GATE ~幻影 彼の空にて 斯く戦えり~(更新停止中) (べっけべけ)
しおりを挟む

航空自衛隊特地分遣隊、派遣

ゲートの録画したアニメのCMカット作業をしていて書きたくなりました。

最初はタイトルを幻影ではなく亡霊にしようと思いましたが、他作品で既に亡霊があったので幻影にしておきました。

伊丹耀司?知らない子ですねぇ


03:52(マルサンゴーフタ)、特地、デュマ山脈上空にて。

まだ朝焼けも迎えておらず星が浮かぶ暗い空を背景にそこでは全身を灰色に包んだ二羽の老兵が翼端を光らせ、轟音を引き連れながら翼を広げていた。

 

『こちらセイバー、位置に着いた。送れ』

 

事前に知らされていた陸さん(陸上自衛隊)特戦群(ヤバイ人達)から無線が入る。俺達は使う機会が少ない独特の[送れ]が如何にも陸自らしさを醸し出していた。

 

『こちらホークウィンド01(ゼロワン)。現在デュマ山脈上空を通過中。帝都を低空飛行(ローパス)した後東よりアプローチ』

 

そう神子田隊長が返答した。前半は確かに現状報告として合っているが後半は今回の作戦にそんな内容は無かった筈……。

 

『おい神子田。低空飛行(ローパス)するなんて聞いてないぞ』

 

すかさず隊長の後部座席に座る久里浜さんが突っ込みを入れるが、当の隊長の声はあっけらかんとしていた。

 

『目覚ましだよ、め・ざ・ま・し』

 

『た、隊長……ソレ本当にやるんですか?』

 

思わず聞き返した。奇襲攻撃と言っても過言ではないこの作戦において1度帝都を通り過ぎ、2度も上空を通過するなんて目撃者を増やす事になるのは目に見えている。

 

『おう、あったりめーよ』

 

『……俺知ーらねっと』

 

『ちょっ……久里浜さん、そこ止めるとこですってば!』

 

隊長の手網を握る事を放棄した久里浜さんに思わず俺の後部座席に座る瑞原(みずはら)が叫んだ。

 

「空自の奴ら……大丈夫なのか?」

 

「さぁ?投下してくれるんなら問題無いだろ。どのみち俺達の場所がバレるわけでもないし」

 

「はぁ……先が思いやられる」

 

帝都のとある一室でそのような会話がされていたとかされていないとか。

 

 

 

 

 

 

時を遡る事約一時間前。

特地、アルヌス駐屯地の東へ約2kmの地点に位置する航空自衛隊区域。そこには彼らの矛を収める為の格納庫(ハンガー)が並べられ、全長約3.2kmにも及ぶ滑走路が1本並べられていた。

 

未だに完成とは言えない状況ではあるが、あくまでもまだ簡易的な航空基地なのでその辺りは致し方ない。

何せ災害後の急ピッチな作業と同様、もしくはそれ以上の早さで築き上げられたこの基地は(ゲート)が開かれた際に起きた無差別襲撃事件……【銀座事件】が起きてから僅か3ヶ月の事だった。

 

突如、銀座にギリシア建築を彷彿とさせる神殿のような建築物が現れ、中世を思わせる兵士達やファンタジーなどの創作物にしか出てこないような容姿をした化け物が多くの人々の命を奪っていった。老若男女は容赦無く殺され、銀座のアスファルトは血と肉片によって赤黒く上塗りされた。

 

テロリストもとい特地から攻め入ってきた兵士による被害により出た死傷者は4桁にまで及んだ。

そのうちの死者は約3000人。うち警察の殉職者は150人程に達した。

おかしな宗教団体が引き起こしたテロ事件が足下にも及ばないその桁数は全国の国民を震え上がらせるには容易かった。

 

そしてその事件の発生から2日後、街中の帝国兵の多くはそれまで浴びていた機動隊による催涙ガスではなく、明確な殺意を孕んだ鉛玉の嵐をその身に受ける事となった。

飛龍は墜ち、(オーク)は首を失い、ヒトはその胸に6mmにも満たない小さな穴を幾多も開ける事によって事切れた。

 

結果、帝国兵を含めた死者数だけでもその数は6万に達した。

 

その後[ここまでやる必要はあったのか]といった意見が何も被害を受けていない県外の一部団体から出るのだが、それはまた別の話。生憎、日頃から妄想に取り憑かれ面白可笑しい妄言を喚き散らすだけの連中に貸すような耳を俺は持ち合わせてはいない。

 

それに陸上自衛隊でも幾人か死傷者が出ていた。訓練などによる殉職ではなく、本当の戦闘での死亡。その多くは狭い市街地戦による敵の放った事により降り注いだ毒矢の雨や、占拠されたビルなどから突如飛び降りてきたりするオークなど人外兵士による奇襲攻撃によるものだった。

 

そして事件発生から5日後、政府の取り決めにより(ゲート)の前までようやく敵を押し戻していた陸上自衛隊にはようやく前進を開始する許可が出た。

 

(オーク)(オーガ)によって設けられた木製のバリケードの隙間を縫うように這って侵入したテロ対策ロボットや蛇型災害用ロボットが敵の位置を報告。10式戦車による鉄の矢がそれらをいとも容易く貫いた。

 

その後門の先の特地(向こう側)では銀座で積み重なった死体と同様の数だけまたも(むくろ)が量産された。今度は誰が誰やら分からなくなるほどの光景だったという。彼らはハゲタカやカラスが一口で食べられる大きさになった者もいれば、炭となって土に還った者もいた。死屍累々、そんな言葉を誰もが思い浮かんだ。

 

 

 

この世界……特地ではわからない事があまりにも多過ぎる。

目的不明の敵国、地球上には存在しない未知の動植物、そして絵本の中の物語を思わせる未知の技術【魔法】……(ゲート)を通った先の世界は謎で満ち溢れていた。

 

自分も含め一見異世界にはしゃぐように見える一部オタク自衛官達にも緊張と不安が見え隠れしていた。……あのような惨劇が始まりだったので当たり前だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今作戦より数週間前。

 

オリーブドラブ1色に塗られた1-1/2t(1トン半)トラック。そのバンパーには【特派】と白く書かれており、その前方に並ぶ各車両にも同様の文字が塗装されていた。

車両の列から外れ砂埃をほんの少し巻き上げながら停車すると、との荷台から大きなカバンをそれぞれ抱えた俺達、航空自衛隊特地分遣隊飛行小隊が降り立った。

 

「うーん……あんまり異世界に来た実感が湧かない」

 

「だな。空が黄緑色ってわけでもないし」

 

「おいそれ何処のジャムのいる惑星だよ」

 

「いやいや、案外地球の神様の生まれ故郷かもよ?」

 

辺りを見渡せば真新しい建築物が立ち並ぶ此処は【特地】。(ゲート)を中心に建てた星型要塞から東に約2km、その地点に俺達航空自衛隊の特地派遣部隊の本部が置かれていた。

 

「先に来た偵察隊は大変なんだろうなぁ」

 

「……だろうな」

 

ちょうど真上でけたたましい音を立てて空を切り裂くRF-4EJ偵察機らしき森林迷彩のファントムを目にして呟いた。翼端から白いベイパーを引きながら旋回していく様が羨ましい。

 

「あぁ!早く俺もF-4EJ改(ファントム)に乗りてぇ!」

 

俺達の前を歩く隊長も同じ事を思ったらしい。

 

今回派遣された戦闘機乗りは2組。1番機には大ベテランの神子田(かみこだ)2等空佐と久里浜(くりはま)2等空佐が、2番機にはどういうわけか俺達3等空尉なヒヨッコが就く事になった。

 

お偉いさん曰く、もう定年を待つベテラン達だけを投入するよりもまだ伸び代がある若いヤツも連れていって向こう(特地)での実戦を積ませると伸びる所もあるかもしれない……だそうだ。

 

俺としては防空や戦競技の戦力を減らしたくないからとしか聞こえないんだが。

しかし本物のケモミミを見る事ができるというこちらの世界に来る事ができたし、加えて手当て付きの若干高くなった給料まで貰えるので万々歳である。

 

なおこの世界に来る事が出来るのは派遣された自衛官と一部の土木工事に関する業者。野党やマスコミが入れろと騒いでいるが、俺としては何かと自衛官を悪者扱いしようとする連中が多いので入ってこないでほしいところだ。

 

今でもとある新聞では[侵略行為を働く自衛隊]などと報じているらしい。

人の不幸は蜜の味と言わんばかりに銀座事件の被害者の写真や名前などを調べ上げベラベラと垂れ流して被害者を2度殺したというのに今度は自衛隊が特地で侵略行為を働いているという……おそらくあの兵士達を目にしていないからそのような事が口にできるのだろう。もしくは話のタネになるからだ。

 

実際俺達航空自衛隊はそのほとんどの人員が帝国の兵士を画面でしか見た事が無い。銀座事件が起きた際は茨城県に居たし、現場を見る事もなかったし見たくもない。

 

秋葉原で数年前に起きた無差別殺傷事件を軽く超える規模の死傷者を出した今回の事件。日本国民は未だに緊張感を持つ者が少なく、またいつこのような出来事が起こるか不安である。

 

「んじゃ、移動が完了次第報告書作成だな」

 

「大変ですね~隊長も」

 

「お?なんだ西元、代わってくれるのか?」

 

「イヤー無理っす」

 

雑談を交えながら建物内へと歩みを進めた。

急ピッチで建てられた筈の建物だが、派遣前に使っていた建物と比べて物凄く綺麗だった。

壁が薄いわけでもなくプレハブでもない、建築業者の本気を見たのだと思えた。

 

(居るのかなぁ……獣耳娘)

 

未だ見た事の無い特地特有の亜人種。

 

同じ高校で陸上自衛官になった栗林志乃(くりばやししの)、通称クリボー。現在は二等陸曹で航空自衛官である俺よりも先に此処、特地に派遣されていた筈の彼女から久しぶりに連絡が来た時には目を疑った。

 

[今こっちの旅館でエルフと魔法使いと亜神と女騎士と同人作家と酒盛り中]

 

そのメッセージと共に送られてきたデータを開けば自撮りの写真であろう画像。そこにはその日の国会に関するニュースで出てきた3人と知らない女性3人……そして当の本人であるクリボー。

 

それぞれがチューハイやビールなどの酒類の缶を片手にカメラ目線でピースサインをとる女性陣。

 

とりあえずその画像は俺のスマホの容量の中を圧迫する数値の内のひとつになったのは言うまでもない。

 

なお、俺に特地行きの切符(書類)が手渡される事になるのはその次の日の事であった。

 

 

 

 

 

 

 

さて、話を戻すとしよう。俺が特地(こっち)に派遣されから約2週間。

ちょうどクリボーが所属するという第三偵察隊が炎龍……特地甲種害獣(ドラゴン)と遭遇。

左腕を110mm携行対戦車弾(パンツァーファウスト3)でようやく吹き飛ばしたらしく、64式とM2重機関銃(50キャリバー)じゃ歯が立たなかったとの事。

他の陸さんはそりゃ大層驚いていたが、空自ではM2重機関銃は一部の人間しか使わないし、対戦車兵器のLAMもそもそも扱わない為今ひとつイメージがつかなかった。

 

空自で似たようなものといえば91式携帯地対空誘導弾(スティンガー)ぐらいしか無いだろう。基本対空の事しか考えていないし対戦車なんて想定外だ。

 

と、いうわけで俺はてっきり空自てドラゴンを退治するものだとばかり思っていた。しかし現実は違った。

 

空幕(航空幕僚監部)を通して陸さんとこのお偉いさん、狭間陸将から爆撃要請が来た」

 

ついこの前まで書類仕事が嫌で逃げ回っていた神子田隊長が真面目な顔をしてホワイトボードでできた壁に貼られた1枚のドデカイ航空写真に手をバシンと当てた。

 

 

 

「目標はここだ。帝都帝国元老院」

 

真上からの写真じゃパッとしないが、丸く円状に作られた建物の壁や屋根が印象に残る。

 

「一般市民への被害を可能な限り回避する為と我々からの[メッセージ]を伝える為、日の出と同時に特戦群の誘導によってここを爆撃する。装備はAIM-9L(ナインエル)が2発と三沢の米軍から貰ってきたEGBU-12付Mk.82(ペイブウェイⅡ)が2発、爆撃は第1波が俺と久里浜が、第2波が西元と瑞原だ」

 

アルヌス周辺を大まかにまとめた地図が広げられ、飛行ルートと爆撃のアプローチコースが確認されていく。

 

ここ、アルヌス駐屯地を飛び立ったら針路0-7-7(東北東)へ。コアンの森とデュマ山脈を越えたら帝都という比較的簡単なルートである。

 

「空自特地分遣隊 初の実戦だ!気合い入れていくぞ!」

 

「「はい!」」

 

「やれやれ……」

 

早速テンションがMAXになった神子田隊長を筆頭に各自のヘルメットを手に取った。なお、現在時刻は02:13である。……しかしこの作戦については深夜、または早朝から開始するので要睡眠と聞いていたので昼寝はバッチリだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わって陸自と空自の機体が共同で使用している滑走路。

 

夜空の下のだだっ広い駐機場(エプロン)には森林迷彩に包まれた双発のMU-2C改めLR-1連絡偵察機が2機駐機している他、陸上自衛隊所属のCH-47チヌークなども並んでいた。

 

そして長い間日本の空を守ってきた老兵……F-4EJ改が2機並んでいた。それらには垂直尾翼に赤いダンダラ模様と機首の下にはシャークティースが施されている。機首の下の所にはラジアンナンバーが振られており、番号は[680]と[320]。

 

その[320]に俺と瑞原(みずはら)が乗り込むこととなるのだが、俺はある点に気がついた。

 

「うわぁ……まじでAIM-9L(ナインエル)だ……」

 

主翼下の兵装支持架(パイロン)に取り付けられた近距離用空対空ミサイルの飛行制御部分は茶色く、先端のシーカーには黄色いカバーが被せられていた。

 

その飛行制御部分の後ろにある弾頭部分。青色(キャプティブ弾)ではないソレは実弾であるのだと灰色の顔をして物語っていた。

 

最近の中国やロシアに対するスクランブルでもAAM-3(90式空対空誘導弾)にその座を譲りつつあるコイツは幸か不幸かぶっちゃけ在庫処分場である特地(ここ)に来てしまったのだろう。

どのみち実弾は無人標的機以外には使用される事の無く廃棄処分となるので特地(こちら)で使わせずにはいられないのは当たり前と言えば当たり前ではあるが。

 

「はいはい、そう愚痴るなって。実弾なだけまだマシじゃん?」

 

並んだ瑞原が呆れたように言った。

 

その後整備小隊の隊員の人から渡された整備記録の書類に目を通すが、いつもの如く何ら異常は見当たらない。

 

そしてマニュアル通りに外部点検を済ませ、目の下に闇のように深い隈を刻んだ整備員と武器弾薬員を目にしながら操縦席へと身を収めた。

 

 

 

 

 

 

KM-3エンジン始動車から機体に繋がれた電源ケーブルとコンプレッサーのホース。

 

整備員と指でエンジン回転数の確認を取り合いながらエンジンのタービンを回していく。

 

『40。エアーカット』

 

『エアーOFF〜』

 

右エンジンから回し始め、完了したら次は左のエンジンを。

深夜2時に起こる轟音に意義を唱える者は居ない。せいぜい定時帰りで寝ている極一部の人間が叩き起されるだけだろう。

 

何故ここでは苦情は来ないのか。

理由は至極簡単、皆眠れずに働き続けているかエンジン音如きでは起きられぬ程に疲れきって爆睡しているからである。

 

残業代も出ないこのサービス残業の嵐。

それは特地(ここ)日本(向こう)も変わらないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「西元3尉瑞原3尉、御武運を」

 

その整備員に返事と感謝の意味を含めた敬礼を行うと、操縦席横のハシゴが取り外される。

 

各アクチュエーターの動作確認を行う。

高揚力発生装置(フラップ)補助翼(エルロン)昇降舵(エレベーター)方向舵(ラダー)制動(アレスティング)フック……スクランブルではないので細かくチェックを行っていく。

 

そして燃料流量、油圧、速度などの計器類を瑞原と一緒に確認をしていき、全て異常無し。スロットルをIDLE(アイドル)の位置から少し前進させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AlnusTower, HAWKWIND 02,(ホークウィンド02からアルヌスタワーへ。) at Runway 18. (滑走路18の)Request taxi(滑走許可を求む)

 

『アルヌスタワーよりホークウィンド01、02へ。此処の空では俺達以外喋らない。多少は日本語でいいぞ』

 

「え」

 

『うっわ、テキトー!』

 

『アッハッハッハ!そいつァいいや!』

 

後部に座る瑞原と神子田隊長……いや、TACネーム[GOD]が無線で笑いを飛ばした。

 

キャノピーが閉まるのを待ちながら滑走路へと機首を向かわせた。

 

 

 

 

 

 

『アルヌスタワーよりホークウィンド01、02へ離陸許可。陸さんのヘリと鳥にぶつからなければ良し、残燃料には気をつけて[メッセージ]を届けてこい』

 

『ホークウィンド01、了解(コピー)

 

『02、了解(コピー)

 

 

 

滑走路上に灰色がふたつ並び、エンジンノズルが急激に開くと黄色い炎を出してA/B(アフターバーナー)が点火される。

 

一瞬にして跳ね上がる燃料流量計の白い指示針。エンジン系統の2列に並んだ計器類が仲良く震えるのを見届けると、神子田隊長に続いて操縦桿を僅かに身に寄せた。

 

タイヤ痕がまだほとんど無い滑走路をガタガタと機体を揺らしながら駆け抜け、足が地から離れる。すぐにハンドルを上げる事で前脚(ノーズギア)主脚(メインギア)を収納し高度をそのまま上げていく。

 

『ヒャッフォォォォ!』

 

『おーいGOD(神子田)。叫ぶなら無線抜きでやれ』

 

一番機で相変わらずなやり取りが行われるのを聞きながら上昇していく。

 

『針路0-7-7に修正。ターンヘディング、ナウ』

 

了解(ツー)

 

我らがファントムのコンピュータ、BARONこと久里浜2等空佐がナビゲーションを行う。

 

この人の指示通りに機首を向ければ何処へだって正確に行くことが出来る。後部座席で相棒の瑞原が何か悔しがっているが、大方指示が彼よりも遅かったからだろうか。ベテランに追いつくのはそう簡単な事じゃない、もっと経験が必要なのは言うまでもないだろう。

 

 

高度約21000ft(6500m)、速度420kt(780km/h)

 

目下に広がる灰色の雲海を目の前に俺の心臓は暴れていた。

初の実戦。敵に対空兵器は皆無ではあるが、訓練ではなく人命も関わると思うと何か感じるものがあった。

 

 

 

そのまま飛行を行う事約30分。話は冒頭に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在高度2500ft(760m)、速度320kt(600km/h)

 

帝都確認(Tallyho)!』

 

隊長のその宣言の通り遠くには帝都らしき影が映っていた。松明だろうか、所々では小さな灯火が点々と光っていた。

 

WARMAR(西元)、俺に続け。かっ飛ばすぞ!』

 

了解(ツー)

 

そう言われてスロットルを左右両方共MIL(ミリタリー)へと前進させていく。

 

エンジンの出せる最大出力で速度を高め、高度も徐々にだが落としていく。

ゆっくりと振れる高度計、何度も体を襲う-0.5G程の不快感。

 

『Go gate!』

 

隊長の掛け声に合わせてこちらもスロットルをMIL以上の出力……MAXと書かれた位置まで押し込んだ。

 

ゴウッ

 

そんな爆轟にも似た爆発音と共に大きく振動する機体。ドラム缶をひっくり返したかのように燃料を飲み干していくエンジンが唸りを上げていった。

 

 

旋回時程ではないが軽く座席に押さえつけられる身体。

 

音速には決して達しているわけではない。

しかし民家の上空80mという低い高度と住民達を叩き起すには十分過ぎる程の轟音が、朝焼けの陽射しと共に静かな空を切り裂いた。

 

 

 

『目が覚めたかね市民諸君!』

 

HAHAHAと笑いそうな声色の隊長が叫ぶ。

 

さっきまでと打って変わって隊長の気持ちがわかった気がする。……ちょっと楽しい。

 

そのまま俺達は帝都上空を490kt(900km/h)程で突き抜けた。

 

針路方向を0-7-7(東北東)から旋回し、今回の目標である元老院にお届け物(Mk.82爆弾)を渡すべく真東から真西へと向けてアプローチコースに入る。

 

『こちらセイバー。目標に向け誘導開始』

 

再び特戦群からの通信。先程の低空飛行(ローパス)で流石に彼らも到着した事に気づいたようだ。

 

スピードブレーキを展開し、減速させる事で隊長機から距離を置く。そのまま第二波攻撃のタイミングを待つべく隊長とは違う方向へ旋回をしていった。

 

投下用意(ドロップ、レディ)……(ナウ)!』

 

その宣言が発せられると、隊長機がドンドン上へと高度を上げていった。

 

それから数秒後、帝国元老院は砂埃による黒煙に包まれ……夜明けの帝都に2回の爆音を響かせた。

 

『セイバーよりホークウィンドへ。目標をマーク。第2波準備良し、送れ』

 

『ホークウィンド02、了解(コピー)。アプローチに入る』

 

無線でそう言うと、空中警戒待機の状態からラダーペダルを踏み込んだ。

 

機首が向く先には黒煙を上げる元老院。

 

東からのアプローチの為逆光とはならず、むしろ帝都が俺の後ろから照らされてよく見えた。

 

CCIP(命中点連続算出)モードに切り替えたHUDに現れる投弾線と着弾点ピパー。

 

よくゲームなどで目にするソレを煙で目印が立っている元老院へと合わせた。

 

投下用意(ドロップ、レディ)……(ナウ)

 

操縦桿の赤い兵装使用ボタンが押し込まれる。

そこから流れた電気信号は主翼下の2つの手土産の拘束を解除するよう指示した。

 

目標上空を通り過ぎたところで聞こえたかもしれない爆発音。しかしそのほとんどは自機の唸るエンジン音によってかき消されていた。

 

『全弾命中。目標は石材に戻った。繰り返す、目標は石材に戻った』

 

『ホークウィンド01よりセイバー、誘導感謝する。RTB(帰投する)

 

了解(ツー)

 

隊長の指示に従い、後を追う。

こうして[メッセージ]とやらを送り届ける任務は終えたが……遠足は家に着くまでが遠足だ。帰り道には特地甲種害獣(ドラゴン)に遭遇しても状況によっては巴戦(ドッグファイト)には持ち込まず、速度を生かして振り切る予定だ。

 

はぁ……と、一つ溜息が漏れ出る。

 

空自にとって初の実戦での空爆。幸か不幸か空自で初めての警告射撃もF-4EJ(ファントム)だったな。

 

いつまでも鞘に収まる事を許されなかったこの剣は皆の目にはどう映るだろうか。

 

その刃は脆く、錆びついているのだろうか。

それとも…………

 




スイマセンm(_ _)m主人公(伊丹耀司)は出ないんです。

テュカとかロウリィとはどう関わらせれば良いか全くわからないから出せないorz

ホントなら既婚者コンビになる320ですが、彼女もできたことが無く描写が不可能なので独身設定です。

爆弾は漫画版だとGCS-1付きJM117、アニメだとペイブウェイっぽいんだよなぁ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(飛ば)ないです

サブタイトルの通りファントムじいさんは出番がありません。ほら、おじいちゃんにも楽をさせてあげて!



帝都元老院に手土産を届けたあの日から数日後。

 

「ふぁ……」

 

現地時刻04:13。起床ラッパのかかる時刻よりもかなり早く目が覚めてしまったので……さて、何をしようか。

 

(今日は射撃の日か)

 

部屋のカレンダーに目をやると、そこには今日の日付けの枠に[( ´-ω・)┏ ※ バキューン!]と手書きのAAが書かれていた。

 

普段ならそうそう銃を手にする事はできない。今回の特地派遣を行うにあたって、全ての航空機搭乗員は万が一の時の事を考えて9mm拳銃を所持するよう決められていた。要は海外派遣と似たような状況だろう……俺はイラクなどに行った事は無いがな。

 

航空自衛隊なら幹部と警備くらいしか手にしない9mm拳銃をバカスカ撃って練習しなければならない。もちろん64式小銃の方もだが、最優先は拳銃の方からである。

いつも以上に撃てることは嬉しくはあるが、その練習の成果が必要になる事態に陥らない事を願いたいところだ。

 

 

そして今は何をするか。

 

(……走るか)

 

寝間着だったジャージ姿のまま外へと飛び出した。

 

まだ星が幾つか浮かぶ少ない明かりの中で吐き出された吐息は白く、体外に出た途端に霧散していく。日本ならカラスが餌を探しに出掛ける時間帯だがこちらの世界ではただただ無音。

自分の踏みしめる土の足音と荒い息が聞こえるだけだった。

 

一通り汗をかいたらシャワーを浴びにシャワー室へと行き、その後は朝礼ラッパを耳にしながら食堂の方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

腕を組んだ状態で俺はメニューの看板と睨めっこしていた。

 

[新メニュー?マンドラゴラの豚巻き定食]

 

いかにも怪しいメニューの名前に好奇心を刺激されてしまう。昨日までには無かったこのメニュー……が載っており、その端には小さく(試作)と丸く書かれていた。

 

(…………これにするか?)

 

地球の方にあるナス科のあのマンドレイクではなく、この異世界[特地]特有の奇怪な植物。こうしてメニューに並んだという事は摂取しても人体に悪い影響は無いという事だろう。

 

「このマンドラゴラの豚巻き定食ってのを一つ」

 

「あいよー。アンタもチャレンジャーだねぇ」

 

そう白髪混じりの給養員がマスク越しに笑った。

 

そして気がついた。他に来ていた隊員は皆カレーライスやラーメンなどばかりだったという事に。

 

 

 

 

 

注文してから約10分後。

 

「ほい。マンドラゴラ」

 

「どうもー。……え?」

 

受け取ったトレイの上には味噌汁、たくあん、白飯。

そして中心の大きな皿に盛られたそのマンドラゴラとやらを見て思わず言葉が出なかった。

 

アスパラベーコン巻きのように豚肉に包まれたマンドラゴラ。給養小隊に居る知り合いの人は納品で見た際は人参となんら変わらない外見をしており、今ひとつファンタジー要素を感じるものではなかったと言っていたのを思い出す。

 

……しかしその証言はどこへやら。目の前のソレは明らかにマンドラゴラと言わざるを得なかった。まるで溺死でもしたかのような恐ろしい表情を表面に浮かび上がらせたワサビのような頭部らしき部分が巻かれた豚肉からはみ出ているのだ。

 

まるでその様子は縛られた状態で海に放り投げられ溺死した人のようになっており、豚肉が良い感じにマンドラゴラの顔だけが出るように包んでいるのでもはや悪意しか感じない。

 

先程の給養員に目をやると、ビシッと効果音が付きそうな勢いでサムズアップしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごちそうさまでしたー」

 

食器返却口に盆を置く。その上の食器には何も残されておらず、スッカラカンだった。

 

「割と美味かったべ?見た目はちとアレだが」

 

「……ですね」

 

見た目は確かにヤバかったが、味は人参から独特の匂いをある程度抜いたようなものだった。味があまりしない為モヤシのように食感を味わったり味付けをして楽しむものなのかもしれない。

 

食堂を去り、再び自室へ。片手には歯ブラシを、反対の手には特地の言葉を色々と(つづ)った赤い参考書を手にしていた。

 

サヴァール(こんにちは) ハル ウグゥルー(ごきげんいかが)?」

 

どう聞いても日本語にしか聞こえないような発音で練習を重ねる。今ひとつ発音のコツが掴めない為こちらの世界での友人でも作るべきだろう。

 

(居るのかなぁ……猫耳)

 

未だに見た事の無い特地特有の亜人種。まだ特地に派遣されてから半月程しか経っておらず、前の日にやっと慣れない書類の整理や作成が終わったところだ。

 

訓練までに時間はまだある。とりあえずは片言でこちらの言語を喋られるようにしていこうと、そのまま赤本を手に単語を頭に叩き込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある屋外に設けられた射撃場。そこでは俺達以外にもおり、陸自迷彩に身を包んだ人達が幾人か64式とミニミを構えていた。

 

9mm、7.62mm、5.56mmの三種類の破裂音が何度もそこでは響き渡っており、空になった薬莢がジャラジャラと金属音を奏でながらぶつかり、積み重なっていた。

 

「だぁー!当たんねえ!」

 

瑞原が9mm拳銃を片手に叫ぶが、その声は多数の破裂音と耳栓によって掻き消され、途切れ途切れにしか聞こえなかった。

 

少し前までの航空自衛隊では拳銃を撃つ際には片手と決められていた。俗に言うポイント・ショルダーと呼ばれる構え方である。しかし今では陸さん達のように両手持ちも許され始めているのでようやく

 

そもそも一部の部隊では射撃や自衛隊体操、体力検定や品質管理が疎かになっている。

うちの隊長もそうだが、特に射撃は良くて3級止まりの隊員を多く目にする。1度仲の良い整備員に聞いたところ

 

「俺は整備ができりゃ良いんだよ。射撃は悪くても誰も文句言わねぇし」

 

との事だったが、射撃が好きな俺としては今ひとつ理解できていない価値観だった。どうせ撃てる環境にあるから俺は撃ちたい、上手くなりたい。

 

が、ここ特地では自分の仕事だけできれば良いなどとも言ってられない。なにせ陸さん達が凄まじい量の実包を消費してゆく中で、俺達が実弾を使用しないなんてのはかなり低い確率であり、敵に銃口を向ける事は派遣された自衛官なら誰にでも十分有り得る事だからだ。

 

そろそろイライラが頂点に達しそうな瑞原の肩を数回叩く。

 

「瑞原、1度9mm(ソレ)構えてみて」

 

瑞原が首を傾げながらも、指示に従い両手持ち……アイソセレススタンスで構える。

 

それを確認すると、俺は今日の訓練の為にポケットの中に入れておいた秘密兵器を取り出した。

 

日本人なら目にした事が無い人はほとんど居ないであろう物。本来なら輝きを放つ筈が、今では表面が酸化して焦げ茶色になっていた。

 

10円玉……それが今日の俺の秘密兵器だ。

 

それを瑞原が構えている9mm拳銃の照星の上に置く。

 

「は……?」

 

「はい、そのまま2分維持で」

 

「やってられっかぁい!」

 

振り上げられた腕によって10円硬貨がチャリンと床のコンクリートに落ちた。

 

にしても危ないなぁ、一応それ実弾が装填されてるんだぞ?銃口管理がガバガバだ。

 

 

 

 

 

弾倉に9mm×19弾を6発だけ詰め、銃把(グリップ)内にカシャンと装填した。

 

「スゥーッ……」

 

息を吸い込み、肺の中が7割程空気が入ったところで1度止め……右手を伸ばし、左手は胸に当てて片手撃ちの構えをとる。

伸ばした腕に入れる力を少しだけ抜くと、ガク引きせぬようゆっくりと引き金を引き絞った。

 

撃針が雷管を叩き、大きく鳴る破裂音。

 

直後に襲ってくる反動を緩和させつつ抑えると、少量の白煙と共に9mmの薬莢が排出されていった。

 

コンクリートの上で跳ねる金属音は次なる発砲音によってかき消され、排莢後に帯びた熱が失われるまでに時間はそう掛からなかった。

 

 

よく狙って行う射撃から、速射へと移行する。

タン、タン、タンと指切りで連射すると、25m先に吊るされている拳銃用の大きな茶色い紙の的に次から次へと小さな穴が空いていく。

 

撃ち切り。スライドがストッパーにより後退した状態でホールドオープンがされた。薬室、弾倉共に残弾無しである事を確認すると、弾倉を抜きスライドを前進させて撃鉄戻し(デコッキングレバー)を下ろした。

 

ある程度のところで射撃を一旦止め、的を回収する。

 

1発目と2発目は5点と4点に命中。しかしその後の連射による弾頭は1~3点や的の枠外の紙部分に当たっていた。

 

(ま、こんなもんかな……もっと実践的な訓練もしたいところだけど)

 

実戦ではこんな悠長に撃っていられないだろう。もっと警備や陸さんのように建物内に的を作ってクリアリングがしてみたい。もしくは走りながら撃ってみたいとも思った。

 

(要練習……ってか?)

 

新しく取り替えた的に向かって俺は実包を新たに込めた拳銃を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

訓練後。50近く撃ったところで撃針が折れてしまったので部品交換ついでに清掃を開始する。……絶対誰か空撃ちでもしただろ。

 

派遣前までなら多くてもせいぜい十数発しか撃てなかったが、特地(ここ)では米軍からの消費期限ギリギリの弾薬支援もあるのでどの弾薬も文字通り捨てる程置かれている。

 

銃身の清掃時に初めて目にする明らかな発射カスのカーボン。使用した弾薬の数がそれまでの訓練とは桁違いである事を証明していた。

 

洗浄剤を浸け汚れを(ウエス)とブラシで落としていく。ガンオイルや錆防止剤をひとつひとつの部品に塗布していくと、最後に組み立てて保管庫に入れ終えた。

 

「はぁ〜……ダルかった」

 

まるで地獄でも味わったかのような顔をして瑞原が作業を終えた。

 

「なぁ西元……俺達9mm(あんな物)で戦えんのか?」

 

「いや無理だろ」

 

瑞原の問いにすかさず返す。弾倉がシングルカラムで装弾数はたったの9発、そして弾倉交換に手間取るこの拳銃でどう戦えというのか。どうせなら9mm拳銃(SIG SAUER P220)ではなく11.4mm拳銃(COLT M1911)の方が反動以外には利点の方が多いような気がする。

 

それに未だにコルトガバメントはアメリカなど銃が認められている国ではファンが多い。需要が元からかなりある物なので価格も安くなりやすくなるとは素人の考え。俺には上のお偉いさん達の考え方が全くもってわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間は過ぎて午後7時。夕焼け空に薄く雲が浮かぶ空の下、俺はアルヌスの難民キャンプ……とは言っても、そこは既にキャンプなどではなく町と言っていい程に発展していた。

 

その町で経営されているとある酒場。そこで今日は久しぶりに栗林ことクリボーと飲む約束をしていた。

 

指定されていた店に行くと、そこでは大勢の客がドッタンバッタン大騒ぎ。

そのうちの数人の客はウサ耳の従業員に蹴り飛ばされていた。……日本じゃ絶対にありえない光景がそこには広がっており、日本の法律や常識はおろか、言語すら通じないファンタジー世界が展開されていた。

 

(で、来たはいいが……アイツは何処だ?)

 

辺りを見渡すがあの見覚えのある顔が居ない。

確に緑の人こと陸さん(陸上自衛官)は居るには居るのだが、待ち合わせ相手であるクリボーが見当たらない。彼女は比較的低身長ではあるがその分わかりやすい筈だ。

 

待ち合わせ時刻まであと5分。

 

「お、ま、た、せぇぇええ!」

 

「グハッ!?」

 

突然聞こえる6時方向からの叫びと共に腰に入る拳。その不意打ちはまるでゲリラからの一撃のようだった。

 

「いやー1人だけ色が違うからわかりやすかったわー」

 

俺が腰を抑えてorzの姿勢をとる中でクリボーが何とものんきな事を言う。

 

「ちょ、ちょっと栗林。この人大丈夫なの?」

 

腰に痛みが走る中振り向くと、そこには1人の陸さんが立っていた。

 

「大丈夫大丈夫、この人中学の頃から私に殴られ慣れているから」

 

いや、そうと言えば確かにそうなのだが。お前あの頃と今の筋力の差を考えやがれ、この脳筋野郎。

 

「つっー……どうも、初めまして西元です」

 

「あ、こちらこそ初めまして倉田です」

 

「んじゃ、二人共自己紹介も済んだし店入ろっか」

 

暴力装置がさっさと行こうとでも言いたげに入っていく。とりあえず俺と倉田さんはしぶしぶついて行く事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プハーッ!生おかわりぃ!」

 

「相変わらずよく飲むなぁ……」

 

ビールを好まない為に俺はスコッチを注文していた。向かえに座るクリボーは陶器製のビアジョッキに入ったビールをグイグイ飲んでいた。

 

「え、コイツこんなに飲むようになったの……?」

 

「はい、自分が同じ部隊になった時には既にこのくらい……」

 

隣に座る倉田にコソコソ聞くが、前に飲みに行った時はここまで飲む奴じゃなかった。たった3年でいつの間にか彼女の胃と肝臓は進化を遂げていたようだった。

 

今回こうして少人数で飲み会を開いた理由は、クリボーと久しぶりに会う為というのもあるが、彼女らが遭遇した炎龍について色々と聞いてみたかったからだ。

 

「ねぇねぇ西元さん、この猫耳とか可愛くないっすか?」

 

「うぉっマジだ、可愛い」

 

……あとは陸さんにもオタク人脈を伸ばしたいと考えていた。うちの部隊だと俺以外にオタク要員はほとんど居ないので狭い思いをしているのだ。

 

「はぁ……オタクは良いなー気楽で」

 

若干赤くなった顔をしてクリボーが愚痴る。机の上にグデーっとする様子は昔恋愛相談にのった時の事を脳裏に蘇らせた。

 

「そういえばクリボーは今彼氏とか居んの?」

 

コイツの願望はとにかく[強い]事が条件だったはずだ。なんでも小学生の頃に変質者に襲われかけた事があるらしく、犯人を颯爽とぶっ飛ばした恩人に憧れた事をキッカケに強さにこだわり始めたらしい。

 

「それがさー聞いてよぉ!」

 

そしてその言葉を皮切りにクリボーの愚痴が溢れ出た。

弱いだの怠けているだの……彼女基準では周りの男はどれも弱い者ばかりらしい。中学の頃には既に[お突き合い]が始まっていた為に空手部、柔道部は全滅、高校に上がってからはボクシング部も壊滅させた事はまだ記憶に新しい。

 

そのおかげか学生時代彼女は男子達の間で[女王様]、[暴力装置]、[ジャイアン]、[道場破り]と様々なあだ名が飛び交っていたのだが、その事を当の本人は未だに知らない。

 

彼女の心をノックアウトしてくれるようなキン肉マンが現れる事を願いつつ、俺は今回聞きたかったことを話に出す。

 

「クリボー達が炎龍の左腕を吹っ飛ばしたって聞いたけど……」

 

「ああ、あれね。うちの隊(第3偵察隊)だよ」

 

「戦ってみてどんな感じだった?」

 

「隊長が国会で言った通り。LAMでようやくダメージを与えられたって感じで全然歯が立たなかった」

 

「あの時はロウリィちゃんのおかげで当たったッスからね〜」

 

「ロウリィっていうと……あの黒ゴスの?」

 

「はい。馬鹿でかいハルバードを投げてくれて、それが当たって、よろめいた所にドーンと……ってな感じッス」

 

Wikipediaで調べた際には陸さんの110mmの同型の物で貫通力が700mm。火薬は3.8kg程だが対戦車兵器なので成形炸薬弾だとか俺にはわからない何かだろう。

 

それに比べて俺達の使うサイドワインダーは火薬自体は9.4kg程だが、如何せん貫通力が無に等しいと言っても良い。現代の戦闘機は何処かが破損すれば致命傷に繋がるのでただ爆発して損傷させればいい。

 

……貫通と爆風の違いみたいなものだろうか?わからん。

 

「LAMでやっとか……うちら(航空自衛隊)セブンエム(AIM-7M)とか効くかどうか……だな」

 

「空対空だしね。コブラとかのヘルファイアだったらいけるんじゃないのぉ?」

 

あ、クリボーが段々と酔いが回ってきたようだ。

しかしクリボーよ……あのオタクのせいでオタク嫌いになったのはわかるがな?そうポンポンと兵器の名前を出せる辺り君も既にこちらの世界にどっぷりと浸かっているのだよ……。

 

それにしても対戦車兵器レベルでないと抜けない鱗か……Mk.82やJM117ではなく一昔前は空自も保有していたCBU-87/Bクラスター爆弾の廃棄処分前の物があれば……いや、まず帝国兵には効果があっても炎龍には効果無しの可能性が高い。威力だけで考えたらASM(空対艦ミサイル)が1番高いかもしれない。

 

「あとテュカさん……あ、金髪エルフの人です。その人は目を狙えと言ってたそうです」

 

要は鱗が無いところを狙えってわけか。ヘッドオンで攻撃を加えない限り20mmかミサイルの爆風が目に当たる事は無さそうだ。

 

「何か聞いてるうちにF-4で落とせるか不安になってきたんだけど」

 

「どうですかねー。ちなみに西元さんの部隊は?」

 

「特派飛行分隊、まぁF-4乗りです」

 

自分で言うのが少しだけ恥ずかしい。だがアレに乗れる事は俺の中では数少ない誇りの一つでもある。

 

「すっげー……」

 

「ホーントなんでこんな奴が日本の空を守ってんのよぉ……オマケに私より高い給料貰ってさあー」

 

「そりゃ下手すりゃいつでも死ねる仕事だししょうがなくね?」

 

酒の力により歯止めが外れたのか、ズバズバと愚痴が滝のように流れ出る。

 

「ホンットここらの男達は軟弱過ぎんのよぉ!」

 

「なんか今のクリボーって会社帰りの女上司みたいだな」

 

「ブフッw」

 

「笑うなぁ!倉田ぁ!」

 

なんやかんやで楽しい飲み会になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰り道。持参してきたガムテープでグルグル巻きの簀巻き状態にした栗林を倉田と2人で担いで歩く。2人の肩の上ではカブトムシの蛹のように暴れ動く彼女がおり、その怪しさは時折巡回中の陸さんに話し掛けられる程だった。

 

一応取り押さえる為にと持ってきたが、どうやらそれが功を奏したらしい。途中から結婚願望を露わにしながら暴れ始めたので近くの客も協力して取り押さえるまでに出た犠牲者は5人。全員ジタバタするクリボーのアッパーや踵落としがクリーンヒットして気絶したものだった。

 

「んーっ!んーっ!」

 

口にもガムテープを貼っているためくぐもった声が漏れ出る。

 

明日にでもなれば今日の事はほとんど忘れているだろう。本人もあっけらかんとして気にしない筈なのでその辺りは放置するとしよう。

 

歩く事1km。途中で高機動車に乗った人に乗せてもらいクリボーもドナドナすると、陸上自衛隊用の宿舎に着いた頃には既に彼女は夢の世界へと旅立っていた。

 

これ(ガムテープ)……どうします?」

 

倉田さんが苦笑いしながら宿舎の彼女に割り当てられた部屋で彼女に目を向ける。視線の先には幸せそうな顔を浮かべてガムテープで簀巻きになっているクリボー。

 

「うーん……夜中にトイレに行きたくなった時がヤバイから一応剥がしときますか」

 

「そうですね」

 

口以外は直接貼っておらず、作業着の上からなのでひとまず身体のテープをベリベリと剥いでいく。

 

「これをどうするか……」

 

苦肉の策だが、濡らしたタオルを隙間に押し当てて粘着力を失くしながらゆっくりと剥がす事にした。

 

 

 

 

 

「それじゃ今日はありがとうございました」

 

「いえいえこちらこそありがとうございました」

 

オタク繋がりが広がった事に対し歓喜しつつクリボーの部屋の前で解散する。さすがに女性の家の鍵が開いているのは色々とマズイので、入ってくる際に使用した鍵でもう一度鍵を閉めて郵便入れの口から玄関の中へと放っておいた。

 

連絡先の件数が新たに1件追加された事にニヤニヤしつつ自分の宿舎へと向かう……が、ここはアルヌスの丘、つまり陸上自衛隊の区域である。

 

(2kmも歩くのか……ダルッ)

 

星空の下舗装もされていない畦道を1人行く。辺りの草原からはまるで蛍のような青白い光が浮き出ており、山などの自然で見られる絶景とはまた違う光景が広がっていた。

 

これならば飽きる事も無く帰られそうだ。

 

そう思いながら歩を進めていった。

 

 




誤字脱字などあれば御報告お願いします。
基本的に原作沿いになりますが……少しだけ内容などが変わる場合もあります。

あと9mm拳銃が使用されている部隊についてですが、もっと他にもあるんですが一応ネットの情報に合わせました。〇〇も使ってるよ!などは言って良いのかわからないのでそういったコメントなどもお控え下さい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特地での捜し物

今回は飛びます。やったね!燃料代が馬鹿にならないよ!

こんな見切り発車な小説をご覧頂きありがとうございますm(_ _)m

……どこで話を切ろうかな?


朝、7:20。会議室にて行われるマス・ブリーフィング。

 

高射や警備、整備などの隊員も複数人交えての会議。

自信無さげに言われる気象隊の隊員からの天気予報(ウェザー・ブリーフィング)を頭に叩き込むと、その日の周囲の環境や補給、輸送など様々な物事に関する注意点などが報告されていく。

 

その後、各々の部隊に別れてのブリーフィング。

 

今回の作戦の主な内容としては

 

・一昨日エルベ藩王国に現れたと報告のあった炎龍の偵察

 

・遭遇した場合[上昇能力]、[降下速度]、[旋回半径]、[既存のレーダーに対する反射率]、[最高速度]、[その他能力]……以上の項目の可能な限りでの評価、把握。

 

・派遣前と同様にACM(空中戦闘機動)訓練の続行

 

以上である。

 

 

「出発時刻は09:00。各自用は足しておくように!」

 

「「「はい」」」

 

「つーわけで行くぞ!ドラゴン退治!」

 

「おいおい神子田、俺達は墜としに行くわけじゃないんだろ?っていうかお前さっき自分で任務内容言ってたじゃないか」

 

「知らん!」

 

未だ見た事の無い特地甲種害獣、通称ドラゴンのラスボス的存在[炎龍]を見つけ、戦力評価を行うべく俺達は救命胴衣を羽織り始めた。

 

救命胴衣の中には医療キット、ペンシルガンキット、昼間用信号灯、ストロボライトetc……そして意味があるかどうかわからないフカ避けの黄色い布。そもそも海が見当たらないので俺は勝手に抜いて変わりに乾パンをギッシリ詰め込んでいる。救命装備員の人も何も言わないし、同じ事を思っているようで今はサバイバルキットの中からは海水脱塩キットやフカよけ布、リップクリームなどが取り払われ、その分浄水キットや保命水などのパックが詰められているのは書類上ではまだ起こっていない事。

 

というかそもそも日本のように水源や海に囲まれた環境ですらないので救命胴衣すら必要無いと思うのだが。アメリカの内陸の方の基地だと普通にタクティカルベストにM9らしき拳銃を携帯していたぞ?

 

……まぁそのうち上の人にでも報告しておこう。弾かれた場合には特地に居る友人の中で唯一ミリオタである事は分かっているクリボーに借りてでも着て乗ってやる。そうした場合何らかの処分は受けそうだがな。

 

 

 

 

 

 

『えー、アルヌスタワーよりホークウィンド01、02へ滑走及び離陸許可。今回お前さん達の行くルートにゃ今日のところは誰も居ない予定だ。好きなだけかっ飛ばしてこい』

 

日に日に粗くなっていく管制からの無線に慣れてきたこの頃、とりあえず了解(コピー)とだけ返答し隊長の機体の後を追う。

 

装備は増槽を胴体下に1本、AIM-9L(ナインエル)が2本、在庫のAIM-7F(セブンエフ)が2本と割と重装備だった。この装備だと巴戦(ドッグファイト)は容易なものではないだろう、増槽を捨てるしかないが帰れなくなる。

 

いつもの通り、隊長のハンドサインでスロットルを押し進め、ブレーキを解除。徐々に加速する機体はA/B(アフターバーナー)を焚いておらず、スロットルはMIL(ミリタリー)の位置にあった。

 

ガタガタと身体を上下に揺さぶられつつも十分飛び上がる事のできるまでの速度まで加速すると、編隊を組んだままの鉄の鳥は舞い上がっていった。

 

高度2m程の時点から車輪が収納されていき、そのまま高度をある程度上げていく。

 

合図で針路1-7-6に修正。南南東に位置するエルベ藩王国との国境へ向けて高度を約23000ft(7000m)まで上げていく。

 

高高度と低高度に浮遊する雲の間の中、燃料に気を配らなければならない為下手に遊ぶ事もできないので喋る事でしか時間を消費していく他無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

酸素マスクから半ば強制的に肺へと入り込む空気。ほとんど湿度を持っていないそれらは瞬く間に口腔内の水分をかっさらっていく。

 

『ホントSu-34(カモノハシ)が羨ましいですよ。アレって簡易トイレとか缶詰め温められるらしいじゃないですか』

 

『お?西元、お前さんT-33A(Tバード)のアレを知らねぇな?』

 

『え?あれにトイレなんてあるんですか?』

 

『一応な。まぁほとんど使う奴なんて居なかったらしいけどな』

 

そういったように雑談を交えての長距離飛行。こういう時に話し相手が居るというのは本当に助かる……ただただ左右を流れゆく雲を見ていては思考回路が停止してしまう。

 

そして回り続ける時計が、ゆっくりと数字を減らしていく燃料計が、上下する高度計だけが時間の経過を知らせてくれるあの環境はなるべく味わいたくないものだ。流れる雲を楽しめたのは最初の頃と休日の自宅だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

どれ程時間が過ぎた事か。会話の途中で久里浜さんが無線を開いた。

 

『このままで行くとあと10分で国境に差し掛かるぞ』

 

地図上の国境。この世界の人にはあまり関心の持たれない境界線だと倉田さんは言っていたのを思い出す。少しくらい領空侵犯したところで……とは考えても実行には移さないでおこう。

 

『レーダーにも反応無し……そもそもドラゴンって映るんですかね』

 

『イギリスのDH.98(モスキート)みたいに変なステルス性を持ってたりしてな』

 

『一応生き物ですしねぇ……』

 

未だ発見の兆しが見えない炎龍。クリボー達(第3偵察隊)が持ち帰った左腕の解析によりその硬さはとにかくヤバイ事がわかったらしい。防御面において優れている事はまぁわかるが、問題は表面の組織だ。変にツルツルだったりザラザラだったりすると、第五世代戦闘機のようにレーダー波が反射されたり電波吸収剤のように吸収されかねない。

 

『レーダーに映らないとなるとAIM-7F(セブンエフ)じゃ捕捉もままならんしなぁ』

 

隊長その言葉に一同は皆最悪の事態を脳裏に浮かべた。

下手すりゃAIM-9L(ナインエル)と20mmだけで戦う事になる……と考えると、逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

………………で、だ。

 

結果から言うと今日のところは午前も午後も見つける事はできなかった。

 

目視内での発見も無し、レーダーにも陸自ヘリ以外に何かが映る事は無かった。

 

「ま、相手は生き物だし仕方ないな。そもそも巣が何処にあるかなんてわかっちゃいねぇんだし」

 

両手を頭の後ろで組みながら隊長が気怠そうに愚痴をこぼした。

 

「そもそもその炎龍ってのは巣を作るんですかね」

 

「さぁねぇ、俺らにゃ知る方法なんて無いんだし。ま、そのうち見つかるだろ」

 

「あれ、西元」

 

「ん?」

 

何か気がついたように瑞原が名前を呼んできた。

 

「お前の友達の陸さんに何か聞けないか?」

 

「一応LINEとかは送ってるんだけどな……任務中なのか圏外なのか返事は全く」

 

「そうか……既に手は打ってあったか」

 

今朝方の作戦会議の終了後に送った[炎龍の巣の場所わかる?]の文章。しかし倉田さんもクリボーもいまだ未読の状態である。

 

「ま、明日は見つけられる事を願って今日はとりあえず寝とけ」

 

「そうしときます。今日も派遣前からは考えられない程腹いっぱい飛びましたからね」

 

シャワー室で汗を流し落とすべく、俺達はそれぞれ自室へと着替えを取りに戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2日目。天候は雨。灰色の雨雲が空全体を覆っていた。

が、そんなものはその上に行ってしまえばこちらには関係無い話だ。

 

『今日は見つかるかねぇ』

 

『さあな。こう天気が悪いと気分が乗らねぇんだよな』

 

機内無線で瑞原と駄べりながら雲の上を舐めるように飛んでいく。

 

今日は再びエルベ藩王国の国境沿いを飛び、帝都方面を索敵していくルートだ。まぁアルヌスから見て南から東を探す感じだ。

 

ピッ。そんな高音の電子音が短く鳴った。

 

『お、レーダーコンタクト。ボギー2シップス(不明機2機)ブルズアイ(目標方位)0-9-9、フォー0-2-0(距離30海里(55km))エンジェルス4(高度4000ft(1200m))

 

『え、2機?』

 

瑞原がレーダーの状況を報告する。しかしどういうわけか反応は2つ。

 

『IFFは?』

 

隊長が聞いてくる。レーダーに関しては得意な瑞原がすぐに無線を返した。

 

『一応質問していますが返答無しです』

 

『神子田、この空域には陸自も空自も誰も居ない筈だぞ』

 

『っつー事は……そういう事だな。行くぞ』

 

了解(ツー)

 

視界内に収めていた隊長が上下を反転、兵装が日に照らされる雲の中へと消えていった。俺もそれに合わせて操縦桿を前に倒して雲の下へと向かっていく。

 

俺達の身体を襲うマイナスGが身体を座席ではなくハーネス類に押し付ける。浮きそうになる尻が思わず萎み、胃が裏返りそうになる。

 

 

水滴がHUD前の風防にぶつかっては流れていく様子を目にしつつも、真っ白な視界の中隊長の位置を示す右のRWRスコープに注意しつつ高度を下げていく。

 

すると数秒でそれは晴れ、視界には緑色が広がった。

 

曇りではあるがこの空域ではまだ降雨が始まってはいないようで、雲を抜けた後に風防が濡れる様子は見られない。

 

とりあえずこのままでは地面との熱烈なキッスをしてしまう為機体を水平にするべく操縦桿を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『録画しとけよお前ら』

 

了解(ツー)

 

隊長の指示に反応した瑞原がHUDとレーダーの表示内容の録画を開始するスイッチを押した。

 

『なぁ西元、敵さん……もう見えてもいい筈だぞ?』

 

『あいよ』

 

全閉していたバイザーを少しだけ上げ、視界から黒が消え失せる。

 

しかしそれらしい物体は見つからない。高度が比較的低い為下を見ればそこには小さな村と緑が広がっており、正面と上方は見やすいが下方は未確認機が緑に紛れてしまう為見つけるには相当な注意力が必要そうだ。

 

タリホー(目視確認)!』

 

隊長が宣言した。今頃あの人は血眼になって目ん玉ひん剥いている事だろう、それはもう目玉がこぼれ落ちそうに思える程に。

 

なんて緊張感の無い事を考えるのは一旦止め、レーダーを長距離索敵(LRS)モードから単一目標追跡(STT)モードに切り替えて片方の未確認機に照射を行う。

 

HUDに表示される(目標指示ボックス)はレーダーの通り2つ。その飛行間隔はほとんど重なりそうな程に近かった。

 

『なぁ久里浜……あれ絶対違うよな?』

 

『……だな。報告にあった炎龍は体長60m程な筈だ。オマケに2匹ときたわけだ、明らかに違う』

 

『でも隊長、あれって敵の航空戦力じゃ?』

 

『確かに。久里浜、アレ墜としていい?』

 

『ダメだ』

 

『うーい』

 

そんなやり取りをしている間にも敵機との距離は縮まっていく。十分敵がハッキリと捉えられるまでに近づいたら、俺は操縦桿の機銃発射トリガーに人差し指を掛けた。

 

マスターアームはOFFのまま。

 

とりあえずはガンカメラに収める為にトリガーを一段階目まで引く事にした。

 

『あれ……銀座とかにも出たっていう騎竜兵っぽいです』

 

『んじゃ偵察か伝令だな』

 

『神子田、西元、瑞原。目標は違うがあの2匹の戦力評価の検証だ。陸さんとこのハエ叩き(87式自走高射機関砲)のレーダーに映るくらいしか情報は無いからな』

 

『あいよ』

 

了解(ツー)

 

『じゃあ先ずは速さから行きますか!』

 

前方を飛ぶ隊長達がA/B(アフターバーナー)を点火させて加速していく。

 

騎竜兵のすぐ真上を切り裂くように飛び抜けて行く機体。突然の事に驚いたようだった2人の騎竜兵の編隊はあからさまに崩れた。

 

『明らか遅いですね。だいたい90kt(170km/h)くらいですかね』

 

『あ、別れた』

 

2匹の竜は上下に別れると、片方はインメルマンターン、もう片方はスプリットSに近い動きをそれぞれしてみせた。

 

『上昇は……んん?見た感じじゃわかんないんっす』

 

『録画してあるし別に良いぞ。次だ次』

 

その後隊長が敵を煽るが、敵兵は無謀に突っ込んで来るわけでもなく……ただただ逃げ失せていく。

 

それを追う隊長。しかし敵との速度差は比べるまでもなく、あっという間に追い抜いてしまった。

 

『コイツら……得物は槍だけか?』

 

『だな。アレは火ぃ吹いたりしないのか?』

 

『炎龍はブレス出したらしいです。けどコイツは別タイプなんじゃ?』

 

『ほぉ……なあ西元、お前AIM-9L(ナインエル)でロックできるかやってみろ』

 

『了解。瑞原、頼む』

 

『あいよ、任された』

 

瑞原がレーダー類を操作するとレーダーがOFFになり、俺のHUDの中心にミサイルの視界を示す(視野円)のレティクルが表示される。

 

シーカーの冷却を開始。ミサイル本体に内蔵されたアルゴンガスが常温よりも少し温度の高い状態になっていたシーカー部分から熱を奪う。そしてそれは数秒で準備を完了させた。

 

そしてレティクルの円の中に隊長から回避する事ができたと思っている1人の騎竜兵と重ね合わせた。

 

ジ───────────

 

低いガラガラ声のような電子音が鳴りAIM-9Lの冷えきったシーカーが敵航空戦力……騎竜兵の熱を探知する。

ドラゴンにエンジンなど積まれているわけがないので周辺の気温との差や空気との熱で何やかんやしているのだろう。

 

『一応捕捉はできるみたいですね』

 

『そうか、よかったよかった』

 

確かに隊長の言う通り一安心だ。何故なら万が一AIM-9L(ナインエル)のシーカーが捉えられなかった場合、短距離でもAIM-7F(セブンエフ)を使うか門の向こう……つまり日本の方で現役バリバリのAAM-3(エムスリー)(90式空対空誘導弾)かAIM-7M(セブンエム)を特地に持ち込む……あとは20mmで頑張るしかない。もしくはF-15J(イーグル)でも持ってくりゃ良い。

 

 

あと数年門が開くのが早かったら……F-4EJの状態で戦っていたのだろうか。そして今はもう退官した俺達の大先輩の世代にもしも開いていたら……炎龍が戦う事になるのは陸で61式戦車や60式無反動自走砲、そして空ではF-86FやF-104Jとの格闘戦を繰り広げていたのかもしれない。

 

考えてみるとやはりどこからどう見ても怪獣映画である。

 

『よし、これで一通り評価したぞ。あいつら……どうする?』

 

『自分は伝令だと厄介とは思いますが……』

 

『どうする?神子田』

 

『うーん……見逃すか』

 

『ま、それが無難か?』

 

後から聞かされた話だが、この時隊長はこの伝令が帝国兵である可能性が絶対と言えない事、そして軍事作戦の伝令とは限らないと思っていたらしい。

 

どのみち俺にトリガーを引く勇気があるかどうかはわからないが、今回は殺さずに終わって良かった。もし撃ち落としていた場合新たな国際問題に発展していた可能性も0ではない。

 

『んじゃ本命の炎龍には会えなかったが……帰るとしますか。久里浜!』

 

『あいよ。新針路2-8-0に修正。ターンヘディング、ナウ』

 

久里浜さんの合図に合わせて俺と隊長は同時に機体を90°傾けてバンクをとった。次第に見えなくなる騎竜兵を背にしながら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地表との距離が近づくにつれ鳴る間隔も短くなる警告音。

それらをBGMに主脚(メインギア)が白煙を少量焚きながら地表に触れ、擦れ合う。

 

数秒程は操縦桿を引いたままにし、機体そのものを空気抵抗の塊として減速させていく。

 

そして機首が水平を向いた。

 

ようやく視界に地平線や滑走路が見えるようになったところで黄色に塗られたドラッグシュートのハンドルを引っ張る。

 

直後、最後部で開かれるソレの収容部。最初に小さな傘が開かれ、その後大きな傘が姿を現した。

 

「ハァー……」

 

機体の速度が下がっていく中、思わず漏れたのは一つの大きな溜め息。数時間に及ぶ飛行は楽しくはあるが、やはり眠くなる。

 

これを終えたら食堂には行かずにシャワーを浴びたら即刻寝るとしよう。そんな事を考えながら操縦桿の赤いステアリングボタンを押し、ラダーペダルを踏んだ。

 

 

 

 

 

 

「明日には見つかるといいなー」

 

「そう簡単に見つかるもんでもないだろ」

 

「だよなー。生き物だしなー」

 

隊長コンビが駐機場(エプロン)から去っていく中、俺は地上要員の行う作業を一つ手伝っていた。

 

今回の録画したHUD、レーダー画面、そしてガンカメラ。それらのデータを取り出す作業をやっていた。

 

(今日は6Gまでいったか……)

 

ふと目をやったのは加重計の3本の白い指針。この機体は+8.4G~-3Gまでと決まっているが、今日はきちんと許容範囲に入っていたようで一安心した。

 

万が一にもオーバーGをしてしまった場合整備の検査隊の連中が工具片手に追いかけ回して来る事だろう。

それも血の涙を流しながら鬼の形相で、だ。

 

 

「んじゃ、後はお願いします」

 

「すんません、手伝ってもらって」

 

「いえいえ、じゃ自分は戻りますんで」

 

ある程度手伝ったらその場を離れる。子供の頃から部隊内の人間関係や部隊同士のいがみ合いを見聞きしてきた俺としては誰とでも仲良くしていきたいと思っているので、こうして可能な範囲で手伝ったりして良好な関係を広く築いていくつもりだ。

 

 

そしてシャワーを浴び、自分の部屋に戻ってきた。

 

(やっと終わったし……寝るか)

 

欠伸をする中、明日について考える。炎龍は見つかるのか、今日みたいに違う目標を発見するのではないか、マスターアームがONの状態でトリガーを引く事になるかどうか。

 

色々と考えているうちにいつの間にか意識は次の日の朝まで途切れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして俺達が炎龍を探し始めてから三日目を迎えていた。

 

「今日は初日と少し探索範囲が重なるこの空域でだ。ま、やる事はこれまでと同様、炎龍の発見及び調査、以上!」

 

もはや苛立っている事さえ感じさせる隊長のブリーフィングを終え、デジャヴを感じさせる行動をとる。また救命胴衣を羽織り、自分のヘルメットを手に取る。

 

『さてさて……今日はどうなるかねぇ』

 

隊長が滑走路に向かう途中で愚痴を零す。いつも空中戦で追っかけ回す事を喜びとしている彼からすれば昨日のように一方的に落とせる状況はあまり好ましくないだろう。

 

ようするにうちの隊長が好きなジャンルは俺TUEEEEではなく底辺からの成り上がり系やギリギリのやり取りなのだ。

 

そしてまた俺達は昨日と同じく空へ舞い上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして数十分が過ぎた頃。それまでは何も起こらない景色を見るだけの仕事だった。

 

『現在、高度1,1000ft。国境まであと十分。速度280kt、新針路1-9-0。ターンヘディング……ナウ』

 

了解(コピー)

 

普段と変わらない久里浜さんによるナビゲート。今日に至っては炎龍どころか騎竜兵も見当たらない。釣りをしに出かけたらボウズになったかのような気分だ。

 

『今日で3日か、いい加減見つけたいぜ』

 

『見つけてもいきなり攻撃するなよ。目的は()の戦力評価なんだから』

 

『わかってるって!』

 

『どうだか……』

 

暇を持て余しているのは俺と瑞原だけじゃないらしい。

 

『神子田さんの手綱握っててくださいよ?久里浜さん』

 

『うるへー』

 

『この辺で数ヶ所焼けた村を昨日陸の偵察機(LR-1)が見つけてる。()のテリトリーに近い筈なんだが……』

 

そう久里浜さんが言った直後。レーダー状況を示すディスプレイに一つの長方形が映し出された。

 

『っ、レーダーコンタクト。ブルズアイ(目標方位)1-2-7、フォー0-6-0(距離60海里(111km))エンジェルス5(高度5000ft(1500m))

 

レーダーに映る長方形。それはIFF (敵味方識別)のモード4に反応が返ってこない不明機(アンノウン)である事を意味していた。

 

『瑞原。逃がすなよ』

 

『わかってるって』

 

レーダーの画面を見ると、既にアンテナの角度は下を向いており目標をド真ん中に捉えるよう調整が行われた後だった。

 

『さあて今回はどちらさんかおいでなすったか確かめようじゃねぇか』

 

隊長が加速していく。それを追おうとこちらもスロットルをMILの位置まで押し進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

距離を縮めるにつれハッキリと捉え続けられる目標の反応。

 

途中で反応が消えた時には焦ったが、数秒後には再び映し出されたのでどうにかロスト(目標喪失)せずに済んだ。

 

 

 

 

『西元、降りるぞ。ついて来い』

 

了解(コピー)

 

その言葉に従い操縦桿を左に倒す。

 

反転する世界。青は白へと入れ変わる。

 

見えなくなる空、景色、隊長機。目に見える物は白1色となり、キャノピーの外で横に流れ行く水滴を目にしていた。

 

機首を下に向けたところで今度は逆さまになった世界をもう1度反転させる。頼れるのはHUDの情報とその下でクルクル回ったりする地球儀のような姿勢指示装置だけだ。

 

すると雲を抜け視界に色が戻る。2時方向800m先を飛ぶ隊長を見つけ、とりあえずは同高度になるまで降下させていく。

 

内蔵が全部口から出てきそうなマイナスGの感覚に襲われながらも姿勢はそのまま。背筋がゾワゾワと騒ぎ全身の毛が逆立ちそうな感覚が来たのを皮切りに機首を水平に戻していった。

 

『やっぱマイナスは慣れんわ……』

 

気持ち悪そうな声色の瑞原が言う。俺は操縦桿を握る身なので自分で動かしているからよっぽど激しいマイナスGでも掛からない限り酔った事は無い。

 

しかし瑞原はレーダー手なので緊急事態以外でこの機体を操作する事はまず無い。なので自分の意思で動かしているわけでもない機体の中で振り回されているわけで、こうして度々軽く酔う事がある。

 

『次からマイナス掛ける時は合図頼むわ……』

 

『あいよ。すまん』

 

確かに今のは結構大きなマイナスだった。加重計をチラリと見ると、3本の指針のうち1本は-2と-3との間で停滞していた。

 

『距離30(55km)。もうそろそろ見えウエッ……筈』

 

すまん、まさか嘔吐(えず)く程とは思ってなかったわ。帰ったらジュースでも奢ろう。

 

HUDに表示されるひとつの(目標指示ボックス)の中に目標は生憎俺にはまだ見えてこない。

 

タリホー(目標視認)!』

 

隊長が無線で叫んだ。

 

俺も目を凝らしていたが、その宣言から数秒後にようやくコチラでも確認できた。

 

ボックス内に浮かぶ極小さな点。そこに()()という事は分かったのでとりあえずは一安心だ。

 

ドラゴンとの距離を20kmかそこらまで詰める。普段のACM訓練なら敵は何処だと焦って辺りを見渡すが、今回の目標となる炎龍は横幅100m前後もあると報告にあったのでかなりデカイ。

イメージ的にはF-4を横に10機、縦なら5機並べたくらいだ。

 

『特地甲種害獣【ドラゴン】と確認』

 

『ハッ、派手な色して悠然と飛んでやがる。50km離れてもわかるんじゃないか?』

 

いや隊長、あんたさっきその距離で見つけているんだが。

 

『奴さんの色も赤色。ありゃ炎龍って事でいいか?』

 

『大きさ、色。可能性は高いだろ』

 

『だとよ。西元、瑞原。ちゃんと見とけよ』

 

そう言うと隊長は炎龍に喧嘩を売りに行こうと彼の6時方向から追い越しに掛かっていった。




読んでくれて┏○)) アザ━━━━ス!

一応原作などではレーダーに対する反射率がステルス機並みとありますが、アニメ版と漫画版見てたらかなり炎龍がデカイのでとりあえず全長60m、横幅100m程と設定しています。

……やっぱ怪獣じゃねえか。

てかステルスだったらほとんど映らないと仮定して……鱗とか棘とか沢山あるし凹凸めっちゃあるやん!という事でレーダーに対する反射率は爆撃機並みの設定でいきます。

誤字、脱字等ありましたらお知らせ願います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

炎龍、戦力評価

なんか色々と時間軸が飛んだりします。けどその間の話を書こうものなら淡々と操縦などの描写になるので止めておきました。




『目標まで300m。撃てば当たりそうなんだけど』

 

『20mmじゃ豆鉄砲だろ。こっちの手の内を見せる必要も無い』

 

『あいよ!』

 

隊長が叫んだ瞬間、炎龍の上僅か5m程を切り裂くかのように追い抜いていく。

 

炎龍に真正面からぶつかるのはエンジンの排気による熱風とその重たい機体を飛ばすだけの推力が生み出す暴風。

 

あとは不意打ちによる異常接近に慌てふためいたのか、一度キリモミ状態に似た機動を行った後に後を追うように隊長達に顔を向けていた。

 

『野郎、怒ってやがるぜ』

 

この上なく楽しそうな声が聞こえる。対して炎龍の方は叫んでいるのかわからないがその大口を開けていたが、俺達には電子音とエンジンの音以外に耳に届く声は無かった。

 

これでは鳴き声が録音できないのが唯一の痛い所だ。

 

『西元、瑞原。まずは旋回半径から』

 

『いつでも大丈夫です』

 

後ろの瑞原が答えると、その手にはビデオカメラが握られていた。

 

『こいつ片腕だぜ』

 

『ああ、間違い無い。(炎龍)だ』

 

ここからは遠くて確認できないが、どうやら報告にあった特徴と一致する点が幾つもある為アレが今回の目標である炎龍らしい。

 

隊長が炎龍の背中に回るように旋回を行う。相手が生き物だからか推力はそこまで出していないようだ。

 

「うおっ!?まじか!」

 

思わず声が出てしまうが、その声は無線に載せておらず、エンジンの音に掻き消された為聞いた者は居なかった。

 

声が出た理由。それは炎龍の機動を目の当たりしたからだった。

 

『旋回半径が複葉機並ですね』

 

瑞原はそう言うが俺にはそれ以下の半径に見える。ほとんどその場で旋回をしている様子は、まるでヘリやVTOL機並にグルグルと回っていた。

 

『身体が自由に曲がるからか?アレじゃ巴戦(ドッグファイト)は無理だ』

 

『クソッ、振り切れねぇ』

 

隊長が悪態をつくと、A/B(アフターバーナー)を焚いて垂直に近い形で上昇していく。

 

『上昇は……うわっ、昨日の騎竜兵と比べ物にならないッス』

 

『グッ……西元、どれぐらいだ?』

 

『大体110ktとかその辺ですかね』

 

『だいぶ遅いな……まあ昨日の連中よりは速いか』

 

『次、急降下』

 

『あいよ』

 

久里浜さんの指示に合わせて隊長が上昇から反転、今度は地面へと機首を向けた。

 

『150……300……まずい、神子田!』

 

翼を折り畳む事で空気抵抗を減らし、まるで爆弾かロケット弾のように急降下を行う炎龍。位置エネルギーを運動エネルギーに変換し始めていたF-4EJ改に追いつくには十分な速度を持とうとしていた。

 

『落ちてくれるといいんだがなっ!』

 

山肌スレスレで機首を持ち上げ、炎龍を振り切ろうとする隊長。

 

もしも相手が航空機だったならば、敵だけが地面と衝突するマニューバキルになっていたであろう機動に生物である炎龍が対応できないわけがない。

 

急降下を止めた炎龍は翼を突然広げ、まるでSu-27シリーズの行うコブラ機動のように急激に空気抵抗を増やす事で速度を落としていた。

 

そして続けざまに行われるホバリング。ハチドリ程ではないが空中に留まるには十分な動きをしていた。

 

AV-8B(ハリアー)並の機動にホバリング能力まで。おまけにおつむも悪くない……か』

 

『そして装甲は戦車並……こりゃ羨ましい限りだな』

 

瑞原と互いの考えをぶつけ合う。

 

『そっちの評価項目は終わりか?』

 

『ええ。やる事はやりました』

 

やる事は終わった、帰ろう。そう言うと思っていたが、俺はあの人がどういう人なのかを忘れていた。

 

『んじゃ、今度はこっちの番だな』

 

(へ?)

 

『そう言うと思ってた』

 

帰投するどころか旋回してきた炎龍に向かっていく隊長機。

 

ああ、そうだった。うちの隊長はこういう事を全力を出してする人だった。

 

『空中戦ってのはスピリットのぶつけ合いだ!テメェがどれだけのタマしてるか試してやろうじゃねえか!』

 

『なぁ瑞原……』

 

『ああ。あの人達は止められん。久里浜さんも止める気無いし』

 

隊長のブレーキの役割を担う久里浜二佐。しかしあの人はこうして止めて欲しい時にむしろ悪ノリするところが悩ましい。

 

そんな俺達の苦悩も知らずか、A/B(アフターバーナー)を焚いた状態で炎龍とヘッドオン。正面からの真っ向勝負を持ちかけたあの人はやはり無謀だ。

 

どうやら隊長の目的は炎龍とのチキンラン。

 

『お、コイツ片目だぜ』

 

あと数秒後にはぶつかるだろうという距離にまで迫った瞬間、隊長は余裕がありそうな雰囲気で無線を流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わってアルヌス駐屯地航空自衛隊区域の駐機場(エプロン)

 

「……で、これか?」

 

「うっ……」

 

検査隊隊長の低い声。その声は怒りと呆れを孕んでいた。

 

周りには出動してきた消防隊の消防車が複数台。

 

「し、しかしですね黒田さん!あの野郎ガチンコで火ぃ吹いたんすよ、火を!男らしくねぇじゃないっすかあ!」

 

「バッカ野郎!でかいトカゲ野郎にんな事わかるわけねぇだろ!第一メスかもしれんだろうが!」

 

駐機場(エプロン)に響き渡る怒鳴り声。全くもって正論である。

 

「お前ら滑走路三往復!西元と瑞原もだ!」

 

「「えええぇぇぇ!?」」

 

確かに止めなかった俺達も悪いが……この時ばかりは隊長を恨んだ。

 

 

 

 

 

 

この事態に陥る事1時間前。それは炎龍とのチキンランの最中の事だった。

 

『お、コイツ片目だぜ』

 

隊長がそう言った直後。炎龍の口からナパームのような吐息(ブレス)が吐き出されたのである。

 

瞬く間に赤い炎に包まれる隊長達。炎で視界は真っ赤になっている筈だが、隊長は的確に炎龍との衝突は免れていた。

 

『やっべ!エンジン!』

 

『再始動!再始動!』

 

若干慌てた様子の隊長達の声がした。確かに真正面から燃焼した後の空気を吸い込めばエンジンは不調になってしまうのだろう。その証拠に彼らの乗る機体のエンジンノズルからはモクモクと黒煙が吐き出されていた。

 

しかし彼らはすぐさま急降下を行い、エンジンの再始動を行い始めた。

 

右エンジンの再始動。再び推力を吐き出し始めたら右エンジンだけでも飛行できる為、そのうち反対のエンジンも再始動を行う事だろう。

 

『瑞原。やるぞ』

 

『あいよ。STTモード』

 

マスターアーム(安全装置)ON(解除)

 

レーダーディスプレイの左下、兵装管理(アーマメント)パネルの中の右上、MASTERと振られたスイッチをSAFEからARMの方へと押し上げた。

 

炎龍を隊長機から引き剥がす。命令されていないが今は一刻を争う事態だ。始末書なら後で書いてやる。

 

シーカーの冷却が完了するまで約25秒。その時間内に隊長は上手い具合に炎龍を回避し続け、隊長、炎龍、俺の順に並ぶ事だけはしっかりと避けていた。

 

ジ───────────

 

低い電子音が鳴り響き、レーダーからの情報を受け取るシーカー内にハッキリと目標を探知した事を知らせる。

 

HUDのASEサークル(許容操舵誤差円)の中には炎龍の反応を示す目標指示ボックスのみ。

 

表示されている距離の値が最小射程距離に差し掛かろうとしていた。

 

Two(2番機)、FOX2』

 

無線での宣言と同時に親指で赤色に塗られた兵装使用ボタンを押すと、直後に右隣を通り過ぎる炎。発射されたAIM-9L(ナインエル)はサイドワインダーと呼ばれる理由の通り、左右にゆらゆらと這いながら炎龍へと向かっていく。

 

ポッとついた赤い炎に炎龍の体の大部分が包まれる。

 

『やったか!?』

 

『瑞原。それ禁句』

 

AIM-9L(ナインエル)じゃ威力不足だという事は重々承知している。しかしあそこまでケロッとされているとまるで伝説のモンスターでも相手にしているような……

 

と、思ったが確か炎龍は数百年前から存在しているそうだ。ホントに伝説のモンスターじゃねぇか。

 

『FOX2!』

 

先程のようにAIM-9L(ナインエル)が発射される。違う点と言えば発射されたランチャーが先程は右側だったのに対して今度は左側からだった事くらいだろう。

 

9L 0

 

HUDの画面内の左下、大気速度を示すバーの下に小さく表示されたその文字が意味するのはAIM-9L(ナインエル)の残弾がゼロであるという事。

 

『瑞原、AIM-7F(セブンエフ)

 

『だな。セブン、STTモード』

 

今度は低い電子音が鳴らずにロックオンが完了する。

やはりこうも無音だとロックオンしたという実感が湧いてこない。

 

『Two、FOX1。FOX1』

 

今度は2発とも一気に撃ち込んでいく。胴体下から切り離された2本の鉄の矢は切り離しから数秒後に点火、推進力を生み出していく。

 

目下で帯びていく2本の白煙は真っ直ぐに炎龍へと向かっていく。

 

 

着弾。今度は少し効いたのか体勢を崩した炎龍は地面へと落下していった。

 

『隊長、エンジンは?』

 

『さっき右がついた。左はまだだ』

 

『とりあえずは帰れますね』

 

『おう。なあ久里浜、機体を軽くしたいんだけど』

 

『お前この状況でまだやるつもりかよ。知ってたけど』

 

この2人どういうわけかまだ闘うつもりらしい。しかし確かに機体は軽くしておくことに越した事は無いのだが……

 

 

 

炎龍に目をやると、既に空中での体勢を整えており地面に近い高度からこちらへと向かって羽ばたき始めていた。

 

敵意を全く隠さずに剥き出しにしてこちらを睨んでくる彼に隊長はレーダー照射を開始した。

 

『そのデケェ図体にどれ程当たるか試してやろうじゃねえか!FOX1、fire!』

 

そう言うと、彼らの機体からは2発のAIM-7F(セブンエフ)が同時に発射された。

 

俺達と同じように炎龍に着弾。嫌がらせのように爆轟を受けると、少しはダメージが入ったのか全体的に傷だらけになっていた。

 

炎龍への着弾から数十秒後、追い討ちを掛けるように今度はAIM-9L(ナインエル)が2発発射された。

 

空を這う2匹の蛇は瞬く間に炎龍へと接近、またもや爆轟が放たれた。

 

『お、あのヤロー逃げるらしいぜ』

 

その言葉の通り、炎龍はこれまでの獰猛さは何処へやら、ボロボロになった背をこちらに向けて反対側へと逃げ去ろうとしていた。

 

『西元、もっと寄せて』

 

『あいよ』

 

炎龍の損害状況を写真に収めて確認する為に速度を上げる。

 

距離を3km前後からドンドンと縮め、その距離僅か200m。高性能なカメラを使えば今なら鱗の一枚一枚が鮮明に映せる事だろう。

 

最初に真後ろから一枚。

 

上から一枚、下から一枚。そして左右からそれぞれ撮った後、A/B(アフターバーナー)を焚いて炎龍の前を横切り真正面から一枚。

 

翼の所々にはミサイルの破片により空いたであろう穴が空いており、鱗も綺麗に生え揃ってはいなかった。

 

『追ってこないな』

 

『逃げの手に出たんだろ。まぁこれで追われずに帰れるってもんだ』

 

『だな』

 

前を横切ったにも関わらず炎龍の進路は変わらない。追ってくるような様子はほとんど見せてはこなかった。

 

『よし、お前ら帰るぞ。任務を遂行(ミッションコンプリート)、RTB』

 

了解(コピー)

 

そして俺達は帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやーまさかピトー管が溶けるとはなー」

 

滑走路のすぐ横を4人の男達が救命胴衣(LPU-H1)耐G服(JG-5A)を脱ぎ捨てた状態で走っていた。

 

「まさか計器もダメになるとは思ってなかったな。おかげで計算がズレた」

 

「機首のシャークティースも若干消えかかっていましたね」

 

検査隊の隊長によって下された滑走路三往復の刑。しかしその時間は俺達飛行小隊にとって反省会を開く場と成り代わっていた。

 

「ま、カメラとかその他記録はちゃんと持って帰ってこれましたし一件落着って事で」

 

4人分の荒い息が続く。それが終わったのは走り始めてから1時間以上が過ぎてからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隊長、機材の準備OKです」

 

「おう」

 

場所は会議室。炎龍の撮影に使用したカメラ類は官品でない為特地(こちら)に持ち込んだ自分達の道具だけですぐにパソコンに移すことが出来る上に損傷させたところで誰も文句は言わない。

 

会議室内の照明を落として暗くすると、ノートパソコンに繋げられたプロジェクターからホワイトボードの壁に磁石で貼られた布に光が投写される。

 

「とりあえずは瑞原が撮った映像から……」

 

カメラのSDカードから読み取った映像のファイルをクリックする。

 

『キィィィィィィィィィィ』

 

無線の音声を録音していないのでひたすらエンジンによるBGMが流れる。

 

それからは久里浜さんや瑞原の指示で所々で映像を一時停止させ、炎龍の大きさや速さをF-4と比べて計算していった。

 

結果としては大まかに言うと、炎龍は……

 

水平飛行で約220kt(410km/h)

 

旋回半径は約40m程。

 

上昇能力は約30m/s程。

 

急降下はF-4EJ改と同様かそれ以上。

 

口から炎を吐き出す様子を確認。

なお炎の挙動は気体ではなく液体を飛ばして燃える火炎放射器のものに酷似している為、直撃の場合はナパームのように粘着する可能性あり。

 

680号機の損傷の様子から炎の温度は1500℃前後と思われる。

 

「やっぱ恐ろしいな。アイツ」

 

「8発もミサイル喰らってコレですしね」

 

プロジェクターに映し出される写真を見てそれぞれが感想を口にする。

 

AIM-9L(ナインエル)を4発にAIM-7F(セブンエフ)を4発。爆撃機でさえ粉微塵にする筈だが炎龍の息はまだある。

 

なお、背中に集中的に命中した為致命傷を与えられなかった可能性も有り、翼には多数の穴などの損傷を確認。

 

「背中じゃなくて顔と腹はどうなんですかね……」

 

武器(武器弾薬小隊)の連中に言ってミサイルに成形炸薬弾とか付けてくんないかな」

 

「無理だろ」

 

そんな妄想を話し合いながら書類に報告内容をまとめていく。

 

「あ、そうだ隊長」

 

「ん?どうした西元?」

 

「自分らの救命胴衣についてなんですが……」

 

炎龍に関する報告のついでに俺達の状況改善に繋げる為の報告もしてしまおう。

 

そうしてこの日は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして次の日。朝の食堂。

 

飯を食う俺の目の前には納豆を掻き回す神子田さんがいた。

 

「で、作戦変更っていうのは?」

 

「この前陸さんの狭間陸将から命令があっただろ?」

 

思い出すのは炎龍との遭遇の三日前、狭間陸将の居る陸将室。

 

俺達飛行小隊に加え特科や普通科などの大隊長。簡単に言うとめっちゃベテランのお偉いさん達が勢揃いしていた。

 

(なぁ瑞原、なんで俺達だけがこんな場違いなとこに?)

 

(俺に聞いたってわかんねぇよ、でもよ、アイツもそうみたいだぞ?)

 

瑞原が指差す先には1人の陸上自衛官。階級章を見るに2等陸尉らしい。俺より上だ。しかし佐官ばかりのこの室内で尉官なのは俺と瑞原と彼だけであり、彼は先程入ってきたばかり。

 

柳田二尉から渡されたファイルをゆっくり閉じると、陸将が口を開いた。

 

「……ふむ、柳田二尉、アイツは何を考えている?」

 

「本省訓令5の304【特地における戦略資源探査について】、これが伊丹二尉の行動の根拠になります!」

 

「わかっている。それは表向きでの話だろう?」

 

この特地において最も偉い人からの追求。俺なら耐えられまい。

 

「表も裏も伊丹二尉は資源探査に向かっただけであります!」

 

そう言う彼の顔には幾つもの脂汗が滲み出ており、眼鏡のレンズの向こうに映る瞳は若干泳いでいた。

 

「そうか……諸君、どうするかね?」

 

ニヤリと笑いながら陸将が目配りをするが、俺と瑞原にはその意味がよくわからなかった。

 

「陸将のお心のままに」

 

「いつでもどうぞ」

 

「……よろしい」

 

陸さんのお偉いさんも同意し、神子田隊長も賛成する。しかしいつでもどうぞとはいったい……?

 

「……我が国は他国の戦争で他国の為に【請われて戦った】事がほぼ無い。だがそんな馬鹿な事をする者が我々の中に居たようだ」

 

「馬鹿とはいえ日本国民です。見殺しにはできませんね」

 

久里浜さんが笑いを孕んだ声で言うが、どうにもこの話は仕組まれたものらしい。段取りがあまりにも早すぎる。

 

「その通りだ諸君、伊丹(あのバカ)を死なせるな。……加茂一佐!」

 

「はっ!」

 

「第一戦闘団に待機を命じる。空自の偵察結果を待ち適切な戦力を抽出、伊丹二尉の探査支援の準備をせよ!」

 

「はい!」

 

「神子田二佐、航空支援を要請。特地甲種害獣等不測の事態に備えCAP(空中警戒待機)をお願いしたい!」

 

「了解です!」

 

「以上!各隊、実戦に向け備えるように!」

 

そして俺達は脂汗で顔を濡らした柳田二尉を尻目に司令室を後にしたのだった。

 

……そういえば柳田二尉、その日の夜に刺されたんだっけか。

 

 

 

 

「……あれのCAP任務についてなんだが、全部載せ(全兵装搭載)で行く事になった。今のところの俺達の役割はドラゴンを山肌に徹底的に叩き落としてあとは陸自の特科が殺るからオサラバって事らしい」

 

「あらまー……」

 

「ま、俺はナビ頑張るからお前らも頑張れよ」

 

後ろからやって来た久里浜さんが笑いながら俺の背中を叩くと、そのまま神子田さんの隣に座った。

 

「単純計算で兵装は倍って事ですか……」

 

「ああ、詳しい時間とかは陸将の方からまた言うってよ。だからお前ら、捻り出すもん捻り出して備えとけよ」

 

「ういっす。……ところで隊長」

 

「なんだ?」

 

「あの写真月刊ムーに投稿しちゃマズイですかね」

 

「俺に聞いてもな……陸将にでも聞いてこい。但しその情報は許可無く外部に漏らすなよ?」

 

「はーい」

 

最初はYouTubeなりニコニコにでも投稿しようかとも思ったんだがなぁ……やっぱりダメだったか。

 

胸ポケットのSDカードの内容が外部に流れる事は俺達がやらない限り無さそうだ。

 

脳裏に思い浮かぶのは尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件。そして演習場で撮影された隊員同士の朝礼ラッパによる悪ふざけ映像。

 

それらの映像を投稿した人はそれぞれがそれなりの罰を受けているらしい。

 

……そもそもドラゴンは防衛秘密に入るのだろうか?

 

法律なども上手く制定されていない特地での記録は1つ1つがパンドラの箱になり得る。触らぬ神に祟りなしとはよく言ったもんだ。

 

ロッカーの中にでも入れておこう。鍵をかけておけば大丈夫、おまけにSDカードは箱ではなくエロ本に挟んでおけば情報が入っているとは誰も思うまい。

 

そう決めた。

 

「あーあと西元」

 

「はい?」

 

「お前のあの改善案、上の人からOKが出たぞ」

 

「おおぉぉ……」

 

「但し装備は官給されないらしい」

 

「へ?」

 

「各自で手配するように……だとよ」

 

自衛隊あるある、あまり官給されない装備品。

 

「なんで国はもっと無駄を省こうとしないですかね……」

 

「さあな。まぁそれが日本の特徴だろうよ」

 

「この間消防員が言ってましたよ、新しい救難車は欠陥があるのに馬鹿高いって」

 

自衛隊の装備は決して完璧ではない事はこれまでの装備が照明している。航空自衛隊に配備された物を例に挙げると……

 

片手での操作ができない小銃と拳銃。

 

とある部品が脆い機関拳銃。

 

弾帯の利点を生かせない機関銃。

 

米軍の運用方法は埋設型なのに対して日本では毎回地上で組み立てる迎撃ミサイル。

 

自己防衛装置の無い支援戦闘機。

 

空中給油ができない為時間制限が厳格な戦闘機。

 

憲法や法律、周辺国(仮想敵国)への配慮、製造会社の技術レベルの問題や改ざんなどもあったが様々な物が製造されてきた。

 

陸さんの方で明確になった事で有名なのはやはり62式とM249ミニミだろうか。

 

 

度重なる不調と改善。QCサークルなどもあるが、一般企業のように採用されるような良い案を出したら小遣いが貰える事……などといった事は無い。

しかし使用する本人達が悩まされている為次々と改善案は増えていく。

 

機材に欠陥が見つかったとしても企業の対応は最悪な事がある。そういう時には工作分隊(我らが板金屋)やその手に精通している人材を違う部隊から無理やり連れてくる。

 

そうした現場の努力もあるおかげで今の現状が成立していた。

 

「それじゃあ自分は部屋戻ってます」

 

「おう、明日は頑張れよ」

 

「はい」

 

自室へと向かう廊下を進む中、もの思いに耽る。

 

空自の特地派遣部隊の中で【おやっさん】と呼ばれる検査隊黒田隊長。彼らのような地上要員が居るから俺達パイロットは空を飛ぶ事ができる。

 

彼は検査隊であるにも関わらず武器弾や高射、車両整備など色々な部隊を歩き回っては異常が無いか確認している。お節介かもしれないが、もしも異常があれば迅速な対応を行い、各部隊で作業の遅延などの問題を解消していく。

 

かく言う俺達も何度かお世話になっている身だ。

 

だからこの基地に居る者達で偉い偉くないといった悪い意味での上下関係は生まれない。互いが互いに尊重すればいいだけの話だ。階級という上下関係は一応あるにはあるのだが。

 

特地に来た人数が少ないというのもひとつの要因だが、ここの人間関係は驚く程に良好だ。

 

昔とある航空団の連中がある部隊を見下していたのを知っている俺としては此処は天国に近い。まるで漫画か何かの創作物のようにイザコザが無いこの環境で経験を積むことができる事はそうそう無いだろう。

 

「ホント平和だよ……此処は」

 

ポツリと呟いたその言葉とは裏腹に、現実で起こっている戦況は全くもって平和などではない。これまでに何人もの人々が犠牲になり、死体の山ができた事もあった。

 

今アルヌス駐屯地が立っている所もそうだ。6万もの帝国兵の死体の上にアレは立っていると言ってもいい。

 

何故話し合いで済まされなかったのか。

 

そんな偽善者めいた考えがまた頭を過ぎるのは平和ボケだろうか。

 

戦場である筈の特地の方が日本よりも居心地が良いように思える事に皮肉を感じながらも一旦考えを止める。

 

(日本も特地もこれからどうなんのかなぁ……)

 

ポケットから自室を開けるための鍵を取り出すと、それをカチャリと鍵穴へと挿入した。

 

 

 

 




自衛隊スゲーって人には癪に障る最後かもしれません。が、気にしない気にしない。

案外ネットの話と現場の話とでは大きく異なる意見などが飛び交うので親戚に自衛官がいる人は愚痴など聞いてみると面白いですよ。

幹部であろうと挨拶もできない自衛官を私はすごいとは思いません(唐突


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

打倒、炎龍

めっちゃんこ期間が空いてしまった……スミマセン。

そして亀更新に引き続きまして、これから就職なのでしばらくお休みさせていただきます。


「今日こそ炎龍退治だ。お前ら」

 

「「うぃっす!」」

 

ブリーフィングルーム。いつものホワイトボードの壁を背に隊長が今回の作戦の内容を説明していく。

 

今日は以前遭遇した炎龍討伐の作戦当日。4、5日前から陸さんの対炎龍の部隊が既に出発しており、一個大隊程の量の車両がアルヌス駐屯地を後にしていた。

 

まさにその光景は大怪獣でも出たかのようで、一個大隊はあるんじゃないかと思う程の車両数が大名行列のように続いていた。

 

戦車などが踏み潰される程炎龍は大きくもない(?)し口からは放射能などではなくナパームに近い火炎しか吐く事はできないので恐らく多大な被害を受ける事は無さそうだろう。

 

「やっと俺達にも出番が来たんですね」

 

「ああ。あの時は炙られたからな。その時の仕返しができるってもんだ」

 

「隊長、また突っ込んだりしないで下さいよ?」

 

「わーってるって」

 

「どうだか……」

 

4人は雑談を交えながらも靴音を廊下に響かせて駐機場(エプロン)へと向かう。炎龍を山肌へとねじ伏せ、陸さん(陸上自衛隊)の攻撃が炎龍へと確実に当たるようにする為に。

 

いつも特撮の画面の中じゃ航空自衛隊は……3~4機が何処からともなく編隊飛行でやって来る。

派手にロケット弾などの兵装を放つが幾発か弾かれ、おまけに怪獣から尾翼辺りに攻撃を受けて、黒煙を吐きながら離脱していくか虚しくも爆散する俺達空自パイロットだが……現実じゃそうそう違うという事を見せつけてならないとな。……誰が見るのかは俺にもわからんが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『タワーよりホークウインド01、02。エンジン始動許可』

 

『01、了解(コピー)

 

『02、了解(コピー)

 

整備員の人とハンドサインを出しながらエンジン始動を始める。

 

エンジン始動車の準備が完了、人差し指をクルクルと回して【空気送れ】の合図。整備員がエンジン始動車の機材を操作すると、甲高いコンプレッサーの雄叫びが滑走路に響き渡った。

 

接続から5秒程で二つ並ぶうち右側の方のエンジン回転計が動き出す。エアーが入り始めているのでエアーインを示す為右手は握りしめ拳を作っていた。

 

5%……10%。

 

『10%ー』

 

『はい10%ー』

 

イグニッションを作動させながら右スロットルだけをOFFの位置からIDLEへと推し進め、握っていた拳からは人差し指が突き出され10%を意味して不動になっていた。

 

『20%』

 

『はい20%ー』

 

立たせる指は1本から2本に。

 

2列に並ぶエンジン系統のうち右側1列の計器では徐々に動いていく指針が幾つか見られた。

 

最初に動き出した回転数を指し示すメーターを筆頭に吸入口温度計、排気温度計なども目を覚まし始めていた。

 

『30%』

 

『はい30%ー』

 

次第に立つ指の本数が増えていく。グローブ越しにぶつかる風は真夜中な為かどことなく冷たかった。

 

『40、カット』

 

『はいエアーオフー』

 

整備員の手によって胴体右下から高圧空気を送る為の太いホースの接続が外されると、今度は反対側の接続部分に取り付けられた。

 

そうして今度は左側のエンジンの始動に取り掛かり、俺はピースの要領で2本指を立てて再び【空気送れ】の合図を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

滑走路上には赤いダンダラ模様を垂直尾翼に刻んだ2機のF-4EJ改ファントムⅡ。星が幾つか浮かぶ夜空の中、翼端や機首下に設けられた航法灯や編隊灯などといった照明の類いを規則的に光らせていた。しかしその中でも一際輝いているのは足元を照らす着陸灯であり、その光度により2機の周りは照らされていた。

 

 

それぞれの方向舵等操作系統の動作確認は既に実行済みであり、斜めに並んだ二羽の老兵はその重たい腰を上げた。

 

『ホークウインド、離陸開始(ローリング)

 

隊長の告げる合図に合わせてこちらもブレーキを解除。ほんの少し上下方向の振動が身体を揺らすと視界に映る左右の景色はその流れの勢いを早めていった。

 

MIL(ミリタリー)出力で速度計が段々と上がっていく中、エンジンなどに異常が無いか確認する。左右共に各計器の指針が指す位置に問題は無し、どれも異常無し(ノーマル)の状態だった。

 

いつもなら既に操縦桿を引いている速度にまで達する。しかし今回の装備は増槽(ドロップタンク)を主翼下に2本、胴体中央下に1本の計3本に加えて、AIM-9L(ナインエル)を主翼下のハードポイントに取り付けられた左右ランチャーに2本ずつの計4本。そして胴体下にはAIM-7F(セブンエフ)を左右2本ずつの計4本とまさにカタログ上で可能な限り積んだまるでゲームのような状況だった。

 

文字通り腰が重い老兵は走り出す。自身に課せられた今日の仕事を終わらせる為に、数百年もの間異世界で続いてきた食物連鎖の頂点の存在に終止符を打つ為に。

 

そして二羽は飛び立つ。星の瞬く夜空を背景に、周囲を揺らす轟音と揺れる陽炎を引き連れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い空。まだ夜明けの兆しも見当たらない空のキャンバスには煌々と輝く星々が散りばめられており、その綺麗さは目の前の計器自身が自らを照らす為の赤い照明が煩わしく思える程だった。

 

もちろん夜間飛行なのでバイザーは降ろしてはいない。本来ならバイザーはバードストライクなど緊急の際顔面を保護するので常時下げておく事が規定だが、この状況で降ろすと俺には計器とHUD以外が見えなくなる為致し方無い。

 

それにこの真夜中に鳥が飛んでいる事はほぼ無いだろう……周辺の動物についての報告では一応ミミズクやフクロウなど夜行性の鳥も居るには居たが。

 

『シュワルツの森まであと3分』

 

了解(ラジャー)。今回はその先のなんとか山だよな?』

 

『テュベ山です、隊長。自分で説明してたじゃないっすか』

 

『そうだっけか?』

 

現在、アルヌスを飛び立ち方位1-6-8(南南東)に約120km。ただひたすら草原が広がる真っ暗な地上を目下に俺達は飛び続けていた。

 

上は青、下は緑。昼間ならそういった似たような景色だけがひたすらヘッドアップ・ディスプレイの向こうから後ろへと流れていくのだろう。

 

しかし今現在は深夜4時前。真っ暗な中では上下の判別も計器と星空以外で目印になる物は何一つ無かった。ほとんど動かない星と何も見えない地表では何も見えなかった。

 

日本では山などには自動販売機や街灯、海には漁船など少なからず明かりが何処かにはある筈なので地表が真っ暗……何て事はほとんど無いのだが、ここは特地。連絡に使われる烽火や照明に使われる焚き火や松明の小さな炎達だけだった。

 

(これじゃ空間失調(バーディゴ)になりそうだな……)

 

そんな暗い中で変わるものと言えばせいぜいヘッドアップ・ディスプレイに映る対気速度の数字の1桁目と姿勢指示の水平線が僅かに上下を繰り返す程度だった。

 

これで【計器が故障している】などと思い込めば、機体が地面と熱烈なキッスを交わす事はまず避けられないだろう。

 

『あ~一面のクソミドリ』

 

『どうした西元?わざわざ無線開いてまで。てかこんなんじゃ暗視鏡(ナイトビジョン)無しじゃ外の様子はわからんだろ』

 

『いや、何となく』

(やっぱネタ通じねぇなぁ……)

 

若干戸惑いと笑いを含んだ声で瑞原が聞いてくる。最近門の向こうで話題になっているらしいF-35には色々と便利な機能が盛り沢山らしく、なんでも視界にずっと様々な情報が映されるらしい。

 

もしそれがあればこうして夜間飛行の際にも目を凝らして周囲を見ずに済むってもんだ。

 

『暇だ。てか絶対この任務F-15J(イーグル)とかF-2A(パイパー)を兵装ガン積みにしてやらせたら早くないか?』

 

F-2には確か夜間でも精密な爆撃を可能にするポッドがあったはずだ。赤外線だとかでハッキリと目標を捕捉できる機材の方が向いているかに思うが……。それに噂じゃJDAMとかいう爆弾も使えた筈だ。

 

 

 

 

『そう言うなって。俺達の独壇場なんだから、特地(ここ)は……おっ、レーダーコンタクト』

 

座席に押し付けていた頭を前へと戻して座り直すと、左に設けられたレーダー・ディスプレイには小さな丸い表示が映し出されていた。

 

『IFF暗号識別(モード4)応答あり。陸さんのCH-47J(チヌーク)AH-1S(コブラ)OH-6D(オスカー)です』

 

その報告を皮切りに、ポツポツとレーダーには反応が出始めていた。しかしそれらは全て丸い表示であり、どれも陸上自衛隊の所有するヘリの類いと思われる友軍機からの反応だった。

 

それにしてもIFFがきちんと作動していて良かった。昔のソ連からの亡命してきた某中尉の騒ぎの際のように航空自衛隊と陸上自衛隊とでIFFがきちんとやり取りをできなかった……なんて事はその時で最後にして欲しい。

 

味方同士でIFF応答無しの国籍不明機として捉えて矛先を向け合うなんてのは馬鹿げた話だ。

 

『陸さんに挨拶でもしてくか?』

 

『するなら言ってくれ。計算し直さなきゃならん』

 

『んじゃロールだけにするか。西元!エンジェル2!』

 

『ラ、了解(ラジャー)

 

 

隊長の指示に従って上下が反転、現在高度15000ft(4600m)を最終的に2000ft(600m)まで落としていく。

 

そして数分。

 

遠くの森の上空に豆粒のように小さな光が浮いているのが目に入る。

 

目標視認(タリホー)!』

 

先行する隊長も見えたらしく、俺と隊長との距離はドンドンと近づいていく。

 

隊長から見て俺は9時方向に、俺から見て隊長は3時方向に並ぶとその距離は警戒装置が鳴り響く程で、翼端と翼端との距離は10m程に縮まっていた。

 

『ロール……ナウッ』

 

隊長が「ナ」と発言する瞬間に操縦桿を一気に左に倒し、世界がひっくり返る。

 

一回転……身体が右コンソールに向かって押し付けられる。

 

二回転……ハーネスが身体に食い込み、座席から浮くのを阻止。頭には鉛でも入れたかのように重たい感覚が出始める。

 

三回転……目の奥に異物感。目に血液が流れているというのが手に取るようにわかる。おもわず空間識失調(バーディゴ)に陥りそうだ。

 

『リカバリー……ナウッ』

 

五回転目にて水平で停止。ロールを打ち消す為に操縦桿を逆側に大きく倒した。

 

『ゴホッゴホッ……ほんと日本(向こう)のジェットコースターが生温いよ』

 

ロール後、瑞原が咳き込みながら先程の感想を言う。操縦桿を握る俺は自分の意思で操作しているが彼はどんな感じだったのだろうか。

 

『楽しかったろ?』

 

『んなわけあるかい』

 

そんなやり取りとしつつ高度を4000ft(1200m)まで上げる。

 

ロールしながら一瞬で陸自ヘリの編隊横を脇目もふらず通り過ぎる俺達。彼らの目にはどのように映っただろうか。

 

『もうテュベ山が見えてくる。報告だとあの中には伊丹二等陸尉が居るはずだ』

 

夜明け直後の赤い空。その紅に照らされ、小さく見えるテュベ山は神々しさと骸のような静けさがあった……が。

 

『隊長、あれ煙ですよね?』

 

『ああ。以前は何も無かったのにな』

 

まだほんの少しだけしか視認できない山の山頂にポッカリと開いた火口から一筋の黒煙。

 

『ヤタガラスよりホークウインド隊。テュベ山山頂に目標がふたつ。至急迎撃を求む』

 

了解(ラジャー)、ホークウインド01』

 

02(ツー)

 

安全装置(マスターアーム)解除(ON)

 

無線に合わせMASTERのスイッチをパチンと(SAFE)から(ARM)に押し上げる。

 

『クソっ山が邪魔しやがる』

 

その言葉の通り、先程からレーダー・ディスプレイには不明機(アンノウン)を示す長方形がふたつ、消えたり映ったりを繰り返していた。

 

反応が山肌にかなり近い場所にいるからかコンピュータは地形からの反射(グランドクラッター)として認識したりしなかったりを繰り返しているようだった。

 

このままだと視認可能な距離に近づかなければ敵を確認する事ができない。それはレーダーに頼る筈のAIM-7F(セブンエフ)が使用不可能だという事を意味していた。

 

『瑞原、AIM-9L(ナインエル)だな』

 

『だな。固定モード』

 

当初の予定では最初にAIM-7F(セブンエフ)を4発ずつの計8発を叩き込み、低高度へ追い込む。そしてありったけの20mmとAIM-9L(ナインエル)で追い討ちを掛けるようにして山肌に追いやる筈だった。

 

レーダーは役に立たない。赤外線で直接狙うのが早いだろう。

 

数十秒後。テュベ山にもだいぶ近づき、山頂の目標がようやく見えてきた。

 

目標視認(タリホー)

 

『シーカーオープン』

 

瑞原からAIM-9L(ナインエル)のシーカー冷却完了の報せ。ヘッドアップディスプレイの中心に映し出された(視野円)にいつでも収められる状態にまで至った。

 

目標視認(タリホー)!……なぁ久里浜、野郎のサイズ小さくねぇか?おまけに2匹いるし』

 

『完全に別目標だが、伊丹達が追われているのをOH-1(ヤタガラス)が確認している。神子田は目標赤、西元は目標黒だ。GO、GO、GO!』

 

了解(ラジャー)。ホークウインド02、FOX2、FOX2』

 

『了解、吶喊(とっかん)!』

 

朝焼けの空に照らされてなお、黒光りする方のドラゴンへと視野円を合わせ、その中にスッポリと収める。するとその瞬間にロックオン完了の電子音が鳴ったので右手の親指は赤い兵装レリーズを2度押した。

 

シュゴッというロケットモーターが点火、推進していく音と共に黄色い噴射炎が左右から放たれる。

 

白煙を尾にして2匹の蛇は視野に入っている中で最も航空機と思しき熱源体へと突っ込んでいき……

 

数秒後、マッハ2に達するというところで弾着。山肌に沿って飛んでいた目標は土埃を上げながら地表と見事な接触をしていた。

 

そしてそれは隊長の担当する目標《赤》も同じで、仲良く2匹は墜落していた。

 

兵装のモードを切り替えGDS(機関砲先導照準)モードに移行。HUDには中心のw(機体位置基準)から下にピパーが伸びており、それを(目標指示ボックス)に捉えられた目標《黒》のドラゴンに重ねた。

 

『ホークウインド01、FOX3!』

 

『02、FOX3』

 

隊長の宣言と共にこちらも引き金を一気に引いた。

 

一段階目の操作を感知。HUD後ろに取り付けられたガンカメラ作動、一連の流れの録画を開始。

 

二段階目。火器管制システムに指示、JM61A1の6本ある銃身がモーターによって回り出す。

 

 

 

 

 

それぞれ機首の下に設けられたJM61A1バルカン砲から20mmの曳光自爆榴弾と徹甲弾が混ざりあって放たれる。

 

外に居る者からは多大な破裂音が聞こえるだろうが、撃っている本人である俺にはゴーっという何か低い機械の動作音のような音と細かい振動が尻を荒々しく撫でるだけだった。

 

墜落していた2匹のドラゴンに200近くの数はあろうという弾丸がそれぞれ襲い掛かる。

 

引き金に指を掛けてから2秒後。墜落を避ける為、俺は操縦桿を引いて機首の引き起こしにかかっていた。

 

周囲に跳ね回る幾つもの黄色い光線が跳弾の恐ろしさを物語る。ここからでは小さく見える弾丸もよく考えてみれば20mm……人体はおろか、機体の当たりどころによっては損傷、操縦不能に陥る可能性は十分に含んでいた。

 

冷や汗が頬を伝う。

 

『ホークウィンド01!目標を地面へ追いやった!』

 

隊長が報告する。機首を上へと向け上昇する中振り返ると、山肌に噴き上がる土煙が攻撃の猛々さを物語っていた。

 

『トレボー、了解(コピー)。特科が射撃を開始する』

 

その報告を受けた俺達ホークウィンド隊はすぐさまA/B(アフターバーナー)を焚いて上昇を行いその場から離脱を開始した。

 

高度計を指し示す針が回り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『だんちゃーく……』

 

 

 

『今!』

 

木々の隙間に浮かぶ1機のOH-1(ヤタガラス)が唱えると、山肌が一斉に火を噴いた。僅かな炎と舞い上がる黒煙に対しそこに居た人々の殆どは何が起きたのかを理解しており、反対に目標となった害獣(ドラゴン)らには自らの身に一体何が起きたのか知る由も無かった。

 

FDC(射撃指揮所)弾道修正、北100。効力射始め!』

 

テュベ山より北に17km。シュワルツの森とテュベ山の境に拓けたとある広い空き地では特科部隊の75式自走榴弾砲が横一列に並んでいた。

 

『ってー!』

 

何をしているのか理解していないダークエルフ達や白髪に黒いアイパッチが印象的なエルベ藩王国の国王デュランをよそに、無線に合わせて次々に炎の三つ葉模様を空に描いていく。

 

一斉放火により降り注ぐ155mmの榴弾の雨は、未だに山肌へと縫い付けられていた2頭の新生龍へと容易く襲い掛かる。

 

遠い空気の揺れ。再びやってきた大粒の黒雨は山肌を覆っていた黒煙の中を切り裂いて進み、幾つものクレーターを新しく形成していく。

 

『砲撃待て。コブラ、前へ!』

 

FDC(射撃指揮所)了解。最終弾発射』

 

その無線を皮切りに、機首に20mmのM197機関砲を、胴体横の兵装下には8発のTOWミサイルと合計76発の70mmハイドラロケット弾をぶら下げていた攻撃ヘリ……AH-1S(コブラ)が2機、2枚の羽根で空気を幾重にも切り裂きながら前線へと進んで行く。

 

『ヤタガラスよりコブラ第1目標赤、 コブラ第2目標黒』

 

『コブラ1、了解』

 

『コブラ2、了解』

 

『TOW、発射よーい』

 

 

 

 

 

 

 

『発射!』

 

2機のコブラからそれぞれ発射のコールが送られると、小翼(ベイブウイング)下に設けられた8発のTOWミサイルがそれぞれ1本の細いワイヤーと白煙を引きながら次々に飛翔していく。

 

その後、幾つもの爆発音が夜明けのテュベ山周辺に轟いた。

 

『ヤタガラスより。目標の沈黙を確認。撃ち方止め、撃ち方止め』

 

ホークウィンド隊による攻撃を始めてから約3分。特地に生まれ落ちた2つの新生龍は、その生涯に幕を下ろした。

 

彼らの四散した身体は辺りに真っ赤な血の池を形成し、辺りには肉の焦げたような鼻を刺す重く酸っぱい臭いが立ち込めていた。

 

 

 

 

 

 

 

『そろそろタンクがビンゴ(燃料切れ)だ。このままだと帰れなくなる』

 

そう久里浜さんが言う。

 

了解(コピー)。ホークウインド、任務完了(ミッションコンプリート)。RTB』

 

『02、了解(コピー)

 

方位(ベクター)3-5-5。ターンヘディング、ナウ』

 

隊長に続いて操縦桿を左に倒す。視界の先にはもうドス黒い煙ではなく、赤く燃え上がる朝焼けの空が広がっていた。

 

方位指示器と人間ナビこと久里浜さんの合図により針路を変更。そのままアルヌス駐屯地のある北へと向かって行く。

 

『伊丹回収班、前へ』

 

CH-47J(チヌーク)の発した無線が届き、風防枠に取り付けられた右側のミラーに目をやる。

 

すると、そこではちょうど火口付近にて照明を点灯させながらホバリングする機体からラペリング降下を行う陸自の隊員達の姿が僅かながら見えた。

 

無事だと良いな……今回の作戦の要救助者であり、噂のバカと言われている二重橋の英雄(伊丹二等陸尉)は。

 

俺はゆっくりとした動作で左手をスロットルから離すと、安全装置(マスターアーム)のスイッチをARMからSAFEへと下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は変わってアルヌス駐屯地空自区域。朝焼けが終わりすっかり青い空の下の駐機場(エプロン)。エンジンの唸りが次第に小さくなり、低い音になっていく。

 

機体の30m後方では地上要員の手によってドラッグシュートの回収が行われていた。

 

「よく増槽(タンク)捨ててこなかったな」

 

黒田班長(おやっさん)が帰って来た2機のF-4EJ改を目にして言う。

 

今回の作戦での弾薬の消耗はAIM-9L(ナインエル)が合計8発、20mm弾が合計で大体480発程だった。おやっさんには「お前らな~、在庫切れになるまで撃ってこいよ〜」と言われ、その際は録画をするようにと釘を刺された。

 

何でも、その結果などを制作した企業の人や防衛省の方に報告するのだそう。

 

「そうかそうか、うちらの作ったミサイルちゃんと当たったか。良かった良かった」

 

なんて事を以前の炎龍の戦力評価の際に使用したAIM-9L(ナインエル)AIM-7F(セブンエフ)の制作した会社に映像などは公開できない為見せてはいないが、きちんと当たった事を報告した際にはそう言っていたらしい。

 

日本じゃほとんどが廃棄される実弾。使ってなんぼの弾薬はここ特地くらいでしか使用されていない。一方的過ぎる戦力差とはいえ一応実戦の戦闘区域である特地では俺達航空自衛隊よりも陸上自衛隊の小火器及び車両などの弾薬や燃料の消費ペースが例年の数倍に跳ね上がっているそうだ。

 

 

……予算足りんのかなぁ?いや、無理か。

 

久里浜さん曰く、エルベ藩王国の北部には黒水と呼ばれ石油らしきものが湧き出る”呪われた燃える沼”という地区があるらしい。もし分留させることができる施設ができれば燃料の補給問題は解決するだろう。

 

一応特地は日本と直接繋がっているのでここで取れた資源は日本の物であると一応言い張っているが、そんな事は一部の党が許さない。

 

やれ、「これは侵略戦争だ」

 

やれ、「自衛隊は犯罪集団だ」

 

やれ、「首相は殺人集団を支持している」

 

毎日のように報道されるのは自衛隊批判ばかり。伊丹二等陸尉が救出したとされる拉致被害者も、そんな事は存在しない自衛隊によるでっち上げだと"自称"評論家は言う。

 

理由としては、まだ特地へのマスコミや野党の立ち入りが認められていないのと、自衛隊による情報公開がほとんどされていないからだった。

 

論より証拠とは言ったものだが、その証拠が世に出ない為に論だけが世間を渡り歩くこの状況。

 

マスコミが取り上げる偏った報道で与党の支持率は下がりつつあった。

 

亡くなった人へ一輪の花も餞る事無く、片言の日本語で「ジエイタイ、ハンタイ!」と騒ぐ銀座のデモ参加者はさておき。特地は特地で新たな問題が発生していた。

 




さて、次の更新はいつになるかわかりません。なので一応未完という形にしておこうと思います。

こんな小説でも読んでくださった方ありがとうございます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

不祥事と居酒屋

久しぶりの投稿です。原作などとは全く関係無い話になります。


「バッカヤロォォォ!!」

 

場所は特地、航空自衛隊管轄区域の駐機場(エプロン)

午前6:00というまだ夜明けのすぐ後の時刻だった。

 

突然響き渡った怒声に驚き、野鳥達が慌てふためいて空へと羽ばたいていく。

 

「テメェらなんて事してくれてんだぁ!」

 

そう部下を怒鳴りつけるのは整備班班長、黒田准尉。

彼がワナワナと怒りに震える中、その視線の先には1機のF-4EJ改。

 

一見何処にも異常は見られないが、今ここでは事故が発生していた。

灰色の翼、黒い機首。いつもと変わらない姿に思えたが、実はその主翼の右翼端に異常が起きていた。

 

翼端の先端に設けられた黒い部分。J/ARP-6レーダー警戒アンテナの丸みを帯びている筈の先端はべっこりとひしゃげ、何かにぶつけたのは明らかだった。

 

「ちゃんと確認してねぇのか!?」

 

「まぁ、いけるかな~……と」

 

辿々しく答えるのは彼の部下の1人。

ヨレヨレの作業着の裾が彼の気だるさを代弁するかのように垂れ下がっていた。

 

「はぁ……で?コレどうするんだ?」

 

「とりあえずは代換え部品の要請ですかねー」

 

(よくもまぁぬけぬけと……)

 

あっけらかんとして言い放つ彼はいわば【お試し自衛官】。なんとなくで入り、なんとなくで辞めていく……意欲も技術も持っていないし持とうともしない、ただそこにいるだけになっているタイプの人間だった。

 

(何でよりによってコイツに機体の移動をさせたんだ……)

 

「たぶんこれ弁償になるぞ、お前」

 

「えー?んな事ある訳ないじゃないですかー」

 

ヘラヘラと笑い飛ばす彼の目には反省の色など一切見当たらず、ますます黒田准尉の脳内の血流が増すばかりだった。

 

(見た感じ……カバーだけか?なら2万円かそこらか)

 

反省しない目の前の若者に対し罪悪感というものを教えてやろうと考えていた彼はまだ知らない。

 

その後の点検では警戒装置のカバーのみならず、その内部の精密機器にも多少の破損が見られた事により、損傷の被害額が30万円に達するという事を。

 

そして最近ではやらかした際、部隊の予算から引くのではなく個人に被害額を全て背負わせる事例が増えてきている事を彼らはその後知るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……って事があったらしい」

 

「あらまー……ついにやっちゃったかあの変な大卒の人」

 

場所は変わって難民キャンプの居酒屋。いつもの如く飲みニケーションをしていた俺達4人は一つのテーブルをそれぞれカーキ色やブラックのフライトジャケットを着て囲んでいた。

 

皆、肩には所属する部隊を表すワッペンが貼られている他、特地オリジナルのものやF-4EJ改乗りを表すものなどを各々好きに付けていた。

 

「すんませーん、マンガ串ひとつー」

 

「マンガじゃなくてマ・ヌガ、な。まぁどうせ俺達の発音じゃちゃんと伝わってるかもわからんが」

 

「通じるよ。たぶん、きっと、めいびー」

 

「適当だな」

 

「適当でいいんだよ」

 

瑞原からの指摘を受け流し、ジョッキに注がれた中身を胃に流す。

 

ビールではなく、たしか特地の家畜の乳だったはず。市販の牛乳ともまた違った味に俺はハマっていた。安いのに搾りたての生乳っぽいのだ。

 

「おいあんまり変なもん飲むなよ?」

 

そう警告を出すのは久里浜さん。彼がそう警告する理由は俺達の職種、戦闘機乗りにあった。

 

低気圧、高G、低G。過酷な環境が身体を襲ってくるわけだが、変に腹の中でガスを発生させるような物を飲み食いすると……機動中に内蔵が圧迫され、悶え苦しむのだ。

 

その為、この人は毎朝納豆を口にしているのは多くの人に知れ渡っている。

なんでもガスの発生を抑えるとかなんとか。

 

そしてこの人は滅多に酒類を口にしない事で有名である。別に下戸というわけでもないのだが、いつでも出撃できるようにという意識しているのと、あまり酒を好んで飲むわけでもないらしい。

 

(まぁ俺がビールの美味さがわからんのと同じなんだろうなぁ)

 

なんて自己完結をし、マンガ肉ことマ・ヌガ肉の串を口に頬張る。

 

少し脂が多めの濃い味が広がる。酒のつまみにはピッタリなのかもしれない味だ。

 

(やっぱ鹿とか熊の方も捨てがたいな)

 

個人的にはあの脂身の少ない赤身も魅力的だ。

周りを見渡せば客の大多数は陸上自衛官で、俺達の格好は現地民達から不思議に思われているようだった。

 

この間だってそうだ。

 

「なぁなぁ、おっちゃん達は【緑の人】じゃねーのか?」

 

ケモ耳を頭に生やした少年にそう問いかけられ、とりあえず彼らとは所属が違うとだけ答えたのは記憶に新しい。

 

海上自衛官に至ってはもはや絶滅危惧種レベルで見かけない。少し前にヘロヘロに疲れた佐官クラスの幹部がアルヌスでチラリと見た程度だ。

 

もっと東に行けば、碧海(へきかい)とこちらで呼んでいる海がある。(あお)い海でそのまんまである。

しかしそこまで船舶や潜水艦を持って行く手段が無いし、万が一放棄してきても大丈夫な船ってあるのだろうか。俺は機密満載のイージス艦ってイメージがあるのだが……。

 

 

 

 

 

「俺達は次の任務があるまで天国(ACM訓練)地獄(書類仕事)らしい。今は俺達のファントムが直るのを待つだけだな」

 

酔いが回ってきたのか、頬をやや赤くした神子田隊長が口にする。

酔ってる筈なのにこの人はいつもの報告やら反省がちゃんとしている。普通なら支離滅裂な事を言うが、隊長は酔うと馬鹿みたいに固くなるのだ。

 

……まあクリボーのように暴れ回るのではない為こちらは大助かりなわけだが。

 

ちなみに、俺は酔うと速攻で寝るらしい。

顔が赤くなってきたかと思うと、突然操り人形の糸が切れたかのようにプツリと意識を失ったとの事。その後はただひたすらイビキをかいていたと親父に昔言われた。

 

寝たら最後、死体のように動かないのであまり飲み会で多く飲む事ができない……自力じゃ帰られないから。それなので基本的に俺はこうして牛乳かお茶、ジュースを飲んでいる。

 

「にしても今朝の武器弾(アーマー)の怒られ方は凄かったな」

 

「ええ。もう数回繰り返したら郡本部とかから検閲が入るんでしょうね」

 

「だとしたらめんどくさいな。こっちにまで飛び火が掛かりそうだ」

 

世間とは思いのほか狭苦しいものだ。普通なら郡内での噂話が流れるが、特地(ここ)じゃ如何せん規模が小さいので全ての部隊に流れ出るらしい。

 

小さな離島と似たようなものだ。実際には、異界なのだが。

 

「あ、これ美味い」

 

「マジ?ちょっとくれ」

 

「イイっすよ」

 

そうして世間話をしつつ、箸を進める。

ここの居酒屋じゃあまりにも自衛官が来るとの事で、とうとう備え付きの箸が置かれるようになっていた。

 

「これじゃ飲み会ってかメシ会だな」

 

「ははっ確かに。でも実際酒より飯が良いです、自分」

 

久里浜さんが零すが、仕方が無い。何故なら俺達は酒よりもカツ丼とかに惹かれる輩なので、飲酒もほろ酔いかそこらにしておき残りの胃の容量は全て食べ物で埋める方だ。

 

「そういやこの世界って魚卵とか食うんすかね」

 

「魚卵かぁ……俺らの年齢じゃもう食えねぇな……」

 

「やっぱ血ですか?」

 

「ああ」

 

時折訪れる身体検査。その中の血液検査でよく引っかかるのが魚卵などコレステロールだのなんだのと検索結果の数値をスパーンと跳ねあげるものが含まれている為、特に高カロリーなものなどが大好きな人には辛いかもしれないが自分で制限を掛けなければいけない。

 

ただ、定年退職後に即効でイクラ丼を頬張っていた人を俺は一人知っている。だが再就職後の数年で腰のベルトの上に脂肪がドドンッと乗っかる体型になっていまっていたのだが。

 

「外国でもキャビアとかあるし十分可能性はあるだろ」

 

「陸さん達が炎龍討伐作戦の時に遭遇したっていう水棲の民族とかだったら知ってそうですね」

 

「なんだそれ、俺は聞いたことないぞ」

 

「いや、新しく友達になった陸の倉田って人が知り合いから送ってもらったっていう画像を貰ったんですよ」

 

そう言いつつスマホをポケットから取り出し、電源を付ける。すぐにホーム画面のギャラリーを開き、保存していた画像を隊長達に見せた。

 

「ほー……特地にゃこんな奴らも居るのか」

 

「こんなの初めて知ったぞ……」

 

隊長と久里浜さんが呟き、ほんの少し愚痴り出す。

 

「なんでこうも陸と空じゃ情報が伝達されないもんかねぇ」

 

「ホント。この前は特地の情報漏洩だとかでうちら全員の携帯の履歴を提出したってのにな」

 

変なところで情報が届かず、変なところで情報が漏れる。一般企業にも言える事だが、こうした情報規制だとかは未だに十分ではないので昔から自衛隊の問題となっている。

 

「そういや陸自の倉田とかは月刊ム〇に投稿したかったけど上に聞いたらダメだったって言ってましたね」

 

「まだ聞いてるだけいいじゃねえか。勝手にやるバカもいるだろうしよ」

 

最近はネット環境も整えられてきた為、掲示板や動画投稿サイトに色々投稿する者が居たのだ。

 

誰でも投稿できる環境にある為、保全隊などによるネットパトロールが現在強化中だった。

 

しかしいくらか情報は既に漏れており、74式戦車に施した改装や難民キャンプの様子などの画像は既に他者により保存され二度と消せない状況にあるらしい。

 

なお、それらの画像を安易に漏らした隊員は既に特定され、ボーナスをかなりの額減らされたと聞いている。

 

「お前らもちゃんと許可取れよ?」

 

「「あいあいさー」」

 

若い俺達コンビはそういった問題を起こさないか危惧される。まあ今回の問題がどれも若い隊員ばかりだった為仕方がないだろう。

 

「次に俺達が展開するのはいったいいつでしょうねー」

 

「んなもんしなくていい。アレ(F-4EJ改)にも負担が少なくて済む」

 

そう愚痴りつつそれぞれ飲食を進めていく。

それぞれ日本語に翻訳済みのメニューに目を通し、注文していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会計を現地通貨で済ませ、俺達は店の外に出ていた。

 

「タクシーがあればなぁ……」

 

相方の瑞原がふとこぼす。

 

時刻は22:25。特地勤務の自衛官は基本的に24:00までに門をくぐらなければならない。

 

「んじゃ、行きますか……」

 

誰かの呟きを合図に四人のシンデレラは歩き出す。

 

異世界の夜空に広がる星々はやけに輝いているような気がした。

 

 




さてこの小説……どこで終わらせましょうか(白目
個人的にはアニメに合わせようかなって思ってます


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。