊皮紙には対クィレル戦の作戦案が5パターン程書いてあった。

本来、エスペランサは対市街地ゲリラ戦の作戦立案を得意としており、拠点防衛の作戦は専門外である。

 

作戦を考える上で彼は戦史を参考にしようと思った。

 

ベルリンの市街地戦やブダペスト包囲戦、モスクワ防衛戦といった世界大戦時の戦いから古代ローマ帝国の戦いに至るまで参考に出来そうなものは全て調べた。

しかしながら、防衛戦を成功させるには潤沢な物資の確保や補給線の確立、人員の充実が必須である。

 

それに対して今回、エスペランサはたったの一人で防衛を行わなくてはならない。

もっとも、敵も一人ではあるが………。

 

ペルシア戦争のテルモピュライの戦いは少数の兵士で多数の兵士を相手に成果を出した戦いであるが、それでも300人の兵士が居たし、重装歩兵によるファランクスといった新戦法があった。

数や物資の量で戦力が劣る場合に戦争で勝つには新兵器を投入するか、新戦法で対抗する必要がある。

 

クィレルはホグワーツで教員をする程度には有能な魔法使いだ。

学生時代の所属寮はレイブンクローであり、学業成績も良かったという話は他教師から聞いていた。

となれば魔法を駆使した戦闘にも秀でている可能背が高い。

エスペランサは現代兵器を用いた戦いには詳しい自信があったが、魔法使いの戦闘に関する知識は乏しかった。

 

クィレルの持つカードは未知数である。

どのような魔法を使ってくるかが全く分からない。

敵の戦力、戦法に関する情報が欠如していた。

 

「クィレルの戦い方や使ってくる魔法に関する情報が無い以上、不利な戦いを強いられる。だが、相手も俺の戦力を全て知っているわけではない」

 

禁じられた森での戦いでエスペランサは敵側に彼の戦い方と戦力の一部を見せてしまっていた。

仮にクィレルと戦闘を行うとすれば、クィレルは銃や爆薬に対して何らかの対策をしてくるだろう。

 

それらの不利な状況を考慮にしたうえでエスペランサは作戦を考えた。

新戦法も考えた。

 

 

「気を引き締めていくぞエスペランサ・ルックウッド。敵は今まで相手にした連中よりも数段手強い」

 

 

自分自身にそう言い聞かせ、彼は4階の禁じられた部屋に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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4階の禁じられた部屋の前には先客が居た。

 

ハリー、ロン、それにマクゴナガル教授である。

 

どうやらハリーとロンは賢者の石を狙うものが4階の禁じられた部屋に近づかないように部屋の前で見張りをしようとしていたみたいであった。

そして、見張りをしているところをマクゴナガル教授に見つかり、叱られているところである。

 

 

「何度言ったら分かるのです!?石の守りは何重にも施されていて完璧です!少なくともあなたたち2人よりは強力な守りが施されています!今度ここであなたたち2人がうろついているところを見つけたら50点ずつ減点します!」

 

 

そう言って彼女はハリーとロンを追い返した。

追い返した後で、今度はマクゴナガル教授が部屋の見張りに立った。

どうやらハリーたちが再び部屋に近づくのを阻止しようとする考えなのだろう。

 

廊下の物陰から一部始終を見ていたエスペランサは禁じられた部屋に突入する機会が失われたことに苛立ちを覚えていた。

 

 

(クソったれ。これでは部屋に近づけない。クィレルよりも先に部屋にたどり着かなくては計画がパーになっちまうっていうのに………)

 

 

渋々、エスペランサも4階から撤収した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ハリーから聞いた話によれば、ダンブルドアは魔法省に呼ばれて現在ホグワーツに居ないらしい。

となると今晩のホグワーツはクィレルにとってまたとない石奪取のチャンスとなる。

 

 

「もう僕が行くしかない!ダンブルドアが居ない以上、スネイプは今夜にでも賢者の石を奪うつもりだ!」

 

 

興奮したハリーが談話室中に響き渡るような声で叫ぶ。

もっとも、消灯後である現在、談話室に居るのはハリー、ロン、ハーマイオニーとエスペランサの4人しかいないので話を他人に聞かれる心配は無かった。

 

「僕は今夜、寮を抜け出して賢者の石のところまで行く。先に石を手に入れるんだ!」

 

「正気かハリー!?」

 

「駄目よハリー!退校になってしまうわ!?」

 

「だから何だっていうんだ!もしスネイプが賢者の石を手に入れてヴォルデモートが復活したらどうするんだ!?」

 

 

ハリーがヴォルデモートに名前を言ったところでロンとハーマイオニーが悲鳴を上げる。

エスペランサは黙ってハリーの発言を聞いていた。

 

 

「ヴォルデモートが支配していた魔法界は酷い物だったって聞いた。ホグワーツは無くなるかもしれないし、罪のない人が殺されるんだ!僕の両親みたいに!なら僕が行かなきゃいけない。ヴォルデモートの復活が防げるなら退校なんて軽いものだ!」

 

 

罪のない人が殺される………。

 

ヴォルデモートの全盛期の魔法界の様子はエスペランサも文献で読んだ。

言論弾圧、市民の思考はマグルとマグル生まれの排斥に傾けられ、完全な管理社会と化していた英国魔法界。

不用意に闇の勢力を批判し、それを告げ口されれば命は無い。

法治国家は崩壊し、暴力が巣食う街に民主制は無い。

 

まるで独裁国家だ、とエスペランサは思った。

 

マグル界にも20世紀が終わろうとしている今になっても独裁国家は存在する。

 

しかし、ヴォルデモート支配下における魔法界は現存するマグル界の独裁国家とは比べ物にならない酷さがあった。

 

 

「ハリーの言う通りだ。ヴォルデモートは復活させてはならない。その為には敵よりもはやく賢者の石を確保する必要がある。マクゴナガル先生は石の防衛が完璧なものと言っていたが、それは教職員が全員味方であった場合の話だ。石の防衛の一角を担った教職員なら、容易く罠を突破して石を手に入れてしまうだろう。教師陣は平和ボケしすぎている」

 

「エスペランサ!あなたまでそんなことを………」

 

「だが、ハリー。お前ひとりで何ができる?使える呪文も限られている半人前の魔法使いが教師陣の作った防衛線を突破できると思っているのか?」

 

「それは…………」

 

 

ハリーの学業成績は並であった。

 

1学年なら申し分ない魔法力であったが、教師が作り上げた完璧な防御(自称)を突破できる能力は勿論持っていない。

返り討ちに遭うのが目に見えていた。

 

それに、諸悪の根源であるクィレル自身を潰しておかなければヴォルデモートの復活を妨げたことにはならないだろう。

 

 

「ハリー。お前ひとりで行ったところで返り討ちにされるにきまってる。3頭犬の餌がひとつ増えるだけだ」

 

「でもやらなきゃいけないんだ!」

 

「ああ。だから俺が行く」

 

「「「 え? 」」」

 

 

エスペランサの言葉に3人が驚く。

 

 

「俺は3頭犬を倒した実績がある。他の教師が作った防衛策が3頭犬程度のものなら突破できるはずだ。保証は出来ないが………」

 

「君一人で行くのか!?」

 

「勿論そうだ。俺は魔法に長けているわけではないが、マグルの戦い方なら心得ている。この中では一番、石までたどり着ける可能性が高い」

 

「馬鹿言うなよ!君が一人で行くなら僕も行くぞ」

 

 

ロンが言う。

 

 

「足手まといになるだけだ!半人前の魔法使いが罠を突破できるわけがないだろ」

 

「君だって半人前だ!それに僕が居なかったらトロールに殺されていたかもしれない!」

 

「あの時とは違う」

 

「何言ってるんだ2人とも!僕が行く!」

 

 

エスペランサもハリーもロンも譲らない。

 

エスペランサとしては単独で潜入したかった。

実戦経験がトロール戦しかないハリーたちを本当の戦闘に巻き込むわけにはいかない。

 

 

 

 

「君たち何をしているの?」

 

 

 

ギャイギャイと口論しているエスペランサたちは気づかなかったが、談話室にはいつのまにかネビルが下りてきていた。

 

 

「ネビル………」

 

「ちょっと試験のことで口論になってた。もう消灯後だぞ。寝たらどうだネビル?」

 

 

「嘘だ………。君たちまた抜け出そうとしてるんだろ?」

 

 

ネビルが疑わし気な目で4人を見てくる。

 

 

「なわけないだろ」

 

「ちょっとだけど話は聞いたよ。抜け出しちゃだめだ。これ以上規則を破って減点されたらグリフィンドールは大変なことになる」

 

「ネビル………。君にはわからないと思うけど、減点よりも大切なことがあるんだ」

 

 

ハリーがネビルに言う。

しかし、ネビルは一歩も引かなかった。

 

 

「行かせないよ!僕君たちと戦う!」

 

 

ネビル・ロングボトムをエスペランサは弱いと思ったことは無かった。

確かに臆病であるところはあったし、不器用で勉強もからっきしであったが、マルフォイに立ち向かうなどグリフィンドール生としての素質は十分にあると彼は思っていた。

 

しかし、まさか寮のことを考えてハリーたちに立ち向かうとは…………。

 

 

「僕戦うからな!かかってこい!」

 

 

ネビルがファイティングポーズを取る。

エスペランサは護身術を傭兵時代に覚えていた。

それを駆使すれば5秒以内にネビルを気絶させることが出来るだろう。

だが、彼は仲間に軍隊で習った技を行使することに若干の躊躇いがあった。

 

 

「‟ペトリフィカストタルス 石になれ”」

 

 

突然、ネビルの身体が石のように硬直し、床に倒れる。

 

全身金縛りの術だ。

エスペランサも図書館で見つけ、習得したその呪文は一定時間、相手を金縛りにすることの出来るものである。

 

 

「ハーマイオニー………」

 

「ネビル………。ごめんなさい。後できっと訳が分かるわ」

 

 

呪文を放ったのはハーマイオニーだった。

 

 

「これでわかったでしょう?この中で一番魔法が使えるのは私よ。エスペランサは怪物相手になら戦えるかもしれないけど、魔法に関する知識は浅いでしょ?」

 

「……………」

 

「例のあの人の復活を阻止したいのは私もロンも一緒。だから一緒に行くわ。それに私、フリットウィック先生にこっそり教えてもらったんだけど試験は100点満点中120点だったんですって。こんな生徒を規則違反で退校にするほど学校側も馬鹿じゃないと思うわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ピーブスの襲来とミセスノリスとのエンカウント(これに関してはフィルチに事情を話しているので大した脅威にはならないとエスペランサは思った)を乗り越え、エスペランサたち4人は4階の禁じられた部屋にたどり着いた。

 

透明マントを脱ぎ、4人は部屋に入る。

 

 

「フラッフィーは音楽を聞かせると眠るらしいわ。銃も有効かもしれないけど、あんまり傷つけるとハグリッドが泣くから………」

 

「任せてくれ。楽器の演奏は得意なんだ」

 

「そうなの?」

 

 

エスペランサは懐に入れた‟ある楽器”を手にする。

 

扉を開けて、暗い部屋に入り込む。

窓が一切ない部屋は暗闇に包まれているが、薄っすらと3頭犬のシルエットが見えた。

どうやら眠っているらしく、グウグウとイビキが聞こえる。

 

頭に巻かれた包帯のようなものはエスペランサの銃撃による怪我によるものだろう。

 

 

「寝てるぞ」

 

「あれよ。あそこ。ハープが呪文をかけられてひとりでに演奏を………」

 

「なんてこった…………」

 

 

おそらくクィレルが3頭犬を突破するために使用したハープなのだろう。

ということはクィレルは既に部屋に入り込み、賢者の石までたどり着いている可能性がある。

 

(最悪の事態だ。作戦1から作戦4は使い物にならなくなった。先にクィレルが賢者の石までたどり着いていた場合の作戦5を使うしかない)

 

賢者の石を防衛する作戦はクィレルに先を越された時点で使えなくなった。

もし仮に敵が先行していた場合の作戦は5つ目の作戦であるが、勝率は限りなく低い。

 

 

「スネイプが先に行ったんだ!急がなきゃ」

 

 

ロンがそう言った瞬間にハープにかけられていた魔法が解け、演奏が止まる。

 

時間経過とともに解除される魔法らしい。

魔法というのは時間経過とともに威力が弱まったり解除されることが多かった。

自動で楽器に演奏させる魔法も持続時間はそう長くない。

そうなるとクィレルが3頭犬を突破したのはそう過去のことではないのかもしれなかった。

 

 

「エスペランサ!楽器を演奏して!フラッフィーが目覚めちゃう」

 

「待ってました!」

 

 

張り切ってエスペランサが取り出した楽器はラッパであった。

 

 

「え?ちょっと……あなた何を演奏するの?」

 

 

 

パパラパ パパラパ パパラパパパパー

 

パパラパ パパラパ パパパパパパパー

 

 

エスペランサがラッパで演奏?したのは軍隊において兵士が最も嫌うメロディーだった。

 

心地よい夢の世界から一気に現実世界に意識を戻す魔法のメロディー。

その名を「起床ラッパ」と人は呼んだ。

 

 

 

 

 

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 

 

 

3頭犬も無理やりたたき起こされるのは好きではないようで、凄まじい怒りの鳴き声をあげる。

 

心なしか銃撃を食らった時よりも怒っているようだった。

 

 

「あ………。魔法生物も起床ラッパは嫌いだったのか」

 

「何やってるんだエスペランサ!!!!!!!」

 

 

ハリー達3人はエスペランサに怒鳴りながら急いで床にある隠し扉に走る。

エスペランサは逃げ遅れた。

 

 

「やべ………」

 

 

突進してくる3頭犬のフラッフィー。

 

身の危険を感じた彼は戦闘服につけられていたスタングレネードを取り外し、ピンを抜く。

 

 

「やっぱ最初からこれ使ってれば良かったな」

 

 

3頭犬にスタングレネードを投げつけ、目と耳を塞ぐ。

 

 

 

 

 

カッ

 

 

 

キイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン

 

 

 

 

 

「ギャアアアアアアアアアアア」

 

 

 

部屋内を眩い光と爆音が襲い、怪物は堪らず倒れこんだ。

 

その隙にエスペランサは隠し扉内に滑り込む。

 

 

 

 

隠し扉の先にはおそらく次の罠が待ち受けているはずだ。

隠し扉の下は広大な空間であったようで彼は暗闇の中を自由落下していった。

 




原作と若干時系列が違くなっております。
ハリーが石を手に入れようと決意するのは消灯後ではありませんが、物語の都合上変更しました。

フラッフィーは数か月で回復しています。


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case 12 Strategy change 〜新たな戦略〜

UA10000突破ありがとうございます!!!


 

隠し扉を抜けた先に待ち構えていたのは悪魔の罠であった。

おそらく薬草学のスプラウト先生が仕掛けたものであろう。

 

一面に漂う長い触手は触れた者に蔓を巻き付け、やがて絞殺する。

 

蔓の強度はかなりのものでありコンバットタイヤ並みだ。

ホグワーツ1年時にも習う植物であるが、この植物に襲われた時の対処法はあまり知られていない。

 

 

「大丈夫!動かなければこの植物は私たちを動物と判断できずに見逃してくれるわ」

 

「成程、確かにそう本に書いてあったな」

 

 

エスペランサとハーマイオニーは冷静に判断して悪魔の罠から抜け出す。

エスペランサは最悪の場合、スタングレネードで悪魔の罠を麻痺させるか、手榴弾で爆破することを考えていたが弾薬の節約という観点からハーマイオニーの指示に従った。

 

遅れてハリーも罠から逃げてくる。

 

 

「ロンはどうした?」

 

「まだ上に居る。たぶん悪魔の罠と戦ってるんだ」

 

「焦って冷静さを失っているな。おいロン!じっとしてれば罠から抜け出せるらしいぞ!」

 

 

エスペランサが叫ぶも、ロンは反応しない。

 

 

「ヤバい雰囲気だ。何とかしないと」

 

「待って、スプラウト先生が授業で言ってたわ………。悪魔の罠は暗闇と湿気を好んで日光を嫌う…………」

 

「成程。ならスタングレネードで対処可能だな。みんな、耳を塞いで目をつぶってろ」

 

 

3頭犬の時と同様にスタングレネードを投擲する。

 

眩い光があたりを包む。

日光を嫌う悪魔の罠がスタングレネードの光に耐えられるわけがない。

 

悪魔の罠は動きを止め、ロンを放した。

 

 

「助かったよ」

 

「ああ。ハーマイオニーが薬草学を勉強しててよかった………」

 

「急ごう」

 

 

 

 

 

 

 

 

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悪魔の罠を突破した後に待ち構えていたのは羽の生えた鍵が無数に飛び交う部屋であった。

 

部屋の奥にある扉はアロホモラでも鍵が開かない。

おそらく飛び交う羽の生えた鍵の中から本物の鍵を見つけ出して解錠しなくてはならないのだろう。

見ればそのための箒も置いてある。

 

 

「箒で鍵を取るのか。ハリーが得意そうだが、時間が惜しい。扉は対魔法対策はしてあってアロホモラは通じないみたいだが、プラスチック爆弾なら効果があるだろう」

 

扉はアロホモラを無効にしたことから魔法耐性があるようだ。

解錠呪文も爆破呪文も効果が無いだろう。

しかし、それは扉にかけられた魔法がかけられる魔法を無効にしているだけだ。

物理攻撃を無効にしている訳ではない。

 

エスペランサは粘土状のC4を扉につけ、起爆装置を作動させる。

 

 

ズドンッ

 

 

C4は見事に爆発し、扉を破壊した。

 

 

「おそらくコンフリンゴやエクスパルソでは扉は破壊できなかっただろう。だが、魔法以外の破壊工作に対する対策はしてなかったんだろうな」

 

 

この部屋の罠を考案したフーチ先生もまさかマグルの爆薬を使って扉を突破されるとは思わなかっただろう。

破壊魔法をはじめとした魔法を無効にすることは出来ても物理的な破壊工作を阻止する魔法はかけていなかったらしい。

 

 

「次に行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー -------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マクゴナガル教授はやはり優れた魔法使いだった。

 

彼女の用意した巨大チェスの駒はエスペランサの銃撃も手榴弾の爆発もM16A2につけられたグレネードの攻撃も全て退けた。

 

 

焦ったエスペランサであったが、チェスが得意であるロンがエスペランサたち3人に指示を出し、チェスに勝つことで罠を突破した。

 

 

「ロン!」

 

「ロン!しっかりして!」

 

 

チェスに勝つ代償はロンの犠牲であったが………。

 

 

「息はある。衝撃で気絶しているだけだ。だが、巨大チェスの駒の攻撃をもろに受けたはず………。骨折は免れないだろう。命に別状はないが、はやく野戦病院の類に搬送しないと………」

 

 

ロン・ウィーズリーもやはりグリフィンドールの素質があった。

己の犠牲を覚悟で敵の野望を止めようとしたのだから。

かつてエスペランサが所属していた部隊にもロンほどの人材はそう多くは無かったと思える。

 

 

「ロン。お前はお前の役割を立派に果たした。ハリー、ハーマイオニー。気絶したロンを連れて行くのは困難だ。かといって医務室に連れていく時間は無い。というかどうやって連れて行くんだって話だ。だから彼を置いて次に進むしかない」

 

「………ええそうね」

 

 

ハリーとハーマイオニーは頷いた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

次の部屋はクィレルの作った罠だったのだろう。

 

巨大なトロールが血を流して倒れていた。

 

 

「ま、こいつを相手に戦わなくて良くなったってのはありがてえな」

 

 

そう呟くエスペランサは敵がクィレルであることを確信した。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー -------------------------------

 

 

 

 

 

 

トロールの倒れていた部屋を後にすると次はスネイプ先生の用意した罠が待ち構えていた。

 

エスペランサたち3人が部屋に入った瞬間、入り口と出口の扉の前が紫色の炎で燃え上がる。

出入り口を炎で塞がれた3人は部屋の中で立ち往生することになってしまった。

 

 

「‟アグアメンティ 水よ”」

 

 

ハーマイオニーが杖から水を噴射して炎の沈下に当たったが効果は無かった。

噴出した水は炎の熱で蒸発してしまう。

 

 

「この炎も魔法耐性があるのか」

 

「きっと魔法で生み出したものは全て蒸発させてしまう炎なんだわ」

 

 

ではどうやって炎を突破すればよいのだろうか?

そんな疑問はすぐに解決した。

 

部屋の中央に円形の机が置かれ、その上に7つの瓶が並べられている。

瓶の中には魔法薬がそれぞれ入っていた。

 

おそらく、その7つの瓶のうち1つが飲んだ人間に炎に対する耐性を持たせてくれる魔法薬なのだろう。

 

 

「この中に炎の中を通れるようになる魔法薬が含まれているってことか」

 

「そうみたいね。見てこれ」

 

 

ハーマイオニーが瓶の脇に置かれていた巻紙を取り上げる。

巻紙には奇妙な怪文が書かれていた。

 

 

「何だいそれ?」

 

ハリーが訊ねる。

 

 

「すごいわ。これは論理よ。偉大な魔法使いでも論理を解けない人って沢山いるのよ」

 

「成程。3つが毒薬で、2つが酒。残る2つのうち片方が出口の扉を通してくれて、もう片方が入り口の炎を通してくれるのか」

 

 

エスペランサはハーマイオニーの持つ巻紙に書かれた怪文の内容を読み取った。

暗号解読は特殊部隊で何度か行ったこともあるし、論理的な思考に関しては彼の得意分野である。

 

しかし、そんなエスペランサが怪文を解読するよりも早くハーマイオニーが解読してしまった。

 

 

「一番小さな瓶が先に進む扉の前の炎を通してくれる魔法薬。右端の丸い瓶が前の部屋に戻るための瓶よ」

 

「はやいな。ハーマイオニーは軍隊の情報部隊でも活躍できる」

 

「ありがとう。でも薬は2つだけよ?どうするの?」

 

 

薬は2つ。

今部屋にいるのは3人だ。

どう考えても1人はこの部屋に残されてしまう。

 

 

「あーちょっと待ってくれ。確か俺の着ている戦闘服は耐燃性があったはずだ。それに………これもある」

 

エスペランサは鞄の中からガスマスクを取り出す。

 

ホグワーツに来るときに彼が持ってきたものの一つで、対化学兵器用に開発されたものであった。

簡易的なマスクであったが、炎の壁を通り抜けるくらいなら問題ないだろう。

 

問題は戦闘服である。

耐燃性があるとはいえ、戦闘服は防火服ではない。

もし仮に、扉の前の炎がとてつもない高温であったら恐らく熱に耐えられないだろう。

 

それに、炎は魔法で作り出された特殊なものだ。

耐燃性の戦闘服を着ていたところで安全は保障されない。

 

これは賭けであった。

 

 

「俺は薬なしでも炎を突破できる可能性がある。だから魔法薬は2人で飲んでくれ」

 

「ならハーマイオニー。君は前の部屋に戻ってくれ」

 

 

ハリーがハーマイオニーに言う。

 

 

「鍵の飛んでいた部屋に箒があった。あれを使えば外に出られるし、ロンも運べるかもしれない。外に出たらふくろう小屋に行くんだ。ふくろうを使ってダンブルドアに手紙を送ってくれ。全てをダンブルドアに伝えるんだ」

 

「でもハリー。例のあの人がスネイプと一緒に居たら勝てっこないわ」

 

「それに関しては心配ない。ここ数日、外部の人間がホグワーツに侵入した痕跡は無いようだ。おそらく扉の向こうに居るのは1人だけだろう。それなら勝算はある」

 

「でも…………」

 

「時間が無い。急いでくれ」

 

 

ハーマイオニーはまだ何か言いたげであったが、渋々了承したようで、丸い瓶を手に持った。

 

 

「ハリーあなたって偉大な魔法使いよ」

 

「君にはかなわないよ」

 

「私はちょっと勉強が出来るだけだった………。でももっと大切なことがあるわ。だから2人とも気を付けてね!」

 

 

ハーマイオニーは一度ハリーに抱き着いた後、薬を飲んで元来た道を戻っていった。

ちなみにエスペランサは抱き着かれなかった。

 

 

ハーマイオニーが扉の向こうに消えた後、エスペランサはハリーに話しかけた。

 

 

「ハリー。良く聞いてくれ。この扉の向こうにはおそらく賢者の石と石を奪おうとする者が居る」

 

「うん。スネイプだね」

 

「いや。違う。スネイプは敵ではないんだ。敵はクィレルだ。間違いない」

 

「そんな訳ないよ!敵はスネイプだ!!!!」

 

「まあこの際、敵が誰なのかはどうだっていい。どちらにせよ敵は大人の魔法使いだ。俺たち2人が正面から挑んで勝てる訳がない。だから、頭を使わないとな」

 

「何か作戦があるの?」

 

「俺は1度、禁じられた森で敵と戦った。その時は銃弾を全て盾の呪文で防がれた。だから正面から銃撃戦を仕掛けたところで勝ち目はない。だが、奇襲をかければ敵が呪文を展開する前に倒せるかもしれない」

 

 

盾の呪文は確かに万能だ。

しかし、所詮は魔法。

呪文を詠唱しなければ盾を展開出来ない。

 

前回は正面から銃撃を浴びせようとしたために敵に盾の呪文を詠唱させる余裕を作り出させてしまった。

 

だが、敵にこちらの存在を悟られずに狙撃をすれば、敵は盾の呪文を詠唱する前に銃弾に撃ち抜かれるだろう。

 

 

「ハリー。炎を突破したら俺に透明マントを貸してくれ。俺は透明マントを被って次の部屋に入る。そうすれば敵はハリーが単独で部屋に入ってきたのだと思い込むだろう。そこに隙が生まれる。敵がハリーに気を取られている瞬間に俺が狙撃する」

 

 

本来ならハリーも透明マントも無い状態でエスペランサは敵と戦う予定であった。

しかし、その2つがある為に急遽作戦を変更したのである。

 

 

(本当なら作戦5を使って戦う予定だったが、ハリーも透明マントもあるこの条件下なら確実に敵の息の根を止められるはずだ)

 

 

「分かった。僕がスネイプ……敵を引き付ける。その間に君が敵を倒してくれ」

 

「ああ」

 

 

そうして2人は炎の中に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

戦闘服の耐燃性はあまり効果が無かった。

炎を突破した後でエスペランサはあまりの熱さにのたうち回ることになった。




教師陣の引いた防衛線をほぼダイジェストで書きました。
クィレル戦が本番なので………


炎や鍵のかかった扉は魔法に対する対策はしてあっても物理破壊に対する対策はしていなかったという設定です。
コンフリンゴなどの破壊魔法は防げても、プラスチック爆弾などの一切魔法が使われていない破壊工作は防げない、ということです。

やっと最終決戦が書ける………


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case 13 The man with two faces 〜双頭の男〜

感想やお気に入りありがとうございます!

いよいよ最終決戦です!


 

透明マントを被ったエスペランサ・ルックウッドはハリーとともに最後の部屋に入った。

 

 

 

「あなたが………あなたが賢者の石を………????」

 

 

 

部屋に入った瞬間、ハリーが驚いたように言う。

 

 

(やはり……あいつか!)

 

 

 

薄暗い部屋は大教場並みの広さがあり、その中央に縦長の鏡が置いてあるだけだった。

そして、その鏡の横にターバンを巻いた一人の男が静かに立っている。

 

闇の魔術に対する防衛術の教師。

トロールの専門家。

そして、ヴォルデモートの手下。

 

 

クィリナス・クィレルがそこに居た。

 

 

 

「そうだ。私だ。良く来たなポッター」

 

「そんな!僕はスネイプだとばかり………。スネイプが僕を殺そうとしたと……」

 

 

ハリーの言葉にクィレルが笑う。

 

 

「ははは。それは違う。セブルス・スネイプは君を助けようとしたのだよ。確かに彼は誤解されやすい性格をしている。クィディッチの試合の時はスネイプが私の呪文にずっと反対呪文を唱えていたのだ。それに途中でグレンジャーの妨害が入って結果的に失敗してしまった」

 

「そんな………。スネイプが僕を救おうと……」

 

「彼がクィディッチの審判を申し出たのは私を警戒するためだった。スネイプは私を妨害しようとあの手この手を使ったのだ」

 

 

やはり自分の憶測は正しかった。

エスペランサはそう思いながらゆっくりと銃を構える。

 

ハリーの背後で透明マントを被りながら銃を構えるエスペランサにクィレルはまだ気づいていない。

 

クィレルとの距離はおよそ15メートル。

この距離なら確実に銃弾を命中させることが出来る。

 

彼は透明マントの隙間から音を立てずにM16A2の銃口を出し、照準を定める。

 

 

(狙うは頭部。この距離なら確実にあたる。これで終わらせてやる!!!!)

 

 

握把を握る手が汗ばむのを彼は感じる。

深呼吸をした後、小刻みに震える指を引き金にかけた。

引き金を引けば全てが終わるのだ。

 

 

 

『クィレル。もう一匹ネズミが居るぞ』

 

 

「何!!!????」

 

 

 

エスペランサが引き金を引く直前、‟あの禁じられた森の夜”に聞いた蛇のような声が聞こえた。

 

(何!!!???この声はあの日聞いたヴォルデモートの声だ!どこに潜んでやがるんだ!!??)

 

いきなりの展開に焦るエスペランサだったが、すぐに冷静さを取り戻し、引き金を引こうとした。

 

 

 

「ルックウッドか!?‟ホメナム・レベリオ 人現れよ”」

 

 

引き金を引くよりも早く、クィレルが呪文を唱える。

 

クィレルの魔法により、透明マントに隠れていたエスペランサは強制的に透明マントの外に出され、ハリーの足元に転がるように出現させられてしまう。

 

 

(何だこの魔法は!?強制的に隠れている人間を出現させるのか)

 

 

 

「エスペランサ!」

 

「やはりお前か。ルックウッド。お前には色々と計画の邪魔をされたからな。ここで息の根を止めてやる」

 

「くそったれが!!!」

 

 

急いでエスペランサはM16A2を構え、銃口をクィレルに向ける。

そして、間髪入れずに引き金を引いた。

 

 

 

 

ダンッ

 

 

 

 

銃口から射出された5.56ミリNATO弾はクィレルの頭部へとまっすぐに向かっていく。

しかし、クィレルは杖の一振りで銃弾を防いだ。

 

 

「なっ!?呪文の詠唱なしで………!」

 

「1学年は習わないが、無言呪文と言って詠唱なしで魔法を発動させる技術が魔法界にはあるのだよ」

 

「無言呪文………」

 

 

無言呪文は呪文を言葉に出さずとも魔法を発動させる技術である。

メリットは敵に魔法をかけることを悟られない点であり、デメリットは詠唱呪文よりも威力が落ちるという点であった。

 

 

「危なかったよルックウッド。ご主人様が居なければ私はお前に殺されていた。だが、私はお前に感謝もしている」

 

「感謝………だと?俺はお前の計画をことごとく潰した。憎まれる覚えはあるが感謝される覚えはないぞ?」

 

「これだよ。お前は興味深い物を学校に持ち込んでいるようだな」

 

「なっ………!?それは」

 

 

クィレルはローブの懐から‟ある物”を取り出した。

 

短い銃身。

細長い弾倉。

第二次世界大戦で米兵の窮地を幾度となく救ったその銃は………。

 

 

「グリース………ガンだと!?」

 

 

 

見覚えがあるどころではない。

その銃はエスペランサがトロールや3頭犬と戦った時に使った銃そのものであった。

 

 

「グリースガンというのかこれは」

 

「何故それをお前が持っているんだ!」

 

「これはトロールの死体の横に落ちていたのを回収したものだ。修復には時間を必要としたがね」

 

 

トロールとの戦闘でエスペランサは破壊されたM3グリースガンを放棄していた。

それをクィレルは回収して修復したのだという。

 

 

「魔法使いが銃を修復して何をするつもりだ」

 

「ククク。君の知るところではないだろう……。まあ冥途の土産に教えてやるか」

 

 

そう言ってクィレルはグリースガンを構える。

その銃口はまっすぐエスペランサの方向へ向いていた。

 

 

(杖ではなく銃を使うだと?しかし、あの構え方………。銃を使ったことが無いな。あんな構え方したら15メートルの距離でも当たらないぞ)

 

 

クィレルは片手で短機関銃を持ち、照準がブレブレの状態で狙いを定めている。

足も本来なら肩幅以上に開くところなのだが、完全に気を付けの姿勢だ。

 

良く映画やアニメなどで登場人物が拳銃や短機関銃を片手撃ちする場面がある。

銃を少しでも打ったことのある人間なら分かるだろうが、拳銃にせよ短機関銃にせよ、片手で射撃することは困難なのである。

反動が強すぎて、的に当たらないのだ。

15メートルという短い距離でも片手撃ちで、尚且つ射撃姿勢をしっかりととならければ的にはあたらない。

 

クィレルの構えを見てエスペランサは今度こそ勝ちを確信した。

 

 

 

パラララララ

 

 

ダンッ

 

 

 

2人はほぼ同時に引き金を引く。

 

 

 

 

「ぐあああっ!!!!」

 

 

勝敗は決した。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ----------------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛い………。

 

激痛だ。

 

 

焼けたように手足が痛む………。

 

 

 

 

 

4発の銃弾を身体に受けたエスペランサは無様に地面に転がっていた。

彼の身体から流れる血が床を赤く染めていく。

 

 

 

「な……何が起きたんだ…………」

 

 

 

 

勝ちを確信した。

そのつもりだった。

 

しかし、クィレルの撃った銃弾はエスペランサの‟左右の手足の関節を正確に撃ち抜いた”のである。

 

不格好な構えでそんな芸当が出来る筈がない。

まるで銃弾が意志を持つようだった………。

 

 

クィレルが撃った銃弾は合計5発。

うち4発がエスペランサの手足に命中した。

 

残りの一発はエスペランサの発射した5.56ミリ弾に命中したのだ。

 

 

 

偶然などではない。

 

しかし、飛んでくる銃弾に銃弾を命中させることなどデルタもグリーンベレーも出来ない。

ましてグリースガンは連射だった。

 

 

 

「ま……まさか。銃に……魔法………」

 

 

激痛で思考回路が麻痺しかけている中、必死にエスペランサは考えた。

 

 

「そうだ。魔法だ」

 

「………魔法で…………銃弾にホーミング……機能を?」

 

「いや。銃に魔法をかけた。この魔法にかけられた銃は‟私の意思を読み取って思い通りの場所に銃弾を命中させることが出来る”」

 

「なん…だよ。そんなの………反則」

 

 

もはや何でもありだなと彼は思った。

そんな魔法があるのなら射撃訓練は何の意味も成さない。

 

そして勝ち目はない。

 

 

手足の関節を撃ち抜かれたエスペランサは歩くことも這うことも出来なかった。

動くたびに激痛が襲い、意識を失いかける。

 

 

(銃弾を受けた身体というのはこんなにも痛く、重いのか………)

 

 

 

「さて、お前はそこで友人のハリーが殺されるのを見て己の無力さを痛感していると良い」

 

 

そう言ってクィレルはハリーに無言で呪文をかけた。

 

おそらくは武装解除と縛りの呪文だ。

ハリーは持っていた杖を吹き飛ばされ、縄で縛られた。

 

 

「さて、石はどうやらこの鏡に隠されているようだが………。果たしてどう使うのか……。ご主人様!教えてください!」

 

『ハリー・ポッターを使え』

 

「分かりました!ポッター!来るのだ!」

 

 

ハリーが無理やりクィレルに鏡の前まで連れていかれる。

 

 

かろうじて意識を保ちながらエスペランサはその様子を見ていた。

 

 

(俺は……無力だ。また……何も守れなかったのか?)

 

 

 

「ポッター。鏡を見て何が見えるかを言え!」

 

「ぼ…僕がダンブルドアと握手をしている!」

 

「そんな馬鹿な!」

 

 

『クィレル。ポッターは嘘をついている。俺様が直接話そう』

 

 

「しかし、ご主人様の力はまだ………」

 

 

渋々といったかんじでクィレルは頭に巻いたターバンを外していった。

 

ターバンの下に隠れていたのは…………。

 

 

 

(成程な………。ヴォルデモートはクィレルと一体になっていたのか。それは……予想外だった)

 

 

 

クィレルの後頭部にはもう一つの顔があった。

 

真っ赤な細い目。

鼻はほとんどなく、蛇のようだった。

おおよそ人間とは思えない見た目である。

 

 

 

『俺様こそ……ヴォルデモート卿だ』

 

『ほとんど死にかけだ。誰かの身体を借りなくては生きていけない。ユニコーンの血もほとんど効果が無かった。この有様を見ろ。賢者の石さえあれば、命の水さえあれば俺様は復活する。ハリー・ポッターよ。そのポケットの中にある石を渡せ』

 

 

「渡すもんか!!!」

 

 

『馬鹿な真似は良して俺様の側に来い。命は取らん』

 

 

「渡さないぞ!!!!!」

 

 

 

ハリーは丸腰のくせにヴォルデモートに抵抗していた。

どんなカラクリかは不明だが、ハリーは賢者の石を手に入れたようだ。

 

 

(ハリー………。お前は武器も持たずに……抵抗するのか。すげえ奴だよ……。いつも武器に頼る俺と違って………)

 

 

エスペランサはハリーの勇気に心を震わせていた。

 

ハリーもロンもハーマイオニーも敵を恐れることなく突き進んだ。

 

銃も爆薬も持たないか弱い存在であるにもかかわらずだ。

 

 

「ハリーは……殺させねえ………絶対。作戦……5を……使えば勝機は……まだある」

 

 

思えば、エスペランサは1人でここまで来たのではない。

ハリーたち3人が居なければ罠も突破できたか分からない。

 

やはり自分は無力だと思った。

 

しかし、もう無力さを恥じたりはしない。

 

無力であっても、どんなに無様であっても……彼はヴォルデモートを倒すという任務を遂行しようと行動を起こした。

 

 

ヴォルデモートはハリーに気を取られてエスペランサの動きに気づいていない。

 

 

(今がチャンス!!!!)

 

 

エスペランサは関節が粉砕された右手を無理やり動かし、激痛に歯を食いしばって耐えながら杖を取り出す。

 

銃ではなく杖を取り出した。

 

 

 

胡桃の木と龍の鱗。

28センチ、頑丈。

その性質は汎用性に富む。

 

エスペランサがオリバンダーから買った杖であった。

 

 

胡桃の木は銃のウッドストックにも使われるものだ。

だからなのかは分からなかったが、彼の手にこの杖はよく馴染んだ。

 

 

この数週間。

エスペランサは銃の開発だけを行ってきたのではない。

彼は禁じられた森での戦闘で銃だけを使った戦闘に限界を感じていた。

 

銃弾も爆弾も魔法の前には無力である。

 

そもそもマグルの武器を使っての戦闘は部隊をしっかり編制して複数人で運用するから強力なのである。

 

だが、エスペランサは魔法が使える。

 

魔法を使って正面から挑んでも負ける。

銃だけ持って戦いに行っても負ける。

 

だったら魔法と銃を両方駆使して戦えば………。

 

 

 

 

「この数週間で………俺が作り出したのは武器だけじゃねえ。呪文も開発したんだ!!!」

 

 

 

ぼろぼろの腕で杖を振り上げる。

 

 

 

 

「‟エレクト・テーレム 武器よ起動せよ”!!!!!!!!!!!!」




作者のインタビューで死の秘宝である透明マントを被った状態であってもホメナム・レベリオは使えるとされていましたのでここでも使わせていただきました。

クィレルが改造したグリースガンは銃を持つ人間の意思を自ら読み取り、思い通りの場所へ銃弾を叩きこんでくれるという優れものです。


主人公の杖の素材は銃に使われる胡桃の木と何か強そうな龍の鱗にしました。



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case 14 Esperanza vs Voldemort 〜エスペランサVSヴォルデモート〜

いよいよ賢者の石もクライマックスです。
お気に入り増えていて嬉しいです!


 

 

 

 

 

「‟エレクト・テーレム 武器よ起動せよ”!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

エスペランサは杖を振り上げ、呪文を唱えた。

 

 

 

呪文の開発というのは実を言えばそこまで難しいものではない。

やろうと思えばホグワーツの生徒でも出来てしまう。

 

と言うのも、魔法界で使われる呪文は基本的にラテン語などの幾つかの言語を組み合わせたものである。

そのため、それらの言語に関する教養があれば呪文の開発はそれほど困難ではない。

 

もっとも、ただ単に言語を組み合わせるだけでは呪文は完成しない。

多少、元の言語を弄ってやる必要があった。

また、ある程度は魔法の発動に関する理論を理解していないといけない。

 

エスペランサは数か月に渡り、魔法の理論を独自に学び、呪文の開発を行えるようにしていた。

 

 

 

『まだ動くほどの体力が残っていたか…………』

 

 

呪文を唱えたエスペランサにヴォルデモートが気づく。

 

 

『俺様の知らない呪文だ。独自開発したものか?気を付けろクィレル』

 

 

クィレルはハリーに向けていた杖をエスペランサに向ける。

 

 

「!!!!!!??????これは!!!!!」

 

 

 

 

‟エレクト・テーレム 武器よ起動せよ”

 

エスペランサは数多くの銃や爆薬を持っているが、たった一人でそれらを使ったところで火力はたかが知れていた。

そこで開発したのがこの魔法である。

 

 

 

 

彼が呪文を唱えると同時に、彼の持っていた検知不可能拡大呪文のかけられた鞄から次々に武器が飛び出してきた。

 

 

 

 

G3A3にM3グリースガン。

M249にM16A2にベレッタ。

 

銃だけでなく破片手りゅう弾や対人地雷、プラスチック爆弾にスタングレネード。

各種爆薬に至るまで、彼の開発した武器が全て鞄から放出される。

 

まるで矢のように飛び出してきた無数の銃や爆弾にクィレルは一瞬戸惑う。

 

 

『たかがマグルの武器だ。防御呪文で何とでもなる』

 

「はい!ご主人様!」

 

 

 

鞄から飛び出した十数丁の銃はクィレルを取り囲むように空中で静止している。

銃口は全てクィレルを向いていた。

 

さらに、それらの銃は全て弾倉が装填された状態になっている。

 

 

「ハリー!後ろに下がって逃げろ!!!!!!!」

 

 

エスペランサはハリーに逃げるよう指示をする。

 

その言葉を聞いてハリーは縄に縛られたままであったが、走り出した。

 

 

 

ハリーがクィレルから20メートル以上離れたことを確認してエスペランサは杖を振る。

 

 

「くらえええええええええええええええええええ!!!!!!!!」

 

 

 

 

エスペランサの叫びと共に全ての銃が自動的に射撃を開始した。

 

 

 

 

 

ダダダッダダダダダッダッダダダダダッダダダ

 

 

パラララララララララララ

パラララララ

 

 

 

ダダダダダダダダダダダ

 

タタタタタタタタタタタタタタタタタタ

 

 

ダン 

 

ダン ダン ダン

 

 

バシュッ   ズドオオオオオオオン

 

 

 

 

ズダダダダダダダダダダダダダダ

 

 

 

 

 

数千発の銃弾と数十発のグレネード弾が一斉にクィレルへと向かっていく。

銃弾だけでなく各種爆薬も爆発した。

 

 

 

「‟プロテゴ・マキシマ 最大の防御‟!!!!!!!!!!」

 

 

 

クィレルは最大級の防御呪文を展開させる。

 

かつてトロール戦でエスペランサも使用した呪文だ。

 

 

クィレルを中心に半径2メートル程度の透明なシールドが展開され、放たれた数千発の銃弾は全て防がれる。

 

 

 

 

まさに地獄絵図だった。

 

数十の炸裂弾が爆発し、薄暗い部屋を昼間のように照らし出す。

数千発の銃弾はシールドに弾かれて火花を散らしながら消滅していった。

 

 

残弾のなくなった小銃はひとりでに空になった弾倉を取り外し、新たに鞄の中から飛び出してきた弾倉を装填する。

 

小銃の射撃速度を考えれば30発入りの弾倉は数秒で底をつく。

故に本来なら速攻で弾幕は無くなるのだが、エスペランサの作り出した呪文は自動装てんをも可能にしていた。

 

鞄の中に保管された数万発の銃弾は、銃の残弾が無くなると同時に外へ飛び出し、自動で装填される。

 

このため、弾幕が途切れることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー --------------------------------------- -------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご主人様!!!!攻撃が途切れません!私の魔力には限界があります!このままでは」

 

 

クィレルが悲痛な声を上げる。

 

ヴォルデモートを生かすために彼は自分の魔力の半分近くをヴォルデモートに分け与えていた。

そのため、クィレルの盾の呪文は長時間使えない。

 

このままではエスペランサの銃撃に盾の魔法が突破されてしまうだろう。

 

シールドに守られているとはいえ、数千発の銃弾が自分に襲い掛かってくることにクィレルは恐怖を感じていた。

 

 

「くそ!魔力が十分にあればマグルの武器の攻撃など防ぎきれるものを…………」

 

『小僧が!!!!クィレル。俺様に全ての魔力を渡せ!俺様の力ならこの程度の攻撃軽くあしらえる』

 

「しかしご主人様!ご主人様の身体では5分も保ちません!」

 

『それだけあれば十分だ。小僧を殺し、賢者の石も奪取することが出来る』

 

 

「わ……わかりました!」

 

 

 

 

ズドオオオオオオオン

 

 

 

クィレルの展開したシールドにグレネード弾が着弾する。

 

シールドが震え、ノイズが走ったようになる。

もはや盾の呪文は限界であった。

 

十分な魔力がクィレルにあれば攻撃を全てあしらった上でエスペランサを殺すことも出来ただろう。

しかし、今の彼にそれは不可能であった。

 

だからヴォルデモートに全ての魔力を預け、攻撃を退けてもらおうとする。

無論、魔力を全て預けてしまえばクィレル自身、ただでは済まないだろう。

最悪の場合、命を失う可能性もある。

 

だが、この状況で生き残るにはほかに術が無い。

 

 

『早くしろ僕!俺様に魔力を!主導権をよこせ』

 

「はい!すぐにでも!!!!」

 

 

クィレルは呪文を唱えてヴォルデモートに魔力を譲渡、身体の主導権を預けようとした。

 

 

 

「させると思うか?」

 

 

 

「なっ!!!」

 

 

 

ボロボロの身体で無理やり立ち上がったエスペランサ・ルックウッドがクィレルにスタングレネードを投げつけるのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ----------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

所持する全ての銃に自動で弾丸を装填し、さらに敵に攻撃までさせる呪文。

 

エスペランサが1年間図書館で勉強した成果だった。

 

 

魔法は不具合なく作動し、期待以上の効果をもたらしている。

 

 

鞄にしまってあった武器は全てクィレルに向けて展開し、攻撃をしている。

欠点としてはクィレルの細工したグリースガンのように銃弾にホーミング機能、つまり自動追尾機能がついていないために命中率はそこまでではないところだろうか。

 

 

あまりの攻撃の凄まじさにハリーは開いた口が塞がらないようだった。

 

 

エスペランサの立てた5つの作戦のうち、クィレルが先に賢者の石を奪取してしまった場合の作戦。

すなわち作戦5。

 

それは‟エレクト・テーレム”の呪文を最大限使用した作戦であった。

 

 

エスペランサがクィレルがマグルの武器であるグリースガンを使用することを予期できなかったように、クィレルもエスペランサが魔法を使って戦うとは思わないだろうという前提の下で立てられた作戦だ。

 

無数の銃と爆薬による攻撃にクィレルは防戦一方だ。

 

 

『クィレル!俺様に全ての魔力を渡せ。そうすればこの程度の攻撃軽くあしらえる!』

 

 

ヴォルデモートがクィレルに指示するのをエスペランサは聞いた。

 

ヴォルデモートの言葉が本当であればクィレルがヴォルデモートに魔力を全て渡した瞬間に形勢が逆転する。

 

 

「させると思うか?」

 

 

エスペランサはクィレルがヴォルデモートに魔力と身体の主導権を渡すのを阻止するためにスタングレネードを取り出した。

 

 

 

そもそも、盾の呪文と言うのは物理攻撃を防ぐ手段に他ならない。

銃弾や爆発は防ぐことが出来ても、スタングレネードが放出する100万カンデラの光と180デシベルの音は防ぐことが出来なかった。

 

防御呪文に対して有効な数少ない武器の一つが音響兵器であったのだ。

 

 

安全ピンを抜き、エスペランサはスタングレネードを投擲する。

 

関節が粉々にされているため、投擲も激痛を伴った。

あまりの痛さに彼は軽く呻く。

 

意識が飛びそうになりながらも、何とかスタングレネードをクィレルの足元まで投げたエスペランサはすぐにハリーに目と耳を塞ぐように指示を出す。

トロール戦での経験から、ハリーはすぐにエスペランサの指示に従った。

 

 

 

 

 

 

キイイイイイイイイイイイン

 

 

 

 

 

眩い光と爆音が部屋内を包み込む。

 

 

 

「ぎゃああああああ!目がああああああ!!!!ご主人様あああああああ!!!????」

 

『落ち着けクィレル!盾の呪文を途切れさせるな!』

 

 

 

スタングレネードという武器はマグル界でも知名度が高いわけではない。

少し軍事知識を持った人間ならまだしも、一般市民はその存在を知らないことが多かった。

 

いくら元マグル学の教師であるクィレルといえど、スタングレネードのような武器の存在は知らなかったわけである。

故に対処が遅れた。

クィレルはエスペランサの投擲してきた武器を他の手榴弾同様の物理的破壊兵器であると思っていたのである。

 

 

瞬時に視覚と聴覚を奪われたクィレルはパニックに陥る。

 

視覚と聴覚を奪われたのはヴォルデモートも同様であった。

ヴォルデモートはパニックに陥っていないが…………。

 

クィレルはヴォルデモートに指示を乞うが、聴覚がやられているためにヴォルデモートの声は彼の耳に届かない。

逆もまた然りで、ヴォルデモートもクィレルの声が聞こえていなかった。

 

同じ体を共有していても視覚と聴覚は共有していなかったらしい。

 

 

 

「流石………ヴォルデモート。視覚……と…聴覚がやられても冷静……だな。だが、これ…で……クィレルは詰んだ」

 

 

完全に混乱しているクィレルに戦闘能力は既になかった。

 

 

「くそおおおおお!目が見えないいいいいいい!!!小僧があああああああ!!!ステューピファイ!ステューピファイ!アバダケダブラアアアアアアアア!!!」

 

『止めろ!クィレル!呪文が賢者の石に当たったら元も子もない!!!くそ。聞こえていないか』

 

 

クィレルは自暴自棄となって呪文を乱射させた。

視覚が奪われていることに加えて、盾の呪文を展開させながらの呪文の発射なので、やはり精度が悪い。

 

赤い閃光の失神光線と、緑の閃光の死の呪文が飛び交う。

 

 

まぐれ当たりだろうが、失神光線の一つがハリーに直撃する。

失神光線の効果により、ハリーは気絶してその場に倒れこんだ。

 

 

 

ハリーに当たったのが死の呪文ではなく失神光線であったことに軽く安堵したエスペランサは腰から銃剣を取り出してクィレルに近づいていく。

 

 

既にエレクト・テーレムの魔法を使ってから5分近くが経過した。

エスペランサが数か月もの時間を費やして作り出した数万発の弾薬もそろそろ底を尽く頃だ。

既に爆薬や手榴弾の類は全て使い切ってしまっていて、弾幕は当初の半分以下になっている。

 

 

「‟フィニート・インカーターテム 呪文よ終われ”」

 

 

エスペランサはエレクト・テーレムの魔法を強制的に終了させる。

 

途端に空中で射撃を行っていた銃が射撃を止め、全て地面に落下した。

そして、鞄から弾薬が飛び出さなくなる。

 

 

「こ……攻撃が止まった!弾切れか!!!」

 

 

クィレルは視覚が奪われながらも、射撃が終わったことに気づく。

 

 

「はははは!!!ルックウッド!ここまでのようだな!今殺してやる!!!!」

 

『クィレル違うぞ!!警戒しろ!』

 

 

歓喜するクィレルと違ってヴォルデモートは身の危険を察知したようであったが、聴覚が奪われているクィレルには何も聞こえていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エスペランサは走り出す。

 

足を動かすために骨が砕ける音がして、何度も気絶しそうになる。

手足からは血が噴き出し、地面を真っ赤に染めていく。

 

それでも彼は銃剣を片手にクィレルに向かって走っていった。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 

叫び声をあげて意識を保つ。

 

 

 

 

 

 

ドスッ

 

 

グサッ

 

 

 

「うっ!?」

 

 

 

しっかりと磨がれた銃剣をエスペランサはクィレルの腹部に突き立てた。

 

 

「ぐあっ!」

 

 

突き立てるだけでなく、腹部に食い込ませた銃剣を捻って回す。

 

銃剣はクィレルの身体の中で複数の臓器を破壊していった。

 

 

「がああああああ!!!!!」

 

 

『小僧!!!!!!!』

 

 

「痛いか?ヴォルデモート!精々苦しんで死ね!」

 

 

 

エスペランサの攻撃は終わらない。

 

腹部から心臓部分まで銃剣を突き上げる。

真っ赤な鮮血がクィレルの身体から噴き出した。

 

クィレルはドウッと倒れる。

 

 

 

「はっはっはっ……ううううう。死に……死にたく……な、げほっ」

 

「もうまともに呼吸も出来ていない……だろ。でも、まだ……生きているのは…………ユニコーンの血の補正か?」

 

 

驚いたことにまだクィレルは生きている。

かろうじではあったが………。

 

 

「これで……とどめだ」

 

 

エスペランサは腰のホルスターから拳銃を取り出してクィレルの真っ青な眉間に銃口を向けた。

 

 

『おのれええええええええええええ』

 

 

ヴォルデモートが怒りで絶叫する。

 

それを無視してエスペランサは引き金を引こうとした。

 

 

がしかし、

 

 

 

 

「待つのじゃエスペランサ」

 

 

「!!!!?????ダンブルドア!」

 

 

 

 

 

クィレルにとどめを刺そうとしたエスペランサを止める者が居た。

 

ヴォルデモートが唯一恐れた人物。

アルバス・ダンブルドアがそこに居た。

 

 

 

「い…いつの間に………」

 

「先程わしのところにふくろう便が来てのう。事情を全て知らせてくれた。それよりも、エスペランサ。君はそのケガでよく正気を保って居るな」

 

「ぐ……ここで……俺が倒れる訳には………」

 

「‟エピスキー 癒えよ”」

 

 

ダンブルドアは杖を一振りして呪文を唱える。

 

途端にエスペランサの身体の痛みは消え去った。

 

 

「この呪文は傷を癒すものなのじゃが、粉々にされた骨は治せん。痛み止め程度の効果じゃが、少しはましになったかね」

 

 

手足を動かしてみると、やはりまだ関節が破壊されているのだろう。

上手く体が動かせない。

しかし、激痛は消え去っていた。

 

 

「なぜ……なぜ止める」

 

「…………………」

 

「こいつは!こいつはヴォルデモートだ!こいつさえ殺せばすべてが終わる!こいつはな、ハリーを殺そうとした!それにかつては大勢の人間を苦しめた!魔法界どころか人間界にとって害悪な存在だ。俺がここで息の根を止めれば」

 

 

エスペランサは敬語を使うのすら忘れてダンブルドアに言う。

 

 

「駄目じゃエスペランサ。君はまだ若く清い存在じゃ。君の手を汚すわけにはいかないのじゃ」

 

「何をいまさら。俺は……すでに多くの人間を殺してきた。だが、それは全て正義の為だった。罪のない人々を苦しめる人間だけを殺してきたんだ。今回だって同じだ」

 

「エスペランサや。確かに君は人を殺めてきた。それはいくら正義のためとはいえ罪なのじゃ。君はこの学校に入って真の友を得て、愛を知った。そんな君を昔の君に戻すわけにはいかぬ」

 

 

ダンブルドアは優しく言う。

 

だが、エスペランサはダンブルドアに反感を覚えていた。

 

 

甘い。

 

甘すぎる。

 

 

その甘さは戦場では命とりだ。

 

ここでヴォルデモートを逃せばまた罪のない人が死ぬ。

 

 

 

「俺がこの学校に来た理由は、友達作りの為ではない。俺はこの世界から悪を根絶するために魔法を学びに来たんだ。目的達成のためには手を血で汚す覚悟もあった。あなたに俺の人生を決めてもらう必要はない。俺は俺の方法で世界を変える」

 

「エスペランサ………君は」

 

「俺にここでクィレル……ヴォルデモートを殺させてくれないのなら、先生が代わりに殺して下さい。そう約束してくれるなら、この銃を下ろします」

 

 

もはや虫の息となったクィレルの眉間にあてた銃を軽く動かす。

 

 

クィレルが死にかけなのもあるのだろうか。

ヴォルデモートは先程から黙ったままであった。

 

 

 

「…………………」

 

「躊躇うんですか?まあこのままにしていても彼は死にますが」

 

「確かにクィレルは死ぬじゃろう。しかし、ヴォルデモートは………」

 

 

『そうだ。俺様は死なない。この僕はもうじき命を落とすだろう』

 

 

急にクィレルの後頭部にあるヴォルデモートの顔が喋りだす。

 

 

「まだ喋る余裕があるのか」

 

『エスペランサ・ルックウッド。俺様を相手に奮闘したことは認めよう。しかし、俺様が真の身体を手に入れればお前ごとき虫のように潰してくれる。ダンブルドア。貴様もだ』

 

「あんたはまだクィレルの身体に寄生しているのか?」

 

『ああそうだ。だが、もはやこの身体に利用価値は無い』

 

 

その話が本当ならヴォルデモートの魂はクィレルの身体の中にまだ存在しているということになる。

つまり、ヴォルデモートはまだ‟クィレルの身体で生きている”ということだ。

 

それなら、クィレルを絶命させることでヴォルデモートを倒せるのではないかとエスペランサは考えた。

 

 

 

「そうか。ならクィレルの命を奪えば、ヴォルデモート。お前も死ぬってことか?」

 

「エスペランサ!はやまってはいかんぞ!」

 

『止めろ小僧!』

 

 

 

 

 

ズガアアアアアアアアアアン

 

 

 

 

エスペランサは今度こそ躊躇せずに引き金を引いた。

 

 

 

 

 

クィレルは絶命した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エスペランサ………。君がやるべきではなかった」

 

「一瞬の躊躇が命取りになる。現にヴォルデモートは生きていた。油断すればこっちがやられる」

 

「………………」

 

 

ダンブルドアは哀しい物でも見るかのようにエスペランサを見つめる。

 

 

 

『これで死ぬと思ったか?』

 

 

そんな中ヴォルデモートの声が聞こえた。

 

 

「何!?馬鹿な!」

 

「エスペランサ!逃げるのじゃ!」

 

「くそっ」

 

 

 

『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』

 

 

 

絶命したクィレルの身体から黒い霞のようなものが噴出し、エスペランサに襲い掛かってくる。

 

 

(避けられない!?)

 

 

霞……魂だけになったヴォルデモートがエスペランサの身体を貫通し、どこかへ逃げ去った。

 

 

ヴォルデモートの魂(霞)に撃ち抜かれたエスペランサは意識を失う。

意識を失う瞬間、ダンブルドアが自分の名前を叫ぶのが聞こえた。




この時点でダンブルドアは分霊箱をヴォルデモートが作ったとは確信していません。

主人公がとどめを刺すのに使った銃はベレッタです。


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case 15 The truth 〜真実〜

賢者の石完結です!


3日間コミケ参加してきました。
例のサーキットも並びました。


クィリナス・クィレルは目立たない学生だった。

 

レイブンクローに所属し、学業成績は学年内でもトップを収めるほどには優秀であったが、臆病で神経質な性格から過小評価がされがちだった。

常にオドオドしている彼をからかう学生も多かった。

 

クィレルは自分に自信が無かったのである。

 

いくら成績が良くても、皆は自分を評価してくれない。

そんな思いが先行し、いつしか自分だけでなく他人をも信用できなくなっていた。

 

 

そんな彼が最も成績が良かった教科がマグル学である。

 

自分が他人よりも劣った存在であると思い込んでいたクィレルは、自分よりも劣った存在を探していた。

その劣った存在こそがマグルなのである。

 

クィレルのホグワーツ在学時はまだ純血主義やマグル排斥運動が活発だった時期であり、マグルは魔法族よりも劣った存在であるという意見を持った人間が多く存在した。

 

クィレルもその一人であり、マグルが自分よりも劣っている存在であると思うことで、かろうじで自我を保つことが出来ていたのである。

 

彼はマグルがいかに魔法族よりも劣った存在であるかを明確にするためにマグル学を学んだ。

 

 

マグルは空を飛べない。

空を飛ぶためには巨大な鉄の塊を必要とする。

マグルは姿現しが出来ない。

マグルは手術をしなくては病気が治せない。

マグルはマグル同士で殺し合いをしている。

マグルは………

マグルはマグルはマグルは

 

 

マグルは…………。

 

 

やはりマグルは劣等種だ。

クィレルはそう確信し、行動を起こした。

 

 

マグルの戦争に参加したのである。

 

 

マグルの戦闘地域に足を運び、マグルの戦争に介入しようとした。

マグルの戦争の中で自分の魔法力がいかに強力であるかを知らしめようとしたのだ。

 

 

 

 

 

結果は悲惨だった。

 

 

 

 

クィレルはマグルの戦争というものに関して無知であった。

現代の魔法使いもそうだが、魔法族はマグルの戦争方法に関しては無知であり、いまだに第一次世界大戦前のような戦いを想像している節がある。

 

クィレルもそうであった。

 

剣や槍、ライフル銃を持って突撃をする戦闘を想像していたが、現実は違う。

 

 

 

音速で飛ぶ戦闘機や爆撃機から落とされる高性能爆弾にナパーム弾。

人も草も家も全てが一瞬で消滅した。

 

数十機のヘリコプターによるヘリボーン作戦。

火を噴く榴弾砲や迫撃砲。

自動追尾するミサイル。

 

 

人類の生み出した科学の結晶であるハイテク兵器をクィレルは目にした。

 

 

 

 

 

マグルは劣等種ではない。

 

彼らは魔法が使えないから科学を発展させた。

そして、高度な文明を作り上げた。

 

一方で魔法族は魔法に頼り切り、文明が停滞している。

 

 

クィレルは焦った。

このままでは魔法族はマグルにどんどん先を越される。

 

彼はマグルの文明が魔法族よりもいかに優れていて、魔法族もそれを見習って文明を発達させる必要があるということを広く知ってもらうためにホグワーツのマグル学の教授になったのである。

 

 

 

「皆さん!マグルの科学文明に学ぶものは多くあります!この授業では一人でも多くの人にそれを知ってもらいたいのです!」

 

 

 

クィリナス・クィレルはそう言って授業を行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ------------------------------------------- -----------------

 

 

 

 

 

宛てエスペランサ・ルックウッドへ。

 

 

 

私は授業をするのが好きだった。

私の考えを生徒に伝える。

生徒が私の考えに少しでも興味を持ってくれると嬉しかった。

 

いつの日か教え子がマグルのような高度な文明社会を魔法界にも作ってくれるのではないかと期待していた。

 

私は教師でいるときは自分に自信が持てた。

他人の目を気にせずに済んだ。

オドオドもしなかった。

 

いや、違う。

 

そんなことはどうでも良かったのだ。

私は生徒に授業をするだけで満足たったんだ。

 

 

 

しかし、そんな私の幸せな日々は終わってしまう。

 

 

 

ホグワーツ理事長のルシウス・マルフォイが私を解任させたのだ。

 

私が教えるマグル学の授業は反純血主義であり、マグルびいきであり、生徒に悪影響を与えると言って、解任させた。

 

理事たちを金で従わせ、気に入らない教師を解任する。

 

こんなことが起こる魔法界の今はやはり異常だった。

魔法界は古い慣習や考えがいまだに蔓延っている。

 

 

悔しかった。

憎かった。

 

この異常な魔法界を潰したいと思った。

私の考えこそが正しいと認めてほしかった。

 

そして、あの純血主義の奴らを見返したかった。

 

 

 

 

 

 

だから私はヴォルデモートの力を借りようとしたのである。

 

 

ヴォルデモートを利用しようとしたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

私はもうじき死ぬだろう。

ここ1年間、私はヴォルデモートを利用しようとして、逆に利用されていた。

 

思えば馬鹿な話だ。

 

私はマグルを尊敬していた人間。

対してヴォルデモートはマグル排斥主義の人間。

 

息が合うわけがない。

 

こんな奴に力を借りようとしたことが間違いだったのだ。

 

しかし、当時の私は怒りのあまり手段を選んでいられなかった。

 

 

 

 

ヴォルデモートからクィディッチの試合中にハリーを殺せと言われた時は‟ヴォルデモートへの怒り”のあまり、私の顔はとんでもない憎悪の感情で満たされていただろう。

 

でも時すでに遅し。

 

私の身体にはヴォルデモートが寄生し、私は奴に従わざるを得なかった。

 

 

「誰か私の代わりにヴォルデモートを殺してくれ」

 

 

そうずっと思っていた。

 

そんな中で私の前に現れた希望がエスペランサ・ルックウッド。

君だった。

 

マグルの武器を使い、私が導きいれたトロールを倒したときに確信した。

ルックウッドならヴォルデモートを倒してくれる。

そして、この魔法界にマグルの科学文明を持ち込んでくれる。

私の願いを叶えてくれると……そう思った。

 

君の魔法で作り上げた短機関銃を手に入れた時は、思わずニヤリと笑ってしまったよ。

これは素晴らしい出来だ。

 

禁じられた森では申し訳ないことをした。

 

あの時は私の身体の主導権をほとんどヴォルデモートに譲ってしまっていたんだ。

ヴォルデモートは君に禁じられた呪文をかけたのだと後で知った。

本当に申し訳ない。

 

 

 

 

 

今現在、ヴォルデモートは私の身体の中で眠っていて、身体の主導権はほぼ私にある状態だ。

この手紙を書くタイミングはヴォルデモートの眠っている今しかないだろうと思って書いた。

 

 

私はこの後、ヴォルデモートの命令に従って賢者の石の奪取に行かなくてはならない。

 

不本意ながら。

 

 

でも私は、もしかしたらルックウッドが私とヴォルデモートを阻止しようと駆けつけてくれるのではないかと期待していたりする。

 

勘ではあるが。

 

もし、ルックウッド。

君が私たちを阻止するために来たのならば、私は何とかして‟隙をつくろう”。

 

この1年間、‟役者を演じてきた”から今回も‟役者を演じる”。

 

ヴォルデモートの忠実な僕として振る舞おう。

そして、タイミングを見計らい、君に隙を見せる。

 

もしかしたらその過程で君を傷つけてしまうかもしれないが、それは勘弁してくれ。

ヴォルデモートの前で役者を演じるのは容易いことではないんだ。

 

 

 

 

 

頼む。

 

私と、ヴォルデモートを………殺してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

追伸

 

君の短機関銃を少し私なりに改造してみた。

私が死んだら君にあげよう。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ----------------------------------------------------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おかしいとは思っていた。

 

エレクト・テーレムの呪文を終わらせた後、クィレルは明らかに油断した。

 

視覚が奪われた状態で射撃が収まったことを察したクィレルは即座に盾の呪文を終わらせていた。

クィレルほどの優秀な魔法使いが、‟視覚を奪われた状態で戦いの最中に盾の呪文を解除するだろうか?”

 

まるで攻撃してくださいと言わんばかりの行動だ。

 

 

 

「あの時……クィレルは俺に殺されようとしていたのか」

 

 

エスペランサは呟く。

 

全く気付かなかった。

 

クィレルは賢者の石を奪い、ヴォルデモートを復活させようとしていると思い込んでいた。

だが、実際はその逆だったようである。

クィディッチの試合で見せたクィレルの憎悪に満ちた顔は、ハリーに対する憎悪ではなく、ヴォルデモートに対する憎悪の感情によるものだったらしい。

 

クィレルの演技力は本物だった。

 

 

「それにしても………演技とは言え、手足に銃弾を撃ち込むのはやり過ぎだろうが………」

 

 

クィレルに撃ち抜かれて粉々になったエスペランサの関節は丸1日かけてマダム・ポンフリーが治した。

 

 

 

 

 

 

「で?これを自分に見せてどうするつもりなんですか?校長先生」

 

 

 

 

エスペランサは自分の前に座るダンブルドアに聞く。

 

 

 

医務室から退院したエスペランサはダンブルドアに呼ばれて校長室に来た。

何の用件か?と思って来てみれば、クィレルが死ぬ前にエスペランサ宛に手紙を書いていたらしく、それを渡したいのだという。

 

恨み辛みでも書いた手紙なのかと思いきや、まさかの内容であった。

 

 

「校長先生は、この手紙を読まれましたか?」

 

「ああ。君には悪いと思ったが読ませてもらった。もしかしたら呪いでもかけられているのではないかと思っていたしの」

 

 

ソファに座るダンブルドアは深くため息をつく。

 

 

「わしはずっとクィレル先生を疑っておった。彼がヴォルデモートの僕であると信じて疑わなかったのじゃ。じゃからセブルスに彼を見張らせた」

 

「自分もです。自分もクィレル先生を疑っていた。まあ、先生の演技力がオスカー俳優ものだったってことですね」

 

 

エスペランサはクィレル先生からの手紙を懐にしまう。

 

 

「エスペランサ。君は……後悔しておるか?」

 

「クィレル先生を……殺したことをでしょうか?」

 

「そうじゃ」

 

「いえ。後悔していません。クィレル先生は自分に殺されることを望んでいたみたいですし………。まあ、ヴォルデモートは殺せなかったみたいですけど」

 

 

 

ヴォルデモートは逃げたらしい。

 

クィレルを殺せば、クィレルの身体に寄生したヴォルデモートも殺せると思ったが、どうも違かったようだ。

 

 

ちなみに、エスペランサは身体を失ったヴォルデモートに襲われ、気絶したらしい。

だから、彼はヴォルデモートが逃げる瞬間を目撃していない。

 

 

そういえばダンブルドアはヴォルデモートをヴォルデモートと呼ぶんだな、とエスペランサは今更ながら思う。

 

 

 

「そうじゃな………。じゃが、やはりわしは君が手を汚すべきではなかったと今も思っておる」

 

「自分は殺人をしました。もしかして、自分は退学になりますか?」

 

「…………いや。今回は事情が事情じゃからな。学校側も魔法省も君を責めはせん」

 

「そうですか。少し安心しました。ハリーたちと離れるのは嫌ですからね」

 

 

エスペランサの言葉にダンブルドアは少し驚いたようだった。

 

 

「ところで、賢者の石は壊してしまったみたいですが………。先生の友人のニコラス・フラメルは亡くなられたのですか?」

 

「ああ。そうじゃ。じゃが、フラメル夫妻にとって死とは次の冒険の始まりに過ぎんのじゃよ。しっかりと整理された気持ちを持つ者にとって死は恐れるものではないのじゃ」

 

「…………そういうものでしょうか?先生は寂しくは無いのですか?」

 

「少し寂しい。じゃが、フラメル夫妻が幸せなら、彼らの死を止めるわけにはいかないじゃろう」

 

 

そう言ってダンブルドアは微笑んだ。

 

 

「用件はこの手紙だけですか?なら自分は戻ります。腹減ってるし、大広間で開かれる学年末パーティーもそろそろ行われる時間ですから」

 

「おお。もうそんな時間か。長居させて悪かったのう。あ、そうそう。ハリー達には内緒にしていたが、学年末パーティーでわしはちょっとドッキリを仕掛けようとしてるのじゃ」

 

「ドッキリ?」

 

「君たち4人に1人40点ずつ点数をあげようと思っておるのじゃ。それにロングボトム君にも10点を」

 

「何故です?」

 

「君たちは勇気をもって困難に立ち向かった。あとネビルは君たちを止めようとしたじゃろう。点数をあげるには十分であるとわしは思う」

 

「…………………」

 

「どうしたのじゃ?」

 

「先生。ひとつだけ頼みがあります」

 

「………特別にひとつ頼まれようかの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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学年末パーティーは大広間で行われた。

 

テーブルの上は御馳走が並べられ、そして、天井はスリザリンのカラーである緑で飾られている。

職員席の後ろはスリザリンの蛇を描いた大弾幕が覆っていた。

 

寮対抗杯はスリザリンの優勝だったようだ。

 

 

ダンブルドアが職員席の前に立つと、がやがや騒いでいた生徒たちはいっせいに黙った。

 

 

「また1年が過ぎた」

 

 

ダンブルドアが朗らかにいう。

 

 

「御馳走にありつく前に少し聞いてもらおうかの。まず寮対抗杯の表彰じゃ。グリフィンドール312点。ハッフルパフ352点。レイブンクロー426点。スリザリン472点」

 

スリザリンのテーブルが嵐のように沸く。

 

スリザリンの監督生と7年生は号泣し、下級生はゴブレットを叩いて喜んでいた。

クラッブとゴイルがゴリラのように喜んでいるのを見て「いやいや。お前らは何もしてないだろ」とエスペランサは心の中でつっこんだ。

 

マルフォイが喜んでいる姿をハリーとロンが歯ぎしりしながら睨んでいるが、まあこればかりは仕方がない。

実際、今年のスリザリン生は優秀だった。

 

テストや提出物で優秀な成績を収めるのはスリザリン生ばかりだったし、彼らは規則違反も少なかった。

 

 

ちなみに、期末試験の成績であるが、エスペランサは学年4位である。

1位がハーマイオニーで2位はスリザリンのセオドール・ノット、3位はフローラ・カローであった。

ついでに言うとマルフォイは10位で、ハリーとロンは14位あたりだったと記憶する。

 

 

「よしよし。スリザリンはよくやった。じゃが、最近の出来事も勘定に入れなくてはならんからの」

 

 

スリザリンの歓声が止む。

 

 

「駆け込みの点数として幾つか紹介しよう。まず、ロナルド・ウィーズリー。近年稀にみる最高のチェスを見せてくれた。40点!」

 

 

グリフィンドールが歓声に包まれる。

ロンは顔を真っ赤にして兄弟に抱き着かれている。

 

 

「次にハーマイオニー・グレンジャー。冷静な論理に40点をあげよう!」

 

 

ハーマイオニーは忽ち泣き出した。

 

 

「次にハリー・ポッター。完璧な精神力と勇気をたたえて40点!」

 

 

グリフィンドールの歓声は最高潮に達している。

 

 

「そして、エスペランサ・ルックウッド。並外れた戦闘力で強力な敵を倒した。40点!」

 

 

この時点でグリフィンドールはスリザリンと点数が並び、同率優勝になった。

スリザリン生の顔が真っ青になっているのが分かる。

 

 

「勇気にもいろいろある。仲間に立ち向かう勇気もまた勇気と言えるじゃろう。ネビルロングボトムに10点!」

 

 

グリフィンドールだけでなくハッフルパフとレイブンクローの生徒も立ち上がって歓声を上げた。

嫌われ者のスリザリンが優勝しなかったことが喜ばしいのだろう。

 

自分たちがビリになったのに喜ぶハッフルパフは根性を鍛えなおした方が良いとエスペランサは思った。

 

スリザリン生は全員、力が抜けたように座り込んでいた。

中には泣いている学生もいる。

 

 

 

「グリフィンドールよくやった。じゃが、まだじゃ。あー。非常に言いにくいのじゃが………。教師の命令に背いた学生には減点が必要じゃ。わしの指示を無視して引き金を引いたエスペランサ・ルックウッド。10点減点!」

 

 

 

またも歓声が鳴りやんだ。

 

 

飛び上がって喜んでいたグリフィンドール生は一気に静かになる。

スリザリン生も驚いているようで誰も喜ばない。

 

大広間が急に無音になった。

 

 

全生徒がエスペランサの方を向く。

 

全校生徒の視線を一気に受けたエスペランサはどうしたら良いのかが分からず、とりあえず一言謝った。

 

 

「あー。なんつーか………すんません」

 

 

 

 

 

 

結局、寮杯はグリフィンドールとスリザリンの2寮が取ることとなり、大広間の飾りつけは半分がスリザリン、半分がグリフィンドールの色に染められることになった。

 

グリフィンドールの生徒もスリザリンの生徒も素直に喜んでよいのかが分からないようで、お互いに苦笑いするばかりだった。

 

エスペランサはグリフィンドールの生徒にタコ殴りにされていた。

 

 

 

 

 

 

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休暇が始まり、生徒はホグワーツ特急でキングズ・クロス駅へ向かわなくてはならない。

 

バタバタと生徒が駅へ向かう中、エスペランサはフィルチの事務室に寄り道をしていた。

 

 

「あー。久しぶり………ですね?」

 

「小僧………まだ生きていたのか」

 

 

フィルチはミセス・ノリスに餌をやりながらぶっきらぼうに言う。

 

 

「まあ、何とか生きて帰ってこれたみたいで。ははは」

 

「全く………。だがまあ……お前は良くやったんじゃないか?例のあの人相手に戦って生きて帰るなんて11歳のすることじゃないだろ」

 

「お、珍しく褒められた」

 

「けっ。ま、新学期も気が向いたらここに来い。煙草を吸うためってのもあるが、どうもミセス・ノリスがお前のことを気に入ってしまってな」

 

 

ミャーと鳴きながらミセス・ノリスがエスペランサの足に頬ずりしていた。

 

 

「来ますよ。今度は酒でも持ってこようかな」

 

「程々にしておけ。また減点されてもわしは庇えん。ああ、そうだ………」

 

「何です?」

 

 

 

「エスペランサ。お前は少し明るくなった。わしはそう思う」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ホグワーツ特急に乗り込む直前、エスペランサはフローラ・カローに話しかけられた。

 

 

 

「良く生きて帰ってこれましたね。やはり無鉄砲と言うか……無謀と言うか……」

 

相変わらずの無表情でフローラは言う。

 

 

「まあ無謀だったかもな。ああ、そうそう。フローラに貰った鞄。あれ役に立ったぞ。あれがなければ俺は生きて帰ってこれなかった」

 

 

エスペランサの言葉にフローラは少し動揺したようで、目が泳ぐ。

感情を表にすることが無い彼女が動揺する様子はレアだった。

 

 

「役に立てたようで良かったです。そういえば期末試験の成績見ました。あなたは意外と点数が良かったみたいですね。まあ私の方が上でしたけど」

 

「嫌味かよ………。魔法史とかの点数が悪かったからな。点数が伸び悩んだらしい」

 

「そうですか。そういえば………あの10点の減点。あれってあなたがダンブルドアに頼んでわざと減点されたんじゃないでしょうか?」

 

「何言ってるんだ?俺がダンブルドアの命令に背いてクィレル先生にとどめを刺したのは確かだし、それに関して減点されるのはあたりまえだろ?」

 

「………………嘘が下手ですね」

 

「……………はあ。ああそうだよ。俺がダンブルドアに頼んで10点減点してもらったんだ」

 

「何故そんなことを?その減点が無ければグリフィンドールは単独優勝できたはずですが?」

 

「だってフェアじゃないだろ」

 

 

ダンブルドアにエスペランサたち5人が点数を貰えると言われた時、エスペランサは全員加点した上で、自分から10点引いてくれと頼んでいた。

 

エスペランサたち5人に170点が加算されることでグリフィンドールは一気にスリザリンを追い越して1位になる。

グリフィンドールの生徒にしてみたら喜ばしいことこの上ないが、スリザリン生の立場を考えるとエスペランサは胸が痛くなった。

 

スリザリン生は確かに嫌な奴が多いが、彼らは日々の授業で努力を重ねて点数を稼いでいる。

それに対して、グリフィンドールはたったの5人が少し勇気を出しただけで170点貰えたのだ。

 

スリザリンの全員で一致団結して点数をたった5人がちょっと活躍しただけで追い抜いてしまうのはよろしくないだろうとエスペランサは思ったのである。

 

というかそもそも、エスペランサたちは賢者の石にたどり着くまでに消灯後徘徊やら4階の部屋への侵入やら数々の規則違反をしている。

本来ならもっと減点されても良いだろう。

 

 

「スリザリン生は日頃の勉学で努力して点数を稼いできていたんだ。その努力を踏みにじるようなことはしたくなかったし………。それに俺が減点されるようなことをしたのも確かだったしな」

 

「変な人ですね。例のあの人と戦っただけでもホグワーツ特別功労賞ものなのに………」

 

「俺は寮杯も賞も興味ないし」

 

「そうでしょうね」

 

 

 

ポーーーーーッとホグワーツ特急が汽笛を鳴らす。

 

 

「やべ。そろそろ出発の時間だ。ハリーたちがコンパートメントで待ってるから俺は先に行くよ。じゃあな。また新学期」

 

 

そう言って列車に乗ろうとするエスペランサをフローラが呼び止めた。

 

 

「待ってください。最後にもう一言だけあなたに言っておこうと思いまして」

 

「??何だ?」

 

 

少し間を置いてフローラは言う。

 

 

「あなたが帰ってきて……少し安心しました。………おかえりなさい」




次からは秘密の部屋編になります。


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秘密の部屋
case 16 Hidden hole 〜隠れ穴〜


秘密の部屋に突入です!!!

お気に入り、UAなどありがとうございます!


 

M18クレイモア地雷。

 

アメリカ軍の使用する指向性地雷のひとつで、湾曲した箱の中に700個の鉄球とプラスチック爆弾が内蔵されている。

 

加害範囲が60度で有効射程50メートル、仰角は18度。

起爆と共にこの有効範囲内に700個の鉄球を発射し、敵を殲滅することの出来る武器がクレイモアだ。

 

起爆はリモコンやワイヤートラップなどを使用するが、今回、エスペランサ・ルックウッドが持つ起爆装置はリモコン式である。

 

ホグワーツ内では複雑な回路を用いた電子機器は使用できなかったため、リモコン式の起爆装置は使えなかったが、今、彼の居る‟隠れ穴”は対マグル電子機器用の妨害魔法が施されていなかった。

 

 

前方の‟敵”が有効範囲内に入り込んだことを確認し、エスペランサは起爆用のリモコンを手にする。

 

 

「起爆装置良し。起爆用意………3…2…1……起爆!」

 

 

 

 

ドオオオオオオオオオオオン

 

 

 

湾曲した箱の前方が爆発し、700もの鉄球が一斉に発射される。

 

 

 

小銃弾を遥かに凌ぐ威力で飛び出した鉄球は‟庭小人”たちを木っ端みじんに吹き飛ばした。

 

 

 

黒煙の中に庭小人‟だった”ものを視認し、無事に任務が完了したことをエスペランサはウィーズリー一家に伝える。

 

 

「庭小人は全滅。生き残りは確認できませんね」

 

 

 

 

「すげーぞエスペランサ!30匹は居た庭小人が一瞬で消えちまった!!!」

 

「ああ。こいつはたまげたぜ!僕ら庭小人の処理に夏休みを全部潰さなきゃいけなかったんだが、その必要もなくなったみたいだ!」

 

 

双子のフレッドとジョージが歓声を上げて喜ぶ。

 

 

「これはマグルの道具なのかい?これも電気で動いているのかな?」

 

 

ロンの父親であるアーサー・ウィーズリーはクレイモア地雷に興味津々といった具合で話しかけてきた。

 

 

「起爆装置は電気式です。このリモコンから電波を飛ばしているんですよ。本来は害獣駆除ではなく対人戦闘で使うんですけど」

 

 

エスペランサは軽く説明したがアーサー氏はいまいち理解していないようだった。

 

 

 

 

 

夏休みが始まり、エスペランサはダイアゴン横丁にある漏れ鍋に泊まろうとしていた。

 

彼には帰るべき故郷が無かったし、漏れ鍋の二階で寝泊まりするのが一番良いと考えていたのだ。

 

そんなエスペランサに声をかけてきたのがロンである。

 

ロンはエスペランサとハリーに夏休み中、自分の家に泊まらないか?と提案してきたのだ。

エスペランサは迷惑になると思い最初は断っていたのだが、ロンのしつこい誘いを断り切れずに結局、泊まることにした。

 

 

ロンの実家はイングランド西部地方にあるオッタリー・セント・キャッチポール村のはずれにあった。

 

家を複数くっつけたような見た目をするロンの家を見てエスペランサは強度不足を心配したが、どうも魔法で補強されているようである。

 

 

ウィーズリー家の人たちは良い人たちばかりで、突然の来客であるエスペランサを温かく歓迎してくれたものだ。

 

今まで家庭というものを知らなかったエスペランサにとって、温かい家と言うのは初めての物だったので、彼は少々感激した。

 

 

 

 

ロンの母親であるモリー・ウィーズリーはこれでもかという程、ご飯を勧めてきてエスペランサは逆に困る羽目になった。

アーサー・ウィーズリーはマグル出身のエスペランサに色々質問してきた。

 

双子のフレッドとジョージは1時間に3回の割合で何かを爆発させ、そのたびにパーシーがキレる。

ロンの妹のジニーは何故かハリーのことばかり質問してきた(エスペランサはジニーに「ハリーはダイナマイトボディの女性が好きなんだぞ」と嘘を教えてみた)。

 

兎にも角にも、エスペランサは隠れ穴での休暇を満喫していたのである。

 

そんなエスペランサであるが、ずっと世話になりっぱなしだと悪いと思い、何か手伝えることは無いか?とモリーに聞いてみた。

 

すると、彼女はロンたちと一緒に庭小人の駆除をしてくれないか、と言ってきたのである。

 

 

 

庭小人と言うのは白雪姫に出てくるようなアレではなく、ジャガイモが人間の形をしたような見た目の生物であった。

 

駆除方法は、クルクルと振り回して目を回させた後、庭の外に放り投げるというものだが、これが割と非効率だったのだ。

 

そこでエスペランサは持っていたクレイモア地雷による駆除を具申したのである。

 

 

 

「ところでハリーから返事はまだ届いてないのか?」

 

「うん。もう20通は手紙を書いたんだけど………」

 

「そうか………」

 

 

ロンはハリーも隠れ穴に泊まりに来るように誘っていた。

 

しかし、誘いの手紙をいくら書いて出しても、返事は来なかったのである。

 

 

「ハリーの叔父さん達は嫌な連中らしい。もしかしたらハリーが監禁されてたりするのかも………」

 

「まさか。でも便りが無いのは心配だな」

 

「うん。そこでなんだけど、僕とフレッドとジョージは今晩ハリーを迎えに行く予定なんだ」

 

「迎えに行くって行っても、ハリーはサレー州にいるんだろ?相当な時間と金が必要だぞ」

 

「そこは大丈夫。実はパパが中古で買ったマグルの自動車に魔法をかけて空を飛べるようにしたんだ。その自動車で迎えに行くんだよ」

 

「車に魔法って………。だけどお前ら運転の方法知ってるのか?それにガソリンはどうするんだ?」

 

「ガソリン?運転は……まあ何とかなるよ」

 

「何とかって………。AT車なら何とかなるかもしれないが、MT車だったらそう簡単に運転できないぞ。空の上でエンストしたらどうするんだ?」

 

「エンストってなんだい?もしかしてエスペランサって車の運転できるのかい?」

 

「まあ……出来ないこともないが…………」

 

「なら君が運転してよ!」

 

「いやでも、ロンの親父さんの車だろ?勝手に運転しちゃ悪いだろ………」

 

「構わないさ。それに君もハリーのことが心配なんだろ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ロンの父親が手に入れた自動車はフォード・アングリアという車である。

 

おそろしく旧式の車である上に、整備がされていない状況であった。

タイヤの空気圧を調整し、ガソリンの残量を確認、磨り減ったブレーキパッドはどうしようも出来なかったため(魔法を使えば一発で直っただろうが、残念なことに休暇中の魔法の使用は禁止されていた)放置。

 

一通りの整備を終えたエスペランサはロンと双子を呼んだ。

 

時刻は深夜の1時を越えたところだ。

ロンの父親は夜勤に行っているし、母親はとっくに寝ている。

車を出すタイミングは今しかないだろう。

 

フォード・アングリアを格納している小屋にロンと双子が入ってきた。

 

 

「オンボロな車でまともな整備もされてないから正直言ってハリーの家とここを往復出来るか分からん。途中で壊れるかもしれない。ガソリンに関しては小屋にジェリ缶が幾つかあったから何とかなりそうだ」

 

 

普通に公道を走行する分には問題ない程度の燃料は小屋の中に保管されていた。

しかし、今回は空を飛んで行く必要がある。

空を飛ぶことが地上を走行する以上に燃料を消費するのだとしたら、途中でガス欠になるかもしれない。

 

 

「ナイスだエスペランサ!」

 

「お袋は寝室で寝てる。今のうちに出発しようぜ!」

 

 

双子はそう言いながら後部座席に乗り込んだ。

 

 

「出発するのは良いけど、マグルに見られたらやばいんじゃないのか?」

 

「大丈夫。パパが走行中に車を透明にしてくれる装置をつけたんだ」

 

「それなら安心だ」

 

 

エスペランサは運転席に乗り込み、エンジンをかける。

 

エスペランサは傭兵時代に何度か軍用車を運転したことがあった。

免許なんて持っていなかったし、教習も受けたことは無かったが、戦闘中にジープの運転手が敵弾に倒れ、代わりに運転したという経験が2度ほどある。

 

半クラッチの状態にして車が少しずつ前進するのを確認した彼は助手席に座るロンにコンパスと地図を渡した。

 

 

「空の上を飛ぶとなると目印が無い。迷子にならないようにしっかり道案内してくれ。んじゃ、出発するとしますか」

 

 

 

 

オンボロ車は燃費の悪そうなエンジンの音を響かせつつ、夜の空へ飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ハリー奪還作戦は成功した。

 

ロンの予想通りハリーは叔父叔母に監禁されていた。

 

エスペランサはハリーの部屋の窓につけられた鉄格子を破壊してハリーを救出しようとしたのだが、その際の物音で彼の叔父が目を覚ましてしまう。

無論、叔父のバーノン・ダーズリー氏はハリーを逃がすまいと追ってきたのだが、そんなバーノン氏にエスペランサは「法治国家である英国で子供を監禁し虐待するという行為が表沙汰になれば、あなたたちは捕まりますよ?」と言ってやった。

 

その言葉で大人しくなったハリーの親戚達を尻目に、エスペランサたちはプリペット通りを後にしたのである。

 

 

 

隠れ穴に帰った後、車を無断で借用したことがばれて、エスペランサたちはモリーにひどく怒られた。

 

 

 

 

 

 

 

ハリーが隠れ穴に来て数日が経った頃、エスペランサの元にホグワーツから郵便が届いた。

 

どうも新学期に必要な教科書のリストらしい。

 

 

「あー。あたらしい教科書が必要なのか」

 

 

ウィーズリー家の食卓にてトーストを食べながらエスペランサはリストを見た。

 

基本呪文集2学年用以外の教科書は全てギルデロイ・ロックハートという魔法使いが書いた本である。

 

 

「同じ作者の本ばかりだ。にしてもふざけた題名の本だ。“トロールとのとろい旅”に“雪男とゆっくり1年”って………。こんな本よりもクラウゼヴィッツの戦争論を読んだ方がよっぽどためになるぞ」

 

 

ふざけた題名の本を胡散臭そうに眺めながら彼は言う。

 

 

「あら。彼の本はとても優秀な本なのよ?」

 

 

モリーが言った。

 

 

「母さん。ロックハートに夢中なのは良いけど、この本を全て揃えるとなると相当な金額になるぜ?」

 

「高いのか?」

 

「そりゃもう。家計が傾くくらいにはな」

 

 

フレッドが心配そうに言った。

 

マグル界において本というのは高価なものではない。

中には日本円にして1万円を超えるような本もあるが、教科書にするような本はそこまで高価ではないだろう。

 

今回、ロックハート著の教科書は合計7冊。

1冊が仮に3000円であると仮定したら1人頭2万1千円である。

ウィーズリー家の在学している兄弟は5人。

合計で10万円を超える買い物となるわけだ。

もし、1冊が6000円だとしたらその2倍の20万を超える金額である。

 

確かにこれは高い。

 

 

 

「まあ……なんとかなるでしょ」

 

そう言うモリー婦人の表情は暗かった。

 

 

 

ちなみに、家庭のないエスペランサはホグワーツから支援金を貰っている。

 

これは孤児の魔法使いや魔女に対する救済措置であり、基本的に月5万円程度支給される制度だ。

しかし、エスペランサは特殊部隊に居た頃にある程度の稼ぎがあったので(稼いだ金はスイスの銀行に預けていたので戦火を免れた)、割と金持ちであった。

 

マグルの金は魔法界のガリオン金貨よりも実は価値が高くなっていて、1ガリオン=4ドル82セント程である。

だからマグル出身の生徒は魔法界でリッチな生活が出来てしまったりする。

 

 

 

「それにしても、このギルデロイ・ロックハートっていう奴………。胡散臭いな」

 

 

エスペランサは一人呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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煙突飛行ネットワークというものを使用してエスペランサはダイアゴン横丁へたどり着いた。

 

暖炉があればどこへでもワープ出来るという仕組みにも驚いたが、何よりも驚いたのは魔法族が「ネットワーク」という言葉を使用していることだった。

 

1969年にアメリカが国防用コンピュータネットワーク構築を目的にARPANETというものを開発したが、このARPANETは1991年までアメリカ軍と一部の大学しか使用することが出来なかったのである。

一般人がARPANETを使用することが出来るようになったのはここ1,2年の話だ。

 

だからマグル界ではネットワークという言葉がまだあまり認知されていない。

 

 

では何故、魔法界ではネットワークという言葉が普及しているのだろうか?

 

 

エスペランサは疑問に思った。

 

 

 

 

それはさておき。

 

エスペランサたちは途中、ハリーが行方不明になるというアクシデントを乗り越えて、無事、フローリシュ・アンド・ブロッツ書店にたどり着いた。

ハーマイオニーも合流している。

 

いつもはそれほど混んでいない書店であったが、今日はかなり混みあっていた。

 

 

「何でこんなに混んでるんだ?」

 

「あれよ。ギルデロイ・ロックハートのサイン会ですって!」

 

 

ハーマイオニーが少し興奮して言う。

 

もしかしたら彼女もロックハートに惚れた口なのかもしれない。

 

 

書店には多くの中年の魔女が押しかけ、店内はロックハートのポスターやらで埋め尽くされていた。

時折フラッシュが焚かれるのは新聞の取材でも来ているからだろう。

 

 

気がつけばハーマイオニーもモリーもサインの列に並んでいる。

 

 

4人ほどの魔女に足を踏まれてからエスペランサはうんざりして店を出た。

 

サイン会が終われば店は空くだろう。

今、この人ごみの中で教科書を買おうとするのは得策ではない。

 

そう考えた彼は店の外に出てブラブラと横丁を散策しようとした。

 

 

 

「良い天気だ。英国は曇りばっかだから今日みたいに晴れた日は珍しいな。サイン会が終わるまでどこで過ごそうかな………っと?ん?」

 

 

書店から離れ、魔法道具屋の横を抜けようとした時にエスペランサは2人の奇妙な男を見かけた。

 

ダイアゴン横丁では魔法族の町なので基本的に皆、マントやローブを着て三角帽子を被っている。

中にはマグルの格好をしている人間も居るが(ハーマイオニーの両親など)、9割9分、魔法使いの服装をしている。

 

が、その2人の男達はマグルのスーツ姿をしていた。

 

 

「スーツ姿は場違いだが………。俺が気になるのはスーツじゃねえ。あいつら………軍人だ」

 

 

エスペランサは2人の男が軍人であると思った。

 

ずっと特殊部隊にいて傭兵だったこともあるエスペランサは軍人と一般人の違いが良く分かる。

 

歩き方。

体つき。

目。

表情。

雰囲気。

 

 

そして、腰に隠し持っていると思われる拳銃。

 

 

遠目からだが、スーツに隠れて銃のシルエットが浮かび上がっている。

 

 

「あれはベテランの軍人だ。おそらく陸軍か海兵隊だろう。しかし……マグルの軍人が魔法界に居るってのはどういうことだ?あいつらは何をしにここに来たんだ?」

 

 

エスペランサは疑問に思った。

 

 

 

 

「おーい。エスペランサー!」

 

 

ふと自分を呼ぶ声が人ごみの中から聞こえて、彼は振り返る。

 

見ればネビル・ロングボトムが手を振っていた。

彼もダイアゴン横丁で買い物をしにきたのだろう。

 

 

「ネビルか…………」

 

 

エスペランサは久々に見る級友に手を振る。

 

ネビルに気を取られた一瞬で、2人のスーツ姿の男達は人ごみの中に姿を消していた。

 

何故、マグルの軍人がダイアゴン横丁に居たのかは知らないが、エスペランサはあまり深く考えないようにした。

 

 




原作だとアーサーは庭小人を気に入ってるみたいですが、そんなことは気にせず地雷で吹き飛ばしました。


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case 17 VS Pixie fairy 〜vsピクシー妖精〜

休暇が終わって投稿速度が落ちています。
申し訳ありません!!!


先日、プリズマ☆イリヤの映画を見てきました。
面白かったです。


感想とかお気に入りとかありがとうございます!


新学期が始まった。

 

学期の初めというのはバタつくもので、生徒も教職員も慌しい。

新しい時間割の制作や授業準備など、教師の仕事は山積みである。

 

だが、教師の一部が慌しくしている原因はフォード・アングリアの衝突によって損傷した“暴れ柳”の修復が原因だった。

 

 

着校日。

何故か9と3/4番線に入れず、ホグワーツ特急に乗り損ねたハリーとロンは空飛ぶ車であるフォード・アングリアによってホグワーツにやってきた。

 

そして、彼らは車を見事に暴れ柳に衝突させたのである。

 

いくらホームで待ってもロンとハリーがやって来ないと心配していたエスペランサとハーマイオニーはこの話を聞いて驚き、そして呆れた。

 

 

 

 

加えて、空飛ぶ車は一部のマグルに目撃されており、ロンの父親であるアーサーは魔法省で尋問を受けたそうだ。

 

魔法省というのは行政でなく司法関係も行うことが出来るらしい。

魔法界は極端に人口が少ないので政府機関は全て魔法省に集約しないと人材が不足するのだろう。

魔法省職員は政治家という肩書きに付け加えて裁判官という肩書きも持てるようだ。

それはさておき………。

 

 

空飛ぶ車での着校と暴れ柳の破壊を行ったハリーとロンに対し、ロンの母親から吼えメールが届いたり、ロックハートとツーショットの写真を撮影して(しかもサイン入り)生徒に配ったりと波乱万丈な学期初めを迎えたハリーは見るからに疲れた様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

着校から3日目の午前1番の授業は闇の魔術に対する防衛術である。

 

教師はギルデロイロックハート。

正直なところ、エスペランサはロックハートの魔法使いとしての腕前がどの程度なものかはっきりと分かっていない。

 

見るからに無能そうな人間であるが、教科書となった彼の本を読む限り、トロールや狼男と渡り合えるくらいには優秀な魔法使いらしい。

性格に難はあるが、本に書いてあることが全て本当なのだと仮定すれば教師として不足は無いだろうとエスペランサは思う。

 

 

防衛術の授業のはじめにロックハートは自分の本を取り上げて「私だ」と言った。

 

女子生徒はうっとりしている反面、男子生徒は苦笑いである。

 

「ギルデロイ・ロックハート。勲3等マーリン勲章、闇の魔術に対する防衛術連盟名誉会員、そして、週間魔女で5回連続チャーミングスマイル賞受賞。もっとも、妖怪バンシーを笑顔で追い払ったわけではありませんけどね」

 

随分な肩書きである。

最後のはいらないとしても名誉戦士といった肩書きは簡単にもらえるものではない。

意外と優秀な人物なのかもしれないとロックハートに対して少々期待していたエスペランサである。

 

「全員、私の本を買い揃えたようなのでちょっとしたテストを30分で行おうと思います。皆さんが私の本をちゃんと読んでいるか調べさせてもらいますよ」

 

そう言ってロックハートはテスト用紙を生徒に配った。

 

エスペランサは一応、全ての本に目を通しているが、自信は無い。

それでも6割くらいの得点は狙えるのではないかと思い、配られたテストの問題に目を落とした。

 

 

 

1、ギルデロイ・ロックハートの好きな色は何?

 

2、ギルデロイ・ロックハートの密かな大望は何?

 

3、ギルデロイ・ロックハートの功績でもっとも偉大だと思うものは?

 

4、ギルデロイ・ロックハートの………

 

 

 

 

「なんだ……これ」

 

 

エスペランサは絶句した。

 

これはテストとして破綻している。

 

 

54個ある設問の全てがロックハートのことに関するものだった。

 

 

 

周囲を見渡せばほぼ全ての生徒のペンが止まっている。

 

 

このようなテストを30分も行うのは時間の無駄だと彼は思った。

ただ、他にすることも無いので適当に回答することにする。

 

 

 

1、ロックハートの好きな色は?    解・OD色

 

2、ロックハートの密かな大望は?   解・童貞卒業

 

 

 

 

 

 

 

30分後、答案を回収したロックハートはそれをパラパラとめくり、呆れたように言った。

 

「私が好きな色を知っている人は殆ど居ないようだね。ライラック色であると「雪男とゆっくり一年」で書いているのに。誕生日の理想の贈り物は魔法界と非魔法界のハーモニーですよ」

 

 

男子生徒の大半は呆れてものも言えない状態だった。

 

 

「ところが、ミス・グレンジャーは私の密かな大望を知っていました!それになんと、彼女は満点です!!!すばらしい!グリフィンドールに10点」

 

 

そう言われてハーマイオニーは赤面していた。

 

 

「おいおい。マジかよ」

 

 

薄々は気づいていたが、やはりハーマイオニーはロックハートのファンだったらしい。

 

それにしても、こんなテストで満点を取るほど本を読み込んでいるとは恐れ入る。

エスペランサは密かにハーマイオニーを尊敬した。

 

 

 

「さあー気をつけて!魔法界でもっとも穢れた生き物と戦う術を教えるのが私の役目です。この教室で君達はこれまでに無い恐ろしい目にあうでしょう!でも、安心してください。私が居る限り君達に危害は及びません」

 

 

ロックハートは机の下から布の被った鳥かごを取り出した。

 

 

「おお。やっとそれらしい授業がはじまるのか」

 

 

呆れていたエスペランサだったが、ロックハートが闇の魔術に対する防衛術らしい授業をしようとするのを見て少々喜んだ。

 

それまで笑っていたディーンやシェーマスはもう笑っていなかったし、ネビルは縮み上がっている。

 

 

 

「さあ!どうだ!捕らえたばかりのコーンウォール地方のピクシー妖精!!!!」

 

 

 

ロックハートは布を取っ払い、鳥かごの中の生物を露にした。

 

 

 

鳥かごの中には20センチ程度の群青色をした如何にも悪そうな妖精だった。

鳥かごの中で暴れまわる妖精は生徒に悪態をついたり、歯をむき出しにして威嚇したりしている。

 

 

そのピクシー妖精を見てディーンとシェーマスは大爆笑した。

 

 

「先生。その妖精のどこが危険なんですか??」

 

 

笑いながらシェーマスが言う。

 

 

ピクシー妖精は「幻の生物とその生息地」という教科書にも記載がある。

故にホグワーツ二年生は皆、その存在を知っていた。

 

凶暴な性格をしているが、その実、大した戦闘力もなく、少し魔法が使える程度の子供でも軽く倒せてしまう生物である。

 

 

 

「思い込みはいけません。連中は厄介な小悪魔です。では君達がこの妖精とどう戦うかお手並み拝見といきましょうか?」

 

 

ロックハートはそう言って鳥かごからピクシー妖精を解き放った。

 

 

 

 

ピクシー妖精は単体では脅威にならない。

 

しかし、籠の中に居た妖精は30匹近く居た。

凶暴な性格をした30匹の妖精が一斉に解き放たれれば、どうなるかは予想がつく。

 

 

 

「あーあ。もうめちゃくちゃだ」

 

 

ピクシー妖精たちは四方八方へ飛び回り破壊活動を行い始める。

 

ガラスを割り、生徒を引っ張り上げ、教科書を破る。

インク瓶は投げられ、ゴミ箱をぶちまけ、ネビルを天井にぶら下げてしまった。

 

 

 

ガラス片の雨をかわしながらエスペランサは鞄から銃を取り出す。

 

 

今のところ生徒に負傷者は出ていないが、このままでは誰かしらが負傷する。

妖精の投げるガラス瓶や、振ってくるガラス片は十分な凶器となり得るだろう。

 

 

杖を奪われて逃げ惑うロックハートを視界の隅に入れながら、エスペランサは短機関銃を構えた。

 

 

 

UZI短機関銃。

 

 

イスラエルが開発した短機関銃であるUZIは優れた性能と生産性の高さから世界各国で使用されている。

銃弾は9ミリで、発射速度は毎分600発を誇る銃だ。

 

有効射程は200メートルと短いが屋内で使用するには十分な性能である。

発射機構がオープンボルト方式であり単純な為、魔法での量産にも向いていた。

 

加えて、このUZIには魔法で細工がしてある。

 

亡きクィリナス・クィレルはM3グリースガンに魔法をかけ、銃弾が目標に自動で向かっていくようにしていたが、このUZIにも同様の魔法がかけてある。

 

クィレル先生が改良したホーミング機能付きM3グリースガンをエスペランサは戦いの後で回収し、かけられた魔法を解析した。

複雑な魔法がかけられていて、解析にはかなりの時間が必要とされたが、どうにか解析し終わった。

 

クィレル先生が銃にかけた魔法は「銃に射手の思考を読み取らせ、射手の思い通りの方向へ向かうようなプログラムを弾丸に施す」というものだった。

要するに弾丸がミサイルで銃がCIC(combat information center)の役割を果たすようにさせている訳だ。

 

彼はその解析したクィレル先生の魔法を他の量産した銃にもかけたのである。

よって、現在、エスペランサの持っている銃は全て銃弾の自動追尾機能が施されていることになる。

 

 

エスペランサはグリップ左側の切り替え軸を連射にあわせ引き金を引く。

 

 

 

パラララララララララララララ

 

 

 

乾いた音と共に9ミリの弾丸が連続して銃口から飛び出した。

 

 

飛び出した弾はそれぞれが意思を持ったかのように空中を動き回る。

 

 

ある弾丸は教科書を引き裂いていた妖精の脳天を貫く。

ある弾丸はガラスを割る最中だった妖精の手足をもぎ取る。

ある弾丸はインク瓶を生徒に投げつけていた妖精の腹に大きな穴を開けた。

 

 

発射された約30発の9ミリ弾は全てピクシー妖精に命中したのである。

 

 

エスペランサは狙いを定めていない。

ただ、「ピクシー妖精に全弾命中させたい」と思っただけである。

 

UZIはエスペランサの「妖精に全弾命中させたい」という思考を読み取って、その通りにプログラミングした弾丸を発射させた。

 

 

教場内を縦横無尽に飛び回っていたピクシー妖精の総数は僅か数匹にまで減少している。

 

9割以上の妖精が銃弾に撃ち抜かれ、見るも無残な姿で床に横たわっていた。

教場内の壁は妖精の血によって赤く染められている。

 

生き残った数匹のピクシー妖精は完全に戦意喪失して、部屋の隅で震えあがっていた。

 

 

「上出来だ。魔法は正しく機能したみたいだな。これで対魔法使い戦は格段にやりやすくなった。クィレル先生には頭が上がらないな」

 

 

空になった弾倉を銃本体から抜き、新たな弾倉をガチャリと装填しながらエスペランサは満足そうに言った。

 

狙いを定めなくても銃弾が自動に敵へ向かっていく銃は今後、仮に魔法使いとの戦闘になった場合に相当な戦力になってくれるに違いない。

 

また、マグルのテロリストや過激派集団との戦闘でも十分活躍することが見込まれる。

 

 

 

 

 

パラララララ

 

 

 

 

 

生き残りの妖精を銃撃で一掃し、エスペランサは妖精同様に教室の隅で震えあがっているロックハートに声をかけた。

 

 

「先生。言われた通りピクシー妖精を駆除しました。敵勢力は完全に沈黙。何匹か息のある個体は確認できますが、戦闘能力は完全に奪ったものと見て間違いないでしょう。状況終了です」

 

 

「ひ……え?なっ……………!!!???」

 

 

ロックハートは教室を埋め尽くすピクシー妖精の死体を見て絶句していた。

 

見れば他の生徒たちも恐怖でひきつった顔をしている。

 

 

 

「先生?」

 

「ひっ!?」

 

 

ロックハートは30匹余りのピクシー妖精をたった数秒で全滅させたエスペランサを見て後ずさった。

 

 

「あー……そ、そうですね。ミスター・ルックウッドは良く……やりました。あー……グリフィンドールに10点あげましょう。では授業は終了です!私はこれにて」

 

 

そう言い残してロックハートは逃げるように教室から走り去っていった。

 

 

シェーマスやディーンをはじめとした生徒もエスペランサから逃げるように教室を出ていく。

 

ラベンダー・ブラウン等の一部の女子生徒は失神していた。

 

 

 

「こりゃマーリンの髭だ。あっという間にピクシー妖精がミンチになっちまったぜ」

 

地獄絵図となった教室を見渡してロンが言う。

 

 

ハリーたち3人はエスペランサの戦闘を間近で見た経験がある為、他の生徒よりもショックを受けていないのだろう。

 

ミンチになったピクシー妖精の散乱する光景は爆薬で吹き飛ばされたトロールという光景よりも少しばかりマシなものだったに違いない。

 

 

「エスペランサの戦いは何回か見たけど、何度見ても………慣れないね」

 

顔を青くさせたハリーが言う。

 

「中東の紛争地帯の爆撃後はもっと酷いぞ」

 

「でもこれはやり過ぎよ。ロックハート先生の用意したピクシー妖精も使い物にならなくなってしまったし………。先生、気を悪くしてなければよいのだけれど」

 

 

ハーマイオニーはロックハートの心配をしているようだった。

 

 

「おいおい。ハーマイオニー。あの先生はピクシー妖精相手に何にも出来なかった無能だぜ?」

 

「そうだな。ロンの言う通りだ。この程度の生物に後れを取るようじゃ、教師として失格だな」

 

「そんなことないわ!先生は生徒に経験をさせたかっただけよ!無能じゃないわ!」

 

 

エスペランサとロンの会話を聞いてハーマイオニーは憤慨する。

 

恋は盲目とはまさにこのことだろう。

 

 

 

「あ……あのさ。よかったら僕をここから降ろしてくれない?」

 

 

 

不意に天井から声がして、エスペランサたちは上を見上げる。

 

妖精によって天井に吊るされたネビルがそこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ヴォルデモートとの戦闘によって手持ちの弾薬と爆薬のほとんどを使い果たし、いくつかの銃器を放棄せざるを得なかったエスペランサにとって新たな銃と弾薬の開発は必要不可欠であった。

 

ヴォルデモートとの戦闘後、エスペランサは意識を失ってしまっていたために“エレクト・テーレム”の魔法によって展開された数十挺の銃と爆薬は回収できていない。

 

夏休み前に一度、賢者の石が置かれていた部屋に足を運んだが、展開した銃や爆薬はかけらも残っていなかった。

おそらくダンブルドアが回収したか、もしくは投棄してしまったのだろう。

 

約1年間もの時間をかけて作り上げた銃と弾薬のほぼ全てを彼は失ってしまったのである。

 

ヴォルデモートは撃退できたので銃の損失はそこまで手痛い物とは思わなかったが、それでも火力が不足している現状は何とかしなくてはならない。

 

 

フローラ・カローからもらった鞄の中に入れていた武器弾薬は全て喪失。

かろうじで残ったのは戦闘時にエスペランサが身に着けていたクリスマスプレゼントとして送られてきたM16A2やベレッタ、手榴弾、戦闘服などに加えて、予備戦力として寝室に保管していた若干の武器だけだった。

 

プレゼントのM16A2。

G3A3が1挺。

ベレッタが2挺。

手榴弾5個にスタングレネードが2つ。

これにクィレル先生の改良したグリースガンが銃器の全てであった。

 

銃弾は全て合わせても500発に満たない。

 

 

エスペランサは休暇で隠れ穴に居る間も時間があれば武器の開発を行った。

無論、クィレルが改良したグリースガンの魔法の解析も同時並行でやった訳である。

 

そして、完成したのがホーミング機能付きのUZIとクレイモア地雷であった。

 

 

エスペランサは現在、フィルチに教えてもらった隠し扉の裏の秘密の通路にて武器の開発を行っている。

 

秘密の通路は元々薄暗かったが、エスペランサが電池式のランタンを(ランタン程度のマグルの道具ならホグワーツ上の中で使えることが最近分かった)幾つか吊るしたことで明るく照らされている。

 

他にも作業台やら工作道具などを持ち込み、秘密基地のような状態になっていた。

 

今開発しているのは対戦車榴弾や迫撃砲などの重火器である。

 

対戦車榴弾に関しては屋内戦にも対応できるパンツァーファウスト3を採用。

RPG-7やカールグスタフと違い、パンツァーファウスト3はバックブラストではなく、カウンターマスという重りを後ろに放出することで反動を抑えているので、屋内の狭い場所でも発射が可能だ。

 

迫撃砲は屋外の戦闘を意識して作成した。

 

銃や対戦車榴弾よりも遥かに射程の長い迫撃砲は遠距離から無防備な魔法使いを粉砕することが出来るし、不意打ちも可能だ。

複数人の魔法使いを相手に十分な威力を発揮できる。

 

この他にも新たに対戦車狙撃銃の開発に着手した。

 

今まではG3A3といったバトルライフルにスコープをつけて狙撃銃としていたが、トロールなどの生物相手には威力が不足している。

故に12.7ミリの弾薬を使用する対戦車ライフルを開発した。

 

12.7ミリの対戦車狙撃銃はハーグ条約によって対人用に使用することは禁止されているが、魔法界では国連の法など無効だろう。

 

 

「新たな銃と榴弾の開発も目途が立ったし、弾薬も十分とは言えないが戦闘可能なだけの数は揃えた。あとは榴弾を使った訓練をするだけだな」

 

 

対戦車榴弾は歩兵の使う武器だが、迫撃砲は砲兵の使う武器である。

使い方は知っているものの、彼は実戦で実際に使ったことは無い。

 

何回か訓練を積まなければ砲弾を命中させることは出来ないだろう。

 

 

「今学期はこれらの武器を使った戦闘をしなくて済むと良いんだけどな…………」

 

 

エスペランサは出来立てほやほやの81ミリ迫撃砲L16(81R)の黒光りする砲身を撫でながらそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近、NHKの映像の世紀にハマってます。
大戦時の兵士って何であんなに詩的な文章が書けるんでしょうか。


秘密の部屋の前半部分は割と駆け足で終わらせるかもです。


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case 18 Blood, politics and the army 〜血と策略と軍事と〜

久しぶりに投稿です。

感想などありがとうございます!!!!!!


エスペランサが短機関銃によってピクシー妖精を一掃した出来事は「血の防衛術教場事件」だとか「ピクシーショック」といった名前で有名になった。

 

このピクシー妖精大量虐殺事件以来、ロックハートはエスペランサを極端に恐れるようになったし、また、闇の魔術に対する防衛術の授業では一切の実技訓練が行われなくなった。

仮にロックハートがピクシー妖精以外の魔法生物を実習の一環として持ってきたとしても、エスペランサが銃火器を使用して血祭りに上げ、生徒にトラウマを与えかねないと教師陣が判断して実習を禁止したという噂もある。

 

 

兎にも角にもエスペランサ・ルックウッドは今現在、ホグワーツの中で(悪い意味で)有名となってしまっているのである。

 

 

 

 

 

 

やっとこさ訪れた土曜日の朝。

 

まだ日が昇らないうちにエスペランサは薄暗いグリフィンドールの寮をこっそり抜け出した。

禁じられた森で体力練成を行うためだ。

 

フル武装をして走る武装走に、懸垂をはじめとした筋力トレーニングを行うことで、軍人としての身体を作るのは彼の日課でもある。

 

魔法族はあまり運動をしない傾向にあるため、日頃から身体を作っておけば格闘戦で優位に立てるだろう。

 

 

 

エスペランサは城の正門を抜け、朝靄で視界の悪い湖のほとりを小走りに走り、禁じられた森へと向かった。

 

城と禁じられた森の間にはクィディッチの競技場が存在する。

コロシアムのような見た目のその競技場を横切る時、彼の視界の端に見知った人物が映りこんだ。

 

ハリー・ポッターである。

 

ここ最近、散々な目にばかり遭っているハリーは箒を片手に食いディッチ競技場へと入っていった。

 

 

時刻はまだ4時台である。

 

朝練をするにしても早すぎる時間だろう。

 

 

「そう言えばクィディッチの練習風景って1回も見たことが無いな」

 

 

クィディッチの競技自体は1度見たことがあるエスペランサであったが、練習風景は1度として見たことが無い。

 

少しばかり興味が湧いた彼はしばしの間クィディッチの練習風景を見ていこうと重い、競技場内へ入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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時刻は6時をとっくに過ぎ、もうすぐ7時になる頃。

 

エスペランサはクィディッチ競技場の観覧席で座っていた。

 

グリフィンドールのクィディッチチームはまだ練習を始めていない。

何故か。

 

それはキャプテンのオリバー・ウッドの長すぎる作戦会議と演説のせいだった。

 

 

 

競技場の端で2時間以上も作戦の説明と演説を行うウッドは狂人である。

そうエスペランサは思った。

 

選手は誰もウッドの説明を聞いていないし、双子のウィーズリーは演説開始5分で居眠りを始めていた。

 

軍隊でもそうだが、ブリーフィングはこんなに長く行うものではない。

作戦目的と必要な情報のみを部下に把握させ、余計な情報は一切入れてはいけない。

 

2時間を越えるブリーフィングはナンセンスだ。

 

護身用に懐に入れていた拳銃のベレッタに油を差しながら、エスペランサはウッドの演説をボーっと見ていた。

 

 

 

やがてブリーフィングが終了し、ハリーたち選手はやっとのことで箒を手に競技場の中央へ歩いてくる。

 

時刻は7時を回ろうとする頃。

日は完全に昇り、競技場は明るく照らされていた。

 

 

「あ、エスペランサ。君もクィディッチの練習の見学?」

 

急に話し掛けられたエスペランサが振り向けば、朝食のトーストを手に持ったロンとハーマイオニーが立っていた。

彼らもハリーの練習を見に来たらしい。

 

 

「まあ、な。そう言えばもう朝飯の時間か」

 

 

空腹を感じたエスペランサは鞄から戦闘糧食を取り出す。

 

戦闘糧食といっても様々な種類があり、各国の軍隊によって内容も味も違う。

彼が持っているのは賞味期限がギリギリ米軍の横流し品(消費期限は開封後2年なのでおそらく食べられる)であるが、味のほうは期待していなかった。

 

何種類かの糧食を食べたことがあるが、一番最悪なのは英国軍のものだ。

 

ホグワーツで出される食事もそうだが英国料理は不味い。

戦闘地域に居たエスペランサにとって食料というのは食べられればそれだけで良いのだが、それでも英国の料理は微妙だったのだ。

 

加熱剤の入った袋に水筒の水を入れ、袋の口を閉じること数十秒。

袋の中に入れた水が沸騰し、もくもくと煙が出てきた。

 

 

「何それ?それもマグルの道具かい?」

 

 

興味を示したロンが聞いてきた。

 

 

「これは戦闘糧食って言って軍隊が野戦で食べる飯だよ。水さえあればどこでも加熱して食べられる」

 

 

そんなに旨くは無いけどな、と付け加えながらエスペランサは説明した。

 

 

3人で朝飯を頬張っている中、競技場に緑色のユニフォームを着た生徒が入ってきた。

スリザリンチームである。

 

 

「スリザリンの選手が来たぞ。合同練習でもするのか?」

 

「ありえないよ。あんな連中と合同練習するなんて!」

 

 

競技場にやってきたスリザリンチームの選手たちは、いざ練習しようとしていたグリフィンドールの選手達の下へ向かっていく。

 

非常に不穏な空気が流れる中、エスペランサは糧食のビーフテリヤキを貪っていた。

 

 

「何か揉めてるぞ。僕達も行こう」

 

「そうね」

 

 

ロントハーマイオニーが朝食を中断して競技場へ向かって行った。

 

エスペランサも仕方なしにビーフテリヤキを齧りながら歩き出す。

 

 

 

 

「今日このピッチを予約していたのは僕だ!今は僕達の練習時間だぞフリント!」

 

競技場では顔を真っ赤にしたウッドがスリザリンチームのキャプテンであるフリントに怒鳴っていた。

 

「出て行ってもらおう!」

 

「ウッド。俺達は今日、特別にスネイプ先生から競技場の使用許可を貰っている。競技場の予約はそっちが先かもしれないが、こっちも事情があるのでね。優先権はスリザリンにある」

 

トロールのような体格をしたフリントが言う。

 

「特別な事情?」

 

「これだ」

 

 

フリントはウッドにクィディッチ競技場の特別使用許可届けの紙を見せつけた。

 

 

“スネイプ教授はスリザリンチームの新規シーカー育成と調整の為にクィディッチ競技場を使用することを許可するものである”

 

 

「新規のシーカー?へー。誰だ?」

 

ウッドの興味が逸れる。

 

 

「僕だ」

 

 

フリントの後ろからマルフォイが出てきた。

 

 

「ルシウス・マルフォイの息子か」

 

 

フレッドが呟く。

 

 

「それにドラコの父上は我々にこれらを贈呈して下さった。どうだ?」

 

「ニンバス2001!!??」

 

 

スタンドからやってきたロンがスリザリン選手の持つ箒を見て驚愕する。

 

 

「ロン。ニンバス2001っていうのは凄い箒なのか?」

 

エスペランサはロンに訊ねた。

 

彼は箒事情に詳しくない。

ハリーの持っている箒がニンバス2000であるということも知らない。

 

 

「2000シリーズよりも高性能。クリーンスイープには圧勝するほどの箒だ」

 

フリントがロンの代わりにエスペランサに説明した。

 

成程、とエスペランサは思う。

マルフォイは財力に物を言わせて、選手全員に最新鋭の箒を譲渡する代わりにクィディッチの選手にさせてもらったということだろう。

 

無論、マルフォイの体格はシーカーに適しているし、飛行能力も悪くは無い。

順当にクィディッチの選抜を受ければメンバー入りできた可能性はあるが、それをせずにマルフォイは財力で無理やりチーム入りした。

余程、クィディッチがしたかったのか、それともハリーに負けたくなかったのか。

 

 

「グリフィンドールも資金を集めたらどうだい?もっとも、ウィーズリーには無理だろうけど」

 

マルフォイがあざ笑う。

 

「少なくともグリフィンドールのチームは誰一人、お金で選ばれていないわ。純粋に才能で選手になったのよ」

 

ハーマイオニーがきっぱりと言う。

 

その言葉に顔を引きつらせたマルフォイははき捨てるように言った。

 

 

「誰もお前の意見なんて聞いてない。この“穢れた血”め!」

 

 

穢れた血という単語はおそらく差別用語なのだろう。

 

マルフォイがハーマイオニーに穢れた血といった瞬間にグリフィンドールの選手は血相を変えて、マルフォイに飛び掛ろうとした。

女子生徒はマルフォイを罵り、フレッドとジョージは既に戦闘態勢に入っている。

 

マルフォイはフリントの背後に隠れていた。

 

殴りかかろうとする双子を必死で止めるエスペランサを他所に、ロンはセロハンテープでグルグル巻きになった杖をマルフォイに向けて呪文を放った。

しかし、呪文は逆噴射して、ロンの顔面に直撃する。

 

 

「ロン!」

 

「ロン大丈夫!?」

 

 

全く大丈夫ではない。

 

ロンは口の中から巨大なナメクジを次々に吐き出した。

 

 

 

「うえっ!?何ておぞましい光景なんだ」

 

 

ロンの姿にスリザリン生は大爆笑する。

 

グリフィンドールの生徒は誰も近づこうとしない。

 

 

「ハリー、ハーマイオニー。ロンをハグリッドの小屋へ運んでくれ。ここから一番近い救護所はあそこしかない」

 

エスペランサに指示にハリーとハーマイオニーはゲーゲー言うロンを抱えて競技場から出て行った。

 

 

 

「さて、と。で?穢れた血っていうのは一体何なんだ?」

 

エスペランサは地面に転げまわりながら笑うマルフォイに聞いた。

 

「あ?ははは。穢れた血っていうのはマグル生まれの下等な魔法使いや魔女のことさ。僕みたいな由緒正しい魔法使いは純血と言う」

 

マルフォイは得意げに言った。

 

「つまりマグル生まれの魔法使いの血液は穢れていると?」

 

「そうだ。ルックウッド。君もマグル育ちだ。だから穢れた血、もしくは血を裏切る者だぞ」

 

「………マルフォイ。お前、教養が無さ過ぎるだろ………」

 

 

エスペランサは呆れていた。

 

魔法界が科学と無縁であるのは承知していたが、もうじき21世紀となるこの世で未だにそのような中世風の考えが残っているとは。

 

 

「良く聞けスリザリン。血っていうのはな、酸素や二酸化炭素の運搬、栄養の運搬、体温調整に使われる唯の体液だ。赤く見えるのは赤血球に入ってるヘモグロビンって色素のせいだ。この血液の構成要素は血球成分と血小板、血漿成分なんだが、基本的にどの人間も同じ物質から成り立っている。マグルだろうと魔法使いだろうと、血液に含まれる成分に違いは無い。強いて言えば、DNAは他人と異なるが、DNAの他人との差なんて0.1パーセント程度って話だ。この意味が分かるか?」

 

エスペランサはポカーンとしているスリザリンの生徒に言い聞かせるように言う。

 

「要するにマグルだろうと、マグル生まれだろうと、お前らのところで言う純血だろうと、流れている血の成分に違いなんて無い。全員、ほぼ同じ血が身体に流れているんだ。穢れた血?純血?馬鹿馬鹿しい。血が汚れているって言うのは、生活習慣が悪くて血がドロドロになるって事だ。その意味だったらデブのクラッブの方が穢れた血だぞ。だいたいにして、マグル生まれのハーマイオニーや俺なんかよりもお前らのほうがよっぽど成績悪いじゃねえか。何が由緒正しい魔法使いだバーカ」

 

 

おそらくスリザリンの生徒はおろか、グリフィンドールの生徒も理解していない。

 

DNAや赤血球といった用語はマグル界では一般常識として存在するが、魔法界では知っている人間の方が珍しい。

科学が中世から発展していない魔法界では遺伝の研究などは殆ど行っていないのだろう。

だから、純血主義などといった慣習が残ってしまう。

 

もっとも、マグル界にも差別は存在すると言えば存在するのだが………。

 

 

「ふん。お前たちと僕の血が同じなもんか。これ以上マルフォイ家を侮辱するのは許さないぞ」

 

 

おそらくエスペランサの言うことの殆どを理解していないのだろう。

スリザリン生は代わる代わるに彼を罵る。

 

「くだらない価値観だ」

 

 

馬鹿げた価値観を持つスリザリン生の親は魔法会のトップに君臨している。

 

マルフォイの父やクラッブ、ゴイルの親等々。

古臭い純血至上主義を掲げる人間が政治の裏側に存在する英国魔法界は腐敗に満ちていそうだ。

 

そんな体制だから闇陣営に国をのっとられかけるという事案が発生するのだろう。

 

いつだって国を滅ぼすのは愚かな国民だ。

 

 

「純血主義の全てが悪だとは言わない。純血主義が生まれた経緯は俺も勉強しているからな。だが、極度に純血主義を崇拝したままで居るのは危険だぞ。いずれその思想は国を滅ぼす力になり得る」

 

エスペランサはそう言って競技場を後にした。

 

彼が去った後、微妙に気まずくなった空気の中、グリフィンドールとスリザリンの両チームは互いに干渉しないように競技場を半分に分けてクィディッチの練習を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ロンは午前中の間ずっとナメクジを口から吐き続けた。

 

その光景を目にしたくなかったエスペランサは非情にもロンをハリーとハーマイオニーに押し付け(ロンの口から吐き出される体長10センチのナメクジは生理的に受け付けなかった)図書館にこもった。

 

 

日差しの差し込む窓際の特等席に腰をかけ、のんびりと読書を始める。

休日の午後の図書館は閑散としていて、今は数人の7年生が勉強しているだけだった。

カリカリと羽ペンを動かす音だけが聞こえる。

 

エスペランサは読書といっても物語のようなものではなく戦史研究本や戦略戦術の本ばかりを読んでいた。

 

エスペランサの最終的な目的は魔法界及び非魔法界から全ての悪を滅ぼすことである。

昨年度はヴォルデモート一人を相手に戦いを挑んだが、行く行くはテロリスト集団や暴走した武装集団、闇の魔法使いの率いる軍団とも戦うだろう。

もしかしたら国家を相手に戦う必要性すらある。

 

エスペランサはたった一人でそれらを相手にしなくてはならない。

 

そうなった時必要なのは戦略戦術に関する知識だ。

過去の軍人の考えを頭に叩き込み、頭脳で戦いを有利に運ばなくてはならない。

 

それに、国際関係論や政治に関する知識も涵養しなくてはならないだろう。

 

1人でこの世界を救う。

何十年かかろうともその目標だけは達成させる。

 

 

 

「とは言うものの………。魔法の腕は半人前。所有する武器の火力はやっと1個小隊レベル。道は長く険しいな………」

 

椅子の背もたれに体重をかけ、一人ぼやく。

 

 

 

「お久しぶりです」

 

「んあ?」

 

 

天井を眺めながら考えにふけっていたエスペランサに声をかけてきたのはフローラ・カローであった。

 

金色の髪が窓から差し込む日差しで輝き、一瞬、見とれたエスペランサだが、すぐに煩悩を振り払う。

相変わらず感情に乏しい顔をしているが、心なしか昨年度よりも優しい顔つきになっていた。

 

そう言えばエスペランサが彼女と最後に会話を交わしたのは昨年度末のホグワーツ特急に乗車する時だ。

 

 

「久しぶりだな。最後に会話を交わしてから1ヶ月以上が経過してる」

 

「そうですね。2学年になっても相変わらず無茶苦茶なことをしているようですね、貴方は。スリザリンでも噂になってますよ。ピクシー妖精を木っ端微塵にした悪魔が居ると」

 

「トロールを爆破した時よりは可愛い所業だと思うんだが………。まあ、あの場に居合わせた生徒の何人かはトラウマになっちまったみたいだな。いまだにネビルは俺を見るたびに回れ右して逃走するし、女子生徒は近づかないし。それより、こんな休日に俺に何のようだ?ただ喋りに来たってわけじゃないんだろ?」

 

 

エスペランサはフローラの後ろに立つ男子生徒をちらりと見ながら言う。

 

フローラの後ろには2学年にしては背が高く、体格も良い。

エスペランサはこの生徒を知っている。

 

セオドール・ノットだ。

 

学年末試験でハーマイオニーに次ぐ2位の好成績を収めた少年である。

大体いつも一人で居ることが多く、マルフォイ一味とはあまりつるまない一匹狼を気取った生徒だ。

 

学力においてはハーマイオニーに劣るが、彼は頭の切れる人間で、ハーマイオニーが血の滲むような努力で学年トップの成績をたたき出したのに対し、ノットはほぼ無勉強で学年2位の成績を出した。

授業は1度聞けば理解してしまうほど賢い生徒らしい。

 

ノットの父親は、かつてヴォルデモートの部下であったという噂を聞いたことはあるが、ノット自身が純血主義者であるという話は聞いたことが無い。

 

 

「はい。セオドールがあなたと話したいと言ってきたので、連れてきました」

 

フローラが言う。

 

「スリザリン生が俺と話がしたいってのは珍しいな。何だ?」

 

「…………今朝、ドラコがお前の悪口を散々言っていた。お前が純血主義を否定した、とか」

 

 

ノットがゆっくりと喋る。

 

今朝、エスペランサがクィディッチ競技場でマルフォイに純血もマグル生まれも血の構成要素に変わりは無い話した出来事のことだろう。

 

 

「ああ。言った。純血もマグルも血は同じだってな。そう言うお前は純血主義なのか?」

 

「そうだ。僕も純血主義だ。だが、僕の思想とドラコの思想は異なるものだ。一緒にするな」

 

「純血主義に思想の違いなんて存在するのか?」

 

「僕は別にマグル生まれを劣る存在だとは思わない。現にマグル生まれのグレンジャーは僕よりも成績が優秀だった。魔法の能力の優劣は血統に左右されない。あたりまえのことだろう。それに血液の研究は魔法界でもマイナーではあるが進められている。血筋と魔法の腕は関係ないという研究結果は半世紀も前に学会で出されたものだ。まあ、ドラコの祖父が否定して、研究者を追放してしまったが」

 

「では何故、お前は純血主義なんだ?」

 

「純血主義のルーツは知っているか?」

 

「知ってる。大昔にマグルが魔法使いを恐れて迫害、虐殺をした。その際に魔法族を守るために魔法界からマグル関係者を根絶し、完全に魔法使いだけの世界を作ろうとしたことがルーツだったはずだ。中世の魔女裁判をはじめとした魔法族を非魔法族が迫害したことも純血主義に拍車をかけたらしいが」

 

 

サラザール・スリザリンがホグワーツにマグル生まれの生徒を入学させたがらなかったのもそれが理由である。

 

かつてはマグルも魔法族も同じ世界に住んでいたが、魔法を恐れたマグルたちが魔法族を根絶させようとしたことから、魔法族は裏の世界に逃げ込んだ。

魔法史の勉強をしていれば分かることだ。

中世の魔女狩りはそのもっとも具体的な例であると言えるし、米国が1940年代まで極度にマグルとの接触を拒み続けたのは、アメリカ大陸に開拓地を作ろうとした際にマグルと魔法族の間にゴタゴタがあったからだ。

 

元もとの純血主義というのはマグル生まれやマグルを差別するのではなく、魔法族をマグルの手から守ろうとするものであった。

 

 

「そうだ。純血主義というのは今の時代は古臭いものとして考えられているが、かつて魔法族が同胞を守ろうとして作り上げた歴史あるものなんだ。要するに文化だな。僕はマグル生まれを差別することには否定的だが、元もとの純血主義の思想を否定することも出来ない」

 

「成程。そういう考えを持った学生もスリザリンには存在するのか。案外、面白い寮なのかもしれないな。スリザリンは」

 

「そんなことは無い。僕の考えを理解する学生は少ない。フローラやダフネは特殊な存在だ。スリザリン生の9割は馬鹿げた純血主義者だよ」

 

 

特にドラコは、とノットは呟く。

 

 

「スリザリン生とはいえ純血主義に否定的な人間は若干名存在します。寮生の全員が純血でも無いですし」

 

そう言うのはフローラである。

 

「だがドラコのような伝統的でない純血主義者が魔法界の政治を牛耳っているのも事実だ。魔法省を裏から操っているのは殆どが金に物を言わせた馬鹿な純血主義者なんだ。そんな状態が数世紀に渡って続いている。英国の魔法界がマグル界に比べて文明の発達が遅いのは君ならもちろん気づいているだろ?それは、そいつらがマグルの発見した科学を否定し続け、見下し、拒んできたからだ」

 

「…………………」

 

「米国の魔法界はマグルと共同で研究を行う機関を20年前に創設した。米国がコンピュータや宇宙開発で世界トップに君臨しているのはそれが原因だ。ロシアはマグルと魔法使いの混成軍事部隊を編成した。日本では魔法界がマグルの科学技術を取り込んで研究を行っている。ふくろう便を廃止して電子メールとネットワークを構築したのは半年前のことだ。無論、ほとんどのマグルは魔法界の存在を知らないが、国の裏側では両陣営が手を組んでるんだ」

 

 

ノットは英国魔法界以外の魔法界がマグルと共同で研究を行っている事実をエスペランサに説明した。

 

エスペランサはマグル界の事情にはある程度精通していたつもりであるが、マグル界と魔法界が裏で手を組んでいる事実は知らなかった。

確かにここ数十年でマグルの科学は飛躍的に進歩している。

 

人類ははじめて空を飛んでからすぐに宇宙へ飛んだ。

VT信管を開発した十数年後には誘導弾を開発した。

90年代に入ってからはコンピュータとネットワークが飛躍的な進歩を遂げている。

 

その裏に魔法界との協力があったとすれば目まぐるしい科学の進歩も頷けよう。

 

英国の魔法界は現在、完全にマグルと交流を断絶しているようなものだ。

協力して研究開発などしているはずがない。

 

ルシウス・マルフォイをはじめとした権力者がマグルとの共同開発など認める筈もないからだ。

 

 

「魔法界において英国魔法界は後進国となってしまってきている。僕はこの現状を良しと思わない。ルックウッド。君はどう思うんだ?」

 

「どう思うって………。そもそも俺は英国の魔法界にさほど興味は無いし、ついでに言えば英国に愛国心を持っているわけでもない」

 

「そう……だろうな。だが、教えてくれ。英国魔法界はどうすれば良い?君なら現状を打破する方法が分かるんじゃないか?」

 

 

ノットは身を乗り出してエスペランサに聞いてくる。

 

その顔は真っ赤だった。

エスペランサはノットという少年はもっと冷めた人間だと思っていたが、それは違ったようである。

 

彼は本気で英国魔法界のことを考えている。

 

英国魔法界を立て直すためなら現在の純血主義者を敵に回す覚悟も出来ているのだろう。

 

 

「……………他国の魔法界がどういったものなのかは知らないが、とりあえず英国の魔法界は問題点が多過ぎる」

 

仕方なくエスペランサは自分の考えを話した。

もっとも、エスペランサは政治や国際関係に精通しているわけではない。

 

最近少し勉強したくらいで政治に関しては素人だ。

どうすれば政治が良くなるのか、なんて知る筈もない。

 

だが、素人のエスペランサでも英国魔法界の欠陥はわかる。

 

 

「まず、省庁。この国の魔法界には魔法省という省庁しか存在しない。この魔法省が全ての行政を行ってしまっている。要するに権力を一か所に集中してしまっているわけだ。魔法大臣や魔法省のトップがしっかりした人間のみで固められているならこれでも問題ないと思うが、今聞いた限りだと、純血主義者に金で動かされるような人間ばかりなんだろう。そんな連中が権力を全て持っているのは危険すぎる」

 

 

「なるほど」

 

「それに裁判所も魔法省の中に存在するんだよな。しかも裁判は魔法大臣や各官僚が行う。上訴も無いらしい。三権分立も糞も無い。野党も存在しない1党独裁の政府の大臣が裁判も行うというのはどうなんだ?大臣や官僚が間違いを犯したときに誰が大臣や官僚を裁くんだ?これじゃ独裁国家と変わらん。ナチスと同じだ。いや、選挙で選ばれて与党になったナチスの方がまだ若干マシか?」

 

 

魔法界の権力は全て魔法省に集中している。

地方自治体も存在しない魔法界では行政のすべてを魔法省の上層部が行っているのだ。

 

また、政党は存在せず、選挙も存在しない。

大臣も官僚も魔法省の上層部が勝手に決める。

民意は反映されていない。

 

この上層部がルシウス・マルフォイのような人間に牛耳られている現状は非常に危険である。

現に10年前は魔法界がヴォルデモート率いる闇の勢力に乗っ取られた。

 

 

「では、魔法省の組織を改革しなくてはいけないということか」

 

「確かに魔法省は欠陥組織だ。だが、俺は実は魔法省自体を改革する必要はないんじゃないかと思う。俺は政治に関してはずぶの素人だから俺の考えた方法で現状が打破出来るかは分からん。というか、俺は魔法界を変えるというより、二度と闇の勢力が魔法界を乗っ取らないようにする方法をずっと考えていたんだ」

 

「何でも良い。教えてくれ」

 

「魔法界に政党制が存在しないのも、選挙が存在しないのも、行政が一か所に集まっているのも、全ては人口が原因だ。英国に居る魔法使いと魔女は吸血鬼や人狼等を含めても3万人に満たない。正確な数字は出されていないが2万6千人程度とされている。その程度の人口しか無い国で政党や地方自治体を作る必要はないだろう。魔法省に入省する基準は相当に高かったはずだ。2万6千人程度の人口の中から入省の基準を満たす人間が複数の政党を作ったり、別個に裁判所を作れるほど居るとは思えない。圧倒的に人材不足だろう」

 

 

魔法界における国境はマグル界のそれとは異なるが、英国魔法界はマグル界の英国とほぼ同じ領土を持つ。

その国土の中には2万6千人程度の魔法使いしか存在しない。

 

ちょっとした町の人口である。

ならば政府というより町役場や市役所程度の規模の行政府で事足りるのだ。

 

 

「だから魔法省内を変革する必要は今のところあまりない。問題は過激な純血主義者がヴォルデモート亡き今でも政治の世界に居座っていることだろう」

 

 

エスペランサがヴォルデモートの名前を言った時ノットもフローラもビクッとした。

 

 

「ああ。すまん。例のあの人の傘下にいた人物が政治に口を出しているのが問題なんだ。だから現状を打破する方法としてはそれらの人間を排除するしかない。しかし、それは難しいだろう。魔法界で殺人は罪だし、敵は財力もある。社会的にも物理的にも排除できない。それに連中は元闇の勢力。魔法を用いた戦闘に関しては特化しているだろう。勝ち目は薄いな」

 

「何か……ルシウス・マルフォイや元闇の勢力の政治家と戦おうとしてませんか?」

 

フローラが怪訝な顔をして言う。

 

「ヴォル……例のあの人は消えてないんだ。昨年俺が戦ったようにまだ生きている。その現状で闇の勢力だった人間を生かしておくのは危険だと判断した。願わくば全員、物理的に排除したいんだが、それは困難。でも、再び闇の勢力が勢力を拡大させるのを抑止することは可能だ。そして、その抑止は元闇の勢力の人間と純血主義者を政治の世界から追放することが出来るかもしれない」

 

「抑止?」

 

「そうだ。抑止だ。約10年前に闇の勢力が拡大したのは魔法省に闇の勢力を排除できるほどの実力部隊が存在しなかったからだ。本来、国家というのは国内の治安維持のために圧倒的な戦力を持った治安維持部隊、つまり軍を持つ必要があるんだ。政府直属の軍があれば国民は無暗に内乱や大量虐殺などを行おうとはしないだろ?でも、魔法省にはそれが無かった。だから例のあの人の勢力を止められなかった」

 

「でも、それはマグル界の話でしょう?魔法使いは全員、武器である杖を持っています。杖を持った闇の勢力を押さえつけることが出来るほどの軍を魔法省が持つことが出来るでしょうか?」

 

フローラが言う。

 

「米国では国民に銃を持つ権利が与えられているが、政府は銃を遥かに凌ぐ武器を持った軍を持っている。要は火力の問題だ。杖とマグルの兵器を保持した魔法使いの軍隊に闇の勢力が勝てると思うか?俺はマグルの武器を持ち、尚且つ魔法を使う魔法界の軍隊を作るべきだと思っている。無論、構成員は全員、闇の魔術を嫌う人間でなくてはならないが………」

 

「魔法使いの軍隊………」

 

「そうだ。しかもこの軍隊は当初、魔法省直属ではなく完全に独立した治安維持部隊とする。魔法省の上層部が腐っている現状で魔法省直属の軍隊を作るわけにはいかないからな。この治安維持部隊は闇の勢力が少しでも勢力を伸ばそうと行動したら即座に攻撃を加え、鎮圧する。また、一般市民に攻撃をしようとする勢力があればこれも潰す。そう。治安維持部隊がある限り、闇の勢力の拡大は出来ないし、したところで潰され、また、武力で市民を攻撃しようものなら同様に潰されると敵に思い知らせておけば良いんだ。そうすれば約10年前のように例のあの人の天下は訪れない。これが抑止力だ」

 

 

 

ここ数日でエスペランサが導き出した結論である。

 

マグルの武器を持ち、魔法を使う治安維持組織を作り、少しでも罪のない人たちへ攻撃が加えられようものなら直ちに出動する。

この組織がある限り英国だけでなく世界各国で行われる理不尽な暴力を根絶することが出来るのだ。

 

理想論ではあるが、エスペランサはたった一人でこれを行おうと思っていた。

 

 

 

「理想的だ。本当にそんな組織を作ろうとするのは非常に難しいが………。でも、作れたのなら………。君はそれを作ろうとしているのか?」

 

ノットが聞く。

 

「まあな。俺は英国の魔法界なんてどうでも良いが、理不尽な暴力は根絶したい。闇の勢力も、マグル界の武装組織も根絶するにはこれが一番だ」

 

 

しばし沈黙が続く。

 

 

 

「なあ。ルックウッド。僕もそれに協力させてくれないか?」

 

「え??」

 

「協力させてくれ。君のその考え、気に入った」

 

 

思いもよらぬ言葉であった。

 

同学年の、しかもスリザリンの生徒がエスペランサの考えに同調し、協力を申し出てきたのだ。

 

 

「分かってるのか?俺のしようとしていることは現実的でないし、危険も伴う。スリザリン生を敵にするかもしれないんだぞ?」

 

「関係ない。僕は君に協力する。君にとって協力者がいるのは悪くないことだろう?それに一人で軍隊が作れると思っているのか?」

 

「…………………」

 

「私も協力させてくれませんか?」

 

「フローラもか!?」

 

「私は魔法界や政治に興味はありませんが、あなたの言う理不尽な暴力というものには否定的な考えがあります。微力だとは思いますが、これでもあなたより試験の点数は良いですよ?協力させてください」

 

 

ニコリともせずにフローラは言う。

 

エスペランサにとって協力者の存在はありがたい。

しかし、治安維持軍の創設も闇勢力との対立も、将来的に行うであろう世界各国の武装集団との戦闘も危険が伴う。

エスペランサはノットとフローラの命の保証を出来るほどの力は持っていない。

 

 

 

しかし…………。

 

 

彼はかつて自分が所属していた部隊を思い出した。

 

そこには仲間が居た。

仲間が居なければ死線は潜ってこれなかっただろう。

 

 

 

長考の末にエスペランサは「………頼む」と一言発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

将来、英国魔法界に多大なる影響を及ぼすことになり、ヴォルデモートとの戦争時に強大な力を発揮した“ある部隊”はホグワーツの図書館で結成され、たった3人からはじまったとされる。

 




ちょっと沈黙の艦隊の影響を受けてるかもしれません。

魔法大臣は公式では選挙で選ばれるみたいですね。
魔法界の人口は適当に決めました。ホグワーツの生徒の人数的にこのくらいかな……と。


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case 19 The first victim 〜最初の犠牲者〜

やっと試験が終わって投稿できます!
遅くなってすみません。


C言語はもう嫌だ………


季節は変わって本日はハロウィンの日である。

 

 

件のトロール事件からもう1年が経つ。

時の流れは速いものだとエスペランサは思った。

 

 

 

ホグワーツのハロウィンは豪勢な料理が並んだり、煌びやかな飾りつけがされたりする。

生徒は皆、それを楽しみにしていた。

 

無論、エスペランサも例外ではない。

 

ハロウィンの豪勢な料理を食べることを待ち望んでいた彼は週の初めからソワソワとしていた。

何せ、数年前までは戦闘糧食や部隊で出される味気のない飯を食べていたのだ。

ハロウィンの御馳走をありつけるなんて夢のようである。

 

 

 

そんなエスペランサの楽しみを奪ったのは他ならぬハリー・ポッターだった。

 

 

何をどうしたのかは知らないが、ハリーはほとんど首なしニックというグリフィンドールのゴーストにニックの絶命日パーティーへ参加するという約束をしてしまったのだ。

 

ハリーは一人で行くのは心細いと言ってエスペランサたち3人をこのパーティーに誘った。

 

ロンとハーマイオニーは好奇心から即答で参加を承諾したが、エスペランサは首を縦に振ろうとしなかった。

ゴーストばかりが参加する辛気臭いパーティーに人間の食べれるような御馳走が並ぶわけがない。

 

しかし、ハリー達3人を差し置いて一人、ハロウィンのパーティーに参加するのも気が引けたので、結局、参加を決意してしまったわけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来るんじゃなかった………」

 

 

エスペランサはパーティー会場である地下牢で嘆く。

 

暗い地下牢には無数のゴーストが漂い、そのためか、凄まじい冷気が漂っている。

音楽を奏でるゴーストもいるが、その音楽というのが黒板を爪でひっかくというものなので甚だ不愉快である。

 

料理もあるにはあるが、完全に腐ったポテトや、蛆のたかる肉、糞のようなパイなど食べた瞬間に自分もゴーストの仲間入りしてしまいそうなゲテモノばかりだった。

何故、腐った食べ物が置いてあるのかというと、腐って刺激臭を放つ食べ物をゴーストが通ると、ゴーストはその味が分かるからだという。

 

自分は絶対にゴーストにだけはならないと心に誓いながらエスペランサは自分たちの生首でホッケーを始めたゴーストを眺めていた。

 

 

ハリーたちはニックと喋っているがその顔はお世辞にも楽しいとは言い難い様子である。

 

 

「とっととこの場から退避して、大広間で食事をとろう」

 

長居すればする程、気分が悪くなると思った彼は隙を見て地下牢から逃げようとした。

 

 

「君。そこの生きている生徒。君は他の生徒とは違うな」

 

そそくさと地下牢の出口から逃げようとしていたエスペランサをゴーストの一人が呼び止める。

 

「え?」

 

「君のことを先程から観察させてもらっていた。君は戦場を体験したことがあるのだろう」

 

 

エスペランサを呼び止めたゴーストはふわふわと漂いながら近づいてくる。

 

40代くらいの年齢で死んだのだろう。

他のゴーストに比べると割と若い見た目をしたゴーストだ。

 

だが、エスペランサはゴーストの年齢よりも、ゴーストの服装の方に興味を持った。

 

 

「………その服……。大戦中の合衆国海兵隊の戦闘服に似ている」

 

 

薄汚れたOD色の戦闘服。

 

腰に付けた弾帯。

弾帯につけられた弾納。

 

間違いない。

第二次大戦中に米国海兵隊が着ていたものだ。

 

 

「おう。私の服装が分かるのか。これは私が戦死した時に着ていたものだ」

 

「何故合衆国の軍人が英国に?いやそれよりも、何故魔法界でゴーストになっているんだ?ゴーストになれるのは魔法族のみだったはずだが」

 

 

軍服を着たゴーストは愉快そうに笑いながら説明する。

 

「君はノルマンディー上陸作戦を知っているかね?」

 

「勿論だ。一般人でも知らない人は少ないレベルの有名な作戦。それがどうしたんだ?」

 

「私は魔法使いではあるがあの作戦に参加して戦死したんだ。そして、ゴーストになった。ゴーストになったあと、私は英国の魔法界に辿り着いた。今日はゴーストの仲間に誘われてホグワーツに来たのだよ」

 

「魔法使いが……ノルマンディーに?」

 

 

魔法族がマグルの戦争に関与することは稀である。

 

というのも、マグルの世界と魔法界では国境が違うし、魔法族はマグルに存在を知られないようにしているからである。

現在は裏でマグルと魔法族が手を組んで科学技術を発達させている米国であるが、1940年代まで米国魔法省は極端にマグル界との接触を拒絶していた。

 

これはニューヨークで起きた闇の魔法使いであるゲラート・グリンデルバルド絡みの事件が原因であると考えられているが、それ以前に、当時の米国魔法省であるマクーザがマグル政府と何の関りも持っていなかったからに他ならない。

 

マクーザではラパポート法という法律により、マグルと魔法族の婚約や友人関係も禁じていた。

故に米国の魔法族が1940年代の二次大戦に参加することはあり得ないと言える。

 

 

「今でこそ米国はマグルと魔法族が繋がりを持っているが、大戦時は一切関りを持とうとは思っていなかったのだよ。だがな、やはりそれには限界があった。魔法族の存在を悟った米国マグルの政府は密かにマクーザと接触を図ったんだ。無論、非公式にな」

 

「何故マグルは魔法族に接触を?」

 

「第二次世界大戦時、魔法族と共同で戦闘を行っていなかったのは米国だけだ。ドイツやフランスはマグル界に魔法族が割と溶け込んでいたから魔法族は戦争に積極的に参加しようとした。魔法族も自分の住む地域に爆弾が落ちてきたのでは溜まったものではないからな。非公式に魔法族の部隊が結成し戦闘に参加させた。ダンケルクの撤退作戦はフランス魔法族の協力があってこそ成功したものであったし、ドイツのアルデンヌ突破は魔法を活用していた」

 

「知らなかった………」

 

 

エスペランサは軽く驚く。

 

今まで魔法族とマグルは裏で技術開発のために協力することはあっても、戦争や紛争において協力していたとは夢にも思わなかったためだ。

 

 

「ノルマンディー上陸作戦を立案した時、米国政府が懸念したのがドイツ軍に協力していた魔法使いの存在だ。規模にしたら1個中隊にも満たない人数の魔法使いだが、それでも十分な脅威だった。それに、魔法族と共同戦線を張っていた日本軍に米軍は太平洋で苦戦を強いられたことが少なからずあったから必要以上に警戒していたのだろう。兎にも角にも、米国政府は魔法族の力を借りたがっていた」

 

ゴーストは懐かしむように話す。

 

「それで、米軍に魔法使いは協力したのか」

 

「最初は渋ったが、結局参加した。戦後、米国内で魔法族の地位が保証されると考えてな。マクーザの中に存在した警察組織の中でも優秀なものを集め、部隊を編成した。表向きには米国海兵隊が密かに育て上げた特殊部隊という扱いだったが、その実は魔法族による部隊であった。そこに私も参加した。任務はノルマンディーで待ち構えるドイツ魔法族部隊の殲滅。いや、もう悲惨だったよ。あんな地獄のような戦場は見たことが無い」

 

「ノルマンディー………」

 

 

ノルマンディー上陸作戦がどのような戦場であったかはある程度知っているエスペランサであったが、実際の戦場は想像以上に悲惨であったのだろう。

 

エスペランサも地獄のような戦場は経験したし、故郷の仲間が全員殺されたあの光景は彼に大きなトラウマを残している。

しかし、そのエスペランサの経験した戦闘はノルマンディーの戦闘に比べたら大したことは無いのかもしれない。

 

 

「君も戦場を経験しているようだが、私の経験した戦場はもはや戦場ですらなかった。そんな場所で私は戦死したのだよ」

 

「…………………」

 

「君は……今の平和を大切にした方が良い。あの戦いに比べたらヴォルデモートとやらとの戦争なんてちっぽけなものだ」

 

 

かつて地獄を経験したそのゴーストは呟くようにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ----------------------------------- -------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリーたちがこれ以上絶命日パーティーに居るのは限界だと言って会場から逃げ出したので、エスペランサも一緒に地下牢から抜け出して大広間で行われているであろうハロウィンパーティーに参加しようとした。

 

大広間に行く途中でエスペランサはノルマンディーで戦死したというゴーストの話してくれた魔法族とマグルの戦争における関係をハーマイオニーに話して聞かせた。

 

 

「すごいわ!その話って魔法史の教科書には載っていない話よ。歴史的発見だわ。すぐにでも発表すべき事柄ね」

 

予想通り、ハーマイオニーは食いついてきた。

 

「俺もそんな歴史的事実があったとは驚きだよ」

 

「僕はそんな歴史の話よりも早く腐っていない食べ物が食べたい気分だ」

 

腹の虫を鳴かせながらロンが言う。

 

「多分飯はもう完売だろ。デザートが残ってれば御の字かな」

 

 

エスペランサは腕時計を見ながらぼやく。

 

そう言えば魔法界ではデジタル時計は機能しないからアナログ時計を使っているのだが、そのせいで果たして腕時計に示された時刻が正しい時刻なのかを確かめる術が無かった。

 

 

「ねえ。何か聞こえない?」

 

突然ハリーがそんなことを言い出した。

 

「は?」

 

 

「ほら。また!」

 

 

エスペランサは耳を澄ませるが何も聞こえない。

 

 

「幻聴だろ。俺は何も聞こえないぞ」

 

「私もよハリー」

 

 

「そんなことはないよ。また、あの声だ。ロックハートの部屋で聞いた時の………」

 

ハリーはロックハートの部屋で罰則を受けていた時に「引き裂く」だとか「殺す」だとか物騒なことを言う声を聴いたらしい。

 

エスペランサはロックハートと3時間も同じ部屋に居たら幻聴が聞こえるくらいには精神的にやられるのではないかと思っていた。

 

 

「ほら。引き裂いてやるとか、八つ裂きにしてやるとか今も言ってる」

 

「何も聞こえないよハリー」

 

「ロンの言う通りだ俺達には聞こえない」

 

 

ハリーは声が聞こえるらしい方向へとどんどん歩いていく。

 

その歩いていく方向は残念ながら大広間とは逆の方向であった。

 

 

「おいおい。デザートはどうすんだよハリー」

 

エスペランサはハリーを止めようとするが、ハリーは聞く耳を持たず、暗い廊下をどんどんと進んで行ってしまう。

 

そんなハリーを追いかけるようにロンとハーマイオニーも追いかける。

 

 

ハリーは玄関ホールへ続く階段を駆け上がり、「誰か殺すつもりだ!そう言ってる!」と叫んだ。

 

 

「大丈夫か………あれ。本格的に精神科を勧めるべきだと思うが」

 

エスペランサはそうからかいつつも念のために懐から短機関銃UZIを取り出して、初弾を送り込んだ。

 

 

4人は3階まで駆け上がり、ハリーの進む方向へ走る。

 

やがて誰も居ない廊下へと辿り着いた時、ハリーは走るのを止めた。

 

 

「声が止まった………」

 

ハリーが言う。

 

 

嫌な予感がしたのでエスペランサは短機関銃を構えながら周囲の警戒を行い始めた。

 

 

「あ、あれ見て!!!!!」

 

 

ハーマイオニーが悲鳴に近い声で叫ぶ。

 

咄嗟にエスペランサは短機関銃の銃口をハーマイオニーが指さす方向へと向け、引き金に人差し指をかけた。

 

 

「……なんだ…これ」

 

 

照明代わりに取り付けられた蝋燭の炎に照らされて壁に書かれた血文字がテカテカと光っていた。

 

 

30センチほどの文字の羅列が赤い血で書かれている。

 

 

 

“秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気をつけよ”

 

 

 

「秘密の部屋?」

 

 

「何だろう。あそこにぶら下がってるの…………」

 

ロンが血文字の横にぶら下がる“何か”を指さす。

 

 

「あれは…………!?」

 

エスペランサはぶら下げっている“それ”の正体を見て顔色を変えた。

 

何故か一面水びだしの廊下をバシャバシャと走り、エスペランサは“それ”の元へ近づいた。

 

 

「ミセス・ノリス………」

 

 

見間違うはずがない。

 

何度もフィルチの部屋に通ったエスペランサはミセス・ノリスに懐かれていた。

大多数の生徒はこの猫をフィルチに告げ口する猫として毛嫌いしていたがエスペランサは懐いてくれる“彼女”が好きであった。

 

その彼女が冷たくなって吊るされている。

 

 

ギリッとエスペランサは奥歯を噛んだ。

 

思わず軽機関銃の握把を握る手に力が入る。

 

 

「……………クソッタレが」

 

 

エスペランサはミセス・ノリスを床に下ろしてやった。

 

目はカッと見開かれ、毛は逆立っている。

身体は石のように硬直し、氷のように冷たくなっていた。

 

 

「ここを離れた方が良い」

 

ロンが言う。

 

「でも………」

 

「ハリー。ここに居たら僕たちが疑われる。特に君は目立つから………」

 

「そうね………」

 

3人はこの場を去ろうとするが、エスペランサは動かなかった。

 

 

悲しみ。

 

怒り。

 

困惑。

 

 

あらゆる感情が湧いてくる。

 

彼はその全ての感情を必死に押し殺し、冷静な思考を取り戻した。

 

 

 

敵は何だ?

 

手段は?

目的は?

 

考えを巡らす。

 

 

 

そんなエスペランサを余所に、ハロウィンのパーティーを終えた生徒たちが続々とこのフロアに集まってきていた。

 

がやがやと煩い生徒の声はエスペランサに届いていない。

彼はミセス・ノリスの状態と、周囲の状況から考えられる敵の情報を頭の中で整理していた。

 

 

「まずいよ。エスペランサ。他の生徒がみんなここに来る。この廊下は大広間と寮を繋ぐ廊下の一つだからもっと大勢の生徒が来る」

 

ロンが警告するが、時すでに遅しであった。

 

 

大広間からやってきた生徒たちが、まず、壁に書かれた血文字を見て声を上げる。

 

そして、その次に冷たくなったミセス・ノリスに覆いかぶさるようにして座り込むエスペランサを見て悲鳴を上げた。

 

 

「何だこの文字!!!!」

 

「秘密の部屋?継承者!?」

 

「きゃあああああ!」

 

「ミセス・ノリスが死んでる!」

 

「あいつルックウッドだ!ピクシー妖精を虐殺したやつだ!」

 

 

数十人の生徒が口々に言う。

 

流石にエスペランサも生徒たちが集まってきたことに気づいた。

 

 

「違うぞ。これは俺の仕業ではない。まあ、証明は出来ないが………」

 

 

恐怖にひきつった顔をした生徒たちに向かってエスペランサは弁解をしようとした。

 

その時だ。

 

 

 

 

 

「継承者の敵よ気を付けろ。次はお前たちの番だぞ穢れた血め!!!」

 

 

 

いつのまにか生徒たちの一番前まで来ていたドラコ・マルフォイが目をギラギラさせ、にやにやと笑いながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

「マルフォイ………お前、今何て言った?」

 

エスペランサは一切の感情が無い声でマルフォイに聞き返す。

 

 

マルフォイは相変わらず、ニヤけた顔で「次はお前たちがその馬鹿猫のように死ぬんだ。穢れた血め」と言ってのけた。

 

 

 

 

 

 

意地の悪い薄ら笑いを浮かべたマルフォイであったが、その笑みは長くは続かなかった。

 

薄ら笑いをしたその顔にエスペランサの拳が突き刺さったからである。

 

 

 

鈍い音がしたかと思えば、マルフォイが2メートル後方に吹き飛ばされていた。

 

 

特殊部隊で近接格闘戦闘訓練を積んだ、エスペランサの拳は時に凶器となり得る。

 

年齢にしては体格の良いエスペランサであったが、それでも12歳の子供である。

格闘戦で大人の兵士に勝てる筈はない。

だが、相手が同年代の温室育ちで、何の運動もしていない子供だったら話は別だ。

 

 

 

「がっ!!!い、痛い!!!?????ううううう」

 

 

滝のように血を鼻と口から流すマルフォイが水びだしに廊下を転げまわる。

 

廊下にできた水たまりは赤く染まっていた。

 

周囲の生徒はクラッブとゴイルを含めて、全員静まり返り様子をうかがっている。

 

 

「ち、父上が知ったら……ごほっ……おまっ!!!!」

 

 

歯が折れたか、鼻が折れたかしているマルフォイは上手く活舌が出来ていない。

 

そんな彼の襟首をエスペランサは左手だけで掴み、持ち上げた。

そして、右手に持った銃を突きつける。

 

 

この時、エスペランサは勘違いをしていた。

 

「次はお前たちの番だぞ」という言葉から、ミセス・ノリスを襲った人間がマルフォイであると勘違いしていたのである。

少し冷静に考えればわかったことではあるが、頭に血が上り、戦場モードになったエスペランサは歯止めがきかなかった。

 

 

 

「貴様!!!!どこまで腐ってやがる!!このノリスを見て何故笑ってられる!!!命がひとつ消えたんだぞ!貴様は命を何だと思ってるんだ!」

 

「ぐっぐるし………」

 

「何が穢れた血だ!前にも言ったけどな!俺からしてみれば純血もマグル生まれもマグルも流れる血は同じで赤いんだよ!!何が次はお前たちだ、だ。貴様はマグル生まれなら罪のない人間でも殺されて良いと思ってるのかっ!!!!」

 

 

「エスペランサ!やめろ!」

 

「やめて!!!」

 

 

ロンやハーマイオニーがエスペランサを止めようとしたが、彼らはエスペランサの“本気になった時の目”を見て怖気づいた。

 

 

やがて、フィルチやロックハート、スネイプがやってきて魔法で強制的にエスペランサを抑えるまでエスペランサによるマルフォイへの一方的な攻撃は止むことが無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ミセス・ノリスは死んでいなかった。

 

ダンブルドアによってノリスが石にされているとわかった瞬間、フィルチは号泣し、エスペランサはほっとした。

とりあえず死んではいない。

 

マンドレイク薬を使えば蘇生も出来る。

 

その事実にフィルチもエスペランサも一応の安堵をしたわけだ。

 

 

と、同時にミセス・ノリスを石にするほどの魔力をマルフォイが有していたとは考えにくく、犯人はマルフォイのほかに居るとエスペランサは知ることになった。

 

犯人がマルフォイでなかったと知っても尚、彼はマルフォイに憎悪の感情を向けていたが………。

 

 

 

 

ロックハートの部屋に集まったフィルチ、ダンブルドア、スネイプ、ロックハート、マクゴナガルは机に載せられたミセス・ノリスを囲むようにして立っている。

 

その横にハリー、ロン、ハーマイオニー、エスペランサが立っていた。

ちなみにマルフォイは医務室に運ばれている。

 

ロックハートの部屋はあちらこちらにロックハートの肖像画が飾られ、その全員がウインクをしているという不愉快極まりない部屋であった。

 

蝋燭の炎によって石になったミセス・ノリスが薄暗く照らされる。

 

電気が通っていないホグワーツでは松明や蝋燭によって夜は照明がつけられているが、蛍光灯に慣れたエスペランサはこの薄暗さが不便だと度々感じていた。

 

 

「アーガス。ミセス・ノリスはマンドレイク薬が完成すれば治るじゃろう。幸い、この学校にはマンドレイク薬を調合できるセブルスがおる」

 

ダンブルドアが目を泣き腫らし、すすり泣いているフィルチを宥める。

 

ロックハートが「私も調合できますよ。寝てても出来ます」と言うのはハーマイオニー以外の全員が無視した。

 

「問題は誰がどうやって猫を石にしたか……じゃが」

 

「あいつがやったんだ!」

 

フィルチが叫ぶ。

 

「ポッターはわしがクイックスペルで魔法を学ぼうとしていたのを知っていた!!!あいつがやったんだ!あいつは、わしがスクイブだって知っている!」

 

「無理じゃ。2年生にこのような闇の魔術は使えん」

 

「先生!僕はやっていません。スクイブが何かも知りません!」

 

 

ハリーが顔を真っ赤にして弁明しようとした。

 

 

「校長。少しよろしいですかな?」

 

今度はスネイプが発言する。

 

「ポッターたちは間が悪く、その場に居合わせただけかもしれません。このような魔術をポッターたちが使えるとは思えませんし………いや、ルックウッドなら可能性はあるが……」

 

「自分がミセス・ノリスを襲う理由がどこにあるのですか?それに俺なら銃を使いますよ先生」

 

「君は拳も使うようだが?」

 

スネイプがエスペランサを睨みつける。

 

おそらく彼がマルフォイをぶん殴ったことを根に持っているのだろう。

 

「それに、ポッターたちは大広間のパーティーには参加していなかったようだ。それは何故だね?」

 

「それはニックの絶命日パーティーに参加していたからです!あの場にはゴーストが100人はいましたから誰かしら証明してくれるはずです」

 

ハーマイオニーが説明した。

 

「ではその絶命日パーティーの後、なぜ3階の廊下に居たのかね?大広間に行かず………。絶命日パーティーに人間の食べるような物が出るとは考えにくいが?」

 

スネイプの質問にハリーとロンは口をパクパクさせる。

ハリーが幻聴を聞いたという話をここで言ったところで誰も信じないだろう。

 

仕方なくエスペランサが話をでっちあげることにした。

 

「大広間に行く途中で3階の廊下から物音が聞こえたものですから。パーティーの途中であるにも関わらず誰も居ない廊下から物音が聞こえるのは不自然であると考えて様子を見に行ったところ今回の事件に出くわしたわけです」

 

「……………成程。しかし、その証言は信憑性に欠けますな。やはりしかるべき処置が必要かと。例えば、ポッターをクィディッチのチームから外すとか……」

 

「スネイプ先生。ミセス・ノリスはクラブで殴られたわけでもないのですよ?クィディッチは関係ありません!」

 

マクゴナガルがぴしゃりと言った。

 

 

「そうでしょうな………。しかし、ルックウッドはミスター・マルフォイに危害を加えた事実があります。これに関しては処罰が必要でしょう」

 

「そうですね。ルックウッド。あなたには失望しています。まさかあのような暴力を………」

 

「失望してくれて結構です。ですが、ここ数日のマルフォイ学生の差別発言や、命を軽視して他者の死を喜ぶような態度は目に余るものがあると思います。奴は魔法界では現在のところ差別用語として扱われている“穢れた血”という言葉を何のためらいもなくハーマイオニーに向けていました。しかも、ノリスの次はマグル生まれの生徒が殺されれば良いという非道徳的な発言までしています。正直言って自分はもう2、3発殴ってあの腐った性格を叩きなおしたいところです」

 

 

エスペランサはいまだに怒りが収まっていなかった。

 

冷静さを取り戻さなくてはならないと思いつつも、罪のない人の死に敏感になっている彼にとってマルフォイの発言は許せない部分がある。

 

「ルックウッド。物理的な危害を加えたのはお前だ」

 

「では、ハーマイオニーには泣き寝入りしろ、と言うんですか?もしやスネイプ先生もマグル生まれの生徒のことを穢れた血と呼んで差別してるんですか!?」

 

「吾輩はそのような言葉を使わん!!!!」

 

 

エスペランサの言葉にスネイプが声を荒げる。

 

これにはエスペランサも驚いた。

 

 

「ミスター・マルフォイの発言に関しては吾輩が注意をしておく。ルックウッド。だからといってお前の罪は消えない。グリフィンドールからは50点減点」

 

「セブルス。落ち着くのじゃ。エスペランサ。君もじゃ」

 

 

ダンブルドアの声に2人とも我に返った。

 

 

「エスペランサ。君は動揺しすぎておる。君はミセス・ノリスのことが気に入っておったようじゃな。親しき者が襲われたことで殺気立つのは分かるが、怒りの矛先を間違えるでないぞ」

 

 

ダンブルドアはその青い瞳でエスペランサをじっと見ていた。

 

 

「失礼しました。失言でありました………」

 

「疑わしきは罰せずじゃ。生徒たちはもう遅いから寮に帰って休むと良い」

 

 

エスペランサたちは重い足取りで寮へと帰っていった。

 




執筆にあたって秘密の部屋を久々に読み返しましたが、やっぱり面白いですね。

大戦中のマグルと魔法族の関係はオリジナルですが、マクーザの設定はポッターウォッチから拾ってきています。

最近プライベートライアンを視聴したのでノルマンディーはどっかで出したかったわけで……


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case 20 Esperanza vs Snape 〜銃VS杖〜

感想やお気に入りありがとうございます!!

決闘クラブはずっと書きたかったんです




ミセス・ノリスが襲われた事件以来、生徒は誰しもが「秘密の部屋」について知りたがった。

 

魔法史の授業においてハーマイオニーがビンズ先生に秘密の部屋に関する質問をしたことである程度、部屋に関する知識は得る事が出来たエスぺランサはミセス・ノリスを石にした犯人が人間ではないことを悟った。

 

ビンズ先生によれば、秘密の部屋はサラザール・スリザリンの継承者のみによって開かれ、部屋には怪物が存在するらしい。

そしてその怪物は継承者によって操られる。

 

“継承者の敵よ。気をつけろ”

 

継承者の敵とはいったい誰なのだろうか。

 

 

 

「エスぺランサはどう思う?やっぱり部屋は存在すると思う?」

 

グリフィンドールの談話室で魔法薬学のレポートを書きながらロンがエスぺランサに聞く。

 

「さあな。でもビンズ先生の話だと過去の教職員が総力をかけて探しても部屋は見つからなかったんだろ?なら存在しない可能性もある」

 

魔法薬学のレポートをさっさと終わらせて暖炉の前でM249の銃主部にグリスを塗って、ブラシでゴシゴシ擦りながらエスぺランサは応えた。

 

「ただ、実際にミセス・ノリスは襲われた。そして、猫を石にしたのは強力な魔術であるという………。生徒ではなく怪物が手を下したとするなら一応、納得は出来るな」

 

「でも、壁には英語で血文字が書かれていたわ。ならやっぱり生徒の誰かが関わっているんじゃない?」

 

そう言うのはハーマイオニーだ。

 

「生徒にあんな魔法が使えるのか?石にするったって、ペトリフィカストタルスとは違う類のものだぞ」

 

 

ダンブルドアの言葉によればミセス・ノリスを石にしたのは非常に高度な魔法で、マンドレイク薬でしか治せないらしい。

そのような魔法を使える生徒は居ないだろう。

 

エスぺランサは2学年になってから、全校生徒の学力や思考回路、家系、技能、魔法力を徹底的に調べ上げていた。

生徒の中から闇の魔法使いとなり得る可能性のある生徒を見つけ、先手を取って排除しようとしたからである。

また、有能そうな人材は早くから彼の組織しようとしている治安維持軍に入れようと思ったからだ。

 

結果として、この学校に闇の魔術が使えるような人間は存在しなかった。

 

スリザリンに何名か疑わしい生徒は居たものの、学力も魔法力も芳しくない為、今回の事件の犯人とは思えない。

 

とすれば昨年度のクィレル先生のように教職員が犯人である可能性がある。

 

 

「スリザリンの継承者だったら心当たりがあるよ。ほら。マルフォイ。あいつなら代々スリザリンの家系だから継承者なのかもしれない」

 

ハリーが言う。

 

「無いな。可能性が0って訳ではないが、あいつの魔法力では不可能だ。それに、そんな度胸もないと思う」

 

 

エスぺランサは一蹴した。

 

しかし、何故、怪物は、継承者はミセス・ノリスを狙ったのだろうか。

スリザリンの怪物が強力な魔力を使って石にしたのが猫1匹というのはお粗末過ぎるのではないだろうか。

 

敵の目的も手段も、そして正体も分からない。

現状、打つ手は無しに等しかった。

 

 

「ところでエスぺランサ。レポート終わってるなら見せてくれない?」

 

「ダメだ。ロン。お前この間丸々写して提出しただろ。少しは自分で考えろ」

 

 

そう言い残してエスペランサは寝室に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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トロール。

三頭犬。

 

ヴォルデモート。

 

 

今まで怪物と何度か交戦してきたエスぺランサだが、どの戦いも非常に苦戦している。

 

特にヴォルデモート相手の戦いは総力戦であったにも拘らず全身に重傷を負った。

 

もし仮に、スリザリンの怪物と戦闘になった場合、エスペランサに勝ち目があるのかどうかは甚だ疑問である。

何しろ、敵の正体と攻撃手段が一切分からないのだ。

 

敵の情報が一切ないのに戦いに行く事がどれ程に愚かな行為か、というのは元傭兵である彼にとって常識であった。

 

 

とするならまず情報収集から始めるべきなのだろうが、残念ながらその情報が一切無い。

 

フローラ・カローやセオドール・ノットも怪物の正体はおろか、継承者に関しても知っていることは皆無であったし、スリザリン内でも知っている者は居ないとのことだ。

マルフォイが継承者なのではないか?と一応2人に聞いてみたところ、即答で「それはない」と言われてしまった。

 

 

現状で分かっている情報は、

 

①攻撃対象を石化する。

 

②スリザリンの継承者によってのみ操られる。

 

③校内を移動可能な生物。

 

 

のみである。

 

 

対象を石化するのならメデューサという生物なのではないかとエスペランサは思ったが、メデューサには意志があるために継承者に操られるとは考え難い。

 

 

「ここにきて手詰まりか。次の犠牲者が出ないように対策を練りたいが………」

 

 

校内各所に監視カメラやセンサーを設置すれば怪物の正体も分かるかもしれないが、残念ながら電子機器はホグワーツで使えない。

 

 

ハリーとロン、それにハーマイオニーはマルフォイが継承者であると勝手に思い込んだようで、現在、ポリジュース薬なるものを作成中である。

 

昨年も彼らはスネイプ教授を勝手に犯人だろうと予想して先走った行動をしたが、今回もそうだった。

 

エスペランサはマルフォイが犯人ではないと(最初はマルフォイが犯人だと疑ってぶん殴ったが)思っていたために、ポリジュース薬作りには参加していない。

 

 

しかし、次に生徒が襲われる可能性は非常に高かった。

 

生徒の間では怪物除けのお守りやら何やらが爆発的に流行っていたが、おそらく無意味だろう。

 

 

 

何の対策も出来ず、犯人も怪物も不明なままクィディッチの寮対抗杯は開催された。

 

 

雨がザーザーと降る中、グリフィンドール対スリザリンがキックオフされる。

 

 

 

「酷い雨だな………」

 

エスペランサは呟いた。

 

視界が悪く、反対側の観覧席はほとんど見えない。

時折、暴風に飛ばされた傘が宙に舞うのがかろうじで見える程度だ。

 

雨の音なのか歓声なのか競技場全体がワーッと鳴っている。

 

 

「今回は何の問題も起きずに試合が進むと良いんだけど………」

 

ハーマイオニーが双眼鏡でハリーを追いながら心配そうにつぶやいた。

 

スリザリンのニンバス2001はやはり性能が良いのだろう。

グリフィンドールの選手は果敢に戦うが若干不利だった。

 

「ファントムとイーグルが戦ってるのを見ているようだ………」

 

F-15がニンバス2001、F-4ファントムがグリフィンドールの生徒の乗る箒という例えは的確だった。

だが、グリフィンドールの生徒は技量でスリザリンを上回るために点差は思ったよりも開かない。

 

特にキーパーのウッドは合計30回は来たであろうシュートの8割を防げている。

 

 

「今度から選手のことはトップガンって呼ぼう」

 

エスペランサが冗談交じりに言った。

 

果敢に戦っているとはいえグリフィンドールは劣勢である。

 

 

そんな試合の中で異常は起きた。

 

 

 

「ブラッジャーがハリーの方にばかり攻撃を加えてる!」

 

ロンが叫んだ。

 

その声にエスペランサもハリーを見る。

 

 

2つあるうちのひとつのブラッジャーがまるで誘導弾のようにハリーを追跡している。

 

フレッドとジョージが打ち返しても、ブラッジャーは再びハリーの方へ飛んできて攻撃を仕掛けた。

 

 

「なんじゃあれ。ブラッジャーって選手の一人を集中攻撃することもあるのか?」

 

「絶対ないよ!きっと誰かが細工したんだ!」

 

「ハリーも災難だな。去年は箒に振り回されて今年はブラッジャーに襲われてるのか………っと痛そ」

 

 

狂ったブラッジャーはついにハリーの腕を直撃し、ハリーの腕の骨を折った。

ハリーが苦しそうな顔をする。

 

それを近くで飛んでいたマルフォイが爆笑して見ていた。

 

 

「憎たらしい顔しやがって………。ブラッジャーの迎撃くらい俺がやってやるから待ってろ」

 

 

エスペランサは検知不可能拡大呪文のかかった鞄の中から長い銃を取り出した。

 

バレット・ファイアーアームズ社が開発した大型セミオート式狙撃銃。

その名をバレットM82と言う。

 

装甲車やヘリコプターすら破壊可能な12.7ミリ銃狙撃銃だ。

対人狙撃銃として12.7ミリの銃はハーグ協定によって禁止されているが対物ライフルは禁止されていない。

 

12.7ミリの狙撃銃の威力は絶大で、有効射程2000メートル以内ならブラッジャー程度の鉄球は簡単に粉砕できるはずだった。

 

重量も兵士一人で扱えるほどに軽量化されている。

とはいえ12キロはある狙撃銃を12歳のエスペランサが扱うのは困難だった。

 

脚なしで撃てば大人でも肩の脱臼を避けられないその狙撃銃を子供が扱えるわけがない。

 

それがマグル界での常識であった。

が、しかしここは魔法界だ。

 

エスペランサは銃に銃弾を目標へ自動追尾させる魔法をかけていたが、最近ではそれに加えて銃の重量を軽くする魔法もかけていた。

 

呪文は簡単で「“レウィサー 軽量化”」であり、2学年でも授業で習う呪文である。

この呪文のおかげで12キロあるバレットはたった1.2キロにまで軽量化されている。

 

実際はもっと軽くできたのだが、あまりに軽くすると撃った反動で銃が後方へ吹き飛びそうだったのである程度の重量は残している。

 

 

「魔法ってなんでもありだよな………」

 

エスペランサはバレット銃狙撃銃を片手で持ち上げ、スコープも覗かずにブラッジャーへ銃口を向けた。

感覚としては拳銃を撃つようなかんじである。

 

目標であるブラッジャーを睨みつける。

目標を睨むことで彼の握る狙撃銃はブラッジャーが今回の破壊対象であると認識した。

 

ブラッジャーを目標であると認識した狙撃銃は装填された12.7ミリ弾にブラッジャーの位置、動き、大きさなどの情報を伝える。

目標の情報をインプットした銃弾はブラッジャーを追尾可能な状態となった。

 

 

「え!?エスペランサ!それハリーに当たったら………」

 

「問題ない。これは絶対外さない」

 

 

心配するロンを余所にエスペランサは引き金を引いた。

 

 

「感謝します。クィレル先生………」

 

 

 

 

ズガアアンという轟音と共にバレット銃狙撃銃の銃口から12.7ミリ弾が飛び出す。

 

初速853メートル毎秒で飛び出した銃弾は一瞬でブラッジャーへ正確に到達した。

装甲車の装甲ですら貫通するその弾はハリーを襲っていたその鉄球を木っ端みじんに粉砕する。

 

 

粉々になったブラッジャーの破片が飛び散り、ハリーを襲うが、エスペランサは咄嗟に杖を構えて「“プロテゴ 守れ”」と唱えた。

 

ハリーの周りに透明なシールドが現れ、破片は弾かれる。

 

 

その隙にハリーはマルフォイの後方に飛んでいたスニッチを掴み取った。

 

 

 

「何とかなったな………」

 

 

エスペランサは安堵する。

 

熱くなったバレットの銃身は雨によって冷却され、白い煙を上げていた。

 

周りを見渡せば、スリザリン生以外の生徒が歓声を上げている。

グリフィンドールは勝利した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、この後、ハリーはロックハートによって文字通り骨抜きにされて医務室に運ばれることとなる。

 

 

 

 

 

 

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クィディッチでグリフィンドールが勝利した次の日。

 

スリザリンの継承者によって2人目の犠牲者が出た。

 

 

 

コリン・クリービーと言う1年生の少年で、ハリーのファンだ。

 

骨抜きにされたハリーのお見舞いに行こうと医務室に向かう途中で襲われて石にされたらしい。

 

 

 

2人目の犠牲者が出たことで生徒は軽いパニックに陥っていた。

 

個人での行動は禁止され、ツーマンセル以上での行動が義務となった。

 

 

 

エスペランサもこの事態に危機感を感じ、常に肩にライフルを背負って生活するようになっている。

 

 

 

そんな混乱の中、決闘クラブなるものが開催されることとなった。

 

魔法使いの決闘が怪物相手に通用するとは思えなかったが、面白そうなのでエスペランサもハリーたち3人も行くことにする。

 

 

 

 

決闘クラブの会場は大広間で、大広間の中心に細長い決闘場が設置されている。

その周囲にほぼ全員の生徒が集まっていた。

 

 

「皆さん集まってくれてありがとう!私ことギルデロイ・ロックハートが今日は皆さんに護身となる術を伝授します。安心してください。今まで何度も決闘は行ってきましたから」

 

白い歯を見せて笑うロックハート。

彼が決闘を行ったことが無いのは明らかだ。

 

エスペランサは内心ガッカリしていた。

よりにもよって教師が無能ときたのだから………。

 

 

「では本日の助手を紹介しましょう!スネイプ先生です」

 

「あ、ロックハート死んだな」

 

 

ロックハートが助手であるらしいスネイプを紹介した瞬間、エスペランサは呟いた。

 

 

舞台横から登場したスネイプはいかにもロックハート殺すぜオーラを放っており、その姿を見たネビルは軽い悲鳴を上げた。

 

 

「スネイプ先生は決闘の作法を少しばかり知っているらしいので助手にしました。安心してください。スネイプ先生を消してしまったりはしませんから。ははは!」

 

スネイプはニヤニヤ笑っている。

 

「共倒れでどっちもやられちゃえば良いのに」

 

ロンが言う。

 

「残念ながらロックハートが一方的にやられるだろうな。明日の闇の魔術に対する防衛術の授業はオフになると思うから宿題やらないでおこうかな」

 

 

決闘の見本と言うことでロックハートとスネイプが決闘を行うことになった訳であるが、予想通り、ロックハートが完敗した。

 

スネイプの「“エクスペリアームス 武器よ去れ”」という呪文に吹き飛ばされたロックハートは髪と服を乱し無様に倒れている。

 

 

「あああ……。言わんこっちゃない」

 

 

 

ロックハートは立ち上がり、肩で息をしながら弁解し始めた。

 

「いやあ。スネイプ先生。あの武装解除の呪文を見せるとは良い考えでしたね……。ですが、私にはその考えは見え透いていましたよ。防ごうと思えば………」

 

「そうですか。なら是非防いでもらいたかったですな………。しかし、今のは一方的過ぎて手本にはならない。ルックウッド!出てきなさい!」

 

スネイプはロックハートの弁解を無視してエスペランサを舞台へ呼んだ。

 

 

「は?」

 

「ルックウッド。ロックハート先生では手本にはならん。トロールを撃破したお前なら手本になるだろう。来なさい」

 

スネイプは意地の悪い笑みを浮かべながらそう言った。

 

顔は笑っていても目は笑っていない。

 

 

「………わかりました」

 

「エスペランサ!」

 

「おい行くなよ!スネイプの奴マルフォイの仇だとかでコテンパンにする気だぞ!」

 

 

ロンやハーマイオニーが止めようとしたが、エスペランサは舞台へ上がった。

 

全生徒がエスペランサに注目している。

 

ネビルやシェーマスは心配そうに見ていたが、フレッドとジョージは「やったれエスペランサ」と歓声を上げていた。

マルフォイはこれまた意地の悪い顔で見ている。

フローラとセオドール・ノットは無表情だ。

 

 

おそらくロンの言った通り、スネイプはマルフォイの仇としてエスペランサをボコボコに負かそうとしているのだろう。

 

だが、エスペランサにとってスネイプのような有能な魔法使いとの決闘は経験値を得るチャンスであった。

スネイプ相手にどこまで戦えるか。

それを試してみたい彼は進んで舞台へ上がった。

 

 

互いに礼を行い、向き合う。

 

 

「3秒数えたら決闘の開始だ。ルックウッド」

 

スネイプが杖をまっすぐエスペランサに向け言う。

 

 

(先生の目は本気だ。初手でどんな魔法を使ってくるかは分からないが、おそらく呪文の掛け合いで勝機は無い。先制攻撃は諦め、防御に回る方が良い)

 

エスペランサは瞬時に頭を回転させる。

 

(ゲーム理論で考えろ。自分が完全に勝つ方法ではなく、相手に絶対に初手で勝たせない方法…………)

 

 

 

2…………

 

 

1……………

 

 

 

 

「“ステューピファイ 麻痺せよ”」

 

「“ステータム・モータス 強制回避せよ”!!!」

 

 

スネイプは素早く呪文を唱えた。

 

強力な赤い光線がエスペランサに飛んでくる。

失神光線だ。

エスペランサも良く知るその光線はしかし彼に命中しなかった。

 

ステータム・モータス。

 

呪文をかけた対象を強制的に5~6メートルほど離れた位置に瞬間移動させる魔法だ。

 

移動範囲が最大6メートルであることから実用性に乏しく、誰も使わないし、知らない忘れ去られた魔法である。

 

この魔法を図書館にあった古い呪文集で見つけたエスペランサは、実用性は無いものの、戦闘において緊急回避の手段として活用できると思ったのである。

 

 

 

エスペランサはスネイプではなく自分自信に杖を向け、呪文を唱えることで自分自身の身体を元居た場所から後方45度に6メートル離れた位置に強制転移させた。

これにより初撃を回避することに成功したのである。

 

 

(この呪文を使うことを先生は想定していない。若干、動揺するはずだ!そこが狙い目!!!)

 

エスペランサはすかさず杖を構えて「“エレクト・テーレム・リミット・デュオ 武器よ2つに限定して起動せよ”」と叫んだ。

 

 

昨年度、対ヴォルデモート戦で使用したエレクト・テーレムの呪文は手持ちの武器を無制限に起動させて攻撃するもの(ハルマゲドン・モードとエスペランサは呼称していた)で、エスペランサの切り札だったが、今回は起動する武器を制限させた。

 

ローブの下に隠した検知不可能拡大呪文のかかっている鞄から2挺の銃が飛び出す。

M16A2とG3A3だ。

 

装填されているのは殺傷能力を抑えた衝撃弾(弾丸がゴムで出来ており、火薬が最小限しか入っていないもの)だったので、命中したとしてもスネイプが死ぬことは無い。

せいぜい骨にひびが入る程度だろう。

 

 

ダダダダという連続射撃音と共に2つの銃から5.56ミリと7.62ミリの弾丸が飛び出す。

無論、弾丸は自動でスネイプへと向かっていった。

 

 

「“プロテゴ・リフレクション 反射して防げ”」

 

スネイプは冷静さを失わずに盾の呪文を展開する。

 

透明なシールドに弾かれた銃弾は、今度はエスペランサの方に向かっていく。

 

 

(くそ!防いだものを反射させる盾の呪文か!!)

 

エスペランサは焦った。

 

 

「“エレクト・テーレム・インターセプト・リミット・トライ 武器よ迎撃のために3つに限定して起動せよ”」

 

鞄からグリースガンが3挺飛び出す。

 

エスペランサは襲ってくる銃弾を視界に入れ、目標に選定した。

3挺のグリースガンは銃弾を連続で発射し、反射されて襲い掛かってきた銃弾を全て迎撃する。

 

空中で銃弾通しがぶつかり合い火花を散らした。

 

 

バチバチと飛び散った火花を避けようと観客である生徒は逃げ惑う。

 

 

「“レヴィコーパス 宙づり”」

 

スネイプの反撃。

もうスネイプはニヤニヤ笑いをしていなかった。

 

ベテランの魔法使いとして本気を出している。

数々の修羅場を乗り越えてきたことが伺える顔つきだった。

 

飛んできた光線を咄嗟に匍匐姿勢になることで回避したエスペランサは腰につけていたスタングレネードを取り出して安全ピンを抜こうとする。

 

そのエスペランサの様子を見たスネイプは「“エクスペリアームス 武器よされ”」と唱えてスタングレネードを奪い取った。 

 

 

 

一切の隙がない。

 

一瞬でも油断したらやられる。

 

エスペランサはかつて戦場で戦っていた時以上に頭を回転させていた。

 

 

(呪文では勝ち目がない。至近距離での格闘戦なら確実に勝てる。どうにか近づかないと)

 

 

「“エレクト・テーレム・リミット・カールグスタフ 無反動砲起動せよ”」

 

エスペランサは84ミリ無反動砲を起動させた。

 

無論実弾が入っているわけではない。

装填された弾種は発煙弾であった。

 

発煙弾によって現場の視界を悪くし、その間にスネイプの懐に潜り込むつもりだった。

 

 

(杖から放たれた攻撃呪文は基本、直進しかしない。なら相手の視界を奪ってしまえば襲るるに足らず!!!)

 

 

宙に浮かんだ無反動砲から放たれた発煙弾はスネイプへと飛んでいくが、盾の呪文に弾かれてしまう。

しかし、弾かれた瞬間に発煙弾は起爆し、大広間を瞬時に白煙で覆いつくした。

 

 

生徒たちが咳き込むのがあちらことらから聞こえる。

 

 

エスペランサは周囲が白煙で覆われたのと同時にスネイプの立っている方向へ走り出した。

 

 

(先生は格闘戦は未経験だろう。至近距離での物理的な戦闘で倒す!!!!)

 

 

 

 

「甘いな………ルックウッド。魔法を舐めると痛い目を見るぞ?」

 

「なっ!!??」

 

 

視界を奪われているはずのスネイプは余裕のある声でそう言った。

 

 

「誘導できるのは銃弾だけではない。呪文もだ。“ステューピファイ・チェイスヴィノム 麻痺せよ・呪文を誘導せよ”」

 

白煙の向こうでスネイプが失神光線を唱えた。

杖から飛び出した赤い閃光は直進ではなく、ホップアップし、意思を持ったようにエスペランサに突っ込んでくる。

 

格闘戦へ移行しようとしていたエスペランサは杖を構えて盾の呪文を使うのが遅れた。

 

 

「まずいっ!!??想定外だ!!!!」

 

 

赤い閃光ー失神光線はエスペランサに直撃する。

 

直撃したその瞬間、彼の意識は遠退いた。

 

 

 

 

 




オリジナル魔法を出しました。

エレクト・テーレムの後に続くスペルは、リミットが制限でトライやデュオが起動させる武器の数です。
今のところ主人公の技量的に制限した武器の種類は指定できずランダムに出ます。

ただし、エレクト・テーレム・リミット・カールグスタフのように武器の名称を言えば武器を指定可能です。


<ステータム・モータス 強制回避>

最大で6メートル、対象を瞬間移動させる魔法。
つまり半径6メートル360度どの位置にでも対象を移動できる。

実用性に乏しくあまり知られていない。




<プロテゴ・リフレクション>

プロテゴで防いだ呪文や銃弾を反射させて相手に返す呪文。
非常に困難な魔法であり、また、発動条件が「襲ってきたのが魔法ならば、その魔法に関する理論を完全に理解している」というものである。



<チェイスヴィノム>

呪文を誘導弾のように相手へ追尾させ、命中させる。
エスペランサが銃にかけている自動追尾の魔法はこれの応用だが、その事実を本人は知らない。
これを呪文の後ろに付け加えることで呪文が敵へ自動追尾する。
ただし、その場合、魔法の威力が半減する(失神光線なら通常より蘇生が早くなる等)






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case21 The third victim 〜3人目の犠牲者〜

だいぶ投稿が遅くなりました。
申し訳ありません!!




セブルス・スネイプは校長室に居た。

 

決闘クラブでの“ある事件”についてダンブルドアが話をしたいと彼を呼んだためである。

 

 

様々な魔法道具が飾られ、歴代の校長の肖像がが並び、不死鳥の鳴く校長室はあまり居心地が良くない。

そう思いながらスネイプは隅に置かれた高級そうな椅子に腰をかけていた。

 

校長は不在である。

 

 

 

ふと、頬を僅かな痛みが襲う事に気づいた彼は、指で痛みの源らしき場所を触ってみた。

 

「血…………?」

 

指先には赤い血が付着している。

 

棚においてある鏡をチラリと見ると、彼の頬には“何かで引き裂かれたような”長さ2センチほどの傷が出来ていた。

 

 

「ルックウッド……」

 

 

スネイプはある生徒の名前をぼそりと呟く。

 

スネイプに傷を負わせたのは紛れもなくエスペランサ・ルックウッドであった。

 

 

ホグワーツにおいて決闘でスネイプに勝てる人物は少ない。

ダンブルドア、マクゴナガル、フリットウィック程度のものだろう。

 

スネイプは学生時代から攻撃的な魔術を好んでいたし、元々、魔法の才能も持ち合わせていたので魔法使いの決闘は得意としていた。

だから、ギルデロイロックハートやホグワーツの生徒が相手の決闘では本気にならずとも初撃で相手を倒す事が出来ると思っていた。

 

しかし、エスペランサの存在はスネイプのその常識を覆してしまう。

 

 

エスペランサはスネイプに真っ向から魔法による対決を挑んでは勝てないと即座に判断して、初手を回避した。

血の気が多いグリフィンドール生なら初手は何が何でも攻撃してくると思っていたが、エスペランサは回避を選択した。

しかも、回避に使用した魔法はおおよそ生徒が知らないようなマイナーなものだ。

エスペランサは常日頃から魔法による戦闘を行った際のシミュレーションをしていることが伺える。

 

さらに、エスペランサは検知不可能拡大呪文とマグルの武器を組み合わせて攻撃をしてきた。

流石のスネイプもそんな攻撃を生徒がしてくるとは夢にも思わない。

 

確かに、トロール戦やヴォルデモート戦においてエスペランサが銃を使用した事は知っていたが、それでも、あのような戦いは想定外だった。

エスペランサの戦い方は効率重視で強力だった。

並みの魔法使いなら即倒されていただろう。

 

対魔法使いの戦闘の経験地が不足しているために戦術に穴があるところがまだ未熟ではあるが、将来的にはとんでもない化け物になる可能性もある。

 

 

(しかし、ルックウッドの怖いところは他にある。闇の帝王やダンブルドアは一般の魔法使いが使えないような強力な魔法で相手を倒す戦い方をするが、エスペランサはホグワーツの下級生でも使えるような魔法のみを駆使して戦える)

 

 

スネイプはエスペランサに多少の脅威を感じた。

 

 

ヴォルデモートは強力で誰も使えないような闇の魔術を使用することで強さを得た。

ダンブルドアも似たようなものだ。

 

しかし、エスペランサの使う魔法は、さほど難しいものではない。

 

エレクト・テーレムという魔法は一見複雑に見えるが、実際のところ、複雑な論理は必要ではない。

おそらくこの呪文はエスペランサが独自に開発したものであるが、これは魔法によってマグルの機械を起動させる事の応用でしかない。

 

銃弾を追跡させる魔法も回避魔法も、マイナーではあるが難しいものではなかった。

 

 

つまりエスペランサは並みの魔法使いが使える魔法だけで“あれほどの火力”を出して戦えてしまっているわけだ。

 

もし仮に、彼がその戦い方と技術を他人に伝授したら………。

その伝授した人間を集めて軍隊を作り上げてしまったら………。

 

(死喰い人など可愛く思えるほど強力な組織が出来てしまう………)

 

おそらくダンブルドアも同じ心配をしているだろう。

 

エスペランサが闇の勢力に流れてしまったら、不死鳥の騎士団をもってしても勝つ事は出来ない。

 

 

 

(いや……それは無いか)

 

スネイプは頬の傷に杖を向け、「“エピスキー 癒えよ”」と唱えながら思った。

 

エスペランサは闇の勢力を憎んでいるという話だ。

彼は罪の無い人間に危害が加わることに過剰な反応を示す。

 

それに、正義感が強い。

 

もっとも、スネイプはその正義感が嫌いであったが………。

 

エスペランサほどの異常な正義感を持った人間が闇落ちする可能性は低い。

だが、エスペランサはマルフォイをぶん殴った時のように、己の正義にそぐわない人間に対しては容赦をしないだろう。

 

 

(己の正義が絶対だと思い、それにそぐわない者は徹底的に叩く。まるであの忌々しいジェームズ・ポッターと同じだ)

 

スネイプは奥歯を噛みながらかつて自分を苦しめた存在を思い出した。

 

ただ、エスペランサはジェームズ・ポッターと違い、大人びていて常識的な生徒だった。

ダンブルドアによればエスペランサは以前、マグルの軍隊に居たらしい。

 

軍隊上がりの人間である故に他の生徒よりも、いや、そこら辺の大人の魔法使いよりも精神的に強く、大人びているのだろう。

 

成績も悪くない。

 

スネイプがエスペランサの事を心の底から憎めないのはその為だった。

 

 

 

「セブルス。遅くなってすまんの」

 

 

不意に背後から声をかけられたスネイプは席を立ち、軽く頭を下げる。

 

アルバス・ダンブルドアがいつの間にか部屋に戻ってきていた。

 

 

 

「校長………。我輩に何の用件ですかな?」

 

「おお。急に呼び出してすまない。今回呼んだのは件の決闘クラブでの話が詳しく聞きたかったからじゃ」

 

 

ダンブルドアが高級そうなソファに腰をかけながら言う。

 

 

「あの場に居た教師はセブルスとギルデロイだけじゃ。ただギルデロイの証言は役に立たないからの」

 

 

ダンブルドアは苦笑いしながら言う。

 

役に立たないロックハートを何故雇ったのだとスネイプは疑問に思っていた。

 

 

「成程。校長が聞きたいのはポッターのパーセルタングについてですかな?」

 

「話が早くて助かる。ハリーは本当に決闘クラブで蛇と話していたのかね?」

 

「間違いなく……話していました。かつて我輩が闇の帝王に仕えていた時、闇の帝王はペットである蛇と幾度と無く話していましたから蛇語を聞き間違える事はありません。あの独特の発音は紛れも無い蛇語です。しかし、蛇語というのは生まれつきでなくとも、学べば喋れるようになります。現に、校長は蛇語を話せるのでは?」

 

「確かに。わしは蛇語を学習し、習得した。じゃが、習得には途方も無い歳月が必要なのじゃ。ハリーに蛇語を習得する時間が合ったとは思えぬ」

 

「だとしたら、やはり遺伝………?」

 

「可能性はある。何せポッター家は由緒正しい家系であったから、数世紀遡ればサラザール・スリザリンの血が入っているかもしれぬ。もしそうであれば、ハリーが蛇語を話せたとしても不思議ではない。じゃが、わしはハリーのパーセルタングは遺伝ではないと考えておる」

 

「と、言いますと?」

 

「ハリーはヴォルデモートと何らかの絆が出来てしまっている可能性じゃ。あのハロウィンの夜。ヴォルデモートがハリーを殺そうとした際にハリーとヴォルデモートの間には何らかのつながりが出来てしまった。あの稲妻型の傷が良い例じゃ。ヴォルデモートの力が強くなるとあの傷は痛むらしい。もし、ヴォルデモートの能力が絆という形でハリーに受け継がれてしまっているとしたら………」

 

「つまり、ポッターにはヴォルデモートの能力の一部が宿っていると?」

 

「仮説じゃがの。わしはハリーがヴォルデモートの一部となってしまっておるとも考えている」

 

「一部…………?」

 

「あくまで仮説じゃ。兎に角、近頃のホグワーツは不穏な空気が流れておる。セブルスもこれ以上犠牲者が出ないように気を配っておくれ」

 

「承知………」

 

 

ダンブルドアはそこで一息つき、天井を見上げながら言葉を続けた。

 

 

「それと……もう一つ聞きたい事があった」

 

「何でしょう?」

 

「エスペランサ・ルックウッドのことじゃ」

 

 

やはり……か、とスネイプは思う。

 

ハリー・ポッターの蛇語の件ではなくこっちの話が本題なのだろう。

 

 

「セブルス。君は彼と決闘をしたという話を聞いた。というのも、ここへ来る途中、医務室に寄った時にエスペランサが運ばれていたからの」

 

「……………」

 

「生徒から聞いた話によればエスペランサは中々に奮闘したと聞いたが………」

 

「まだまだ魔法使いとしては未熟な腕でした。魔法の才能自体は凡才といったところでしょうな。ただ……」

 

「………ただ?」

 

「ただ、奴は将来的に危険になるかもしれません」

 

 

ほう、とダンブルドアは興味を示した。

 

 

「ルックウッドの魔法の腕は同学年の中では上位に食い込むレベルでしょう。ですが、過去の偉大な魔法使いには到底及ばない。正直な話、グレンジャーのほうが遥かに出来が良い。しかし、ルックウッドはこれまで魔法界に存在しなかった“マグルの技術を最大限に活用した戦い方”を持っている」

 

「マグルの技術?」

 

「ルックウッドは魔法によってマグルの武器を量産しています。加えて、その武器に魔法を施している。そんなことをする生徒は見た事がありません。闇の帝王は圧倒的な魔法力で他を捻じ伏せていましたが、ルックウッドはマグルの武器に若干の簡単な魔法をかけるだけで死喰い人を撃破出来るほどの火力を手に入れてしまっている………」

 

 

マグルの武器と魔法を組み合わせる魔法使いは魔法界に存在しなかった。

 

マグルの自動車に魔法をかけるアーサー・ウィーズリーのような変わり者は居たが、基本的に英国魔法界の人間はマグルの世界の技術に無知で無頓着であったから、そういった発想にたどり着かなかったのだろう。

 

また、闇の魔法使いはマグルを見下している節があるから、マグルの武器を使うという発想自体ナンセンスだ。

 

 

「エスペランサは少々行き過ぎた正義感を持っておる。昨年、わしはその片鱗を見た。彼がクィレルを何が何でも殺そうとしている様子を見た時、わしは少々、不安を覚えた」

 

「ルックウッドは危険です。奴の目は12歳の子供の目ではない。戦っていたときの目は兵士の目でした。我輩も何度か決闘を行ってきましたが、奴の目は修羅場を潜り抜けてきた不死鳥の騎士団の魔法使いよりも鋭く、強い………。それに、魔法を補助道具として、マグルの武器の火力を最大限に引き出す戦い方………。2年間で奴は魔法使いとの戦い方を研究したのでしょう。今はまだ未熟ですが、今後もっと経験値をつめば恐ろしい存在にもなり得る」

 

「…………そうかもしれぬ。かつて、わしはトムが闇へと落ちていくのを止める事が出来なかった。エスペランサもトムと同じじゃ。育て方次第で脅威にも希望にもなり得る」

 

「希望………ですか?」

 

「そうじゃ。近い将来、ヴォルデモートが復活した時、奴に臆することなく立ち向かう事の出来る数少ない人間にエスペランサはなるじゃろう。あの子の勇敢な姿を見て多くの人が希望を持つ事が出来る、とわしは思っておる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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エスペランサ・ルックウッドが目覚めたのは20時を過ぎた頃であった。

 

失神光線を受けて倒れた際に頭部を床に強打してしまい、頭蓋骨にひびが入ってしまったらしいとマダム・ポンフリーは言う。

 

 

 

だがしかし、魔法というのは便利なもので、頭蓋骨のひびはたったの1時間程度で治せてしまった。

 

とりあえず完治はしたものの様子見ということで一晩、医務室に泊まることになったエスペランサの元にハリーたちが見舞いに来たのは20時半を過ぎたところだ。

 

両手いっぱいの食事を抱えて現れたハリーたちにエスペランサは喜んだ。

 

 

 

「で?俺がスネイプ先生に倒された後、どうなったんだ?」

 

「それが、ちょっと厄介な事になって………」

 

 

持ってきてもらったチキンを頬張りながらエスペランサは自分が気絶した後の出来事を聞いた。

 

その問に対して、ロンは少し口ごもる。

 

 

「あの後、スネイプはハリーとマルフォイを戦わせたんだ。それで、マルフォイは魔法で蛇を出した。そこまでは良かったんだけど………」

 

「???」

 

「ハリーが魔法で出された蛇に話し掛けたんだ。その……蛇語で」

 

「へー。ハリーは蛇と喋れるのか。そんな特技があったとは………」

 

 

エスペランサは蛇語が魔法界で特別なものである事を知らない。

 

 

「エスペランサは知らないと思うけど、蛇語ってちょっとやばいんだ。魔法界でも蛇語を話す事の出来る人は殆ど居ないんだよ。そりゃあ、ダンブルドアとかは独学で学んで喋れるみたいだけど、生まれつき蛇語を話す事が出来る人はめったに居ないんだ」

 

「レアな能力ってことか。良かったじゃないか。ハリーにひとつ特技が増えて。今度から履歴書の特技の欄に特技はクィディッチと蛇語ですって書けるな」

 

 

ハハハとエスペランサは笑う。

 

だが、ロンもハーマイオニーも笑わなかった。

 

 

「蛇語を話す事が出来るのはサラザール・スリザリンの血を受け継ぐ人だけって言われているのよ?近年で蛇語が話せたのは例のあの人だけ。ねえ、あなたならこの意味がわかるでしょう?」

 

 

ハーマイオニーが言う。

 

流石に、エスペランサも笑うのをやめた。

 

 

「なるほどな。スリザリンの継承者によって秘密の部屋が開かれたこのタイミングで、スリザリンの末裔しか遺伝しない蛇語をハリーが話せると判明した。つまり、今、全校生徒はハリーをスリザリンの継承者だと疑っているわけだ」

 

「そうなんだ。そりゃ、フレッドやジョージはハリーを継承者なんて思ってないけど、でも結構な人数の生徒が信じてるみたいだ」

 

「………まあ、継承者ではないにしろ、ハリーがスリザリンの末裔という可能性は捨てきれないな」

 

 

「違う!!!!!」

 

 

ハリーがエスペランサの言葉に声を荒げる。

 

ハリーの怒声に遠くに居たマダム・ポンフリーが苛立ち、咳払いをした。

 

 

「落ち着けハリー。俺は一度、図書館で魔法族の血筋に関する本を読んだ事がある。その本によればポッター家は数世代前までは完全な純血だった。現代の英国魔法界に完全な純血は28程度しか残っていない。故に、この28家族はどこかしらで親戚同士になっているんだ。あー。ロンとマルフォイも実は親戚になっちまう」

 

「げ!!!本当なの!?」

 

 

ロンが悲鳴を上げる。

 

 

「つまり、代々、純血の家系というのは遠い親戚関係にあるんだ。だからハリーの中にスリザリンの血が流れていても不思議ではない」

 

「そんな!でも、僕は継承者じゃない。それに去年、ヴォルデモートを倒したのは僕たちだ!!!」

 

 

ハリーがヴォルデモートの名前を口にした時、ロンとハーマイオニーはビクッとした。

 

 

「ハリーが継承者じゃないのは分ってるさ。ただ、蛇語の能力を持っていても不思議ではないって話だよ」

 

「じゃあ継承者はやっぱりマルフォイだ!」

 

「俺に一方的に殴られるような奴がスリザリンの継承者だとは思えないけど………」

 

 

その時、エスペランサの居る病室のカーテンがシャっと開き、新たな来客が現れた。

 

フローラ・カローだ。

 

 

「あ、目覚めてたんですね」

 

 

そう言いながらフローラは病室に入ってくる。

 

 

 

「お、お前達!何しに来たんだ!!」

 

 

スリザリン生を毛嫌いするロンが食って掛かる。

 

そういえばエスペランサは自分とこのスリザリン生2人が割りと仲良く接している事をロンたちに言っていなかったな、と思った。

 

 

「単に見舞いに来ただけですよ?何か文句でもありますか?」

 

フローラが冷たい目をしてロンに言う。

 

ロンはその冷たい目に少し怯えているようだった。

 

 

「ロン。この人は大丈夫だ。フローラが居なかったら俺は昨年、ヴォルデモートとの戦いで負けていた」

 

「へー。名前で呼んでるくらいには仲が良いのね?」

 

 

ハーマイオニーが少し驚いたように言う。

 

 

「まあな。で、フローラ。単に見舞いに来たわけじゃないだろ?」

 

「……メインは見舞いでしたけど………まあ、良いです。少しわかったことがあったので報告しに来ました。スリザリンの継承者についてです」

 

 

「「何だって!!!!」」

 

 

ロンとハリーが声を上げる。

 

 

「言っておくがハリーは継承者じゃないぞ?アリバイがあるからな」

 

「それは知ってます」

 

 

フローラは近くにあった椅子を引き寄せて座りながら言う。

 

 

「ちなみに、スリザリンの寮内にも継承者は居ません。私とセオドールで調べました。なので継承者が誰なのか、という問に対しての答えは持っていません」

 

 

ロンが「じゃあやっぱりマルフォイだ」と呟くのを無視してエスペランサはフローラに話を続けるように促した。

 

 

「現在のところ襲われたのはミセス・ノリスとコリン・クリービーです。スリザリンの怪物というのは伝説によればマグル生まれを排除する為に活動するらしいですが、それならミセス・ノリスを襲った理由が分りません。と、言うよりも最初に襲った生物が猫1匹というのはあまりにもお粗末過ぎると思います」

 

「………フィルチさんがスクイブであったから襲われたという仮説は?」

 

「それなら先にフィルチを襲うでしょう。まあ、問題はそこではありません。これを見てください」

 

 

そう言ってフローラは鞄から赤色の液体が入った瓶を取り出した。

 

真っ赤ではなく少々どす黒い赤を下その液体は血液に良く似ている。

 

 

「それは………」

 

「ミセス・ノリスの襲われた廊下に塗られていた血文字を何とかして回収してきたものです」

 

 

ミセス・ノリスが襲われた廊下の壁には「継承者の敵よ気をつけろ」と血文字が書かれていたが、数日前にそれが何者かによって消されていた。

 

エスペランサは教職員の誰かが魔法で消したのだとばかり思っていたが、どうやら血文字を消したのはフローラだったみたいである。

しかも、彼女はその血を回収してきたみたいだ。

 

 

「この血を魔法薬で解析してみました。結果を言いますと、この血は人間のものではありません」

 

「人間の血ではない?じゃあペンキか何かだったのか?」

 

「いえ。この血液は鳥類のものである可能性が高いです」

 

「魔法薬でそんな事が分るの?」

 

ハリーが質問する。

その質問にはハーマイオニーが答えた。

 

「スネイプが授業で一度だけ言っていた気がするわ。2角獣の角と毒ツルヘビを一定量混ぜ込んだ薬品に生物の身体の一部を投入する事でその生物の情報が得られるって………」

 

「そうです。幸いにしてこの二つの材料はスネイプ先生の薬品棚にあったので調合は差ほど難しくありませんでした。ちなみに、この薬品を応用したものがポリジュース薬です」

 

 

フローラがさらりと言った「ポリジュース薬」という単語にハーマイオニーがピクリと反応した。

 

ハーマイオニーがポリジュース薬を作ろうとする上で最も入手に手間取っている2角獣の角と毒ツルヘビの皮をフローラはあっさりと手に入れていたらしい。

 

 

「鳥類か。ホグワーツに居る鳥類っていったらハグリッドの小屋の近くの鶏と、ふくろう小屋のふくろうくらいなものだな。でも、ふくろうが殺されたっていう話は聞かない………」

 

「そう言えば!」

 

 

ハリーが声を上げる。

 

 

「ハグリッドがこの間、鶏小屋の鶏がみんな殺されたって話をしてた!ハグリッドは狐の仕業って言ってたけど、きっと継承者の仕業に違いないよ!!!」

 

「でも何でわざわざ鶏小屋まで鶏を殺しに行ったんだろ………。ホグワーツなら鶏を殺さなくても血は手に入るよ。ほら、フレッドとジョージの悪戯グッズに鼻血が止まらなくなるヌガーとかあったじゃないか」

 

「確かにロンの言うとおりだ。わざわざ鶏を殺しに行く必要は無い。鶏を殺しているところを誰かに見られたりするリスクもあるしな。もしかしたら鶏ってのが怪物の弱点なのかもしれない」

 

「…………もしかしたら」

 

 

エスペランサの言葉を聞いてハーマイオニーが何かを思いついたようであった。

 

 

「心当たりが?」

 

「確証は無いけど………。でも、確か鶏を苦手とする魔法生物の話をどこかで読んだ気がするわ………」

 

「情報はまだ少ないが、それでも多少の手がかりは掴めたな。怪物の正体が分れば犠牲者を出さずに済むかもしれない」

 

 

 

エスペランサとしてはこれ以上犠牲者を出す事を避けたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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第3、第4の犠牲者が同時に出てしまったと言う情報がエスペランサの耳に入ったのはエスペランサが退院してすぐの事だった。

 

犠牲者はジャスティン・フィンチ・フレッチリーと、ほとんど首なしニック。

 

 

 

新たな犠牲者の出現を防ぐ事の出来なかったエスペランサは焦りと憤りを感じた。

 

例によってスリザリン生は事件を面白がり、マグル出身の生徒は震え上がった。

マグル生まれではないが、ロンの妹のジニーは相当、気が滅入っている様子である。

 

 

加えて、第一発見者がハリーであった事も混乱の原因の一つであった。

 

ミセス・ノリスの発見者もハリー。

コリン・クリービーと近しい存在だったのもハリー。

決闘クラブでジャスティンに蛇をけしかけたのも(本人は否定するが)ハリー。

 

生徒たちは皆、ハリーが継承者であると信じて疑わなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

医務室を訪問し、石になったミセス・ノリス、コリン、ジャスティン、そしてニックを眺めるエスペランサの表情は暗い。

 

松明に照らされた犠牲者の姿はもはや死体同然であった。

並べられた4つのベットには彼らが目を見開いたまま横たわっている。

 

犠牲者のベットの横に積み上げられている果物や花は見舞客が置いていったものだろう。

 

冷たくなった4人を見下ろしながらエスペランサは拳を握り締め、呻く。

 

 

「くそったれ………」

 

 

奥歯をかみ締めて呟くエスペランサ。

握り締めた拳は爪が食い込みすぎて出血している。

 

マダム・ポンフリーに無理を言って犠牲者の見舞いに来たのは、彼らの姿を目に焼き付けるためだった。

 

 

(二度と目の前でこのような犠牲を出さないと誓ったはずなのに、また俺は救えなかったのか………)

 

 

犠牲者は石になっただけでまだ死んではいない。

だが、しかし、石になった彼らは死んだも同然の状態であった。

 

 

 

「小僧…………」

 

 

振り向けば、フィルチが立っていた。

 

顔色を青くし、目の下には隈が出来ている。

噂では、ミセス・ノリスを石にした犯人を寝る間も惜しんで探しているらしかった。

 

 

「フィルチ………さん、か」

 

 

「何をしにきた………」

 

「……………」

 

「犯人はわかっとる………。ポッターの奴だ。奴がわしのノリスを………」

 

「フィルチさん。それは違う。ハリーは魔法使いとして半人前だ。こんな事が出来るはずもない」

 

「………ちっ。わかっておる。ただの八つ当たりだ。八つ当たりでもしないと気がおかしくなりそうなんだ」

 

 

ため息をつきながらフィルチはミセス・ノリスの傍にやってきて見舞いの品らしいネズミの屍骸を置いた。

 

衛生上良くないので後でネズミは処分しようとエスペランサは思った。

 

 

毛が全て逆立ち、目を見開いたまま硬直しているミセス・ノリスを撫でながらエスペランサはフィルチに質問した。

 

 

「フィルチさん。秘密の部屋ってのは前にも開かれた事が?」

 

「わしは詳しく知らん。その頃の管理人はわしじゃなかったからな。確かその時は女子生徒が一人死んだという………」

 

ベットに座りながらフィルチは応えた。

 

「死んだ!?石になったわけではなく???」

 

「死んだらしい。そして、犯人は既に捕まっている。誰かは知らんがな………」

 

 

おかしい。

 

不可解だ。

 

前回の犠牲者は死んだのに、今回の犠牲者は石になっただけ。

 

 

前回の怪物と今回の怪物は異なる種類の生物なのか。

それとも、怪物など存在せず、魔法使いの手による仕業なのか………?

 

 

 

「そういえば………。コリンとジャスティンはマグル生まれだが、ニックはマグル生まれじゃないよな………。そもそもゴーストを石化する手段って何だ?」

 

 

ほとんど首なしニックの生前はあまり良く知らないが、彼の話を聞く限りマグル生まれではなさそうだ。

 

となると怪物は「マグル生まれのみを石にする」訳ではなさそうだ。

なら、怪物がニックたちにターゲットを定めた理由は何だろう?とエスペランサは思う。

 

 

(………もしや、ターゲットを定めて襲っているわけではないのでは?片っ端から生徒を襲っているだけなのだとしたら?)

 

 

襲われた犠牲者に共通点は無い。

ニックがマグル生まれで無い以上、マグル生まれのみを襲うという論理は破綻している。

 

猫、人間、ゴースト。

襲う対象の種族もバラバラで共通点がまるで無い。

 

 

何故だ………。

 

 

 

「怪物は……襲う対象を定められないのか?ひょっとしたら……無差別に周囲の生物を石にしてしまう生物なのかもしれない」

 

 

メデューサという生物は見たものすべてを石に変えてしまう能力を持っている。

 

つまり、メデューサの意思とは関係なく無差別に周囲の生物を石化してしまう訳だ。

もし、秘密の部屋に潜む怪物がメデューサと同様かそれに近い能力を持っているのなら辻褄はあう。

 

 

残された疑問は、50年前に秘密の部屋が開かれた時の犠牲者は死んだのに、何故、今回の犠牲者は死なずに石になっただけなのか、である。

 

 

「………フィルチさん。ミセス・ノリスが襲われた晩に何か変わったことはありませんでしたか?」

 

 

エスペランサの質問にフィルチは暫し考える。

 

 

「普段と何ら変わらんかった気がする。例によってピーブスの悪戯の後始末をして、それから水びだしになった廊下の掃除を………」

 

「それだ!」

 

「あ???」

 

 

あのハロウィンの晩。

 

嘆きのマートルが女子便所で暴れまわったために廊下は水びだしだった。

無論、ミセス・ノリスが襲われた場所も例外ではない。

 

 

「秘密の部屋の怪物は、その姿を見たもの全てを無差別に殺す能力を持っている。だから怪物は襲う対象を基本的に定められない。故に襲われた被害者は何の共通点もなく、襲われた場所はバラバラなんだ。そして、今回の犠牲者が死なずに石になっただけである理由は、誰も怪物の姿を直視していない為。ミセス・ノリスは水びだしになった床を通して怪物を見た。コリンはカメラ。ジャスティンはニックを通して怪物を見たんだ。これらは全て憶測だが、辻褄はあう」

 

 

もし、この憶測が正しいのであれば、今回、死者がまだ出ていないのは単なる偶然でしかない。

怪物を直視してしまったら死ぬ。

 

今までの犠牲者は運良く怪物を直視せずに済んだが、今後は死者が出る可能性が高い。

 

 

グズグズしている暇は無かった。

 

すぐにでも怪物を倒さなければ生徒に死人が出てしまう。

 

 

 

エスペランサはもう一度、犠牲者の姿を目に収めてから医務室を後にしようとした。

 

 

「小僧。どこへ行く?」

 

 

急いで医務室を出ようとするエスペランサをフィルチが止めた。

 

彼にしては珍しく生徒を心配するような顔をしている。

 

 

 

「………決まってるじゃないですか。怪物を倒す準備ですよ」

 

エスペランサはそう言い残して医務室を去った。

 

フィルチはまだ何か言いたそう顔をしていたが、エスペランサをこれ以上止めることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




バジリスクってマグルの武器を使えば割と楽勝に倒せるのでは……?


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case22 Required room 〜必要の部屋〜

本日二回目の投稿です!

これ投稿したら飲みに行こうかな~



 

 

 

彼を知り己を知れば百戦して殆うからず。

主導権を握って変幻自在に戦え。

事前に的確な見通しを立て、敵の無備を攻め、その不意を衝く。

敵と対峙するときは正の作戦を採用し、戦いは奇によって勝つ。

守勢のときはじっと鳴りをひそめ、攻勢のときは一気にたたみかける。

勝算があれば戦い、なければ戦わない。

兵力の分散と集中に注意し、たえず敵の状況に対応して変化する。

 

 

 

 

 

 

怪物を自分の視野に入れずに倒す必要がある。

 

怪物の攻撃手段が「怪物を目視した相手を無差別に殺す」というのもであるなら、正面から戦うのは得策ではない。

 

 

(攻略法は限られている。爆薬や地雷を駆使してトラップを作り倒すか、もしくは遠距離から迫撃砲で倒すか。だが、怪物の移動範囲がホグワーツ城内のみであった場合、どちらも有効ではない。そもそも、怪物をどうやってトラップエリアに誘導する?怪物がいつどこで出現するかも分からないのにどうやって攻撃を仕掛ける?)

 

 

エスペランサは医務室を出た後、廊下を一人歩きながら怪物を倒す作戦を考えていた。

 

 

怪物が神出鬼没である以上、特定個所にトラップを仕掛けるのは効果が薄い。

 

迫撃砲などのロングレンジが取り柄の武器は怪物の移動範囲が城内に限られている以上、使えない。

いっそのこと城ごと爆破してしまえば話は早いのだが、そうもいかない。

 

 

本来なら、城内のあらゆる場所にセンサーやIRカメラ、警報機などを設置して怪物の移動ルートや出現場所を特定するべきだった。

それに、センサーや警報器があれば怪物が出現した瞬間に出動して戦える。

 

しかしながらホグワーツ城内ではマグルの電子機器が全面的に使用不能になってしまう。

 

カメラもセンサーも回路がめちゃくちゃにされ、ただのガラクタとなってしまう訳だ。

 

事実、エスペランサが入校時に持ち込んだ暗視スコープや携帯無線機はことごとく使用不能に陥った。

 

 

 

「くそ。電子機器さえ使えれば………」

 

 

エスペランサは電子機器なしで何とか怪物を見つける方法を考えなくてはならなかった。

 

 

「っと、いつの間にか8階まで来てたのか」

 

 

作戦を考えながら適当に階段を上がっていたらいつの間にか8階に到着していた。

 

ホグワーツの8階というのは空き教室ばかりで生徒はほとんど寄り付かない。

 

 

 

「ホグワーツは広い。アナログな方法で怪物を見つけるのは不可能に近い。センサーやカメラ……電子機器が“必要だ”…………」

 

 

エスペランサがそう呟いた瞬間。

 

いままで何もなかった石壁に大きな扉が出現した。

 

 

 

「???????扉が一瞬にして!?8階にこんな隠し教室があったとは知らなかった……」

 

 

他の教室の扉と変わりない扉であったが、突然現れたその扉にエスペランサは興味を持った。

 

もしかしたら秘密の部屋の入口なのかもしれないとも思い、彼は扉をゆっくり開ける。

ギイイイという鈍い音と共に扉が開き、部屋の内部が露になった。

 

 

 

「なっ!!!!!?????なんだこれ!!!!!」

 

 

 

エスペランサは驚愕の声を上げる。

 

 

その部屋の中はホグワーツではありえない光景で埋め尽くされていた。

 

 

 

教室3つ分はある広さの部屋は薄暗い。

その薄暗い部屋の中にはびっちりと物資が積み上げられていた。

 

しかも、それらの物資はエスペランサが良く知る物ばかりである。

 

 

ツンと鼻を衝く油のにおい。

 

どこか懐かしいその匂いが何を意味するかをエスペランサは知っていた。

 

 

 

「これは………武器庫!」

 

 

 

そう。

部屋にあったのは無数に積み上げられたマグルの武器だった。

 

 

 

M-16にAK-47、G3にSIG552といった自動小銃。

MINIMIなどの軽機関銃だけでなくブローニングM2重機関銃も置いてある。

 

対戦車狙撃銃が壁に立てかけられ、パンツァーファウストが分解された状態で箱に詰められている。

 

1120発入りの弾箱が並ぶ奥に置いてあるのは迫撃砲や対戦車地雷だ。

 

 

「すごい………。でも何でホグワーツに武器庫があるんだ?」

 

 

新品同様の銃をいくつか取りげてエスペランサは不思議に思う。

 

 

銃器が積み上げられている横には一回り大きなコンテナが置いてあった。

気になって開けてみれば、コンテナの中には対戦車ミサイルの発射装置一式が入れられている。

 

 

「TOW対戦車ミサイル………。それにこっちはMATだ。でも、誘導弾はホグワーツで使えないはず………」

 

パンツァーファウストやRPG-7と違って対戦車ミサイルは電子機器を使わなければロックオンも発射も出来ない。

電子機器が使用不能になるホグワーツで誘導兵器は使える筈がない。

それなのに何故、これらの武器が置いてあるのだろう?

 

誘導兵器は対戦車ミサイルだけでなく対空ミサイルもあった。

 

スティンガーミサイルだと思って取り上げたランチャーは「91式携帯地対空誘導弾」と漢字で記されている。

エスペランサは漢字が読めなかったが、どうもスティンガーと同等かそれ以上の威力を発揮する武器らしかった。

 

その他にも無線機やIRカメラがゴロゴロと部屋の隅に転がっている。

 

 

「これらの電子機器がすべて使えれば………」

 

エスペランサにとっては宝の山であるそれらの武器もホグワーツでは使えない。

結局、ミサイルはガラクタでしかないと思った矢先、彼の足元に何冊かの本がドサドサっと落ちてきた。

 

 

「この本……どこから落ちてきたんだ!?」

 

唐突に出現した本に驚きながら彼はそれらの本を取り上げる。

 

 

「この本は………」

 

 

拾い上げた本は「発展するマグルの科学技術から魔法界を隠すための研究」、「特定地域内全域に魔法を施す方法」、「地域型魔法の解除」、「マグル電子機器の回路組み換え」といったタイトルの本であった。

 

 

「これは……ホグワーツ内で電子機器を使えるようにするために必要な知識が全て書いてあるのか!?」

 

 

それらの本はエスペランサが“ホグワーツで電子機器を使う必要がある”と思ったから出現したものであった。

 

 

「そうか。この部屋は武器庫ってわけじゃない。入った人間が“必要”だと思ったものを提供してくれる部屋だ」

 

 

とんでもない部屋が存在するものだ、とエスペランサは思う。

 

必要だと思ったものが全て手に入ってしまうということは、仮に「核兵器を手にする必要がある」と思えば、核兵器が手に入ってしまう。

細菌兵器が必要だと思えばそれも手に入る。

 

簡単に1国の軍事力に匹敵する武器が手に入ってしまうこの部屋は開けてはならないパンドラの箱だったのかもしれない。

そうエスペランサは思った。

 

 

「だが、これでスリザリンの怪物は倒すことが出来る!」

 

 

エスペランサは早速、「発展するマグルの科学技術から魔法界を隠すための研究」の本を開き、読み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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マグルが人工衛星を開発し、GPSや衛星写真を使い始めると、魔法界は焦った。

 

今まで隠ぺいしていた一部の魔法界がそれらによって露見してしまう可能性があったからだ。

 

 

例えば、森の奥に住む巨人やドラゴンの住処。

これらが衛星写真によって見つかってしまう可能性は低くは無かった。

 

 

ホグワーツや魔法省、アズカバンなどはマグル除け呪文がされているため見つかりはしないだろうが、マグル除け呪文が全ての地域にかけられているわけではない。

 

また、マグル生まれの魔法使いが魔法界にカメラやビデオなどを持ち込みそれらに魔法界の様子を記録してしまうことにより、マグル界に魔法界の存在が露見する事案が出始めてしまった。

一部の政府機関は町中を歩く魔法使いに発信機や盗聴器を仕込み、魔法界の場所を探ろうとした。

 

 

このままでは魔法界の存在がばれる。

 

急激に発展するマグルの科学技術から魔法界は逃げ続けることが出来なくなっていた。

 

 

実を言えば、科学技術は米国などの一部の国が魔法使いと協力して研究開発を行っているために急速に発達していたのだが、英国魔法界はそれを知らなかった。

 

ロシアが世界で最初に飛ばした人工衛星スプートニクは科学技術で作られてはいるが、開発中の実験やテストでは魔法が使われていた。

米国政府はその事実を知って、自国でも魔法を使って科学技術を発達させようとしたわけだ。

スプートニクショックの裏側にはこのような経緯があった。

 

 

マグルの科学技術に対抗するために魔法使いが開発したのが「特定の地域内において電子機器の回路を使い物にならなくする魔法」である。

 

 

元々、特定の指定した地域にマグルを寄せつけないようにするマグル寄せ呪文のように広範囲に魔法をかける技術はあった。

それを応用して指定地域内に存在する電子機器の回路を狂わせる魔法を英国魔法界は開発しようとした。

 

そこで研究者たちが目を付けたのが「流体操作魔法」であった。

 

この流体操作魔法は水などの液体を自在に操るための魔法であり、川の流れを変えたり、噴水を作ったりするために使用されていた。

 

その魔法を応用すればマグルの電子機器は使用不能にできると研究者は結論付けた。

 

 

マグルの電子機器に組み込まれている電子回路はアナログでもデジタルでも「電子の移動」が少なからず行われている。

電子の移動する“流れ”を意図的に乱してしまえば電子機器は動かない。

電気信号は伝わらない。

 

こうして「マグルの電子機器を使用不能にする魔法」は完成した。

 

 

電子の流れを意図的に不規則な流れに変える流体操作魔法を指定した地域全体にかけることで指定地域内での電子回路を用いた製品は動かなくなる。

 

 

 

ただし、この魔法はかなり大規模な魔術であるから使用できる魔法使いは限られている。

 

 

この「マグルの電子機器を使用不能にする魔法」を解除する方法は、魔法をかけた本人が「フィニートインカーターテム」を使う以外に存在しない。

だから、ホグワーツで電子機器を使いたい場合、ダンブルドアが魔法を解除しなくてはいけないのだった。

 

だが、この魔法にも抜け道が存在する。

 

この魔法は電子回路を破壊しているのではなく単に電子の流れを乱されているだけだ。

 

ならば電子機器を魔法から守ってやれば良い。

電子機器に干渉してくる魔法を防ぐための魔法を電子機器にかけてやれば良いだけだ。

 

もっとも、電子機器を使用不能にする魔法はかなり強力な魔法であるから、それを防ぐためには最上級の防御魔法を施す必要がある。

それこそプロテゴ・マキシマに匹敵するくらいの防御魔法を施さなくてはいけないわけではあるが………。

 

 

 

 

エスペランサは必要の部屋で手に入れた本を全て寝室に持ち帰り、寝る間も惜しんで読んだ。

 

消灯後になっても、ランプの下で分厚い本やレポートを読みふけるエスペランサの姿を見て、ロンは「ついにエスペランサもハーマイオニーに毒された」とからかったが、エスペランサはそんな冗談に構っている暇がなかった。

 

一刻も早く、怪物を見つけ出し、倒さなくては死人が出る。

 

その事実がエスペランサを焦らせていた。

 

 

授業中もひたすらに電子機器を守るための呪文を研究し、無線機や赤外線センサーが使えるかどうかを試験した。

 

また、同時並行で敵を視認せずに戦う作戦の考案を行った。

 

 

 

ハリーたちがポリジュース薬を完成させ、スリザリン寮に潜入したり、ハーマイオニーが手違いで猫に変身したりする中、エスペランサはひたすらに研究し続けた。

 

 

 

 

「結局、マルフォイは継承者じゃなかったし、一体、だれが継承者なんだろう?」

 

「うーん。もう他には思い当たらない。ハーマイオニーが退院したらまた1から考えよう」

 

 

ロンとハリーは談話室で継承者が誰なのかを話し合っていた。

 

ハーマイオニーは依然として医務室で猫のしっぽを生やしたままであったし、マルフォイは結局のところ継承者ではなかった。

ちなみに、ポリジュース薬を動物の毛で調合して使った場合、変身が中途半端なまま数日間、元の姿に戻れないという副作用が現れる。

 

ハーマイオニーはミリセントのペットの猫の毛を媒介にして薬を作ってしまったようだ。

 

 

暖炉のそばで蛙チョコを食べながら話すロンとハリーを横目にエスペランサは赤外線センサーをいじっていた。

 

談話室の床には赤外線センサーのほかにカメラや暗視スコープなどの電子回路を使った道具が散乱し、本が山積みにされている。

煙草を加えながらエスペランサはここ数日、談話室の一部を占拠し電子機器を動かそうと躍起になっていた。

 

魔法薬の時間に無線機を取り出し、テストを行っていたらスネイプに見つかり20点減点された。

変身術の時間に教室中にセンサーを取り付けて作動確認をしていたらマクゴナガルが激怒した。

闇の魔術に対する防衛術の時間ではあまりにもロックハートがウザかったためにエスペランサはロックハートにバッテリーパックを投げつけた。

バッテリーパックはロックハートの鼻っ柱に当たり、彼の自慢の鼻をへし折ってしまった。

教室にハーマイオニーが居たのならエスペランサは彼女に半殺しにされただろうが、幸いにもハーマイオニーは医務室で猫化を治している最中だった。

 

 

「エスペランサはいったい何をやってるんだい?」

 

「………………」

 

「駄目だ目がヤバい。邪魔したら殺されそうだ」

 

 

目を血走らせて無線機に魔法をかけているエスペランサを見てロンはそう言う。

 

 

「おい!エスペランサ!こんなに談話室を散らかして、皆の迷惑じゃないか!!!監督生として見過ごすわけにはいかないぞ!」

 

談話室を占拠するエスペランサを見かねたのかパーシーが監督性バッチをいじりながらドスドスと近づいてくる。

 

その声が聞こえていないのか、エスペランサはAN/PRC-77無線機に最大級の防御呪文をかけようとしていた。

 

「聞こえていないのか!エスペランサ!このガラクタを片付けるんだ!監督生として命じる!もう一度言うぞ、僕は監督生だ」

 

パーシーは監督生をよほどアピールしたいのか、もう一度、自分が監督生であることを声高らかに言った。

 

 

「今集中してるんだ。頼むから話しかけないでくれ」

 

エスペランサは無線機に呪文をかけながら言った。

 

「何をそんなに集中してるんだ?それ、マグルの道具だろ。パパも夏季休暇中に同じことをやってたな」

 

パーシーが言う。

 

そう言えばアーサー・ウィーズリーは自動車に魔法をかけていた。

あのフォード・アングリアは空を飛ぶ機能までついていて、ホグワーツまでハリーとロンが飛ばしてきたことをエスペランサは思い出した。

 

 

「………そうだ。何で電子回路満載の自動車がホグワーツの敷地内に入って来て、動いていたんだ?」

 

 

自動車はいくらアナログなフォードアングリアであっても電子回路は入っている。

ハザードランプやヘッドランプ、それにバッテリーやヒューズボックス、イグニッションコイルなど自動車は電気を使っている。

それらが動いたということはあのフォードアングリアには「電子機器を使用不能にさせる魔法」から守るための防御呪文がかかっていたに違いない。

 

 

「パーシー!!!あんたの父親は車にどんな魔法をかけていたんだ!!!???」

 

「ど、どうしたんだ急に」

 

急に興奮し始めたエスペランサにパーシーは戸惑う。

 

「教えてくれ。アーサー・ウィーズリーは自動車に何かしらの防御呪文をかけたはずだ」

 

「え、ああ。確かかけていた」

 

「呪文は?プロテゴ・マキシマではないのか?」

 

「えーと、確か“プロテゴ・マイコバイテリウムアメット 重要区画を守れ”だったかな」

 

「流石だパーシー!!!!ありがとう!!!!」

 

 

エスペランサは飛び上がって喜ぶ。

 

その姿をパーシーは何が何だか分からないといった顔をして見ていた。

 

 

エスペランサは杖を傍らに投げ捨ててあった暗視スコープに向けて「“プロテゴ・マイコバイテリウムアメット”」と唱える。

 

唱えて呪文がかかったあと、彼は暗視スコープの電源を入れた。

 

 

 

「頼むぞ………」

 

 

暗視スコープを頭から被ると、スコープ内は緑色の光で包まれていた。

 

 

「成功だ………。これで電子機器がホグワーツ内でも使える!!!」

 

 

エスペランサは床に散らばっている電子機器を検知不可能拡大呪文のかかった鞄に押し込み、談話室の外へと駆け出した。

 

あとに残されたパーシーとロン、ハリーは口を開けたままそれを見送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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エスペランサは学校の至る廊下に赤外線センサーと熱線映像装置を利用したカメラを設置した。

 

そして、そのカメラから送られてくる動画を受信するモニターを寝室に置いた。

エスペランサは授業以外の全ての時間を使ってモニターを監視し、怪物が映る瞬間を待つことにしている。

 

熱戦映像装置は熱源となる物体や生物が発する遠赤外線を検出して撮影することができ、被写体自身が発光体として認識されるため、外部の光源が一切無い状態でも認識することができる優れものだった。

 

カメラもセンサーもモニターと送受信機も全て必要の部屋で揃えたものである。

 

必要の部屋で監視カメラが必要だと願ったところ、最新鋭のセンサーやカメラが入手できた。

 

 

 

というわけで、エスペランサは消灯が過ぎて日付が変わろうとしている今現在も、モニターを見つめて城内の監視を行っているのである。

 

 

寝室のベットの横に設置したモニターに映る各廊下の映像を眺めながら彼はコーヒーを口にした。

流石に、ここ数日間、寝る間も惜しんで研究を行ったために睡魔が襲ってくる。

 

「カメラを録画モードにして少し休憩にするか………」

 

エスペランサはそう呟いて煙草を片手に寝室を降りて談話室に入った。

 

 

談話室は消灯後なので誰も居ない。

 

ただ、談話室の真ん中にあるテーブルの上に一冊の本が置かれているだけだった。

 

 

「誰かの忘れ物か?」

 

 

エスペランサはその本を取り上げてみてみた。

 

黒い皮の表紙のその本は誰かの日記帳のようである。

プライバシーの侵害だなと思いつつも、彼は日記帳を開きどこかに名前が書いていないかを探す。

 

日記帳には何も書かれておらず、全てのページが白紙であった。

 

裏表紙に出版社名と販売店名が記載されているほかには何も書かれていない。

 

「おっと。背表紙に名前が書かれてるのか。えっと、T.M.リドル………」

 

日記帳の背表紙には薄くなってしまった字でそう名前が書かれていた。

 

 

「………この人物」

 

エスペランサはT.M.リドルを知っていた。

 

魔法界における治安維持軍を作る上で、彼は魔法界に存在する有能で戦力になりそうな魔法使いを探していた。

 

ホグワーツの卒業者名簿を図書館で漁り、卒業生のその後の進路を見ていた時にトム・リドルの名前は出てきたのだ。

 

 

「ホグワーツ主席で監督性。特別功労賞をもらったと卒業名簿に書いてあったから戦力になりそうだと思い、探してみたが、リドルが今、魔法界で何をしているのかは分からなかった」

 

 

リドルが在籍したのは50年ほど前。

もしかしたら亡くなっているのかもしれないと思ったが、それでもホグワーツきっての秀才であったはずのリドルが魔法界において何の名声も残していないのは不可思議だった。

 

そもそも50年前の生徒の日記が何故、ここに存在しているのだろう。

 

 

 

「うおっ!?」

 

 

 

急にリドルの日記が眩き光りはじめ、エスペランサは堪らず日記を放り投げた。

 

放り投げて宙に舞った日記から、光とともにハリーが飛び出してくる。

 

 

「うわっ。ハリー!?お前、いつから飛び出し絵本になったんだよ!?」

 

 

エスペランサが驚いてハリーを見る。

 

日記から飛び出してきたハリーは顔を真っ青にしていた。

 

 

「大丈夫か?」

 

エスペランサが心配して声をかける。

 

「ハグリッドだ………」

 

「は?」

 

「ハグリッドだよ。秘密の部屋を50年前に開けたのはハグリッドだったんだ!」

 

 

ハリーはそう叫んだ。

 

 




電子機器妨害のための魔法などはオリジナルです。

これで勝てる!!!


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case 23 Basilisk Appearance 〜蛇の王・バジリスク〜

久しぶりの投稿になります。
遅くなって申し訳ないです。

冬期休暇になれば投稿回数が増やせると思うのですが………


トム・リドルの日記はどうも彼の記憶を閉じ込めた魔法の日記らしかった。

 

そして、ハリーはリドルの記憶の中で秘密の部屋の怪物を外へ逃がそうとするはハグリッドがリドルによって捕らえられる光景を見たらしい。

 

 

成程。

確かにハグリッドは危険な怪物を好む思考がある。

ハグリッドが秘密の部屋の怪物を見つけたのなら、真っ先に逃がそうとするはずだ。

 

しかし………。

 

 

「秘密の部屋の怪物の攻撃手段は“怪物の姿を見た者を無差別に殺害する”というものだ。ハグリッドやリドルも例外じゃない。ハグリッドが逃がそうとした怪物が秘密の部屋の怪物なのだとしたら、ハグリッドもリドルも死んでいるだろう」

 

 

エスペランサは秘密の部屋の怪物がどのような攻撃手段を持った生物なのかという自分の推理をハリーたちに話して聞かせた。

 

 

「ならハグリッドは犯人じゃないよ。たぶんトム・リドルは間違えてハグリッドを捕まえたんだ」

 

 

ロンが言う。

ちなみに、トム・リドルをロンも知っていた。

罰則でリドルのトロフィーを何度も磨かされたためらしい。

 

 

 

ジャスティンとニックが襲われてからかなりの日数が経ったが、その2人以降の犠牲者は一切出ていない。

 

エスペランサが校内のあちこちに設置した赤外線センサーにも感は無かった。

ホグワーツは珍しく平和が保たれている。

 

もっとも、エスペランサは定期的にカメラとセンサーのチェックをしていたし、対怪物対策用に重火器の整備も行っていた。

件の便利な「必要の部屋」を見つけて以来、魔法で武器の生成をしなくて良くなったのは彼にとって幸いだった。

 

 

 

「本人に聞いてみればいいじゃない。ハグリッドは友達だから聞いたら教えてくれるかもしれない」

 

ハーマイオニーが言う。

 

「正気かハーマイオニー。ハグリッドに直接聞くだって?「ねえ?ハグリッド。50年前に毛むくじゃらの巨大な怪物を逃がしたのは君かい?」って?」

 

ロンが首を大げさに振りながら言った。

 

「そんなことよりも来年の履修科目を決めなきゃ」

 

「履修科目か………。これ以上授業が増えるのは嫌だな」

 

 

3学年になれば新たに2つ以上の科目を履修する必要があるらしかった。

 

エスペランサたち4人は談話室で来年の履修科目を何にするか議論している途中だったのである。

 

 

エスペランサは占い学や魔法生物飼育学などの科目名を見ながら、将来的に役に立ちそうな科目を選ぼうとした。

 

 

「占い学は役立ちそうだな。敵の撃った砲弾の着弾地点の予想とか被害範囲の予想とかが出来そうだ」

 

「何で君の考えはいつもそんなバイオレンスなんだい?」

 

「あら。将来的に使えそうかどうかを考えて科目を選択するのは良い方法よ?」

 

「ハーマイオニー。でも、君は全部履修するんだろ?」

 

「当たり前じゃない。どれも面白そうですもの」

 

 

結局、エスペランサはマグル学と占い学をとることにした。

 

マグル学は魔法使いがどの程度マグルの科学に関して(正確にはマグルの軍事技術に関して)知っているのかをリサーチするために履修しようと思い、また、占い学は未来を予想する事が出来れば、戦闘を有利に進める事が出来ると考えたためである。

 

 

 

暖炉の火に蒔きを投げ込みながらエスペランサは大きな欠伸をした。

 

夜間であってもセンサーとカメラで城内を監視している彼は毎日寝不足である。

必要の部屋で手に入れた赤外線カメラとセンサーはバッテリーの持続時間が約7時間であったのだが、録画モードにするとそれが3時間まで減る。

 

つまり録画モードはたったの3時間しか使えず、3時間録画したらバッテリーを充電しに行かなくてはならない。

 

ということは監視用のモニターから目を離して休めるのはその録画中の3時間のみと言う事になり、エスペランサが睡眠をとる事の出来るのはその3時間のみなのであった。

 

 

ホグワーツ城にはコンセントはおろか、まともな発電機も無いから、バッテリーの充電は必要の部屋の中でガソリンを使用した発電機によって行うしかない。

 

よって、彼は授業中や風呂飯便所の時間にのみ録画をし、そのほかの時間はほぼ全てモニターの前で監視を行っていた。

そして、消灯前に学校中のセンサーとカメラのバッテリーを充電されたものに換えに行っているのである。

 

ちなみに、そのバッテリーの交換作業はフィルチ、フローラ、セオドールの3人にも手伝ってもらっているため、あまり手間はかかっていない。

 

 

「そろそろバッテリーの交換に行かないとな…………」

 

 

エスペランサは部屋にある大きな時計を見ながら呟く。

 

彼の夜は長い。

これからも数時間にわたってモニターの監視をしなくてはならないのだ。

 

よっこらせ、とエスペランサが寝室へ戻ろうとしたのと同時に、その寝室から慌てふためいた様子のネビル・ロングボトムが飛び出してきた。

 

寝室から飛び出したと同時に転んで、階段を転げ落ちたネビルであったが、そんな事はお構いなしといった様子でハリーに話し掛ける。

 

 

「ハリー!!!誰がやったのかわからない!!でも、でも僕!」

 

「どうしたネビル。まずは落ち着け」

 

 

興奮して顔を真っ赤にしたネビルの言葉は支離滅裂であった。

 

ハーマイオニーは手近なテーブルにおいてあるコップに魔法で水を注ぎ、それをネビルに飲ませた。

 

 

「あ、ありがとう。僕、寝室に戻ったら………寝室がめちゃめちゃにされてて…。どうも、ハリーのベット周りが荒らされてるみたいなんだ」

 

 

ネビルが言う。

 

エスペランサはてっきり自分の設置した監視用のモニターや送受信機、警報機などが破壊されたのではないかと思っていたが、どうも荒らされたのはハリーの私物だけだったようである。

 

 

「とりあえず見に行こう」

 

ロンの一声に従ってエスペランサも寝室へ入る。

 

 

 

「うわ。こりゃひでえな」

 

エスペランサは思わずそう呟く。

 

 

扉を開けて寝室に入ると、そこは空き巣でも入ったのではないかと疑うほど荒らされていた。

 

 

ハリーのトランクの中身はあちこちに散らばっているし、教科書の類はビリビリに引き裂かれ床に散乱していた。

 

ベットは解体され、枕の中からは羽毛が飛び散っている。

 

 

騒ぎを聞きつけたのか、ディーンやシェーマスと言った同部屋の男子生徒も駆けつけてきた。

 

駆けつけてきた生徒は口々に「なんだこれ」とか「酷い」と言っている。

 

 

ぐしゃぐしゃになった毛布を直すハリーたちを尻目に、エスペランサは彼のベット横に備え付けられた機器が破壊されていないか確認を始める。

 

 

勉強机の真ん中に置かれた監視用モニター3つは全て無事。

電源をつけるとブラウン管に城内の廊下の様子が9等分にされて映し出された。

 

モニターの横に置かれた簡易無線機も外傷は見当たらない。

バッテリー充電器と変電器も大丈夫そうだった。

 

センサーか赤外線カメラが敵を発見し次第、作動する警報機も無傷である。

 

 

「俺の電子機器が無事ってことは、犯人はハリーの持ち物を物色しに来たってことになるな」

 

エスペランサがそう言うと、ハリーも頷く。

 

「うん。君の言うとおりだ。犯人は僕の持ち物を奪っていった。…………リドルの日記が無くなってる」

 

「リドルの日記が?」

 

「どこにも見当たらないんだ。確かに机の中にしまっておいたはずなのに」

 

 

リドルの日記。

 

秘密の部屋に関する事件が起き始め、怪物による犠牲者が出た直後に突如としてハリーの前に出現した(というよりも突如としてマートルにぶつけられた)胡散臭い魔法の日記だ。

 

日記にはトム・リドルと言う少年の記憶が封じられており、50年前の事件の事をハリーに教えた。

 

 

この日記が秘密の部屋が開かれたとされる今、ハリーの前に現れたのは偶然とは言いがたい。

 

おそらく、リドルの日記の持ち主がホグワーツの生徒の中に居るのだろう。

持ち主は一度、日記をトイレに捨てたが、ハリーが持っている事を知って、回収しに来たに違いない。

 

事実、ハリーはバレンタインの日に公然でリドルの日記を晒している。

 

その時に本来の持ち主がハリーが日記を所有している事に気づいたのだろう。

 

 

(だが、持ち主は何故、日記を捨てたんだ?そして、何故回収した?)

 

 

エスペランサはハリーの荒らされたベット周りを観察する。

 

犯人は盗みになれていないのだろう。

手当たり次第に持ち物を漁り、その結果、部屋を荒らしてしまったというかんじだ。

 

それか、余程焦っていたのだろう。

 

単に日記を盗むだけなら、ここまで荒らさなくても良いはずだ。

 

 

「でも、ハリー。この寝室が荒らされたってことは犯人はグリフィンドールの生徒ってことだよね」

 

ロンが言う。

 

その通りだ。

グリフィンドールの寝室に入り込めるのはグリフィンドールの生徒だけ。

 

なら犯人は寮内に居る。

 

 

「片っ端から生徒を拷問すれば誰かしらが口を割るだろう。おそらく犯人は今回の事件に関して何らかの情報を持っているはずだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「諸君!!!今日は申し分のないクィディッチ日和だ!!!」

 

 

オリバーウッドが食堂のテーブルに立って演説するのをエスペランサはボーっと見ていた。

 

今日はグリフィンドールとハッフルパフのクィディッチの試合である。

昨年はハリーが物の数分で勝利を得ていたが、果たして今年はどうなるか………。

 

朝からグリフィンドールの生徒のテンションは高く、食堂で朝食を取る生徒たちは落ち着いた様子ではない。

 

ある者はどちらが勝つかの賭けをし、ある者は応援グッズの販売を行っていた。

 

 

朝食を食べ終え、ハリーたち3人と大広間を出たエスペランサはハリーに今日の応援には行けない旨を話した。

 

 

「悪いな。今日は応援に行けないんだ」

 

「えー!何でだよ!クィディッチだぜ?しかも、ハリーが出るんだ。君がクィディッチに興味がないのは知ってたけど、折角だから応援に行こう」

 

 

案の定、ロンがエスペランサを止めてきた。

 

しかし、エスペランサはクィディッチの試合中にも城内の監視を行わなくてはならない。

クィディッチの観戦には生徒だけでなく教職員のほとんども行く。

 

つまり、試合中の城内は警戒態勢が解かれ、無防備になってしまうのだ。

 

怪物と継承者が動き易い環境なのである。

逆を言えば、継承者を捕まえるチャンスでもあった。

 

 

「残念だけどな。城内ががら空きになる今日。継承者と怪物が動く可能性は非常に高い。俺が監視しておく必要がある」

 

「それなら僕も手伝うよ!!君一人に任せるわけには行かないだろ?」

 

「ロン。監視って言ってもずっとモニターを見てるだけだ。一人で出来る。お前はハリーの応援にいってやれ。前回のクィディッチの試合の時みたいに、ハリーを攻撃しようとしてくる奴が居るかもしれないだろ?そうなった時にハリーを助けてやれるのはロンだけだ」

 

 

実際、この言葉に嘘はなかった。

 

ハリーが出たクィディッチの試合は今までに3回あるが、その内2回で何らかのトラブルが発生している。

今回の試合でもトラブルが起きる可能性は高い。

故に、ハリーを守ってやれる人間が競技場に居る必要があった。

 

 

「…………そうだね。わかったよ。でも、エスペランサ。無茶だけはするなよ?君はいつでも一人で戦おうとする癖がある。僕たちが試合の観戦から帰って来たときに君が怪物にやられていたら嫌だからな」

 

 

ロンが言う。

 

 

「勿論だ。単独で怪物と戦おうと何てしないさ」

 

 

この言葉は嘘であった。

 

その姿を見たものを全て殺すという厄介な怪物との戦いにロンたちを巻き込むわけには行かない。

エスペランサは無論、単独で戦うつもりであった。

 

 

「あの声だ!!!!!!!!!」

 

 

エスペランサとロンがそんな会話をしている中、突然、ハリーが叫んだ。

 

 

「あの声って……君にしか聞こえない奴だろ?ミセス・ノリスが襲われたときに聞こえたっていう」

 

ロンが不安そうに言う。

 

「うん。今度も八つ裂きにしてやるとか……そんな事を言ってる」

 

 

ハリーが謎の声を聞いた日は必ずと言っていいほど犠牲者が出ている。

 

ならばおそらく今日、怪物は行動を起こすはずだ。

 

 

 

「ハリー。私たった今、思いついた事があるの!!!図書館に行かなくっちゃ!」

 

 

ハリーの言葉を聞いて、突然、ハーマイオニーが図書館の方向へ走り去ろうとした。

 

 

「おい!どうしたんだよハーマイオニー!?」

 

「試合が始まっちゃうぞ!?」

 

 

ハリーとロンの問いかけも無視して、彼女は大広間横の大理石の階段を駆け上がっていく。

 

 

 

「俺が追いかける。ハリーたちはもうすぐ試合だろ?もう行ったほうが良い。こっちは任せろ」

 

 

そう二人に言って、エスペランサはハーマイオニーを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元傭兵のエスペランサがハーマイオニーの足に追いつかないはずがない。

 

ものの数十秒で息を切らして走るハーマイオニーに追いついたエスペランサは彼女に「何を思いついたのか?」と疑問をぶつけた。

 

 

 

エスペランサに追いつかれ、仕方なく階段の途中で停止したハーマイオニーは喋り始める。

 

 

 

「分ったかもしれないの。怪物の正体が………」

 

 

肩で息をしながらハーマイオニーが言う。

 

 

「怪物の正体なら俺もある程度のめぼしがついている。でも何でさっきのタイミングで正体がわかったんだ?」

 

「今さっきハリーが言った言葉で気がついたのよ。例の声はハリーにしか聞こえない。可笑しな話だけど、でも、あの決闘クラブの夜を思い出してみて」

 

「いや、俺はぶっ倒れて医務室だったから決闘クラブで何が起きたかなんて知る由もない………ああ、そういうことか」

 

「理解が早くて助かるわ」

 

「ハリーにしか聞こえない声………。もしその声が蛇語なのだとしたら、ハリーにだけ聞こえて俺たちには聞こえない、というのも納得できる」

 

「そういうことよ。蛇語はハリーにしか聞き取れない。だから、私たちは声を聞く事が出来なかった。おそらく怪物の正体は蛇。スリザリンの象徴である動物は蛇だし、サラザールスリザリンは蛇語が出来たと言う事実からも、怪物が蛇である事は間違いないと思うわ」

 

 

確かに、怪物の正体が蛇である可能性は高い。

 

しかし、ただの蛇が「見たもの全てを殺す」という能力を持っているはずもない。

 

 

「ただの蛇ではないわ。幻の生物とその生息地っていう本は教科書にもなっているし、あなたも読んだ事があるわよね?」

 

「まあ、一通りは」

 

 

幻の生物とその生息地と言う本は1学年時の教科書の一つであった。

 

無論、エスペランサも一読はしている。

 

 

「あの本に全ての答えが書いてあるわ。幻の生物とその生息地の本に載っている蛇と同種の魔法生物は1つしかないわ」

 

 

エスペランサは記憶をたどり、教科書の内容を思い出す。

 

教科書に載っていた蛇と同種の魔法生物………。

 

 

 

ああ。

あった。

 

 

何故、今の今まであの怪物のことを忘れていたのだろう。

 

 

 

「蛇の王………バジリスクか!」

 

 

 

「ええ。そうよ。バジリスクの瞳を見たものは必ず絶命する。被害者が目立った外傷もなく倒れていたのは、怪物に攻撃されたからじゃなくて、怪物の目を見ただけだから」

 

「そうか。要するに、バジリスクの目だけを見なければ殺されないってわけか………」

 

「被害者が皆、死んでいないのは誰も目を直視していないから。ミセス・ノリスは床の水溜り越しに、コリンはファインダー越しに………。全て合点が行くわね」

 

 

ハーマイオニーは遂に怪物の正体を突き止めた。

 

エスペランサが数ヶ月にわたって考えても分らなかった怪物の正体を、短期間で見つけ出してしまった。

 

 

「凄いな。こんな短期間に怪物の正体を暴いてしまうなんて………。ハーマイオニーは勉強が出来るだけでなく、頭が切れるんだろうな。参謀向きだ」

 

 

エスペランサは素直に感心する。

 

ハーマイオニーの年齢はまだたったの13歳である。

13歳の少女が分厚い教科書を全暗記し、正体不明の怪物の正体を暴くというのは驚異的であった。

 

エスペランサが所属していた部隊のブレインにも匹敵するその頭脳は将来、魔法界を救う事になるかもしれない。

エスペランサはそう思う。

 

 

 

「別に凄くなんてないわ。私はただ勉強しただけ………」

 

少し顔を赤らめたハーマイオニーが言う。

彼女は自分の能力が認められた時は顔を赤くする習性がある。

 

 

「去年だってそう。結局、例のあの人を倒したのはハリーとエスペランサ。私は……罠の一つか二つを突破する時に少し頭を使っただけだった………」

 

「そうだ。でも、お前の頭がなければ俺たちはヴォルデモートにたどり着く事も出来なかっただろう」

 

 

ヴォルデモートの名前を聞いてハーマイオニーはビクリト肩を震わせる。

 

 

「最終的に悪を倒してみんなを救ったのはあなたたちであって、私ではない。私は少し手助けをしただけだった。正直言って羨ましかったの。3頭犬にもスネイプにも例のあの人にも真っ向から戦いに行くあなたが。私にはそんな勇気も度胸もないから………」

 

「買いかぶりすぎだろ………。ただ戦いに慣れてるだけだ。あー。戦いに慣れるってのはあんまり自慢できる事じゃないんだよ」

 

「あなたがここ数ヶ月、継承者と怪物を倒そうと寝る間も惜しんで努力してきたのを私は知ってるわ。ハリーやロンは気づいていないかもしれないけどね。ホグワーツの中で電子機器を使えるようにしたり、あちこちにセンサーをつけたり。全てはホグワーツの生徒を怪物から守ろうとして行ったんでしょう?」

 

「まあ……そうだが」

 

「それが凄いのよ。エスペランサは怪物や継承者を倒そうと必死だった。怪物には人を殺せる能力があると知りながらも、必死に戦おうとしていた。そして、一度も怪物を恐れはしなかった………」

 

 

エスペランサは怪物の攻撃方法を早いうちから突き止めていた。

 

見たもの全てを殺す能力。

その能力を知った時、エスペランサは恐怖を抱かなかった。

 

彼が抱いた感情は唯一つ、憎悪だった。

 

 

無差別に人を殺める能力にエスペランサは憤り、そして、怪物をこの手で倒すと誓った。

 

 

かつて、あらゆる戦場で彼は恐怖の感情を抱いた。

 

しかし、今のエスペランサは恐怖の感情を一切抱かない。

罪無き生徒をバジリスクから救うと言う信念が恐怖を全て打ち消してしまったからだ。

 

 

 

 

「そうだな。敵を怖がっていたら戦いで勝つことはできないからな」

 

「私にはバジリスクを倒す事は出来ない。バジリスクに立ち向かう勇気もない。でも、勉強だけは苦手じゃないから………。だから、私は頭を使って出来る限りのことをしようと思ったのよ」

 

「そうだったのか………」

 

「これから私は図書館でバジリスクがどうやって校内を移動しているか調べるわ。もし、バジリスクの移動方法が分かれば、秘密の部屋の場所も突き止められるかもしれないしね」

 

 

 

そう言ってハーマイオニーは階段を再び駆け上がっていった。

 

 

ハーマイオニーは自分の役割を見つけた。

 

そして、その役割を全うするために奔走している。

 

 

 

ならば、自分も己の役割を果たさなくてはなるまい。

 

エスペランサはそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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センサーというのは光や温度、質量などの物理量を測定し、他の物理量に変換する装置である。

物理量を測定するセンサーにはパッシブ型とアクティブ型が存在するが、エスペランサがホグワーツ城内に設置したのはアクティブ型であった。

 

アクティブ型のセンサーは自身から超音波などを照射して、その反応を見るものである。

 

城内に設置したセンサーは一般にレーザースキャナと呼ばれるもので、対象物に向かって赤外レーザーを照射、その光が物体に反射して戻ってくるまでの時間や考量によって対処物との距離を計測するというものだ。

この対象物との距離を測定するという性質にエスペランサは目をつけた。

 

レーザースキャナを廊下の片方の壁に設置し、レーザーを反対側の壁に照射し続ける。

もし仮に、生徒が廊下を通れば、赤外レーザーは生徒に照射される。

すると、通常は反対の壁までの距離を測定していたはずが、急に生徒までの距離の測定に変わるために測定値が変化するわけだ。

 

人間一人がレーザースキャナの前を移動しただけでは、測定している距離の変化する時間は一瞬である。

しかし、巨大な生物が廊下を移動するのなら距離の変化する時間は生徒のそれよりも長くなるはずだ。

この事象を利用して、エスペランサの設置したセンサーは廊下を通ったのが人間か、それとも人間よりも巨大な生物かの判別が出来るようになっている。

 

そして、仮に、人間よりも巨大な生物が廊下を通った際には寝室に設置した警報機が鳴り響き、赤色灯が光るようになっていた。

 

 

 

 

ハーマイオニーと分かれてから、寝室に戻ってきたエスペランサは監視カメラから送られてくる映像を映し出すモニターの前に座り、インスタントコーヒーを淹れはじめた。

ホグワーツは英国故にコーヒーではなく紅茶を好んで飲む人間が多いが、元々、米国指揮下の特殊部隊で傭兵をしていたエスペランサに紅茶を飲む習慣はない。

 

そもそも、米国が紅茶ではなくコーヒーを好んで飲むようになったのはボウトン茶会事件が原因であるところが大きい。

英国と米国の文化の違いの源には2国間の衝突があった。

 

コーヒーを口に運びながらエスペランサはモニターを監視する。

モニターの横に設置してある赤色灯は一切の反応を示さず、警報機は沈黙したままだ。

この警報機はただ単にサイレンを鳴らすだけでなく、どこに設置されているセンサーに感があったかを知らせてくれる機能も搭載されていた。

一見、市販されている拡声器のような見た目をした警報機の付け根の部分にデジタル時計のような表示機が取り付けられており、そこに感のあったセンサーの設置された場所を示す記号が表されるようになっている。

 

 

「今のところは異常なし……か。…………?」

 

 

警報機には一切の以上が見られなかったが、監視カメラの映像の一つに彼は違和感を覚えた。

 

 

「監視カメラのバッテリー切れか、故障か?」

 

 

モニターの画面は9等分されており、1度に9箇所の廊下を監視できる。

設置した監視カメラは合計で27台。

センサーは100近くを設置している。

 

27台のカメラの映像をいっぺんに見る事は出来ないが、モニターに映す各廊下の映像は5秒おきに別の9箇所の映像に切り替わるようにしているので、15秒あれば27箇所の監視カメラの映像を見る事が可能だった。

ちなみに、このモニターはフローラとセオドールにも渡してある。

 

そんな27個の映像の一つがブラックアウト、つまり、故障か何かで映像を映し出せていないことにエスペランサは気づいた。

 

 

「バッテリーは今朝交換したばかりだ。なら故障か?いや、昨晩の点検では特に異常はなかったはずだ………」

 

エスペランサは一旦、映像の5秒おきの切り替えをストップさせ、ブラックアウトした映像を確認する。

 

ブラックアウトした画面は、本来なら図書館に一番近い洗面所の前の廊下を映し出しているはずだ。

 

 

「嫌な予感がする…………」

 

 

エスペランサがそう呟いた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

ビイイイイイイ

 

ビイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ

 

 

 

ビイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ

 

 

 

 

 

 

 

けたたましい音の警報が寝室に響き渡る。

 

警報機から発せられる警報音はその大きさからベットや床を軽く振動させた。

 

 

天井に近い部分に取り付けられた赤色灯ランプが赤く点灯し、部屋自体を赤く染め上げる。

 

 

 

 

 

 

「!!!!!!!!来たのか!?ついに!!!???」

 

 

 

そこで彼は思い出した。

 

石にされたコリン・クリービーが手に持っていたカメラは、内部が焼かれたようにめちゃめちゃになっていた事を。

あのカメラはバジリスクの目から出る光線によって焼かれたに違いない。

 

だとしたらエスペランサが設置した監視カメラもバジリスクの目によって壊されたのであろう。

 

エスペランサは咄嗟に警報機の下に取り付けられたデジタル表示機を見る。

 

 

『3F-2-C-002』

 

 

デジタル表示機に記されていた記号は図書館前の廊下を示すものであった。

つまり図書館前のセンサーが怪物を感知したというわけである。

 

 

 

「まずい!図書館にはハーマイオニーが居るはずだ!!!!!」

 

 

ハーマイオニーが図書館もしくは図書館付近に居るのは確実である。

このままでは彼女はバジリスクの餌食になってしまうだろう。

 

 

エスペランサはモニターの後ろに置いておいたマイクとヘッドセット、音声の送受信機を慌てて取り出す。

 

怪物が廊下に出現した際に、付近に居る生徒へ警告をする事が出来るように、廊下に設置したセンサーには小規模ではあるが放送機材をつけてある。

エスペランサが取り出した音声の送受信機は、そのセンサーに取り付けられた放送機材とリンクしている。

これにより、エスペランサは寝室に居ながら、各廊下に放送で警告を出来るようにしていた。

 

 

送受信機のつまみをいじり、センサーに取り付けられた放送機材の音量を最大にすると、彼はマイクに向かって怒鳴りつけるように警告を行う。

 

 

 

「警告!!!!図書館周辺の廊下にスリザリンの怪物が出現した!付近に居る人間は周囲を十分に警戒して城外へ非難されたし!また、怪物の目を決して目視しない事!!」

 

 

エスペランサはそう言い切った後、マイクを放り出し、ベットの下に隠しておいたグレネードランチャー搭載型のM4カービン自動小銃を取り出す。

既に30発入り弾倉とグレネード弾は装填済みだ。

 

銃を引っ掴んだ彼はドアをぶち破って談話室を後にした。

 

 

「頼む!間に合ってくれよ!!!」

 

 

寮を出て、図書館へと全力疾走するエスペランサはハーマイオニーが怪物に襲われていない事を必死で願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ハーマイオニー・グレンジャーはついに怪物の移動方法を見つけた。

 

彼女は図書館においてあったホグワーツの見取り図を広げ、バジリスクが出現したと思われる場所の周辺の構造を隈なく調べていたのだ。

 

 

ミセス・ノリスが襲われた廊下やコリン・クリービーが倒れていた廊下………。

 

調べた結果、バジリスクが出現した場所の周辺には漏れなく、巨大な水道管が走っている事に気がついた。

 

ホグワーツには無数の水道管が張り巡らされているが、その中でも、下水の処理などに使われる水道管のパイプは非常に大きく、バジリスクほどの巨大な蛇でも移動する事が出来るだろう。

恐らく、バジリスクはこの巨大なパイプの中を移動していたに違いない。

 

だから、ミセス・ノリスが襲われた晩に、ハリーはバジリスクの声が廊下を移動しているように聞こえたのであろう。

 

 

 

怪物の正体も移動方法も分かった。

 

継承者の正体は未だに掴めないが、バジリスクの移動方法が分かった事は大きな収穫と言える。

バジリスクが水道管を移動しているのなら、その水道管に地雷でも爆薬でも仕掛けてしまえば良いのだ。

 

水道管のあちこちに地雷を仕掛ければバジリスクはやがて、その地雷を踏み抜き、自動で倒されるだろう。

 

 

無論、ハーマイオニーは地雷も爆薬も持っていない。

 

しかし、彼女はその手の危険な兵器を大量に持っている生徒を一人知っていた。

 

エスペランサ・ルックウッドは確かC4やクレイモアを持っていたはずである。

1学年時、ハーマイオニーは彼がトロールをC4で吹き飛ばしたのを思い出した。

 

 

 

 

ハーマイオニーは自分の「魔法生物とその生息地」のバジリスクの項目が乗るページを破り、そこへ「パイプ」と走り書きをする。

 

そして、その破いたページをクシャクシャに丸めて手に持った。

 

仮に、自分が図書館から寮へ戻る道中にバジリスクに襲われた場合の事を考えてのことだ。

 

自分がバジリスクに殺されたとしても、バジリスクの項目の記されたページに「パイプ」という走り書きのしてあるこの紙をエスペランサが発見すれば、彼はバジリスクの移動方法を瞬時に導き出してくれるだろう。

 

 

 

 

ハーマイオニーはそうなる事を願いながら図書館を出た。

 

図書館には史書のマダム・ビンズも生徒も誰も居なかったが、図書館の外にはレイブンクローの女子生徒であるペネロピー・クリアウォーターという生徒が一人だけ歩いている。

ハーマイオニーはその生徒に、廊下の曲がり角を曲がる際は、曲がり角の向こうにバジリスクが居ないかどうかを確認してから曲がるように促した。

 

ペネロピーは疑わしそうにハーマイオニーを見たが、ハーマイオニーの必死そうな顔を見てそれを承知した。

恐らく、彼女もスリザリンの怪物がいつ出てくるかも分からないこの状況に少なからず恐怖を抱いていたのだろう。

 

 

図書館を出て、最初の曲がり角にさしかかろうとした時である。

急に、廊下の隅に隠されるようにして置かれたセンサーと放送機器からエスペランサの怒鳴るような警告が大音量で聞こえてきたのは。

 

 

 

 

『警告!!!!図書館周辺の廊下にスリザリンの怪物が出現した!付近に居る人間は周囲を十分に警戒して城外へ非難されたし!また、怪物の目を決して目視しない事!!』

 

 

 

 

この警告を聞いてパニックに陥ったのはペネロピーであった。

 

 

「ど、どうしよう!!!怪物が出たって!!!しかも、この近くに!!!」

 

 

 

慌ててこの場から逃げようとするペネロピーをハーマイオニーは必死で止めた。

 

 

「慌てて、逃げたら逆に危険よ!逃げる途中にバジリスクと鉢合わせしたら大変じゃない。でも、安心して。バジリスクは目を見ない限り死にはしないから。曲がり角を曲がるときに注意をしながら城外へ逃げましょう!」

 

 

ハーマイオニーも実際のところ怯えていた。

 

しかし、ここでパニックに陥るわけには行かない。

 

廊下の曲がり角を曲がるときだけ注意して避難すれば大丈夫だ、と自分に言い聞かせて平静を保った。

 

 

 

「これを使うの。この手鏡で廊下の向こう側を確かめながら避難すれば大丈夫よ」

 

 

彼女は鞄から手鏡を出した。

この手鏡を使えば曲がり角の先の様子を見る事が出来る。

 

曲がり角の先に仮にバジリスクが居たとしても、手鏡越しであるならばバジリスクの目を見た所で死にはしない。

 

 

ハーマイオニーは最初の曲がり角の向こうが見えるように手鏡を廊下へ突き出した。

曲がり角を曲がった先の廊下を映し出しているであろうその手鏡を覗く。

 

 

 

覗いたその手鏡に映っていたのは紛れもなくバジリスクであった。

 

黄色く光る鋭い目、10メートル近くある体長、長い牙。

まさしくスリザリンの怪物にふさわしい生物が、鏡に映し出されていた。

 

 

手鏡を介して、バジリスクの眼を目視したハーマイオニーは即座に石化してしまう。

 

石化する直前、彼女は後はエスペランサがバジリスクを倒してくれるであろうことを祈りながらも、自分が何も出来なかったという無力さを悔いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーああ。私は、ここまでだったか…………

 

 

 

 

 

 

彼女の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




センサーに関する知識が皆無だったので、かろうじで扱った事のあるレーザスキャナを登場させました。
突っ込みどころや、事実と異なる点があるかもしれませんが、素人知識であれやこれやを考察して書いてみたので、何卒、お許しください。




次回予告

虐殺!VSアラゴクと愉快な仲間たち!


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case 24 Spider panic 〜スパイダー・パニック!〜

世間はクリスマスですが自分は仕事です。

感想やお気に入りありがとうございます!


エスペランサが図書館前の廊下にたどり着いた時は、既に手遅れな状態であった。

 

 

冷たい床にハーマイオニーと、もう一人レイブンクローの女学生が倒れている姿を見た瞬間、エスペランサの頭の中は真っ白になる。

 

床同様に冷たくなり、目を見開いたまま石にされた2名の学生の姿を見て彼は発狂する。

 

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

廊下中に響き渡るような声で叫んだエスペランサは何度も何度も拳で床を殴る。

 

石で出来た床を殴り続けた結果、拳は皮がめくれて血だらけになったが、彼は気にしなかった。

 

 

使う必要のなくなったM4カービンを乱暴に床に叩きつけた後、エスペランサはハーマイオニーの元へ這うようにして近づく。

 

 

 

発狂し、冷静さを殆ど失っていた彼だが、根っからの軍人であるが故に、理性を失いつつも、被害者の生死や外傷の有無を調べるという行動を無意識に行った。

 

 

眼光は無い。

 

顔の筋肉は硬直し、目は恐怖で見開いている。

 

目立った外傷はない。

脈も無し。

 

肌は石のように堅い。

 

 

 

「ああ………。死んでは……いなかったか………」

 

 

エスペランサ若干、安堵する。

 

最悪の状態は免れたようであった。

ハーマイオニーも、もう一人の生徒も石になっただけで死亡はしていない。

 

マンドレイク薬があればいずれ、元に戻るであろう

 

 

 

だが………。

 

 

 

「そうか。今度も………俺は守れなかったか」

 

 

冷静さを取り戻したエスペランサはそう呟く。

 

ミセス・ノリス、コリン・クリービー。

 

彼はもう犠牲者を出さないためにセンサーやカメラを設置し、監視した。

寝る間も惜しんで怪物から生徒を守ろうとしたが、それは無駄だったのだろうか…………。

 

 

これだけ魔法を使えるようになっても、これ程までに武器を揃えても、守りきれない人たちが大勢居る。

 

その事実がエスペランサを苦しめた。

 

 

 

人の命を奪うのは簡単だ。

 

戦場では何度も人の命を奪ってきた。

 

しかし、人の命を救うのは何故、こんなにも難しいのだろうか。

 

 

 

 

 

ふと、エスペランサは石になったハーマイオニーが何かを持っているのに気がついた。

 

 

「これは、手鏡か。成程な。やはり、ハーマイオニー。お前は優秀だよ」

 

 

 

おそらく、ハーマイオニーは廊下を曲がる際に、手鏡を使って、バジリスクが曲がり角の先に居ないかどうか確かめながら、避難しようとしたのだろう。

 

確かにそれなら、バジリスクが居たとしても直接的に目を見る事にはならず、死は免れるかもしれない。

 

 

 

ハーマイオニーは必死で死を免れようとした。

しかも、たまたま居合わせた他の生徒の命も救おうとした。

 

いや、彼女は死を免れようとしたのではない。

 

 

 

彼女は、己の頭脳を駆使して、バジリスクを倒すための方法を模索していたではないか。

 

ハーマイオニーが生きようとした理由は自分の命惜しさではない。

バジリスクを倒すためにも自分はまだ死ぬわけにはいかない、という思いがあったからこそ、彼女は死にたくなかったのであろう。

 

 

「ハーマイオニー。お前の犠牲は決して無駄にはしない。バジリスクは必ず、俺が倒す」

 

 

エスペランサは再び、小銃を拾い上げた。

 

 

 

「待っていろ、バジリスク。そして、スリザリンの継承者。俺が必ず貴様らの息の根を止めてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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エスペランサはマクゴナガルにハーマイオニーともう一人の女子生徒が石にされた旨を伝えた。

 

マクゴナガルは発狂こそしなかったものの、相当ショックを受けているようだった。

無理も無い。

自分の寮の生徒が2人も石にされたのだから。

 

エスペランサは2人がどこでどのように石にされたかは伝えたが、怪物の正体がバジリスクであるということだけは伏せておいた。

 

もし、怪物の正体をマクゴナガルが知れば、おそらく職員を総動員してバジリスクの駆除を行うだろう。

 

そうなれば教職員にも死者が出る可能性は高い。

いくらベテランの職員であれど、バジリスクを杖一本で倒せるとは思えなかった。

 

ダンブルドアなら倒せるかもしれないが………。

 

 

それに怪物の正体がバジリスクであることが生徒に知れ渡れば、パニックどころの騒ぎではなくなる。

 

パニックにより秩序をなくした集団が暴徒化する有様をかつて中東で眼にしたエスペランサは、怪物の正体を今はまだ公にすべきではないと判断した。

 

だがしかし、このまま放っておくわけにはいかないだろう。

今までは運良く死者が発生していないが、次こそは死者が発生する可能性がある。

 

 

 

 

 

石にされたハーマイオニーが横たわるベットの横でエスペランサは思考を巡らせていた。

 

エスペランサは彼女の見舞いに来たわけではない。

彼はハーマイオニーが石にされる直前に何らかのダイイング・メッセージを残しているのではないかと思い、それを探しに来たのである。

 

 

エスペランサはハーマイオニーのローブのポケット等を物色したが、これといったメッセージは見つかっていない。

 

 

彼がローブのポケットの物色を止めると同時に、ベット周りを囲うカーテンがシャッと開き、ハリーとロンが現れた。

 

二人とも顔面蒼白で、ハリーはクィディッチのユニフォームを着たままだ。

2人の後ろにはマクゴナガルの姿がある。

おそらく、彼女が二人を連れてきたのだろう。

 

 

 

「そんな……………ハーマイオニー………」

 

 

ロンがうめき声をあげる。

 

 

「図書館の横で倒れていたのをルックウッドが発見しました………」

 

マクゴナガルが言う。

 

彼女の言葉で2人は初めてエスペランサがこの場に居る事に気がついた。

 

マクゴナガルは3人にしてあげようとでも思ったのか、どこかへ去っていってしまう。

 

 

 

「エスペランサ………。君が見つけたの?」

 

 

ロンが尋ねる。

 

 

「ああ。そうだ、センサーに感があったから、駆けつけたんだが………」

 

「何でだよ!!!!!」

 

「は???」

 

「君は学校のあちこちにマグルの道具を取り付けて、怪物が来ないか監視してたんだろ!?何でハーマイオニーを助けてやれなかったんだよ!!!」

 

 

ロンが叫ぶ。

 

突然、大声で怒り始めたロンにエスペランサは一瞬だけたじろいだ。

 

 

上官の怒鳴り声や、敵兵による罵声には慣れていたものの、彼は同年代の友人の怒りをぶつけられた事が無かった。

 

 

「落ち着けロン。エスペランサを責めたって意味無いだろ?それに君は彼に怪物と一人で戦えって言いたいのかい?」

 

ハリーがロンをなだめようとする。

 

しかし、ロンは興奮状態で、ハリーの声は聞こえていないようだった。

 

 

「エスペランサは最近、武器をたくさん手に入れてた!どうやって手に入れたのかは知らないけど。それは怪物を倒すためだろ!?学校中を寝る間も惜しんで監視してたのも!なのにハーマイオニーを救えなかったんだ!!」

 

 

 

ロンはハーマイオニーに好意を持っていた節がある。

 

普段は彼女を馬鹿にするようにしていたロンであったが、それは素直じゃないからで、本心では好きであったのだろう。

 

 

だからこそ、ハーマイオニーを救ってやれなかったエスペランサを責めてしまうのだ。

 

無論、ロンもエスペランサを責めるのは筋違いだと言うのは理解している。

しかし、それを素直に認められる程、彼の精神は大人になってはいなかった。

 

 

「そうだよ。ロン。俺は今回、何一つ守れてやしない。必死で監視カメラやセンサーを監視しても無駄だった」

 

「エスペランサ…………」

 

「でもな、ハーマイオニーは最後まで怪物の正体を突き止めようと足掻いた。だから俺も足掻く。お前が言うように、今までの俺の行動がすべて無駄だったとしても、俺は足掻かせてもらう。それに、まだハーマイオニーは死んだわけじゃない。まだ死者は一人も出ていないんだ。だから、俺たちはまだ負けたわけじゃない」

 

 

 

ハーマイオニーを失ったショックは大きかったが、だからといって戦意喪失をする気はさらさら無かった。

 

むしろ、エスペランサは復讐心に燃えている。

 

 

久々に殺意と言う感情を覚えたエスペランサの身体の感覚はかつて特殊部隊で傭兵をしていた頃に戻りつつあった。

 

 

 

「ごめん………。どうかしてた。君は怪物を倒そうと必死で、僕たちは何もしていなかったのに………」

 

「ロン………」

 

「エスペランサは今まで一人で頑張ってきてたんだ。それを責めるなんて僕、最低だ」

 

 

先程までとはうって変わった態度になるロン。

 

 

そんな彼をエスペランサはフォローした。

 

 

「そんな事はないぞ。ロン。仲間がやられたんだ。それに怒りを覚える事が出来るのは、まだ、まともだって証拠だ」

 

「ねえ?エスペランサ。今度は僕たちも何か手伝うよ!去年もそうだったろ?僕たちでも何か力に慣れれば良いんだけど」

 

 

ハリーが思いついたように言う。

 

 

「そうか。ありがとう二人共」

 

 

エスペランサは笑顔でそう答えた。

 

 

しかし、彼はバジリスクとの戦闘にハリーとロンを巻き込むつもりは無かった。

 

バジリスク相手の戦いで、エスペランサは2人の命を守りきれる自信が無い。

それに、未熟な魔法使いの2人が戦いに参加したところで、ただただ犠牲を増やすだけになってしまうと彼は思っていた。

 

 

(戦闘は俺の本分だ。それに2人を巻き込むことは許されん。バジリスクは俺が一人で仕留めてやる)

 

 

エスペランサの決意は固かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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50年前の「秘密の部屋事件」に関しての情報を持っているのは当時からここで働く職員とハグリッドだけだろう。

 

僅かな可能性だが、もしかしたらハグリッドは秘密の部屋の場所について知っているかもしれないと思ったエスペランサたちは、消灯後、こっそりハグリッドの小屋に押しかけた。

 

 

 

3人が小屋に行くと、ハグリッドは石弓を構えて小屋から出て来る。

 

 

 

「ハグリッド?それ何?」

 

「あー。ハリーたちか。まー、これはなんだ………その」

 

「石弓って………。そんな石器時代の遺物で何と戦おうとしていたんだ?」

 

 

いかにも殺傷能力の低そうな石弓を見ながらエスペランサは言う。

 

そんな彼の背中にはレミントンM870ショットガンがぶら下がっていた。

 

 

突然、バジリスクが現れた時に彼が携行している短機関銃や5.56ミリの小銃は威力不足であると思ったためだ。

 

 

「とにかく、えーと。入れや。お茶でも入れるから」

 

 

ハグリッドは小屋の中にエスペランサたち3人を招きいれた。

 

 

お茶を入れるハグリッドの様子は明らかに変で、まるで何かにおびえているようである。

 

お湯をこぼしたり、ポッドを壊しそうになったり、兎に角、落ち着きが無かった。

 

 

「ハグリッド。ハーマイオニーのことは聞いた?」

 

「ああ。聞いたとも………。!?」

 

 

ハグリッドがケーキを皿に載せようとした瞬間に、小屋の扉がノックされた。

 

 

 

コンコンコン。

 

 

 

 

「まずい。誰か来たな」

 

「お前さんたち。早くマントのなかに隠れろ」

 

 

エスペランサたちが慌しく透明マントの中に隠れるのとほぼ同時に小屋の中へダンブルドアと頼りなさそうな初老の男が入ってきた。

 

 

「誰だあれ?」

 

「コーネリウス・ファッジ。パパのボスだ」

 

「成程。魔法大臣か。でもなんでここへ?」

 

 

魔法大臣であるらしいファッジはハグリッドに話しかける。

 

 

「ハグリッド。状況はすこぶる悪い。マグル出身がこんなにやられたんだ。もう手に負えない状況だ」

 

「そんな……俺は何もやってねえ」

 

「ファッジ。わしはハグリッドを信頼しておる。ハグリッドは決して人を殺めるような行為はしないじゃろう」

 

「しかし、ダンブルドア。魔法省が何か行動を起こさねば………。その、世論が煩くてな……。近頃じゃ支持率も右肩下がりで」

 

 

ファッジは溜息をつく。

 

彼も彼で苦労が耐えないようで、目の下には隈が出来ていた。

 

 

「あー。こりゃあれだ。駄目な政治家だ」

 

「エスペランサ!静かに」

 

 

ファッジはおどおどもじもじしながらダンブルドアに言う。

 

 

「ダンブルドア。私の立場も分かって欲しい」

 

「立場と言うのならファッジ。魔法大臣は英国の魔法族を守る立場にあるじゃろう。ならば、ハグリッドの事を守るのも君の役目ではないのかね?」

 

 

ダンブルドアが珍しく怒っているのをエスペランサたち3人は感じ取る。

 

 

「だがな、ハグリッドを連行するのはすでに議会で決まった事で………。圧力もかけられるし」

 

「連行!?俺を?」

 

 

ハグリッドの顔が真っ青になる。

 

 

「まさかアズカバンじゃ………」

 

 

 

「そのまさかだ。ハグリッド」

 

 

冷たい声が小屋の入り口から聞こえる。

 

その声の主はルシウス・マルフォイのものであった。

 

 

 

「マルフォイ!俺の家から出て行け!」

 

「ハグリッド。えー。これが、家とでも言うのかね?」

 

 

ルシウス・マルフォイは冷ややかな笑いを浮かべる。

 

 

「紛争地帯の難民キャンプに比べればハグリッドの小屋は天国だぜ?何ならマルフォイの家を爆破すれば奴も難民になるかもな」

 

 

エスペランサはマントの中で毒づいていた。

 

ルシウス・マルフォイは近い将来、エスペランサが粛清をしようとしている相手だ。

こんな風に笑ってられるのも後数年だ、と彼はせせら笑う。

 

 

「私は森番に用件があって来たのではない。ダンブルドア校長。あなたに用があって来た。12人の理事たちがあなたの退陣を願っているのでね。それを伝えに来たんですよ」

 

 

ルシウスは12人分のサインが書かれた紙を見せ付ける。

 

 

「ルシウス。それはまずい!この状況下でダンブルドアをホグワーツから追い出すなんて!!それはいくらなんでも………」

 

「これは理事の決定ですから。大臣。あなたに拒否権はありません」

 

 

「成程。理事たちがそれを望むのならわしはホグワーツを去ろう。しかし。これだけは覚えておく事じゃ。わしがこの学校を本当に去るのはわしに忠実なものがこの学校から一人も居なくなった時じゃ」

 

 

そう言ってダンブルドアはちらりとエスペランサたちの隠れている空間を見つめた。

 

そう言えば、3人分のケーキとお茶が出されたままだ。

もしかしたらダンブルドアはエスペランサたちの存在に気づいていたのかもしれない。

 

 

 

「そうですか。私たちは、ダンブルドア。あなたの個性的なやり方を懐かしく思う事でしょうな。多分」

 

フフンと鼻で笑いながらルシウスは小屋を去る。

 

 

「あー。誰かファングに餌をあげてくれ。それと、これは俺の地元のことわざなんだが、糸口を探りたかったら蜘蛛を追いかければええ」

 

 

ハグリッドはそう言ってファッジとともに部屋を去った。

 

 

 

誰も小屋から居なくなった後、マントから出てきたロンは床に座り込んでしまう。

 

 

 

「そんな。ダンブルドアがいなくなるなんて。これじゃ、毎日誰かが襲われるぜ」

 

「そうかもな。今まではダンブルドアが抑止力として機能していたから。それにしても、マルフォイの野郎。後数年したら俺が確実に潰してやる」

 

 

口々に叫ぶ2人を尻目にハリーは小屋の外を眺めていた。

 

 

「どうした?ハリー」

 

 

「ハグリッドが言ってた。蜘蛛を追いかければ良いって。蜘蛛を追いかければ真実が分かるかもしれない」

 

 

小屋の外を見れば、蜘蛛が1列になって禁じられた森へ入っていくのが見える。

 

 

「本当だ。で、ハリー。あの蜘蛛を追うのか?」

 

「勿論。秘密の部屋について何か知る事が出来るかもしれないからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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禁じられた森はエスペランサの演習場である。

 

迫撃砲や無反動砲の射撃訓練に、行軍訓練などをしょっちゅう行っていたので、彼は禁じられた森の地理をほとんど把握していると思っていた。

ちなみに、迫撃砲の射撃訓練はケンタウロスにも一応許可を取って行っている(決して良い顔はされなかったが)。

 

しかし、エスペランサの思っていた以上に森は奥深かったようだ。

 

 

 

「こんな奥まで来たことは無いなぁ」

 

 

蜘蛛の大名行列を追いかけてきたものの、その行列は思った以上に森の奥へ続いており、もうかれこれ1時間近くは歩いている。

 

 

「ねぇ………帰らない?」

 

 

ロンが弱弱しく言う。

 

最近知った事実だが、ロンは蜘蛛が苦手らしい。

 

 

 

「ここまで来たんだ。後戻りは出来ないだろ。それに何か怖いものが出てきても、こっちには武器がある」

 

 

エスペランサはM870ショットガンをガシャリと持ち上げる。

 

ショットガンの先っぽには小型のライトがビニールテープで括りつけられており、彼は銃を懐中電灯の代わりとしても使っていた。

 

ハリーたちはファングを連れてこようとしたのだが、エスペランサは戦闘の邪魔になると思い、それを止めている。

 

 

 

3人は茨の道を越え、倒れた大木を登り、そして、少し開けた空き地へと到着した。

 

 

 

 

「蜘蛛の行列を見失っちまった。どこに行ったんだ?」

 

 

エスペランサはライトで周囲を照らす。

 

しかし、蜘蛛の行列はどこにも見えない。

 

 

 

「嫌な予感がする………」

 

 

ロンが震えながら言う。

 

 

「怖気づくなロン。周囲を警戒しろ。ハリー。ルーモスで周囲を照らしてくれないか?ライト一つじゃ視界が悪い」

 

「わかった。やってみるよ。“ルーモス・光よ”」

 

 

ハリーが杖先に光を灯す。

 

2つの光に森の中が照らされた。

 

 

 

「!!!何あれ!」

 

「どうした!?」

 

「エスペランサ!木の間を見て!上の方!何かガサガサ音が聞こえる方」

 

「ありゃ……蜘蛛か?」

 

 

光に照らされて、3人の頭上の大木に居る巨大な蜘蛛が露になる。

 

 

体長は3メートルもあるだろう。

 

巨大で鋭い肢をガシャガシャ鳴らし、毛むくじゃらの胴体をワサワサとさせながら蜘蛛は糸を使って、エスペランサたちの方へ向かってくる。

 

 

その数、実に30体!

 

 

30体の巨大な蜘蛛が降りてくる光景はまさに地獄絵図であり、ロンは白目をむいて気絶しかけている。

 

 

「しっかりして!ロン!」

 

「何だこの巨大な蜘蛛は!アクロマンチュラってやつか?」

 

 

 

アクロマンチュラという巨大蜘蛛は「幻の生物とその生息地」にも記載がある。

が、アクロマンチュラが英国に生息していると言う情報は無かったはずだ。

 

 

「ってことは、ハグリッドがアクロマンチュラの養殖でもしてたってことだな」

 

 

ドサッと3人の横に降り立ったアクロマンチュラは鉈のような肢を彼らに向けて威嚇する。

 

そんな怪物にエスペランサはショットガンを向けた。

 

 

ショットガンは威力こそ大きいが、装弾数は少ない。

 

それに連続射撃が不可能であるから、複数の敵を相手にした戦闘には向かなかった。

 

だからといって、アクロマンチュラの皮膚を5.56ミリNATO弾が貫ける保証も無い。

とするならば、ショットガンの残段がなくなり次第、対戦車兵器を使って蜘蛛を一掃すべきだろう。

だが、対戦車兵器を森の中で使用するとなると、森で火事を起こしてしまう可能性がある。

そうなれば、ケンタウロスやユニコーンなどの生物を殺してしまうかもしれなかった。

 

 

「アラゴク!アラゴク!アラゴク!」

 

 

耳を済ませると、蜘蛛たちは何かを叫んでいるようだった。

 

 

「アラゴク?」

 

「二人とも!あれを見て。あそこの穴からさらに大きな蜘蛛が」

 

 

 

ハリーが指差す方向を見ると、大型トラックほどの大きさはあるであろう巨大すぎる蜘蛛がのっそりと出てくるのが分かった。

 

この時点で、ロンは発狂した。

 

 

 

肢はまるでチェーンソーのようで、8つの目は全てエスペランサたちを睨んでいる。

 

 

「中戦車に照準を定められたような心境だ………」

 

 

流石のエスペランサも多少の恐怖を覚えずには居られない。

 

 

 

「何のようだ。ハグリッドか?」

 

「いえ、違います」

 

 

どうやら蜘蛛は目が見えていないようだった。

 

それにしても、声帯を持たない蜘蛛が何故しゃべれるのか、エスペランサは不思議に思ったので聞いてみる。

 

 

「何で蜘蛛が喋れるんだ?どこで発声してるんだよ」

 

「エスペランサ!空気読んでよ!」

 

 

 

 

「…………ハグリッドではないのか。殺せ!」

 

 

 

 

「ほら、言わんこっちゃ無い!君は少し黙っていてくれ。僕たちはハグリッドの友達です!ハグリッドに言われてここへ来ました」

 

 

ハグリッドの友達、と言う単語にアラゴクと呼ばれた蜘蛛は反応する。

 

 

「ハグリッドは何故お前をここへ寄こした?」

 

「ハグリッドが、秘密の部屋の怪物を操って人を襲ったと誤解されて捕まってしまったんです………。それで僕たちはハグリッドを助けようとして。ハグリッドはここへ来れば真実が分かると言っていました。だから来たんです」

 

「秘密の部屋………。それはもう遠い昔の話だ」

 

「ではあなたは秘密の部屋の怪物ではないのですね?」

 

「そうだ!わしたちは部屋の怪物の話はしない!あれはもっと太古の生物だ。わしは生まれてからハグリッドに育てられた。彼は良い人間だ。わしに住みかと妻を与えてくれた。わしが怪物だと思われて殺されそうになった時も逃がしてくれた。今では、こんなにも家族に恵まれておる」

 

 

周囲の蜘蛛たちがガシャガシャと肢を鳴らす。

 

当初、30匹ほどだった蜘蛛は、その数を数百にまで増やしていた。

 

 

 

「何かやばそうだ。ハリー。アラゴクってやつが怪物でない事も、ハグリッドが犯人じゃない事も分かったし、そろそろ撤退しよう。ロンももう限界だ」

 

 

数百の蜘蛛たちはじわりじわりとエスペランサたちに近づいてきている。

どう考えても蜘蛛たちは3人を食べようとしていた。

 

ロンは相変わらず白目をむいたままだ。

 

 

 

「えーと。アラゴクさん。ありがとうございました。それじゃ、僕たち城へ帰ります………」

 

 

「ならぬ。ハグリッドはわしの命令で息子や娘に襲わせないようにしているが、お前たちのような新鮮な肉をおあずけには出来ない。さらばだ。ハグリッドの友達たちよ」

 

 

アラゴクはゆっくりとエスペランサたちに死刑宣告をした。

 

やはり、蜘蛛たちは3人を食べるつもりだったのだろう。

アラゴクの言葉を聴いて、一斉に数百の蜘蛛が襲い掛かってくる。

 

 

 

「クソっ!やっぱり魂胆はこれか!そっちから宣戦布告したんだから、こっちも反撃させてもらうぞ!」

 

 

エスペランサは待ってましたと言わんばかりにショットガンを構えて、銃口を一番近くの蜘蛛に向ける。

 

 

「悪く思うな。これも戦争だ」

 

 

 

 

ズドンッ

 

 

 

 

発射された無数の鉛球が、アクロマンチュラの巨体にめり込む。

 

案外、蜘蛛の皮膚は柔らかかったようで、銃弾はあっけなく蜘蛛の身体を貫いてしまった。

 

 

 

 

ブシャアアアアアアア

 

 

 

蜘蛛の体液が噴出し、周囲の草木をどす黒く染め上げる。

 

 

 

 

「何!!??」

 

 

「人間を甘く見るなよアクロマンチュラ!」

 

 

 

ショットガンの発射に驚いた蜘蛛たちは一瞬、動きを止めてしまう。

 

その一瞬が命取りであった。

 

 

 

 

ズドン

 

ズドン ズドン

 

 

 

立て続けに発射された散弾がアクロマンチュラを次々に粉砕していく。

 

 

 

「ハリー!周囲を杖で照らしてくれ!ついでに応戦しろ。ロンは気絶しかけて使い物にならん」

 

「わかった!そう言えば、トム・リドルが記憶の中で蜘蛛を蹴散らすのに呪文を使っていたんだっけ?確か“アラーモニア・エグゼメ 蜘蛛よ去れ”」

 

 

ハリーの呪文で何体かの蜘蛛が吹き飛ばされる。

 

 

「良いぞ!」

 

 

エスペランサは残弾のなくなったショットガンを襲い掛かってきた割と小柄な蜘蛛にぶつけ、フローラ・カローに譲り受けた検知不可能拡大呪文のかかった鞄からMINIMI軽機関銃を取り出す。

 

この機関銃も勿論魔法によって軽量化されていた。

 

 

 

 

「貴様等あああああああああああああああああ!!!!!」

 

 

 

わずか数十秒で20匹近くの息子たちを惨殺されたアラゴクは怒りを露にする。

 

 

「お前たち!!!何が何でもそいつらを殺せ!!!!怖気づくな!我らのほうが数の上では勝っている!」

 

 

 

確かに近代兵器を持つエスペランサでも数百の蜘蛛を相手に戦うのは困難だ。

 

しかも、完全に囲まれていて、尚且つ、周囲は真っ暗な状況である。

明らかに不利な戦いだった。

 

それに、蜘蛛たちはこの辺りの地理を完全に把握しているのだろう。

 

そうなると逃げる事もままならない。

 

 

 

「たった3人でこの場を逃げ切るのはほぼ不可能だ」

 

 

この場を乗り切る方法は、昨年度末にヴォルデモートに使ったエレクト・テーレムの魔法を使う他ない。

 

手持ちの武器を全て起動させて、発射すれば、数百の蜘蛛であろうと、一瞬で殲滅できる。

しかし、そうなれば森は大惨事になり、罪のない生物が死ぬ事になってしまう。

 

 

「やっぱり、現代の戦争らしく、制限戦争を仕掛けるしかないよな………」

 

 

エスペランサは軽機関銃を掃射して、襲い掛かってくる蜘蛛をなぎ払っていった。

 

最初は銃を恐れていた蜘蛛であったが、怒りで恐怖を忘れたのか、仲間の死体を乗り越えて、襲い掛かってくる。

まさしく死兵であった。

 

 

「どうしよう!!このままじゃ!」

 

 

ハリーの悲痛な声が聞こえる。

 

ロンも意識を取り戻していたが、折れた杖では戦えない。

 

 

 

あっという間に200発の銃弾を撃ちつくしたエスペランサはバーレット銃狙撃銃を新たに取り出して応戦し始めた。

 

倒された蜘蛛の死体は増えてきているが、その一方で襲い掛かってくる蜘蛛の数も増える一方だ。

 

 

 

ドンッ

 

 

ドンドンドン

 

 

 

12.7ミリの弾丸が命中し、蜘蛛が四散する。

 

 

 

「このままじゃジリ貧だ。何とかしないと…………」

 

 

禁じられた森で開始された人間と蜘蛛による戦争は激しさを増していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の戦闘で使った武器一覧


M870ショットガン

MINIMI軽機関銃

バーレット銃狙撃銃



全部子供が扱えないような武器ですね。
魔法があってよかった。


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case25 Escape 〜撤退〜

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくです。


コミックマーケット行ってきました!

相変わらず比村サーキットは速いですね。
アニメーター本も手に入れることが出来て満足です。


「アクシオ・手榴弾!!!」

 

 

呼び寄せ呪文でエスペランサは鞄の中から手榴弾を取り出した。

 

安全ピンを引っこ抜いて背後から襲い掛かってくるアクロマンチュラの一群に手榴弾を放り投げる。

 

 

 

 

ズン

 

 

 

 

鈍い音と共に炸裂した手榴弾によって数匹の巨大な蜘蛛が吹き飛ばされた。

 

 

しかし、今度は頭上の大木から4匹の新たな蜘蛛が襲い掛かってくる。

 

足元に置いておいたG3A3バトルライフルを拾い上げて、すかさず応戦するエスペランサの表情には焦りが見え始めていた。

 

 

戦闘開始からすでに20分が経過している。

 

倒したアクロマンチュラの数は50匹を超えているだろう。

しかし、それだけ倒しても、襲い掛かってくる敵は減少したように思えず、むしろ増えているようにも思えた。

 

エスペランサは知る由も無かったが、アラゴクの家族の総数は500匹を超える。

 

 

エスペランサの持つ検知不可能拡大呪文のかけられたかばんには無数の武器弾薬を入れることが出来る。

 

彼は当初、1万発ほどの小銃弾と数十個の手榴弾を入れていたが、20分間の戦いでその弾薬は8割近くを使い切ってしまっていた。

 

 

エスペランサの所有する小火器は全て、“弾丸が目標に確実に命中する”魔法がかけられているが、この魔法には1つだけ欠点があった。

 

それは、“目標に銃弾を命中させるためには、銃手が目標を目視出来なくてはならない”という制限があることだ。

 

樹木が生い茂る夜の禁じられた森は視界がすこぶる悪い。

敵の蜘蛛がどこに潜んでいるかもわからない状況である。

 

銃弾を襲い掛かってくる蜘蛛に確実に命中させるには、エスペランサ自身が蜘蛛を完璧に目視しなくてはならなかったのだが、この条件下では不可能だった。

それ故に、思うように銃弾を蜘蛛に命中させることが出来ないでいたのである。

 

また、対戦車榴弾をはじめとした重火器の使用が制限されている以上(山火事防止のため)、彼が頼れる武器は小銃に機関銃、破片手りゅう弾などに限られてしまう。

 

日中に戦えるのであれば、一瞬で蜘蛛を一掃できたのだが、夜間の戦闘では苦戦を強いられてしまうのだ。

 

 

(暗視ゴーグルをしても樹木が邪魔をして敵の姿を捉えられない!照明弾は残弾がもうない!最終手段は火炎放射器による蜘蛛の一掃だが、それはなるべく避けたい………)

 

 

火力も視界も制限されたエスペランサは非常に窮屈な戦闘をせざるを得なかった。

 

 

 

 

「襲え!襲え!我らの家族がこれ程までに殺されたのだ!もはや楽には殺さんぞ、ハグリッドの友人たちよ。貴様らは生きながらにして苦しみを味合わせなければ気が済まぬわ」

 

 

遠くからアラゴクの声が聞こえる。

 

自分たちから襲っておいて、反撃されたら激怒するとは理不尽極まりないな、とエスペランサはボンヤリ思った。

 

 

 

 

「“アラーモニア・エグゼメ!”。どうしよう数が多すぎる!このままじゃ囲まれちゃうよ!」

 

 

ハリーも20分間、必死で戦っていたが、そろそろ限界がきているようだ。

 

軍隊で訓練を重ねてきたエスペランサは長時間の戦闘にも耐えることの出来る体力と精神力を持っていたが、ハリーにそれは無い。

それに、ホグワーツには体育が無く(飛行訓練やクィディッチはあったが、基本的に箒に乗ったままなので全く体力がつかない)、マグルの子供に比べて、魔法族の子供は低体力であった。

だから、ハリーもロンもヘトヘトになってしまっている。

 

 

また、次々に巨大な蜘蛛が襲い掛かってくるという恐怖に精神が保たなくなるのも時間の問題であった。

 

 

 

「耐えろ!ハリー。この蜘蛛たちの数も無限ではないはずだ」

 

「でも蜘蛛の数が全然減ってない。さっきよりも増えてるくらいだ。エスペランサはもっと強力な武器は持ってないの?爆弾とか」

 

「あるけど使えない。威力が強すぎて森ごと炎上させちまう。そうしたら蜘蛛以外の生物も全滅だ」

 

「その前に僕たちが全滅しそうだけどね。“アラーモニア・エグゼメ”!」

 

 

 

いきなり背後から出現した蜘蛛にハリーが呪文を浴びせる。

 

残弾が少なくなり、弾幕が薄くなったためか、襲い掛かってくる蜘蛛の数が多くなったように思える。

 

 

空になった弾倉を銃から取り外して、新たな弾倉を取り付けたエスペランサは3メートルほど前にある岩の陰に隠れていた子供と思われる蜘蛛に銃弾を浴びせた。

 

 

 

 

タタタタタタ

 

 

タタタン

 

タタタタタタ

 

 

 

岩陰に居た4匹の蜘蛛は体液をまき散らしながら倒れたが、そのさらに後ろから新たな蜘蛛がわさわさと出現する。

 

 

頭上の大木の枝からは糸を伝って、3匹の蜘蛛が襲い掛かってこようとしているのが見えた。

 

 

 

「“アクシオ・5.56ミリ弾”。あれ?“アクシオ”!」

 

 

呼び寄せ呪文で5.56ミリNATO弾の弾倉を鞄から取り寄せようとしたエスペランサであったが、いくら呪文を唱えても弾倉が出てくることは無かった。

 

遂に5.56ミリ普通弾の残弾が底を尽いてしまったのである。

 

 

 

「しまった弾切れだ」

 

「そんな!他に武器は無いの???」

 

「拳銃弾と重機関銃の50口径は底を尽いていないが、この調子で戦い続けたら5分で無くなる」

 

 

 

主力であった手銃弾が無くなったことにより、絶体絶命の窮地に立たされるエスペランサ。

 

 

(くそ。もう火炎放射器や対戦車榴弾を使って森ごと蜘蛛を葬り去るしかないのか)

 

 

必要の部屋で手に入れた火炎放射器や対戦車榴弾であるパンツァーファウストⅢは絶大な威力で蜘蛛を全滅させることが出来るだろう。

そうすればエスペランサたち3人は生き残ることが出来る。

 

その代償として、ケンタウロスやユニコーンも全滅するだろうが、もう他に方法は残されていなかった。

 

 

 

 

「ハハハハハ!ついにその魔法道具の神通力が切れたようだな。もはやこれまでだ。苦しみぬいて、そして食われるがよい!」

 

 

アラゴクのしわがれた声が森の中に響く。

 

その声を聞いた生き残りの蜘蛛たちがガシャガシャと歓声を上げた。

 

 

 

「どうするの!?エスペランサ!」

 

「…………仕方ない。火炎放射器で蜘蛛を一掃する。下がってろ………」

 

 

 

許せ、森の生き物たち。

森にすむ数々の生物に心の中で謝罪をしたエスペランサは鞄から火炎放射器を取り出そうとした。

 

 

 

 

 

 

 

ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

 

 

 

 

 

「エンジン音だと!?」

 

 

「あれは………パパの車だ!」

 

 

 

鞄から火炎放射器を取り出そうとしていた時、突如として自動車のエンジン音が森に響き渡る。

 

魔法生物がうごめく禁じられた森に響き渡る、マグルの文明が生み出した科学の産物である自動車のエンジン音はどうにもミスマッチであった。

しかし、今のエスペランサたち3人にとってはそのエンジン音が天使の歌声にも聞こえる。

 

大木の間を縫うようにして疾走してくる旧式のフォードアングリアはロンの父親の持ち物であった車で間違いない。

今年度がはじまる最初に、ハリーとロンが暴れ柳に激突させた挙句に禁じられた森に放流してしまった自動車だ。

 

あれから数か月。

とっくにガソリンは底を尽き、バッテリーも残っていないのに、何故か爆走し、ヘッドライトを光らせているフォードアングリアは数匹のアクロマンチュラを轢殺しながらエスペランサたちの目の前に停車した。

 

 

 

「こいつ。僕たちのことを覚えてたんだ。完全に野生化しちゃってるけど」

 

 

ロンがまるでペットを撫でるかのようにフォードアングリアのボディを触る。

 

 

「ロン。この車はとっくに燃料を切らしてるはずだ。なんで動くんだ?」

 

「さあ?でも多分、魔法のせいだと思うよ。ほら、魔法って便利なものじゃないか」

 

「そうだな。便利で、都合が良過ぎるのが魔法ってやつだ」

 

 

 

急に出現した自動車にアクロマンチュラたちは少なからず恐怖を覚えたらしい。

 

煌々と眩しく光るヘッドライトから逃げるように蜘蛛たちは後退していた。

 

 

 

「皆!怖気づくな!所詮、マグルの道具が一つ増えたに過ぎん。我々の森で好き勝手走り回るそのガラクタも、人間諸々、食いちぎってやれ」

 

 

アラゴクが叫ぶ。

 

アラゴクの声で我に返った蜘蛛たちは、再び、エスペランサたちの方に襲い掛かってこようとしていた。

 

 

 

「ロン。この車の運転は出来るか?」

 

「もちのロンさ。でも、大丈夫かな?暴れ柳にぶつかった時に僕たちこの車を怒らせちゃったみたいで………。言う事を聞いてくれるかどうか」

 

 

ロンが心配そうに言う。

 

しかし、その声を聞いたフォードアングリアは従順な僕が主人に敬意を表すようにヘッドライトを2,3回点滅させた後、両サイドのドアを自動で開けた。

 

 

「もう怒ってないみたいだね」

 

ハリーがほっとしたように言う。

 

「よし。ロンは運転に専念してくれ。ハリーは助手席の窓から襲い掛かってくる蜘蛛を杖で迎撃」

 

「エスペランサはどうするの?まさか、残って戦うとか言わないよな?」

 

「まさか。森の中はヘッドライトの明かりを使っても暗くて視界が悪い。俺は車の上に乗ってロンに進行方向の指示を出す。ま、戦車の車長をやるようなもんだ」

 

 

そう言ってエスペランサはロンに携帯無線機とヘッドセットをカバンから取り出して渡した。

 

 

「何だい?これ。パパが似たようなものを買ってきたことがあったけど」

 

「そいつは無線機だ。既に通信できるようにセットしてある」

 

 

民間でも市販されている簡易的なトランシーバーであったが、運転席と車の上程度の短距離であったならば十分に通信が可能だ。

 

エスペランサはボンネットを踏み台にして、フォードアングリアの車上に乗ると、鞄から重機関銃を取り出した。

 

 

ブローニングM2。

12.7ミリ重機関銃。

 

開発されたのは第二次世界大戦前にも関わらず、いまだに世界中で使われているのは、この銃を越える50口径の重機関銃が開発されていないためだ。

それほどまでにM2は名銃であった。

 

引き金は自動小銃のように指をかけて引くタイプではなく、押し込み式であり、対空用の機銃としても重宝される。

アクロマンチュラの大群を相手にするには丁度良いだろう。

 

エスペランサはM2の脚を立て、車の上に固定した後、杖を取り出して呪文を唱えた。

 

 

「“テナーチェ 接着せよ”」

 

 

物と物とを簡易的に接着させる呪文を車のボディと重機関銃にかける。

ついでに、彼の片方の靴の裏と車のボディの間にも同様の魔法をかけた。

 

これで、エスペランサが走行中に車から落ちることは無いだろう。

 

用意が整ったところで彼は無線機のマイクに呼びかけをした。

 

 

「ロン。こっちは準備完了だ。車は出せるか?」

 

『わおっ。ハリー。本当に声が聞こえるよ。これ。話電(フォンテレ)の一種なのかい?』

 

「似たようなものだ」

 

 

ロンとハリーは

 

 

そんな会話をしている間に、体制を整えたアクロマンチュラの一群がフォードアングリアの正面から攻めてきた。

 

エスペランサはスライドを引き、12.7ミリの弾薬を装填する。

そして、引き金を押し込んだ。

 

 

 

ズドドドドドッド

 

 

 

古い漁船のエンジンのような音と共に、12.7ミリの巨大な弾が蜘蛛たちに襲い掛かった。

 

眩いマズルフラッシュと、轟音にひるんだ数匹の蜘蛛は直後、木端微塵に四散する。

 

 

「敵襲だ!早く出してくれ!!!」

 

『わかった!ハリー。掴まってて!!!!』

 

 

 

アクセルをふかす音と共にフォードアングリアが微速前進する。

 

ギアのシフトチェンジが下手なのだろう。

車体がガクガクと小刻みに揺れる。

 

 

「ロン!前進じゃない。バックしろ」

 

『ごめん!レバーをドライブに入れちゃったんだ。うわ!!!』

 

 

前進した車は蜘蛛の何匹かに正面衝突する。

それを機会と見たのか、蜘蛛たちは車に追い縋ってきた。

 

フロントガラスが割れ、子供蜘蛛が助手席のハリーに襲い掛かったが、それをハリーは呪文で撃退する。

 

ボンネットの上に飛びかかってきた2匹はエスペランサによって粉砕された。

 

 

『周りは蜘蛛だらけだよ!どっちに行けば良い?指示を出して!!!』

 

ロンの悲痛な叫びが無線越しに聞こえる。

 

「今退路を開いてやる。ちょっと待ってろ!アクセルは踏みっぱなしにしておけよ」

 

 

エスペランサは重機関銃を2時方向に向け、引き金を押し込んだ。

 

 

小銃の連続射撃音とは比べ物にならない音と共に放たれる50口径の機関銃弾は道を塞いでいた無数の蜘蛛たちを片っ端から粉砕していく。

重機関銃は威力が高い故に連射をし過ぎると暴発する。

なので、ある程度の区切りを入れて射撃を行わなくてはならなかった。

 

8発に1発の割合で入れられた曳光弾が闇夜を照らし、砕け散った蜘蛛の残骸を照らしていく。

蜘蛛嫌いのロンにとってそれは地獄のような光景でしかなかった。

 

一連の射撃によって車一台は通れそうな道が確保できたことを確かめたエスペランサはすかさず、ロンに指示を出した。

 

 

「2時の方向に前進しろ!そこなら蜘蛛も手薄になっている。左右に大木があるが、この車の車幅なら突破できそうだ!」

 

『分かった!!任せてくれ!』

 

 

フォードアングリアは唸り声をあげ、前進する。

時速15キロを刺していたメーターの針は、30キロを越す勢いだった。

 

オフロード用の車ではないフォードアングリアのタイヤは限界のようだったが、それでもパンクしなかったのはやはり魔法のせいだろう。

 

だが、車は無事でも、乗っている人間は無事ではない。

 

ロンもハリーも顔は真っ青であったし、戦闘車両に乗り慣れたエスペランサでも吐き気を催したほどだ。

喉から湧き上がってくる嘔吐物を何とかして飲み込んだ彼は、しつこく追いかけてくる蜘蛛たちに重機関銃の掃射を浴びせる。

 

 

将棋倒しになる蜘蛛の群れと車の距離は徐々に広がっていった。

 

巨大な蜘蛛であろうと、マグルの科学の結晶である自動車の速度には追い付けない。

 

 

 

「良いぞロン。このまま速度を上げて敵を振り切る!」

 

『うっぷ………。もう無理……。吐きそうだよ。おええええ』

 

 

吐きそうと言った矢先に嘔吐したロンであったが、それでもアクセルを踏み込んで車の時速を上げた。

 

 

蜘蛛たちは速度の上がった車に追いつけないと悟ると、追いかけるのを止めたらしい。

 

既に、その足は停止していた。

 

蜘蛛が車を追うのを諦めたのはエスペランサにとってもありがたいことだった。

M2に装填されていた200発の12.7ミリ弾はほとんどを使い切ってしまっていたためだ。

これ以上の戦闘を継続する弾薬は無かったのである。

 

 

 

 

爆走して逃げ去るフォードアングリアの姿を生き残ったアクロマンチュラたちは悔しそうに見送る。

 

久々の新鮮な肉が食べられなかったという悔しさもあるが、何よりも同胞が数多く殺されたという事実に悔しさを感じていた。

 

一連の戦闘を通して生存したアクロマンチュラは、当初の半分以下。

アラゴクの家族は事実上、壊滅したわけである。

それに対して、味方の損害は0だ。

 

たった3人の人間に数百匹のアクロマンチュラがやられたのである。

 

 

やり場のない怒りと悲しみを表すために、手足をガシャガシャと動かすアクロマンチュラたちをアラゴクは静かに見ていた。

 

この敗北は自分の責任である。

 

そう、アラゴクは思った。

 

たった3人だと侮って敵の戦力を過小評価した。

敵を侮り、相手の持つ武器の性能を知らずして随時戦力を投入するのは作戦として間違っている。

情報不足の中で随時戦力投入を行うのは愚策にもほどがあった。

 

何よりも、彼は家族である蜘蛛たちを敵の銃弾の前に特攻させたのである。

 

 

その結果が、これだ。

 

 

戦力の半数を失った部隊は「壊滅」したと言って良い。

アラゴク率いるアクロマンチュラの集団はエスペランサ・ルックウッドという一人の人間によってその戦闘能力を奪われたのであった。

 

 

「あの小僧………。必ずこのわしが……殺してやる」

 

 

アラゴクは言う。

 

他の蜘蛛たちもエスペランサに憤りを感じていたため、アラゴクに賛同していた。

彼ら蜘蛛たちは「エスペランサ・ルックウッドを殺す」という明確な目標の前に一致団結していたわけである。

 

 

だが、彼らはまだ知らない。

 

エスペランサは蜘蛛たちを完全に無力化するために、ある置き土産を脱出の際に置いていったことを。

 

アラゴクとその家族がワイワイガヤガヤと集まるその後方に複数個設置された、金属製の箱の正面には「FRONT TOWARD ENEMY」と書かれている。

マグルの世界では「クレイモア対人地雷」と呼ばれるその箱はリモコン式で作動できるようになっている。

 

魔法界でも電子機器を使えるようにしたエスペランサは対人地雷のリモコン作動も可能にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アズカバンから帰ってきたルビウス・ハグリッドが無残な姿になったアラゴクの家族を発見するのは数か月後の話である。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

森を抜けて、ハグリッドの小屋の前まで戻ってきたエスペランサたちは車から降りた瞬間に嘔吐した。

 

ロンは吐き出すものが無くなって、遂には胃液を吐き出すほどになっていた。

 

 

 

「うっ。こんなに吐いたのはナメクジ以来だ。あ、ナメクジを思い出したらまた吐き気が。おええええええ」

 

 

ハグリッドの小屋の前に嘔吐物が広がるのを嫌そうに見つめるファングを余所に、エスペランサは水筒を取り出して、水を飲んだ。

 

長期間の戦闘でカラカラになっていた喉を水が癒す。

ハリーとロンにも鞄から取り出した水筒を渡し、彼は座り込んだ。

 

 

 

役目を終えたフォードアングリアは一回だけクラクションを鳴らすと、再び森の中に消えて行ってしまう。

 

 

「ありがとうロンのパパの車。でも、もう2度とあんなドライブしたくないね」

 

「僕もだよハリー。でも、ハグリッドの奴。次会ったらぶん殴ってやる。何が蜘蛛を追いかければ謎が解ける、だ。危うく僕らはハグリッドの“小さなお友達”に食われるところだったんだぞ。で、エスペランサはさっきから何をしてるの?」

 

 

吐瀉物の横でエスペランサがリモコンのようなものをいじるのを見てロンが言う。

 

 

「ああ。これは、害虫駆除だよ」

 

 

エスペランサがリモコンのボタンを押すと同時に森の奥から小さな爆発音が聞こえた。

 

 

「これで蜘蛛は駆除完了だ。ハグリッドが泣くかもしれないけどな」

 

「最高だよエスペランサ。さあ、ハグリッドに何て言うか言い訳を考えなくちゃ」

 

 

喜ぶロンとエスペランサにハリーが話しかけてくる。

 

 

「でも、森に行ってひとつだけ分かったことがあるよ。2人とも」

 

「何だい?蜘蛛の好物が人間っていうのは分かったけど」

 

「ハグリッドは犯人じゃなかった。そして、アラゴクも犯人じゃない。50年前には1人の生徒が殺された。殺された場所は女子トイレだ」

 

「そういや。そんなことを言ってたな。あの蜘蛛は。だけど、そんなことは分かり切ってたことじゃないか?ハグリッドが継承者なわけないし、蜘蛛が人間を石にできる筈がないだろ。結局のところ、何も収穫はなしってことだ」

 

 

エスペランサは既に怪物の正体がバジリスクだという事を知っている。

 

故に、ハグリッドとアラゴクが犯人ではないと言う事を確信していたわけであるが、ハリーたちは違った。

 

 

「そこじゃないよ。エスペランサ。蜘蛛もハグリッドも犯人じゃないのは分かり切ってる。ダンブルドアがハグリッドを疑っていなかったしね。多分、ハグリッドは冤罪だろう。トム・リドルは早とちりしてハグリッドを犯人にしてしまったんだ。50年前、トイレで一人の生徒が殺されたってアラゴクは言ってたよね。もし、その殺された生徒がまだそこにゴーストとして存在しているとしたら?」

 

「それって、嘆きのマートル?」

 

水筒の中身を飲みながらロンがハリーに尋ねた。

 

「誰だそれ」

 

「ああ。エスペランサはポリジュース薬作りに参加してないから知らないのか。3階の女子トイレに住み着くゴーストだよ。生前はホグワーツの生徒だったんだ。そういえばマートル以外に生徒のゴーストっていないな。なら、その殺された生徒っていうのがマートルっていうのも正しいかもしれない」

 

 

ハリーとロンが頷く。

 

エスペランサはそのマートルというゴーストを知らないので話についていけなかったが、それでも気が付いたことがあった。

 

 

 

(3階の便所っていうのはミセス・ノリスが襲われた場所と近い。50年前に生徒が殺された場所と何か関係があるのかもしれない)

 

 

何はともあれ、エスペランサは近いうちにマートルというゴーストに会いに行くことを決意したわけである。

 

 




アラゴクはまだ生きています。
安心してください。

子供たちが盾となってギリギリ対人地雷から生き延びました。
アラゴクがいないと6巻やるときに支障が出てしまうので………。

今回、アクロマンチュラを虐殺してしまったために今後の戦いで、エスペランサは苦戦することになるかも………。


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case26 The Wailing Myrtle 〜嘆きのマートル〜

色々と二次創作のネタが思いつく今日この頃。

感想やお気に入りありがとうございます!


秘密の部屋の怪物がうようよしているというのに定期試験は行うらしい。

 

マクゴナガルのこの発表に多くの生徒は驚愕し、そして絶望の淵に立たされた。

これとは別に、“ふくろう試験”や“いもり試験”を挑む5,6年生は今学期最初から絶望していた。

闇の魔術に対する防衛術の教官がポンコツ過ぎて、とてもじゃないがこれらの試験を突破できそうにないからである。

故に5,6年生においてロックハートのファンの女学生は限りなく少ないわけだ。

 

ちなみに“ふくろう試験”というのは5年生の時に全員が受ける魔法省公認の試験らしく、マグルの世界でいうところの大学入学試験や卒業試験の類らしい。

この試験の成績によって6年生以降に受講できる科目や卒業後の進路が決まるそうだ。

この時期の上級生にノイローゼ患者が多いのはそのせいである。

 

上級生のピリピリした雰囲気は下級生にもいやというほど伝わってくる。

パーシー・ウィーズリーもその一人なのだろう。

見るからに元気が無くなっていた。

 

 

生徒たちが大慌てで試験勉強を開始する中、エスペランサ・ルックウッドは一人、嘆きのマートルの巣窟と化した3階女子便所に侵入した。

女子便所への侵入は偵察(リコン)任務よりもなぜか緊張したが、何とか侵入した彼はマートルの名前を呼んでみた。

 

明かりが無く、薄暗い女子便所の便器や排水管はあちらこちらが破損しており、床は水びだしだ。

暫く掃除もされていないのだろう。

洗面台には埃が被っている。

 

ところどころに落ちている猫の毛はハーマイオニーの置き土産だろうか?

 

 

「おーい!マートルさーん!出てきてくれー!聞きたいことがあるんだ」

 

エスペランサはそう叫ぶが全く反応が無い。

 

シーンと広い便所内は静まり返ったままだ。

 

 

不在なのかと思い、彼は懐から煙草を取り出した。

 

マイルドセブンと書かれた箱から1本の煙草を取り出し、ジッポで火をつける。

暫く吸っていなかったので煙草が想像以上に美味しく感じる。

 

肺まで吸い込んだ煙を一気に吐き出す。

薄暗い部屋に白煙が漂い始めると、どこからともなく「ごほっごほっ」と咳き込む声が聞こえた。

 

 

「ちょっとちょっと。あんた。誰の許可をもらって私のトイレでタバコなんて吸ってるのよ」

 

ガマガエルの鳴き声のような声の持ち主は、地味な女子生徒のゴーストであった。

丸眼鏡に三つ編みのそのゴーストはローブにつけられた寮識別章(エスペランサがローブにつけられた各寮のワッペンを勝手にそう呼んでいる)からレイブンクロー出身の生徒だと言う事が分かる。

 

 

「あんたがマートルか?」

 

「そうよ!てか、あんた生徒でしょ?しかも男子!!なんで私の女子トイレで喫煙してるのよ!」

 

「便所は公な場所だ。誰が入ろうと問題ないだろ。お前の持ち物じゃないし」

 

「問題大ありよ!あんた、自分の性別も忘れちゃったの!?」

 

「あ………そうだったな」

 

「それに喫煙は魔法界では20歳からよ。まったく………」

 

 

魔法界の喫煙可能年齢に関してはエスペランサも知っていたが、あえて知らないふりをしていた。

罵るマートルを尻目に彼は喫煙を継続する。

 

 

「あんたの態度。いっそ清々しいわね。最近、このトイレに訪問する生徒が居なくて精々してたのに………」

 

「だから便所はお前の専有物じゃないって………」

 

「で?何の用なの?お腹がピンチなら余所でやってくれる?それとも、またヘンテコな魔法薬でも作りたいのかしら?」

 

「ヘンテコな魔法薬ってのはハリーたちの作ってたポリジュース薬のことか」

 

「そうよ。あんたハリー知ってるの?ハリーは元気?彼、最近来ないから心配してたのよ」

 

 

マートルは顔を赤くしながらそんなことを言う。

 

気の毒なことに、ハリーはこのマートルというゴーストに気に入られているみたいだった。

 

 

「元気ではないな。ハーマイオニーって生徒、お前は知っていると思うが、彼女がスリザリンの怪物に襲われて石になったんだ。それで皆、落ち込んでる」

 

「あら……そう」

 

 

マートルの表情が一瞬だけ変化したのをエスペランサは見逃さなかった。

 

 

「今年度に入って秘密の部屋が開かれたり、スリザリンの怪物に生徒が襲われてるのは知ってるだろ?」

 

「ええ………まあ、知ってるわ。ゴーストたちも騒いでたし。ほら、ニックが襲われたから」

 

「そうか。同じゴーストが襲われてるんだから、知っているはずだな。既に怪物の犠牲者は6名になった。幸いにも死には至っていないが、このままだと確実に死者が出る。俺は何としてでも次の犠牲者が出るのを食い止めたいんだ。なあ、マートル。俺に協力してくれないか?」

 

「はあ!?何であんたなんかに協力しなきゃいけないのよ」

 

「そりゃ………。お前もスリザリンの怪物の犠牲者の一人なんだろ?自分を殺した相手を倒したいとか思わないのか?」

 

「………何で、何であんたがその事を知ってるの?」

 

 

マートルの声のトーンが下がる。

 

どうやら50年前にバジリスクに殺された生徒はマートルで間違いないようであった。

 

 

「やはりマートルが犠牲者だったんだな。いや、まあ、前回の犠牲者が3階の女子便所で死んだっていうのは調べればすぐにわかる事柄だ。その場所に居座り続けるゴーストが居るって話を聞いて、もしやと思って鎌をかけてみたんだ」

 

「そう………。そうね!!わたしが怪物に殺された生徒よ!何?同情したの?わたしが可哀そうだとか思ったの!?そんなわけないわよね?今まで、誰もわたしのことを可哀そうだとか思ってくれる生徒は居なかったもの。両親はゴーストになったわたしを怖がって二度とここへは来てないわ。ここに来るのは私のことをバカにしたい生徒だけ。わたしが怪物の犠牲者だとも知らずに虐めて……虐めて………」

 

 

マートルが甲高い声を上げて叫ぶ。

 

マートルが癇癪を起こすのはいつものことなのだろうが、ここまで感情を露にするとはエスペランサも思っていなかった。

長年溜まっていたものを一気に放出するように彼女は喚き散らす。

 

 

「可哀そう……か。そうだな。マートルのことは可愛そうだと思う。だが、それよりも、怪物とクソッタレの継承者に、お前のような一般生徒が殺されたことに憤りを感じているんだ。俺は」

 

「え………?」

 

「お前は五月蝿いし、癇癪持ちだし、我儘で理不尽だ。だが、殺されて良いような人間じゃない。ちょっと性格に難があるが、善良な一般生徒には変わらないだろう」

 

「あんた、しれっと失礼なことを言うのね」

 

「俺は罪の無い人間が、理不尽に殺される世界を最も嫌っている。善良な人々が怪物に襲われるという事実に俺は深い憤りを感じるんだ」

 

 

エスペランサは2年前の惨劇を思い出す。

 

老若男女、全ての人が片っ端から殺されていったあの地獄。

そこにかったのは絶望という二文字のみ。

 

エスペランサの殺気を感じたのか、マートルは少し戸惑う。

 

 

「だから、俺はスリザリンの継承者も怪物も許さない。必ず、この手で息の根を止めてやる。俺は人の命は尊いものだと思っているが、継承者のような“癌”は別だ。この世から摘出してやらないとな」

 

「…………あんた、ハリーと同級生なのよね?」

 

「ああ。そうだが」

 

「てことは2年生ね。あんたみたいな2年生をわたしは見たことないわ。無謀っていうか……何というか」

 

「よく言われるよ」

 

「2年生が怪物相手に戦えると思ってるの?口は達者みたいだけど、所詮はひよっこの魔法使いでしょ?」

 

「まあな。魔法の腕に関しては未熟で半端者だ。だが、こっちに関しては腕に自信がある」

 

 

エスペランサはローブから拳銃を取り出して、くるくると回す。

 

 

「それ……ピストルでしょ?何でそんなもの………」

 

「入手の経緯に関しては企業秘密でな。教えられない。兎に角、俺は今、大量のマグルの武器を持っている。自動小銃から銃迫撃砲までな。これらを駆使すれば怪物を倒すことだって夢ではない」

 

 

マートルはマグル出身であるから、自動小銃や迫撃砲の威力について少なからず知識がある。

確かに、迫撃砲などの野戦砲の類があれば怪物を倒すことが出来るかもしれない。

 

 

「でも、あんた。怪物の正体も居場所も知らないんでしょ?」

 

「怪物の正体は分かってる。問題は居場所だ。それを、マートル。お前に聞きたくて俺はここに来たんだ」

 

「わたし、そんなこと知らないわよ?怪物の住処なんて分かるわけないじゃない」

 

「いや、分かる。マートル。お前が殺されたのはこの便所だよな。その時のことを聞かせてくれ」

 

「…………ええ。いいわよ。わたしが殺されたのはそこの個室の中。個室の中で泣いてたわたしは、個室の外で男子が何か知らない言葉をしゃべってるのを聞いて………。追い出そうとして扉を開けたの。その時に大きな恐ろしい目玉を二つ見たわ。そして………死んだの」

 

 

なるほど。

と、エスペランサは思った。

 

その男子生徒が当時の継承者だろう。

そして、知らない言葉というのはパーセルマウスに違いない。

 

継承者は蛇語でバジリスクを操っているわけだ。

 

 

「ありがとう。辛いことを思い出させてすまなかったな。だが、これである程度、怪物の移動経路は絞れた」

 

「え?今の話で?」

 

「継承者は男子だったって言ったよな。その男子はなぜ、女子便所で怪物を操っていたのか疑問に思わないか?もし、継承者が人目につかない場所で怪物を操りたいのだとしたら便所という公共の場は不適切だ。誰かほかの生徒とエンカウントする可能性もあるしな。それに、不可解な事はもう一つある。何故、男子便所じゃなくて女子便所だったのか、だ。普通、男子なら男子便所を使うはずだ。継承者がとんだ変態で、女子便所を覗くのが趣味であるか、それとも、怪物を操るには女子便所ではなきゃいけに理由があるか、どっちかだな」

 

「言われてみればそうかもね。当時はこのトイレも普通に生徒に使われてたから、こそこそ悪さをする場所としては不向きだったわ。このトイレでなくてはいけない理由……ね。もしかしたら、あそこが関係してるかも」

 

「あそこ?」

 

「そこよ。その洗面台」

 

 

マートルはトイレの中央に存在する洗面台を指さす。

 

これといって特徴のない洗面台だった。

 

 

「これがどうかしたのか?」

 

「あのね。ゴーストって壁も床も通り抜けできるのよ。わたしはたまに便器の中で考え事してると、間違えて流されちゃうんだけど、その時は排水管を伝って湖まで流されるのよ」

 

「ちょっと待て。便器の排水管は湖に直接つながってるのかよ。汚ねえな!衛生上よろしくないぞ」

 

「わたしには関係ないけどね。で、話を戻すと、わたし達ゴーストは排水管も水道管も通ることが出来るの。でも、ゴースト除けがされている場所は通り抜け出来ないわ。プライバシーの問題だか、安全管理上だか知らないけどね。それで、そんなゴースト除けがかけられている排水管が、その洗面台の下の排水管ってわけ」

 

「そう……なのか。この洗面台の下の排水管はゴーストが通り抜け出来ないのか」

 

「そうよ。まるで、何かがそこに隠されてるみたいじゃない?」

 

 

エスペランサは確信した。

 

その洗面台下の排水管こそ、バジリスクの通り道でもあり、秘密の部屋へつながる秘密の抜け道であることを、だ。

 

ゴースト除けがしてあるのは、ゴーストが秘密の部屋を見つけてしまわないようにするためだろう。

 

 

「マートル。ありがとう!」

 

 

そう感謝の意を伝えるとともに、エスペランサはC4プラスチック爆弾を取り出した。

 

 

粘土状の爆薬をこねて、起爆装置をセットし始める彼を見て、マートルは怪訝そうな顔をした。

 

 

「あんた。それ何?何する気?」

 

「洗面台を吹き飛ばす」

 

「あー。多分無駄よ。それ。何年か前に、ピーブスが洗面台を吹き飛ばそうとして失敗してるから」

 

「何!?この洗面台には強化呪文もかかってるのか。あと、ピーブスは女子便所に出没するのか」

 

「そうよ。だから爆発させても多分、壊れないわ。でも、ガッカリしないで。強化魔法がかかってるのは洗面台だけだと思うわ。排水管はゴースト除けがかけられていても、強化魔法はかけられていない。たまに排水管が割れたりして故障するから分かるわ」

 

 

と、言う事は女子トイレの洗面台かを爆破して排水管へ侵入することは不可能であるが、別の場所からなら排水管へ侵入可能であると言う事になる。

 

 

「ここ以外で、そのゴースト除けのかかった排水管に侵入できそうな場所は分かるか?」

 

「分かるわ。教えてあげる」

 

「感謝する。何から何までありがとう」

 

「礼には及ばないわ。だって、あんた。わたしの仇を取ってくれるんでしょ?」

 

「まあ。そういうことになるな」

 

「それなら、わたしがお礼を言わなきゃ。ねえ、あんた、名前は何て言うの?」

 

「エスペランサ・ルックウッドだ」

 

「そう。エスペランサね。絶対、絶対に“生きて帰ってくるのよ”。あんたにはまだ言いたいことが沢山あるんだから。約束ね」

 

「ああ。約束する。怪物と継承者を殺して、絶対に帰ってくる」

 

 

マートルはにっこりと笑って、エスペランサに排水管の場所を教えてくれた。

 

笑ったマートルは存外、可愛らしいとエスペランサは思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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必要の部屋には限界がある。

 

まず、食べ物は出せない。

そして、巨大なものや強力過ぎる道具は出せない。

一度に出せるものの量にも限界がある。

 

 

エスペランサは一度、試しに地中貫通型爆弾と戦略爆撃機が欲しいと必要の部屋で願ったことがある。

無論、彼はその両者とも扱えるはずも無かったが。

 

しかし、必要の部屋はそれらを出せなかった。

 

様々な武器を必要の部屋で生み出したエスペランサだが、どの程度の武器まで出すことが出来るのか、最近分かってきた。

 

必要の部屋で出せる武器は、火器なら重迫撃砲から誘導ミサイルMATまでの物が限界。

自走榴弾砲や戦車は出せなかった。

 

弾薬は1度に1120発入りの弾箱が2つ程度。

複雑な電子機器は無線機や充電器が限度で、コンピュータの類は簡易的なものしか出せない。

 

魔法道具は市販されている物が限度だった。

 

つまり、必要の部屋は必要以上に強力なものを出さないという制限がついているわけだ。

 

まあ、もし、必要の部屋が制限なしに核ミサイルだとかの大量破壊兵器を出してくれる部屋だったら、この部屋だけで世界征服が出来てしまうだろう。

必要の部屋は便利なものではあったが、限度があったのである。

 

 

それでも、エスペランサにとってこの部屋は重要なものであった。

 

 

マートルから排水管の位置を聞き出すと、真っ先に彼は必要の部屋へやってきた。

アクロマンチュラとの戦いで弾薬のほとんどを使い切ったエスペランサは補給を行う必要があったためだ。

 

今から戦うのはアクロマンチュラとは比べ物にならないほどの強敵。

バジリスクだ。

 

 

必要の部屋は相変わらず、軍隊の武器庫のような内装をしており、弾箱や銃器が平積みにされていた。

その中から、エスペランサは必要とされる武器を次々と取り出し、“軽量化の魔法”と“銃弾の自動追尾の魔法”をかけていく。

 

クィレル先生の開発した“銃弾の自動追尾魔法”は便利だったが、“目標を視認することが絶対条件”という制限がある以上、バジリスクには通用しなさそうであった。

バジリスクは目を合わせたものを全て殺す。

故に、バジリスクを目視しなければ銃弾を命中させることが出来ない、という条件は非常に厳しい制限だった。

 

それでも、エスペランサは対バジリスク用の戦闘パターンを考え出している。

 

必要の部屋の端に存在するオンボロの机の上には彼が考えた戦闘パターンを記した紙が数枚、転がっている。

昨年、ヴォルデモートと戦いに行く前にも彼は戦闘パターンをいくつか紙に記していた。

今回も同じである。

 

前回はヴォルデモート相手に煮え湯を飲まされたことがあったが、今回は確実に勝利するために幾つもの「スペアプラン」を用意し、作戦は穴の無いようにしてある。

 

 

作戦に必要な武器弾薬を全て、確認しながらエスペランサは検知不可能拡大呪文のかかった鞄に詰め込み始めた。

 

M16自動小銃。

G3A3バトルライフル。

バーレット重機関銃。

MINIMI。

UZI短機関銃にM92F。

 

破片手りゅう弾とスタングレネードは戦闘服に着け、ヘルメットには暗視ゴーグルを装着した。

魔法界でも電子機器を使えるようにしたおかげで使えるようになった暗視スコープは虎の子である。

 

最後にガソリンの入ったジェリ缶を1つ、鞄に詰め込んだエスペランサは、ゆっくりと立ち上がり、深呼吸をした。

 

 

 

「いよいよ決戦だ。待ってろ、継承者とバジリスク。お前らの寿命もあとわずかだ」

 

 

控え銃(銃を胸の前で持つ)の姿勢を取り、彼は必要の部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 




今回は少し短めです。

次回はハリーとロン視点で始まると思います。



必要の部屋の設定は独自設定です。
マートルは湖まで流されることがあると原作で言われてますけど、ってことは排泄物も湖に放出されるってことですよね。

マーピープルは怒って良い。


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case27 Room of Secrets 〜秘密の部屋〜

投稿が遅くなり申し訳ございません!

やっと仕事やら雑務が片付いたので投稿出来ました!
誤字報告や感想ありがとうございます。


ハリーとロンは遂に怪物に正体を突き止めることに成功した。

 

 

医務室で彼らはハーマイオニーが「幻の生物とその生息地」のバジリスクの項目を握り締めていることに気づいたのだ。

 

バジリスクが怪物の正体ならば、今までの出来事と全てつじつまが合う。

何故、犠牲者が死なずに石になったのかという疑問も、ハーマイオニーが手鏡を持っていたことから分かった。

 

また、ハーマイオニーは「パイプ」という走り書きを紙にしており、そのことからバジリスクが排水管を使って移動していることも判明した。

 

加えて、マートルが死んだのが女子トイレであったことから秘密の部屋の入口がマートルのトイレであることも予測できた。

 

 

 

「そうだ。継承者は蛇語を使ってバジリスクを操っていたに違いない。だから僕にだけ声が聞こえたんだ!」

 

「どうするハリー。怪物の正体も部屋への入口も分ったけど、ダンブルドアは不在だぜ?」

 

「とにかく先生たちに伝えよう。マクゴナガル先生ならなんとかしてくれるかもしれない」

 

 

ハリーとロンは興奮して廊下を移動する。

 

兎にも角にも、教職員に事実を報告すべきだという考えに至り、2人は職員室へと向かうことにした。

 

 

2人は職員室へ入ったが、職員室に教職員は1人としていなかった。

 

がらーんとした部屋には職員の机と椅子が無造作に置かれていて、机の上はプリントやら筆記具が置きっぱなしにされている。

 

 

「誰も居ないね」

 

「どうしたんだろ?先生たち。まるで仕事を放り出して出て行ったような感じだ」

 

 

2人が顔を見合わせている時、突然、マクゴナガルの声が廊下に響き渡った。

おそらく声量拡大呪文を使っているのだろう。

 

 

『生徒は全員、それぞれの寮に戻りなさい。職員は全員職員室に集まってください!!!』

 

 

マクゴナガルの声からは多少の焦りが見え隠れしていた。

 

 

「どういうことだろう?僕たちも戻った方が良いかな?」

 

「今出たら最悪、先生たちと鉢合わせだ。そうなったらまずい。今は団体行動が義務付けられているから、僕ら二人だけで行動してるのがばれたら減点されちゃう」

 

「そうだねハリー。じゃあ、あの洋服箪笥の中に隠れよう。あの中で隠れていれば何が起こったのかも知ることが出来るかもしれない」

 

 

ハリーとロンは部屋の隅にあった古い洋服箪笥の中に隠れた。

 

 

 

2人が隠れたすぐ後に職員が続々と職員室へ入ってくる。

 

 

眉間にしわを寄せたマクゴナガルを筆頭にフリットウィック、スネイプ、スプラウト、シニストラ、ゴーストのビンズ、中にはハリーたちが見たことのないような先生もいる。

 

 

「とうとう。起こってしまいました。最悪の事態です」

 

マクゴナガルが深刻な表情で言う。

 

「何が起きたのです?」

 

「生徒が秘密の部屋に連れ去られました。また、一人の生徒は行方知れずです」

 

 

その言葉に職員は息をのむ。

 

 

「何故、生徒が連れ去られたというのがわかるのですかな?それに、行方不明とは?」

 

スネイプが静かに言う。

 

「スリザリンの継承者が伝言をまた、廊下に残したのです。『彼女の白骨は永遠に秘密の部屋に横たわるであろう』と。壁に血文字で書かれていました。そして、3階の女子トイレの近くの壁が爆破され、排水管が粉々にされています。近くには、これが落ちていました」

 

 

マクゴナガルが取り出したのはC4プラスチック爆弾の起爆装置であった。

 

 

「これはルックウッドの持っているマグルの機械です。恐らくですが、彼はスリザリンの継承者か怪物と廊下で鉢合わせしたのでしょう。そこで戦闘になった……。ルックウッドはいまだに行方不明です」

 

 

エスペランサの名前を聞いてスネイプは顔を歪める。

 

スネイプはエスペランサが怪物相手にした抵抗が“壁1枚を爆破するだけ”と言う事に疑問を持っていた。

 

 

「ルックウッドなら怪物を道連れにしてでも戦いそうですけどな。もしかしたら今でも戦っているかもしれませんぞ」

 

フリットウィックが言う。

 

妖精呪文では優秀なエスペランサをフリットウィックは割と高く評価していた。

 

 

「それで、襲われた女子生徒というのは誰なんです?」

 

スプラウトが聞く。

 

「ジネブラ・ウィーズリーです」

 

 

洋服箪笥の中でロンが絶句した。

 

へなへなと倒れるロンをハリーが支える。

 

 

「もはやホグワーツは終わりです。生徒を家に帰さなくてはなりません。でなければ犠牲者が増える一方です」

 

 

マクゴナガルはそう決断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、空気を読まずに乱入してきたロックハートはスネイプとマクゴナガルによって追い詰められ(「ロックハート先生はスリザリンの怪物を倒すことは容易いと言っておりましたな?」と煽られた)、職員室から逃げ出すことになる。

 

この時ばかりはスネイプとマクゴナガルも結託していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ハリーとロンは一度寮に戻った後でギルデロイ・ロックハートの部屋を訪ねた。

 

ロックハートはスリザリンの怪物を倒そうとしているとしていると(不安ではあるが)思っていたためだ。

 

しかし、ロックハートはホグワーツから逃げようとしていた。

 

 

失望してハリーがロックハートを問い詰めたところ、ロックハートは今までの功績が全て漁夫の利で、他人の功績を勝手に自分のものにしていたのだとバラしてしまう。

もし、その場にエスペランサが居たとしたらロックハートは1発ぶん殴られていただろう。

 

ロックハートの杖を武装解除した後、ハリーはロックハートを秘密の部屋まで連れていくことにした。

大した役には立たないだろうとは思っていたが、まあ、弾除けくらいにはなるだろうと2人は思った。

ハリーもロンもエスペランサに毒されてきてるのかもしれない。

 

 

マートルのトイレに行くと、マートルはハリーに飛びつくように出てきた。

 

何だかいつもよりも機嫌の良いマートルにハリーは色々と質問をした。

死んだときの話や、トイレの構造について、だ。

 

マートルはそれを快く承諾し、全て教えてくれた。

 

 

「あら。ハリーも同じ事聞くのね。エスペランサってやつも同じことを聞いてきたわよ」

 

 

マートルは言う。

 

 

「え?エスペランサもここへ来たの?」

 

「半日くらい前にね。彼はだいぶ前から怪物の正体に気づいていたみたいよ。それに秘密の部屋の入口も見つけたみたいね」

 

「マジかよ。エスペランサ。あいつ、僕らには何も言わなかったぜ?ていうか、怪物がバジリスクって知ってたのに、あいつアラゴクのところまで行ったのかよ」

 

「エスペランサってやつは1人で怪物と戦うって言ってたわね。多分、あんたたちが危険な目に合うのが嫌だったんじゃない?」

 

「うん。エスペランサはそういう奴だよ。でも、一言僕たちに言ってくれたっていいじゃないか。まあ、その時は僕らもついていくだろうけどね」

 

 

ロンが苦笑いしながら言った。

 

 

ハリーは洗面台に蛇の模様を見つけ、蛇語を使うことで見事に秘密の部屋への入口を開くことに成功した。

 

ロボットアニメのように洗面台が変形し、地下へ続く大きな穴がトイレの真ん中に登場すると、マートルは口笛を吹く。

 

 

「ねえ、ハリー。あなたが死んだらわたしのトイレに住まわせてあげるわ。エスペランサは見た目は良いけど、中身がちょっとあれだし。ハリーは見た目は地味だけど性格がわたしの好みなのよ」

 

「あー。えーと、ありがとう?」

 

 

ニヤニヤするロンを無視して、ハリーはロックハートを穴の中にけり落した。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

 

ロックハートの悲痛な叫びが木霊する。

 

 

 

 

 

 

 

 

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排水管を抜けて、地下へたどり着いたハリーたちはバジリスクの抜け殻を発見した。

抜け殻だけで6メートルを超える。

 

真っ暗だったので「ルーモス・光よ」でハリーは地下を照らしていたのだが、照らした先に抜け殻があったのである。

 

 

狭い洞窟のような場所に無数のネズミの骨とバジリスクの抜け殻が転がる光景は不気味でしかない。

湖の下なのか、あたりの岩肌は濡れていて時折、ピチョンピチョンという音が聞こえる。

 

 

「もし何か生き物が動く気配がしたらすぐに目を閉じるんだ。バジリスクの目を絶対に見ないようにしよう」

 

 

敵の正体はバジリスク。

 

その眼を見たものを問答無用で殺すという特殊能力を持った蛇だ。

故にハリーは物音が聞こえたら真っ先に目を閉じるようロンとロックハートに指示を出した。

 

 

「僕たちじゃたぶんバジリスクを倒すことは出来ない。だからジニーを発見し次第すぐにでも部屋から逃げよう」

 

「でも、ハリー。バジリスクを野放しにするのか?」

 

「勿論、野放しになんてしたくない。でも、相手はエスペランサやハーマイオニーでも敵わなかった怪物だ。僕たちだけで戦って、勝ってジニーを取り戻すことなんて不可能に近い」

 

「そっか。エスペランサ………。無事だといいんだけどな………。いくらマグルの武器をたくさん持っていても、バジリスクには敵わなかったってことだよな」

 

 

エスペランサの死体は見つかっていない。

 

廊下が爆発でめちゃめちゃになっていたことからエスペランサとバジリスクが交戦したことはハリーもロンも予想がついたが、彼が生き延びたのかそれとも死んだのかは見当がつかなかった。

 

相手がトロールやアクロマンチュラならエスペランサにも十分な勝機があったとは思うが、今回は相手が悪すぎたのだろう。

何せ、目を見たもの全てを殺すという能力を持った怪物なのだ。

 

 

エスペランサでも勝てなかった相手に立った二人で挑もうとするほどハリーは馬鹿ではない。

ハリーは今回の任務の最優先事項が「バジリスクを倒す」ことではなく「ジニーの救出」にあることを十分に理解していた。

 

 

「え……エスペランサ・ルックウッドでも勝てなかった怪物に会いに行くのですか!?無茶だ。私は帰ることにします!」

 

 

ロンの言葉を聞いてロックハートが顔を青くする。

 

ロックハートはエスペランサを恐れていた(ピクシー妖精の虐殺事件によって)が、同時に彼の強さを信頼していた節がある。

ピクシー妖精を容易く全滅させることの出来るエスペランサならバジリスクのような怪物相手でも勝つことが出来るだろう、と。

 

しかし、現実は違ったようである。

 

顔色一つ変えずにピクシー妖精を蜂の巣にしたエスペランサもあっけなくバジリスクに敗北した。

その事実がロックハートを絶望させる。

 

もっとも、ピクシー妖精とバジリスクではそもそも危険度が違いすぎるのだが、ロックハートにとってはピクシー妖精もバジリスク並みに脅威であったわけだ。

 

 

「別にバジリスクと戦いに行くわけじゃない。ジニーを救いにいくだけだ。こんな怪物と正面から戦っても勝てるわけないだろ」

 

「そんな!だってここに抜け殻があるってことは、ここは怪物の巣なんでしょう?絶対どこかに怪物が居るってことじゃないですか!?」

 

「先生は生徒がどうなっても良いって言うんですか?」

 

「あたりまえじゃないですか!私は死にたくない!」

 

 

バジリスクの抜け殻を前にして鳴いて喚くロックハートをロンは冷ややかな目で見る。

 

正直なところ、ロンはロックハートの気持ちが分からないわけではなかった。

 

富や名声が欲しい。

有名になってちやほやされたい。

そういった欲はロンも持っていた。

 

ハリーはどこへ行っても有名人で、ハーマイオニーは優秀であるから褒められる。

兄弟は人気者だったり秀才だったする。

そんな人間に囲まれた生活でロンは劣等感に悩まされていた。

 

自分だって有名になりたい。

ちやほやされたい。

ハリーのおまけ扱いしないで自分だけを見て欲しい。

そう思っていた。

 

だからロックハートの他人を騙してまでも名声を手に入れようとする気持ちを理解する事はできた。

同情すらしていた。

 

だが、ロンは例え偽りの名声しか手に入らなかったとしても、生徒を見殺しにする事はしないだろう。

ロンはロックハートの持っていない「勇気」というものを持っていたのだ。

 

 

「ウィーズリー君。君なら分かるだろう。私は有名になりたいだけだったんだ。決して怪物と戦って死のうとなんて思ってなかった」

 

「見損なったよ。先生。僕だって有名になりたいし、名声も欲しい。でも僕はあなたみたいにかっこ悪い有名人にはなりたくないんだ。僕は人を救って、人のために尽くして有名になりたい。他人を見殺しにするような英雄にはなりたくないんだよ。だから僕と先生は違う」

 

 

ロンは一人の友人のことを思い浮かべる。

 

富も名声も欲さない。

ただただ罪無き人間の命を救うためだけに努力をするエスペランサ・ルックウッドという少年にロンの心は動かされた。

 

彼はハリーが有名だろうと、ハーマイオニーが優秀だろうと、そんなことは一切気にしなかった。

エスペランサにとってハリーは「英雄」ではなく「守るべき一般市民のひとり」であったのだ。

 

他人を救う以外に欲が無い彼をロンは密かに尊敬していた。

エスペランサの生き様を見ていると劣等感に悩まされている自分が馬鹿のように思えたのだ。

 

 

「先生。いや、ロックハート。あなたにチャンスをあげるよ」

 

 

そう言ってロンは自分の持っていた杖をロックハートに投げ渡した。

 

 

「あなたは忘却術が得意なんだろ?その杖で僕と決闘しろ。あなたが勝ったら逃げようがどうしようが自由にすれば良い」

 

「ロン!何をして………」

 

「ハリーは見ててくれ。ロックハートは僕の悪い部分を具現化したような存在だ。こいつを僕が倒せば、僕は一歩、前に進めるような気がする」

 

 

そう言ってロンは懐から拳銃を取り出した。

 

「それは………」

 

「エスペランサには悪いけど、あいつの机の引き出しから失敬したんだ。今の僕の杖よりは役に立つからね」

 

 

ロンが取り出した拳銃はエスペランサが所有する銃の中でももっとも小さいSIG-P226というものであった。

エスペランサは日頃から自身のベットや机に武器を隠しているのだが、そのうちのひとつをロンは勝手に持ち出していたのである。

 

杖は折れて使い物にならない上に、まともな攻撃用呪文すら知らないロンは杖よりも銃のほうが役に立つと考えたのだ。

もっとも、彼は銃を撃った事がない。

エスペランサが魔法によって銃本体の重量を極限まで軽くしてはいるが、素人のロンが射撃の難しい拳銃を即座に使いこなせるはずは無かった。

 

 

「先生。いや、ロックハート。これが最後のチャンスだよ。ここであんたが忘却術を成功させて僕に勝てば、とっとと城に戻ってまた偽の英雄を気取れる。でも、僕に負けたら最後まで付き合ってもらう。囮役か盾役としてね」

 

「ロン!ダメだ!銃はそんなに簡単に使えるものじゃない!それに魔法の前では無力すぎる」

 

 

ハリーはマグル出身であるから銃の怖さは人並みに知っていた。

 

しかし、ハリーがホグワーツに入学する前の誕生日の日。

叔父のバーノンが持っていたライフルがハグリッドの手によっていとも簡単にひん曲げられ、使用不能に陥った出来事や、昨年度末にエスペランサの銃による無差別飽和攻撃がヴォルデモートにあっさりと退けられたという事実もあり、魔法の前では銃が無力になる事もあることを彼は実感していた。

 

それでもロンは銃口をぴったりとロックハートに向けたまま動かなかった。

 

 

ロックハートも銃の威力は知っている。

 

ピクシー妖精を一瞬で殺戮した兵器の恐ろしさをロックハートは忘れていない。

 

 

しかし、今回銃を扱おうとしているのはエスペランサではなくロンである。

銃を使ったことのない素人に対して、ロックハートは杖を持っている。

 

ピクシー妖精の駆除すらできない彼であったが、学生時代はレイブンクロー寮内でも中堅の学力と魔力を有していた過去がある。

故に2学年であるロンに魔法で後れを取ることはまずなかった。

 

加えて、ロックハートは十年以上もの歳月をかけて鍛え上げた忘却術という奥の手がある。

忘却術を駆使すればロンもハリーも容易く倒すことが出来るだろう。

そう、彼は考えていた。

 

 

「良いのですか?ウィーズリー。私を甘く見ているようだが、忘却術は得意中の得意でね。私が忘却術を使えばあなたたちは確実に負けるのですよ?」

 

「へえ。随分余裕じゃないか。ピクシー妖精の前でもそんな風に余裕を持てればよかったのにね」

 

「ロン!挑発しちゃだめだ!」

 

 

ロンの言葉に顔を赤らめるロックハート。

 

プライドの高い彼は煽られることに対する耐性があまりついていない。

ロンに渡された杖を握る手に力が入るのをロックハートは感じる。

 

 

「君たち子供に私の苦悩が分かってたまるか!!!!」

 

 

ロックハートは憎悪をむき出しにして杖をロンに向けた。

 

その動作は、いつものポンコツな彼とは違い、スネイプ達熟練の魔法使いをも彷彿とさせる滑らかな杖さばきであった。

 

ロンはそんなロックハートの予想外の動きに圧倒され、反応が遅れてしまう。

 

 

 

「ロン!駄目だ!逃げてっ」

 

「遅い!!!オブリビエイト・忘れよ!!!!!!」

 

 

 

ロックハートが呪文を叫ぶとともに彼の持つ杖からは強力な閃光が放出される。

 

 

 

しかし、その閃光はロンではなく呪文を放ったロックハートに向かっていき、そして、直撃した。

 

 

 

「うわあああああああああああ!!!!」

 

 

 

呪文の直撃を受けたロックハートは吹き飛んでしまい、背後の岩壁に衝突する。

 

その衝突で彼は気を失った。

 

 

 

「そうか。ロンの杖は…………」

 

「うん。呪文が逆噴射しちゃうんだ。こいつがそれに気づかないでよかったよ」

 

「君は最初からこれを狙って………?」

 

「そうだよ。エスペランサに前に言われたんだ。戦は戦わずして勝つのが一番良いってね」

 

 

そう言って安堵したロンとハリーであったが、足元がぐらぐらと揺れ始めたのを感じて、笑顔が消える。

 

 

 

「何だ?この揺れは」

 

「ロックハートが岩壁にぶつかった衝撃で天井が崩れ始めたんだ………」

 

 

 

ガガガガという音と共に頭上から大小さまざまな岩石が落下してくる。

 

 

ハリーとロンは咄嗟に左右に分かれて岩石を回避した。

 

しかし、落下してきた無数の岩石は2人の間に積み重なり、通路を分断してしまう。

 

 

 

「ロン!大丈夫!?」

 

 

積み重なって通路を分断してしまった岩石越しにハリーが声をかける。

 

 

「ハリー!こっちは大丈夫だ。一応、ロックハートも生きてるよ。でも、この岩をどかさないと………」

 

「どうしよう……。爆発させたりしたらまた岩雪崩が起きるだろうし………。それにこうしている間にもジニーの命が………」

 

 

もはや一刻の猶予も無かった。

 

 

「ロン。僕は先に行ってジニーを救出してくる。君はその間にこの岩を何とかしていてくれ!」

 

「わかったハリー。でも無茶はするなよ?」

 

「大丈夫。エスペランサみたいにバジリスクと戦おうとしたりはしないさ」

 

 

 

そう言い残してハリーは前進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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秘密の部屋には案外、簡単に侵入することが出来た。

 

 

 

左右に蛇の銅像が並び、地面には水たまりが広がる。

 

蛇の銅像を抜けると、ホグワーツの大広間くらいの大きさがある広場が広がっていて、その奥の壁にサラザール・スリザリンと思われる人物の巨大な石像が物々しくそびえ立っていた。

 

地下のはずなのに何故か明るいのは魔法のせいであろうか。

 

 

一見、古代遺跡のようだ、とハリーは思った。

 

じっくり鑑賞したいところだが、ハリーにその時間は無い。

 

すぐにでもジニーを見つけ出し、そして、逃げなくてはならない。

何故なら、この秘密の部屋はバジリスクの住処でもあり、いつ、バジリスクが登場してもおかしくないからだ。

 

 

 

「ジニー!!!!」

 

 

 

ジニーは探すまでも無かった。

 

秘密の部屋の最深部であるスリザリンの石像の下に横たわっていたのだから。

 

 

 

「ジニー!!!!」

 

 

もう一度ハリーは叫ぶ。

 

無論、返事は無い。

 

 

ジニーの肌は色素が抜けてしまったように白くなっており、呼吸もほぼ無かった。

瀕死の状態である。

 

 

 

ハリーは彼女のそばへ杖を放り出して駆け寄り、跪く様にしてジニーに声をかけた。

 

 

 

 

「ジニー!目を覚ますんだ!!!!ジニー!」

 

 

 

 

 

「彼女は目を覚まさない………」

 

 

 

気が付くといつの間にか座り込んだハリーの横へ一人の少年がやってきていた。

 

 

青白い肌。

整った顔立ち。

高い身長。

どこか冷たさを感じさせる目。

若さを感じさせない冷静なたたずまい。

 

 

 

ハリーはこの少年を知っていた。

 

 

 

「トム………リドル?」

 

 

 

記憶の中の少年。

 

50年前にハグリッドを退校に追いやった学生。

 

 

そう。

 

 

彼は紛れもなくトム・マールヴォロ・リドル本人だった。

 

 

 

 

 

「そんな。君は記憶の中の存在じゃ………」

 

 

「そうだね。僕は記憶の中の存在だ。まあ、もうすぐそれも克服できるが………」

 

「トム!助けてよ。ジニーが死にそうなんだ」

 

「そのようだね。そして、この娘が弱るほどに、僕は確かな存在になる……」

 

「トム?君は何を言っているんだ?はやくしないとバジリスクが来るかもしれないんだ!」

 

 

 

ハリーは若干の苛立ちを感じながらトム・リドルに助けを求めた。

 

それに対してトム・リドルはハリーが投げ捨てた杖を拾い上げて、その杖を弄り回しながら涼しげに答える。

 

 

「大丈夫さ。呼ばれるまでは来ない………」

 

「呼ばれるまで??」

 

「ああ。バジリスクは継承者の命令が無いと動かない」

 

「トム。その継承者がホグワーツに居るんだ。だから早く逃げないと。それと、その杖は僕のだ。返してくれないか?」

 

「どのみち君にはもう杖は必要ないだろう?」

 

「何を言って………?」

 

「この娘に拾われた僕は、ここが僕の記憶から50年が経過した後のホグワーツであることを知った。色々と興味深かったよ。ジニーから件の魔法戦争についても聞いた。でも、彼女は血生臭い戦争よりも色恋沙汰の方が関心がるみたいでね。実に退屈だったよ。ジニーの話し相手をするのは………。英雄ハリー・ポッターともっと仲良くなりたい、とか。ハリーは全然自分に振り向いてくれない、とかね」

 

 

トム・リドルはケラケラと笑いながら話す。

 

 

「そうそう。ハリーと言えば君だ。僕はここのところずっとハリー・ポッターと話したかった。僕は徐々にジニーの身体を乗っ取っていったんだが、彼女が気づき始めてね。怖くなったんだろう。彼女は僕を捨てた。そして、君が僕を拾った。そして、僕は君に、ウスノロのハグリッドが捕まる瞬間を見せた」

 

「ハグリッドは無実だった!君は間違っていたんだ!」

 

「当たり前だ。僕でさえ数年の年月をかけて秘密の部屋を見つけ出したんだ。ハグリッドなんかにこの部屋が見つけられるはずがない。まったくどいつもこいつも………。ダンブルドアだけは僕が犯人だと疑っていたようだけどね」

 

「その言い方………。まるで君が秘密の部屋を開けたみたいじゃないか」

 

「ククク………。ああ、そうだ。僕が開けた。いや、違うな。正確に言うとジニーが開けた。僕が操っていたというのもあるが、彼女がマグル生まれを襲っていたんだよ。ただ、彼女は継承者ではない。そう、スリザリンの継承者とは僕のことだ」

 

「そんな………まさか」

 

「ところで、ハリー。僕は君に聞きたい。君は何故、あのヴォルデモートの呪いを受けても生き残ることが出来たんだ?」

 

「知るもんか。ダンブルドア先生は愛の力だって言っていた。僕の母さんの力でヴォルデモートは死んだんだ!」

 

「ヴォルデモートは死んじゃいないさ」

 

「え?」

 

「ヴォルデモートは過去であり、未来でありそして、今であるからな……」

 

「君は何を言っているんだ?いや、そもそも君は何でヴォルデモートを知りたがるんだ?」

 

「僕がいつまでもマグルの父親の名前を使うと思ったら大間違いだ。僕は在学中から親しい者たちの前ではこう名乗っていた」

 

 

 

トム・リドルは杖を一振りして、宙に文字を浮かび上がらせる。

 

 

‟Tom Marvolo Riddle”

 

 

「こんな汚らわしい名前を僕は名乗らない」

 

 

彼は杖をもう一振りした。

 

 

‟I am Lord Voldemort”

 

 

 

「これで分かったかい?僕の狙いはマグル生まれの排除じゃなくなっていた。僕の狙いはハリー君の命だった!」

 

「!!!」

 

「君は言った。ヴォルデモートの呪いから自分の命を守ったのは母の愛、だと。つまり、君に特別な力が存在したわけではないということだ!それなら襲るるに足りない。バジリスクで確実に倒すことが出来る筈だ!」

 

 

 

トム・リドル、いや、ヴォルデモートは高らかに叫ぶ。

 

 

 

「スリザリンよ!ホグワーツ四強の中で最も強き者よ!我に話したまえ!!!」

 

 

 

 

 

ヴォルデモートがそう叫ぶと、背後のスリザリンの石像の口がゆっくりと開き始める。

 

 

そして、その口の中から巨大な怪物が姿を現した。

 

 

 

「バジリスク!!!」

 

 

ハリーはバジリスクが石像の中から出てこないうちに回れ右をして走り始めた。

 

 

杖が無い今、バジリスクの前でハリーは無力である。

いや、杖があったところで無力であった。

 

バジリスクの目を見れば死が待っている。

 

ハリーに出来ることは唯一つ、バジリスクの目を見ずに逃げることのみだった。

 

 

 

 

 

「はははははは!逃げろ逃げろ!英雄ハリーポッターもスリザリンの怪物の前では無力だな」

 

 

ヴォルデモートの高笑いが聞こえる。

 

そして、巨大な怪物が体を引きずりながら追いかけてくる音もハリーの耳には届いていた。

 

 

 

「っ!?うわっ」

 

 

 

水たまりに足を取られて転倒してしまうハリー。

 

痛さを堪えて立ち上がろうとするも、足に力が入らない。

見れば手足が尋常なまでに震えていた。

 

 

そうこうしている間にもバジリスクは近づいてくる。

 

 

怪物のズリズリと近づいてくる音はまるで死へのカウントダウンであった。

 

 

 

 

 

 

 

ー怖い

 

 

ーでも、ジニーを救わなきゃ

 

 

ーどうやって???

 

 

 

ハリーは恐れた。

 

自分が死ぬことではなく、ジニーを助けられないことを。

 

 

 

 

ー僕には出来ない

 

ー杖も奪われた僕には…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー誰か………僕を助けてくれ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いなヴォルデモート。ここでくたばってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

‟ホグワーツでは助けを求めたものに常に助けが与えられる”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシュバシュバシュ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズドオオオオオオオオオオオオオオオン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 

 

 

 

突如として飛来した‟榴弾”がバジリスクの頭部を粉砕する。

 

 

 

 

飛来した榴弾は3発。

 

 

そのうち1発がバジリスクの頭部に命中し、残り2発は背後の岩壁に当たって爆発した。

 

 

 

宙に舞う怪物の肉片と血潮。

 

 

 

マグルの作り出した殺人兵器はバジリスクの持つ最大の武器であった「眼球」を四散させ、使い物にならなくする。

 

かつて、サラザール・スリザリンが苦心して作り上げた最高傑作であるバジリスクは、マグル世界では割とありふれた武器である対戦車榴弾によって戦闘能力を奪われてしまったのであった。

 

 

 

 

 

「バジリスクの頭が吹き飛んだだと!?いったい誰が!?どうやって!!??」

 

 

 

 

先程までは勝利を確信し、高笑いすらしていたヴォルデモートであったが、突如として僕であるバジリスクの頭が吹き飛ばされ、動揺を隠せずにいた。

 

 

 

 

バジリスクは悲鳴をあげながら部屋中をのたうち回る。

 

頭部からは黒煙が上がり、肉が焼ける臭いがハリーの鼻を突いた。

 

 

 

この破壊力。

 

爆音、黒煙、血の焼ける臭い。

 

 

 

ハリーは知っていた。

 

 

 

ホグワーツ城内でこんな武器を使用する人間は一人しかいない。

 

ダンブルドアが居ない今のホグワーツで唯一、バジリスクを倒すことが出来るであろう存在。

 

 

 

 

 

「誰がやった!?ダンブルドアか?いや、ダンブルドアは追放されてホグワーツには居ない………。では一体だれが?」

 

 

 

 

ヴォルデモートは秘密の部屋中を見渡す。

 

 

 

悲鳴を上げてのたうち回るバジリスクの斜め左。

スリザリンの石像の十数メートル横に土煙が上がっている。

 

そして、その灰色の土煙の中に何者かが立っていた。

 

 

 

 

「お前か!!!誰だ!?ホグワーツの生徒か?名を名乗れ!!!!」

 

 

 

 

土煙が晴れ、そこに立っている人間の姿が露になる。

 

 

 

 

 

短く刈りあげられた黒髪。

決して高く無い身長。

魔法界の人間にしては珍しく鍛え上げられた体格。

数多もの戦場を潜り抜けてきたことをが分かる精悍な顔立ち。

 

そして、魔法に染められた世界とはミスマッチな武器……個人携帯型対戦車榴弾LAMを手に持った少年…………。

 

 

 

 

 

 

 

「名乗るほどの者じゃねえけど………まあ、聞かれたからには答えないとな。俺の名前は、エスペランサ・ルックウッド」

 

 

 

 

 

少年はゆっくりと、しかし、はっきりとこう告げた。

 

 

 

 

「ヴォルデモート。お前を殺しに来た」

 

 

 

 

 

 

エスペランサ・ルックウッド。

その存在は名前が示す通り、まさに、戦場に舞い降りた‟希望”であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ハリー目線で書くのが非常に難しかったです。

最後に発射した対戦車榴弾は2発を手に持って発射(無論、魔法で武器本体を軽量化済み)、残り1発を魔法で起動させて発射しています。

トム・リドルもまさか秘密の部屋にマグルの兵器持ち込むやつが居るとは思わなかったでしょうから完全に不意打ちが決まった状態ですね。



あとフォークスの出番が……


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case 28 The last hope 〜最後の希望〜

秘密の部屋もいよいよクライマックスです。

先日、ガルパンのBDを手に入れました。
久々に大洗に行きたいです。


 

 

バジリスクは「その眼を見たもの全てを殺害する」という特殊能力を持っている。

 

 

非常に厄介で強力な能力であったが、しかし、この能力さえ奪ってしまえば近代兵器で容易に倒せる相手である。

エスペランサはそう考えていた。

 

 

故に彼は初期の段階でバジリスクの眼球を破壊しようとしたわけである。

 

だが、バジリスクの眼球を破壊するのは簡単ではない。

バジリスクの目を見ずにバジリスクの目を破壊するという所業をやってのける必要があるからだ。

 

 

そこで、エスペランサは眼球のみの破壊を断念し、眼球を含む頭部を榴弾の類で吹き飛ばすという作戦を考えた。

 

幸いなことにバジリスクはスリザリンの石像から出現、つまり、エスペランサの潜んでいた場所に背を向ける形で出現したために、彼はバジリスクの背後から攻撃することが可能となった。

要はバジリスクの目を見ずに、背後から榴弾を撃ち込めるという状況に自然となったわけである。

 

運が良かったとしか言いようがない。

 

エスペランサは心の中で安堵していた。

 

 

 

 

 

「貴様!エスペランサ・ルックウッド?一体何者だ?」

 

 

トム・リドル改めヴォルデモートが発狂する。

 

無理もない。

彼にとっての秘密兵器であったバジリスクが一瞬で戦闘不能にさせられたのだから。

 

 

「何者………か。唯の一般生徒だ。あー。ハリーの同級生だ」

 

「………エスペランサ。聞いたことがある。確かジニーが日記で僕に教えてくれた奴だ。ホグワーツ城内でマグルの武器を使う変わり者………」

 

「ジニーは俺のことそんな風に思ってたのかよ」

 

「まさか………バジリスクの頭を吹き飛ばしたのは!?」

 

「そうだ。マグルの武器だ」

 

 

エスペランサは使用済みの対戦車榴弾発射筒をヴォルデモートの足元に転がす。

 

 

「正式名称はパンツァーファウストⅢ。マグルの世界では結構オーソドックスな武器だ。まさか、こんなもので伝説の怪物バジリスクが倒せるとは思ってもみなかったけどな」

 

「!?貴様!!!」

 

「そうかっかするなって。あんたが、トム・リドル……いや、ヴォルデモートか?」

 

 

感情を押し殺した声でエスペランサが訊ねた。

 

怒りの感情をむき出しにしたヴォルデモートはエスペランサを睨みつける。

 

 

 

 

 

マグル世界の軍人と、世紀の闇の魔法使いが対面した。

 

 

 

 

 

 

「そうだ。君は誰だ?唯の学生ではなさそうだな」

 

「いや。唯の学生だ。まあ、少しは優秀な学生の部類に入るのか?」

 

「ククク。ははははは!唯の学生か。唯の学生に秘密の部屋を見つけられ、そしてバジリスクが倒されたのか。まあ、良い。いくつか質問がある」

 

「何だ?」

 

「君はいつからこの部屋に居た?」

 

「半日、いや、それ以上前からだ。あー。あそこの岩陰に潜んでた。潜んでたらジニーとお前が来て、それからハリーが遅れてやってきたな。一部始終見させてもらったぞ」

 

「何故だ?バジリスクは目だけでなく鼻も敏感だ。バジリスクは君の臭いを嗅ぎ取って見つけられたはずなのに………?」

 

「それはこれのおかげだよ」

 

 

そう言ってエスペランサは検知不可能拡大呪文のかかった鞄から空になったジェリ缶を取り出してリドルの足元に投げる。

 

 

「バジリスクの嗅覚は俺も警戒していた。だから臭い消しにガソリンを頭から被っておいた訳だ。半日以上、ガソリンの臭いを嗅ぐのはきつかったけどな」

 

 

見れば、エスペランサのローブはベトベトに汚れている。

 

彼からは鼻を突くガソリンの独特な臭いが漂っていた。

 

 

バジリスクの嗅覚が優れている事はエスペランサ自身予想していた事だ。

故に頭からガソリンを被ることで“人間の臭い”を強引に消し去るという手段を使ったのである。

これによって、秘密の部屋に長時間潜んでいてもバジリスクに見つかる事はなかったわけだ。

 

 

「成程。この臭い……。忌々しいマグルの油の臭いか。確かに、その油の強烈なにおいならバジリスクの嗅覚をごまかせるだろう。では、もう一つ質問だ。何故、君はこの部屋に入ってくる事ができた?蛇語を使えなくてはここまでたどり着く事はできないはずだが?」

 

「そりゃ、正規の入り口から入ろうとしたら蛇語は必要だろうよ。だがな、バジリスクの移動に使用されるパイプは学校中に張り巡らされている。そのパイプの一箇所を爆破して侵入するのはそれほど難しい事じゃない」

 

 

エスペランサはマートルに秘密の部屋に繋がっていそうなパイプの位置を聞きだした後、そのパイプに侵入した。

 

廊下の壁をプラスチック爆弾で破壊したところ、バジリスクの通れそうな巨大なパイプがむき出しになった訳である。

そのパイプに侵入して、一番大きなパイプを道なりに進んでいったところ、秘密の部屋にたどり着けたのだった。

 

「ほう。トイレに存在する入り口ではなく、バジリスクの移動するパイプから侵入したのか。盲点だったな。継承者以外の人間も部屋に入れる手段があるとは。素直に感心するよ」

 

「荒業だったけどな。おかげで廊下は吹き飛んだし、パイプの幾つかは駄目になったはずだ。下手したら退学だ」

 

「君は面白い生徒だな。ヴォルデモート卿を前にしても恐れずに余裕を見せる。ポッターと違って冷静だ。マグルの機械を使って継承者と怪物の正体を暴こうとしている変わり者だってジニーは言っていたが、存外、君は優秀らしいな」

 

 

リドルは気味の悪い笑顔でエスペランサのことを褒め称える。

 

 

「ルックウッド。君は2学年にしては優秀だ。僕ほどではないがね………。だが、いくら優秀でも魔法の腕は未熟だ。まともにバジリスクと戦おうとしても歯が立たないだろう。そこで、君は未熟な魔法力を補うためにマグルの武器に頼った。そういうことだね?」

 

 

エスペランサの優秀さはジニーがリドルの日記に偶に記すため、リドルも一応は知っていた。

魔法界に居ながら、マグルの道具を使うエスペランサに憤りを感じたリドルではあったが、魔法界で電子機器を使えるようにした事実や、センサーを駆使してバジリスクの居場所を突き止めようとしたエスペランサに少し惹かれるところもあったのだ。

 

何故、エスペランサという少年はマグルの武器を使うのか。

それは、単純に未熟な魔法の腕をマグルの武器でカバーしているだけに過ぎない。

リドルはそう結論付けた。

 

 

「勘違いしてるみたいだけどな。リドル。俺はマグルの武器を好んで使ってるだけだ。杖よりも銃のほうが俺にとって命を預けるに足る武器なんだよ。お前はマグルの武器を過小評価し過ぎだ。魔法の杖で一度に殺せる人数は精々十数人が限界だろう。だがな、マグルの武器は一度に数十万人を殺す事ができる。マグルの科学技術は、お前が思っている以上に発展してるんだ」

 

「戯けた事を………。一度に数十万人を殺す力を下等なマグルが持つわけがないだろう」

 

「お前はマグルの力を舐め過ぎだ。人類が生み出した中で最もたちの悪い大量破壊兵器である核爆弾は今から半世紀近くも前に生み出されている。お前らみたいな世間知らずの闇の魔法使いがマグルと戦ったら、瞬殺されるぞ?」

 

「僕が?マグルに殺される?馬鹿なことを言うな。僕は将来、マグル界を手中に収める。我々、優秀な魔法族が何故、下等なマグルから隠れて生活をしなければならないか君は考えた事はないのか?」

 

「話にならないな………」

 

「はん。君の持つそのちっぽけな武器で何が出来る?確かに、バジリスクの目は潰された。しかし、バジリスクは死んだわけではない。君はこの2年間、ヴォルデモート、つまりは僕を倒すために努力をしてきたみたいだが、それは徒労だ。僕の前には如何なる武器も無力だからね」

 

「別に俺はお前を殺すために努力をしたんじゃない。ヴォルデモートを殺すことは過程に過ぎない。俺の真の目的はこの世界から全ての悪を葬り去ることなんだからな」

 

 

「悪?僕が悪だと??なるほど。君は正義感が強いらしいな。だが、君にとっての正義が僕にとっての悪であるように、僕にとっての正義は君にとっての悪である。忌々しいマグルや低脳な奴らから真の魔法族を救うという僕の理念は僕にとっての正義なんだ」

 

「罪の無い人間を無数に殺すお前の行動に正義はない」

 

「果たしてそうなのか?人を殺す事が悪であると決めたのは他ならぬ人間に過ぎない。人間が勝手に決めた倫理が必ずしも正義であると言えるのか?君だって牛や豚を殺して食べるだろう?それと僕のマグル殺しが違うものであると説明できるかい?」

 

「あんたの行う殺しは悪意を持って行う殺しだ。生きるために仕方なく殺すって訳じゃない」

 

「いや。生きるために行うんだ。マグルは魔法族をいずれ滅ぼすぞ。それに君だって悪意を持って僕ら闇の魔法使い、いや、真の選ばれし魔法使いを殺そうとしているではないか」

 

「それは俺があんたたちを悪だと思っているからだ。まあ、そうだな。確かに俺は俺の信じる正義に則って闇の魔法使いを殺すだろう。あんたはあんたの信じる正義に則ってマグルやマグル生まれを殺す。俺ら二人の考えは根本的には同じものなのかもしれない」

 

「そうだろう。最初からそれを認めていれば良いものを」

 

「だがな。世の中の大多数は闇の魔法使いを悪であると思っているぞ。あんたらはマイノリティで俺らがマジョリティだ。俺は少数の闇の魔法使いを殺す事で多くの人命を救う。少数の悪を不幸にする事で大勢の人間を幸せにする。なあ。多数決ってのは民主主義の最も具現化した形だと思わないか?より大勢を救うために一部の悪を滅ぼすのは悪くない考えだと思うんだ」

 

「詭弁でしかない。君の救う大勢というのは無能で価値のない有象無象のことだろう。僕の救う人間は少数であれど価値のある人間だ」

 

「闇の魔法使いが価値のある人間?笑わせるなよヴォルデモート。罪の無い人間を殺戮するだけしか能が無い連中に価値などない!」

 

 

 

エスペランサとヴォルデモートの主張がぶつかり合う。

 

互いに確固たる理念があり、そして、両者ともにそれを信じて疑わない。

 

 

それぞれが自分の考えを善であると思い、相手を悪であると決めつける。

 

 

一般論からすればエスペランサが善で、ヴォルデモートが悪であるのかもしれないが、闇の魔法使い側からすればヴォルデモートが善でありエスペランサが悪だ。

多数決を良しとする民主主義の世界ではエスペランサが善という結論になるが、ヴォルデモートは民主主義の世界に身を置かない人物である。

 

故にどちらが正しいと結論付けるのは不可能であろう。

 

ヴォルデモート側からすればヴォルデモートが正しく、エスペランサ側からすればエスペランサが正しい。

 

 

 

「何を言おうと、君と僕では考え方が違う。説得も交渉も不可能だ。どちらが正しいか、というのは決闘で決着をつけるしかないな」

 

「ああ。そうだろう。結局のところこの世界では勝った方が正義だ。力ある者の理念のみが認められる………」

 

「はははは。良く分かってるじゃないか。君は実に惜しい人材だよ。是非とも僕の陣営に迎え入れたいところだが………」

 

「お断りだ」

 

「だろうね」

 

 

 

戦争というのは勝者が正義だ。

 

この考え方は実は第1次世界大戦の時までには無く、第2次世界大戦のときから生まれた考え方であった。

 

 

1次大戦までは敗戦国に賠償金が請求されることがあっても戦争責任を取って政府関係者や軍人が裁かれることは無かった。

 

敗戦国はあくまで敗戦国であって悪者とはされなかったのである。

 

 

しかし、第2次世界大戦では敗戦国は完全な悪者として扱われるようになり、逆に戦勝国は世界から英雄ともてはやされた。

敗戦国は裁かれ、今日に至るまで戦争における悪人として生きてきている。

 

もし仮に、ドイツや日本が戦争に勝っていたら、米国や英国が悪者とされていただろう。

 

ナチスがかつて行った残虐行為も連合国が負けていたら悪とされることは無くなってしまうのである。

 

 

勝者が正義。

 

しかし、勝者が正しい人間でなければ、その正義は歪んだものになってしまう。

当たり前のことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴォルデモートは杖を掲げる。

 

エスペランサも杖を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ルックウッド。バジリスクはまだ死んではいないぞ。眼球は破壊されたが、まだ、その巨体と猛毒を含んだ牙は健在だ」

 

「俺にとっては唯のデカい的でしかねえよ!」

 

 

 

 

 

戦いの火ぶたが落とされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先手を取ったのはエスペランサである。

 

 

「“エレクト・テーレム・リミット・トライ!!!”」

 

 

鞄から飛び出した3丁の自動小銃は襲い掛かってきたバジリスクの尻尾に無数の弾丸を撃ち込む。

眩いマズルフラッシュが薄暗い岩壁を照らし出し、連続射撃音が部屋内を木霊した。

 

5.56ミリNATO弾はバジリスクの表皮を削り取っていく。

宙に浮かぶ自動小銃は、弾倉に弾丸が無くなると自動で弾倉を新しい物に交換するようになっていた。

だから弾幕が途切れるということが無い。

 

床には空になった弾倉と空薬きょうが数百も転がっていく。

 

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアア」

 

 

バジリスクが悲鳴を上げる。

身体に無数の弾丸が直撃したのだから無理もない。

 

それでいて尚、絶命しないのがバジリスクの恐ろしいところであった。

 

 

「ちっ。“プロテゴ・リフレクション!”」

 

ヴォルデモートはハリーの杖で即座に防護呪文をかける。

バジリスクを透明なシールドが覆い、無数に放たれた銃弾は反射された。

 

プロテゴ・リフレクション。

防護呪文の中でも最も高度な呪文だ。

 

飛来した銃弾や魔法を反射させ、逆に敵に向かわせるというもので、決闘クラブではスネイプが使用していた。

反射した銃弾や魔法の威力は本来ならば半減するはずなのだが、ヴォルデモートの魔法力が高過ぎるのか、威力は一切半減していない。

 

威力を保ったままの銃弾が回れ右してエスペランサを襲いにかかる。

 

 

「“インターセプト・リミット・デュオ 武器を二つに限定して迎撃せよ”」

 

 

エスペランサもすかさず迎撃のための呪文を唱えた。

反射された銃弾を新たに取り出した小銃によって迎撃。

 

空中で銃弾がぶつかり合い、火花を撒き散らした。

 

 

 

「“アクシオ・パンツァーファウスト”」

 

 

エスペランサは新たに2つの対戦車ロケット弾を取り出し、それらを両手で構える。

本体だけでも20キロ近いロケット弾を片手で持てるのは対戦車ロケットの重量を極限まで軽くしているからだ。

 

魔法でプループを伸ばす動作などが自動で行われる。

 

迷わず引き金を引き、対戦車弾をバジリスクに撃ちこんだ。

 

カウンターマスと呼ばれる重りが発射筒の後方から吹き飛び、発射による反動が最小限に抑えられる。

ロケット推進で弾頭が真っすぐバジリスクへと向かっていった。

 

 

「何度同じものを撃っても無駄だ!」

 

 

リドルは無言呪文で向かってきた対戦車ロケットを弾き飛ばし、バジリスクに攻撃命令を下す。

 

 

「バジリスク!ルックウッドを踏み潰せ!!」

 

 

バジリスクは尻尾をばねにして飛び上がりエスペランサに飛びかかった。

総重量が数トンはあると思われる大蛇の体当たりはエスペランサにとって十分な脅威である。

 

 

「“エレクト・テーレム!!リミット・インターセプト・ボム!!!」

 

 

鞄から無数の手榴弾とスタングレネードを飛び出させ、迎撃させようとするエスペランサ。

しかし。

 

 

「同じ手は通用しない!‟エクスペリアームス 武器よされ”」

 

 

飛び出した手榴弾やスタングレネードは四方八方へ吹き飛ばされる。

武装解除呪文で強制的に武器が制御外にはじき出されたようだ。

 

 

「やるじゃねえか!!流石はヴォルデモートだ」

 

 

恐らくヴォルデモートはまだ本気を出していない。

いや、出せていないのだ。

 

まだ、彼は記憶の存在。

 

ジニーが存命している間は彼本来の力を出し切ることは出来ないだろう。

 

 

(だが、それでもこの強さ。油断できない………。それに戦いを長引かせるほどにジニーは死に近づき、そして、ヴォルデモートは力を取り戻してしまう。早期に決着をつけなくては!!!)

 

 

エスペランサはバジリスクの攻撃を咄嗟に避けたのち、蛇の銅像の後ろに隠れ鞄から重狙撃銃を引っ張り出す。

 

銅像のような遮蔽物に隠れていれば武装解除をされる心配もない。

 

 

 

「そこだバジリスク!尻尾で薙ぎ払え!!!!」

 

「遅い!」

 

 

 

エスペランサは極限まで魔法で軽量化されたバーレット重狙撃銃の銃口を襲い掛かってきたバジリスクに向ける。

 

ズドンズドンと鈍い音が鳴り響き、バジリスクの尻尾の先が吹き飛ばされた。

 

 

装甲車の装甲すら貫通させるバーレット重狙撃銃の威力は尋常ではない。

5.56ミリの弾丸では致命傷にならなかったが、バーレット重狙撃銃から発射された12.7ミリの弾丸は硬いバジリスクの尻尾の先を粉砕することすら容易であった。

 

 

「こんな威力のマグルの武器を容易く扱う……だと?マグルの銃というのはもっと重くて扱いにくいものだったはずだ」

 

 

マグルの孤児院出身のヴォルデモートは銃がどのようなものなのかは知識として知っている。

 

だが、その知識によれば銃というものは決して軽いものではなく、ハンドガンのような小さなものであっても子供が撃てば肩を脱臼する恐れさえある扱いが難しいものだったはずだ。

それなのに、エスペランサ・ルックウッドという少年は見るからに重そうな重狙撃銃を片手で軽々と持っている。

しかも、発射される弾丸は全てバジリスクに命中していた。

不自然としか言いようが無い。

まるで魔法がかかったよう………。

 

 

 

 

「そうか。武器の起動だけでなく、武器の軽量化とホーミング機能も魔法で行っている訳か。なるほど」

 

 

ヴォルデモートはニヤリと笑うと杖をエスペランサに向ける。

 

エスペランサは丁度、バジリスクの攻撃を避け、重機関銃を怪物の腹部に向けている最中であった。

 

 

「‟フィニート・インカーターテム 呪文よ終われ”」

 

 

 

フィニート・インカーターテム。

かけられた魔法を強制的に終了させる魔法である。

難易度はそこまで高くなく初歩的な呪文であるが、魔法使いにとっては習得が必須の魔法であった。

 

簡単な呪文ではあるが、エスペランサにとってはこれが致命傷となる。

 

彼は所有する銃火器、榴弾、爆薬のほとんどに軽量化やホーミング機能などの何らかの魔法をかけていたからである。

ヴォルデモートの魔法強制解除呪文によってエスペランサが検知不可能拡大呪文のかけられた鞄から取り出していた銃火器にかけられた魔法は全て解除されてしまった。

 

 

 

「なっ……!?」

 

 

エスペランサの持つバーレット重狙撃銃にかけられた軽量化の呪文が解除される。

M82バーレット重狙撃銃の重量は12キロを超える。

彼はその重量を1キロ未満にまで軽量化して片手撃ちを実現させていたが、ヴォルデモートの呪文によって1キロ未満となっていた銃の重量が一瞬で12キロに戻ってしまう。

身体を鍛えているエスペランサと言えども12キロの銃を片手で持てるはずがない。

彼の手は重量に耐えられず、銃を取り落してしまう。

 

 

ガシャアアアアン

 

 

冷たい床に狙撃銃が落ちる。

 

 

「やはりそうか。君は武器の一つ一つに魔法をかけていたんだろう。それならばフィニートは非常に有効な手段だ」

 

「………くっ」

 

 

エスペランサがバジリスクを攻撃するために鞄から出した数丁の小銃と対戦車榴弾も同様に魔法が解除され、自動射撃能力とホーミング機能、自動装てん機能が使い物にならなくなっている。

 

対魔法使い用に施した細工は全て無力化されていた。

 

 

(大丈夫だ。魔法が解除されたのは鞄から出していた僅かな銃だけ。鞄の中に入っている銃火器にかけられた魔法はまだ有効!勝機はある!)

 

 

エスペランサが鞄から出していた銃火器は全体の1割程度の武器。

残りの9割は魔法がかけられたまま無傷で温存されている。

昨年度のように全武器を同時に起動させれば勝機は十分にあった。

 

本来の力をまだ完全に取り戻せていないヴォルデモート相手になら全銃火器を起動させての飽和攻撃を仕掛ければ勝てる可能性がある。

 

エスペランサはそう思い、勝負に出る。

 

 

 

「‟エレクト・テーレム 武器よ起動せよ!”」

 

 

彼は杖を振り上げて呪文を唱える。

 

 

鞄に保管された全ての銃火器を起動させ、飽和攻撃を行うための呪文。

別名、ハルマゲドンモード。

現時点でエスペランサが出せる最大の火力。

彼の切り札であった。

 

 

(ハルマゲドンモードを起動したからには、ここで確実に決着をつけなくてはならない!)

 

 

ハルマゲドンモードはその性質上、全ての武器弾薬を使い切ってしまう。

1度しか使用できない上に、使用後は手元に一切武器が残らないというリスクの高い攻撃でもあった。

 

 

 

「甘いな………。君は魔法使いを相手にした戦いをまだ理解していないようだ」

 

 

ヴォルデモートは不敵な笑みを浮かべて杖をエスペランサに向ける。

 

向けられた杖の先から炎が飛び出る。

炎を出す魔法はホグワーツでも下級生の時に教わるが、ヴォルデモートの出した炎は通常のそれとは大きく異なる形であった。

 

まず、温度が桁違いである。

周囲の水たまりの水が一瞬にして蒸発する温度。

 

そして、形。

普通の炎と違って、その炎は形を持っていた。

 

 

「蛇型の………炎だと???」

 

 

蛇の形をした炎。

エスペランサは知る由も無かったが、ヴォルデモートの出したそれは「悪霊の炎」と呼ばれる最大級の闇の魔術であり、その炎は分霊箱をはじめとした通常攻撃では破壊できないものですら破壊が可能である。

 

 

エスペランサに突っ込んできた悪霊の炎は彼の持つ検知不可能拡大呪文のかけられた鞄に直撃した。

 

 

「ぐあああああ!!!!!」

 

 

薄汚れた鞄は一瞬にして灰と化してしまった。

 

 

エスペランサ自身も無事ではない。

 

腹部は焼けただれ、血と肉が焼ける臭いが鼻を突く。

腰につけていた装備品は片っ端からスクラップになってしまっていた。

 

 

「ぐっ……これでは……武器が」

 

 

彼の強さの神通力であった検知不可能拡大呪文のかけられた鞄が唯の灰になってしまったことで、もうエレクト・テーレムは発動が出来なくなってしまった。

 

それだけではない。

 

所有する武器のほとんどを鞄に保管したままであった。

故にエスペランサは一瞬にして所持する武器弾薬を失ってしまったのである。

 

 

(銃火器のほとんどを失った今、俺が勝てる確率は…………無い!?)

 

 

エスペランサは絶望する。

 

 

今手元にある武器は12キロに重量が戻ってしまったバーレット重狙撃銃が1つ。

悪霊の炎による被害を運良く免れた腰のホルスターに入っているM92拳銃と若干の弾薬。

そして、ここに至るまでの戦いで鞄から取り出していて、尚且つ、まだ弾薬が残っているM16小銃のみ。

 

それらの弾薬はかき集めても100発に満たない。

 

エスペランサ自身も深手を負い、自由に身体を動かせる状態ではない。

 

 

 

「万策尽きたか…………」

 

 

彼はヴォルデモートを睨む。

 

対するヴォルデモートは涼しい顔をして立っていた。

 

 

「もはやこれまでだな。ルックウッド。まあ、バジリスクをここまで傷つけたことは称賛に値する。その称賛の意味を込めて、君にはバジリスクの餌にでもなってもらおうか」

 

 

ヴォルデモートは蛇語で傷だらけのバジリスクに指示を与える。

 

おそらく、「ルックウッドを捕食しろ」とでも言っているのだろう。

バジリスクは頷いた後、ゆっくりとまだ残っていた牙を煌めかせながらエスペランサに近づいてくる。

 

 

 

「………大人しく殺されるとでも思ったのか?俺は元軍人だ。降伏するくらいなら最後まで戦って死んでやる」

 

 

エスペランサは焼けただれた足に精一杯の力を入れて立ち上がり、傍らに落ちていたM16を拾い上げる。

 

軽量化の魔法が解除され、本来の重さが戻っている小銃は想像以上に重い。

だが、彼はその重さに懐かしさを覚えていた。

 

 

(ああ。銃の重さって………こんなかんじだったな。ここ最近は軽量化した銃しか持ってなかったから、忘れていた)

 

 

ズシリと重い小銃を構え、銃口をバジリスクに向ける。

 

 

懐かしい感覚だ。

そう彼は思う。

 

かつては毎日のようにこうして銃を構えていた。

 

何人も殺し、そして何人も守ってきた。

 

 

 

戦場での記憶が走馬灯のように思い出される。

 

 

 

初めて銃を撃った時。

 

初めて実戦に赴いた時。

初めて仲間を失った時。

 

仲間と笑い合って帰還した時。

 

 

 

 

そして、あの最悪の記憶。

 

 

罪の無い人間が一瞬にして惨殺されるという地獄。

 

 

 

 

「クソッ!ここで俺は負けるのか!?俺が負けたらヴォルデモートがまた罪の無い人間を殺す世の中がやってくるんだぞ!!!」

 

 

 

 

奇跡など信じたことは無かった。

 

 

神に祈ったことも無かった。

 

 

この世で信じられるのは自分の力だけだと思っていたからだ。

 

 

 

 

 

だが、エスペランサは初めて助けを求めた。

 

自分の命を救ってほしくて助けを求めたのではない。

 

 

 

あの、邪悪なヴォルデモートという存在を倒す力を、彼は求めたのである。

 

 

 

 

 

 

「誰でも良い……。力を貸してくれ。無力な俺に……。あいつを倒せるような力を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

刹那、秘密の部屋に鳴き渡る不死鳥の声。

 

独特の甲高い声を轟かせながら真っ赤な羽をなびかせながら不死鳥が大蛇へと急降下攻撃をしかける。

 

不意を取られたヴォルデモートは不死鳥へ攻撃をするタイミングを逃す。

 

赤い閃光となって突撃した不死鳥はバジリスクの失われた頭部を貫く。

 

 

絶叫する蛇。

 

 

 

 

それと同時に一人の少年がどこから持ってきたのか分からない‟銀色の剣”を振りかざしてバジリスクへと向かっていく。

 

 

 

生き残った男の子。

 

ハリーポッターだ。

 

 

 

 

 

ホグワーツでは助けを求めたものにそれが与えられる。

 

エスペランサ・ルックウッドも例外ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 




ヴォルデモート相手に戦うなら最低でも一個中隊規模の部隊が必要だと思います。
流石に個人だけでは倒せなさそうだな…と


感想ありがとうございます!


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case29 The end of the fight 〜終戦〜

仕事が始まってしまう……

仕事の前に1話投稿です!
感想お気に入りありがとうございます!嬉しいです。


 

 

エスペランサ・ルックウッドとヴォルデモートの戦いは昨年度の賢者の石を巡った戦いよりも激しい物となっていた。

 

飛び交う銃弾。

ぶつかり合う榴弾。

 

あちこちで爆発や破裂が起こり、秘密の部屋は原形を留めないほどに破壊され尽くされていた。

 

 

そんな戦いをハリー・ポッターは岩陰から隠れて見ていた。

 

 

(何だこの戦いは!!??僕が首を突っ込める隙が一切ない!!)

 

 

ハリーも助太刀したい気持ちでいっぱいであったが、とてもじゃないが戦いに加わることの出来る状況にはなかった。

 

無数の銃弾が音速で行き交い、あちらこちらで爆発が起こっていて、しかも、バジリスクが暴れる戦場に杖すらないハリーが飛び込んでいけば、即、死が彼を迎えることになるだろう。

 

自分と同じ年の少年であるエスペランサはこれほどまでに激しい戦場に身を置きながらヴォルデモートと渡り合っていた。

彼がこの2年間で相当な努力と戦闘のための準備をしてきたかが分かる。

 

 

だが、エスペランサが本気を出してもやはりヴォルデモートは強大であった。

 

エスペランサの繰り出す攻撃を全て跳ね返すだけでなく、同時にバジリスクの操作と防衛までこなすヴォルデモート。

まだ完全に力を取り戻していない状態でここまでの戦闘をやってのけるヴォルデモートはやはり魔法界でも最強の存在なのだろう。

 

 

あっという間にエスペランサの魔法を無効にし、悪霊の炎で武器の9割を無力化してしまう。

悪霊の炎はエスペランサの身体をも損傷させ、勝敗を決してしまう。

 

 

 

「エスペランサ…………」

 

 

傷ついても尚、立ち上がり、銃を構えるエスペランサを見てハリーは立ち上がる。

この状況を打破できる力をハリーは持っていない。

しかし、友人がやられるところを黙って見ているわけにもいかなかった。

 

そんなハリーの気持ちに応えたのだろうか。

 

突如として上空から不死鳥のフォークスが飛来する。

 

 

そして、フォークスは古い組み分け帽子をハリーに投げ落とした。

 

 

「これは………剣??」

 

 

組み分け帽子の中には見たこともない剣が入っていた。

 

 

グリフィンドールの剣。

ゴブリンが作り上げた傑作であり、自身を強くするための物質なら何でも取り込んで自動で強化してしまうという剣。

 

バジリスクとの戦闘においてはカウンターウエポンとなり得る武器である。

 

 

おそらくダンブルドアが送ってくれたのだろう。

 

何の根拠も無かったが、この剣はバジリスクを倒すことの出来るものだとハリーは確信した。

 

ヴォルデモートはまだフォークスにも剣にも気づいていない。

エスペランサを殺すことに集中している。

 

チャンスは今しかなかった。

 

 

 

 

「うおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛び出してきたハリーはグリフィンドールの剣をバジリスクの腹部に突き刺した。

 

 

腹部からは鮮血が噴き出し、返り血でハリーが赤く染まる。

 

 

 

「ハリーポッターだと!!??」

 

 

ハリーのことを完全に失念していたヴォルデモートは驚愕する。

 

バジリスクはうめき声をあげてのたうち回り始めた。

 

 

 

「ハリー!!!その剣は!?」

 

「分からないけどフォークスが届けてくれたんだ!」

 

「フォークス??」

 

 

エスペランサも剣を片手に飛び出してきたハリーに驚きを隠せない。

 

 

銀色に眩く光る剣をハリーはさらにバジリスクの腹部に突き刺し、グイっとひねりを加える。

肉が剣に絡まり、鮮血がさらに噴出した。

 

しかし、バジリスクは絶命しない。

 

 

 

「たかが剣一本でバジリスクが倒せると思ったのか!!!バジリスク!ポッターを殺せ!!!!」

 

ヴォルデモートはバジリスクに新たな指示を与える。

 

バジリスクは苦しみもがきながらもハリーを食い殺そうとしてボロボロになった口を開く。

バジリスクの腹部に剣を突き刺していたハリーは逃げ遅れる。

 

バジリスクの頭部とハリーとの距離は2メートル程度しかない。

 

 

 

「させると思うか??」

 

「何!?」

 

 

完全に体勢を立て直したエスペランサは杖をハリーを今まさに食い殺そうとしているバジリスクに向けた。

 

 

「‟ステータム・モータス 強制回避せよ!”」

 

 

 

エスペランサが敵からの攻撃を回避するために習得した呪文。

 

スネイプとの決闘における初手で初披露したマイナーな呪文である。

呪文をかけた対象を強制的に5.6メートル離れた位置に瞬間移動させる魔法であり使い勝手は非常に悪かったが、エスペランサはこの魔法に全てを賭けた。

 

 

バジリスクは魔法によって強制的にその巨体ごと6メートル後方へ移動させられる。

バジリスクが移動させられた場所は一見何の変哲もない空き地であった。

が………。

 

 

「何だその呪文は。たった数メートルを移動させるためだけの魔法を使って何が………!?なんだあの紐は!!??」

 

 

ヴォルデモートはバジリスクが飛ばされた空き地には数本のワイヤーが張られていた。

 

 

 

「保険の為に作っておいたキルゾーンだ」

 

 

エスペランサはニヤリと笑う。

 

 

彼はヴォルデモートが銃火器や榴弾をあしらうことを想定していた。

検知不可能拡大呪文のかかった鞄を無力化してくるところまでは予想していなかったが、それでも、保険としてバジリスクを嵌めるためのトラップは張っておいたほうが良いだろうと思ったのである。

 

そこで、秘密の部屋のある一か所にワイヤーで作動するプラスチック爆弾を複数個設置しておいた。

 

無論、それらを起爆させるにはワイヤーを張った場所までバジリスクを誘導するか強制移動させる必要があり、タイミングを見計らうのは非常に困難であったわけである。

 

ステータム・モータスの呪文でバジリスクを強制的に移動させることの出来る範囲は半径6メートルの円周上のみ。

ワイヤーを張ったキルゾーンからぴったり6メートル離れた場所にバジリスクが来なければ罠に嵌めることは出来なかった。

 

 

ハリーが剣をバジリスクに突き刺したことで、バジリスクがのたうち回り、偶然にもキルゾーンから6メートル離れた場所に侵入したため、エスペランサは勝機を得たのである。

 

 

 

数トンはあるバジリスクの巨体が張り巡らされたワイヤーを切る。

 

切られたワイヤーの延長線上に設置されたプラスチック爆弾はそれによって起爆した。

 

 

 

 

ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン

 

 

 

 

凄まじい爆発が起きる。

 

プラスチック爆弾が連鎖爆発したのだから、その威力は計り知れない。

秘密の部屋をグラグラと揺らし、岩壁を爆風が粉砕する。

 

バジリスクの周りは紅蓮の炎に包まれてしまった。

 

 

 

「不味い!バジリスクが!!‟プロテゴ まも…………」

 

 

咄嗟にバジリスクをプラスチック爆弾の爆風から守ろうとしたヴォルデモートであったが、それをハリーが阻止しようとする。

 

 

 

「トム・リドル!!!!君はただの記憶に過ぎない!!!君の本体はその日記帳だ!!!!」

 

 

 

ヴォルデモートの足元にはリドルの日記が転がっていた。

 

ジニーはその日記を使うことによってトム・リドルに操られたらしい。

また、リドルはジニーが死ぬことで自身が完全に肉体を得ることが出来る、つまり、現段階ではまだ肉体を持っていないということを仄めかしていた。

要するに、トム・リドルの本体は別にあると言う事だ。

 

その別にある本体こそ、リドルの日記なのだとハリーは確信した。

 

 

 

「やめろおおおおおおおお!!!」

 

 

ヴォルデモートはハリーを止めようとするが反応が遅れる。

 

バジリスクを守るか、日記を守るか、一瞬考えてしまったため動作に遅れが生じたのだ。

 

日記に突進してきたハリーは剣を振り上げる。

 

 

 

リドルの日記はヴォルデモートの分霊箱の一つであった。

つまりヴォルデモートの魂の一つである。

そして、分霊箱を破壊する手段の一つとしてバジリスクの猛毒が存在する。

グリフィンドールの剣は己を強化するためにバジリスクの毒を吸収していたため、リドルの日記を破壊するための武器と化していた。

 

 

 

ハリーはグリフィンドールの剣を振り下ろし、リドルの日記に突き刺した。

 

その途端にヴォルデモートは悲鳴を上げる。

 

 

 

「ぐわあああああああああ!!!!」

 

 

 

剣が突き刺さったリドルの日記の黒い表紙からはどす黒い血のような液体が噴き出していた。

 

ドバドバと滝のように流れ出す液体が地面を湿らせる。

それと共にリドル、いや、ヴォルデモートの身体にも異変が起き始めていた。

 

殆ど生身の肉体を取り戻しかけていたヴォルデモートであったが、ハリーが剣を日記に突き刺してから、その肉体が徐々にノイズが走ったようにブレ始める。

ヴォルデモート自身も余程苦しいのか、絶叫していた。

 

 

 

「く、もう少しで………完全な肉体が……取り戻せたというものを………」

 

 

ヴォルデモートは憎悪を露にして未だ日記に剣を突き刺したままのハリーとそして、エスペランサを睨みつける。

 

 

エスペランサの背後では複数個のプラスチック爆弾がワイヤートラップによって作動し、爆発していた。

 

オレンジ色の炎が激しく上がり、土煙と吹き飛ばされた瓦礫に視界がけぶる中、エスペランサは小銃を消えゆくヴォルデモートに向けて立っている。

悪霊の炎で焼き払われた脇腹は真っ赤に焼けただれ、バジリスクとの戦闘で身体のあちこちを負傷しながらも尚、彼は銃口をヴォルデモートに向けていた。

 

スリザリンの生み出した怪物であるバジリスクもプラスチック爆弾の連続攻撃に耐えることは出来なかった。

 

紅蓮の炎の中で巨大な大蛇の身体が黒焦げになりながら崩壊していくのが見える。

断末魔の声を上げてドウっと地面に倒れこむ怪物を背にしてエスペランサは言った。

 

 

「3.5kgあれば幅200mmの鉄製H鋼を爆発の一撃で切断できるプラスチック爆弾の連鎖攻撃だ。お前は魔法界からマグルを追放する礎とするつもりだったんだろうが、残念だったな。お前の切り札はマグルが開発した武器によって粉砕された!そして、ヴォルデモート。お前の存在も時期に消える」

 

 

ヴォルデモートの身体は白い光を噴き出しながら徐々に消えようとしている。

 

その反面、ジニーの顔には血の気が戻って来ているのがわかった。

激しい戦闘の中、何故かジニーに銃弾が跳弾したりしなかったのだが、それはヴォルデモートが守っていたからに他ならない。

ヴォルデモートはジニーの魂を吸収することで肉体を具現化しようとしていた。

なので完全に肉体を取り戻すまではジニーに死なれては困る、というわけだ。

 

 

「ぼ……僕が、マグルなんかに……負ける筈が」

 

「いや。お前の負けだ。そして、俺の勝ちだ。ヴォルデモート。最初に言ったよな。勝者が正義で敗者が悪だ。これで決まりだな。俺こそが正義だった、と」

 

 

エスペランサは勝利を宣言する。

 

ハリーとフォークスの手助けがあったからこその勝利ではあったが、結果的にバジリスクもヴォルデモートも撃退することに成功した。

作戦目標を達成したのだからこれは勝利と呼んでも良いだろう。

 

 

 

「はははははは。まあいい。今回は僕の負けだ。君を少し過小評価していたようだ。ああ。負けを認めよう。だが、ヴォルデモート卿は過去であり現在であり、そして、未来だ。この時代で未来の僕が、また力を取り戻して君たちを……闇に葬るだろう。せいぜい今を楽しんでおくことだ」

 

消えゆくヴォルデモート、いや、トム・リドルはエスペランサにそう言い聞かせる。

 

だが、エスペランサはニコリともせずに冷たく言葉を返した。

 

 

「悪いがヴォルデモート。俺にとってお前を倒すことは俺の最終目標を達成するためのプロセスに過ぎない。そうだな。おそらく未来のトム・リドル、つまり現在のヴォルデモートは近い将来、力を取り戻して襲い掛かってくるだろう」

 

「………………」

 

「だが、そうなったらまた俺が迎え撃つ。覚悟しておけ。マグルの力を舐めるなよ?」

 

「くくく………。君と又戦うのを楽しみにしているよ。エスペランサ・ルックウッド…………」

 

 

そう言い残してトム・リドルは消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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秘密の部屋を脱出するのは一筋縄ではいかなかった。

 

まず、悪霊の炎で腹部を焼かれたエスペランサがまともに動けなくなったからである。

不死鳥のフォークスの涙には全ての傷を治す力があるらしく、フォークスが彼の腹部に涙を流してくれたおかげで火傷は速攻で治ってしまったが(エスペランサは不死鳥の涙を是非とも野戦病院に配りたいと思い、フォークスの目に砂をかけて無理やり涙を出させようとしたが、ハリーに止められた)………。

 

 

次に目を覚ましたジニーがワンワン泣き出して、それを慰めるのに時間がかかってしまう。

ジニーが泣いた理由はヴォルデモートに操られて自分がとんでもない事をしてしまったという自責の念から来るものと、リドルが勝手にジニーのハリーへの恋心をバラしてしまったことを知ったからということと、どさくさに紛れてハリーに抱き着いて泣いていたのをエスペランサに見られたことが原因であった。

 

さんざん自分を責めて泣いたジニーを宥めて、何とか部屋を出ようとした3人だったが。

ここで、エスペランサが寄り道をしてしまう。

 

プラスチック爆弾によって絶命したバジリスクは鼻より上が完全に吹き飛んでいたが、口元は割と無傷で残っていた。

 

エスペランサはその口元に残る牙に目を付けたのである。

 

バジリスクの牙にはヴォルデモートの魂を葬るほどに強力な毒が含まれている。

これを武器に転用させたら確実に戦力となるだろう。

彼はそう思って数十本の牙を魔法で引っこ抜き、かろうじで破壊を免れた雑嚢に詰め込んだ。

 

ハリーとジニーは怪訝そうにそれを眺めていたが、特に何も言わなかったのはエスペランサが奇行に及ぶのはいつものことだからだろう。

 

 

爆発や銃弾でボロボロになった秘密の部屋を出ると、ロンが道を塞いでいた岩を何とかどかして待っていた。

ロンとジニーは再会を涙して喜んだ。

 

ロンの傍らにいるロックハートが記憶喪失なのをエスペランサは不思議がったが、ロンがセロテープだらけの杖をフリフリとかざすのを見て何となく状況を察する。

また、ロンが勝手に彼の拳銃を持ち出していたことにも驚いた。

今度からは机に鍵をかけようと思ったが、鍵くらい魔法で簡単に攻略されてしまうことをエスペランサは思い出した。

 

その後、なんやかんやあって、小銃を担いだエスペランサに、組み分け帽子と剣を持ったハリー、記憶喪失でいつも以上にポンコツなロックハート(ロンもエスペランサも記憶喪失になったロックハートが気に入っていた)にウィーズリー兄妹を不死鳥のフォークスが怪力で持ち上げて、元居た女子便所まで帰してくれた。

 

体長1メートルもない鳥が人間5人を持ち上げて飛行することに疑問しか浮かばないエスペランサだったが、「まあ魔法生物だもんな」という一言で片づけることにした。

 

バジリスクもそうだが、不死鳥も相当にアレな存在だ。

 

トイレで待っていた嘆きのマートルはハリーに未だに足がついているのを確認すると残念そうに「死んだらいつでもここに来てね」と言う。

ロンがジニーに「ライバル出現だな」と耳打ちしてジニーが真っ赤になるのをエスペランサは呆れたように見ていた。

 

 

「さっきまで死ぬ思いで戦ってたのが嘘みたいだ。ハリーに恋するゴーストとロンの妹。何でもありなダンブルドアの鳥に記憶喪失のロックハート。突っ込みどころ満載でとても突っ込みたいんだが。もう今日は疲れた。突っ込むのは止めだ」

 

「ははは。僕も疲れたよ………」

 

 

ハリーもゲッソリして言う。

 

この1年、ハリーは厄年としか言いようがないくらいに不幸が続いた。

来年からは平和であると良いよな…とエスペランサは願う。

 

 

「それはそうと。エスペランサ。君、またひとりで戦おうとしただろう。僕たちに頼ってくれれば良いのに……。まあ僕たちじゃ力不足だけどさ」

 

「いや。そんなことは無い。今回はハリーやロンが居なければ勝てなかった。改めて礼を言う。ありがとう。いや、もう一人で戦うのには限界があるな……」

 

 

これはエスペランサの本音だった。

 

今回の戦いでエスペランサは単独での戦闘が如何に困難であるかを思い知った。

戦闘部隊を編成して戦えばどんなに楽だっただろうか………。

監視カメラを用いてバジリスクの出現を監視するなどの行動も一人では難しかったのを思い出す。

 

 

「それに……もう一人では戦えない」

 

「???」

 

 

エスペランサは悪霊の炎に焼かれて灰になってしまった検知不可能拡大呪文のかかった鞄を取り出す。

悪霊の炎でここまで焼かれた鞄はレパロを使っても修復不可能だろう。

すでに原形を留めていないし、闇の魔術で破壊されてしまったのだから。

 

フローラ・カローからもらったこの鞄を失ってしまったことでエスペランサは無数の銃火器や弾薬を携行することも出来なくなったし、彼の切り札であったエレクト・テーレムの呪文による武器の飽和攻撃も出来なくなってしまった。

これまでは単独でもそれなりの火力と汎用性で戦えていたが、神通力が無くなってしまった今、彼はただの一般兵士に成り下がってしまったのである。

 

今後の戦い方は相当に考える必要があった。

 

 

「お説教は後にして、早く寮に帰ろう。お腹ペコぺコだ。ジニーもだろ?」

 

「うん」

 

「じゃあ、マクゴナガルに事の顛末を報告する前にロックハートをどっかに置いてきて、寮の談話室で何か食べよう。エスペランサもそれで良いだろ?」

 

 

ロンが言う。

 

 

「はあ……。本来なら真っ先にマクゴナガルに報告をするべきなんだろうが…………。まあ、良いんじゃないか?どうせこの時間だし教職員は寝てるかもしれない。それに………」

 

 

エスペランサはため息交じりに言う。

 

 

「俺も今日は疲れた………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




チート道具も失ってただの兵士になってしまった主人公。
今後、どう戦うか………。


原作7巻で杖がレパロで直らなかったこともあったので、悪霊の炎に焼かれた鞄も復元不能にしました。
登場したプラスチック爆弾はトロールを倒した奴と同じC4です。

分霊箱のヴォルデモートがどうやってジニーを使って肉体を取り戻すのか、自分も疑問だったのですが、適当に魂でも吸収するんだろと思って書きました。まあ、あいついつでも何でもありなことするし………。

主人公の「マグルを舐めるな」という台詞はスネイプとの戦いと逆の状況になっていることに注目したいです。


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case30 Returning to daily life 〜取り戻された日常〜

かなり投稿が遅れました。
本当に申し訳ありません汗

感想の返事も遅くなり申し訳ないです。

次はなるべく早めに投稿したいと思ったり・・・

今回で2巻の内容は終了となります。




 

 

エスペランサたちはジニーを連れて校長室へ向かった。

 

 

校長室にはすでにダンブルドアが帰ってきており、また、マクゴナガルとロンの両親であるアーサーとモリー・ウィーズリーも駆けつけていた。

 

モリーは当初、自分の娘が無事であることを知って泣き崩れ、ハリーとロンに抱きついた(エスペランサは無論、これを回避した)。

暖炉の横で立つダンブルドアは微笑み、マクゴナガルはホッと息を吐く。

一晩のうちに4人ものグリフィンドール生が行方不明になって彼女も相当メンタルがやられていたのだろう。

 

エスペランサは壁に既に残弾の無い自動小銃を立てかけ、悪霊の炎でボロボロになった鉄帽と弾帯を床に置いた。

自動小銃はあちこちに傷がつき、個人携帯装備も殆どが使い物にならなくなっている。

過酷な戦場を生き抜いたエスペランサであったが、彼にはすでに戦う力が残されていなかった。

 

冷たく寒い秘密の部屋で丸1日もガソリンを頭から被って待機していた彼は暖炉の炎のそばで体を温めようとする。

 

ダンブルドアやマクゴナガルへの事件のあらすじの説明をハリーとロンに全て任せきり、エスペランサは水筒の水を飲み始めた。

エスペランサは怪物の正体を突き止めただけで、一連の事件に関する情報はハリーたちの方が持っているとの判断である。

アラゴクのこと、日記のこと、剣のこと、マートルのこと。

それらをハリーたちが説明し終えるころにはエスペランサの水筒の中身は空になっていた。

 

ハリーたちの説明を聞いた後、ダンブルドアが口を開く。

 

「わしが気になることは………。どうやってヴォルデモート卿がジニーに乗り移ったか、ということじゃな」

 

「れ…例のあの人がジニーに乗り移った!?」

 

 

ダンブルドアの一言にモリーが驚愕した。

 

無理もない。

世を騒がせた闇の魔法使いが自分の娘に乗り移ったのだから。

 

「そうじゃ。この日記は恐らくヴォルデモート卿の記憶が封印してあったものなのじゃろう。そして、その記憶であるヴォルデモートが彼女に乗り移って今回の事件を引き起こしたのじゃ」

 

「それじゃ………今回の犯人はジニーであると!?そんな………」

 

「いやいや。ジニーはただ操られていただけじゃよ」

 

「そ……そうなの!その日記はあの人の日記だったの………」

 

 

ハリーとジニーがリドルの日記がどのようなものであるかということをダンブルドアに話す。

 

リドルが17歳の時にその日記を作ったことや、剣を突き刺したことでリドルの記憶は消滅したこと等々。

ダンブルドアはグリフィンドールの剣によってリドルが退治されたことに非常に興味を持ったようであった。

 

 

ダンブルドアはジニーと、そして、記憶喪失となって一層ポンコツとなったロックハートを医務室に連れていくようマクゴナガルとモリーに言うと、ハリーを残してロンとエスペランサには寮へ戻るように言った。

 

無論、2人はこれに従った。

 

 

 

 

 

「いやー良かった良かった。ジニーはお咎めなしだし、ハーマイオニーたちは元に戻るらしいし、それに僕らはホグワーツ特別功労賞を貰えた!」

 

校長室を出て寮に向かう途中でロンは興奮したように言った。

 

今回の事件を解決したことでエスペランサたち3人はホグワーツ特別功労賞なる賞をもらえることとなった訳である。

エスペランサにとっては賞などどうでも良かったが、マンドレイク薬が完成して石になった犠牲者が元に戻ることに関しては喜ばしく思っていた。

 

「早ければ今週中にも石になった人たちは元に戻るんだろ?それにハグリッドも戻ってくる。あー。アラゴクの家族の件………。ハグリッドにどう説明しようか」

 

「その件に関しては僕は言いたいことが山ほどある!ハグリッドの奴!とっちめてやる」

 

 

ロンはアラゴク襲撃事件がいまだにトラウマになっているらしい。

 

 

 

ぺちゃくちゃと喋りながら歩いていた2人だが、廊下の反対側から歩いてくる人物が目に入り、足が止まる。

 

 

「ルシウス………マルフォイ」

 

 

息子のドラコ同様に青白い顔をして顎をとがらせたルシウス・マルフォイは焦ったかのように早歩きでこちらへ向かってくる。

 

彼の足元にはボロボロの枕カバーを着た屋敷僕妖精がお供をしていた。

ルシウス・マルフォイはエスペランサとロンが立っていることにも気づかず、校長室の方へと歩いていく。

 

 

「そういえばあいつがハグリッドとダンブルドアを追放したんだよな!許せない!」

 

ロンが顔を赤くして怒る。

 

 

「ロン。先に寮に帰っていてくれないか?」

 

「え?どうしたんだい急に………」

 

「いや、ちょっとやり残したことがあってな」

 

 

そう言い残してエスペランサはルシウス・マルフォイの後を追いにいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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今日は厄日だ………。

 

 

ルシウス・マルフォイは思う。

 

 

 

 

ジニーウィーズリーにヴォルデモートの日記を押し付けたのがダンブルドアにばれた、というよりも事件の元凶が自分であるとばれてしまった。

そのせいでアーサー・ウィーズリーが家宅捜索をすることを決定した。

理事会の役員がルシウスに脅されたとダンブルドアにチクった。

ハグリッドもダンブルドアも戻ってきた。

極めつけはハリー・ポッターに嵌められて屋敷僕妖精を解放させられたことだ。

 

僕妖精のドビーを失った怒りでハリー・ポッターに呪いをかけようとしたが、ドビーに返り討ちにされ、無様にも地面を這いつくばったという事実はルシウスのプライドを傷つけた。

この屈辱は絶対に晴らしてやる。

 

彼はそう決心してホグワーツを去ろうとしていた。

 

 

ふと、顔をあげると城外へ向かう渡り廊下の入り口に一人の生徒が立っているのが見える。

 

 

胸につけられたワッペンからグリフィンドールの生徒だとわかり、ルシウスは舌打ちする。

グリフィンドールの生徒など目にするだけでも忌々しい、と。

 

 

「おい。そこの生徒。入口の真ん中に立っていては邪魔だろう。はやくそこを退け」

 

イライラしながらルシウスはその生徒に言う。

 

しかし、生徒は退かなかった。

 

 

「うん?聞こえていないのか?」

 

 

反応のない生徒を不気味に思い、ルシウスは生徒の方へ顔を向ける。

彼はそこではじめてしっかりと生徒の顔を見た。

 

 

「なっ………!?」

 

 

短く刈りあげた髪。

ガタイの良い身体。

何故かボロボロになって所々にどす黒い血痕がついたローブ。

 

そして、殺意を帯びた目。

 

 

 

(なんだあの目は!明らかに殺意を私に向けている………。まるで闇の帝王が睨んでいるような……そんな目だ!!)

 

 

 

ルシウスは恐怖を感じた。

 

彼の歩みを邪魔するような形で廊下の真ん中に立つ少年の目は‟ホグワーツの生徒の目”ではなく、まるで‟兵士の目”であった。

そして、その目は明らかに殺意を持っている。

この状況でその少年が殺意を向ける相手はルシウスひとりだけだろう。

長らく闇の魔法使いとして戦っていたルシウスは普通の人よりも殺意に敏感であった。

 

(なんだ!?この生徒は!!年齢は息子とそう変わらない。しかし、こんな子供、見たことが無い!それに、なぜ私に殺意を向ける???)

 

見れば生徒のローブにはグリフィンドールのワッペンが刺繍されている。

 

(成程………この生徒は今回の秘密の部屋の事件の黒幕が私だと思っている訳か。それなら殺意を向けるのも納得がいく。しかしこの少年はホグワーツの生徒。魔法の腕は私と比べれば遥かに劣る。いくら殺意を抱いたところで私に勝てる筈がない)

 

ルシウスはホグワーツ時代も卒業してからも優秀な魔法使いに分類されていた。

魔法による決闘も得意ではないが、ホグワーツの生徒レベルであれば圧倒できる自信もある。

少年がいくら殺意を持って襲い掛かって来ても負ける筈はない、とルシウスは考えた。

 

 

「ふん。大方、今回の事件を仕組んだ犯人が私だと思っているんだろう?残念だが、私は別に事件の糸を引いていたわけではない。ただ、アーサーの馬鹿な小娘の手に‟日記”を渡したに過ぎない。それで私のことを恨むのはお門違いだとは思わないか?」

 

「………………」

 

 

少年は無言だ。

 

 

「言い返せないか?まあ、‟不本意ながら”今回の事件を引き起こしてしまったのは謝罪した方が良いかもしれないな。だが、結局のところ死者は出ず、犠牲者も穢れた血ばかりだった。終わったことは水に流して………ん?何だそれは?」

 

 

ルシウスは話を止めて少年を見る。

 

彼が‟穢れた血”という単語を言葉にしたあたりで、少年は腰元から‟杖ではない金属製の道具”を取り出した。

魔法界に染まったルシウスはその道具の存在すら知らなかったが、黒光りするその道具からは禍禍しさが感じられる。

 

長さは杖よりも短い。

黒光りするボディには「M92」という刻印がある。

道具にはグリップが存在していることから、手で握るように設計されたのであろうか?

先端には小さな穴が一つ空いている。

 

魔法界では見たことも無い道具。

一体何に使うのだろうか???

 

 

少年は一言も喋らずにその道具の先端をルシウスに向けた。

 

 

「何のつもりだ?杖でも取り出すのかと思えば奇妙な道具を取り出して………。ああ、もしやそれはゾンコで売っている悪戯道具の類のものか」

 

ルシウスは少年の持つ道具を魔法界の子供が良く使う悪戯道具だろうと考えた。

悪戯道具という名前を聞けば可愛らしいが、その実、それらには高度な魔法がかけられていたりして、中には非常に危険なものも存在する。

ホグワーツでも悪戯道具によって重傷を負い、医務室に運ばれるという事案が年に数回起きる(だいたいは双子のウィーズリーがスリザリン生に対して行ったもの)。

 

魔法を使った決闘では勝ち目がないと見て、少年は悪戯道具でルシウスを懲らしめようと思ったのだろうと、彼は憶測した。

 

確かに近年の悪戯道具は高性能で危険だが、死喰い人の中でも上位層の位置にいた自分が後れを取ることは無い。

そう思い、ルシウスは懐からゆっくりと自分の杖を取り出した。

 

(後悔させてやるぞ。少年)

 

 

彼はゆっくりと杖を少年に向けた………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズドン

 

 

ズドン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後、少年の持つ道具の先端にある穴から轟音と共に火が吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃああああああああああ!!!!!」

 

 

 

痛い。

 

焼いた火鉢を突き刺されるような痛みがルシウスの脇腹を襲う。

 

 

 

何も考えられないほどの痛みだ。

痛みと衝撃で思わず床に倒れる。

轟音で耳がキーンとなるのが分かる。

 

痛みでのたうち回り、苦痛で顔を歪めるルシウスであるが、この痛みを作り出したのが少年の持つ道具であることは理解していた。

 

 

 

(痛い!!???何だこれは!!!あれは悪戯道具なんかではない!!!)

 

 

脇腹を見るとローブが赤く塗れている。

 

噴き出した血が大理石の床を赤く染めていく。

冷たい床の上を芋虫のように這うルシウスは痛みに堪えながら、自分の杖を探した。

どうも彼は痛みと衝撃で杖を落としてしまったらしい。

 

 

「く……屈辱だ!こんな餓鬼に私が……後れを………」

 

 

杖があれば反撃できる。

 

この痛みをあの少年にも与えてやる!!!

ルシウスはそう思って杖を探し、そして見つけた。

 

 

 

「そんな………馬鹿な」

 

 

 

ルシウスの倒れている位置からそう遠くはない場所に彼の杖は落ちていた。

 

しかし、その杖は真っ二つに折れている。

 

折れた杖からは白い煙が上がっている。

まるで焼いたナイフで切断したような………。

 

 

 

「杖を取り出すのが遅かったな。ルシウス・マルフォイ。元から杖を取り出して構えていれば勝ち目はあったかもしれないが………」

 

 

少年が話しながら近づいてくる。

まるで死神が迫ってきているようだ。

 

 

「く……クソ!お前は何者だ!!??」

 

 

少年はルシウスの問いかけに立ち止まって答えた。

 

 

「エスペランサ・ルックウッドだ」

 

「る……ルックウッドだと!?いや、そんなまさか……」

 

「??悪いけど。ここで死んでくれ。ルシウス・マルフォイ」

 

 

エスペランサと名乗る少年は例の黒い道具をルシウスに向ける。

 

 

「な…なんなんだ、その道具は!」

 

「これか?M92Fベレッタ。拳銃って言ってもお前らは分からないだろうな。マグルの使う武器だ」

 

「ま…マグルの武器だと………。私は汚らわしいマグルの武器に負けたと………ぐふっ!?うがあああ!」

 

 

エスペランサがルシウスの脇腹を半長靴のつま先で蹴り上げる。

 

とてつもない痛みがルシウスを襲った。

 

 

「汚らわしい?俺からしてみればお前のような人間がこの世で最も汚らわしい存在だと思うけどな………」

 

銃創を踏みつけながらエスペランサは淡々と話す。

ルシウスはうめき声をあげた。

 

 

「お前の息子には一回言ったことがあるんだがな、俺からしてみれば人間の流す血は全て同じなんだよ。あんたらはマグル生まれの血を穢れているとか言って差別し、彼らの命をゴミのように扱う。俺には理解できない。自分と血統が違うだけで、何でこんなにも命を粗末に出来るんだろうな?」

 

 

エスペランサはルシウスの銃創にさらに半長靴のつまさきを食い込ませた。

ルシウスの脇腹からはどす黒い血が噴き出す。

 

 

「流れる血の色は皆一緒だっていうのに………。あんたらは他人の立場に立って物を考えるってことをもう少し考えた方が良いと俺は思う。まあ、お前は‟ここで死ぬから”考える時間も無いか………」

 

「なっ……!?まさか、私を………!!??」

 

 

エスペランサの言葉にルシウスは元々青い顔を更に青くする。

冗談だと思ってエスペランサの顔を見たルシウスは、彼が冗談など言っていないことを悟った。

ルシウスのことをゴミとしか見ていない、そんな目でエスペランサは彼を見ていた。

 

 

「や、止めてくれ!!!ここで私を殺したら、お前も唯では済まされないぞ!!」

 

「止めてくれ、か。バジリスクに石にされた生徒たちは命乞いをすることすら許されなかったというのに」

 

「お、お前は今さっき他人の命を大切にしろ、と言ったではないか!私の命は粗末にしても良いというのか???」

 

「ああ言った。だがな、お前のように罪の無い人間を苦しませるような奴に情けをかけるほど俺は甘くない。そういう役割はダンブルドアにでもくれてやれ。敵に情けをかけることがどれほどまでに愚かなことか、俺は知っている」

 

「そ…そんな。私には家族もいる……どうか命だけは」

 

「どこまで愚かな奴なんだお前は。今回のお前が引き起こした事件。死者が出なかったのはただの偶然だ。たまたま被害者は全員、バジリスクの目を見なかったから死なずに済んだ。しかし、一歩間違えれば全員死んでいたんだ。お前のせいでな。お前は今回、罪の無い人間を6人も殺したことになるんだぞ!」

 

エスペランサは激高する。

 

「今回、死ぬかもしれなかった被害者たちにも家族は居る。彼らの家族は自分たちの子供がバジリスクに襲われたと知って何を感じたと思う?お前は家族を大切にしているようだが、被害者たちの家族だってそれは同じだ。何の罪もない人たちの幸せをお前は‟マグル生まれだから”という理由で奪おうとしたんだ」

 

「わ…私は………。日記がどういったものかも知らず………。別に殺そうと思ったわけじゃ………」

 

「詭弁だな。秘密の部屋が開かれ、被害者が出たことは報道されていた。お前はその時点で事件を引き起こした原因が自分にあると分かったはずだ。しかし、お前は何もしなかった。罪悪感も感じず、というかむしろ、事件を利用してダンブルドアやハグリッドを追放した。とんでもない屑野郎だ。そんな奴の命を奪うことに俺は何の躊躇もしない。お前のような奴がこの世にいれば、いずれまた罪の無い人間が苦しむ羽目になる。俺は罪の無い人間の命を救うためにもお前を殺す」

 

 

エスペランサは拳銃の銃口をルシウスに向けた。

 

秘密の部屋の戦いでほとんどの武器弾薬を失った彼であったが、唯一、この拳銃だけは無傷であった。

そして、もちろん拳銃にも‟銃弾を確実に敵に命中させる魔法”がかけられている。

 

引き金を引けば確実に銃弾はルシウスを絶命させるだろう。

 

 

「安心しろ。ルシウス・マルフォイ。お前の息子も直にそっち側に送ってやる。あいつもあいつでバジリスクに生徒がやられるのを楽しんでいたからな。将来的にドラコ・マルフォイは罪の無い人々を苦しませる存在になるだろう。今のうちに殺っておく必要はある」

 

 

エスペランサの言葉にルシウスは絶望した。

 

他者には厳しいルシウスであったが、彼は息子には並みならぬ愛情を注いでいる。

どうにかして息子の命だけでも助けてもらえないかルシウスは懇願しようとしたが、無駄だった。

 

エスペランサは確実にマルフォイ家を滅ぼそうとしている。

 

杖も破壊され、重傷を負ったルシウスには抗う術が何もない。

 

 

 

エスペランサは拳銃の引き金を引いた……………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「‟エクスペリアームス 武器よされ”」

 

 

 

 

どこからともなく飛来した武装解除の魔法がエスペランサが手に持った拳銃を吹き飛ばす。

 

 

「何!!??」

 

 

一瞬にして武装解除をされたエスペランサは困惑した。

 

武装解除の呪文は対象者の持つ武器を強制的に解除する初歩的ではあるが利便性のある魔法だ。

決闘クラブでスネイプが使用したのを見て習得しようとした学生も多い。

 

強制解除され吹き飛ばされた拳銃はエスペランサの立つ位置から5メートルほど離れた地面に鈍い音を鳴らして落下した。

 

 

「動かないでください。この状況です。私の方が圧倒的に有利ですよ」

 

 

武装解除の呪文を放った人間は杖をエスペランサに向けながら冷たく言い放つ。

 

エスペランサはこの冷たい声に聞き覚えがあった。

 

 

「フローラ……カローか」

 

「そうです。あなたが秘密の部屋から帰還したと聞いて探していたのですが、まさかこんなバカげたことをしているとは思いませんでした」

 

「馬鹿げた……だと?」

 

「はい。そうです」

 

 

エスペランサは動くなと言われていたのにも関わらず、身体を反転させてフローラの方へ向く。

 

フローラはエスペランサから3メートルほど離れたところで杖を構えて静かに立っていた。

彼女の表情に感情は無い。

ただ冷たくエスペランサを見ているだけだ。

 

エスペランサはルシウスに怒りをぶつけることで興奮するあまりフローラが近づいてくることに気づかなかったようである。

 

 

「わかってんのか?この男のせいで今回の事件は起きた。下手すれば死人がわんさか出ていたかもしれないんだぞ。そんな奴をこれ以上生かしておいたらいずれまた犠牲者が出る。膿ははやめに取り除いてしまう方が良い」

 

「あなたにしては冷静さに欠いた行動ですね。ここでルシウス・マルフォイを殺害するのは得策ではありません」

 

「何故だ?ああ、そうか。やっぱり同じスリザリンの人間は殺したくないのか。フローラも所詮はスリザリンの考えに染まってたってわけか?」

 

 

エスペランサの言葉にフローラの表情に少しだけ変化が見られる。

 

いつも感情を表に出さず、表情を一切変えないフローラにしては珍しいことだ。

表情からはどうも彼女が怒っていることが読み取れた。

 

 

「私が大多数のスリザリン生の持つ純血主義を支持することはありえません。これは前にも言いました。私も今回の事件で被害者が出たことは遺憾に思っていますし、ルシウス・マルフォイに対して怒りも覚えます。ですが、だからといって考えも無く彼を殺すことに私は反対です」

 

「………………」

 

「あなたは今回、バジリスクを倒し、ジニー・ウィーズリーを救出しました。あなたが戦って勝ったからこそ、この学校で死者は出なかったんです。せっかく取り戻した平和なホグワーツを血で汚したいんですか?」

 

「いや、別に俺は………」

 

「それに、ここであなたがルシウス・マルフォイを殺せば、今度はあなたがアズカバン行きです。ホグワーツも退学となります。そうなれば、あなたの計画は全て実行できなくなりますよ?私はあなたの理想である‟罪の無い人々が苦しまない世界を作る”という計画に賛同して、あなたに付いていくことにしたんです。それなのにあなたはその計画を自分でダメにしようとしています。あなたの目的は別にルシウス・マルフォイの殺害ではないはずです。もっと崇高な目的があるはずです。一時の感情に任せて全てを台無しにしてしまう行動が、私は馬鹿げていると言ったんですよ」

 

 

エスペランサは押し黙る。

 

エスペランサにとってマルフォイ家はいずれ滅ぼすべき存在であった。

しかし、彼の計画ではそれはだいぶ先のことである。

何の力も持たない今の段階でマルフォイ家に攻撃を仕掛けることが愚策せあることはエスペランサも知っていた。

 

だが、今回の事件で彼のルシウス・マルフォイへの怒りは収拾がつかないところまで高まった。

結果、考えなしにエスペランサはルシウスへ攻撃を仕掛けてしまったのである。

フローラの指摘通り、彼は冷静さを欠いていた。

 

 

「…………そうだな。何も考えずに……俺は、冷静さを失っていた。軍人としては失格だ」

 

「全くです。後片付けをするこちらの身にもなってください」

 

 

そう言ってフローラは物陰に隠れていたのであろう一人の屋敷僕妖精を手を振って呼ぶ。

 

枕カバーを服代わりにしたその屋敷僕妖精は何故か‟靴下を大事そうに手に持っていた”。

 

 

「ど……ドビー………だと?」

 

 

ルシウスがやってきた屋敷僕妖精を見て驚く。

 

 

「屋敷僕妖精の魔法は魔法使いや魔女が行使するそれよりも強力で尚且つ制約を受けません。この僕妖精は元々、マルフォイ家の妖精だったらしいですが先程ハリー・ポッターによって解放されたらしいです。たまたま見つけたので力を借りることにしました」

 

「ドビーめはハリー・ポッターの友達を助けるために来ました!何なりと申しつけ下さい!!」

 

 

キンキンとした声で喋るドビーという名の僕妖精にフローラは指示を与える。

 

 

「ルシウス・マルフォイのここ10分間の記憶を完全に奪ってください。それからあまり乗り気にはならないと思いますが、傷も全て治してあげてください。その後、付き添い姿くらましで彼を場外まで運んでいただけると助かります。僕妖精はホグワーツ内でも姿くらましが出来ると聞きましたので」

 

「畏まりました!!!!」

 

 

そう言うと、ドビーは指を鳴らす。

 

僕妖精が指を鳴らした瞬間、ルシウスの傷はあっという間に治り、記憶が改ざんされる。

 

 

「????私は何をしているんだ?何故、床に倒れて…………」

 

 

訳が分からない、という顔をしているルシウス。

 

ドビーはそんな混乱しているルシウスのローブを掴むと、もう一度指を鳴らした。

 

 

「ではまた会いましょう!ハリー・ポッターの友達!!」

 

 

ドビーとルシウスはパーンという音と共に姿をくらました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ドビーとルシウス・マルフォイが消えて、廊下にはエスペランサとフローラだけになる。

 

若干気まずい沈黙を破るかのようにエスペランサはフローラに話しかけた。

 

 

 

「何だ……また、助けられちまったな。フローラが止めてくれなければ俺は自分の計画をパーにするところだった」

 

バツの悪そうな顔をしてエスペランサは言う。

こういう時、彼は決まって頭を掻く癖があった。

 

「そうですね。次からはもう少し考えて行動してくれると助かります。ああ、それから………」

 

 

フローラはエスペランサの方を向き、少し睨みつけながら喋り始めた。

口調は依然として冷たいままであったが、少しだけ彼女の感情が見え隠れする。

 

 

「また今回も一人で戦おうとしましたね?私たちには何も言わず………。私もセオドール・ノットもあなたとは共闘関係にあります。少しくらい頼ってください」

 

「すまない。心配かけさせちまったな」

 

「別に………心配はしていませんでしたが…………」

 

 

フローラは少し顔を背けてそう言った。

その言葉が本心であるのかは分からない。

 

 

「ああ、そうだ。もう一つ謝らないといけないことがあった」

 

 

エスペランサは思い出したように懐から悪霊の炎に焼かれてボロボロになった検知不可能拡大呪文のかかった鞄を取り出した。

 

もはや原形をとどめないその鞄はかつてフローラがエスペランサに託したものであった。

 

 

「トム・リドルとの戦いでやられちまった。悪霊の炎とやらで焼かれたから復元は不可能らしい。これ、お前の爺さんから貰ったものだったんだよな。本当に申し訳ない。でも、この鞄のおかげで俺は戦闘に勝つことが出来た………」

 

「別に良いんですよ。その鞄があなたの命を救ったのならば、本望です」

 

 

フローラは言葉を続ける。

 

 

「私が持っていても大して役に立ちそうにありませんでしたから。あなたならその鞄を最大限活かしてくれると思い、私は差し上げたんです」

 

「そうか………。昨年の戦いも今回の戦いも、こいつが無ければ俺は戦えなかっただろう。あらためて礼を言うよ。でも、これはもう使い物にならなくなっちまった。今まではこの鞄のおかげで1人でも1個小隊に相当する火力を出して戦えていたんだが、今回でそれも無理になったな………」

 

 

今まで、エスペランサがバジリスクやアクロマンチュラ、そしてヴォルデモートと真っ向から戦う事ができた背景にはフローラから貰った鞄の存在があった。

検知不可能拡大呪文の影響下で大量の武器弾薬を携行出来たからこそ、個人で強大な敵と渡り合うことが出来たのだ。

しかし、その鞄という神通力が無くなった今現在、エスペランサの戦闘力は極端に下がってしまったといって良い。

無数の小銃や野戦砲の類を同時に操って圧倒的火力で敵を殲滅するという従来の戦い方は見直さなくてはならなかった。

 

 

「もう俺個人で戦闘を行うのは不可能だ。今後、バジリスクのような怪物や闇の魔法使いと戦うのならば、少なくとも小隊規模の部隊を編成して戦わないと勝てないだろう。だから、次からはフローラやノットに頼る事になる。そうしたらフローラたちにも危険が及ぶ可能性が出てくるが………」

 

「それはもとより覚悟の上です。私も、セオドール・ノットも、あなたの描いた理想の世界に夢を抱きました。今の世界よりもずっと平和な世界をあなたが作ってくれると思ったんです。だから、協力は惜しみません」

 

 

そう言ってフローラは1枚の羊皮紙をエスペランサに手渡した。

 

 

「これは?」

 

「私達で密かにホグワーツ全生徒の魔法力と思想、才能を調べました。その中から、あなたの計画に乗ってくれそうな生徒をピックアップして名簿にしたんです。全員、簡単には首を縦に振らないような癖の強い学生ばかりですが、主義思想はあなたの考えに合致していると思われます。どうでしょう?」

 

 

そう言われて、エスペランサは名簿に目を通す。

 

名簿には名前のほかに、学年、寮、出生、親族、学科成績、そして性格や主義主張までびっちりと書かれていた。

寮も性別もバラバラ。

一芸に特化した者から、才色兼備の者まで様々である。

ある者は寮の異端児。

ある者は一芸特化の劣等性。

ある者は才能を持ち腐れた問題児。

 

しかし………。

 

 

「面白い。ただ優秀ってだけじゃなく、しっかりとした適性判断が出来ている!これなら組織の基盤は作れるぞ!ありがとう!」

 

「お役に立てたのなら……頑張った甲斐があったというものですね」

 

 

フローラは淡々と言ったが、その表情は心なしか嬉しそうだった。

 

 

「では、そろそろ学年末の晩餐会がありますから、もどりましょうか?そういえば、寮対抗杯はまたグリフィンドールが獲得したんでしたね。それに特別功労賞に誰かさんが選ばれたという話も聞きました」

 

「俺は特別功労賞なんていらなかったんだけどな。こういう賞をもらって目立つのは柄じゃないし、苦手なんだ。ロンとかはそういうの好きそうだが」

 

「そうでしょうね………。まあ、また勝手に一人で突っ走った罰として、せいぜい目立ってチヤホヤされてください」

 

「………嫌味かよ」

 

 

はあ、と溜息をつくエスペランサを他所にフローラは大広間へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




石にされた学生の復帰とかいろいろ後日談を書く予定だったのですが、何か平和すぎる終わり方もアレだったので変更しました。
次からは3巻の内容です。
アズカバン編からがこのssの本編みたいな感じです。


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アズカバンの囚人
case31 Negotiation 〜交渉〜


久々の投稿です。
感想、お気に入りありがとうございます!


夏季休暇中、エスペランサ・ルックウッドはダイアゴン横丁にある漏れ鍋という店に設けられた宿泊施設で寝泊りをする事にした。

 

本当ならばマグル界のビジネスホテルに泊まりたかったのであるが、ロンドン市内のホテルは宿泊費が高く、休暇中ずっと寝泊りをすればあっという間に財布がすっからかんになることは目に見えていた。

エスペランサは長い間、特殊部隊で作戦に加わっていた事もあり、貯蓄はそこそこある。

危険手当やら何やらがつく作戦に年がら年中参加していたのだから当たり前といえば当たり前だ。

しかし、裏ルートで暗視スコープや各種武器を1学年時に買い揃えてしまったせいか、貯蓄は当初の半分以下となってしまっている。

 

2学年時からは必要の部屋という名の何でもありな部屋を発見した事で、わざわざ購入しなくても高性能な武器が手に入るようになったのだが、それでも残金は心もとないものとなってしまったのだ。

 

という訳で彼はマグル界と比べて物価の安い魔法界で寝泊りをする事にしたのである。

 

とは言え、魔法界はその少ない人口ゆえに宿泊施設が少ない。

ロンドン市外の裏にあるダイアゴン横丁に存在する宿泊施設はたったの2箇所であった。

そのうちの一つが漏れ鍋である。

 

魔法界に来てからエスペランサはずっと気になっていたのだが、魔法族というのはあまり綺麗好きではないらしい。

ダイアゴン横丁はゴミこそ落ちていないが、殆どの店が埃だらけであるし、蜘蛛の巣もちらほら見かける。

書店や用具品店の陳列棚は無秩序であるし、漏れ鍋の宿泊施設も中世ヨーロッパの農家のような内装であった。

 

エスペランサはこれが我慢ならない。

 

軍隊では常に整理整頓が義務付けられ、身の回りのものは全て手入れをする。

物の置き方一つとっても統制があり、守られなければ鉄拳制裁が待っていた。

彼が常日頃から自身の装備を手入れするのは、いざと言うときに作動不良が起きない為というのもあるが、染み込んだ軍隊生活の名残のためでもある。

 

ロンドン市内のスーパーマーケットの綺麗に統制された陳列棚を見たり、文明社会を見て心の安定を彼は2日にいっぺん図っていた。

 

そんな訳で、エスペランサは宿泊初日に部屋の掃除と整理整頓をほぼ1日かけて行った。

未成年は魔法が使えないので箒と雑巾、それからロンドン市外で買ったマグルの清掃道具をフルで使用して、軍隊の営舎内ばりに綺麗な部屋を完成させた。

 

「これでいつ当直士官の巡検が来ても大丈夫だろ」

 

と彼は掃除を終わらせた後に呟いた。

 

 

エスペランサが宿泊してから数日が経った頃、彼の級友であるハリー・ポッターが何故か漏れ鍋に泊りに来る。

 

ハリーはサレー州に親戚の家があり、そちらで休暇を過ごしていたはずなのだが、どうも、その親戚宅でイザコザを起こして家出してきてしまったらしい。

詳しく聞けば、彼は魔法を暴走させ、意地悪なおばさんを風船のように膨らませてテイクオフさせたようだ。

この件は未成年の魔力の暴走ということで魔法大臣がお咎め無しとしたらしいが、未成年の魔力行使は英国魔法界の民法により、一応、裁判が行われる事になっている。

それを大臣は権力を使い握りつぶしたというわけであるから、法制度が機能していない事となるわけだ。

そのことに危機感を持つエスペランサであったが、一方で、なぜ大臣はそうまでしてハリーを保護したかったのか?と疑問に思う。

ハリーは魔法界の英雄には違いないが、だからと言って大臣のファッジはハリーに対して過保護が過ぎる。

考えても埒が明かないのでエスペランサは忘れる事にした。

 

昨年、世話になったウィーズリー家は家族総出でエジプトに旅行中(宝くじで当たったらしい)だったので隠れ穴にお世話になる事は出来なくなった訳であるが、返ってその方がウィーズリー家に気を使わずに済むという点で楽であった。

ウィーズリー家は非常に良い家族で、ウィーズリー家で過ごす休暇をエスペランサも気に入っていたが、長年、軍隊の基地内で有刺鉄線に囲まれる生活を送っていた彼には少し眩し過ぎたのである。

 

兎にも角にも、エスペランサは夏の一時をダイアゴン横丁でのんびり過ごす事に決めのであった。

 

 

 

 

 

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横丁の一角に存在するフローリアン・フォーテスキューという名の店主が営む店のバルコニーでエスペランサはハリーとサンデー(店主がサービスで無償提供してくれたもの)を頬張っていた。

 

夏の日差しを避けるために設置されたパラソルの下で、ハリーは魔法史の課題である「中世の魔女狩りは無意味だった」という題のレポートを作成し、エスペランサは孫子の兵法に関する書物を読んでいる。

長年、米軍の特殊部隊にいたエスペランサは様々な教育を受けたが、その内容は基本的に作戦や戦略、サバイバル技術、戦闘訓練、情報戦など偏ったものが多い。

故に、マグルで言うところの世界史など学習したことが無かったので「中世の魔女狩り」というものが一体どういったものであったかなど知る由も無かった。

比較的成績優秀なエスペランサであったが、彼は自分に必要ではないと思った課目に関しては一切勉強しない。

 

賢者は過去に学ぶ、と言う言葉はあれど、中世の魔女狩りが今後、必要となる知識とは思えなかったため、エスペランサは魔法史の課題をたったの3行で終わらせていた。

 

羊皮紙と睨めっこして「あーでもないこーでもない」と頭を悩ませるハリーを横目で見ながらエスペランサは兵法書をテーブルの上にパタンと置いて伸びをする。

 

「そんなに頑張ってレポートを仕上げたところで、夏の課題は成績の評価に直接は関係しないぞ。それに魔法史のビンズが全生徒のレポートに目を通すとは思えん。適当にやっても大丈夫だろ」

 

「それ、絶対にハーマイオニーの前で言わない方が良いよ。小一時間説教されるから」

 

「違いねえ」

 

「ところで、エスペランサは今日暇?この後、箒専門店に行こうと思うんだけど一緒に行かない?」

 

 

羽ペンを羊皮紙の脇に置きながらハリーが言う。

 

 

「昨日も行っただろ。あのファイヤボルトとやらの前で30分も居座って………。買いもしない箒を眺めるだけってのは不毛な時間を過ごしてるとしか思えない。それに、俺は今日はやることがあるんだ」

 

「やること?」

 

「ああ。こいつを量産できないかどうか検討しないといけない」

 

 

そう言ってエスペランサはテーブルの下においてあった軍用鞄から透明なフラスコ瓶を取り出す。

フラスコの中にはどす黒い液体が入っていた。

 

 

「まさか、それって………」

 

「ああ。採取したバジリスクの毒だ。採取した毒は合計して1リットル程度だが、こいつを量産して戦力にしたいと思ってな」

 

 

ハリーはエスペランサの考えを聞いて顔を青くする。

 

バジリスクの毒はヴォルデモートの魂ですら一瞬で消し去った強力なものだ。

それを軍事転用しようとするエスペランサの思考は常軌を逸している。

 

 

「僕はそれは止めた方がよいと思う。だいたい、毒って量産できるものなの?魔法薬の授業では薬品や薬の原料となる魔法生物の体液は魔法じゃ増やせないって言ってたけど」

 

「何だかんだで魔法薬学の授業まじめに受けてるんだな………。まあ、一般的には不可能だろう。だが、どうもノクターン横丁へ行けば毒の量産が出来る道具が置いてあるって話だ」

 

「ノクターン横丁って………。あんなところに行くの?一人で?」

 

「いや、俺は場所を知らないし、案内してくれる奴がいる」

 

「案内してくれる人って…………あんなところに詳しい人がいるの?」

 

「ああ。そろそろここに来るはずなんだが………。あ、来た」

 

 

ふと店のバルコニーの入り口を見ると一人の女子生徒が会釈をしているのが見えた。

 

長い金色の髪、どこか冷めた目。

ホグワーツ内では密かに恐れている学生も多いフローラ・カローが立っていた。

店内にいる客のほとんどはマグルの服装をしているが、彼女は学校と同様にローブを着ている。

 

ハリーは彼女を見つけるなり露骨に嫌そうな顔をする。

 

無理も無い話だ。

昨年の一見以来、ハリーもロンもスリザリンアレルギーが激しくなり、スリザリンの名前を聞くのも嫌になるようになってしまっていた。

また、感情を一切表に出さず、常に冷たい目をしたフローラをハリーは若干、恐ろしく思っている節もある。

 

もっとも、エスペランサはフローラが反純血主義であることを知っていたし、この2年間の出来事で彼女に並みならぬ信頼を寄せていた。

また、1学年時に比べれば彼女は感情を良く表に出すようになってきたとも思っている。

 

 

「お久しぶりですね」

 

2人が座るテーブルに近寄ってきたフローラは軽い挨拶をする。

ハリーはまだ怪訝な顔をしたままだったが、エスペランサは気にせずに言葉を返した。

 

「久しぶりだな。悪いな。こんな休日に付き合ってもらっちまって」

 

「いえ。課題も終わってますし、暇でしたから」

 

 

ちらっとハリーの未完成の課題レポートを見ながらフローラは言う。

 

 

「それに、私はあまり家に居たくは無いので………」

 

 

さらりと言った一言であるが、その言葉には確かに影があった。

フローラの家庭には何らかの問題があるらしかったし、それが原因で彼女が反純血主義を貫いていることもエスペランサは推測できたが、あえて触れていない。

 

 

「そうか。じゃあ、とっととノクターン横丁に行って用事を済ませたら早めの晩飯にでもするか。どうする?ハリーも来るか?」

 

 

ガタッと席を立ち、鞄を持ち上げながらエスペランサはハリーに言った。

 

 

「いいよ僕は。あの横丁にはあんまり行きたくないしね………」

 

 

どうやらハリーはノクターン横丁にトラウマがあるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ノクターン横丁はダイアゴン横丁に隣接する形で存在している。

 

そもそもは魔法省が流通を禁止した物品を売買する魔法使いが集まったことによって出来た区画であり、現在でも非合法の物品が売買されている。

裏取引や非正規の製品、販売に規制がかかっている物品の非合法販売がまかり通っているために治安の悪い場所だと言われている。

だが、そんな町はマグル界なら数え切れないほどあるし、事実、エスペランサが入校前に銃器を手に入れたのもこの手の裏路地であった。

 

治安が悪いとは言え、強力な魔法薬やマニアックな道具などはダイアゴン横丁よりも圧倒的に品揃えが豊富であるので、裏取引目当てではない一般の魔法使いも足を踏み入れる場所である。

どんな平和な国でも非合法のやり取りがまかり通る区画と言うのは存在しているし、それなりに存在価値はある。

グリフィンドール出身の人間などは極端に正義感が強すぎるためにこの区画を毛嫌いする傾向があるが、必ずしも悪に染まった場所と言うわけではなかった。

エスペランサにしてみれば、彼の過ごした中東の街中とノクターン横丁は雰囲気が似ていたので案外、居心地が良いと感じてしまう。

 

あまり日差しの差し込まない路地に構える怪しげな店には珍しい物品が大量に置かれていたし、探せばいくらでも掘り出し物が出てきそうな雰囲気であった。

 

そんな横丁とは不釣り合いな容姿をしているのがフローラである。

ノクターン横丁に訪れる魔女は終始ニヤニヤ笑いをした如何にも中世の魔女といった感じの老婆や、性格の悪そうな中年魔女など年齢的には高齢者が多く10台の学生はめったに見る事が無い。

フローラは大人びた雰囲気を持っているものの、見た目は案外と幼かった。

冷めた目をしていることから学内では恐怖の対象となってはいるが、目を除けば案外幼さを残した容姿をしている、というのは最近になってエスペランサが気づいたことである。

 

 

「で?どこの店に毒の量産が出来る道具が置いてあるんだ?」

 

 

横丁に並ぶ店をキョロキョロ見渡しながらエスペランサが尋ねる。

 

 

「ここです。ボージン・アンド・バークスという基本的に非合法の危険なものばかり扱っている中古品店です。以前、立ち寄った際に魔法生物の毒を複製可能な道具が売っていました」

 

「値段は?」

 

「ファイアボルトがクィディッチの1チーム分買える程度です」

 

「そいつは良い。それだけの値段がつくってことは本当に毒の量産が出来る道具なんだろうな。その手の高価なものは必要の部屋でも出してくれないから現物を手に入れる必要がある」

 

「購入するつもりなんですか?」

 

「俺はそんな大金は持ち合わせてない。金は持っていないが、些細な問題だ。こっちには交渉素材があるかならな」

 

 

そう言ってエスペランサはボージン・アンド・バークスに入っていく。

 

 

 

ボージン。アンド。バークスの店内は薄暗く埃が被っており、黴臭さが目立つ。

しかし、売り物に関してはかなり整備が行き届いていて、ほぼ新品同様の状態で整然と並べられていた。

おそらく、店主であるボージンは魔法道具マニアなのであろう。

闇の魔法がかけられているような品物だけでなく、一般の魔法道具に至るまですべての商品が完璧な状態で保管されているし、並べ方にもこだわりがみられる。

 

大きな古いキャビネット棚を通り過ぎ、店内でも比較的高価な品物が並べられたショーケースにエスペランサは近づいた。

 

 

「ひょっとしてこれのことか?」

 

 

彼はショーケースの中に置かれた一組の魔法道具を指さす。

 

その道具はホグワーツの魔法薬学で使う魔法薬調合キッドに似ていた。

青銅で出来た大鍋、フラスコ瓶、ろ過装置。

ろ過装置に関して言えば、マグルの世界の高等教育で使用されそうである。

一見、何の変哲もない道具類ではあったが、値札には家が建ちそうな値段が書かれていた。

 

 

「おい。ここは餓鬼の来るところじゃねえ。とっとと帰んな」

 

 

ショーケースをのぞき込むエスペランサの後方から店主のものと思われる声があがる。

 

キャビネット棚の後ろから店主のボージンと思われる初老の男が現れた。

 

顔色は悪く身長も低い。

髪は白髪交じりで所々薄くなっており、辛気臭い印象を受ける。

何年も洗濯していないようなローブを引きずりながらボージンはエスペランサに話しかけた。

 

 

「その道具は子供には買えないし、扱いも出来ん」

 

「どういうことだ?」

 

エスペランサはボージンの失礼な態度に敬語を使うことも忘れて聞き返した。

 

「そいつはミトリダテスって名前の道具で強力な毒物を量産させるために中世の錬金術師が作ったものだ。本来なら博物館行か、魔法省の管理下に置かれる筈だったものだ。裏ルートでギリシャから流れてきたんだが正直値段をつけるのもどうかと思うほど貴重な代物なんだ」

 

 

ボージンは道具について説明をする。

やはりマニアなのだろうか、説明をするときは少々高揚した感じだ。

 

「今までにこれを買おうとした人間は?」

 

「いるさ。マルフォイ家にブラック家。あの家は闇の魔術がかかった道具を収集するのを趣味にしているからな」

 

「でも、売らなかった、と?」

 

「値段が値段だし、そもそもこの道具は扱いが難しい。それに、量産できる毒はアクロマンチュラ級の毒だけだからな。そんな強力な毒は手に入らないし、手に入ったとしても管理が困難だ。だから、こんな道具を買ったところで金の無駄だと皆思うんだろう」

 

 

アクロマンチュラの毒にはそんな価値があったのか、とエスペランサは思う。

 

 

「だ、そうですよ。購入は諦めますか?」

 

いつの間にかエスペランサの後ろに立っていたフローラが言う。

フローラの姿を見た瞬間、ボージンは途端に態度を変えた。

 

 

「か…カロー家のお嬢様がご一緒だったんですか!これは大変、失礼なことを……」

 

「お気になさらないでください。今は他の純粋なカロー家の人間はいませんので」

 

「し……しかし」

 

「今日は私の級友であるこの人が、その魔法道具を手に入れたいらしいので連れて来たんです」

 

「級友……この小僧、失礼、この坊ちゃんが級友?」

 

 

ボージンは不思議そうな顔をする。

どうやらフローラに級友がいることに驚いているようだった。

 

「そうですか……。しかし、いくらカロー家の娘の頼みといえど、このミトリダテスはそう簡単に売れる道具じゃ………」

 

「確かに俺はそんなに金は持っていない。だから交渉に来た」

 

「交渉?」

 

「見たところ、ボージンさん。あなたは魔法道具だけでなく高価なものなら何でも欲しがる人間だろ?」

 

「まあ、そうだ。高価なものだけじゃなく珍しいものも手に入れたいと思うのは人間なら誰しも持つ欲望だろうが」

 

「もし、仮にだ。めったに存在しない魔法生物の体の一部が手に入るとしたら、あんたはいくらでそれを買い取る?」

 

「何だ、唐突に。そりゃあ、その生物によるとしか言えないが………。まあ、そうだな、伝説級の生物の体の一部なら、それこそ、そこのミトリダテスと同等の値段は出すだろうな」

 

 

ボージンの言葉を聞いてエスペランサはニヤリとする。

 

 

「もし、それが今、ここにあるとしたら?」

 

「ああ?お前のような子供がそんな珍しいものを持っているはずはないだろう」

 

 

エスペランサは鞄からバジリスクの毒が入ったフラスコと、バジリスクからむしり取った牙を取り出す。

 

ボージンはそれを訝しげに見ていた。

 

 

「何だそれは」

 

「何だと思う?」

 

「見たところドラゴンか何かの牙と体液だろう。ドラゴンの牙ならダイアゴン横丁の雑貨屋でも売っているぞ」

 

「違う。これはそんなもんじゃねえ。あんた、日刊預言者新聞は購読しているか?」

 

「ああ、まあしているが」

 

「なら、1か月ほど前にホグワーツで起きた出来事も知っているよな」

 

「秘密の部屋が開かれて生徒が襲撃された事件か?そんなのは知っていて当然だg…………まさか!?」

 

 

日刊預言者新聞でホグワーツで秘密の部屋が開かれたことと、そこに生息する怪物が生徒に倒されたことは大々的に報じられた。

故に、英国魔法界の人間はホグワーツにバジリスクという名の怪物が潜んでおり、また、その怪物が倒されたことも知っている。

 

 

「そう。これはバジリスクの牙と毒だ」

 

 

エスペランサの言葉にボージンは驚愕する。

 

バジリスクは数千年もの間生息が確認されていなかった生物だ。

そんな生物の牙と毒が目の前にある。

ボージンだけでなく、魔法界の商人なら皆、それをこぞって手に入れたがるだろう。

 

 

「そ、それは本物なのか?」

 

「ええ。本物です。バジリスクを倒した本人が収集してきたのですから間違いありません」

 

 

フローラが言う。

 

 

「倒したって……まさか、この小僧が?」

 

 

ボージンは再びエスペランサを見る。

 

確かに、今まで気づかなかったが、この子供からは何か威圧的なオーラを感じる。

ボージンはそう思った。

 

 

「このバジリスクの毒と道具を交換しようと考えたんだが、生憎、俺はそのミトリダテスとやらの使い方を知らない。だから………」

 

そう言ってエスペランサはボージンに毒の入ったフラスコを手渡した。

 

「あんたにこれを譲渡する。もっとも、俺が採集したバジリスクの毒の1割にも満たない量だが」

 

「何だって!?」

 

「最初に言っただろ。これは交渉だと。俺はその毒を量産させたい。だからバジリスクの毒と牙を無料で譲渡する代わりに、あんたはそれを量産してくれないか?」

 

「いや、それは……。一体、その毒でお前は何をする気なんだ………」

 

「それは言えない。だが、あんたは世界で唯一、バジリスクの毒を所有した商人になる。しかも、無償でな。こんな良い話はないだろう」

 

「確かに……それは良い話だが」

 

「交渉の条件をまとめる。俺はあんたにバジリスクの毒と牙を一定数無償で譲渡する。あんたはそれを量産して俺に売ってくれ。値段に関してはフラスコ1瓶あたり10ガリオンで手を打とう。ただし、あんたはバジリスクの毒を俺以外に売買してはいけない。また、バジリスクの毒を所有していることを口外せず、私的利用もしない。これでどうだ?」

 

 

ボージンからしてみれば良い商売であった。

 

ミトリダテスの扱いは難しいとはいえ、魔法道具に精通した彼なら普通に扱える。

また、バジリスクの毒と牙という珍しいにも程があるものを彼はコレクションに加えることが出来、また、量産した毒はエスペランサが良い値段で買い取ってくれる。

それだけ十分に利益になるからバジリスクの毒をエスペランサ以外に売買する必要性はボージンにはない。

 

問題はこの毒が本当にバジリスクの毒であるか証明されていないことと、エスペランサが10ガリオンしっかり払えるかどうかの2点であった。

 

だが、エスペランサの横にはカロー家のフローラがいる。

カロー家の人間がボージンの店に偽物の毒を売りつけに来るとは考えにくいし、カロー家の娘なら10ガリオン程度の金なら簡単に支払えるだろうとも思った。

 

 

「………良いだろう。俺の店に毒の危険度を調べる道具もある。もし仮に、この毒が偽物だったら一発で分かるしな。あー、ひとつ約束してくれ、この毒は俺以外の店に譲渡しない、とな」

 

「抜け目がないな。俺からも条件を追加だ。俺とフローラが今日この店に訪れたこと、バジリスクの毒を手に入れたこと。これらは誰にも言うな。もし、それを口外しようものなら………」

 

「安心しろ。バジリスクの毒を俺が持っていることが世間にばれたら闇の魔法使いがここへ押し寄せてくることになる。そんな状況は俺も避けたいからな。後、俺は口は堅いほうだ」

 

「それは信用できないが…………」

 

 

エスペランサはボージンに手を差し出す。

 

ボージンはその手を握った。

 

 

「俺の名前はエスペランサ・ルックウッドだ。よろしく」

 

「気に入ったよ。俺はボージンだ」

 

 

 

こうしてバジリスクの毒の量産計画は可能となった。

 

 

 

 

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ノクターン横丁を後にしたエスペランサとフローラは再びダイアゴン横丁へ戻り早めの夕食を取ろうとしていた。

 

時刻は16時過ぎ。

夕焼けが横丁を赤く照らし、昼間とはまた違った雰囲気を醸し出す。

 

漏れ鍋の片隅のテーブルでボージンとの交渉に成功したことを祝していた。

 

時間が時間だけあって漏れ鍋の食堂には人が少ない。

店内は閑散としており、ただでさえ薄暗い店内がさらに暗く見える。

 

マグル界の蛍光灯に照らされた明るいファストフードに慣れているエスぺランサにはあまり馴染めない光景だった。

しかし、そんな環境下ならバジリスクの毒の量産の話をしても盗み聞きされる心配は少ないだろう。

 

 

 

「正直言ってあそこまで交渉が上手くいくとは思わなかった。ま、結果として毒の量産には成功したし、これで計画は順調に進みそうだ」

 

 

エスペランサはいつになく上機嫌だ。

バジリスクの毒の量産に目途が立ったことで彼の考える計画が成功する確率が飛躍的に高まったためである。

 

計画。

 

将来的に魔法界だけでなくマグル界を含めた全世界の平和を維持する独立部隊の設立。

その雛形となる部隊をホグワーツ内で作ることが彼の計画であった。

しかし、ホグワーツの生徒は魔法の腕も未熟であり、部隊を作ったところで闇の魔法使いや生物には太刀打ちできない。

それに、銃や野戦砲で武装した魔法使いの部隊という存在は英国魔法省が危険視することが容易に予想できる。

おそらく作った矢先に闇払いに潰されてしまうだろう。

故に、エスペランサはこの治安維持軍を秘密裏に組織し、数年をかけて育成しようとしていた。

そして、部隊の戦力が魔法省管轄下の闇払いを凌駕し、闇の魔法使いや生物を圧倒するものになったのならば、公にその存在を知らしめることにした。

 

闇払いや闇の魔法使いに生物を凌駕する戦力を数年で整えるのは非常に困難であるし、行く行くはマグル界の武装組織との戦闘も想定しなくてはならない。

そうなった時に必要とされるのは通常の武器や魔法とは一線を画した「切り札」の存在だ。

 

魔法省をけん制し、闇の生物を圧倒できる切り札の存在があれば、彼の作る部隊はこの世界で大きな発言力を得ることが出来るし、一種の抑止力ともなり得る。

云わば、冷戦期における核兵器のような抑止力となる存在が欲しかったわけだ。

 

その切り札こそが「バジリスクの毒」。

 

おそらく現存する毒物の中で最も強力で、いかなる敵でも死に至らしめるバジリスクの毒は兵器に転用すれば強力な戦力となるだろう。

 

 

「しかし、量産した毒はどうやって使うんですか?強力なものには違いありませんが、管理も困難ですし、そもそも毒を武器にする方法を私は思いつきません」

 

 

テーブルの向かいに座るフローラが言う。

 

その疑問は至極当たり前のものだ。

マグル界でも毒を兵器に転用した例は毒ガスのように空気散布するものくらいしかない。

バジリスクの毒は空気散布出来るようなものではなかった。

 

 

「それはもう考えてある。これだ」

 

そう言って彼は懐から銃弾を取り出す。

 

薄暗い店内で不気味に光るその銃弾は一般に7.62ミリ弾と呼ばれるものであった。

 

 

「魔法使いと正面から戦った時、銃はあまり役に立たない。闇の魔法使いは盾の呪文くらい簡単に使えるだろうからな。先の戦いでもそれは思い知った。だが、正面からの戦いではなく、例えば狙撃などは対魔法使い戦闘において有効であると俺は考える」

 

 

盾の呪文は使い勝手が良い。

しかし、当たり前だが、呪文を唱えないと発動しない。

故に使用者は敵の攻撃を視認してから呪文を唱えることとなる。

よって狙撃に対して魔法使いが盾の呪文で対応するのは難しい。

実際、バジリスク戦でもエスペランサの放った対戦車榴弾の初撃をヴォルデモートは防げなかった。

 

 

「なるほど。銃弾に毒を染み込ませて使うんですね。銃弾を食らったら最後、銃弾に染み込んだ毒が体内に浸透して確実に死を迎える、と」

 

「そういうことだ。バジリスクの毒はあらゆる生物をしに至らしめると聞く。銃弾で死なない生物でもこの弾丸なら恐らく………」

 

「ですが、あのボージンは信用出来ますか?もし彼が毒を闇の魔法使いに流したら逆に脅威にもなりますよ?」

 

「その点も抜かりない。初めて会ったが、ボージンは武器商人として有能だ。余程のことがない限り闇ルートに毒を流したりはしないだろう。それに、バジリスクの毒を所有しているとなれば狙われる可能性も高い。無暗に売買するなんてアホなことはしないはずだ。万が一、彼がバジリスクの毒の量産を口外したり、俺たち以外に流したりしたら………その時は迷わずに消す」

 

 

敵陣営に切り札となり得るバジリスクの毒が渡るのは何としても阻止しなくてはならない。

もし仮にボージンがそのような行動を起こしたら迷わずに引き金を引く事をエスペランサは決めていた。

 

 

 

 

「あんた、こんなところで何やってんの?」

 

 

エスペランサが銃弾を懐に仕舞うと同時に、背後から何者かが声をかけてきた。

 

 

振り返ってみれば、3人の人間が彼とフローラを見下ろして立っている。

 

その3人にエスペランサは見覚えがあった。

 

エスペランサよりも1学年上のスリザリン生3人組である。

3人中2人の名前は咄嗟に思い出せなかったが、中心に立つリーダー格の女子生徒の名前はすぐに分かった。

 

ヘスティア・カロー。

 

フローラ・カローの1つ上の姉である。

容姿端麗なフローラとはうって変わってゴリラとトロールを足して2で割ったような見た目をしており、長年の軍隊生活で肉体が鍛えられているエスペランサよりもガタイが良い。

身長も170を超える。

フローラは反純血主義であったが、ヘスティアの方は根っからの純血主義だ。

セオドール・ノットのように文化的な面から純血主義を重んじる主義者も居るが、ヘスティアの掲げる純血主義はマルフォイ家同様に差別的なものである。

 

また、彼女は4学年のスリザリン女子生徒のドンであり、その粗暴さと性格の悪さから一部の生徒に非常に恐れられていた。

学業はお察しである。

 

 

「夕食の最中です。今日は外出先で夕食を済ませると既に伝えていたはずですが?」

 

フローラの返事はいつにも増して冷ややかであった。

 

そう言えば、エスペランサはこの姉妹が会話しているところを校内で見たことが無い。

 

「マグルびいきの劣等生と一緒に夕食をとる、とまでは報告になかったようだけれど??」

 

ヘスティアはエスペランサを顎で指して言う。

彼女の腰巾着2名はエスペランサを見てせせら笑っていた。

 

「劣等生、ですか?それがエスペランサ・ルックウッドを指して言った言葉なら撤回を求めます。彼の成績は一部を除いて非常に優秀ですし、先学期は秘密の部屋の怪物を倒すという偉業も成しています。あなた達が束になっても彼には及びません。それに、外出先で誰と行動しようと私の自由です。家の外での自由は保障する、というのが“約束”だったはずですが?」

 

フローラは自分の2倍以上はあるであろう姉に一歩も引かずにこう言い切った。

 

元から沸点の低いヘスティアにはこれが我慢ならなかったのだろう。

彼女はテーブルを拳でバーンと殴り、フローラに詰め寄る。

 

「養子のくせに偉そうなことを言うじゃないの!少し見た目が良いだけでいい気になって………。あんたはカロー家にとって唯の道具に過ぎないの!ちょっとは身の程を弁えなさい!」

 

「そんなことは承知しています。それに私はカロー家のことを誇りに思ったこともありませんし、むしろ、恥としか感じていません。この家に籍を置いているのも不本意ながら、です」

 

「よくもそんな事が言えたもんだわ!お情けで引き取ってもらって、良い思いをしてきたくせに!?」

 

「良い思いなんてしたことはありませんが」

 

 

ヘスティアは今にもフローラを殴りかかりそうな勢いであった。

 

もし物理的な戦闘になればフローラに勝ち目は無い。

エスペランサは見かねて止めに入る。

 

 

「その辺で止めておけ。ここは公共の場だ。家庭内のイザコザを外でやるんじゃない。あんまり騒ぎを起こすと、あんたが誇りに思ってるカロー家とやらの名に泥がつくぞ」

 

「はん。あんたみたいな奴と関わっているという事実だけでカロー家の名に泥がつくの。唯でさえこの腐れ妹があんたと仲良くしてるという噂がスリザリン内だけでなく純血家系でも流れて、あたしたちの肩身を狭くしてるんだから」

 

 

ヘスティアは今度はエスペランサに詰め寄ってくる。

いくらガタイが良いとは言え、ヘスティアは所詮、ただの学生だ。

徒手格闘に長けたエスペランサが本気を出せば、一瞬で倒す事ができる。

彼はフローラを守るようにしてヘスティアの前に立った。

 

 

「他人の家の事情に口出しをするのは気が引けるが、お前の言動はフローラの人権を無視したもので俺としては看過出来ん」

 

「あんた、あたしよりも年下でしょ?生意気な口利いてると痛い目を見ることになるわよ?」

 

「痛い目だって?お前らが束になってかかってきても俺には勝てない」

 

「口だけは達者じゃない。なら本当に痛い目にあわせてあげる」

 

 

そう言い終わらないうちにヘスティアの腰巾着2名が(ちなみに2人とも男だった)エスペランサに飛び掛ってきた。

 

 

腰巾着2人はエスペランサよりも10センチは身長が高い。

 

加えて、体積も2倍近くある。

しかし、その体積は筋肉ではなく贅肉が殆どを占めているようで動きはかなり鈍かった。

 

同時に殴りかかってきた2人の拳を軽くかわす代わりに、エスペランサは片方の人間の腕を掴んで捻り上げる。

 

 

「いてええええええ!!」

 

 

一切の加減をしていない捻り技によって腰巾着の一人が悲鳴を上げる。

 

 

「怪我人が出ると面倒なので加減してください」

 

その様子を見ながらフローラは静かに言う。

 

「了解」

 

エスペランサは手の力を緩めた。

技をかけられていた男子生徒は床にドウと倒れてうずくまる。

 

 

「動きが鈍い上に無駄が多過ぎる。新米の二等兵の方がよっぽど強いぞ」

 

 

彼は技をかけられていない方の男子生徒にゆらりと近づいた。

 

男子生徒は近づいてくるエスペランサを見て顔を青くする。

 

 

「ひ、ひいいい」

 

 

エスペランサの目には明らかな殺気が漂っていた。

 

幾度の戦場を潜り抜けてきた彼の殺気を帯びた目を見て恐怖しなかったのはヴォルデモートぐらいなものである。

男子生徒は怖気づいて店から飛び出していった。

 

 

「で?そっちのデカイのはまだやるのか?」

 

エスペランサは未だに腕を押さえてうずくまっているもう一人の男子生徒に問いかけた。

その生徒は首を小刻みに横に振り、戦意がないことを伝える。

 

 

「という訳だ。どうする?ヘスティア・カロー?」

 

エスペランサは信じられない、という顔をして立ちすくんでいるヘスティアに問いかけた。

 

「な……覚えてなさい!いつか絶対に痛い目にあわせてやるから!」

 

そんな捨て台詞を吐いてヘスティアと腰巾着は食堂から退散していった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「ご迷惑をおかけしました………」

 

 

3人が去った後でフローラが謝罪をする。

 

 

「いや、むしろ謝るのは俺の方だ。勝手に介入して………。この一件のせいでフローラの家やスリザリンでの立場が危うくなったら俺の責任だ」

 

ヘスティアはスリザリン内で強大な権力を持っている一人だ。

彼女に逆らえば、寮内で平穏に生活する事は難しくなる。

また、家庭内でもフローラに対する風当たりが強くなることが予想され、エスペランサは悔恨の念に襲われた。

 

「それにしても、養子だったのか」

 

「言っていませんでしたっけ?私はカロー家の血は引き継いでいません。ホグワーツ入学前にカロー家に引き取られたんですよ」

 

「それは一体何故………」

 

「簡単な話が政略結婚のためです。ほら、私の姉……実の姉ではありませんけど。見ての通り、あまり良い性格はしていません」

 

「そのようで」

 

「純血家系は純血家系と政略結婚をさせたがるのですが、カロー家も例外ではありませんでした。カロー家は娘を嫁がせるならマルフォイ家などの権力を持った家と決めていたんですが、上手くいきませんでした。どの家の息子も横暴な姉と結婚するのは嫌だったそうです」

 

 

確かにその通りだ。

あの性格と見た目のヘスティアと結婚をさせられそうになった純血家系の子供にエスペランサは少し同情した。

もし自分が相手側の子供もしくは当主だったとしたらヘスティアを家に迎え入れたくはないだろう。

仮に迎え入れたら家庭が崩壊しそうな気がする。

 

 

「そこで、私の義理の父にあたるカロー家当主は遠い親族にあたる私を養子に迎え、政略結婚の道具にしようとしたわけです」

 

「酷い話だな」

 

 

フローラは性格はともかくとして見た目なら十分に戦略的価値がある。

政略結婚の交渉素材にするのならうってつけだ。

 

しかし、無理やり家に引き取って政略結婚の道具にしてしまうのはひどい話であった。

 

 

「そうですね。私は前の家での生活のほうが気に入っていたので………」

 

「前の家……か」

 

「はい。まあ、祖父と二人暮らしだったんですけどね。両親は幼いころに亡くなっているので」

 

 

エスペランサがバジリスク戦で失ってしまったフローラにもらった鞄は、元々は彼女の祖父のものであったと聞く。

彼女が家族の中で祖父だけには心を許しているという話を聞いたことがあるが、この話を聞いて納得した。

フローラの本当の家族は祖父だけだった、というわけだ。

 

 

「あなたと初めて出会ったときのことを覚えていますか?」

 

「それは、例の図書館での一件のことを指してるのか?」

 

「そうです。私がとあるスリザリンの上級生に絡まれていたところを助けていただきましたよね」

 

「そんなこともあったな」

 

 

エスペランサは既に空となったコップを手でいじりながら、1学年の時のハロウィンを思い出す。

 

男子生徒にしつこく付きまとわれていたフローラを助けた出来事だ。

確か、男子生徒をバトルライフルで脅して追い払ったはずである。

 

あの出来事以来、フローラと彼女の友人であるグリーングラスはエスペランサと親しくなった。

 

 

「あの時の彼が私の政略結婚の相手の候補の一人でした。しかし、あなたが銃で脅したおかげで、彼は私から手を引いてくれたようです」

 

「そ…そうだったのか」

 

「だから、あなたには感謝しているんですよ?」

 

「じゃあ、その男子生徒が手を引いたってことは、フローラはもう政略結婚はしなくても済むってことなのか」

 

「いえ。彼は候補の一人に過ぎませんでした。相手の候補はまだ複数人存在します」

 

「ではフローラは将来的にその候補の誰かと結婚させられる……と?」

 

 

 

「……………嫌です」

 

 

エスペランサの問いかけに少しの間をおいてフローラは答えた。

 

「勝手に自分の人生を決められて………。誰かの描いたシナリオの上で踊らされる人生なんて嫌です」

 

「………………」

 

「でも、私にカロー家に歯向かえるだけの力はありません。祖父の元を離れるのは嫌でしたが、しかし、私には抵抗する力がなかった。無力さを嘆き、半ば人生について諦めかけていたんです。そんな時にあなたに出会いました。正直、羨ましかったです」

 

「羨ましかった?」

 

「あなたには力がありました。まあ、あなたはそれを否定するとは思いますが。でも、どんな強大な力にも屈すことなく抗い、そして勝ってしまうあなたを羨ましく思ったんです。それに、もしかしたら………」

 

「もしかしたら?」

 

「いえ、これは忘れてください。とにかく、私も出来るだけ抗ってみることにします」

 

「………そうだな」

 

 

もし、エスペランサが計画を達成し、理想の世界を作り上げたなら。

そこにはきっとフローラを縛り付けるものなど何も無く、彼女は自由に生きることが出来るかもしれない。

 

ならば、やはり自分の計画は間違ってなんかいない。

 

どんなに自分の手を血に染めようとも、その先にある世界でフローラが笑って過ごせるのならそれで良い。

エスペランサはそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




やっとアズカバンに入りました。
今後もよろしくお願いします。


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case32 Dementor 吸魂鬼・ディメンター〜

感想、お気に入りありがとうございます!!


夏季休暇はあっという間に終わった。

 

結局、休暇中にバジリスクの毒が量産されることは無かったが、ボージン曰く強力な毒の量産には相当な時間が必要であるらしい。

1度に量産できる量にも限りがあるため、実戦配備は当分先のことになるとエスペランサは思った。

 

バジリスクの毒が早急に必要となる事態にはならないだろうし、そんな簡単に毒の量産が出来るとは思ってなかったので彼は落胆していない。

 

 

 

 

 

ホグワーツへ向かう特急の中でエスペランサは彼の作ろうとしている部隊の編成を練っていた。

 

部隊にヘッドハンティングするつもりの学生に関しては目処が立っているが、まだ彼らに声はかけていない。

果たして、全員が全員、エスペランサの考えに同調して部隊に入ってくれるかどうか………。

彼の懸念事項はそこだ。

 

また、いくら有能な学生を集めたとしても、彼らは現代戦闘に関してはずぶの素人である。

銃の取り扱いから戦闘隊形に至るまで一から教育をしなくてはならない。

エスペランサは特殊部隊の傭兵出身であったが、部下を持った事はなかった。

故に戦闘訓練を指揮したことも教育した事もない。

彼とて部隊運営に関してはずぶの素人なのである。

 

素人集団を数年でどこまでの精鋭部隊に育成できるか………。

 

彼は頭を悩ませる。

 

 

コンパートメントの窓にザーザーと打ち付ける雨を睨みながら思考に耽るエスペランサを他所に、ハリー、ロン、ハーマイオニーは「凶悪犯シリウス・ブラック」についてあれやこれやと議論をしていた。

 

ちなみに彼らの居るコンパートメントには先客が居る。

リーマス・ルーピンという新たな教師だ。

ボロボロのローブを毛布代わりにして眠りこけるその教師は顔色が悪くやせ細り、スラム街にでも居そうな風貌である。

ハリーたちの議論が白熱しても一向に起きる気配が無いところを見るに、相当疲れているのだろう。

 

 

「今までアズカバンを脱獄した魔法使いは居ないんだ。そんな奴がうろついてるからファッジはハリーを保護しようとしたんだよ」

 

ロンが言う。

 

シリウス・ブラックという名前はエスペランサも知っていた。

何せ、魔法界だけではなくマグル界でも新聞に載るような凶悪犯だからである。

 

どうもこのブラックという男は10年以上前に、10人ものマグルの命を一瞬にして葬ったらしい。

その行為を知って無論、エスペランサは憤りを感じた。

 

10人の人間を殺害するのは実は魔法使いにとってそう難しくは無い。

例えば「コンフリンゴ 爆発せよ」という魔法を使えば一度に十人単位の人間を吹き飛ばせるだろう。

物は試しでエスペランサもこの爆破呪文を使ってみた事があるが、威力は60ミリの迫撃砲弾と同程度であった。

とにかく、10人の人間を殺すのに闇の魔術や強力な魔力は必要としないのである。

故に闇払いが総出でかかればブラックを倒すのは不可能ではないだろう。

 

しかし、難攻不落のアズカバンを脱獄出来たブラックの底力は計り知れない。

一説にはブラックはヴォルデモートの手下であったというものもあり、もしかしたらヴォルデモートにアズカバンを脱獄できるような強力な魔法を授けられた可能性もある。

 

 

「でもブラックはどうやって脱獄したんだろう?」

 

「きっと強力な闇の魔術に違いないわ。だってブラックは例のあの人の信望者だったんでしょう?でも、ホグワーツなら安全ね。だってダンブルドアがいるし………」

 

 

ハーマイオニーはダンブルドアがいる限りホグワーツにブラックが侵入する事はないだろうと言う。

 

その意見に関してはエスペランサは同意しかねていた。

一昨年はダンブルドアが居てもヴォルデモートがホグワーツ内に侵入した、という事実がある。

 

ちなみにブラックはどうもハリーの命を狙っているらしい。

ヴォルデモートの仇討ちとでも思っているのだろう。

3年連続でヴォルデモート勢力から命を狙われるハリーにエスペランサは同情した。

 

 

そんな時である。

 

ガタンゴトンと走っていた列車が急に停止したのは。

 

 

「何だ?到着したのかな?」

 

「まだ、到着するには早い時間だと思うわ。もうすぐ到着っていうアナウンスもされていないもの」

 

「じゃあ故障?」

 

 

ハリーたちが不安がる。

 

他のコンパートメントにいた学生も急な停車を不審に思ったのか、続々と狭い廊下に出てきていた。

相変わらず外はひどい雨と霧で視界が制限されている。

しかし、窓越しに外の様子を伺っていたエスペランサは列車に何者かが乗ってくるのをはっきりと見た。

 

 

「誰かが乗ってきたな。乗り遅れた学生が遅れて乗ってきたのか?」

 

そう呟きつつも、彼はトランクの中から拳銃と弾倉を取り出す。

M92Fベレッタ。

何度も命を預けてきた彼の愛銃である。

 

弾倉を本体にガシャリとはめ込み、弾丸を装填する。

 

 

エスペランサが銃を構えたのとほぼ同時に列車内の照明が全て消えた。

 

 

 

「!!!??」

 

「うわっ」

 

「なんだ?停電か???」

 

 

ロンやハーマイオニーだけでなく廊下に出ていた他の生徒も突然の停電に驚く。

 

 

「どうしたんだろう?ちょっと前の方を見てくるよ」

 

ハリーがおもむろに立ち上がる。

エスペランサもコンパートメントを出ようとしていた。

が、しかし。

 

「いや、あまり動かないほうが良い。連中は非常に厄介だからね」

 

銃を構えてコンパートメントから出ようとするエスペランサを止める声がした。

声の出所を見ると、いつの間にかリーマス・ルーピンが目を覚まして杖を構えている。

 

「“ルーモス 光よ”」

 

杖先に光を灯したルーピンは廊下の様子を伺う。

 

「厄介な連中?それは生徒に害を与える者ですか?」

 

「ああ。そうだ。非常に危険な連中で下手をすると無事では済まない………っておい!」

 

エスペランサは“危険な連中”と“下手をすると無事では済まない”という言葉を聞くや否や拳銃を片手に廊下へ飛び出した。

 

 

「おい!君っ!」

 

ルーピンが引き留めようとする声を背後に聞きながら彼は列車内の廊下を走る。

廊下にはいまだに多くの生徒がたむろしていたが、その生徒らを無理やり押しのけながら先頭車両へ向かう。

 

 

(敵が何者かは知らないが、ルーピンという教師が相当警戒する相手だ。闇の魔法使いか魔法生物か………。どちらにせよ早急に排除しないと生徒の命が危ない)

 

 

ルーピンという教師は「連中は非常に厄介」と言っていた。

その言葉を聞いたエスペランサは即座に列車内に“招かざる敵”が侵入したのだと判断したわけである。

 

連中、というからには複数の敵が侵入してきたのだろう。

 

 

(敵勢力は少なくとも2人以上。侵入口は列車の構造からして先頭車両からだ)

 

 

ホグワーツ特急には複数の列車が連結されている。

そのうちで列車内の照明を操作できる車両は運転席のある1号車のみであった。

敵が初手で照明を使用不能にしたのなら、確実に1号車に侵入したはずである。

 

 

「総員、後方の車両まで退避しろ!敵襲だ!!!」

 

 

怒鳴り散らしながら先頭車両に向けて前進するエスペランサ。

彼の声を聞いた学生は一目散に後方車両へ逃げ出した。

 

 

敵勢力が先頭車両に投入されてからまだ1分しか経っていない。

その間、爆発音も破裂音も何も聞こえてこないことから敵は「まだ何もしていない」ことがわかる。

 

3両目の車両に突入したエスペランサはコンパートメントのひとつに入り、息を潜めた。

 

 

「ここで迎え撃つ………か」

 

 

列車内は無数のコンパートメントが存在するために死角が多い。

その環境下で最も得策といえる戦い方は待ち伏せて奇襲する、というものだ。

 

ただし、周囲にはまだ何人かの逃げ遅れた学生も居る。

故に制圧火器は拳銃に限定し、手榴弾の類の使用は控えなくてはならなかった。

 

 

(とするならば、敵がこの3号車に侵入した瞬間にスタングレネードを投擲。動きを封じた瞬間に拳銃で殲滅すれば良い)

 

 

作戦としては至ってシンプルで簡単なもので、特殊部隊時代に何度も行ったことがある内容だ。

 

 

(しかし、突然、ホグワーツ特急に攻撃を仕掛けてくるとは………いったい何者なんだ?)

 

 

懐からスタングレネードを取り出しつつ、彼は考える。

しかし、考えても無駄だと思い、再び警戒態勢をとった。

 

 

 

「うわああああああああ!!!」

 

 

「きゃああああ!!!」

 

 

 

不意に3号車の前のほうにあるコンパートメントから悲鳴が聞こえた。

 

どうも敵が3号車に侵入し、潜んでいた何人かの生徒に接触したらしい。

 

 

4人ほどの生徒が廊下を転がりながら逃げてくる。

 

 

 

「くそ!まだこんなに逃げ遅れた生徒が居たのか!?これじゃ発砲できない!」

 

 

混乱して逃げまどってる生徒が居る狭い車内で発砲することは非常に危険だった。

跳弾で生徒に被害が出る可能性もある。

 

エスペランサはスタングレネードの投擲を諦め、隠れていたコンパートメントから走り出た。

 

 

「ぼさっとするな!後方の車両へ退避しろ!!」

 

 

床に転がる生徒を叱咤して避難させ、自分は敵のいるであろう方向へ向かう。

 

 

(何だ?この気配は………。さっきまで暑かったのに、急に真冬のような寒さになっている………??)

 

 

現在の季節は夏である。

先程までは腕まくりをしても暑いと思うような気候だったが、突然、エスペランサは冷蔵庫の中に入れられたように寒さを感じた。

 

全身に鳥肌が立つのを感じる。

 

しかし、その鳥肌は寒さだけが原因ではない。

 

エスペランサのその先にいる「何か」が身も心も凍るような冷気を発しているのだ。

 

 

 

「う……うう………」

 

 

ふと足元を見ると、一人の見慣れた生徒がうずくまっているのが見える。

 

 

「!?フローラ!!!」

 

 

両膝を床につけたまま頭を抱えてうずくまっているのはフローラ・カローであった。

どうも彼女も逃げ遅れていたらしい。

 

 

「どうした!?敵に襲われたのか!?」

 

 

思わず駆け寄って様子を見るエスペランサであったが、彼女は思ったよりも重症のようだった。

 

ガタガタと肩を震わせ、顔を真っ青にし、意識は朦朧としている。

まるで何かに怯えているような………?

 

 

「大丈夫か!?しっかりしろ!とにかくここから離脱するぞ!!」

 

エスペランサはそんなフローラを無理やり連れだそうとする。

 

 

「い………嫌……。行きたくない………。行きたくない…………」

 

「ど、どうしたんだ………」

 

 

半ば意識を失いかけているフローラはうわ言を繰り返す。

 

 

 

 

 

 

 

ヒュー  ヒュー

 

 

 

 

 

フローラを担ごうとするエスペランサの耳に“人間のものとは思えない呼吸音”が届く。

 

 

「誰だ!?」

 

 

エスペランサはフローラを傍らのコンパートメントに押し込み、その後、拳銃を構える。

 

 

 

 

ヒュー  ヒュー  ヒュー

 

 

 

 

何の明かりもなく、ほぼ真っ暗な車内に“何者かたち”が侵入してくるのがわかった。

 

ゆっくりと、ゆっくりと。

彼らは近づいてくる。

 

 

目の慣れてきたエスペランサはその“何者かたち”が人の形をしていることに気が付いた。

 

しかし、不思議なことに足音は聞こえない。

 

 

 

 

「止まれ!!止まらないと撃つぞ!!」

 

 

 

拳銃の射撃姿勢を取り、銃口をまだはっきりとは見えない敵に向け、エスペランサは叫ぶ。

 

 

(何者なんだ………こいつらは!!!???)

 

 

敵は止まらなかった。

 

むしろ、エスペランサに近づいてくる。

 

 

距離はもう5メートルもない。

 

暗がりでも、敵の姿ははっきりと視認できる距離になった。

 

 

 

 

「???フードを被った人間………なのか?………!!!!?????うううう!!??」

 

 

 

エスペランサは敵の姿を見た。

 

高さは3メートル弱。

フードのようなボロボロの黒い布を羽織っている“人の形をしたもの”。

 

顔は見えないが、おそらく人間ではない生物だ。

 

いや、生物なのだろうか?

 

歩いているのか浮いているのかも定かではない。

例えるなら海中に漂う昆布を人型にして禍々しくしたもの、だろうか。

 

見るからに悍ましい見た目をした敵の数は3。

 

咄嗟に発砲しようとしたエスペランサであるが、その直後、彼を恐怖が襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燃え盛る炎。

 

破壊されつくした街。

 

吹き飛ばされ、原形を失った人間。

 

 

 

そして、血。

 

 

 

 

あの日。

 

ダンブルドアと出会ったあの日の光景だ。

彼の人生で最も悲惨で、悲劇的で、最悪の日の光景である。

 

 

 

 

そう。

 

あの最悪の日を彼は鮮明に思い出してしまっていた。

 

 

 

 

(何だ……なぜあの日の光景を思い出す!?それもこんなに鮮明に!!??)

 

 

 

鮮明に思い出したあの日の記憶。

 

しかし、思い出したのは“あの日”だけではなかった。

 

 

 

 

ー助けてくれ

 

 

ー嫌だ!死にたくない!!!

 

 

 

ー見逃してくれ……

 

 

ーぎゃあああああああああ

 

 

 

 

エスペランサが今までに殺した人間の顔が、彼らの死に様が、脳裏に蘇る。

 

 

はじめて殺した敵兵の顔。

 

ゲリラ掃討時に殺害した少年兵。

 

テロリストの盾にされて掃射された民間人。

 

 

 

銃弾の前に血しぶきをあげて倒れていった人間たちを鮮明に思い出したエスペランサは身体から力が抜け、崩れ落ちる。

 

 

 

 

敵を殺すことには何のためらいもない。

 

何とも思わない。

 

そう思っていたのに…………。

 

 

 

 

力なく崩れ落ち、床に膝をついたエスペランサにフードを被った“それ”の1体が近づいて行った。

 

 

 

 

 

戦意喪失し、意識を失いかけるエスペランサであった。

しかし、意識を失う直前、彼の司会の片隅にコンパートメント内に横たわったフローラ・カローが映り込む。

 

 

 

 

(ダメだ………。まだ倒れるわけには………。フローラを……この車内に居る生徒を……救わなくては…………)

 

 

 

その思いが、途切れかけていた彼の意識を繋ぎ止めた。

 

冷え切った身体に体温が戻り、失われた戦意を取り戻す。

過去の最悪な記憶たちを全て振り切り、エスペランサはふたたび立ち上がった。

 

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 

足に力を入れ、立ち上がった彼は拳銃を構え、“それ”に向ける。

 

 

(この至近距離で銃弾を食らって無事な生物など存在しない!!!)

 

 

フード姿の敵との距離は目と鼻の先である。

いくら威力の弱い拳銃といえども、それほどの至近距離で撃てば致命傷を与えられるだろう。

 

 

 

「食らえ!!!!」

 

 

 

エスペランサは引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

ダン  ダンダンダン

 

 

 

 

続けざまに4発。

 

M92Fベレッタの銃口からマズルフラッシュとともに放たれた9ミリパラベラム弾は全て、敵の身体を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 

と思われた。

 

 

 

 

 

 

「なっ………!?」

 

 

 

 

 

効果がない。

 

手ごたえがない。

 

 

 

 

9ミリパラベラム弾は確かに、敵のその黒いフードに命中した。

 

しかし、銃弾は敵の身体をすり抜け、天井にあたる。

 

まるで霧に銃弾を撃ち込んでいるようだった。

 

 

 

 

「物理攻撃が………通用しないのか!?」

 

 

 

エスペランサは驚愕する。

 

敵の身体をすり抜けた4発の銃弾は天井に穴をあけ、その穴からは雨水がしたたり落ちてきていた。

 

 

 

ヒュー  ヒュー

 

 

 

相変わらずフードを被った敵は掠れた呼吸をしていたが、心なしか怒っているように見える。

 

ジワリジワリと近づいてくる敵にエスペランサは思わず後ずさりをした。

 

 

 

「くそ!くそったれがああああ!!!!」

 

 

 

エスペランサは拳銃に残っていた弾丸を全て撃つ。

 

 

 

 

ダン

ダンダン  ダンダンダンダン

 

 

 

無論効果はない。

 

 

近づいてきた敵はおもむろにフードを取り払い、顔を近づけて来る。

 

 

 

 

結局、エスペランサは敵の顔を見ることはできなかった。

 

敵がフードを取り払う瞬間に意識を失ったからだ。

 

 

 

 

意識を失い、床に倒れる瞬間、彼は後方から一人の人間が走ってきて杖から何やら光り輝く霧のようなものを射出するのを見る。

 

それが、いったい何だったのかはわからない。

薄れゆく意識の中で、彼は正体不明の敵に敗北した事実のみをかみしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ハリー曰く「ディメンターにパンチなんて効かない」だそうなので銃弾も効果なし、と。
あと列車内の照明はディメンターが侵入した際に自然に消えたことになっています。
主人公はディメンターが手動で1号車で照明を消したのだと思い込んでいることになりますね。


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case33 cadaver 〜死体〜

久々の投稿です。
今年もコミケの時期がやってきました!


目が覚めるとそこはホグワーツの医務室であった。

 

エスペランサは自分が医務室のベッドに寝かされているらしいことを悟った。

左手に巻いた腕時計の時刻を見る。

 

「19時………まだそんなに経ってないのか」

 

気絶する前、最後に時計を見た時は18時ごろだったはずだ。

 

エスペランサは上体を持ち上げ、周囲を見渡す。

ベットの周りはカーテンで四方を仕切られ、オンボロの机が一つ置かれていた。

見慣れた医務室の景色である。

傍らの机の上にはブローバックされたままのM92Fベレッタが置かれていた。

 

ベットから立ち上がり、彼はその拳銃を持ち上げる。

弾倉に弾丸は装填されていない。

得体の知れないあの‟フードを被った怪物”に弾丸を全て撃ち込んだことを思い出す。

 

冷え切った空気。

真っ暗な車内。

瘡蓋だらけの手。

 

そして、強制的に思い出させられた血生臭い記憶………。

 

 

「あいつらは一体何だったんだ………」

 

 

トロールもケルベロスもバジリスクも銃撃は効果があった。

スリザリンの誇るバジリスクでさえC4プラスチック爆弾で倒すことが出来たのである。

しかし、あのフードを被った怪物には物理攻撃が通用しなかった。

 

 

「目が覚めたかの」

 

 

突然、カーテンがシャッと開き、ダンブルドアが病室に入ってくる。

ダンブルドアの銀色の長髪が床をこするのを見てエスペランサはモップを思い出した。

 

 

「学校長………」

 

「君が列車の中で倒れたと聞いたからの。様子を見に来たのじゃが、君は大丈夫そうで良かった」

 

「‟君は”?俺以外にも被害者が!?」

 

 

エスペランサは逃げ遅れた生徒が何人か列車内にいたことを思い出した。

 

 

「心配しなくても良い。君と同様に意識を失った生徒は2名程居るが、命に別状はないし、安静にしておる」

 

「2名………。フローラの他にも一人やられたのか………」

 

 

ともあれフローラが無事であることを確認したエスペランサは安堵した。

 

 

「わしも吸魂鬼が生徒を襲う事態になるとは思わなんだ」

 

「吸魂鬼………。それが奴らの名前ですか?奴らは一体………」

 

 

吸魂鬼という名前にエスペランサは聞き覚えが無かった。

 

 

「吸魂鬼(ディメンター)。この世で最も禍禍しく、そして穢れた存在じゃ」

 

エスペランサはダンブルドアが禍禍しい、穢れた、という言葉を使うのをはじめて見た。

ダンブルドアほどの人物がそのように形容する吸魂鬼という生物はよほど厄介な存在なのだろう。

 

「君はアズカバンを知っておるかの?」

 

「魔法使いの監獄………とだけ」

 

「吸魂鬼はアズカバンの看守なのじゃ。忌まわしく邪悪な闇の生物の中でも最も厄介な存在での。人々の幸福な気持ちを好物として、それらを全て吸い取ってしまう。奴らが現れると人間は幸福感を無くし、最悪の記憶と絶望で満たされることとなるのじゃ」

 

 

なるほど、とエスペランサは思った。

 

エスペランサにとって最悪の記憶は戦場で仲間を殺されたりしたときの記憶だ。

吸魂鬼が最悪の記憶を思い出させる存在ならば彼が戦場での出来事を思い出すのは当たり前である。

 

「しかし………それが本当なら、フローラは気絶するほどの最悪な記憶があったってことか………」

 

「今回、吸魂鬼に襲われた生徒は少なからず他の生徒よりも壮絶な過去を持って居る。君もカローラ嬢もハリーも。普通の人は持ち得ないほどの最悪な記憶を持つ人間は吸魂鬼にとって標的にし易い存在であり、影響を受けやすいのじゃ」

 

「凄惨な過去を持つ人間ほど、吸魂鬼によるダメージが大きいと言う事ですか」

 

「左様じゃ」

 

ハリーは両親を殺された記憶を持つ。

それは普通の生徒が持っていないような悲惨な記憶だ。

そのような記憶を呼び覚まされれば気絶をするのも頷ける。

 

エスペランサは数多もの戦場で殺し合った時の記憶がある。

戦場慣れした特殊部隊の傭兵であるエスペランサと言えども仲間を殺されたり、敵を殺したりした記憶は苦痛に感じる。

彼の場合はハリーよりも精神的に強い部分があったために、それらの過去を振り切って吸魂鬼と戦うことが出来た。

 

そんな2人と同じく、気を失ったフローラは一体どのような悲惨な過去を持っているのだろうか………。

 

 

「そんな生物に監視されたアズカバンを脱獄したシリウス・ブラックという人物は相当な実力者なんでしょうね」

 

 

エスペランサの言葉にダンブルドアは少し眉を動かした。

 

「そうじゃのう。並の人間ならあの監獄に1日いるだけで精神を病んでしまう。アズカバンを訪れたものが、あの場所のことを語りたがらないのは吸魂鬼の恐ろしさによるところが大きい」

 

「そうでしょうね。忌々しい生物だ。俺の武器も効きませんでした。奴らを倒す方法は無いんですか?」

 

「君の言う通り、吸魂鬼には君の持っているような武器や魔法による攻撃は通用しない。もしかしたら倒す方法が存在するのかもしれんが、英国魔法省は奴らを恐れて、奴らをアズカバンの看守にしたときから吸魂鬼の研究を止めてしまっておる。だから実のところを言えば吸魂鬼について分かっていることは少ないのじゃ。奴らが生きておるのか、死んでおるのか、死をも超越しておるのか。それすら分からんのじゃよ。唯一、守護霊の呪文のみが奴らを撃退することが出来る」

 

「守護霊の呪文………。あの時の呪文か!」

 

エスペランサは意識を失う直前、さっそうと現れたルーピンという名の教師が吸魂鬼を追い払うのを見た。

その時、ルーピンの杖から銀色に光る物体が吸魂鬼に向かって突進していったが、それが恐らく守護霊の呪文とやらだったのだろう。

 

 

「ルーピン先生に助けられた様じゃな。彼は今年度から闇の魔術に対する防衛術を担当して下さる。暇なときにでもお礼を言いに行くと良い」

 

「はい。そうします。ところで、なぜ吸魂鬼とやらはホグワーツ特急に侵入してきたんですか?」

 

「真に忌々しいことじゃが、魔法省の要請で今年いっぱい吸魂鬼がこのホグワーツを護衛することになったのじゃ。その関係上、ホグワーツ特急の中に不審な人物がいないか立ち入り検査を行ったらしい」

 

「護衛………。シリウス・ブラックからハリーを守るため?ですか」

 

「良く知っておるの。ブラックがハリーを狙っているという話は本人から聞いたのかね?」

 

 

ダンブルドアがブルーの瞳でエスペランサを覗き込むように言う。

 

 

「そうです。しかし、皮肉なものですね。護衛対象であるハリーを吸魂鬼が襲うとは」

 

 

エスペランサは鼻で笑いながら言った。

彼は吸魂鬼に護衛が務まるとは思えなかったし、逆に吸魂鬼は生徒にとって脅威になると考えていた。

事実、被害者が出ているわけだ。

 

 

「もっともな意見じゃな。しかし、ブラックの侵入を防ぐことの出来るのは吸魂鬼くらいなものだ、と考える人も多い。吸魂鬼は絶対に校内には侵入させないという約束の元、護衛に配置した。君が心配しなくとも吸魂鬼に生徒を襲わせる事態にはさせんよ」

 

「………………」

 

 

エスペランサはその言葉を信用していなかった。

 

ダンブルドアは万能ではない。

前年度は校内でバジリスクが徘徊し、生徒に犠牲者も出た。

 

いくらダンブルドアでも防ぐことの出来ないことはある。

 

結局、バジリスクにとどめを刺して事件を収束させたのはエスペランサと彼の持つ武器であったわけだし、今回も………。

 

「何か考えておるな?」

 

「!?」

 

「君が思っておる以上に吸魂鬼は厄介で危険じゃ。倒せると思って戦いを挑む、という行為は避けてほしいの」

 

 

朗らかに言うダンブルドアであったが、その眼は笑っていなかった。

本気でエスペランサに忠告をしているのだろう。

 

 

「銃が効かない連中に戦いを挑むほど自分は愚かではありません。それに訳あって自分はかつてほどの火力を出せない。吸魂鬼に戦いなんて挑みませんよ」

 

「そうであればよいのじゃが………。さあ、君ももう大広間に向かうと良い。まだ晩餐の最中じゃろうから仲間と一緒に食事をしなさい。ハリーもカロー嬢ももう大広間に行っておる」

 

 

年度開始日の晩餐で出る御馳走はエスペランサの楽しみの一つである。

彼はダンブルドアの言葉に甘えて医務室を後にすることにした。

 

ダンブルドアはマダム・ポンフリーに用件があるらしく、医務室に残ったのでエスペランサは一人で大広間に向かうことになった。

 

 

 

 

大広間に向かいながら彼は回収した拳銃のスライドを元に戻し、新たな弾倉を装填する。

9ミリパラベラム弾をフル装填したベレッタを懐にしまい込む。

 

 

吸魂鬼。

 

物理攻撃が通用しないというエスペランサにとっては相性の悪い敵。

ではどうやって倒せばよいのだろうか。

 

ダンブルドアの忠告を無視して、彼は吸魂鬼を倒す算段を立て始めている。

 

 

ホグワーツ特急内での戦闘は彼の完敗であった。

敗北という屈辱。

そして、彼は罪の無い生徒を襲った吸魂鬼を許しはしなかった。

故にエスペランサは復讐心に燃える。

 

吸魂鬼を倒すのは復讐の為だけではない。

 

もし仮に、吸魂鬼を倒すことの出来る方法が確立されたのならば、それは‟力”となり得る。

吸魂鬼を倒すことの出来る軍隊が英国魔法界に出来たとすれば、その存在は魔法省にも影響を与えることが出来るほどの発言力を持ち得るものになるだろう。

 

 

吸魂鬼を倒す決意を固めたエスペランサは無意識にニヤリとしていた。

 

彼は戦場で多くを失い、大きなトラウマを背負っている。

しかし、一方でやはり兵士の血が残っていた。

 

倒すべき強敵の存在が居ることに無意識に喜びを感じるエスペランサの心は、いまだに戦場に取り残されたままなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

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新学期が始まった。

 

 

新学期が始まって最初の朝。

マルフォイをはじめとするスリザリン軍団は例によって気絶したハリーをからかっていたが、同じく気絶したエスペランサのことは意外にもからかってこなかった。

 

大広間で朝食を摂るハリーにわざわざ近寄ってきて「ポッター。吸魂鬼が来るぞ」とせせら笑うマルフォイであったが、ハリーの横でパンをもぐもぐ食べるエスペランサと目が合うと、気まずそうに退散していく。

 

 

「ああ?珍しいな。ハリーのことは散々からかっておきながら、俺のことは一言も触れないなんて………」

 

エスペランサは退散したマルフォイのことを不可解に思いながらも朝食を続けた。

 

エスペランサは知る由も無かったが、実はマルフォイは昨晩、エスペランサが吸魂鬼と戦闘を行った列車内で逃げ遅れた生徒の中にいたのである。

他の逃げ遅れた生徒と共にガタガタ震えていたマルフォイは颯爽と駆けつけて吸魂鬼と交戦を開始したエスペランサに助けられたことになる。

 

実際、マルフォイ以外にもフローラをはじめとして何人かのスリザリン生はエスペランサは意図していないものの、事実上助けられており、心の奥底では感謝をしていたりした。

また、スリザリン生というのは本質的に‟強者”を尊敬する節がある。

強力な闇の魔法使いを崇める生徒が多いスリザリンであるが、生徒たちが憧れるのは闇の魔術そのものというよりは、闇の魔術の‟強さ”だ。

エスペランサはただ単に勇敢なグリフィンドール生とは違う。

勇敢ではあるが規則やぶりで後先考えずに行動するグリフィンドール生とは違い、彼は燃密な作戦を計画して、合理的かつ効率的に火力で敵をねじ伏せに行く。

脳筋が多いグリフィンドールの中でも異端な存在だ。

バジリスクやトロールを爆薬で吹き飛ばし、吸魂鬼に単身挑み、寮に関係なく生徒を救おうとしたエスペランサを密かに崇めるスリザリン生も少なからず存在するのである。

 

この様な背景があるからスリザリン生はハリーをからかっても、エスペランサをからかおうとはしなかった(一部例外を除くが)。

 

 

さて、3学年になった初日の授業であるが、エスペランサは占い学と変身術だ。

 

占い学に関しては選択授業である。

授業の場所は北塔の天井裏にある教場という辺境であり、かなり急な螺旋階段と梯子を上ってようやく到着した。

 

占い学の教場は黒いカーテンで全ての窓が封じられており、照明のランプは暗赤色の布で覆われているため視界が悪い。

エスペランサは薄赤色に染められた教場を見て一瞬、風俗街を思い出した。

窓を閉め切っているのに、暖炉で火を焚き、お香の香りを充満させる教場内はとんでもない熱気に包まれている。

並べられた丸テーブルの一つに座った彼は教科書で自身をあおいで何とか熱さを和らげようとした。

 

「隣、よろしいですか?」

 

パタパタと教科書をあおぐエスペランサの横にフローラ・カローがやってくる。

 

「ああ。どうせ隣には誰も居ない」

 

「ありがとうございます。本当はダフネが一緒に履修する予定だったんですが、彼女は昨日の晩餐でドクシーの卵を一気食いして医務室に運ばれていまして」

 

「何やってんだあいつは………」

 

「最近、賭けで負けた罰ゲームとしてドクシーの卵を食べるという文化が発達しているみたいです」

 

 

その手の馬鹿な賭けをするのはグリフィンドール生だけだと思っていたエスペランサだったが、どうも違うようだ。

 

 

「それよりも、昨晩は助けていただいたようで………。ありがとうございました」

 

「いや、別に。俺は結局のところ吸魂鬼に歯が立たなかったしな。お礼ならルーピン先生に言ったらいい」

 

「ルーピン先生………。新任のあの教師ですか。彼が吸魂鬼を撃退した、と?」

 

「どうもそうみたいだ。対して俺はあえなく敗退した」

 

「しかし、吸魂鬼に襲われて倒れていた私をコンパートメント内に避難させてくれたのはあなただと聞きました。それならば、やはりあなたにもお礼を言っておくべきです」

 

 

フローラは真っすぐエスペランサを見つめて言う。

エスペランサは短い髪の毛をクルクル回して明後日の方向を向いていたが、フローラにはそれが照れ隠しの仕草であることがわかっていた。

 

 

やがてトレローニーという中年の女教師が教室に入ってきて授業が始まる。

トレローニーはどデカい丸眼鏡をかけて、霧の向こうから響いてくるような声で話す変わった教師であった。

 

何だか胡散臭い占いを2つ3つ言った後で、各テーブルごと「お茶の葉占い」をするように生徒に命じた。

 

お茶の葉占いというのは紅茶をカップに注ぎ、それを飲み干した後、カップの底に残ったお茶葉の形で未来を占うというものである。

おそらく安物の茶葉で作られた紅茶を一気飲みしたエスペランサはカップをフローラのものと交換して底を見る。

この占いは自分のカップではなくペアになった生徒のカップの底の茶葉を見ることになっていた。

自分のカップで占いをするとどうしても自分に贔屓した内容の占いをしてしまうためだ。

 

 

「えーと。これは何だろうな。俺には葉っぱに見える」

 

「当たり前です。茶葉ですから」

 

「駄目だ。俺には才能が無いらしい」

 

「私の方は………蝋燭に見えますね」

 

 

フローラはエスペランサの飲みほしたカップを覗き込んで言う。

それを聞いたエスペランサは「未来の霧を晴らす」という教科書をパラパラとめくり、蝋燭が何を示すかを探した。

 

 

「フロイトの夢判断みたいなものか」

 

「何ですか?それは」

 

「夢の内容からその人の精神を分析する研究だ。暇なら調べてみると面白いぞ。ちなみに俺の今日の夢には巨大な蛇と剣が出てきた」

 

「はあ?」

 

 

教科書の中から蝋燭に関する記述を見つけたエスペランサはそれを読み上げた。

 

 

「蝋燭は炎に関する予言につながる。軽いものだと火傷。重いものだと山火事。へえ。火傷には気を付けた方が良いな」

 

「あなたの場合、火薬の類を良く使っていますからそれのことなんではないでしょうか?」

 

「ああ。言われてみればそうだ。案外、この占いはあたるのかもしれないな」

 

「教師は胡散臭いですけどね」

 

 

そう言いながらフローラは後ろを見つめた。

 

彼女の背後では今まさにトレローニーがハリーに「グリム」だの「死」だの物騒な予言をしている最中であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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初日は平和に終わったが、新学期二日目に事件は起きた。

 

ハグリッドが行った魔法生物飼育学という授業でヒッポグリフという生物がマルフォイを襲うという事件である。

経緯を聞いたエスペランサはマルフォイの自業自得だと思ったが、一方でハグリッドにも非があると思った。

ヒッポグリフは危険度の高い生物である。

無論、常に武装したエスペランサの敵ではないが、一般生徒からしたら十分な脅威だ。

一説に、人間は日本刀で武装して初めて猫とやりあえるというものがある。

この説が正しいかはともかくとして、野生の動物と接するのは思った以上に危険であり、安全管理は厳重に行わなくてはならないのだ。

 

マルフォイ等の問題児を抱えるクラスを担当するのなら生徒を常に監視して問題が無いようにするのが教師の役目であるし、そもそも初回の授業ではもっと簡単な生物を紹介して野生動物に徐々に慣れさせるべきだった。

エスペランサはこの授業を取っていないから事件に関しては他人事である。

しかし、ハリーたち3人はハグリッドのことを心配しており、談話室ではお通夜ムードであった。

 

そんなこんなで迎えたのがルーピン先生による「闇の魔術に対する防衛術」の授業だ。

 

机と椅子が撤去され、ガランとした職員室で授業は行うらしい。

教室ではなく職員室で行う理由は、座学ではなく実施訓練を行うからだ。

 

ホグワーツの3年生が経験した実施訓練は昨年度のピクシー妖精のみ。

故に、生徒たちは実施訓練と聞いて不安に思ったわけである。

 

広くなった職員室の中央には古い洋服箪笥がポツンと置かれていた。

どうでも良いが、ホグワーツの備品はどれもこれも古くてオンボロだ。

洋服箪笥はガタガタと震えており、中に何者かが入っていることは明白だった。

 

 

「大丈夫。怖がらなくて良い。ああ、エスペランサ。銃は構えなくて良いよ。中に入っているのはマネ妖怪のボガートなんだ」

 

 

ルーピンが優しく言う。

 

銃を下ろしながらエスペランサはリーマス・ルーピンという教師が有能であることを悟った。

生徒を安心させる喋り方。

ニコニコ笑っているが、隣にマネ妖怪とやらが居るためか警戒態勢は決して崩さない。

初めての実弾射撃で隊員を安心させる助教のようなかんじだ、とエスペランサは思った。

見た目のみすぼらしさに反して、案外強者なのかもしれない。

 

 

「ボガートが何者か、説明できる人は?よし、ハーマイオニー」

 

「ボガートは形態模写妖怪です。目の前にいる人間の一番怖いものにその姿を変えることが出来ます」

 

「私でもそんなに上手に説明は出来なかっただろう!そう。このボガートは一番怖いものに姿を変えるんだ。でも、今、我々はボガートに対して有利な状態にある。何故だと思う?ハリー」

 

「ええと、僕たちは大勢いるから、ボガートは何に変身すればよいかわからない」

 

「そういうことだ!こいつを倒すときは複数人でいることが重要なんだ。でも、一人でも撃退できる。それには非常に強い精神力が必要だ。呪文自体は簡単。リディクラスと唱えるだけで良い」

 

 

生徒たちはリディクラスと復唱する。

 

 

「教官。質問があります」

 

「どうぞ、エスペランサ」

 

「呪文で撃退可能なのはわかりました。では、物理攻撃での撃退は可能ですか?」

 

 

吸魂鬼には物理攻撃が効かなかった。

あらかじめ敵が物理攻撃で倒せるのか、倒せないのかを知っていないとまた吸魂鬼と戦闘を行なった時のように敗退する。

エスペランサは同じ過ちを繰り返さない為にも、敵が物理攻撃を受け付けるかをあらかじめ知っておこうと思ったのだ。

 

 

「失神光線などの攻撃はあまり効果が無い。リディクラスの他には高度な攻撃呪文で撃退が可能だけどね。物理攻撃というのは君の持つマグルの武器のことだね。結論から言えば効果はある。マネ妖怪はゴーストと違ってこの世に存在する魔法生物の一種だからね。でも、自分が一番怖いと思っている物を前にして物理攻撃を行うと言う事は難しいことだと思う。だから、今日はリディクラスを使った撃退法を覚えてほしい」

 

 

そう説明したルーピンはネビルを皆の前に呼び出した。

 

実施訓練第一号はネビルに決定していたらしい。

 

 

 

 

 

 

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ネビルは皆の不安を余所に見事、ボガートを撃退した。

 

彼の恐れていたものはスネイプ先生だ。

リディクラスという呪文は「笑い」を源としたもので、怖い姿で登場したボガートを面白い姿に変えてしまうものだった。

怖い姿から一瞬で面白い姿に変えられたボガートは混乱し、動きが止まるわけである。

 

ネビルによって奇抜なファッションをしたスネイプに変えられたボガートは攻撃対象をネビルからパーバティーやシェーマス、ロンへ変える。

ミイラやバンシー、蜘蛛に姿を変えたボガートであったが、生徒によってあっという間に撃退される。

 

エスペランサも隠し持っていたM92FやUZIといった銃器を教室の傍らに置き、杖だけを持った状態で迎え撃とうとする。

 

(果たして、俺が最も恐れるものって何なんだろうな)

 

ディーン・トーマスに撃退されたボガートがついにエスペランサの目の前にやってきた。

 

 

「ああ………なるほど。そういうことか」

 

 

エスペランサの前にやってきたボガートは‟死体の山”に変身した。

 

 

「きゃああ!」

 

「なんだこれ!」

 

 

突然現れた死体の山に生徒たちは顔を真っ青にして悲鳴を上げる。

 

死体の山にはかつてエスペランサと共に戦った兵士たちだけでなくハリーやロン、ハーマイオニー、フローラ、セオドールなど親しい学友も含まれていた。

 

 

「エスペランサ………」

 

 

ルーピンが心配そうにエスペランサを見る。

 

 

「大丈夫です。教官」

 

 

彼はそう言って杖を構えた。

 

 

エスペランサの恐れていたものは‟仲間の死”であった。

おそらくそれは傭兵時代から変わっていないだろう。

いや、仲間の死ではなく仲間を救えないことに恐怖を感じているのかもしれない。

 

(仲間の死、仲間を救えないことへの恐怖、か。それなら良い。その恐怖は決して捨ててはならない恐怖だ)

 

彼は冷静に「リディクラス」と唱える。

死体の山だったボガートはポンという音を立てて消え、次のターゲットであるハリーへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ボガートに物理攻撃が通用するのかは不明ですが、4巻で守護霊の呪文に対してひるんでいたのでまあ効くかな、と。
感想、お気に入りありがとうございます!


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case34 Organizing 〜編成〜

お気に入り、感想ありがとうございます!!!


マネ妖怪ボガートの授業以来、ルーピンは一躍人気の教師となった。

ボガートの次は赤帽子、河童といった生物を倒す訓練をした。

赤帽子も河童も自動小銃の掃射で簡単に倒せるような生物であったが、エスペランサはあえて銃を使わずに訓練に臨んでいる。

 

一方で占い学は酷い授業となりつつあった。

トレローニーという教師の予言はことごとく外れ、只の出鱈目だと言う事が分かってきたからだ。

エスペランサは占い学の他にマグル学を履修していたが、彼はこの授業においては最優秀生徒である。

初回の授業で行われた‟電話のかけ方”の実習において軍用無線機であるAN/PRC-77を持ち込み、その操作方法を実演したところ、マグル学の教授であるバーべリッジに絶賛された。

無論、この無線機はニッケル・カドミウム蓄電池を使用する電子機器である為、ホグワーツ城内では普通、使用できない。

ただし、エスペランサはマグル除けの魔法がかけられた敷地内でも電子機器を使用可能にする魔法を習得済みであったため無線機に関しても使えるようにしておいた。

マグル学はハーマイオニーも履修していた(他の授業とダブルブッキングしているのに何故か出席出来ていたのは謎であるが)が、ことマグルの電子機器の使用法や仕組みに関してはエスペランサの方が遥かに精通している。

故にマグル学はエスペランサの独壇場となってしまっていた。

 

魔法薬学ではいつも通り、ネビルがスネイプに減点されまくり、グリフィンドール生のヘイトを貯めている。

合計して20点もの点数がグリフィンドールから引かれた魔法薬学の授業の後、エスペランサは同じく授業に出ていたセオドール・ノットに呼び止められた。

 

「やあルックウッド。少し時間はあるか?」

 

「ああ。俺もそろそろお前とフローラを交えて話そうと思ってたんだ」

 

 

エスペランサとセオドールとフローラの3人は新学期がはじまってからすぐに、ヘッドハンティングの準備を行っていた。

もちろん、エスペランサの作ろうとしている部隊へのヘッドハンティングである。

 

 

「とりあえず、今週末にホグズミートへの外出許可が下りる。その時に例の名簿に書いた生徒を全員集めて説明会を行いたい」

 

名簿というのはセオドールとフローラが全校生徒の中から部隊員に適合した生徒を探し、リストアップしたものである。

 

「了解した。しかし、どこへ集まるんだ?」

 

「僕は何回かホグズミートに行ったことがある。あの村にはいくつか店があるんだけど、生徒の集まる店で‟武装した魔法使いの軍隊の設立”に関する説明会を開くわけにはいかないだろ?」

 

「まあ、そうだな」

 

「そこでホッグス・ヘッドを使おうと思う」

 

「なんじゃそりゃ」

 

「寂れたパブだよ。あそこなら生徒は寄り付かないし、昼間なら客も少ない。すでにふくろう便を使って店を予約しているから19人全員が入ることが出来る」

 

「そうか。手際が良いな」

 

「今週末までに名簿に書かれた生徒に説明会への参加希望を調査し、希望者に集合時間と場所を教えたい。候補者たちは基本的にルックウッドの考えに賛同しそうな人物ばかりだから希望はすると思うが………」

 

「わかった。今週末までに名簿に書かれた生徒全員に趣旨を説明して集まれるように調整しておく」

 

「頼んだ。スリザリン生への勧誘なら簡単なんだが、僕はスリザリン生以外の生徒に対して人望が無いからね。君ならその点、申し分ない」

 

「買いかぶり過ぎだ」

 

 

エスペランサはそう言ってセオドールと別れると早速、勧誘に取り掛かろうとした。

 

現在のところ、部隊に入れようと思っている生徒はエスペランサたち3人を除くと16人。

寮も学年も基本的にバラバラであるが、基本的に学力が高かったり、一芸特化していたりと優秀な人物が多い。

また、思想に関しては「闇の魔術を憎んでいる」、「現在の魔法界の在り方に疑問を持っている」、「理不尽な暴力を許さない」といったエスペランサと共通のものを持っている学生しかリストに載せていない。

 

とりあえずグリフィンドール生から勧誘していくか、とエスペランサは思い、寮へ向かおうとした。

 

グリフィンドールの寮へ向かう途中、廊下の隅からすすり泣く声が聞こえる。

何事かと思い、廊下の隅にある柱の後ろを覗いてみればネビルが顔を真っ赤にして泣いていた。

 

 

「なんだ、ネビルか。こんなところで泣いて何してるんだ?」

 

 

エスペランサはヒクヒクと泣きじゃくるネビルに話しかける。

 

ちなみに名簿にはネビルも含まれていた。

 

 

「グズ………さっきの魔法薬学の授業の後……スネイプ先生に怒られて……罰則だって………」

 

「なんだよ。いつものことじゃないか」

 

 

ネビルが魔法薬学で減点された点数は通算して100を超える。

罰則を受けた回数は20回以上だ。

もはや珍しいことでも何でもないし、ネビルも罰則慣れしてしまったんじゃないかとエスペランサは思っていたが、どうも違うようだ。

 

大理石の床に涙の水たまりを作りながら泣くネビルを哀れに思い、エスペランサは慰めようとする。

 

 

「人には向き不向きがあるからな。ネビルは魔法薬学は苦手でも薬草学は得意じゃねーか。ならその一芸を伸ばして苦手分野は切り捨てたらどうだ?」

 

ネビルは魔法薬学は壊滅的な出来であったが、薬草学は飛びぬけて優秀である。

1学年時の試験は薬草学のみ満点であった。

また、近頃はボガートや河童の撃退にも成功しているので一定以上の魔法力は持っているとエスペランサは分析していた。

 

 

「でも、僕、何やっても駄目だし。エスペランサは良いよね。優秀だし、強いし………」

 

「優秀でもないし、強くも無いぞ。俺は。特殊部隊にいた時も対ゲリコマ戦の作戦立案以外に取り柄は無かった。射撃も徒手格闘も並みの成績だ」

 

「ううん。君は凄いよ。吸魂鬼に単身挑んだり、バジリスクを倒してしまうなんて普通の魔法使いじゃできない。少なくとも僕には無理だ」

 

「無理じゃねえよ。守りたいものがあって、自分の信念があったら、人は戦えるんだ。もちろん、ネビルも例外じゃない。お前にだって守りたいものはあるだろ?」

 

「守りたいもの………」

 

 

ネビルは俯いたまま考え込む。

 

実のところエスペランサにはネビルの守りたいものが分かっていた。

部隊に入れるべき生徒を探すにあたり、エスペランサたちは全校生徒の成績や思想だけでなく、家柄や経歴も調べ上げている。

その過程で、彼はネビルの生い立ちも知ることとなった。

だから、ネビルが何を恨み、何を守りたかったのかも知っている。

 

 

 

「ネビル。俺は理不尽に罪の無い人たちが苦しむのを嫌っている。昨年の事件では生徒が何人もやられた。マグルの世界では今も尚、多くの人たちが理不尽な暴力によって殺されている。十数年前に起きた英国魔法界での戦争では闇の魔法使いによって善良な市民がたくさん殺されたと聞く」

 

「……………」

 

「そんな世の中を俺は絶対に肯定しない。知ってるかネビル?当時の闇の魔法使いは何の裁きも受けず、魔法省でのうのうと働いているんだ。この世の中は正直言っておかしい」

 

「……………」

 

「魔法界もマグル界も、今のままでは駄目だ。誰かが、もっと平和な世界に変えなくてはならない。闇の魔法使いも、テロリストも、独裁者も抹殺して完全に平和な社会を作らなくてはならない」

 

「エスペランサ………君はもしかしてそれを………?」

 

「ああ。折角、魔法っていう便利なものが使えるようになったからな。罪の無い人が平和に暮らせる世界。それを作る為ならば俺は進んで悪を成す。何百という闇の魔法使いやテロリストを殺すことに、俺は何の躊躇もしない」

 

「殺すの!?」

 

「闇の魔法使いやテロリストが生きている世界で平和を実現できると思うか?」

 

「それは………思わないけど」

 

「一昨年だったかな。ダンブルドアが言っていたが、ヴォルデモートはまだ生きている。必ず復活を果たす。現体制下で仮にヴォルデモートが復活したら恐らく多くの人間が犠牲になる。ヴォルデモートだけじゃない。かつて全世界を恐怖に陥れたグリンデルバルトのような闇の魔法使いが出現しても、同じようになるだろう。要するに、今のままでは全世界どころか英国魔法界の平和すら守ることは出来ないんだ。誰かが、変えなくてはいけない」

 

「……………」

 

「なあ、ネビル。俺と一緒にこの世界を変えてみないか?」

 

「え、僕!?」

 

 

エスペランサの誘いにネビルは驚く。

 

 

「ああ。俺にはネビルの力が必要だ」

 

「僕の力って?知ってるだろ?僕は学年1の劣等生だよ。僕の力が無くても君なら………」

 

「いや。俺にはお前の力が必要だ。まあ、嫌なら断ってくれて良い。無理強いはしない。ただ、‟ベラトリックス・レストレンジ”のような人間が生きている世界をぶち壊したいと思うのなら…………」

 

「っ!?」

 

「今週末のホグズミート外出の時にホッグス・ヘッドに来てみてくれ。時間は1500。世界を変えるための組織を設立するための集会をする予定だ」

 

 

ネビルは何か思うところがあるのか、それっきり黙り込んでしまった。

 

エスペランサとしても無理に誘う気は毛頭なかった。

しかし、ネビルの力が必要だというのも嘘ではない。

彼の薬草学の才能は本物だ。

3歩歩くだけで寮の合言葉を忘れるネビルであったが、薬草学に関しては教科一冊をまるまる暗記するほどである。

何かを極めたら強いというタイプの人間だ。

 

敢えてトラウマであろう闇の魔法使いの名前を会話に出すことによってネビルの心を揺さぶる、という作戦が正しいかは分からない。

が、エスペランサは彼が来てくれることを半ば確信していた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

ホグズミート村への外出は保護者のサインが必要となる。

 

保護者の存在しないエスペランサはサインを偽装した。

表向きには特殊部隊に在籍していた時の教官にふくろう便を送ってサインをもらったと言う事にしてあるが、彼の居た特殊部隊は既に解散して全員米国本土へ撤退してしまっている。

筆跡のサインは魔法によってバレるだろうと思い、エスペランサはワープロで勝手に書面を作成し、サインもワープロで入力した。

魔法使いはワープロを知らない。

なので「マグルではこのようにサインするんです」と適当に説明したらあっさりと通ってしまったのである。

無論、マグル界でワープロによって入力した文字をサインですと言っても通用するわけがないが………。

因みに言えば魔法界にはタイプライターは存在するらしい。

しかし、マグル界ではすでに忘れ去られた存在であるタイプライターと最新型のワープロでは雲泥の差がある。

 

叔父のサインが貰えなかったハリーには次回からワープロや最近やっと普及されてきたパソコンを使ってみてはどうかとアドバイスしておいた。

 

 

ホグズミート村はホグワーツのすぐ横にある村であり、英国内で唯一、マグルの居ない村なのだそうである。

積雪対策なのだろう。

異様に尖った屋根を持つ家が一本の大通りの両脇に十数軒存在する。

ほとんどの家が何らかの店であり、魔法道具や悪戯道具を売っていたり、酒場やパブになっていたりする。

メインストリートから離れた場所には叫びの屋敷と呼ばれる英国内で一番恐れられているとされる廃屋が存在した。

ゴーストや妖怪がそこら辺を徘徊する魔法界でこの手のお化け屋敷を恐れる理由がどこにあるのだろう、とエスペランサは疑問に思う。

 

さて、ホッグス・ヘッドという辛気臭い店はメインストリートの端の方にある。

ホグワーツ生が立ち寄ることはほとんどなく、普段は如何にも怪しい客や吸血鬼などの人外が入っていた。

秘密の集会を開くには適していたが、それでもエスペランサたちは警戒している。

魔法省やホグワーツ職員の目を盗んで武装した魔法使いの軍隊を創設する話を公の場でするのはかなり危険だからだ。

 

そこで、セオドールはホッグス・ヘッドを1日貸し切りにするという荒業に出た。

かなりのガリオン金貨を使い、店をまるまる一日貸切ることにホッグス・ヘッドの店主は決して良い顔をしなかったが渋々受け入れたらしい。

無論、武装した魔法使いの軍隊の設立の話を店主に聞かれるわけにもいかないので、説明会を行うのは店の一番奥にある宴会などを行う個室に設定し、個室の入口には警戒用の魔法道具を複数設置するに至った。

店主は疑わしそうにエスペランサたちを見てきたが………。

 

個室の広さはそれほど広いわけではないが19人の人間が全員入るには申し分ない。

窓が無く、照明はランプのみであったが、エスペランサは電池式の蛍光灯スタンドを何台か運び入れて部屋を明るくした。

マグル界に慣れた身としては魔法界の店内の暗さは抵抗があるためだ。

 

宴会用の長机を中心に置き、その周囲に16個の椅子を並べ終え、19杯のバタービールという甘ったるい飲み物を用意し終えるころには勧誘を行った生徒がわらわらと集まり始めていた。

1500になるころには全員が集合し、着席し終えた。

 

 

「あー全員集まったみたいだな」

 

予定通り19人全員がそろったところでエスペランサは話し始めようとする。

 

殆どの人間にはあらかじめどのような集まりであるのかを説明してはいるが、具体的なことを説明したわけではない。

よって多くの生徒が不安と期待に満ちた顔をして座っていた。

 

 

「じゃまず…………」

 

「ちょっと待ってくれ」

 

 

エスペランサが喋ろうとした矢先、一人の生徒が手をあげて発言の許可を求めてきた。

 

 

「どうした?」

 

「何でスリザリンの連中が居るんだ?奴らも参加するとは聞いていないぞ?」

 

 

生徒は何人か座っているスリザリンの生徒を顎で指しながら言った。

この生徒はコーマック・マクラーゲンという名の生徒で、飛行技術と運動能力の高さを買われて勧誘されていた。

ただし、少々性格に難がある。

マクラーゲンの発言はスリザリン側の参加者の反発を買ってしまった。

スリザリン生の何人かも「何でグリフィンドールの連中がここにいるんだ」と騒ぎ出す。

エスペランサは少々後悔した。

エスペランサやセオドールは寮のしがらみにあまり囚われないため、こういった会合において対立関係にある寮の生徒が居ても何ら気にしない。

しかし、一般の生徒はそうもいかない。

グリフィンドール生はスリザリンを毛嫌いしているし、逆もまた然りである。

あらかじめ他寮の生徒も来ることを言わなかったのは配慮に欠けていたのだろうか。

 

 

「まあまあ、寮同士のいがみ合いは置いておいて、一先ず話を聞かないか?」

 

 

次第にヒートアップしていくグリフィンドールとスリザリンの罵り合いに待ったをかけたのはハッフルパフから参加していたセドリック・ディゴリーという生徒であった。

セドリックはマクラーゲンと同じく飛行技術を買われて勧誘されている。

ただし、彼はハッフルパフ気質で「規則には従順」であるとされるのでエスペランサの考えに賛同しないのではないだろうか、と思われていた。

 

セドリックは人望があり、カリスマ性もある。

彼の一声は喧騒とした雰囲気を収める効果があった。

 

 

「ありがとう。セドリック」

 

 

ムスっとしたまま再び座る生徒たちを見ながらエスペランサはお礼を言う。

 

 

「グリフィンドールとスリザリンが伝統的に敵対しているのは知っている。思想に違いがあるからな。だが、今日はそういった対立は止めてくれ。ここに集めた生徒は学内でもトップレベルで優秀な学生や、一芸特価で何らかの才能を持った人間だというのは皆も薄々気づいているとは思う」

 

エスペランサの言葉に何人かの生徒が頷く。

しかし、一番隅で肩身が狭そうに座るネビルだけは首を振っていた。

 

「まあ、俺やセオドール、フローラの独断と偏見で決めた人選なんだけどな」

 

「優秀な人間を集めたいならグレンジャーやパーシー・ウィーズリーあたりも勧誘すればよかったんじゃないか?」

 

 

机の中央付近に座っていた生徒が言う。

 

 

「確かに、その二人は学力がずば抜けて高い。しかし、パーシーは卒業まで1年もないし、奴は魔法省への就職を希望している。魔法省へ片足を突っ込んでる人間は勧誘できない。ハーマイオニーはおそらく思想や理念で俺と相反してしまう」

 

「集められた俺らだってルックウッドの思想とやらに共感するとは限らないぜ?」

 

「そうかもしれない。ただ、俺が今日集めた生徒には共通点が幾つかある。‟闇の魔術を憎んでいる”、‟現在の魔法界の体制に不満がある”、‟罪の無い人間が理不尽な暴力にさらされることを嫌う”。ここに集まってもらった諸君はこのいずれかの考えを持っているはずだ」

 

 

集まった生徒たちは思うところがあったのか頷く者もいた。

 

 

「とりあえず結論から言おう。俺は‟武装した魔法使いの軍隊”を作ろうと思っている」

 

「何だって!?」

 

「正気かよ!」

 

 

驚きで声を上げる生徒が何人かいた。

 

勧誘の際に「魔法界を変える組織を作ろうと思う」とは言ったが、「軍隊を作る」とは言っていなかったためだ。

 

 

「軍隊だって!?」

 

「そんなん作れないぞ。ルックウッドの戯言じゃねえのか?」

 

 

魔法界には独立した正式な軍隊は存在しない。

しかし、不死鳥の騎士団や死喰い人など武装組織は非公式に何度か誕生していたし、現在の魔法界においては闇払い局が一応、軍隊に該当するという考え方が一般的になっていた。

魔法史において歴史を学んでいる学生は十字軍などの古い軍隊を想像している。

また、マグル出身の学生はマグル界の軍隊を知っているため、軍隊を作るという行為が如何に難しいかを知っていた。

 

 

「いや、作れる。それに俺の作ろうとしている軍隊はただの軍隊じゃない」

 

そう言ってエスペランサは傍らに置いてあったM16自動小銃をバンと長机の上に置いた。

 

「現代兵器で武装した魔法使いの軍隊だ。世界広しと言えどもマグルの武器で武装した魔法使いの軍隊など存在しない。魔法と現代兵器を駆使した軍隊は恐らく世界でも有数の強力な軍隊になるだろう」

 

「マグルの武器だって?笑わすなよ」

 

スリザリンの生徒が鼻で笑う。

 

「昨年度、バジリスクを倒したのはマグルの作ったプラスチック爆弾という兵器だ。マグルの武器はお前らが想像している以上に強力で危険だ。ここに置いてある自動小銃は死の呪いを毎分100発の速度で連続発射するのと同程度の能力を持っている」

 

これは嘘ではなかった。

 

自動小銃や機関銃は魔法界で言うところの死の呪いを連続発射する武器のようなものだ。

単純に敵勢力を相当するだけならば銃は死の呪文よりも効率が良い。

 

 

「俺は別にマグル至上主義を掲げているわけではない。だが、マグルの武器は強力であると共に使い勝手が良く、訓練すれば誰でも扱える。魔法と併用すれば少人数でもかなりの火力を引き出すことが出来るだろう」

 

 

鼻で笑っていたスリザリン生もエスペランサの言葉に聞き入っている。

この2年間でホグワーツの生徒は嫌でもマグルの兵器の強力さを知ることになった。

トロールやピクシー、バジリスク。

魔法生物が倒されるのを間近で見てきたからだ。

 

 

「567人。この人数が何を示す数字なのかわかる奴はいるか?」

 

 

エスペランサは唐突に質問する。

生徒たちは顔を見合わせるばかりで回答しない。

 

 

「この人数はな。先の魔法戦争、すなわちヴォル……例のあの人全盛期に死喰い人によって殺害された魔法使いとマグルの総数だ」

 

 

「なっ!?」

 

「そんなに?」

 

 

「この中には親族を奴らに殺された人間もいるだろう。死喰い人や闇の魔法使いたちはこの国で暴れまわった。聞くところによれば巨人などの魔法生物も使ったとか。とにかく、10年とちょっと前、闇陣営は英国魔法界を支配する勢いだったわけだ。何故、こんなことが起きたと思う?」

 

「…………」

 

「…………?」

 

「えっと………」

 

 

エスペランサの問いに一人の生徒が手をあげる。

レイブンクローの女子生徒だ。

 

 

「例のあの人が強すぎたから………だと思うのだけど」

 

「それもある。正確に言えば闇陣営が強すぎたから、だ。死喰い人の強さはピンキリだったみたいだが、平均すれば一般の魔法使いよりは遥かに強かったらしい。まあ、闇の魔術を使うわけだしな。加えて、奴らの勢力は闇払いの勢力を上回っていた。これが魔法界の異常なところだ」

 

「異常?」

 

「ああ。魔法界では全ての魔女と魔法使いが杖を持つことが許可されている。これは全ての市民が武器を持っていることと等しい。故に、一般市民と魔法省の警察組織の間に戦力差が無いということになる」

 

 

魔法使いは杖を持つことであらゆるものを爆破し、燃やし、破壊することすら可能となってしまう。

魔法省の警察組織は闇払いなどがあるが、闇払いも一般市民も等しく杖を持ち、強力な呪文を使うことが出来る。

つまるところ、一般市民と警察組織の戦力差は無いということだ。

 

だから闇の魔法使いが死喰い人なる組織を編成してもそれを取り締まることが出来なかった。

闇払いの戦力は死喰い人と拮抗してしまったからである。

 

 

「こんな事態はマグル界では起こらない。死喰い人のような反社会組織的な暴力組織はテロリストと呼ばれているが、マグル界では国が強力な軍隊もしくは警察組織を保持していて、テロリストを制圧できるからだ。無論、国がテロ組織を掃討することが出来るほどの軍隊を持っていなければ国内の治安は守れないし、そういった国が存在するのも事実。しかし、マグル界の米国や英国といった先進国は圧倒的火力を持った軍隊を保有しているが故に、反社会組織に国内を支配されることはまずあり得ない」

 

マグル界では国内の治安維持にあたる組織や国外からの侵略を防ぐ軍隊を持っている。

治安の良い先進国では大規模な軍隊を持っていたり、強力な警察組織を保有しているため、武装勢力が国内で蜂起しようが、鎮圧することが出来る。

しかしながら、国力の弱い国では内紛によって政府が崩壊することもあった。

要するに、一般市民の持つことが出来ないような火力を持った軍隊や警察組織を保有すれば国内の治安維持は可能というわけだ。

魔法界はこれが出来ていないのである。

死喰い人を掃討する力を政府が持っていなかったために国が乗っ取られかけたのだ。

 

 

「現在も魔法界の体制は変わっていない。闇の魔法使いを抑えられるほどの力を魔法省は持っていない。あたりまえだ。魔法界では全ての人間が等しく杖を持ってしまっているんだからな。本気で治安維持をしたいのなら一般市民から杖を取り上げてしまえば良い。しかしそれも出来ないだろう。だからこそのマグルの現代兵器だ。銃や火砲は魔法界だけでなくマグル界でも一般市民は持っていない。現代兵器という強力な武器を持っている魔法使いならば闇の勢力を鎮圧することも可能となるだろう」

 

「確かにルックウッドの話には納得できた。マグルの兵器だけを使ったところで死喰い人は倒せないが、魔法を併用すれば倒せるかもしれない。だけど、たった十数人でそれが出来るのか?」

 

ハッフルパフの学生が言う。

 

「現在は19人しか集まっていないが、将来的にはもっと人数を増やす予定だ」

 

「今は平和だろ?闇の勢力も居ないし例のあの人も消えた。本当に軍隊が必要か?」

 

「闇の勢力は確かにその力を弱めた。しかし、当時の死喰い人だった人間はほとんど存命だ。しかもかなり多くの元死喰い人が魔法省で権力を持ったりしている。例えばルシウス・マルフォイ等だ」

 

 

この場に集まっているスリザリン生のほとんどは現在、元死喰い人が魔法省に発言力を持っている現状が許せないと思っている者である。

彼らは純血主義を否定したりはしないが、死喰い人たちが罪を償わずに復帰していることが許せない。

スリザリンの中でも良識のある生徒たちであった。

 

 

「もし今、元死喰い人が結託して新たに反社会活動を始めたら魔法界は一気に崩れるだろう。そして、その可能性は十分にある。なんたってシリウス・ブラックが脱獄したからな。ブラックの元にかつての闇陣営が結集してテロを起こすことだってあり得る。それに、アズカバンが脱獄可能だと分かったから他の闇の魔法使いも脱獄してくる可能性は高い」

 

「実際例のあの人も一昨年、一時的に復活したもんな。今、奴らが復活したら今度こそ終わりだ」

 

アーニー・マクミランという生徒が呟く。

他の生徒も危機感を持ったようであった。

 

 

「皆、危機感は持てただろう。魔法省も闇払いも魔法界を守ることは出来ない。だから魔法界の治安維持のために独立した軍隊を作らなくてはならないんだ。そして、その軍隊を俺たちが作り上げる」

 

「僕たちだけで闇払いを凌駕するほどの軍隊が作れるの?それにその軍隊って闇の魔法使いと戦わなくてはいけないんだろ?自信ないぜ?」

 

「ここに集まった生徒は皆、ホグワーツのブレインだ。それに意図的に4学年以下の学生を集めた。これは数年に渡り訓練をするためだ。現代兵器と魔法を組み合わせた戦い方を訓練すれば闇陣営を押さえつけられる程度の軍隊は作れる。いや、作るんだ。それに、我々が作った軍隊が強力なものだと知らしめれば闇陣営も迂闊に行動を起こせない。行動を起こそうものなら軍隊と武力衝突し、犠牲者が出ると考えるからな」

 

「抑止力……ってことか?」

 

「そういうことだ。もし仮に闇陣営と戦争になっても心配することは無い。俺達にはこいつ(銃)がある」

 

 

エスペランサはそう言って机に置いてあった銃を取り上げた。

 

 

「我々が作る軍隊が目指すのは英国魔法界だけではなく、魔法界マグル界全てを含めた全世界の平和の維持だ!我々が救うのは英国魔法界だけではなく全世界だ。魔法も現代兵器も使える我々にはそれが可能だ!有史以来人類が一度として成し遂げることが出来なかった世界平和。それを我々が成し遂げる!無理強いはしない。しかし、少しでも賛同してくれるのならば、俺に力を貸してくれ」

 

 

しばしの沈黙。

そして、沈黙ののちに一人の生徒が立ち上がった。

セオドールである。

 

 

「僕はルックウッドの考えを全面的に支持し、彼が創設する軍隊を指揮することを肯定する」

 

 

セオドールの後にフローラが続いた。

 

 

「私も彼についていきます」

 

 

「面白そうだ。やってやろうぜ!」

 

「私の親戚も闇の魔法使いに殺されたの。だから、かたき討ちをしてやらないと」

 

「僕で良ければ力になるよ」

 

「正直、マグルを救うってのはどうでも良いと思ってたんだけどな。でも、世界平和の実現か。やってやるよ」

 

 

次々に生徒が立ち上がり参加表明をしていく。

グリフィンドールもハッフルパフもレイブンクローも、そしてスリザリンも。

己の手で世界平和を実現する。

それがどんなに困難な挑戦であろうとも、彼らはエスペランサの信念に突き動かされたのだ。

 

 

「エスペランサ。正直言って僕には自信が無い。でも、君の言う平和な世界を僕は見てみたい。だから、微力だけど協力したい」

 

 

最後にネビルが立ち上がってそう言う。

 

参加表明をしたのは18名。

全員がエスペランサに賛同して軍隊の創設に協力する形となった。

 

 

「ここからは地獄かもしれないぞ?命の保証は出来ないし、魔法省も闇陣営も敵に回すことになる」

 

「地獄…か。地獄を生み出さないために僕たちは戦うんだろ?」

 

セドリックがエスペランサに歩み寄って来ながら言う。

 

「僕たちは皆、君を支持する。何年かかろうと世界平和を実現するために君についていく」

 

 

エスペランサは個室内を見渡した。

集まった18名の生徒は全員、彼を強い眼差しで見つめている。

 

彼らを見てエスペランサはかつて自分が所属していた特殊部隊の隊員たちを思い出した。

 

(ああ。このメンバーならきっと達成できる。きっと皆、救うことが出来る!)

 

 

 

 

後に英国魔法界だけでなく全世界の魔法界の歴史に名を刻む組織はこうして誕生した。

 

 

 

 

 

 

 




演説シーンって難しいです。


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case35 Centurion 〜センチュリオン〜

久々に投稿です。
感想増えてて嬉しいです!


ホグズミートでのエスペランサが主催した決起集会は成功に終わった。

 

参加した学生、もとい隊員たちは用意してあった入隊のための‟宣誓書”にサインした後、三々五々、帰っていった。

この宣誓書は各国の軍隊で新入隊員が入隊する際に書かされるものと同じもので、軍隊に入隊し国に忠誠を誓うことを誓ったりする。

エスペランサの用意した宣誓書には「入隊した以上は隊規に従う」、「隊の掲げる目標の達成に力を注ぐこと」、「隊内の情報を外部に漏らさないこと」などが記載されていた。

 

全員分のサインが書かれた宣誓書に目を通したエスペランサは今後の訓練や教育の予定を考えるため、セオドールやフローラと共にホグワーツへ帰った。

 

 

 

 

 

 

さて、その夜の事である。

 

ハロウィンの御馳走を食べ終えて、食道から上機嫌で寮へ帰ったエスペランサは、寮の入口が何やら騒がしいことに気が付いた。

グリフィンドール寮の入口になっている太ったレディの肖像画の前に20人ほどの生徒が群がっている。

 

「どいてくれ!通してくれ。僕は監督生で首席なんだ」

 

群がっている生徒をパーシーがかき分けて進んでいくのが見える。

監督生はともかく首席はこの際必要のない情報だろうとエスペランサは思った。

 

パーシーが生徒をかき分けていった先にあったものはビリビリに破られたレディの肖像画(レディはどこかへ逃げたらしい)であった。

レディが不在となった肖像画は紙の8割が切り裂かれ、粉々になった紙の残骸が大理石の廊下に散らばっている。

 

 

「誰がやったんだろう………」

 

エスペランサの隣にいたロンが不安そうに呟く。

 

「生徒の仕業……じゃないな」

 

「え?何でそんなことが分かるの??」

 

 

エスペランサは肖像画の残骸を観察していたが、いくつか分かったことがあった。

まず、絵の剥がれた肖像画にはナイフなどの刃物でつけられた傷が無数にある。

犯人は魔法ではなく武器を使用して肖像画を破壊したのだろう。

魔法で紙を破る方法はいくつかあるが、最も簡単で効率の良い方法は‟ディフィンド 裂けよ”という呪文を使うものである。

しかし、仮にその呪文を使ったのならばもう少し綺麗な傷がつくはずである。

 

マグルの武器に頼るエスペランサならともかく何故、犯人は魔法を使わずに刃物を使ったのだろうか。

考えられる可能性は、犯人がマグルかスクイブであったというもの。

もしくは、何らかの理由で魔法が使えない状況(手元に杖が無いとか)であったことが挙げられる。

エスペランサは後者だと思った。

 

ハーマイオニーもエスペランサと同じ考えに至ったようで、犯人が誰であるのかを察したような顔をしている。

 

 

「俺の予想が正しければ………犯人は」

 

「ええ。私もブラックが犯人だと思うわ。今朝の新聞でブラックがこの近くで潜伏していたと書いてあったし。そして、狙いは………」

 

「十中八九、ハリーだろうな」

 

やがて事態を聞きつけたダンブルドアやマクゴナガル、スネイプといった職員陣がやって来た。

レディが襲われたところを目撃したというピーブスはダンブルドアにレディを襲ったのがシリウス・ブラックだと告げる。

生徒たちは騒然となったが、エスペランサは「ああ、やはりか」と思った。

 

シリウス・ブラックにはグリフィンドール寮に侵入したい理由がある。

ハリーの殺害だ。

また、彼は脱獄して間もないために杖を保有していない可能性がある。

よって、ナイフなどの武器を使って寮に侵入しようとしたのではないだろうか。

 

 

「次から次へと事件が起きるな。ホグワーツは。しかも、ほとんどがハリー関連じゃねえか。おい、ハリー。人気者だなお前」

 

「冗談じゃないよ。僕だってうんざりしてるんだ。僕は何もしていないのに事件の方から飛び込んでくるんだからウンザリだよ」

 

 

ハリーは心底疲れた様子でそう言った。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

シリウス・ブラックの襲撃事件から数日後。

 

教師陣の捜索網をもってしてもブラックは捕まえることが出来なかった。

恐らく城外へ逃げたのだろう。

 

生徒たちも数日間はブラックの侵入についてあれこれ議論していたが、すぐに話題にしなくなった。

飽きたのだろうか。

 

 

 

 

 

エスペランサは結成した部隊の隊員となった生徒を全員、必要の部屋に集めた。

部隊の編制を決めたり、今後の訓練や教育の予定を示したり、隊の規則などを決定するためである。

 

休み時間や放課後などの空き時間を使って隊員全員に必要の部屋のある廊下へ集合するように伝えるのは面倒であった。

伝達や命令下達用に各人にトランシーバーを持たせようかとも考えたが、19人もの生徒がマグルの使う無線機を持ち歩くとなると目立ちすぎてしまう。

魔法使いの軍隊を創設するということを教師に知られるわけにはいかない。

銃や野戦砲で武装した魔法使いの組織などホグワーツの教師が許すわけがない、というのはエスペランサでなくても分かることだった。

教師や他の生徒にバレないようにして軍隊を創設するのは予想以上に難しいことである。

 

全隊員が必要の部屋の前に集合したのは授業が全て終わり、日が完全に落ちた後であった。

 

エスペランサ以外の生徒は必要の部屋を知らなかったので、はじめて見る必要の部屋に全員驚いた。

現在、必要の部屋は武器庫だけでなく射撃訓練場やブリーフィングルーム、トレーニングルームなどが存在する軍隊の基地のような部屋になっている。

幅も奥行きも100メートルは優に超える大きさだ。

最初は単なる武器庫だった必要の部屋であるが、エスペランサは1年近くをかけて駐屯地並みの施設を作り上げている。

 

エスペランサは入ってすぐの場所に作ったミーティングルーム(彼はミーティングする部屋が必要だ、と心の中で思うことでこの部屋を出現させた)に隊員を全員集め、用意しておいた椅子に座らせた。

椅子はホグワーツ内には存在しないパイプ椅子であり、周囲の仕切りはコンクリート、中央にはホワイトボードが設置されているこのミーティングルームは明らかに魔法界のものではない。

どちらかといえば軍隊の施設というよりも先進国の学校の教室のような見た目をしていた。

 

マグル出身の隊員はパイプ椅子やホワイトボードは見慣れたものであるので特に反応もしなかったが、生粋の魔法使いである隊員たちは物珍しそうに触る。

 

 

「各人、椅子に座ったらこっちに注目してくれ」

 

 

全員を注目させた後、エスペランサは羊皮紙を掲げる。

この羊皮紙にはエスペランサを含む隊員19名の役職や、部隊の編制、隊の規則に日課、訓練内容などが書かれていた。

 

 

「とりあえず今日は各人の役割と部隊の編成を発表した後に今後の予定を説明し、個人携帯装備の貸与を行なおうと思う」

 

 

本来なら基礎的な訓練を行った後で各人の素養に応じて役割を決めようとしたのだが、如何せん時間が無い。

なのでエスペランサは各々の学科成績や特技を考慮して役割を決め、部隊の編成を考えた。

隊員は決起集会でこの組織が何を目的とするのか、を理解したが、具体的に自分たちがどういった働きをして目標を達成するのかと言う事はしらない。

よって、まず、各員が何の役割を担うのかを知らせる必要があったのだ。

 

隊員はエスペランサを含めて19名。

 

人数としてはやっと一個小隊を編成できる規模である。

エスペランサとしては複数の小銃小隊の他に斥候専門の部隊や後方支援の要員も配置したかった。

しかしながら、現状では不可能である。

 

なので、1個小隊を編成するのを諦め、2つの小銃分隊を作ることにした。

エスペランサが分隊長を務める第1分隊とセオドールの指揮する第2分隊である。

分隊員はそれぞれ指揮官を含めて6名ずつ。

基本的には全員、小銃を装備した歩兵として機能するが、必要に応じて機関銃や対戦車榴弾手を装備する隊員を選抜した。

また、状況に応じて2つの分隊を統合して運用したり、迫撃砲のチームを編成したりすることも決めておく。

 

 

「なぜ複数の部隊を作ることに執着するんだ?この人数ならひとつの部隊を編成するだけでも良い気がするが」

 

セオドールはエスペランサに聞く。

 

「部隊が複数あった方がメリットが大きい。これに関しては後々説明していくが、バックアップの部隊が存在しないと作戦を立てることが非常に難しいんだ」

 

 

エスペランサは特殊部隊の傭兵時代に対ゲリコマ戦の作戦立案の教育を重点的に受け、10歳という年齢ながら作戦に隊員として加わっていた過去がある。

10歳の少年を隊員として扱う特殊部隊など世界各地を探してもエスペランサの所属していた部隊だけだろう。

そんな過去を持つ彼は部隊の編成に関して一通りの知識があったのだ。

 

 

 

 

戦闘員はこの2個分隊の他に遊撃班を作ってある。

 

遊撃班はセドリックを指揮官としてレイブンクロー出身のチョウ・チャンとグリフィンドール出身のコーマック・マクラーゲンが班員となった。

全員、箒での飛行を得意としていたので、箒を駆使した機動力によって偵察や遊撃の任務を行う。

 

箒は時速にして100キロを超えるものも存在する上に、エンジンも必要としないので音も静かである。

大きさも小さいので偵察や遊撃にはもってこいであった。

ホグワーツの飛行訓練の授業の成績を考慮して、エスペランサはこの3人の生徒を遊撃班に回したのである。

 

が、コーマックは自分が指揮官でないことに不満らしかった。

 

 

「何故、僕が隊長じゃないんだ?」

 

「セドリックはクィディッチでチームを指揮しているという実績がある。彼には既にリーダーシップが備わっているし、部隊を指揮するにはもってこいの人材だ」

 

「そうは思わないけどね。ハッフルパフのチームはそこまで強くないし、僕の方が指揮官には向いていると思うけど」

 

「コーマック。この俺が作った部隊は将来的に相当な規模の部隊になるだろう。今ここにいる19人の隊員はその時、全員、幹部となる。つまり、将来的に全員、指揮官になるというわけだ。お前もな。だが、指揮官になるには様々なことも学ばなくてはならないし、何よりも自分の指揮する隊員がどういった考えを持つのかを理解しなくてはならない」

 

「ふむ………」

 

「だからまず、指揮官ではなく列員の立場を経験するべきなんだ。不満かもしれないが、まずは列員としてフォロワーシップを身につけろ。それに、これからの訓練では指揮官として部隊を指揮する演練や、作戦を立案する訓練を行っていく。お前だけでなく、全員が指揮官は経験していくことになるから心配するな」

 

 

コーマックは戦略を立てたりするのが得意な学生であるが、自信家であるのが欠点である。

故にフォロワーシップを知らない。

 

上官の命令に従うという軍隊の基本をまずは学んでもらう必要があった。

もちろんこれは全隊員に言えることだ。

 

 

 

 

部隊の全体の隊長はエスペランサが担当し、副隊長はセオドールであるが前述のとおり、人数が不足している関係上、2人は分隊長を兼任する。

また、エスペランサは訓練責任者も兼任する。

銃や火砲を用いた射撃訓練と戦闘訓練だけでなく、体力錬成や精神教育や現代戦術などの座学の内容を決める役職である。

一方でセオドールは魔法の腕を買われて、魔法訓練責任者となった。

これは魔法を用いた戦闘訓練を指揮する役職だ。

 

フローラは戦闘員ではなく幕僚を務めることになっている。

とはいえ、彼女も一通りの訓練と教育は受けることとなった。

 

フローラの役職は衛生課員兼人事管理部人事幕僚である。

隊員の人数や現状だけでなくメンタルのケアまで管理する役職だ。

彼女は観察力が優れているため、人事を任せるにはうってつけであった。

それに、魔法の腕も優秀であったので治癒魔法を鍛えて衛生班としての活躍も期待される。

 

この他に通信、整備、補給の後方役職の隊員が存在し、彼らは常に必要の部屋に存在する武器弾薬の数を把握して整備することを命じられた。

勿論、彼らは武器弾薬に関して素人であったのでエスペランサが一から教育することになる。

 

 

これらの人事とは別に、週替わりで当直の隊員をつけることも決めてあった。

 

当直の隊員は武器庫の鍵を管理し、隊員の現状を把握し、夜間は必要の部屋を守る。

当直制度は各隊員に責任感を自覚させると共に、共有財産である武器弾薬を守るという役割があった。

 

エスペランサは全隊員をマグル界の軍隊の隊員と同程度のレベルに持っていくために、軍隊と同じ制度や訓練を全て採用していったのである。

 

一通りの隊規と日課を定め、今後の訓練や教育内容を説明し終えるのには3時間もの時間がかかってしまった。

 

 

 

「とりあえず当面の間は行進や敬礼などの基本動作と基礎体力錬成を訓練としては行っていこうと思う。基本教練は地味だが、精強な部隊作りは基本動作から行うのが定石だ。また、体力錬成は必須。体力が無ければ戦闘なんて出来ないし」

 

エスペランサがそう言うと何人かの隊員が疑問をぶつけた。

 

ミーティングルームは中央にホワイトボードが置かれ、その周りを18個の椅子が囲っている。

隊員たちはその椅子に座ってホワイトボードの前で説明するエスペランサを見ていたわけである。

 

 

「ルックウッドはその銃とやらに魔法をかけて軽くしてるんだろ?なら別に筋力をつけなくても良いんじゃないか?」

 

エスペランサは確かに銃を魔法で軽量化していた。

故に筋力が無くても銃を長時間持ちながら戦闘が可能である。

 

しかし………。

 

 

「戦闘に必要なのは筋力だけではない。精神力も持久力も必要だ。それに、前回俺が秘密の部屋でヴォルデモートと戦った時は…………」

 

エスペランサがヴォルデモートの名前を出すと隊員たちは椅子から転げ落ちるほどに怯えた。

そんな隊員たちを見て彼は溜息をつく。

 

「たかが名前で怯えるな。お前たちはこれから兵隊になるんだぞ。敵を恐れるな。恐怖に打ち勝たねば戦闘には勝てない。良いか?ヴォルデモートは将来的に我々が倒す相手だ」

 

名前を聞いただけで怯えているような兵士は戦えない。

今後は精神的な教育という名の洗脳も行っていかなくてはならないな、とエスペランサは思った。

 

「話を戻す。俺はヴォルデモートと戦闘をしたとき、ヴォルデモートによって俺が銃にかけた魔法を強制的に解除された。そういった緊急事態に備えて訓練では銃に一切の魔法をかけることを禁止とする。魔法をかけていない銃を完璧に扱えるようになれば、如何なる状況下でも戦えるというわけだ」

 

 

弾丸を自動追尾させる魔法も、軽量化の魔法も、訓練では一切の使用を禁止することはあらかじめ考えていたことである。

便利過ぎる魔法に頼り過ぎた場合、魔法が無効化された時に戦えなくなる。

ヴォルデモート戦においてエスペランサは嫌というほどそれを思い知った。

 

 

「銃に魔法をかけない理由は分かった。でも、練度を上げるにはすぐにでも射撃訓練を始めるべきじゃないのか?」

 

最前列に座っていたセオドールが言う。

 

「射撃というのはそんなに簡単なものじゃない。安全管理の仕方や射撃姿勢などを教育し、それらを習得しない限り実弾射撃には移らない。まずは何事も基本からだ。基本を学んでから射撃訓練や戦闘訓練をやっていく」

 

「なるほどな。魔法と一緒でまずは座学で理論を学ぶ必要があるわけか」

 

 

セオドールは配布されていた訓練実施計画に目を通す。

頭の切れる彼は瞬時にエスペランサの意図を察したようである。

 

 

「しかし、基本的な訓練を日々積み重ねるだけじゃ士気はあがらないんじゃないか?何か、目的が無いと人は努力できないものだ」

 

「目的ならこの間言ったはずだが?平和な世の中を目指すために……………」

 

「いやいや。最終目的ではない。例えば、‟今年度はこれを達成する”といった目先の目標だよ。何か具体的な目標があった方が僕たちは頑張れると思う。この君が立案した訓練計画は素晴らしいものだが、かなり厳しいものでもある。何か目標が無いと続けられないだろう」

 

「僕もそう思う。目先の目標があったほうが良いよ。ほら、学年末テストが最終目標だとしたら、目先の目標は小テストだ。小テストが無いと皆、学年末テストまで勉強しないだろ?」

 

セオドールに続いて後方に座っていたアーニー・マクミランが言う。

 

「…………確かに、セオドールたちの言う通りではある」

 

 

目先の目標があった方が人は頑張れる。

 

それは自分が日々行っている訓練が一体何のために必要なのかを理解でき、やる気が起きるからである。

どういった意図で何のために訓練をしているのかが分からなければ士気も下がるだろう。

具体的な到達目標が示されている方がやはり良い。

 

それに、エスペランサは既に今年度中に達成したいことは決めてあった。

 

 

「わかった。今年度の我々の目標を決める」

 

 

エスペランサの言葉に全隊員が注目した。

 

 

「我々の今年度の目標は………‟ホグワーツに派遣されている吸魂鬼の殲滅”だ」

 

 

一瞬の沈黙。

 

そしてその沈黙を破るように驚きの声が上がる。

 

 

「正気かよ!」

 

「無理だろう。それは………」

 

「第一、どうやって???」

 

 

ざわつく隊員たちを一瞥してエスペランサは言葉を続けた。

 

 

「吸魂鬼の撃退方法は守護霊の呪文しか発見されていない。が、守護霊の呪文は吸魂鬼を撃退するだけで、亡き者にすることは出来ないらしい。吸魂鬼の倒し方を研究しようとした魔法使いは過去に居たようだが、あまりの吸魂鬼の恐ろしさに研究自体がお釈迦になることがほとんどだったようだ。我々はこの1年を使って吸魂鬼を研究し、コレの倒し方を発見する。そして、最終的にホグワーツに派遣されている吸魂鬼を殲滅することを目標としたい」

 

「ちょっと待ってください」

 

「何だ?フローラ」

 

 

セオドールの隣に座っていたフローラが手を上げる。

 

 

「吸魂鬼が悍ましいものであることは知っています。あなたが吸魂鬼を倒したいと思うのも理解できます。しかしながら吸魂鬼は魔法省の管轄下であり、魔法省の命によって派遣された生物です。なので、これを殲滅するのは不味いのではないでしょうか?」

 

 

フローラの言葉に何人かの隊員が頷いた。

 

 

「魔法省はホグワーツの生徒が吸魂鬼を殲滅出来るとは思わないだろうし、完全に情報を遮断すればまずバレることは無い」

 

「100パーセントバレないという保証がありません。魔法省に私たちが吸魂鬼を殲滅したことが……仮に出来たとして、ですが………バレてしまった場合、活動が禁止されるどころではなくなります。魔法省の管理下に置かれた生物の殲滅ですから幾つかの法律に引っ掛かりますね。下手すればアズカバンへ直行です」

 

「俺が調べた限りだと、吸魂鬼は正確に言えば魔法省の管轄下の所有物品ではなく、あくまでも協力関係にある魔法生物であり、吸魂鬼の行動に英国魔法省の法律は適用されないらしい。吸魂鬼は魔法界のタブーであるから魔法省も下手に干渉しようとしないんだろう。故に吸魂鬼を殲滅したところで我々が罪に問われることは無いし、魔法省が罰することも出来ない」

 

 

エスペランサの言葉にフローラは納得したようだったが、親族に魔法省関係者の居るスーザン・ボーンズという女子生徒は違ったようで、エスペランサに疑問をぶつけてくる。

 

 

「でも吸魂鬼を倒す意義ってあるの?吸魂鬼はそりゃ倒したい生き物だけど吸魂鬼がアズカバンに存在しているから闇の魔法使いや凶悪犯罪者がアズカバンから脱獄してこない訳だし、吸魂鬼の居るアズカバンに行きたくないから皆、犯罪を起こそうとしないんじゃないのかな?」

 

「吸魂鬼が一種の抑止力になっていることは認める。だが、忘れないでくれ。将来的にアズカバン収監中の闇の魔法使いも、収監されていない犯罪者も全員、我々が殲滅する。この世界からその手の人間を一掃するんだ。我々の目指す世界にはアズカバンに収監されるような人間は必要ない。だから吸魂鬼の存在もいずれは不要となる」

 

「なら吸魂鬼を今すぐに倒す必要はないんじゃない?」

 

「今年度中に英国魔法界に存在する吸魂鬼を全滅させることは目指さない。あくまでもホグワーツに派遣されている吸魂鬼を殲滅することを目指す。ホグワーツに派遣されている吸魂鬼が英国内の総数の何割の吸魂鬼かは分からないが、少なく見ても100を超える吸魂鬼が派遣されているはずだ。これをまとめて殲滅する手段を今年度中に確立することが出来れば、それは我々にとって大きな力になる」

 

「大きな力???」

 

「ああ、そうだ。吸魂鬼を倒すことの出来る力を持った軍隊は英国魔法省にとって無視し難い存在となる。吸魂鬼を倒せる存在となった我々はその後、英国魔法界で一定以上の発言力を持つことも出来るだろう。そう、吸魂鬼を倒すことが出来る力を持てば、英国魔法省を動かせるほどの力を手に入れたも同義なんだ」

 

 

マグル界でも国際社会で権力を振りかざし、発言力を持っていた国というのは強大な軍事力を持っていたり、豊かな資源が会ったり、工業力があったりと何かしらの力を持っている国だった。

力のない国は力のある国に従わざるを得ない。

表向きには全世界の国家が平等であると謳われている20世紀であっても、やはり力を持つものが強いのだ。

エスペランサは全世界の人間が平等に平和を享受できることを理想としているが、全人類が平等になるということが理想でしかないことは知っている。

人間社会はどうしても力を持つ者と持たざる者が出てきてしまう。

これは仕方のないことだ。

ただし、力を持ったものが正義の味方であれば力を持たざる者は平和を享受できる。

 

 

そう。

理想の実現には強大な力を手にすることが必要不可欠なのである。

その第一歩としての吸魂鬼の殲滅方法の確立であった。

 

エスペランサの説明に多くの隊員が頷いた。

 

 

「吸魂鬼の殲滅が不可能?そんなわけがない!!人類は有史以来、様々な不可能を可能としてきた。我々が吸魂鬼を倒す第一人者となるんだ!」

 

「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」」」」」」

 

「ここに集めた生徒、いや、隊員はホグワーツ内でも有数の優秀な人間たちだ。我々なら不可能を可能とすることが出来る!!」

 

 

隊員たちは興奮気味に椅子から立ち上がり拳を掲げる。

 

全隊員を見渡した後、エスペランサは杖を取り出して、空中に文字を出現させる。

昨年度、トム・リドルが自分の名前を出現させたのと同じ魔法である。

 

赤く光る花火のように出現した文字。

 

 

‟Centurion”

 

 

 

「センチュリオン…………????」

 

 

見慣れない文字列に隊員たちは首をかしげる。

 

 

「ああ。センチュリオン。これが我々の部隊名だ。我々は今から魔法戦闘部隊センチュリオンの隊員となった。スローガンは精強即応殲滅。魔法界のみならず全世界の平和の維持を目標としてこれから活動を開始する!!!!」

 

 

 

センチュリオン。

 

古代ローマ軍の基幹戦闘単位であるケントゥリア(百人隊)の指揮官のことであるケントゥリオの英語読みである。

兵の指揮統制をはじめ非戦闘時における隊の管理など、軍の中核を担う極めて重要な役割を果たし「ローマ軍団の背骨」と称えられたセンチュリオン。

センチュリオンは市民社会からも大きな敬意をもって遇される名誉ある地位であった。

エスペランサはこの部隊が全世界の平和の維持を行うことで市民社会から支持されることを祈り、その名前を付けた。

 




英国の戦車もセンチュリオンなので・・・

これからセンチュリオンに所属する生徒は「生徒」ではなく「隊員」と呼称されます。



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case 36 Heavy rain 〜豪雨のなかで〜

投稿が非常に遅れて申し訳ございません!!

職場で役職に就いてしまい、ここ3ヶ月執筆する時間が無かったもので、、、
待ってしまっていた人には非常に申し訳ない気持ちでいっぱいです。
お詫び申し上げます。


センチュリオン創設から1週間が経過した。

 

この1週間で隊員達は銃の安全管理と構造を徹底的に頭に入れ、銃の分解結合を幾度も反復演練させられた。

元々、飲み込みの良い者ばかりであったので、分解結合は2,3回行っただけで出来るようになり、安全管理事項もすぐに覚えてしまった。

 

安全管理事項というのは要するに銃口を人に向けない、だとか、結節時には点検を行うだとか、そういったものである。

銃器の安全な取り扱いに関してはジェフ・クーパーによって提唱された4つのルールがあり、

 

1全ての銃は、常に弾薬が装填されている。

2銃口は、撃とうとするもの以外に向けてはならない。

3標的を狙う瞬間まで、指はトリガーから離しておくこと。

4標的と、その向こうに何があるかとを、常に把握しておくこと。

 

というものだ。

これを徹底しない軍隊は存在しない。

逆を言えば、素人と職業軍人の差はこういった教育を行っているかいないかで分かれる。

 

また、「安全管理の段階」と呼ばれる教育も行われた。

銃には安全装置と呼ばれるものがついている。

有名なのは切り替え軸と呼ばれるレバーによって「単発、連発、安全装置」のモードを切り替える機械的安全装置。

 

しかし、安全装置は機械的なものだけではない。

 

この機械的安全装置のほかに生物的安全装置と心理的安全装置というものがある。

生物的安全装置というのは、射手の引き金にかけた指のことだ。

機械的安全装置が解除された銃を手にしても、引き金を引かない限り弾丸は発射されない。

要するに引き金に指をかけない動作自体が安全装置となっているのである。

 

もう一つ。

心理的安全装置というのは「引き金に指をかけていても“撃つという意思が無ければ”弾丸は発射されない」というものだ。

この心理的安全装置を使う事のできる部隊というのは非常に精強な部隊であり、それこそ、デルタフォースレベルである。

エスペランサ自身、心理的安全装置は使った事がない。

いつもはトリガー・セーフティを使用している。

 

銃は扱いを間違えれば危険なものであるが、正しい扱いを知っていれば基本安全なものだ。

これを隊員にはしっかりと教育しておく必要があった。

 

 

 

安全管理事項と分解結合以外に、エスペランサは隊員に統率や戦略、精神的教育を行い始めている。

銃の扱い方を知っていたところで戦略や戦術の知識がゼロでは話にならない。

図上演習を行わせたり、戦史を学ばせる事で基本的な戦い方を彼は隊員に教えていった。

もっとも、エスペランサとて戦史の教官をしたわけではないし、専門はゲリラコマンド戦であったので手探りでの教育となる。

 

精神的教育というのは、まあ、簡単に言えば「戦争に慣れさせる」ことだった。

魔法界の戦争とは比べ物にならない悲惨さを持つ「マグル界の戦争」をエスペランサは隊員に教えた。

 

大量殺戮兵器。

無差別爆撃。

 

隊員の中にはあまりの悲惨さに嘔吐しかける者も居たが、これは至極当たり前な事だろうと彼は思う。

 

 

 

 

兎にも角にも、非常に濃密な1週間が終わり、隊員たちは束の間の休日に移行するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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束の間の休日は豪雨に見舞われた。

 

横殴りの雨が城の窓を打ちつける中、クイディッチのグリフィンドール対ハッフルパフ戦が行われる。

よくもまあこの豪雨の中で試合をしようと思ったものだとエスペランサは思ったが、他の生徒は違ったようだ。

 

センチュリオン遊撃部隊隊長を務めるセドリックは(彼はこの1週間、訓練とクィディッチの練習を両立するという多忙な毎日であった)満面の笑みで箒を片手に試合会場へ向かっていたし、他の隊員たちも朝食が終わった瞬間に会場へと走っていった。

エスペランサはそれほどクィディッチに興味が無かったのだが、毎年毎年、グリフィンドール戦では何らかのアクシデントが起きるので、万が一に備えて会場には行くことにしている。

1学年時はハリーの箒が暴れ、2学年時はブラッジャーが狂い、よくよく考えてみれば全部ハリー・ポッターがらみの事件だ。

 

必要の部屋の武器庫からM24狙撃銃と「ある特殊な弾薬」を取り出して、エスペランサは競技場へ向かった。

 

 

 

 

 

 

競技場は悲惨な状況だった。

 

暴風によって生徒の持つ傘は片っ端からスクラップ。

視界もすこぶる悪く、試合状況も分からない。

点数すら分からず、観戦する意味があるのか疑うレベルであった。

 

時折、視認出来る選手も、暴風で箒のコントロールが出来ていない。

死にかけの蚊がフラフラと飛んでいるようだとエスペランサは思った。

 

人を掻き分けて、やっとのことでグリフィンドールの生徒が観戦するスペースにたどり着いた彼はそこでロンとハーマイオニー、それからネビルを見つけた。

ネビルはこの1週間の教育と訓練で疲れきっているのか、この豪雨の中で居眠りをしている。

ちなみに、物の覚えが悪いネビルであったが、こと銃の安全管理だとか射撃姿勢に関しては人並み以上に覚えが早い。

案外、狙撃手に向いているのかもしてないとエスペランサは思っていた。

 

「試合はどうなってるんだ?」

 

「今は、グリフィンドールが20点リード。スニッチはまだ見つかってないよ」

 

「この雨じゃスニッチなんて見つけられないだろうに………」

 

エスペランサはロンの肩越しに競技場を見る。

 

数歩前の景色ですら見えないというのに、グレネード弾程度の大きさのスニッチを見つけることは非常に困難といえた。

それでも豪雨の中、競技場を飛び回るハリーはやはり天性の才能を持っているのだろう。

 

センチュリオンで遊撃部隊を率いるセドリックもハリーに負けない飛びっぷりである。

 

やはり、遊撃部隊の主戦力はセドリックだ。

エスペランサはそう確信した。

 

吹き荒れる風の中にあっても、逆に風の動きを利用して自由自在に飛び回るその技術は、戦場でも役に立つに違いない。

 

 

「くそっ!雷があのセドリックって奴に当たらないかな。そうしたらハリーも楽になれるのに」

 

「縁起でもない事を言うな!」

 

 

試合を観戦しながら悪態をついたロンをエスペランサはいつも以上に鋭い口調で咎める。

 

 

「え………??」

 

 

困惑するロン。

 

エスペランサがスリザリン生によく敵意を向けている。

ロンもその光景は見慣れていた。

しかし、今、エスペランサが明確に敵意を向けたのはロンであった。

 

 

「え………えっと」

 

「ロン。エスペランサの言う通り、不謹慎だわ」

 

「そ、そうだね。ごめんよ」

 

 

ハーマイオニーにも忠告され、ロンは黙り込む。

 

しかし、彼は内心、困惑していた。

エスペランサがロンに向けた敵意は恐らく、冗談などではない本物の敵意だ。

 

いつもならロンの軽口を笑って聞いているエスペランサが何故、こんなにも敵意をむき出しにしたのか………。

 

 

「俺もすまない。少し強く言い過ぎた」

 

 

エスペランサは競技場の方を見ながら相変わらずのポーカーフェイスで謝罪の言葉を述べる。

彼がロンの何気ない一言に敵意を向けてしまった理由は単純だ。

 

ロンがセドリックの負傷を望むような発言をしたためである。

 

セドリックは今やもうエスペランサの部下の一人であった。

戦場で命を預け、いつ如何なる時でも信頼しあうであろうセドリックに向けて悪意のある発言をする者を彼は許さなかったのだ。

それが例え親友であっても。

 

たった1週間でもセンチュリオン隊員たちの間には確かな絆が生まれつつあった。

 

 

「…………!?」

 

 

ふと、今まで雨に打ち付けられながらも居眠りをしていたネビルが目を覚ます。

 

 

「どうした?ネビル」

 

「………この感覚。エスペランサ!吸魂鬼が近くにいる!!」

 

 

すっかり目を覚ましたネビルは観客席の上に立ち上がり、周囲を見渡し始めた。

 

 

「吸魂鬼だと!?そんな馬鹿な!ここはホグワーツ敷地内だぞ」

 

「いや、この全身が凍るような感覚………。間違いない!」

 

 

確かに、今までとは違って体の芯から凍えるような寒さと暗い絶望感をエスペランサも感じ始めている。

これは吸魂鬼が近くに存在する証拠だ。

 

 

「見えた。目標視認。吸魂鬼5体、右20度、距離3000、真っ直ぐ突っ込んでくる!!!」

 

エスペランサは背負っていたゴルフクラブのケースからM24狙撃銃を取り出し、そのスコープを覗き込む。

スコープ越しに吸魂鬼が5体、突っ込んでくるのが見える。

 

他の観客もそれに気付いたのだろう。

会場がざわめき始めた。

 

 

「何であいつらがここに!?」

 

混乱するネビル。

 

 

 

何故、吸魂鬼がこの競技場に現れたのか。

エスペランサは敵の目的が分からなかった。

 

「このままじゃハリーが危ないわ!ダンブルドアは何をしているの??」

 

「ハリーだけじゃない。選手のみんなが危ない!!ハーマイオニー何とかできないの?」

 

「無理よ。吸魂鬼を倒す術は見つかっていないもの」

 

 

ハリーは吸魂鬼の影響を受けやすい。

箒に乗った状態でまた、ホグワーツ特急の時みたいに気絶でもしたら一大事である。

 

ハリーの命を救うため、エスペランサは覚悟を決めた。

 

 

「虎の子の出番だな。まあ、効果があるかどうかは未知数だが………」

 

エスペランサはそう言ってポケットから厳重にロックされた金属製のケースを取り出して、その中から1発の銃弾を取り出す。

 

見た目は何の変哲もない弾丸だ。

一般的に7.62ミリNATO弾と呼ばれ、彼が今、手にしている狙撃銃の弾丸としても使われる。

 

しかし、これは唯の7.62ミリ弾では無かった。

 

ノクターン横丁のボージンに頼んで量産させたバジリスクの毒を、これまたボージンに頼んで7.62ミリ弾に含ませてもらった物だ。

ボージンはエスペランサの依頼通り、バジリスクの毒を量産させていた。

しかし、量産した毒をそのまま武器にする事は難しい。

そこで、エスペランサはボージンに何発かの銃弾を送り、何とか、銃弾に毒を染み込ませる事ができないかどうか相談した。

 

ボージンは魔法道具には詳しいが、銃弾には詳しくない。

だが、やはり彼はプロだった。

エスペランサの送った銃弾を魔法で分解して構造を瞬時に理解したボージンは1週間ほどの試行錯誤で、バジリスクの毒を内部に含んだ銃弾を完成させたのだ。

 

この弾薬は毒が銃弾本体の内部、つまり人が触れる事のない場所に染み込んでいる。

故に、装填中に銃弾を触ったエスペランサに毒がまわることもない。

しかし、銃弾が目標に着弾すれば中に含まれた毒が拡散されるという仕組みになっているため、敵に命中させさえすれば必殺となる。

 

また、バジリスクの毒は「あらゆる生物を死に至らしめる」という特性上、無機物に撃ったところで通常の弾薬と効果は変わりない。

生物に命中した時のみ、効果を発揮するのだ。

 

ドラゴンであろうと、アクロマンチュラであろうと、この銃弾が身体のどこかに命中すれば、その生物は死に至る。

 

 

吸魂鬼は死をも超越した存在であるといわれているが、バジリスクの毒はヴォルデモートの魂さえも葬り去る事ができる。

エスペランサはそれを秘密の部屋で確認済みだ。

バジリスクの毒が吸魂鬼に効く可能性も無きにしも非ず。

 

 

群れの先頭を飛行していた吸魂鬼はハリーの後方約10メートルの位置に達していた。

飛行速度はニンバス2000を越える。

ハリーは持ち前の技量で巧みに吸魂鬼を振り切ろうとしていたが、それでも、回避しきれない。

 

加えて、吸魂鬼は周囲に存在するだけで人間の生気を吸い取る能力を持つ。

 

ハリーの体力が底をつき始めるのは時間の問題だろう。

 

 

 

エスペランサは競技場の席の上に立ち、構えたM24の引き金を絞り始める。

 

彼の持つ銃器は全て「軽量化」「反動の無効化」「銃弾の自動追跡」の魔法がかけられている。

しかしながら、この魔法にも欠点があった。

 

「銃弾の自動追跡」の魔法は“銃手が定めた目標を常に視認して目で追う”という条件の下、作動する魔法である。

魔法のかけられた銃が銃手の視認情報を銃弾にインプットさせるという段階を踏む関係上、「自動追跡の魔法」は常に目標を視野に入れ続けなくてはならないという制限があったのだ。

故に複数の目標を同時に狙う事や、すばやく高速で移動する敵を狙う事はかなり難しい(とは言え、魔法無しの狙撃よりは簡単であった)。

 

吸魂鬼は複数体。

しかも高速で動く。

豪雨で視界も悪く、至近距離にはハリーも存在する。

 

「自動追跡」の魔法が機能するには最悪の条件化だ。

 

 

「………今だ!!!」

 

 

スコープ越しに吸魂鬼を確実に捕らえたタイミングをエスペランサは見逃さなかった。

 

すぐに引き金を引く。

 

指を曲げるのではなく、人差し指の第2間接を手前に引くようにして射撃。

銃口から飛び出した7.62ミリ弾は真っ直ぐに吸魂鬼へ飛んでいった。

 

 

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

 

今まさにハリーを襲おうとしていた吸魂鬼に弾丸が命中する。

 

物理攻撃の通用しない吸魂鬼。

通常の弾薬であれば吸魂鬼の体をすり抜けてしまっていただろう。

 

しかし、バジリスクの毒によって生成された弾丸は吸魂鬼を簡単に消滅させてしまった。

 

 

シュウウウウウウ

 

 

まるで霞が消えるように吸魂鬼そのものが空中に四散していく。

 

後には何も残っていない。

吸魂鬼は完全に消失していた。

 

 

 

 

 

「やった………のか??」

 

 

 

豪雨で視界が悪いため、1体の吸魂鬼が一瞬にして蒸発するように消滅したことに気付いた者はほとんどいなかった。

しかし、他の吸魂鬼は仲間の一体が消滅した事に気付いたようである。

 

吸魂鬼の群れは明らかに動揺していた。

 

 

無理もない。

吸魂鬼を魔法使いが完全に消滅させた事など有史以来はじめてだったからだ。

 

ひるんだ吸魂鬼はハリーへの追撃の手を緩め、空中で停止した。

 

 

 

「吸魂鬼が止まった………もしかして、エスペランサ。君が………」

 

観客席から身を乗り出して競技場を見ていたネビルが、エスペランサの方に振り向く。

 

M24狙撃銃を持つエスペランサも、自身が吸魂鬼を倒した事に衝撃を受けていた。

一か八かの賭けであったが、目標は達成した。

 

 

 

 

「あああああああああ!!」

 

 

 

 

吸魂鬼が追撃を停止したのとほぼ同時にハリーが意識を失い、箒から落下していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ホグワーツ城の警備に当たる吸魂鬼の総数は70。

 

英国魔法省が管理する吸魂鬼の3割に相当する数だ。

管理といっても、魔法使いが吸魂鬼をコントロールしたり支配する事は不可能である。

利害関係の一致から一時的に協力していると言ったほうが適切な表現だ。

 

魔法省はシリウス・ブラックの捜索兼、ホグワーツの監視を吸魂鬼に頼み込んだ。

しかし、吸魂鬼にとってはブラックであろうが、生徒であろうが、どちらも“食料”であることに変わりはない。

目の前に美味しそうな餌(ハリー)が存在すれば任務を放棄して飛びつくのは当たり前であった。

 

故に、ダンブルドアは吸魂鬼の城内への侵入を禁じていたが、吸魂鬼は勝手に侵入してきたわけである。

 

彼の怒りの矛先はホグワーツへの吸魂鬼の派遣を決定したファッジに向けられた。

 

 

 

「コーネリウス。吸魂鬼は生徒も脱獄犯も見境なしに襲うじゃろう。じゃから城内への侵入をしないように魔法省には注意喚起しておったのじゃ」

 

校長室に大臣のファッジと数名の魔法省職員を呼び出し、ダンブルドアは厳しい口調で言う。

彼の目は笑っていない。

 

ファッジはダンブルドアがここまで怒っているのをはじめて見た。

 

「い、いや。我々も吸魂鬼が競技場に侵入するとは思っていなかったのだ。今後はそういったことが無いように職員の監視も増やすが、ブラックが野放しになっている今、吸魂鬼を撤退させることは出来ない」

 

目を泳がせながらファッジが言う。

 

「わしとしては吸魂鬼を全て、撤退させて欲しいところじゃが………」

 

「それは……議会を通さないと………」

 

 

そんな二人のやり取りを部屋の隅で聞いていたスネイプが口を開く。

 

 

「時に大臣。我輩は奇妙な噂を聞きました。どうも吸魂鬼の数が足りない、と」

 

「あ、ああ。そうだ。派遣された吸魂鬼は合計で70。しかし、現在確認されているのは69。数え間違いはないし、吸魂鬼も仲間が減った事に気付いて動揺している」

 

「なんと。それはいったいどういうことじゃ」

 

 

ダンブルドアは驚いて目を見開く。

 

スネイプは会話を続けた。

 

 

「校長。我輩は生徒の一部から事の顛末を聞きました。ポッターを襲おうとした吸魂鬼の1体が一瞬にして消滅した、と。最初は何かの見間違いかと思いましたが、目撃者は10名を越えています」

 

「吸魂鬼に死は存在しない。じゃとしたら………」

 

「何者かが、吸魂鬼を消滅させた……としか」

 

「セブルス。吸魂鬼を消滅させる方法など存在するのかね?」

 

ファッジがスネイプに聞く。

 

「守護霊の呪文以外に発見されていません。守護霊の呪文も吸魂鬼を消滅させる事は不可能かと」

 

「だったら、一体誰がどうやって?」

 

「……………」

 

「あの場には教職員と生徒しか存在しなかった。となると犯人はそのうちの誰かということになる。しかし、生徒はおろか、職員も吸魂鬼を消し去る事なんてできない。ダンブルドアでもそんな事は不可能だろう?」

 

「そうじゃな。わしも出来はしない」

 

「なら………」

 

 

 

バタン

 

 

「失礼します」

 

校長室へ黒人の魔法省職員が入ってくる。

 

「大臣。吸魂鬼の欠員を議会で報告する必要があります。早急に魔法省へお戻りください」

 

職員はファッジにそう言って再び部屋を出て行った。

 

 

「ああ。こんなことは前代未聞だ。議会が何と言うか………。また支持率が下がってしまう」

 

胃のあたりを抑えながらファッジは弱弱しく呟いた。

 

「では、私はこれで失礼する。吸魂鬼に関しては生徒を襲うことがないようにこちらで対処するよ………」

 

ここ数時間で一層老けたように思える大臣は部下の職員を連れて校長室を出て行った。

 

 

 

 

ファッジと職員全員が退出したことを確認して、スネイプは口を開く。

 

「ホグワーツの生徒に吸魂鬼を倒せるほどの実力者は存在しない。ダンブルドアでも吸魂鬼を倒すことは不可能………ですか」

 

「セブルス。君の考えていることはわかっておるよ」

 

「………。吸魂鬼が発見されてから魔法使いが本気で彼らの倒し方を研究することは無かった。単純に吸魂鬼を恐れたからでもあるし、アズカバンの看守として吸魂鬼が有用であり、倒す必要がないという意見があったからでもある。吾輩は前者だと思いますが、ともあれ、吸魂鬼は倒せないのではなく、今まで真面目に倒し方が模索されてこなかったというのが事実でしょう」

 

「その通りじゃ。吸魂鬼わしの知る限り吸魂鬼を研究しようとした魔法使いは稀有じゃ。守護霊の呪文によって一時的な撃退は可能じゃから本気で奴らを倒す方法など考えもしなかった。無論、わしもじゃ」

 

 

吸魂鬼の倒し方を模索する魔法使いはごく少数である。

 

ほとんどの魔法使いは吸魂鬼を恐れて研究の対象にもしようとしなかった。

しかし、スネイプは吸魂鬼を一切恐れずに倒そうと目論むであろう生徒を一人だけ知っている。

 

 

「ルックウッド………」

 

 

大魔法使いでも撃退が困難なバジリスクの撃退。

トロールの爆殺。

ヴォルデモートと渡り合う戦闘力。

 

 

エスペランサ・ルックウッドなら吸魂鬼を倒す方法を見つけ出してしまうかもしれない。

 

 

「ルックウッドは魔法使いとしては未熟だが、マグルの知識を活用することで前代未聞の偉業を達成してきてしまっている。吾輩はマグルの技術など知る由もないが、我々魔法使いが思っている以上にマグルの技術というのはこの世界の深淵を覗いているのかもしれません」

 

「深淵を覗いている?」

 

「魔法使いが研究するのは魔法のみ。しかし、マグルはこの世に存在する法則や世界の成り立ちを研究している。これを読んでみてください」

 

「これは?」

 

ダンブルドアはスネイプが差し出した羊皮紙を受け取る。

 

「以前、ルックウッドが授業で提出してきたレポートです」

 

 

 

 

 

 

 

   縮み薬の有用性に関する考察

 

 

              グリフィンドール所属 エスペランサ・ルックウッド

 

 

 

  本論文では縮み薬の効果が現代科学に及ぼす影響を述べる。縮み薬はその薬を経口投薬した対象である生物の質量を減少させる効果がある。

  魔法界では一般的な薬であり、未成年の魔法使いでも調合が可能な簡易的薬であるが、現代科学の法則が適用されない現象を具現化することのできるものである。

  素粒子論・核物理・宇宙論などを除く自然科学のほとんどの分野で実用上用いられている「質量保存の法則」によれば「化学反応の前後で、それに関与する元素の種類と各々の物質量は変わらない」とされる。

  しかし、縮み薬を服用した生物はその物質量に明らかな変化が存在する。

  木や紙は燃やすと灰となって質量が大幅に減少するように感じられるが、しかし、このような目に見える質量の変化はあくまで外部との物質の出入りが自由な開放系で見られるものであり、精密な測定のために閉鎖系を準備すると「化学反応によっては元素が分裂して増加したり、消滅して減少したり他の元素に転化したりしない」という結論が導き出された。

  マグルの世界ではこの法則が万物に共通する不変の法則であるとされているが、魔法界では簡易的な薬であってもこの法則を捻じ曲げる強力な効能を有しているのだ。

 

 

   

 

    略

 

 

 

   魔法界では当たり前に使われている薬品が、その実、自然界に存在する法則を捻じ曲げてしまう危険なものであることに魔法使いは気づかない。

   それは魔法使いがこの世の科学に無頓着で無知であるからだ。

   もし仮に、このような強力な薬をマグル界に公表した場合、世界は一変する。

   生徒でも簡単に調合可能な「生物の成長を逆行させる」という力を持つ薬が人類の科学の発展にどれだけ貢献できるかは未知数だ。

   しかし、この薬を軍事利用した場合、人類を破滅の道へと導いてしまうだろう。

   魔法使いはこのような薬を軍事利用しようとは思いもしないだろうが、物理法則を簡単に捻じ曲げることの出来る物質は強力な兵器へ転用可能だ。

   以下ではそのプランを検証していく。

 

 

 

    略

 

 

 

 

 

「これは………」

 

「マグル出身の生徒は彼以外にも多く存在するが、このようなレポートを提出してきたのはルックウッドのみ。我々魔法使いが使用する魔法をもしかりにマグルの連中が利用したらどうなるか………」

 

「吸魂鬼すら容易く倒せるようになってしまうかもしれない……と?にわかには信じられんのう。しかし………」

 

「ルックウッドは現にバジリスクを倒し、闇の帝王と渡り合っている。おそらく吸魂鬼を消滅させたのは彼でしょうな………」

 

 

ダンブルドアは何も言わなかった。

 

かつてトム・リドルを初めて見た時とは違う、もっと別の種類の恐ろしさをエスペランサに感じていたからだ。




感想ありがとうございます。
楽しみにしてくださっている方がいてうれしいです。


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case37 Battle training 〜戦闘訓練〜

投稿遅れました!

なかなか時間が作れなかったので
申し訳ありません!



感想などありがとうございます



「吸魂鬼が1体消えたって噂が全校に広まってるよ」

 

 

グリフィンドールの寮から必要の部屋に向かう途中でネビルはエスペランサに話しかける。

 

 

「そうだろうな。あの豪雨の中でも吸魂鬼が消滅する瞬間を見ていた生徒は少なからず存在してただろう。ロンもハーマイオニーも目撃したし」

 

「ロンたちにはエスペランサが吸魂鬼を倒したってバラすの?」

 

「いや。バジリスクの毒を量産して兵器にしていることはトップシークレットだ。センチュリオンの隊員以外には秘密にしておかなくてはならない」

 

「そうだね。でも、すごいや。吸魂鬼を倒せる武器なんて史上初だよ!マーリン勲章ものだよね」

 

「正直、俺も倒せるとは思っていなかった。バジリスクの毒ってのは恐ろしいな。今後、バジリスクの毒を含んだ弾薬は厳重に管理しないといけない」

 

 

 

必要の部屋の前に到着した2人は扉を開けて、部屋に入る。

 

入室した2人がまず最初に目撃したのは喧騒とする隊員たちの姿であった。

 

 

 

 

「だから!あれは吸魂鬼が侵入してきたせいだ!!!奴らが来なければグリフィンドールは負けていなかった!」

 

 

つばを撒き散らしながらグリフィンドールの隊員が言う。

 

 

「ポッターが気絶したのは気の毒だ!しかし、セドリックがスニッチを掴んだのはポッターが気絶するのと同時か、それよりも少し早い段階だった。我々が勝利した事に変わりはない!」

 

「何だと!?そんな理屈が通用すると思ってんのか!」

 

「我々は客観的に見た事実のみを言っている。君たちグリフィンドールの生徒はいつも感情的で物事の本質が見えていないんだ」

 

「くそっ!調子に乗りやがって!!!」

 

 

グリフィンドールの隊員が傍にあったパイプ椅子を蹴り飛ばして口論となっていたハッフルパフの隊員に掴みかかろうとする。

 

ハッフルパフの隊員も負けじと杖を取り出して応戦しようとした。

 

 

 

 

 

ズガアアアアアアン

 

 

 

 

「!?」

 

「なっ!?」

 

 

一触即発だった隊員たちは部屋内に突如として轟いた銃声に我を取り戻した。

 

 

 

「何やってるんだ貴様らは!」

 

 

硝煙の立ち上る拳銃を天井に向けて構えながらエスペランサが叫ぶ。

 

 

 

「い、いやだって………こいつがクィディッチで負けた俺たちを馬鹿にして」

 

「馬鹿にしてなどいない。そもそも先に突っかかってきたのはお前達の方だ」

 

 

おそらくクイディッチの件でグリフィンドールとハッフルパフが喧嘩になったのであろう。

クイディッチは年間で最も白熱する競技会だ。

寮同士の争いの種はほとんどこの競技に由来するといっても過言ではない。

 

 

「お前達がクイディッチで熱くなるのも分かる。マグル界ではサッカーの試合が原因で戦争になったという例もあるからな。スポーツで争うのはまあ、理解できる。だがな、我々センチュリオンの隊員は互いに自分の命を預けあう戦友だ」

 

「……………」

 

「寮という垣根を越えて信頼関係を築かなければ、実戦で戦えない組織になる。お前達が敵意を向けるのはセンチュリオンの隊員ではない。少しは頭を冷やせ」

 

 

エスペランサの言葉で隊員たちは黙り込む。

 

 

 

「やはり、こうなったか」

 

 

一連の騒動を見ていたセオドール・ノットが言う。

 

 

「やはり、とは?」

 

「急ごしらえの組織だからな。帰属意識も仲間意識もまだ出来てはいない。寮というしがらみにもまだ囚われているんだろう。この調子だと今後も争いは起こる」

 

「ああ。そうだろうな」

 

「早急に対策を練る必要があると思う。と言っても僕はあくまでも副隊長だ。意見具申しか出来ない。判断は隊長である君にゆだねるよ」

 

「……………」

 

 

帰属意識、フォロワーシップ、仲間意識。

 

軍隊では長時間をかけてこれらを教育していく。

しかし、センチュリオンは創設1週間の部隊だ。

 

それらが身についているはずもない。

 

 

「そうだな。団結を深めるための“何か”をしなくてはならない。セオドール。補給責任者とフローラを呼んできてくれ」

 

「何かやるんだな?」

 

「そうだ。3週間後の休暇。全隊員で陣地防御の模擬野戦訓練を行う。この訓練を通じて、各人に精神的な教育を行う」

 

「了解。至急、責任者を招集して起案を作り始めるとする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

必要の部屋でのイザコザを何とか収めたエスペランサは寮へ帰る前にネビルとともに医務室に立ち寄った。

 

無論、ハリーの見舞いのためである。

 

 

謎の人気を誇るハリーであるから、彼の病床には様々な見舞い品が置かれていた。

 

山盛りのお菓子や虫だらけの花束(恐らくハグリッドからのもの)などだ。

 

 

 

 

「残念だったな。ハリー。でも、無事で何よりだ」

 

エスペランサはベッドで横になるハリーに励ましの言葉をかける。

ハリーは試合に負けたのと、相棒の箒が粉砕されたことで傷心していた。

 

彼のニンバス2000は不運な事に暴れ柳に突っ込んだらしい。

病床には箒の残骸も置かれていた。

 

 

「ありがとう。エスペランサ。それにネビルも」

 

「箒はもう直らないのか?」

 

「ここまで粉々になったら手の施しようがないみたい。だから新しい箒を買わないといけないんだ」

 

「そうなのか。箒って高いのか?ネビルは知ってるか?」

 

「うん。ハリーの使ってるニンバス2000は2001が出て型落ちしたけど、いまだに高価な箒のままだよ。買えないほどではないと思うけどね」

 

「それじゃ、学生には無理だな。学校の備品の箒は?」

 

「あれじゃだめだよ。学校の箒は流れ星っていう箒で、ハエよりも遅いんだ。どうやってもスリザリンには勝てない」

 

「いっそのことそのオンボロ箒に推進エンジンでも搭載したらどうだ?」

 

「ははは。君が言うと冗談には聞こえないよ」

 

 

ハリーが苦笑いする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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約4週間前。

 

 

 

 

センチュリオン発足後、最初の会合の時まで遡る。

 

 

 

 

 

 

軍隊においては銃貸与式という儀式が存在する。

 

入隊後、各人に1挺ずつ銃が渡されるという儀式だ。

軍隊では自分が使う銃が決められている。

テキトウにその辺にある銃を使うのではない。

 

与えられた銃のメンテナンスは保有者に責任があり、破損や結合不備は重い責任を取らされる。

また、常に銃を携行はせず、使った後は整備をしたのちに武器庫に格納することになっていた。

 

銃の管理は非常に厳密なのである。

 

無論、エスペランサの設立した組織であるセンチュリオンもこの制度を採用していた。

 

必要の部屋内に設けられた武器庫には小銃を格納する銃架が置かれ、格納後はしっかりと鍵をかけることが徹底された。

この鍵の管理は日替わりで決められた当直の隊員が行うこととなっている。

 

 

 

 

センチュリオンの隊員に貸与された銃はコルト・M733・コマンドと呼ばれる銃である。

 

今までエスペランサは多種多様な銃を戦闘において使ってきた。

ある時はM16自動小銃を使い、ある時はG3A3バトルライフルを使い、ある時はバーレット重狙撃銃を使った。

しかし、小隊規模の部隊を編成して戦闘を行う場合はそのようなことは出来ない。

 

部隊を編成して戦うのならば使用する弾薬の規格を統制する必要がある。

 

エスペランサはセンチュリオンの隊員全員が持つ小銃の弾薬は5.56ミリNATO弾に統制することにした。

エスペランサは元々、米軍傘下の特殊部隊で傭兵をしていたので米軍の使用する武器の方が扱いに長けていたし、教育も出来る。

なのでNATO規格の弾薬に統制をして、隊員の使用する銃も西側諸国の使用する物にした。

 

 

隊員と言ってもエスペランサ以外の隊員は戦闘経験はおろか、戦闘訓練すらしたことのないホグワーツの生徒だ。

 

ホグワーツの生徒はマグル界の子供と違い、スポーツ経験や体育の経験が少ない。

ホグワーツ内で唯一行われている運動は箒に乗って行うクィディッチのみである。

 

物は試しにエスペランサは18名の隊員を対象に体力テストなる物を行ってみたが結果は悲惨であった。

1500メートル走では完走出来ない隊員が続出し、腕立て伏せの平均回数は10回を下回った。

例外としてセドリック・ディゴリーのみが驚異的な運動神経を見せたが、ほとんどの隊員が体力不足である。

 

体力も無く、年齢的に体格も完成していない隊員に重量の重いバトルライフルや銃身の長い小銃を使わせるのは非効率である。

そこで、従来のM16を短くしたM4カービンをさらにコンパクトにしたコルト・M733・コマンドを標準装備としたわけである。

 

M16をかなり短くした見た目を持つその銃は最大でも774ミリしか長さが無い。

最近起きたソマリアにおけるモガディッシュの戦いでの活躍は特筆すべきだろう。

 

19名しかいない現在のセンチュリオンで編成できる部隊は1個小銃小隊が限界だ。

なのでエスペランサは小隊を編成するのを諦め、2個小銃分隊を編成した。

本来なら迫撃砲や対戦車榴弾をメインで運用する部隊も編成したかったのだが、人数的に不可能である。

後々、センチュリオンの人数が増えていけば複数の小隊を編成したり、迫撃分隊を編成したりすることも出来るであろう。

だが、現状では主戦力を小銃並びに機関銃といった軽火器にした歩兵部隊しか作れなかった。

 

 

 

見たことも触ったことも無い自動小銃を貸与された隊員たちはその銃の重さと見た目の禍禍しさに目をぱちくりさせていた。

 

マグル出身ならともかく魔法界で生まれ育った隊員たちは銃の威力も扱い方も分らない。

なのでまずは銃の危険性から教育する必要がある。

 

軍隊の新入隊員にまず、教育するのは自分の持つ銃の危険性なのだ。

なのでエスペランサは初っ端から実弾射撃をさせるなんてことはせずに、座学から始めることにした。

 

貸与した銃を一旦、武器庫内に格納させ、エスペランサは射撃場として用意した空間へ全員を集めた。

必要の部屋の最深部に用意された射撃場のレンジは200メートル。

一般的な射撃場と見た目に大差はない。

 

 

「注目してくれ。今から全員にこの銃の恐ろしさを見てもらいたいと思う」

 

 

エスペランサは集まった全隊員に言う。

 

 

「なんだ?さっそくその銃とやらを撃つんじゃないのか?」

 

最前列でしゃがんでいたアンソニー・ゴールドスタインという隊員が言う。

他の隊員もしきりに頷いた。

 

「どこの軍隊でも最初から実弾射撃をするわけがない。まずは安全管理事項を頭に入れて、扱い方を覚える。そうしたら次は射撃姿勢やクリック修正などの教育を行い、空包射撃を経験した後に実弾射撃に移る」

 

「なんか、まどろっこしいな。エスペランサはその銃とやらに魔法をかけてるんだろ?軽くしたり………。教育何て不要なんじゃないか?」

 

「いや。銃を扱ううえで安全事項を覚えるのは初歩中の初歩だ。絶対に教育をする。下手をすれば命を落としかねない」

 

銃は便利な道具である一方で整備を怠れば命を失う危険もある。

 

結合不良による暴発。

実戦において作動不良を起こし敵弾にやられること。

安全装置をかけずに放置した末に意図しない射撃を行ってしまう事。

銃口管理の不足による味方殺し。

 

銃の管理についてしっかりと教育を行わなければこのような事故が起こりかねない。

 

 

「銃は危険な道具なんだ。だからしっかりと管理しなければいけない。逆を言えば管理の仕方を知っていれば危険性はない」

 

 

そう言ってエスペランサは傍らに置いていたM733を持ち上げる。

 

置いてあったM733には弾倉が入っていない。

これも安全管理のひとつで射撃時以外は基本的に弾倉を抜いておく必要があったし、薬室内にも弾丸を残してはいけなかった。

戦闘時においては常に弾倉を装填したままにするが、それ以外は基本的に抜く必要がある。

 

エスペランサは射撃場の200メートル先に設置された‟人型の的”に向かって銃を構える。

 

この銃には軽量化の魔法も自動誘導の魔法もかけられていない。

ヴォルデモートとの戦闘時のようにそれらの魔法を無効化される可能性がある以上、射撃訓練は魔法抜きで行なうことが求められていた。

 

エスペランサは照星を的に合わせ、引き金を引いた。

人差し指の第一関節を引き金にかけ、曲げるのではなく真っすぐに引く。

 

 

 

 

ダン

 

 

ダン ダン

 

 

 

 

轟音と共に銃弾が飛び出し、その銃弾は200メートル先の的に命中した。

 

隊員たちは思わず耳を塞ぎ、中には目を瞑ってしまうものもいる。

何人かは既にエスペランサの戦闘を見たことがあったのでそこまでは驚いていなかった。

 

 

「基本的に銃の有効射程は500メートルほどだ。まあ、銃の種類によるが、貸与したM733の有効射程はそんなものだろう。魔法使いが使う死の呪いや失神光線の類は呪文を唱えなくてはならない上に連射が不可能で、射程はそれほど長くない。戦闘を行う事だけを考えるならば、杖よりも銃を使用した方が効率的だ」

 

肩から銃尾を外し、安全装置をかけ、弾倉を抜いた後、薬室内の弾丸が残っていないかを確認しながらエスペランサは言う。

 

「500メートルって………。そんな危険なものを僕たちは持つのか?」

 

「そうだ。こいつは人を殺すという事のみを目的として作られた道具だ。扱い方を間違えれば己の命や味方の命を奪うことになってしまう。まずは、安全管理の5段階について学んでもらおう」

 

 

 

 

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そして、あの銃貸与からおよそ4週間後の今。

 

センチュリオンの隊員は初の野外戦闘訓練を行うことになる。

 

 

 

 

 

センチュリオンの隊員は入隊してから射撃訓練や戦闘訓練も数えるほどしかしていなかった。

軍隊で言えば新入隊員と技量は変わらない。

 

禁じられた森の前に集まった18名の隊員は個人携帯装備を全て装着した状態で整列している。

 

整列の要領や各種動作に関しても彼らは一応、教育されている。

現在、整列している隊形は2列横隊。

動作は整列休めという、休めの動作よりも少し手の位置が高い姿勢だった。

 

部隊の精強さは各種動作の斉一性からも見受けられる。

 

エスペランサは敬礼動作から行進動作まで動作を教える際にはセンチ単位で矯正して完璧な姿勢を覚えさせた。

例えば、整列休め時の踵と踵の幅は25センチであるとか、敬礼の際に手のひらは見せないだとかである。

 

 

 

「センチュリオン部隊員点呼!!!」

 

 

「センチュリオン部隊員、総員19名、事故無し、現在員19名!」

 

 

エスペランサの号令に反応して現在、当直を勤めているネビルが人員現況の報告を行った。

 

 

「各人、体調に異常などはないか?」

 

「全員、体調に異常なし。装具に関しても前日に確認してあるから問題はないと思う」

 

「了解。ではネビルも列中に入ってくれ」

 

 

ネビルが2列横隊の最右翼に走っていき、他の隊員と同様に整列休めをしたのを確認したエスペランサは口を開いた。

 

 

「本日の訓練内容を下達する!本日は実戦を模擬した野戦訓練を行う。まずはこれを見てくれ」

 

 

エスペランサはあらかじめ地面においておいた小銃を取り上げた。

 

 

「これは全員に貸与された小銃と同型だが、使用する弾丸が特殊なものだ。通常なら実弾を装填するはずだが、こいつはペイント弾しか入っていない」

 

「ペイント弾?」

 

「ペイント弾ってのはまあ、クソ爆弾みたいなもんだ。殺傷能力は無く、着弾とともに塗料が付着する。まあ、訓練用の銃弾ってところだな」

 

「じゃあそのペイント弾というのを撃ち合えば良いんだな。チーム分けはどうする?分隊で戦い合うのか?」

 

「いや。今回は臨時の編制を組んで戦ってもらう。1つめのグループは俺の指揮するグループで、俺以下7名。これをアルファ分隊と呼称。2つめはセオドールの指揮するブラボー分隊。こちらは12名の編成となる」

 

 

それを聞いてセオドールが質問する。

 

 

「編成について疑問がある。なぜブラボー分隊の方が人数が多いんだ?これではアルファ分隊が不利だろう」

 

「それはもっともな意見だ。しかし、お前たちと違って俺は実戦経験もある元軍人。仮に同規模の分隊でかち合った場合、俺の指揮する分隊が圧勝してしまうだろう。これは過信でも何でもない。戦闘は実戦経験で差が出る」

 

「なるほど。確かに、僕たちは束でかかっても君には勝てないだろう。少なくとも、今は。説明を続けてくれ」

 

「ああ。説明を続行する。まず、本訓練で使用するのは禁じられた森のある区画だ。事前にこの区画の安全は確認済み。後ほど各人に地図とコンパスを配布する。弾薬は1人につき90発。この後、アルファ分隊はA地点、ブラボー分隊はB地点に前進し、そこで待機。0900になったのならば状況開始とする。勝利条件は敵勢力を殲滅させることだ」

 

 

エスペランサはざっくりと訓練内容を説明する。

 

隊員たちはその内容を理解したようでウンウンと頷く者もいた。

 

 

「ではこれより指揮者の指示に従い、待機地点に前進せよ。以上。わかれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

訓練地域に指定した区画は禁じられた森の奥地であった。

事前にケンタウロスにはこの区画で戦闘訓練を行う旨を伝え、万が一にもセンチュリオンの隊員以外の生徒が入らないように、訓練地域の外周に「かくれん防止器」を設置している。

 

訓練地域は半径1kmの円状に設定。

中心には高さ50メートルほどの小さな山が存在し、山の麓には湖から流れてきた水によって小川が形成されている。

 

エスペランサはあえてこの山が中心になるように訓練地域を設定した。

 

この地域には15メートル以上ある樹木が無数に乱立している。

 

無数に乱立する樹木と中心に存在する山。

そんな中で2つの分隊が戦闘を行う場合の戦略は極めて単純だ。

 

地の利を得てしまえば良い。

 

つまり、中心に存在する山の頂上を先に抑え、あとは陣地防御線を行なえば良い。

山頂に存在する陣地を攻めるのは非常に難しいが、陣地を防衛するのはそれに比べれば比較的簡単である。

 

エスペランサは無論、自分の分隊員を引き連れて山頂を確保する予定だ。

 

当初、隊員への説明では「分隊同士の山岳地戦」と言ったが、この戦いは「どちらが先に山頂を奪い、陣地防衛戦に持ち込むか」が問われた戦いなのである。

エスペランサが自分の分隊員を極限まで少なくしたのは、彼がこの今回の戦いの本質を理解しているからであり、また、彼の分隊がセオドールの分隊よりも確実に早く山頂を攻略出来るからだ。

 

 

A地点と呼称された訓練区画の西端に到着したエスペランサは隊員を一か所に集めた。

 

「現在地、A地点。状況開始まで残り5分。総員、密集」

 

 

エスペランサの一言で彼の分隊員は装具をガチャガチャ言わせながら集合する。

 

今回の訓練には非戦闘員も含め、19名の隊員全員が参加していた。

非戦闘員も全員、行軍訓練と戦闘訓練を経験している。

非戦闘員も十分に戦力であった。

 

 

「点呼!フローラ。セドリック。ダフネ両姉妹。フナサカ。ロジャー」

 

「全員揃ってるよ」

 

「了解した。体調異常者、装具異常者は無いか?」

 

「「「 無し 」」」

 

 

全員が揃ったのを確認してからエスペランサは作戦の説明を開始した。

 

「では当分隊の指揮をエスペランサ・ルックウッドが執る。本分隊はA地点より東へ前進。中央の山頂を確保する。中央の山頂を確保したならば防御陣地を構築する。我の分隊は敵分隊よりも人数が圧倒的に少ない。しかし、先に山頂を攻略して陣地防御戦に持ち込むことで戦力差を埋める」

 

「敵が先に山頂を攻略する可能性は?」

 

「俺はこの森の地理を知り尽くしている。敵分隊が先に辿り着く可能性は無い。また、あっちは人数が多いため、移動が鈍足になることも予想される。だが、万が一のことを考えて行進間の陣形は各人間隔を5メートル以上取り、2名の隊員を先遣させる。発砲は極力抑えろ。一人頭の弾丸は90発しか無い。決して無駄にするな。また、これは実戦を模擬している。故に、最優先とするのは敵の殲滅だ。以上。質問はあるか?」

 

 

「………………」

 

 

「よし。では時刻合わせを行う。現在時0859。5,4,3,2,1、今、0900。これより状況を開始する。先遣2名。前進」

 

 

エスペランサの号令でセドリックとロジャーが先に前進を始めた。

 

彼らは互いに10メートル程の距離を開き、左右斜め前方を警戒しながら前進する。

数十メートル前進したところで2人とも手を上げて左右に振るのが見えた。

 

この戦闘区域は樹木に覆われている上に草木も生い茂っているため、目を凝らさなければ彼らを視認することは出来ない。

 

 

 

「1分隊。前進用意。前進!」

 

 

エスペランサの指揮の下、残りの隊員も草木をかき分けながら、低姿勢で全身を開始する。

昼間でも薄暗く、巨大な木が乱立する森はまるで迷路。

 

慣れない隊員たちは必至で他の隊員を見ながら、邪魔な草木に妨害されつつ前進する。

 

 

「あまり音を立てるな。草木を一気にかき分けるのではなく、ゆっくりかき分けて進め」

 

 

最適な侵攻ルートを即座に判断して歩くエスペランサは周囲の隊員に小声で伝達した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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B地点を出発したセオドールの分隊もまた、山頂を目指していた。

 

戦闘区域の地図を見た瞬間に山頂を攻略する必要性を彼は見出し、状況開始と共に分隊を前進させたのである。

 

 

(しかし、山頂の優位性はルックウッドも知っている。彼の分隊は少人数故に機動性が高い。なら、こちらの分隊が先に山頂に辿り着く可能性は低い………)

 

セオドールは考える。

 

彼は持ち前の頭脳で地理的優位性の重要さに気付いたが、問題は隊員の能力の水準が低いことだった。

ぬかるみに足を取られて倒れる隊員や、早くも疲労困憊になる隊員。

このままでは先に山頂へはたどり着けない。

 

加えて、セオドールは行進の陣形を一切考えていなかった。

 

あろうことか、彼は隊員を密集させたまま前進させていたのである。

だから、動きが鈍くなり、前進が遅れる。

 

 

「これじゃ先に山頂を取られるぞ。やっぱり総攻撃を仕掛けた方が絶対良い」

 

 

後続のコーマック・マクラーゲンが言う。

 

コーマックは状況開始後から再三に渡り総攻撃を仕掛けることを具申していた。

 

敵の数は少ない。

先に山頂を取られたとしても数に物を言わせて総攻撃を仕掛ければ味方に損害が出ても作戦目的は達成できるはずだ。

これがコーマックの意見であった。

 

 

「ルックウッドは部隊を一か所に固めずに、必ず、分散させる。だから総攻撃をかけても殲滅することは不可能な可能性があるんだ」

 

「いや、だからと言って君の作戦も無謀だ。先に山を取られることは分かり切っているのに前進させるなんて愚策だぞ」

 

 

コーマックとセオドールが意見で対立するのを他の隊員は心配そうに見ていた。

 

彼らの体力はかなり消耗している。

額には汗をかき、戦闘服は汗で変色していた。

 

 

「指揮官は僕だ。今は僕に従え。部隊の意思を統一しなければルックウッドには勝てないぞ」

 

「フン。僕の作戦で行けばルックウッドなんて一捻りだ。なあネビル」

 

 

コーマックは背後で草木をかき分けていたネビルに言う。

 

ドーランと汗でドロドロになった顔のネビルは困惑した。

 

 

「えーと………僕は………」

 

 

「ちっ。早いところ終わらせてシャワー浴びたいぜ」

 

 

コーマックは困惑するネビルの返事を待たずに、前方にあった大木目指して前進していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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エスペランサの分隊は早くも山頂に到達した。

 

掩体を掘る時間は無いので、エスペランサは木の根や倒れた大木、草木などを防御壁の代わりとして戦うように命じた。

 

山頂も麓と同様に樹木や草木が生い茂っているが、それらが天然の要塞となっている。

 

360度どこから攻撃されても対応できるように隊員を配置につかせた後、エスペランサ自身は恐らく、敵が侵攻してくるであろうB地点の方角に存在した大木の陰に隠れ、小銃を構える。

 

 

 

「良いか。命令があるまで射撃は厳禁。音を立てず、敵が出現するのを待つ」

 

 

隊員は全員、顔をドーランで塗り、ヘルメットには草を括り付けているため、遠目からは視認しにくい。

セオドールの分隊も恐らく、発見できないだろう。

 

地の利は得た。

 

ならば、後は侵攻してきたセオドール分隊を確固撃破していくだけだ。

 

 

エスペランサよりも2メートルほど下の斜面で双眼鏡を除くフローラが軽く手を上げてエスペランサを呼んだ。

 

 

「どうした?」

 

「敵襲です。予想よりもはやく来ましたね」

 

 

フローラも顔をドーランで塗りたぐっている。

 

普段彼女が見せる美貌はもはや存在しない。

 

 

「敵の数と位置を報告しろ」

 

「はい。敵は12名全員が密集して前進中。こちらに向かっています。距離は300メートルほど先でしょうか」

 

「密集だと?何やってんだか。それじゃ殺してくれって言ってるようなもんだぞ」

 

「敵の隊員は見るからに疲労困憊しています。無理に前進してきたんでしょうね」

 

「ああ。12名全員が密集しているならもうこちらの隊員も360度警戒させる必要はなくなった」

 

「他の人たちも全員ここへ連れてきて一斉に掃射してしまえば一瞬で勝敗は決する。そういうことですか?」

 

「そうだ。他の連中を連れてくる。フローラは引き続き敵の警戒を頼む。射撃は控えろ」

 

「わかりました」

 

「それと2名を山の中腹まで前進させて、わざと姿を晒せ」

 

「わざと………ですか?」

 

「そうだ。それだけで敵の体制を崩すことが出来る」

 

 

 

 

 

 

 

 

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「見ろ。あそこ」

 

 

コーマックがセオドールを止めて、前方に見えていた山を指さす。

 

その山の中腹にエスペランサの指揮する分隊の隊員2名の姿が見えた。

その2名は巧妙に草やドーランで偽装されてはいたが、何の遮蔽物にも隠れずにセオドールたちに銃を向けている。

 

 

「あいつら。僕たちに姿を見られていることに気づいていないのか?」

 

コーマックが言う。

 

「あんなところで待ち伏せていたら偽装した意味が無い。見つけてくださいと言わんばかりだ。罠か??」

 

セオドールはあまりにも滑稽な2名の隊員の行動に違和感を感じていた。

そもそも、姿を見せているのは2名だけ。

他の隊員はどこに潜んでいる?

 

 

「罠??違う。たぶんあれはエスペランサが偵察に出した隊員だ。だから本隊はもっと後ろにいる筈だ」

 

 

コーマックはセオドールの意見を否定する。

 

 

そうこうしていると2名の隊員は山腹から山頂の方へと回れ右して逃げ始めた。

 

 

「こっちが気づいたことに気付いたのか?」

 

「チャンスだ。まずはあの2名を倒してしまおう!総員、射撃開始!!!」

 

「馬鹿!指揮官は僕だ!勝手に命令をするな!」

 

 

コーマックの勝手な指示を聞いた他の隊員は一斉に2名の逃げつつある隊員に射撃しはじめる。

 

 

 

タタタタタタタ

 

 

タタタタタ

 

 

 

乾いた射撃音が森に木霊し、薄暗い木々の間を曳光弾が照らす。

 

 

しかし、魔法を一切かけていない銃は重く、反動も大きい。

新米隊員たちの撃つ弾丸は全く敵に命中しなかった。

 

代わりに大木に無数のペイントが付着していく。

 

 

「くそ!遠すぎるんだ!前進して追いかけろ!近づけば当たる筈だ」

 

コーマックがまたも指示を飛ばす。

 

セオドールはコーマックに続いて2名の隊員を追いかける隊員たちを止めようとしたが、徒労に終わった。

隊員たちは最早、誰が指揮官であるかを忘れている。

 

 

「深追いするな!ちりじりになるな!」

 

もはや罠であることは明らかである。

 

新米の隊員が魔法のかかっていない通常の銃をまともに扱えるわけがない。

実戦形式の射撃を行ったことのない隊員たちは反動に怯み、銃口がぶれる。

 

敵2名との距離は100メートル近い。

 

寝撃ち(腹ばいになって射撃する体勢。最も命中しやすい射撃姿勢であり、射撃訓練の初歩)しか行ったことのない隊員が動きながら命中させるのは困難だ。

 

 

エスペランサは無論そのことを知っていた。

 

100メートル程度離れていれば、弾があたることはまずない。

樹木に覆われているこの場所なら猶更だ。

 

故に斥候の姿を晒したところで何の問題にもならない。

 

逆にそれを利用して、敵勢力を深追いさせ、指揮系統を乱す。

精強な部隊ならこんなことでは指揮系統は乱れず、そもそも初撃で斥候は倒されていたのだが、即席で作ったセオドールの部隊には効果がある。

 

 

「こうなったら仕方ない。ネビル!援護射撃だ!左右の樹木を掩蔽として伏せ撃ちの姿勢を取れ」

 

セオドールは突撃に加わっていなかったネビルを視界の端に発見し、指示をする。

彼の予想ではエスペランサは深追いした隊員たちを確固撃破しようとしているはずだ。

どこに潜んでいるかは分からないが、茂みの中か、それとも木の上か。

 

 

「セオドール!!!逃げて!!狙われてる!」

 

「何!」

 

 

樹木に隠れたネビルが叫ぶ。

 

セオドールは前方の山に再び目を向けた。

 

 

「そうか。エスペランサの狙いは、僕を本隊と切り離すことだったのか…………」

 

 

山頂に存在する倒れた木の上に現れた敵はエスペランサ・ルックウッドに間違いなかった。

 

彼の持つ銃の銃口からはまっすぐにペイント弾が向かって来る。

初撃は見事にセオドールに命中した。

 

赤色のペイントが彼の戦闘服を染め上げる。

 

 

「な……やはり既に山頂は奪取されていたか。そして、奴の狙いは指揮系統を麻痺させること。そのためには指揮官を本隊から切り離して撃破する必要があった。そういうことだな?」

 

 

セオドールは無念そうに銃を地面において座り込んだ。

ペイント弾が命中した隊員は戦闘不能判定が下されて、演習終了までその場で死体役である。

 

 

 

「固まるな!!散解しろ!!!」

 

 

戦闘不能になったセオドールの代わりにコーマックが周囲の隊員に指示を出すが、パニックに陥った隊員たちは聞く耳を持たない。

 

 

次々に山頂から飛び出すエスペランサの部隊の隊員はパニックに陥ったセオドール部隊の隊員たちに容赦なく射撃を浴びせる。

 

 

 

必至に射線から逃げようとして茂みを掻き分けていた隊員は背後から掃射されてリタイア。

反撃しようと山頂に向かって銃を構えた隊員も顔面にペイント弾が命中して倒れこんだ。

 

ネビルは近くにいた隊員2名とともに倒れた大木の陰に身を潜めている。

 

セオドールの分隊はエスペランサ分隊よりも人数で勝るが、経験豊富なエスペランサが指揮をする分隊の方が圧倒的に強力だ。

故に先に山頂を奪取されることも予想できたし、彼らが待ち伏せている事も想定内だった。

 

しかし、所詮敵の人数は若干名。

指揮をするエスペランサ以外は素人で、射撃訓練も数回しか行っていない。

それならば、人海戦術で何名かを犠牲にしながらも一気に突撃してしまえば勝機がある。

 

ネビルもその考えには賛同していた。

 

だが。

 

 

 

 

タタタン タタタタ

 

 

「うわっ」

 

「やられた!」

 

 

 

逃げ遅れた隊員たちは次々に倒れていく。

 

散解せずに固まっていたところをまとめてやられたらしい。

 

 

 

素人隊員であっても戦い方次第では戦力になる。

 

エスペランサは自分以外の隊員を徹底して斥候に割り当て、敵を発見しても射撃をするのを控えさせた。

一方でセオドールの隊は敵を発見した隊員から勝手に射撃を始めてしまった。

 

エスペランサは敢えて斥候をネビルたちに発見させ、勝手に射撃を始めたネビルたちの正確な位置を特定したのである。

 

 

 

「生存者!生存者はいるか!!???」

 

習いたての匍匐前進で茂みに隠れているコーマックが叫ぶ。

 

 

「コーマック!こっちだ。ネビル以下2名。戦闘可能!」

 

「他には……いないのか?」

 

「後方の茂みに2名ほど隠れているけど……たぶん残弾がない。初撃でフルオートでトリガーハッピーーしてたから」

 

「くそ!してやられた!!」

 

 

コーマックは持っていた小銃から弾倉を抜いて、新しい弾倉を入れた。

これがラストの弾倉である。

 

 

「残り30発。ネビルは?」

 

「僕はまだ60発残ってる。他の2人も殆ど無傷なはずだよ」

 

「そうか………。だが、これじゃ勝ち目がない。やっぱり最初から僕が指揮を執っていたほうが良かったんだ」

 

「…………それは違う」

 

「何!?」

 

「たぶん、セオドールでも君でも、誰がやったってエスペランサには勝てなかった。だって経験値が違いすぎる。さっきの見ただろ?出会いがしらに2人をいっぺんにヘッドショットで倒す彼を………」

 

「チッ。じゃあ、もう負けだ負け。とっとと降参すれば良い」

 

「それもダメだ。エスペランサはこれを本当の戦闘だと思って戦えって言った。こっちにはまだ戦力が残ってる。降伏するわけにはいかないよ」

 

「じゃあ、どうしろって言うんだ!」

 

「僕に考えがある」

 

「考え?」

 

「エスペランサはこれを本当の戦闘だと思って戦えって言った。本当の戦闘は何でもアリな戦いだ。ならその言葉通り、やってやれば良いんだと」

 

「ネビル……?何を考えて???」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「残り6人って所か?」

 

「そうですね。それに対してこちらは無傷。これも想定内でしたか?」

 

「素人戦闘員がこんな複雑な地形で足場も悪いところでまともに射撃なんて出来ない。斥候を囮にしたところで敵は斥候を倒す事すらできない」

 

 

双眼鏡でペイント弾によって倒された隊員の数を数えながらエスペランサとフローラはそんな事を話していた。

 

 

「残ってる隊員の中でセオドールの代わりに指揮を執っているのは恐らくコーマックだろう」

 

「コーマック・マクラーゲン。そうですね。仕切りたがりの彼なら率先して指揮をしはじめそうです」

 

「奴の思考は単純だ。敵の勢力が6人である事を考慮すると、山頂を包囲するような作戦は使わない。しかし、先程のような固まって突撃するような馬鹿な真似はもうしないだろう。となると、どう攻撃してくると思う?」

 

「そうですね………。私だったら後方に支援の隊員を残して、その隊員が射撃支援をしているうちに他の戦闘員を前進させます。これを交互に行っていけば味方の損害を少なくしながら敵に接近できますよね」

 

「その通りだ。分隊を前進させるときは射撃支援の下に戦闘員が前進する」

 

 

 

エスペランサは大木の根を防御壁にして待機している隊員に集まるように指示を飛ばした。

 

敵の残存勢力は僅か。

周囲を包囲して攻撃してくる可能性は低く、周囲を警戒する必要性は薄い。

 

ならば全隊員を集め、敵勢力を掃討する段階に移るべきだとエスペランサは思った。

 

敵の6人は木の陰などに隠れているものの、場所はほぼ把握できている。

裏を取られたり、奇襲されたりすることはないだろう。

 

面で制圧していけば確実に殲滅可能だ。

 

 

「これより我が分隊は山を下りて残存勢力の掃討に移る。2名を山頂に残して援護に回す。他の隊員は全員、俺に続いて下山。各人ごとの間隔を5メートル開き、横一列で前進する」

 

エスペランサは自分の銃を構えて前進を開始する。

 

他の隊員もそれに倣って歩き始めた。

若干2名の隊員のみ、支援要因として山頂で待機する。

 

 

するとその時だ。

 

 

 

「痛!痛えええええええええええええええ!!!助けてくれ!!!!!」

 

 

 

麓の樹木の間からコーマックが苦痛に満ちた表情で転がり出てきた。

 

 

 

「な!?どうしたんだ?」

 

 

流石のエスペランサも困惑する。

 

 

茂みの上を痛がりながら転げまわるコーマックは今にも死にそうな顔をしている。

 

 

「ぎゃあああああああ!!!」

 

 

「まずい!フローラ!!!回収していた杖と救急キッドを持って来てくれ!」

 

 

エスペランサは傍らで銃を構えていたフローラに、訓練前に回収していた杖と救急キッドを持ってくるように指示を出した後、斜面を駆け降りる。

 

折れた枝などが彼の戦闘服を破いたが、気にしている場合ではなかった。

 

 

「大丈夫か!!!!どうしたんだ!?」

 

 

転げまわるコーマックに駆け寄り、エスペランサは病状を見ようとする。

 

外傷なら魔法で何とかなるが、体内の器官が異常をきたしているのなら手の施しようがない。

すぐにでも医務室に運ぶ必要がある。

 

エスペランサは焦っていた。

 

焦っていたからこそ、背後から近づくネビルに気付かなかった。

 

 

「ぎゃああああああ…・………あ、もう良いだろ」

 

 

急に転げまわって痛がるのを止めたコーマックはエスペランサの背後を見てニヤリとする。

 

 

「あ?どういう…………」

 

 

 

 

タン

 

 

 

 

エスペランサの背後に近づいたネビルは小銃の引き金を引いていた。

 

銃口から出たペイント弾はエスペランサの背中を青色に染める。

 

 

 

「え?は?」

 

「エスペランサ。君は最初に僕たちにこう言ったよね。これは実戦形式の戦闘訓練であるって。それなら、君は無暗に出てきちゃダメだった。‟実戦において、苦しんでる敵兵に駆け寄る兵士なんていないよね?”」

 

 

 

この訓練を一番、実戦ではないと思ってしまっていたのはエスペランサである。

 

所詮は素人の兵士相手と侮っていたのもあるが、訓練であるという枠組みから抜け出せていなかった。

無論、コーマックの痛がりは演技。

しかし、エスペランサは実戦では絶対に行わない、「敵兵の元に駆け寄る」という行動に出てしまったのである。

 

ネビルはエスペランサの性格を知っていた。

 

彼は自分の仲間が苦しんでいたら全てを放棄して救いに来る。

 

それを知っていたからこそ、ネビルはエスペランサを騙すことが出来た。

 

 

 

エスペランサが倒されたことに動揺する隊員は多かった。

 

しかし、すぐに状況を理解したフローラは銃を構えなおしてネビルを倒そうとする。

 

 

「ネビル!後ろだ!」

 

 

コーマックは立ち上がりながら叫ぶ。

 

ネビルは瞬時に振り向き、銃口をフローラに向けた。

 

 

 

ネビルは本来、臆病な性格であった。

臆病なうえに優しく、最初の射撃訓練でも手が震えて引き金を引くことが出来なかった。

 

その理由は、射撃訓練に使用する的が人型だったと言う事がある。

 

ただの的で訓練をした軍隊が実戦で人を撃つことが出来なかった。

しかし、的を人型にした瞬間に実戦で人を撃つことが出来るようになったというのは有名な話だ。

 

人型の的に向けて銃弾を撃ち込むことが出来ないネビルにエスペランサはこう言った。

 

 

 

「俺も人を撃つのは怖い。俺が引き金を撃つことでそいつの人生が終わるんだからな。だがな、本当に怖いのは、俺が撃たなかったことで仲間が撃たれることなんだよ。誰かを守るためには引き金を引く勇気がいるんだ」

 

 

 

だからネビルはもう迷わない。

 

彼も「守りたかった人」が存在するのだから。

 

 

 

 

迷いなく引き金を引くネビル。

 

フローラよりもコンマ数秒判断が早かったネビルの撃った弾丸は彼女に命中する。

 

 

 

痛がるフリを止めたコーマックも戦線に復帰し、瞬く間に2名の隊員を倒した。

指揮官としては不合格の彼であったが、彼の意とは反して、フォロワーに回った時は優秀である。

指示さえあれば必ずそれを遂行することこそ彼の本質であった。

 

 

隠れていたセオドールの分隊の面々が続々と出てくる。

 

 

山頂で待機していたエスペランサ分隊の2名は自分隊だけになったことに気付き、退避しようとしている。

 

 

「逃がさない!」

 

ネビルは再び小銃を構えた。

 

山頂までは200メートル近く距離が開いている。

威力の弱いペイント弾では射程ギリギリの場所だ。

 

 

だが

 

 

 

タン

 

タン

 

 

 

ネビルの放った銃弾は見事に2名に命中した。

 

 

 

 

 

「ここ最近、わかったことがあるんだけど。僕、結構射撃が得意みたいでさ。ちょっと自信があるんだ」

 

ネビルは傍らで座り込むエスペランサに言う。

 

「………ちょっと自信がある、か。射撃初めて数週間で200メートル射撃を難なくこなす奴なんてそう存在しない」

 

「でも僕、君よりは射撃が上手くないと思うけど?」

 

「俺が何年撃ってきたと思ってるんだ?控えめに言っても、お前は狙撃手としての才能があるよ」

 

 

エスペランサは力なく笑った。

 




コミケ行ってきました。

楽しかったです。


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case38 Exposure 〜爆破せよ!ナパーム弾〜

日常パートはほぼダイジェストになってしまいます。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訓練後、センチュリオンの隊員は全員、禁じられた森の湖畔に集合した。

 

エスペランサの計らいによって戦闘糧食が全員に配られる。

戦闘糧食は水のみで温められ、如何なる場所でも食べることが出来るものだ。

 

味は国によってまちまちであるが、エスペランサは米軍が横流ししたものを手に入れ、密かにホグワーツへ持ち込んでいた。

必要の部屋は何故か食料は出してくれない。

 

 

「食べ終わったパッケージは捨てずに回収するからな」

 

思い思いの場所に座りながら糧食にがっつく隊員たちにエスペランサは言う。

 

陽も差し、暖かい湖畔は昼時の休憩にはもってこいの場所だ。

風も無く、湖は穏やかでキラキラと光っている。

 

セオドール側だった分隊員は最も陽の当たる岩場で糧食のチキンライスを食べながら談笑していた。

 

 

「まさかネビルがあんなことを考えるとは思わなかったな。今回のMVPはネビルで決定だ」

 

「ああ。あのエスペランサを出し抜いただけでも凄いのに、まさか200メートルも離れた場所の敵を倒すなんて思いもしなかった。今度、教えてくれよ」

 

 

今まで、ネビルを劣等生としか見ていなかった分隊員たちであったが、今回の訓練で彼を認めたようである。

それどころか称賛している。

 

 

「い、いや。たまたまだよ。次から同じ手は使えないし」

 

ネビルは今まで同期から褒められたことが無い。

なので、戸惑っているのだろう。

 

「おいおい。手柄はネビルだけじゃなくて僕にもあるからな?あの渾身の演技が無ければ勝てはしなかっただろ」

 

「最初に突撃の指示を出して部隊を壊滅させたのと合わせてトントンだな」

 

「うっ。まあ、僕にも非はあったけど………。しかし、ネビルにあんな才能があったなんてな」

 

 

コーマックは話題をそらしながらネビルの肩に手をかける。

 

 

 

 

 

和気あいあいとする隊員たちの様子を遠くからエスペランサは見ていた。

 

同じ困難を乗り越えた隊員たちの絆はより一層強くなる。

彼もかつてはネビルたちのように訓練を経て団結したものだ。

 

 

「懐かしいな………」

 

 

エスペランサはそっと懐から古いドックタグを取り出す。

 

それは彼が以前、特殊部隊に所属していたことを示す唯一のものであった。

 

 

 

「楽しそうですね。あなたの思い描いていた結果というのはこの光景の事だったのでしょうか?」

 

フローラが近づきながら話しかける。

 

「いや。ここまで上手くいくとは思わなかった」

 

「そうでしょうね。あなたが真っ先に倒されるとは私たちも予想していませんでしたし」

 

「ああ。俺は無傷で勝てると思っていた。でも、戦場では何が起きるかわからん。あらためて思い知ったよ」

 

 

フローラはエスペランサの立っているすぐそばにあった大きめの岩に腰掛けながら糧食のパックを開く。

 

 

「フローラは皆のところへ行かなくても良いのか?あのセオドールですら輪の中に入ってワイワイやっているが」

 

「私はああいった輪の中に入るのが苦手なので………。それに、あなたの隣の方が居心地が良いので」

 

「……………そうか」

 

 

フローラは相変わらず無表情だ。

 

エスペランサは反応に困ったので、既に手入れ済みの銃を再び整備し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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クリスマス。

 

 

エスペランサは他の生徒と同様にホグズミートに出かけた。

 

最近はセンチュリオンの訓練やらであまり一緒につるんでいなかったロンとハーマイオニーと一緒である。

ハリーは例によって外出の許可が下りていなかった。

 

ハーマイオニーはエスペランサが陰で何やらやっていることに薄々感づいているようであったが、特にこれと言って追及してこなかった。

 

 

ホグズミート村は雪に覆われて銀世界。

 

あちこちにクリスマスの装飾がされ、店はにぎわっていた。

元々、中東で特殊部隊の傭兵をしていたエスペランサは寒さに弱い。

 

マグル界から持ち込んだ張るタイプのカイロ(日本製)を取り出して体にペタペタ張る。

 

マグル界の技術は馬鹿に出来ない。

 

 

ハリーへのお土産を買おうと言う事で、村で一番にぎわっているハニーデュークスへ入ることになった。

 

ハニーデュークスの店内はクリスマス用に無数の菓子の箱が平積みされ、タダでさえ狭い店がさらに狭くなっている。

他の生徒とすれ違うのも精いっぱいである。

 

 

「流石に混んでるな。お、俺はこれに興味がある」

 

「アレ?ああ、‟異常な味”か。やめておいた方が良いよ。百味ビーンズの鼻くそ味みたいなのばかりおいてあるんだ。いや、鼻くそ味の方がましかな」

 

「これは?血の味がする飴?ハリーのお土産には向かないわね。きっと吸血鬼用よ」

 

 

ハーマイオニーが真っ赤な飴を取り上げながら言う。

 

 

「じゃあ、これはどう?ゴキブリごそごそ豆板!!」

 

 

 

「絶対嫌だよ!!!」

 

 

 

急に背後からハリーの声がしたのでロンはゴキブリごそごそ豆板の瓶を落としそうになる。

 

 

「ハリー!!!」

 

 

ハーマイオニーが周囲に聞こえない程度の声で叫ぶ。

 

「どうしてここに?」

 

「これだよ。この忍びの地図をフレッドとジョージに貰ったんだ」

 

ハリーは古びた羊皮紙のような物をひらひらと見せる。

 

「何じゃそりゃ」

 

「ホグワーツの地図さ。すごいんだ。誰がどこにいるか、だけじゃなくて、秘密の抜け道も書いてあるんだ。これを見てホグズミートまで来たんだよ」

 

 

ハリーは誇らしそうに言う。

 

 

「素晴らしい地図だ。誰がどこに居るかまでわかるとは。市街地戦で活かせそうだな。後で解析させてくれ。量産できるかもしれない。いや、双子に聞けば良いのか?」

 

「ううん。これはフレッドたちが作ったものじゃないんだってさ。フィルチの部屋から盗んだらしいよ」

 

 

エスペランサは興味津々といった感じで羊皮紙を見る。

 

これがあれば3次元レーダーは不要だろう。

 

 

「ハリー勿論、マクゴナガル先生に提出するわよね?それ」

 

「何言ってるんだハーマイオニー。こんな良いもの渡すわけないだろう」

 

「俺もロンに同感だ。これは何としてでも量産させなくてはならん」

 

 

ハーマイオニーは頭を抱えながら言う。

 

 

「エスペランサは黙ってて。あなたが口を挟むと話がずれるの」

 

「え………」

 

「だって、この地図の抜け道を使ってブラックが侵入してるかもしれないでしょう?それならやはり提出するべきだわ」

 

「問題ない。その抜け道にブービートラップでも作っておけば」

 

「だから、あなたは黙ってて!」

 

「良いじゃないか。ハリーだってクリスマスを楽しむ権利はあるよ。とりあえず、ブラックは後回しさ」

 

 

そう言ってロンはハリーを店の奥へ連れて行く。

 

残されたハーマイオニーはまだ頭を抱えていた。

 

 

 

 

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エスペランサたち4人は3本の箒と呼ばれるパブへ入った。

 

エスペランサ以外はバタービールというソフトドリンクを頼んだが、エスペランサはギムレットを頼んだ。

魔法界の成人未成年は正直言ってザルである。

久々のアルコールに顔をほころばせながら彼は2杯目の酒を注文する。

今度はサイドカーである。

 

そうこうしているとパブに魔法大臣とハグリッド、マクゴナガルが入ってきた。

 

咄嗟に近くの木でハリーを隠し、エスペランサたちも隠れるように座りなおす。

 

 

 

そうそうたるメンツであったので何を話すのか気になって4人は聞き耳を立てる。

 

 

 

 

魔法大臣たちの話は要約すると以下のようなものであった。

 

 

 

 

1、ハリーの父親とブラックは親友だった。

2、そのブラックをハリーの両親は秘密の守り人にした(秘密の守り人というのがエスペランサにはピンとこなかったが)

3、ブラックが裏切ってハリーたちの両親の居場所をヴォルデモートにチクった。

4、同じく2人の親友だったピーター・ペティグリューという男が激おこ。

5、ピーターはブラックを仕留めようとするも返り討ち。

 

 

 

「ブラックはジェームズと無二の友だった。信頼し合っていたんだ。それなのに…・……」

 

ハグリッドは顔を真っ赤にして言う。

 

「俺はブラックに会った。俺がハリーを運んでる最中だ。奴はハリーを預かると言ってきたんだ。名付け親だから育てると言って………。もし渡していたら今頃ハリーはこの世に居なかっただろうさ!!!」

 

「ブラックが捕まったのはその次の日だ。魔法省の部隊が見つければ良かったものを、最悪なことに見つけたのはピーター・ペティグリューだった」

 

ファッジが言う。

 

「ピーターはブラックを追い詰め仇を取ろうとしたらしい。しかし、ブラックは例のあの人の配下。とてつもない力を持っていた。ピーターは返り討ちだ」

 

「それだけじゃありません。ブラックは周囲のマグル数十名も巻き添えにしたんです」

 

マクゴナガルが言う。

 

 

 

「何だって…………」

 

マクゴナガルの話を盗み聞きしていたエスペランサは思わず声に出す。

 

罪の無いマグル数十人を巻き添えにしたという事実は彼を憤らせた。

無意識に腰のホルスターにささっている拳銃に手が伸びる。

 

 

「ブラック………。次にホグワーツに侵入してきたら俺が仕留める」

 

「エスペランサ。落ち着いて!見つかるわ!」

 

 

 

 

 

 

「ピーターの亡骸は指一本しかなかった。他のマグルも吹き飛ばされてバラバラ。表向きにはガス爆発と言われているが、ブラックが吹き飛ばしたのには間違いない」

 

「それで、ブラックは?」

 

「20人がかりで連行した。報道では奴が発狂してるとか言われているが、そうじゃない。奴は正気だ」

 

「正気?アズカバンに何年も居て正気なのですか?」

 

「アズカバンでは吸魂鬼の影響を受けて誰しもおかしくなる。しかし、ブラックはまともに話すことが出来るくらい正気だった。少し前に、私がアズカバンに行った時も話しかけてきた。日刊預言者新聞を見せてくれ、と言ってきたんだ。そのすぐあと、奴は脱獄した」

 

 

ファッジの話をこそこそ聞きながらエスペランサは考える。

 

吸魂鬼を前にして人が正常でいられないのは、幸福感を全て奪われるからだ。

しかし、逆に幸福感が無い人間であれば吸魂鬼を前にしても正常でいることが出来るのではないか。

 

ブラックがサイコパスであればアズカバンでも正常を保てるだろう。

 

サイコパスは一般に人を騙すのが得意であり、一見すれば善人であることもあるという。

もし、ブラックがサイコパスでないとすれば行動原理が分からない。

 

考え込むエスペランサの傍らで、ロンとハーマイオニーはハリーの顔をうかがっていた。

 

故郷を奪われて復讐心に燃えていたかつてのエスペランサと同様に、両親を奪われたハリーも復讐心に燃えていた。

 

 

 

 

 

 

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ブラックの真相を知ってからのハリーの荒れ具合は酷いものだった。

 

ロンとハーマイオニーはハリーの暴走を必死で止めようとしたが、エスペランサはあえて止めなかった。

復讐は何も生まない、という台詞は綺麗事である。

 

復讐の対象が万人にとっての悪であるならその復讐には意味がある。

 

故にエスペランサはセンチュリオンを創設した。

ハリーにも復讐する権利くらいはあるはずだ。

 

 

結局、ハリーは2人に連れられてハグリッドの元へ行き、そこで件のバックビークの処刑の話が上がったことにより復讐心を忘れてしまった。

 

何が起きても、「あの日」覚えた復讐心を捨てることも忘れることも無かったエスペランサからしてみれば変な話だ。

ちなみに、エスペランサはバックビークの裁判に関しては一切、手伝わないことを決めている。

センチュリオンの訓練が忙しいからに他ならない。

 

管理責任を問われてハグリッドが有罪になったところで処分はそこまで重くはないだろう。

それに0-10でハグリッドが悪いという判決にはならない可能性が大きい。

過失はマルフォイ側にもあったのだから。

 

というのはマグル界の裁判の話で、魔法界の裁判が如何に不平等で客観的でないのかをエスペランサは知っている。

どうせマルフォイは権力を使って裁判員を買収するだろう。

そして、ハグリッドは有罪になるわけだ。

 

そうなったら、マルフォイ(子)の箒に嫌がらせに永久粘着呪文でTOYOTAのロゴでも張り付けてやろうかとエスペランサは考えていた。

 

 

 

 

 

クリスマスと言えばプレゼントである。

 

エスペランサのもとにも勿論、プレゼントは届いていた。

今年はやけに多いな、と彼は思う。

 

エスペランサ宛の箱は20以上ある。

 

ツリーの根元に無秩序に置かれたそれらの送り主を見てみたところ、どうやらセンチュリオンの隊員からだ。

 

 

「センチュリオンの隊員が18名。ハリーたち3人とフィルチ。こいつはロンの母親からだな」

 

暖炉のそばの温かいところで包みを開けながら、宛先を一人一人確認する。

ほとんどがホグズミートの菓子やら悪戯クッズであった。

 

菓子のひとつを食べていると、談話室の端の方からロンの歓声が聞こえた。

 

 

 

「すごい!これファイアボルトじゃないか!!!」

 

見ればハリーとロンの座っているソファの前の机に箒が一本置かれている。

 

「何だそれ。新しい箒か?」

 

箒事情に詳しくないエスペランサはロンに尋ねる。

 

「ただの箒じゃない。世界最高峰の競技用箒さ。ナショナルチームも全員採用したくらいの箒で、スリザリンの箒を全てひっくるめても勝てっこない」

 

「ってことは高いんだな」

 

「そりゃもう。僕の家が買ったら皆、餓死しちゃうよ。マルフォイの家だってそうそうに買えないだろうし」

 

「ふーん」

 

 

エスペランサは箒にあまり興味が無い。

 

マグル界では箒は単なる清掃道具の一つだったからだ。

要はマグル界における自動車のようなものなのだろう。

 

 

「前にハリーの使ってたニンバスってやつよりも凄いのか?」

 

「凄いよ。エスペランサにもわかるように言えば、カローラとGTRくらいの違いがある」

 

 

マグル界の自動車を少しは知っているハリーが例える。

 

ハリーたちが盛り上がっている中、ハーマイオニーがやってくる。

 

 

「その箒。誰から送られてきたか分かるの?」

 

「えーと誰だろう。送り主の名前が無いな」

 

「高価な箒を名無しで送ってくるなんて怪しいわよ」

 

ハーマイオニーが言う。

 

「誰だって良いじゃないか。それよりも早く乗りに行こうよ。僕にも乗せてくれるよね」

 

「駄目だ!!」

 

 

ハーマイオニーが言う前にエスペランサがストップをかけた。

 

 

「え?何でさ」

 

「不可解な点が多すぎる。名無しの誰かから世界最高級の箒が送られてくるなんて偶然があると思うか?」

 

「そうよ。珍しくエスペランサの言う通りだわ」

 

「でも、どこにも異常はないぜ。この箒」

 

「そりゃあ目に見える場所にトラップを仕掛ける馬鹿は居ないだろう。海外の要人宛てに爆発物の入った小包が届くなんてマグル界じゃ日常茶飯事だ。俺のいた国でも要人が一人、それで爆殺されてる」

 

 

エスペランサの言葉にロンとハリーは黙ってしまう。

 

 

「君は箒について知らないからそんなことが言えるんだよ。いこうぜ、ハリー。大広間で御馳走でも食べよう」

 

ロンは不貞腐れたようにハリーを連れて寮から出ていく。

 

 

残されたエスペランサとハーマイオニーは溜息をついた。

 

 

「あいつら、危機感が欠如してやがる」

 

「ええ。一昨年、ハグリッドがドラゴンの卵を例のあの人から受け取ったこととか絶対忘れてそう」

 

「あーそんなこともあったな。まあ、そりゃ最高峰の箒だ。不貞腐れるのは分かるが、ハリーは自分の命を狙う人間が少なからずいることを理解した方が良いだろ」

 

「そうね。この箒は恐らくブラックが送ってきたものだわ。ホグワーツの警備が強化されて侵入が困難になったから、プレゼントに罠を仕掛けて送ってきた。そう考えるのが普通だと思う」

 

「まあ、普通に考えたらそうだな」

 

「でも、ブラックにそんな財力は無いはず。逃亡中だし。盗んだとすればニュースになるし」

 

「兎にも角にも教師陣に報告すべきだな。俺がマクゴナガルにでも報告しておこう」

 

「いえ、私がやるわ」

 

「何でだ?ハーマイオニーはただでさえロンとネズミ関係で険悪になってるのにこれ以上険悪にする必要はないだろう」

 

「ええ。そうかもしれないわね。でも、あなたが罠だの爆発物だの言ってもマクゴナガル先生は信じ無いかもしれないもの」

 

 

ハーマイオニーはそう言って寮を出て行った。

 

 

 

 

 

 

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ハリーもロンもハーマイオニーに腹を立てていた。

 

冷静に考えればハーマイオニーが正しい。

しかし、ハリーもロンもまだ餓鬼だったわけだ。

 

 

談話室でも授業中でもロンとハーマイオニーは常に喧嘩をしていた。

 

いつもは仲裁をしているハリーもロン側についている。

ハーマイオニーを孤軍奮闘させるわけにはいかなかったのでエスペランサはハーマイオニーに味方をしていた。

 

こうなるとハーマイオニー陣営は強い。

 

長年、軍人と渡り合ってきたエスペランサと学年一の秀才のタッグにハリーとロンが口論で勝てる筈がない。

一方的な戦いになるどころか、オーバーキルしてロンが涙目で敗走した。

 

 

「エスペランサは私の味方をしてくれるのね」

 

「どう見てもこっちの方が正論だしな。まあ、ファイアボルトとやらの検査が終わればあいつらもまた元に戻るだろう」

 

「そうだと良いけれど………」

 

 

 

 

 

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ハリーの元にファイアボルトが届いたという噂はセンチュリオンの隊員にも届いていた。

 

クィディッチの選手でもある遊撃部隊員のセドリックやチョウは羨ましがっていたし、あのセオドールでさえ興奮しているようだ。

 

 

「そんなにファイアボルトってすごいものなのかよ」

 

「そりゃあもう!今度、ハリーに頼んであたしにも乗らせてくれるように頼んでよ」

 

いつもフローラとつるんでいるグリーングラス(姉)が言う。

 

「いや、今はマクゴナガルの手元で点検中だ」

 

「ええええ」

 

「名無しから送られてきた箒だぞ。怪しすぎるだろ」

 

 

必要の部屋に集まった隊員たちは訓練そっちのけでファイアボルトの話をする。

 

収拾がつかないことを悟ったエスペランサは溜息をつきながらパイプ椅子に座り込む。

 

 

「はー。俺には分からん世界だ」

 

「仕方ないよ。ボクも箒の魅力はいまいちわからないから」

 

 

エスペランサの隣にやってきて座り込んだのは、センチュリオン内でも珍しいマグル生まれの隊員であるフナサカであった。

彼は日系の英国人で、親は電気電子系のエンジニアであったらしい。

本人も親の影響あってか、電子機器に詳しく、アマチュア無線の免許を持っていた。

無論、軍用無線を扱えるエスペランサの方が無線には精通していたが。

 

しかし、このフナサカという隊員の知識は侮れない。

C4の起爆装置の構造を瞬時に理解したり、不調だった無線機の修理をしたりと、かなり有能である。

現在も接触不良を起こした無線機の修理をしていた。

もっとも、魔法を使えば一瞬で直ってしまうので、ただの趣味なのだろうが………。

 

 

「で、フナサカ。例のものは出来そうか?」

 

「ああ。あれか。うん。出来そうだよ。魔法界には便利なものが沢山あるし、この部屋は何でも出してくれるからね」

 

「それなら良い。現状、この必要の部屋が出してくれる兵器では火力が不足しているからな。将来的にはもっと大規模な兵器も必要となる」

 

「なるほど。そのためのアレ………か」

 

 

フナサカが必要の部屋の隅に新たに作られた開発室をちらりと見る。

 

そこには必要の部屋が出してくれない強力な兵器の試作が幾つか置かれていた。

 

その中でも極秘中の極秘であるのがナパーム弾である。

エスペランサもフナサカも兵器開発に関しては素人だ。

必要の部屋がいくら様々な道具を出してくれるとはいえ、兵器の開発は一筋縄ではいかない。

 

必要の部屋が出してくれる兵器にも限度がある。

小火器なら何でも出てくるが、銃火器は重迫撃砲が関の山。

誘導弾の類も近距離のものしか出てこない。

 

これには理由があった。

 

どうも必要の部屋は1度に出せる物の重量に限度があるらしい。

故に巨大で強力な兵器は出てこないのだ。

 

数トンもする戦車や装甲車はどうやったって出てこないのである。

 

 

 

「ナパーム弾の開発が成功すれば吸魂鬼の撃退も可能になるかもしれんしな。いそがなくては」

 

「ナパーム弾で吸魂鬼が倒せるのかな?」

 

「吸魂鬼は呼吸をする。これは誰もが知ってることだ。呼吸をしていると言う事は連中は活動に酸素を必要としていると言う事だろう。それならば瞬間的に周囲の酸素を奪い、高熱を出すナパームは有効かもしれない」

 

「そう上手くいくかなぁ。あいつらに肺があるようには思えないけど」

 

「そうでなくともバジリスクの毒を含ませた銃弾を量産させるまでだ。今月はボージンからまた30発ほど送られてくる」

 

「月30発ペースの量産か。吸魂鬼を全滅させるためにはどうしたって足りないね」

 

「だからこそ別の手段が必要なんだ。そのためにはもっと吸魂鬼について知る必要がある」

 

 

サンプルとして吸魂鬼が1体でも手に入れば話は早いのだが、吸魂鬼を捕まえるのは至難の業だ。

だが、今のところ吸魂鬼に関する知識がセンチュリオンには不足している。

魔法界の書物にもあまり記述が無い吸魂鬼。

こうなればセンチュリオンが独自に研究をするしかない。

 

 

「おおおい!!!総員集合!箒の話をしてる場合じゃないぞ!」

 

 

エスペランサは大声でセンチュリオンの隊員を呼集する。

 

談笑していた隊員たちは必要の部屋の端に作られたブリーフィングルームに集合した。

全員が集合したことを確認して、エスペランサは話し始める。

 

 

「今後の予定について下達する。ボージンから新たな弾薬30発が数日後に届く。当日の当直は受領後に武器庫内の弾箱へ格納せよ。本日の当直は現状報告をしろ」

 

「オッケー」

 

ブリーフィングルームの端に置かれていた空の弾箱に座っていたセドリックが立ち上がる。

彼が本日の当直だった。

 

「武器弾薬の員数に異常は無し。人員も異常なしで体調異常者も無しだ。今週のイベントはクィディッチのグリフィンドール対レイブンクロー戦があることと、日曜日に銃整備が予定されているくらいだな」

 

「ありがとう。引き続き勤務してくれ」

 

セドリックは再び弾箱に座る。

 

「今年度の我々の目標である吸魂鬼の撃滅であるが、現状、我々は吸魂鬼の情報を知らな過ぎる。残念ながら吸魂鬼のスペックを書いた書物も魔法界には存在しない。故に調査が必要だ」

 

「はい」

 

「どうした?アンソニー」

 

「調査すると言っても奴らはもう城内に入ることが出来ない。ダンブルドアが禁じたからだ。それならどうやって調査するんだい?」

 

「その指摘はもっともだ。これを見てくれ」

 

 

エスペランサはキャスター付きのホワイトボードに地図を張り付けた。

ハリーの持つ忍びの地図を参考にして作成した即席のホグワーツの見取り図である。

 

 

「見ての通り。ホグワーツの地図だ。この赤線で囲われている地域が一般的に城内と言われているところだ」

 

 

地図には赤枠で囲った部分と青枠で囲った部分があり、ところどころに書き込みがある。

 

 

「ってことは青枠は城外なんだな。競技場も城外扱いなのか」

 

「そうだ。故に吸魂鬼は侵入可能だった。そして、基本的にこの赤枠の外周を吸魂鬼は巡回している」

 

「なるほど。禁じられた森や湖畔は城外だから吸魂鬼との接触も可能なのか。ということは吸魂鬼の調査は禁じられた森で?」

 

「まあ、そうだな」

 

 

エスペランサはマーカーを取り出してホワイトボードに幾つか文字を書き込む。

 

 

 

1 群れの最小単位

 

2 移動速度

 

3 フォーメーション

 

 

「我々が知らなくてはならないのはこの3つだ。何故だかわかるか?」

 

「吸魂鬼を1か所に誘導して殲滅する作戦を展開する際に必要な情報だからだ。違うか?」

 

「そう。流石はセオドールだ。この情報がないと吸魂鬼を倒す作戦が立案出来ない。加えて………」

 

 

エスペランサはもう1文付け加える。

 

 

4 吸魂鬼の拿捕

 

 

「こいつは困難だ。しかし、俺はこれを行いたい。フサナカ。例のものをここへ」

 

「了解」

 

 

フサナカは開発室からドロドロとした液体の入ったケースを持ってくる。

 

 

「フサナカ。説明してやってくれ」

 

「うん。これはナパーム弾の試作だ。必要の部屋にナフサとナパーム材を出してもらって、何とかゼリー状にしようとしてるんだけど、なかなかうまくいかなくてね。でも、完成したら戦力になる」

 

 

魔法界出身の隊員はナパーム弾という言葉がピンと来ない様であった。

 

 

「ナパーム弾ってのはどういった武器なんだ?手榴弾とかの類か?」

 

「いや。こいつは1000度以上の高温で広範囲を焼却する兵器だ。我々センチュリオンが保有するどの武器よりも強力だ」

 

 

エスペランサが捕捉する。

 

センチュリオンが保有する武器で最大の火力を持ったものは重迫撃砲か対戦車榴弾のLAMである。

それを凌駕する兵器となれば戦力は増すだろう。

隊員たちはどよめく。

 

 

「このナパーム弾が吸魂鬼に通用するかどうかを試したい」

 

「効くのか!?吸魂鬼に!?」

 

「確証はない。だが、吸魂鬼は呼吸をしている。呼吸をしていると言う事は酸素を奴らは動力にしているということだ。それなら、一瞬にして周辺の酸素を奪うナパーム弾などの兵器は有効である可能性が高い」

 

「インセンディオの呪文じゃダメなのか?悪霊の炎とか」

 

「インセンディオは火力が不足しているし、範囲が狭い。悪霊の炎は我々には扱えないだろう。他の榴弾などは物理攻撃には特化しているが吸魂鬼に物理攻撃は通用しない。ならば、広範囲の酸素を一瞬にして消費してしまうナパーム弾の方が有効だろう。倒せなくても良い。最悪、足止めだけでもしてくれれば………」

 

 

エスペランサもナパーム弾が吸魂鬼を倒せるかどうかはわからなかった。

しかし、バジリスクの毒を含ませた銃弾意外に物理攻撃が効かないとなれば残るはNBC攻撃くらいなものだ。

NBC兵器は城内で使用するにはリスクが高いし、吸魂鬼がペスト菌などにやられる光景は想像できない。

 

 

「何にせよ試す価値はあるんじゃないか?今までマグルの破壊兵器を吸魂鬼に試すなんてことをした魔法使いなんていなかったんだから。僕は賛成だ」

 

セオドールが言う。

 

「無論、実行する。ナパーム弾が完成したら作戦を立て、なんとかして吸魂鬼を1体でも拿捕する。そして、こいつにナパーム弾を試す」

 

 

吸魂鬼がナパーム弾の灼熱の炎に焼かれる光景。

思い浮かべただけでもゾッとする。

 

 

「「うおおおおおおおおおお!!!!」」」

 

 

隊員たちにもう吸魂鬼を怖がる者はいなかった。

 

自分たちには武器がある

自分たちには知恵がある。

そしてなによりも仲間がいる。

 

その事実が彼らを強くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ハリーのファイアボルトはあっさり帰ってきた。

 

特に何の以上も無かったそうである。

エスペランサは絶対に何かしらの罠が仕掛けられていると思っていたので拍子抜けした。

 

何の不備も無いとなると、では一体、だれがプレゼントしてきたのだろう。

 

 

ハリーは上機嫌で、箒を談話室に持って来た。

 

「ほら、何もなかったでしょう」

 

にこやかにエスペランサとハーマイオニーに話しかけてくる彼を見て2人は何度ついたか分からない溜息をついた。

 

「そうだな。これでハリーがまた競技中に死にそうな目にあうのを見なくて済みそうだ」

 

エスペランサの一言に苦笑いしながらハーマイオニーは再びやりかけの数占いのレポート作成へ戻った。

 

「そんなにたくさん良く出来るね」

 

「そりゃあ、数占いは面白いもの。占い学とは全然違うの」

 

「へえ。僕には何が何だか」

 

 

ハリーはハーマイオニーと久々に口をきいたので話題を作ろうと必死だった。

 

とにかく、ハリーたちの仲違いは解消されそうだ。

そう思ってエスペランサはほっとする。

いつまでもこのギスギスした関係を継続させるのは精神衛生上よろしくなかった。

 

 

 

「あああああああああ!!!!」

 

 

 

ほっとしたのも束の間で、男子寮の方からロンの叫び声がした。

 

嫌な予感がするとエスペランサは思う。

そしてその予感は当たってしまった。

 

 

転げ落ちるように寮へ続く階段から走り出てきたロンは血のにじんだシーツを持っている。

 

 

その血が誰のものであるかは予想できた。

 

 

 

「スキャバーズが居なくなった!!!!そしてシーツには血が!」

 

 

ロンの顔は真っ青であり、そして真っ赤でもあった。

 

手はプルプルと震えている。

 

 

「ベットの横に何があったか分かるか?」

 

「……………いいえ」

 

「これだよ!」

 

 

ロンは手のひらを見せる。

 

そこには紛れもなくハーマイオニーのペットであるクルックシャンクスの毛がのせられていた。

 

 

 

 

 

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ロンとハーマイオニーの友情は最早これまでかと思われた。

 

エスペランサもハリーもクルックシャンクスはスキャバーズを食べてしまったに違いないと思った。

というかいつかそうなるだろうと思っていた。

 

ロンとハーマイオニーは互いに癇癪を起し、エスペランサは仲介をする気も無かったのでハリーを残してトンズラしている。

喧嘩の仲裁は管轄外だ。

そういった案件は国際司法裁判所にでも持って行ってくれと冗談を言ってとっとと逃げてしまう。

 

 

結局、2人はさらに関係を悪化させ、ついでに言えばハリーが少しロンの肩を持ってしまったので、また、ハーマイオニーが癇癪を起したらしい。

らしい、というのは一連の出来事を見ていたネビルに詳細を聞いたからである。

 

 

 

「てなわけで俺の友人の関係は脆くも崩れ去ったってわけだ」

 

「お前さんの愚痴なんて聞きたくもないんだがな」

 

 

2人の喧嘩から逃げてきたエスペランサは久しぶりにフィルチの事務室に来た。

 

そういえば、フィルチも猫を飼っているじゃないか、と彼は思った。

 

 

「猫ってのは本当にネズミを食べるのか?」

 

「食べる……ところは見たことないな。まあ、食べる奴もいるんだろう。わしのノリスはたまに殺したネズミを連れてくるぞ」

 

「じゃあ、その連れてきたネズミの中にロンのスキャバーズが混じっていたら教えてくれ。供養ぐらいしてやりたいからな」

 

「………そのウィーズリーのネズミ。確か10年も生きてるって話だったよな」

 

「そうらしい。兄さんのお古だそうなんだが」

 

「そいつはおかしいな。ネズミの寿命をとっくにオーバーしている。魔法動物は色々あるがネズミは魔法がかかっていても寿命は短い」

 

「じゃあ、スキャバーズは?」

 

「突然変異したのか、ネズミと思えて実は別種の動物なのか………」

 

「ひょっとしたら動物もどき(アニメーガス)だったりしてな。ははは。んなわけないか」

 

「さあな。10年もネズミの姿でいるもの好きな魔法使いなんているわけがないと思うがね」

 

「俺もそう思う」

 

 

その物好きが本当に存在するとエスペランサは後に知ることとなる。

 

 

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グリフィンドール対レイブンクローのクィディッチの試合は快晴の元で行われた。

 

ロンとハーマイオニーはいまだに仲違いをしていたので、エスペランサはグリフィンドールの応援席を抜けてレイブンクローの応援席へ向かった。

だがしかし、クィディッチというのは人を変えてしまうもので、レイブンクローの応援席に居た生徒はグリフィンドールの生徒であるエスペランサを見つけるや否や、蹴るわ殴るわの暴行を加えてくる。

流石に苛立った彼は3人ほどノックアウトさせ、2人を医務室送りにして隣のスリザリン生の塊に向かった。

 

スリザリン生の塊の中にフローラやセオドールといったセンチュリオンの面々の集まりを見つけたので、そこへ入れてもらうことにする。

 

 

「センチュリオンの隊長の立場からするとハリーを応援するよりもチョウを応援したい気もするな」

 

スタンドに座りながらエスペランサはそう呟く。

 

「そうでしょうね。チョウは美人ですからね」

 

「あ?何怒ってんだ?」

 

「別に怒ってはいませんけど」

 

 

横に座るフローラは少し不機嫌になっている。

 

 

「そう言えばスリザリンの応援席にマルフォイとその腰巾着が見えないな。いつもなら最前列でブーイングしてるところなのに」

 

「ああ、あいつらならフリントと一緒にどっかに行ったぞ。何か悪だくみでもしてるんじゃないのか」

 

セオドールが言う。

 

「流石に競技の邪魔はしないと思うけど………」

 

セオドールの隣に座っていたダフネが会話に加わった。

 

「ハリーの試合はいつもなにかしら起きるからな。箒の暴走にブラッジャーの暴走に吸魂鬼」

 

「何か起きなかった試合の方が少ないんじゃないの?」

 

「そうだな。1回しかない」

 

 

生徒が夢中になるだけあってファイアボルトの性能は抜群だった。

 

他の選手の数倍のスピード。

それでいて旋回性能も優れているのだから文句の付け所が無い。

 

これではレイブンクローのシーカーに勝ち目はないだろう。

 

観客も試合よりファイアボルトの動きを注視しているようだ。

加えて、リージョーダンが試合の解説ではなくファイアボルトの解説をし始めたのだから始末に負えない。

 

 

『今回の見どころはグリフィンドールのポッター選手の乗るファイアボルトでしょう!ナショナルチームの公式箒にもなったそうで、この箒には自動ブレーキが………』

 

『ジョーダン!いつからあなたは箒のスポンサーになったのですか!?試合の解説をしなさい!!!』

 

『了解です。マクゴナガル先生』

 

 

試合はグリフィンドールが有利に進んでいく。

 

一応、寮への帰属意識が若干あったエスペランサは軽く嬉しさを覚えていたが、周囲がスリザリン生ばかりなので面には出さなかった。

 

 

「あっ!あそこ!!!!吸魂鬼だ!」

 

 

ダフネが突然、競技場の一角を指さす。

 

吸魂鬼の気配は一切感じていなかったが、見て見れば、確かに競技場の隅にフードを被った吸魂鬼らしき生物が4体ほどうごめいている。

 

 

「いつのまに!!!大丈夫かフローラ」

 

「ええ。私は大丈夫ですけど」

 

 

吸魂鬼の影響を受けやすいフローラの様子をうかがうエスペランサ。

フローラは顔色も良く、差ほどまだ影響を受けていないようだった。

 

しかし、それもいつまで保つか………。

 

 

「忌々しい連中だ。生徒に影響が出る前に倒す!」

 

 

エスペランサはそう言ってバジリスクの毒が入った弾薬と狙撃銃を取り出そうとしたが、持ってくるのを忘れたことに気が付いた。

 

手元には携行しやすい拳銃しかない。

 

もう競技場には吸魂鬼はでないと思っていたためだ。

 

吸魂鬼はスリザリンの応援席から100メートル以上離れた場所に居る。

拳銃の有効射程圏外だ。

というよりも、そもそも拳銃は効果が無い。

 

 

「俺が囮になって吸魂鬼を引き付ける。お前たちはダンブルドアを呼ぶか、必要の部屋からバジリスクの毒が入った弾薬を持ってこい!」

 

「え、いやでもあれ………」

 

 

ダフネが何か言おうとしていたが、それを聞く前にエスペランサはスタンドを飛びさした。

 

木製の階段を下りて、競技場の土台の上を駆け抜ける。

選手の待機室を抜け、競技場内に侵入。

すかさずホルスターから拳銃(M92F ベレッタ)を取り出して、スライドを引く。

弾倉から初弾が薬室に入ったのを確認し、再びスライドを元の位置に戻したエスペランサはスタンド沿いに吸魂鬼の元へ全力疾走した。

 

 

時を同じくして上空にいたハリーは吸魂鬼に向けて守護霊の呪文を放つ。

 

 

 

「うおおおおおお!!!」

 

 

 

マルフォイとその腰巾着。

そして、スリザリンチームのキャプテンであるフリントは吸魂鬼のコスプレをしてハリーを動揺させようとしていた。

単なる嫌がらせである。

 

が、彼ら4人はまさかハリーが箒の上から守護霊の呪文を撃ってくるとは思わなかっただろうし、競技場の端から拳銃を構えたエスペランサが走ってくるとも思っていなかった。

 

 

「わああああああ!!!!」

 

「し…死ぬ!死んじゃう!!!」

 

 

マルフォイが死を覚悟するのは今年に入ってから2回目だった。

 

 

 

エスペランサが拳銃の引き金を引く数秒前に、ハリーの放った守護霊がマルフォイたち4人に直撃する。

守護霊の呪文は物理干渉が出来るものではない。

しかし、初見の人間がそれを見れば腰を抜かすだろう。

 

マルフォイやフリントは腰を抜かして倒れ込む。

 

この倒れ込みが彼らの命を救った。

 

 

ダンダンダンダン

 

 

エスペランサの撃った4発の銃弾はかろうじでマルフォイたちには当たらず、競技場の壁にめり込む。

 

あと少し、ハリーが守護霊の呪文を使うのが遅ければ9ミリ弾は容赦なく彼らの脳天を貫いていただろう。

 

 

 

「え?は?」

 

 

守護霊の呪文を食らって倒れ込んだ吸魂鬼の姿を見てエスペランサは銃を下ろす。

 

吸魂鬼が倒れ込むなんてことがあり得るのだろうか。

あんな滑稽に転ぶ吸魂鬼がいるのだろうか。

 

いや、そもそもあのフードは吸魂鬼のものじゃない。

 

 

エスペランサは倒れ込んだ吸魂鬼に近づいてフードを引っぺがした。

 

 

「あああ!?てめえ!マルフォイじゃねえか!」

 

「ひ、ひいいいい」

 

「危うくぶっ殺すところだったぞ。まあ、それでも良かったんだけどな」

 

 

拳銃を再びホルスターに戻し、エスペランサは転がるクラッブに蹴りを入れた。

 

「それにしても、ハリーの奴。いつのまにあんな呪文を使えるようになってたんだ?」

 

エスペランサは吸魂鬼について調べている。

故に守護霊の呪文の存在も知っていた。

 

その守護霊の呪文をハリーが使えるようになっていたとは………。

 

 

「こ……殺さないでくれ」

 

 

顔を真っ青にして命乞いをするマルフォイを見ながらエスペランサはハリーの成長を祝っていた。

 

 

 

 

 

 

 

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グリフィンドールが優勝に浮かれてどんちゃん騒ぎしている夜。

 

エスペランサは当直だったために必要の部屋の中で過ごした。

当直の仕事は単純に武器弾薬と必要の部屋の護衛である。

 

このことはエスペランサにとってもシリウス・ブラックにとっても幸運だったと言えよう。

 

もし、彼が当直ではなくいつも通り寮の寝室で寝ていたのならば、侵入してきたシリウス・ブラックと鉢合わせたに違いないからだ。

エスペランサは夜遅くまで起きているし、気まぐれに起きては談話室で喫煙をしている。

鉢合わせした可能性は高い。

 

ブラックは明け方ごろ、グリフィンドールの男子寮(それもロンのベット)を襲撃した。

ちなみにロンのベットはエスペランサのベットの隣である。

ロンは悲鳴を上げただけだったが、もし仮に起きたのがエスペランサであったら男子寮は血に染まっていただろう。

 

エスペランサは間違いなくブラックと戦闘を開始しただろうからだ。

 

 

 

「ウィーズリー!それはナンセンスな話です!ブラックがグリフィンドール寮に入り込むなんて」

 

「嘘じゃありません!僕は確かに見ました」

 

 

騒ぎを聞きつけたマクゴナガルがグリフィンドールの談話室に来ていた。

 

殆どの生徒が騒ぎを聞きつけて寝ぼけ眼のまま、談話室に降りて来ている。

ロンの話を信じている生徒はほぼ存在しない。

エスペランサはネビルが寝室に備え付けられた無線機でブラックが侵入したという話を報告してきたので必要の部屋から駆けつけてきていた。

 

気が利いた学生が暖炉に火を灯したために談話室は炎で照らされて明るい。

 

 

「そうだ!ガドガン卿に聞いてください!あの人なら寮にブラックが入ったことを知ってるはずだ」

 

ロンが寮の入口の方を指さして言う。

 

ガドガン卿というのは太ったレディの代わりに現在、グリフィンドールの寮の入口を守っている肖像画である。

偏屈な性格で1日に1回は合言葉を変えてしまう。

覚え物が苦手なネビルは合言葉を1週間分メモにして持ち歩いていたりした。

 

 

「どうなのですか?通したのですか?」

 

マクゴナガルが入口の肖像画に居たガドガン卿に尋ねる。

 

「通しましたぞ!」

 

甲冑を着込んでドヤ顔を決めるガドガン卿は胸を張って言い放った。

 

「通した!?」

 

「そうですとも。その男、合言葉を書いたメモを持っていたようだったですぞ!ほれ、そこに」

 

ガドガン卿は入口脇の床を指さした。

 

そこには1週間分の合言葉を記した単語帳のような物が落ちている。

マクゴナガルはそれを取り上げて、真っ赤な顔をしながら言った。

 

「誰ですか!合言葉を書き出してそこらへ放置していた愚か者は!」

 

 

間違えようがない。

そのメモはネビルの物だ。

 

集まっていた寮生の中からネビルは拳を握った手を宙に挙げて出てくる。

 

「そのメモ帳は僕のです。先生」

 

「ロングボトム!またあなたですか!!!」

 

 

しかし、ネビルは動じない。

ここ数週間の過酷な訓練を通じて、彼は精強になりつつあった。

 

 

「先生。確かにそのメモは僕の物です。でも、僕はこの寮に入る時にそのメモを使いました。つまり、僕はそのメモ帳をこの寮の中に持って入ったんです。もし、ブラックがそのメモを持っていたのならば、何者かが、それを寮外へ持ち出して渡した可能性があります」

 

「そんな言い訳が………」

 

マクゴナガルは言葉を途中でやめた。

 

ネビルは真っすぐにマクゴナガルの目を見ている。

その眼に嘘偽りはない。

 

ついこの間まで鈍くてオドオドしていたネビル・ロングボトムと同一人物とは思えない。

ぽっちゃりしていた顔は引き締まり、独特の雰囲気を漂わせている。

 

この雰囲気はエスペランサ・ルックウッドの持つものに似ている。

 

 

「先生。俺もネビルを信じます。ネビルがそのような初歩的なミスを起こすとは思い難い………」

 

「正気ですか?ルックウッド。ロングボトムが今までどれほどの忘れ物をしたと思っているのですか」

 

「それは以前のネビルです。今のネビルは不用意に機密情報を流出させたりしない。最近の授業でネビルがヘマをしたことがありますか?」

 

「それは………そうでしょうが」

 

ネビルはここ1か月、授業で失敗をしていなかった。

それどころか徐々に成績を伸ばしてきている。

 

「僕もネビルを支持します。ネビルの糾弾よりも今しなくてはならないのはブラックの捜索と教師間の情報共有でしょう。違いますか?」

 

「コーマック………」

 

エスペランサの後ろからコーマック・マクラーゲンが出てきて援護をした。

件の演習から彼はすっかりネビル新派である。

 

「ええ、そうでしょうとも。とりあえず、監督生の指揮のもと、あなたたちは寝室に戻りなさい。ロングボトムの処分は………保留とします」

 

明らかに動揺したようで、マクゴナガルはそそくさと寮を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

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普段あまり日の目を見ることのないロンは一躍有名人になって嬉しそうだった。

 

大広間でブラックと会った一連の流れを会う人全員に話している。

 

 

 

「目が覚めたら、カーテンが破られていたんだ。そして、奴が僕のベットの上に立っていた。こんなにでかいナイフを持って!僕は奴を見た。奴は僕を見た。そして僕は悲鳴を上げた」

 

 

まるで選挙演説のように話すロンを尻目にエスペランサは朝食を食べていた。

 

ブラックは城内に侵入してきた。

あれだけの警戒網を潜り抜けて。

 

吸魂鬼や魔法省の警戒網を潜り抜けてホグワーツに入り込む方法は限られている。

 

秘密の抜け道は不可能だ。

ホグズミードを経由する必要があり、吸魂鬼に見つかる。

 

禁じられた森を抜けて城内に侵入する時も吸魂鬼に見つかるだろう。

 

煙突飛行ネットワークも姿現しもホグワーツでは許可なしに使用できない。

 

 

侵入経路が不明では対策の立てようも無い。

とりあえず、センチュリオンの隊員は常にツーマンセル以上での行動を義務とし、拳銃の携行を許可させるべきかエスペランサは悩んでいた。

 

 

演説最中のロンを置き去りにして、エスペランサは必要の部屋に向かう。

 

 

ブラックはアズカバンを脱獄した実力の持ち主とは言え、逃亡中の身。

おまけに武装はナイフ一本である。

ナイフを片手にロンを襲い、ロンの悲鳴だけで逃亡したとなれば杖を携行していたとは言い難い。

 

ならば脅威にはならないだろう。

 

ナイフ一本の武装をした魔法使いであれば銃が無くても格闘戦だけで倒すことが出来る。

 

ハリーの持つ忍びの地図を駆使して居場所を特定すれば即座に、制圧できるだろう。

ならば、今は吸魂鬼の殲滅方法を模索する方が優先だ。

そうエスペランサは考えた。

 

 

必要の部屋につくと、すでにフナサカが開発室に居た。

 

顔中を油で汚した彼はニコニコしながらエスペランサに話しかけてくる。

フナサカは人懐っこい性格である。

 

 

「丁度良かった。ナパーム弾の試作が出来たところだったんだ。今朝、ゼリー状にすることに成功してね」

 

「やけに早いな」

 

「まあ、魔法を使ったからね。魔法が無かったらナパーム弾なんて作ることは出来なかったよ」

 

フナサカは杖を振りながら言う。

魔法でナフサとナパーム材を添加してゼリー状にしたらしい。

 

プラスチック製の机の上にはドロドロとした液体の入ったケースが置かれている。

 

「あとはこいつを焼夷弾にするだけだよ。まあ、火炎瓶を作るのとそう変わりは無いと思うんだけど……」

 

「いや、よくやってくれた。まさか、こんなにも早く完成するとは思わなかったからな」

 

「まだ、完成とは言えないよ。実験もしてないし、実用化には程遠いかな」

 

「ナパーム弾は大量の酸素を消費する。近くに居るだけでも一酸化炭素中毒になるし、身体に着火したら消化が困難だ。実験といっても必要の部屋の敷地内でやるのは難しいだろう」

 

「かといって学校の敷地内では爆破させられないし、禁じられた森で使ったら山火事どころじゃないね」

 

「爆破地点の周りに隊員を配置して、盾の呪文で爆発自体を囲ってしまえば何とかなるか………」

 

「そんなことできるの?」

 

「前例はある」

 

 

エスペランサは1学年の時にC4の爆発を盾の呪文で防いでいる。

 

もっとも、C4とナパームでは威力が違い過ぎるが………。

 

 

「ぶっつけ本番で使って、作動不良を起こしたんじゃ目も当てられないからね。それで、吸魂鬼の拿捕作戦はいつするんだい?」

 

「まだ隊員たちの練度的に作戦を立案しても遂行できそうにないからな。すぐにはやらない」

 

 

センチュリオンの隊員は毎日の訓練と座学のおかげか、凄まじい勢いで成長している。

それは必要の部屋という完璧な訓練環境と、魔法のアシストがあったためだ。

 

無限に弾薬が供給され、何発撃っても大丈夫な訓練場など世界中探してもここくらいなものだ。

 

また、必要の部屋は欲しいと思ったものをすぐに提供してくれる。

 

さらに、センチュリオンの隊員たちはホグワーツでも優秀な人材を集めた集団だ。

教えたことはすぐ飲み込むし、努力を怠らない。

 

自主的にトレーニングする隊員や射撃訓練をする隊員も多い。

 

休日、重い荷物を背負ったまま走る隊員の姿が城内でもたびたび目撃されていた。

この調子なら吸魂鬼の拿捕も夢ではない。

エスペランサは確信している。

 

 

 

 

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緊急職員会議が開かれた。

 

主要な教師と管理人のフィルチ、医務室のポンフリーによる「対ブラック対策」の会議である。

リーマス・ルーピンは体調不良で欠席した。

 

 

 

職員室に職員が揃ったのを見て、ダンブルドアが司会を始めた。

 

 

「そろったようじゃの。ではミネルバ。状況を説明してもらえんか?」

 

ダンブルドアの言葉を聞いて、マクゴナガルが前に出てくる。

他の教師は神妙な顔で彼女の話を聞いていた。

 

 

「今朝のことです。ウィーズリーが目を覚ますとナイフを持ったブラックが男子寮に侵入していたと………。幸いにもけが人はいませんでしたし、ポッターにも危害はありませんでしたわ」

 

「狙われたのはウィーズリーなのか。ハリー・ポッターではなく?」

 

呪文学の教授であるフリット・ウィックが甲高い声で言う。

 

「そのようです。ベットを間違えたのかもしれませんが、ブラックはウィーズリーを襲ったとのことです」

 

「しかし、ブラックはどうやって城内へ?いや、どうやって寮に侵入したんでしょうか?」

 

「どうやら合言葉を知っていたみたいです。寮の入口にこれが落ちていたのですが………」

 

マクゴナガルは職員室の中心に置かれた木製の巨大な机の上に回収したメモを置く。

ネビルが1週間の合言葉を記していたメモ帳だ。

 

「これは?」

 

スネイプが怪訝そうに尋ねた。

 

「ロングボトムが持っていた合言葉の記されたメモですわ。ブラックはそれに書いてある合言葉を使ってどうどうと寮に侵入したそうです。城内への侵入経路は不明ですが」

 

「寮を守る肖像画は何の疑いも無く通してしまったのか………」

 

「ガドガン卿は即刻首にしました。今後は太ったレディと警護のトロールをつける予定ですけど………」

 

はぁ、とマクゴナガルは溜息をつく。

 

「ブラックが外部から侵入してきたと聞いて、場外への抜け道は全て捜索しましたが、ブラックはいませんでしたぞ。奴は既に外へ逃げたと思いますな」

 

フィルチが言う。

 

「しかし、まあ、ロングボトムはやらかしてくれましたな。合言葉を記したものを放置するなど言語道断。吾輩の寮の生徒がそのようなことを行なったら厳しい処分を行いますが?」

 

「勿論。私も処分を考えました。ですが………」

 

嫌味たっぷりのスネイプにマクゴナガルが今朝、エスペランサやコーマックがネビルを庇ったことと、ネビルが自分の過失を認めなかった経緯を話した。

 

この話にはスネイプだけでなくダンブルドアや他の職員も驚いた。

唯一、フィルチだけはエスペランサの行なっていることを知っていたので特に驚きもしなかったが。

 

 

「すると、ロングボトムは自分はメモを放置していないと言い張るわけですな。にわかには信じられない話ですが」

 

「私も驚きです。彼は私の薬草学では優秀な成績で欠点が見当たりませんが、普段の生活では忘れ物も多く、決して………」

 

「ええ。私もそう思います。しかし、ここ1か月。ロングボトムが何かを失敗したという話は聞いていないのも事実。まるで別人になったみたいですよ」

 

 

ふむ……とスネイプは考える。

 

魔法薬学の授業ではここ2年間、ネビルを目の敵にしてきた彼であったが、ここ最近は1回も叱責していなかった。

1か月ほど前からネビルは魔法薬の分量を間違えたり、鍋の中に誤って別の材料を投入したりすることは無くなっている。

それに、今まではスネイプを恐れてビクビクしていたのだが………

 

 

 

 

 

 

※回想

 

 

 

 

「ロングボトム。今日の授業でこの間のように鍋を溶かしたらグリフィンドールから20点減点する」

 

「………………」

 

「聞こえているのか?ロングボトム?」

 

「……………聞こえています。先生」

 

「ふん。なら良い。ただし、グレンジャーの助言は認めん。お前ひとりの力で調合するのだ」

 

「先生。嫌味なら後にしてください」

 

「なに?」

 

「今、ニガヨモギの千切りをしている最中です。刃物を使用しています。集中力が途切れると危険です。出来れば話しかけるのを遠慮して頂きたい」

 

「…………!?」

 

 

 

 

 

※回想終わり

 

 

 

 

ネビルは魔法薬学でスネイプに堂々と意見をしてきた。

 

まるで別人。

この1か月で彼の身に何があったのか。

 

スネイプは謎で仕方なかった。

 

しかし、一つだけ分かることがある。

ネビルに影響を与えたのはエスペランサ・ルックウッドだ。

 

そして、エスペランサの影響を受けているのはネビルだけではない。

 

何故かエスペランサと良くつるんでいるスリザリン生のセオドール・ノットとフローラ・カロー。

これらの学生は元々、スリザリンの中でも異端だった。

だが、魔法薬学の席でセオドールたちとエスペランサが良く話しているのをスネイプは目撃している。

 

セオドールがグリフィンドール生に気を許しているのを見るのは天変地異に等しかった。

他人と接点を持ちたがらないフローラがエスペランサと話をしている姿は夢でも見ているかのようだった。

 

スリザリンの生徒だけではない。

 

ここ数週間。

寮の隔てを越えて、奇妙な関係が特定の学生間で生まれつつある。

スネイプだけでなく他の教師も気づいているだろう。

 

ハッフルパフの生徒とレイブンクローの生徒が休日に湖畔をランニングしていた。

図書館で数人の生徒が勉強会をしていたが、彼らの机に置かれていたのは「戦争論」であった。

放課後に少なくない数の生徒がコソコソとどこかへ出かけていく。

筋トレをはじめた生徒が増えた。

 

 

「ここ最近、生徒の間で奇妙な動きがみられます」

 

「スネイプ先生も気づいておられましたか。私もですよ」

 

フリットウィックが言う。

 

「何か今までは寮と寮で仲良くすると言う事があまり見られなかったんですがね。最近は違うようですな」

 

「仲良く、ですか。吾輩には何者かが派閥を作っているように思えて仕方ない」

 

「派閥ですか」

 

「ノット、カロー、グリーングラス。吾輩の寮の生徒ではここらへんの学生が怪しい動きを見せている。それにルックウッド、ロングボトム。この間、中庭でマグルの器具を使ってトレーニングをしていたディゴリーやマクミランもそうでしょうな」

 

「何かクラブでも作ったのでしょうか。ほら、スラグ・クラブのような」

 

「そんな生易しいものではないでしょう。恐らく、この派閥の中心にはルックウッドがいる。これらの生徒は皆、ルックウッドと同じような雰囲気を帯びてきている。吾輩は危険に思います」

 

 

かつてヴォルデモートも派閥を学生時代に作り上げた。

それが死喰い人となったわけだが、エスペランサも同じことを考えるかもしれない。

 

スネイプはそれを懸念していた。

 

 

「何事も疑わしきは罰せずじゃろう。ネビルもエスペランサもじゃ。彼らは癖はあっても正義感を持った善良な生徒じゃよ」

 

ダンブルドアが口を挟む。

 

「とりあえず、ネビルの処罰は無しじゃ。ミネルバよ。それと、エスペランサが何か組織を作っていたとしたらその情報をわしの耳に入れてほしいのう。で、ブラックじゃが、これは魔法省と連携して警備を厳しくする予定じゃ。もちろん、吸魂鬼は抜きにしてのう」

 

ダンブルドアに意見する教職員はいない。

スネイプもそれ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

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翌週になるとブラック騒ぎは沈静化していた。

 

いつの間にかロンとハーマイオニーは仲直りしていたり、ハグリッドが敗訴していたりと情勢は目まぐるしく変わっている。

ハグリッドは敗訴したものの、教職員の職を解かれることは無かったようだが、彼のヒッポグリフは処刑されることが決定した。

ロンたちは控訴することを勧めたが、ハグリッドは首を縦に振らなかったそうだ。

裁判官はやはりルシウス・マルフォイに圧力をかけられ、出来レースと化している。

控訴したところで結果は変わらないのだそうだ。

 

ハグリッドは処刑までの期間、ヒッポグリフのバックビークに自由な時間を楽しんでほしいと涙ながらに語ったらしい。

 

ハーマイオニーは健気なことに一人でハグリッドの裁判を手伝っていたらしく、それを知ったロンは改心したようであった。

ハーマイオニーもスキャバーズの件を謝罪し、仲違いは一件落着した。

 

余談だがハリーの所有する忍びの地図はルーピンに没収されたらしい。

 

 

 

 

エスペランサはセンチュリオンの隊員5名を引き連れて吸魂鬼拿捕作戦の展開出来そうな場所を探すため、また、周辺の地形を把握するために授業が終わった後、禁じられた森の外周へ向かっていた。

城外と城内の区切りはあいまいである。

ハグリッドの小屋は城外扱い。

禁じられた森も城外扱い。

多くの生徒がくつろぐ湖の湖畔は城内扱い。

森と城の間の草原は真ん中くらいから城外扱い(暴れ柳が境目である)。

クィディッチ競技場は城外扱いであったが、吸魂鬼侵入事件の後で城内に区分されることになったらしい。

これらは吸魂鬼が侵入できるかできないかで判断することが出来る。

ちなみに、ハグリッドの小屋や湖畔などは城外扱いではあるが、姿くらましは不可能だそうである。

故に、作戦行動時に使用する電子機器は例によって「電子機器を狂わせる魔法から守る魔法」を施す必要があった。

 

吸魂鬼拿捕作戦は城外と区分されている区画で行うが、危険になったらすぐに吸魂鬼の侵入できない城内へ退避できるような場所で行う必要がある。

だが、作戦の展開を教職員や一般生徒に見られるわけにはいかない。

銃声も聞かれるわけにはいかない。

先日の野外戦闘訓練は禁じられた森の割と奥深い場所で実施したため、射撃音を生徒に聞かれることはなかったが、今回は難しいだろう。

 

城内から離れた場所で作戦を行うのは危険すぎる。

城内というある種のシェルター付近で作戦を実施し、隊員の安全を確保したいところだ。

 

そこで、エスペランサは城内と区分されている区画の外周を見て回り、作戦実施が可能な場所があるかを確かめようと思ったのである。

 

 

 

「作戦を行うといっても教師や他の生徒にバレずにやるってのは難しいね。城の外周は寮からも見えてしまうし、銃声も絶対に聞かれてしまう」

 

「銃声はサイレンサーで何とかなるにしても、19人が完全武装して吸魂鬼と戦う姿何て隠し通せるもんじゃない」

 

エスペランサの横でセドリックとマクミランが話す。

セドリック率いる遊撃部隊は今回の作戦の要である。

 

 

「銃声はセオドールが今、何とかなるように呪文を探している。それからマグル除け呪文を応用させて教職員や生徒から作戦実行時の我々の姿を隠すことが出来ないかフローラが模索中だ」

 

「そいつが出来れば今後の訓練にも役立てるな。わざわざ森の奥まで行かなくても城の近くで出来る」

 

 

コーマックが言う。

あの訓練以来、コーマックはすっかり改心したようで、センチュリオンの参謀的ポジションとなっていた。

いまだにスタンドプレーが目立つことが偶にあるが………。

 

 

「お、あれってエスペランサの仲間たちじゃない?」

 

セドリックの後ろを歩いていたチョウがハグリッドの小屋の方を指さした。

 

見ればハリー、ロン、ハーマイオニーの3人が歩いている。

魔法生物飼育学の授業の帰りだろうか。

 

そして、彼ら3人の歩く先にはマルフォイとその腰巾着2人がニヤニヤしながら立ちふさがっていた。

 

 

「なんか首を突っ込んだら厄介そうだ。迂回するか?」

 

「時間が惜しい。突っ切る。それに、俺はマルフォイに無性に腹が立っているからな。向こうが喧嘩を売ってきたら一発ぐらい殴ってやろうと思ってたところだ」

 

 

エスペランサはいつになく好戦的であった。

 

マルフォイの父親が裁判官に圧力をかけたという話を聞いて腹を立てていたのもあるが、今朝、ピーブスの糞爆弾の絨毯爆撃の被害を被った苛立ちが主な原因だった。

最近、アンガーコントロールが出来なくなってきているのはカルシウムが不足しているからだろうか。

それとも、しばらく戦闘をしていないからガス抜きが出来ていない為だろうか。

 

彼はまだ自分の本質が戦闘狂であることに気付いていなかった。

 

 

「見たかあの泣きっ面!あれで教師だというんだから笑わせてくれるね。僕の父上にかかればあんな獣の1匹、簡単に処刑できてしまうんだ」

 

マルフォイの言葉にクラッブとゴイルは笑う。

笑うというかブーブーと唸っただけに聞こえたが。

 

 

「恥を知りなさい!マルフォイ!」

 

それを聞いてハーマイオニーが怒る。

ハリーとロンも血がにじむくらいこぶしを握り締めていた。

 

 

「フン。でも残念だ。あのウスノロをアズカバンにまた送れると思ったんだけどねえ」

 

「そうだな。それで、マルフォイ。お前は余程、地獄に送ってほしいと見える」

 

マルフォイが驚いて振り返った。

 

マルフォイの後ろにエスペランサとセドリック、チョウ、コーマック、マクミラン、フナサカが立っている。

これにはマルフォイだけでなくハーマイオニーたちも驚いていた。

面子が奇妙な構成過ぎる。

この6人に何の関連性があるのだろうか。

 

「何だお前たちは。お前たちもあのウスノロ教師を慰めに来たのか?」

 

マルフォイはそう言いながらクラッブとゴイルに目配せをした。

 

多勢に無勢だ。

腰巾着に守ってもらわなくては勝機は無いと思ったらしい。

 

ことあるごとにハリーたちにちょっかいを出すマルフォイであったが、エスペランサにはあまり手出しをしていなかった。

吸魂鬼から助けられた過去もあり、深層心理では悪くない印象を持っていたからでもある。

強さに惹かれるスリザリン生の中には隠れキリシタン的にエスペランサ派の人間が少なからず存在した。

 

そんなこと知ったことではないクラッブがエスペランサに詰め寄る。

 

 

「おい、クラッブ!」

 

 

クラッブは朝食で出たチキンを寝坊したせいで食べそこなったために機嫌が悪かった。

 

マルフォイが止める前に、クラッブは行動を起こしてしまう。

 

 

振りかざされる拳。

図体だけはデカいクラッブの繰り出す右ストレートは食らえばひとたまりもないだろう。

 

ハリーはクラッブの右ストレートが従兄弟のダドリーと同程度の威力を持つことを瞬時に見極める。

そう言えば、マルフォイの腰巾着が実際に暴力を振るうところを見るのは皆初めてであったことに気付く。

 

 

エスペランサはつまらなそうにクラッブの拳を見ていた。

 

かつて中東で敵武装勢力と格闘戦になったことが何度かある。

当時のエスペランサは10歳という異例の年齢であった。

彼が実戦に投入された理由は単純だ。

敵はまさか10歳の子供が特殊部隊員だとは思わない。

故に、油断する。

エスペランサは年齢を武器にして敵地に何度も潜入しては任務を遂行してきた(EX01参照)。

その過程で何度、近接戦闘をしたかわからない。

 

自分よりも遥かに大きい人間相手に格闘戦を仕掛けて勝つ。

その経験をしてきたエスペランサにとってクラッブのパンチは脅威ですらなかった。

 

 

軽々とパンチをかわし、クラッブの足に自分の足を引っかける。

勢い余ってクラッブは転倒した。

 

 

「うおっ」

 

 

ドサッ

 

 

その隙を見逃さなかったのは他のセンチュリオンの隊員である。

 

5人が全員、ローブの内側に隠したホルスターから拳銃を取り出す。

即座に安全装置を外した彼らは拳銃の銃口を倒れ込んだクラッブに向けた。

 

もちろん実弾は入っていない。

入っているのはゴム弾だけだ。

 

エスペランサはブラック対策で隊員全員に拳銃の携行を認めていたが、新米の隊員に実弾を持たせるのは危険と判断してゴム弾の携行のみを許可している。

心理的安全装置を使用可能なエスペランサのみ、実弾の携行をしていたが城内では極力、ゴム弾の使用をこころがけていた。

 

 

「な、や、やめて………」

 

 

同時に5つの銃口を突きつけられたクラッブは顔を青くする。

 

これにはマルフォイもハリーたちも驚いた。

まさか、拳銃をエスペランサ以外も持っているとは思わなかったためだ。

 

マルフォイたち3人も拳銃の威力は知っている。

魔法よりも遥かに恐ろしい殺傷能力。

 

 

「銃を下ろせ。城内での無暗な発砲は控えろ」

 

「了解」

 

 

エスペランサの指示で全員、銃口を下げた。

 

 

「お、お前たち。そんなものを持って、父上に、先生に言いつけてやる」

 

「やれるものならやってみろ。銃の携行は規則で禁じられていない。ついでに発砲もな。フィルチさんに聞けばわかるが」

 

「なっ!?」

 

「それに父上とやらを使っても無駄だ。我々の戦力はお前の父上のそれを凌駕している。一方的な戦いになるぞ」

 

「くそっ!い、行くぞお前たち!!!!」

 

 

マルフォイは腰を抜かしたクラッブをゴイルと引きずりながら城内へ逃げ帰っていった。

 

残されたハリーたちはポカンとしている。

セドリックやチョウたちが拳銃を所持していたこともそうだが、彼らのまるで軍隊のような動きに驚愕していたのだ。

 

 

「エスペランサ………君たちは、いったい????」

 

「ん?ああ、えーと。ほら、ブラックが出現して最近物騒だろ?意識高いこいつらは俺に銃をくれって言ってきたんだ。それで譲渡したってわけだ。なあ」

 

 

ウンウン、とセドリック達は頷く。

 

隊長が襲われて咄嗟に銃を出してしまったのは不覚だったと全員が思っていた。

 

 

「ほら、ゴブストーンクラブとか呪文クラブとかと同じで俺らもクラブ活動みたいな感じで始めたんだよ。だけど他の生徒や教師には黙っておいてくれよ?活動を止められてしまう」

 

「………………」

 

 

嘘だ。

 

ハーマイオニーは思った。

 

 

エスペランサはクラブ活動などという生易しいものではない何かをしている。

最近、あまり談話室で見なくなったのも、他寮の生徒と仲良くしているのも恐らくその何かのせいだ。

 

吸魂鬼が1体消滅した噂。

ネビルの変化。

 

全て、エスペランサを中心とした新たな派閥が原因となっている。

 

 

これらを教師に密告すべきか否か。

 

恐らくマルフォイは密告しない。

彼はプライドが高く、エスペランサに屈したという事実を公にはしたくないだろうし、エスペランサは教師陣を恐れていない。

教師に密告しても無駄だろう。

何よりエスペランサの謎の派閥はスリザリンの中にも及んでいる。

 

 

「ええ。もちろん、黙っておくわ。どうせあなたは言っても聞かないだろうし」

 

「感謝する」

 

「でも、次に城内でその危ないものを出したら先生に報告するから」

 

「あ、ああ。善処する」

 

 

 

エスペランサ達一行は冷や汗をかきながら城外の偵察に向かった。

 

 

この後、一連の出来事を知ったフローラやセオドールにエスペランサはみっちり説教を受けることになった。

無暗にセンチュリオンの活動を露見させないように、と言ったのはエスペランサであるのに、その本人がそれを破るとは何事か、と彼らは怒り心頭である。

 

 

 

 

 

 




映画を見ると吸魂鬼って暴れ柳の近くまでは入って来てるんですよね。
城内城外の区分が良く分からなかったので勝手に設定しました。


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case39 Operation SF 〜オペレーション・Seizure・Fire〜

かなり多忙で更新が遅れました!
非常に申し訳ないです!!!!


吸魂鬼拿捕作戦はクィディッチ決勝戦の当日に行う事が決定した。

 

クィディッチ決勝戦にはほぼ全ての学生と教職員が観戦に行く。

つまるところ競技場以外の場所から人が居なくなるわけだ。

 

これは好都合。

 

しかし、万が一にも拿捕作戦をセンチュリオン隊員以外に目撃される事を防ぐために、作戦区域は競技場とは正反対の場所で行う。

また、銃声や爆発音などを聞かれないようにするために「耳塞ぎ」の呪文を作戦区域全体にかけることも決まった。

 

「耳塞ぎ」の呪文は魔法省に登録されていない非公式の魔法である。

 

約30年前にホグワーツで流行したこの魔法は現在ではその存在すら周知されていない。

呪文は「マフリアート・耳塞ぎ」。

この呪文を唱えると、近くにいる人に謎の雑音を聞かせ、術の行使者たちの会話を聞こえなくさせる効果がある。

応用させれば、銃声も爆発音も聞こえなくさせることが可能だった。

 

セオドールやフローラの努力によって発見された耳塞ぎの魔法は今作戦の要と言っても過言ではない。

 

 

 

拿捕作戦当日。

 

センチュリオンの隊員は全員、必要の部屋に集まった。

時刻は0700。

学生が起床し、食堂で朝食をとる時間である。

 

 

 

今回の作戦における部隊編成は変則的になった。

 

実働部隊はセオドール率いる第2分隊に第1分隊の隊員若干名を加えた混成部隊。

セドリック以下3名による遊撃部隊。

エスペランサと後方支援要員数名から成る作戦本部。

この3つの部隊に分かれて作戦は実施される。

 

作戦名は「オペレーション・SF」。

SはSeizure。

FはFire。

拿捕と業火の意味を持つ。

 

作戦目的は本来一つに絞るべきであるが、このような作戦を2度も行うのはリスクが高い。

故に同時に2つの目標を達成するような作戦を立案する必要があった。

 

 

実働部隊の戦闘員は必要の部屋の武器庫から小火器と弾薬を取り出し、弾倉に弾を込める作業を完了させた。

その間、後方支援要員は通信機材や測定機材、本部設営に必要な物資の点検を行う。

遊撃部隊の3名は箒置き場から箒を持ち出してきた。

 

セドリックとコーマックの箒は魔法界でも信頼性の高い「クリーン・スイーブ7号」であるが、チョウの「コメット260」は速度が遅いため別の生徒から他2名の者と同様の箒を借りる事になっている。

 

 

全隊員が準備を終え、ブリーフィングルームへ入室したのを確認したエスペランサは早速、作戦内容の説明に入った。

 

 

 

「いよいよ作戦実施の日が来た。皆、十分に朝食は食べたか?」

 

エスペランサは隊員たちの顔色を見ながら言う。

殆どの隊員が表情を硬くし、顔を青くさせている。

 

朝食をまともに食べる事ができた隊員は半分もいないだろう。

 

パイプ椅子に座ったまま足を震わせている者もいる。

 

 

「緊張するのは分かる。相手はあの吸魂鬼だ。一歩間違えれば命を落とす可能性もある」

 

 

最前列の隊員がその言葉を聞いて唾をごくりと飲み込んだ。

 

 

「俺も最初に実戦に参加したときは緊張した。今回は相手が吸魂鬼だが、俺のときは人間だったからな。今でも最初に人を撃った時の感覚は覚えているし、昨日まで一緒に生活した仲間が血しぶきを上げて死んでいったのも覚えている」

 

 

エスペランサは無意識に自分の右手を見た。

興奮して我を忘れて無我夢中に撃った弾丸のひとつが敵の眉間に命中した時の光景は目の裏に焼きついて離れない。

 

 

「俺も緊張はしている。何せ吸魂鬼を相手に戦うなんて前代未聞だ。バジリスクやらアクロマンチュラやらトロールやらとはわけが違う」

 

「アクロマンチュラと戦った事があるのか?」

 

 

隅に座っていたセオドールが聞く。

 

 

「ああ。2年の時に。ハグリッドにそそのかされて禁じられた森に入ったら襲われた。あ、安心しろ。群れごと爆薬で吹き飛ばしておいたから」

 

「群れごと吹き飛ばしたって………無茶苦茶だ」

 

「ちなみにそのアクロマンチュラはハグリッドの友達だったらしい。俺が爆殺してなければ今年のハグリッドの授業にはヒッポグリフじゃなくてアクロマンチュラが登場してたかもしれん」

 

「そいつは良いね。アクロマンチュラ相手だったらマルフォイも挑発なんてしなかっただろうし」

 

 

ネビルが言った冗談に隊員たちは笑う。

 

彼の冗談で隊員たちの緊張は和らいだ。

作戦前は少しでも隊員たちの気を紛らわすことが大切だが、まさかその役割をネビルが行うとはエスペランサは思っていなかった。

 

 

 

「冗談はさておき、今回の作戦を説明する。本作戦は俺とセオドールで立案した。作戦名はオペレーションSF。拿捕と業火。すなわち、吸魂鬼の拿捕と焼却が作戦目標だ」

 

エスペランサは部屋の前に置かれたホワイトボードにホグワーツの地図と、部隊を表すマグネットを設置した。

 

 

「まあ、今週いっぱい使って模擬作戦をずっとやってきたから、皆、作戦の概要は熟知していると思うが。まず、遊撃部隊が吸魂鬼の1グループを誘い出し、キルポイントへ誘導する。この間に支援要員は吸魂鬼のデータを収集」

 

 

ホワイトボードに貼り付けられた地図の上のマグネットを動かしながら説明する。

円形の色のついたマグネットには「CP」「obj」「PT」などとマジックペンで書かれている。

 

 

「吸魂鬼が何体食いついてくるかは不明だが、実働部隊は不測の事態に備えてポイズンバレットを携行。遊撃部隊の援護にあたれ」

 

ポイズンバレットはバジリスクの毒を含んだ7.62×51mmNATO弾のことである。

隊員が所持する小火器は5.56ミリ弾を使用するM933コマンドであるが、本作戦では吸魂鬼を相手にする関係上、無用の長物となる。

作戦上、通常弾とM933も使用はするがメインウエポンはポイズンバレットを装填可能なM24SWS狙撃銃となった。

 

 

「キルポイント付近まで誘導したならば遊撃部隊は速やかに安全地帯へ退避。その後、手筈通りに実働部隊はナパームを起爆させろ。この作戦は全部隊の連携と迅速な移動が肝だ。ミスは許されない」

 

「「「 ……………… 」」」

 

「事後、武器弾薬その他機材を“レデュシオ”の魔法にて縮小。鞄に収め、作戦開始地点まで移動する」

 

 

エスペランサの号令で隊員たちは再び、作業に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「予備弾薬1200発。本部設営資材、無線機、バッテリー用の発電機と燃料。全て移動完了。といっても鞄一つで移動できましたけど」

 

作戦本部設営予定地であるホグワーツ城の天文台で双眼鏡を構えるエスペランサの横にフローラが来て言う。

 

時刻は0930。

隊員たちは1時間以上に渡る機材の最終確認とブリーフィングを終えて、必要の部屋から各々の待機場所へ移動を完了させていた。

 

魔法というのは便利なもので、「縮小呪文」と「拡大呪文」というものがある。

簡単に言えば物体のサイズを変化させる事の出来る呪文であり、これによって本来ならトラックやジープで運搬する必要がある武器弾薬等の物資を鞄一つで運搬する事ができた。

 

「了解した。鞄から物資を出して、本部の設営を開始。本部の設置が完了したらフナサカに無線機をオープンにするように命じてくれ」

 

「分かりました。作戦開始まで30分。時間がありませんね」

 

「ああ。マフリアートの呪文は作戦区画全域に効いているか確認できたか?」

 

「はい。作戦地域であるAからD地区まで全域、魔法がかかっているとのことです」

 

「それなら良い。引き続き作業を続けてくれ」

 

 

今回の作戦で使用する区画はホグワーツ城の正門を東に見た場合の西側、つまり城の裏側である。

城の裏側は城と森の間にかなり広めの草原が存在する他、件の「暴れ柳」が植えられていたりする。

 

クイディッチ競技場やハグリッドの小屋からは死角になる上に、天文台からは見渡す事が出来る。

 

エスペランサは作戦地域全体を見渡す事のできる天文台(普段はここで天文学の授業を行う)に作戦本部を置いた。

作戦状況を常に把握する事が出来る他、実働部隊の援護も可能な天文台は指揮所として文句のつけようがない。

 

天文台に設置される指揮所で待機する隊員はエスペランサ含めて5名。

衛生担当でもあるフローラと通信機に精通したフナサカ。

実働部隊を援護する為の狙撃手であるネビル。

セオドールの代わりにエスペランサを補佐し、作戦を進める幕僚の役割を果たすアンソニー。

 

アンソニーとフナサカは縮小呪文で小さくなっていた天幕と長机、無線機と発電機を「拡大」させ、天文台に設置している。

天文台は屋根がない櫓のような構造をしていて、中世の戦争で投石器を設置するような場所である。

円形の塔の屋上に存在するため、360度見渡す事ができた。

塔自体、高さが20メートル以上ある事に加えて、ホグワーツ城が丘の上に存在する事から禁じられた森を見下ろすような形になっている。

 

広さはそれ程無いため、天幕をひとつ立てるだけで精一杯であった。

 

指揮所として使われる天幕の中に長机を置き、その上に無線機一式を設置。

アンテナを天幕の外に伸ばす。

 

 

「無線機は使えそうか?」

 

「あとは発電機に繋げるだけだ。充電器と変電器の調子は良いし、問題なく使えそう」

 

他の部隊と連携する為には無線機は必要不可欠だ。

ある意味、武器弾薬よりも重要である。

 

軍用の無線機はトランシーバーよりも大きく、重く、複雑である。

エスペランサやフナサカも軍用無線機に精通している訳ではない。

エスペランサは中東にいた頃に使用はしていたものの、充電したり、回線を繋いだりしたことはなかった。

そういった役割は小隊の通信兵が全てやっていたからである。

 

アマチュア無線技師の免許を持つフナサカと四苦八苦して何とか無線機を使用可能に(無論、電子機器妨害用の魔法の無効化を施し)した。

 

遊撃部隊の全隊員とセオドールの部隊に配属されているグリーングラス姉妹に無線機のレクチャーを完了させたのは一昨日のことである。

ギリギリ間に合ったわけだ。

 

ちなみに、天幕や無線機の設営は本来、かなりの人数が必要になる。

しかし、魔法を最大限駆使することでたった5人で全て設営が出来ていた。

杖の一振りで天幕が組みあがっていく光景は圧巻である。

 

予備弾薬と医薬品(これもほとんど魔法薬であった)を天幕に運び入れるフローラ。

その少し横ではポイズンバレットを装填したM24狙撃銃持ち、狙撃ポイントに移動するネビルの姿がある。

彼のM24は銃弾の自動追跡魔法と軽量化の魔法が既に実装されたものだ。

ネビルは天文台から地上部隊と遊撃部隊をM24で援護する事になる。

 

現在、センチュリオンが保有するポイズンバレットは100発程度。

今回持ち出したのは40発で、その内20発をネビルが持っていた。

 

「見渡しも良いし、援護射撃には絶好のポイントだね」

 

「そうだな。しかも、この天文台は城内扱いで吸魂鬼は侵入して来れない。最高の場所だ。遊撃部隊のいざという時の避難場所もこの天文台にしてある」

 

天幕内にある地図には蛍光ペンで水色に縁取られた地域が存在し、そこは城内、つまり吸魂鬼の侵入不可能な地域である。

DMZ。

すなわち非武装地帯。

吸魂鬼の侵入不可能な地域は云わばシェルターのようなものだ。

いざという時は全隊員がこのDMZ内に退避することになっている。

天文台も無論、DMZであった。

 

 

 

 

時間はあっという間に過ぎて、魔法を最大限に使ったにも関わらず全設営を終えて無線をオープンにしたのは作戦開始の10分前であった。

 

 

 

 

 

 

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本作戦の概要は至ってシンプルなものだ。

 

遊撃部隊である3名の隊員がホグワーツ敷地外(DMZ外)で警戒任務に当たっている吸魂鬼にまずちょっかいを出す。

当然、吸魂鬼は遊撃部隊の隊員たちを追撃する。

遊撃部隊の隊員は箒による機動力を駆使して、吸魂鬼をキルポイントまでおびき寄せる。

 

吸魂鬼はホグワーツの敷地には侵入不可能であるため、支援要員はホグワーツの敷地と敷地外の境界スレスレを移動しながら遊撃部隊を援護する。

同時に、彼らは各種吸魂鬼のデータを観測する任務もある。

 

遊撃部隊員は緊急事態となればホグワーツの敷地に即時、退避。

 

キルポイントに設定された地点にはあらかじめ実働部隊である隊員が待機しており、最終的にここでナパーム弾を起爆させることになっていた。

ナパーム弾が吸魂鬼に効果あればそれで良し。

もし、効果が無ければ今後、対吸魂鬼戦はバジリスクの毒を染み込ませた弾丸をメインに作戦を立てれば良い。

 

 

 

セドリック、チョウ、コーマックの3名は大量のチョコレートを摂取しながら、作戦区域上空を箒で飛行している。

天文台に設置された作戦本部ではエスペランサを含む5名の隊員が持ち場に着き、実働部隊の隊員たちがそれぞれ準備を完了した旨の報告を受けていた。

 

 

「いよいよですね………」

 

通信用ヘッドセットを頭にのせたフローラが天幕の中から出てきて、作戦区域を眺めるエスペランサに話しかけた。

魔女の着るローブに身を包みながら、頭に無線機と連動したヘッドセットをしている彼女の姿は異様である。

 

「ああ。我々にとって最初の実戦だ」

 

双眼鏡を石畳の上に置きながらエスペランサは答えた。

 

「私達は皆、緊張しています。ですが、あなたは心なしか嬉しそうな顔をしていますね」

 

「そうか?俺だって緊張してるぞ」

 

「私達は戦闘経験もありませんし、吸魂鬼の影響もあってか、先程から震えが止まりません。特に私は吸魂鬼の影響を受けやすい体質ですし………。ですが、あなたはまるで遠足に行く前の子供のようですよ」

 

「そんなに嬉しそうにしていたか?」

 

「はい。自覚は無いようですけどね」

 

 

確かにこのように組織を編成しての作戦は4年ぶりということもあって正直なところ、気持ちが高ぶってはいる。

エスペランサの本質は3年間の魔法学校生活を通じても、いまだに変わらず、軍人であった。

 

ポケットに忍ばせていたチョコレートの破片を口に放り込み、エスペランサは再び天幕へもどろうとする。

ちなみに、彼も魔法使いの着るローブに身を包み、背中に小銃を吊り下げるという奇妙な格好をしていた。

 

「まもなく1000だ。本部員は狙撃手であるネビル以外、天幕内に入って指揮にあたる」

 

「了解しました」

 

エスペランサの後に続いて、フローラも天幕内に移動した。

 

 

 

 

 

 

天幕は作戦空域の様子が分かりやすいように四方の幕を取り払っている。

小学校の運動会で使用されるテントのようなものになっていると言えばわかりやすいだろう。

要するに吹き抜けというわけである。

 

天幕の中心にはパイプ机が置かれ、その上に作戦区域の地図が載せてある。

エスペランサは地図上の天文台の位置にCPと書かれたマグネットを置いた。

 

 

「時刻規制を行う。現在時刻、0959」

 

エスペランサの言葉を聴いて3名の隊員が腕時計を見る。

 

「5、4、3、2、1、今、1000時!状況開始!!」

 

 

状況開始の号令を聞いたフナサカが無線機のマイクを手繰り寄せる。

 

「こちらCPフナサカより各員に告ぐ!状況開始!繰り返す。状況開始!!!」

 

 

 

 

 

 

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天文台から500メートル離れたホグワーツ敷地外の上空で待機していたセドリックの持つ無線機からもフナサカの「状況開始」という言葉が聞こえてきた。

 

「状況開始の合図がきた。これより我が遊撃部隊は作戦開始する!」

 

セドリックは後続の2名の隊員に言う。

チョウもコーマックも頷く。

 

セドリックは箒を握る手に力を込めて、やや前方へ体重を移動させた。

魔法界の箒の前進方法は前傾姿勢を取ることである。

彼の乗るクリーンスイーブ7号は加速し、十数秒でトップスピードに達した。

 

「遊撃部隊3名。作戦開始!吸魂鬼の群れへ前進中!」

 

『こちらCPフナサカ。了解。そのまま前進せよ』

 

「了解!」

 

風を切りながらセドリックはインカムを使って本部と通信をする。

 

吸魂鬼が近くなってきてるのだろうか。

空気がどんどん冷たくなっていくのが分かる。

チョコレートでドーピングをしても、身体の震えが止まらない。

 

後続のチョウとコーマックも唇を紫にしながら飛行している。

 

 

「大丈夫か!?」

 

「大丈夫だ!問題ない!!!」

 

 

吸魂鬼が飛行している空域は競技場付近である。

吸魂鬼らは競技場で歓声を上げている生徒達の幸福感に引き寄せられている筈だった。

 

 

「停止!!!」

 

 

セドリックの合図で遊撃部隊は空中で静止する。

 

彼らの前方、500メートル先にスリーマンセルで飛行中の吸魂鬼が視認出来た。

競技場からはまだ距離がある。

ということはホグワーツ周囲を巡回監視中の吸魂鬼だろう。

セドリックは無線を再び繋げた。

 

 

「こちら遊撃部隊セドリックよりCP送れ」

 

『こちらCP。どうした?』

 

「現在地、ポイントD。前方500メートルに巡回中の吸魂鬼3体を視認。他に吸魂鬼は見当たらず」

 

『しばし待て。隊長に代わる』

 

『こちらCPエスペランサ。現在地を詳細に知らせ』

 

「了解。現在地は競技場からホグワーツ東塔を挟んで直線距離2キロの位置。ポイントDの中央だ。吸魂鬼はこちらには気付いていない」

 

 

セドリックたちが飛行しているのはホグワーツの東塔から100メートルほど離れた上空20メートルの位置である。

城内と城外の境界線の直上である現在地は吸魂鬼の入り込めない場所であるため、吸魂鬼3体はセドリックたちに気付いていない、というよりも認識していない。

 

 

『位置は把握した。吸魂鬼の陽動を開始せよ。ただし、敵勢力が箒の速度を凌駕した場合、すぐに安全地帯へ退避せよ』

 

「わかっているさ。支援要員の配置は?」

 

『完了している。ポイントBに到達後に観測員がデータの収集を行う』

 

「了解。じゃあ、始めるとするよ」

 

 

セドリックは深呼吸をして箒の柄を握りなおす。

 

 

「チョウ!コーマック!眠れる姫を起こしに行くぞ!」

 

「「 了解!!! 」」

 

 

3人の隊員は500メートル先の吸魂鬼へ箒で突撃する。

彼らの手にはM933コマンドが握られていた。

 

 

急速に接近してくる3人の人間に流石の吸魂鬼たちも気付く。

 

が、吸魂鬼たちは心なしか動揺しているようにも思えた。

突撃をかましてくる人間などイレギュラー過ぎたからだ。

 

 

「レフトターン!!!」

 

セドリックの号令で遊撃部隊は進路を左に変える。

そして、3名とも手に持った小銃の銃口を3体の吸魂鬼へ向けた。

 

 

「撃ち方はじめええええええええええ!!!!」

 

 

 

横向きに停止した箒に跨る遊撃部隊の3名は小銃を構えてフルオート射撃を開始する。

タタタタという乾いた連続射撃音が城の横の草原を木霊し、無数の空薬莢が宙に舞った。

 

連続射撃音は耳塞ぎの呪文で競技場や城内の学生には聞こえない。

 

銃口からマズルフラッシュとともに飛び出した5.56ミリNATO弾は真っ直ぐ吸魂鬼へと進み、その身体をすり抜ける。

吸魂鬼に通常兵器は通用しない。

しかし、吸魂鬼は自身の身体をすり抜けていく銃弾たちに気がついた様である。

 

 

3体の吸魂鬼は射撃をするセドリックたち3名の隊員の方を向く。

彼らの顔はフードで見えないが、相当怒っているのが伝わってきた。

 

 

「気付いた!」

 

30発入り弾倉を入れ替えていたチョウが吸魂鬼が振り向いた事に気付く。

途端に、吸魂鬼が近づいてきた時特有の悪寒と絶望感が伝わってくる。

 

 

「長居は無用だ。吸魂鬼と一定の距離を保ちつつ離脱するぞ」

 

 

遊撃部隊は射撃を中止し、箒を反転させ、離脱を開始する。

吸魂鬼は逃げようとする3名を完全に敵と認識して追いかけてくる。

 

「こちら遊撃部隊セドリックよりCP。目標3体は射撃に反応して追って来る。速度は不明だが箒の最高時速を凌駕することは今のところ無い!」

 

『こちらCPエスペランサ。支援要員がポイントBで待機中。そこまで誘導頼む』

 

「了解した」

 

セドリックたちの任務はこの3体の吸魂鬼を地上支援要員が待機するポイントB、つまり天文台下の地点まで誘導する事にある。

吸魂鬼の影響を受けて幸福感が吸い取られ、身体中が震えだしたセドリックであったが、ここ数週間の訓練でつけた精神力が意識を保たせた。

 

吸魂鬼は速度を上げて遊撃部隊との距離を詰める。

まるで死神だ。

と彼らは思った。

 

後ろから自分達に迫ってくる吸魂鬼の速度にあわせて箒の速度を上げる。

 

こんな追いかけっこは二度とごめんだ、と彼らは心から思っていた。

 

 

 

 

 

 

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地上支援要員の指揮はアーニー・マクミランが担当していた。

彼は物覚えが良く、マグルの電子機器の使い方を他の隊員(フナサカを除く)よりも扱えたので地上支援要員の責任者としていた。

 

アーニーは無線でセドリックら遊撃部隊が自身の待機するポイントBへ向かってきていることを知らされている。

地上支援要員はホグワーツ敷地内の安全エリアに待機しているため、吸魂鬼の危険に晒される事はない。

しかし、安全エリアと非安全エリアの境界に目に見えて分かる境界線は存在しない。

これが彼ら支援要員を不安にさせた。

 

地上支援要員はこれからセドリックたちが連れてくる吸魂鬼の各種データを観測しなくてはならない。

その中でも最も重要とされているのが吸魂鬼の最高速度である。

今後の作戦を練る上でこのデータだけは欠かせない、とエスペランサは言っていた。

 

 

『こちら遊撃。まもなくポイントBに到達する。が、吸魂鬼の速度は我々の箒とほぼ同じ。加えて機動性は我が方を凌駕している』

 

「こ、こちら支援要員アーニー。か、確認した。観測終了後、地上から援護をするのでそれに合わせて離脱せよ」

 

『了解した』

 

 

無線越しに聞こえるセドリックの声は明らかに疲労していた。

 

 

「吸魂鬼の速度は箒と同等。機動力があり遊撃部隊が吸魂鬼を振り切る事は難しい……とのことだ」

 

携帯型無線機のマイクをオフにしたアーニーは同じく地上支援要員にあたっていて、後方で待機中の数名の隊員に話しかける。

 

「クリーンスイープ7号の最高時速と同じ速さとか………。恐ろしいな吸魂鬼は」

 

「地上から援護しなければ遊撃部隊は吸魂鬼の餌食だ。予定通り、発煙弾の準備を急げ」

 

 

緊張で小刻みに震える手を押さえつつアーニーは支援要員たちに指示を飛ばす。

自分の指揮次第でセドリックたちが全滅する可能性もある。

その事実が彼を緊張させていた。

 

 

「遊撃部隊発見!うっわ。本当に吸魂鬼3体連れてきてるよ」

 

双眼鏡を構えて地面に匍匐していたダフネが報告する。

 

「目視でも確認できる。セドリックたちと吸魂鬼との距離は10メートル程度か」

 

「よくあれで正気が保ててるね」

 

「セドリックたちはタフだからな。僕だったらとっくに気絶してる」

 

 

吸魂鬼の速度を計測する手段は非常に簡単である。

予め2つのポイントを決めておく。

その2点間を吸魂鬼が移動した時間を計測すれば時速がわかるという寸法だ。

無論、そのためには吸魂鬼が直線で移動し、尚且つ飛行高度も一定である必要があった。

故にセドリックたち遊撃部隊は直線で高度を維持しつつ吸魂鬼を陽動していたわけである。

 

 

「吸魂鬼がポイントCを通過。計測開始!」

 

「了解!」

 

 

アーニーは手元にあったストップウォッチで計測を開始する。

後方にいた他の隊員はビデオカメラの録画スイッチを押して録画を開始した。

 

 

『こちらCP。支援要員送れ』

 

「こちら支援要員アーニー。どうぞ」

 

無線からエスペランサの声が伝わってくる。

 

『遊撃部隊がポイントBへ到達したら発煙弾を用いて吸魂鬼を撹乱。遊撃部隊が安全地帯へ避難する隙を作れ』

 

「了解。こちらは吸魂鬼と遊撃を目視で確認。現在のところ追いつかれる様子は無いが、避難も困難な模様」

 

『こちらも天文台から確認し、把握している。計測終了後、そっちのタイミングで発煙弾を発射せよ』

 

「簡単に言ってくれるな。それが一番難しいんだよ」

 

『お前なら出来ると思って支援要員の指揮を任せたんだ。仕事はきっちり完遂してくれ』

 

 

アーニーは再び無線機のマイクから手を離し、吸魂鬼の方を見る。

支援要員が待機しているのは天文台のある塔から100メートルほど離れた何も無い丘の上だ。

そこからは禁じられた森や湖畔が一望出来る。

本来なら空爆などを恐れてこの様な見晴らしの良い場所に陣を構える事はないが、今回は吸魂鬼のみを相手にするのでその心配は無用である。

 

待機する丘からポイントBと呼ばれている天文塔横エリアまでの距離は100メートルと弱。

迫撃砲の最小射程である。

発煙弾は基本的に迫撃砲で射出する。

センチュリオンが保持する火器のなかでも威力の高い81ミリ迫撃砲L16は虎の子だ。

 

アーニーたち支援要員は短期間で迫撃砲の操作をエスペランサからレクチャーされていた。

無論、この迫撃砲にも自動追尾魔法がついていたので訓練は然程必要なかった訳である。

 

 

「迫撃砲発射準備」

 

アーニーは震えでカチカチと歯を鳴らしながら迫撃砲の発射準備を始める。

速度計測をしているダフネとビデオカメラを撮影する隊員を除く4名の隊員が迫撃砲の周りに集まった。

 

一人が弾箱のなかからロケットにも似た砲弾を取り出す。

もう一人は迫撃砲の砲身に手を当てた。

 

自動追尾の魔法がかかった迫撃砲は弾道計算も観測も必要が無い。

しかし、この魔法は武器に触れている魔法使いの思考を武器にインプットされると言う原理故に、常に武器本体に触れている必要がある。

なので、隊員の一人が迫撃砲の砲身に触れているわけだ。

 

発射時の熱で手のひらが火傷しないように彼の手には予め魔法が施してある。

 

 

「迫撃砲発射用意よし」

 

「発射弾種発煙弾」

 

「発射弾種発煙弾」

 

「射角1100」

 

「射角1100」

 

 

アーニーは向かってくる遊撃部隊と吸魂鬼を睨む。

 

点でしか見えなかった吸魂鬼は、いまやその形がくっきりと分かる位置にまで到達していた。

 

 

「吸魂鬼がポイントBまで到達するのにあと50メートル!」

 

ダフネが叫ぶ。

 

「半装填!」

 

「半装填よし!」

 

 

射手が弾を迫撃砲の砲口へ半分ほど入れる。

 

 

「あと20メートル!!」

 

「……………」

 

「あと10!!!」

 

「……………」

 

「到達!!!!」

 

「発射ああああああ!」

 

 

 

射手は手に持っていた発煙弾を迫撃砲内に落とした。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

遊撃部隊の疲労はピークに達していた。

 

吸魂鬼との距離は10メートルを維持している。

しかし、ギリギリだ。

箒の最大速度を出し切っている。

クィディッチの試合でもここまで速度を出す事はなかった。

 

加えて直線移動と高度を維持しなくてはならないのだから神経を使う。

吸魂鬼の影響で今にも気絶しそうな上に神経の使う飛行をしなくてはならないのは酷であった。

 

セドリックは時折振り返って他2名の隊員の顔色も伺っていたが、どちらも真っ青な顔で今にも箒から落ちそうであった。

 

そんな彼らにしてみれば、突如、吸魂鬼へ降り注いだ発煙弾は救世主に他ならない。

 

 

 

ボン

 

 

と言う音が遠くからしたと思えば、背後でボムッという破裂音がする。

 

支援要員が迫撃砲を使い、吸魂鬼に発煙弾を撃ち込んだようである。

となると、すでに自分達はポイントBへ到達していると言う事だ。

セドリックは確信した。

 

 

「支援部隊の81Mだ!吸魂鬼が怯んでいるうちに離脱するぞ!!!」

 

 

発煙弾は吸魂鬼をすり抜けて地面に衝突。

白い煙をモクモクとあげて現場の視界を悪くしている。

 

吸魂鬼に視覚は無い。

だが、発煙弾という未知の武器に少なからず動揺し、動きを止めていた。

発煙弾によってあがった白煙はどんどん広がり、周囲を真っ白に染めていく。

 

その隙にセドリックら3名の遊撃部隊員は進路を変え、安全地帯である天文塔の方へ離脱した。

 

 

 

 

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発煙弾が吸魂鬼と遊撃部隊の間に着弾し、遊撃部隊が安全地帯となっているホグワーツ敷地内に離脱し始めるのをエスペランサも双眼鏡越しに確認していた。

 

 

「セドリック他2名の離脱を確認した。これより地上支援部隊と実働部隊の作戦を開始する。ネビルは狙撃位置から援護しろ」

 

「了解!」

 

 

ネビルはM24狙撃銃を構える。

その銃口は未だに困惑して動きを停止している吸魂鬼へ向けられていた。

 

ネビルが銃を構えるのとほぼ同時のタイミングで遊撃部隊の3名が天文台へ戻ってくる。

 

3名とも顔を真っ青にして、箒を持つことすらままならず、倒れこむように着陸した。

 

 

「ゆ…遊撃部隊、帰還……しました」

 

「ご苦労だった!衛生班!セドリックたちを奥へ連れて行け!」

 

 

フラフラになっている3人の隊員のもとへ衛生担当のフローラが駆け寄り、タオルと大量のチョコレートを渡す。

チョコレートの摂取は吸魂鬼の影響から回復する特効薬と言われていた。

その原理は分からないが、恐らくはチョコレートに含まれている糖分が作用しているのではないだろうか。

 

 

「あんな経験は二度とごめんだぜ。クィディッチの試合でハリーが吸魂鬼に襲われて落下したことを笑っていたけど、もう笑えない。ありゃ恐ろしい」

 

コーマックが板チョコを齧りながら言う。

 

「そうだな。吸魂鬼の速度が予想を超えて速かった。ニンバス級の箒なら振り切れるかもしれないが、コメットや流れ星級だとやられるかもしれない」

 

 

遊撃班が休むのを目の端に見ながらエスペランサは作戦を次のフェイズに移行させるべく無線を開放した。

 

 

「こちらCP。地上支援部隊送れ」

 

『こちら地上支援部隊。各種データの計測を終了した。これより後退しセオドールの部隊を前進させる』

 

「了解。吸魂鬼の動きは?」

 

『相当怒ってるように思えるぞ。僕達は安全地帯にいるから影響を受けないけどセオドールたちは大変な事になりそうだ』

 

「わかった。地上支援部隊はセオドールたちが危うくなったならば躊躇せずに発煙弾を撃ち込み、救援に当たれ」

 

『オッケー!』

 

 

通信を終えてエスペランサは再び双眼鏡を覗く。

 

ここまでは順調に作戦が進んでいる。

各班の連携も完璧だった。

しかし、この作戦の最大の要である吸魂鬼の除去はまだ完了していない。

 

エスペランサは双眼鏡を握る手を強めた。

 

まだ気は抜けない。

 

 

「頼むぞセオドール」

 

 

彼は一人呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

アーニー率いる地上支援部隊が退避したことを確認したセオドールは手に持つ小銃の安全装置を外した。

 

彼の持つ小銃に装填されている弾丸は通常弾である故に吸魂鬼に効果は無い。

吸魂鬼に現状で効果のある武器は天文台で支援につくネビルの持つポイズンバレットのみだ。

 

 

「第2分隊。前進用意」

 

セオドールの号令を聞いて彼の配下である第2分隊の隊員(一部第1分隊)は各々、銃の安全装置を外す。

 

実働部隊である第2分隊は安全地帯であるホグワーツ敷地内に臨時で作られた深さ1メートル半ほどの塹壕の中で待機していた。

セオドールはその塹壕から顔だけ出して作戦の進行の様子を見ていたわけである。

 

発煙弾による白煙も消え、吸魂鬼は我に返ったように周囲を見渡す。

 

既に遊撃部隊の姿は無く、地上支援部隊は安全地帯の中に退避している。

目標を失った吸魂鬼は明らかに怒っていた。

 

 

「前進!!!!」

 

 

セオドールは振り上げた手を前に下ろして全身の号令をかける。

 

 

「うおおおおおおお!!!!」

 

 

待機していた隊員たちは塹壕から飛び出して走り出す。

 

 

「撃て撃てうてええええええええ!!」

 

 

タタタタ

 

タタタタタン

 

 

走りながら隊員たちは銃弾を吸魂鬼たちに浴びせる。

 

無論、効果は無い。

5.56ミリ弾は吸魂鬼の身体をすり抜けて空へ消えていく。

 

吸魂鬼は突如現れて攻撃を始めた隊員たちに気付き、襲い掛かってくる。

吸魂鬼3体が襲い掛かってくるのを確認した7名の隊員は銃撃を中断し、四方へと散開する。

 

隊員7名に対して吸魂鬼は3体。

隊員たちが散開してしまえば目標を定められずに困惑するのは必至。

 

だが、吸魂鬼はその特性上、付近に存在する人間の正気を奪っていく。

散開した隊員はチョコレートでドーピングしていても尚、体力と気力を奪われていた。

 

 

「う、うわっ」

 

足に力が入らなくなり一人の隊員が草原に倒れこむ。

 

その隊員に吸魂鬼の1体が襲い掛かった。

 

「く、来るなアアアアアア!!!」

 

 

「まずい!?援護しろ!!!」

 

倒れこんだ隊員を見てセオドールは射撃を指示したが、他の2体の吸魂鬼を相手にしている隊員たちにその余力は残っていない。

 

 

 

 

タアアアアアン

 

 

 

 

そんな中、天文台から7.62ミリポイズンバレットが飛来する。

 

飛来した銃弾は吸魂鬼に直撃し、吸魂鬼は消失する。

 

 

「ネビルか!!!」

 

「た、助かった」

 

 

間一髪で生きながらえた隊員は安堵する。

 

 

「油断するな!吸魂鬼は2体残っているぞ!作戦の最終フェイズを発動する!」

 

 

セオドールの言葉を聴いた隊員たちは小銃を地面に放棄し、懐から杖を取り出した。

 

 

「吸魂鬼を封じ込めるぞ!カウント3と同時に盾の呪文を展開!!!」

 

「「 了解 」」

 

「いくぞ!1,2,3!」

 

 

「「「「「  “プロテゴ 守れ”!!!!   」」」」」

 

 

 

 

吸魂鬼を取り囲むように散開していた7名の隊員は同時に杖を構えて盾の呪文を展開させた。

 

吸魂鬼は壁などの障害物をすり抜ける事はできない。

ホグワーツ特急でもわざわざドアを手で開いて入ってきていた。

それならば吸魂鬼は盾の呪文を物理的に突破する事も出来ないはずである、というのがセオドールの導き出した結論である。

 

無論、盾の呪文を展開する場合、吸魂鬼に接近しなくてはならないために相当の精神力が必要であった。

呪文詠唱中に気を失ってしまっては意味がない。

そこで、複数人の隊員を四方に散らばらせる事で吸魂鬼が目標を定められなくなるという作戦を考え出した。

これなら誰か一人がやられたとしてもバックアップは取れる。

 

 

「歯を食いしばれ!!!耐えろ!」

 

 

隊員たちは己の力を振り絞って盾の呪文を展開させている。

 

2体の吸魂鬼は周囲360度を盾の呪文によって出現した透明なバリアによって塞がれて閉じ込められるような形となった。

 

盾の呪文によって閉じ込められた吸魂鬼は身動きがとれずにいる。

言葉こそ発しないが怒りで狂っているのが見て取れる。

 

セオドールは吸魂鬼の影響で過去の最悪な記憶の数々を思い出し、全身が氷のように冷たくなってくるのを感じていた。

しかし、魔力を切らす事は許されない。

 

舌を噛み、痛みで気を紛らわせ、何とか正気を保つ。

 

 

 

「吸魂鬼は抑えた!!!!!ナパーム弾を起爆する!呪文を唱え続けろおおおおお!!!」

 

 

セオドールはそう叫んで術を止めると、背負っていた背嚢から火炎瓶のようなものを取り出した。

 

魔法薬の授業で使用する透明な瓶にゼリー状の液体が入っている。

エスペランサとフナサカが苦心して作ったナパーム弾であった。

 

瓶詰めにしたナパームを起爆させる装置は悪戯専門店で発売されているクソ爆弾の起爆装置の構造を流用したものである。

 

瓶の蓋に括り付けられたピンを引っこ抜いたセオドールはそれを盾の呪文がカバー出来ていない僅かなバリアの隙間に放り込んで地面に伏せた。

 

 

 

 

 

ボムッ

 

 

 

ゴオオオオオオオオオオオ

 

 

 

 

起爆したナパーム弾は紅蓮の炎を発して周囲の草を焼き払う。

 

盾の呪文で防いではいる隊員たちは必至で爆炎を抑えようとしているが、それもギリギリだ。

至近距離でのナパーム弾の爆発を防ぐにはかなりの魔力と集中力が必要である。

 

隊員たちは今にも吹き飛ばされそうな勢いで杖を構え、術を維持している。

 

 

「うおおおおおおおお!!!!!!」

 

 

爆発は収束し、視界が晴れる。

 

セオドールはゆっくりと顔を上げて吸魂鬼の存在していただろう方向を見た。

 

草木の燃える臭い。

どす黒い煙。

 

その向こうには…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なかなか更新できないですが頑張って更新していきたいです!


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case40 Hero and Madman 〜英雄と狂人〜

書き溜めが1万5千文字を越えていたので分けました。


ナパーム弾の爆発はエスペランサも観測所から見ていた。

 

7名の隊員が四方から盾の呪文を使って吸魂鬼2体を封じ込めた後、セオドールがナパーム弾である瓶を投擲する。

直後、盾の呪文によって封じ込められた僅かなエリア内で眩い光と轟音と共に爆発が起きた。

 

本来なら広範囲を焼き尽くす兵器であるナパーム弾の爆発をたったの半径数メートル以内に留めたのだからとてつもない威力になるのはあたりまえであった。

爆発は術で抑えられているが、そのせいで質量保存の法則は無視されてマグル界では起こり得ない現象が起きてしまう。

 

大地は抉れ、この世に存在する事すら出来なくなった物質が物理法則も魔術法則も超越して消失していく。

 

マグルの作り出した兵器。

魔法使いの作り出した魔法。

 

決して同じ世界に存在することは無かったこの二つのものが融合し、作用した結果、この世界の理を歪め、そこに物質が存在する事を許さなくなった。

 

エスペランサたちは図らずとも、この世に存在し得なかった現象を起こしてしまったのである。

そして、彼らは無論、それに気付く事はなかった。

 

 

爆発が収束し、黒煙が消え、隊員たちの展開した盾の呪文が消えると、そこには何も無かった。

 

草木は全て燃え尽き、いまだに火がくすぶっていたが、吸魂鬼の姿は確認できない。

ナパームの爆発を無理やり魔法で押さえ込んだ結果として、吸魂鬼はこの世界に存在する事が許されなくなってしまったのである。

そのことにエスペランサは気づく予知すらなかったが、しかし、吸魂鬼がナパーム弾によって消滅した事は理解できた。

 

 

「セオドール。状況を報告しろ」

 

『こちら02。セオドール。吸魂鬼の存在は確認できず。完全に消滅した模様』

 

「念のため爆心地と周囲の上空を警戒しろ」

 

『了解。隊員に負傷者は無し。なので2分隊の人間に警戒監視任務を行わせる』

 

「頼んだぞ」

 

『ああ。しかし、本当に吸魂鬼が消失するとは………』

 

「俺も驚いている。しかし、これが事実だ」

 

 

吸魂鬼は倒せる。

 

人類が作り出した通常兵器と魔法を使えば。

もう人間は吸魂鬼を恐れる必要がなくなった。

 

エスペランサは思わずにやけた。

 

 

「本当に……吸魂鬼を倒しちゃった」

 

M24のスコープ越しに爆心地を確認するネビルが呟く。

魔法界出身の彼は吸魂鬼が如何に恐ろしい存在であるかを理解していた。

しかし、まさかその存在を倒してしまう日が来るとは思っていなかったようである。

 

 

「吸魂鬼を倒したってだけでマーリン勲賞ものだな。学会に発表すれば我々は魔法界の英雄になれるぞ」

 

「では、吸魂鬼の倒し方は公にするんですか?」

 

フローラが言う。

 

「まさか。公にするはずがない。我々は吸魂鬼の倒し方という“力”を得た。これは世界中のどの軍隊も持たない力だ」

 

「その力を独占するということですか?」

 

「ああ。吸魂鬼を倒す事のできる軍隊ってのは、世界中の魔法省が喉から手を出すほど欲しい組織になるだろう。我々はたったの19人しか居ない組織だが、吸魂鬼を倒す事ができるだけで魔法省と対等に交渉する事のできる実力組織になり得る」

 

「軍隊……実力組織………ですか。今更ですが、私達は大それたことをしようとしているんですね。それこそ、これまでの魔法界の常識を覆してしまうような………」

 

「魔法界の常識を覆す……か。そうだろうな。魔法界は進歩という物を軽んじてきた。外の技術を取り入れれば恐ろしいとされてきた生物も倒す事ができるのに、それを拒んでいた」

 

「魔法界が外の技術……マグル界の技術を取り入れなかったことが悪であると言いたいんですか?私はそうは思いませんが。魔法使いもマグルも互いの力を恐れ、それが結果的に争いの種になってきたのは歴史が証明しています」

 

「俺は歴史学者のようなインテリではないから何が正しいのかはわからん。だが、現にこうして我々は通常兵器を利用して吸魂鬼を倒した。もし、マグル界の技術を魔法界がもっとはやくに取り入れていれば吸魂鬼の犠牲者はもっと減ったかもしれない……」

 

「……………」

 

「逆も然り。もしかしたら………救えた命がもっとあったかもしれない」

 

「………あなたは、これほどの力を手に入れても、それを他人のために使おうとするのですね」

 

「それが俺が魔法界に来た理由だからだ」

 

 

エスペランサは爆心地で隊員たちが歓声を上げ始めたのを眺めながらそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

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センチュリオンの隊員たちは吸魂鬼を倒すという目的を達成して浮かれ気分だ。

 

無理もない。

決して倒す事の出来ないと思われていた吸魂鬼という魔法生物を倒すというマーリン勲賞ものの成果をだしたのだから。

 

作戦の要となった遊撃部隊の3名は隊の中でも英雄扱いであった。

 

作戦終了後、必要の部屋に戻った19名の隊員は作戦の終了を祝して打ち上げを行う事にした。

 

グリフィンドールがクイディッチの決勝戦で勝利し、グリフィンドールは談話室でお祭り騒ぎをしている。

どこから調達したのかは分からないがその談話室には大量の菓子が置かれていたので、ネビルとコーマックがその一部をこっそりと必要の部屋に運び込んだ。

グリフィンドールの寮から運び込まれた菓子をつまみながら、隊員たちは互いを称えあっている。

 

 

「今日は一人の犠牲者も出さずに吸魂鬼を倒すという魔法界始まって以来の快挙を我々が成し遂げた記念すべき日だ。今はまだ魔法界に公にする事は出来ないが、この功績は……………」

 

「御託は良いからさ!お前も飲めよエスペランサ!!」

 

 

祝辞を途中で中断されたエスペランサは隊員の一人が渡してきたバタービールを受け取る。

 

パーティー会場と化した必要の部屋のブリーフィングルームの真中には菓子だけでなくバタービールがパイプ机の上に積み上げられていた。

 

 

「これ……ソフトドリンクじゃねえか」

 

「???それがどうかしたのか?」

 

「作戦終了後の飲み会はアルコールって相場が決まってるんだ。ちょっと待っとけ」

 

 

そう言ってエスペランサはブリーフィングルームの端に置かれた弾箱を開ける。

この弾箱には彼がマグル界から持ち込んだアルコールが入っていた。

 

 

「キープしていた酒だ。数はそんなに無いし高価なものでもないが、まあ、バタービールよりはマシだぞ」

 

「酒って………僕達まだ未成年だぞ」

 

「セドリック。遊撃部隊隊長が何を恐れる?これくらい飲める器じゃねえと隊長は務まらんぞ?」

 

「いや、それは………」

 

「おい、コーマック。セドリックを抑えとけ」

 

「了解!!」

 

「なっ!や、やめろ!」

 

 

コーマックに抑えられたセドリックの口に無理やりエスペランサは酒を注ぎ込んだ。

 

 

「ぐええ!なんだこれ!」

 

「ニコラシカだ。度数は少しばかり高いが、冬場に飲むと美味い」

 

 

セドリックが酒を飲んだのを見て、他の隊員たちもバタービールを放り投げて酒瓶を手に取り始める。

 

 

「明日はどうせ休日だ!酔っても大して問題にはならないし!」

 

「グリフィンドール寮は朝までドンちゃん騒ぎだろうから朝帰りしてもばれない!」

 

 

ネビルとコーマックがウイスキーのボトルを開けながら言う。

その向こうでは第2分隊の小銃手たちがドイツ製のビールをかけあっていた。

 

 

「皆、楽しんでるな」

 

「セオドールか」

 

 

ワインのボトルのコルクを抜いていたエスペランサの横へセオドールがやってきた。

 

 

「勝利に酔うっていうのかな。戦いに勝って、浮かれて、そして次の戦いを望む。僕も君の気持ちが少し分かった気がする」

 

「俺は別に勝利に酔ってはいないが?」

 

「………そうかな。1年生の時も2年生の時も、君は戦いに勝って帰ってきた。僕達は君の心配をしていたけど、君はそんなことは知らずに、満足そうにして帰ってきた」

 

「満足そうに……?」

 

「自覚は無いかもしれないけどな。僕は君が指揮官であり仲間である事に安心すると共に、恐れも抱いている」

 

 

セオドールは弾箱の一つに座り、エスペランサを見つめた。

 

 

「恐れ?」

 

「ああ。君は戦争を憎んでいる。が、同時に戦場に自分の居場所を見出してしまっている。僕らは、そんな君についていくことになるが、ついて行った先に何があるのだろう……と」

 

「それは……俺は、平和な世を目指している。だからその先にあるのは……」

 

 

そこまで言ってエスペランサは考え込んだ。

 

彼が目指すのは平和な世。

だが、それを実現することを保障は出来ない。

そこまでに19名の隊員を一人も死なせずにすることも保障は出来ない。

 

 

「一本貰おう」

 

 

セオドールはエスペランサの足元に置かれたワインのボトルを手に取り、自身の持っていたコップに注いだ。

 

 

「君が僕達をどこへ連れて行くのかはわからない。その先が平和であるのか、それとも地獄であるのか。でも、僕は今日、吸魂鬼を倒した時に正直怖くなったんだ。“力”を持ってしまった事に。これから僕達がどういった戦いをするのか、ということに恐れを抱いたんだ」

 

「…………」

 

「恥ずかしい話だろ。副隊長だってのに」

 

「いや、それが正常だよ。セオドール」

 

「そうなのか?」

 

「ああ。ガンサー症候群ってのがあってな。98パーセントの兵士は持続した戦闘によっておかしくなっていくんだ。どんなに肝っ玉のある奴だって戦闘には恐れを抱く。気が狂う。だが、恐れているうちはまだ人間でいられているんだよ」

 

「僕もいつかは戦闘に慣れて、おかしくなってしまうのだろうか?」

 

「おかしくはさせないさ。俺が」

 

「君が………。そうか。そうだな。君のように常に正しい道を示してくれる指揮官がいれば我々は、我々でいることが出来る。そういうことだな」

 

「その自信は俺には無い。俺が正しいかどうかはわからん」

 

 

エスペランサは1年近く前にトム・リドルと対峙したときのことを思い出した。

正しさというのが主観的なものでしかないことはそのとき理解している。

 

 

「君は正しいさ。少なくとも僕はそう信じている」

 

「セオドール………」

 

「はは。少し、酔ったな」

 

 

セオドールはそう言ってコップに残っていたワインを飲み干した。

 

エスペランサは酒盛りの最中である第1分隊の隊員たちのところへ戻ろうとした。

そんな彼をセオドールが呼び止める。

 

 

「そういえば、ガンサー症候群では98パーセントの兵士がおかしくなるんだろ?残りの2パーセントはどうなるんだ??」

 

「ああ、そのことか」

 

 

エスペランサは苦笑しながら答えた。

 

 

「残りの2パーセントは元からおかしかったんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 




ガンサー症候群の下りは私の好きな小説の1シーンを参考にしました。




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case41 Eve of operation 〜作戦前夜〜

しばらく更新が途絶えていました。
申し訳ないです!!

転勤して仕事に追われてました。

やっと投稿ができるようになったのでまとめて投稿します!


基本的に主人公視点で物語が進み、ハリー達の行動は端折られるのでアズカバンの囚人の原作未読だと分かりにくいところがあるかもしれません。


吸魂鬼の倒し方はわかった。

 

各種データも揃っている。

センチュリオンの士気は最高潮に達した。

 

 

それにも関わらずエスペランサはセンチュリオンの活動を一時中止することにした。

 

 

何故か。

 

それは期末試験がはじまるためである。

 

 

セオドールやフローラもこの方針に反対はしなかったし、隊員たちも安堵していた。

吸魂鬼を倒す前に、試験に倒されてしまっては意味が無い。

 

 

エスペランサもここ数週間は一切の勉強をしていなかったために試験には不安が残っていた。

 

 

 

 

「筆記と実技、やっかいなのは実技だな。こればかりは暗記だけではどうにもならない」

 

セオドールが羽ペンを動かしながら言う。

 

結局のところ、19名の隊員たちは必要の部屋で勉強していた。

学年次席、次々席のセオドールやフローラ、監督生候補のセドリックやチョウなど優秀な隊員が教え役をする勉強会を企画したのである。

加えて必要の部屋は実技の勉強に必要な道具が勝手に出てくる万能な部屋だ。

 

普段は通信機を置いている机を勉強机の代わりとして19人の隊員がずらりと座り、勉学に勤しんでいた。

 

 

「僕は魔法薬の調合が不安。いつもは皆が横に居るけど試験中は一人だろ?」

 

魔法薬学の教科書を広げてネビルが愚痴をこぼす。

 

「ネビル。まだスネイプ先生が怖いのか?」

 

「だって、吸魂鬼は銃弾で倒せるけどスネイプ先生は銃弾で倒せないじゃないか」

 

 

2年生の時にエスペランサとスネイプは決闘を行った事がある。

銃や榴弾を駆使してもエスペランサは負けた。

 

 

「あの時は負けたが、次は勝つさ」

 

 

反対側のテーブルで教科書を読むエスペランサが言う。

 

近代兵器に頼りすぎた戦い方が熟練の魔法使いには通用しないことを彼はそこで知った。

 

 

「実技は私も不安です。闇の魔術に対する防衛術は実技があると聞いていますけど、その中にマネ妖怪ボガートの撃退が含まれていたら突破できるかどうか………」

 

フローラが不安げに言う。

彼女はボガートの授業で実技に加わっていなかった。

しかし、ハリーがボガートと対峙した時に、それが吸魂鬼に変身したという話を聞いて恐れているようだった。

 

「俺もボガートは苦手だ。だが、奴は物理的攻撃が効くからな。いざとなれば銃で倒してしまえば良い」

 

「あなたはそうしそうで逆に怖いですね」

 

「まあな………」

 

そう言ってエスペランサは椅子から立ち上がり、部屋を後にしようとする。

 

「どこかへ行かれるんですか?」

 

「息抜きだ。俺も連日の試験勉強で疲れてるからな」

 

 

彼はローブの懐から煙草のケースを取り出して見せる。

 

必要の部屋には無数の重火器や弾薬が集積されているため火気厳禁である。

故に喫煙は必要の部屋から出て行う必要があった。

 

 

「私もついていって良いですか?」

 

「良いけど………。俺は一服しに行くだけだぞ?」

 

「構いません」

 

 

そう言ってフローラは羽ペンを机において立ち上がった。

 

 

 

 

 

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時刻は20時を回ろうとしている。

 

殆どの学生は寮の談話室で勉強をしている頃だ。

特にOWLと呼ばれる試験を控えた5年生は机にかじりついて勉強している。

 

教師陣も試験の作成で忙しそうにしているため城内を巡回する職員はいない。

管理人のフィルチは例外だったが、彼はセンチュリオンの協力者であったため城内の時間外徘徊を見つかったところで問題ではなかった。

 

エスペランサとフローラはフクロウ小屋と呼ばれる塔の最上階に存在する小屋にたどり着いた。

 

「インセンディオ“燃えよ”」

 

呪文を唱えると杖の先から火が出る。

火によってフクロウの糞だらけの小屋の中が照らされた。

 

懐から取り出した煙草に火をつけたエスペランサはフローラに話しかけた。

 

 

「で?何で俺の一服についてきたんだ?何か相談でもあるのか??」

 

「……………」

 

小屋が暗いせいでフローラの表情は読み取れない。

もっとも、明るかったところで彼女の表情を読み取る事は困難であったが。

 

普段、煙草の煙を嫌う彼女がわざわざついて来たとなるということは、何か二人きりで話したいことでもあるということになる。

 

「言っておくが俺はあまり良い相談相手ではないからな。メンタルヘルスならセオドールのほうが向いてる」

 

「そうでしょうね。ただ、誰かに聞いて欲しかったんです。私の事を………」

 

「????」

 

「私が吸魂鬼の影響を受けやすい事は知っていますよね?」

 

「ああ。ハリーと同じで吸魂鬼を前にして意識を失っていた………」

 

「そうです。ハリー・ポッターは両親を殺害されたという悲惨な過去を持つために吸魂鬼の影響を強く受けてしまう。と、言う事は」

 

「フローラもそれ相応の過去を持っているということか………」

 

「理解が早くて助かります」

 

 

エスペランサはいつの間にか吸い終えていた煙草を塔の外へ投げ捨てる。

 

吸魂鬼の影響を強く受けるということが何を意味するかは彼も理解していた。

悲惨な過去を持つのはエスペランサも同様であるためだ。

 

 

「私は正規のカロー家の人間ではない……というのは前に話しましたよね」

 

「ああ。養子縁組だっけか?」

 

「はい。カロー家については何か知っていますか?」

 

「純血の一族ってのと、その一族の中に闇の魔法使いが何人か居るってことだけだな」

 

「お世辞にも評判の良い家、とは言えませんよね」

 

 

エスペランサは英国魔法界の現状を知るために有名な一族に関してはある程度調べている。

英国魔法界を牛耳っているのは主にマルフォイ家を筆頭とした純血の家であった。

カロー家もそこに含まれる。

 

非常に前時代的であるが、逆に言えばそれらの家を滅ぼすだけで英国魔法界は乗っ取ることができる。

 

 

「まあ、良い噂は聞かないな。お前の義理の姉にしたってあんな奴だし………」

 

「そうですね。カロー家の人間は皆、姉のような人ばかりですから」

 

 

純血家は純血の血筋を守る事を家訓としている。

 

純血家自体が少ない事からそれも難しくなってきたが、それでも尚、純血家の子は純血家の子と結婚させ、純血の家系を守ろうとする動きは健在だ。

カロー家も例外ではなく娘であるヘスティアを他の純血家の息子と結ばせようとしていた。

 

しかし、彼女は性格と見た目に難がありすぎた。

 

純血家の息子達は彼女の粗暴な性格とそれを具現化したかのような見た目に一種の恐怖すら抱き、逃げ帰ったと言う。

ある純血家系の生徒は彼女の事をドローレス・アンブリッジのようだと形容していたが、生憎、エスペランサはその人物を知らなかったのでいまいちピンときていない。

 

兎にも角にもカロー家はその血筋が途絶えてしまう危機に直面したわけだ。

 

そこで、遠い親戚であるフローラを養子に迎えて、ヘスティアの代わりにしようと画策したのである。

 

 

「同情するよ。そんな家にいたんじゃ、そりゃ捻くれた性格になるわけだ」

 

「別に私は捻くれてはいませんが………。まあ良いです。そのカロー家の主から先日ふくろう便で手紙が届きまして」

 

「ほう?」

 

「姉が最近の私の行動をチクったみたいです。手紙にはカロー家に恥じない振る舞いをしろとか書いてありました。次の夏休みは恐らくずっと説教ですね」

 

 

フローラは他人事のように言ってため息をついた。

 

 

「勝手なもんだな。自分達の都合で養子にして………。意にそぐわない行動をしたら説教か」

 

「勝手なものですよ。知ってますか?カロー家における説教というのはほとんど拷問のようなものなんです」

 

「拷問……だと?」

 

「カロー家の意向に逆らえばどうなるかということを身体に覚えさせるために、時には闇の魔術まで使われる始末です」

 

「何て奴らだ………」

 

「悲惨な日々でしたよ。口答えすれば呪いをかけられ、逃げようとしても逃げられず………。だから私は心を閉ざすしかなかったんです………」

 

 

フローラはそう言って彼女自身の過去を語りだした。

 

 

 

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フローラ・カローはカロー家の分家に生まれた。

 

もっとも、その分家は数十年前に本家から追い出された家であり、英国内では本家に迫害されるために国外へ逃れていたらしい。

国外とはノルウェー方面のことである。

 

英国外ではカロー家の知名度はなかったためにフローラは平和な暮らしを送っていた。

 

もっとも、彼女の両親は彼女が生まれてから間もない頃に病死してしまっていたために祖父に育てられていた。

この頃のフローラは今からは想像もつかないほど無邪気な子供だったという。

祖父と二人で貧しくも幸せな生活をしていた彼女であったが、悲劇は彼女が9歳の時に訪れた。

 

 

 

その日、魔法薬の材料をお遣いとして買いに町に出ていたフローラが家に帰ると知らない男が家の前に訪れていた。

 

彼らは皆、ローブを着ていたために魔法使いだと分かったが、どこか様子がおかしかった。

一言で言えば悪人のようだったのである。

 

玄関先で立ちすくむフローラに近づいてきたその悪人のような男は彼女にいきなり杖を向けると、ある呪文を唱えた。

後で知る事になるが、その呪文は服従の呪文であった。

許されざる呪文の一つである服従の呪文は、対象となった人間を意のままに操る事のできる魔法である。

つまり、フローラはその男に操られたというわけだ。

 

操られたままのフローラを連れて男は家の中に入り込んだ。

 

彼女の帰りを待っていた祖父に男は告げる。

 

 

 

“この娘は今日からカロー本家の養子とする”

 

 

 

無論、彼女の祖父は抵抗した。

 

しかし、男は服従の呪文で操ったフローラに養子縁組の受理申請書のサインを無理やりさせ、半ば拉致をするように彼女を本家へ持ち帰ってしまったのである。

この男はカロー本家の主、すなわちヘスティアの父であった。

 

 

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「今となってはあの時かけられた魔法が服従の呪文であったと理解できます。私は魔法であの男……つまり、現在の父に操られ、養子縁組の契約をしてしまったわけです」

 

「そんな馬鹿な話があるか?魔法省はその出鱈目な申請を通して養子縁組を認めたのか!?」

 

「英国魔法界の法律は前時代的で穴だらけなんです。服従の呪文で操られたたった9歳の子供のサインでも申請書としては認められてしまいます。それに、カロー家は魔法省内で大きな権力を持っていましたから、違法な手段でも何とかなってしまったんでしょうね」

 

「くそったれだ………」

 

 

エスペランサは吐き捨てるように言い、2本目の煙草を取り出した。

 

 

「話を続けますね………」

 

 

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服従の呪文から解かれたフローラは気付くとカロー本家に居たらしい。

 

混乱した彼女の前に例の男が現れた。

男は自分がカロー本家の主人であり、今日からフローラの父となる事を告げた。

 

今まで親族の存在すら知らなかったフローラはますます混乱して「家に帰してくれ」と頼み込んだが無駄だった。

養子縁組の手続きは完了し、彼女は正式にカロー本家の養子となってしまっていたわけである。

 

時に泣き喚き、時に脱走して祖父の下へ帰ろうと試みたが、それも全て無駄であった。

 

3度目の脱走に失敗し捕らえられた彼女は一週間に渡る拷問を受けることになる。

貼り付けの呪文によって苦しめられ、精神が崩壊する寸前になったフローラはカロー本家からの脱走をあきらめるに至った。

 

満足に魔法も使えない未成年の魔女が抵抗するにはカロー家の人間達は強大すぎたのである。

 

それでも彼女はいつか祖父が助けに来てくれることを信じた。

魔法省の職員でも誰でも良い。

誰かが彼女を助けてくれる事を信じた。

 

こんな理不尽が許されて良いはずないと拷問で傷められた身体を押さえながら神に救いすら求めた。

 

しかし、助けは現れなかったのである。

 

カロー家にふさわしい人材にするためという理由で魔法の基礎から、貴族としての振る舞いまでありとあらゆることをスパルタ式で教え込まれ、1年が経過する頃、彼女の祖父が病に倒れてこの世を去った事が義理の父によって伝えられた。

フローラにとって唯一の優しい家族が死んだという事実は彼女の感情を殺してしまった。

 

いつか、祖父と再会できる。

 

そう信じて、その事をたった一つの希望として頑張ってきた彼女の精神はそこで壊れてしまったのである。

 

以来、フローラは感情を表に一切出さずに、まるで操り人形のように生活する事となった。

 

 

 

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「あの時に私は一度死んでしまったんです。生きる希望も見つからず、ただ義理の父となったあの男の言う事だけを聞く人形と成り果てました。彼はそっちの方が喜ばしかったらしく、それ以来、拷問はほとんどなくなりましたけど………。代わりに姉の方が私のことを疎ましく思ってちょっかいを出してきましたが」

 

「そうか……確かに最初に会ったときのフローラは感情を失ったかのように見えた」

 

 

エスペランサは1年生の頃のフローラを思い出した。

 

冷めた目で口数も少なく、周囲から恐れられていた頃の彼女である。

 

 

「父の言いつけで純血の家の息子と何度も無理やり会わされました。私の人生は全てあの男に決められてしまっている、と絶望して自ら命を絶とうとしたこともありました」

 

「そんなことまで……あったのか」

 

「はい。唯一、希望があったといえばグリーングラス姉妹は私に気さくに話しかけてくれたということでしょうか。寮でも孤立していた私に彼女たちは良くしてくれました。ですが、私の将来が絶望的であったことは変わりません。結局自分はカロー家に染められて、抵抗しようにも拷問されて、自分の手では何も変えられないそう思っていました。そんな時にあなたと出会ったんです」

 

「俺と?」

 

 

 

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カロー本家という強大な力の前に抗えず、絶望していたフローラ。

 

エスペランサ・ルックウッドという少年はそんな彼女に新たな希望を与えた。

 

 

純血主義のスリザリンの生徒をひねり潰し、魔法界の常識を覆し、強大な敵であるトロールも3頭犬も倒し、ヴォルデモートにさえ抗い戦う。

抗う事を止めて全てを諦めていた彼女にとってエスペランサは希望となったのである。

 

エスペランサが作ろうとする理想の世界。

 

その世界なら自分は自由になれるのではないか………。

 

 

 

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「私は弱いですから……。あなたの強さに憧れていました。ですが………」

 

「フローラ??」

 

 

フローラはローブから1通の手紙を取り出した。

恐らく義理の父であるカロー家の主人からのものだろう。

 

そして彼女はその手紙を破り捨てる。

 

粉々になった手紙は風に飛ばされ、ふくろう小屋の窓から夏の夜空へ消えていった。

月明かりに照らされた紙ふぶきは季節はずれの雪のようであった。

 

 

「吸魂鬼を私たちが倒した時に思ったんです。恐れずに戦うという選択肢もあるということに」

 

「そうか………。強く……なったんだな?」

 

「はい。強くなりました。私はあなたの部下第一号ですから。当たり前です」

 

 

 

 

フローラはエスペランサの前に躍り出て、そして微笑みながらそう言った。

 

 

 

 

雲の合間から差し込む月の明かりは幻想的に彼女の姿を照らし出す。

金色に輝く長い髪も、白い肌も。

 

はじめてエスペランサに見せた微笑みも。

 

その姿は美しかった。

恐らくエスペランサがこの世で初めて美しいと形容したものであった。

 

 

 

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筆記試験は予想よりも簡単だった。

というのはハーマイオニーの感想である。

 

ハリーやロンはそんなことはないと言わんばかりの顔をしていた。

 

筆記試験はエスペランサも得意ではない。

一部得意教科を除けばあまり良い成績は取れていないだろう。

 

だが、闇の魔術に対する防衛術の実技試験に関しては自信があった。

 

この実技試験は今までに習った生物を1体1体倒しながらゴールにたどり着くという障害物リレーのようなものである。

 

試験は屋外のグラウンドで行われる事となっており、見ればグラウンド内に池や沼やボガートが入っていると思われる箪笥などが置かれた試験用のコースがあった。

エスペランサはコース横に立つルーピンの元へ行く。

 

 

「先生。使用してよいのは杖だけですか?」

 

「いや。突破できれば何でも構わないよ。君は意図的に最後の生徒にしているからね。得意の武器を使っても構わないさ」

 

「では遠慮なくやらせてもらいます」

 

 

そう言ってエスペランサは持ってきた背嚢から武器を取り出した。

M733自動小銃にM92Fベレッタ。

破片手榴弾とスタングレネード。

各種弾薬。

 

最初は水魔の入ったプールを突破するという実技だ。

 

水魔は緑色に濁ったプールに潜んでいると思われる。

水魔は手がもろい弱点があるので「レダクト」という呪文で簡単に突破できるが、エスペランサはそんなまどろっこしい事はしなかった。

 

 

手榴弾のピンを抜き、それをプールに放り込む。

 

 

 

ズドオオオオオオオ

 

 

 

水柱が上がって、プールに潜んでいた水魔が慌てて姿を現した。

水中で、しかも至近距離で爆発した手榴弾は音響兵器と化す。

良く見れば水魔の耳からは血が噴出していた。

 

姿を現した水魔はたった1匹である。

その水魔の眉間にエシウペランサは5.56ミリ弾を撃ちこんだ。

 

 

「ギャアア」

 

 

水魔は背中からプールに倒れこむ。

そして、プールを赤く染めていった。

 

プールを突破した後はレッドキャップがたくさん潜む穴の存在する場所を駆け抜けることになった。

スタングレネードを投擲してレッドキャップを全て無力化し、そのまま次のエリアに進む。

 

おいでおいで妖怪は沼に誘い込もうとする妖怪であったが、これも小銃による掃射で蜂の巣にしてクリアした。

 

 

 

「で、最後はやはりマネ妖怪のボガートか」

 

 

 

ボガートの潜む洋服箪笥が置かれているのを見てエスペランサは呟いた。

 

おそらくボガートは授業の時と同じ格好で出てくるだろう。

その光景に不快感を持ったエスペランサは再装填した小銃を構えて箪笥に銃口を向けた。

 

 

「悪く思うな」

 

 

引き金を引き、30発の弾丸を箪笥に発射。

たちまち、箪笥は穴だらけになるがエスペランサは攻撃を止めない。

 

 

タタタタタタ  タタタタタン

 

 

空になった弾倉を抜き新たな弾倉を装填する。

人差し指を引き金から外しトリガーオフ。

銃を左に傾けて薬室に詰まりがないことを確認し、新たな弾倉を銃本体に差し込む。

 

所持している全ての弾丸を撃ち終える頃には箪笥に火がついていた。

恐らくは曳光弾が木製の箪笥に火をつけたのだろう。

 

箪笥の中からはボガートの断末魔の叫びが聞こえる。

ボガートは箪笥と共に燃えているらしい。

 

 

パチパチパチ

 

 

後方でルーピンが拍手をしている。

 

「最速でのクリアだ。エスペランサ。満点は君とハリー。それにネビルとセオドール、フローラも満点だ」

 

「そうですか。ハリーもフローラもボガートを突破した、ということですね」

 

「見事だったよ。だけどひとつ気になる事があるんだ」

 

「気になること?」

 

 

ルーピンはエスペランサを見つめながら言う。

その目には“警戒心”が現れていた。

 

 

「ハリーは私の教えた方法で試験をクリアした。だが、他の3人の戦い方は全く違った。まるで………」

 

「兵士のようだった。ですね?」

 

「…………ああ。その3人だけじゃない。他にも何人か、何と言ったらよいのか……。機械的に動いて戦う生徒が居た」

 

「まあ、ここの生徒は少なからず自分のマグルの軍隊式の戦いを目にしているので、それを模倣したんでしょう」

 

「模倣……か。いや、あの訓練された動きは一朝一夕で身につくものじゃないよ。少なくとも魔法界にあのような戦い方は存在しなかった。君もそうだ。エスペランサ。君の動きには全く無駄がない。そう、無駄なく確実に最短ルートで敵を殺すことのみを考えた動きだ」

 

 

それは当たり前だ。

軍隊の戦い方とはそういうものなのだから。

 

エスペランサたちセンチュリオンの隊員は見方の損害を最小にして尚且つ敵を最大限倒すために魔法と近代兵器を組み合わせた動きを研究している。

 

 

「先生。先生はその生徒達に“戦い方”を教えたのが、この俺だと言いたいんですね」

 

「いや、そんなことは」

 

「ダンブルドアもスネイプも恐らく俺の事を探っている。そうでしょう?」

 

「……………ああ。そうだね。彼らは君のことを警戒しているようだ。今まで大勢のマグル生まれの生徒を見てきたけど君のような生徒は居なかった。だが、君のように大勢の生徒に影響を与え、徒党を組み、組織を作り上げた生徒はいる。一人はダンブルドア。もう一人はヴォルデモートだ。強力な魔法力とカリスマ性を備えて大勢を率いていた」

 

ルーピンはヴォルデモートのことを例のあの人ではなくヴォルデモートと呼んだ。

英国魔法界でヴォルデモートの名前を恐れずに呼ぶ人間は少ない。

 

無論、エスペランサはヴォルデモートという名前を恐れてはいなかった。

名前を恐れるという考え方も理解できなかったし、そもそもヴォルデモートは彼にとってただの敵でしかなかったからである。

センチュリオンの隊員にもヴォルデモートを恐れないように教育をしていた。

例えば駆け足をする際の掛け声で「ヴォルデモート イズ サノバビッチ」と言わせていたりする。

 

「自分はダンブルドアのような人格者ではありません。ヴォルデモートのような強力な力も持っていません。成績も中の上。英国魔法界を変えるほどの影響力はありません」

 

「私はそうは思わない」

 

「え?」

 

「ダンブルドアもヴォルデモートも成し遂げなかった事を君は既にやってのけている。それは、寮の壁と魔法界の固定概念を壊すという事だ」

 

「そんな事をした記憶はありませんが」

 

「君が仲良くしている面子は寮も出身もバラバラだ。純血家系もマグル生まれもグリフィンドールもスリザリンもごちゃ混ぜの派閥だ。今まで、ホグワーツは寮同士がこうも交流しあう事はなかったし、組織を編成する事もなかった。古い考え方が蔓延っていた。でも君は………」

 

「それを壊した……と」

 

「そうだ。それはダンブルドアですら出来なかったことさ。英国魔法界の魔法使いは全員、ホグワーツ出身だ。だから寮の対立…主にグリフィンドールとスリザリンだけれども…は英国魔法界全体に蔓延している。だから13年前にはあんな戦争が起きたんだ」

 

 

異なる思想の対立が争いを生むのは古今東西、何時の時代も同じだ。

人間が人間である限り争いは無くならない。

国境を無くせば戦争は無くなるか。

否、内戦が起こるだけである。

武器を無くせば戦争は無くなるか。

否、今度は拳と拳で争いが生まれるだけだ。

 

だから、エスペランサは武器を捨てないし平和的解決をしない。

 

だが、現状を改善する事はできる。

 

闇の魔法使い、テロリスト、独裁者。

意図的に平和を乱そうとする人間を葬り去って今より平和な世界を生み出す。

それがエスペランサ、いや、センチュリオンの行動理念であるはずだった。

 

 

「この1年。私はこの学校の生徒達を見てきた。だからこそ、君を中心としたグループが密かに出来ているのも何となくわかった。それは悪い事ではない。死喰い人のように悪に染まった組織ではなく、かといってダンブルドアの組織した集団のように善人過ぎるわけでもない。でも私は君たちの存在がこの魔法界を良い方向へ導いてくれるものだと信じている」

 

「先生………それは……」

 

「君は君の信じる道を進めば良い。うん。私も少しは教師のようなことが言えたかな………」

 

 

リーマス・ルーピンはそう言って老けた顔で笑った。

 

 

 

 

 

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試験が終わったエスペランサはいよいよホグワーツ周辺に存在する吸魂鬼の撃滅作戦の発動を決めた。

 

バジリスクの毒から造られたポイズンバレットの数が戦闘を行うことの出来るくらいには揃ったこと。

吸魂鬼の倒し方が確立されたこと。

これらの条件が揃ったため、吸魂鬼撃滅作戦を行う事が可能となった。

 

また、シリウス・ブラックが捕まって吸魂鬼が撤退してしまえば吸魂鬼撃滅作戦は行う事が出来ない。

故に早いところ作戦を発動する必要があった。

 

エスペランサは試験が終了して暇をもてあましていたセンチュリオンの隊員数名を集めて偵察分隊を編成し、作戦予定区画である禁じられた森の調査へ向かわせた。

同時にセオドールやフローラ、遊撃部隊長のセドリック、後方支援責任者のフナサカらを必要の部屋に呼び、作戦の細かな内容を決める会議も開いた。

 

試験期間には勉強用の部屋であったブリーフィングルームは久々に本来の使い方で使われる事になったのである。

 

作戦の概要自体は試験前から大方決めていたし、発動が試験終了後すぐになることは分かっていたが、それでもかなり急な話ではある。

 

 

部屋の中心にプラスチック製の机を置き、その上に手作りではあるがホグワーツの地図を載せ、その周りに5名の隊員が集まっていた。

 

 

「吸魂鬼撃滅作戦を発動する。今日、各部隊の責任者に集まってもらったのはその作戦を考えるためだ」

 

エスペランサは集められた隊員たちの顔を見ながら言った。

 

「遂に来たか………。それにしても急過ぎないか?」

 

「試験も終了し、弾薬も確保した。発動にはもってこいの時期だ。試験終了後すぐのタイミングならば教師は試験の採点、生徒は試験の疲れから休養をするだろうし、我々の作戦を察知されない。問題は発動する時間だが………」

 

「それなら意見が」

 

 

セオドールが挙手して発言する。

 

 

「何だ。言ってみろ」

 

「発動はハグリッドのヒッポグリフが処刑される時間が良いんじゃないか?不謹慎だが、ヒッポグリフの処刑にはダンブルドアをはじめとして職員数名が同行する。我々の動きを職員に察知されにくい」

 

「バックビークの処刑はまだ決まったわけじゃない」

 

 

バックビークの処刑は決まっていなかった。

本日の夕方に魔法省の役員がホグワーツを訪れて現地で裁判の判決を行うようである。

しかし、裁判とは名ばかりでバックビークの処刑はほぼ決定しているようなものであった。

多額の財産で魔法省を牛耳るマルフォイ家がバックについているのだからバックビークに勝ち目はない。

 

ハリー達3人はハグリッドとバックビークのために裁判の手伝いをしていたようであるがエスペランサはセンチュリオンの活動を優先したために手伝わなかった。

 

 

「どちらにせよ、バックビークの裁判にはダンブルドアも出席すると思うよ。ダンブルドアはハグリッドの味方だし。問題は詳細な時間だけど………」

 

「マルフォイに聞けば喜んで教えてくれるだろう。奴の親父はこの件に深く関わっているしな。僕が聞いておこう」

 

セオドールとネビルの会話を聞きながらエスペランサは考える。

確かにバックビークの処刑の日なら職員も生徒もそっちの方を注目するだろうからセンチュリオンの動きを察知されないで済むかもしれない。

作戦区域を処刑決行の場所から遠い場所にする事と、処刑実行時間と作戦時間を被せない事が必要不可欠となるが………。

 

 

「吸魂鬼の数は数百体だろ?その数の吸魂鬼を作戦区域までおびき寄せる手段はどうするんだ?ついでに言えば数百体の吸魂鬼を吹き飛ばすほどのナパーム弾を使用した作戦をどこで行うんだ?規模的に隠し通せるものじゃないと思うんだが」

 

 

今度はフナサカが発言する。

エスペランサはフナサカの疑問に答えた。

 

「その疑問はもっともだ。前回は1体の吸魂鬼のみを相手にした。だが、今度は数百体の吸魂鬼を相手にしなくてはならない。まず使用するナパーム弾であるが、これはM4と呼ばれる米軍がベトナム戦争で使用したものと同種のものを使用する」

 

 

M4。

米軍が正式に使用している吸湿性のないナパーム弾であり、魔法により作り出したナパーム剤と必要の部屋を最大限に利用してエスペランサは開発に成功した。

本来なら軍需工場で作り上げるものであり、子供が作れるようなものではないのだが、魔法というのは便利なものである。

杖を一振りするだけで工場のラインの過程を全て自動でやってしまった。

 

 

「米軍で使用されるM4ナパーム弾の効果範囲ならば密集した数百の吸魂鬼を倒す事は可能。問題は前回の作戦よりも盾の呪文で爆発と吸魂鬼を押さえ込む人員を多く確保しなくてはならないという点だ」

 

「吸魂鬼の誘導は?」

 

「本来ならシリウス・ブラックを生け捕りにして、囮とすれば吸魂鬼をおびき寄せることも出来る筈だが………。まあ現実的ではないな」

 

「とすると僕達の出番になるわけだな」

 

 

遊撃部隊の長であるセドリックが言う。

彼は前回の作戦で吸魂鬼を作戦ポイントまで箒を使用して誘導するという任務を遂行した実績があった。

 

 

「前回は吸魂鬼3体のみを誘導すればよかったが、今回は数百体を相手にしなくてはならなくなる。同様の作戦は使えん」

 

「前回の作戦で吸魂鬼の移動速度や旋回性能に関する情報は収集済みじゃないか。事前に吸魂鬼を箒で回避する訓練も行ってきた。誘導は十分可能。僕はそう思う」

 

「セドリック。箒での誘導は最悪の場合使用する第2案とした筈だ。俺は隊員に犠牲の出るようなリスクある作戦は立案できない」

 

 

セドリックの乗る箒であるクリーンスイーブ7号の最高速度と吸魂鬼の最高速度は箒が若干速い程度。

しかし、吸魂鬼の機動性と、その数からして誘導は困難を極める。

前回の作戦でも迫撃砲の発煙弾を駆使して何とか誘導に成功したのだ。

 

 

「そもそも吸魂鬼は城の外周にバラバラに配置されているからそれら全部を同時に誘導するのは難しいだろう。城の外周に居る吸魂鬼全てが食いつく様な囮を作戦ポイントに配置するのがやはり適切だと思う」

 

セオドールが言う。

 

例えばシリウス・ブラックを作戦ポイントに配置すれば、城の周りに存在する吸魂鬼は全員、殺到するであろう。

もしくはハリー・ポッター。

彼もまた吸魂鬼をおびき寄せる性質を持っている。

 

吸魂鬼は城内に入ることが出来ず、彼らの主食である人間の幸福感を吸い取る事ができないために餓えていた。

故に城外に「辛い記憶」を持つハリーを出せば必ず食いついてくるだろう。

 

だが、センチュリオンの隊員ではない非戦闘員のハリーを戦闘に巻き込むわけには行かない。

 

 

「それなら…………」

 

今まで一言も発していなかったフローラが唐突に口を開いた。

 

「私が囮になります。吸魂鬼をおびき寄せる素材としてはふさわしいと思いますが………」

 

「なっ!?」

 

「ホグワーツ特急の中で吸魂鬼はハリー・ポッターだけでなく私にも襲い掛かってきましたし、彼同様、私も吸魂鬼の影響を強く受けます。城外に私が単独で出れば吸魂鬼たちは食いついてくると思いますが」

 

 

フローラは表情を一切変えずに言ってのけた。

 

確かに彼女はハリーと同様に吸魂鬼をおびき寄せる事が出来る人材ではある。

だが………。

 

「危険過ぎる」

 

「何故です?この作戦を成功させるには囮が必要不可欠なんですよね?ハリー・ポッターは非戦闘員であり一般生徒なので囮には出来ない。なら私しかいません」

 

「だが………」

 

 

反対するエスペランサをフローラは押し切ろうとする。

 

 

「私もこの部隊の戦闘員であることに変わりはありません。危険は承知の上です。それとも、あなたは私を危険な目に遭わせたくないという私的な感情で反対するんですか?」

 

「……………わかった。吸魂鬼の誘導に関してはフローラを囮とする方針で行く。ただし、隊員に犠牲者を出すつもりは毛頭無い。自分の命は粗末にするな。これは絶対命令だ」

 

 

エスペランサは自分の命が危険になる事態は想定していたし、覚悟していた。

しかし、部下である隊員たちの命を危険に晒すことは躊躇していたのかもしれない。

彼は傭兵時代、指揮官を務めたことは勿論無かったので、部下の命を預かるという状況に陥ったことはなかったのだ。

 

指揮官としては彼はまだ未熟だったのである。

 

フローラの目は本気だった。

 

数日前に彼女がエスペランサに言った言葉の意味を、彼はここではじめて理解した。

 

 




原作の時系列は

ハリーが占い学の試験を受ける

ハグリッドから手紙が届きバックビークの処刑が決まる

ハグリッドのところへ行く

その後、あばれ柳でシリウスに遭遇

だったと記憶しています。
つまりエスペランサは試験終了後、すぐに隊員を招集して作戦決行を伝えたわけです。
かなりのハードスケジュール………。


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case42 Mortar! VS Dementor 〜迫撃!VS吸魂鬼〜

続けて投稿します。

引き続きアズカバンの囚人のラストスパートにあたる部分ですが、ハリーの行動はほぼ端折っているので原作未読だと時系列が分かりにくいかもしれません。

基本的にエスペランサの作戦行動中にハリーたちはシリウスと遭遇しています。




タイトルがネタ切れで思いつかない………


バックビークはやはり処刑となった。

 

 

ハリーたちの元へハグリッドからバックビークが処刑されることが決まった旨を伝える手紙が届いていたらしい。

 

 

「僕たちに何か出来ないかな………」

 

グリフィンドール寮の談話室にあるソファに座りながらハリーがつぶやいた。

彼の目の前のテーブルにはハグリッドからの手紙が置かれている。

字が汚いのとハグリッドの涙で滲んでいるために解読が難しい手紙ではあったが、バックビークの処刑が決まった旨が書かれていた。

 

 

「裁判は覆らないわ。残念ながら。でも、処刑の前に会いに行って慰めてあげれたら………」

 

「うん。そうしよう。今から行けば門限までには帰って来れるし」

 

 

ハリーたち3人はハグリッドの小屋に行く用意をし始める。

 

 

「エスペランサは??」

 

「俺は行かない。大勢で行っても迷惑だろ?」

 

「そりゃないぜ。そういえばエスペランサはバックビークの裁判を手伝わずにどこか行ってたよな。いったい何してたんだ??」

 

 

ロンがエスペランサに聞く。

 

バックビークの処刑までに残された時間は少ない。

この限られた時間でセンチュリオンの隊員を作戦位置に配置し、必要の部屋から武器弾薬を運び出さなくてはならない。

正直言ってエスペランサはバックビークの処刑前にハグリッドを訪ねている暇などなかった。

 

今も彼は作戦を頭の中でシミュレートしている最中だったのだ。

 

ここ数か月、エスペランサはハリー、ロン、ハーマイオニーとの交流はかなり少なくなっている。

 

 

「気の合う連中と試験勉強をしていただけだ。それに正直な話、俺はハグリッドを慰めることはできないと思う」

 

「どうしてだい??」

 

「俺は昨年、ハグリッドの友達とやらをまとめて爆破した人間だぞ。なんて言って慰めれば良いんだ?」

 

「あ、ああ。そんなこともあったね」

 

 

ロンは昨年、アラゴクとゆかいな仲間たち(アクロマンチュラ)との戦闘を思い出したのか、身震いした。

 

エスペランサはアクロマンチュラを吹き飛ばしたことに何の罪悪感も感じていなかったが、ハグリッドとは何となく距離を置いていた。

彼の友人を吹き飛ばしておきながら親しく接するのもどうかと思っていたからだ。

 

 

「てなわけで俺は行かない。だが、バックビークのために神に祈っておくよ。まあ、神なんて信じてないんだけどな」

 

 

 

 

 

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作戦の発動まで30分を切っている。

 

薄暗い天幕の中、腕時計を見ながらエスペランサはそう思った。

 

ハリー達を見送ってから直ぐに彼は必要の部屋に行き、作戦の準備を隊員たちと開始したのである。

 

吸魂鬼を撃滅するキルポイントは禁じられた森の中で最も大きい湖の上とした。

ここならばナパーム弾の鎮火も早く、2次災害も起きにくい。

 

作戦の第1段階は、城内で待機させておいたフローラをキルポイントである湖の湖畔に単独で前進させる。

十中八九、吸魂鬼はおびき寄せられるだろうが、万が一、おびき寄せられなかった場合の事も考えなくてはならない。

その場合、中距離火器である81ミリ迫撃砲の砲撃を城外でうろつく吸魂鬼へ撃ちこむことで気を引く。

 

無論、迫撃砲の砲撃音を城内にいる生徒や教師に聞かれては不味いので「マフリアート 耳塞ぎ」の呪文は広範囲にわたってかけることが徹底されていた。

 

ナパーム弾は湖を囲うように、湖畔にびっしりと埋め(本来なら重労働であるが、魔法を利用することで10分で作業が完了した)、遠隔操作が出来るように起爆装置から有線ケーブルを延ばしていた。

この起爆装置につながる有線ケーブルは、起爆装置自体に起爆用の電気信号を流すためのものである。

有線ケーブルはフローラが待機する湖畔とは反対側の湖畔に設営された作戦本部内に繋がっている。

 

作戦本部は巧妙に草木で偽装され、外からはただの茂みにしか見えない天幕で作られており、湖畔の様子を常に監視する事ができるようになっていた。

 

この作戦本部内には無線機と発電機、予備弾薬が運び込まれている。

本部に待機するのは指揮官であるエスペランサと通信係となったフナサカ。

加えて、万が一の時、湖畔のフローラをポイズンバレットによって援護するための狙撃手であるネビルとアンドリューを待機させていた。

アンドリューはネビルほどではないが射撃の腕を買われて第2分隊から急遽、狙撃員にまわされてきている。

 

本部の横には81ミリ迫撃砲L16が1門とそれを扱う隊員2名が待機していた。

 

先の作戦でも迫撃砲を扱ったアーニーとダフネである。

本来、4名で扱う迫撃砲であったが、魔法を駆使して運用するために人員が削減されている。

 

また、遊撃部隊の3名は禁じられた森の外周を常時飛行して吸魂鬼の様子を報告する観測員とした。

彼らには吸魂鬼が襲い掛かってきた場合、すみやかに安全地域である城内へ非難するように徹底してある。

 

残りの9名が今回の作戦の実働部隊となった。

 

指揮はセオドール。

編成は第1、第2分隊の混成。

 

セオドール以下、グリーングラス妹、ロジャー、ザビニ、スローパー、アボット、ボーンズ、アンソニー、マーカスが戦闘員となる。

 

彼らは湖畔をぐるりと回るように茂みに隠れて待機となっていた。

 

 

作戦の第2段階は、誘導されて湖畔にいるフローラに襲い掛かってきた吸魂鬼を閉じ込めるように、戦闘員が盾の呪文を使用。

使用する盾の呪文は最大級のプロテゴ・マキシマ。

これによって吸魂鬼は湖の上空に四方八方から放たれた盾の呪文で閉じ込められる事となる。

この隙にフローラは湖畔から退避。

 

作戦の第3段階はナパーム弾の起爆である。

起爆後、上空待機中の遊撃部隊は吸魂鬼が全滅した事を確認する。

仮に全滅していなかったら狙撃手が残党を狙撃する。

 

これが本作戦の概要であった。

 

作戦名はダウンフォール。

 

ダウンフォールは破滅、滅亡という意味があり、かつて米軍が日本を滅亡させる目的で命名した作戦から引用している。

エスペランサは吸魂鬼を滅亡させることを誓い、この作戦名を使用した。

 

 

「予備弾薬の搬入完了。5.56ミリ弾2000発とポイズンバレット120発。迫撃砲弾60発」

 

本部天幕に入ってきたフナサカが報告する。

本部天幕内から湖畔の様子を確認していたエスペランサはそれを聞いていた。

 

「ナパーム弾の設置状況は?」

 

「滞りなく完了。9名の戦闘員も配置についたと報告が………。迫撃砲も発射準備が完了した」

 

「よし」

 

エスペランサは天幕内中央に置かれた大きな机の上に作戦区域の地図を広げた。

地図上には戦闘員を表すマグネットが置かれていて、現在の状況が一目で分かるようになっている。

彼は戦闘員を表す9つのマグネットを湖の外周に配置した。

 

 

「大丈夫だ。シミュレーションも重ね、各機器の整備も万全」

 

エスペランサは自分に言い聞かせる。

 

大きく深呼吸をした後、机の上に置かれた通信機のマイクを掴む。

送話スイッチをオンにし、全隊員に通信ができるようにした。

 

 

「総員に告ぐ。ダウンフォール作戦を予定通り発動させる。チョコレートの準備は万全か?各人、与えられた仕事を全うしろ。今までの訓練はこの日のためにあった。失敗は許されん。必ず吸魂鬼どもを消し炭にしてやれ!」

 

 

一旦、通信を止めて再び腕時計を見る。

 

すでに9分が経過し、作戦開始まで秒読み段階になっていた。

 

 

10,9,8,7,6,5,4,3,2,1…………。

 

 

「状況開始!!!ダウンフォール作戦始動!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

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作戦の最初の段階はフローラが湖畔に単独で前進するところから始まる。

彼女は待機場所であった本部天幕横の茂みから箒で湖畔へと移動する。

 

箒から下りたフローラが薄暗い湖畔に着地した事を確認したエスペランサは天幕の外で待機している迫撃砲員に命じた。

 

「迫撃砲発射用意!」

 

「了解!迫撃砲発射用意!!」

 

 

ダフネが復唱する。

 

 

「弾種実弾。初弾命中後、AからE地点に毎分3発の間隔で発射せよ」

 

「了解!」

 

 

吸魂鬼はホグワーツ城の外周に満遍なく配置されている。

これら全部の吸魂鬼の気を引きつけるためには、外周に添って複数発の迫撃砲弾を発射する必要があった。

 

着弾目標地点は目視出来ないために自動誘導魔法は使用不能。

 

隊員2名の技量が試される事となる。

 

アーニーは魔法で81ミリ迫撃砲の砲身をホグワーツ城のほうへ向け、傍らに置かれた木製の弾箱から81ミリ迫撃砲弾を取り出した。

周囲を木々で覆われた上に、頼りが月明かりのみという状況下で精密射撃は不可能。

あらかじめ弾着位置を計算して、砲弾の飛距離の調整はしていたが、少しでもミスをすればホグワーツ城に砲弾が撃ち込まれてしまう。

 

アーニーは一呼吸置いて、砲弾を黒光りする迫撃砲の砲身に差し込んだ。

 

 

「半装填良し」

 

「半装填良し」

 

ダフネが復唱する。

彼女は次弾である砲弾の調整を行っていた。

 

 

「発射!!」

 

 

 

 

ボンッ

 

キイイイイイン

 

 

 

砲弾が勢いよく飛び出す。

 

飛び出した砲弾は禁じられた森を抜けて、ホグワーツ城の外周で漂っている吸魂鬼の群れに突っ込んでいった。

 

 

 

 

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禁じられた森の上空で待機していたセドリックは迫撃砲弾の第1段目が予定通り、城の外周(吸魂鬼がワラワラ居る)に着弾したのを双眼鏡越しに確認した。

 

マフリアートの魔法がしっかりと働いているためか、城内から爆発音を聞きつけた生徒や教師が出てくる気配も無い。

 

着弾した砲弾は芝生の斜面を抉り、爆発とともに大きなクレーターを作った。

付近に浮遊していた吸魂鬼10体は爆発に驚き、散開する。

 

 

「こちら遊撃部隊セドリック。初弾命中。城内の人間に気付かれた様子は無い。吸魂鬼は爆発に気がついた模様」

 

 

セドリックはポータブル無線機のヘッドセットを使い、本部へ報告をする。

 

 

森の中からはさらに迫撃砲の発射音が聞こえた。

 

 

ボン

 

ボン

 

ボン

 

 

初弾の命中した場所から東へ200メートル離れた地点に第2弾が、続いてさらに200メートル東へ離れた場所に第3弾が着弾する。

 

城の外周の暗い草原に一瞬だけ真っ赤な爆煙が立ち上り、周囲に漂う数十体の吸魂鬼を巻き込む。

無論、通常の物理攻撃は吸魂鬼に効かない。

 

だが、吸魂鬼たちは自分たちが攻撃されていることに気がついたようだ。

 

怒り狂った吸魂鬼たちは自分達を攻撃した者がどこにいるかを探ろうとする。

 

 

 

「気がついたようだな………」

 

双眼鏡で吸魂鬼たちの動きを観測していたセドリックは呟く。

 

吸魂鬼には目が無い。

彼らは“人間の幸福感”を捕食することを第一にする生き物である。

故に、目が無くとも、人間の感情を察知する事が出来る。

人間の感情を映し出すレーダーを内蔵し、その方向へ移動する事ができる、というわけだ。

 

吸魂鬼たちは城外の禁じられた森に複数人の“人間の感情”が存在する事に気づいた。

 

間違いない。

自分達に攻撃を仕掛けてきたのはこの“感情たち”だ。

 

そして、吸魂鬼たちは気付いた。

 

その無数の“感情たち”の中に自分達の“好物”が混じっていることに。

 

 

そう。

フローラ・カローである。

 

彼女の記憶と感情は彼らの好物であった。

 

迫撃砲弾の攻撃を受けた数百に及ぶ吸魂鬼たちは一斉に禁じられた森の中にある湖に移動を開始した。

 

それが罠だとも知らずに。

 

 

 

 

セドリックは吸魂鬼たちが迫撃砲弾の攻撃で出来た黒煙の間から禁じられた森の方向へ殺到してくるのを確認すると、背後で同じく飛行中であったコーマックとチョウに退避命令を出した。

 

「退避だ。吸魂鬼に囲まれるぞ」

 

「「了解」」

 

彼は無線を本部に繋ぎ、報告する。

 

「こちらセドリック。吸魂鬼目測で約200体が真っ直ぐ突っ込んでくる。距離からして到達までに5分とかからない。遊撃部隊はHQまで後退し、安全地帯から上空警戒を行う」

 

『こちらCPフナサカ。了解した。あとはこっちに任せろ』

 

 

200体の吸魂鬼が迫ってくる。

まるでブラックホールが向かってくるようだ。

 

セドリックは若干の恐怖を抱いて後退を開始した。

 

 

 

 

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「来た………」

 

 

フローラは湖畔に立ちながら吸魂鬼の襲来を肌で感じていた。

 

夏なのに感じる冷気。

思い出される最悪の記憶の数々。

 

ありとあらゆる闇の魔術で行われた拷問の数々。

祖父の死を知らされた瞬間。

 

それらを振り切るように彼女は手に持っていたチョコレートバーを噛み砕いた。

 

私は大丈夫だ。

今はあの時と違い、力がある。

仲間も居る。

 

 

湖の向こう側には偽装されて視認できないが、エスペランサが待機している本部天幕がある。

周囲には仲間の隊員が展開している。

 

近くにエスペランサが存在しているという事実だけでフローラは吸魂鬼の襲来を怖いと思わなくて済んだ。

 

 

 

 

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作戦開始から5分以上が経過している。

 

異変は湖の西で起きた。

 

茂みに隠れながら小銃を構えていたアンソニーは何か“獣のような臭い”が自分の鼻を突いたのを感じた。

 

 

「あ??何だこの臭いは……」

 

 

彼は上半身を起こして茂みから顔を出すと、周囲を観察した。

とは言え、森の中は真っ暗で何も見えない。

 

ルーモスの呪文で周囲を照らす事も考えたが、作戦中である現在、それはできない。

 

 

「………魔法生物…か?」

 

 

そう呟き、再び茂みに隠れようとしたときだ。

 

 

「グルオオオオオオオオオ」

 

 

「なっ!!??」

 

 

背後の茂みからソレが飛び出してきたのは。

 

ソレ。

 

狼と人間を足して2で割ったらそのような姿になるだろう。

人狼である。

 

身長は2メートルを越える。

牙も爪もサバイバルナイフのように鋭利で、月明かりに照らされて不気味に光っている。

 

赤い目は獰猛さを具現化しているかのようだ。

茶色い体毛で覆われたその人狼は獲物……アンソニーを見つけ、襲い掛かってきた。

 

 

「来るなあアアアアアアアア!!!」

 

飛び掛ってくる人狼に彼は銃撃を浴びせる。

 

 

 

タタタタタン タタタタ

 

 

暗闇をマズルフラッシュが照らす。

 

しかし、人狼は予想以上の敏捷性を見せ、銃弾を避けてしまう。

センチュリオンの隊員たちが持つ銃は自動追尾の魔法がかけられていた。

 

しかし、自動追尾魔法は基本的に敵目標を常に視認していなければ発動しない。

 

人狼は視認が困難なほどに速い動きをしていた。

 

 

「くそおおおお!!CP!CP!こちらアンソニー!!エマージェンシーコール!!人狼だ!!襲われている!!」

 

 

パニックに陥ったアンソニーの右腕を人狼は長い爪で引き裂き、本部天幕の方へと走り去っていった。

 

 

 

 

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アンソニーの無線と銃声を聞いたエスペランサは焦燥していた。

 

人狼だと!?

このタイミングで!?

どこから現れたんだ!?

 

 

「アンソニーは負傷。近くの隊員が救援に………」

 

各隊員から送られてくる情報をまとめていたフナサカが報告する。

 

「照明弾を打ち上げろ!人狼の現在地を把握せねば」

 

「吸魂鬼に作戦を悟られるから照明弾は使用禁止では……?」

 

「構わない。打ち上げるんだ。待機中の隊員は周囲の警戒を怠るな!どこから攻撃してくるか分からん!!」

 

 

エスペランサは無線で全隊員に人狼の襲来を知らせた。

 

他の隊員たちは少なからず動揺したようだ。

 

 

 

 

ヒュルルルッルル  パアアアアン

 

 

 

迫撃砲から放たれた照明弾が真っ暗な森を昼間のように照らした。

 

エスペランサはネビルとアンドリューを引き連れて本部天幕を出る。

 

 

「居た!!あそこ!」

 

アンドリューが木立の間を失踪する人狼を見つける。

人狼は暴れながら隠れていた隊員たちに襲い掛かっていた。

 

 

「くそっ!何だあの人狼は!」

 

「今まで禁じられた森で人狼に遭ったことなんてなかったのに………」

 

 

吸魂鬼がここへ到達するまで残り5分を切っている。

 

早く何とかしなければ隊員の命にも関わるし、作戦は失敗してしまう。

 

 

「ネビル。狙撃できるか?」

 

「あの速さじゃ自動追尾魔法は使えない……。木立が邪魔過ぎる」

 

 

アンソニーを救出したハンナ・アボットが湖畔に姿を現す。

その二人を援護する形でセオドールが疾走する人狼を掃射するが、木立が邪魔で当たらない。

 

曳光弾が闇夜に包まれた森を赤く照らしながら人狼に向かうが、そのほとんどは大木に当たるだけだった。

 

人狼は木立を縫いながら本部天幕へ向かってきているが、その過程で2名の隊員が負傷している。

 

「ぐあっ!?」

「ぎゃああ」

 

負傷した隊員はかすり傷らしかったが、腕や足を押さえながら呻いていた。

 

 

「やるしかない………。でも単発の狙撃銃じゃ当てることは不可能だ。それなら………」

 

 

ネビルは本部天幕から重機関銃であるブローニングM2を担ぎ上げた。

本作戦では使用することはないだろうが、万が一のことを考えて運び込んでおいた機関銃だ。

12.7ミリという巨大な弾丸を連発できるこの機関銃であれば、木の陰に隠れていても意味が無い。

装甲車の装甲も撃ち抜ける銃ならばあるいは………。

 

 

 

 

 

 

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同時刻。

 

フローラは突如現れた人狼に襲われる隊員たちを援護しようと懐からM92Fベレッタと呼ばれる拳銃を取り出していた。

 

 

そんな彼女の背後から新たな訪問者が現れた。

 

 

ガサガサという音と共に、背後の茂みから転げるようにして飛び出してきたのはシリウス・ブラックであった。

 

 

ボサボサの髪と髭、痩せた身体。

ボロボロになってはいるが、日刊予言者新聞に載っていた彼に間違いない。

 

何故今ここに?と疑問に思いながらも彼女はシリウスに向けて銃を構えた。

 

 

「動かないでください。シリウス・ブラックですね?」

 

 

フローラは銃口を真っ直ぐにシリウスの眉間に向けて問うたが、彼は呻くだけで何も答えない。

よほど心身がやられているようだ。

 

その原因は吸魂鬼の影響でもあった。

 

 

「不味いですね。何故こんなにもイレギュラーが………」

 

 

人狼にシリウス・ブラック。

 

このふたつのイレギュラーが吸魂鬼が到達するまで残り5分というタイミングで出現するとは……。

そして、今度は3つめのイレギュラーが現れることとなる。

 

 

「そいつを下ろすんだ!フローラ・カロー。その人は悪い人じゃない。今は話している暇はなさそうだけど」

 

「………なぜ、あなたがここへ???」

 

 

ハリー・ポッターである。

シリウスが出てきた茂みから今度はハリーが出てきたのだ。

 

流石のフローラも混乱した。

 

何故、ハリー・ポッターがこの場に居るのか。

何故、ハリー・ポッターはシリウス・ブラックを庇うのか。

ついでに人狼とこの二人は関係しているのか?

 

そうこうしている間にも吸魂鬼は近づいてくる。

 

 

フローラが湖畔の上空を見ると、吸魂鬼の先頭集団が襲い掛かってくるのが見えた。

 

 

「吸魂鬼!!!あんなに!?」

 

ハリーが驚愕する。

 

「本当にタイミングが悪いですね。あなたはそのシリウス・ブラックを連れて逃げてください」

 

「君は!?君一人残してなんて行けないよ!!!」

 

「一人じゃありません」

 

「え……??」

 

 

ハリーはシリウスを抱えながら周囲を見渡した。

 

見れば見知った学生が湖畔に転々としているのが見えた。

何人かは負傷している。

そして、彼らは全員、小銃を携行していた。

 

 

「銃………。エスペランサが関わってるの??そういえば、エスペランサは今日、何かを準備してた。ひょっとしてこれが」

 

「我々は武装しています。そして、吸魂鬼を倒すための作戦の途中です。あなたはここから立ち去ってください。正直言って邪魔ですから」

 

「でも………!?」

 

 

逃げないハリーに苛立ちを感じていたフローラであるが、吸魂鬼の第一群が湖の上空から急降下して攻撃してくるのを目の端に捕らえていた。

 

 

「吸魂鬼が!!」

 

 

フローラは杖を構える。

 

襲来する吸魂鬼を盾の呪文で湖上空というキルポイントに押しと止める。

その任務を達成しなくてはならない。

 

他の隊員も同じ考えであった。

負傷した隊員も含めて、湖畔に点々と待機していた隊員たちは銃を捨てて、杖を構え始めた。

 

 

 

 

 

 

 

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ネビルはM2重機関銃に200連のマガジンを装填し、ジャキとスライドを引いた。

銃口を人狼の居るであろう方向へ向けてトリガーを引こうとする。

 

そのあたりに居た隊員は湖畔方面へ退避済みであった。

 

 

「居た!今ならいける!!!」

 

木立の合間を縫って走る人狼の姿を見つけ、その方面へ射撃を開始。

 

 

ドドドドドドド

 

照明弾の効果が薄れ、再び暗くなってきた森の中を12.7ミリの曳光弾が赤く照らしていく。

 

大木は銃弾で粉砕され、地面が抉れて行く。

その銃弾の内の1発が失踪する人狼の足を掠めた。

 

「ギャアアアアアオオオオオオ」

 

12.7ミリ弾は掠めただけでも人狼の太ももを2センチほど抉り取る。

けたたましい悲鳴が盛りに響き渡った。

 

 

「ヒット!!敵の動きは止まった!止めを刺すかい?」

 

「無論だ。確実に息の根を止めろ」

 

 

ネビルは倒れこんだ人狼にM2の銃口を向ける。

早いところ人狼を倒して作戦を続行しなくてはならない。

エスペランサは焦っていた。

もうそろそろ吸魂鬼の先頭集団がキルポイントに到達する頃合だったからだ。

 

 

「駄目ええええええええええええええ!!!!」

 

 

突然、エスペランサたちと人狼の間に侵入者が現れる。

 

 

「!?ネビル!撃ち方止め!」

 

「え!?」

 

 

エスペランサはネビルに攻撃中止命令を出した。

 

理由は単純。

またも第3者が介入してきたためだ。

 

 

「ハリー???」

 

 

人狼を守るようにして現れたのはハリー・ポッターであった。

 

良く見れば後ろにハーマイオニーも居る。

 

 

「どういうことだ?なぜ、ハリーとハーマイオニーがここに居る?そして、人狼を守る理由は何だ??」

 

 

エスペランサは混乱した。

 

この二人がこの時間に禁じられた森に居る事も、人狼を守る理由も謎過ぎる。

 

 

ハリーとハーマイオニーはエスペランサとネビルの前に杖を構えながらゆっくりと近づいてくる。

二人とも心なしか疲れているように見えた。

 

 

「詳しく話している時間は無いよ。兎に角、その銃を撃つのは止めてくれ」

 

「止めてくれって………。何故、人狼を守るんだ?いや、お前達はそもそも何のために???」

 

「それは私たちの台詞でもあるわ。エスペランサ。それにネビルも。これは一体何の集まりなの?あなたたちは何をしようとしていたの?」

 

 

ハーマイオニーが聞いてくる。

 

正直に話すべきかどうかエスペランサは迷った。

しかし、一々説明している時間はもう無い。

 

 

「エスペランサ!無線に入電!吸魂鬼の第一群がキルポイントに到達した。それと、予想外の事態なんだが、シリウス・ブラックとハリー・ポッターも湖畔に現れた!」

 

背後の本部天幕からフナサカが飛び出してきて報告する。

迫撃砲についていた2名の隊員も一緒だった。

 

 

「フナサカ。何を言ってるんだ?ハリーはここに居るぞ」

 

「ええええ!!??」

 

 

フナサカは目を丸くして驚く。

 

エスペランサは湖を挟んで向こう岸の湖畔を見た。

そこには“もう一人のハリーが居た”。

 

 

「は??」

 

「何が……どうなってるんだろ?ドッペルゲンガーか??」

 

隊員たちは混乱する。

 

「エスペランサ。時間が無いのはお互い様よ。端的に言えば、あの人狼はルーピン先生で、シリウスは無実なの」

 

「どういう……ことだ??」

 

 

人狼がリーマス・ルーピンでブラックが無実。

悪い冗談にしか聞こえなかった。

しかし、エスペランサの頭は突如起きた複数の出来事でパンク寸前である。

 

 

「まずい。吸魂鬼がキルポイントに到達する。エスペランサ!指示を!!!」

 

「…………予定通り作戦を最終段階に移行する。ハリー、ハーマイオニー。お互い説明は後だ。我々はこれから吸魂鬼の群れを撃滅する。お前達は巻き込まれないように避難してくれ」

 

 

その言葉にハリーは驚愕した。

 

 

「吸魂鬼を倒す!?そうか……あの時の爆発…………。あれは守護霊の呪文ではなく、君たちだったのか。ルーピン先生があんなふうになっていたのも………全て納得できる」

 

「何を言ってるんだ?」

 

「僕とハーマイオニーはルーピン先生を連れて帰る。ネビルの銃撃のおかげで動けないみたいだし、全身金縛りの術で何とかなる筈だ」

 

 

そう言ってハリーとハーマイオニーは杖を構えつつ木立の影で倒れている人狼の方へ走っていった。

 

 

狐につままれた気分のエスペランサであったが、瞬時に頭を切り替えて作戦を続行する。

 

見れば吸魂鬼の先頭集団は既にフローラやもう一人のハリー、そしてシリウスを攻撃し始めていた。

フローラは盾の呪文、ハリーは恐らく未完成の守護霊の呪文で交戦しているが、分が悪すぎた。

 

吸魂鬼の数は総数で200。

正気を保つのがやっとだろう。

 

エスペランサはフナサカの持つ無線機の送信機を手に持って告げた。

 

 

「全隊員。盾の呪文を展開し、吸魂鬼をキルポイントに押さえ込め!!!」

 

 

 

 

 

 

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エスペランサの命令を聞いたセオドールは杖を湖の上空に向けた。

 

数々のイレギュラーはあったものの、ようやく作戦の最終段階である。

吸魂鬼200体はほぼ全てがキルポイントである湖の上空に到達しようとしていた。

 

彼自身、吸魂鬼の影響を受けて体力と気力が著しく低下している。

 

しかし、それは全隊員が同じ事だ。

特にフローラは吸魂鬼の先頭集団数十体を相手に善戦している。

盾の呪文は吸魂鬼の撃退は出来ないが、物理的な壁を作る事で吸魂鬼の接近をある程度防ぐ事はできる。

だが、吸魂鬼の影響は受けてしまうため長くは保たない。

 

 

「総員!!盾の呪文を展開しろ!!プロテゴ・マキシマ!!!!!」

 

 

「「「「 プロテゴ・マキシマ!!! 」」」」

 

 

隊員たちは負傷者含めて戦闘員全員が茂みから飛び出して湖畔に立ち、湖を覆うような形で最大級の盾の呪文を展開する。

 

湖の上空でフローラたちに攻撃を仕掛けようとしていた200体の吸魂鬼は、突如として自分たちが見えない透明なシールドで湖上に囚われた事に驚いているようだった。

半径50メートルほどの湖の上に無数の黒いフードが身動き出来ずに漂う光景は地獄絵図であった。

 

 

「うおおおおおおお!!!」

 

 

流石に200体の吸魂鬼を前にして正気を保つのは難しい事である。

 

ここ数ヶ月。

訓練によって精神を鍛えてきた隊員たちであっても気力を保つ事は難しかった。

だが、彼らは気合で押し切る。

 

 

「踏ん張れ!!ここで踏ん張れば吸魂鬼を倒せるんだ!!!!」

 

 

盾の呪文は気力が強ければ強いほど威力が高くなる呪文である。

ならば気力を保たなくてはナパーム弾の爆発を防ぐ事はできない。

 

歯を食いしばり、セオドールは叫んだ。

 

 

「エスペランサ!!!!ナパームを起爆させろおおおおおおおお!!!!」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

フローラも限界が近かった。

 

 

シリウス・ブラックはとっくに気絶し、守護霊の呪文を使って戦っていたハリーも膝をついてしまった。

他の隊員の援護はあれど、吸魂鬼の先頭集団数十体を彼女は一人で請け負ってしまっていたのである。

 

本来なら、先頭集団がフローラを襲う前にナパーム弾の起爆段階に移行する筈であったし、それが出来なくても、本部狙撃手2名がポイズンバレットで彼女を援助する筈だった。

 

しかし、人狼の侵入と2人目のハリーの乱入でそれらの援護が遅れてしまい、結果的にフローラが戦闘をする羽目になったわけである。

 

 

体の心から冷え切り、意識は朦朧とする。

足に力は入らず、盾の呪文の展開もままならない。

 

 

「起爆は………まだなんですか……??」

 

 

フローラは薄れ行く意識の中でそう呟いた。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

湖畔にいる隊員たちが盾の呪文で湖全体を吸魂鬼ごと囲ってしまったのを確認したエスペランサはすぐに本部天幕内に入った。

 

フナサカやネビルたちも盾の呪文の展開に助勢し、また、上空警戒中であったセドリックたち遊撃部隊の隊員はフローラとハリー、ついでにシリウスの救助に向かっている。

ならばエスペランサの役割は一つだけ。

電気信号を送り、起爆装置を作動させるだけである。

 

 

「これで終わりだ。吹っ飛べ吸魂鬼!!!」

 

 

エスペランサは電気信号を送るためのスイッチを勢いよく押した。

 

 

 

 

 

 

………

 

 

……………

 

 

 

……………………

 

 

何も起こらない。

 

 

 

「なに???」

 

 

もう一度スイッチを押しても何も起こらなかった。

 

 

彼はスイッチから伸びる有線のコードを引っ張ってみる。

すると、その有線のコードが途中で何箇所も切れていることが分かった。

 

 

「何故だ!!こんなにコードがボロボロになる筈………。人狼か!!」

 

 

人狼は湖畔で暴れながら隊員を襲っていた。

 

ちょうどその辺りは有線のコードを伸ばしていた場所である。

人狼が暴れてコードを何箇所も断線させてしまったらしい。

 

1箇所ならともかく、こうも複数の箇所をボロボロにされてはレパロの呪文で修復するのは難しい。

全箇所を修復していたらかなりの時間がかかってしまうだろう。

 

エスペランサはボロボロになったコードの端を持ちながら絶望した。

 

そうこうしている間にも隊員たちは吸魂鬼に気力を奪われていく。

 

 

「くそったれ!!!失敗させてたまるか!」

 

 

彼は本部天幕内の端に緊急脱出用として置いておいた箒を手にして飛び出した。

箒はコメット260号というものだ。

 

エスペランサは箒による飛行を得意とはしていない。

真っ直ぐに飛べたためしがないほどだ。

しかし、やらなければ作戦が失敗し、隊員に犠牲者が出る。

 

腐葉土で覆われた地面を蹴り飛ばし、箒に跨ったまま宙に浮いたエスペランサはナパーム弾が埋められている箇所へ向かった。

 

 

「セオドール!!!一時的に一箇所だけ盾の呪文を解除しろ!!!俺が直接ナパームを起爆させる!!」

 

湖畔に居るセオドールに箒で飛行しながら叫ぶ。

 

「何だって!?馬鹿な!!」

 

「いいからやれ!!!俺がキルポイント内に侵入したら再び盾の呪文を展開しろ!」

 

ナパーム弾が埋められているのは湖の中心にある直径7メートルほどの孤島の上である。

そこへたどり着くためには盾の呪文を一箇所解除して、シールド内に侵入しなくてはならなかった。

 

「君は死ぬつもりなのか!!」

 

「そんな気は毛頭無い。起爆と同時に俺も個人で盾の呪文を展開して爆発から身を守る!!!」

 

「そんなことが………」

 

 

そう言っている間にエスペランサは盾の呪文が解除された場所、すなわちシールドの穴から吸魂鬼がうごめくキルポイントへ突入してしまった。

 

 

吸魂鬼の群れをかわしながら彼は孤島に降り立ち、半分地面に埋められたナパーム弾を見つけた。

 

獲物であるエスペランサを見つけた吸魂鬼は彼に襲い掛かってくる。

 

 

「悪いな。お前らはここで終わりだ」

 

 

彼は杖を取り出し、それを掘り起こした起爆装置に向ける。

 

 

「“エレクト・テーレム”武器よ作動せよ」

 

 

慣れ親しんだ武器を起動させる呪文。

杖から出た閃光は起爆装置に命中し、ナパーム弾が爆発する。

 

 

 

ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン

 

 

 

過去、あらゆる戦争で米軍が使用した業火を伴う兵器が湖の水を蒸発させ、孤島の草を燃やし尽くす。

盾の呪文で封じ込められたキルポイント内はナパーム弾の爆発と魔法の作用によって、この世の理が歪められる。

その結果として吸魂鬼はこの世に存在する事が許されなくなり、消滅していった。

 

 

「プロテゴ・マキシマアアアアアアアアアアアア!!!!!!!」

 

 

爆発から身を守るためにエスペランサは最大級の盾の呪文を自分の周りに展開させた。

 

この試みは2回目であったが、ナパームの爆発は想像以上に激しかった。

呪文によって展開した透明なシールドは歪み、今にも割れそうになる。

 

 

「ぐおおおおおおお!!!」

 

 

プロテゴマキシマの呪文は使用者が任意の場所、任意の範囲に球状のシールドを展開してあらゆる物理攻撃から身を守るためのものである。

 

現在、エスペランサの周囲にシールドが展開し、ナパーム弾の爆発から彼自身を守っていたが、気を抜けばそのシールドが破られそうであった。

周辺の草、砂利といった物体は全て溶け出し、失明しそうなほどの閃光が襲い掛かる。

 

 

爆発は数秒であったが、彼にはそれが永遠の時間に感じられた。

 

 

 

ジュウウウウウウウ

 

 

 

やがて、爆炎も終息し、辺りには静寂と暗闇が戻ってくることとなった。

 

エスペランサ杖を構えたまま、立ち上がり周囲の状況を確認する。

 

湖からは湯気が立ち上り、湖畔や彼の居る孤島に生えていた草は全て燃え尽きていた。

砂利も岩も真っ黒に焦げてしまい、物が燃える臭いが鼻をつく。

 

 

「ゴホッ。やったの……か?」

 

 

湖畔には未だに杖を構えたままの隊員たちがフラフラになりながら立っている。

 

 

「全隊員に告ぐ!吸魂鬼の残党がいるかもしれない!気を抜くな。周囲を警戒し、完全に安全が確保できるまで状況を継続せよ」

 

 

そう叫んでエスペランサ自身も杖を構えながら360度、未だに黒煙で覆われるキルポイントを警戒した。

他の隊員も小銃や杖を構え、周囲を警戒する。

 

しかし、いくら目を凝らしても吸魂鬼の姿は確認できなかった。

 

思えば吸魂鬼が近くに居る時特有の悪寒や絶望感を感じる事がなくなっている。

 

 

「こちら湖畔西岸。吸魂鬼確認できず」

 

「東対岸。同じく」

 

「本部警戒中フナサカ。湖に吸魂鬼の存在は確認できない」

 

 

上空からセドリックら3名の遊撃部隊の隊員がエスペランサの脇に下りてくる。

 

 

「上空にも吸魂鬼の存在は確認できない。目標は完全に沈黙。吸魂鬼はその全てが消滅したと思われる」

 

 

陸上と航空から吸魂鬼が消滅したという報告を受けてエスペランサは安堵する。

そして、湖の周囲にいる全隊員に聞こえるように大声で言った。

 

 

「吸魂鬼は全滅した!状況終了!作戦は成功だ!繰り返す。状況終了!作戦は成功だ!」

 

 

 

「「「「  うおおおおおおおおお!!!  」」」」」

 

 

森の中に隊員たちの歓声が響き渡る。

 

隊員たちは互いに抱き合い、握手をしている者もいた。

狙撃手のネビルや本部員であったフナサカ、迫撃砲についていた2名の隊員たちは杖で花火を射出している。

遊撃部隊の3名は箒で上空を曲芸飛行していた。

セオドールたちは負傷者の救護を行っているが、負傷者の怪我はいずれも軽傷のようだ。

一応、感染症を予防する必要はあるだろうが。

 

エスペランサは再び箒に乗って、湖畔へ向かう。

 

そこには疲れきって座り込むフローラの姿があった。

 

 

「大丈夫か!?」

 

フローラは近づいてきたエスペランサに気が付く。

 

「大丈夫……ではありません。直ぐにでも寝たいほどに疲れています」

 

「ちょっと待ってろ。確かチョコを携行していたはずだ」

 

エスペランサは懐から半分溶けたチョコを取り出して彼女に渡す。

チョコの包みにはスニッカーズと書かれていた。

 

 

「これ…かなり溶けてるんですけれど」

 

「ずっと懐に入れてたからな。それに近くでナパームを起爆させたし」

 

「食べにくいです……」

 

 

はむはむとチョコを食べるフローラを傍らにしてエスペランサは気絶して倒れこんでいるハリーとシリウスを見た。

 

 

「何でこいつらはここにいるんだろうか??それに2人目のハリーが出現したし………。ああ、そういえば作戦をハリーとハーマイオニーに見られたんだったな。どうやって口止めするべきなんだろうか」

 

 

彼は頭を抱える。

 

そんな時だ。

 

「おーい。作戦成功の余韻に浸っているところ悪いんだが、観測係がここへ近づくスネイプを視認した。まっすぐ向かってきているそうだ!!」

 

湖畔周辺で射撃要因として待機していた隊員がエスペランサに叫ぶように報告してきた。

 

「ハリーにブラック。次はスネイプかよ」

 

「スネイプ先生にこの場を見られるのは不味いですね。とっとと撤退しましょう」

 

「ああ。そうだな。あー。この二人はどうしよう…………」

 

 

気絶したハリーとシリウスの扱いは非常に困るところであった。

 

 

「放っておいても問題無いのでは?」

 

「それもそうだな。この二人はスネイプに任せてとっとと逃げるか」

 

 

そう言ってエスペランサは隊員たちに天幕や武器弾薬の撤収を命じた。

 

二人目のハリーやハーマイオニー、それに人狼はいつの間にか姿を消していた。

 




原作の時系列と合わせると

・ハリー占い学の試験中(センチュリオンの隊員に作戦決行を打ち明ける)
・バックビーク処刑実行時(エスペランサたち、必要の部屋から武器弾薬搬出)
・ハリーたちが叫びの屋敷でシリウスやペティグリューと会う(作戦開始直前)
・スネイプがハリー達のところへやってくる(作戦開始)
・ペティグリューが逃げる。ルーピンが人狼になる(吸魂鬼が誘導されて作戦区域へ到達するまで残り10分)

そして、シリウスとハリーが湖畔にやってくる+タイムターナーで過去へやってきたハリーとハーマイオニーが湖畔へやってくる+ナパーム爆破、となるわけです。

※ナパームで吸魂鬼を倒したのでハリーは守護霊の呪文を成功させてないです。

※エスペランサは耳ふさぎの呪文(マフリアート。原作では6巻で出てくるアレ)などを使用したので、ハリーやスネイプたちはナパームの爆発も吸魂鬼の群れも目撃してないです。



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case43 check the answer 〜解答〜

感想ありがとうございます!!
今回はスネイプ視点の話です。




 

 

 

 

 

 

セブルス・スネイプは困惑していた。

 

 

ルーピンが人狼になり、ペティグリューが逃げ、シリウスが人狼を追いかけ、ハリーがそれに続く。

その後、吸魂鬼の気配がしたが、吸魂鬼の姿は見えなかった(エスペランサたちがかけた“耳ふさぎの呪文”等のせいでスネイプは吸魂鬼の群れも、ナパームの爆発も目撃することはなかったのである)。

この一連の流れが数分の間に同時に起き、彼は珍しく混乱した。

 

スネイプはダンブルドアとある約束をしている。

その約束を守るために憎たらしくて仕方のないハリーを守らなくてはならなかった。

 

というわけでウンザリしつつも彼はハリーを救うためにルーピンやシリウス、ハリーが走っていった禁じられた森へ入っていったのである。

ロンとハーマイオニーはロンが足を負傷し、ついでにペティグリューに何か呪いをかけられていたこともあり置いていくことにした。

 

 

森に入ったスネイプは違和感を感じる。

 

 

森が焦げ臭いのだ。

 

何かを燃やしたような臭いが充満している。

軽くせき込みながら彼は森の奥へ進んだ。

 

森の奥へ進むと、違和感はさらに増した。

 

 

「ルーモス・光よ」

 

 

スネイプは杖から光を出して森を照らす。

 

周囲は大小様々な針葉樹で覆われているのだが、そのうちの幾つかが“抉られていた”。

中には真っ二つに折れているものもある。

 

人狼の仕業ではない。

 

この破壊力は………。

 

さらに進むと、森のなかっで一番大きな湖が見えた。

その湖の湖畔にシリウスとハリーが気絶していた。

 

スネイプはハリーに駆け寄り、生死を確認する。

脈はある。

気絶しているだけだ。

 

軽く安堵したスネイプであるが、この二人を気絶させたのは誰だろうと疑問に思った。

 

吸魂鬼が出現して彼らを襲ったのならば二人はとっくに魂を抜かれている。

それに、吸魂鬼の姿はどこにも見えなかった。

 

彼は周囲を見渡す。

 

湖畔の木々は抉り取られている。

やたら焦げ臭いのも相変わらずだ。

 

湖に浮かぶ小さな孤島は全ての草木が真っ黒に焦げていた。

 

 

「ここで一体何が起こったというのだ………??」

 

 

確かにこの湖畔では何かが行われていたのだろう。

そして、その過程でシリウスとハリーは気絶した。

 

 

湖の周辺一帯を黒焦げにするほどの魔法が使われたのか?

 

いや。

魔法ではない。

 

スネイプは首を横に振る。

 

湖の大きさはクィディッチ競技場とほぼ同じくらい広い。

この規模の広さを黒焦げにするほどの爆発を起こせる魔法は少ないだろう。

 

エクソパルソやボンバーダといった爆発系の魔法はせいぜい5メートル四方を吹き飛ばす威力しかない。

悪霊の炎ならば広範囲の焼却が出来るが、悪霊の炎を使用した場合、禁じられた森全体が燃え上がっていてもおかしくはない。

なら、一体………。

 

そこまで考えたとき、スネイプは足元に落ちている金色のソレを見つけた。

 

 

「これは………」

 

円錐状の金属。

魔法界では見ることのないもの。

 

だが、彼はソレが何かを知っていた。

 

 

「ルックウッド………。奴か!」

 

 

マグルの世界では空薬莢と呼ばれるソレをスネイプはこの3年間で何度か見ている。

 

エスペランサ・ルックウッドが使用するマグルの武器から排出されるものだ。

エスペランサであれば広範囲を焼却してしまうような武器を持っていてもおかしくはない。

トロールを吹き飛ばしたり、バジリスクを倒してしまうような彼の持つ武器ならば………。

 

スネイプは地面に転がるシリウスに1発足蹴りを食らわせた後、魔法で即席の担架を作り出した。

その担架にハリーとシリウスを乗せ、浮遊呪文をかける。

浮遊呪文がかけられた担架は宙に漂った。

 

ハリーを医務室に運び、シリウスを魔法省に引き渡した後、エスペランサに湖で何をしていたかを問い詰めようとスネイプは考えた。

 

憎きシリウス・ブラックを魔法省に引き渡すという喜びよりも、エスペランサ・ルックウッドが一体何をしたのかということに対する好奇心が上回ったのだ。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

シリウス・ブラックを魔法大臣であるコーネリウス・ファッジ(バックビークの処刑立ち合いのために来校していた)に引き渡したスネイプは医務室を訪れていた。

 

医務室のベッドにはハリーとロン、それにハーマイオニーが寝かされている。

 

医務室のベットの周りをクルクル回りながらファッジは嘆いていた。

 

「言語道断……あろうことか吸魂鬼が……誰も死ななかったのは奇跡だ。セブルス。君が居合わせたのは幸運だった。君がいなければハリーを失うところだった」

 

「光栄です大臣」

 

スネイプは言う。

 

「ブラックはポッターたちに錯乱の呪文をかけたのでしょうな。ポッターたちは吾輩にブラックが無実であると訴えてきました。そして、ポッターに至っては教師である吾輩に呪文をかけてきました。この3人の生徒は校則違反の常連でありまして、今回もかなり出しゃばった真似を………。しかしながら校長はポッターをひいきしている節がありましてな。今回は重い罰を与えるべきかとも……」

 

「ああ、セブルス。確かにハリーたちは愚かなことをしたかもしれない。しかしだな………」

 

「吾輩はポッターを特別扱いすることは疑問に思うところでしてな。今回の件は普通なら停学扱いすべき事案です。それに吾輩はポッターが厳重な警戒網の中、ホグズミートに秘かに遊びに行っていた証拠もつかんでおりまして」

 

「まあまあ。それは兎も角だ」

 

 

ファッジは話題を逸らそうとした。

彼は魔法界の英雄であるハリーを停学にはしたくないのだろう。

それがスネイプには面白くない。

 

彼はベッドに横たわって眠るハリーを軽く睨みつけた。

 

 

「つい数時間前から吸魂鬼が見当たらないのだよ。あー。結構前に吸魂鬼が3体ほど行方不明になったこともあったのだが、今回はホグワーツの警備についていた200体以上の吸魂鬼が一斉に居なくなってしまったのだ。職員が総出で捜索をしているのだが、見つからない。彼らが任務を放棄して逃げたのかとも思ったが………」

 

「吸魂鬼が行方不明??」

 

「数時間前には私の目でも吸魂鬼が城周辺にいることを確認しているんだが。それが急に居なくなってしまったのだ。これは大問題だ。私の責任問題になったら大変だ!」

 

「吾輩はブラックが吸魂鬼に襲われて気絶していたのだと考えますが……」

 

「そうかもしれん。ブラックもハリーも吸魂鬼に襲われた形跡がある。しかし、吸魂鬼に襲われたのならばブラックは接吻されて魂が抜けた状態になるはずだ。だが、ブラックはピンピンしている。あー。今は天文台にある倉庫に閉じ込めているんだが」

 

 

吸魂鬼が200体単位で忽然と姿を消した。

 

この事実を聞いてスネイプはある可能性を閃いてしまう。

エスペランサが吸魂鬼を200体まとめて消滅させてしまったのではないか?

 

いや。

吸魂鬼を倒す手段は守護霊の呪文だけだ。

あの生物をこの世から消し去ることなどダンブルドアでも不可能。

 

スネイプはその可能性を自身で否定した。

 

 

 

そんな時である。

 

 

「大臣!!聞いてください!ブラックは無実なんです!!ピーター・ペティグリューが自分が死んでいたと見せかけていたんです。黒幕はペティグリューでした!!僕、奴を見ました!!」

 

 

いつの間にか起きていたハリーが寝巻のままベットから飛び起きて、大臣に詰め寄ってきた。

 

これには大臣も流石に驚く。

 

 

「ハリー。君は混乱しているんだ。大丈夫。ブラックは我々が捕まえた。もう心配することはない」

 

「違うんです!ブラックは無実なんです!!」

 

 

ハリーの後にハーマイオニーも起きてきて同様のことを言う。

 

 

「大臣。私も見ました。ペティグリューは未登録の動物もどきだったんです」

 

 

ハリーとハーマイオニーの必死の訴えであるが、ファッジは悪い冗談だと思っているようだ。

 

スネイプは真実を何となく悟っていたが、ブラックを擁護する気にはなれなかった。

ブラックには恨みがある。

たとえ無実でも、ブラックにはアズカバンがお似合いだと思っていた。

 

 

「大臣。ポッターとグレンジャーは錯乱の呪文にかかっていますな。ブラックは見事にこの二人を懐柔させたようです」

 

「そのようだな。しばらく入院が必要だろう」

 

「大臣!!僕たち錯乱の呪文になんてかかっていません!!」

 

「そうです!私もかかっていません!ブラックは無実なんです」

 

 

ハーマイオニーも必死で訴えるが、大臣はそれを無視した。

 

 

「そうだ!証人がいます!ブラックが僕に危害を加えていないと証言できる人が居ます!」

 

 

ふと思い出したようにハリーが言った。

 

 

「誰だね。その人は………。あの場には君とブラックしか倒れていなかったと聞いているが」

 

「そうです。僕は吸魂鬼の群れに襲われて気絶してしまったのですが………。あの場には他にも生徒が居ました」

 

「!!??吸魂鬼に襲われた!?それは本当か!その吸魂鬼たちはどこへ………??」

 

「わかりません。僕はシリウスを追いかけて森の中の湖畔に行ったんです。そうしたら、その湖畔には何人かの生徒が居ました」

 

「何!?誰だねその生徒は」

 

「暗かったので全員の顔は見えませんでしたが、フローラ・カローとセオドール・ノットは居ました。それから………」

 

 

そこまで言ってハリーは黙り込んだ。

果たして、あの場にエスペランサが居たことを言うべきであろうか。

 

言ってしまったらエスペランサに迷惑が掛かってしまう。

しかし、言えばシリウスを救える可能性が出てくるかもしれない。

 

 

「ポッター。吾輩の寮の生徒が湖畔にいたとは思えん。が、もしかするとその二人以外にも生徒が居たのではないか??そうだな、例えば、ルックウッド」

 

スネイプの口からエスペランサの名前が出たとき、ハリーはビクっと反応した。

 

ビンゴだ。

これで繋がった。

 

スネイプはほくそ笑む。

 

やはりエスペランサ・ルックウッドはこの件に絡んでいる。

 

そう確信したスネイプは医務室を飛び出した。

 

 

「おい!セブルス!!どうしたんだ!?君も錯乱の呪文にかかているのか!?」

 

 

ファッジの声を無視してスネイプはエスペランサを探しに行ってしまった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

エスペランサは疲れていた。

 

各種武器や機材を魔法で収縮し、ほかの隊員と一緒に必要の部屋まで運搬し、怪我人の手当てをした。

使用した武器の手入れを全隊員に行わせた。

これらの作業が終了するまでに2時間はかかっている。

証拠隠滅のために湖周辺に転がっている空薬きょうを処分する時間がなかったのは不覚だった。

 

人狼の襲撃でケガをした隊員たちは、幸いにも感染症の疑いはない。

フローラもチョコを食べさせたところ回復した。

 

各人の武器にも異常はない。

 

エスペランサは全隊員にすぐに寮へ戻り、十分な休養を取るようにせよ、と命令した。

隊員たちも疲れ切っていたのでそれを了解し、三々五々、解散したわけである。

 

フラフラした足取りでグリフィンドールの寮に帰ろうとしたエスペランサは、ハリーたちに何と説明しようか迷った。

 

センチュリオンの作戦をハリーとハーマイオニーに見られたのは不味かった。

エスペランサは深いため息をつく。

 

正直にセンチュリオンのことを話すべきか。

 

そんな考え事をしていた時である。

 

 

「ルックウッド!!!」

 

 

エスペランサは急に呼び止められた。

 

振り向いてみれば大広間に続く階段から息を切らせたスネイプが走ってくるのが見える。

エスペランサは現在の時刻が門限を過ぎてしまっていることに気が付いて頭を抱えた。

夜中に外を出歩いているのがスネイプにばれるのは不味い。

罰則やら減点やらのオンパレードが待っている。

 

 

「何でしょうか………」

 

「ルックウッド!!お前は今夜!!どこに居たんだ!?」

 

「は???」

 

 

スネイプの突然の問いかけにエスペランサは困惑した。

 

階段を登り切ったスネイプは彼の肩を掴み、唾を飛ばしながら詰問する。

 

 

「わかっているんだ!お前は今夜、禁じられた森にいた!そして、吸魂鬼がまとめて行方不明になった件に関与している!!いったい何をしたというのだ!!」

 

 

何故、スネイプがそのことを知っているのだろう、とエスペランサは思う。

が、すぐにその疑問は解決した。

空薬きょうの回収をしなかったためだ。

 

スネイプは湖畔でセンチュリオンが戦闘を行った際にばら撒いた空薬きょうを見つけたに違いない。

 

 

「別に自分は何もしていませんが………。さっきまで図書室にいましたし」

 

「嘘をつくな!図書室はとっくに閉館している!」

 

「あー。ええと。ちょっと散歩に」

 

「だから嘘をつくな!吾輩にはわかっているんだ!お前が森に居て、吸魂鬼をどうにかしてしまったことが!!!」

 

「先生。そんなわけありませんよ。自分には吸魂鬼を200体もまとめて消滅させる力なんてありません………」

 

 

そこまで言ってスネイプはニヤリと笑った。

 

 

「吾輩は吸魂鬼が“200体もまとめて消滅した”とは言ってないぞ。ルックウッド」

 

「あ………」

 

 

やっちまった。

と思い、エスペランサは額に手を当てた。

 

疲労で彼の思考はほとんど機能していない。

 

 

「ふむ。吾輩の勝ちだ。お前は吸魂鬼をどこへやったんだ?」

 

「さあ、知りません」

 

「見苦しいぞ。ルックウッド」

 

「正直に話したらどうするんですか?」

 

「校長に報告する。お前が如何に危険な生徒であるかを周知させなくてはならないのでな」

 

「校長が信じるとでも??」

 

「お前は過去にバジリスクを倒したという実績がある。信じる可能性は十分にあるだろう」

 

 

ここで吸魂鬼を倒したという事実が周知されるのは好ましくない。

それ以前にセンチュリオンの存在が表ざたになるのが不味い。

ダンブルドアも魔法省もセンチュリオンの存在を許しはしないであろうからだ。

 

センチュリオンの存在を周知させるのは、センチュリオンが魔法省に対抗できるほどの軍事力を持ってから、というのが彼の計画であった。

 

 

「先生。あなたは魔法薬学の教師であるからにして、真実薬の調合もできると思われる。もしくは開心術を行使できるかもしれない。それなら、いくら嘘をついても無駄でしょう」

 

「そうだな」

 

「なら正直に言います。今夜、吸魂鬼を200体まとめて消滅させたのは自分です。だが、この事実は秘密にしてもらいたい」

 

「何を言っているんだ。吾輩が秘密にするとでも??」

 

「先生。これは、頼み事ではないんです。“命令”です」

 

「なんだと!?」

 

「いずれ、全てを話す時が来ます。自分が何を企んでいるかを周知させる日が来ます。ですが、今ここで、その企みを潰されるわけにはいかないんですよ」

 

「企みだと??やはり貴様は!!!」

 

「先生。“我々”には吸魂鬼を200体まとめて倒すだけの戦力がある。技術がある。加えて、どんな生物でも一撃で倒す“切り札”もある。これらの力は魔法界に混乱をもたらす危険なものでしょう。だからこそ周知させてはいけない。先生には黙っていてもらわなくては困る」

 

「戦力……だと。血迷ったか。お前はこの学校で何をしようというのだ。魔法界に混乱を与えるだと?それならば吾輩はそれを阻止しなくてはならない」

 

「無駄です。自分はもう“はじめてしまいました”。もし、先生が我々を阻止しようとするのなら………」

 

 

そう言ってエスペランサは懐から拳銃を取り出した。

 

 

「全力で抵抗しなくてはなりません」

 

「ルックウッド………」

 

「安心してください。我々の目指すところは“完全なる平和な世界”ですから」

 

 

そう言って彼は立ち去ろうとする。

 

スネイプは去ろうとするエスペランサに杖を向けた。

 

 

「待つのだ!お前のような危険な生徒を校長が……吾輩が見逃すとでも思っているのか?」

 

「思っていません。ですが………」

 

 

エスペランサは一呼吸おいてから言う。

 

 

「強力な魔法が使えるのに吸魂鬼の倒し方も研究しない校長!前時代的な差別主義者を蔓延らせている魔法省!たった一人の女の子すら救えないこの国の魔法界をあんたはおかしいと思ったことはないのか!!!!」

 

「っ!?教師に向かって何を言うか!!!」

 

「何とでも言ってやる。かつて英国はヴォルデモートとかいうクソッタレが支配したらしいが、ヴォルデモートが消えてからこの国は同じ過ちを繰り返さないための努力をしたか!?いや、していない。闇の陣営にいたマルフォイをはじめとする奴らは平気で政治に口を出す立場にある。秘密の部屋は開かれるし、校内にヴォルデモートが侵入する。この国の魔法界は腐ってやがる!!」

 

「…………」

 

「糞みたいな奴らが権力を握っていて、その陰では辛い目に遭っている奴がいるんだ。俺が魔法界に来なかったら、そいつはずっと地獄の底に居ることになっていた。それが我慢ならないんだ。俺みたいな人を殺すことしか能のない半人前の軍人崩れなんかが行動を起こさなければ、救われない奴が居るっていう事実に腹が立ってしょうがないんだ!」

 

「ルックウッド………」

 

「だから俺は止まらない。止められるものなら止めてみろ。俺はこの国を、いや、この世界を変えてやる」

 

 

話しているうちにエスペランサは止まらなくなっていた。

 

疲労しているから。

吸魂鬼との戦闘で興奮状態にあるから。

フローラの境遇を思い出したから。

 

もっと冷静になることも出来たはずだ。

 

しかし、彼はそうしなかった。

 

 

肩で息をしながらエスペランサはスネイプを残して寮へと去る。

 

スネイプはそんな彼の背中を見てはいるものの、止めることはなかった。

いや、止められなかった。

 

 

エスペランサは守りたいものがあり、救いたいものがあり、そのために力を手に入れようと足掻いた。

 

スネイプもかつては守りたいもの、救いたいものがあった。

だが、彼は自分の手で救おうとするのではなく、ダンブルドアに頼ったのだ。

その結果、彼の愛する人はこの世から消えた。

 

恐らく、当時のスネイプはエスペランサよりも強い魔法力があった。

だが、行動を起こせなかった。

面と向かって強大な力に立ち向かおうとしなかった。

 

気が付けばスネイプは杖を握る力を強めている。

 

 

(嘆かわしい。実に嘆かわしいことだ………)

 

 

彼はエスペランサの去っていった方向とは反対の方向へ歩き出す。

 

 

(この吾輩が生徒に影響されるなんて、実に嘆かわしい………)

 

 

 

 

 

 

 

 




7巻読んだらスネイプ好きになりますよね。






最近、文学少女シリーズを読みました。
面白かったです。


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設定資料


書いていて設定やら登場人物を失念することがあるのでここにまとめました。



使用武器

 

・M733コマンド

 

 センチュリオンの隊員に貸与された小銃。

 M16を軽量化したものであり、長さも短い。

 未成年の隊員は身体も小さいため(とは言え日本人の成人男性よりも大きいが)小型化されたこの銃をエスペランサは採用した。

 魔法で重量を軽くしているほか、自動追尾の魔法もかけられているので戦闘経験が無いセンチュリオンの隊員でも十分に扱える。

 

 

・M9ベレッタ

 

 イタリアのベレッタ社が開発した拳銃。

 世界中の軍隊で使われている。

 センチュリオンの隊員の護身用の火器として採用された。

 隊員たちは常にこの銃を持ち歩いている(城内で持ち歩く際は実弾ではなく、殺傷能力の無いゴム弾ー衝撃弾ーを装填している)。

 

 

・M24SWS

 

 アメリカ陸軍で使われている狙撃銃。

 センチュリオンでも狙撃銃として採用され、ネビルが愛用している。

 バジリスクの毒から生成されたポイズンバレットは7.62ミリ弾であり、このM24でしか使えない。

 

 

・M249機関銃

 

 分隊支援火器である機関銃。

 分隊に1丁配備されている。

 

 

・81ミリ迫撃砲L16

 

 現在、センチュリオンで使用される武器の中では最大の火力を持つ中距離火器。

 基本的に4名で運用する武器であるが、魔法を使用すれば2名で運用可能。

 実弾だけでなく発煙弾などを使えば敵の攪乱もできる。

 センチュリオンの虎の子。

 

 

・12.7ミリ機関銃キャリバー50

 

 第二次世界大戦のころから使われる機関銃。

 バジリスク級の怪物には小銃では太刀打ちできないために採用された。

 

 

・M24手りゅう弾

 

 各人2つ携行している手りゅう弾。

 

 

 

・110ミリ携帯型対戦車榴弾パンツァーファウストⅢ

 

 使い捨ての対戦車榴弾。

 後方へカウンターマスという重しを放出することでバックブラストを抑え、反動をなくしている。

 現在のところ作戦で使用されたことはない。

 

 

・91式携帯地対空誘導弾(ハンドアロー)

 

 陸上自衛隊が開発した対空ミサイル。

 熱源誘導方式のため、撃てば目標に勝手に飛んでいく。

 エスペランサは日本の武器を知らなかったが、米軍のスティンガーミサイルよりも性能が良い……らしい。

 

 

 

 

 

隊員名簿

 

 

 <エスペランサ・ルックウッド>

  

  センチュリオンの部隊長兼第1分隊長。

  作戦立案や訓練の計画も行う。

 

 

 <セオドール・ノット>

 

  副隊長兼第2分隊長。

  学力では学年次席であるため、近代火器と魔法を組み合わせた戦い方を考える役割を与えられている。

  統率力や戦闘力は未熟であるが、隊の参謀としては欠かせない。

 

 

 <フローラ・カロー>

 

  衛生担当兼人事幕僚。

  学年3位の学力でありセオドールとともにエスペランサをサポートする。

  人事担当であるため、隊員の健康やメンタルのチェック、リクルートも行う。

  

 

 <ネビル・ロングボトム>

 

  第1分隊員兼狙撃手。

  原作5巻で覚醒するが、本作ではすでに覚醒済み。

  狙撃の才能があり、部隊の貴重な戦力となっている。

 

 

 <セドリック・ディゴリー>

 

  遊撃部隊班長。

  箒での飛行を得意とする彼は遊撃部隊の班長となった。

  エスペランサの次に体力があるタフガイ。

 

 

 <チョウ・チャン>

 

  遊撃部隊班員。

  使っていた箒はコメット260というものであったが、飛行速度が遅いためにクリーン・スイープ7号に変えた。

  原作よりも精神的に強くなっている。

 

 

 <コーマック・マクラーゲン>

 

  遊撃部隊班員。

  元々、自信家で自己中な生徒であったが、現在は改心している。

  部隊の中ではネビルと仲が良い。

 

 

 <ダフネ・グリーングラス>

 

  第2分隊小銃手兼武器弾薬管理責任者。

  フローラと仲の良い生徒。

  明るい性格をしているために隊のムードメーカーとなっている。

  聖28一族(純血家系)であるが、本人はどうでも良いと思っている。

 

 

 <アステリア・グリーングラス>

 

  第2分隊員小銃手兼会計。

  ダフネの妹。

  グリーングラス姉妹は原作でも呪いの子くらいしか出番がないのだが、そのせいなのか2次創作では頻繁に登場する。

 

 

 <ロジャー>

 

  第1分隊員。

  機関銃手。

 

 

 <ザビニ>

 

  第2分隊員。

 

 

 <アンドリュー>

 

  第2分隊員。

 

 

 <スローパー>

 

  第1分隊員。

 

 

 <アーニー>

 

  第1分隊員。

 

 

 <ハンナ>

 

  第1分隊員。

 

 

 <スーザン>

 

  第2分隊員。

 

 

 <アンソニー>

 

  第1分隊員。

 

 

 <フナサカ>

 

  日系英国人。

  マグル出身であり電子機器に精通している。

  アマチュア無線技士の免許を持つ。

  ナパーム弾などは彼とエスペランサが苦心して作ったもの。

  

 

外部協力者

 

 

 <フィルチ>

 

  エスペランサの理解者。

  スクイブであるために魔法に嫉妬していたが、エスペランサのマグルの武器を使用した戦い方と考え方に感化され協力者となった。

  センチュリオンの隊員は他の生徒と違い、彼に懐いている(とフィルチは思っている)。

 

 

 <ボージン>

 

  ノクターン横丁で色々なものを売っている。

  エスペランサからバジリスクの毒を無料提供される代わりにミトリダテスという道具を使い毒の量産を行っている。

  魔法道具のマニア。   

 

  



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case44 The end of the war and the beginning 〜終戦 そして始まり〜

お待たせしました!
久々の投稿です。

遅くなりすみません泣



バックビークの処刑(仮)を見届けたハリーたち3人は、その後、間髪を居れずにシリウス・ブラックと接触した。

 

流れは箇条書きにすると以下の通りである。

 

1.死んだと思われていたスキャバースがハグリッドによって保護されていて、ロンの元に返された。

2.そんなスキャバースが突如逃げる。

3.追いかけてスキャバースを捕まえたロンがグリムに突如として攫われる。

4.グリムとロンを追いかけて行った先は叫びの屋敷で、そこにいたのはシリウスブラックであった。つまりグリム=シリウスでした。

5.なんやかんやあってルーピンも登場。スキャバースが死んだと思われていたピーター・ペティグリューだと判明する。

6.スネイプの乱入とか色々あったが、なんとかペティグリューを確保してホグワーツへ連行 ←今ココ!!

 

 

「ハリー。ピーターを魔法省に引き渡したら……私は晴れて自由の身になれる」

 

シリウスは叫びの屋敷からホグワーツへ向かう帰路、ハリーに話しかけた。

数ヶ月の逃亡生活から、彼は痩せこけて、まるで亡者のようになっている。

かつての凛々しい顔立ちの面影は残っていなかった。

 

「そうなれば……もし良かったら、私と一緒に住まないか?私は君の名付け親でもあるんだ」

 

「え??」

 

「いや、君が、マグルの親族と暮らしたいというのであれば無理にとは言わないのだが………」

 

「いえ!とんでもない!!僕、ダーズリーと暮らすのなんて嫌です!家はありますか?いつから住めますか?」

 

 

ダーズリー家から去ることが出来る。

それはハリーにとって何よりも望んだ事であった。

 

ハリーの返事を聞いて、シリウスは初めて笑顔を見せる。

 

やがて、暴れ柳から叫びの屋敷へ続く通路も終わり、一行は地上に出た。

 

 

「あ………」

 

地上に出た後、先頭の方を歩いていたハーマイオニーが何かを思い出したかのように、ハッと息を呑んだ。

彼女の視線の先には雲の切れ間からのぞく満月がある。

 

「大変!!今晩、ルーピン先生は脱狼薬を飲んでないわ!!!」

 

リーマス・ルーピンは人狼である。

現在の魔法界ではトリカブト系の脱狼薬によって人狼が満月の日であっても理性を保つ事が出来るようになっている。

しかし、今晩、ルーピンはその薬を服用していなかった。

 

「グオオオオオオ」

 

恐ろしい鳴き声と共に、ルーピンの身体が狼へと変化する。

 

身長が伸び、牙が生え、身体中に毛が覆われる。

如何にも人間を取って喰ってしまいそうな人狼へと変貌したルーピンは、満月を背景にして、ハリーたち一行を赤い目で睨みつけていた。

 

 

「まずい!!みんな逃げろ!!」

 

 

シリウスが巨大な黒犬に変化して人狼と化したルーピンに突撃していく。

気絶させられていたスネイプはこの段階で目を覚まし、“ハリーを守ろうと”立ち上がる。

 

この混乱をピーター・ペティグリューは見逃さなかった。

 

シリウス(犬)に襲われた怪我のせいで思うように歩けなかったロンを突如として襲った彼は、落ちていたルーピンの杖を拾い上げて呪いをかける。

錯乱の呪文の一種と思われるその呪文はロンの意識を朦朧とさせ、戦闘不能にした。

 

 

「あ!動くな!!!」

 

 

それに気付いたハリーがペティグリューに杖を向けたが、遅かった。

 

ペティグリューは不気味な笑い顔を残して、再びネズミの姿へと変化し、闇の中に逃げていったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

人狼と化したルーピンは、巨大な黒犬と化したシリウスとの戦いが長期戦になる事を恐れて森の中へと逃走した。

 

この森こそ、エスペランサたちセンチュリオンが吸魂鬼との戦闘を現在進行形で繰り広げている場所である。

 

 

人狼との戦闘で傷ついたシリウスは犬の姿のまま、同じく、森の中へと姿をくらます。

そんな彼をハリーは必死で追いかけた。

 

シリウスを死なすわけにはいかなかった。

両親の親友で自分の名付け親を失いたくは無い。

ダーズリーの家から抜け出してシリウスと暮らすという未来を手放すわけにはいかなかった。

 

 

森に入って少し走った先にある湖畔にシリウスは倒れていた。

動物もどきの姿を維持する力は既に無く、半死の状態で冷たい地面に倒れこんでいる。

 

しかし、そこでハリーは森の中の違和感に気付いた。

 

満月で月明かりがあるとはいえ、森の中が明るすぎるのだ。

まるで真昼のように湖畔が照らせれている。

 

花火を打ち上げて夜空が照らせれているこの状況………。

間違いなく照明弾である。

 

そして、極めつけは倒れこんだシリウスの横に立つ人物。

 

 

「何で……ここに!?」

 

 

フローラ・カローである。

 

彼女は手に持った拳銃の銃口を真っ直ぐにシリウスへと向けていた。

 

 

「そいつを下ろすんだ!フローラ・カロー。その人は悪い人じゃない。今は話している暇はなさそうだけど」

 

 

湖畔へ飛び出したハリーはフローラのもとへ駆け寄り、シリウスを守るようにして躍り出た。

 

ハリーの登場には彼女も驚いたらしい。

 

 

「なぜ、あなたがここへ???」

 

 

フローラとエスペランサたちが徒党を組んで何かをしていることはハリーも知っていた。

スリザリン生を快く思わないハリーはそんなエスペランサを心配していた節もある。

しかし、よく考えてみればフローラやセオドールはマルフォイ一味などと違ってグリフィンドールと目に見えた形で対立をしているわけでもない。

2学年のときは秘密の部屋事件の解決に協力をしてくれた事もあり、警戒はするも、敵視するには至らない、というのがハリーたちの最終的な判断であった。

 

なのでハリーもロンも、エスペランサが裏で何か組織を作っていたり、会合を開いていたりしても気にも留めていなかったわけだ。

スリザリンや他の寮との合同授業の時、やけに寮の垣根を越えて仲良くしているグループがあったり、ネビルの成績が急に上がったりしても気にする事はなかった。

それは、ハリーとロンが鈍感だったということもある。

 

しかし、ハーマイオニーは違った。

 

彼女はエスペランサが魔法界にとって異質な存在である事に早々に気付いていたし、2学年の中盤から裏で何かを始めた事も察していた。

ハーマイオニーがマグル生まれであるから、マグルの武器を携行したり、改良したりするエスペランサの異常性にすぐに気付いたということもある。

ホグワーツの教師陣や生徒が一部を除いて、エスペランサを特段、危険視したりしないのもマグルの武器に関する知識が無いからに他ならない。

 

ハーマイオニーと同様に賢く、察しの良い学生は片っ端からセンチュリオンの隊員に入隊していたため、エスペランサを警戒する人間が少なくなっていた。

フローラやセオドールはセンチュリオンの活動の阻害となりそうな生徒もセンチュリオンに入れてしまうことで、活動がしやすいようにしていたのである。

 

そういった理由で、エスペランサの周辺を探る動きは、少なくとも生徒間では起こらなかった。

 

ハーマイオニー自身もエスペランサの人格などを知っていたために深く追求はしなかったが、それでも、彼が裏で何か組織を募って行動をしている事に、一種の恐れを抱いていた事は間違いない。

何度かハリーとロンだけにそのことを打ち明けた事もあった。

 

 

 

 

ハリーは周囲を見渡す。

 

森にいたのはフローラだけではなかった。

 

茂みの中には銃で武装した生徒が何人もいる。

 

 

 

「エスペランサが関わっているの???」

 

「我々は武装しています。そして、吸魂鬼を倒すための作戦の遂行中です。あなたはここから立ち去ってください。正直言って邪魔ですから」

 

 

フローラはハリーの問いかけを無視して彼を追い払おうとした。

 

ハリーは少しムッとする。

 

賢者の石を守ったり、バジリスクを倒したりした自分を足手まとい扱いされた事に対してである。

ぽっと出の新人に立場を奪われたような気がした。

 

しかし、すぐにそんな考えは消え去る。

 

なぜなら、上空から飛来してくる無数の吸魂鬼の気配を感じたからだ。

 

 

「吸魂鬼!?あんなに!!!」

 

 

フローラは銃をしまい、杖を取り出す。

 

周囲の茂みから武装した生徒達が立ち上がり、銃を吸魂鬼に向けて構え始めた。

 

 

満月を黒い雲で覆い隠すように飛来した吸魂鬼たちは全速力でフローラとハリーに突っ込んでくる。

この二人とシリウスは彼らにとって大好物であったからだ。

 

 

「エクスペクト・パトローナム!!!!!!」

 

 

ハリーは守護霊の呪文を唱えて応戦しようとした。

杖の先からは銀色の光が噴射されるが、相手が多すぎて対処しきれない。

 

 

体の心から冷たくなるのを感じる。

最悪の記憶、両親の死の記憶が呼び起こされる。

 

直後、地響きと共に凄まじい爆発と眩い閃光が彼を襲った。

 

 

(守護霊の呪文???いや、この光と爆発は…………!?)

 

 

彼の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

次に目が覚めたとき、ハリーは医務室に寝ていた。

 

見慣れたベッドに見慣れたカーテン。

馴染みのある医薬品のにおい。

 

恐らく、気絶した後、森から医務室まで運ばれたのだろう。

 

 

ベッドを覆うカーテンの外には複数人の大人が居て、話し声が聞こえた。

声から察するに、魔法大臣のファッジとスネイプ、それにダンブルドアも居るらしい。

 

 

ーブラックは連行

 

ーー吸魂鬼が行方不明

 

ーーーポッターたちは錯乱の呪文にーブラックに操られて

 

ーーーー言語道断

 

 

耳に入ってくる単語から、ハリーはシリウスが捕まったことと、吸魂鬼が行方不明になった事を悟った。

 

ならば、シリウスの無罪を晴らさなければならない。

ハリーはベッドから勢いよく立ち上がり、魔法大臣の下へ駆けて行った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

数十分後。

 

 

結局、ハリーたちの訴えは無視され、シリウスの無実は証明されなかった。

無理も無い。

ピーター・ペティグリューは逃亡し、無実を晴らす証拠は何一つとして残らなかったのだから。

 

唯一の救いはダンブルドアがハリーたちの言う事を信じてくれた事であった。

 

ダンブルドアの助言により、ハーマイオニーの持つ逆転時計を使ってハリーとハーマイオニーは3時間ほど時を遡ることになった。

逆転時計というのは過去に遡る事のできる道具らしい。

見た目は携帯型の砂時計である。

簡単に言えばタイムマシンだが、そんなものが市販されているはずも無く、聞けば、特別な申請をして初めて使用が許可されるそうである。

 

ハーマイオニーがこの1年間、複数の授業に同時に参加する事ができていたのはこの逆転時計のおかげだそうだ。

 

 

「時間を遡れる時計なんて………。ハーマイオニーはこれで授業を受けてたの?」

 

「そう。マクゴナガル先生が許可してくれたの。もっとも、こんなことに使うとは思っていなかったけど」

 

2人は医務室から出て、校庭に向かった。

無論、透明マントを着用している。

時間を遡った2人は絶対に現地時間を生きている人間に見つかってはならなかったのだ。

 

 

「でも、ダンブルドア先生は3時間も時を遡れって言ったわよね?なぜかしら。3時間も前にシリウスを助ける手がかりが??」

 

「ダンブルドアは“一つならずとも罪無き命を救う事ができる”って言ってた。それはつまり……」

 

ハリーは校庭の端の方に見えるハグリッドの小屋を見てハっとした。

 

「バックビークだ。バックビークだよ。3時間前ならまだバックビークは処刑されてない」

 

「でもバックビークをどうやって??」

 

「シリウスが捕らえられているのはフリットウィック先生の事務所、つまり塔の上層だ。バックビークを使えば救出できる」

 

「でも、そんなことを誰にも見られずにやり遂げるなんて………奇跡だわ!?出来るわけない……」

 

「やってみなくちゃわからない。奇跡かどうかなんてやってみなきゃわからない」

 

 

ハリーはそう言いながら、つい先程、目の当たりにした光景を思い出していた。

 

恐らく、エスペランサが率いていた生徒達が無数の吸魂鬼を倒そうとしていた光景だ。

一見、無謀にも思えたが、エスペランサは勝算の無い戦いをするとは思えない。

きっと、吸魂鬼を倒す方法を確立して、戦いを挑んだに違いない。

 

事実、ファッジは吸魂鬼が全て消滅した旨のことを話していた。

 

エスペランサはやり遂げたのだ。

彼には守りたいもの、達成したい目標があったから。

 

ハリーにも守りたいものが出来た。

 

シリウスの命。

 

 

「僕もやり遂げる。チャンスがあるなら奇跡だって起こしてやる」

 

「ええ。わかったわ。じゃあ、何とかしてバックビークを助ける案を考えましょう」

 

 

ハーマイオニーもハリーに賛同した。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

何とかしてバックビークを開放した後、ハリーたちは森の中に来ていた。

 

狼に変身したルーピンに襲われないように身を隠すためであったし、エスペランサたちの様子を見に行くためでもあった。

 

 

照明弾で照らされた湖畔へ茂みを掻き分けながら進んだハリーはエスペランサの仲間が思ったよりも多い事に驚いていた。

 

銃を持ち、巧妙に茂みの中に潜む生徒の数は10を超える。

フローラやセオドールだけでなく、アンソニーやハンナ・アボット、グリーングラス姉妹やネビルもいる。

 

 

「こんなに仲間が居たなんて………」

 

「ええ。何か組織を作っていると思ってはいたけど。こんな規模だとは思ってなかったわ」

 

ハーマイオニーもハリーの隣の茂みに隠れるように屈みながら言う。

 

「でも凄いわ。寮もバラバラ。純血もマグル出身も関係なく、ここまでの生徒を束ねて組織をつくるなんて。魔法省でも無理でしょうね」

 

「でも、あんなたくさんの武器。どこから入手したんだろう??」

 

「さあ?あ、見てあそこ!!!!」

 

 

ハーマイオニーが指をさす。

 

その先では人狼になったルーピンがセンチュリオンの隊員の一人に襲い掛かかっていた。

 

 

「助けなきゃ!!!」

 

「無理よ!私たちに何が出来るの??それに姿を見られるわけには……」

 

 

裂傷を負った隊員は茂みから飛び出して銃を構えていたが、人狼の体当たりに吹き飛ばされていた。

そこへ他の隊員が駆けつけて援護射撃を行う。

 

タタタタという連続射撃音が木霊し、湖畔にいた隊員たちは明らかにパニックに陥っていた。

 

 

「助けるのはルーピン先生だよ。エスペランサたちはあの人狼が先生だって知らないはずだ。エスペランサのことだから多分、先生を爆弾とか機銃とかで殺そうとするに違いない!」

 

「あああ。そうだったわ。先生を助けないと………」

 

 

ハリーの指摘はごもっともで、エスペランサに指示されてネビルが12.7ミリ機関銃M2を取り出すのが見える。

小銃では倒せないと思ったエスペランサが、重機関銃で周囲の木立ごと人狼を粉砕しようと思い立ったのが容易に想像ついた。

 

ハリーは昨年、禁じられた森でアクロマンチュラの群れが同じ重機関銃によって粉砕された光景を思い出していた。

 

 

ハリーたちが潜む茂みから直線距離にして約100メートル。

シリウスが倒れている湖畔からちょうど反対側に存在する巧妙に偽装された天幕が恐らく司令部だろう。

その天幕横でネビルが重機関銃に給弾を終了させ、射撃を開始したのが見えた。

 

 

「うわっ!?伏せて!!」

 

 

咄嗟にハリーたちは地面に伏せる。

 

 

ズドドドドという古びた漁船のエンジンの音に似た射撃音と共に、12.7ミリの弾丸が木々を粉砕する。

 

近くに居ただけでも凄まじい衝撃波を感じる事ができた。

第2次世界大戦前から各国の軍隊を支えてきた機関銃は魔法界においても十分にその威力を発揮している。

 

発射された弾丸のうちの1発が人狼の太股を掠めた。

 

 

「グアアアアアアア」

 

 

掠めただけで12.7ミリ弾は人狼の太股を数センチ抉る。

恐らく大動脈あたりを傷つけたのだろう。

太股の傷からはどす黒い血液が噴出していた。

 

人狼は余りの激痛に倒れ込む。

 

 

「確実に息の根を止めろ」

 

 

ネビルの後ろに現れたエスペランサと思われる生徒がそう指示するのを聞いてハリーは我に帰った。

 

 

「駄目ええええええええええ!!!」

 

 

ハリーは人狼を守るように、銃機関銃の射線上に飛び出す。

 

急に飛び出してきたハリーを見てネビルはトリガーから指を離し、エスペランサは射撃指示を取りやめた。

二人とも困惑している。

 

 

「どういうことだ?何故、ハリーとハーマイオニーがここに居る?そして、人狼を守る理由は何だ?」

 

エスペランサが言う。

 

「詳しく話している時間は無いよ。兎に角、その銃を撃つのは止めてくれ」

 

「止めてくれって………。何故、人狼を守るんだ?そもそも、お前達は何のために?」

 

「それは私たちの台詞でもあるわ。エスペランサ。それにネビルも。これは一体何の集まりなの?あなたたちは何をしようとしていたの?」

 

 

ハリーに続いて現れたハーマイオニーが言う。

 

後方では出血多量で意識が薄れてきた人狼がかすかに唸っている。

 

 

「エスペランサ!無線に入電!吸魂鬼がキルポイントに達した。それと、予想外の出来事なんだが、シリウス・ブラックと共にハリー・ポッターも湖畔に現れた」

 

天幕からインカムを頭につけたフナサカが出てくる。

 

「何を言ってるんだ?ハリーならここに居るぞ」

 

「えええええええ!?」

 

エスペランサは反対側の湖畔を見る。

 

そこにはもう一人のハリーが居た。

 

「は!?」

 

「何が……どうなってるんだろ?ドッペルゲンガーでも見てるのかな?」

 

 

エスペランサもフナサカも目を丸くしてハリーを見ていたが、ふと我に返る。

 

 

「お互いに説明は後だ。我々はこれより吸魂鬼の群れを撃滅する。お前たちは巻き込まれないように避難してくれ」

 

 

エスペランサはハリーとハーマイオニーに指示をする。

 

 

「吸魂鬼を倒す?そうか……あの時の爆発………。あれは守護霊の呪文ではなく、君たちだったのか!!」

 

「何を言ってるんだ??」

 

「僕とハーマイオニーはルーピン先生を連れて帰る。ネビルの銃撃のおかげで動けないみたいだし、全身金縛りの呪文で何とかなるはずだ」

 

 

そう言ってハリーは杖を取り出して人狼であるルーピンが倒れている方向へ走り出した。

ハーマイオニーもそれに続く。

 

エスペランサは尚も何か言いたげだったが、彼は彼で切羽詰まっているのか、それ以上追及はしてこなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

エスペランサたちと別れたハリーは呻きながら地面に横たわっている人狼姿のルーピンを見た。

 

 

「グオオ………」

 

「先生………」

 

 

人狼の足は銃創でズタズタになっているが、致命傷ではないようである。

 

 

「“ペトリフィカストタルス 石になれ”」

 

 

ハリーはそんなルーピンに全身金縛りの呪文をかけて、凍結させた。

 

 

「これでルーピン先生は無害だよ。でもどうやって城まで運べば………」

 

「私に良い考えがあるわ。“ロコモーター・ルーピン”」

 

 

ハーマイオニーが呪文を唱えると、人狼の体が宙に浮かぶ。

浮遊呪文の応用だろうか。

ハーマイオニーが杖を動かすと宙に浮かんだルーピンも同時に動いた。

 

そのまま二人は湖から森の外に向かって歩き出す。

 

 

「金縛りの呪文の効力は1時間も無いわ。だから私はこのまま先生をホグワーツ城の倉庫に閉じ込めに行く。ハリー。あなたはバックビークに乗ってシリウスを助けに行くのよ。それが終わったら医務室前で待ち合わせ。良い?」

 

「うん。そうしよう!」

 

 

バックビークは森の入り口で待機させていた。

バックビークで飛行すればシリウスが閉じ込められている部屋にたどり着くことができるだろうし、シリウスをバックビークに乗せて逃亡させることも可能だ。

 

 

「!!!??うわっ!」

 

 

ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

 

 

突如として湖畔の方からとてつもない爆風と閃光が押し寄せてきた。

 

 

「何これ!!!普通の爆発じゃない!!」

 

「この爆発………ナパーム弾??」

 

 

咄嗟に伏せながらハーマイオニーが言う。

彼女はマグル出身であり、ナパーム弾のことも知っている。

 

 

「ナパーム弾??」

 

「マグルの軍隊が使う爆弾の一種よ。映画で見たわ。でも、あれで吸魂鬼が倒せるとは思えないけど………」

 

 

爆風はやがて収まり、森には再び静粛が訪れた。

しかし、ガソリンが燃えたような臭いが後に残る。

 

「とにかく急ごう!残された時間も少ない」

 

「ええ。って、見て!ハリー。あれ!」

 

「??あれは!!」

 

 

ハーマイオニーが指さす方向には吸魂鬼が5体ほど浮遊していた。

 

おそらく、エスペランサの仕掛けた攻撃から逃げることに成功した吸魂鬼だろう。

センチュリオンの作戦はほぼ成功していたが、さすがに200体すべてを同時に倒すことはできなかったらしい。

 

かろうじで生き残った吸魂鬼が若干ながらも存在したのだ。

 

 

「こっちに来るわ!」

 

「………きっと僕を狙ってるに違いない」

 

「え?」

 

「ルーピン先生が言ってた。僕は吸魂鬼を引き付けやすい体質なんだって」

 

 

ハリーは向かってくる吸魂鬼に向かって杖を向けた。

 

 

「ハリー。あなた、何を??」

 

「“エクスペクト・パトローナム 守護霊よ来れ”」

 

 

ハリーは呪文を唱えた。

 

シリウスと一緒に暮らすこと、つまり幸福なことを考えて。

 

 

杖からは霞ではなく、実体化された守護霊が飛び出した。

 

形は牡鹿。

 

 

牡鹿の守護霊はまっすぐ吸魂鬼たちに突っ込む。

吸魂鬼はたまらずに逃げ出した。

 

 

「僕……はじめて出せた。有体の守護霊を……」

 

「すごいわ!ハリー。守護霊の呪文ってとっても高度な呪文なのよ!?大人の魔法使いでもめったにできる人なんていないのよ!」

 

「うん。僕、やったんだ。急ごう!!シリウスを助けに行かないと!」

 

ハリーとハーマイオニーは森の外に向かって走り出した。

 

 

 

 

 

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「ってわけよ。わかったかしら??」

 

 

時は流れて、終業式も終わった。

ハリー、ロン、ハーマイオニーはキングスクロス駅に向かうホグワーツ特急のコンパートメントの中でエスペランサにシリウスの無実と、彼の逃亡劇を語って聞かせた。

 

結局、あの後、ハリーはバックビークを使ってシリウスを逃亡させ、ハーマイオニーはルーピンをホグワーツまで輸送することに成功した。

その次の日にスネイプが朝食の最中についうっかりルーピンが人狼であることをばらし、ルーピンはホグワーツを辞任してしまった。

 

魔法大臣のファッジは僅かに生き残った吸魂鬼数体をホグワーツから撤退させた。

 

 

 

「なるほどな。それにしても逆転時計か……。そんな便利なものがあるんだったら世界大戦だって防ぐことができる。何とかして手に入れたい」

 

「駄目よ。魔法省は絶対にあなたに貸し出したりしないと思うけどね」

 

「それもそうか」

 

 

エスペランサは車窓から段々と小さくなっていくホグワーツを見ながら残念そうに言う。

 

 

「それはそうと、エスペランサは吸魂鬼を倒したんだろ!?すごいや。マーリン勲章がもらえるぜ?」

 

ロンが興奮して言う。

 

「まあな。でも内緒にしておいてくれよ?」

 

「なんでだい?ダンブルドアでもできなかった所業をやり遂げたんだ。もっと公表すべきじゃ?」

 

「あー。まあ、時期尚早ってかんじだな。兎に角、これは内緒なんだ」

 

「へー。まあ、君がそう言うなら、黙っておくけど」

 

 

そう言ってロンは車内販売で買ったカエルチョコを頬張る。

 

 

「そういえば、僕のパパがクィディッチのワールドカップのチケットを手に入れるかもしれないんだ」

 

「ロン。食べながら話したら行儀が悪いわ」

 

「モゴモゴ……ゴクン。君たちも来るだろ?」

 

「行く!行きたい!でも、ダーズリーが許すかな?」

 

「平気さ。絶対に君を連れ出すよ。エスペランサも来るだろ?」

 

「あー。行く。でも、他のやつに既にチケットをもらっててな………」

 

「え!?」

 

「セオドールのやつに招待されたんだ。断るつもりだったんだが、ちょっと理由があってオッケーしちまった。すまないな」

 

 

ロンは不服そうだ。

彼はスリザリン生のセオドールを快く思っていないからである。

 

 

「まあ、向こうで会えるよね。絶対だぞ」

 

「ああ。向こうで会おう。ちょっと席を外す」

 

 

そう言ってエスペランサは席を立ち、コンパートメントの外に行こうとした。

 

 

「どこへ行くの?」

 

「空いてるコンパートメントで一服してくる」

 

 

そう言って彼は煙草のケースを振りながら外へ出た。

 

 

 

 

 

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一服というのは嘘で、エスペランサはフローラとセオドールの居るコンパートメントに向かった。

 

ハリーとハーマイオニーにはセンチュリオンの活動がバレていたし、スネイプも勘付いている節があるので表立ってセンチュリオン関係の話し合いに行く素振りは見せられない。

ただでさえここ数日、ハーマイオニーからは質問攻めを受けていた。

 

フローラたちが居るコンパートメントにたどり着いたエスペランサは中に入る。

 

 

「待たせたな」

 

「ああ。待っていたよ」

 

セオドールが席に座って百味ビーンズを食べながら言う。

 

「で、結局、ワールドカップには来るのかい?」

 

「まあな。賭けにも負けたし………」

 

「賭け?」

 

「はい。私と彼で期末試験の点数が高かったほうが何でも一つ命令できる、という賭けをしていたんです。私が勝ったので、彼にはクィディッチワールドカップに来るように命じました」

 

 

セオドールの反対側に座るフローラがニコリともせずに言った。

 

 

「そうか。確か、学年トップがグレンジャーで次席が同率で僕とフローラ。君は7番目だったっけ?」

 

「ああ。実技はともかくとして筆記がな………。あと、占い学で水晶玉を割ったらトレローニーに0点にされた。結果、7番目だ」

 

「水晶玉は何で割ったんですか?」

 

「トレローニーが煩かったから早いところ試験を終わらせたくて、わざと水晶玉を机から落とした。後悔はしてない」

 

「相変わらずですね」

 

 

フローラとセオドールが次席で、その間に数名のセンチュリオンの隊員とマルフォイが来た後にエスペランサが7番目の成績であった。

マルフォイは意外と成績が良い。

 

ちなみに、ハリーとロンはロンの方が総合成績は良く、ネビルは昨年から比べると格段に良い点数を取っていた。

最下位は無論、クラッブとゴイルである。

セオドール曰く、あの二人は文字を理解しているかどうかも怪しく、マルフォイが頭を抱えるほどに馬鹿らしい。

 

 

「で、今年のセンチュリオンは何をするんだい?吸魂鬼は倒したし、新しい目標が必要だ」

 

「そうだな。とりあえず、隊員の戦闘能力を向上させないといけない。まだ、戦闘員としては2流以下だし。ただ、吸魂鬼のような敵の存在がないから、まだ目標は決められないな」

 

「そうか。いや、それにしても今学期は有意義だった。吸魂鬼を倒したことだけでなく、しっかりとした組織ができたんだからな。新学期も楽しみだ」

 

 

そう言ってセオドールは満足そうに何度もうなずいた。

 

 

 

 

 

 

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キングスクロス駅に着き、エスペランサはフローラたちと別れた。

 

次に会うのは1週間後である。

セオドールは大きく手を振って駅のホームを出て行った。

 

フローラは家が家なので戻りたくはないらしく、あまり顔色が優れなかったが、それでも、去り際にエスペランサに小さく手を振ってくれた。

その姿は存外、幼く、可愛らしいというのがエスペランサの感想である。

 

セオドールが彼女をワールドカップに誘ったのは、一刻も早く、フローラをカロー家から連れ出すためなのだそうだ。

エスペランサもフローラが家でどういった扱いを受けているかを知っていたため、彼女が心配でならなかった。

 

 

遠くを見ればハリーが叔父叔母と合流して駅の外に行くのも見える。

 

マグルでごった返す近代的なキングスクロス駅の中を一人、また一人と生徒たちが家族のもとへ帰っていく。

久々に家族と会って幸せそうな彼らを見て、エスペランサは少しうらやましく思った。

 

実に平和だ。

この平和を持続させるためにも、センチュリオンという組織を強化しなくてはならない。

 

そう思いながら彼は一人、マグルの世界へと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが………

 

 

「待て」

 

 

短く、鋭い声。

 

腰に突き付けられた拳銃。

 

 

 

振り返ればスーツ姿の男が二人、エスペランサの背後に立っていた。

音も無く。

唐突に。

 

 

 

 

 

「話がある。エスペランサ・ルックッド。付いてこい。これは命令だ」

 

「なっ!?」

 

「逆らえば、貴官の腰を撃ち抜く」

 

 

腰に突き付けられた拳銃がさらに強く突き付けられた。




なかなか投稿ができなかったのですがやっと出来ました!

ハリー視点は結構ダイジェストで書きました。
詳しくは原作で・・・


最後のシーン。
拳銃は服で隠しながら突き付けられてますので周囲の人は気づいてません・・・


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炎のゴブレット
case45 Soldiers in the other world 〜向こうの軍人〜


感想、誤字報告ありがとうございます!

やっと炎のゴブレットに入れます


ロンドン市内の高級レストラン。

 

恐らく政界のVIPなどが御用達にするようなレストランの一番奥に存在する個室席にエスペランサは居た。

 

 

キングスクロス駅でスーツのジャケット越しに拳銃を突き付けてきた2人の男と向かい合うようにして、彼は席に座っている。

スーツ姿の2人の男は、エスペランサに銃を突き付けながら(ジャケット越しなので周囲の人間からはわからなかった)、駅前のロータリーに停められていた高級車に乗り込んだ。

30分ほど車で移動したが、その間、彼らはエスペランサの質問に一切答えなかったし、銃は突き付けられたままだった。

 

普段なら抵抗するだろうエスペランサがおとなしく従ったのは、この2人のスーツ姿の男たちが、自分以上に手練れの軍人であると見抜いたためだ。

 

音もなくエスペランサに近づいて銃を突き付けることのできる人間は限られている。

加えて、ちらりと見えたジャケットの下の拳銃はグロック19。

1988年に採用された最新の銃であり、エスペランサも実物を見たことはなかった。

そして、グロック19を装備していると思われる英国の軍隊または警察組織は特殊部隊であるSASが挙げられる。

 

もし仮に、この2人の男がSASなどの舞台に所属する軍人だった場合、エスペランサに勝ち目はない。

 

故に彼はおとなしく従うしかなかったわけだ。

 

 

 

高級レストランの個室は豪華な装飾がされており、ホグワーツの大広間にも似た雰囲気があった。

 

その中央に置かれたテーブルでエスペランサとスーツ姿の男たちは向かい合うように座っている。

 

 

「あんたらは………ただの人間じゃないな」

 

エスペランサが口を開く。

向かい合って座ったことで、2人の男たちを観察することができたが、彼らの目は歴戦の軍人の目そのものであった。

一人は一見、優しそうな紳士といった風貌で、もう一人は無口で堅物といったかんじである。

どうやら優しそうな方の男が上座に座っているため、上官であるようだ。

 

 

「素性は明かせない。が、君の敵ではない」

 

笑いながら優しそうな方の男は言うが、彼の目は笑っていなかった。

営業スマイルなのだろう。

 

「信用できない。この国に俺が合衆国の軍人であった事を知る人間は存在しない」

 

このスーツの男はエスペランサの名前を知っていた。

非正規で米軍に雇われた未成年の傭兵の存在を知っている人間など数えるほどしかいない。

 

「まあ、信用はされないとは思うがね………。それでも、私たちは君の味方だ」

 

「味方が駅で突然銃を突き付けるわけがないだろ」

 

「ははは。確かにそうだ。でも、君は強引な手段を用いなければ従わないだろう?」

 

「まるで、俺のことを良く知っているみたいな台詞だな」

 

「ああ。知っているとも。米国特殊部隊の中でも表には出せないような部隊で非正規に雇われた最年少の傭兵。未成年の、それも10歳という若すぎる外見を武器にしてあらゆる場所に潜入して、そして、あらゆる組織を倒してきた………」

 

「……………。なぜ、そこまで知っている?」

 

「さあ、ね。まあ、我々も湾岸戦争では少々、裏で動いていたからね。その手の情報は入手できたんだよ」

 

「大尉。喋りすぎです」

 

 

横で座っていた無口な方の男が口をはさんだ。

 

 

「大尉、ってことはやはり軍人か」

 

「今更隠すこともないか。ああ。私も彼も軍人だ。名前は私がジョン・スミスで、彼はハンス・シュミットだ」

 

「明らかに偽名じゃねえか!」

 

 

ジョン・スミス、ハンス・シュミット。

両方、英国とドイツではありふれた名前過ぎて偽名として認識されている。

 

 

「本名は……軍機でね」

 

「こっちの情報は筒抜けっていうのに………。まあ、でも、あんたらの喋る言葉は型についたようなイギリス英語だ。だから、英国に存在する組織に所属しているんだろう。持っている銃は最新の拳銃。あとは、歩き方からして、普通の歩兵部隊出身ではないと判断できる。ってことは英国特殊部隊の人間だろうな」

 

「流石、10歳にしてゲリコマ作戦の立案をすることが出来る天才と言われただけあるな。インテリジェンスとしても有能だ」

 

「で?俺に何の用だ?言っておくが、俺はすでに除籍されている。まあ、非正規の傭兵だったから除籍もクソもないんだが………。だから、尋問されたところで所属も階級も認識番号も言えないぞ?」

 

「無論、それも知っている。最初に行ったと思うが、私たちは君の味方だ。尋問しにここに連れてきたのではないよ」

 

 

それはわかっていた。

尋問するために高級レストランに連れてくるわけがない。

 

 

「では、なぜ………」

 

「うーん。そうだね………。そういえば、エスペランサ」

 

「???」

 

「ホグワーツでの生活は楽しいかい?」

 

「は?」

 

 

 

エスペランサの思考が一瞬停止した。

なぜ、この男はホグワーツを知っている?

マグル界の軍人が、なぜ、ホグワーツを知っているんだ!?

 

 

 

「ははははは!いや、すまない。そんなに驚くとは思っていなかったんだ」

 

「笑いすぎです。大尉」

 

「すまない。いや、笑うつもりではなかったんだが」

 

「なぜだ?なぜ、ホグワーツの存在を知っている?もしや、あんたたちは………」

 

「ああ。我々は魔法使いではないよ。君たちの言うところのマグルってやつだ」

 

「魔法界は秘匿された世界だ。マグルが知っているはずない………」

 

「そんなことはないよ。昨年、シリウス・ブラックがマグル界でも指名手配されただろう?あれはマグル界の政府が協力しないと出来ないじゃないか」

 

「そう言われれば、そうだが」

 

「それに、君たち魔法族は魔法界を巧妙に隠していると思い込んでいるようだが、そんなことはないんだ。当たり前だ。マグル出身の魔法使いが何人居ると思う?マグルと結婚した魔法使いが何人居ると思う?」

 

 

言われてみればそうだった。

 

マグル出身の魔法使いなど珍しくも無い。

マグル界に魔法界の存在を隠しきれる保証は無かった。

 

それに、他国では魔法界とマグル界が裏で繋がっていることも分かっている。

 

 

「確か、英国以外の国は少なからず、魔法界とマグルが協力関係にあるんだったか?」

 

「そうだ。よく知っているじゃないか。米国はグリンデルバルトとの戦いで学んで、魔法とマグルの科学技術を融合させて、闇の魔法使いに対する抑止的な力を手に入れた。もちろん、極秘裏にね。だから、あの国は世界大戦前後に急成長した」

 

「やはりそうだったか。米軍が近年、導入しているネットワークというシステム………。あれの語源は煙突飛行ネットワークだ。煙突飛行ネットワークの技術を応用させてたんだな」

 

「その通り。人を電子に置き換えた技術だ。マクーザ(米国魔法省)の極秘チームと米軍が協力して作り上げたシステムが、衛星通信とネットワークを駆使したデータリンクシステムだ」

 

 

この話はエスペランサがマグル学の授業のレポートで書いた内容である。

評価は秀。

ハーマイオニーを凌駕する点数だった。

 

「他にも、ソ連の宇宙開発技術、日本の電子機器の小型化、中国の軍事的発展、インドのIT技術は数占いの応用だろう。魔法界の学者も感づいていることだ」

 

「そういうことだよ。マグルの科学技術の発展は魔法ありきのものだった。ここ半世紀で科学技術が著しく進歩したのはそのおかげさ。だが、英国は違う」

 

「英国魔法界は伝統に凝り固まっている。マグルの技術を輸入することなんてないだろう」

 

 

英国魔法界は古い考えに取りつかれていた。

世界有数の魔法使いは多数存在する(ダンブルドアやヴォルデモートを凌ぐ魔法使いは他国にいないし、標準的な魔法使いのレベルも非常に高い)。

しかし、純血主義がいまだに存在するなど、考え方は古いままだ。

故に、英国の科学技術は米国やソ連(今はロシアであるが)に抜かれてしまった。

 

「正直、危機感を覚えるよ。マグルと協力関係にある先進国の魔法界ではマグル差別主義なんてあまり生まれないからね。まあ、マグルと協力関係にあるってことはどの国の魔法省も極秘にはしているんだが」

 

「マグル差別、マグル生まれ差別が多いのは英国だけってことか?」

 

「英国以外にもそういった国は多いが、先進国の中では英国くらいなものさ。だから、ヴォルデモート一派のような危険な存在が生まれてくるんだ」

 

「ヴォルデモートを知っているのか?」

 

「ああ。何せ、我々の組織の工作員は魔法省の中にも潜入しているからね」

 

「マグルが魔法省に潜入しているのか?」

 

「まさか。魔法使いの協力者だよ。彼らは先の戦いで家族を闇陣営に奪われている。故に、魔法界に潜む闇の魔法使いを殲滅するために我々に協力をしてくれたんだ」

 

「なるほど。それならホグワーツで起きた事件も知っているって訳か。それで俺のことも知っている、と?」

 

「マグルの通常兵器でバジリスクを倒したりする少年が居るというのは少なからず話題になっていた。名前は調べればすぐに出てくる。エスペランサ・ルクウッド。米国の国防省(ペンタゴン)の伝手も利用して素性を明かしてみたら」

 

「非公式の特殊部隊で最年少で雇われていた傭兵だった、というわけか。あんたらもたいしたもんだ」

 

 

魔法界のことがここまで筒抜けになっているとはダンブルドアも知らないだろう。

マグル界の軍部も捨てたものではないな、とエスペランサは思った。

 

 

「大したことではない。冷戦期のソ連での諜報活動のほうが遥かに困難だった」

 

「ゴホンッ」

 

もう一人、シュミットが咳払いをする。

 

「おっと失礼。我々の任務は極秘中の極秘でね。過去の任務が明らかになってしまうような発言も控えなくては。特に、君のような相手にはね」

 

そう言って、スーツの男は紅茶を啜った。

 

「魔法界の人間も英国のマグル界の大臣を監視しているからお互い様だ。まあ、魔法省の人間はマグルよりも自分達の方が優位な立場にいると思い込んでいる。不愉快な話ではあるが、この手の人間は扱いやすい」

 

「優位……ねえ。実際のところ、魔法に対して通常兵器での攻撃は不利だ。科学が発達しても、魔法界に対して湾岸戦争時の米軍のような一方的な戦いは出来ないだろう。魔法界がマグル界に対して優位性を主張するのも頷ける」

 

「そうだな。数年前まではそうだったかもしれない」

 

「数年前?」

 

「ああ。これを見てくれ」

 

 

そう言ってもう一人のスーツ男が鞄から複数枚の写真を取り出した。

 

 

「なんだ……これは」

 

 

写真に写っているのは崩壊した橋であったり、壊滅した村であったり、挙句は人間だったものと思われる死体の写真だった。

正直言って目を背けたくなるような写真ばかりだ。

 

 

「1204人。この人数が何を表しているかわかるか?」

 

「さあ?」

 

「先の戦いでヴォルデモート陣営に殺されたマグルの数だ」

 

「なっ!?」

 

「表向きにはガス漏れの事故などにしているが、彼らは闇の魔法使い達に惨殺された。惨い殺され方ばかりだったよ。人数が人数だったから隠蔽も大変だった」

 

 

エスペランサは写真をめくる。

 

死体の写真は一見すれば惨殺された人間の死体だが、殺人の手法がわからないものばかりだ。

出血しているのに裂傷が無い。

身体が吹き飛ばされているのに、周囲に爆発の形跡がない。

崩壊した橋は明らかに通常兵器で攻撃されたものではない。

 

 

「家族全員、磔の呪文で殺されていた事例は数え切れない。他には巨人に全滅させられた村。崩壊した橋。警察の専門部隊が出動したが歯が立たなかった。何せ魔法が相手だしな」

 

「警察と闇陣営が戦闘を?」

 

「ああ。一方的だったよ。出動した50名の隊員はほぼ全滅。英国政府は本気で魔法界に軍隊を派遣しようとしていたが、何せ、その手段が無いものでね。被害は一方的に増えていった」

 

「そんなことが………」

 

「だから、我々は魔法使い相手に戦う術を研究しなくてはならなかった。君と同じようにね。君も察している通り、我々は英国軍部の中でもトップシークレットの部署に所属している」

 

「喋りすぎですよ」

 

 

シュミットが制止したが、スミスは喋り続ける。

 

 

「良いんだ。この少年には喋っても平気だ。それに、彼には我々の計画に協力してもらわないといけない」

 

「計画??」

 

「そうだ。先の戦いでマグルはヴォルデモートの陣営に手も足も出ず、煮え湯を飲まされてきた。我々、マグルの世界が滅ぼされることだって覚悟したよ。だから、我々は魔法に対抗できる力を持たなくてはならなかった」

 

「魔法に対抗する力………」

 

それは、センチュリオンが日々、研究していることだった。

 

「魔法省も役に立たない。マグルの社会を守るためには我々が魔法に対して対抗するための力が必要なんだ。そのために、対魔法使いの部隊を編成し、武器も開発しようとしている」

 

「そんなことが可能なのか?」

 

「難しいさ。だが、我々とて、ただ滅ぼされる存在じゃない。我々はね、英国に住むマグルを守るために存在する人間なんだ。だから、ヴォルデモートのような輩を排出する英国魔法界は…………滅ぼそうとも思っている」

 

エスペランサは驚愕した。

 

この男は………英国魔法界を滅ぼそうとしている。

 

 

「馬鹿な!今はもうヴォルデモートは居ない。それに英国魔法界の大半は善人だ」

 

「果たしてそうかな?2年前、ヴォルデモートはホグワーツに侵入した。ついこの間はシリウス・ブラックが逃亡。マグルの世界にとっては脅威でしかないんだ。“君たちの世界は”」

 

 

君たちの世界。

すでにエスペランサがマグル界の人間ではないと見なされている言い方である。

 

 

「俺は3年間、魔法界で生活した。確かに、酷い奴も存在する。だが、それはマグルの世界だって同じだ」

 

「何を言おうと、我々は、次にヴォルデモートのような輩がマグルを攻撃し始めたら、英国魔法界に宣戦布告をするつもりだ。これは政府が裏で決めた事項だ。国連でも裏で承認されている。ヴォルデモートの脅威は他国のマグル界、魔法界も知っているからね」

 

「で、俺に、英国魔法界を滅ぼす手助けをしろってか?残念だが、お断りだ」

 

「そうは言っていない。我々だって無害な魔法使いや魔女を虐殺はしたくないからね。それに、魔法界と戦争をして勝てる確率は良くて60パーセントくらいだ。君には、我々が魔法界と戦争になるようなことがないように、ヴォルデモートや、闇の魔法使いが再び権力を持つことを未然に防ぐために動いてほしいんだ」

 

「俺にそんな力は無い」

 

「いや、君はバジリスクを倒すような力を持っているし、ゲリコマ(ゲリラコマンド)戦を習熟している。無理な話ではないだろう。それに、ハリーポッターやダンブルドアとも親しいのではないか?彼らを使えば良い」

 

「ハリーは唯の一般的な少年だ。戦争に巻き込めないし、あいつにはまだ、そんなに力があるわけでもない」

 

「まあ、どちらにせよ、次にヴォルデモートが復活したりしたら我々は行動する。君はそんな事態は防ぎたいだろう?だから、動かざるを得ない。違うか?」

 

「……………」

 

「では、我々はそろそろ帰るとするよ。ここの代金は我々が勿論払う。ああ、そうそう。ここでの話は、ダンブルドア等には言わないでほしいかな。君なら言わないと思うけどね」

 

 

当たり前だ。

と、エスペランサは思った。

 

こんな話を魔法界で喋ったら大混乱が生じる。

場合によっては即、全面戦争だ。

 

 

「では、これで。君と話せて良かったよ。また、いずれ会おう。君は我々にとっての希望なんだ。君の名前の通り、ね」

 

 

そう言って2人の男は店を後にした。

 

残されたエスペランサはしばらくの間、座ったまま頭を悩ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「大尉。良かったんですか?あんなに喋ってしまって……」

 

「ああ」

 

「彼が魔法界に我々の計画を漏らしたら、それこそ大変な事態に」

 

「彼は漏らさないさ。それくらいには頭が回る人間だからね」

 

「しかし………」

 

「それに、彼にはまだオーバーロード作戦の話はしていない」

 

「………………」

 

「オーバーロード作戦。この作戦を決行することがなければ良いのだが……果たして」

 

 

 

 

 

 

 

 




今回は少し短めです。
次はワールドカップ編で!


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case46 Quidditch World Cup 〜クィディッチ・ワールドカップ〜

感想等ありがとうございます!!


 

「エスペランサ?どうしたんだ?ずっと考え込んで」

 

 

セオドール・ノットがエスペランサの少し前を歩きながら言う。

 

夏休みが始まって1週間が経過した。

エスペランサとセオドールとフローラの3人はクィディッチ・ワールドカップに来ていた。

ワールドカップの開催地は英国の僻地にある森林地帯に特設スタジオを設置して行われる。

 

大規模な国際大会であるため、かなりの広さを必要としたため、あまりマグルが住まない土地をチョイスしたのだろう。

一応、周辺にキャンプ場が数か所程存在したが、どこも閑古鳥が鳴くような施設であり、最寄りの町までは車を30分ほど走らせなくてはならない。

魔法使いたちは数万人規模でその閑古鳥の鳴くキャンプ場に押し寄せて、1泊だけ宿泊するらしい。

 

エスペランサたち3人はそのキャンプ場へ向かう途中であった。

 

 

「あ……いや。少しボーっとしていたんだ」

 

「さっきからどこか上の空ってかんじだが……。夏休みに何かあったのか?」

 

「別に……何もないが」

 

 

嘘である。

 

エスペランサは夏休み初日にマグルの男二人から聞かされた“魔法界侵攻作戦”についてずっと考えていた。

 

ヴォルデモートのような勢力が再び現れて、マグルを脅かすのなら、武力をもってマグルの軍隊が魔法界を滅ぼす。

そして、そうならないようにエスペランサに協力を求めてきた。

 

魔法界を侵攻させるわけにはいかない。

 

しかし、仮にヴォルデモートのような闇の勢力が出現して、好き勝手を始めてしまったら……。

今のエスペランサには闇の勢力の出現を抑止する力もなければ、マグルの軍隊を止める力もない。

無力なのだ。

 

このことをセンチュリオンの隊員に共有するべきか、彼はずっと悩んでいた。

 

 

「まあ、何か悩んでいるなら僕に相談してくれ。仲間なんだから」

 

「仲間………」

 

「ああ。君がいつも言ってるじゃないか。センチュリオンの隊員は、互いに己の命を預ける仲間だって」

 

「そうだったな」

 

 

そうだ。

今は仲間の隊員がいる。

 

今は微力でも、いずれは強大な力をもって、魔法界もマグル界も守る。

 

エスペランサはそう思い直し、今は悩むのを止めた。

 

 

 

「もうすぐキャンプ場に着くと思うのですが………。この霧ではわかりませんね」

 

セオドールのすぐ横を歩いていたフローラが地図を見ながら言う。

 

カロー家もクィディッチワールドカップは招待されていたが、フローラは強制的に養子縁組にされた政略結婚用の道具としてしかカロー家では扱われていないため、家族と共にワールドカップに行く、ということはなかった。

そこで、セオドールが招待したわけだ。

セオドールの家であるノット家も純血として名高い(マルフォイ家と並ぶそうである)名家であり、ワールドカップに招待されていた。

しかし、セオドールの両親はクィディッチに興味はないらしく、チケットを全て、息子であるセオドールに渡したようだ。

 

カロー家から抜け出して、学友とワールドカップに来ることができたのが嬉しいのか、フローラは非常に上機嫌である。

無論、表情はいつも通りのポーカーフェイスであったが。

 

 

「ああ。あれじゃないのか?キャンプ場の入り口」

 

エスペランサは霧の中にぼんやりと見えてきた石造りの小屋と錆びついた門を指差す。

その小屋の向こう側に、数百ものテントが薄っすらと見えていた。

 

 

石造りの管理人用の小屋の前にマグルの男が一人立っている。

 

 

「あー。すみません。予約していたノットです」

 

「あ?また客か。今日に限ってこんなに客が来るとは………。いつもはもっと閑散としているんだがね」

 

 

管理人は疑わしげである。

当たり前だろう。

突然、数万人もの人間がキャンプ場を予約してきたのだから。

 

 

「このあたりでUFOが出るって噂があって、世界中からやじ馬が押し寄せてるんですよ。ニュースとか見てないんですか?」

 

「いや。ここらじゃ電波が届かないもんでね。そうかそうか。UFOか………」

 

 

エスペランサが適当に嘘をついて誤魔化す。

管理人の男は疑心暗鬼ではあったが、一応は納得したようで、エスペランサにキャンプ場の地図を渡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

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エスペランサたちに割り与えられたキャンプ用の区画は競技場のある森に面した日陰であり、涼しくて快適な場所であった。

 

 

「土の質も柔らかくてペグを打つのには困らなそうだな。砂利も少ないし、川も近くて良い立地だ」

 

エスペランサは背負ってきた野営用の道具一式を地面に落としながら言う。

他の魔法使いたちは魔法でテントを組み立て、ついでに魔法による仕掛けまで施している。

 

あるテントは煌びやかな装飾がついていたし、あるテントは噴水と中庭までついていた。

どう見ても魔法で作ったものであり、マグル対策もへったぐれもなかった。

 

エスペランサたち3人は未成年の魔法使いである故に、学校外で魔法を使うことはできない。

なので、エスペランサの私物である野外宿営用の天幕や炊事道具で本格的なキャンプをする必要があった。

 

 

「キャンプってどうやってやるんだ?センチュリオンの訓練では天幕(テント)はいつも魔法でくみ上げていたし……」

 

「任せてとけ。野営は傭兵時代に経験してるから慣れてるんだ。問題は飯だな。食材はあるが、俺は料理なんてしたことないし」

 

「料理なら私が出来ますよ?」

 

「え、フローラが?」

 

「何ですか?その疑わしげな眼は?」

 

「え、いや。似合わないなーと」

 

「…………あなたは夕飯抜きですね。その辺で蛇でも焼いて食べておいてください」

 

「あ、これは言葉の綾だ。撤回する!」

 

 

慌ててエスペランサは撤回した。

 

 

 

軍隊の使用する宿営用の天幕は市販されているテントよりも組み立てるのが難しいので、セオドールとフローラにも手伝ってもらいながら組み立てた。

 

出来上がったカーキ色の天幕の中に寝袋を3つ放り込んだ後、雨水が天幕内に入るのを防止するための溝を、天幕の周囲にエンピを使って堀る。

それが終わったならば、折り畳み式の椅子を3つ出し、飯盒や携帯式ガスコンロ、その他の調理器具や折り畳み式の水入れタンクを展開した。

 

 

「よくもまあ、マグルはこんなに色々なものを開発するよな」

 

「マグルは魔法が使えない代わりに、こういった道具を生み出して便利さを追求したんだ」

 

 

まだ夕飯には早い時間であったので、3人はキャンプ場内を散策することにした。

 

キャンプ場内には海外から数万人もの魔法使いが押し寄せているため、あちらことらから聞こえてくる言語は多種多様である。

また、テントの前では小さい子供がおもちゃの箒に乗っていたり、魔法使いたちが興奮気味で談笑していた。

 

今回の試合はアイルランドとブルガリアの対戦らしく、国旗をモチーフにした飾りつけや、選手のポスターがいたるところに掲示されている。

 

 

「これが選手のポスターなんですか?」

 

「ああ。これはクラムっていうブルガリアの選手だ。ポジションはシーカーだ」

 

「へえ。気難しそうな顔してるな。こういう顔のやつ、軍隊にもいたぜ?」

 

「顔は気難しそうだが、プレイは天才的なんだよ。今日見ればわかるさ」

 

 

セオドールは興奮気味にあちこちのテントに張られたクラムという名前の選手のポスターを指差したが、あいにく、エスペランサもフローラもクィディッチにはあまり興味がなかった。

 

それよりもエスペランサは海外の魔法使いたちの文化に興味があった。

 

 

「お、あそこに居るのはセドリックじゃないか?」

 

クラムのポスターを眺めていたセオドールが別の方向を指差す。

 

「久しぶりだね。といっても1週間ぶりか?」

 

3人に気づいたセドリックは話しかけてきた。

 

「ああ。元気にしていたか?」

 

「そりゃもちろん。僕のほかにも何人か隊員が遊びに来てるよ。チョウとアーニーが別の区画で泊ってる」

 

「そうか。あいつらも来てたのか」

 

「何て言っても英国で久々に開催されるワールドカップだからね!」

 

 

セドリックはセンチュリオンで箒を使った遊撃部隊に所属している。

加えて、ハッフルパフではクィディッチチームのキャプテンもしていた。

そんな彼であるから、ワールドカップは非常に楽しみにしていたのだろう。

話しながら彼は興奮していた。

 

 

「他には知り合いに会ったか?」

 

「ああ。ハリーと彼の友人が別の区画に居るよ。ウィーズリー家が貴賓席のチケットを手に入れたらしいからね。あとはオリバー・ウッドも居たかな。彼はクィディッチのナショナルチームに2軍入りしてたよ。彼、キーパーとしての素質あったから」

 

「そうか。そりゃ良かった」

 

 

オリバーはグリフィンドールの元キャプテンであった。

 

 

「それはそうと、今回の試合、僕はアイルランドが勝つと思う。ブルガリアにはクラムが居るが、アイルランドのチェイサーが強すぎる。すぐに150点差が開いてしまうだろうさ」

 

「いや、そうとは限らない。ブルガリアのチェイサーは最近流行のフォーメーションではなく………」

 

 

セオドールとセドリックはクィディッチ談義を始めてしまった。

 

魔法界の男子はクィディッチの話になると止まらない。

エスペランサはうんざりして隣にいるフローラを見た。

 

どうやら彼女もエスペランサと同じ気持ちだったらしい。

 

 

「2人の話が長くなりそうなので、帰りましょうか?」

 

「ああ。そうだな」

 

 

 

 

 

 

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セオドールとセドリックを残して、宿営地へ戻ろうとしたエスペランサとフローラであったが、戻る途中で会いたくない連中と会ってしまった。

 

フローラの義理の父、それからカロー家の一族である。

彼らはかなり大きめの黒色のテントを立てていた。

 

「誰かと思えば、お前か。フローラ」

 

「…………はい。こんにちは」

 

 

フローラの義理の父の声は傲慢さと冷徹さを混ぜたようなものだった。

 

背は高く、白髪交じりの髪を1つに束ねている。

いかにも悪役という顔立ちで、眼はハイエナのようにギラギラと光っていた。

 

他の魔法使いたちがマグルの格好をする中、彼は魔法使いの服装をしている。

 

 

「あまりこの敷地内を歩き回るな。お前が変なことをすれば、カロー家の名が汚れる」

 

「………はい」

 

 

フローラはいつもと変わらない表情で答えてはいたが、声のトーンは落ちていたし、視線は地面へと下がっていた。

 

義父の後ろに立つ、義姉のヘスティアをはじめとしたカロー家の親族一同は、どこか憎しみを持った目でフローラを見ていた。

彼らにとって、フローラは完全に余所者なのだろう。

 

エスペランサはフローラの過去を知っている。

故に、この男が憎らしかった。

 

無意識に腰に忍ばせている拳銃へと手が回る。

 

 

「堪えてください。ここは公共の場です」

 

フローラがエスペランサの動きに気づき、小声で静止した。

 

 

「おい。そっちの男は何だ?ノット家の倅ではないな。私はノット家の倅と行動を共にすると聞いたから、お前に外出許可を与えたつもりなのだが?」

 

「彼なら先ほどまで一緒に居ました。こちらは………」

 

「エスペランサ・ルックウッドです。以後、お見知りおきを」

 

エスペランサは自分から名乗り出た。

 

「ルックウッド………。お前はルックウッド家の人間か?」

 

「はい??」

 

「違いますよ。お父様。そいつはマグルの世界で育った孤児ですから」

 

 

義父の後ろからヘスティアがいつもとは違う丁寧な口調で言う。

 

 

「マグル生まれ……だと?」

 

「物心ついた時から両親なんてものはいませんでしたし、4年前まではマグルの世界の軍隊に所属していました。それがどうかしましたか?」

 

エスペランサが食って掛かる。

 

「ほう。ということは貴様か。一昨年、秘密の部屋でバジリスクを倒し、その前の年は賢者の石を死守したというのは………」

 

「その認識であっています」

 

「なるほど。私はマグル生まれは駆逐するべき存在であると考えているが、貴様のような強い人間は嫌いではない。うむ。確かに、貴様は良い眼を持っている」

 

「何が……言いたいんです?」

 

「いや。最近は純血主義者にも腑抜けた輩が多い。だが、お前は……違うようだ。実に狩り甲斐がある」

 

「…………」

 

 

エスペランサは再び拳銃に手をかけようとした。

この男は危険だ。

 

あらゆる軍人を見てきたからわかるが、この男はおそらく何人もの人間を殺してきたことがある。

しかも、厄介なことに“強さに固着するタイプ”だ。

 

 

「通常のマグル生まれであれば、カロー家に近づいた時点で排除しているところだが………。お前のような人間であれば、今は排除しないでおいてやる」

 

 

そう言って義父はニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと短めでした。

ワールドカップの試合の光景についてはおそらく割愛となりますので、そちらが気になる方は原作を……というかハリポタのssを読む人で原作や映画を読んだろ観たりしていない人っているのだろうか……??


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case47 Death eater and machine gun 〜死喰い人と機関銃〜

続いて投稿します!!


クィディッチワールドカップは結局、アイルランドが勝利した。

が、スニッチを手にしたのはブルガリアのクラムであった。

 

この結果にセオドールは興奮し、試合が終わってから5時間も経過しているのにまだ語っている。

 

試合会場のスタジアムから帰ってきたエスペランサとフローラはセオドールの話を天幕の前で焚火をしながら聞き流していた。

 

時刻は0時を回ろうとしている。

1時間前まではお祭り騒ぎだった周囲のテントも、だいぶ静かになっていた。

それでも、時折、歓声が聞こえているため、まだかなりの人数が起きているのだろう。

 

 

「いやー。素晴らしい試合だった。クラムの技はウロンスキー・フェイントっていう技なんだ」

 

「セオドール。それはもう10回は聞いたぞ」

 

「え、そうか?」

 

「ああ。まあでも、確かにワールドカップのプレイはすごかった。素人の俺が見てもわかるくらいには上手いプレーだった」

 

「上手いどころじゃない。あれはもう天才だ!」

 

 

エスペランサはこっそり持ち込んだビールの缶を飲み干して、焚火の中に薪を入れた。

 

そんな時である。

別のキャンプ場から爆発音が聞こえたのは。

 

 

ズドオオン

 

 

「うわ。派手にやってるな」

 

「夜中なのによくやりますよね。うるさくて仕方ありません」

 

 

ズドオオ

 

爆発音に混ざって悲鳴も聞こえてくる。

 

 

「マナーの無い人間がまだお祭り騒ぎしてるんだろう」

 

「その内、魔法省の役員が止めに入るとは思いますが」

 

 

ズドオオオン

 

ズドオン

 

 

悲鳴は大きくなり、爆発音だけでなく火の手も上がる。

エスペランサたちのキャンプ場からは遠くて見えないが、夜の闇が赤く照らされていた。

 

 

「ちょっとやりすぎじゃないか??」

 

セオドールが言う。

 

爆発音は断続的に続き、民衆がパニックになっているのか、悲鳴だけでなく絶叫も聞こえてきた。

 

 

『こちら、アーニーだ。エスペランサ。応答してくれ』

 

エスペランサが持ってきた携帯型の軍用無線機から、隣のキャンプ場で宿泊しているアーニー・マクミランの声が流れてくる。

ワールドカップに来ているセンチュリオンの隊員たちは全員、無線機を携行させていた。

 

「こちらエスペランサ。どうした?そっちのキャンプ場から爆発音が聞こえているんだが?」

 

エスペランサは無線機のマイクを取り、応答した。

セオドールもフローラも不安げに耳を傾ける。

 

 

『大変なことになった。一部の魔法使いが暴走して、手当たり次第にテントを攻撃してるんだ。僕はチョウとセドリックと合流して森に逃げてきたんだが……』

 

「魔法使いが暴走?興奮して騒いでいるだけじゃないのか?」

 

『僕も最初はそう思ったんだが……。奴ら、手当たり次第にテントを焼き払うだけじゃなくて、管理人のマグル一家を拉致して好き放題してやがる。魔法省の役員が抑えようとしているが、マグルを人質にされて上手くいってない」

 

 

エスペランサは驚愕した。

 

「俺もそっちに向かう。無線はこのまま繋いでおけ」

 

 

無線を切った後、エスペランサは天幕の中に入り、万が一の時のために持ってきていた武器を全て取り出した。

 

MP5サブマシンガンがひとつ。

M92拳銃がふたつ。

暗視スコープに予備のマガジン。

スタングレネードとサバイバルナイフ。

 

 

「どうなってるんだ?ただの騒ぎじゃないようだが………」

 

セオドールが焚火の灯を消しながら言う。

 

「どうもそうらしいな。魔法省の役員が大勢いるだろうから、そのうち沈静化するだろうが………。しかし、マグルの管理人一家を拉致しているらしいし、救援に行く必要があるだろう」

 

「ああ。僕たちも行く。武器を貸してくれ」

 

 

エスペランサはセオドールとフローラに拳銃を渡した。

荷物になるため、最小限の武器しか持ってきていないことが悔やまれる。

 

サブマシンガンも拳銃も所詮は護身用の武器でしかない。

加えて、予備の弾薬もそう多くは持ってきていなかった。

 

 

「拳銃の弾丸は一人につき20発程度しかない。サブマシンガンが一番火力のある武器だが、射程も威力も小銃に劣る。無暗に戦闘はできないから注意してくれ」

 

「わかりました」

 

フローラも拳銃に弾倉を装填する。

 

センチュリオンの隊員はエスペランサ、セオドール、フローラのほかに、アーニーとチョウ、そしてセドリックが居る。

少数ではあるが、並の魔法使い相手であれば負けることはないだろう。

 

 

「良し!出撃だ!」

 

 

そう言って3人は爆発音のする方へ走り出した。

 

 

 

 

 

 

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「なんだ……これは」

 

エスペランサは目を違った。

 

数百というテントが燃え上がり、人々が逃げ惑う。

フードを被り、仮面をつけた数十人の魔法使いが歓声を上げながら我が物顔で暴れている。

 

「一体、何者なんだ?」

 

エスペランサは森の中に隠れながらセオドールに聞いた。

 

「おそらく、元闇の魔法使いたちだ」

 

「元闇の魔法使いだって?」

 

「ああ。あの姿……。死喰い人そっくりだ」

 

「死喰い人?」

 

「例のあの人の軍勢です。壊滅していましたが……。一部の死喰い人は逮捕されずにのうのうと暮らしているんです」

 

「なぜ逮捕されなかったんだ?」

 

「例のあの人に操られていた、とか嘘をついたり、賄賂を魔法省に渡したりして難を逃れたようですね。カロー家もそういう人が多いです」

 

「残念ながらノット家もだ」

 

 

ということは仮面の群衆はヴォルデモートの元手下ということになる。

なぜ、彼らが今になって暴れだしたのかはわからないが、非常に不味い事態となった。

 

ヴォルデモートの勢力がこういった形で復活したことがマグル界の対魔法使い専門の軍隊に知られてしまったら………。

 

 

 

ー魔法界は滅ぼされる

 

 

「止めるしかないな」

 

「でも、どうやって?あの人数の魔法使いを敵にしたら流石に適わない。こっちにはまともな武装もないんだから」

 

 

先ほど合流したアーニーが言う。

 

エスペランサたち3人はセドリックたち3人と森の中で合流し、木の陰から仮面の群衆の暴動を見ていたのだ。

 

 

「確かに。武装は手薄だ。拳銃もサブマシンガンも射程は短いからここから狙撃することはできない。かと言ってこのまま何もしないわけにはいかないだろう。見ろ、あれを」

 

 

仮面の男たちは魔法で、攫ってきたマグル一家を宙づりにしていた。

 

一人は管理人の男で、もう一人はその妻。

さらに、幼い子供も2人ほど宙につるされている。

 

 

「許せないですね………」

 

フローラが拳銃を握る手に力を込めて言う。

彼女は、あのマグル一家と同様の宙づり呪文を義父から受けたことがあった。

 

 

「ああ。ここに狙撃銃さえあれば全員、俺が仕留めてやるんだが……そうもいかない」

 

仮面の群衆は先程よりも人数が増え、馬鹿笑いしながら宙づりにされているマグルをはやし立てていた。

子供は空中で回転させられ、管理人の妻は逆さ吊りにされている。

 

魔法省の役人が何名か止めに入ろうとしていたが、マグルを盾にされては手を出せない。

 

 

「とにかく、マグル4人の救出が先だ。俺が囮になる。その隙に、セオドールたちは魔法を使ってマグルを救出しろ」

 

セオドールとフローラは身内に元闇の魔法使いが居る。

もしかしたら、群衆の中にはフローラの義父がいるかもしれない。

 

故に、セオドールとフローラの姿を仮面の群衆に見せるわけにはいかなかった。

 

セドリックたちも親は魔法使いだ。

彼らもまた、銃を使っているところを他の魔法使いにみられるわけにはいかない。

 

だから表立って戦闘が出来るのはエスペランサだけだった。

 

 

「でも、休暇中に魔法を使っちゃいけないんじゃ?」

 

チョウが不安げに言う。

 

「問題ない。この混乱の中だ。ばれやしないさ」

 

「作戦はシンプルだ。俺が囮となり、銃を使ってあの仮面の連中を奇襲する。奴らは恐らく混乱するだろう。その隙をついてセオドールたちは、クッション呪文とフィニートを使ってマグル4人を陰から救出する」

 

「「「 了解 」」」

 

「では健闘を祈る!」

 

 

そう言ってエスペランサは森から躍り出て、暴れまわる仮面の群衆に突っ込んでいった。

 

 

 

(早いところこの暴動を沈静化しないと、魔法界が侵攻される!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ルシウス・マルフォイは仮面の群衆の中に居た。

 

元死喰い人たちが集まり、暴動を起こす計画はかなり前から企画されていて、ルシウスもそれに誘われていた。

しかし、彼は正直なところ暴動に賛成はしていなかった。

 

別に彼に良心があったからではない。

 

マルフォイ家は主義主張はアレだが、礼節は重んじる家であったので、下品な暴動に参加すること自体に抵抗があったのだ。

 

しかし、今回暴れているのは死喰い人の中でもあまり戦力にはならなかった連中であり、魔法省の役人が本気を出せば、一斉に逮捕されるのは目に見えていた。

その事態は避けたかったルシウスはいざという時に元死喰い人を守れるように、しぶしぶ参加したのである。

 

 

その結果………。

 

 

 

「下品極まりない………」

 

 

元死喰い人たちはここ10年以上にわたって暴力を我慢してきた鬱憤を晴らすがごとく暴れている。

 

どこからかマグルの家族をさらってきて魔法で宙吊りにし、それを見て馬鹿笑いしている。

ルシウスはマグルを差別していたが、今は少し同情さえしていた。

 

 

 

そんな時である。

 

 

 

パパパパパン パパパ

 

 

乾いた音が爆発音や悲鳴に交じって聞こえてきた。

 

 

 

「ぎゃあああああああ!!!」

 

 

それと同時に、群衆の最前列で暴れていた数名の元死喰い人が血しぶきをあげて地面に倒れこんだ。

不運なことにその内の一人は燃え上がるテントの中に倒れこみ火だるまになっている。

 

 

「何が起きたんだ!?」

 

「マクネアたちが倒れたぞ!!」

 

「魔法省の攻撃か!?」

 

 

仮面の男たちが動揺し始めた。

 

 

パパパパン

 

パパパパ

 

 

乾いた連続射撃音は続き、今度は群衆の右翼に居た人間たちが10人ほど倒れこんだ。

 

皆、足や腕から血を流している。

 

 

「一体、何が起きている?」

 

 

ルシウスは音がしたほうへ目を向けた。

 

見れば、森の中から少年が走ってこちら側に向かってきている。

そして、その少年が持っている何か鉄の棒のようなものから閃光が走っていた。

 

 

「あれだ!あの子供だ!!森から出てきたあいつが攻撃してきてる!!」

 

「何だって!?」

 

「たった一人の子供に10人が倒されたっていうのか!?」

 

「迎え撃て!!」

 

 

仮面の男たちは一斉に杖を少年に向けた。




感想ありがとうございます!
うれしいです!


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case48 Sign of darkness 〜闇の印〜

感想、誤字報告ありがとうございます!

先日、デジモンの映画を見てきました。
すごい良かったです。



エスペランサの持つMP5サブマシンガンは25発の9ミリパラペラム弾を装填できる。

加えて、自動追尾の魔法もかけられている。

 

森から飛び出した彼は仮面の男たちの先頭集団を掃射した。

銃口から飛び出した10発の弾丸は正確に仮面の男たちの腕や足に命中する。

 

魔法使いを相手にする場合、奇襲を仕掛けるのが最も効率の良い戦い方だ。

エスペランサは今までの戦闘経験からそれを学んでいた。

 

仮面の集団はエスペランサの奇襲に混乱する。

そのチャンスを逃すまいと、彼は続けざまに残る15発の弾丸を叩き込んだ。

 

「ぎゃああ!!」

 

「いてええええええ!!」

 

聞き覚えのある悲鳴が聞こえる。

あっという間に20名近くの敵が地面に倒れこんだ。

 

エスペランサは横に走りながら銃の弾倉をすばやく交換する。

 

手持ちの弾倉はこれがラストだ。

 

 

「あそこだ!あの子供が攻撃してきた!!」

 

「迎え撃て!」

 

「やっちまえ!!」

 

 

エスペランサの姿に気づいた仮面の男たちが一斉に杖を向けてくる。

だが、男たちは統制が取れているわけでもなく、戦闘組織として機能していない。

 

「ステューピファイ!」

 

「インペディメンタ!!!」

 

「ステューピファイ!!」

 

 

何人かが呪文を唱えて攻撃してくる。

赤い閃光、つまり失神光線と呼ばれる魔法が飛んでくるが、エスペランサは前回りをしながら地面に伏せて、これらを躱す。

そして、地面に伏せたまま射撃を再開した。

 

 

パララララという乾いた音とともに、銃弾が敵に撃ち込まれる。

 

聞き慣れた悲鳴とともに、さらに数名の男が地面に倒れこんだ。

しかし、敵の数はまだかなり残っている。

 

多勢に無勢。

 

このまま戦闘を継続すればジリ貧だった。

 

 

エスペランサは地面から立ち上がり、5メートルほど前に走る。

その間、数発の呪文が彼の身体を掠めたが、これを避けられたのは奇跡といって良いだろう。

敵との距離は50メートルを切っており、ベテランの魔法使いなら確実に呪文を当てることのできる距離であった。

 

 

「アクシオ!!」

 

 

エスペランサはすでに弾薬が底を尽きて使い物にならなくなったMP5サブマシンガンを地面に投げ捨てた後、杖を取り出して呼び寄せ呪文を使用した。

 

狙いは初撃で倒れた仮面の男である。

呼び寄せ呪文は見事に成功して、エスペランサのもとに血だらけになった仮面の男が呼び寄せられた。

エスペランサは腰元からサバイバルナイフを取り出して、その仮面の男の喉元に突き付けた。

 

 

「よく聞けお前ら!!この男の命を助けたいなら、今すぐにでも杖を下ろして投降しろ!」

 

 

弾薬も武器も若干しか手元にない以上、敵の一人を人質にして、敵の武装を解除させるほかに手段はなかった。

 

 

「くそっ!卑怯な手を!!!」

 

「何とでも言え!俺は目標達成のためなら手段は選ばない」

 

 

仮面の男たちは杖を下ろしはしなかったものの、呪文で攻撃をしてくることはなくなった。

何人かは負傷して倒れこんだ仲間の手当てを魔法で行おうとしている。

 

エスペランサは詳しく知らなかったが、この仮面の男たちは元死喰い人、もしくは、反マグル主義の魔法使いたちである。

つまり、ほとんどがスリザリン出身であり、彼らは目的のためには手段を択ばない狡猾さを持っていた。

故に、エスペランサの意図するところも理解している。

 

ー武装解除しなければ仲間が殺される

 

闇払いや、ダンブルドア勢力、グリフィンドール出身の魔法使いたちは決して人質を盾にして武装解除を命じるような作戦は取らない。

元死喰い人は自分の仲間が人質に取られるという経験をここにきて初めて経験したのである。

 

 

「はやく杖を下ろせ!さもなければ」

 

「!?」

 

 

エスペランサは人質にした男の銃創にナイフを刺し込み、捻った。

 

 

「ギャアアアアアアアア!!」

 

男は悲鳴を上げる。

 

「調子に乗りやがって!こっちもマグルの人質が居るぞ!」

 

仮面の男の一人が杖を高らかに上げて言う。

 

「さて、そいつはどうかな?」

 

「なんだと?」

 

男たちは振り返って背後を見た。

 

宙吊りにされていたマグル4人の姿は無い。

宙吊りにしていた魔法使いは全員、気絶している。

 

セオドールたちが手はず通りに、エスペランサが陽動をしている隙に、救出したらしい。

 

恐らく、自動追尾の魔法がかけられた銃で魔法使いを無力化した後に、エスペランサと同様に呼び寄せ呪文でマグルを引き寄せて救出したのだろう。

 

 

「万策尽きたようだな」

 

「このっ小癪な!!」

 

「人質なんてどうでも良い!やっちまえ!」

 

「止せ!あの人質になってる奴は現魔法省の高官だぞ!」

 

 

幸運にもエスペランサが人質にした男は位の高い人間らしい。

 

 

 

 

 

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フローラ・カローの義理の父であるアエーシェマ・カローは今回の騒動の火付け役の一人であった。

 

彼はヴォルデモートに忠誠を誓っていたわけではない。

彼は“強さ”が好きであった。

 

幼少時は森で小動物を虐殺して己の強さを証明しようとしていた。

ホグワーツ在学時は同期の生徒に闇の魔法をかけて己の強さを誇示しようとした。

 

しかし、上には上がいるもので、ヴォルデモートはまさに強さの塊であった。

 

アエーシェマはヴォルデモートの強さを間近で感じるために闇の勢力に加わった。

そして、ヴォルデモートの強さを学び、自分の強さを高めようとしたのだ。

 

飽くなき強さへの探求心は周りの死喰い人から見ても異常であった(カロー家にはほかにも常軌を逸したサイコパスたちがたくさん居たが)。

 

やがて彼は自分の強さを試すために、ダンブルドア勢力の猛者との闘いを求めるようになる。

マグル狩りという弱者を一方的に嬲り殺す死喰い人たちの娯楽には興味を持たず、ひたすらに闇払いや騎士団と闘いを繰り広げた。

 

アエーシェマにとっては強さこそすべてであった。

 

故に、強さを持たないマグルや、マグル贔屓の魔法使いを差別し、原理的純血主義を掲げていたのである。

逆に言えば、魔法使いを倒せるようなマグルや、強力なマグル贔屓の魔法使いが存在すれば、彼は差別をしなかった。

無論、そのような人間は稀有であったが。

 

やがて、ヴォルデモートが倒されると、アエーシェマは裁判にかけられた。

普通なら速攻でアズカバン送りなのだが、彼は闇払いや騎士団と決闘を繰り広げるのみで、表向きには一切の殺人を犯していない。

要するに、死喰い人の犯罪に関与していなかったのである。

加えて、彼はカロー家の本家における家主であった。

権力と富は莫大であり、結局、執行猶予付きの判決が下る。

 

実際には、数えきれない程の殺人を犯してきた彼であったが、それらは死喰い人になる前のもので、しかも完全に証拠を隠滅していたために暴かれなかっただけであるが。

 

しかし、平和な時代が訪れた後、アエーシェマの心にはポッカリと穴が開いてしまっていた。

平和な時代などくそくらえ。

常に殺伐としていて、戦闘に明け暮れる日々が恋しかったのである。

 

その鬱憤を晴らすかの如く、彼は暴力、犯罪、酒に溺れていった。

 

とは言え、カロー家存続という当主としての役目もあり、いつまでも堕落しているわけにはいかない。

唯一存在した娘のヘスティア・カローを純血家庭に嫁がせる必要があったが、この娘も娘で人格破綻者である。

人格と、ついでに容姿の関係から嫁ぎ先が見当たらない。

 

外国に相当昔にカロー家から離反した家族が存在し、そこには娘がいる、ということを思い出した彼は、無理矢理、その娘を養子にした。

 

名前をフローラ・カローというその娘は、容姿も性格も問題なかった。

むしろ容姿に関して言えば釣りがくる程に整っていた。

 

ホグワーツ入学までの数年間、彼はフローラを調教し、元の優しかった人格などを叩き潰して、機械のように仕立て上げてしまったのである。

 

 

 

 

さて、そんなアエーシェマが今回の騒動を起こした理由は単純で、ただの鬱憤晴らしである。

 

お頭の弱い無能な部類であった元死喰い人を上手い具合に焚き付け、ついでに用心棒としてルシウス・マルフォイなどを巻き込み、十数年前には日常茶飯事であった暴動を起こす。

最初は愉快だったが、元死喰い人の下品な立ち振る舞いを見ているうちに、徐々に熱は冷めていった。

 

そんな時である。

 

エスペランサ・ルックウッドが登場したのは。

 

 

「面白い………」

 

 

彼はエスペランサの戦闘を見てそうつぶやく。

 

エスペランサの戦い方は今まで相手にしてきた魔法使いとは全然違った。

ヴォルデモートは圧倒的な力で敵をねじ伏せるが、その力の強さ故か、戦闘に快楽を求め、無駄が多い。

騎士団の人間は、相手を傷つけることを恐れているのか、もしくは、殺人を恐れているのか、無意識に手加減をしてしまっている。

闇払いの戦い方は無駄も多ければ、経験も無く、面白くない。

 

しかし、エスペランサの戦い方は、目的達成のために最小限の動きで最大限の成果を得るために考え抜かれた合理的なものだ。

一切の無駄がない。

しかも、彼は戦場慣れしている。

常に周囲を警戒して、先を読み、確実に敵を叩く。

 

あっという間に20人以上を倒したエスペランサを見て、アエーシェマはますます、彼を倒したくなった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

同時刻。

 

透明マントに隠れている“この男”も、“強さ”に惹かれる人物であった。

男はキャンプ場の森の中で透明マントに隠れながら騒動を観察している。

 

彼は仮面の男たちが元死喰い人で、しかも、一切の罰を受けることなく、のうのうと生活していることを知っていた。

そして、憤りを覚えた。

 

ーなぜ、彼らは闇の帝王を復活させない?

 

ーなぜ、彼らは死喰い人としての誇りを捨てたのに、このように暴動を起こしているのだ?

 

男は無意識に杖を強く握りしめた。

 

この杖はハリー・ポッターから盗んだものである。

 

 

今ここで、闇の印を打ち上げれば、奴らはどうなるだろうか。

怯えるだろうか。

逃げ出すだろうか。

 

男はそう考えた。

 

 

そんな時に、一人の少年が森から飛び出して、得体の知れない武器で死喰い人を攻撃し始めたのである。

 

 

 

「何だ……あの武器は」

 

 

男にとって銃は見たことのない武器であった。

が、その武器の威力は強力で、あっというまに死喰い人を蹂躙する。

 

 

成程、効率的だ。

 

最初の奇襲で戦力を削ぎ、相手が混乱したところで人質を取る。

人質を盾に相手を武装解除させ、別動隊にマグルを魔法で救出させる。

 

そのような連携プレーは死喰い人にはできない。

死喰い人は基本的にソロで動くのを好むからだ。

 

恐らく、彼は年齢的にホグワーツの生徒だ。

となれば、“任務を行う上で”彼に接触することができる。

 

「戦い方は素晴らしい。が、魔法の腕は未熟と見た。それに、邪悪さも無い。だが、いずれ奴は闇の帝王の敵になるだろう………」

 

ならば“任務の中で”ハリー・ポッターと同時に殺してしまえば良い。

 

男は笑みを零すと、杖を高らかに上げて呪文を唱えた。

 

 

 

「モースモードル」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇の印が夜空に浮かび上がり、そして、元死喰い人たちは逃げていった。

 

 

後には、エスペランサがたった一人、残っていた。




M733の電動ガンを買いました。
何か自分の書いたssで活躍させてる銃をサバゲで使うのって変な感じです。


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case49 Death spell 〜アバダ・ケダブラ〜

感想などありがとうございます!


 

 

 

 

「あれは闇の印ってやつだ。例のあの人、ああ、すまない。ヴォルデモートの部下、つまり、死喰い人が殺人を犯した後に打ち上げる……戦勝旗みたいなものだ」

 

 

騒動から数日後。

ホグワーツ行きの特急の中でセオドールがエスペランサの問いに答えた。

 

例の騒動の後、魔法省の役人が駆けつける前に、エスペランサたちは森の奥へ逃げて身を隠した。

 

魔法省の役人に銃やナイフで武装した姿を見せるわけにもいかないし、マグル救出のために魔法を使ったことがバレるのを防ぐためだ。

 

結局のところ、闇の印を打ち上げた犯人もわからなければ、仮面の男たちを捕らえることもできなかった。

戦果と言えば、マグルを無事に救出できたこと(4人のマグルは眠らせて管理人小屋にこっそり戻しておいた。後で魔法省の役人が記憶を消したらしい)と、20名ほどの仮面の男たちに重傷を負わせたことだろうか。

致命傷を避けたので、ハナハッカあたりの魔法薬で傷は治せるだろう。

もっとも、火だるまになった男だけは聖マンゴに入院したらしいが。

 

余談であるが、エスペランサはセンチュリオンの隊員にヴォルデモートを例のあの人と呼ぶことを禁止していた。

 

「でもなんであいつらはその闇の印ってやつを見て逃げたんだ?あいつらって元死喰い人なんだろ?闇の印を見たら喜ぶんじゃねえの?」

 

コンパートメントの席に座って蛙チョコを食べながらエスペランサは言う。

 

「そういうわけでもないんですよ。元死喰い人はヴォルデモートを裏切るような形で、裁判を逃れていますから。もし仮に、ヴォルデモートが戻ってきたとなれば、彼らは間違いなくヴォルデモートに罰せられます」

 

「それを恐れて逃げたってわけか。案外、人間らしい奴らだな」

 

「でも、闇の印を誰が何の意図であげたのかは分からずじまいです。あの騒動は義理の父が計画したものらしいんですが………」

 

「あの男か。奴に銃弾を叩き込めなかったのは残念だ」

 

 

エスペランサは車窓に映る山並みを眺めながら呟く。

 

今、コンパートメントにいるのはエスペランサとセオドールとフローラの3人。

セドリックは監督生専用の車両に行っているし、ネビルはハリーたちと談笑している。

 

「あー。そういえばポッターもあの場にいたらしいな」

 

「俺も聞いた。本人からな。どうも偶然居合わせたらしいんだが、なんと言うか、あいつもあいつで不幸な体質だ」

 

「ここ数年の事件に毎回巻き込まれていますからね。彼」

 

 

そう言いながら、フローラは座席の上に置かれていた日刊預言者新聞をつまみ上げた。

その新聞にはリータ・スキータというゴシップ記者の書いた『魔法省の失態!ワールドカップを襲った悲劇』という記事が載っている。

 

 

「そう言えば、今学期は持ち物リストにドレスローブってやつが含まれていたよな。ありゃなんだ?」

 

エスペランサはふと思い出したように聞いた。

 

「ドレスローブは魔法使いや魔女にとっての礼装……とはちょっと違うか。ダンスパーティとかに着ていく服なんだ」

 

セオドールが答える。

 

「へえ。そんなもんが必要だとはな」

 

「その言い方だと、君は用意してないのか?」

 

「そりゃもちろん。ダンスパーティなんて柄じゃねえし。ていうか何故、ダンスパーティ用の服が必要なんだ?ホグワーツでパーティでも開くのか?」

 

「恐らくそうだろうね。持ち物に書いてあるってことは、ダンスパーティは全員強制参加なんじゃないか?そうなったらどうする?」

 

「サボるさ。もちのロンで。なあ、フローラもそうだろ?」

 

「何故、私に同意を求めるんですか?」

 

「え?参加すんの?」

 

「何故、そこで疑問符がつくのでしょうか?」

 

「だって、フローラがダンスパーティって。柄じゃねえだろうに………」

 

「それはどういう意味でしょう?」

 

「フローラがドレスで踊るところなんて想像できないだろ。ほら、スネイプがダンスを踊るとこなんて想像できない、みたいな。ホラーじゃないか。ははっ」

 

「……………」

 

フローラが黙ってエスペランサを睨みつける。

 

「え、何?怒ったのか?」

 

「いえ、別に。ただ、仮にあなたに相手が見つからなかったとしても、絶対にあなたの相手だけはしてあげませんからね?」

 

「そりゃ、俺もそんな気はさらさら無かったんだが………って痛っ」

 

フローラがエスペランサの足を思いきり踏みつけた。

彼女の靴はエスペランサの足に数センチめり込んでいる。

しかも、的確に彼の小指に全体重が乗るように踏みこんでいた。

 

「私はローブに着替えるので、席を立ちます。後は男二人で楽しくしてください」

 

そう言ってフローラはコンパートメントを後にした。

扉を閉める際に、手に持っていた百味ビーンズのケースをエスペランサの顔面にぶつけるというおまけつきで。

 

 

「いってえ………。なんなんだ?俺、そんなに悪いこと言ったのか?」

 

百味ビーンズのケースが直撃したところを撫でながらエスペランサはセオドールに聞いた。

 

「あーそうだな。君は戦闘に関しては察しが良いが、女心は察することができないみたいだね。彼女、あそこまで感情をむき出しにすることなんて、滅多にないよ」

 

セオドールが肩をすくめて言う。

 

「女心だってえ?そりゃわかんねえさ。女心と銃はすぐに機嫌を悪くするんだ」

 

「そういうところだよ。後で、詫びでも入れるんだな。当分、許してくれないだろうけど」

 

そう言ってセオドールはため息をついた。

 

 

 

 

 

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ホグワーツに到着した。

 

例年通り、大広間は豪華な飾りつけがされていて、中央には組み分け帽子が置かれている。

 

 

「やあやあ、たいちょーさん」

 

広間に入って、グリフィンドールの席に着こうとしたエスペランサをセンチュリオン所属のスリザリン生であるダフネ・グリーングラスが呼び止めた。

ローブの袖を摘まんでクイクイと引っ張る彼女は、悪戯っ子のような顔をしている。

 

「なんだ?」

 

「なんだ?じゃないよ。どうもたいちょーさんは姫のことを怒らせてしまったみたいじゃない」

 

「姫??ああ。フローラのことか」

 

「そうそう。ホグワーツついてからずっとプリプリ怒ってるよ。何て言って怒らせたの?」

 

「いや、フローラってダンスパーティ似合わないよなって」

 

「うわあ」

 

ダフネは手を額に当てて呆れ顔をした。

 

「あのねえ。フローラだって女の子なんだから、そういうこと言われたら怒りもするの。わっかんないかな?」

 

「わかんねえ。どうしたら機嫌直してくれるんだろうか?」

 

「自分で考えなさい」

 

「カエルチョコでもあげれば機嫌直してくれるか……?」

 

「余計怒ると思うから止めなさい。というかカエルチョコって………。カエルチョコ好きなの?」

 

「結構好きだぞ。俺は。偶にダース単位で買ったりする」

 

「あっそ………。まあ、はやいところ謝ったほうが良いからね」

 

 

そう言ってダフネはスリザリンの席に戻っていく。

 

彼女はスリザリンの生徒にしては珍しく、他寮の生徒とも仲が良い。

 

グリフィンドールの生徒と仲良くしたりして、スリザリンの中で浮いたりしないのか、と一度エスペランサは聞いたことがある。

が、どうも彼女はスリザリン生とも上手くやっているようだ。

ちなみに、セオドールをはじめとしたセンチュリオンの隊員でスリザリンの学生は元々、一匹狼気質の学生が多いため、こちらも問題がないそうである。

 

それに加えて、エスペランサはセンチュリオンという部隊を通して、寮間の繋がりを作り出した。

このため、現在のホグワーツでは異なる寮の学生の結びつきというものが出来つつある。

 

ダフネの小言から解放されたエスペランサは、すでに席についていたロンの隣に座った。

ロンはいまだにワールドカップの熱が冷めていないようで、テーブルの上にクラムのフィギュアを載せて歩かせている。

 

「おう。久しぶり。ワールドカップは楽しめたみたいだな」

 

「うん。パパが貴賓席をって、知ってるよね。君も誘ったし」

 

「ああ。俺はセオドールたちと行った」

 

「そうだ。パパが言ってたよ。例の仮面の男たちの騒動………。マグル4人を助けて、仮面の連中も大勢負傷させた子供がいたらしいって。君だよね」

 

「さあな」

 

「パパが感謝してた。ほら。魔法省の役人は手も足も出なかったらしいから」

 

「親父さんに言っておいてくれ。魔法省とは別に、魔法界は治安維持部隊を作った方が良いって」

 

「あ、うん。一応言っておくよ」

 

 

そうこうしている間に、組み分け帽子が無駄に長い歌を歌い終わり、約40名の新入生の組み分けが終わった。

そのあとでホウグワーツの校歌斉唱があった。

校歌といってもメロディが決まっていないので、生徒は思うままに歌うだけだ。

エスペランサはワーグナーのワルキューレの騎行に合わせて歌った。

ワルキューレの騎行はただのクラシックなのだが、エスペランサが歌うとどうも印象がよろしくない。

ハーマイオニーは物凄い嫌な顔で彼を見ていた。

きっと彼女もアポカリプスナウを知っているに違いない。

 

ちなみに、校歌を楽しく歌っているのはグリフィンドールだけである。

レイブンクローは冷めた目で見ているし、スリザリンはむっつり黙ったままだ。

ハッフルパフは小声で歌うか口パクしている。

 

フローラは歌っているのかどうか気になって、エスペランサは彼女のほうを見た。

スリザリンの席で相変わらずの無表情で立っている彼女はエスペランサの視線に気づいてこちらをちらりと見てきたが、すぐにプイっと顔をそむけてしまった。

まだ怒っているらしい。

 

校歌が終わると食事が開始される。

食事の最中、ハーマイオニーがずっと屋敷しもべ妖精とやらの権利について熱く語るので、エスペランサは閉口した。

人権団体の類とエスペランサはたぶん馬が合わないだろう。

 

 

「さて、よく食べたことじゃろう。いくつか知らせがあるので聞いてもらおうかの」

 

 

食事が終わり、ダンブルドアが口を開いた。

 

「まず、管理人のフィルチさんからの伝言じゃが、城内持ち込み禁止品のリストが更新された。「噛みつきフリスビー」など合計437項目じゃ。リストはフィルチさんの管理人室で閲覧可能とのことじゃ。まあ、見たい学生がいればの話じゃがの」

 

ダンブルドアの言葉に、大広間の端にいたフィルチが苦笑いをする。

この持ち込み禁止リストにはマグルの武器や電子機器は載っていない。

エスペランサとフィルチはいまだに良好な関係を結んでいるためだ。

最近ではセンチュリオンの隊員もすっかり打ち解けているので、たまに管理人室に遊びに行く隊員もいるらしい。

ミセス・ノリスも隊員には良く懐いている。

 

「それから、今年に関して言うと、クィディッチの試合は取りやめじゃ。これに関してはわしも発表したくない事柄じゃったが」

 

ハリーやフレッド、ジョージが絶句する。

セドリックも「マザーファッカー」と叫んでいたし、チョウは手に持っていたハッカ飴を職員席に投げつけていた。

元々温厚だった学生がセンチュリオンの活動を通じて、すっかり変わってしまったことがわかる。

 

「これは今年、あるイベントが行われるためじゃ。皆も、大いに楽しめるイベントじゃと思う。今年、ホグワーツでは………」

 

 

バーン

 

 

ダンブルドアが言い終わらないうちに、大広間の後ろにある大扉が開いた。

 

生徒はそちらに一斉に目を向ける。

 

 

「なんじゃ……ありゃ」

 

びしょ濡れのフードをまとった男が歩いてくる。

片足は義足で、杖を突いている。

顔は焼けただれた跡や古傷で原型が無い。

片目は義眼だが、その義眼は恐らく魔法道具なのだろう。

眼球がぐるぐると回っていた。

 

エスペランサは確信する。

この男は、“人を殺したことがある”。

 

鬼のような形相に、殺気のある目。

動作一つ一つから、歴戦の兵士のオーラが漂ってくるからだ。

身長はそこまで高くないし、年齢もかなり上であることから第一線は退いているのであろうが、古参兵としての威厳は健在だ。

 

「ああそうそう。彼は今年から闇の魔術に対する防衛術を担当してくださるアラスター・ムーディー先生じゃ」

 

ダンブルドアが紹介する。

ムーディーと呼ばれた男はそのまま職員席にドカッと座ってしまった。

 

「ムーディーって……誰だ?」

 

「凄腕の元闇払いだ。アズカバンの半数は彼によって埋まったと言われてる」

 

少し離れたところに居たセンチュリオン遊撃部隊員のコーマックが囁いた。

 

 

ムーディが座った後で、ダンブルドアが話を続ける。

 

「さっきの話の続きじゃが……今年ホグワーツでは3大魔法学校校対抗試合を開催する!」

 

ダンブルドアの言葉に大広間がざわめいた。

フレッドは大声で「御冗談でしょう!?」と言った。

 

「3大魔法学校対抗試合は700年前にヨーロッパの三大魔法学校が親善試合としてはじめたものじゃ。ホグワーツ、ボーバトン、そして、ダームストラング。各校から代表選手1名を選出して、互いの技を競い合い、融和団結を図ったものじゃ。しかし、おびただしい死者が出て、数世紀は行われてこなたっか」

 

エスペランサはいまいちピンと来ていなかった。

代表選手を選定して殺し合いでもしたのだろうか?と首をかしげる。

ほかの学生はどうも存在を知っているようで興奮していた。

 

「国際魔法協力部と、魔法ゲーム・スポーツ部の努力で、今回、数世紀ぶりに開催できることになったのじゃ。ボーバトンとダームストラングの最終代表選手候補の学生たちは10月に来る。そして、ハロウィーンの日に代表選手が決定されることになる。優勝者には名誉と、賞と、賞金1千ガリオンが送られるのじゃ」

 

それを聞いて双子のウィーズリーが歓声を上げた。

他にも、参加を表明する学生が熱く語っている。

 

「しかし、如何せん危険な競技じゃから、魔法省はこれの参加に年齢制限を設けた。17歳を超えない学生は残念ながら立候補できないのじゃ」

 

「「そりゃ、ないぜ!!」」

 

ダンブルドアの言葉にフレッドとジョージが絶句する。

彼らは現在16歳であった。

 

ダンブルドアはその後も試合に関する注意事項や今後の日程を説明した。

 

その話を聞き流しながらエスペランサは少し考える。

現在、センチュリオンの隊員で参加資格のある隊員はごく少数。

有力候補としては、戦闘能力に優れたセドリックであろう。

エスペランサは隊員の戦闘能力をランク付けしていたが、セドリックはエスペランサに次いでランクが高い。

恐らく、ホグワーツの7年生と1対1で戦っても、難なく勝つことができるであろう。

精神的にもタフであるから、将来的に良い軍人になると期待される人物である。

 

もし仮に、代表選手がセドリックになったのならば、センチュリオンの隊員は総出で支援することになる。

ならば、今年のセンチュリオンの目標はセドリックを優勝させることにしようか、とエスペランサは考えた。

 

 

 

 

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ホグワーツの新学期が始まり、さっそく授業が始まった。

 

内容は3学年の時よりもさらに難しい。

とは言え、センチュリオンの隊員たちはポテンシャルが高いので然程苦労はしていないようだった。

ネビルは昨年度から飛躍的に能力が向上し、魔法薬学でミスをすることがなくなったどころか、完璧に魔法薬を調合している。

これは、彼が狙撃手として訓練を重ねるたびに、類まれなる集中力を手にしたからである。

スネイプも表情には出さないものの、彼を一定数評価しているようだった。

 

魔法薬の成績はハーマイオニーがトップで、次点でセオドールとフローラ、その下に意外にもマルフォイが食い下がっている。

成程、スリザリンは性格に難あれど、優秀な人材は揃っているようだ。

 

そんなある日のこと。

エスペランサが玄関ホールをうろついていると(フローラにカエルチョコを渡そうとしていた)、ハリーたちとマルフォイがいざこざを起こしているのを見かけた。

もはや見慣れた光景である。

 

 

「ポッター。君は夏休みにウィーズリーの家に泊まったそうじゃないか。それじゃあ、教えてくれ。彼の母親はほんとにこんなデブチンなのか?」

 

マルフォイはロンの家族写真が載った日刊預言者新聞を指さして言う。

どうもロンの家族が新聞に載っているらしい。

 

「マルフォイ。君の母親はどうなんだい?鼻の下に糞でもぶらさがっているみたいじゃないか」

 

「僕の母上を侮辱するな!ポッター!」

 

とんだブーメラン発言である。

 

「それならその減らず口を閉じておけマルフォイ」

 

そう言ってハリーはマルフォイに背を向ける。

その隙を逃さず、マルフォイは杖を抜いて、ハリーに向けた。

 

流石に仲間が攻撃されそうになっているのを見逃すわけにはいかない。

エスペランサは懐からゴム弾の装填された拳銃を取り出して、マルフォイの方に駆け寄った。

 

が、エスペランサが攻撃するよりも早く、別の誰かがマルフォイを攻撃した。

 

 

バーン

 

 

マルフォイはあっと言う間に白い毛長イタチに変わってしまう。

 

 

「卑怯な真似をするな!若造」

 

カツンカツンと杖を突きながらムーディが登場した。

杖を構えていることから察するに、マルフォイを毛長イタチに変えたのは彼のようである。

 

「二度と、こんな、ことはするな!」

 

ムーディーはイタチを魔法で何度も地面に叩きつけた。

 

あっけに取られたエスペランサは拳銃を構えたまま棒立ちになっていた。

別に、ムーディの非人道的な行為に驚いているわけではない。

ムーディはエスペランサが銃で攻撃するよりも前に、マルフォイに呪いを命中させた。

杖による攻撃は銃による攻撃よりもラグがある。

故に、反応速度でエスペランサが負けるわけがない、と思っていたが、その常識が覆されたのだった。

 

「ムーディ先生!それは生徒なのですか!?」

 

通りすがったマクゴナガルが血相を変えて飛んでくる。

 

「左様だ」

 

「本校では生徒に対する罰則で、体罰は禁じています!!」

 

「ふむ。ダンブルドアからそんな話を聞いたかもしれん。それよりも………」

 

ムーディは顔を真っ青にしたマクゴナガルを無視して、エスペランサの方へ魔法の目をギョロリと向けて話しかけてきた。

 

「貴様。名はなんと言う?」

 

「エスペランサ・ルックウッドです」

 

「ほう。良い目をしているな。お前のような風格の魔法使いはそう多くない。それに……」

 

ムーディはエスペランサの手に持つM92拳銃に目を向ける。

 

「良い反応だった。わしには劣るが、闇払いとして才能があるぞ」

 

「生憎、闇払いは目指していないので………」

 

 

フム、とムーディは唸る。

 

闇払いについては予習済みだった。

個人個人の能力は高いが、人数の少なさが災いして、治安維持を完遂できた試しがない。

抑止力としては物足りない組織であった。

 

 

「まあ、考えておけ。ああ、そうだ。お前はグリフィンドールだな。グリフィンドールに10点やろう」

 

思いがけぬ得点の獲得にエスペランサは目をぱちくりさせた。

点数を獲得したのは何年ぶりだろうか……?

 

 

 

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ムーディの授業がすごい。

 

この噂がホグワーツの中で爆発的に広まっていた。

 

それ故にエスペランサも彼の授業は楽しみにしていた。

また、エスペランサ自身、ムーディを気に入ってもいる。

 

数多くの死線を乗り越えてきた歴戦の兵士である彼の授業はさぞ、為になることだろう。

 

 

「そんな物はしまってしまえ」

 

 

杖でコツンコツンと床を鳴らしながら登場したムーディは学生が机の上に広げていた教科書を指して、そう言った。

やがて教卓につくと、魔法の目で全員を見渡してから喋りはじめる。

 

 

「ルーピン先生から昨年度の授業内容は聞いている。だが、それを聞いて、お前たちは遅れている、と思った。呪いの扱いについてだ。そこで、わしはお前らが呪いに対して一定以上抗える力を持たせなくてはならん。わしの任期は1年間だから、この1年間でみっちりと叩き込む」

 

「え、ずっといるんじゃないの?」

 

ロンが思わずく口走った。

ムーディはフッと笑う。

 

「お前はアーサーの息子だな。お前の父親には先日、助けられた。うむ。そうだ。1年したら再び隠居生活に戻らせてもらおう」

 

彼は続ける。

 

「さて、魔法省によれば、わしが教えるべきは反対呪文のかけかただとか、そういった陳腐なものだ。しかし、お前らは敵がどのような手段をもって攻撃してくるかを知らねばならん。違法とされる呪文は本来であれば6年生まで見ることは禁じられているが、ダンブルドアはお前たちの根性を高く評価している。ミス・ブラウンそんなものはしまっておけ」

 

ムーディは机の下で内職作業をしていたラベンダー・ブラウンを叱責した。

どうやら魔法の義眼には透視能力が備え付けてあるらしい。

男子生徒は皆、欲しがる夢の道具である。

 

 

「敵は礼儀正しく面と向かって闇の呪文など唱えてはこない。奇襲など、ありとあらゆる手段で攻撃してくる。だから常に警戒せねばならんのだ。さて、この中に禁じられた魔法が何かわかる者は居るか?」

 

ムーディの質問に3人の生徒が手を挙げた。

ハーマイオニーとロン、それにネビルである。

 

 

「ほう。アーサーの息子、言ってみろ」

 

「え、ええっと確か服従の呪文とか、何とか?」

 

「その通りだ。お前の父親は魔法省でこの呪文に苦労させられただろうな」

 

そう言って、ムーディは教卓の引き出しから小瓶を取り出す。

小瓶の中には3匹の蜘蛛が入っていた。

ロンは絶句する。

彼は蜘蛛が苦手なのだ。

 

「インペリオ・服従せよ」

 

ムーディが呪文を唱えると、蜘蛛は杖の動きに従いながら教卓の上でタップダンスを踊り始めた。

 

生徒はその蜘蛛の姿に笑った。

エスペランサとハーマイオニー、それにネビルは笑えなかったが。

 

「お前ら、これが面白く見えるのか?もしこの蜘蛛がお前らだったらどうする?」

 

生徒たちから笑いが消える。

 

「完全な支配だ。わしはこの蜘蛛を入水自殺させることもできれば、生徒の口に飛び込ませることもできる」

 

恐ろしい呪文だ、とエスペランサは思った。

この呪文一つで国を乗っ取ることだってできるだろう。

 

「何年も前、この呪文に魔法界は苦しめられた。だが、服従の呪文には抗うことができる。その術をわしは教えよう。さて、次だ。ロングボトム、答えろ」

 

「はい。磔の呪文。対象に心身ともに過大な苦痛を与える呪文です」

 

ネビルはハキハキと答えた。

以前の彼ならもっとおどおどしながら答えたであろう。

しかし、彼はもう立派な軍人として成長している。

 

ただ、彼の手は何故か震えていた。

 

 

「エンゴージオ・肥大せよ」

 

 

ムーディはもう1匹の蜘蛛を肥大させた。

 

「勘弁してくれ」

ロンが極限まで椅子を後ろに引いて、絶句する。

 

「クルーシオ・苦しめ」

 

ムーディが呪文を唱えると、蜘蛛は苦痛でのたうち回った。

 

エスペランサはここで、なぜモルモット役を蜘蛛に選定してのかを理解した。

蜘蛛には声帯がない。

もし仮に、声帯を持つ動物に磔の呪文をかけたならば、想像を絶する悲鳴が教室内を覆ったことだろう。

 

「この呪文を使えば、どんな拷問も必要なくなる。この世のありとあらゆる拷問よりも強い苦痛を与えられるからだ。では、最後の一つをグレンジャー。答えてみろ」

 

「アバダ・ケダブラ」

 

ハーマイオニーは囁くように答えた。

 

生徒たちは不安そうにハーマイオニーを見る。

エスペランサはその呪文が何か知っている。

魔法界に来た当初、真っ先に調べた呪文だ。

 

「最悪の呪文だ。死の呪い………」

 

ムーディは最後の蜘蛛を取り出して、その蜘蛛に杖を向けた。

 

「アバダ・ケダブラ」

 

緑の閃光が蜘蛛に直撃する。

蜘蛛は動かなくなった。

 

女子生徒が声にならない悲鳴を上げる。

ロンは椅子から転げ落ちた。

 

エスペランサは動かなくなった蜘蛛を凝視する。

 

彼自身、死には慣れている。

あの地獄のような戦場では、死がありふれていた。

エスペランサも何人もの命を奪っている。

そして、自分が手を下した人間のことは決して忘れていない。

 

 

「この呪文に反対呪文は存在しない。防ぎようがない。この呪文から生き残った人間は人類史でもたった一人だ」

 

ムーディはハリーを見つめながら言った。

 

「この呪文を使用するには高い魔力が必要だ。お前たちが唱えたところで発動しない。では、なぜ、この呪文を教えたのか。それはお前たちがこの呪文を知らなくてはならないからだ。最悪の事態というものをお前たちは知らねばならん。油断大敵!!」

 

反対呪文の存在しない死の呪文。

しかし、当たらなければ死ぬことはない。

つまるところ、死の呪文というのは単発の小銃と大して変わりはないのだ。

それならば、反対呪文が存在しなくても恐れる必要はない。

エスペランサはそう判断していた。

 

 

その後の授業は、許されざる呪文の特性についての講義となり、生徒たちは授業の内容を板書した。

 

 

 

 

 

授業が終わった後、教場を出てすぐにネビルがエスペランサを呼び止めた。

 

 

 

「君は、あの授業をどう思った?」

 

「どうって………。俺的には良い授業だと思った。敵の攻撃手段を知るのは重要だからな」

 

「そうだね。僕たちの持つ銃や野戦砲も……許されざる呪文と同じ能力を持つんだよね」

 

「そうだな。だが、ネビル。俺がお前に以前言った言葉を覚えているか?」

 

「………。銃は敵を殺す道具であると共に、仲間を守る道具でもある。敵を殺すことを恐れるんじゃなくて、仲間が殺されることを恐れろ……だっけ」

 

「その通りだ。ネビルの不安は、俺たちがこれから行う活動に、死の呪文と同様の、つまり敵を殺傷する行動が伴うのか?っていうものだろ?違うか?」

 

「うん。その通りだ。今日の授業を見て、少し不安になった。僕はやっぱり、人の死が怖い。磔の呪文も………。だから、実戦で、果たして本当に引き金を引けるのかが不安なんだ」

 

エスペランサは知る由もなかったが、ネビルは磔の呪文に縁がある。

 

「当たり前だ。最初から引き金を引くのに躊躇しない奴っていうのは余程のサイコパスしかいない。俺だって、最初は引き金を引くのに躊躇した。だが、躊躇してるうちはまだ、人間らしさが残ってるってもんだ」

 

「君は……もう躊躇したりはしないの?」

 

「俺か?ああ。そうだな。俺はもう………」

 

 

エスペランサは最後まで言わなかった。

そんな彼を見てネビルは少し不安になる。

 

もしかしたら、エスペランサの心はまだ戦場に置き去りにされたままなのではないだろうか。

彼は、今、覚めない夢の中を彷徨っているだけなのではないか、と。

 

 

 

 




IMAXで地獄の黙示録を見てきました。
やはり傑作映画ですね。


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case50 Try Wizard Tournament 〜三校魔法対抗試合〜

感想などありがとうございます!!

久々の投稿です!


ターン

 

タターン

 

必要の部屋にある50メートル射撃場に銃声が響き渡る。

 

本日のセンチュリオンの訓練は実弾射撃訓練。

それも、普通の実弾射撃訓練ではない。

2つの的を設置し、その的の真ん中に生身の人間を一人立たせる。

射手は、生身の人間を射線に入れながら、2つの的に射撃をする危険な訓練だ。

この訓練は各国の特殊部隊で取り入れられている高度な訓練だ。

戦場で、とっさに射撃すべき目標を選別し、味方に射撃することがないようにするトリガーコントロールの訓練である。

 

エスペランサは各人の射撃成績が書かれたプリントを挟んだバインダーを片手に、射撃場を左右に歩いている。

 

隊員の練度はかなり向上した。

ネビルの射撃成績は言うまでもないが、セドリックもなかなかのものだ。

総合した戦闘能力は米陸軍の一般歩兵を上回るだろう。

これは、彼がストイックに訓練にのぞんでいたからである。

 

射撃場の反対側ではフナサカがポータブルの無線機ではなく、指揮所で使うような大型の無線機を調整している。

彼は、この1年で通信系のプロになっていた。

 

さらにその向こうの武器庫前では本日の当直であるアーニーたちが対空兵器の調整を行っている。

必要の部屋が出してくれた対空兵器は91式携帯型地対空誘導弾。

通称、ハンドアロー。

見た目はバズーカ砲に似ているが、熱源誘導式の対空ミサイル(SAM)が射出できる。

熱源誘導であるため、ドラゴンなどを相手にした戦闘に向いていた。

 

「隊員たちの練度はかなり向上した。海兵隊のフォースリーコンと渡り合えるレベルだ。作戦次第では魔法省も2日で陥落できる」

 

隊員たちを見渡してエスペランサはつぶやく。

 

センチュリオンの戦闘力は1年で飛躍した。

普通なら10年以上かかるだろうが、魔法と必要の部屋を最大限に活かした訓練のおかげで、それを1年に短縮したのである。

 

銃の軽量化の魔法。

自動誘導の魔法。

肉体改造のための魔法薬。

ありとあらゆる(上限はあるが)武器や物資を出してくれる必要の部屋。

 

この調子でいけば数年後にはデルタフォースレベルの軍隊を作ることもできるかもしれない。

 

エスペランサは首から下げていた号笛を吹く。

 

「状況中止。総員、ブリーフィングルームに集合せよ」

 

彼の号令を聞いて、18名の隊員がブリーフィングルームに集合する。

ブリーフィングルームは必要の部屋の端に設置された、パイプ椅子とホワイトボードのみがある簡素な部屋だ。

全員が着席したことを確認して、エスペランサは口を開いた。

 

「さて、新学期が始まって2か月近くが過ぎた。昨年度は吸魂鬼の撃滅という目標があったが、今年はそれがない。皆も目標がないとモチベーションが保てないだろう」

 

隊員たちはエスペランサを見つめて話を聞く。

 

「そこで、今年の目標を立てようと思ったんだが。今年は3校対抗試合があるだろう。あれにセンチュリオンの隊員から代表選手を出すってのはどうだろう」

 

この提案は多くの隊員が賛同した。

 

「良いね!」

 

「賛成だ!俺たちの力を他校に、いや、他国に見せつけるチャンスじゃないか」

 

「でも誰が出場するんだ?」

 

出場資格を満たす学生は実のところセドリックしかいない。

 

そう。

これはセドリックを3校対抗試合の代表選手にし、優勝させるという計画であった。

無論、セドリックとは事前に打ち合わせ済みである。

 

「出場可能なのはセドリックのみだ。人事担当のフローラに在校生で代表選手に選ばれそうな学生を調べてもらったが、セドリックを上回る技量を持った学生は存在しなかった。どのような選出方法かは知らないが、ホグワーツの代表選手に彼が選ばれる可能性は高い」

 

エスペランサがそう言った後で、セドリックが前に出てくる。

 

「僕が選出されるかどうかはまだわからない。が、選手に立候補するつもりだ。僕は僕の力を試したい。もちろんフェアな方法で」

 

「3校対抗試合に関する資料を集めて検討したが、この試合における競技では、魔法生物との戦闘が予想される。過去には、キメラやドラゴン、スフィンクスや水魔といった生物と戦闘を行い、そのうえで付与された課題をクリアするといった競技が行われていた。セドリックにはこれらの課題をクリアできる技能をつけてもらう」

 

隊員たちは歓声をあげた。

 

ホグワーツ在校生で魔法生物と戦闘を行うことのできる技量のある学生は少ない。

センチュリオンの隊員を除けば、実戦経験が豊富なハリーや、行動力だけはある双子のウィーズリーくらいなものだろうか。

ハーマイオニーは3学年時の闇の魔術に対する防衛術の試験でわかったように、実戦に向かないし、6年生7年生の秀才たちは頭でっかちばかりである。

ホグワーツの生徒で、潜在能力のある学生は片っ端からセンチュリオンに入隊させていたため、センチュリオンの隊員以外の学生はそこまでの技量がない、とも言える。

 

まだ決まったわけではないが、セドリックが代表選手に選ばれるのは必然とも言えた。

もちろん、セドリックは謙虚な隊員であったためにこれを否定したが。

 

「僕が代表選手になるかはわからない。が、もし選ばれたのであればセンチュリオンの旗を背にして、全力で挑む」

 

 

セドリックは全員の前でそう誓った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「豪語はしたものの、選ばれなかったらどうしようって思うよ」

 

セドリックは隊員が必要の部屋から寮へ帰った後で心中を吐露した。

 

「何を言ってるんだ。自分から言い出したことだろう?」

 

「まあね。ただ、不安なものは不安だ。過去には死者も出ている試合で、僕は勝つことができるんだろうかってね」

 

セドリックは新学期が始まって早々に、3校対抗試合に出たいという旨をエスペランサに報告してきた。

その報告を受けて、エスペランサはフローラに在校生の技能や成績をデータ化してまとめるように命じたのである。

ちなみに、彼女はいまだにエスペランサに腹を立てているのか、物凄く嫌そうな顔をしていた。

 

「大丈夫だ。お前以上に適任はいない。それに、昨年度は遊撃部隊の隊長として何度も死線を潜り抜けてきてるじゃないか」

 

「そう、だね。僕はもう少し自信を持つべきなんだろうね。公私共に………」

 

「公私?」

 

「いや、何でもないんだ。皆の期待にこたえられるように頑張るよ」

 

 

そう言ってセドリックは必要の部屋を後にした。

 

エスペランサはしばらくセドリックの言った“公私”という言葉の意味を考えていたが、結局、わからずじまいであった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

時は流れて、3校対抗試合に参加するダームストラングとボーバトンの最終選考に選ばれた選手がホグワーツに来校する日になった。

 

季節は夏を過ぎ、すっかり寒くなってきている。

 

 

ホグワーツの生徒たちはマクゴナガル指揮のもと、城の入り口前に全員集められ、整列していた。

服装を正し、品を求められるホグワーツ生。

 

エスペランサは腰につけていた拳銃用のホルスターと、ローブに忍ばせていた手榴弾や無線機をすべて没収された。

マクゴナガル曰く、物騒なものを来客に見せるわけにはいかない、そうである。

 

さらに、マクゴナガルはエスペランサが2年生の時に校内に大量に設置したカメラやセンサー、予備の武器弾薬まで発見し、没収した。

エスペランサ自身も忘れていたが、彼はバジリスク対策にホグワーツ内のいたるところに武器を隠していた。

没収されたのは全体の4割ほどであったので、まだ各所に爆薬やら予備弾薬が温存されていた。

フィルチはあえて、それらを見逃していたのだろう。

 

ダームストラングの学生は湖の下から巨大な船で来校、ボーバトンは空飛ぶ馬車で来校した。

 

 

「湖から船でくるって……いや、もう突っ込みが追い付かない」

 

「僕もだよ」

 

 

マグル出身のエスペランサとハリーはまだ魔法界に慣れていなかった。

 

ダームストラングの乗ってきた船は巨大な帆船であったが、帆は飾りに過ぎないようだ。

推進力は魔法だろう。

大きさはドック型強襲揚陸艦ほどもある。

 

「ワスプ級と同じ大きさだな。一度だけ中東で見たことがある」

 

「ワスプ級?」

 

「米国の強襲揚陸艦だよ」

 

「へえ。ワスプ級って空母のイメージがあったけど」

 

 

ハーマイオニーが言う。

 

「ハーマイオニーは空母の名前を知ってるのか?」

 

「マグルの歴史も少しは勉強してるもの。WW2で日本の潜水艦に撃沈された船でしょ?」

 

「あ、ああ。そうなんだが。詳しいな」

 

「私の知り合いのおじいさんが、プリンス・オブ・ウェールズに乗っていたの。だから、少し勉強しようと思って」

 

 

勉強熱心なことである。

 

一方で、その横にいるロンは別のことで興奮していた。

 

 

「ハリー。みろよ!クラムだ。ビクトール・クラムだぜ!?まさか、ダームストラングの生徒だったとは!!」

 

「学生だったんだね。知らなかった」

 

 

ダームストラングの船から出てきた猫背で不愛想な男はクイディッチワールドカップで活躍していたクラムに違いなかった。

 

他の生徒も気づいたようで、興奮している。

セオドールは昇天しかけていた。

 

セオドールはクラムの熱心なファンらしい。

いつもは冷静沈着な参謀である彼はクラムがホグワーツの敷地をまたいだ瞬間に目の色を変えた。

 

頭の回転が速い彼は、夜の晩餐会に他校の生徒も参加することを予想した。

そして、おそらく、他校の生徒に席は用意されていない。

ならば、クラムを是非とも自分の隣に誘導し、お近づきになりたい。

セオドールはセンチュリオンの作戦を立案するときと同じくらいに頭を回転させ始めた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

夕食の時間がはじまる1時間前。

 

エスペランサは大広間前でそわそわと待機するセオドールを発見する。

 

「どうしたんだ。こんなところで」

 

「なっ!?エスペランサ!君もなのか!」

 

「何が?」

 

「クラムを待ち伏せて、スリザリンのテーブルに誘導しようと思っていたんだ。もしや、君も」

 

「いや、全然そんなことは考えていなかったんだが」

 

エスペランサはたまたま大広間前に来ただけである。

 

「そうか。なら良い。僕はこのためにダームストラングの船の入り口に、偵察員(リコン)を送り込み、クラムの動向をリアルタイムで送るように言ってあるんだ。さらに、船からホグワーツに続く5パターンの経路にスリザリンの1年生を総動員して待機させてある。僕の計画通りならクラムは他寮の生徒に接触することなく、ここに来るはずだ」

 

「は、はあ」

 

 

呆れたことに、セオドールはクラムをスリザリンのテーブルに誘導するための作戦を立てたらしい。

彼の手元には吸魂鬼撃滅作戦で使用したホグワーツの敷地内の地図が握られている。

 

「ここまでやるとは思ってませんでした。呆れたものですね」

 

見れば、大広間の反対側の入り口にフローラが待機していた。

その足元ではフナサカが通信機を設置してどこかと連絡を取っている。

ちなみにフナサカはスリザリン生ではない。

セオドールに無理やり命じられたのだろうか。

 

 

「個人的には不愛想なクラムよりも美人ばっかのボーバトンの子たちを隣に誘導したいところだけどね」

 

フナサカが冗談交じりに言ったが、その一言がフローラの機嫌を悪くさせた。

 

「スリザリン生もボーバトンの生徒に目を奪われてばかりいます。呆れてものも言えません」

 

「こっちも似たり寄ったりだ。ロンは“ホグワーツじゃあんな子作れないよな。芋ばっかりさ”とか言ってハーマイオニーに殴られてたよ」

 

 

実際、ボーバトンの生徒は美人が多かった。

特に、フラー・デラクールという生徒。

ハリウッド映画にでも出てきそうな容姿である。

 

しかし、容姿で言えばフローラも負けてはいない、というのがエスペランサの感想であった。

もっとも、口には出さなかったが。

 

 

「あなたもそう思うんですか?」

 

「え?」

 

「あなたも、ホグワーツの女子生徒は芋ばっかりだとか思ってたんでしょうか?」

 

不意にフローラに話しかけられたエスペランサは困惑する。

 

「いや、俺は興味ないし………」

 

「とか言いつつ、ボーバトンの生徒が来校してきたときは随分とじっくり見てたように思えましたが?」

 

「なんで、俺のことを観察してるんだよ………」

 

「さあ?」

 

 

彼女はいまだにエスペランサに対してへそを曲げている。

 

 

「別にホグワーツにだって、あのフラーとかいう生徒に引けを取らない女子生徒はいるだろ。フローラ然り………」

 

「………え?」

 

「いや、だから……。だいたいにして、俺はあの手の女性が苦手なんだよ。住む世界が違うっていうか。なんというか」

 

 

エスペランサはゴニョゴニョと言葉を続けていたが、フローラの耳にそれは入ってきていなかったようである。

彼女は少し目をそらしながら城の外にそそくさと走っていった。

 

 

「おい……どこいくんだ?まったく、わけがわかんねえ……」

 

「やっこさん。照れてんのさ」

 

フナサカが発電機に通信機のコードを差し込みながら言う。

 

「照れてる?」

 

「まあ、隊長にはわからんかもしれないけど。天然ジゴロの隊長には」

 

「お前、次にそのあだ名を使ったら榴弾と一緒に迫撃砲で撃ちだすからな」

 

 

そうこうしているとセオドールの裏工作通り、クラムを含めたダームストラングの生徒が大広間へ向かってくるのが見えた。

 

 

「来た!」

 

セオドールは持っていた地図をエスペランサに押し付けてクラムのほうへ走っていった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

他校の生徒が来るというだけあって晩餐会の食事はかなり豪華だった。

 

だが、エスペランサはそれどころではない。

今晩、代表選手の選考方法が知らされるのである。

 

この選考方法は秘匿されていたために、図書館の資料でも見つけることはできなかった。

 

 

「3校対抗試合では各校1名の代表選手が選出され、競技によって点数を競う。魔法だけでなく、勇気や論理も重要な要素じゃ。点数は各校の校長と審査員によってつけられ、最も得点の高いものが栄誉と賞金を手にする」

 

ダンブルドアが解説する。

 

ダンブルドアの横に座る長身の女性がボーバトンの校長であるマダム・マクシーム、そして、目が笑っていない犯罪者のような男がダームストラング校長のイゴール・カルカロフだ。

さらに、その横には国際魔法協力部長であるバーテミウス・クラウチと元クィディッチ代表選手であったルード・バグマンが座っている。

この5名が審査委員らしい。

 

「さて、代表選手の選考に関してじゃが……」

 

フィルチが大広間の隅から布で覆われたカップのようなものを持ってくる。

 

「この炎のゴブレットを使って選出する」

 

フィルチが布を取り払うと、そこには古めかしいゴブレットが現れた。

彼はそれを大広間前面の職員席の真ん中に置かれていたテーブルの上に大事そうに置いた。

 

置かれた瞬間にゴブレットは炎を噴き上げる。

 

「これが古来より使われてきた炎のゴブレットじゃ。選手の希望者はハロウィーンまでに名前を書いた羊皮紙をこのゴブレットに入れるのじゃ。ゴブレットは希望者の中から適任と判断した学生を代表選手に選ぶ」

 

つまり、代表選手を決定するのはゴブレットの意志であるということだろう。

そこに、ダンブルドアをはじめとした審査員の意志は関わらない。

 

ゴブレットがセドリックの才を見抜くことができるだろうか。

 

エスペランサは疑わしげにゴブレットを眺めたが、組み分け帽子などの魔法道具が実証するように、この手の道具は割と信頼性がある。

 

「このゴブレットは玄関ホールに置く。17歳以上の学生で、危険を承知で立候補する勇気ある学生は名前を入れるのじゃ。ただし、競技は安全対策がされたといえ、危険じゃ。生半可な気持ちでは立候補しないように注意すると良い。それから、17歳未満の生徒は羊皮紙を入れることができない。ゴブレットの周りには年齢線を引くからのう」

 

ダンブルドアの説明を聞いていた双子のウィーズリーはニヤリとする。

年齢線ならば老け薬で何とかなると思っているのだろう。

 

そう簡単にいくとは到底思えなかったが……。

 

ダンブルドアの説明は終わり、生徒は三々五々、大広間から出ていく。

 

 

「どうする、ハリー。フレッドたちが年齢線を超える術を見つけたら僕たちも入れるかい」

 

「うん。そうだね。もしそうだったら……」

 

ハリーとロンはそのようなことを話しながら寮へ向かう。

 

「エスペランサ。君は?君ならどんな課題だってクリアできそうだけど」

 

「残念だが、俺は立候補しない。年齢制限は規則だしな」

 

「君から規則の話が出るとは思ってなかったよ」

 

ロンはエスペランサが首からかけているサブマシンガンを(こっそりマクゴナガルの部屋から回収しておいた)見てそう言う。

 

「だが、簡単に優勝する方法なら考えてあるぞ」

 

「え!?何、何?」

 

「そりゃあ、他の代表選手を競技前に戦闘不能にしちまえば良い。そうすれば自然に優勝だ」

 

エスペランサの回答にハリーとロンは唖然とする。

 

「あなたならそう考えると思っていたわ。たぶん、あなたがゴブレットに名前を入れたところでゴブレットはあなたを選ばないでしょうね」

 

「それに関しては同意見だ。ハーマイオニー」

 

 

フェアプレーを考えないのならば、他の選手を先に潰してしまったり、競技会場に細工をしたりすれば簡単に勝てる。

戦争はいつだってルール無用で、ズルをしてでも勝ったほうが正義だ。

だが、これは競技である以上フェアプレーを求められる。

 

セドリックは意地でもフェアプレーを目指すだろう。

 

ハッフルパフの席の横で、羊皮紙を握りしめているセドリックを横目で見ながら、エスペランサはそう思った。




フェアプレーをする選手なんていたっけ……?
炎のゴブレットはセドリックに焦点があてられそうです。


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case51 4th player 〜4人目の選手〜

投稿遅れました!
転勤したのでまた更新速度が落ちるのと、携帯から執筆アンド投稿なのでおかしなところが発生してるかもしれません。

感想などありがとうございます。
皆さん、コロナには気をつけて下さい!


ホグワーツ生で炎のゴブレットに自分の名前を書いた羊皮紙を投入した学生は数えるほどしかいない。

ダームストラングとボーバトンの生徒は元々、選抜メンバーが来ていたこともあって、全員が羊皮紙をゴブレットに投入していた。

 

エスペランサの知る限りホグワーツ生で投入した学生はセドリックを含めても10名足らず。

その内、付与されるであろう課題をクリアできる技能を持つ者はセドリックくらいなものだ。

グリフィンドールからはクィデッチの選手であるアンジェリーナ・ジョンソンがエントリーしていたが、センチュリオンで死戦を潜り抜け、日々、訓練に励むセドリックには劣る。

 

フレッドとジョージは老け薬を使用して、ゴブレットの前に引かれた年齢線を突破しようと試みたが、これは敢えなく失敗した。

老け薬はメジャーな薬であるから、対策されていて当然だろう。

 

このような経緯から、エスペランサをはじめとしたセンチュリオンの面々はセドリックの選抜を信じて疑っていなかった。

 

ただ、センチュリオンでのセドリックの活躍を知る由もないハリーたちはそうでもないようで、専らグリフィンドールから選抜メンバーが出ることを期待している。

昨年のクィデッチでセドリックにハリーが敗北したこともあり、ロンを含めた大勢のグリフィンドール生はセドリックを快く思っていない。

恐らく、そのうちの6割以上はイケメンで優秀なセドリックに嫉妬しているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

闇の魔術に対する防衛術の授業は服従の呪文に対する免疫を高めるというエスペランサ好みの実践的な授業になった。

 

「インペリオ 服従せよ」

 

ムーディが呪文を唱える。

ほとんどの生徒が服従の呪文の効果で奇妙な行動を起こすが、何名かの生徒は抵抗することに成功した。

 

ハリー、ネビル、そしてエスペランサ。

 

エスペランサとネビルは日頃から精神的に鍛えているため、服従の呪文に対して抗うことが割と容易であった。

 

「上出来だ。このクラスは3人もの生徒が服従の呪文に抵抗した」

 

ムーディは殺風景な教室を回りながら褒める。

 

「もっとお前たちはヤワだと思っていたが、何名か根性のある生徒もいるのだな。他のクラスでも、ポッターやルックウッド並ではないが、服従の呪文に免疫のある奴らがいた」

 

それを聞いたエスペランサとネビルは目を見合わせる。

それらの学生はほとんどがセンチュリオンの隊員だった。

 

「だが、まだ完璧に抵抗できているわけではない。お前たちが相手にするであろう連中の呪文の威力は今かけた呪文の比では無いくらい出力が高いからだ。闇の魔術を駆使する敵を相手にした場合、どのような戦い方が理想か、誰か答えられる者はいるか?」

 

ムーディが質問をする。

当然のごとくハーマイオニーが手を挙げていた。

 

「グレンジャーか。答えてみろ」

 

「はい。強力な防衛呪文か逆呪いです」

 

「なるほど。教科書通りの回答だ。しかし、それでは役に立たん。何せ、闇の魔術には逆呪いは存在せんし、禁じられた呪文に盾の呪文は効果がない。ルックウッド。お前ならどうする?」

 

急に聞かれたが、エスペランサは答えを用意していた。

 

「複数の戦闘単位での行動、もしくは先制攻撃です」

 

「ほう。興味深い。詳しく説明してみろ」

 

「現代戦闘における戦闘単位は最低2名です。片方の戦闘員をもう片方がカバーすることで戦闘能力をあげるためですが、魔法界の戦闘は主に決闘方式、つまり1対1が基本です」

 

「続けろ」

 

「闇払いや魔法警察の訓練も、魔法省の公式発表を見れば、基本的に個人戦闘を想定したものばかりです。この戦闘体系は禁じられた呪文に対して脆弱です。ですが、ツーマンセル以上の組織を編成することで、片方が呪文を受けても、片方が反撃することができます」

 

マグル界ではあたりまえの考え方だが、魔法界では組織としての戦闘は行われない。

 

例えばマグル界の軍隊は分隊、小隊、中隊と戦闘単位を区分し、また、職種を分けることで、組織を運用する。

これにより、多種多様な任務へ対応させるとともに、互いの部隊をカバーする作戦を展開することが可能となる。

しかし、魔法省の組織した闇払いなどの警察組織はこれをしていない。

基本的に全員が戦闘員であり、戦闘単位は一つのみ。

特に選考理由もなく、古株が指揮を執り、戦闘になれば各個に戦いはじめる。

 

もっとも、使用武器が魔法の杖のみであることから、部隊を編成した戦いよりも個人戦闘の方がやりやすいという点はあるが。

 

「で、先制攻撃というのは?」

 

「その名の通りです。相手が攻撃してくる前に攻撃する。最も簡単な防衛方法です。他にも、抑止力の行使などがありますが」

 

「待って!私たちが習うのは防衛術よ。先制攻撃は防衛術には入らないわ」

 

ハーマイオニーがエスペランサの意見を否定する。

 

「ハーマイオニー。先制攻撃が防衛手段であるかどうかは今現在も議論されているものだ。だから、一概に否定も肯定も出来ない」

 

「先制的自衛権のことを言っているのかしら?あれは国連憲章51条にまつわる議題よ。魔法界には適用されないわ」

 

「それは魔法界が、いや、魔法省が自衛権に関する明確な法令をいまだに定めていないからだろう?」

 

ギャアギャアと言い張る2人を他の生徒は「またか」という目で見ている。

 

ムーディの授業ではほぼ毎回、この2人が言い争っている。

ムーディの授業は8割が実技、残りの2割がエスペランサとハーマイオニーの言い争いだ。

 

ムーディは2人の言い争いを興味深そうに聞き入っている。

彼はエスペランサの持つ知識に興味があるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

センチュリオンの活動には重火器を組み合わせた戦闘訓練が多くなっていた。

センチュリオンの総員は19名。

戦闘部隊は2つ。

本来なら重火器専門の部隊を編成したいところだったが、現状では不可能である。

ただし、将来的に重迫部隊や対戦車部隊を編成するために、総員に重火器の扱いを理解させる必要があった。

とは言え、エスペランサは対ゲリコマ作戦用の部隊出身。

迫撃砲部隊の指揮も運用も素人である。

運用は手探りであった。

 

「何とか対空ミサイルは頭数だけでも揃えることが出来たけど、これが魔法生物に効果あるかどうかはわからないね」

 

必要の部屋の片隅で兵器をメンテナンスするフナサカはそうぼやく。

ここ数日、彼は戦闘訓練に参加せずに、必要の部屋に格納されている武器の整備を行っていた。

 

「対空ミサイルは熱源誘導式だ。今まで使っていた火砲は自動追尾の魔法をかけていたが、熱源誘導式の武器ならその魔法も必要ない。有効な武器だとは思うぞ」

 

「確かにそうだけど。エスペランサ。対空ミサイルは元々、ヘリや戦闘機を落とすための武器だろう?土台、魔法生物を倒すような設計じゃないんだ。威力不足は否めない」

 

必要の部屋が出してくれた対空ミサイルは携帯SAMと呼ばれるミサイルで、開発は日本の自衛隊である。

性能と信頼性は問題ないが、迫撃砲や対戦車榴弾よりも威力は落ちる。

 

「威力を上げるには魔法を使うしかないな」

 

「そもそも、対空兵器を運用する意図は何?今まで通り、81Mやカールグスタフじゃ駄目なの?」

 

「ああ。過去に3校対抗試合では飛行能力を持つ魔法生物が投入されている。セドリックがそいつらを仮に相手にするとしたらやはり、対空兵器が必要とされるだろうな」

 

「セドリックが確実に選ばれるような言い草だね」

 

「あいつ以上に能力を持つ学生は現状でいない」

 

「それは認めるけど。でも、3校対抗試合はホグワーツの生徒だけじゃなく、魔法省の役人も見るんだろ?魔法省の役人の前でマグルの兵器を使うのは我々の存在を仄めかすことになるからまずいんじゃないか?」

 

「そこは、俺たちの参謀様が良い案を考えてくれるさ」

 

エスペランサは武器庫の向こうにある訓練場を顎で指した。

そこには、訓練指導中のセオドールが居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

代表選手の発表はハロウィンパーティーの後に行われる。

 

いつもより豪華なハロウィンパーティーのご馳走にエスペランサは気分を良くしていた。

センチュリオンの隊員たちはセドリックが選ばれることに何の疑いも持たなかったが、セドリック本人はそうでもないようで、テーブルの上に盛られたご馳走に手もつけていない。

顔は真っ青だ。

エスペランサはグリフィンドールのテーブルで糖蜜パイを頬張りながらその姿をチラリと見ていた。

 

「このご馳走も、しもべ妖精たちが作っているのよね」

 

エスペランサの横に座るハーマイオニーが呟く。

 

「また、SPEW(反吐)かい?パーティーの時くらい忘れろよ」

 

「でも、ロン!しもべ妖精たちはハロウィンにも関わらず、労働させられているのよ?」

 

「まあ、前時代的だよな。無給料で朝から晩まで働かされるなんて、英国じゃあり得ないだろ」

 

「僕はダーズリー家でそんな扱いだったよ」

 

結局、ハーマイオニーはほとんどデザートなどを食べずにパーティーを終えてしまった。

 

やがて、テーブルの上に出されていた皿などが魔法で撤去されると、ダンブルドアが席から立ち上がり、口を開く。

 

ダンブルドアはいつもの教職員テーブルに座っていたが、本日はダンブルドアの両脇にカルカロフやマダム・マクシーム、バクマンとクラウチも居る。

 

教職員テーブルの前には、例の炎のゴブレットが置かれていて、メラメラと青い炎を灯していた。

 

「さて、ゴブレットは代表選手を決めたそうじゃの。名前を呼ばれた学生は教職員テーブルに沿って右に歩き、隣の部屋に入るように」

 

おおお、と歓声があがる。

 

やがて、ゴブレットの炎が青から赤に変わり、突如、炎の中から羊皮紙が飛び出した。

 

ダンブルドアはその羊皮紙を器用にキャッチして羊皮紙に書かれた名前を読み上げる。

生徒たちはシンと静まりかえり、その名前が呼ばれるのを待った。

 

「ダームストラング代表選手はビクトール・クラム!」

 

おおおおおおっと歓声がさらにあがる。

 

ロンは「そうこなくっちゃ」と興奮していた。

スリザリンの席ではセオドールが杖から花火を噴射している。

カルカロフは「ブラボービクトール!」と口笛を吹いていた。

とんだ贔屓である。

 

「続いて、ボーバトン代表はフラー・デラクール!」

 

今度は歓声に混じって嗚咽も聞こえてきた。

ボーバトンの選ばれなかった学生たちが卒倒しているのも見える。

 

「ホグワーツ代表選手は・・・」

 

皆、息を飲んで発表を待った。

 

「セドリック・ディゴリー!」

 

ハッフルパフのテーブルが沸いた。

センチュリオンの隊員たちも立ち上がって歓声をあげている。

 

ロンが「そんなぁ」と悲痛な声を上げていたがエスペランサは気にしなかった。

 

セドリックはハッフルパフの生徒だけでなく、センチュリオンの隊員それぞれに肩を叩かれながら、選手が控える隣部屋へと向かっていった。

向かう途中で、セドリックとエスペランサは一瞬だけ目が合う。

言葉は交わさずとも、エスペランサの言いたいことは彼に伝わったようだ。

 

「流石だ。セドリック。お前の力量はゴブレットにも認められたんだ」

 

エスペランサは1人、そう呟いた。

 

 

やがて、歓声も止み、大広間に静寂が訪れる。

しかし、炎のゴブレットは4度目の赤い炎を吹き出し始めた。

 

そして、羊皮紙が飛び出る。

 

ダンブルドアは静かにそれを手に取った。

 

「・・・ハリー・ポッター」

 

 

4人目の代表選手が誕生した瞬間である。




少し短いですがすみません。
やっと3校対抗試合が書けます。
長かったぁ


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case52 First task 〜第一の課題〜

久々に筆が進んだので!
次も投稿します!
感想ありがとうございます


ホグワーツの生徒はすぐに手の平を返す。

分かりきっていたことだが、やはり釈然としないものがある。

エスペランサはホグワーツの生徒たちに腹を立てていた。

 

ハリーが何故か代表選手に選ばれてから早3日。

今やホグワーツの生徒の6割が彼の敵だった。

ハッフルパフの生徒はまあ仕方が無い。

普段目立たない彼らはセドリックという代表選手が選ばれたにも関わらずハリーも選ばれたということに腹を立てていたからだ。

フェアプレイを好む真面目な生徒が多いレイブンクローもハリーを敵視した。

スリザリンは言うまでも無い。

しかし、ハリーが年齢線を超えられないことも、ハリーが代表選手を望まないことも、冷静に考えればわかることだ。

それにも関わらず、彼らはハリーを姑息な奴だと罵る。

バジリスクを倒し、ヴォルデモートを打ち破ったホグワーツの救世主ということをすっかり忘れているのだろう。

 

グリフィンドールの生徒にしても、グリフィンドールから代表選手が選ばれたことを喜ぶばかりで、ハリーの身を案じたりする学生は少ない。

 

「エスペランサとハーマイオニーくらいだよ。僕を信じてくれるのは」

 

談話室でハリーはボソリとこぼした。

 

「そりゃあハリー。ハリーが年齢線を超えるような力量を持ってるとは思わないし、それにゴブレットがハリーを選ぶとも思わないからな」

 

「それ、励ましてるつもりなの?」

 

ハァとハリーはため息を吐く。

時刻は21時を超えている。

 

グリフィンドールの談話室に居るのはハリーとエスペランサ、それにハーマイオニーだけだ。

 

「しかし、ロンがハリーのことを信じていないとはな。意外だった」

 

「あら、ロンは信じていると思うわ。ただ、彼はちょっと・・・」

 

ロンはまたもやハリーが注目されていることに嫉妬しているらしい。

 

「気持ちは分からないでも無い。他の優秀な兄に比較され、ハリーに話題をかっさらわれ、少しばかり劣等感を感じているのかもしれないな。軍隊でもそういう奴はいた」

 

「あいつのことなんて知るもんか。僕は進んで有名になりたいなんて思ったことない!」

 

「ハリー落ち着いて。そんなことはわかっているわ」

 

「そうだ。それに今は誰がハリーを陥れたのかを考えないといけない」

 

エスペランサはフィルチに炎のゴブレットに関する情報を聞いていた。

彼曰く、炎のゴブレットは高度な魔法道具らしく、並の魔法使いでは騙すことはできないそうである。

となると、誰がハリーの名前をゴブレットに入れたのだろうか。

 

「単純に考えればハリーの命を狙っている人間が入れたってことになるわね。でも、誰が?」

 

「俺もわからん。こっちはこっちで調べてみる」

 

「よろしく頼むよ。僕はもう何が何だか」

 

そこでハリーは再びため息をついた。

 

 

 

 

 

 

「まあ、ポッターが自分で名前を入れたってことはないだろうな」

 

セオドールが羽ペンをクルクルと回しながら言う。

センチュリオンの定期訓練後、エスペランサはセオドールを呼んで、ハリーの件について相談した。

 

場所は図書館。

 

必要の部屋ではフナサカが迫撃砲の発煙弾を魔法で改良するテストを行なっているため、場所を移したのだった。

ちなみに、センチュリオンの隊員たちはハリーが自分で羊皮紙を入れたとは思っていなかった。

彼らには冷静な思考回路が残っていたし、それよりもセドリックが選ばれた喜びが上回っているようだ。

セドリックはセンチュリオンの隊員たちに胴上げされたり、バタービールをかけられたりして祝福されている。

 

「ポッターの名前をゴブレットに入れるだけなら、ポッターは選ばれない。セドリックが選ばれている以上、代表選手の枠がないからだ」

 

「なるほど」

 

「だからもっと別の方法、例えばそうだな。ゴブレットを錯乱の呪文か何かで4校目の学校があると思い込ませ、ポッターを4校目の学校の代表選手候補として立候補させれば良い。これなら幻の4校目の代表選手候補はポッター1人になるから当然選ばれる」

 

「そんなことが可能なのか?」

 

「出来るのは教職員レベルの魔法使いだけだろうな」

 

セオドールは分析する。

 

「それなら犯人は絞られてくるな」

 

「まず、生徒である可能性は低い。ゴブレットを騙す技量もないし、ポッターを代表選手にするメリットもない」

 

「そうか?ハリーに恥をかかせたり、危ない目に合わせることを目的としたスリザリン生なら・・・」

 

「有り得ない。エスペランサ。僕はスリザリン生を君以上に知っているが、彼らは愛寮心だけなら他の寮に引けを取らない。つまり、グリフィンドールから代表選手が選ばれたりするなど、脚光を浴びることを嫌う。ついでに言うならば、ポッターを危ない目に合わせることを目的とするならば、そんなまどろっこしいことはしないだろう」

 

「つまり、ハリーの命を狙うのが目的なら、3校対抗試合期間でなくても、いつでも出来るってことか」

 

「そうだ。同様の理由で他の寮の生徒と教職員も除外される。これらの人間は今じゃなくてもハリーの命を狙おうとすれば簡単に狙えるからな。唯一の例外はムーディか。だが、ムーディは闇払い出身だ。ポッターの命を狙うことはないだろう」

 

「てことは3校対抗試合のために外部から来た人間が犯人ってことか」

 

「その線が妥当だろう。ダームストラングの生徒とカルカロフ、ボーバトンの生徒とマクシーム、それからクラウチとバグマンか」

 

セオドールが目を閉じて考える。

目を閉じて考えごとをするのは彼の癖だ。

 

「普通に考えればカルカロフじゃないか?あいつは元死喰い人って話だ」

 

「そうだな。だが、ちょっとそれが引っかかる。カルカロフはクラムが選ばれたことにとてつもなく喜んでいた上に、ポッターが選ばれたことに激怒していた」

 

「そういう演技をしていたんだろう。裏では3校対抗試合を利用してハリーを殺そうと」

 

「そこだ。そこが引っかかるんだ。今回の3校対抗試合は魔法省が完璧な安全対策を講じたという。つまり、競技で命を落とす可能性は低い。ポッターの命を狙うのならばそもそも3校対抗試合にポッターを引き摺り出すというやり方自体が間違っている」

 

「じゃあ、なんだ。やはり、ハリーを代表選手にして優勝させることを願う誰かが入れたってことになるのか?」

 

「そう思っている奴は山程いそうだが、例えばクリービーとかだが、残念ながらそいつらに年齢線を越える技量はないと思う」

 

「そうか」

 

セオドールは羽ペンをクルクルさせるのをやめて、再び思考しはじめる。

 

「とするなら、ポッターの名前を入れた犯人の目的はポッターを3校対抗試合で命を落とさせることでも、優勝させることでも無いということになる。3校対抗試合に出場させるということそのものを目的とした・・・と考えれば」

 

「どういうことだ?3校対抗試合に出場させるということは、命を狙うか優勝させるかどちらかの目的を前提にしたものじゃないのか?」

 

「命を狙うという目的は変わらない。ただ、それは3校対抗試合の競技で命を落とさせることを目指すのではなく、3校対抗試合を利用して、ポッターを殺そうとしている、ということだ」

 

エスペランサはセオドールの言っていることが理解できた。

つまり、犯人は3校対抗試合にハリーを出場させることをハリー殺害のプロセスといているに過ぎず、3校対抗試合の競技中にハリーが命を落とすことには何の期待もしていないということだ。

 

「ハリーも災難だな。毎年のように命を狙われて。人気者じゃねえか」

 

「僕としても彼には同情するさ。トレローニーがいつもポッターの死の予言をしてるみたいだが、あながちそれも間違いではないかもしれない」

 

「笑えない冗談だな」

 

エスペランサは苦笑して椅子の背もたれに体重を預けた。

 

 

 

 

 

翌日。

魔法薬学の授業が始まる前のこと。

マルフォイをはじめとするスリザリン生の何名かがローブに自作と思われるバッジをつけてきた。

 

バッジには「セドリックを応援しよう!ホグワーツの真のチャンピオンを」という文字が光っている。

 

「へえ。セドリック応援バッジか。案外、良いこともするじゃねえか」

 

エスペランサはニヤニヤ笑いながらバッジをつけるマルフォイを見て言う。

 

しかし、少し離れたところに居るセオドールとフローラ、それにダフネといったセンチュリオンのメンバーであるスリザリン生は頭を抱えていた。

 

「面白いだろ。ルックウッド。これにはもう一つ機能があるんだ」

 

そう言ってマルフォイは自分の胸につけたバッジを軽く押した。

すると、バッジの文字は「汚いぞポッター」に変わる。

スリザリン生は爆笑し、ハリーは顔を真っ赤にした。

 

「悪趣味っていうか。才能の無駄遣いというか。人を不快にさせることに関しては天才的だなマルフォイ」

 

エスペランサはセオドールたちが頭を抱えていた理由が分かった。

 

「あらとってもお洒落じゃない」

 

ハーマイオニーが皮肉たっぷりに言う。

こういう時、真っ先に起こるのはロンの筈だが、彼は首を突っ込んで来ない。

 

「グレンジャー。ひとつあげようか。だけど、今は僕に触れないでくれ。手を洗ったばかりでね。汚れた血がうつると困るんだよ」

 

マルフォイが冷ややかに言う。

その瞬間、ハリーの怒りが爆発した。

 

ハリーは杖を抜いてマルフォイに向けている。

ハリーは割と切れやすい。

そして、切れると爆発する。

まるでマッチが入っている火薬庫のようだ。

 

「やれよ。ポッター。ここにはムーディもいないぞ!」

 

マルフォイも杖を抜く。

 

そして互いに呪いをかけあった。

 

 

バーン!

 

 

杖から飛び出した呪文は空中で衝突し、それぞれ、ハーマイオニーとゴイルに当たった。

 

ゴイルは呪文が顔面に直撃し、「ウホッ」という奇妙な奇声をあげてひっくり返る。

 

ハーマイオニーはビーバーも驚くだろうほどに歯が大きくなり、ゴイルの鼻は毒キノコのようになっていた。

 

「何だ!何の騒ぎだ」

 

そんな中にスネイプがやってくる。

 

「ポッターが呪いをかけてきたんです!ゴイルを見て下さい!」

 

マルフォイがスネイプにゴイルを差し出す。

スネイプは一瞬、ゴイルの醜い顔から目を逸らしたが、その後「ゴイルを医務室へ」と言った。

 

「先生!マルフォイがハーマイオニーに呪いをかけたんです!見て下さい!」

 

ロンが騒ぎの中央に躍り出てハーマイオニーをスネイプに見せた。

彼女の歯は床につきそうな勢いである。

 

「いつもと変わりは無い」

 

スネイプは冷酷に言い放った。

 

ハーマイオニーは泣きながら医務室に走っていく。

ハリーとロンはそんなスネイプに放送禁止用語並みの罵声を浴びせた。

 

「ポッター、ウィーズリー。50点減点だ。それから罰則!」

スネイプは憤怒して言い放つ。

 

「けっ。相変わらずの贔屓野郎だ。そんなんだから童貞なんだ」

 

エスペランサはボソッと言う。

 

「何か言ったか?ルックウッド?」

 

「いえ、何も」

 

「他の者もさっさと教室に入れ。それからルックウッド。貴様も50点減点だ」

 

「聞こえてたんじゃねえかよ!」

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ真面目に話す時が来た」

 

「何だ?スネイプが童貞かどうかってことをか?」

 

「真面目に聞けエスペランサ。あと、下ネタも止めろ。フローラが睨んでくるだろ」

 

 

必要の部屋でセンチュリオンの隊員数名が集まっていた。

各分隊長や責任者である。

呼んだのはセオドールだ。

 

「3校対抗試合の初戦が近くなった。流石に事前準備無しにはセドリックも戦えん。今日は戦略会議だ」

 

セオドールが言う。

 

「セオドール。僕なら平気だ。僕は僕の力で勝つ」

 

「そうは言うが、セドリック。何の策も無しには戦えんだろ」

 

3校対抗試合の初戦まで残りは2週間も無い。

選手には事前に何の情報も知らされていないため、選手たちはぶっつけ本番で何らかの脅威と戦わなくてはならない。

 

「セオドールの言う通りだ。それに、たぶんクラムやフラーは各学校長から情報が渡されている。カンニングは3校対抗試合の伝統みたいなものらしいからな」

 

エスペランサは必要の部屋のブリーフィングルームの机に置かれた資料を取り上げて言う。

この資料はセンチュリオンの隊員たちが図書館からかき集めてきた3校対抗試合に関するデータであった。

 

「だけど、選手は競技に杖しか持ち込めない。センチュリオンの武器も使えないし、隊員の支援も受けられない」

 

「そう。そこだ。だが、事前準備であれば最大限の支援ができる。そこで、これだ」

 

セオドールは資料の中から1枚の紙をとりだした。

 

「これは英国魔法省が公式に発表している魔法省の輸入品目一覧表だ。これを基にして、今回は競技が何であるのかを考察したい」

 

「そんなものよく手に入ったな」

 

「スリザリンはコネクションが多いのさ。さて、この品目の中に不可解なものがある」

 

「どれだ?輸入品目は大鍋大鍋大鍋・・・大鍋が多いな。パーシーのせいだな。それからエジプトから危険生物が1、ノルウェーやハンガリー、それに中国とかからも危険生物か」

 

エスペランサが資料を見て言う。

 

「本来なら危険生物は名称が記載される。しかし、今回はそれが伏せられている。十中八九、競技に使われるものだろう」

 

危険生物。

魔法省が定める危険生物は多い。

セストラルやヒッポグリフも危険生物に含まれるのだ。

 

「中国から輸入する生物というと、キョンシーや麒麟、あとは龍とかですね。エジプトならスフィンクスや魔人の類でしょうか?」

 

フローラが首を傾げる。

 

「何にせよ危険だ。吸魂鬼よかましだが」

 

「それらの生物相手なら通常の魔法は効果が無い。特にスフィンクスは危険過ぎる。戦うなら50口径以上の銃器、野戦砲、対戦車榴弾が必要になるぞ。エスペランサはバジリスクやトロール、アクロマンチュラとの戦闘経験がある。そのノウハウを使いたい」

 

エスペランサは何度か魔法生物と戦闘したことがある。

だが、その時はフローラに譲渡された検知不可能拡大呪文のかかった鞄と大量の武器があった。

今回はそれがない。

 

「分隊単位で部隊を投入できるなら話は簡単だが、今回はセドリックが単独で戦わなくてはいけないからな。となれば携帯できる火器は限られている。81Mは携帯出来ないし、小銃は火力不足。それなら・・・」

 

センチュリオンが保有する重火器の中で迫撃砲の次に強力なものは対戦車榴弾パンツァーファウストだ。

これを縮小呪文で小型化し、ローブの中に隠して持っていけば勝算はある。

 

だが、問題は魔法省の役人がいる中でマグルの武器を大量に展開しなくてはならないということだ。

 

「解決しないといけない問題は山積みだな」

 

そう言って考え込むセオドールはどこか楽しそうだった。

 

 

 

 

 

だが、第一の課題の内容は思わぬ形でセドリックに知らされることになった。

 

「セドリック!第一の課題はドラゴンだ!」

 

「え?どういうこと?」

 

授業に向かう途中、セドリックはハリーに第一の課題の内容を知らされた。

 

「ドラゴンなんだ。僕たちは1人1体ドラゴンを相手にしないといけない。ドラゴンを出し抜かないといけないんだ」

 

「確かなのか?いや、そもそもどうやって知ったんだ?」

 

セドリックは怪訝な顔をする。

ハリーが第一の課題の内容を何故知り得たのかも疑問であるし、彼がセドリックに課題の内容を教えるメリットも思いつかなかったからだ。

 

「確かだよ。僕見たんだ。どうやって見たかは聞かないでくれると助かるんだけど」

 

「どうして僕に教えてくれるんだい?」

 

「クラムもフラーもたぶん知ってる。君だけ知らないのはフェアじゃないだろ?」

 

ハリーは大真面目だ。

セドリックはエスペランサからハリーが3校対抗試合に無理矢理参加させられた旨を聞いている。

セドリック自身もハリーが嘘をつくような人間とは思っていなかった。

 

「そうか。ありがとう!」

 

その後、ハリーは突然訪れたムーディに連れられてどこかへ行ってしまう。

セドリックは1人廊下に残された。

 

「ドラゴン・・・か。面白いじゃないか」

 

もし彼が、どこか別の世界線で、エスペランサが存在せず、センチュリオンが誕生しない世界線が存在したら。

セドリックはドラゴンを相手にすると知って恐怖に身体が震えたかもしれない。

 

しかし、この世界線ではセドリックは恐怖心を感じなかった。

 

彼はドラゴンという強敵を前にして、何故か彼は高揚感を覚えた。

そして、恐怖ではない感情で震えたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。ドラゴンか」

 

セオドールは唸った。

 

おおよそ考えられる危険生物の中でもっとも強力で攻略が難しいのがドラゴンである。

 

 

「しかし、ポッターはよく教えてくれたな。僕なら敵に塩を贈ることはしない」

 

「ハリーはそういう奴だ。ついでに、彼の名誉の為に言うなら、ハリーが第一の課題の内容を知ったのは偶然、というかハグリッドの策略だ。ハグリッドがホグワーツに秘密裏に運び込まれたドラゴンの世話を禁じられた森でしてるからな」

 

エスペランサはハリーがハグリッドに呼ばれて禁じられた森に行った件を話した。

ハリーが規則違反をしたことをバラすことになったが、彼が進んでカンニングをしたと思われない為である。

 

「なるほど。で、セドリック。ドラゴン対策は何か考えているのか?」

 

「いや、流石に考えていない。ドラゴンは飼育そのものが不可能に近く、ドラゴン専門のチームがいるくらいだ。ほら、チャーリー・ウィーズリーがそうだ」

 

「ドラゴンのスペックがわかるやつはセンチュリオンの隊員でいるだろうか?」

 

現在、必要の部屋に集まった隊員は分隊長であるエスペランサとセオドール、セドリックの代わりに遊撃班の長になったコーマック、支援要員のフナサカ、人事責任者のフローラを加えた6名である。

 

「ドラゴンの詳細については既にまとめています。皮膚の硬さは種族と部位にもよりますが、戦車の複合装甲並といったところです。また、対魔法能力も備えられています」

 

フローラが手元の資料をめくりながら言う。

 

「何もドラゴンを倒す必要は無いんだろ?出し抜けば良いって話じゃないか」

 

「そうは言っても、コーマック。出し抜くってのは単純に倒すよりも難しい。我々は強力な火器を持つから、倒すための作戦は立てやすいが、出し抜くための作戦は立案が困難なんだ」

 

出ている情報はドラゴンを相手に出し抜く、というものだけ。

具体的な課題内容は知らされていない。

センチュリオンの頭脳として働くセオドールは暫し考えた。

 

「やはり、これしかないか」

 

「考えがあるみたいだなセオドール」

 

「ああ。課題の内容がどうであれ、要するに脅威であるドラゴンが居なくなればそれで解決する。しかし、ドラゴンに魔法はほぼ通用しない。大の大人が複数人で失神光線を浴びせてはじめて倒せる相手だからな。とするならやはり、近代兵器を駆使して倒してしまうのが手っ取り早い」

 

「そうは言っても複合装甲並の硬さだぞ。俺は中東で戦車を相手に戦ったことがあるが、パンツァーファウストどころかMAT(対戦車ミサイル)ですら、正面の装甲を破れなかった」

 

「エスペランサ。君が相手にした戦車とやらは機械だ。生きてはいない。だが、ドラゴンは生き物だ。痛覚というものがある」

 

「というと?」

 

「戦車は完全に破壊して戦闘能力を奪う必要があるが、ドラゴンはその限りではない。完全に破壊する必要はないんだ。例えば、君は腹部に9ミリ弾を食らえば、身体は自由に動かなくなるし、戦意も喪失するだろう?ドラゴンも同じさ」

 

「つまるところ、ドラゴンにミサイルや榴弾で攻撃し、痛みを与え、ドラゴンの戦意を奪うってことか。だが、どのていどの痛みを与えればドラゴンから戦意を奪えるかは未知数だぞ」

 

「そもそも杖一本しか持ち込めないのにどうするんだい?試合前には手荷物検査もあるんだ。ここは正攻法で魔法のみで課題をクリアすべきだと」

 

セドリックが言う。

確かに彼の言う通りだ。

持ち込みは杖一本のみ。

兵器の持ち込みは出来ない。

手荷物検査をされるなら隠し持つことも出来ないだろう。

 

「それは何とでもなる」

 

「何か策があるのか?」

 

「無論だ。僕はドラゴンを含めて様々な魔法生物と戦うことを想定した作戦を立てた。課題が行われる競技場の地形確認も実施済み。プランはほぼ完成している」

 

セオドールの言葉にエスペランサは感心した。

エスペランサも対ゲリコマ作戦の立案には才がある。

だが、対魔法生物や魔法使い相手の作戦は知識の差からセオドールに一任していた。

それでも、エスペランサはセオドールよりもこと戦闘に関しては頭が回ると自負していた。

しかし、ここに来てその考えを改める。

恐らく、セオドールはエスペランサ以上に頭が回るのだろう。

 

「作戦の詳細は今夜、僕がまとめておく。悪いが、エスペランサとセドリックは付き合ってくれ。それと、フナサカは僕が指示する武器を揃えること。フローラとコーマックは作戦の詳細を渡し次第、臨時の部隊編成を考えてもらう」

 

セオドールはそう指示を飛ばして会議を解散させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一の課題2日前。

 

必要の部屋の武器庫から武器弾薬、資材が搬出される。

81ミリ迫撃砲L16と測距儀。

携帯型無線機と最大倍率の双眼鏡。

91式携帯型対空誘導弾ハンドアロー。

そして、M733コマンドと5.56ミリの弾薬である。

 

既に隊員には作戦の全容が知らされている。

 

「持ち込みは杖のみだが、あらかじめ会場に武器を搬入しておけば問題はない。ルールにこれは明記されていないからな。グレーゾーンだが」

 

「考えたな。これなら我々の武器を最大限に活用できる」

 

隊員たちが武器庫から武器弾薬を搬出する様子を見ながらエスペランサは言う。

 

作戦は至ってシンプルなものだ。

 

あらかじめ、ドラゴンに有効と考えられる武器を会場に搬入して隠しておく。

あとは課題が開始された後、それらを取り出してドラゴンにぶち込むだけ。

 

ただし、武器使用を審査員をはじめとする部外者に見られてはいけない。

そのために、会場の外に設置した迫撃砲から発煙弾を撃ち込み、会場の視界を奪ってしまう。

センチュリオンが持つ81ミリ迫撃砲の最大射程は5キロを越えるため、迫撃砲の使用が審査員にバレる恐れは少ない。

 

「問題は迫撃砲の射撃精度と使うタイミングだな。場外の隊員と観測係の連携が肝となるだろう」

 

セオドールは作戦の概要を記した資料が挟まれたバインダーを手に取る。

資料には事細かにメモ書きがされていて、彼が作戦を試行錯誤していたことが伺える。

 

今回の作戦はセドリックを除くと、3つの班に分かれることになっていた。

 

まず、迫撃砲班である。

これは吸魂鬼撃滅作戦での実績があるアーニーとダフネを指揮官として合計5名の隊員が配属された。

今回は弾着点が見えない程の遠距離からの砲撃になるため、目標を目視していなければ使えない自動追尾の魔法は無意味となる。

とすると、マグルの軍隊と同じ運用の仕方をしなければならない。

必然的に人数が増えたのである。

 

次に迫撃砲班と会場の通信を行う支援班。

これはエスペランサが指揮を執る本隊的役割を果たす。

会場の様子と弾着修正を迫撃砲班に伝えるためにスタンドの端に通信機も設置した。

 

最後に、万が一、セドリックの身が危なくなったときに支援できるように重火器を装備した切り込み部隊を会場の外に待機させる。

この指揮はコーマックが行う。

 

必要の部屋で武器を縮小呪文で小さくし、鞄に押し込んで出発した19名の隊員は暗闇の中を競技場まで走る。

 

時刻は21時過ぎ。

 

外出禁止時間だが、センチュリオンの隊員たちはフィルチとミセス・ノリスを味方につけているため、安心して城内外を行き来できる。

 

「ほら。これが競技場の鍵だ。競技場は普段はクィデッチで使っている会場だが、3校対抗試合のために中を先日改装した」

 

「ありがとう。フィルチさん」

 

クィデッチ競技場の入り口で待っていたフィルチに競技場の鍵をもらう。

第一の課題の会場はクィデッチ競技場であった。

 

「本番2日前だから警備はほぼ無い。もっとも、本番前に会場に細工をしようとする奴がいるとは魔法省も考えてないんだろうが」

 

フィルチはぶっきらぼうにそう言って入り口脇にあったボロボロのベンチに腰掛ける。

 

「ワシ以外の教職員が巡回するかもしれんから作業は早めに終わらせろ」

 

「もちろんだとも。30分もあれば十分だ」

 

エスペランサはフィルチにもらった鍵で競技場の入り口扉を開く。

開いた瞬間に7名の隊員が競技場へ走り込んだ。

 

頼りになるのは月明かりとルーモスのみ。

 

僅かな光量の中で隊員は作業しなくてはならない。

 

競技場の中はクィデッチ競技場とは打って変わっていた。

一面が荒野のようになり、スタンドには強固な柵が作られている。

 

「コロッセオみたいだな」

 

エスペランサの感想だ。

 

隊員達は杖を荒野と化したフィールドに向け、「デューロ 掘れ」と唱えて穴を掘っている。

穴の深さは1メートルも無い。

その複数の穴の中に、すぐに撃てるように調整された(バッテリーは未接続)91式携帯型対空誘導弾を袋に詰めてから入れていく。

 

「こいつが今回の作戦の要ってわけだな」

 

「ああ。発煙弾で視界を制限されたとなれば、自動追尾魔法も意味がない。なら、熱源誘導式のミサイルで対応せねば」

 

「でもこれ威力は低いんだろ?」

 

穴掘りに参加しているネビルが不安そうに言った。

 

「そのために複数個埋めてるんだ。流石のドラゴンも至近距離でSAMを何発も食らえば戦意喪失くらいするだろう」

 

一方でフナサカを含めた数名はスタンドの端に通信機とアンテナを設置していた。

通信機は外側を変身術でただの木箱のように見せてカモフラージュしている。

 

また、万が一の重火器装備班は縮小した武器弾薬を清掃用具庫に押し込んでいた。

 

「あとは当日の朝にここから3キロ離れた地点に迫撃砲陣地を構築。それとセドリックに最終的な作戦の確認とシミュレーションを行わせらば良い」

 

手を泥だらけにしたセオドールがエスペランサに話しかけた。

 

この現場指揮もセオドールが計画したものだ。

彼は今回、参謀としての力を遺憾なく発揮している。

 

「ああ。全て首尾良く運べばセドリックは無傷でドラゴンを倒せる。まあ、未だかつてセンチュリオンの作戦が首尾良くいったことはないんだが」

 

「吸魂鬼の時は狼男が出現したりしたからな。今回はそうならないように周辺の警戒にも人員を割いている。同じ誤ちは繰り返さないさ」

 

そう言い残してセオドールは現場の最終チェックに向かった。

セオドールと入れ替わりにセドリックがエスペランサのもとに来る。

 

「どうした?やはり不安か?」

 

「いや、そうじゃないんだ」

 

セドリックは浮かない顔をしている。

 

「僕ばかり、他の選手と違って大勢の支援を受けて、あらかじめ武器まで用意して。なんだかフェアじゃない気がしてね。これじゃあ、僕一人の力で課題をクリアしたとは言えない。代表選手になった意味がないのではと思ったんだ」

 

実にセドリックらしい悩みだ。

そうエスペランサは思った。

 

「確かにそうかもしれん。だが、戦争ってのは土台、フェアに出来てはいないのさ。先手を打ち、ズルをして、使えるものは全て使って、そして勝つ。勝った方が正義なんだよ。そして、俺はセドリック。お前が勝って正義になって欲しいと思っている」

 

「3校対抗試合は戦争じゃない。代表選手は自分の実力を示さなくてはならないんだ」

 

「いや。そうじゃないさ。セドリック。お前はホグワーツの代表選手として戦うんだ。ホグワーツの旗を、それだけじゃない。我々センチュリオンの旗を掲げて戦うんだ。だから、お前はホグワーツ全生徒とセンチュリオンの隊員のために何がなんでも勝たなくてはならない。そして、そのために我々は全力で支援を行う。これは戦争と同じだ」

 

セドリックは暫し考える。

果たしてその理屈は正しいのだろうか。

 

自己弁護のための言い訳じゃないだろうか。

 

「正直な話、僕は僕一人で立ち向かい、そして、僕の実力を試したかった。だけど、今回、君やセオドールを見ていて思ってしまったんだ。君やセオドールがもし、代表選手だったら、簡単に優勝してしまうのではないかってね。うん。ただの嫉妬さ。だから、僕は一人で臨みたいと思ってしまった」

 

「セドリック・・・」

 

「でもね、今は無理でも、いつかきっと君やセオドールのような隊員になってみせるさ。僕はまだ僕の力を諦めたわけじゃないんだ」

 

セドリックはいつもと変わらぬ、爽やかな笑顔でそう言った。

 

「さあ、エスペランサ。作業を早く終わらせよう。さもないとフィルチさんがカンカンに怒るかもしれないからね」

 

そう言って彼は再び作業に参加しに行った。

 

 

 

 

 




いよいよ第一の課題。
ここで対空ミサイルを登場させたいとずっと思ってたんです。


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case53 Decisive battle! Surface-to-air 〜決戦!地対空〜

感想ありがとうございます!
第一の課題も大詰めです。


「こちらはHQ。各部、感度良ければ知らせよ」

 

『迫撃砲班感度良好』

 

『後方支援班感度良好』

 

各部からの返信を聞いたエスペランサは通信機の送話器をフナサカに返す。

 

第一の課題を行う競技場に設置されているスタンドの端にエスペランサをはじめとするセンチュリオンの本部班はいた。

スタンドの高さは地面から20メートル以上あり、課題が行われるフィールドが一望できる。

 

巧妙に魔法でカモフラージュされた通信機の前に通信員であるフナサカが座り、その横に双眼鏡を持つセオドールが立っていた。

これらの隊員の他に、数名の隊員たちがスタンドの各地に散らばり、状況を逐一、本部に知らせることになっていた。

また、競技場から3キロ離れた地点に迫撃砲班が陣地を構築している。

 

「81ミリ迫撃砲の設置は完了。各部との通信も確保した。あとは作戦通りに動くだけだ」

 

セオドールが双眼鏡を覗きながら言う。

 

「先程の放送によればセドリックは一番手。相手にするドラゴンはスウェーデンのショート・スナウト種。比較的小型で装甲も薄い。ただし、吐く炎の温度は他の種類より高温だ」

 

エスペランサは手元にある資料に目を通す。

そこにはドラゴンの種類と特性が記してあった。

 

「それなら好都合だ。今回使う武器は熱源探知式の誘導弾。ドラゴンのプラズマチャンバーが高温であればあるほど、正確な射撃ができる」

 

プラズマチャンバーというのはドラゴンの体内に設けられた炎を吐くための器官である。

ドラゴンはこのプラズマチャンバーで高音の炎を生成したあと、息と一緒に吐くことができる。

つまり、熱源探知式の誘導弾はドラゴン体内のプラズマチャンバーめがけて飛んでくれるというわけだ。

 

「しかし、観客の盛り上がりもすげえな」

 

「ほとんどの生徒は今日、第一の課題の内容を知ったからな。驚きもするだろう。それに、ドラゴンをこんな間近で見る機会なんて滅多にない」

 

スタンドに座る生徒たちは、つい10分前に審査員兼アナウンスのルード・バグマンから第一の課題の内容がドラゴンを相手にすることだと聞いた。

それを聞いた生徒たちは大いに興奮している。

生徒たちの声が響き渡り、木製のスタンドが小刻みに揺れるほどだ。

 

「そう言えば・・・ポッターは大丈夫なのか?」

 

セオドールがふと思いついたようにエスペランサに聞く。

 

「心配ではあるが、何とか活路を見出したようだ。まあ、バジリスクを相手にするよかよほどマシだろう」

 

「彼も災難だな。ほら、ほとんどのホグワーツの生徒は例のバッチをつけている。こんな環境で課題をやるっていうのはメンタル的によろしくない」

 

セオドールが指差した先には「汚いぞポッター」のバッチをつけたスリザリンの生徒たちがいた。

 

『おおーっと!ここでドラゴンが登場だ!』

 

バグマンの実況に生徒が一斉にフィールドを見る。

 

フィールドの端の暗幕から1頭のドラゴンがのそりのそりと現れた。

比較的小型とはいえ、トロールよりも遥かに大きく、そして獰猛そうである。

ギラギラとした金色の目に鋭い牙はバジリスクを思い出させる。

体色は青みがかっており、どことなく魚類を連想させる。

 

グオオオア

 

唸り声と共にドラゴンは炎を吹き出した。

 

 

『ショート・スナウト種です!ディゴリー選手はどう戦うのか!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

迫撃砲陣地で指揮をとるアーニー・マクミランは手にじっとりとついた汗をローブで拭いていた。

彼が迫撃砲の指揮をするのはこれで3度目である。

 

『こちらコーマック。上空から競技場の中心を確認。ドラゴンはいまだ姿を見せず』

 

上空で箒に乗り、競技場を観測しているコーマックから通信が入る。

 

「了解。引き続き観測を行え」

 

アーニーは自分の声が震えていることに気付いた。

 

迫撃砲陣地は競技場の北3キロ地点にある禁じられた森の内部に構築されている。

これは、生徒や職員に見られないため、また、迫撃砲の発射を審査員に悟られないためである。

故に、迫撃砲陣から競技場は視認できない。

つまり自動追尾の魔法は使えない。

 

自動追尾の魔法が使えない以上、弾道計算や軌道修正は全て手動で行う必要がある。

アーニーはエスペランサと協力して、競技場のフィールド中央に発煙弾を命中させるための弾道計算を行っていた。

計算に狂いがなければ、迫撃砲から発射された発煙弾は競技場のフィールドのど真ん中に着弾する筈だ。

 

しかし、計算に少しでも狂いが生じていたら・・・。

もしくは、迫撃砲自体の射角を少しでも間違えたら・・・。

発煙弾とはいえ、生身の人間にあたれば即死は免れない。

セドリックや観客に命中しないようにするには、フィールドのど真ん中に命中させるしかない(セドリックにはフィールドのど真ん中には近寄らないように指示をしている)。

 

その思いがアーニーを必要以上に緊張させた。

 

迫撃砲陣地は森の中の茂みを刈り、木を切り倒して簡易的に作ってある。

地面には木製の板を敷き、迫撃砲を水平に保つ工夫がされた。

 

黒光りする81ミリ迫撃砲が薄暗い森の中で異様に煌く。

 

その周囲に指揮官のアーニー、射手のダフネ、それから補給や整備に携わるスタッフとマフリアート(耳塞ぎの魔法)をかける隊員が立つ。

さらに上空では競技場を観測するコーマックが飛行していた。

 

「ダフネ。発煙弾発射用意」

 

「了解。発煙弾発射用意」

 

迫撃砲の横に並べられた発煙弾の一つをダフネが取る。

 

「射角、1100。本隊からの指示があり次第、半装填とせよ」

 

寒い季節であるにも関わらず、額から噴き出てくる汗を拭いながらアーニーは指示を出し始めた。

 

 

 

 

 

 

同時刻。

セドリックも額から汗を流していた。

緊張からではない。

 

ドラゴンの炎のせいである。

 

岩石をも容易く溶かしてしまう炎の熱にセドリックは苦戦していた。

 

審査員の指示によりフィールドに入ったセドリック。

まず、目に飛び込んだのは観客席に座る無数の生徒であった。

彼らはまるでサーカスでも見るように楽しさと不安さが入り混じった顔でセドリックを見て歓声をあげている。

 

「呑気なものだよ」

 

セドリックは観客を見てそう思う。

彼らはドラゴンと戦うセドリックをただ単に観るだけ。

そこには緊張も葛藤も恐怖も存在しない。

 

観客席から聞こえる声援はどこか別世界のものだ。

彼はそう感じた。

 

そして、正面に立つドラゴンを見据える。

 

青みがかった皮膚を持つショート・スナウト種がセドリックを睨んでいた。

ドラゴンの足元には金色の卵が複数個置かれている。

今回はあの卵を奪わなくてはならない。

そのために、ドラゴンを無力化する。

 

『さて!ディゴリー選手はどのようにドラゴンを相手にするのか!』

 

バグマンの実況が聞こえる。

 

セドリックはその実況を合図に杖を足元の岩に向けた。

そして呪文を唱える。

呪文により岩が巨大な犬に変化する。

変身魔法の中でも高度な魔法だ。

OWLレベルの魔法で、セドリックも習得には2週間の時間をついやした。

 

しかし、この犬はデコイである。

 

「行けっ!」

 

彼の指示で犬が走り出す。

ドラゴンはセドリックから走り出した犬の方へ気を奪われた。

 

『岩を犬に変身させました!ドラゴンは犬に気を取られる!この隙に卵を奪うのか!?』

 

ドラゴンは犬の方向へ炎を吐きつけるが、犬は巧みにこれをかわしていた。

逸れた炎はフィールドを溶かし、あたりには熱気が立ち込める。

 

観客はドラゴンの炎を避ける犬に気を取られていたため、上空から聞こえるヒュルルという音に気付かない。

 

「来た!」

 

セドリックは競技場の上空から飛来する砲弾の音に気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セドリックが岩を大型犬に変化させることが、作戦のトリガーであった。

双眼鏡越しにセドリックが岩を犬に変えたことを確認したエスペランサは速やかに指示を出す。

 

「作戦開始!発煙弾発射!」

 

その指示を聞いたフナサカが通信機で迫撃砲班に通信を入れる。

 

「作戦開始。発煙弾発射せよ」

 

『了解』

 

エスペランサはフィールドから目を離さない。

万が一の場合、すなわち、ドラゴンがセドリックを殺しそうになった場合、即座に対処するためだ。

その時は、発煙弾ではなく実弾を迫撃砲に撃たせ、また、場外で待機中の重火器で武装した部隊によってドラゴンを無力化する。

だが、それは本当の最終手段だ。

そもそも、この作戦で発煙弾を使用する理由は、セドリックがマグルの兵器を使うところを見られないため。

さらに、魔法省にセンチュリオンの存在を秘匿するためである。

 

「懸念事項は多い。今回の作戦も前回と同様に無理難題だらけだった。我々の武器を秘匿するという前提がなければ確実にドラゴンを無力化できるのに」

 

「心配するな。セオドール。シミュレーションは何度も重ねている」

 

「僕の役目は常に最悪の事態を想定して対策を立てることだ。如何なる時も楽観視はできない」

 

セオドールの表情は硬い。

今回の作戦は彼が全て立てた。

故に、作戦が失敗したらその責任を全て負おうとしているに違いない。

 

だが。

 

「セオドール。お前の作戦を採用し、実行させたのは隊長の俺だ。全責任は俺にある。だから、もう少し楽に構えろ。副隊長であるお前がそんなに肩肘張っていたら部下も心配になる」

 

 

ヒュルルル

 

そんな中、上空から砲弾が空を裂く音が聞こえてくる。

 

「来たか!」

 

 

フィールドの中央。

ドラゴンとセドリックの間に発煙弾が着弾する。

 

 

ズズン

 

 

土煙を上げて着弾した発煙弾からは白い煙がもうもうとあがってきた。

 

突然、出現した白煙にドラゴンは驚きを隠さず、犬から目を離した。

 

 

『なんだこの煙は!ディゴリー選手の奇策か?フィールドは白煙に包まれ、何も見えなくなっていく』

 

ドラゴンとセドリックを切り離すかのように白煙はどんどん広がる。

しかし、フィールド全体を覆うまでには至っていない。

まだ、観客席こらはセドリックもドラゴンも視認できてしまう。

 

「次弾発射急げ!今度は着弾点を左右に散らすんだ」

 

エスペランサの指示を受け、アーニーが迫撃砲弾を次々に発射した。

 

 

ズン

ズズン

 

 

鈍い音を立てて、フィールドに発煙弾が着弾していく。

たったの3発で広大なフィールドは白煙に完全に包まれた。

 

『これでは何が起きているのかわからないぞ!ディゴリー選手は大丈夫なのか?彼は何を考えているんでしょうか?』

 

バグマンが叫ぶ。

生徒たちは周囲を覆う白煙に息が詰まり、たまらずに観客席を後にしようとする者もいた。

 

「フナサカが苦心して作り上げた発煙弾。凄まじい効果だな」

 

「もともとの発煙弾ならここまでの範囲を白煙で覆えなかったよ」

 

フナサカが言う。

 

彼は発煙弾の威力と持続時間を延ばすために頭を悩ませていた。

そんな時、魔法省の輸入品目の中にペルー産のインスタント煙幕という物が入っていることに気づく。

インスタント煙幕は悪戯グッズの一つではあるが、持続力と効果は保証できた。

 

インスタント煙幕に使われている魔法を解析し、発煙弾に応用させたのはつい3日前である。

 

「それでも持続時間は10分を超えるくらいしかない。勝負はその10分間だ」




発煙弾がどのような物なのかは富士総合火力演習の動画にて

今回は迫撃砲に頑張ってもらってます。


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case54 Hand arrow 〜91式携帯型地対空誘導弾〜

よく考えたら呼び寄せ呪文で卵を呼び寄せれば課題はクリアできるのでは?と思った小学生の時の自分。


発煙弾の効果により、完全に視界を失ったセドリックはフィールドに杖を向ける。

 

「エレクト・テーレム 武器よ機動せよ」

 

エスペランサが1学年の時に開発した呪文。

エレクト・テーレム。

指定した武器を自動で機動させるものである。

 

かつて、エスペランサはこの魔法を使用してバジリスクやクィレルを倒した。

ただし、当時存在した検知不可能拡大呪文のかかった鞄はトム・リドルに破壊されて既に失われているため、この魔法が本領を発揮することは無い。

また、センチュリオンという戦闘組織があるため、エレクト・テーレムを使う機会はほとんど無くなっていた。

 

だが、今回、久々にこの魔法が日の目を見ることになる。

 

地面の中に埋められていた91式携帯地対空誘導弾、通称ハンドアローが呪文の影響で飛び出す。

この誘導弾は付属のバッテリーに接続する必要があったが、エレクト・テーレムはその工程も自動で行えるようにしていた。

 

自動でバッテリーに接続されたハンドアローはその発射口を白煙の中に向けた。

 

その数は5発。

 

「食らえっ!発射!」

 

セドリックが杖を振った瞬間、5つの宙に浮かんだ発射機から5発の対空ミサイルが飛び出す。

 

ドラゴンの姿は白煙に包まれて視認できない。

しかし、5発のミサイルはドラゴンの体内にある熱源をしっかりと探知していた。

 

91式地対空誘導弾は陸上自衛隊が誇る最新鋭の対空装備である。

そのメリットは180度どの方向に撃っても確実に熱源に向かって飛んでいくということだ。

ミサイルは赤外線パッシブ誘導方式。

目標が発する赤外線、つまり、熱源をセンサーが捉え、そこに向かって飛翔する方式である。

 

だから、当てずっぽうに撃っても確実にドラゴンに命中する。

 

 

灰色の煙を吹き、白煙の中に突入したミサイルは混乱状態にあるドラゴンの腹部に全て命中した。

 

 

ドドドドドーン

 

 

ギャァアアアアアア!

 

 

ドラゴンの腹部でミサイルが爆発する。

 

対戦車ミサイルとは違い威力は低い。

しかし、9キロもある本体がマッハ1.9の速度でぶつかるという痛さは計り知れない。

ドラゴンは腹部にそれを5発も食らったのである。

 

白煙の中でドラゴンが悶え苦しむのがわかる。

 

セドリックはその光景を見なくて済んだことに感謝した。

ドラゴンは破れかぶれの炎を吐く。

その何発かはセドリックの方向に飛んできたが、彼は冷静にそれを盾の呪文で防いだ。

 

『何が起きたのかは分からないが、ドラゴンの苦しむ声が聞こえます!そして、爆発音!』

 

バグマンの声が響く。

セドリックは腕時計を見た。

 

発煙弾の着弾から5分以上が経過している。

そろそろケリをつけなくてはならない。

 

「エバネスコ 消えよ」

 

消失呪文でハンドアローの発射機をこの世から完全に消し去る。

証拠隠滅だ。

 

あとはドラゴンが苦しんでいるうちに、卵を奪取すれば任務完了である。

 

だが、その時。

 

グオオオオオオオオ

 

 

咆哮共にドラゴンが再び動き出した。

痛みで我を忘れているのだろう。

 

「マズい!」

 

セドリックはとっさに地面に伏せた。

その彼の頭上数メートルのところをドラゴンの吐いた炎が通り過ぎた。

 

ドラゴンは暴れ回る。

 

翼をはためかせて白煙を宙に巻き上げた。

白煙が巻き上げたせいで、視界が少しだけ晴れてしまう。

 

セドリックはドラゴンを白煙の隙間から目撃した。

 

腹部は血だらけであるが、致命傷にはなっていない。

怒りに身を任せて手当たり次第に岩を破壊する姿はまさにバーサーカー。

 

そして、ドラゴンはギロリとセドリックを見据えてしまう。

 

一瞬、セドリックは時が止まったかと思えた。

全身が自身の危険を知らせるかとように震えはじめる。

 

「冷静になれ。何か打開策は・・・」

 

ドラゴンが炎を吐く。

 

「プロテゴ・マキシマ!」

 

最大級の盾の呪文を展開して炎から身体を守るセドリック。

炎は見えないシールドに弾かれて周囲の地面を焼いた。

 

打開策はひとつだけ存在する。

 

エレクト・テーレムで機動させた5発の他に、地面には予備のハンドアローが1発埋めてある。

だが、この予備はエレクト・テーレムの魔法で機動してしまわないように魔法を無効化する魔法がかけられている。

 

この魔法を無効化する魔法はエスペランサが2学年の時にパーシー・ウィーズリーの助言によって使い始めたものである。

ホグワーツで電子機器や近代兵器を使えるようにするためには必須の魔法で、元々はアーサー・ウィーズリーが空飛ぶ車を作る時に使用した魔法だ。

 

「ステータム・モータス 強制回避」

 

セドリックは盾の呪文を解除し、速やかに自身に強制回避の呪文をかける。

これも、エスペランサがかつてバジリスクやスネイプと戦闘を行った時に使用した魔法だ。

 

呪文をかけた対象は強制的に5から6メートル移動させられるものである。

 

強制回避の呪文で炎を危うくかわしたセドリックは予備のハンドアローが埋めてある地面に掘削の呪文を再びかける。

 

地面からはハンドアローが飛び出した。

 

ドラゴンは6メートル移動したセドリックの方へ顔を向ける。

そして、巨大な口を開口した。

 

国の中には発射直前の状態にある炎が見える。

 

セドリックはバッテリーに端子を繋ぎ、照準器をドラゴンの口に合わせた。

トリガーを引く。

 

「うおおおおおおおお!」

 

発射口から飛び出したミサイルは真っ直ぐにドラゴンの体で最も高温な箇所、つまり口の中の炎に向かっていった。

 

ズドオオオン

 

正に間一髪。

ドラゴンの口の中に侵入したミサイルは炎に誘爆されて爆発を起こす。

ドラゴンの皮膚は硬い。

しかし、口内はその限りではなかった。

 

ミサイルによる爆発はドラゴンの口内にを木っ端微塵に吹き飛ばす。

 

断末魔の叫びを上げるドラゴン。

 

セドリックはこんな生物の悲鳴を聞いたことがなかった。

黒焦げになった頭部が首から外れて地面に地響きを立てながら落下する。

 

全ての機能を失ったドラゴンの身体は金の卵の幾つかを巻き込みながら倒れ込む。

 

「はぁはぁ。やった・・・のか?」

 

セドリックは素早く手に持っていた発射機を魔法で消し去り、倒れたドラゴンに近づいた。

まだ燻っているドラゴンだった物からは肉の焦げるような臭いが漂う。

 

彼が完全に動かなくなったことを確認し、まだ潰れていない金の卵を拾い上げるのと、発煙弾による白煙が消えるのはほぼ同時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観客席にいたエスペランサをはじめとするセンチュリオンの隊員たちは消え行く白煙の間からボロボロになったドラゴンと金の卵を手に取るセドリックの姿を認めた。

 

「やりやがった!セドリックがやりやがったぞ!」

 

「ああ。ああ!見事な勝利だ!」

 

隊員たちは次々に歓声をあげる。

 

他の観客たちも口笛を吹いたり、手を叩いたりして興奮していた。

中には立ち上がって魔法の花火を上空に上げる者もいる。

 

「やったなセオドール」

 

「ああ。セドリックの勝利だ」

 

緊張から解放されたセオドールが額の汗を拭いながら言う。

 

「セドリックだけじゃない。お前の作戦がなければこれは達せなかった」

 

「買いかぶるな。僕は自分の仕事を果たしただけさ」

 

 

 

 

 

競技場から離れた場所にある迫撃砲陣地でもセドリックの勝利は伝わって来た。

上空で観測をしていたコーマックの報告を受けたこともあるが、競技場から聞こえてくる歓声は陣地でも聞こえたのである。

 

「やった!やったね!アーニー」

 

迫撃砲の次弾を準備していたダフネがピョンピョン跳ねながら嬉しそうに言う。

 

アーニーは地面に座り込んで呆然としていた。

緊張から解放されてどっと疲れが襲って来たのだろう。

 

「やっと終わったか。でも、僕以上にセドリックの方が疲れてるだろうな」

 

「課題開始からまだ10分も経ってないよ!こりゃ優勝間違いなしだね!」

 

「まだわからないさ。でも、やれるだけのことはやった。あとは審査員の評価を待つだけだ」

 

そう言ってアーニーは迫撃砲の撤収準備をはじめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果から言えば、セドリックの点数はハリーに負けていた。

セドリックの課題クリアまでのタイムは最短。

それだけなら間違いなく1位であった。

しかし、金の卵を何個か破壊してしまったため、それで減点される。

加えて、セドリックがどのような方法でドラゴンを倒したのかが不明だったので審査のしようが無かった。

さらに、カルカロフがクラムを贔屓してセドリックを3点と評価したためだ。

 

だが、生徒やバグマン、一部の魔法省の役人はセドリックを高評価したみたいだ。

 

専門のドラゴン捕獲チームが10人束になってもドラゴンを倒すことはできない。

それなのに、セドリックは単独でドラゴンを無力化してしまった。

それ故に彼を評価する声があったのである。

 

無論、魔法省の外交部は輸入したドラゴンを木っ端微塵に吹き飛ばしてしまったことに対する謝罪を輸入元の国にする羽目になったし、ドラゴン専門家たちは黒焦げのドラゴンを莫大な労力を使って処理する羽目になり、ハグリッドは大好きなドラゴンの亡骸を見て号泣した。

 

 

他の選手はどうだったか。

 

まず、フラーはドラゴンを魔法で眠らせるという方法をとった。

しかし、眠っていたドラゴンが寝息と共に炎を吐いてしまい、それに触れたフラーは軽症を負う。

 

クラムは結膜炎の呪いでドラゴンの弱点である目をついたが、痛みで暴れたドラゴンは卵を割ってしまい減点された。

 

ハリーは呼び寄せ呪文でファイアボルトを呼び寄せ、飛行能力を活かして卵を奪取した。

 

最終的にハリーとクラムが同率でトップを取る。

しかし、生徒たちの大半はドラゴンを完膚無きまでに打ち破ったセドリックを支持することになった。

 

ドラゴンを未成年の学生が倒すなど魔法史にも類を見ない快挙であったからだ。

セドリックの両親は観客席でここぞとばかりに息子の自慢をし、寮監であるスプラウトも鼻を高くしていた。

 

余談だが、この課題を通じてハリーとロンは仲直りしたようである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エスペランサたちセンチュリオンがセドリックを讃えるために彼のもとに走り出している頃。

まだ会場に熱気が溢れている頃。

 

その男は観客席の最上階にいた。

 

男は発煙弾の白煙を見透かす道具を眼球に入れている。

魔法の目。

どんなものでも、例えば透明マントでも見透かすことのできる魔法の目は発煙弾の白煙ももちろん見透かすことができる。

 

故に、男は一部始終を目撃した。

 

91式携帯対空誘導弾。

迫撃砲の砲弾。

 

魔法界には場違いなそれらの道具。

 

計算されつくした作戦。

 

明らかに"ある生徒"が関与しているに違いなかった。

あの、クィデッチワールドカップで目撃した奇妙な戦い方をする少年が。

 

 

「エスペランサ・ルックウッド。貴様は"我々"の脅威になり得るのか・・・?」

 

 

男は一人、呟く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ハリーとロンの仲直りとか、他の選手の試合も書こうと思っていましたが、原作の焼き増しになるのでカットしました。


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case55 Unexpected challenges 〜予期せぬ課題〜

感想などありがとうございます!
今日は総火演の実況がありましたね!
作中に出してる81ミリ迫撃砲の突撃支援射撃をドローンで撮影していたのには感激でした。


ハリーポッターにモテ期襲来。

 

第一の課題が終わってからクリスマスダンスパーティーの告知がマクゴナガルからされた。

クリスマスダンスパーティーは3校対抗試合の伝統らしく、今回も例外なく開催されるそうである。

センチュリオンの中でもクリスマスダンスパーティーの話題が四六時中されていた。

 

「ドレスローブを持って来いってのはこの時のためだったのか」

 

定期訓練後の武器整備の時間。

女性隊員たちがキャアキャア言いながら盛り上がるのを横目にエスペランサは一人納得していた。

 

「隊長殿はあまり興味がなさそうですな」

 

コーマックが銃を分解しながら言う。

 

「女子たちは兎も角、男子たちはダンスパーティーに興味なんてないだろ?」

 

「ところがどっこい。そうでもないんだ。思春期男子にとって女子と踊るなんて夢のような話だろ。興味ないのは隊長くらいなもんだ」

 

エスペランサは周囲で銃の整備をする男性隊員を見渡す。

確かにソワソワしている隊員が多い。

 

「セオドールも興味あるのか?」

 

「僕は幼い頃からこの手のパーティーには結構参加してきたから、今更興味は湧かない。純血家庭はだいたいパーティーを開くものさ」

 

センチュリオンの隊員には純血家系が何名か含まれている。

セオドールやグリーングラス姉妹、フローラやネビルだ。

その他にも魔法界では上流階級の家出身の隊員も多い。

マグル出身はエスペランサやフナサカくらいなものであり、皆、パーティー慣れしているのだろう。

 

「僕はパーティーなんて参加したことないよ。婆ちゃんがそういうの好きじゃないし」

 

ネビルが言う。

 

「まあ今はダンスパーティーに興味がある無しの話よりも、誰を誘うかの話をした方が良いんじゃないか?」

 

「そりゃそうだ。でも、アーニー。誰を誘ったら良いんだ?」

 

「手軽なとこで言えばうちの隊員だな。頼みやすいから楽だろう」

 

確かにセンチュリオンの隊員たちは数々の修羅場を乗り越えてきたことで強固な絆がある。

ダンスパーティーに誘うくらい何てことはないだろう。

 

「いやいや。待て待て。それじゃ面白くないだろ!」

 

「そうだそうだ。隊員とダンスパーティーに行っても普段の訓練と何ら変わりないじゃないか」

 

「我々は"沙婆“の女子と、こう、なんというか、イチャつきたいんだよ」

 

隊員たちが口々に叫ぶ。

その叫びを女性隊員たちは冷めた目で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エスペランサは勿論、ダンスパーティーに参加する気は毛頭無かった。

マクゴナガル主催のダンスレッスンは全てサボるつもりだった。

 

「何でハリーはこんなにゲッソリしてるんだ?」

 

寮の談話室に戻ったエスペランサは暖炉の前で虚な目をするハリーを目撃した。

 

「ハリーは今日、3人もの女の子からダンスパーティーのパートナーを申し込まれたのよ」

 

「僕からしたら羨ましい限りだけどね。代表選手は女の子を取っ替え引っ替えさ」

 

女慣れしていないハリーには相当堪えたらしい。

見事なチェリーボーイっぷりである。

 

「誘われたならオッケーすれば良かったじゃないか」

 

「だって皆、知らない人や上級生ばかりだったし」

 

「別に知らない人でも構わないだろ。それとも何だ?誘いたい人でもいるのか?」

 

エスペランサの何気ない一言にハリーは一瞬、固まった。

どうも図星らしい。

 

「代表選手も大変だな。全員の前で代表して踊るんだから、サボることもできない」

 

「エスペランサはサボるつもりなのかい?」

 

ロンが目を丸くして言う。

ダンスパーティーは4学年以上はほぼ強制参加である。

だがしかし、サボることは容易だ。

別に出席をとられるわけではないのだから。

 

「当たり前だ。だいたい、俺はチャラチャラした催しが苦手なんだよ」

 

「へぇ。君はとっくに相手を見つけてると思ったんだけどなー」

 

「そんなわけないだろ。俺をダンスパーティーに誘うような変人がホグワーツにいると思うか?」

 

エスペランサのホグワーツでの立ち位置は常時武器を持ち歩く物騒な変態である。

女子はおろか、男子からも距離を取られることが多々あった。

勿論、センチュリオンの隊員は除く。

 

「うーん。見た目は問題ないけど、中身の問題なのよね」

 

「ハーマイオニー。失礼だな。中身の問題って何だよ」

 

「まあ、エスペランサは兎も角、僕らはやばいぜ。ハリー。僕らもフレッドのようにチョチョイと相手を見つけないと」

 

ロンの兄であるフレッドは談話室であっさりとアンジェリーナを誘い、了承を得たみたいだ。

 

「ハリーは誘いたいような子がいるのか?」

 

「えっ!?いや、あの。別にそんな人はいないよ!」

 

エスペランサの何気ない問いに慌てふためくハリー。

露骨な反応過ぎて笑えもしない。

 

「だがハリー。僕たちも行動すべきだぞ。じゃないとトロールと踊る羽目になりそうだ」

 

ロンが言う。

 

「あら?ロン?トロールですって?」

 

「ああ。まあ、そうさ。残り物の、例えばエロイーズ・ミジョンとかと行くくらいなら一人で行く方がマシってものさ」

 

エロイーズ・ミジョンは痘痕面が酷い女子生徒である。

確かに美人とは言い難いが、性格は良いことでも有名だった。

 

「酷いわ、ロン。あの子のニキビはこの頃良くなってきたのよ?それにとっても良い子だわ」

 

ハーマイオニーが憤慨する。

 

「つまりロンは性格は兎も角、可愛い子と行きたいわけだ」

 

「そりゃそうだろ?その点、エスペランサは良いじゃないか。性格は兎も角として、可愛い子と仲良いし、簡単に誘えそうじゃないか?」

 

「は?どういうことだ?」

 

「だって、君は妹の方のカローやグリーングラス姉妹とかと仲良いだろ?チョウ・チャンと話してるのもよく見かけるし」

 

チョウの名前が出てきたところでハリーの顔色が変わったのを敢えて無視したエスペランサは首を傾げる。

 

「フローラのことか?それにダフネたち?いや、あいつらを誘おうとは考えてもいないんだが。そもそも俺はダンスパーティーに行く気すらない」

 

「そりゃ勿体ないぜ?カローはスリザリン生だし、生意気でいけすかない奴らだが顔だけは良いんだから」

 

フローラの容姿はホグワーツでも5本の指には入る。

ただし、無口でちっとも笑わなく、ついでにカロー家という曰く付きの家の娘であることからほとんどの生徒は近寄りたがらない。

逆にダフネとアストリアのグリーングラス姉妹は人懐っこい性格と幼げな容姿で人気がある。

 

ただし、フローラのことを良く知るエスペランサは彼女が本当は他の生徒よりも優しく正義感もあり、ちょっと弱虫なところも分かっていた。

 

そのせいなのか、それとも他に思うところがあるためかは知らないが、エスペランサはロンの「生意気でいけすかない」というフローラに対する評価に少し腹を立てた。

 

「ロン。お前がスリザリン生を嫌うのは知っているが、フローラは良い奴なんだ。その悪口は聞き捨てならんな」

 

「あら。やけに彼女のことを庇うのね?」

 

それまでムスッとしていたハーマイオニーが興味津々といったかんじで言う。

 

「そりゃあ、そうだろ。だって・・・・・・」

 

「だって?」

 

「・・・・・・」

 

フローラが悪く言われることに反発心を抱く理由がエスペランサには上手く説明できなかった。

 

「俺のことは置いておいて、問題はハリーだろ?代表選手がパートナー無しとか洒落にならん。最悪の場合、嘆きのマートルとダンスしたらどうだ?」

 

「笑えないよ。全校生徒の前でダンスするなんて。第一の課題の方が楽だったと感じるよ」

 

「第一の課題か。俺もハリーの活躍見てたぜ。見事なもんだった」

 

「ありがとう。でも、ハーマイオニーとムーディーの助力がなければ僕、課題をクリアできなかった」

 

「ムーディー?」

 

「うん。ムーディーが箒を使うっていうアドバイスをくれたんだ」

 

「へえ。やけにムーディーはハリーのことを気に入ってるんだな」

 

そういえばムーディーは授業でもハリーを気にかけているようだった。

エスペランサは実践的な授業をするムーディーをかなり評価している。

センチュリオンの隊員たちも同様だ。

 

「うん。でも、それが何故かはわからない」

 

「ハリーは間接的に死喰い人を壊滅させた張本人だから、ムーディーも思うところがあるんだろう。あの手の人間が味方っていうのは心強いぞ」

 

「エスペランサ。今はムーディーのことはどうでも良いんだよ。問題はダンスパーティーさ」

 

ロンが混ぜっ返した。

 

「ロンはそんなにパーティーに行きたいのか?俺と一緒にサボれば良いだろ?」

 

「クリスマス休暇に在校する上級生は強制参加なんだぜ?サボれないよ」

 

「仮病でも使えば良いさ。ほら、フレッドとジョージが開発したズル休みスナックボックスとやらを使えば良いだろ?何にせよ、俺はあの手の催しは苦手なんだ」

 

「あら?マグルの軍隊の士官って社交ダンスが教養って聞いたわよ?」

 

「そら士官はそうさ。だが、俺の肩書は元傭兵で特殊工作要員。そんな教養持ち合わせちゃいない」

 

「あなたって人は・・・・・・」

 

ハーマイオニーは呆れ返っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日間のうちにダンスパーティーのパートナーはほぼ決まりつつあった。

ホグワーツの男女比は若干男子の方が多い。

ダームストラングは男子校で、ボーバトンは共学とはいえほぼ女子校。

つまるところ、全体的に男子の方が多かった。

うかうかしてるとパートナー無しでダンスパーティーに参加する羽目になるというわけである。

 

センチュリオンの隊員たちはほとんどがパートナーを見つけているらしい。

元々、社交性の高い人間が多いからだろう。

 

ダンスパーティー前夜の今、センチュリオンの隊員たちも浮き足立っている。

やはり、色恋沙汰は士気を下げ、規律を乱す。

嘆かわしいことだとエスペランサは一人頭を抱えている。

 

気晴らしに図書館にでも行こうかと思い、彼は寮を出て、城の廊下をフラフラと歩いていた。

 

そんな時である。

 

「なあ。どうせまだ相手いないんだろ?なら僕のパートナーになってくれても良いじゃないか?」

 

階段の踊り場でしきりにパーティーに誘う男子生徒とそれを迷惑そうに断る女子生徒をエスペランサは見つけた。

 

女子生徒の方はエスペランサが良く知る生徒である。

 

フローラだ。

 

「ですから、私は参加しないと言っているんですが?」

 

「そんなこと家が許してくれるはずないだろ?僕なら純血のスリザリン家系だ。不足はないはずだ」

 

「そのような家柄に囚われた考えは好きではないので。他をあたってください」

 

男子生徒の執拗な誘いにうんざりしている彼女を見兼ねて、エスペランサは助け舟を出すことにした。

 

「白昼堂々と逢引とは大胆じゃねえか」

 

「あなたは・・・・・・」

 

唐突に現れたエスペランサに気づいたフローラが少し驚いた声をだす。

 

「ルックウッドか。なんだ?君のような異端児に話しかけられる謂れはないんだけどね」

 

一々尺に触る話し方をするこの男子生徒はスリザリンのグラハム・モンタギューという学生だったはずだ。

記憶が正しければ、1学年の時、同じように図書館でフローラに言い寄っていてエスペランサに撃退された哀れな生徒である。

 

ついでに言えば、彼は双子のウィーズリーと犬猿の仲であった。

事あるごとにモンタギューが双子にちょっかいを出す。

しかし、残念ながら勝敗は128戦120敗8引き分けだ。

毎回、返り討ちに遭って悪戯グッズの実験台にされている。

フレッドがいちいち勝敗をノートにつけているので勝敗の数は正確な筈だ。

 

「見た感じだとフローラをパートナーに誘って断られている最中か?哀れなことだな」

 

「何だと?」

 

「お前のような小物に彼女が扱える筈ないだろうに。悪いことは言わない。手を引け」

 

「生意気な。自分の立場をわかっていないようだ」

 

モンタギューは顔を真っ赤にして杖を取り出す。

3年前は呆気なくエスペランサに撃退されたが、この3年で魔法の腕に自信を持ったのだろう。

彼はエスペランサを恐れなくなっているらしい。

 

「その棒切れを振り回して俺と戦おうってか?」

 

「舐めるな。というか、お前に僕の妨害をする権利なんてないだろう。僕は単に彼女をパートナーとして誘っているだけだ」

 

「断られているらしいがな?」

 

エスペランサも杖を取り出す。

モンタギュー程度の学生相手なら銃を使わずとも倒せると判断したためだ。

 

「カローは本家からふくろう便で純血で名家の生徒をパートナーとして選ぶように今朝指示されたんだ。僕は善意から名乗り出ただけだ」

 

「そうなのか?」

 

「不本意ではありますが。家からはそう指示されました。少し訂正をするなら家からの命令は"ダンスパーティーに参加して名家や政界の人間とコネクションを作れ"です。パートナーにしろとは言われてません」

 

フローラはカロー家で政略結婚の道具として使われている。

本家からそのような指示がされても不思議ではない。

そして、立場上、彼女はそれを断ることはできないだろう。

フローラがカロー家でどのような目に遭ってきたのかをエスペランサも理解している。

 

「でも、この男とは行きたくない、と?」

 

「私にも相手を選ぶ権利くらいはあると思います。残念ながらこの方を選ぼうとは思えません」

 

相変わらずの無表情でフローラは答える。

その言葉に激情したモンタギューは杖をエスペランサからフローラに向け直した。

 

「調子に乗るな。お前のような顔だけの奴は黙って家の命令に従っていれば良いんだ」

 

「それ以上その口が動けば、お前の頭が吹き飛ぶぞ?」

 

エスペランサは杖を持っていない方の手で懐から拳銃を取り出してモンタギューの頭に銃口を向ける。

それと同時に、自分でも意外な程に頭に血が上り、冷静さを失っていることに気付いた。

 

何故、ここまで感情的になったのだろうか?

 

エスペランサは自問する。

 

フローラはセンチュリオン創設からの仲間で同時に部隊では部下に値する。

つまり、自分の部下が悪意に晒されていることに腹を立てているのだろうか?

エスペランサは自分の感情が昂った理由をとりあえず用意できた。

 

 

「ふん。またその妙な道具か?今度は3年前みたいにはいかないぞ。エクスペリa ・・・・・・」

 

モンタギューが呪文を唱える寸前、エスペランサは銃と杖を投げ捨て、彼に向かって突進する。

 

「え?」

 

彼はモンタギューの鳩尾付近に体当たりをかまして、呼吸を奪った。

 

「がはっ」

 

すかさず顎に頭突きを喰らわせ、怯んだところで相手の腕を捻り上げ、関節技を決める。

徒手格闘はあまり得意としないエスペランサであるが、格闘技など知らない魔法使い相手であれば充分にマウントが取れる。

 

「痛い!痛い!やめてくれ!」

 

「俺とお前の距離は3メートルも無かった。それなら魔法を使うよりも格闘戦に持ち込んだ方が勝率はあがる」

 

「グアッ」

 

後ろに捻り上げた腕をさらに上に持ち上げる。

激痛にモンタギューは喘いだ。

 

「そのくらいで良いと思います。あまり騒ぎになるとあなたにとっても不都合ですよ?」

 

エスペランサの背後に回ったフローラが言う。

確かにこの場面を教師に見られて罰則でも課せられたらセンチュリオンの活動に支障が出る。

エスペランサは大人しくモンタギューの腕を離して解放した。

 

「ぐっ。覚えてろよ?そのうち痛い目に・・・」

 

解放されて床に膝をついたモンタギューは恨めしそうにエスペランサを見る。

そんな彼にエスペランサは拾い上げた杖を向けた。

 

「今ここで痛い目に遭いたくないのならとっとと失せることだ」

 

「くそっ」

 

モンタギューはそそくさとスリザリンの寮がある方へ逃げ出した。

 

「すぐにカッとなって手を上げるところは直すべきところだと思います」

 

モンタギューが完全に去ったところでフローラが口を開いた。

 

「戦争は政治的交渉の継続だぞ?」

 

「は?」

 

「つまり、武力の行使も問題を解決する手段として有効ってことだよ。クラウゼヴィッツが言ってた」

 

「そうやって自分の行動を正当化するのも相変わらずですね。問題の解決には暴力的手段も厭わない、ということですか」

 

「センチュリオンが武装しているのは戦闘行為によって平和を維持するためだ。武力行使による問題の解決を否定したら我々の存在意義そのものが揺らぐ」

 

「あなたにしては理屈っぽいですね。その手の役回りは最近だとセオドールが受け持っているという認識だったのですが?」

 

「偶には俺だってインテリジェンスっぽくなっても良いだろ?」

 

「はあ。まあ、何にせよ助かりました。一応、感謝しておきます」

 

フローラは顔色一つ変えずに感謝の言葉を述べた。

 

「感謝されてるようには思えんが?」

 

「いえ、感謝はしているんですよ?ただ、このようなことはここ1週間毎日のように行われてきたので・・・・・・」

 

「毎日?」

 

「ええ。スリザリン内で正統な純血家系であるカロー家はブランドなので、ダンスパーティーにパートナーとして誘いたがる人も多いのでしょうね。今日だけでも3人から誘いを受けました」

 

「そりゃあ災難だ。でも、誰か一人は良い奴はいなかったのか?」

 

「残念ながら。一様に純血思想に染まった人ばかりで。好意から誘ってくる人はいません」

 

フローラは少し寂しそうに言った。

 

「セオドールや他の隊員たちは?」

 

「もうパートナーがいますよ。知りませんでしたか?」

 

「知らん。そもそも俺は行くつもりすら無かった」

 

「4学年以上の学生でクリスマスに残留する生徒は強制参加と言われてますが?」

 

「腹を壊したとか嘘をついてサボる予定だった」

 

「私もそう出来たら良かったんですけどね」

 

フローラの立場は複雑だ。

家の命令に背くことは難しい。

ならば、適当にパートナーを作ってしまえば良いとも思えるが、言い寄って来る男連中は先程のモンタギューのような者ばかりときた。

 

「なあ。フローラが誰かを誘うってのは駄目なのか?」

 

「誰を誘うんですか?他寮の生徒はカロー家と聞いただけで嫌な顔をしますし、スリザリン生は一部を除いて相容れない存在ばかり。センチュリオンの隊員はもうパートナーが決まっている・・・・・・」

 

「そうか。それもそうだな」

 

なら余っているハリーやロンあたりをあてがってみても良いのではとエスペランサは考えた。

しかし、スリザリンアレルギーのあるロンは拒否するだろう。

ハリーは闇陣営とは敵対関係にある故に現実的ではない。

 

それならば。

 

「いっそのこと・・・。俺と参加すれば良いんじゃないか?」

 

「え?・・・・・・え?」

 

「あ、いや。つまりだ。フローラはダンスパーティーに参加してコネクションを作れと命令されてるんだろ?だから、参加さえしてしまえば良い訳だ。それでもって、パートナーは、まあ、俺なら偏った純血思想に染まってるわけじゃないし、一応、センチュリオンの仲間だ。さっきのモンタギューよりはマシじゃないかと思ったんだが」

 

「・・・・・・」

 

「あー。変なこと言ったな。そもそも、ダンスパーティー関係で俺はお前のことを怒らせてたんだっけ?悪い。今のは無しだ。忘れてくれ」

 

「・・・・・・いえ。私でよろしいのですか?」

 

「あ?」

 

「ですから、あなたはダンスパーティーという催し自体が苦手で参加しない予定だったんですよね?でも、私のために参加することになるのは・・・・・・。私も嫌々付き合わせるようなことはしたくありませんので」

 

「ああ。そうだな。乗り気な訳じゃない。だが、困っている隊員のために動くのが隊長ってもんだ」

 

「そうですか。でも、本当によろしいのですか?相手が私で・・・・・・。こう言っては何ですが、カロー家の人間とダンスパーティーに行ったりしたらスリザリン生からもグリフィンドール生からもバッシングを受けることになりますよ?それに、私と行っても・・・・・・楽しくは無いかと」

 

「元々、俺は寮同士の対立とは無縁なアウトロー的存在だ。そんなこと気にもしない。それに、確かにダンスパーティーなんて興味も無いし、苦手でもあるが、フローラと行くのなら少しは楽しめそうな・・・・・・気もする」

 

「そう・・・・・・ですか。それでしたら、そのお誘い、ありがたく引き受けます」

 

「お、おう。任せとけ?」

 

エスペランサは何故、自分がこのような提案をしてしまったのか自分でも理解していなかった。

何があってもサボろうとしていたのに、フローラの寂しそうな顔を見たら、誘いの言葉をかけずにはいられなくなったのである。

 

本来、エスペランサ・ルックウッドとはこんな人格の人間ではなかったはずだ。

 

「では、クリスマスの日にまた」

 

小さくお辞儀をしてからフローラはスリザリンの寮の方へ走り去ってしまう。

その姿を見送りながらエスペランサはやはり、自身の心境の変化に戸惑いを覚えていた。

 

故に遠くの方で「僕ダンパティいたい」という聞き覚えのある声が聞こえてきても彼はかまっている余裕がない。

 

「あ、ドレスローブってやつを買わないといけないのか」

 

ふと自分がドレスローブを持たず、ついでに一度もダンスの練習をしていないことに気づいたエスペランサは、ドレスローブを入手するためにそそくさとグリフィンドールの寮に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スリザリンの寮は湖の下、つまり地下にある。

故に窓は無く、年間を通して談話室は薄暗いし、ジメジメしていた。

窓は無いが、湖底をガラス越しに見通すことは出来る。

他寮の生徒が見れば居心地の悪い寮だと言うだろうが、スリザリン生は気にしていない。

元々、彼らは明る過ぎる部屋を好まないためだ。

 

エスペランサと別れたフローラはそんなスリザリンの談話室に戻って来ると、暖炉の前で雑談をしているセオドールやダフネたちの元へ近づいた。

 

グリフィンドールの寮の談話室では、生徒はウィーズリー製の悪戯グッズで遊んだり、馬鹿騒ぎしたりするのが常だ。

だが、スリザリン生はそうではない。

幼少時から高等教育をされた者が多いためかもしれないが、大抵は勉学に勤しむか、あるいは社会情勢等について語り合っている。

あとは派閥争いをしているグループが少々。

 

暖炉前のソファに座りながら語り合っているのはセオドールとグリーングラス姉妹、それにザビニという黒人の生徒だ。

全員、センチュリオンの隊員である。

ザビニは元々、親マルフォイ派であり、セオドールの思う純血主義とは敵対する思想を持つ学生であった。

しかし、彼は3学年の最初にホグワーツ特急でフローラ同様、エスペランサに吸魂鬼から救ってもらった出来事を境に考えを改めたそうである。

もし、自分がエスペランサの立場なら敵対関係にある者の命を救おうとはしなかった。

だが、エスペランサはそんなことは気にせず、あの場にいた生徒全員を救おうとした。

 

フローラはエスペランサが別にザビニを救おうとして吸魂鬼に戦いを挑んだわけではないことを知っていたが、ザビニはいたく感激したようである。

なので、フローラはザビニをセンチュリオンに誘った。

ザビニは魔法の能力こそ並ではあるが、手先の器用さで右に出る者はいない。

センチュリオンではフナサカの武器開発のサポートもしている。

 

「お、フローラか。君の留守中に3人の男がパートナーの誘いに来たぞ」

 

セオドールがフローラの姿を見て言う。

フローラはセオドールの座るソファとは逆の位置に置かれたソファに座った。

 

「そうですか」

 

「どうするんだ?やはり、僕といく方が無難だとは思うが」

 

「いえ。お気遣いは無用です。それに、あなたはダフネと行くことになっているのでしょう?」

 

フローラはセオドールの横に座るダフネをちらりと見ながら言った。

 

ダフネ・グリーングラスがセオドールをパーティーに誘おうと躍起になっていたことをフローラは知っている。

毎晩毎晩、枕を相手にして誘いの練習をしていたダフネを見ていたためだ。

 

「それに問題は解決しました。先程、ある方がパートナーを名乗り出てくれましたので」

 

「うえ?誰が誰が?」

 

ダフネが興味津々といった様子で聞いてくる。

 

「隊長・・・・・・ですが」

 

「なんだと⁈」

 

フローラの回答にザビニが持っていたカボチャジュースを床に落とす。

 

「あのパーティーとは無縁そうな隊長が?恋人は対戦車榴弾とか言いそうな隊長が?錯乱の呪文をかけたか愛の妙薬でも盛ったのか?」

 

「かけてませんし、盛ってもいません」

 

驚愕するザビニを他所に、ダフネはニヨニヨと笑っていた。

 

「ふーん。道理でちょっと嬉しそうな訳なんだね」

 

「はあ?どういう意味でしょうか?」

 

「いやべっつにー」

 

「そういうあなたこそ嬉しそうですよね?」

 

「え?」

 

「念願でしたもんね?毎晩毎晩、どうやって誘おうか頭を悩まして・・・・・・。セオドールをパー・・・・・・」

 

「わー!わー!」

 

「なんだ?僕がどうかしたか?」

 

「なんでもないの!なんでも!」

 

ギャーギャー騒ぐダフネの声に反応して談話室にいた他の学生が近寄ってくる。

 

「へえ。君の相手はあのルックウッドなのか?」

 

ドラコ・マルフォイである。

 

今日は珍しく腰巾着二人を従えていない。

 

「そうですが?」

 

「君も変わり者だな。グリフィンドール生と行くというだけでも異端だが、まさかあの変わり者とは」

 

「そういう君は誰と行くんだ?」

 

「僕はパンジーと行く」

 

セオドールの問いにマルフォイは素っ気なく答えた。

 

「あの二人は?クラッブとゴイル」

 

「あいつらはまだパートナーを見つけていない。パートナーを誘えるほどの言語能力があるかも怪しいところだからな」

 

辛辣であるが、その通りであった。

彼らの言語能力は日常生活に支障があるレベルで低い。

マルフォイも意思疎通には四苦八苦していた。

 

マルフォイもザビニと同様に3学年の時、エスペランサに吸魂鬼から救ってもらった過去がある。

それ故、マルフォイはエスペランサに対して一目置いている節があった。

表には出さないが。

 

「そうだ。ルックウッドと言えば、僕はあいつの出身に興味がある」

 

マルフォイが言う。

 

「出身?エスペランサの出身は中東だ。特殊な過去を持つことには変わりないが」

 

「ああ。そうらしい。だが、ルックウッドと言う姓が少し引っかかるんだ」

 

「それ程珍しい名前では無いと思うが」

 

「そうかい?セオドール。君の父ならルックウッドという姓には覚えがあると思っていたんだが」

 

「ああ。それか」

 

ルックウッドという姓は英国魔法界では少しばかり有名だった。

悪い意味で、である。

 

「エスペランサ・ルックウッドと"あのルックウッド"との間に繋がりはありません。それは私だけでなく、他のスリザリン生も調べたことだとは思います」

 

「僕はそうは思わない。僕の父が言うには"あのルックウッド"をアズカバンに投獄したのは、あの老いぼれムーディーらしい。そして、奴が投獄する前にムーディーに何やら意味深なことを言い残したようだ」

 

「やけに詳しいな」

 

「ムーディーの弱みを握って潰してやろうと思って色々調べたんだ。その過程で、この情報を仕入れた。父に闇払い局の資料を手に入れてもらうのは容易かったさ」

 

「で、その意味深なこととは?」

 

「そこまではわからない。ムーディー本人に聞けばわかるんじゃないか?僕はごめんだけどね」

 

エスペランサ・ルックウッドはマグル出身だ。

中東で米軍傘下の部隊で戦っていたのだから、英国魔法界とは無縁であるはず。

 

しかし、中東の魔法使いは中東にある魔法学校に通うのが普通だ。

にも関わらず、エスペランサは英国のホグワーツに入校した。

ダンブルドアに誘われたかららしいが、なぜ、ダンブルドアは中東まで行って、わざわざエスペランサを連れてきたのだろうか。

 

セオドールは考え込む。

もしかしたら、ムーディーは何か知っているのかもしれない。

 

「ところで、ドラコは何でパンジーとダンスパーティーに?」

 

長考に入ったセオドールを他所に、アステリア・グリーングラスがマルフォイに聞いた。

 

「誘われたからだ。僕としても断る理由はない」

 

「そっか。ふーん」

 

アステリアは何故かマルフォイを気にかけている。

姉のダフネは一度、そのことに言及したことがあった。

その時、アステリアは「何か保護欲がそそられるから気にかけちゃう」と答えている。

 

どうもダンスパーティーは生徒間の関係を露わにするイベントでもあるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スリザリンの学生たちがダンスパーティーの話で盛り上がっているのと同時刻。

 

ホグワーツから数百キロ離れたリトルハングルトン村。

寂れて過疎化の進んだ小さな村に、軍用車輌が数台乗り込んできていた。

 

村人は突然現れた迷彩服に身を染めた集団に警戒心を露わにする。

迷彩服の種類と車輌から英国軍に間違い無いが、何故、英国軍の1個小隊が寂れた村に訪れたのかは見当もつかなかった。

 

最近起きたリドルの館での殺人事件が唯一、事件らしい事件ではあったが、こちらはすでに警察が捜査済みである。

警察組織ではなく軍隊が出動してくるようなことは無かった筈だ。

 

村人の心配を他所にして、迷彩服の男たちは村はずれに存在するリドルの館に踏み入っていく。

全員が小銃を携行し、何をするのかもわからないような大掛かりな機材も運び込まれた。

 

 

「ここが、リドルの館か」

 

「ええ。ここでフランク・ブライスという男が殺されていました」

 

リドルの館は廃屋としては整備されている。

その理由は、管理人が存在して、定期的に整備していたからだ。

そして、その管理人であるフランクという76歳の男は数ヶ月前にこの館で殺されている。

軍人たちはリドルの館の2階に存在する、一見普通の客室に集まっていた。

 

集まった軍人の指揮官と見られる男は薄汚れた客室を見渡しながら会話を続けた。

 

「そのフランクという男は1943年、この屋敷の人間、つまりリドル一家が皆殺しにあった事件で容疑者となっている。しかし、すぐに釈放された」

 

「当時の資料によれば、殺害されたリドル一家は外傷もなく死因がはっきりしなかったそうですね?」

 

部下と思わしき隊員の一人が言う。

 

「十中八九、魔法使いによる犯行だ。恐らく、ヴォルデモートのな」

 

「ヴォルデモートの父親がこの屋敷に住んでいたトム・リドルだというのは調べがついていますからね。しかし、今回の事件の犯人がヴォルデモートであるとは思えません。奴は弱体化して、死にかけであるという報告が3年前にされています」

 

「私も君の意見に賛成だ。現在のヴォルデモートに全盛期の力は無いだろう。だが、ここはリトルハングルトンのリドルの館だ。ここで起きた殺人事件とヴォルデモートは何らかの関係があると思うのが筋だろう?」

 

そう言いながら指揮官は他の隊員を見る。

 

隊員たちは現場に残されていた椅子やテーブルなどを運び出したり、写真を撮影したりしている。

最新鋭のコンピュータや解析機器と思われる機材を発電機に接続して起動させる隊員もいた。

 

「何にせよ、フランクという男には同情する。調べれば彼は第二次世界大戦で活躍した兵士だったそうじゃないか。我々の大先輩だ」

 

「はあ」

 

「言わなかったか?私の親父も大戦ではベルリンに攻め込んでいた。殺されたフランクという男と親父の姿を重ねてしまうんだ」

 

指揮官の男は部屋の窓際に立ち、外の様子を伺う。

もうすぐ、日も落ちる頃だ。

寂れた村を囲む山々が夕暮れに染まっていた。

 

「ここで起きた殺人事件の犯人がヴォルデモートだとして、奴が徒党を組んでいる可能性は低い。しかし、複数人の協力者が存在していることは確定だ」

 

「そうですか?」

 

「これを見ろ。無人だった屋敷にしては整備されている」

 

指揮官は窓の淵を指でなぞった。

埃が少ない。

家具も長年放置していたにしては綺麗な状態であるし、蜘蛛の巣一つこの部屋にはなかった。

それだけでなく、床には埃が積もっていない部分もある。

恐らく、椅子かテーブルを動かした跡だろう。

何者かがこの部屋を使っていたことは明らかだ。

 

「お前がもし、魔法を使えたとして、潜伏し、殺人をした部屋をどうする?」

 

「魔法を使って証拠隠滅、ですね」

 

「そうだ。魔法を使えば完璧に証拠隠滅ができる。もし、非魔法使いならここまで綺麗な現場にはならない。綺麗過ぎるんだ。何も跡が無いのが不気味過ぎる」

 

「とすれば、ここには複数名の魔法使いが潜伏していた。そして、その魔法使いはヴォルデモート一派である可能性が高い。さらに、彼らは屋敷に訪れたフランクという男を殺した」

 

「ご名答」

 

「大尉。機材の設置が完了しました。これより、解析に入ります。また、B小隊とC小隊は各ポイントに観測所を設けたそうです」

 

「そうか。引き続き作業を続けろ」

 

他の隊員の一人が報告してくる。

 

「当面の間、我々もこの村に潜伏だ。使用された魔法の分析と、犯人に関する調査、それから、新たな魔法使いが現れないか監視するためにな」

 

「犯人たちは我々の動きに気づかないでしょうか?」

 

「気づいたところで問題ない。奴らは我々マグルを舐めている。そして、科学を知らない」

 

「はあ」

 

「家具に付着した指紋かや食器などに付着したDNAから犯人を特定することもできる。奴らはこれらの技術を知らない。逆に我々はすでに魔法をある程度は分析済み。情報戦ではすでにこちらに分がある」

 

かつて、彼らマグルは闇の魔法使い達に煮え湯を飲まされた。

大規模なマグル狩り。

巨人の暴走。

だが、ここ数年でマグルの科学技術と軍事力は飛躍的に進歩した。

もうただやられるだけではない。

 

「クィデッチワールドカップとやらの時の魔法省の対応を見れば、魔法省が役に立たないのははっきりと分かる。我々が動かねば、また闇の魔法使いがのさばる事態になるだろう。それは何としても止めなくてはならん」




クリスマスダンスパーティーあたりを書くとどうしてもラブコメ色が強くなります。
なんかムズムズしたのでラストの方のエピソードをぶっこんで緩和しました。


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case56 Shall We Dance 〜クリスマスダンスパーティー〜

投稿遅れました!
少々、仕事の関係で投稿できる環境になかったもので・・・
申し訳ありません!



クリスマスダンスパーティー当日。

 

グリフィンドールの男子生徒たちは各々、ドレスローブに着替えて談話室にいた。

 

エスペランサは急遽、通販で入手したドレスローブを着ている。

何の装飾もない黒いドレスローブだったが、髪を短く刈り上げているエスペランサには似合わなかった。

 

「なんだか、悪役みたいだね」

 

ネビルは黒いドレスローブを着込んだしかめっ面の隊長をそう評価した。

 

「否定できない」

 

エスペランサの容姿は軍隊所属時代からあまり変わっていない。

髪は軍人らしい短髪であるし、ずっと昔に顔に負った傷は跡になっている。

目つきは鋭いままで、身体も筋肉質だ。

そんな彼が真っ黒なドレスローブを着ると、まるでB級映画の悪役のようである。

 

事実、学校に残っていた1年生たちはエスペランサの姿を見て逃げ出した。

 

エスペランサはこの世界に来てからも常にドッグタグを首からぶら下げるという癖がある。

ドックタグというのは兵士の認識番号や血液型が記載された金属で出来ている言わば身分証のようなものだ。

彼がホグワーツでドッグタグを持ち歩く意味はほとんど無い。

しかし、彼にとってこのドックタグはあの悪夢のような戦場を忘れないため、そして、軍隊と自分との縁を繋ぎ止めるための道具であった。

 

エスペランサは戦場に赴く時、例えば賢者の石を奪取する前やバジリスクとの戦闘に赴く前などに、このドックタグを握りしめることで緊張を紛らわせている。

そして、ダンスパーティーに向かう前である今も同じ動作をしていた。

 

何故か。

 

それは緊張していたためである。

 

談話室から廊下に出るための入り口付近にハリーとロンの姿を視認したエスペランサは彼らに近づいた。

ハリーの横には彼のパートナーであるパーパティー・パチルもいる。

ショッキングピンクのドレスを着た彼女は確かに美しいと形容出来たが、華やか過ぎてエスペランサはあまり受け付けなかった。

一方のロンはどこから見ても女性用と思われる赤いフリフリのドレスローブを着ている。

袖口のフリルは雑に切り取られていたので多少はマシになっているが、まるでルネサンス時代の貴族のようであった。

 

「やあ。エスペランサ。君は何だか地味なドレスローブだね」

 

「装飾された服は好きになれないからな」

 

エスペランサはチラリとロンのローブを見て言った。

 

「僕だってこんなドレスローブは嫌だよ。でもこれしか無いんだから仕方ないんだ」

 

「ああ。すまない。今の発言は無神経だったな。忘れてくれ」

 

「それより、ハーマイオニーを見なかった?」

 

「いや。見ていない。俺も今来たところだ。でも、何故ハーマイオニーを探してるんだ?」

 

「うーん。いや、別に探してるわけじゃ」

 

ソワソワしているロンを放ったままにしてエスペランサは大広間へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大広間の入口は大勢のドレスやドレスローブに身を包んだ生徒がひしめき合い、賑わっていた。

まるで御伽話に出てくる舞踏会のようである。

特に女子生徒の気合いの入れようは凄まじく、煌びやかなドレスはもちろんのこと、魔法のかかった髪飾りなどをしている者も多い。

 

服装やメイクだけで人はかなり印象が変わるものだとエスペランサは実感した。

 

煌びやかな世界である。

 

砂で口の中が砂利つく戦場を駆け巡って生きてきたエスペランサには眩し過ぎる世界だ。

そんな心情もあって彼は大広間に続く廊下の隅の方で壁に背を預けながら待ち合わせまでの時間を過ごした。

 

時折、彼の知り合いがパートナーを連れて会場である大広間の中へ入っていく。

代表選手であるハリーとセドリック。

セドリックのパートナーであるチョウ。

ジニーを連れたネビル。

ダームストラングの代表であるクラムのパートナーは驚くべきことにハーマイオニーであった。

普段のボサボサ頭をどうにかしてストレートにしたらしく、本人には全く見えない。

ハリーはクラムのパートナーがハーマイオニーであることに気づいていないようだった。

 

他にもセンチュリオンの隊員たちが続々と大広間に入っていく。

エスペランサは大広間に入っていくセンチュリオンの隊員たちを見ながら、彼等と自分の間に壁があることに気づいていた。

彼等はこの1年で戦闘員として鍛えられたが、出自は一般家庭で平和な世界を享受してきた者たちだ。

故に、彼等は今回のパーティーのような明るい世界にも慣れている。

それに引き換え、エスペランサが平和な世界を享受したのはホグワーツ入学から今までの3年半のみ。

慣れない筈だ。

エスペランサは一人苦笑した。

 

「あー!いたいた!」

 

不意に声をかけられる。

見れば大広間前のホールに続く階段の上からダフネ・グリーングラスが走り寄ってくる。

 

黄緑色のフリフリのドレスに身を纏ったダフネは実年齢より3歳は幼く見える。

横で歩いているセオドールが保護者に見える程だ。

 

「なんでそんな隅っこにいるの?一瞬、ゴーストかと思って気付かなかったよ?」

 

「影が薄いって言いたいのか?」

 

「だってクリスマスなのに、廊下の隅で暗〜い顔して腕組んで立ってるんだもん。血みどろ男爵でももう少し愛想の良い顔するよ?」

 

「そんなに暗い顔してたか?俺?」

 

「そりゃあもう。負のオーラが出てたよ。ああ、そんなことより、そろそろ来るかなぁ」

 

「???」

 

エスペランサは階段の方を見上げた。

 

そこにはフローラが立っていた。

 

いつもは下ろしているブロンドの髪は横で括り、肩から垂らしている。

淡い水色のドレスから覗く肌は、普段はローブを着ているからわからなかったが、雪のように白かった。

普段無表情である故に他の生徒より大人びて見える彼女だが、その実、非常に幼い顔をしている。

しかし、今日に限っては化粧も相まってか、大人の美しさを兼ね備えていた。

その美しさは恐らく、ボーバトンの女子生徒が束になっても敵わないだろう、とエスペランサは思う。

150センチを少し上回るほどしかないフローラであるが、露出度の高いドレスから覗く膨らみきっていない胸部が彼女が女性であることを示している。

その事実を認識したエスペランサは少し目を逸らした。

 

「ほらっ何か言うことがあるんじゃないの?」と言いながらダフネが脇腹を肘で突いてくる。

そこでエスペランサはようやく我に帰ることができた。

 

「あー。あー、なんだ。その、あー」

 

「駄目だこりゃ。あまりの衝撃に言語能力がトロール以下に落ちてる」

 

言語能力を失ったエスペランサを他所にして、ダフネはセオドールと共に大広間に入っていく。

すれ違う時にセオドールがエスペランサのことをニヤニヤしながら見ていた。

 

 

「お待たせしましたか?」

 

エスペランサの前まで歩み寄ってきたフローラが言う。

 

「いや、そこまでは待っていない」

 

フローラの姿に周囲にいた複数人の男子生徒が目を奪われている。

彼等のパートナーである女子生徒はそれを見て般若のような顔をした。

 

少しでも彼女の姿を目に焼き付けようとしている男子生徒が足を止めるため、大広間前は少しだけ渋滞が起きている。

それ程までに今日のフローラは魅力的だった。

そんな彼女をパートナーにしているという事実にエスペランサは少しだけ喜びを感じていた。

無論、本人は自覚していないが。

 

「あの……私、何か変でしょうか?」

 

「え?」

 

「先程から色んな人にジロジロと見られるので……。やはり私にはこのような格好は似合わないのかな、と」

 

「いや、そんなことはない。新学期初日に俺が言ったことを覚えているか?」

 

「はっきりと覚えています。私にパーティーは似合わないとか言ってましたよね」

 

「ああ。そうだ。あの発言は撤回する」

 

「それはどういう意味なのでしょうか?」

 

「だから、その、あれだ。意外に似合って無くも…無い」

 

エスペランサはぶっきらぼうに言った。

その言葉を聞いたフローラは彼女にしては珍しく表情を和らげる。

 

「素直じゃないですね」

 

「ほっとけ」

 

すでにほとんどの生徒が大広間に入り、廊下に残されているのはエスペランサとフローラだけになっていた。

 

「私たちも行きましょうか?」

 

「あ、ああ」

 

とは言ったものの、エスペランサの足は動かなかった。

 

「あなたは私の目に映る世界を色鮮やかに染めてくれました。だから、今度は私があなたをあの光の中に導く番です」

 

そう言ってフローラはエスペランサに手を差し伸べた。

エスペランサはその手を取る。

 

想像していたよりもずっと小さく、そして柔らかい手だった。

そして、少し冷たい。

 

「あなたの手は何だかゴツゴツしていますね」

 

「え?ああ。ずっと軍隊にいたからな」

 

何時間も掩体を作るために円匙を持っていたこともあったし、何度も銃の引き金を引いてきた。

そんな手が綺麗な筈がない。

岩のように硬く、そしてボロボロになってしまっているのが彼の手である。

それに、その手は色んな意味で汚れてもいた。

 

「では、行きましょうか?」

 

「ああ」

 

 

そうして二人は光りの中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンブルドアはダンスを踊る生徒たちを見ていた。

 

彼がことさら情をかけるハリー。

ダームストラングの代表選手と踊るハーマイオニー。

生徒が楽しそうに踊っている姿を見るのは校長としてとても幸せに感じた。

 

ダンスをする生徒で溢れる会場の片隅で、どこかぎこちなく踊っているエスペランサ・ルックウッドの姿を目に留めたダンブルドアは少し驚いた。

エスペランサがパーティーに参加していることに対しても驚いたが、その相手には更に驚かされた。

 

フローラ・カローが曰く付きのカロー家の人間であることは百も承知であり、フローラ自身がホグワーツ内で恐れられている生徒だという噂も耳にしている。

ダンブルドアもフローラのどこか冷たさを感じさせる雰囲気に警戒心を持っていた。

だがしかし、そんなフローラがまさかエスペランサとパートナーになっているとは。

 

「カロー家の人間が、ルックウッドとパートナーとは驚きですな」

 

ドレスローブなど着ずに、いつも通りの服装をしたスネイプがダンブルドアに話しかける。

彼らは職員用のテーブルの横に立っていた。

 

「スリザリンの寮監のおぬしも驚いておるのか?」

 

「我輩が言うのもなんですが、スリザリン生とグリフィンドール生は犬猿の仲。相容れない存在です。未だかつて、この寮の生徒同士がダンスパーティーのパートナーとなることなどあり得なかった」

 

「そうかね?」

 

「そうですとも」

 

スネイプは少しだけ切なげな表情をする。

ダンブルドアには彼が今何を考えているかが少し分かっていた。

 

「エスペランサ・ルックウッド。マグルの戦場で生きてきたあの子が、楽しげにダンスパーティーに参加する。その姿を見れただけでも価値があるのう」

 

「楽しげに?」

 

スネイプはダンスをするエスペランサをチラリと見る。

楽しげとは言い難い。

フローラにリードされて踊るエスペランサの姿は死霊に取り憑かれたような動きに似ていた。

絶望的なダンスのセンスの無さである。

 

「そうじゃのう。踊りは苦手なようじゃ。じゃが、あの二人は不器用ながらも楽しんでおるように見える」

 

ダンブルドアはかつて、クィレルにとどめを刺すエスペランサの表情を思い出した。

人を殺めることに躊躇いを感じない冷酷な彼がホグワーツで幸せになることが出来るかどうか、不安を感じた瞬間であった。

 

「我輩はルックウッドのことなどはどうでも良いですが、しかし、カローに関しては思うところはあります」

 

「ほう」

 

「フローラ・カローがどのように生きてきたのかを我輩は少し知っている。故に警戒もしていた。ワールドカップでの一件も陰でカロー家が糸を引いていたようですし。しかし、そのカロー家の人間がルックウッドとつるむとは・・・むっ」

 

「どうしたのじゃ?」

 

「校長。闇の印が・・・はっきりとしてきたのを感じます」

 

「なんと!やはりか!」

 

「以前報告したよりもはっきりと感じます。であるならば」

 

「うむ。すぐにカルカロフと接触するのじゃ。奴も同じことを感じておるのならば、最悪の事態を想定せねばならん」

 

「わかりました」

 

そう言い残してスネイプはカルカロフの姿を探しに行く。

 

近い将来、ヴォルデモートは復活するだろう。

予言のこと、ワールドカップでの出来事、それらからヴォルデモートの復活の匂いが漂ってくるのをダンブルドアは肌で感じていた。

 

ハリーが代表選手に選ばれたことも無関係ではないだろう。

 

もし、ヴォルデモートが復活したならば・・・

 

その時、この幸せに満ちた空間はどうなってしまうのだろう。

ダンブルドアはそんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エスペランサとフローラはスネイプとカルカロフがパーティー会場の外に一緒に出るのを目撃して、追跡することにした。

 

提案したのはフローラである。

 

エスペランサは然程気にならなかったが、フローラはスネイプとカルカロフという組み合わせに警戒心を募らせたらしい。

 

「辛気臭い者同士仲良くパーティーを抜けようとしたんじゃないのか?」

 

「いえ。あの2人は旧知の仲です。恐らく、何かあります」

 

小走りにエスペランサの前を走るフローラが言う。

 

「どういうことだ?」

 

「スネイプとカルカロフはもと死喰い人同士、同じ釜の飯を食べた仲なんです」

 

「俺も死喰い人については多少調べている。しかし、スネイプはダンブルドアがその身の潔白を証明しているし、カルカロフは足を洗ったはずだ」

 

「そうですね。スネイプ先生はダンブルドアの味方でしょう。しかし、カルカロフは完全に信用出来る相手ではありません」

 

フローラのただならぬ様子を見てエスペランサは懐に隠した拳銃に手を伸ばす。

 

2人はスネイプとカルカロフの会合を観察できるバラの茂みに隠れた。

パーティー会場の横にはバラの茂みが多数設置されていて休憩所のようになっている。

何組かのパートナーはその茂みで形容し難い行為に及んでいたが、エスペランサはそれらを無視した。

 

「マフリアート・耳塞ぎ」

 

フローラが杖を取り出して魔法をかける。

加えて目眩しの呪文もかけた。

 

スネイプがバラの茂みに隠れた生徒を発見しては排除し始めたからである。

 

「確かにただならぬ雰囲気だな」

 

エスペランサはバラの花にくっついていた黄金虫を摘みあげて弄りながら言う。

 

「イゴール。我輩はそこまで心配する必要はないと思うが」

 

「セブルス。何も知らないフリをするんじゃない。この数ヶ月、ますますはっきりとしてきた。私は本気で心配をしているんだ。あのお方が帰ってきたのではないかと」

 

「怖いのか?」

 

「何?」

 

「ならば逃げるが良い。臆病風に吹かれたと我輩が説明しておいてやろう。だが、我輩はホグワーツに残る」

 

 

スネイプがカルカロフに言う。

 

カルカロフは何かに怯えているようだった。

 

 

「もしあの方が復活したならば、私も君も殺されるぞ!」

 

「だから何だと言うのだ。お前も随分と腑抜けたものだな。ダームストラングの校長が聞いて呆れる。ダンブルドアとは大違いだ」

 

「セブルス。君に何が分かる。私は忠告はしたぞ」

 

カルカロフはそう言ってその場を去っていった。

スネイプも間も無くして会場の方へ戻っていく。

 

 

「どういうことなんだ?何がはっきりとしてきたんだ?」

 

エスペランサはフローラに疑問を投げかけた。

 

「恐らく、闇の印でしょう」

 

「闇の印?」

 

「ええ。ヴォルデモートが死喰い人を招集するために死喰い人の腕に彫った印です。我々の無線のようなものです」

 

「それが反応したというのか?」

 

「ヴォルデモートの力が強くなったとしたら闇の印もくっきりとしてきます。私の義理の父がそう言っていました。あの人も元死喰い人なので」

 

「ともすれば、ここ最近の不可解な出来事は」

 

「ええ。ヴォルデモートが関与している。そう考えるのが適切でしょうね」

 

「ヴォルデモートが復活するとなれば、それは危機的状況だ。現在のセンチュリオンの戦力ではヴォルデモートに対抗はできない。死喰い人だけなら戦えなくもないが、ヴォルデモートはそれ一人だけで一個連隊規模の戦力になる」

 

「ヴォルデモートと戦闘を行うにはもっとセンチュリオンを大規模にする必要がある、と?」

 

「ああ。魔法省も闇払いもヴォルデモートを前にしては無力だ。だから、今ヴォルデモートが復活したとしたら、英国内で対抗できる組織は我々しかいない。フローラ。早速だが、センチュリオンの正規隊員を増やすためのリクルートを開始してくれ」

 

「はい。何人か有望な学生をピックアップはしています。他にすることは?」

 

「装備を揃える。必要の部屋では迫撃砲より強力な装備は揃えられないが、何とかしないといけない」

 

ヴォルデモートの勢力がどの程度の規模なのかは不明だが、過去のデータによれば死喰い人は数百人、死喰い人ではないものの闇陣営にいた人間は千人を超える。

加えて、巨人や狼人間も参加していた筈だ。

そうなれば、もう小火器のみの武装では太刀打ちできないだろう。

 

 

エスペランサは焦っていた。

 

もし、ヴォルデモートが復活し、魔法界を征服するようなことがあれば、英国軍は間違いなく魔法界に宣戦布告をするだろう。

そうなれば、夥しい数の犠牲が出る。

 

それだけは絶対に阻止しなくてはならない。

 

「ところで、あなたはいつまでその黄金虫をいじっているのですか?」

 

「んあ?」

 

「正直な話。私はあまり虫が好きではないので、早く逃して欲しいんですが」

 

「お、すまねえ」

 

そう言ってエスペランサは手に持っていた黄金虫を解放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンスパーティーが終わり、フローラと別れたあと(フローラはエスペランサに一言お礼を言ってから寮へと帰っていった)、エスペランサは会場の入口でセドリックに呼び止められた。

 

「やあ。君とフローラのダンスを見たよ。なかなか面白いものが見れた」

 

「そうかい。娯楽を提供できて何よりだ。お前はチョウと楽しくやっていたみたいだな」

 

「ああ。まあ、ね」

 

セドリックは少し顔を赤くして言う。

エスペランサは溜息をついた。

呑気なものだと思ったのである。

 

「それはそうと、エスペランサ。君に相談があったんだ」

 

「相談?」

 

セドリックは周りを見渡して、他の生徒がいないことを確認した後に小声で言う。

 

「実は第二の課題の内容がわかったんだ」

 

「なんだって?」

 

「ああ。次の課題の舞台は湖の中だ。湖の中に僕の大切な人が拉致され、それを救出に行く。それが課題の内容だと思う」

 

「湖の・・・中だと?」

 

「そうだ。まあ、湖の中で活動ができるようになる魔法はいくつか存在するから、そこは何とかなる。問題は水中の中では銃も野戦砲も使えないってことなんだ。湖の中の危険生物に対して、杖だけで臨むのは不利過ぎる。何か良い方法が無いかと思って」

 

「水中で使える武器か」

 

水中で使える武器。

エスペランサの記憶が正しければ、ソビエト連邦が水中で使用可能な銃を開発していた筈だ。

だが、その存在が公にされたのは1989年。

無論、米軍が持っているはずもなく、エスペランサは見たことも触ったこともない。

 

「やはり、無いのか」

 

「いや、あるにはあるが・・・。俺も使ったことが無い武器なんだ。だがまあ、何とか用意しよう。セドリックの頼みだしな」

 

「ありがとう。助かるよ」

 

そう言ってセドリックは寮へと帰っていった。




水中銃って実は自分もよくわかっていないという


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case57 Cornered golden bug 〜追い詰められた黄金虫〜

感想ありがとうございます!
誤字報告もありがとうございます!
お陰様でランキングに乗りました。
びっくりです!


APS水中銃。

1960年代にソビエト連邦が開発した特殊作戦用の水中銃である。

その名前の通り、水中で使用できる銃であり、水中であっても単発と連発を切り替えることが出来る。

見た目は普通の銃とあまり変わらないが、弾薬は通常弾とは大きく異なっていた。

長さ11.5センチの細長い針のような弾丸を用いることで、水中の中であっても運動性能を落とさずに十分な殺傷能力と射程を確保できる。

1989年のマルタ会談で会談を警備していた兵士が所持していたことで、その存在が公になった。

故に米軍が装備している筈も無く、エスペランサは扱ったことがない。

カタログスペックを知っているだけだ。

 

必要の部屋というのは万能なもので、エスペランサの望み通り、すぐに水中銃を出現させてくれた。

 

「湖の中で戦うとなると、俺らに出来ることは武器を提供するくらいなもんだな」

 

「そうだな。今回ばかりはセドリックの技量に全てかかっていると言っても過言ではない」

 

水中銃を手に取って観察しながらセオドールが言う。

エスペランサたちの持つ無線機や光学機器は水中では使えない。

必要の部屋は軍用の通信機器を出してくれるが、水中で使用可能なレーザーを利用した無線機は流石に出せないようだった。

仮に出せたとしても、世界最先端の技術を用いた機器をセンチュリオンの隊員はすぐに使いこなせないだろう。

 

エスペランサはセオドールと共に必要の部屋の能力を最大限に発揮してセンチュリオンの火力を上げようとしていた。

具体的には、25ミリを超える機関砲の開発、対空レーダーの設置、機動性に富んだ車両の開発などである。

 

マグルの電子機器に精通していたフナサカも対空レーダーなど扱ったことがないし、車輌に使う内燃機関に至ってはズブの素人だ。

エスペランサもそれらについての知識はあまりなかった。

 

「ところで、エスペランサ。今朝の日刊預言者新聞は読んだか?」

 

「え?ああ。読んだ。例のハグリッドの記事だろう?」

 

「そうだ。君はハグリッドが巨人とのハーフだって知っていたか?」

 

「いや。知らんな」

 

日刊預言者新聞の1面を飾ったのはリータ・スキータという女記者のゴシップ記事だった。

内容はムーディーや巨人の血が流れるハグリッドを教職員として雇ったダンブルドア批判と、ハグリッドの授業や思考に関する批判である。

非常に偏見が混ざっている記事ではあるものの、巨人という存在が魔法界でどのように扱われているかを考えれば至極当たり前の批判ではあった。

ついでに言えば、ハグリッドの異常性をエスペランサはアクロマンチュラに襲われた経験から認識している。

 

「英国では巨人は闇払いに倒されて絶滅危惧種になっているんだ。何種類かの部族が森の奥地に生息しているらしいが、魔法省は把握出来ていない」

 

「巨人って10メートルを超える個体だっているんだろ?流石にマグルに発見されるんじゃないのか?」

 

「そうだな。恐らく何人かのマグルは巨人を発見している。だが、その発見を報告する前に巨人に八つ裂きにされてしまうのがオチだ。山登りをしていて行方不明になったマグルってのは高確率で巨人やその他の魔法生物の餌食になっていたりするものさ」

 

「なるほど。それは危険な存在だな。だが、ハグリッドは知性もあるし、彼本人は危険じゃないぞ?本当に巨人の血が入っているのか?」

 

「それは間違いない。フリドウルファという英国最後の巨人と言われている巨人の息子であるという戸籍情報があるからな。ハグリッドは巨人の血が混じっている」

 

セオドールは水中銃を武器庫にしまいながら話す。

 

「巨人は危険。その事は分かった。なら、ハグリッドは自分に巨人の血が混じっていることを隠す筈だろ?なんで、ゴシップ記事の記者にそんなことを話すんだ?」

 

「僕が解せないのはそこだ。ハグリッドは過去に冤罪で捕まったり、ホグワーツを退校させられたり、まあ色々と世間から白い目で見られてきた。故に、ゴシップ記事ばかり書く記者に弱みを見せることなんて無いと思うんだがな」

 

言われてみればごもっともな指摘である。

エスペランサは武器庫の横に置かれていた空のジェリ缶の上に座った。

 

「じゃあどうやってあのリータ・スキータっていう記者はハグリッドの秘密を知ったんだ?」

 

「さあな。ゴシップ記者にしては情報収集能力が高過ぎる。リータ・スキータって記者には注意を払った方が良いかもしれないな」

 

セオドールは独り言のように呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

 

久々にホグズミート村への外出が許可された。

エスペランサはセオドールとフローラと一緒に村に遊びに来ている。

 

エスペランサたちは三本の箒という店に入り、それぞれ飲み物を注文した。

セオドールとフローラはバタービールを注文したが、エスペランサだけはモヒートを注文する。

バタービールは甘ったる過ぎて飲んでいる途中で飽きてしまうというのがエスペランサの持論だ。

 

「エスペランサ。あれ、見てみろ」

 

カウンター席に座った後、セオドールが店の中心を指差す。

 

見ればカメラマンを従えた女がホグワーツの生徒に絡んでいる。

黒縁のメガネをした高飛車なその女が絡んでいる生徒はハリーに違いなかった。

横にはハーマイオニーとロンも居るが、どうもハーマイオニーが憤っている。

 

「あれ、リータ・スキータだぜ?」

 

いつの間にかエスペランサたちの近くに寄ってきていたザビニが小声で言う。

 

ザビニの他にもアンソニーやマイケルが近くのカウンターに座っていた。

どうもセンチュリオンの仲の良いグループが遊びに来ていたらしい。

 

「あれがリータ・スキータですか。いかにもゴシップ記者ってかんじですね」

 

「どうするんだ?エスペランサ。お前の仲間が絡まれてるぞ」

 

フローラとセオドールが言う。

 

「どうせまたハリーにインタビューしようとしてるんだろ?助け舟を出す必要は無い」

 

「けど、何か喧騒になってないか?」

 

見たところ、ハリーではなくハーマイオニーが席から立ち上がってリータ・スキータに食ってかかっている。

 

「あなたって最低な女よ!一体、ハグリッドがあなたに何をしたっていうの!?」

 

「わかったようなことを言うじゃないのさ馬鹿な小娘のクセして。読者には真実を知る権利があるんだ。あたしゃあんたよりも色んなことを知ってるんだ」

 

「何が読者には知る権利がある、よ!あなたのせいでハグリッドがどれだけ傷ついたかわかる?」

 

「ねえ、あんた。舐めた口ばかり利いているけどね。あたしにかかればあんたを陥れることなんて簡単なんだ。少しはわきまえた方が良いと思うけどね」

 

「何ですって!?」

 

「抑えろハーマイオニー。認めたくはないが、ジャーナリストの発言力は強力だ。特に魔法界のような閉鎖された世界では」

 

エスペランサはリータに殴りかかるようにして身体を乗り出すハーマイオニーを急いで静止させた。

 

肩を掴まれたハーマイオニーはエスペランサのことも睨みつける。

いつもの冷静さはどこへやら。

 

「エスペランサ!いつの間に?」

 

「ついさっき店に入って来た。ハーマイオニー。とりあえず落ち着け」

 

エスペランサはリータの言っていた「あんたを陥れることなんて簡単」という言葉の意味を理解していた。

この記者は文屋としての力を利用して一市民であるハーマイオニーを陥れるつもりなのだ。

ジャーナリストの力は強い。

エスペランサはそれを知っていた。

そして、彼はジャーナリストが苦手である。

ジャーナリズムの力が戦争に及ぼす影響は大きい。

ベトナム戦争が良い例だ。

軍隊とジャーナリストは相性が悪い。

無論、時にはジャーナリストの力を軍隊が借りることもあるが。

 

「ふーん。そちらの子は随分と聞き分けが良いざんすね」

 

「言っておくが、俺もジャーナリストは大嫌いだ。戦場に無防備なままノコノコと現れては、ジャーナリストという肩書をチラつかせて任務を阻害しやがる。そのくせ、敵に捕まれば助けを求めて来る。死ぬ覚悟をして真実を世界に知らせようとしているジャーナリストなんて一握りしかいない」

 

エスペランサは捲し立てた。

彼が会ったことのあるジャーナリストたちはいつも自分たちの都合の良い正義を振りかざして軍隊を否定してきた。

彼等のテントを誰が護衛していたかも知らずに。

彼等が誰のおかげで温かい飯を食べていたのかも知らずに。

 

だが、ジャーナリストの何人かは本物だった。

 

時には軍人よりも勇気があるジャーナリストもいた。

銃ではなくカメラを持っている他に、軍人との違いは然程無い本物のジャーナリストたちだ。

 

だが、少なくとも今、目の前にいるこの女は違う。

 

 

「知ったような口を利くじゃないのさ。あんたみたいな小僧にジャーナリズムの何がわかるってのさ?ん?」

 

「そうだな。アホな読者を印象操作とプロパガンダでマインドコントロールして端金をもらっているってのがあんたらのジャーナリズムってところか?」

 

エスペランサの煽りに顔を赤くしたリータは自動速記羽ペンを手にして立ち上がる。

 

「偉そうな口を利いてられるのも今のうちだよ。あたしゃあんたの秘密も知ってるんだ」

 

「へえ。そりゃ俺も有名人になったもんだ」

 

彼は鼻で笑った。

エスペランサはマグルの軍隊出身で魔法界との縁は薄い。

バラされて困るような秘密は無い。

 

「あんたが組織している怪しげな集まり。何をしようとしているかはわからないけど、公に出来るようなものじゃないざんすよね?」

 

「あ?」

 

「名前はセンチュリオンとか………」

 

エスペランサはあからさまに動揺した。

 

何故だ。

何故この女はセンチュリオンの存在を知っている?

 

 

「どうしたの?エスペランサ?」

 

怪訝そうな顔をしてロンが訊ねる。

 

「いや、何でもない。ロン、他の二人を連れて先に店を出ていってくれないか?」

 

「え、でも?」

 

「頼む。俺はこの女と話がある」

 

「良いから。ハーマイオニーとハリーもだ。ここは俺に任せてくれ」

 

ハリーたちは釈然としないようであったが、エスペランサのただならぬ様子を見て渋々、店の外に出て行く。

 

「面白い話だな」

 

気がつけばリータの横にザビニとセオドールが立っていた。

 

その後ろにフローラやアンソニー、マイケルたちの姿もある。

 

「リータさん。すまないが、少しお時間を取らせて貰っても構わないだろうか?」

 

セオドールが丁寧な口調で言う。

 

「あんたは?」

 

「セオドール・ノットです。こっちはフローラ・カロー」

 

「ノットにカロー………。へえ。名家の子供達が連れ立って何をしようとしているのか興味がありますわ」

 

「ははは。そうですか。では僕たちはあなたに我々が何をしようとしているかを特別に教えます。無論、記事にしても良いです」

 

「おい!セオドール!お前、何を?」

 

「エスペランサ。ここは僕に任せてくれ」

 

セオドールはエスペランサを抑えて、リータとの話を進める。

 

「リータさん。どうせあなたは我々のことを記事にするつもりでしょう?ならば、我々の組織、つまり、センチュリオンについて洗いざらい話しましょう。その代わり、少しばかりギャラを貰いますが」

 

「ええ。良いざんす。では、さっそく………」

 

「ここでは人が多いです。場所を移させて下さい」

 

「わかりましたわ。では、ホッグスヘッドに場所を移動しましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドスッ

 

鈍い音がするとともに、リータの連れであったカメラマンが雪に覆われた地面に倒れ込む。

 

ザビニが隠し持っていた拳銃の握把でカメラマンの男の後頭部を思い切り殴ったためだ。

 

 

「へ?」

 

リータは何が起きたかを理解していない。

カメラマンの頭から流れる血が雪を赤く染めて行く。

 

三本の箒から出て、ホッグスヘッドに向かう途中にある人気の無い路地で、ザビニは急にカメラマンの男を襲ったのだ。

それと同時にセオドールはローブから杖を引き抜き、リータに向ける。

 

「ど、どういうことざんす!」

 

「悪いな。スリザリンのモットーは目的の為には手段を選ばない、だ。ステューピファイ・麻痺せよ」

 

セオドールの持つ杖から赤い閃光が飛び出し、リータに直撃する。

リータはカメラマンの男の上に被さるようにして倒れた。

 

「セオドール。どういうことだ?」

 

エスペランサは困惑していた。

 

「エスペランサ。この女は我々センチュリオンにとって脅威になり得る。日刊預言者新聞は英国魔法界の中でも最も購読者の多い新聞だ。その新聞の記者にセンチュリオンのことがバレている以上、対策を講じなくてはならない」

 

「ああ。そうだな。だが、どうやって口止めする?」

 

「エスペランサ。マグルの世界ではこういった場合、どう口封じをしているんだ?」

 

「賄賂を渡す、拷問する、あとは………殺害」

 

「うん。そこは魔法界と変わらないな」

 

「セオドール。確かにこのリータって記者は口封じする必要があるが、それでも、拷問や殺害の対象にはならない。善良とは言わないまでも、一般市民だ。彼女に対する暴力行為はセンチュリオンの信念に反する」

 

「ああ。それは分かっている。だから、スリザリン的な方法で口封じさせてもらう」

 

「スリザリン的方法?」

 

「うん。そうだ。とりあえずこの二人をそこの倉庫に入れてくれ」

 

セオドールは使われていない倉庫のような建物を指差す。

エスペランサをはじめとしたセンチュリオンの隊員たちは気絶したリータとカメラマンを倉庫の中へ運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う………ううん?」

 

気絶していたリータが目を覚ます。

 

何年も使われていないような倉庫の中だろうか。

空の木箱が散乱し、使われなくなった古い椅子や机が乱雑に置かれている。

あちらこちらに蜘蛛の巣が張り巡らされ、照明が無いために薄暗い。

 

そんな倉庫の中心でリータは椅子に縛られ、座らされていた。

 

「この縄は何!?あんたたち一体、あたしに何を?」

 

縛られたリータの周りには6人のホグワーツの生徒が立っている。

 

「悪いな。少々手荒な方法だが、我々センチュリオンの存在はまだ公にすることはできない。あんたには我々の存在を記事にする等して、公表しないと誓ってもらわないといけないんだ」

 

セオドールが言う。

 

「はん。そんな脅しがあたしに通用するとでも?こんなことして、あんたらタダじゃすまないよ?」

 

「そうか。あんたがどこでセンチュリオンの話を聞いたのかは知らない。が、少なくとも我々の組織に属する隊員から情報が漏れることは無かった筈だ。隊長。隊長が決めてくれ。我々の秘密を知った人間をどうするか」

 

セオドールは笑っていない。

 

「ガキ6人に何が出来るのさ?しかも、ホグズミードで。あんたらが私に魔法を使えば、すぐにそのことを記事にしてやるよ」

 

エスペランサは腰から拳銃を取り出した。

センチュリオンの秘密が世間に出るのはよろしくない。

少なくとも現段階では。

 

「何だい?それは」

 

エスペランサは拳銃の安全装置を解除して、スライドを引いた。

初弾が薬室内に送り込まれる。

 

そして、銃口をリータの足元に向け、引き金を引いた。

 

 

 

ズドン

 

 

 

「ヒッ」

 

発射された9ミリの弾丸はリータの足元に命中し、木の床に穴を開ける。

 

「これはマグルの武器だ。見てわかる通り、この武器から発射された弾丸は簡単にあんたの身体を貫くことができる。死の呪文よりも簡単に人が殺せるってわけだ」

 

セオドールは淡々と説明した。

エスペランサはリータの額に銃口をつきつける。

 

「あ、あんたら………正気じゃないよ」

 

「今、ここで選べ。我々に殺されるか、それもと、金輪際、我々を詮索しないと誓うか」

 

リータはそこで、セオドールの足元にカメラマンの男が倒れているのを目にした。

死んでいるのかは分からないが、頭から血を流している。

 

もしかして、彼は既に撃ち抜かれたのではないか。

 

そう思った瞬間に恐怖が彼女を襲った。

 

「ち…誓う。誓うからそれを向けないで………」

 

リータはガタガタ震えながら言う。

 

「よし。それで良い。では、破れぬ誓いをしてもらおうか」

 

「や、破れぬ誓い!?」

 

「ああ。我々があんたを解放した後、あんたが魔法省に密告するかも知れないからな。保険さ」

 

そう言いながらセオドールはリータの手を無理矢理握った。

 

その間、エスペランサは銃口を彼女に向けたままである。

フローラが杖を取り出して、セオドールとリータの握られた手に杖を当てた。

 

破れぬ誓いは、互いに手を握り合い、そこに第三者が杖をあてることで、成立する魔法契約である。

契約を破れば死ぬ。

魔法界では最も強制力のある契約方法だ。

 

 

「リータ・スキータは本日、この場で起きた一切の事象に関して、口外しないと誓うか?」

 

「ち、誓います」

 

握られた手と手の間に無数の赤い線が繋がる。

まるで、二人の血管が浮き出て、繋がるようだ、とエスペランサは思った。

 

「リータ・スキータは我々、センチュリオンに関する全ての情報を紙面、口頭、筆談、その他全ての手段をもってして第三者に伝えないことを誓うか?」

 

「………」

 

「誓うか?」

 

「誓い………ます」

 

「よし。契約成功だ」

 

セオドールはリータから手を離した。

 

「これで破れぬ誓いは成立したのか?」

 

エスペランサがセオドールに質問する。

 

「ああ。そうだ。魔法界でこれ以上に拘束力のある契約は存在しない」

 

「破るとどうなる?」

 

「死ぬ」

 

「そう………か」

 

 

至極あっさりとした解答にエスペランサは少し戸惑っていた。

 

「だが、これで我々の情報は外に漏れない。あとは、そこに倒れているカメラマンにも同様の誓いをさせれば万事OKだ」

 

セオドールはそう言いつつ、フローラに目配せをした。

フローラは持っていた杖をリータに向ける。

 

「な、何を?」

 

「保険さ。フローラ。やってくれ」

 

「はい。オブリビエイト・忘れよ」

 

忘却の呪文が唱えられ、リータから本日起きた出来事に関する記憶が全て奪われる。

 

「本来なら忘却の呪文だけでも良かったんですが、私の忘却術は未熟なので、ふとした瞬間に彼女の記憶が戻ってしまう可能性もありました。なので」

 

「破れぬ誓いを行った訳か」

 

「そういうことです」

 

他の隊員が記憶を失い、ボーッとしているリータに再び、失神呪文をかけて眠らせている。

これでセンチュリオンの存在は公にされない。

 

エスペランサは安心するとともに、しかし、若干の罪悪感に駆られていた。




なかなか話が進まないです。
次回は第2の課題になります。
ハリーポッターの2次創作なのにハリーが全然出てこないという。


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case58 Second challenge 〜第二の課題〜

いよいよ第2の課題です。
感想や誤字報告ありがとうございます!
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必要の部屋にセンチュリオンの隊員が4列横隊で並んでいた。

 

センチュリオンの隊員は19名。

隊長のエスペランサが前に出ている為、18名の隊員が列を成形する。

 

しかし。

 

 

「5の3欠か。一人足りない」

 

5の3欠。

つまり、5列作って5列目は3人居ないということだ。

となると、総員は18名であり、一人足りない計算となる。

 

「誰が居ない?」

 

「チョウだ。彼女が居ない」

 

「やはり、な」

 

エスペランサが急遽、必要の部屋に隊員を集めて点呼を行った理由はチョウの不在を確かめるためだ。

 

本日は第2の課題が行われる当日である。

課題の内容は、セドリックの"大切なもの"を湖の中から救出するというものだ。

大切なもの、それはつまりチョウを意味する。

 

「なるほど。セドリックにとって大切なものというのはチョウのことか。彼女はいつ拉致されたんだ?センチュリオンの隊員である彼女が易々と拉致されるとは思わないんだが」

 

「恐らくは任意同行だろう。今朝、フリットウィックがチョウを職員室に連れて行く姿を見た者がいる」

 

レイブンクローの隊員たちがしきりに頷いた。

 

「セドリック。準備の方はできたか?」

 

「ああ。問題ない」

 

潜水用のウエットスーツを着て、頭には水中でも使用可能なヘッドライトを装着し、腰にはサバイバルナイフ、手には水中銃APSを持ち、APS用の弾倉と水中会話用の砂鉄を利用したボード(マグルのおもちゃである)を入れた防水性のリュックを背負ったセドリックが落ち着いた表情で言う。

 

「湖の中で脅威になり得る生物は水中人と水魔のみだ。書籍によれば、奴らは群を率いて組織だった戦闘を行う。機動性も水中であれば敵に有利で我に不利。接近戦は控えて、ロングレンジからの狙撃をメインに戦うんだ」

 

セオドールがセドリックに力説した。

彼は第2の課題の内容がわかった後、センチュリオンの隊員数名を湖の中へ偵察に出していた。

必要の部屋でマグルのダイバーが使用する潜水機器を調達し、体力に自信のある隊員を選抜。

選抜された6名の隊員は3日を費やして湖の中に存在する生物、湖底の地形、水深、底質、時間毎の外力、課題の予想実施場所を調べ尽くした。

 

苦心して作り上げた湖底の地図は防水処置済みである。

地図には水中人の村の場所や水中人の作り上げたと思われる砦、大イカの生息地などが記されていたが、課題の実施場所は恐らく水中人の村の中心と思われた。

偵察で分かったことだが、村の中心の広場には荒削りな水中人の石像が存在し、そこに、磔に使うような鎖が4つ設置されていたからだ。

 

「審査員は誰も湖の中を事前に偵察する選手が居るとは思わないだろうな」

 

最前列にいたコーマックが笑いながら言う。

 

「ああ。事前に情報を仕入れている分、セドリックが有利だ」

 

湖の中の情報を仕入れたことで、セドリックはかなり行動し易くなった。

まず、チョウが拉致されたであろう場所がほぼ特定出来ている。

また、脅威となる水中人の砦や障害となる生物を回避することができる。

さらに、地形や水の流れを知ることができたので、最短距離、最速で目的地へ辿り着くことも出来るだろう。

 

「俺たちに出来るのはここまでだ。あとはセドリックの技量にかかっている」

 

「何から何まで世話になって申し訳ないね。本当は僕一人の力でやらなきゃいけないんだけど」

 

「何度も言わせるな。お前はセンチュリオンの隊員だ。故にお前はホグワーツだけでなくセンチュリオンの旗も掲げて戦っているんだ。俺たちの代表に最善の協力をするのは当たり前だろう」

 

エスペランサはそう言い切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セドリックは湖畔に急遽設営された三校対抗試合用のスタンドの足元にある選手待機所にいる。

 

第二の課題の舞台はホグワーツ城の横にある湖だ。

 

ホグワーツの1年生は入学する際にこの湖をボートで渡ることになっている。

2年生からは馬車で城まで移動することになっているが、何故、1年生だけボートで移動するのだろう、とセドリックは疑問に思ったことがあった。

諸説あるが、この湖を渡るという儀式は1年生にとっての最初の試練なのだそうだ。

親元を離れて、ホグワーツという魔法の世界に足を踏み入れるための登竜門という考えだ。

エスペランサにその話をしたら「銃の貸与式のようなものか?それとも、編成完結式か?」と言っていた。

セドリックには今一ピンと来ない話である。

 

この湖はかなりの面積を持っており、マグルの海軍の艦隊を丸々一つ浮かべることが出来る程だ。

水深は意外と浅く、最深部でも50メートルも無いそうである。

底質は基本的に砂であり、湖畔はホグワーツ城の脇から禁じられた森の中にまで及んでいる。

ホグワーツ城側の湖畔には高さ15メートル程の観客席が3つ設けられていて、生徒たちはそこから見物することになる。

とは言え、課題自体は湖の中で行われるので、生徒たちは課題の内容を見ることが出来ない。

 

セドリックをはじめとした4人の代表選手(ハリーは少し遅刻した)は、観客席の下に作られた桟橋のような物の上に立たされた。

この桟橋の脇に審査員が座っている。

審査員の内、クラウチは病欠していて、代わりにパーシー・ウィーズリーが審査員をしていた。

 

観客席の生徒も、審査員たちも、ついでにセドリックの両親も、皆、セドリックの異様な格好に驚いている。

他の3人の選手は水着を着て、杖を持っているだけだが、セドリックのみフル武装だったからだ。

そもそも、魔法使いたちはセドリックの着ているマグルの潜水用のウェットスーツを見たことがない。

手に持っている水中銃が禍々しく光っているが、ホグワーツの生徒たちはエスペランサのせいで銃の存在とその威力を嫌という程に知っていた。

 

 

「あー。さて、全選手の準備が終わりました。制限時間は1時間!その間に選手たちは奪われた大切な人を取り戻さなくてはなりません。それでは、開始します。いーち、にー、さーん、開始いいい!」

 

バグマンはカウントダウンを行った後に、ホイッスルを鳴らした。

それを合図に4人の選手は一斉に湖へ飛び込む。

 

冷たい水の中に入り込むと、観客席の声援が遠く、別の世界の物に聞こえる。

飛び込む寸前、セドリックは一瞬だけ観客席で座るエスペランサの姿を目にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湖に飛び込み、3メートル程沈んだセドリックは、持っていた杖を自分に向けて泡頭呪文をかける。

泡頭呪文は、どんな環境にいても新鮮な空気を確保することができる魔法であり、見た目的には頭に大きなシャボン玉を被るような物だ。

単純で簡単な呪文なので、ホグワーツの上級者なら誰でも使うことが可能である。

 

新鮮な空気を取り戻したセドリックは水中で体勢を整えて、他の選手を観察した。

 

フラーはセドリックと同じく泡頭呪文を使用している。

しかし、泡頭呪文しか使用していないため、真冬の湖の冷たさに体力が消耗していくのが目に見えて分かった。

また、足ヒレなどを装着していないために水中での速力が出せていない。

 

クラムはサメに自身を変身させている。

変身呪文が未熟であるため、頭のみサメになっていた。

元々、体力と運動神経が良いため、こちらはかなりの速度で泳ぐことが出来ている。

 

ハリーは何を使ったのかは分からないが、水中人に変身しているように見えた。

手足にはヒレが付き、エラも出来ている。

 

3人とも早々に湖の奥へと消えていったが、セドリックは落ち着いていた。

潜水用のウェットスーツのおかげで寒さは感じない。

マグルの知恵の凄さをつくづく感じながら、彼はリュックから方位磁石とセオドールたちが苦心して作り上げた防水加工済みの地図を取り出した。

 

「現在地から南西に500メートル進み、その後、水魔の生息地を避けつつ、南に1キロ進めば目的地か」

 

セドリックは地図と水中銃をリュックに入れ、杖を進行方向とは反対側に向けた。

 

「プロモーティファイ・推進力よ!」

 

杖からは小型の渦が噴出し、セドリックは推進力を得ることが出来た。

原理は船のスクリューと同じである。

 

セドリックをはじめとしたセンチュリオンの隊員たちは水泳をした経験がほとんど無い。

そもそも、魔法界の人間は水泳をする機会がないため、基本4泳法すら知らなかった。

マグル出身のフナサカも競泳の経験は無い。

そのため、エスペランサがセドリックに水泳を教えることになった。

 

が、しかし、エスペランサ自身も中東での活動しかしておらず、水泳に関しては素人同然。

一応、水路を用いた急襲作戦の為にダイビングのライセンスを獲得していたり、基本4泳法は出来るようになっていたが、ベテランと言う訳ではなかった。

 

エスペランサはセドリックに素潜りのやり方と、クロールや平泳ぎ、足ヒレの使い方、そして立ち泳ぎ等の必要最低限の技術を教えはしたが、所詮は付け焼き刃の技術である。

そこで、魔法によって推進力を得ることを考え出した。

 

水の中で渦を作り出す原始的な魔法であるが、スクリューと同じ効力を持つため、魔法を使った者は潜水艦の様に前に進むことが出来る。

 

「凄いな。一切、体力を使わずに進むことが出来る」

 

セドリックは感嘆した。

推進魔法を使うと、6ノットの速力が出る。

6ノットとは1時間で6マイル進むということだ。

 

1マイルは約2000ヤードであり、ヤードは約メートル×1.1である。

つまり、概略で1時間に10909メートル進むことができる。

この速力に加えて、地図による最短ルートが分かっているのだから、セドリックが最初に目的地に到着するのは当たり前であった。

 

水魔の生息する地域を避け、水中人の作り上げた木製の砦を突破したセドリックはリュックから水中銃を取り出し、それを右手に、杖を左手に持ちながら水中人たちの村に接近する。

 

岩を削って作ったのであろう水中人の住居が

少なくとも10は存在した。

間違い無い。

ここが水中人の集落だ。

セドリックは確信する。

 

よく見れば住居の穴からは水中人がこちらの様子を伺っているのが見えた。

灰色の肌に、暗緑色の髪、黄色い歯。

手に石で出来た槍を持つ者も居る。

エスペランサがこの場に居たら「良く出来たB級映画に出てくるエイリアンみたいだな」とでも言うに違いない。

それ程に水中人は空想上の人魚とは程遠い生き物であったのだ。

 

良く見れば水魔を鎖で繋いでペットにしている家もある。

水魔、すなわちグリンデローは英国の湖に生息する魔法生物であり、魔法省による危険度は××だ。

タコのような手足を持ち、角が生え、胴体は出来の悪いゴブリンのようで、時には人肉も食うとされている。

昨年度、ルーピンが授業で扱った生物でもあり、手足が脆い為、撃退はそれほど難しくは無い。

 

水中人の集落の中央にお祭り広場のような場所があり、そこに巨大な水中人の石像が存在する。

その石像に縄で作られた鎖で4人の人間が括り付けられていた。

 

縄でどうやって鎖を作るのかというと、いかり結びという結び方がある。

エスペランサの指導により、センチュリオンの隊員はある程度のロープワークが出来るようになっていたため、セドリックも人質である4人を縛っている鎖のような物が、いかり結びによって結合された縄であることを即座に見抜いていた。

 

ならば、腰につけたサバイバルナイフで切断可能だ。

 

石像の横で水中人のコーラス隊が歌うのを横目にして、セドリックは自分の人質であるチョウの元へ向かっていく。

 

その間、他の水中人たちは槍をセドリックに向けたまま、動くことは無かった。

 

「チョウ!大丈夫か!?」

 

セドリックは縛りつけられたチョウに呼びかけるが、返事は無い。

当たり前だ。

魔法で眠らされているのだろう。

逆にここで目が覚めれば、彼女は溺れ死んでしまう。

 

チョウの他にはロンとハーマイオニー、それから恐らくフラーの妹が縛られている。

セドリックの任務はチョウの救出のみ。

他の人質は他の選手が救出すれば良い。

 

セドリックはサバイバルナイフでチョウを縛っていた縄を切断し、彼女を解放した。

心なしか彼女の顔は青くなっている。

長時間冷たい湖の中で放置されているのだから同然だろう。

 

周囲の水中人は今のところ妨害して来ない。

もし、彼らが妨害してきたのなら水中銃で反撃するところだったが、何だか肩透かしを食らわせられたような気がする。

セドリックは軽く息を吐いた。

 

彼は上を見上げる。

湖面までは軽く20メートル以上あるだろう。

となると、潜水病の心配をする必要があった。

 

潜水病は別名、減圧病と呼ばれる。  

 

急激な減圧により血液中に溶け込んだ窒素が気泡化し生じる疾患のことだ。

主に10m以下に長時間潜水し、急上昇すると血液中に溶け込んだ窒素が気泡化する。

これによって、目眩や吐き気、果ては知覚、運動障害を引き起こしてしまう。

 

米海軍の潜水マニュアルにもあるため、エスペランサは潜水病についてある程度の知識があった。

彼は、審査員が潜水病の存在を選手に知らせないのは安全管理上よろしく無いと憤慨している。

 

療法は高圧酸素療法と呼ばれるものがあるが、専用の施設が必要であり、掃海母艦や潜水艦救難母艦などに積んであるような物なので、無論、ホグワーツで用意はされていない。

対策は水面下で安全静止をしたり、急な浮上をしないことであるが、そんな悠長なことはしてられないため、今回は魔法を使わせて頂くことにした。

 

「プロテゴプレッシャー・圧力から守れ」

 

セドリックはチョウに向けて魔法をかける。

盾の呪文を改良した魔法であり、あらゆる圧力から身を守るものだ。

チョウは見えないシールドに守られる。

 

「質問です。他の人たちは助けても良いんですか?」

 

セドリックは身近にいた水中人に声をかけた。

 

「ならぬ。自分の人質だけ連れて行け」

 

「他の選手が辿り着かなければ、この人質たちはどうなるんです?」

 

「お前の知るところでは無い。他の者に構うな」

 

水中人は冷たく言い放つ。

審査員は安全管理を徹底していると言っているから、選手が脱落しても人質は最終的に救助されるのだろう。

それであれば、チョウのみを救助して帰れば良い。

 

そう思ってセドリックは浮上しようとした。

 

だが、浮上しようとする瞬間、彼の脳裏にエスペランサの顔が過ぎった。

 

「エスペランサ。君なら、きっと、全員を助けようとするだろうね」

 

エスペランサは目の前に人質が居たならば全員助けようとするに違いない。

彼は自分のことを現実主義者と言っているが、その実、理想主義者だ。

全員を助けられないと分かっていても、全員を助けるという選択肢を捨てることが出来ない。

そんな甘さをセオドールはよく指摘していたが、セドリックはエスペランサの甘さ、つまり人間らしさが好きだった。

時に冷酷で、どこか戦闘を求める危なさのある彼の、ほんの少しだけ人間らしさが見え隠れするところ。

セドリックが憧れるのは、そこだ。

 

 

「悪いが、全員を助けさせてもらう!」

 

セドリックは水中銃を構えて、銃口を水中人に向ける。

 

「何のつもりだ?それは何だ?」

 

銃を向けられた水中人は不思議そうな顔をした。

水中人は魔法に疎い。

人間界とは無縁の湖底で暮らすのだから当たり前だ。

故に、銃の存在など知る由もない。

抵抗の多い水中では飛び道具など開発すらされなかったのも大きかった。

 

「死にたくなければ失せろ!」

 

精一杯の威嚇と共に、セドリックは水中銃の引金を引く。

 

ズズズズズという音と共に銃口から針のような弾丸が連射された。

それらはセドリックの周りに集まってきた水中人たちを上手いこと避け、湖底の岩や苔に突き刺さっていく。

 

流石の水中人たちもその威力には驚いた。

 

「こいつの威力が良くわかっただろう?死にたくなければ邪魔をするな!」

 

セドリックは周囲を囲む十数名の水中人に叫ぶ。

水中人は興奮してギャーギャー騒ぎ始めたが、彼は構わなかった。

 

チョウを庇いつつ、セドリックはフラーの妹とハーマイオニーの縄を瞬時に切り裂く。

彼の持つサバイバルナイフはコールド・スチールと呼ばれるもので、湾岸戦争で採用されたものだ。

必要の部屋では様々なサバイバルナイフを出すことが出来たが、セドリックはエスペランサが元々、マグル界から持ってきていたこのナイフを使うことにしている。

 

軍用サバイバルナイフは流石の切れ味で縄を切ることができた。

 

残っていたロンの縄もあっという間に切断したセドリックは、ナイフを腰に仕舞い、再び銃を水中人たちに向ける。

水中人たちは銃を警戒して隊列を組み、槍を向けながら彼を360度囲むようにしていた。

 

その数は当初の十数名から膨れ上がり、40人を越える程になっていた。

APS水中銃の装弾数を越える人数の水中人を殲滅することは不可能である。

と言うよりも、水中人は課題に協力してくれているだけであるから殺傷するのはよろしく無い。

 

そんな時だ。

ハリー・ポッターが現れたのは。

 

 

「セドリック!これは一体?」

 

エラ昆布によって魚人と化したハリーは見事な泳ぎでセドリックの元へ近づいてきた。

 

「ハリーか!人質の縄は全て切ったんだけど、水中人曰く、自分の人質しか救助出来ないらしい。僕は全員助けようとしたんだけど、まあ、この様さ」

 

「そっか。僕も全員、助けたい。協力するよ」

 

ハリーはセドリックの横で杖を構えた。

瞬時に全員を助けるという決断が出来てしまうあたり、ハリーもエスペランサと同類の人間なのだろう。

セドリックは少しだけハリーに嫉妬した。

 

「クラムやフラーがここに現れてくれれば、全て丸く収まるんだけど」

 

「残念ながらまだ来ていない。残り時間は?」

 

「わからない。僕の時計は湖に入ったら壊れちゃって」

 

ハリーは腕につけていた時計をセドリックに見せる。

確かに止まっていた。

湖底では魔法の力が強くなるために、アナログなマグルの道具であっても狂ってしまう。

 

セドリックの持つ水中銃は機械仕掛けでは無いものの、セオドールの機転によって、マグル避け呪文無効化の魔法が施されていた。

 

「体感で残り時間は20分も無いってところか。あれは!?」

 

見れば、サメの頭をしたクラムが猛スピードで泳いで来る。

 

クラムは解放されたハーマイオニーを見つけると、彼女を抱えて湖面に浮上しようとした。

 

「あ、ちょっと待て!潜水病になるぞ!」

 

セドリックの叫びも虚しく、クラムはあっという間に湖面へと達してしまった。

 

「潜水病って何?」

 

「詳しく話している時間は無いんだけど、深いところから急に浮上すると身体にダメージを与えてしまうんだ」

 

「ああ。僕が試合に来る前にエスペランサが教えてくれたやつか」

 

どうやらハリーもエスペランサに潜水病の知識を施されていたらしい。

 

「さて、どうする?もうじきタイムアップだ」

 

「フラーはまだ来ないね。どうしよう、このままだと人質が3人とも………」

 

セドリックはちらりと隊列を組んだ水中人たちを見た。

水中人たちは出来の悪い槍を構えているが、その後ろを見ると、彼らがペットにしているのであろう水魔グリンデローが無数に集められていた。

水中銃に対抗する策として水魔をセドリックにけしかけるつもりなのだろう。

 

「グリンデローか。あれだけの数のグリンデローを見たことがない。何というか気持ち悪いな」

 

「グリンデローなら魔法で対処出来るけど、ロンたちを助けながらとなると難しいよ」

 

エスペランサならどう乗り切るだろう。

セオドールならどんな策を思いつくだろう。

セドリックは考えた。

 

「いや。俺はエスペランサでもセオドールでも無い。ここに居るのは、僕だけだ」

 

「え?どうしたの?セドリック」

 

「ハリー。僕が奴らを引きつける。その間にロンとチョウを連れて浮上してくれ。ああ、圧力から守る魔法をかけるのを忘れずに。呪文はプロテゴプレッシャーだ」

 

「そんな。でも君は?」

 

「僕には銃がある。こいつは杖と違って連射出来るから、ある程度は水魔や水中人に対しても牽制ができる筈だ」

 

「君を置いて行くことは出来ない。僕も力に………」

 

「二人を助けながら戦うことは難しいだろう。ロンはデカイし、チョウも背の高い方だ。引き上げるだけでも一苦労だろう」

 

セドリックはそう言いつつ、フラーの妹とみられるブロンドの髪の生徒を引き寄せた。

フラーは高身長だが、妹の方は小柄だ。

多分、フローラよりも背が低いだろう。

だが、小柄故に、彼女を庇いつつ戦うことが可能になる。

 

「セドリック!僕も出来る限り君を援護する。無茶だけはしないでくれ。君を見ていると無茶な戦いをするエスペランサのことを思い出して心配になるんだ」

 

「そりゃどうも。さあ、行け!」

 

「気をつけて!」

 

ハリーはあちらこちらの水中人に武装解除の呪文を撃ちながらロンとチョウを連れて浮上し始める。

エラ昆布の効果が切れ始めているために浮上にてこずっているようだ。

 

「お前らの相手はこっちだ!」

 

ハリーを追いかけようとする水中人の頭上に銃弾を撃ち込みつつ、セドリックが叫ぶ。

 

水中人たちは怒りの表情を露わにしてセドリックの方へ水魔をけしかけてきた。

タコ星人のような生き物が無数にセドリックへと向かってくる。

 

「よし!こっちについてこい!」

 

セドリックは自分とフラーの妹に圧力から守る魔法をかけ、さらに、推進力を得る魔法を駆使して湖面へと浮上し始める。

 

魔法による推進力は水魔のスピードよりもやや遅い。

加えて、フラーの妹を抱えているのだから速力は落ちる一方だ。

 

水中銃を撃ち、水魔の先頭集団を排除。

どす黒い血を吹き出しながら水魔たちは湖底に沈んでいく。

それを見て怒った水中人が槍を投げてきた。

 

水中であるため、それ程のスピードは出ていないが、槍はセドリックの腕をかすめ、皮膚を切り裂く。

 

「痛っ!くそっ!舐めるな!」

 

空になっていた水中銃の弾倉を交換し、再び射撃を再開するセドリック。

片手で杖による推進力を得て、脇にフラーの妹を抱え、さらにもう片手で射撃をする。

この無理な姿勢でまともに戦える筈も無く、湖面まで残り数メートルのところで、彼は水魔の群に追いつかれた。

 

足や腕に絡みつく水魔。

水魔の手足にある吸盤がウエットスーツごとセドリックの肌を吸い込み、ダメージを与える。

首に巻き付いた水魔を何とか振り払った彼であったが、その弾みで自分を湖底へと落としてしまう。

 

「しまった!?」

 

顔面に張り付いた水魔の手に食らいつき、噛みちぎるセドリック。

口の中に異様な味が広がるのを感じる。

 

「レラシオ・離せ!レダクト・粉々!」

 

無我夢中で魔法を連発すると、それが効いたのか、水魔の攻撃が弱まった。

その隙に、セドリックはフラーの妹と共に湖面へ浮上する。

 

「良し!助かった!これで………」

 

セドリックは安堵する。

しかし………。

 

「キャアアア!」

 

水魔の度重なる攻撃によって目が覚めたのか、はたまた、1時間というタイムリミットが切れたのか、フラーの妹は目が覚めてしまった。

 

そして、魔法界の人間は足のつかない湖で泳いだ経験などない。

明らかにパニックに陥っている。

加えて、周りは水魔だらけだ。

 

湖面をバシャバシャさせながら生き残っていた数十匹の水魔がセドリックとパニックになって溺れかけているフラーの妹に襲いかかってくる。

 

 

「どうすれば良いんだ!」

 




独自設定やオリジナル魔法を少し加えてます。
潜水病に関してですが、マダム・ポンフリーがちゃんと対策してくれている設定です。
湖底での時計が止まった件に関しては、ポッターモアなどに湖が別の場所に繋がっていたり、当初、重要な役割を果たす場所にしようとしていたとの記載がありました。
なので、アナログ機器も停止してしまう魔法力の強い場所と解釈しました(ハリーの時計が止まった具体的な理由って原作に明記されてましたっけ?)。
ポッターモアの日本語訳はKindleで売っているのでオススメです。


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case59 Blood, water and rescue 〜血と水と救助〜

本日2回目の投稿です!
感想100件超えました。ありがとうございます!


 

エスペランサは観客席で課題の行く末を見守っていた。

と言っても、見えるのは緑色に輝く湖面のみだ。

 

「しっかし、セドリックは大丈夫なのか?クラムは浮上してきたけど、その他の選手は全然上がってこないじゃねえか」

 

エスペランサの横に座るコーマックがボヤいた。

センチュリオンの隊員たちは固まって課題を見学している。

 

「地図も武器もあるんだ。真っ先に課題をクリアするだろうと思っていたんだが、何かトラブルに巻き込まれたんだろうか?」

 

セオドールも心配した。

 

湖底に潜む脅威は水魔と水中人のみ。

前者は水中銃が無くても、魔法が使えれば撃退可能。

後者は原始的な武器しか持っていないのでセドリックが遅れを取ることはない。

 

「おっハリーが浮上したぞ!」

 

コーマックやネビルといったグリフィンドールの隊員が歓声をあげる。

グリフィンドールの生徒が固まっている観客席も歓声をあげている。

スリザリン生たちはこれ見よがしに「汚いぞポッター」のバッジを光らせていた。

 

「残り時間、10分ですね」

 

フローラが腕時計を見ながら言う。

 

「おいおい。ポッターの奴、チョウも救出してるぞ。どうなってるんだ?」

 

「ハリーのことだから、全員助けようとしたんじゃ?」

 

「いや、それならフラーの人質も一緒に助けるだろう?」

 

隊員たちがざわつきだす。

 

「これは、あれだよ。ドロドロな愛憎劇ですな」

 

フローラの横に居たダフネがニヨニヨしながら言う。

 

「あ、愛憎劇?」

「うん。ポッターはチョウのことが好きだったみたいだし、セドリックを出し抜いてチョウを助けたんだよ。うあー。面白くなってきたー!」

 

「お前は一体誰の味方なんだ?」

 

一人興奮するダフネを無視して、エスペランサは双眼鏡で湖面を見る。

チョウとロンを抱えたハリーは疲労困憊といった様子だ。

ハリーは審査員とスタッフの待機している桟橋へ何か叫びながら泳いでいく。

 

「ハリーは何を叫んでいるんだろうか?」

 

「うーん?ん?エスペランサ、あそこを見てくれ」

 

「あれは!」

 

ハリーが浮上した位置から少し離れた湖面からセドリックが浮上してくる。

だが、その身体はボロボロになっていた。

 

肩は何かに裂かれ、出血している。

顔面は血やどす黒い液体に塗れていた。

そして、彼はフラーの妹を抱えている。

 

「セドリックは何でフラーの妹を助けたんだ?」

 

エスペランサは疑問に思ったが、その疑問はすぐに解消された。

 

フラーは開始早々に水魔に襲われてリタイアしている。

故にフラーの妹を助ける人間は存在しない。

だが、セドリックとハリーは全員を助けようとしたのだろう。

 

「あの馬鹿。全員助けようとしたのか。それで勝機を逃すとは。誰の影響なんだろうな?」

 

セオドールが溜息を吐きながら言う。

その誰かさんであるエスペランサはセドリックの周囲の異変に気づいていた。

 

まず、フラーの妹が目を覚ましてしまい、パニックに陥っている。

溺れかけてパニックになった人間を水中で助けるのは非常に難しい。

下手をすれば救助者も溺れてしまう。

故にこういった場合、一旦、溺者を離さなくてはならないのだが、現状、それも出来ない。

何故なら、セドリックたちの周囲は無数の水魔に囲まれていたからだ。

 

「やべえ!やべえぞ!どうする?エスペランサ!」

 

「どうするも何も、こうなれば審査員かスタッフが何とかするだろう」

 

「いや、でも何か審査員たち何もしてねえぞ」

 

 

審査員たちは何もしていない。

と言うよりも何も出来ないようだ。

 

まず、ほとんどのスタッフがハリーたちの救助に出払っている。

カルカロフは見て見ぬ振りをしている。

フラーは泣き叫び、マダム・マグシームがそれをなだめていた。

頼みの綱はバグマンやパーシー、ダンブルドアたち教職員だ。

 

「エスペランサ。どうして職員はセドリックを助けないんだ?」

 

「助けたくても助けられないんだ。まだ、試合が終わっていないから手を貸せないってのもあるんだろう。だが、まず、セドリックたちと水魔の距離が近過ぎる。水魔に魔法を当てようとしたらセドリックたちに誤射してしまう距離だ」

 

セドリックと水魔の距離はほぼゼロである。

セドリックはパニックに陥ったフラーの妹を必死で助けようとしているために水魔の攻撃を防ぐことが出来ない。

彼の身体には既に5匹の水魔が纏わりついて、皮膚を喰いちぎり始めていた。

フラーの妹がまだノーダメージなのはセドリックの異常なまでの体力と気力のおかげだろう。

それも、もう保たない。

 

「なるほど。敵が近過ぎて手が出せないのか。でも、何とかする魔法がある筈だ。ダンブルドアなら!」

 

「いや、ダンブルドアにはセドリックを助けさせない」

 

エスペランサが言う。

 

「え?」

 

「ダンブルドアは審査員だ。ダンブルドアや他の審査員に助けられたとしたら、セドリックはその時点で失格になるか、大幅な減点を食らう」

 

「でも、このままじゃ!」

 

フラーの妹はかなり水を飲んだのかグッタリとし始めた。

セドリックはそんな彼女を何とか湖面に引き上げつつ、水魔の攻撃から守っている。

水魔はセドリックが反撃しないことをいいことに、更なる追い討ちをかけていた。

 

観客席の生徒たちは悲鳴をあげている。

ダンブルドアやマクゴナガルといった面々が杖を持って立ち上がるのを目視したエスペランサは決意する。

 

「俺が行く。課題の妨害とみなされるかもしれんが、関係ないだろっ!」

 

そう言ってエスペランサはコートやローブ、靴を脱ぎ捨てて、観客席から桟橋へと駆けていく。

 

「くそっ!セドリックがセドリックなら隊長も隊長で馬鹿だ!総員、隊長を援護しろ!」

 

セオドールは隊員たちに指示を飛ばす。

 

隊員たちは各人が隠し持っていた武器を湖面に向かって構え始めた。

拳銃、サブマシンガン、自動小銃。

ネビルはM24狙撃銃を構えて、スライドを引いた。

彼らの持つ銃には自動追尾の魔法がかけられている。

手ブレによって命中率の下がる魔法よりも遥かに命中精度が良い。

 

「絶対に隊長たちに当てるなよ!水魔だけを狙え!」

 

ベレッタを取り出しつつ、セオドールは声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Tシャツとズボンのみになったエスペランサは桟橋から勢い良く湖に飛び込んだ。

 

「くそっ!思ったよりも冷たいじゃねえか!」

 

身体を突き刺すような冷たさを全身で感じつつ、エスペランサはセドリックの元にクロールで泳いでいく。

あっという間にセドリックの元に辿り着いたエスペランサは、飛びかかってきた水魔2匹を素手で掴み、それを二つに引き裂いた。

 

観客席からはその光景を見て悲鳴をあげる生徒の声が聞こえる。

 

「セドリック!大丈夫か!」

 

「ガバッ。だ、大丈夫、だ」

 

「その様子だと助けが必要なようだな」

 

水をがぶがぶ飲みながらも必死でもがくセドリックを助けるべく、エスペランサは彼の腰にぶら下がっていたサバイバルナイフを抜き取って、さらにもう3匹の水魔を倒す。

 

「セドリック!その娘の頭に泡頭呪文をかけろ!それで溺れはしなくなる。俺は襲ってくる水魔を倒す」

 

「ああ!わかった!」

 

セドリックは溺れかけていたフラーの妹に泡頭呪文をかける。

新鮮な空気を確保した彼女は落ち着きを取り戻した。

 

エスペランサが来ただけで、戦況は変わっていく。

セドリックは彼が隊長を務めることが出来ている理由が何となく分かった。

エスペランサの姿を見て、尽きかけていた体力が元に戻っていく気がした。

 

 

 

タタタン

 

タタタタン

 

ターン

 

 

遠くで乾いた射撃音が聞こえる。

 

間違いない。

センチュリオンの隊員たちがセオドール指揮の下で射撃をしているのだ。

 

彼らの放つ銃弾は見事に全て水魔に命中していく。

 

「立ち泳ぎしながらの戦闘は、疲れる。うらっ」

 

水面に顔を出しながらエスペランサは襲いかかってきた水魔を次々に倒していく。

射撃と相まって水魔の数は激減した。

 

その機を逃さず、セドリックはフラーの妹を連れて桟橋まで泳いで行く。

 

「大丈夫か!」

 

「よし!今引き上げてやる!」

 

「しっかりしろ!」

 

桟橋にはスタッフや審査員、職員を押し退けてセンチュリオンの射撃に参加していなかった隊員たちが待ち構えていた。

マイケル、フナサカ、ザビニに支えられてセドリックは桟橋の上に引き揚げられる。

フラーの妹はグリーングラス姉妹が引き揚げ、フローラが疲労回復の魔法をかけまくっていた。

 

「た、助かった。ありがとう」

 

「お礼なら後で隊長に言っておけ」

 

「ああ。そうするよ」

 

セドリックは湖面の方を向く。

エスペランサは水魔を何とか撃退し、自力で桟橋へ戻ってきていた。

流石の彼も疲れ切っているようだ。

 

桟橋に上がったエスペランサはすぐに地面に倒れ込む。

 

「もう、二度とごめんだ。水魔なんて大嫌いだ。あいつらズボンの中に入り込んで攻撃してきやがった」

 

「良かったじゃないか。必要の部屋にはまだ沢山の弾がある。二つくらい無くなっても問題ないだろ」

 

エスペランサの言葉を聞いたフナサカがニヤリとして返す。

その言葉の意味を理解した女性隊員たちが冷たい目を向けていた。

 

「ガブリエル!ガブリエル!あの子は平気なの?」

 

和やかな雰囲気の隊員たちを押し退けてタオルを身体に巻いたフラーが走り込んで来る。

 

「大丈夫です。意識も回復していますし………」

 

「ああ!」

 

フローラがフラーに報告し終わらない内に彼女は妹のガブリエルに抱きついた。

見ればフラーの身体も傷だらけである。

恐らく水魔にやられたのだろう。

 

 

「お、お姉ちゃん。私は大丈夫だから」

 

「本当に?怪我とかは無いの?」

 

「うん。あの人たちが助けてくれたから」

 

フラーの妹はフローラの魔法による治療の甲斐もあって、喋ることが出来るまでに回復していた。

 

「妹を助けてくれてありがとうございます」

 

フラーがセドリックとエスペランサに言う。

 

「いや。僕は別に。助けたのは僕だけじゃなくて、ハリーもだ。それに、隊長、じゃなかった。エスペランサが居なければ無事に戻って来れなかった」

 

「ええ。ええ!本当にありがとう!」

 

辿々しい英語でお礼を言った後で、彼女はセドリックとハリー、そして、サバイバルナイフについた水魔の血を拭き取る最中だったエスペランサの両頬にキスをかました。

 

「は?」

 

ハリーは顔を真っ赤にし、セドリックはチョウが近くに居ないことを確認し、そして、エスペランサは持っていたナイフを湖に落としてしまった。

 

「あ、やっちまった」

 

エスペランサは何が起きたか分からなかった。

 

「うおおおお!」

 

「あの隊長にキスをする猛者がここに居ようとは!」

 

「どうだ?はじめての感想は!?」

 

「おーい!誰かチョウを呼んでこい!」

 

「あー!今この場にコリンが居て、写真を撮ってくれていたらなー。ピュリッツァー賞取れるぜ?」

 

隊員たちが囃立てる。

 

フラーはまた妹のガブリエルに抱きついていた。

 

放心状態のエスペランサはこの和やかな雰囲気の場にも関わらず、殺気を感じとった。

 

振り向けば、フローラをはじめとする女性隊員たちが冷ややかな目で見ている。

 

 

「あー。俺も奇襲には弱いらしいな。宣戦布告も無しにキスされたら堪らん」

 

「へえ。じゃあ宣戦布告したら良いんですか?」

 

フローラが冷たく言う。

 

「あ?何を言って?」

 

「のぼせて頭が回ってないみたいですね。もう一度、湖で冷やしてくると良いんじゃないですか?」

 

そう言いながらフローラはエスペランサの背中を蹴飛ばした。

彼は頭から湖に落下する。

 

ブクブクと湖に沈みながらエスペランサはこの身に起きた理不尽について嘆いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果はクラムが1位でハリーとセドリックが同率で2位。

フラーは脱落したので3位であった。

水中人がセドリックが最初に辿り着いたことと、ハリーと協力して人質全員を解放しようとしたことをダンブルドアに報告したためだ。

 

ハリーが鰓昆布というものを使ったことは審査員のバグマンの解説ではじめて分かったことである。

セオドールは「その手があったか」と嘆いていた。

湖から引き揚げられてガタガタ震えていたエスペランサには鰓昆布がどのようなものなのかは分からなかった。

 

セドリックは桟橋に到着した時点で1分オーバーしており、ハリーはギリギリ間に合っていたらしい。

だが、道徳的であったとして、カルカロフを除く全員の審査員は高得点を与えてくれたようである。

 

バグマンは最後に、第3の課題が6月24日に行われることを発表して幕を閉じさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒たちが散々午後、城へ戻っていく中で、セオドールは湖畔に残っていた。

 

「先生。ムーディー先生」

 

セオドールと同じく、湖畔に残っていたムーディーを呼び止める。

彼は足が悪いため、他の職員よりも城に戻るのが遅れていた。

 

「どうした?他の生徒は皆、城へ向かったぞ」

 

「そのようですね。そっちの方が好都合です」

 

「何?」

 

「他の生徒には聞かれたくないので。特に、エスペランサには」

 

 

セオドールは周りにもう生徒や職員が残っていないことを確認して、ムーディーに近づいた。

 

 

「何の話だ?」

 

ムーディーの声音に警戒心が宿る。

 

「先生は闇祓い時代、多くの死喰い人をアズカバンに送ったそうですね」

 

「ああ。そうだ。送り損ねた奴も居るがな。お前の父親とか」

 

「僕の父の話はまた今度しましょう。今日は別の死喰い人の件で聞きたいことがあって来ました」

 

「ふむ。誰の話だ?」

 

 

 

 

 

「オーガスタス・ルックウッドです」




少し短いですがキリが良いので投稿しました。
第3の課題は6月24日。全世界的にUFOの日ですね。
イリヤの空、おすすめです。



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case60 Love-hate drama 〜愛憎劇〜

ハリーポッターの映画の未公開シーンとメイキング動画を観ました。
何か感動しました。


「オーガスタス・ルックウッドだと?」

 

「はい。オーガスタス・ルックウッドです。死喰い人の」

 

 

セオドールの問い掛けにムーディは眉を潜めた。

 

 

「奴の事は確かに良く知っている。同時期に魔法省で働いていたからな。奴は神秘部で働く無言者だった。そして、闇陣営の二重スパイでもあった」

 

「みたいですね。魔法省の情報を死喰い人側に流し、さらに、死喰い人を魔法省内に潜伏させる主導者。それが、オーガスタス・ルックウッド。カルカロフが法廷で告発したことで現在はアズカバンに収監されている、と」

 

「随分と詳しいな。まあ、お前の父親も死喰い人だった訳だし。当たり前か」

 

「ええ。まあ、調べるのに苦労はしませんでした。そして、オーガスタス・ルックウッドは自身がアズカバンに収監されると分かった後に、魔法省から逃亡。逃亡中に当時、闇払いをしていたムーディ先生に確保される。ここまでは魔法省の公式記録にも残っています」

 

「ふむ。確かにワシがアズカバンにぶち込んだ。それは間違い無い」

 

「では、彼に子供がいたかどうかは分かりますか?」

 

「何?」

 

「オーガスタス・ルックウッドに子供はいましたか?」

 

 

ムーディはセオドールの質問の意味を理解した。

オーガスタス・ルックウッド。

エスペランサ・ルックウッド。

この二人に何らかの関係性があるのか、ということを知りたいのだろう。

 

「オーガスタス・ルックウッドは独身だった。故に子供はおらん」

 

「後見人とか名付け親も存在しない、と?」

 

「そうだ。ワシの知る限り、な。質問はそれだけか?」

 

「いえ、もう一つあります」

 

 

セオドールがオーガスタス・ルックウッドという死喰い人を調べた理由は、エスペランサ・ルックウッドとの関係を知りたいからというのもあったが、理由はそれだけでは無かった。

 

オーガスタス・ルックウッドはマッドアイ・ムーディに捕まる前に、神秘部から予言を一つ、盗み出したという噂がある。

この噂は主に元死喰い人、つまりセオドールの父親たちの間で囁かれていた。

それを、夏休みに偶然、耳にしたセオドールはその噂に興味を持つ。

 

もし、噂が本当であれば、オーガスタスを捕まえた際に、ムーディは盗まれた予言についても何か知っているかもしれない。

セオドールはそう思ったのだ。

 

 

「オーガスタスがアズカバンに送られる前に神秘部から予言を一つ盗んだ、という話を聞いたことはありますか?」

 

「ある。その話は魔法省の中では有名だ。しかし、神秘部に存在する予言は無数にあるから、盗まれたところで、何が盗まれたのかを把握出来るのは無言者、つまり、神秘部の職員だけだろう。故に、オーガスタスが予言を持ち出してしまえば、神秘部以外の職員は予言が盗まれたことに気付く訳がない」

 

「なるほど。噂、と言うよりも真偽が分からない話、と言う訳ですね」

 

 

オーガスタスとエスペランサに何らかの関係があると見て、オーガスタスが盗んだ予言について知ろうとしたが、これでは何も知ることは出来ない。

中東出身なのに、中東の魔法学校ではなく英国の魔法学校に招待されたエスペランサ。

それは、つまり、魔法界での国籍は英国であったという証拠だ。

つまり、彼の親は英国に居る。

そして、英国魔法界でルックウッドといえはオーガスタス・ルックウッドだ。

 

だが、やはり、エスペランサとオーガスタスには繋がりは無いのだろうか?

 

「質問は終わりか?」

 

「はい。あ、もう一つ。質問と言うか、オーガスタスを捕まえた時の話を詳しく聞かせてくれませんか?」

 

「さあな。昔の話だ。この頃、歳のせいか忘れっぽくてな。そんな詳しい話は覚えとらんのだ」

 

「そう、ですか」

 

 

セオドールはふと考える。

ムーディがオーガスタスに関する何かしらの機密情報を持っていて、隠そうとしてはいないだろうか。

ひょっとして覚えていない、というのは嘘なのではないか、と。

 

(そう言えば、エスペランサに聞いたことがある。人間は嘘を吐くときに、右上を咄嗟に見てしまうのだと)

 

ムーディは先程から話している最中に何回も右上に目線が行っていた。

彼は嘘を吐いているのだろうか?

 

「セオドール・ノット、と言ったか。今日の課題だが、ルックウッドが大きく関わっているな」

 

「え?」

 

「ディゴリーの持つ武器は間違い無くルックウッドの影響を受けたものだろう。どこで調達したのかは分からんが、魔法界に存在するものではない」

 

「そうですね。あれらはマグルの道具です」

 

「そして、観客や審査員はパニックに陥っていたから気付いていなかったが、観客席からマグルの武器でルックウッドの行動を支援していた者が少なからず存在した。お前もその一人だろう?」

 

「まあ、エスペランサと仲の良い生徒が、感化されてマグルの武器を使い始めたというのは確かです。教職員もそのことは知っています」

 

教職員がエスペランサの派閥について問題視しているのはセオドールも知っている。

しかし、校内での規則を司る管理人のフィルチはセンチュリオンの協力者であるし、必要の部屋という基地はまずバレない。

故に、教職員はセンチュリオンの存在を未だに知らないのだ。

 

「珍しいことだ。グリフィンドールとスリザリンの生徒が徒党を組むことは。お前も、スリザリン生とは思えん。今のスリザリン生はグリフィンドール生やマグル生まれを片っ端から差別する風潮があるが、お前はそうではないようだ」

 

「誤解されているかもしれないので一応、言っておきますが、僕も純血主義には変わりありません。ただし、原理的純血主義ですけどね。今の純血主義は単純に差別思考の延長でしか無い。元々、純血主義は魔法族の存続を謳ったものであったのに、いつの間にかマグル差別と純血至上主義に変わってしまった」

 

「ふむ。なるほど。今のスリザリン生が掲げる純血主義とは唯の差別思考である、と?」

 

「死喰い人たちの掲げていた純血主義も、ヴォルデモートの掲げた純血主義も同じようなものです」

 

ヴォルデモートという単語にムーディはギョっとする。

センチュリオンの隊員はヴォルデモートという名前を既に恐怖とは思わなくなっていたので、セオドールはつい名前で呼んでしまった。

しかし、歴戦の闇払いであるムーディがヴォルデモートの名前にギョっとするのは意外でもあった。

 

「死喰い人もヴォル………例のあの人も、マグルやマグル生まれを差別せずには自身の存在価値を見いだせなかった、というのが僕の考えです。まあ、スリザリン生は元々、他寮から疎まれていた日陰者的な存在ですし、死喰い人たちの気持ちは分からなくは無いですが」

 

「ほう。死喰い人の気持ちは分かるというのに、それでも、お前は死喰い人を否定するのか?」

 

「そうですね。僕がエスペランサと出会う事が無ければ、もしかしたら僕も他のスリザリン生と同じ様にマグル生まれの差別をしたり、グリフィンドール生を目の敵にしていたかもしれません」

 

ホグワーツ1年生の時。

セオドールはマルフォイたちが他寮の生徒、特にグリフィンドールのハーマイオニーやロンを馬鹿にして差別するのにうんざりしていた。

だが、その一方でその気持ちも理解出来てしまっていた。

グリフィンドール生はスリザリン生というだけで冷ややかな目をして、まるで犯罪者のように扱ってくる。

ハッフルパフもレイブンクローも同じようなものだ。

だから、セオドールは原理的純血主義を捨てて、マルフォイ側に付くことを考えていた。

 

だが。

 

『ルックウッドという生徒を知っていますか?あの人は私がスリザリン生であるにも関わらず助けてくれたんですよ?』

 

いつになく饒舌になったフローラがセオドールに報告してきたのはハロウィンの日だった。

エスペランサ・ルックウッドはその頃には既にスリザリンでも有名な変わり者であった。

 

あまり他人と接点を持ちたがらないフローラが興味を示す人間だ。

セオドールとしても少し気になる。

その日以降、彼はエスペランサを観察することにした。

 

エスペランサ・ルックウッドはセオドールが今までに見た事がない人間だった。

いや、恐らく、ホグワーツに居る誰しもが彼の様な人間を見たことはないだろう。

 

思考も、主義も、ホグワーツというか魔法界に存在しないものだ。

加えて、マグルの軍隊出身故に英国魔法界の抱える問題を見抜くことが出来ていた。

 

そして、彼は何よりも正義を求めていた。

 

エスペランサの掲げる正義が絶対だとは思わない。

第一、セオドールの好む原理的純血主義は魔法族の事しか考えておらず、マグルも魔法族も救おうとするエスペランサの正義とは根元から異なるものだ。

 

それでも、セオドールはエスペランサに近づいた。

 

もし、また魔法界に戦乱が起こった場合、セオドールは間違い無く、エスペランサの下で戦うだろう。

それは、エスペランサが強いからという理由ではない。

彼なら戦場において正しい戦う意味を示してくれそうだったからである。

 

何が正義なのか。

それはセオドールだけでなくエスペランサにも分からない。

セオドールもエスペランサも未熟過ぎたためだ。

それでも、セオドールはエスペランサの率いる部隊が見たかった。

 

「ムーディ先生。僕はエスペランサ・ルックウッドの作る世界が見てみたいんです。彼の作る世界が僕の理想に最も近い形であると思うから」

 

「ルックウッドの作る世界、か。その世界は恐らくワシの嫌う世界なのだろうな」

 

「え?」

 

「老人の戯言だ。忘れろ」

 

 

ムーディは義足を引きずりながら城へと帰っていく。

セオドールはその姿を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハリーポッターの密かな胸の痛み』

 

という題名の記事が週刊魔女という雑誌に掲載された。

記者はリータ・スキータである。

 

どこで入手したのかは知らないが、マルフォイはこの雑誌をご丁寧にハリー本人に渡した。

マルフォイの横でパンジー・パーキンソンも笑っていることから、彼女が持っていた雑誌なのかもしれない。

 

記事の内容はハリーというよりも主にハーマイオニーに関するものだった。

ハリーとクラムを手玉に取る魔女としてハーマイオニーが紹介されている。

 

魔法薬の授業が終わり、エスペランサはハリーたち3人と中庭の木陰に座りながら記事を読んでいた。

 

 

「愛を奪われた14歳のハリーポッターはホグワーツでマグル出身のハーマイオニー・グレンジャーというガールフレンドを得て安らぎを見出していた」

 

「エスペランサ。頼むから音読するのはやめてくれないか?恥ずかしさで死にそうだ」

 

「すまんすまん。だが、リータ・スキータは案外、文才があるのかもしれんな。実に読ませる文章だ」

 

「エスペランサ?あなたは誰の味方なの?」

 

「悪い悪い。でも、リータはハーマイオニーとクラムの関係をどこで知ったんだ?クラムがハーマイオニーのことをブルガリアに招待した事なんて、俺らでも知らない事だぞ」

 

「ええ。そこなのよ。あの女はどうやって情報を収集してるのかしら?」

 

それに関してはエスペランサも謎であった。

リータは何故、センチュリオンの存在を知り得たのだろうか。

 

「もしかして、ハーマイオニーに盗聴器を仕掛けたんじゃないかな?」

 

ハリーが言う。

 

「盗聴器?」

 

「ああ。ロンは分からないか。マグルの道具でね、遠くに居る人の話し声を盗み聞き出来る道具があるんだ」

 

「へえ。そりゃ便利だ。じゃあきっとリータはそれを使ったに違いない」

 

「あなたたちねえ。ホグワーツの歴史にマグルの電子機器はホグワーツ内で使えなくなるって書いてあるのよ?」

 

「でも、エスペランサは使ってるじゃないか」

 

「あー。それもそうね」

 

エスペランサはマグルの電子機器を狂わせる魔法から電子機器を守る魔法を使っている。

最も、これはエスペランサが開発したものでは無い。

ロンの父親が空飛ぶ車にかけていた魔法を参考にしたまでだ。

この魔法のおかげで、例のフォードアングリアはホグワーツ敷地内でも走行が出来た訳であるし、センチュリオンは無線機などを使う事が出来ている。

 

 

「だが、リータは盗聴器なんて使ってないと思うぞ」

 

「何で言い切れるのさ」

 

「うーん。それはなぁ」

 

銃の存在も知らなかったリータが盗聴器なんて知らないだろうとエスペランサは思ったが、それを口にする事は出来ない。

 

「兎に角、リータ・スキータには用心しろって事だ。どこで聞き耳立ててるかも分からねえしな」

 

誤魔化しながらエスペランサは忠告だけする。

 

「あ、こんなところに居たんですか?探したんですよ?」

 

不意に話しかけられるエスペランサ。

彼が顔を上げると、そこにはフラーの妹のガブリエルが立っていた。

 

「ああ。えーと、君は」

 

「ガブリエルです。フラー・デラクールの妹です!」

 

「そうだ。ガブリエルだ。何か姉のフラーよりも英語が上手じゃないか?」

 

「練習したんです。あなたにお礼が言いたくて。あ、そっちの人にも」

 

ガブリエルはエスペランサの横に居たハリーにも笑顔を見せる。

 

姉のフラーと似て、ガブリエルもかなりの美人であったが、姉よりも身長は低く、顔には幼さが残っている。

フローラを社交的にしたらこんな感じなのだろう、とエスペランサは思った。

 

「あれは俺が勝手にしたことだ。それに、俺はセドリックを助ける為に動いただけで、君を助けようとは考えていなかった」

 

「でも、あなたが居なかったら私は溺れていたと思います。あの時は溺れかけて何も見えてなかったけど、セドリックさんが色々と教えてくれました」

 

「あの野郎…………」

 

「それに、セドリックさんはこうも言っていました。"エスペランサは素直じゃない。お礼を言っても素直に聞いてはくれないだろう"って」

 

「あいつ!」

 

へへへ、とガブリエルが笑う。

とても愛嬌のある笑顔だ。

ヴィーラの血が入っていることもあって、その笑顔にハリーとロンが釘付けになっている。

 

「それで、お礼と言っては何ですが、良かったら私たちの馬車に来ませんか?」

 

「は?」

 

「馬車の中は私たちの居住区になっているんですけど、そこで何かもてなす事が出来ればと…………」

 

ガブリエルが上目遣いでエスペランサを誘う。

エスペランサは困惑した。

 

罠か?

ボーバトンの居住区にホグワーツの生徒、しかも、セドリックの仲間であるエスペランサを誘うというのは、どう考えても罠でしか無いだろう。

しかし、このガブリエルという娘は純粋な眼差しでエスペランサの事を見ている。

 

一体………………。

 

「何を企んでいるのですか?ミス・デラクール?」

 

エスペランサに代わって疑問をぶつけてくれたのは、いつの間にか近くまで来ていたフローラであった。

 

彼女は手に何かの資料を持っている。

どうやら、その資料をエスペランサに見せるために来ていたようだ。

 

「フローラ。いつの間に?」

 

「あなたに渡す資料があったので、随分と長い時間、城の中を探させて頂きました」

 

「何だか俺が悪いみたいな言い方だ」

 

「で、彼を馬車に誘い込んで何をしようとしていたのですか?拷問ですか?」

 

冷ややかな目をするフローラにガブリエルはムッとした表情をする。

 

 

「違います!私はただ、エスペランサさんにお礼がしたくて!」

 

「名前で呼ぶとは随分馴れ馴れしいですね」

 

「べ、別に良いじゃないですか!というか、あなた誰ですか?彼の何なんですか?」

 

「え、私は………。ええと、あなたの何なんでしょうか?」

 

「俺に聞くなよ」

 

 

口論になるフローラとガブリエルだったが、二人とも小柄なので子供の喧嘩にしか見えない。

口論の内容も幼稚である。

 

だが、普段は冷静なフローラがこうも取り乱すところをエスペランサは始めて見た。

それは、他の生徒も同じだったようである。

 

「おったまげー。あのカローが熱くなってるよ。すげえや」

 

ロンも驚いていた。

 

「兎に角、私は今からこの人に用件があるんです」

 

「ちょっと!私が先に誘っていたんですよ?泥棒猫!」

 

フローラは相変わらず無表情だが、目の下がピクピクと動いている。

 

「聞き捨てなりませんね。泥棒猫ってどういうことですか?」

 

「その名の通りです!人の恋路を邪魔して!」

 

「「 は?恋路? 」」

 

エスペランサとフローラが同時に言葉を出した。

 

「そうですよ!私、この人のこと好きになっちゃいましたから!邪魔しないで下さいね」

 

この台詞にエスペランサとフローラだけでなく、ハリーたちも、そして、偶々通りかかった他の生徒たちも目を丸くする。

 

 

「気は確かか?」

 

「そうだよ。相手はエスペランサだぜ?」

 

「ムーディに服従の呪文でもかけられたんじゃないのか?」

 

皆、口々に叫ぶ。

 

「お前ら言いたい放題言いやがって。君も冗談はやめてくれ」

 

「冗談じゃありません。本気です!」

 

ガブリエルはエスペランサの目を真っ直ぐに見て言う。

 

「何で俺なんだ?セドリックじゃないのか?」

 

「だって、水魔と戦う姿がカッコ良かったんですもん」

 

彼女はモジモジとして、顔を赤くしながら呟く。

エスペランサは困り果ててしまった。

 

 

「なあ。好意はありがたいが、俺はその好意を受け取るわけには………」

 

「分かってます。でも、安心しました。普通の男の人なら私やお姉ちゃんに告白されたらイチコロなんですけど、エスペランサさんはそうじゃないみたいですね。落とし甲斐があるってもんです」

 

ガブリエルはニヤリとする。

 

「お前。良い性格してるわ」

 

「えへへ。必ずあなたのことをメロメロにしてみせますから、覚悟しておいて下さいね」

 

彼女はそう言い残して足早にその場を去っていった。

残されたエスペランサたちは空いた口が塞がらない。

 

「なあ、俺はどうすりゃ良いんだ?」

 

「知りません」

 

「ところで、フローラは俺に何の用件があって来たんだ?」

 

「ああ。これです。新規隊員の素質がある生徒の名簿を渡しに来ました」

 

「それはありがたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数週間、センチュリオンの隊員たちは平和な日々を送っていた。

 

セドリックが第二の課題をクリアして安堵していたと言うのもあるし、日々の訓練以外に特に戦闘がある訳でもなかったためだ。

 

ただし、エスペランサとセオドールは密かにセンチュリオンの戦力増強のために動いていた。

フナサカと手先の器用な隊員たちには機動車輌の開発をさせていたし、ナパーム弾を簡易的なお手製のロケットランチャーによって射出することにも成功していた。

バジリスクの毒から精製したポイズン・バレットの増産もしている。

 

さらに、ホグワーツ城内に予備の武器庫や火薬庫を設けた。

元々、エスペランサは対バジリスク用に、城内のあちこちに爆薬や弾薬庫を設置していたのだが、それの数を増やしたのである。

 

理由は、ここ数日でキナ臭い事件が度々起こったためだ。

 

 

「ポッターの話を信じるのなら狂ったクラウチ氏がクラムを襲ったという訳か」

 

「ああ。どうもそうらしい」

 

廊下にある隠し扉の裏に5.56ミリ弾の弾箱を押し込みながらエスペランサは言う。

彼らは城内の隠し扉という隠し扉全てに弾薬を搬入していた。

 

「クラウチ氏が病気なのは新聞で知っていたが、まさか、精神病だとはな」

 

 

審査員の一人、バーティ・クラウチは病気故に審査員をパーシーに任せて、療養していたと聞く。

しかし、数日前にハリーとクラムが禁じられた森の近くを歩いていると、浮浪者のような格好をしたクラウチがどこからともなく現れたようだ。

そして、ハリーがクラムをその場に残し、ダンブルドアにその旨を報告しに行ったのだが、その隙にクラウチはクラムを襲い、逃亡したとのことである。

 

「それだけじゃない。学校外では魔法省の職員であるバーサって女が行方不明になっているし、そもそも、ハリーが代表選手になったのだって事件だ」

 

「ふむ。確かに今年のホグワーツはおかしい。いや、毎年おかしいんだがな」

 

 

弾薬の搬入を終えた二人は廊下を歩きながら話す。

 

 

「そうだ。セオドールは憂の篩って知ってるか?」

 

「ああ。聞いたことはある。ペンシーブのことだろ?人間の記憶を補完することのできる魔法道具だ」

 

「なら話は早い。ハリーがダンブルドアのペンシーブをこの間、覗いたらしいんだ」

 

「何て怖いもの知らずな奴なんだ。僕は偶にポッターの好奇心が怖くなる」

 

「俺もさ。それで、ダンブルドアのペンシーブにはクラウチの息子がアズカバンに送られる時の記憶が入っていたらしい」

 

「へえ。それは興味深い」

 

「記憶では、カルカロフは死喰い人の名前をクラウチに教える代わりにアズカバン送りを免れようとしたらしい。それで、カルカロフはクラウチの息子が死喰い人だということを法廷でバラした」

 

「それは有名な話だな。ついでに言えばクラウチの息子はネビルの両親の拷問に関わっている」

 

「初耳だ。それで、まあ、クラウチの息子は最後までクラウチに助けを懇願していたらしいが、有無を言わさずにアズカバンに送られたっていう話だ」

 

「クラウチの息子、つまりクラウチJr.がネビルの両親を拷問したのは間違い無い。クラウチJr.は根っからの死喰い人だったというのは僕の父も認めている」

 

「何で死喰い人になったんだろうな?元々、クラウチJr.って野郎は優秀だったんだろ?」

 

「さあね。それは本人にしか分からないさ。ところで、第3の課題の内容が発表された訳だが、セドリックは優勝できると思うか?」

 

セオドールが話題を変えた。

 

第3の課題の内容はバグマンによって既に公表されている。

クィデッチ競技場に巨大な迷路が作られ、その中に潜むトラップを突破しながらゴールを目指すというものだ。

 

「実戦経験豊富なセドリックには有利な課題だ。迷路の中には様々な魔法生物が配置されるらしいが、まあ、これらはセンチュリオンの持つ武器で一蹴出来るだろう」

 

「我々がセドリックに出来る支援は?」

 

「ほとんど無いだろうな。祈るくらいしか出来ないさ」

 

エスペランサは作りかけの迷路を偵察しに行っていたが、外からは迷路内の様子が全く見えなかった。

これでは、支援は出来ない。

 

だが、彼はセドリックに使えそうな装備を既に渡し、戦闘訓練も行なっていた。

 

 

「そうだな。じゃあ僕も気休めに祈るとしよう」

 

セオドールは苦笑いしながらそう呟いた。

 

 

「あ、居た居た!探したんですよー」

 

廊下の端からエスペランサたちの方へ手を振る生徒がいた。

ガブリエルだ。

 

あの日以来、彼女はエスペランサの行く先々に姿を表すようになっていた。

 

「また出た。今日は何の用だ?」

 

「特に用はありません。おや?こちらの方は?」

 

「俺の仲間のセオドールだ」

 

 

セオドールは興味津々でガブリエルのことを見る。

 

 

「へえ。この子が例のガブリエルか。エスペランサから話は聞いている」

 

「はじめまして!ガブリエルです!」

 

「愛想も良いし、可愛いし、こんな子に好かれてるなんて良かったじゃないか」

 

「ちっとも良くねえ。最近は、半分ストーカーになって来てるし。やっぱり水魔に食わせとくべきだった」

 

「酷いですよ!あの時は必死で助けてくれたのに」

 

「だから、別にお前を助けた訳じゃ無い」

 

エスペランサとガブリエルのやり取りをセオドールは笑いながら見ている。

 

「エスペランサは変な女にモテるようだな」

 

「勘弁して欲しいものだ。というか、お前、俺らに絡んでて大丈夫なのか?一応、ボーバトンの代表の妹だろうが。敵対する選手の仲間とつるんでいるのはよろしく無いだろ」

 

「それなら問題無いですよ。そもそもこの大会は3校の生徒の融和団結を目標としたものなんです。だから、ホグワーツの生徒と仲良くするのも大会の醍醐味ですよ」

 

「意外とまともな事を言う。ホグワーツの生徒よりよっぽどしっかりとしてる」

 

セオドールが感心した。

 

「そうですよ!それに、お姉ちゃんは絶対に優勝します!前回は水魔相手に遅れを取りましたが、今回は負けませんから」

 

「へえ。余程自信があるみたいだな。だが、勝つのはセドリックだ。賭けても良い」

 

「言いましたね。じゃあ、賭けましょうか。そうですね。もしセドリックさんが勝てば、私は大広間を逆立ちで1周してあげます」

 

「何だそりゃ。じゃあ、そうだな。もしフラーが勝ったら、うちのエスペランサを1日好きなように使って良いぞ」

 

「は?セオドール。お前、何を言ってるんだ」

 

「決まりです!うわー。楽しみだなぁ」

 

ガブリエルはスキップしながら、大広間の方へ行ってしまった。

 

「おいおい。何してくれてるんだ。聞いてないぞ」

 

「隊長。セドリックが勝つに決まってるだろ?隊長は隊員のことを信じてあげないといけないだろうが」

 

「それは、そうだが。お前、楽しんでるだろ?」

 

「さあ?」

 

 

第3の課題は目前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ガブリエルを登場させたのには意味があります。


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case61 Raid of the Cursed Child 〜未来からの使者〜

感想などありがとうございます!

呪いの子の要素があります。


クィデッチ競技場は巨大な迷路と化していた。

 

6メートル程の高さの生垣が周りをぐるりと囲んでいる。

通路は幅が3メートルほどあるが非常に薄暗い。

 

競技中は教師が迷路の周りを巡回し、もし、選手が危険を感じたならば杖を使って上空に信号を上げる手筈となっていた。

つまり、審査員やスタッフは選手たちをリアルタイムで監視しないということである。

お粗末な安全対策だ。

 

とは言え、ドラゴンと対峙するよりは迷路を突破する方が遥かに楽ではある。

狭い迷路の中に潜ませることの出来る魔法生物はたかが知れている。

魔法生物を投入したのはハグリッドであるため、ある程度、予想することも可能だった。

 

エスペランサはアクロマンチュラやトロールとの戦闘で、5.56ミリ弾があまり効果が無かったという経験を参考にして、セドリックに武器を渡した。

 

まず、7.62ミリの弾丸を使用するG3A3。

エスペランサが1学年の時に使用していたバトルライフルだ。

次にショットガン。

こちらはレミントンM870である。

サブウエポンとしての使用のため、負い紐を利用して背中に吊るしていた。

 

セドリックは他の選手と違って、ローブではなく、米軍のレンジャーが使用する戦闘服を着ている。

鉄帽には暗視ゴーグルとヘッドライトがつけられ、通信用ヘッドセットもついている。

通信機はエスペランサの持つ携帯無線機と繋がっていた。

 

サスペンダーには手榴弾とスタングレネード、発煙筒や信号拳銃が取り付けられ、ショットガンの弾薬も12発つけられていた。

腰の弾帯には弾納が合計で4つつけられていて、小銃用の弾倉が入っている。

この他にサバイバルナイフを彼は所持していた。

 

 

両親との面会を終えたセドリックは選手の待機用テントの前にいた。

テントの前にチョウが待っていたので少し話をしていたのである。

 

セドリックとチョウの関係が恋愛関係であるかと言われれば、実のところ否であった。

確かに、互いに好意を持っていたし、それ故にダンスパーティーもパートナーになっている。

同じセンチュリオンの遊撃隊員として死線を潜り抜けてくる間にお互いに惹かれあっていたのだ。

しかし、正式に交際はしていなかった。

 

それは、単純にセドリックが交際を申し込んでいなかったためである。

彼は3校対抗試合で優勝した暁に交際を申し出ようとしていた。

3校対抗試合で優勝することが出来る程の強さを得ていなければ、センチュリオンの任務遂行とチョウとの交際を両立することが出来ないだろうと踏んでいた為である。

 

 

「いよいよ最終課題だね」

 

「ああ。だけど、今回の課題が一番、自信があるんだ」

 

観客席には既にほとんどの生徒が着席し、待機用テントまで熱狂が伝わってくる。

もうじき、最後の戦いが始まる。

そして、戦いの前にチョウと話すこの時間がセドリックにとって何よりも緊張を解す機会となっていた。

 

「自信満々なのは良いけど、足元掬われないようにね。ほら、油断大敵って。誰かさんも言ってたから」

 

「ムーディ先生か。もしくはセオドールだな」

 

「あー。あの二人って結構似てるよね。常に最悪の状況を想定しているところとか」

 

「そうだな。セオドールもそうだが、スリザリンの生徒とここまで距離を縮められたのに僕自身驚いている」

 

センチュリオンに入らなければセオドールと共に過ごすことは無かっただろう。

彼だけでは無い。

スリザリンの生徒は他寮の生徒から避けられがちだ。

だが、セオドールもフローラもグリーングラス姉妹もザビニも、同じ釜の飯を食う仲間となっていた。

 

「私も。フローラとか怖くて近寄れなかったし。でも、一緒に話すようになって印象が変わったかな」

 

「それは僕もさ。そろそろ時間だ。行かないと」

 

 

セドリックは名残惜しそうにチョウを見る。

それは彼女も同じだろう。

 

 

「なあ。この試合で僕が優勝したら・・・」

 

「優勝したら?」

 

「正式に交際してくれないか?」

 

 

セドリックは思い切って言った。

 

「ええ。そうね。じゃあ絶対に優勝してくれないと」

 

チョウは顔を赤くする。

 

「ああ。約束する。優勝杯を持って帰ってくるよ」

 

エスペランサはセンチュリオンの旗のために優勝せよ、と言っていた。

彼が今のセドリックの台詞を聞いたら渋い顔をするに違いない。

 

だが、彼は思う。

 

(偶にはこういうロマンチックなイベントがあっても良いじゃないか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

熱狂の渦の中にエスペランサたちセンチュリオンの隊員は居た。

双眼鏡を覗くセオドールや、無線機の調整を行うフナサカをはじめとして17名の隊員がスタンドの南側中央に陣取っている。

チョウはセドリックに激励に行っていた。

 

「暫定1位のクラムが最初にスタートし、2位のポッターとセドリックが10分後にスタートか。なるほど。第一と第二の課題の成績が良い程有利になるってわけか」

 

セオドールが双眼鏡で迷路を覗きながら言う。

迷路の生垣は6メートルを越えているので、中の様子はわからない。

 

「クラムが有利とは言え、セドリックなら10分程度のハンデをすぐに覆すだろう。その為の装備は渡してある」

 

エスペランサが言う。

 

「だと良いんだが。何だろう。何か嫌な予感がするんだ」

 

「嫌な予感?根拠は?」

 

「無いさ。勘だよ」

 

「セオドールにしては曖昧な物言いだな」

 

「そうだな。強いて言うなら、ポッターが4人目の選手として選ばれたことに関係する。ポッターの名前をゴブレットに入れた犯人は、ポッターを3校対抗試合に出さなくてはならない何らかの理由があったから、行動をした」

 

「そうだな。違いない」

 

「だが、今のところ第一の課題でも第二の課題でも変な事は起きていない。課題は平和とは言えないものの、まあ、普通に終わっている」

 

「と言うことは、第三の課題で犯人は何かしらの行動を起こす、と?」

 

「あくまでも、その可能性があるってだけだ。だが、生垣に囲まれているとは言え、全校生徒と職員の目の前の迷路で犯人が堂々と行動を起こすとは思えん。そもそも、犯人が何を動機にポッターを代表選手にしたかすら分からないんだ」

 

セオドールはそう言いながら、生垣の周りを警戒する職員たちを観察した。

 

マクゴナガル、スネイプ、フリットウィック、スプラウト、ムーディ。

他にもトレローニーやシニストラといった教師たちも総出で警戒をしている。

特にムーディは魔法の目によって迷路内を透視出来るため、異変があれば直ちに対応出来るだろう。

 

「何事も無く終わってくれれば良いんだけどな」

 

エスペランサは迷路の入り口に出てきたセドリックたち選手を見ながら呟く。

毎年毎年、ホグワーツでは事件が起きてきた。

 

賢者の石の防衛に秘密の部屋の解放、そしてアズガバンから来た囚人。

今年度はこのまま誰も傷つかずに終わってくれれば良い。

 

セドリックが優勝杯を手にして戻って来て。

そして、センチュリオンの隊員たちが歓声を上げながら祝福する。

そんな未来を想像して、エスペランサはフッと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セドリックはクラムが迷路に入ってから10分後にハリーと共に迷路の中に足を踏み入れた。

 

入り口に入ると、観客席の声は一切聞こえなくなる。

ハリーとは入り口で別れ、セドリックは一人で進むことにした。

 

優勝杯の置かれる場所は、単純に考えれば迷路の最深部、つまり、入り口から北上し続ければ辿り着ける場所ということになる。

ならば、話は簡単だ。

入り口から入ってずっと北上すれば良いのだから。

 

セドリックは方位磁石を取り出し北を確認する。

 

北上して行くと、行き止まりの生垣に当たってしまった。

だが、彼は動じない。

 

「コンフリンゴ・爆破せよ」

 

 

まずは爆破の呪文を試す。

しかし、生垣は吹き飛ぶどころか傷一つつかなかった。

 

そこで、セドリックは手榴弾を投擲する。

 

速やかにその場を離れて近くの生垣の影に隠れる。

ズドンという音と共に生垣が少しだけ吹き飛んだ。

 

「駄目か。流石に対策はされてるよな」

 

勿論、想定済みのことである。

セドリックはこれまでの課題で魔法界には存在しない小火器、重火器、野戦砲の類を使用してきた。

審査員側が対策をしない筈がない。

 

仕方無しにセドリックは別のルートを模索し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「始まりましたね」

 

迷路の中から爆発音が聞こえ、それに反応したフローラがエスペランサに話しかけてきた。

 

「ああ。今の音は破片手榴弾だろう」

 

見れば迷路の入り口付近で黒煙が上がっている。

セドリックが生垣を破壊しようとしたか、あるいは迷路内に存在する魔法生物に攻撃したかどちらかだろう。

 

「迷路内の魔法生物ってどんな奴がいるんだろう?」

 

エスペランサの真後ろに座っていたネビルが不安そうに言う。

 

「そうだな。魔法生物はハグリッドが指揮を執って用意したらしい。となると、尻尾爆発スクリュートとかかな?」

 

「ヒッポグリフかもしれないぜ?」

 

魔法生物飼育学を履修していた隊員たちが口々に魔法生物の名前を出す。

 

「ハグリッドかぁ。ハグリッドは嫌いじゃないけど、私は前任のケトルバーン先生の方が好きだったな」

 

センチュリオンの中では唯一、ハグリッドが就任する前の魔法生物飼育学を経験しているチョウが言う。

セドリックを激励した後、彼女はすぐにスタンドに戻ってきた。

 

「ケトルバーン先生?」

 

「ええ。ホグワーツ在任中に62回も停職を受けた伝説の先生よ」

 

「62回?ハグリッドよりもクレイジーな教師じゃないか」

 

「有名な出来事で言うと、ホグワーツで『豊かな幸運の湖』っていうお芝居をした時に、アッシュワインダーっていう生き物を肥大化させて、劇中で爆発させてしまったことがあったそうよ」

 

エスペランサにはアッシュワインダーという生物も豊かな幸運の湖という御伽話もピンと来ない。

だが、他の隊員がケラケラ笑っていることから有名な話なのだろうと思った。

 

「で?ケトルバーン先生は退職してからどうしたんだ?」

 

「先生ならホグズミードに住んでるわよ。腕一本と足の4分の3が失われちゃってるから遠くには行けなかったみたい」

 

「ああ。それなら聞いたことがあるぞ。ダンブルドアが退職祝いに義手と義足をプレゼントしたけど、ドラゴンを観に行ったらドラゴンに炎を吐かれて両方とも灰になったらしいじゃないか」

 

コーマックが思い出したように言った。

 

「危険さで言えばハグリッドよりも酷かったのに妙に人望があったのよね」

 

「へえ。そういや昔、フレッドがケトルバーン先生はイカしてるって言ってた気がする」

 

 

センチュリオンの面々は特にする事もなく、セドリックから無線で何か報告が来るわけでもないため、この様に駄弁っていた。

 

時折、迷路の方から射撃音が聞こえてきたが、その音が次第に迷路の奥から聞こえてくるようになっていることに皆、安堵もしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だこいつ!尻尾爆発スクリュートか?」

 

セドリックがはじめて対峙した魔法生物は尻尾爆発スクリュートというハグリッドの作り出した生物である。

 

その名の通り尻尾が爆発するのだが、それはサラマンダーとの交配種であるからだ。

クトゥルフ神話に出てきそうな見た目であるが、その体長は3メートルを越えている。

 

セドリックはG3A3による攻撃を諦め、レミントン製のショットガンを構えた。

 

「魔法生物飼育学を履修してて良かったと思う日が来るとは」

 

尻尾爆発スクリュートの弱点は装甲の無い腹である。

迷わず引き金を引き、散弾をスクリュートの腹部に命中させる。

 

ズドン

 

 

ギャァア

 

 

腹からドス黒い血が吹き出しながらスクリュートは悶え苦しむ。

 

そして、次の瞬間。

 

 

 

ボオオオン

 

 

スクリュートは爆発した。

 

爆風に吹き飛ばされたセドリックは生垣に背骨を打ちつける。

 

 

「ぐあっ」

 

咄嗟に立ち上がり、身体の異常を確認する。

背骨はまだ痛むが、折れている気配は無い。

 

爆発しても尚、ヨロヨロと動き続けるスクリュートに彼は再び銃口を向けた。

そして、引き金を引く。

 

2回目の散弾の直撃でスクリュートは遂に絶命した。

生物の焼ける不快な臭いに顔をしかめつつ、セドリックは投げ捨てていたG3A3を拾い上げ、北に前進を開始する。

 

迷路に入ってから10分近くが経過していた。

スクリュートとの戦闘は大したロスにはなっていない。

 

 

「きゃあああ!」

 

 

セドリックが北に向けて前進を開始した始めた時、近くから悲鳴が聞こえた。

女性の悲鳴だ。

だとすれば、フラーだろうか?

 

彼は北に前進することを一時中断して、悲鳴の聞こえた方向へ走る。

第二の課題の時もそうだったが、魔法省の安全対策は不完全だ。

フラーの命が危なくなる可能性もある。

 

銃を構えながら生垣の曲がり角を曲がったセドリックは、フラーでは無く奇妙な光景を目にした。

 

二人の見知らぬ男子生徒が、これまた見知らぬ女子生徒に襲われている。

男子生徒達は縄で縛られていて、女子生徒がその二人に杖を向けていた。

 

何故ここに一般の生徒が居るのか謎だったが、女子生徒から危険な雰囲気を察知する。

彼女は悪だ。

確信したセドリックは銃口を女子生徒に向けた。

 

「こんなことをしている暇は無い。クルーシ・・・」

 

女子生徒は男子生徒たちに磔の呪文を行使しようとしている。

 

「杖を下ろせ!」

 

セドリックが叫ぶ。

女子生徒は彼の声によって動きを止めた。

 

突然現れた救世主に男子生徒たちは安堵した様でもあるし、また、何か驚いている様でもあった。

 

「貴様は、セドリック・ディゴリーか」

 

「そうだ。君は誰だ?見たことのない生徒だが」

 

セドリックは女子生徒の冷たい声に多少ゾッとする。

 

「ふん。なるほど。その武器と言い、"あのルックウッド"はこの時代から組織を作っていたのか」

 

「何を言っているんだ?お前はエスペランサを知っているのか?」

 

「知っているとも!」

 

刹那、女子生徒は男子生徒たちに向けていた杖をセドリックの方へ向け直す。

無言で放たれた何らかの呪いが彼を襲うが、ギリギリのところで回避。

回避した弾みで地面に倒れるセドリックであったが、すかさず反撃の為の射撃を行った。

 

 

タタタタン

 

 

4発の弾丸は全て女子生徒に向かっていく。

 

女子生徒は盾の呪文を展開して、7.62ミリNATO弾の命中を防いだ。

見事な杖捌きであるが、そこに隙が生まれる。

 

セドリックは女子生徒の真横まで駆け寄り、銃本体を高く掲げた。

そして、思い切り床尾で彼女の後頭部を殴りつける。

 

ガゴッ

 

鈍い音と共に女子生徒は倒れて気絶した。

 

勝因は彼女がセドリックを侮っていた事に加えて、銃がどの様な武器であるかということと、それ自体の重さが4キロを超えることを知らなかった為だ。

加えて、接近戦を仕掛ける魔法使いが居るとは思わなかったのだろう。

恐らくセドリックより遥かに手練れの女子生徒はこうして倒された。

 

「接近戦を想定して、銃に軽量化の魔法をかけないでいて良かった」

 

女子生徒が死んでいないことを確かめながらセドリックは言う。

 

「で、君たちは誰なんだ?これも課題の一部なのか?」

 

縛られたままの二人の男子生徒に彼は問いかけた。

セドリックは男子生徒たちに見覚えが無かったが、しかし、どうも何処かで見た覚えのある顔だと思った。

 

一人はドラコ・マルフォイを優しくした様な少年であり、もう一人はハリー・ポッターに似ている。

 

「そ、そうです。僕たちを助けるのが課題なんです」

 

「そうか。わかった。エマンシパレ・解け」

 

セドリックの魔法によって縄から解放された生徒が地面に転がる。

変な課題だ、と彼は思った。

 

「課題はこれで終わりかい?」

 

「ええ。そうです。迷路を進んで下さい」

 

男子生徒たちをその場に残してセドリックは先に進もうとする。

 

「セドリック!」

 

「???」

 

「あー。あなたの父親は、あなたのことを愛しています。とっても」

 

「えーと?あー。そうか。ありがとう?」

 

男子生徒の一人がセドリックに言う。

が、その言葉の意味を彼は理解出来なかった。

本当に奇妙な課題だ。

 

セドリックは再び、北に向かって歩き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マネ妖怪のボガートやグリンデローといった魔法生物を排除しつつ、セドリックは迷路の奥へと進んで行った。

 

結局、フラーの姿は見つけていない。

しかし、緊急用の赤い閃光が上空に上がったのを視認したので、心配する必要は無さそうだった。

 

途中、1回だけハリーと遭遇したが、それ以降は誰とも遭遇していない。

 

「案外、楽な課題だ」

 

セドリックは残弾数を数えながら、軽く休憩をする。

スクリュートやグリンデローに対してショットガンを使用したので、散弾の残りは6発。

G3A3は予備弾倉を含めて60発。

手榴弾とスタングレネード等はほぼ無傷で残っている。

 

とは言え、迷路の最深部にはより手強い生物が配置されているに違いない。

弾薬の消耗は避けるべきであろう。

 

ふと顔を上げると、迷路の奥から何者かが近づいてくるのが見えた。

 

慌てて小銃を構え直したセドリックは、近づいて来たのがクラムであることを確認すると、安堵して銃を下げる。

 

「誰かと思ったか。クラムか。危うく攻撃するところだったよ」

 

笑顔で話しかけながら、彼は疑問に思う。

何故、クラムはゴールに近い迷路の最深部の方角からわざわざ入り口方面のセドリックへ近づいてきたのだろう、と。

 

「………………」

 

「クラム?」

 

クラムの目の焦点が合っていない。

正気を失っている。

 

セドリックは身の危険を感じて、銃を構え直した。

 

「うおおおおおお!」

 

雄叫びを上げ、まるで野生生物のようにクラムが襲いかかってくる。

間違いない。

これは錯乱の呪文をかけられている。

 

セドリックは襲いかかってきたクラムの腕を小銃で叩く。

堪らずよろめいたクラムの顔面に頭突きを喰らわして怯ませた。

 

鼻から血を吹き出すクラムにセドリックは杖を向ける。

 

「ステューピファイ・麻痺せよ」

 

赤い閃光がクラムに直撃し、彼は気絶した。

 

低身長であるが体格の良いクラム。

しかし、徒手格闘訓練を積んだセドリックの敵では無かった。

元来のフィジカルの良さ故に、徒手格闘ではエスペランサに匹敵する強さを持つセドリックに分があったのである。

 

「どうなってるんだ?これも課題の一部なのか?でも、この症状は明らかに錯乱の呪文にかかっているとしか思えない………」

 

やはり何かおかしい。

この課題の裏では何者かが工作をしているとしか思えない。

 

 

「セドリック!大丈夫?」

 

異変に気づいてハリーが駆けつけて来る。

セドリックとハリーが迷路内で会うのはこれが3回目である。

相当な頻度だろう。

 

「ああ。問題ない。クラムが突然襲いかかって来たんだ」

 

「そんな。クラムはそんなことをする人じゃないよ」

 

「僕もそう思う。恐らくは錯乱の呪文をかけられていたんだろう」

 

「誰がそんなことを………。そう言えば、さっき、倒れていたフラーを見つけたんだ。もしかしたら、錯乱の呪文をかけられたクラムが彼女を襲ったのかもしれない」

 

「フラーが襲われたのか!」

 

クラムもフラーもリタイアした。

残されたのはセドリックとハリーだけ。

普通ならライバルが減り喜ぶところだが、セドリックは素直に喜べない。

 

明らかに異常事態だ。

 

彼は携帯無線機と繋がっているヘッドセットのインカムを口に当てる。

観客席で待機するエスペランサに異常を知らせるためだ。

 

「HQ。こちら01セド。感度どうか?」

 

『感度良好』

 

「こちらも良好。エスペランサ、聞いてくれ」

 

『どうした?』

 

ヘッドセット越しにエスペランサの声が伝わってくる。

 

「異常事態だ。フラーがリタイアしたのは知っているか?」

 

『ああ。確認済みだ。10分前に搬送されたのを観客席から視認した』

 

「今度はクラムがリタイアする。クラムは恐らく錯乱の呪文にかけられていて、フラーを襲った模様。現在は僕が無力化しているけど、この課題は不自然なことが多過ぎる」

 

『状況は把握した。センチュリオンの隊員から何名か迷路の外枠に人員を出して調査にあたらせる。セドリックに関しては周囲の警戒を厳となして引き続き任務の続行を行え』

 

「了解した」

 

送話を終えたセドリックは上空に杖を使い、赤い閃光を打ち上げる。

 

「ハリー。この課題は危険だ。君も十分に注意するんだ」

 

「うん。君もね」

 

そう言って二人はまた別の道を進んで行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セドリックからの報告を受けたエスペランサは速やかに斥候部隊を編成した。

センチュリオンには2つの分隊が存在しているが、それをさらに細かく分けて4つの班を作る。

 

本部要員にフナサカやフローラ、そしてセオドールを残し、4つの班に分かれた14名の隊員に武装させたエスペランサは任務を命じた。

 

「セドリックからの報告によれば、迷路内で選手が外部から妨害を受けていると思われる。従って、4つの斥候班は迷路外縁に前進して迷路外から妨害を行う工作員の有無を調べよ。もし仮に敵勢力を確認した場合、先制攻撃を許可する。ただし、ホグワーツ生徒並びに職員等に我々の存在を明かすのは控えること」

 

迷路の外縁は複数人の教職員が歩きながら監視を行なっているが、迷路自体が巨大なために全域をカバー出来てはいない。

監視役の教師の目を欺いて行動するのは難しく無いし、加えて、センチュリオンの隊員たちは苦労の末に目眩しの魔法が使えるようになっていた。

 

目眩しの呪文は透明マントに使われる魔法でもあり、一定時間、使用者の姿を他の人間に見られないようにする言わば透明化の魔法である。

 

これを使用すれば一般生徒や職員に見つからずに行動が出来る。

例外は魔法の目を持つムーディくらいなものだろう。

 

「班長はコーマック、ザビニ、チョウ、ネビルが担当しろ。以上」

 

エスペランサの号令で隊員たちは自らの身体に目眩しの呪文をかけ、迷路外縁へと走っていく。

 

命令に即応して瞬時に体勢を整える隊員たちを見て、センチュリオンも戦闘組織としての力が備わったことを実感する。

彼らの統率の取れた動きは軍隊そのものだ。

クラウゼヴィッツの時代から軍隊の形は変わらない。

文明が発達しても軍隊だけは、変わらない。

時代に取り残されている軍隊だけが、集団を個として考えることの出来る唯一の組織だろう、というのがエスペランサの持論だ。

 

 

 

残っているのはエスペランサ、セオドール、フローラ、フナサカの4名だ。

 

フナサカに通信全般を任せ、フローラには負傷者が出た時の準備をさせる。

いっぺんに14名の隊員が不在となり、閑散としたスタンドでエスペランサは考え込んだ。

 

錯乱の呪文。

 

セドリックが言うのだから確かなのだろう。

クラムは何者かによって錯乱の呪文をかけられた。

魔法界で魔法使いに錯乱の呪文をかけられる存在は限られている。

 

魔法使い、魔女、そして、屋敷しもべ妖精。

魔法を行使できる魔法生物は他にもゴブリンが居たが、魔法使いの開発した魔法を行使することが出来る訳では無い。

 

屋敷しもべ妖精が魔法使いに対して魔法を行使することは考え難い。

ならば、犯人は魔法使いか魔女になる。

 

早々にリタイアしたフラーを除けばハリーが犯人となるが、ハリーに限ってクラムに錯乱の呪文をかける真似はしないだろう。

 

となれば、外部から…………。

 

 

「クラムに錯乱の呪文をかけた犯人は恐らくクラムを使ってハリーを殺そうとした。普通ならそう考えるよな」

 

「いや、エスペランサ。それなら第二の課題の時にも同じ事が出来た筈だ。犯人の狙いは"ハリー以外の選手を脱落させる"ことだと思う」

 

セオドールが言う。

 

「そんなことをして何の得になるんだ?」

 

「仮に犯人の目的がハリーを優勝させるためだとすれば合点がいく」

 

「ハリーを優勝させるため?犯人はハリーの味方なのか?」

 

「僕が分からないのはそこなんだ。いいかい?まず、第一の課題も第二の課題も特に問題は起きなかった。ハリーを殺そうとするなら第一、第二の課題の最中でも可能だった筈だ。にも関わらず、犯人は特に動きを見せなかった」

 

「そうだな。そこまでは理解できる」

 

「しかし、第三の課題が始まった瞬間に犯人は行動を起こした。クラムに錯乱の呪文をかけ、フラーとセドリックを襲わせる。おかしいだろ。ハリーを殺そうとするなら、真っ先にクラムはハリーを襲う筈なんだ」

 

「だが、ハリーは無傷。クラムに襲われていない」

 

「だから、犯人は外部からハリーを支援していると考えられる。まあ、その動機は考えても分からないけど」

 

犯人は第三の課題で外部からハリーを助けている。

ハリーを助けるという意味であれば、第一の課題でも第二の課題でもハリーは助けを借りていた。

 

第一の課題ではハグリッドにドラゴンを見せてもらい、ハーマイオニーに呼び寄せ呪文を教えてもらっている。

第二の課題ではドビーという屋敷しもべ妖精らエラ昆布を入手した。

 

「いや、待てよ?」

 

何かが引っかかる。

 

そもそもハリーがハーマイオニーに呼び寄せ呪文を習った経緯は、あの男がハリーに「箒で飛ぶこと」を提案したからだ。

 

第二の課題の前。

ネビルは水生植物の本をあの男に貰っていた。

その本にエラ昆布の記述があったとしたら。

 

「いや、流石にそれは無い。あの男は歴戦の元闇払いだ。俺の考え過ぎだ」

 

エスペランサは首を振る。

 

しかし、魔法の目があれば迷路内も見透かせる。

クラムに錯乱の呪文をかけることも出来る。

 

「フナサカ。ネビルに無線を繋いでくれ」

 

「了解。ネビル、こちらHQ。隊長が呼んでいる。送れ」

 

『こちらネビル。どうぞ』

 

「ネビル。こちらエスペランサ。今から自分の班を連れてある男の監視に向かってくれ」

 

『了解。誰だい?』

 

「マッドアイ・ムーディだ」

 

『え?ムーディ先生?』

 

「そうだ。ムーディは魔法の目を持つから目眩しの呪文は効果が無い。従って行動を悟られないように距離を離して監視にあたれ」

 

『り、了解』

 

 

マッドアイ・ムーディ。

 

かつてエスペランサは賢者の石を狙う犯人がクィレルであると推理して、それを的中させた。

あの時はクィレルが犯人であるとの確証を得ていたが、今度は何の確証も無い。

ただ、現時点で迷路内の選手に魔法をかけることの出来る職員がムーディただ一人というのも事実。

 

「思い過ごしであってくれ。俺は、ムーディ先生を敵にしたくない」

 

エスペランサはそう願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「食らえっ」

 

ズドン

 

ズドンズドン

 

セドリックは立て続けにショットガンを発射する。

 

銃口から放たれた散弾は巨大な蜘蛛の胴体に命中するが、致命傷は与えられない。

かなりの硬さである。

 

優勝杯を目前にして、セドリックは4メートルはある巨大な蜘蛛と鉢合わせてしまった。

 

この蜘蛛が何という種類の蜘蛛なのかは不明だが、ショットガンの銃弾を弾き返す程の装甲を持つ為、アクロマンチュラよりも危険な生物であることは間違い無い。

 

長く鋭い爪を持つ足の一つが、ロングレンジから攻撃していたセドリックの身体を掠める。

 

「ぐっ」

 

戦闘服ごと皮膚を切り裂かれた彼は、すかさず後退した。

 

「レダクト!ステューピファイ!」

 

セドリックの反対側からはハリーがひたすらに呪文を唱えている。

ハリーとセドリックは優勝杯に繋がる最後の通路でばったりと出会した。

そして、その直後に巨大蜘蛛に襲われたのである。

 

蜘蛛の足がハリーを襲う。

その足に目掛けてセドリックは再び散弾を撃ち込んだ。

 

ズドンという音とともに蜘蛛の足が四散する。

蜘蛛の足は装甲が薄い様で、攻撃が通用した。

 

「くそっ。今のが最後の弾丸か!」

 

遂にショットガンの残弾が無くなる。

セドリックはショットガンを地面に投げ捨て、G3A3を構えた。

しかし、ショットガンよりも火力の乏しいバトルライフルでは巨大蜘蛛を相手に太刀打ちが出来ないだろう。

 

「セドリック!大丈夫!?」

 

「ああ。こっちは何とか。だが、この蜘蛛は銃弾も魔法も効かないみたいだ!」

 

三度目の蜘蛛の攻撃を地面に伏せる事で避けたセドリックであるが、彼の機動力よりも蜘蛛の機動力の方が勝る。

迷路の幅が狭い故に、蜘蛛は上手く動けないでいたが、それでも追い付かれるのは時間の問題だろう。

 

通路の先に優勝杯となっているトロフィーが見えるが、そこまでの距離は50メートル近くある。

優勝杯に辿り着く前に蜘蛛に追い付かれて終わりだ。

やはり、ここで倒さなくてはならない。

 

「しかし、どうやって倒すんだ」

 

立ち上がり、走り出しながらセドリックは考えを巡らせた。

 

きっとエスペランサなら類稀なる戦闘センスで蜘蛛を倒してしまうに違いない。

セオドールなら奇抜な戦略を考えて戦うだろう。

ネビルなら狙撃能力をフルに発揮させて戦うだろうし、他の隊員なら・・・。

 

 

ーー軍隊では一人が強いだけじゃ駄目なんだ

 

ーー個を重んじるんじゃ無い。我々は組織だ。我々の戦闘能力は集団の力なんだ

 

ーー古今東西。どこの軍隊も同じだ。優秀な兵士を作り上げるんじゃ無い。クズの居ない組織を作り上げようとしているんだ

 

 

ふと、エスペランサの言葉を思い出す。

 

自分の能力はマグルの軍隊の中でも並でしかない。

だが、軍隊の強さは個人の強さじゃない。

 

これは彼の口癖だ。

 

 

セドリックはエスペランサやセオドールたちの才能に嫉妬することも多かったが、エスペランサはそれを見透かした様にそう言ったものだ。

 

一人が抜きん出て強くても意味が無い。

 

「そうか。今になってようやく分かったよ。君が言いたいことが。僕は僕だけの強さを見つけようとしたが、君はそれを否定した。君は自分が強くなるのでは無く、センチュリオン自体を強くしたかったんだね」

 

エスペランサは自分だけの強さというものを持たない。

彼はマグルの武器も魔法も、他の魔法使いの戦い方も吸収して強くなった。

そして、その強さをセンチュリオンの隊員に平等に全て分け与えた。

自分だけの物にせずに。

 

ヴォルデモートもダンブルドアも、自分の戦闘センスを他者に与える事は無かった。

他の魔法戦士たちも、決闘の技術を大多数の人間に教える事は無かった。

それ故に魔法界は戦闘組織が育たない。

死喰い人という集団は統率力を持たない。

 

そんな世界にエスペランサは軍隊を組織したのだ。

 

 

セドリックは杖を取り出す。

 

エスペランサは魔法とマグルの武器をハイブリッドで使う戦闘方法を作り出した。

セオドールはその戦闘方法を活用した戦略を作り出した。

 

そして、彼らの作り上げた組織であるセンチュリオンに所属するセドリックは・・・。

 

 

「僕はセンチュリオンの遊撃隊長だ!センチュリオンの持ち得る技術、エスペランサたちの才能を取り入れ、そして活かすことが許された人間だ!」

 

 

まずはG3A3に素早く軽量化の呪文をかける。

これでG3A3を片手で軽々と持つことが可能になった。

 

軽くなった銃を右手で持ち、左手で杖を掲げる。

 

「ハリー!今から蜘蛛を倒す!危ないから僕の後ろに待避してくれ」

 

「でも蜘蛛に銃は効かないんじゃ?」

 

引き続き蜘蛛に失神光線を撃っていたハリーは驚いてセドリックの方を向く。

 

「任せろ!」

 

ハリーはダッシュしてセドリックの背後に滑り込む。

そのハリーを追って蜘蛛はセドリックたちの方向へ全力で突進してきた。

 

「エレクト・テーレム・リミットボム」

 

かつてエスペランサがスネイプと戦った際に使用した魔法をセドリックは唱える。

所持していた全ての手榴弾が彼の戦闘服から解き放たれて巨大蜘蛛に飛んで行った。

 

 

ボン  ボンボン

 

蜘蛛の周りで手榴弾が破裂する。

 

セドリックは盾の呪文を展開して手榴弾による破片を防いだ。

手榴弾の爆発は蜘蛛に致命傷を与えなかったが、それでも蜘蛛の足は止まる。

 

 

「これで止めだ!」

 

セドリックはG3A3の引き金を引いた。

そして、引き金を引くと同時に彼は「エンゴージオ・肥大せよ!」と肥大化の魔法を唱える。

 

連続発射音と共に放たれた無数の7.62ミリ弾の幾つかが肥大化の魔法によって巨大な弾丸になる。

 

戦艦大和の46センチ砲弾とほぼ同じ大きさになった7.62ミリ弾は、その初速を保ったまま巨大蜘蛛に命中した。

 

蜘蛛とセドリックの距離は10メートルも無かった。

その距離で46センチ砲弾が命中すれば、巨大蜘蛛はひとたまりも無い。

 

どす黒い液体を撒き散らして、巨大蜘蛛は木っ端微塵に吹き飛んでしまった。

 

 

「は、はは。やった。やってやったぜ」

 

セドリックは銃と杖を構えたまま乾いた笑い声を出す。

 

「まるでエスペランサみたいな戦い方だ」

 

ハリーはそう評価した。

 

「うん。僕はエスペランサの戦い方をずっと学んでいたからね。彼とは違う強さを模索するんじゃ無くて、彼の強さを飲み込めば良かったんだ。プライドなんて下らないものに縛られないで」

 

「えーと?どういうこと?」

 

「気にしないでくれ。それよりも優勝杯だ」

 

蜘蛛を倒した今、障害となる魔法生物は存在しない。

となれば、セドリックかハリーかどちらかが優勝杯を手にすることになる。

 

「ハリー。君が優勝杯を取るべきだ」

 

セドリックは思い切って言った。

 

「え?何故?君だって優勝杯は欲しいんだろう?」

 

「そりゃ欲しいさ。しかし、僕は第一の課題から今回まで様々な人に支援されて勝ち残った。第一の課題の時はハリーにドラゴンの事を教えてもらったし、エスペランサたちに支援射撃までしてもらっている。第二の課題にしたってそうだ」

 

未練が無いと言えば嘘になる。

隊員たちは残念がるだろうし、チョウとの約束も破綻する。

 

だが、セドリックはセンチュリオンの支援を受けて勝ち進んだ。

一方のハリーは迫撃砲の支援も無く、誘導弾も使わず、杖一本で勝ち進んだのだ。

 

彼を差し置いて優勝杯を手にするのは気が引けてしまう。

セドリックはどこまで行ってもフェアな精神を求めてしまうのだ。

 

「それを言ったら僕だって助けられた。ドラゴンはハグリッドに見せてもらったし、第二の課題のヒントは君に教えてもらった。エラ昆布だって他人から貰ったものだ。お互い様だよ。君が優勝杯を取るべきだ。蜘蛛を倒したのは君なんだから」

 

「駄目だ。やはり、ハリーを差し置いて優勝杯は取れない。ここで優勝杯を取っても、胸を張って皆の元に帰れない」

 

「それは僕もさ。じゃあこうしない?二人で同時に優勝杯を取るんだ」

 

「え?」

 

「それが一番フェアだろう?」

 

「そうだけども。ハリーはそれで良いのか?」

 

「勿論。二人揃って優勝するんだ。そうすればホグワーツの完璧な勝利だろ。誰も文句は言わない」

 

「ああ。それが一番平和的解決だろうね」

 

フッと笑いセドリックはハリーと共に優勝杯に近づいた。

 

「良いかい?3カウントで同時に優勝杯を手にするんだ」

 

「了解した」

 

「1、2、3!」

 

 

二人は同時に優勝杯に手を添える。

 

次の瞬間、移動キーとなっていた優勝杯が起動し、二人の身体は宙に浮かぶ感覚を味わった。

 

優勝杯が移動キーになっていることに驚いたセドリックだったが、恐らく入口まで飛ばされるのだろうと思い、納得する。

 

優勝杯をハリーと手に持って帰れば、センチュリオンの隊員たちはお祭り騒ぎで迎えてくれるだろう。

エスペランサは自分の事のように喜ぶだろう。

 

(今晩は必要の部屋で打ち上げだろうな)

 

セドリックは一人微笑みながら移動キーで飛ばされるがままになっていた。

 

ハリーも一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




「歩兵の本領」という本を参考にさせてもらった部分があります。

また、ケトルバーン先生の設定などはポッターモアから引っ張ってきています。


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case62 Hunters and soldiers 〜狩人と軍人〜

感想、誤字報告ありがとうございます!
炎のゴブレット編もクライマックスです。

加筆修正しました。


セドリックは地面に倒れていた。

湿り気を帯びた土の感触を掌に感じた彼は、迷路とは別の場所に飛ばされたことを察する。

 

優勝杯が移動キーになっていて、彼はハリーと共にどこか迷路とは別の場所に飛ばされたのだ。

 

移動キーはかなり酔う移動手段である。

かつて、魔法大臣のオッタリン・ギャンボルがホグワーツ特急を発案する前の時代。

ホグワーツへの登校の手段のほとんどは移動キーであった。

しかし、生徒たちの多くが移動キー酔いをして、初日から医務室に搬送されていたそうだ。

 

セドリックは箒に乗ることを得意とするが、それでも移動キーでの旅は苦手である。

エスペランサは移動キーでの移動をヘリコプターのオートローテーションと例えていた。

セドリックにはその例えが分からなかったが、エスペランサも移動キーは苦手なようである。

 

「ここは、どこだ?」

 

セドリックは立ち上がりながら周囲を見渡す。

雲がかかっている為、月明かりも弱い。

目が慣れていないこともあって周囲の地形を把握出来なかった。

 

彼は移動キーとなっていた優勝杯の横に転がっているG3A3を拾い上げる。

軽く機能点検をしてみたが、問題は無い。

武器を手に取り、気持ちに余裕が出来たセドリックは同じく地面に倒れていたハリーに声をかけた。

 

「大丈夫か?ハリー」

 

「うん。何とかね。それよりもここはどこだろう?」

 

「課題の続きかもしれない。一応、杖を出しておくべきだ」

 

そう言いつつ、セドリックは腰元から信号拳銃を取り出す。

単装式のそれの中には照明弾が装填されていた。

セドリックは暗視ゴーグルを持つが、ハリーは持っていない。

ハリーの為にも照明弾を利用して周囲を照らした方が良いだろうと考えたのだ。

 

バシュという音と共に信号拳銃から飛び出した照明弾は花火の様に夜空で破裂し、辺りを昼間のように照らした。

 

 

「これで周りが見渡せるだろう」

 

「ありがとう。えーと、ここは墓地かな?」

 

「どうもそのようだね」

 

雑草の生茂る墓地だった。

照明弾に照らされて古びた墓石が複数、視認出来る。

イチイの木の向こうには小さな教会があり、また、丘の上には大きな屋敷が存在していた。

 

田舎の村外れといった感じだ。

少なくともホグズミート村では無いだろう。

もしかしたらマグルの村なのかもしれない。

 

セドリックは無線機を使ってエスペランサに報告しようとする。

しかし、ヘッドセットからはノイズばかりで何も応答が無い。

 

「無線も繋がらない。魔法界でも使えるように細工されてる筈なんだけど」

 

「ひょっとして無線機の電波が届かない程遠い場所に飛ばされたのかも」

 

ハリーが言う。

 

「あっ!誰か来るぞ!」

 

照明弾に照らされた墓石群の間から人影がこちらに向かってくるのが見えた。

何かを大事そうに抱えている。

照明弾に照らされているが、顔は影になって見えない。

 

だが、センチュリオンで鍛えられたセドリックの第六感が危険信号を発している。

あの人影は敵かもしれない。

 

迷わず、彼は小銃を人影に向けた。

 

「誰だ!答えろ!」

 

照星の中に人影を入れながらセドリックが命じる。

人影もセドリックの存在に気づいたらしい。

 

小柄な男だ。

毛布に包まれた何かを抱えている。

左手に持っているのは杖に違いない。

ならば魔法使いだろう。

 

「痛っ!」

 

刹那、横に居たハリーが額の傷を抑えながら倒れる。

杖を地面に落とし、痛みに耐えているハリーを横目にセドリックは混乱した。

 

「邪魔者は殺せ」

 

小柄な男の抱えている"何か"が声を上げた。

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

男の杖から発射された緑の閃光がセドリックを襲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が、しかし。

 

 

 

「さ、避けた!?」

 

セドリックは左へ咄嗟に倒れ込み、死の呪いを回避する。

左腕が全体重を受け止めて鈍い痛みが走るが、今は気にしていられない。

相手は死の呪いを躊躇無く撃ってきたのだ。

もうこれは課題では無い。

 

セドリックはCQBで言うところのコンタクト・ライトの姿勢を取った。

 

 

 

ズガァーン

 

 

 

すかさず反撃。

 

ほぼ反射的に撃った7.62ミリの弾丸は小柄な男の杖を持つ手を貫通する。

 

「ギャァア!」

 

激痛に杖と"何か"を地面に落としてしまう男。

"何か"はドサッという音と共に雑草の中に消える。

 

「ぐはっ。ワームテール!俺様を落とすとは何をしているのだ!」

 

「申し訳ありません。ご主人様!」

 

ワームテールと呼ばれた男はノロノロと立ち上がろうとした。

 

「わ、ワームテールだって?」

 

「知り合いか!?」

 

痛みを堪えながらハリーが反応した。

 

「セドリック!あいつは危険だ!逃げるんだ!」

 

「逃げるって言ってもどこへ?」

 

セドリックは銃口をワームテールと呼ばれた男に向け直す。

そして、2発目の弾丸を放った。

 

弾丸はワームテールの右肩を貫通する。

男は絶叫して地面をのたうち回った。

 

ハリーが危険と言う割には弱々しい相手である。

 

「あいつは!ワームテールの抱えていたアレは、多分だけどヴォルデモートだ!」

 

「何だって!?」

 

セドリックの思考が乱れた。

 

何故ここにヴォルデモートが出てくる。

ヴォルデモートは3年前にエスペランサによって無力化された筈だ。

 

だが、考えている暇は無い。

 

もし仮に、ワームテールが地面に落とした"モノ"がヴォルデモートなのだとしたら。

 

「ハリー。任せとけ!僕が息の根を止める」

 

ヴォルデモートは丸腰。

それに対してセドリックは小銃を持っている。

 

引き金を引けば勝負は終わるのだ。

 

センチュリオンの総力を動員する必要も無い。

たった一発の弾丸で全てが終わる。

 

 

「くだばれヴォルデモート!」

 

セドリックはヴォルデモートと思われる"モノ"に向けて射撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「迂闊ですな。我が君」

 

結論から言えば、セドリックの攻撃は防がれた。

 

ヴォルデモートに命中する筈の7.62ミリ弾は見えないシールドによって防がれている。

 

盾の呪文だ。

 

 

「盾の呪文だと?誰が!?」

 

セドリックは周囲を見渡した。

 

照明弾は既に効果を失っているが、雲が無くなり、月明かりによって墓所が照らされている。

 

丘の向こうから一人の男が歩いてきていた。

 

セドリックはその男に見覚えのある。

 

「アエーシェマ・カロー!」

 

フローラ・カローの義理の父親である。

 

「私は忠告しました。ペティグリューの様な雑魚に護衛を任せられる筈が無いと」

 

アエーシェマが杖を構えながらヴォルデモートの落ちている場所へ近づいてくる。

 

「アエーシェマよ。俺様はお前を高く評価するが、完全に信用してはいない。お前は俺様の強さに忠誠を誓うが、俺様自身に忠誠は誓っていない。今の弱り切った俺様に、お前は忠誠を誓わないだろう?」

 

ヒューヒューという音と共にヴォルデモートが話す。

 

「違いありませんな。私が11年間の間、貴方を探さなかった理由はそこにある。貴方程の魔法使いなら死の底から自力で蘇ってくるだろうと思っていましたし、その時こそ忠誠を誓う時だろうと考えておりました。ですが…………」

 

「そうだ。俺様は他人の生に縋り付かなくては生きられぬ身体となっていた。お前が失望する気も理解出来よう。俺様がお前を評価し、罰も与えぬ理由はそこにある」

 

「では、我が君よ。私が貴方の復活を支援するとしましょう。この平和で退屈な世界にも飽きていたのでね」

 

 

ニヤリと笑いながらアエーシェマはセドリックの方へ杖を向ける。

 

その顔を見てセドリックは軽い恐怖を覚えた。

今までに一度も見たことのない人の顔だ。

人を殺す事を何とも思っていないような。

 

そして、この状況を楽しむサディストのような。

 

喉の奥で笑いながらアエーシェマはセドリックに話しかける。

 

 

「そうか。なるほど。お前はディゴリーの倅だな。そして、その武器」

 

「銃を知っているのか?」

 

「勿論だとも。エスペランサ・ルックウッドに私は多大なる興味があるからな」

 

「エスペランサを………?」

 

「ああ。私としてはお前ではなく、ルックウッドと戦いたかったが………。まあ、メインディッシュの前に前菜から摘むとするか。おい!ワームテール!我が君を拾い上げて退避しておけ!」

 

「は、はひぃ」

 

慌ててワームテールはヴォルデモートと思われる"ソレ"を拾い上げた。

毛布の間からチラリと見えたが、ヴォルデモートはどうも赤ん坊のような姿をしている。

やはり、弱体化しているのだろうか。

 

「さて、と。ディゴリーの倅よ。名は何と言ったか?」

 

「セドリック・ディゴリーだ。お前は?」

 

「アエーシェマ・カロー。精々足掻いて欲しいものだな。久々の狩りだ」

 

セドリックは銃を構え、アエーシェマは杖を構える。

月明かりが二人を照らし、それぞれの武器が光った。

 

 

「さあ始めよう!楽しい殺しの時間だ!」

 

 

アエーシェマは蛇を連想させる邪悪な笑いと共に高らかに宣言した。




今回は短めです。
キリが良かったので。



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case63 Resurrection 〜復活〜

感想、誤字報告ありがとうございます!
case62を加筆修正しました。
少し描写が不足していたので。


戦いは最初からアエーシェマが有利だった。

 

彼の杖から吹き出した悪霊の炎は周囲の墓石ごとセドリックの身体を吹き飛ばす。

 

全身を火傷しながら地面に倒れ込んだセドリックは、それでも反撃をした。

 

 

ズダダダダ

 

 

しかし、弾丸は全て盾の呪文によって防がれる。

さらに、アエーシェマは通常の盾の呪文ではなく、エスペランサがスネイプと戦闘を行った時に使用した"向かってきた魔法や銃弾を跳ね返す"盾の呪文を"無言"で使っている。

 

銃と魔法の戦いにおいて、銃の優位点は発射速度と連射性能である。

だが、常軌を逸した素早さで無言呪文を行使するアエーシェマ相手に銃の優位性はほぼ無かった。

 

そもそも、センチュリオンは一対一の決闘方式での戦闘は行わない。

軍隊の戦いは組織戦闘が主である。

マグルの武器で魔法使いに勝つ為には組織戦闘を行うか、奇襲や狙撃をする他に無い。

エスペランサはそう考えたのでセンチュリオンを組織したのである。

 

「ぐあっ!」

 

跳ね返された銃弾がセドリックの太腿を貫通する。

動脈が傷ついて血が溢れ出した。

野戦病院で手当てしなければ大変なことになる。

 

セドリックは身近な墓石の陰に伏せて攻撃をやり過ごしながら、イスラエル軍製の救急医療キッドを戦闘服のポケットから引っ張り出した。

 

中には止血帯が入っている。

 

時間が無い為、雑に股関節の辺りを止血帯で縛り上げ、出血を抑える。

 

「逃げてばかりだな。これでは狩り甲斐が無い」

 

アエーシェマは退屈そうに杖を振った。

 

魔法により、セドリックが隠れていた墓石の周辺の大地がごっそりと吹き飛ばされる。

 

セドリックは咄嗟に盾の呪文を展開して身体が吹き飛ばされるのを防いだ。

 

 

(何てパワーだ。しかも、銃弾を防ぎながら強力な魔法を繰り出してくる。相当な手練れだ!)

 

アエーシェマ・カローは戦いに勝つことのみを追い求めた魔法使いだ。

サディストでありながら、決闘では決して相手をいたぶるような戦い方をしない。

最短で確実に相手を殺すことのみを考える。

 

ヴォルデモートやレストレンジのように、磔の呪いを多用して、拷問の様にネチネチと戦うやり方はスマートでは無いし、隙だらけだ。

アエーシェマはその様な戦いに美しさを感じなかった。

 

そのポリシーが彼を強くしてしまっている。

 

死喰い人最強と謳われた全盛期のドロホフを軽く捻り潰せる力がアエーシェマにはある。

 

闇払いを3人同時に殺すことなど容易く、若い頃には決闘チャンピオンと言われていたフリットウィックを5分で倒した事もあった。

 

アエーシェマが倒せない存命の魔法使いは、ダンブルドアとヴォルデモート、それにグリンデルバルトくらいなものだろう。

 

 

「盾の呪文か。お前は盾の呪文がどの程度の魔法や物理攻撃を防ぐことが出来るか理解しているか?」

 

「何!?」

 

「通常の盾の呪文は使用者の精神状況と技量が最も良い状況であっても、闇の魔術を防ぐ事が出来ん。防ぎたいのならプロテゴ・マキシマを使用するしか無い」

 

「ご丁寧に解説どうも!」

 

 

アエーシェマは彼にしては珍しく本気を出していない。

彼は前述のポリシーがあるために、どんな相手でも最初から本気で潰しにいく。

手加減は一切しない。

全力で相手を捻じ伏せる狩りをアエーシェマは好む。

 

だが、彼はエスペランサの息がかかっていると思われるセドリックの力量を測りたいと考えていた。

 

「闇の魔術と通常の魔法の違いは厳密には定義されていない。しかし、善人を気取る者達は威力が高かったり、残忍な効果をもたらす魔法を闇の魔術として嫌う。私には理解出来ん。強い魔法があれば使わない手は無いだろうに」

 

そして、また杖を振る。

 

杖から電撃が繰り出された。

10万ボルトを超える雷の塊がセドリックの展開した盾の呪文を破壊する。

 

「くそっ!なめやがって!ステータム・モータス・強制回避せよ!」

 

強制回避呪文を使用して電撃を避けるセドリック。

生い茂っていた雑草が電撃によって燃え盛った。

 

カチリ

 

小銃の引き金を引いても弾が出ない。

弾切れだ。

 

セドリックは空になった弾倉を捨てて、新たな弾倉を装填する。

弾倉を装填し、スライドを引いて銃を構えるまで10秒もかかっていない。

エスペランサに仕込まれたタクティカル・リロードという技術が活かされていた。

 

「並の魔法使い相手であれば、最初の銃撃で倒されていただろう。だが、この私をその程度の攻撃で倒せる筈がない。"この世界で私以上に修羅場を潜り抜けてきた手練れの魔法使い"はそうそう居ないのだからな」

 

「どういう事だ?言っている意味が分からん!」

 

「お前にどう説明しても理解する事はできないだろう。だが、私はお前の想像を越える力量を持つ魔法使いなのだ」

 

アエーシェマは淡々と語る。

 

この自信はどこから来るのだろう、とセドリックは疑問に思った。

アエーシェマは見た目通り危険な男に変わりないが、危険さだけでなく、何かとてつもない謎を秘めているようにも見えた。

 

「お前は、何が目的でヴォルデモートを復活させようとしているんだ?」

 

「目的?そうだな。私が求めるのは強さのみ。強い物を見たい一心だ。それともう一つ目的はあるが、こちらはどうにも説明がつかない」

 

アエーシェマは杖を軽く振り、墓石の一つを宙に持ち上げた。

 

さらに何回か杖を振ることで、墓石が巨大なアイスピックに変わる。

 

「エスペランサ・ルックウッドは久々に倒し甲斐のありそうな魔法使いだと思えたのだが、お前は取るに足らなかった。フリペンド・射て」

 

唱えられたのはホグワーツ1学年でも使える簡単な魔法だ。

しかし、アエーシェマはそのような簡単な魔法すら、強力な武器に変える。

 

墓石を変身させて作られたオートバイ程の大きさのあるアイスピックが信じられない速さでセドリックに飛んできた。

 

避けることは出来ない。

 

セドリックは軽量化の魔法により片手で持てるようになっていた銃を右手で持ち上げ、左手で杖を構える。

 

つい30分前に編み出した戦法だ。

 

ダダダダダダという音とともに銃口から7.62ミリ弾が発射される。

同時に「エンゴージオ・肥大せよ」と呪文を唱えた。

 

弾倉に入っていた20発の弾丸が全て巨大化され、アイスピックへと向かっていく。

巨大化された弾丸はいとも容易くアイスピックを粉々にし、残りの弾丸はアエーシェマに襲いかかった。

 

アエーシェマにしてみれば、19発の46センチ砲弾が高速で襲いかかってくるようなものだ。

 

だが、彼は冷静である。

 

杖を数センチ振るだけで砲弾を全て逸らした。

逸れた砲弾は数十個単位で墓石を粉々にし、リドルの館を半壊させた。

 

ズーン

 

ズーンズーン

 

爆音とともに土煙が上がる。

 

「簡単な魔法でここまでの威力を出すとは。なるほど。少しは戦えるみたいだな」

 

アエーシェマは半壊したリドルの館を見ながら、残忍な笑いを浮かべた。

彼の肩には爆発の余波で受けた火傷が出来ている。

 

久々に味わう痛みに彼は興奮していた。

 

 

「セドリック・ディゴリー。お前の力量は大体分かった。そして、お前の戦い方と力量からエスペランサ一派が闇陣営にとってどの程度脅威になるかも把握した」

 

「何!?」

 

「欲しい情報は揃った。故にお前の役割は終わったのだよ。さらばだ。セドリック・ディゴリー」

 

アエーシェマの目付きが変わる。

 

セドリックは直感した。

これが、彼の本気モードなのだと。

 

アエーシェマは杖を真っ直ぐに向ける。

 

「な、何だこれはっ!」

 

アエーシェマが何の魔法を使ったのかは分からないが、セドリックの足元に半径2メートル程の円形の影が出来ている。

 

影、というよりもブラックホールのような、光が一切存在しない空間が出来ているのだ。

 

そして、セドリックの足はその影に囚われて動かない。

 

「何だこれは!足が、動かない!くそっ」

 

アエーシェマはもう笑ってはいなかった。

彼は確実にセドリックを殺そうとしている。

 

セドリックは再び銃と杖を構えた。

しかし、先の攻撃で弾薬は使い果たしていることに気づく。

 

「無駄だ。こうなってはもう、お前に勝ち目は無い」

 

「僕は最後まで諦めない!」

 

セドリックは杖をアエーシェマに向けた。

 

「なら足掻け。闇の魔法使いは死の呪いで相手を殺そうとする。だが、死の呪いは単発でしか射てない。故に命中率は悪い。故に、最も確実に魔法使いを殺す方法は、相手の動きを封じることだ」

 

死の呪いに限った話では無いが、魔法は基本単発であり、攻撃魔法に関しては相手に命中させる為の技量が必要とされる。

 

故にアエーシェマは相手の動きを封じることに徹していた。

 

「ステューピファイ!インペディメンタ!」

 

「無駄だ。その程度の魔法で私は倒せん。失神光線も妨害の呪文も、盾の呪文で防ぐ事が出来るからだ。絶対に相手を倒したいのなら、盾の呪文を突破出来る闇の魔術か、反対呪文の存在しない死の呪いを使うしか無い」

 

話しながらアエーシェマはセドリックの呪文を全て回避した。

無言呪文を使える魔法使いは多いが、喋りながら無言呪文を完璧に行うのは難しい。

しかし、アエーシェマはそれを容易く行う能力があった。

 

 

 

 

 

 

「アバダ・ケダブラ」

 

 

 

 

 

 

彼は短く詠唱する。

 

杖先から緑色の閃光が走り、セドリックに命中した。

 

「ここまで、か」

 

視界に広がる眩い緑の光。

 

それがセドリックの最後の記憶となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アエーシェマは地面に転がるセドリックの亡骸を見下ろしていた。

目は見開かれ、毛は逆立ち、冷たく氷の様に横たわっている。

確実に彼は死んでいた。

 

アエーシェマは今までに数十人もの魔法使いを殺害している。

殺害した相手の亡骸を見る度に彼は、己の強さを実感し、自分の存在を確かなものにしてきた。

 

逆を言えば、彼は敵を倒す事でしか生き甲斐を見つけられないのである。

 

 

「呆気なかったな。セドリック・ディゴリー。お前は光の道を進む限り死ぬ運命にある。生き残るには"我々の側"に来るしか無かったのだ」

 

アエーシェマはそこでセドリックが銃を握りしめたまま、死んでいることを確認した。

 

最期まで武器を手放さずに死んだのは称賛に値することだ、と彼は思う。

 

「さて、我が君も待ちくたびれたことだろう。おい!ワームテール!」

 

「は、はひ」

 

「儀式の準備を始めるぞ」

 

 

アエーシェマは額を押さえてうずくまっていたハリーを魔法で、破壊を免れていた巨大な墓石に縛りつけた。

 

ハリーは呻き声を上げたが、アエーシェマはそれを無視する。

 

「ワームテール。大鍋の用意は出来ているか?」

 

「出来ております。はい」

 

いつ間にか人一人入れる大きさの石で出来た大鍋が用意されていた。

中では火花と液体がボコボコバチバチと暴れている。

 

「難儀ですな。この様な古の魔術を駆使しなくては復活出来ないとは」

 

ワームテールが大鍋の中にヴォルデモートを放り込むのを見ながらアエーシェマが呟く。

 

ヴォルデモートは胎児のような姿をしていた。

だが、その顔はおぞましい。

蛇の顔をした胎児の様だった。

 

その姿を見てハリーの傷は更に痛くなる。

 

ヴォルデモートを大鍋の中に入れる時、ワームテールは一瞬だけ表情を歪めた。

ワームテールがヴォルデモートの復活に際して何を考えているかは誰も分からない。

 

「父親の骨。知らぬ間に与えられん。父親は息子を蘇らせん」

 

ハリーの括り付けられた墓石の下の地面が割れ、人骨が飛び出す。

飛び出した人骨は大鍋の中に入り込んだ。

 

「僕の肉、よ、喜んで差し出されん。僕は、あ、主人を、よ、よ、蘇らせん!」

 

ワームテールは銃弾が貫通してボロボロになった手首をナイフで切断して鍋に入れた。

彼はあまりの痛みに悲鳴を上げる。

 

アエーシェマはその様子を無表情に見ていた。

 

手首を切断する痛みは測りし得ない。

恐らくエスペランサでも悲鳴を上げるだろうし、並の人間なら気絶する。

だが、ワームテールは気を保ち、ハリーに近づいて来た。

 

「敵の血、力づくで与えられん。汝は敵を蘇らせん」

 

ワームテールは震える手でハリーの腕にナイフを突き立てて、鮮血を回収した。

激痛にハリーは悲鳴を上げそうになるが、何とか耐える。

 

ハリーの血が加えられた大鍋は溢れんばかりの蒸気が立ち込め、視界を悪くする。

 

 

そして、その蒸気の中から一人の男が立ち上がった。

 

 

異様に長い指。

赤い目。

蛇の様な鼻。

 

人の形をしていて人では無いことが分かる。

 

魔法界をかつて恐怖のドン底に落とした闇の魔法使い。

 

 

 

 

 

ヴォルデモート卿が復活した。

 

 




セドリックを退場させるかさせまいかは非常に悩みました。
ですが、今後の展開的に退場させないといけなかったので原作準拠です。
エスペランサを介入させてもセドリックを救う事は出来なかった、ということです。


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case64 Prior Incantertem 〜直前呪文〜

感想ありがとうございます!
投稿直後に感想が来たりして嬉しいです。

仕事の関係で投稿が不規則になります。
次回投稿は早くても1ヶ月後、遅ければ2ヶ月後になるかもしれません。
申し訳ありません。



復活したヴォルデモートはローブを着ると、ワームテールに魔法で銀の手と闇の印を与えた。

 

ハリーは知る由も無かったが、闇の印は死喰い人の証であり、ヴォルデモートに実力を認められなければ貰えないものだ。

 

ヴォルデモートは縛られたままのハリーに自分の生い立ちを話して聞かせた。

そこで、ハリーはヴォルデモートが半純血であることを知るが、今はどうでも良かった。

 

セドリックの死。

 

最後まで戦って散ったセドリックの亡骸を見て、ハリーは絶望に打ちひしがれると共に、アエーシェマ・カローに怒りを感じる。

 

 

「ポッター。俺様の真の家族が帰ってきたぞ!」

 

見れば墓場のあちこちからフードを被った死喰い人が現れている。

ヴォルデモートが闇の印で呼集したためだ。

 

ただし、その数は圧倒的に少ない。

全盛期の死喰い人は百人単位で存在したし、死喰い人にはなれずとも、闇陣営の人間は千を超えていた。

ヴォルデモートがハリーに倒されてから徹底的な死喰い人狩りが行われた為である。

 

死喰い人たちはヴォルデモートの前で跪くが、ヴォルデモートは怒りを露わにしていた。

 

ここに集まる死喰い人は、13年間、ヴォルデモートを探しもせずに、のうのうと生きていたからである。

 

ルシウス・マルフォイもクラッブもゴイルもマクネアも、そして、ノットもだ。

 

ヴォルデモートはそれに怒っていた。

 

結局、彼らは保身に走りヴォルデモートを裏切ったのだ。

 

 

「部下がどいつもこいつも小物ですからな。裁判における彼らの哀れな姿を我が君にも見てもらいたかった」

 

アエーシェマがニヤニヤしながら跪く死喰い人たちを見る。

死喰い人たちはヴォルデモートにフードを取られて顔を出していた。

 

その中にはハリーが見たことのある人間も何人か居る。

 

その内の一人であるルシウスはアエーシェマを睨みつけた。

彼にしてみればアエーシェマものうのうと生きていた一人であるからだ。

 

だが、アエーシェマは魔法省による裁判や尋問で自己弁護はしていない。

何故なら彼は無差別殺戮等をせず、ひたすらに強さを求めて闇払いと戦いを繰り広げただけだからだ。

闇陣営の悪事に"表向きには"参加していないし、証拠も何も出なかったのである。

 

「アエーシェマ。お前も抜け目が無い。だが、俺様を復活させる事に尽力したのは褒めてやろう。ワームテールには新しい手を褒美として渡したが、お前は何が欲しい?」

 

「私が欲しいのは強さのみです。我が君の強さを間近で見ることが出来るだけで褒美となります」

 

ヴォルデモートはアエーシェマの言葉に高笑いをする。

 

「そうだな。お前はそういう奴だった。お前と始めて出会ったのは俺様がマグルの村を襲撃している時だったか?」

 

「ええそうです。スコットランドのハイランド地方でした」

 

「お前はマグルを殺す俺様に"その様な雑魚を殺しても面白く無いでしょう?"と言ってきた。お前は俺様の信念を理解していないし、俺様自身を慕ってはいない。しかし、ここに居る裏切り者達とは違うようだな」

 

ヴォルデモートは死喰い達の間をゆっくり歩きながら話を続けた。

 

「ここに居ない者たちも居る。レストレンジ、ルックウッド、ドロホフ達だ。あいつらは俺様に最後まで忠実だった。彼らはアズカバンに居るが、まもなく解放されるだろう。吸魂鬼は俺様の味方だからだ」

 

「巨人たちも呼び戻そう。闇の生物は俺様の味方だ。そして、ホグワーツ内にも忠実な部下が潜入している。奴はこの俺様の復活祭にゲストを寄越してくれた。見よ。ハリー・ポッターだ!」

 

ルシウスをはじめとする死喰い達が顔を上げて縛り付けられているハリーを見る。

彼らは何故、ハリーがこの場に居るのかを理解していなかった。

 

「俺様が弱体化した原因は、このポッターだ。あの晩、俺様はポッターを殺害しようと思い、ゴドリックの谷に向かった。しかし、此奴の母親は死ぬ間際に古い魔法を使ってポッターを守ったのだ。古いが強力な護りの魔法だ。そして、俺様は肉体を失った」

 

ヴォルデモートの言葉を聞いていたアエーシェマは溜息を吐く。

その古い魔法というのは、愛という曖昧な概念によって成立するものだ。

厄介な魔法であるが知名度の低さからヴォルデモートは油断したのだろう。

 

「死の呪いを跳ね返されても尚、俺様は生きていた。俺様は死の克服の為に幾つかの魔法を試していたからだ。しかし、俺様は肉体を失い、魂だけが彷徨っていた」

 

「4年前のことだ。ある愚かで若輩者の魔法使いが俺様のところへ足を運んだ。しかも幸運な事にホグワーツの教師でもあった。俺様はこの愚か者に取り憑いた。そして、賢者の石を手に入れて復活しようと試みたが、これは防がれた。ここに居るハリー・ポッターとエスペランサ・ルックウッドという小僧にな」

 

エスペランサの名前を聞いてアエーシェマは軽く反応する。

ハリー・ポッターが賢者の石をヴォルデモートから守る事に一役買ったことは義理の娘であるフローラ・カローから強引に聞き出していたが、エスペランサもその場に居たとは知らなかった。

 

「我が君。エスペランサ・ルックウッドがあの場に居たのですか?」

 

「そうだ。あの小僧は忌々しいマグルの兵器で俺様の計画を阻止した。そして、クィレルを殺した。ポッターの次はあの小僧を俺様は殺す」

 

ヴォルデモートと正面から戦って、勝ち、そして生存したエスペランサにアエーシェマはますます興味が湧いた。

 

「俺様は再び肉体を失った。だが、1年近く前に、ここに居るワームテールが俺様の所へ訪れた。しかし、その過程でワームテールはミスをした。魔法省の職員であるバーサ・ジョーキンズに見つかったのだ。そこで、此奴はバーサに忘却の呪文をかけて俺様の下へ連れて来た」

 

「バーサは色々な情報を持っていた。クィデッチワールドカップや3校対抗試合についてだが、俺様はこれを利用しようと思った。俺様の復活にはポッターが必要不可欠であるが、ポッターは予想以上に強い守護を受けている。容易く接触は出来ない。ならば、3校対抗試合を使ってポッターを俺様の下に送り込む様に仕組めば良い。ああ、そうだ。バーサ・ジョーキンズは殺した」

 

誰も知らないが、バーサ・ジョーキンズを殺す事でヴォルデモートは蛇のナギニを分霊箱にしている。

 

「俺様の工作は上手くいった。お陰でポッターはこの場に居る。俺様を苦しめたポッターが。クルーシオ!」

 

ヴォルデモートは突如としてハリーに磔の鈍いをかけた。

 

想像を絶する苦しみにハリーは悲鳴を上げる。

この世にこれ以上の苦しみは無いだろう。

クルーシオの魔法の恐ろしさは、どんなに痛くても気を失ったりすることが出来ないところだ。

 

ハリーは心身共にボロボロになっていた。

 

 

「見たか?このポッターが俺様に勝てる筈が無いのだ。此奴が俺様に勝てた理由は母親の守護魔法のお陰に過ぎん。ワームテールよ。ポッターの縄を解いてやれ」

 

ヴォルデモートの指示でワームテールがハリーを縛り付けていた魔法の縄を解く。

 

急に身体が自由となったハリーは勢いで地面に転げ落ちた。

ワームテールは落ちていたハリーの杖を拾い上げてハリーに渡す。

 

この間、ワームテールはハリーと一切目を合わせようとしなかった。

 

死喰い人たちはハリーとヴォルデモートを囲う様に集まって来ている。

 

「ポッター。決闘の仕方は知っているな?」

 

決闘。

魔法使いの1対1の戦いのことである。

 

2学年の時に一度、決闘クラブというものに参加したことがあるハリーだったが、その時に学んだのは武装解除の魔法のみ。

 

それがヴォルデモート相手に役立つとはとても思えなかった。

 

 

「まずはお辞儀だ。お辞儀するのだ!ポッター!」

 

ヴォルデモートは杖を振って強制的にハリーをお辞儀させる。

 

エスペランサがこの場に居たら、「お辞儀するのだ」という台詞を吐くヴォルデモートを指差して笑ったことだろう。

 

屈辱に耐えながらハリーはぼんやりとその様なことを考える。

 

 

「では決闘を始めよう!クルーシオ!」

 

 

情け容赦ない攻撃がハリーに襲いかかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦いはヴォルデモートが一方的にハリーを蹂躙するものだった。

もはや、戦いとは呼べない。

 

三度の磔の呪いを受けた後、服従の呪文を何とか打ち破ったハリーであるが、自分の死がもうじきやってくるのを実感していた。

 

彼は今、隙をついて墓石の一つに身を隠している。

 

「ポッター。隠れんぼは終わりだ。正々堂々と出てきて戦え。そこに転がる生徒は正々堂々戦っていたぞ」

 

ヴォルデモートはセドリックの亡骸を指差して言う。

 

ハリーはセドリックの戦いを見ていた。

恐らく、エスペランサの指導を元にして編み出された戦い方だった。

 

エスペランサは決してヴォルデモートを恐れない。

彼が恐れるのは仲間が殺される事だ。

もし、彼がセドリックの死を知ったとしたらどうするだろうか。

 

きっと復讐するに違いない。

 

もし、自分がここで殺されたとしてもエスペランサがきっと仇を討ってくれる。

 

 

ならば、最後まで戦ってやろう。

ハリーは決意した。

 

 

「僕はここだ。僕も最後まで戦う」

 

ハリーは墓石から姿を現し、そして杖をヴォルデモートに向けた。

 

「実に勇敢だ。父親と似てな。俺様の部下もこう勇敢であって欲しいものだ」

 

「例え僕がここでお前に殺されても、残された他の人間が必ずお前を倒しに来るぞ」

 

「ほう。誰が来ようと俺様の敵では無い。さて、時間だ」

 

 

ハリーとヴォルデモートは対峙する。

 

互いに杖を構え、それを死喰い人たちが遠巻きに見ていた。

 

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

「エクスペリアームス!」

 

 

二人は同時に呪文を詠唱する。

 

二人の杖から発射された赤と緑の閃光が激突する。

 

反対呪文の無い死の呪いと武装解除の魔法が激突すればどうなるか。

当たり前だが、死の呪いの方が強力なので武装解除の魔法は撃ち負ける。

 

しかし、今回はそうならなかった。

 

二つの閃光が空中で繋がり、金色の光を放つ。

ハリーとヴォルデモートの杖が一本の閃光で繋がれたようになったのだ。

 

「我が君!我々はどうしたら?」

 

「手を出すな!ポッターは俺様が殺す!」

 

ヴォルデモートは死喰い人に命じた。

しかし、彼もまた、目の前で起きている現象を理解していない。

 

バチバチと火花を散らしながら二人の杖は閃光によって繋がっているが、気を抜けばその衝撃に打ち負けてしまいそうになる。

 

 

「なるほど。直前呪文か」

 

「は、はひ?」

 

一人呟くアエーシェマをワームテールが見上げる。

 

「我が君の杖とポッターの杖は恐らく兄弟杖なのだろう。兄弟杖同士で決闘をすると、杖は本来の強さを発揮せず、別の効果をもたらすと言われている」

 

「へ、へえー」

 

ハリーにヴォルデモートと互角に渡り合えるような魔力は存在しない。

ならば、この現象はハリーの力ではなく杖の力なのだろう、とアエーシェマは分析した。

 

金色の光はますます強くなり、墓場を焼いてしまうのではないかという程に大きくなっていた。

 

信じられない現象はさらに続く。

 

金色の光の中からセドリックのゴーストが現れたのだ。

いや、ゴーストでは無い。

ゴーストよりもハッキリとした実体があるが、しかしやはり生きた人間では無い物が光と共に大地に降り立った。

 

「セドリック?」

 

『ハリー。頑張れ』

 

短く、しかし強く、セドリックがハリーを励ます。

 

ヴォルデモートは出現したセドリックに驚き、死喰い人たちは恐怖した。

 

光の中からは更に二人の人間が飛び出した。

 

一人はマグルの老人、もう一人は恐らくバーサ・ジョーキンズだ。

 

『あいつは本当に魔法使いだったのか!おい、小僧。負けるんじゃ無いぞ!』

 

『杖を離すんじゃ無いよ、ハリー!あいつを倒すんだ』

 

さらに、新たな光が飛び出す。

そして、大地に立った。

 

女性だ。

ハリーと同じ目をしている。

 

『お父さんが来ますよ。大丈夫。頑張って』

 

間違いない。

ハリーの母親だった。

 

リリー・ポッターが現れてすぐ、ジェームズ・ポッターも現れる。

 

『繋がりが切れたら、私たちはあまり長くは存在を保てない。だが、移動キーに辿り着くまでの時間は稼げるだろう。ハリー。わかったね?』

 

ジェームズの言葉にハリーは頷いた。

 

『ハリー。頼みがある。僕の身体をホグワーツまで連れて帰ってくれ。僕は皆の元へ帰ると約束したんだ。それから、エスペランサに伝えてくれ。僕は最後まで戦った。後は頼んだ。そして、君の下で戦えたことを誇りに思う、と』

 

ハリーにはセドリックがエスペランサに何を伝えようとしているのかは分からなかった。

しかし、彼はそれを了承する。

 

ハリーは思い切ってヴォルデモートの杖と繋がっている金色の閃光を切り離した。

 

バチンという音と共に光は消えたが、ジェームズやセドリックたちはそのまま残っている。

 

彼らはハリーを追撃しようとするヴォルデモートに襲いかかった。

 

 

「追え!ポッターを逃すな!殺せ!」

 

 

ヴォルデモートの命令により、死喰い人たちがハリーに襲いかかる。

 

ハリーはがむしゃらに妨害の呪文を連発した。

そのうちの何発かが死喰い人に命中する。

 

「アエーシェマ!何をしている!ポッターを止めろ」

 

「承知しました」

 

だが、アエーシェマは乗り気では無い。

彼はセドリックの亡骸をエスペランサの元まで届けたいと内心で思っていたからだ。

 

別に善意があったわけでは無い。

 

セドリックの亡骸を見たエスペランサがどの様な行動を起こすのかに興味があっただけだ。

 

その為にはハリーにセドリックを連れてホグワーツに逃げてもらう必要がある。

 

アエーシェマは追撃の手を敢えて緩めた。

 

 

 

「アクシオ・優勝杯!」

 

 

ハリーはセドリックの亡骸を触れ、魔法で優勝杯を呼び寄せた。

 

優勝杯を掴んだ瞬間に移動キーが作動する。

 

 

ハリーとセドリックはホグワーツへと帰還した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エスペランサは観客席からハリーが迷路の入り口に帰ってきたのを双眼鏡越しに見た。

 

一瞬にして現れたハリーにも驚いたが、彼がセドリックと手を繋いで登場したのにも驚いた。

 

 

「ハリーとセドリックが戻ってきた!優勝杯も一緒だ!」

 

フナサカが言う。

 

他の本部待機の隊員たちも拍手をした。

 

「無事に終わったみたいだな。斥候部隊を戻そう」

 

「いや、セオドール。ちょっと待て。様子がおかしい」

 

「え?」

 

職員や生徒が我先にハリーとセドリックの元へ走り寄っていく。

ハリーはセドリックの手を握ったまま何か喚いていた。

 

だが、観客席の歓声が大きくて聞き取れない。

 

 

「確かに様子がおかしいです。セドリックは気絶しているんでしょうか?」

 

「ああ。動いていないな」

 

「俺が様子を見に行く!」

 

エスペランサは側の席に立てかけておいたM733コマンドを掴んで、観客席を降りていく。

 

密集した観客の中を強引に突破して、ハリーたちの元へ駆け寄る。

 

そこには既にダンブルドアやファッジが居た。

 

「何てことだ!ダンブルドア。セドリックは死んでいる」

 

ファッジが顔を青くして言った。

 

「死んでいる?」

 

「誰が?」

 

「どうなってるんだ?」

 

生徒たちが口々に騒ぎ始めた。

 

エスペランサは我を忘れて、セドリックの元に駆け寄った。

 

「おい!セドリック!返事をしろ!いつまで寝てんだ!」

 

彼はダンブルドアや他の教師が止めようとするのを無視して、セドリックの手首を握った。

 

脈がない。

冷たい。

死後硬直をしている。

 

 

エスペランサはかつて戦場で何百人という死体を見て来た。

故に、生死を確かめるのは慣れている。

 

そして、彼はセドリックが確実に死んでいることを即座に理解してしまった。

 

 

「何故だ。何故なんだ!ハリー!説明してくれ!」

 

エスペランサはハリーに掴みかかる。

しかし、そのハリーも血だらけである事に気付いて手を離した。

 

「エスペランサ………。あいつだ。あいつが帰ってきたんだ」

 

「あいつ?」

 

「セドリックは、セドリックはホグワーツまで連れてきてくれって、僕に言ったんだ、だから」

 

ハリーは言葉を詰まらせながら言う。

話が噛み合わないところからするに、思考がまとまっていないのだろう。

 

「ダンブルドア先生。あいつが、ヴォルデモートが帰ってきました。セドリックは殺されました」

 

「何と!ハリーよく帰ってきた」

 

ハリーの言葉はダンブルドアとエスペランサにしか届いていない。

他の人はパニックになって何も聞いていなかった。

 

「くそっ。何でこんなことに。もうこんな思いをしたくなんて無かったのに」

 

エスペランサも声を詰まらせた。

セドリックを3校対抗試合に出るよう後押ししたのはエスペランサだ。

彼の死はエスペランサの責任でもある。

 

そして、もう二度と仲間を失いたくない一心で過ごして来たのに、また失ってしまったという絶望感に打ちひしがれた。

 

握り締め過ぎた拳から血が出てくる。

エスペランサはその拳で地面を殴った。

 

だが、感傷に浸っている場合ではない。

 

悲しむのは後だ。

 

セドリックが殺されたということは、やはり、このホグワーツには敵が居る。

ならば、次の犠牲が出る前にその敵を仕留めなくてはならない。

 

その為には今は感情的にならず、冷静に頭を戦闘モードに切り替える必要があった。

 

エスペランサは開いたままのセドリックの目を閉じてやる。

見れば、セドリックは銃を握り締めたまま死んでいた。

 

彼は最後まで戦って死んだのだろう。

 

「エスペランサ。ハリーを頼むぞ。わしは他の者達に事実を伝えなくてはならぬ」

 

「はい。先生」

 

ダンブルドアの言葉にエスペランサは短く返事をした。

 

ダンブルドアは他の職員のところへ走っていく。

ファッジは未だ混乱状態にあり、生徒達は泣いている者から困惑している者まで多様だ。

 

この場で冷静な思考を保てているのは皮肉にもセドリックと最も近しい仲であるエスペランサだけだった。

 

「ポッター。大丈夫か?辛いだろう。すぐに医務室に行かなくてはならん」

 

人混みを掻き分けて現れたムーディがいつの間にかハリーとエスペランサの横に立っていた。

 

「ムーディー先生。ダンブルドアはハリーにこの場に留まれと命じています。自分はダンブルドアが戻ってくるまでの間、ハリーを護衛しなくてはならない」

 

エスペランサがムーディの前に立ち、反論する。

 

「ルックウッド。ポッターは心身ともにボロボロだ。今は医務室へ行って休養を取るべきだろう」

 

「しかし!」

 

「安心せい。既にマダム・ポンフリーには話を通してある。ポッターはわしが連れて行こう」

 

そう言うなりムーディは半ば強引にハリーの手を引っ張って人混みを掻き分け、城へと向かって行ってしまう。

 

生徒たちはハリーに何か言いたそうであったが、ムーディが横に居たのでは話しかけられない。

 

確かに、混乱している魔法省の役人たちよりもムーディがハリーを医務室に連れていく方が安全ではある。

だが、エスペランサはそんなムーディの行動を疑問にも思っていた。

 

(この状況下でハリーをダンブルドアから引き離すという行為をムーディがするだろうか?)

 

 

 

「エスペランサ!ここに居たのか!報告がある」

 

迷路の方から目眩しの呪文を解除し、武器をどこかに隠したのであろう斥候部隊の隊員たちが走ってくる。

 

ネビルやアーニー、アンソニーたちだ。

 

「隠れながらムーディ先生を尾行していたが、ムーディ先生は迷路の中に向かって杖を構えて、やっぱり何らかの工作をしていた!」

 

息を切らせながらネビルが報告した。

 

他の隊員たちは、セドリックの亡骸を見て絶句している。

中には泣き出し、崩れ落ちる隊員も居た。

 

しかし、隊員の何人かは気を確かに保ち、セドリックに近づいてくる一般生徒を遠ざけようとしたり、混乱を沈めようとしたりしている。

 

混乱していた魔法省の職員たちも我に帰り、生徒たちの混乱を収めようとし始めた。

 

「それは、本当か?ネビル!」

 

「間違い無い。何をしていたのかは分からないけど。でも、迷路の入り口の方が騒がしくなった途端、ムーディ先生は入り口に向かって行ったんだ」

 

そこでネビルはようやく、セドリックが死んでいることに気付いた。

 

「そんな!セドリック!!」

 

「ネビル。落ち着け。まだ、状況は終わっていない」

 

「でも!でも!」

 

「しっかりしろ!ムーディはハリーを連れて医務室に向かった。しかし、ネビルの話が本当なら………」

 

ハリーが危ない。

 

ムーディは黒だ。

 

「エスペランサ。僕たちはどうすれば?」

 

「兎に角、隊員達を全員集めろ。そして、完全武装させた後に"4階の廊下"に向かえ。指揮は副隊長のセオドールに一任する」

 

「エスペランサは?」

 

「俺は先行する。一刻も争う状況だ。隊員たちはすぐに動かすんだ。良いな?」

 

 

エスペランサはネビルに指示を出した後、持っていたM733のスライドをガチャリと引いた。

初弾が銃本体へと装填される。

 

「セドリック。すぐに戻って来る。お前が受けた苦しみを、敵にも味合わせてやるからな。それまで待っていてくれ」

 

返事をすることも出来ないセドリックにエスペランサは話しかけ、そして、城へと走り出した。

 

 

 

 

湧いてくる感情という感情を全て振り払い、ホグワーツ城の玄関へと真っ直ぐに走る。

 

大丈夫。

俺は戦える。

 

今は敵を"殺す"ことだけ考えろ!

 

 

復讐の鬼となったエスペランサは銃の握把を強く握り締めた。




炎のゴブレットもクライマックスです。
しかし、次回投稿は仕事の関係で遅れることが予想されます。

申し訳ありません。


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case65 Esperanza vs Crouch 〜エスペランサvsクラウチJr.〜

感想ありがとうございます!
投稿出来る環境が整ったので少し投稿します!


ハリーはマッドアイ・ムーディに連れられて城の中に入った。

 

この時点でハリーはムーディに絶対的な信頼を置いていた。

この1年間、彼はムーディに何度も助けられていたからである。

故に、ダンブルドアの意向に背く行動をするムーディに対して何の疑問も抱いていない。

 

しかし、ムーディがハリーを医務室では無く、自室に連れて行こうとしていることが分かった時は流石に疑問を感じた。

 

「先生。医務室へ向かう道はあっちです」

 

「うむ。そうだ。しかし、今はワシの部屋に来てくれないか?医務室にお前さんを運ぶ前に聞かなくてはならんことがある」

 

ムーディはいつもの調子でそう言った。

ハリーは特に抵抗せずにそれに従うことにする。

ヴォルデモートの言う通りなら城内に敵が居る筈だが、元闇払いのムーディと一緒ならば心配無いだろう。

そう思ったのだ。

 

二人は大理石の階段を登り、2階へと到着する。

 

「それで、何が起こったのだ?」

 

「優勝杯が移動キーでした。それで、知らない場所に移動して、そこで、ヴォルデモートが復活しました」

 

言いながら、ハリーはつい30分前に起きた出来事を思い出す。

 

煮え滾る大鍋。

 

復活したヴォルデモート。

 

金色の光。

 

そして、セドリックの死。

 

 

この短時間で様々な事が起きた。

そして、ハリーは心身共に疲労していた。

まともに考える力は残っておらず、とにかく今は休みたい気分である。

 

「闇の帝王がそこに居た、と?それからどうした?」

 

「カローが、フローラ・カローの父親がヴォルデモートを復活させました。それから、奴はセドリックを殺しました」

 

「カロー、か。他の連中は?」

 

「何人かの死喰い人が現れました。マルフォイやノットです」

 

「闇の帝王はその死喰い人たちになんと言ったのだ?許したのか?それとも拷問をしたのか?」

 

ムーディは興味津々といった形でハリーの話を聞く。

 

 

 

その時だった。

 

 

 

「止まれ!」

 

短く、しかし鋭い声が2階の踊り場に響く。

 

見れば、ハリーたちの登ってきた階段の下に銃を構えたエスペランサが居た。

 

銃口はムーディに向けられている。

銃身が短いのが特徴であり、センチュリオンの標準装備であるM733だ。

 

「どうした?ルックウッド。何のつもりだ?」

 

「ムーディ先生。ダンブルドアはハリーに"この場に残れ"と命じました。しかし、あなたはその命令に背いた」

 

「ああ。そうだ。ポッターはすぐに休む必要があるからな。教師として当然の配慮だろう」

 

「いや。あなたが本当に歴戦の闇払いであるマッドアイ・ムーディなら、そんなことはしないでしょう」

 

「ほう?」

 

「今回の事件の黒幕は未だにホグワーツ内に潜伏していると考えるのが妥当です。それならば、ハリーは最も安全であるダンブルドアの庇護下に置いておくのが最善の策。しかし、あなたはリスクを犯してでもハリーを城の中へ連れて行こうとした」

 

エスペランサは銃を構えたまま階段を登り、ムーディに近づく。

 

ハリーは何が何だか分からなかったが、エスペランサの表情が、バジリスクやクィレルを相手にした時の様に変わっていることに気付く。

 

 

「俺の推理が正しければ、黒幕はムーディ先生。あなただ。いや、もしかしたらあなたはムーディ先生では無いのかもしれない」

 

エスペランサの台詞にムーディの表情が一瞬だけ凍りつく。

ハリーはそれに気付き、無意識にムーディから遠ざかろうとした。

 

「あんたは一体、誰なんだ?」

 

エスペランサはムーディに問いかける。

 

「フッ。フフフ。ハハハハ!」

 

ムーディは不気味に笑い始めた。

ハリーの知る限り、彼がこの様な笑い方をしたのははじめてである。

 

「ルックウッド。お前は大した奴だ。敵にするには勿体ない」

 

「なんだと?」

 

「お前の推理は憶測に過ぎない。だから否定しようとすれば否定出来た。しかしな、俺はこの城を離れる前にやらなければならないと思っていたことが二つあった」

 

もはやムーディの物とは思えない表情をした男が杖を取り出しつつ話す。

 

「一つはポッターの殺害。二つ目はルックウッド。お前の殺害だ」

 

「俺の殺害?ハリーだけではなくてか?」

 

「お前はいずれ闇の帝王の脅威となる。この一年、お前を観察していたが、確信した。お前個人の能力は大したことは無い。しかし、魔法界にお前が持ち込む武器や戦術、そして思想は闇の帝王の目論見とは相反するものだ。故にここで叩かなくてはならん」

 

「何を言っているかは分からんが、お前はムーディでは無く、そして、ハリーと俺を殺そうとしているということは理解した」

 

エスペランサは引き金に指をかける。

ムーディは杖をエスペランサに向けた。

 

この男はムーディでは無い。

この男はハリーを殺そうとしている。

 

そして、この男はセドリックを死に追いやった。

 

それだけで戦う理由は十分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バタタタという音と共に、ホグワーツの階段に連続射撃音が轟く。

 

エスペランサが先制攻撃を仕掛けたのだ。

 

無論、彼の撃った銃弾は盾の呪文で防がれる。

だが、エスペランサの目的は銃弾によりムーディを倒すことでは無い。

 

「ハリー!競技場まで逃げて応援を呼べ!」

 

30発の弾倉を使い切る勢いで射撃するエスペランサが叫んだ。

 

ハリーはその声を聞くなり、城の出口まで駆け出す。

 

ムーディはハリーを追おうとしたが、エスペランサの攻撃を防ぐので手一杯だった。

 

 

「くそっ!」

 

吐き捨てたムーディはエスペランサが弾倉交換をしている隙に、爆破呪文を彼の足元の階段に撃つ。

 

「コンフリンゴ!爆破せよ!」

 

動く魔法の階段が爆破され、足場を失うエスペランサであったが、彼も彼で冷静だった。

 

階段の石性の手すりに足をかけ、爆発の勢いで別の階段に飛び移る。

 

ホグワーツの階段は魔法によって動き、その数は数百もある。

身体能力が高ければ、動く階段を飛び移る事も不可能では無い。

 

今まさに動いていた3階へと続く階段の手摺りにしがみついたエスペランサは、懸垂の要領で階段の上に登った。

 

 

「面白い!狩り甲斐のある敵は久々だ!」

 

 

魔法使いは魔法に頼る故に身体能力がマグルに比べて低い。

しかし、エスペランサは軍隊生活で鍛えられている上に、魔法薬を活用して身体を改造(これはセンチュリオンの隊員が全員やっている事であり、この為に彼らは数年で特殊部隊レベルの軍人になることが出来ている)していた。

そのような敵を見てムーディは高揚する。

 

「そりゃどうも!」

 

エスペランサも手榴弾をムーディに向かって投擲するが、これも盾の呪文で防がれた。

 

だが、その隙に彼は4階まで一気に駆け上がり、階段から廊下へと逃げ去る。

 

「逃げることしか出来ない、か。武器を持てども、所詮は餓鬼でしかない」

 

ムーディは舌打ちした。

 

エスペランサはもっとムーディを手こずらせる強さと知恵を持っていると思っていたが、そうでも無いことが分かったためだ。

確かに今まで見てきた魔法使いとは一線を画す戦い方をするが、魔法の腕が未熟な為なのか、マグルの武器に頼り過ぎている。

ムーディはそう分析した。

 

「ドラゴンを倒す武器を持つくらいなのだから、もっと強い魔法使いだとおもっていたのだが、残念だ」

 

ダダダダ

 

廊下の向こうから柱を掩蔽としてエスペランサが射撃してくる。

 

だが、銃撃は盾の呪文の前には無力である。

 

ムーディはエスペランサの隠れている柱に爆破呪文を連発した。

柱は粉々になり、銃撃が止む。

 

土煙の舞う4階の廊下へ足を踏み入れた彼は、エスペランサが廊下の突き当たりで銃を構えているのを見つけた。

義足であるムーディがエスペランサに追いつくのには時間がかかるので、取り逃してしまったのでは無いかと一瞬、不安になったが、取り越し苦労だったようだ。

 

4階の廊下は長さにして30メートルはあり、複数の教室や使われていない部屋が点在している。

突き当たりはT字路になっていて、そこにエスペランサは立っていた。

 

彼はここで決着をつけようとしているらしい。

 

「逃げるのはもう終わりか?」

 

「ああ。ここで決着をつけてやる」

 

エスペランサはM733を再び構えた。

 

ムーディは知る由も無かったが、エスペランサが持つ銃弾は今装填されている30発でラストだった。

手榴弾も使い切っている。

 

ダダダダ

 

連射モードで銃撃を開始するエスペランサであるが、無論、これもムーディは防いだ。

 

彼はエスペランサが使う銃という武器が、弾丸を高速で飛ばすだけの武器であり、弾薬の数に制限があることも見抜いている。

 

つまり、全て防ぎ切れば良いだけのことだ。

 

M733に装填されていた弾薬は30発。

連射すれば数秒で撃ち切ってしまう。

 

ムーディは盾の呪文でエスペランサの放った弾丸を全て防ぎ、再び爆破呪文を唱えた。

杖から閃光が迸り、エスペランサの足元に命中。

凄まじい爆発と共にエスペランサを後方の壁に吹き飛ばした。

 

「ぐあっ!」

 

壁に背中を打ちつけたエスペランサは、口から血の塊を吐き出して、その後、床にドサリと落下する。

既に残弾の無くなった小銃は廊下の隅に転がっていった。

 

しかし、身体がタフなのか、精神力が凄いのか、エスペランサは意識を失わずに立ち上がろうとしている。

 

「その戦闘本能だけは認めてやろう。この俺の前にお前は無力だったが、臆病者の死喰い人達よりはマシだ」

 

「何の、話だ?」

 

床に血反吐を吐きながらエスペランサが言う。

 

「ワールドカップの時、元死喰い人達は弱者であるマグルを蹂躙していただろう?だが、奴らは俺の打ち上げた闇の印を見るなり、尻尾を巻いて逃げ出した腰抜けだ。あんな連中より、俺はお前の方を評価してやる」

 

「闇の印を打ち上げたのは、お前だったのか?」

 

「そうだ。のうのうと生きていた腰抜けどもには良い薬だったろう」

 

エスペランサはムーディの顔がムーディの顔ではなくなってきていることに気付いた。

 

顔のシワが消えつつあり、身体つきも変わってきている。

白髪だらけで薄くなっていた髪も茶色くなっている。

 

こいつはムーディに化けている別の人物だ。

エスペランサは察した。

 

「やはり、お前はムーディでは無かったんだな」

 

「そうだ。数ヶ月前に本物のムーディは俺の手によって無力化されている。俺は奴に成り代わっていた訳だ。ダンブルドアでさえそれに気付いていなかった。俺の演技も大した物だろう?」

 

「なるほど。確かに演技派だ。オスカー俳優にでもなれば良いんじゃねえか?では、お前は一体?」

 

「冥途の土産に教えてやろう。俺はバーティ・クラウチJr.だ」

 

クラウチJr.。

その名前をエスペランサは知っていた。

 

セオドールとクラウチJr.の話をした事もある。

だがしかし、彼はアズカバンで死んでいる筈だ。

 

「どういうことだ?クラウチJr.は死んだとされている筈なのに」

 

「カラクリがある。だが、俺もそれを説明する時間が無い。薬も切れてきているし、何よりもポッターを仕留めなくてはならんからな」

 

ムーディ、いや、クラウチJr.は杖をエスペランサに向けた。

 

二人の距離は20メートル近く離れているが、クラウチJr.は決闘にも秀でているため、魔法を外したりしないだろう。

 

 

「プロテゴ・マキシマ!」

 

エスペランサはいつの間にか取り出していた杖で最大級の盾の呪文を展開した。

 

地面に倒れている彼の周りに透明なシールドが展開される。

 

 

「俺の授業を忘れたか?死の呪文には盾の呪文は効かない」

 

クラウチJr.は残忍に笑う。

彼がアバダ・ケダブラを唱えようとしているのはエスペランサにも理解出来た。

 

だが。

 

 

「馬鹿が。お前は仕掛けられた罠にノコノコと入り込んで来ただけだ」

 

エスペランサは血塗れの口で笑う。

 

「何っ?」

 

 

ズドオオオオオオオオオオ

 

 

 

 

突如としてクラウチJr.の横の壁が爆発した。

 

壁だけでは無い。

天井も爆破され、床からは無数の鉛の弾が吹き出してくる。

 

エスペランサは2年生の時に城のあちこちに爆薬を仕掛けていた。

また、今年度はセオドールと共に各所に弾薬庫を設け、トラップもしかけている。

 

この4階の廊下には、天井と壁にC4爆薬と床にはクレイモア地雷が仕掛けられていたのだ。

 

クラウチJr.は対応が遅れた。

 

天井から降る瓦礫から身を守ろうとして、クレイモア地雷の攻撃を防ぎ切れない。

 

鉛の弾が彼の手足をもぎ取っていく。

 

「ギャァアアア!」

 

クラウチJr.の断末魔の叫びが廊下に響き渡った。

 

爆発自体はものの数秒で終わり、瓦礫の間から土煙が出るものの、廊下はシーンと静まり返る。

盾の呪文で爆発から身を守ったエスペランサは、フラフラと立ち上がった。

 

背骨と鎖骨辺りに痛みが走る。

ひょっとすれば折れているのかも知れない。

 

 

「無事か!?隊長!」

 

破壊を免れていた教室の扉や、隠し扉の裏からセンチュリオンの隊員達が続々と出てくる。

 

 

「ああ。何とか無事だ」

 

「こっちは攻撃のタイミングを見計ってはいたが、ヒヤヒヤしていたぞ。ムーディ、いや、クラウチJr.が悠々と演説をしなければ、出て行って総攻撃を仕掛けるつもりだった」

 

隊員の先頭にいるセオドールが言う。

 

「良く間に合ってくれた。俺もなるべく時間は稼ぐようにしたんだが、案外、手強かったからな」

 

「ギリギリ間に合ったさ。だが、急に動員したから集められたのは10名に満たない。それに、ここでの戦闘を知られるわけにはいかないし、何人かは教職員を足止めさせるために城の入り口を魔法で吹き飛ばさせている。お陰であいつらは全員罰則の対象だ」

 

「そうか。良くやってくれた」

 

エスペランサは隊員たちを見渡した。

 

セオドールの他にはコーマックやザビニ、マイケル、アンソニー、ネビル、ハンナ、それにフローラが揃っていた。

全力で駆けつけた為に、皆、息を切らしていた。

 

彼らはエスペランサが4階の廊下に辿り着く前に教室や隠し扉の内側に入り込み、壁や天井に仕掛けられた爆薬を起爆させる準備をしていたのだ。

 

セオドールはホグワーツ内に敵が潜入していることを察知し、エスペランサに城内で戦闘を行うプランを幾つか提示した。

その内の一つが4階の廊下に敵を誘い出し、あらかじめセットされた爆薬と対人地雷で奇襲するというものである。

 

約10回に渡り、センチュリオンの隊員たちはこの作戦の訓練を行なっていた。

無論、日中では人目につく為、夜間にフィルチの監視下の下で訓練をしている。

 

ホグワーツの入り口は1つだけでなく、複数個存在するから、エスペランサやクラウチJr.が入ってきた入り口でない入り口から隊員たちが先回りすることは十分に可能である。

最終訓練では、隊員たちが配置完了報告をするまでの時間が10分を切っていた。

つまり、エスペランサは10分間、クラウチJr.を引きつけながら4階の廊下に誘導すれば良かったのである。

 

彼が競技場でネビルに「4階の廊下に集まれ」と指示したのは、この作戦を展開するという意図が含まれていた。

隊員たちはその意図を汲み取り、行動を起こしたのである。

 

「大丈夫ですか?すぐに手当てをします」

 

フローラは持っていた雑嚢からイスラエル軍製の止血帯を取り出した。

 

しかし、エスペランサはそれを止める。

 

「俺は大丈夫だ。それよりも、クラウチJr.の様子を確認してくれ」

 

彼は袖で口元の血を拭い、背骨や鎖骨に異常が無いことを確かめると、瓦礫と共に地面に倒れているクラウチJr.に近づいた。

 

他の隊員たちも各々の武器を構えながら近づく。

 

拳銃をムーディ、いや、クラウチJr.に突き付けながらフローラは彼の懐に入っていた魔法瓶を取り上げて、中身を床にぶち撒けた。

中に入っていた液体が床を黒く染めていく。

 

「間違いありません。これはポリジュース薬です」

 

フローラは断言した。

 

「本当か?」

 

「はい。液体の色からは判断出来ませんが、粘度と香りで判断できます」

 

彼女の魔法薬の成績はハーマイオニーに匹敵する。

故にこの報告は信用できた。

 

「さっきので死んだと思っていたが、致命傷を免れたみたいだな」

 

「多分、こいつの盾の呪文に散弾が防がれたんだろうが、運が良いのか、魔法の腕が良いのか?」

 

隊員たちが口々に言う。

 

クラウチJr.は絶命していなかった。

手足はもがれ、身体中を撃ち抜かれ、瓦礫に押しつぶされながらも、息をしている。

流石に意識は失っているが、咄嗟に致命傷を避ける手腕は流石であった。

 

「とどめを刺そう。隊長」

 

アンソニーが銃口をクラウチJr.の後頭部に突き付けながら言う。

 

「いや。殺すな。今は生かしておけ」

 

「何故だ!隊長!こいつはセドリックの命を奪う原因を作ったんだぞ!」

 

「そうだ!」

 

隊員たちが怒りの感情を表に出し始める。

 

「駄目だ。こいつを殺してしまったら、今回の事件の真相を知る人間が居なくなる。それは避けなくてはならん。我慢してくれ」

 

「しかし!」

 

隊員たちはそこでエスペランサが必死で殺意を抑えていることに気付いた。

部下を殺されて最も怒りを感じているのは他ならぬ隊員のエスペランサである。

 

 

「皆、良く聞いてくれ。こいつは恐らくセドリックが戦死した原因を作り出した張本人だ。出来るなら仇としてこの場で射殺したいところだ。だがな」

 

エスペランサは廊下に集まった隊員たちを見て言う。

 

「こいつを殺してしまえば、今回の事件の真相は闇の中になってしまう。だから今は生かしておく。理解してくれるな?」

 

隊員たちは無言で頷く。

だが、中には涙を流したり、悔しそうに床を叩く者も居た。

 

無理も無い。

 

セドリックは彼らにとって同じ釜の飯を食べた仲間である。

そして、センチュリオンの中でも人望があり、誰もが慕う隊員だったのだ。

 

「隊長。クラウチJr.はどうするつもりだ?」

 

セオドールが聞く。

 

「まずは、ダンブルドアに引き渡す。その後はどうなるかは分からんが、真相は必ず聞き出す」

 

「なるほど。では僕も同行させてくれ」

 

「構わないが。俺一人でも十分ではないか?」

 

「いや、隊長は今、感情的になっている。放って置いたら何をしでかすか分からんからな」

 

そう言うとセオドールは持っていた武器と装備をザビニに渡した。

 

「分かった。同行を許可する」

 

「よし。もうじき教職員が駆けつけるだろうから他の隊員は解散させよう。我々の存在が露呈するのは宜しくない。あ、それからフローラ」

 

「はい?なんでしょうか」

 

「競技場に戻ったらすぐに、チョウのメンタルヘルスをするんだ。彼女は今、精神的に壊れかけている」

 

フローラは衛生幕僚であり、隊員の管理をする役目を負っていた。

 

「わかりました。すぐに向かいます」

 

「他の隊員も競技場に戻れ。今後の我々の行動の方針は追って下達する。それまでは気持ちを整える為にも休息を取っておけ」

 

エスペランサの言葉を聞き、セオドール以外の隊員は敬礼をすると、競技場へ戻って行った。

しかし、彼らの足取りは遅い。

セドリックを失ったショックで皆、精神的に参っている状態だ。

 

エスペランサが仲間を失ったのは初めてでは無い。

これまでに何人もの仲間を失っている。

 

しかし、自分が作り出した部隊の隊員、つまり、自分の部下を失ったのは初めてだ。

 

もし、エスペランサがセドリックを後押ししなければ。

いや、センチュリオンに入れなければ、彼は死ぬことはなかっただろう。

 

だが、戦死者の出ない戦闘など、夢のまた夢。

センチュリオンの最終目的を果たす為には、近い将来、必ず犠牲者は出るだろうとエスペランサは心の何処かで思ってはいた。

仲間を二度と失いたく無いと願いつつ、失わない為の努力をしつつ、それでも尚、戦死者が出る未来を予想してしまっていた。

それは、彼が決して理想主義者では無いことを表している。

 

「他の隊員達は皆、セドリックの死に動揺している。だが、僕はどこか冷静になってしまっているんだ。彼の死が現実味を帯びていないと感じてしまう」

 

エスペランサの横でセオドールが呟く。

 

確かにセオドールは冷静だ。

セドリックの死に動揺せず、感情的にならず、冷静に作戦を遂行させた。

 

しかし、エスペランサは彼の手が小刻みに震えているのに気付く。

 

セオドールは無意識に感情を殺していた。

 

 

「現実味が無い、か。俺が最初に経験した戦闘では、所属していた小隊の半数近くが死んだ。敵の十字砲火に晒されてな。所属していた部隊自体が未成年を傭兵として雇う様な非公式で非合法な部隊だから、公式記録には残っていないけどな。俺が生き残れたこと自体が奇跡だったが、生き残った隊員達の内、かなりの数の人間が精神的に狂ってしまった」

 

「君は狂わなかったのか?」

 

「ああ。目の前で仲間が倒れていくのを見ても、訓練通りに身体が動いて、引き金を引き続けた。戦いが終わった後も仲間の死を実感することは無く、次の戦場に赴いたものだ。それを何回も繰り返して俺は生き残ってきた」

 

「そうか。我々も近い将来、その様な戦場で戦うのだろうか」

 

「もし仮に、クラウチJr.の証言が正しくて、ヴォルデモートが復活したのだとしたら、その可能性は十分にある」

 

「ヴォルデモートの勢力と全面的に対決するってことか」

 

「そうだ。我々の目的の前にヴォルデモートは邪魔だ。それに・・・」

 

「それに?」

 

「俺はセドリックを死に追いやったヴォルデモートをこの手で殺してやらないといけないからな」




使用したのはクレイモアとC4プラスチック爆薬です。


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case66 Crime and Punishment 〜罪と罰〜

感想ありがとうございます!
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センチュリオンによって倒されたクラウチJr.は、駆けつけたダンブルドアとマクゴナガル、それにスネイプによって身柄を取り押さえられた。

 

スネイプの調合した真実薬によって尋問が行われるが、この尋問にエスペランサとセオドールは加わることを許されなかった。

 

瓦礫の山と無数に転がる空薬莢、そして、倒れているクラウチJr.を発見したダンブルドア一行はエスペランサがクラウチJr.を倒したことを瞬時に察した。

ただし、エスペランサの横にセオドールが居ることに関しては解せなかったようである。

エスペランサとセオドールに友好関係があることはホグワーツの中でも知られている事ではあったが、エスペランサがセオドールを戦闘に巻き込むことは予想していなかった。

 

ダンブルドアにクラウチJr.との戦闘の経緯をフェイクを入れつつ説明し、セオドールは偶々この場に居合わせ、戦闘に協力したと嘘を吐く。

ダンブルドアはあっさりエスペランサの嘘を信用した。

 

クラウチJr.の言う通り、ダンブルドアはムーディが偽物だとは気付いていなかった様である。

ダンブルドアはクラウチJr.に真実薬を飲ませ、全てを証言させる為に、彼を彼の事務室の中に連れて行こうとした。

しかし、ハリーとスネイプ、マクゴナガルの同行は許可したものの、エスペランサとセオドールの同行は断ったのだ。

 

 

「くそっ。クラウチJr.を倒したのは俺らだぞ。なのに部外者扱いか」

 

「仕方ないさ。ダンブルドアにとって僕らは善良な一般生徒に過ぎない。ポッターはまあ特別として」

 

「釈然としないな」

 

エスペランサとセオドールは仕方無しに事務室の外で待機していた。

 

聞き耳を立てようにも、扉は魔法で防音されている。

センチュリオンの基地には盗聴器も装備の一つとして保管されていたが、取り出してくる暇は一切無かった。

故に、ダンブルドアによるクラウチJr.の尋問の内容を知ることは出来ない。

 

「僕なりに今回の事件を推理してみようか。犯人がクラウチJr.だとすれば、いくつかの謎は解ける」

 

「本当か?」

 

「ああ。まず、アズカバン送りになったクラウチJr.がどうやって脱獄していたか、についてだ。奴の父親であるバーティ・クラウチは魔法省の高官であるから、ある程度の工作は可能だろう。僕の憶測では、クラウチJr.収監後に急死した彼の母親をスケープゴートにしたのではないかと思う」

 

「そんなことが可能なのか?」

 

「さあね。だが、現に奴は脱獄を果たしている。父親の工作によってクラウチJr.はまんまとアズカバンから抜け出した訳だ」

 

「とすると、クラウチJr.は10年近く沙婆で暮らしていたことになる。何故、その10年間の期間でヴォルデモートに接触しなかったんだ?」

 

「恐らく、父親のクラウチが奴を家に閉じ込めていたんだろう。何せ実刑判決の下った死喰い人だ。自由にさせれば何をしでかすか分からないし、クラウチ父の信用問題にも関わる」

 

「そうか。服従の呪文か何かをかけて家に閉じ込めていた訳だな。だが、服従の呪文は強い意志があれば破る事も出来る。クラウチJr.は服従の呪文を破った訳だ」

 

「そして、奴はワールドカップの日に闇の印を打ち上げた。クラウチJr.はヴォルデモートを見つけ出し、父親に服従の呪文をかけ、そして、ムーディを襲った。ムーディをどうやって無力化したのかとか、ヴォルデモートとどうやって接触したのかは不明だが、兎に角、奴はホグワーツに潜入出来た訳だ」

 

「クラウチJr.はホグワーツに潜入して、3校対抗試合を利用してハリーをヴォルデモートの元に届けるのが任務だった訳だろ?何だかまどろっこしいことをしているような気がする。それに、奴は何故、3校対抗試合のことを知っていたんだ?」

 

「ヴォルデモートは賢者の石を欲しがり、クィレルに取り憑かないといけない程度には弱体化していた。つまり、肉体が未完全な状態だったんだろう。そこで、何らかの肉体を復活させる魔法を行使する必要があった。ポッターはその魔法に必要な素材だったと考えれば合点がいく」

 

「なるほど。あり得る話だ」

 

「3校対抗試合に関しては、バーサ・ジョーキンスから情報を得たのだろう。彼女は魔法省の役人だから3校対抗試合の情報は知っているだろうし、彼女が行方不明になったのはアルバニアの森だと新聞に書いてあった。これはヴォルデモートが潜んでいるとされる場所だ」

 

セオドールは見事に推理してみせた。

彼の脳内のデータベースは底が知れず、何が必要な情報であるかを整理し、収集するという技能に長けている。

つまり、インテリジェンスとして有能な訳だ。

 

「ハリーはヴォルデモートが復活したという証言をダンブルドアは信じるだろうか?」

 

「信じるさ。ダンブルドアがポッター贔屓だというのもあるが、状況証拠からしてヴォルデモートが復活したと考えるのが妥当だということは僕にでも分かる。問題は、他の連中が信じるかどうかだな」

 

「他の連中?」

 

「魔法省の連中やマスメディアさ。今の魔法省は自己保身の塊のような連中の集まりなんだ。魔法界を混乱させるようなポッターの証言は信じたくも無いと思うに違いない」

 

「そんな馬鹿な話があるか?ヴォルデモートが復活したとなれば英国魔法界の危機だぞ。いくら今の魔法省でも、国民に緊急事態宣言くらい出すだろ」

 

「残念ながら、そうはならない。コーネリウス・ファッジはガチガチの保守路線を走っている政治家だ。ダンブルドアに劣等感を感じている節もある。絶対にヴォルデモートの復活を信じようとはしないだろう。加えて、魔法省中枢に在籍する元死喰い人や新興純血主義の連中が裏工作もするだろうな」

 

セオドールは父親が元死喰い人で古典的純血主義者なだけあって政界にも詳しい。

 

1939年まで在任した魔法大臣のヘクター・フォーリーはグリンデルバルドの脅威から目を逸らして魔法界を危険に晒したし、ユージニア・ジェンキンスはヴォルデモートの勢力を過小評価して退陣に追い込まれている。

 

この国の魔法大臣が闇の魔法使いの脅威を対処出来た事は未だかつて無い。

 

その上、魔法省の権限はほとんど魔法大臣に委任されているから、現魔法大臣のファッジの意見はそのまま英国魔法界の総意になってしまう。

 

要はファッジがハリーの証言を信じて、ヴォルデモートの復活を公にするかしないかで魔法界の今後は大きく変わるということだ。

 

 

エスペランサとセオドールが議論しているうちに、ダンブルドアによるクラウチJr.の尋問は終わったらしく、事務室の中からダンブルドアとスネイプ、それにハリーが出てくる。

 

扉の向こうがチラリと見えたが、部屋の中にはマクゴナガルと、椅子に縛られたクラウチJr.、そして、本物と思われるムーディが気絶した状態で横たわっていた。

 

「待たせてすまぬ。真実薬の効果でクラウチJr.から必要な情報を得ることは出来たのじゃが、君たちには教えられぬ情報も多くてのう」

 

扉の前で待機する形になっていたエスペランサたちにダンブルドアは話しかける。

 

「そんなところだろうとは思っていました。ただ、ヴォルデモートが復活したかどうかだけでも教えて頂けませんか?」

 

セオドールが言う。

セオドールがヴォルデモートの名前を口にしたことにダンブルドアもスネイプも、そしてハリーも驚いた顔をした。

 

 

無理も無い。

 

ヴォルデモートの名前は魔法界ではタブーとされている。

そんな名前を元死喰い人の息子でスリザリンの生徒あるセオドールが口にするのだから驚くのも当たり前だろう。

 

「君の様な賢い生徒に嘘を吐くことは無理じゃろうな。後々、全生徒に公表する予定でもあるが、ヴォルデモート卿は復活した」

 

「やはり、そうでしたか」

 

「うむ。わしはハリーに聞きたいことがある故、自室に戻らねばならん。エスペランサは怪我をしているようじゃし、本物のムーディ先生と共に医務室に行きなさい」

 

「自分は平気です。それよりも、ハリーを医務室に連れて行く方が先でしょう?」

 

「残念ながら、まだ連れては行けん。彼には今日の出来事を全て教えてもらわねばならんからのう」

 

感情論を優先させるなら、エスペランサはハリーを一刻も早く休ませるべきだと思うだろう。

しかし、彼はダンブルドアの考えが理解出来た。

一晩休めばハリーは冷静になる。

その時、彼はセドリックの死とヴォルデモートの復活という現実に蝕まれ、精神的に不安定になるだろう。

それに記憶が鮮明な内に情報を引き出すべきではある。

 

「なるほど。分かりました。では、一つだけお願いしてもよろしいですか?」

 

「なんじゃろうか?」

 

「クラウチJr.と面会させて下さい。どうせ、奴はこの後、アズカバンに送られるのでしょう?その前に奴と話しておきたい」

 

ダンブルドアが目を細めてエスペランサを見据える。

 

もしかしたら、エスペランサがクラウチJr.を隙を見て殺そうとしていると考えているのかもしれない。

 

「心配しなくても、自分は奴を殺そうとはしていません。ただ、聞きたいことが色々とあるので」

 

「分かった。マクゴナガル先生も居ることじゃし、心配はいらんじゃろう」

 

そう言い残して、ダンブルドアは酷く疲れ切った様子のハリーを連れて行く。

 

エスペランサは去り際にハリーに何か声をかけようと思ったが、止めた。

ハリーにかける言葉が思いつかなかった為だ。

 

スネイプはファッジを探しに競技場に向かった。

 

それらを確認した後、エスペランサとセオドールは事務室の中に入った。

エスペランサはセオドールが持っていたM733を受け取り、一応、武装している。

 

彼らが入ってくるのを見て、マクゴナガルが驚いた顔をした。

 

「どうしたんですか?あなたたちは。校長は寮に戻るようにと言いませんでしたか?」

 

「クラウチJr.と話がしたいと申し出たところ、許可されました」

 

マクゴナガルは疑わしげな目を向けていたが、校長の許可が出ているなら無視は出来まい、と渋々部屋の中に二人を入れる。

 

クラウチJr.は生気が抜けたように椅子に縛られていたが、エスペランサが入ってくるのを見て、顔を歪ませた。

 

「ルックウッドか。それに、ノット。なるほど。そういうことか」

 

「そういうこととは、どういうことだろう?」

 

「俺としたことが、戦力を見誤っていた。ルックウッドが意気揚々と俺に立ち向かってきたのは、組織化された仲間の集団が居たからだということに気付かないとはな」

 

「あんたらは個々に戦うことが多いだろうが、現代の戦闘では複数の部隊を連携させて戦うのが常識だ」

 

現代の戦闘と言ってもそれはマグル界の話であって魔法界のでは無い。

だが、クラウチJr.は複数の戦闘単位で行動するメリットについて理解していた。

 

「今回は俺の完敗だ。闇の帝王に課された任務は果たしたものの、もはや、俺が闇の帝王の力になれることは無いだろう。どうせ、アズカバンで終身刑になるか、吸魂鬼に接吻される」

 

彼は遠い目をした。

元々、最終的には自分が捕らえられることを覚悟して任務を遂行しようとしていたのだろう。

未だにエスペランサはクラウチJr.に殺意や憎悪といった感情を持っていたが、心のどこかで、彼に対し親近感を感じてもいた。

 

クラウチJr.は戦闘員なのだ。

 

自分の主義思想を貫いて、上官であるヴォルデモートの命令を忠実に果たした。

その主義思想はエスペランサ的に大いに間違ったものではあったが、今更、彼に心を改めて罪の意識を持てとは言えなかった。

 

精々、己を貫いて、そして、アズカバンの牢獄の中で死んでいけば良い。

そう思ったのである。

 

「マクゴナガル先生。自分とセオドールは、この男と我々だけで話がしたいです。無理を承知の上で席を外してもらえませんか?」

 

「そんなことは出来ません!あなたたちを危険に晒しますし、校長が何というか・・・」

 

「頼みます・・・」

 

セオドールが頭を下げる。

 

スリザリン生がグリフィンドールの寮監に頭を下げることは普通なら考えられない。

無論、セオドールは普通のスリザリン生と違う。

長年、エスペランサたちと行動を共にしたことにより、人格が改変されているので、寮という概念は既に捨て去っていた。

 

これは他のセンチュリオンの隊員たちも同様であり、愛寮心はあれど、それ以上にセンチュリオンへの愛隊心が上回っている。

 

エスペランサと出会わず、センチュリオンに入隊しなければ、彼もザビニもフローラも違う道を辿っていたことだろう。

 

「・・・ええ。わかりました。ムーディ先生を医務室に運ばなくてはなりませんし、その間だけ許しましょう。ただし、何かあればすぐに知らせること。それと、クラウチJr.の杖は私が預かっておきます」

 

「ありがとうございます」

 

マクゴナガルもスネイプ程ではないが、寮同士のしがらみに囚われる人間である。

それは、彼女が在校中にクィディッチの試合においてスリザリンにアウトローなプレーをされたことに起因したり、そもそも、やはり闇の魔術の色が濃いスリザリンに少なからずの偏見を持っていたからに他ならない。

だからこそ、セオドールの態度と、エスペランサと手を組む彼に動揺したのである。

 

マクゴナガルが気絶したムーディを部屋から連れ出したのを確認した後、エスペランサは再びクラウチJr.に話しかけた。

 

「この1年間、俺はあんたを少なからず信用していた」

 

「それはお前だけでは無いだろう。ポッターも俺を信用しきっていた」

 

「俺はそれが理解出来ない。あんたはハリーを殺そうとしていた。殺そうと思っている相手に善意を向けることは非常に難しい」

 

「何が言いたい?」

 

「あんたがヴォルデモートを慕い、その障害となるハリーや俺を排除しようとしていたのは分かる。だが、それにしてはハリーに親切にし過ぎていたし、何より、教師としてのあんたはどこか楽しそうにしていた様にも見えた」

 

それが、エスペランサが最後までクラウチJr.が犯人であると考えるに至らなかった理由だ。

彼が闇陣営の人間であると信じたく無いとエスペランサは最後まで思っていた。

 

「気でも狂ったか?俺は心の底から闇の帝王に忠実だ。あのお方は俺と似ている。そして、強さを持っている。あのお方の為ならお前たちを欺く事など最も容易く出来るというものだ」

 

エスペランサはクラウチJr.の目を見る。

嘘をついているようでは無い。

真実薬の効果がまだ効いているから嘘をつけないというのもあるが。

 

「そうだな。そこは否定しない。それでも、俺は教師としてのあんたが素晴らしかった事を否定出来ない」

 

「・・・」

 

「あんたは、昔、教師を目指していたんじゃ無いのか?」

 

これはエスペランサの憶測である。

ムーディを演じていたクラウチJr.は、かつてエスペランサの教官をしていた合衆国の軍人である大尉を思わせた。

この人物はエスペランサが最も信頼する人であり、彼の人格を形成した張本人である。

1年生の時のクリスマスに、大尉から送られた小銃とドッグタグは今でも大切に保管されている。

 

「そうだ。そうだった。俺は確かに教職を希望していた時期もあった。だが、それは、俺が親父から受けた仕打ちに対する反発の様なものでもあったがな」

 

真実薬の効果が無ければ、彼はこんなことを話さなかっただろう。

 

「反発?」

 

「ああ。俺の親父は息子の事を何とも思っていなかった。俺がいくら優秀な成績を収めても、見向きもしない。政治と出世のことにしか興味を示さない。母親のことは愛していたらしいが、俺は母のおまけに過ぎなかった」

 

「・・・」

 

「俺と似た境遇の奴は沢山居る。だから、俺は教師となり、そんな奴らの救いになろうと考えていた。今思えば馬鹿な話だ。だが、そんな夢は潰えた。時代は闇の帝王が台頭していた時代。俺の様にスリザリンで闇の魔術にどっぷりと浸かるような人間をホグワーツが採用する訳がないだろう」

 

良くも悪くもクラウチJr.はスリザリン生だった。

力ある闇の魔術に嵌ってしまうのは仕方の無いことでもあった。

 

「俺は闇の帝王に親しみを感じた。あの方もまた、父親に失望し、世間を呪っていた。闇の帝王の言葉は美しかった。俺の救いだった。それは今も変わらない。あの方の為に命を捧げるのは本望だ」

 

「ヴォルデモートは他者の心につけ込む術に長けている。あんたは騙されたんだ」

 

「そうだとしても、俺は闇の帝王の作る世界を望む。俺と同じ考えの奴は他にも大勢居る。中にはマルフォイ達のような愚かな連中も居るが。この俺が倒れたとしても、他の奴らが、お前たちの前に立ちはだかるだろう。その時は今回の様に上手くはいかないぞ」

 

「相手が誰であろうと我々が勝つ。それが例えヴォルデモートであったとしてもな」

 

「ふん。お前のことだから、てっきりディゴリーの敵討ちにでも来たかと思ったが。俺とこんな話をしに戻ってきたのか?」

 

「そんなわけ無いだろ。セドリックの死を招いたあんたやヴォルデモートを、俺は激しく憎悪しているし、殺してやりたいさ」

 

「・・・」

 

「だが、残念ながらあんたをここで殺してしまっては真相が明るみにならん。だから仕方なく生かさないといけない。全てを吐いた後に、再びアズカバンに戻って終生を送りやがれ」

 

「はっ。アズカバンで悔い改めろってか?」

 

「そうは言わん。そんなことを言うのは頭がお花畑の連中だ。お前は自分の主義思想を変えず、アズカバンの中で孤独に死ねば良い」

 

「お前は変わった奴だ。で、話はそれだけか?」

 

「いや、今度は僕から質問させてもらおう」

 

それまで黙っていたセオドールが話に入る。

 

「ノットか。お前の父親も元死喰い人だ。沙婆に居ながら闇の帝王を探しもしなかった薄情者だ」

 

「父親の話は今関係無い。僕が聞きたいのはヴォルデモートの手勢が現在、どの程度の規模であるか、ということだ」

 

彼は真実薬が効いている間に、敵の勢力について聞き出そうとしていた。

情報が戦争において何よりも大切なのは過去の歴史が語っている。

 

 

「全盛期よりも弱体化はしている。何せ、ほとんどの死喰い人はアズカバンに送られるか、闇祓いに殺されているからだ。今、自由に活動出来るのは、裁判を免れた連中や、死喰いになれなかった無能ども、それに地下に潜っているアウトローたちだけだ。人数にしたら200人も居ないだろう」

 

「なるほど。その程度の規模であれば各個撃破で何とかなる。では、次の質問だ。ヴォルデモートは今どこにいる?次は何をしようとしている?」

 

「それは俺にも分からん事だ。だが、あのお方は魔法省を欺き、再び魔法界を手に入れようとしている。巨人や吸魂鬼も仲間になるだろう」

 

クラウチJr.の口からは次々に有益な情報が出てくる。

セオドールはその情報から、先手を撃てば事前にヴォルデモートの勢力の行動を抑える事が出来るだろうと考えた。

 

「エスペランサ。ヴォルデモートの勢力は人数も規模も全盛期より劣る。巨人や吸魂鬼に関しては我々の火力で殲滅する事も可能だ」

 

「だが、ヴォルデモートはどうする?我々の戦力ではヴォルデモートに太刀打ち出来るかどうか分からんぞ」

 

「問題無い。ヴォルデモートの勢力に所属する人間を全て排除すれば良いんだ。ヴォルデモートとて人間。孤軍奮闘なんて出来やしない」

 

確かに、いくら強大な力を持っていようとも一人で戦うのは無理がある。

 

「まだまだ聞きたい情報はたくさんある。真実薬が効いてるうちに全てを聞き出し・・・」

 

 

バーン

 

 

何かが炸裂する音がしたかと思って、エスペランサとセオドールは後ろを振り向いた。

 

何のことは無い。

 

扉が勢いよく開いた音であった。

 

 

「おやめなさい!コーネリウス!ダンブルドアが何と言うか!」

 

「ダンブルドア?私は魔法大臣だ。魔法界の権限は私にある。罪人を罰する権限もな」

 

部屋に入ってきたのはファッジとマクゴナガルである。

どうやらファッジが部屋に入ろうとするのをマクゴナガルが止めようとしていたようだ。

 

その理由は直後にはっきりと分かった。

 

 

「吸魂鬼!」

 

部屋の中が急に冷蔵庫のように冷え切ったかと思えば、ファッジの後ろに1体の吸魂鬼が付いてきていた。

 

幸い、エスペランサとセオドールは度重なる吸魂鬼との戦闘や持ち前の精神力で吸魂鬼の影響を受け難くなっている。

 

 

「む!何故、ここに生徒がいるのだ!罪人と一緒に!」

 

ふっくらした顔を赤くしながらファッジが怒鳴る。

 

エスペランサはファッジの来た理由がまだ理解出来ていなかったが、嫌な予感がしていた。

構えた銃の銃口を吸魂鬼に向ける。

 

 

「何だね?その道具は」

 

ファッジがエスペランサに聞くが、エスペランサは質問を無視した。

 

「大臣。何をするつもり何ですか?」

 

「決まっている。そこにいる罪人を処分しに来たのだよ」

 

「は?処分?」

 

「そうだ。そのために吸魂鬼を連れてきたんだから」

 

「そんな馬鹿な。裁判は?弁護人は?物的証拠は?」

 

「君は誰に口を効いているのかわかっているのかね?魔法大臣は魔法界においてあらゆる権限を持っている」

 

小柄な魔法大臣は戦闘服姿のエスペランサに近づいて、言い放つ。

しかし、エスペランサの服に血がこびりついている事に気付くと、ギョッとしたように後ろに下がった。

 

「越権行為です。大臣。かつて、ヴォルデモートが台頭していた直後は臨時的に形式上の裁判で次々に罪人をアズカバンに入れていましたが、今は平時です。魔法界の法律に従えば、物的証拠もしくは魔法的証拠を元にして裁判が開かれ、罪人は弁護人をつけることもできます!」

 

セオドールもファッジに食ってかかった。

ファッジはセオドールがヴォルデモートの名前を口にした事に慄いたし、ノット家の息子が居ることにも驚いていた。

 

「この子たちの言う通りですよ。大臣。クラウチは裁判で証言をすべきなのです」

 

「その必要は無い。クラウチJr.が何人も人を殺したことは分かりきっている!ここで刑を執行しても問題はないのだ!」

 

「大有りです!誰を殺したかも分からないのに刑を執行するなんて、言語道断ですよ?」

 

マグゴナガルとファッジが言い争う。

 

エスペランサはファッジが現実から目を逸らし、魔法界、いや、自分の政権を脅かす元凶となるクラウチJr.の抹殺を企んでいることを察した。

魔法界のことなど考えていない。

自分の保身だけ考えている人間だ。

 

「大臣。このクラウチJr.はヴォルデモートの指示を受けて、今回の事件を引き起こしました。真実薬を使用しているので信憑性はあります」

 

セオドールは冷静に説明するが、ファッジはもはや現実が見えていなかった。

 

「君達のような子供に何が分かるのかね?私は魔法大臣の権限によって罪人を処分しに来たのだ。その行動に非があるとでも言うのかね」

 

「それじゃ独裁国家の独裁者と変わりねえ!英国魔法界が法治国家だと言うのなら、法に則った行動を示すべきだろ!」

 

堪らず、エスペランサはファッジに怒鳴ってしまう。

彼も彼で内心焦っていた。

 

ここでクラウチJr.が処分されてしまえば、ヴォルデモートの復活を証明する事は出来ない。

魔法界はヴォルデモートの復活を公にすることが出来ず、その結果、闇の勢力は水面下で増長していくことになる。

 

だが、エスペランサの怒鳴りは逆効果だったようだ。

ホグワーツの学生に怒鳴られた事でファッジの怒りも頂点に達したようである。

 

「唯の生徒の分際でこの国の最高権力者に意見する気かね、君は!」

 

ファッジが叫ぶ。

 

この言葉から、エスペランサは英国魔法界が民主主義で無い事を理解した。

そもそも、英国魔法界では魔法大臣が多くの国民から慕われ、デモ等が起きない。

これは、魔法使い達が、マグル界に付け入れられない様に一応、魔法界の意思を統一し、一つの方向に歩みを揃えようと無意識に行なっているからだと言われている。

その結果が、ファッジの様な魔法大臣を生むことになったのだろう。

そもそも、純血や名家の人間に流され易く、ダンブルドアに劣等感を抱き、保身を第一に考えるファッジは民主国家の代表に向かない。

 

「やらせねえぞ!」

 

エスペランサはクラウチJr.を守る形で吸魂鬼とファッジに銃を向けようとした。

 

「止めろエスペランサ!相手は一応、魔法大臣だ!」

 

セオドールが急いで銃を下させる。

 

クラウチJr.をこの世で一番殺したいと願うエスペランサが、クラウチJr.を吸魂鬼から守ろうとするとは何という皮肉だろうか。

 

吸魂鬼はそんなエスペランサたちを脇目にして、クラウチJr.に向かっていく。

 

「フ、フフフ。吸魂鬼か。まあ、こんな展開になるだろうとは思っていた」

 

ボサボサの茶髪の間からギラギラした目を覗かせて、クラウチJr.が不適に笑う。

 

「だが、この俺に幸福な記憶は存在しない。吸魂鬼など恐るるに足らん存在だ」

 

彼は自分の運命を受け入れていた。

ここで吸魂鬼に接吻されれば、ヴォルデモートの復活という事実は公にならず、それは、ダンブルドア勢力にとって痛手となる。

秘匿したまま、ヴォルデモートの軍勢は力をつけることが出来るだろう。

ならば、ここは大人しく吸魂鬼に魂を吸われた方が、ヴォルデモートにとっての利益となる。

クラウチJr.にとって最後の奉公であった。

 

「おやめなさい!コーネリウス!」

 

「くそっ!」

 

マグゴナガルが必死でファッジを止めようとしたが、ファッジには何も聞こえていない。

 

エスペランサは吸魂鬼に銃口を向けたが、吸魂鬼に通常の弾薬は効果が無い。

センチュリオンには吸魂鬼に有効なバジリスクの毒から造り出したポイズンバレットが存在していたが、残念ながら、手元には無かった。

 

 

タン!タンタンタン!

 

 

エスペランサは吸魂鬼の頭上に威嚇射撃を行う。

壁に穴が開き、その威力にファッジは思わず尻込みをしたが、吸魂鬼は反応せず、クラウチJr.に覆いかぶさった。

 

 

クラウチJr.の口から魂が吸われ始める。

 

吸魂鬼の接吻が始まった。




ケータイで三点リーダを打つ術がわからない泣
PCのある環境に行けたら直します汗


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case67 Miscalculation of dementors 〜吸魂鬼の誤算〜

感想や誤字報告ありがとうございます!
金ローで賢者の石がやっていたので実況スレ見ながら観てました。


 

クラウチJr.は優秀な学生だった。

 

OWLをはじめとした公式試験では全てを最優秀でクリアし、スリザリンの監督生も勤め上げた。

しかし、決して彼は天才型の人間ではない。

 

優秀さは彼の血の滲むような努力の結晶だったのだ。

 

何がクラウチJr.を努力の道へと進ませたのか。

それは、父親の存在である。

 

父親は職業人間であり、Jr.にあまり多くを語らず、寡黙な人間であった。

だが、クラウチJr.はそれを気にした事はあまり無かった。

 

次期魔法大臣とも言われる父の様に、自分も優秀になりたい。

もし、自分が優秀になれば、父は自分を認めてくれる。

その時こそ、父親らしい言葉をかけてくれるに違い無い。

 

クラウチJr.はそう信じていた。

 

だが、現実はそう甘く無い。

 

時代はヴォルデモートの支配する暗黒期を迎えようとしていた。

スリザリンの中でもヴォルデモート支持派は力を増し、スリザリンという寮自体が死喰い人育成施設と化していた。

 

クラウチJr.は父親がヴォルデモートという急激に力をつけてきた魔法使いに悩まされている事を知っていた。

故に、彼は反ヴォルデモート派に所属した。

 

だが、だからといってクラウチJr.が真っ当な魔法使いという事にはならない。

彼も彼で、闇の魔術に魅了されつつあったのだ。

 

それを、生徒も教職員も見抜いていた。

 

ホグワーツ7年生の時。

魔法省入省試験において、親ダンブルドア派の試験官に当たってしまった事が何よりの不運であろう。

この試験官は良くも悪くも正義感の塊であり、クラウチJr.が高官のクラウチの息子であることに忖度などしなかった。

試験官はクラウチJr.が生粋のスリザリン生であり、ヴォルデモート派に寝返る可能性を考慮したのだ。

そして、クラウチJr.はたった一人の試験官により試験を落とされてしまったのだ。

 

入省試験に落ちた事を知ったクラウチは、息子であるクラウチJr.に「お前など息子では無い」と言い放ってしまう。

これは、彼が度重なるヴォルデモート被害に心身共に疲労していた為に、心にも無いことを言ってしまったのであるが、クラウチJr.の心に深い傷を残してしまった。

 

クラウチJr.はそれでも尚、ヴォルデモートの軍勢(この時期には既に死喰い人という名がついていた)には加わらなかった。

彼は優秀な頭脳を持つ故に、ヴォルデモートの理想とする世界が魔法界を破滅に導くことを理解していたのだ。

 

故にクラウチJr.は教師を目指し始めた。

親の愛に飢えた子供を、立派な魔法使いに導く事を考えたのである。

 

しかし、この志も打ち砕かれる。

 

ホグワーツは魔法省入省試験で、死喰い人側に寝返りそうだからという理由で落とされた青年を教師にしようとはしなかったのである。

 

クラウチJr.は失望した。

 

高い志を持っても、それは打ち砕かれる。

 

そんな時に出会ったのがヴォルデモートである。

クラウチJr.はヴォルデモートの理想を否定しようとした。

が、人心掌握の術に長けたヴォルデモートの甘い言葉に簡単に騙されてしまう。

 

いや、騙されたのでは無い。

 

クラウチJr.は父親や世間に復讐する為にヴォルデモート側についたのだ。

今の世界を壊し、自分の価値を見出す。

 

「父親に認められることも、教育に携わることも叶わぬ世界など壊してしまえば良い。俺様もお前と同じ絶望を味わった。俺様と共に世界を造らないか?」

 

ヴォルデモートの言葉は美しかった。

 

 

 

 

クラウチJr.は即座に死喰い人となった。

 

死喰い人は一定の能力が無ければなることが出来ない。

つまるところ死喰い人は、ヴォルデモート軍における幹部なのだ。

 

クラウチJr.程優秀な人材であれば、死喰い人入りは難しくは無かった。

彼はヴォルデモートの意のままに、魔法使いやマグルを狩っていった。

 

やがてヴォルデモートがハリー・ポッターに敗れると、クラウチJr.は空っぽになってしまった。

主君を亡くした彼は半ば自暴自棄になり、片っ端から魔法使いを殺して回った。

 

そして、彼は捕らえられ、ロングボトム夫婦を拷問した罪でベラトリックス夫婦と共にアズカバンに収監された。

その裁判は弁護人をつけることすら出来ない不当なものであった上に、父親のクラウチが取り仕切っていた。

 

クラウチJr.は久々に見た父親に命乞いをする。

希望が何も無い世界、ヴォルデモートも失った世界で、もし、父親が自分を見逃してくれるのなら。

 

この世界にも希望はあったのだと思える。

それだけで少しは救われる。

 

だが、やはり、現実は厳しかった。

 

彼の父親は再び、「お前など息子では無い」と、今度は本心から言い放ったのである。

 

故にクラウチJr.はこの世界に絶望した。

父親に失望し、殺意を持った。

 

父親を殺す際には、何の感情も湧いて来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(この俺に幸せな記憶など存在しない。吸魂鬼の影響を受けずに、廃人にされる訳だ)

 

クラウチJr.は接吻をしてこようとする吸魂鬼の口をぼんやりと見ながらそう思った。

 

吸魂鬼のフードの下を見た者は存命している魔法使いの中には居ない。

クラウチJr.はフードの下がどうなっているのかに少し興味が湧いた。

恐らく、彼が人生で最後に抱いた好奇心だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カラン

 

 

カランカラン

 

 

 

何かが聞こえる。

 

懐かしい音。

 

クラウチJr.は耳を澄ました。

 

 

彼の脳裏に、古い記憶が映し出される。

とうに忘れ去っていた記憶。

 

 

クラウチJr.はホグワーツに入る前の子供の姿に戻っていた。

 

周りを見渡すと、懐かしい近所の森の中であることが分かった。

青々とした森林に囲まれて、彼は一人寂しく、空き缶を蹴って遊んでいたのだ。

 

カラン

 

カランカラン

 

少年の日のクラウチJr.はひたすら一人で缶を蹴り続ける。

 

 

「こんなところで何をしているんだ?」

 

 

ふと見上げれば、そこには若さの残る父親が立っていた。

 

そうか。

 

これは忘れ去っていた遠い日の思い出だ。

 

「一人で森の中であそんでたのか?」

 

「うん...」

 

父親は困ったような顔をして、クラウチJr.を肩車した。

 

「こんなところで一人で遊んでいてもつまらないだろう?」

 

「うん・・・」

 

「ホグワーツに行けば、たくさんの友人が出来る。そうしたら、もっと毎日楽しくなるはずだ」

 

父親はぶっきらぼうに言うが、彼が家族らしい会話に慣れていない事をクラウチJr.は知っている。

 

「ホグワーツに行ったら友達を作るより、勉強するよ。父さんみたいな人になるんだ」

 

「私のようになっても良い事は無い。勉強するよりも良い友達をたくさん作るんだ」

 

「えー。そうなの?」

 

「ああ。私は学生時代、もっと友人をたくさん作るべきだった。そっちの方がきっと楽しかったに違いない」

 

「ふーん」

 

父親はクラウチJr.を肩に担ぎながら、我が家へと足を進める。

 

晩飯の良い匂いが漂ってくる。

 

「早く帰ろうか。母さんが晩飯を作って待ってくれてる」

 

「うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

景色が白く濁り始め、記憶の場面が変わる。

 

 

 

書類と本が大量に積まれ、大きな机が真ん中にあり、赤い絨毯が敷かれた部屋。

どうやら魔法省の執務室らしい。

 

やたらと豪勢な机の上に書類を並べながら、クラウチが部下に、普段は見せない満面の笑みで話しかけている。

 

「いやあ、自慢の息子だよ。OWLの全ての科目で秀を取るなんて!」

 

「珍しいですね。あなたが息子の自慢をするなんて」

 

「私は不器用だから、息子を上手く褒めたりすることが出来ないんだ。だが、いつか歩み寄れる日が来ると良い」

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わる。

 

 

 

 

 

 

 

クラウチはだいぶ老けていた。

時期的にはクラウチJr.がアズカバンに投獄された後だろう。

 

クラウチは生真面目そうな職員を自室に呼び出して怒鳴りつけていた。

 

 

「何故!何故、私の息子が死喰い人になったのか知っているか!」

 

「い、いえ」

 

「私の息子はな!Jr.はな!お前に職員試験と教員試験をスリザリンに染まっているからという理由で落とされたから闇堕ちしたんだ!」

 

生真面目そうな職員はJr.を採用試験で落とした試験官であった。

 

ガクガクと震えながらも職員は反論する。

 

「し、しかし。彼が闇の魔術を学ぼうとしていたのは事実で」

 

「ではルシウスやマクネアはどうなるんだ!」

 

クラウチは机に置いてあったクリスタルの置物を壁に投げつけた。

置物は派手な音を立てて砕け散る。

 

「わ、私は」

 

「Jr.は例のあの人に元々忠誠なんて誓っていなかった!あいつはそんな奴では無かったんだ!」

 

「ですが!あなたも息子さんには冷たい態度を取っていたのでしょう?それに、裁判でアズカバンに投獄したのはあなただ!あの時、あなたは息子に"お前は息子ではない"と言い放ちましたよね」

 

クラウチはその言葉に目を泳がせた。

 

Jr.が入省試験で落ちた時に冷たい態度を取ったのは事実だ。

しかし、それは落ちた理由を知る前の話である。

 

「確かに、私にも責任はある。だから、私は息子を救済しなくてはならん」

 

「どういう意味です?」

 

「君が知る必要は無い。だが、何十年かかっても私は息子を守り続ける」

 

そう言ってクラウチは執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ。

 

これが親父か。

 

これが親父の本当の姿なのか。

 

 

自分は愛されていたのか。

 

 

 

クラウチJr.は全てを知った。

 

クラウチは父親として不適切な行動をいくつも取った。

しかし、それでも、彼は息子を愛していた。

 

Jr.をアズカバンから救出したのは母の願いを聞いただけでは無かったのだ。

 

そんな父親をJr.は殺害した。

 

 

 

本当のことを知っていたら未来は変わったのかもしれない。

 

 

 

吸魂鬼は最悪の記憶や絶望を与えて魔法使いを廃人にしめしまう生き物だ。

 

だが、吸魂鬼も一応、生き物である。

生き物はミスをする。

 

吸魂鬼はクラウチJr.にとって最悪の事実を突き付けて絶望させようとしたが、そうはならなかった。

 

彼は最後の最後に見させられた真実によって絶望ではなく、幸福感を抱いた。

 

 

父親に愛されていたという事実を知ることで彼はこの世の未練が無くなったのである。

 

 

「これが、俺の世界の真実なのか。そうか。世界は思っていたより悪い物じゃ無かったんだな」

 

 

薄れ行く意識の中、Jr.は笑う。

 

 

「ならば、その世界をエスペランサ・ルックウッドが守り切る事を信じよう」

 

 

 

 

吸魂鬼の接吻は終わった。

 

クラウチJr.から魂が抜き取られ、彼は人では無くなった。

 

しかし、魂の抜けた彼の顔は何故か微笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エスペランサはキラキラと光る湖をぼうっと見ていた。

 

自分の身体の一部が欠けたような、そんな感覚に陥っている。

 

クラウチJr.の刑執行から1日が過ぎていた。

魂の抜けたクラウチJr.はファッジによって運ばれ、後に残されたエスペランサとセオドールには何もする事が出来なかった。

 

 

「エスペランサ」

 

「ハリーか」

 

「うん。君に伝えたいことがあって」

 

不意に声をかけられ、後ろを振り向けば、青々とした芝生の上にハリーが立っていた。

 

「伝えたいこと?」

 

「うん」

 

エスペランサの横に座りながらハリーが静かに話し始める。

 

「僕がヴォルデモートと戦った時の話は聞いてるよね?」

 

「ああ。ハーマイオニー経由で聞いた。ついでにダンブルドアとクソったれのファッジが決別したことも」

 

「あの戦いの最後で、僕はセドリックに伝言を頼まれたんだ」

 

「伝言?」

 

「うん。セドリックはエスペランサの下で戦えたことを誇りに思うって言ってた。それから、"僕は最後まで戦った。君も最後まで戦え"って」

 

「そうか。あいつは最後まで戦ったんだな」

 

セドリックは最後の最後までセンチュリオンの旗を掲げて戦った。

ならば、その旗を拾い上げ、我々も戦う。

 

エスペランサは決意を新たにする。

 

「エスペランサ?」

 

「ハリー。ありがとう。俺もヴォルデモートと戦う。俺の最終目的はヴォルデモートを倒す事では無いが、まずは奴を倒さなければならん」

 

「君も僕の言う事を信じてくれるんだね?」

 

「当たり前だ。仲間だろ?」

 

「そっか。君が居るなら心強いよ」

 

 

思えばハリーとエスペランサは1学年の時から何度も共闘していた。

 

 

「お取り込み中申し訳ありません。少し話したい事があります」

 

 

エスペランサとハリーの会話に、いつの間にか訪れていたフローラが割り込んで来た。

 

フローラの姿を見るなり、ハリーは露骨に敵意を表した。

 

 

「カロー。何の用だい?」

 

「随分と喧嘩腰ですね」

 

「当たり前だろう!」

 

 

ハリーは立ち上がってフローラに詰め寄る。

 

セドリックを殺したのは彼女の義父であるアエーシェマだ。

そして、ハリーはアエーシェマがフローラの義理の父親であることを知らない。

 

つまり、フローラもアエーシェマも同類の人間であると思い込んでいた。

 

 

「セドリックは君の父親に殺されたんだ!あいつは楽しみながらセドリックを殺したんだ!」

 

ハリーは今にも掴みかかりそうな勢いでフローラに近づく。

見れば、彼は杖を握りしめていた。

 

「止めろハリー。フローラはセドリックの死とは無関係だ」

 

「エスペランサまでそんな事を言うの?こいつは所詮スリザリンなんだ。マルフォイたちと同じで、セドリックの死を何とも思っていない。ヴォルデモートの復活を喜んでる連中なんだ」

 

無理も無い話だ。

 

ヴォルデモート復活の儀式にはマルフォイやセオドール、クラッブやゴイルの親も居たのだからスリザリン生が無関係だと思う方がおかしい。

 

「言いたい事はそれだけですか?」

 

「何!?」

 

「あなたはもっと私に言いたい事があるのでしょう?それなら場所を変えて二人で話しましょう」

 

表情を変えずに淡々と言う。

 

 

「おい。フローラ。お前は何も悪く無いんだ。なあ、ハリー。お前もフローラを誤解して・・・」

 

「良いんです。ここからは二人で話します」

 

そう言って彼女はハリーを連れ出した。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

ハリーとフローラは校庭の隅の人のいない場所に移動した。

 

エスペランサは渋ったが、フローラはそれを押し切った。

校庭の隅にある箒置き場の裏へ移動した後、彼女は話を始めた。

 

「あなたが言いたい事は察する事ができます。セドリックの事ですよね?」

 

「そうだ」

 

「私の義父がセドリックを殺めた事は聞きました。スリザリンでも話題になっています。私の姉が話を広めていたので」

 

「へえ。スリザリンじゃあヴォルデモートの復活を祝福してパーティーでもしてるのかい?」

 

ハリーが怒りを露わにしながら言う。

 

 

「そうですね。半々といったところでしょうか?スリザリンは確かにヴォルデモート信者も多いですが、中には半純血やマグル生まれも存在しますので、喜んでいない人も多いです」

 

「で、君は喜んでいる側の人間な訳だ。カロー家の人間だし」

 

「あなたがどう思おうと勝手ですが、私はヴォルデモート信者ではありません」

 

 

フローラがヴォルデモートの名前を口にしたことにハリーは驚いた。

ヴォルデモートの名前を口にする人間は彼の知る限り、ダンブルドアとルーピンとシリウス、そして、エスペランサだけだったからだ。

 

「でも、君はカロー家の人間だろう?」

 

「ええ。そうです。私はどこへ行ってもカロー家の人間なんです。家でも学校でも。あなたがどこへ行っても生き残った男の子と言われてチヤホヤされる様に、私もどこへ行ってもカロー家の人間としか見られないんです」

 

「チヤホヤなんてされてない!僕が今までどれだけ嫌な思いをしてきたか分かるのか?」

 

「嫌な思い、ですか。私からしてみれば、あなたは羨ましい程、優遇されていると思います」

 

「優遇?ダーズリー家で疎まれたり、スリザリンの継承者呼ばわりされたり、何度も殺されそうになったりしているのに?」

 

「でも、あなたには優しくしてくれる人が大勢居るじゃないですか。カロー家の人間に優しくする人が英国魔法界に居ると思いますか?」

 

そこでハリーはようやくフローラの言いたい事が分かった。

 

ハリーは魔法界ではどこへ行っても生き残った男の子として扱われる。

それは彼にとって迷惑な話だったし、うんざりしていた。

 

だが、スリザリン生やヴォルデモート側の人間はともかくとして、大多数の魔法使いは生き残った男の子を悪い感情で見る事は無かったのだ。

英雄と崇める者もいれば、救世主として尊敬する者もいる。

 

だが、フローラはその逆なのだ。

 

善良な魔法使い達にはカロー家の人間だと見られて疎まれ、軽蔑され、迫害される。

スリザリンの中でもカロー家の人間は恐れられる。

 

どこへ行っても彼女に善意を向ける人などいなかったのだ。

 

 

「私は、何故、カロー家の人間にされてしまったのか。ずっと運命を呪ってきました。家の中にも外にも優しい言葉をかけてくれる人なんて居ない。そう思ってずっと生きてきました」

 

「・・・」

 

「私は、普通の女の子に生まれたかったんです。それこそ、魔法なんて知らないマグルの子に生まれればどんなに良かったか。そう何度も思いました。ホグワーツに入ってからも私を見る周りの目は変わりませんでした。唯一、ダフネが仲良くしてくれたことが救いでしたが」

 

フローラがホグワーツで周りの生徒からどのように思われているかはハリーも知っている。

 

残虐非道なカロー家の人間。

アエーシェマの息のかかった人間。

彼女には近づかない方が良い。

 

ハリーもフローラをそう見ていた頃があった。

最近はエスペランサと仲良くしている姿を見たり、フローラの姉の方が残虐である故にフローラはまだマシと思ったために少し気を許してはいたが。

 

「そんな中、あの人に出会いました。あの人はグリフィンドール生であるにも関わらず、私の事を助けてくれました。いえ、あの人にとって寮なんてどうでも良い事だったんでしょうね」

 

「エスペランサのこと?」

 

「ええ。そうです。あの人は寮や家で人を見たりしません。善人か悪人かでしか見ていません。単純な人だとは思いますが、はじめて私の事をカロー家の人間では無く、フローラ・カローとして見てくれたんです」

 

ハリーはフローラの目を見た。

 

相変わらずの無表情であったが、真剣な目をしている。

彼女は本当のことを言っているのだと理解出来た。

 

「だから、私はセドリック同様に彼の事を信頼しています」

 

「そうなのか」

 

エスペランサはフローラに絶対の信頼を置いている。

それは、ハリーたちも知っていた。

そして、フローラもまた、エスペランサに絶対の信頼を置いていた。

 

 

「ですが、セドリックの死はカロー家の人間が引き起こした事です。あなたのやり場の無い怒りは私に向けてくれても構いません。殴ってくれても結構です。むしろ、そうしてくれた方が私も楽です」

 

セドリックの死にフローラは関与していない。

センチュリオンの隊員たちもそれは分かっていた。

しかし、彼女の義父であるアエーシェマがセドリックを殺したという事実を聞いてから、隊員たちはフローラにどう接して良いのか分からなくなってしまっている。

セドリックの死を悲しんで夜な夜な枕を濡らすダフネやアステリアを横に見ながら、彼女は罪悪感を募らせていった。

 

いっそのこと、誰かに怒りをぶつけられた方が楽なのでは無いか。

 

そう思ってハリーに接触したものの、気が付けば何故か自分がエスペランサに信頼を置いている旨の話をしてしまっている。

 

 

「いや。君はエスペランサの仲間なんだろ?じゃあ、敵じゃないよ。僕には君を責める事は出来ない」

 

「そう、ですか」

 

「それに君を殴ったりしたらエスペランサに半殺しにされそうだし」

 

「そんな事は無いと思いますけど?」

 

「ロンが前に君の悪口を言ったことがあるんだけど、その時にエスペランサはとっても怒ってたからさ。エスペランサは君の事を大切に思っている筈だよ」

 

ハリーの言葉を聞いたフローラは驚いた様な顔をした後で、少しだけ顔を赤らめて目を泳がせた。

 

「それは本当ですか?」

 

「うーん。多分ね。エスペランサはシャイだから言葉には出さないけど」

 

フローラはすぐに表情を元に戻す。

 

そして、話題を変えた。

 

「あなたに話さなくてはならない事はもう一つあります」

 

「え?」

 

「私たちやダンブルドアはあなたの話を信じていますが、大多数の生徒や魔法省は信じていません」

 

「それは、知ってるけど」

 

「用心して下さい。あなたの事を陥れようとするのは死喰い人たちだけではありません」

 

「どういうこと?死喰い人以外にも敵がいるの?」

 

「私はアエーシェマ・カローという人間がどのような人間か知っています。彼は自分の不利益となる物は全て排除しようとする人です。そして、利用出来るものは全て利用する。この意味が分かりますか?」

 

「いや、全然わからないけど」

 

「アエーシェマは魔法省を利用してダンブルドアやあなたを排除しようとしてくる筈です」

 

「アエーシェマが魔法省を使って僕に攻撃してくるってことかい?そんな事が出来るとは思えないけど。ここにはダンブルドアも居るし」

 

「考えが甘いですね」

 

フローラはそう言いつつ、ローブの内側からロケット花火のような魔法道具を取り出した。

マグルのスーパーでも売ってそうな見た目である。

 

「何それ?悪戯専門店で売ってそうな玩具みたいだけど」

 

「まあ、マイナーな魔法道具なので知っている人は少ないと思いますが。フィリスターのロケット花火という悪戯グッズにホムンクルスの魔法を合わせた護身用の道具です」

 

「隠れん防止器みたいなものかな?」

 

「系統は似ています。これを上空に発射すると、発射した魔法使いの居る場所から半径数キロ以内にいる魔法使いの耳に警報を届けることが出来るようになっているんです」

 

「便利そうだけど、なんでこれを僕に渡すんだ?」

 

「アエーシェマに工作された魔法省や死喰い人があなたの事を攻撃しようとするなら、ダンブルドアのお膝元から離れる夏季休暇中です。もし、夏季休暇中に危険な目にあったら、そのロケット花火を使って下さい」

 

「使うって言っても、プリペット通りの周辺に魔法使いなんて居ないから意味ないと思う」

 

「そうでしょうか?私がダンブルドアならあなたの周囲には護衛の魔法使いを隠れて配備させておきますけどね」

 

ハリーは半信半疑であったが、一応、ロケット花火を受け取った。

 

「ありがとう。僕は君の事を疑ってた」

 

「カロー家の人間を疑わない方がおかしいですよ」

 

フローラは珍しく少しだけ笑い、城の中へ戻って行った。




炎のゴブレットはあと1〜2話です。
今は不死鳥の騎士団のプロットを書いています。


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case68 Eternal farewell〜永遠の別れ〜

iPhoneが容量不足+ios自動アップデートでりんごループになり初期化を余儀なくされるという不幸。
書き溜めも消えたかなと思っていたら何故かメモ帳のデータだけ復旧したという。
何でだろう。

感想ありがとうございます!


セドリックの亡骸はホグワーツの空き教室に安置されていた。

全校生徒と彼の両親による葬儀をホグワーツ内で行う為である。

 

これはダンブルドアの提案であったが、ディゴリー夫妻は二つ返事で承諾した。

 

それを聞きつけたセンチュリオンの隊員は葬儀前に隊員だけでセドリックを弔いたいとエスペランサに申し出た。

無論、エスペランサもそれを望んだ。

 

幸いにもセドリックの亡骸が安置されていた空き教室の鍵の管理はフィルチの管轄であり、入室は容易である。

 

葬儀の行われる前日の夜。

総勢18名の隊員は必要の部屋の武器庫から小銃と銃剣を取り出し、空き教室へと向かった。

 

空き教室は日中でも薄暗かったが、遺体安置の為に様々な魔法が施されたので、清潔が保たれていた。

 

普段置かれている椅子や机は撤去され、部屋の中央に木製の棺桶が置かれている。

棺桶の周囲に置かれた無数の花がほのかに匂いを漂わせていた。

 

「整列!」

 

部屋に入った隊員たちはエスペランサの号令の下、正常間隔の2列横隊で整列する。

 

隊員達の前に立ったエスペランサは列の最左翼に立つチョウが今にも泣き崩れそうになっていることに気付いた。

隊員のメンタルを管理するフローラからの報告によれば、彼女は現在、軽い鬱傾向があるとのことだ。

無理も無いだろう。

 

「今回、我々の隊から初の戦死者が出た。遊撃部隊長として、吸魂鬼撃滅等に大きく貢献したセドリック・ディゴリーだ」

 

エスペランサは話始める。

 

「彼は我が隊随一の精強な隊員であり、彼の行動に勇気付けられた者も多い。セドリックは先の戦いでヴォルデモート勢力と戦闘を行い、そして、殺された」

 

敢えてアエーシェマの名前を出さなかったのは、フローラに対する配慮である。

エスペランサは尚も話を続けた。

 

薄暗い部屋の中で、彼の声が木霊する。

隊員たちは皆、その言葉に耳を傾けた。

 

「セドリックを城に連れて帰って来たのはハリー・ポッターだ。彼はセドリックが最後までセンチュリオンの旗を掲げて戦い抜いたことを教えてくれた。ならば、我々もその旗を掲げて戦わなくてはならない」

 

エスペランサがそこまで言うと、セオドールが隊員たちの前に出て来た。

 

「気をつけ!」

 

彼の号令で隊員たちは姿勢を正す。

 

隊員の持つ小銃の床尾は右足の小指に沿うようにつけられている。

彼らは、硝煙制退器と被筒の間を右手で握り、背中に旗竿を入れたように直立すると、つま先とつま先との間は45度に開いた。

 

「捧あぁぁげえぇぇ銃っ!」

 

隊員たちは3挙動で各々が持つ小銃を身体の前に捧げる。

 

18名の隊員はセドリックの死を受け入れ、そして、見送った。

 

「立あぁぁてえぇ銃!」

 

再びセオドールが号令をかける。

 

隊員たちは4挙動で銃を下ろした。

 

彼らはもう一度、セドリックの亡骸に目をやる。

仮に死喰い人と戦闘になっても、セドリックは生き残るだろうと誰しもが思っていた。

だが、彼は呆気なく死んだ。

 

18名の隊員は自分達も死喰い人と戦う限り、セドリック同様に戦死する可能性があることを理解したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セドリックの葬儀から1ヶ月近くが過ぎた。

 

ダームストラングとボーバトンの生徒は各々、母校へ帰ることになっている。

 

ホグワーツの生徒たちは名残惜しそうに握手をしたり、中には号泣している生徒も居た。

ハリーたちもクラムやフラーと別れの挨拶をしているようだ。

 

中庭から校庭にかけて、どこもかしこも別れの挨拶をする生徒で溢れている。

 

エスペランサはホグワーツの中庭にある石垣に腰を下ろし、煙草を咥えながらそれらを眺めていた。

 

ダームストラングの校長であるカルカロフは逃亡したため、ダームストラングの生徒は学生だけで帰るらしい。

 

試合も終わっているため、3校の生徒は互いに友好を深めていた。

とは言え、死者の出た試合の後ということもあり、校内はやはり暗い雰囲気が漂っている。

 

この1ヶ月でエスペランサたちセンチュリオンは定期訓練以外に活動をしていない。

フナサカに装備の開発をさせていることと、ザビニに諜報活動を頼んでいることを除けばだが。

 

 

「あ、あのー」

 

船や馬車に向かうダームストラング生とボーバトン生を眺めていたエスペランサは唐突に話しかけられて我を取り戻した。

 

振り返れば、フラー・デラクールの妹であるガブリエルが立っている。

 

大きめの鞄を抱えていることから見るに、馬車へ向かう途中なのだろう。

エスペランサは煙草を靴で踏みつけて煙を消した。

 

「ガブリエルか。久しぶりだな」

 

「はい。そうですね。最近、話す機会、無かったので」

 

「そうだな。色々あったからな」

 

ガブリエルは悲しそうな顔をした。

彼女もまた、セドリックとは面識があったので、彼の死にショックを受けていたに違いない。

 

「本当に………ディゴリーさんは殺されてしまったんですか?」

 

「ああ。そうだ」

 

「私………3校対抗試合が開催されて嬉しかったんですよ。毎日楽しかったし、あなたにも会えたから」

 

「………………」

 

「でも、でも、ディゴリーさんがこんなことになるのなら、開催なんてされなければ良かったです」

 

ガブリエルの目からは涙が溢れていた。

 

彼女はエスペランサよりもセドリックとの関わりが薄い。

だから、エスペランサは彼女がセドリックの為に涙を流す理由が分からなかった。

 

「ガブリエル。セドリックを3校対抗試合に参加するように促したのは俺なんだ。だから、俺もずっと罪悪感に苛まれていた」

 

「そう………なんですか?」

 

「そうだ。逆転時計を仕入れて過去を改竄してセドリックを救う道を模索する程度には後悔した」

 

「そんな。あなたが悔やむ必要は無いです。だって………」

 

「うん。俺も悔やむのは止めたよ。俺が促さなくてもセドリックはやはり、3校対抗試合に立候補しただろうしな」

 

エスペランサが居なくても、セドリックは3校対抗試合の選手になっていただろう。

それに、罪悪感とやらに苛まれて何も行動を起こさない様な人間に隊長は務まらない。

個人的な感情を抑え、エスペランサは死喰い人の殲滅に向けて動き出す必要があった。

 

「あなたは、ディゴリーさんを殺した人達をどうするつもりなんですか?」

 

「え?」

 

「私、第二の課題が終わった後から、ずっとあなたのことを見ていました。だから、分かるんです。ディゴリーさんが死んだあの夜から、あなたの雰囲気が変わってしまったことに」

 

「俺の雰囲気が変わった?」

 

「ううん。正確に言えば、変わったんじゃなくて、元に戻ったということなんだと思います。たぶん、今のあなたの雰囲気があなたの本質なんですよね?」

 

「言っている意味がわからんが」

 

「だって、今のエスペランサさんは、殺気に満ち溢れてるから。きっと、ディゴリーさんを殺した人達を殺す事しか考えていないんですよね?」

 

「それは………」

 

「あなたの本質は、それです。戦う事を恐れない。むしろ、戦いを好んでしまう。ここ最近のあなたは、悲しんでいる訳でも、悔やんでいる訳でも無く、ひたすらに敵を殺す事しか考えていない。そんな雰囲気でしたから近寄れなかったんです。私はディゴリーさんが殺されたと知って恐怖しました。でも、あなたは恐怖より先に殺意という感情を持った。違いますか?」

 

「違いない。俺は死喰い人たちを恐れた事は無いからな」

 

「やっぱりそうですか。私、ヴィーラの血が混じっていて、少しだけヴィーラの能力が使えるんです。だから、ヴィーラの能力でエスペランサさんのこと何回も誘惑しようとしてたんですよ?」

 

「そいつは知らなかった」

 

「でもでも、あなたに私の能力は効果ありませんでした」

 

エスペランサにヴィーラの能力が効かない事はワールドカップの時に分かっていた。

 

「そうみたいだな。俺にヴィーラの能力は効かない。でも、それは珍しい事じゃ無いだろ?」

 

「ううん。珍しいんです。特定の相手にヴィーラ能力を行使すれば、多少なりとも効果はあります。ヴィーラの能力が効かない相手っていうのは、人としての心を失った人とか、サイコキラーとか、あとは同性とか、それから、幸せになる事を拒否している人とか。あなたは恐怖よりも殺意を持つような人ですから、きっとヴィーラの能力も効かないんです。それに、ディゴリーさんが死んだ後のあなたは、もう………」

 

「………………」

 

「ねえ。だから心配なんです。あなたのことだから、きっと、死喰い人っていう人達と戦いに行くんでしょう?」

 

「戦おうとしてるのは俺だけじゃねえ。ダンブルドア達だって同じだ」

 

「ダメです。あなたは幸せになる事だって出来るんです。今ならまだ間に合います。あなたは壊れかけているけど、まだ完全に壊れた訳じゃ無い。戦いに行く以外の選択肢を選ぶ事も………」

 

「それは出来ない」

 

「なんで………!」

 

「魔法族は知らないかもしれないが、この世界には死喰い人よりもたちの悪い連中が大勢居る。今この瞬間も、大勢の罪無き人間が理不尽に殺されているんだ。紛争やテロ、弾圧。それを知っていて尚、見過ごす事なんて出来ないだろう?俺は偶然にも魔法という力を手に入れた。なら、その力で世界を救う役割を担っても良いじゃないか」

 

「そんなの!あなたじゃなくても!ダンブルドアとか、もっと力を持った人がやるべきじゃないですか!」

 

ガブリエルにはエスペランサが無茶をしようとしている様にしか思えなかった。

彼女はエスペランサは死喰い人を相手に戦おうとしているのだと思っていたが、実際には、より強大な物と戦おうとしていることに気付く。

 

世界を救う?

 

そんな事を真顔で言ってのける人間がまともな筈が無い。

 

「ダンブルドアか。俺に言わせてみれば、あれ程の魔法力を持っていながら、ヴォルデモートを倒すことしか頭に無いなんて、愚かだとも思えるがな。俺にダンブルドアと同じだけの魔法力があれば、とっくに死喰い人は殲滅出来ているさ」

 

「怖いですよ。私はあなたが怖いです。何で、自分の事をそんなに粗末に扱えるんですか?死ぬ事が怖く無いんですか?世界を救うとか、そんな事の前に自分を大切にして欲しいです!」

 

エスペランサの言葉から、彼は自身が死ぬ事を恐れていないのだとガブリエルは察した。

 

だが、果たしてそんな人間が存在するのだろうか。

ガブリエルは知る由も無かったが、ヴォルデモートですら死ぬことを恐れて分霊箱を作っているのだ。

 

「わからん。それに俺は自分の命を粗末にしようとなんてしていない」

 

「側から見てると、そうとしか思えないんです!」

 

はぁ、とガブリエルは溜息をついた。

 

「本当は、本当はあなたが無茶をしたり、命を投げ捨てるような事をしないように、ずっと側にいたかったんですけど、私はもうボーバトンに帰らないといけないので」

 

「おお。そうだな。のんびりしてると置いてかれるぞ」

 

見ればボーバトンの生徒たちはホグワーツの生徒と別れを告げて、ほとんどが馬車に戻っていた。

 

ホグワーツの生徒達は校庭に出て、見送りの準備をしている。

 

「本当だ!急がなきゃ!でも、このまま置いてかれたら、エスペランサさんともう少し一緒に居られるからそれでもいいかなー」

 

「お前なぁ」

 

「へへへ。冗談です。でも、あなたのことが心配なのは冗談ではないです。絶対に無茶なんてしないで下さいね?」

 

「ああ。気をつけよう」

 

「では、次に私と会うまでの間、エスペランサさんが無茶をしないように見張る役目は、あの人に任せますか」

 

「はあ?あの人?」

 

「ほら、そこで私とあなたが仲良くしてる事に嫉妬してる人がいるじゃないですか?」

 

エスペランサはガブリエルが指差す方向へ顔を向けた。

見れば、フローラが見送りをするホグワーツの生徒の中に混じって、エスペランサ達の方をじっと見ていた。

 

「ああ。フローラか。あいつは、まあ、俺の事を監視してるだけだから」

 

センチュリオンの人事と隊員管理を担っているフローラの事だから、エスペランサがガブリエルに何か情報を漏らしたりしないか監視しているのだろう。

エスペランサはそう考えていた。

 

二人の様子に気付いたフローラが近づいて来る。

 

「何ですか?二人して私の方を見て」

 

不快そうな顔をしながら近づいてきたフローラにガブリエルはニヤリと笑う。

 

「ふふ。私たちが何話しているのか気になって来ちゃったみたいですね?」

 

「はあ?別にそういう訳では無く。私はこの人が…………」

 

「まあ、何だって良いです。フローラさん。私が居ない間、エスペランサさんが無茶をしないようにしっかり見ていて下さいね?」

 

「え、まあ、それは勿論なんですけど」

 

話の流れが掴めていないフローラはキョトンとしている。

 

「じゃあ、私はボーバトンに戻ります。何かあれば絶対に協力しますので、連絡して下さいね!ではまたいつか会いましょう!」

 

名残惜しそうに手を振りながらボーバトンの馬車が停めてある方向へ走り出すガブリエル。

 

ガブリエルはエスペランサの異常性に気付いていた。

気付いてしまったので、矯正しようとも考えた。

だが、恐らくそんなことをしても徒労に終わるだろう。

 

自分にはエスペランサ・ルックウッドを光の道へ連れ出す事は出来ない。

ガブリエルは察したのだ。

 

彼女は去り際に、フローラに一言囁く。

その囁きは勿論、エスペランサには聞こえなかった。

 

「エスペランサさんの事、よろしくお願いします。あの人が暴走しないように、しっかりと支えてあげて下さいね」

 

「はあ………?」

 

「もし、次に会った時に、彼がフリーだったら………………。奪っちゃいますからね?」

 

「!?」

 

ほんのりと顔を赤く染めて動揺したフローラ。

へへへっと微笑んだガブリエルは今度こそボーバトンの馬車へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。

 

センチュリオンの隊員の一人であるザビニは図書室に籠もっていた。

彼は特にボーバトンやダームストラング生と関わりを持っていなかったので見送り行事には参加していない。

テーブルの上には大量の書物と羊皮紙が転がっている。

 

来るべき戦いを前にしてザビニはエスペランサに情報という物の重要性を説いた。

 

無論、エスペランサも戦争において情報戦が如何に重要であるかは知っている。

情報戦とは、それ即ちインテリジェンスの運用である。

 

だが、エスペランサはインテリジェンスの運用については素人である。

そもそも、大国はインテリジェンスを扱う組織、例えばCIAとかであるが、を専門に作っているため、末端の隊員がインテリジェンスを運用する事は無い。

 

そこでザビニは独学で勉強し始めたのである。

 

だが、魔法界ではインテリジェンスという概念は確立されていなかった。

無論、魔法界にも情報戦は存在する。

 

マグゴナガルは動物もどきとなり、スパイ活動をしていた。

これも立派なインテリジェンスだ。

 

しかし、集められた情報を解析したりする組織は魔法省に存在しないのである。

そもそも、魔法使いは真実薬や服従の呪いに頼りきる傾向があるのだ。

 

故に魔法省は死喰い人に簡単に乗っ取られるし、ヴォルデモートの復活を予期出来なかった。

 

無論、センチュリオンとて情報戦に長けている訳では無い。

情報の大切さを理解している隊員も少ないのだ。

そもそも、隊員たちは何が秘密になるのかを理解していない。

例えば、訓練作業予定や弾薬の管理表が無造作に机の上などに置かれているが、これは我が戦力や行動を秘匿する上で由々しき事態である。

 

そこで米国にならってセンチュリオンの保有するデータをシークレット、トップシークレット、コンフィデンシャルなどに分類して、扱われているデータの重要性が一目で分かるようにした。

隊員に防諜意識を持たせ、情報戦で敵組織に勝つ。

 

現状、死喰い人を含むヴォルデモート勢力と真っ向から戦って勝つ程の戦力が無いセンチュリオンであるが、情報戦でなら勝算がある。

 

親族も周囲の人間も皆、ヴォルデモート復活を祝福する者ばかりのザビニにとって敵勢力の情報収集は容易い。

本来なら自分も親ヴォルデモート派になっていたのだろう。

だが、彼は2年近く前に自分を吸魂鬼から救い出したエスペランサの姿を見て考えを変えたのだ。

 

マグル生まれを差別したり、純血以外を見下したりするよりも、エスペランサ・ルックウッドのように戦う方がきっと誇れる生き方に違いない。

 

故にザビニはエスペランサの力になれるよう、戦いに備えているのである。

 




最近は魔女の旅々にハマってます。
イレイナさんみたいな魔女良いですね。

あと、かぐや様のイベントのライブビューイングに行きました。
3期おめでとうございます!
アオハルかよ!


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case69 Muggle miscalculation〜マグルの誤算〜

感想ありがとうございます!
炎のゴブレット編は今回でラストです!


キングスクロス駅に向かうホグワーツ特急の中で、エスペランサは今後の魔法界の行く末を考えていた。

 

彼が、ホグワーツ特急が実はマグルによって作られたものであると知ったのは最近のことである。

 

それはさておき。

 

ヴォルデモートの勢力は魔法省の内部まで及んでいる事は魔法界にまだ疎いエスペランサでも理解出来る。

セオドールの指摘通り、ヴォルデモート勢力は魔法省内で工作を行い、ダンブルドア勢力の弱体化を謀ると考えられる。

ダンブルドア個人の魔法力は強いが、彼は一教師でしか無く、魔法省がその気になればその行動に制限を設けることも不可能では無い。

加えて、魔法大臣のファッジは非常に操り易い人物であるから、ヴォルデモート勢力が英国魔法界をコントロールするのは容易い、というのがセオドールの意見であった。

 

とすれば、現段階でまともにヴォルデモート勢力と戦える組織は存在しない。

最も、ヴォルデモート勢力も全盛期より弱体化はしているので表立った行動はし難いが、それもいつまで続くかは分からないのだ。

 

魔法省を内部から麻痺させ戦力を整えれば、血の気が多い死喰い人集団はすぐにでも戦い始める。

 

敵が行動を起こすとしたら遅くても半年後。

 

セオドールは断言していた。

 

ダンブルドアの息のかかった人間が警戒する現段階では如何に死喰い人と言えど、仲間を集めるのは簡単では無い。

それに、ヴォルデモート復活を信じていない魔法省上層部を利用するのは死喰い人側にとってもメリットであるから、あと半年は戦力を整えることに集中するだろう。

 

その半年でエスペランサはセンチュリオンの戦力をヴォルデモート勢力と互角に渡り合える程度まで強化しなくてはならない。

 

 

エスペランサはハリーたち3人とコンパーメントを共にしていた。

 

普段ならセオドールやフローラと過ごしているのだが、今日は違う。

ヴォルデモートとの死闘を繰り広げたハリーの精神が病んでいないか心配になったエスペランサは、ここ最近、ハリーの側に居ることが多い。

それに加えて、ハリーの側に居ればダンブルドア勢力の情報が入ってくる事も多いだろうと考えていた。

 

「で、日刊預言者新聞には何も書いていないんだね?」

 

「ええ。小さい記事でハリーが優勝したことだけ書いてあるわ。セドリックのことはおろか、例のあの人についても何も書かれていないわ」

 

ハーマイオニーが手に持つ日刊預言者新聞の見出しには「ルード・バグマンと小鬼」というどうでも良さそうな見出しが記されていた。

 

「ファッジが情報操作してるんだろうな。ロンの父親は魔法省の役人だろ?何とか出来ないのか?」

 

「無茶言うなよ。マグル製品不正取り締まり局に何が出来るって言うのさ」

 

「パーシーはどうだ?」

 

「パーシーは魔法省大好き人間だぜ?魔法大臣に意見するなんてあり得ないさ。エスペランサはファッジに噛み付いたらしいじゃないか」

 

「ああ。なんなら銃口も向けた」

 

「こりゃマーリンの髭だ!その事、絶対にパーシーに言うなよ?」

 

「あ、ああ。肝に銘じておこう」

 

「でも、あれだけの事があったのにリータが記事にしないなんて珍しいね」

 

ハリーが気付く。

 

そういえば、最近はリータのゴシップ記事を見ていない。

 

「そのことなんだけれど。ふふふ。あの女は当分、記事をかけないわよ?」

 

やけに自信満々に言うハーマイオニーにエスペランサは怪訝な顔をする。

 

「どういうことだ?まさか、ハーマイオニー。お前、リータを殺………」

 

「あなたじゃないんだからそんなことしないわ。でもね、私、あの女の秘密を掴んだのよ」

 

「秘密?」

 

「ええ。実はリータはね。動物もどきなのよ。非正規の」

 

ハーマイオニーは小瓶を取り出す。

小瓶の中には1匹の黄金虫が入っていた。

 

どうやら、その黄金虫こそリータ・スキータらしい。

 

なるほど、とエスペランサは思った。

 

この大きさならあらゆる所に侵入して情報収集が出来るだろう。

そう言えばクリスマスダンスパーティーの日にエスペランサは黄金虫を見ていた。

 

「ほう。じゃあ君は哀れな新聞記者を捕まえたって訳かい?」

 

唐突に嫌味な声がしたと思えば、コンパートメントの入り口にマルフォイとその腰巾着が立っていた。

 

「その口ぶりだとマルフォイ達はリータが動物もどきだと知っていたみたいだな」

 

「ああ。あのウスノロ教師を辞めさせるのに使えるかと思ったんだが、期待外れだったみたいだ。お陰で一年近くあの尻尾爆発スクリュートの面倒を見る羽目に」

 

魔法生物飼育学を履修していないエスペランサは尻尾爆発スクリュートがどの様な生物なのかは分からなかったが、ハリーたちの反応からして、まともな生物では無さそうだった。

 

「で、君はそんな事を言いに来たのか?悪いけど出ていってくれないか?不快だから」

 

ハリーが辛辣に言い放つが、マルフォイは聞いていない。

 

「ふん。ポッター。偉そうにしていられるのも今のうちだぞ。あの人が復活したからには、まず狙われるのはお前達だ。穢れた血と血を裏切る者」

 

「良かったな。ハリー。少なくともマルフォイはヴォルデモートの復活を信じているらしいぞ」

 

エスペランサは皮肉を込めて言い放つ。

マルフォイの父親も死喰い人としてヴォルデモート勢力に加わっているのだろう。

となれば、センチュリオンの敵に違いない。

 

エスペランサがヴォルデモートの名前を口にしたことにマルフォイは動揺していた。

 

「最初に言った筈だ。付き合う人間は選べ、と。ポッター。君はそいつらを選んだんだ。愚かだったな」

 

「それで?マルフォイ。お前の家族はヴォルデモートに狙われないという保証があるのか?」

 

「なにっ?」

 

「俺の見立てが正しければ、ヴォルデモートは気分次第で配下の人間も容赦無く殺す野郎だ。お前の家族だってヴォルデモートに殺される可能性はゼロでは無い」

 

「そんな事はない。僕の家は闇の帝王にも認められた聖28族だ」

 

その理論ならばウィーズリー家も正統な純血であり、ヴォルデモートに認められるべき存在になってしまうのではないだろうか、とエスペランサは思った。

 

「で、純血ばかりが生き残って、他の人間は片っ端から殺される世界をお前は望むのか?」

 

マルフォイの目が一瞬だけ泳ぐ。

 

彼はヴォルデモートの支配する世界について深く考えたことが無いのかもしれない。

マグル生まれを差別していても、大勢のマグル生まれやマグルが虐殺される世界を彼が望んでいるかと言われれば、その限りではない筈である。

 

「付き合う人間は選べ、か。ヴォルデモートや死喰い人と付き合うか、ダンブルドアと付き合うか。お前も付き合う人間は選んだ方が良いんじゃないか?」

 

「後悔することになるぞルックウッド」

 

「それはこっちの台詞だ」

 

マルフォイはクラッブとゴイルを連れてコンパートメントを出ていった。

 

ハリー達だけなら兎も角、エスペランサを相手にするのは得策では無いと判断したらしい。

 

「エスペランサが居るとマルフォイもすぐ退散するから楽で良いね」

 

「そりゃどうも。そんな事より、ハーマイオニー。リータはどうするつもりなんだ?まさか、死ぬまで小瓶に詰め込んでおく訳にもいかないだろう」

 

「あー。そうね。私、リータに少なくとも1年は記事を書かない約束をさせてあるの」

 

「あの女はその約束に応じたのか?」

 

「ええ。約束出来ないなら小瓶から出さないわよ?って言ったら従ったわ」

 

「お前、それは約束じゃなくて脅迫だろ。怖っ」

 

「あら?古今東西、魔女なんてそんなものよ?」

 

ハーマイオニーがゾクッとするような笑いをする。

小瓶にはどうやらガラスが割れないようにする特殊な魔法がしてあるようで、リータはどう足掻いても脱出する事ができないみたいだ。

 

「なあ、ハーマイオニー」

 

「何かしら?」

 

「その黄金虫なんだが。この1年間、俺に貸してくれないか?」

 

エスペランサの申し出にハーマイオニーは戸惑った。

 

「どうするつもり?」

 

「どうせ、その女は1年間無職になるんだろ?なら、俺が雇用してやろうと思ったんだ。性格は兎も角として、未登録の動物もどきは何かと使えそうだ」

 

ハーマイオニーはエスペランサがリータを使って何をしようとしているのかを察した。

恐らくは諜報活動。

今後、ハーマイオニーにとってもヴォルデモート陣営の情報は欲しかったし、エスペランサならリータを有効活用も出来るだろうと考えた。

 

「まあ、あなたなら任せても大丈夫そうね。間違っても黄金虫を潰したりしないようにね」

 

「勿論だ。こいつは有効活用させてもらう」

 

薄気味悪い笑顔を浮かべたエスペランサは小瓶を手に取り、コンパートメントを去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

列車の最後尾に存在する男子便所の個室に入ったエスペランサは小瓶から黄金虫を解放した。

黄金虫は待ってましたとばかりに逃げようとしたが、彼はそれを逃さず捕らえた。

 

「潰されたくなければ元の姿に戻れ」

 

人差し指と親指でつままれた黄金虫は仕方なく、元の姿、つまりリータの姿に戻った。

 

列車内の個室は思ったよりも狭く、リータが元の姿に戻ると、鮨詰め状態となってしまう。

 

「思ったよりも狭いなっ!くそっ。て、臭い!」

 

黄金虫から中年女となったリータであったが、その姿は悲惨であった。

ハーマイオニーに小瓶に閉じ込められてからかなりの時間が経っているからだろう。

痩せこけている上に、シャワーも浴びていないなら酷く臭った。

 

戦場に出ればシャワーなど浴びないから臭いには鈍感なエスペランサも、流石に便所の個室の中で数週間風呂に入っていない人間と閉じ込められれば顔を顰めたくもなる。

 

 

「なっ!それは、あの小娘がっ」

 

「馬鹿!声を出すな!」

 

エスペランサは急いで隠し持っていたナイフをリータの腹部に押し付ける。

 

「ひっ!私を殺すざんすか?」

 

「それならもっと前に殺している。だが、声を上げて助けを求めたり、逃げようとはしない事だ。線路に転がる肉塊になりたくなければな」

 

「よ、要求は?1年間、記事を書かないと言うことは小娘に誓った筈………」

 

「それもあるが、ここは狭過ぎるな」

 

エスペランサは個室の扉を開け、便所の中に彼ら以外誰もいない事を確かめると、耳塞ぎの呪文と人避けの魔法をかけた。

セオドールに教えてもらった人避けの魔法はかなり使い勝手が良い。

 

個室から出たエスペランサはリータにナイフを突きつけるながら話を進めた。

 

「お前の記事、読んだぜ?」

 

「え、ええ。ホグワーツ生なら皆読んでいると思うざんす」

 

「あー。違う違う。20年程前の記事だ。偶々見つけた、三流雑誌のバックナンバーを読んでいたら、あんたの記事があったんだ」

 

「20年前…………」

 

「今のゴシップ記事とは比べ物にならないクオリティだった。少々危ない記事だったがな」

 

リータが若い頃の記事を見つけたのはかなり偶然だった。

ホグワーツの廊下に爆薬を仕掛けている時に、埃を被った20年前の雑誌が出てきたのだ。

既に廃刊になった雑誌であり、どうも政権批判を中心に書かれたものらしかった。

 

「20年前の記事、ということは"連載・魔法省の実態を暴く"ざんすね」

 

「それだ。記者、つまり若い時のあんただが、の経験不足と知識不足から考察はお粗末なものだったが、情報収集と整理は大したものだった。魔法省が台頭してきた死喰い人に牛耳られている事実も追及してたしな。何で、今はゴシップ記事なんて書いているんだ?」

 

「何故か?何故かって?そりゃ、現実を知ればそんな記事に情熱をかけたくなくなるからね」

 

「現実?」

 

「記事っていうのは誰の為に書くか分かるかい?」

 

「読者、と言いたいところだが、まあ、スポンサーの為だな」

 

「そうざんす。新聞も雑誌もスポンサーの金が無ければ発行出来ない。魔法界の売れる雑誌のほとんどは魔法省がバックについている。週刊魔女も箒の選び方も。ついていない雑誌は部数も刷らせてもらえず、売れないざんすよ」

 

「なるほど。クィブラーとかか?」

 

「あれは、まあ、もっと根本的な所がおかしい雑誌なんざんすけど。とにかく、魔法界の雑誌や新聞なんてそんなもん。魔法大臣がゴシップ記者のリータ・スキータの記事を鵜呑みにしている事からも酷さが分かるってもんさ」

 

リータはナイフを突きつけられているからか、はたまた、数週間監禁された疲れからか本音を吐露した。

 

「魔法界は狭い社会だからな。で、そんな魔法界でまともな記事を書く気力を無くした、と」

 

「ま、ゴシップ記事が楽しいっていうのも嘘じゃ無い。馬鹿な魔女たちを操作するのも一興ってね」

 

エスペランサはナイフを仕舞い込んだ。

 

ここまで聞き出せれば十分だ。

リータ・スキータはまだ完全に腐り切ってはいない。

 

「リータ。あんたはそんな魔法界を変えたいとは思わんのか?」

 

「そんな力はあたしには無いし、変えようとも思わない。少なくとも、今の記事でも金は取れる」

 

「ほう。では、質問を変えようか。今の英国魔法界をぶち壊すレベルの記事が書ける、もしくは、ぶち壊す情報が手に入るとすれば………。あんたはどうする?」

 

「ぶち壊す?言っておくけど、例のあの人の復活って情報だとしたら乗らないよ。金にならないざんす。エビデンスも無いし」

 

「あんたからエビデンスなんて言葉を聞けるとは思えなかった。だが、そんな情報じゃない。いや、必ずしも関係が無いと言うことでは無いが」

 

リータは既に助けを呼ぶ事も、逃げることもか忘れていた。

このルックウッドという少年はリータを利用しようとしているのだろう。

それは、理解出来る。

だが、彼の持つ情報とやらは禁断の果実だ。

 

知ってはならないと思いつつも知りたい。

曲がりなりにもジャーナリストであるリータの性であった。

 

「俺に協力しろ。どうせ1年間は給料も無いんだろ?なら、その1年間、俺が雇ってやる。その動物もどきの能力を見込んでな」

 

「え、得られる情報によるざんす」

 

「ああ。そうだな。もし、もしもだ。マグル界が魔法界を攻撃する算段を立てていたら、どうする?」

 

エスペランサはもう笑ってはいなかった。

そして、彼から引き出された情報はリータの想像を遥かに超える禁断の果実であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホグワーツ特急は無事にキングスクロス駅に到着した。

 

生徒たちは家族と久々の再会を喜んでいる。

喜んでいないのはハリーくらいなものだろう。

 

エスペランサは魔法のゲートをとっとと潜り抜け、マグルの人混みの中へ消える。

やはり、マグルの世界の方が落ち着く。

 

1年間でマグル社会もかなり変わっていた。

 

エスペランサは魔法使い達の群れを離れ、トランク等の大荷物をロッカーに預けた後(ロッカーを4つほど使用した)、駅内にあった売店でマグルの新聞や雑誌を読み漁った。

 

オーストリアやフィンランドがEUに加盟したり、世界貿易機関WTOなるものが発足していたり、ベトナムがASEANに加盟しているのは興味深い。

極東の国では大地震が起きたり、サリンによるテロが起きていたりと大変だったようである。

 

ベトナムと米国が国交を正常化させたのはついこの間だ。

 

また、コンピュータ系の雑誌が増えている事にも驚いた。

Windows?なんだそりゃ。

 

エスペランサは気になった雑誌と書籍を数冊、購入した。

また、久々にマグルのジャンクフードも堪能する。

 

同じく駅の中にあったコーヒーショップで雑誌の一つを読みながら、砂糖を大量投入したコーヒーを飲む。

文明の味、文明の匂い。

魔法界は昔ながらの良さがあるが、エスペランサはやはり文明化された社会の方が安心出来た。

 

コーヒーを啜りながら人混みを見ていると、やはり、魔法使いが目立つ。

 

巨大なカートを引き、ローブを着て、フクロウを抱える子供が何人も通るのだから、マグル達だって驚くだろう。

 

「よくもまあ、あれで何世紀もバレなかったな」

 

溜息を吐くエスペランサだが、そのカラクリは簡単で、キングスクロス駅には常に魔法省の職員が居るのだ。

彼らはマグルの記憶を改竄して魔法界の存在がバレないようにしている。

 

ついでに言えば、9と4分の3番線以外にも魔法界に繋がるホームは存在した。

 

「失礼するよ」

 

エスペランサの座るカウンター席の横にスーツ姿の男が座ってくる。

 

やはり来たか、とエスペランサは思った。

 

「久しぶりですね。来るとは思ってましたよ。だから、こんなコーヒーショップで座ってたんだ」

 

「そうか。それならありがたいね」

 

スーツ姿の男も購入したコーヒーをカウンター式のテーブルに置いた。

カウンターは駅の通路に面しているから、駅中が見渡せる。

 

「コーヒーか。英国紳士なら紅茶でも飲むのと思っていたが」

 

「私にはこちらの方が合っている。弁当忘れても傘忘れるなと言われる英国紳士だが、私は傘よりもレインコートを羽織る人間だ」

 

「つまり、英国人では無いということか?」

 

「ノーコメントだね」

 

男の名前はジョン・スミス。

 

魔法界を知るマグルで、恐らくは軍隊の諜報機関に居る人間だ。

階級は大尉。

戦えばエスペランサが負けるだろうと思うくらいには危険人物である。

 

紳士的な態度を取ってはいるが、エスペランサは彼に自分と同じ臭いを感じていた。

 

 

「魔法使いっていうのは毎年、ここに来れば見る事が出来る。風物詩みたいなものだね」

 

「そうでしょうね」

 

「彼らは自分たちがマグルに存在を知られていないと本気で思っているのだろうか?」

 

「思っていますよ。だから、あんな格好で駅を彷徨うことが出来る」

 

「甘く見られたものだな。私達は彼ら以上に魔法界のことを知りつつあるというのに」

 

「………………。スミスさん。あんた達、まさかと思うが」

 

「ヴォルデモートの復活かい?そんな事はとっくに知っているさ」

 

やはり、な。

エスペランサは思った。

 

スミスの仲間は魔法省の内部にも居るらしいから、セドリックの死もヴォルデモートの復活の噂も耳にするだろう。

 

それに、エスペランサにスミスがわざわざ接触してきたのも偶然では無いだろう。

 

「で、あんた達は計画通り、英国魔法界を潰しにかかるのか?」

 

「さあ、それを君が知ってどうする?」

 

「前にも言ったが、俺は罪の無い魔法使い達は救うべき存在だと思っている。最悪、抵抗する」

 

「出来れば、君には死んで欲しくは無いね。あの人も悲しむだろうし」

 

「ん?何の話だ?」

 

「こちらの話だ。忘れてくれ。まあ、まだ我々も魔法界を攻撃しようとは思わんさ。作戦も部隊も何も準備していないし。だが、ヴォルデモートの復活は我々でも観測した」

 

「観測だと?」

 

「リトルハングルトン村という寂れた村に専門の部隊を展開させてある。昨年のワールドカップでの出来事もあるし、我々も警戒はしていた。そして、つい1ヶ月前にリトルハングルトン村で強力な魔法が使用されたことを観測した」

 

「リトルハングルトン村か。ああ。恐らくそこでヴォルデモートは復活した。俺には防ぐ事も出来なかった」

 

「そうだね。君に防いで欲しかったというのも本音だが。我々の上層組織は少し意見が違ってね。もし、ヴォルデモートが復活するのなら、復活させておくのも良いと思っているんだな」

 

「そんな馬鹿な」

 

「君なら分かると思う。国内に死喰い人やヴォルデモート派の人間、アウトローな人外が隠れ住んでいるとして、こいつらを殲滅させるにはどうすれば良いと思う?」

 

「なるほど。ヴォルデモートを復活させ、ヴォルデモートの元に集まった死喰い人や闇の魔法使い達をまとめて叩くって訳か」

 

「そう考える連中も我々の中には少なからず居た。異なる意見がいくつもあると計画は上手くいかないのさ。で、だ。ヴォルデモートが復活したのなら死喰い人達は活動をし始める。我々の組織はこれを叩けば良い」

 

「そう上手くはいかないだろう。ヴォルデモートもそうだが、死喰い人達も一筋縄では倒せないぞ」

 

エスペランサはアエーシェマやクラウチJr.の事を思い出した。

あのレベルの死喰い人が大勢居るとは思えないが、少なくともアエーシェマやクラウチJr.はマグルの軍隊が相手でも戦えるポテンシャルを持っている。

 

「うん。我々も簡単な任務だとは思っていない。それに、ヴォルデモートの勢力を潰すのが困難だと認められた時には、やはり、計画通り、総力戦をもって魔法界を潰す」

 

「つまり、ヴォルデモートの勢力が強過ぎて、隠密に殺す事が出来ない場合、核でもNBCでも使って魔法界自体を消すってことか」

 

「君にはそうならないように働いてもらいたいところだ」

 

スミスはそう言って席を後にした。

 

彼の飲みかけのブラックコーヒーがテーブルに残されている。

砂糖まみれのコーヒーを飲むエスペランサを前にして、これ見よがしにブラックコーヒーを飲むスミスに苛立ちを感じていたエスペランサだったが、スミスが店を出た後でニヤリと笑った。

 

「油断大敵………ってことだ」

 

コーヒーショップを出て、駅の中に消えつつあるジョン・スミスの背中には1匹の黄金虫がピタリとくっついていた。




炎のゴブレット編は94年から95年の話ですね。
キングスクロス駅にスタバとかその他の店があるかは分かりませんが、あるという設定で


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不死鳥の騎士団
case70 Toad that started to move〜アンブリッジの企て〜


ついに不死鳥の騎士団に突入!
みんな大好きあの魔女も出てきます!


男は死喰い人もどきの半端な人間だった。

 

死喰い人というのはヴォルデモート勢力の中でも実力を認められたか、もしくは、何かしらの功績を残した魔法使いのことである。

要するに幹部なのだ。

 

だが、その男は野蛮で下品な上に実力も無かった。

故にヴォルデモート全盛期も大した戦績を残した訳でもなく、ひたすらにマグル狩りをして過ごしていた。

 

騎士団や闇祓いを相手にしたら即倒されるが、マグルの一般市民なら簡単に狩れる。

 

男にとってヴォルデモート勢力が英国魔法界を支配していた時期は天国だった。

大勢のマグルを殺し、略奪し、陵辱し放題。

 

「いいねえ。闇の帝王が復活したってことは、またやりたい放題できらぁ」

 

男は舌舐めずりする。

 

彼は今、ロンドンから遠く離れた田舎町の片隅にある民家を襲おうとしていた。

 

民家には若い夫婦が暮らしている。

農業で生計を立てているのだろう。

近くには小さな畑があった。

 

「どうする?男はすぐに殺すか?」

 

男は一人では無かった。

同じく血と女に飢えた死喰い人もどきが彼の他に3人居た。

 

皆、ヴォルデモートがハリーに倒された後、地下に潜り、泥に塗れて生きてきた連中だ。

 

「いや、奴らはどうも新婚らしいからな。男の前で嫁をめちゃくちゃにしてやるってのも面白そうだ」

 

彼らは民家から10メートルも離れていない林の中に隠れている。

民家は夏の暑さを和らげる為に窓を全て開放しているが、その窓から楽しそうに晩餐をする若い夫婦の姿も見えた。

 

「あの手の幸せそうな夫婦が絶望する顔、見たいだろ?」

 

「ああ。それも良い。俺はここ10年、殺しも女も我慢してきたんだ。我が君が復活したとなれば、もう暴れるしかねえだろ」

 

下品な笑いをしながら、4人の野蛮な男たちは杖を構えて林を出る。

 

時刻は午後8時。

夏とは言え、月が無ければ真っ暗闇だ。

 

彼らは民家に近づき、一斉に杖を構えた。

 

家の中の夫婦は男達に気づいていない。

 

「まずは窓を吹き飛ばしてやるか。"コンフリン………………」

 

 

 

プシュ

 

 

 

「え?」

 

缶ジュースのプルタブを開封した時の音が聞こえたと思った瞬間、男は意識を失った。

 

「は?」

 

今まさに爆破魔法を使おうとしていた仲間が、急に血を吹き出して倒れた。

その事実を他の3人の男が理解する時間は無かった。

 

 

プシュ

 

プシュ

 

プシュ

 

 

音と共に、4人の魔法使いは絶命した。

 

夫婦たちは自分達の家の外で4人の魔法使いが頭から血を流して死んだ事に気付かない。

 

明日の朝、玄関の扉を開けてはじめてその事に気づくだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「死体を処分する必要は無い。そいつは警察の仕事だ。撤収するぞ」

 

魔法使い達の死体が散乱する場所から500メートル離れた雑木林の中に、ギリースーツを着て、狙撃銃や小銃を手にした軍人達が潜んでいた。

 

「小隊長。連中は本当にテロリストだったんでしょうか?銃も持っていないですし、奇妙な格好でした」

 

サイレンサー付きの狙撃銃を担ぎ上げながら狙撃手が尋ねる。

夜間であるにも関わらず、500メートルも離れた4人の男を瞬時に処理したのは彼だった。

 

彼は暗視ゴーグルとスコープ越しに彼は4人の目標(ターゲット)を視認していた。

変な棒切れを持ち、まるで絵本に出てくるような魔法使いの格好をした奇妙な連中だったのである。

 

「知らん。だが、我々に与えられた命令は、今日、この時間にこの場所に来た黒いローブ姿のテロリスト4名を処分しろ、と言うものだ。それ以上でも以下でも無い」

 

「しかし……たった4人の武装もしていないカルト集団に第40コマンドーに所属する1個小隊が出動なんて前代未聞です。警察組織ではなく海兵隊を即時投入するなんて」

 

狙撃手の後ろに居た通信士も言う。

 

「考えるな。我々は与えられた命令に従うまでだ」

 

そう言った小隊長も今回の任務には疑問を持っていた。

彼が指揮する部隊は英国海兵隊第40コマンドーに所属する1個小隊だ。

そもそも、海兵隊の任務は強襲作戦などであり、水陸両用戦や山岳作戦を得意としている。

テロリストの暗殺をするのは、それこそSASとかの組織だ。

何故、我々がこんな任務をするのだろうか、と彼は首を傾げた。

 

「噂では我々だけでなく、英国全土のあらゆる部隊が同じような任務で出動しているとのことです」

 

小隊の中では最古参である軍曹が暗視スコープを上げながら話しかけてくる。

 

「そうらしいな。私も聞いた。同期の間でも噂になっていたからな。海兵隊だけでなく、陸軍の歩兵師団の中にも同様の命令をされた部隊があるそうだ」

 

「陸軍が?一体、命令系統はどうなっているんだ?」

 

海兵隊は海軍傘下の部隊であり、陸軍とは命令系統が異なる。

同じ任務を与えられる事はまず無い。

 

「これはひょっとして、20年前の……」

 

「軍曹。そんな与太話は信じるな」

 

「そうですな」

 

隊員たちは雑木林から出て、村外れに駐車しておいたカーゴトラックに乗り込んだ。

 

実はこの村の近くには軍の演習場が存在している。

故に軍用車輌が夜中に走っていても村人は驚かない。

 

トラックの荷台に乗りながら小隊長は半ば伝説となっている20年前の噂を思い出していた。

 

20年前。

 

陸海空軍と警察組織の全部隊に一斉招集がかけられた。

 

「大規模統合演習を実施するため、隊員は休暇中の者も含め、速やかに部隊に帰投せよ」

 

この様な内容の命令により、軍人や警官達は軍属も含めて総員が部隊に集められ、すぐにでも戦闘が行えるように配置についたのである。

 

結局、演習など行われず、数年の間、無駄に各部隊は戦争の準備をしていた。

 

軍人達はソ連との戦闘が始まるのでは無いかと不安になっていたが、そうでも無いらしかった。

だが、あの時期、幾つかの部隊が謎の任務に参加し、少なくない戦死者を出したという噂も語り継がれている。

 

 

「我々の知らないところで、何かがまた起きているのかもしれんな」

 

だとしても我々は上の命令に従って訓練通り戦うまでだ。

士官学校を出てまだ数年しか経っていない若手の小隊長はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。

魔法省内。

 

ブラッドリーと呼ばれるとある職員が執務室で胸を撫で下ろしていた。

 

彼の魔法省での役職は魔法犯罪者管理局アズカバン整備部吸魂鬼係1係長だった。

簡単に言えば吸魂鬼の管理(など出来る筈も無いのだが)をする役職だ。

 

シリウス・ブラックの脱獄以降、仕事は忙しくなり何枚の始末書を書かされたことが分からない。

1年半前、ホグワーツ敷地内で200体もの吸魂鬼が行方不明になった時は1週間も寝ることが出来なかった。

 

無論、これは表の顔。

ブラッドリーは裏の顔がある。

 

彼はマグルの軍隊と通じていた。

 

元々、マグルの事なんてあまり知らなかった魔法使いの彼はマグルの軍隊について良く知らない。

だが、彼が連絡を取るエージェントであるジョン・スミス(多分偽名だ)との会話から"SAS"だとか"MI6"だとかの名前が出て来るがそれが何の組織かは見当もつかない。

 

マグルの軍隊に協力する魔法使いは彼だけでは無い。

魔法省の中には何人も居るし、ホグズミード村にもダイアゴン横丁にも、その他多くの場所に居る。

魔法使い、魔女、スクイブ、魔法生物とのハーフ。

様々な魔法界の人間達であったが、彼らには共通した事項があった。

 

それは、親しい人間を死喰い人、もしくは、ヴォルデモート配下の人間に殺されているということだ。

 

ブラッドリーは16年前に両親を死喰い人に殺された。

 

それ以来、彼はヴォルデモート勢力の殲滅を企てる英国マグル界の組織に協力するようになったのである。

 

ブラッドリーは魔法省の中で英国魔法界の情報を入手し、スミスをはじめとしたマグルの軍人たちにそれを渡す。

先日、渡したのはノクターン横丁に潜伏していた協力者の入手した「死喰い人もどきの連中がマグル狩りの計画をしている」という情報である。

その前は、ホグズミード村にいる協力者の入手した「3校対抗試合でセドリック・ディゴリーが死亡した」というものだ。

 

エスペランサがバジリスクを倒したり、魔法省内でダンブルドアがヴォルデモートが復活したというホラを吹いていると噂になっていることをスミスに伝えたのもブラッドリーである。

 

そんな彼を今、悩ませているのが……

 

 

「んんっ。こんなところに居たのね。ブラッドリー」

 

 

このガマガエルの様な女。

 

ドローレス・アンブリッジだった。

 

 

ドローレス・ジェーン・アンブリッジに好感を持っている職員は少ない。

ファッジくらいなものだろう。

しかし、ファッジはアンブリッジの操り人形になっているようなものなのでノーカンだ。

 

ガマガエルの様な顔という表現は同僚のウィンストンが考えたもので、あっという間に省内に広まった。

 

人は見かけによらないという言葉があるが、アンブリッジを前にしてもその言葉を信じられるか、と言えば否である。

 

ピンクの服にピンクのリボンに靴までピンク。

体型はボンボンボン。

ガマガエルがピンクの服を着て歩いている、とはよく言ったものだ。

 

省内で叩かれる陰口の8割がアンブリッジ。

早く冬眠してくれ、永久に。

ファッジと結婚したらリータが喜ぶ。

ピンクという色の熱い風評被害。

死喰い人すら引く差別主義者。

声だけは可愛いから余計に邪悪。

 

とまあ、散々な言われようである。

 

が、実際、アンブリッジは悪い人間だった。

 

彼女の父親は魔法省で出世に縁のない魔法ビル管理部の役人だった。

母親はマグルのようだが、離婚しているらしい。

アンブリッジはこの出自が気に食わないらしく、手始めに父親を退職させた(これに関しては平和に行ったらしい)。

彼女の血筋は彼女の情報操作(という名の実力行使)によってヴィゼンガモットの父親が居る純血家系ということになっている。 

 

そして、同僚を陥れ、上司に媚を売り、色々汚い事をしてアンブリッジは高級官僚になってしまったのだ。

 

ちなみに、当たり前だが彼女に夫は居ない。

どうやら有能な上司を夫にしようとアンブリッジは色々と努力したようだが、酒一杯飲むだけで反マグル生まれの過激思想を口にする彼女を好きになる男は残念ながら元死喰い人にすら存在しなかったようだ。

 

そりゃそうだ。

誰だって子供がオタマジャクシってのは嫌だからな。

これもブラッドリーの同僚が言っていた事である。

 

「何の用件ですか?アンブリッジさん」

 

「実は吸魂鬼を貸して欲しいのだけど」

 

ブラッドリーは自分の執務用の机越しにアンブリッジの意地の悪そうな顔を見た。

絶対に悪いことを考えている。

同じ部屋で仕事をする他の同僚達は気の毒そうにブラッドリーを見ていた。

 

「なるほど。手続きには時間がかかります。えーと、まずはこちらの書類に必要事項を」

 

彼は机の中から一枚の紙を取り出した。

 

"吸魂鬼借用書"と書かれた紙だが、記載事項が非常に多い。

 

「あら?こんな紙要らないでしょう?私が命令してるのよ?」

 

無駄に高い声にイライラしつつ、ブラッドリーは説明し始めた。

 

「そうは言いますが、吸魂鬼1体を動かすだけでも大変なんです。まず、この借用書を元にして私が吸魂鬼使用に関する起案書を作成して、各部に合議をもらって、アズカバンとも調整し、最終的に魔法大臣の決済があって初めて吸魂鬼を動かせるんです」

 

「そんなに大変には思えないけど?」

 

「ええとですね。まず、今、アズカバンに居る吸魂鬼は不足しているんです。2年前にホグワーツで200体も吸魂鬼が消えてしまったので。ですから、吸魂鬼をアズカバンから動かすのは非常に難しい。まあ、2体くらいなら出せますけどね」

 

「2体で十分よ?」

 

「それから、アズカバンに役人を送って吸魂鬼と調整。これには移動手当てと危険手当てが出るので予算委員の方にも合議が必要ですね。それに、派遣地域担当の魔法事故巻き戻し部隊にも派遣を要請しないといけません。合議だけでも10箇所は回らなくてはいけないんですよ」

 

ブラッドリーは溜息をついた。

 

吸魂鬼が200体も消えなければこんな事にはなっていない。

吸魂鬼を消した奴を一発ぶん殴りたいと彼は心の底から思っていた。

 

「あー。そう言えば吸魂鬼はどこに派遣するんですか?あと、何の任務で?」

 

「あなたがそれを知る必要は無いの」

 

「そうは言っても書類を作らないといけないので」

 

「そうね。サレー州に派遣するの。任務はシリウス・ブラックの調査で」

 

「サレー州ですか。あそこは確かハリー・ポッターの居住地でしたね。なるほど、確かにブラックが出そうな地域ではある」

 

ブラッドリーは納得したが、アンブリッジの目が細くなったのを見て考えを改めた。

 

これは間違いなく碌でもないことに吸魂鬼を使うつもりだ。

 

「今回の吸魂鬼の派遣は魔法大臣の命でもあるのよ?あなたはそれを無下には出来ないでしょう」

 

「むっ。魔法大臣の命ですか。それなら決裁が先にされているようなものですね。いや、待てよ、魔法大臣の命なら………………」

 

「ええそうよ。特例法第14条が適用されるの。書類なんて無くても魔法大臣が吸魂鬼を使役出来るのよ?」

 

このガマガエル、分かってたな?

ブラッドリーは溜息を吐いた。

 

魔法大臣が必要と認めた場合、所定の手続きを抜かして吸魂鬼を使用する事が出来る。

 

前例はかなりある。

 

ブラックの時にファッジが多用した。

 

「分かりました。では、以前の通り大臣のサインと命令書を持ってきて下さい」

 

「ええ。もちろん」

 

そう言ってアンブリッジは帰って行く。

 

アンブリッジが帰った事を確認し、ブラッドリーは安堵した。

 

「あの女。吸魂鬼を何に使うつもりなんだ?」

 

「さあな。知るかよ。知りたくもない。知ったら消されそうだしな」

 

同僚のウィンストンが紅茶を片手に話しかけてくる。

 

「ファッジはアンブリッジの操り人形だからな。言いくるめられるだろうね。そして、アンブリッジは吸魂鬼を自由に使えるようになるって寸法だ」

 

「ま、そうだろうな。吸魂鬼を私物化するガマガエルか。どうやら食物連鎖の一番上に君臨するのはガマガエルらしい」

 

恐らく、ファッジの命令なんて無い。

吸魂鬼はアンブリッジが私的に使いたいだけなのだろう。

 

「そう言えば聞いたか?アンブリッジはホグワーツに教師として送られるらしい」

 

「うげっ。本当かそれ?」

 

「マジも大真面目。キングズリーさんが嘆いていたから間違いない」

 

二人の話に同じ部屋にいた同僚達が興味津々といった様子で集まって来る。

 

「ダンブルドアが許したのか?」

 

「いや。だが、ファッジがダンブルドアから色々と権利を剥奪して、無理矢理決めたらしい」

 

「やることが汚いねぇ」

 

「まったくだ。んで、アンブリッジにホグワーツを監視させるんだと。ほら、ダンブルドアは最近、例のあの人が復活とか言ってるらしいからさ。もしかしたら、例のあの人が復活したという嘘を口実にして私的な軍隊を作るんじゃないかってファッジが心配してるんだ」

 

「私的な軍隊ねえ。そういや、魔法省には軍隊が無いな」

 

ブラッドリーはスミスたちマグルの軍人の事を思い出しつつぼやいた。

 

「そう言えばそうだ。ダンブルドアの言ってる事が本当で、例のあの人が復活したなら魔法省にも軍隊が必要なんじゃないのか?」

 

「無理だろ。頭数が足りないから。闇祓いが今年採用した人数知ってるか?」

 

「知ってるとも。あーあ。ダンブルドアの言ってる事が嘘であって欲しいねえ」

 

はははと笑う同僚たちを見ながらブラッドリーは複雑な表情をする。

 

彼はヴォルデモートが復活している事を、何故かマグルの軍隊伝いで教えられていた。

魔法省はこんな馬鹿げた事をしている場合では無いのだが、ファッジやアンブリッジがいる限り、どうしようも無い。

 

頼みの綱がマグルの軍隊だけだというのは嘆かわしい。

 

だが、マグルの軍隊であってもヴォルデモートや死喰い人を殺してくれるならそれで良い。

欲を言えば、魔法使いが軍隊を作ってヴォルデモートを倒してくれれば良いのだが。

 

 

ブラッドリーは普段はヘラヘラとしているような職員だが、ここ16年、死喰い人たちへの憎しみを忘れた事は無かった。




少し短いですけど、不死鳥の騎士団の導入は以上です。


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case71 Prepet Street that became a battlefield〜プリペット通りは燃えているか?〜

感想ありがとうございます!
魔女の旅々面白すぎるんじゃい
イレイナさん可愛いんじゃい


 

ハリー・ポッターがまともな夏休みを過ごした事があるだろうか。

答えは否。

屋敷しもべ妖精が襲来したり、叔母を無意識に膨らませたり、ワールドカップでは死喰い人が暴れ出したり。

毎年、何かしらのアクシデントが起きるのだ。

 

ハリーは今年の夏休み、非常に苛立っていた。

 

ヴォルデモートが復活したというのに日刊預言者新聞は何も書かないし、死喰い人が何か事件を起こすのでは無いかとマグルのニュースを毎日チェックしても、何も起きていない。

 

友人もシリウスも今、魔法界がどうなっているか何も教えてくれない。

 

その鬱憤を晴らす為に、ハリーはダドリーを挑発して遊んでいた。

ダドリーは英国南東部中等学校ボクシングチャンピオンになっている。

マグル界では敵無しのダドリーが杖を恐れてビクつく姿を見て、ハリーは快感を覚えていた。

 

だが、ハリーのささやかな快楽はそう長続きしなかった。

 

マグノリア通りからウィステリア・ウォークに繋がる狭い路地でハリーはダドリーと言い争っていたのだが、その最中、突如として現れた2体の吸魂鬼に彼らは襲われたのである。

 

 

「何でこんなところに吸魂鬼が!?」

 

真夏なのに極寒の地のような寒さを感じたと思えば、上空から2体の吸魂鬼が飛来していた。

 

ハリーは杖を吸魂鬼に向ける。

 

「うわぁ!何をするんだ!やめろ!」

 

「ダドリー!そっちに行くな!」

 

マグルであるダドリーに吸魂鬼は見えない。

だが、影響は受ける。

 

彼は今まさに吸魂鬼の1体に突撃をかまそうとしていた。

 

「何も見えない!何だこれ!パパに言いつけてやるからな」

 

「バカダドリー!止まれ!逃げるのはそっちじゃない」

 

吸魂鬼に突撃しようとしていたダドリーをハリーは力づくで止めようとする。

しかし、ボクシングチャンプとなったダドリーの力はヒョロガリのハリーが止められるものではなかった。

 

「何をするんだ!やめろ!」

 

吸魂鬼の影響で何も見えていないのだろう。

ダドリーは当てずっぽうにパンチを繰り出した。

そして、運の悪いことにその一つがハリーの顔面に直撃する。

 

「ぐへっ」

 

まるでブラッジャーだ。

ハリーは吹っ飛ばされながら思った。

 

まともにパンチを食らってしまった彼は路地に放置されていたゴミの山に倒れ込み、危うく気を失いそうになる。

 

しかも、弾みで眼鏡と杖が吹っ飛んでいった。

 

「うぎゃあああ!暗い!寒い助けて!」

 

ハリーの努力も虚しく、ダドリーは吸魂鬼に突っ込んだ。

吸魂鬼が見えない事が災いしたのだろう。

 

そして、もう1体の吸魂鬼がゴミの山の上で伸びているハリーに襲いかかってきた。

 

「うう。何で、吸魂鬼がこんなところに?いや、何とかしないと」

 

彼はふと、ジーンズのポケットにロケット花火のような魔法道具が入っていることに気付く。

 

1ヶ月程前にフローラ・カローに渡された緊急用の信号弾である。

 

「これだ!これしかない!」

 

ハリーは急いでポケットからロケット花火を取り出し、吸魂鬼の頭越しに夜空に放った。

 

原理は悪戯道具であるフィリスターの花火と変わらない。

魔法使いであれば杖を持たない子供でも打ち上げる事ができる。

 

花火はオレンジ色の火花を撒き散らしながら、プリペット通り方面に飛んでいった。

フローラの言葉を信じるのなら、これで助けが来るはずだ。

 

吸魂鬼は既にハリーに覆い被さっており、彼はセドリックが死んだ時や、両親が殺された時のことを強制的に思い出していた。

 

もう立てない。

 

身体に力が入らない。

 

 

 

 

「ハリー!頭を低くしてろ!」

 

 

路地に聞き覚えのある声が響き渡る。

 

「え!?」

 

 

エスペランサ・ルックウッドがそこに居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タタタン

タタタン

 

乾いた連続射撃音と共に、ハリーの頭上に銃弾が飛来した。

 

もちろん、吸魂鬼に通常の弾薬での攻撃は通用しない。

そんなことはエスペランサにも分かっている。

だが、今は吸魂鬼の意識をハリーからエスペランサに向ける事が先だった。

 

突然、攻撃を仕掛けられた吸魂鬼はエスペランサの方を向く。

 

「ハリー!今のうちに眼鏡と杖を回収しろ!」

 

狭い路地に入り込んだエスペランサは単連射で吸魂鬼に牽制をかけつつ、ハリーに指示を飛ばす。

 

バジリスクの毒から生成した弾丸も無いし、プリペット通りでナパーム弾を使う訳にもいかない。

手元にあるのはM733と手榴弾のみ。

ならば、エスペランサに出来るのは、ハリーとハリーの従兄弟を逃す事だけだった。

 

ダドリーを襲っていた吸魂鬼もエスペランサの存在に気付く。

吸魂鬼に攻撃を仕掛ける魔法使いの方が彼等としては襲いたい。

2体の吸魂鬼は一斉にエスペランサの方へ向かっていった。

 

「そうだ。こっちに来い!」

 

彼は射撃を続けつつ後退する。

吸魂鬼の注意は十分に引きつけた。

 

エスペランサの狙いは吸魂鬼の意識をハリーから遠ざけることである。

 

ゴミの山から起き上がり、何とか眼鏡と杖を回収出来たハリーはエスペランサの意図に気付いた。

エスペランサは吸魂鬼2体を引きつけている。

チャンスは今しかない。

 

彼は杖を吸魂鬼に向け、呪文を唱えた。

 

「エクスペクト・パトローナム!」

 

杖先から銀色の雄鹿が飛び出して、2体の吸魂鬼に飛びかかる。

吸魂鬼は堪らず逃げ出した。

 

 

逃げ出した吸魂鬼を見ながら、ハリーは地面に膝をつく。

 

「無事か?ハリー」

 

小銃の弾倉を交換しながらエスペランサが近づいてくる。

OD色のTシャツに迷彩柄の戦闘服のズボンを履いた姿は、魔法使いの格好程ではないが、マグル界では目立つ。

 

「いや、もう疲れて、でも、何で吸魂鬼が」

 

ハリーは汗まみれのシャツを扇ぎなら何とか声を出した。

 

「さあな。俺も救難信号、つまり、例の花火が打ち上げられたのを見て駆けつけたんだが。来てみたらハリーが吸魂鬼に襲われてて驚いた」

 

「え?待って。君はプリペット通りにいたのかい?」

 

「まあな。夏休みが始まってから定期的にハリーを見張っていた。死喰い人の襲撃があるかもしれないだろ?」

 

「なら、なんでもっと早く僕に会いに来てくれないんだ!僕が夏休み中何をしていたか見ていたんだろ?」

 

「おう。ゴミ箱から新聞を漁ったりしてたな。だが、俺がハリーと接触するのを見られるのは得策じゃない」

 

「何で?」

 

「ハリーの事を監視してるのは俺だけじゃないのさ」

 

 

エスペランサは気絶して倒れているダドリーの脈を測り、命に別状がない事が分かると、ファイヤーマンズキャリーという方法で持ち上げた。

 

「重いなこいつ。だが、脂肪じゃなくて筋肉の重みだ。軍隊に入れるべきだ」

 

銃を担いでいるのにダドリーまで持ち上げることの出来るエスペランサに感心しつつ、ハリーは安堵していた。

少なくともエスペランサが居るのなら安心出来る。

 

「でもすまねえな。ハリーが1日かけてゴミ漁りしたり、家の庭で寝転がっているのを見ていながら何も出来なかった」

 

「いいよ別に。でも、君は何で僕の事を監視しようと思ったんだい?」

 

「ハリーを狙って死喰い人やヴォルデモートが現れないか待っていたんだ。奴らがノコノコと現れたら殺そうと思ってな」

 

「へ、へえ。で、死喰い人は現れた?」

 

「いや全く。徒労に終わったよ。死喰い人はまだ何の動きも見せてない」

 

ハリーはヨロヨロと立ち上がり、杖をポケットにしまおうとした。

 

「そいつを仕舞うんじゃないよ!」

 

不意に後ろから怒鳴られる。

 

ダドリーを担いだままのエスペランサは慌てて振り向いた。

 

 

「フィッグさん?」

 

ハリー達の後ろには足腰の悪そうな老婆が立っている。

 

「何だ?ハリーの知り合いか?」

 

「う、うん。近所のお婆さんなんだけど………」

 

「杖の事を知ってるってことは魔女なのか?」

 

「いいや。あたしゃスクイブだよ。出来損ないのね。そういうあんたは?」

 

「ハリーの級友のエスペランサです。あなたはハリーを監視していたんですか?」

 

エスペランサは老婆に聞く。

もし仮に彼女がダンブルドアの命を受けてハリーを見守っていた人間なのだとしたら酷過ぎる話だ。

魔法も使えず、歩くのも大変そうな老婆に何が出来るというのだ。

 

「あたしだけじゃないよ。ハリーが襲われたのはタブルスって男が教えてくれた。本当ならマンダンガスが見張りにつく筈だったんだが、あいつ、大鍋を売りつけるか何かでいなくなっちまったんだ。ああ、あいつ!殺してやる」

 

どうもハリーを複数人で見張っていたらしい。

実を言えばエスペランサも一人ではなかった。

フナサカと二人でプリペット通りの外れにある空き家に泊まり込み、ハリーを監視していたのだ。

 

「ダンブルドアにこの事を知らせないと………。でも、あたしゃ姿現しも出来ないんだ」

 

「あの、僕がフクロウを使えば」

 

「分かってないね!魔法省だってあんたやダンブルドアを見張ってるんだ。悪い意味でね」

 

「なら、俺が何とかして連絡を取りましょうか」

 

「あんたが?どうやって?」

 

「俺の仲間の何人かが無線機を持っているので………。魔法省はフクロウや煙突ネットは監視出来ても、無線までは傍受出来ないでしょう」

 

エスペランサは一旦、ダドリーを雑に下ろした後、小型の軍用無線機を取り出した。

 

「携帯無線機だから遠方まで通信を飛ばすには中継が必要なんだ」

 

彼が使うのはAN/PRC-152と呼ばれるトランシーバータイプの無線機である。

HF帯とVHF帯を使用し、短距離の通信に対応しているが、センチュリオンでは電波の代わりに、空気中に漂う魔力の流れを利用した新たな帯域を活かして通信を行えるように改良していた。

魔法界では魔力の影響により、短波や超短波といった電波が乱される事があり(ホグワーツでも時々あった)、また、マグル界では傍受される可能性があった。

そこで、一部の隊員が空気中に漂う魔力の流れを電波のように扱い、無線機に応用する事を考えたのである。

 

「02、02。こちら01、01送れ」

 

『こちら02。どうぞ』

 

01というのはエスペランサのことで、02はプリペット通りに潜伏するフナサカのことだ。

 

「ハリーが吸魂鬼に襲われた。フクロウ便は傍受される可能性がある。我々の回線を使用してこの件をダンブルドアに伝えられないか?」

 

『吸魂鬼だって!?そんな馬鹿な。ここはマグルの街だぞ!』

 

「俺がこの目で確認したから間違い無い。兎に角、速やかにダンブルドアに伝えたい」

 

『フクロウが使えないとなると手段は限られるな。休暇中の隊員の家族を経由すれば何とかなるかもしれん。親がホグワーツの理事を務めている隊員なら何とか出来るかも』

 

「頼んだ。俺はハリーを安全な場所まで連れて行き、何が起きたかを把握する」

 

『了解。気をつけてくれよ?』

 

 

エスペランサは通信を終了し、再びダドリーを背負った。

 

「ハリー。お前の安全が完全に確保されるまでの間、俺が護衛役を引き受ける。どうやら、ダンブルドアの息のかかった連中が近くに居るようだが、どうも信用出来ん」

 

「そうとも。マンダンガスの野郎や、あたしみたいなスクイブより、あんたの方がよっぽどマシってもんさ」

 

フィッグがエスペランサの持つ小銃を顎で指しながら言った。

 

「ありがとう。エスペランサ」

 

ダドリーが吸魂鬼に襲われた事をダーズリー夫妻に説明するのを思うと胃が痛かったハリーであるが、エスペランサが随行するのなら少しは安心出来る。

エスペランサは魔法使いだが、少なくともマグル界に詳しい人間だ。

それに、バジリスクやアクロマンチュラを相手に戦うことも出来る実力がある。

 

「それじゃあ行くとするか」

 

ハリー達はプリペット通りに帰るために歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリーとダドリーを背負ったエスペランサはプリペット通りに存在するダーズリー家に戻った。

 

玄関を開けたダーズリー夫妻はパニック状態に陥った。

 

気絶して泥だらけのダドリー。

杖を持ったままのハリー。

そして、ダドリーを背負っている銃をぶら下げた迷彩服の男。

 

「ダドちゃん!どうしたの!バーノン!警察に連絡よ!警察を呼んで!」

 

玄関先でダドリーの様子を見たペチュニアが叫ぶ。

 

「どうした?何があった!詳しく話してみなさい」

 

「その前にこいつを俺の肩から下ろしても良いですか?正直、かなり疲れるので」

 

エスペランサは大騒ぎするダーズリー夫妻の前にダドリーを下ろした。

ダドリーはいつの間にか意識を取り戻していたが、顔は青ざめて今にも吐きそうにしている。

 

「む!貴様、は!」

 

バーノンがエスペランサを見て顔を歪ませた。

エスペランサとバーノンは一度会っている。

ロン達と共に空飛ぶフォードアングリアでダーズリー家に奇襲攻撃を仕掛けた為だ。

 

「お久しぶりです。ええと、ダーズリーさんでしたっけ?」

 

「お前は確か、小僧の通っているイカれた学校の生徒だな?さては、お前が私の息子に何かしたのだろう!」

 

「勿論違います。詳しく説明しますので、中に入っても宜しいですか?」

 

バーノンはここで初めてエスペランサが手に銃を持っている事に気が付いた。

見た目からしてオモチャでは無さそうだ。

バーノンは杖も怖いが、銃も怖い。

増してや相手は何を考えているか分からない魔法使い。

玄関先で銃を乱射されたら困る。

 

「む。早く入れ!詳しく話を聞かせてもらわんといかんからな」

 

「ありがとうございます」

 

エスペランサは玄関で泥だらけの半長靴を脱ぎ(ここでペチュニアが非常に嫌そうな顔をした)、ダドリーを支えながらリビングに向かうバーノンの後に続いた。

 

ハリーもそれに倣った。

 

 

エスペランサはマグルの一般家庭など見たことも無かったが、小綺麗なキッチンや高そうな家具を見て、ダーズリー家が金持ちであることを察した。

蜘蛛の巣を放置したり、埃まみれのホグワーツよりも好感が持てる。

軍隊生活で飽きるほど清掃をして来た彼は埃一つ無いダーズリー家の居間を見て素直に感心した。

 

「申し遅れました。自分はハリーの級友で、元合衆国陸軍所属のエスペランサ・ルックウッドと言います」

 

「合衆国陸軍!?」

 

ダーズリー夫妻は目を丸くする。

 

エスペランサは自己紹介で敢えて、合衆国陸軍所属を強調した。

 

英国マグル界でも軍に対する信用は高い。

魔法使いと名乗ればダーズリー夫妻は信用しないだろうが、軍人となれば話は別だ。

エスペランサはもう既に軍人では無いし、そもそも非公式の部隊で傭兵のような存在であったから元合衆国陸軍所属かと言うと正確では無い。

が、ここはダーズリー夫妻の信用を得る為にも使わせてもらうことにした。

 

「所属は軍機で言えませんが、米陸軍に所属していたことは間違いありません。今はホグワーツで生徒をしていますが、杖よりも銃の方が馴染みがありますし、あなた達のようなマグル、いや、非魔法族にも理解はあるつもりです」

 

「ちょっと待て!その年齢で軍人になれる筈も無いだろう」

 

「その件に関してはいずれ話します。今は息子さんの身に何が起きたかを説明する方が先です」

 

見ればダドリーはペチュニアが持ってきたバケツに吐きながら、ハリーを指差していた。

 

「そいつが、ハリーがぼくに杖を向けた」

 

「何だと!小僧!それは本当か?」

 

「向けた。でも、魔法を使ったわけじゃない」

 

ハリーが言ったが、ダーズリー夫妻はその発言を信じていないようだ。

 

 

「それでどうなったの?ダドちゃん?」

 

「それで、それで、真っ暗になった。それから、それから、気持ち悪くなって、まるで………………」

 

「まるで二度と幸福になれないような感覚になった?」

 

言葉が出てこないダドリーをハリーがフォローした。

 

「うん。そう、そうだ」

 

「ダーズリーさん。おたくの息子さんは吸魂鬼と呼称される魔法生物に襲撃されました。吸魂鬼というのは周囲に存在する人間から幸福感を奪い取る生物です」

 

エスペランサが補足説明をしたが、上手く伝わらなかったようだ。

 

「吸魂鬼!?何だそれは!」

 

「アズカバンの看守よ。魔法使いの牢獄の」

 

ペチュニアが口を挟む。

 

これにはハリーもバーノンも驚いたようだ。

今まで魔法を毛嫌いしてきた人がアズカバンの看守という情報を知っていたのだから。

 

「以前、あの妹とろくでなしの男が話しているのを聞いたの」

 

「吸魂鬼について知っているのなら話は早い。っと?」

 

突然、開けていた窓から一羽のフクロウが居間に侵入して来た。

フクロウ便だろう。

足に手紙を括り付けている。

 

ハリーはフクロウから手紙を受け取り、中身を読み始めた。

 

エスペランサは開けっ放しの窓を閉め、カーテンを広げた。

外から居間の中が丸見えでは、いつでも襲って下さいと言っているようなものだからだ。

 

「何の手紙だった?ハリー」

 

「魔法省から。未成年が魔法を使ったから退学だってさ」

 

ハリーが力無く言う。

 

その言葉に喜んだのは勿論、バーノンである。

 

「それ見たことか!やはり魔法を使ったんだろう」

 

「魔法は使った。でも、それは吸魂鬼を追い払うためだ」

 

「ハリーが言う通りです。彼は吸魂鬼を追い払う為に守護霊の魔法を使った。吸魂鬼には銃も効果が無いので、ハリーが守護霊の魔法を使わなければ、あなたの息子を含めて、我々は誰一人生きて帰れなかった」

 

「いーや。信じられんな。だいたい、そのキューコンバーとかいう連中は看守らしいじゃないか。そいつらが何故、プリペット通りでダドリーや小僧を襲うんだ?」

 

エスペランサは答えに詰まった。

 

彼は吸魂鬼を送り込んだ組織が何であるのか、予想は出来ている。

だが、それを説明するのは非常に難しい。

 

一方のハリーはエスペランサとは違う推理をしたようである。

 

「多分……ヴォルデモート卿だ」

 

その名前を聞いてバーノンが顔をしかめた。

 

「まてよ、そいつの名前は聞いたことがある。確か……」

 

「そう。僕の両親を殺した魔法使いだ」

 

「なるほど。そうか。そいつがキューコンバーとかいう奴を使ってダドリーを襲ったんだな?」

 

確かにヴォルデモートなら吸魂鬼を味方につけることを考えるだろう。

しかし、現段階でヴォルデモートが吸魂鬼を掌握出来ているとはエスペランサは思えなかった。

もし、掌握出来ていたならアズカバンに収監中の死喰い人が解き放たれている筈だ。

解き放たれていないとなれば吸魂鬼はまだ魔法省の管理下ということになる。

 

「よし。決めたぞ!小僧!今すぐ家から出て行くんだ!」

 

「え?」

 

「最初からこうするべきだったんだ!お前をこの家に住まわせてから散々な事ばかりだ!ダドリーに豚の尻尾は生えるし、マージは膨らむし、挙げ句の果てに空飛ぶフォードアングリア!」

 

バーノンが癇癪を起こした。

 

エスペランサは彼に若干、同情する。

急に魔法使いから子供を一人育てろと言われたり、息子が吸魂鬼に襲われたりすれば発狂するのも仕方の無いことだ。

 

エスペランサは懐から煙草を取り出して吸おうとしたが、ダーズリー家の中で喫煙すればペチュニアに半殺しにされそうな気がしたのでやめた。

 

「出て行け!今すぐ出て行け!あーくそ!また、フクロウか!」

 

癇癪を起こしたバーノンの頭上に再びフクロウが来襲した。

フクロウは吠えメールと思われる郵便をテーブルの上に落とす。

 

「吠えメールか」

 

「何だそれは!」

 

「音声付きの手紙みたいなものです。開いた方が良いかもですね」

 

エスペランサは勝手に開封した。

 

 

『私の最後のあれを思い出せ。ペチュニア』

 

 

短い内容の吠えメールであった。

 

ハリーもバーノンもエスペランサも理解出来なかったが、ペチュニアは理解したらしく顔色が変わる。

 

「バーノン。この子はこの家に置いておかなくてはなりません」

 

「え?」

 

「ここに置いておくのです」

 

彼女はハリーに顔を近づけた。

いつもとは様子の違うペチュニアにハリーも少なからず動揺しているようだ。

 

「本当に。例のあの人が復活したの?」

 

「え、あー。うん。そうだ。僕が先月目撃した。奴は帰ってきたんだ」

 

「そう。本当なのね」

 

ペチュニアとハリーの母親は姉妹である。

ヴォルデモートに家族を奪われたのはハリーだけでなくペチュニアもだ。

 

エスペランサもハリーもその事に気が付いた。

 

その時、エスペランサの持つ無線機が入電する。

 

『ハウンド。こちらクルーザー。コントローラーより入電あり。そちらに繋ぐ。送れ』

 

「ハウンド了解した。送れ」

 

エスペランサとフナサカのみの通信では、01や02という呼称でお互いを呼び合っているが、センチュリオンの隊員全体で回線を繋ぐ場合はコールサインを決めている。

 

ハウンドはエスペランサ。

クルーザーがフナサカで、コントローラーがセオドールだ。

 

他にも、フローラはローレライ、ネビルはスナイパー、コーマックがアルバトロス、チョウがホークアイだったりする。

 

『ハウンド。こちらコントローラー。スナイパーがスナイパーの祖母経由でダンブルドアに現状を報告した。ハリーの保護に何名かの魔法使いが送られると思われる』

 

「ハウンド了解した」

 

『我々の回線が敵に傍受される心配は無いと思われるが、引き続き警戒されたし。終わり』

 

どうやらダンブルドアにハリーが襲われた事が伝わったようだ。

 

「ハリー。ダンブルドアが護衛を送ってくれるそうだ。ダーズリーさん。ハリーの保護の為に何名かの魔法使いがここに来る。自分はそれまでの間、この家に待機しますがよろしくですか?」

 

事の成り行きに呆気に取られていたバーノンがエスペランサの言葉で正気を取り戻した。

 

「むっ。私たちはこれからダドリーを医者に連れて行くが、その留守中にお前や小僧が家を吹っ飛ばす可能性だってある。そんなことを認める訳には」

 

「先程も言ったが、自分は元々合衆国の軍人です。詳細は話せませんが英国海兵隊と共同の任務に就いたこともある。少なくとも普通の魔法使いよりは信用出来る人間だと思いますが」

 

エスペランサの言葉を横で聞いていたハリーは、彼が躊躇なくホグワーツで爆薬を使用する光景を思い出し、突っ込みたくなったがやめた。

 

「軍隊の採用年齢を私は知っている。15歳の子供が海兵隊と任務を共にする事は無い」

 

「まあ、表向きにはそうでしょう」

 

エスペランサは一枚の写真を取り出した。

ボロボロの写真だ。

そこには米軍のデルタフォース達と肩を組むエスペランサが写っていた。

背景にはブラックホークと呼ばれるヘリも写っている。

 

「これで証拠になりますか?」

 

「これが合成写真である可能性もある。が、留守中に我が家を守る人間が居ないというのも不安だ」

 

バーノンは不満そうではあったが、エスペランサがダーズリー家に留まることを承諾した。

 

 




皆さんは愛の貧乏脱出計画って知ってますか?
あれを見るとたこ焼き食べたくなるんですよね。


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case72 A man made alive by God 〜神に生かされた男〜

感想、誤字報告ありがとうございます!
夏休み編はあと少しだけ続きます。


 

「エスペランサは誰が吸魂鬼をプリペット通りに送り込んだと思う?」

 

ダーズリー夫妻はダドリーを医者に連れて行ってしまい、ダーズリー家にはエスペランサとハリーが残されていた。

 

外からの襲撃を警戒し、家中の照明を切っている為、リビングの中は暗い。

 

「そうだな。ヴォルデモートでは無いだろう」

 

「どうして?」

 

「俺がヴォルデモートだったら吸魂鬼なんて使わずに、直接ハリーを殺しに行く。だが、ヴォルデモートはそれをしていない。恐らく、何らかの保護魔法がハリーにかけられているからヴォルデモートは襲って来れないんだ」

 

「保護魔法?そんなのかけられた記憶は無いよ」

 

「ハリーの叔母さんが、ハリーを家に置いておかないといけないって言ってただろ。叔母さんはハリーがダーズリー家に居る限り安全だということを知っていたんじゃ無いか?」

 

「いい迷惑だよ。何でよりによってダーズリー家で保護魔法なんてかけるのさ」

 

「さあな。だが、ダーズリー家は一応、衣食住は確保してくれたんだろ?」

 

「ほんの少しね。君も見たろ。ダーズリー家は酷いものだよ」

 

「軍隊の営内に比べりゃ天国さ。キューバ危機前後の米軍内じゃコードレッドが頻発してたんだぜ?俺もGIシャワーとか知ってるけど酷いもんさ」

 

「コードレッド?何それ」

 

「知らない方が良い。それに、ちょいと考えて欲しいんだが、もし仮に純血家系の家の軒先にマグルの赤ん坊が捨てられていたら、その家は赤ん坊の面倒を見てくれると思うか?」

 

「見てくれないと思う。でも、それって極端な例じゃない?」

 

「違いねえな。それはそうと、ハリー。腹減ってないか?」

 

ハリーもエスペランサも吸魂鬼に襲われてから何も食べていなかった。

 

エスペランサはダーズリー家の冷蔵庫を勝手に開けて、中から食べれそうな物を取り出していく。

 

「エスペランサ。それはまずいよ。ダーズリーに怒られちゃう」

 

「何言ってんだ。ここはハリーの家なんだろ?ハリーはここにある物を食べる権利がある」

 

冷蔵庫から取り出したチーズとハムをマヨネーズ塗れにして、パンの上に乗せたエスペランサは、そのパンをオーブンに突っ込んだ。

 

ハリーも空腹な上に、半ばヤケになっていたからそれ以上、エスペランサの行動を止めようとは思わなかった。

 

「で、吸魂鬼を送ったのが誰かという疑問についてだが。ヴォルデモートはまだ吸魂鬼を掌握していないだろう。もし、掌握しているのならアズカバンから死喰い人が集団で脱走しているはずだ」

 

「言われてみればそうだね。でも、そうすると吸魂鬼は誰が?」

 

「吸魂鬼はどこの組織が管轄しているかハリーは知っているか?」

 

エスペランサはパンを齧りながらハリーに聞く。

 

「それは……魔法省だと思うけど。まさか、魔法省が?」

 

「そういうことだ。魔法省はダンブルドアと対立関係にある。というか魔法大臣が対立してる。魔法大臣はヴォルデモートの復活を認めたくないからな。だから、奴はヴォルデモート復活を唱えるダンブルドアやハリーを陥れたいと思うに違いない」

 

「つまり、魔法大臣が僕の事を陥れる為だけに吸魂鬼をプリペット通りに派遣したってこと?いくらファッジでもそこまでやらないと思う」

 

ハリーはファッジと何回か会っている。

最後に会った時の印象は悪いが、それでも、吸魂鬼をマグル界に解き放つような悪人では無いと思っていた。

 

「そうだな。恐らく、ファッジをコントロールしている黒幕が居る」

 

「黒幕?ファッジは魔法界で一番の権力者だろ?そんな人を操れる人が居るの?」

 

パンを食べ切ったハリーはソファにドカっと座りながら尋ねる。

 

「居るさ。権力者を操りたい奴なんてどこの国にだって居る。この手の連中はヴォルデモートよりよっぽど脅威だ」

 

「何で?ヴォルデモートの方がずっと恐ろしいと思うけど」

 

「ヴォルデモートは、そうだな。人の心を知らない。だからヴォルデモートは己の力を誇示して恐怖で人を従わせる事しか出来ない。そういう独裁者が指揮する部隊は弱い。人の心を操って世間まで味方につけようとする敵の方がよっぽど厄介なんだ」

 

「そうかな?でもヴォルデモートは英国魔法界を支配しかけたんだろ?」

 

「そうだ。だが、結局、支配出来たのは英国だけだ。かつてグリンデルバルドは英国だけじゃなく世界を支配しかけた」

 

「グリンデルバルドなら知ってる。ダンブルドアに敗れた闇の魔法使いだよね。ダンブルドアの蛙チョコのカードに書いてあったような」

 

「そう。そのグリンデルバルドだ。グリンデルバルドは人の心を知っていた。だから、力では無く、言葉で人を従える事が出来たんだな」

 

「エスペランサはヴォルデモートよりグリンデルバルドの方が凶悪な闇の魔法使いだと思ってるんだね」

 

「そうだな。ただ、俺はグリンデルバルドが必ずしも絶対悪だとは思えん。ヴォルデモートの主義思想にはこれっぽっちも共感出来ないんだが、グリンデルバルドの主義思想には共感出来てしまうところもある。あ、これは絶対にダンブルドアには言うなよ?」

 

かつてグリンデルバルドは言葉の力で大勢の魔法使いと魔女を従えた。

従った魔法使いや魔女達はグリンデルバルドの考えに賛同したから彼の軍門に下ったのだ。

 

グリンデルバルドはマグルの戦力を過小評価しなかった。

マグル生まれを差別しなかった。

マグルを一方的に下等だと見下さなかった。

彼はマグルの科学が魔法界どころか地球を滅ぼす危険性があることに気づいたのである。

 

故に魔法という力を持つ者がマグルの科学を抑制し、世界をコントロールすべきだと考えたのだ。

 

この考え方はエスペランサの考え方と似た部分がある。

セオドールはその事をエスペランサに伝えていた。

 

マグルの軍事力を過小評価しないグリンデルバルドが相手ならエスペランサ達は有利に戦う事が出来ない。

逆にマグルの軍事力を碌に知らないヴォルデモート勢力が相手ならエスペランサ達は有利に戦う事が出来る。

 

「ヴォルデモートは確かに強い。だが、ヴォルデモートに統率力は無いし、ヴォルデモートの率いる軍は組織としては必ずしも強く無いんだ。となれば、どう戦うのが正解だと思う?」

 

「うーん。あ、そうか。ヴォルデモートじゃなくて死喰い人を倒せば良いんだね」

 

「そういうことさ。普通の戦争なら大将の首を取れば良いんだが、ヴォルデモートの首を取るのが困難なら、奴の勢力を壊滅させれば良い。ここまで言えば今、死喰い人達が何をしようとしているか分かるだろ?」

 

「なるほど!ヴォルデモートはダンブルドアを倒したいけど、ダンブルドアを倒すのは難しい。だけど、ダンブルドアを孤立させる事は出来るんだね。だから色々と工作してるのか」

 

ルシウス・マルフォイをはじめとして死喰い人には魔法省に圧力をかけることの出来る人間が何人も居る。

彼らはダンブルドアがヴォルデモート勢力に対抗する勢力を作る事が出来ないように、ダンブルドアを孤立させようとしている訳だ。

 

ハリーにも今、魔法界がどうなっているかが見えて来た。

 

「僕、ここ数週間、死喰い人達が何か事件を起こさないかどうかマグルのニュースを見て探っていたんだ。だけど、何も無かった。死喰い人は表立った行動をせず、ダンブルドアを孤立させる為に動いてたから何も無かったんだ」

 

「そうだ。魔法界もマグル界も今のところ表立って何かが起きている訳じゃない。っ!?」

 

エスペランサは突然、ソファに立てかけてあった小銃を手繰り寄せる。

 

「どうしたの?エスペランサ」

 

「ハリー!部屋の奥に隠れろ!」

 

エスペランサはソファを掩蔽として、小銃を構え、銃口を庭に面した窓に向けた。

 

カーテンのレース越しに見える庭は街灯で照らされている為、明るい。

その庭に何人かの人影を視認したエスペランサはハリーを部屋の奥に逃がし、自身は臨戦態勢に入った。

 

銃の握把を握る手に汗が滲む。

 

もし仮にこれが敵襲なのだとしたら手持ちの武器では圧倒的に不利だ。

 

 

「そこに居るのは誰だ!答えろ!さもなければ撃つぞ?」

 

エスペランサは小銃を構えながら尋ねる。

 

「儂だ。小僧。その物騒な武器を下ろせ」

 

聞き覚えのある声がレースのカーテン越しに聞こえる。

レース越しに見えるシルエットから、答えた男が義足をして、杖をついている事が分かった。

 

「ムーディ先生?」

 

ソファの後ろからハリーが顔を出そうとする。

 

「まだ顔を出すなハリー」

 

エスペランサは銃を下げなかった。

 

「むっ!はやく武器を下ろさんか!」

 

レースのカーテンを開け、土足でガツガツと居間に乗り込んで来たのはやはり、マッドアイ・ムーディであった。

魔法の目や傷だらけの顔ですぐに分かる。

彼の後ろにも何人かの魔法使いが待機している。

 

だが、エスペランサは彼が本当にムーディなのか確かめる必要があった。

ただでさえ、昨年は1年近く騙されていたのだ。

警戒して当然である。

 

「あんたがムーディだという証拠が無い。死喰い人がポリジュース薬で化けている可能性も否定出来ない」

 

「ほう。死喰い人の襲撃を警戒するとは、やはり並の学生では無いようだな。儂が本物のムーディであるかを証明する方法は今のところ無いが……。あいつなら証明出来るかも知れん」

 

ムーディの後ろからこれまた見覚えのある顔が出てくる。

リーマス・ルーピンであった。

 

「やあ。久しぶりだね。エスペランサ。ハリー。元気そうで何より、とは言える状況じゃなさそうだけど」

 

以前にも増して顔が老けて疲れ切っているようなイメージがあるので、まだ貧乏な生活をしているのだろう。

 

だが、ルーピンは狼人間である故にポリジュース薬でルーピンに化けることは出来ない。

ポリジュース薬は人間のみを対象とする為、狼人間は実は対象外となるのだ。

 

「なるほど。これは失礼しました」

 

エスペランサはここで初めて銃を下ろした。

 

ムーディはそれを確認してから部屋に上がってくる。

他の魔法使い達もムーディに倣った。

 

「いや、いや、小僧。お前さんは正しい行動をした。庭に我々が現れた事を察知したのも早い。儂に武器を向けながらも、我々の人数を把握しようとして片目だけを動かしていたのも賞賛に値する。闇祓いに向いていそうな人材だ」

 

「お褒めに預かり光栄ですが、残念ながら闇祓いを目指そうとは思えませんな」

 

「そうか。それもまあ良かろう。それよりも、まだお前さんに礼を述べていなかったな」

 

「はあ?礼、ですか?」

 

「聞けば、あのクラウチJr.を倒したのはお前さんらしいじゃないか。元とは言え、死喰い人を仕留める事のできる生徒はそう多くは無いだろう」

 

確かに、エスペランサはクラウチJr.を倒した。

だが、あれはエスペランサの力では無くセンチュリオンの力だ。

一個小隊規模の戦力と火力を使わなければ倒せなかっただろう。

 

「儂からも一つ質問させてもらう。お前さんが本物のエスペランサ・ルックウッドであるか確かめないといけないからな。クラウチJr.を倒した武器は何という名前だ?」

 

「C4プラスチック爆弾とクレイモア地雷、M733も使用した。これで良いですか?」

 

「よろしい。どうやらお前は本物のルックウッドらしいな」

 

ムーディはそれ以上は何も疑わなかった。

どうやら、魔法界ではこの手の質問をして本人か偽物かどうかを確かめるらしい。

 

センチュリオンでも定期的に変わる符号を決めて本人かどうかの認証を出来るようにはしていたが、開心術などを使われては意味がないだろう、とセオドールが言っていた。

 

「へえ。この子が死喰い人を倒したの?へえー」

 

ムーディの後ろからカラフルな髪をした若い魔女が現れる。

 

「あなたは?」

 

「ニンファドーラ・トンクス。トンクスで良いよ。で、その武器が例のマグルの武器って奴かな?」

 

トンクスはエスペランサの持つM733を指差す。

 

「ええ。M733という銃です。アバダ・ケダブラを連射出来る杖のような物です」

 

「それはどれくらい訓練したら使えるの?」

 

「正直な話、子供でも扱えます」

 

その言葉に居合わせた魔法使い達は軽く息を飲んだ。

それもその筈。

アバダ・ケダブラという魔法はかなりの魔力を持つ魔法使いや魔女で無ければ使えない。

たが、銃は子供でも簡単に使える上に、一瞬で死体の山を作り上げる事ができるのだ。

 

「そう。銃の怖い所は誰でも使える道具である事だ。だから、国によっては警察や軍しか銃の所持を認めていない」

 

トンクスの左横に居た黒人の魔法使いがエスペランサの代わりに話した。

 

彼はキングズリー・シャックルボルト。

魔法省の高官でありながらマグル界でも首相補佐官を勤めるエリート中のエリートだ。

 

「ムーディにキングズリー・シャックルボルト。これだけの戦力があればハリーの護衛は心配ないだろう」

 

ルーピンが言う。

 

これだけの戦力があれば安心だとエスペランサも思った。

 

「ところで、ルックウッドが本物だと分かったのは良いが、ハリーが本物なのか確かめるべきでは無いのかね?」

 

ルーピンの後ろに居た白髪の魔法使いが言う。

 

「ああ。そうだ。ハリー、君の守護霊は何の動物の形をしている?」

 

「牡鹿。ルーピン先生がやり方を教えてくれた」

 

ハリーが答えた。

 

「間違いない。この子はハリーだ。本物だ」

 

「へえ。ハリーが守護霊の呪文を使えるのはルーピン先生のおかげだったのか」

 

エスペランサはハリーが守護霊を使うところを2回ほど見ているが、彼が高等魔法を何故、習得していたのか疑問だったのだ。

 

エスペランサはセオドールやフローラと一時期、守護霊の呪文の練習をしてみたが、全員、まともに発動しなかった。

皆、一様に幸せな記憶が無かった為である。

 

もっとも、センチュリオンは守護霊の呪文が無くとも吸魂鬼を倒す術を少なくとも二つ用意出来ているので必要の無い技術と言えばそれまでだったが。

 

「でも良かった。こんな大勢の魔法使いが家に現れたらダーズリー家の人達は発狂するところでした」

 

ハリーが苦笑いしながら言う。

 

「あはは。あのね、連中を家から遠ざけたのはわたしなんだよ。ポストに"全英郊外芝生手入れコンテスト"入賞の手紙を入れたら急いで会場に向かった訳。勿論、そんなコンテスト無いんだけどね」

 

トンクスが笑いながら答えた。

ダーズリー家、と言うよりもペチュニアは庭の手入れに命を捧げている様な人だ。

簡単に騙されるだろう。

 

「で、これから貴方達はハリーを連れてどこへ行くんですか?」

 

 

エスペランサはルーピンに尋ねた。

 

「ひょっとして隠れ穴?」

 

ハリーが期待を込めた目をして言う。

 

「いや、あそこは危険過ぎる。本部は別の場所だ」

 

ムーディが代わりに答えた。

ムーディは魔法の目の調子が悪いのか、キッチンにあったピカピカのコップに浄水を入れて、さらにそのコップに魔法の目を入れている。

 

「本部?何の本部ですか?」

 

「それを聞いてどうする?坊主」

 

「いえ、少し気になったので。ダンブルドアが秘密裏に作った組織の本部かな、と」

 

「悪いが機密中の機密だから話すことは出来ん」

 

ムーディとエスペランサが話している間、ルーピンはハリーに魔法使い達の紹介をしていた。

 

それを聞いていたエスペランサは集まった魔法使いと魔女の共通点を見出せずにいる。

出自も役職もバラバラ。

まるで、センチュリオンの様だ。

 

やがて、ハリーとトンクスが荷造りの為にハリーの部屋に向かった。

 

「ここに居る人達はハリーの救援をしたくて名乗り出て来た人達なんだ」

 

ルーピンがエスペランサに話しかけた。

 

「へえ。魔法界はとっくにアンチハリー派で埋め尽くされてると思っていました」

 

「そうでも無いさ。ダンブルドアを信じる人はまだ大勢居る。君もそうだろう?」

 

「さあ。俺はそこまでダンブルドアを崇拝してる訳じゃないんです。だが、まあ、ヴォルデ……例のポンコツお辞儀ハゲが復活したっていうのは信じられます」

 

「それで、君は夏休み中、ハリーを守る為に行動していたんだね」

 

「それもあります。が、本命はノコノコ現れた死喰い人を片っ端から殺せるかと思っていたんですよ」

 

エスペランサの言葉に何人かの魔法使いが眉を顰めた。

いくら正義感の強いグリフィンドールの生徒でも、死喰い人を"片っ端から殺す"という発想には至らない。

ムーディですら、だ。

 

その思想はまるで……。

 

「確かに死喰い人は悪い連中だ。でも、君が手を汚す必要は無い」

 

「お言葉ですが、俺の手は既に汚れています。クィレル先生を射殺したのは他でも無い自分ですし、それに、中東では数え切れない程の命を奪った。それこそ、死喰い人以上に」

 

「君はまだ15歳の学生なんだ。そういうことは我々大人に任せておくのが一番良い」

 

 

エスペランサはルーピンに反論しようとしたが、止めた。

 

すでに吸魂鬼を百単位で倒すことの出来る部隊の指揮官であるエスペランサだが、ここに居る魔法使い達にとっては、か弱き未成年の魔法使いでしか無い。

 

彼はその認識を改めようと思わなかったからだ。

 

 

 

 

 

荷造りを終えたハリーはファイアボルトを片手に1階へ降りて来る。

煙突飛行ネットワークは魔法省に監視されている為、移動手段は箒なのだそうだ。

 

エスペランサは、ダーズリー家の庭から箒で飛び立つハリーやムーディ達を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何のようかしら?貴方のような人が魔法省に来るなんて」

 

魔法省のとある一室。

 

アンブリッジは突然の来訪者に多少なりとも驚いていた。

 

「ドローレス・アンブリッジ。貴方はホグワーツで闇の魔術に対する防衛術の教師をやるみたいだな」

 

来訪者の名前はアエーシェマ・カロー。

アンブリッジですら警戒心を抱く魔法使いだ。

 

「ええ。そうです。今のホグワーツはダンブルドアの支配下。ダンブルドアは魔法省に楯突く老害ですから、私が監視しに行くのです」

 

「ほう。貴方にダンブルドアを抑えることが出来ますかな?」

 

「何が言いたいんです?」

 

アエーシェマの挑戦的な物言いにアンブリッジは軽く苛立ちを覚えた。

 

対するアエーシェマもピンク色に染められ、あらゆるところに猫のファンシーグッズが飾られたアンブリッジの執務室に嫌悪感を抱いている。

 

「いえ、別に。ただ、ダンブルドアは意外と善人では無い。もし、貴方がホグワーツで好き放題し始めれば必ず消される」

 

「あら?そうでしょうか?世間はダンブルドアの味方をもうしていません。ほとんどの人が魔法省を信用しています。もう、ロートルの校長には権力も統率力もありません。私が消される筈が無いでしょう」

 

「笑わせる。ダンブルドアの権力を失わせたのは貴方達でしょうに」

 

アエーシェマは苦笑した。

ダンブルドアの持つ地位と権力を魔法省は一瞬で奪い去った。

つい先日まではダンブルドアを頼っていた魔法省が、だ。

 

「あら。そんなことはありませんよ。我々は魔法界に混乱をもたらそうとしているダンブルドアから魔法界を守るために、あの人から少しばかり権限を剥奪したまでです」

 

「まあ、そういうことにしておこう。だが、私の予想していた通り、貴方はホグワーツを舐めている節がありますな」

 

「舐めている?どういうことでしょう?」

 

「魔法省の権力と地位をもってすれば生徒も校長も教師も抑える事が出来る。貴方はそう思ってはいませんか?」

 

「魔法省は魔法界を統べる組織ですから当然、ホグワーツなど簡単に抑えられますわ」

 

「甘い。実に甘い。貴方は、あそこに居る邪悪な存在を知らないからそう言えるのだ」

 

「邪悪な存在?」

 

「吸魂鬼を送り込む貴方もまた、邪悪な存在だが、それ以上に邪悪な存在ですよ。魔法省、いや、貴方やファッジが恐れるのはダンブルドアがホグワーツを私設の軍事組織にすることでしょう。魔法省より力を持つ組織が出来ることを恐れている」

 

「そんなことは……」

 

「隠さなくて結構。ここからは本音で語りましょう」

 

アエーシェマはアンブリッジに顔を近づけた。

その目は笑っていない。

 

「………」

 

「ダンブルドアは私設の軍を作ったとしても生徒をメンバーに入れる事は絶対無いでしょう。あの人は生徒を必要以上に大切にする。それが、どっぷり浸かったスリザリン生でも、だ。そこがダンブルドアの弱点。彼は優し過ぎる。冷酷になれない」

 

「では、ダンブルドアは恐るに足りませんね」

 

「そうだ。ダンブルドアは手段を選ぶ人だ。故に、魔法省にとっては脅威では無い。だが、手段を選ばない者がホグワーツには居る」

 

「手段を選ばない者?誰でしょう?」

 

「闇の帝王と組んだ教師を躊躇いなく殺害し、バジリスクを粉砕し、死喰い人に圧倒的な戦力で勝利する。そんな学生がホグワーツには居る。私は彼の存在がこの世界に紛れ込んだ一種のバグだと思っています。そして、そのバグは恐らく、私設の軍隊を組織しようとしている」

 

「私設の軍隊?」

 

魔法省には軍隊が存在しない。

 

ヴォルデモートの勢力を便宜的に例のあの人の軍勢と呼ぶ事はあるが、正規軍など存在しないのだ。

故にアンブリッジは私設の軍隊というのは、かつてヴォルデモート全盛期にダンブルドアが集めた仲間の集団のようなものだと思っている。

 

「私設の軍隊とはどういった物なのでしょうか」

 

「そうですな。貴方はマグル界についての知識が乏しいから、軍隊という物のイメージが良く分かっていないでしょう。軍隊というのは、戦闘をする事に特化し、統率の取れた集団です。マグル界では国が組織した正規の軍隊がある」

 

「なるほど。闇祓いの様な物ですね」

 

「認識としては間違っていない。問題はその規模。マグル界の軍隊は数十万の人間と音速で飛ぶ兵器、一瞬で街を消滅させる爆弾を持っている。そして、エスペランサ・ルックウッドという生徒はこのマグル界の軍隊出身なのだ」

 

「はん。ルックウッドとやらはマグル生まれの野蛮な生徒な訳ですね」

 

アンブリッジもマグルを下等だと思う魔女の一人だ。

マグルにどっぷり浸かった生徒など恐るるに足らない。

恐らく、アーサー・ウィーズリーのような人間なのだろうと勝手に予想した。

 

だが、少し引っかかるのはルックウッドという名前だ。

アンブリッジはかつて神秘部に所属していたオーガスタス・ルックウッドという魔法使いの事を思い出した。

 

記憶が正しければ彼に妻子はいなかった筈。

 

 

「で、そのルックウッドは何故、私設の軍隊を作ろうとするんですか?」

 

「簡単だ。奴は戦いを求めているからだ。正義を振りかざしていても、本質は隠しきれていない。厄介な存在だ」

 

「所詮は生徒でしょう?私にかかれば」

 

「侮ってはなりませんな。ルックウッドは昨年のワールドカップで20名近い元死喰い人を瀕死の状態にした。しかも、たったの数分で。こんな芸当、闇祓いにも出来ないでしょう」

 

魔法省の虎の子である闇払いを凌ぐ戦力を持った組織など存在しない。

が、その闇祓いとて死喰い人20人を一瞬で葬ることは難しいだろう。

 

「エスペランサ・ルックウッド……。一体、何者なんです」

 

「さあ。私も知りたいものだ。突然、魔法界に現れた異端な存在」

 

そう言い残してアエーシェマはアンブリッジの執務室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アエーシェマは魔法省から煙突飛行ネットワークを使わずに、マグルの公共機関を使って自宅まで帰ることにしている。

 

服装は魔法使いのソレだが、目眩しの呪文を自身にかけてしまえば問題は無い。

 

少し前までは姿眩ましを活用していたが、エスペランサ・ルックウッドに出会ってからは積極的にマグル界を出歩くようになっていた。

 

エスペランサは魔法界もマグル界も熟知している。

だからこそ、魔法使いとの戦闘で有利に立ち回れたのだ。

 

なるほど、敵を知るという訳だ。

 

アエーシェマは電車や自動車が行き交うロンドンを見て、感心した。

この科学技術が発達したマグル界から魔法界に飛び込んだエスペランサという少年は何を思ったのだろう。

それを知る事で、魔法界にエスペランサが送り込まれた理由が分かるような気がしたのだ。

 

市街の電光掲示板では今日もまた殺人事件のニュースが流れている。

アエーシェマはそれを見て溜息を吐いた。

 

ここ数日、郊外で殺人事件が頻繁に起こっている。

元々、殺人事件自体は珍しくも無いが、これは阿呆な死喰い人もどき達がマグルの軍隊に暗殺されているだけだ。

 

マグルの政府も馬鹿では無い。

 

15年前に死喰い人に煮湯を飲まされたのだから対策くらいはしているだろう。

それにしても、ヴォルデモート賛同派の者たちは軽率で、そして、雑魚なのだろう。

 

アエーシェマは思う。

 

もっと強い者を狩る方が楽しいに決まっている。

故に、アエーシェマはエスペランサを狩りたかった。

 

それは、サディストな彼の快楽の為でもあったが、彼が"与えられた役目"でもあった。

 

神は何故、アエーシェマ・カローという人間を生かしたのか。

長年自問してきたアエーシェマは最近、その答えを見出した。

 

エスペランサ・ルックウッドをこの世から葬り去るために神はアエーシェマを生かしたのだ。

彼はそう結論付ける。

 

エスペランサ・ルックウッドと闘うための舞台の設定はあと少しで完全する。

今回の魔法省訪問もその一貫であった。

 

ヴォルデモート、ハリー・ポッター、魔法省、ダンブルドア。

これらの要素をフルに使ってアエーシェマはエスペランサと闘う機会を設けようとしているのだ。

 

 

 

 

(エスペランサ・ルックウッド。お前にとっては絶望しか残らない一年になるだろう。そして、全てを失い、闘う事しか頭に無くなった本気のお前と闘う事を楽しみにしているぞ)

 

 

 




アエーシェマは謎だらけのオリキャラです。
いや、実はオリキャラでは無く……


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case73 Luna Lovegood 〜ルーナ・ラブグッド〜

感想、誤字報告ありがとうございます!


今は何月何日なのだろう。

 

フローラ・カローは朦朧とする意識の中でそんな事を考えていた。

 

 

度重なる磔の呪文とその他の闇の魔術による拷問により、身体の感覚は完全に麻痺していた。

 

並の魔法使いならこの時点で廃人に足を踏み入れているだろうが、彼女は拷問には慣れていた。

 

 

夏休みの初日、カロー家に帰ってきたフローラは即座にアエーシェマによって家に存在していた地下牢に幽閉された。

この地下牢は彼女がカロー家に連れられてきてから数年間、性格を矯正させられる為に閉じ込められてきた部屋である。

 

僅かな蝋燭の炎が照らす地下牢には一通りの生活が出来る道具が代々伝わる拷問道具と共に備え付けられていた。

フローラは数年間、この部屋に閉じ込められ、あらゆる拷問をされながら育った。

 

カロー家の人間としての素質を表向きには、身につけたので、ここ数年は地下牢に閉じ込められる事も、拷問されることも無かったのだが、アエーシェマは夏休み初日からフローラを監禁して拷問し始めたのである。

 

ここ1年、カロー家の意向に背いて来たことが彼の逆鱗に触れたのだろうか、とフローラはぼんやり思った。

 

小刻みに震えている手を持ち上げて、時計の針を見る。

 

時刻は正午過ぎ。

 

夏休みが始まってから5回目の正午だ。

 

フローラが持つ時計はいつぞやのクリスマスにエスペランサが送ってくれたマグル製の物だった。

彼曰く、メイドインジャパンのSEIKOの時計らしい。

 

もし、エスペランサが今の自分を見たらどう思うのだろう、とフローラは思う。

 

鎖に繋がれて、埃まみれになり、まともな食事も摂らせてもらえず、ボロボロになった自分を見た彼は、恐らく激怒するだろう。

 

自分の為に怒ってくれる人が存在するだけでフローラは救われていた。

彼女がここ数日、正気を保っていられたのは単にエスペランサの存在があったからだ。

 

この苦痛に耐えれば、またきっとあの人に会える。

そう思うことで狂わなかったのだ。

 

石の床の冷たさを肌で感じながら、なんとか身体を起き上がらせる。

関節が悲鳴を上げ、口から出た血の塊が既に泥塗れのローブを赤く染めた。

 

 

 

「まだ正気を保っていたか。まあ、そうであってもらわなければ困る」

 

 

数時間ぶりにアエーシェマが地下牢に入ってきた。

フローラは彼を睨む。

 

正気を保ち、悪意を向けることが彼女に出来る唯一の抵抗だった。

 

「ほう。そんな目をするようになったか。教育が足りなかったか?私は教育者として失格だな」

 

「あ…あなたは……き、教育者などでは……なく、狂った人殺し……です」

 

やっとのことで声を出すフローラ。

 

彼女はもうアエーシェマを恐れてはいなかった。

センチュリオンで過ごした日々が確実に彼女を強くしている。

 

アエーシェマはそれでも笑い続けた。

 

「面白い。ここに連れてこられてから数年間、ヒンヒン泣き喚いていたお前をここまで成長させるとは……」

 

彼はフローラに近づき、彼女の髪わグイと掴んだ。

 

「ううっ」

 

「綺麗な髪も顔も台無しだ」

 

「だ…誰の所為……ですか」

 

「ここまで拷問されてもまだ口が利けるのか。良いことを教えてやろう」

 

アエーシェマはフローラを地面に叩きつけながら耳元で囁いた。

 

「磔の呪文を行使されても正気を保とうとするには、何か心の支えが必要だ。心の支えとは、つまるところ、家族や恋人の存在だったりする。お前の場合は、恐らく、エスペランサ・ルックウッドの存在だろう」

 

フローラはエスペランサの名前に僅かに反応した。

 

そして、アエーシェマはそれを見逃さなかった。

 

「図星か。なるほど」

 

「あの人は…関係、ありま…せん」

 

「嘘を吐くな。私にはバレバレだ。だが、私は今年、ルックウッドを殺そうと思っている。お前が恋焦がれる少年をどう殺そうか考えるだけで1日が過ぎていくのだ」

 

「なぜ……なぜ、あの人に…執着するの…ですか」

 

「さあ、何故だと思う?」

 

フローラは身体の痛みも忘れて考え込んだ。

 

彼女はアエーシェマという男を良く知っている。

アエーシェマはサジェストだ。

人を痛めつける事に快楽を覚える人間だ。

 

しかし、フローラを痛めつける時は何かしら理由があった。

性格を矯正する為。

"カロー流"を覚えさせる為。

思想を植え付ける為。

 

だとしたら今回も理由がある筈だった。

 

そう理由が。

 

エスペランサを殺す事に執着する事にも理由がある筈だ。

 

「絶望……を、味わわせる。そういう…事ですか」

 

「ほう?」

 

「あなたが…あの人を殺したい理由は……分かりません。が、私を利用して…あの人に絶望を味合わせる……。そして、その上で……殺す。それが…あなたが考える"最高の殺し方"。そういう事ですね」

 

アエーシェマはニヤリと笑った。

 

「面白い考えだ。私がルックウッドを殺す理由を理解出来る人間はこの世界に存在しないだろう。だから、その事についてお前に説明する気は無い。だが、どうせ殺すのなら、ルックウッドから全てを奪い、絶望させてから殺してみたい」

 

「やはり……あなたは狂っている」

 

「そうだ。私は狂っている。その事を否定する気は無い」

 

彼は杖をフローラの胸に向けた。

 

何の魔法を使っているのかは分からないが、途端に彼女は呼吸が出来なくなる。

まるで心臓を鷲掴みにされているような。

そんな感覚に陥った。

 

「ぐっ…く、苦し……」

 

「さて、どうやって奴に絶望を味合わせるか。お前がルックウッドを大切に思うように、ルックウッドもお前を大切にしている」

 

アエーシェマは魔法を止めた。

 

呼吸を取り戻したフローラは再び、冷たい石の床に倒れ込む。

 

「うっ……」

 

「ルックウッドの前で下賤な死喰い人の慰め者にでもしてやるか?それとも手足をもぎとってやるか?」

 

「き…詭弁です。あなたは……まだ私にカロー家の…跡取りとしての……価値を見出している。そんな……私を、簡単に使い捨てたりは……しない」

 

「ふっ。これだけ痛めつけても冷静な思考が保たれているとは」

 

「もう…私は……あなたを恐れたりしない。今回の仕打ちを受けても……あの人への気持ちは変わりません!私は絶対にあの人を絶望させたりしない!」

 

フローラの目にアエーシェマに対する憎悪が宿る。

 

セドリックだけでなくエスペランサまでも殺そうとする彼を絶対に許さない。

フローラはアエーシェマを睨みつけた。

 

 

「闇の帝王が復活した今、ルックウッドは私が手を下さなくとも死ぬ運命にある。この私と闇の帝王と、そして、死喰い人を同時に相手にして無事にルックウッドが生き残れると思っているのか?」

 

「…………」

 

フローラは押し黙った。

 

エスペランサはヴォルデモートにもアエーシェマにも、そして、死喰い人にも戦いを挑むだろう。

だが、それらの化け物を相手にしてエスペランサが果たして無事に生き残れるだろうか。

彼にはセンチュリオンという強力な組織がある。

だが、その隊員であるフローラは最も容易くアエーシェマの餌食になっていた。

 

このままでは、エスペランサも殺されてしまうかもしれない。

 

フローラはエスペランサが死喰い人を殲滅する未来を今まで疑った事が無かった。

しかし、心身共にボロボロになっていたフローラは始めて疑いを持ってしまう。

 

 

「ふむ。だが、条件次第でルックウッドを生かしてやっても良いぞ?」

 

「!?」

 

「奴を孤立させろ。奴が魔法界で力を振るえなくさせれば私はルックウッドを生かそう。闇の帝王に計らってやっても良い」

 

「そんな言葉を…私が……信じるとでも?」

 

「信じるか信じないかはお前の勝手だが、頭の片隅に留めておけ。ルックウッドが孤立し、力を失えば、我々の陣営はルックウッドの命を保障する」

 

 

アエーシェマの言葉をフローラは信じていなかった。

 

だが、彼の言葉はフローラの頭に深く刻み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻。

 

 

セオドール・ノットは自宅で父親と対峙していた。

他の純血家と同じく、ノット家もまた豪邸である。

 

彼の母は10年近く前にこの世を去っており、ノット本家には父親と二人で暮らしている。

 

幼い頃から父親による"本来あるべき純血主義"を叩き込まれたセオドールは、エスペランサと出会ってからも、その純血主義を曲げる事は無かった。

 

マグルを差別し、純血でない魔法使いを侮蔑する現代の純血主義と違い、魔法界の繁栄と魔法族の安全を保障しようとする古典的純血主義に彼は誇りを持っていた。

 

そして、魔法族の繁栄と安全保障を確保するためには、魔法界を変える必要がある。

その為にセオドールはエスペランサと協力してセンチュリオンを結成した。

 

もっとも、最近では彼もエスペランサに影響され、世界を救うという大層な目的の為に己の頭脳を使っていたが。

 

 

夏季休暇が始まってからセオドールと彼の父親の仲は悪化した。

 

セドリックが殺害された現場に父親が居たという情報を聞いたセオドールは烈火の如く怒ったのである。

 

 

「何故、父上は再び死喰い人に復帰したんです!?」

 

「仕方の無いことだった」

 

「何が仕方の無いことなんですか!」

 

既に60を超える年齢となった父親は思った以上に小さく思える。

それは、セオドールに怒鳴られて縮こまっていたからかもしれない。

 

「ヴォルデ……例のあの人がノット家の掲げる純血主義とは相反する純血主義を掲げている事は分かりきったことだ!それに気付いたから父上は15年前に死喰い人から足を洗おうとしたと、長年言い続けて来たではないですか!なのに、父上はまた死喰い人になった!これは一体どういうことだ!」

 

「仕方の無い事だと言っているだろう……。我々の掲げる純血主義を理解する純血家系は既に存在しない。現状、英国魔法界は闇の帝王の思想に賛同する勢力と、ダンブルドアの思想に賛同する勢力の二択しか無い。ならば、闇の帝王に賛同するのが筋というものだろう?」

 

全てを諦めた顔をして父親が言う。

 

「ふざけるな!その二択で何故、闇陣営を選ぶ?例のあの人は確実に魔法界を破滅に追い込むんですよ!?」

 

「そうは言い切れんだろう。闇の帝王は力がある。魔法族の繁栄の為には闇の帝王に従うのが正しい選択だ」

 

「馬鹿な!だいたい、死喰い人を含めた闇陣営の勢力は全盛期の半分にも満たない筈。そんな勢力が魔法界を支配出来る筈が無い!」

 

「そうとも限らないのだよ」

 

「何!?」

 

「闇の帝王は既に巨人を味方につけた。吸魂鬼もだ。アズカバンに居る死喰い人や闇陣営の人間たちも、すぐに沙婆に出て来るだろう。それから地下に潜伏したり、外国に行っているかつての仲間達も揃い始めた。その数はダンブルドアの勢力を圧倒している」

 

「具体的な数は……」

 

「魔法省職員の数を軽く上回る程だ」

 

 

とすると、千人は軽く超える。

 

それに数千体の吸魂鬼と巨人。

彼らが集まり、総攻撃をかければ魔法省もダンブルドア陣営も1日で敗北する。

 

センチュリオンとて現状では太刀打ち出来ない。

 

「良いか。セオドール。もはや、闇の帝王の勢力は止められない。選択肢は一つなのだ。闇陣営につかなければ破滅するしか無い。分かるな?」

 

分かりたくはなかった。

 

しかし………。

 

エスペランサもセンチュリオンも強い。

だが、その火力も闇陣営を止めることは出来ない。

 

その事実が彼を苦しめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

待ちに待った新学期。

 

エスペランサはホグワーツ特急に揺られ、ホグワーツに着いた。

例年、セオドールやフローラとコンパートメントを共にする彼であったが、今年はそうしなかった。

というよりも、エスペランサは特急の中でセオドールとフローラを見つけられなかったのである。

 

なので、フナサカやザビニ、コーマックといったセンチュリオンの隊員達とホグワーツに着くまでの旅を過ごした訳である。

 

寮も家柄もバラバラな面子がコンパートメントで楽しそうに過ごす光景を多くの生徒が奇怪な目で見ていたがエスペランサは構わなかった。

 

特急はホグズミード村に到着し、そこからは馬車でホグワーツ城に向かうことになっている。

馬車を引くのはセストラルという"人が死ぬところを見た人間"にしか見えない魔法生物だ。

 

一説にはホグワーツ特急も移動キーもまだ出来ていなかった頃、魔法使いや魔女はセストラルでホグワーツに登校していたらしい。

今、ホグワーツに残っているセストラル達はその末裔なのだそうだ。

 

馬車の一つにハリー達の姿を見つけたエスペランサは、その馬車に向かった。

 

 

 

「この馬みたいなドラゴンみたいな生き物……何だと思う?去年までは見えなかったよね?」

 

「何を言ってるの?ハリー。何も見えないじゃない。いつも通り、馬車が一人でに動いているだけよ?」

 

ハリーがセストラルを見て困惑していた。

 

ハリーはセドリックの死を見たので、セストラルを視認出来るようになったのだ。

 

 

「何言ってるんだい?この馬みたいな奴だよ?君達見えないの?」

 

「何も見えないぜ?ハリー、大丈夫か?」

 

馬車を引く馬とドラゴンを足して二で割ったようなセストラルを指差して癇癪を起こしているハリーをロンが可哀想な子を見るような目で見ていた。

 

「大丈夫。あたしにも見えるもン」

 

既に馬車に乗り込んでいた女子生徒がグィブラーという三流雑誌を何故か逆さに読みつつ、ハリーをフォローする。

 

「え?君も見えるの?」

 

「うん。最初に来た時から見えてるよ。大丈夫。あんた、あたしと同じくらい正気だよ」

 

「え、あー。うん。ありがとう?」

 

「ついでに言えば俺にも見える」

 

エスペランサは困惑しているハリーに話しかけた。

 

「久しぶりだね。エスペランサ」

 

ハリーはエスペランサに気付いて、驚いたように挨拶した。

 

馬車の中からロン、ハーマイオニー、ネビル、ジニーが顔を出す。

 

「おう。皆も久しぶりだな。ハリーは吸魂鬼に襲われた日以来だ。本当はあの婆さんの代わりに法廷で吸魂鬼の証言をしようとしたんだが、ダンブルドアに止められてな」

 

「そうだったんだ。僕、法廷にエスペランサが来ると思って期待してたんだけど」

 

ハリーが吸魂鬼を撃退する際に未成年魔法使用の件で起訴されたのはエスペランサも知っていた。

彼は吸魂鬼が出現したことを証明するために証人喚問に応じようとしたが、ダンブルドアに手紙で止められたのだ。

 

センチュリオンの隊員伝いにハリーが無罪になったことを知り、エスペランサは安心していた。

 

「ええと、そちらは誰だ?」

 

馬車に乗り込んだエスペランサはネビルの隣に座る奇妙なブロンドの髪をした女子生徒を見て言う。

 

雑誌を逆さに読んでいる事もそうだが、杖を耳に挟んだり、バタービールのコルクをネックレスにしていたりと謎の多い魔女だ。

 

顔立ちは整っているが、変人のオーラが隠しきれていない。

 

「あんた変わってるね」

 

少女は雑誌から顔を上げてエスペランサに突然話しかけてきた。

浮世離れした声だ。

 

「そりゃどうも。ええと……」

 

「ルーナ・ラブグッド」

 

「ルーナか。俺はエスペランサ・ルックウッド。よろしく」

 

「あんたの事知ってる。レイブンクローでも有名だよ」

 

「らしいな」

 

「その腰につけてる物はナーグル避け?」

 

「は?ナーグル?何だそれ。いや、腰につけてるって……」

 

エスペランサは腰に拳銃のホルスターと弾納を付けている。

だが、それはローブで見えていない筈だ。

 

何故、ルーナはそれを見破れたのだろう。

 

「何で俺が腰に武器をつけてる事に気付いたんだ?」

 

「へえ。それ武器なんだ。馬車に乗る時にその武器をつけてる方の腰が反対の腰よりも上手く曲げられないみたいだったから」

 

「良い観察眼だ。お前、レイブンクローの生徒だろ」

 

「ルーナ」

 

「は?」

 

「"お前"じゃなくてルーナ」

 

ルーナが少しブスッとして言う。

 

「ああ。すまん。ルーナはレイブンクローの生徒だろう」

 

「良くわかったね」

 

「地頭が良さそうだからな」

 

会話を成立させているエスペランサとルーナを見てハーマイオニーが目を丸くしている。

 

無理も無い。

 

ハーマイオニーとルーナは決定的に馬が合わないだろう事は誰しも理解出来た。

 

 

「おいおい。やっぱエスペランサも変人だぜ?今に始まった事じゃ無いけど、エスペランサはどうして変人奇人の知り合いばかり増やしていくんだ?」

 

「失礼なやつだな。ロン。変人奇人って誰の事だよ」

 

「ノットにカローにグリーングラス、一個上のコーマックにフナサカって奴も変人だろ」

 

ロンの言葉にネビルが顔を顰めた。

今上がった名前は全員、センチュリオンの隊員だ。

 

「その人達、良い人達だよ。あたしの悪口言わないもン」

 

「そうなのか?」

 

「うん。それに、あたし、フローラ・カロー好きだよ。だって綺麗だもン」

 

ルーナはそれを言ったきり、またクィブラーを読み耽った。

 

「夏季休暇はどうだった?」

 

ネビルがエスペランサに聞く。

 

「知ってるだろ?吸魂鬼と戦ってた。それから、こいつを買った」

 

エスペランサは鞄から数冊の本を取り出す。

一番上の本には"基礎から解る!コンピュータ入門"と書かれている。

 

「こんぴゅーた?」

 

「これからの時代はコンピュータにネットワークが主流になると思ってな。データ通信は88年から使われているが、民間にもネットワーク通信が普及し始めてたんだ。俺も勉強しないといけないと思って」

 

「僕のパパがコンピュータを大量に買ってきたよ。でも、何をする道具なのかは見当もつかないみたい。僕もだけど」

 

ロンが言う。

彼の父親であるアーサーは無類のマグル好きだが、マグルの道具には疎かった。

 

「インターネットっていうのが普及し始めててな。もうフクロウ便なんて時代遅れさ」

 

エスペランサはロンのフクロウであるピッグヴィジョンをちらりと見た。

マグルの通信技術は日進月歩。

フクロウ便よりも遥かに伝達速度が速くなってきている。

 

センチュリオンの今年の課題は必要の部屋にネットワーク環境を整える事だとエスペランサは考えていた。

 

「ところで、5年生は監督生が指名されるんだろ?誰になったか知ってるか?」

 

エスペランサはネビルに聞いた。

 

「ロンとハーマイオニーだよ。ね?」

 

「ええ。そうよ」

 

ハーマイオニーは胸を張って答えた。

ロンは少し居心地悪そうに視線を逸らす。

 

 

 

「やはりロンだったか」

 

「やはりって?ロンが監督生になると思ってたの?」

 

ジニーが意外そうな顔をした。

ジニー自体、自分の兄が監督生になるとは思っていなかったのだ。

 

「予想はしてた。俺みたいに学校を破壊してる奴は監督生にはなれないし、ネビルはだいぶ成長はしたが少し優し過ぎる」

 

「でも、僕はハリーが監督生になると思ってた」

 

ロンが自信無さげに言う。

 

「ハリーか。このご時世にハリーを監督生にする馬鹿はいない。新聞でも悪口を言われ、法廷に出頭し、同級生からも嘘吐き呼ばわりされる今のハリーが監督生なんてやってみろ。胃に穴が空くぜ」

 

「それもそうだね。じゃあ、このご時世じゃなかったら監督生はハリーがやっていたかもしれない」

 

ロンは顔を曇らせた。

 

ロンがハリーや他の兄弟に劣等感を持っているのはエスペランサも知っている。

 

「そうとも限らんぜ?グリフィンドール以外は誰が監督生になったんだ?」

 

エスペランサの予想が正しければ、スリザリンはセオドールやダフネが監督生を務めるのだろう。

他の寮ならアンソニーやハンナなどが監督生になりそうだ。

彼らは吸魂鬼掃討作戦で作戦指揮能力を遺憾無く発揮していたのだから。

 

「スリザリンはマルフォイとパーキンソンよ」

 

「え?冗談だろ」

 

「冗談じゃないわ。残念だけど。パーキンソンなんて、トロールよりも馬鹿なのにどうして監督生になれるのかしら?」

 

エスペランサは愕然とした。

 

センチュリオンの副隊長であるセオドール以上に有能なスリザリン生は居ないだろう。

強いて言えば、セオドール程では無いがスリザリンにはザビニというブレインが居る。

 

マルフォイも学業自体は悪くない。

それはエスペランサも認めているところだ。

だが、監督生は学業以上に人格が良くなければ務まらないだろう。

 

それに、彼の父親はセドリックが殺された場に居た死喰い人だ。

 

その息子に権力を与える事は愚策であろう。

 

パンジー・パーキンソンは論外だ。

 

「レイブンクローとハッフルパフは?」

 

「アーニーにハンナ、アンソニーとパドマ・パチルだよ」

 

ネビルが嬉しそうに教えてくれた。

4人中3人がセンチュリオンの隊員だ。

 

「その面子なら大丈夫そうだな。安心した。それにしてもマルフォイねぇ。誰が人事を担当したんだか」

 

「スネイプだろ。スネイプはマルフォイを贔屓してる」

 

ロンが投げやりに言うが、ジニーがそれを否定した。

 

「監督生の人事決定は学校長よ。パーシーが自慢げに言ってたわ」

 

「ダンブルドアは何を考えているんだ」

 

エスペランサはどうも引っかかった。

スリザリン以外の寮の監督生は差はあれど有能な面子が揃っている。

アンソニーもハンナもアーニーもここ2年間でかなり成長し、各戦闘でその技量を遺憾無く発揮していた。

 

だが、スリザリンだけはいくらなんでもお粗末過ぎる。

 

エスペランサは考えるのを止めた。

いくら考えてもダンブルドアの思考を理解出来るとは思えなかった為だ。

 

 

馬車の群れは森を抜けて、やがてホグワーツ城の正門に辿り着く。

 

エスペランサは「ああ。帰ってきたんだな」と柄にも無く口にした。

 

そして、帰るべき場所があるというのは良いものだ、と思った。

 

 

 

 

 




ルーナの口調は日本語訳の口調にしました。
賛否ありますが、もンが好きなので


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case74 Tongue battle 〜舌戦〜

感想ありがとうございます!
寒くなってきました。


大広間で組分けの儀式を見るのはこれで5回目になる。

 

この儀式が軍の入隊式もしくは銃貸与式に似ていると思うエスペランサであったが、無論、だれも同意はしてくれない。

 

職員席にハグリッドが居ないことを除けばいつもと何ら変わりないホグワーツだったが、組分け帽子の歌だけは例年と変わっていた。

 

要約すると、寮同士結束して敵から身を守れというものだ。

 

出されたご馳走をここぞとばかり腹に入れたエスペランサは、早くも睡魔に襲われる。

ウトウトと居眠りをしようとする彼をハーマイオニーが何度もツネって起こした。

 

「寝ちゃだめよ!」

 

「すまんすまん。ええと儀式はどこまでいったのかな?」

 

「今、ダンブルドアの挨拶が始まったところよ。まったくもう」

 

エスペランサが職員席に顔を向けるとダンブルドアが話し始めていた。

 

「さて、すばらしいご馳走を、みなが消化しているところで、学年度始めのいつものお知らせに、少し時間をいただこうかの」

 

「一年生に注意しておくが、校庭内の禁じられた森は生徒立ち入り禁止じゃ――上級生の何人かも、そのことはもうわかっておることじゃろう」

 

ハリー、ロン、ハーマイオニーはニヤリとした。

エスペランサをはじめとしたセンチュリオンの隊員達は苦笑する。

禁じられた森はセンチュリオンの演習場でもあった。

森に居るケンタウロス達に演習場として場所を借りるのは簡単ではなかったが、エスペランサの交渉によって成功している。

 

「フィルチさんからの要請で、これが462回目になるそうじゃが、全生徒に伝えてほしいとのことじゃ。授業と授業の間に廊下で魔法を使ってはならん。その他の禁止事項じゃが、すべて長い一覧表になって、いまはフィルチさんの事務所のドアに貼り出してあるので、確かめられるとのことじゃ。確かめたい人が居ればの話じゃがのう」

 

職員席の端でフィルチがミセス・ノリスを抱えつつ、渋い顔をしていた。

彼からの手紙によれば、持病のリュウマチが悪化しているらしい。

 

「今年は先生が二人替わった。グラブリー・プランク先生がお戻りになったのを、心から歓迎申し上げる。魔法生物飼育学の担当じゃ。さらに、ドローレス・アンブリッジ先生。闇の魔術に対する防衛術の新任教授じゃ」

 

エスペランサはグラブリー・プランクと呼ばれた老婆には見覚えがあったが、ドローレス・アンブリッジは初めて見た。

 

そして、この女とは絶対に馬が合わないだろうと確信した。

 

ガマガエルにピンクのフリフリの服を着せたようなアンブリッジの目は、明らかに悪人のソレだった。

しかも、このタイミングで魔法省から送られて来たのだから、何か裏があるのだろう。

 

「ハリー。あの女を知ってるか?」

 

「うん。ファッジの部下だ。法廷で居た。嫌な女だよ」

 

「なるほど。ファッジの刺客か」

 

要注意人物だな、とエスペランサは思う。

アンブリッジとやらにセンチュリオンの存在がバレるのは何としても避けなくてはならない。

 

「さて、今年度のクィデッチじゃが……」

 

「ェヘン、ェヘン」

 

ダンブルドアの言葉を遮るようにしてアンブリッジが咳払いをした。

 

「……どうぞ、アンブリッジ先生」

 

ダンブルドアは一瞬だけ驚いたような顔をしたが、アンブリッジに発言の場を譲る。

他の教職員や生徒は不快感を露わにした。

校長の発言を妨害する等、前代未聞だったからだ。

 

「さて、ホグワーツに戻ってこられて、本当にうれしいですわ!そして、みなさんの幸せそうなかわいい顔がわたくしを見上げているのは素敵ですわ!」  

 

甘ったるい声でアンブリッジが言う。

エスペランサは軽い吐き気を催したが、他の生徒も同様だったようだ。

 

ハリーもロンも顔が引き攣っている。

 

「みなさんとお知り合いになれるのを、とても楽しみにしております。きっとよいお友達になれますわよ!」

 

アンブリッジがニッコリと(側から見たらニッコリでは無くニンマリとという表現が正しい)生徒に微笑みかけた。

 

耐えられなくなったコーマックが胃の中の物をテーブルに吐き出すのが見えた。

コーマックはそのままテーブルに突っ伏して動けなくなっている。

 

「魔法省は、若い魔法使いや魔女の教育は非常に重要であると、常にそう考えてきました。みなさんが持って生まれた稀なる才能は、慎重に教え導き、養って磨かなければものになりません。魔法界独自の古来からの技を、後代に伝えていかなければ、永久に失われてしまいます。われらが祖先が集大成した魔法の知識の宝庫は、教育という気高い天職を持つものにより、守り、補い、磨かれていかねばなりません」  

 

アンブリッジは先程とは打って変わって機械的に喋り始めた。

 

ほとんどの生徒は目を点にしてポカーンと聞くか、もしくは、ぺちゃくちゃ喋り始める。

だが、エスペランサやハーマイオニー、センチュリオンの隊員達はその言葉に耳を傾けていた。

 

「ホグワーツの歴代校長は、この歴史ある学校を治める重職を務めるにあたり、何らかの新規なものを導入してきました。そうあるべきです。進歩がなければ停滞と衰退あるのみ。しかしながら、進歩のための進歩は奨励されるべきではありません。なぜなら、試練を受け、証明された伝統は、手を加える必要がないからです。そうなると、バランスが大切です。古きものと新しきもの、恒久的なものと変化、伝統と革新……」

 

なるほど、とエスペランサは思う。

これはつまり、魔法省がホグワーツの教育に干渉してくるという事だ。

 

だが、たかがアンブリッジ一人でホグワーツの教育に干渉する事が出来るのだろうか。

 

いや、そもそも、干渉してどうするつもりなのだろう。

 

「ハーマイオニー。魔法省の狙いは何だ?」

 

エスペランサが小声でハーマイオニーに聞いた。

 

「魔法省がホグワーツに干渉するってことよ」

 

「それは分かってる。だが、干渉してどうするんだ?魔法省にとってのメリットが分からんのだ」

 

「それはね。魔法省というよりファッジはダンブルドアが軍団を作る事を恐れているわ。もしかしたら、生徒を使って軍団を作るんじゃないかってね。だから、ホグワーツの教育に干渉して、ダンブルドアの行動を牽制しようとしているんじゃないかしら」

 

「無意味な事を……」

 

ダンブルドアが生徒を使って軍を組織する事などあり得ない。

だが、ホグワーツには既に組織された軍隊が存在している。

 

もしセンチュリオンの存在が露見すれば、アンブリッジもファッジも必ず潰しに来るだろう。

 

「なぜなら、変化には改善の変化もある一方、時満ちれば、判断の誤りと認められるような変化もあるからです。古き慣習のいくつかは維持され、当然そうあるべきですが、陳腐化し、時代遅れとなったものは放棄されるべきです。保持すべきは保持し、正すべきは正し、禁ずべきやり方とわかったものは何であれ切り捨て、いざ、前進しようではありませんか。開放的で効果的で、かつ責任ある新しい時代へ」

 

アンブリッジの長々とした演説が終わり、まばらな拍手が起きる。

 

ダンブルドアは「まさに啓発的じゃった」という感想を残し、遮られた話を続けた。

 

 

「実に啓発的だったわ」

 

ハーマイオニーが言う。

 

「冗談だろ。あの演説はパーシーの話よりつまらなかったぜ?」

 

「啓発的だと、言ったのよ。誰も面白かったとは言ってないわ。アンブリッジの話の裏を読むと、魔法省がホグワーツに干渉してくる事が分かるのよ」

 

「そう言う事だ。ハリー。あのアンブリッジって女に気をつけろ」

 

「え?どうして」

 

「どうしてもこうしても無い。あの女が送られてきた理由は、ハーマイオニーが言う通りホグワーツに干渉する為だろうが、その大元にはファッジの邪魔になる存在を消すって思想がある」

 

「それと僕に何の関係があるの?」

 

「ファッジが消したい存在はダンブルドアとハリーだ。ヴォルデモートが復活した事を公言する存在は今のところこの二人だから、ファッジとしては両者とも消し去りたい筈だ」

 

「そうよハリー。アンブリッジはファッジが送り込んだんだから、気を付けないと!」

 

 

エスペランサは職員席に座るアンブリッジを見た。

 

アンブリッジがセンチュリオンの脅威となるだろうか、と考える。

 

魔法大臣付なのだから魔法力はそこそこあるに違いない。

しかし、ホグワーツにアンブリッジの味方は現状、存在しない。

もし仮にアンブリッジと戦闘を行う事になれば、センチュリオンが圧倒するに違い無い。

 

だから、もし、センチュリオンの存在がアンブリッジにバレたところで恐る必要は無いだろう。

とっ捕まえて忘却の呪文をかければ問題無い。

 

 

それに、アンブリッジはダンブルドアとハリーを監視しに魔法省から来ているのだ。

 

エスペランサやセンチュリオンの隊員達を監視しようとすることは無いだろう。

と、この時のエスペランサは楽観視していた。

 

 

まもなく、その認識が大いに間違っていたと知る事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホグワーツの生徒はすぐに手の平を返す。

 

そのことはここ数年で嫌という程知っていた。

 

生徒の大勢はダンブルドアとハリーを虚言癖で狂った人間だと思い込み、あちこちで悪口を言っていた。

 

冷静に考えれば、ヴォルデモートに殺されかけたハリーがヴォルデモート復活を喜んで発言することなんて無い。

本気で魔法界に警告をしたいからこそ、ダンブルドアもハリーも公言したのだ。

 

だが、魔法省は彼らに嘘つきのレッテルを貼る事に全力を注いでいる。

 

しかも、魔法省はどうやらシリウス・ブラックとハリーが組んでいると考えているらしい。

論理が破綻し過ぎてエスペランサは呆れていた。

 

まともな頭を持っていれば魔法省も日刊預言者新聞も信用出来ないと思える筈なのだが、どうもホグワーツの生徒は頭が足りない様だ。

 

グリフィンドールでもシェーマスやラベンダーがハリーを疑っていた。

 

「ホグワーツは政治経済とか公民関係の授業を取り入れるべきだ」

 

セオドールが言う。

 

着校日の次の日。

朝食の席でセオドールがエスペランサに話しかけてきたのだ。

 

久々に会うセオドールは以前よりも少し暗い顔をしていた。

 

「魔法史が一応、公民も取り扱っているそうだが。ビンズの授業をまともに聞いてる奴なんでハーマイオニーくらいなもんだろ」

 

「お言葉だが、僕もちゃんと聞いている」

 

エスペランサは苦笑しながら、テーブルに置いておいたソフトドリンクのペットボトルを手にとって飲んだ。

 

ホグワーツの朝食では紅茶やカボチャジュースが出てくるのだが、米軍育ちの彼にはどうも合わないのだ。

故に、定期的にマグル界のコーラやドクターペッパー等を輸入している。

 

ちなみにノクターン横丁のボージンを経由してホグワーツにフクロウで配達させていた。

 

「で、セオドール。お前はアンブリッジについてどう思う?」

 

「どう思うも、見たまんまの人物だろう。あれは相当な悪だ。ザビニにアンブリッジの情報を集めてもらってるが、まあ、良い話は聞かないね」

 

「だろうな。ダンブルドアは何故、アンブリッジを採用したんだ?」

 

「ホグワーツの人事決定権をダンブルドアが失ったからだ。魔法省がダンブルドアから幾つかの役職を奪ったのは知っているだろう?」

 

「そうだったな。そう言えばグリフィンドールは今日の午後に闇の魔術に対する防衛術の授業が2コマある。そこで、アンブリッジがどういう人物か嫌でも知る事になりそうだ」

 

グリフィンドールは本日、魔法史と魔法薬学、占い学に闇の魔術に対する防衛術というヘビーな時間割だった。

 

「ご愁傷様。あのアンブリッジのピンクのフリフリ服を見るだけでも拷問だ。昨日なんてコーマックがアンブリッジを見て嘔吐してたじゃないか」

 

「あれはアンブリッジを見て吐いたんじゃなく、ドクシーの卵を食べたからだそうだ」

 

コーマックは昨夜、医務室に運ばれた。

 

エスペランサが聞いたところ、賭けで負けてドクシーの卵をたらふく食べさせられたらしい。

全治1週間。

おかけでクィデッチの選抜試験に参加出来なくなったそうだ。

病床で嘆くコーマックにエスペランサは呆れて物も言えなかった。

 

復帰したらセンチュリオンの隊員の前で腕立ての罰でもやらせるかと本気で考えてもいた。

 

「お、噂をすればアンブリッジが登場だ」

 

職員席にアンブリッジが座り、朝食を食べ始めた。

今日もピンク一色できめてきている。

 

「あれを毎日見る事になるのか。服もリボンも真っピンク。下着もピンク色なんじゃねえのか」

 

「やめてくれ。想像したら食欲が無くなる」

 

「確かめてみるか?アクシオ・アンブリッジの下着、って唱えれば確かめられるぜ?」

 

エスペランサがケラケラ笑う。

 

「おぞましい提案をするな。絶対にやるなよ?」

 

「やるわけ無いだろ。いや、でも待てよ。ちょいと閃いた。アンブリッジの下着を呼び寄せるのはやりたく無いが、呼び寄せ呪文を悪用すれば、女子生徒の……」

 

 

「もし、今思いついた事を実行したら、二度と口を利きませんからね?」

 

 

いつの間にかエスペランサとセオドールの後ろに立っていたフローラがゴミを見る様な目をして冷たく言い放った。

 

彼女の後ろにはグリーングラス姉妹も居たが、二人とも「さいてー」と呟いている。

 

 

「うおっ。居たのか。いつからそこに居たんだ」

 

「つい先程からです。貴方たちが非常に下品な話をしていたので、来てみたんですが」

 

 

エスペランサが魔法を使った新手のセクハラを思いついた事にフローラは腹を立てていた。

 

「あのね。ホグワーツでは魔法を使ってセクハラしようとしても無駄だよ」

 

ダフネが溜息混じりに言う。

 

「そうなのか?」

 

「毎年、何人もの男子が呼び寄せ呪文で女子の私物を盗もうとしたり、目眩しの呪文を使ってシャワー室に忍び込もうとするんだけど、防止呪文が城全体にかけられているからすぐにバレるんだよ」

 

「それは知らなかった。でも、防止呪文なんて簡単に破れるだろ。俺らはマグルの電子機器を狂わせる魔法すら突破してるんだから」

 

「そうですね。ちょっと魔法が上手い生徒なら突破出来るでしょう。でも、そんな事したら絶交しますから」

 

「冗談だ。冗談。俺がそんなことをする人間に見えるか?」

 

エスペランサは必死で弁明しようとしたが、フローラ達は何も言わずに冷ややかな視線を浴びせ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新学期最初の魔法薬学の授業。

 

スネイプは地下牢教室に入って早々、長々と普通魔法使いレベル試験、すなわち、OWL試験について演説した。

 

OWL試験というのはOrdinary Wizarding Levels試験の略であり、ホグワーツ5学年の生徒が一斉に受ける試験だ。

 

この試験の結果で、将来の仕事も決まる様なもので、OWLにおいて一定の成績を修めた生徒だけが6年生からのNEWT試験レベルの授業を受講出来るとされている。

管轄は魔法省の魔法試験局である。

 

科目は最大で12。

 

中には講義がされていない錬金術などの科目もある。

錬金術は受講希望者が居る期別のみ、開講されるそうだ。

 

英国マグル界のGCEという中等教育終了試験に該当するのではないか、というのが英国マグル界出身の生徒の見解である。

 

「言うまでもなく、来年から何人かは我輩の授業を去ることになろう。我輩は、もっとも優秀なる者、すなわち、Oの評価を修めた者にしか NEWTレベルの魔法薬の受講を許さん。つまり、何人かは必ずや別れを告げるということだ」

 

スネイプはねっとりとした目で席に座るハリーを見ていた。

 

余談だが、ネビルはセンチュリオンに入隊してからスネイプを恐れなくなり、結果として魔法薬学の成績は悪くない物になっていた。

 

コーマック等はこれを「ネビルの覚醒」と呼んでいたが、実際、ネビルの能力の飛躍には目を見張る物がある。

 

ネビル曰く、「魔法薬学も狙撃も同じだよ。如何に集中して己の世界に入り込むかどうかなんだ」だそうだ。

 

「今日は、普通魔法使いレベル試験にしばしば出てくる魔法薬の調合をする。安らぎの水薬だ。不安を鎮め、動揺を和らげる。注意事項。成分が強すぎると、飲んだ者は深い眠りに落ち、死に至ることもある。故に、調合には細心の注意を払いたまえ」

 

スネイプが解説した。

 

エスペランサは教科書を広げて、該当するページを開いた。

うんざりする様な手順を踏まなければ調合出来ない薬のようだ。

 

「こりゃまた大変そうだ。鎮静剤を買った方が早いんじゃねえのか?」

 

彼の嘆きを無視したスネイプは黒板に魔法で調合方法と材料一覧を現した。

 

「制限時間は90分。無駄口を叩かずに始めたまえ」

 

生徒達は各々、調合を開始する。

 

魔法薬の調合は面倒臭いが、手順に沿って行えば必ず完成するものだ。

原理を理解する必要は無い。

テキスト通りに手を動かせば良い。

 

魔法薬の原理を理解している生徒はハーマイオニーやセオドール、それにフローラくらいな物である。

 

「エスペランサ。それ何してるんだ?」

 

「ん?ああ。これは蛍光ペンだ。教科書の既に行った手順を蛍光ペンで塗り潰していけば、手順を抜かす事が無くなるだろ?」

 

彼は終わった手順が記載されている行を蛍光ペンでなぞっていた。

軍にいた頃も作業では良くチェックシートを作り、抜けがないかどうか確認していたものだ。

 

「へえ。意外とマメなんだね」

 

エスペランサの隣で調合していたディーン・トーマスが言う。

彼の大鍋の中は何故かドス黒い液体で溢れていた。

 

汗をかきながら30分も調合していると、完成形が見えてくる。

 

「これは意外と良い出来かもしれないな」

 

大鍋から銀色の煙が上ってきていることから、魔法薬の調合は半ば成功しているように思える。

周りを見渡してみると、ハーマイオニーの大鍋からはエスペランサの物よりも光輝く銀色の煙が上っていた。

エスペランサは少し自信を無くした。

 

「手順は間違えてない筈なのに何故、差が出るんですか?」

 

彼は生徒の鍋を見回っていたスネイプに質問する。

 

グリフィンドールの生徒でスネイプに質問をする生徒はエスペランサとハーマイオニーくらいな物だ。

 

「ふむ。ルックウッド。魔法薬というのは繊細かつ緻密な技術なのだ。お前は手順通りに行っているが、材料を雑に扱い過ぎている」

 

スネイプはエスペランサの使っている机を見た。

 

薬草をサバイバルナイフ(鋭利過ぎて逆に使い難い)で滅多切りにした痕跡がある。

また、アナログな天秤を使うのを面倒がり、必要の部屋から調達した電子天秤などの機器が散乱していた。

 

「これは何だ?」

 

「電子天秤です。この装置に置くだけで物の重量が計測出来るんですよ」

 

電子天秤の上には刻まれたイモリの内臓が置かれ、デジタル表記盤にグラム単位の数値が表示されていた。

 

「言っておくが、OWLでマグルの道具の持ち込みは禁止されている」

 

「そんな!便利なのに」

 

スネイプはエスペランサを残し、他の生徒の様子を見に行ったが、電子天秤には興味を持った様である。

魔法が使えない反面、マグルは薬品開発の為の道具を発達させてきた。

 

センチュリオンでもナパーム材の生成やTNT(トリニトロトルエン)の精製に魔法とマグルの機器をフル活用している。

 

 

「ポッター。これは何のつもりだ」

 

「安らぎの水薬です」

 

「教えてくれ。ポッター。字が読めるのか?」

 

スリザリン生の一部が一斉に笑った。

 

「黒板の調合法の3行目を読んだかね?」

 

「月長石の粉を加え、右に三回攪拌し、七分間ぐつぐつ煮る。そのあと、バイアン草のエキスを二滴加える。あっ」

 

「そうだ。ポッター。お前は3行目の手順を抜かしている。よってこの魔法薬は何の役にも立たん」

 

スネイプはハリーの大鍋を魔法で空にしてしまった。

 

「何とか文字が読めた生徒は、完成した薬品を提出せよ。採点をしてやろう」

 

生徒達はいそいそとフラスコに入れた魔法薬を教室の前にある机に提出し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後の授業は闇の魔術に対する防衛術である。

授業で使う教科書はウィルバードなんちゃらという教授の書いた「防衛術の理論」という凄まじくつまらない本であった。

書いている本人も不本意で書いたのでは無いかとエスペランサは思う。

 

「こんにちわ皆さん!」

 

生徒が教室に着席するなり、アンブリッジが不自然な程の笑顔で挨拶した。

 

生徒達はボソボソと挨拶する。

 

「駄目です。駄目です。良いですか?皆さんは、元気良く"こんにちわ、アンブリッジ先生"と言うのですよ」

 

「「 こんにちわ!アンブリッジ先生! 」」

 

「よろしいですわ」

 

生徒達は不満そうだが、エスペランサは少しアンブリッジに共感した。

挨拶は組織を良くする第一歩だ。

それは軍隊でも変わらない。

 

「では、杖をしまって、羽ペンと教科書を出して下さいね」

 

そう言いつつ、アンブリッジは黒板に魔法で文字を写した。

 

1.防衛術の基礎となる原理を理解すること 2.防衛術が合法的に行使される状況認識を学習すること

3.防衛術の行使を、実践的な枠組みに当てはめること

 

「これをノートに写して下さい」

 

「なるほど。授業開始時に授業の目的と目標を共有する訳か」

 

これはエスペランサが訓練毎に行う手法と同じだ。

目的を知らずに行う訓練程無意味な事はない。

 

内容も分かり易く、悪くは無い。

彼は素直に感心した。

 

「あら。理解が早くて助かるわ」

 

エスペランサの独り言にアンブリッジは気を良くしたみたいである。

 

「では、教科書の5ページを開いてください。『第一章、初心者の基礎』。おしゃべりはしないこと」

 

生徒達は教科書を読み始める。

 

教科書の内容は前述の通り、非常につまらない。

一通り目を通したエスペランサは、教科書を開かずに手を上げるハーマイオニーに気付いた。

 

「何かこの章について質問があるの?」

 

アンブリッジが散々躊躇った後でハーマイオニーに聞いた。

 

「いえ、違います」

 

「今は教科書を読む時間よ?」

 

「ですが、先生。授業の目的に防衛呪文を使う事が書いてありません」

 

その言葉にハリー達が一斉に黒板を見つめた。

 

「あなたのお名前は?」

 

「ハーマイオニー・グレンジャーです」

 

「では、グレンジャー。このクラスで、あなたが防衛呪文を使う必要があるような状況が起こると思いますか?まさか、授業中に襲われるなんて思ってはいないでしょう?」

 

「ですが、先生。闇の魔術に対する防衛術の授業では、防衛呪文を訓練することが重要では無いのですか?」

 

ハーマイオニーは食い下がる。

 

ロックハートの授業を全面肯定していた彼女がそれを言うのか、とエスペランサは突っ込もうとしたが止めた。

 

「グレンジャー。あなたは教育の専門家ですか?この授業の指導要領はあなたより賢く偉い人達が決めた物です。あなた方が防衛呪文について学ぶのは、安全で危険のない方法です」

 

「そんなの何の役に立つ。僕たちが襲われたら防衛呪文を使わなければならないんだ」

 

ハリーが突然発言した。

 

「挙手しなさい。ポッター!」

 

ハリーは握り拳を上げて挙手した。

しかし、ハリー以外にも挙手した生徒が大勢いる。

 

「あなたは?」

 

「ディーン・トーマスです。ハリーの言う通り、襲われた時に必要なのは防衛呪文ですよね?」

 

「襲われる危険なんてどこにあるんです?」

 

「いや、あるだろ」

 

エスペランサはつい言葉を出してしまった。

言葉を出した後で取ってつけたように手を挙げた。

ハリー同様に握り拳を上げたが、軍隊では挙手をする際に握り拳で統制されていた為だ。

 

「えーと、あなたは?」

 

「エスペランサ・ルックウッドです」

 

アンブリッジの目が警戒心を帯び、細くなる。

 

「あなたがルックウッド……」

 

「自分の事をご存知で?」

 

「いえ、何でもありません。続けて」

 

「はい。あー、少なくともここ数年、ホグワーツの生徒は何回か危険に晒されて襲われていますよね。バジリスクにトロール、吸魂鬼。襲われる確率がゼロという事は決して無いと思いますが?」

 

「確かに、そんなこともありました。ですが、それはホグワーツの教員が安全対策を怠った怠慢の結果です。魔法省がホグワーツを管轄すればそんなことは決してありません」

 

「吸魂鬼は魔法省が送り込んだのに無責任な発言ですね。それに、魔法省ならバジリスクを倒せたと本気で思っているんですか?バジリスクは対戦車榴弾とプラスチック爆弾を大量に使ってやっと倒せた生物ですよ?」

 

秘密の部屋での死闘が思い出される。

 

バーレット重狙撃銃の弾丸でも倒れないバジリスクはまさに脅威であった。

 

「はっきり言いますが、これまでのホグワーツの教師は無責任な人達ばかりでした。中には半獣もいました」

 

「ルーピン先生の事を言っているのなら、これまでで一番良い先生だった!」

 

「発言するなら挙手しなさい。ミスター・トーマス。あなた達は年齢にふさわしくない複雑で不適切な呪文、しかも命取りになりかねない呪文を教えられてきました。恐怖に駆られ、一日おきに闇の襲撃を受けるのではないかと信じ込むようになったと我々は考えます」

 

「そんな事はありません!」

 

「だから、挙手しなさい。グレンジャー」

 

「私の前任者は違法な呪文を皆さんの前でやって見せたばかりか、実際みなさんに呪文をかけたと聞きました」

 

「でも、あれはムーディの偽物で狂っていたって話だ。それでも、色んな事を教えてくれた」

 

ディーンが熱くなる。

 

「ついでに言えば、魔法省が勝手に吸魂鬼に接吻させたよな」

 

エスペランサも発言したが、アンブリッジに無視された。

 

「結局、学校は試験をパスする為に教育をするところです。理論を理解していればOWLは突破出来ます。実践は必要ありません。ええと、あなたは?」

 

「パーバディー・パチルです。OWLでは実技も出るんじゃないですか?それなら、実践もしないといけないと思います」

 

「理論を理解すれば試験も突破可能です!」

 

「で、その理論が現実世界で何の役に立つんですか?」

 

ハリーが蒸し返した。

 

「ポッター。ここは学校です。それに外の世界でもあなたのような子供を襲う物なんてあると思いますか?」

 

「えーと、例えば、ヴォルデモートとか?」

 

ハリーのヴォルデモート発言に何人かの生徒がひっくり返った。

 

表情を変えなかったのはエスペランサとネビル、それに、驚くべき事にアンブリッジだ。

 

「グリフィンドール10点減点です。そうですね。いくつかはっきりさせましょう。ここの校長は例の闇の魔法使いが復活したと言っていますが、これは嘘です」

 

「違う!戻ってきたんだ!僕は見た。あいつと戦ったんだ」

 

「ポッター。罰則です。これ以上嘘を吐かないように気をつけなさい」

 

ハリーは尚も何かを言いかけたが、エスペランサがそれを阻止して発言した。

 

「確かに、ヴォルデモートが復活したという証拠は無い。ハリーの証言だけでは信憑性も薄い。クラウチJr.があんたらに処刑されなければ、違ったかもしれませんが」

 

「何が言いたいんですか?ルックウッド」

 

アンブリッジはルックウッドを警戒した。

癇癪を起こしたハリーよりも、冷静な顔をしたエスペランサの方が危険性は高いと判断した為だ。

 

「ハリーの証言が本当なのかを確かめる術はありませんが、嘘だと断定出来る証拠もありません。魔法省は何を根拠にダンブルドアとハリーの発言を嘘だと断定しているのでしょうか?」

 

「………」

 

アンブリッジは言葉を出さなかった。

エスペランサの言う通り、魔法省は一方的にダンブルドアとハリーを嘘吐き呼ばわりしているだけで、そこに根拠は無い。

 

「ポッターは今までも虚言を繰り返して来ました。昨年の新聞を読めば分かると思いますが……」

 

「それは根拠にならない。まあ、ハリーの証言が正しいとする根拠もありませんから、これ以上は水掛け論になってしまいます。だから議論の余地は無い。しかし、セドリック・ディゴリーは何故、死亡したか。これに関して魔法省が第三者委員会も設置せず、ろくに調査もしていないのに、ハリーを虚言癖扱いとは片腹痛い限りです。まるで、セドリックの死を調査したら不都合でもあるみたいですね」

 

セドリックの死は新聞にすら載らなかった。

魔法省は死体解剖もせず、調査をしていない。

 

「ディゴリーの死は……悲しい事故でした。あなたは知らないでしょうが、魔法省はちゃんと調査しました。彼が第3の課題の中で不慮の事故に遭っていたのは分かりきった事です」

 

セドリックの死を冒涜する魔法省とアンブリッジにエスペランサは激しい怒りを感じた。

 

「セドリックは多少の外傷はあったものの、死に至る外傷は無かった。明らかに死の呪いを受けて戦死した。それならばセドリックを殺した人物が存在する筈だ!」

 

「それも魔法省は調査しています。シリウス・ブラックです。彼がディゴリーを殺しました。ブラックはポッターの命も狙っているのですから、辻褄は合います。恐らく、ブラックはポッターの記憶を操作したのでしょう。そして、嘘の記憶を塗り固められたポッターの言う事をダンブルドアは愚かにも信じた。そういう事です」

 

「なるほど。納得は出来ませんが、一応、筋は通っている」

 

エスペランサはそれ以上発言をしなかった。

言い争うだけ無駄な事が分かった為だ。

 

エスペランサが黙った代わりにハリーが今度は癇癪を起こしたが、アンブリッジに授業を抜けてマグゴナガルの所へ行くように指示され、そこで終わりとなる。

 

アンブリッジは授業を続けた(とは言え、教科書を読むだけだが)が、その間、ずっとエスペランサを観察していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

センチュリオンの訓練はほぼ毎日、放課後に行われる。

内容は射撃訓練や体力錬成、武器の扱い方に市街地戦闘訓練などに加えて、訓育や戦史講和も行われていた。

 

現隊員達は将来的に指揮官となる予定なので、訓練毎に指揮官を交代したりもしている。

 

クィデッチの練習や罰則がある隊員はあらかじめその旨を分隊長と当直の隊員に報告することになっていた。

当直は日毎に代わり、その任務は人員掌握や伝達、武器の管理等で、必要の部屋に泊まり込みとなっている。

 

必要の部屋の入り口にある人員掌握ボードを見て、本日の欠員を確認したエスペランサは隊員を集めた。

雑談したり、自主的にトレーニングをしていた隊員たちが、集まってくる。

 

「事故の内訳はクィデッチの練習が2と病欠が1です。レイブンクローが1900までクィデッチの練習をしています。病欠はコーマックです」

 

フローラが報告した。

鉄帽を被りつつエスペランサは頷く。

 

「レイブンクローのチームか。チョウの調子はどうだ?」

 

「良くありません。当分、訓練は出来ないかもしれませんね」

 

「そうか。女性隊員を中心にメンタルヘルスをさせてくれ」

 

エスペランサは武器庫横に集まった隊員達に本日の訓練内容を下達し始める。

 

「本日は各自、受け持ちの装備の点検を行う。休暇中は整備が出来なかったからな。錆を落としたら武器係の隊員に点検を受けろ。作動確認も兼ねて、整備後は射撃訓練だ。第2分隊の射撃員は弾薬庫から5.56ミリ弾の段箱を受領せよ。受領後には簿冊に記入を忘れるな。前の期の期末点検の際に何件か記載漏れが確認されてるからな。週末には休暇で鈍っている身体を元に戻す為に障害走と戦闘訓練を予定している。セオドールは訓練内容を起案しておいてくれ」

 

隊員達は返事をし、武器庫に向かう。

 

武器庫前では当直に当たっていたアーニーと武器係であるフナサカが武器庫の鍵(3重になっている上に電子ロックも採用されていた)を解放している。

 

隊員達はそれぞれの小銃や装備と、整備用のブラシや油、銃口通し等を取り出して、安全確認をした後にブリーフィングルームで整備を開始した。

 

「ザビニ。ちょっと来てくれ」

 

「なんだい?」

 

エスペランサは整備をしようとしていたザビニを呼んだ。

 

「今年はセンチュリオンを本格的な軍事組織にする為に動きたい。その為に今から1ヶ月、お前には働いてもらう事になる」

 

「ああ。その事か。勿論良いとも」

 

ザビニはエスペランサに情報戦の備えをするべきだと進言していた。

 

まず、センチュリオンで作成した文書に分類番号や緩急指定を割り当て、外部への流出を防ぐ。

また、敵の情報や魔法界の情勢を知る為にもあらゆる情報を集め、データベースを作成する。

隊員には情報保全を徹底させる。

 

これらをエスペランサはザビニに一任する事にした。

 

「ホグワーツで情報収集するのは難しい。例のリータを使っても集められる情報は限られている。ヴォルデモートが復活した以上、敵の情報を集めるのは必要不可欠だ」

 

「そうとも。あ、そうだ。これを見て欲しい」

 

ザビニはポケットから羊皮紙を取り出した。

 

「これは?」

 

「ホグワーツの地図だ。だが、ただの地図じゃない。どこに誰が居るかが表示されるようになっている」

 

羊皮紙にはホグワーツの地図が描かれ、生徒や職員がリアルタイムで何処にいるかが示されていた。

 

エスペランサはハリーが持っている忍びの地図を思い出した。

 

だが、忍びの地図よりもホグワーツの地図は正確では無い。

幾つかの秘密の抜け道が記載されていないからだ。

 

生徒や職員の動きにもラグがある。

 

忍びの地図が如何に高性能な物なのかをエスペランサは実感した。

 

その代わりに、ザビニ作の地図にはセンチュリオンが戦闘を行う際の持ち場や弾薬の保管場所が記されている。

 

「ホムンクルスの魔法を使ったんだ。まだプロトタイプだから性能はあまり良く無い。今年一年かけてアップデートしていくつもりでね」

 

「素晴らしい。短期間で良くやってくれた」

 

「他にも幾つかのアイデアがある。楽しみにしててくれ」

 

 

ザビニは親指を立てると、再び武器整備に戻って行った。

 

ザビニと入れ替わるように、必要の部屋に入って来た人物が居た。

 

管理人のフィルチだ。

 

 

「フィルチさん。久しぶりですね。休暇はどうでしたか?」

 

「どうもこうも無い。ピーブズを相手にしていたら休暇が終わっていた」

 

 

足を引きずりながらフィルチはエスペランサの元まで歩いて来る。

 

「立ち話も何です。椅子をお持ちしましょう」

 

「いーや、結構。すぐに2階の廊下に戻らにゃいけないからな」

 

「2階の廊下?」

 

「双子のウィーズリーが廊下に花火をぶち撒けやがった。それに、ピーブズも暴れ回っている」

 

「花火ならまだ可愛い方ですね。爆薬の類じゃないだけまだマシってもんです」

 

「マシなものか。今年こそあいつらを鞭打ちの刑にしたいところだ。アンブリッジ教授に掛け合えば鞭打ちの許可が降りるかもしれん」

 

「アンブリッジねぇ」

 

魔法省の高官が鞭打ちを許可する訳がないと思ったエスペランサだったが、アンブリッジならやりかねない。

 

「お前さんはアンブリッジが嫌いだろう」

 

フィルチが言う。

 

「当たり前だ。俺に限らず好きな奴なんて居ないでしょう」

 

「わしは好感を持っておるぞ。昨日、アンブリッジ教授はピーブズ追放の為に魔法省を動かしてくれると言ってくれたしな」

 

「へえ。でも、それも徒労に終わりそうですな。数世紀前にピーブズ追放を実現しようとした魔法省が結局、ピーブズに負けて、逆に権限を与えてしまった事は有名だ」

 

フィルチはフンと鼻を鳴らす。

彼もピーブズを追放する事やウィーズリーを止めることが不可能であるのは承知しているのだろう。

 

「そんな事より、フィルチさんが必要の部屋にわざわざ来るなんて珍しいじゃないですか。何か用件でも?」

 

「用件というか、警告をしに来た」

 

「警告?」

 

「そうだ。警告だ。アンブリッジ教授に関する警告だ」

 

「アンブリッジ?」

 

「どうもアンブリッジ教授はお前の事を探っているらしい。昨日もピーブズ追放に協力する代わりにルックウッドの情報を全て教えろ、と言ってきたんだ」

 

「アンブリッジが俺の情報を欲しがっているんですか?」

 

「その通りだ」

 

「で、フィルチさんは俺の情報を快く渡した、と?」

 

「そんなことはせん。わしはアンブリッジ教授に好感を持っているが、お前達を売り飛ばす様な事はしないさ」

 

「フィルチさん……」

 

 

もし、エスペランサに出会わなければ、フィルチは間違い無くアンブリッジに協力し、魔法省のホグワーツ支配に加担していただろう。

だが、フィルチはアンブリッジをはじめとした魔法省の一部の者たちが魔法界にとって悪だという事をしっかりと理解していた。

彼の人生はエスペランサによって大きく変わったのである。

 

エスペランサ、そしてセンチュリオンが次々と奇跡のような戦績を残すのを間近で見てきたのだ。

そして、センチュリオンはフィルチを頼りにして慕っている。

魔法を使えないスクイブであることに長年、負い目を感じていたが、世界を救おうとするセンチュリオンの為に自分にも出来ることがあるのだと彼は思い知った。

 

それが誇らしくて仕方無い。

 

「アンブリッジ教授はお前の動きを逐一報告しろ、とわしに言ってきた。どうやらポッター以上にお前の事を警戒しているようだ」

 

「それは意外だな。俺も人気者になったものだ」

 

「笑い事ではないぞ。兎に角、校内で銃をぶっ放すのは当分控えろ」

 

フィルチの顔は真剣そのものだった。

 

「だが、フィルチさん。夜間に校内で市街地近接戦闘の訓練をしないといけないし、禁じられた森での演習も控えているんだ」

 

「禁じられた森はまあ良いが、校内はやめておけ。アンブリッジ教授は校内も隅々まで監視しようとしている。わしがお前達を庇うのにも限界があるぞ」

 

そう言い残してフィルチは必要の部屋を去っていった。

 

エスペランサはアンブリッジの監視をそれ程、脅威とは感じていない。

人避けの魔法やマフリアートをフルに使用して行っている校内訓練は今まで一度も教職員にバレてはいなかったからだ。

 

 

「エスペランサ。総員、整備作業終了。これから実弾射撃を行う。君も参加するだろう?」

 

手を油まみれにさせたネビルがM24を抱えて近付いてきた。

 

「ああ。俺も参加する。最近は魔法に頼ってばかりだったから腕が鈍って仕方無い」

 

実際、エスペランサの射撃能力は全盛期よりも衰えている。

それは本人も自覚していた。

 

自動追尾の魔法に頼り過ぎていた為だ。

 

武器庫からM733ではなく、かつてセドリックが使っていたG3A3を取り出し、彼は射場に向かう。

 

このG3A3は死亡したセドリックが最後まで握りしめていた銃だ。

エスペランサはこの銃でセドリックを殺したアエーシェマの息の根を止める事を心に決めていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




原作読み直してるとハリー5巻で何回癇癪起こしてるんだよってなります。


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case75 High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicle 〜ハンヴィー〜

感想ありがとうございます!
遅くなりました!


ハリーがアンブリッジと言い争ったという噂は瞬く間に学校中に知れ渡った。

エスペランサもそれに加わったというおまけ付きだった。

 

生徒達は敢えてハリーに聞こえる場所で「ポッターが例のあの人と決闘したって言っているらしい」等のヒソヒソ話を繰り返している。

ハリーがそれを聞いて癇癪を起こし、もう一度、第3の課題で何があったのかを公言させるためだ。

 

他寮の生徒とそれなりに良い関係を築いていたエスペランサは連日のように質問攻めに遭っていた。

 

禁じられた森での演習を控えた週末の昼休みも、ザカリアス・スミスというハッフルパフの生徒からしつこく質問をされた。

 

「で、結局、あの夜何があったんだ?君は全部知ってるんだろ?」

 

「全部は知らない。あの夜何があったのか全部知ってるのはハリーだけだ」

 

「ポッターの言うことは信じられないし、何も話そうとしない。新聞を読む限り、ダンブルドアもポッターも嘘をついているそうだし」

 

一々、癪に触る言い方をしてくるブロンド髪の生徒にうんざりしつつ、エスペランサは懐から煙草を一本取り出した。

場所は校庭の湖の畔であるから、喫煙しても教師に咎められる事はない。

 

「ハリーは本当の事を言っている。少なくとも俺はあいつの言うことを信じてる」

 

「例のあの人が復活したなんて出鱈目を信じるのか?」

 

「勿論。そうすれば、ワールドカップでの出来事も、セドリックの死も、クラウチJr.がムーディに化けていた事も全て辻褄が合うからな」

 

なかなか火がつかないライターにイライラしていたエスペランサだが、自分が魔法使いだと思い出す。

杖先から火を出して、煙草に火を付けた。

 

マグル界から持ち込んだ煙草も底を尽いてきた。

ボージン経由で輸入したいところだが、ボージンは手数料と言ってぼったくってくるので抵抗がある。

 

「セドリックの死は事故だってアンブリッジは言っていたが?」

 

「それこそ出鱈目だ。セドリックは課題で導入された魔法生物に殺されるようなヤワな男じゃない。手練れの死喰い人でもセドリックを殺すなんて一筋縄じゃいかない」

 

煙を吐きながら彼はセドリックの死を思い出し、少し俯いた。

 

「そうかな?僕はハッフルパフでセドリックを見てきたけど、彼にそんな秀でた能力があったとは思えない。皆、過大評価し過ぎさ。きっと、巨大蜘蛛やスフィンクスに殺られてしまったに違いない」

 

エスペランサはザカリアス・スミスを殴り飛ばしたい衝動に駆られたが、思い留まった。

 

「言いたい事はそれだけか?悪いが貴重な休み時間をこれ以上浪費したくない」

 

彼は吸殻を消失呪文で消した。

そして、尚も何か言いたそうにするスミスを置き去りにして城に戻った。

 

「ったく。どいつもこいつも」

 

スミス以外にもセドリックの死に関する事を聞いてくる生徒は多い。

一々、相手をしていてはストレスが溜まる一方だ。

ハリーが癇癪を起こすのも分かる。

 

「おい。ルックウッド」

 

「今度は何だ?」

 

階段を登る途中で呼び止められたエスペランサは不機嫌そうに振り向く。

 

呼び止めたのはマルフォイだった。

 

驚くべき事に腰巾着のクラッブとゴイルを連れていない。

 

「口の利き方に気を付けろ。僕は君から減点することも出来る」

 

「俺が減点を恐れると思うか?」

 

「思わない。嘆かわしい事に。少し聞きたい事がある」

 

マルフォイにしては妙に真面目な顔をしていた。

 

「何だ?ハリーの事か?それともセドリックか?」

 

「違う。ここでは目立ち過ぎる。着いてこい」

 

「はあ?人に物を頼む態度じゃねえぞ」

 

不機嫌なエスペランサはマルフォイを無視する事も考えたのだが、彼の異様な雰囲気に興味を持ち、渋々、着いていった。

 

2階の廊下の隅に誰も居ない場所を見つけたマルフォイはそこで立ち止まる。

 

「で?何が聞きたい?」

 

「これを見ろ」

 

マルフォイは手に持っていた預言者新聞を投げて渡してきた。

 

「預言者新聞?こんな便所の落書きをまだ読んでるとはな」

 

「その新聞の3面を読め」

 

エスペランサは新聞を広げた。

その3面には"魔法使い15人が行方不明"と書いてある。

 

15名の魔法使いは全員、アウトローな人間だった。

 

「15人が行方不明、か」

 

「父上が言うには行方不明になった魔法使いは全員、闇の帝王の賛同者だった者達だ。まあ、どいつもこいつも下品で無能な連中だったらしいが」

 

「ヴォルデモートの賛同者なんて皆、下品で間抜けな連中だろうが。元々、アウトローな連中だったんだろ?そんな奴らが行方不明になるなんて不思議でも何でも無い」

 

エスペランサは鼻で笑ったが、マルフォイは真面目な顔を崩さなかった。

 

「最初は僕も父上もそう思った。だけど、連中の仲間の一人が夏休みに僕の屋敷に現れたんだ。それも、どこからか逃げて来たみたいに」

 

「逃げて来た?」

 

「そうだ。彼が言うには、連中はマグルの襲撃を企てていたらしい」

 

「クソみたいな企てだな。いや、待て。らしいって事は未遂だったんだな?」

 

「そう。彼等の企ては未遂で終わった。マグルの家を襲おうとした瞬間に、仲間が片っ端から血を吹き出して倒れたらしい」

 

「血を噴き出して?つまり殺されたってことか」

 

魔法使いや魔女が人を殺すならアバダ・ケダブラを使うのが普通だ。

 

無論、死の呪いはある程度の魔法力がなければ使えない。

他にも殺傷力のある魔法はある。

 

だが、片っ端から血飛沫を上げて死んでいく魔法使いの光景を思い浮かべたエスペランサは別の可能性を考えた。

 

 

 

狙撃された?

 

 

 

「僕はお前が使うマグルの武器を知っている。もしかしたら……」

 

「殺された魔法使い達は銃撃されたかもしれない、と考えた訳だな」

 

「そういう事だ。僕としては、お前が犯人なんじゃないかとも考えたんだが。その反応だとどうも違うらしいな」

 

「ああ。俺じゃない。しかし、魔法使いを銃撃して殺すマグルなんて俺の知る限り存在しない……」

 

ふと、エスペランサは英国の軍隊が魔法界を攻撃する計画を立てていることを思い出した。

もしかしたら、彼等が行動し始めたのかもしれない。

 

英国軍が魔法界を攻撃するトリガーは英国魔法界がヴォルデモートの暴走を阻止出来なくなる事だ。

現状、英国軍が魔法界を攻撃する可能性は非常に高い。

 

 

「本当にこの件にルックウッドは関与していないんだな?」

 

「ああ。関与していない。まあ、でも、死喰い人の連中が俺の前に現れたら問答無用で殺害はするだろうがな」

 

エスペランサの言葉にマルフォイが一瞬、顔色を変えた。

彼の親であるルシウスはヴォルデモート復活の際にその場に居た正真正銘の死喰い人だ。

つまり、ルシウスがエスペランサの前に現れればエスペランサは容赦なく彼を殺害しようとすると宣言したようなものなのである。

 

「一つ忠告をしておく。ルックウッドは闇の帝王の勢力を甘く見ている。その内、痛い目に遭うぞ?」

 

「ご親切にどうも。だが、連中もマグルの戦力を舐めているからお互い様さ」

 

 

マルフォイはそれ以上何も言わずに去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マルフォイと会話した次の日。

 

エスペランサはクィデッチ競技場に来ていた。

 

ロンがグリフィンドールチームのキーパーになってからはじめての練習をするという話を聞いたので見学に来たのである。

 

ハーマイオニーと競技場のスタンドに来てみると何故かスリザリンの生徒が大勢居た。

 

「スパイにしては大世帯だな。何しに来たんだ?」

 

スタンドに座るスリザリン生の中にダフネの姿を見つけたエスペランサが訊ねる。

 

「ええとね。ドラコから"今日のグリフィンドールの練習で面白い光景が見れるぞ"って言われたから来てみたんだけど」

 

ダフネが答えた。

 

「面白い光景だぁ?」

 

「うん。でも、嫌な予感しかしないよね」

 

エスペランサはスリザリンの面子を見た。

マルフォイ、クラッブ、ゴイル。

それにパンジー・パーキンソンをはじめとしたガチガチのスリザリン生達だ。

 

「フローラは一緒じゃないのか?」

 

「うん。あの子はクィデッチに興味無いから。それに、フローラは朝に弱くてね。今頃まだ寝てるんじゃないかなぁ」

 

スタンドの一番上に備え付けられた時計は朝の7時を指している。

 

「こんな時間まで寝てるのかよ」

 

「こんな時間って言っても、まだ7時だし。でもでも、フローラは多分、9時までは起きて来ないかも。休みの日の朝はいつも遅起きだから」

 

「起こしたりしないのか?」

 

「起こさないよ。だって、とっても気持ち良さそうに寝てるんだもん。それに、寝てるフローラって可愛いんだよ。一度見せてあげたいなぁ」

 

「じゃあ今度、写真でも撮ってきてくれ。10クヌートくらいで買ってやる」

 

「安い安い。1ガリオンで売ってあげるよ。それくらいの価値あるから」

 

そう言ってダフネは懐から1枚の写真を取り出した。

 

写真には布団に包まっているフローラが写っている。

魔法界の写真なので勿論、静止画では無く動画だ。

 

寝息を立てながら芋虫のように丸くなって寝ているフローラの写真にエスペランサは釘付けになった。

 

 

「どう?1ガリオンだよ?」

 

「買った」

 

「毎度あり!」

 

即座にガリオン金貨を取り出したエスペランサを見てハーマイオニーが目を丸くしている。

 

「エスペランサ!それ、プライバシーの侵害よ!」

 

「良いじゃないか別に寝顔くらい。あ、ダフネ。俺がこれ買った事、本人には絶対言うなよ?」

 

「もちろん!いやー最近金欠でね。小遣い稼ぎしないとさ」

 

「なんで金欠なんだ?」

 

「え?えーと。実は、コーマックと賭けをしまして」

 

ダフネは目を逸らしながらボソボソと言った。

 

「賭け?コーマックと?お前、まさかとは思うが」

 

「そのまさかだよ。ドクシーの卵をコーマックが食べ切って1時間倒れなかったら10ガリオンって賭けをしたんだ。コーマックの奴、2時間も耐えちゃって。はは」

 

コーマックがドクシーの卵を馬鹿食いして倒れたのはダフネのせいだった訳である。

エスペランサはブチ切れそうになるのを抑えようとしたが無理だった。

 

彼は無言で杖を取り出した。

 

「ごめん!ごめんってば!謝ってるじゃん!ねえ!」

 

「ごめんで済んだら軍隊は要らねえんだ!」

 

杖から次々に呪いが飛び出す。

 

クラゲ足呪いやコウモリ鼻糞呪いだ。

 

「本当にやめて!ねえ!あっ、フローラの秘蔵の写真あげるから。許してええ!」

 

抵抗も虚しく、ダフネはエスペランサの放つ呪いを全て受けてしまう。

 

数分後。

顔面中がコウモリの鼻糞だらけで、手足がクラゲのようになったダフネが泣きながらスタンドの隅に倒れていた。

 

「酷い。鬼、悪魔!トロール!」

 

「何とでも言え」

 

エスペランサは醜い姿になったダフネのローブの中を探った。

 

「ぎゃああ!何するの!変態!どこ触ってるの!」

 

「どこも触ってねえ。触るような凹凸も無いだろうが」

 

「セクハラ!セクハラで訴えてやる!アンブリッジに言いつけてやる!」

 

「あ、あったあった。これか」

 

彼女のローブのポケットに入っていた魔法界のカメラをエスペランサは取り出す。

ついでにフローラ秘蔵写真も没収した。

 

「あ、私のカメラ。何するの?ねえ!」

 

「随分とアナログなカメラだな」

 

カシャ

 

フラッシュがたかれる。

 

「あ……」

 

「へっ。ピューリッツァー賞が撮れるかも知れねえ」

 

勝ち誇るエスペランサをダフネは涙目で睨みつけた。

コウモリの鼻糞まみれの顔で睨まれていても怖くもなんとも無かったが。

 

「許さない!ドラコー!こいつから減点して!200点くらい減点してよ!」

 

ダフネが遠くに居るマルフォイに叫んだが、マルフォイはグリフィンドールチームを野次るのに夢中で気づいていない。

 

どうやらロンがお粗末なプレイをしているのを見て喜んでいるらしい。

 

「ウィーズリー家は皆、飛行が得意なものだと思っていたが、ロンは違うみたいだな」

 

ロンはクアッフルを守るどころか明後日の方向に飛んでいったり、箒から落ちそうになっていた。

 

顔が真っ赤になっている。

 

「彼はあがり症なのかな?」

 

クラゲ足になった自分の手をフリフリしながらダフネが聞く。

 

「かもしれん。軍隊にいた時もあの手の奴は何人か居た。人前が苦手なんだろう」

 

「なんか可哀想になってきた。それにしても、ドラコ達は性格悪過ぎだよ」

 

「そう思うなら奴らの嫌がらせを止めれば良いじゃないか」

 

「無駄無駄。私やセオドールが何度言っても止めないもん」

 

「じゃあ俺が止めさせてくるか。流血沙汰になれば流石に連中も嫌がらせを止めるだろ」

 

「駄目!流血どころか死人が出ちゃうから!」

 

ダフネが足をクネクネさせながら必死に止めるのでエスペランサは思い留まる。

 

結局、スリザリンによる嫌がらせは最後まで止まらなかった。

エスペランサは手に入れたフローラの写真を机の一番奥にこっそり保存した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロンの初練習から2日後。

アンブリッジがホグワーツ高等尋問官という役職に就いたという記事が預言者新聞で報じられた翌日。

 

センチュリオンは禁じられた森で久々の大規模な演習を行っていた。

センチュリオンの戦力と練度は格段に向上している。

セドリックが戦死した事を受けて復讐心に燃えた隊員達の士気は高かった。

 

チョウも本調子とは言えないまでも演習に参加出来る程度には復活している。

 

 

「いつまでもメソメソしてられないし。私が居なくなったら遊撃部隊がコーマック一人になっちゃうでしょ?」

 

箒と銃を担いで現れたチョウはエスペランサにそう言ったものだ。

 

今回の演習は禁じられた森の奥地で行われる。

既にホグワーツの敷地内では無い場所なので邪魔をする魔法生物もほとんど生息していない。

 

81ミリ迫撃砲やパンツァーファウストⅢを使用した射撃訓練と、これに加えて新たに導入された対戦車ミサイルの訓練。

そして、ようやく出来上がった車輌を使用した戦闘訓練。

 

2日を通してやる事は多くあった。

 

必要の部屋で作り出した車輌は米軍で1985年から使われているハンヴィーだ。

High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicle(高機動多用途装輪車両)を略してハンヴィー。

4.6メートルもある車体で時速100キロを超える速力を出す事が可能。

湾岸戦争でも大量に投入され、米軍の作戦に大きく貢献してきた車輌である。

 

燃料である軽油を入れた200リッター入りのドラム缶も禁じられた森に運び込まれていた。

 

追加装備として車体上部にはMK.19グレネードランチャーも搭載されている。

対死喰い人、対闇の生物を想定してエスペランサは点ではなく面の制圧力を欲した。

故に擲弾を連射可能なMK.19を装備した訳だ。

 

縮小拡大呪文を駆使して禁じられた森に運ばれたハンヴィーを隊員達は物珍しそうに見ている。

魔法界出身の者はマグルの車に乗ったことすらないからだ。

 

「空を飛べないんじゃ機動力に欠けるな」

 

コーマックが森の中にある空き地に置かれたハンヴィーの車体をコツコツ叩きながら言う。

 

「だが、この車とやらは複数人を一度に運べるじゃないか。これで作戦に幅を持たせることも出来る」

 

「マグルの道具も案外捨てたもんじゃ無いな」

 

アーニーとアンソニーが車内に乗り込んで言う。

彼らはハンドルやアクセル、シフトレバーをおもむろに触り始めた。

 

「とりあえずエンジンを始動させてみるか」

 

エスペランサは運転席に乗り込んだ。

軍隊に所属していたとは言え、彼は運転を担当したことが無い。

車の運転は出来るが、ドライブテクニックは一般市民と変わらなかった。

それでも、センチュリオンの隊員の中で車輌を運転出来るのは彼とマグル出身のフナサカだけだ。

 

イグニッションキーを入れ、クラッチペダルとブレーキペダルを踏む。

サイドブレーキを解除し、一気にキーを回した。

 

クイッ

 

 

クイイイイ

 

 

クイッ

 

 

「あれ?」

 

「どうした?エスペランサ」

 

セオドールが車外から不安そうに声を掛ける。

 

「エンジンがかからん。あれ?」

 

一向にエンジンはかからない。

エスペランサは車輌整備を担当したフナサカを呼んだ。

 

「おい。動かねえぞ。機動実験はしたんだろ?」

 

「したさ。でも、必要の部屋を少し走り回しただけ。バッテリーの蓄電量が足りないのかもしれない」

 

「魔法でどうにかならんのか?」

 

「単なる故障ならレパロで何とかなるけど、バッテリー切れは直せない。他の車があればブースターブルを使ってジャンピング出来るんだけど」

 

「おいおい。動かないんじゃただの鉄屑じゃないか」

 

第二分隊員のアンドリューが呆れたように言う。

他の隊員も肩を落としていた。

 

「仕方ない。これ以上時間を無駄にもしてられん。次の訓練に移行しよう」

 

結局、ハンヴィーの起動試験は中断し、他の新規装備の試射を行うことにした。

 

 

新規装備は3つ。

 

一つは対戦車ミサイルのBGM71TOW。

対戦車ヘリコプターAH-1コブラにも搭載されている対戦車ミサイルである。

第2世代のミサイルで主に使用される半自動指令照準線一致の誘導方式で、ミサイルが飛んでいる間は常にオペレーターが照準器で目標を追い続ける必要がある。

 

発射装置は無反動砲に似ているが、センチュリオンの装備するカールグスタフやパンツァーファウストⅢよりも射程が長い。

 

 

二つ目は先に紹介したMK.19グレネードランチャー。

 

三つ目はM134ミニガンだ。

 

最大で100発/秒の発射速度を誇るミニガンはヘリが地上を制圧する武器である。

その発射速度は圧倒的であり、一瞬にして敵を制圧出来る。

重量が18キロと重いが、魔法で軽量化する事で取り扱いが楽になっている。

稼働にはバッテリーが必要である為、センチュリオンの隊員達は軽油と可搬式発電機を携行してきていた。

 

乾いた地面に置かれたミニガンを操作しながらエスペランサが概要説明を行う。

 

「これはミニガンと呼ばれる武器だ。重量は魔法で軽量化しているが、反動が強い。地面に魔法で本体を固定しなければ使用出来ない」

 

「見たところ強そうには思えないよ?」

 

ダフネが疑わしげな目でミニガンを見る。

 

ミニガンはそこまで大きい武器ではないし、使用する弾丸もキャリバー50より小さい。

おまけにバッテリーに接続しなければ起動しない。

そんな武器を採用する必要があるのかダフネをはじめとした隊員達は疑問に思っていた。

 

「見た目からは想像も付かない程、強力な兵器なんだよ。こいつは」

 

エスペランサはバッテリーにコネクタを接続し、発射ボタンを押した。

 

 

ブウウウウウウウウン

 

 

機械音と共に数千発の弾丸が撃ち出される。

禁じられた森に生える木々があっという間に砕け散り、草木は燃え尽きてしまった。

 

飛び出した空薬莢が無数に転がる。

 

「なんだこの馬鹿みたいな火力は……」

 

木っ端微塵に吹き飛んだ木々を見て隊員達は唖然とした。

 

「凄まじい威力だ。マグルはこれを戦争で人に向けて使ってるんだよな」

 

セオドールが言う。

 

「そうだ。米軍では割とオーソドックスな兵器だな。俺も中東で何度か使っていた」

 

「こんな闇の魔術にも匹敵する恐ろしい兵器を善良な軍人が人間相手に使っているのか。何だか僕はマグルが恐ろしくなってきたよ」

 

「そうだな。マグル界にも悪い連中は大勢居る。そして、そいつらはこの手の兵器を大量に持っているんだ。我々が将来的に戦う相手はそういった連中だ」

 

隊員達の表情は硬い。

 

彼らはヴォルデモート勢力よりも、マグル界の敵の方が圧倒的に脅威であることを再認識したからだ。

 

「恐る事はない。我々は近代兵器と魔法、両方を使うことの出来る部隊なんだ。ヴォルデモートにもマグル界のテロリストにも遅れをとる事はない。この調子で練度を上げていけばな」

 

エスペランサは隊員達に言葉をかける。

 

しかし、彼もまた、マグルの兵器を駆使する敵に対してはある種の恐れを抱いていた。

闇の魔術を凌駕する兵器を持つ敵と戦うとなればミニガンや誘導弾で武装しても太刀打ち出来ない。

 

センチュリオンの隊員達はヴォルデモート勢力を殲滅する事で頭がいっぱいであったが、エスペランサはヴォルデモート勢力を一掃した後、世界各地で暴れるテロ組織との戦闘の事を考えていた。

彼はヴォルデモート率いる闇の勢力の殲滅は過程に過ぎないと常々言っていた。

しかしながら、隊員達はかつて魔法界を支配しかけた闇の勢力とマグル界の脅威であるテロ組織や独裁国家の脅威度の違いを理解出来ていない。

 

 

この認識の齟齬が後に取り返しのつかないものとなるとは誰も予想出来ていなかった。

 




題名にしたもののハンヴィーはまだ稼働出来ません。


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case76 Pact and hesitation 〜盟約と迷いと〜

更新が1ヶ月以上も遅れました!
申し訳ありません!
久々の投稿です!
何卒本年もよろしくお願いします!


4

 

アンブリッジの査察は軍隊における教育支援部隊の査察に比べれば甘っちょろい物だとエスペランサは思った。

 

アンブリッジは生徒や教師に質問するだけだが、軍の教育支援部隊は怒鳴るし手も出るし、追加訓練もやらせてくる。

 

センチュリオンの訓練から帰ってきた彼は暖炉の前で何やら真剣に話しているハリー達を見つけて話しかけた。

 

「よう。何話してるんだ?」

 

「やあ、エスペランサ。どこに行ってたんだい?」

 

「一服つけてきたのさ。あん?ハリー。その手はどうしたんだ?」

 

エスペランサはハリーが右手をマートラップをすり潰して作る薬品が入ったボウルに浸けているのを見た。

 

ハリーの手には"僕は嘘はついてはいけない"と生々しく刻まれ、血が滲んでいた。

 

 

「アンブリッジの罰則さ。僕はこの事をマグゴナガルに報告しろって言ってるんだけど、ハリーは聞かなくて」

 

ロンが答えた。

 

 

「随分と陰湿な罰則だな。軍隊とは大違いだ」

 

「あら。軍隊も罰則は陰湿なんじゃないの?」

 

「馬鹿言え。確かに軍隊ではミスをしたら殴られる。だが、それはミスをする事で仲間の命の危険が出るから、身体で覚えさせるためにやってるんだ。殴った後で分かるまで確実に教えるのが軍隊の指導ってもんだ」

 

軍隊の体罰を陰湿な物だと捉えるのは、所詮、軍隊での経験が無い一般市民たちなのだ。

少なくともエスペランサはそう考える。

 

次にミスしないよう身体で覚えさせる。

自分のミスが如何に危険なのかを覚えるために暴力が伴う指導を行う。

暴力は伴うが、当人が確実に覚えるまで諦めずに教える。

それが軍隊の指導というものだ。

 

国民の命を守り、時に危険を顧みずに職務に専念する軍隊だからこそ、このような指導をしているのだ。

 

それを軍隊の経験が無い一般市民や政治家に否定される事をエスペランサは嫌っていた。

 

塀の中は軍人のテリトリーなのだ。

干渉される筋合いは無い。

 

無論、時代と共に指導は変わっていくし、コードレッドが蔓延るようなことはあってはならない。

軍隊には問題のある軍人と指導が存在しているのもまた事実。

 

ここら辺が非常に難しいところなのだ。

 

 

「指導ってのは人それぞれだ。厳しい人もいれば、暴力を伴う人もいる。優しく教える人もいる。いずれも根底にあるのは部下を成長させるという思いは変わらない。だが、アンブリッジにはそれが無い。奴は指導者として失格だ。それを見抜けない魔法大臣も無能だな。軍隊なら即行で素行がバレて懲戒免職だぜ」

 

「エスペランサの言う通りだわ。アンブリッジは教師失格よ。何も教えてくれないもの。だから、私達が何とかするしか無い」

 

「何とかって何をするんだい?」

 

「そうね。私、考えたんだけど、闇の魔術に対する防衛術を自習するのはどうかしら」

 

「おいおい。これ以上僕らに勉強させようってのかい!勘弁してくれよ。まだ2週目なのにこんなに宿題が溜まってるんだぜ?それにクィデッチの練習もある」

 

ロンが羊皮紙の束を指さした。

 

ハリーもロンも宿題が溜まり過ぎている。

 

ちなみに、エスペランサは手書きを嫌って必要の部屋に置いてあるワープロと印刷機を活用していた。

引用する時は教科書をコピーして羊皮紙に糊で貼り付けたりしているので圧倒的に早く宿題を終わらせる事が出来る。

 

センチュリオンの隊員達が宿題に追われて訓練が出来ないということが無いように工夫しているのだ。

 

「エスペランサは宿題終わってるの?」

 

「もちのロンだ。ほれ」

 

エスペランサはA4のコピー用紙の束を談話室の隅から呼び寄せてロンに見せた。

 

「え?何これ。君が書いたんじゃないよな?」

 

「ワープロとコピー機を使った。手書きよりよっぽど早い」

 

「エスペランサ。あなた、ワープロなんてどこで手に入れたの?というかマグルの電子機器はここでは使えない筈よ?」

 

「電子機器は2年の時に使えるようにした。ワープロの入手経路は極秘。トップシークレット」

 

「うわぁ!僕もそのわーぷろってやつを使えばすぐに宿題終わらせられるかな?」

 

「無理だろうな。キーボードの入力に慣れてないと」

 

「あの、話を戻して良いかしら?」

 

ハーマイオニーが少しイライラして言う。

 

「悪い悪い続けてくれ」

 

「えー、オホン。私が考えるのは勉強会なんかじゃなく、ハリーが最初のアンブリッジの授業で言ったように、外の世界で待ち受けているものに対して準備をするのよ。それは、私たちが確実に自己防衛できるようにするということなの」

 

「でも僕らだけじゃ大した事は出来ないぜ?」

 

「そうね。私達に必要なのは闇の魔術に対する防衛術を学ばせてくれる先生よ」

 

ハーマイオニーの言葉にエスペランサは暫し考え込んだ。

彼女の思惑は理解出来るが、外からの脅威、つまりヴォルデモート勢力から自己を守る術を教えられる人は少ない。

 

教師陣ならダンブルドアやマグゴナガル、フリットウィックにスネイプあたりが該当しそうだが、アンブリッジの監視下で協力を得る事は出来なそうだ。

 

では、同じ生徒ならどうだろう。

 

センチュリオンの隊員は通常の戦闘訓練に加えて、魔法による戦闘能力もある程度は鍛えられている。

全員が最大の盾の呪文を行使する事だって可能だ。

 

「私はね、ハリー。あなたが先生になるべきだと思うわ」

 

ハーマイオニーが言った。

 

「え?僕?」

 

「そりゃ良いや!君なら最適だ!」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ。何で僕なんだい?」

 

「それはね、ハリー。あなたが闇の魔術に対する防衛術で学年1位の成績を取っているからよ」

 

「そんな筈ないよ。少なくともハーマイオニーは僕よりも成績が上の筈だ」

 

「いいえ。そうでもないの。3年生の時、ルーピン先生の試験で間違いなくあなたは私よりも上の成績を取ったわ」

 

 

エスペランサは3年生の時の闇の魔術に対する防衛術の試験を思い出す。

確か魔法生物を倒しながら進む障害物走のようなものだった。

彼は勿論、マグルの武器を駆使して試験を突発した。

 

「でもね、ハリー。私が言いたいのは成績ではなく、あなたが今まで何をしてきたかって事なのよ。あなたは賢者の石を守り、バジリスクを倒し、吸魂鬼を追い払ったわ」

 

「それは違う!バジリスクを倒したのはエスペランサ、クィレルを倒したのもエスペランサだろう?吸魂鬼だってエスペランサが壊滅させたんじゃないか。僕よりもエスペランサの方が先生に向いてる」

 

ハリーはエスペランサを指差して捲し立てた。

 

「そうだな。バジリスクはプラスチック爆弾で吹き飛ばしたし、吸魂鬼はナパーム弾で消し炭にした。だが、ハーマイオニーが教わりたいのはC4の取り扱いでも、爆薬の仕掛け方でも無いんだろ?闇の魔術に対する防衛術を教わりたいんだ。それならハリーが適任かもしれん」

 

とは言いつつ、エスペランサは心の中でそうは思っていなかった。

 

ハリー相手ならマグルの武器を使わなくても勝てる自信が彼にはあったからだ。

 

それに、闇の魔術に対する防衛術の自習ごときで死喰い人やヴォルデモートから身を守る事が出来る筈も無い。

死喰い人になれないゴロツキは学生でも倒せるかもしれないが、死喰い人自体の能力は決して低く無いことをエスペランサは知っている。

 

例えば、セブルス・スネイプ。

 

彼は元死喰い人だ。

エスペランサは銃火器をフルに使用して戦った事があるが、残念ながら完敗している。

 

ハリー達の実力ではヴォルデモートの勢力に太刀打ち出来ない。

 

かと言ってエスペランサはハーマイオニーの企てを止める気も無かったが。

 

「ええそうね。ハリーが適任よ。それにエスペランサが顧問として戦い方を教えてくれたら完璧」

 

「は?俺も巻き込むのか?」

 

「勿論よ。クラウチJr.を倒したのはエスペランサでしょ?死喰い人との戦い方を熟知してる生徒は他に居ないわ」

 

クラウチJr.を倒す事が出来たのはセンチュリオンという組織をフルに活用したからだ。

エスペランサ個人の力では無い。

 

「悪いがお前達に俺の戦い方を教えたところで役に立つとは思えん。俺の戦い方はそもそもマグルの武器を使う前提の物だし、"防衛術"では無く先制攻撃を仕掛ける術がメインだ。それに、何より敵を殺傷する戦い方だぞ?」

 

エスペランサの言葉にハーマイオニーは口を閉じた。

 

エスペランサが専守防衛という考えに否定的なのは今に始まった事ではない。

彼は米軍出身。

攻撃こそ最大の防御であり、強力な軍事力の保有こそが身を守る最大の方法だと考えるのは当たり前だった。

 

エスペランサが教える防衛術というのは、"相手を圧倒出来る火力を常に保有して、場合によっては先制攻撃で叩く"というもの。

ハーマイオニーが考える"防衛術を学ぶ会"とは思想が相反する。

 

「ハーマイオニー。もし本当に死喰い人から身を守る術を教わりたいのなら、教えてやる。だがその時は杖だけじゃなく銃で武装して、敵を殺す覚悟を持ってもらわないといけない。戦場は学校で教わる呪文を使えば勝てるような甘い場所じゃないんだ」

 

「エスペランサの言う通りだ。死喰い人やヴォルデモートと戦うっていうのは、授業なんかとは訳が違う。ごっそり呪文を覚えて、投げつけたところで意味なんて無い。自分と死との間に、防いでくれるものなんか何にもない。自分の頭と気力で何とかするしか無いんだ。殺されるか、拷問されるか、友達が死ぬのを見せつけられるか、そんな中で、まともに考えなきゃいけないんだ。授業でそんなことを教えてくれたことはない。そんな状況にどう立ち向かうかなんて誰も教えちゃくれない。君たちは暢気なもんだよ。君たちはわかっちゃいない。紙一重で僕が殺られてたかもしれないんだ」

 

ハリーが機関銃のように喚き散らした。

エスペランサもハリーの意見に概ね同意している。

 

銃弾の飛び交う戦場でまともな思考は働かない。

だからこそ、日頃から訓練を重ねて、身体だけは無意識に正しく動かせるようにしておくのだ。

 

戦闘訓練というのは戦場で頭が真っ白になっても身体だけは動くようにするというものであり、ハーマイオニーが考えるような勉強会とは訳が違うのだ。

 

「二人が言いたい事は理解出来るわ。だから……だからこそ私達にはあなたが必要なの……私たち、知る必要があるの。ほ、本当はどういうことなのかって……あの人と戦うすことが……ヴォ、ヴォルデモートと戦う事がどういう事かって」

 

ハーマイオニーが初めてヴォルデモートという単語を口にした事に誰もが驚いた。

 

「ハーマイオニー。ヴォルデモートと戦う必要なんて無い。そういう役割は……」

 

「いいえ。だってハリーの両親も、他の人達もいきなりヴォ、ヴォルデモートに襲われたのよ?私達だっていつ襲われるか分からない。それなら、戦う術を身に付けるべきだわ!」

 

「それは、そうかもしれんが」

 

「ねえ。少しで良いから考えておいてね。私達に防衛術を教えるという件について」

 

ハーマイオニーはそれを言って、寝室に戻ってしまう。

 

残されたハリー、エスペランサ、ロンは互いに顔を見合わせた。

 

「僕はハーマイオニーが正しいと思う。僕らは危険から身を守る術を覚えるべきだ」

 

最初に口を開いたのはロンだった。

 

「そうかもしれん。自衛の為の手段を何も知らないまま卒業するのは、このご時世、あまりにも危険だからな……」

 

エスペランサも頷いた。

だからと言って、彼はハーマイオニー達に戦闘技術を学ばせようとは思わなかったが。

 

死喰い人との本格的な戦闘はセンチュリオンが担えば良いのだ。

血生臭い戦闘に、ハーマイオニーのような"敵を殺傷する事を否定しそうな"人間を巻き込んではいけない。

 

では、センチュリオンの隊員達は躊躇いなく敵を殺傷する事が出来るのだろうか。

その疑問に対する解答は戦ってみなければ分からないだろう。

 

エスペランサは形の無い不安を胸に抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

校庭で寝転がりながらエスペランサはハーマイオニーの提案を考えていた。

夏が終わり肌寒い気候となってきたが、彼は相変わらずローブを着ずに、OD色のTシャツに戦闘服という格好で過ごしている。

ホグワーツの制服はマグル界の学校の制服にローブを羽織るというものなのだが、エスペランサはあまりこの格好を好んでいない。

何年経っても軍人時代の格好の方が過ごしやすいのだ。

 

日差しに照らされて光る湖を眺めながらエスペランサは再び考え込む。

 

ハーマイオニーは闇の魔術に対する防衛術を学び、ヴォルデモート勢力から身を守る組織を作ろうとしていた。

 

目的は違うが、戦闘組織を作るという面ではエスペランサのやってきた事と同じ事をしようとしている。

 

だが、所詮は素人の集まりだ。

実戦経験のあるハリーと言えど、エスペランサには遥かに経験で劣る。

 

もし仮にヴォルデモート勢力との戦闘を想定するのであれば、センチュリオン並みの戦力を整えなければ歯が立たないだろう。

 

(いっそのことハーマイオニー達をセンチュリオンに入れれば問題は解決するのだが)

 

エスペランサがハリー達をセンチュリオンに入隊させようとしなかったのは彼らがエスペランサの考えに同意しないだろうと勝手に考えたからだ。

 

目的の為には敵の殺傷も厭わない。

 

センチュリオンの隊員達は恐らく、死喰い人を殺害する事に何の抵抗無いだろう。

だが、ハリー達はきっとそれを良しとはしない筈だ。

 

だから、エスペランサはハリー達を入隊させなかった。

逆に言えばセンチュリオンに勧誘した生徒達は敵を殺傷する事が出来るであろう人材だったわけだ。

 

「考え事ですか?」

 

寝転がっているエスペランサの元にフローラが近付いてきた。

フローラはエスペランサが昼休みや放課後にダラダラしているのを目敏く見つけて話しかけてくる事が多い。

大抵は業務連絡なのだが、ひょっとして発信機でもつけられてるのではないかと、疑った事もある。

 

「ん?ああ。まあな」

 

「私でよろしければ相談に乗りますよ?」

 

エスペランサの寝転がっている横にちょこんと腰を下ろしたフローラを見て、彼は話を切り出した。

 

「うーん。そうだな。フローラはセンチュリオンの初期メンバーを選出する時、何を考えて選出した?」

 

「え?そうですね。特出した能力を持っていたり、あなたの考えに同意しそうな思想を持っていたり、それから、時には冷酷になれるような精神を持っていたり。そういう素質のある生徒を選んでました」

 

「そうだよな。もし仮に、ハリー達3人をセンチュリオンに入れたらどうなると思う?」

 

「あの3人を入れたいのですか?」

 

「仮定の話だよ」

 

「成程。まず、ハリー・ポッターはセンチュリオンにとって悪影響しか与えないと思います。癇癪持ちですし、感情を優先して任務を放棄する事が容易に想像出来ます。ハーマイオニー・グレンジャーは上官に意見をし過ぎて任務を阻害しそうなので、こちらも駄目ですね。ウィーズリーは案外、良い人材かも知れません。彼は意外と監督生業務も真面目にこなしているので」

 

「へえ。ロンは真面目にやってるのか」

 

「スリザリンの監督生に比べたら大真面目ですよ。ドラコ・マルフォイやパンジー・パーキンソンが真面目にやってると思いますか?」

 

「思わない。何であの二人なんだろうな。それこそセオドールが監督生向きだろ」

 

「セオドールは監督生のオファーを断ったんですよ。知りませんでしたか?」

 

「え?そうなのか?」

 

「ええ。キャラじゃないんだそうです」

 

「キャラじゃないって……。というか監督生って断れたんだな」

 

「前代未聞でしょうね。スネイプ先生も慌てたみたいです」

 

確かにセオドールは監督生のPバッジをつけて下級生に指導をするようなキャラでは無い気もする。

 

「フローラはオファー来なかったのか?」

 

「私はスリザリンの中でも避けられている人なので……。監督生になっても人望は得られないでしょう」

 

「そうかな?パーキンソンよりはマシな気もするぞ」

 

「スリザリンの監督生人事は他の寮より難しいんですよ。家柄、血筋、人望、能力。これらのバランスを考えて無難な人材を監督生にしなくてはならないんです。私はカロー家の人間とは言え、養子に過ぎませんし、ついでに言えば、カロー家の人間はスリザリンの中では恐れられる類の人間なので人望もありません」

 

「実に前時代的だな。いや、マグル界も同じような所はある。そう言えば、何年か前にスリザリンの監督生をしていたジェマ・ファーレイって生徒はなかなかの人物だったが、あの手の生徒はもうスリザリンには居ないのか?」

 

「現状では居ませんね。今のスリザリンを統率出来る人なんていませんよ」

 

親が死喰い人、もしくは死喰い人にはなれないものの、ヴォルデモート派の生徒。

善良な生徒。

マグル生まれという少数派派閥。

純血主義だが反ヴォルデモートの平和主義者。

これらが入り乱れるスリザリンはもはや意志の統一など不可能な状態であった。

 

生徒の団結が最も強いとされるスリザリンも、ヴォルデモートの復活と魔法省の介入によって統率がとれなくなってしまったらしい。

 

もっとも、この裏にはセンチュリオンの隊員であるセオドール達がヴォルデモート派が一般生徒を取り込んで勢力を拡大させないように工作したという事実がある。

 

 

「スリザリンですら内部分裂してるのか。ホグワーツはこれからどうなっちまうんだろうな。ま、俺には関係ないか」

 

エスペランサは他人事のように呟く。

 

「他人事なんですね」

 

「まあな。結局のところ、ヴォルデモートを倒せば万事解決だ。ホグワーツがしっちゃかめっちゃになろうと、センチュリオンが存在すれば何の問題も無いんだ」

 

「そう……ですよね」

 

楽観的な彼の発言にフローラは少しだけ顔を曇らせた。

 

「さて、そろそろ次の授業が始まるから城に戻るとするか」

 

「あの!」

 

ホグワーツ城の中へ戻ろうとしたエスペランサをフローラが呼び止めた。

 

「えっと、その。今週末、空いてますか?」

 

「今週末って言うと、ホグズミートに出れる休暇か。まあ、俺は暇だ」

 

ホグズミート遠征に際し、エスペランサはホッグズヘッドで酒でも飲もうと考えていた。

要するに暇な訳である。

 

「あの、よろしければ、その。一緒に行きませんか?」

 

「え?」

 

「ダフネ達は急用が出来たらしいんです。だから、一緒に行く人が居ないので……」

 

「他にも誰か居るんじゃないのか?センチュリオンの女性隊員とか」

 

「駄目……でしょうか?」

 

「うっ」

 

やけにしおらしく、上目遣いで誘ってくるフローラにエスペランサは戸惑いを覚えた。

鼓動が早くなり、つい、彼女から目線を逸らす。

 

「まあ、俺も暇だしな。あ、午後からでも良いか?午前は野暮用があるんだ」

 

「はい!では、午後にお会いしましょう」

 

パッと顔が明るくなったフローラはエスペランサを追い越して足早に城へと戻っていく。

 

ここ数年でフローラの表情は豊かになった。

 

そして、エスペランサはそんな彼女と週末にホグズミードで過ごす事に高揚感を覚えていた。

 

(一体、この感情は何なのだろうか?)

 

彼にとって、フローラ・カローという人間は部下であり、仲間である。

それ以上でも以下でも無い筈だ。

 

だが、彼女に対する感情は仲間や部下や友人に対する物とはかなり違う気がしてならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やっとのことでやってきたホグズミード外出許可が出た週末。

本日はセンチュリオンの訓練も休みなので隊員達も足取り軽やかにホグズミード村に出かけている。

城の出口で手荷物検査を不機嫌そう行なっているフィルチに隊員たちは「土産買ってくるからクソ爆弾買ってきても見逃して下さい」とか声をかけていた。

 

エスペランサはと言えば、ハーマイオニーから「ホッグズヘッドっていう飲み屋に来て!絶対だから!」と一方的に予定を入れられてしまったのでホッグズ・ヘッドに向かった。

ハーマイオニーに呼ばれたのは彼だけではなく、ネビルやチョウといった隊員達も声をかけられているらしい。

 

そして、午後からはフローラと会う予定がある。

何とも忙しい一日だ、とエスペランサは思っていた。

 

ホッグズ・ヘッドの店主とエスペランサは顔馴染みである。

 

学生相手に酒を出す店はホッグズ・ヘッドしか無く、そして、ホグズミードで酒を飲む学生はエスペランサしか居ない。

 

いつもは一人で来るエスペランサだったが、今日はネビル、アーニー、ハンナ、スーザン、チョウ、アンソニーといった面々と共に来ていた。

理由は簡単。

彼らもまた前述の通り、ハーマイオニーに召集をかけられたからである。

 

「ご注文は?」

 

「俺はニコラシカ。ショットで頼みます。あと灰皿一つ」

 

「僕も同じので」

 

「僕はギムレット」

 

「私マティーニで」

 

「サイドカー」

 

「オリジナルのカクテルってないんですか?」

 

「あそこの棚にあるヴィンテージもののワインって売り物ですか?」

 

ぶっきらぼうに言うマスターにエスペランサ達は注文をした。

流石のマスターもこれには驚いたようで、必要以上に長く白い髭を弄りながら目を丸くする。

 

「あー。待ちな。そんなすぐには出せねえ。にしても最近の学生の風紀はどうなってるんだ」

 

ぶつぶつ言いながらもマスターは酒を用意し始める。

 

机も椅子も樽も埃を被ったり破損していたりするが、酒の入ったボトルだけは新品だ。

何故なら、それらのボトルは全てエスペランサが持ち込んだものだったからである。

 

「で、グレンジャーは何を企てているんだ?」

 

アンソニーがカウンターテーブルにくっついていた蜘蛛の巣をつまみあげ、不快そうな顔をして言う。

彼はセンチュリオンで内務を担当する事になっていたので、不衛生で整頓されていない店を快く思っていなそうだ。

 

そもそも魔法界はあまり衛生的でない。

 

ホグワーツ城にしてもあまり清掃されておらず、あちこち埃だらけだ。

ホグワーツの中で一番綺麗な場所はセンチュリオンの基地である。

 

エスペランサが隊員に整理整頓と清掃を厳にするよう呼び掛けているからだ。

 

 

「ハーマイオニーは闇の魔術に対する防衛術の自習クラブを作ろうとしてるらしいよ。ほら、アンブリッジがアレだから」

 

エスペランサの代わりにネビルが答える。

 

「良い試みだと思うけど正直、私たちには必要ないんじゃないの?」

 

「ああ。僕もそう思う。グレンジャーは確かに優秀だが、個人の戦闘力はセンチュリオンの隊員の足元にも及ばないだろう」

 

自信家のアーニーはそう言い切ったが、エスペランサとてそれを否定はしなかった。

ほぼ毎日訓練している隊員と、座学ばかりの一般生徒では戦闘力に差が出来すぎている。

 

「ほらよ!酒だ。学校にバレても知らんからな?」

 

マスターがグラスを雑に置く。

 

「私、あのマスターが誰かに似てるような気がするんだけど」

 

マスターが店の奥に引っ込んだ後で、チョウが囁く。

 

「僕もそう思う。誰だろう。何か見覚えがあるんだけど」

 

「そうだな。うーん。どことなくダンブルドアに似てるような気がする」

 

「あー。それだ!ダンブルドアに似てるんだ。目元とか」

 

隊員たちは合点がいったとばかりに盛り上がった。

 

「似てるかもしれないが、ダンブルドアとあのマスターじゃ月とスッポンだ。それに、噂だけど、あのマスターってヤギに恋愛感情を抱く変態らしいぜ?」

 

ホッグズ・ヘッドのマスターがヤギに興奮する異常性癖の持ち主という噂の話をしようとしたエスペランサであったが、ハーマイオニーとハリーが店に入って来たので、止めた。

 

日頃から下品な話をするエスペランサはハーマイオニーに一度、監督生権限で減点されているのだ。

 

ハリーは店に入ると、エスペランサ達を目敏く見つけた。

それと同時に驚いた様な顔をして、最終的には何故か顔を赤くした。

 

エスペランサはハリーの目線の先にチョウが居ることに気付いて納得した。

ハリーはチョウに好意を寄せている。

しかし、残念なことにチョウがハリーに気があるかと言えば、それは否であった。

彼女の目にはセドリックしか映っていないのだ。

過去もそして今も。

 

大切な人を失った傷はそう簡単に癒えるものではない。

 

その後、他の生徒たちも続々とホッグズヘッドに集まり始めた。

パチル姉妹にルーナ、グリフィンドールのチェイサー集団とクリービー兄弟。

マイケル・コーナーやテリー・ブート、ザカリアス・スミスの後に双子のウィーズリーとリー・ジョーダンがぞろぞろと入って来た。

 

よく見ればチョウの友人であるマリエッタ・エッジコムも居る。

渋々来たような面をしていた。

 

「偶々、一緒に居たから誘わざるを得なかったの」

 

チョウがエスペランサに囁いた。

 

やってきた生徒はエスペランサ達を含めて約30名。

員数ではセンチュリオンに勝る勢力だ。

 

人数分のバタービール(一部カクテル)を苛立ちと驚きの表情を顔に出したマスターが運び終えた後で、ハーマイオニーが演説を始めた。

生徒達はオンボロで埃の被っている椅子に座りつつ傾聴する。

 

「さて……えーと……さて、みなさん、なぜここに集まったかは分かっていると思いますが、えーと……ここにいるハリーの考えでは……」

 

ハリーが思いっきりハーマイオニーを睨みつけた。

 

「ごめんなさい。私の考えでは、いい考えだと思うんだけど、闇の魔術に対する防衛術を学びたい人が……つまり、アンブリッジが教えてるような座学ではなく、実践を含む勉強をしたい人は大勢居ると思います。あの授業は誰が見ても闇の魔術に対する防衛術とは言えません」

 

ちびちび酒を飲みつつアンソニーが「まあ、そうだろうな」と相槌を打った。

 

「それで、私はこの件は自分たちで自主的にやってはどうかと考えました。つまり、実践的な防衛術を自習するんです」

 

なるほど、という声がちらほらと上がる。

センチュリオンの隊員達は曖昧に顔を見合わせていたが、何人かはハーマイオニーの意見に同意したみたいである。

 

「でも、OWLも控えているし、そんな事を自習している暇なんてあるのかい?」

 

マイケル・コーナーが質問した。

 

「ええ。あります。何故なら、ヴォルデモートが戻ってきたからです!」

 

ハーマイオニーの突然のヴォルデモート発言に生徒の半数が悲鳴をあげたり、ひっくり返ったりした。

 

だが、センチュリオンの隊員達はヴォルデモートの名前を恐れなくなっていたので無反応だ。

ハリーはヴォルデモートという名に一切反応しないネビルやアンソニー、チョウ達に少し違和感を覚えていた。

 

「待て待て待て。例のあの人が戻ってきたかどうかなんて誰が信じてるんだ?少なくとも僕は信じられない」

 

「そりゃ、ダンブルドアが信じてるわ」

 

「それだって根拠のない話さ。僕らはあの夜、何が起きたか正確に知る権利があると思うけどね」

 

不快な発言だ、と思いエスペランサは声の持ち主を見た。

持ち主はザカリアス・スミスである。

 

「ちょっと待ちなさい。この会合の目的は……」

 

「構わないよ。ハーマイオニー。知りたいなら教えてやるさ。僕がなぜ、ヴォルデモートが戻ってきたと言うのかって?僕はやつを見たんだ。だけど、先学期ダンブルドアが、何が起きたのかを全校生に話した。それが全てだ。だから、君がそのときダンブルドアを信じなかったのなら、僕のことも信じないだろう。僕は誰かを信用させるために、午後一杯をむだにするつもりはない」

 

ハリーがまたも癇癪を起こしかける。

だが、ザカリアスも負けていない。

 

「ダンブルドアはセドリックが例のあの人に殺されたという事しか話していない。具体的にどうやって殺したかは誰も知らない。僕らはそれを知りたい」

 

「セドリックの殺され方を知りたいとは、なかなか残虐な性癖をお持ちのようだな」

 

今まで黙っていたエスペランサが口を開いた。

ニコラシカのショットはとっくに飲み干され(そもそもちびちび飲むような物でも無いが)、若干、顔が赤くなっている。

 

「何だよルックウッド。僕はただ……」

 

「セドリックがどう殺されたかは知らんが、そんなのを知って何になるってんだ?ああ、そうか。お前は人がどう殺されるのかを知って快楽を得る変態野郎って訳だ」

 

エスペランサの言葉にザカリアスは黙り込む。

エスペランサは溜息を吐いた後、2杯目の酒を注文するためにカウンター奥のボトルの並べられた棚を眺め始めた。

 

「ねえねえハリー。あなた、有体の守護霊を出せるって本当なの?」

 

不意に端に座っていたスーザンがハリーに声をかけた。

気まずくなった空気を変えるための行動なのだろうが、突然の質問にハリーは戸惑っている。

 

「え?まあ。君、マダム・ボーンズを知っているのかい?」

 

「私の叔母よ。尋問での事を話してくれたわ。じゃあ、本当に守護霊が出せるのね?」

 

「そりゃあ出せるよ。出せるから尋問されたんだしね」

 

ハリーの言葉に生徒達が歓声をあげる。

 

「すげえ!マジかよハリー」

 

「全然知らなかったぜ?」

 

「それに、校長室にあるグリフィンドールの剣でバジリスクを倒したんだろ?校長室に行った時に肖像画が話してくれたんだ」

 

テリー・ブートが興奮して言う。

 

「ええと、あれは……」

 

ハリーはチラリとエスペランサの方を見た。

バジリスクを無力化したのは間違いなくエスペランサだったからだ。

ハリーはどちらかと言えばトム・リドルを倒す事に一躍買った。

 

「それに一年生の時に賢者の石も守ったよね。僕の事を石にしてまで守りに行ったんだから良く覚えてるよ」

 

ネビルが言う。

 

「あー。それも少し違う……」

 

ハリーは再びエスペランサをチラリと見た。

 

クィレルと戦闘を繰り広げたのは紛れもなくエスペランサだった。

しかし、当の本人は現在、2杯目の酒を何にしようかと棚に並べられたボトルを眺めるのに夢中で話に加わる気配は無かった。

 

「それだけじゃないわ。ハリーは3校対抗試合でドラゴンや水魔を出し抜く実力もあるのよ?」

 

「え?」

 

「セドリックが褒めてたわ。ハリーはとても実力がある生徒だって」

 

チョウに褒められたのでハリーの顔はさらに赤くなっていた。

 

「僕、何も謙遜する訳じゃ無いけど、いつも助けられて生き延びてきたんだ。僕一人じゃ生き延びる事は出来なかった。何度かは自分の力で生き延びたかも知れないけど、奇跡みたいなものだった」

 

ハリーは全員を見つめる。

 

スミスは何か言いたそうだったが、エスペランサがいる前では言いたい事も言えない様子だった。

 

「ヴォルデモートが復活した以上、皆もいつ危険な目に遭うか分からない。ホグワーツだって安全じゃない。秘密の部屋が開かれた時は一般生徒が何人も襲われた。だから、僕ら一人一人が防衛術を学ぶ事には意義があると思う。そして、僕はまあ、君達より少しだけ防衛術を多く知ってるから教える事は出来ると思うんだ」

 

「ハリーもこう言ってるし、皆、ハリーから防衛術を学ぶ事に異存は無いかしら?」

 

ハーマイオニーの発言に生徒たちは頷いた。

 

「それじゃあ、集まる時間と場所を決めないとね。頻度はどれくらいが良いかしら?」

 

「クィデッチの練習があるから、それとは被らないようにさせてもらいたいな」

 

「ああ。僕たちもだ」

 

現クィデッチキャプテンのアンジェリーナや他の寮の選手が口々に唱える。

 

「そうね。都合の良い日程を見つけて連絡するわ。でも、勘違いしないで欲しいんだけど、この会合はとても大切なものなのよ?」

 

「その通りだ!これはとても大切な事だ!例えOWLが控えていたとしても。それに、何で魔法省はあんなアンブリッジみたいな奴をホグワーツに寄越してきたのか理解に苦しむ。まるで、僕らに防衛術を学ばせたく無いみたいじゃないか」

 

「それは、魔法省が、いえ、ファッジがダンブルドアが私的な軍団を持とうとしていると勝手に考えているからよ。権力に味を占めたファッジはダンブルドアが力を持つ事を恐れているわ」

 

今まで黙っていたのに、いきなりドヤ顔で発言しだしたマイケル・コーナーを怪訝そうな顔で見ながらハーマイオニーが回答した。

 

「いや、ファッジの考えはあながち間違いでも無いぜ?」

 

エスペランサが発言の機会を求めた。

 

「どういうこと?あなたはファッジが正しいと思っているの?」

 

「ファッジはあれでも魔法大臣という魔法界の治安を守る役目を担っている人間だからな。政府が公認していない武装組織が国内に出来る事に抵抗を感じるのは致し方無いだろう。逆にハーマイオニーに聞くが、英国マグル界の唯の学校で校長主導の武装組織が出来たら政府は必ず鎮圧しようとするだろう?」

 

「ええ。そうね。でも、その魔法省がヴォルデモートという脅威を認めていない以上、私達は自分の身を守る手段を身に付けないといけないわ」

 

ここでエスペランサとハーマイオニーの目的に大きな違いがあるのが分かった。

 

エスペランサは魔法省がヴォルデモートという脅威を認識しないのであれば、代わりにセンチュリオンを駆使してヴォルデモート勢力を殲滅しようと考える。

たが、ハーマイオニーはあくまでも自分たちの身を守る事のみに徹しようとしているのだ。

つまり、学生達だけではヴォルデモート勢力を殲滅する事は不可能であると理解している訳である。

 

 

「まあ、ハーマイオニーの意見は正しい。だが、身を護るっていうのは口で言うほど簡単じゃない。ましてや相手は手段を選ばない闇の魔法使い達だ」

 

「うん。そうだね。エスペランサの言う事は僕も良く分かる。クィレルと戦った時も、バジリスクと戦った時も、戦うという事がどれだけ大変で覚悟の必要な事か痛い程理解したよ」

 

ハリーも頷いた。

 

「だけど、ほとんどの生徒は戦う覚悟なんて無いと思う。だから、僕は戦う術では無く、防衛する術を教えたい。もう二度とセドリックのように友達が死ぬのを見たく無いから」

 

ハリーは友達が死ぬのを見たくない。

だから、皆に身を護る術を学ばせようとしているのだった。

 

「じゃあ決まりね。時間は後で調整するとして、問題は場所よね。どこが良いかしら?」

 

「図書館はどうだ?あそこならこの人数でも収まるだろう」

 

「いや、図書館だとマダム・ピンスが良い顔をしないぞ。叫びの屋敷ばどうだ?」

 

「暴れ柳のところまで行くのは手間だし、あそこはそんなに広くないだろ。空き教室はどうだろう」

 

「マグゴナガルが許可しないし、アンブリッジに見つかる可能性もある」

 

生徒達は口々に意見を言うが、良い案は結局、出てこなかった。

これ以上の議論は無駄と判断したハーマイオニーは会話を中断させ、代わりに鞄から何やら羊皮紙の様なものを取り出す。

 

「まあ良いわ。場所もどこか探しておきます。それで、皆にはこの羊皮紙にサインをして欲しいの。これはメンバーの名簿であると共に、アンブリッジに集会の事を密告しない宣誓書の様なものなんだけど」

 

「宣誓書?どういうことだ?ただの名簿じゃないってことか?」

 

「ええ。まあ、そうね。ここに名前を書いた人は決して裏切らないと誓った事になるわ」

 

「署名しないと活動には参加出来ないのか?」

 

「勿論そうよ」

 

それを聞いてセンチュリオンの隊員達は一瞬、エスペランサの方を見た。

センチュリオンという軍事組織に所属している以上、他組織に加入するには隊長であるエスペランサの許可が必要だと考えた為だ。

加えて、彼等は防衛術を学ぶ為だけの組織に加入する事にメリットを感じていない。

何せセンチュリオンでは魔法と現代兵器を駆使した実戦的訓練を毎日行なっているのだ。

 

ネビルやチョウはハリーから学ぶ事もあるだろうと考え、即座にサインを書こうとしたが、アンソニーやハンナ達はサインをしようとしなかった。

 

無論、エスペランサもだ。

 

「ハーマイオニー。この会合への加入に関しては少し考える時間をくれないか?」

 

「え?どうして?エスペランサなら入ってくれると思っていたのだけれど?」

 

「即座に入れと言われても、すぐには決められん。まあ、少し個人的な理由ではあるんだがな。他にも即断出来ない生徒は何人かいる」

 

エスペランサは後ろでサインをしようとしていない隊員達を指差して言った。

 

「でも、あなたも防衛術を学ぶ必要性は理解しているでしょう?」

 

「それは理解出来る。ハーマイオニーの考えを否定するつもりは無いし、組織に入らないと言っている訳じゃない。ただ、俺は考える時間をくれと言っているだけだ」

 

ほとんどの生徒がサインをし終え(ザカリアス・スミスも渋々サインをしていた)るのを横目で見ながらエスペランサはハーマイオニーを諭す。

彼は、この防衛術を学ぶ会合に参加するよりも、その時間をセンチュリオンの戦力増強に充てた方が有意義だと考えていたし、第一、隊長の自分が勝手に他組織に加盟するなど前代未聞だ。

参加するにしてもセオドール達に一言言う必要はあるだろう。

 

「何か事情があるのね?」

 

ハーマイオニーはエスペランサの後ろに控えるアンソニーやハンナ達を見た。

 

2年程前。

禁じられた森でエスペランサと共に何人もの生徒が吸魂鬼をナパーム弾で倒す光景をハーマイオニーは目撃している。

そして、朧げな記憶ではあるが、その生徒の中に彼等は居たのだ。

 

あの日以来、ハーマイオニーはエスペランサが陰で何をしているのかを追求する事はあまり無かった。

しかし、エスペランサが何らかの組織を作っている事は察していた。

 

急成長するネビルや、銃で武装するセドリック、寮の垣根を超えて深い絆で結ばれた生徒達。

 

「そうだ。少し事情がある。この件に関しては検討させてくれ」

 

「分かったわ。なるべく早く返事を頂戴。それから」

 

「アンブリッジには密告しない。そこは約束する」

 

「それなら安心ね」

 

ハーマイオニーは承知したようだが、ロンやハリーは納得していないようだった。

ハーマイオニーは何か言いたげな二人を宥めながら店を後にした。

 

他の生徒達もとっくに店を出ており、店の中にはエスペランサ以下センチュリオンの隊員達と元々居た何やら怪しげな客が2名、それにマスターのみとなった。

 

「現段階でハーマイオニーの企画した会合に参加しようと思っている奴は申し出てくれ」

 

エスペランサは残った隊員達に聞いた。

 

手を挙げたのはネビルとチョウ、それからスーザンだった。

 

アンソニーとアーニー、ハンナは挙げていない。

 

「おいおいネビル。お前は会合に参加する必要ないだろ。2年前なら兎も角、今じゃセンチュリオン有数の戦力になったお前がハリーに何か教わる必要があるのか?」

 

アーニーがネビルに聞く。

 

「あるよ。僕は銃の扱いには慣れたけど杖捌きはまだまだ練度が低いからね」

 

「杖捌きならセオドール達に教われば良いだろう?それにセンチュリオンでも定期的に魔法を使った戦闘訓練はしている」

 

「でもセンチュリオンでは守護霊の魔法の練習はしていないわよ?ハリーは守護霊が使えるし、守護霊の魔法を習得するには良いチャンスじゃないかしら」

 

スーザンが言う。

 

「僕らにはナパーム弾もポイズンバレットもある守護霊の呪文は必須な技能じゃない」

 

「いえ。そんな事もないわよ?禁じられた森で吸魂鬼と戦闘を行った時、遊撃班が守護霊の魔法を使えていれば、吸魂鬼をキルポイントに誘い込むのはもっと簡単だったはずでしょ?」

 

遊撃部隊が吸魂鬼誘導に苦労した経験を思い出しながらチョウが反論した。

 

「それに、ハリーはセドリックでさえ苦労した課題を潜り抜けてきたし、ヴォルデモートから生き延びたのよ?学ぶべき事は多くあると思うわ。ねえ?隊長」

 

「うむ。確かに守護霊の呪文を使える隊員が部隊にいた方が今後の吸魂鬼戦は楽になる可能性はある。だが、まずは副隊長達と相談してから決める。今は結論を出すべきではないだろう」

 

エスペランサは結論を先延ばしにした。

 

チョウとスーザンが言うように守護霊の呪文は対吸魂鬼戦において必要不可欠とは言わないまでも、使えれば便利な代物だ。

 

だが、幸福な過去が少ないエスペランサやフローラには行使がほぼ不可能である。

ならば、チョウやスーザン達に習得させるのも一つの手なのかもしれない。

 

これ以上議論の余地が無くなったエスペランサたちはホッグズヘッドを後にした。

 

そして、エスペランサはネビル達と別れ、フローラとの待ち合わせ場所に向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




不死鳥の騎士団は戦闘系イベント少ないので中弛みしそうです。
でも、後半はガッツリバトる予定なので!


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case77 Resistances 〜ハリーの軍隊〜

投稿遅くなりました!
誤字報告ありがとうございます!

パトレイバー2の4DXがやってるみたいですね。
行きてえ!


 

ホグズミード村の外れまでやってきたエスペランサはフローラと合流した。

 

元軍人のエスペランサは待ち合わせをする時、早めに現地に到着してから周囲の地形確認をして狙撃ポイントや伏兵が潜んでいそうな場所を抑えるという癖がある。

 

故に今回も彼は待ち合わせより15分も前に現地に到着したのだが、予想外な事にフローラの方が先に到着していた。

 

「早いな」

 

「常に地形確認を厳とする為に時間には余裕を持ち、常在戦場をこころがけよ。あなたの言葉ですよ?むしろ、あなたの方が遅いのでは?」

 

村外れの大木の側で佇んでいたフローラは少しだけ微笑みながら言う。

 

「こりゃ参ったな。隊員が優秀過ぎると隊長の威厳も無くなりそうだ」

 

「冗談はさておき、午前中はホッグズ・ヘッドに行っていたんでしたよね?結局、何の会合だったんですか?」

 

「ああ。それは……」

 

ハーマイオニーの計画は他言無用と本人から厳しく言われている。

だが、どの道、セオドールや他の隊員達には詳細を話さなくてはいけなくなるので、ここでフローラに報告しても問題は無いだろうとエスペランサは判断した。

 

少しだけハリーやハーマイオニー達に罪悪感は感じたが。

 

「来週の訓練前に全隊員に情報共有はするが、どうやらハーマイオニー達は闇の魔術に対する防衛術の自習グループを作るらしい。それで、俺やネビル達が誘われた」

 

「なるほど。グレンジャーさんの考えそうな事ですね。スリザリンでもOWLの実技試験に向けた自習グループはいくつか出来てますよ」

 

「へえ。だが、ハーマイオニーはOWLに向けた自習グループではなく、ヴォルデモート勢力から身を守るためのグループを作りたいらしい」

 

「身を守る、ですか。生徒主体の会合でヴォルデモート勢力から身を守る術が身につくとは思えませんが」

 

「それを言ったら俺達も生徒主体だけどな」

 

「それもそうですね」

 

生徒主体で作り上げたセンチュリオンだが、その戦力は既に吸魂鬼を殲滅し、闇の魔法使いを倒すレベルに達している。

よくもまあ2年でここまでの組織になったものだ、とエスペランサは感心していた。

 

「で、どうする?俺はいつもならホッグズ・ヘッドで酒盛りするくらいしかしてないんだが」

 

「私も3本の箒くらいしか行った事がありません。ゾンコとか少し興味あるんですが」

 

「ゾンコ?悪戯専門店のことか。意外だな。あそこに興味を持つなんて」

 

「スリザリン生はあまりゾンコに行かないんです。悪戯して減点されるリスクを考えたら悪戯グッズなんて買わない方が良いと考える生徒が多いので」

 

「確かに、悪戯グッズで遊ぶのはグリフィンドール生ばかりでスリザリン生が遊んでいるところは見た事が無いな」

 

ゾンコの悪戯専門店の顧客は7割がグリフィンドール生だ。

減点を恐れず、幼稚で、馬鹿騒ぎをするのが好きという寮の風潮がそれを物語っている。

 

廊下でクソ爆弾を破裂させたり、噛み付きフリスビーで遊ぶのもほとんどがグリフィンドール生である(特に双子のウィーズリー)。

 

「スリザリン生は入りたがらないのですが、あなたと一緒なら入れます。行ってみても良いですか?」

 

「構わないが……」

 

楽しそうに歩くフローラと一緒にエスペランサはゾンコへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪戯専門店というのはマグルで言うところの玩具屋と同類だ。

悪戯グッズだけでなく普通の玩具も置いてある。

だが、ゾンコはその顧客のほとんどがホグワーツ生の悪餓鬼という事もあって、比較的危険な悪戯グッズばかりを揃えていた。

中には明らかに殺傷能力があるものもある。

 

全英クソ爆弾売上第一位という甚だ不名誉な称号を恣にするゾンコはやはり今日もグリフィンドール生で溢れていた。

 

そんなグリフィンドール生の群れの中に突然、フローラ・カローが現れたのだから店は騒然とする。

しかも、エスペランサ・ルックウッドを引き連れているのだから天変地異でも起きたのかと誰もが疑った。

 

 

ピクシー妖精を血祭りにあげ、ピーブズに銃弾を撃ち込むエスペランサは下級生から恐れられてしまっていたし、曰く付きのカロー家の人間でいつも無表情なフローラもまた恐怖の対象だった。

 

 

「おいおい。カロー家の娘じゃないか。何でこんなところに来たんだ?」

 

クソ爆弾のコーナーに居た双子のウィーズリーが不愉快そうに話しかけてきた。

彼らからしてみたら自分達のテリトリーである悪戯専門店にスリザリン生が入り込んでくるだけで不快なのだろう。

 

「俺が連れてきたんだよフレッド。悪戯グッズに興味があるんだとさ」

 

「カロー家の娘が悪戯グッズに興味があるなんて冗談だろ?それと僕はジョージだ」

 

「すまねえ。ジョージ。冗談だと思うが、本当だ。本人に聞いてみれば良い」

 

エスペランサはクソ爆弾が所狭しと並べられた棚を興味津々に見つめるフローラを指さした。

 

「おっと。これ程までにクソ爆弾売り場が似合わない生徒も珍しいや。だが気をつけろ。そこら辺のクソ爆弾は在庫処分の特価品だからな。経年劣化してるし、いつ爆発するかわかんねえ代物だ」

 

「そうなんですか?」

 

「そうさ。だが、僕らは貧乏だから不良品や在庫処分品のクソ爆弾しか買えないのさ。まあ、カロー家の御令嬢ならここの店のクソ爆弾を買い占めるくらい出来そうだがな」

 

フレッドがスカスカの財布をヒラヒラさせながら嫌味ったらしく言った。

 

「クソ爆弾って高いんですね。スリザリン生は滅多に買わないので知りませんでした」

 

「安いのから高いのまでピンキリだ。僕らが廊下でいつも炸裂させてるのはこの通常タイプ。腹を下した時のクソに似せたクソ爆弾はもう少し高いし、最高級のクソ爆弾はホーミング機能までついてる。一回、小遣い叩いて買ってスネイプの研究室に直撃させた事がある」

 

「あの時のスネイプの顔は忘れられないね。今でも夢に見る」

 

ホーミング機能、つまり精密誘導可能なクソ爆弾が売られているとはエスペランサも知らなかった。

湾岸戦争において米軍がレーザー誘導爆弾を使用して精密爆撃をする光景をクソ爆弾が思い出させてくれるとは、何というか複雑な心境だ。

 

「どうやって爆弾を誘導させるんだ?魔法界には有線誘導や熱源誘導やレーザー誘導といった技術はない筈だ」

 

ホーミング機能付きクソ爆弾の値段は1ガリオンもする。

使い捨ての爆弾に1ガリオンも払う生徒はいないらしく、売れ残りが大量に積み上げられていた。

 

「こいつを買ってアンブリッジの部屋に投げ込みたいんだが、値段が高くて手が出せない」

 

「ああ。だけどアンブリッジの部屋でクソ爆弾を炸裂させるためなら1ガリオンだって安いもんさ」

 

「アンブリッジの部屋でクソ爆弾を炸裂させたらさぞ面白いんでしょうね」

 

フローラは不意にホーミング式クソ爆弾を数個掴みレジへ向かった。

ジャラジャラとガリオン金貨をカウンターに居た店主に渡し、抱えるほどあるクソ爆弾を彼女は持って帰ってくる。

 

「フローラ。お前その爆弾どうするつもりなんだ?」

 

「これですか?こちらの二人に差し上げます」

 

フローラは抱えていたクソ爆弾を全てフレッドとジョージに渡した。

これには双子も驚いたようである。

 

「正気か?僕たちにクソ爆弾を譲渡するなんてイカれてるとしか思えねえぜ?」

 

「ああ。おいエスペランサ。こいつは本当にカローなのか?」

 

目を丸くする双子を他所にフローラは言葉を続ける。

 

「こんなご時世ですし、今のホグワーツには笑いが足りていません。あなた達がこの大量の爆弾をアンブリッジの部屋に投げてくれれば少しは笑いが取り戻せそうな気がするので」

 

ニコリともせずにそんなことを言うフローラを見て双子は笑い始める。

 

「誰かさんも同じ事を言ってたぜ?ま、そういうことなら任せておきな」

 

「ああ。この爆弾は有効活用させてもらう事にするよ。楽しみにしてくれ。数日後にはアンブリッジの部屋が糞まみれになるからな」

 

両手に爆弾を抱えた2人は満足そうに店を後にしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゾンコを出たエスペランサとフローラは再び村外れに来ていた。

 

村外れの空き地からは叫びの屋敷やホグワーツ城等が一望出来る。

 

「21世紀の英国にこんな所があるなんて、今でも不思議に思うよ」

 

夕陽に照らされたホグワーツ城の幻想的な光景を眺めながらエスペランサは言う。

マグル出身の彼は、魔法界の風景を見る度にまるで御伽噺の世界に迷い込んだような、そんな感覚に陥るのだ。

 

「マグル界で育った人はよく口にしますね。私はマグル界を少ししか見たことがありませんが、それでも、こういった風景を見ることの出来る魔法界の方が居心地が良いです」

 

夕陽に照らされたフローラもまた、ホグワーツ城と同様に幻想的に見えた。

茜色に染まる金色の髪や白い肌は本当に御伽噺に登場する妖精のようだ。

 

「俺も同感だ。俺は生まれてこの方中東の駐屯地内で育ったから、こんな幻想的な光景は魔法界に来てからしか拝んでいないが、それでも、なんだろう、ノスタルジックな気分になれる」

 

英国特有のどんよりとした雲から顔を覗かせる夕陽に手を翳してエスペランサは言う。

 

「物心ついたときには軍の塀と有刺鉄線に囲まれた駐屯地で生活していたというのに、何故、魔法界の風景に懐かしさを感じてしまうのだろうか?」

 

「さあ。でも、こんな美しいホグワーツ城を見ていると、今の魔法界が戦争の一歩手前だという事を忘れてしまいそうになります。こんな平和な光景が広がる世界で戦争が起こるなんて嘘みたいです」

 

「そうだな。だが平和な光景ってのは血生臭い争いの上に出来ているんだ。平和な時代なんてものは有史以来一度だって無い。あったのは偽りの平和だけだった」

 

全てを失った"あの日"。

エスペランサはそれを実感した。

 

平和なんてものはすぐに崩れ去る。

いや、この世に存在する平和なんてものは全て、簡単に崩れ去るような偽りの平和に過ぎないのだ。

 

だからこそ偽りでない平和を模索したいと彼は思ったのである。

 

 

「偽りの平和、ですか。でも、私は偽りの平和であっても、それを享受するのは悪くないと思います」

 

「え?」

 

「偽りの平和を本物の平和にする為にはそれ相応の対価を払わないといけないんです。つまり、血を流して、誰かを殺して、殺されて、そうしないと平和は手に入らない。そうですよね?」

 

「それは……」

 

「あなたはよく知っている筈です。平和な世界を作るには平和の足枷になる存在を殺す必要がある。そして、その過程で大勢の味方が死ぬ。あなたの理想は素晴らしいですが、その理想の実現には多くの犠牲が必要なんですよね。そして、その犠牲というのはもしかしたら、貴方になってしまうかもしれない」

 

フローラは一歩前に進み、回れ右をしてエスペランサの正面に立つ。

そして、彼の目を真っ直ぐに見た。

 

その瞳は真剣だった。

 

「私は貴方を犠牲にしてまで手に入れる平和に興味が持てません。それならば偽りの平和で結構です。貴方は大勢を、いえ、自分を犠牲にしてまで平和を手に入れたいと本気で思いますか?」

 

「…………………ああ。勿論だ」

 

「そう。ですか」

 

エスペランサの回答は肯定であった。

 

彼自身、大勢の犠牲の上で今まで生き残ってきている。

戦死した仲間たち。

巻き込まれた一般人。

そして、セドリック。

 

彼等の死を無駄にしない為にも、エスペランサは本気で世界平和というものを目指していた。

その為に自分が犠牲になる事も当然、覚悟の上。

 

平和の為には自分の死すら受け入れる。

 

それが、彼の生き方なのだ。

 

そして、その生き方を止める事はもう出来ないのだとフローラは実感した。

 

 

陽はさらに傾き、夜の闇がホグワーツ城を覆い始めてきた。

まるで、この世界を徐々に闇が支配していくように。

 

じわじわと闇は広がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月曜日の夜。

 

必要の部屋にセンチュリオンの各指揮官とハーマイオニーに防衛術の自習に誘われた隊員達は集まった。

 

エスペランサはその場でセオドールに事の経緯を詳しく話して聞かせた。

 

「つまりグレンジャーはヴォルデモート勢力から身を守る為の防衛術を生徒に学ばせようとしているわけだ」

 

「そうだ。教師役はハリーで、センチュリオンの隊員からは俺やネビル、チョウ、アンソニー、ハンナ、スーザン、アーニーが誘われている」

 

「ふむ。なるほどな」

 

セオドールは腕組みをしたまま目を閉じて暫し考え込んでいた。

が、やがて結論を出したようで、目を開く。

 

「隊長以下7名の隊員はグレンジャーの企画したこの会合に参加してもらいたい」

 

「おいおい。副隊長。正気か?」

 

アーニーが目を丸くした。

 

「正気だ。この会合に参加する意義は十分にある」

 

「それは、やはり守護霊の魔法をハリーから学べるからか?」

 

エスペランサはセオドールに聞いた。

 

「それも一つの理由だが、もっと重要な事がある。まず一つにポッターはあのヴォルデモート復活の場から生き残った唯一の味方陣営の人間だ。つまり、現在のヴォルデモートやヴォルデモート勢力の容姿、戦力について最も情報を持っている事になる。この情報を引き出すには会合はもってこいの場だ」

 

「確かにそうだが、こう言っちゃなんだが俺はハリーとそこそこ親密な仲だ。会合の場で無くても情報は引き出せる。現に、ハリーからダンブルドアが結成した不死鳥の騎士団なる現行の組織についてはかなり有益な情報も入手しているし、その本部がシリウス・ブラックの実家である事や騎士団のメンバーについてもセンチュリオンには共有してる」

 

エスペランサはハリー達から不死鳥の騎士団というダンブルドア私設の軍団の存在やその任務について少なからず聞いていた。

 

シリウス・ブラックの実家に本部があり、ムーディやキングズリー・シャックルボルトなどがメンバーである事も聞き出したし、現在、騎士団のメンバーがヴォルデモートに対抗して何やら任務に就いている事も分かっていた。

そして、その情報は勿論、センチュリオンに共有している。

 

「そこだ。ポッターはエスペランサと親しい仲だからこそ情報をペラペラと公開してくれている。だが、エスペランサがその会合とやらに不参加を表明したらポッター達からの信用は少なからず無くなるだろう。そうなれば今までのように簡単に情報を引き出せなくなる」

 

「つまり、会合に参加する事でハリー達からの信用を勝ち取り、今後も継続的に情報を収集しろ、という事か?」

 

「そう。それに、ポッター達はダンブルドアに近い生徒だ。ヴォルデモートに関する情報と知識を最も持っていると思われるダンブルドアに近い人間は貴重だ。現在、我々はヴォルデモート勢力に関する情報を何一つ得ていないがポッター経由なら有益な情報が引き出せる」

 

センチュリオンにおいてヴォルデモート勢力に関する情報は不足していた。

情報戦を担当する事になったザビニがいつもそれを嘆いている。

彼はセオドールと協力し、対ヴォルデモート勢力との戦争のシミュレーションをしているのだが、敵の情報が無ければシミュレーションは上手く出来ない。

 

もっとも、エスペランサがハリー達から仕入れてくる情報も十分では無い。

というのも不死鳥の騎士団の面々はハリー達にあまり情報を流そうとしないからだ。

 

「なんだがハリーを駒のように扱っているようだな」

 

「何を今更。というか、実際ダンブルドアはポッターを駒にしていると僕は思っている」

 

「ダンブルドアがハリーを?ダンブルドアほどハリーをエコ贔屓する教師もいないと思うが?」

 

「僕はそうは思わない。エスペランサはトロッコ問題を知っているか?」

 

「勿論知っている。トロッコ問題はマグル界では有名な倫理学上の問題だ。寧ろ、セオドールはどこで知ったんだ?」

 

「僕だってマグルの学問は勉強するさ。多角的な視点を持つためにはマグル界の学問は非常に有益だからな」

 

トロッコ問題というのは、フィリッパ・フットが1967年に提起した、「ある人を助けるために他の人を犠牲にするのは許されるか?」という形で功利主義と義務論の対立を扱った倫理学の問題である。

 

「トロッコ問題ってなんだ?そもそもトロッコって何だい?」

 

ネビルが首を傾げる。

 

「トロッコってのはマグル界に存在する輸送用の機械だ。ホグワーツ特急を小型化した物と言えばピンとくるか?」

 

「何となく……」

 

「よし。話を戻そうか。線路を走っていたトロッコの制御が不能になった。このままでは前方で作業中だった5人が猛スピードのトロッコに避ける間もなく轢き殺されてしまう。この時たまたまA氏は線路の分岐器のすぐ側にいた。A氏がトロッコの進路を切り替えれば5人は確実に助かる。しかしその別路線でもB氏が1人で作業しており、5人の代わりにB氏がトロッコに轢かれて確実に死ぬ。A氏はトロッコを別路線に引き込むべきか?これがトロッコ問題だ。A氏が自分であると仮定して回答をするんだ」

 

「なるほどね。5人を救う代わりに自分はBを殺さなくてはならない。5人を助けられるなら1人を殺しても良いか、ということを考える問題って訳ね」

 

「そう。そして、ダンブルドアは恐らく躊躇せずにBを殺して5人を助けるタイプだ。あの人は魔法界をヴォルデモート勢力から救う為ならハリーを切り捨てる事も出来る人だ」

 

それはダンブルドアだけでは無い。

エスペランサだってセオドールだって1人の犠牲により大勢を救えるのなら迷いはしないだろう。

だが、ダンブルドアは魔法界で神格化され過ぎている。

ダンブルドアがどこまでも理想主義者ではなく現実主義者なことを皆、忘れているのだ。

 

「つまり、ダンブルドアも我々と同類の人間、即ち、軍人気質って訳か」

 

アーニーが納得したように呟いた。

 

「少なくとも僕はそう考える。だが、そんなダンブルドアが現在、魔法界では魔法省に権力を奪われたり、闇の魔法使い達が野放しのまま何も出来ずに終わっている。死喰い人の面はポッターのお陰で割れているんだから、本来ならとっくに闇の魔法使いを討伐しに行く筈だ。魔法省だってダンブルドアにかかれば簡単に手中に入る。だが、ダンブルドアはそれをしていない。いや、出来ていない。これがどういう状況か分かるか?」

 

セオドールの問いに隊員達は顔を見合わせた。

 

「分からん。どういう状況なんだ?」

 

「簡単な話さ。戦局は芳しく無い。ダンブルドアは劣勢って事だ。ダンブルドアやダンブルドア勢力よりも敵の勢力の方が強いってことさ。しかも、連中は裏工作に長けている。ダンブルドアが行動を起こせず、魔法省に追い詰められているのは死喰い人連中に上手いこと工作されてしまっている証拠なんだ。今のダンブルドア勢力、つまり不死鳥の騎士団じゃヴォルデモート勢力にどう逆立ちしても勝てないって事だ。少なくとも僕はそう考えている」

 

彼は深刻そうに溜息を吐いた。

 

他の隊員達も顔を曇らせる。

ダンブルドアは動く事が出来ず、不死鳥の騎士団は劣勢、魔法省は敵の工作員だらけ。

 

魔法界で他にヴォルデモートとの戦闘を想定している組織はセンチュリオンだけということになる。

 

しかし、現段階で収集出来た情報を基にしてシミュレーションを行なった結果、センチュリオンがヴォルデモート勢力に勝てる見込みはほぼゼロである事をセオドールは認識していた。

そして、そんな彼の不安を知る隊員は今のところ存在しなかった。

 




クソ爆弾って単価いくらなんだろうといつも思ってました。
幻の生物とその生息地のロンの落書きから買い込むと新しい教科書が買えないくらいの金額らしいですが


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case78 Dumbledore's Army 〜ダンブルドア軍団〜

感想ありがとうございます!



ホグワーツ高等尋問官令学生による組織、団体、チーム、グループ、クラブなどは、ここにすべて解散される。

組織、団体、チーム、グループ、クラブとは、定例的に三人以上の生徒が集まるものと、ここに定義する。

再結成の許可は、高等尋問官(アンブリッジ教授)に願い出ることができる。

学生による組織、団体、チーム、グループ、クラブは、高等尋問官への届出と承認なしに存在してはならない。

組織、団体、チーム、グループ、クラブで、高等尋問官の承認なきものを結成し、またはそれに属することが判明した生徒は退学処分となる。

以上は、教育令第二十四号に則ったものである。

高等尋問官  ドローレス・ジェーン・アンブリッジ

 

 

教育令第24号が学生に告知されたのはエスペランサ達7名の隊員がハーマイオニーの企画した会合へ参加表明をした次の日だった。

 

この教育令にハリーやハーマイオニー達は少なからず動揺したようだ。

無論、センチュリオンとて無許可で編成した非合法の組織だ。

教育令24号によれば18名の隊員は漏れなく全員退学である。

 

が、センチュリオンの隊員は大して気にしていなかった。

そもそも、彼らの普段の活動は学校の規則を100は破るような事ばかりであるからだ。

それに、センチュリオンにはフィルチという強い味方がいた。

センチュリオンは校内で何をしようが、フィルチには見逃してもらえる。

今日に至るまでセンチュリオンの存在が教職員にバレていないのは、単にフィルチの存在によるところが大きい。

 

ところで、この教育令24号によってホグワーツに存在する4つのクィディッチチームは例外無く全て解散させられた。

この場合、再結成の申請をアンブリッジにしなくてはならないのだが、アンブリッジはスリザリン以外のチームの再結成を渋っているらしい。

 

ある日の魔法薬学の授業の前。

マルフォイが地下牢教室の真ん中で何やら公文書のような巻紙をヒラヒラさせながら大声でスリザリンチームがアンブリッジによって認められた事を公言していた。

 

「アンブリッジがスリザリンのクィディッチチームの再結成の許可をすぐに出してくれたんだ。今朝一番で先生に申請に行ったんだけど、ほとんど右から左さ。アンブリッジ先生は僕の父上をよく知っているし、父上は魔法省に顔が効くからね。グリフィンドールが許可がもらえるかどうかは見物だねえ」

 

よくもまあこれ程までにヘイトを溜めるようなスピーチが出来るもんだとエスペランサは感心しながら席について魔法薬学の道具を並べていた。

 

ハリーやロンは今にも飛びかかる勢いで憤っている。

ハーマイオニーが必死で宥めなければ地下牢教室で乱闘が起きかねなかった。

 

スリザリンもセオドールやダフネが冷ややかな目でマルフォイやその取り巻きを見ていた。

セオドールは無類のクィデッチファン故にこの手のスポーツマンシップに反する行動を嫌う節がある。

センチュリオンで行う図上演習や実践的訓練ではありとあらゆる手を使って敵に勝とうとするのでダブルスタンダードと言えばダブルスタンダードであるが。

 

ほとんどのスリザリン生はマルフォイ派閥であるのでセオドール達は少しアウェイな立場だ。

 

何も言い返さないハリーとロンを意地悪く見ながらマルフォイは演説を続けた。

取り巻きのスリザリン生はケラケラ笑っている。

 

「魔法省への影響力で決まるならポッター達はあまり望みがないだろう。アーサー・ウィーズリーは魔法省にクビにする口実を長年探されるくらい無能だし、ポッターに関しては狂人扱いさ。父上は魔法省がポッターを聖マンゴ病院に送り込むのはもう時間の問題だっておっしゃっている。どうやら、聖マンゴ病院には魔法で頭がいかれちゃった人の特別病棟があるらしいからね」

 

マルフォイは、顎をだらんと下げ、白目を剥き、醜悪な顔をして見せた。

クラッブとゴイル、それに、パンジー・パーキンソンが下品な笑いをした。

 

だが、このマルフォイの発言が導火線となり、ハリー達では無く、ネビルが爆発した。

 

「野郎!ぶっ殺してやる!」

 

持っていた鞄を放り投げたネビルがマルフォイに突進して、その顔面を思い切り殴り付けた。

 

メキッ

 

鈍い音と共にマルフォイが吹き飛ぶ。

彼はさまざまな魔法薬が置かれている薬品棚にぶつかり、ひっくり返った。

 

突然の出来事にスリザリン生もグリフィンドール生も呆気に取られている。

 

温厚なネビルが「野郎!ぶっ殺してやる!」と叫んでマルフォイを殴り付けた事実を誰も現実のものだと思っていなかった。

 

真っ先に現状を理解したのはエスペランサとセオドールだ。

 

「エスペランサ!ネビルを止めろ!」

 

「言われなくても!」

 

エスペランサはネビルを後ろから抑えた。

粉々になったビーカーや試験管と共に床に倒れていたマルフォイにネビルは追撃をしようとしていたのだ。

 

センチュリオンで鍛えられたネビルの戦闘力は想像以上で、マルフォイは顔面血だらけである。

どうやらネビルは顔面の急所である人中を殴り付けたようだ。

 

鼻と口との間のくぼんだ部分が人中と呼ばれている所なのだが、強い衝撃を受けると呼吸困難になったり、重度の外傷となることもある。

事実、マルフォイはヒーヒーと呼吸が乱れていた。

 

「離せ!エスペランサ!離してくれ!」

 

 

「駄目だ!落ち着けネビル!このままじゃお前、殺人者になるぞ!」

 

ハリーとロンがエスペランサに加勢してネビルを床に抑え込んだ。

 

セオドールはフローラと共にマルフォイの外傷を調べている。

クラッブとゴイルは倒れたマルフォイの前に立ち、逆にネビルを襲おうとしていたが、ダフネに止められていた。

 

「あいつ!聖マンゴの患者を頭がおかしくなったって言いやがった!許さない!」

 

「ネビル!気持ちは分かるが、このままじゃお前がマルフォイも聖マンゴ送りにしちまう」

 

「望むところだ!離してくれ!」

 

日頃、重狙撃銃を取り扱うネビルのジタバタを止めるのはハリーとロンの加勢があっても一苦労だ。

 

そうこうしている内に、地下牢教室にスネイプが入ってきた。

 

顔面血だらけで薬品と共に倒れているマルフォイと、3人に抑えつけられているネビルという光景にスネイプは少なからず動揺した。

 

 

「何をしている!誰か詳しく教えろ!」

 

「ロングボトムが、ドラコをいきなり殴ったんです先生!」

 

パンジー・パーキンソンが涙目でスネイプに訴えた。

スリザリンの生徒達はそれに同意する。

 

「そうなのか?ロングボトム!」

 

「ああそうだ!だが殴り足りないからもう一発殴らせろ」

 

「スネイプ先生!とりあえず、ネビルを魔法で拘束して下さい!」

 

エスペランサの必死の頼みを聞いたスネイプは杖を取り出すと「インカーセラス・縛れ」と唱えてネビルを縄で拘束した。

 

「グリフィンドール50点減点。それからロングボトムは罰則だ。ノット。ミスター・マルフォイを医務室へ連れて行くのだ」

 

スネイプの指示に従い、セオドールがマルフォイを運ぼうとしたが、マルフォイは意識が朦朧としているらしく、ふらついていた。

その姿を見たスリザリン生達がネビルを非難し始める。

 

「ふざけやがって。クソ!」

 

「ネビル。落ち着け。冷静になれ。マルフォイが不謹慎な悪口を言うのは今に始まった事じゃないだろ」

 

「それでも許せないんだよ!なあ、エスペランサは僕の親がどんな状態にあるか知ってるよな!」

 

エスペランサはネビルの親がかつてクラウチJr.を含む死喰い人達に拷問された挙句に廃人となり、聖マンゴに入れられている事を彼から聞いていた。

そして、治る見込みがない事も知っている。

 

「ああ。知ってる」

 

「そうさ。聖マンゴには頭がおかしくなって狂った人が隔離されてる。そして、僕の両親もそこに隔離されている。何故だか分かるか?クソッタレの死喰いに拷問されたからだよ!マルフォイの親のお友達の死喰い人に拷問されたんだよ!」

 

ネビルの叫びに何人かの生徒が狼狽えた。

スリザリンの生徒の半分は親が元死喰い人だからである。

 

「なんで僕の両親は永久に聖マンゴに隔離されて、マルフォイの親はノウノウと普通に生活してるんだよ!マルフォイだけじゃない。クラッブやゴイルの親だって、なんだったらスネイプだって元死喰い人だ!無罪放免されているけど、どうせ陰ではマグルや罪の無い魔法使いを殺してたんだろ!?そんな死喰い人の子供が聖マンゴの患者を笑い物にしやがったんだ!」

 

ネビルの言葉にスネイプは明らかに動揺していた。

彼は死喰い人時代、誰も殺していない。

それどころか、途中からダンブルドア陣営に寝返り、多くの命を救ってもいた。

 

しかし、最初は望んで死喰い人になったのだ。

 

大勢の人間の命を奪ったヴォルデモートに加勢したのだ。

その罪の意識を、ダンブルドア陣営で活動する事で都合良く忘れていた。

 

「先生。ネビルはもう授業どころではありません。俺が外の風に当たらせて頭を冷やさせます」

 

「……そうしろ。罰則は後で伝える。他の者もさっさと授業の準備をしたまえ」

 

「行くぞ。ネビル」

 

エスペランサはネビルにかけられた縛り付けの魔法を解除し、彼を地下牢教室から連れ出した。

二人が完全に地下牢教室から出た事を確認し、セオドールもマルフォイを支えながら医務室に向かおうとした。

 

「ゲホッ。ロングボトムの奴め。父上に言いつけて退学にさせてやる」

 

マルフォイがフラフラと歩きながら呟く。

地下牢教室の床に彼の血がポタポタと落ちる。

 

「死喰い人の父親にか?」

 

「それの何が悪い。父上は長年魔法界に尽くしてきたんだぞ!それを殺人者扱いするなんて許せない」

 

「ドラコ。お前は自分の親を侮辱されて憤る癖に他人の親は簡単に侮辱するんだな」

 

「当たり前だろ!グリフィンドールの連中の家族は穢れた血や血を裏切る者達なんだから」

 

その言葉を聞いたセオドールは大きく溜息をついた。

 

「良いか、ドラコ。我々の親達は大勢の命と幸せを奪った上で生き延びているんだ。我々は奪った側の人間なんだよ」

 

「……………」

 

「ドラコ。覚えておけ。あれが奪われた者たちの感情だ。我々は死喰い人の親を持つ限りあの感情を常に向けられる事になる」

 

マルフォイは何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネビルとエスペランサは必要の部屋に来た。

 

まだ興奮が冷めていないネビルを無理矢理椅子に座らせたエスペランサは懐から煙草を取り出す。

 

「吸うか?」

 

「いや、僕は良いよ」

 

ネビルはエスペランサに差し出された煙草を断る。

 

「常に感情はコントロールしないと軍人は務まらんぞ?」

 

「ふふっ。君がそれを言うの?エスペランサって結構、感情的になってトリガーハッピーしてると思うんだけど」

 

「そんなことはしてねえ」

 

「そうかな?この間だってザカリアス・スミスにキレてたよね?」

 

「………そんなことは忘れた」

 

エスペランサは煙草に火をつける。

 

「感情的になったのは悪かったと思ってる。でも、僕は両親を悪く言われるのは許せない」

 

「確か、お前の両親はクラウチJr.達に拷問されたんだよな」

 

「うん。2人とも最後まで拷問に耐えた挙句、廃人になっちゃった」

 

「そうか」

 

「クラウチJr.に関して言えば、数ヶ月前に倒したから仇は取ったことになる。でも、まだレストレンジが残ってるんだ。僕はこの手であいつらを倒したい」

 

「倒したいって言っても連中はアズガバンの中だろう?」

 

「うん。そうだね。でも、ヴォルデモートが力を取り戻した今、アズガバンから死喰い人達が娑婆に出でくるのは時間の問題だ。近い将来、レストレンジと戦う場がきっとくる筈。その時、僕は僕の力を全力で発揮したい」

 

「ネビル。復讐に燃えるのは結構だが、センチュリオンの目的は死喰い人やヴォルデモートを倒す事じゃないぞ。それはあくまで……」

 

「分かってるよ。あくまでも過程に過ぎないんだよね。僕はそこを理解してる。でも、他の隊員はそうじゃないかも」

 

「そうなのか?」

 

「やっぱり、目先の脅威に目が行きがちになるよ。ヴォルデモート勢力を倒す事を過程にして、その後の世界を考える事が出来る隊員なんて限られてる」

 

隊員達は復活したヴォルデモートとその勢力との戦闘を意識し過ぎて、当初の目的を忘れかけている節があった。

 

魔法界で育った隊員達はヴォルデモート勢力との戦闘を恐れる事は無くなって来てはいる。

だが、やはり、かつて魔法界を震撼させたヴォルデモート勢力を"過程"としては見れなかったのだ。

 

エスペランサやフナサカといったマグル界出身の者はヴォルデモート勢力よりも強大な組織、つまりは米軍やロシア軍の存在を知っている。

だがら、ヴォルデモート勢力を軍隊ではなく単なる強力なテロ組織程度に認識していたが、他の魔法界出身の隊員達は違う。

 

彼等にとってヴォルデモート勢力はこの世に存在する最も強大な勢力だったのだ。

彼等はマグル界の兵器や戦術を知っても、米軍やロシア軍の強大さまでは知らなかった。

 

そして、この認識の差をネビルは把握しているが、エスペランサは把握していない。

 

 

「弱かった僕だけど、今は違う。力を手に入れた。以前、君は僕に言ってくれたよね。銃は誰かを殺す為だけじゃなく、誰かを守る為に撃つ物でもあるんだって。僕の力はレストレンジを倒す為だけじゃなく、レストレンジから誰かを守る為に使う物にしたい。もう二度と僕のような子供を作っちゃ駄目なんだ」

 

「ネビル………」

 

「だから、今はヴォルデモート勢力と戦う事しか考えられない。奴らを全員倒したら、そしたら、世界の平和の為に戦う事を考えるよ」

 

ネビルはエスペランサにそう言って微笑んだ。

 

余談だが、スネイプからネビルが命じられた罰則は有毒ナメクジの除去(素手)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

 

ハーマイオニーの企画した会合にうってつけの場所がある、というハリーの報告を聞いたエスペランサは彼にしては珍しく顔を青くした。

 

ハリーが見つけた場所というのが必要の部屋だった為だ。

必要の部屋という最高の環境を発見した事にハリーとハーマイオニーは喜んでいたが、エスペランサは全く喜べない。

 

必要の部屋がセンチュリオンの隊員以外に露見するのは好ましくない状況であるし、ハーマイオニーの企画する会合と訓練が被る恐れもあったからだ。

 

この話を聞いたセンチュリオンの隊員達はエスペランサと同意見だったようで、口々に非難をしたが、どうしようもない。

 

「必要の部屋は一応公共の物であるから僕達で独占する事は出来ない。仕方が無いから、グレンジャーの企画した会合が行われる日は訓練は全面的に中止して休暇にしよう」

 

セオドールはそう提案した。

 

 

 

 

 

 

そして迎えた会合初日。

 

ハリーを先頭にして約30名の生徒は必要の部屋に集まった。

ここに来るまでハリーは忍びの地図を使って周囲を警戒しながら来たわけであるが、実は心配は無用だった。

 

エスペランサは事前に事情をフィルチに言い、必要の部屋周辺の警戒網を甘くするように頼んでいたのである。

無論、フィルチは良い顔をしなかったが。

 

普段はセンチュリオンの基地として弾薬庫や射場等が並ぶ必要の部屋だが、今日は違った。

かくれん防止器や敵鏡等の防衛道具や、失神呪文練習用の巨大クッションが無数に置かれ、「自己防衛呪文学」をはじめとした防衛関係の書籍が積まれる部屋になっている。

 

大きさはセンチュリオンの基地の半分にも満たない一般的な教場サイズだ。

 

生徒全員が揃ったところでハーマイオニーが一つの提案をした。

 

「リーダーを決めるべきだと思います」

 

彼女の言葉に生徒達は顔を見合わせる。

全員、リーダーはハリーだと思っていたからだ。

 

「ハリーがリーダーでしょ?」

 

チョウがキョトンとして言う。

 

「ええ。まあそうなんだけど、一応、民主的な方法でリーダーを決めようと思って。ええと、ハリーがリーダーで良いと思う人は手を挙げて下さい」

 

生徒達は全員、手を挙げた。

 

「じゃあハリーがリーダーね。それから、組織の名前をつけたいと思うの。名前があった方が一体感が高まって団結すると思わない?」

 

「それなら反アンブリッジ同盟ってどう?」

 

「魔法省は皆間抜けの頭文字を取るのはどうだ?」

 

アンジェリーナとフレッドが言ったがハーマイオニーはそれを却下した。

 

「もっと活動の趣旨が分からないような名前が良いわ」

 

「防衛協会(ディフェンス・アソシエーション)というのはどうかしら。略してDA」

 

「DAっていうのは良いかもね。ダンブルドア・アーミーって略にもなるし」

 

チョウとジニーの発言にあちこちから賛同の声が上がった。

エスペランサはそんな生徒達を複雑な感情で見ていた。

 

ダンブルドアは生徒にここまで慕われている。

しかし、セオドールの話を信じるならばダンブルドアが仮に軍隊を作ったら兵士を駒の様に使い捨てることも厭わないかもしれない。

 

「では今からこの会合はDAと呼ぶ事にします。じゃあ、ハリーお願いね」

 

ハーマイオニーに代わってハリーが皆の前に出てくる。

 

「第一回目の今日は何を練習するべきか悩んだんだ。それで、今日は武装解除呪文、つまり、エクスペリアームズを練習しようと思う」

 

「武装解除呪文だって?君、僕らをなめてるのかい?例のあの人に向かって"武器よ去れ"なんて効く筈がないだろ」

 

ハリーの提案にザカリアス・スミスが食ってかかった。

 

「僕はそうは思わない。事実、武装解除呪文はヴォルデモートから逃げる際に僕が使って有効だった。初歩的な魔法かもしれないけど充分に役に立つ。それでも僕に教わる必要が無いって言うのなら出て行ってくれて構わない」

 

「…………」

 

「じゃあ、二人組を作って練習してみようか」

 

ハリーの指示に生徒達は二人組を作って練習を始めた。

 

武装解除の術はかなり応用の効く魔法だ。

魔法使い相手に使えば杖を奪う事が出来るが、マグルの軍人に使うと銃を奪う事が出来る。

銃と杖で武装したセンチュリオンの隊員に使うと、杖が吹き飛ぶ。

2回目に使えば小銃が飛び、3回目に使うと手榴弾が飛ぶ。

 

要するに杖が勝手に敵の持つ武器の脅威判定をしてくれて、脅威度の高いものから順に武装解除してくれるのだ。

ちなみに、武器を持たない敵に対して使えば、敵の拳を武器と判定して、敵の身体が吹っ飛ぶ事になる。

 

スネイプがロックハートにエクスペリアームズを使った際に、杖だけでなくロックハート自身も吹っ飛んだのはそれが理由だ。

スネイプの杖はロックハートが杖を持っていても脅威では無いと判定してロックハートの身体を吹っ飛ばしたのである。

 

というわけで、この魔法は武器を隠し持っている敵に対して非常に有効なのだ。

 

エスペランサはネビルとペアを組み武装解除呪文の練習を行った。

 

本来、魔法力というのは才能によるところが大きい。

そして、ネビルはかなり才能があった。

ここ2年間で成長したネビルの魔法力はエスペランサを圧倒している。

 

エスペランサとネビルは6メートルほど距離を離して対峙した。

 

「「 エクスペリアームズ・武器よ去れ 」」

 

二人は同時に呪文を詠唱する。

いや、コンマ1秒ネビルが早かった。

 

ネビルの杖から放たれた閃光がエスペランサに襲いかかる。

だが、彼もただやられる訳では無い。

 

左足を半歩交代させ、上半身を捻り、閃光をギリギリのところで躱す。

 

エスペランサの放った武装解除呪文による閃光もネビルに襲いかかった。

しかし、ネビルは閃光が直撃する寸前に自身の杖を頭上に放り投げる。

武装解除呪文はネビルに直撃したが、杖を持たないネビルから杖を奪うことは出来ない。

代わりに彼が隠し持っていた拳銃が吹っ飛んだ。

 

「流石だなネビル。あの一瞬で杖を放棄して他の武器を武装解除される事により杖を奪われないようにするなんて」

 

「まあね。君に勝とうとするなら工夫した戦い方をしないといけない」

 

落下してきた自身の杖をキャッチしながらネビルが言う。

 

「面白い事を言うじゃねえか。折角の機会だ。どちらが先に相手の杖を奪えるか勝負しようぜ」

 

「望むところさ」

 

「「 エクスペリアームズ 」」

 

再び同時に武装解除呪文が唱えられた。

 

すかさずエスペランサは匍匐の体制をとって閃光をやり過ごす。

ネビルは積まれていたクッションの一つをエスペランサの杖から放たれた閃光にぶつけた。

クッションは粉々になる。

 

粉々になったクッションで視界を遮られたネビルに僅かな隙が出来たのを確認したエスペランサは走り出す。

 

「やっぱり、そうくると思ったよ」

 

自分に向かって走り出したエスペランサを見ながらネビルは冷静に杖を構えた。

 

エスペランサはネビルに近接する。

そして、杖を構えた腕を掴みあげた。

 

「どうだ?これなら狙いを絞る事も出来ない。この勝負、俺の勝ちだ」

 

掴み上げたネビルの手から杖を奪いとりながらエスペランサは勝利を確信していた。

 

しかし。

 

「残念だけど、君の負けだよ」

 

「なにっ!?」

 

エスペランサがネビルから取り上げた杖は突然、オモチャの蛇に変化してしまった。

 

「これは…騙し杖か!」

 

「そうだよ。そして、僕の勝ちだ!エクスペリアームズ・武器よ去れ」

 

ネビルはエスペランサに掴まれていなかった左腕のローブの内側に隠していた本物の杖を取り出しで呪文を唱える。

 

呪文によって射出された閃光はエスペランサに命中し、彼の杖を吹き飛ばした。

 

 

ネビルはただ防御の為だけにクッションを閃光に当てたのではない。

粉々になったクッションによって視界が不良になったのはネビルだけでなくエスペランサもだった。

エスペランサの視界を奪ったその一瞬でネビルは本物の杖を隠し、その代わりにウィーズリー製の騙し杖を取り出したのである。

 

「こりゃ完敗だ。しかし、よくもまあ次から次へと突拍子もない戦法を考えるもんだ」

 

「君との実力差は戦術でカバーするしかないからね。それに、僕は君が突拍子もない戦法を使うのを見習っただけさ」

 

ネビルは得意げにそう言った。

 

 




武装解除呪文関連は独自設定です。
武装解除呪文は映画によって描写が異なるのでその補完ということで。
原作では呪文によって杖から閃光が飛び出るとされているので本作でも閃光という表現を使わせてもらっています。


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case79 Lonely battle 〜孤独な戦い〜

感想ありがとうございます!
エヴァが3.8に公開決定して嬉しい限りです!


DAの活動は週に1から2回。

 

時間は2時間程だ。

その短期間であれど、生徒達はめきめきと成長していった。

 

粉粉呪文や妨害の呪文、失神光線。

あらゆる防衛もしくは攻撃呪文を多くの生徒が習得している。

 

センチュリオンの隊員達もハリーの防衛術の教官としての能力には一目置いたようで、アーニーは暇さえあればハリーに呪文のコツを教えて貰おうとしていた。

 

センチュリオンは対魔法使いの戦闘の経験が少ない。

防衛呪文は一通り使えるが、実戦でそれらを使った事はない。

対してハリーは3校対抗試合と対ヴォルデモート戦を通じて魔法を駆使した戦闘のノウハウを得ていたのだ。

だから隊員達はハリーから学ぶ事も多いと判断したのである。

 

 

そんなこんなで月日は流れ、いよいよクィデッチの1回戦が行われる日がやってきた。

 

朝食後。

エスペランサはクィデッチには興味がなかったので今回こそは観戦せずにのんびりと過ごそうと寮へ戻ろうとした。

 

そんな時、階段下で顔を青くしているロンと出会したのである。

 

 

「どうした?こんなところで。もうじき試合が始まるんだろ?」

 

「ああ。エスペランサか。僕、僕、試合なんか出ない方が良いんじゃないかと思って」

 

「あ?何を言ってるんだ?」

 

見ればロンは顔が青いだけではなく、手足が小刻みに震えている。

エスペランサは戦場に初めて出る新兵を思い出した。

 

どうやら緊張しているらしい。

 

「僕、クィデッチ下手くそなんだ。練習でも上手くいかなくて。今日は全校生徒の前で恥を晒す事になるし、スリザリンの連中は朝から揶揄ってくるし、どうすれば良いか」

 

「そうか?俺に比べれば下手じゃないと思うぞ」

 

エスペランサの箒捌きはコーマックが頭を抱えるほど酷かった。

 

「僕…自信が無い。なんで代表選手になんてなったまったんだろう」

 

「お前が代表選手に立候補したからだろ。自分の意思で代表選手になって、それで選ばれたんだ。胸を張って試合に出れば良い」

 

「まぐれだよ。あんな選抜。僕、何をやっても上手くいかないんだ。ハリーみたいにクィデッチが上手い訳じゃないし、ハーマイオニーみたいに勉強が出来る訳でもない。そんな僕にクィデッチのキーパーなんて出来っこ無い」

 

「ハリーもハーマイオニーも天才的な才能を持ってるからな。それに比べたらロンは凡才だ」

 

エスペランサの言葉にロンは肩を落とす。

ロンが劣等感に悩まされているのはエスペランサも知っていた。

魔法界の英雄であるハリーや秀才のハーマイオニー、それに、優秀な兄弟に囲まれれば劣等感を持つのは当たり前だ。

 

「でもな、ロン。才能なんて物はほとんどの人間が持ってないんだ。非凡な才能を持ってるのなんて一部。最初から取り柄を持ってる奴なんて一握りもいない。ロンは偶々周りに才能がある奴が多いから劣等感を感じているだけだ」

 

「そ、それは分かってるけど」

 

「俺が所属してた軍にも居たよ。ロンみたいな奴。自分に才能なんて無いって思い込んで自信を無くして、戦場ではガタガタ震えて何も出来ずにいた」

 

「……………」

 

「だがな、ロン。お前は監督生に選ばれ、クィデッチの代表選手に選ばれた人間なんだ。お前を馬鹿にするスリザリンの連中は監督生に選ばれたか?クィデッチの選手に選ばれたか?」

 

「いや、選ばれて……無い。マルフォイ以外は」

 

「そうだ。お前を馬鹿にしてるスリザリンの連中はお前より家柄が良くて金持ちだが、監督生にも選手にも選ばれてないだろ。所詮、その程度の連中なんだ。そんな連中の目を気にして緊張するなんて馬鹿みたいじゃねえか。自信を持て、胸を張って戦ってこい」

 

「エスペランサ。僕、なんか元気出たよ。ありがとう。頑張れそうな気がする」

 

そう言ってロンはクィデッチキーパー用のグローブを手に取り、走り出した。

 

それを見送ったエスペランサもクィデッチ競技場へ向かう。

本来なら観戦に行かないつもりであったが、励ました以上、最後までロンの戦いを見届ける必要があるだろうと考えた為だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クィデッチ競技場のスタンドは生徒で溢れていた。

 

その隅に座るセオドールとフローラの姿を見つけたエスペランサは2人のところへ行く。

 

「よう。こんな端で見てたのか」

 

「ああ。エスペランサか。まあね。スリザリンの観戦態度はスポーツマンシップに反するから好きじゃないんだ。だから、こんな隅で観戦してるって訳だ」

 

エスペランサはスリザリン生の座るスタンドへ目をやった。

スリザリン生達は緑色の旗やタオルを振りながら何やら歌を歌って選手を応援している。

 

『ウィーズリーは守れない。万に一つも守れないだから歌うぞ、スリザリン。ウィーズリーこそ我が王者。ウィーズリーの生まれは豚小屋だ。いつでもクアッフルを見逃したおかげで我らは大勝利。ウィーズリーこそ我が王者』

 

応援歌だと思えば、ロンを侮辱する歌だった。

 

「な。下品な歌だろ?スリザリン生の質も低下したもんさ」

 

「そう思ってるなら止めてくれば良いのに」

 

「僕が止めろって言ったところで連中は止めやしない。それでも最近のスリザリン生の下劣な振る舞いは目に余る。何より、教師陣が許容しているのが理解出来ない」

 

教師用に設けられたスタンドに座る教職員達はスリザリンがロンを侮辱する歌を歌っているのが聞こえているにも関わらず止めようともしていない。

スネイプやアンブリッジはともかく、他の教師は少なくともスリザリンを注意すべきだろう。

 

「ホグワーツの教師達はスリザリン生は"そういう下劣な事をする生徒"だと認識してしまっているんですよ。そういう連中だから何を言っても無駄なんだと思って指導しないんです」

 

フローラが人事のように言った。

 

ホイッスルが鳴り、試合が始まる。

 

スリザリンチームとグリフィンドールチームでは箒の性能に差がある。

グリフィンドールチームはその差を技術で埋めていた。

しかし、グリフィンドールチームの技術力を底上げした功労者のウッドは既に卒業している。

ウッド抜きのグリフィンドールチームがスリザリン相手にどこまでやれるか……。

 

『さあ、ジョンソン選手!ジョンソンがクアッフルを手にしています。なんという良い選手でしょう。僕はもう何年もそう言い続けているのに、あの女性はまだ僕とデートをしてくれなくて――すみません!ほんのご愛嬌ですよ、先生。そして、アンジェリーナ選手、ワリントンを躱しました。モンタギューを抜いた。そして――』

 

リー・ジョーダンの実況を聞く限りグリフィンドールは善戦しているみたいだ。

 

「グリフィンドールの選手は練度が高いな。スリザリンは選手層が薄い。チェイサーとキーパーはベテランだがビーターは明らかに人選ミスだ」

 

セオドールが嘆く。

 

今回、スリザリンのビーターはあろうことかクラッブとゴイルだった。

 

「あの二人の選手にはスリザリン生の多くが反対でしたが、モンタギューが押し切ったらしいですね」

 

「本当に何を考えているんだか」

 

チェイサー同士の戦いは白熱する。

スリザリンのチェイサーの一人であるワリントンがクアッフルを掴み、ゴールへ突進した。

 

ワリントンはその巨体を最大限に活かした強烈なシュートをゴールに決めようとしたが、ロンがこれを防ぐ事に成功する。

 

グリフィンドールの応援団は歓声を上げ、逆にスリザリン応援団はブーイングと"ウィーズリーは我が王者"の歌をさらに歌い続けた。

 

ロンは自信を持って戦えている。

練習の時ほどの腕は見せていないものの、十分に戦えるレベルだ。

 

逆に本番で練習以上の技量を見せていたオリバー・ウッドは凄過ぎた。

 

続く第2撃をセーブしたロンだったが、第3撃でミスをした。

スリザリンは歓声を上げる。

 

『ウィーズリーの生まれは豚小屋だ。いつでもクアッフルを見逃した』

 

『そしてボールは再びグリフィンドールに戻りました。ケイティ・ベル、ピッチを力強く飛んでおります――』

 

実況とスリザリンの歌が響き渡る。

 

チェイサーの争いはスリザリンがリードしていたが、5割の確率でシュートをセーブするロンのおかげで点差は開かない。

 

そもそも、スニッチを取れば150点獲得というぶっ壊れたルールの為に、チェイサーの争いは茶番と化している。

せめてスニッチによる得点が50点とかならスポーツとして成り立つのでは無いか、とエスペランサは常々思っていた。

 

「ポッターがスニッチを見つけたみたいですね」

 

フローラが心底どうでも良さそうに報告する。

見ればハリーが競技場の地面へと急降下しているのが見えた。

 

マルフォイもそのハリーの動きに気付いてスニッチの方へ急降下を開始する。

だが、ファイアボルトという世界最高級の箒のスピードとハリーの力量に勝てる筈もない。

 

結局、ハリーがスニッチを手にして試合は終わった。

 

競技場はグリフィンドールの歓声に震え、選手達は抱き合ったり、握手をしたりしている。

 

「チェイサーは悪く無いんだが、ポッターが強過ぎる。今年もグリフィンドールが優勝かな」

 

セオドールが溜息を吐きながらぼやいた。

 

エスペランサは地上に降りたロンがエスペランサの方へ嬉しそうに手を振っているのを見つける。

一方で地上に降りたマルフォイがハリーに向かって何か悪態をついているのも目の端に入った。

 

悪態を吐くマルフォイにハリーと双子のウィーズリーが殴りかかろうとしている。

 

「やばい雰囲気だ。仲裁に行ってくる」

 

エスペランサは腰のホルスターから拳銃を取り出して立ち上がった。

今の情勢下でハリーが暴力沙汰を起こすのは非常にまずい。

魔法省につけ込まれる口実になりかねない。

 

「仲裁?君が行ったら怪我人が増えるだけだ。やめておけ」

 

「何故だ?俺は別にマルフォイを心配している訳じゃないが、このままだとマルフォイは今年2回目の医務室送りになるぞ?」

 

「それがドラコの狙いだ。わざと挑発してポッターに暴力を振るわせる。狡猾で実にスリザリンらしいやり方だ。それに、ほら。もう手遅れだぞ」

 

再び競技場に目を戻したエスペランサは力無くスタンドの席に座り込む。

 

ハリーとフレッドかジョージかそのどちらかがマルフォイを血祭りに上げている最中だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故ハリーとジョージがマルフォイを血祭りに上げたのか。

答えは簡単。

マルフォイが試合の後、ハリーとウィーズリー家に対する思いつく限りの暴言を吐いたからである。

 

ウィーズリー家を豚小屋と言ったり、ハリーの母親の悪口を言った訳だ。

それに刺激されたハリーとジョージはマルフォイを2人がかりでリンチした。

 

結果としてマルフォイは今学期2度目の医務室送りとなり、ハリーとジョージはマグゴナガルに連行された。

フレッドもマルフォイに殴りかかろうとしていたが、グリフィンドールのチェイサー3人に抑え付けられていたため、リンチに加わる事が出来なかった。

 

職員室に連行されたハリーとジョージはマグゴナガルにこっぴどく叱られていた。

 

「あんな恥曝しな行為は、見たことがありません。一人に二人がかりで殴りかかって!申し開きできますか!」  

 

顔を真っ赤にしたマグゴナガルがハリーとジョージに言う。

 

「マルフォイが挑発したんです」

 

「挑発?ミスター・マルフォイは負けたばかりでしょう。当然、挑発したくなる筈です!」

 

マクゴナガルは怒鳴りながら机を拳で叩く。

机の上に置かれた缶が床に落ち、蓋がパックリ開いて、生姜ビスケットが床に散らばった。  

 

「先生。マルフォイは僕の両親を侮辱しました。ハリーの母親もです」

 

「しかし、それなら何故、フーチ先生にその場を仕切っていただかないのです!暴力を振るわなくとも理性的に対抗すべきでした!」

 

「マグゴナガル先生、その二人だけを責めるのはフェアではありません」

 

「!?」

 

突然の声にマグゴナガルもハリーもジョージも職員室の扉の方へ振り向く。

そこにはいつの間にかセオドールが立っていた。

 

「ミスター・ノット。今は取り込み中です。私に用件があるのなら後程………」

 

「いえ、先生。僕はその二人の弁護に来たんです」

 

「弁護?あなたがですか!?」

 

セオドールの発言にハリーもジョージも目を丸くした。

ハリー達はスリザリン生をよく思っていないが、エスペランサと仲の良いセオドールやフローラ、ダフネ達は比較的マシとは思っていたものの好意的な感情を抱いた事は無かった。

 

「まず、うちのドラコが非常に無礼な誹謗中傷をした事を詫びる。他の連中に聞いたところポッターの亡き母君を悪く言ったそうだな」

 

「え、う、うん。まあ、そうだ」

 

「正直言ってドラコの言動は目に余るところがある。監督生として不適格と言わざるを得ない。今回、ドラコがポッターの母君とウィーズリー家を罵倒した件に関しては厳重な処罰を受けるに値すると考えたから、スネイプ先生に報告しておいた」

 

「スネイプに言っても意味無いさ。あいつ、マルフォイ贔屓だもの」

 

「僕もそう思ったんだが、どうも今回の件だけはスネイプ先生の逆鱗に触れたらしい。あの人にしては珍しくスリザリン生であるドラコに罰則と減点を与えていた」

 

ことクィデッチに関してはフェアを目指し、スポーツマンシップを重んじるセオドールはマルフォイの言動を問題視してスネイプに一連の出来事を報告した。

無論、セオドールもスネイプがスリザリン生(特にマルフォイ)を贔屓することは知っている。

それでも、悪化するスリザリンの質の低下を防ぐ為に彼はスネイプに問題提起をしようとしたのだ。

 

ところが、マルフォイがハリーの母親の悪口を言ったという報告を聞いたスネイプは怒りを露わにした。

そして、医務室で治療を受けていた最中のマルフォイの元に赴き、彼に罰則と減点を与えたのである。

 

その場に居合わせたスリザリン生達は天変地異を目の当たりにしたかのような顔をしていた。

スネイプはその後、マルフォイに厳罰を与えた事をマグゴナガルに報告するようにセオドールに命じたのである。

 

「ともかく、ドラコは人の尊厳を踏み躙る様な発言をしました。実際に暴力を振るった点はポッター達に非があるが、ドラコの発言も看過出来ません。ついでに言えば、審判のフーチは違反行為をしたクラッブへの口頭注意に夢中でその場を仕切る事は不可能です。ポッターとウィーズリーを一方的に責めるのは如何なものでしょうか?」

 

セオドールの言葉にハリーもジョージも、そして、マグゴナガルも驚愕した。

彼らにはセオドールが何を思って行動をしているかがさっぱり理解出来ていない。

 

「ェヘンェヘン」

 

誰が聞いても不快に思える咳払いが職員室の入口から聞こえた。

 

3人が振り向くとピンク色のガマガエルことアンブリッジが気味悪く笑いながら立っている。

 

「ミスター・ノットは弁護しているようですが、私はポッターとウィーズリーには更なる厳罰が必要だと考えていますのよ?」

 

「ドローレス。ポッターもウィーズリーもグリフィンドールの生徒です。罰則は寮監である私が決める事です」

 

「それがそうでも無いのですよ?先程、魔法大臣からこちらが送られて来ましてね」

 

アンブリッジは羊皮紙を一枚引っ張り出し、読み上げた。  

 

「ェヘン、ェヘン……教育令第二十五号」

 

「まさか、また教育令ですか」

 

マグゴナガルは呆れたように言う。

 

「ミネルバ、あなたのおかげで、私は教育令を追加することが必要だと思いましたのよ?私がグリフィンドールのクィディッチチームの再編成許可を却下しようとしていた時、あなたはダンブルドアにこの件を持ち込み、ダンブルドアがチームの活動を許すようにと主張しました」

 

「ええそうです。却下する理由がありません」

 

「さて、それは私としては承服できませんでしたわ。大臣に連絡しましたら、高等尋問官、つまり私は生徒の特権を剥奪する権利を持つべきだと考えていたようです。そこで、新たな教育令が発令されました。『高等尋問官は、ここに、ホグワーツの生徒に関するすべての処罰、制裁、特権の剥奪に最高の権限を持ち、他の教職員が命じた処罰、制裁、特権の剥奪を変更する権限を持つものとする。署名、コーネリウス・ファッジ、魔法大臣、マーリン勲章勲一等、以下省略』」  

 

アンブリッジは羊皮紙をしまいながらニタァと笑った。

 

「さて、私の考えでは、この二人が以後二度とクィディッチをしないよう禁止しなければなりませんわ。今後、このような事が起こらないようにね」

 

「禁止!?クィデッチをですか?永久に!?」

 

ハリーが狂ったように叫ぶ。

 

「ええ。そうです。あなたとミスター・ウィーズリーもです。それに、安全を期すため、双子のもう一人も禁止にしましょう。チームの他の選手が押さえていなかったら、きっと、もう一人もミスター・マルフォイを攻撃していたに違いありませんからね。箒も当然没収です。私の禁止令に決して違反しないよう、私の部屋に安全に保管しましょう」

 

「何という横暴だ!それは魔法省の越権行為です!」

 

勝ち誇るアンブリッジに憤慨したのはセオドールだった。

 

「あら?ミスター・ノットはグリフィンドールの生徒の肩を持つのかしら?」

 

「別に肩を持つつもりはありません!ですが、クィデッチの長い歴史の中で選手同士の暴力沙汰は数多く存在する。だが、該当選手は裁判という過程を経て罰を受けている。突然、選手としての地位を剥奪されるなんて判例は存在しない」

 

「今まではそうでしょうね。ですが、私には地位を剥奪する権利があるのですよ?ホグワーツではね」

 

「だが、そうだとしてもその権限はホグワーツ内のホグワーツの生徒を対象にした場合のみ有効な筈です。永久にクィデッチをする権利を剥奪する事は出来ない。それに、箒を没収するのも違法だ。魔法省が一個人の財産を手続きも無く没収する事は出来ない」

 

セオドールの言葉にアンブリッジは詰まった。

アンブリッジの権限が及ぶのはホグワーツ内のみであり、対象はホグワーツの生徒と職員に限られる。

 

故にクィデッチの永久禁止は強制出来ない。

また、政府が不当に個人の財産を没収する事が出来ないのは法で決まっている。

アンブリッジの権限より法の方が優先されるのは明らかだ。

 

だが、アンブリッジは教育令を盾にしてセオドールの意見を跳ね除けた。

 

「ホグワーツ内であれば全ての制裁や処罰に対して私が最高権力を持つように教育令では定められました。この教育令は魔法大臣が特例で出した法そのものです。私がポッターの箒を没収することを処罰にすれば何の問題もありません」

 

「それが、魔法省のやり方なのか。腐敗しているのは新興純血主義者だけかと思っていたが、どうやら政府も腐っているみたいだな」

 

「いいえ。今の魔法省と魔法大臣は正しく、そして正義なのよ?あなたも私と同じ純血の人間なのだから分かるでしょう?」

 

「純血?あなたが?」

 

「ええ。私の父はウィンセンガモットの魔法戦士で純血だったのよ?」

 

「は、はは。なるほど。あなたの行動原理が分かった気がします」

 

「??」

 

「先生。僕はこれでも古典的な純血主義を重んじているので、現存する純血だけでなく、過去の純血家系もある程度は暗記している。そして、僕の記憶ではアンブリッジという家系が純血であった事実は無い」

 

「なっ!!何を言って……」

 

「嘘で塗り固められたような人間であるあなたに牛耳られる魔法界にもホグワーツにも未来は無さそうだ。これ以上議論の余地は無いだろうし、自分は帰ります」

 

セオドールはアンブリッジ達を残して職員室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

職員室を出たセオドールは真っ直ぐに必要の部屋へ向かった。

 

必要の部屋に彼が入ると部屋はセンチュリオンの基地に変わる。

その基地の中に新たに設置されていた情報部用の部屋に彼は一人で入った。

 

情報部の部屋は3つばかりのデスクと秘密文書の入った金庫やファイルが入った棚、通信機器や記録装置が並べられた机が雑然と置かれている。

 

ザビニが入手した魔法界の戸籍一覧や死喰い人候補一覧、地下に潜っている人攫いや狼男等の分布。

"黄金虫"が手に入れてきた魔法省内部の人事や工作員候補一覧。

その他、あらゆるメディアの書籍等がこの部屋には格納されている。

 

セオドールはそれらの資料を1ヶ月がかりで分析した。

 

対ヴォルデモート勢力に対して戦争を仕掛けた際、味方になりそうな勢力、敵になりそうな勢力。

また、それぞれの勢力の戦力。

 

(1ヶ月で英国魔法界の勢力の分布と戦力を分析し切ったのは我ながら上出来だ)

 

セオドールは椅子に座り、デスクライトをつけ、資料に埋もれた机の前に掲げられた英国魔法界の地図を見た。

 

地図にはどこにどの勢力がどの程度の戦力で分布しているかが詳しく書き込まれている。

そして、その地図の中にあるホグワーツと魔法省の箇所にマジックペンで『戦力にならない』と書き込んだ。

 

(魔法省を味方勢力にカウントする事は出来ない。そして、魔法省に牛耳られたホグワーツも同様に戦力にならない。となると懸念事項は……)

 

セオドールは地図上の北海を睨んだ。

そこにはアズカバンがある。

 

(アズカバンの吸魂鬼、そして、確認は出来ないが巨人もヴォルデモート勢力に奪われる可能性がある)

 

彼はアップデートされた敵味方陣営の戦力を分析してシミュレーションを開始した。

 

ここで使っているのはランチェスターの法則というものだ。

旧日本軍が真珠湾攻撃を起案する際にも使われた戦争における戦闘員の減少度合いを数理モデルにもとづいて記述した法則である。

剣や弓矢で戦う古典的な戦闘に関する1次法則と近代兵器を利用した近代戦を記述する2次法則がある。

今回利用するのは2次法則であり、実例としては、硫黄島の戦いを米軍が解析した事が有名だ。

 

このランチェスターの法則は微分方程式を利用する必要がある為、普通の魔法使いでは解析する事が出来無いのだが、セオドールは独学で微分方程式を理解する事が出来ていた。

 

(計算するまでも無いか。そもそも、敵勢力に比べて動ける味方勢力が少な過ぎる。不死鳥の騎士団と戸籍一覧から選んだ戦力になりそうな魔法使いや魔女、そして、センチュリオンの18名。その他諸々を含めても敵勢力の戦力の半分にも満たない戦力だ)

 

「くそっ!」

 

セオドールは丸めた資料を壁に叩きつけた。

 

「勝てねえ!人が足りない。火力も武器も足りない。世論が味方しない。魔法省は使えねえ!これで勝てる訳が無い!」

 

彼は机を拳で叩いた。

あらゆる困難からセンチュリオンを救い、突破口を見つけてきた彼がはじめて挫折していた。

 

「土台、無理な話だったんだ。生徒だけの寄せ集めで作った18名しかいない軍事組織の火力だけではヴォルデモートを倒すには余りにも弱すぎる。戦術でカバーするには戦力に差があり過ぎる」

 

戦力差があっても戦術でカバーし、敵に勝つ。

セオドールはその考えを基にして対ヴォルデモート戦を考えてきた。

しかし、勝つための戦術にはセンチュリオンの戦力だけでなく、魔法省の協力や闇払いの加勢が必要不可欠だという結論に達してしまった。

 

18名の隊員。

武装は最大火力のものでも迫撃砲や誘導弾の類のみ。

魔法力はOWLを少し超えるレベル。

 

ヴォルデモート勢力の殲滅をする事も、果ては世界平和を達成する事も無理だ。

そして、セオドールの理想とする純血主義、すなわち、純血家系がノブレスオブリージュの精神を持って全ての魔法族の生命と安全を保障して、魔法界を永続的に存在させる事も達成出来ない。

 

いや、そもそも今の魔法界は守るに値する世界なのだろうか。

 

 

「勝てる可能性が0.1でも0.01でもあれば良かったんだ。だが、こればかりは可能性がゼロだ。ゼロには何をかけてもゼロにしかならん。エスペランサ。教えてくれ。これでも我々は血を流して戦わなくてはならないのか?」

 

セオドールは一人問いかける。

 

しかし、彼に返答する人物は今、必要の部屋には存在しなかった。

彼は一人だった。

 

孤独な自問自答。

 

セオドールの精神は崩れていく。

 

 

 

 

 




やっと不死鳥の騎士団も中盤戦です!


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case80 Cracks 〜亀裂〜

投稿が送れました!
申し訳ありません!
少し多忙でして……

感想、誤字訂正ありがとうございます!

落ち着いて来たので投稿を再開します!
本当に申し訳ないです!


北海に浮かぶ孤島。

それがアズカバンである。

 

無論、マグルの地図にも魔法界の地図にも載っていない。

衛星写真にも映し出されないその孤島は荒れ狂う波と嵐に晒されていた。

 

要塞のようなその孤島の周りには数千を数える吸魂鬼が飛び回り、囚人から生きる気力を奪っている。

 

そんなアズカバンの入り口の管理を任されていたのはホグワーツを卒業してから間もない若手の魔法使いの警備員だった。

 

魔法省職員、すなわち公務員は成績優秀者でしかなることが出来ない。

しかし、アズカバンの警備をする役職となれば話は別だ。

 

大した成績を取らずともアズカバンの警備員になる事は出来るし、肩書きは魔法省職員となる。

給料も悪く無い。

 

それに、アズカバンはその特性から脱獄者もいない為、非常に暇な勤務となる。

 

若い警備員は衛門の詰所で漫画雑誌を読みながら暇を潰していた。

次の当直交代までは4時間もある。

 

ちなみに、警備員は吸魂鬼の影響を受けないようにする為に必死で覚えた守護霊の呪文で守護霊を出して勤務をする。

 

「面会の申し込みをしたいのだが」

 

不意に話しかけられた警備員は雑誌から目を離して顔を上げる。

見れば受付に二人の男が立っていた。

 

二人ともフードを被っていて顔が見えない。

 

「面会ですか?アズカバンの面会は事前に魔法省での手続きが必要です。本日は面会の予定は無かった筈ですが?」

 

「ああ。手続きなどしていない。だが、旧友に会いたくなってな」

 

「旧友?誰でしょうか?」

 

怪訝な顔をしながら警備員は杖を片手に立ち上がる。

 

「レストレンジにドロホフ、それにルックウッド達だ」

 

「はあ!?」

 

揃いも揃って極悪人ばかりである。

警備員は益々不審に思い、魔法省とのホットラインを繋ごうとした。

 

「何をする気だ?」

 

「すみませんが、魔法省に通報させてもらいます。例のブラック事件以来、不審な者が訪問してきた際は通報するようになっているので」

 

「我々が不審者であると思うのか?」

 

「ええ。手続き無しの訪問に加えて、面会相手が死喰い人となれば疑わざるを得ないので」

 

「そうか。残念だな。無駄な殺しは避けたいところだったのだが」

 

「へ?」

 

「アバダ・ケダブラ」

 

緑色の光がフードの男の持つ杖から噴射され、警備員は呆気なく死んだ。

 

「問答無用で殺害か。俺様が言えた事ではないが、お前も大概、恐ろしい奴だ」

 

後ろにいた男がフードを取り払う。

 

まるで蛇の様な顔が露わとなった。

言わずと知れたヴォルデモートである。

 

「我が君。目的の為には手段を選ばないのが私のモットーです。それは、貴方もダンブルドアも変わらないでしょう?それに、これは戦争です。殺しを躊躇すれば敗北あるのみ。一人や二人殺す事を躊躇ってはなりません」

 

警備員を殺した方の男はアエーシェマ・カロー。

 

ヴォルデモートとアエーシェマという英国魔法界最悪の二人組がアズカバンを訪問しに来たのである。

 

「戦争、か。孤軍奮闘の老ぼれダンブルドアに、腐敗した魔法省相手では戦争にすらならんだろう」

 

「戦争を甘く見てはなりません。油断や驕りで戦争に負けた国や組織は数え切れないほど存在するのですから」

 

アエーシェマは警備員の亡骸を悪霊の炎で消し炭にしながら話し続けた。

 

「確かにそうかもしれん。俺様は油断した故に赤子に敗北したのだからな」

 

「その通りです。油断大敵。持てる駒は全て使い、総力戦を仕掛けて完全な勝利を手に入れましょう」

 

「総力戦?」

 

聞き覚えの無い単語にヴォルデモートが赤く細い目をさらに細くさせた。

 

「総力戦というのは国家の総力を結集した戦争の事です。この場合は我が君の陣営の総力を結集すると言えば分かりやすいでしょう。戦闘員である死喰い人だけが戦うのではなく、経済、文化、思想、宣伝などあらゆる部門を戦争目的のために再編し,統制して我が陣営の総力を戦争目的に集中するのです。そして、全体が戦闘員化するにいたる。これが総力戦です」

 

「その総力戦とやらはお前が考えた概念なのか?」

 

「まさか。マグルの考えです。クラウゼヴィッツというマグルはマグル界における戦争が総力戦に変わり行く中で、"戦争とは他の手段をもってする政治の継続"と定義したようですな」

 

「ほう。純血主義の権化とも言えるお前がマグルの思想を参考にするとは。マグルの様な野蛮な存在の考える戦い方など参考にもならんのではないか?」

 

「我が君。マグルは愚かにも、我々魔法使いよりも遥かに多く、そして、長く戦争をして来たのです。その血塗られた愚かな歴史がマグルの科学技術を発達させ、さらに、戦争の形態を進化させてきたのです」

 

アエーシェマは語る。

 

殺しに快楽を覚えるヴォルデモートと違い、アエーシェマは戦闘に快楽を覚える人間だ。

それをヴォルデモートもよく理解している故に、アエーシェマの言葉に傾聴した。

 

「戦争の仕方に関してはマグルの方が遥かに秀でている。我々魔法族の戦争とは、個人間戦闘、つまり決闘です。その形態が古来から変わりません。ですが、マグルは集団での総力戦を主体とし、その戦い方と武器を極めてきた。人を殺すという点においてマグル以上に恐ろしい存在はありません。我が君も数年前にそれを味わった筈です」

 

ヴォルデモートの脳裏に、エスペランサとの戦闘が過る。

無数の近代兵器を前にしてヴォルデモート、というよりクィレルは死亡した。

 

 

「忌々しい記憶だ。マグルの武器は確かに強力だが、俺様の魔法の前には無力とも言える。あの時は力も弱く、クィレルに寄生していた故に敗北したのだ。今ならそうはいかない」

 

「そうでしょうとも。しかし、それは我が君に限っての話。あのクラウチJr.でさえマグルの武器にやられたのです。死の呪文を乱射する事しか脳の無い他の死喰い人達は対応が出来ない」

 

「アエーシェマよ。お前ともあろう者がマグルの武器を恐れるのか」

 

「ええ。恐れます。戦争におけるマグルはスリザリンより狡猾かつ残虐な存在なのです。そして、彼らの生み出す武器は魔法以上に破壊をもたらす。そんな武器を魔法使いが使うように仕向けている人物。奴の存在が私にとって脅威であり、また、好奇心の対象でもあるのです」

 

「エスペランサ・ルックウッドか……。あの小僧一人で我が陣営に対抗出来るとは到底思えん。所詮は学生だ」

 

「エスペランサ・ルックウッドは単体での脅威度は然程高くない。ですが、奴はマグルの恐ろしさと魔法の恐ろしさの両方を知っている。さらに奴はグリフィンドール生でありながら他のダンブルドア派と違い、手段を選ばない。殺害を躊躇わないそして、マグルの戦い方を魔法界にもたらそうとしている」

 

「それだけ聞けば、エスペランサ・ルックウッドは実にスリザリン的な存在とも言える。俺様としては奴が何故グリフィンドールに組み分けされたのか理解に苦しむ」

 

「我が君。私が思うに、マグルの思考は実にスリザリン的なのです。故にマグル界で軍人をしていたルックウッドは限りなくスリザリンに近い思考をしている。しかし、奴の思想はスリザリン的ではない。はっきり言って奴は脅威です。奴が生きている限り私の望みは叶わない」

 

「お前の望みとは何だ?お前が欲しいのは戦いだけでは無かったのか?」

 

「違います。私が欲しいのは"私の存在する未来"です」

 

アエーシェマの言葉をヴォルデモートは理解する事が出来なかったが、理解するつもりも毛頭無かった。

 

アエーシェマとヴォルデモートはアズカバンの監獄の奥へと歩みを進める。

囚われの死喰い人を世界に解放する為だ。

 

そして、その死喰い人の中にアエーシェマにとって重要な人物が居た。

 

オーガスタス・ルックウッド。

神秘部を熟知すると共に、エスペランサ・ルックウッドを知る男。

 

彼の記憶の中にアエーシェマの求める全てが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"アズカバンからの集団脱獄!ブラックが先導か!?"

 

日刊預言者新聞の見出しにホグワーツの生徒は震え上がった。

 

朝食を食べていたエスペランサの横でハリー達が大騒ぎしている。

 

 

"昨夜遅く魔法省が発表したところによれば、アズカバンから集団脱獄があった。魔法大臣コーネリウス・ファッジは、大臣室で記者団に対し、特別監視下にある十人の囚人が脱獄したことを確認し、すでにマグルの首相に対し、これらの人間が危険人物であることを通告したと語った。「まことに残念ながら、我々は、二年半前、殺人犯のシリウス・ブラックが脱獄したときと同じ状況に置かれている」ファッジは昨夜このように語った。「しかも、この二つの脱獄が無関係だとは考えていない。このように大規模な脱獄は、外からの手引きがあったことを示唆しており、歴史上初めてアズカバンを脱獄したブラックこそ、他の囚人がその跡に続く手助けをするにはもってこいの立場にあることを、我々は思い出さなければならない。我々は、ブラックの従姉であるベラトリックス・レストレンジを含むこれらの脱獄囚が、ブラックを指導者として集結したのではないかと考えている。しかし、我々は、罪人を一網打尽にすべく全力を尽くしているので、魔法界の諸君が警戒と用心をおさおさ怠らぬよう切にお願いする。どのようなことがあっても、決してこれらの罪人たちには近づかぬよう」"

 

記事の内容を読んだハーマイオニーはヒステリックになっていた。

 

「こんなの前代未聞だわ!アズカバンは既に魔法省が管理出来ていないと言ってるようなものよ!それに、外から手を引いたのは絶対に例のあの人だわ!」

 

「そうだろうな。脱獄したのは誰だ?」

 

「ベラトリックス・レストレンジにアントニオン・ドロホフ、それにオーガスタス・ルックウッドよ」

 

エスペランサはハーマイオニーの持つ日刊預言者新聞の表紙に目を向けた。

 

ボサボサに乱れた髪に狂人の目をしたベラトリックス。

面長で青白い顔をしたガタイの良い男がドロホフ。

 

そして、痘痕面で退屈そうにしている男がオーガスタス・ルックウッド。

 

「ルックウッド……」

 

エスペランサは自分と同じ名を持つ元死喰い人を眺めた。

 

「例のあの人に魔法省の秘密を漏らして捕まった死喰い人ね。エスペランサと同じ名前だわ」

 

「ああ。だが、ルックウッドなんて名前はそんなに珍しいものでもない。それに俺は中東の米軍施設で育ったんだ。こいつとの関係は無い」

 

そう言いながらもエスペランサは新聞に映るオーガスタスの姿に目を取られていた。

 

「でも、やばいぜ?ドロホフやベラトリックスって凄い極悪人だ。パパが言ってた。魔法界で育った子供は皆知ってるくらいの悪い連中だよ。そいつらが脱獄したってことは例のあの人の陣営は強化されちゃうだろ」

 

ロンが言う。

 

「そうね。見て、職員席を。ダンブルドアもマグゴナガルも、それにスネイプも深刻そうな顔して話してるわ」

 

「本当だ。アンブリッジだけが呑気に朝食とってるな」

 

エスペランサはもう一度、新聞に目を落とした。

 

脱語した死喰い人は10人。

人数にしてみれば分隊規模。

しかし、この死喰い人達は他の死喰い人よりも優秀で、そして、カリスマ性もある。

 

彼らが脱獄したと知った元死喰い人達がヴォルデモートの元に戻るであろうことは容易に想像出来た。

 

エスペランサは朝食を中断し、ハリー達を残してセオドールを探した。

 

セオドールもエスペランサのことを探していたようで、二人は大広間の入り口で出会した。

 

「エスペランサ。新聞は読んだか?」

 

「勿論だ。10人の死喰い人が脱獄したんだろ?」

 

「そうだ。これは最悪の事態だ。いや、こうなるのも時間の問題だと思っていたが、予想以上に早かった」

 

「最悪の事態と言ってもまだ10人脱獄しただけだろう。ヴォルデモートの勢力が強化された事には変わりないが……」

 

エスペランサはそう言うが、セオドールは深刻そうな顔を崩さない。

 

「たかが10人、されど10人だ。隊長。至急、総員を集めて話したい事がある。今日の午後は訓練を取り止めて欲しい」

 

「ああ。許可する。だが、何を話すんだ?」

 

「今後のセンチュリオンの活動についてだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

必要の部屋に集まった18名の隊員。

ほとんどの隊員が魔法界育ちである。

それ故に、ベラトリックスをはじめとした死喰い人がどれ程に恐ろしい存在であるかを知っている。

 

そして、センチュリオンはその恐ろしい存在と戦う組織である事を思い出していた。

 

特にレストレンジに親を廃人化されたネビルは殺意に満ちたオーラを纏っていた。

 

ブリーフィングルームに集まった隊員達の前にセオドールが出てくる。

 

隊員達は固唾を飲んで彼の言葉を待った。

 

恐らく、脱獄した死喰い人との戦闘を開始する旨が達せられるのだろうと誰もが思っていた。

 

 

「全員集まったようだな。隊長。これから僕は副隊長兼、当隊の参謀として、現情勢下における我々の活動について提案するつもりだ。よろしいな?」

 

「構わない。副隊長の意見を皆と、そして俺に伝えてくれ」

 

「承知した。では、まずこれを見て欲しい」

 

セオドールはブリーフィングルームの前方に置かれたホワイトボードに貼り付けられた日刊預言者新聞を指差した。

 

10人の死喰い人達が脱獄した旨が書かれた新聞だ。

 

「ここにいる皆は、この記事をもう知っている事だろう。昨夜、ベラトリックス・レストレンジをはじめとした死喰い人10名が脱獄した。アズカバンにいた魔法省職員は死亡。吸魂鬼は機能しなかった」

 

セオドールは言葉を続ける。

 

「脱獄した死喰い人は全員、クラウチJr.と同等、またはそれ以上の戦力だ。特にドロホフとレストレンジに関しては1人で1個中隊と同程度の戦力と言って良い。また、吸魂鬼が機能していないということから、魔法省は既に吸魂鬼を管理出来ていないとも思われる」

 

「そうなのか?魔法省はまだ何も言っていないけど」

 

隊員の一人が発言する。

 

「今の隠蔽体質が蔓延した魔法省が事実を発表する事はまず無いだろう。これは憶測だが、吸魂鬼は既にヴォルデモート陣営に下った可能性が高い」

 

「10人の死喰い人に吸魂鬼か。ヴォルデモート勢力の戦力は以前よりも増強されたって訳だな」

 

隊員達が顔を見合わせる。

 

「そうだ。そんな中で魔法省はまだヴォルデモートの復活を認めようとしない。つまり、魔法省は闇払いを含めて戦力にならん。今、ヴォルデモートが戦争を仕掛けてきたら、対抗出来るのはダンブルドアとホグワーツの職員、若干名しかいない不死鳥の騎士団、そして、我々だけだ」

 

「なるほど!遂に僕達の出番って訳だ!腕が鳴るな!」

 

「いよいよ実戦って訳だ!」

 

血の気の多いコーマックと自信家のアーニーが興奮して立ち上がる。

 

だが、セオドールは彼らに冷たく言い放った。

 

「お前達は今のセンチュリオンでヴォルデモート勢力を倒せると本気で考えているのか?」

 

「何!?」

 

「現状でヴォルデモート勢力と対抗可能な勢力は不死鳥の騎士団と我々センチュリオンのみだ。これを見ろ」

 

セオドールはホワイトボードに英国魔法界の地図を貼り付けた。

その地図には敵味方の勢力がビッシリと数値化されて書き込まれている。

 

「昨日の脱獄犯を含めた勢力図だ。多少の誤差はあるが、地下に潜っている人狼や人攫いも併せて数値化してある。これを加味してシミュレーションを行った結果、ヴォルデモート勢力との戦闘を行った場合の勝率は限りなくゼロに近い」

 

「所詮はシミュレーションでしょ?それに限りなくゼロに近いだけで、ゼロでは無い」

 

前列に座っていたハンナが反論する。

 

「勝率が限りなくゼロに近い戦闘を行う軍隊ほど愚かな軍隊は存在しない。そもそも、人数からして勝ち目が無いんだ。それに、シミュレーションは大切だ。太平洋戦争前に日本という国の総力戦研究所が米国と戦争をした結果をシミュレーションしたが、その結果は現実とほぼ同じ結果となっている」

 

戦争をシミュレートする事に関してあまり知識が無い隊員達はピンと来ないようだった。

 

OR(オペレーションズリサーチ)を理解しているエスペランサや、マグル出身のフナサカ、それにインテリジェンスを独学で学んでいるザビニはセオドールの言っている事を理解した。

 

「兎に角、現情勢下で戦闘を行えばヴォルデモート勢力が勝利する可能性が高い事は分かった。だが、我々は近代兵器という利点があるじゃないか。それに、ダンブルドアだっている」

 

フナサカがブリーフィングルームの横に積み上げられた武器を指差して言う。

 

「そうだ!僕達には機関銃や迫撃砲、ナパームもある。吸魂鬼を倒すことの出来る弾丸だってある」

 

「ヴォルデモートは脅威だけど、ダンブルドアならヴォルデモートに勝てるんじゃないの?それなら、私達は死喰い人や人狼だけを相手に戦えば良い。勝ち目が無い訳じゃないわ」

 

他の隊員達も口々に反論し始めた。

 

「クラウチJr.一人に我々は総員で戦ってやっと勝てたんだぞ?死喰い人が束になって襲いかかって来た時、本当に勝てると思うか?確かに、センチュリオンには強力な兵器がある。だが、我々はたったの18人しか居ない。死喰い人に損害を出す事は可能だが、無傷で勝つなんて不可能だ。戦闘を重ねれば重ねる程、戦死者は出る。そうなれば、戦力は段々と減り、最終的には全滅するんだ!」

 

セオドールが声を荒げた。

 

隊員達はそれを聞いて黙ってしまう。

自分達に戦死者が出る可能性を今の今まで失念していたからだ。

 

「副隊長。勝ち目が無いのは分かった。だが、だからと言ってヴォルデモート勢力にやられるのを待つっていう訳にもいかんだろう」

 

それまで言葉を発していなかったエスペランサが口を開いた。

 

「あくまでも現段階で勝ち目が無いというだけだ。ヴォルデモートが本格的に戦闘を行うまでには戦力を整える事は可能だし、戦略次第では勝率は上がってくる。違うか?」

 

「隊長。ヴォルデモートは死喰い人を脱獄させるという行動を起こしたんだ。表舞台に出てきて戦闘を始めるのは時間の問題だ。聞くところによれば死喰い人は巨人にも接触したんだろう?戦力を整える時間はもう無いんだ」

 

セオドールは譲らなかった。

 

副隊長の言葉に隊員達も少なからず動揺している。

 

「だが、ヴォルデモートの好きなようにさせていては魔法界だけでなくマグル界でも犠牲者が多く出る。勝ち目が無いから戦わないという訳にはいかない。我々の行動理念は全世界の平和だ。ヴォルデモートが戦闘を始めたら我々が立ち向かわなくてはいけない」

 

「戦ったところで我々が全滅する未来しか無くても、か?」

 

「俺達が日々訓練しているのは罪なき人々の命を守る為だ。ヴォルデモートに魔法使いやマグルが殺されるのを指を咥えて傍観する訳にはいかないだろう」

 

セオドールとエスペランサが対立する構造はセンチュリオン設立以来、はじめての事だった。

 

対立する隊長と副隊長を隊員達は不安げに見つめる。

 

「傍観しろとは言っていない。勝ち目が無いなら勝ち目が見出せる機会を待てば良いんだ。今の段階でヴォルデモートと全面戦争をすれば我々は全滅する。が、勝機は必ず来る。まあ、話を最後まで聞いてくれ」

 

「ああ。わかった」

 

セオドールは再び、隊員達の方へ向き直った。

 

「ヴォルデモート勢力がダンブルドア達と戦闘を行った場合、多大なる犠牲を出した後に勝利するだろう。そうなったら、ヴォルデモートは次に何をすると思う?」

 

「そりゃあ……マグル界を攻撃するんじゃないのか?」

 

端に座っていたアンソニーが自信なさげに言う。

周りの隊員もそれに同調した。

 

「そうだ。ヴォルデモートはマグル界を侵略し始めるだろう。だが、そうなればマグルだって黙ってはいない。必ず反撃する。いくらヴォルデモートが強くても、60億のマグルを敵に回せば勝ち目は無い。それに、他国の魔法界だって加勢してくる。それに対してヴォルデモート勢力はダンブルドアとの戦闘で疲弊した状態だ。ここに勝機が訪れる!」

 

セオドールは力強く言った。

 

「確かにそうだ!ヴォルデモートが英国マグル界に攻撃し始めれば、英国軍が動く!」

 

「英国軍が動くなら、マグルの国連だって加勢するぞ!米軍に仏軍もだ!そうしたらヴォルデモートなんて一捻りじゃないか」

 

フナサカが興奮したように指を鳴らす。

 

しかし、エスペランサはセオドールの意見を肯定出来なかった。

 

エスペランサはヴォルデモートが一度でも魔法界を支配すれば、英国軍が英国魔法界そのものを滅ぼそうとしている事を知っている。

 

セオドールの作戦は一度はヴォルデモートが英国魔法界で天下を取ることを想定している。

つまり、英国軍は魔法界を助けるどころか、魔法使いや魔女を一人残らず殺しにかかる筈だ。

 

だが、それをセオドールはおろか隊員達は知らない。

 

「セオドール。それに隊員諸君。皆に黙っていた事がある」

 

「何だ?」

 

「俺は数ヶ月前に英国軍のとある軍人と接触した。その際にその軍人は俺に幾つかの情報を教えてくれた」

 

エスペランサの言葉に隊員達がざわめいた。

 

「英国軍の上層部は魔法界の存在をすでに認知している。無論、ヴォルデモートが復活した事にも気付いている」

 

「それは、そうだろうな。米国やロシアも魔法界とマグル界は裏で繋がっている訳だし」

 

「英国軍は、既に戦う準備を進めている。だが、それはヴォルデモートと戦うだけじゃ無い。英国軍は、かつてヴォルデモートが英国を支配しかけた際の教訓から、ヴォルデモートのような闇の魔法使いが魔法界を支配した場合、英国魔法界そのものを滅ぼす準備をしているんだ」

 

エスペランサは躊躇せずに事実を伝えた。

 

そしてこの事実は隊員達を更に動揺させた。

 

「何だって!」

 

「それは本当なのか?隊長!?」

 

「何でそんな事を黙っていたんだ!隊長は」

 

口々に隊員が叫ぶ。

 

「黙っていたのは悪かった。しかし、事実なんだ。だから、セオドールのプランは成立しない」

 

エスペランサの告白にセオドールは愕然とする。

 

「闇の魔法使いが英国魔法界を征服した時点で、英国軍は魔法界に全面戦争を仕掛けてくるのか……」

 

「そうだ。そういうことだ」

 

「絶望的だ。どう足掻いても絶望だ。これではどうしようもない。ヴォルデモートに滅ぼされるか、マグルに滅ぼされるか、究極の二択になってしまった」

 

隊員達も顔を暗くする。

ヴォルデモート勢力は兎も角、マグルの軍隊の恐ろしさをセンチュリオンの隊員達は嫌というほど理解出来ていたからだ。

 

「いや、副隊長。希望はある。確かに現段階で勝ち目は薄いが、近代兵器を活用した戦術を駆使したり、ゲリラ的な戦いを仕掛けて各個撃破すれば勝ち目はあるだろう。それに、マグルの軍隊とヴォルデモート勢力が全面戦争をすれば、必ず、魔法界にもマグル界にも大勢の犠牲者が出る。我々は魔法界、マグル界、両方の世界を救う為に戦う事を理念としているんだ。ヴォルデモート勢力は必ず倒さなければならん」

 

エスペランサは力説した。

 

しかし……。

 

「隊長。我々がマグル界まで救う必要ってあるのか?」

 

「何?」

 

「だってそうだろ?マグルは魔法界を滅ぼす準備をしてやがるんだ。そんなマグル界を助ける義理が我々にあるのか?」

 

アーニーが立ち上がって言う。

他の隊員達もそうだそうだと口々に言った。

 

「計画をしているのは英国軍の上層部だけだ。彼らは前回の戦いでヴォルデモートに痛手を被ったから計画を立てたに過ぎない。我々がヴォルデモート勢力を倒せば魔法界をマグルが攻撃する事はない」

 

「分かるもんか!ヴォルデモートが居なくたって、マグルは魔法界を蹂躙しようとしてるんじゃないのか?」

 

今度はアンドリューが叫ぶ。

エスペランサは英国軍がどのような計画を立てているかを全て知っているわけではない為に否定が出来ない。

 

「隊長はマグル出身だからマグルを助けたいと考えてるんじゃないの?それに私達を巻き込んだんじゃないの?」

 

「そうだそうだ!正直な話、僕達がマグルを助ける必要なんて無いんだ!実際、こんな恐ろしい近代兵器を作るマグル達を助けたところで、いつかはマグルが魔法界を滅ぼそうとするかもしれないんだ!」

 

「隊長は魔法界よりマグル界を優先して考えているんじゃないのか!?」

 

スーザンやアンソニーもエスペランサを非難し始める。

 

「おい!皆、落ち着くんだ!隊長は魔法界もマグル界も等しく助けようとしているんだ!お前たちだって知ってるだろ?」

 

親エスペランサ派のフナサカが反論した。

 

「フナサカだってマグル出身じゃないか!お前もマグル界の事を優先して考えてるんじゃないのか?」

 

「何だと!?僕はそんな選民思想持ってやしない」

 

普段は大人しいフナサカも憤慨して立ち上がる。

 

「おいおい。お前らどうかしてるぞ!副隊長もだ!僕達がヴォルデモート勢力に負けるかもしれないと思って怖気付いたのか?」

 

コーマックがエスペランサの横に出てくる。

しかし、彼の言葉は他の非交戦派の怒りを買っただけであった。

 

「何だと!?」

 

「勝ち目の無い戦をする馬鹿が何処にいるって言うんだ?」

 

「無駄死にする為に戦えってか?」

 

隊員達の意見は真っ二つに割れ、もはや収集がつかなくなっている。

 

「俺はお前達を無駄死にさせるつもりは無い!」

 

エスペランサが叫ぶ。

しかし、彼は彼で自分の部隊が分裂するという初めての状況に動揺していた。

 

元々、エスペランサは軍隊生活で隊長を経験した事はない。

故にこのような事態に対応出来るほど指揮官として能力がある訳でもなかった。

 

「確かに状況はよろしくない。だが、我々は何の為に訓練して来たんだ?この時のために訓練をしてきたんだろう?」

 

「………」

 

「俺達は吸魂鬼を倒し、クラウチJr.も倒した。不可能を可能にして来たんだ。違うか?」

 

エスペランサは尚も言葉を続ける。

 

「我々に不可能は無い。それに、副隊長。戦力は我々だけじゃない。ダンブルドアも騎士団も居るんだ。まだ負けると決まった訳ではない」

 

エスペランサはセオドールに語りかける。

 

しかし、セオドールの表情は変わらなかった。

 

隊長であるエスペランサもダンブルドアの力に少なからず頼ろうとしてしまっている。

今までエスペランサはダンブルドアの戦力を頼ろうとした事は無かった。

 

だが、今、彼はダンブルドアを頼り始めている。

 

それは、つまり、センチュリオンだけでは状況を打開出来ないことを裏付けているようなものだ。

もし仮にダンブルドアがいなければ、やはり、ヴォルデモート勢力が勝つ。

 

セオドールはもうセンチュリオンが勝つビジョンを完全に見出せなくなってしまっていた。

 




不死鳥の騎士団編も中盤です。
今のところは原作準拠してます。多分、当分は準拠します。


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case81 treason 〜反乱〜

投稿遅れましたっ
すみません!

最近はエリンギの料理にハマっています

感想等ありがとうございます!


「全員揃ったな?」

 

「はい。声をかけた隊員は全員揃ってます」

 

 

ホグワーツ城の空き教室に13名のセンチュリオンの隊員が揃っている。

彼らは全員、小銃もしくは機関銃を手に武装していた。

 

その顔は皆暗い。

この場に居ない隊員はエスペランサとネビル、チョウ、コーマック、フナサカの5人。

エスペランサ、ネビル、チョウはダンブルドア軍団の集会に出ている。

 

しかし、アーニーやハンナといったダンブルドア軍団に加入している隊員もこの場に居た。

 

「この場に集まった隊員は非交戦派の隊員だ。隊長はヴォルデモートが現段階で本格的に活動をし始めたら、即座に宣戦布告するつもりでいる。だが、そうなれば我々は全滅するだろう。だから、ここに居る隊員で隊長の暴走を止める」

 

セオドールが集まった隊員を見渡して言う。

 

「隊長と隊長派の隊員は現在、ダンブルドア軍団の集会に参加中だ。だが、今朝、ドラコをはじめとした尋問官親衛隊から得た情報によると、アンブリッジは今日、ダンブルドア軍団及び必要の部屋を取り締まるそうだ。ああ、尋問官親衛隊というのはアンブリッジが現在、密かに組織している魔法省令に基づいた……学生による警察機関のようなものらしい」

 

セオドールの言葉に隊員がざわつく。

 

「それは、本当なのか?」

 

「それが本当なら、隊長やネビル、それにポッターだって退学だ」

 

「それだけじゃない。必要の部屋が押さえられたら我々だって……」

 

センチュリオンの火器はほとんどが必要の部屋で管理されている。

故に必要の部屋をアンブリッジに取り締まられた場合、活動が出来なくなってしまうのだ。

 

「この際、必要の部屋が使えなくなるのは問題無い。我々は今から隊長に対して叛逆行為を行い、一時的にセンチュリオンの活動を止める事でヴォルデモート勢力との戦闘が出来ないようにするのだからな。だが、隊長やネビル達を退学させる訳にもいかない。アンブリッジにホグワーツにおいて天下を取らせる訳にもいかない。故に、我々が尋問官親衛隊より先に必要の部屋と隊長を抑える」

 

「でも、相手は隊長とネビル、それにチョウだぞ?そんなに簡単に抑えられるか?ダンブルドア軍団もいるんだぜ?」

 

ダンブルドア軍団の集会を抜けて来ているアーニーが不安げに言う。

 

エスペランサやネビル、チョウはセンチュリオンの中でもトップを争う戦力だ。

13名の隊員総出でかかっても拘束することは難しいだろう。

 

「問題無い。ダンブルドア軍団は5分で拘束出来る。所詮は杖を振り回す事しか知らない連中だ。それに、隊長も13人の完全武装した隊員相手に戦おうとはしないだろう」

 

と言うものの、セオドールはこの自分の言葉にはあまり自信が無かった。

エスペランサは13人の隊員に囲まれても抵抗してくる可能性がある。

 

「でもこれってさ。クーデターだよね?やっぱり……良くないような気もする」

 

ボソリと呟いたのはダフネだった。

 

「そうだ。これはクーデターだ。だが、正当性はある。僕はここにいる隊員に一人として死んで欲しくないからこそ、隊長を止めるんだ。そのためのクーデターだ」

 

「確かに、皆が死ぬのも、私が死ぬのも嫌だよ?でも、これじゃ隊長が可哀想で……」

 

「可哀想?感情論で語っていたら戦争には勝てないし、犠牲者は出る一方だぞ!」

 

「わかってる!わかってるよ……。わかってるから、私はここに来たんだし……」

 

ダフネは引き下がる。

 

「他にも、僕のクーデターに反対の者は下りて良い。何なら抵抗してくれても構わん。だが、仲間を1人たりとも無駄死にさせたくないという僕の案に賛成の者は……武器を取れ」

 

セオドールの言葉に隊員達は戦闘の準備を始める。

 

戦う事を恐れた者。

死ぬ事を恐れた者。

仲間が死ぬ事を恐れた者。

無駄死にする事を恐れた者。

 

そして、全てを諦めた者。

 

13人の隊員は自分達の隊長に銃口を向ける覚悟を決めたようだった。

 

「フローラ。君は……てっきりこのクーデターに反対すると思っていた」

 

セオドールは準備を開始する隊員を見ながら、横に居るフローラに話しかけた。

 

「…………」

 

「君は隊長側につくと思っていたが……?」

 

「私は……あの人に死んで欲しくない。それだけです。あの人が死ななくて済むのなら、私は進んで悪役になります」

 

フローラは相変わらずの無表情だ。

だが、セオドールはフローラの心情をある程度把握していた。

 

「僕達は悪役か……。それもそうだな。で、この流れもアエーシェマ・カローのシナリオ通りなのか?」

 

「………まさか。そんな訳ありません」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンブルドア軍団はいよいよ守護霊の呪文の練習を始めた。

 

守護霊の呪文に関してはプロフェッショナルなハリーの教えもあってほとんどの生徒が程度の差はあれど、守護霊を出現させる事に成功させている。

 

エスペランサは守護霊をいまだに出現させる事が出来ずにいたが、然程、問題にはしていなかった。

 

そんな事よりも、この場にアーニーやハンナやアンソニーといったダンブルドア軍団とセンチュリオンを兼務している隊員の姿が見えない事を気にしている。

 

 

そんな最中、必要の部屋に1匹の屋敷しもべ妖精が血相を変えて入って来た。

 

 

「ドビーじゃないか!どうしたんだい?」

 

ハリーがドビーに声をかける。

 

「ハリー・ポッター様!あの女が……あの女がやって来ます!ドビーめは警告しに参りましたのです!」

 

肩で息をするドビーの言葉にハリーも顔色を変えた。

 

「アンブリッジか!アンブリッジがここに来るんだね?ドビー」

 

「そうです!その通りで御座います!」

 

ドビーの言葉を聞いて、ハリーは即座に決断した。

 

「皆、逃げるんだ!早く!談話室でも図書館でも何でも良いから、とにかく逃げろ!」

 

ダンブルドア軍団の生徒達は我先に必要の部屋から逃げようとする。

必要の部屋から出た生徒は蜘蛛の子を散らすように城の各地へと逃げ出した。

 

最後まで残っていたのはハリーとネビル、エスペランサにチョウの4人だ。

 

「皆、逃げたようだ。俺達もこの場から逃げた方が良い」

 

エスペランサが傍に置いていたM733を手に取りながら言う。

 

無論、ハリー達に異論は無く、3人も必要の部屋から逃げようとした。

 

しかし……。

 

 

「動くな!武器を捨てろ!」

 

洗練された無駄の無い動きで必要の部屋の中に完全武装した13名のセンチュリオンの隊員が入ってくる。

 

隊員達はエスペランサが銃を構えるよりも前に、部屋の四周を確保した。

隊員達の持つ小銃の銃口はエスペランサ、ハリー、ネビル、チョウに向けられている。

 

退路を絶たれたエスペランサは一先ず、M733を床に置いた。

 

「どういうことだ?セオドール。訓練という訳じゃ……無さそうだな」

 

平静を装いつつも、部下の隊員達から銃口を向けられたエスペランサは動揺している。

それはネビルもチョウも同様だった。

隊員達は無表情のまま銃を構えている。

 

「どういうこと?何なのこの集団は!」

 

ハリーに至っては何も分かっていなかった。

 

「悪いが隊長。副隊長以下13名は現時刻をもってセンチュリオンの活動を一時停止させるために隊長を拘束し、必要の部屋を使用禁止にさせてもらう」

 

「拘束だと!?一応、理由を聞かせてもらうぞ」

 

「理由を説明する必要があるか?」

 

「だいたいの予想はついている。だが、説明をしろ。これは隊長としての命令だ」

 

「………。隊長はヴォルデモート勢力が活動を開始したら、即座に戦闘を開始し始めるつもりでいる。そうなれば、先日言った通り、我々は一人残らず死ぬ。そうなる事を阻止する為にセンチュリオンを強制的に活動停止させる必要があった。故に、隊長を拘束し、必要の部屋を閉鎖する。説明はこれで足りるか?」

 

「なるほど。理解はした。ヴォルデモート勢力が行動を開始したら、何もせずに指を咥えて見てるっていうんだな。良い御身分だな」

 

エスペランサは皮肉たっぷりに言うが、セオドールは動じなかった。

 

「何度も言うようで悪いが、今のまま戦闘を行えば、確実に負けるんだ。隊長は隊員が全滅すると分かっていても戦闘を行うというのか?」

 

「我々が戦わなければ、罪の無い人間が片っ端から殺され、魔法界が征服されるんだぞ?」

 

「だからと言って、僕はここに居る隊員達をもう一人として死なせたくは無い!隊長は隊員達が死んでも構わないと言うのか!?」

 

「そうは言っていない!だが、我々が戦わなければ、より多くの一般人が死ぬんだ!」

 

「我々だって非正規の軍隊もどきをやってるだけで、身分はただの学生だ!一般人なんだ!隊長と違って、僕は仲間が死ぬ事を容認出来はしないんだ!」

 

長年の軍隊生活で多くの仲間を失った経験のあるエスペランサと、戦闘経験の殆ど無いセオドールとの考え方の違いがここで明らかになる。

 

戦闘を行えば必ず戦死者が出る。

エスペランサとしても部下を一人も殺したくは無い。

それでも、戦闘を行えば戦死者が出る事はある程度、覚悟しなくてはならない。

そう考えるのがエスペランサだ。

 

しかし、セオドールや他の多くの隊員は、一人として戦死者を出したく無い。

戦死者が出るくらいなら戦闘を行わ無い方が良い、と考えているのだ。

 

エスペランサはその事実をここで初めて理解した。

 

「お前たちの考えは良く分かった。戦いたくない隊員を戦わせる程、俺は愚かな指揮官でも無い。だが、俺は一人でも戦うつもりだ。だから、悪いが、必要の部屋は俺一人でも使わせてもらうぞ?」

 

「隊長だけじゃない!僕も戦わせてもらう!」

 

「私も隊長と行動を共にするわ。でなければセドリックに顔向け出来ない」

 

ネビルとチョウが言う。

 

「そうだろうな。だが、君達に勝手にドンパチされても困るんだ。情勢が余計にややこしくなる。悪いが、隊長には当面の間、戦闘行動を出来ないようにさせてもらう」

 

「「 インカーセラス・縛れ 」」

 

複数名の隊員が呪文を唱えた。

 

たちまち、拘束の魔法でエスペランサ以下4名は縄で縛られる。

 

「隊長とポッターは僕とフローラで校長室へ連行する。他の隊員はネビルとチョウを監視しつつ、必要の部屋を確保しろ。尋問官親衛隊やアンブリッジをこの部屋に近寄らせるな」

 

縄で縛られたエスペランサとハリーはセオドールに銃を突きつけられたまま、校長室へ連行された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拘束されたエスペランサとハリーが校長室に入ると、そこには大勢の人が居た。

 

穏やかな表情で椅子に座り、長い指の先を組むダンブルドア。

緊張した面持ちで、直立しているマグゴナガル。

コーネリウス・ファッジは暖炉の脇でうれしそうにしている。

扉の両脇には、キングズリー・シャックルボルトと厳しい顔つきの短髪剛毛の魔法使いが護衛で立っていた。

羽根ペンと分厚い羊皮紙の巻紙を持っているのはパーシー・ウィーズリーである。

そして、パーシーの横に意地悪そうな顔をして立っているのがアンブリッジだった。

 

歴代校長の肖像画は、全員目を開け、眼下の出来事を見守っている。

 

「あら?ミスターマルフォイと私で探していたのに見つからないと思ったら、ノットがポッターを捕まえてくれていたのね!」

 

アンブリッジは歓喜の声を上げる。

しかし、セオドールとフローラがM733を所持している事には少なからず驚いたようだ。

 

「あなたもミス・カローも明日から尋問官親衛隊に入れてあげます。ポッターを捕まえてくれたんですもの。それに……ルックウッドも」

 

「尋問官親衛隊のお誘いは断らせていただきます。我々にポッター捕獲を先取りされるようでは、あまり役に立つ組織とは呼べそうもありませんし」

 

セオドールは鼻で笑った。

アンブリッジは自分の直属の組織を馬鹿にされて不愉快そうにしていたが、それを口には出さなかった。

代わりにファッジが口を開く。

 

「さてさて。ポッター。君は何故ここに連れてこられたか分かっているね?」

 

「いいえ。分かりません」

 

ハリーが挑戦的な態度で言う。

 

「なんと!?校則を破った覚えは無い、と言うのかね」

 

「はい。校則違反をした覚えはありません」

 

「魔法省令は?校内で無許可の組織を編成することは違法であると知らないのかね?」

 

「いえ。全く知りません。僕の知る限りでは」

 

シラを切るハリーにファッジがイライラし始める。

 

エスペランサは溜息を吐きつつ、懐から煙草を取り出したが、杖を没収されている為、火をつけられない事実に気付いた。

縛られている為、手は使えないが、首を動かして懐から煙草の箱を口で取り出すという器用な真似は軍隊時代に会得したものだ。

 

「あー。どなたかライター……火種を持ってませんか?」

 

「ルックウッド!この場で喫煙はやめなさい!」

 

マグゴナガルがピシャリと言い放つ。

 

「通報者を連れてきた方が話が早いでしょう」

 

「うむ。そうしてくれ」

 

アンブリッジは一旦部屋を出ると、どこかへ行ってしまった。

そして、数分後、顔を両手で覆い隠しながら啜り泣いているマリエッタ・エッジコムを連れてきた。

 

どうやらダンブルドア軍団の事を密告したのは彼女らしい。

 

「怖がらなくてもいいの。あなたは正しいことをしたのよ。大臣がとてもお喜びです。あなたのお母様に、あなたの善行を言ってくださるでしょう」

 

甘ったるい声でアンブリッジはマリエッタに声をかけるが、マリエッタは泣いてばかりいる。

 

「大臣、彼女の母親は魔法運輸部の煙突飛行ネットワーク室のエッジコム夫人です。ホグワーツの暖炉を見張るのを手伝ってくれていたのです」

 

「なるほど!その母にしてこの娘ありだな、え? 」

 

大臣が嬉しそうに言う。

 

「この状況下じゃ嫌味にしか聞こえねえよ……」

 

エスペランサの皮肉を聞きながら、ファッジはマリエッタに話しかけた。

 

「さあ、いい子だ。顔を上げて、恥ずかしがらずに。もう一度、通報した内容を言ってくれれば良いんだ………な、何だこれは!?」

 

マリエッタ顔は、頬から鼻を横切って、膿んだ紫色のでき物がびっしりと広がり、密告者という文字を描いていた。

恐らくハーマイオニーのかけた呪いの所為なのだろう。

 

マリエッタは泣き喚いて、それ以上なにも話せなくなった。

 

痺れを切らしたアンブリッジが代わりに口を開く。

 

「マリエッタは今夜、八階にある必要の部屋と呼ばれる秘密の部屋に行けば、私にとって都合の良いものが見つかるだろうと言ってきました。もう少し問い詰めたところ、この子は、そこで何らかの会合が行われるはずだと白状しました。残念ながら、その時点で、この呪いが効き始めて何も言わなくなってしまったのです」

 

「なるほど。その会合はどのような意図で誰が集めたものなのかね?」

 

ファッジがマリエッタに聞くが、マリエッタは首を横に振って答えない。

これ以上何か喋れば、余計に呪いが酷くなると判断したのだろう。

 

「大臣。ウィリー・ウィダーシンの証言があります。ホッグズ・ヘッドでポッターをはじめとする大勢の生徒が違法組織を編成するという情報を私に通報してきたのです!そして、その組織の活動は"魔法省が不適切と認める魔法の習得"でした。これは、魔法省に対する叛逆行為ですわ」

 

「しかしのう、ドローレス。ハリーが"闇の魔術に対する防衛術"の学生組織を作ろうとしたのは、魔法省令を発効する2日前じゃ。じゃから、ハリーはホッグズ・ヘッドで、何らの規則も破っておらんぞ?」

 

ダンブルドアの言葉にアンブリッジもファッジも口をパクパクさせた。

 

「ですが、教育令第二十四号が発効してから、もう六ヵ月近く経ちますわ。最初の会合が違法でなかったとしても、それ以後の会合は全部、間違いなく違法ですわ」  

 

「そうじゃのう。もし、教育令の発効後に会合が続いておれば、たしかに違法になる。じゃが、そのような集会が続いていたという証拠を、何かお持ちかな?」

 

「マリエッタ。ここ6ヶ月でどのような会合が行われて来たか話なさい」

 

アンブリッジが問いただすが、奇妙な事に、マリエッタは首を横に振るだけだった。

まるで、いつの間にか錯乱の呪文にでもかけられているような……。

 

「本当の事を言いなさい!マリエッタ!」

 

「アンブリッジ先生。首を横に振るということは、否定を意味します。それよりも、確実に6ヶ月以上活動をしていたルックウッドの組織について言及したらどうです?」

 

セオドールが言う。

 

「そうね!そうだわ。ポッターの組織と同時期にルックウッドの組織も活動していたのよね!」

 

アンブリッジがエスペランサの方を向く。

無論、答える義務も無いのでエスペランサは黙っていた。

 

「それに関しては僕から説明させて下さい」

 

セオドールがエスペランサの代わりに話し始める。

 

「おお!君はノット家の倅だね。是非とも喋ってくれたまえ」

 

ファッジは昨年度末にクラウチJr.の件で対立した事をすっかり忘れているようで、セオドールに友好的な態度を取ってきた。

この変わり身の早さが魔法大臣たる所以なのだろうか。

 

「はい。エスペランサ・ルックウッドの組織には僕やフローラ・カローも加入していました。その組織の目的は学校内外に存在する反乱分子を排除するというものです」

 

セオドールは嘘に塗り固められた発言をし始めた。

その意図をエスペランサは掴めていない。

 

「セオドール。お前一体、何を企んでやがる?」

 

「悪いが、少し黙っていてくれ。シレンシオ・黙れ」

 

「!?」

 

セオドールに魔法をかけられ、エスペランサは一時的に会話をする事が不可能となった。

そんな彼を差し置いて、セオドールは言葉を続ける。

 

「反乱分子とは例えば、今回、ポッターが作ったグループのような魔法界に混乱をもたらす組織を指します。我々はルックウッド指揮の下、これらの組織を武力で制圧することを目的としていました」

 

「それは……つまりあれかね?魔法省に不利益をもたらす組織を制圧する、謂わば闇払いのようなものか?」

 

「御理解が早くて助かります閣下。ただし、我々の装備する武器はいずれも高性能かつ高火力。アンブリッジ先生に認められる筈もない為に申請をしませんでした」

 

ファッジとアンブリッジの目がセオドールの持つM733に行く。

この二人はマグルの武器の威力をまだ知らない。

だが、マグゴナガルやダンブルドアに関してはエスペランサの戦闘を見た事があった。

故に、彼らはアンブリッジ以上にエスペランサが武装組織を編成したことに脅威を感じたのである。

 

 

「なるほどなるほど。だが、許可の無い組織を作る事は退学相当の罪だ。それが例え魔法省に有益な組織であっても……」

 

「それは重々承知しています。ですが、我々はポッターとは違い、魔法省の利益の為に動いていました。ノット家の名において保証しましょう。それからカロー家も」

 

英国魔法界においてノット家、カロー家はブランド的価値のある名前だ。

両家共に魔法省には多大なる寄付という名の貢献をしてきた過去もあるし、権力もある。

 

この両家の名前を出されれば魔法大臣とて無闇には逆らえない。

 

「ふむ。そうだな。君の家に免じて、ルックウッドとその組織に関しては処分を保留しよう。ドローレス、それで構わないな?」

 

「え、ええ。そうですわね。ですが、ミスター・ノット達の組織は解散しなさい。そして、今後、組織する場合は私の許可を得る事と、そして、私……いえ、魔法省の利益の為に活動しなさい」

 

アンブリッジが言う。

 

この発言に憤ったのはマグゴナガルだった。

 

「ドローレス!魔法省のための組織を学生に編成させるなど言語道断です!」

 

「大丈夫です。マグゴナガル先生。それで構いません」

 

「ミスター・ノット!あなたは一体何を考えているのです!?」

 

顔を真っ赤にして怒るマグゴナガルをセオドールは無視した。

 

「我々は魔法省の為に動きましょう。その代わりにホグワーツの必要の部屋の管理を我々に任せてもらいたい。再び、ポッター軍団が必要の部屋で活動する可能性もあります。なら、必要の部屋を警備する組織が必要だ。現状、尋問官親衛隊では戦力が不足している。ですが、我々であれば十分に警備出来るでしょう」

 

この言葉を聞いてエスペランサはセオドールの意図が全て理解出来た。

 

センチュリオンの活動を停止し、エスペランサの戦闘行動を止める為には、ハリーと一緒にエスペランサを拘束するのが手っ取り早い方法であった。

 

しかし、センチュリオンの武器弾薬が保管されている必要の部屋をアンブリッジや尋問官親衛隊の管理下に置くことはセオドールとしても防ぎたいところである。

 

故に、あえてセンチュリオンがアンブリッジにとって有益な組織であると嘘を吐き、必要の部屋の管理をセンチュリオンに一任させる。

 

これが、セオドールの魂胆なのだろう。

 

(そういうことかよ。俺から戦力を奪い、戦う術を奪うために強硬手段に出たって訳か。だが、それは、セオドール自身が戦うという選択肢を放棄したのと同義だ)

 

クーデターを起こされた事にもショックを受けていたエスペランサだが、その首謀者が片腕と頼んだセオドールであり、彼が戦闘を放棄する選択肢を選んだ事には殊更、ショックを受けた。

 

「まあそうね。ミスター・ノットはスリザリンの優等生ですし、家柄も良い。あなたに任せておけば問題ないでしょう。ですが、その妙な武器は全て放棄しなさい」

 

「承知しました。では、今後、必要の部屋は我々が警備及び管理をさせて頂きます」

 

「さてさて、ルックウッドの件はこれで解決したとして、ポッターの件はどうしますかな」

 

ファッジが思い出したかのようにハリーを見て言う。

 

「ポッターは省令に違反した組織を校内で6ヶ月もの間、活動させていた疑惑がある訳だ」

 

「じゃが、その証拠はあるのかのう?ミス・エッジコムは否定しているようじゃが?」

 

「むっ!?た、確かにその証拠はありませんわ!しかし、今夜は絶対に会合が行われていました!現にポッターが確保されているのですから!それにっ!」

 

「それに?」

 

「私の命で動いていたミス・パーキンソンがこんなものを見つけました!」

 

アンブリッジが手に持っていた羊皮紙を掲げた。

この場にいる全員の目が羊皮紙に向けられる。

 

その羊皮紙はハーマイオニーが作成したダンブルドア軍団の署名入り名簿であった。

 

「ドローレス!でかしたぞ!さてさて、もう言い逃れは出来まい。この羊皮紙には参加者の一覧と、そして、組織の名前が書いてある。組織の名前は……ダンブルドア軍団だ!」

 

「そうじゃのう。ポッター軍団ではなく、ダンブルドア軍団じゃ。ハリーの組織では無く、わしの組織ということになる」

 

「なんと!では、まさか、ダンブルドア……あなたが生徒を使って非合法の組織を!?」

 

「ダメです!先生!」

 

「ハリー。黙るのじゃ」

 

ダンブルドアがハリーを庇って罪を被ろうとしているのはエスペランサにもよく分かっていた。

 

しかし、その場合、ダンブルドアが魔法省令違反で逮捕される事になる。

それは魔法界にとって最悪の結果をもたらすだろう。

 

何としてもダンブルドアの逮捕は回避させなくてはならないが、武器も杖も奪われ、拘束され、発言さえ魔法で封じられたエスペランサには何も出来ない。

 

「ハリーでは無く、わしが魔法省に対抗する組織を作ったのじゃ。そして、今夜が初の会合じゃった。故に逮捕すべきなのはハリーではなく、わしじゃの」

 

朗らかに言うダンブルドアを見てファッジは歓喜の声をあげた。

 

「よしよし!では、さっそく、お前を逮捕して裁判までの間、アズカバンに投獄する」

 

「ああ。やはり、そうなるのじゃな。残念じゃが、わしはアズカバンには行かん。他にやる事がたくさんあるのでな」

 

「なんだと!?この場には私だけでなく、ドローレスやキングズリー、ドーリッシュもいるんだぞ?逃げ切れると思うのか?」

 

「まあ、そう難しくはないじゃろう」

 

「舐めおって!かかれ!ダンブルドアを拘束しろ!」

 

ファッジの号令で魔法省職員が一斉にダンブルドアに魔法攻撃を仕掛ける。

 

だが、現代魔法界最強のダンブルドアの前では魔法省のエリートたちも赤子同然であった。

 

ファッジをはじめとした魔法省職員の魔法を簡単に跳ね除けたダンブルドアは杖を一振りしただけで、その場を制圧する。

 

ダンブルドアの杖から放たれた銀色の光に当てられた職員は例外無く気絶し、エスペランサも漏れなく光に当てられて気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めたエスペランサは状況を理解するのに暫しの時間を要した。

 

魔法省職員とダンブルドアの戦闘に巻き込まれて気を失ったという事を思い出した彼は、自身にかけられていたインカーセラスとシレシシオの魔法が解かれている事にも気付いた。

 

周りを見ればファッジやドーリッシュ、アンブリッジも目を覚ましている。

 

「ダンブルドアはどこだ!」

 

「階段です!姿くらましは城内では使えない筈!」

 

慌ただしくダンブルドアの捜索を始める魔法省の職員達。

 

「これでダンブルドアは魔法界から追放されたも同義だ。ヴォルデモートが天下を取る日はそう遠くないぞ」

 

エスペランサは同じく目を覚ましたセオドールとフローラに皮肉を込めて言う。

 

ダンブルドアが追放されることはセオドールにとっても想定外の事態だったに違いない。

彼は彼でダンブルドアという戦力に頼ろうとしていたのだから。

 

「どの道、センチュリオンが戦闘に参加すれば隊員は全滅していた。僕は僕の判断を間違いだとは思わない」

 

「そうか……。俺は単に戦う事から逃げる口実探しのようにしか思えんけどな」

 

「何とでも言えばいいさ。僕は君のような戦闘狂じゃない。部下の命を失わない方法があるのなら、その方法を選ぼうとするまでだ」

 

セオドールはそう言い残し、校長室を後にした。

ここで完全に隊長と副隊長が決裂する。

 

「フローラ。お前も副隊長と同じ考えなのか?」

 

残されていたフローラにエスペランサは声をかける。

 

「……私、私は………。そうです。セオドールと同じ考えです。私にも、命を落として欲しく無い人がいるので」

 

彼女もそう言い残し、校長室を去った。

 

後に残されたのはエスペランサ一人。

 

 

 

センチュリオンという組織は事実上、消滅した。

 

 

 




やはり主人公は逆境に立たされてこそだと思う今日この頃


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case82 At the end of despair 〜絶望の果てに〜

感想ありがとうございます!
筆が乗ってきました!
不死鳥の騎士団編もクライマックスに近づいてきました!


 

失意の底からグリフィンドールの寮に帰ってきたエスペランサを迎えたのはネビルとコーマックだった。

 

「隊長!退学にならなかったんだな!」

 

コーマックが嬉しそうに言う。

彼はクーデターに参加していない数少ない隊員の一人だった。

 

「ああ。まあ、何とかな……」

 

「まったく、副隊長も何を考えてるのやら……。でも、僕らは隊長側の人間だ!まだ、センチュリオンは終わっちゃいない。これを見てくれ」

 

コーマックが談話室の隅を指さす。

 

談話室の隅には若干の武器弾薬が積み上げられていた。

 

 

「これは……」

 

「僕とネビルで運んだ。セオドールの奴、必要の部屋を閉鎖したまでは良かったが、ホグワーツの隅々に温存させておいた武器弾薬の確保までは手が回らなかったらしい」

 

「さっき他の隊員たちが隠していた武器も全て回収しちゃったけどね。でも、少しはこっちで確保出来た」

 

センチュリオンは必要の部屋以外にも武器弾薬を隠していた。

その一部を起点を利かせたネビル達が確保したようだ。

 

「M733が4挺に、MINIMIが1挺。サブマシンガンと拳銃は人数分は確保してある。弾薬は5.56ミリ弾が1150発入りの弾箱が3つと9ミリ弾は若干ってところかな。それから、M24も確保出来た。ポイズンバレットは手に入らなかったけど……」

 

「フナサカとチョウも協力してくれたんだ。フナサカは通信機器と発電機、それにディーゼル燃料を確保してくれたし、チョウは誘導弾と対戦車榴弾の類を確保した。流石に野戦砲までは持ってこれなかったが」

 

エスペランサは積み上げられた物資を見る。

数挺の銃と弾箱。

短期間で集めたにしては上々だが、それでも、戦局をひっくり返すような量の武器は無い。

たったの数千発の小銃弾に5名の隊員では、1時間も戦闘をすることは出来ないだろう。

 

一応、魔法で武器の生成が出来ないことも無い。

事実、エスペランサは1学年の時に銃や弾薬の製造を魔法でしていた。

 

しかし、それには途方も無い時間がかかる。

 

 

「隊長。セオドール達の事は忘れて新たなセンチュリオンを立ち上げるべきだ!たったの5人だけど、少数精鋭さ」

 

「…………」

 

エスペランサは何も言わなかった。

 

人数としては分隊の規模もきっているセンチュリオン。

ダンブルドアも追放された現状。

 

どう足掻いても勝ち目は無い。

 

それでもセンチュリオンとして活動する意義はあるのだろうか。

 

「隊長!何か指示をしてくれ!僕達は戦える。それとも何だ?隊長も怖気づいたのか?」

 

「コーマック……。少し考える時間をくれ。現状、我々5人ではヴォルデモート勢力に太刀打ち出来ん。それに、今日は疲れた」

 

 

エスペランサはコーマックとネビルを残して寝室へ向かった。

 

セオドール達多くの隊員の離反を受けて、エスペランサは精神的にも滅入っている。

数々の戦場を戦い抜き、並ならぬ精神力を持っていた彼だが、味方に裏切られる経験ははじめてだった。

 

血生臭い戦闘でも、隣には信頼できる仲間の隊員がいた。

だからこそ、彼は折れる事なく、戦ってこれたのだ。

 

しかし、その味方の隊員が離反したという事実にエスペランサの精神は追い詰められる。

 

ベットに倒れ込んだエスペランサは枕元に置いていた古びたドックタグを握りしめた。

それは、彼が軍隊にいた頃の上官から貰ったドックタグだった。

 

中東で米軍が秘密裏に組織した対ゲリコマ特殊部隊。

年齢も国籍も問わず、秀でた才能がある者を片っ端から徴用して作り上げた非合法かつ非正規の軍隊。

 

そんな誰にも知られない、名も無い軍隊の中でエスペランサは育ち、戦った。

1991年にその存在がメディアにスクープされそうになり、解散してしまったが、彼にとってあの部隊は家族であり、そして、故郷であった。

 

エスペランサの所属していた小隊を指揮していた隊長は彼がこの世で最も尊敬する男であり、センチュリオンの隊長となってからも、指揮官の理想像として、常に意識してきた。

 

あの指揮官のように振る舞えば、部下は決して逃げ出さないし、裏切らない。

自分がそうだったように。

 

だが現実は違った。

 

「小隊長……。教えてくれ。俺は……あなたみたいな指揮官にはなれなかった………。どうして、こうなったんだ」

 

奥歯を噛み締め、エスペランサは指揮官になってから初めて弱音を吐いた。

 

しかし、その弱音は誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝から、ホグワーツはアンブリッジの天下となっていた。

 

まず、アンブリッジの肩書きが学校長に変わった。

魔法省公認の生徒による警察組織、尋問官親衛隊を編成したアンブリッジは、尋問官親衛隊に生徒の取り締まりと減点を全面的に許可した。

 

独裁者のアンブリッジに尋問官親衛隊。

 

ダンブルドアが西側ならアンブリッジは東側のようだとエスペランサは揶揄したが、その例えを理解したのはハーマイオニーくらいなものである。

 

共産党とその共産党のためだけに存在する軍隊のように、アンブリッジは生徒と教員の言論を弾圧し、行動を制限し始めた。

 

生徒は片っ端から尋問官親衛隊に減点され、アンブリッジに邪悪な罰則を課せられた。

 

既にハリー達ダンブルドア軍団は尋問官親衛隊に50点以上も減点されている。

 

尋問官親衛隊のメンバーはリーダーのマルフォイをはじめとしたスリザリン生だけだ。

だが、そんな尋問官親衛隊にも恐れているものが2つ存在する。

 

一つはセンチュリオン。

いや、元センチュリオン。

 

アンブリッジによってその存在を公言された元センチュリオンは、「魔法省の為に組織された治安維持用の武装集団」として一躍、有名となったなった。

つまるところ、元センチュリオンは尋問官親衛隊の上位互換としてアンブリッジの指揮下で活動することとなっている訳だ。

それが、尋問官親衛隊には気に入らない点である。

 

元センチュリオンの持つ武器は全て必要の部屋に格納された上で、元センチュリオン自身によって警備されることになった。

 

エスペランサという指揮官の不在と、武装解除から、もはやそれはセンチュリオンとは言えないハリボテの組織となっているし、隊員達の中にはアンブリッジの指揮下になっている現状に不満を持つ者も少なくない。

 

だが、今となってはどうしようもないことだ。

 

 

2つ目に尋問官親衛隊が恐れたのはエスペランサ・ルックウッドだ。

 

ホグワーツ内で武装集団を組織するという前代未聞の事をしていたエスペランサに彼らは恐怖した。

尋問官親衛隊は元センチュリオンの隊員達がホグワーツに隠されていた武器を必要の部屋に運ぶのを目の当たりにしたわけだが、その数の多さに恐れを抱いたのだ。

 

 

だが、そんなエスペランサはダンブルドア追放の夜以来、何事も投げやりで腑抜けた状態になっている。

 

「エスペランサ。昼間から廊下で酒を飲むのはやめてちょうだい」

 

「別に良いだろ。校則には昼間から酒を飲むなとは書いてない」

 

「未成年飲酒は魔法界でも違法よ?それに、他の生徒があなたのことを怖がってるわ」

 

「それは今に始まった事ではない」

 

廊下で壁に背を預けながらウイスキーボトルをラッパ飲みしていたエスペランサにハーマイオニーが釘を刺す。

 

「……ネビルから聞いたわ。あの組織、エスペランサが作ったんですってね」

 

「ああ。ハーマイオニーは少しだけ見たことがあるだろ。ほら、吸魂鬼を倒すところを」

 

「ええ。見たわ。それに薄々勘付いてた。でも……」

 

「実質、解散した。しかも、セオドールのクーデターによってな」

 

「こんなこと言いたくないけどノットは正しいと思うわ。だってあなた達だけじゃ、例のあの人に勝てるとは思えないもの」

 

「そうかもしれない。でもな、俺には戦うしか方法が思いつかないんだよ。指揮官なんてしてたけど、俺は一兵卒だ。指揮官の経験なんて無いし、軍師でも無い。俺はいつまでたっても兵隊なんだよ」

 

「よく分からないわ」

 

「そうだろうな」

 

 

隊員の無駄死にを防ぐと言う点においてセオドールの判断は正しい。

それはエスペランサも認めるところだ。

 

だが、ダンブルドアも追放され、センチュリオンも分裂した以上、ヴォルデモートが行動を起こせば英国魔法界は破滅する。

 

そして、最終的に行き着く先はマグルと英国魔法界との全面的な戦闘だ。

 

そんな絶望的な状況を打破するためにエスペランサは"戦う"という選択肢しか思いつかなかった。

それは、彼の本質が政治家でも軍師でも指揮官でも無く、戦闘員であるからに他ならない。

 

「昼間から酒に溺れるとは、ルックウッドも堕ちたものだ」

 

不意に声をかけられ、エスペランサは酒を飲むのをやめた。

 

見れば、スリザリンの上級生がざっと10人は揃っている。

どいつもこいつも揃って荒くれ者ばかりだ。

 

その中心に居るのはフローラの姉であるヘスティア・カローだった。

 

「落ちぶれた俺に何のようだ?」

 

「いや、別に。味方に裏切られて孤立するってどんなかんじか聞いてみようと思ってさ」

 

「そういうことはヴォルデモートにでも聞いてみるんだな。あいつほど部下に裏切られた人間もそう居ないだろ」

 

ウイスキーを飲み干しながらエスペランサはケラケラ笑った。

 

自暴自棄になっているエスペランサと、荒くれ者のスリザリン生達。

一触即発となった廊下を見て、他の生徒達は退散し始める。

 

「エスペランサ!喧嘩はダメよ!これ以上問題を起こしたら……」

 

「退学になるかもな。だが、それでも構わん。もう俺が魔法界で魔法を学ぶ意義も無い」

 

「あんたのようなマグルかぶれは元々魔法界に来るべきじゃなかったと思うけどね。そうすればあの忌々しい妹が希望を持つ事も無かっただろうし」

 

ヘスティアが言う。

彼女の言葉にエスペランサは反応した。

 

「妹?フローラがどうかしたのか?」

 

「あら、何も知らないのね。あの妹は、あんたに出会ってから感情を取り戻しちゃったのよ。数年かけてお父様が拷問して、ようやく人形みたいにしたっていうのに。あんたの存在が希望になって精神が元に戻ってきちゃったわけ」

 

「クソが……」

 

エスペランサは怒りを露わにする。

フローラから何もかもを奪おうとしたカロー家への憎しみで彼の理性が吹き飛びそうになる。

 

「あらあら。あの娘の事になると熱くなるのね。ひょっとして惚れてた?でも、残念。あの娘はどっかの純血家系に売られて、それでおしまいよ」

 

「腐ってやがる。お前も…アエーシェマ・カローも」

 

「随分とあの娘にご執着のようだけど、結局、あんた、あの娘に裏切られたじゃない。まあ、それもお父様の策略だったかもしれないけど」

 

そこまで聞いたエスペランサは杖を抜いた。

 

スリザリン生達も杖を抜く。

 

 

10人を相手に杖一本で戦うのは不利だったが、それでも、何人かを聖マンゴ送りに出来れば御の字だ。

 

「何をやっているのです!ルックウッド!」

 

まさに最初の呪いを詠唱する寸前、アンブリッジが飛んで来た。

 

「何を…か。ムカつく連中を片っ端から聖マンゴ送りにしようとしていました」

 

「っ!罰則です。今夜、私の校長室に来なさい」

 

「了解しました。校長先生閣下殿」

 

エスペランサは気の無い返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンブリッジの罰則の内容はハリーから聞いていた。

アンブリッジの趣味は自作の拷問道具を作る事らしい。

 

書くごとに手の甲に血文字を浮き上がらせるペン(とても痛い)による書取りをエスペランサも命じられた。

 

 

「これで書取りを行えば良いんですね?」

 

「ええ。そうよ。インクは要らないわ。貴方の血がそのまま文字になって手の甲に刻まれるから」

 

「内容はハリーから聞いてます。なかなか痛いとのことで」

 

エスペランサは拷問道具のペンを眺める。

 

彼にとって手の甲に傷が出来る程度の拷問は寧ろ生温かった。

だが、アンブリッジの趣味で作った拷問道具のペンによって身体に傷をつけられるというのも癪だった。

 

「まったく、良い趣味じゃねえか。ハリーはこれを毎晩やって手の甲の文字が消えなくなったのか」

 

「ええそうよ。心身に文字を刻みつけないといけないわ」

 

アンブリッジはニターッと笑う。

 

「悪いが、こんなに屈辱的な罰則は無い。そんなに俺の血を流したいんだったら流してやるよ」

 

エスペランサはローブの内側からコンバットナイフを左手で取り出した。

 

アンブリッジは一瞬、本気でエスペランサに殺されるかと思ったが、それは違った。

彼は思い切り、右手の甲をナイフで切り裂いたのだ。

 

鮮血が舞い、羊皮紙にもエスペランサの顔にも、そして、アンブリッジの顔にも血が飛び付いた。

 

「ひっ」

 

「これで満足だろ。この部屋、ピンク一色で気持ち悪かったんだ。いつか赤く染めてやろうと考えてたんだが、手間が省けた」

 

「あ、あなた!狂ってるわ」

 

「それはお互い様だろう?独裁者さんよ」

 

アンブリッジは今まで生徒を恐れた事は無かった。

自分の奴隷程度にしか思っていなかった。

しかし、自暴自棄になり、アルコールの匂いを漂わせるエスペランサに彼女は本気で恐怖を覚える。

 

退学にするという手段もあるが、今のエスペランサを退学にすれば何をしでかすか分からない。

最悪、マグルの武器を片手にホグワーツや魔法省に乗り込んで来るかもしれない。

 

結局、触らぬ神に祟り無しということでアンブリッジは何もしない事に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エスペランサの手の甲の傷は癒えず、ネビルやコーマックとの関係もギクシャクしたまま、進路指導の時期に突入した。

 

進路指導とは、その名の通り生徒の進路を寮官と共に決める面接である。

 

エスペランサは右手の甲に包帯を雑に巻いたまま、マグゴナガルの待つ空き教室へ入った。

部屋の中ではマグゴナガルと何故かアンブリッジが待っていた。

マグゴナガルの前にある机には様々な資料が置かれている。

生徒の成績やら各種職業のパンフレット等だ。

 

アンブリッジはエスペランサを見て顔を引き攣らせたが、エスペランサはそれを無視して椅子に座った。

 

マグゴナガルが口を開く。

 

「進路指導は貴方の希望進路を調査して、6.7年目に何の教科を履修するかを決める面接です。ルックウッドは希望する職種はありますか?」

 

「……ありません」

 

「それでは困ります。貴方の成績は教科によってムラはありますが、概ねE(期待以上)が取れています。学年末考査でも常に上位10名には入っていますから、選択肢は多いのですよ」

 

マグゴナガルは眉間に皺を寄せる。

 

「……先生。俺はもう魔法界にいる意味は無くなったんです。仲間も武器も失った。なら……再びマグル界に戻って俺の居た世界、つまり、軍隊に復帰しようと思います」

 

エスペランサの言葉にマグゴナガルもアンブリッジも絶句した。

 

魔法界を知り過ぎた生徒がマグル界に戻るのは法律では禁止されていないが、タブーとされている。

そもそも、マグル界へ戻ろうと思う生徒など半世紀に1人いれば良い方だった。

 

しかも、エスペランサは軍隊に復帰すると言っている。

 

「まあ、その前に英国の国籍を取らないといけませんし、入隊試験も突破しないといけません。サンドハースト陸軍士官学校とか受けるのも悪く無い……」

 

「ルックウッド。貴方の心中は察します。ですが、貴方はまだ全てを失った訳では無いでしょう?」

 

「失ったも同然です」

 

確かに全てを失った訳では無い。

だが、僅か数千発の弾丸と数挺の銃の他は戦力のほとんどを失った。

何よりも仲間を失った。

 

「私は、あまり生徒に過去の話はしないのですが、少しだけ昔話をしましょうか」

 

マグゴナガルはアンブリッジが横に居ることも忘れて、自身の過去を話し始めた。

 

「かつて私には大切な人が居ました。マグルの男性です。結ばれはしなかったものの、ホグワーツの教師になってからも心のどこかで想っていた人です。ですが、彼は死喰い人による襲撃で死にました。もし、私が彼の側に居たら彼を守れたのではないか…と今でも思います」

 

「先生……」

 

「あの時、私は全てを失ったと思い自暴自棄になっていました。自暴自棄になる余り、死喰い人を根絶やしにしようと活動していた程です。ですが、どんなに絶望的な状況でも、希望はあります。手を差し伸べてくれる人が居ます。ルックウッド。貴方にもそういう人が居るはずです」

 

「そんな人は、俺には…いない」

 

「いいえ。居ますとも。例えばロングボトム」

 

「ネビル?」

 

「ロングボトムは進路指導で、ルックウッドと共に世界平和を実現させたいと言い放ちました。最初は馬鹿げているとも思いましたが、彼の両親もそういえば同じような理想を掲げていた気がします」

 

「馬鹿げてる……。本当に、あいつは」

 

「ロングボトムは1学年の時、はっきり言って成績不良でした。ですが、恐らくあなたが彼を変えたのでしょう。今や私の誇れる優秀な生徒の一人です。そんなロングボトムは貴方にとっての希望にはなりませんか?」

 

「そう、ですね。でも……」

 

「ロングボトムだけではありません。ルックウッドに影響を受けて変わった生徒は大勢います。マクラーゲンもそうです。ロナルド・ウィーズリーもあなたに影響されて立派なクィディッチ選手になりました。あなたは何も出来なかった訳ではありません。良い影響を与えているんです」

 

「…………」

 

ああ。

これが教師なのか。

エスペランサはそう思った。

 

今まで、教師というのは学業の面倒だけを見る物だと思っていたが、そうではない。

生徒に道を示すのも教師なのだ。

 

エスペランサが指揮官として足りなかった物はそこにもある。

 

彼は部下に道を示す事が出来なかった。

 

「マグゴナガル先生。あなたの部下になれて、俺は光栄です」

 

「ルックウッド。部下ではなく生徒です。それで、進路はどうしますか?」

 

「そうですね。まだ分かりません。ですが、近いうちに答えを出します。それまでは保留にさせてもらえませんか?」

 

「分かりました。ですが、OWLでは結果を出しなさい。あなたに期待してる人も多いのですから」

 

マグゴナガルはそう言って微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

進路指導を終えたエスペランサは湖の畔にいた。

考え事をする時は湖の畔がうってつけの場だからだ。

 

 

 

何故、自分は魔法界に入ろうと思ったのか。

彼は自問自答する。

 

1991年。

エスペランサの所属していた部隊は解散した。

理由は、簡単。

非合法かつ非公式である部隊がジャーナリストにリークされたからだ。

 

あらゆる分野で秀でた人間を徴用していたため、エスペランサをはじめとした未成年者、元犯罪者、テロリスト予備軍が部隊には含まれている。

未成年者も犯罪者もテロリスト予備軍も山岳レンジャー部隊に匹敵する過酷な訓練と教育を受けて、最終的には完璧な兵隊に育て上げられていた。

 

危険を顧みず、勇猛果敢に任務を遂行する彼らは、不安定だった紛争地域に秩序と平和を取り戻した。

 

エスペランサは自分の幼少期の記憶が無い。

気が付けば駐屯地の塀の中で育てられていたからだ。

彼を育てたのは、彼の所属していた小隊の指揮官だった。

指揮官曰く、エスペランサは駐屯地の脇に捨てられていたそうだ。

 

6歳から本格的な軍人としての教育と訓練を受けさせられたエスペランサは類稀なる戦闘員としての素質を発揮して、最年少で対ゲリラコマンド小隊に配属される。

 

軍隊の中での生活しかしらない彼にとっては、任務の遂行が生き甲斐となっていた。

自分が任務を遂行すれば、地域に平和がもたらされる。

そう信じて、彼は戦い続けた。

 

敵の罠に嵌り、クロスファイアに晒された事は一度や二度とでは無い。

仲間の死も何人も見てきた。

敵を何人も殺してきた。

 

それでも、彼が狂わなかったのは、自分のしている事に正義があると思っていたからだ。

いや、彼はとっくに狂っていたのかもしれない。

最終的にエスペランサは戦場も戦闘も恐れなくなってしまっていたからだ。

 

部隊が解散してから、エスペランサは中東の地に残った。

彼が滞在していたのは、何時ぞやの任務で救った町の一つだった。

 

町の住民は自分たちを救った部隊の人間であるエスペランサを快く迎えてくれた。

町の人達を見て、彼は自分が戦ってきたことが間違いでは無かったのだと確信した。

 

だが、そんな町の住民達は一瞬にして皆殺しにされた。

そして、エスペランサは唯一生き残り、ダンブルドアに救出される。

 

その場で自身が魔法使いだと明かされた彼は、魔法を学び、もう二度と罪の無い人々が脅かされる事のない理想的な世界を作ろうと決心した。

 

「そうだ。俺は、そんな理想を夢見ていたんだ……」

 

戦場を離れてから5年が経ってもエスペランサはやはり、軍人だった。

脅威に侵される国民を武力を用いて全力で守り通す。

それが軍人の本望なのだと、エスペランサは信じて疑っていなかった。

 

エスペランサは母国を持たないが、彼にとっての守るべき国民とは即ち、全世界の善良な市民である。

そこに、魔法使いもマグルも関係は無い。

だから、全てを守ろうとセンチュリオンを立ち上げたのだ。

決して、戦いを求めていたのでは無い。

エスペランサは決して狂戦士では無い。

 

セオドールをはじめとしたエスペランサの周りの人間は、エスペランサの心がまだ戦場に残されているのでは無いかと考えていた。

彼が戦いを求めて彷徨っているのでは無いかと考えいた。

 

エスペランサ自身、実は自分は戦いたいだけなのでは無いかと思うことがあった。

 

「今ならそれを否定出来る。俺は戦いを求めていた訳じゃなかった。周りからそう思われていたのは、俺の本質が、昔から変わらず、軍人だったからに他ならない」

 

答えは得た。

 

勝ち目の無い敵が相手でも、国民が脅かされればそれを守る為に戦うのが軍人だ。

 

エスペランサはもう迷わない。

 

まずは残った隊員を集め、体勢を立て直す。

それから、武器弾薬の確保。

今後の戦略も一から立てなくてはならない。

 

エスペランサは走り出した。

 

 

 

 

 

 




ヴォルデモートがそろそろアップをはじめました。


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case83 Battle of the commanders 〜エスペランサvsセオドール〜

感想、誤字報告ありがとうございます!
バトル描写って難しいですね。頭で思っている事を文に起こすのに苦戦しました。


フレッドとジョージが校内を破茶滅茶にした後に自主退学した。

 

それに引き続いて生徒達が校内でアンブリッジに対してレジスタンス活動を始めた。

 

クィデッチでグリフィンドールが優勝した。

その裏でハグリッドが巨人を森に連れて来たことが判明した。

 

OWLの試験が行われ、数人の生徒がノイローゼになった。

 

試験中にハグリッドが連行されかけ、それを止めようとしたマグゴナガルが意識不明の重体となった。

 

 

そして、怒涛の日々の終わりにハリーがまたもや倒れた。

 

魔法史の試験中に椅子から転げ落ちたハリーを見て、同級生達は「またか」という顔をした。

ハリーが倒れるのはホグワーツの恒例行事である。

 

あのマルフォイですら、もう揶揄う気をなくしているようだ。

 

 

「シリウスがヴォルデモートに捕まった!僕は見た!前と同じだ。神秘部で捕まっている!」

 

医務室から即座に復帰したハリーはグリフィンドールの談話室でそう喚いた。

幸い、ロンとハーマイオニー、それからエスペランサ以外の生徒は居ない。

 

ちなみに、エスペランサはシリウス・ブラックが騎士団のメンバーで冤罪だと言う事を遠回しに知らされていた。

 

「いつ見たんだ?」

 

「魔法史の試験中に居眠りをしていて……それで見たんだ」

 

「ハリー。それは夢じゃないのか?」

 

「夢じゃない。ロンのお父さんが襲われた時と同じだった。僕はヴォルデモートの見ている光景を偶に見るんだ」

 

確かに前例はある。

ヴォルデモートとハリーの間には何か精神的な繋がりが出来てしまっているのだろう。

 

それは、ダンブルドアでなくても予想出来る事だ。

 

しかし、

 

「でもハリー。冷静に考えてみて。例のあの人がシリウスを神秘部で捕らえるなんて、現実的じゃないわ。例のあの人もシリウスも簡単に魔法省に入り込めるとは思えないもの」

 

「だけど、僕は鮮明に見た。どこなのかもはっきりわかる。神秘部に、小さなガラスの球で埋まった棚がたくさんある部屋があって、ヴォルデモートは97列目の棚の奥にいる。あいつがシリウスを使って、何だか知らないけどそこにある自分の手に入れたいものを取らせようとしてるのが見えた!そして、あいつがシリウスを拷問して、最後には殺すって言ってるんだ!」

 

「有り得ないわ!今は夕方よ?魔法省職員も大勢いる省内でそんなこと出来ると思う?」

 

「可能かもしれんぞ?ハーマイオニー」

 

「エスペランサまで!」

 

「魔法省内にはヴォルデモート派の連中が何人が居る。そいつらが協力すれば、魔法省内にヴォルデモートが忍び込むのは不可能じゃない。それに、ダンブルドアが追放された今、ヴォルデモートが行動を起こすには打って付けのタイミングだ」

 

「エスペランサの言う通りかもな。僕のパパの時の事もあるし、本当にシリウスが捕われているのかも」

 

ロンもエスペランサに賛同した。

 

「待って!待つのよハリー。例のあの人が2年生の時、ジニーを攫った理由を覚えてる?あれは、あなたを誘い込む為の罠だったのよ。例のあの人はそういう罠が得意なの。今回もハリーを誘い出す為の罠かもしれないわ」

 

「じゃあ本当にシリウスが捕らわれていたらどうするんだ?もうホグワーツに騎士団のメンバーは居ない。僕が行かなかったら誰がシリウスを助けるっていうんだ!シリウスは僕の家族なんだ!」

 

「よし、一旦落ち着け。二人とも。とりあえず今の状況を整理しよう」

 

「エスペランサ!そんな時間は無いよ!」

 

「ある。どちらにせよ今すぐに魔法省に行く手段も無い。まずは状況を整理するところからはじめる」

 

エスペランサはハリーを宥めた。

 

「まず、現段階で考えられる状況は大きく分けて3パターンだ。わかるか?」

 

「ええと、シリウスが本当に例のあの人に捕まっているパターンと、これがハリーの単なる夢だったってパターン」

 

「それから、例のあの人の罠で神秘部には例のあの人が待ち構えているってパターンね」

 

ハーマイオニーとロンが答える。

 

「そうだ。ハリーの夢落ちというパターンが最も望ましいが、それはあまり期待しない方が良いだろうし、この場合は何の問題も無いからな。とすると、残る二つのパターンなんだが、このパターンには両方とも共通する点がある」

 

「例のあの人が魔法省にいるということね」

 

「そうだ。特に罠だった場合、ヴォルデモートが戦力を整えた上で待ち構えている可能性がある。神秘部についた瞬間にヴォルデモートと死喰い人の集団を相手にするのは俺でも嫌だ」

 

「じゃあ僕らにはどうしようもできないじゃないか」

 

ロンが悲壮的に言う。

 

「その通り。だから情報を集める必要がある。これが罠だと分かれば俺達は何もする必要は無い」

 

「でも、本当にシリウスがヴォルデモートに捕らわれていたら……」

 

「その時、ハリーはどうしたいんだ?」

 

「僕はもちろん、助けに行く!」

 

「無謀にも程があるぞ?相手は今世紀最強格の魔法使いだ」

 

「それでも行くよ。僕はシリウスを助けたい」

 

無謀だ。

そんなことは不可能だ。

 

そうエスペランサは思った。

 

恐らく、セオドールも同じ気持ちでエスペランサを止めようと思ったのだろう。

 

だが、ハリーはそれを承知で大切な人を助けようとしている。

その姿に自身を重ねて見たエスペランサはもう止めようとは思えなかった。

 

止めようとは思えなかったが、ハリーを失う訳にもいかなかった。

 

「分かった。俺も協力する。対ヴォルデモート戦なら2回経験し、死喰い人とも戦闘経験がある俺が味方に加われば心強いだろ」

 

「エスペランサ、でも、君はこの件には関係ない……」

 

「関係あるんだよ。ハリー。どの道、魔法省にはヴォルデモートが居る可能性が高いんだろ?なら俺が行く理由には十分だ。あのクソ野郎は俺が息の根を止めてやると誓ったからな」

 

そう言ってエスペランサは談話室に置かれていた武器の山から機関銃を持ち上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何はともあれ、まずはシリウスが本当にヴォルデモートに捕らえられたかどうかを確かめなくてはならない。

 

その方法はアンブリッジの部屋にある煙突飛行ネットワークを使い、シリウスの隠れ家であるグリモールドプレイス12番地に直接行き、彼の安否を確かめるのが手っ取り早い。

 

問題は、アンブリッジの部屋の暖炉をどうやって使うか、だ。

 

「簡単な事だ。アンブリッジの気を引けば良いんだ」

 

エスペランサはかろうじて弾薬庫から持ち出した虎の子のC4プラスチック爆弾とMINIMIを使い、アンブリッジの気を引こうと考えた。

 

「お前さん。また廊下を爆破する気か」

 

1階の廊下の壁に爆薬を取り付けるエスペランサを見て、たまたま居たフィルチが溜息をつく。

年に何度も城を爆破されては管理人もたまったものではない。

 

「悪いが、今日だけ付き合ってくれ」

 

「わしはどうなっても知らんからな」

 

ハーマイオニーの呼び掛けに賛同したネビル、ジニー、ルーナもエスペランサの作業を手伝っていた。

C4の設置はやり方さえわかれば誰にでも出来る。

 

「C4設置完了!」

 

「よし!皆、2階に避難だ」

 

ネビルの報告を受け、エスペランサは他の皆を避難させる。

彼自身も階段の裏に隠れ、1階に誰も居なくなった事を確認した。

 

「派手にやるとするか!3、2、1、点火!」

 

起爆したプラスチック爆弾は轟音と共にホグワーツの1階廊下を跡形もなく消し飛ばした。

 

「何だ何事だ!」

 

「何が起こったんだ!」

 

爆発音を聞きつけ、尋問官親衛隊、他の生徒や職員が駆けつけてくる。

 

エスペランサは階段の影から粉々になって粉塵の舞う廊下に躍り出ると、5.56ミリ機関銃MINIMIを片手にして叫んだ。

 

「フレッドとジョージが居なくなってから城内が静かだったからなぁ!俺も花火を上げさせてもらったぜ!ちょっとやり過ぎたがな!」

 

「ルックウッド!ついに狂ったな!もう、言い逃れは出来ない!退学だ!」

 

尋問官親衛隊の面々が一歩前に出てきてエスペランサに一斉に杖を向ける。

尋問官親衛隊は出て来たが、肝心のアンブリッジの姿が見えない。

 

アンブリッジを誘い出すために廊下を爆破したのに、当の本人が現れないのでは意味が無い。

 

エスペランサは銃口を天井に向け、引き金を引いた。

乾いた連続射撃音と共に天井に銃弾が叩き込まれる。

 

「ひぃっ!」

 

「きゃあ!」

 

「俺を退学にしたいならアンブリッジを連れてきやがれ!」

 

エスペランサは叫んだ。

 

だが、アンブリッジは現れない。

 

「下がれ尋問官親衛隊。君達にエスペランサを止めることは不可能だ」

 

冷静な声が階段の上から聞こえる。

 

見れば野次馬達を押し退けて、セオドールをはじめとした元センチュリオンの隊員達が杖を構えながら降りて来ていた。

 

「ノット!僕達は現校長の命でポッター一味を取り締まりに来ている。君たちの出番は無い」

 

尋問官親衛隊の隊長であるマルフォイがセオドールに食ってかかった。

クラッブやゴイルといった他の親衛隊構成員もセオドールに威嚇した。

 

「ウィーズリー兄弟や他の一般生徒の悪戯にすら手を焼く尋問官親衛隊にエスペランサを拘束するのは無理だ」

 

「何だと!?」

 

「君達はエスペランサという男を理解していない。彼は目的も無しに廊下を爆破したりはしない。この行動には何か意味があると考えるのが普通だ」

 

エスペランサが廊下を爆破するのは最早、ホグワーツの風物詩であったが、常に意味のある爆破だった。

 

トロールを倒すため、秘密の部屋に行くため、クラウチJr.を倒すため。

 

ならば、今回も何か目的があって爆破したに違いない。

 

その答えはすぐに出た。

 

「そこまでです。ルックウッド。あなたの目論みは破綻しました」

 

アンブリッジが現れる。

そして、アンブリッジの横には既に拘束されたハリーがいた。

 

「ポッターに私の部屋の煙突飛行ネットワークを使わせる為に、騒ぎを起こして私を誘導させる魂胆だったんでしょうけど。詰めが甘かったようですね。私は城内の暖炉を常時監視できるシステムを導入しているのです」

 

勝ち誇ったように言うアンブリッジを見てエスペランサは嘆声を漏らした。

 

「とんだストーカーもいたもんだ」

 

「さあさあ、あなたも投降しなさい。親衛隊はロングボトムやウィーズリー達も拘束するのです」

 

尋問官親衛隊の面々は階段の下にいたネビルやロン達を拘束し始めた。

エスペランサは少し迷った挙句にMINIMIを地面に下ろす。

 

こうなっては抵抗も無駄だろうと判断した為だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アンブリッジの部屋に拘束されたエスペランサ達と尋問官親衛隊が並んでいる。

 

エスペランサもハリー達も杖を没収されていた。

アンブリッジの机の上にはエスペランサとネビルから取り上げた武器が並べられている。

 

MINIMIにM733、M24。

各種弾倉と手榴弾の類、それからコンバットナイフ。

 

エスペランサとネビルはクラッブとゴイルに拘束され、ハーマイオニーはミリセント、ロンはワリントンに拘束されている。

ジニーとルーナもスリザリンの上級生に捕らえられていた。

 

セオドール達は居ない。

彼らは尋問官親衛隊ではないからだ。

 

「さてさて、ポッターは煙突飛行ネットワークを使って誰と接触しようとしていたのかしら?」

 

「誰でも良いだろう?」

 

「そうね。まあ良いわ。今からスネイプ先生が来て真実薬を使って吐かせる訳だし」

 

アンブリッジはニンマリと笑った。

 

「魔法界には黙秘権が無いみたいだな。ハーグ陸戦協定の爪の垢でも飲んで欲しいね」

 

杖を突きつけられながら嫌味を言うエスペランサは当然、無視された。

 

「お呼びでしょうか?」

 

アンブリッジの部屋にスネイプが訪れる。

 

「スネイプ先生。ポッターに使うために真実薬が必要なの。また持ってきてくれないかしら?」

 

「左様ですか。残念ながらこの間渡した分が最後です。真実薬の調合にはあと1ヶ月の時間が必要で、そうすぐに差し出せるものではない」

 

「私は!今欲しいと言っているんです!」

 

「何度も言うようで申し訳ないが、今は在庫が無い。ポッターに毒薬を飲ますのであれば協力したいところですが、真実薬は無理ですな」

 

「もう良いです!あなたも停職です。もう少し物分かりの良い人だと思っていましたが残念です!」

 

エスペランサはフローラが真実薬を調合するの間近で見ていたから分かるが、スネイプは明らかに嘘をついていた。

スネイプとしてもアンブリッジがハリーに真実薬を飲ませるのは阻止したいところなのだろう。

 

「パッドフットが捕まった!あの人に、あれが隠されてる場所でパッドフットが捕まった」

 

突然、ハリーがスネイプに向かって叫ぶ。

 

スネイプは少しだけその言葉に反応した。

 

「どういう事ですか?パッドフットって何?」

 

「さっぱりですな」

 

そう言い残し、スネイプはアンブリッジの部屋を出て行った。

 

「仕方ありません。こうなれば、磔の呪いを使ってでもポッターに口を割らせなくては」

 

「違法です!魔法省の役人が禁止された魔法を使うなんて!」

 

ハーマイオニーが批判するが、アンブリッジはニンマリとするだけだ。

 

「あら、私だってやりたくはありません。ですが、これしか方法はありません」

 

「大臣はあなたが磔の呪いを使う事をよく思わないわ!」

 

「大臣が知らなければ犯罪ではないのですよ?」

 

エスペランサは迷った。

ハリーに磔の呪いがかけられるのは阻止したい。

その気になればアンブリッジも、親衛隊も制圧出来るだろう。

だが、それはリスクが高い。

 

どうする……?

 

「違法な魔法を使ってもポッターに真実を吐かせたとなれば大臣は喜ぶでしょう。夏に大臣には内緒でポッターに吸魂鬼を差し向けた時もそうでしたし」

 

「え?そんな、まさか!あなたが僕に吸魂鬼を寄越したんですか!?」

 

「ええ。そうですよ?ポッター。魔法省では誰も彼もがポッターを失墜させたいと思っていた。だから、私がやったのです。だから、今夜も私が行動を起こさなくてはいけない」

 

アンブリッジはまもなくハリーに磔の呪いをかけるだろう。

吸魂鬼を私的利用するようなヤバい人間なのだから、それくらい平気でやる筈だ。

 

そして、今、ヴォルデモートは魔法省にいる。

エスペランサとしてはシリウス・ブラックを救う事は二の次で、ヴォルデモートを仕留めるまたと無い機会を逃す訳にはいかなかった。

 

行動を起こすなら今しかない。

エスペランサは決断した。

 

「おい、クラッブ」

 

エスペランサは自身を物理的に拘束しているクラッブに話しかけた。

 

「おん?」

 

「お前、近くで見ると山トロールよりブサイクだな」

 

「殺す」

 

瞬間湯沸器の如く頭に血が昇ったクラッブが杖を放り投げてエスペランサに殴りかかった。

だがその瞬間に隙が生まれる。

 

クラッブののっそりとした打撃を半歩下がって躱したエスペランサは代わりに彼の顔面を殴りつけた。

 

「グボァ」

 

鈍い音と共にクラッブは床に崩れ落ちる。

あっという間の出来事に親衛隊達は反応が遅れた。

 

エスペランサは攻撃の手を緩めない。

クラッブの鳩尾を踏みつけて完全に戦闘不能にさせた後、ネビルを拘束しているゴイルに攻撃を仕掛けた。

 

ネビルの拘束に両手を使っていたゴイルは当然、対応が出来ない。

 

エスペランサはゴイルの足を払い、バランスを崩させた。

 

「チャンスだ!ネビル!」

 

「了解!」

 

拘束が一時的に解けたネビルはゴイルの股間を思い切り蹴り上げる。

ゴイルは堪らず気絶した。

 

「ルックウッド!あなた!ただでは済まさないわ!」

 

アンブリッジはエスペランサに杖を向け、失神光線を放った。

 

だが、エスペランサはゴイルを盾にして攻撃を防ぐ。

 

ネビルは混乱していた親衛隊の一人から無理矢理杖を奪い取り、その親衛隊を吹き飛ばす。

 

「ロングボトムを拘束しろ!」

 

マルフォイが叫び、残っていた尋問官親衛隊達が杖を構え始めた。

 

「ネビル!武器だ!銃を奪還しろ」

 

「そうはさせないわ!覚悟しなさい。ルックウッド」

 

エスペランサは自分の羽織っていたローブをアンブリッジに向けて投げつける。

アンブリッジは一時的に視界を失った。

 

その隙にエスペランサは机に飛び乗り、アンブリッジとの間合いを詰める。

間合いを詰めれば杖で狙いをつけるのは困難だ。

銃が相手の時も同じだが、近接戦闘に持ち込めば飛び道具は意味をなさなくなる。

 

ローブが床に落ち、視界を取り戻したアンブリッジはエスペランサに杖を向け直した。

だが、遅い。

すでに至近距離に迫っていた彼は、アンブリッジの杖腕である右手を掴みあげた。

 

「離しなさい!痛たたたた」

 

「悪いな。こいつは破壊させてもらうぞ!」

 

エスペランサは掴んだアンブリッジの手から杖を奪う。

そして、奪った杖を真っ二つにへし折った。

 

「あああ!私の杖が!」

 

アンブリッジは悲壮な声を上げる。

 

一方でネビルも尋問官親衛隊相手に無双をしていた。

奪取したM733で威嚇射撃をして親衛隊を怯ませた後に、片っ端から失神光線を命中させていく。

 

拘束を解かれたハリー、ロン、ハーマイオニー、そしてジニーも果敢に反撃を開始した。

こうなればもう形勢はエスペランサ達の側にある。

 

ワリントンはネビルによって失神させられ、ミリセントはハーマイオニーに石化された。

最後まで残っていたマルフォイはハリーとロンとジニーに杖を突きつけられている。

 

ちなみにルーナはこの間、一切の戦闘を行わず、傍観していた。

 

「インペディメンタ・妨害せよ」

 

「ぐわっ」

 

ネビルの妨害の呪文がマルフォイに命中し、マルフォイの動きが止まった。

 

「お前の負けだ。アンブリッジ。魔法省高官も案外大した事無かったな。嘆かわしい限りだ」

 

「こんな事をしてただで済むと思っているの?」

 

「あんたがその台詞を言うのか。どうやらあんたの職場でヴォルデモートが暴れているらしいぞ?そいつを俺が退治しに行ってやる。感謝するんだな」

 

「何を言っているの?そんなわけないでしょう!?」

 

「俺も俄には信じられんが……とりあえず、これは返してもらうぞ」

 

エスペランサは机の上に置かれていたM733や弾倉を回収し始める。

 

「それから、あんたは少し眠ってろ。ステューピファイ・麻痺せよ」

 

失神光線がアンブリッジに直撃し、彼女は頭から床に倒れ落ちた。

 

「ネビル。寮に戻って準備する時間は無い。セオドール達が来る前にホグワーツから脱出し、魔法省へ向かう必要がある。手薄だが、武器はここにあるものが全てだ」

 

「了解。僕にはこれがあれば十分だよ」

 

ネビルはM24狙撃銃と7.62ミリ弾を回収した。

 

狙撃銃に小銃、短機関銃2挺と拳銃。

破片手榴弾4つとスタングレネード。

コンバットナイフが一つ。

弾薬は全て合わせても400発を下回った。

 

「ハリー。ブラックが神秘部でヴォルデモートに捕らえられてるというのは確かなんだな?」

 

「うん。間違いない。煙突飛行ネットワークでシリウスの隠れ家を見に行ったけど、シリウスはいなかったし、クリーチャーの証言からも捕らえられたのは間違いない」

 

エスペランサにはクリーチャーというのが何者かは分からなかったが、神秘部にヴォルデモートが居るのはどうやら確実らしい。

 

「でもやっぱり君たちを巻き込めない。ここから先は僕だけで行く」

 

「そいつは思い違いだ。ハリー。俺はブラックの救出を手伝いに行くんじゃない。ヴォルデモートを殺しに行くんだ」

 

「僕もエスペランサと同じ理由で行く。他の人は?」

 

「私達も行くわ。その為にダンブルドア軍団で頑張ってきたんだもの」

 

全員の意見が一致した。

 

「でも、足はどうしよう?煙突飛行ネットワークは魔法省に監視されてるし……」

 

ロンが言う。

確かに、魔法省の存在するロンドンまでの移動手段がない。

 

「箒はどう?」

 

「無理だ。ナビゲーション無しではたどり着けない。ホグワーツとロンドンの位置関係すら俺達は知らないんだからな」

 

「移動手段ならあるよ」

 

今までほとんど喋っていなかったルーナが口を開く。

 

「本当か!?」

 

「うん。セストラルに乗せてもらえば良いんだよ。セストラルなら迷う事なくロンドンまで辿り着けるでしょ?」

 

「その手があったわ!でも、セストラルはどこにいるのか分からない」

 

ハーマイオニーが言う。

 

「大丈夫だよ。セストラルは禁じられた森にいっぱい住んでるもん。それに、セストラルを見ることが出来る人がここには3人も居るでしょ?見つけるのはそんなに難しくないと思う」

 

「よし。移動手段があるなら話は早い。急いでセストラルのところに行こう」

 

ハリーの号令で、全員、アンブリッジの部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

禁じられた森に行く為にアンブリッジの部屋を出て、1階の大広間に出たエスペランサ達であったが、大広間から外へ出る扉の前に一人の生徒が立っていることに気付く。

 

まるでエスペランサ達の行手を阻むように立っているその生徒はセオドールだった。

エスペランサ達は立ち止まる。

 

「どこへ行くつもりだ?」

 

「さあね。お前には関係ないだろ?」

 

「当ててやろうか。隊長。ヴォルデモートのところだ」

 

セオドールはさらりと言い当てる。

彼の言葉にハリー達は驚いた顔をしたが、エスペランサは少しも驚かなかった。

 

セオドールにとって、エスペランサが廊下を爆破した理由を推測し、これから何をしようとするかを予想するのは容易かっただろう。

 

「考えれば分かることだ。これは罠だ。大方、ポッターが魔法省にヴォルデモートが出現したという夢でも見たんだろう?ウィーズリーの父親が襲われた時と同じように。今回もポッターは自分の大切な人が襲われている夢を見たんだろう。それで、助けに行こうとしている。違うか?」

 

「御名答だ。だが、もうホグワーツにはダンブルドアも居ないし、魔法省は役立たずだからな。俺達で行こうって話だ」

 

「いや、違うな。エスペランサ。君はこれがヴォルデモートの罠かどうかなんて関係ないんだな。君はヴォルデモートと戦う事を目的として魔法省に行こうとしているんだろう」

 

「そうだ、と言ったら?」

 

「悪いが全力で止めさせてもらう。君が行ったところで、全員、ヴォルデモートに殺されるのがオチだ。僕はそういう無駄な死を防ぐ為にここに来たんだ」

 

セオドールは杖をエスペランサ達に向けた。

 

「あいつは本気だ。先に行け。ハリー、ネビルもだ!」

 

「でも……」

 

「これ以上時間を無駄に出来ない。セオドールは俺が引き付ける。その隙に行け!3カウントで走り出せ!3、2、1!行け!」

 

エスペランサはカウント終了と同時にM733の引き金を引いた。

もちろん、セオドールに命中させるつもりはない。

狙いは大広間の天井に吊られているシャンデリアだ。

 

銃弾を受けたシャンデリアは勢い良く床に叩きつけられ、その破片が宙に舞う。

 

「今だ!行け!走れええ!」

 

落下したシャンデリアに気を取られたセオドールの脇をハリー達が走り抜ける。

 

「まあ良いさ。さっき元センチュリオンの隊員全員に召集をかけた。彼らが来ればポッター達は簡単に拘束出来る。だから、僕は今ここで君を拘束出来ればそれで良い」

 

そう言って、セオドールは杖をエスペランサに向けた。

彼がが杖を向けた瞬間、エスペランサの持つ小銃と短機関銃が吹き飛ばされる。

 

「何!?お前、まさか」

 

「無言呪文だ。習得には然程時間はかからなかった」

 

セオドールは無言呪文で武装解除呪文を使ったらしい。

しかも、エスペランサからは二つの銃が武装解除された。

 

無言で2回の武装解除呪文を発動させた事になる。

 

セオドールの魔法の腕はホグワーツでもトップレベルのものだったが、まさかここまでとはエスペランサも思っていなかった。

 

「流石だな。だが、俺も負けるわけにはいかない。ステューピファイ」

 

エスペランサは失神光線を放つ。

しかし、それも無言の盾の呪文で防がれてしまう。

 

魔法の撃ち合いでは分が悪い。

そう判断したエスペランサは不意をつくためにスタングレネードを取り出し、投擲した。

 

「スタングレネードで目潰しをした後に相手を制圧。君の十八番だ。だが、僕には通用しない」

 

セオドールは投擲されたスタングレネードを魔法で消し去った。

5年生で習う高難易度魔法。

消失呪文だ。

 

だが、消失呪文を使う事で一瞬だけセオドールに隙が出来る。

 

エスペランサはその隙をついて間合いを詰めた。

 

「相手にわざと魔法を使わせ、隙を作る。これも、君の十八番だったな」

 

「戦闘中に会話とは随分と余裕じゃねえか」

 

近接格闘戦ならエスペランサの方が圧倒的に有利だ。

彼はセオドールに殴りかかった。

セオドールはその攻撃を間一髪でかわしたが、この殴打はブラフ。

続く回し蹴りを躱す余裕は無かった。

 

「ぐおっ」

 

胴体に回し蹴りを受けたセオドールは体勢を崩し、膝をつく。

思ったよりもダメージがあった。

腰を鈍い痛みが襲う。

 

「ステータム・モータス 強制回避」

 

追撃をするエスペランサから逃れる為にセオドールは強制回避の魔法を使う。

 

後方3メートルの位置に強制的に移動した彼は即座に武装解除呪文を無言で放つ。

武装解除呪文はエスペランサに命中して、彼の杖は明後日の方向に飛んでいった。

 

「くそっ!」

 

「勝負あったな。これで君の武器は何も無い」

 

「まだ俺自身が残っている!」

 

杖を失ったエスペランサはセオドールに突撃をかけた。

やぶれかぶれの特攻だ。

 

だが、セオドールは油断しなかった。

エスペランサはセオドールの魔法攻撃を避け、再び間合いを詰めて近接戦に持ち込む魂胆なのだろう。

 

ならば、躱され易い失神光線や武装解除呪文よりも、広範囲を攻撃出来る魔法が有効だ。

 

「コンフリンゴ・爆破せよ」

 

セオドールは自身とエスペランサの間の床をまとめて爆破した。

爆風でエスペランサは後方へ吹き飛ばされる。

無論、至近距離での爆破呪文はセオドールにも被害を与えた。

吹き飛ばした床の破片が彼の身体を切り裂く。

 

石で出来た床に滴る鮮血をチラリと見たセオドールは、ここでようやく勝ちを確信した。

 

銃はおろか、杖すら持たないエスペランサはこの爆風で確実に戦闘力を奪われたに違いない。

殺傷を極力避ける為にエスペランサ自身ではなく、手前の床を吹き飛ばしたわけだが、それでも大ダメージは受けるだろう。

 

だが、セオドールの予想は大きく外れた。

 

爆破による黒煙の奥に無傷のエスペランサが見える。

 

「何っ!?」

 

驚いたセオドールは再び杖を構えたが、遅かった。

何故か無傷のエスペランサは、何故か杖を持っていたのだ。

 

「エクスペリアームズ・武器よ去れ」

 

武装解除呪文が彼の杖から放たれ、セオドールの杖が宙を舞う。

 

「何故だ。僕は確かに君から杖を奪ったはず……。まさか」

 

「杖を複数持っていれば、武装解除呪文は然程怖くない。この通り、な」

 

エスペランサは懐から4本の杖を取り出した。

 

「杖を複数本隠し持っていたのか!」

 

「ああ。クラッブとゴイル、ワリントンとミリセントの杖だ。ちょいと失敬してきた」

 

彼は魔法使いが決闘を行う時、何故、予備の杖を持たないのかが疑問だった。

杖を複数持っていれば武装解除呪文の対抗手段にもなるし、不意の奇襲も可能だ。

故にエスペランサは尋問官親衛隊の面々から杖を勝手に借用した。

 

もっとも、他人の杖というのはあまり言う事を聞いてくれないため使い勝手が悪い。

 

それでも、簡単な盾の呪文と武装解除呪文程度なら発動出来たわけだ。

 

「俺の勝ちだ。ステューピファイ・麻痺せよ」

 

失神光線を放つエスペランサ。

セオドールの意識はそこで途切れた。

 

「悪いなセオドール」

 

自分の杖と小銃、それに短機関銃を拾い上げたエスペランサは地面に倒れて動かなくなったセオドールに声をかけた。

全力で自分を止めに来てくれたセオドールを放っておくのは心が痛んだが、もはや一刻の猶予も無い。

 

エスペランサはハリー達に追いつく為に走り出そうとした。

 

 

タァン

 

 

走り出そうとしたエスペランサの足元に一発の銃弾が撃ち込まれる。

 

「動かないで下さい。そして、武器を捨てて下さい」

 

「フローラか」

 

エスペランサが振り返るとフローラがM92を構えて立っていた。

銃口はエスペランサに向けられている。

 

「お前も俺を止めに来たわけだな」

 

「そうです。魔法省に行けばあなたは確実に殺されます。これは罠です」

 

フローラの手は震えていた。

 

「なぜ罠だとわかる?」

 

「それは……。私の義父はヴォルデモートと組んで今年一年、裏工作をしていました。恐らく、ポッターを魔法省に誘き寄せる為に。そして、あなたを殺す為に」

 

「なるほど。という事は今、魔法省にヴォルデモートがいるのは確実なんだな」

 

「そうです。そして、アエーシェマ・カローも確実にいます。あなた達がのこのこ現れるのを待ち構えているでしょう」

 

「それは良い事を聞いた。ヴォルデモートだけじゃなく、アエーシェマの息の根も止められる良い機会って訳だな」

 

「あなたは……馬鹿なんですか?そうまでして殺されたいんですか!勝ち目がある訳ないじゃないですか!それでも行くんですか?そんなの自殺行為です」

 

フローラは激昂してもう一発弾丸を撃ち込んだ。

だが、エスペランサは動じない。

 

「フローラ。俺、魔法界のこと結構好きなんだよセンチュリオンの隊員も、他の生徒も、先生も。そんな魔法界が脅かされそうになってるんだ。勝ち目が無いから戦わない。普通に考えればそうだろう。だがな、俺は軍人だ。軍人の本望は最後の最後まで国民を守ること、つまり、今の俺にはヴォルデモートから魔法界を守らないといけないんだ。勝ち目がある無しに関係無く、俺は皆を守る為に戦うんだ。それが俺の生き方だ」

 

「そんな生き方……認められる訳ないですよ」

 

「認められようとは思っていない。俺のこの生き方を隊員に強要してしまったのが俺のミスだ。だから、ここからは俺だけで良い。ヴォルデモートの息の根を止めるのは俺一人で十分だ」

 

「あなたは分かっていない。何で私やセオドールがあなたを止めようとしているのか。あなたに死んで欲しくないからです!」

 

「俺だって誰にも死んで欲しくない。だから、戦いに行くんだ」

 

エスペランサは再び歩き出した。

 

フローラはそんなエスペランサに銃口を向け、引き金を引こうとする。

足でも手でもどこでも良い。

今なら確実に命中させることが出来るだろう。

 

エスペランサを止めるには致命傷にならないが、行動不能にさせる程度のダメージを与えれば良い。

 

しかし、フローラは引き金が引けない。

指に力が入らない。

 

エスペランサに銃弾を撃ち込む事を本能が拒否している。

フローラは自分にはエスペランサを止められない事を悟り、地面に膝をついた。

 

崩れ落ちた彼女を残し、エスペランサは禁じられた森に向かう。

 

大広間にはフローラの啜り泣く声のみが残された。




グロウプとベインは出番無しということで


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case84 Deathfight! vs Death Eaters 〜死闘!vs死喰い人〜

感想誤字報告ありがとうございます!
いよいよ神秘部の戦いです。
原作キャラ死亡注意です。


幸いにも元センチュリオンの隊員に追いつかれる事無く、エスペランサはハリー達と合流し、セストラルに乗る事が出来た。

 

無事にロンドンに着いた一行は魔法省に入る。

魔法省の入門方法が電話ボックスだった事にも驚いたが、予想よりも簡単に魔法省に入れた事の方にエスペランサは驚いた。

 

これではヴォルデモートも死喰い人も入りたい放題だろう。

エスペランサ達は特に咎められる事もなく魔法省内部の神秘部のある階まで来れてしまったのだ。

 

神秘部の入り口でエスペランサはネビルに待機するように命じた。

 

「ネビル。お前はここに残れ」

 

「どうして!?僕も行くよ!」

 

ネビルは憤慨する。

 

「俺が何故、センチュリオンを2つの分隊にわけて編成してたか分かるか?」

 

「支援部隊の確保、柔軟な任務への対応、それから……片方が全滅した時の予備戦力の確保」

 

「そう言う事だ。神秘部でもし仮にヴォルデモートと戦闘がはじまった場合、俺達は壊滅する可能性がある。その時に応援を呼べる要員を確保しなくてはならない。それに、敵はまさか予備の戦力を俺達が確保しているとは思わないだろう。不意を突くことも可能だ」

 

「そういうことなら……わかった。じゃあ、これは君が持っていってくれ」

 

ネビルは持っていた破片手榴弾2つをエスペランサに渡した。

 

「助かる。もし、1時間経っても俺達が戻らなかったら闇祓い局に行って応援を呼べ。恐らくキングズリーなら相手にしてくれるはずだろう」

 

「了解」

 

エスペランサ達はネビルを入り口に残し、神秘部に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神秘部はその名の通り、神秘に満ち溢れた部屋が多く存在する部門だった。

 

何の為に存在するか見当もつかない部屋。

不気味なものが格納されている部屋。

エスペランサとネビル、それからハリー以外のダンブルドア軍団は多かれ少なかれ怯えている。

 

ロンは少しの物音にも慌てて杖を構えたし、ハーマイオニーは周囲を警戒しようとしていたが、その範囲が広すぎて逆に効率が悪い。

 

エスペランサはいつ敵に襲われても良いようにハリー達にフォーメーションを組ませた。

ハリー達はそれぞれバラバラに神秘部の通路を歩いていたのだが、その動きは当たり前だが素人である。

攻撃を受ければあっという間に全滅するだろう。

 

エスペランサはハリーを先頭にした菱形隊形を組ませることにした。

建物の内部で部屋から部屋へと移動する際には、菱形の隊形で移動するのが効果的だ。

この隊形ならば、狭い通路でも隊員は有効な射撃が可能であり、同士撃ちも避けられる。

 

前方をハリーが警戒、右側をジニー、後方をハーマイオニー、左側をルーナが警戒する。

こうすることで、一人一人の警戒範囲を限定する事が出来た。

また、360度全方位を警戒する事もできる。

 

ロンとエスペランサは互いに背を向けあいながら、ハリー達の後方5メートルを歩く。

 

こうする事で敵は的を一つに絞る事が出来なくなる。

また、ハリー達が攻撃されてもエスペランサ達が反撃する事が可能な訳だ。

 

各部屋にエントリーする際も、クロスフックというエントリー法を徹底させ、通路を横切る際も必ず支援射撃が可能な移動をさせた。

 

神秘部のどこに敵が潜んでいるか分からない現状では警戒を怠る事は出来ない。

 

無数の脳みそが格納された部屋や、不気味で巨大なアーチのある部屋を抜け、ついにハリーの夢に出て来たと思われる部屋にたどり着く。

 

「ここだ!間違いない!」

 

高い天井に、無数に置かれたそそり立つ棚以外には何もない部屋だ。

棚には小さな埃っぽいガラスの球がびっしりと置かれている。

おそらく水晶玉だろう。

間隔を開けて置かれた青く燃える蝋燭で通路は薄暗く照らされている。

 

「暗いな。それに棚がこう多いと待ち伏せに気付きにくい。ブービートラップも仕掛けやすい部屋だ」

 

暗視スコープを持ってこなかったことを悔やみつつ、エスペランサが言う。

 

「97列目の棚だ。そこでシリウスは捕まってる。皆、気をつけて!」

 

「97列目ね。ルーモス・光よ」

 

ジニーが杖で棚を照らす。

棚には列の番号が記されていた。

 

「53列目ね。こっちは54列目。だとすると97列目は向こうになるわ」

 

エスペランサは既に安全装置を外していたM733を97列目の方向へ向ける。

部屋の奥は不気味なまでに静かで、誰かが拷問されている気配など微塵もない。

 

一行は80列目を過ぎ、やがて90列目に到達する。

 

「この辺だ。この近くでシリウスは襲われていた」

 

「見たところ、誰もいないけれど……」

 

「そんな筈はない……ここで僕は見た…」

 

焦燥するハリーにロンが声をかけた。

 

「ねえ、ハリー。これを見て。ここ」

 

「何だい?こんな時に」

 

「いや、この水晶玉。君の名前が書いてあるんだ。ほら、ここ」

 

ロンが指さす棚には一つの水晶玉が置かれていた。

その水晶玉の下には古びたラベルが貼られている。

 

そして、そのラベルには「S.P.TからA.P.W.B.Dへ。闇の帝王そしてハリーポッター」と書かれていた。

 

「何だこれ?予言か何かか?」

 

エスペランサは他の水晶玉を一つ手に取ってみた。

その水晶玉には『S.P.TからA.P.W.B.Dへ。魔法界に変革と混乱をもたらす者』と書かれている。

 

「エスペランサ。勝手に触っちゃダメよ」

 

「別に水晶玉くらい触っても大丈夫だろ!?」

 

『闇の帝王の復活と共に更なる闇がこの世を覆う。災いを引き起こす源は我々とは相違する英知とそれをもたらす者にある。しかし、引き起こすのは災いのみならず。闇を払う力も同時に教示する存在と彼はなるであろう』

 

エスペランサが手に持つ水晶玉が一人でに喋り始める。

霧の彼方から聞こえるようなその声に彼は聞き覚えがあった。

 

「びっくりしたー」

 

「どうやら予言で間違いないようね。ハリーの名前が書かれた予言は何の予言なのかしら?」

 

ジニーが興味津々といった顔で水晶玉を見る。

ハリーは自分の名前が書かれた予言に手を伸ばし、そして、手に取った。

 

 

「よくやったぞ、ポッター。さあ、こっちを向きたまえ。そしてそれを私に渡すのだ」

 

 

ハリーが水晶玉を手に取った瞬間、背後からルシウス・マルフォイの声が聞こえた。

 

反射的にエスペランサは回れ右をして声のした方へM733の銃口を向けた。

 

「ルシウス・マルフォイか!」

 

黒いローブに身を包み、ハリーに杖を向けたルシウス・マルフォイがそこに居た。

ルシウス・マルフォイだけでは無い。

どこからともなく周り中に黒い人影が現れ、エスペランサたちの退路を完全に断った。

 

フードの裂け目から目をギラつかせ、十数本の光る杖先が、エスペランサ達に向けられる。

 

銃口をルシウスに向けながら、エスペランサは瞬時に敵の数を把握する。

 

「15人…か」

 

恐らく目眩しの呪文か何かで隠れていたのだろう。

 

ハーマイオニーもロンも皆、恐怖に顔が引き攣っていた。

 

「それをこっちに渡すんだ。ポッター」

 

ルシウスがハリーに催促するが、ハリーは水晶玉を渡そうとしない。

 

エスペランサはここでヴォルデモートの狙いがようやく分かった。

どうやら、予言の隠された水晶玉は予言の当事者でないと扱う事が出来ないらしい。

 

ヴォルデモートは何故かは知らないが、この97列目に存在したハリーに関する予言を手に入れる必要があったのだろう。

しかし、予言を手に入れるには前述の通り、ハリーも必要。

故にハリーを神秘部に誘い出すための罠を仕掛けたのだ。

 

であるならば、エスペランサが触った水晶玉の予言はエスペランサに関わるものだったのだろうか。

彼はふと疑問に思ったが、今はそんな事を考えている暇は無いと思い、思考を戻した。

 

「シリウスはどこにいるんだ!?お前たちが捕まえているんだろ?これが欲しければシリウスを解放しろ」

 

ハリーの問いかけに死喰い人達が笑いはじめる。

 

「ハリー。シリウス・ブラックはここに居ない。これは罠だったんだ。お前にその予言の入った水晶玉を取らせるためのな」

 

「おやおや。お馬鹿なポッター坊やと違って、そっちの短髪坊主は賢いじゃないか」

 

ゾッとする程の猫撫で声だった。

声の主はルシウスの後ろで杖を構える魔女だ。

ボサボサの髪とサディストの本性を具現化したような目。

顔立ちだけは整っている。

 

「ベラトリックス・レストレンジか」

 

「あら?私の事を知っているようだねえ。で、あんた誰だい?」

 

「エスペランサ・ルックウッドだ」

 

エスペランサが名乗った瞬間、ベラトリックスのさらに奥にいるフードを被った死喰い人がピクリと反応した。

 

「へええ。お前がアエーシェマの言っていたルックウッドかい」

 

「ベラトリックスは少し黙っていろ。時間が惜しい。お話は後だ。ポッター、はやく予言を渡せ。渡せば誰も傷つけん」

 

「ルシウスのやり方は回りくどいんだ。そこの一番小さい小娘を拷問するのを、ポッターに見せれば、こいつも直ぐに予言を渡すだろう」

 

ベラトリックスが舌舐めずりをしながら杖をジニーに向けた。

 

「僕たちの誰かを襲えば、これを壊すぞ?」

 

ハリーは水晶玉を掲げてベラトリックスに言う。

 

「小僧!」

 

「お前達はヴォルデモートにこの予言を持ってこいって言われてるんだろ?手ぶらで帰れば制裁されるんじゃないのか」

 

「あのお方の名を口にするか!?」

 

ベラトリックスが怒りを剥き出しにする。

 

「汚らわしい唇で、あの方の名前を口にするな。混血の分際で!」

 

「ヴォルデモートも混血だ。知らなかったのか?」

 

ハリーがベラトリックスを挑発する。

他の死喰い人もこの二人のやり取りに完全に気を取られていた。

 

「こいつめ!クルーシ…」

 

「やめろ!ベラトリックス!予言を壊されたら元も子もない」

 

ルシウスとベラトリックスが言い争うこの一瞬の隙にハリーはエスペランサに「棚を破壊してくれ」と指示を出した。

それを聞いたエスペランサは小声でハーマイオニー達に同じ指示をする。

全員に指示が行き渡ったことを察したハリーが号令をかけた。

 

「よし!今だ!やれ!」

 

「「「「 レダクト・粉々!」」」」

 

ハリー達が一斉に呪文を唱える。

粉々呪文は四方八方の棚に直撃し、無数に置かれていた水晶玉が片っ端から破裂した。

 

降り注ぐガラス片から身を守ることに専念した死喰い人達はハリー達が逃げる隙を生んでしまう。

 

「走れ走れ!逃げろ!」

 

ハリーが叫ぶのが聞こえる。

 

しかし、エスペランサは粉々呪文の当たっていない無傷な棚の裏に入り、そこから混乱状態にある死喰い人に攻撃をしかけた。

 

リズミカルにM733の引き金を引く。

発射された2発の5.56ミリ弾は一番近くにいた2名の死喰い人の頭に命中した。

 

悲鳴も上げずに死喰い人は血飛沫を上げて倒れ込む。

 

「あそこだ!棚の裏だ!ラバスタンがやられた!」

 

既に絶命した死喰い人に駆け寄ったルシウスがエスペランサを指差して叫ぶ。

死喰い人側としても戦闘開始直後に2名の仲間が殺されるとは思っていなかったようで、混乱が広がっていた。

 

「ぶっ殺してやる!そこか!」

 

義弟のラバスタンを殺された怒りで顔を真っ赤にしたベラトリックスがエスペランサの隠れる棚を丸ごと吹き飛ばした。

だが、エスペランサは既にその棚の裏から退避していたため、攻撃は不発に終わる。

 

「ルックウッドは後回しだ。まずはポッターを追え!予言を確保するんだ!」

 

ルシウスの指示で死喰い達は棚の間を駆け抜け、ハリー達を追う。

ワルデン・マクネアもその一人だった。

 

魔法省危険動物処理委員会の死刑執行人であるマクネアはハグリッドのバックビークを処刑しようとした男だ。

彼は魔法生物を惨殺することだけでなく、殺人にも快楽を覚える狂人である。

 

今回もハリー達ホグワーツの生徒を殺害出来る良い機会だと思い、積極的に作戦に参加していた。

彼は杖ではなく、刃物での殺しを好む。

それゆえに左手で杖を持ち、右手には魔法生物殺害用の斧を持っていた。

 

マクネアは獲物を狙う狩人の如く、棚と棚に挟まれた狭い通路を走る。

が、そんな彼にエスペランサが襲いかかった。

 

棚の裏に隠れていたエスペランサは暗殺者の如く、走ってきたマクネアの首に手を回し、口を塞ぐ。

そして、他の死喰い人に勘づかれないように通路の奥へ引き摺り込んだ。

 

「ぐっ!き、貴様ぁ」

 

マクネアはもがいたが、エスペランサの力は想像以上に強かった。

回された腕は確実に首を締め付け、呼吸が出来なくなる。

足をばたつかせようとしたが、その瞬間に股間を蹴り上げられ、意識が飛びそうになる。

 

体格に自信のあるマクネアは自分より遥かに小柄な子供に拘束されている今の状況が理解出来ないでいた。

 

そして、ふと自分の首筋に刃物があてられていることに気付く。

その刃物はマクネアが見たこともないようなナイフだった。

 

「な、何を……」

 

「………」

 

完全に怯えあがったマクネアは自分の首を締め付け、ナイフを突き立てているエスペランサを見る。

エスペランサは何も言葉を発しない。

殺意の篭もった目でこちらを睨んでいるだけだ。

 

「い、嫌だ。た、助け……」

 

首が締まる中、必死で命乞いをしたマクネアだったが、エスペランサは容赦なく彼の頸動脈をサバイバルナイフで切り裂いた。

 

 

部隊行動もせず、バラバラに行動した死喰い人達はエスペランサに次々と殺されていく。

ホグワーツの生徒に人が殺せる訳がない。

数の面でも、魔力の面でも圧倒的に死喰い人が優位だ。

そうたかを括っていたルシウスはここではじめて恐怖を覚える。

 

間違いない。

 

エスペランサ・ルックウッドは死喰い人よりも遥かに多くの戦場を経験し、そして、人を殺してきたに違いない。

 

彼にとって、死喰い人を各個撃破するのは容易いに違いない。

 

「バラバラになるな!2人以上で行動しろ!」

 

ルシウスは叫んだが、その言葉に従う死喰い人はいない。

彼らは所詮、闇の魔術任せの荒くれ者でしかなく、軍人では無い。

戦闘に関していえば素人だったのだ。




少し短いですが、今回はここまでです。
原作キャラは敵側のみ死亡ということで


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case85 Deathfight! vs Death Eaters 2 〜死闘!vs死喰い人 2〜

感想、誤字報告ありがとうございます!
今夜は金ローでグーニーズですね!


ハリーはエスペランサ以外の全員と合流した。

予言が置かれた部屋の出入り口の扉の前まで逃げて来た彼らは皆、息を切らしている。

 

ハーマイオニーもロンもジニーもルーナも今のところは無傷だ。

 

 

「皆、無事みたいだね。奴らに追いつかれる前に脱出しよう」

 

「ええ。そうね。あれ?エスペランサは?」

 

「まさか……死喰い人に捕まったんじゃ?」

 

「そんな事は無い…と思う。エスペランサは戦闘のプロだ。そう簡単にやられはしないだろう」

 

そう言いつつも、ハリーは心配になり、部屋の奥に目をやった。

 

「居たぞ!あそこだ。捕まえろ!」

 

突然、赤い閃光がハリー達に襲いかかる。

2人の死喰い人が通路の奥から失神光線を乱発しながら走ってくるのが見えた。

 

「盾の呪文だ!プロテゴ!」

 

「プロテゴ!」

 

ハリー達は盾の呪文を展開して失神光線を防いだ。

 

「ポッター以外は殺せ!アバダ……」

 

死喰い人の一人が死の呪文を唱えようとする。

だが、詠唱を終える前に彼らの全身に5.56ミリ弾が撃ち込まれた。

 

ギャァという悲鳴を上げて床に倒れ込む2名の死喰い人。

脇の通路からはM733を構えたエスペランサが飛び出してきた。

彼は死喰い人とは別のルートで出入り口まで走って来たらしい。

 

「エスペランサ!無事だったのか!」

 

「ああ。死喰い人を3人ほど処理していたら遅れちまった」

 

「し…処理って、まさか……」

 

ハリーはそこではじめてエスペランサの服が返り血に染まっている事に気付いた。

恐らく、3人の死喰い人を亡き者にしたのだろう。

 

「ぐ…た……助け…」

 

「こいつ、まだ生きてたのか。急所を狙った筈だったが、俺の腕も落ちてたみたいだな」

 

死喰い人の片方はまだ絶命していなかった。

どうやら致命傷にはならなかったらしい。

もう一人の方は脳天を撃ち抜かれて即死していた。

死喰い人は掠れる声で命乞いをする。

 

「助けて…助けてくれ」

 

「悪く思うな。これは戦争だ」

 

エスペランサは血塗れで倒れている死喰い人の口にM733の銃口を突っ込む。

彼の声は冷淡だった。

 

「何をするの!?エスペランサ!」

 

「何って……殺すに決まってるだろ」

 

「駄目よ!殺しちゃ!」

 

ハーマイオニーがエスペランサを止めようとした。

ハリー達他のメンバーも彼の行動を咎めようとする。

 

だが、ハーマイオニーをエスペランサは睨んだ。

彼の目は既に戦闘員の目になっている。

その目にハーマイオニーは恐れを覚えた。

 

敵を殺す事に一切の抵抗を持たない。

そんな目だ。

 

エスペランサが数多の戦場で敵兵を殺傷してきたことはハーマイオニーも察していたが、実際に人を殺す彼を見るのははじめてだった。

いつも一緒に生活していた陽気なエスペランサと、躊躇いもせずに死喰い人を殺すエスペランサが同一人物だとはとても思えない。

 

「じゃあどうしろって言うんだ?捕虜にでもするか?言っておくが、こいつを助けたところで俺達には何のメリットも無い」

 

数の上で有利な死喰い人と戦うのなら一人でも敵の数を減らさなくてはならない。

情けをかければ自分達の首を絞めることになる。

それに、助けた死喰い人が後々、脅威にならないとも限らない。

エスペランサはそれらのことを嫌と言うほど知っていた。

 

「でも!殺すなんて死喰い人とやってる事は変わらないのよ?」

 

「その考えが前回の戦争で不死鳥の騎士団が不利になった原因だ。敵を殺す事に躊躇していたら、こっちが殺られるんだ。戦場に道徳なんてものを持ち込んでも足を引っ張るだけだぞ。正義の味方(ヒーロー)ごっこがしたいのなら他所でやれ」

 

エスペランサは命乞いをしていた死喰い人の口内に銃弾を撃ち込んだ。

タン、という乾いた音と共に死喰い人は絶命する。

 

ハーマイオニーは小さな悲鳴と共に目を閉じた。

ハリー達も顔を強張らせている。

 

「他の死喰い人が来る前にここを離れるぞ。今の銃声を聞きつけた連中が襲ってくるはずだ」

 

エスペランサはそう言いつつ、2つの手榴弾を取り出した。

手持ちの手榴弾はこれがラストだ。

 

「何をするつもりなんだい?」

 

「罠を仕掛ける。上手くいけば一人でも多くの死喰い人を倒せるかもしれん」

 

彼は手榴弾の安全ピンを抜く。

そして、安全レバーが飛ばないように死喰い人の死体を手榴弾の上に被せた。

死体を使った最も簡単に出来るトラップだ。

 

作業をしながらエスペランサは自分が思っていた以上に冷静な事に気付く。

彼とて対人戦闘で人を殺したのは数年ぶりだ。

ホグワーツの生活で平和ボケしていた故に敵を殺す事に躊躇ってしまうかもしれないとも思っていた。

だが、一瞬で彼は戦闘員に戻ることができた。

 

現時点で殺した死喰い人は5人。

あと10人残っている。

死喰い人はホグワーツの生徒が相手とあって油断し、慢心していたのだろう。

だからエスペランサの奇襲攻撃が効いたわけだ。

しかし、5人も殺されたとなれば、もう油断も慢心もしないだろう。

敵は本気でこちらを叩きにくる。

 

ここからが本当の戦闘だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!殺してやる殺してやる!」

 

二人の死喰い人が杖を構えてハリー達を捜索している。

水晶玉、その他の逆転時計を含めた様々な魔法道具が粉々になり、無数の棚が崩壊している部屋の中での捜索は困難を極めた。

倒れた棚を浮遊魔法でどかして進路を確保するのは時間がかかる作業だ。

 

「冷静になれ。セルウィン。敵を侮るな」

 

「ああ!?こっちは3人も殺されたんだ!ホグワーツのクソガキに!見つけたらズタズタにしてやる。磔の呪いに悪霊の炎……」

 

「熱くなりすぎだ。アエーシェマが言っていただろう。エスペランサ・ルックウッドに気を付けろ、と。今は冷静さが求められる状況だ」

 

トラバースが言う。

沸点の低いセルウィンと違い、トラバースは冷静だった。

彼はその冷静さから死喰い人の中でも参謀的な役割を果たしている。

 

そうこうしている内に二人は部屋の出入り口に到達した。

そこには二人の死喰い人が血を流して倒れている。

床には血による水溜まりが出来ていた。

 

「おい!大丈夫か!しっかりしろ!」

 

セルウィンが倒れていた死喰い人を抱き起こす。

息は既に無い。

絶命している。

 

「くそっ!許さねえ!」

 

そして、抱き起こした死喰い人の身体の下からゴロゴロと2つの手榴弾が転げ出て来た。

ピン、という音と共に重りを失った手榴弾の安全レバーが本体から外れる。

 

「何だ……こ」

 

トラバースは最後まで言葉を発する事が出来なかった。

直後に起爆した手榴弾の破片が彼の全身を切り裂いたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズドンという鈍い音を聞いたルシウスは咄嗟に音の方向へ杖を向けた。

爆発で床が小刻みに揺れている。

 

「爆発音……誰かやられたのか?それとも」

 

「今の音はコンフリンゴでもボンバーダでも無い。恐らくは奴が持つマグルの武器による攻撃だろう」

 

焦るルシウスとは反対にドロホフは冷静だった。

死喰い人の中でもトップクラスの戦闘センスを持つドロホフはビクビクと怯えるルシウスを鼻で笑う。

アズカバンで十数年も過ごしてきた彼は娑婆でのうのうと暮らして来たルシウスを快く思っていない節もある。

 

「お前は所詮、ぬるま湯に浸かっていた貴族。それに対して、あのエスペランサという少年は我々以上に血生臭い戦闘を繰り広げてきたのだろう。ハリー・ポッターの仲間にこんな厄介な奴が居るとは……。あのアエーシェマが気にかけるのも頷ける」

 

エスペランサが厄介なのはマグルの武器と魔法の両方を使えるところだ。

通常の魔法、つまり、闇の魔術では無い魔法では火力が足りない。

だが、その火力不足をエスペランサはマグルの武器で補っている。

ドロホフはそう分析した。

 

「エスペランサ・ルックウッド以外の連中は脅威にならない。所詮はホグワーツの生徒。ならばルックウッドを叩けば後は楽だ」

 

「いや待て!我々の目的は予言だ。なら、ポッターを捕まえなければ」

 

「馬鹿を言うな。ルックウッドはポッターの用心棒のような物なのだろう?ポッターを捕まえようとすればルックウッドは必ず立ち塞がる。それなら、先に奴を倒す事に全力を注ぐのが良い」

 

「なら……エスペランサ・ルックウッドの処理は私に任せてもらおうか?」

 

ルシウスの背後から一人の男が現れた。

アエーシェマ・カローである。

アエーシェマの後ろにはもう一人死喰い人が立っていた。

 

「アエーシェマ!貴様、こんな時にどこへ行っていた!?それにオーガスタス!お前も私の命令を無視したのか!あの場にいた死喰い人にはポッターを追うように命じた筈だぞ!」

 

「神秘部には野暮用があってな。まあ、その目的も果たした。オーガスタスには戦線を離脱して私に神秘部の道案内を頼んでいた。お陰で目的が果たせたから感謝している」

 

ルシウスはそこでアエーシェマが手に何かを持っているのに気付く。

彼が手に持っていたのは一つの水晶玉だった。

 

「目的とは、その手に持つ予言の事か?」

 

「そうだ。この予言は少し特殊な物でね。本来、この世界には存在し得なかったイレギュラーな予言だ。君には理解出来ないかもしれんが、無言者であるオーガスタスはこの予言の異常性に気付いていたようだ。それも十数年前に」

 

「言っている意味が良く分からん。私に分かるように話せ」

 

アエーシェマは愉快そうに水晶玉を手の平で回した。

 

「君には理解出来んよ。それから、この神秘部に存在する逆転時計を全て破壊する事も目的の一つだった訳だが……ポッター一味が私の代わりに全て破壊してくれたみたいだな。これは既定事項だったが、上手くいってくれて良かった」

 

「逆転…時計だと?何の為に」

 

「それを今、貴方に言う必要も無いし、言うつもりも無い。それよりも、ポッターとルックウッドを追っている死喰い人を全員、ここへ戻せ」

 

「何故だ!そんな事をしたら逃げられるに決まってる!」

 

「ルシウス。先程の爆発でトラバースとセルウィンが死んだ。これで我が方の死者は7人だ。お前が指揮をすると犠牲が増えるだけだと何故気付けんのだ?」

 

「ぐっ……。なら、貴様が指揮を執ればポッターを捕らえられるというのか?」

 

「無論だ」

 

「大した自信だな」

 

ドロホフが鼻を鳴らす。

 

「私はエスペランサ・ルックウッドをお前よりも良く知っている。奴を倒す為には、奴の戦い方を理解しなくてはならん」

 

「ルックウッドの戦い方……だと?」

 

「そうだ。まず、ルックウッドの戦い方だが。奴は奇襲と罠を駆使して我々を各個撃破しようとしている。ならば、単独で動くよりも集団で動いた方が良い。これだけで奴の作戦を封じる事が出来る」

 

ルシウス達はエスペランサの使う武器がどのようなカラクリで動くのかを知らなかったが、アエーシェマは理解していた。

エスペランサの使う小銃や機関銃は火薬の力を使い、弾丸を高速で飛ばしているだけの道具に過ぎない。

盾の呪文で十分対応が可能だ。

つまり、常に盾の呪文を展開させる防御要員と攻撃要員に分けて戦えばエスペランサの攻撃は凌げるのである。

 

「とにかく、ここからの戦い方は私に任せておけ。悪いようにはならん。逆転開始だ」

 

ルシウスは不服そうだったが、渋々仲間の死喰い人達を呼び戻し始める。

 

その様子を見ながら、アエーシェマは横に立つオーガスタス・ルックウッドに話しかけた。

元無言者の死喰い人であるオーガスタスは無表情だ。

 

「ここまではこのイレギュラーな予言通りとなった。だが、私の存在を阻害するかのように生まれたエスペランサ・ルックウッドという障害は排除しなくてはならん」

 

「…………」

 

「お前の息子……殺しても差し支えないな?」

 

「………ああ」

 

 

 




今回もちょいと短めです。


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case86 Guns, wands, prophecies 〜銃と杖と予言と〜

大変遅くなりました!
気が付けばオリンピックの時期という……

休暇に入りましたのでそこそこ投稿出来ると思います!
感想ありがとうございます!


予言の部屋を後にしたエスペランサ達は幾つかの部屋を抜けて不気味な脳みその入れられた水槽のある部屋まで後退した。

脳みその入れられた水槽の他には無数の机や木箱、その他にもよく分からない魔法道具が乱雑に置いてある。

一体何を目的とした場所なのだろうか。

 

死喰い人に追いつかれないように全力疾走した為にハリー達は息を切らせている。

距離にしたら500メートル程度しか走っていなかったが、運動をするという習慣の無いホグワーツの生徒の体力不足は深刻だった。

 

唯一、息の切れていないエスペランサは後方を警戒する。

 

「おかしい。俺はてっきり姿現しで先回りされると思っていたのだが……」

 

M733を構えながら彼は疑問を口にした。

 

「確かに……変ね……」

 

肩で息をしながらハーマイオニーが言う。

 

「敵の狙いはハリーの持つ予言だ。奴らは何が何でも予言を奪いに来る筈」

 

敵の数は残り8人。

半数近くの死喰い人は倒したものの、ドロホフやベラトリックスといった主戦力は温存されたままである。

それ以上にエスペランサが気掛かりとしていたのは、あの場にアエーシェマ・カローとヴォルデモートが居なかった事だ。

 

彼は手持ちの残弾を確認する。

5.56ミリ弾にはまだ若干の余裕があったが、ベラトリックスやドロホフを相手にした場合、銃弾が不足するのは目に見えて明らかだ。

 

 

ドーン!

 

 

背後の扉が轟音と共に吹き飛ばされ、黒煙の中から緑色の閃光が無数に放たれる。

 

「アクシオ・掩蔽物!」

 

咄嗟にエスペランサは呼び寄せ呪文を行使して、部屋の中に雑然と積まれていた机や木箱を呼び寄せた。

 

飛来した緑色の閃光はそれらに衝突して破裂する。

 

緑色の閃光。

それはすなわち、死の呪い、アバダケダブラだ。

 

死の呪いに対して盾の呪文は効果がない。

故に死の呪いを防ごうと思ったら、何か障害物をぶつける他に術は無い。

咄嗟に盾の呪文ではなく呼び寄せ呪文を利用したのはその為だ。

 

「早い!もう追いついてきた。どうする!?」

 

「何でも良いから物陰に隠れるんだ!」

 

最初に扉を蹴破って出てきたのはドロホフだ。

エスペランサは射撃を開始する。

 

眩いマズルフラッシュ。

タタタンという射撃音と共に撃ち出される5.56ミリ弾。

 

だが、ドロホフに続いて出てきたルシウスがすかさず盾の呪文を展開して銃弾を防いだ。

盾の呪文で弾かれた弾丸が部屋の壁を削り取る。

 

「防御と攻撃で役割分担してるのか!?」

 

エスペランサは空になった弾倉を抜き、新たな弾倉を銃に装填した。

この調子で連射していれば弾薬はすぐに底をついてしまう。

 

ドロホフ、ルシウスに続きベラトリックスをはじめとした他の死喰い人達も続々と部屋に侵入してくる。

基本的に2人1組となり、片方が盾の呪文を展開、もう片方が攻撃するという連携をしていた。

この戦い方をされてしまうと、途端にエスペランサは不利になる。

 

単独戦闘を好む死喰い人に誰かが入れ知恵をしたのだろう、と彼は思った。

 

「伏せろ!」

 

エスペランサの言葉にハリー達は机の下に伏せた。

間一髪で彼らは死喰い人の魔法攻撃を避ける。

 

「ペトリフィカストタルス・石になれ」

 

机の隙間からハーマイオニーが呪文を放った。

敵の防御が薄いところを突いたその攻撃は死喰い人の1人に直撃する。

 

「ナイスだ!ハーマイオニー!」

 

ハーマイオニーの反撃に士気を上げたダンブルドア軍団達は各々、得意な呪文で反撃を開始する。

 

「調子に乗るんじゃないよ!クソ餓鬼が!」

 

怒り狂ったベラトリックスがハーマイオニーの潜む場所をまとめて吹き飛ばした。

恐らく、爆破呪文のコンフリンゴが使われたのだろう。

 

しかし、ベラトリックスの使用する爆破呪文の威力は通常のそれを遥かに凌駕していた。

 

「ロン!ハーマイオニー!」

 

ハリーが悲鳴をあげる。

 

エスペランサは匍匐前進で倒れたロンとハーマイオニーに近づいた。

運良く爆破呪文の直撃を免れたのだろう。

外傷は軽い火傷と骨折程度だった。

 

「大丈夫。脈はあるよ。意識はないけど。まだ死んでない」

 

先に到着していたルーナが驚くほどの手際の良さで2人の状態を確認していた。

 

頭上はドロホフの扱う紫色の炎とベラトリックスが乱射する魔法が行き交い、とても反撃出来る様子ではない。

 

近くの机が砕け散り、炎が舞う。

 

「これじゃジリ貧だ。ハリー!机と瓦礫を集めて掩蔽にしろ!その後、集中砲火をした後にフォーメーション・デルタで後退する!」

 

「えんぺい?ふぉーめーしょん?」

 

「っ!?」

 

エスペランサはハッとした。

ここに居るのはダンブルドア軍団だ。

センチュリオンの隊員では無い。

センチュリオンで使用していたフォーメーション等、ハリー達は知る由もない。

 

ここにセンチュリオンの隊員がいれば……。

エスペランサは心の中でボヤく。

 

ここにいるダンブルドア軍団を統率して組織戦闘を行うのは不可能だ。

逆に敵が組織戦闘を行なっている以上、こちらが不利。

 

だが必ず勝機はある。

 

「ハリー。予言を貸してくれ」

 

「う、うん。でも、どうするんだ?」

 

エスペランサはハリーから渡された水晶玉に「そっくり呪文」をかける。

水晶玉が複製された。

 

「俺がこいつを投げて注意を引く。その隙にジニーとルーナはロンとハーマイオニーを引っ張って次の部屋へ後退。ハリーは思いつく限りの呪文を乱射しろ」

 

そう言いながらエスペランサは倒れていたロンとハーマイオニーに軽量化の魔法をかけた。

センチュリオンでは重火器の重量を軽くする為に使っていた魔法だ。

これなら2人を難なく担ぐ事が出来る。

 

「あんた魔法の腕も優秀なのに何でレイブンクローじゃないの?」

 

「元々俺は頭より先に身体が動く質なんだよ。3カウント後に行動開始だ。3、2、1!」

 

エスペランサは銃を乱射しながら立ち上がり、水晶玉を掲げる。

 

「こんなもの、お前らにくれてやる!」

 

そして、水晶玉を死喰い人達へ投げつけた。

 

「何っ!」

 

突然、机や木箱の残骸の中から立ち上がって水晶玉を放り投げたエスペランサを見て、ルシウスは驚愕する。

 

彼の主君であるヴォルデモートの命令は予言の確保だった。

 

その予言が失われれば、ルシウスはおろか、他の死喰い人も只では済まされないだろう。

 

「馬鹿者!攻撃をやめろ!ベラトリックス!お前もだ」

 

ルシウスは焦って他の死喰い人に攻撃を止めさせ、呼び寄せ呪文で放り投げられた予言を手に入れた。

 

彼は安堵して予言を握りしめる。

 

「馬鹿者は貴様だ。ルシウス。その予言は偽物だぞ?」

 

攻撃を止めていたドロホフが呆れたように言う。

ルシウスは予言である水晶玉を見た。

 

見た目はそっくりだが、水晶玉は何の予言も発さない。

 

「餓鬼の悪知恵に騙されるとは貴様も堕ちたものだ。それに、ほら見ろ。ポッター達はとうに逃げ出したぞ?」

 

ドロホフは部屋の奥を指さした。

机等の残骸の奥にある部屋の入り口が空いており、そして、エスペランサやハリー達の姿は見えない。

 

ルシウスが攻撃中止を宣言した隙に全員、逃げ出したようだ。

 

「あのエスペランサという餓鬼。奴はポッター共と違って人を殺す事を躊躇わない。正義を振りかざして殺しを躊躇う騎士団の連中とは違う。正直、嫌いではないタイプの人間だ。だが、奴を生かしておけば、我々の犠牲は増えるばかりだぞ?」

 

ドロホフが言う。

 

彼は戦闘力を買われて死喰い人の幹部に上り詰めた男だ。

戦闘センスも抜群だが、敵の戦力の分析にも長けていた。

彼は敵戦力の中で最も脅威なのがエスペランサだと見抜いている。

 

「所詮は唯の学生だ。この人数でかかれば恐る事はない」

 

クラッブが言う。

その後ろでゴイルも頷いた。

 

彼らはビンセント、グレゴリーの父親である。

 

「そうさ!逃げるしか脳の無い小僧どもに何が出来る」

 

「甘いですな」

 

言い争う死喰い人達の背後からアエーシェマ・カローが現れる。

見れば、オーガスタス・ルックウッドも一緒だ。

 

「おやおや。随分と重役出勤じゃないか。我々がポッター共と一戦交えている時に後ろでコソコソしてた割には生意気な口を利くねえ」

 

ベラトリックスがアエーシェマに食ってかかる。

だが、彼はベラトリックスを無視した。

 

「既に半数近くの仲間が奴に殺害された。エスペランサ・ルックウッドを侮ってはならんと、私は忠告した筈だが?」

 

「その忠告は聞いた。確かに、奴の武器は強力だ。何せアバダケダブラを連射してくるような武器だからな」

 

「そう。ルックウッドの強さの根源は奴の持つマグルの武器、そして、戦闘に特化した知恵だ。だが、それにも弱点はある」

 

「弱点…だと?」

 

「敵を知らねば戦には勝てん。奴の持つ武器と知恵にも限界はある。それに気付かない程、お前達は愚かではないはずだ。違うか?」

 

アエーシェマはニヤリと笑いながらそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不気味なアーチのある部屋は他の部屋よりも広い。

ここを部屋と呼んで良いかは甚だ疑問なところだ。

 

天井も部屋の奥も見渡せない。

部屋の広さが一見、分からないのだ。

 

暗い空間に十数メートルの高さのアーチが置かれているだけで、他には何も無い虚無の空間。

まるでこの世の終わりを具現化したような部屋だ。

 

既に体力が限界に達していたハリー達はアーチの手前で地面に倒れ込む。

 

「休んでる暇なんてないぞ!すぐに敵は追ってくる」

 

だが、ハリーもジニーもルーナも倒れ込んでしまって動けない。

長年、まともに運動をしてこなかった魔法使いが1000メートル以上の距離を全力疾走したのだ。

立ち上がれないのも無理はない。

 

魔法界で行われるスポーツはほとんどが箒を使用したものだ。

持続走を可能にする体力の錬成は出来ない。

 

「エスペランサ……君は…大丈夫なの?」

 

「当たり前だ。200キロ行軍をした後ならまだしも、1000メートルを軽く走った程度で倒れる歩兵なんて戦力にならん」

 

そう言いつつ、彼は元来た道の方を警戒する。

 

ハリーとジニーは若干、体力に余裕がありそうだが、ルーナは今にも吐きそうにしていて戦力にはならないだろう。

ロンとハーマイオニーは相変わらず気絶したままだ。

 

命に別状は無いにせよ、熱傷と骨折を負っている二人はすぐに治療しなくてはならない。

 

「居たぞ!あそこだ!」

 

「クソっ!もう追いついたのか!いや、姿現しを使ったのか」

 

死喰い人が続々と部屋に現れる。

 

ドロホフを先頭にして、ベラトリックス、ルシウス、それにアエーシェマ・カローも居た。

エスペランサは新たな脅威の出現に多少の焦りを感じた。

 

「ポッター以外は殺せ。何としてでも予言を奪い取れ!」

 

死喰い人の一人が先走って死の呪いを放つ。

 

エスペランサは咄嗟に地面に伏せ、攻撃を躱した。

そして、伏せ撃ちの姿勢を取り、反撃の射撃を開始する。

 

「グアッ」

 

銃弾を受けた死喰い人は地面に倒れた。

だが、致命傷にはなっていない。

エスペランサの銃には自動追尾の魔法がかけられていたが、目標を常に目視しなくてはならないという制限がある。

こう乱戦になり目標が多くなると上手く機能しない。

 

「クラッブがやられた!死んではいないが、使い物にならん。クソっ」

 

「愚かな……。勝ち急ぐからそうなるのだ」

 

血を流して倒れるクラッブを横目に、アエーシェマは軽く杖を振る。

 

それだけの動作で凄まじい威力の衝撃波が起きた。

 

「広範囲の攻撃が来るぞ!伏せろ!」

 

エスペランサは叫ぶ。

 

アエーシェマの魔法によって発生した衝撃波は地面や壁を削り、無数の破片を発生させる。

勢い良く飛んできた破片をエスペランサとハリーは辛うじて躱したが、ジニーとルーナは被害を受けてしまった。

 

全身に瓦礫の破片を受けた二人は悲鳴をあげることもなく、地面に倒れる。

 

「ジニー!ルーナ!」

 

「馬鹿野郎!伏せてろ」

 

慌てて駆け寄ろうとするハリーをエスペランサが地面に押さえ込んだ。

 

二人の頭上を緑色の閃光が飛んでいく。

 

この場で戦闘可能なのはエスペランサとハリーのみ。

対して死喰い人側にはアエーシェマやドロホフといった脅威が無傷で存在する。

 

(乱戦に持ち込んで敵が混乱したところを各個撃破する予定だったが……。アエーシェマがいるとなれば話は別だ)

 

エスペランサは思考を巡らせつつ、アエーシェマに銃撃を浴びせた。

だが、銃弾は魔法で簡単に防がれてしまう。

 

死喰い人は接近戦に慣れていない。

故に、死喰い人達を殲滅しようとするなら接近戦に持ち込んで撃破すれば良い。

それがエスペランサは考えていた勝算だった。

しかし、アエーシェマ・カローの登場で接近戦はほぼ不可能になった。

アエーシェマはエスペランサに接近戦をさせないように大規模魔法攻撃を間髪入れずに放ってくる。

 

これでは近く事も出来ないし、敵の魔法攻撃を防ぐだけで精一杯だ。

ハリーとエスペランサは同時に盾の呪文を展開させて魔法攻撃を防ぐ。

 

「降伏して白旗でも揚げたらどうだ?そうすれば仲間の命だけは助けてやらん事もないぞ?」

 

アエーシェマが言う。

 

「降伏なんてクソ喰らえだ。死喰い人がハーグ陸戦協定を遵守するって言うなら降伏してやるよ」

 

「口だけは達者だな。だが、このままではジリ貧だぞ?お前の持つ武器の火力も無限ではない筈だ。最早、十分な残弾があるとも思えん」

 

これは図星であった。

 

先程までは余裕のあった5.56ミリ弾も底を尽こうとしている。

エスペランサが死喰い人相手に戦えていた理由は近代兵器というアドバンテージがあったからだ。

それが使えなければ形勢は極めて不利になる。

 

今もハリーが盾の呪文を展開しているうちに銃撃を行う事で、辛うじて攻撃を受け流すことが出来ているのだ。

 

(どうする?どうすれば状況を打開出来る!?)

 

「エスペランサ!後ろだ!」

 

ハリーが叫ぶ。

 

いつの間にか背後に回り込んでいた大柄の死喰い人がエスペランサに杖を向けて今にも呪文を詠唱しようとしていた。

 

(まずい!躱せるタイミングじゃない!?)

 

反撃する余裕はもう無い。

 

だが……

 

 

「ぐあっ!?」

 

「何!?」

 

大柄な死喰い人の右手の手首から先が杖と一緒に吹き飛ばされた。

あまりの激痛に死喰い人は倒れ込む。

 

「待たせたね!救援に来たよ!」

 

見れば部屋の入り口からM24を構えたネビルが走ってくる。

そして、その背後からはキングズリーやムーディー、トンクス、ルーピン、シリウスが続々と雪崩れ込んで来るのも見えた。

 

「シリウス!良かった、無事だったんだ!」

 

ハリーが安堵する。

 

神秘部に入らずに待機していたネビルはエスペランサの指示通り、助っ人を連れて戻ってきた。

 

死喰い人側は新たな敵の出現に少なからず動揺していた。

 

「クソ!闇払いの連中か!」

 

「構わねえ!たかが数人増えただけだ!」

 

ムーディとキングズリーはありったけの攻撃呪文を死喰い人に浴びせる。

 

しかし、ドロホフとアエーシェマはそれらを全て防いだ。

一方でシリウスはルシウスを負かす勢いである。

 

トンクスとルーピンは2人がかりでベラトリックスを追い詰めようとしていたが、他の死喰い人の応戦に手こずっていた。

 

敵味方双方の魔法が飛び交う中、ネビルはエスペランサの元に走り寄る。

 

「ごめん!救援が遅れた」

 

「構わねえ。危うく俺もやられるところだった」

 

「敵の数は?」

 

「アエーシェマを含めて残り8人ってところだ。こっちはハリー以外、全員が戦闘不能だ」

 

ネビルは倒れているロンやハーマイオニー達を見る。

全員、息はあった。

 

「この機を逃す訳にはいかないね。ベラトリックス・レストレンジの頭蓋に7.62ミリ弾をぶち込むチャンスなんてそうそうない」

 

ネビルはニヤリと笑い、M24のスライドをガチャリと引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キングズリーやムーディが加勢したところで死喰い人の優勢には変わらなかった。

 

アエーシェマとドロホフが強過ぎるのだ。

 

しかし、死喰い人達の目的はあくまでもハリーの持つ予言の入手である。

闇払い達の加勢で予言の奪取が困難になったのは彼等にとって痛手だった。

 

「貴様、ドロホフか。もう一度、アズカバンに送ってやろう」

 

ムーディはドロホフに杖を向ける。

 

「マッドアイ……。貴様の時代は終わったんだ。ロートルは引っ込んでろ!」

 

「死喰い人の時代も既に終わってるのだ!大人しく牢獄でくたばっていろ」

 

「ほざけ!」

 

ムーディの放つ失神光線を軽く凌いだドロホフは逆に彼の顔面に失神光線を直撃させた。

今のムーディに全盛期の強さは無い。

 

失神光線を受けて気絶したムーディにドロホフはとどめを刺そうとする。

 

だが、

 

 

バシッ

 

 

彼の腕を何かが高速で掠めた。

 

そして、その腕を激痛が走る。

見れば、右腕の皮膚が抉れていた。

 

「何だ!?」

 

ドロホフは周囲を警戒し、そして、こちらに銃口を向けているネビルの存在に気付く。

 

「あいつか!?」

 

ドロホフはネビルに杖を向けた。

そして、無言で魔法を放とうとする。

 

しかし、彼が魔法を放つより前に彼の腕に銃弾が撃ち込まれた。

 

あまりの激痛に思わず杖を落としてしまう。

 

「俺の…無言呪文よりも速い攻撃…だと!?」

 

無言で呪文を放つ速さには絶対の自信があったドロホフ。

だが、M24の初速は彼の魔法発動速度を軽く上回っていた。

 

M24SWSの初速は868m/秒。

1988年に開発された最新鋭の狙撃銃はベテランの死喰い人をも驚愕させる能力を持っている。

 

マグルの武器の性能に驚愕していたのは死喰い人側の人間だけではなかった。

 

キングズリー達の出現に動揺し、数人の死喰い人は隙を見せてしまう。

その隙をエスペランサは見逃さなかった。

 

M733の引き金をリズミカルに引き、2人の死喰い人を無力化する。

戦闘に特化したマグルの武器にキングズリー達も少なからず驚いていた。

そして、死喰い人を殺す事に何の躊躇いもしないホグワーツの生徒の存在に恐れも抱く。

 

戦闘の最中、主君の任務を忠実に守ろうとしていたのはルシウスだけになっていた。

 

「予言だ!予言をポッターから奪え!」

 

ルシウスはハリーに襲いかかる。

しかし、その行手をシリウスが塞いだ。

 

「そうはさせん。マルフォイ。ハリーに手を出すな。私が相手になってやる」

 

「死にかけの駄犬がよく吠える!」

 

ルシウスはシリウスに魔法を連射したが、それは全て防がれた。

 

「エクスペリアームズ!」

 

シリウスの横からハリーが助太刀をする。

多勢に無勢。

ルシウスはハリーの武装解除呪文を受けてしまい、杖を失った。

 

「良いぞ!ジェームズ!」

 

シリウスは杖を失ったルシウスに失神光線を直撃させる。

 

勝ち誇るシリウス。

だが、その背後をベラトリックスが襲った。

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

緑の閃光がベラトリックスの杖から噴出し、シリウスに命中する。

そして、彼はアーチの向こう側に消えていった。

 

「シリウス!シリウス!」

 

ハリーが叫ぶが、返事はない。

 

シリウスを殺害したベラトリックスはニヤリと笑うと、神秘部の外へ逃走を始めた。

 

「逃がさない!ぶっ殺してやる!」

 

復讐の鬼と化したハリーは杖を握りしめてベラトリックスを追いかけた。

 

ベラトリックスを追いかけ始めたハリーの姿をエスペランサとネビルは目撃する。

 

「あいつ!単独でベラトリックスと戦おうとしてるのか!」

 

「どうする?隊長……」

 

「ハリーを援護する。ついてこいネビル」

 

「了解!」

 

エスペランサとネビルは銃を片手に走り出した。

 

 




シリウスはやはり退場させるしかありませんでした。
乱戦は書くのが難しいですね。


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case87 Participation in the war 〜3つ目の勢力〜

感想、誤差報告ありがとうございます!
金メダルラッシュ凄いですね。



エスペランサ達が死喰い人と死闘を繰り広げている頃。

ホグワーツの正面玄関ではセオドールが目覚めていた。

 

「くっ……あれからどうなったんだ」

 

彼の最後の記憶はエスペランサに敗北した瞬間であった。

 

「そうか……。僕は彼に負けて、気絶していたんだな」

 

「そうです。あの人は他の人達と一緒に魔法省へ向かいました」

 

セオドールの横にはフローラが立っている。

どうやら彼を蘇生させたのはフローラらしい。

 

「馬鹿な事を……。だがもう止める術も無い」

 

「仮に止める術があったとしても……私には止められなかったと思います」

 

「ああ……。そうかもしれないな」

 

戦いに向かうエスペランサを止めても無駄な事は分かりきっていた。

それでも止めようと思ったのは何故か。

 

戦いに行けばエスペランサが死ぬという確信があったからだ。

罠だと分かりつつも死地に赴くなんて正気の沙汰では無い。

止めるのは当たり前だ。

 

だが、理由はそれだけか?

 

「怖かったのかもしれないな。僕は。エスペランサがこのまま、ヴォルデモートや死喰い人と戦い、それが公になれば魔法界は多かれ少なかれパニックになる。そうなれば英国魔法界は崩壊するだろう」

 

「…………」

 

「紛い物の平和でも良かった。今の魔法界が崩壊するところを見たくは無かった。魔法界の崩壊を目の前にして成す術も無い無力な自分を見たくはなかった」

 

セオドールは戦闘で死ぬ事を今更恐れてはいなかった。

彼が恐れていたのは自分の戦ったところで世界は変わらないという事実を知ってしまう事だった。

 

だが、エスペランサはそんな事を恐れずに戦いに行った。

それを、セオドールは愚かだと思う一方で羨ましくも思う。

 

「私も……怖かったですよ。私はここ数年、ホグワーツで過ごしている間、幸せでした」

 

この世界に絶望して、全ての景色が灰色に見えていたフローラを救い出したのはエスペランサだった。

 

「救いなんて無いと思っていた私ですが、あの人の姿を見て、この世界にも救いがあるのだと思いました。あの人の作る世界にはきっと私の居場所がある。そう思えるだけで幸せだったんです。平和な世界で……あの人の近くに居ることが出来るだけで私は良かったんです」

 

「フローラ。君はやはり、隊長が……」

 

「ええ。私は彼に好意を抱いています」

 

 

彼女がエスペランサに好意を抱いたのがいつからかは本人も良く分かっていない。

しかし、彼はフローラにとって希望そのものだった。

彼の存在にフローラは救われていた。

それだけで好意を抱く理由は十分だろう。

 

「だからこそ、あの人が戦いに行くのを止めたかった。あの人が死ぬのは嫌だったから……。でも……。馬鹿ですよね、私。側にいたいと思うなら、私も一緒に行くべきでした……。裏切って…傷つけて…一人で戦いに向かわせて……」

 

フローラの目から涙が溢れる。

普段感情を表に出さない彼女にしては珍しい事だった。

 

「大変だ!大変なことになった!」

 

廊下の向こう側からザビニとグリーングラス姉妹が走ってくる。

 

「どうした?何があった?」

 

「今…職員室を盗聴していたんだが、ポッター達は遂に死喰い人と交戦をはじめたらしい」

 

「スネイプ先生をはじめとした教員が慌てて職員室に入って行くのが見えたからこれを使って盗聴したんだよ」

 

見ればザビニもグリーングラス姉妹もウィーズリー製の「のび耳」を手にしている。

3人はのび耳を使って職員の会話を聞き出したようだ。

 

「それは本当なのか?やはり、あれは死喰い人の罠だった訳だな」

 

「うん!スネイプ先生は不死鳥の騎士団の一員だから魔法省で起きている戦闘の情報も入手してた。隊長やダンブルドア軍団が死喰い人と交戦して、騎士団の何人かが救援に向かったみたい」

 

ダフネが言う。

 

「戦闘の結果は?」

 

「分からない。隊長は少なくとも5人の死喰い人を倒したらしい」

 

「5人倒したのか!」

 

圧倒的に不利な状況で5人の死喰い人を倒したのは流石としか言いようがない。

 

「だが、敵が思ったよりも強く、味方の被害も甚大という話だ」

 

「味方の被害……だと?隊長は無事なのか?」

 

「それも分からん。しかし……敵にはあのアエーシェマやドロホフが居るんだ。騎士団が味方についたとは言え戦況は不利だろ」

 

「副隊長、私達は行かなくて良いの?このままじゃ……」

 

「落ち着け。そもそも僕達には魔法省に行く手段も無いんだ。あそこへ行くには煙突飛行ネットワークに接続しなくては……」

 

そこまで言って、セオドールは気付く。

ホグワーツには魔法省と繋がる暖炉が一つだけ存在した。

 

だが、今から魔法省へ行ってどうする?

武器も作戦も用意していない状態で行って何をするというのだ。

 

この場には彼を含めても5人の隊員しかいない。

たった5人で何をするのだ?

 

セオドールが考え込んだその時。

 

 

「副隊長!聞いたぞ!隊長達が魔法省で戦ってるらしいじゃないか!」

 

「しかも、5人の死喰い人を倒したって?」

 

大広間の方からセンチュリオンの隊員達が続々と走ってきた。

 

「お前たち、どこでその情報を嗅ぎつけたんだ?」

 

「ザビニから聞いたんだ」

 

「何だと?」

 

セオドールはザビニをチラリと見た。

 

「情報は共有すべきだろ?」

 

ザビニは肩をすくめて言う。

 

そうこうする間に隊員達は続々と集まってきた。

アーニーやアンソニー達離反組。

コーマックやチョウといった残留組。

見れば全隊員が集結していた。

 

「隊長と死喰い人が交戦を始めたのは嘆かわしいことに事実だ。隊長は5人の死喰い人を倒し、尚も交戦中とのこと」

 

「マジかよ……」

 

「5人も倒すなんて、信じられねえぜ?」

 

隊員の口から驚きの声が上がる。

 

「で、副隊長。我々はどうするんだ?」

 

アンソニーが言う。

 

「どうするって言っても、我々は死喰い人と交戦する事を避ける為に離反したんだぞ?」

 

セオドールの言葉に離反組は目を落とした。

彼等はエスペランサに死喰い人と戦闘をさせない為に離反したのだ。

 

「確かに……そうだ。だが、結局、隊長は戦闘を勝手にはじめちまった。僕らが居ようが居まいが、隊長は戦い始めちまう。そんな事は分かりきってた事だけどさ……」

 

「やっぱり、戦うのは怖いけど……。でもじっと待ってることなんて出来なくて」

 

「隊長一人に戦わせるのも…こう、後味が悪い。これで勝手に戦死されたら、それこそ最悪だ。そう思って、僕らは集まったんだ」

 

アーニーが言うと離反組が頷く。

 

「離反した連中は兎も角、私達は戦いに行くつもりよ?隊長も行くなら私達を誘ってくれれば良いのに。水臭い」

 

「ああ。勝手なもんだ」

 

チョウ、コーマック、フナサカが口々に言った。

 

「良いか?現時点で我々には死喰い人を殲滅出来るような武器弾薬はない。人数も少ない。前にも言った通り、戦えば敗戦濃厚だ。今戦い始めたら味方に犠牲が出るどころか、魔法界に混乱をもたらすだけだ。だから、我々は離反したんだぞ?それでも、戦いに行きたいと言うのか?」

 

セオドールは隊員達を見渡した。

 

皆、戦意に満ちた顔をしている。

グリフィンドールの隊員も、ハッフルパフの隊員も、レイブンクローの隊員も、そして、スリザリンの隊員も。

 

一様に戦士の顔をしていた。

 

そこに寮の隔たりは存在していない。

 

 

ああ、そうか。

 

セオドールは思った。

 

 

ここに居るのはセンチュリオンの隊員だ。

寮なんて関係ない。

 

エスペランサ・ルックウッドという男は寮という垣根をぶっ壊して、一つの組織を作り上げた。

寮も能力もバラバラの生徒たちを同じ目標に向かって突き進む一つの集団にまとめ上げたのだ。

 

グリフィンドールは勇猛果敢でスリザリンは狡猾。

そんなものは関係ない。

 

彼は数世紀に渡って存在し続け、どんなに優秀な指導者でも壊す事の出来なかった寮という隔たりをたった3年で壊した。

 

それは奇跡としか言い様が無い。

 

エスペランサは奇跡を起こして見せた。

 

 

ならば、今度は自分が奇跡を起こして見せよう。

 

「分かった。お前達の気持ちは伝わった!我々は今から隊長の救援に向かう!」

 

セオドールは高らかに宣言した。

 

「おおお!」

 

「そうこないとな!」

 

「やってやろうぜ!」

 

隊員達は俄然やる気を出す。

 

「良いか?戦闘は既に始まっている。悠長に準備をしている時間は無いぞ?各人、5分で戦闘準備を終わらせろ。遅れる者は置いていく!準備の出来たものからアンブリッジの部屋に集合せよ」

 

「「「 了解! 」」」

 

隊員達は忽ち、必要の部屋へと走り出した。

 

一度、バラバラになったセンチュリオンは再び、一つになろうとしている。

 

「やはり、隊長は隊長だったな。エスペランサが隊長だったから、あいつらはまた一つにまとまることが出来てしまった」

 

「それは、やはり不本意ですか?」

 

フローラが言う。

 

「当たり前だ。僕はこの戦いにまだ勝ち目を見出せていないのだから。だが……最後まで諦めずに考え抜くさ。勝利する方法を」

 

「5分後には出発ですよ。今回の戦いに勝利する方法はもう考えているのですか?」

 

「まだ考えていない。だが……」

 

セオドールはフッと笑う。

 

「5分あれば十分だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベラトリックスを追いかけていたハリーはいつの間にか魔法省のエントランスホールに来ていた。

 

魔法界同胞の泉というセンスの悪い噴水や、無数の暖炉、エレベーターが存在する広い空間である。

 

不思議なことに職員の姿も来訪者の姿も見えない。

ホールは不自然に静まり返っていた。

 

「ギャハハ!シリウス・ブラックの仇でも討ちに来たのかい?可愛いポッターちゃん?」

 

狂ったようにベラトリックスが笑う。

 

「クルーシオ!」

 

ハリーは怒りに任せて磔の呪文をベラトリックスに行使した。

 

「グハッ!く…小僧。磔の呪文を使った事がないようだね?本気になる必要があるんだよ。お前のような青二才じゃまだ扱えない」

 

磔の呪文は直撃した筈だが、ベラトリックスは少し苦しんだだけで無傷だった。

 

「さて、ポッター。今度はこっちの番と言いたいところだが、まずは予言を渡せ!そうすれば命だけは助けてやらんでもない」

 

「渡しちゃダメだ!ハリー!」

 

ハリーの背後にあるエレベーターが開き、エスペランサとネビルが銃を構えながら出て来る。

 

二人の銃口はピタリとベラトリックスに向けられていた。

 

「誰かと思えばロングボトル家の倅かい。両親は元気?」

 

「お陰様で元気さ。聖マンゴでピクニックしてる」

 

ネビルは皮肉を込めてそう言い、M24の引き金に指をかけた。

その横でエスペランサもM733を構える。

 

ハリーも杖をベラトリックスに向けた。

 

3対1。

ベラトリックスに勝ち目は無い。

 

ハリーの魔法は防ぐ事ができても、M24の弾丸をこの間合いで防ぐ事は不可能だ。

 

「残念ながら、チェックメイトだ。最期だし愛しの主君に助けを求めてみたらどうだ?」

 

エスペランサが笑いながら言った。

 

 

 

 

 

 

 

「その必要は無い」

 

 

 

 

 

短くも恐ろしい声がエントランスホールに響いた。

 

ハリーは突然、傷跡が痛み始め、床に倒れてしまう。

エスペランサとネビルの顔からは余裕の笑みが消えた。

 

「この声……聞いた事がある」

 

エスペランサの記憶が蘇る。

1学年の時、賢者の石を巡って死闘を繰り広げたあの時。

 

確かに聞いた声だ。

 

「ああ!ご主人様!申し訳ありません!予言をまだ奪えていないのです!」

 

「黙れベラトリックス。俺様はお前の言い訳を聞きに来たのでは無い。ポッターの息の根を止めに来たのだ」

 

ベラトリックスの横にいつの間にか一人の男が立っていた。

 

赤い目に毛が一つも生えていない頭頂部。

蛇のような鼻。

 

間違いない。

こいつは………。

 

「ヴォルデモートか!」

 

エスペランサは叫ぶ。

 

「ご名答だ。お前は見覚えがあるぞ?ああ、クィレルを殺した生徒か。確か…エスペランサ・ルックウッド」

 

ヴォルデモートは愉快そうに笑った。

その笑い方があまりにも人間離れし過ぎてエスペランサはゾッとする。

 

いかなる敵に遭遇しても恐怖を覚えなかった彼であるが、ここに来てはじめて恐怖を感じた。

 

(こいつは…もはや人間じゃない!)

 

「ではまず、ポッターから殺すとしよう。俺様はここ一年、ずっとこの時を待っていたのだ。アバダ・ケダ……」

 

「させるか!」

 

ヴォルデモートがハリーに向かって死の呪文を撃ち込もうとする寸前、エスペランサはM733の引き金を引いた。

 

マズルフラッシュと共に5.56ミリ弾がヴォルデモートを襲う。

 

「小癪な」

 

ヴォルデモートはほとんど杖を動かさなかった。

しかし、彼の周りに盾の呪文が展開される。

5.56ミリ弾は全て弾かれた。

 

「なんて反応速度だ……っ!?」

 

エスペランサは手に持つM733を見て焦りを見せた。

弾切れだ。

5.56ミリ弾の残弾はもう無い。

 

「ネビル……。例の作戦だ。あれをやるぞ」

 

「正気か?」

 

「ああ。あれを試すのは今しかない」

 

エスペランサはM733を投げ捨てて、代わりに肩にぶら下げていたMP5サブマシンガンを構えた。

これは待機中のネビルに渡していたものだった。

だが、残弾に余裕が無くなったため、先程返してもらったのである。

 

「うおおおおおおお!」

 

エスペランサは声を上げ、MP5サブマシンガンを乱射しながらヴォルデモートに突撃を仕掛けた。

パララという乾いた音と共に9ミリ弾が発射される。

 

「フハハハ!何をして来るかと思えば自暴自棄になって特攻か?」

 

ヴォルデモートは不気味に笑いながら襲いかかって来る9ミリ弾を防いだ。

25発しか装填されないMP5はすぐに弾切れを起こす。

 

だがエスペランサは弾が切れても、構わずにヴォルデモートに向かって走り続けた。

二人の距離は僅か10メートル。

 

(なるほど。懐に潜り込んで近接戦を仕掛けるつもりか……。確かに近接戦に持ち込めばこの小僧にも勝ち目はあるかもしれん)

 

ヴォルデモートは冷静に判断した。

彼はエスペランサの戦闘を知っている。

 

気を引いたところで懐に潜り込み、そして、近接戦を仕掛ける。

かつて、クィレルを倒した際も似たような戦い方をしていた。

 

(周囲一帯ごと奴を吹き飛ばすか、それとも、死の呪文を直撃させるか。いずれにせよ、間合いを詰められる前に対処すれば問題無い)

 

ヴォルデモートは瞬時に判断して杖を走りながら近づいて来るエスペランサに向けた。

 

桁違いの出力で爆破呪文が展開される。

 

エスペランサもその周囲の床もまとめて吹き飛ばされた。

 

だが、ヴォルデモートが魔法を発動すると同時に、後方で待機していたネビルも"エスペランサに向かって"呪文を唱えていた。

 

「ステータム・モータス 強制回避」

 

対象を6から7メートルほど瞬間移動させる魔法だ。

ネビルの放った魔法はエスペランサに命中し、彼の身体は7メートル前方に瞬間移動する。

 

つまり、ヴォルデモートの目と鼻の先にエスペランサを瞬間移動させたのだ。

 

「何!?」

 

ヴォルデモートは突然自分の目の前に瞬間移動してきたエスペランサに驚愕する。

 

(これが狙いだったのか!?だが、既にマグルの武器は使用不能。杖は手に持っていない。丸腰のこいつに何が出来るというのだ?)

 

瞬時に冷静な思考を取り戻したヴォルデモートはエスペランサの持つ銃はとっくに弾切れを起こしている事を思い出した。

しかも、エスペランサは手に杖を持っていない。

 

丸腰の状態だったのだ。

 

「馬鹿が!俺の武器は銃だけじゃねえ!」

 

ヴォルデモートの目と鼻の先の空中に転移してきたエスペランサは右手の拳を握りながら言った。

 

この世で最も原始的な攻撃。

それ故に誰も考えなかった攻撃。

 

ヴォルデモートの顔面にエスペランサの拳がめり込んだ。

 

 

「グハッ」

 

鈍い音と共にヴォルデモートが床に倒れ込む。

恐らく鼻の骨が折れたのだろう。

彼の鼻は変な方向に曲がり、どくどくと血が垂れていた。

 

生まれて初めてヴォルデモートは暴力による激痛を味わう。

 

ヴォルデモートを物理的に殴りつける人間はエスペランサがはじめてだろう。

そもそも、普通はそんな方法を考えない。

魔法界を脅かした闇の魔法使いを殴りつけようと考えたのは後にも先にもエスペランサのみだ。

 

ヴォルデモートもまさかエスペランサが殴りかかってくるとは思いもしなかった。

故に対応が遅れたのだ。

 

ハリーもベラトリックスも唖然としていた。

 

「き、貴様あああ!」

 

怒り狂うヴォルデモートは杖をエスペランサに向けようとする。

だが、遅かった。

 

エスペランサは既に杖をヴォルデモートに突きつけている。

 

「これで終わりだ。地獄に堕ちろ。アバダ・ケダ………」

 

だが、彼が最後まで詠唱をすることは無かった。

突如としてエスペランサの身体が魔法によって吹き飛ばされたからだ。

 

吹き飛ばされたエスペランサは勢いよく石で出来た壁に叩きつけられる。

 

「なかなか面白いものを見せてもらった。まさか闇の帝王に物理攻撃を仕掛けるとは」

 

エントランスホールの奥からアエーシェマ・カローが歩いてくる。

彼の持つ杖は壁に叩きつけられたままのエスペランサに向けられていた。

 

「遅いぞ、アエーシェマ。何をしていた?」

 

「キングズリー達が思ったよりも手強く、撃退するのに時間がかかってしまいました」

 

笑いながらアエーシェマは言う。

ヴォルデモートは自分の顔面に治癒魔法を施しながら立ち上がった。

 

「あの小僧。楽には殺さん。ポッターを殺すのは後だ。エスペランサ・ルックウッドを血祭りに上げる」

 

「それは名案ですな。ですが、奴はまだ戦うつもりらしいですよ?」

 

エスペランサは満身創痍になりながらも起き上がり、拳銃を腰から引き抜いていた。

そして、ネビルもM24の銃口をヴォルデモートに向けている。

 

ハリーはと言うと、傷痕を押さえて倒れ込んだままだ。

 

「我が君!ポッターは私が殺します!」

 

ベラトリックスが言う。

 

「ベラトリックス。ポッターを殺すのは俺様だ。お前は生き残った同胞を連れて速やかに逃げろ。もうじき闇払いやダンブルドアがここに来るだろう。その前に逃げるのだ」

 

「しかし、我が君……」

 

「これは命令だ。早く行くのだ」

 

「はい………」

 

ベラトリックスはエントランスホールから走り去っていった。

彼女が逃げる様子を横目で見つつ、アエーシェマは口を開く。

 

「さて、我が君がこの一年、ポッターを殺す機会を心待ちにしていた様に、私もルックウッドを殺す機会を心待ちにしていた」

 

彼はゆっくりと杖を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壁に叩きつけられた衝撃でエスペランサの骨は何本か折れていた。

だが、彼は痛みをほとんど感じていない。

アドレナリンを大量に分泌しているからだ。

 

エスペランサは弾倉が空になり使い物にならなくなったMP5サブマシンガンを地面に捨て、拳銃を引き抜く。

そして、迷わず引き金を引いた。

 

「そんな攻撃が効くとでも思っているのか?」

 

アエーシェマは拳銃から発射された9ミリ弾を弾き返す。

さらに、彼は杖を一振りして悪霊の炎を噴出させた。

 

「悪霊の炎…か!?」

 

アエーシェマは悪霊の炎をまるで鞭のように操る。

悪霊の炎の鞭はエスペランサに直撃した。

 

「ぐあっ!」

 

悪霊の炎がエスペランサの皮膚を焼く。

あまりの激痛に彼は床に倒れ込んだ。

 

「エスペランサ!くそっ!」

 

倒れたエスペランサに代わり、ネビルがM24をアエーシェマに向ける。

だが、弾丸を発射する前にヴォルデモートの磔の呪いがネビルを襲った。

 

「クルーシオ・苦しめ!」

 

「うあああああ!」

 

想像を絶する苦しみが彼の身体を襲う。

センチュリオンで鍛え上げたネビルの精神力をもってしても耐え難い苦しみだった。

堪らず彼は倒れ込んでしまう。

 

「ロングボトムの倅も大した事は無かったな。では、我が君。そろそろ終わりにしましょう。コンフリンゴ・爆破せよ」

 

アエーシェマの魔法でエスペランサとネビルの倒れていた付近が爆発する。

爆風と瓦礫の山が二人に襲いかかった。

 

吹き飛ばされた両名は身体中から血を流し、再び地面に倒れ込む。

 

(痛みは…感じないが、身体が……動かない)

 

身体中の骨が砕け、全身に火傷を負ったエスペランサは反撃するどころか、立ち上がる事すら不可能であった。

 

「悪いが、死んでもらうぞ?ルックウッド。最期に言い残した事はあるか?」

 

倒れているエスペランサにアエーシェマが言葉をかける。

 

「まだ……終わっちゃいねえ」

 

「その身体ではもう戦えんだろう。所詮、貴様はその程度の人間だ。貴様に世界は変えられん。世界を変える力を持つのは、我が君であるヴォルデモート卿だ」

 

「ヴォルデモートが作り出す世界なんてクソ喰らえだ」

 

「そうか。それが遺言という事で良いんだな」

 

アエーシェマの杖がエスペランサに向けられる。

 

 

結局、自分は勝てなかった……。

エスペランサは思う。

 

セオドールの言う通り、無謀な戦いだったのだろう。

この後、ヴォルデモートは魔法界を支配しようとするに違いない。

恐らく、英国魔法界は支配される。

ダンブルドアという抑止の力があっても、ヴォルデモートの勢力が強大過ぎるからだ。

そして、行き着く先はヴォルデモート勢力とマグルの全面戦争。

 

ヴォルデモートやアエーシェマが存在する世界に平和なんて存在しない。

彼等が作り出すのは大勢の人が死に、苦しむ最悪の世界だ。

 

かつての仲間達。

夥しい死体の山。

センチュリオンの隊員達。

 

エスペランサの脳裏に様々な記憶が過ぎる。

これが走馬燈というやつなのだろうか。

 

そして、最後に脳裏に浮かび上がったのは一人の少女の姿だった。

死を覚悟した瞬間に、エスペランサは無性にフローラ・カローに会いたくなった。

 

(笑っちまう……。最期の最期に思い浮かべるのが女だったとは……。俺も少しは人間らしいところがあったみたいだな)

 

エスペランサは自嘲気味に笑う。

 

(世界どころか、フローラひとり幸せにする事も出来てねえ………)

 

せめてもの抵抗とばかりに、エスペランサはアエーシェマを睨みつける。

 

だが、彼の視界にアエーシェマの姿は見当たらない。

それどころか、30センチ前すら視認できない。

 

(ああ。俺は死んだのか。死後の世界ってのはこんなに真っ白なのか)

 

彼は目だけを動かして周囲を見渡す。

辺り一面が白煙で包まれていて、何も視認出来ない状況だ。

 

さらに、息苦しさすら覚える。

 

「違う………。この白煙、この臭い……。まさか、これは!?」

 

エントランスホールにヒュルルルという何かが飛来する音が響く。

そして、破裂音と共に白煙が増していく。

 

間違いない。

これは……。

 

「発煙弾か!?」

 

 

 

 

 




原作と戦いの流れが少し違いますが、死喰い人が何人か戦死した為に違いが生まれています。


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case88 Lord Voldemort vs Centurion 〜ヴォルデモートvsセンチュリオン〜

感想ありがとうございます!



「何だ!?この煙は!」

 

アエーシェマの声が白煙のなかから聞こえる。

 

エントランスホールが白い煙に包まれていた。

 

「発煙弾………」

 

30センチ前すら見えない視界の中でエスペランサは呟く。

この白煙は間違い無く発煙弾だ。

 

そして、発煙弾を魔法界で使う組織は一つしかない。

 

「隊長!無事か!?」

 

白煙の向こうから戦闘服に身を包んだ隊員が2人、エスペランサの横に走ってくる。

コーマックとフナサカだ。

二人とも頭に赤外線暗視ゴーグルをつけ、小銃で武装している。

 

「お前ら……何しに来たんだ?」

 

「決まってるだろ。救援だ。フナサカ、副隊長に連絡しろ」

 

「了解。コントローラー、こちらクルーザー。ハウンドとスナイパーを確保。これより離脱する。支援射撃を要請する。送れ」

 

『コントローラー了解した。これより作戦の第二段階へ移行する。終わり』

 

フナサカは背負っていた軍用無線機AN/PRC-152のレシーバーを掴み、通信を開始した。

 

「一人で戦争おっぱじめやがって……。こんな楽しいパーティーなら誘えってんだ」

 

コーマックは笑いながらエスペランサに肩を貸す。

フナサカはネビルを担ぎ上げていた。

 

「よく言うぜ……。頼みがある。視界が悪くて見えないが、その辺にハリーも倒れている筈だ。助けてやってくれ」

 

「任せとけ、俺達が助けてやる」

 

「すまない。助かった………」

 

身体が限界に達していたエスペランサの意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これも……マグルの武器なのか?」

 

アエーシェマは新たな攻撃に驚いていた。

いや、それよりもエスペランサの仲間がまだ居たことに驚いていた。

 

彼はフローラに「エスペランサを孤立させろ」という指示を出していた。

そして、その思惑通り、エスペランサの組織が分裂した事も確認している。

 

 

「アエーシェマ!これは一体、何だ?」

 

白煙の中からヴォルデモートの声が聞こえる。

 

「我が君!恐らくはルックウッドの仲間の仕業です。この煙は魔法で作られたものではありません」

 

「何!?ルックウッドは部下を掌握出来ていないのではなかったのか?ルックウッドの組織は分裂したのだろう?」

 

「その筈でした……。しかし、奴は何らかの手段で仲間を呼び寄せたようです」

 

アエーシェマは冷静さを取り戻す。

新たな敵の数と戦力を把握するのが先決だ。

 

彼は魔法で風を起こし、発煙弾による白煙を消し飛ばす。

視界が良くなり、エントランスホールが見渡せるようになった。

 

「!?」

 

十数名の隊員が小銃や機関銃、果ては対戦車榴弾をアエーシェマとヴォルデモートに向けているのが見える。

魔法省というマグル禁制の場所に相応しくない光景だ。

 

「間違い無い。奴らはエスペランサ・ルックウッドの作り出した軍隊だ。やはり、奴は全員を掌握したのか」

 

アエーシェマは舌打ちをしつつ、杖を構える。

エスペランサ一人なら脅威にはならなかったが、彼の組織が相手となれば話は別だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法省のエントランスホールに突入した後、即座に発煙弾の発射を指示したのはセオドールだった。

 

発煙弾を使用したのは、ヴォルデモートとアエーシェマに連携を一時的に断絶させる必要があった為だ。

発煙弾によって視界を遮られれば、同士討ちを避ける為に無闇に魔法を使えなくなる。

広範囲を破壊するような強力な魔法なら尚更だ。

 

セオドールが恐れていたのは大規模な攻撃魔法だった。

いくら近代兵器で武装しているとは言え、ヴォルデモートやアエーシェマの使う闇の魔術の方が火力は上だ。

正面から戦えば不利である。

だから、敵の"目"を潰す必要があった。

 

敵が大規模な魔法を使えないうちにエスペランサ達を救出すれば作戦は成功。

あとは敵を牽制しつつ、ホグワーツまで撤退すれば良い。

 

「隊長達は救出した。1分隊は対戦車榴弾で敵を牽制しろ!」

 

コーマック達がエスペランサやネビルを救出して戻ってきたのを確認したセオドールは、隊員に攻撃命令を下す。

 

計5発の対戦車榴弾(パンツァーファウストⅢ)が発射され、ヴォルデモートとアエーシェマに襲いかかった。

 

ドイツのダイナマイト・ノーベル社が開発した携帯型対戦車榴弾であるパンツァーファウストⅢは発射時の反動を抑える為に、後方へカウンターマスという錘を撃ち出すようになっている。

この為、センチュリオンの隊員達は横一列に陣形を組み、榴弾発射時に被害を受けないようにしていた。

 

アエーシェマは盾の呪文を展開して対戦車榴弾の爆発から身を守る。

 

「LAMが全て防がれたぞ!?」

 

「想定内だ。間髪入れずに第2射を撃て」

 

「了解!次弾発射急げ!」

 

再び、5発のパンツァーファウストⅢが発射された。

無論、その5発も防がれてしまう。

 

対戦車榴弾が魔法であっさり防がれてもセオドールは動じなかった。

ヴォルデモートクラスの魔法使いであれば、容易く身を守るだろうと彼は予想していたからだ。

だが、計10発の対戦車榴弾の爆発で、ヴォルデモートとアエーシェマの周りは黒煙につつまれ、再び視界が悪くなっている。

それがセオドールの狙いだ。

 

「敵の視界を奪い、大規模な魔法を使えなくすれば、それで良い」

 

「だが、榴弾の残弾も無限では無い。それに、いつまでも敵が大規模魔術を控えてくれる訳じゃないだろう?そろそろ一斉射撃をして敵を制圧すべきでは?」

 

小銃を構えたアーニーが不安げに言う。

だが、セオドールは表情一つ変えなかった。

 

「まだだ。今攻撃したところで全て防がれるのがオチだ」

 

「しかし、副隊長!ヴォルデモート達が反撃してきたら我々だって無事では済まないぞ!?」

 

「そんなことは百も承知。センチュリオンの火力だけでヴォルデモートを倒せると思うほど僕は楽観的じゃない」

 

「じゃあどうやって………」

 

「来た!」

 

コツコツコツと後方から足音がする。

アーニーを始めとしたセンチュリオンの隊員達が振り向くと、そこには……。

 

「ダ、ダンブルドア校長!?」

 

アルバス・ダンブルドアが居た。

 

「久しいのう。ミスター・ノット。状況が良く分からんのじゃが、後でゆっくりと説明してくれるじゃろうな」

 

「ええ。勿論です。ただし、それは生きて帰れたらの話ですが」

 

「それもそうじゃ。それならここは共同戦線を張るということでどうじゃ?」

 

「よろしくお願いします」

 

横一列に並んだセンチュリオンの隊列にダンブルドアが加わる。

 

魔法界最強クラスの助っ人の参戦にセンチュリオンの士気は上がった。

 

「副隊長はこれを狙っていたのか」

 

意識を失っていたエスペランサ達を物陰に避難させていたコーマックが呟く。

 

セオドールはセンチュリオンの戦力ではヴォルデモートは勿論、アエーシェマにも勝てないと踏んでいた。

故に作戦目標は「エスペランサ及びネビルの救出」に絞る。

決して、「ヴォルデモートの殺害」という実現不可能な目標は立てなかった。

 

しかし、エスペランサとネビルを救出する過程でアエーシェマやヴォルデモートと戦闘になった場合、味方の損失を出さずに撤退する事は困難である。

 

そこでセオドールは既に不死鳥の騎士団の面々には魔法省で戦闘が開始された情報が伝わっている事を思い出した。

不死鳥の騎士団に情報が伝わっているなら、当然、ダンブルドアにも情報は伝わる筈。

それならば、必ずダンブルドアは魔法省に現れるだろう。

 

ダンブルドアが現れるまでの間、持ち堪えれば良い。

その為の発煙弾であり、そして、対戦車榴弾だった。

 

「総員、射撃用意」

 

ダンブルドアが杖を構えるのと同時に、隊員達は小銃、もしくは機関銃を構える。

セレクトレバーは全て連射に合わせてある。

 

アエーシェマとヴォルデモートもダンブルドアの存在に気付いた。

 

「トム。今夜ここに現れたのは間違いじゃったようだな。間もなく、闇払いがここに来ておぬしを拘束するじゃろう」

 

「闇払いが何人来ても俺様は負けん。そして、ダンブルドア!貴様を殺す!」

 

ヴォルデモートは杖から悪霊の炎を出現させる。

桁違いの出力で出現した悪霊の炎は蛇の姿に形を変え、ダンブルドアと隊員達に襲いかかった。

ダンブルドアは杖から金色に光る盾を出現させて、攻撃を防ぐ。

炎で出来た蛇と金色の盾が空中で衝突し、空気を揺らした。

 

「副隊長!射撃用意よし!」

 

「了解した。撃ち方始め」

 

「撃ち方始め!」

 

この機を逃すまいとセオドールは射撃命令を出す。

15名の隊員がM733とM249による射撃を開始した。

マズルフラッシュと共に無数の銃弾が射出され、ヴォルデモートとアエーシェマを襲う。

 

セオドールも自身の持つ小銃を構え、伏せ撃ちの姿勢で射撃を開始する。

 

「雑魚の相手は私一人で十分だ!プロテゴ・リフレクション」

 

アエーシェマが降り注ぐ5.56ミリNATO弾を弾き返した。

かつてスネイプがエスペランサとの戦闘で見せた攻撃を反射する防御魔法だ。

 

5.56ミリ弾は見事に反射され、逆にセンチュリオンの隊員達に襲いかかった。

 

「副隊長!」

 

「これも想定内だ。コーマック、フナサカ!迎撃しろ」

 

「「 プロテゴ・マキシマ! 」」

 

透明なシールドが展開され、最大級の盾の魔法が発動する。

その隙に何人かの隊員は弾倉を新しいものに入れ替えた。

 

「弾幕を切らすな!敵の動きを封じ続けろ」

 

ダンブルドアはニワトコの杖というチートアイテムを持っているにも関わらず、ヴォルデモートを圧倒出来ていなかった。

ダンブルドアが高齢により弱体化していたというのもあるが、ヴォルデモートが強過ぎたのだ。

 

単純な戦闘力で言えば、ヴォルデモートはダンブルドアを上回る。

センチュリオンが小火器によってアエーシェマを抑えつけていなければ敗北していたかもしれない。

 

ヴォルデモートは付近に散乱していた瓦礫を全て宙に浮かび上がらせると、それを高速で射出した。

ダンブルドアはギリギリのところでそれらを防ぐ。

 

「このままではジリ貧か。アンソニー。スタン・グレネードを投擲しろ」

 

「了解!スタン・グレネードだ!総員、目を瞑れ」

 

セオドールの指示でスタン・グレネードが投擲される。

爆音と光が炸裂し、アエーシェマとヴォルデモートの視覚と聴覚を奪い去った。

ダンブルドアはエスペランサの戦闘を知っていたため、スタン・グレネードの被害を防ぐ事が出来た。

 

「クソっ!目眩しか!?」

 

アエーシェマは視覚と聴覚を奪われ、一瞬、防御の手を緩めてしまう。

その隙をセオドールは見逃さなかった。

 

「火力をアエーシェマに集中してダンブルドアを援護せよ!」

 

隊員達はありったけの弾丸を撃ち込む。

防御呪文の途切れた僅かな隙間に5.56ミリ弾が入り込み、アエーシェマの右腕を貫いた。

 

耐え難い激痛が彼を襲う。

 

「ぐあっ!?く、なかなかやるじゃないか……。流石に、この場は不利だな」

 

5.56ミリ弾が貫通した事で右腕は使い物にならない。

これ以上の戦闘継続は不可能と判断したアエーシェマは後退を開始した。

 

「アエーシェマが後退するぞ!この機を逃すな。持てる全火力を使ってヴォルデモートを制圧する!フナサカ、ミニガン用意」

 

「了解!エレクト・テーレム・リミット・ミニガン」

 

フナサカが後方に温存しておいたミニガンに向かって呪文を唱える。

自動で武器を起動させる魔法だ。

バッテリーが自動で接続され、初弾も装填される。

 

そして、ブウウウウウンという音と共に無数の7.62ミリ弾が射出された。

 

ダンブルドアを僅かに圧倒していたヴォルデモートはミニガンの攻撃に怯んだ。

毎分3000発という規格外のキルマシーンの攻撃を防ぎつつ、ダンブルドアと戦闘を行うのは、いくらヴォルデモートでも不可能である。

ダンブルドアとセンチュリオンの共同戦線はヴォルデモートの戦力を上回った。

 

ヴォルデモートも馬鹿では無い。

冷静に戦力を分析して、自分の方が不利である事を悟っていた。

 

小銃、機関銃から撃ち込まれる5.56ミリ弾。

ミニガンから撃ち込まれる7.62ミリ弾。

そして、ダンブルドアの魔法攻撃。

これらを同時に防ぐ事はヴォルデモートにも不可能だ。

 

「これ以上の継戦は無謀か……。ここは一旦、退いてやろう。だが、俺様は必ずや貴様らを殺し、魔法界を奪いに戻って来る!それまで、精々恐怖に震えているが良い」

 

そう言い残してヴォルデモートは姿を眩ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴォルデモートの姿が消えたのをダンブルドアと隊員達は確認した。

恐らく、姿くらましを使用したのだろう。

 

「ヴォルデモートは撤退した。総員、撃ち方待て」

 

隊員達は射撃を中止する。

セオドールは額に流れる汗を拭き、深く息を吐いた。

なんとかヴォルデモートを撃退した。

しかし、状況はまだ終わった訳では無い。

 

「戦闘員は被害と残弾を確認せよ。衛生、それから遊撃班は負傷者をホグワーツまで移送。まだ神秘部に死喰い人の残党が残っている筈だ。警戒を怠るな。準備が出来次第、残党を殲滅しに行く」

 

セオドールは一通りの指示を出し、自身の装備を点検した。

必要の部屋からかなりの弾薬を運び出したが、それでも、半数以上を消費している。

 

「後方に新手!」

 

隊員の一人が叫ぶ。

 

装具の点検をしていた他の隊員達は一斉に後方へ銃を向けた。

 

エントランスホールの両脇に備えられた暖炉が次々とエメラルド色に燃え、続々と魔法使いが現れる。

そのほとんどは魔法省の職員だ。

 

「魔法省の職員達だ。銃口を下げろ」

 

セオドールの指示で隊員は銃を下ろす。

 

「だ…大臣!私は見ました!あの人が……例のあの人があそこに!」

 

「ああ。ああ!私も見た!あろう事か……この魔法省で!いや、それよりも…混乱して何が何だか。君達は一体何者なんだ?」

 

いつの間にか現れていたコーネリウス・ファッジがセンチュリオンとダンブルドアを交互に見て言う。

魔法省にヴォルデモートが現れたことも、ダンブルドアがこの場にいる事も、そして、得体の知れない武装組織がいる事も、ファッジにとっては信じ難かった。

 

困惑するファッジを尻目にして隊員達が残弾と被害の報告をセオドールにする。

 

「1、2分隊共に負傷者無し。隊長とネビルはポッターと共に搬送中。武器弾薬は5.56ミリ弾が約3000発。対戦車榴弾とミニガンは残弾無し。その他、手榴弾と各種爆薬には若干の余裕があります」

 

「了解した。これより、1、2分隊合同で神秘部へ前進する。目的は死喰い人の残党を殲滅する事、並びに、ダンブルドア軍団の救出だ」

 

「待て!待つんだ!君はノット家の息子だな?ここで、何があったんだ!」

 

ファッジがセオドールに詰め寄る。

 

「大臣。時間が惜しいので端的に言う。我々はダンブルドアと共にヴォルデモートと戦闘を行ない、結果としてヴォルデモートを撃退した。だが、死喰い人の残党が神秘部に残っているので後始末に行く」

 

「ミスター・ノット。それには及ばんよ。死喰い人の残りはわしとキングズリーとで捕縛した。無論、何人かには逃げられてしもうたがな。ミス・グレンジャーやミスター・ウィーズリーは闇払いが救出した」

 

ダンブルドアが横から口を挟む。

ダンブルドアはセンチュリオンの救援に来る前に、神秘部の死喰い人を片っ端から捕獲していた。

ただし、ドロホフやオーガスタス・ルックウッドをはじめとする何名かには逃げられていたが。

 

「そう…ですか。出来れば残党は全滅させておきたかったが。まあ、高望みは出来ない。味方の損害をゼロに出来ただけでも良しとしなければ」

 

「そうじゃのう。ミスター・ノット。君は実に良く戦った。ここに居る他の生徒もじゃが、君は優れた統率力を発揮して冷静に部下を動かしていた」

 

ダンブルドアはセンチュリオンの隊員を見渡す。

 

寮も学年も性別もバラバラ。

しかし、見事に統率され、精強な顔立ちが並んでいる。

 

「買い被り過ぎです。我々を一つにまとめ上げたのはエスペランサ・ルックウッドです。自分は、彼の代役に過ぎない」

 

「そうとも言えるし、違うとも言える。恐らく、君がいなければ、この組織の力は半分も出せていないじゃろう。まあ、ホグワーツ内で秘密裏に武装組織を作っていた件は後で聞くとして、まずは、良くやったと褒めるべきかのう」

 

「褒められるような働きはしていません。我々はまだ、勝利した訳ではありませんから」

 

そう。

本日の戦闘は勝利ではない。

 

ヴォルデモートもアエーシェマも仕留められず、多くの死喰い人に逃げられた。

 

結果的にセンチュリオンがしたのは……。

 

「宣戦布告……だけだ」

 

セオドールは呟く。

 

センチュリオンはヴォルデモート勢力に正面から宣戦布告をした。

彼が最も避けたいと思っていた事であるが、してしまったものは仕方が無い。

 

ならば、この戦争に勝利する方法を考えるまでだ。

 

「ダンブルドア!あなたは……、いや、ここで何が起きたのか説明…してくれるんだろうな?」

 

ファッジが目を泳がせつつ言う。

 

「もちろんじゃ。君に今夜、わしの時間を30分だけやろう。30分あれば全てを説明出来る。この一年、大臣が如何に間違えた事をしていたのかも分かるじゃろう」

 

「…………」

 

「それから、君はドローレス・アンブリッジを解雇し、ハグリッドの追放を止めなければならん。それをしない限り、わしは何も話さん」

 

「しかし……それは、あー、良いだろう。その通りにしよう」

 

ファッジは項垂れて、それ以上は何も言わなかった。

この一年、自分がしてきた行いが間違いであった事をもう受け入れるしか無かったからだ。

 

「副隊長。我々は………?」

 

「我々はホグワーツに帰投する。どうやら、ダンブルドア校長が残党狩りをしてくれたみたいだからな。今後の事は……隊長が復帰してから決めないといけない」

 

「大丈夫さ。副隊長!我々はヴォルデモートを撃退出来たんだ!ダンブルドアと共同戦線を張れば向かうところ敵無しさ」

 

アーニーが陽気に言い、他の隊員達も笑う。

ヴォルデモートを撃退出来たという事実が彼等を自信付けていた。

しかし、セオドールは堅い表情を崩さなかった。

 

「言っておくが、我々は勝った訳では無い。これから地獄の様な戦いが始まるんだ。そして、それを始めたのは我々だ。我々、センチュリオンが戦争を始めたんだ。もう後戻りは出来ない。勝つか、負けるか、生きるか、死ぬか。退路は無いんだ」

 

これは始まりに過ぎない。

ヴォルデモートの復活は魔法界中に広まるだろう。

何せ、魔法省がその復活を認めたのだから。

 

もう、ヴォルデモートは自身の存在を隠匿する必要が無くなった。

であるならば、近いうちに魔法界に対して宣戦布告をしてくる。

 

攻撃を仕掛けてくるのも時間の問題だ。

戦火は英国中に広まり、やがて、センチュリオンとの全面戦争になるだろう。

騎士団や闇払い、果てはマグルの軍隊まで巻き込み、壮絶な戦いが繰り広げられるに違いない。

 

「そう。我々の戦いは今、始まったんだ」

 

セオドールは自分に言い聞かせるようにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げ切った死喰い人達は地下に潜っていた。

 

ドロホフは7.62ミリ弾にやられた右腕を魔法で治癒しながら、生き残りに目をやる。

逃げ切ったのはベラトリックスとルックウッド、それにアエーシェマのみ。

ルシウス達は全員、ダンブルドアに拘束されてしまっていた。

 

「クソっ。なんて様だ。あんなガキに苦戦するなんて……」

 

ベラトリックスが悪態を吐く。

 

「ベラ。あのエスペランサという奴は俺達以上に実戦経験があるみたいだ。ガキだからといって油断は出来ん」

 

今回出動した死喰い人は手練ればかり。

それを壊滅させたのはエスペランサの功績だ。

死喰い人側が油断していたのもあるが、エスペランサの活躍は目覚ましかった。

 

「ルックウッドは単体では然程脅威では無い。だが、奴が自分の部下を掌握していたのは驚いた」

 

「どういう意味さ?」

 

「私は娘のフローラにルックウッドを孤立させる工作をするように指示をしていたんだが、まあ、裏切られたようだな。これはまた折檻の必要があるか?」

 

「相変わらず汚ねえ手を使う野郎だ。しかし、どうする?正直、連中は騎士団より厄介だ。あんな武器見たこともねえ。おい、マグルってのはあんな武器を使ってんのか?」

 

ドロホフは信じられないと言わんばかりだ。

 

「ああ。連中が使う武器は紛れもなくマグルの武器だ。それも、オーソドックスな物ばかり。人を殺す武器の開発に関してはマグルの右に出る者は居ない」

 

マグルを見下していたベラトリックスはその言葉を否定したかった。

だが、マグルの武器によって苦しめられたのもまた事実。

 

「今後は……戦い方を考えないといけねえな。そう言えば、オーガスタス。お前、あのエスペランサという餓鬼とはどういう関係なんだ?姓が同じだろう?」

 

「……………」

 

「黙秘する気か?神秘部の無言者様はここでも無口なのか」

 

ドロホフが皮肉混じりに言うが、オーガスタスは何も言わなかった。

 

そんな時だった。

バーンという音と共に、ヴォルデモートが姿現しで戻ってきた。

 

「我が君………」

 

「我が君!申し訳ございません!予言も、ポッターも取り逃してしまいました。それに、参加した死喰い人の半数以上が戦死、もしくは投獄されました」

 

ベラトリックスが真っ先にヴォルデモートの足元に跪く。

他の死喰い人もそれに倣った。

 

「確かにお前達の任務は失敗に終わった。だが、俺様はお前達を責めはしない。任務の失敗は大方、ルシウスの所為だ。生き残ったお前達は最後まで俺様の為に戦った優秀な部下だ」

 

「有り難き幸せ」

 

珍しくヴォルデモートは部下を褒めた。

期待以上の働きをしたアエーシェマやドロホフにヴォルデモートは満足していたし、並ならぬ忠誠心を持つベラトリックスを罰する必要はないと彼は考えていた。

 

「捕まった死喰い人達はすぐにでも救い出す。吸魂鬼は既に俺様の手中だ。近日中にアズカバンを襲撃する。その指揮はアエーシェマ、お前に任そう」

 

「喜んで引き受けます」

 

「予言については、残念だが諦めるとする。ルシウスに期待した俺様が愚かだった。それに、もう少し強力な杖が無ければ敵を圧倒する事も出来ん」

 

ヴォルデモートは苛立ちながら言う。

予言の確保に失敗したのは痛手だった。

 

それに加えて彼は自分の杖に不満を抱きつつある。

杖自体の性能は申し分無い。

しかし、昨年、ハリーとの戦闘で引き分けた事や今回の戦闘結果から、より強力な杖が欲しいと思うようになったのだ。

 

「ドロホフ。オリバンダーを拉致しろ。俺様には奴が必要だ」

 

「承知しました。戦力が整い次第、実行に移します」

 

「うむ。俺様の姿は魔法省職員や大臣にも見られた。近日中に闇の帝王の復活は周知の事実になるだろう。ならば、もうコソコソ活動する必要も無い」

 

ヴォルデモートは部下を見渡す。

 

「俺様は魔法界に宣戦布告をする。手始めにアズカバンの襲撃だ。それから、巨人も呼び戻し、手当たり次第に町を襲撃させる。マクネアが戦死したのは痛手だが、何人か巨人と意思疎通が出来る連中が地下に潜っている筈だ。魔法界を恐怖のどん底に叩き落とし、俺様の時代を再び作る」

 




いよいよ開戦です!


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case89 The night before the start of the war 〜開戦前夜〜

大変遅くなりました!
申し訳ありません。
仕事の方が思った以上に多忙でして……
感想等ありがとうございます!
落ち着いて来たので更新再開出来ます!



「こ…ここは?」

 

エスペランサは目を覚ました。

見覚えのある部屋だ。

蜘蛛の巣が張り、薄暗く埃っぽい天井。

間違い無い。

ここは……。

 

「ホグワーツの医務室か……」

 

医務室のベッドの上に寝かされていたエスペランサは起き上がろうとしたが、その瞬間に身体中を激痛が襲う。

 

「痛っ!」

 

見れば手も足も包帯でぐるぐる巻きだった。

何箇所か骨が折れているみたいだ。

 

「目が覚めたみたいだね」

 

隣のベッドから声がする。

見れば、隣のベッドにはネビルが寝かされていた。

彼も身体中ボロボロだ。

 

「何て様だ。だが、痛みがあるって事は生きてる証拠だな」

 

「僕も両足の骨が粉々になってたみたい。マダム・ポンフリーにしばらくは入院しろって言われちゃった」

 

エスペランサは記憶を辿る。

確か、コーマックとフナサカに助けられた筈だ。

ネビルも自分も生きているという事は戦闘に勝ったのかもしれない。

 

「そうだ。ハリー達はどうした?」

 

「みんな無事だったよ。ほら……」

 

ネビルが向かい側のベッドを指差す。

ハリー達がベッドの上で談笑していた。

 

「あ、エスペランサが目を覚ましたぜ?」

 

頭に包帯を巻いたロンが言う。

火傷の痕が少し残っている他に外傷は見られない。

 

エスペランサはベッドの脇に置かれた山のような菓子類に手を出した。

 

「この菓子は誰の差し入れだ?」

 

「あなたのお仲間が持ってきたのよ?他にもウイスキーとかワインとか煙草とかも差し入れられてたんだけど、マダム・ポンフリーが没収していったわ」

 

ハーマイオニーが呆れたように言った。

 

「そうか。あいつらが………」

 

エスペランサの危機に駆けつけた隊員達を指揮していたのは間違い無くセオドールだ。

何故、彼が急に心変わりを起こしたのかは分からない。

 

「見て。魔法省での出来事がもう新聞に載ってるわ」

 

ハーマイオニーが手に持っていた日刊予言者新聞を投げて寄越した。

エスペランサは新聞の一面に目を落とす。

見出しは「例のあの人復活する」だった。

 

『英国魔法大臣コーネリウス・ファッジは昨日の夜、「名前を呼んではいけないあの人」が復活し、再び活動を始めたことを発表した。記者会見で大臣は「遺憾ながら、例のあの人が生きて戻って来ました。私を含む何名かの職員が、魔法省内でその存在を確認したのです。詳細については現在調査中ですが、国民においては、十分に警戒すると共にパニックを起こさず、秩序ある行動をしてください」と、記者団に語った。また、アズカバンの吸魂鬼が、魔法省に引き続き雇用されることを忌避し、一斉蜂起したことも明らかになった。吸魂鬼は現在、例のあの人の支配下にあると専門家は見ている。魔法省は英国魔法界に緊急事態宣言を出すと共に、各家庭および個人の防衛に関する初歩的心得を作成中であり、一ヵ月以内に全魔法世帯に無料配布する予定だそうだ。例のあの人の復活を否定していた魔法省が突然、意見を180度変えたことに市民は困惑している』

 

「ヴォルデモートの復活はこれで周知の事実になったわけだな。良かったじゃねえかハリー。もう嘘吐き呼ばわりはされないみたいだ」

 

「そうだね……」

 

ハリーは静かに頷く。

やけに元気がないな、とエスペランサは思った。

シリウス・ブラックが戦死した事を引きずっているのだろう。

 

エスペランサは再び新聞に目を落とす。

 

『例のあの人と死喰い人が、魔法省に侵入したのは事実であり、細部は公表されていないが、闇祓いとの戦闘が行われたとみられている。何名かの死喰い人が死亡し、運び出されるところを目撃したという情報もあった。アルバス・ダンブルドア(ホグワーツ魔法魔術学校校長として復職、国際魔法使い連盟会員資格復活、ウィゼンガモット最高裁主席魔法戦士として復帰)からのコメントは、これまでのところまだ得られていない。この一年間、同氏は、例のあの人が死んだという大方の希望的観測を否定し、実は再び権力を握るべく仲間を集めている、と主張し続けていた。一方、「生き残った男の子」は―――』

 

新聞にはハリーを賞賛する記事が延々と書かれていた。

 

「手のひら返しが酷いな。ハリーが英雄扱いだ」

 

「ええ。一番ハリーを誹謗中傷したのは日刊予言者新聞だっていうのにね。クィブラーが載せたハリーのインタビュー記事まで載せてるわ」

 

見れば、「ハリー・ポッター独占インタビュー」という記事が記載されていた。

 

「パパが予言者新聞にクィブラーの記事を高値で売ったんだよ。お陰で夏休みはスウェーデンに旅行に行けるんだ」

 

ルーナがにっこりして言う。

 

「そうか。それは…良かったな」

 

エスペランサはそう言うと、痛む身体に鞭を打って、ベッドから立ち上がる。

 

「おいおい。ポンフリーはまだ寝てろって言ってたぜ?君とネビルは特に身体がヤバい状態になってたんだ」

 

「大丈夫だ。ロン。走れはしないが、歩ける。自主退院だ」

 

エスペランサはロン達の静止を振り切って医務室を後にした。

 

足はやはり思うように動いてくれない。

ベット脇に置かれていた小銃を杖の代わりにして、なんとか階段を降りる。

 

行く宛は考えていなかった。

だが、彼は自分の部隊の隊員に会いたかった。

 

あの地獄のような戦場から全員が生きて帰って来れたのは奇跡に等しい。

一歩間違えれば全滅していてもおかしくは無かった。

それを防いだのは、やはり、センチュリオンの隊員達だ。

 

彼らに一言お礼を言わなくてはならない。

 

そして、離脱しておきながらノコノコと戦場に現れて戦い始めた身勝手さに一喝するべきだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休日のホグワーツの中庭は生徒達で賑わっていた。

初夏の日差しの中、身体を焼く者がいたり、湖で泳ぐ者がいたり、箒で遊ぶ者もいた。

 

彼らは、銃を片手に歩いてくるエスペランサの姿を見ると、興味津々といった顔で見てくる。

どうやら、魔法省での一件は全生徒の知るところらしい。

 

つまるところ、エスペランサが死喰い人数人を殺害したのも生徒は薄々知っていた。

故に生徒達は彼を恐れた。

相手が死喰い人とはいえ、殺人をして顔色ひとつ変えていない人間は恐怖の対象である。

 

しかし、そんな彼に対して恐怖ではなく好意の感情を抱いて待ち続けていた者も居た。

 

「フローラ……」

 

湖畔に佇んでいた一人の少女に気付いたエスペランサは思わず声を出す。

金色に輝く髪を風になびかせながら、フローラ・カローが立っていた。

 

エスペランサの姿を見たフローラは思わず駆け寄ってくる。

そして、彼の身体に体当たりし、胸に顔を埋めた。

 

「……痛っ。一応、まだ骨が折れたままなんだぞ」

 

フローラの華奢な身体を支えながらエスペランサは言う。

彼は彼で、フローラの事を一人の女性として見てしまっている自分に戸惑っていた。

金木犀に似た匂いが鼻をつく。

その匂いがフローラのものである事に気付くのに少し時間がかかった。

 

「自業自得……です。止めたにも関わらず……また勝手に、無謀な戦いを挑んで……」

 

彼女の声は震えていた。

 

「それは、悪いと思ってる」

 

「嘘です……。悪いとなんて思っていませんよね?何の躊躇いもなくあなたは魔法省に向かったのですから。あなたに死んで欲しくない人だって居るんです。私は……あなたを失いたくなかったんです」

 

「俺を失いたく無い……か」

 

誰も失いたく無いという一心で戦ってきたエスペランサ。

だが、他人から失いたく無いと思われているとは考えてもみなかった。

 

「そうです。だから、あなたがもう戦えないように工作をしました。あなたに死んで欲しくないから……。戦って欲しくないから……。止めても無駄な事なんて分かりきっていたのに……」

 

「当たり前だ。俺は仲間を奪われた"あの日"以来、戦い抜く事を決めているんだから。止まりゃしねえ」

 

フローラはエスペランサから離れ、俯いたまま話を続けた。

 

「最低ですよね……私。裏切って、孤立させて、それなのにあなたに当たり散らして……。私にはあなたの側に居る資格なんて無いんです」

 

「そうだな。そんな資格無いかもしれん」

 

「………ええ。そうですよ」

 

「だが……だったら、俺がフローラの側に居れば良い話だ。違うか?」

 

「え?」

 

フローラが顔を上げる。

 

「あの戦いの最中……。俺は死を覚悟した。中東で戦ってた時に俺の目の前で一人の仲間が戦死したんだが、彼は死に際に最愛の人の事を思い出していた。俺は……死を目の前にして、フローラの事を思い出した」

 

「それは………つまり、どういう?」

 

「珍しく察しが悪いな。俺は戦場では常に死を意識している。死ぬ事を恐れていては戦えないからな。だが、今回、初めて死にたくないと思った。もう一度、お前に会いたいと思ったから、死にたくないと思った。側に居たいと思った。そういうことだ」

 

フローラは目を丸くしたが、やがて弱々しく微笑んだ。

 

「本当にあなたは……戦闘以外の事は不器用ですね。それなら……私もあなたの側に居ます。放っておいたら…また勝手に一人で戦い始めそうですから」

 

彼女はそう言ってエスペランサの手を握る。

 

「もう、この手は離しません。二度とあなたを一人にしたりはしません。ずっと、これからもあなたの隣で戦い続けます。私の家も、闇の魔法使いも、あなたと一緒なら倒せる気がします。もう、恐れたりしません」

 

「ああ。共に戦おう」

 

エスペランサもフローラの手を強く握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マダム・ポンフリーにかかれば骨折程度の怪我、1日で治せるらしい。

エスペランサは一晩医務室で入院した後、すぐに回復して退院した。

M733を背負い、医務室を後にする。

 

医務室を出ると、そこにはセオドールが待ち構えていた。

 

「副隊長………」

 

「こうやって話すのは…久々だな」

 

バツの悪そうな顔をしながらセオドールが口を開いた。

 

「ああ」

 

「先に言っておく。僕は、魔法省で戦闘に参加する事に終始反対の立場を取っていた。戦闘への介入は不本意だ。その意見は今も変わらん。結果的にヴォルデモートを撃退することは出来たが、それは運が良かっただけだ」

 

「そう、だろうな」

 

一度は銃を向けあった二人。

しかし、エスペランサはセオドールを恨みきれなかったし、セオドールはエスペランサを見捨てきれなかった。

二人の信頼関係は結局、離反前から変わっていない。

 

「だが、こうなった以上、もう戦闘を止めることは出来ない。だから、僕は戦う………。いや、違うな。これは本心じゃない。というか、何を言っても君を納得させる言い訳は思いつかないだろうな」

 

「副隊長?」

 

「僕が……いや、"俺"が今回、戦闘に参加した理由は……俺もセンチュリオンの隊員だからだ」

 

「理論家の副隊長にしてはやけに抽象的な理由だ」

 

「"俺"もそう思う。だが、これ以上の言葉は思いつかん。一度、失った信頼を取り戻せるとも思わん。しかし、もう一度、センチュリオンの隊員として世界を救う機会があるのなら………」

 

「分かっている。俺にはお前が必要だ。悪いが、最後まで付き合ってもらうぞ?」

 

エスペランサは右手を差し出した。

セオドールはその手を取る。

 

「任せろ。最後まで共に戦う。それに、俺以外の隊員も同じ気持ちらしい」

 

セオドールが後ろを指差す。

いつの間にかセンチュリオンの隊員達が整列していた。

 

「お前ら………」

 

コーマック、フナサカ、チョウ、ダフネ、ザビニ、アーニー、アンソニー………。

センチュリオンの隊員全員が戦闘服に身を包んで、整列していた。

 

セオドールは一歩下がり、そして敬礼をする。

 

「セオドール・ノット以下17名。再び、隊長の指揮下に入ります!」

 

他の16名の隊員も敬礼をした。

エスペランサは答礼をする。

 

「諸君らの復帰を歓迎する」

 

彼は隊員達を見渡した。

 

「当面の目標はヴォルデモート勢力の殲滅だ。連中は明日明後日にも魔法界に宣戦布告をするだろう。そして、その事はマグル界にも伝わる。英国軍は魔法界を制圧する準備をし始める筈だ。だが、我々はマグルが介入してくる前に奴らを叩く。厳しい戦いになるぞ?それでも、付いてくるか?」

 

隊員達は何も言わない。

だが、彼らの目をみれば分かった。

彼らの目は戦士の目だ。

 

戦う覚悟を全員が決めていた。

 

幾多の戦場を経て精強になった隊員達はもう迷わないだろう。

 

センチュリオンは今、ここに復活した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また1年が過ぎた」

 

学年末パーティーはいつものようにダンブルドアの一言から始まった。

大広間の長机にはやはりご馳走が並び、ゴーストが勢揃いしていた。

 

しかし、生徒達の顔は暗い。

当たり前だ。

ヴォルデモートの復活が真実だったのだから。

薄々とヴォルデモート復活を信じつつあった生徒達ではあるが、やはりショックは大きかったのだ。

 

「まずは寮対抗杯の結果から発表しようかの。今年の優勝はスリザリンじゃ。スリザリンおめでとう」

 

スリザリンは尋問官親衛隊の横暴もあって圧倒的な点数差で優勝した。

スリザリンの生徒達は歓声を上げたが、その声もあまり元気とは言えなかった。

死喰い人やヴォルデモート支持者の親を持つ生徒達はダンブルドアと敵対関係にある。

その複雑な立ち位置と心境から祝福のムードにはなれていない。

 

また、いつもなら歓声を上げるマルフォイ達は親がアズカバンに投獄されている現状で喜べる筈もなかった。

特にクラッブとゴイルの父親はエスペランサの銃撃によって重傷を負っていて、聖マンゴの病床を動けない。

5.56ミリ弾によって破壊された神経は魔法を使っても修復困難なのだそうだ。

 

「皆ももう知っているとは思うが、ヴォルデモートは復活した。じゃが、わしが居る限り、ホグワーツは安全じゃ。ホグワーツでは助けを求めた者にそれが与えられる。この危機を乗り越える為にも……全員が協力し合うのじゃ」

 

生徒達は黙って聞いていたが、チラチラとダンブルドアの横を見ていた。

 

ダンブルドアは職員席の前に立っていたのだが、その横には戦闘服姿のセンチュリオンの隊員18名が整列していたからだ。

 

「うむ。皆も気になっているじゃろうし、そろそろ、演台をミスター・ルックウッドに譲ろうかの」

 

ダンブルドアはエスペランサに演台を譲った。

 

「エスペランサ・ルックウッドだ。少しだけ俺に話をする時間をくれ」

 

突然喋り始めたエスペランサに生徒達はざわつく。

 

「俺はこのホグワーツで生徒主体の軍隊を作った。その名をセンチュリオンという。目的は、魔法界だけでなくマグル界を含めた世界平和の実現だ。魔法と近代兵器を駆使して、あらゆるこの世の悪を排除する。それが我々の任務だ。我々の存在は校則に違反していたが、先日、校長が全てを認めてくれた。つまるところ、校内での武器携行や使用の許可だ」

 

これに関しては一悶着あった。

噛みつきフリスビーですら校則違反になるホグワーツだ。

武器の使用や戦闘が簡単に許可される筈もない。

 

「世界平和の実現を目指す我々にとって、ヴォルデモートの存在はハッキリ言って邪魔だ。故に、我々はヴォルデモート並びに闇の勢力に対して宣戦布告をした。それが、先日の魔法省での戦いだ」

 

「無理だろそんなの!」

 

「死喰い人や例のあの人にお前達が勝てる筈がない!」

 

「だいたい、ホグワーツでお前らは何をしようとしてるんだ!」

 

生徒達が批判する。

彼らのほとんどは監督生だった。

 

「我々は先日の戦いに参加した死喰い人の半数以上を戦闘不能にし、ヴォルデモートを撃退した。また、昨年はクラウチJr.との戦闘に勝利し、その前は吸魂鬼約100体を殲滅している。これが我々センチュリオンの力だ。闇の勢力と渡り合うことも不可能ではない」

 

いよいよセンチュリオンの戦力を公にする時が来た。

吸魂鬼をも倒す戦力。

その開示をリコメンドしたのはセオドールだ。

 

「嘘だ!」

 

「そんな事出来るはず無い」

 

「茶番も良い加減にしろ」

 

観衆は相変わらずヤジを飛ばす。

しかし、エスペランサはそれらを無視して言葉を続けた。

 

「魔法省の公式記録を見ればわかる。一昨年、ホグワーツを警備していた吸魂鬼の存在が抹消されている筈だ。それは我々が消し去ったからに他ならん」

 

ざわめきが消える。

数百の吸魂鬼が忽然と消えた噂は誰しもが耳にしていた。

 

「さて、本題だ。我々センチュリオンはヴォルデモート勢力と全面的に戦闘を行う予定だ。無論、ダンブルドア、魔法省と共同戦線ではある。もし、ここに居る諸君らの中に我々と共に戦いたいという者が居るのであれば、我々は歓迎する」

ではある。もし、ここに居る諸君らの中に我々と共に戦いたいという者が居るのであれば、我々は歓迎する」

 

エスペランサはセオドールに目配せをした。

今度はエスペランサの代わりにセオドールが演台に立つ。

 

「今、隊長からあった通り、我々は戦力になる隊員を募集している。寮、学年、性別問わず、入隊希望者は申し出てくれ。ただし、入隊は学科や体力試験を突破することが条件だ。そして、闇陣営のスパイが入隊する事を防ぐために、真実薬を用いた面接も実施する」

 

センチュリオンは人数が足りない。

その為、ここ1年間、リクルートに向けて準備をしてきてはいた。

だが、ヴォルデモートの復活が公になった以上、もう公募をして人数を集めるしかない。

 

生徒達は案の定、困惑した。

 

戦闘組織をホグワーツ内で作るという事だけでも驚愕だが、まさか公募までするとは誰も思っていなかったからである。

 

そもそも、教師がそれを許す筈もないだろう。

しかし、教師陣はセオドールの公募を止めなかった。

エスペランサとセオドールは既に教師陣からセンチュリオンの活動と公募の許可を取っていたからである。

 

「これ以上ここで議論をするつもりはない。我々はヴォルデモート勢力を殲滅する為に戦闘を行う。加入したい者は申し出て欲しい。話は以上だ」

 

そう言い残してエスペランサとセオドールは壇上から降りた。

 

昨日まで仮初ではあるが、平和な日々を謳歌していた生徒達は不安と不満を露わにしている。

彼らにとって戦争とは過去の世界、もしくは遠い世界の出来事と思っていた。

だから、急にヴォルデモートと戦争をすると公言したセンチュリオンと、それを許した教師陣を身勝手だと思ったのだ。

戦争になれば自分たちの命も危なくなるかもしれない。

生徒達のヘイトは教師陣やエスペランサに向けられる。

 

「やはり、こうなったな。平和ボケしている生徒達に我々の戦闘行為が肯定される筈がない」

 

非難を受けながらセオドールはエスペランサに言う。

教師陣は生徒達を静めようとしていたが、もはや収拾がつかなくなっていた。

 

「民主主義の国はどこだってそうさ。戦争を肯定し続ける国の方が異常なんだ」

 

「異常……か。外敵から国民を守ることを否定する国家も異常だろう」

 

「そんな異常な状態の国だからこそ、ヴォルデモートの暴挙を許してしまった。平和というのは古来より戦争の果てに作られてきた物だ。ヴォルデモートとの戦争に勝たない限り、平和は訪れない」

 

「ホグワーツ生は歴史に疎いからな。そんな事を理解している奴は一握りしかいないだろう」

 

「そうだな。やはりビンズ先生はクビにするべきなのかもしれんぞ」

 

エスペランサは冗談混じりに言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は1日前まで遡る。

 

「どういうつもりなんですか!?」

 

奇跡的に復活したマグゴナガルが叫ぶ。

 

場所はホグワーツの職員室。

ダンブルドアを含めた全教職員とセンチュリオンの一部隊員が集まっていた。

センチュリオン側からはエスペランサとセオドール、それに各責任者が4名参加している。

 

「生徒達だけで戦闘組織を作り、例のあの人と戦闘をするなんて、許可出来ません!」

 

マグゴナガルが言う。

 

エスペランサ達は今まで必要の部屋で戦闘組織を作り活動して来たこと等を全て教師陣に打ち明けた。

理由は単純。

ヴォルデモートとの戦闘を公にする為である。

 

ヴォルデモートの存在が公になり、魔法省での戦闘がスクープされた今、センチュリオンの存在を隠匿する必要はなくなっていた。

 

「ルックウッド達の行いは校則に違反していますな。これは然るべき措置が必要でしょう」

 

「私もそう思いますぞ」

 

ねっとりとスネイプが言い、フリットウィックが同意した。

 

「戦時下になったというのに校則なんて言ってる場合ではないでしょう?」

 

セオドールが呆れる。

 

「お前達はホグワーツの生徒に過ぎんのだ。戦闘に参加するのは闇祓いや我々騎士団等のプロに任せておけば良い。半人前の魔法使いが居ても足手纏いになる」

 

「スネイプ教授。それは認識が違う。闇祓いや騎士団より我々の方が戦闘に特化している。我々の火力は貴方達が思っている以上に強力だ。こと対人戦闘に関して言えばマグルの方が遥かに研究も進んでいる。正直な話、闇祓いとて、合衆国軍に比べれば素人同然だ」

 

「ミスター・ノット。あなたは戦争がどういうものなのかを知らないのです。私は生徒を危険な目に遭わせるわけにはいきません。確かに、ルックウッドは多少なりとも戦闘に秀でている面はあります。それは、私どもも認めるところです。しかし、だからといって私は彼を再び戦場に送る真似はしたくありません」

 

「それも認識が違います。マグゴナガル先生。少なくともエスペランサ・ルックウッドはここの教師陣よりも遥かに戦争に詳しい。所詮は決闘の延長線上にある魔法使いの戦争よりも、もっと過酷なマグルの戦場を経験した彼にその理屈は通用しません」

 

セオドールが反論した。

 

「ルックウッドは私の寮生です。彼を戦場に送るわけにはいかないのです」

 

「では、騎士団だけでヴォルデモート勢力に勝てますか?この1年を見ていたらそうは思えない。騎士団にはもう抑止の力は無い。だいたい、魔法省の戦いにおける騎士団や闇祓いの戦果よりも、センチュリオンの戦果の方が大きかったでしょう?」

 

魔法省の戦いで死喰い人の多くが投獄された。

それはエスペランサとネビルが戦闘不能にしたおかげである。

闇祓いや騎士団は敵の殺傷を躊躇し、終始、失神光線しか使っていない(ムーディを除く)。

 

「まあ先生方が学徒出陣に反対なのは理解出来ます。というより反対しない教師なんて居ないでしょう。そんな状況になってたらいよいよ魔法界も終わりだ」

 

エスペランサが口を挟む。

元々、彼は教師陣を説得出来るとは思っていなかった。

 

「当たり前です。私達は親御さんから大切な子供を預かっている身なんです。生徒を戦場に向かわせるなんて以ての外です」

 

「だが、先生。この戦いは我々、いや、俺がおっ始めた物なんです。そのケジメは俺が付けないといけない」

 

「そんな理屈は通用しません」

 

「何と言われようと我々が戦闘行為を止める事はありません。ついでに言えば、校則や魔法界の法律で"マグルの武器を使う軍隊を組織する"事を禁じるものは存在しません。現行法では我々は合法的存在です。それにヴォルデモート勢力との戦闘を"防衛"と解釈すれば、敵の殺傷も合法になる。違いますか」

 

アンブリッジが居た時は非合法だったセンチュリオンだが、その効力が無い現在は合法である。

 

また、魔法界では銃刀法も無い。

護身のための戦闘は合法とされている。

それに、マグル界ではとうに禁止された決闘が魔法界では合法なのだ。

 

センチュリオンの活動を停止させる根拠が実は存在しない。

一応、吸魂鬼の殲滅に関しては魔法省の所有物を破壊した扱いになり犯罪となるのだが、現在、吸魂鬼はアズカバンを放棄したので無効である。

 

「詭弁です。そもそも未成年の魔法使いがホグワーツ以外で魔法を使用する事は禁止されています。あなた達がホグワーツの外で戦う事は不可能です」

 

「自身の生命に危険が迫った時には魔法の使用が許可されます。それに、隊員の半数以上はもうじき成人になる。ホグワーツ外での戦闘は十分可能だ」

 

「ふむ。これ以上議論しても無駄じゃろう。止めようと思えば無理矢理にでもエスペランサを止める事は出来るじゃろうが、果たしてそれは魔法界の利益になるとも思えん。だからといってわしは生徒を第一線に送りたいとも思えんのじゃ」

 

「校長!」

 

「そうじゃのう。エスペランサのセンチュリオンをホグワーツの常設軍という扱いにしてはどうじゃ?わしとお主らは利害が一致しておるし、ホグワーツで活動するのならそっちの方が何かと都合が良いじゃろう」

 

「それは、つまり……。我々がダンブルドア先生の指揮下に入るという事ですか?」

 

エスペランサの後ろにいたザビニが不満そうに言う。

センチュリオンの最高指揮官はエスペランサであり、そして独立した武装組織だ。

他の勢力の下に入るのは癪である。

 

「如何にもそうじゃ」

 

「その場合、我々にとってメリットはありますか?」

 

「まず、必要の部屋をはじめとした校内施設の使用を全面的に許可しよう。それから、煙突飛行ネットワークの使用もじゃな。それに、騎士団や闇祓いとの連携も可能にする。共同訓練も可能にしよう」

 

「どうする?隊長?」

 

「確かに、騎士団や闇祓いと連携が取れれば、作戦に幅が出来る。我々も人員と情報が不足しているから、これはメリットだ。だが、上手い話には裏がある」

 

「無論じゃ。わしの指揮下に入るとなれば、戦闘を行う際にわしの許可が必要となるし、わしの要請する作戦には有無を言わず参加してもらう事になる」

 

「それでは我々の戦闘行動を制限するようなものだ」

 

セオドールが憤慨した。

 

「左様。君達を出動させるかどうかは、わしが決める。じゃが、心配せんでも良い。君達の戦力はわしも認めるところじゃ。吸魂鬼を倒すことの出来る組織は英国内では今のところ君達だけじゃしのう。吸魂鬼や闇の生物が暴れれば、君達を出動させる事は約束する」

 

「もし、断ると言ったら?」

 

「ホグワーツ内での火器使用の禁止、必要の部屋の使用制限をする。忘れてはならんが、この校内ではわしの命令は絶対じゃ」

 

「なるほど。拒否権は無いに等しいという事か………。やはり、校長は教師というより政治家の方が向いている」

 

ダンブルドアはセンチュリオンの行動を制限しようとしているのでは無い。

十中八九、利用しようとしている。

マグゴナガルやスネイプは気付いていなかったが、エスペランサとセオドールは確信していた。

 

優しさも捨て切れないが、野心も捨て切れない。

それがダンブルドアだ。

 

「副隊長。及第点だ。我々は対ヴォルデモート戦においてダンブルドアの指揮下に入り、ホグワーツの常設軍となる」

 

「そうだな。仕方あるまい。他に選択肢も無いようだし……。しかし、校長、我々からも幾つか条件は出させてもらう」

 

「なんじゃろうか?」

 

「一つ、先程言ったように、ホグワーツ内での火器使用及び、部隊運用の全面的な許可をしてもらう」

 

「門限を破らなければ許可しよう」

 

「二つ、必要の部屋の管理を我々にさせて欲しい。また、保全上、必要の部屋には常に当直員を立直させ、当該隊員には門限の免除をさせる」

 

「まあ、良いじゃろう」

 

「三つ、煙突飛行ネットワークの使用と闇祓いとの通信を確保させて欲しい」

 

「キングズリーに頼んでおくとしよう」

 

「四つ、騎士団が入手した情報を我々にも共有して欲しい」

 

「センチュリオンの入手した情報を開示するのなら許可する」

 

「これが最後です。五つ、ホグワーツの生徒から今後、隊員を公募する事を許可して欲しい」

 

「………選考方法は?」

 

「筆記と体力試験、それから精神判定。さらに面接だ。面接に際してはスパイ防止のために真実薬を投与したい」

 

「言っておくが、我輩はお前達に真実薬を供給しないぞ?」

 

スネイプが言う。

 

「必要ありません。真実薬ならフローラが調合出来る。現に真実薬は量産体制にあります」

 

「いつの間に………」

 

エスペランサも知らない話だった。

彼は横に立つフローラを見る。

 

「OWL試験期間中です」

 

「OWL期間中だって!?いや、それはまあ良い。新規隊員の獲得を認めてもらわなければ……。我々も人手不足が深刻なんでね」

 

「よかろう。ただし、入隊試験にはわしも立ち会う」

 

「立ち会いか……まあ、問題はないでしょう。しかし、忘れないで頂きたい。我々センチュリオンはホグワーツ常設軍として一時的にダンブルドア校長の指揮系統内に入るものの、立場は対等であり、戦闘中の指揮は部隊の長、つまり、俺が執ることになります。また、我々は決してホグワーツを守る部隊では無いことを忘れないで頂きたい」

 

「ホグワーツを守ることと、君たちの理念は一致しているのではないのかね?」

 

「一致していません。ホグワーツの生徒、職員の中に敵対勢力の人間が居れば、我々は容赦なく排除する。我々は決してホグワーツを守るのでは無い」

 

「そうか。しかし、君は少し重荷を背負いすぎるようにも感じる。ホグワーツでは助けを求める者に救いが与えられる。君も助けを求めて救われる事が出来るのじゃよ?」

 

「ホグワーツでは助けを求めたものが救われる、か。なるほど、誰も助けようとは思わない。助けを求めるばかりで誰も誰かを救おうとは思わない。先生、我々は助ける側に回ろうとしただけだ。その為に我々は杖では無く銃を手にしたに過ぎない」

 

それがエスペランサ、いや、センチュリオンの本音であった。

 

 

 

 

 




感想等ありがとうございます!
更新頑張ります!

まあ、今回からセンチュリオン隊員の一人称が全て"僕"から"俺"に変わります。
これはずっと前から構想していたもので、やっと隊員達が生徒から軍人になった事を表しています。


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case90 The end of peace 〜平和の終焉〜

感想ありがとうございます!
不死鳥の騎士団編は今回で終わりです!


センチュリオンへの入隊希望者は総勢で60人居た。

その8割がグリフィンドール生である。

 

ただし、低学年の学生や脳筋の学生が多く、筆記試験で多くの希望者が落とされた。

クリービー兄弟がその例である。

ちなみに、体力測定で落ちたグリフィンドール生は存在しない。

逆に学力試験を突破してきたレイブンクロー生は体力試験で何人かが不合格となった。

中にはM733を持てない程、筋力の無い者もいたのである。

 

ハッフルパフ生は持ち前の真面目さで試験を突破してきたが、精神鑑定で2人不合格となったなった。

スリザリン生も5人受験したが、その内4人は親が死喰い人であり、真実薬の投与でスパイであることが判明した。

 

結局、グリフィンドールの生徒で最終選考まで残ったのはたったの8名である。

ハッフルパフ生は4人。

レイブンクロー生が2人。

スリザリン生が1人。

合計すると15人の新規隊員を採用することになった。

 

新規隊員を含めるとセンチュリオンの隊員は総員で33名。

規模としてはやっと1個小隊というところだ。

だが、エスペランサ達にとっては喉から手が出る程欲しい人材が揃ったのである。

 

「いきなり新規隊員を実戦投入は出来ない。この1年間を教育期間として、新隊員教育を実施しよう。その間の任務は引き続き2個分隊で行う」

 

「それが良い。だが、新隊員の要員は分けておく必要があるだろうな」

 

エスペランサは新規隊員の能力を考慮して、彼らの職種を振り分ける事にした。

グリフィンドールの生徒は全員、その運動能力と度胸を見込まれて、歩兵課に決められた。

ハッフルパフの生徒のうち、2名は新たに設けた経理補給課に配属。

残りの2名は歩兵課であるものの、飛行技能の高さから遊撃部隊へ回された。

レイブンクローの生徒のうち、一人はフナサカの元で通信士となり、もう一人はザビニの下で情報要員となった。

 

さて、残るスリザリン生一人だが、この生徒の扱いに関しては少し特殊である。

このスリザリン生はグレゴワールという名の黒人で、元々ホグワーツではなく、アフリカにあるワガドゥー魔法学校に通う予定だったそうだ。

 

「何故、君は我が隊に入ろうと思ったんだ?」

 

入隊前の面接でエスペランサはグレゴワールに聞いた。

 

「自分は、元々、アフリカにあるワガドゥーに入ろうとしていたんです」

 

「ワガドゥー?」

 

「アフリカの魔法学校だ。歴史もあり、教える魔法のレベルも高い」

 

セオドールがエスペランサに補足説明した。

 

「ワガドゥーの教育レベルはホグワーツを遥かに上回っています。というよりも、ホグワーツ、いえ、英国魔法界の魔法レベルは低いです」

 

「へえ、そうなのか」

 

マグルの世界ではアフリカは先進国のように発展していない。

しかし、魔法界はその逆で、アフリカの魔法は非常に高度なのだそうだ。

 

グレゴワールはそれを誇らしげに言った。

 

「英国の闇の魔法使いは自分達のレベルの低さも知らずに世界を侵略しようとしている。自分はそんな奴らの鼻を折ってやりたいから入隊を希望したんです」

 

「随分と魔法に自信があるみたいだが……。お前はまだ3年生の生徒だろう?そんなに高度な魔法が使えるのか?」

 

セオドールが半信半疑といったかんじで聞いた。

 

「見てもらうのが一番です」

 

グレゴワールは徐に立ち上がり、掌を壁に向けた。

 

「フリペンド・撃て」

 

彼は杖も持たずに呪文を唱える。

すると、彼の掌から魔法で作られた閃光が射出された。

 

「お前、杖無しで魔法が使えるのか」

 

「ええ。まだ、初歩的なものだけですが。アフリカでは杖を持つ魔法使いの方が少ないんです。ワガドゥーでは錬金術をはじめとした高度な魔法を杖無しで学びます」

 

「なるほど。確かに魔法の腕なら即戦力だ。しかし、我々は……」

 

「マグルの武器を使って戦うんですよね?」

 

「ああ。そうだ。魔法の腕も求めているが、戦闘では基本的に近代兵器を駆使する」

 

「そこです。自分は魔法以上に破壊能力を持つマグルの武器にも興味があります。魔法族の発展にはマグルの先端技術を取り入れる必要がある。それに気付かない闇の魔法使い達は滅びの道を辿ることになるでしょう」

 

そう言い切るグレゴワールにエスペランサとセオドールは目を見合わせた。

 

変わった新入隊員は他にもいた。

フナサカの下で通信士となったレイブンクローのロルフ・スキャマンダーがそれだ。

 

「スキャマンダー、か。ニュート・スキャマンダーの孫だな?」

 

「はい。そうです」

 

如何にも真面目そうなロルフは緊張気味に答える。

 

「入隊の動機は何だ?君は平和主義者と聞いているが」

 

エスペランサはロルフが温厚で、平和主義者である事を知っていた。

ロルフは、ホグワーツ内でも彼程の人格者は居ないと噂される男だったのだ。

 

「ええと、その、戦うのは怖いです。武器を持つのも……。でも、自分には守りたい人がいるんです」

 

「守りたい人?それは、友人か?家族か?恋人か?」

 

「どれにも該当しません。でも、今まで、僕は弱くて……温厚とか平和主義者とか、僕はただ臆病で風見鶏なだけなんです。だから、あの子の事を守る事なんて出来ないと思っていた。ですが、この隊に入れば自分を変えられる!そう思ったんです」

 

「俺たちはたった一人のために戦うんじゃない。救うのは大勢の命だ。たった一人を守る事だけ考えていたら救えるものも救えなくなる」

 

「分かっています。しかし、"あの子"が笑っていられる世界を作るためなら……。平和な世界を作るためなら心を鬼にする所存。戦えます」

 

ロルフのその言葉にエスペランサは少し反応する。

その言葉は少し昔にエスペランサがフローラに言った言葉に似ていたからだ。

 

ロルフの面接が終わった後、必要の部屋にはエスペランサとセオドールのみが残された。

 

「たった一人のために戦うんじゃない、か。ひょっとして自分に言い聞かせたのか?隊長?」

 

「何が言いたいんだ」

 

エスペランサはタバコに火をつけつつ、セオドールを睨んだ。

 

「いや、別に。ただ、まあ、隊長には最近、守りたいと思える人が出来たんじゃないかと思っただけさ」

 

「…………何の話だ。俺にはさっぱりだ」

 

「シラを切るならそれも結構。だが、風紀だけは乱すなよ?部隊内の恋愛はあまり良い影響を周りに与えない。それを教えてくれたのは君だった気もする」

 

「肝に銘じておくさ」

 

エスペランサは苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エスペランサ達が新規隊員を獲得していた頃、リータ・スキータは黄金虫の姿に化けて、ノクターン横丁の地下にいた。

 

彼女は今、センチュリオンのスパイとして活動している。

ゴシップ記事担当のリータであったが、彼女とて、最初からゴシップ担当のジャーナリストだった訳では無い。

 

ただ、権力ズブズブの日刊預言者新聞でジャーナリズムを貫くのは難しく、一番、自由に記事を書けるのがゴシップだったに過ぎない。

いつしか情熱を失っていた彼女だったが、センチュリオンに半ば強引に雇われて少しだけ情熱を取り戻した。

それは、隊員の一人、ザビニの存在が大きい。

 

エスペランサやセオドールは破れぬ誓いや忘却術を使い、リータを使い捨てる気満々だった。

しかし、ザビニは違かった。

彼は誰よりも情報戦の重要性を認識していた。

故に、リータの情報収集能力に目をつけたのである。

 

ザビニはリータの存在が今後始まるであろうヴォルデモート勢力との戦闘において鍵になる事を熱く語った。

そして、リータが十分な戦力になる事を伝えた。

 

彼女としてはヴォルデモートとの戦闘なんてものはどうでも良かったのだが、断る術も持たない。

そのため、渋々、センチュリオンのスパイとして活動していた。

 

しかし……。

 

(こいつは凄いざんす……。魔法省のお膝元のロンドンで、こんな魔法界の闇がゴロゴロと)

 

リータが黄金虫に化け、潜入したのはアングラな連中が揃うと言われているノクターン横丁地下の飲み屋だ。

そこでは、以前から違法魔法生物の売買等が行われてきたのだが、今日はそれ以上に闇が深い会合が行われている。

 

(狼人間を束ねるドンに、魔法生物の違法バイヤー、指名手配中の人攫い軍団に、あれは反巨人犯罪グループのリーダーか)

 

犯罪者のバーゲンセールのような光景にリータは身震いした。

彼女は酒瓶の置かれた棚の裏に身を潜めて、会合を伺うことにした。

 

薄暗く、埃っぽい店内に揃った20人もの男たちは酒を一通り飲み交わすと、本題に入り始める。

 

「闇の帝王が復活したんだ。今まで地下でしか活動出来なかった俺達も堂々と陽の下で活動出来るってもんさ。で?闇の帝王からは何か指示は無かったのか?」

 

「死喰い人の残党からは指示があった。ここに居る何人かは既に指示を受けている筈だ」

 

「死喰い人ねえ。奴ら、俺たちを隠れ蓑にして何年も甘い蜜を吸ってた連中だろ?胸糞悪い」

 

「何人かはそうだろう。だがなあ、ドロホフやベラトリックスといった忠誠心のある連中もアズカバンから出て来た。連中は信用出来るぜ?」

 

「何だって良いさ。暴れることができりゃな」

 

彼らは能力や性格から死喰い人になれなかった荒くれ者達だ。

ヴォルデモートへの忠誠心よりは、己の欲望のために活動している。

 

しかし、ヴォルデモートは彼等のような半グレ達を扇動させることの重要性を知っていた。

 

「ベラトリックス嬢のいう話じゃ、アズカバンから吸魂鬼が消えた。つまり、俺たちのボスであるグレイバックも娑婆に出て来れる。こいつは面白くなりそうだ」

 

狼人間グループを束ねる男が酒を一気飲みして言う。

英国内の狼人間はルーピンを除き、ほとんどが犯罪グループに所属していた。

 

「狼人間だけじゃない俺たち半巨人達も血に飢えてる。死喰い人の連中は外国の巨人達を従えたらしい。そいで、その巨人達を指揮してマグルの村を襲う事を許可してくれた」

 

「そいつは本当か?」

 

「半巨人だけじゃねえ、人攫いのグループにもダイアゴン横丁で暴れろという指示が来ている。どうも、要人を攫う必要があるみたいだな」

 

「へえ。決行はいつだ?」

 

「2週間後にダイアゴン横丁でド派手にやるみてえだ。俺たち以外のグループにも声がかかってる」

 

ヴォルデモートの命により、彼らが英国内で暴れ始めるのは時間の問題だ。

 

(こいつは…例のあの人は本格的に行動を起こそうとしてるということか!)

 

ダイアゴン横丁で行われる人攫い、巨人による襲撃。

ヴォルデモート復活を聞いて慌てて体制を整えている闇払いや魔法パトロール部隊は即応性が無い。

となれば、現状、それらを阻止出来るのはセンチュリオンだけだ。

 

そして、そのセンチュリオンに襲撃の情報を伝える事が出来るのは……。

 

(私だけ……ということざんすね。私が…英国を救う情報を持っている)

 

ゴシップ記事ばかりを書き、様々な方面からヘイトを買ってきたリータであったが、まさか自分が英国魔法界を救う立場になるとは思っていなかった。

自分はそういった正義の味方とは正反対の人間ではないか?

だが……

 

(悪役のままじゃ終われない。誰だって主人公に憧れる。今回はこの私が救世主になってやろうじゃないのさ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

また1年が過ぎた。

他の生徒と同様にセンチュリオンの隊員達もホグワーツを離れる。

 

一通りの人事作業を終え、武器弾薬の残量も確認したエスペランサもホグワーツ特急に乗り込んだ。

 

この2週間、センチュリオンはかつてない程に多忙だった。

新入隊員の教育、今後の作戦立案、市街地戦を想定した訓練、武器弾薬の整備、闇払いとの連絡。

これらの業務を2週間で終わらすことが出来たのは上出来と言えよう。

 

何故、そんな短期間の間に業務を行う必要があったのか。

それは、"黄金虫"がもたらした敵に関する情報が来たからだ。

 

 

休暇中にヴォルデモートが動く。

 

 

予想していたとは言え、敵の侵攻が目の前に迫りセンチュリオンの隊員達も焦燥感にかられた。

ついに本格的な戦闘が始まる。

 

エスペランサとセオドールはダンブルドアにセンチュリオン出動の許可をもらい(許可には1時間もの時間を要した上に、闇払いとの共同作戦で受理された)、隊員達にその旨を知らせた。

そして、休暇中の有事に備え、必要の部屋から小火器、重火器、各種弾薬や基地設営用の資材に至る物資を搬出させた。

 

「休暇中にヴォルデモート勢力がどの程度の破壊活動をするかは予想がつかない。リータの情報からすれば、まだ本格的な侵攻はして来ないだろう」

 

ロンドンへ向かうホグワーツ特急の最後尾のコンパートメントでセオドールはエスペランサに言った。

ホグワーツ特急の最後尾の車両はセンチュリオンの隊員が意図的に占領している。

車両内には隊員だけでなく武器弾薬等も積み込まれていた。

 

「断言出来る根拠はあるのか?」

 

「ある。まず、ヴォルデモート勢力の主力はほとんどがまだアズカバンに投獄中であり、娑婆の世界にいる死喰い人も先の戦闘でかなりのダメージを食らっている。この状態で全面的な攻勢に出る程、ヴォルデモートは馬鹿ではない」

 

「仮に攻勢に出てきたらどうする?」

 

「その時はむしろチャンスだ。我々は少なくとも2つの分隊を有する戦闘組織を編成している。不完全な状態の敵と戦闘になれば有利に事を運べる算段が立てられる」

 

「つまり、敵が体制を整えるまでに打撃を与えれば勝機はあるということか」

 

かつて、極東の島国である日本が合衆国に戦争を挑んだ。

無謀にも思えるが、その実、開戦当時はランチェスターの法則に基づいた勝算を考慮した宣戦布告だったと言われることもある。

将来的に敵が我の戦力を遥かに凌ぐ戦力を持つ可能性があるのならば、早めに開戦して、叩いてしまった方が勝算がある、という事だ。

 

「勝機があるとまでは言わないが、作戦は立て易い。何せ死喰い人の連中は複数個の部隊を編成して組織戦闘をするなんて芸当はしてこないからな。ただし……」

 

「ただし?」

 

「魔法界の戦闘は個人の魔法力で勝敗を覆せてしまう事がある。我々がいくら組織戦闘をしたところで、ヴォルデモートが現れれば即、敗走だ」

 

「ヴォルデモートだって無敵じゃない。俺はここ数年、ヴォルデモートの倒し方は考えてきたつもりだ。NBC兵器に大量破壊兵器を使えば……」

 

「NBC兵器というものがどういうものなのか"俺"は知らない。が、ヴォルデモートは非常に"生"に執着している。俺がヴォルデモートなら魔法を使ってあらゆる"死"から自分を守る術を身につける」

 

「死の克服……か。そんなことが可能だと思うか?」

 

「そうだな……。ハリー・ポッターに倒されたヴォルデモートが何故生きていたと思う?」

 

「死を克服する、あるいは、それと同様の魔法を使っているから、か」

 

「あくまで憶測だ」

 

エスペランサは窓の外に目を向ける。

雄大な英国本土の景色がそこにはあった。

これから戦争が始まるとは思えない平和で穏やかな光景だ。

だが、戦火はすぐ目の前にある。

 

明日か明後日か、それとも1週間後か。

間違い無くヴォルデモート勢力との戦闘は始まるのだ。

 

英国魔法界の平和な時代は既に終わっていた。

 

 

 




不死鳥の騎士団編はこれで終わりです
次回から謎のプリンスに入ります。

ハリー達がもはや空気に……


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謎のプリンス
case91 Attack on Titan 〜VS巨人〜


感想ありがとうございます!
コミケアーリーチケット当選しました!
あと今朝の夢でヒッポグリフに襲われる夢を見ました


ドラコ・マルフォイは虚な気分で自宅である屋敷に戻ってきた。

父親はアズカバンに投獄され、マルフォイ家=犯罪者という認識が世間に広がったのだ。

虚な気分になるのも無理はない。

 

魔法省での出来事やルシウスがやってきた事を考えれば投獄されるのは致し方無い。

それはドラコにも十分分かっていた。

 

ヴォルデモート側の陣営が悪である事を今更、否定することも無い。

 

それでも、ドラコは父親をアズカバンに投獄した闇祓いや、ダンブルドアやハリーが憎かった。

そして、エスペランサ・ルックウッドをはじめとしたセンチュリオンなる組織の人間。

彼らも同様に憎い。

 

エスペランサは死喰い人を容赦なく射殺した。

恐らく、ルシウスが生き延びたのは運が良かっただけだろう。

死喰い人であれば誰であろうと躊躇なく殺すセンチュリオンという組織をドラコは憎むと共に恐れていた。

 

さて、今、マルフォイ家の屋敷には大勢の死喰い人が出入りしている。

ルシウスの失態によりマルフォイ家の立場が落ち、屋敷が死喰い人達に蹂躙されているのだ。

そして、本日はもう一人、来客があった。

 

「おお。これはこれは。ルシウスの息子よ。確かドラコと言ったか?」

 

高貴さを思わせる大広間の長テーブルの奥。

本来であれば家の主であるルシウスが座るべき場所に堂々と座っていたのは……。

 

「は、はじめまして……。我が君……」

 

ヴォルデモート卿だ。

 

ドラコは無論、ヴォルデモートに会ったことが無かった。

だが、初対面でありながら、この男がヴォルデモートである事を悟った。

 

黒いフードから覗かせる赤い目。

蛇の様な鼻。

そして、有無を言わさぬ強者のオーラ。

 

こんな化け物みたいな人間相手にエスペランサは、センチュリオンは戦いを挑もうとしているのか?

こんな化け物とハリー・ポッターは何度も戦い、生き延びてきたのか?

 

ドラコは怖気付き、そして、自分の親や、多くの純血達がヴォルデモートに従った理由を理解した。

 

この人間に勝てる魔法使いなんて居ない……。

 

「ええ。我が君。私の息子、ドラコ・マルフォイで御座います」

 

ナルシッサがヴォルデモートの横に跪いて言う。

 

「そうか……。ドラコ。お前は父親のルシウスより有能そうだ」

 

ヴォルデモートが優しく言う。

しかし、その眼は笑っていなかったし、ゾッとする程の悪意が言葉に込められていた。

 

「我が君!夫は過ちを犯しましたが、すぐに私が挽回致します!ドラコでは無く、私が」

 

「シシー!少し黙るんだ」

 

ヴォルデモートの左脇に控えていたベラトリックスがナルシッサを止めた。

今、この広い大広間にはベラトリックスをはじめとした死喰い人が数人、集まっている。

 

ドロホフやルックウッド、カロー兄妹等だ。

 

「ナルシッサよ。俺様はドラコに話しているのだ。確かにルシウスは失態を犯した。本来ならそれ相応の罰が必要だ。しかし、俺様はマルフォイ家に挽回の機会を与えようとしているのだ」

 

「ば、挽回の機会ですか?」

 

「そうとも。ドラコ。俺様は残念ながらホグワーツに入る事が出来ない。それは、ダンブルドアの守護呪文が強力であるが故だ。認めるのは癪だがダンブルドアの魔法の腕は俺様も認めるところなのだ」

 

ヴォルデモートは立ち上がり、ドラコの側に来た。

ドラコは恐怖心から1ミリも動けなくなる。

 

「だが、ドラコ。お前はホグワーツの生徒だ。父親を助けたいのなら……。あの城で、ダンブルドアとエスペランサ・ルックウッドを殺せ」

 

「だ、ダンブルドアとルックウッドを……?ダンブルドアは兎も角、ルックウッド?」

 

「エスペランサ・ルックウッド自体は脅威では無い。この間は一矢報いられたが、これは窮鼠猫を噛むという奴だ。だが、俺様は、奴の持つ組織は死喰い人にとって脅威と思っているのだ」

 

「センチュリオン………」

 

「そうだ。奴らは俺様の計画の邪魔になる。だから殺せ。そうすればマルフォイ家の安泰は俺様が保証する。地位も上げてやろう」

 

失敗したらどうなるのか?

とは聞けなかった。

 

失敗したら自分も、父親も母親も消される。

 

そんなことは考えなくても分かっていた。

 

断る事は出来ない。

だが、ドラコに残っていた良心が呵責する。

元々、彼はダンブルドアの事を嫌いながらも殺意等覚えた事はない。

それはエスペランサも同様だ。

そもそもダンブルドアに危害を加えられた事もないのだ。

ダンブルドアを殺害する事、いや、殺人を犯す事を身体が拒絶している。

 

それでも、ドラコは首を縦に振るしか無かった。

彼にとってダンブルドアの命よりも家族の命の方が遥かに大切だったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英国西部の田舎町。

日差しが照り付け、アスファルトが熱気で歪む。

時刻は10時過ぎ。

人口数千人に過ぎない小さな町を今、巨人が蹂躙しようとしていた。

 

死喰い人に懐柔された巨人の集団は、その死喰い人指揮の下、マグル界で破壊の限りを尽くす事を許された。

ヴォルデモートが復活してから最初の破壊活動となる今回の襲撃を任された死喰い人の一人は誇らしげに巨人を従えて街へ向かう。

 

本当であればロンドン等の大都会を襲撃したいところだったが、その手の街は魔法省の防衛網が張られている。

故に片田舎に限定した襲撃となったが、それでも死喰い人は満足だった。

 

破壊活動をするのは十数年ぶりの事である。

ふつふつと湧き上がる残忍な感情を抑え、彼は傍の巨人に声をかけた。

 

「今からあの町を破壊する。手当たり次第に破壊し、殺し、略奪しろ」

 

死喰い人が従えていた身長10メートル近くある巨人は深く頷く。

この巨人は今回連れてきた巨人の中で唯一、英語が分かる巨人だ。

 

本襲撃に参加するのは巨人3体と死喰い人2人。

それに死喰い人もどきのゴロツキが6名程だ。

 

それだけいれば闇祓い相手でもやり合うことは出来るだろう。

何せ巨人には魔法が効かない。

故に対闇祓い戦闘において巨人は貴重な戦力になるのだ。

 

10メートル近い巨人3体は木を押し倒し、地面を揺るがせながら、森を進む。

そして、森が抜け、マグルの街が見えるところまでやってきた。

 

「……片田舎だとは思っていたが、それにしても人の気配の無い街だな」

 

死喰い人は巨人の足元で街を眺め、呟く。

 

国道を走る車は無く、数件ある店はシャッターを下ろしていた。

街中を歩くマグルは一人も居ない。

まるで、住民全員が夜逃げしたような……。

 

「ひょっとして襲撃に勘づいて全員、逃げ出したんじゃ?」

 

「馬鹿言え。この襲撃は極秘裏に計画が進められていたんだ。闇祓いはおろか、マグルどもが気付く訳ないだろ」

 

と言いつつ、死喰い人も得体の知れない不安を感じていた。

 

 

何かがおかしい。

 

 

しかし、巨人にとってはそんなことどうでも良いらしい。

死喰い人を他所にして1体の巨人が棍棒を振り上げて、街へ走り始めた。

3体の中で最も凶暴で、尚且つ脳が足りない個体だ。

 

「おいこら!待て!」

 

死喰い人が止めようとしたが、巨人は聞きもしないし、英語がわからない。

 

巨人は森を抜け、国道を横切り、街頭や街路樹をへし曲げながら街へ侵入しようとした。

 

その時……。

 

凄まじい炸裂音と共に巨人の頭が吹き飛ばされた。

何の前触れも無く、突然、巨人の頭が爆発したのだ。

死喰い人達は信じられない光景に足を止める。

 

巨人の脳味噌が雨のように地面に降り注ぎ、アスファルトを赤く染めた。

巨人、いや、巨人だった物は悲鳴一つ上げずに地面に倒れ込む。

 

「何が起きたんだ!?」

 

「魔法か?いや、魔法は巨人に効かない。だが、魔法でないなら何が?」

 

死喰い人達は混乱する。

 

魔法界で無敵とされた巨人が一瞬で戦闘不能にされたのだ。

死喰い人達だけでなく巨人も困惑している。

 

「見ろ!死んだ巨人を!肩から上が破裂しているが、傷口を見るに上から攻撃された可能性が高い」

 

「上からだって!?どうやって?」

 

疑問に思いながらも死喰い人達は杖を上空に向けて盾の呪文を展開した。

 

すると、ヒュルルという音と共に見たこともない鉄の塊が飛来し、盾の呪文によって作られたシールドに衝突する。

爆発と炸裂音。

 

マグル界ではM374A2榴弾と呼ばれる迫撃砲弾の爆発に死喰い人達は驚愕する。

 

「これは……一体なんだ!」

 

予期せぬ近代兵器の攻撃に彼らの指揮系統は崩壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先頭の巨人の頭部に迫撃砲弾が着弾したのを双眼鏡越しに確認したアーニー・マクミランはホッと息をついた。

彼は81ミリ迫撃砲L16の扱いに長けていたし、相当な自信家だったが、それでも、実戦は緊張する。

 

街全体が見渡せる丘の上に構築した迫撃陣地に居るセンチュリオンの隊員は僅かに5名。

その指揮を務めるのがアーニーだ。

本隊は数百マイル離れたロンドンで作戦展開中であり、巨人迎撃作戦に割ける人数は若干名しか居なかったのである。

そもそも、この巨人の襲撃自体、ロンドン有事のカムフラージュとして用意された囮作戦だと副隊長のセオドールは言い切っていた。

なので、主力はロンドンに展開させ、少数の野戦砲部隊を巨人迎撃に充てたのである。

 

余談だが、町の住民は「大規模なマグル避け呪文」で強制的に避難させていた。

 

コンフリンゴやボンバーダを凌駕する破壊力を持った迫撃砲は巨人相手でも圧倒的優位性を持たせてくれる。

しかし、そもそも迫撃砲というのはその名前からして、複数発の砲弾を撃ち込んでこそ意味のある武器。

今回のようにたった1門をたったの5名だけで運用する事はあり得ない。

いや、5名中2名は別の武器に付いているから実質、L16を運用しているのはアーニーとダフネのみ。

観測、装填、発射を二人で行う事が出来たのは魔法による補助があってこそだ。

 

さらに、本来であれば発射後は速やかな陣地変換が必要である。

しかし、敵が巨人と死喰い人であるならその必要は無い。

81ミリ迫撃砲の射程は5000メートル以上。

それに対して死喰い人側は5000メートルを超える攻撃が不可能。

レンジの上で圧倒的に有利なアーニー達が陣地変換をする意味はほとんどない。

 

迫撃陣地と巨人の距離は現在3000メートル。

向こう側からこちらは視認し難い上、死喰い人は迫撃砲という兵器を知らない。

 

戦いは一方的になる筈だった。

 

射程5000メートルを超える81ミリ迫撃砲の攻撃だけで終われば話は早いのだ。

しかし、敵は思ったよりも柔軟にこの未知の武器に対応してきた。

上空からの攻撃を警戒したのだろう。

敵の魔法使い達は杖を上に掲げて盾の呪文を展開する。

 

「あれでは迫撃砲による攻撃は無意味になる。予想より早く対応してきたな」

 

双眼鏡を覗くアーニーがボヤく。

手前の巨人は初弾で倒せたが、後続の2体は死喰い人の盾の呪文のおかげで無傷だ。

 

ゴツゴツとした岩山を想像させる巨人は双眼鏡越しでも圧巻であり、3000メートル離れていても恐怖心が湧く。

 

「作戦の段階を繰り上げる。ATM発射用意」

 

ATMというのはanti tank missileの略で、すなわち対戦車ミサイルの事だ。

 

決して金を下ろす機械の事ではない。

 

センチュリオンで採用しているのは米軍で広く使われているTOW対戦車ミサイル。

筒のような発射管にミサイルが納められており、誘導方式は半自動指令照準線一致誘導方式という長ったらしい名前の方式である。

この誘導方式はミサイルの出すレーザー光と照準の中心とのズレを修正して誘導するというものだ。

故に、発射から着弾まで射手が照準中心に目標を捕らえ続ける必要があり、発射後もミサイルと発射機はワイヤーで接続されており、誘導情報がワイヤーを伝わって電気的にミサイル本体へ伝達されるのだ。

 

後方で控えていた隊員が既に設置されているTOWの照準器を覗き込む。

 

「目標捕捉!TOW発射用意よし」

 

「焦るな。TOWを発射すればこちらの位置は必ず露見する。初弾で確実に命中させろ」

 

「り、了解」

 

隊員達は魔法界で育って来た故に巨人の恐ろしさを知っている。

だから、ロングレンジで有利な今のうちに、とっとと倒してしまいたいと思っているのだ。

その気持ちが焦りに繋がる。

 

「撃てっ!」

 

アーニーの号令を聞いた射手がTOW対戦車ミサイルを発射した。

発射器を突き破り、白煙と共に飛翔したミサイルは真っ直ぐに巨人へと向かう。

巨人にミサイルを避ける手段は無かった。

 

いや、巨人は死ぬその瞬間まで、何が起きたのか理解していなかっただろう。

 

飛来した対戦車ミサイルは巨人の頭蓋を貫き、一瞬にして生命活動を停止させたからだ。

 

「……命中」

 

巨人の頭がTOWによって吹き飛ばされたのを目視で確認した隊員達は安堵する。

敵の死喰い人達も動揺し、指揮系統に乱れが見えた。

 

だが……。

 

「危ない!?伏せて!」

 

突然、ダフネが空中を指差して叫ぶ。

隊員達は何事かとその方向を向いた。

 

「何っ!退避だ!退避しろ」

 

生き残った巨人の一体が迫撃陣地に向けて棍棒を投げつけてきたのだ。

巨人と迫撃陣地との距離はまだ3000メートル近くあったが、恐るべき事に棍棒は3000メートルも飛び、陣地へと突き刺さった。

 

間一髪で攻撃を交わした隊員達であるが、設置していた迫撃砲は不運にも棍棒が直撃して砲身が変形してしまっている。

周囲の地面も抉れてしまい、土煙が舞っていた。

 

「何て馬鹿力なんだ!巨人には3000メートルも離れたこの陣地が見えているのか!?それに、ピンポイントで投擲してくるなんて信じられねえ」

 

「どうする!?迫撃砲は使い物にならない。もう一発TOWを撃ち込むか?」

 

アーニーは双眼鏡を覗き込む。

 

巨人は確実にアーニー達を目視出来ているのだろう。

巨体からは想像もつかない敏捷さで陣地に向かって走って来ている。

このままでは5分程度で陣地へたどり着いてしまうだろう。

 

「TOWはもう間に合わない。だが、心配するな。策はある」

 

彼は冷静だった。

 

本作戦で隊長のエスペランサが要求したのは2点。

一つ目は巨人の殲滅。

二つ目は戦死者を出さないこと。

 

この二つを達成するための作戦立案は副隊長のセオドールではなく、現場指揮官のアーニーに一任されていた。

 

対巨人戦闘をするならば近接戦闘は避け、中距離火力である迫撃砲や対戦車榴弾、誘導弾を使用するのが好ましい。

故にアーニーは迫撃砲とTOWを投入した。

 

だが、作戦参加人数は5名のみ。

飽和攻撃は期待出来ない。

もし、迫撃砲とTOWの攻撃を掻い潜り、巨人が至近距離まで接近してきたら……。

 

「そうだ。そのまま来い!」

 

巨人と隊員達の距離は目測で1000メートルを切った。

それでもアーニーは攻撃指示を出さない。

 

500メートル。

200メートル。

 

ついに100メートルを切り、地響きを立てながら巨人は隊員達に襲い掛かろうとした。

 

「今だ!総員、伏せろ!」

 

アーニーの号令で隊員達は一斉に地面に伏せる。

それと同時に、彼らの100メートル先、ちょうど巨人がいる場所が爆発した。

 

側から見れば、丘が噴火したように見えただろう。

事実、死喰い人達はそう思った。

 

だが、実際には地面に埋めてあった対戦車地雷が爆発しただけだ。

巨人によって踏み抜かれた対戦車地雷は見事に起爆。

巨人の下半身を一瞬で吹き飛ばしてしまう。

 

断末魔の叫びと共に"巨人だったもの"は地面に倒れ込んだ。

 

「やったのか?」

 

「ああ。倒したみたいだな」

 

アーニーは立ち上がり、内臓を撒き散らして倒れている巨人に目を向けた。

100メートル離れていても肉が焼ける悪臭が漂ってくる。

後処理は闇祓いか担当の魔法省職員にやらせたいところだ。

 

「巨人と白兵戦になれば勝ち目は無い。なら、罠に嵌めるか迫撃すれば良いんだ。対人用もしくは対戦車用のトラップの存在を知らない巨人や死喰い人相手なら有効だ」

 

隊員に負傷者はいない。

逆に敵は虎の子の巨人3体を失い、敗走を開始していた。

 

「どんなもんだ!ざまあみろ!おい、見たか?俺の作戦で3体もの巨人を倒してやったぜ?」

 

「はしゃぎ過ぎ……。もっと緊張感持たないと隊長に怒られるよ」

 

「何言ってんだ!魔法界じゃ無敵を誇る巨人3体をほぼ無傷で倒せたんだ」

 

アーニーのはしゃぎ方はまるでクィディッチの試合を観戦しているかのようだった。

ダフネはその姿に呆れ、釘を刺そうとしたが、止めた。

彼の手が小刻みに震えていたからである。

 

 

 




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case92 Battle of Diagon Alley 〜ダイアゴン横丁の戦い〜

感想ありがとうございます!
誤字報告ありがとうございます!
新年初投稿です!


ロンドンのダイアゴン横丁にある漏れ鍋の食堂は現在、戦闘指揮所になっていた。

 

普段、調理器具が置かれている机には無線機が置かれ、アンテナが小窓から伸びている。

その脇には発電機と燃料タンクが置かれていた。

 

テーブルは全て端に寄せられ、その代わりに5.56ミリ弾の弾箱が積み上げられている。

 

中央には魔法界には場違いなプラスチック製のテーブルが置かれ、その上にはダイアゴン横丁の地図が広げられていた。

その地図の上には部隊の配置を示すマグネットが置かれている。

 

店の中には戦闘服姿の隊員達が右往左往していたが、その様子を店主のトムは不安そうに見ていた。

 

「武器弾薬、各種物資の搬入終わり。通信系設定も終了。隊員と闇払いを集めて作戦の最終確認に移ろう」

 

エスペランサはダイアゴン横丁の地図と睨めっこしていたセオドールに話しかけた。

 

「少し待ってくれ。まだ不確定要素が多い。遊撃班の配置をA-1ブロックからB-3に移したい」

 

「根を詰めるのも良いが、土壇場での配置変更は作戦そのものに支障を起こす可能性がある。それに、本作戦は1週間、情報収集をして精査した上で立てたものだ。心配し過ぎても返って悪い結果になるぞ?」

 

「確かに作戦は周到なものだ。しかし、本作戦は対ヴォルデモート勢力との初陣。失敗すれば敵の進撃の速度を早めてしまう。負けられない戦いなんだ」

 

エスペランサはセオドールの顔を見た。

目の下に深い隈がある。

 

「副隊長。昨日、寝てないだろう?」

 

「仮眠は取った」

 

「身体のコンディションが悪ければ勝てる戦も勝てなくなるぞ」

 

「ああ。そうだな」

 

セオドールは地図から目を離した。

 

現在、漏れ鍋の戦闘指揮所にいる隊員はエスペランサ含めて28名。

しかし、新入隊員はまだ戦力にはならず、基本的に補給等の後方支援に徹することになる。

また、隊長と副隊長であるエスペランサとセオドール、衛生班のフローラ、通信班のフナサカ、参謀のザビニは戦闘指揮所で指揮を執るため、戦闘には参加しない。

アーニー達5名は対巨人戦で不在。

 

そのため、本作戦での戦闘員はたったの8名となったのである。

 

本作戦というのは、オリバンダーの拉致を阻止する作戦だ。

リータが持ってきた情報によれば死喰い人は杖作りのオリバンダーとフォーテスキューというアイス屋の店主を拉致しようとしているらしい。

また、それを悟られない為に、別の場所で巨人を暴れさせるという情報も入ってきた。

 

センチュリオンは拉致を阻止するために行動する許可をダンブルドアにもらおうとしたのである。

だが、ダンブルドアは簡単に首を縦に振らなかった。

戦闘員がたったの8名だったからである。

 

そこで、ダンブルドアは闇祓いとの共同作戦にするように要求してきたのだ。

 

「君がエスペランサ・ルックウッドか?」

 

ライオンのような髪型をした男が足を引きずりながらエスペランサに話しかけてきた。

 

「ええ、そうです。魔法大臣候補のルーファス・スクリムジョールさんですね」

 

「如何にも。君に会うのはホグワーツで作戦会議をして以来だ。だが、君の組織を目にするのは初めてだ」

 

ルーファス・スクリムジョールはファッジの後任予定の魔法省職員である。

彼は元、闇祓い局長だ。

 

セオドールが立案した作戦をダンブルドアと闇祓いのキングズリーに開示する際に、スクリムジョールは陪席していた。

無論、マグル式の戦闘をメインにした本作戦の概要を彼等が理解したかは怪しいところである。

 

本来なら闇祓い達にも銃火器を用いた訓練をして欲しいところだったが、時間の関係からそれも叶わなかった。

 

「正直、君達の実力は疑わしいと思っている。噂によれば吸魂鬼を撃退する力があると言われているが……。見たところホグワーツの4から6年生ばかり。子供達だけで死喰い人を倒せるとは思わん」

 

「そうですね。ですが、自分には闇祓いが死喰い人を倒せるとも思えません。そこは、お互い様ってところでしょう」

 

エスペランサが嫌味を込めて言った。

魔法省の戦いでヴォルデモートを撃退したのはセンチュリオンであって闇払いではないのだ。

 

「君たちはまだ子供だ。ダンブルドアが君達を前線に送るのは反対と言っていた。私もそれに関しては同意見だ」

 

「何とでも言ってください。ただし、我々の足だけは引っ張らないで下さいよ」

 

「それはこちらの台詞でもある。それに……」

 

スクリムジョールはセオドールをはじめとしたスリザリン生の隊員をチラリと見た。

 

「君たちのメンバーには何人か死喰い人の親族を持つ者が居る。そんな組織の言葉を信じろという方が難しいだろう」

 

そう言い残してスクリムジョールは去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

センチュリオンの隊員と闇払いの面々は戦闘指揮所の中央に集まった。

作戦決行前の最後のブリーフィングを行うためだ。

 

「では、これより作戦概要を再確認する」

 

エスペランサが隊員と闇祓いを見渡しながら言う。

センチュリオンの隊員達は真剣な表情で聞き入っていたが、闇祓い達の中にはあからさまにエスペランサ達を馬鹿にしたように見る者が何人も居た。

 

まるで、子供の飯事に付き合う親のような目である。

内心、苛立ちながらもエスペランサは言葉を続けた。

 

「本作戦における目標はオリバンダーとフォーテスキューの保護。そして、死喰い人の殲滅だ。だが、二つの作戦目標を達成しようとするには人員も練度も足りない」

 

作戦目標は一つであった方が良い。

複数の作戦目標を優先順位を付けずに達成しようとすれば、失敗のリスクが高くなる。

ミッドウェイ海戦が良い例だ。

 

「そこで、今回は事前にオリバンダーとフォーテスキュー両名を保護した。現在はホグワーツに避難してもらっている」

 

「つまり、死喰い人はもぬけの殻になっているオリバンダーの店とフォーテスキューの店に襲撃するということ?」

 

闇祓いとして作戦に参加するニンファドーラ・トンクスが聞いた。

 

「そうです。無論、この2人が避難した事を悟られては元も子もない。故に避難は今朝、秘密裏に行いました」

 

「それじゃ、別に今回は死喰い人や人攫いと戦わなくても良いんじゃないかな?」

 

トンクスの言葉に何人かの闇祓いが頷いた。

その光景を見たエスペランサは愕然とする。

 

「あなた達はこの戦争に勝つ気が無いのか!?死喰い人を倒せる機会があるというのにそれを見逃そうと言うのか!?」

 

「そうは言ってないけど……」

 

「闇祓いが何を考えているのかは知らないが、我々センチュリオンは死喰い人の殲滅を目指している。一人として生かすつもりは無い」

 

「へっ。餓鬼が粋がってやがるな。口だけなら何とでも言えるぜ?」

 

闇祓いの一人が小馬鹿にしたように笑う。

だが、相手にするだけ時間の無駄だと思いエスペランサは無視する事にした。

 

「話を戻す。今回の作戦は至ってシンプルだ。オリバンダーとフォーテスキューを攫いに来た敵を待ち伏せて殲滅すれば良い。詳しい作戦概要については副隊長から説明がある」

 

エスペランサに代わりセオドールが前に出てくる。

 

「作戦の概要を説明する。今回参加する戦闘員はセンチュリオン側から8名。闇払いが10名。合計して18名だ。混成部隊を編成している余裕は無い為、それぞれを独立部隊として運用する」

 

セオドールが作戦の概要について説明を始めた。

 

闇祓いとセンチュリオンは前述の通り共同訓練を行えていない。

つまり、互いに連携を取れない状態だ。

それなら、混成部隊を編成するのではなく、それぞれ別個に動いた方が良い。

 

「敵の勢力は現在、ノクターン横丁に潜伏中。よって敵が侵攻してくるルートは自ずと限られている」

 

セオドールは机に置かれた地図を指さした。

 

「ノクターン横丁とダイアゴン横丁は複雑に入り組んでいるようで実の所、1箇所でしか接続されていない。ここを押さえてしまえば敵の動きをある程度制限することは可能だ」

 

「敵が姿現しや箒で移動してくる可能性は?」

 

「ノクターン横丁からオリバンダーの店までは直距離にすれば1キロも無い。箒を使うメリットは無い。また、黄金虫から得た情報によれば今回、襲撃に参加する死喰い人と人攫いは10人を超える。もし、姿現しによる誘拐を企てるのならこんなに大人数を投入する必要は無い」

 

ただし、とセオドールは付け加える。

 

「姿現しと眩ましを使わないという保証は無い。姿眩ましで逃亡されては手の打ちようが無いのも事実だ。故に、初手で敵を殲滅する必要があるだろう。そのために今回は布陣を考えてある」

 

地図には狙撃班、遊撃班、そして闇祓いの配置が書かれている。

闇払いは全員、フォーテスキューの店に配置されていた。

 

「本作戦の名前はトラシメヌスと呼称する。状況開始は30分後。各人、配置に付いたならば無線を利用して報告せよ。魔法は一切使うな。傍受される可能性がある。概要説明は以上。別れ」

 

セオドールの号令で隊員達は三々五々、準備の為に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

センチュリオンの戦闘員8名は各々、配置についていた。

 

ネビル、チョウ、コーマック、スーザン、アンソニー、ロジャー、アンドリュー、スローパー。

今回、オリバンダーの店の中で敵を待ち伏せする隊員はこの内、アンソニー、ロジャー、アンドリュー、スローパーの4人である。

この実行班の指揮を任されたアンソニーは緊張のあまり、手が震えていた。

 

薄暗いオリバンダーの店の中で4人の隊員達はサイレンサーを装着したM733を握りしめている。

商品である杖を入れた木箱が所狭しと積み上げられているおかげで身を隠すのは簡単だった。

 

吸魂鬼やヴォルデモートとの戦闘に参加した経験があるアンソニーだが、人間を殺した経験は無い。

今回の作戦は敵の殲滅、すなわち、死喰い人達の殺害を目的としている。

 

死喰い人を殺す事に否定的な考えは持たないが、それでも、殺人をするという行為には未だ抵抗があった。

 

敵を前にして自分は本当に引き金を引く事が出来るのだろうか……。

 

『こちらHQ。人攫いと思われる集団がノクターン横丁からダイアゴン横丁に向けて出発した模様。数は5。その内一人は死喰い人と思われる。オリバンダーの店への着予定時刻およそ5分後』

 

「こちらアンソニー。了解した」

 

無線機で敵の出現を伝えられた実働部隊の4人は表情を硬くした。

 

「心配するな。訓練通りにやれば良い」

 

アンソニーは他の3人の緊張を解すためにそう言う。

だが、その実、この言葉は自分に言い聞かせるためのものだった。

 

4名の隊員達はそれぞれ、棚や机の裏に隠れ、銃を構える。

 

「見えた!敵、グリンゴッツ方面から真っ直ぐ向かってきている。数は5。間違い無し」

 

窓から外の様子を伺っていたロジャーが報告した。

 

今日のダイアゴン横丁の路地は人通りが多い。

本来なら通行制限等をして一般人に危害が及ばないようにしたいところだが、そうしてしまうと死喰い人達が不審がる可能性がある。

故に、通行制限も何もしていない。

 

一般人が行き交うダイアゴン横丁の表通りだが、その中にフードを被った明らかに怪しい人間が5人、オリバンダーの店に向かってきている。

よく見れば全員、杖を構えていた。

 

4人の人攫いを1人の死喰い人が指揮しているのだろう。

人攫いはアウトローな集団かつ、能力も低い。

故に死喰い人を指揮官にしているのだろう。

だが、彼等は人を攫うことに関してはプロだ。

その動きに無駄は無い。

 

フードを被った5人の敵は買い物客に紛れ込み、オリバンダーの店に向かってくる。

 

アンソニーは自身の持つM733の安全装置が外れている事を確認し、大きく息を吸った。

 

死喰い人と人攫い達は店の前に辿り着くと、杖を掲げ、勢い良く店の中に突入してくる。

 

ドアを蹴破り、積み上げてあった箱を魔法で吹き飛ばし、怒号を上げながら5人の男達は店に入ってきた。

 

だが、店の中に居たのはオリバンダーでは無く、戦闘服に身を包み、小銃を構えたセンチュリオンの隊員達であった。

 

「撃ち方始め!」

 

アンソニーの号令で隊員達は身を潜めていた棚や木箱の裏から容赦なく銃撃を開始する。

彼自身も躊躇いなく引き金を引いた。

サイレンサーのお陰で眩いマズルフラッシュは出ず、銃声も聞こえない。

 

しかし、銃口からは5.56ミリ弾が数十発も発射され、人攫い達の身体を貫いていった。

 

「うっ」

 

「ごはっ」

 

突然の銃撃に成す術もなく倒れる人攫い。

悲鳴をあげることすら出来ず、血飛沫を上げて肉塊となっていく男達。

 

彼等は死ぬその瞬間まで自分の身に何が起こったのか理解出来なかっただろう。

 

「撃ち方止め!」

 

アンソニーの号令で全員、射撃を終了する。

残弾にはまだ余裕があったが、敵は沈黙しているし、これ以上無駄弾を使う必要は無いだろう。

 

何の躊躇も無く引き金を引くことの出来た自分自身に驚きと恐怖を感じつつ、アンソニーは硝煙の漂う店内を見渡した。

 

死屍累々。

 

その言葉が今の光景を表すのにふさわしいだろう。

 

「やっ……たんだ。俺……」

 

スローパーがボソリと言う。

彼の口からはカチカチという音が聞こえていた。

震えで歯と歯がぶつかる音だ。

 

訓練と何ら変わらない。

ただ、号令に従い、そして引き金に少し力を加えただけ。

それで、5名の命が瞬く間に失われたのだ。

 

人を殺すことを躊躇わないという点でセンチュリオンと死喰い人の間に差はあるのだろうか。

 

(ある。俺達は正義の為に戦っているんだ。この殺戮は正当なものだ)

 

アンソニーは自分自身を納得させようとした。

 

 

「ぐっ……うう……」

 

突然、足音で呻き声が聞こえ、隊員達は慌てて銃を構える。

 

銃撃でボロボロになった床には5人の男が血塗れで倒れていたのだが、その内の1人はまだ息があるようだった。

 

「こいつ、生きている。とどめを刺すか?」

 

ロジャーが男を半長靴でひっくり返しつつ言う。

倒れていた男は人攫いを指揮していた死喰い人だった。

 

まだ若い。

年齢は25.6といったところだろう。

ヴォルデモート全盛期にはまだ未成年だった筈だ。

 

「お、お前達……一体……何者なん……」

 

苦痛に顔を歪ませ、死喰い人はアンソニーを見る。

アンソニーは一瞬だけ躊躇った後、引き金を引いた。

 

発射された5.56ミリ弾は男の眉間を撃ち抜き、彼の生涯を終わらせる。

 

「これで……良いんだよな俺達」

 

血溜まりに沈んだ死喰い人を見下ろしながらスローパーが漏らした。

 

「スローパー。作戦はまだ終了していない。感傷に浸るのは後にしろ」

 

アンソニーはスローパーに強めに言った。

彼自身、多少のショックを受けていたが、感傷に浸っていては任務に支障が出る。

作戦はまだ終わっていない。

それに、この戦争は始まったばかり。

 

(そうだ。俺達が戦わなければ平和は訪れないんだ。だから、迷わずに引き金を引き続けるしか無い)

 

震える手を無理やり抑え、アンソニーは銃を握り直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェンリール・グレイバックはある意味で幸運だった。

彼は狼男である。

しかも、子供を襲う事に快楽を覚える狂人だ。

かつて、リーマス・ルーピンを狼男にしたのはグレイバックだった。

 

リーマスの父親であるライアル・ルーピンは魔法生物の規制管理部の一員だった。

そして、マグルの子ども2名の死に関与した疑いで取り調べを受けるため、魔法省に連行されてきたグレイバックと出会ったのである。

当時、狼人間登録室は出来たてほやほやの部署であり、組織として未熟だった。

狼人間は今と変わらず魔法界で忌み嫌われていた為、人狼達は地下に潜り、群れを成して登録から逃れていたのである。

 

故に当時の魔法省はグレイバックを人狼と知らず、当のグレイバックも自らをマグルだと偽り、尋問を逃れてしまった。

唯一、ライアルのみがグレイバックを疑い、その場で怒りを買ってしまった為、後日、報復とばかりにルーピンが襲われたのだ。

 

グレイバックは人狼は人間を噛む権利があるという主張をし、勢力を拡大させた。

彼がヴォルデモートの配下になったのは単にヴォルデモート支配下の魔法界の方が好き勝手に出来ると判断したからに過ぎない。

逆にヴォルデモートもグレイバックの組織する人狼グループの利用価値を理解したからこそ、彼等を優遇している。

 

現在、英国内に居る人狼の殆どがグレイバック指揮下にあった。

その事は英国魔法界では常識であり、グレイバックの名は恐怖の対象である。

 

 

さて、今回のオリバンダー及びフォーテスキューの拉致作戦に駆り出されたグレイバックだが、正直な話、乗り気ではなかった。

 

襲撃対象は子供ではなく老人であるし、殺傷は厳禁とされていたからだ。

それでは何の快楽も得られない。

 

オリバンダーの殺傷は厳禁とされていたが、フォーテスキューに関しては殺傷しても構わないとの指示があったので、グレイバックはオリバンダー拉致グループではなくフォーテスキュー襲撃グループに加わる事にした。

 

もし彼がオリバンダー拉致グループに加わっていたら、アンソニー達の銃撃であっという間に蜂の巣にされていただろう。

 

だから、ある意味で幸運だったのだ。

 

 

グレイバックとその配下の人狼2人、人攫い4人がフォーテスキューの店に着くと、そこには先客が居た。

無論、闇祓い達である。

 

「グレイバックだな?貴様らは包囲されている。大人しく杖を捨てろ」

 

店先で闇祓いの一人が言う。

 

グレイバック達を取り囲むようにして10人程の闇祓い達が杖を抜きながら近寄ってきた。

待ち伏せしていたとしか考えられないが、予期せぬ敵の出現に人攫い達は混乱する。

 

「どういうことだ?俺達の行動が筒抜けになっていたのか」

 

グレイバックは驚きを隠せなかった。

 

周りを見渡せば、買い物客や通行人が悲鳴を上げて逃げ惑っている。

無理もない。

アイスクリーム屋の店先で闇祓いと人攫いが一戦交えようとしているのだから。

 

闇祓い達は店先のパラソルやテーブルを強引に蹴飛ばしながら人攫い達を拘束しようとしてくる。

事前の打ち合わせで人攫いは見つけ次第、即刻殺害としていたにも関わらず、彼等は拘束という手段を選んだ。

数の上で有利である事に加えて、殺人に対する躊躇が少なからずあったからだ。

 

その迷いと不安をグレイバックは察した。

 

「どいつもこいつもぬるま湯に浸かったような顔しやがって……」

 

彼はニヤリと笑うと杖を地面に向ける。

グレイバックの意図を汲んだ他の人攫い達も杖を出した。

 

「杖を捨てろ!」

 

闇祓い達が叫ぶ。

だが、グレイバックも人攫いも杖を捨てない。

そして……。

 

「「コンフリンゴ・爆破せよ」」

 

一斉に周囲を爆破した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血の匂いが漂うオリバンダーの店から出たアンソニー達は近くで何かが爆発した音を耳にした。

 

オリバンダーの店とフォーテスキューのパーラーは直線距離にして100メートルも離れていない。

 

「何だこの爆発音は?」

 

スローパーがM733を構え直す。

爆発音はフォーテスキューの店の方からした。

悪い予感がする。

 

見れば爆発音のした方から一般市民が我先にと逃げてくるではないか。

遠くには黒い煙も見え、悲鳴も聞こえる。

 

 

「まさか……闇祓いの連中、反撃に遭ったんじゃ?」

 

「そのまさかかもしれん。兎に角、急ごう」

 

アンソニーを先頭にしてセンチュリオンの隊員達は走り出した。

 

逃げてくる人達を押し除け、やっとのことでフォーテスキューの店まで辿り着いた隊員達は絶句する。

 

路地の地面は抉れ、街路樹は薙ぎ倒され、店先のテーブルやパラソルは跡形もなく吹き飛ばされていた。

そして、闇祓い達が血塗れのまま地面に倒れ込んでいる。

 

呻き声が聞こえることからまだ生きてはいるようだ。

 

「何だ?まだ仲間が居たのか?」

 

爆心地と思われる比較的被害の少ない地面に立つ男がアンソニー達を見て言う。

身なりは見窄らしく、猫背気味。

だが、鋭い牙や獣を感じさせる目から、隊員達はこの男が狼男のグレイバックである事を悟った。

 

他の人攫い達もセンチュリオンの隊員に杖を向ける。

 

「散開!付近の物を掩蔽として敵の攻撃を回避しろ!」

 

アンソニーは隊員達に指示をした。

隊員達は咄嗟に吹き飛ばされていたテーブルや街路樹の裏に身を隠す。

 

グレイバックをはじめとした人攫い達はありったけの呪文を放ってきたが、間一髪のところでそれらを避けることに成功した。

閃光が遮蔽物に当たり、火花を散らす。

 

「スローパー!隊長に報告しろ!グレイバックの反撃を受けた。被害甚大。闇祓いは壊滅!」

 

「り、了解」

 

スローパーは携帯型無線機で本部に通信を試みるが、手が震えて送信機を落としてしまう。

 

「あそこだ!テーブルの裏に隠れてやがる。まとめて吹き飛ばしてしまえ!」

 

グレイバックがスローパーの隠れている場所に爆破呪文を撃ち込んだ。

 

凄まじい爆発と共に付近一体が吹き飛ぶ。

街灯がへし折れ、粉塵と共にスローパーが宙を舞った。

そして、ドサリと路地の中央に落ちる。

 

「スローパー!くそっ!ロジャー、アンドリュー援護射撃をしろ。俺がスローパーの救助に行く」

 

「了解!アンドリュー、3カウントで射撃開始」

 

アンソニーは身を潜めていた街路樹の影から踊り出した。

それと同時にアンドリューとロジャーも伏せ撃ちの姿勢で射撃を開始する。

 

タタタンタタタンというリズミカルな音と共に5.56ミリ弾が発射され、人攫い達に襲いかかる。

 

「ぐあっ!」

 

グレイバックは咄嗟に盾の呪文を展開させたが、対応が遅れた1人が血飛沫をあげて地面に倒れ込んだ。

 

「何だこの攻撃!?まさか、こいつら……神秘部で死喰い人を壊滅させたという連中なのか?」

 

「どうします!?」

 

「敵の攻撃手段が分からん。とりあえず盾の呪文を展開しつつ、反撃のチャンスをうかがえ!」

 

その言葉を聞いて人攫い達も盾の呪文を展開させた。

荒くれ者ではあるが、グレイバックの戦闘能力は死喰い人に匹敵する。

 

アンドリューとロジャーが交代で援護射撃をしている中、アンソニーは爆発に巻き込まれたスローパーのところに駆け寄った。

グレイバックの放った爆破呪文は幸いにもスローパーを直撃はしていなかったが、状況は思ったよりも悪い。

 

爆破で吹き飛んだテーブルや地面の破片がスローパーの身体を切り裂いている。

 

「大丈夫か!?」

 

「う……うう」

 

スローパーは苦痛で目を閉じていた。

顔色も悪い。

 

アンソニーは彼をまだ吹き飛ばされていなかった隣接する店舗の影に引き摺り込む。

 

「今止血してやる。少し我慢しろ……」

 

アンソニーはそこでスローパーの太腿の内側に巨大なガラス片が突き刺さり、大量に出血しているのを目にした。

恐らく、大動脈を傷つけているのだろう。

この調子で出血していけば命が危ない。

 

かと言ってアンソニーに現場での応急措置が出来るほど医療の知識は無かった。

一応、止血帯は持参しているがそれを取り出す時間も惜しい。

 

「仕方ない。ペトリフィカストタルス・石になれ」

 

彼はスローパーに全身金縛りの呪文をかける。

たちまちスローパーの身体は石のように硬直した。

この魔法なら一時的に出血を止められる筈だ。

 

アンソニーはその後、スローパーの持っていた携帯型無線機の送信機を掴む。

 

「こちら実働部隊アンソニー。HQ送れ」

 

『こちらHQ。爆発があったようだが、何があった?』

 

「エマージェンシーだ。闇祓い達が反撃に遭い、被害甚大。敵は人攫いとグレイバックで、数は6。現在交戦中。尚、スローパーが負傷した」

 

『何っ!?』

 

「意識朦朧。自力歩行不能。出血あり。恐らく大動脈を傷付けている。全身金縛りの呪文で止血したが、時間の問題だ。緊急後送の要あり。増援求む!」

 

『了解した。こちらから衛生班と増援を派出する。それまで持ち堪えろ』

 

通信が終わる。

アンソニーは無線機を掴み、銃を掲げると再び表通りに走り出した。

 

アンドリューとロジャーの二人は果敢に攻撃しているが、救援が来るまで持ち堪える事は困難だ。

表通りに踊り出したアンソニーはすかさず人攫い達に銃口を向ける。

 

が、人攫いの一人が魔法で射出した街路樹が先にアンソニーを襲った。

 

「何っ!?」

 

躱せるタイミングでは無い。

街路樹はアンソニーの右肩に高速でぶつかる。

 

骨の折れる音と共に激痛が彼を襲った。

 

「アンソニー!」

 

「くそっあそこだ!」

 

アンソニーが倒れるのを目撃したアンドリューとロジャーが人攫いに掃射する。

人攫い達は盾の呪文で銃撃を阻止しつつ、手近にある折れた街路樹や街灯、地面の残骸を魔法で飛ばしてきた。

二人は建物の陰に身を隠して攻撃をやり過ごす。

 

「手榴弾だ。手榴弾を投擲しろ!」

 

痛みを堪えつつ、アンソニーが指示をとばす。

アンドリューとロジャーは素早く手榴弾のピンを抜き、投げ付けた。

 

大量の破片を撒き散らしながら破裂する手榴弾。

人攫い達は一瞬怯み、攻撃の手を止めてしまう。

 

その隙を逃すまいとアンドリュー達はありったけの弾丸を撃ち込んだ。

それに加えてまだ動ける闇祓いが倒れながらも魔法で応戦し始める。

これにはグレイバックも形勢不利と感じたようで防戦一方となった。

 

「ここは一旦引いて態勢を立て直すぞ!付いてこい!」

 

グレイバックは仲間を引き連れてノクターン横丁とは逆の方向に走り出す。

人攫い達もその後に続いて走り出した。

 

「敵、後退を開始し始めた!後を追うか?」

 

銃を構えたままのロジャーが言う。

 

「無理だ。負傷者が多過ぎる。今戦闘可能なのはロジャーとアンドリューの2名だけだ」

 

「しかし……このままでは敵を逃してしまう」

 

「敵の追撃は遊撃班に任せろ。今は負傷者の搬送が先だ」

 

アンソニーは痛む右腕を押さえながら座り込んだ。

アドレナリンが出ているのか、思ったよりも痛みは少ない。

 

しかし、何故、敵は姿眩ましで逃げなかったのだろう。

それに、逃げた方面はノクターン横丁では無い。

 

「何故……アジトのあるノクターン横丁に逃げなかったんだ。いや、それよりも、連中はどこへ向かったんだ?」

 

アンソニーはグレイバック達が逃げた方向を見る。

彼の記憶が正しければ、その方向はロンドンの市街地、すなわちマグルの世界がある筈だった。

 

 

 




新学期が始まってないのに物騒な魔法界。
コミケに行って来ました。
近所のスーパーの方が密だなと思う程ガラガラでした…


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case93 Battle of Diagon Alley 2 〜ダイアゴン横丁の戦い 2 〜

感想、誤字報告等ありがとうございます!



漏れ鍋の戦闘指揮所は戦時治療所としても利用される。

今、この戦時治療所には深傷を負った闇祓いとセンチュリオンの隊員が続々と運び込まれていた。

店内を血の匂いが覆う。

搬送は後方支援にあたっていたセンチュリオンの新隊員が行った。

彼等は重症患者を見て顔を青くしている。

 

ズル休みスナックボックスの鼻血ぬるぬるヌガーで出る血液とは訳が違うのだ。

 

「机の上を開けてください。あと、ハナハッカ液を大量に用意!」

 

そんな中、手にゴム手袋をしたフローラが救急医療キッドと照明を担いでやってくる。

彼女は至って冷静だ。

 

「負傷者は?」

 

「闇祓いの連中は全員重症だ。我が隊は俺とスローパーが負傷している」

 

自力で漏れ鍋まで帰ってきたアンソニーが右腕を押さえながら言った。

彼自身、右腕の感覚が無くなるほどの重症を負っている。

戦闘によってアドレナリンが分泌した為に痛みは思っていた程無い。

それに、魔法界において骨折は簡単に治せる部類の怪我であった。

 

それよりも、その後に運ばれてきたスローパーの方が深刻だ。

 

本来であればトリアージを行い、現場復帰可能な軽症者から順に手当をしていくのが定石である。

だが、フローラにはそれが出来なかった。

運ばれてきたスローパーは放っておけば30分も保たないだろう。

仲間の死を救えるのはこの場では彼女のみだ。

 

「痛み止めの魔法薬の備蓄があります。骨折程度の痛みなら緩和出来るはずです。私は今からスローパーの治療に移ります」

 

「ああ……頼む」

 

アンソニーはロジャーに支えられて指揮所の奥に向かった。

指揮所の奥では負傷した闇祓いが手当を受けている。

手当をしているライムグリーン色のローブを着た魔女や魔法使いは聖マンゴから派遣されてきた癒師、すなわちヒーラーだ。

 

ザビニとフナサカがスローパーを机の上に乗せる。

フローラの指示でかけられていた全身金縛りの魔法が解かれる。

その瞬間、スローパーの身体から血が噴き出した。

 

「大動脈が傷ついて、そこから出血している……。このままでは失血死だ」

 

「分かっています。フナサカとザビニは止血帯で止血して下さい。出来ますよね」

 

「当たり前だ」

 

二人は慣れた手付きでスローパーの太腿に止血帯を巻いた。

彼等も一通りの訓練は受けている。

これで全身金縛りの呪文が無くても一時的に止血が可能だ。

 

その間にフローラはスローパーの首にかけられていた認識表(ドックタグ)を確認する。

認識表には彼の血液型が記されていた。

 

「O型ですね。それなら備蓄があります」

 

「どうするつもりだ?魔法薬を煎じるのか?」

 

戦闘に参加していなかった後方支援の闇祓いが不安そうに彼女の手元を覗き込む。

 

「裂傷は魔法で完治出来ますが、すでに相当量の出血が確認されています。輸血した後に大動脈を塞がなくては失血死は免れません。それに感染症の危険もあります」

 

「輸血?失血死?ハナハッカでは駄目なのか?」

 

「血液の不足が致命的なんです。ハナハッカは効果ありません。それから、感染症対策の為、傷者に近寄るならマスクと手袋をして下さい」

 

闇祓い達にはフローラの言葉が理解出来ていなかった。

医療を魔法に頼りきっている魔法使い達は医学に関する知識が中世で止まっている。

感染症も微生物の存在も勿論知らない。

 

だが、今全て説明するのは時間の無駄だ。

そう判断した彼女は裁断用の鋏でスローパーの戦闘服を切り裂き、患部に消毒液をぶちまけた。

 

「だが、フローラ。俺達は輸血パックを持っていない。どうやって輸血するんだ?」

 

マグル出身で、ある程度西洋医学の知識があるフナサカがライトでスローパーの患部を照らしつつ質問する。

 

「確かに必要の部屋では輸血パックは出てきません。ですが、ハニーデュークスでは吸血鬼用のドリンクが売られているんです。これを使います」

 

「吸血鬼用のドリンク……使えるのか?」

 

「成分は確かめています。問題ありません」

 

ホグズミード村のハニーデュークスには吸血鬼用のジュースが置いてある。

ジュースとは名ばかりで、中身は血液のようなものだ。

しかも、この血液ジュースは血液型ごとに種類が分かれていた。

聞いたところによれば血液型で味が違うらしい。

 

ハニーデュークスでこれを見つけたフローラは即座に大量購入を決断した。

その様子を見た他のホグワーツの生徒はいよいよ彼女の事を本気で恐れ始めたのだが……。

 

吸血鬼用の血液ジュースの缶を片っ端から開けたフローラは中身を魔法で取り出す。

注射器は使わず、魔法でスローパーの体内に血液を流すのだ。

 

マグルの医療知識と魔法を融合させることで迅速な治療を可能にしている。

 

缶からチューブのように流れ始めた血液ジュースはスローパーの大動脈に魔法で綺麗に流し込まれていった。

 

「これで助かるのか?我々には何をしているのかさっぱり分からないが」

 

様子を見にきた癒者が不安げに言う。

 

「見たところ大動脈が切れている他に致命傷は見当たりません。輸血後に魔法で縫合してしまえば命は助かります」

 

フローラは医療免許も持たなければ、医療経験も少ない。

それでも、ここまで迅速な対処が出来たのは魔法が使えたからだ。

 

魔法が無ければスローパーは間違い無く死んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フローラがスローパーの治療をしている頃、エスペランサとセオドールは今後の作戦の展開に頭を悩ませていた。

 

「敵5名はフォーテスキューの店からロンドン市街地方面に後退か……」

 

「遊撃班とネビル、スーザンが追跡中だ。だが……どうも引っかかる」

 

セオドールがダイアゴン横丁の地図を眺めつつ言う。

地図の上には敵味方を示すマグネットが複数置かれていた。

 

「敵が姿眩ましを使わなかった件か?」

 

「そうだ。しかも、ノクターン横丁に逃げるのでは無く、ロンドン市街地の方へ逃げた。普通なら奴らの巣窟であるノクターン横丁から地下へ逃亡するか、姿眩ましで追跡を振り切る筈だ。だが、奴らはそれをしなかった」

 

「敵は死喰い人よりも人攫いが多い。連中は死喰い人ほど有能ではないからな。姿眩ましが使えなかったんじゃないのか?」

 

姿眩ましと姿現しは免許制の高度な魔法だ。

使えない者も多いという。

ホグワーツでは6年生から免許の取得が出来る。

センチュリオンの隊員の中ではコーマックやチョウが免許を取っていた。

セオドールは独学で出来るようになっている。

 

「隊長。人攫いは拉致に特化した集団だ。連中にとって姿現しと眩ましは必須の魔法。全員、習得していると考えるべきだぞ」

 

「では尚更、敵が徒歩で逃走した理由が不明だ。これではまるで追跡してくれと言っているようなものだ」

 

エスペランサも敵の逃走ルートを見る。

 

ダイアゴン横丁とマグル界を繋ぐ道は漏れ鍋の他にもいくつか存在する。

漏れ鍋の裏もその一つだ。

人攫い達が逃げた先にもマグル界への抜け道が存在していた。

 

「マグル界に逃げる気なのか?どちらにせよ逃してはおけん」

 

そう言いつつエスペランサは思考を巡らせた。

もし自分が人攫いだったら……。

少なくともオリバンダー誘拐という任務に失敗し、仲間の半数を殺されたとすれば撤退する。

これ以上戦っても戦果が得られないのだから。

 

そして、撤退するのなら最も追跡され難い方法、すなわち姿眩ましを使うだろう。

もし、何らかのトラブルで姿眩ましが使えなかった場合、直接ノクターン横丁の地下に逃げる。

 

だが、敵はそれをしなかった。

 

「オリバンダーの拉致はヴォルデモートの命令……なんだよな」

 

「ああ。そう聞いている」

 

「そうか。そういうことか」

 

「そういうことって?隊長は何か分かったのか」

 

「恐らく……。敵は今回の任務に失敗した。オリバンダーの拉致も、フォーテスキューの殺害も失敗したんだ。つまり、ヴォルデモートに与えられた任務を遂行出来なかった訳だな」

 

「そんなことは分かっている」

 

「ヴォルデモート陣営の人間にとってヴォルデモートの命令は絶対だ。しくじればヴォルデモートの怒りを買い、それ相応の罰を与えられる。今回、任務に失敗したグレイバック達も例外では無い。連中はそれを恐れている」

 

「まあ、そうだろうな。ミスをした死喰い人は例外無くヴォルデモートに罰を受けていたらしい」

 

「だから連中はそのミスを補う成果が必要だった。その成果というのは……」

 

「成程、我々の首か」

 

センチュリオンはヴォルデモート陣営にとって目の上のタンコブだ。

魔法省の戦いで闇陣営はセンチュリオンの火力の前に痛手を被った。

そんなセンチュリオンの隊員の首を献上すればヴォルデモートは罰を緩くするかもしれない。

 

いや、ヴォルデモートの罰のある無しに関わらず、グレイバックは戦闘による成果を求める性質だ。

センチュリオンを罠に嵌めて殺しにかかる機会があるなら必ず使うだろう。

 

「敵はまだこの戦闘での勝利を諦めてはいない。オリバンダーの拉致には失敗したが、それの代わりとなる戦果を求めた訳だ。戦略としては愚かだが、今の我々にとっては最悪の状況でもある」

 

セオドールが苦々しく言った。

現在戦闘可能なセンチュリオンの隊員は6名しかいない。

闇祓いはほとんどが戦闘不能であり、支援は期待出来ない。

一転して不利な状況だ。

 

「敵は体勢を立て直して我々と全面的に戦闘を行う気か………」

 

そう呟いたエスペランサは傍に立て掛けてあった自分の小銃を担ぎ上げ、鉄帽を装着し始めた。

 

「おい、隊長!何をする気だ?」

 

「敵を追跡しているのはネビル達4人のみだ。俺が増援に行く」

 

「止めろ。指揮官が指揮所を離れたら作戦が遂行出来ない」

 

セオドールはエスペランサの腕を掴んで引き留めようとする。

アンソニー達実働班は半分が戦闘不能。

動けるロジャー以下2名も負傷者の搬送に追われている。

 

ネビル達の支援に行ける人材はもう残っていない。

 

「このままではジリ貧だ。敵はロンドン市内で最終決戦を行うつもりだろう。俺は米軍時代、市街地戦闘を専門としてきた。増援に行くなら俺しかいない」

 

「隊長一人増えたところで形成は不利なままだ。それに、隊長を失うというリスクを犯すわけにもいかない」

 

「一人ではそうかもしれない。だが、二人なら戦局を変えられるかも知れんぞ?」

 

口論していたエスペランサとセオドールの前にいつの間にかスクリムジョールが来ていた。

 

「何の用ですか?」

 

「君達の話は聞かせてもらった。人手が足りないのだろう?」

 

「そうです。ですが、増援は望めません。闇祓いもほとんどが戦闘不能ですし」

 

セオドールが皮肉を込めて言う。

 

「そのようだ。私の部下はほとんどが戦闘不能だ。ぬるま湯に浸かりすぎたようだ。あそこまで簡単に戦闘不能になるとは思わなかったよ。だが、私は動ける」

 

「は?」

 

「私が手を貸すと言っているのだ」

 

「しかし、あなたは現役を退いて久しい……」

 

エスペランサはスクリムジョールの足を見た。

過去の戦闘で脚が不自由になっているのは目に見えて明らかである。

 

「確かに私は現役の闇祓いでは無い。しかし、若い連中に実力で劣るとは思ってない。それに、闇の魔法使い達を倒すことの出来るまたとない機会を逃す程、私は優しく無い」

 

「確かにあなたの援護があれば多少、勝率は上がるかもしれない。だが、我々の戦闘形態にあなたが合わせられるかどうか……」

 

「出来る限り、君の戦い方に私が合わせる。君達は色々と思うところもあるだろうが、私の悲願は闇の魔法使いの殲滅だ。その点に関して利害は一致している」

 

そう言ってスクリムジョールはエスペランサに手を差し出した。

エスペランサは一瞬迷ったが、その手を取る。

 

「と言うわけだ副隊長。指揮所は任せる」

 

「全く……。第一線に出たがる指揮官を持つと下が苦労する。まあ、こちらとしては全力でバックアップの体勢を整えるから心配はするな。人手は足りんが、俺の頭があれば大丈夫さ」

 

セオドールは諦めたように言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(間違いない。これは敵の罠だ)

 

グレイバック達を追跡中のネビルも敵の魂胆には気付いていた。

本気で逃走するなら姿眩ましを使うだろう。

しかし、敵はそうしなかった。

 

誘っているとしか思えない。

 

だか、ネビルは追跡を止めるつもりはなかった。

敵の向かった先はロンドンの市街地。

マグルの世界だ。

 

そこで、グレイバック達が暴れ始めたら止められるのはセンチュリオンしかいない。

 

ネビルとは違う考えで人攫い達を追跡していたのは同じく狙撃班に配置されていたスーザンだ。

彼女の叔母であるアメリア・ボーンズは数日前に死喰い人に殺害されていた。

 

アメリア・ボーンズは有能故に死喰い人にとって目障りな存在だったのだろう。

スーザンは叔母の仇とばかりに死喰い人や人攫い達に殺意を抱いていた。

 

その姿にネビルは危うい物を感じている。

 

『ネビル!こちらHQだ。聞こえるか?』

 

突然、無線機からセオドールの声が届いた。

 

「感度良好。送れ」

 

『よし。もう気付いているかもしれないが、これは敵の罠だ。だが、追跡は続行しろ。敵が市街地でマグルに対して無差別攻撃する可能性もある。何としてでも敵を殲滅するんだ』

 

「了解。でも、こっちは遊撃班含めて4人しかいない。増援は?」

 

『今、隊長とスクリムジョールが漏れ鍋の裏からロンドン市内に前進した。彼らはセントポール大聖堂方面から敵を追い詰める。コーマックとチョウはウェストミンスター付近を北上中。君達はタワーブリッジの方から西に進み敵を挟み込め』

 

スーザンが持っていたロンドンの地図を地面に広げる。

敵を3方向から追い詰めて殲滅する作戦なのだろう。

 

「マグルの街のど真ん中だ。こんなところで戦闘をするのか」

 

『そうだ。だが、被害を最小限に抑えるために決戦場所は人口密集地を避け、ミレニアム・ブリッジに設定する』

 

「ミレニアム・ブリッジ……」

 

ミレニアム・ブリッジは現在建設中の歩行者用の鋼鉄で出来た橋だ。

建設中故に通行人は居ない。

 

確かに決戦の地にはふさわしいだろう。

 

「何でも良いよ。ヴォルデモート勢力の人間をぶっ殺せるなら……」

 

スーザンが呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミレニアム・ブリッジは現在建設中のテムズ川にかかる近代的な橋だ。

 

英国のミレニアムプロジェクトの一つとして建設が開始された。

とは言え施工がされたのはつい最近であり、ほとんど未完成の状態である。

 

橋の中央はまだ繋がっていないし、付近には建設用の資材や重機が置かれていた。

 

コーマックとチョウはセオドールの指示通り、この橋にグレイバックを追い込むための攻撃をしている。

 

「撃て撃て!弾幕を切らすな!」

 

コーマックはロンドン市街地に向けて走り去るグレイバック達に箒の上から銃撃を加えた。

空薬莢が花吹雪のようにロンドンの空に舞う。

 

無論、それらは全て防がれてしまう。

 

ダイアゴン横丁からロンドンの市街地に出たグレイバック達は箒で追ってくるコーマックとチョウをチラチラと見ながら逃走していた。

 

ちなみにコーマックもチョウも目眩しの魔法は使っていない。

彼等はロンドン市街地に出た瞬間にマグル除けの魔法を広範囲にかけた。

そのおかげで半径2キロ以内に居たマグル達を簡単に避難させる事に成功している。

 

「小賢しい蝿だ!」

 

グレイバックは仲間の人攫いに防御を任せ、自身は路駐してあった自動車を片っ端から爆破したり吹き飛ばしたりした。

 

ガソリンに引火して炎上、爆発していく自動車。

マグル除けの魔法の効果でマグルの通行人が存在しないのが幸いだった。

 

吹き飛ばされた車がテナントに衝突し、黒煙を上げる。

突如生起した近代兵器と魔法の戦闘に市街地は破壊されていった。

 

「くそっ!HQ聞こえるか?敵は車を片っ端から爆破させて煙幕のようにしている。故に狙いがうまく定められない!」

 

苛立ったコーマックは箒に跨りながらセオドールを呼び出す。

グレイバックによって数十台の自動車が爆破されたせいで視界が悪い。

道路はあっという間に黒煙に覆われていた。

 

『落ち着けコーマック。マグル除けの魔法は効いているか?』

 

「効いてる!だが、そんなことはどうでも良い!視界が悪くて銃撃が全然当たらねえんだ」

 

『今、敵はどの辺りに居る?』

 

「エンバンクメント駅付近をテムズ川沿いに東へ逃走中」

 

『良し。それなら問題無い。そのまま敵を追撃しろ。銃弾が当たらなくても良い。そのまま攻撃し続ければ敵はキルポイントに追い詰められる』

 

敵はテムズ川沿いに逃走している。

あと500メートルも走ればミレニアムブリッジの建設現場だ。

 

そして、そのミレニアムブリッジ建設現場の先からはネビルとスーザンが待ち伏せている。

 

「なるほど……。あの橋のところで挟み撃ちにするつもりなのか」

 

『そうだ。ミレニアム・ブリッジをキルポイントにする。3方向から挟撃し、確実に仕留めろ』

 

「了解!」

 

そう言ってコーマックは再び引き金を引いた。

 




最近寒いので布団から出れません


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case94 Bridge on the battlefield 〜戦場にかける橋〜

感想誤字報告ありがとうございます!
劇中で登場するミレニアムブリッジは謎のプリンス開始時点では建造されていません。
映画ではガッツリ出てきましたが。
まあ、そこはフィクションということで…


ネビルとスーザンはミレニアムブリッジ建設現場に到着した。

 

二人は積み上げられた資材の裏に隠れ、狙撃の態勢を取る。

 

「あれだ……。見ろ。コーマック達が敵をこっちに誘導している」

 

テムズ川沿いの道路の向こう側から派手な爆発音が聞こえ、黒煙が確認出来る。

そして、その上空を遊撃班の二人が飛んでいた。

 

爆発音はだんだんと近くなる。

 

興奮気味のスーザンはまだ敵が見えていないにも関わらず、飛び出して攻撃を仕掛けようとした。

ネビルがそれを慌てて止める。

 

「離して!もう待てない。こっちから仕掛けに行く」

 

「馬鹿言うな。そんなことをしたら、ここで待ち伏せをして敵を殲滅する作戦がパーだ」

 

スーザンは怒りに我を忘れていた。

その姿が、かつてベラトリックスに対して敵意を剥き出しにする余り冷静さを失ってしまった自身の姿と重なる。

 

「冷静になるんだ。スーザン。君の気持ちは分かるが、君一人が飛び出して戦いに行ったところで、返り討ちに遭って終わりだ」

 

「そんなの……やってみないと」

 

「良いかい?敵は5人で、しかも魔法使いなんだ。複数人の魔法使いを敵にした場合、いくら近代兵器を持っているからといって単独で戦えば勝ち目はない。確実に敵を仕留めるのなら、狙撃や奇襲をするしかないんだ」

 

ネビルはM24の脚を立てて伏せ撃ちの姿勢を取った。

スコープ越しに黒煙に包まれつつある道路の向こうを覗く。

 

黒煙の中からグレイバックと人攫い達が姿を表した。

 

「来た!グレイバックとその徒党に間違い無し!」

 

ネビルは引き金を引くタイミングを計る。

敵は5人。

1回の狙撃で全員を倒せはしないだろう。

 

だが、敵の指揮系統を乱す事は出来る。

頭であるグレイバックを初撃で倒してしまえば良いのだ。

 

M24のスコープを覗き、グレイバックの頭に狙いを定める。

 

先の魔法省の戦闘でネビルは少なからず戦闘慣れしていた。

故に冷静な思考を保てている。

 

だが、横でM733を構えていたスーザンはその限りでは無かった。

彼女も最後の戦闘には参加していたのだが、その時はひたすらにヴォルデモート目掛けて掃射していただけだ。

 

本気で敵を殺傷するのはこれがはじめて。

 

焦りと恐れ、そして、それを上回る怒りの感情で冷静さは消し飛んでいた。

 

「うああああああ!」

 

遮蔽物から身を躍り出し、スーザンは銃を敵に向けて乱射し始めてしまう。

 

タタタタタタタタン

軽快な音とともに5.56ミリ弾が発射され、人攫いの一人が宙に舞う。

驚くべき反射速度でグレイバックは盾の呪文を展開させた。

 

「馬鹿!これじゃ狙い撃ちされるぞ!」

 

ネビルは我を忘れて乱射するスーザンを物陰に戻そうとしたが、その前にグレイバック達が反撃してくる。

 

「くそっ!」

 

咄嗟に飛来した敵の魔法を避けて地面に伏せる。

 

「スーザン!伏せろ!」

 

ネビルの声を聞き、スーザンも急いで近くのテナント裏に隠れた。

間一髪で敵の攻撃が逸れる。

 

見れば、生き残っていた3人の人攫いが防御に徹し、グレイバックがひたすらに攻撃を仕掛けてきていた。

 

人攫い達は基本的にチームで動く。

つまるところ、死喰い人より連携した戦闘が出来るのだ。

彼等の戦い方はどちらかと言えばセンチュリオンのそれに近い。

 

3人がネビル達狙撃班とコーマック達遊撃班の攻撃を防ぎ、グレイバックが大規模な攻撃を仕掛ける。

この連携プレイはかなりの練度であった。

 

「洒落くせえ!これでも喰らいやがれってんだ!」

 

グレイバックは渾身の魔力を込めて浮遊呪文を建設途中のミレニアムブリッジにかける。

すると、ミレニアムブリッジは橋桁の根本からメキメキと宙に浮かびあがった。

 

建設途中とは言え、宙に浮いたミレニアムブリッジは重さにすると数十トンはある。

それを軽々と魔法で浮かび上がらせたグレイバックは、ニヤリと笑った。

 

ネビルもスーザンも銃撃はしているが、杖を構えていない。

グレイバックは銃について事前知識は無かったが、どうやら攻撃のみに特化した武器であるという事は理解出来た。

簡単に言えば、アバダケダブラしか使えない杖のようなものだ。

 

それならば恐れる必要は無い。

 

杖を構えていない彼等にグレイバックの大規模な攻撃を防ぐ手立ては存在しないのだ。

 

グレイバックは杖を一振りして、宙に浮かび上がらせたミレニアムブリッジをネビル達のいる場所に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幸いにもネビルは生きていた。

 

グレイバックによってミレニアムブリッジが叩きつけられる直前、彼はテムズ川に飛び込んだのだ。

 

叩きつけたミレニアムブリッジによって路駐してあった自動車は片っ端から爆発し、街灯は飴細工のように折れた。

 

道に面したテナントの窓ガラスは粉砕され、直撃を受けたアスファルトはボロボロになっている。

 

フナサカがこの光景を見たら「まるでゴジラが現れたみたいだな」と言うに違いない。

 

テムズ川に飛び込んだが、すぐに対岸に泳ぎ着いたネビルはなんとか陸に上がった。

戦闘服が水を吸い込んでいるため非常に重い。

 

それに、川に落ちた時にM24を落としてしまったらしく、彼は今丸腰だ。

 

肺に入っていた水を無理矢理吐き出した彼は周囲を見渡す。

 

「げほっ。スーザン……。戦闘はどうなっているんだ?」

 

見ればスーザンも川に避難していたようで、ネビル同様にずぶ濡れの状態で岸に上がってきていた。

彼女は咄嗟に銃のスリングを首からかけたため、銃自体を川に落としはしなかったみたいだ。

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん。大丈夫。ごめん。私のせいでこんな事に……」

 

「気にするな……とは言えないな。だけど、今は体勢を立て直す方が先だ」

 

ネビルは腰のホルスターから拳銃を取り出す。

水に浸かってはいたが、ベレッタはそんなことで作動不良を起こすほどヤワな銃ではない。

 

「あそこだ!居たぞ!まだ生きている」

 

対岸から人攫いの一人がネビル達を指差して叫んでいる。

すかさずグレイバックは攻撃を仕掛けてきた。

 

だが、ネビルは至って冷静だった。

 

「これだけ時間を稼げば充分だったな」

 

見ればライン川沿いの道路を1台の車が爆走してきていた。

シルバーの車体をしたその車はマグル界でセフィーロと呼ばれているものだが、運転しているのは紛れもなくエスペランサだ。

 

車の窓からスクリムジョールが身体を乗り出し、杖を構えている。

ライオンのような髪を風に靡かせながら、彼は人攫い達に向けて魔法攻撃を仕掛け始めた。

 

グレイバック達も爆走する自動車から次期魔法大臣が攻撃してくるとは思いもよらなかったのだろう。

対応が遅れてしまう。

 

スクリムジョールの放った呪文が人攫いに直撃し、人攫いは弧を描きながらテムズ川に落下した。

 

「敵は残り3人だ!3方向から追い詰めろ!」

 

車から降りたエスペランサがM733を乱射しつつ、ネビルやコーマック達に指示を飛ばす。

コーマックとチョウは空中で弾倉を交換し、再び銃撃を再開した。

 

ネビルとスーザンは川岸から道路に戻り、グレイバック達と距離を詰める。

 

5挺の銃によるクロスファイアに加えて、スクリムジョールの容赦ない魔法攻撃を防げる魔法使いはそうそういない。

生き残っていた人攫いの一人が倒れ、一人がスクリムジョールの魔法によって捕縛された。

 

「クソ!ここは退却するしかねえか……」

 

退き際を見誤るほどグレイバックは愚かではない。

勝算が無いことを思い知った彼は姿眩ましをして逃亡する。

 

そして、グレイバックが姿眩ましをした直後、ネビルとスーザンが捕縛された人攫いの元へ駆けつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスファルトは抉られ、周囲からはガソリンの燃える臭いがする。

 

スクリムジョールの魔法によって捕縛された人攫いは近づいてきたネビルとスーザンの姿を見るなり、恐怖で震え出した。

 

「グレイバックは逃走したか……。しかし、こいつは……」

 

魔法の縄で捕縛され、地面に震えながら横たわる人攫いを見てネビルは軽くショックを受ける。

彼はどう見ても成人前の魔法使いだ。

歳は15くらいだろうか。

 

だが、ネビルはその人攫いの顔に狼人間の特徴が見え隠れしている事にも気付く。

 

「お前、狼男だろ?」

 

「ひっ……。そ、そうだ。お、俺は非登録の人狼だ」

 

「やはりな。その歳でホグワーツに入校していないとなると、魔法省に住民登録をしていないんだろう。その理由は狼人間だから。職にもまともに付けず、グレイバックの傘下に入った訳だ」

 

「あ、ああ。た、頼む。殺さないでくれ。助けてくれ」

 

必死に涙を流しながら命乞いをする歳下の人攫いにネビルは少し同情した。

英国内での狼人間の立場は悪い。

まともな職にも就けず、グレイバックの徒党に加わる者がほとんどなのだ。

 

「今までたくさん殺して、今回も殺そうとしていたのに……。自分は命乞いをするの?」

 

スーザンが銃口を人攫いに向けつつ言う。

生い立ちに同情はすれど、彼等は敵に違いない。

 

「わ、悪かった。俺が悪かった。殺すのだけは……。俺たち人狼はこうでもしないと生きていけなかったんだ」

 

「じゃあ生きなければ良いでしょ?」

 

彼女は引き金を引こうとする。

だが………。

 

「スーザン?どうした?」

 

「………駄目だ。やっぱり撃てない。こんな姿見せられたら撃てないよ……」

 

スーザンは銃を下ろしてしまう。

彼女の手は震えていた。

 

そうこうしているうちにエスペランサ達も駆けつけてくる。

 

「どうした?グレイバックは逃げたか?」

 

エスペランサは辺りを見渡す。

 

「ああ。グレイバックは逃げた。一人、捕縛したのは良いんだけど、こいつはどうする?やはり、とどめを刺すか?」

 

「………いや。殺すのはやめた」

 

エスペランサの言葉にネビルもスーザンも驚いた。

彼はこういう場合でも問答無用で引き金を引く男だ。

 

「一応、理由を聞いてみても良いか?何も、この人攫いに同情した訳じゃないんだろ?」

 

「無論だ。だが、こいつはグレイバックと繋がっている人攫いだからな。利用価値はある。記念すべき捕虜第一号に決定だ」

 

「捕虜にするの?」

 

エスペランサは銃口を人攫いに突きつけた。

人攫いは縮み上がっていたが、それでも、自分が殺されなくなった事を理解して若干、安堵したようだ。

 

「これがマグルの世界ならハーグ陸戦協定に従って認識番号などの情報以外は黙秘出来るんだけどな。残念ながら、魔法界にそんなルールは無い。さて、今ここで俺に殺されるか、それとも人攫いのアジトの場所を残らず吐いて生き延びるか。どちらか選ばせてやる」

 

「そ、そんな!そんな事をしたらグレイバックに俺が殺される!」

 

「じゃあ今ここで死ぬか?」

 

「わ、わかった。全て吐く。それで良いんだろ!?」

 

「良し。少なくともお前が俺達に協力する限り、命の保障はしてやろう」

 

エスペランサは銃口を下ろした。

 

「で、こいつはアズカバンに送るのか?」

 

「いや、アズカバンはすでに吸魂鬼に見捨てられている。つまるところ、監獄としての機能はゼロだ。だから別の場所に移送する」

 

センチュリオンにとってグレイバック傘下の狼人間や人攫いの情報は喉から手が出るほど欲しいものだ。

折角、人攫いを捕虜に出来たのだから最大限利用するのが好ましい。

 

ふと、エスペランサの目に浮かない顔をしたスーザンが映った。

 

彼ははじめて戦場に出た時の事を思い出す。

生き残る事に必死で数多もの命を奪った。

最初に射殺した敵の顔は今でも鮮明に覚えている。

 

それでもPTSDにならずに再び戦場で戦う事が出来たのは当時のエスペランサにとって軍隊という世界が己の全てだったからだ。

 

だがセンチュリオンの隊員達は違う。

彼等は戦闘に慣れていないし温室での生活を知っている。

 

今後、このような戦闘が続いていけば必ず精神を壊す隊員が出てくるだろう。

 

 

 

ロンドンの街は血と炎の臭いがした。

人攫いの血も燃え盛る炎もやがてやってきた魔法省の職員によって跡形も無く消されてしまう。

 

しかし、センチュリオンの隊員達の鼻腔にはいつまでもその臭いがこびりついて離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コーネリウス・ファッジは元魔法大臣だ。

 

元というのはつまるところ、スクリムジョールが魔法大臣になったことを示している。

 

センチュリオンがロンドンで死闘を繰り広げてから1週間が経とうとしていた。

ファッジは魔法大臣が交代したことをマグル界の首相に伝えるため英国首相官邸の執務室に向かおうとしていた。

 

向かうと言っても交通機関を使ったりするのではない。

ダウニング街10番地にあるマグル首相の執務室には煙突飛行ネットワークが繋いである。

 

ファッジは英国マグル界首相に会う時、このネットワークを使用していた。

 

マグルの英国首相と魔法大臣は無論、交流がある。

1707年に英国魔法省が設立されてから300年近くの間、マグルの首相と魔法大臣は繋がり続けてきた。

 

例えば、エヴァンジェリン・オーピントンはヴィクトリア女王のマブダチであり、クリミア戦争に介入した。

お茶汲みから出世したレナード・スペンサームーンは第二次世界大戦期にチャーチルと良好な関係を築き、国難を乗り越えている。

 

ファッジと現英国首相の関係性は可もなく不可もなくといったところだろう。

 

しかし、ファッジは心の中でマグルの首相を下に見ている節があった。

彼が純血主義者というのもある。

何より、魔法の事を何も知らないマグルの首相は無知であると見下していたのだ。

 

それはさておき、今回ファッジが英国首相に面会する理由は魔法大臣交代を伝えるためだけでは無い。

ヴォルデモートが復活したことを伝えるためでもあった。

 

本来なら次期大臣のスクリムジョールも連れて来たいところだったのだが、彼はセンチュリオンという組織との会合に行っているのだ。

 

 

 

煙突飛行ネットワークを使い、英国首相の執務室に転移したファッジはいつものようにフレンドリーに挨拶する。

 

「おお、首相閣下。お会いできて嬉しいですな。前回会ったのは……ワールドカップの時でしたな」

 

ローブについた灰を落としながらファッジは英国首相を見る。

だが、そこに居たのは英国首相だけでは無かった。

 

もう一人、男が立っていた。

 

「ええと、首相?そちらは誰です?」

 

「ああ。この男は、そうだな。君達で言うところの闇祓いだ」

 

「闇祓い……?」

 

ファッジは混乱した。

マグルの首相は魔法界の事を何も知らない筈。

何故、闇祓いなんて知っているのか。

 

それに、今日の首相は以前会った時よりも遥かに落ち着いている。

 

赤い絨毯が敷かれ、小綺麗に整理整頓された執務室の中央にあるソファに英国首相はゆったりと座っていた。

以前は狼狽えて不安そうにしていたのだが、今日は違う。

 

彼はソファに座りながらファッジの事を完全に下に見ていた。

その余裕の源は恐らく、首相の横に立つ男のせいだろう。

 

「あー。どうです?首相はこの頃は忙しいので?」

 

「ええ。そうですね。相変わらず本土中の天候は悪いままですし、胡散臭い殺人事件もいくつか起こってます。それに先日は建設を開始したばかりのミレニアムブリッジが崩落しました」

 

「首相。それらは全て魔法使いが関わっている事案です。ボーンズとバンズの殺人事件は明らかに死喰い人によるものですし……」

 

「悪天候はアズカバンを捨てた吸魂鬼の所為で、ミレニアムブリッジは人攫いとの戦闘によって崩落したんですよね」

 

首相がファッジが言い終える前に言葉を続けた。

 

「な、なぜマグルのあなたがそれを知っているんです?」

 

首相はニヤリと笑う。

 

「あまりマグルを侮らないで頂きたい。ヴォルデモート卿が復活したのも、死喰い人が好き勝手始めたのも私は既に知っている」

 

ヴォルデモートという単語を聞いてファッジは軽い悲鳴をあげた。

その姿が滑稽だったようで英国首相は思わず笑ってしまった。

 

「たかだかテロリストの名前を恐れるとは、それでも一国の元首ですか?」

 

首相の横に立つ謎の男が言う。

 

「君が誰なのか知らないが、例のあの人は君達が思っている以上に強大で凶悪なのだ」

 

「そうは思えませんけどね。奴はただの狂ったテロリストだ」

 

男が鼻で笑う。

ファッジはこの謎の男の雰囲気が、何故だかエスペランサ・ルックウッドに似ているように思えた。

 

見たところスーツ姿の職員にしか見えないが、立ち振る舞いに隙がない。

まるで、歴戦の戦士のようだ。

 

「私の名前は、そうですね。スミスとでも呼んで下さい」

 

「なるほど。本名は明かせないわけですな」

 

「名前すら軍機でしてね」

 

英国首相はソファから立ち上がり、執務机に置かれていたマグル界の新聞を手に取る。

その新聞には英国内で最近起きた残忍な殺人事件が一面で報じられていた。

 

「今月に入ってから魔法使いに殺された同胞は10人。あなた方がマグルと呼ぶ人々が既に10人殺されている。ヴォルデモートとやらの手下が派手に暴れて、罪の無い市民が命を落としている」

 

「嘆かわしい事です。我々魔法省も手を尽くして死喰い人達を追っているのですが……」

 

「手を尽くして……ねえ。私はこの1年間、魔法省やあなたが何をして来たのかをスミスから知らされました。どうやら、あなたは保身のために脅威から目を背け、危機を知らせる賢者達を追放し、無実の者を死に追いやり、そして国を危機に陥れたそうじゃないですか」

 

英国首相の目に怒りの感情が見え隠れする。

ファッジは何も言えない。

首相の言葉に嘘は無かったからだ。

 

「……………」

 

「あなたは国というものを知らないのだ。魔法大臣の職務は魔法界をマグル界から守るというものであり、あなたは英国魔法界という国を守る使命があった筈だ。だが、あなた方魔法使いは国防についてあまりにも無頓着なのだ。故にヴォルデモートとやらに屈服する」

 

「あなた方マグルに魔法界の事は分からないでしょう!マグル界を治める事と、魔法界を治める事は違うのです!」

 

「同じだ。国家元首の役目は国民の生命と財産を守る事だ。この地位になるまでに汚い事もした私だが、この信念だけは変わらない」

 

英国首相はこの一年間で魔法界の現状を全て知った。

魔法省がハリー・ポッターとダンブルドアにした仕打ちも、ヴォルデモート復活を握り潰すプロパガンダも、腐敗した政治も……。

 

それまで首相は魔法界を恐れていたが、それらを知って考えを改めた。

英国魔法界は危険だ。

このままではマグル界が脅かされる。

そう思ったのだ。

 

 

「良いかここは私の国だ。英国は私の国なのだ。そして、その国に住む市民を守るのが私の仕事だ。あなた方魔法族は随分と好き勝手にしてくれたみたいだが、私の愛すべき国民を殺害したということは、つまり、我々への宣戦布告ということになる」

 

「ち、ちょっと待って下さい首相!魔法省はマグル界と敵対はしない。我々は何としてでも例のあの人と死喰い人を何とかします。決してあなた方マグルが心配する必要はありません。我々魔法省はあなた方の味方なんです」

 

ファッジは慌てた。

首相は明らかに魔法界を敵視し始めている。

 

「まだ分かっていないようですね。この国に紛れ込んでいる異物は死喰い人だけではない。魔法族自体が異物なんですよ。そして、我々はその異物を許しはしない」

 

英国首相ジェイコブはそう言い切った。




今までは割と原作準拠でやっていましたが、この辺りから原作との相違点が生じてきます。


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case95 Burrow Front Base 〜隠れ穴前線基地〜

投稿遅くなりました!すみません!
感想ありがとうございます!

ちょっと世界情勢的を加味して内容を変えていました


ヴォルデモートは怒り狂っていた。

 

オリバンダーの拉致に失敗するどころか、返り討ちに遭い、虎の子の死喰い人を殺害されたのだ。

しかも、敵はオリバンダーの店で待ち伏せしていた。

つまり、こちらの作戦の情報が漏れていたのだろう。

 

生きて帰ってきたグレイバックはヴォルデモートに謝罪した。

ヴォルデモートとしてはグレイバックを罰したいところだったが、結局のところ罰していない。

 

グレイバックは英国中の人狼を束ねているリーダーだ。

人狼を味方にするにはグレイバックの協力は必要不可欠。

今ここで彼を失うのは得策では無い。

 

「センチュリオンは闇祓いと手を組んだか……。アエーシェマ。俺様の望んでいた情報は手に入ったか?」

 

「勿論です。ここにあります」

 

アエーシェマが羊皮紙の束を持ってきた。

 

ここは、カロー家の大広間である。

マルフォイ家程ではないが、かなりの広さがある。

今、その大広間にはヴォルデモートとアエーシェマしかいない。

 

「良くまとめられている情報だ」

 

ヴォルデモートはセンチュリオンに関する情報を欲していた。

アエーシェマは独自ルートでセンチュリオンの隊員や構成を調べてまとめたのである。

 

「いいえ我が君。その情報は不完全です。どうもセンチュリオンは情報保全に力を入れているようでして。隊員の名簿を作成するのが関の山でした」

 

アエーシェマにしては珍しく苦い顔をした。

 

「なるほど。向こうにはブレインがいるようだな。羨ましい限りだ。俺様の部下は戦闘にしか特化していない連中ばかり」

 

「目下のところ、死喰い人の中で有能な者を集めて組織改革をしているところです。しかし、ルックウッドはよくもまあ3年そこらでここまでの組織を作り上げたものです。敵ながら天晴れですな」

 

「それに関しては俺様も認めるところだ。あの組織を潰すのは容易では無い。何しろ今はダンブルドアの指揮下にある組織だ。正面から戦おうとしてもこちらの被害が増えるばかり……。だが、俺様も奴らに好き勝手させるほどお人好しでは無い」

 

「何か秘策があるのですかな?」

 

「あるとも。奴らの活動拠点はホグワーツだ。俺様も死喰い人もホグワーツには入れないが、俺様の息のかかった者を入れる事は容易なのだ」

 

アエーシェマは成程と思った。

例えばドラコ・マルフォイがそうだ。

もっともホグワーツには死喰い人のスパイであるセブルス・スネイプもいたが、アエーシェマはスネイプの本性を知っている。

 

「私も昨年は娘を利用してルックウッドの組織を壊滅させようとしました。しかしながら失敗した。どうやら娘のフローラは私の想像以上にエスペランサ・ルックウッドという男に入れ込んでいたようでして……」

 

「そのようだな。他にもノットの倅が奴の組織に引き入れられたようだ。しかも、ノットの倅はルックウッドの右腕として活躍しているのだろう?」

 

「そうです。セオドール・ノットは予想以上に有能な男でした。センチュリオンの快進撃も奴の頭脳があってこそでしょう」

 

センチュリオンの運営はエスペランサだけで行っているのでは無い。

エスペランサを支える頭脳が存在する。

その事はアエーシェマでなくても予想出来ている。

 

セオドールの戦略によって死喰い人達は今まで煮湯を飲まされ続けてきた。

 

また、セオドールとフローラの両名は休暇に入ってから実家には帰っていない。

恐らく家を捨てたのだろう。

 

今までアエーシェマはフローラを恐怖で支配してきた。

故に彼女はアエーシェマの言いなりだったし、逆らうような事は出来なかった。

 

「配下の者に裏切られる気持ちが貴様にも良く分かっただろう」

 

ヴォルデモートは皮肉を込めてアエーシェマに言った。

ヴォルデモートもまた死喰い人達に裏切られ、その事に未だ憤りを感じている。

 

「痛感しました。私は今、抑えようの無い憤りを感じている。私を裏切ったあの小娘には罰が必要だ」

 

アエーシェマは不気味にほくそ笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリー・ポッターはダンブルドアと共に隠れ穴を訪れた。

 

ダーズリー家を連れ出してもらい、ホラス・スラグホーンという変わり者の教師を紹介され、やっと隠れ穴に辿り着いたのは真夜中のことである。

慣れ親しんだ隠れ穴であったが、今回は見慣れない光景が広がっていた。

 

まず、隠れ穴の入り口の鶏小屋の横に銃を持った戦闘服姿の男が二人立っていた。

 

「誰か?」

 

「わしじゃ。ダンブルドアじゃ。ハリーを連れてきた」

 

「念のため確認させてもらいます。認識コードを言ってください」

 

「AR1865-OKN2361。これでどうじゃ?」

 

「確認出来ました。どうぞ中へ」

 

戦闘服の男は銃を下ろす。

ハリーはその男を知っていた。

 

「エスペランサ。それに、ネビルも」

 

「おう。久しぶりだなハリー」

 

「こんなところで何をしているの?」

 

「簡単に言えばウィーズリー家の警護じゃ。それにハリーを守るためでもある。隠れ穴とて完全に安全とは言い難いからのう。わしの命令でセンチュリオンには隠れ穴の警護をしてもらっておる」

 

ダンブルドアが代わりに答えた。

見渡せば庭の周囲に有刺鉄線が張り巡らされ、監視カメラも設置されていた。

ネビルはハリーに軽く挨拶すると、庭の周りの哨戒を再開する。

 

「24時間体制で哨戒を行なっているんだ。3時間ローテで常に誰かが立直している」

 

エスペランサが言った。

庭の中には野営用の天幕が2つ張られ、その内の一つからはアンテナが伸びている。

 

「あれは何?アンテナみたいだけど?」

 

「通信基地だ。各地に散らばっている隊員と連絡が取れるようになっている。休暇中だしな。実家に帰る隊員も多い。だが、万が一の場合に備えて常に連絡が取れるようにしているんだ。その横の天幕は非番直の仮眠場所。流石にウィーズリー家の中に泊めてもらう訳にもいかんからな」

 

エスペランサに促されてダンブルドアとハリーはウィーズリー家の母屋に向かった。

 

母屋の入り口にはもう一人、戦闘服の男が立っている。

セオドール・ノットだ。

 

スリザリン生を快く思っていないハリーはセオドールの姿に怪訝な顔をする。

隠れ穴にスリザリン生が居るなんてもっての外だ。

ハリーの顔を見たセオドールはその心情を察した。

 

「センチュリオン副隊長のセオドールだ。まあ、あらためて自己紹介をする必要もないだろ」

 

「何でスリザリン生の君がここに居るんだ?確か君の父親も死喰い人だった筈だ」

 

「グリフィンドール生のスリザリンアレルギーも末期症状だな」

 

セオドールは特に気を悪くした様子も無く肩をすくめる。

 

「ハリー。セオドールは味方だ。何せセンチュリオンの副隊長だからな。彼が居なければ俺達は誰一人として魔法省から生きて帰れなかったんだ。それに、セオドールは既にノット家を捨てている」

 

「え?捨てている?それはつまり、家出したって事?」

 

セオドールは無言で頷いた。

 

「そういう事だ。セオドールはこの後、ダンブルドアと共に次期大臣のスクリムジョールと会合があるんだ」

 

「魔法大臣と会合?」

 

「ああ。どうもスクリムジョールは我々の事が気に入ったらしくてな。しきりに連絡を取ってくる。今日は俺の代わりにセオドールに行ってもらうつもりなんだ」

 

「まあ俺としても早いところ隠れ穴から遠ざかりたいとは思っていたから正直安心している。いや、別にウィーズリー家が嫌いなわけじゃない。ただ、やはりこういう温かい家庭というのはどうも居心地が悪くてな。それに、モリーさんは俺達の事を快く思っていなかったようだ」

 

セオドールはため息混じりに漏らした。

ロンの母親であるモリーが隠れ穴に武装集団を常駐させることに良い顔をしないのは容易に想像がつく。

 

「わしはモリーに挨拶してから魔法省に向かう。君は先に行っておいてくれ」

 

「了解しました」

 

セオドールはそう言って隠れ穴を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレッドとジョージの部屋で一夜を明かしたハリーは、起床ラッパの音で目が覚めた。

フレッドとジョージはダイアゴン横丁で悪戯専門店を開くため、家を出ている。

 

ベッドから起きあがったハリーはメガネをかけた後、ダンボールの山(試作品の悪戯グッズが大量に入っていた)をかき分け、窓から外の様子を見た。

隠れ穴の庭に戦闘服姿の男女が5.6人集まり、点呼をしている。

 

「ウィーズリー家には迷惑かけるが、これも日課なんでね」

 

いつの間にか部屋に入ってきていたエスペランサがハリーに話しかける。

 

「昨日はゆっくり挨拶も出来なかったからな。よく眠れたか?」

 

「うん。ええと、あの人達は全員君の部下なのか?」

 

「そうだ。今は俺を含めて7人がここに駐屯している」

 

ドタバタと足音が聞こえたかと思えばロンとハーマイオニーが部屋に上がってきた。

 

「おい、君がもう来てるなんて聞いてないぜハリー!今朝来るって聞いてたんだ」

 

「昨日の夜に来たんだ。ダンブルドアに連れられて……」

 

「ダンブルドアとどこに出掛けていたんだい?」

 

「そんな楽しいお出掛けでもなかったよ。ホラス・スラグホーンっていう教師を教職に戻すのを手伝っただけさ」

 

「スラグホーンは良い先生だった?」

 

ハーマイオニーが聞く。

 

「うーん。ちょっとセイウチに似てる。それからスリザリンの寮監だったみたいだけど、スネイプみたいなタイプじゃなかった」

 

「アンブリッジ以下ってことは無いだろ?」

 

「あら、アンブリッジ以下の人を知ってるわ」

 

これまたいつの間にか現れたジニーが苛立ちながら言った。

 

「朝からどうしたんだ?」

 

「またあの女よ?頭にきちゃう。まるで私を3歳児のように扱うんだから」

 

「分かるわ!あの女は自意識過剰よ?」

 

ジニーとハーマイオニーが何やらヒートアップしてきたのでハリーは一体誰の悪口を言っているのだろうと疑問に思う。

 

「あの女って誰の事?ロンのママの事じゃないよね?」

 

「あーそれはな……」

 

エスペランサが何かを言いかけた時、扉が勢い良く開き、朝食が大量に載ったお盆を抱えたフラー・デラクールが現れた。

 

ハリーはキツネに摘まれたような顔をしている。

ロンもフラーに見惚れている。

無理も無い。

彼女はヴィーラの血をひいているのだ。

男は魅了されてしまう。

 

ヴィーラの影響をあまり受けないエスペランサは無反応だったが、一方で女性陣は非常に不快な顔をしていた。

また、フラーの後から不機嫌そうな顔をしたモリーと私服姿のフローラが現れる。

 

フローラもセオドールと同じく家を捨てていたので漏れ鍋に居座るしか無かったのだ。

 

「お盆は私が持って上がるからあなたが持って上がる必要は無かったのよ!」

 

「あら、私はこの人に会いたかっただけです」

 

フラーはハリーの前に朝食の載せられたお盆を置くと、彼の頬に熱いキスをした。

 

「私の妹のガブリエルを覚えていますか?あの子もハリーに会いたがっています」

 

「あの子もここに居るの?それと英語上手くなったね…」

 

「いえいえ。妹は来ていません。私は英語を勉強する為にグリンゴッツで働いているんです。でも、ガブリエルは来年の夏にここに来ますよ」

 

フラーの妹の話が出る度にフローラは露骨に嫌そうな顔をしたが、エスペランサは敢えてそれを無視した。

 

「それは何故……?」

 

「私は来年の夏にビルと結婚するからです!」

 

「あ、あー。おめでとう?」

 

「フラーとビルはグリンゴッツで知り合ったそうだ」

 

エスペランサが補足説明する。

 

「私は下に行きます。ハリー朝食を楽しんでね!」

 

フラーは再度ハリーにキスをして部屋を後にした。

 

「ええと、この朝食はフラーが作ったんですか?」

 

いまだに顔を赤くしたままのハリーがモリーに聞く。

 

「いいえ。この娘が作ったんですよ」

 

モリーがフローラを指さす。

フローラは非番直の時、ウィーズリー家の家事を手伝っていた。

本人曰くウィーズリー家に迷惑をかけているのだから少しでも家事を協力したいとの事だ。

 

最初はカロー家の娘を家に入れる事すら抵抗していたモリーであった。

しかし、毎日家事の手伝いをするフローラがすっかり気に入ってしまったようで、今では彼女のみウィーズリー家の中で寝泊まりする事が許可されていた。

 

「最初はスリザリンのカローが飯を作るって聞いて、てっきり毒でも盛られるんじゃないかと思ってたんだけど。ママったら今じゃ私よりもカローの方を娘みたいに扱うんだから」

 

ジニーが呆れたように言う。

 

「ええ!何だか娘がもう一人出来たみたいで楽しいわ」

 

モリーはフラーの事を完全に無視しているようだ。

 

「私もこんなに楽しく休暇を過ごしたのははじめてです。それに家事はそれなりに出来る自信があったので……」

 

「あら、私も家事なら勉強中です!」

 

フラーが大声で主張したが反応した者はいなかった。

フローラのこれまでの境遇を考えればウィーズリー家で過ごすこの休暇は天国なのだろう。

 

「さあ、他の人の朝食も準備しないといけないからもう行きましょう!ジニー、あなたも手伝ってもらわないと……。あ、あなたはここに残っても良いわよ?隊長さんも居る事だしね」

 

モリーはフラーとジニーを連れて厨房へ降りていった。

ジニーはあからさまに嫌な顔をしていたが、しぶしぶ付いていく。

 

フラーは最後にハリーにキスをしてから階段を降りていった。

 

「俺が他人の家に口を出すのも気が引けるが、お前らフラーの事を嫌い過ぎだろう?」

 

「当たり前でしょう?あの女は人をイラつかせる天才だわ。本当に救いようがない。ビルもフラーじゃなくてトンクスを好きになれば良いのに」

 

「おいおいハーマイオニー。フラーがいるのにトンクスを好きになる男なんて居ないぜ?そりゃトンクスは顔はまあまあさ。でも、フラーに比べたら」

 

ロンが言う。

 

「トンクスは性格が良いわ。それに闇祓いだからとても知的よ?」

 

「フラーも馬鹿じゃないよ。3校対抗試合で代表選手だったんだから」

 

「まあハリー!あなたまでもフラーの味方をするの?そりゃそうよね?朝から3回もキスされたんですもの」

 

「ハーマイオニー落ち着け。ハリーは一般論を述べたまでだ」

 

エスペランサがヒートアップしつつあるハーマイオニーを止めようとした。

だがこの発言も火にガソリンを注いだだけだったようだ。

 

「本当に男はどいつもこいつもフラーにメロメロなのね?エスペランサだって顔が良ければ誰だって良いんでしょ!」

 

「何言ってやがるんだ?だいたいにしてフラーは確かに美人だが、フローラの足元にも及ばねえ。俺がフラーに惹かれる訳がねえだろうが」

 

エスペランサの発言に場は騒然となる。

彼がフローラの事をどう思っているかを知っている人間はセンチュリオンの隊員以外ではほとんど存在しない。

ハリー達3人も勿論知らない。

 

そもそもエスペランサが女性の外見を褒めるという天変地異が起きたに等しい出来事に驚愕していた。

 

微妙に気まずくなった空気の中、仄かに顔を赤らめたフローラが口を開く。

 

「そ、それはさておき。今日はOWL試験の結果が届くみたいですよ?」

 

「そんな!今日!?何でそれを黙っていたの!?」

 

ハーマイオニーが絶叫した。

 

「聞かれませんでしたので」

 

「どうせハーマイオニーのことだから全科目優秀なんだろ。そんな事より、ハリーはダンブルドアと昨日何か話したりしたか?」

 

「ああ、ダンブルドアは今年いっぱい僕に個人授業をしてくれるんだってさ」

 

「えええ!そんなことを黙っていたなんて!」

 

「マーリンの髭!でも何で突然ダンブルドアは君に個人授業を?」

 

ロンとハーマイオニーがまたも絶叫する。

 

「何故かははっきりとは分からない。けど、恐らくは予言のせいじゃないかと思う。ほら、魔法省で砕けた予言……」

 

「でも、あの予言は砕けてしまって誰も聞けていないわ」

 

「それが、ダンブルドアは予言を保存していたんだ。その予言によれば……ヴォルデモートを倒さないといけないのは僕らしい。僕とあいつはどちらかが生きる限り他方は生きられないんだ」

 

この予言の内容には全員驚いた。

 

「やっぱり……。実はそうなんじゃないかって私とロンで話していたのよ。ハリー、やっぱり怖い?」

 

「いや、正直なところずっと前から分かってた気がするんだ。僕とあいつがいつか決着をつけなくてはいけないって……」

 

「我々センチュリオンはハリーへの協力は惜しまない。もし仮にヴォルデモートをハリーが倒さないといけないのなら全戦力を使って支援しよう」

 

エスペランサがハリーに言った。

予言とやらをエスペランサは疑ってはいたが、それでもハリーとセンチュリオンの利害は一致したのだ。

 

「エスペランサ達を巻き込むわけにはいかないよ」

 

「何を言ってるんだ?我々の当面の目標はヴォルデモート勢力の殲滅だ。現にこの2週間で巨人3体と死喰い人4人、それに人攫い十数人を排除した。それに、近日中には狼人間の本拠地に奇襲を仕掛けるつもりだ。もう俺達は戦い始めている」

 

そう言ってエスペランサは日刊預言者新聞を放り投げた。

新聞にはロンドン市内での戦闘についての記事が書かれている。

 

「グレイバックを仕留められなかったのは痛手だがな」

 

グレイバックは仕留められなかったが、近日中に狼人間のアジトは片っ端から闇祓いによって潰される予定だ。

闇祓いの3割は前回の戦闘で深傷を負って病床を動けないが、残った構成員で戦うそうだ。

 

センチュリオンも出動を検討したが、流石に新学期が始まってからは外での活動が難しくなる。

 

「そう言えばこの間、ダーズリー家で見たニュースでロンドンの橋が崩落したって言ってたけど……。ひょっとして……?」

 

「俺達だ。人攫いの連中との戦闘で橋を一つぶっ壊しちまったんだ。っと?ありゃフクロウじゃないか?」

 

エスペランサが窓の外を指差す。

見れば複数羽のフクロウが飛んできていた。

 

「ああー!ダメー!終わりだわ!」

 

悲鳴を上げているハーマイオニーを他所に、エスペランサ達はフクロウから封筒を受け取った。

封筒は間違いなくOWLの結果通知である。

 

エスペランサは自分の試験結果に目を落とした。

 

天文学 可

薬草学 良

魔法史 優

呪文学 良

魔法薬学 可

マグル学 優

占い学 不可

変身術 優

闇の魔術に対する防衛術 優

 

「悪くは無い成績だな」

 

予想より良い成績だったエスペランサは気を良くしてチラリとフローラの成績を見る。

フローラの成績はほとんどが優だった。

 

「どうしました?」

 

「いや、何でもねえ」

 

「隊長のあなたはさぞかし良い成績だったんでしょうね?ちょっと見せて下さい」

 

「嫌だ」

 

「見せて下さい」

 

隙をついてエスペランサから試験結果を取り上げたフローラはニヤリとする。

 

「私の勝ちですね?」

 

「勝負をしていた記憶は無いぞ……」

 

そう言ったエスペランサだったが、彼は今日一日ずっと落ち込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平和に過ごすハリー達を他所にセンチュリオンは過酷な訓練と任務に励んでいた。

 

ハリーとロン達が庭でクィディッチをしている横でセンチュリオンの隊員は徒手格闘の訓練をしたし、裏山で演習も実施した。

また、闇祓いとの共同任務も幾つか遂行している。

 

とは言えロンドンの時のような大規模な戦闘は行っていない。

死喰い人側も慎重になったのかあまり頻繁に活動をしていなかった。

 

任務のほとんどは役人の護衛や諜報活動である。

魔法界における最重要人物は今のところハリーであるから、センチュリオンの半数はハリーの護衛についていた。

 

故にハリーがダイアゴン横丁に出かける際も8名の隊員が護衛についた。

ハリーとハーマイオニー、そしてウィーズリー家の面々の周りを戦闘服姿の隊員が歩く。

エスペランサ、ネビル、フローラ、ダフネ、アストリア、アーニー、ザビニ、アンソニーだ。

 

ダイアゴン横丁を歩くこの迷彩服の集団は好奇の目に晒されていた。

魔法使いにとってマグルの軍隊は物珍しかった。

 

エスペランサ達は顔をフルフェイスのゴーグルで覆っていたが、それはセンチュリオンの隊員を特定されることを防ぐためでもある。

 

無論、ホグワーツ生からセンチュリオンの隊員の素性はバレるだろうが、それでも無いよりマシだろう。

また、今回の護衛にはハグリッドも同行していた。

ダンブルドアは当初、ハグリッド一人で十分だと言っていたが、ダイアゴン横丁での戦闘を機に意見を変えたようである。

 

「こんなに護衛が付くなんて聞いてないし、こんなに要らないよ。これじゃ目立って仕方ない」

 

ハリーがため息混じりに呟いた。

 

「そうだ。ハリーの護衛は俺一人で十分だ。だが、ダンブルドアがなぁ」

 

「そう。これはダンブルドアの命令だ。それにダイアゴン横丁はもう安全じゃない。見ろあそこを」

 

「あそこは……オリバンダーの店?」

 

空っぽになったオリバンダーの店をハリーが見つめる。

その先の道は通行止めになっていた。

 

「表向きにはオリバンダーは拉致された事になっている。だが、その実、俺達が保護しているんだ。ついこの間までここで戦闘が行われていた。もうダイアゴン横丁すら戦場になっているんだ」

 

「ここで君たちは既に戦っていたのか。でも、オリバンダーが居ないとなると誰が杖を作るんだ?新入生は杖が買えないだろ」

 

「一応、外国のメーカーで間に合わすんだとさ」

 

ダイアゴン横丁は閑散としていたが、所々に無線機を持った魔法使いが立っていた。

 

「あの人達も君達の組織の人間なのか?」

 

「ああ。彼等は闇祓いだ。前回の戦闘でセンチュリオンに入隊したいと言ってきた闇祓いが何人か居たんだ。闇祓いは優秀な人材が揃っているから即戦力だった。今はダイアゴン横丁の警備をしてもらっている。他にも聖マンゴや魔法警察からも入隊希望者が居る」

 

闇祓いからセンチュリオンに入隊を希望した者は10名近くいたし、聖マンゴからも衛生隊に4人入隊した。

魔法警察パトロール部隊からは17人も入隊を希望する人間がいる。

 

こうなると部隊編成を変える必要が出てきた。

今までの2個分隊を解体して新たに3個小銃小隊を編成。

これらを統合して指揮する司令部を新たに創り出した。

第1小隊長はエスペランサ、第2小隊長はセオドール、第3小隊長はアンソニーが任命されている。

 

エスペランサとセオドールはいっそのこと司令部として小隊を持たないようにする案も出たのだが、残念ながら人員が不足している為、二人とも小隊長を兼任することになった。

 

この他に衛生隊、遊撃班、狙撃班、野戦砲部隊、補給隊、需品隊、経理補給隊、情報作戦隊、整備隊、通信隊、給養部隊などを編成している。

これらのパートの長を務めるのはセンチュリオンの初期のメンバーだ。

 

エスペランサは上下関係を明確にするために各隊員に階級をつけることにした。

隊長であるエスペランサを大尉、副隊長のセオドールを中尉、他の初期のメンバーを少尉としている。

そして、新規隊員は2等兵から年数と昇任試験の結果を考慮して階級を上げていく事にした。

 

闇祓い出身の隊員はまだ本格的な戦闘訓練を行っていない。

銃の取り扱いも教育を受けていないためダイアゴン横丁の警備を任せる事にしたのだ。

 

ダイアゴン横丁の多くの店はシャッターが閉まっていたが、その一方で露店が目立つ。

浮浪者のような老婆が怪しげなネックレスを売っていたり、非合法の魔法薬さえ並んでいた。

 

「お嬢ちゃん。魔除けのネックレスはいかがかね?死喰い人にも効果がある」

 

歯の抜けた老婆がハーマイオニーにドス黒いネックレスを売りつけようとしてきた。

 

だが、ハーマイオニーが口を開く前にエスペランサの横にいたザビニとアーニーが老婆にM733の銃口を突きつける。

 

「ち、ちょっといきなり銃を向けなくても良いんじゃない?この人は怪しいけどとても死喰い人には見えないわよ?」

 

「口出しするなハーマイオニー。センチュリオンは闇祓い局によって強制捜査権が与えられているんだ」

 

エスペランサが冷たく言う。

 

「ちょっと拝借……。ああ、このネックレスはアウトだね。闇の魔術がかかってる。ええと魔法省の定めた有事特例危険魔法物品番号第245番にある精神錯乱系統魔法のかけられた物品だよ」

 

ダフネが分厚い冊子を見ながら報告した。

ヴォルデモートが復活してから闇の魔術がかけられた物品が大量に流通するようになっている。

そのため、魔法省は有事特例危険魔法物品というリストを作成し、その取り締まりを行なっていた。

 

ちなみに、ロンの父親であるアーサーはこの件に一枚噛んでいる。

 

「お嬢ちゃん。馬鹿を言っちゃいけないよ。これはノクターン横丁で仕入れただけの危険性の無いネックレスなんだ。何も怪しくない……」

 

「ノクターン横丁か……。あそこも俺達の管轄だ。婆さん、悪いがあんたを連行しないといけない」

 

エスペランサの指示でザビニとアーニーが老婆を拘束しようとする。

これには老婆も焦ったようで杖を取り出した。

 

「婆さん。こっちは闇祓いと共同戦線を張っているんだ。抵抗したら公務執行妨害になるぞ?」

 

「わ、わたしゃ何も悪い事はしていない!そりゃ少しは危険な物を売ってはいたけど死喰い人と繋がりなんて無いんだ」

 

「そうかな?少なくともこれらの闇の物品を調達したルートを辿っていけば死喰い人に辿り着くだろうさ」

 

「し、知らない!わたしゃ知らない!」

 

老婆はそう叫びながらも魔法でエスペランサ達を攻撃しようとした。

しかし、それよりも早くアーニーとザビニが老婆を地面に押し倒し、銃尾で彼女の杖をへし折る。

 

「なんじゃ!わたしたちゃこうしないと生きていけないんだ!あんたらは力があるから良いさ!でも、わたしたちのような弱者は闇の魔法使いにヘコヘコして犯罪に走らなければ殺されるか、のたれ死ぬかどちらかしかないんじゃ!」

 

地面に押し付けられた老婆は叫ぶ。

しかし、それ以上抵抗はしなかった。

 

「恨むならヴォルデモート陣営を恨め。我々を恨むのはお門違いだ」

 

「同じじゃ!あんたらも例のあの人も、結局のところ暴力で市民を従えようとしているだけじゃないか」

 

その言葉を無視してエスペランサは老婆を魔法で縛り上げる。

他の露店商達は老婆とエスペランサの様子を見て、血相を変えて店を畳み始めた。

彼らも彼らで闇の物品を売買していたのだろう。

 

「あの露店商達もクロだな。魔法省は何をやってたんだ?」

 

エスペランサは舌打ちをする。

こういった違法売買の摘発はアーサーの部署が担当している筈だった。

 

「私の部署にここまでの力は無い。人も少ないし摘発には手が回っていない現状なんだ」

 

アーサーが苦々しく言う。

 

「仕方が無い。隊長、丁度良い機会だし一斉に摘発したらどうだ?」

 

「一応、特例で我々には強制的に奴等を拘束する権利が与えられている。だが、その権利の乱用は正直言ってよろしくない」

 

センチュリオンは軍隊だ。

ダンブルドア指揮下の常設軍という名目で存在が許されている。

 

だが、軍隊が露店商の取り締まりや拘束を問答無用でする姿を国民はどう思うか。

有事である現在は許されるかもしれないが、戦後は必ず禍根を産む事になるだろう。

 

だが、エスペランサが迷っているうちに露店商の男がセンチュリオンの隊員達に魔法攻撃を仕掛けてきた。

ギリギリのところで攻撃をかわしたエスペランサは隊員達に拘束を命じる。

こうなってしまえば仕方がない。

 

「公務執行妨害だ。全員拘束しろ。殺傷は控えたいところだが抵抗されたら小火器の使用を許可する」

 

隊員達は小銃を携行したまま逃げ出した露店商の拘束に向かった。

ハリーを護衛する為の最小限の戦力は残しておきたかったのでフローラとグリーングラス姉妹は残しておいたが。

 

「ねえ隊長……。私たち正しい事をしてるんだよね……」

 

ダフネがボソリと言う。

 

「これが戦争だ。いつだって戦争の名の下に市民は苦しんできた。だから正しい戦争なんて存在しない。市民を守るのが軍隊なら市民の命を奪うのも軍隊だ。そんな歪な世界で俺達は存在している」

 

「……………」

 

「そして、そんな歪な世界を変えて平和な世界を作ろうとしているのが俺たちだ。俺達は俺達自身を肯定しなくては戦っていけない」

 

ダフネはエスペランサの言う事が少しわかった気がした。

戦いを始めた以上、自分達が正しいのか正しくないのかを議論する余地は残っていないのだ。

 

 

「こんなことならもっと人員を回してくるべきだったな……」

 

半減した護衛隊を見てエスペランサはボヤく。

だが、センチュリオンは人員不足が甚だしく護衛に割ける人数は8名が限界だったのだ。

 

「まあ良いじゃねえか俺もアーサーもいるんだからハリーは安全だ」

 

ハグリッドが安心させるように言う。

確かに半巨人は戦力だ。

何せ魔法耐性がある。

 

「良し。じゃあハリー達はどこへ行きたい?」

 

「ええとマダム・マルキンのところでローブを買わないといけない。僕もローブは小さくなったし、ロンなんて踝が丸見えだ」

 

「私もドレスローブを買いたいわ」

 

ハリー達3人はマダム・マルキンの店に用があるようだ。

 

確かにハリーもロンも1年でかなり背が伸びた。

エスペランサは筋肉量以外は何も変わっていないのでローブを新調する必要は無い。

というか彼はローブよりも戦闘服を着ている時間が長く、ホグワーツでもローブ姿になる事はあまり無かった。

 

「隊長は身長が伸び悩んでいるからねえ。ローブを新調する必要は無いみたいだね」

 

ダフネがニマニマしながら嫌味を言ってくる。

 

「お前達だって昨年からちっとも体型が変わってないじゃねえか。ホグワーツ1年生でももう少し発育が良いだろうよ」

 

「あの……聞き間違えで無ければ今、"お前達"って言いましたよね?」

 

「あ、いやそれはあれだ。言葉の綾だ」

 

フローラをはじめとした女性隊員陣から殺意を向けられたエスペランサは必死で取り繕う。

グリーングラス姉妹は小柄で見た目はホグワーツ下級生とあまり変わらない。

フローラの身長は欧州では珍しく150に届いていなかった。

当然、本人たちはこのことを気にしている。

 

「センチュリオンに警務隊が無くて良かったですね。もしあれば隊長が真っ先にセクハラでしょっ引かれていますから」

 

 

後年、センチュリオンには警務隊が発足することになる。

その発足のきっかけが初代隊長の女性陣に向けた心無い発言であるということは誰しも知ることであった。



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case96 Cabinet shelves and tricks 〜キャビネット棚と策略〜

感想ありがとうございます!
誤字報告もありがとうございます!

見直していても誤字が無くなりません……
ケータイで入力しているからかな…




マダム・マルキンはホグワーツの制服をはじめとして様々な服を売る老舗だ。

 

老舗故にホグワーツとの癒着も激しい。

ホグワーツの制服を公式に取り揃えているのはマルキンの店だけであり(他にもローブを取り扱うメーカーはあるが非常に高額)、その儲けはグリンゴッツの金庫数個分にも及ぶそうだ。

 

余談だが、魔法界で使われるローブの原材料はマグル製である。

というよりも魔法界では石油も絹糸も食料も産出しないし、そもそも技術が無い。

 

なので衣服に使われる材料はマグル界から取り寄せた物を魔法で複製している。

では、マグル界からどうやって材料を手に入れるかというとグリンゴッツが一枚噛んでいた。

 

グリンゴッツではマグル界の金と魔法界の金貨を両替する部署がある。

ここで両替されたマグル界の紙幣を魔法省が買い取り、その紙幣でマグル製品を仕入れているのだ。

 

燃料油や衣服の原材料、その他日用品に関しては魔法でいくらでも増やせるが、食料に関してはその限りではない。

食料は実は魔法では量産が出来ない。

これはガンプ元素変容の法則の5つの例外に含まれる食料は魔法で作り出せないのだ。

 

つまるところ魔法界では食料自給率が極端に低く(農民も生産プラントも無い。魔法生物を材料とする食品に関しては例外だが)、実はマグル界に頼っている節がある。

 

人口の多いアジアやアフリカでは農業や漁業、酪農をする魔法使いやスクイブも多いが英国魔法界は1次産業に割ける人員が居ないのだ。

これを知ったセオドールは補給戦という面で魔法族はマグルに勝つことが出来ないと嘆いている。

 

それはさておき、マルキンの店には先客が居た。

ドラコ・マルフォイとその母親のナルシッサだ。

 

「母上。何か臭いと思ったら穢れた血と血を裏切る者が入店したみたいですよ」

 

マルフォイがハリー一行を目敏く見つけて憎まれ口を叩く。

 

だが、ハリー達3人の後ろからエスペランサを先頭にしたセンチュリオンの隊員が入店するのを見てその表情を硬くした。

 

「店でそんな差別用語を使って欲しくありませんね!それから杖も出さないで下さい!」

 

マルキンがマルフォイや杖を取り出して臨戦状態のハリーとロンに言う。

だが、ハリーもロンも杖を下ろさない。

 

「やめて!挑発に乗っちゃダメよ?そんな価値も無いわ」

 

ハーマイオニーが止めようとした。

エスペランサは傍観している。

マルフォイもナルシッサも厳密には死喰い人では無いから拘束は出来ない。

 

「学校の外では魔法を使う勇気もない癖に偉そうに……」

 

「そうかな?試してやろうかマルフォイ」

 

「杖を下ろしてしまいなさいポッター。もし魔法を使えばそれがあなたの最後の仕業になりますよ?」

 

ナルシッサがハリーを冷たく睨みながら言った。

だが、ハリーは薄ら笑いを浮かべただけで逆に挑発し始める。

 

「へえ?仲間の死喰い人を呼んで僕達を始末するつもりなのか?うわー怖いな!今はダンブルドアも居ないし死喰い人に襲われるかもしれない」

 

「ダンブルドアのお気に入りだからといって調子に乗らないことね。どうやら間違った安全感覚をお持ちで……。ダンブルドアがいつもあなたを護ってくれる訳ではないのよ」

 

その言葉に反応したのはエスペランサだった。

 

「聞き捨てならん。もし仮にあんたが死喰い人を連れ立ってハリーを襲おうとするのなら、悪いがここで死んでもらわないといけない」

 

彼は腰のホルスターから拳銃を抜いた。

 

「そんなもので私達を黙らせられると思っているのかしら?」

 

「何人かは永遠に黙らせた筈だ。ベラトリックスの旦那とかな。あんたの旦那を蜂の巣に出来なかったのは残念でならない。幸運にもアズカバンでのうのうと生きているみたいじゃねえか」

 

「あら、あなたやポッターにはアズカバンよりも棺桶がお似合いのようね。もうじき愛するシリウスやセドリックの元に届けてあげましょうか?」

 

エスペランサの中に殺意が込み上げてくる。

だが、彼が銃の安全装置を外す前にフローラが止めに入った。

 

「あなたは挑発に乗り過ぎです。とりあえず銃を下ろしてください。あなたは杖を下ろしてくださいね」

 

冷静さを取り戻したエスペランサは銃を下ろす。

 

「あなたはカロー家の娘ね?」

 

「"元"カロー家の娘です。私はあの家を捨てています」

 

「あの家から逃げられると思っているのかしら?」

 

「思っていますよ?それに将来的にあの家は潰しますから」

 

「そんなことが出来ると思っているの?」

 

「思っているから私はこの人の組織に加わったんです。指揮官が優秀な組織は悪くないですよ?それに比べてあなた達死喰い人の指揮官は……無能みたいですね」

 

死喰い人の指揮官=ヴォルデモートだ。

 

それはこの場にいる全員が知っている。

それを無能と言い切ったフローラに一同、唖然としていた。

 

「あなた達が隊長やポッターを恨むのは逆恨みです。ルシウス・マルフォイはポッターとその学友を魔法省で確実に殺そうとしていた。そして、ヴォルデモートに手を貸した。ルシウス・マルフォイは犯罪者でテロリストです。投獄で済んだだけまだマシでしょう」

 

「僕の父上を侮辱するな。例えスリザリンのお前でも許さないぞ?」

 

「あら?侮辱ではなく事実を言ったまででしたが……。あなたは本当に父親に正義があると思っているのですか?」

 

「お前たちの掲げる正義なんてクソ喰らえだ。母上、こんな店でローブを買いたくはありません。別のところに行きましょう」

 

マルフォイはナルシッサと共に店を出て行った。

 

その姿をアストリアだけが哀しげに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレッドとジョージが開店したWWW(ウィーズリー・ウィザード・ウィーズ)は沈みきったダイアゴン横丁の中で唯一賑わっていた。

 

ハリー達を護衛する為にエスペランサ達も店に入ったのだが、あっという間に人混みにもみくちゃにされる。

 

「なるほど、あの双子には確かに商才があるみたいだ」

 

エスペランサは棚に並べられた商品やド派手な看板、ひしめき合う客を眺めて感心したように言う。

ロンは片っ端から悪戯グッズを買い漁ろうとしていたし、ジニーもピグミーパフというペットに夢中だ。

アーサーとモリーは呆れている一方で少し嬉しそうに店内を見て回っている。

 

暗く落ち込んだ時代だが、店内にいる子供達は皆楽しそうだ。

子供達に希望を与えているのは魔法省でもセンチュリオンでもなく、フレッドとジョージである。

 

ハリーがフレッドとジョージに連れられて店の奥に行ってしまったので慌ててエスペランサも店内に入った。

 

「これすごいね!全部双子のウィーズリーが考えたのかな?」

 

ダフネが騙し杖やズル休みスナックボックスを抱えながら言う。

 

「それ買うのか?」

 

「面白そうだしね!あ、これはなんだろう?」

 

「特急白昼夢呪文……?」

 

アストリアが箱を持ち上げた。

箱の絵柄からして未成年には刺激の強い魔法なのだろう。

見ればハーマイオニーもジニーもこの白昼夢呪文とやらを買おうか真剣に迷っているようだった。

 

「なあフレッド?これはエロいやつなのか?」

 

ハリーを案内し終えて戻ってきたフレッドにエスペランサが聞く。

 

「使ってみればわかるさ。そうだ、君に商談があったんだ」

 

「商談?俺たちは悪戯グッズで戦おうとしてるわけじゃないぞ?」

 

「そりゃそうさ。まあこれを見てくれ」

 

フレッドが他のグッズに比べると地味な箱を持ってくる。

箱の中にはありふれたローブが入っていた。

 

「盾のローブだ。僕達が最近はじめた真面目路線のグッズさ。このローブを着ていれば中堅どころの攻撃魔法を自動で防いでくれる」

 

「他にもあるぜ?盾の帽子とか盾のマントとか。魔法省が大量に注文してくる程度には信頼性のある商品さ」

 

ジョージが他のグッズを持ってくる。

 

「こいつらも役に立つ商品だ。おとり爆弾にインスタント煙幕。インスタント煙幕はライセンス生産だけど、おとり爆弾は君達の戦い方からヒントを得たんだ」

 

エスペランサはおとり爆弾の説明書を読んだ。

確かに陽動作戦には使えそうな道具である。

 

他にもセンチュリオンの戦い方からヒントを得て作り出したのだろう商品がたくさんあった。

クソ爆弾を遠距離まで射出可能な小型迫撃砲などだ。

 

「この盾のマントや盾のローブを君達の戦闘服にしたらどうかって商談だ」

 

「確かにそれは良いアイデアだ。だが、我々センチュリオンの戦闘服は米海兵隊のものを統制して使っているからなぁ」

 

「そいつも折り込み済みさ。僕達はマルキンをはじめとして幾つかの洋服店と提携している。そこに盾の呪文を搭載した戦闘服を受注しようかと思っているんだ」

 

エスペランサは考えた。

センチュリオンの戦闘服は卸売りされた米海兵隊のものだ。

独自の戦闘服が欲しいとは思っていた。

 

しかし、軍隊の戦闘服というのは実はかなり高度な技術が施されていて赤外線センサーの対策がされていたりする。

 

「俺達の戦闘服はマグルの科学が詰まっているんだ。それを再現するのは難しいと思う」

 

「それも何とかするさ。僕達は僕達なりに君達の組織に協力したいんだ」

 

「分かった。細かい交渉はまた今度やろう」

 

そこまで話した時、エスペランサの目の端でハリー達が透明マントを取り出して、マントに潜り込むのが見えた。

 

ホグワーツでは見慣れた光景だが、戦時下の今、ハリー達に透明マントで勝手に動かれるのは困る。

エスペランサは店内にいたフローラを連れてハリー達を追うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハリー達はマルフォイの事を追っていた。

マルフォイが単独行動しているのを目撃した彼らは不審に思い尾行しようと思ったのだ。

 

マルフォイはノクターン横丁に入り、ボージンアンドバークスという闇の道具も取り揃える店に入ったようだ。

 

「おい。お前ら何やってるんだ?」

 

不意に声をかけられたハリー達は驚いて後ろを振り返る。

 

そこには戦闘服姿のエスペランサとフローラが立っていた。

 

「え?なんで分かったの?透明マントを被ってたのに……」

 

ハリーがマントを脱ぎながら言う。

 

「バレバレなんだよ。足元が隠せてなかったしな……。で、ありゃマルフォイか?」

 

「そうなんだ。マルフォイの奴、一人でこんな所に来て……。何を企んでいるか確かめてやろうってね」

 

ボージンアンドバークスはショウウィンドウ越しに店内を見る事が出来る。

見れば店内でマルフォイとボージンが話し込んでいた。

 

恐らくは売り物なのだろう黒いキャビネットの向こうでマルフォイが捲し立てて話している。

ボージンの表情からは憤りと恐れが伺えた。

 

「見たところ……マルフォイがボージンを脅しているようにも見える。だが、ここからでは何を話しているか聞くことも出来ねえな」

 

エスペランサは自身に目眩しの魔法をかけながらボヤく。

ハリー達は透明マントに入ったままだったが、エスペランサとフローラは姿を隠していなかったのだ。

 

未成年が学外で魔法を使うことは禁止されていたが、実のところ未成年が魔法を使ったかどうかを探知する事は不可能である上にセンチュリオンの隊員は学外での魔法使用が全面的に許可されていた。

 

「それなら出来るさ。ちょっと待ってくれ、さっき買ったやつがある。ほら、伸び耳だ!」

 

「すごいわロン!」

 

ロンが取り出したのはWWWで購入した盗聴用の悪戯道具である伸び耳だった。

 

「ドアには盗聴避け呪文はかかってなさそうだ。聞けるぜ」

 

伸び耳からは店内の声がラジオのように聞こえてきた。

 

『直し方を知っているのか?』

 

『お店の方に持って来て頂ければ直せるかもしれませんが、この道具は複雑で修復も大変で……』

 

『店頭に持ってくることは出来ない。やり方を教えてくれればそれで良い』

 

『しかしですね、実物を見ないと……。それに、専門の職人でも修復には数ヶ月かかります。今ここでノウハウを教えることは難しいです』

 

『ふん。非協力的だな。これを見ろ。これでお前も協力的になるだろう』

 

マルフォイがボージンに何かを見せた。

ボージンはその何かを見て恐れ慄く。

 

『そ、それは……しかし』

 

『誰かに話してみろ。痛い目をみるぞ。そうだ、フェンリール・グレイバックを知っているな。僕の家族と仲が良い。お前を奴に監視させる事も出来る』

 

『え、でもフェンリール・グレイバックはダイアゴン横丁で起きた戦闘で部下を多数失って再起には時間がかかるのでは?』

 

『何っ!?どういうことだ?』

 

『若様は知らなかったのですか?グレイバックの拠点は片っ端から魔法省とセンチュリオンの連合に潰されているんです』

 

『またしても……奴等の仕業か。まあ良い、とにかくこれは絶対に売るな。僕には必要なものだ。それから僕が来た事も誰にも言うな』

 

『勿論ですとも若様』

 

マルフォイは苛立ちを隠せない様子で店を出て行った。

残されたボージンは凍りついたように立っていた。

 

「どういうことだろう?何かを直したがっていたようだけど?」

 

「だけど何を直そうとしているのかは分からなかったわ。ちょっと待ってて。確かめてくるわ」

 

ハーマイオニーがマントから出てボージンの店に入ろうとする。

それをエスペランサは慌てて止めた。

 

「待て待て。ハーマイオニーが行ってもボージンは教えないだろう。俺とフローラで行く。ボージンはセンチュリオンの協力者だからな」

 

「そうなの?それは知らなかったわ」

 

エスペランサとフローラは目眩しの魔法を解除してボージンの店に入った。

ボージンは一瞬驚いたが、客がエスペランサだと分かると安堵する。

 

「何だ、おめえらか。何か用か?」

 

「ああ、単刀直入に聞く。マルフォイは何を企んでいる?」

 

「お前……。さっきの会話を聞いていたのか」

 

「まあな」

 

「盗聴とは趣味が悪い。まあ、本来なら顧客の情報は売れない。特にマルフォイ家の倅とあれば……。だが、あんたらには守ってもらっているしなぁ」

 

ボージンアンドバークスはセンチュリオンと協定を結んでいる。

センチュリオンにポイズンバレットや補給物資を提供する代わりにボージンとバークの命を保障し、有事の際は保護するというものだ。

また、センチュリオンに協力している間は魔法省のガサ入れも免除される。

 

ボージンの店はヴォルデモート勢力とも密接な関係があったが、今はセンチュリオン側の勢力となっていた。

 

「頼む。教えてくれ。マルフォイは何を修理しようとしていたんだ?」

 

「これだ。このキャビネットだ」

 

ボージンは店に置かれた黒い薄汚れたキャビネット棚を指さした。

黒い塗装は剥げかけているし、あちらこちら欠けている。

そんなに貴重なものにも思えなかった。

 

「こんなものを?これは何だ?」

 

「姿をくらますキャビネット棚です。簡単に言えば対となるキャビネット棚に瞬間移動出来る道具です」

 

フローラが言う。

 

「詳しいな。まあ、そういうこった。こいつは例のあの人の全盛期に重宝されていた。まあここにある奴は壊れているし、対となるキャビネットはどうもマルフォイの倅が持っているらしい」

 

「そんなキャビネットをマルフォイが必要としている訳か……。何故なんだろう?」

 

「さあな。そいつは俺も知らん。だがまあ、マルフォイ家は今、例のあの人とズブズブだ。あまり良い事には使われそうに無い。だから、俺としても協力はしたかねえんだよ」

 

「なるほど。てことはさっきの言葉も嘘なんだな。実際、あんたならこのキャビネットを何日で直せるんだ?」

 

「2日あれば十分だろう。バークなら1日で直すぜ?」

 

ボージンは自信満々にそう言った。

つまるところ、ボージンはマルフォイへの協力を拒否していたのだ。

 

「流石だな。もしこれ以降でマルフォイや敵陣営の人間からの接触があればすぐに我々に通報して欲しい」

 

「それは構わんが、情報料は頂くからな?」

 

「やれやれ、相変わらずだな」

 

エスペランサはため息を吐く。

だか、その直後に手持ちの無線が入電した。

 

『ハウンド、こちらコントローラー応答してくれ!緊急事態だ』

 

「こちらハウンド。どうした?」

 

無線の相手は魔法省にいる筈のセオドールからだった。

只ならぬ気配にフローラもボージンも不安そうな顔になる。

 

『敵襲だ。至急、ダイアゴン横丁に展開中の隊員を出動させてくれ』

 

「敵襲だと!?敵の数は?場所はどこだ?」

 

『ロンドンから100キロ離れた港だ。敵は……亡者の軍団だ』

 

「亡者……だと?」

 

エスペランサは絶句した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エスペランサ達がボージンの店に立ち寄る少し前の事。

セオドールは魔法省にいた。

 

スクリムジョール政権発足後、はじめての魔法省上層部の会議に彼が呼ばれたのだ。

 

魔法省の地下に作られた会議場には各部署のトップが集まっている。

部屋の真ん中には巨大な円卓が置かれ、大臣も役人も席についていた。

 

「待っていたよセオドール君。いや、センチュリオン副隊長と呼んだほうが良いかね?」

 

「お好きなようにして下さい」

 

スクリムジョールに促されてセオドールも席についた。

彼は役人達の顔触れを見る。

元闇祓い局長のスクリムジョールが集めただけあって優秀な人材が揃えられていた。

 

だが何人かはファッジ政権下の生き残りであり、明らかにこの場に居てはならない人物だった。

その筆頭がアンブリッジだろう。

 

踏ん反り返るようにして座るアンブリッジを目にしたセオドールはスクリムジョールにその事を追及し始めた。

 

「大臣。何故、この女がここに居る?」

 

「この女とはドローレスの事かね?」

 

「そうです。この女は死喰い人との戦争を行う上で足枷にしかならない。いや、それどころか自陣を弱体化させる原因になる。何故採用したのか理解に苦しみます」

 

セオドールの過激な発言にファッジ政権時に重役だった役人達が非難の声を上げた。

 

「立場を弁えたまえ。君達は確かに戦果を上げたかもしれんが、ここではオブザーバーの立場に過ぎんのだ」

 

「そうとも。魔法省高官に向かって何という口の利き方だ!?」

 

だがセオドールも負けてはいない。

 

「立場がどうとか言っている場合では無いだろう!?俺達が血を流して戦っている間、あんたらは何をしていた?ダンブルドアのネガティブキャンペーンをして魔法界を危機に陥れていたのはあんた達ではないのか?大臣、お言葉ですが、この連中が居る場でセンチュリオンの作戦を公言は出来ません」

 

「君の言う事はもっともだ……。いや、私も前大臣の顔を立てて忖度しようとしていたのだが……。やはり考えを改めないといけないようだな」

 

スクリムジョールはアンブリッジをはじめとしたファッジ政権下の役人達に会議場を出て行くように指示する。

 

役人達は抵抗しようとしたが、この場にいる役人の大半はスクリムジョール派の人間であるため諦めたようだった。

アンブリッジは唯一、何も言わずに会議場を立ち退いたが、部屋から出る間際、セオドールの事を恨みの篭った目で睨みつけていった。

 

「すまなかったな。だが、魔法省も人手不足で多少は前政権から継続任用者を出さざるを得なかったんだ」

 

「分かっていますとも」

 

「残念なことに魔法省の中には君達の敵も多いのだ。正直な話、ここまで上層部が腐っているとは思っていなかった。何とか使える人材をかき集めたのだが、それでも手薄なのは否定出来ない」

 

スクリムジョールは会議室の扉に盗聴魔法がかけられていないかどうかを確認する。

魔法省の中はスパイだらけだ。

 

「さて、本日の議題は今後の死喰い人達との戦い方についてだ。先日の戦闘で敵の勢力をある程度削ぐ事は出来たが、一方で闇祓いにも被害が出た。戦力の立て直しには時間がかかる。正直な話、センチュリオンの戦力に頼らなければ治安維持が出来ない状況だ」

 

「大臣。そんなに闇祓いは被害を受けたのですか?」

 

「ああ。主力の闇祓いが10人も聖マンゴ送りになった。命に別状は無いが、現場復帰にはまだ時間がかかるそうだ」

 

「ということは今、死喰い人が攻めてきたら対抗しようがない……ということですな」

 

運輸部の局長が唸るように言う。

 

「我々センチュリオンは全力で敵の侵攻を阻止しますが、それでも状況は悪いですね」

 

セオドールが手元にあった資料を役人に配った。

その資料には敵の戦力分析が事細かに書いてある。

 

彼は資料の説明をはじめた。

 

「この資料は我々が独自に入手した敵の情報をまとめたものです。吸魂鬼がアズカバンを放棄したことにより投獄されていた闇の魔法使い達が全員脱獄したので敵は全盛期の力を取り戻しつつあると考えられます」

 

「吸魂鬼がアズカバンを放棄……か。嘆かわしい話だ」

 

「国外からも元死喰い人が巨人を引き連れて帰国しています。死喰い人を含めた敵の人数は軽く1000人を超えているかと……。それに巨人や闇の生物が味方しています。これに対してセンチュリオンの隊員は新規隊員を含めても40名弱。闇祓いや魔法警察、それにダンブルドア配下の戦闘員をかき集めたとしても味方勢力はせいぜい100名といったところでしょう」

 

「たったの100名しかいないのか……。いや、前回の戦争の時もそんなものだった気がするが」

 

「もっとも、ダンブルドアシンパの魔法使いは多いので実際はもう少し多く戦力が確保出来るかもしれません。しかし、そうだとしても味方勢力はまともに戦闘訓練をしたことのない集団です。敵が組織的な戦闘を仕掛けてきたらどう逆立ちしても勝てない」

 

セオドールの言葉に役人達は絶望的な顔をする。

彼らは前回のヴォルデモートとの戦争で前線で戦っていた者ばかりだ。

 

その時、味方陣営の人間が如何に少なかったかは身をもって知っている。

 

「ノット君。状況が悪いのは分かった。その上でどう戦うべきかを説明して欲しい」

 

スクリムジョールが言う。

 

「はい。敵は数の上では有利ですが、その実、戦闘組織としては素人集団です。個々の力が強くても連携が取れていない。そこが弱点です。魔法界での戦闘は決闘方式、つまり個人間の戦闘が主流。マグル界では遥か昔に否定された戦闘形態です」

 

セオドールは杖を取り出して宙に文字と図を浮かび上がらせた。

 

「戦争における戦闘形態はフランス革命時代から現代に至るまでに変化を重ねてきました。横隊から縦隊・散兵、それが群となり、第一次世界大戦で戦闘群の戦いとなる。その間に兵器も進化を遂げ、現代戦では3次元空間が戦闘地域となっています。無論、我々センチュリオンも複数の戦闘群を用いて3次元での戦闘を想定しています」

 

「3次元の戦闘というのがよく分からない。しかし、神秘部での戦闘を見る限り、君達の使う武器はどれも射程が長く、威力も強い。その利点を活かすのであれば、接近戦を避けて遠距離からの飽和攻撃に徹するのが良いのでは無いか?」

 

スクリムジョールの横にいたキングズリーが発言する。

 

「そうです。だが、我々の武器は魔法で防ぐ事も出来る。それに、ロングレンジを活かした戦いの出来る場所に敵を誘導するのも簡単ではないでしょう」

 

セオドールは近代兵器のみで死喰い人を圧倒出来ると考えてはいなかった。

敵も馬鹿では無い。

何回かの戦闘で近代兵器に対抗する案を生み出してくるだろう。

 

「会議中失礼します!緊急事態です!」

 

突然、若手の役人が会議室に入ってくる。

息を切らせたその役人の顔は青ざめていた。

 

「どうした!?今、この部屋は立ち入り禁止にしておいた筈だぞ?」

 

スクリムジョールが叱責する。

 

「し、失礼致しました……。し、しかし、大変な事態が起きています!」

 

「落ち着け。何があったか言ってみろ」

 

「亡者です!亡者が現れました!それも大量に!」

 

役人の言葉に会議室にいた魔法使い達は騒つく。

ヴォルデモートが亡者を使役するのは周知の事実だったが、襲撃は突然過ぎた。

 

「場所はどこだ?」

 

「ここから100キロ離れた港湾です。その場に居合わせた魔女から通報がありました。既に何人ものマグルが犠牲になっているとの事です……」

 

スクリムジョールは血相を変えてキングズリーに指示を出す。

 

「キングズリー!闇祓いと魔法警察、それに忘却術士を派遣しろ!」

 

「承知しました。しかしながら、闇祓いの主力は先日の戦闘で聖マンゴに入院中です。派遣出来る人間は限られています」

 

亡者との戦闘を経験している魔法使いは少ない。

亡者の大群を相手にすることの出来る組織は今のところセンチュリオンのみだ。

センチュリオンの出動にはダンブルドアの了解が必要となるが、現に被害が拡大しているのであれば出動を躊躇っている余裕は無い。

 

「大臣、我々が出動します。我々の火力であれば亡者に対しても十分に戦える筈です」

 

「センチュリオンが!?出動にはどれくらいの時間がかかる?」

 

「隠れ穴に駐屯している隊員に準備をさせれば30分以内に出動可能です。大臣にはダンブルドアに我々の出動許可を取ってもらいたいのですが?」

 

「任せろ。一刻も争う事態だ」

 

セオドールは持ち込んでいた無線機の送話器を掴む。

センチュリオンで使用している無線機は電波ではなく魔法力の流れを利用しているから周波数帯等の制約が無い。

 

つまり、魔法力の存在する地域であればどこでも通信が可能なのだ。

 

この夏、2回目の大規模戦闘が始まろうとしていた。

 

 

 

 




遅ればせながらゾンビランドサガにハマりました
というわけで次回は対亡者戦です


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case97 Centurion vs. Inferius 〜センチュリオンvs亡者〜

感想誤字報告ありがとうございます!
東大王のハリポタ見ながら投稿です笑

今回、危険物取扱関係の話が出てきますが、ガソリンは静電気でも引火する危険な燃料です。
対バジリスク戦でエスペランサはガソリンを自身にかけていましたが、非常に危険な行為です。
なので、潤滑油に変更します。
今更ですが

あと亡者に関しては独自設定と解釈があります。



「インセンディオ!インセンディオ!」

 

海から無数に湧き出てくる亡者に対して炎の魔法を放つのはペネロピー・クリアウォーターという魔女だった。

 

ホグワーツを卒業して魔法省運輸部に就職したペネロピーは休暇を利用して地元へ帰省していた。

彼女の地元はロンドンから100キロ程離れたところにある港町だ。

 

この港町は近隣に工業地帯があるため、タンカーをはじめとする船舶の往来も多く、休暇中でも賑わっている。

そんな港町でのんびりお茶をしていたペネロピーはバースの方から聞こえてくる悲鳴とサイレンの音を聞きつけた。

 

来てみれば海から無数の亡者が湧き出てきて片っ端からマグルを襲っていたのだ。

 

漁船の船員は船ごと海に引き込まれてて絶命する。

曳船や油船に乗っていた船員は逃げようとするも複数の亡者に襲われて地面のシミになってしまう。

港湾職員も市場に来ていた一般市民も次々と襲われていった。

 

亡者は動きも素早い上に力も強い。

対抗手段は炎か強い光だが、港湾を警備していた沿岸警備隊の隊員や警察署の職員はそんな武装を持っていなかった。

 

こうなれば戦えるのは亡者に関する知識を持つペネロピーのみだ。

彼女はマグルの面前であるが、知り得る魔法を全て駆使して亡者を攻撃した。

 

彼女の活躍と沿岸警備隊員達の反撃もあり、非戦闘員と負傷者は後方の巨大な倉庫へ避難させる事が出来た。

普段は造修補給所として使用されているであろう倉庫はかなりの人数を収容出来る。

 

それでも100人近くのマグルが亡者に襲われて死亡し、港内を血で赤く染めていた。

穏やかな港町は今や地獄絵図と変わっていたのだ。

 

「何なんだ!何なんだよこいつら!」

 

ペネロピーの横で短機関銃を乱射していた沿岸警備隊の職員が悲鳴を上げる。

 

亡者の群れは修理した船舶を海に浮かべるための"すべり"と呼ばれるスロープのような場所から陸上へと這い上がって来ている。

その数は目算で数千。

 

まるでゾンビ映画のようだ。

 

腐乱臭を漂わせながら、亡者達は逃げ遅れたマグル達に襲いかかる。

 

「諦めないで下さい!インセンディオ!」

 

ペネロピーは杖から炎を出し、亡者を数体まとめて焼き払う。

亡者の弱点は炎だ。

しかしながら数が多過ぎて対処しきれない。

 

マグルの沿岸警備隊や地元警察の機動隊が拳銃や短機関銃で応戦しているが、そちらも数が足りていなかった。

警察のほとんどは生存者の救助と避難誘導にあたっていて、戦闘員は20名もいない。

 

それに拳銃や短機関銃では亡者の進行を阻止できなかったのだ。

 

亡者は死体であり、降霊術と呼ばれる闇の魔術によって動かされている。

痛みを感じず、通常兵器での殺傷は困難。

戦闘不能にするには神経系統を完全に破壊する必要があった。

つまり、ゾンビ映画と同様に首を切断したり頭部を破壊すれば良い。

 

しかし、それをするだけの銃弾や技量をこの場にいる戦闘員は持っていなかった。

ペネロピーはかつてエスペランサが彼らと同様の短機関銃を使うところを見たことがある。

故に、ここにいる隊員がエスペランサよりも低練度である事を見抜いていた。

 

「くそおおお!何で死なねえんだ!何なんだよこいつらは!」

 

「撃て撃て撃ちまくれ!」

 

押し寄せる亡者の群れに囲まれてしまった警官の一人が短機関銃を連射しながら絶叫する。

だが、拳銃弾では亡者の神経を完全には破壊できず、足止めすらできない。

短機関銃はすぐに弾切れを起こし、警官は亡者の群れに押し潰された。

 

「ぎゃあああ!」

 

断末魔の叫びが一瞬だけ聞こえる。

亡者の群れは更なる獲物を求めて陸上へ進行を続けた。

 

「おい!魔女さんよ!あいつらはゾンビなのか?」

 

港に放置されていたフェンダーなどの資材を防壁としながら沿岸警備隊の隊長がペネロピーに聞いた。

沿岸警備隊も警察も杖から火を吹かせるペネロピーが魔女だという事に驚きつつも、その事実を疑う暇は無かった。

ペネロピーは魔法で押し寄せる亡者を牽制しながら、それに答える。

 

「あれは亡者と呼ばれるものです。例のあの人……ええと、悪い魔法使いが魔法界にいるんですけど、彼が殺害した多数の人を亡者にして軍隊を作ったことが知られていました。恐らくはその一部と思われます」

 

「すると、なんだ?あいつらはやっぱりゾンビなのか!?」

 

「ゾンビっていうのが私には分からないんですが……。でも安心して下さい。先程、魔法省に連絡しました。もうじき援軍が来ます」

 

「本当か!俺たちも通信施設はあったんだが、あの亡者とやらに占領されてしまって……」

 

沿岸警備隊の施設や港湾関係の通信施設は既に亡者の群れが占拠していた。

無論、そこで逃げ遅れた職員達は容赦なく亡者の餌食となっている。

 

ヴォルデモートがかつて従えた亡者はほとんどが彼によって殺害されたホームレスのマグルだった。

しかし、それはせいぜい2〜300人。

ここに押し寄せている亡者はその数倍に及ぶ。

よく見れば亡者達の中には第一次大戦や第二次大戦時代の英国やドイツの戦闘服を身に纏っている個体がいた。

 

もしかしたら、大戦時の戦死者を使役しているのかもしれない。

 

そうこうしている内に亡者達は港湾の施設を次々と占拠していく。

 

「た、助けてくれー!」

 

「弾切れだ!弾が無い!」

 

灯台の上から亡者を狙撃していた機動隊員は残弾が無くなり、警棒で応戦するも瞬く間に亡者の群れに手足をもがれていた。

 

哨戒艇の上から軽機関銃を掃射していた沿岸警備隊は四方を亡者に囲まれ、一人、また一人と喰われていく。

生きながらにして喰われる隊員達はこの世のものと思えない悲鳴を上げていた。

 

「くそっ!あれじゃなぶり殺しだ……」

 

自分の部下達が次々と襲われていく光景を見て沿岸警備隊の隊長は地面を拳で叩いた。

 

港の左右で戦っていた戦闘員がやられた事で、守りが薄くなる。

 

「まずい!このままだと囲まれるぞ!」

 

正面だけでなく左右から押し寄せる亡者の群れにペネロピーも絶望し始めていた。

数が多過ぎる。

数分後には自分達も亡者の餌食になるだろう。

 

ここにきて彼女は初めて死の恐怖を覚えた。

 

正面から襲いかかってくる亡者の群れとペネロピー達の距離は既に30メートルを切っていた。

左右の亡者も着実に彼女らを囲み始めている。

 

もう駄目かもしれない……。

 

そんな弱音が出かけた時、何かがペネロピー達の頭の上を音速で通り過ぎていった。

ヒュルルという音と共に飛来した"それ"は死体を乗り越えて押し寄せる亡者の群れの中央に着弾する。

 

そして、爆発。

 

十数体の亡者が空中に四散し、地面は炎上した。

爆音、噴煙。

 

ペネロピーはかつてホグワーツ在学時にこの爆発を見た事があった。

 

「救世主登場!間髪入れるな!どんどん撃ち込め!」

 

ペネロピーや沿岸警備隊の隊員達の後方から次々と武装した男女が走ってくる。

センチュリオンの隊員が到着した瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「撃て撃て撃ちまくれ!」

 

センチュリオンの隊員達はペネロピーや沿岸警備隊員達の前に展開すると、各人の判断で銃撃を始めた。

 

センチュリオン正規隊員12名の機関銃による掃射と、闇祓いや魔法警察から転籍してきた隊員の魔法攻撃で亡者の足は一時的に止まる。

 

「ペネロピー・クリアウォーターだな?俺たちはセンチュリオンだ。救援に来た」

 

「あ、ありがとう……。あなたは…ルックウッドね?」

 

「ああ。避難した人達はどこにいる?」

 

「後ろのあの大きな倉庫の中……。ほとんどがマグルで怪我人も多いわ。それに周りをこれだけ亡者に囲まれているから逃げようにも逃げられないの」

 

エスペランサは背後にある巨大な倉庫を見た。

航空機の格納庫程の大きさがある。

 

「了解した。フローラ、何人か連れて倉庫の中に行って負傷者の治療にあたってくれ」

 

「了解しました」

 

フローラは救急医療キット片手に倉庫に走っていった。

 

エスペランサは周囲の状況を観察する。

正面の滑りからは海から這い出た亡者が無数に襲いかかってくる。

左右もほとんど囲まれていた。

亡者に襲われて倒れている人間もちらほらと見える。

 

エスペランサも正直なところ亡者の規模がここまでのものとは予想していなかった。

 

「君は……英国軍の人間なのか?」

 

既に弾が尽きた拳銃を片手にした警官がエスペランサに話しかけてくる。

他の警官や沿岸警備隊の隊員たちも集まってきた。

その数は既に若干。

しかも彼らの銃はほとんど弾が底をついている。

中には銃ではなく警棒を持った者も居たし、怪我人も多かった。

 

「英国軍ではありませんが……味方です。ここの指揮官は?」

 

「私だ。沿岸警備隊で隊長をしている。だが私の部下のほとんどはあの化け物にやられてしまった。駆けつけてくれた警官もだ。軍に応援を呼ぼうにも通信機器があった管制室は既に化け物に埋め尽くされてしまっているし、衛星電話を持っていた隊員は喰われてしまった」

 

英国の沿岸警備隊の主任務は人命救助である。

他国の沿岸警備隊が行うような治安維持活動は軍が担っているため、彼らはほとんど武装を持たない。

今、ここにいる沿岸警備隊の隊員が持っている短機関銃や拳銃は全て警察のものだ。

 

ちなみに英国の警察は公認拳銃所持警官以外、銃を携行しないからここにいる人間は銃の扱いに慣れていなかった。

 

「なるほど、ここは我々が引き継ぎます。あなた達は避難して下さい」

 

「しかし……あなた達も人数は少ない。あの化け物は銃が効かないし、逃げるわけには」

 

「あなた達は十分に使命を果たしました。非戦闘員を避難させるという使命を……。ここからは我々の仕事です。それにあなた達の銃弾はもうほとんど無いのでしょう?」

 

「それは……そうですが」

 

沿岸警備隊の隊長は生き残っていた自分の部下や警官を見る。

怪我人ばかりの上に数時間に及ぶ戦闘で皆、疲弊していた。

 

「わかりました。我々は倉庫で怪我人の治療にあたります。ご武運を!」

 

隊長や警官達は皆、エスペランサに敬礼をして倉庫に走っていく。

エスペランサも答礼をして、亡者との戦闘をする為に走り出した。

 

残されたペネロピーは悩んだ挙句にセンチュリオンの戦闘に加勢することに決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらおらおらおら!くそ!こいつら一体何体いやがるんだ?」

 

「ざっと500ってところか?いや、もっといるかもな」

 

「キリがねえよ!しかも全然銃弾で倒れねえ」

 

5.56ミリ機関銃MINIMIで銃弾をばら撒きながらコーマックが叫ぶ。

その足元で同じくMINIMIを脚を立てて撃っているのはアンソニーだ。

彼らは岸壁の右翼の防衛を任されていた。

 

岸壁突端にある灯台を占拠した亡者達は次の獲物を狙う為に殺到してきている。

その最前列はアンソニー達の20メートル先にまで迫っていた。

 

数百の5.56ミリ弾を撃ち込むが、亡者の勢いは緩まない。

彼らは自動追尾の魔法によって全弾を亡者に命中させているが、元々威力がそこまで高くない5.56ミリ弾では上手く亡者の頭部や首を粉砕出来ない。

何より敵の数が多過ぎた。

 

空薬莢が花弁のように舞い、亡者の身体に弾丸が命中していくが亡者の動きは止まらない。

 

「頭だ!頭を狙うんだ!」

 

さらにその5メートルほど横にいるネビルがM14で亡者を狙撃しつつ言う。

彼は的確に亡者の頭を仕留めていた。

 

「狙ってるよ!だが、軽機関銃じゃ上手く頭を吹き飛ばせねえんだ!それに数が多い」

 

「この調子だと弾が尽きるのも時間の問題だぞ」

 

アンソニーが200発入りの箱型弾倉を交換しながら嘆く。

 

ダイアゴン横丁に展開していたセンチュリオンの隊員は急遽、隠れ穴に戻り戦闘の準備をした。

元々、隠れ穴には隊員が何名か駐屯していたから物資の準備事態はそこまで苦ではない。

 

問題は隠れ穴には大量の亡者に対抗出来る武器があまり無かったことである。

小銃や機関銃は面の制圧力に欠けるし、対戦車榴弾は数が少ない。

一番有効なのはナパーム弾だが、センチュリオンの持つナパーム弾は有線で点火するタイプであり、事前に設置が必要だ。

 

岸壁左翼の防衛を任されていたアーニーとダフネは本来なら迫撃砲を扱う筈だったが、咄嗟の機転で火炎放射器を持ち出していた。

火炎放射器は亡者に対してかなり有効な武器であり、左翼は亡者の進行を何とか押し留めている。

 

しかしながら火炎放射器も無限に使える武器では無い。

 

「燃料切れだ!次を持ってきてくれ」

 

アーニーが燃料切れとなった火炎放射器を放り捨てつつ叫ぶ。

数十もの亡者が火炎に焼かれて灰になっていたが、それらを乗り越えて次々に亡者が押し寄せてきた。

 

ダフネが間髪入れずにパンツァーファウストⅢを撃ち込み、亡者が四散する。

しかし、爆炎の間からさらに亡者が押し寄せてきていた。

 

補給員がアーニーとダフネのところに火炎放射器や対戦車榴弾を補給していく。

 

「火炎放射器は残数が少ない!次の補給が来るまで節約するんだ!」

 

「節約って言っても……この調子だとすぐに押し潰されるぞ!?」

 

隠れ穴前線基地にあった物資の8割を投入したが、無数に湧き出てくる亡者相手にはそれでも不足していた。

何よりも隊員の数が圧倒的に少ない。

 

今回の戦闘の勝利条件は「亡者の駆逐」であるから、人手と物資の不足は致命的だ。

 

 

右翼と左翼の亡者はそれでもアーニーやアンソニー達によって数を減らす事が出来ている。

しかし、最も亡者の数が多い正面の防衛線は現状維持で手一杯だった。

 

「弾幕を切らすな!何としても敵の進行を押し止めろ!」

 

遊撃班から回されてきたチョウとコーマックがキャリバー50重機関銃を乱射する。

その横では魔法警察や魔法省から転籍してきた隊員、それにペネロピーが魔法による攻撃をしていた。

 

「亡者の群れの一部が榴弾の最小射程距離に達した!」

 

「そいつらは機関銃で制圧しろ。弾倉の弾を使い切っても構わんから一時的に火力を集中させて敵の進行スピードを遅らせてくれ」

 

そう言いつつエスペランサは手榴弾のピンを抜いて投擲する。

爆発と共に亡者の一段が吹き飛んだ。

他の隊員も集中砲火を亡者に浴びせる。

 

そのおかげで一瞬ではあるが、亡者の進行は止まった。

 

「今だ!有刺鉄線を展開しろ!」

 

エスペランサの指示で隊員達が有刺鉄線を展開させる。

もちろん魔法を駆使してだ。

 

センチュリオンの隊員達と亡者との間に有刺鉄線がコの字を描いて展開されていく。

前に進むしか脳のない亡者達は次々と有刺鉄線に突撃していまい、身動きが取れなくなった。

 

「動きが止まった!撃て撃て撃て!」

 

銃と魔法による攻撃が有刺鉄線によって動きを止められた亡者の群れに襲いかかる。

亡者達は生ける屍からただの屍と化した。

 

しかし、折り重なるようにして倒れた元亡者達を乗り越えて次々とまだ動ける亡者が押し寄せてくる。

 

「死兵だ……。このままだと押し潰されるぞ。だが、撤退も出来ない」

 

「どうする隊長?」

 

射撃を続けながら隊員が指示を乞う。

エスペランサとてこのような戦局ははじめてだ。

 

有刺鉄線の展開で一時的に余裕は出来たものの、これ以上戦線を維持するのは困難である。

 

何か無いか…と港湾施設を見回したエスペランサは岸壁の一角に油船が係留されているのを見つけた。

彼は船舶に詳しくは無いが、油船がどのような船かどうかは知っている。

 

「あれを使えば……。アンソニー!俺は少し戦線を離れる。その間、ここの指揮を頼む」

 

「何っ!?何か思いついたのか?」

 

「ああ。戦局をひっくり返す策を思いついた」

 

「了解した!ここは何としても守り通す。頼んだぞ隊長!」

 

エスペランサは戦線を離れて避難先である倉庫へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

倉庫の中には数百人の避難者がいた。

漁師や港湾職員、それに生き残った警官や沿岸警備隊の隊員だ。

 

負傷者はフローラが指揮するセンチュリオンの衛生員に手当を受けていたが、その光景はさながら野戦病院のようだった。

 

あまりの恐怖から発狂したり、震えている民間人も多い。

それもその筈だ。

 

倉庫の外からは戦闘の音がずっと聞こえているのだから。

 

「外は、外はどうなってるんですか?救援は来るんですよね?私たちはどうなってしまうんですか」

 

エスペランサが倉庫に入った瞬間、避難民の一人が不安そうに聞いてくる。

ここの避難民達はエスペランサ達を英国軍と思っているようだった。

 

「大丈夫です。奴らは必ず我々が倒しますから」

 

彼はそう言うと、倉庫の奥に進む。

倉庫の奥ではフローラに手当てされている港湾職員達が居た。

 

その中でも最も年配な男にエスペランサは話しかけた。

 

「あなたが港長ですか?」

 

「あ、ああ。私がここの港長だ」

 

無精髭を生やした初老の男が手当てを受けながら言う。

彼もまた亡者の襲撃で怪我をしていた。

 

「自分は今戦闘を行なっている部隊の隊長です。敵は亡者という生ける屍です。弱点は熱と光……。奴らを倒すためには湾内で大規模な火災を起こす必要があるんです」

 

「大規模な火災……。つまりあなたはこの港内を炎上させる許可を貰いに来たということですか?」

 

「理解が早くて助かります。今から港湾を大炎上させて亡者を一網打尽にするつもりです」

 

「私の権限でどうにか出来る事ではない。港湾の長は私だが……。いや、あの化け物を倒してくれるのなら……構わない。全ての責任は私が負おう。しかし、この港湾も狭くはない。どうやって炎上させる気なんです?」

 

「港に油船が止まっていました。あれに積んである燃料を湾内に流して爆破するつもりです」

 

「それは、不可能だと思います」

 

「え?何故ですか?」

 

「あの油船に積んであるのは重油です。流したところで恐らく燃えないでしょう」

 

エスペランサは魔法使いの中では内燃機関や危険物についての知識が豊富だった。

しかし、彼は主計兵では無い。

彼の知る船は基本的に軍艦であったが、米海軍の艦艇は原子力か軽油で動く。

だが、一般商船の燃料は基本的に重油だ。

 

第3石油類である重油の引火点は60から150度であり、引火し難い。

逆にガソリンの引火点はマイナス40度であり、静電気でも簡単に燃えてしまうので危険なのだ。

 

「重油は燃えないということですか?」

 

「重油もディーゼル燃料も引火点は低い。あの化け物全部を燃やすならガソリンでないと駄目でしょう……」

 

「ならガソリンは?この港湾施設にガソリンタンクはないんですか?」

 

「船ではガソリンは使いません。……いや、あります。車輌用の燃料を格納した倉庫があるんです。しかし、あそこは化け物に埋め尽くされていて近付けるとは思えません」

 

港長曰くガソリンが格納された倉庫は既に亡者に覆われている岸壁を越えた先にあるらしい。

つまり、ガソリンを入手するためには亡者の群れの中を突破していく必要があるのだ。

 

「やるしかないだろ。だが、亡者の群れの中を突破する戦力が確保出来ない……」

 

アーニーやアンソニー達主力部隊は今も亡者と交戦中。

フローラをはじめとした衛生隊や後方支援部隊も治療と補給で手が離せない。

 

「俺が行く。ここじゃ俺が一番暇だからな」

 

困り果てていたエスペランサの元にフナサカがMINIMIを担いでやってきた。

彼は通信機器を担当しているが、確かに今は仕事が無い。

 

「フナサカか。だが、俺を含めても二人だけじゃ亡者を突破するのは不可能だ」

 

「私達も行こう。銃の取り扱いは分からないが、亡者の相手なら過去の戦争で経験がある」

 

フナサカの後ろから元闇祓いと元魔法省役員の隊員が4名現れた。

 

「これで6人か。隊長、6人なら何とかなるんじゃないか?」

 

「6人……ギリギリ分隊規模の戦闘団か」

 

「なら我々も戦う。亡者とか魔法とかは知らんが。この街を守るのは我々の役目だからな」

 

さらに6名の警官と沿岸警備隊員がやってきた。

これで決死隊の人数は12名。

 

「これなら何とかなるかもしれん。だが、あの亡者の中を突破するとなれば危険が伴う。センチュリオンの隊員はともかく、あなた達を巻き込む訳には」

 

「危険は承知の上だ。私達も射撃訓練くらいは経験がある。それに、我々ならガソリンの場所も知っている」

 

警官達の顔は真剣だった。

確かに彼らは貴重な戦力だ。

エスペランサは決心する。

 

「了解しました。では、我々の指揮下に入って下さい。ブリーフィングをしている暇は無い。補給をしたらすぐに突撃だ」

 

エスペランサは警官と沿岸警備隊員達にM733を渡していく。

そして、自身もMINIMIを手に取った。

 

今世紀初のマグルと魔法使いによる混成部隊が結成した瞬間である。




Q 亡者は日中に動けるの?銃や火炎放射器で倒せるの?
A 独自設定です。ヴォルデモートの操る亡者はマグルの浮浪者というのは公式設定です。今回はヴォルデモートが操っていないので他で用意してきています。

Q 箒で絨毯爆撃すれば?ナパームとか火炎瓶とか
A 亡者を操る敵を警戒して(魔法による狙撃を警戒)箒での攻撃をしなかったのと、亡者の規模が予想以上で準備不足。そもそもナパーム弾はホグワーツにあり、別働隊が輸送中。

Q 何故ペネロピー出したの?
A 後々活きてくる展開です。

Q マグルの警察と軍隊は来ないの?
A 要請する前に職員が亡者に襲われ、通信機器が使えない。この当時はまだ携帯電話は普及していないのでなかなか連絡も難しい。ギリギリ生き残っていた警官と沿岸警備隊の隊員が何とか一般人を避難させて小火器で抵抗していたが、センチュリオン到着時点で8割以上の警官と沿岸警備隊員が亡者に殺されてしまっていた。



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case98 At the end of the sacrifice 〜犠牲の果てに〜

ファンタビ観ながら投稿です!
最近のマイブームは腹筋ローラーと懸垂


「右翼に火力を集中して隊長達を援護しろ!」

 

アンソニーの号令でセンチュリオンの隊員が亡者に向けて一斉攻撃を仕掛ける。

 

50口径弾、5.56ミリNATO弾、パンツァーファウストⅢ、火炎放射器、そしてインセンディオ。

それらの飽和攻撃で亡者の群れがまとめて吹き飛ぶ。

爆音と爆発。

数十体の亡者が木っ端微塵に吹き飛ぶ様はまるで花火のようだった。

そして、少しではあるが右翼防衛線方面にぽっかりと道が出来た。

 

「今だ!進めえっ!」

 

エスペランサを先頭にして12名の決死隊が亡者の群れの中に突撃する。

まとめて亡者を吹き飛ばして無理矢理作った道を走るのは隊員達にとって心地よい物ではなかった。

左右からは相変わらず無傷の亡者が襲ってくるからだ。

それに、榴弾によって四散した亡者の手足を踏みつけ、肉の焼ける臭いや腐敗臭に耐えなくてはならない。

それでも彼らは息を切らせて走り抜けた。

 

「ガソリンのある倉庫はあそこです!」

 

走りながら沿岸警備隊の隊員が岸壁の先にある建物を指差した。

油船やパイロットボードが係留してある岸壁よりも100メートル先にコンクリート出てきた半地下の倉庫があった。

 

「まるで大戦中のトーチカみてえだな」

 

「ガソリンは危険物なのでタンクを地下に埋めているんです。なのでタンクはまだ化け物にやられていないと思います」

 

だが、その倉庫に行く道は亡者で埋め尽くされている。

アンソニー達の攻撃でかろうじて道が出来たものの、次々と新たな亡者がダビットから陸に上がり、エスペランサ達の行手を遮ろうとしていた。

こうなれば亡者の群れの中を走って突破するしかない。

 

「あの中を突破する。倉庫に辿り着くまで足を止めるな。誰かが亡者に取りつかれても構わずに突き進め」

 

隊員達は各々の武器を四方に向け、走り始めた。

360度どの方向からも亡者は襲ってくるが、銃撃と魔法攻撃で牽制する。

正面の敵はエスペランサとフナサカが交互に射撃をして確実に倒していった。

 

「11時の方向!新手だ」

 

左前方で係留されていた曳船の影から50体程の亡者が現れた。

亡者の身体能力は通常の人間を凌駕している。

5メートルはある曳船の船橋によじ登った亡者達はそこから飛び降りてエスペランサ達に襲いかかった。

 

上から襲いかかってくる亡者に隊員達は対応が遅れる。

が遅れる。

 

「うわっ!?」

 

「ぐあっ!」

 

警官と元魔法省職員の隊員が数体の亡者に押し潰された。

亡者と言えど体重は人間と変わらない。

5メートル上から落下してきた無数の亡者に潰されてはタダでは済まない。

 

「まずい!防御しろ」

 

すかさず沿岸警備隊の隊員達が曳船によじ登っている亡者を撃ち抜いた。

亡者はドミノ倒しのように倒れ、海中に転落していく。

 

エスペランサとフナサカは亡者に襲われている仲間を助けようとして銃を構えた。

しかし、撃てない……。

 

亡者を倒す為にはかなりの銃弾を撃ち込む必要があった。

だが、そうすれば銃弾は亡者を貫通し、亡者に襲われている仲間にも弾があたってしまうだろう。

 

「お、俺達に構うな!行けっ!行くんだ!」

 

亡者に身体を引き裂かれながら警官の一人が叫ぶ。

エスペランサは迷った。

 

「あんたが"仲間が襲われても足を止めるな"と指示を出したんだ!だから止まるな!行けええええ!」

 

「すまない!」

 

行き場の無い怒りを胸に、エスペランサ達は再び走り出す。

 

背後からは果敢に反撃する警官と元魔法省職員の声が聞こえたが、やがて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

犠牲を払いながらもエスペランサ達10名の決死隊はガソリンタンクが保管されている倉庫まで残り20メートルの地点まで辿り着いた。

 

左手にはクロスビットとそれに係留されている小型の貨物船がある。

この貨物船はまだ亡者に襲われていなかった。

よく見れば貨物船の周りの海にはオイルフェンスが張られており、それに亡者の進行が阻まれている。

故に岸壁には亡者達が少ないのだ。

もっとも、ほとんどの亡者は避難民やセンチュリオン本隊のいる場所を襲撃しているからというのもある。

 

「隊長!あの貨物船はまだ無事だ!貨物船に向かう許可をくれ」

 

フナサカが立ち止まって言った。

岸壁には全長50メートルもない小型の貨物船が係留されていた。

よく見ると水上レーダーが回っている。

 

「何をする気だ?」

 

「貨物船の船橋が無事なら、国際VHFも生きている可能性が高い。湾内をガソリンで燃やすのなら付近船舶に警告を出すべきだ。それに、救援を呼べる可能性もある」

 

倉庫はすぐ目の前。

亡者の数は先ほどよりも少なく、何人か削っても問題は無いだろう。

 

「分かった。2人つける。通報を実施したらこっちに合流しろ」

 

「了解!」

 

フナサカは沿岸警備隊員2名を従えて小型貨物船に乗り込んだ。

 

それを見届けた後、エスペランサ達はガソリンタンクの格納された倉庫に向けて走り出す。

 

「思った通りだ。亡者の群れのほとんどは我々が作った防衛ラインに殺到している。ガソリンタンク付近は比較的亡者の数が少ない」

 

平家建ての倉庫の扉をこじ開け、中に入ると地下のガソリンタンクから伸びた銀色のパイプラインがあった。

建物は大戦中のトーチカのようだったが、中は近代化されていてガソリンの残量を自動で計測する装置等が置かれている。

 

「ガソリンタンクはこの地下にあります。そこからパイプを伸ばして給油設備に繋げているんです」

 

職員が倉庫内の照明をつけつつ言う。

白熱灯に照らされて倉庫内が明るみになった。

広さはバスケットコートがすっぽりと入るくらいある。

 

「ガソリンはどれくらいありますか?」

 

「私は港湾職員ではないので分かりませんが、タンクローリー数台分は入っているはずです。しかし、この中に入っているガソリンをどうやって湾内に流すんですか?」

 

「魔法を使います。とは言え、俺も魔法の腕は未熟ですが。こっちには魔法のプロがいるので」

 

エスペランサが元闇祓いや魔法省職員の隊員を連れてきたのはこれが理由だ。

タンク内のガソリンを魔法で運び出し、海に流す。

当初は呼び寄せ呪文で流そうとしたのだが、流体を呼び寄せるのは困難だった。

故に決死隊を結成してタンクまで来る必要があったのである。

 

「今更ですが、あなたも魔法使いだったんですね」

 

沿岸警備隊員が言う。

 

「ええ、まあ、そうです」

 

「色々と聞きたい事はありますが、今時の魔法使いは銃火器も使うんですか?」

 

「まさか……。我々が異端なだけですよ。魔法使い達は基本的に銃の存在を知りすらしませんから」

 

「私達だって魔法の存在を知りませんでした。でも、あなた方のような魔法使いが英国に居るということが知れて良かった」

 

その言葉を聞いたエスペランサは複雑な気持ちになる。

亡者に襲われた人々を助けたのは確かに魔法使いであるエスペランサ達だ。

しかし、亡者をマグルの街に解き放ったのも間違いなく魔法使いなのである。

 

魔法使いが存在しなければこの悲劇は生まれなかった。

 

「もしこの戦いを生き延びる事が出来たら一杯奢らせて下さい」

 

「お気持ちは嬉しいですが、こう見えて俺は未成年なんです」

 

エスペランサは苦笑いする。

無論、彼が未成年飲酒をするのは日常茶飯事だった。

それよりも、戦闘が終われば警官も沿岸警備隊員も魔法省の役人によって全ての記憶が改竄される。

 

つまり、エスペランサ達と共闘した記憶は無くなってしまうのだ。

 

その事に彼は一抹の寂しさを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小型貨物船に乗り込んだフナサカは船橋に入り込み、国際VHFを探した。

 

国際VHFは外洋や内海において船舶間が通信を行う船舶無線である。

フナサカと一緒に付いてきた沿岸警備隊の隊員が船長席の横に取り付けられていた国際VHFの装置を見つけた。

見た目は少しゴツい黒色の固定電話のようである。

 

「ありました。電源も生きています」

 

船橋にあるレーダー機器も動いていることから船の発電機は今も稼働中なのだろう。

だが、船員の姿は見えない。

避難したのか、それとも……。

 

機器のデジタル画面には"16ch"と表示されている。

呼出周波数が16チャンネルに設定されているということだ。

フナサカは特殊無線技師の免許を持っているから国際VHFの扱いも知っている。

 

送話器を取り上げて、早速呼びかけを実施した。

 

「警報、警報、警報。各局、各局、各局。こちらロイヤルラムズギット湾沿岸警備隊。湾内で大規模な火災が発生。付近船舶は十分警戒して通行して下さい。繰り返します。こちらロイヤルラムズギット湾沿岸警備隊。湾内で大規模な火災が発生。付近船舶は十分警戒して通行して下さい。アウト」

 

通報を終えたフナサカは信号拳銃を取り出し船橋からウイングに出る。

そして、空に向かって信号拳銃を撃ち出した。

 

信号拳銃から信号弾が発射され、眩い光が曇り空を照らす。

これが通報完了の合図だった。

この信号弾を見てエスペランサ達は湾内にガソリンを流す手筈になっている。

 

「とりあえず任務は遂行しましたね。早いところ皆と合流しましょう」

 

沿岸警備隊員の一人がM733を持ち上げ、安心したように言う。

だがその時、船橋の中を緑色の閃光が襲った。

 

「何っ!?」

 

沿岸警備隊員が目を見開いたまま船橋内に倒れる。

咄嗟に伏せたフナサカは匍匐して倒れた隊員の元へ移動した。

脈は既に無い。

 

「死んでる……」

 

「ど、どういうことですか!?」

 

「死の呪いです。人を殺す魔法です」

 

「えっ!?」

 

もう一人の沿岸警備隊員が同じく匍匐で這ってくる。

倒れた隊員に外傷は無い。

ただ目を見開いて死んでいる。

 

間違いなくアバダケダブラが行使された結果だった。

 

「くそっ!死の呪いで狙撃してきやがったのか。どこから狙ってやがる!?」

 

フナサカは船橋に入り込み、身を隠す。

死の呪いは反対呪文のない恐ろしい魔法だ。

しかし、真っ直ぐにしか飛ばない上に遮蔽物があれば簡単に防ぐことが出来る。

つまるところ狙撃にはあまり向かない。

 

それにも関わらず敵は死の呪いで狙撃をしてきたのだ。

 

「どこだ?どこにいるんだ?」

 

フナサカは半身を船橋から出し、索敵する。

岸壁、他の船、灯台……。

 

「あそこだ!あそこです!」

 

沿岸警備隊員が空中を指差す。

そこには箒に乗り、空中を飛ぶフード姿の男がいた。

フナサカ達の場所からは100メートル近く離れている。

まるで死神が空を飛んでいるようだ。

 

「見つけた!間違い無い。あれは死喰い人だ」

 

「死喰い人?そいつは一体何者なんです?」

 

「簡単に言えば悪い魔法使いです。マグルで言うところの……テロリストです」

 

「何という事だ……」

 

「来るぞっ!」

 

死喰い人は箒で貨物船に突っ込んできた。

フナサカは船橋の窓を開け、銃口を突き出す。

そして、照星照門に敵を捉え引き金を引いた。

 

タタタン

タタタン

 

リズミカルに3点射して狙い撃ちしようとしたが、敵の飛行速度が速過ぎて当たらない。

 

「畜生!あいつの乗ってる箒はニンバスの最新型だ!早過ぎて捉えられねえからホーミング魔法が上手く機能しない!」

 

フナサカが嘆く。

彼の持つMINIMIの残弾は残り僅か。

そして高速に動く敵に対して銃にかけたホーミング魔法は上手く機能しなかった。

 

「まずい!伏せろ」

 

敵は貨物船の上を旋回し、爆破魔法のボンバーダを連続して放ってくる。

 

船橋やマストが爆破され、火花が舞った。

 

慌てて伏せたフナサカと沿岸警備隊員の頭上に割れた窓ガラスが降ってくる。

ハッチや窓のフレームが熱でグニャグニャに曲がっていた。

 

「あいつを引きつけられませんか?」

 

沿岸警備隊員がフナサカに言う。

 

「引きつけるって言っても……。何をする気なんです?」

 

「自分があの箒に乗った敵を狙撃します。あなたが敵の気を引いているうちに!」

 

「敵は最高で時速200キロを超える速度の出る箒で飛んでいるんですよ!?狙撃なんて出来る訳ない!」

 

「出来ます!これでも自分は元英国軍の狙撃手でね。腕には自信があるんですよ!」

 

フナサカの射撃の腕はそれ程良くない。

この局面を何とかするとしたらこの沿岸警備隊員の言葉を信じるしかないだろう。

 

「元英国軍の狙撃手……。それは心強い。分かりました。俺が奴を引きつけます」

 

「頼みますよ。ご武運を!」

 

「こちらこそ」

 

フナサカはMINIMIを手に持ち、船橋から半壊したウイングに躍り出た。

そして、旋回中の死喰い人に向かって射撃を開始する。

 

攻撃に気付いた死喰い人は箒の速度を上げ、銃弾を回避。

貨物船の周りをぐるりと飛行した後に急降下して再び攻撃を仕掛けてきた。

フナサカは知る由もなかったが、この死喰い人はかつてスリザリンのクィディッチキャプテンだった。

ブラッジャーを避けるのも銃弾を避けるのも彼にとっては同じくらい簡単だったのである。

 

MINIMIを乱射しながらフナサカは敵に悟られない程度に左後方を確認した。

沿岸警備隊員は爆風で飴細工のように折れ曲がったマストによじ登り、M733を手摺に固定している。

死喰い人がこの狙撃手に気付いている様子は無い。

 

「そのまま……そのまま降りてこい!」

 

フナサカは引き金を引き続けた。

MINIMIの箱型弾倉には200発の5.56ミリNATO弾が入っている。

連射していれば数十秒で弾切れとなる計算だ。

 

案の定、弾が切れてしまう。

フナサカはMINIMIを床に投げ捨て、杖を取り出した。

彼に残された武器はもう杖だけである。

 

死喰い人がフナサカ目掛けて急降下してきた。

そして、連続で爆破呪文を放ってくる。

 

「くそっ!プロテゴ・マキシマ!」

 

咄嗟に盾の呪文を展開させ爆破呪文を防ぐが、予想以上の威力だ。

これ以上耐えるのは難しい。

それに、盾の呪文が効かない死の呪いを撃たれたらそこで終わりだ。

 

しかしその時、乾いた銃声が響き渡り箒に乗っていた死喰い人が海に落ちる。

小さな水柱が立ち、海面が赤く染まっていた。

 

「や、やったのか!?」

 

沿岸警備隊員は見事に飛行中の死喰い人を仕留めた。

しかも、使用した弾薬はたったの一発だ。

 

センチュリオンにもネビルという狙撃手が居るが、この技量はネビルを凌駕している。

フナサカはこの日はじめて職業軍人の能力を目の当たりにした。

 




今回は少し短めです
ファンタビ観てるとアメリカの魔法省ってかなり優秀ですね
英国魔法界の方が何かこう…腐敗していたというか


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case99 Magic drug teacher 〜ホラス・スラグホーン〜

感想、誤字報告ありがとうございます!
投稿遅れて申し訳ありません!


4

 

突然襲撃してきた死喰い人が狙撃され海中に落下したのをエスペランサ達も確認していた。

 

「これで邪魔者は居なくなった。作戦決行だ!」

 

エスペランサの指示で元闇祓いの隊員が杖を取り出す。

魔法に関してはエキスパートだった彼等はアルミニウム製の給油口からガソリンを魔法で噴出させ、次々に海面へ注ぎ込んでいった。

 

まるで見えない透明な管の中を通るように海面へガソリンが送り込まれる。

その量はタンカー1隻分にも相当するだろう。

 

マグルの科学による火力と魔法による応用性。

それが合わさった攻撃方法に亡者が太刀打ち出来るはずが無い。

 

湾内の海面にガソリンが充満した事を確認したエスペランサは杖を取り出す。

そして、杖先を海面に向けた。

 

「インセンディオ・燃えよ」

 

杖先から発射された閃光によりガソリンが着火。

紅蓮の炎が湾内の海面をあっという間に覆った。

 

「す、凄い……」

 

圧倒的な炎に戦闘中だった隊員達は唖然とする。

最早、芸術的とも言える光景だった。

 

亡者達はあっという間に炎に飲まれる。

ガソリンと亡者の燃える臭いが充満した。

 

「勝った……みたいだな」

 

隊員の一人が呟く。

だが、少なくない犠牲者を出した事にエスペランサは複雑な心境だった。

 

ヴォルデモート勢力と戦闘を行う上で戦死者が出る事は昨年から覚悟していたことである。

しかし、亡者に襲われ生きながらにして喰われた隊員の事を思うと煮え切らない思いだ。

 

そんなエスペランサに生き残った沿岸警備隊の隊員が声を掛ける。

 

「ありがとう魔法使いさん。我々はあなた方と戦えた事を光栄に思います」

 

「いや……我々の力不足で犠牲者を出してしまいました。それにあの亡者は魔法使いの……」

 

「それ以上言わんで下さい。この英国に存在する魔法使いに貴方達のような人が居るという事実を知れただけで良いんです。私は今日の事を一生忘れない」

 

沿岸警備隊の隊員はそう言った。

 

だが、彼らはヴォルデモート勢力とセンチュリオンの戦闘に巻き込まれただけなのだ。

それに、彼らはこの後で魔法省の職員により記憶を消されてしまう。

 

エスペランサ達の事もすっかり忘れてしまうのだ。

 

そして、亡者に襲われた事は災害か事故で処理される。

 

「我々も貴方達の事は忘れない。決して今日の犠牲を忘れたりはしない」

 

エスペランサは力強くそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

亡者をガソリンで燃やし尽くした事は魔法省にも無線で伝えられた。

数百の亡者を一度に葬るという大戦果に大臣をはじめとした魔法省の役人達は歓声をあげる。

それもその筈だ。

彼等は今までヴォルデモート側に煮湯を飲まされ続けてきた者ばかり。

やっとのことで白星を上げられたのは喜ばしい事この上無いのだ。

 

しかし、そんな中で一人、セオドールだけは険しい表情を崩さなかった。

 

「どうした?センチュリオン副隊長殿。君達のおかげで亡者を撃退する事は出来たのだ。少なくない犠牲は出てしまったが、誇りに思いなさい」

 

スクリムジョールがセオドールに声をかける。

まるで教師が生徒を褒めるようだ。

 

「大臣……敵は何が目的で亡者にマグルの街を襲撃させたんでしょうか?」

 

「何故…か。死喰い人は過去にも不特定多数のマグルを襲っているから特に目的など無いのではないか?」

 

「そう言ってしまえばそうなんですが。しかし、私利私欲でマグルを襲うのなら大量の亡者を出現させる必要は無い」

 

死喰い人がマグルを襲う事例は過去にも多くあった。

故に今回の事案も死喰い人が快楽の為に起こしたものなのだろう、というのが魔法省の人間の解釈だ。

 

だが、セオドールの考えは違う。

数百の亡者というのはヴォルデモートにとっても貴重な戦力だろう。

それを動員するということは必ず戦略的な意味がある。

かつて英国魔法界を支配しかけたヴォルデモートには軍略家としての才が少なからずあった。

そして、セオドールはそれを恐れている。

 

 

この会議室でセオドールの他にもう一人だけ浮かない顔をしている男が居た。

パーシー・ウィーズリーだ。

 

パーシーは親ファッジ派であり、昨年はダンブルドアと対立していた他、アンブリッジの息もかかっていた。

にも関わらず、スクリムジョール政権内で重宝されていたのは彼が"ウィーズリー"だったからである。

 

ファッジ政権下でウィーズリー家の名前は疎まれ、蔑まれ、昇進に不利な要素の一つだった。

しかしながら、ヴォルデモートの復活を世間が認め、対ヴォルデモートを全面に押し出すスクリムジョール政権ではウィーズリー家の名前はある種の特権である。

 

ダンブルドアから一定以上の信頼を置かれ、選ばれし者であるハリー・ポッターと親しい家。

家族は歴代グリフィンドールのエリート揃いで闇の勢力に対抗する能力も持っている。

しかも、先日の神秘部の戦いではロンとジニーが活躍したばかり。

 

スクリムジョールとしてはウィーズリー家の人間を身近に置かない理由がなかったのである。

 

とは言え、パーシーの心情は複雑だ。

彼はウィーズリーであるが故に魔法省内で肩身が狭い思いをファッジ政権下で少なからずしてきた。

それが、今や逆なのである。

ウィーズリーだからスクリムジョールに裁かれなかった。

 

あれ程までにダンブルドアと対立し、ハリーを裏切ったにも関わらず対ヴォルデモート戦線のメンバーに自動的に割り振られたのだ。

 

結局のところ、ファッジもスクリムジョールもパーシーの能力に価値は見出していないのである。

ファッジもスクリムジョールも家柄と血統で人を見るという点において、根っこの部分は同じなのだ。

 

そのことに気付きつつもスクリムジョールの下で働き続けたのは、対ヴォルデモート戦線において少しでも力になりたいと思っていたからだ。

 

それに、既に絶縁状態にある両親や兄弟達に負い目を感じているのも少しある。

 

さて、そんな彼が何故浮かない顔をしていたのかと言えば、亡者との戦闘にガールフレンドであるペネロピーが参加していたからだ。

 

亡者との戦闘終結は分かったが、ペネロピーの安否は確認出来ていない。

 

「なあ、ノット。亡者との戦いで犠牲者が出たという話だが……」

 

パーシーはセオドールに話しかけた。

直接話した事は無いが一応セオドールもパーシーとは面識がある。

 

「ああ。あなたはウィーズリー家の長男のパーシー・ウィーズリーだったな」

 

「僕は長男じゃなくて三男だ。いや、まあそれはどうでも良い。それよりも、亡者との戦いには運輸部のペネロピーが参加していた筈だ。彼女の安否が知りたい」

 

「ペネロピー……。通報者の魔女か。確かレイブンクローの監督生だった人だよな。少し待ってくれ」

 

セオドールは無線機を取り出してエスペランサを呼び出した。

無線機はアーサーが隠れ穴にコレクションしていた事もあり、パーシーも見たことがある。

 

しかし、セオドールが使っている無線機はアーサーのコレクションよりもずっと新品で、しかも上等だ。

 

 

「ハウンド、こちらコントローラー送れ」

 

『こちらハウンド。どうした?こちらは今魔法省職員と一緒に"後片付け"の最中だ。記憶巻き戻し部隊の応援も欲しいとこだから急かしてくれ』

 

「了解した。それよりも一つ聞きたいことがある。通報者のペネロピー・クリアウォーターは無事か?」

 

『ああ。彼女なら無事だ。正面の亡者を迎撃出来たのは彼女の力があってこそだった。マーリン勲章をあげたいくらいだ。後で大臣にリコメンドしておいてくれ』

 

「気が向いたらな。待機中だった他の隊員もそちらへ応援に向かわせる。彼等が到着したら戦闘員は後退させよう。彼等には休息が必要だ。それにメンタルヘルスも」

 

『そうだな。少なからず隊員から犠牲者が出た事に動揺している奴も多い。じゃあな』

 

セオドールは無線機を置く。

 

「ペネロピーとやらは無事だそうだ。彼女、運が良ければマーリン勲章を貰えるかもしれんぞ」

 

「そうか……良かった」

 

パーシーは安堵した。

 

「俺も一つ聞いて良いか?あんたは昨年、ファッジに手を貸し、ダンブルドアのネガティブキャンペーンに加担した。冷静に物事を考える頭がある奴ならファッジやアンブリッジに正義を見出す事は無いだろう。俺の記憶が正しければあんたは相当に優秀だった筈だ。なのに、何故ファッジに従っていたんだ?」

 

これはセオドールがずっと疑問に思っていた事である。

実のところセオドールはパーシーに一目置いていた。

頭脳的な優秀さと権力に対する貪欲な姿勢。

どちらかと言えばスリザリン的な人物だとも思っていたからである。

 

それがなのに何故、パーシーはファッジの本質を見抜けなかったのか。

 

「僕は……別に間違った選択肢をしたとは思っていない。僕にとって出世は名誉であり、そして魔法省で重要なポジションに就くことは夢だったからだ。それが、ウィーズリー家の地位向上に繋がるし家計も助けられると思っていた」

 

「なるほど。野心だけはスリザリン的だと思っていたが、根本ではやはりグリフィンドールの適正があるみたいだな」

 

「僕も君に聞きたいことがある。君はスリザリン生だろう?なのに何故、エスペランサと一緒に戦うんだ?」

 

「グリフィンドール生のスリザリンへの偏見には閉口せざるを得ん」

 

セオドールは溜息を吐いた。

実際のところ魔法界で起きている事案のほとんどはスリザリンのOBが関わっているからスリザリン差別も一概に否定は出来なかったが。

 

「俺の掲げる原理的純血主義というのはマグルから魔法族を守るという考えだ。それがかつての純血主義だった。それにはマグル生まれもスクイブも含まれている。純血の者はノブレスオブリージュの精神を持って全ての民を救うべしってのが本来の考え方だ。だが、今の純血主義の連中はただの差別主義者で排他的だ。これでは魔法界は滅びる。魔法界を救うために俺はエスペランサ側に付いただけだった」

 

「エスペランサは魔法族だけでなくマグルも救うことを信条としている筈だ。それだと、君と彼の考え方は……」

 

「ああ、勿論。その点で隊長と俺の目的は異なっている。隊長はリアリストではなくロマンチストだ。しかし、それを羨ましいと思うし、隊長が奇跡のような勝利を獲得してきたのも見た。だから、俺はエスペランサ・ルックウッドという人間を信じて戦う」

 

「そうか……。君は僕と違って人を見る目があったんだろうな」

 

パーシーはそう言って弱々しく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新学期がやってきた。

例年と違うのはホグワーツ特急の最後尾の車両をセンチュリオンが占領していることだろう。

 

隠れ穴前線基地に持ち込んでいた装備をホグワーツに運び込む為というのもある。

だが、本当の目的は別にあった。

 

ホグワーツには少なからず親が死喰い人である生徒が居る。

死喰い人でなくてもヴォルデモート新派の生徒が居る。

その生徒達がセンチュリオンの隊員を攻撃してくる可能性は捨て切れない。

 

故にエスペランサは隊員達に常に2人以上のペアで行動するように徹底させたし、校内において銃器を携行する許可をダンブルドアに貰っていた。

 

「隊長やネビル達は良いさ。問題はスリザリン生の隊員である俺やフローラ、ダフネ達だ。最悪、ヴォルデモート新派の生徒に寝首をかかれる可能性だってある」

 

最後尾のコンパートメントに入ったセオドールがエスペランサに愚痴をこぼした。

 

「そんなにスリザリン生にはヴォルデモート新派が多いのか?」

 

「ドラコを筆頭にして20人近くは居るだろう。俺だって君に出会わなければヴォルデモート新派の一人だった」

 

「20人か……多いな。だが、そいつらは死喰い人って訳じゃないんだろう。中には反ヴォルデモート派も居るんじゃないか?」

 

「そうとも言えない。スリザリンの貴族連中はヴォルデモートに感化された純血主義がほとんどだ。スリザリン寮に居れば分かるが、奴らが俺達を襲ってくる可能性は非常に高い。特にクラッブとゴイルあたりは要注意だ。神秘部の戦いで誰かさんがあいつらの親を聖マンゴ送りにしたからな」

 

コンパートメントに移動販売の魔女が来たのでエスペランサは日刊預言者新聞と蛙チョコを購入した。

 

現在、このコンパートメントにはエスペランサとセオドールの他にフローラ、グリーングラス姉妹、ザビニが居る。

よく考えればエスペランサ以外は全員スリザリン生だ。

 

他の隊員も別のコンパートメントに武器弾薬と共に分散している。

また、元魔法省職員の隊員も乗り込んでいた。

彼等はホグワーツでセンチュリオンと共に訓練をするので、今年一年は必要の部屋で生活する。

 

「副隊長、それからザビニ。新しい教師のスラグホーンからこんなものを預かってきたぞ」

 

コンパートメントの扉が開き、コーマックが顔を出した。

彼は1枚の羊皮紙を持っている。

 

「スラグホーンからの招待状だ。晩餐会に来ないかってさ。コーマックも呼ばれたのか?」

 

「まあな。俺だけじゃなくネビルとマーカスも呼ばれてる。何の集まりだろう?」

 

「スラグホーンは有望そうな生徒を集めて会合をするのが好きみたいなの。多分それで呼ばれたんじゃない?」

 

ダフネが口を挟んだ。

 

「言われてみればザビニもコーマックも親が有名人だな。しかし、セオドールは?」

 

「最近魔法省に何回も顔を出していたから、多分それを聞きつけたんだろう。スラグホーンは魔法薬の専門家として名高いし、顔を出すのも面白そうだ」

 

セオドールとザビニは席を立ち、スラグホーンの居るコンパートメントへ向かった。

 

「え、スラグホーンって魔法薬専門なのか?ハリーは闇の魔術に対する防衛術の先生って言ってたぞ?」

 

エスペランサはハリーの言葉を思い出していた。

 

「どうやら違うみたいですね。という事は今年の闇の魔術に対する防衛術は……スネイプ先生が教えるんでしょうか」

 

「普通に考えればそうだろう。こりゃハリーにとっては厄年だな」

 

「ハリー・ポッターは毎年厄年でしょう」

 

「それは間違い無いが、それを言えば俺だって毎年死にかけてる」

 

「自業自得ですよ」

 

数ヶ月前の戦闘で死を覚悟した故に、エスペランサは今こうして生きている事に、そしてフローラと過ごす事が出来ていることに喜びを感じる。

その喜びは決して戦場では味わえなかったものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スラグ・クラブというのは簡単に言えばホラス・スラグホーンのお気に入りの(将来有望そうな)生徒を集める会合だった。

 

面子はハリーとジニーを除いて全員センチュリオンの隊員なのは偶然だろう。

 

教職員用の一際大きいコンパートメントに最後に現れたのはハリーだ。

彼の登場にでっぷりと椅子に座っていたスラグホーンは歓喜の声をあげる。

 

「やあやあハリー!来てくれて嬉しい」

 

スラグホーンに促されてハリーは円卓の空いている席に腰を下ろした。

 

「さてさて、皆よく来てくれた。私は自分の昼食を用意していてね。ホグワーツ特急で出るお菓子は年寄りの腹には厳しいのだ」

 

その割には脂肪の多いスラグホーンの腹を見ながらセオドールは軽く溜息をついた。

 

「どうだいべルビィ。雉肉はどうかな?」

 

スラグホーンはマーカス・べルビィに雉肉を勧めた。

マーカスはセンチュリオン古参の隊員だが、神経質そうな見た目と寡黙な態度からあまり目立たない。

だが、どんなに辛い訓練でも文句一つ言わずに乗り越えるガッツをエスペランサは賞賛している。

 

「このマーカス君の叔父のダモクレスは優秀な生徒だった。トリカブト薬の開発でマーリン勲章を貰っているね。君は叔父さんとは良く会うのかな?」

 

「……叔父とは関係が良くないのであまり会いません」

 

相変わらず必要最小限の言葉しか出さないマーカス。

スラグホーンは少し落胆したようだった。

だが、ふとマーカスがセオドールやコーマック達と同様に迷彩柄の戦闘服を着ている事に気が付く。

 

「おや、べルビィもコーマックもザビニもネビルも不可思議な服を着ているね。……これはひょっとすると?」

 

「ええ。我々はセンチュリオンの隊員です」

 

仕方無しにセオドールが答えた。

 

「すると……君達もあの魔法省の戦いに参加していたのか。しかも、あの例のあの人を撃退した!」

 

「撃退したのは実質的にはダンブルドアです。それに、神秘部の戦闘で活躍したのは主にそこに居るネビルとウィーズリー、それからポッターです」

 

「これはこれは何とも凄い。いや、このコンパートメントには勇猛果敢な生徒が揃っている訳だ」

 

スラグホーンは歓喜していた。

彼が集めた生徒が全員、魔法省で戦闘に参加していたのもまた偶然だろう。

 

「センチュリオンの情報は私の魔法省の伝を使っても知る事が出来なくてね。何せ、皆口が固い。しかし、聞くところによれば君達の戦力は闇の陣営にも匹敵するという噂だ。そこのところはどうなのかね?」

 

スラグホーンはセンチュリオンに興味を示した。

無理も無い。

現在の魔法界で最も注目されている組織だ。

センチュリオンの隊員はスラグクラブにとって喉から手が出る程欲しい人材なのだろう。

 

「我々の戦力については機密情報です。公式に発表している以上の事は言えませんし、それに自分は副隊長なので、部隊に関する事は隊長にお聞きください」

 

「隊長?君が隊長では無いのかね?君が良く魔法省に出入りしていると聞いていたのだが。では一体誰が……?」

 

「エスペランサ・ルックウッドという生徒が隊長をしています」

 

「ルックウッド……?ルックウッド家の者か?」

 

「さあ。彼はマグル界出身なので」

 

スラグホーンは目を瞑って考え込んだ。

恐らくはエスペランサをスラグクラブに呼ぶかどうか迷っているのだろう。

 

酒さえ用意されていればエスペランサは喜んで参加するだろうとセオドールは一人笑った。

 

「エスペランサ……ルックウッドか。もし良ければ次は彼も呼んで来なさい。面白そうな生徒だ」

 

「まあ、そうですね。面白い奴ですよ。でなければ俺はセンチュリオンに入ろうとは思わなかった。彼に会わなければ俺は今頃、下らない血統主義にのめり込んでいたでしょう」

 

ザビニが独り言のように呟いた。

この台詞に驚いたのはハリーとジニーである。

ハリー達はザビニもスリザリンにどっぷりの生徒だと思っていたのだ。

 

だが、思い返してみれば神秘部でハリー達の窮地を救ったメンバーの中にはセオドールやザビニ、フローラ、グリーングラス姉妹というスリザリンの生徒が大勢居た。

 

「ザビニ君はスリザリン生だったね。セオドールも。元スリザリンの寮監だった身からするとスリザリン生がセンチュリオンという組織に属するのは非常に興味深い事だ」

 

「センチュリオンは既に寮という枠組みを超えて活動しています」

 

元スリザリンの寮監だったスラグホーンは面食らったような顔をする。

 

「いつの時代でもホグワーツの生徒は少なからず寮の色に染まったものだ。それは偉大なるダンブルドアでも同じ事だった」

 

寮という枠組みを壊して新たな組織を作る。

ハリーもダンブルドア軍団という寮の垣根を越えた組織を作ってはいた。

しかし、ダンブルドア軍団にスリザリン生は居ない。

 

それを考えるとセンチュリオンは本当の意味でホグワーツの体制に抗ったのだ。

 

恐らくエスペランサはホグワーツ創設者の考え等どうでも良いのだろう。

その型にはまらない行動はやがて魔法界に変革を起こしてしまうかもしれない。

 

スラグホーンはエスペランサに興味を持つと共に得体の知れない恐怖も感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホグワーツ新学期初日の晩餐。

もうすぐ組み分けの儀式が始まる。

生徒達は新入生を含めて不安そうに席に座っていた。

 

それもその筈だ。

 

大広間の四隅には戦闘服姿の魔法省職員(センチュリオンの新規隊員だ)が整列休めの姿勢で立ち、また、各寮のテーブルにも同じく戦闘服姿の生徒が大勢座っていたからである。

 

しかも、その隊員達は皆、短機関銃を携行していた。

 

ホグワーツの生徒はエスペランサによって多かれ少なかれ機関銃という武器がどのようなものなのかを知っている。

また、その機関銃によってこの夏、死喰い人が殺された事も知っていた。

 

不安に思うのも無理無いだろう。

 

不安事項と言えばハリーがまだ大広間に現れていない事もそうだ。

エスペランサはホグワーツ特急からハリーが降りてきていない事に気付き、センチュリオンの隊員を数名派遣した。

闇祓いのトンクスも一緒だ。

 

ヴォルデモート勢力がハリーを狙っている事と、ヴォルデモート新派の生徒がホグワーツにも存在する事からハリーの護衛は必須である。

故にエスペランサはハリーの安否を数時間毎に確認していたのだ。

 

新入生の組み分け儀式が始まってもハリーが現れない事に不安を感じつつ、エスペランサは晩飯を食べる。

この晩飯にも毒が盛られている可能性は捨てきれない。

ヴォルデモート新派の生徒が厨房に忍び込み、飯に毒を盛ればセンチュリオンは壊滅する。

 

それ故にエスペランサは厨房を元魔法警察の隊員に警備させる事にした。

 

二つ目のチキンを口に入れようとしていた時、大広間にハリーが入って来た。

今魔法界で時の人となっているハリーはそれだけで目立つ。

加えてこの時の彼は何故かマグルの格好でしかも血だらけだった。

 

ハリーの後ろには彼を探しに行ったセンチュリオンの隊員がいる。

 

「ハリーは在学中組み分けの儀式が見れない呪いでもかかっているのかね?」

 

内心ホッとしたエスペランサはチキンを無理矢理胃袋に押し込み、ハリーのために席を開けた。

 

「どうしたのハリー!?血だらけじゃない!」

 

ハーマイオニーが素っ頓狂な声をあげ、そして魔法でハリーの血を拭った。

 

「ありがと……。鼻は大丈夫?曲がってたりしない?」

 

「大丈夫だ。いつもと変わらん。いつもの顔がひん曲がってると言われたらそれまでだけどな。何があった?」

 

「あとで話すよ。エスペランサの仲間の隊員が来なかったら僕は今頃ホグワーツ特急の中で馬鹿みたいに転がってた」

 

ハリーはあまり話したがらなかったが、口調からして大した事は無いらしい。

 

「生徒諸君。よく帰ってきた!新入生諸君ははじめましてじゃな」

 

ダンブルドアが生徒達の前に立ち、話し始めた。

よく見るとダンブルドアの右手が壊死したように爛れている。

エスペランサはそれを隠れ穴で確認していたが、ハーマイオニー達は初見故に驚いていた。

 

「まず、フィルチさんからウィーズリー・ウィザード・ウィーズの商品は全面的に持ち込み禁止との事じゃ。次にクィデッチの選抜じゃが、例年通り各寮の寮監に申し出る事。それから、新しい先生を紹介しよう。ホラス・スラグホーン先生じゃ。魔法薬を教えて下さる」

 

「え?魔法薬!?」

 

ロンが驚く。

 

「ハリーは闇の魔術に対する防衛術の先生って言ってたじゃないか!」

 

「そう思ってたんだ。ということは……」

 

ざわつく生徒を無視してダンブルドアは言葉を続けた。

 

「闇の魔術に対する防衛術はスネイプ先生が教えて下さる」

 

「そんな!」

 

ハリーが大声を上げる。

他のスリザリン以外の生徒もこれにはショックを受けたようだ。

逆にスリザリン生は歓声をあげていた。

 

スネイプは少し頭を下げただけだったが、口がニヤついている。

 

「さて、この広間におる者は誰もが知ってのとおり、ヴォルデモート卿とその従者たちが力を強めておる。この夏で城の防衛が強化された。強力な魔法で、我々は保護されておる。しかし、生徒や教職員の皆が、軽率なことをせぬように慎重を期さねばならんのじゃ。それじゃから皆に言うておく。どんなにうんざりするようなことであろうと、先生方が生徒の皆に課す安全上の制約事項を遵守するように。特に、決められた時間以降は、夜間、ベッドを抜け出してはならぬ」

 

ただし…とダンブルドアは付け加えた。

 

「ヴォルデモートと対抗する為に組織されたセンチュリオンの隊員に関しては例外を認めざるを得ないのじゃ。隊員は基本わしの命令で戦闘を行う事を義務付けておるが、咄嗟の有事の際に備えて武器弾薬の携行を認める。また、一部の部屋の無期限使用と部屋の保安の為に夜間の哨戒を認める。また、魔法省職員や闇祓いからセンチュリオンに加入した隊員もホグワーツに常駐することになる」

 

この言葉にマグゴナガルを含めた一部の教師は顔を顰めていた。

マグゴナガルは生徒が軍事組織に入ることに最後まで反対した一人である。

 

ホグワーツ生徒内にも親ヴォルデモート派がいる以上、センチュリオンの隊員は自衛の為の手段が必要だ。

故に武器弾薬の携行と二人以上での行動を義務化したし、ダンブルドアに許可を貰った。

 

さらに保安の為、必要の部屋に隊員を常駐させる事も許可を得た。

常駐するのは元魔法省職員の隊員やスリザリン生の隊員がほとんどだ。

 

スリザリン生の隊員はスリザリンの寮内だと危険過ぎたのである。

 

「さて、もうそろそろ眠い時間じゃろう。ベッドが待っておる。皆が望みうるかぎり最高にふかふかで暖かいベッドじゃ。皆にとっていちばん大切なのは、ゆっくり休んで明日からの授業に備えることじゃろう。それではおやすみの挨拶じゃ。そーれ行け、ピッピッ」

 

ダンブルドアの言葉で生徒達は寮へ戻っていく。

 

「おいおい、君達の武装をダンブルドアは全面的に認めたのかよ」

 

ロンが目を丸くしてエスペランサに聞いた。

 

「まあな。マグゴナガルには反対されたが、今は戦時中だ。非常事態が起きれば授業そっちのけで俺らは出動する」

 

「必要の部屋は今年いっぱいは貴方達が貸し切るってことなのね?」

 

「そうだ。俺達の主力武器は全て必要の部屋にあるからな。正直、あそこがやられたらセンチュリオンに勝ち目は無い。ところでハリーは何で血だらけだったんだ?」

 

「寝る前に話すよ。今は忘れてくれ……」

 

どうやらハリーにとっては不名誉な負傷だったようだ。

 

一方、ハリーの鼻をへし折り、血だらけにした元凶であるマルフォイであったが、彼は彼で軽い絶望感を味わっていた。

理由はセンチュリオンが必要の部屋を独占するという事実を知ったからである。

 

マルフォイの考えていた計画が新学期初日から崩れ去ったのだ。

 

 

 




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case100 Silent spell 〜無言呪文〜

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始業式の翌日。

 

談話室にてハリーはホグワーツ特急の中でマルフォイの跡をつけ、彼の話を盗み聞きした事と、それがバレて鼻をへし折られた事をエスペランサ達に明かした。

 

ハリーの話によればやはりマルフォイは何かを企んでいるらしい。

それも、ヴォルデモート直々の命を受けてとのことだ。

 

「マルフォイはパーキンソンの前で格好つけただけさ」

 

ロンの意見だ。

 

「確かにマルフォイは自分を偉く見せたがるわ。でも、それにしては話が大きいし……」

 

「エスペランサはどう思う?君はスリザリン生の一部と仲が良いから何か聞き出せない?」

 

「無理だな。セオドールやフローラが完全にダンブルドア側だと公言した時点でマルフォイは彼等に何も話さなくなった。だが、マルフォイの企みを聞き出す手ならあるぜ?」

 

「本当!?」

 

「開心術に真実薬、それに拷問すれば吐くさ」

 

「駄目よ!そんなことしたら退学になっちゃう!」

 

エスペランサは冗談で言ったつもりだが、ハリーは本気でそれらの術を考えているようだった。

 

「そんな事よりハグリッドだ。ハーマイオニーも魔法生物飼育学を取らないんだろ?」

 

「え、ええ。取らないわ」

 

「昨日ハグリッドが僕達に今年の授業も楽しみにしておけって言ってきたんだ。だけど、ハグリッドの授業を取る生徒なんて一人も居ないだろ?」

 

「そうね。ハグリッドは私達が魔法生物飼育学を取ろうとすると本気で思っていると思う?」

 

エスペランサは魔法生物飼育学を履修していない。

だが、ハグリッドの授業の悲惨さは風の噂で知っていた。

 

ちなみにエスペランサは占い学とマグル学を履修していたが、今年は取らない予定だ。

授業よりもセンチュリオン関係に時間を割きたいからである。

 

「私達が…その、あの授業で熱心なところを見せたかしら?」

 

「ハグリッドからすれば熱心だったさ。熱心にやらなきゃ今頃は尻尾爆発スクリュートに殺されてあの世行きさ」

 

魔法生物飼育学はともかくとして占い学に関しても履修継続する生徒なんて居ないだろと思っていたエスペランサだったが、ミーハーな生徒数名が履修していたことが後に分かった。

 

変身術や魔法薬などの比較的難しい科目の履修者は少なく、このご時世なのか闇の魔術に関する防衛術の履修者が最も多い。

 

スネイプによる闇の魔術に対する防衛術の教務は新学期すぐにやってきた。

 

 

スネイプの趣味なのか知らないが、闇の魔術に対する防衛術の教室は窓をカーテンで閉めてしまい、壁には闇の魔術に犯された人々を模写した絵が飾られている。

 

「我輩はまだ教科書を出せとは言っていない」

 

教室にコウモリのように入ってきたスネイプは生徒達にピシャリと言い放った。

 

「我輩の話を傾聴するのだ。我輩が思うに、諸君は今まで5人の教師を持った。この5人はそれぞれ独自の教えを尊重していたからにして諸君の授業内容は非常に遅れている。にも関わらずOWLを突破してきたのは奇跡か、あるいは個人の努力なのか……」

 

「闇の魔術は多種多様、千変万化、流動的にして永遠なるものだ。それと戦うということは、多くの頭を持つ怪物と戦うに等しいと我輩は考える。首を一つ切り落としても別の首が、しかも前より獰猛で賢い首が生えてくる。諸君の戦いの相手は、固定できず、変化し、破壊不能なものだ」

 

スネイプの演説は今までの教師の中では一番まともな話だった。

しかして何故だろう。

スネイプは闇の魔術に対する防衛術という科目にエクスタシーでも感じているように見える。

 

それはエスペランサもハリーも同じ意見だった。

 

「これらの絵は……吸魂鬼や亡者に襲われた者を描いている」

 

スネイプは教場に飾られた絵を指差して回る。

 

「亡者については先日、この学校の勇敢なる生徒達が退治してくれたようだが……。さてさて、諸君は防衛術には多少なりとも学があると見受けられる。しかし、無言呪文に関しては素人だ。誰か無言呪文の利点を説明できる者はいるかね?」

 

真っ先に手を挙げたのは勿論、ハーマイオニーだ。

だが、手を挙げたのはハーマイオニーだけではない。

 

エスペランサをはじめとしたセンチュリオンの隊員全員が手を挙げていた。

こんなことは滅多に起きないのでスネイプは軽く驚いたようである。

 

暫し考えた挙句、スリザリンの隊員を指名した。

ハーマイオニーは悔しそうな顔をしている。

 

「では……ノット。答えてみよ」

 

「はい。往々にして魔法による攻撃は呪文を唱える必要があり、攻撃の発動まで若干の隙が出来ます。そのデメリットを克服するのが無言呪文であり、敵に自らの意図を汲み取らせないという利点もあります」

 

しかし、とセオドールは続ける。

 

「死の呪いをはじめとした強力な呪詛に関しては発音が必要であり、それを踏まえた上で近接戦闘での魔法使用は不利であると共に、魔法は直線にしか進まない故に狙撃という観点から個人の技量が求められます」

 

「概ねその通りであろう。スリザリンに20点」

 

普段ならスリザリン生が拍手をするところだが、今回は起きなかった。

セオドールはダンブルドア側の人間である故にスリザリン生の半分以上を敵に回しているからだ。

 

「魔法使いの決闘において無言呪文を使える者と使えない者では強さにハッキリとした差が出る。その強さを補う為に"道具"に頼る者も居るが……」

 

スネイプは一瞬、エスペランサを見た。

かつてエスペランサとスネイプが決闘を行った時、その差が仇となりエスペランサは敗北している。

 

「しかし先生。例えば死喰い人は敵を攻撃する際に死の呪い、或いは悪霊の炎などの詠唱を必要とする魔法しか使って来ませんでした。奴らを"殺す"為には魔法よりも武器を利用した方が得策では?」

 

エスペランサは質問する。

彼の発言にスリザリンの生徒の何人かが反応した。

エスペランサが神秘部で死喰い人を殺害した事に対して少なからず恐れと怒りを抱いているからである。

 

「死の呪いは誰でも使える訳ではない。悪霊の炎然りだ。そういった敵は通常の魔法による攻撃を仕掛けてくる。その場合は無言呪文を行使してくる可能性が極めて高い。さて、話を戻すと、無言呪文というのは極めて集中力が必要な技術だ。この中にはその集中力が欠如している者もいるが……」

 

スネイプはハリーをねっとりと睨んだ。

 

「今から二人組を作り、片方が無言で攻撃を行い、片方がそれを無言で防ぐ訓練を実施する。かかりたまえ」

 

生徒達は各々ペアを作り、杖を構える。

 

センチュリオンの隊員はセオドールの指導のおかげで大半が無言呪文を習得していた。

無論エスペランサもとっくに習得している。

 

エスペランサとセオドールは互いの呪いを無言で防ぎ合い、フローラとダフネ、それにザビニも成功させていた。

 

ハーマイオニーは独学で習得したのだろう。

ネビルの無言呪文を軽く防いでいた。

 

この出来にはスネイプも少し感心したようで"スリザリン生のみに"点数をあげている。

スネイプのスリザリン贔屓には慣れていたエスペランサやネビルは特に何とも思わなかったがハリーはイライラとスネイプを睨んでいた。

 

「流石だなグレンジャー。君を見ているとつくづく純血主義に傾倒しなくて良かったと思える」

 

ザビニが珍しくグリフィンドール生を褒めた。

元々はゴリゴリのマグル生まれ差別者だったザビニだが、今ではすっかり毒が抜けている。

 

その様子を見ていたロンは面白くなさそうにしていた。

 

「悲劇的だなウィーズリー」

 

一向に無言呪文に成功しないロンを見たスネイプが嫌味を言う。

そして、ロンを脇へ退かしてハリーの目の前に立った。

 

「我輩が手本を見せてやろう」

 

スネイプはハリーに杖を向ける。

その瞬間にハリーは「プロテゴ・守れ」と唱え、スネイプを攻撃した。

 

呪文が強烈だったのだろうスネイプは体勢を崩し、後ろに積んであった机に激しくぶつかった。

 

「我輩は無言呪文を使えと言った筈だ。ポッター」

 

「はい。先生は僕に先生なんて敬語をつけて頂く必要はありません。先生」

 

苛立ちがピークに達していたのだろう。

失言王として名高いハリーの新学期最初の失言だった。

シェーマスやロンは吹き出し、ハーマイオニーは顔を青くし、エスペランサやセオドールは呆れていた。

 

「罰則だポッター。毎週土曜の夜。良いか?我輩に対する生意気な態度は許さんぞ。例え、選ばれし者でもだ」

 

記念すべき罰則第一号は恐らく全員が予想していたが、ハリーに決定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新学期は特に何も起きずに過ぎていく。

 

ハリーが魔法薬の授業で優秀な成績を修めはじめたことが特筆すべき事柄だった。

もっとも、ハリーに才能が開花した訳ではない。

その原因は"半純血のプリンス"蔵書の魔法薬の教科書のためだ。

 

どうやら彼が手にした魔法薬の教科書には半純血のプリンスを名乗る昔の生徒が非常にためになる書き込みをしていたらしい。

その書き込みの通りに魔法薬を調合すると教科書以上の効果が得られるそうだ。

 

これを面白く思っていないのはハーマイオニーとフローラだった。

 

必要の部屋で真実薬の量産をしているフローラはあからさまに不機嫌である。

彼女はハーマイオニーと同等以上に魔法薬の成績が良かったのだ。

 

「しかし半純血のプリンスか……。俺達が使っているマフリアートの呪文もプリンスが考えた物だとはなぁ」

 

大鍋をかき混ぜているフローラの横でエスペランサが言う。

必要の部屋の基地には魔法薬量産プラント(と言っても簡単なプレハブ小屋だが)が設けられていた。

 

エスペランサは不機嫌なフローラの機嫌取りをするためにこの小屋に来ている。

 

「そうですね。半純血のプリンス……胡散臭い人物です」

 

「そうか?俺はそう思わないけどな。魔法の開発は俺もしたことがあるし」

 

「あなただって相当胡散臭い人物ですよ。まったく……」

 

額から流れる汗を拭きつつフローラは大鍋に蓋をした。

あとは煮るだけなのだろう。

 

「そういえばフェリックス・フェリシスは量産出来ないのか?あれがあれば戦闘も楽になるかもしれない」

 

フェリックス・フェリシスは幸運薬だ。

飲んだ者は全員、幸運になる。

スラグホーンが第一回の授業でハリーにプレゼントしていた。

 

「やめておいた方が良いです。もしフェリックス・フェリシスが万能であればヴォルデモートがいつも飲んでいるはずでしょう?でも、そうしていない理由はあの薬には副作用があるからです。ずっと飲み続ければ中毒になり、判断力が無くなる。麻薬のようなものですよ。それに作るのには6ヶ月かかります」

 

まあ私なら作れますけどね、とフローラは呟いた。

 

「ところで、その件のハリー・ポッターはダンブルドアに個人授業を受けているみたいじゃないですか。一体、何を教えてもらっているんですか?」

 

「それが不明なんだ。ロンやハーマイオニーには話しているみたいなんだが、俺に話すのはダンブルドアに禁止されているそうで」

 

「ハブられたわけですね」

 

「言い方に棘があるぞ。否定はせんがな」

 

ダンブルドアにハリーが個人授業を受けているのは知っていた。

しかし、その内容は極秘中の極秘。

 

エスペランサに話せばセンチュリオンに共有される。

それを恐れたのかダンブルドアはハリーにエスペランサに授業内容を教える事を禁じていた。

 

これはつまり、センチュリオンを信頼してないのではないか?とエスペランサは直々に抗議したが無駄だった。

 

「それにしても魔法薬か……。厄介な代物だよな。ポリジュース薬とか魅惑万能薬とか。魅惑万能薬なんてハニートラップにはもってこいの代物だぜ?世の男女は何で魅惑万能薬を使いたがらないんだ?」

 

「それは……」

 

大鍋の火を調整しながらフローラは言葉を選びつつ返答した。

 

「魅惑万能薬は万能では無いからです。あれは擬似的な……要するに嘘の恋愛感情を作り出すだけなんです。もし魅惑万能薬が本当に万能なら私はとっくに貴方に飲ませていましたよ?」

 

彼女はそう言い捨て、小屋を去って行った。

フローラの言葉の意味をエスペランサが理解したのはその後少し時間が経ってからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




少し短めですがキリが良かったので投稿します。
謎のプリンス編は新学期に入るまでが長かったですね汗


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case101 Unexpected assault 〜予期せぬ襲撃〜

感想誤字報告ありがとうございます!
GW始まりましたね!


必要の部屋の警備は隊員が3時間交代で行うことになっていた。

次直者は交代10分前には立直し、前直者から申し送りを受ける。

 

教務のある日中は元魔法省職員の隊員が警備を行うが、夜間に関しては生徒である隊員が立直することになっていた。

 

警備と言っても本来の当直業務とやる事は変わらない。

武器庫の異状の有無を確認したり、鍵を管理したり、火の元の点検をしたりだ。

 

夕方1730時。

夕食の都合があるため、アンソニーとグレゴワールは早めに哨戒直の交代をしようと必要の部屋に訪れた。

 

必要の部屋の前には検問所のような宿直室が設けられている。

見た目はカーキ色の布で出来た電話ボックスみたいなものだ。

 

そして、その検問所の横に土嚢が積んであり、機関銃が1挺備え付けられていた。

必要の部屋のある5階の廊下には至る所に監視カメラとセンサーが備え付けられている。

 

「上番に来たぞ。申し送りをお願いする」

 

アンソニーは前直として立直していたアーニーとチョウに声をかけた。

 

「申し送り事項は特に無い。1年坊主が面白半分で見に来たのと、ミセス・ノリスが遊びに来たくらいだ。燃料弾薬その他の物資も異状なし」

 

アーニーは欠伸混じりに応えた。

警戒しているとは言え、完全武装の隊員に攻撃を仕掛けてくる生徒は居ない。

フレッドやジョージが在学していたらクソ爆弾の一つでも投げてきたかもしれないが、現在のホグワーツには悪戯仕掛け人は居なかったのだ。

 

チョウは機関銃座の横で箒の手入れをしていたし、アーニーは魔法薬の課題をしているという何とも平和な立直である。

 

「お前たち気を抜き過ぎじゃないのか?今攻撃を仕掛けられたらヤバいぞ?」

 

「いくら何でもホグワーツ内で私達を攻撃してくる事は無いんじゃない?私達は完全武装してるし、隊員のほとんどは魔法の腕も良い。余程の馬鹿じゃなければ襲ってこないわ?隊長も副隊長も心配し過ぎよ」

 

「そうだぜ?それに監視カメラもセンサーもある。無線だって常時オープンだ。アンソニーは真面目過ぎるんだよ」

 

チョウとアーニーが笑いながら答えた。

だが、アンソニーはホグワーツ内でも有事は起こり得ると考えている。

 

例えばトロールの侵入。

例えばバジリスクの徘徊。

 

ホグワーツ内が安全だと本気で言っているのはダンブルドアくらいなものだろう。

 

のんびりと当直交代をしようとしていたアーニー達であったが、突如としてその平和は脅かされた。

 

突然、魔法による攻撃が飛来し、アーニーが吹き飛ばされたのだ。

続けざまに赤色の閃光、すなわち失神光線が土嚢に命中して火花を散らす。

 

「アーニー!くそっ!敵襲だ。戦闘配置につけ!」

 

アンソニーは咄嗟に土嚢の影に隠れ、チョウは機関銃座についた。

新入隊員のグレゴワールは一瞬だけ行動が遅れたが、すぐに吹き飛ばされたアーニーの救出に向かう。

 

「グレゴワール!アーニーは無事か?」

 

土嚢の影からMP5サブマシンガンを構えつつ、アンソニーが叫んだ。

 

グレゴワールは廊下の隅で気絶しているアーニーを観察する。

どうやら失神光線ステューピファイをまともに食らったらしい。

 

「失神光線にやられています。命に別状はありません」

 

「なら"リナベイト・蘇生せよ"を試せ。それでそいつが目を覚ましたら一発ぶん殴らせろ。たるみ過ぎだ!」

 

「り、了解!」

 

アンソニーは魔法が飛んできた方を伺う。

廊下の向こうにある柱の影に一人の生徒を見つけた。

 

「奴らか!」

 

「そっちだけじゃないわ!反対側にも居る!挟み撃ちにするつもりよ!」

 

必要の部屋の左右から生徒と思われる男が失神光線を撃ってくる。

アンソニーは土嚢から半身を出し、MP5の銃口をその生徒に向けた。

 

しかし、撃てない。

 

相手はホグワーツの生徒なのだ。

敵対していたとは言え同じ窯の飯を食べた相手に実弾を撃ち込む勇気がアンソニーには無かった。

 

それはチョウも同じなのだろう。

彼女も射撃を躊躇っている。

その間にも敵の生徒は様々な呪いを撃ち込んで来た。

 

「くそっ!舐めやがって!」

 

グレゴワールは立ち上がり、杖を構えた。

彼は魔法の腕を見込まれてセンチュリオンに入隊した隊員である。

 

だが、左右から挟撃をされている現状は不利だ。

背後から襲ってきた失神光線への対応が遅れてしまう。

 

「うわああああ!」

 

「プロテゴ・守れ!」

 

グレゴワールの背後に迫っていた失神光線を目を覚ましたアーニーが魔法で防いだ。

吹き飛ばされた衝撃で頭から出血しているが命に別状は無さそうである。

 

「見たところ敵は二人だ!それに魔法の威力も大した事は無い。小銃の掃射で牽制している内に俺が拿捕する」

 

「了解した!頼んだぞ!」

 

アンソニーは土嚢から飛び出し、敵の潜む柱に威嚇射撃を実施。

チョウも5.56ミリ機関銃MINIMIで掃射を始めた。

 

軽快な音と共に発射された5.56ミリ弾が壁や柱を細かく削っていく。

これに怯んだ敵の生徒は尻尾を巻いて逃げようとした。

 

しかし、アーニーがそれを許さない。

彼は銃撃が止んだ間に逃げ去ろうとする生徒を追い、後ろから魔法をかけた。

 

「インカーセラス・縛れ!」

 

彼の放った魔法で逃げ去ろうとしていた生徒が捕縛される。

もう一人の生徒はグレゴワールが英国魔法界ではメジャーではない複雑な呪文で行動不能にしていた。

 

「捕縛した!アンソニー、チョウ、敵を抑えろ」

 

銃に安全装置をかけたアンソニーとチョウが縛られている生徒の元にそれぞれ駆け寄る。

 

縛られた生徒を見てみればクラッブとゴイルだった。

二人は悪態を吐きながら、もがいていた。

 

「クラッブとゴイルか。予想はしていたが、まあ今のご時世で俺たちを襲撃してくるのはこいつらくらいなものだろう」

 

「どうする?校長のところへ連行するか?」

 

「今、ダンブルドアは留守よ。スネイプかマグゴナガルのところへ突き出し、その後で尋問しましょう」

 

チョウの提案に同意した他の隊員は抵抗するクラッブとゴイルを無理矢理連行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

捕縛したクラッブとゴイルをアンソニー達は職員室に連行した。

 

職員室の中にはアンソニー、アーニー、チョウ、グレゴワールの他にマグゴナガル、スネイプ、それから遅れてやってきたエスペランサとセオドールが居る。

 

「クラッブとゴイルの両名は必要の部屋で立直中だった隊員に対し、宣戦布告もなく失神光線で奇襲を仕掛けてきました」

 

生徒同士の魔法による喧嘩はホグワーツでは日常茶飯事だ。

それをスネイプは痛いほど知っていた。

 

だが、今回は状況が異なる。

 

「あの部屋はお前達だけのものじゃ無い。偉そうに占領してるから攻撃した」

 

クラッブがむっつりと言い放つ。

クラッブが言葉を発するところは滅多に見れるものでは無い。

 

「果たして理由はそれだけかな?」

 

「何っ?」

 

「大方、俺が神秘部でお前ら二人の父親を半殺しにした報復で攻撃してきたんだろ。アンソニー達が優しくて良かったな。あの場に居合わせたのが俺なら聖マンゴはもう二人分のベッドを用意しなくてはならなかった」

 

エスペランサの挑発に激怒したゴイルが彼に掴みかかろうとしたが、マグゴナガルが魔法で止めた。

 

「おやめなさい!ルックウッドも下品な挑発を控えなさい」

 

状況を見かねたセオドールが口を挟む。

 

「先生、我々センチュリオンはダンブルドア、つまりこの学校の最高責任者の許可を得て必要の部屋を管理しています。そして、万が一攻撃された場合、火器並びに杖を使用した反撃も認められています。本事案に関してはセンチュリオン側に落ち度はありません」

 

「確かに校長はあの部屋の利用を認めた。しかしながら、学校の部屋を武装をチラつかせて占拠するのは褒められた事ではない」

 

スネイプが言う。

 

「あの部屋に存在する武器弾薬はヴォルデモート勢力と戦闘を行うためのもので、魔法省も認めています。故に部外者が立ち入る事は国益を損なうに等しいことです」

 

「闇の帝王の名前を容易に口にするな。君達のような半人前の魔法使いが闇祓いごっこをするのは勝手であるが、ホグワーツを戦場と勘違いするのは許さん」

 

何故だろう。

スネイプはセンチュリオンが校内で活動することや必要の部屋を占拠することが不都合だと考えているみたいだ。

とエスペランサは思った。

 

スネイプがエスペランサ達を支持するとは思わなかったが、騎士団の一員として対ヴォルデモート勢力が増えるのは喜ばしい事ではないのだろうか。

 

「名前を恐れるとは馬鹿馬鹿しい限りです。ヴォルデモートは唯の狂ったテロリストの一人に過ぎない。それにあの日魔法省で死喰い人を撃退したのは闇祓いでもダンブルドアでも無く、我々だ。我々の戦闘行為をごっこ遊びと同列に語るのはお控え願いたい」

 

セオドールが珍しく憤りを見せた。

この期に及んでクラッブとゴイルのような連中を擁護するスネイプに苛立っているのだろう。

それに、戦争が始まっているというのにスネイプにもマグゴナガルにも危機感というものが感じられない。

 

これはエスペランサも同意見だったのだが、不死鳥の騎士団の面々は口ではヴォルデモートや死喰い人の脅威を語りつつも、行動が伴っていないのだ。

騎士団は危険な活動や諜報任務もしているとダンブルドアはエスペランサやセオドールに語っていたが、こちら側から戦闘を仕掛けたり、工作を行ったりはしていない。

 

対する死喰い人連中は確実に魔法省内で工作活動をしていた。

 

戦争は綺麗事では済まされない。

敵を罠に嵌め、各個に暗殺し、本拠地を奇襲する。

それなのに騎士団はフェアにやろうとし過ぎているのだ。

そこに危機感の欠如が見受けられる。

 

「兎に角、ホグワーツ生徒内に不穏分子が存在するのは明らかです。少なくともクラッブとゴイル両名に対する真実薬を使用した尋問を行わせて下さい」

 

「真実薬を使用した尋問は魔法省の許可が必要だ。我輩の一存で決められん。それに仮に我輩に決定権があったとしても許可はしないだろう」

 

センチュリオンの真実薬投与はスクリムジョールに許可を貰っていたが、それは新規隊員獲得のためのみだ。

尋問の為に真実薬を使用するには改めて許可が必要になるのだが、そちらは非常に手続きが遅くなる上に煩雑である。

 

昨年、ホグワーツでアンブリッジが真実薬を多用したのは彼女が権力を乱用したからだ。

 

「ですが先生……。私達はこいつらに一方的に襲撃を受けました。私達はダンブルドアの指揮下にある組織です。この人達の攻撃はすなわちダンブルドアに対する攻撃にも等しい」

 

チョウが言うが、スネイプは受け付けなかった。

 

「クラッブとゴイル両名は我輩が言うのも何だが、あまり利口では無い。何かの考えがあって君達を襲撃したと考えるのは如何なものだろうか。先程ルックウッドが言った通り、ただの敵討と考えるのが妥当だろう。尋問の必要は無い。罰則は必要だろうが」

 

そう言われてしまえば反論の余地は無い。

クラッブとゴイルが単細胞なのは周知の事実だ。

 

エスペランサもセオドールもそれ以上食い下がるのはやめた。

どの道、この場でこれ以上事態を進展させるのは無理だと判断したためである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クラッブとゴイルが自発的に動く事はまずあり得ない。食べ物が絡めば話は別だが。となれば今回の襲撃は裏で誰かの指示があったと考えるのが妥当だ」

 

職員室からの帰り道。

セオドールが誰となしに言った。

 

結局、クラッブとゴイルは1ヶ月の罰則を受けることになった。

 

「クラッブとゴイルをコントロール出来るのはマルフォイだけだろう。じゃあマルフォイか?」

 

「そうとも限らん。マルフォイ家の権威は神秘部の戦闘で地に落ちた筈。クラッブとゴイルがマルフォイの指示を今も聞くとは限らない」

 

「じゃあやっぱエスペランサに復讐する為かな?親の仇で」

 

アンソニーが発言する。

 

「そうだな。それなら納得出来る。だが、奴らは俺達が思っている以上に馬鹿だ。挟撃や奇襲という策を考えて攻撃してくるとは考えられない。やはり、裏で誰かが指示をしていたと考えるのが妥当だろう」

 

それ聞いてエスペランサはふとハリーの言葉を思い出した。

ハリーはホグワーツ特急内でマルフォイを尾行し、彼が何かを企んでる事を聞いている。

それにボージン・アンド・バークスの一件だ。

今回の事案はマルフォイが裏で糸を引いている。

エスペランサは半ば確信していた。

 

それは長年の軍隊生活で培われた一種の勘であった。

 

「おーい!皆、無事だったか?」

 

廊下の向こうからフル武装のコーマックが走ってくる。

 

「おかげさまで手足は付いてる」

 

「そうか。それは良かった。無線で通報があったから飛んで来たんだが、もう事は終わってたみたいだな。まあ、敵はクラッブとゴイルだったんだろ?なら心配は要らないと思ったんだが、やはり心配でさ……」

 

コーマックは息を切らせていた。

恐らくフル武装で長距離を走ってきたのだろう。

 

ふとエスペランサはコーマックが今日、クィディッチの代表選手の選考に行っていた事を思い出した。

 

「コーマック。お前確か、今日はクィディッチの選抜だろ?朝から張り切っていたじゃないか。選抜はどうしたんだ?まさか……」

 

「そのまさかさ。選抜を放棄して抜けて来たよ。丁度、キーパーの選抜試験が始まる時に無線で敵襲の通報が来てね……。ハリーに緊急事態だから選抜を延期してくれと言ったんだが、断られた」

 

「それは残念だな。昨年からキーパーを志していたのに……」

 

考えてみれば不運な男だ。

昨年はドクシーの卵の食べ過ぎで倒れ、今年は敵襲を聞きつけて選抜を放棄。

 

だが、クィディッチの選抜よりも仲間の命を優先させるところが実にコーマックらしかった。

昔はもっと気取って嫌な性格をしていたコーマックだが、センチュリオンに入ってからというものの男気の塊のような人間になっている。

 

「無駄足に終わったけどさ。俺は7年生だから今年が最後のチャンスだったんだよな」

 

「そうか……。俺からもハリーに選抜をもう一度してくれるよう頼んでみる」

 

「多分無駄だろう。キーパーになったのはロン・ウィーズリーだ。ハリーにとっては俺よりもロンにキーパーをして欲しい筈さ。それに、昨年のロンのキーパーは見事だったからな」

 

そうは言いつつもコーマックはどこか悔しそうだった。

クィディッチには興味を持たないエスペランサだったが、コーマックの気持ちは痛いほど伝わってくる。

 

センチュリオン遊撃部隊は数々の修羅場を潜り抜けて来た精強部隊だ。

彼らの精神力と技量は既にクィディッチの選手を上回る。

 

センチュリオンに入隊した事により、人間的に成長した者は多い。

コーマックもその一人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過小評価され気味だが、ドラコ・マルフォイは優秀な生徒である。

 

OWLの結果にしてもハリーより良好な結果であったし(魔法薬でOを取った他、ほとんどの科目がEである。あの魔法生物飼育学ですらEだ)、閉心術にも長けていた。

 

そんなドラコは今、ヴォルデモートの密命である"ダンブルドアとエスペランサの暗殺"を企てていた。

 

しかし、ヴォルデモートに匹敵する戦闘力を持つダンブルドアを殺すのは不可能に近い。

そこでマルフォイが参考にしたのは皮肉にもセンチュリオンの戦略であった。

 

センチュリオンはヴォルデモートとの戦闘で成果を出して生還している。

それはエスペランサ個人の力ではなくセンチュリオンの組織力に依るところが大きい。

 

つまり、単独で挑むという無茶をするのではなく組織で挑めば良いのだ。

そこで彼が考えたのはホグワーツに死喰い人を招き入れるという作戦だ。

 

防衛が強化されたホグワーツ内に死喰い人を入れる方法は少ないが、姿を眩ますキャビネット棚を活用すれば何とかなりそうだった。

ホグワーツに存在するキャビネット棚とボージン・アンド・バークスに存在するキャビネットを繋げば容易に死喰い人を招き入れる事が出来る。

 

問題はこのキャビネット棚が壊れていて、修理が難しいところだ。

しかも、格納されているのは必要の部屋。

修理をするには必要の部屋が必要不可欠であったが、必要の部屋は現在、センチュリオンが占領している。

 

そこで、マルフォイは必要の部屋の警備状況と弱点を探るために近頃は言う事を聞かなくなってきているクラッブとゴイルを斥候に出したのだ。

 

結果、クラッブとゴイルは勝手に戦闘を起こし、返り討ちに遭ったわけだが、マルフォイはセンチュリオンの警備状況を知ることが出来た。

警備は哨戒員2人が3時間ローテで一部のスリザリンの隊員が寝泊まりしている。

廊下に設置されている武器は機関銃が一つのみ。

ただし、センサーとカメラが存在する。

 

必要の部屋にどれだけの武器弾薬が置かれているかは知らないがこの警戒レベルからしてセンチュリオンの主力は全て必要の部屋にあるのだろう。

 

それに、スリザリンきっての頭脳派であるセオドールの事だ。

これ以外にも何か侵入者に対する罠を仕掛けている可能性はある。

 

「くそっ!」

 

マルフォイは自室の机を拳で叩いた。

その衝撃で羽ペンのインク入れが倒れ、机を黒く染める。

 

まるで自分の心が闇に侵蝕されていくようだ。

マルフォイは自嘲気味に笑った。

 

「必要の部屋を使うのは困難……。なら、別の方法を探さなくては……」

 

手段を選ばず、そして魔法界の常識に囚われない。

幾度もの奇蹟とも言える所業を成し得てきた"あの男"のように、自分も戦えば良い。

 

形は違えどエスペランサ・ルックウッドは確実にマルフォイにも影響を与えていたのだ。




サバゲ行こうとしたらバッテリーが過放電していて使い物にならないという…


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case102 Winter without a captain 〜倒れた英雄〜

誤字報告ありがとうございます!
最近ちょっと悪いこと続きでブルーな気分…


翌日。

クラッブとゴイルがセンチュリオンを襲撃した事件はホグワーツ中に知られる事になった。

 

エスペランサとセオドールの考えで敢えて襲撃の噂を生徒中に流したからである。

 

襲撃すれば返り討ちに遭うという事実を知らしめる事である種の抑止力とする。

それが狙いだ。

 

エスペランサがそんな工作をしている時、ハリー達はハグリッドとの関係修復を図っていたらしい。

ハリー達曰く、ハグリッドはアラゴグが衰弱している事で精神的に不安定になっているそうだ。

 

エスペランサは2学年の時、アラゴグの家族を住処ごと爆破した。

故にアラゴグは死んだと思っていたのだが、生きていたようである。

 

その件があったからかは知らないが、アラゴグは弱体化し、生存していたアラゴグの家族達はハグリッドを含む人間に対して明確な敵意を持つようになったとのことだ。

 

精神的に不安定と言えば、クィディッチの試合が近くなったロンの精神も弱ってきていた。

昨年、ある程度メンタルが強くなった彼だが、まだ不安定なところがあるみたいだ。

 

そこで、ハリーはロンの精神力を鍛えるにはどうしたら良いかをエスペランサに尋ねた。

 

 

その結果が………。 

 

 

 

「腰が上がってるぞ!膝をつくな!あと50回だ!!ガッツを見せろ!」

 

「も、もう無理。限界だ……」

 

「弱音を吐くんじゃねえ!おい、ハリー。お前もバディを応援しろ!ほら、だから膝をつくな!」

 

「な、何で僕も一緒にやらないといけないんだ」

 

ロンと(何故か)ハリーは精神力を鍛える為にセンチュリオンの新隊員教育に体験参加させられていた。

ハリーはエスペランサに相談した事を後悔している。

 

彼らがまずやらされたのは腕立て伏せだ。

 

「背中は一直線にして腰を曲げるな!」

 

限界が来て体勢を崩そうとしたハリーの腰をエスペランサが掴み、膝をつけさせないようにした。

 

課せられた目標は100回。

鍛えていればそこまで大変な回数では無いが、筋トレ等した事もないハリーとロンにはハード過ぎるメニューだった。

 

ロンの方がハリーより筋力があるようで、ロンが現在50回、ハリーは40回で止まっている。

 

「駄目だ……。もう腕が上がらない……」

 

「分かった。二人合わせて100回にしてやる。おい、ロン。ハリーは残念ながら限界らしい。お前がハリーの分もやってやるんだ」

 

エスペランサがハリーも参加させたのには意味がある。

ハリーとロンをバディにして二人で訓練を乗り越えさせる事で仲間意識を強くさせているのだ。

 

「う、51…52……53」

 

「いいぞ!ロン頑張れ!ハリーも応援するんだ!」

 

ネビルがやってきてロンの前で一緒に腕立てを始める。

必要の部屋に設けられたこの陸上訓練場ではハリーとロンだけではなく他の新隊員も現在訓練をしていた。

 

長時間の戦闘に耐え得る体力と精神を鍛えるには厳しい体力練成がやはり効果的だ。

というわけでエスペランサ達は軍隊式の体力練成訓練を頻繁に行っている。

 

必要の部屋の中に設けられた陸上訓練場は懸垂場やトラックの他にも障害物走が出来るコースなどが設けられていて、傍にはプールまで出来ていた。

 

もはや必要の部屋は部屋ではなく一つの駐屯地になっている。

 

やっとのことで合計100回の腕立てを終えたハリーとロンにエスペランサはラバー銃を渡す。

 

「まだ終わっちゃいねえぞ。ハリーとロンは今から第1小隊に加わり、ハイポートだ」

 

「そんな無茶な。腕立ての前に懸垂とか障害物だってやったんだ。もう身体が動かない。限界だよ」

 

「限界を自分で決めるんじゃねえ。まだ減らず口が叩けるくらいの余裕があるじゃねえか。ほら、立て!走れ走れ!遅れたら連帯責任で腕立て追加だ!」

 

エスペランサに急かされて立ち上がったハリーとロンだが、渡されたラバー銃が思ったよりも重く、フラついてしまう。

ラバー銃はゴムで出来た訓練用の銃だが、その重さは本物と変わりない。

 

これを持って走ると思うと気が遠くなった。

 

陸上訓練場の中央には既に第1小隊の面々が揃っていた。

全員、フル武装で手にはM733を持っている。

 

先頭の隊員は小隊旗を手にしていた。

 

「皆、紹介するぞ。こちらは体験入隊中のハリーとロンだ。新入隊員は知らないかも知れんが、魔法省の戦いではセンチュリオンと共同戦線を張っていた戦友である」

 

エスペランサに促されてハリーとロンは隊員達の前へ出た。

隊員がかなり増えた事もあり、センチュリオンの編成もかなり変化した。

 

この第1小隊はエスペランサが指揮をする小隊であるが、前身は第1分隊である。

小隊の人数は15名。

その内の半数は新規入隊の生徒、もしくは元闇祓いや魔法警察の隊員だ。

 

ハリーは隊員を見渡す。

 

知り合いも多いし、ダンブルドア軍団に所属していたメンバーも居た。

 

隊員達はハリーとロンを拍手で迎えると、2列縦隊で並ぶ。

 

「よし。健康状態に異状のある者はいるか?」

 

「「「 無し! 」」」

 

「では、本日最後の訓練だ。これから俺が止めるまでハイポートで走るぞ。どうしても体調が悪くなった者は申し出ろ。それじゃ行くぞ。前へ進め……駆け足、進め!」

 

2列縦隊になった15名の隊員とハリー達二人は走り出す。

前から一人ずつ号令をかけて歩調を合わせながら走るのは慣れていないハリー達や新入隊員には酷だった。

 

「イチ、イチ、イチニー」

 

「「「 そーれ 」」」

 

「イチ、イチ、イチニー」

 

「「「 そーれ 」」」

 

「連続歩調ー歩調、歩調、歩調調調調調、数え!」

 

歴戦の隊員達は呼吸を乱さずに走るが、やがてハリーとロンが遅れ始めた。

 

「遅れるな!足を動かすんだ!」

 

エスペランサがハリー達の後ろにやってくる。

 

「む、無理……呼吸が」

 

「呼吸を乱すと余計に疲れるぞ!おい、ネビル!士気を上げるぞ!新隊員も遅れ始めてる」

 

慣れない半長靴に重いラバー銃。

ホグワーツでは唯一と言って良いスポーツである。

 

やがてハリーとロン以外はゴール地点まで辿り着いてしまった。

ゴールに辿り着いた新規隊員や教官役の古参隊員は手を振ってハリー達二人を応援する。

 

何人かは二人と一緒に並走して走り始めた。

 

そして、数分後。

ハリーとロンも無事、ゴール地点に辿り着く。

その時点で体力が限界だったのだろう。

二人は芝生の地面に倒れ込んだ。

 

「お疲れ様でした」

 

相変わらずの無表情でやってきたフローラがハリーとロンに水筒を渡した。

彼女の左腕には赤十字マークのついた腕章が付けられている。

 

「え?あ、ありがとう……」

 

大量の汗を流しながらハリーは水筒の中の水を口に含んだ。

魔法で冷却されているのだろう。

水は適度に冷えていて気持ちが良い。

 

「動けるなら少しでも歩いた方が良いぞ。心臓に負荷がかかってるからな。それからウィーズリー。水は少しずつ口に含んで飲んだ方が良い」

 

セオドールもハリーのもとにやってきて彼にタオルを渡した。

 

「あ、ああ。ありがとう。でも、良いの?僕らはグリフィンドールのクィディッチ強化の為に今回の訓練に参加したんだ。君達スリザリン生にとっては敵に塩を送るようなものなんじゃないか?」

 

ハリーがセオドールに言う。

 

「一流のスポーツ選手なら、試合相手が強い方が燃えるものだろう?それに俺は今のスリザリンからハブられている人間だ」

 

そんなセオドールとハリーの横ではコーマックがロンと話していた。

 

「ナイスファイトだロン。だが、お前は俺の代わりに試合で飛ぶんだから無様な試合だけはするなよ?」

 

「ええと、君は確か……」

 

「コーマックだ。同じ寮だし、何ならこの間の選抜にも居たぞ。去年のお前の試合は見事なもんだった。今年も勝てよ?」

 

コーマックはロンにタオルを渡した。

ロンはそれを受け取る。

 

「僕、君の事あんまり好きじゃなかったし嫌な奴だと思っていたけど……。君、最高に良い奴だな」

 

「お前、失礼な奴だな……。だが、あながち間違ってもいない。4年くらい前の俺は自分で言うのも何だが、自信家で嫌な奴だった。性格だって良くは無かった。だけど、このセンチュリオンに入隊して変わったのさ」

 

「変わった?」

 

「ああ。俺だけじゃない。ほら、あれを見てみろ」

 

コーマックが指差す先にはザビニやダフネ達と楽しそうに話すネビルの姿があった。

 

「ネビルがスリザリン生と楽しそうに話してる……。こりゃマーリンの髭だ」

 

「俺もグリフィンドール生だからな。まさかスリザリンの連中と肩を並べて戦い、同じ釜の飯を食べるようになるとは思わなかったよ。多分、セオドールやザビニも俺と同じ事を思ってる筈だ」

 

見渡せばセンチュリオンの隊員は寮も家柄もバラバラだ。

 

「ザビニもセオドールも……エスペランサに会わなければ今頃はヴォルデモートシンパに加わっていたかもしれん。俺は俺で相変わらずスリザリンを憎たらしく思っていたかもしれない」

 

エスペランサが存在しない世界線があったとしたら、その世界でセオドールやザビニはどうなっていたのだろう。

やはりヴォルデモート側についていたのだろうか。

 

ザビニ達だけではない。

 

ネビルとコーマックは互いの背中を任せるような関係にならなかっただろうし、フローラは闇の中で倒れていただろう。

チョウはセドリックの死を乗り越えられず、アンソニーは唯の監督生で終わっていたかもしれない。

 

「ここに居る連中は全員、センチュリオンに入り、変わった。この組織には嫌な奴も屑も存在しない」

 

「でも僕はまだスリザリン生の事を完全に信用は出来ないよ。ノットやカローの親は死喰い人だ」

 

「そうだな。何十年にも渡る禍根を解消するのはダンブルドアにも不可能だった。でもな、俺たちはこの数年で力ずくで鍛えられ、互いを信頼できるようになった。以前、エスペランサが言っていたんだが、軍隊というのは優秀な兵士を作るんじゃなくて、屑の居ない組織を作るんだと。一人の屑が居たら部隊は壊滅する。だから、軍隊は落ちこぼれを作らないように訓練するんだ。決して見捨てずにな。ホグワーツとはまるで逆じゃねえか。センチュリオンなら寮間の壁も簡単に取っ払える。俺はそう思う」

 

ホグワーツが一つになれない理由はそこにある。

軍隊にも競技会等が存在するから寮対抗杯やクィディッチで競い合うのは良い事だ。

しかし、それは切磋琢磨するという意味である。

 

今のホグワーツでは寮間の足の引っ張り合いや対立が顕著になり、特にグリフィンドールとスリザリンは憎しみあっていると言っても過言ではない。

互いに相反する正義があり、主義があり、思想がある。

 

「屑を作らない組織……か。何でエスペランサは僕だけじゃなくてハリーも訓練に参加させたのか何となく分かった気がする。ハリーはDAのリーダーはしたことがあるけど、指揮官を経験した事は無いと言っても良い。組織を育成するのも未知の世界だから……」

 

「まあエスペランサなりにそんな考えがあったんだろう」

 

或いは……。

ハリーは今後、ヴォルデモートと全面的な戦いになった時にキーパーソンになる。

戦いが数年に渡り長引けば、もしかすると組織のリーダーとして戦闘に参加するかもしれない。

 

その時の事を見越してエスペランサはハリーの精神や能力を少しずつ育成しようとしているのでは無いか。

 

ロンはふとそんな事を考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クィディッチの試合は見事にグリフィンドールが勝利した。

その勝利の余韻に浸ったまま迎えたのがホグズミード村の遠足だ。

 

生憎、天候は豪雪で数メートル先も見渡せない荒天だったが、それでも生徒たちはホグズミードに足を伸ばした。

 

センチュリオンも非番の者はほとんどが出掛けている。

エスペランサも例外では無い。

 

偶には羽を伸ばさないといけないと考え、朝からずっと戦闘計画を練っていたセオドールの首根っこを掴んで、ホグズミードにやってきた。

途中、フローラやダフネ、それにネビルとも合流して束の間の休息をとったわけである。

 

そんな帰り道。

 

エスペランサ達は豪雪の中、ホグワーツへ帰ろうとしていた。

視界は悪いが、彼らの数メートル先にはハリー達いつもの3人組が歩き、さらにその先にはケイティ・ベルとその友人が歩いているのが薄ら見えている。

 

「この豪雪……何とかならないかな?」

 

ダフネが雪を掻き分けながら歩く。

他の隊員より身長が低いフローラはもう3回くらい雪に足を取られて転倒していた(転倒した際に鼻で笑ったエスペランサは問答無用でつねられた)。

 

「おい、エスペランサ。何か前の集団の様子がおかしくないか?」

 

「え?ハリー達の事か?そんな変には見えないが」

 

「いや、あいつらじゃない。あのケイティ・ベルの方だ」

 

良く見ればケイティが友人と口論している。

それだけなら別におかしくもない光景だ。

 

しかし、ケイティの挙動は不可解だった

何者かに操られているパペットのようにギクシャクと動いている。

 

そして……。

 

「ケイティ!!!」

 

前触れもなくケイティが宙を舞い、積雪の中に倒れた。

 

ハーマイオニーが悲鳴を上げ、ハリーとロンが杖を取り出し、ケイティに駆け寄ろうとする。

 

「ハリー!ロン!近づくな!!敵の罠かもしれん」

 

エスペランサは咄嗟に二人を止めた。

 

突然倒れ込んだケイティは、普通に考えれば何者かに攻撃を受けたのだろう。

この場に居るのはセンチュリオンだけではない。

ハリーも居る。

 

ということは敵の目標はハリーだ。

 

エスペランサはそう考えた。

 

「総員、フォーメーションデルタでハリーを護衛しろ!敵の狙いは恐らくハリーだ。四周を警戒!」

 

セオドール、フローラ、ネビル、ダフネの4人がすかさずハリーを囲み四周に銃口を向けた。

豪雪により視界は悪く、敵の姿は見えない。

 

しかし、ケイティを襲った敵はすぐ近くに居るはずだ。

隊員達は神経を尖らせた。

 

エスペランサは姿勢を低くし、素早く倒れたケイティに接近した。

雪の中に埋もれる形で倒れたケイティを彼は観察する。

 

目を閉じたまま倒れているケイティだが、息はある。

顔色も悪くは無い。

彼女の片手には薄気味悪い骨董品のネックレスが握られていたが、それ以外に外傷等は見られない。

 

「ど、どうしよう。ケイティがいきなりおかしくなって……。雪の中に倒れちゃうから」

 

彼女の友人が泣きながら言う。

 

「大丈夫だ。死んでない。恐らく何らかの魔法攻撃を受けただけだろう。これならマダム・ポンフリーが治せる」

 

エスペランサは安堵しつつ、意識を失っているケイティを抱え上げようとした。

 

その時。

 

「え…?」

 

ケイティが急遽、目を覚ました。

ギョロリと開けた目で瞬き一つせず、エスペランサの事を直視している。

 

エスペランサはケイティの意識が戻った事を喜ばなかった。

彼女の目は明らかに正気では無いからだ。

 

それに、エスペランサを見つめる彼女の目には明らかな殺意が込められている。

彼は咄嗟にケイティとの距離を取り、射撃姿勢を取ろうとした。

だが、30センチを超える積雪に足を取られたことと、また、彼女を抱き抱えようとした際にM733を傍に置いたのが致命的だった。

 

積雪でバランスを崩したエスペランサに正気を失ったケイティが馬乗りになり、彼の動きを封じる。

本来なら軍人上がりのエスペランサがケイティに力負けする事は無い。

 

しかし、何故かケイティの力はエスペランサを上回っていた。

 

考えられる可能性は一つだけ。

 

「ふ…服従の呪文か!?最初から狙いは俺だった訳か!」

 

エスペランサは懐から杖を取り出そうとした。

が、それよりも先にケイティが自身の持つ不気味なネックレスを彼の心臓付近に押し付けた。

 

 

 

ドクン

 

 

刹那。

何か得体の知れない何かが大量にエスペランサの中に入ってくる。

 

この世の憎悪を凝縮したような、悪意の塊が彼の心身を満たしていく。

 

エスペランサの視界は途端に暗黒になり、光が何も見えなくなった。

遠くで誰かが叫んでいる。

セオドールか、それともフローラか……。

確認する術は無い。

助けて欲しくても助けを求めることは出来ない。

 

五感が麻痺しているのだ。

そして、そのうち思考すら出来なくなり………。

 

 

 

 

 

彼の意識はそこで途絶えた。

 

 




主人公は無敵じゃない方が面白いですよね!
シンウルトラマン観に行きました!


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case103 Bystander of history 〜歴史に紛れ込んだ異物達〜

感想、誤字報告ありがとうございます!
しばらくエスペランサは出て来ません。


ケイティに突然襲われ、呪いのネックレスを押し付けられたエスペランサが宙を舞い、雪の中に倒れ込んだのを目の当たりにしたセオドールは咄嗟にM733を構えた。

 

銃口はまっすぐにケイティに向けている。

 

彼は冷静さを失ってはいけないと自分に言い聞かせつつも、感情が抑えられなかった。

 

 

「隊長がやられた……。殺せ!」

 

そう言うが早いか、セオドールは引き金に指をかけ、ケイティを射殺しようとする。

 

「ノット!駄目だ!やめろ!!!」

 

血相を変えたハリーが銃を構えるセオドールに体当たりをした。

不意の攻撃にセオドールは雪の中に倒れ込む。

 

引き金に指がかかっていたため、数発の弾丸が発射されるが、それは明後日の方向へ飛んでいった。

 

「退けポッター!奴は敵だ!」

 

「きっと服従の呪文かなにかで操られてるんだ!殺しちゃだめだ」

 

ハリーはセオドールを必死に押さえ付けようとした。

 

「ペトリフィカストタルス・石になれ!」

 

ハーマイオニーが咄嗟にケイティに全身金縛りの魔法をかける。

彼女は途端に石のように固くなり、雪の中に突っ伏した。

 

「ネビルとダフネはケイティ・ベルを拘束。私は隊長を救出します」

 

「り…了解」

 

フローラがネビルとダフネに指示を飛ばす。

ネビル達はケイティを魔法で拘束した。

 

フローラは倒れて動かなくなったエスペランサのところへ駆け寄る。

目を閉じて雪に埋もれるエスペランサはまるで死んでいるようだったが、かすかに息をしていた。

 

フローラは安堵し、震える手で杖を取り出した。

 

「やはり、呪いのネックレスですね。ボージンの店で売られていた曰く付きの品物です」

 

「呪いのネックレス?何それ?」

 

雪を掻き分けてダフネも近付いてきた。

 

「魔法界に存在する呪いは多くあります。ダフネも良く知る"血の呪い"などです。このネックレスはその中でも特A級の呪いが込められたもので、今までに数百人の命を奪ってきた物なんです」

 

「じ、じゃあ隊長は!?」

 

「安心して下さい。まだ息はあります。ネックレスと接触した時間が短かったか、隊長がタフだったか、どちらにせよ生きてます」

 

とは言いつつ、フローラの手は相変わらず震えている。

呪いのネックレスに侵された人間が無事な訳がない。

このまま永久に目覚めなかったり、何らかの後遺症を残す可能性もある。

最愛の人がそのような状態になっても尚、冷静でいられたのはフローラの精神面がここ数年で鍛えられていたからに他ならない。

 

「油断していた。敵にとっては隊長も、何なら俺達だって標的なんだ。もう少し警戒していればこんな事にはならなかった」

 

冷静さを取り戻したセオドールがハリー達を引き連れてやってくる。

ネビルは携帯していた無線で城へ連絡を取っていた。

 

「と言うことはケイティを操っていた犯人はハリーではなくエスペランサを狙っていたってことか?」

 

ロンが言う。

 

「ああ。恐らくは……。俺達は死喰い人に少なくないダメージを与えてきた。奴らにとってセンチュリオンは目の上のたんこぶだ。隊長を狙うのも頷ける」

 

「マルフォイだ。犯人はマルフォイだ」

 

ハリーが呟いた。

 

「マルフォイだって?」

 

「その呪いのネックレスはボージン・アンド・バークスで売られていた物だ。そして、その呪いのネックレスをマルフォイが買ったに違いない」

 

フローラが魔法で回収しようとしていたネックレスをハリーが指差す。

 

「マルフォイが?いや、その話は後で聞こう。今は隊長を運ぶのが先だ」

 

見れば豪雪の中、連絡を受けたセンチュリオンの衛生班と戦闘部隊がホグワーツ城から走ってくるのが見える。

 

幾度もの戦闘で奇跡的な結果を残し、何度も生き延びてきたエスペランサ・ルックウッドが呆気なくやられた事にセオドールもフローラもネビルもダフネも少なからずショックを受けている。

 

セオドールの中でエスペランサという存在は大きく、彼が戦闘不能になる事などあり得ないとも思っていた。

しかし、それは違った。

 

エスペランサも所詮はただの人間。

奇襲や呪いを受ければ簡単に死んでしまう。

 

エスペランサという柱を一時的に失ったセンチュリオンは果たして戦闘組織として機能するのか。

そんな不安を感じつつも、セオドールはまだ見ぬ黒幕への復讐を考え始めていた。

 

 

「必ず敵は炙り出す。そして、必ず倒す。俺の頭が動いているうちは決して逃がさない」

 

豪雪の中彼は一人誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エスペランサが呪いのネックレスによって医務室に運ばれたという話は全生徒に伝わった。

 

バジリスクを退け、神秘部では何人もの死喰い人を亡き者にしたエスペランサが倒れたという事実は少なからず生徒に衝撃を与えている。

セオドールも冷静さを取り繕ってはいたが、その実、動揺していた。

 

こうも簡単に部隊の長がやられるとは思ってなかったからである。

 

「俺が迂闊だった。ダンブルドアだけでなくエスペランサも暗殺対象となり得る。一歩間違えれば俺達は指揮官を失っていた」

 

医務室のベットで横たわるエスペランサを見ながらセオドールは呟いた。

マダム・ポンフリーは反対したが、エスペランサの病棟は隊員が24時間制で見張りをしている。

 

「それを言えば、私達だって暗殺の対象です」

 

ベットの側に置かれた椅子に腰をかけながらフローラが言う。

彼女は授業と訓練以外、ほとんどの時間、エスペランサの見舞いに来ていた。

エスペランサはここ2日間目を覚ましていない。

 

マダム・ポンフリー曰く、ここまで強力な呪いを受けた人間は生きているだけでも不思議なくらいなのだそうだ。

故にエスペランサが目を覚ますかどうかは誰にも分からない。

 

ダンブルドアなら何とかしてくれるかも知れなかったが、残念ながら不在である。

 

「敵は思ったよりも策士だった。ケイティ・ベルが呪いのネックレスの被害を受けた事を服従の呪文で演じさせ、近付いてきた隊長を襲わせたんだ。最初から隊長狙いでないと思いつかない策だろう」

 

ケイティ・ベルは呪いのネックレスに触れていなかった。

彼女の手に保護魔法の施された手袋が付けられていたのは、後になって知った事である。

犯人は想像以上に策士だった。

ケイティに服従の呪文をかけ、あたかも呪いのネックレスによって死にかけているように演技をさせていたのだ。

 

そして、近寄って来たエスペランサに呪いのネックレスを押し付けた。

 

単純だが、非常に効果のある方法だ。

 

「やっぱりマルフォイが犯人だ」

 

センチュリオンの面々と共に見舞いに来ていたハリーが言う。

セオドールはハーマイオニーと違い、ハリーの話を重要視しており、呼んでいたのである。

 

「ポッター。ドラコはアリバイがある。あの日、奴はマクゴナガルの罰則を受けてホグワーツ内に居たんだぜ?」

 

ザビニが反論した。

 

「共犯者が居たんだ。クラッブかゴイルか……。それにマルフォイはボージンの店で何かを欲しがっていたし、今年度は何かを企んでる。クィディッチの試合をサボって城内で何かやっていたのだって怪しい」

 

「確かにポッターの言う通りだ。今年のドラコはどこか様子がおかしい」

 

「そうなんだ。それなのにロンもハーマイオニーも全然相手にしてくれなくて……」

 

クラッブとゴイルによる必要の部屋の襲撃。

ケイティを利用したエスペランサへの攻撃。

そして様子のおかしいマルフォイ。

 

これらは必ず繋がっている。

そう考えるのはハリーだけでなくセオドールもだった。

 

「それならマルフォイの奴を尋問してやろうぜ?鉛玉の一つでも喰らわせれば本当の事を吐くだろうさ」

 

コーマックが言うと、周りの隊員もそうだそうだと賛同した。

センチュリオンの隊員達は皆、隊長の仇打ちをしようと血の気が多くなっている。

 

「皆、落ち着け。残念ながら我々に生徒の尋問権は無いし、許可を取ろうにもダンブルドアは不在だ」

 

「だが、副隊長!このまま黙っていられるか?隊長がやられたんだぞ?」

 

「そうだぜ?マルフォイが犯人だとしたら血祭りに上げてやるところだ!」

 

医務室の中には現在、10人以上の隊員が居るが、彼らは皆、義憤に駆られている。

良くない兆候だ。

このままでは指揮統制が取れなくなる。

 

「皆さん。少し冷静になりましょう」

 

フローラが静かに言った。

この隊員達の中で最もエスペランサのことを大切に思っているだろう彼女の言葉に一同、大人しくなる。

 

「こんなに騒いでいたらマダム・ポンフリーに追い出されます。それから、隊長が戦闘不能になったからといって感情的になり、統率に乱れが出来たらそれこそ敵の思う壺です」

 

「だけどこのままだと隊長だけじゃなくて他の隊員にも犠牲者が出るかもしれない。やはり対策はするべきじゃない?これ以上仲間がやられるのは嫌だし」

 

つい最近、母親が死喰い人に殺されたハンナが発言した。

彼女は母親の葬儀に参加していて、ついさっき帰還したのである。

 

「その事だが、俺に策がある」

 

セオドールが前に出た。

 

「犯人探しをしたいところだが、その為に割く人的リソースは不足している。だからまずは、敵に"センチュリオンを襲えば痛い目に遭う"と思わせ、襲撃を躊躇わせる策が必要だ」

 

「その策ってのは何だ?」

 

「既に作戦は考えてある。そして、この作戦にはポッターと"黄金虫"が必要になるだろう」

 

「え、僕が?」

 

「ああそうだ。無論、ダンブルドアに許可をもらわんといけないが、ポッターを餌にして敵に敢えてホグワーツを襲撃させる。そして、そこに打撃を与える事で今回の事件の黒幕にこれ以上の襲撃が無意味だと思わせ、また、エスペランサ抜きのセンチュリオンも脅威であると実感させるんだ」

 

「なるほど。確かに有効かもしれない」

 

「良し。では作戦会議を行う為、隊長の警備をする隊員を残し、全員、必要の部屋に集まってくれ。あとフィルチさんも呼んで欲しい。それからポッター。君も来てくれ。今回の作戦は君がキーパーソンとなる」

 

「良いけど……一体、何をしようというんだ?」

 

「俺達やポッターを襲撃するとどうなるかって敵に思い知らせてやるのさ」

 

セオドールはそう言うと、必要の部屋に向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

必要の部屋のブリーフィングルームにセンチュリオンの隊員とスクリムジョール、ボージン、フィルチ、そしてハリーが揃った。

 

スクリムジョールと犬猿の仲であるハリーは嫌な顔をしていた。

何とも奇妙な面子である。

 

ちなみにボージンもバークも呪いのネックレスを販売した相手の事は知らないそうだ。

どうやら通信販売でアウトローな連中が買ったらしい(セオドールは憤慨してポイズンバレットの値下げを要求した)。

 

 

「全員揃ったな。まず現状の共有をしようと思う。昨日、隊長のエスペランサが服従の呪文で操られた生徒に襲撃された。隊長は意識不明。復帰の目処は立たない。襲撃に使われた呪いのネックレスはここにいるボージンの店で売られていたものだ。だが、犯人は不明。ネックレスに関してはスネイプ教授が保管している」

 

セオドールは総員の前に立ち話し始めた。

 

「俺はヴォルデモートが狙っているのはポッターかダンブルドアの命だと思っていたが、どうやら隊長が狙いだったらしい。そして、恐らく、センチュリオンの隊員も標的にされる可能性は十分にある」

 

隊員の何人かが頷いた。

スクリムジョールも同感のようだ。

 

「我々は自衛手段として火器使用を許可されてはいるが、今回のような襲撃が重なれば隊員に被害が出るだろう。故に対策が必要だ」

 

セオドールはホワイトボードにホグワーツ城の地図を貼り付けた。

このホグワーツ城の地図はホムンクルスの魔法を活用したもので、ハリーの持つ忍びの地図の下位互換である。

 

「これはホグワーツの地図か。ということは主戦場はホグワーツということかな?」

 

「そうです大臣。今回の作戦は簡単に言えば囮作戦だ。ホグワーツの警備に意図的に綻びを作り、そこへ敢えてハリー・ポッターを無防備な状態で放り出す。そうすれば敵は必ずポッターを襲撃するだろう。そこを叩く」

 

「いやいや待て待て。仮に今回の襲撃の犯人がヴォルデモート勢力の人間だとして、奴らはどうやってホグワーツの警備に綻びが出来たことや、ハリーが無防備で放り出されている事を知るんだ?」

 

アーニーが質問した。

 

「そこが今回の作戦の鍵だ。今回の事案からするに、黒幕はホグワーツ内に潜んでいる可能性が高い。そこで、"ホグワーツの警備に穴が出来たこと"そして、"そこへハリー・ポッターが現れる"という情報を校内に意図的に流す」

 

「そうか。そうすれば今回の黒幕は死喰い人を呼び寄せ、ハリー・ポッターを襲撃するという訳か」

 

スクリムジョールが言う。

 

ケイティを操り、エスペランサを襲わせた犯人がホグワーツに存在するという前提の作戦であるため、成功するかは五分五分といったところだった。

しかし、セオドールは犯人がホグワーツに存在すると考えていたし、何ならその犯人がマルフォイである事まで目星をつけていた。

 

ハリーのホグワーツ特急で聞いたと言うマルフォイの発言。

クラッブとゴイルの襲撃。

マルフォイ自身の雰囲気が変わった事。

スネイプがやたらとマルフォイを庇う事。

 

確固たる証拠ではないがファクターは多く存在する。

 

また、ルシウス・マルフォイの失態をヴォルデモートが許す筈もなく、その埋め合わせとしてマルフォイがダンブルドアやハリー、そしてセンチュリオンの殲滅の命を受けたという考えも捨て切れない。

 

エスペランサがホグズミード村に行っていた事を知っているのはホグワーツの人間だけであるから、仮に犯人がマルフォイでなくても、黒幕はホグワーツにいることになる。

 

とするのであれば、ホグワーツの警備に穴が出来た事とハリー・ポッターを狙うチャンスがあると言う情報を流せば必ず黒幕は動く。

この黒幕がヴォルデモート勢力と繋がっているのであれば、死喰い人を呼び寄せる可能性も大きい。

 

そして、その襲撃を見事に撃滅すれば、今後、この黒幕の人間が隊員やハリーを暗殺するのが困難であると認識するだろう。

要するに抑止の為の作戦だ。

 

「だけど、そんなに上手くいくか?黒幕がホグワーツ内に居なかったり、死喰い人が襲撃してこなかったりしたら骨折り損だぜ?」

 

「それならそれで構わん。その場合は戦闘は行われず、我々の損害はゼロになるのだからな。時間は無駄になるが、デメリットにはなり得ない」

 

「ふむ。興味深い作戦だ。しかし、ホグワーツの警備を司るのはダンブルドアだ。一部の警備を解除するにはダンブルドアの許可が必要だが、果たして、彼が許可してくれるだろうか」

 

スクリムジョールが言う。

 

「だいたい、ホグワーツのどこの警備を緩めるんだ?お前達を信用しない訳では無いが、管理人としては気になるところだ」

 

スクリムジョールの横に居たフィルチも発言した。

 

「その指摘はもっともだ。ダンブルドアはポッターを贔屓している節があるからな。囮に使う事には難色を示すだろう」

 

「僕は贔屓なんてされてない!贔屓されてたらダンブルドアは僕に何でもかんでも教えてくれる筈だ」

 

「言い方が悪かったな。ダンブルドアは少なくともポッターに利用価値を見出しているから、囮に使うことには反対の立場なはずだ」

 

ハリーは尚も何か言いたげだったが、セオドールは無視した。

 

「だが、ダンブルドアを言い包める策は練ってある。黄金虫が良い情報をくれたのでな。それから、フィルチさんの質問の回答だが、これについては馬車道を利用する」

 

「馬車道って新学期にセストラルに引かれて登ってくるあの道の事?」

 

ハリーが質問する。

 

「そうだ。ホグズミード村の駅から城門に続く馬車道は直線距離にして1キロ程度。登り坂になっていて、さらに左右は森に囲まれているため味方に有利な地形だ」

 

「じゃあ僕はその道にノコノコと現れれば良い訳か。でも、何と言うか、何も用件が無いのにあの道に僕が現れるっていうのは怪し過ぎないか?敵も罠だと疑うような気がするけど?」

 

「そうだな。何の理由も無しに保護魔法の切れた馬車道にポッターが現れるなんて情報を敵が聞いたら、それこそ罠を疑うだろう。そこで……」

 

セオドールに促されてダフネが何か魔法で書かれたパネルを持ってきた。

テレビで使うようなカンペにも見えるそのパネルにはカラフルな文字でこう書かれている。

 

『ハリー・ポッターとジニー・ウィーズリーの愛の逢引き物語』

 

その文字を見た隊員達は肩を震わせた。

一方のハリーは顔を真っ赤にしている。

 

「一体、何なんだその題名は!?ふざけてるのかい?」

 

「いや、至って真面目だ。ダフネ、説明を宜しく」

 

「了解!」

 

ダフネが意気揚々と前に出てきた。

 

「ストーリーはこうだよ。"ホグワーツのホグズミード村に続く道の保護魔法が一定の期間解除されるという情報を偶然知ったハリー・ポッター。彼は愛しのジネブラ・ウィーズリーと乳繰り合う場所を探していたが、ホグワーツ内では兄のロナルドが眼を光らせているため中々、難しい。そこで、保護魔法が解除されたその時間を狙い、ホグズミード村へ二人で出掛け、村にある連れ込み宿で毎週、チュッチュイチャイチャラブラブをしている"という噂をホグワーツ内に流すの。それを聞きつけた敵は、その時間を狙い、死喰い人を呼び寄せるって訳」

 

「今、ダフネが説明した通りだ。ホグワーツ生はミーハーだからな。この手の噂はすぐに広まるだろう。ダンブルドアの許可が取れ次第、工作を行う」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!こんなの僕が晒し者じゃないか!それにジニーは今、ディーンと付き合ってるんだ!」

 

「ああ、そうだったな。じゃあ寝取れ」

 

「冗談じゃない!僕は兎も角としてジニーもディーンもついでにロンも許す筈が無いだろ」

 

「ジネブラ・ウィーズリーからは既に了解を得ている。本人はやる気満々だったぞ?ちなみにこの作戦の原案は実を言えば隊長が起案したものだ。ディーン・トーマスとロナルド・ウィーズリーからの許可は取ってないが、まあそこは何とかするさ」

 

「え?エスペランサが!?いや、それ以前になんでジニーなんだ!?」

 

「エスペランサが"ハリーはジニーにお熱だからな"とか言っていた。俺は半信半疑だったが"黄金虫"が調べ上げてくれてな。違うのか?」

 

「ち、違う!違うさ。ジニーはロンの妹だ」

 

ハリーの顔は瞬間湯沸かし器のようになっていた。

 

「俺にとってはどちらでも良い。ジネブラがダメならうちの隊員の誰かでも良いぞ。ああ、フローラはやめとけよ。隊長が知ったらポッターが半殺しにされちまうからな」

 

唖然とするハリーを差し置いて、センチュリオンの隊員達は笑っていた。

こうして、ハリーの意思を完全に無視した形で作戦は立てられていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは一体どこだ?

 

自分は誰だ?

 

真っ暗闇で何も見えない。

 

何も思い出せない。

 

いや、何か大切な事を忘れているだけ。

 

 

 

 

 

ふと目を凝らすと光が見える。

 

その光は徐々に広がり、そして………。

 

光が収束すると共に周囲の光景が目に入るようになった。

男が二人、自分のことを覗き込んでいる。

 

一人は顔色の悪い痘痕面の男。

もう一人はフードを被っているため、顔が分からない。

 

 

『闇の帝王の復活と共に更なる闇がこの世を覆う。災いを引き起こす源は我々とは相違する英知とそれをもたらす者にある。しかし、引き起こすのは災いのみならず。闇を払う力も同時に教示する存在と彼はなるであろう』

 

「なるほど。それが予言か。確かに"正史"には存在しなかったイレギュラーな予言だ」

 

フードの男が言う。

 

「本来、シビル・トレローニーの我が君に関する予言は一つだけだったのですね?では、一体、何故このような予言がこの世界では生まれたのでしょう?」

 

今度は痘痕面の男が口を開いた。

 

「この私がこの世界の歴史に手を加えた為……イレギュラーが生じた。或いは、歴史の修正力が私というイレギュラーを抹殺するためにカウンターウェポンとしてこの世界にこの子供を発生させたのか」

 

「イレギュラー……。私は今でも信じられません。あなたのような存在が英国魔法界に居るとは」

 

「私も私自身の数奇な運命を未だに信じられてはいない。だが、現に私はここに居るし、この子供が存在している。そうとも、オーガスタス。お前は本来、その生涯を終えるまで子供を作らなかった」

 

「それが正史における私だったのですね……」

 

「左様だ。歴史から爪弾きにされた私が何度も見てきた世界の中で、お前は生涯独身だった。だが、私が手を加えたこの世界において、この子供が生まれ、そして、予言が生まれた」

 

「あのソール・クローカーでさえ貴方の存在は発見出来なかった。いや、あのクローカーが貴方を生み出したと言うべきか。しかし、疑問です。確かあの1899年の試みに挑戦した貴方は史実では女性だったはず。しかし……」

 

「如何にも。私は男性であり、あの女史とは別人だ。それに関しては追々、話すとしよう。思えばあの1899年の出来事が全ての始まりであり、そして、2019年に全てが終わったのだ。オーガスタス、この子供は確実に処分しておけ」

 

「はい。そうします……」

 

-----------------暗転。

 

 

 

 

 

場面が変わり、痘痕面の男が血だらけになりながら自分のことを見つめている。

 

「私はもう駄目だ。恐らくはアズカバンに入れられる。その運命は受け入れよう。しかし、お前だけは……生きろ」

 

遠くの方から怒声が聞こえた。

痘痕面の男はどうやら何者かから逃げているようだ。

 

「お前は闇に堕ちた私にとって唯一の"希望"なのだ。魔法界とは縁もないマグルの世界で……。魔法界の歴史とは関わりのないところで……生きてくれ、エスペランサ」

 

 

 

------------------暗転

 

 

エスペランサとは誰のことだろう。

 

聞き馴染みのあるその名前を反芻している内に、また暗闇が自分を襲った。

 

 

 

 

 

 




そろそろ物語の重要なところを出していかないとな、と思い最後を追加しました。


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case104 Ministry of Defence 〜英国国防省〜

お久しぶりです。
投稿遅れて申し訳ありません。
実は先日、婚約しまして……
その関係でバタバタしていました

これからも投稿していきますので、宜しくお願いします。


ロバート・リチャードソン中佐は米国陸軍の軍人である。

かつてはグリーンベレーに在籍していた事もあり、ベトナム戦争や湾岸戦争でも戦果を挙げている。

 

しかし、退役まであと10年を切った彼は既に最前線から遠ざかり、現在は米国国防総省(ペンタゴン)内で仕事をしていた。

 

そんなリチャードソン中佐は今、英国国防省の一室に来ていた。

英国国防省はロンドン市内に存在する。

 

職務上、一度だけ彼はロンドンに来たことがあったが、現在のロンドンはかつてとは打って変わっていた。

夏なのに何故か市内が霧に覆われ、冷気が漂っているのだ。

肌寒いだけでなく、不愉快な空気を感じる。

 

最近、ニュース等で取り上げられている環境問題の影響だろうか。

 

リチャードソン中佐が英国国防省に来た理由は英国国防省の広報官であるジョン・スミスという男から「湾岸戦争に関する情報共有」の為に来て欲しいと言われたからだ。

 

この胡散臭い依頼を中佐が承知する筈は無かった。

だが、英国国防省がここ1年で何か怪しげな動きを見せているのはペンタゴン内でも噂されていたので、その探りを入れるという意味で上層部は無理矢理リチャードソン中佐を派遣したのである。

 

「お待たせして申し訳ありません。リチャードソン中佐」

 

英国国防省の地下にある窓一つない部屋に若いスーツ姿の男が入って来る。

 

「君がスミス大尉か?国防省に来て歓迎されると思っていたんだがね。こんな地下の密室に案内されたものだから、てっきり暗殺でもされるのではないかと思ったよ」

 

リチャードソンは皮肉混じりに言う。

彼が案内された部屋は恐らく省内でも知る人は限られるであろう地下深くに存在する防音室だ。

会議室のような見た目をしているが、四方に監視カメラが設置されている上に、ドアは電子ロック。

まだ世間には出回っていない最新のコンピュータまでもが揃っていた。

 

「失礼であるのは承知の上です。何せ、今回の話は国防省内でも極秘中の極秘で。紅茶でもいかがです?この部屋に客人をもてなす物は紅茶しかありません。ああ、米国人はコーヒーでしたか」

 

「そうだな。生憎と我々米国人はボストンで紅茶を喪失してしまっているからな。それより、極秘ということは私を呼んだ理由は湾岸戦争に関する件ではないのだろう?」

 

「もちろんです」

 

「やはりな。英国国防省が最近キナ臭いのは知っていたが、あなた方は何を隠しているんだ?それに、君は広報官ではないだろう」

 

「そうですね。広報官というのは無理があり過ぎました。名前も仮名です」

 

スミスの立ち振る舞いはグリーンベレーやデルタフォースの軍人そのものだ。

恐らくSASに関わりのある人間だろう。

歴戦のリチャードソンは一目見た時からスミスの素性を見抜いていた。

 

「では単刀直入に聞くが、私をここに呼んだ理由は何だ?」

 

「全てお答えする準備がこちらにはあります。が、その前にいくつか聞かせてもらっても良いですか?」

 

「質問に質問で返すとは……。まあ、良い。何が聞きたい?」

 

それまで微笑んでいたスミスの顔が急に真面目な顔になる。

なるほど、こっちが本当の顔か。

リチャードソンはそう思った。

恐らくスミスも数々の修羅場を潜り抜けてきた軍人に違いない。

 

もっとも、修羅場の数ではリチャードソンの方が上回っているだろうが。

 

「マクーザ、ノーマジ、グリンデルバルト、イルヴァーモニー、ヴォルデモート、ダンブルドア、ホグワーツ。これらの単語に聞き覚えはありますか?」

 

「何だそれは?何のGIスラングだ?」

 

「いえ、聞き覚えが無いのであれば結構です。では……子犬のワルツ計画については何か知っていますか?」

 

途端にリチャードソンの顔が険しくなる。

その計画を英国国防省の人間が知っている事自体が米国の危機である為だ。

 

「何故、君がその計画を知っている?米国の中でもその計画を知る人間は僅かしか居ない」

 

「ということは知っているのですね」

 

「ああ。知っているとも。だが、あの計画は既に打ち切られている。今更、何も話す事は無い」

 

「ええ。そうでしょうね。子犬のワルツ計画。戦闘員の不足を補うと共に、世界各地での作戦遂行に即応性を持たせる為に米国が密かに実施していた傭兵部隊育成計画。あなたはそれに参加していた」

 

「そうだ。していた。正確には傭兵育成のための教官で派遣されていた」

 

子犬のワルツ計画。

 

世界の警察とあらんとする米国であったが、世界各地の紛争を解決するには人手が不足していた。

また、米国本土や同盟国から部隊を派遣するのは即応性に欠ける。

 

それらの問題を解決する為に、世界各地に米軍傘下の非正規傭兵部隊を設立するというのが「子犬のワルツ計画」だ。

 

その第一弾は中東で行われた。

孤児や難民の子供を拾ってきて、幼少時から軍人としての英才教育を行う。

そして、完全なキルマシーンと化した傭兵を育てるのだ。

もちろん、表沙汰になれば世界中からバッシングを受けるような計画だ。

 

その教官をしていたのが元グリーンベレーのリチャードソン中佐だったのである。

しかし……。

 

「湾岸戦争において、もはや人による戦闘は時代遅れだと分かった。ハイテク兵器による戦闘が結果を出したからな。逆にモガディッシュの戦闘では人的被害が多く出た。故にペンタゴン上層部も子犬のワルツ計画に割く予算をハイテク兵器開発に移し、計画自体が凍結された」

 

放棄された傭兵部隊はそのまま、紛争地帯の傭兵組織となった。

今や有人戦闘は時代遅れとなっている。

米軍は無人兵器や高性能誘導弾の開発に力を入れ始めた。

子犬のワルツ計画は事実上消滅したのである。

 

「なるほど。では、中佐。エスペランサ・ルックウッドという少年をご存知で?」

 

「ご存知も何も。私が育てた傭兵の一人だ。中東で捨てられていた子供の一人で、4.5歳の頃から傭兵としての育成を開始した」

 

エスペランサ・ルックウッド。

リチャードソンが育成した傭兵の中でも最年少の隊員だ。

 

中東の街の片隅で餓死しかけていた孤児だったが、リチャードソン率いる部隊に保護され、軍人としての英才教育が施された。

 

10歳前後の年齢にも関わらず、戦闘員としての頭角を現し、最終的にゲリコマ作戦の担当をさせるまでに至った逸材。

どんな過酷な訓練でもストイックに打ち込む姿は最早、軍人として生まれてきたといっても過言では無かった。

 

成人していれば計画凍結後も米軍に勧誘していただろう。

しかし、計画凍結時に11歳だった彼はそのまま中東紛争地帯の傭兵となった。

 

「彼は今、英国に居ます」

 

「みたいだな。一度だけ連絡が来た。数年前のクリスマスにマグゴナガルという孤児院か何かの教師から手紙が来て生きている事を知った。だが、エスペランサが今回、何か関わっているのか?」

 

「関わっています。彼は今、英国内で軍事組織を作っているのです」

 

「民間軍事会社でも作ろうとしているのか?あいつならやりかねんが」

 

「いえ、彼の作っているのは………魔法使いによる軍隊です」

 

リチャードソンはスミスが狂ったと思った。

魔法使いの軍隊。

何の冗談だろう。

だがスミスの顔は至って真面目だ。

 

「聞き間違えでなければ、君は今、魔法使いの軍隊と言ったか?」

 

「ええ言いました」

 

「冗談はよせ。それともこれも英国特有のブラックジョークなのか?」

 

「ジョークであれば良かったのですが。この世界には確かに魔法が存在し、米国にも魔法使いが居るんです。ペンタゴンの上層部も既に知っているでしょう」

 

「馬鹿馬鹿しい。魔法なんてものが存在するのであれば、米軍はハイテク兵器なんかに頼らずに済む」

 

「そのハイテク兵器の開発も魔法あってのものなんですよ。あなた方米軍が湾岸戦争を一方的な勝利にしたのは米国魔法省と米軍国防総省が手を組んでいたからです」

 

リチャードソンは無意識に自分の頬をつねっていた。

スミスが嘘をついているとは思えない。

 

であれば、これは夢なのだろうか。

 

「信じられないのも無理はありません。が、しかし魔法はこの世界に存在しているのです。でなければ、世界各地の伝承に魔法という物が存在している理由にならない」

 

「魔法なんてものがあれば人類はもっと進化しているのではないか?」

 

「その指摘はもっともです。しかし、魔法界は我々非魔法族との接触を極限まで減らし、魔法が露見するのを禁じています。中世の魔女狩りはご存知でしょう?この世界で魔法が露見すれば魔法界も我々の世界も秩序が乱れる。それを魔法使い達はよく知っている」

 

「だが、ペンタゴン上層部は魔法界と手を組んで兵器開発をしているという話じゃないか」

 

「いつの世にも金儲けをしたいと思う連中はいるんです。魔法界も例外ではない。恐らく英国を除いた先進国は少なからず魔法界と協力関係にある。特に米国は冷戦下でソ連に勝つ為に手段を選ばなかったでしょうから」

 

確かに米軍や米国政府内に極秘の部署が存在するのは確かだ。

それに加えて米軍内でもファンタジーのような与太話がある。

 

例えば、海兵隊で語り継がれている「硫黄島で魔女を見た」という話だ。

 

「なるほど。だが、魔法が存在している事と私に何の関係がある?そもそも政府が魔法界とやらと協力関係にある以上、私が何かする事もないだろう?」

 

「米国はそれで良いかもしれません。建国から日が浅い米国では魔法族が非魔法族を差別する風潮はあまり無い。故に良好な関係が築けている。魔女狩りが無く、古来から魔法族と非魔法族が繋がっていた中国や日本もそうだ。四川や京都御所は親非魔法族で有名ですから。だがしかし、英国は違う」

 

「英国は違う?どういう事だ?」

 

「英国魔法界は非魔法族、つまり我々を下等生物とみなしている。というのも、英国魔法界は少し特殊でしてね。現在、英国魔法界では非魔法族を支配下に置こうとする連中が力をつけてきているのです」

 

「それはつまり……英国の魔法使いが攻めてくるということか?」

 

「もう既に攻められているんです。敵の首謀者はヴォルデモートと名乗る闇の魔法使い。かつて英国魔法界を手中に収め、非魔法族にも夥しい犠牲者が出た。そして、我々英国軍はそれを指を咥えて見ているしか無かった」

 

スミスの目に怒りの感情が宿る。

もしかしたら、このスミスも被害者の一人なのかもしれない。

リチャードソンはふとそう思った。

 

「英国軍は魔法使いと戦争をしようとしているのか……」

 

「そうです。ヴォルデモート勢力はまだダンブルドア勢力と拮抗しているが、恐らく、数年後、あるいは数ヶ月後にはヴォルデモート勢力が魔法界を支配します」

 

「ダンブルドア勢力というのは何だ?穏健派か?」

 

「英国魔法界も全員が全員、非魔法族を支配しようとしているわけではありません。むしろ、そっちの方が少数派でしょう。ヴォルデモート勢力に対抗する勢力は現在のところ、魔法省とダンブルドアが率いる組織です。ただし、魔法省は信用しない方が得策だ。魔法省にも親ヴォルデモート派は大勢いる」

 

リチャードソンは頭の中を整理した。

 

ヴォルデモートというのが非魔法族を支配しようとする勢力の親玉。

魔法省というのは恐らく魔法界の政府だろう。

魔法界も非魔法族と同じように国ごとに政府があるに違いない。

 

しかし、ダンブルドアという人物のポジションがリチャードソンには想像できなかった。

 

「少しずつ理解出来てきた。まだ夢でも見てる気分だがな。英国の魔法使いは2つの勢力に分かれていて、その片方が我々の世界、つまり魔法が使えない人間を支配しようとしているという認識で良いか?」

 

「構いません。それで概ね正しいですから」

 

「ならば英国軍はそのダンブルドアとやらに手を貸して敵勢力を殲滅すれば良いのではないか?敵の魔法使いが何人いるのかは知らんし、魔法がどの程度の脅威になるのかは分からんが」

 

「それが出来ていればやっています。しかし、それをすれば魔法を秘匿出来なくなる。魔法界と非魔法族との垣根が完全に取り払われ、世界は混乱するでしょう。魔法界と我々の世界の関係は今のままが望ましい。国連も国際魔法機関も同意見でした。つまり、表立って英国軍が魔法使いを支援は出来ない。そもそも英国軍内で魔法界を知るのは極めて少数の人間だけなんです」

 

「では、そのヴォルデモートとやらの脅威をどう排除するつもりなんだ?」

 

「簡単な話です。この英国に魔法族なんて存在しなかった事にしてしまえば良い」

 

「それは……どういうことだ?」

 

「英国魔法界は他国の魔法界に比べて非魔法族、彼らはマグルと呼んでいますが、に対する差別意識が強いです。魔法省内部にも親ヴォルデモート派とはいかないまでも、マグル界を征服することに賛成の者は多いでしょう。仮にヴォルデモートを消したところで、第二のヴォルデモートが出現するのは時間の問題です。それにヴォルデモートがいくら強かろうと、英国魔法界自体が消えてしまえば………。だからこそ……」

 

「魔法族そのものを抹殺する……ということか」

 

「そうです。既に国連も世界魔法機関も裏では賛同してくれています。何せ、ヴォルデモートの存在は他国にとっての危機でもありますし、世界はグリンデルバルドに苦い思いをさせられていますから。英国魔法界を一掃することに賛同する国は少なくない」

 

リチャードソンはスミスの考えに反対はしなかった。

軍隊は自国民を守る事が仕事である。

だから彼が魔法界の一掃という選択肢を選ぶのは至極当然とも言えた。

 

「しかし、問題が幾つかあるぞ?まず第一に魔法族の戦力が分からないところだ。私は魔法使いの力を知らないから勝機があるのかもわからん。仮に戦力が一国の軍隊に相当するのであれば制限戦争ではなく全面的な戦争になるだろう。それが可能な戦力を英国軍も用意するのは簡単ではないだろう。魔法使い相手に戦争をすると言って素直に出動する部隊なんて一握りも無いだろう。第二に善良な魔法使いも殺さねばならんという問題がある」

 

「英国魔法界を一掃する案は最終手段です。現段階で魔法界はまだかろうじて法治国家として機能しています。それに、善良な魔法使いは今も戦っています。その一人があなたも良く知るエスペランサ・ルックウッドだ」

 

「あいつが……戦っているのか。正義感は強い奴だったからな……。そうか、あいつが」

 

「彼は英国魔法界唯一の教育機関であるホグワーツで魔法使いによる軍隊を編成して闇の魔法使い達と戦闘を行っています。現に何回か敵のマグル界への侵攻を阻止しました」

 

ロンドン市街地戦はスミスも知っていた。

少数戦力で犠牲者を出さずに敵を殲滅した手腕は天晴れである。

 

「教育機関で軍人を育成しているのか……。ROTCのようなものか?それはともかくとして、要するにエスペランサやダンブルドアとやらが勝てば全て丸く収まるのだろう?」

 

「当面の間はそうかもしれませんが、前回、ヴォルデモートが倒されてから平和な期間は20年も続きませんでした。前回の紛争ではマグル側にも1000人を超える犠牲が出ています。つまり、英国魔法界は我々の世界にとって不確定要素なんですよ」

 

英国魔法界という爆弾を抱えている英国マグル界の政府は既に決断していた。

いつの日か魔法界を切り捨てなくてはならないと……。

 

そして、その為の準備は始めている。

 

本来であれば英国マグル界の首脳陣はそんな決断をしなかった。

だが、スミスの工作により、一転して対魔法界強行路線に方針を変えている。

 

「それに、エスペランサ・ルックウッドの組織は恐らくヴォルデモートに勝利する事を目的とした組織ではありません。私は彼に一度会いました。エスペランサという男は正義感が強い。しかし、正義感が強過ぎる者が軍事組織を持てばどうなるか……。あなたにも分かるでしょう?」

 

「暴走する可能性がある……」

 

強過ぎる正義感故にエスペランサは危ういところがあった。

それはリチャードソンも危惧していた事である。

 

確かに兵士としては優秀だが、指揮官となると話は別だ。

エスペランサは何をするか分からない怖さがある。

 

「これはあくまでも可能性ですが、もしかしたらエスペランサ・ルックウッドの組織が英国にとっての脅威となるかもしれない。その時の為に、あなたにはオブザーバーとなって欲しいのです」

 

「私に英国軍の組織に入れと言うのか?残念だが、その権限は私には無い」

 

「既に米軍とは話を通してあります」

 

「何だと!?」

 

まさかそこまで手が回っているとは思っていなかった。

リチャードソンとしては拒否権を封じられたに等しい。

 

「我々も国を守るのに必死なんです。もし仮にエスペランサ・ルックウッドと我々が敵対した場合に助言して下さるだけで良いんです。それ以外は望みません」

 

「話が急過ぎる。少し考えさせてくれ」

 

「前向きに考えて頂けると助かります。それから、今日は我々の司令官に会って頂きたいのですが、お時間大丈夫ですか?」

 

「司令官?」

 

「ええ。我々の組織の創設者であり、本作戦を執り仕切る者です」

 

リチャードソンはスミスに案内されて、さらに建物の地下に向かった。

 

 

 

 

 

 

電子ロックがかかった扉を5つ越え、2回の持ち物検査をされた後でようやく目的地へ到着する。

 

「これは………」

 

リチャードソンは思わず声を出した。

 

まるで海軍艦船のCICのようだ。

彼はそう感じた。

ペンタゴンにも作戦司令室は存在するし、何度かそこで勤務をしていたが、それと同等以上の機能を備えた部屋であるのは間違いない。

 

部屋の広さはそこまで広くないが、正面には巨大な電子モニターとレーダー画面があり、所狭しと置かれた機器(レーダーや通信機器と思われる)にはオペレーターが張り付いている。

光源はモニターのみの暗い部屋だが、ここに詰めるオペレーターや隊員は20名近くいた。

 

モニターを見ると、英国各軍の現在地や弾薬等の補給状況も記されている。

 

「ここには英国軍の情報が全て集まってきます。正面のモニターは防空レーダーを映したものですが……」

 

スミスが指差すモニターは確かに空軍のレーダーを映していた。

しかし、そのレーダーには何か見慣れない斑点のような物が無数に存在している。

 

「この斑点はなんだ?偽像か何かか?」

 

「これは英国内で活動している吸魂鬼を映しているんです。吸魂鬼というのは……闇の魔法生物です」

 

「その吸魂鬼とやらはレーダー波で捉えられるのか?」

 

「不可能です。ですが、吸魂鬼が出現すると濃い霧が現れます。そっちは捕捉可能なので何とか……」

 

設置されている機器は見慣れない物ばかりだったが、どうやら対魔法使い戦に特化した作戦司令室のようだ。

 

「なるほど。魔法使いとの戦闘はここで指揮を執るわけか」

 

「そうです。この部屋の説明は後々します。司令室はこちらです」

 

部屋の隅にこれまた厳重な扉があり、その上に「司令室」というプレートが貼り付けてあった。

スミスは扉をノックし、中に入る。

リチャードソンもそれに続いた。

 

「司令。こちらがリチャードソン中佐です」

 

司令室は照明があり、他の部屋よりは明るかった。

社長室のような部屋であるが、壁に無数の内線電話が取り付けられ、膨大な資料が本棚に格納されている。

 

部屋の中央にある大きなデスクに司令と思われる男が座っていた。

 

「米国陸軍リチャードソン中佐です」

 

「おお、君がそうか。いや、この姿ですまない。かなり前の戦闘で足を駄目にしてしまってね」

 

見れば司令は車椅子に座っていた。

 

年齢は50を超えているだろう。

白髪で皺が刻まれているが、その顔は精強な軍人そのものだ。

 

恐らくリチャードソン以上に過酷な戦場を経験してきたのだろう。

司令の制服には数多くの徽章がつけられている。

 

「自己紹介がまだでしたな。私はビリー・スタッブズ。既に退役しているから階級は存在しない」

 

「退役しても尚、軍の指揮を?」

 

「その通り。この組織は私が政府の密命を受けて作り上げたから、まだ指揮を執る立場にいる。いや、そもそも私は魔法使いに対抗するために軍に入ったようなものだが」

 

ビリー司令が言う。

 

「というと、あなたは軍に入る前から魔法界を知っていたんですね?」

 

「ああ。知っていたとも。それに、今、魔法界を騒がせているヴォルデモートについてもよく知っていた」

 

「ヴォルデモートを知っていた!?」

 

「当時はヴォルデモートという名ではなく、トムというありきたりな名前だったがな。私とヴォルデモートは同じ孤児院で育ったんだよ」

 

「ヴォルデモートとやらも孤児院育ちだったんですね」

 

「ああ。奴は孤児院の時代から魔法をコントロールして周囲の子供を怖がらせていた。私は常に奴を疑い、警戒していたが、それが気に食わなかったんだろうな。奴は魔法を使って私の飼っていた兎を殺したりしていたよ」

 

ビリー司令はまるで昔話を楽しむかのように話していた。

 

「私は魔法界の事なんて知らないふりをしてトムを警戒し続けた。奴が孤児院を出てからも魔法界との繋がりを作り、追い続けた。トムもまさか孤児院の同期が探りを入れてきているとは思いもしなかったんだろうな。私の行動がバレる事はなかった」

 

「なるほど。そのトムとやらがヴォルデモートになる過程をあなたは観察していたんですね」

 

「そう簡単ではなかったがね。しかし、英国魔法界を危険視する軍人は多かったから、次第に私は仲間を増やし、対魔法界用の組織を作り上げていった。ちょうどその頃、ヴォルデモートは力をつけ、我々の世界、奴らが言うところのマグル界を攻撃し始めたんだ」

 

「私の親も奴らに殺されたんです。ここの組織にいる隊員は半数近くがそういう人間なんです」

 

スミスが言う。

彼もまたヴォルデモートの被害者だったわけだ。

 

「ヴォルデモートだけでは無い。闇の魔法使い達によって我々の同胞が数多く殺された。にも関わらず闇の魔法使い達はのうのうと生きている」

 

「逮捕されなかったということですか?」

 

「そうとも。魔法界の司法は機能していない。前回、ヴォルデモートの支配下にあった闇の魔法使いの多くが、何も咎められる事なく生活している。私はそんな魔法界の存在を許しはしない……」

 

ビリー司令は拳を握りしめた。

彼の英国魔法界への怒りは本物である。

 

ヴォルデモートが失脚した後、ルシウス・マルフォイをはじめとした死喰い人達は言葉巧みに罪を逃れた。

被害者達は泣き寝入りをする事になった。

そして、その家族友人を奪われた魔法使い、魔女達は英国マグル界のスミス達軍人に協力するようになる。

 

リチャードソンはビリー司令の言葉を聞いて確信した。

 

英国政府はどうあっても英国魔法界を滅ぼす気でいるのだ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エスペランサは相変わらず目覚めなかった。

彼が倒れてから既に1週間が経過している。

 

作戦の為にセンチュリオンの隊員は忙しい日々に追われていた。

 

ザビニとダフネの両名は黄金虫ことリータ・スキータをオブザーバーとして、ハリーがジニーと逢引きしているという噂を効率的に学校中に流す方法を模索している。

聖マンゴから編入してきた隊員はエスペランサの呪いを解く為の術を考えていた。

 

他の隊員達は生徒の目につかない深夜から明け方にかけて、主戦場となるセストラルの馬車道と付近の森に野戦陣地の設営を行い、同時に戦闘訓練とブリーフィングを重ねている。

もっとも、野戦陣地の設営は魔法をフル活用しているため、そこまでの労力は必要とされていなかったが。

 

「何でこんなところに穴を掘るんだい?」

 

塹壕を魔法で掘る隊員達を見ながらロンが聞いてきた。

本作戦は機密中の機密故にハリーとジニー以外には明かさない方針だったが、ハリーはロンとハーマイオニーにだけは報告すると言って聞かなかった。

セオドールは渋々それを許可して、ハリーとジニーを含む4人に作戦会議への参加と訓練の見学をさせることにしたのである。

 

月明かりに照らされながら陣地を設営していく隊員達を見て、ロンは色々と疑問を持ったらしい。

 

「これは掩体だ。掘った土は穴の前に盛り、掩蔽とする」

 

セオドールが説明した。

 

「穴に入って戦うってことかい?そんな事して何のメリットがあるの?」

 

「掩体は射撃しやすくするとともに、敵弾から射手を守るための設備のことよ。敵が攻撃してきても穴に入っていれば被弾面積を最小限に出来るの」

 

「流石グレンジャーだ。マグルの戦争にも詳しいんだな」

 

「第一次世界大戦についてなら義務教育の範囲よ。それに魔法は死の呪いであっても一直線にしか進まないから遮蔽物があるだけで効果がある。エスペランサが言ってたわ」

 

掩体とは、敵の弾から味方の射手を守るための設備であり、銃撃戦においては敵の銃弾を防ぐとともに依託射撃を可能にする。

死の呪いは脅威だが、防御魔法が効かないと言うだけで、掩体に入ってしまえば怖くない。

また、この馬車道は上り坂になっている為、掩体は非常に有用なのだ。

 

「今回の作戦についてはポッターから詳しく聞いていると思う。彼を囮として、誘き寄せた敵に火力を集中させ、一気に殲滅する」

 

「あれがその為の武器なのか?見たところ何をする武器なのかは知らないけど。パパがマグルの道具好きだから家にプラグとかが沢山あるんだけど……。あんなものは見たことがない。何だか禍々しいような気もする」

 

掩体の前には重機関銃や擲弾銃が置かれ、それらに使用する弾薬が脇に積まれている。

また、掩体後方には迫撃陣地が敷かれ、81ミリ迫撃砲L16や120ミリ迫撃砲が砲口を馬車道に向けて置かれていた。

 

さらに、先の魔法省の戦いで威力を発揮したミニガンやパンツァーファウストⅢ、TOW対戦車ミサイルも運び込まれている。

 

迫撃陣地のさらに後方には司令部用天幕、衛生隊用天幕が設営され、その脇には補給用物資が山積みにされていた。

さらに万が一の脱出用にハンヴィーが1輌、天幕の横に駐車してある。

セオドールは火力を最大限に発揮するために虎の子の武器を全て投入していた。

 

「戦争道具に関して言えばマグルの知恵と技術は魔法族を凌駕している。もっとも、使い熟すのには訓練が必要だし、素人が使ったところで効果は薄い。だが、そこを我々は魔法で補完している」

 

マグルの武器は強力だが、元々マグルの軍隊は集団で戦闘を行う事を前提としている。

故にエスペランサはセンチュリオンを組織した。

 

また、マグルの武器は銃一つ取っても素人が簡単に扱えるようなものではない。

素人がライフルや拳銃を撃ったところで、50メートル先の的に当てる事すら出来ないだろう。

マグルの武器は訓練して初めて威力を発揮するものなのだ。

 

結成して3年でセンチュリオンの隊員達が迫撃砲や誘導弾を使いこなしているのは魔法をフル活用したからに他ならない。

 

魔法ははっきり言ってチート技だ。

マグルの軍隊が困難とする事項を難なく可能にしてくれる。

 

「何度も言うが、本作戦は機密中の機密だ。敵に勘繰られる訳にはいかない。お前達二人も絶対に口外はするな。特にドラコには悟られたくない」

 

「あなたもハリーのようにマルフォイを疑っているの?」

 

「ああ。だが、ドラコ自身が完全に悪に染まったかと言われれば、それは肯定出来ない。一応、5年以上の間、あいつを見てきたからな」

 

そう言ってセオドールは野戦陣地設営に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくしてスリザリン寮に居たマルフォイは密かに死喰い人との連絡を図ろうとしていた。

 

センチュリオンの工作により、ホグワーツの警備に穴が出来ることと、ハリーがその穴を利用してホグズミード村に逢引きに出掛けることをマルフォイは知った。

これは千載一遇のチャンスである。

 

マルフォイの目的はハリーの抹殺ではなく、ダンブルドアの抹殺だ。

だから正直なところ、ハリーがホグワーツを抜け出そうがどうでも良い。

それよりも、ホグワーツの防衛が一部解除されるという情報の方が有益だ。

 

その警備の穴を利用してホグワーツ内に死喰い人を招き入れる事こそ、マルフォイが画策していたことである。

 

しかし、果たして本当にホグワーツの防衛線が解除されるのか。

それに、これが罠である可能性も捨てきれない。

 

マルフォイは冷静に考えていた。

実のところ、彼は焦っていなかった。

 

エスペランサを戦闘不能にした今、事はマルフォイの思惑通りに進んでいる。

 

本来なら焦燥感から自暴自棄になる筈だった彼が冷静に立ち回れているのは、皮肉にもセオドールやエスペランサの存在があったからだ。

 

戦略、戦術に関して言えばエスペランサやセオドールの方が死喰い人よりも上手である。

だから、マルフォイは彼らの真似をした。

 

 

「おい、クラッブ、ゴイル。この間採集させた"例のアレ"を持ってこい。近々必要になる」

 

談話室の端で菓子を貪っていたクラッブとゴイルをマルフォイは呼びつけた。

 

「…………あんなのを何に使うんだ?」

 

「良いから黙って持ってこい。お前達は黙って僕の言う事を聞いていろ」

 

マルフォイの言葉にクラッブが不服そうな顔をする。

 

「理不尽な命令なら従わない」

 

「随分と偉そうな口を利くようになったじゃないか。良いか?闇の帝王は僕にダンブルドア暗殺という崇高な使命を与えて下さったんだ。僕はそれを遂行しなくてはならない。だから、僕の指示は闇の帝王の指示と同義なんだ」

 

「作戦を考えているのは闇の帝王ではなくドラコだろ。ドラコの作戦が上手くいくと思えない」

 

「少なくとも僕はお前よりも頭が働く。お前達は自分でものを考える事が出来ないだろ。黙って従え」

 

クラッブは尚も何か言い返そうとしたが、マルフォイの言う通り、頭が足りないので言葉が出てこなかった。

ゴイルはその二人のやりとりを眺めているだけだ。

 

どんぐりの背比べではあるが、ゴイルの方が若干冷静で頭が回る。

とは言えトロールに毛が生えた程度だが。

 

「まったく……どいつもこいつも」

 

マルフォイはヴォルデモートや他の死喰い人が自分に期待していない事を知っていた。

ハリーポッターはダンブルドアに期待されている。

だがその対になる自分は主君に期待されていない。

 

恐らくエスペランサやセオドールもマルフォイを仮想敵にする事は無いだろう。

 

だからこそ彼らは油断する。

セオドールはまさかマルフォイに出し抜かれるとは思いもしないからだ。

 

「僕はセオドールを超える。最後に笑うのはこの僕だ」




先日、コミケに参加してきました。
サングラスをかけて白い無地のTシャツを着ていた男がいたら、それが私です


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case105 Wizard of Darkness 〜ゲラート・グリンデルバルド〜

投稿遅れました。
申し訳ありません!
私生活がバタバタしていまして…

誤字報告ありがとうございます!


セオドールはハリーがダンブルドアに個人授業を受けている事を本人から聞き出した。

その内容はロンとハーマイオニー以外には知らせる事が出来ないようだったが、そこは大した問題では無い。

 

ダンブルドアがハリーに教えている内容がセンチュリオンの戦略に直接関係しているようには思えなかったし、最悪の場合、ハリーに開心術を行使すれば良いだけの話だったからだ。

 

だが、ハリーがダンブルドアの個人授業を受ける日は当たり前だが、ダンブルドアがホグワーツに居る。

今回の作戦を許可してもらうのならば、その機会を使う他に無いだろう。

セオドールはそう考えていた。

 

ハリーがダンブルドアの個人授業を受けるのは月曜日の2000。

セオドールは同日の2130時、作戦起案書を片手に校長室を訪れた。

 

「センチュリオン副隊長、セオドール・ノット入ります」

 

「おお、ミスター・ノットか。お入り」

 

憂いの篩をはじめとする様々な魔法道具が(ほとんどがオーパーツと呼ばれるべきものだ)置かれ、肖像画がびっしりと飾られた校長室にはダンブルドアの他にハリーが居る。

どうやら個人授業は終わったらしい。

 

「まずは現状報告を聞こうかの。わしの居ない間に色々な事があったようじゃし」

 

「はい。ケイティ・ベルの事案は既に知っている事と思いますが、それにより隊長は意識不明となっています」

 

「先程、医務室に行って来たよ。あそこまで強い呪いを受けながらも生き延びた魔法使いはそうそう居ないじゃろう。正直な話、わしのミスでもあった。エスペランサを狙いに来るとは思っていなかったのじゃ」

 

「その言いぶりだと……まるで犯人に目星が付いているみたいですね」

 

「そう聞こえたかのう。犯人は分かってはおらんよ。エスペランサについては聖マンゴ出身の隊員が処置をしているから呪いの拡大は抑えられているじゃろう。あとは待つだけじゃ」

 

「校長。自分はポッターと同様にマルフォイが犯人では無いかと疑っています」

 

セオドールの発言にハリーが「良く言った!」とばかりに目を輝かせた。

 

「その件については問題無いじゃろう。犯人の炙り出しはわしの方でも行う。君達は自分達の身を護る事に専念すれば良い。ああ、ハリー。君はもう疲れたじゃろうから寮にお帰り」

 

セオドールはハリー同様に少し苛立ちを覚えた。

恐らく、ダンブルドアは今回の件について真相を知っている、もしくは見当がついているのだろう。

 

しかし、それをセオドールにもハリーにも言おうとしない。

 

ハリーは恨みがましそうに校長室を後にし、寮へ帰って行った。

 

「分かりました。先生を信じましょう。だが、我々とて黙ってやられている訳にはいきません。この作戦を実施する許可を頂きたい」

 

セオドールはダンブルドアに作戦起案書を手渡した。

ダンブルドアは死んだようにボロボロになっている手でそれを受け取る。

数分間、起案書に目を通していたが、やがて顔を上げた。

 

「確かに、この作戦は至極精密なものじゃ。同時に死喰い人以上に残酷な行為を伴う作戦でもある。恐らく騎士団では考えないじゃろう。しかし、ホグワーツの警備を緩和するというリスクに加えて、ハリーの命を危険に晒す行為は許容出来ない」

 

「そう言うとは思っていました。この作戦は校長の趣味では無いでしょうから」

 

「如何にも。相手が死喰い人とは言え、このホグワーツを血で染めたくは無いのじゃ」

 

「ハリー・ポッターは囮になることに賛成してくれています。それでも駄目でしょうか?」

 

「そうじゃ。わしはこの作戦に許可をする事は出来ないのじゃよ」

 

ダンブルドアはセオドールを見つめた。

その目には確かな"拒絶"の念が込められている。

 

だが、そこで引き下がるセオドールでは無い。

彼はスリザリン生だ。

目的の為には手段を選ばず、使える物は何でも使う。

残酷な手段や騙し討ちを好まない騎士団ではホグワーツを護れない事実を彼は嫌というほど知っていた。

 

だからどんな手段でも使う。

それこそ、相手がダンブルドアであっても容赦はしない。

 

「ホグワーツを血で染めたくは無い……ですか。立派な事です。流石は世紀の大魔法使い様だ。だが、我々はホグワーツを血に染めようとも、この戦いに勝たなくてはならない。そう、"より大きな善の為に"ね」

 

「……今、何と?」

 

ダンブルドアの体が一瞬だけ強張った。

 

セオドールはそれを見逃さない。

 

「"より大きな善の為に"と言いました。校長。我々センチュリオンの諜報員、通称黄金虫が良い情報を持って来まして。どうやら、校長はその昔、グリンデルバルドと共にマグル界の征服を目論んでいた……。その後の経緯までは調べ上げられませんでしたが、貴方とグリンデルバルドは決裂し、最終的に決闘をする事になった。そして、グリンデルバルドは敗北したと」

 

より大きな善の為に、というグリンデルバルドのスローガンであるが、思いつきはダンブルドアであった。

無論、それをセオドールは知らなかったが……。

 

「良く調べておる。否定はせんよ。わしの若かりし頃の過ちじゃ。過ちを正す為に、わしは彼を倒さねばならなかった」

 

「本当ですか?貴方とグリンデルバルドの決裂はかなり早い段階の話です。貴方と決裂した後にグリンデルバルドは世界を征服しかけました。特にドイツはグリンデルバルドに乗っ取られかけています。ブータンの麒麟の件では危うく魔法界のトップに彼がなるところでした。そしてその間に少なくない命が犠牲になっている。校長ならもっと早い段階でグリンデルバルドを止める事が出来たのでは無いですか?」

 

「………………」

 

「単純な魔法力では校長はグリンデルバルドを圧倒していた。だからグリンデルバルドは英国に近付かなかった。貴方はグリンデルバルドをもっと早く倒せたんだ。それなのに、動くのが遅かった。それは、貴方がグリンデルバルドを倒す事に少なからずの迷いがあったから。違いますか?」

 

「それも、否定は出来まい。わしは君の指摘通り、彼を倒すのを躊躇した事がある。それから、彼に勝てると思っていたのも本当じゃ」

 

「後悔……しているんじゃないですか?もっと早く戦えば犠牲が少なくて済んだ……と」

 

「なるほど。犠牲者を増やさない為にも躊躇するな、と言いたいんじゃな?」

 

「その通りです。この作戦はこれ以上の無駄な犠牲を出さない為に起案したもの。血を流す事を躊躇していてはヴォルデモートには勝てない」

 

ダンブルドアはしばらく目を瞑って考えていた。

彼がグリンデルバルドを倒す事に躊躇をしなかったかと言われれば、やはりそれは嘘になる。

実際、ダンブルドアがグリンデルバルドに抱いていた感情は愛に等しい物であり、それ故に過ちを犯したのだ。

 

では、ヴォルデモートはどうだろうか。

 

ダンブルドアがヴォルデモートに抱いている感情は憐れみであり、怒りである。

ヴォルデモートとグリンデルバルドは違う。

 

ヴォルデモートを倒す事にダンブルドアは何も躊躇いを持たない。

それはエスペランサやセオドールが死喰い人を殲滅することに躊躇いがないのと同じだ。

であるならば、セオドールが提案してきた作戦を実行しない理由は何か。

 

ホグワーツを血で染めたくは無いから。

生徒を危険に晒すリスクがあるから。

センチュリオンの隊員もその8割は学生なのだ。

 

しかし、綺麗事だけではヴォルデモート勢力を倒す事は難しい。

ダンブルドアに与えられた余命は残り1年も無い。

自分の死後、ハリーがヴォルデモートを倒す事を半ば確信しているダンブルドアであったが、その間に犠牲となる魔法使いや魔女、そしてマグルの数は少なくないだろう。

 

その為には死喰い人の数を少しでも削る必要がある。

分かりきっていた事だ。

 

ダンブルドアは決断した。

 

「分かった。君の作戦を認めよう。ただし、やるからには必ず勝ち、生徒に犠牲を出さない。これが絶対条件じゃ」

 

「ありがとうございます。作戦上、センチュリオン以外の職員生徒には秘密で計画を進めていきます」

 

「頼んだぞ。それから、君の事だ。恐らく、他にもわしに頼み事があるのではないかのう?」

 

「………お見通しのようですね。はい。あります。もう一つ、校長に頼みたいことがあります」

 

「内容次第じゃが、言ってみなさい」

 

「遠足に行く許可を貰いたい。場所は………ヌルメンガード」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マルフォイ家の屋敷にヴォルデモートと死喰い人の一部が集まっていた。

大広間のテーブルの中央にヴォルデモートが座り、その横にベラトリックスやドロホフといった死喰い人の中でも実力派の人間が立っている。

部屋の隅にはナルシッサ・マルフォイが肩身狭そうにして立っていた。

 

ドラコから「ホグワーツの警備が緩くなる」「ハリー・ポッターがホグワーツの警備を抜けて外に出てくる」という情報がヴォルデモートのもとに来たのはつい先日。

 

この情報が正しければ、死喰い人をホグワーツ内部に侵入させる絶好の機会となる。

加えて、ハリー・ポッターを暗殺する事もできる。

ヴォルデモートとしてはこの機を逃す訳にはいかなかった。

 

ただし……。

 

「我が君。これは敵の罠です。こんな都合が良い情報を得られる筈がありません」

 

ドロホフがドラコから送られてきた手紙を眺めて言う。

ちなみに手紙は高度に暗号化されているため、死喰い人以外には読めない。

単純な戦闘力ではホグワーツ教職陣を上回る彼の発言はヴォルデモートにとって貴重なものだ。

 

「俺様も怪しいとは思っている。ダンブルドアがホグワーツの警戒網に穴を作るとは思えん」

 

「そうです。それに情報源はルシウスの息子。信憑性に欠けます」

 

「いや、ドラコは先日、エスペランサ・ルックウッドを戦闘不能にした実績がある。案外、この情報は確かなものなのかもしれん」

 

他の死喰い人が言うと、周りの人間も「そうだそうだ」と同調する。

ここのところセンチュリオンに連戦連敗している死喰い人勢は何とかして戦局を挽回しようと躍起になっていた。

 

だが、ドロホフを筆頭とする首脳陣はそれを良しとしない。

彼等はすでにセンチュリオンの戦力を過小評価していなかった。

 

「仮にこれが罠で無かったとしても勝算はあるのか?ホグワーツにはセンチュリオンとやらの他にダンブルドアをはじめとする教員達がいる。ダンブルドア以外になら俺はまず負けないが、しかし、お前達がマグゴナガルやフリットウィックに勝てるとは思わん」

 

「お前、まさか怖気付いてるのか?」

 

「何?」

 

ベラトリックスが意地の悪い目でドロホフを見ていた。

 

「神秘部の戦いで睾丸を切り落とされたんじゃないのかい?意気地が無いじゃないか」

 

「感情論で勝てる相手では無い。貴様こそ敵の戦力を過小評価し過ぎなんだ!俺は勝つ為に頭を使っている」

 

「へっ。マグルの道具に頼るしか脳がない連中なんて恐るるに足りない」

 

ベラトリックスとドロホフはそもそも馬が合わない。

実力はあるものの、感情で動くベラトリックスと戦闘力だけでなく頭脳も明晰なドロホフでは話が合うわけがないのだ。

 

「例えこれが罠であろうともポッターとダンブルドアを殺す機会には違いない。ベラ、お前が指揮を執りホグワーツを襲撃するのだ」

 

「はい!我が君!」

 

「我が君、しかし……」

 

「アントニオン。お前の忠告は俺様も理解している。しかし、敵の実力が如何なるものなのか、まだあまり情報が無い。センチュリオンの戦力を見極める為というだけで、今回の襲撃は意義があるだろう?」

 

「………敵情視察という訳ですか?」

 

ヴォルデモートの言う通り、死喰い人たちはセンチュリオンの戦力をまだ十分に知らない。

機関銃、火炎放射器、迫撃砲といった多岐に渡る武器を操る敵は死喰い人勢と違い、実に連携が取れた戦いをしていた。

だが、敵も無敵では無い。

どこかに弱点がある筈だ。

 

「では、私もホグワーツ襲撃に参加します。敵の実力は私も知りたいところですし、私が居れば少なくとも我が方が全滅することは無いでしょう」

 

「良かろう。頼むぞ、アントニン」

 

「お任せを……」

 

ヴォルデモートの前で跪いたドロホフは無意識に杖を握りしめていた。

それは、恐怖からではなく、どちらかと言えば歓喜の感情からきたものである。

 

弱者を拷問することに喜びを感じるベラトリックスと違い、彼は常に強者との戦いを望んでいた。

それはアエーシェマ・カローと通じるところがある。

 

未知の敵との戦闘がここまで心震わせるものであるのか、とドロホフは一人昂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セオドールはダンブルドアの部屋にいた。

 

「作戦開始は明後日の夕方。詳細は紙面にて報告した通りです」

 

「目を通した。正直なところホグワーツを血で汚したくは無かったのじゃが……」

 

ダンブルドアはA4のコピー用紙を机から取り出し、暖炉の火の中に入れた。

このコピー用紙に作戦概要が記されてあったのだが、保全の観点から使用後破棄が義務付けられている。

それは、ダンブルドアであっても例外ではなかった。

 

「校長、我々は……」

 

「わかっておる。よーく分かっておる。敵の数を減らすチャンスを捨ててはいけないということじゃな。思えばわしも少し積極性に欠けていたのかもしれんな」

 

ダンブルドアはソファに座りながら溜息をついた。

ダンブルドアがその気になれば死喰い人を殺せる。

しかし、それをしなかったのは彼が善人であるからか、あるいは……。

 

「そろそろ時間じゃな。遠足に行こうかのう」

 

ダンブルドアがソファから立ち上がり、セオドールの手を取る。

 

今夜、セオドールはダンブルドアに連れられてオーストリアに存在する要塞型牢獄、ヌルメンガードに行く。

それはセオドールがかの有名なゲラート・グリンデルバルドに会いたいと願ったためだ。

 

「良いか。今から君が会いに行くのは世紀の大闇の魔法使いじゃ。あやつの言葉は魅力的に思えるかもしれんが、決して入れ込んではならんぞ」

 

「承知しています。ですが、今後ヴォルデモート勢力と戦う上で、自分は彼と会っておきたい」

 

「ならばもう止めることもないじゃろう。今から付き添い姿眩ましでオーストリアまで飛ぶ。しっかり掴まっておるのじゃ」

 

「ホグワーツ城内での姿眩ましは不可能な筈では?」

 

「校長権限で出来るのじゃ。偶にセストラルを使う事もあるがの」

 

セオドールはダンブルドアのまだ死んでいない方の手を握る。

 

刹那、視界が反転しまるで無重力の空間に投げ出されたようになった。

何の事は無い。

姿眩まし特有の現象だ。

 

セオドールは魔法省のレクチャー無しに姿眩ましと姿現しを習得していたので驚きはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヌルメンガード城はかつてグリンデルバルドが敵対勢力の者を投獄する為に建造した牢獄である。

入口には「より大きな善の為に」というグリンデルバルドの標語が刻まれていた。

 

見た目は城というよりも要塞であり、硬い岩で出来た壁が禍々しく反り立っている。

周囲は岩山で囲まれていて暗い雰囲気が醸し出されていた。

 

無論、中では姿眩ましをする事が出来ない。

 

ダンブルドアとセオドールは城門の前に姿現しした後に正規の手続きを経て、中に入った。

 

ヨーロッパ中の悪人が無造作に投獄されている光景にセオドールは衝撃を受ける。

中世の牢獄を思わせる部屋の中に如何にも悪人といった面の男女が所狭しと入れられていたのだ。

 

「ここにいる罪人はどういった罪を犯したのでしょうか?」

 

「闇の魔術を行使したり、人を殺めたりした者達じゃ。生涯、彼等はここから出てくる事はないじゃろう」

 

ヌルメンガードの最上階にある部屋がグリンデルバルドの収監されている場所だった。

牢獄の雰囲気は他の部屋とは変わらないものの、その大きさとかけられている防御魔法は異なっている。

 

「この部屋に鍵はかかっておらん。かけられているのは中から外へグリンデルバルドが出れなくなる魔法のみじゃ。わしはここで待とう」

 

グリンデルバルドが収監されている部屋の前でダンブルドアが言った。

 

「校長は一緒に来ないんですか?」

 

「わしが彼と会うことは二度と無いじゃろう」

 

松明で照らされたダンブルドアの表情から少し寂しさを感じたのはセオドールの気のせいだろう。

ヌルメンガードにグリンデルバルドを収監したのは他でも無いダンブルドア自身なのだから。

 

「良いか?くれぐれも……」

 

「分かっています」

 

セオドールはダンブルドアを残し、木製の扉を開けた。

 

 

 

部屋に入ると冷たい空気がセオドールの肌を刺す。

何とも言えない負の空気が部屋中に漂っていた。

 

部屋の入り口に無造作に置かれた食器類から、この部屋に人が居ることがわかる。

 

照明が一切なく、たった一つある窓から覗く月の明かりだけが唯一の光だ。

 

その月明かりに照らされて1人の男が部屋の中央に座っていた。

 

「来客とは………何年ぶりだろうか」

 

今にも消えて無くなりそうな弱り切った声を男は発した。

痩せこけて骸骨のような見た目の男だ。

脚には鎖が繋がれている。

 

年齢はダンブルドアと変わらず100を超えているだろう。

だが、青白く骨が浮き出た顔にはかつての美貌の面影が残っている。

全盛期は絶世の美男子だったに違いない。

 

その男こそ、かつて全世界を震え上がらせた闇の魔法使い、ゲラート・グリンデルバルドだった。

 

「私はホグワーツの生徒で、セオドール・ノットです」

 

「ホグワーツ……。ダンブルドアがホグワーツの生徒をこんなところに連れてくるとは思えんが」

 

暗がりの中でグリンデルバルドの目が光る。

弱り切っていたが、その声は第一印象よりもしっかりしていた。

 

「私がダンブルドア校長に頼んでここに来ました」

 

「それをダンブルドアが許したのかね?」

 

「交渉は少し手間取りましたが……」

 

「そうか。単刀直入に聞く。何故、こんな死にかけの過去の人間に会おうと思ったんだ?」

 

「あなたはヴォルデモートを知っていますか?」

 

「質問に質問で返すな。だが、まあ、ここに居ても情報は流れてくる。ダンブルドアは随分と手こずっているみたいだ」

 

「私は、いえ私達の組織は今、ヴォルデモートと戦争状態にあります。だが、勝算は極めて低い。あなたならヴォルデモート勢力の弱点がわかる筈だ。何せ……」

 

「世界を征服しかけた闇の魔法使いなのだから……か?」

 

「そうです」

 

「なるほど。大方、ヴォルデモートを倒す方法でも聞きにきたのだろう……。確かに、全盛期の私と私の組織があれば死喰い人ごときに遅れは取らないだろう。ヴォルデモートとやらの勢力は強いようで脆い」

 

「それは、何故ですか?」

 

「連中を見た事はあるか?下品な連中だろう?自らの犯罪行為をひけらかし、理念すらなく、破壊の限りをつくす。ただの餓鬼の遊びの延長だ」

 

「あなたの組織は違ったとでも言いたいようですね」

 

「ああ。私も破壊行為や殺人は数えきれないほどやってきた。しかし、それは私の理想を実現するための過程であり手段だ。快楽で殺人をしていた訳ではない。事実として、私は殺人を躊躇しなかったが、快楽を覚えた事は無い。それに、私の側近の部下は極めて優秀だった」

 

例外も居たがな、とグリンデルバルドは笑いながら付け加えた。

彼が一時、世界を征服しそうになったのは彼一人の力が強かった訳ではない。

グリンデルバルドに魅了された人間や同調した人間に優秀な人材が多く、少なくない政府関係者も協力していたからだ。

そのことは近代魔法史を学べばすぐに分かる。

 

「そうでしょうか?あなたは洗脳術に長けていたと聞きます。あなたの部下達は騙されていたのではないのですか?」

 

「それもあるかもしれん。私の部下達は両極端だった。私の理念に心から賛同していた聡明な者。私の話術により騙された愚かな者。しかし、どちらの者も恐怖により従っていたのではない。私の理念に賛同して従っていたのだ。そういう組織は強い」

 

センチュリオンの結束が強いのは共通の理念があり、その理念に誇りをもっているからだ。

かつてグリンデルバルドはマグルの危険性と魔法族の偉大さを啓示して仲間を集めた。

 

だが、ヴォルデモートの組織に理念はあるのかと言われれば疑問である。

ヴォルデモートはグリンデルバルドと同じくマグルを支配下に置くことを第一としているのだろうが、何故、それをしようとしているかが不明確なのだ。

 

グリンデルバルドはマグルの科学力と残忍さを危惧し、選ばれた種族である魔法族こそが世界を統治するに相応しいとして行動していた。

一方でヴォルデモートは純血に対するコンプレックスと差別感、そして暴力衝動から行動しているに過ぎない。

 

「ヴォルデモートは個が強い。故に組織を必要とせず、部下を駒としてしか見ていない。だから理念や真の目的を提示しないのだ。一方の死喰い人やヴォルデモート派の人間も唯の荒くれ者達だ。彼等は破壊衝動に駆られているに過ぎん」

 

「そこにヴォルデモートの弱点があるという事ですね。我々はヴォルデモート個人を倒す事を放棄してヴォルデモートの組織を壊滅させることを目指しています。それであれば対抗できる」

 

セオドールがヴォルデモートと戦争を行う上で出した結論は死喰い人の各個撃破だ。

それはヴォルデモートという魔法使いが強力過ぎて倒せないという結論からくるものであり、ならば彼の組織を壊滅させようと考えたのだ。

 

「ヴォルデモートは単独でも魔法界を支配出来るだろう。だから、お前達が死喰い人を壊滅させようが意味のない事だ」

 

「組織の力無しに国を征服出来る訳がありません」

 

「可能さ。君はまだ魔法というものがどれだけ万能で世界を統べる事のできる力なのかを理解していない」

 

かつて魔法に魅了されたグリンデルバルドとダンブルドアは魔法には無限の可能性がある事を知っている。

その気になれば世界を征服出来るほどに魔法は強力だった。

 

「魔法の万能性は理解しています。だが、たった一人で世界を征服できるのなら、とっくにこの世界は魔法使いの物になっているはず……」

 

「そうだ。無論、それを可能にするだけの魔法力を持った者は少ない。ダンブルドアなら可能かもしれん。私は自分の能力に自信はあったが、それでも単独で世界を征服出来るとは思っていなかった。だから、死の秘宝を求めたのだ」

 

「死の秘宝……!」

 

「魔法界生まれの君なら死の秘宝は知っているだろう。そう。魔法界には死の秘宝のような強力な力が無数に存在している。そして、それを相当の能力を持った魔法使いや魔女が使えば世界を統べる事は不可能ではないのだ」

 

死の秘宝は御伽噺の世界の物だと言われている。

無論、セオドールもそう思ってきた。

だが、グリンデルバルドは死の秘宝が現実に存在するものだと言っている。

 

「蘇りの石、透明マント、そしてニワトコの杖。これらが現存している…ということか」

 

「そうだ。だが、まあそれは今は関係ないことだ。ヴォルデモートも単独の力で魔法界とマグル界を制服しようと考えているだろう。とすれば、彼の恐れている事は容易に想像が出来る」

 

「……自身の弱体化、いや、自身の死か」

 

「そうとも。ヴォルデモートが恐るるのは死だ。故に彼は無敵の身体、つまり不老不死を目指すだろう。もしかしたらもうその方法を見つけているかもしれんがな」

 

セオドールはヴォルデモートがハリーに敗れても尚、生きていた事実を思い出した。

一般的にハリーに向けて放った死の呪いが何らかの防御魔法により跳ね返った為、ヴォルデモートは瀕死の状態になったと言われている。

では、何故ヴォルデモートがかろうじて生きていたのか。

 

それは、不老不死の方法を見つけたからとすれば合点がいく。

 

「仮にヴォルデモートが死を克服した存在だとすれば勝ち目は無い」

 

「あるさ。死を克服する手段は無い訳ではない。だが、死を克服した存在であっても所詮は人間の身体だ。魂を破壊する事は出来なくても、身体の機能を奪うことは可能だろう?」

 

「それが出来れば苦労はしない。ヴォルデモートはダンブルドアに匹敵する戦闘力を持っているんです。我々は近代兵器により強力な火力を保持していますが、それでもヴォルデモートを倒すことは出来ない」

 

「果たしてそうだろうか。魔法というのは、いや、魔法使いは無限の可能性を持っている。私もダンブルドアもそんな可能性に夢を見ていた。頭を使え若人。無限の可能性を秘めた魔法を駆使すれば何とかなるかもしれんぞ?君達はダンブルドアと共に戦うのだろう?」

 

グリンデルバルドの青い瞳がセオドールを見据えた。

 

とてもかつて世界を震わせた闇の魔法使いが言う台詞ではない。

投獄されてからの長い年月で彼の心境に何らかの変化があったのか。

それとも、彼は根っからの悪人では無かったのか。

 

どちらにせよ、グリンデルバルドが既に世界の脅威では無いことは明らかである。

 

「答えは得ました。ヴォルデモートは必ず我々が倒します。貴方に会えて良かった」

 

「私が誰かに"会えて良かった"と言われる日が来るとは思わなかった」

 

グリンデルバルドはフッと笑い、立ち上がる。

そして、牢獄の入り口の方へ声をかけた。

 

「おい!ダンブルドア!そこに居るんだろう?」

 

返事は無い。

 

だが、牢獄の外には確かにダンブルドアが立っている気配がした。

グリンデルバルドは言葉を続ける。

 

「私は自分の過去の行いに後悔は無い。だが、この私、グリンデルバルドの存在しない世界の方が大衆にとって幸せな世界であったということは理解している。我々の時代は終わった。私は次の時代をヴォルデモートのような輩に託したくはない。お前がこの子達に道を示し、未来を守ってやれ」

 

「………………………わかっておる」

 

長い沈黙の後、確かにダンブルドアはそう答えた。

それを聞き、グリンデルバルドは安心したように目を閉じる。

 

「頼んだぞ。もう二度と会う事も話す事も無いだろう。さらばだアルバス………」

 

「ああ。さらばじゃ……友よ」

 

これが事実上、ダンブルドアとグリンデルバルドの最後の会話となった。

 

 

 

 

 




グリンデルバルドはこんなに善人にして良かったのだろうか…

また、ダンブルドアがグリンデルバルドと対決をしなかった理由は血の誓いによるものですが、もちろんセオドールはその事を知りません。


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case106 slytherin vs slytherin 〜スリザリンvsスリザリン〜

投稿遅れて申し訳ありません。
多忙につき投稿遅れることが……

とは言えコミケにはちゃっかり参加しましたが…

誤字報告ありがとうございます。
2023年もよろしくお願いします。


ホグワーツに正規の方法で入るとしたら二つの方法がある。

一つは湖からボートで乗り付ける方法。

もう一つはホグズミード村の駅の横から門をくぐり、セストラルに乗って馬車道を登っていく方法だ。

 

非正規の方法となると、暴れ柳の下の抜け道やハニーデュークスの下の抜け道、煙突飛行ネットワークなどもある。

しかしながら、それらの抜け道も含めてホグワーツには大規模な防衛魔法がかけられており、ヴォルデモートはもちろん、死喰い人や人攫い、その他犯罪者は侵入することが出来ない。

 

この防衛魔法は城の四周を囲む禁じられた森も含めてかけられているため、ヴォルデモート勢力の人間がホグワーツに侵入するのはまず不可能だ。

 

さて、ホグワーツにかけられた防衛魔法や姿眩ましの制限、煙突飛行ネットワークの管理は全て校長の権限で全面解除、部分解除が出来る。

ダンブルドアは本作戦のためにホグズミード村からホグワーツの敷地内に入る門の防衛魔法を部分的に解除した。

 

そして、今日。

 

センチュリオンの流した偽情報により、ドロホフとベラトリックス率いる死喰い人軍団がホグワーツ侵攻とハリー・ポッター抹殺のためにその門の前に押し寄せていた。

 

その数、35人。

 

ホグズミード村のホグワーツ特急が停まる駅に姿現しで到着した35名の死喰い人はまず周囲を警戒する。

 

「村に敵の姿は見えない。だが、油断するな。敵の持つ武器は遠距離から攻撃出来るものだ」

 

ドロホフは杖を構えつつ四方を観察した。

ホグズミード村は平日ということもあり、閑散としている。

ドロホフは仲間の死喰い人達を見た。

皆、ひどく若い。

実戦経験がある者は一握りしか居ないだろう。

 

今回のホグワーツ襲撃は人数こそ多いものの、参加したメンバーは新参ばかりなのだ。

その理由をヴォルデモートはドロホフだけに教えていた。

 

『損なわれる戦力は最小限に抑え、かつ機会があればポッターを捕獲しろ』

 

彼は主君の考えを即座に察した。

 

今回の件が敵の罠である可能性を考え、主戦力を温存するという考えだ。

以前のヴォルデモートでは思いつきもしなかっただろう。

 

ヴォルデモートも戦闘を繰り返すごとに成長している。

 

 

「ルシウスの倅が掴んだ情報によれば、あそこの正門の防衛魔法が解除されているらしい」

 

ドロホフはホグワーツの入り口である門を指差した。

無論、死喰い人たちはその門に見覚えがある。

彼らもホグワーツのOBだからだ。

 

皆、2学年以降はその門を潜り、セストラルに引かれる馬車で城へと向かったものだ。

 

「まずは先遣隊を出して門の向こうを偵察させる。もし、防衛魔法が解除され、尚且つ、ポッターが居れば俺に知らせろ」

 

「へっ。そんな面倒なことしなくても全員で突撃すれば良いじゃないか」

 

ベラトリックスが言う。

 

「お前は神秘部での敗走を忘れたのか?無闇に突撃すれば犠牲者が増えるだけだぞ。我が君もそれを考えて、今回のメンバーを選出している」

 

「怖気付いたのなら帰って良いぞ玉無し野郎」

 

「なんだと!?」

 

言い争っている二人のところへ新参の死喰い人の一人が走ってきた。

 

「報告です!門の向こう側にポッターと思わしき生徒の姿が見えました!門にかけられている防衛魔法も解除されているようです」

 

その言葉にドロホフもベラトリックスも門の方を向いた。

確かに門の扉は開いていて、ホグワーツへ向かう道が見えている。

 

そして、門から少し入ったところにローブ姿の生徒と思われる男女が立っていた。

一人は赤毛の女子生徒。

もう一人は丸眼鏡をかけた男子生徒である。

 

「間違いない。ポッターだ!」

 

ベラトリックスが歓喜の声を上げた。

他の死喰い人も一斉に杖を取り出す。

 

「待て!早まるな!」

 

ドロホフは制止したが、死喰い人たちは気にも留めない。

ハリーとジニーは死喰い人たちに気付くと、回れ右して城の方へと走り去る。

 

「殺せ!!行くぞっ!」

 

「二人とも血祭りにあげろ!」

 

「待て!待つんだ!ポッターは生捕りにしろというのが我が君の命令であるのを忘れたのか!?」

 

しかし、アドレナリンを放出し興奮状態にある彼等は止まらない。

雪崩れ込むようにしてホグワーツ城へ続く道へ殺到した死喰い人たちは走って逃げるハリーとジニーに杖を向けた。

 

そして、失神光線を乱射する。

だが、なかなか命中しなかった。

 

死喰い人たちとハリーの距離はざっと20メートル以上離れている。

走って逃げる人間に20メートル以上離れた位置から死の呪いを的確に当てるのは難しい。

故に失神光線を連射しようとするが、仲間の死喰い人たちがバラバラになってハリーとジニーを追いかけ始めたので、そんなことをすればフレンドリーファイアの可能性があった。

 

「くそっ!おい、一旦止まれ!味方が多くて狙いが定められん!ベラトリックス!お前もだ!」

 

ドロホフはそう叫ぶが、皆、興奮して聞こえていないようだ。

これが歴戦の死喰い人なら冷静に広範囲攻撃魔法を駆使したりして簡単にハリーを拿捕しただろう。

若手の死喰い人たちは失神光線を放つばかりである。

 

一方のハリーとジニーは突然、空へ飛び立った。

それを見た死喰い人達が驚愕する。

 

「あいつら!魔法で空を飛んだぞ!」

 

「馬鹿な!?そんなこと出来るはずがない!」

 

魔法界での飛行は箒やカーペットを使用しなければ実現しない。

 

「馬鹿者!箒を透明化して持っていただけだ!良く見ろ。二人とも何かに跨っているだろう」

 

ドロホフはそう指摘した。

 

良く見ればハリーとジニーは透明な何かに跨って飛行している。

箒を魔法で透明化し、あらかじめ隠しておいたのだろう。

箒を使われてしまうとドロホフ達に追跡は不可能だ。

 

だが、それよりもドロホフは気になる事があった。

 

何故、ハリーとジニーはあらかじめ箒を透明化して隠していたのか、ということだ。

まるで、最初から逃走用の手段を確保していたみたいである。

 

「まずい。やはりこれは罠だ……。全員、引き返せ!これは罠だ!!」

 

「何を言ってるんだ!このままだと小僧と小娘を逃してしまう」

 

ベラトリックスはドロホフの声に耳を貸さない。

 

彼女を筆頭とした死喰い人軍団は馬車道を半分以上登り、あと少しで丘の上に辿り着くところであった。

ドロホフは周囲の地形を確認する。

 

馬車道は幅3、4メートルで決して小さくは無い傾斜がある。

道の両脇は針葉樹林で覆われていた。

つまり、死喰い人達は必然的に馬車道を駆け上がるしかなくなる。

 

仮にドロホフが敵側の人間だとしたら馬車道から続く、あの丘の上に陣地を作り、一本道を攻めてきた敵に攻撃を加えるだろう。

 

ハリーとジニーという餌に食いついた死喰い人達を殲滅するための環境が整っている。

そのことに気付いたのがドロホフのみというのが致命的であった。

 

ヒュルルという風を切る音が聞こえたかと思うと、次の瞬間、大地が噴火したかのように爆発する。

そして、先頭を走っていた死喰い人の集団が土埃と共に吹き飛ばされた。

 

「何だこれは!敵の攻撃か!」

 

間一髪で盾の呪文を展開して爆発による被害を防いだベラトリックスが叫ぶ。

彼女の目の前に何かがゴロゴロと転がってきた。

良くみるとそれは味方の死喰い人の生首だった。

爆風で吹き飛ばされたのだろう。

 

ベラトリックスは驚異的な反射速度で盾の呪文を展開したおかげで致命傷は避けられたが、右頬に飛んできた砂利による裂傷が出来ている。

頬を伝う血を感じた彼女はアドレナリンが放出されるのが分かった。

 

「空だ!敵は空から攻撃してきてる!巨人を倒した武器と同じだ!」

 

「空!?」

 

土埃で視界が悪いため、何人死んで何人生き残ったのかは分からないが、返答と呻き声の数からまだ全滅してはいないのだろう。

 

死喰い人を襲ったのは迫撃砲による砲撃であったが、迫撃砲という武器の原理をベラトリックスは知らない。

しかし、上空から攻撃してきている事は理解出来ていたので、生き残っている死喰い人に空へ向かって盾の呪文を展開するように指示をした。

 

遠くからボンッボンッという破裂音が聞こえたかと思うと、迫撃砲による第二波攻撃が襲った。

だが、迫撃弾は盾の呪文によって防がれる。

 

見えない透明なシールドによって防がれた迫撃砲弾は空中で爆発し、周囲の針葉樹林を揺るがした。

 

「盾の呪文で防げるのなら恐れる事はない!このまま突撃だ!」

 

調子に乗った若い死喰い人の一人が走り出す。

 

しかし、走り出した瞬間に針葉樹林の影に設置されていたクレイモア地雷が火を吹き、彼の身体を木っ端微塵に吹き飛ばしてしまった。

迫撃砲弾によって作られたクレーターの横に血溜まりが出来る。

 

あらゆる拷問や暴力をしてきた死喰い人達も、一瞬で人間をミンチにする武器に顔を引き攣らせた。

 

「おいおい!あんな武器使ってくるなんて聞いてねえ!どうするんだ!」

 

「敵は近くに潜んでいる筈だ!見つけ出して片っ端から殺せ!」

 

「だが、この状況で敵を見つけるのは難しいぞ!」

 

死喰い人達は軽いパニックに陥っていた。

 

この間にも絶え間なく迫撃砲弾は降り注ぎ、正面からはTOW対戦車ミサイルが襲ってくる。

おまけにどこにクレイモアが仕掛けられているかも分からない。

 

ドロホフは生存している死喰い人のうち10名に盾の呪文を展開させ、残りの15名に周囲を警戒させようとした。

 

最初の迫撃砲による攻撃とクレイモアにより、すでに10名の死喰い人が死んでいる。

これ以上、仲間を減らす訳にはいかなかった。

 

「敵の攻撃は盾の呪文で防ぐ事が出来る。防御する者と攻撃する者に分かれて前進すれば大丈夫だ!」

 

そう言いつつ、ドロホフは飛来した榴弾を盾の呪文で防ぐ。

 

ここまで用意周到に攻撃をしてくる敵のことだ。

他にも罠を仕掛けているのだろう。

ひっきりなしに飛来する各種榴弾を防ぎつつ、それでも死喰い人軍団は前進していく。

彼等の辞書に敗走という言葉は存在しない。

 

狩る側しか経験したことの無い死喰い人達にとって狩られることなどあってはならなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予定通り死喰い人の軍団がホグワーツを襲撃してきてくれた事にセオドールは安堵していた。

 

ダンブルドアにより、ホグズミード村に続く門の防衛魔法を一時的に解除してもらったのは今から約1時間前の事である。

流した噂通りの時間だ。

 

そして、ポリジュース薬によりハリーとジニーに変身したコーマックとチョウを餌として進出させた。

ハリーとジニーは自分達が囮になると言って聞かなかったが、セオドールはそれを無視した。

 

ハリーとジニーはセンチュリオンと共同の訓練をした事が無い。

一方でコーマックとチョウは遊撃班として死線を潜り抜けてきた精鋭中の精鋭。

ミスの許されない今回の作戦に戦闘に関しては素人のハリー達を参加させる余裕は無かった。

 

ハリーとジニーに変身したコーマックとチョウは魔法で透明化した箒を手に、馬車道へ続く門の前で待機した。

本隊は馬車道から続く丘の上に陣を敷いていた為、彼等を援護する者は居ない。

 

コーマック達は死喰い人達の攻撃を全て回避した上で逃走に成功していたが、それは彼等の技量が並ならぬものだったからだ。

失神光線を回避しつつ、敵をキルゾーンまで誘導するのはビクトール・クラムでも困難だっただろう。

 

 

センチュリオンが敷いた楕円形の陣地は、丘の頂上にある。

最前線に有刺鉄線と地雷源を設置し、その後ろに小銃、機関銃手の入る塹壕が横一列に配置されていた。

小銃手たちは緊張した顔持ちで銃を構えている。

 

古参の隊員はともかくとして、半数近くの隊員は今回がはじめての対人戦闘だ。

人を殺害することに慣れていない隊員の精神がどれだけ保つか。

それはセオドールにも分からなかった。

 

さらにその後ろに迫撃砲陣地と対戦車榴弾部隊が待機していて、本部指揮所は一番後方に存在する。

 

本部指揮所は天幕の中にあり、通信機器と馬車道横の林に設置された監視カメラ(マグル避け魔法解除済み)と連動するモニターも運び込まれている。

その天幕の横には補給物資が山積みにされていた。

弾薬、燃料、資材。

必要の部屋から大量の武器を持ち出してきていた。

 

馬車道に砲口を向けて並べられた81ミリ迫撃砲からはひっきりなしに砲弾が発射されている。

さらにその横ではTOW対戦車ミサイルとパンツァーファウストⅢを隊員達が交互に発射していた。

 

だが、これらの攻撃は初撃を除いて戦果を上げていない。

敵が盾の呪文を展開している為だ。

 

ボンボンという破裂音が聞こえ、黒煙が見える中、セオドールは軽く舌打ちした。

このままではジリ貧である。

 

「砲撃により敵の足を止めることは出来ていますが、この調子では敵が迫撃砲の最小射程に到達します」

 

本部天幕から出てきた補給員が報告した。

 

「思ったよりも対応が早いな。もう少し敵にダメージを与えておきたかったが……。敵側にも有能な奴がいるみたいだ。恐らくはドロホフだろうが……」

 

セオドールは死喰い人の中で強敵になりそうな人間をピックアップしていた。

その中でも脅威になりそうなのはヴォルデモートを除けばドロホフとアエーシェマ・カローが群を抜く。

 

「対戦車榴弾をメインに攻撃を加えればもう少し足止め出来そうですが」

 

「榴弾はあとどれくらい保つ?」

 

「あと10分が限度です。対戦車榴弾はもともと数が少ないので……。必要の部屋から予備弾薬を運べば継戦は可能ですが……」

 

必要の部屋からは相当量の砲弾を陣地に運び込んでいた。

しかし、それ程の量の砲弾を叩き込んでも尚、死喰い人は全滅しない。

 

「分かった。榴弾は使い切っても構わん。弾幕を張ったままにしろ。狙撃班と第1分隊に作戦を第2段階に繰り上げさせる」

 

セオドールは本部天幕に入り、通信機の送話器を手にした。

 

「HQより各員に達する。作戦段階を繰り上げる。01とスナイパーは攻撃を開始しろ」

 

『01了解』

 

『スナイパー了解』

 

受話器から第一分隊の通信員とネビルの声が聞こえた。

 

セオドールの立てた作戦は至って単純だ。

 

遠距離火力で敵に攻撃を加え、数を減らす。

敵は空からの攻撃を恐れて盾の呪文を展開するだろうから、横と下からの攻撃を加える。

必然的に敵は森に逃げるしかなくなるが、森にはベトコンの使用したトラップが張り巡らされていて、死喰い人は森で全滅する。

 

「本当にこの作戦で上手くいくのか?今のところ砲撃はほとんど防がれているし……」

 

通信機の横に座るフナサカが不安を口にした。

 

「心配するな。確かに敵は予想以上に砲撃を防いでいる。だが、盾の呪文の弱点は下からの攻撃に弱いところだ」

 

「それはそうだが、ドロホフはその攻撃にも恐らく対応してくるだろ?」

 

「無論、ドロホフは狙撃や地雷攻撃を難なく処理するだろう。何せ奴は神秘部の戦いで狙撃銃による奇襲を受けているからな。今回も警戒してくるだろう。だが……」

 

セオドールは指揮所に広げられたホグワーツの地図に目を落としながら言葉を続ける。

 

「ドロホフだけなら兎も角、奇襲や一方的な攻撃に慣れていない他の連中の精神はそう長く保たないだろう」

 

「精神?」

 

「そうだ。俺たちスリザリン生は精神的に相手を追い詰めるのが得意な反面、追い詰められることに慣れていない。だから、そこに隙ができる」

 

フナサカはなるほどと思った。

 

死喰い人は一方的に攻撃する事には慣れている。

今まで彼らが相手にしてきたのは不死鳥の騎士団や闇祓いといったフェアに戦う集団だ。

つまり、グリフィンドール的な戦いをする集団に対し、奇襲や絡め手、残虐な方法で戦ってきたのである。

 

しかし、センチュリオンの戦闘形態は非常にスリザリン的なものだ。

奇襲も暗殺も良しとし、圧倒的な火力で敵を粉砕する。

 

「つまるところ、センチュリオンと死喰い人の戦いはスリザリン対スリザリンという訳だ。死喰い人の連中はスリザリン的な攻められ方をされた事が無いから……精神的に崩れる…と」

 

「ああ。そうだ。俺を含めてスリザリンの隊員はそのことを良く理解している」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迫撃弾と誘導弾を防ぎつつ、着実に丘の上に近づいていたドロホフ達であったが、その数は20人まで減っていた。

 

「踏ん張れ!あと少しでこの丘も終わる!敵はすぐ近くにいるはずだ!」

 

センチュリオンの攻撃は威力は強いが、盾の呪文でやり過ごすことが出来る。

所詮はマグルの武器だ。

 

そう思っていた矢先に先頭を歩いていた死喰い人が片っ端から血飛沫を上げて倒れていく。

 

「何っ!?」

 

あっという間に5人の死喰い人が絶命した。

 

「くそっ!神秘部で見た攻撃か!用心しろ。敵はどこか遠くから狙撃してきているぞ!」

 

ドロホフは神秘部でネビルに狙撃された時のことを思い出す。

あの攻撃を四方からされれば、死喰い人はあっという間に全滅だ。

 

反撃の機会を作ろうとドロホフは考えを巡らせたが、その間に地面に埋めてあったC4プラスチック爆弾が連続で起爆する。

 

狙撃を警戒していた死喰い人たちは片っ端から吹き飛ばされていった。

 

「地面からの攻撃……。盾の呪文の弱点を的確に突いた攻撃だ」

 

ドロホフは冷静に攻撃を防いだが、大半の死喰い人はC4と狙撃によって瀕死の重傷を負っていた。

 

「た……助けてくれ」

 

「い、嫌だ!誰か!俺の腕がなくなっちまった!」

 

「痛い!痛いいいい」

 

腕や足を吹き飛ばされた者。

内臓器官をぶちまけて絶命している者。

精神的に追い詰められ、発狂する者。

 

もはや戦闘を継続することは不可能だ。

 

「森だ!森に身を隠して、反撃するんだ!」

 

ベラトリックスが生き残りの死喰い人に声をかける。

 

「馬鹿が!それこそ敵の思う壺だぞ!」

 

恐らく左右の森にも罠が仕掛けられている。

故に死喰い人たちが生き残る術は後退する事だけだった。

 

しかし、後退という選択肢をベラトリックスが取るはずが無い。

 

彼女は生存者を森に追い立て、森の中から敵に攻撃を仕掛けようとしたのだ。

 

冷静な判断が出来ない他の死喰い人もベラトリックスの後に続き、森へ入っていってしまう。

 

馬車道の左右にある森はそれほど深い森では無い。

針葉樹が点々とする林のようなものだが、地面は蔓草や茂みに覆われているため、足元はおぼつかない。

 

だから死喰い人たちは森に仕掛けられた罠に気付かなかった。

 

先頭を我先に走っていた2人の若い死喰い人はワイヤートラップに引っかかる。

木に貼り付けられた手榴弾の安全ピンにワイヤーをくくりつけ、そのワイヤーに足を引っ掛けると起爆するという単純なトラップだ。

 

「ぎゃあああ!」

 

断末魔の叫びと共に、死喰い人が倒れる。

付近の草木には彼らだった物が飛び散っていた。

 

左へ走って逃げた3人の死喰い人は深く掘られた落とし穴に落ちてしまう。

ただの落とし穴であれば良かったものの、その落とし穴の下には竹槍が無数に埋められていた。

 

穴に落ちた3人は竹槍によって串刺しにされる。

 

「言わんこっちゃ無い。これでは犠牲が増える一方だ。お前達、無闇に動くなよ」

 

遅れてやってきたドロホフが生存者の数を数えながらボヤく。

生存者はドロホフ、ベラトリックスを含めて僅かに6人。

 

そのうちの2人はもはや精神的に限界が来ていた。

 

「嫌だ!もう嫌だ!死にたく無い。帰りたい!僕が悪かった!助けてくれー!」

 

「うわあああ!母さん!母さん!」

 

そう言って走り出した男をセンチュリオンは容赦なく狙撃した。

 

「俺が言うのもあれだが……。血も涙もない敵だな。俺達のことを全滅する気満々で用意してやがる」

 

「どうするんだい?このまま帰っても我が君に合わせる顔が無い……」

 

「たった4人で何が出来る?今回に関しては敵の完勝だ。我々に出来ることは敵の戦い方を我が君に伝えることのみ。つまり、撤退して生き残るしか無い」

 

ベラトリックスは兎も角、他の若い死喰い人2人は顔面蒼白で使い物にならない。

仮に使い物になったとしてもたったの4人ではセンチュリオンの火力を相手に戦うことは出来ないだろう。

 

しかし……。

 

「わ、私が盾になります。このまま逃げ帰ったのでは我が君に申し訳無いどころか、死んでいった仲間が浮かばれません」

 

若い死喰い人の1人が震えながら言った。

ドロホフは彼の名前を知らない。

小刻みに手を震わせている若い死喰い人の目は真剣そのものだった。

 

「お前1人が盾になったところでどうしようもない。無駄死にするよりは生き残って後の戦いに備えた方が遥かにマシだ」

 

「いえ、私にやらせて下さい!今回死んでいった仲間はほとんどが私の同級生なんです。このままでは死んでも死にきれない。逃げ帰ったとあれば、あの世であいつらに何と言って良いか……」

 

「………わかった。お前の命と引き換えにして、センチュリオンの連中に死喰い人の意地を見せつけてやろう」

 

そう言うと、ドロホフは生き残りの死喰い人にこれから行う捨て身の作戦を伝えた。

相変わらず若い2人は顔面蒼白で手も震えていたが、決意を固めたようである。

 

勇気という言葉はグリフィンドール染みてて好かんが、しかし、こういう時に必要なのは勇気に他ならない。

 

幾度となく最前線で戦ってきたドロホフはある意味でグリフィンドール生のようなメンタルを手に入れていたのだ。




今年は良い年になると良いですね


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case107 universe 〜三千世界〜

大変お待たせしました
半年以上休載してしまって申し訳ありません!
身辺で色々な変化があり(私事ながら一児の父親にもうすぐなる…とか)、筆が進まないという……
リハビリがてらとりあえず一話投稿します。
エタらないよう頑張ります。

遅筆な私にも関わらず感想や誤字報告をして下さる方々、ありがとうございます。


「ここは……どこだ?」

 

見渡す限り真っ白な世界だった。

 

一切の汚れの無い、本当に純白の世界に彼は居た。

 

 

「目が覚めたようだね。いや、まだ覚めていない…か」

 

 

不意に後ろから声がした。

振り向けば、そこに懐かしい顔が居た。

 

 

「セドリック………」

 

「僕の存在が分かる、ということは君はもう自分が誰かを思い出しているだろうね」

 

「俺は……俺は、エスペランサ・ルックウッドだ」

 

そこでやっと彼は自分が誰かという事を思い出した。

エスペランサ・ルックウッド。

それが自分の名前だ。

 

「俺は……死んだのか?確か、ケイティに襲われて……」

 

「正確に言うと死んではいない」

 

「じゃあ何でセドリックがここに居る?ここは死後の世界では無いのか?」

 

セドリックは曖昧に微笑んだ。

この真っ白な世界にはエスペランサとセドリックしかいない。

 

そして、二人ともセンチュリオンの戦闘服を着ていた。

 

「少し歩きながら話そう。といってもこの世界には何も存在しないけどね」

 

二人はゆっくりと歩き始める。

 

「死後の世界でないとしたら……何故、セドリックと俺が話せているんだ?」

 

「そうだね。実を言えば僕はセドリックでは無いんだ。君が意識を失う前に、"呪いのネックレス"を見なかったかい?」

 

「あ、ああ。あれか。ケイティが俺に押し付けてきた奴だな」

 

「僕はあのネックレスに宿っていた"呪い"その物なんだ。でも、呪いという概念は口を持たないから……。君の記憶にある死者の姿を借りて具現化したんだよ」

 

「なるほど……お前はセドリックの姿をした呪いという訳だ。だが、何のために?」

 

「君と話がしたかったからさ」

 

「俺と?」

 

「僕は呪いの効力によって今までに何人もの人を殺してきた。君も殺す予定だった。だけど、君を呪おうとしたら……君は僕以上に呪いその物だった」

 

「言っている意味が分からない。俺は生憎と呪いじゃない」

 

「いや、呪いになり得るさ。何せ僕が呪い殺した人の数の数倍の人間を君は殺していたんだから」

 

「ああ。そういうことか。呪い以上に人を殺していた俺の存在は邪悪な物と見られていたんだな」

 

だが、それを言えば古今東西、軍人は呪いを凌駕する存在になってしまうだろう。

 

そんなエスペランサの疑問を感じ取ったセドリック、いや、"呪い"が言葉を続けた。

 

「ヴォルデモートだって直接手を下した人間は数十人だ。だけど、マグル界では一度に数十万人を殺せる武器が存在する。僕は呪いという概念だから魔法界だけでなくマグル界にも精通してるから大量殺戮兵器の存在も知っている。つまりね、魔法族というのは極悪人であっても殺害した人数はマグルの軍人よりも遥かに少ないんだ。そして、これがまた不思議なんだけど、マグルの軍人は基本的には悪意を持って人を殺していない」

 

例外は沢山あるけど、とセドリック、いや、呪いは付け足した。

 

「それはそうだ。俺達は命令に従って戦っていた。誰かを守るためにな。そこに悪意は存在しない。個人的な感情を持てば軍人失格だ」

 

「悪意を持って数十人を殺すか、悪意無しに数十万人を殺すか。どちらの方が罪が重いんだろうね」

 

エスペランサは黙り込む。

戦争で殺した相手が悪者かと言われればそうではない。

敵もまた命令に従い、戦っているのだ。

 

敵がテロリストであればまた話は別だが、国家間の戦争において敵が絶対悪かと言われればそれは否である。

少なくともエスペランサはそう思う。

 

戦時には殺人が正当化される。

平時には殺人をした者が悪人とされ、戦場では殺人をした者が英雄となる。

誰かを守るために人を殺しているからか、命令に従い人を殺しているからか……。

果たしてそれは罪なのだろうか。

 

「僕は呪いという悪意の集合体だからね。こういう倫理的な話は好まない。でも、魔法界の極悪人よりもマグルの方が遥かに残虐な事を悪意無しで出来るんだ。魔法族というのは過激で残酷に見えるけど、案外、弱い存在なのさ。だから呪いにも弱い」

 

「マグルだって呪われたら死ぬんじゃ無いのか?」

 

「エスペランサは呪いというものに詳しくは無いよね。呪いというのはね、呪いという存在を強く信じている人程、影響を受け易い。マグルがまだ呪いや魔法を信じていた時代は夥しい死者が出たよ。でも、現代では呪いを信じているマグルの方が少ない。だから、呪いが廃れていった」

 

「呪いよりも恐ろしい戦争を経験してきたからな。マグルの歴史は魔法界の歴史より遥かに血塗られている」

 

魔法界がマグル界との接触を避けているのはそんなマグルの習性を理解していたからなのかもしれない。

 

魔法族はマグルの残虐さを知っていたからこそ魔法を隠したのだろう。

この場合、マグルが悪役になる訳だが、エスペランサはそれを否定するつもりは無かった。

 

この地球上でマグル以外の生物は皆、マグルを脅威だと感じるだろうからだ。

魔法使いの歴史も大概、血に染められているがマグルの歴史はそれ以上に血塗られている。

 

現に今も、マグル界ではガロン単位で血が流されているだろう。

 

「君を呪い殺す事はそれでも難しくは無い。ネックレスにかけられた呪いは数世紀に渡り蓄積された強力なものだからね。だけど、君を呪い殺すのは惜しい。呪い以上に呪いである君の存在が魔法界に何をもたらすか……。僕はそれを見ていたいから」

 

「"呪い"というのは随分とロマンチストみたいだな。もっと禍々しく、凶暴な性格をしていると思っていたぞ」

 

「そういう呪いもたくさんある。僕は呪いでありながら、この世界の観測者になりたいのさ。だから有史以来、ずっと生き延びてきた」

 

「世界の観測者………」

 

「そう。この世には"世界"というものが数多に存在する。そのうちの一つであるこの世界は君の存在により、他の世界の結末とは大きく変わるだろう。それを僕は観測したいのさ」

 

「それは、俺の存在が本来あるべき世界の形を変える……という事なのか?」

 

「可能性はある。僕自身、数多ある並行世界に存在し、パスで繋がっている。だから分かるんだが、君の存在は他の世界では観測出来なかった。君に興味を持ったのはそれ故でもあるのさ」

 

「他の世界線に……俺は居ないということか」

 

「そうだ。何らかの力が働き、この世界が君という存在を必要としたのか、あるいは、ただのパラドクスによる産物なのか。いずれにせよ、君の存在が数多ある世界の中で異質な物に変わりはない」

 

並行世界という存在、その全てに繋がっているという呪いの存在。

エスペランサにはにわかに信じられない事であった。

 

そして、他の世界線にはエスペランサが存在しないという事実。

それが何を意味するのか……。

 

「さて、そんな異質な存在である君が何を僕に見せてくれるのか。早く見せて欲しいからね。とっとと現実世界に戻ると良い」

 

「戻ると言っても、どうやって現実世界に戻るんだ?だいたい今、俺の身体はどうなってる?」

 

「君が望めばすぐにでも戻れるさ。君が現実世界に戻りたいと思えるような存在があれば戻れる」

 

「俺が……戻りたいと思えるような存在」

 

エスペランサは目を閉じた。

 

ハリー達友人。

セオドールやネビルといった隊員達。

 

そして、フローラ。

 

『早く戻って来てください』

 

幻聴だったのかもしれない。

だが、はっきりとエスペランサの耳にフローラの声が聞こえた。

 

「ああ。戻るさ。まだやり残した事が山程あるからな」

 

魔法界入りしたあの日。

エスペランサは確かに誓った。

魔法という力を持って世界に恒久的な平和を創り上げると。

 

エスペランサの身体が真っ白な世界の中で光りだす。

恐らく現実世界に戻る前兆だろう。

 

「戻る気になったんだね」

 

「当たり前だ。世話になったな」

 

「ああ。君のことを観測しているよ。せいぜい僕を楽しませてくれ」

 

セドリックの姿をした"呪い"は微笑んだ。

呪いはエスペランサの味方という訳では無かったのだろう。

 

それでも、エスペランサはこの"呪い"に悪い感情は抱かなかった。

 

「そうだ、言い忘れていた。この世界には君の他にもう1人だけ異質な存在が紛れ込んでいる」

 

「誰だ……それは」

 

「そいつの名前は………」

 

名前を全て聞き終える前にエスペランサの意識は薄れ、元の世界へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めると、そこには見慣れた風景が広がっていた。

 

何のことはない。

ホグワーツの医務室である。

 

エスペランサは深呼吸をする。

 

あれがただの夢であったのか、それとも現実の出来事であったのか。

ふと、目を移すと、医務室のベッドからは壁にかけられたカレンダーが見えた。

 

どうやらかなり長い期間、眠りについていたらしい。

ベットから起き上がり、足元を見れば、誰が置いたのかはわからないが、戦闘服1式と半長靴があった。

 

「本当に、魔法界というファンタジックな世界にはミスマッチな服装だな」

 

そう呟きながら彼は戦闘服を手に取る。

 

「あなた!目覚めたなら声をかけてください!それにまだ安静にしていないといけません!」

 

「マダム・ポンフリー?」

 

「強い呪いにかけられていたから、もう目を覚ますことがないかもしれないと思っていましたが、安心しました。さあ、ベッドに横になって、先生を呼んでこなくては……」

 

小走りにマダム・ポンフリーがやってきてエスペランサを寝かせようとしてくる。

だが、エスペランサはそれを振り切り、医務室から出ようとした。

 

「待ちなさい。どこへ行くんです!?寝てなさいと言っているでしょう?これだからグリフィンドールの生徒は困るんです!」

 

「どこへ行くか……か。そうだな。戦線に復帰する。今も俺の仲間は戦っているんだろ?」

 

「え……?」

 

「この音。間違いなく迫撃砲の射撃音だ」

 

遠くから聞こえる炸裂音がエスペランサの耳をくすぐる。

間違いない。

81ミリ迫撃砲L16の音だ。

 

「ええ。確かにあなたのお友達は戦っています。だからといって目が覚めたばかりのあなたが戦線に復帰して何になるんですか?それに、まだ呪いが解けているという確証もありません。少なくも今はまだ戦いに参加させることはできませんよ!」

 

「呪いなら解けた。もっと邪悪な呪いかと思ったが……案外、話の分かる奴だったよ」

 

「は?何を言ってるんですか?」

 

エスペランサは机に立て掛けてあった自分の杖を手に取り、グリフィンドール寮のある方向へ真っ直ぐに向けた。

 

「アクシオ・M733」

 

呪文を唱えてから僅かに十数秒。

廊下の向こうから高速で飛んできたアサルトライフルが医務室の中に飛び込み、エスペランサの横に転がった。

 

小銃としてはやや小振りだが、センチュリオンの正式採用銃として誰もが信頼を置いている武器である。

エスペランサは銃のスライドを引いて、薬室を確認する。

目立った汚れも無く、装弾不良の可能性も低い。

 

「まさか、今から行く気ですか!?」

 

マダム・ポンフリーが素っ頓狂な声を上げてエスペランサを止めようと立ち塞がる。

 

「どいてくれ」

 

「ダメです!あなたは寝ていなさい!」

 

「もう一生分寝たよ。それに、今戦っているのは俺が指揮官の部隊だ。仲間が命をかけて戦っている時に、ベッドで眠りこけることなんて俺には出来ない」

 

尚もマダム・ポンフリーはエスペランサを止めようとした。

だが、彼の放つ異様なオーラに呑まれ、結局、最後まで止めることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

センチュリオンと死喰い人の攻防が繰り広げられている中、必要の部屋の前に2人の隊員がフル装備で立っていた。

 

本隊が死喰い人の集団と戦闘をしている今、必要の部屋本部の防備は手薄になっている。

 

そのため、警備要員として2名の隊員が配置されていた。

2人とも魔法警察パトロール出身であり、戦闘経験は乏しいものの、腕は確かである。

そのため、今回は必要の部屋の保守要員に抜擢されていた。

 

「とは言え、本隊が戦闘をしている中、何もしていないというのは嫌なものだな」

 

「そうか?」

 

「そりゃあだって、お前。仲間が命懸けで戦闘してるのにさ、こっちはお留守番だぜ?」

 

「俺はこっちの任務の方が良いよ。安全だし、危険じゃない」

 

「お前なぁ。じゃあ何でセンチュリオンに入隊したんだよ。この組織に入ったら嫌でも命の危険があるって分かってただろ?」

 

「当たり前だ。俺だって親族を死喰い人に殺されてんだから、死喰い人憎しで入隊したよ。だけど、それはセンチュリオンの戦力が死喰い人を圧倒してるって噂で聞いたからだ」

 

この隊員は安全なところから一方的に攻撃できる近代兵器があるから、センチュリオンに入隊していた。

 

もう1人の隊員は呆れたようにため息を吐く。

 

そんな時である。

 

「おーい!今すぐ必要の部屋を開けてくれー!」

 

廊下の端からそんな声が聞こえ、隊員達は声の方向に銃を向けた。

志はともかくとして、魔法警察で活動していたため、判断が早い。

 

「誰だ!名乗れ!」

 

「俺だよ。アーニー。アーニー・マクミランだ」

 

走ってきたのはアーニーだった。

肩で息をしている。

しかし、不思議なことに戦闘服ではなくローブを着用していた。

 

「何でここにいるんだ。お前は戦闘部隊だろ。そう言えばお前、戦闘服じゃ無くて何でローブを着ているんだ?」

 

「どうだっていいだろ?そんなこと。それよりも、必要の部屋を開けてくれ!」

 

「駄目だ。作戦時は必要の部屋は封鎖。緊急時以外は装備を持ち出さないという規則だぞ」

 

「今が緊急時なんだ!本隊の武器が足りなくて取ってきてくれとセオドールに言われたんだ」

 

「副隊長の指示か?」

 

「そうだ!早く開けてくれ」

 

隊員達は顔を見合わせる。

そのような指示は無線では来ていない。

本隊は戦闘継続中であり、そんな余裕もないのかもしれないが、だからと言ってアーニーだけを寄越すだろうか。

 

「どうする?規則には反するが、戦況を左右するなら現場判断で開けるべきだが」

 

「無線で副隊長に聞いてみよう」

 

「いや、その必要はない。セオドールが"僕"をここに寄越したのは、連絡手段が壊れて使えないからだ」

 

「無線が壊れたのか?そんなのは魔法ですぐ直せるんじゃないのか?」

 

「待てよ、そう言えばこの間も回線がどうのこうので無線が不調になっただろ。フナサカが嘆いてた」

 

「とにかく緊急だ!武器を持ったらすぐに戦線に戻らないといけない!」

 

必死のアーニーを見て隊員は仕方無しに必要の部屋を開放した。

 

「俺達は手伝わなくて大丈夫か?」

 

「大丈夫だ!すぐに出る」

 

アーニーは走って必要の部屋の中に入っていった。

 

そして、数分後。

彼は手ぶらで部屋から出てきた。

 

「おいおい。武器はどうしたんだ」

 

「縮小呪文でポケットに入れた。今からまた戦闘に戻る」

 

「お、おう。気をつけろよ?」

 

隊員達は色々と疑問に思いながらも、アーニーを見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セオドールは慢心していない。

 

しかし、今回の作戦に関しては勝ちを確信していた。

敵勢力の数はすでに若干名。

おまけに森の中で身動きを取れなくされている。

 

「トドメを刺すぞ。森をナパーム弾で焼き払う。残弾を全て投入しろ」

 

「了解」

 

本部天幕後方の補給所に隊員が走っていく。

かつて吸魂鬼を倒したナパーム弾はセンチュリオンにとっての虎の子だ。

 

ナパーム弾による攻撃も魔法使いなら防ぐことが出来る。

相手がドロホフなら尚更だ。

しかし、継続的なナパーム弾による酸欠と一酸化炭素中毒は防げない。

 

確実に敵を殲滅するならこの手しかない。

 

「ナパーム弾投擲準備完了。いつでもいけます」

 

「了解。しくじるなよ」

 

セオドールは双眼鏡で敵が潜伏する森を見た。

今のところ大きな動きはない。

 

あとはあそこに温存していたナパーム弾を撃ち込めば終わる。

それでドロホフもベラトリックスも亡き者に出来る。

 

「副隊長!敵が動き始めた!森から出ようとしている」

 

「何だと!?」

 

「上空警戒中の遊撃部隊から報告があった!生き残りの死喰い人数人を先頭にして杖を片手に森を抜けようとしているらしい!」

 

セオドールは舌打ちをしながら森を見た。

森の奥から死喰い達がキルゾーンである馬車道に戻ろうとしているのが木立の間に見える。

 

「血迷って特攻をしかけてきたか。スナイパー、狙撃しろ。重火器班は火力を集中させろ」

 

「「 了解 」」

 

各所から返答があり、直後に特効をしかけてきた死喰い人達に対して榴弾による攻撃が仕掛けられた。

 

夥しい数の対戦車榴弾が飛来し、死喰い人達の直上で炸裂する。

 

死喰い人の人数はドロホフとベラトリックス含めても5名程度。

それならば火力で制圧できる。

セオドールを含め、隊員達は誰しもがそう思っていた。

 

炸裂する榴弾や、銃弾を先頭の年若い死喰い人が防ぎ、ドロホフとベラトリックスはその後ろから前進するだけ。

練度不足からか、年若い死喰い人は完璧に防御が出来ているわけでなく、榴弾の破片により、負傷していく。

 

それでも、死喰い人達は前進をやめない。

 

1人倒れ、また1人傷ついても防御魔法を途切れさせることなく、彼らは真っ直ぐに向かってきた。

 

「副隊長……あいつら無茶苦茶に突っ込んでくるだけで反撃してきませんよ?」

 

入隊から日が浅い隊員が弾薬の補給をしながら言う。

 

「奴らは特攻を仕掛けてきたんじゃない」

 

「へ?ただ突撃してくるだけに見えますけど」

 

「敵のフォーメーションを良く見ろ」

 

セオドールは表情を固くした。

彼はドロホフの考えを即時見破っていたのだ。

 

「ドロホフとベラトリックスをここまで辿り着かせるために他の死喰い人は全員、防御に徹している。その身を犠牲にして……。つまり、連中の狙いは主力の2人だけでも我々の本陣に送り込むことだ」

 

ドロホフとベラトリックス。こいつら2人はセンチュリオンの1個小隊を壊滅させられるだけの能力がある。

その二人は絶対に本陣に辿り着かせてはいけない。

 

「全隊員!火力を集中しつつ、陣形を組み直せ!」

 

『そんなことしなくても空中から攻撃しちまえばこっちのもんだろ!』

 

セオドールの指示を無視して空中警戒中だったコーマックとチョウが空から攻撃を仕掛けようとした。

 

「馬鹿!やめろ!」

 

その瞬間、今まで動きを見せなかったドロホフが杖から紫色の炎の鞭を出現させ、遊撃部隊に攻撃を仕掛けた。

 

油断していたコーマックとチョウは攻撃をモロに喰らい、キリキリ舞になりながら地面に墜落する。

 

「糞っ!衛生班は救助にいけ!2分隊は援護しろ」

 

ドロホフの使う炎は悪霊の炎を応用させた攻撃法だ。

処置が遅れれば死に至る。

 

フローラ率いる衛生班とアンソニーが指揮する2分隊が墜落した二人の救助に向かった。

だが、そのせいで正面の守りが薄くなる。

 

「副隊長!敵が近くなり過ぎました!榴弾の最小射程です!弾頭が炸裂しません」

 

「無反動砲もグレネードもダメです」

 

「攻撃手段を重火器から小火器に切り替えろ。前方のラインを突撃破砕線に設定。弾幕を張れ!」

 

「り、了解!」

 

ドロホフ達は隙をついてセンチュリオン陣地の目と鼻の先まで迫っていた。

ここまで近づかれると榴弾は使用できない。

 

余裕が出たベラトリックスが死の呪いを連射してくる。

だが、掩体に潜む隊員にはなかなか呪いが当たらない。

 

「ネビル!狙撃しろ!」

 

「まかせろ!!」

 

M24による狙撃攻撃をネビルが始めた。

先頭の死喰い人がバタバタと倒れる。

 

これで残るはドロホフとベラトリックスのみだった。

ドロホフは倒れた死喰い人には目もくれず、爆破呪文を連発する。

 

激しい爆発がセンチュリオンの防御陣地を襲い、隊員ごと掩体を吹き飛ばした。

 

銃に頼り、杖を構えていない隊員達が攻撃を生身で受けてしまい、倒れる。

 

「正面の陣地がやられた!負傷者多数!被害甚大」

 

「救助に行く!」

 

セオドールの周りで戦っていた第1分隊の隊員たちがM733を引っ掴んで倒れた隊員たちの救出に向かおうとする。

 

「やめろ!戦闘は継続中だ!今は攻撃に専念しろ」

 

「しかし、このままでは彼らを見殺しにすることになる!」

 

隊員達は良い意味でも悪い意味でも仲間思いだ。

今回はそれが仇となった。

 

ドロホフが目と鼻の先まで迫っているのにも関わらず、倒れた仲間の救助を優先させようとしてしまったのである。

 

この混乱をドロホフは見逃さなかった。

 

特大の悪霊の炎を噴出させると、鞭のように振るい、広範囲の攻撃を仕掛ける。

対応しきれなかった隊員数名が吹き飛ばされた。

 

咄嗟に反撃の銃撃をしようとした元魔法省職員の隊員が数名いたが、残念なことに、彼らの弾倉はすでに空だった。

ベラトリックスに狙い撃ちされ、後方に吹き飛ぶ。

死の呪いではなく爆破呪文だったのが幸いして、即死とはならなかったが、重症だ。

放置すれば確実に死ぬだろう。

 

あっという間に体勢が崩れ、被害が増えていく。

 

セオドールは掩体横の弾箱に立てかけてあった銃を掴み、既に陣地に侵入してきたベラトリックスに5.56ミリ弾を叩き込んだ。

 

「うぎゃ!」

 

ベラトリックスの腹部に数発命中し、彼女は地面に倒れる。

だが、その数発でセオドールの銃は動かなくなった。

見ればスライドが止まっている。

装弾不良だ。

 

彼はM733を投げ捨て、腰のホルスターから拳銃を取り出した。

 

「副隊長を援護しろ!」

 

既に弾の尽きたM24を捨て、杖を構えたネビルが周囲の隊員に叫ぶ。

まだ動ける隊員達が一斉に銃を構えたが、撃てない。

 

ドロホフが既にセオドールの目と鼻の先まで迫っていたせいで、狙いが定められないのだ。

 

センチュリオンの隊員達の銃はクィレル発案の自動照準魔法がかけられているから必ず命中する。

しかし、セオドールとドロホフが近くなり過ぎると誤ってセオドールを射撃してしまう可能性があった。

 

セオドールはドロホフに拳銃を向け、引き金を引く。

合計10発の弾丸が発射されたが、ドロホフは驚異的な反射神経で盾の呪文を巧みに使い、回避に成功する。

 

「悪いな、ノットの倅よ。先に地獄に堕ちろ」

 

「畜生が」

 

万策尽きたセオドールに反撃の術はない。

ここまでか……と諦めかけたその時だった。

 

「伏せろ!副隊長!!」

 

どこからともなく声が聞こえ、セオドールは反射的に伏せた。

そんな彼の頭上に5.56ミリ弾が飛来する。

 

一歩間違えればセオドールの頭蓋を撃ち抜いてしまうような射撃だ。

だが、射手はセオドールが必ず伏せると確信して撃っていた。

 

咄嗟に盾の呪文を展開し、銃弾を防いだドロホフは声の聞こえた方向に目を向ける。

 

「なんだと……。何故、奴があそこにいる!?」

 

センチュリオンの陣地の後方100メートル。

ホグワーツ城の方向から全力疾走してくる男が見えた。

 

「まさか……あれは!?」

 

走りながらM733を真っ直ぐにドロホフに向けている戦闘服姿の男。

 

見間違う筈もなかった。

 

 

「隊長!!!!」

 

 

エスペランサ・ルックウッド。

 

センチュリオン隊長が戦線に復帰した瞬間である。

 




久々の投稿です。
久々過ぎて文の書き方とか忘れてました。
年末までどんどん投稿出来たら良いな…


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case108 Beyond offense and defense 〜攻防の彼方に〜

お久しぶりです。
子供は男の子だと判明しました。
ホグワーツレガシーを購入したので夫婦でやっています。
主人公の名前は私の本名になりましたが……。

ホグワーツレガシーの設定もちょくちょく入れていきます。
ゲーム内で出てくる隠し部屋とかはセンチュリオンが弾薬庫にしていたり、遺跡はCQBの訓練施設にしている…とかやっていこうかなと思います。


「エスペランサ・ルックウッドか……」

 

ドロホフは神秘部での苦い記憶を思い出した。

既に完治している腕がズキズキと痛む。

身体もまたあの苦い記憶を持っているようだ。

よりによってこのタイミングで復活されるとは思わなかったが、一体どうやって呪いを解除したのだろうか。

 

劣勢になりかけていたセンチュリオンの隊員達は突然の隊長の復帰に士気を取り戻している。

センチュリオンの隊員一人一人の戦闘力はドロホフにとって大した事は無い。

しかし、彼が恐れていたのは組織としての力だ。

 

指揮統制が取れ、高い士気と練度を維持する組織ほど恐ろしいものはない。

そしてそれは死喰い人達にはない力だ。

 

ドロホフは再び杖を構えると、今度はエスペランサに向けた。

攻略法は既に知っている。

司令塔のエスペランサを亡き者にしてしまえば良いのだ。

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

必殺の魔法が杖から飛び出し、エスペランサに向かう。

躱せるタイミングではない。

 

だが、丘の上に立つエスペランサは半身をくるりと回転させて、最も簡単に死の呪文を回避した。

緑色の閃光は遥か彼方へと飛んでいく。

 

「は??」

 

ドロホフの思考が一瞬停止した。

魔法というのは直線で進むため、遠距離での撃ち合いであれば回避はそう難しくも無い。

だが、ドロホフとエスペランサとの距離はせいぜい5.6メートル。

回避するのは困難どころか不可能だ。

常人の反射神経で躱せる筈がない。

 

「アバダ・ケダブラ!」

 

間髪入れずに2射目を放つ。

闇の魔法使いでも乱発するには魔力を一定時間溜めなくてはならない死の呪い。

だが、ドロホフは闇の魔術の才能に秀でている。

2、3発は連射可能だ。

 

だが、エスペランサは軽くしゃがんで2発目も容易く回避した。

 

(間違いない。奴は意図的に魔法を躱している。だが、一体どうやって?)

 

最初に思い浮かんだのは超感覚呪文だ。

しかし、エスペランサは呪文を詠唱するどころか、杖すら構えていない。

次に思い浮かんだのはオーパーツとなっている古代魔法の類や他国で使用される特殊な魔法だ。

だが、古代魔法を扱える者が限られており、最後に使用が確認されたのは100年以上前である。

 

では、どうやって超人的な魔法の回避をやってのけたのか。

 

ドロホフはエスペランサを見た。

 

「なるほど……。開心術か」

 

一般的に「レジリメンス」を詠唱して相手の心理、記憶等を掌握する開心術であるが、才能のある魔法使いならば詠唱無しにある程度行使することができる。

例えばヴォルデモート。

ヴォルデモートは優れた開心術者であり、死喰い人の忠誠心を見抜くことができる。

対抗出来る閉心術者はセブルス・スネイプくらいなものだろう。

エスペランサは無意識に開心術を使い、ドロホフの思考を読み、攻撃を避けている。

ドロホフはそう分析した。

 

であるならば、攻撃方法は死の呪いではなく広範囲を破壊可能な悪霊の炎が適切だ。

 

ドロホフは杖先から紫色の炎を噴出させ、鞭のように操る。

完璧に制御された悪霊の炎がエスペランサを襲おうとした。

 

「副隊長。頼んだ」

 

「任せろ」

 

エスペランサの端的な一言にセオドールが即反応する。

彼は魔法で周囲の弾箱や資材を浮かび上がらせると、それを悪霊の炎にぶつけた。

これにより、炎はエスペランサに直撃せず、明後日の方向へ向かっていく。

 

「隊長を援護しろ!」

 

体勢を立て直した隊員たちが掩体の中から小銃や機関銃による反撃を仕掛けてきた。

 

「敵は2人。火力を集中すれば制圧できる。動ける者はとにかく撃て!」

 

「了解!!」

 

無数の小火器弾が飛来する。

ドロホフは撤退を決意した。

 

「部が悪い。一旦退くぞベラトリックス」

 

「何言ってんだ!あいつら全員ぶっ殺してやる」

 

「満身創痍のお前が勝てる相手じゃない。仲間の仇を取るチャンスならこの先いくらでもある。ここは退却だ」

 

「だが……それでは我が君の命令に背いてしまう」

 

「今回は何もかもが敵の罠だった。ポッターが居なかった時点で我々の負けだったんだ」

 

ドロホフは特大の爆破魔法を放ち、隙を作る。

ホグワーツでは姿眩ましは使えない。

故に撤退は門の外まで徒歩で行くしかなかったが、ドロホフとベラトリックスはヴォルデモート仕込みの「飛行魔法」を駆使して、撤退に成功した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「状況終了。深追いは無用だ。撃ち方やめ」

 

「追撃はしないのか!?」

 

「ああ。敵は既にホグワーツの敷地として認識されている場所を超えた。こうなれば追跡は不可能だ」

 

セオドールは双眼鏡を片手に言う。

 

ドロホフとベラトリックスがホグズミードに向かう道とは反対のホグワーツ渓谷の方へ逃亡するのが見えた。

どういう魔法を使っているのかは分からないが、ドロホフとベラトリックスはコウモリのように空を飛んで逃げていく。

遺跡や洞窟が多く敵の潜伏し易い地域だ。

深追いしても味方の損失が増える可能性は否めない。

 

追い討ちをかけようとした隊員が何人もいたが、これ以上の攻撃は無駄と判断してセオドールは作戦の終了を命じた。

遊撃部隊が戦闘不能な以上、飛行する敵を追撃する手段はないのも事実である。

 

後に残されたのは死喰い人の亡骸と爆発で抉れた地面のみだ。

双眼鏡で見渡す限り残党は残っていない。

 

セオドールはほっと息をついた。

 

「た……隊長!!!」

 

「復活したんですね!」

 

「死んだかと思ってたぜ?」

 

戦闘終了に安堵した隊員たちがエスペランサの周りに集まってくる。

誰も彼もが興奮していた。

 

「持ち場に戻れ!負傷者の収容と残党の有無の確認。それに起爆していない爆薬の回収がまだだろ!」

 

興奮気味の隊員たちにセオドールが怒鳴る。

我に帰った衛生班が負傷者のところへ走って行った。

残った戦闘員も残務処理をするために散っていく。

 

「隊長。喜びたいのは山々だが、事後処理が多い。復帰早々だが、指揮を執ってくれ」

 

「これは副隊長の作戦だろ。最後まで副隊長が指揮を執るべきとは思わないか?」

 

「馬鹿を言うな。数週間休んでた分の働きはしてもらわないと。しばらく代休は使えないぞ」

 

セオドールはニヤリと笑う。

エスペランサが復活して歓声を上げたいのはセオドールも同じだった。

だが、それは今では無い。

 

ドロホフの攻撃で少なからず負傷者が出ているし、射耗品の確認や器材の整備など、やることはたくさんある。

 

「了解した。では、只今から指揮権を副隊長から隊長に委任。以後の行動については各分隊長指示の下、各個に実施とする」

 

「指揮権を副隊長から隊長に委任の件、隊長了解。隊長指示を復唱する。以後の行動については各分隊長指示の下、各個に実施とされた」

 

「で?俺は作戦の概要も成果もほとんど知らん。何をすれば良いのか、説明はあるんだろうな?」

 

「転がっている死喰い人らの死体をかき集めて、それから消耗品の確認だな。経過概要の報告をまとめて報告するのは……後日で良いだろう」

 

「つまり、いつも通りの事後処理だな」

 

「そうだとも。とにかく……だ。帰還を歓迎するよ。隊長殿」

 

そう言ってセオドールはエスペランサに手を差し出す。

エスペランサはその手を握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘から数日後。

ホグワーツは一見平和だった。

 

守護魔法により闇陣営から守られている上に、ダンブルドアという抑止力がある。

さらに、死喰い人を蹴散らす能力を有したセンチュリオンと、センチュリオンと同盟関係にある闇祓い等が駐屯しているからだ。

 

ただし、学内の雰囲気はすこぶる悪かった。

 

学内最大派閥となったセンチュリオンと親ヴォルデモート派の生徒たちの衝突は日常茶飯事となっていたからだ。

先日も、新米隊員がスリザリン生に集団で攻撃され、医務室に運ばれている。

件のスリザリン生はエスペランサを筆頭にした主力部隊に鎮圧され、聖マンゴ送りとなったが、隊員の身の安全を考え、常にツーマンセル以上で行動させることと、銃器を携行させることを徹底させた。

また、規則を無視して交戦許可を与えた。

死喰い人による殺害事件が毎日のように起こり、一般生徒の親族に犠牲者が出始めている。

 

「そんな情勢なのに……うちの寮の連中ときたらお盛んなこって……」

 

エスペランサが久々にグリフィンドールの寮に行くと、季節外れの春がやってきていた。

 

何のことはない。

 

ロンとラベンダーがいちゃついているだけだ。

それを恨めしそうに睨むハーマイオニーには近づかない方が良い、とエスペランサの生存本能が騒いでいる。

 

一方でジニーとディーンもベタベタとくっついており、ハリーがそれをボーッと眺めていた。

 

現状、エスペランサはハリーにしか話しかけることが出来ないので、仕方なしに彼に話しかける。

 

「俺が寝てる間に何があったんだ?いつからグリフィンドールは獅子寮から猿寮になった?この調子だとクリスマスまでに寮生が数人増える事になるぞ?」

 

「ああ。エスペランサ……。退院おめでとう」

 

「何だよハリー。やけに上の空だな。セオドールがダンブルドアとの個人レッスンの内容を知りたがってた」

 

「あー。うん。この間行ってきた。うーん」

 

「おいおい。しっかりしてくれよ選ばれし者なんだろ?お、これは何だ?」

 

エスペランサは机に転がっていた魔法薬学の教科書を手にした。

 

「これが例のプリンスの本か。やたらと魔法薬学に詳しいみたいだが……。ひょっとしてスネイプの私物なんじゃないのか?」

 

「あり得ないよ。スネイプが自分の事をプリンスなんて言うと思う?」

 

「思わん。プリンスよりリンスインシャンプーの方がお似合いだ」

 

プリンスの本を机に戻す。

プリンスの本のおかげでハリーの魔法薬学の成績はトップとなった。

その事を快く思っていないのはハーマイオニーとフローラだ。

エスペランサは目覚めて以来、フローラとはまともに話していない。

戦闘の事後処理で互いに忙しかったためだ。

 

「あ、そうだ。スラグホーンが君をクリスマスのパーティーに誘いたいみたいだよ。ほら、スラグ・クラブ」

 

「あったなそんな会報。でも俺はパーティーなんて興味ないしな……。しかも今は戦時中だ。ハリーは誰かと行くのか?」

 

「僕はルーナと行く。まともな格好をして来てくれれば良いんだけどね」

 

「へえ。俺はあいつ嫌いじゃないぜ?あと俺からしてみれば魔法族は皆ヘンテコな格好をしてる」

 

戦闘服の上にローブを羽織り、銃をぶら下げるエスペランサに言われたくない、とハリーは思ったが口にはしなかった。

 

「ところでハーマイオニーが誰とパーティーに行くか知ってる?」

 

「知らん。俺は昨日まで寝てた人間だぞ」

 

「コーマックと行くらしいんだ。それでロンとハーマイオニーがまた口論になって……」

 

「なるほど…な」

 

その手の浮ついた話に疎いエスペランサだが、だいたいの相関図が見えてきた。

ロンの本命はハーマイオニー。

ハーマイオニーの本命はロン。

ハリーは恐らくジニー目当てだ。

あとコーマックは後で腕立て300回の刑を与える。

瀕死の隊長を差し置いてパーティーの約束をするなどもってのほかだ。

 

「よし。俺が恋のキューピットになってやろうか」

 

「やめて。ハートの矢じゃなくてライフル片手にしたキューピットなんて嬉しくも無いだろ?だいたい、誰と誰をくっつけるのさ」

 

「ハリーとジニー」

 

「は?え?何言ってるんだ!!僕がなんでジニーと!?」

 

「冗談だよ。このご時世だから、偶にはユーモアがないとな……」

 

「ユーモアから最も遠い君がジョークを言うなんて……。ロンの言葉を借りるならマーリンの髭って奴だよ。だいたい、血生臭い君に恋愛とか分かるのかい?」

 

「分からん。考えたことも……無かったな」

 

「人を好きになるってどういうことなんだろ?」

 

歯の浮くような話題なのでエスペランサは早々に話題を切り替えようと思い、自分なりの考えを述べた。

 

「そりゃあお前。そいつのために生きて帰ってきたいと思うのが……恋愛感情なんじゃないのか?」

 

「君らしいね」

 




ゲームではホグズミードに向かう道の両脇の森はあんまり木が生えていません。
100年以上の年月で森になったと解釈して頂ければ汗


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