艦隊これくしょん ~いつかまた、この場所で~ (哀餓え男)
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序章 横須賀襲撃
横須賀襲撃 1


作者は本作が一応処女作となります(ssは書いたことがありますが)
色々と拙くお見苦しいとは思いますが、ご指摘いただいたことは直していく覚悟です。
仕事の休憩中に読み返してちょいちょい加筆修正加えることがありますがそこはご勘弁ください。
作中の戦術とか兵器の知識はかなりガバガバです。

仕事終わりと休日で執筆する予定なので隔週で投稿できればいいかなと思っております。

それではどうか末永く、よろしくお願いします。


私は、あの日を忘れることはないだろう。

 

皆は他に手がなかったと言う。

 

彼女もそれを望んだのはわかっている。

 

けれども私は、あの命令を後悔せずにいられない。

 

正化26年の3月3日。

 

あの日、私は彼女に……「死ね」と命じた。

 

 

~~~~~~~~~~

 

 

 「敵の数は?」

 

 「哨戒していた第9駆逐隊の報告によりますと。駆逐10、軽巡4、重巡6、正規空母3、戦艦が2、戦艦の内1隻は姫級と思われます!」

 

 私の質問にオペレーターが即座に返答し、敵の詳細を告げてきた。

 

 「24隻……大艦隊じゃないか……」

 

 私の横で、副官の少佐が息を飲むのがわかる。

 無理もない、24隻からなる艦隊が鎮守府の近海に迫っているのだからな。

 

 「敵の射程範囲に入る前に発見できたのは幸いだったな。少佐、動かせる艦娘は?」

 

 「はっ!軽巡那珂、由良、及び第5、第6駆逐隊、軽空母鳳翔、祥鳳。それと満潮が入渠中ではありますが、提督直属の第8駆逐隊が出撃可能です!」

 

 水雷戦隊2つに軽空母が2人、たったこれだけで空母と戦艦を含む倍近い敵艦隊を迎撃か……。

 呉がグアム沖で展開している大規模作戦に艦娘を出向させてなければどうにかなったんだが。

 

 「敵艦隊、40海里まで接近!」

 

 迷っている時間はないな。

 

 「各鎮守府へ救援要請、それと横須賀全域に避難警報を発令しろと大本営に通達。哨戒中の第9駆逐隊は帰投させろ」

 

 「了解しました!」

 

 面子に拘る大本営が素直に避難警報を出すとは思えないが、やらないよりはマシだろう。

 

 「少佐、那珂と由良にそれぞれ駆逐隊と軽空母を率いて出撃しろと伝えろ。軽空母は制空維持を優先、敵がこれだけとは限らん、索敵機も飛ばしておけ。水雷戦隊は遅滞戦闘に努めさせ、敵を20海里以内に近づけさせるな」

 

 「了解!」

 

 敵艦隊を爆撃したいところではあるが、軽空母2人で出来ることは高が知れている。

 数で負けている以上、制空権を維持するのが精一杯だ。

 それにしても引っかかるな、なぜこれ程の敵艦隊が前触れもなく現れた?他の鎮守府からは敵艦隊接近の報告はなかったぞ。

 それに敵艦隊の編成、どこかで……

 

 「少佐、この敵艦隊の編成、どこかで見た覚えはないか?」

 

 「敵の編成でありますか?はて……少なくとも、当鎮守府で行った作戦ではこういった編成は見た覚えがありません」

 

 各艦隊への指示が終わった少佐に疑問を投げかけてみるが期待した返答はなかった。

 私の記憶違いか?

 

 「作戦指揮中失礼します!入室してよろしいでしょうか。」

 

 艦隊司令部の外で秘書艦が入室の許可を求める声が聞こえる。

 律儀に私の許可を求めてくるところは何年経っても変わらないな。

 秘書艦なのだから気にする必要もないのに……

 

 「許可する、入りたまえ」

 

 「駆逐艦『朝潮』入室いたします!」

 

 駆逐艦朝潮、蒼い瞳に長い黒髪をなびかせた少女。

 艤装の成長抑制効果で、見た目は11~2歳位の幼さだが今年で16になる。

 私が提督になってから何年もそばで支え続けてくれた頼れる秘書艦だ。

 真面目を絵に描いたような子だが、長く艦娘をやっているせいか一般常識に疎いところがあるのが玉に瑕だな、そこが愛らしくもあるんだが。

 

 「司令官、第八駆逐隊いつでも出撃可能です。ご命令を。」

 

 「わかった、だが敵がこれだけとは限らん、鳳翔と祥鳳の索敵が済むまで待機だ」

 

 「はっ!では、出撃ドックで待機します!」

 

 「少し待て。朝潮、この敵編成に見覚えはないか?」

 

 「敵の編成ですか?」

 

 退室しようとする朝潮、私は朝潮に先ほどの疑問をぶつけてみた。

 彼女は記憶力がいいから、もしかしたら私が忘れた内容でも覚えているかもしれない。

 

 「……私たちが参加した作戦では見た覚えはありません。ですが……」

 

 「ですが。なんだ?」

 

 「数は少ないですが。現在、呉が行っている大規模作戦の事前偵察の報告書で似たような編成を見た覚えがあります。」

 

 「!!」

 

 それだ!私も報告書で確かに読んだ、だからどこかで見た覚えがあったのだ。

 そうであるならば、グアム沖で呉が相手取っているはずの艦隊が北上して来たということか?

 

 「で、ですがそれはおかしくありませんか?もし敵艦隊が北上してきているのなら、呉の艦隊は一体何と戦っているというのです?」

 

 少佐の疑問はもっともだ、事前偵察ではこの3割増し程度の戦力しかグアム沖には確認されていない。

 仮にグアムの敵艦隊がほとんど北上して来ていたとしても……。

 

 「仮に北上して来たとしても、呉の哨戒網に引っかからずにこんな近海まで接近できるとはとても思えません。」

 

 そう、少佐の言う通り1隻2隻ならともかく、空母や戦艦まで含んだ大艦隊を見過ごすなど普通ならありえない。

 

 「哨戒に回す艦娘すら攻略に回したとかでしょうか?」

 

 「バカな!そうだとしたら慢心にもほどがある!」

 

 「ですが少佐殿!そうでも考えないと敵艦隊の北上に説明がつきません!」

 

 朝潮の意見もあり得ない話ではない、大規模作戦前に呉近海は神経質とも言えるレベルでの掃討が行われている。

 艦娘すべてを攻略に回したはないにしても哨戒要員を減らした可能性はあるな。

 だとしたら、大失態どころの話ではない。

 敵の主力を取り逃がすばかりか、担当軍区を素通りさせて手薄な横須賀まで敵の進行を許した事になる。

 

 「鳳翔より入電!提督に繋いでくれとのことです!」

 

 鳳翔から入電?索敵が完了したのか?

 

 「わかった、繋いでくれ」

 

 『提督、ご報告が』

 

 「何があった。」

 

 『新たな敵艦は発見できず、ですが少々おかしなことが』

 

 「ふむ、新手がいないのはいい知らせだ。で、おかしなこととは?」

 

 『敵の旗艦と思われる『戦艦凄姫』が単艦で不自然なほど艦隊から離れているのです。こちらの索敵機に気づいても撃墜すらしません』

 

 旗艦が艦隊から離れ索敵機を撃墜もしない?どういうことだ?

 

 「敵の連携はどうなっている?」

 

 「最低限の連携は取れているようですが、旗艦の指示で動いてるようには見えません。搦め手もなく、真正面から砲雷撃を繰り返すだけです」

 

 訳がわからん、こちらが展開しているのはたったの2艦隊、遅滞に努めさせてるとは言え力押しで突破できない戦力差ではない。

 

 「鳳翔、味方艦隊の被害状況は?」

 

 『由良が小破、暁、雷が中破、他は小破にも届いていません』

 

 「わかった、増援を送る、増援が到着しだい由良旗艦の艦隊を補給に下がらせろ。敵旗艦からは目を離すな。」

 

 『了解、通信終わり』

 

 敵が連携していないなら勝機はある、救援到着まで持ちこたえるのみだ。

 敵旗艦の行動が気がかりではあるが……

 

 「少佐、第9駆逐隊は?」

 

 「現在、補給を終え出撃ドックで待機中であります。」

 

 「よし、大潮、荒潮、第9駆逐隊で艦隊を組み由良の艦隊と交代させろ」

 

 「了解しました」

 

 「朝潮、由良艦隊の入渠と補給の準備を」

 

 「了解しました!」

 

 現状で打てる手は打った、あとは皆が持ちこたえてくれるのを祈るだけか……

 いつもこうだ、私は命令を下した後は祈ることしかできない。

 少女たちを戦場に送り出し、無事に帰ってくるのを祈るだけ……

 前線に出れないのがもどかしいとは陸軍時代には思ったこともなかったな。

 

 私は妖精が見える。

 ただそれだけの理由で私は陸軍から異動させられた。

 妖精が見え、コンタクトが取れるものが提督の最低条件らしいが、まさか私に適性があるとは夢にも思わなかったよ。

 2階級特進で鎮守府の提督、傍から見れば大出世なのは間違いないが、自分で戦えないというのは現場主義の私にとっては苦痛でしかない。

 まあ、朝潮に出会えたことは感謝しているのだがね。

 

 「失礼します!入室を許可願います。」

 

 まったく、真面目というか律儀というか。

 

 「許可する、入りなさい。」

 

 「はっ、入室いたします。」

 

 「由良達の容体は?」

 

 「暁が大破寸前でしたが3名とも命に別状はありません。ただ、由良さんはともかく、暁、雷両名の再出撃は難しいかと」

 

 「ふむ、救援要請の方はどうなっている?」

 

 オペレーターの方を見ると、ちょうど報告を受けたところだったようだ。

 私の方を振り向き淡々と報告を始めた。

 

 「現在、呉から海路で1艦隊、舞鶴から陸路で1艦隊こちらに急行してるとの報告が先ほど入りました。」

 

 どちらも到着まで3~4時間はかかるな……。

 だが向かって来てくれているのなら希望はある。

 敵の旗艦が指揮を放棄している現状なら遅滞戦闘を徹底させれば救援が来るまではもつ。

 

 「鳳翔から緊急入電!」

 

 さっきまでの淡々とした口調から一変、オペレーターが驚愕した表情で私を振り向いた。

 

 「なんだ?」

 

 「離れていた敵旗艦が戦闘海域を迂回、こちらに向かっています、と!」

 

 「なんだと!?」

 

 先ほどの希望が一瞬で打ち砕かれた。

 敵旗艦が戦闘海域を迂回?自分の艦隊を放棄してか?

 だがなぜ……。

 単艦で鎮守府を叩く気か?このタイミングで?

 いや、このタイミングだからか、艦隊を交代させた事で、こちらの戦力の上限に察しがついたな、交代はあってもこれ以上の戦力増強はないと見込んでの突撃か。

 姫級は人語を介し、思考も人間に近いと聞いてはいたが……戦術まで理解できるとは……。

 

 「敵旗艦なおも接近!そんな……速度が30ノットを超えています!!」

 

 「駆逐艦並の速度の戦艦だと!?そんな馬鹿な!!」

 

 いや、恐らくは最高速度で向かって来ているのだろう、それ自体はそこまで驚かなくていい。

 少佐の言う通り駆逐艦並の速度で戦闘が出来る戦艦ならまさしく脅威だが。

 

 「鎮守府までの距離、15海里を切りました!」

 

 どうする……由良艦隊の補給は間に合うか?

 間に合ったとしても水雷戦隊では足止め程度しか出来そうにないが。

 

 「少佐、由良艦隊の補給と修理は?」

 

 「さきほど作業にかかったばかりです!間に合いません!」

 

 ダメか、さてどうする?

 戦艦、しかも姫級の相手ができる戦力など……。

 即時出撃可能なのは朝潮だけ、入渠中の満潮に高速修復材(バケツ)を使えばなんとか……。

 ん?朝潮、なぜこちらを見ている?お前は何を言おうとしている?

 

 「司令官、現在出撃できる艦娘は私だけです」

 

 それはわかっている、だからなんだ?

 いやいい、言うな。

 君が言いたいことはわかっている。

 

 出撃させろと言うのだろう?

 私に出撃を命じろと言うのだろう?

 駆逐艦の君に戦艦を迎撃しろと、たった一人で戦艦棲姫を迎撃しろと。

 

 「司令官、ご命令を!」

 

 「何を言ってるんだ朝潮!いくら君でも駆逐艦一隻で戦艦の相手ができるわけがないだろう!」

 

 少佐の言うとおりだ朝潮、さすがに無理だ。

 それは……特攻と同じだ。

 

 「ですが現状で打てる手段はありません!司令官!ご決断を!!」

 

 「朝潮、君は来月には退役の予定だろ?それに退役後は提督と……」

 

 「少佐殿、それは今関係ありません。どのみち敵戦艦に攻撃されれば退役どころではなくなります!」

 

 「それは!そうなのだが……」

 

 「時間がありません司令官!私に出撃させてください!」

 

 ああ、君はいつもそうだ、いつも私の目をまっすぐ見つめ、私の命令を待つ。

 私は君を失うのが怖い。

 だが、それ以上に君の信頼を失うのが怖い……。

 君はもう、行くと決めてしまっているのだろう?

 例え私が命令を出さずとも、たとえ待機を命じようとも、君は行ってしまうのだろう?

 この鎮守府を、いや、私を守るために。

 

 わかったよ朝潮、私は君に命令を下そう、例え君の姉妹達に怨まれようと。

 君に命令違反の不名誉を背負わせるくらいなら、私は……。

 

 「わかった、駆逐艦『朝潮』に敵旗艦の迎撃を命じる」

 

 「了解しました!駆逐艦『朝潮』出撃いたします!」

 

 見事な最敬礼、瞳には一片の迷いもない……。

 行かせたくない、思わず引き止めそうになった私に君はこう言った。

 

 「それでは司令官、私は『いきます』」 

 

 君は『いってきます』ではなく『いきます』と言った。

 君はもう帰って来れないとわかっているんだな。

 君は死を覚悟してしまったんだな。

 

 朝潮がいってしまう。

 私の朝潮がいってしまう。

 黒髪をなびかせて指令所を出ていく朝潮を、私は止めることができなかった。

 私はきっと後悔する、君に下した命令を必ず後悔するだろう。

 

 君に失望されても命じるべきではなかった。

 君を鎖で縛りつけてでも行かせるべきではなかった。

 

 私を好きだと言ってくれた朝潮。

 私と一緒になる事を受け入れてくれた朝潮。

 私が愛した朝潮……。

 

 私はこの日を忘れる事が出来ないだろう。

 最愛の女性に『死ね』と命じる事しか出来なかったこの日を。

 




独自設定?独自解釈?

深海棲艦:基本的に原作準拠だが「イ級」などの名前は人類側からの呼称という設定。

妖精  :深海棲艦と同時に現れた手のひら大の小人。深海棲艦のコアから艤装を作ることができる。 

提督  :妖精が見え、コンタクトが取れる人間が就くことができる。

艤装  :妖精が深海棲艦のコアを元に作る。

艦娘  :艤装と同調した少女の総称。この作品では襲名制。同調した者は成長が抑制され、長く艦娘を務めているもの(特に駆逐艦)は外見と実年齢が合わないことがある。

装甲  :艤装から発生している力場。力場であるため、見た目が軽装でも艦種に見合った防御力がある。

  


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横須賀襲撃2

序章 第二話、朝潮視点のお話です。




 はじめて会った日の事を覚えていますか?

 

 桜の花が舞う季節。

 鎮守府の正面玄関の前に植樹された『ソメイヨシノ』の下で私はアナタと出会いました。

 

 私を見るなり、貴方はは言いました。

 『君のような幼い子が戦場にでるのか?』と。

 私は少しムッとしてしまいました。

 たしかに歳はようやく12になったところだけれど、面と向かって『幼い』と言われれるといい気分はしません。

 

 むくれる私に『すまんすまん、悪気はなかったんだ』と謝り、アナタは『ソメイヨシノ』を見上げてこう言いました。

 

 「もう5~6年もすれば君はこの『ソメイヨシノ』のような女性になりそうだな」と。

 

 当時の私は貴方が何を言っているのかわからず、『それは何かの暗号でしょうか?』と返した私を見て貴方は笑っていましたね。

 

 その日から、貴方と私の日々が始まりました。

 

 たくさん傷ついて。

 たくさん泣いて。

 仲間もたくさん失った。

 

 だけど同じくらいたくさん笑って。

 たくさんの仲間に出会いました。

 

 貴方はいつも私のそばにいてくれた。

 泣いてる時も、笑ってる時も。

 嬉しい時も、悲しい時も。

 貴方はいつでも私のそばにいてくれた。

 

 不謹慎かもしれませんが、私はそんな貴方との日々が幸せでした。

 

~~~~~~~~~

 

 「司令官、ご命令を!」

 

 何度目だろう、このセリフを言うのは。

 着任してから何度も私は司令官にこのセリフを言った。

 私の、司令官への想いをすべて込めたこのセリフを。

 

 だって、貴方の命令なら私はなんだってできる気がするから。

 だけど、貴方がこのセリフをあまり好きじゃないのも知っています。

 私を死地に送り出すたびに傷ついてるのも知っています。

 これが最後の命令になる事も知っています。

 

 ですが命令してください。

 貴方の命令なら、例え相手が戦艦だって沈めて見せます!

 例え刺し違えてでも!

 

 「何を言ってるんだ朝潮!いくら君でも駆逐艦一隻で戦艦の相手ができるわけがないだろう!」

 

 少佐殿、それはわかっています。

 だけど敵旗艦が艦隊を放り出して単艦で突撃、普通ならあり得ない事だけど、動かせる艦隊は迎撃で手一杯、艦隊が交代し帰投したタイミングでの迂回、そして強襲。

 鎮守府を落とす、ただそれのみが目的なら有効的だと思います。

 

 速度が駆逐艦並と言うのが気に入らないけどあくまで『最高速度』でしょう。

 『巡航速度』でそれならまさしくバケモノですもの。

 

 だけど、最低でも撤退に追い込めば敵艦隊そのものの撤退にも繋がるかもしれない。

 代わりに私が死ぬことになったとしても。

 駆逐艦一人の命と敵艦隊の撤退、天秤にかけるまでもないでしょう?

 

 「ですが現状で他に打てる手段はありません!司令官!ご決断を!!」

 

 司令官は迷ってる、この人は死ぬとわかっている命令を出すのを嫌う、優しすぎるんだ。

 このままでは貴方の命が危ないのですよ?

 私に、みすみす貴方を殺させろと仰るのですか?

 

 「朝潮、君は来月には退役の予定だろ?それに退役後は提督と……」

 

 ええ、来月には退役して司令官と入籍する予定でした……。

 だけど、このままでは司令官が死んでしまうかもしれない。

 そんなこと、私には耐えられない!

 

 「少佐殿、それは今関係ありません。どのみち敵戦艦に攻撃されれば退役どころではなくなります。」

 

 「それは……!そうなのだが……」

 

 「時間がありません司令官!私に出撃させてください!」

 

 ごめんなさい司令官、アナタを苦しませているのはわかっています。

 これが私のただの自己満足という事も、私が死ねばアナタが苦しむという事も。

 それがわかっていても、私はアナタが死ぬのが耐えられない。

 貴方が居ない世界で生きていても仕方ないもの、貴方が生きていてくれるだけで私は満足なんです。

 そのためなら、私は命なんて惜しくないんです。

 

 「わかった、駆逐艦『朝潮』に敵旗艦の迎撃を命じる。」

 

 「了解しました!駆逐艦『朝潮』出撃いたします!」

 

 ああ、司令官を悲しませてしまった。

 だけど司令官、ありがとうございます。

 私はアナタのために死ぬことに悔いはありません。

 この命に代えて貴方を守って見せます。

 

 「それでは司令官、私は『いきます』。」 

 

 だから私は『いってきます』ではなく『いきます』と言います。

 さようなら司令官、愛しています。

 

 

~~~~~

 

 

 空は晴天なれども波高し、向かう方向から砲撃音が響いてくる。

 鎮守府を出港して約20分そろそろ敵旗艦を目視で確認できてもいいはずだけど……。

 

 『駆逐艦朝潮聞こえますか?こちら艦隊司令部、聞こえていたら応答してください』

 

 司令部から通信?何か状況の変化でもあったのかしら?

 

 「こちら朝潮、どうぞ」

 

 『先ほど、重巡洋艦1隻が艦隊を離脱したとの報告が入りました。敵旗艦を追っている模様です』

 

 重巡が1隻こちらに向かっている!?しかも旗艦を追って!?

 まずいわ、もし合流されたら私一人では手の打ちようがないじゃない。

 

 『敵旗艦と重巡の合流は速度差と距離を考慮して約10分後と思われます。留意されたし』

 

 「了解、要は合流前に敵旗艦を撃破すればいいわけですね?」

 

 『それは……そうなのですが……』

 

 わかっています、たとえ合流されなくてもあちらは戦艦しかも姫級。

 対するこちらはただの駆逐艦、戦力差は圧倒的です。

 

 『提督が由良艦隊の補給が終わり次第向かわせると仰っています。ですからどうか……』

 

 「ご心配ありがとうございます。ですが安心してください。由良さんたちが到着するまでもたせて見せます!」

 

 『了解しました、ご武運を』

 

 通信が終わり、自分が言ったことの虚しさに思わず苦笑してしまう。

 味方が来るまでもたせる?

 無理でしょうね、なんとなくわかります。

 私はこの一戦でたぶん死ぬ。

 ただの勘ではあるけど、何年もの間戦場で培ってきた勘がそう言ってるんですもの。

 

 だけど!

 

 「ただでは死なない!アイツも道連れにする!」

 

 私は速度を上げる。

 早く見つけなければ、重巡と合流されたら相打ちもままならなくなる。

 そろそろ鎮守府から10海里、どこ?どこにいる!?

 

ドン!!

 

 「発砲音!?2時の方向!?」

 

 私は取り舵を切り着弾点から逃れる。

 

バシャアアアアアアン!!

 

 数秒前まで私がいた地点に水柱があがる。

 

 「初弾でなんて正確さなの!?」

 

 たまたまかもしれないけど、狙ってこれなら脅威だ。

 だけど……。

 

 「見つけた!距離4000!!」

 

ドン!!ドン!!

 

 敵の次弾!やはり正確に私を狙ってくる、でも!

 

 「この距離ならむしろ躱しやすい!!」

 

 砲弾が正確に私の進行方向を狙ってくるのだから躱すのは容易い、適当に乱射される方がよほど躱しづらいわ。

 時間はかけられない!一気に行く!

 

 「距離3000!主砲!てぇ!!」

 

ドン!ドン!

 

 敵の主砲に比べれば豆鉄砲みたいな私の主砲、だけど接近さえすれば相応のダメージは与えられる。

 今は目くらましになれば十分です。

 

ガイン!ガイン!

 

 敵の『装甲』に弾が弾かれるのが微かに聞こえる。

 私はあえて之字運動をせずに真っすぐ敵に向かう。

 敵の砲撃は正確なのだ、発砲と同時に針路を変えればそれだけで避けれる。

 私なら出来る!

 

ドン!ドン!ドン!ドン!

 

 「!!」

 

 敵が副砲に切り替えた!?

 けど連射速度は上がったけど、精度は相変わらず正確だ。

 避けれる!

 私は主砲で牽制しながら距離を詰める、あと1000!!

 

バシャアアアアアアン!バシャアアアアアアン!!

 

 私の周りに水柱が何本も立ち上がる、大丈夫、まだ行ける!!あと500!!

 うっすらとだが敵戦艦の表情が見える位置にまで来た、でもあの表情……あれは……。

 

 「笑って……る?」

 

 そう笑っている、何が可笑しいのだろう?

 矮小な駆逐艦が抗ってるのが滑稽だから?

 

 「バカにして!!」

 

 怒りにまかせて機関の出力を上げる!

 だけど怒っても冷静さは失わない、そう司令官に叩きこまれたから。

 距離300!敵の主砲が私を狙う、私はその主砲に向け、

 

ドン!

 

 発砲、弾は敵主砲の砲身に吸い込まれ、そして

 

ドオォォォン!!

 

 敵主砲が誘爆を起こし、敵の顔が驚愕に歪む。

 行ける、これなら!!

 

 「一発必中!肉薄するわ!!」

 

 必中の距離、この距離なら例え新米でも外さない。

 私は、左腕の魚雷発射管を構え魚雷を発射。

 いや、発射しようとした。

 だけどその時、敵旗艦が私の方を見ていないのに気付いた。

 どこを見ている?

 私から向かって3時の方向?

 

ズドオオォォォォン!!

 

 右腕に激しい衝撃と痛み、私は海面を衝撃の勢いに任せて転げる。

 何が起こった!?砲撃!?誰が!?

 いや、そんな事今はどうでもいい!

 敵旗艦を!!

 そう思い上半身を起こした時、私は自分の体の異変に気付いた。

 右腕が……無い?

 どうして?さっきまであったのに……。

 

 「あ……あああ……」

 

 無いと自覚した途端、激しい痛みが私を襲ってきた。

 痛い痛い痛い痛い痛い!!

 

 「腕が……私の右手……ああ……ああああぁぁぁぁぁっぁぁ!」

 

 一体誰が!?敵旗艦は砲撃できるような体勢じゃなかった、だとしたら誰が!?

 

 (さきほど重巡が1隻、艦隊を離脱したとの報告が入りました。敵旗艦を追っている模様です)

 

 司令部からの報告が頭をよぎる、そうだ、重巡が接近中だったはずだ、

 いや、でもあと数分は合流まで余裕があったはず……司令部が敵の速度を見誤った?

 

 「う……ううぅぅぅぅ……」

 

 痛みに意識が持っていかれそうになる。

 もう少しだったのに……あと一息だったのに……。

 あと一息で一太刀浴びせる事が出来たのに!

 

パシャ

 

 目の前に敵旗艦の足が見える……トドメを刺しに来た?

 

グイッ

 

 「あうっ!!」

 

 襟元を掴まれ、私は敵旗艦の目の前で持ち上げられた。

 綺麗な人……悪魔的な美しさと言ったらいいのかしら、戦闘中じゃなかったら見惚れていたかもしれないわ……。

 

 「すまなかったな、こんな形での決着は望んでなかった」

 

 何を言っているの?決着?コイツは勝負でもしていたつもりなの?

 

 「散々誘って出てきたのが駆逐艦だったときはガッカリしたが、貴様は駆逐艦にしておくのが惜しいほど強かったぞ」

 

 誘っていた?艦隊から孤立していたのも単艦で突撃してきたことも、全部艦娘と一対一で戦うためだとでも言うの!?

 

 「ふ……ざける……な!」

 

 そんなことのために鎮守府を!あの人を危険にさらしたのか!

 

 「ふざけてなどいない、私は貴様のような強者と戦うことが何より好きだ。」

 

 強者と戦うのが好き?なんだそれは、お前の趣味などどうでもいい!

 お前の趣味など知ったことか!

 許さない……。

 そんなことのためにあの人を危険にさらしたお前を絶対許さない!!

 

 「う……うう……」

 

 魚雷は?大丈夫、撃てる……。

 

 「諦めろ、勝負はついた、横槍でだがな。」

 

 横を見る敵旗艦、やはり重巡が合流していた。

 

 「もう貴様には自爆するくらいしか手段はないだろう?」

 

 私の左手を注視しながら敵旗艦が言う。

 自爆?望むところですよ……元より生きて帰る気などないのですから。

 

 「だけ……ど、お前はこの後鎮守府を襲うので……しょう……?」

 

 「私たちにとって目障りなのは確かだからな。そもそも『渾沌』の奴からあの施設を潰せと言われている。」

 

 『渾沌』?深海凄艦の名前?

 

 「ああ、名乗っていなかったな、私は『窮奇』。貴様らが私をどう呼んでいるかは知らんが」

 

 『窮奇』?それがこの戦艦凄姫の個体名?深海棲艦にも名前つける習慣があったんですね、新発見かもしれません。

 だけど今は……。

 

 「お前の名前なんかどうでも……いい!鎮守府は……あの人はやらせない!」

 

 「あの人?ではどうする?魚雷は無事みたいだが、撃たせると思うか?」

 

 『窮奇』が目を細め私の左手を掴もうとする。

 発射管を向けようとすれば妨害されるだろう、でも!

 

 「お前に向けて撃たなくたっていい!」

 

 私は『窮奇』と名乗る深海棲艦に持ち上げられているんだ、十分爆発の範囲内、しかも『窮奇』の『装甲』の内側!

 私は自分の脇腹に向かって魚雷を発射した。

 

 やっぱり生きて戻れなかったな……。

 だけどこれであの人を守れる……。

 私が死んでもあの人が死ぬことはない……。

 

 だから出て行ってもらいます、私と一緒に退場してもらいます。

 魚雷4発分とは言え『装甲』の内側です、仕留めそこなったとしても大破以上は確実でしょう?

 

 「この海域から!出ていけぇぇぇぇ!!」

 

ズドオオオオォォォォン!!!!

 

 立ち上がる水柱、私の体が弾けるのがわかる。

 ああ……意識が何処かに引っ張られている。

 死ぬってこんな感じなんですね、背中から後ろの方に引っ張られている感じがします……。

 ごめんなさい司令官、私はアナタに、私の死を背負わせてしまいました……。

 貴方が苦しむのがわかっているのに、私は少し満足してしまっています。

 最低な女ですね……貴方を苦しめるだけ苦しめて、自分は満足してしまっているんですから……。

 

 ああでも……最後にもう一度貴方に会いたかったな……。

 褒めて……貰いたかったな……。

 愛してるって、言ってもらいたかったな……。

 

 



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横須賀襲撃 3

序章 第3話、戦艦凄姫視点です。

序章は一応、次で終了の予定。


 はじめ見た時は取るに足らない存在に思えた。

 なにせ、小さく豆鉄砲のような砲しか持たぬ駆逐艦。

 期待外れもいいところだ、あの施設にはろくな艦娘がいないらしい。

 

 わざわざ艦隊から孤立して見せ、索敵機も見逃した。

 こちらから迫ってみてやっと出てきたのが駆逐艦とは……本当にがっかりだ。

 もうあの施設は潰してしまおう、『混沌』の言いなりになるのは癪に障るが少しは気が晴れるだろう。

 

 まずは、手始めにこちらに向かってきている駆逐艦から沈めるとしよう。

 私は、奴を一撃で沈めるつもりだった。

 駆逐艦の装甲など私の砲の前では無いのと同じなのだから。

 

ドン!!

 

 完璧な一撃だ、我ながら惚れ惚れする。

 距離、速度、風向き、全ての要因を考慮して放った一撃。

 数秒後にはあの駆逐艦は木っ端みじんになっているだろう。

 

バシャアァァァァン!!

 

 大きな水柱が上がる、

 さて、あの駆逐艦はどうなった?欠片も残さず吹き飛んだか?

 ん?水柱の横に人影?

 まさか避けたのか!?

 バカな!いや、まて、弾道計算が狂っていたのかもしれない。

 

 いかんいかん、駆逐艦と思って侮っていたようだ。

 私としたことが慢心とは……。

 ふむ、今のでこちらを見つけたな、馬鹿正直に突っ込んでくる。

 

ドン!!ドン!!

 

 さあ、今度こそ終わりだ。

 之字運動すら取らず、猪のように突進する命知らずめ。

 当ててくれと言ってるようなものだぞ?

 

 バカな!また避けただと!?

 進路もほとんど変えずに!?

 

ドン!ドン!

 

 奴の砲撃!だがそんな豆鉄砲など、

 

ガイン!ガイン!

 

 それ見た事か、駆逐艦の砲などで私の装甲が貫けるものか。

 砲が効かないのだ、奴は絶対に近距離での雷撃を狙ってくる。

 魚雷を喰らえばさすがの私でも、ただでは済まんな。

 ならば好みではないが。

 

ドン!ドン!ドン!ドン!

 

 私は砲撃を副砲に切り替え奴を撃つ、威力より連射重視、副砲でも相手が駆逐艦なら十分すぎる火力だ。

 さあ、避けれるものなら避けてみろ!

 

バシャアアアアアアン!バシャアアアアアアン!!

 

 奴の周りに何本も水柱が立ち上がる。

 これも……避けるのか?

 何だ?何なのだ?奴はホントに駆逐艦か?

 今までこんなことは一度もなかった、

 私の砲は相手が戦艦だろうが重巡だろうがすべて屠ってきた!

 その私の砲がこの駆逐艦にはカスリもしない!?

 

 「ハ……ハハハ……」

 

 笑っている?私が?

 

 「ハハハ、楽しい……」

 

 そう、楽しい!こんな気分は初めてだ!

 私の自慢の砲が通用しない!

 すべて躱される!

 ああ、駆逐艦と侮ったことを詫びねば。

 

 もっと!もっとだ!

 もっと撃ち合おう!!

 私はもっとお前と戦いたい!!

 

 ん?速度を上げた?どうした、何をそんなに急いている。

 私はもっとお前と踊りたいのに、お前はそうではないのか?

 そうか……残念だ。

 

 私は主砲を奴に向ける、さすがに距離が近すぎて私も被害を受けかねないが。

 この距離なら例えお前でも躱せまい?

 

ドン!

 

 奴が砲撃?どこを撃った?

 

ドオォォォン!!

 

 私の主砲の砲身!?私が主砲で応戦するのを読んでいた!?

 

 奴がさらに距離を詰める、まずい!

 この距離で魚雷を撃たれればさすがに躱せない。

 

 「一発必中!肉薄するわ!!」

 

 奴が魚雷を撃とうとしている、嫌だ、まだ満足していない!まだお前と戦っていたい!

 

 その時、私の視界に何か映った、なんだ?

 重巡?私が連れてきた艦隊の?

 なんでこんなところにいる、敵の艦隊と遊んでいろと言ったはずだ。

 私を追ってきたのか?

 おい、待て、貴様は何をしようとしている、何を砲撃しようとしている?

 

ズドオオォォォォン!!

 

 重巡が砲撃し、私に迫っていた駆逐艦の右腕に命中した。

 

 奴が吹き飛び海面を転がっていく。

 ああ、なんてことを……

 奴の流す血で海面が赤く染まっていく。

 すまない、こんな事になるなんて。

 痛いか?痛いだろうな、腕が吹き飛んだのだからな……。

 

 よくも邪魔を!

 私と奴との戦いに水を差すなど万死に値する!

 私は追ってきた重巡を睨む、なんだ?その態度は?

 何か悪いことをしたのかといった感じだな。

 まあいい、貴様の処分は後だ。

 

 「腕が……私の右手……ああ……ああああぁぁぁぁぁっぁぁ!」

 

 奴が苦しんでいる、無念だろうな、こんな形での決着など。

 

 「う……ううぅぅぅぅ……」

 

グイ

 

 「あうっ!!」

 

 私は奴を目の前まで持ち上げた、これは……助からないな……

 

 「すまなかったな、こんな形での決着は望んでなかった。」

 

 本当にすまない、私はもっとお前と……

 

 「散々誘って出てきたのが駆逐艦だったときはガッカリしたが、貴様は駆逐艦にしておくのが惜しいほど強かったぞ」

 

 私の正直な気持ちだ、もっとお前と戦っていたかった。

 

 「ふ……ざける……な!」

 

 どうした?

 なぜ怒っている?

 何か気に障ることを言ったか?

 

 「ふざけてなどいない、私は貴様のような強者と戦うことが何より好きだ。」

 

 お前は強い、私が戦ってきたどの戦艦や重巡などより、何が気に食わない?

 

 「う……うう……」

 

 何をしている?魚雷?ああそうか、お前はまだ私と戦ってくれる気なのだな。

 

 だが、

 

 「諦めろ、勝負はついた、横槍でだがな。」

 

 重巡を今一度睨む。

 相変わらず、なぜ睨まれているかわかってないようだ。

 

 「もう貴様には自爆するくらいしか手段はないだろう?」

 

 それはやめてくれ、私をここまで追い詰めたお前が吹き飛ぶところなど見たくない。

 

 「だけ……ど、お前はこの後鎮守府を襲うので……しょう……?」

 

 鎮守府?ああ、私が向かっていた施設の名か?

 

 「私たちにとって目障りなのは確かだからな。そもそも『渾沌』の奴からあの施設を潰せと言われている。」

 

 私にとってはどうでもいいことだが。

 ん?どうした?何を不思議がっている?

 私の名を聞きたいのか?

 

 「ああ、名乗っていなかったな、私は『窮奇』。貴様らが私をどう呼んでいるかは知らんが」

 

 『渾沌』奴につけられた名だがお前のような強者に覚えてもらえるなら光栄だ。

 

 「お前の名前なんかどうでも……いい!鎮守府は……あの人はやらせない!」

 

 違うのか?押し付けられた名だが「どうでもいい」と言われると少し傷つくな。

 

 「あの人?ではどうする?魚雷は無事みたいだが、撃たせると思うか?」

 

 あの人が誰の事かは知らぬが、貴様が吹き飛ぶところは見たくない、そのまま安らかに眠ってくれ。

 

 「お前に向けて撃たなくたっていい!」

 

 何!?何をする気だ!やめろ!

 

 「この海域から!出ていけぇぇぇぇ!!」

 

ズドオオオオォォォォン!!!!

 

 奴が魚雷を自分の体に向けて発射した。

 なんてことを……粉々になってしまった……

 私を追い詰めたお前にそんな死に方はしてほしくなかったのに……

 

 「キュ、窮奇サマ……」

 

 ん?ああ、そうだお前の処分がまだだったな。

 なんだ?私の体に何かついているのか?

 いや、違う。

 ついてないのか、今の爆発で左腕を持っていかれたようだ……。

 

 「早ク手当ヲ」

 

 痛い……痛いな……お前はこんな痛みに耐えていたのか……

 ふふ、なんだろうなこの感情は。

 うれしい?

 そう、うれしいだ。

 お前と同じ痛みを味わうことが私はうれしい。

 

 「フフフフフ……」

 

 「窮奇サマ?」

 

 大破寸前の中破と言ったところか……。

 この気分を台無しにしたくない……。

 

 「引き上げるぞ、艦隊にもそう伝えろ。」

 

 「ヨ、ヨロシイノデスカ?」

 

 「かまわん、奴へのせめてもの手向けだ。」

 

 お前はあの施設を攻撃してほしくなかったのだろう?

 勝負に横槍を入れてしまったせめてもの償いだ。

 ああ、また退屈な日々が始まる……。

 

 『混沌』の奴にいいように使われる日々が……。

 そういえば、奴の名前は聞けなかったな……。

 ん?あそこに浮いているのは奴の背負っていた艤装か?

 

 波間に艤装らしきものが漂っている、横に書いてあるのは……名前?

 

 『アサシオ』

 

 アサシオ?それが奴の名か?

 

 アサシオ……

 

 アサシオ……

 

 覚えたよアサシオ、私はお前の名をけして忘れることはないだろう。

 



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横須賀襲撃 4

序章 第4話。

満潮視点です。

次話から本編に突入します。




 入渠が終わって、最初に聞いたのは姉さんの死だった。

 

 「は?何言ってんの?」

 

 出迎えに来た少佐が出合い頭に伝えてくれた。

 いや、ありえないでしょ。

 姉さんは強いのよ?

 死ぬわけないじゃない。

 だいたい、あの司令官が姉さんを死なせるわけがない!

 

 「鎮守府のそばまで姫級の接近を許した、その迎撃に出て……朝潮は……」

 

 は?意味わかんない。

 姫級の接近を許した?

 いやそれはまだいいわ、よくはないけど……。

 

 「姫級の迎撃を一人でさせたってこと!?」

 

 そんなの特攻と同じじゃない!

 

 「他に出れる艦娘がいなかったんだ、それで、やむなく提督は朝潮に迎撃命令を出した。」

 

 そんな……他に艦娘がいなかった?

 呉の大規模作戦に艦娘を貸し出してるのは知ってるわ。

 でも、水雷戦隊二つ分は残ってたはずよ?

 残していた艦娘で防衛できないほどの艦隊に襲われてたってこと?

 私が入渠してる間に?

 

 「先ほど、大潮の艦隊が朝潮の艤装を回収したと報告が入った、行ってやりなさい……」

 

 「え、ええ……」

 

 嘘……嘘だ……姉さんが死ぬなんて……

 何年も艦娘をやっていて、横須賀の駆逐艦のまとめ役で、秘書艦で、時には軽巡の嚮導をやるほどの人なのよ?

 

 その姉さんが……死んだ?

 冗談にしたって笑えない。

 エイプリルフールには一か月早いわよ?

 

 桟橋に着くと、みんなが集まってるのが見えた。

 泣いてる?

 なんでみんな泣いてるの?

 ねえ、なんで?

 どうしたのよ大潮、いつもみたいにアゲアゲ~とか言いなさいよ。

 荒潮?何に抱き着いてるの?それは何?

 艤装?ダメじゃないそんなところに出しっぱなしにしちゃ。

 ああ、姉さんのか、酷くボロボロじゃない、どうしたの?

 

 「み……満潮……朝姉ぇが……朝姉ぇが……」

 

 何よ、大潮、そんな泣きじゃくって、アンタらしくない。

 

 「姉さん!!姉さん!!ああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 どうしたの?荒潮、姉さんはそこにはいないわよ?

 さあ、艤装をしまって迎えに行こう?

 まったく、姉さんらしくない、艤装を出しっぱなしでどこに行ってるのかしら。

 

 「満潮ちゃん、あの……聞いたと思うけど……朝潮ちゃんが……」

 

 嫌だ、言わないで鳳翔さん、その先は聞きたくない。

 

 「2時間ほど前、敵旗艦と思われる戦艦棲姫と交戦。撃破は叶いませんでしたが大破寸前まで追い込み。撤退させることに成功しました。」

 

 「へえ、さすが姉さんじゃない、で?姉さんはどこ?ああ、司令官に報告に行ってるのね。」

 

 艤装も片づけずに行くなんて、戦艦を撃退したのがよっぽど嬉しかったのね。

 

 「いえ、朝潮ちゃんは戦艦凄姫を巻き込み、自爆しました。立派な……最後でした。」

 

 自爆?何言ってるのよ鳳翔さん、艤装に自爆装置なんかないわよ?

 それとも何?自分も巻き込まれるような至近距離で魚雷でも撃ったの?

 

 「満潮ちゃん、辛いとは思うけど……」

 

 「う……さい……」

 

 「え?」

 

 「うるさい!さっきから何言ってるのよ!意味わかんない!姉さんが死んだ!?つくんならもうちょっとマシな嘘つきなさいよ!!」

 

 「満潮ちゃん……」

 

 「大潮、何泣いてんのよ!アンタこのたちの悪い冗談真に受けてるんじゃないでしょうね!」

 

 「満潮……鳳翔さんが言ったことは嘘じゃないの……朝姉ぇは……し……死んだの……」

 

 え?ちょっとちょっとやめてよ、アンタまでそんなこと言うの?

 

 「ねえ、荒潮、嘘よね?司令官のとこに行ってるだけなんでしょ?ねえ!何とか言いなさいったら!!」

 

 「う……ううううぅぅぅぅ……」

 

 ダメだ、艤装にしがみついて泣くばかりで話にならない。

 

 「大潮……アンタこのホラ話信じてるの?」

 

 「大潮だって信じたくなかった……。でも、姉さんがいたはずの海域には艤装しか残ってなくて……それでも信じられなくて鳳翔さんの索敵機が撮った映像も見せてもらって……」

 

 何よそれ……映像……?映像まででっち上げたの?

 な、なかなか手が込んでるじゃない。

 

 「提督からはアナタ達が望むなら見せてもかまわないと言われています……どうしますか?」

 

 提督?ああ司令官か、まったく呼び方は統一してよ紛らわしい。

 ん?そうよ……司令官がこの場にいないじゃない。

 姉さんが死んだっていうなら、あの司令官がいないのはおかしいわ!

 

 「司令官がいないじゃない、司令官はなにしてるの?」

 

 「提督は、事後処理に追われてるわ……たぶん、執務室にいると思う。」

 

 「ほらやっぱり嘘だ!姉さんが死んだって言うなら司令官がのんきに事後処理なんかしてるわけないわ!」

 

 そうよ!あの司令官なら真っ先にここに来るはずよ!

 

 「満潮……」

 

 「ね?大潮、やっぱり嘘よ、アンタも荒潮も騙されてんのよ!まったく!」

 

 「満潮!!」

 

「!?」

 

 何よ大潮、急に怒鳴って、やめてよ、なにを言う気よぉ……

 

 「朝姉ぇは死んだの!!現実を見て!戻ってきたのは艤装だけ!!朝姉ぇは……死んだんだよぉぉぉぉ……」

 

 大潮が私にもたれかかって泣きじゃくる。

 ホントに姉さんは死んだの?なんで?

 私が入渠してたから?

 だから一人で行かざるをえなかった?

 私が……私が動けなかったから姉さんは死んだ?

 

 私のせいで?

 そうだ私のせいだ。

 私のせいで姉さんが死んだ。

 私が姉さんを殺したんだ。

 

 「わ……私のせいだ……わた……私が……」

 

 「ち、違う!満潮のせいじゃない!あの時はああするしかなかったの!」

 

 ああするしかなかった?

 ほら、やっぱり私のせいじゃない。

 私が入渠してたからそうするしかなかったんでしょ?

 

 「だって……私が入渠なんかしてなかったら姉さんは一人で行かずに済んだ……」

 

 「満潮ちゃん、それは違います!自分を責めちゃダメ!」

 

 無理だよ鳳翔さん……

 どうしたって考えちゃうもの……

 私が入渠さえしてなければって……

 

 「ごめ……ごめんなさい……ごめんなさい、私の……私のせいで姉さんを死なせちゃった……」

 

 ああ、ダメだ。

 

 「満潮!もうやめて!ね?満潮のせいじゃないんだよ?」

 

 「だって私のせいじゃない……。私のせいで姉さんが……し……死んじゃったんじゃない!!私が姉さんを殺したんじゃない!!」

 

 もう止まらない。

 

 「ごべんなざい……わだじがよわいがらわだじがもっどつよかったらねえさんは……」

 

 「ごべん……ごべんね……大潮……荒潮……ごべんねぇぇ……」

 

 「満潮……そんなこと言わないで?大潮たちだって同じだよ?」

 

 違う、違うよ大潮。

 だって大潮たちは出撃してたんでしょ?

 私は弱かったから入渠してた、つまらない戦闘で被弾して、肝心な時に何もできなかった。

 

 「だから一緒に強くなろ?朝姉ぇの仇が討てるように……ね?」

 

 強くなりたい……こんな思いをするのはもう嫌。

 

 「うん……うん……」

 

 堰を切ったように泣き出した私の頭を、大潮が優しく撫でてくれる。

 

 さっきまで泣いてたクセに……お姉さんぶっちゃって……

 

 こんなに泣いたのはいつぶりだろう。

 初めて被弾した時?

 初めてみんなとケンカした時?

 初めて姉さんに怒られた時?

 わからないわからないけど、こんなに悲しいのはきっと初めて。

 

 それから、ひとしきり泣いた後、私たちは姉さんの偽装を工廠へ運んだ。

 姉さんの偽装はボロボロだった、痛かっただろうな……。

 

 「鳳翔さん、今日はここで寝てもいいですか?」

 

 「ええ、提督には私から言っておきます。」

 

 大潮が鳳翔さんから許可をもらって私たち3人は姉さんの偽装の横で寝ることにした。

 

 「布団なんて贅沢は言えませんが、整備員の方から毛布を借りてきました。」

 

 無理に大潮が明るく振る舞う、笑顔が歪んでるわよ?

 

 「みんなでこうやって寝るのはいつぶりかしら……」

 

 荒潮、アンタはいつも姉さんの布団に潜り込んでたじゃない。

 

 「今日は髪が痛んじゃう~とか言わないの?荒潮」

 

 大潮、それ荒潮じゃない。

 

 「それぇ、私じゃなくて如月ちゃんよぉ?」

 

 「そうだっけ?」

 

 ほらね。

 

 「そうそう!佐世保の子たちと合同キャンプした時だよ!」

 

 そんなこともあったなぁ……。

 

 「陸軍出の司令官が妙に張り切ってたわよねぇ。」

 

 ホント、散々な目にあったわ……。

 

 「司令官が『着火剤?そんなものに頼るな!火はこうやって起こすんだ!』って言ってさ!」

 

 結局うまくつかずに着火剤使ってたわね。

 

 「司令官が何かするたびに姉さんったら『さすがです司令官!』って言って目をキラキラさせちゃってたわねぇ」

 

 荒潮はテントで見てるだけだったわね。

 

 「司令官……なんで来ないんだろ……」

 

 「鳳翔さんが言ってたでしょ?事後処理が忙しいって。」

 

 それ自体はホントなんだろうけど……。

 

 「姉さんに会わせる顔が顔がない、とか思ってるのかもしれないわねぇ」

 

 そうかもね……。

 でも……たぶん司令官が来ないのは……

 それから私たちは、姉さんとの思い出話に花を咲かせた。

 笑ったことや、泣いたこと。

 楽しかったことや、怒られたこと。

 気づいたら3人とも眠ってしまっていた。

 姉さんとの思い出を夢に見ながら。

 

~~~~~~~

 

ゴン!

 

 ふいに頭部を襲った痛みで目が覚めた。

 犯人は……やっぱり大潮か。

 寝相の悪い大潮の肘鉄を頭に喰らってたたき起こされたのだ。

 

 「いっ痛ぅ……」

 

 まったく……だから大潮の横で寝るのは嫌なのよ。

 今何時?マルフタマルマル?

 まだ深夜じゃない……。

 

 痛みで完全に目が覚めてしまった私は、二人を起こさないように毛布から滑り出た。

 

 「春先とは言えこの時間は冷えるわね……」

 

 空気の冷たさに身震いしながら、私は工廠から外に出てみた。

 

 「星が綺麗……」

 

 洋上で見る夜空も綺麗だけど、鎮守府の夜空も捨てたもんじゃないわね。

 

ヒラ……。

 

 「ん?何?」

 

 桜の……花びら?開花はまだ先のはずだけど……。

 あっちから?鎮守府の正面玄関の方から?

 

 桜の花びらが舞っている、気が早いにもほどがあるでしょ、まだ3月になったばかりよ?

 風に舞う花びらに誘われるように私は歩いた、桜が舞う夜に散歩なんてなかなか洒落てるじゃない。

 

 10分ほど歩くと、狂い咲きしている桜が見えてきた。

 あの桜は……

 姉さんが前に嬉しそうに教えてくれたことがある。

 姉さんと司令官が出会った桜の木だ。

 

 「あれは……」

 

 桜の木にもたれかかるように座っている人影、なんだ、こんなとこにいたのね……。

 

 「ん?満潮か?どうしたんだ、こんな時間に」

 

 人影が私に気づいた、やっぱり司令官だ。

 

 「大潮の肘鉄でたたき起こされちゃってね、司令官こそこんなところで何してるのよ。」

 

 まあ、見ればわかるけどね、脇に一升瓶があるし。

 

 「見てわからんか?花見酒だ。」

 

 まあ座れと言わんばかりに視線で合図してくる。

 私は横に腰を下ろし、ついでに酌をしてやる。

 ありがたく思いなさい?

 

 「事後処理で忙しいって聞いたけど?」

 

 「ああ、それはもう終わったよ。もっとも、明日大本営に出頭せねばならんがな。」

 

 もう今日だけどね。

 

 「何か処罰を受けるの?」

 

 「いや、電話で聞いた限りだと逆に表彰されるらしい」

 

 「へえ、よかったじゃない。」

 

 その割には嬉しそうじゃないけど。

 

 「結果だけみれば、呉が取り逃がした敵艦隊を駆逐艦1隻と引き換えに撃退、鎮守府や街にも被害はなしだからな。表彰でもされなきゃ割に合わん」

 

 嘘だ、そんな苦虫を嚙みつぶしたような顔しちゃって……。

 それが自虐だって事くらい私にだってわかるわ。

 

 「それ、本気で言ってる?」

 

 「まさか」

 

 やっぱりね。

 

 「姉さんの艤装はどうなるの……?」

 

 「修理が終わったら養成所へ送られるそうだ、こればっかりはどうにもならん」

 

 そっか……姉さんの艤装もここからなくなっちゃうんだ……。

 

 「なんで……姉さんの所に行ってあげなかったの?」

 

 会わせる顔がなかった?

 

 「朝潮は……私の命令で戦死した」

 

 うん、そうだね……。

 後悔、してるの?

 

 「私は提督だ、私情を挟むのは職務を果たした後。でないと彼女に顔向けできない、そう思ったんだ……」

 

 やっぱりね、だけど、そんな司令官だから姉さんは好きになったんだね……。

 

 けど、

 

 「恰好つけすぎじゃない?」

 

 「ははは、そうかもしれんな。」

 

 そうよ、こんな時くらい格好つけなくてもいいのよ。

 泣けばいいのよ私たちみたいに。

 

 「でもな満潮。」

 

 「なに?」

 

 「男ってのはな、惚れた女の前じゃ格好つけたがる生き物なんだよ」

 

 は?何よそれ、男ってバカじゃないの?

 

 「あきれたか?」

 

 「ええ、ホント意味わかんない」

 

 「だろうな……」

 

 「でも」

 

 なんとなくわかるわ……。

 

 「ん?」

 

 「なんでもない!」

 

 「変な奴だ。」

 

 うっさい!

 

 「しかし、綺麗だな……」

 

 司令官が桜を見上げるのにつられて私も見上げる。

 

 「ええ、本当に……」

 

 この桜も、姉さんの死を悲しんでくれてるのかな……。

 狂い咲きした桜を無言で眺めながら私たちは物思いに耽った……。

 もう帰ってこない人を思って。

 花弁は、まるで涙のように舞い落ち、風に乗って飛んでいく。

 

 正化26年3月3日。

 この日私たちは、大切な人を失った。



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第1章 駆逐艦『朝潮』着任!
朝潮着任1


第1章 開始です。

前書きって何書けばいいかいまいちわからない……


 冬の寒さが身に染みる、もうすぐ春だとはとても思えない。

 ここは、三方を海に囲まれ、近くの街まで車でも2時間はかかるような田舎に設立された艦娘養成所,娯楽と言えば誰かが持ちこんだトランプくらい。

 

 ここに入所してもうすぐ3年になる私は、4年目を目前にして選択を迫られていました。

 

 「何?アンタここから出てくの?」

 

 最近『叢雲』の艤装に適合して艦娘になった叢雲さんが呆気にとられたような顔で聞いてきた。

 ちなみに、叢雲さんは1年前に養成所に来た人で私のルームメイトです。

 

 艦娘になる前は黒髪に黒目だったのに、艤装と適合してから腰まである長い髪は銀髪、瞳は赤みの強いオレンジに変わってしまった。

 私も艦娘になったら髪の色とか変わっちゃうのかしら?

 

 「出て行くんじゃなくて、出て行かされそうなんです!」

 

 「似たようなものでしょ?」

 

 た、たしかに……いえ違います!

 

 「出て行くにしても、明日の適合試験にパスできれば艦娘として出て行けます!」

 

 自分で言ってて虚しくなってくる……。

 その適合試験にパスできないから3年もここで過ごしているのに。

 

 「この間、私の適合試験したばっかりなのにまだ艤装が残ってたの?」

 

 「ええ、なんでも他所の養成所に死蔵されてた艤装が見つかったそうで……」

 

 「死蔵されてたって……。大丈夫なのその艤装、壊れてない?」

 

 適合者が現れずにしばらく保管される話はよく聞くけど、『死蔵』とまで言われるほど適合者が現れなかった艤装は私も聞いたことがない。

 そう言われると不安になるのでやめてください。

 

 「大丈夫だとは思いますけど……」

 

 教官の話では、最後の適合者から3年は誰も適合してないって聞いたけど……。

 だ、大丈夫ですよね?

 

 「そんな艤装の同調に挑まなくってもさぁ、軽巡課程に進むって手もあるんじゃない?駆逐艦が無理でも軽巡とか他の艦種なら適合するかもしれないんだし」

 

 駆逐艦の艤装に適合しなかった人が上の軽巡課程に進むことはよくある。

 駆逐艦の艤装に適合するのが精々10代前半なためです。

 ただ、私の場合は少し事情が異なります。

 上に進めないと言うより、進ませてもらえない理由があるんです。

 

 「それ、私の事情を知ってて言ってますよね?」

 

 「まあねぇ」

 

 艦娘の訓練は大きく分けて座学と実技に分かれます。

 座学は言わずもがなですが、実技は単純に運動ができればいいというものではありません。

 『内火艇ユニット』と呼ばれる訓練用の艤装と同調し、実際に洋上で訓練するんです。

 

 「内火艇ユニットにも同調できない、だっけ?むしろよくそれで3年も置いてもらえたわね」

 

 「そ、それを言われると耳が痛いです……」

 

 実際、内火艇ユニットに適合できない例は少ないです。

 下手をすれば男性でも適合する人がいるくらいですもの、それに適合できないから私は軽巡課程に進むことができないんです。

 

 余談ですが、この内火艇ユニットには同調式と機械式の二種類があり、機械式の方は操作さえ覚えれば誰でも使えます。

 装甲も速度も実戦で使えるレベルではないけど、訓練で使う分には内火艇ユニットは非常に有用です。

 これを使った事がない艦娘はいないんじゃないかな?

 

 「で、でも、機械式ならなんとか……」

 

 「機械式ってあの手で操作するやつでしょ?そんなので訓練して艦娘になれるわけないじゃない」

 

 至極ごもっとも、反論のしようがありません。

 

 「やはり……艦娘になるのはあきらめた方がいいんでしょうか……」

 

 「艦娘、特に駆逐艦なんか身寄りのない戦災孤児が食い扶持求めて来たのが大半よ?ならなくて済むならならないに越したことはないでしょ。」

 

 「私は別に食うに困ってってわけじゃ……」

 

 まったく困ったことがないわけじゃないけど、私が艦娘になりたいのは……。

 

 「アンタの場合、座学だけ(・・)は優秀なんだから士官学校に行くとかいいんじゃない?」

 

 『だけ』を強調しないでください、気にしてるんですから。

 

 「教官にも言われました。私が望むなら士官学校に推薦もできるって」

 

 「だったらそっちにしなさいよ、艦娘になったら常に前線よ?死に急ぐことないじゃない」

 

 だったら貴女はなんで……と言いそうになってやめた。

 艦娘になる子は訳アリが多い、叢雲さんもたぶんそう。

 特に多いのがさっき叢雲さんが言った戦災孤児、目的は食い扶持を求めてってのもありますけど『仇討ち』が目的と言う子が圧倒的に多いです。

 私も幼いころ深海棲艦の攻撃で家族を失っている、たしかに仇は討ちたいけど、それと同じくらい私は……

 

 「恩返し、だったっけ?」

 

 「え?」

 

 「アンタが艦娘になりたい理由よ、前に話してくれたじゃない」

 

 そう、私は深海棲艦に住んでた町を焼かれた時に助けてくれたあの人に恩返しをするために艦娘を目指したんです。

 艦娘になるのが恩返しになるかわからないけど、あの人の側で戦えたらな……と。

 

 「もっとも、恩返ししたい相手が陸軍の人だって聞いたときは笑っちゃったけどね」

 

 「し、仕方ないじゃないですか!その頃は陸軍と海軍の違いなんて判らなかったんですから!」

 

 これはホントに迂闊でした。

 まさか陸軍と海軍がほとんど別の組織だったなんて……。

 けど、私みたいに子供が就ける軍職なんて艦娘くらいしかなかったし……。

 

 「その人もアンタが艦娘になって前線にでてくなんて望んでないと思うわよ?」

 

 そうかな?そうでしょうね……。

 あの時、恐怖で泣きわめく私を抱き上げ、あの人は『もう安心していい、あとは俺たちがなんとかする』そう言って頭を優しく撫でてくれました。

 あの不器用な笑顔と、手のぬくもりは今でも忘れられません。

 

 「それはわかってます……。けど!きっかけは勘違いだとしても!一度目指したからにはまっとうする覚悟です!」

 

 そう!別の組織とは言っても同じ国の軍隊です。

 共同作戦とかあるかもしれませんし!

 

 「はいはい、それで3年もこんなところに居るっと」

 

 それは言わないで。

 

 「どっちみち、明日の試験をパスしようがしまいがアンタはここから出て行くんだから今日はもう寝なさいな。明日に響くわよ?」

 

 「あ、もうフタヒトマルマルか……」

 

 いつもならとっくに寝てる時間ですね。

 

 「明日の試験、私も見に行くわ、精々頑張りなさい」

 

 頑張るもなにもないのだけれど……ん?

 

 「見に来るんですか?」

 

 どうして?

 

 「1年も同じ部屋で過ごした仲だからね、最後くらい看取ってあげるわ」

 

 最後を看取るって……もうちょっと言い方が……。

 

 「不吉な言い方しないでください……」

 

 でも、ありがとう。

 

 私は二段ベッドの上の段に上がり布団にくるまった。

 不安でたまらない、叢雲さんに話して少し楽になった気はするけど、それでも完全には拭えませんでした……。

 

 「ねえ、まだ起きてる?」

 

 なんだろう、叢雲さんが布団に入ってから話しかけてくるのは珍しいですね。

 いつもすぐ寝ちゃうのに。

 

 「ええ、起きてます」

 

 「もし、もしよ?もしも明日の試験で落ちたらアンタは士官学校に行きなさい」

 

 「え?」

 

 「そこでアンタは提督を目指すの、それで……その……」

 

 「うん……」

 

 「提督になって私を秘書艦にしなさい!いいわね!」

 

 提督か、私がなれるとはとても思えないけど。

 でも、もしなれたら、貴女とだったらうまくやれそうですね。

 

 「ふふ、何年かかると思ってるんですか?」

 

 「な、何年かかってもいいのよ!私は絶対戦死なんかしないんだから!」

 

 うん、死なないでくださいね。

 私が友達って呼べるのは貴女くらいしかいないんですから。

 

 「わかりました、お約束します。ありがとう、叢雲さん」

 

 「ふ、ふん、別に礼なんかいらないわ!」

 

 相変わらず言葉はきついけど優しいですね。

 ツンデレ?って言うんでしたっけ?

 

 「おやすみ、叢雲さん」

 

 「ええ、おやすみ」

 

 私たちはそう言って眠りについた、叢雲さんと過ごせるのはあと少し、どうせなら笑顔でお別れしたい。

 ケンカもよくしたし、きついことも言われたけど、叢雲さんと過ごしたこの1年はすごく楽しかった。

 明日の試験、うまくいけばいいな……。

 

~~~~~~~~

 

 その晩、私は不思議な夢を見た。

 ここはどこ?

 見た事ない場所だけど懐かしい、大きな桜の木の下に私は立っていた。

 桜の向こう側には教本で見た『鎮守府』によく似た施設が見える。

 茶色い赤レンガの大きな建物。

 その入り口の正面にあるロータリーに植えられた桜の木の下に私は立っている。

 

 立派な桜、ソメイヨシノだっかな?

 

 『やっと会えたね。』

 

 桜を見上げていると、ふいに背後から声が聞こえた。

 振り返ると、そこには黒髪に蒼い瞳の少女が立っていた。

 歳は15~6歳くらいでしょうか。

 舞い散る桜を背景に長い黒髪が風になびいてすごく綺麗、私ももう少し大きくなればこの人みたいになれるかな。

 

 『あなたは、誰?』

 

 『私はーーーー。』

 

 『何?よく聞こえない』

 

 少女は、私の疑問など聞こえてないかのように。

 

 『どうか司令官を……あの人をよろしくお願いします』

 

 桜吹雪の中の少女はすごく嬉しそうで、でもどこか悲しそうな顔で、そう言った。

 司令官?司令官って誰?それによろしくって言われても……。

 

 訳がわからなくてうろたえる私を、少女は優しく抱きしめて、頭を撫でてくれた。

 少しびっくりしたけど、私は身を任せることにした。 

 だってすごくいい匂いなんですもの。

 

 ああ、すごく安心する、まるでお母さんみたい。

 お母さんって呼んだら怒られるかな?

 私が、少女になすがままにされていると。

 

 『きゃ!』

 

 急に風が強くなった、風に連れ去られるようにして少女も遠ざかっていく。

 私は慌てて追いかける、だけどまったく追いつけない。

 

 やだ、もっと頭をなでて!

 もっと抱きしめててよ!

 

 『待って!置いていかないで!待ってよ!』

 

 行かないで!もっと一緒に居て!

 不安で仕方がないの!

 試験に落ちたら私は……私は……。

 

 「あなたなら大丈夫、待ってるから。」

 

 大丈夫?何のこと?試験のこと?

 私がいくら近づこうとしても全然追いつけない、こんなに走ってるのに。

 

 『待ってよ!まだ一緒に居て……』

 

 「待って!!」

 

 少女を追って走っていたと思っていた私は、いつものベッドの上にいた。

 さっきのは夢?でも、それにしては景色とかが妙に現実的で……。

 

 「うるっさいわぇ……今何時だと思ってるのよ……まだマルロクマルマルじゃない……」

 

 下から叢雲さんの抗議が聞こえる。

 やっぱりさっきのは夢なのかな……。

 頬を涙が伝った跡がある、私は泣いていたの?

 

 「なんだか、スッキリしない寝起きになっちゃったな。」

 

 叢雲さんを起こさないようにベッドから降り、夜明け前の寒さに身を震わせながら身支度を整えた私は海辺を散歩することにした。

 

 養成所の寮から5分も歩けば海が見えてくる。

 海と山しか見る景色がないとは言っても、夜明け前の海というのはいいものね。

 ちょっとだけ気分が高揚します。

 

 砂浜をゆっくり歩いていると水平線が明るくなってきた。

 もうすぐ朝が来る。

 私の運命を決定づける朝が。

 今日、私は最後の試験を受ける。

 私が艦娘になれるかどうかの最後の試験。

 

 昨日までは不安でいっぱいだったけど、今は不思議となんとかなるような気がしてきてる。

 夢のおかげかな?

 

 朝日が海面に顔を出し始めた。

 今日もいい天気になりそうね。

 昇る朝日を見つめていた私の頭に言葉が浮かんできた。

 駆逐艦教本の最後のページに毛筆で書かれた言葉。

 

 「暁の水平線に勝利を刻みなさい……」

 

 誰が書いたのかは知らないけど、私はこの言葉が好き。

 心が奮い立つ気がする。

 うん、刻んでみせる。

 まずは今日の試験だ!

 相手は艤装、私の勝利条件は艤装と同調すること!

 

 心の準備はできた。

 さあ、かかってこい!

 

 「勝負なら、いつでも受けて立つ覚悟です!」

 

 私は昇る朝日に宣言し、養成所への帰路についた。




出てきた設定など

内火艇ユニット:同調式と機械式があり、同調式は使用者と同調し脳波コントロールできまれに男性でも同調できる。機械式は操作レバーなどがあり男女問わず操作さえ覚えれば使用可能。速度は10ノット程度しかだせえず装甲フィールドもないようなものなので実戦では使い物にならない。

艦娘養成所:日本各地にあり志願制、各艦種ごとに課程があり下の課程から上の課程へ進むこともできる。在籍期間は平均で1~2年、艤装と同調し次第数日の完熟訓練を経て各鎮守府へ配属される。

髪の色等:艤装と同調すると髪や瞳の色が変化することがある。

艦名:艤装と同調が成功すると本名は伏せられ艤装と同じ艦名で呼ばれるようになる。


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朝潮着任 2

 対深海凄艦用装着型海上自由航行兵装適合試験、うん、長い、考えた人はきっと暇を持て余していたに違いない。

 

 長く大層な名前をつけている割にやることは簡単だ、艦娘が背負う『機関』と呼ばれる艤装のユニットを装着し意識を『機関』に集中するだけ。

 

 脳波計や脈拍計など、いろいろ計測器もつけられるけど、これ自体は試験になんの関係もない、あくまで被験者の体調をモニターするだけだ。

 

 もっとも、その『集中するだけ』の試験に私は落ち続けてきたわけだけど。

 

 「準備はいいか?」

 

 「はい、いつでもかまいません。」

 

 私は『機関』を背負い、体中に計測器につながるコードをつけられていく、私はこれがあまり好きではない、なんだか操り人形になったみたいな気分になるから。

 

 「『アサシオ』?聞いたことない艦名ね。」

 

 試験に同席している叢雲さんが『機関』に書かれた艦名を見て不思議そうな顔で教官に尋ねた。

 

 私も聞いたことがない、でも艤装の形状は『大潮型』に似てるかしら?

 

 「これは朝潮型一番艦『朝潮』の艤装だ。」

 

 教官がどこか懐かしむような顔で教えてくれた、教官はこの艤装のことを知ってるのかしら?

 

 「朝潮型?大潮型の間違いじゃなくて?」

 

 私に代わるように教官に叢雲さんが尋ねる、叢雲さん興味津々ね、今まで人の偽装に興味持ったことないじゃない。

 

 「いや、大潮型が間違いなんだ叢雲、大潮は朝潮型の2番艦だ。」

 

 「ではなぜ、大潮型と呼ばれているのですか?」

 

 長い間養成所にいる私ですら、朝潮型という艦型は今まで聞いたことがない、何か事情でもあるのかしら。

 

 「君たちは、『横須賀襲撃事件』を知っているか?」

 

 「なんだっけ?」

 

 叢雲さん、座学で習ったわよ。

 

 「たしか、呉鎮守府がグアム沖で攻撃予定だった艦隊が北上して横須賀鎮守府の目前まで迫った事件だったかと。」

 

 その事件で駆逐艦の子が一人戦死したと聞いた覚えはある。

 

 「そう、その事件の最中、鎮守府目前まで迫った敵戦艦を迎撃、撃退した駆逐艦がこの『朝潮』の前の使用者だ。」

 

 「戦艦を撃退!?すごいじゃない!なんでそんな武勲艦が無名なのよ。」

 

 たしかに、そんな手柄を立てた駆逐艦がほとんど無名だなんておかしいわ。

 

 「それは私にはわからない、ただあの子は……先代の『朝潮』はそういうことに興味がない子だったからな……ああだが、勲章は送られたと聞いたな。もっとも、受け取ることはできなかったが。」

 

 じゃあ、戦死したという駆逐艦って『朝潮』?命と引き換えにして敵戦艦を撃退したの?

 

 「教官は先代の『朝潮』さんをご存じなのですか?」

 

 「ああ、私は当時、横須賀鎮守府の司令部に勤めていてね、そこで何度か話したことがあるんだ。」

 

 「どうして朝潮さんは……」

 

 どうして先代の『朝潮』さんは命がけで敵旗艦に向かっていったんだろう。

 

 武勲や勲章に興味もない彼女は、何のためにその命を散らしたんだろう。

 

 「朝潮がどうかしたか?」

 

 「い、いえ、なんでもありません。」

 

 わからない、この艤装と適合することができればわかるのかな、艤装と同調すると前の使用者の記憶が流れ込んでくる事があると聞いたことがあるし。

 

  「とにかく、その事件以降、『朝潮』の艤装は適合者の現れないまま、各養成所をたらい回しにされた、3年もの間な。」

 

 「3年も適合者がいないんて、身持ちの堅い艤装ね、それで巡り巡ってこの養成所に流れ着いたってわけ?」

 

 艤装に『身持ちが堅い』は当てはまるのかしら?

 

 「ああ、『朝潮』の艤装がここに送られてくると聞いたときは耳を疑ったよ、何せどこの養成所にあるかわからなくなっていたからな。」

 

 教官……それは管理が悪いだけでは……

 

 「まあそんな事情もあって、いつのまにか朝潮型ではなく、大潮型が間違って広まってしまったんだ。」

 

 なるほど、ネームシップの朝潮が何年もいないから現役で戦う大潮がネームシップと誤解されたのか。

 

 「今の大潮さんは当時の大潮さんと同じ人なんですか?」

 

 「ああ、退役したとも戦死したともは聞いていない、おそらくまだ横須賀にいるだろう。」

 

 先代の『朝潮』さんが戦死して大潮型と呼ばれるようになった時、大潮さんはどんな気持ちだったんだろう……姉の死によって回ってきたネームシップの座。

 

 私だったら悲しくて泣いてしまうかもしれない、だって呼ばれるたびに思い出しちゃうもの、姉が死んだことを。

 

 「教官、そろそろ。」

 

 モニターを担当してる医師が時間が押してることを告げてきた。

 

 「わかった、では駆逐艦『朝潮』の適合試験を始める。」

 

 「気楽にやんなさい、今までうまくいかなかったんだから、これで失敗しても今さらって感じでしょ?」

 

 だからもうちょっと言い方を……でも、うん、頑張るわ。

 

 私は背中の艤装に意識を集中し始めた、叢雲さんに聞いた話だと、同調し始めると前の使用者の記憶が垣間見えるとか。

 

 「脳波、脈拍等、各バイタル異常なし。今のところは問題はないようです。」

 

 医師がモニターの結果を伝える声が聞こえる。

 

 気を取られちゃダメ、集中しなきゃ。

 

 私はさらに意識を艤装に集中する。

 

 お願い、私と同調して、でないと私は……

 

 これが最後のチャンスなの!

 

 (どうか司令官を……あの人をよろしくお願いします。)

 

 ふと、夢で見た少女の言葉が頭をよぎった。

 

 桜の木が植えられた鎮守府に似た建物、行ったことがないはずなのになぜか懐かしくて……愛おしくて……。

 

 そうだ、思い出した。

 

 あそこは、あの場所は……

 

 そこまで思った時、急に目の前が真っ白な光に包まれた。

 

 『君は?』

 

 気が付くと私は、白い士官服に身を包んだ男の人の前に立っていた。

 

 この人は誰だろう、顔が逆光で見えない。

 

 『本日付けで着任しました。駆逐艦『朝潮』です!』

 

 口が勝手に動く、これは私がしゃべっているの?

 

 『君が朝潮か、君のような幼い子が戦場にでるのか?』

 

 幼いなんて失礼です!たしかに歳はようやく12になったところだけれど……

 

 あれ?何かおかしい、私は今年で13だ、なのになんで12だなんて。

 

 『すまんすまん、悪気はなかったんだ』

 

 〖私〗がムッとしていることに気づいたのか、男の人が私に謝って桜を見上げた。

 

 『もう5~6年もすれば君はこの『ソメイヨシノ』のような女性になりそうだな。』

 

 桜を見上げていた男の人がそんなことを言ってきた、ソメイヨシノのような女性?

 

 染井佳乃とでも改名しろってことかしら?

 

 『それは何かの暗号でしょうか?』

 

 思わずそう言ってしまった、だってわからないんだもの。

 

 『ハハハハハハハ、そうか、わからないか、いやいい、忘れてくれ。』

 

 笑われてしまった……後で調べてみよう。

 

 『私が当鎮守府の提督だ、駆逐艦朝潮、貴官を心より歓迎する。』

 

 提督と名乗った男の人が手を差し伸べてきた。

 

 大きくて暖かそうな手、〖私〗は提督の手を取りこういった。

 

 『はい!こちらこそよろしくお願いします!』

 

 これが、〖私〗と司令官の出会いだった。

 

 ザザ……

 

 場面が切り替わって行く、これは〖私〗の記憶。

 

 違う、これは先代朝潮の記憶、艤装に残った思いが私に流れ込んできてる。

 

 『駆逐艦大潮です!小さな体に大きな魚雷! お任せください!』

 

 この人が大潮さん?元気そうだけどどこか危なっかしい感じがする。

 

 『満潮よ。私、なんでこんな部隊に配属されたのかしら。』

 

 今度は妙にツンツンした満潮さん、叢雲さんと感じが似てるかしら?

 

 『あら。自己紹介まだでしたかー。私、荒潮です。』

 

 荒潮さんは妖艶なお姉さまって感じかしら?なんかずっとあらあら言ってる。

 

 この子たちが〖私〗の姉妹艦たち、この子たちと〖私〗は第八駆逐隊を結成し、いくつもの戦場を渡り歩いた。

 

 ザザ……

 

 また場面が切り替わる、今度はどこ?

 

 『わかった、駆逐艦『朝潮』に敵旗艦の迎撃を命じる。』

 

 司令官がとても苦しそうな顔をしている、そんな顔をしないでください、アナタは〖私〗が必ず守って見せます。

 

 アナタに害をなそうとするものは〖私〗が絶対に許さない!

 

 アイツだ、アイツが司令官を!

 

 〖私〗の司令官を殺そうとしている!

 

 許さない許さない許さない許さない、絶対に許さない!!

 

 例え〖私〗の命と引き換えにしてでもアイツを司令官に近づけるものか!

 

 心を怒りが支配していく、アイツって誰?〖私〗は誰をこんなに憎んでいるの?

 

 やめて!頭が変になりそう!

 

 私が覚えのない怒りに気が狂いそうになっていると誰かが私を抱きしめてくれるのを感じた、あぁ、また来てくれたんだ……

 

 『ごめんね』

 

 なんで謝るの?

 

 『私の最後の感情があなたを苦しめてしまったから。』

 

 アナタは誰かを恨んで死んでしまったの?

 

 『ええ、私は鎮守府を襲った敵の旗艦を、窮奇と名乗った戦艦凄姫を恨んで死んだ。』

 

 どうして恨んだの?殺されたから?

 

 『悔しかったのかな、あの人を殺そうとした窮奇を私は仕留めることができなかったから。』

 

 復讐したいの?

 

 『どうだろう、正直、復讐とかはどうでもいいと思ってる。』

 

 他に未練があるの?

 

 『未練……未練か……もし叶うなら、もう一度、あの人に会いたい……あの人と話がしたい……あの人に……抱きしめてほしい。』

 

 そうか、アナタは司令官の事が好きだったんだね。

 

 だからアナタは命を懸けて戦艦に立ち向かったんだ。

 

 大好きな司令官を守るために。

 

 だったら会いに行こう。

 

 『え?』

 

 私と一緒に、私が司令官に会わせてあげる!

 

 だから、代わりにアナタは私に力をください!

 

 『だけど、それは……艦娘になればアナタは戦場に出なきゃいけなくなるのよ?』

 

 元よりそのつもりです!

 

 でなければ艦娘になろうなんて思いません!

 

 『死ぬかもしれないのよ?』

 

 私は死にません!絶対に!

 

 『どうしてそう言い切れるの?』

 

 だって私がなるのはアナタだから!駆逐艦〖朝潮〗だから!

 

 『ずいぶんと買いかぶってくれるのね、〖私〗は何の特徴もない量産型駆逐艦よ?』

 

 駆逐艦教本の最初のページに書いてあります!

 

 『え?』

 

 曰く、〈駆逐艦の実力はスペックではない。〉と!

 

 『ああ、あの教本、まだ使われているのね。』

 

 アナタもあの教本で勉強したのですか?

 

 『いいえ、〖私〗が艦娘になった頃は何もかもが手探りだったから。』

 

 ではどうして教本の事を?

 

 『その教本はね、〖私〗ともう一人別の艦娘とで書き上げたの。』

 

 ではあの教本はアナタが!?

 

 『ええ、最初と最後のページにそれぞれ一言づつ添えてね。』

 

 アナタは、どちらのページに?

 

 『最後だったかな?もっとも、私はいい言葉が思いつかなかったから司令官の受け売りをそのまま書いちゃったんだけどね。』

 

 アナタがあの言葉を……

 

 でしたら猶更、私はアナタの名を継ぎたくなりました。

 

 アナタと一緒に刻ませてください。

 

 私はアナタと一緒に暁の水平線に勝利を刻みます!

 

 『……その決意に、偽りはないのね?』

 

 はい!お約束します、アナタをもう一度司令官に会わせると、そして絶対死なないと!

 

 『わかったわ、なら〖私〗はアナタに力を与えます。駆逐艦ではあるけれどアナタが求めてやまなかった力を。』

 

 そして〖私〗は私を包み込むように抱きしめてこう言った。

 

 『おめでとう、いいえ、おかえりなさい駆逐艦〖朝潮〗。』

 

 彼女の言葉とともに視界が開け、私は元の場所に戻っていた。

 

 なんだか首が痛い気がする、目の前には叢雲さん、そんな心配そうな顔してどうしたの?

 

 「ちょっと!大丈夫なの!?ねえ!返事しなさい!!」

 

 叢雲さん痛いよ、そんなに肩をゆすらないで、大丈夫だから。

 

 「練度1で安定、同調成功しました!」

 

 同調成功?ああそうか、私は適合試験を……ん?

 

 「同調……できたの?」

 

 私が?

 

 「そうだ、おめでとう、今日から君は駆逐艦朝潮だ。」

 

 実感が沸かない、同調したっていっても普段と変わらないし……ああでも、背中の艤装が軽く感じる、これが同調するってこと?

 

 「大変だったんだから!急に変なこと言いだすし、頭とかガクガクさせちゃってさ!」

 

 それで首が痛いのかな、半分は叢雲さんのせいな気がするけど。

 

 「そうか……私、同調できたんだ……」

 

 私は艦娘になれたんだ。

 

 「やっとやっとなれた……私、艦娘に……う、うううぅぅぅぅぅ」

 

 艦娘になれたと実感したとたん涙がでてきた、悔しかった、落ちこぼれと呼ばれて。

 

 私より後に入所した子が先に艦娘になるのが羨ましかった。

 

 出て行けと言われて悲しかった、でもそんな日々がやっと終わったんだ。

 

 私は今日、艦娘になったんだ! 

 

 「ちょ、ちょっと!泣かなくてもいいじゃない!」

 

 だって、3年間ずっとなれなくて、内火艇ユニットにすら同調できなくて、落ちこぼれ扱いされてた私が艦娘になれたのよ?泣くななんて無理よ。

 

 「ごめん、でもでもぉぉぉぉぉ」

 

 「まったく、でも、よくやったじゃない。おめでとう、朝潮。」

 

 それから私は叢雲さんに寄り添って泣いた、叢雲さんは私が泣き止むまでずっと頭をなでて慰めてくれた。

 

 夢のような時間の中で〖朝潮〗と交わした約束も覚えてる、会いに行けるよ〖朝潮〗司令官に会いに行こう。

 

 そして一緒に戦おう、アナタとなら私はなんでもできる気がする。

 

 正化29年2月。

 

 私は、駆逐艦朝潮になった。

 




今回でてきた設定

対深海凄艦用装着型海上自由航行兵装:艤装のこと、ぶっちゃけそれっぽい単語並べただけです。

練度:この作品では練度=同調率って感じで扱います。練度1で同調率1%的な。練度が上がるごとに艤装の反応速度等々が上がっていくということで。

機関:艦娘が背中に背負っている艤装のメインユニット、ここから砲とか魚雷などのサブユニットの制御を行う。


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幕間 提督と由良 1

 二月半ばとは信じられないほど気持ちのいい柔らかな空気が流れている、日差しが反射して、鎮守府から見える海がきらきらと美しい光を放っている午後、提督さんに一本の電話がかかってきた。

 

 「はい、迎えはこちらから送ります。いえいえ、私の我がままのようなものなので、はい、はい、ではそのように。」

 

 迎え?最初に対応したのが私だから艦娘養成所からかかってきたのはわかってるけど、鎮守府側から迎えを送るなんてどんなVIPなのかしら。

 

 私は、提督さんの執務机の横に設けられた秘書艦用の机で書類に目を通すふりをしながら提督さんの会話を盗み聞きする、誰かを迎えに行くのはわかるんだけど……ダメだ肝心なところが会話に出ない。

 

 「ふう……」

 

 電話での会話を終えた提督さんが酷く疲れたように椅子に深くもたれかかった。

 

 「電話だけでえらくお疲れですね。」

 

 「ああ、別に疲れた訳じゃないんだ、ただ……なんと言っていいのかな……」

 

 そう言ってうつむく提督さんの顔は、なんだか悲しそうと言うか嬉しそうと言うか、相反した感情をうまく制御できていないような。

 

 「〖朝潮〗の……適合者が現れた……」

 

 ああそれで……

 

 「3年……か……長かったような短かったような……」

 

 そこまで言って、喉まででかかった次の言葉を胸の奥に収めるように、提督さんは窓の外を見上げた。

 

 「八駆の子達、喜びますかね?」

 

 「どうだろうな、嫌うことはないだろうが、複雑だろう。」

 

 かつての姉の艤装を使う別の子が来る、3年経ったとは言えまだあの子達の心の傷が癒えたとは思えない。

 

 大潮ちゃんなどは大潮型と揶揄される度に「いやだなぁ大潮は朝潮型ですよ~」と、その場では笑っているけど、その目はなんともいえない悲しさを浮かべている。

 

 「嚮導は誰になさるつもりですか?由良がやりましょうか?」

 

 「いや、満潮にやらせようと思っている。」

 

 提督さんの意外な人選に思わず驚いて目を白黒さてしまった、満潮ちゃん?大丈夫なの?

 

 「提督さん、それ本気?」

 

 満潮ちゃんは横須賀鎮守府で近づきたくない艦娘No,1の座をこの3年間ほしいままにしている、訓練では無駄口一つ叩かずひたすらストイックにこなし、自由な時間ですら姉妹艦、特に八駆の子意外とはまともに口も利かないし過ごそうともしない。

 

 「もちろん本気だ、どのみち八駆として行動していくことになるんだ、八駆の子達とは早めに打ち解けた方がいい。」

 

 それはそうだけど、それにしたっていきなり満潮ちゃんはハードルが高すぎる。

 

 「せめて大潮ちゃんじゃダメなんですか?それか荒潮ちゃんでも。」

 

 「大潮は駆逐艦のまとめ役や秘書艦である君の補佐等でやることが多い、これ以上負担はかけれんさ。荒潮は……そもそも嚮導に向いていない、あの子は感覚だけで戦うタイプだからな。」

 

 「でもそれでは……」

 

 朝潮ちゃんが潰されかねない、そう言いかけた自分に歯止めをかけるように私は言葉を飲み込んだ。

 

 「君の気持ちもわかるが、心配する必要はない。」

 

 「でも!」

 

 満潮ちゃんを貶める気はないけど、普段の満潮ちゃんの態度を見ていると反対せずにはいられない。

 

 「私はな、八駆の子の中で一番苦しんだのは満潮だと思っているんだ、あの子はあの時、入渠していて出撃できなかったことをいまだに悔やんでいる。」

 

 「それは知っています、ですが……」

 

 だからといって他人と……一緒に戦う仲間と壁を作っていいとは思えない。

 

 「あの日から今日までの満潮の入渠の回数を知っているか?」

 

 「入渠……ですか?いえ、入渠の手続き自体は由良がやっていますがさすがに回数までは……あれ?」

    

 最後に満潮ちゃんの入渠の手続きをしたのっていつだっけ……

 

 「12回だ、この3年でな。」

 

 「3年で12回!?」

 

 そんなことあり得ない、戦闘にでればどこかしら負傷するし、訓練で事故を起こすこともある。

 

 艤装の修理は整備員さんと妖精さんが行ってるとはいえ、艦娘本体、人間の部分は治療を受けなければならない入渠とはこの修理と治療を併せて入渠と言うのだ。

 

 それが3年でたったの12回、常に鎮守府にいて訓練ぐらいしかしないと言うなら話は別だけど、八駆は横須賀の駆逐艦で最高練度を誇り、大潮ちゃんと荒潮ちゃんは改二改装も受けてる。

 

 「八駆の出撃頻度ってかなり高かったですよね?」

 

 「当り前だ、私の直属だぞ?大事な作戦には必ずあの子たちを使う。」

 

 ですよね……でも、それでその入渠回数はちょっと辻褄があわないような……

 

 「満潮はこの3年間、回避技術を徹底的に磨き上げた、だが逃げ回るわけではないぞ?それだと駆逐隊として連携が取れないからな。」

 

 駆逐隊としての連携を乱さずに敵の攻撃に当たらないようにする?どうやって?

 

 「この12回だって最初の数か月と大規模作戦時に味方をかばってのものだ、それ以外であの子が被弾した回数は0、回避技術だけなら全艦娘一かもしれんな。」

 

 「そんなすごいことをしてたなんて……全然知りませんでした……」

 

 「それにな、あの子は優しすぎるんだよ。」

 

 「優しすぎる?満潮ちゃんがですか?」

 

 信じられない、提督さんは普段の満潮ちゃんを見てないからそういうことが言えるんじゃ?

 

 「ああ、あの子は自分が死んだときに誰かが悲しまないようにワザと壁を作っているんだ、大切な人が死んだときにどれだけ悲しいか、あの子は身をもって知っているからな。」

 

 「だから、誰かの大切な人にならないようにしてるって事ですか?」

 

 「まあ、さすがに大潮や荒潮、それに私の前では素が出てしまうがな。」

 

 「大潮ちゃんや荒潮ちゃんはわかりますが、提督さんの前で素直な満潮ちゃんって想像できないんですけど。」

 

 むしろ満潮ちゃんの提督さんへの態度を見てると嫌われてるとしか思えない。

 

 「人の前だと取り付く島もない感じだがな、たまに二人で飲むことがあるんだが、その時は本音で話をしてくれるんだ。」

 

 へぇ、満潮ちゃんって提督さんと飲んだりするのね、意外すぎる……ん?

 

 「あ、あの、ちょっといいですか?」

 

 「なんだ?」

 

 「満潮ちゃんにお酒飲ませてるんですか!?長い事艦娘をやってるのは知ってるけどまだ10代ですよね!?」

 

 それに二人っきりで飲酒だなんて……間違いとか起こしてないかしら。

 

 「飲ませるわけないだろう、それに二人で飲むとは言っても鳳翔のところだ、君が心配するような事は起きんよ。」

 

 ならよかった、憲兵さんに相談すべきか本気で悩んだわ。

 

 「話がそれてしまったな、先ほど言ったように満潮から回避技術を習うのは朝潮にとって有意義だ、それに打ち解ける難易度が一番高いのも満潮だ、満潮と打ち解けれるなら他の誰とでも打ち解けられるだろう。」

 

 「理屈はわかりますが……」

 

 それでも不安を拭うことができない、朝潮ちゃんが気に食わず、訓練に見せかけて沈めてしまうんじゃないかという妄想に近い恐れを抱いてしまう。

 

 「まあ、なるようになるさ、さすがに訓練中の事故死を装うこともないだろう。」

 

 顔に出てたかしら?もしかして提督さんも同じこと考えてたんじゃない?

 

 「配属日は決まってるんですか?」

 

 提督さんの顔が苦い憂愁を感じてるように歪む。

 

 「ああ、皮肉なことに3月3日だ。」

 

 先代の朝潮が戦死した日だ、同じ日に2代目の朝潮が着任予定、運命を感じずにいられないわね。

 

 「由良、すまないが少佐に伝言を頼んでいいか?」

 

 「はい、なんとお伝えすればよろしいでしょう。」

 

 「『ハイエースの準備は万全か?』これだけでいい。」

 

 ハイエース?車の?なんだろうすごく不吉な響きに聞こえる。

 

 「わかりました、お伝えしておきます。」

 

 嫌な予感はするが伝言を頼まれれば伝えないわけにはいかない、ああそうだ、ついでに事務に渡す書類も持っていこう。

 

 私は一階の事務室に出す書類をもって執務室を後にした、さて、まずは書類を事務に押し付けて、それから少佐さんを探さなければ。

 

 この時間なら訓練の視察かな?

 

 少佐さんもいい加減、携帯電話を持ち歩いてくれないかしら、携帯しない携帯電話なんて意味がないじゃない。

 

 『自分はハイテクと言うものが苦手でして……』とは言うけれど、スマホがある今では携帯電話はローテクですよ?

 

 そのせいでいつも私が探し回る羽目になるんだから。

 

 ああそうだ、一応伝言を復唱しておこう、イライラしすぎて忘れちゃったら困るもんね。

 

 私は一階に降りる階段の最上段に立ち正面玄関を見下ろしながら声に出した。

 

 「ハイエースの準備は万全か?」




駆逐艦を迎えに行くと言ったらハイエースしかないよね。

今回出てきた設定

携帯電話:いわゆるガラケー、作中の技術水準はリアルと同じです。携帯がローテクかどうかはまあ、とらえ方次第ということで。


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朝潮着任 3

 「なんていうか……小学生みたいね。」

 

 暦の上では春であるが桜の蕾はまだ固く、庭が霜枯れて見えるほどまだ春も浅い日の朝、朝潮型の制服であるサスペンダー付きのプリーツスカートと黒いアームカバーを着た私に叢雲さんが哀れんだ目で言ってきた。

 

 たしかに、13歳の割に発育があまり良くない私は完全に小学生にしか見えない。

 

 「気にしてるんですから言わないでください!それにすぐ大きくなります!きっと!」

 

 うん、私は成長期なのだ、何年かすると先代みたいなスラッとした大人の女性になるに違いない!あ、でも……夢で見た先代の朝潮も胸はあまり成長してなかったような……

 

 「アンタ、艤装には成長を抑制する機能があるの忘れてない?」

 

 そうだった!艤装にはそんな機能があったんだった。

 

 まったく成長しないわけではないが成長が非常に緩やかになる、二十歳前だと言うのに10代前半にしか見えない駆逐艦もいると聞いたことがある。

 

 「まあ、それはいいとして、ホントにこれで行くの?」

 

 私が打ちひしがれているのをしり目に、養成所の玄関前に横付けされた車を見て、心配するような目で叢雲さんが聞いてきた。

 

 「何か問題でもあるんですか?」

 

 叢雲さんは何を心配してるんだろう、私を迎えに来た車は、真っ黒なハイエースと呼ばれるワンボックスの車だった、人や荷物をたくさん載せれそうだし耐久性も高いそう、乗り心地も悪くなさそうね。

 

 「いや、まあハイエース自体に問題はないのよ、便利でいい車だと思うわよ?でも、ねえ?」

 

 叢雲さんは、隣で笑顔とは受け取れないくらい歪んだ顔の教官に話をふる。

 

 「迎えの者の身分も確認はできている、間違いはない、間違いなく鎮守府からの迎えに違いないんだが……」

 

 教官と叢雲さんが問題にしてるいるのは迎えに来た二人?たしかに軍人には見えない、髪は金髪と……緑?緑の人はモヒカンって言うのかな?俗に不良と呼ばれる人たちみたいな風貌の人たちがタキシードに蝶ネクタイという格好をしている。

 

 これが最近の軍人さんなのだろうか。

 

 「はい!自分たちは間違いなく横須賀鎮守府提督から駆逐艦朝潮殿を連れて来るよう命じられた者です!」

 

 そう言って二人は、手のひらは水平、二の腕が地面と水平になるように上げられた陸軍式の敬礼をした、鎮守府って海軍の組織じゃないの?

 

 「信じられるわけないでしょ!何よその恰好、警察が見たら即座に職質するか逮捕するわよ!」

 

 「そ、そんなにおかしいでしょうか……」

 

 二人は本気でわからないという感じでお互いの格好を確認しあう、金髪の人はともかく、モヒカンの人は……うん、あまりお近づきになりたくない。

 

 「ま、まあ叢雲、身分証は確認できているんだし。」

 

 「いやいやいや、その身分証、偽装なんじゃない!?それにこいつら陸軍の人間でしょ!?ってかこんな格好の軍人なんているの!?DQNどころか変態でも通用するわよ!」

 

 なんだか私もそうなんじゃないかと思えてきた、海軍所属の艦娘をなぜ陸軍の人が迎えに?

 

 「提督殿は私兵として陸軍時代の部下を引き連れていると聞いたことがある、今も副官を務める少佐殿もその頃からの部下だとか。」

 

 横須賀の提督は元陸軍?陸軍から海軍に異動することなんてあるのかしら、二つの組織は仲があまり良くないと聞いたことがあるのだけど。

 

 「お二人は提督の私兵の方なんですか?」

 

 叢雲さんに罵倒されてシュンとなってる二人に私は聞いてみた。

 

 「は、はい!自分たちは提督殿が陸軍にいたころから部下でありまして、あ、そうだその頃の提督殿と撮った写真を持っております!」

 

 そう言ってモヒカンさんが内ポケットから一枚の写真を取り出した、端が所々かけた古ぼけた写真、戦車をバックにして10人ほどの人が写っている。

 

 真ん中で日本刀?を片手に写ってるのが横須賀の提督なのかな?あれ?この人って……

 

 「間違いない、少し若いが横須賀の提督殿だ。君たちは……ああ、この右に写ってるのがそうかな?」

 

 「はい!それが自分であります!」

 

 疑いが解けたことが嬉しかったのか二人の目がキラキラしだした、モヒカンさんは側頭部の方が太陽に照らされてキラキラしてるけど。

 

 「まあ百歩譲ってアンタたちが横須賀が寄越した迎えってのは信じてあげるわ、でもなんでタキシードなの?蝶ネクタイまでつけて。」

 

 たしかに、軍服姿ならここまで疑われることもなかったろうに。

 

 「提督殿に『養成所の方々に失礼のない恰好で行け。』と言われましたので新調しました!自分たちはこれ以外の服は軍服しか持っていませんので!」

 

 失礼のない恰好がタキシードに蝶ネクタイか、勉強になった、二人には後でお礼を言っておこう。

 

 「いや、逆に失礼なんじゃない?少なくとも私はアンタたちを見て不快になったわよ。」

 

 違うの!?タキシードに蝶ネクタイは失礼なの!?二人も心底驚いたような顔をしている、どうやら本気で大丈夫だと思っていたようだ。

 

 「まあまあ、叢雲、出発の時間も迫っているからその辺でやめなさい。」

 

 「ふん。」

 

 教官にたしなめられて叢雲さんがようやく矛を収めた、もうすぐ私は横須賀へ向けて出発する、高速道路を休憩を挟みながら進み、明日の昼頃到着する予定らしい。

 

 「朝潮、今までよく頑張ったなこれでお別れだと思うと切なくなってくるよ。」

 

 教官が私との別れを惜しんでくれている、私も切ないです、教官にはご迷惑ばかりかけてしまった。

 

 今までの3年間、内火艇ユニットすら使えない私が養成所に居続けられるよう、教官が便宜を図ってくれていたことを試験の後、モニターを担当してくれていた医師の方に聞かされた。

 

 「追い出そうとしてたクセに?」

 

 「いや、それは、私にできることにも限界があってだな……」

 

 「そういえばそうでした。」

 

 「朝潮までそんなことを言うのか!?」

 

 少し意地悪してみた、最後だしいいよね?

 

 「冗談です、長い間、本当にお世話になりました。」

 

 私はできる限りの笑顔で頭を下げた。

 

 「ああ、元気でやりなさい。」

 

 教官が帽子を目深に被りなおす、泣いているのですか?

 

 「まさかアンタの方が先に配属先が決まるなんてね、先を越された気分だわ。」

 

 叢雲さんが腕を組んで頭の艤装をピコピコと小刻みに動かしながら言ってきた。

 

 「ふふ、もし同じ鎮守府に配属になったら私の方が先輩になるわね。」

 

 「は!落ちこぼれが言うようになったじゃない。」

 

 頭の艤装がピーンと立った、気分と連動してる?

 

 それにしても、相変わらず言葉がきついなぁ、そんなんじゃ他の子に嫌われちゃうよ?

 

 「でも、アンタと過ごしたこの一年はその……たの……楽しかったわ!」

 

 そこまで言って叢雲さんは下を向いてしまった、私は、耳まで真っ赤にしてうつむいてしまった叢雲さんの前まで行き右手を差し出した。

 

 「1年間ありがとう、アナタに励まされてなかったら、私は挫折してたかもしれない。」

 

 「ふ、ふん!別に励ました覚えなんてないわ!」

 

 叢雲さんの目に涙が浮かんでいる、泣かないで?私まで泣きそうになるじゃない。

 

 「元気でね、手紙ちょうだい、返事書くから。」

 

 「ええ、私の配属先が決まったら一番に教えてあげるわ、だから……それまで死ぬんじゃないわよ?」

 

 「当り前です、私は絶対に死にません!お約束します!」

 

 私たちは目に涙を浮かべながらも心は嬉しがって、顔に精一杯の笑顔をうかべて固く握手を交わし、どちらからともなく抱擁を交わそうとしたその時。

 

 「「うおおおおおんおんおんおん!」」

 

 突然の泣き声?に驚いた私たちは慌てて離れる、ビックリしたぁ、金髪さんとモヒカンさんが当事者の私たち以上に号泣していた。

 

 「なんでアンタ達が泣いてるのよ!関係ないじゃない!」

 

 叢雲さんが顔を真っ赤に染めて二人に怒鳴る、まったくだ、おかげでせっかくの雰囲気が台無しになってしまった。

 

 「すみません!でも、自分らはどうもこういうのに弱くて……ううううううううう」

 

 子供が見たら泣き出しそうな風貌の二人が鼻水まで垂らして泣いてる様はなんとも滑稽で、思わず吹き出してしまいそうになる。

 

 「はぁ、なんか冷めちゃったわ。」

 

 「ですね。」

 

 呆れる叢雲さんを横目に私は荷物を背負う、荷物と言ってもリュックサック一つ分しかないけど。

 

 「あ、荷物お持ちします。」

 

 「いえ、これだけしかありませんので。」

 

 金髪さんの申し出を断って私は叢雲さんと教官に向き直る。

 

 「では、いってきます!」

 

 手のひらを内側に向けて肘を前に出す海軍式敬礼を二人にし、答礼してくれた二人に背を向けて車へ歩き出そうとした。

 

 「何やってんの?あの二人。」

 

 叢雲さんの視線の先には車の後部座席のドアの前に並んだ二人の姿、何か赤い布を丸めたようなものを抱えている。

 

 「あれはなんでしょう?」

 

 「間違っていてほしいとは思うが、レッドカーペットじゃないか?」

 

 教官がそう言い終わると同時に、ニヤリとした二人は目に沁みるほど鮮やかな色彩のレッドカーペットを車から玄関までの間に広げた。

 

 叢雲さんが目を細め、二人に詰め寄っていく。

 

 「一応聞くわね?それも失礼のないようにってことなのかしら?」

 

 「は!日本防衛の要である艦娘を迎えるのに、やっぱレッドカーペットくらい必要じゃね?と思い、来る途中にホームセンターで購入しました!」

 

 レッドカーペットってホームセンターで買えるんだ……

 

 「アンタ達は……」

 

 叢雲さんの肩が震えている、感激してる?いや違う、これダメなやつだ。

 

 「二人ともそこに直りなさい!酸素魚雷を喰らわせてやるわ!!」

 

 「「ひっ!?」」

 

 頭に浮いてる艤装を鬼の角のように逆立てた叢雲さんに身の危険を感じて逃げ始めた二人を叢雲さんがを追いかけ始めた、叢雲さん、かまわないからやっちゃってください。

 

 「ハハハハ、せっかくの別れがあの二人のおかげで喜劇になってしまったな。」

 

 まったくです、さっきまでの湿っぽい雰囲気もどこへやら。

 

 「だが、おかげで笑って君を送り出せる。」

 

 「ええ、そこだけは感謝ですね。」

 

 目の前ではどこから取り出したのか、アンテナ型の槍を手にした叢雲さんが二人を追いかけまわしている、ホントに刺し殺しそうな勢いね。

 

 それから、教官と私で叢雲さんをなんとかなだめて、私は二人ともう一度別れの挨拶を交わして車に乗り込んだ、なんだか内装がすごいんだけど……。

 

 「準備はよろしいですか?」

 

 「は、はい、大丈夫です。」

 

 内装に呆気に取られていた私に助手席に座ったモヒカンさんが聞いてきた、モヒカンが天井を擦ってるけど平気なのかしら。

 

 「休憩したくなったらいつでもお申し付けください。」

 

 金髪さんがルームミラー越しに爽やかな笑顔を向けて言った、顔に青い痣ができてるけど叢雲さんにやられたのかな?

 

 「では出発します。」 

 

 そう言って金髪さんが、慣性をほとんど感じさせないほど緩やかに車を進ませ始めた、陸軍の人って運転も上手なのね。

 

 3年過ごした養成所が遠ざかっていく、いい思い出の方が少ないけど離れるとなるとやっぱり名残惜しい。

 

 今日、私は艦娘としてここを去る、先代との約束を守るため、そして私の目的のために。

 

 快晴だけど冬の寒さが残る3月1日、手を振る叢雲さんと教官に見送られ、私は横須賀鎮守府へ向け養成所を後にした。

 



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朝潮着任 4

朝祖はまだ移動中、今回はある程度の設定を語る回です。


 もうどれくらいの時間車に揺られているんだろう、ハイエースの最後尾、バックドアの前に設えられたソファーに座り、私は流れていく高速道路の景色をふと眺めた。

 

 私を養成所に迎えに来てくれた二人、金髪さんとモヒカンさんは時折雑談を交えつつ交代で車を運転している。

 

 車の天井の中ほどに設置された17インチほどのモニターには先ほどからジ〇リの映画が流されている、モヒカンさんが退屈しのぎにと流してくれているのだが、映画の場面に会わせてあっちこっちから音が響いてくる。

 

 「すごいっしょ!ドルビーデジタル7.1ch仕様っす!」

 

 と、すっかり打ち解けた口調になったモヒカンさんは言うが、はっきり言ってよくわからない、たしかに音は綺麗だしすごいんだけど、横や、酷い時にはお尻の下からも音がするのはどうにかならないものか……。

 

 「ソファーの下にウーファー仕込んでるんっすよ!低音がいい感じでしょ!」

 

 ウーファーって何?毛皮の一種?

 

 「この車はお二人が改造したんですか?」

 

 「自分らだけじゃないっすよ、部隊の奴らが暇を見つけては、いじったんっす。金出したのは大隊長っすけど。」

 

 この人たちはたしか横須賀提督の私兵的な人たちって言ってたな、大隊長が提督?

 

 「あ、大隊長じゃないっすね、提督殿っす。」

 

 「提督なのに大隊長なんですか?」

 

 「ええ、陸軍時代は大隊の指揮を執られていました、そのせいでいまだに大隊長って呼んじゃう時があるんすよ。」

 

 へえ、提督になる前は大隊長さんだったんだ。

 

 「自分らも一応所属は海軍になってるんすけどね、海にはでませんけど。」

 

 そりゃあ海に出るばかりが海軍ではないだろうけど……

 

 ちらりと二人を盗み見る、見たことのない軍服だ、少なくとも海軍じゃない。

 

 二人は養成所を出て最初に立ち寄ったパーキングでタキシードから軍服に着替えていた。

 

 パーキングのトイレから着替えて出てきた二人は、カーキ色ではなく黒く染められた陸軍服の上から同じ色のコートを羽織っていた、色が似てるから着替えたのかそうじゃないのか私は一瞬わからなかった。

 

 「その軍服も陸軍の物なんですか?」

 

 「そうと言えばそうなんですが、これはうちの隊独特のものっす、大たい……じゃなかった、提督殿が黒が好きだって理由だけで特注させたんっすよ。」

 

 そんな理由で軍服を特注できるものなの?

 

 「けっこう揉めたらしいっすよ?やれ格式がーだの伝統が―だの上の方は言ってたみたいっすけど『じゃあ私は退役します。』って提督殿が言ったら許可してくれたそうっす。」

 

 本当に!?大隊長とはいえたった一人が退役するって言っただけで許可が下りたの!?信じられない……

 

 「ホントかどうかは知らないっすよ?ただ、提督殿は上の弱みやらなんやらを結構握ってたみたいっすからそれで軽く脅したんじゃないっすかね?」

 

 それって暗殺とか左遷とかされたりしないのかな?自分の弱みを握ってる部下を野放しにするなんてことがあるのかしら。

 

 「そういや軍服が変わるちょっと前くらいに変な部隊に襲われたことがあったよな?」

 

 それまで運転に集中していた金髪さんが会話に入ってきた、襲われた!?本当に!?

 

 「あったあった!アイツら結局どこの所属だったんだ?日本人じゃなかったみたいだけど。」

 

 「さあなぁ、適当に蹴散らしたらさっさと逃げちまったし、つかあんな練度で俺らに喧嘩売るとか舐めてんのかって話だ、こっちはバケモノ相手にドンパチ繰り返してきた叩き上げだぞ?多少不意を突いたところでどうにかなるかっつの。」

 

 バケモノ?深海棲艦のことかしら、陸軍の人が深海棲艦と戦闘してたの?陸上で?

 

 「あ、あの、陸軍の人も深海棲艦と戦っていたんですか?」

 

 二人は顔を見合わせる、金髪さん、前を見て運転してください。

 

 「そりゃそうっすよ、艦娘さんらが現れる前は酷いもんでしたからねぇ、海軍は軍艦を根こそぎ沈められて壊滅状態、上陸しようとする深海棲艦を陸軍がなんとか水際で食い止めてたんっす。」

 

 そういえば私が住んでた町を助けに来てくれたのも陸軍だった、もしかしてと思ったけど、やっぱり横須賀の提督と、あの時私を助けてくれた人は違うのかな、あの人はカーキ色の軍服を着ていたし。

 

 「深海棲艦に通常兵器は聞かないと座学で習いましたけど、陸軍はどうやって対抗したんですか?」

 

 「え?そりゃあ戦車とか高射砲とか、あとは対戦車ライフルとかも使ったっすね、さすがに手持ちの短機関銃とかは牽制くらいにしか役に立たなかったっすけどね。」

 

 効くんだ!じゃあどうして海軍の軍艦は沈められたんだろう、よっぽど大きい火砲を詰めるのに。

 

 「奴らは陸上に上がると弱体化するっすからねぇ、それでわざと上陸させて弱体化させて各個撃破、それでも戦車並に固いし火力もすごいんすけど。」

 

 「戦車並の装甲と火力を持つ人間サイズのバケモノとか初めて見たときは夢かと思ったよな。」

 

 「艦娘様様っすよホント、できることなら二度と相手したくないっすからね。」

 

 私はそのバケモノ、しかも弱体しない海の上で戦うために横須賀に向かっているんだけど……

 

 「でも、それならなんで海軍は負けてしまったんでしょうか。」

 

 通常兵器で効果があるのなら、艦娘なんてそもそもいらないのでは?

 

 「う~んこれは提督殿の受け売りなんっすけど、『拳銃でノミを狙い撃ちできるか?』って言われたっすね。」

 

 照準の問題?でもそれなら大雑把な位置にでも着弾させれば爆風でどうにかなるんじゃないかしら。

 

 「それとこれは自分らの体験談っすけど、奴らの装甲、陸上で戦車並っすけど、戦車を撃破できる火力で倒せるわけじゃないんっすよ。」

 

 「どういうことですか?」

 

 戦車並の硬さの敵を戦車を撃破できる火力で倒せない?なぞなぞかな?

 

 「深海棲艦や艦娘の『装甲』が特殊な力場なのは知ってるっすよね?」

 

 ええ、知識でだけ……。

 

 「これが非常に厄介でして、通常兵器の威力をほとんど殺しちゃうんすよ、一体仕留めるために戦車の一個小隊分の火力を一体に集中して初めて撃破できたんっすから。」

 

 「かといって火力があればいいって訳でもないんす、一点、あくまで一点に集中することでようやく『装甲』を貫けるかどうかって感じっす。」

 

 だから海軍は負けたのか、照準に難があり、爆風で倒せるわけでもない、しかも洋上では文字通り軍艦並の硬さと火力のバケモノ、負けるなというのが無理な話か。

 

 「そのバケモノを刀でぶった斬ったバケモノもいたけどな。」

 

 どうやって!?戦車砲でも貫くのが困難な、しかも陸上ですら一発で人間を消し去れるほどの火力をもつ相手を刀で!?

 

 「信じらんないっしょ?まあ、うちの提督殿なんっすけど、斬ったときなんて言ったと思います?『なんだ、思ったより行けるじゃないか、お前らも刀使え刀!安上がりだ。』っすよ!?そんなことできるのなんかアンタだけっすよ。」

 

 本当に信じられない……もう全部その人だけでいいんじゃないかな。

 

 「んで、俺らがドンパチしてる間に海軍は艦娘の開発に成功して、提督殿は妖精が見えるって理由で海軍に異動になったんす、敵との交戦経験もあったっすからね。」

 

 妖精、艤装の開発をしてくれる謎の存在、深海棲艦の出現と同時に現れたと習ったけど

どんな姿をしてるんだろう妖精っていうくらいだから可愛いのかな?

 

 「艦娘、あれは戦艦だったかな?の戦闘を初めて見たときは驚いたよなぁ、俺らが散々苦労して相手してた敵をあんなオモチャみたいな見た目の砲で吹っ飛ばしちまったんだから。」

 

 駆逐艦の扱う12.7cm連装砲や重巡の扱う20.3cm砲などは名称とは裏腹にサイズはそれほどでもない、手で取りまわせる程度の大きさだ、艦娘が使った場合それと同程度の威力があるからそういう名称になっている。

 

 この時発射される弾や魚雷、空母なら航空機などは艤装から発せられる特殊な力場を付与されている、この付与された力場が相手の『装甲』に干渉し無力化するのだ、もっとも、距離や艦種によって違う『装甲』の厚さによって減衰するため駆逐艦の砲などは接近しないと相手の『装甲』を貫けるほどの効力を発揮しない、逆もまたしかり。

 

 駆逐艦や巡洋艦が夜戦で威力を発揮すると言われているのは、この『接近』が昼間より容易になるためだ、別に夜だから火力が飛躍的に上昇するわけではない。

 

 「おっと、次のインターで降ります、もう少しの辛抱ですよ。」

 

 一晩パーキングで車中泊しての移動ももうすぐ終わる、座っているソファーがベッドになると知ったときはありがたかったな。

 

 「あ、そだ、提督殿にはくれぐれも何もなかったと伝えてくださいね?じゃないと自分ら文字通りミンチにされるっすから。」

 

 「はあ……でもそう言ったら逆に怪しくありませんか?」

 

 昨日の夜、寝る前にも言われたことだ、もし私に何かしようものならミンチにすると脅されてるとか。

 

 「「たしかに!」」

 

 金髪さんとモヒカンさんが何やら相談を始めた、逃げる算段でもしてるのかしら?

 

 横須賀インターの看板が見えてきた、モヒカンさんの話では高速道路を降りて横須賀街道に乗れば鎮守府はすぐらしい。

 

 鎮守府が近づくにつれて私の心臓の鼓動が速くなっているような気がする、私が緊張しているのか『朝潮』が待ちきれないのかはわからない、だけどもうすぐ始まる、私の艦娘としての人生が、私の……朝潮としての物語が。

 



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朝潮着任 5

鎮守府とは、正化22年に深海棲艦に対抗するための兵器『艦娘』を運用するために旧日本海軍の鎮守府跡地に建設された施設である。

 

 同規模の施設が呉、舞鶴、佐世保、大湊の計5カ所あり(ただし大湊は鎮守府ではなく警備府と呼ばれる)、各鎮守府は、所轄海軍区の防備、所属艦娘の統率・補給・出動準備、艦娘の徴募・訓練、施政の運営・監督にあたっている。

 

 旧日本海軍の鎮守府司令長官は作戦計画に関しては海軍軍令部長の指示を受けたが、深海棲艦が神出鬼没であり人類の戦略、戦術と大きくかけ離れた行動をとるという理由のため、現在の司令長官は大規模作戦以外の作戦に関してはある程度の独自裁量権が与えられている。

 

 ここ横須賀鎮守府は全国に5カ所ある鎮守府のなかで最大規模を誇り、保有する艦娘も全艦娘の20%に達し、本州の太平洋側と東北、北海道の日本海側の第1海軍区の防衛を主に担当する。

 

 現在の横須賀鎮守府庁舎は、深海棲艦の艦載機の爆撃を受け全損した旧庁舎を、無事だった旧海軍呉鎮守府庁舎をモデルにして赤煉瓦と御影石を組み合わせた外観に建設しなおしている、なんでも、大本営のお偉いさんが『鎮守府と言えば呉だろ』と、お前呉鎮守府しか知らないんじゃないかと言いたくなるようなことを言ってこうなったという俗説もあるとか。

 

 「結局、お上の意向には逆らえないということか。」

 

 「提督さん、何か言った?」

 

 「いや、なんでもないよ、独り言だ。」

 

 いかんいかん、思わず口に出してしまっていたようだ、気を取り直して目の前の書類に目を向ける。

 

 向けるが……毎度毎度、嫌がらせのようなに送られてくる書類の山、書類に目を通し、サイン、押印、この作業の繰り返し、私が決済しないと事が進まないのはわかるがどうにかならないものだろうか、隣で同じような作業を続ける由良は鼻歌混じりでこなしているというのに。

 

 「そういえば今日でしたね、新しい朝潮ちゃんの着任。」

 

 「ああ。」

 

 予定ではヒトヒトマルマル、あと2時間くらいか、あの二人、何もしてないだろうな?

 

 「迎えに行かせた二人、大丈夫なんですか?正直申し上げて、その……」

 

 由良が上目遣いで私に問うてくる、気持ちはわかるぞ、私もそうだ。

 

 「奴らは見た目と頭はバカそのものだが腕は立つ、それに私の古くからの部下だ、大丈夫だよ。」

 

 そう信じたい。

 

 「今日来る朝潮ちゃんはどんな子なんですか?」

 

 納得しきれないと言う顔で今度は私の手元、いや机か、を見て由良が聞いてくる。

 

 「気になるか?」

 

 「ええまあ。」

 

 私は机の引き出しにしまっていた朝潮の経歴書を取り出し、由良に渡す。

 

 「養成所に3年?ずいぶん長く養成所に居たんですね、歳は……13か。」

 

 「なかなか艤装と適合しなかったらしい、最後にと挑んだ『朝潮』の艤装と適合して艦娘になったと聞いた。」

 

 へぇと、呟きながら由良が経歴書に目を通していき一番下の備考欄あたりで止まった。

 

 「あ、あの……備考のところに『座学は優秀だが洋上訓練の経験なし』って書いてあるんですけど……」

 

 「内火艇ユニットを使うことができなかったらしい、よく3年も養成所に居られたものだ。」

 

 由良が『ホントに!?』とでも言いたそうな顔をしている、まあそうなるな。

 

 それから由良は添付してあった写真に目を落とし、懐かしそうな顔をする。

 

 「でも、先代の朝潮ちゃんによく似てますね、やっぱり似たような子が適合しやすいのかしら。」

 

 ああ、私も思ったよ、よく似ている、先代の朝潮の経歴書と間違っているんじゃないかと思ったほどだ、瞳の色は蒼ではなく茶色だが。

 

 「君も先代の『由良』と似ているのか?」

 

 艤装に適合すると髪や瞳の色が変わるというのは知識として知っているが、顔立ちまで似るものなのだろうか。

 

 「五十鈴姉さんには雰囲気は似てるけど顔が全然違うと、着任した時言われましたね、ただ着任時はそうでもなかったんですが、日が経つにつれて性格も似てきたと。」

 

 性格にも影響が出るという話は初めて聞いたな、初同調時に前の適合者の記憶が流れ込んでくることがあるらしいが、その辺から影響をうけるのだろうか。

 

 「そういえば着任当時の由良はヤンチャだったな。」

 

 当時の由良はいわゆるスケバンみたいな感じだった、ヨーヨーを持たせたら似合っていたかもしれない。

 

 「やめてください!私の黒歴史です……思い出すと今でも顔から火が出そうになるんですから!」

 

 だろうな、マスクに木刀まで担いでお前はここに何をしに来たんだと言いたくなるほど酷かった。

 

 「朝潮と会うなり『なんで軽巡の私が駆逐艦ごときの指示に従わなきゃならないのよ!私の方が立場もスペックも上でしょ?』ってつっかっていたな。」

 

 もっとも、その後の訓練で足腰立たなくされていたが。

 

 「いやホント勘弁してください、それから一か月、肉体的にも精神的にも徹底的に叩きのめされたんですから……」

 

 それからしばらくは朝潮のパシリみたいなことまでしていたな。

 

 「ああそうか、由良が嚮導を買って出ようとしたのはその時の意趣返しをしようとしたんだな?」

 

 「ち、違います!あれは本当に朝潮ちゃんを心配して……まあ、まったくないわけじゃ……いえ、違いますからね!」

 

 わかっているよ、君はそこまで歪んだ性格はしていない、「ちょっと提督さん!?ホントにわかってる!?」と横でわめく由良を適当になだめて時計を見る、マルキュウサンマルを少し回ったところか。

 

 「そろそろ休憩にでもしないか?」

 

 今日中に決済すべき書類は片づけた、あとは朝潮の着任を待つだけだ。

 

 「今日は速いですね、いつもなら夕方までかかるのに。」

 

 由良が驚いている、私だってやるときはやるのだ。

 

 「終わらせたのは今日中にやらなきゃいけない物だけだ、他は残っているよ。」

 

 手をヒラヒラと振りながら私は席から立ち、軽く体を伸ばすと背中や肩がポキポキと音を立て、思わず「うっ」っと言ってしまう、書類仕事は肩が凝っていけない、私も歳なんだろうな。

 

 「提督さん……おじさんみたいですよ?」

 

 「もう何年かすれば私も40だ、今でも十分おっさんだよ。」

 

 もっとも、こんなご時世でなきゃ、30そこそこの若造が提督などあり得ないのだがな。

 

 私は、一度執務机の向こう側の窓の外を見た後、肩を軽く回しながら執務室のドアへむけて歩き出した。

 

 「どちらへ?お茶でも入れましょうか?」

 

 「天気がいいから軽く散歩でもしてくるよ、部屋に篭っているのはどうも性に合わん。」

 

 朝潮の到着まであと1時間ちょっとあるしな。

 

 「いってらっしゃい、お土産期待して待ってますね。」

 

 由良がこれでもかというほどの笑顔で見送ってくれる、なぜ散歩でお土産を買うと思うのだろうか、まあいつも助けてもらっているから何か茶請け程度なら買ってきてやるのもいいか。

 

 「わかったわかった、期待して待ってろ。」

 

 執務室から出た私は庁舎中央付近に位置する執務室から正面玄関前の階段へ続く、比較的新しい建物であるにもかかわらず西洋の因襲が根深く心に根を張るような廊下を歩きだした。

 

 「無駄に金をかけおって、もっと他に金をかけるところがあるだろうに。」

 

 と、ここにきて何度目になるかわからない愚痴をこぼす、まあ、あちこちのお偉いさんが来ることがあるから見た目に気を使わなければならないのは理解できるが、当時の海軍はどこから金を引っ張ってきたのやら。

 

 横須賀鎮守府は空から見下ろすと『エ』の字のような形をしている、山側に人事や経理などの各事務処理を行う部署、憲兵や海兵隊、私の私兵などの陸上要員の指令所などがあり、海側には艦娘用の寮や会議室、トレーニングルームなどがある、艦娘は基本的に海側の施設を中心に行動する。

 

 そして中央に執務室や応接室、作戦会議室、司令部施設等の鎮守府の意思決定に係る部署が集中する、工廠などの施設は庁舎の海側に別に建設されている。

 

 「ここに来て7年か、これほど長くいることになるとは思っていなかったな。」

 

 初めの頃は文字通り手探り状態だった、海軍は艦娘を建造したはいいが、運用に関しては現場に丸投げ状態、それでも各鎮守府と意見交換や演習、実戦を繰り返し、犠牲も多かったがなんとか排他的経済水域くらいには制海権を取り戻し、ここ数年は、数は多いとは言えないものの他国からの輸入、輸出も再開されてきている。

 

 「ん?この匂いは。」

 

 階段に差し掛かろうとしたところで、はっきりとした香りではないものの、風に乗って懐かしい香りがしてきた、一階、正面玄関の方から?

 

 一階に降りると玄関からヒラヒラと桜の花びらが吹き込んで来ていた、そういえばあの日の夜もこうだったな……。

 

 「これは……見事だな……。」

 

 玄関から出ると色彩の暴力に圧倒された、開花にはまだ早いと言うのにロータリーに植えられたソメイヨシノはこれでもかと花を咲かせ風に吹かれてその花を散らしていた。

 

 「おいおい、相変わらず気が早いなお前は……。」

 

 昨日まではまだ蕾がちらほらとあるだけだったではないか、お前も朝潮が帰ってくるのを喜んでいるのか?

 

 私は、桜の下まで歩き、桜を見上げ軽く幹に手を添えた、この木の下で私は彼女と出会った、桜吹雪を背に立つ彼女は、まるで桜の精のように綺麗で、可憐で……私は一瞬で心を奪われた、いい歳した男が見た目は小学生くらいにしか見えない少女に一目惚れしたのだ、幼女趣味と笑われても仕方がないな。

 

 「あ、あの……。」

 

 桜を見上げていた私に背後から誰かが声をかけてきた、もう一度聞きたかった声、あの日私が死なせてしまった彼女によく似た声、待ってくれ、君が来るのはもう少し後のはずだろう?まだ心の準備ができていないんだ。

 

 ゆっくりと振り返ると、そこにはあの時と同じように、桜吹雪を背景にして黒髪の少女が立っていた。

 

 やはりよく似ている、違うと言えば瞳が蒼ではなく茶色な事くらいか、なんと声をかければいい?あの時と同じでいいのだろうか、大の男が情けない、年端も行かない少女の前で言葉も出せずに見つめることしかできないとは。

 

 「失礼かと存じますが、アナタがこの鎮守府の提督……司令官……でしょうか。」

 

 君も緊張しているのか?声は少し震え、気持ち上目使いで彼女は私が誰か尋ねる、私は感情を顔に出さないようにするのが精いっぱいで声を出すことができない、その顔で、その声で再び司令官と呼ばれたことが嬉しくて、愛おしくて、でもどこか悲しくて、別人だということは頭ではわかっているのに感情が抑えられない。

 

 「あ、あの……どうしよう、間違えたの……でしょうか……。」

 

 彼女が動揺し始めた、それもそうか私のような中年男にずっと見つめられているのだ。 

 

 「いや、間違ってはいない、私が当鎮守府の提督だ。」

 

 なんとか声に出せた、おかしなところはなかっただろうか、うん、大丈夫なはずだ、顔は若干こわばっている気はするが。

 

 「ほ、本日付けで着任いたしました、駆逐艦朝潮です!よろしくお願いします!」 

 

 ああ、知っているよ、君を待っていた、3年間待ちわびた、君にとっては迷惑な話かもしれないが、『君』ともう一度話したかった、『君』と過ごしたかった、そして……『君』に謝りたかった……。

 

 「君のような幼い子が戦場に出るのか?」

 

 物思いに浸っていた私の口を突いて出たのは、あのときと同じセリフだった、なんでこんなセリフを言ってしまったのだろうか。

 

 「み、見た目は子供ですが、歳は13です!幼いと言われるほどではありません!」

 

 いかんな、怒らせてしまった、そんなつもりではなかったんだが。

 

 「すまない、怒らせるつもりはなかったんだ、ただ……口が勝手にな。」

 

 朝潮が呆れたような驚いたような顔をしている、変な奴と思われてしまっただろうか。

 

 「ふふ、司令官は相変わらずなのですね。」

 

 笑われてしまった……ん?相変わらず?

 

 「覚えてはおられないんですね……。」

 

 「どこかで会ったことがあったか?」

 

 少し寂しそうな笑顔の朝潮に問うてみる、君とは初対面のはずだ、君のように彼女とそっくりな子なら記憶に残らないわけがない。

 

 「いえ、こちらのことです、申し訳ありません、変な事を言ってしまって。」

 

 「そうか?ならいいのだが。」

 

 朝潮がうつむいてしまった、私は逆に空を見上げる、なんとも気恥ずかしい。

 

 「「……」」

 

 流れる沈黙、風に揺れる桜の枝の音だけが響く、いつまでもこうしてはいられないな……私は意を決して軽く咳払いし改めて、朝潮と向き合い右手を差し出す。

 

 「ようこそ駆逐艦朝潮、私は君を心から歓迎する。」

 

 「はい!司令官のお力になれるよう、誠心誠意努力いたします!」

 

 私の差し出した右手をその小さな手で君は握り返す、朝潮の体温が右手を通して伝わってくる、おかえり朝潮、もう一度ここから始めよう、昔『君』と出会ったこの場所から、今度は間違えない。

 

 もう二度と『君』を死なせたりはしない。




鎮守府の大まかな見取り図

            『防波堤』    

        
            『運動場』         


        『   艦娘関連施設   』    『ゲーム内の外の風景』
            |    |

            『執務室等』  ←こちら側に執務室の窓       

            |    |

        『  各種事務関連施設  』


            『ロータリー 』

             『 正門 』

って感じの脳内設定になっています。

スマホでは縦で見ると文字がずれてわかりにくくなってました。
横にすれば正常に見えます、私のスマホではですが。


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朝潮着任 6

 退屈な車での移動を終えて私がたどり着いたのは分厚い、高さ4メートルほどの塀に囲まれた施設の正門と思われる場所だった。

 

 「ここが横須賀鎮守府……?」

 

 門の横に毛筆で『横須賀鎮守府』と書かれた看板はかかってはいるが、イメージとだいぶ違う、門は分厚い鉄の扉で如何にも軍の施設の正門と言う感じ、学校の正門のようなスライド式の鉄格子ではなく、片側3メートルほどの鉄板でできたスライド式の扉だ、向こう側が全く見えない。

 

 「すごく頑丈そうな門ですね。」

 

 少々の攻撃じゃビクともしなさそう。

 

 「鎮守府ができた当初は守衛所と遮断機があるだけだったんっすけどね、反政府勢力やら『人間は深海棲艦に海を委ねるべきだー』ってのたまうカルト集団とかに襲撃されたことが何度かあって、それでこんな頑丈な扉つけたんっすよ。」

 

 モヒカンさんが少し悲しそうな顔で正門を見つめている、襲撃された時の戦闘に参加したんだろうか。

 

 「いつの時代も、人間の敵は人間ってことだな。」

 

 金髪さんが苦虫でも噛みつぶしたような顔で言う。

 

 「お二人はその時……。」 

 

 「ええ、襲撃してきた奴らを迎撃しました……。」

 

 聞くべきじゃなかった、二人にとっては同じ人間を撃った記憶だ、しかも同じ国の人間、本来守るべきはずの人たちを撃った記憶、思い出したいわけがない。

 

 「ああ、気にしないでください、自分らの部隊は汚れ仕事専門っすから、人を撃ったのもそれが初めてってわけじゃないっす。」

 

 私の気持ちを察してくれたのかモヒカンさんがフォローしてくれる、でもそんな悲しそうな笑顔で言われたらかえって申し訳なくなってしまいす。

 

 「それじゃあ申し訳ないっすけど、朝潮さんはここで降りてください、守衛には話通しとくんで。」

 

 え?車で入るんじゃないの?明らかに車が楽に通れるほどの門だけど。

 

 「車で入れないんですか?」

 

 「基本的に、こっちは大型の軍用車両しか通さないんす、他の車両はもうちょっと先にいった所にある西門からっすね。」

 

 だったら、その西門から車で入ればいいのでは?いえ、別に歩くのが面倒とかそういうことではけっしてないんですけど。  

 

 「庁舎に行くには正門から歩いていく方が西門回るより早いんっすよ、提督殿も首を長くして待ってるでしょうし。」

 

 なるほど、司令官が待ってるのなら早いに越したことはない、でも、なんだか二人がソワソワしてるように見えるのは気のせいだろうか。

 

 「おい、あと1時間しかねぇぞ。」

 

 金髪さんがモヒカンさんを急かす、何を急いでいるんだろう?

 

 「おっとやべぇ、んじゃ朝潮さん、ちょこちょこっと守衛所で手続きするんでついて来てください。」

 

 モヒカンさんに半ば担がれる形で守衛所に連れて行かれ、手続きを終えると二人は逃げるようにどこかに車を走らせて行った。

 

 「何かあったのかしら。」

 

 「それじゃあこちらからどうぞ。」

 

 守衛さんに促されて脇にある通用口を通って正門の裏側へ抜けると、教本で見た鎮守府庁舎が500メートルほど先に現れた。

 

 正面玄関前のロータリーには夢で見た桜の木が枝一杯に花を咲かせていた……。

 

 ん?今3月よね?早くない?桜の開花ってこんな時期だったかしら。

 

 「こりゃ驚いた、今朝見たときは花なんか咲いてなかったのに。」

 

 守衛さんが桜を見て驚いてる、やっぱり咲くには早いんだ。

 

 「あの桜はいつもこの時期に咲くんですか?」

 

 「いえいえ、いつもは4月くらいですよ、ああでも、3年前にも一回あったな。」

 

 3年前……先代朝潮が戦死したのと同じ年だ……。

 

 「よろしければ正面玄関まで車で送りますが?」

 

 「いえ、大丈夫です、それに……なんだか歩きたい気分ですので。」

 

 守衛さんと敬礼を交わして私は庁舎までの道を歩き出した、一歩進むたびに心臓の鼓動が大きくなっていく、どんな人たちがいるんだろう、私は上手くやっていけるかな……期待と不安に押しつぶされそうになりながら私は一歩、また一歩と歩を進めていく。

 

 先代も初めてここを訪れた時はこんな気持ちだったんだろうか、頬が熱くなる、手が震えてくる、こんな状態で司令官に会ったら私はどうなってしまうんだろう。

 

 私がそんな事を考えて歩いていると、ヒラリと足元に桜の花びらが舞ってきた、見上げると50メートルほど前にそびえ立つ桜の木が風に揺られて花吹雪を散らしている。

 

 「綺麗……私を歓迎してくれてるのかな……。」

 

 自分で言って恥ずかしくなってしまった、自意識過剰にもほどがある、けど、手の震えはすっかり収まっていた、よし、これなら大丈夫。

 

 再び歩き出そうとしたとき、正面玄関から誰かが出てくるのが見えた。

 

 ドクン……。

 

 白い士官服を着たその人を見た途端、心臓の鼓動が跳ね上がった、私はあの人を知っている、あの人と話したことがある、何年も前、養成所に入るよりも前に、私はあの人に会ったことがある。

 

 「し…れい……かん?」

 

 あの人が司令官……?もしかしてという思いはあった、最初はモヒカンさんの写真を見た時、でも軍服の話を聞いてやっぱり違うのかなと思った……だけど、やっぱりあの人が司令官だったんだ、私が住んでた町が襲われた時に助けてくれた陸軍の人、恐怖で泣き叫ぶことしかできなかった私を抱き上げて優しく頭をなでてくれたあの人。

 

 「叢雲さん、私の夢は叶いそうだよ……。」

 

 叢雲さんに教えなきゃ、会えないかもと思っていた人に会えたんだ、あの人が私を覚えているかはわからない、なんで艦娘になんかなったんだと怒られるかもしれない、でも、私はあの人の側で戦える、あの時の恩返しができるかもしれない、いや……するんだ。

 

 「あ、あの……。」

 

 私は覚悟を決めて桜の木の下まで行き、彼に話しかける、どうしよう、声が震える、心臓の鼓動がうるさいくらい響く、聞こえちゃったらどうしよう……、私がそんな事を心配していると、彼がゆっくりとこちらを振り向いた、

 

 「失礼かと存じますが、アナタがこの鎮守府の提督……司令官……でしょうか。」

 

 恐る恐る聞いてみる、だけど彼は私を見つめたまま答えようとしない、違ったのかな……でも、あの頃と比べて皺とかは増えたみたいだけどあの人に間違いはないし……。

 

 「あ、あの……どうしよう、間違えたの……でしょうか……。」

 

 何か言ってください、不安になってしまいます……。

 

 「いや、間違ってはいない、私が当鎮守府の提督だ。」

 

 答えてくれた!でも頬がヒクヒクしてる気がする、なにか失礼なことをしてしまったんだろうか、あ、そうだ!とりあえず自己紹介しなきゃ!自己紹介は大事だものね、車の中で何回もイメージしたし、大丈夫、落ち着いて……落ち着いて……。

 

 「ほ、本日付けで着任いたしました、駆逐艦朝潮です!よろしくお願いします!」

 

 どもってしまったあああぁぁぁぁ!どうしようどうしよう!変に思われた!?やり直した方がいい!?

 

 「君のような幼い子が戦場に出るのか?」

 

 私が頭の中でパニックを起こしていると司令官が質問してきた、よかった、どもったことは気にしてないみたい、でも今のセリフは……、先代の記憶の中で聞いたのと同じセリフ、実際言われるとたしかにムッとなるわね、私は当時の先代より年上ですよ?

 

 「み、見た目は子供ですが、歳は13です!幼いと言われるほどではありません!」

 

 ちょっと大げさに怒り過ぎたかしら?司令官が困ったような顔をしている。

 

 「すまない、怒らせるつもりはなかったんだ、ただ……口が勝手にな。」

 

 驚いた、そう言って頬を指で掻く司令官は、あの頃と同じ不器用な笑顔で……歳はとっても、アナタはあの頃のままなのですね。

 

 「ふふ、司令官は相変わらずなのですね。」

 

 司令官が不思議そうな顔をしている、アナタは覚えてないんですね、私とアナタは前に会ったことがあるんですよ?もっとも、あの頃の私は今よりもっと幼かったけど。

 

 「覚えてはおられないんですね……。」

 

 そうですよね、アナタにとってはきっと、救ってきた多くの人の中の一人なのだから。

 

 「どこかで会ったことがあったか?」

 

 今はまだ言わないでおこう、少し寂しいけど大丈夫、前の私を覚えてないのなら、これからの私を覚えてもらえばいい。

 

 「いえ、こちらのことです、申し訳ありません、変な事を言ってしまって。」

 

 「そうか?ならいいのだが。」

 

 司令官が黙ってしまった、私も何を言っていいかわからず、うつむいてしまう。

 

 「「……」」

 

 沈黙が重い、どうしよう何かしゃべらなきゃ、何をしゃべればいい?あ、天気の話とか……は今さらか、じゃあ任務……もダメだ、私はまだまともに浮くことすらできない、ああどうしよう……。

 

 桜が風に揺られる音だけが耳に響く、だんだんと本当に私でいいのかという考えが頭をよぎり出した、私は先代ほど綺麗じゃない、強くもない、そう思うと顔が上げられなくなってしまった。

 

 「オホン!」

 

 司令官の咳払いにつられて顔を上げると、司令官が右手を差し出しているのが見えた、桜の木を背景に、胸を張って左手を腰の後ろに回したその姿は威厳に満ちていて、格好良くて、私はつい見惚れてしまった。

 

 「ようこそ駆逐艦朝潮、私は君を心から歓迎する。」

 

 司令官が歓迎してくれいる、本当に私でいいんですか?

 

 私は先代の朝潮とは違うのに、きっと司令官も先代の事が好きだったんですよね?先代が死んだとき悲しかったですよね?辛かったですよね?

 

 先代と司令官の事を思って胸を締め付けられながら、私は司令官の右手を握り返し答える。

 

 「はい!司令官のお力になれるよう、誠心誠意努力いたします!」

 

 ただいま、司令官、駆逐艦朝潮はアナタの元に戻りました。

 

 私はアナタを支えます、先代の代わりに。

 

 強くなります、今度は私がアナタを守れるように。

 

 そしてお約束します。

 

 もう二度とアナタに悲しい思いをさせたりなんかしない。

 

 正化29年3月3日、私、駆逐艦朝潮は再び鎮守府に着任した。



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幕間 提督と満潮 1

朝潮が着任する前日のお話です。

書こうかどうか悩んだけど、思いついちゃったんで投稿しました。

次のお話から2章に突入します。


 他の鎮守府はどうか知らないけど、ここ横須賀鎮守府庁舎の南側一階中央にある食堂では、週に何度か鳳翔さんが居酒屋を開くことがある。

 

 通称『居酒屋 鳳翔』上位艦種の人たちの憩いの場ともなっているこの店は鳳翔さんが自腹をはたいてやっている、もっとも、お客で来た人たちは毎回お代を置いて帰るが利益は出ていないらしい、どうせやるなら利益くらい求めりゃいいのに。

 

 開店時間がフタヒトマルマルからなので消灯時間がその時間の駆逐艦が来ることはほぼない、起きてたとしても上位艦種に遠慮して入ってこない。

 

 そんな『居酒屋 鳳翔』を貸し切りにして、通常なら食堂の受け取りカウンターに設けられた一席に私は座っている、週に一度の司令官の晩酌に付き合う日だ。

 

 別に司令官と一緒に飲みたいとかそういうんじゃないのよ?姉さんが戦死して以来、なんとなく司令官の愚痴を聞いたり、逆に聞いてもらったりしているうちに、こういう事になっただけ、他意はない。

 

 「すまんすまん、遅くなった。」

 

 時刻はフタヒトフタマル、20分遅刻して着流し姿の司令官が食堂の入り口から入ってきた、この人はプライベートではいつもこの格好だ。

 

 「遅れるなら一言あってもよかったんじゃない?」

 

 「今日中に終わらせちょきたい仕事があっての、久々に気合入れて書類と向き合ったわ。」

 

 ちなみにこの人は、普段は標準語を心掛けているが、プライベートでは方言が丸出しになる、初めて方言を聞いたとき、『広島弁?』って聞いたら『俺は生まれも育ちも周防の国、山口県じゃ、一緒にするな!』と訳の分からないキレ方をされた、いや、違いなんかわかんないから。

 

 「ふうん、まあいいけど。」

 

 「まあそう怒るな、好きな物頼んでええけぇ、な?」

 

 毎回好きな物頼んでますがなにか?

 

 「鳳翔さん、酒はいつもので、それと今日は玉子焼きが食いたいのぉ。」

 

 「はいはい、満潮ちゃんは何がいい?」

 

 鳳翔さんがお母さんみたいな笑顔で注文を取りに来る、さて何を頼もうか、ご飯は食べたからそんなにお腹は空いてないし……。

 

 「私はオレンジジュースでいいかな、あとは司令官のを適当につまむわ。」

 

 お酒を頼みたい気はするが一応未成年だ、それに鳳翔さんはともかく司令官が飲ませてくれるとは思えない。

 

 「相変わらず女の子みたいなもん頼むんじゃの。」

 

 ぶっ飛ばされたいのか!私は女だ!それにオレンジジュースくらい男だって飲むでしょ!と、半分手が出かけた時に司令官が急に真面目な顔になった、これは厄介ごとを頼んでくる時のパターンだ。

 

 「さて、酒が出てくるまで少し真面目な話をしておこうか。」

 

 「急に仕事モードになるのやめてくれない?」

 

 この人はツマミがないと酒を飲まない、飲めないわけではないけど、そういう『自分ルール』を定めているらしい、理由を尋ねたことはあるけど教えてもらえなかった。 

 

 厄介ごとを言ってくるのはいつもこのタイミング、まるでスイッチが切り替わるかのように顔つきから姿勢まですべてが一瞬で切り替わる。

 

 「まあ、そう言うな、大事な話だ。」

 

 厄介ごとを背負いたくはないけど、大事な話と言われれば聞かないわけにはいかない、プライベートはともかく、仕事モードの司令官は真面目そのもの、まあ、書類仕事は気分によって処理速度が変わるらしいけど。

 

 「で、なに?」

 

 「明日、朝潮が着任することは耳に入っているだろう?」

 

 ああ、その事か、そういえば大潮が張り切って歓迎会の準備してたわね。

 

 「ええ、大潮から聞いたわ。」

 

 姉さんの艤装を使う全く別の子が明日来る、別にどうこうするつもりはないけど、うまく付き合っていく自信はないわね。

 

 「その子の嚮導をお前に頼もうと思っている。」

 

 厄介どころの騒ぎじゃない、私が新しい朝潮の嚮導!?ちょっと正気!?私が他の子達からなんて言われてるか知ってるの!?『横須賀で近づきたくない艦娘No,1』、『激辛フレンチクルーラー』よ!?

 

 「いやいや、嚮導とか普通は軽巡の仕事でしょ?それに、私が他の子からどう思われてるか知ってる?」

 

 「もちろん知っている、それでも、朝潮の嚮導はお前に頼みたい。」

 

 勘弁してよ……私は自分の事だけで精いっぱいなの、新米にものを教えてる余裕なんてないわ、それに、姉さんの艤装を背負った子とどう接すればいいかなんて私にはわからない。

 

 「どうしても……私じゃなきゃダメなの?」

 

 「ダメだ。」

 

 こういう時の司令官は絶対に折れてくれない、一言『命令だ。』と言えばいいのに言わない、あくまで『頼み事』として言ってくる。

 

 なんでよ……大潮でもいいじゃない、荒潮は……ダメだ、あの子じゃ事故を起こしかねない。

 

 「これはお前のためにもなると私は思っている。」

 

 姉さんの事を忘れろとでも言うの?司令官だって忘れられてないクセに……。

 

 「ありきたりだが、お前は十分苦しんだ、そろそろ前に進むべきじゃないか?」

 

 「わかってるわよ……でも……。」

 

 頭ではわかっている、いつまでもあの時の後悔を引きづってちゃいけないって事は、でもどうしても忘れられないの、夢に出てくるの、夢の中で姉さんが言うのよ『お前がいれば私は死なずにすんだ』って、姉さんはそんな事絶対言わない、私の妄想だって事はわかってるけど気持ちの整理がつかないのよ……。

 

 「やはり、新しい『朝潮』は受け入れられないか?」

 

 「そうじゃない、そんなんじゃない!」

 

 私だって満潮としては2代目だ、それでも姉さんは私を受け入れてくれた、妹として扱ってくれた、仲間だって……言ってくれた。

 

 「その子……どんな子なの?」

 

 やっぱり姉さんに似てる?

 

 「写真でしか見てないが……瞳の色以外はそっくりだった。」

 

 「そう……なんだ……。」

 

 姉さんそっくりな子を別人として扱えなんて……また無理難題を押し付けてくれるわね、この司令官は。

 

 「司令官は平気なの?その……姉さんそっくりな子と過ごすの。」

 

 司令官だって辛いでしょ?だったら私の気持ちもわかってよ。

 

 「どうかな、正直上手く話せるかどうかも疑わしい、情けないことにな。」

 

 それみたことか、それで私には嚮導をやれってちょっとズルくない?

 

 「これは話そうかどうか迷ったんだが。」

 

 「なに?」

 

 なんだろう、たいていの事はこの3年で聞いたと思うけど。

 

 「お前が着任する前日にな、朝潮が泣きながら私に言ったんだ『明日来る満潮とどう接したらいいかわかりません。』とな。」

 

 姉さんが?私が着任した時、笑顔で迎えてくれた姉さんがそんな相談をしていたの?

 

 「お前の先代が戦死した時、旗艦をしていたのは朝潮だった、それで彼女は責任を感じてしまってな『私がもっとうまくやれてれば満潮を死なせずに済んだのに。』と言って、ふさぎ込んでいた時期が朝潮にもあったんだ。」

 

 姉さんにもそんな事があったんだ……でも私と会った時、姉さんはそんな相談をしたことなど微塵も感じさせなかった。

 

 「姉さんは……どうやって立ち直ったの?」

 

 「立ち直ってはいなかったさ、朝潮を立ち直らせたのは満潮、お前だよ。」

 

 「私が?」

 

 何もした覚えないわよ?

 

 「『今日は満潮が笑ってくれました!すごく可愛かったです!』『司令官、満潮が初めて姉さんって呼んでくれたんです!感激です!』って感じでな、お前と過ごしていくうちに彼女は立ち直っていったんだ。」

 

 「そ……そんな事で……?」

 

 信じられない……。

 

 「そんな事でいいのさ、だからお前も、明日来る朝潮に立ち直らせてもらえばいい、変に肩肘張らなくたっていいんだ、一緒に過ごしていくうちに自然と打ち解けられる、言っただろう?お前のためにもなると、いやお前のためと言った方がいいか。」

 

 「よ、余計なお世話よ……。」

 

 私と姉さんは違うのよ?姉さんがそれで立ち直れたからって私も同じになるとは限らないじゃない……。

 

 けど……そうね、姉さんが私にしてくれたことをその子に返すと考えれば、少しはまともに接することができるかもしれないわね……。

 

 「どうしても嫌か?」

 

 嫌なわけじゃない、私だってこのままでいいとは思ってないもの、新しい朝潮と過ごしていくうちに私も立ち直れるかもしれない、だけど、このまま司令官に言いくるめられるのはちょっと気に食わないわ。

 

 「間宮羊羹5本、それで手を打つわ。」

 

 間宮羊羹、給糧艦間宮が作る羊羹で味は有名菓子店をも凌駕し、いつも品薄で金があってもなかなか手に入らない、駆逐艦の間では通貨代わりにされることもあるそれを、私は報酬として要求した。

 

 「また随分と高い買い物になってしまったな。」

 

 「ふん、それくらいもらわなきゃ割に合わないじゃない。」

 

 ざまぁみろ、こっちはトラウマと向き合わなきゃいけないんだ、良心的なくらいよ。

 

 「その条件じゃなきゃ嚮導はしてあげない。」

 

 「わかったわかった、用意しておく。」

 

 司令官がヤレヤレと言う感じで肩をすくめる、よし、これで当分甘味には困らないわ、間宮羊羹一切れで3倍以上の甘味が手に入る、太らないように気をつけなきゃ。

 

 「お待たせしました、提督には熱燗と玉子焼き、満潮ちゃんにはオレンジジュースね。」

 

 話が終わったと察したのか、鳳翔さんが注文の品を持ってきた、さすがお艦と呼ばれるだけあるわタイミングの読み方がうまい。

 

 「お、来た来た、ほれ満潮、酌してくれ酌。」

 

 「手酌で飲みなさいよ、なんで私が……まったく。」

 

 と、言いつつ酌をしてやるのが私と司令官のお約束だ、別にしたいわけじゃないけど、ホントよ?

 

 「いやぁ、美人女将の出す酒を、これまた美人の満潮に注がれて飲めるとは、男冥利に尽きるのぉ。」

 

 「お世辞言っても何も出ないわよ。」

 

 すっかりプライベートモードに戻った司令官に酒を注いでやりながら私も玉子焼きに箸をつける、うん、美味しい、甘めの味付けが私好みだ、でも司令官にはすこし甘すぎるんじゃ?

 

 「鳳翔さんシシャモある?あと、漬物も欲しいな。」

 

 やっぱり甘すぎるんじゃない、そんな塩っ辛いものばっかり頼んで、糖尿になってもしらないわよ?

 

 「お前も飲むか?」

 

 あら珍しい、司令官から飲むか?なんて、明日は一応非番と言うことになってるから少々酔ってもいいけど……。

 

 「私を酔わせてどうする気?憲兵さん呼ぼっか?」

 

 何にもしないのはわかってるけどね、いまだに姉さん一筋だし、この人は。

 

 「何もしゃあせんわ!お前に手ぇ出そうもんなら大潮と荒潮に海に沈められかねん!」

 

 その前に鳳翔さんに弓で射殺されるかもね、すごく怖い笑顔でこっち見てる。

 

 「じゃあ少しだけもらうわ、ちょっと酔いたい気分だし。」

 

 それからしばらく、二人で他愛もない話をしながらお酒を飲んだ、私と司令官の週に一度の楽しみ、姉さんが戦死して以来、私が唯一素直になれる時間、私が唯一弱音を吐ける時間。

 

 司令官と二人でいる姉さんを見るのが私は好きだった。

 

 そんな二人と一緒に居る時が好きだった。

 

 司令官が私を娘くらいにしか思ってないのは知ってる、まだ姉さんのことが好きだってことも。

 

 今の状況を姉さんが見たら怒るかな、それとも『相変わらず仲がいいわね。』って笑うかな。

  

 姉さん、見てる?

 

 私、頑張るから、姉さんみたいに立ち直って見せるから。

 

 だからそれまで、もうちょっとだけ、姉さんの司令官を貸してね。

 



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第2章 駆逐艦『朝潮』抜錨!
朝潮抜錨 1


 こんにちは、朝潮です。

 

 突然ですが私は今、鎮守府南側にある演習場で腰まで海に浸かっています3月上旬の海水はとても冷たい、このままだと風邪をひいてしまうかもしれません。。

 

 なぜそんな事になっているかというと……、はい、浮き方がわかりません、目の前にいる満潮さんは呆れを通り越して真顔で海面に立っています、とても怖いです、でもこの角度だと満潮さんの水色の下着がよく見えます。

 

 いえ、覗くつもりはないんです、でもこの角度だとどうしても見えてしまいまして……けっして同性の下着を覗く趣味があるとかでもありません。

 

 着任した日、秘書艦の由良さんと同じ隊になる大潮さん、満潮さん、荒潮さんを紹介され、大潮さん主催の歓迎会を終えた私は、次の日から満潮さんに嚮導されて訓練することになると司令官に聞かされました。

 

 今日はその初日です、ええ、初日からやらかしました、満潮さんも、まさか浮き方から教えることになるとは思ってなかったらしく、私の惨状を見て途方に暮れているようです。

 

 「聞いてない。」

 

 真顔の満潮さんが私を見下ろして突然口を開きました。

 

 「な、何をでしょうか……。」

 

 だいたい察しはつきます、すみません、本当にすみません。

 

 「まさか浮き方も知らないなんて……アンタ養成所で何してたの?寝てたの?3年いたって聞いたけど?これじゃ訓練生以下じゃない!」

 

 返す言葉もございません、知識では知っているんです、でも実地となるとどうしていいか全くわからないんです、本当にごめんなさい。

 

 「羊羹5本じゃ安すぎたわねこりゃ……。」

 

 羊羹?何のことだろう?そういえばしばらく食べてないなぁ、って違う違う!現実逃避してる場合じゃないわ、いつまでも海に浸かっているわけにはいかない、わからないことは聞く!聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ!

 

 「あ、あの……。」

 

 「なによ。」

 

 ひぃっ!!聞けるような感じじゃない!『ギロ』っと言う擬音が聞こえてきそうな目で睨まれて私は生まれたての小動物のように震えることしかできなくなってしまった。

 

 「はぁ、まあいいわ。」

 

 そう言って満潮さんは右手の連装砲から訓練用のペイント弾を二発取り出し、一発の弾頭を外して中身を自分の足元に垂らしだした。

 

 「い、一体何を?」

 

 「いいから私の足元を見てなさい。」

 

 満潮さんの足元に広がっていく塗料が何かに沿って動いている、これは……船?水中に広がる塗料に染め上げられて、満潮さんを中心に縦1メートル横50センチ、深さ40センチほどの船の形をした空間が現れた。

 

 「これが私たちが足に履いてる『主機』から発生させてる、俗に『脚』と呼ばれる力場よ、前側のとがってる方が『船首喫水』後ろが『船尾喫水』ね、船首と船尾は別に覚えなくていいわ、まとめて『脚』と呼ぶのが一般的だから。」

 

 「これが……、実際に見るのは初めてです。」

 

 艦娘は海面に立っているように見えるが実は違う、実際はこの『脚』と呼ばれる力場の上に立っている、この『脚』は艦種によって大きさが異なり、大型艦になるほど面積も大きくなり喫水も深くなる、これが魚雷の当たり判定になるのだ。

 

 と、ここまでは座学で習った内容、私はこの『脚』を発生させる方法がわからないから、いまだに水に浸かっている、いい加減お腹が冷えてきた……。

 

 「アンタ座学は優秀だって聞いたから知識では知ってるんでしょ?どう?実際に見てみて。」

 

 「なんて言うか……不思議です、それに、すごく綺麗な形。」

 

 満潮さんの『脚』は刃物のように鋭く尖っていて水の抵抗なんかほとんどなさそう、私もこんな綺麗な『脚』が作れるのかな。

 

 「お、お世辞はいいわ、で、実際に『脚』を作る方法だけど。」

 

 あ、赤くなった、褒められるのに慣れてない?

 

 「アンタも背負ってる『機関』に意識を向けてみなさい。」

 

 『機関』に?『脚』は『主機』から発生させるんじゃないの?

 

 「さっさとやる!」

 

 「は、はい!」

 

 私は言われるがまま、『機関』に意識を向ける、何だろう……丸い……蒼く光る丸い玉のイメージが見える。

 

 「光る玉みたいなイメージが見えない?」

 

 「はい、見えます。」

 

 とても力強くて、静かだけどあたたかな光、これが『機関』の中身なのだろうか。

 

 「それが艤装の力の源、『核』と呼ばれるものらしいわ。」

 

 これが『核』、艤装の、艦娘の力の源、これがあるから私たちは戦うことができるのか。

 

 「『核』から両足の『主機』に向けてホースを繋ぐようイメージしてみて、繋いだらそのホースの中に水を通すような感じで。」

 

 私は満潮さんに言われた通りイメージをする『核』から『主機』へ、ホースを繋ぐように、そしてその中に水を……。

 

 「あ、やば、忘れてた、ちょっとストップ!!」

 

 「え?」

 

 ドン!!

 

 大きな音とともに、足の裏から発生した力に押し上げられるように私の体は3メートルほどの高さに放り投げられていた、下を見ると満潮さんが『あちゃ~』と言わんばかりに右手で頭を搔いている、って呑気に観察して場合じゃない!!落ちるうううぅぅぅ!!

 

 ばしゃーーーん!!

 

 「お~い、生きてる~?」

 

 生きてます……なんとか……浅瀬で助かった、海面に叩きつけられた私は起き上がることもできず海底に沈んでいた、朝潮型の制服が吊りスカートであることに感謝しないと、でなければ下は下着だけになっていたかもしれない。

 

 「ぷはっ!!げほっ!げほっ!」

 

 しょっぱい!というか辛い!!思いっきり海水を飲んでしまった、満潮さんに引っ張り上げられながら私はなんとか体を起こす。

 

 「い、今のはいったい何なんですか?」

 

 私は『脚』を作ろうとしただけなのに気づいたら空を飛んでいた、何を言ってるかわからないと思うけど私も何を言っているのかわからない。

 

 「いやぁ、今のはホントごめん、私のミスだわ。」

 

 何がミスなんだろう?特にミスらしいミスはないように思えるけど。

 

 「アンタ、ボールを水に沈めたことある?」

 

 「はあ、まあないことはないです。」

 

 「水中でボールから手を離したらどうなった?」

 

 え?そりゃ水面に向かって……。

 

 「あ、そういうことか。」

 

 「そう、水中でボールから手を離せばボールは水面に向かって浮かぼうとする、浮かぶだけならいいわ、でも大抵の場合は勢い余って飛び上がるでしょ?」

 

 つまり私はボールになったのか、水中で発生させた『脚』の浮力に押し上げられた私は、そのまま空に撃ち出されたのだ。

 

 「じゃあやり方はわかったでしょ?そこの砂浜からでいいからもう一回やってみて。」

 

 この状態からやれと言われなくてよかった、さすがにそこまでの無茶は言わないわよね。

 

 「別にそこでもう一回やってもいいわよ?」 

 

 「いえ!砂浜からチャレンジさせてください!」

 

 顔に出てたかしら?私は砂浜まで海中を歩き、波打ち際でもう一度『脚』を発生させた、また打ち上げられたらどうしようかと思ったけど、私の足は地面に着いたままだ、陸では力場が作用しないのかな?

 

 「『脚』の分、体が持ち上がると思った?」

 

 「は、はい。」

 

 「『脚』もそうだけど、艦娘の力場は陸上では効果がほとんどなくなるわ、ただでさえ薄い駆逐艦の『装甲』が文字通り紙になるわね。」

 

 そういえばモヒカンさんが深海棲艦は陸上では弱体するって言ってたっけ、艦娘も同じなのね。

 

 「そのままゆっくりでいいから私の近くまで来てみなさい。船尾の方から風を出す感じかな?」

 

 船尾の方から風を……よし、ここで汚名返上だ、やってやる!

 

 「く、駆逐艦朝潮!抜錨します!」

 

 「こんなとこで気合入れてどうすんのよ、アンタ実はバカなんじゃない?」

 

 いや、それはそうなんですが、気合は大事じゃないですか?出鼻を思いっきり殴られた感じになった私は言われた通り、船尾から風を出すイメージをしてみる。

 

 グン……。

 

 私の体が前に進みだす、足を動かしてないのに進むというのはなんだか変な気分ね、でも自分で進んでると言う実感はある、これが『航行』するということか。

 

 「その辺で風を出すイメージをやめなさい、でないと私とぶつかるわ。」

 

 言われた通りイメージをやめた私の体は、一瞬前につんのめったものの、しならく慣性で進み、満潮さんの手前1メートルほどの所で止まった。

 

 「ギリギリね……まあいいか。」

 

 私の『脚』もやっぱり満潮さんと同じくらいの大きさなのかしら?だとしたら言う通りギリギリだ、そんな事を考えていると、満潮さんが私の足元に塗料を撒き始めた、私の『脚』はどんな形なんだろう?

 

 「ああ、わかってはいたけどこりゃ酷いわ。」

 

 塗料に彩られた私の『脚』はボールを半分に切ったような形をしていた、しかも所々歪、満潮さんのようなシャープさは微塵もない。

 

 「そ、そんなに形は関係あるものなんですか?」

 

 「あるに決まってるでしょ?力場とは言っても水の抵抗は受けるんだから、船がなんであんな形してると思ってるのよ。」

 

 そりゃそうですよね、私の『脚』みたいな船が速いとはとても思えない。

 

 「満潮さんのような『脚』にするにはどうしたらいいんでしょうか。」

 

 「慣れるしかないわね、水の抵抗を意識してれば自然と私みたいな形になるわ、たぶん。」

 

 たぶんですか、まあ私は今日初めて浮いたんだ、これくらいが普通……なんですよね?

 

 「ちなみに、そこまで歪な『脚』は艦娘になったばかりの子でも滅多にいない、っていうか私は初めて見た。」

 

 私の視線で考えを見抜いたのか満潮さんが追い打ちをかけてくる、泣いてしまいそう……。

 

 「なんだ、思ったよりまともに教えてるじゃないか。」

 

 この声は司令官!?いつの間にか砂浜に司令官が立っていた、いつから?いつから見られてた!?

 

 「そりゃ仕事だからね、それより司令官はこんなところで何してるのよ、仕事は?」

 

 お暇なのかな?優秀そうな司令官だもの、きっともう今日の分は終わらせてしまったのね、そうに違いないわ!

 

 「休憩と称して抜け出してきた、ああ心配するな、あとは由良でも処理できる仕事しか残っていない。それに話し相手に少佐も置いてきたしな。」

 

 それは由良さんに仕事を押し付けたと言う事では?

 

 「それに朝潮型打ち上げ花火が見えたからな、何をしてるのか気になったんだ。」

 

 あれを見られていた!?よりにもよって司令官にアレを見られるとは……穴があったら入りたいとはこのことね。

 

 「アレは私のミスみたいなものだから言わないで上げて、朝潮が今にも炎上しそうなくらい真っ赤になってるわ。」

 

 はい、顔から火が出そうなくらい熱いです、顔が上げられない……恥ずかしい。

 

 「私はてっきり『トビウオ』を教えているんだと思ったぞ?」

 

 『トビウオ』?なんだろう、魚の飛び魚のことかな?

 

 「練度1のド新人にあんな技教えてどうすんのよ、それにこの子、さっきまで浮くことすらできなかったのよ?『トビウオ』なんか100年早いわ。」

 

 『トビウオ』は技の名前?どんな技なんだろう、想像がつかない。

 

 「あの、その『トビウオ』とはどういう技なんですか?」

 

 「ほら見なさい!余計な事に興味持っちゃったじゃない!」

 

 だって気になるし、なんだかすごい技っぽいし……深海棲艦を一発で倒せるくらいすごい技なのかしら。

 

 「言っとくけど、別に深海棲艦を一発で倒せるような派手なもんじゃないわよ。」

 

 さっきから私の思考がことごとく読まれている、もしかして声に出してる?

 

 「教えないまでも、見せてやるくらいはいいんじゃないか?」

 

 萎縮してしまった私を見かねてか、司令官が助け船を出してくれる、ありがとうございます司令官!

 

 「アレ、疲れるからあんまりやりたくないんだけど。」

 

 消耗が激しいのか、でも私じゃ100年早いと言われるほどの技だ、きっと消耗に見合うだけの威力があるんだきっと!

 

 「はあ、まあいいわ、一回だけよ?」

 

 司令官に言われて諦めたのか、そう言って満潮さんは私から20メートルほど離れた位置に移動した、ワクワクするどんなものなんだろう、駆逐艦の奥義的なものなのかしら。

 

 「行くわよー!」

 

 満潮さんが始める合図を送り、倒れるんじゃないかと思ってしまうほど自然に前傾姿勢をとる。

 

 ズドン!!

 

 満潮さんが前傾姿勢をとったと同時に大砲が着弾したみたいな轟音が鳴り響き、10メートルほどの距離を一瞬で移動、着水し私の横を通り過ぎて行った、これが『トビウオ』、『トビウオ』とは攻撃ではなく移動術なの!?

 

 「こんな感じよ、わかった?」

 

 まったくわかりません!何をどうすればあんなことができるんですか!?

 

 「まあ、一応説明すると、足の関節の伸縮のタイミングと、最初にアンタが吹っ飛んだ時みたいに『脚』を水中で発生させた時に生じる浮力、を併せて一瞬だけ超加速を得るのが『トビウオ』よ。」

 

 なるほど!さっぱりわかりません!

 

 「初めてそれをやった奴が両手を広げててな、その姿がまるで飛び魚みたいに見えたからそのまま『トビウオ』と名付けたんだ。」

 

 それで『トビウオ』か、わかりやすくて良い名前です!さすが司令官!!

 

 「安直すぎでしょ。」

 

 すかさず満潮さんが横槍を入れてくる、やっぱり私、声に出してる?

 

 「それにコレ、直進しかできないし体に負担はかかるし、連携は乱れるしで艦隊行動してる時はあんまりメリットないのよね。」

 

 だったらなんでそんな技を満潮さんは習得してるんですか……。

 

 「ああでも、単艦の時や駆逐隊全員が使えるなら有用よ?」

 

 と、言うことは大潮さんと荒潮さんも使えるのか、あれ?でも私が使えないのだから八駆で『トビウオ』は使用できなくなったんじゃ……。

 

 「お察しの通り、アンタが入ったことで八駆で『トビウオ』は使いづらくなったわ。」

 

 やっぱり、というか私の考えが読まれてた、そんなに考えてることがわかりやすいのかしら。

 

 「ちなみにコレは駆逐艦専用と言っていいわ、上位艦種じゃまず使えない、軽巡ならギリギリ使えるかな?」

 

 「どうしてですか?」

 

 「一瞬『脚』を消さなきゃならないからね、艦種が大きくなるにつれて艤装は重くなるし、『脚』を発生させるまでの時間も長くなるわ、駆逐艦で1秒未満、戦艦で5~6秒だったかしら?」

 

 なるほど、だから艤装が軽く、『脚』を発生させる時間も短い駆逐艦専用なのか、あれ?でも待って。

 

 「あの、海面を飛ぶことができるなら、魚雷をジャンプして避けるとかはできないのですか?」

 

 「…………。」

 

 『何を言ってるんだこのバカは』とでも言いそうな顔で満潮さんが私を見てる、そんなに変な事言ったのかな……。

 

 「アンタ、その場でジャンプしてみなさい、思いっきり。」

 

 「え?」

 

 「いいから飛ぶ!」

 

 「は、はい!」

 

 と言ってジャンプしようとした私の体は、ほんの少し浮いたものの飛び上がることはできず、私はバシャン!と音を立てて顔から海面に叩きつけられた。

 

 「『脚』が水の抵抗を受ける話はしたわよね?縦1メートル前後の力場が水中に沈んでる状態なのにまともにジャンプできるわけないじゃない、『トビウオ』が使えるくらい『脚』を自在に扱えるなら話は別だけど。」

 

 よく考えればそうだった、うぅ……顔が痛い、司令官にまたみっともないところをお見せしてしまった……あれ?なんだかお尻がスース―する気がする、もしかしてスカートが捲れてる?ちょっと待って!私はさっきまで水に浸かっていた下着も水浸しだ!私は慌てて身を起こし、司令官の方を振り返る。

 

 「お、鳥が飛んでる、珍しいな。」

 

 鳥は基本飛びますよ司令官、明後日の方向を向き、いかにも『何も見てませんよ~』とでも言いたそうな態度だ。

 

 「アンタまだ蒙古斑あるのね、何歳だったっけ?」

 

 やっぱり透けてた!しかも蒙古斑のことを知られた!!着任二日目でとんでもない大恥をかいてしまった。

 

 「大丈夫だ朝潮、そういう子もたまにいると聞く、気にするな。」

 

 無理です!!着任時に大層な目標を掲げておいてその翌日にコレですよ!?今日一日で一生分の恥をかいた気分です!

 

 「はいはい、お遊びはそこまで、アンタは余計な事考えないでしばらくはまともに航行する訓練よ。」

 

 パンパンと手を叩いて満潮さんが促してくる、忘れよう、今日の事を忘れられるくらい訓練に没頭しよう、でなければ恥ずかしさで轟沈してしまう。

 

 「500メートルくらい先にブイが浮いてるでしょ?とりあえずここと、あそこをひたすら往復、倒れるまでね。」

 

 「訓練初日にそこまでやることないんじゃないか?」

 

 「いいのよ、それくらいやらないとこの子の場合いつまでたっても新米以下よ。」

 

 その通りです、いいんです司令官、やらせてください、今の私にはそれくらいが丁度いいんです、今はとにかくさっきまでの事を忘れられるくらい体を動かしたいんです。

 

 こうして、私の恥辱に塗れた訓練初日は、『脚』を維持できなくなって沈みかけたところで幕を閉じた。




私の脳内の朝潮は蒙古斑がある設定です、異論は認める。


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朝潮抜錨 2

 『ほら!足が止まってる!そんなんじゃ当ててくれって言ってるようなものよ!』

 

 私が鎮守府に着任して二週間が経ち、春を感じさせる生温かい日差しの中、艤装の通信装置を通して満潮さんの怒号が耳に響く、一週間ほどでそれなりに航行できるようになった私に待っていたのは、満潮さんが撃つペイント弾をひたすら避け続ける回避訓練だった。

 

 満潮さんの訓練は容赦がない、と言っても他の人の訓練内容は知らないのだけど、午前中は射撃訓練と航行訓練、昼食をとった後はひたすら回避の訓練、春の陽気に春眠を覚えている暇もなく、ただひたすら満潮さんの砲撃を避けるのに集中する。

 

 『はい、これで本日13回目の戦死よ!』

 

 私の体にまた一つオレンジ色の模様が増えた、日に日に少なくなってはいるのだけど、満潮さんの砲撃は正確で、まるで私の回避先を知っているかのように私を撃ち抜く。

 

 『この下手くそ!”わざわざアンタの回避先に向けて”撃ってるんだからいい加減学習しなさい!!』

 

 私の回避先に向けて?やっぱり先読みされてるんだ、けど回避先を読まれてて、そこに正確に撃ち込まれるのにどうやって避けろと?

 

 『これで14回目!アンタやる気あるの!?やる気ないなら艦娘なんか辞めちゃいなさい!』

 

 考え事をしてるうちにまた戦死してしまった、満潮さんの怒りのボルテージも最高潮、このままでは本当に沈められかねない。

 

 『いい?アンタの回避パターンは貧困!二通りしかないの!一発目を回避した後、二発目は右か左の二択だけ、しかも避けようとする方向を一瞬向く癖があるわ!』

 

 私にそんな癖があったのか、気づかなかった、それじゃあ回避先が読まれるのも納得だ。

 

 『最近被弾回数が減ってきたと思ってたでしょ?それは牽制で撃ってる一発目を運よく避けれてるだけはっきり言ってまったく進歩してないわ!』

 

 思い返せば、たしかに躱せてるのは一発目だけだ、二発目は必ず当たっている。  

 

 「で、では一体どうすれば……。」

 

 『まずは回避先を視線で追う癖をなんとかしなさい!それを直すだけで二発目の被弾率は半分になるわ。』

 

 満潮さんは私の視線を見て回避先を予測している、それをやめれば回避先が読みづらくなるのはわかるのだけれど……。

 

 『15回目!いい加減飽きてきたんだけど?』

 

 うう……頭ではわかっていても癖づいてしまったものはなかなか直せない……、でも流石は歴戦の駆逐艦、いくら回避先が読めると言ってもそこに確実に当てて来るなんて。

 

 『ボサッとしない!次いくわよ!』

 

 満潮さんが牽制の一発目を放つ、これはなんとか……回避!さあ、二発目をどちらに避ける?右か左か、でも視線を向けちゃダメ!視線を向けずに……、右!

 

 私が右に避けようとした時、視線の向きに気を取られ過ぎて『脚』が消失した、これはまずい、このままでは顔から海面に激突だ、焦ってしまった私は大慌てで『脚』を再構成してしまい、すでに足首まで海水に浸かっていた状態で『脚』を発生させた私は直前に前傾姿勢に似た姿勢になってたのもあり、訓練初日に見た『トビウオ』を偶然ではあるが再現してしまった。

 

 「けど避けれた!」

 

 私を狙った満潮さんの二発目は私の後方に着弾、偶然ではあったけど私は『トビウオ』の加速で着弾点より前方へ回避することに成功した。

 

 『このバカ!誰がトビウオで回避しろなんて言ったのよ!しかもそんな疲れた状態で!!』

 

 「い、いえ、トビウオは偶然で……。」

 

 そこまで言った途端、体中にに激痛が走った、これが満潮さんが言ってた体にかかる負担?ダメだ、痛みで『脚』が維持できない、沈む!?

 

 ピー!ピー!

 

 私の異常を察知したのか、艤装から甲高い警告音が響き、『機関』から緊急用のエアバックが飛び出し、私はなんとか沈まずにすんだ。

 

 「た、助かった……。」

 

 「助かったじゃないわよ!実戦なら即死亡よこんなの!」

 

 満潮さんが怒鳴りながら近づいてきた、たしかにこんな状態で戦場を生き残れるとは思えない。

 

 「すみません……。」

 

 謝るのはここに来て何度目だろう、むしろ謝ってしかいない気がする。

 

 「はあ……今日の訓練は中止ね、体動かないでしょ?」

 

 「はい……。」

 

 激痛でしゃべるのも辛いです、こんな負担が大きい技を普通に使える満潮さんはやっぱりすごいんだなぁ……。

 

 「陸まで曳航するからアンタはそのままじっとしてなさい。」

 

 「申し訳ありません……。」

 

 今日は少し早いが訓練終わりのいつもの光景だ、動けなくなった私を満潮さんが陸まで曳航してくれる。

 

 「さっきのトビウオの事は忘れなさい、あんな避け方、今のアンタじゃ自殺行為よ。」

 

 「はい……。」

 

 たった一回でこの体たらくなのだ、実戦で使えるはずもない、それに駆逐隊として行動している時にあんなことをしてたんじゃ仲間にも迷惑がかかる。

 

 「明日は司令官に言って一日休みにしてもらうわ、この二週間訓練漬けだったしね。」

 

 「そんな!私は大丈夫です!訓練させてください!」

 

 ただでさえ私は他の子より遅れているのに訓練を休んでる暇なんてない!私は一日でも早く司令官の役に立てるようになりたいんです!

 

 「意気込みは買うわ、でもね、休むのも訓練の内よ、私もアンタに付きっきりで疲れてるの。」

 

 満潮さんに諭されて私は渋々ながら休みを受け入れる、そうよね、私が着任して以来ずっと満潮さんは私に付き合ってくれている、文字通り朝から晩まで、言葉はきついけど出来の悪い私の面倒を見てくれているんだ……そう思うと余計に申し訳なくなってしまう。

 

 陸に上がって艤装を工廠の保管庫に預けた私と満潮さんはその足でお風呂に向かった、その足でとは言っても体にはまだ激痛が走っていてまともにうごけない私は満潮さんにおんぶしてもらっている、、ペイント弾の塗料まみれの私を背負ったせいで満潮さんの制服を汚してしまった、ごめんなさい。

 

 「自分で脱げる?」

 

 「な、なんとか。」

 

 庁舎海側の駆逐艦寮一回に設けられた風呂場の更衣室についた途端、床に座り込んでしまった私を満潮さんが心配してくれる、根はすごくいい人なのよね、訓練中は鬼みたいだけど。

 

 「ゆっくりでいいから脱いでなさい、部屋から着替え取ってくるから。」

 

 踵を返して更衣室から出て行く満潮さんを見送って私は服を脱ぎだす、情けないな、満潮さんに迷惑をかけてばかりで……司令官に恩返しするどころじゃないわね、まずは満潮さんに迷惑をかけないようにならないと。

 

 それから、着替えを持って戻ってきた満潮さんに手伝ってもらって、体に着いた塗料を洗い流した私たちは、湯船に浸かってようやく一息ついた、体から疲れが抜けていくみたい、心なしか体の痛みも引いてきた気がする。

 

 「……。」

 

 「……。」

 

 二人だけの浴場に水滴が落ちる音と沈黙だけが流れる、そういえば私、他の子とお風呂で一緒になったことないな、駆逐艦だけでも数十人いるのに。

 

 「あの、いつも思うんですけど他の子ってお風呂に入らないんですか?」

 

 そんな事ないのはわかっているけど着任して二週間、一度も他の子と一緒になったことがないのが不思議でしょうがない。

 

 「今日は時間が早いしね、普段も他の子が上がった時間見て訓練を切り上げてるし、それに入口に『満潮入浴中』の札かけといたから、これで入ってくるのは大潮と荒潮くらいよ。」

 

 そんな札があったとは……でもなぜそれで誰も入ってこなくなるんだろう?

 

 「私は鎮守府一の嫌われ者だからね、私と一緒に入浴したがる子なんていないわ。」

 

 「そ、そんな事ありません!」 

 

 満潮さんは言葉はきついけど私なんかに根気よく付き合ってくれる優しい人です!他の人はそれを知らないんです!

 

 「そんな事あるの、それにアンタだってお尻のソレを見られたくないでしょ?好都合じゃない。」

 

 た、たしかにコレは他の人に見られたくはないけど……あれ?私のために入浴時間を調整してくれてるの?

 

 「ありがとうございます……。」

 

 「なんか言った?」

 

 「いえ!わ、私は、満潮さんとお風呂に入るの好きです、と。」

 

 「はいはい、ありがと。」

 

 「ホントですよ!?」

 

 「わかったから風呂場で大声出さないで!響くでしょ!」

 

 照れてるのかお湯に浸かってるせいなのかわからないけど、そう言って耳まで真っ赤にした満潮さんはそっぽを向いてしまった、満潮さんの声の方がよっぽど響いてる気がするけど。

 

 「明日はゆっくり休みなさい、大潮と荒潮が空いてるはずだから相手してもらってもいいし。」

 

 「満潮さんはどうするんですか?」

 

 「秘密、アンタに教えるとついてきそうだし。」

 

 そんな殺生な、私がまともに話せるのは満潮さんだけなんですよ?大潮さんは普通に接してくれてるけど私から話しかけるのは気が引けるし、荒潮さんはあらあら言ってるだけだし……。

 

 「大潮はいい子よ、この機会に話しかけてみなさい、荒潮は……そういえばあの子いつも何してるのかしら?」

 

 「満潮さんも知らないんですか?」

 

 八駆って仲悪いのかな?部屋ではみんな普通に話してるけど。

 

 「プライベート時のあの子は何してるかホントに謎なのよ、鎮守府内にはいるはずなんだけど、別に仲が悪いとかじゃないのよ?」

 

 へぇ、不思議な雰囲気な人ではあるけど行動も不思議とは、先代の朝潮さんはどんな人だったのかな……どうやってこの人たちと付き合っていたんだろう。

 

 「今思えば姉さんも大変だったでしょうね、大潮は今でこそ落ち着いてるけど、当時は無駄にテンション高いバカだったし、荒潮は昔からあんなだし。」

 

 満潮さんはこんなだし?

 

 「先代はどんな方だったんですか?」

 

 この際だ思い切って聞いてみよう。

 

 「性格だけはアンタと似てるわ、融通が利かないところはあったけど、真面目を絵にかいたような性格で、優秀で、優しくて、自慢の姉だったわ。血は繋がってないけどね。」

 

 「素敵な方だったんですね。」

 

 「ええ、とっても素敵な人だった。」

 

 満潮さんが遠くを見つめてる、先代を懐かしんでるのかな。

 

 「そろそろ上がりましょ、のぼせちゃうわ。」

 

 お風呂からあがって新しい制服にに着替えた私は満潮さんに肩を貸してもらって八駆の部屋に戻った、今日はもう動けそうにないなぁ、晩ご飯どうしよう。

 

 「時間になったら食堂からもらってきてあげるわ、それまでのんびりしてなさい。」

 

 何から何まですみません、でも一人で食べるのは少し寂しいな。

 

 「心配しなくても私もここで食べるわ、他の子が居る食堂には居づらいし。」

 

 どうしてこの人は私の考えが読めるんだろう?私声に出してないわよね?

 

 「あの、満潮さん。」

 

 「なによ。」

 

 「私、もしかして考えてること声に出したりしてます?」

 

 だとしたら改めなくては。

 

 「アンタって考えてることが顔にモロに出るのよ、表情がコロコロ変わって見ててあきないわ。」

 

 そんなにですか!?

 

 「今『そんなに!?』とか思ったでしょ?」

 

 「う……ち、違います!」

 

 考えないようにしよう、何も考えるな、何も……何も……。

 

 「はははは、無理無理、何も考えないようにしてるのが丸わかり。」

 

 笑われてしまった……でも、満潮さんの笑った顔初めて見たな、とてもかわいらしい愛おしくなる笑顔、いつもそうしてればいいのに。

 

 「でもまあ、アンタのその馬鹿正直なところ、嫌いじゃないわよ。」

 

 半分呆れたような笑顔だけど、初めて見た満潮さんの笑顔は印象的で、私はもっとこの人の笑顔を見てみたいと思った、だって笑った満潮さんはすごく可愛いんですよ?

 

 明日の休みに一緒に居られないのは残念だけど、言われた通り大潮さんと荒潮さんに話しかけてみよう、きっと満潮さんと同じくらい素敵な人たちに違いないわ、だってこの人と先代の朝潮さんの姉妹なんですもの。

 



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幕間 提督と満潮 2

 『出歯亀』と言う言葉を聞いたことがあるだろうか。

 

 元は明治時代に発生した殺人事件の犯人のあだ名なのだが、事件以降はのぞき常習者や強姦などに及ぶ変質者などの好色な男性を差す蔑称として扱われる。

 

 なぜこんな話をしたかと言うと、朝潮が着任してからの二週間、司令官の行動が常軌を逸しているからだ。

 

 逸してると言ってもやっていることは所謂『覗き』だ、だが問題はその方法である、木陰でそっと見守る程度ならかわいいものだが、ゴツイ双眼鏡に始まり、それがバレると砂浜に穴を掘り迷彩を施し簡易の観測所を設置、どうも私兵を使って作らせたらしい、それを警戒して沖に出ればヘリコプターまで使用する始末、職権乱用もここまでくれば逆に清々しい。

 

 考えてもみてほしい、30後半のオッサンが見た目は小学生くらいの少女二人を『出歯亀野郎』も裸足で逃げ出すような手段を用いて覗いてくるのだ、こちらからしたら恐怖以外の何物でもない。

 

 「せめてバレないようにできないの?」

 

 ちなみに朝潮は全くと言っていいほど気づいてない、ヘリが飛んでいても『満潮さん!ヘリコプターが飛んでます!、どんな人が乗っているんでしょう?』と言って手まで振る始末。

 

 乗ってるのはアンタが尊敬してる司令官よ、目的は覗き。

 

 「お前が気づかにゃヘリまで使わんでよかったんじゃがのぉ。」

 

 まったく反省していない、それどころかやめる気もなさそうだ。

 

 「気づいてるのが私だけだからいいけど、朝潮が気づいたら幻滅するわよ?」

 

 「や、やっぱそうじゃろか……。」

 

 まてよ?逆に『そこまで私の事を気にかけていただけるなんて、朝潮、感激いたしました!』とか言いそうな気がしてきた、けどいいや、黙っとこ。

 

 「鳳翔さん、ジュースお代わり。」

 

 朝潮が『トビウオ』を使って倒れた晩、ついて来ようとする朝潮を荒潮に押し付けて、私は恒例の司令官との晩酌をしに『居酒屋 鳳翔』に来ていた。

 

 「覗くくらいなら堂々と見ればいいじゃない、なんでコソコソする必要があるのよ。」

 

 この人は仮にも鎮守府の提督だ、駆逐艦の訓練を視察してるくらいで誰も咎めたりはしないんだから。

 

 「いや、なんかその……会うのが照れ臭うてな……、あ、鳳翔さん、俺ピーマンの肉詰めね。」

 

 思春期の中学生か!13歳の子供相手に何を言ってるんだこのオッサンは、姉さんの時も思ったけどガチのロリコンね!

 

 「もしかして引いちょる?」

 

 「身の危険を感じてるレベルよ。」

 

 さすがに手は出さないとは思うけど、もし朝潮に何かしようものなら即憲兵さんに突き出してやる。

 

 「はははは、手を出すわけないじゃろが、俺だってまだ命は惜しいわい。」

 

 「命が惜しいならそろそろ覗きはやめたほうがいいわよ?間違って撃っちゃうかもしれないから。」

 

 四六時中見られてるのは落ち着かないからね。

 

 「最近は暇での、手持無沙汰なんじゃ。」

 

 嘘だ、提督の仕事が四六時中覗きができるほど暇だとは思えない、朝潮が気になってしょうがないんでしょ?

 

 「今日、朝潮が『トビウオ』を使ったな。」

 

 あ、仕事モードになった、ここからは真面目な話をする気ね。

 

 「偶然よ、直前に回避先を視線で追うなって言ったばかりだっから、それに気を取られて『脚』の維持忘れて沈みそうになったのを元に戻そうとしてああなっただけよ。」

 

 「それだけでできる技でもなかろう?お前はもちろん、先代の朝潮ですら習得にかなり時間がかかったものだぞ。」

 

 「それはそうだけど……、じゃあ司令官はあの子がやろうとしてアレをやってって言うの?」

 

 それはあり得ない、『トビウオ』を見せたのは訓練初日の一回だけ、訓練後に自主練して習得ってのも不可能、訓練後のあの子は立つのもやっとなくらいまで疲弊してるんだから自主練なんかする余裕はない、っていうか部屋からでれば気づくもの。

 

 「やろうとしてやったのではないと言うのは確かだろう、だがあの時の朝潮の体の動きは初日にお前がやって見せた『トビウオ』そのものだった。」

 

 「何が言いたいの?」

 

 私が初日にやって見せたのを覚えていて、それをとっさに真似したとでも?それこそあり得ない。

 

 「あの子の射撃や航行時の姿勢がお前そっくりなのは気づいているか?」

 

 「そりゃ教えてるのが私なんだもの、私に似るのは当たり前じゃない?」

 

 何が言いたいのかさっぱりわからない、司令官はあの子の何に気づいたって言うの?

 

 「姿勢だけではない、傍から見ているとまったく同じなんだ、射撃時の腕の振り方、腰の落とし方や舵をとるタイミング、お前が何か行動を起こす時に左足に若干重心を傾ける癖までな。」

 

 私にそんな癖があったのか、まったく気にしてなかった、朝潮の事言えないわね。

 

 「でもそれだけの事でしょ?むしろそっくりと言われるほど学んでくれてるんなら教える方としては嬉しい限りよ。」

 

 それの何が問題なのか。

 

 「言っただろう?『まったく同じ』だと、お前たちの訓練を撮影した映像を解析してみたんだが、お前と朝潮のモーションの誤差はほとんどなかった、いいか?私から見ればお前が二人動いてるように見えたんだよ。」

 

 撮影までしてたのかこの変態は!いや待て、問題はそこじゃない、撮影の件は後で問い詰めるとして今は私と朝潮の動きだ。

 

 誰でも人に教えを乞う際、まずは師の動きの真似から始めるものだ、だけどある程度動きを覚えれば意識していなくとも自分なりの癖が出てくる、もちろん異論は認めるわ。

 

 司令官が問題にしているのはこの『自分なりの癖』が朝潮にはない事か。

 

 「私の動きをそのままコピーしてるってこと?誤差も感じられないほどに。」

 

 「そうだ、しかもたった二週間でな。」

 

 そう考えると異常に思えてくる、あの子はけっして無能じゃない、私が教えたことは素直に実践するし覚えも早いと感じていた、才能だけならもしかしたら姉さん以上かもしれない。

 

 「これはまだ仮説の段階だが、あの子は一度見た動きを正確に体にトレースできるのかもしれない。」

 

 そんなバカな、もしそうだとしたら本物の天才じゃない!

 

 「でも、あの子はいまだに私の砲撃をまともに避けられないわ、それはどう説明する気?」

 

 あの子は右か左にしか回避しようとしない、そんな才能があるんなら私の砲撃なんて軽くかわせるはずよ。

 

 「それは簡単だ、あの子は『回避の仕方』を見たことがないのさ。」

 

 だから右か左にしか避けないの?『見たことがない』からそれくらいしか思いつかないってことなの?

 

 「養成所時代に洋上で訓練をしたことがないのも今となっては僥倖だったな、余計なものを見ていないからお前の技術を文字通りそのまま吸収している。」

 

 「司令官は知っていたの?あの子の才能の事。」

 

 「いや、私も知らなかった、お前たちの訓練を観察していて偶然気づいただけだ。」

 

 もし司令官の仮説が合っているなら今の訓練じゃいつまでやってもダメだわ、それこそ変な癖をつけかねない、じゃあどうする?朝潮に撃たせて私が避けるのを見せる?いやダメだ、いくら動きが似てたってあの子の砲撃なんて目をつぶっていても躱せる、そんなものを見せても意味がない。

 

 「それでだ、明後日からの訓練に大潮と荒潮も付ける、お前たちの技術を全て朝潮に『見せろ』。」

 

 八駆総出で朝潮を育てろって事ね、さすがにこれは軽巡やほかの駆逐艦には任せられない、八駆として行動する以上、私たちが積み上げてきた技術を覚えさせるしかない。

 

 「わかったわ、訓練メニューも考え直す。」

 

 「それともう一つ、実はこっちが本題だ。」

 

 今のが本題じゃない?これ以上の事があるって言うの?

 

 「これは朝潮には言うな、だが大潮と荒潮には伝えろ。」

 

 朝潮には言うな?朝潮に関することじゃないのかしら、もしかして朝潮を除いて出撃とか?

 

 「朝潮の現在の練度は40だ。」

 

 「は?」

 

 何言ってるの?朝潮の練度が40?まだ訓練初めて二週間よ?40って言ったら大規模改装が受けれる練度を超えてるじゃない、そんなことがあり得るの!?

 

 「確かだ、妖精にも確認した、間違いはない。」

 

 私たち艦娘は自分の練度を数字として見ることができない、司令官が妖精から知らされて初めてわかる練度は、言い換えれば艤装との同調率、練度10なら同調率10%と言うことだ。

 

 なぜ練度と言うようになったのかは定かじゃないけど、ある艦娘が『そっちの方がソレっぽいじゃない?』と言ったのが始まりだとか、何がソレっぽいのかはまったくわかんないけど。

 

 「信じられないわね……訓練しかしてないのにそんな数字……精々10に届くか届かないかくらいだと思ってたわ。」

 

 「まあ、普通ならそのくらいだろうな。」

 

 練度は訓練や実戦での経験に応じて上昇していくものだ、訓練だけ、しかもたった2週間で上がる練度など知れている。

 

 「それもあの子の才能なの?」

 

 「わからない、それとなく他の鎮守府にも確認してみたが、こんな例はないそうだ。」

 

 それとも姉さんが力を貸してる?だから練度の上昇が早いのかしら、あの子を選んだのは姉さん自身なの?

 

 「まあ、練度が上がること自体は問題ない、ただ、ないとは思うがこれで慢心してもらっても困る。」

 

 「そうね……大潮と荒潮にもそう言っとくわ。」

 

 あの子に限ってないとは思うけど、練度が上がったことで慢心して戦死する例はいくつか知ってる、練度が上がるごとに体は動きやすく、偽装の反応も良くなるから強くなったと、何でもできると勘違いしてしまうのだ、まあ実際強くはなっているのだが。

 

 朝潮の顔が脳裏に浮かぶ、毎日一生懸命で、私の後を子犬みたいについて来て、表情もコロコロ変わって見てて微笑ましくなってくる。

 

 あの子はこんな私に懐いてくれた、厳しい事しか言ってないのに、毎日足腰立たなくなるくらい痛めつけてるのに。

 

 私も最近はあの子の事を妹のように思うようになってきた、朝潮型で言えば私の方が妹なのにね。

 

 あの子には死んでほしくない、もちろん大潮と荒潮もだけど、私がこんなこと考えるなんて司令官が言った通り私はあの子に救われ始めてるのかもね。

 

 「で?お前は明日なんするんじゃ?誰かと逢引きか?」

 

 人が物思いに耽ってる時に急にプライベートモードになるな!ホントにコロッと変わるわね、性格まで変わってるんじゃない!?

 

 「別に、ちょっと買い物に出るだけよ、だから明日外出許可ちょうだいね。」

 

 「わかった、誰か荷物持ちつけちゃろうか?暇そうなのが何人かおるが。」

 

 勘弁してよ!どうせ司令官の私兵でしょ!?あんな柄が悪い人たち連れて街を歩きたくなんてないわ!

 

 「いらない、荷物持ちがいるほど買い物するわけじゃないし。」

 

 「そうか?でもお前見た目はええけぇナンパとかされんか?やっぱ護衛で何人か……。」

 

 あ~これ意地でも人を付けそうな感じだわ、だいたい私をナンパとかそれロリコン確定じゃない?見た目が幼い自覚はあるのよ?

 

 「別に護衛はつけていいけど目立たないようにさせて、それと私の視界に入らないように。」

 

 「わかった、一個中隊くらいでええか?」

 

 護衛に一個中隊とかどんなVIPよ!てか一個中隊が暇ってどういうこと!?艦娘が主戦力とは言っても軍隊でしょ、訓練とかしないの!?

 

 「そんなにいるわけないでしょ!?2~3人でいいわよ!」

 

 「そ、そうか?」

 

 はあ、頭痛くなってきた……。

 

 「提督は満潮ちゃんが心配なのよ、はい、ジュースのお代わりと、提督にはピーマンの肉詰めです。」

 

 心配って……、心配してくれるのは嬉しいけど過保護が過ぎるでしょ。

 

 「親の心子知らずちゅうやつか。」

 

 だれが親だ、アンタの娘になった覚えはない。

 

 「満潮も食うか?うまいぞ。」

 

 うげ!ピーマン!そんなもの勧めないでよ、そんなの食べ物じゃないわ!

 

 「い、いらない……。」

 

 「なんじゃい、まだ食えんのか、お前もう15歳じゃなかったか?」

 

 15歳だからって食べれると思わないで!嫌いなものは嫌いなんだからしょうがないじゃない!

 

 「べ、別に食べれないわけじゃないし……。」

 

 けど食べれないと言うのは沽券にかかわるので一応食べれるとは言っておく、食べないけど。

 

 「食堂の人が駆逐艦の子がピーマンを残すと嘆いていました、何かいい方法ないでしょうか提督。」

 

 「丸ごと口に突っ込めばええんじゃないか?」

 

 やめろ!マジやめろ!下手したらトラウマになる!

 

 司令官と鳳翔さんが駆逐艦にピーマンを食べさせる方法を議論するのを、できるだけ聞かないようにしながら私は祈った。

 

 明日の献立にピーマンが入っていませんように。




 もう2話だけ幕間を挟んで本編を再開します。


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幕間 少佐と由良 1

 『物事によいも悪いもない、考え方によって良くも悪くもなる。』と言ったのはシェイクスピアだったか。

 

 確かに理解は出来る、物事とはそういうものなのだろう、だが実際に窮地に陥った場合、人はそんな風に思えるだろうか。

 

 少なくとも自分には無理だ、今の状況に比べたら上陸してきた深海凄艦の群れに丸腰で立ち向かう方がマシに思えてくる。

 

 「ちょっと少佐さん聞いてる!?」

 

 自分が現在いるのは死とは無縁の執務室、ただし自分の対面にいるのは今にも提督殿を砲撃しに行きそうなくらい憤慨している由良だ。

 

 自分は朝潮が着任してからこっち、毎日由良の憂さ晴らしの愚痴に付き合っている、世の男性諸氏はうらやましく思うかもしれない、普段の由良は容姿端麗、言葉遣いや振る舞いも優しく礼儀正しい、だが一旦火が付くと止めようがない、自分は由良のそういう所がどうも苦手だ、と言うか怖い、どのような考え方をすればこの状況が良くなるのか教えてくれシェイクスピア。

 

 「朝潮ちゃんの事が心配なのはわかりますよ?でも、仕事のほとんどを由良に押しつけるのは間違ってると思うんだけど!」

 

 いや仰る通りだと自分も思います、思いますとも、ただ、その鬱憤を自分で晴らすのはやめて頂けないものだろうか。

 

 「っていうか普通に犯罪ですよね?アレ完全にストーカーですよ!そりゃ男の人からしたら若い子の方がいいんだろうけど、朝潮ちゃんってまだ13歳ですよ!?」

 

 いや、提督殿の場合は事情があってだな、だが……うん、傍から見ればただのロリコンの変態だ。

 

 「やっぱり憲兵さんに言った方がいいのかしら……。」

 

 それはやめてあげて!大丈夫だから!手を出すことはないから!たぶん!

 

 「もしかして少佐さんも幼い子が好きなの?」

 

 「そんな事は断じてない!」

 

 なんだその何かを心配するような目つきは、自分はノーマルだ、そりゃ若い子がいいと言う気持ちはわかるが駆逐艦はさすがに対象外だよ。

 

 「じゃあ艦種で言うとどのくらい?」

 

 艦種で言うと?ふむ、しいて言うなら重巡か戦艦くらいだが、ここは由良の機嫌を取るためにも。

 

 「軽巡だな、アレくらいが自分の好みだ。」

 

 「ふ、ふぅん……、そうなんだ……。」

 

 お?これはいけたか?自分もなかなかやるじゃないか。

 

 「だが自分の好みを聞いてどうするんだ?君は提督殿に好意を寄せていると思ってたんだが。」

 

 「……。」

 

 あれ?由良が真顔になったぞ?何か変なことを言ったか?

 

 「ええ、提督さんは素敵な方だと思いますよ?幼女趣味なところを除けばですけど。」

 

 合ってるじゃないか、じゃあなんでまた機嫌が悪くなったんだ?訳が分からん。

 

 「由良に仕事のほとんどを押し付けてるとは言え提督さんが処理しなきゃいけない仕事は終わらせてるし?ええ、そこは何の問題もありません、あとは由良が苦労すればいいだけですから。」

 

 このままではまた火がついてしまいそうだ……、なんとかせねば。

 

 「まあまあ、提督殿も由良を信頼して仕事を任せてるのだと思うし、このあたりで矛を収めてくれないか?」

 

 どうだ?君が好意を寄せる提督殿に信頼されているのだ、君からすれば嬉しい限りではないか?

 

 「へぇ、じゃあ少佐さんは信頼してる相手には何をしても良いと仰るんですね?」

 

 ん?ちょっと待ってくれ、これはいかんぞ、地雷を踏むどころか踏み抜いてしまった気分だ。

 

 「そもそも、提督さんを諫めるのは少佐さんの仕事でしょ?何年あの人の副官やってるの!」

 

 なぜ自分を責める!?そもそもの原因は提督殿ではないか!

 

 「演習場の砂浜に変な穴は掘るし、この間なんかヘリまで持ち出して!最近の提督さんの行動は目に余ります!」

 

 まったくだ、自分もそう思うぞ?ただ提督殿の気持ちを知っていると自分も強く言えんのだ、由良だってそうだろ?

 

 「それはほら、朝潮と満潮が上手くやってるか心配なんじゃないか?満潮はあんな性格だし。」

 

 だからと言ってヘリまで持ち出すのはどうかと思うが。

 

 「性格に問題がある子は他にもいます!それに、朝潮ちゃんばかりに構ってたら他の艦娘に示しがつかないでしょ!」

 

 ん?これは由良も構ってほしいと言うことだろうか?そうか嫉妬だ!提督殿が朝潮ばかりに構うからこんなに怒っているのだな、提督殿も罪なお人だ。

 

 「つまり君も提督殿に構ってほしいのだな?」

 

 「誰がそんなこと言いました!?少佐さんってバカですか!?むしろバカですよね!?」

 

 ち、違うのか?どうも女性の心理はよくわからん、そもそも自分は女性が苦手だ、鎮守府で艦娘の相手をしだしてから大分慣れたとは言っても、あくまで仕事上での話だし、怒っている女性の機嫌の取り方などさっぱりわからん。

 

 「そんなだから少佐さんはいい歳して独身なんですよ!」

 

 関係ないだろ!自分が独身なのと君の機嫌が悪いのになんの関係があるんだ!まあ、たしかに自分は女性にモテない、学生時代は言わずもがな、軍に入ってからは男所帯、いっそ同性愛者だったらと何度思ったことか。

 

 「今までお付き合いした女性は何人ですか?あ、すみませんやっぱりいいです。」

 

 0だよ!ああそうさ自分は女性と交際したことがない!初体験も風呂屋だ!文句あるか!と、声を大にして言いたいが沽券にかかわるから言わない、というか自分は一応君より立場は上だぞ?いや、暴言を吐かれたからと言って咎めようと言うのではない、咎めないからそろそろ解放してくれないだろうか……。

 

 「な、なあ由良?」

 

 「なぁに?由良は仕事で忙しいんですけど。あ、そうそう、少佐さんいい加減携帯電話持ち歩いてくれません?用事があるたびに探し回るのすごく面倒なんですよ?」

 

 ああ、ダメだ、名前を呼んだだけでコレだ、何言っても火に油だな……。

 

 「い、いや、前にも言っただろ?自分はハイテクというものが……。」

 

 「スマホがある今じゃ携帯なんてローテクだって言ったでしょ!?少佐さんはあれですか?ダイヤル式の黒電話じゃないと電話できない人ですか!?」

 

 「そ、そこまでではないが、まことに申し訳ない……。」

 

 仕方ないじゃないか、ボタンが多くてどれを押せばいいのかわからないんだ……。

 

 「だいたいですね、少佐さんは!」

 

 ああ、完全に矛先が自分に固定されてしまった、恨みますよ提督殿……、ん?そういえば提督殿に『本気で困った時だけこれを由良に差し出せ。』と渡されたものがあったな。

 

 「ちょっと!なにをゴソゴソしてるんです!?由良の話はまだ終わっていませんよ!」

 

 ええと確か鞄のこの辺に……、お、あったあった、中身は何なんだ?

 

 「ん?ケーキバイキングのチケット?」

 

 しかも2枚、どういうことだ?

 

 「しょ、少佐さん、それは……。」

 

 どうしたんだ由良、というかなんだその顔は!恍惚と言うのか!?なんだか色気を感じるくらい艶めかしいぞ!?

 

 「いやこれはだな。」

 

 「最近できた高級ラウンジのケーキバイキングじゃないですか!行きたかったかったんですよ~♪」

 

 ああ、女性は甘いものが好きらしいからな、自分は苦手だが、ケーキ一切れで胸焼けががしてくるほどだ、バイキングなどとんでもない。

 

 「行きたかったのか?じゃあよかったら……。」

 

 「行きます!もう~少佐さんもなかなかやるじゃないですか、散々気のなさそうなふりしてにデートに誘うだなんて♪」

 

 ちょっと待て!デートだと!?なぜそうなる!2枚あるからか!?いやいや二枚ともやるから誰か他の子を連れて行ってくれ!

 

 「ちょ、ちょっと待……。」

 

 「休みの日にちを合わせないといけませんね、あ、服どうしよう、さすがに制服じゃまずいよね。」

 

 ダメだ!もう自分と行く気満々じゃないか!これで断ろうものならまた由良の機嫌が悪くなる!どうする、自分は由良に恐怖以外の感情を感じない、ああ断言するとも、深海棲艦と由良、どちらと交際するかと問われれば迷わず深海棲艦を選ぶだろう!さらにケーキバイキングだと!?地獄じゃないか!

 

 「あ、そういえば少佐さんて普段着持ってるんですか?ないならついでに買に行きましょう!由良も新しい服欲しいですし♪」

 

 なぜか服を買いに行く流れに発展したぞ?どうしてこうなった?いやいや、普段着ぐらいは自分ももっているぞ?スーツを普段着と言っていいならだが。

 

 「でも遅くなるのはダメですよ?そういうのはまだ早いです!」

 

 早いも何も自分と君はそういう仲ではないだろ、なぜケーキバイキングのチケットだけでここまで変わるんだ?これが女性というものなのか?

 

 「少佐さん聞いてます?それで日にちですけど。」

 

 なんだろう、動悸が激しい、ああこれはあれだ、自分に降りかかるであろう惨事に恐怖しているのだ、苦手な由良と一緒に苦手な甘味の溢れるケーキバイキングに行くことに恐怖しているに違いない。

 

 そういえばシェイクスピアはこんな事も言っていたな。

 

 曰く、『今晩一晩は我慢しなさい。そうすれば、この次はこらえるのが楽になる。そして、その次はもっと楽になる。』

   

 自分はあと何回、涙で枕を濡らせばいいのだろうか。



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幕間 朝潮と大潮

 駆逐艦寮は庁舎海側の東に位置していて、その中でも第八駆逐隊に割り当てられている部屋は先代の朝潮さんが秘書艦だったこともあり、庁舎のほぼ中央の二階にあり艦娘が使用する施設のすべてにアクセスしやすくなっている。

 

 広さ10畳ほどの部屋に最低限の収納と勉強机が人数分置かれ、私たちは床に布団を敷いて寝ている、ちょっと手狭だけど、基本的に寝に戻るだけだからこれくらいで丁度いい。

 

 時刻はヒトマルマルマル、いつも起きる時間よりかなり遅い目覚め、昨日の『トビウオ』の反動も一晩でだいぶ良くなったみたい、満潮さんは……、すでに出掛けた後みたいね。

 

 「あ、起きましたか?」

 

 枕の向こう側を見ると大潮さんが机で読書をしていた、青みのかかった髪を二つに結ったお下げと、私や満潮さんとは違う黒いサロペットスカート型の改二の制服、昔は無駄にテンションの高いバカだったと満潮さんは言ってたけど、今の大潮さんは落ち着いた雰囲気の優しいお姉さんと言った感じかな。

 

 「お、おはようございます。」

 

 「体の調子はどう?満潮から『トビウオ』を使って倒れたって聞きましたけど。」

 

 「はい、一晩寝たら大分よくなりました。」

 

 布団を畳みながら答えて、続いて制服に着替える、改二の制服もいいけど、私は満潮さんとお揃いの制服の方が好きだな。

 

 「無理しちゃダメですよ?あ、そうだお腹空いてるでしょ?オニギリ作ってもらってるから食べる?」

 

 どうしよ?確かにお腹は空いてるけどもうすぐお昼だし……、いや、せっかく用意してくれているのだから頂かないと失礼だ。

 

 「いただきます。」

 

 「もしかして『用意してくれてるのに食べないのは失礼だ』とか思った?食べれそうにないなら無理しちゃダメだよ?毎日倒れるまで満潮にしごかれてるんだら。」

 

 「いえ!お腹は空いていますので!」

 

 昨日満潮さんにも言われたけどそんなにわかりやすい顔してるのかしら。

 

 「じゃあお茶煎れてくるね。」

 

 「あ、それくらい自分でやります。」

 

 「いいからいいから、朝潮ちゃんは座ってて。」

 

 私を、部屋の中央に出してきた折りたたみ式のちゃぶ台の前に座らせて、大潮さんは隅に置かれた電気ケトルでお茶を煎れ始めた、なんだか至れり尽くせりね。

 

 「はいどうぞ、梅干しとコンブだけど、大丈夫?」

 

 「はい、好き嫌いはないので。」

 

 前はブロッコリーが苦手だったけど、強くなるためには何でも食べれるようにならないと!と思って養成所時代に克服した!

 

 「おお!偉い偉い!満潮なんかいまだにピーマン食べれないんだよ?」

 

 満潮さんってピーマン食べれないんだ!意外に可愛いところあるのね。

 

 「可愛いでしょ?あと辛い物もダメ、味覚が子供なんですよ満潮って。」

 

 「大潮さんは好き嫌いないんですか?」

 

 「ん~大潮は特にないかなぁ、何でも食べないと強くなれないしね!」

 

 ですよね!あ~でも、極端に辛い物は私も出来れば遠慮したいかも、食べれない訳じゃないけど。

 

 「ふふふ、満潮が言うとおり表情がコロコロ変わって面白いね、朝潮ちゃんは。」

 

 「そ、そんなに変わりますか?自覚はないのですが……。」

 

 「うん、考えてる事が丸わかりだよ?」

 

 「うう、お恥ずかしい……。」

 

 なんとか直せないもものだろうか、こんなんじゃ司令官にお会いした時気持ちがバレバレじゃない。

 

 「別に直さなくてもいいんじゃない?可愛くていいと思うよ、司令官も気づかないふりくらいしてくれると思うし。」

 

 表情だけでそこまで読めるものですか!?司令官とか一言も言ってませんよね!?もしかして書いてあるのかしら、顔に文字で考えてる事が浮き出てる!?

 

 「そういえば朝潮ちゃんってどうして司令官の事が好きなの?会ったのって着任の時が初めてだよね?」

 

 いや好きですけど、そんなにわかりやすい態度とってます!?

 

 仕方がないじゃないですか、平静を装おうとしても司令官の前だと心臓はドキドキするし顔も熱くなっちゃうんです!

 

 「あ、会ったのは初めてじゃないです、司令官は覚えておられなかったですが、私は幼い頃司令官に命を救われた事があって。」

 

 「へぇ、司令官が陸軍にいた頃?その頃から好きなんだ♪」

 

 そんな好き好き言わないでください!顔から火が出そうです……。

 

 「陸軍時代の司令官かぁ、そういえばその頃の事あんまり知らないなぁ、どんな感じだったの?」

 

 「いえ、私も聞いただけなんですけど……。」

 

 私はモヒカンさんと金髪さんから聞いた話を大潮さんに話した、当時の私は幼さと恐怖のせいで、あの不器用な笑顔と手の暖かさくらいしか覚えていないんんだもの。

 

 「深海凄艦を刀で!?あははははは!あの司令官ならホントにやっちゃいそうだね。」

 

 ば、爆笑している、そんなに面白かったの?私は驚くくらいしか出来なかったけど。

 

 「で、でもさすがに弱体なしの深海凄艦を斬るのは無理ですよね?」

 

 「いやぁどうだろ、案外スパッと斬っちゃうかもよ?」

 

 ホントに!?司令官って普通の人間ですよね!?それじゃ人外じゃないですか!

 

 「あ、そうだ、いくら司令官の事が好きだからって不用意に二人きりになっちゃダメだよ?あの人ロリコンだから。」

 

 「ロリコン?」

 

 何かのコンテストかしら、ロンリーコンテストとか?

 

 「幼女趣味、要は小さな子供が好きな変態さんだよ。」

 

 司令官は変態さんなの!?いえ、だからといって司令官に恩返ししたいという気持ちは変わらないわ、それに幼女趣味なのならば、私でも司令官と、こ……恋仲になる可能性があるわけですし!うん、問題ないわ!

 

 「当人たちには問題なくても社会倫理的にアウトですよ。」

 

 もう私しゃべらなくてもいいんじゃないかしら!?考えてること筒抜けじゃない、読まれてるとかそういうレベルを超えてる気がするんですけど!

 

 「そ、そう言えば荒潮さんはどこかに出かけられたんですか?」

 

 話を逸らそう、このまま司令官の話をしてると恥ずかしさで轟沈してしまいそうだ。

 

 「荒潮?あ~ムツリムの集会でも行ってるんじゃないかな?」

 

 ムツリム?ムスリムの間違いじゃなくて?どんな集まりなんだろう。

 

 「間違っても付いて行っちゃダメだよ?でないと朝潮ちゃんまで『あらあら』言うようになっちゃうからね。」

 

 荒潮さんの『あらあら』はムツリムだからだったの!?

 

 「大潮さんは荒潮さんが普段何してるか知ってるんですね、満潮さんは知らないって言ってましたけど。」

 

 「満潮はね、記憶を封印してるんだよ、一回無理矢理連れて行かれたことがあるからね……。」

 

 満潮さんが記憶を封印するほど酷い事されるの!?何それ怖い!!!

 

 「そうだ、いい機会だから言っとくね。」

 

 ん?なんだろう急に真面目な顔して、八駆の心得とかそんな感じの事かしら?

 

 「満潮と一緒に居てくれてありがとう、朝潮ちゃんのおかげで最近よく笑うようになったんだ……。」

 

 え?私は何もしてませんよ?訓練では怒られてばかりだし、訓練後もご迷惑ばかりかけて、嫌われることはあるかもしれませんが……。

 

 「朝姉ぇが戦死して以来、満潮は周囲と壁作っちゃってさ、まともに話すのは私たちと司令官くらいで……、気持ちはわかるけど見てて痛々しかったんだ……。」

 

 「そんな……、お礼を言われるような事は何も……。」

 

 「ううん、満潮が明るくなったのは間違いなく朝潮ちゃんのおかげだよ、満潮の後をついて回る朝潮ちゃんって子犬みたいに可愛いし、たぶん、妹みたいに思ってるんじゃないかな。」

 

 私が満潮さんの妹?本当にそういう風に思われてるなら嬉しいな、私一人っ子だったし、今度お姉ちゃんって呼んでみようかしら?

 

 「大潮の事もお姉ちゃんって呼んでもいいんですよ?」

 

 「え!?いや、それは恐れ多いと言いますか、その……大潮さんも満潮さんも私からすれば大先輩ですし……。」

 

 それにちょっと照れくさい……。

 

 「え~~、満潮も荒潮もお姉ちゃんって呼んでくれた事ないんですよ~~、だから……ね?」

 

 う、すごく断りづらい、両手を合わせて頬に当て、上目遣いで小首をかしげたおねだりポーズ、これを見てお願いを断れる人がいるのだろうか、少なくとも私は無理だ。

 

 「お、お姉ちゃん……。」

 

 「はい!なんですか!あ、贅沢を言うなら『大潮お姉ちゃん』と呼んでほしいです!」

 

 大潮さんのテンションが跳ね上がった!?今にも抱き着いて来そうな勢いだ!

 

 「大潮お、お姉ちゃん……。」

 

 「はぁうぅ~!いいですねいいですねぇ~アゲアゲになっちゃいます!」

 

 アゲアゲって何!?なんか頭のお下げがすごい勢いで回転してるけど、そのお下げって叢雲さんの頭の奴みたいなものなんですか!?

 

 「これからはその呼び方でお願いします!」

 

 『フンス!』と聞こえてきそうなくらい興奮してるわね、でも人前でお姉ちゃんと呼ぶのは勘弁してもらいたいなぁ……、いや呼ぶのが嫌なわけじゃないですよ?その、なんて言うか恥ずかしいじゃないですか。

 

 「あの、できれば部屋の中だけで勘弁していただけないでしょうか……。」

 

 「ええ~~~、外じゃ呼んでくれないの~?」

 

 これでもかというほどテンションが下がった!そんなにお姉ちゃんって呼んでほしいの!?

 

 「でも部屋の中ではお姉ちゃんって呼んでくれるんですよね!?ね!」

 

 と思ったらまた上がった!テンションのアップダウンがすごく激しいわこの人!

 

 「は、はい、部屋の中だけなら。」

 

 「おおー!やりました!完全勝利です!アゲアゲが止まりません!!」

 

 わ、私の大潮さんのイメージが崩れていく……、いやこっちが素なんだわ、これが満潮さんが『無駄にテンションが高いバカ』と言った大潮さんか!

 

 「今なら空だって飛べる気がします!いや、飛びます!!」

 

 飛ばないでください、天井を突き破る気ですか。

 

 「あ、あの大潮さんそろそろ……。」

 

 「あ!ダメですよ?今は部屋の中なんですから『大潮お姉ちゃん』と呼んでください!」

 

 なんでだろう、人差し指を立てて片手を腰に当て、若干前傾姿勢になったその姿はいかにも『めっ!』って言いそうな感じなんだけど、これ私が悪いの?

 

 「お、大潮お姉ちゃん、そろそろお昼ですよ?食堂に行きませんか?」

 

 「そうそうその感じ!やっぱりいいですね~♪満潮の事もお姉ちゃんって呼んであげるときっと喜びますよ!」

 

 本当に喜んでくれるかな?『アンタ頭でも打ったの?』とか言われそうな気がするけど。

 

 「きっと可愛いですよ~?顔真っ赤にしながら『な、何言ってるのよ!意味わかんない!』とか言いながらそっぽ向くと思います♪で、そのあと『べ、別に呼んでもいいけど、部屋の中だけにしてよね……。』とか言ってうつむいちゃいますよ!絶対です!!」

 

 それは見てみたい気がする、今晩試してみようかしら!っていうか満潮さんのマネ上手いですね。

 

・・・・・

・・・・ 

・・・

・・ 

 

 その晩、私に『満潮お姉ちゃん』と呼ばれた満潮さんの行動はほぼ、大潮さんの言った通りになりました、直後に照れ隠しなのか、私に散々関節技をかけてきましたけど……。

 

 「朝潮ちゃん!お姉ちゃんやめて!って言うんです!そうすればやめてくれます!」

 

 「はあ!?朝潮に変な入れ知恵したのはお前か大潮!!」

 

 「あらあら、二人だけずるいわぁ、私も荒潮お姉ちゃんって呼ばれたぁい。」

 

 無理です、関節決まってて痛くて声が出せません、っていうか助けて。

 

 「み、満潮お姉ちゃん痛い……。」

 

 「な!?まだ言うかアンタは!」

 

 「あ、満潮の顔がさらに真っ赤に、嬉しいなら嬉しいって言えばいいのに。」

 

 「そんなことよりぃ朝潮ちゃんが白目向いてるわよぉ?」

 

 薄れゆく私の意識の中に先代の朝潮さんが出てきた、ああ、また来てくれたんですね。

 

 助けが来たと思って安心しかけた私に先代はこう言った、『私の事もお姉ちゃんって呼んでいいのよ?』と。

 

 いや、アンタもかい。

 

 八駆の三人と少し打ち解けられたと思ったその晩、私の意識は満潮さんのチョークスリーパーによって刈り取られた。



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朝潮抜錨 3

 朝の明るさが加速度を増して広がる中、休みが明けて八駆の三人が訓練に参加するようになった訓練は見学することから始まった、訓練に参加したかったけど、今日一日は3人が総当たりで演習する様子を見学するようにとの司令官からのお達しらしい。

 

 『ちょっと満潮ちゃんずるいわよぉ~逃げてばっかりでぇ。』

 

 『アンタが下手くそなだけでしょ?悔しかったら当ててみなさい!』

 

 艤装の通信装置から満潮さんと荒潮さんの声が聞こえてくる、今は二人が演習中、私はと言うと、砂浜で司令官が持っていたと言う双眼鏡で二人の演習を見学している、というかこの双眼鏡すごく大きいんだけど、レンズで私の顔が隠れそう。

 

 「満潮の避け方をよく見ておくんですよ、回避だけなら八駆で一番ですから。」

 

 隣にいる大潮さんが見るべき点を教えてくれる、私と全然違う、右に避けるとあたりを付ければ後ろに回避、時には飛んでくる模擬弾に飛び込むように前方へ抜ける、それだけではない、回避後は即反撃、もしくは砲撃で自分への狙いをずらしたりとパターンが多彩だ。

 

 「あ、二人が接近しますよ、よく見ててね、荒潮は砲撃はけっして下手じゃない、むしろ満潮ちゃんより上手いんだけど、たぶん一発も当たらないから。」

 

 大潮さんが言う通り二人が砲撃と回避と織り交ぜながら接近していく、距離は……数メートル!?下手をすれば『脚』同士が接触しかねないような距離で二人が砲火を交えだした。

 

 『この!この!ちょっとは当たりなさいよぉ!』

 

 『当たってたまるか!アンタしつこいくらい急所ばっかり狙ってくるじゃない!模擬弾でも当たったら痛いのよ!?』

 

 ほとんど0距離と言っていい距離で罵倒までしながら二人は撃ち、躱すを繰り返す、荒潮さんは所々被弾してオレンジ色に染まっているが、満潮さんは掠ってすらいない。

 

 「どうやったらあんなに躱せるんだろう……。」

 

 「相手をよく見ることです、視線はもちろん、体の微妙な動きや表情など、色んな所に相手の行動を予測できる要素が隠れています、満潮はソレを見ることに長けているんですよ。」

 

 私のつぶやきに大潮さんが答えてくれる、なるほど、それが満潮さんの回避の秘密か。

 

 「もちろん相手は動きを予測されまいとモーションは最低限に、顔にも出さないようにします、もっとも、荒潮はそういうことを考えてやってません、あの子は頭より先に体が動くタイプですから。」

 

 「では荒潮さんは回避が苦手と言うことですか?」

 

 「そんな事はないですよ?大雑把に言うと、満潮は相手の動きを見て行動を予測し、撃たれる前に回避するタイプ、荒潮は撃たれた後に勘と反射神経で避けるタイプですね。」

 

 それはそれですごい事なのでは?

 

 「朝潮ちゃんは頭で考えてそれを実践しようとするタイプですよね?それだと荒潮の避け方は参考になりません、アレは荒潮だからできる方法ですから。」

 

 なるほど、たしかに私は先にどうするか考えてしまう、荒潮さんのような避け方はできそうにない。

 

 「ちなみに大潮は二人を足して割った感じですね、予測回避と勘での回避、両方使います。」

 

 へぇ、同型艦でも人によってまったく戦い方が違うのね、あ、アレはさすがに当たるんじゃ!?荒潮さんの右手の連装砲が満潮さんの文字通り眼前に構えられた。

 

 「満潮はアレも避けますよ。」

 

 ホントだ!ホントに避けた!構えると撃つのがほぼ同時だったのに、それすら避けて見せた満潮さんはがら空きになった荒潮さんの右わき腹に向けて連装砲を発射、荒潮さんを吹き飛ばし、右わきをオレンジ色に染め上げた。

 

 『もう……ひどい格好ね。』

 

 『これで大破ね!今回も私の勝ちよ、荒潮。』

 

 『ぶうぅ、私と満潮ちゃんって相性悪すぎぃ、少しくらい当たってくれないと私が面白くないわぁ。』

 

 勝ち誇る満潮さんと不貞腐れた荒潮さんが砂浜に戻ってくる、二人とも1時間以上演習を続けてたはずなのに疲れは微塵も感じさせない。

 

 「お、お疲れ様です!」

 

 二人にタオルと飲み物を差し出しながらねぎらいの言葉をかける、二人とも本当にすごかったです!

 

 「これくらい当然よ、アンタは間違っても荒潮を参考にしないようにしなさい。」

 

 「それはちょっと酷いんじゃない?朝潮ちゃん、満潮ちゃんのマネばかりしてると逃げ癖ついちゃうからほどほどにしとくのよぉ?」

 

 「ちょっとそれどういう意味よ!」

 

 「あらぁ?そのままの意味だけどぉ?」

 

 演習の勝敗を引きづった二人が一触即発の雰囲気に!え、どうすればいいのこれ、大潮さんは……『またか』という感じで額を抑えてる、私が止めなきゃいけないの!?絶対無理です!

 

 「なんならもう一戦してあげてもいいのよ?もっとも、結果は変わらないだろうけどね!」

 

 「あらあら、私が奥の手使ってないの知ってるでしょぉ?本気出せば満潮ちゃんなんて瞬殺なのよぉ?」

 

 「はいはい、二人ともその辺にして、朝潮ちゃんが怯えて泣きそうになってるよ!」

 

 「だって荒潮が!」「だって満潮ちゃんがぁ!」

 

 大潮さんでも止められない!?どうしようどうしよう、司令官を呼ぶ?それとも……。

 

 「なんなら大潮が二人まとめて叩きのめしますけど?」

 

 え!?この二人をまとめて!?大潮さんってそんなに強いの!?

 

 「上等じゃない!できるもんならやって見なさいよ!」

 

 「それはちょっと私たちを見くびり過ぎよねぇ。」

 

 ダメじゃないですか!収まるどころかヒートアップしましたよ!?

 

 「大潮に勝てるつもりですか?最近相手してなかったから慢心しちゃってるみたいですね。」

 

 なんだか大潮さんまで目が座ってきた!あ、これがミイラ取りがミイラにってやつですね、ってそうじゃない!現実逃避しちゃダメ!!大潮さんまでああなった以上私が止めないと!

 

 「あ、あの、3人とも落ち着いて……。」

 

 「「「アンタ(朝潮ちゃん)は黙ってて!」」」

 

 ひいっ!ダメだ、私じゃ止められない、やっぱり司令官を呼ぶしか、でもどうやって呼ぼう、電話なんて持ってないし……。

 

 あれ?あそこの木の陰に居るのは……司令官!そんなところで何してるんですか!?この状況をどうにかしてください、私じゃどうしようもありません!

 

 え?なんですか?そのホワイトボードは、何か字が書いてある。

 

 あ!これはカンペと言う奴ですね!テレビで見たことあります!

 

 え~と何々?

 

 〖朝潮、これが君が乗り終えるべき最初の試練だ、三人を止めろ!〗

 

 試練どころじゃないです!拷問ですよソレ!3人とも私なんかより遥かに強いんですよ!?

 

 〖力で止めるのではない!三人を止める方法を君はすでに知っている!〗

 

 力で止めるんじゃない?しかも方法は私が知っている?

 

 〖君は知っているはずだ、3人をデレデレにできるワードを〗

 

 三人をデレデレに?そ、それはまさか……。

 

 〖だがそれだけではいかん!そのワードの効力を最大限に高めるポーズが必要だ!〗

 

 そ、そのポーズとはいったいどうすればいいのですか司令官!

 

 〖やる覚悟はあるのだな?〗

 

 はい!三人を止めるためならこの朝潮、何でもする覚悟です!

 

 〖よく言った!ではポーズを教えよう。〗

 

 いや、私は一言も言葉を発していませんよ?やっぱり顔に文字でも浮き出てますか?

 

 〖まず胸元で両の手の平を祈るように組み、三人を上目遣いで見つめるのだ、涙を少し浮かべるのを忘れるな!〗

 

 な、なるほど、胸元で両手の平を祈るように、こんな感じかな?

 

 〖そう、そんな感じだ、あとは君が知っている、あのワードを組み込んだ言葉で3人は止められる!〗

 

 私が知っていて3人をデレデレにできるワード……、確信はないけどアレしかないわ、けど、司令官の前でアレは……。

 

 「もう二人とも海に出なさい!徹底的に叩きのめしてあげます!」

 

 「やってやろうじゃない!泣いても許してあげないからね!」

 

 「ほえ面かかせてあげるわぁ。」

 

 〖さあ、もう悩んでる時間はないぞ!〗

 

 3人がいがみ合ってるところなんて見たくない、司令官の前というのが少し恥ずかしいけど……やるしかない!見ていてください司令官!この朝潮、見事この試練を乗り越えて見せます!!

 

 「あ、あの!」

 

 「だからアンタは黙って……。」

 

 「やめてお姉ちゃんたち、お姉ちゃんたちがケンカしてるところなんて、私見たくない!」

 

 胸元で両の手の平を祈るように組み、三人を上目遣いで見つめる、涙を浮かべるのも忘れない!完璧だわ!司令官に言われた通りできた!

 

 「「「…………。」」」

 

 あ、あれ?3人が私を見たまま固まってしまった、もしかして失敗?

 

 「「「ごふっ!!!」」」

 

 ちょ!ええ!?吐血!?なんで!?大丈夫なの!?

 

 「ちょ、朝潮ちゃん、それは卑怯です。」

 

 「ダメ……ダメよそれは……自分が抑えられなくなっちゃう……。」

 

 「ああ、可愛い、可愛いわぁ……今すぐ部屋にお持ち帰りしたいわぁ。」

 

 ん?なんだか背筋がゾワゾワするような?

 

 「どうやら上手くいったようだな朝潮。」

 

 司令官が木陰から出てきた、なんで鼻血が出てるんですか?それにその手のビデオカメラらしきものは何のために?

 

 「は、はい!司令官のおかげです!」

 

 何はともあれ、司令官の助言のおかげで3人を止めることができました、さすがです司令官!

 

 「あ、アンタの差し金だったのね……、たいした威力だわ。」

 

 「フ……お前たちが部屋で朝潮に『お姉ちゃん』と呼ばせているのという情報は入手済みだったからな。」

 

 「いや、それ昨日ですよ?何で知ってるんですか?」

 

 「やめて大潮ちゃん、嫌な考えが頭をよぎってきたから。」

 

 それより鼻血をどうにかしましょうよ司令官、結構な量ですけど大丈夫ですか?衛生兵を呼びましょうか?

 

 「それにしてもお前たちは、技術を見せろとは言ったがケンカするところを見せろとは言ってないぞ?」

 

 それで今日は見学だったのね、でもどうして見るだけなんだろう?見ただけですぐできるわけじゃないのに。

 

 「それは……いえ、大潮の監督不行き届きです、ごめんなさい。」

 

 「別に大潮が悪いわけじゃないじゃない、ケンカを始めたのは私と荒潮よ!」

 

 「そうよぉ?大潮ちゃんが気にすることないわぁ。」

 

 二人が大潮さんを庇い始めた、やっぱり仲はいいのね、ただヒートアップすると止まらなくなるだけで。

 

 「まあ、咎める気はないから安心しろ、それよりもう飯時だぞ?休憩にしたらどうだ?」

 

 もうそんな時間か、安心したらお腹が空いてきたわね、司令官もご一緒に……とか無理かしら。

 

 「そうですね、それじゃあお弁当にしましょう!司令官もご一緒にどうですか?」

 

 ナイスです大潮さん!あ、私の表情で察してくれたのかな?

 

 「ああ、すまない、今日はこれから用事があるんだ。」

 

 「珍しいじゃない、いつも晩まで覗いてるのに。」

 

 え?訓練の様子をずっと見られてたの!?どこで!?全然気づかなかった、けど、そこまで私の事を気にかけてくれてたなんて、朝潮、感動いたしました!

 

 「恋は盲目よねぇ。」

 

 「何か言ったか?荒潮。」

 

 「なんでもなぁい。」

 

 「用事って何?もしかしてそのカメラで撮った映像の編集?」

 

 やっぱり撮影してたんだ、でも何をだろう?あ!満潮さんと荒潮さんの演習ですね!私ももう一度見たいなぁ。

 

 「司令官、その映像、あとでコピーは?」

 

 大潮さん、顔が真顔で若干怖いですよ?コピーされるとまずいんですか?

 

 「君たちが望むのならだが、欲しいか?」

 

 「「「もちろん!」」」

 

 欲しいの!?しかも3人とも!?演習を撮影したものですよね!?ああ、自分の動きを見て反省点を探すんですね、なるほど、さすが歴戦の駆逐隊、自分にも厳しいわ、私も見習わなきゃ。

 

 「わかった、訓練が終わる頃までには用意しておく。」

 

 そう言って司令官は庁舎へ向けて歩いて行った、いや、スキップしてる?意外だわ、何か嬉しい事でもあったのかしら。

 

 「それじゃあ、お昼にしましょう、お昼休憩が終わったら次は大潮と満潮で演習しましょうね。」

 

 次は大潮さんと満潮さんか、どんな戦いになるんだろう、今からワクワクする。

 

 「じゃあぁ、その間朝潮ちゃんは荒潮お姉ちゃんと仲良くしてましょうねぇ。」

 

 荒潮さんが私に抱きつきながら言ってくる、いや見学させてください。

 

 「見学の邪魔しちゃダメよ荒潮、それと、朝潮から離れななさい。」

 

 「い~や、次の出番まで朝潮ちゃんは私のものよぉ。」

 

 私はぬいぐるみか何かなのだろうか、荒潮さんの膝に座らされて頭をひたすら撫でられている、なんだか眠くなってくるなぁ。

 

 「ほらほら、早く食べないと休憩時間終わっちゃいますよ?」

 

 いけないいけない、ちゃんと食べてお昼からの演習も集中て見学しなきゃ!

 

 昼食を食べ終えた私たちはしばらく談笑し、午後も有意義な時間を過ごすことができた。

 

・・・・・・

 

・・・・

 

・・・

 

 だけどその晩、私に待っていたのは本当の意味での試練だった。

 

 大潮さんが司令官からもらってきた映像のコピーには、私が3人を止める場面しか映っておらず、私は自分の醜態を就寝時間まで延々と見せられる羽目になった。

 

 「もうその辺でやめてください!もう何十回も見たじゃないですか!」

 

 「何を言ってるんですか、まだ序盤戦ですよ?」

 

 「可愛いわぁ、これは永久保存ねぇ。」

 

 「…………。」

 

 永久保存とか勘弁してください!満潮さんは無言で鼻血垂らして止めてくれる気配ないし!

 

 『やめてお姉ちゃんたち』

 

 ホントにやめてくださいいいぃぃぃぃ!!!!

 



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朝潮抜錨 4

 八駆の3人の演習を見た翌日からの訓練はそれまでの訓練より難易度が跳ね上がった、午前中は基本的な訓練全般、午後からは三人が交代しながら私と演習、そして最後に駆逐隊としての連携訓練をする。

 

 一回30分の時間設定での演習だけど、一瞬たりとも気が抜けない、演習と言うくらいだからもちろん反撃可、だけど反撃する余裕なんかほとんどない。

 

 『回避パターンが単調になってますよ!そんなんじゃ目を瞑ってたって当てれます!』

 

 「はい!」

 

 大潮さんと荒潮さんは、普段は私を猫可愛がりしてくれるけど、訓練になると満潮さん同様きびしく指導してくれる、口調はそんなに変わらないけど気迫が全然違う、仕事とプライベートのオンオフがハッキリしてるのね。

 

 『そうそう、その感じ!今のはよかったですよ!』

 

 「あ、ありがとうございます!」

 

 指導の仕方も3人とも違う、満潮さんは良かろうが悪かろうがとにかく罵倒して一切の慢心を許さず、荒潮さんは逆に徹底的に褒めてくる、大潮さんは二人の中間と言ったところだろうか。

 

 誰の指導の仕方がいいとか語るつもりはないけど、三人に嚮導され始めて1週間、私の技術は飛躍的に向上した、自分で実感できるほどに。

 

『それじゃあ少し休憩して、最後に連携訓練して上がりましょうか。』

 

 「はい!」

 

 砂浜に戻ると、満潮さんと荒潮さんが飲み物を用意して待っていてくれた。

 

 「朝潮ちゃんお疲れさまぁ、疲れたでしょぉ?」

 

 浜に上がった途端荒潮さんが抱き着いてくる、優しくしてくれるのは嬉しいんだけど、せめて部屋の中だけにしてくれないだろうか、恥ずかしさでどうにかなってしまいそう。

 

 「ちょっと荒潮!朝潮を甘やかすなって何回言わせるのよ!」

 

 腕組みした満潮さんが噛みついてくる、私に抱き着いて離そうとしない荒潮さんを満潮さんが怒るのがここ最近のお約束だ。

 

 「あらぁ?満潮ちゃん羨ましいのぉ?」

 

 「誰がそんな事言ったのよ!いいから離れなさい!」

 

 そういえば満潮さんに抱き着かれた事がないなぁ、私から行けば抱きしめてくれるのかしら?

 

 「満潮ちゃんもどぉ?柔らかくて気持ちいいのよぉ?」

 

 どちらかと言うと、荒潮さんに抱き着かれている私の方が気持ちいい思いをしてるんだけど、肉付きのよくない私がそんなに気持ちいいとは思えないんだけどなぁ。

 

 「二人ともその辺にしときなよ、朝潮ちゃんが休憩できないでしょ?」

 

 「はぁ~い。」

 

 「私も!?悪いのは荒潮だけでしょ!?」

 

 大潮さんが割って入ってようやく荒潮さんから解放される、大潮さんはさすがね、癖の強い二人をちゃんとコントロールできてる、ヒートアップしすぎた二人はさすがに止めれないみたいだけど。

 

 「み、満潮さんもよかったら……。」

 

 「あ!?」

 

 ひいっ!思い切って言ってみようとしたけど一睨みで黙らされてしまった、そんなに睨まなくても……。

 

 「満潮ちゃん怖ぁい、朝潮ちゃんこっちいらっしゃい。」

 

 「で、でも……。」

 

 「いいからいいからぁ。」

 

 満潮さんに睨まれながら、半ば強引に荒潮さんの隣に座らされてスポーツドリンクを飲む、疲れた体に染みるなぁ。

 

 「完全に荒潮のぬいぐるみ化してるね。」

 

 「ふん!」

 

 ぬいぐるみになった覚えはないんですけど……、でも否定もできない、部屋の中では常に荒潮さんに抱き着かれてるもんなぁ、嫌なわけじゃないんですよ?荒潮さんは柔らかくて気持ちいいし、いい匂いだし。

 

 「あ、そうそう、朝潮ちゃん、最後の回避だけど、アレ満潮のマネでしょ?」

 

 「は、はい、やっぱり満潮さんのやり方が私にしっくりくるみたいで。」

 

 「だって、満潮ちゃんよかったわねぇ。」

 

 「あ、あんなの私とは程遠いわ、まだまだね!」

 

 満潮さんが耳まで真っ赤にしてそっぽ向いてしまった、照れてる?

 

 「砲撃の仕方は大潮ちゃんよねぇ、私のマネもしてほしいわぁ。」

 

 だって荒潮さんは何をしているのか全然わからないんだもの、確実に当たる瞬間に撃たなかったり、逆に絶対当たらないと思えるようなタイミングと角度で撃ったり、フェイントとかそういうんじゃない、動きが出鱈目すぎて参考にならない、それでも私はまだ荒潮さんの攻撃を避け切れないでいるんだけど。

 

 逆に大潮さんは距離に関係なく、射程内ならどこからでも撃ってくる、しかも満潮さん以上に精度が高く、満潮さんのように砲撃でこちらの回避先を減らし、回避先へ確実に撃ち込んでくる。

 

 満潮さんと違うのは、まず『脚』を狙ってくる点だろうか、こちらの機動力を徹底的にそぎ落とした後トドメを刺しに来る、満潮さんと見た目のやり方は一緒だけど、満潮さんは回避先に打ち撃ち込むだけで細かな狙いはつけない。

 

 「大潮ちゃんのやり方は満潮ちゃん以上に陰険なのにねぇ。」

 

 「それじゃ私のやり方も陰険みたいだからやめて。」

 

 「酷いなぁ、二人に合わせてる内にこうなったんだけど?」

 

 三人とも顔は笑ってるけど殺気が立ち上ってるように感じるまあでも、言い合いならまだ微笑ましく見えないこともない、言い合いレベルでならだけど、こんな性格がバラバラの三人が隊を組んだ途端、カッチリと噛み合うのだから不思議なものだ。

 

 「ホントぉ?元からじゃなかったかしらぁ。」

 

 「アンタは性格が陰険だけどね。」

 

 「そうそう、荒潮は性格がねじれてるよね。」

 

 「あらあら、言いたい放題言ってくれるじゃない?」

 

 さすがにこれ以上は殴り合いに発展しそうだ、い、いざとなったらまたあの手を使うけど、できればアレはやりたくない。

 

 「さ、三人ともその辺で……。」

 

 「そうですね、それじゃあそろそろ、連携訓練をはじめますよ。」

 

 言い合いに一区切りつけた大潮さんが訓練の再開を告げて、私たちは洋上で隊列を組んだ、大潮さん、荒潮さん、私、満潮さんの順だ、さっきまで言い合いをしていたとは信じられないくらい見事な三人の連携は、私という不協和音が混ざっても乱れることはなく、むしろ私に合わせてくれている。

 

 連携訓練はそれまでの演習と違って好き勝手に動けばいいものではない、駆逐隊のメンバーの動きを意識しながら四人で一人のように動かなければならない、ただ航行するだけでも一苦労なのに私以外の三人は苦も無くやってのける。

 

 「朝潮、舵を取るのが遅れてる、もっと大潮の動きを見なさい。」

 

 「はい!」

 

 最後尾の満潮さんが私の悪い点を指摘してくる。

 

 「今度は速度が落ちてる!一つの事に集中しすぎちゃダメよ!」

 

 私が速度を落とし始めた途端の指摘、よく見てくれてる、いつまでも注意されてちゃダメだけど、今は満潮さんに指摘されるところを一つづつ確実に直していこう、そうすれば三人みたいにきっとなれる。

 

 「演習場をもう一周して上がりますよ。」

 

 大潮さんに率いられた私たちは広い演習場をグルリと周って再び砂浜に戻り、艤装を工廠に預け、その日の疲れを癒しに風呂場へと向かった、最初の頃は歩くのも辛かったのに最近は談笑する余裕ができてきた、さすがに慣れてきたのかな。

 

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

 

 「はぁ~、今日も疲れたぁ……。」

 

 庁舎の浴場で何度目かわからないため息を漏らす、だけど毎日充実している、こんな充実感は生まれて初めてかもしれない。

 

 「でも、この一週間で動きがだいぶ良くなったわよねぇ。」

 

 隣に浸かっている荒潮さんが褒めてくれる、素直に嬉しいけど、三人に比べたらまだまだだ、慢心してはダメ、私はまだ半人前以下なのだから!

 

 「荒潮はちょっと褒め過ぎよ、あれじゃあ実戦なんてだいぶ先ね。」

 

 満潮さんは相変わらず厳しい、でも百戦錬磨の満潮さんが言うのだ、実際そうなのだろう。

 

 「私は満潮ちゃんが厳しすぎると思うけどぉ?」

 

 あ、まずい、これはケンカに発展する流れだ。

 

 「アンタが甘すぎる分、私が厳しくしてるの。」

 

 「そうかしらぁ?満潮ちゃんって褒め方知ってるぅ?」

 

 「ま、まあまあ、私はお二人に感謝してるんですから、もちろん大潮さんにも。」

 

 出来の悪い私に時間を割いてくれているのだ、感謝こそすれ、不満など一切ない、ただ……一回くらいは満潮さんに褒めてもらいたいと思わなくはないけど。

 

 「二人とも、また朝潮ちゃんを困らせてるの?」

 

 執務室に訓練報告書を提出しに行っていた大潮さんが更衣室から浴場に入ってきた、身長は私や満潮さんよりちょっと高いけど、体形は似たようなものかな?荒潮さんは出るところは出始めてて私たち四人の中で一番女性らしい、羨ましいなぁ。

 

 「明日の訓練は休みになりました。」

 

 体を洗って湯船に浸かってきた大潮さんが唐突に休みを告げた、そっか明日は休みなのかぁ、少し残念。

 

 「まあ、一週間ぶっ続けだったしね、いいんじゃない?」

 

 「いえ、訓練は休みですが、代わりに出撃することになりました。」

 

 出撃?誰が?ああ、大潮さんたち三人か、私に実戦はまだ早いってさっき満潮さんが言ってたし、私一人でお留守番かぁ。

 

 「それは私たち三人?それとも……。」

 

 「四人です、新生第八駆逐隊の初任務を明日行います。」

 

 わ、私も?え、大丈夫なのかしら……今の私じゃ三人の足を引っ張るだけなんじゃ。

 

 「内容はぁ?それによって私は反対するけどぉ。」

 

 当然ですよね、難易度の高い任務に挑んで、私だけならともかく、巻き添えになんてなりたくないだろうし。

 

 「安心してください、近海の哨戒任務です、普通なら着任初日に行ってもいいレベルの。」

 

 そうか、普通の艦娘は着任初日でも哨戒任務くらいはするのね、私は着任した時、浮くことすらできなかった、だから今まで訓練しかさせてもらえなかったんだ。

 

 「哨戒任務するくらいなら訓練の方が有意義だと思うけど?」

 

 「いえ、哨戒任務と言えど敵と遭遇すれば戦闘になります、普通に航行するだけでも訓練とは比べ物にならないほど得るものがあります。」

 

 敵との戦闘、私は幼いころ住んでた町を襲った深海棲艦くらいしか見たことがない、艦娘になってからは一度もない、そんな私が敵と遭遇したらまともに戦うことができるんだろうか。

 

 「朝潮ちゃんの事が心配なのはわかるけど、満潮はちょっと過保護すぎるよ?朝潮ちゃんはとっくに哨戒任務を熟せるくらいにはなってるんだから。」

 

 満潮さんが過保護?あれだけ厳しいのに?

 

 「う、うるさいわね、それは今関係ないでしょ。」

 

 「私たちの中で一番朝潮ちゃんにご執心なのは満潮ちゃんだものねぇ。」

 

 そ、そうなの?全然そんな素振り見せないけど……、でも、そうなら本当に嬉しい。

 

 「と、言うわけで、明日のヒトヒトマルマルに出撃ドックに集合、六駆と交代で哨戒に出ます、いいですね?」

 

 「わかったわ。」

 

 「はぁ~い。」

 

 「は、はい!了解しました」

 

 「それじゃあご飯を食べて今日は早めに寝ましょう。」

 

 私の初任務、新しい第八駆逐隊としての初任務……、どうしよう、緊張してきた、うまくやれるだろうか。

 

 「なに今から緊張してんのよ、任務は明日、しかも新米でもやれる近海の哨戒、気負うだけ損よ。」

 

 「で、ですが……。」

 

 「いい?私たち三人は成りは子供だけど超えた戦場の数ならそこらの戦艦や空母より多いわ、足手纏いが一人いたってどうにでもなるの、アンタは余計な事考えず私たちについてくる事だけ考えなさい、いいわね?わかったら返事!」

 

 「は、はい!」

 

 「よろしい、じゃあさっさと上がりましょ?のんびりしてたら他の子にお尻のソレ、見られちゃうかもよ。」

 

 それは困る!私は逃げるように湯船から上がり着替えを済ませた三人とともに食堂へ向かった、うう、食欲がわかない、満潮さんはああ言ってくれたけどどうしても不安が拭えない、メンタルが弱いなぁ私。

 

・・・・・

・・・・

・・・

 その晩、不安で寝付けない私は寝返りを何度も繰り返していた。

 

 眠れない……、明日の任務の事を考えると不安で眠れない、皆は着任初日でもできる任務だと言った、だけど私は他の艦娘より出来が悪い、ここに来るまで浮き方も知らなかったんだから。

 

 私だけが死ぬんならまだいい、だけど三人を巻き添えにしたらどしよう……。

 

 嫌な考えばかり頭に浮かんでくる、ダメ!寝なきゃ、寝不足で任務なんて余計に足を引っ張りかねない!

 

 「眠れないの?」

 

 満潮さんが私に話しかけてきた、私が寝がえりを繰り返していたから起こしてしまったんだろうか。

 

 「こっちに来なさい、私の布団の中。」

 

 「え?」

 

 「いいから早く。」

 

 満潮さんに促されるまま、私は大潮さんと荒潮さんを起こさないように満潮さんの布団に潜り込む。

 

 「まったく、アンタは世話が焼けるわね。」

 

 「すみません……。」

 

 暖かい、布団に潜った私の頭を満潮さんが優しく抱きしめて撫でてくれる、初めてですね……、満潮さんがこんなに優しくしてくれるの。

 

 「アンタなら大丈夫、って言っても気休めしかならないんでしょうね。」

 

 「……。」

 

 「私もね、初任務の前の晩、アンタみたいに寝れなかったんだ。」

 

 満潮さんも?今の満潮さんからは想像もできない。

 

 「姉さんたちの足を引っ張っちゃうんじゃないか、それどころか巻き添えにして死なせてしまうんじゃないかってね。」

 

 私と一緒だ……、満潮さんにもそんな頃があったんですね……。

 

 「そんな私を、姉さんが今みたいに抱きしめてこう言ったの『安心しなさい、私がついてる、私についてくれば絶対上手くいくから。』って。」

 

 先代がそんな事を、でも、私は満潮さんみたいに優秀じゃない!そんな私が一緒なんだ、簡単な任務でも失敗するかもしれない!

 

 「アンタ、自分は無能だ、とか思ってない?」

 

 その通りじゃないですか、私は艦娘になれたのが不思議なくらい無能です!

 

 「バカね、アンタはとっくに並の駆逐艦なんて追い越してるわ、私が鍛えてきたのよ?少しは自身持ちなさい。」

 

 「で、でも……、満潮さんたちに比べたら私は全然で……。」

 

 「比べる相手が間違ってるの、私たち三人はこの鎮守府の駆逐艦の中でも最古参の部類よ?駆逐隊で挑めば戦艦だって敵じゃない、そんな私たちと新米の自分を比べてどうするのよ。」

 

 そ、それはそうですけど、だったら尚更そんな三人に私なんかが混ざったら……。

 

 「アンタは私たちについてくればいいの、前には大潮と荒潮が、後ろにはこの私がついてるのよ?数十隻の艦隊に襲われるんならまだしも、近海に出るような奴らになんか奇襲されたって負けないわ。」

 

 「ほ……、本当ですか?」 

 

 「本当よ、だからもう寝なさい、アンタが寝付くまでこうしててあげるから。」

 

 「うん……ありがとう、お姉ちゃん……。」

 

 「バ、バカ……こんなの今晩だけなんだからね……。」

 

 わかっています、明日からまた厳しい満潮さんに戻るんでしょ?

 

 でも私は、満潮さんの厳しさが優しさの裏返しだって知ってます。

 

 明日、私は初めての任務に挑む、大丈夫かと言われたら大丈夫じゃないけど、三人と一緒なら、第八駆逐隊ならきっと上手くいく。

 

 根拠なんてないけど、今はそんな気がしてる。

 

 いつの間にか、私の心に渦巻いていた不安が水に溶けるように薄まっていき、頭を撫でてくれる満潮さんの手の暖かさと、心臓の鼓動に包まれて、私は眠りに落ちていった。

 

 



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幕間 提督と大潮

 「予想……以上だな……。」

 

 「はい、成長速度が尋常じゃありません、技術面だけで言えば大規模作戦にも投入できるレベルです。」

 

 もうすぐ4月になろうかと言う初春の晩、訓練終わりに大潮が提出してきた報告書を呼んだ私は驚愕することしかできなかった、報告書を読む限りではすでに並の駆逐艦など相手にならないほどだ。

 

 「練度の方はどうなんですか?」

 

 「ああ、今日の時点で50を超えている。」

 

 練度の上がり方も異常、一か月に満たない訓練でこれとは……、実戦を経験したらどうなるか想像もつかない。

 

 「そんなに……、大規模改装はうけさせないんですか?」

 

 艤装には艦種によって数は違うが、何段階かのリミッターが掛けられている、いくら練度が上がろうとこのリミッターを解除しない限り性能は頭打ちだ、このリミッターの解除を大規模改装と言う。

 

 「ああ、せめて初出撃を終えてからと考えている。」

 

 「そうですか、たしか、駆逐艦『朝潮』は改二改装までできますよね?」

 

 通常はどの艦種でも第一段階の改装は受けれる、だが改二以降の改装ができるかどうかは、『妖精の気まぐれ』で決まる、大潮と荒潮が改二改装を受けているのに満潮がまだなのはこういった理由からだ。

 

 大潮と荒潮が改二改装が受けれるようになったのは1年ほど前、そして『朝潮』の改二改装も同時期にできるようになったと妖精に聞かされた。

 

 「ああ、改二改装までの練度はないが、このペースならすぐだろうな。」

 

 「技術だけじゃなく、スペックまで追いつかれちゃいそうですね。」

 

 「何か困ることでもあるのか?」

 

 「いえいえ、教え子が強くなることは嬉しい限りです、困ることなんてありません。」

 

 本当にそうか?実はちょっと焦ってたりするんじゃないのか?まあ、これは言わないでおこう、それよりも。

 

 「練度の上昇、技術の習得、どちらの速度も異常、か。」

 

 先代の朝潮が数年がかりでたどり着いた場所にたった一か月で、大潮たちの指導の仕方がいいのと、朝潮自身の努力があってだろうが、やはり才能という言葉なしにはこの事象は説明できんな。

 

 「私の仮説はどうやら合っていたようだな。」

 

 「はい、しかもあの子は、無作為に覚えているわけじゃなく、自分に必要と思った技術を取捨選択できるようです。」

 

 そこまでできるとは驚きだな、しかも本人にはその才能の自覚がないときている、だから惜しまず努力することができるのだろうな。

 

 先代の朝潮は才能があるとはとても言えなかった、運動は苦手だったし体力も平均以下、だが彼女は努力することを惜しまなかった、できないことはできるまで繰り返し、彼女は弛まぬ努力で強さを手に入れた『努力することしかできない凡人』だった、2代目はさしずめ『努力することができる、自覚のない天才』と言ったところか。

 

 「大潮たち三人も演習で手を抜く余裕がなくなっています、荒潮なんかは本気でやってますね、奥の手まではさすがに出してませんが。」

 

 「お前がそこまで言うとは大したものだ、だが、まだお前たちほどではないのだろう?」

 

 「それも時間の問題ですよ、だけど、あの子は自分の事を無能と思っている節があります、メンタル面が弱いのが弱点ですね。」

 

 3年間、内火艇ユニットすら使えなかったせいで自分を無能と思い込んでしまっているのか、それは問題だな。

 

 「どうにかなりそうか?」

 

 「あの子は大潮たち以外の艦娘の力量を知りませんからねぇ、ほかの駆逐艦の子と演習でもさせてみれば自分がどれくらい強いかわかると思いますけど。」

 

 ふむ、だがそれでは自分の強さを勘違いしかねんな、仲間内でやる演習と実戦は全く違う、本気で自分を殺しにかかってくる相手には強いだけではダメだ、精神的に食われかねん。

 

 早めに実戦の空気を覚えさせる必要があるな。

 

 「大潮、明日の訓練は中止にしろ。」

 

 「中止ですか?まあ訓練も一週間続いてますし、そろそろ休みをとは思っていましたけど。」

 

 「いや、丁度、五駆の子たちの艤装を総点検しようと思っていたんだ、君たちには五駆の代わりに哨戒任務に就いてもらう、休みはその後だ。」

 

 哨戒任務と言えど敵と遭遇することはある、まずは実戦の空気を覚えさせないと。

 

 「意外ですね。」

 

 「ん?何がだ?」

 

 出撃を命じただけだが、そんなに変な事を言ったか?

 

 「司令官は朝潮ちゃんを実戦に出す気はないと思ってました。」

 

 ああ、その事か、まあ私の普段の態度を見ていればそう思われても仕方がないか。

 

 「そんな訳ないだろう、あの子は艦娘だぞ?駆逐艦とはいえ鎮守府内で遊ばせておく余裕などない。」

 

 本音を言えば出撃させずに済ませられるならそうする、心配なのも確かだ、だがそんな理由で飼い殺しにするなどあの子に失礼だし『朝潮』に対する侮辱だ。

 

 「明日、ヒトヒトマルマルに帰還予定の六駆と交代で近海の哨戒に出てくれ。」

 

 「了解しました、ご安心ください、絶対にあの子を無事に連れ帰ります。」

 

 「お前たちもだ、全員無事に帰ってこい、と言っても近海の哨戒だがな。」

 

 近海だからと言って慢心していいわけではないが、この子達には言うだけ野暮と言うものだな。

 

 「わかっています、だけど大潮は……私は朝潮ちゃんだけは何があっても生きて帰します、例え私が代わりに死んでも。」

 

 「大潮……気負い過ぎだ、慢心していいわけではないが近海の哨戒任務だぞ。」

 

 いや違うな、大潮は明日の任務の事を言っているんじゃない、これは大潮の決意表明だろう、これから幾度も立ち向かっていく、まだ見ぬ任務への。

 

 「これは私の我儘みたいなものです、それに朝潮ちゃんを利用してるだけ。」

 

 「我儘か、どんな我儘なのか聞いてもかまわないか?」

 

 「他人が聞いたらどうでもいいと思うような事ですが、私は朝潮型駆逐艦二番艦 大潮です、もう二度と、『大潮型』だなんて呼ばれたくないし、呼ばせたくないんです。」

 

 そう言って、大潮は愁いを帯びた笑顔を見せた、普段の大潮からは想像もできないほど悲しみを含んだ笑顔、いや、こっちが今の本当のお前か、そうだな、お前もずっと悲しみに耐え続けていたんだったな。

 

 「ああ、お前の言う通りだ、もう二度と、『大潮型』と呼ばせちゃいけないな。」

 

 「そうです!だから朝潮ちゃんには頑張って生き続けてもらわないと。」

 

 だから『我儘』か、それだけではないのはわかっているが、それでお前が頑張ることができるのならそれでいい。

 

 「それじゃあ『大潮』はみんなのところに戻りますね、お風呂にも入りたいですし。」

 

 「ああ、ご苦労だった。」

 

 執務室を出て行く大潮にさっきまでの愁いはなく、いつもの大潮に戻っていた。

 

 作り笑いを浮かべたその顔に不自然な点はなく。

 

 皆に不安を抱かせないように元気な演技を日々し続ける大潮に。

 

 「まったく、嫌な時代だ、あんな年端もいかぬ子にあんな辛い思いをさせ続けねばならんとは。」

 

 「ええ、相変わらず、見ていて痛々しいです。」

 

 それまで一言も発さず風景と溶け込んでいた由良が口を開いた、『なんだ、いたのか由良』、とか言ったら怒りそうだな、やめておこう。

 

 「ああ、満潮はだいぶマシになったが大潮と荒潮はまだまだだな。」

 

 朝潮と一緒に行動するようになってからの満潮は、目に見えて立ち直ってきている、他の艦娘への態度は相変わらずだが八駆の三人と私の前ではよく笑うようになった、朝潮には感謝せねばならんな、何か甘味でも大潮に持たせればよかった。

 

 「少し気になったんですけど、荒潮ちゃんの『奥の手』ってなんなんですか?」

 

 耳ざといな由良、さてどうする、秘書艦の由良には教えておいてもいい気はするが……、いやダメだ、これは出来ることなら八駆と私の胸だけに収めておきたい。

 

 「すまない、コレばかりはいくら秘書艦の君でも言うことができない。」

 

 荒潮の『奥の手』は下手をすれば艦娘という存在そのものが揺らぎかねないからな。

 

 「由良にも言えないほどの秘密かぁ……、気にはなるけど、そういう事なら聞かないでおきますね。」

 

 助かるよ、君のそういう察しの良いところには本当に助けられている。

 

 「あ、もうこんな時間、由良もそろそろ上がりますね。」

 

 ヒトキュウマルマルか、ん?そういえば由良と少佐は明日休みだったな、という事は。

 

 「明日は少佐とデートか?」

 

 「え、ええ……一緒にケーキバイキングに……。」

 

 これはこれは、顔を真っ赤にしてモジモジするなど普段の君からは想像もつかないな。

 

 「少々遅くなっても咎めないから安心しろ、ああだが、朝帰りだけはやめておけ、すぐ噂になるぞ。」

 

 二人で出かける時点で噂にはなるだろうがな。

 

 「あ、朝帰りなんてしませんよ!私と少佐さんはまだそういうんじゃありません!」

 

 『まだ』なんだな、よかったな少佐、脈はありそうだぞ。

 

 「ああそうだ、ついでに少佐に買い物を頼みたいんだがいいか?何心配するな、デートの邪魔になるようなことはない。」

 

 「はあ、かまいませんけど。」

 

 そろそろ切れかけていたからな二人が居ないのでは買いに出るわけにもいかんし。

 

 「『いつものを20ほど』これだけ伝えればわかる。」

 

 「わかりました、伝えておきますけど……何を買わせるんですか?」

 

 「君が嫌いなものだよ。」

 

 気を付けてはいるが、年々厳しくなって困っているのだ。

 

 「あ~なるほど、もうやめた方がいいんじゃないですか?」

 

 「それは君に甘味を食べるなと言うのと同義だが?」

 

 私の唯一の楽しみなのだ、奪わないでもらいたい、時と場所はわきまえているのだから。

 

 「はいはい、わかりました、間違いなくお伝えしますからご安心ください。」

 

 さて、由良も出て行ったことだし、明日の準備をしておかなければな。

 

 私が携帯電話を取り出し、ある場所へ電話をかけると相手は3コールほどで電話に出た。

 

 「私だ、ああそうだ作戦(プラン)Yだ、一個中隊ほど使って構わん、ああ、編成は任せる。」

 

 私はそれだけ言って電話を切る、こんな面白そうなイベントで指を咥えているだけなどできるものか、少佐、悪いが私たちの楽しみのために踊ってもらうぞ。

 



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第3章 駆逐艦『朝潮』出撃!
朝潮出撃 1


白く光る波間、風に吹かれる海面の弾力でくだけた太陽がちかちかと海面で震えるが、光の届かない海底の水は死んだように黒い。

 

 時刻はヒトフタマルマルを少し過ぎた頃、六駆の4人と交代で出撃した私たちは鎮守府から南に20海里ほど離れた地点を哨戒していた。

 

 「海の底が見えないってやっぱり怖いですね……。」

 

 まるで引きずりこまれそうな不気味さだ、浜から数十メートルほどしか沖に出たことのない私にとっては初めて見る景色、早く慣れないと、ここはまだ鎮守府の近海、本格的な作戦になればここよりもっと沖に出ることになるのだから。

 

 「足元ばっかり見てると荒潮にぶつかるわよ、潜水艦の警戒は私がしてるし、アンタは今日が初出撃なんだから大潮と荒潮についていくことに集中しなさい。」

 

 すっかりいつもの調子に戻った満潮さんにさっそく注意されてしまった、昨日の晩の満潮さんもいいけど、やっぱりこっちの満潮さんの方が私は好きだな。

 

 けど私だけそんな事でいいのかしら、ついて行くのがやっとなのは確かだけど。

 

 「そうよぉ、こんな近海じゃ会敵したって知れてるんだから、安心してついて来てぇ。」

 

 「で、ですが。」

 

 いくら近海とは言え慢心は危ないのでは……。

 

 「朝潮ちゃんの心配ももっともだけど、荒潮の言う通りだよ、今日は隊列を維持してついてくる事だけ考えて。」

 

 「は、はい!」

 

 「はあ、でも久々の出撃が哨戒だなんて退屈ねぇ、戦艦とか出てこないかしらぁ。」

 

 怖い事言わないでください!三人はともかく、私は艦娘になって一回も深海凄艦を見たことがないんですよ!?戦艦だなんてとんでもないです!

 

 「やめなさい荒潮、冗談でもそんな事言わないで。」

 

 後ろの満潮さんの怒気が高まったような気がする、そういえば3年前の事件で鎮守府に迫った戦艦を迎撃に出て先代は戦死したんだっけ……。

 

 「ごめんなさい、今のは私が悪かったわぁ。」

 

 荒潮さんが素直に謝るところを初めて見た、いつもならここから口論が始まるのに、やっぱりあの事件は三人にとって忘れられない出来事になってるのね……。

 

 それからしばらくの間、私たちは最低限の報告以外の会話をせずに航行し続けた、春とはいえ影のない洋上での日差しはきついわね、『装甲』も紫外線まではカットしてくれないみたい。

 

 日焼けを気にするわけじゃないけど、肌をチリチリと焼かれるような感じがわずらわしい。

 

 ん?今右舷の方向に何か見えたような……、いや、やっぱり何かいる、波で見えた見えなかったりしてるけど何かがこちらに近づいてきてる。

 

 「あそこに見えてるのって何だろう……。」

 

 「何?なんか言った?」

 

 「2時……いえ3時の方向から何か近づいて来てるような……。」

 

 何だろう、波間に人間大くらいのものが見える、洋上で人?他の艦娘かな?

 

 「ちょっとアレ!大潮!!」

 

 「こっちでも確認した!距離5000、敵の水雷戦隊です!」

 

 え?敵?アレが?深海棲艦には人型が居るって習ったけど、アレは完全に異形だ!しかも水雷戦隊っていうことは複数?敵が複数来る!!?

 

 「軽巡1駆逐5!こっちに向かって来てる、あっちも気づいてるわ!」

 

 「砲雷撃戦用意!面舵!最大船速で反航戦!直後に反転して同航戦に持ち込みます!」

 

 「「了解!」」

 

 「りょ、了解!」

 

 戦闘、こんないきなり!?まだ心の準備なんて出来てないのに?

 

 どうしよう、私はどうしたらいいの?敵が来る、私を殺しに敵が来る!

 

 いや、大丈夫、訓練通りにやればきっと大丈夫……、でもどうして?体が……言うことを聞いてくれない……動いて、動いてよ!

 

 頭では大潮さんが行ったとおり動こうとしているのにどうして動いてくれないの!?ちゃんと訓練してきたのに、三人の時間を奪ってまで訓練に明け暮れてきたのに!

 

 このままじゃ三人の足を引っ張っちゃう、でも怖くて動けない、あんなバケモノを相手に戦うのが怖くてしかたない。

 

 着任した時に誓ったのに、司令官を守れるくらい強くなるって、先代の朝潮さんの代わりに司令官を支えるって誓ったのに!

 

 「朝潮!何ボケっとしてるの!」

 

 「え……?」

 

 満潮さんの怒号で正気に戻った時、すでに大潮さんと荒潮さんは敵水雷戦隊に向けて突撃して行った後だった、私は舵を取ることも忘れてそのまま直進、前の二人と完全に離れてしまっていた。

 

 「朝潮、アンタは私の後ろにつきなさい、いい、アンタは砲撃しなくていい、今のアンタじゃ二人に当てかねない。ただ回避と私から離れない事だけ考えなさい、いいわね!」

 

 「で、でも……。」

 

 「でもじゃない!言う通りにしなさい!大潮!!」

 

 『わかってる!』  

 

 通信装置から距離が離れた大潮さんの声が聞こえる、やっぱり足を引っ張ってしまった、敵は6隻がひと固まりで襲ってくるのに私が駆逐隊を分断してしまった。

 

 ズドン!!ズドン!!

 

 大潮さんたちがいる方向で砲火が交わる音が聞こえる、戦闘だ……、本当に戦闘をしている……演習なんかと全然違う、死を孕んだ音が私のところまで響いてくる、これが実戦……。

 

 『駆逐艦を一隻仕留めたわぁ、大潮ちゃんこれからどうするぅ?』

 

 荒潮さんが戦果を報告し次の指示を大潮さんに求める、あの速度ですれ違っているのに敵を一体仕留めるなんて……。

 

 『敵は満潮たちを狙う気みたいですね、このまま後ろから一隻づつ仕留めます!満潮、軽巡の脚を止めて!』

 

 「気楽に言ってくれるわね相変わらず!」

 

 こちらに向かってくる敵の頭を斜めに横切るように満潮さんが舵を取り、そのまま砲撃、満潮さんの砲撃は敵軽巡の脚元に着弾し、敵艦隊全体の速度と落とさせる。

 

 「敵が撃ってくるわ!いい?朝潮、奴らの砲撃は私たちに比べたら大した精度じゃない、着弾点を見極めて避けないでいい弾は避けないようにしなさい、でないと逆に当たるわよ!」

 

 「はい!!」

 

 満潮さんがそう言った直後に敵が発砲、着弾は……、私の左!なら面舵!!

 

 バシャーーーン!!

 

 「ひぃっ!」

 

 「情けない声は出していいけど目は瞑るな!死にたいの!?」

 

 さっきまで私が居た地点より少し左側に着弾した敵の砲弾が水柱を上げる、避けれた、避けれたけど、自分に向けられた殺意を身近に感じてまた体が硬直しだす、ダメ、ここで止まっちゃダメ!

 

 ズドン!ズドン!ズドン!

 

 敵の2射目!?私が狙われてるの!?

 

 バシャーン!バシャーン!

 

 「いやああぁぁぁぁ!」

 

 避けれなかった……避けなかったから逆に当たらなかった……、でももし今のが命中弾だったら私は……。

 

 死ん……でた?嫌だ!まだ死にたくない、死ぬのは嫌!なんで私を狙ってくるの?私はあなたたちに何もしてないじゃない!

 

 「速度を落とすな!そのままじゃ狙い撃ちされる!」

 

 狙われる?やめてよ、そんなの無理!なんでこんな怖い思いしなきゃいけないの?もう帰りたい!怖いのはもう嫌!怖い怖い怖い怖い怖い!!!!

 

ズドン!

 

 敵がまた撃ってきた……ダメだ、これは……当たる……私……これで死ぬの?

 

 「朝潮!」

 

ズドーーーーン!!

 

 目の前に炎のカーテンが広がる、あれ?けどおかしいわ、痛みを感じない、どうして?

 

 「痛いわねぇ!まったく、面白いことしてくれるじゃない!」

 

 満潮さん?どうして満潮さんが被弾してるの?狙われたのは私のはずなのに……。

 

 パシン!

 

 訳がわからずに混乱している私の頬に鋭い痛みが走った、満潮さんにぶたれた?

 

 「これで少しは正気に戻った?」

 

 「え?あ……私……生きてる?」

 

 「当たり前でしょ!寝ぼけてるんならもう一回殴るわよ!」

 

 どうして私……直撃だったと思ったのに……私の前に戻った満潮さんの右肩が赤く染まっている、満潮さんに庇われた……、私が満潮さんにケガをさせてしまった?

 

 「満潮さん、か、肩が……。」

 

 「あん?こんなのかすり傷よ、小破にも届いてないわ。」

 

 そんな訳ない、そんなに血が出てるのに!私なんかを庇ったばっかりに……。

 

 「言ったわよね、アンタは私たちついて来る事だけ考えなさいって。私たちがそう言った以上、アンタは『ついてくる事』だけ考えればいいの!」

 

 「でもそのせいで満潮さんが!」

 

 「でもじゃない!よく覚えておきなさい朝潮、私たち第八駆逐隊のモットーは『有言実行』!アンタに『ついて来る事以外考えるな』と言った以上、例え直撃弾がアンタに向かって飛ぼうと、魚雷が向かってこようと、アンタの行動は私たちが、私が絶対に邪魔させない!」

 

 そのために自分が傷ついても?私にそこまでしてもらう価値なんてないのに。

 

 「アンタの一番悪いところはその自己評価の低さよ!もっと自信を持ちなさい!アンタは並みの駆逐艦なんかよりずっと強い!」

 

 「でもこ……怖くて体が……。」

 

 私のせいで満潮さんが傷を……、嫌だ!私のせいで満潮さんが傷つくなんて嫌!!

 

 「怖いのは当たり前よこのバカ!それ以上怖い怖い言うようなら、アンタの尻の蒙古斑のこと鎮守府中にバラしてやる!」

 

 え?蒙古斑?い、いや、それはやめてください!そんな事されたら鎮守府にいられなくなる!

 

 「蒙古斑のことバラされるのと、あのマヌケ面ども、どっちが怖い?」

 

 それは……どちらかと言うと蒙古斑の方ですけど……、それ以上に満潮さんが傷つくのが私には耐えられないんです……。

 

 「さあ、また奴ら撃ってくる気よ?アンタはどうするの?」

 

 どうする?、私がこれ以上怯えていたらまた満潮さんが庇ってくる、それは絶対にダメ!!満潮さんを傷つけないためにはどうすればいい?そんなの……わかりきってる!

 

 「避けます!避けて満潮さんについて行きます!」

 

 「よろしい!」

 

 ズドン!

 

 直後に敵が発砲、着弾点は私と満潮さんの間くらい、どう避ける?速度を上げれば満潮さんと接触、かと言って左右に避けるのは間に合わない、ならば!

 

 「後ろ!」

 

 私は推力は落とさずに体重を後ろにかけて船首を上げ、水の抵抗でブレーキをかけ、面舵!私の眼前、数メートルに着弾して立ち上がった水柱を右に迂回するように回って、再び満潮さんの後ろに戻った。

 

 「いいわ!その調子よ!アンタはその調子で回避に専念、でも私から離れないように!!」

 

 「はい!」

 

 初めて満潮さんが褒めてくれた、嬉しさで恐怖が若干和らいだ気がする。

 

 『駆逐艦さらに一隻撃破を確認!このまま雷撃戦に移るよ!満潮行ける?』

 

 「行けるわ!そっちに合わせるからいつでも撃って!」

 

 満潮さんが左手の魚雷発射管を構える、狙いは先頭の敵軽巡、大潮さんたちが敵艦隊の左斜め後方から、満潮さんが左斜め前方から狙う形だ。

 

 『いきますよ!それ!ドーーン!!』

 

 「その掛け声、いい加減なんとかならないの!?」

 

 文句を言いつつも満潮さんが魚雷を発射、三人が放った魚雷は敵の速度と進行方向に合わせた位置に向かって猟犬のように向かっていく。

 

ズッドーーーーン!!!!

 

 花火より大きくお腹に響く音と燃え上がる火柱、三人が撃った魚雷が見事に敵艦隊に命中した、これが第八駆逐隊……、私が戦力外だから実質倍の数の敵を、しかも私のせいで隊列が乱れ、満潮さんは私を庇って被弾までしたのに、三人でほとんど苦も無く倒してしまった、改めて三人と私の差を思い知られた。

 

 『楽勝だったわねぇ。』

 

 「まだよ、ちゃんと撃破できたか確認しなさい。」

 

 これだけ圧倒的な勝利なのに、念には念を入れる満潮さんはさすがだ、慢心などこの人には関係ないように思えてくる。

 

 『満潮の言う通りですよ、荒潮、倒したつもりで倒しきれてなくで逆襲を食らった例は枚挙にいとまがないんだから。』

 

 「朝潮も、警戒を解いちゃダメよ、敵がこれだけとも限らないんだから。」

 

 「りょ、了解しました!」

 

 そうよね、敵がこれだけなんて保証はないんだから、私は戦闘で役に立てなかった分、周囲を警戒しよう……三人に迷惑をかけてしまったんだから……。

 

 『敵の轟沈をかくに~ん、問題なしよぉ。』

 

 大潮さんと荒潮さんが敵の撃沈を確認してこちらに戻って来る、どうやって謝ろう……、着任の時に誓ったのに、司令官を守れるくらい強くなるって、先代の代わりに支えるって……、なのに私は……。

 

 「う……ぐす……ううぅぅぅ……。」

 

 情けなさと悔しさで涙がでてくる……、着任初日の新米でもこなせるような任務で大失敗した、それだけならまだいい、私を庇って満潮さんにケガをさせてしまった、やっぱり私が艦娘になるなんて間違ってたんだ、きっと先代もガッカリしてる、やっと適合したのがこんな出来損ないで……。

 

 ゴン!

 

 「痛い!」

 

 何!?何かが頭に落ちてきた!?

 

 「あー!満潮何してるんですか!」

 

 え?満潮さんが何かしたの?頭の痛みは満潮さんせい?殴られた?

 

 「朝潮ちゃん大丈夫ぅ、あらあら、泣くほど強く殴られたのねぇ、よしよし、こっち来なさい。」

 

 ち、違う、泣いてたのは悔しくて、情けなくて、申し訳なくて、それで泣いてたんです、殴られたからじゃ……。

 

 「満潮!酷いじゃないですか!失敗なんて誰にでもあるでしょ!殴らなくったっていいじゃない!」

 

 「手が滑ったのよ、それより手当させてよ、私被弾してるんだから。」

 

 違うんです大潮さん!私が泣いてるのは満潮さんのせいじゃないんです!だから満潮さんを責めないでください!って言いたいのに荒潮さんの胸に顔が埋まって声が出せない。

 

 「満潮ちゃんが被弾なんて珍しいわねぇ、どうしたのぉ?」

 

 そ、それは私を庇って……。

 

 「別に、飽きてきたから早く帰るための口実作りに軽くケガしただけよ。」

 

 違う、なんで嘘つくんですか!?私のせいで被弾したのに!

 

 「はあ、中破未満ですけど、これ以上は無理ですね、荒潮、鎮守府に連絡して代わりの駆逐隊を出させて。」

 

 「えぇ~、他の駆逐隊に借りを作りたくないんだけどぉ。」

 

 もしかして満潮さん、私を気遣って悪役を買って出てる?やめてください!なんで私のためにそこまでするんですか!私のために満潮さんが泥をかぶる必要なんてないのに!

 

 「私が持ってる間宮羊羹を一本上げるって伝えて、それで喜んで代わってくれるわよ。」

 

 「なんでそんな高価な物持ってるの!?しかも一本ってことはまだあるんじゃない!?」

 

 「うるっさいわねぇ、アンタたちにもあげるから安心しなさい。」

 

 「連絡ついたわぁ、七駆がすぐに出るってぇ、羊羹は後で徴収するって言ってるわよぉ。」

 

 「それじゃあ、七駆と洋上で申し送り済ませて帰投します、荒潮、朧に合流地点伝えて。」

 

 「あ、あの、満潮さん……。」

 

 「アンタは余計な事言わなくていい、黙ってなさい、いいわね。」

 

 「だけど。」

 

 「いいのよ、こういうのは慣れてるから。」

 

 少し寂しそうな顔の満潮さんと、二人に聞こえないようにやり取りした後、私たちは、大潮さんを先頭に、帰投を開始、途中七駆の四人と合流して大潮さんが朧さんと申し送りを済ませた後、鎮守府に帰投した、結局、謝れなかったな……。

 

 満潮さんは、程度は低いとは言えケガをしているのでそのまま工廠にある入渠施設に入ることになった、艤装は妖精さんと整備員さんで修理するけど、艦娘本人のケガはさすがにそうはいかない、整備場と併設してある医療施設へ直行、入院するほどではないが治療に少しかかるらしかった。

 

 入浴を済ませて部屋に戻った私はというと、現在、大潮さんと荒潮さんの褒め殺しにされている、失敗したのに、なんで怒らないんだろう、それに、満潮さんの事が気になる、噂じゃ入渠を極端に嫌がるって聞いたけど。

 

 「満潮さん、大丈夫かな……。」

 

 「大丈夫大丈夫、艦娘は普通のヒトよりケガの治りが早いんだから、すぐに帰ってくるよ。」

 

 そうだ、今こそ満潮さんの濡れ衣を晴らすチャンスじゃない?もちろん謝罪もしないと!

 

 「あ、あの!」

 

 「朝潮ちゃん、それ以上はダ~メ、満潮ちゃんの思いを無駄にする気ぃ?」

 

 え?二人とも気づいてたの?

 

 「長い付き合いだからね、満潮の考えくらいわかるよ、だから朝潮ちゃんも気にしちゃダメ、次上手くやればいいんだから。」

 

 じゃあ二人はワザと満潮さんを責めるふりを?満潮さんの演技に合わせて?

 

 「やり方が不器用なのよねぇ、あんな演技しなくたって朝潮ちゃんを責めたりなんてしないのに。」

 

 「満潮らしいけどね、まあ大潮たちが気づいてるのにも、気づいてるんだろうけど。」

 

 三人はわかり合ってるんだなぁ、私もいつか、本当の意味でこの三人と仲間になりたいな。

 

 「ヒトナナマルマルか、そうだ!満潮を迎えに行ってあげて、そろそろ出てくるだろうから。」

 

 「は、はい!行ってきます!」

 

 私は部屋を駆け出して工廠へ走る、駆逐艦寮を飛び出して庁舎の西へ、早く満潮さんに会いたい、二人はああ言ったけど満潮さんには一言謝っておきたい!

 

 「朝潮?何してんのよアンタ、部屋に戻ったんじゃないの?」

 

 工廠の前に着くと、丁度満潮さんが出てきたところだった、破れた制服から覗く右肩の包帯が痛々しい。

 

 「あ、あの、そろそろ出てくるだろうからお迎えを……。」

 

 「ああ、どうせ大潮あたりの差し金でしょ?別にいいのに……。」

 

 満潮さんが照れてそっぽを向く、よかった、喜んではくれてるみたいね。

 

 「きょ、今日は本当に申し訳ありませんでした!」

 

 私は下がるだけ頭を下げて謝罪した、土下座した方がよかったかな?そうよね、ケガさせちゃったんだもの、土下座するべきだわ!そうしよう!

 

 ゴン!

 

 「いったいいぃぃ!」

 

 私が土下座をしようと一旦頭をあげようとした動作に合わせて満潮さんが左拳を私の頭に振り下ろした、昼間に艤装で殴られた時より痛い!

 

 「謝まんなくったって、いいわよ、アンタにしてはよくやったわ。」

 

 「でも……。」

 

 「でもじゃない、もう一発行っとく?」

 

 満潮さんが左拳に『はぁ~』と息を吹きかけてアピールしてくる、やめてください、本当に痛いんですソレ。

 

 「いえ、遠慮します……。」

 

 「じゃあさっさと寮に戻りましょ、お腹空いたわ、今日の献立って何だったかしら。」

 

 満潮さんが寮へ向かって歩き出す、謝らないまでも何かお礼を……、何かできないかな……何か満潮さんを喜ばせられるような……、そうだ、これならいけるかもしれない、周りに人は……いないわね!よし!

 

 「あの、満潮……お姉ちゃん、手……つないでもいい?」

 

 「な!?」

 

 満潮さんが耳まで真っ赤にして『バッ!』っと振り返る、なんだか行けそうな気がする。

 

 「ダメ……ですか?」

 

 「い、いやあの……。」

 

 目に見えてうろたえている、もう一押しだ!これならきっと喜んでくれる!

 

 私は司令官に教えられた例のポーズをとって追撃した。

 

 「お願い!お姉ちゃん!」

 

 「ぶふっ!」

 

 あ、鼻血が噴き出た、やり過ぎたかしら……。

 

 「しょ、しょうがないわね……寮までだからね、あ、アンタがどうしてもって言うから仕方なくなんだから!」

 

 そう言って左手を差し出す満潮さんの顔は……、なんだか変、目は笑ってるのに口の端がピクピクしてる、しかも鼻血垂らして、この顔は笑顔以上に貴重かもしれない。

 

 「お姉ちゃん鼻血……大丈夫?」

 

 「だ、大丈夫よこんくらい!舐めときゃ治るわ!」

 

 鼻の中を舐めるの?どうやって?それはそれで見てみたい気がする

 

 「そ、それより!今日の献立ってなんだったっけ?」

 

 照れ隠しなのかわからないけど、満潮さんが鼻血を拭いながら強引に話題を戻す、ええと、今日はたしか……。

 

 「麻婆豆腐だったかと。」

 

 「げ!か、辛いのかしら……。」

 

 そういえば満潮さんは辛いのダメなんだっけ。

 

 「甘口と普通のがあるみたいですよ?私が甘口を注文しますから満潮さんは普通の頼んでください、交換しましょう。」

 

 ご安心ください!そうすれば満潮さんのプライドは守れます!

 

 「べ、別に普通のも食べれるし!で、でもアンタがそう言うなら交換してあげる!仕方なくだからね!?」

 

 はいはい、わかってます、満潮さんは変なところで意地を張るんだから。

 

 「でも、その……ありがと……。」

 

 「ぶふっ!!」

 

 今度は私が鼻血を噴いてしまった、これは凶器だ、普段ムスッとしてる満潮さんが顔を真っ赤にして上目遣いでこちらをチラッと見て『ありがと……』って!なにこれ、すっごく可愛い!!

 

 「ちょ、ちょっと大丈夫!?」

 

 「だ、大丈夫です、舐めとけば治ります……。」

 

 「どうやって鼻の中舐めるのよ!強く殴り過ぎたかしら……、バカだバカだとは思ってたけどこれほどとは……。」

 

 いや、さっき満潮さんも同じこと言ってましたよ?

 

 そうして、私と満潮さんはくだらない事を話しながら、手を繋いで寮まで歩いた、少しでも長くこうしていられるようにゆっくりと。

 

 私の初任務は失敗に終わってしまったけど、満潮さんとの距離は縮まったような気がする。

 

 今日の出来事はきっと忘れられない、恐怖に怯え、満潮さんを傷つけた。

 

 だけど自分が死ぬこと以上の恐怖があることを私は知った。

 

 私は皆に傷ついてほしくない、皆が傷つく恐怖に比べたら、もう敵なんて怖くない。

 

 強くなろう、皆を守れるくらい、第八駆逐隊のモットーは『有言実行』なのだ、だから。

 

 「強くなります、絶対に……。」

 

 「……そう、頑張りなさい。」

 

 私は寮へと続く短い道の半ばで改めて誓いを口にした。

 




 最後は、一人で部屋を出た朝潮が提督に励まされるverも考えたんですが、諸事情で満潮verに変更。

 提督が励ますのは幕間ででもやろうと思います。


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幕間 提督とモヒカン

注)今回、艦娘は名前程度しか出てきません。


 ヒトヨンマルマル。

 

 私が執務に勤しんでいると、荒潮から満潮が被弾したので代わりの駆逐隊を出してくれという連絡が飛び込んできた。

 

 あの満潮が被弾だと?満潮を被弾させるほどの艦隊が近海に出たと言うのか?いや、大方、恐怖で竦み上がった朝潮を庇っての被弾だろう。

 

 素直に入居してくれればいいが……。

 

 「わかった、空いている七駆をそちらに向かわせる、何?羊羹を?わかった、伝えておく、あとは七駆と直接連絡を取ってくれ。」

 

 私は荒潮との通信を切ると、返す刀で待機中の七駆に出撃命令を出した、あの様子なら朝潮も無事だろう、満潮には感謝しないとな。

 

 「朝潮さんを庇って満潮さんあたりが被弾でもしたっすか?」

 

 相変わらず見た目と違って察しがいいなお前は、見た目がマシなら佐官も夢じゃないと言うのに。

 

 艦娘達がお前をなんと呼んでるか知ってるか?

 

 『モヒカン』はまだ可愛い部類で、ひどい物になると『突然変異のニワトリ』、果ては『世紀末ヒャッハーさん』だぞ、肩パットを支給してやろうか?

 

 「自分にも経験があるっすよ、恐怖で竦んで何もできなくなる……あれは自分じゃどうにもできないっす。」

 

 「竦み上がって縮こまってるお前を見ても殺意しかわきそうにないが?」

 

 「冷たいっすねぇ、自分と提督殿の仲じゃないっすか。」

 

 どんな仲だ、誤解を招く言い方はやめろ。

 

 「それはそうと、『漁』の方はどうなった?上手く網に掛かったか?」

 

 お前が執務室に来たのは、その報告のためだろうが。

 

 「そりゃ大漁っすよ、何せ餌が鎮守府の副官と秘書艦しかも丸腰ときてるんすから餌としちゃ最上級っす。」

 

 「少佐はともかく、由良まで餌呼ばわりするのはやめておけ、海の藻屑にされるぞ?」

 

 「おっと、それは恐ろしい、今のは内緒でオネシャス!」

 

 「巫山戯るのはその辺にして報告しろ、やはりいつもの奴らだったか?」

 

 「そっすね、大半は『アクアリウム』の奴らでした、後は艦娘を手籠めにしたがってる金持ちが雇ったチンピラが数組、単純に由良さんをナンパしようとしたバカっすね、バカの方は少佐が撃退してましたが。」

 

 やはり『アクアリウム』か、深海凄艦を信奉するカルト集団、最近ますます活動が過激になっている。

 

 「そういや、奴らの組織名の由来ってなんなんっすか?水槽っすよね?アクアリウムって。」

 

 「正確には少し違う、水性生物を飼育する環境全てを含めてアクアリウムと言うんだ、もっとも、奴らがそれを組織名にしているのは本来の意味とは逆だろう、大方、深海凄艦に海を封鎖された陸をアクアリウムに見立ててるんじゃないか?」

 

 「自分らは深海凄艦に管理される魚って事っすか?けったくそ悪い話っすね。」

 

 まったくだ、あの海のバケモノどもを神様扱いなど反吐が出る、奴らは私たちの生活を脅かすどころか命まで奪いに来るのだぞ?そんな奴らを崇めるなど理解できん、破滅願望でもあるのだろうか。

 

 「その魚どもは処理したのか?」

 

 「雑魚はすべて処理しました、証拠隠滅も完璧、リーダー格と思われるのを数名確保してるっす、尋問しますか?」

 

 尋問?随分と平和的な事を言うようになったじゃないか。

 

 「拷問して構わん、情報を吐かせたら憧れの深海凄艦様の餌にしてやれ。」

 

 「おお怖、鎮守府のトップの台詞とは思えないっすね。」

 

 国防の要である艦娘に危害を加えようとする者に情けなど必要ない。

 

 「お前は何を言ってるんだ?私は『魚』をどうするかの話をしただけだ。」

 

 「ああそうでした、『魚』の話でしたね。」

 

 そうだ、あくまで『魚』の話だ、日本語は難しいから気をつけろ。

 

 「少佐と由良に被害はないんだな?」

 

 「それはもちろん、少佐殿はさすがに気づいたみたいっすけど、由良さんは気づいてもないっす、年相応にはしゃいで可愛かったすよ!一応一個小隊を護衛に残してますが、引き上げさせますか?」

 

 「いや、護衛は二人が帰るまで継続させろ、その方が少佐も安心してデートに専念出来るだろう、それにこの作戦の本命はこれからだろう?」

 

 「そっすね、では本命の方の途中経過っすけど。」

 

 そう、私が聞きたいのはそっちだ、二人を囮に使ったテロ屋の掃除はあくまでついで。

 

 「ぶっちゃけ少佐殿のヘタレっぷりにみんなイライラしてるっすね、折角二人っきりだってのに手も繋がないんすよ?」

 

 「やはりか、私が理由をつけて執務室で二人にした時も何もなかったみたいだしな、二人で出かけた位では進展せんか。」

 

 「自分に任せてくれりゃ上手くやったんすけどね。」

 

 お前だとホテルに直行しかねん、それに不味そうで餌にもならなそうではないか。

 

 「お前と由良じゃ不釣り合いだろう?」

 

 「そんなこと無いっすよ!自分位のイケメンなら由良さんだって満足するはずっす!」

 

 その自信はどこからわいてくるんだ?荒廃した世界でも生きていけそうな顔しおって。

 

 「ああそうだな、お前が思うんならそうなんだろう、お前の中ではな。」

 

 「なんか引っかかる言い方っすねぇそれ。」

 

 「気にするな、それより『漁』に夢中で撮影を忘れてないだろうな?今回の作戦の本命はそっちだぞ。」

 

 「それはご心配なく、鎮守府を出て駅前で待ち合わせしてる所から現在まで撮影は継続中っす!」

 

 「よろしい、しばらくはそれで旨い酒が飲めそうだ。」

 

 作戦(プラン)Yとは、『由良相手に少佐が右往左往する様を見て楽しんじゃおうぜ作戦』の略である、目的は……まあ作戦名のまんまだ。

 

 「提督殿も趣味悪いっすよねぇ、まあ自分らも楽しんでるっすけど。」

 

 「バカ者、これは私なりの親心だ、少佐もいい歳だ、そろそろ嫁の一人くらい貰ってもいいだろう。」

 

 「それ言ったら提督殿もどく……いえ申し訳ありません。余計でした。」

 

 「……気にするな、昔の事だ。」

 

 「今年も墓参りに?来月だったすよね、奥さんと娘さんの命日。」

 

 「ああ……。」

 

 私は8年前に深海棲艦の空爆で妻子を亡くしている、そして3年前には朝潮を……、あの悪魔どもは私の大切な者を悉く奪っていく、私自身が打って出れるなら喜んで突撃してやるものを……。

 

 「だが今回は命日には行けそうにないな、大規模作戦が控えている。」

 

 「今回は横須賀主導っすか?」

 

 「ああ、大湊と連携して北方を攻める、ただ、一つ厄介な問題があってな。」

 

 「厄介な問題?」

 

 ここ数年で行われた大規模作戦はすべて成功している、だが、毎回と言っていいほど無視できない損害がでる、もちろん大規模作戦と呼ばれるほどの規模の作戦だ、艦娘にも資源にも損害はでる。

 

 だが、この問題はある一定以上の練度の駆逐艦のみに限定して起こる。

 

 「ああ、毎回、高練度の駆逐艦ばかりを狙う奴が、作戦終了間際に襲ってくる、おそらく、作戦終盤まで品定めをしてるんだろう。」

 

 高練度の駆逐艦は貴重だ、元々のスペックが高い上位艦種と違って駆逐艦の消耗率は非常に高い。

 

 そんな駆逐艦で高練度ということは、たいていの場合、長く艦娘を続けてる者に限られ、練度に比例して経験、戦闘技術、指揮能力ともに高い、かつての私のように総旗艦を駆逐艦に任せている鎮守府もあるほどだ。

 

 「そりゃまた提督殿みたいな奴っすね、面は割れてるんすか?」

 

 おい、それはどういう事だ?私がロリコンだからか?だから駆逐艦ばかり狙うそいつもロリコンだと?なます切りにするぞ貴様。

 

 「それがどういう意味かは深く聞かん、話を戻すが、そいつは戦艦、しかも姫級だ。」

 

 「提督殿、そいつはまさか……。」

 

 撮影された映像を見て一目でわかった、左腕が欠損した隻腕の戦艦凄姫。

 

 「ああ、3年前、朝潮が仕留め損ねた奴だ。」

 

 忘れられるものか、私から朝潮を奪った憎き相手、朝潮の仇、まず間違いなく次の大規模作戦にも現れるだろう、その時は……どんな手を使ってでも殺してやる。

 

 「提督殿?顔が怖えぇっす。」

 

 「ふん、朝潮の仇を討てるチャンスが迫っているのだ、顔にも出るさ。」

 

 「そのために、他の艦娘を犠牲にしてもっすか?」

 

 まったくお前は痛いところを突いてくるな、ああそうだ、私はすべてを守れるほど強くはない、精々両手で抱えれる程度だ、いや、それすらも出来なかった私が他の艦娘の犠牲なしに奴を殺す?どうやって?私が戦闘機にでも乗って特攻することで殺せるならそうしてやる!だがそれすらも叶わないならば……。

 

 「それ以上考えちゃダメっすよ提督殿。」

 

 「なんだと?」

 

 「ちょっと生意気な事言わせてもらうっすけどいいすか?」

 

 「構わん、言え。」

 

 今さら犠牲を出さずに作戦を成功させ、なおかつ仇も討てる方法を模索しろとでも言う気か?

 

 「では失礼して、アンタは俺らの頭だ、俺らだけじゃねぇ、鎮守府すべての頭だ!トップだ!そんなアンタがそんな顔してどうすんだよ!辛ぇんだろうが!自分の復讐のために他を犠牲にすんのが辛ぇんだろ?だったら道具として使おうとすんじゃなくて仲間として頼れよ!艦娘だってアンタの事信頼してる!もちろん俺らもだ、アンタの命令なら喜んで特攻してやるよ!」

 

 「そじゃあ結局一緒だろうが!若造がふざけた事を言うな馬鹿たれが!」

 

 「どこが一緒だ!アンタ復讐の事ばっか考えて肝心な事忘れてんだよ!」

 

 私が肝心なことを忘れている?何を?私が何を忘れていると言うんだお前は。

 

 「わかんねんなら俺が教えてやるよ!艦娘は強えぇ!あんな女子供ばっかりなのに俺らが相手してきた奴ら以上のバケモノに向かって行けるくらい強えぇんだ、犠牲にすること前提に考えてんじゃねぇ!アンタの部下だろうが!少しは信頼してやれこのバカ!」

 

 「私があの子たちを信頼してないと言うのかお前は!」

 

 「ああそうだ!!結局、艦娘を一番バカにしてんのはアンタなんだよ!いいか?こんなこっぱずかしい事一回しか言わねぇからよく聞けよ?艦娘がアンタを信じてくれる分、アンタも艦娘達を信じてやれ!そうすりゃあの子らはきっとあのクソ野郎どもぶっ殺して無事に帰って来る!絶対だ!」

 

 私が艦娘をバカにしている?信じれば無事に帰ってくる?そんな世迷言がまかり通るほど戦場が甘くないのはお前も知っているだろう。

 

 「道具として扱われるのと、仲間として信頼して送り出してもらうんじゃ後者の方がやる気になるってもんでしょうが、絶対生きて帰ってやるって気になるでしょうが、アンタならわかるでしょう?」

 

 「私があの子たちを道具として扱っているだと……?」

 

 「そっすよ、自覚はないかもしれないっすけど、朝潮さんが戦死してからの提督殿は艦娘をそういう風に見てる節があったっす、まあ気持ちはわからなくもないっすけど。」

 

 「そんなバカな……私はあの子たちを……あの子達を……。」

 

 道具としか見てなかった?娘のように思っていたはずだ、だが本当にそうか?本当にあの子たちを道具くらいにしか思ってなかったのか?

 

 「本当なら少佐殿が言うべきなんでしょうが、あの人は提督殿の事を自分らより前から知ってる分強く言えないんすよ。」

 

 「私は……あの子たちを娘のように思って……。」

 

 「それは本当にそう思ってたんでしょうよ、でも、提督殿は仕事のオンオフがキッチリしてるっすから、一旦出撃となるとそういう面が出てきちまってたんだと思うっす。」

 

 言われないと気づかないものだな……そうか、私はあの子たちを、艦娘をそんな風に思い、扱っていたのか……。

 

 そうだな、道具として扱われるのと、仲間として送り出すのとでは雲泥の差だ、私も若いころに散々経験したと言うのに、情けない。

 

 「生意気な事言っちまったすけど、どうか心の片隅にでも留めておいて貰えると光栄っす。」

 

 まったく、本当に生意気な事を言いおって、お前などに諭されることになるとは思わなかったぞ……。

 

 「以上!処罰は覚悟の上です!どうぞミンチにするなり、なます切りにするなりお好きなように!」

 

 諭されておいてお前を処罰したら、私のただでさえ小さい器が知れてしまうだろうが。

 

 「いやいい、お前の言う通りなのかもしれん、納得しきれない部分はあるがな。」

 

 艦娘を信じる……か、そういえば、朝潮が戦死して以来、そういう事をしていなかったかもしれない、彼女たちを復讐の道具くらいにしか思っていなかったのだな、私は。

 

 「ほ、本当に処罰なしっすか?マジで?はぁ……死ぬかと思ったっす。」

 

 「それならあんな事言わなければよかっただろうに。」

 

 「いえいえ、あんな顔した提督殿は見てられないっすからね、せめてそこに座ってる時くらいは普通にしといてもらわないと。」

 

 ふん、余計な世話を焼きおって、今度酒でも奢ってやるか。

 

 「それじゃあ自分は持ち場に戻るっす。」

 

 おっと、話がそれたせいでこいつらに頼む事があるのを忘れていた。

 

 「いや、待て、お前とお前の相方には頼みたいことがある。」

 

 「自分と相棒にっすか?」

 

 「ああ、二人で呉に向かってくれ、迎えに行ってもらいたい奴がいる。」

 

 大規模作戦のためにはアイツが必要だ、それに……参加する艦娘の生還率を上げるためにも。

 

 「な~んか嫌な予感がするっすけど、誰を迎えに行くんすか?」

 

 「お前も知っている奴だ。」

 

 「自分が知ってる奴?知り合いはほとんどこの鎮守府に居るはずっすけど……うげ!もしかして姐さんっすか!?」

 

 「そうだ、4日後に呉に到着予定になっている、観光をしたいから荷物持ちを寄越せと言われていてな。」

 

 「それで自分らっすか……自分、あの人苦手なんっすけど……。」

 

 「私に生意気を言った罰だとでも思え、ついでにお前らも観光してこい、使った金は経費で落としてやる。」

 

 「マジっすか!?そういう事なら喜んで行くっす!ハイエース使っていいんすよね?」

 

 まあ、奴に捕まったらお前が行きたいところには行けないだろうが。

 

 「ああ、好きに使え、領収書は忘れるなよ?でないと経費で落とせんぞ。」

 

 「了解っす!では自分はこれで!」

 

 「撮影した映像の編集も忘れるな、出来たら私の私室まで届けてくれ。」

 

 「うっす!あ、そうだ提督殿、最後に一つ質問いいっすか?」

 

 「なんだ?」

 

 まだ何かあったか?

 

 「この組み合わせは誰得なんすか?」

 

 「それは言うんじゃない。」




 ホント誰得だったんですかねこの話、モヒカンが最初の想定よりいい奴キャラになっちゃったし。


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朝潮出撃 2

「だから!朝潮にはこっちの方が似合うって言ってるでしょ!」

 

「いやいや、やっぱりこっちの方がいいわよぉ。」

 

 おはようございます、朝潮です。

 

 本日は目も眩むような晴天ですが、大変気持ちのいい春のそよ風が吹いていて、まさに行楽日和という感じです。

 

 そんないい日だと言うのに満潮さんと荒潮さんは絶賛ケンカ中です、まあ原因は私なんですけど。

 

 「わかってないわね!朝潮にパンツルックはまだ早いわ!基本から入るべきよ!」

 

 パンツルックとは何でしょう?今私は下着姿で正座させられているのですが、これがパンツルックですか?

 

 「満潮ちゃんのコーデは大人しすぎるわぁ、攻めの姿勢は大事よぉ?」

 

 攻める?どこを攻めるでしょうか、そろそろ服を着せてください、春とは言え朝は少し冷えますし。

 

 「あ、あの私は別に制服でも構わないんですが……。」

 

 「「それは絶対ダメ!」」

 

 はぁ……ダメか、朝食前にあんな事を言わなければこんな事にはならなかったのに……。

 

 迂闊だった……。

 

 そう、あれは今から一時間ほど前、朝食を食べ終わって部屋に戻る途中の事でした。

 

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

 

 

「休み……ですか?」

 

「はい、マルハチマルマルより48時間の休暇です、申請すれば外出もOKだよ。」

 

 今日から休みの事を、部屋へ向かう途中で大潮さんが思い出したように告げてきた、昨日の失敗を挽回するべく、今日はいつもより気合いを入れて訓練に励もうと思っていたのに、なんだか出鼻を挫かれた感じになってしまった。

 

 「自主訓練くらいはしていいんです……よね?」

 

 休暇なんだから別に訓練するのも自由よね!よし、それなら艤装の使用許可を取って一人ででも……。

 

 「ダメです、朝潮ちゃんは着任してからまともに休みを取っていません、だから絶対に休ませろと厳命されてます。」

 

 そんな……、自主訓練もダメだなんて、48時間も何すればいいんだろう……。

 

 「朝潮ちゃん、もしよかったら私とぉ……。」

 

 「それもダメだよ荒潮、絶対にあそこだけには行かせるなって言われてるから。」

 

 あそこ?あ~ムツリムだっけ?の集会の事かしら。

 

 「ぶぅ~大潮ちゃんの意地悪ぅ。」

 

 「なに?アンタやることがないの?」

 

 「は、はい……、趣味も特にないですし……。」

 

 しいて言えば訓練することが趣味?

 

 「じゃ、じゃあ私と出かける?丁度買いたいものがあるし。」

 

 満潮さんと買い物!?それは良いわ!日頃の感謝を込めて何か……そうだ食事でもご馳走しよう!お給金は入ってるし、うん、いけるわ!

 

 「ああ!ずるぅい!朝潮ちゃんを独り占めする気ね、それなら荒潮もついて行くぅ!」

 

 あ、あれ?一人増えた、ううん、大丈夫!二人にご飯を奢るくらい余裕よ!

 

 「そういう事なら大潮も行くよ!八駆全員で買い物に行こう!」

 

 結局みんなになっちゃった、まあいっか、そっちの方が楽しいよね、ね?満潮さ……。

 

 「……。」

 

 なんか機嫌が悪くなってる……、なんで?みんなと一緒の方が楽しいんじゃ……。

 

 「あ~満潮ちゃんが怒ってるぅ、やっぱり朝潮ちゃんを独り占めする気だったのねぇ。」

 

 「別に……そんなんじゃないし。」

 

 そうなの?私を独り占めしたいんだったら言ってくれればいいのに、わ、私だってその……満潮さんに思いっきり甘えたいし……言えないけど。

 

 「そういえば、朝潮ちゃんって私服持ってるの?制服と部屋着姿しか見た事ないけど。」

 

 「私服は……すみません、持ってないです……。」

 

 ずっと居た養成所は支給の制服で事足りてたし、ここに来てからもそうだし……、それに私服にお金を使うくらいなら貯金をと……。

 

 「だったら私の服を貸してあげるわぁ、きっと可愛いわよぉ♪」

 

 だけど私と荒潮さんじゃ体形が……いえ身長は大差ないんですが、その、体の各部の寸法がですね。

 

 「アンタのじゃ合わないでしょうが、私のを貸してあげるから問題ないわ。」

 

 たしかに満潮さんと私ならバッチリですね!いえ、別に満潮さんが私みたいにスットントンって事じゃないですよ?

 

 「アンタ今、すっごい失礼な事考えてない?」

 

 「い、いえ!そんな事はありません!」

 

 ダメダメ、顔に出しちゃ!逆の事を考えよう!そうよ!満潮さんは私と同じでないすばでぃです!これで大丈夫!満潮さんは私と同じないすばでぃ!ないすばでぃ……ないす……ダメだ、想像すればするほど空しくなってくる。

 

 「……。」

 

 「どうしたの?急に黙り込んじゃって。」

 

 放っておいてください大潮さん、自分の妄想と現実との差に打ちひしがれているだけです……司令官もやっぱり出るところは出てる方が好みかしら、でも変態さんって話だし……。

 

 「ところで移動はどうするのぉ?電車?」

 

 「電車賃が勿体ないわ、どうせ外出の申請すれば意地でも護衛をつけるでしょうから車で送ってもらいましょ。」

 

 車かぁ、あの時のハイエースかな?

 

 「荷物持ちもお願いするぅ?」

 

 「「それは絶対やめて。」」

 

 おお、大潮さんと満潮さんがハモった、そんなに嫌なのかしら、私を迎えに来てくれた二人はいい人たちだったけど。

 

 「あんな連中を連れ歩くなんて死んでもごめんだわ。」

 

 そ、そこまで嫌わなくても、いい人たちですよ?見た目はともかく。

 

 「ええ~、便利なのになぁあの人達、私の言うことなら何でも聞いてくれるのよぉ?」

 

 「アンタが連れてたらマフィアのお嬢とその取り巻きって感じね。」

 

 あ~わかるかも……。

 

 「ところで朝潮ちゃんはどんな服が好みなの?」

 

 「服の好みですか?」

 

 ん~、正直着れればなんでも……、あ!テレビで見たメイドさん……だっけ?が着てる服が好きかな。

 

 「メイド服とか言ったらアンタだけ置いてくわよ。」

 

 だからなんでそんな正確に私の思考が読めるんですか?超能力者ですか?

 

 「だ、ダメでしょうか?」

 

 「似合うとは思うけどダメ。」

 

 「さすがにメイド服で歩き回るのはなしですね、秋葉原ならともかく。」

 

 「あ、でも部屋の中でメイド服なら歓迎よぉ?」

 

 そこまでダメですか!?

 

 「しょ、しょうがない、私の服貸すんだし、私がコーディネートしてあげるわ!」

 

 はあ、それは構いませんけど、満潮さんって私服はどんな感じなんだろう。

 

 「ちょっと待って!満潮ちゃんてメイド服は否定する癖に持ってる服はフリフリのばっかりじゃない、わ・た・しが、コーディネートしてあげるわぁ。」

 

 いや、満潮さんはメイド服を否定していませんよ?だって似合うと思うって言ってくれましたし。

 

 「はあ!?私の服を貸すんだから私がコーデするのは当然でしょ!?」

 

 「私だって体形に関係なく着れる服くらい持ってるわよぉ?」

 

 また始まってしまった、仲はいいのにどうしてこの二人はケンカするんだろう?ケンカするほど仲がいいって事かしら?

 

 「アンタはどっちにコーデしてほしいの?」

 

 「え?」

 

 なんで私に振るんですか?私はファッションに関しては素人なので正直どちらでも……。

 

 「もちろん、私よねぇ?」

 

 なんか笑顔が怖いですよ荒潮さん、どっちか決めなきゃいけませんか?どっちを選んでも角が立つ気がするんですけど。

 

 「あ、あの二人一緒に……とかはダメですか?」

 

 よし、これならどうです?二人仲良く私を……。

 

 「つまり勝負ね。」

 

 は?満潮さん何言ってるんです?

 

 「いいわよぉ?うふふふ、着せ替えは大好きぃ♪」

 

 ちょっと待ってください!着せ替え!?私を着せ替え人形にでもする気なの!?

 

 「そうと決まればさっさと部屋に戻るわよ!」

 

 「仕方ないわねぇ、ほら朝潮ちゃん、行くわよぉ。」

 

 まずい、これは非常にまずいです、このまま部屋に戻ったら二人のおもちゃ確定じゃないですか!大潮さんはなんで二人を止めてくれないの!?

 

 「じゃあ大潮は司令官に外出許可貰ってきますね~、朝潮ちゃん、ドンマイ!」

 

 せめて頑張れって言ってください!なんでドンマイなんですか!!

 

 あ、本当に置いていく気だ、大潮さん待って!私が代わりに外出許可貰いに行きますから!!

 

・・・・・

・・・・

・・・

 

 と、いう感じで現在に至ります、せめてどちらかを選んでいればこんな事にはならかったんでしょうけど、二人とも私を思っての事だと思うと選ぶこともできず……、って言うかなんで二人一緒でって言ったら勝負になるんですか!?

 

 「このジーンズなんてどう?私が改二改装受ける前のだから朝潮ちゃんでもピッタリよぉ?」

 

 なんなんですかそのジーンズ!あちこち破れてますよ!?砲撃されたんですか!?入渠を激しくお勧めします!

 

 「バカね、そんなのを穿いた朝潮に待つのは地獄よ。」

 

 まさしくその通り!破れ方が酷いです!お尻とか半分出ちゃうじゃないですか!

 

 「あらそう?似合うと思うんだけどなぁ。」

 

 「それよりこんなのどう?私のお気に入りなんだけど。」

 

 あ、可愛い、ピンクと白がメインのワンピースだ、ちょっとフリルとレースが過剰な気がするけど。

 

 「それぇ、俗に言うゴスロリファッションじゃないのぉ?メイド服と大差ない気がするんだけどぉ。」

 

 ご、ゴスロリ!?なんですかそれは、私は好きなんだけどなぁ。

 

 「い、いいじゃない!ほら、朝潮もまんざらでもなさそうだし!」

 

 うんうん!もうそれでいいです!だから早く着せてください!じゃないと風邪を引いてしまいそうです!

 

 「あれ?まだ着替え終わってないの?」

 

 大潮さん!やっと帰ってきてくれた!

 

 「大潮ちゃん聞いてよぉ、満潮ちゃんったら朝潮ちゃんにこんなの着せようとしてるのよぉ?」

 

 「あ~、これはないよ満潮、朝潮ちゃんが恥かいちゃうよ?」

 

 ゴスロリで歩き回るのは恥なの?そんな事言って大丈夫ですか!?

 

 「謝れ!全国のゴスロリ愛好者に謝れ!!」

 

 「いや、別にゴスロリを否定するわけじゃないけど、こんなの着て歩いたら衆目の的だよ?朝潮ちゃんが。」

 

 え?そんなに一般的ではないんですか?知らない人に注目されるのはちょっと……。

 

 「ところでなんで朝潮ちゃんは下着姿で正座してるの?春とは言え朝だよ?寒くない?」

 

 寒いですよ!よくぞそこに突っ込んでくれました!

 

 「そういやそうね、なんでアンタそんな恰好してるの?」

 

 「すごく魅力的だとは思うけど、服くらい着た方がいいわよぉ?」

 

 いや、え?なんでそうなるんですか?私の服脱がしたのお二人ですよね!?

 

 「ほらほら、服着て、これとこれと、あとはそれでいいかな。」

 

 「ちょっと大潮!朝潮のコーデは私がやるから!」

 

 「満潮ちゃんに任せたらフランス人形みたいになっちゃうじゃない、私がやるから任せて!」

 

 いや、もう大潮さんでいいです、帰ってからいくらでも着せ替え人形になりますから。

 

 「はい、出来上がり!」

 

 「あ、動きやすいし適度に暖かくて、風通しもいいですねこれ。」

 

 正直、大潮さんまで二人みたいな事しだしたらどうしようかと思ったけど、うん、これはいいわ。

 

 「や、やるわね大潮……白いニットワンピースに薄い水色系の明るい色のロングカーディガンみたいなチェスターコートを羽織っただけのシンプルなものだけど、朝潮の黒髪がアクセントになってかなり……いやすごく可愛い!!」

 

 「それだけじゃないわぁ、ざっくり着たニットと足元はパンプスで合わせて、美脚効果がでてる、身体が華奢に見えても大人なセクシーさを感じるようになってるわぁ。」

 

 お二人は何を言ってるんです?日本語で説明してください、それは何かの暗号ですか?

 

 「ほらほら、二人もさっさと着替える!もう少ししたら送迎の車が正面玄関に来るから急いで!」

 

 はあ、やっと解放された……、大潮さんも助けてくれるんならもうちょっと早く助けてくれればいいのに。

 

 三人の着替えが終わって正面玄関に出てみると、やはりと言うか、モヒカンさんと金髪さんがタキシード姿でハイエースの後部ドアの前に立って待っていた、ちなみにレッドカーペットはすでに敷かれている。

 

 え?三人の服装ですか?すみません、私は知識が乏しいのでどんな格好なのか説明できません、ただ、三人ともすごく可愛いです。

 

 「やっぱこいつ等か。」

 

 「レッドカーペットなんてぇ、気が利いてるじゃない?」

 

 二人は『ニカッ!』っと聞こえてきそうな笑顔で陸軍式敬礼をして見せた、相変わらず元気そうだ。

 

 「お二人ともお久しぶりです!」

 

 私も海軍式敬礼で答える、八駆の三人くらいしか親しく話せる人がいない私にとって二人は貴重な存在だ、司令官は……普段お忙しそうでめったに会えないし、会うとまともに話せそうにないし……。

 

 「「お久しぶりです!朝潮さん!」」

 

 「ささ、四人ともどうぞ中へ。」

 

 モヒカンさんに促されて私たちはハイエースに乗り込み、しばらくして金髪さんが鎮守府からほど近い商店街へ向けて、相変わらず慣性を感じさせないほどスムーズな運転で車を発進させた。

 

 「あれ?今日は正門から出るんですか?」

 

 私が着任した時に大型の軍用車しか通さないって言ってたのに。

 

 「何言ってんのアンタ、司令官の許可があれば普通に出入りできるわよ?」

 

 そうなんだ、じゃああの時は許可が出なかったって事なのかしら。

 

 「朝潮ちゃんは着任した時この人たちに送ってきて貰ったんでしょぉ?正門から入らなかったのぉ?」

 

 「正門からは入りましたけど、車は西門からしか入れないと聞いたので正門から歩きました。」

 

 「ちょっと二人とも?どういう事か説明してくれますよね?」

 

 あれ?私何かまずい事言った?三人が明らかに怒ってるんだけど……。

 

 「い、いやぁあの時はちょっと野暮用があってですね……な!相棒!」

 

 「ちょ!俺に振んなよ!俺は運転中!お前が説明しろよ!」

 

 「で?右も左もわからない朝潮を正門に放り出すような野暮用って何?」

 

 「じ、実はっすね、提督殿に特命を仰せつかってたんっすよあの時、それで時間が押しちゃってですね……。」

 

 そうか、私の迎え以外にも命令を受けてたんだ、だったら仕方ないわね。

 

 「それ、嘘よねぇ?朝潮ちゃんの送迎は最優先命令だったはずよぉ?それを途中で放り出すほどの特命ってなぁに?」

 

 荒潮さんがいつもの怖い笑顔してる……ま、まあいいじゃないですか、無事に鎮守府につけたんですし。

 

 「朝潮ちゃん、この二人に何かされた?無理矢理押し倒されたとか、縛られたりとか。」

 

 「い、いえ、何もされてません!司令官に聞かれてもそう言えって言われました。」

 

 「「ちょ!朝潮さん!?」」

 

 あれ?三人の怒気が大きくなったような……本当に何もされてないんですよ?

 

 「あらあら、アナタ達面白い事するのねぇ、帰ったら司令官にしっかりと報告しなきゃ。」

 

 「甘いわ荒潮、このまま事故に見せかけて地獄に送りましょ。」

 

 「生ぬるいよ二人とも、深海棲艦の艦隊のど真ん中に放り投げて魚雷を食らわせよう。」

 

 三人とも目が本気なんですけど!

 

 「か、勘弁してくださいよ!ホントに何もしてないっすから!そ、そりゃあ三人みたいに提督殿に疑われると思ってさっさとトンズラこいたのは認めるっすけど……。」

 

 「さ、三人ともその辺で……、お二人のおかげで道中は退屈せずに済みましたし。」

 

 「あらいいのぉ?朝潮ちゃんが望むなら八つ裂きにしてあげるわよぉ?文字通りの意味で。」

 

 本当にやりそうだから望みません!

 

 「本当に何もされてませんから!お二人とも私を気遣ってくださって、寂しい思いもせずに鎮守府に着けたんですよ?だから許してあげてください。」

 

 「まあ朝潮ちゃんがいいなら大潮はこれ以上責めないけど。」

 

 「ふん、朝潮に感謝しなさいよ、アンタら。」

 

 よかった、なんとか矛を収めてくれた……。

 

 「た、助かった……。」

 

 「やっぱ朝潮さんは天使っす!大天使アサシオンっす!」

 

 「何かそれ合体しそうねぇ。」

 

 「変形じゃない?」

 

 「朝潮ちゃんってロボットだったの?」

 

 何を言ってるのかまったくわかりませんが違います。

 

 「お、そろそろ着きそうっすね、何時ごろ帰投のご予定っすか?」

 

 「どうするの?大潮。」

 

 「ん~あんまり遅くなると司令官が心配して私兵に全力出撃かけそうだからなぁ。」

 

 いや、さすがにそれはないんじゃ……。

 

 「そっすね、提督殿ならやりかねないっすね。」

 

 あ、やるんだ。 

 

 「ヒトハチマルマルくらいに戻ればいいんじゃない?晩御飯にも間に合うしぃ。」

 

 「そうだね、それで行こう、じゃあヒトナナサンマルくらいに車に戻ります。」

 

 「了解っす、荷物持ちはいいっすか?」

 

 「「それは絶対にやめて、つか姿を見せないで。」」

 

 「う、うっす……。」

 

 容赦ないなぁ大潮さんと満潮さん……二人が少し可哀そう……。

 

 「あ、あの、お土産買ってきますから、そんなに落ち込まないでください。」

 

 お忙しいだろうに送り迎えさせてるんだから、それくらいしないと申し訳ないわ。

 

 「ああ、やっぱ朝潮さんは天使っす……。」

 

 「心が洗われるな……。」

 

 それは大げさすぎです、と言うか祈らないでください。

 

 「朝潮ちゃんが天使なのはわかるけど大潮たちは何なんだろうね」

 

 「私たちはさしずめ悪魔かしらぁ?」

 

 「へぇ、言い度胸じゃない。」

 

 「「ひぃっ!!」」

 

 「三人とも、その辺で本当にやめてあげてください。」

 

 怯える二人と別れて商店街に入った私は初めて見る景色に圧倒された、右を見ても左を見ても店がズラーっと並んでて、人がお祭りでもないのに沢山行き来してる、しかもそれが終わりが見えないほど続いてるんだから養成所と鎮守府くらいしか知らない私にとっては違う世界に迷い込んでしまったかのように思えてくる。

 

 「す、すごい人の数ですね……。」

 

 「迷子にならないようにしなさい、ほら、て、手つないであげるから。」

 

 「はい、ありがとうございます。」

 

 私はトマトみたいに顔を赤くした満潮さんの差し出された左手を取って、早くも商店街を物色しだした大潮さんと荒潮さんに続いた、傍から見たら私たちってどういう風に見えるんだろう?姉妹?それとも友達?どっちでもいいか、だってどっちでも嬉しいもの。

 

 「あ、ちょっとあそこのお店寄っていい?朝潮ちゃんの私服選ぼうよ。」

 

 「いいわねぇ、満潮ちゃんに選ばせるとフリフリになっちゃいそうだから朝潮ちゃんと待っててぇ。」

 

 洋服屋に入って、私に着せる服を選びだした大潮さんと荒潮さん、満潮さんは若干不機嫌そうだけど文句は言いそうにないわね、こんなところでケンカにならないでよかった。

 

 「絶対似合うのに……。」

 

 「え?」

 

 「何でもない。」

 

 そっぽ向いてしまった、私は満潮さんが勧めて来た服好きですよ?今度着させえてもらおうかな。

 

 「あれ?あのお店。」

 

 満潮さんの方を向いた時、一軒のお店が目に留まった、何のお店だろう、行ったことないはずなのにすごく気になる……。

 

 「何?気になる店でもあるの?」

 

 「は、はい、あそこのお店なんですけど。」

 

 暖簾が出てる、『たばこ』?タバコ屋さん?なんでタバコ屋が気になるんだろう……。

 

 「アンタ、タバコなんて吸うの?やめなさいあんなの、百害あって一利なしよ。」

 

 いえ、それはわかってるんですけど……、なんでだろう、どうしてもあそこに行かなきゃいけない気がする。

 

 「すみません、私行ってきます、すぐ戻りますから!」

 

 「ちょっと朝潮!?」

 

 私は、何かに背中を押されるようにタバコ屋の前まで走った、私はタバコを吸わない、吸おうと思ったこともない、そんな私がどうしてタバコ屋に惹かれるんだろう。

 

 「おや?君は……朝潮ちゃんかい?」

 

 お店の前に来た私に店主らしきおじさんが気づいた、なんで私の名前を知っているの?

 

 「やっぱり朝潮ちゃんじゃないか!いやぁ久しぶりだなぁ、3年ぶりくらいかい?」

 

 3年ぶり?3年前に私がここに来てるはずがない、だってその頃私は養成所に居たんだから、そうか、私と先代を間違えてるんだ。

 

 「い、いえ私は……。」

 

 でも先代はどうしてタバコ屋のおじさんと知り合いなの?先代はタバコを吸ってたのかな。

 

 「違うわよおじさん、おじさんが言ってるのは先代の朝潮、この子は二代目よ。」

 

 あ、満潮さんいつの間に、やっぱり先代と間違われてたんだ、そんなに似てるのかな、私と先代って。

 

 「あ、ああそうか……艦娘だって言ってたものな、じゃあワシが知ってる朝潮ちゃんは……。」

 

 「3年前に……ね。」

 

 「そうか、いい子だったんだがなぁ……。」

 

 「あの、先代はここに何をしに来てたんですか?私、なぜかこのお店が気になって……。」

 

 先代がこのおじさんに会いたがった?いや、そうじゃない……それとは違う気がする。

 

 「朝潮ちゃんはたまに提督さんについてくる程度だったんだけどね、凛々しくて真面目そうで、提督さんに付き従う忠犬みたいな感じが微笑ましくてねぇ。」

 

 「姉さんったら、外でもそんなだったのね、知らなかったわ。」

 

 「ああそうだ!さっきここが気になったって言ってたね?」

 

 「は、はい!なんと言ったらいいのか、何かを忘れてるような、そう!忘れ物をしてるような感じがして。」

 

 「だったらアレかもしれないな、ちょっと待ってておくれ。」

 

 そう言っておじさんは店の奥に引っ込んでしまった、先代がここに何かを忘れている?それを私に持って帰ってほしいのかな。

 

 「あったあった、はいコレ。」

 

 再び店の前に戻ったおじさんが私に手渡したのは、プレゼント用の包装をされた手のひらに収まるサイズの四角い箱だった、これは何なんだろう?タバコ?

 

 「ちょっとおじさん、未成年にタバコを渡すのはどうかと思うわよ?」

 

 やっぱりタバコなの?それにしては棚に並んでるタバコの箱より一回り小さい気がするけど。

 

 「違う違う!タバコ用品なのは確かだけど、タバコそのものじゃないよ。」

 

 「ではコレは何なんですか?」

 

 タバコ用品ってなんだろう?ライターかな?

 

 「それは3年前、朝潮ちゃんに注文されていたものなんだ、提督さんへプレゼントするつもりだったらしい、受け取りには来なかったけどね……。」

 

 司令官へのプレゼント……これを自分の代わりに司令官に渡せって事?

 

 「君から渡してくれないか?君から渡すなら、朝潮ちゃんも喜んでくれるんじゃないかな。」

 

 どうだろう……本当に私でいいのかな……先代は私から渡すことを本当に望んでるのかな。

 

 「渡してやんなさい、ここが気になったから来たんでしょ?だったらきっと、姉さんがそうして欲しかったのよ。」

 

 「わかり……ました。」

 

 「お代は頂いてるから心配しなくていいよ、だからちゃんと渡してあげておくれ。」

 

 私と満潮さんは手を振るおじさんに別れを告げて二人の元に戻った、チェスターコートのポケットに入れたプレゼントはとても軽い、でもきっと先代の気持ちが詰まったプレゼントだ、今でも本当に私でいいのかと思うけど、受け取った以上は渡さないと。

 

 「でもどうやって渡そう……司令官はお忙しいだろうし……。」

 

 それに司令官に会った時まともに話せるだろうか……。

 

 「鎮守府に戻ったら中庭に行ってみなさい、もしそこに司令官が居なくても待ってればいいから。」

 

 中庭?執務室の下にある中庭の事?そこに居れば司令官に会えるの?

 

 「姉さんのプレゼント、絶対渡してあげてね、きっと司令官も姉さんも喜ぶから。」

 

 どうしてそんな寂しそうな顔するの?先代の事を思い出しちゃったから?私はそんな顔した満潮さんを見たくない、気持ちはわかるけど、だけど……。

 

 「うん、絶対渡すから、だからそんな顔しないで?お姉ちゃん。」

 

 「ば、バカ!人前でお姉ちゃんなんて呼ばないでよ……、でもまあ、今だけは許してあげるわ……。」

 

 よかった、少しだけ笑顔に戻った。

 

 さあ、そうと決まれば後は楽しまなくちゃ、せっかくの休日を、初めての皆での外出を。

 

 それから私たちは、時間が許す限りこの日を楽しんだ、皆でご飯を食べて、お店を物色して回って、戦争をしている事も忘れて、私たちは本当の姉妹のようにこの日を満喫した。

 

 二度と来ないかもしれないこの日を、心に刻み込むように



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朝潮出撃 3

 ヒトハチマルマルを少し過ぎ、日がとっぷり暮れた頃に鎮守府へ到着した私たちは、買い込んだ荷物の多さに少し辟易していた。

 

 荷物の大半は駆逐艦同士で何かを取り引きする際に使う甘味だが、大潮さんと荒潮さんは両手いっぱいに服屋の袋を下げている、どうも自分のだけでなく私に着せる分まで買ったようだ。

 

 「うふふ、今夜が楽しみねぇ。」

 

 まさか夜通し私で着せ替えごっこをする気ではないですよね?私はフタヒトマルマルには眠くなってしまうのですが。

 

 「安心して朝潮ちゃん!寝てても着せ替えは出来るから!」

 

 それのどこを安心しろと!?

 

 「それでは自分らはこれで失礼するっす。」

 

 「朝潮さんに貰ったお土産は末代までの家宝にしますね。」

 

 食べてください、お土産って言ってもお店で買った鯛焼きですよ?末代までどうやって保存する気なんですか。

 

 「ええ~、部屋まで荷物運んでくれないのぉ?」

 

 いやいや荒潮さん、送り迎えして頂いたのにさらに荷物運びなんてさすがに二人に悪いですよ?

 

 「そうしたいのは山々なんすけどねぇ。」

 

 「俺らこのまま呉に出発するんで。」

 

 今から呉に?それなのにこんな時間まで私たち付き合ってくれたんだ。

 

 「呉?この車で?誰か迎えに行くの?」

 

 「ええまあ……満潮さん達も知ってる人っすよ?」

 

 「私達も知ってる人?」

 

 「姐さんっす……。」

 

 姐さん?女性の方?二人の顔が急に曇ったけど怖い人なのかな。

 

 「姐さんって……、ちょっと待って!あの人が帰ってくるの!?まだ東南アジアにいるって聞いてたけど!?」

 

 東南アジアに?艦娘が少ないあの辺はシーレーン周辺を除いてほぼ敵の勢力圏って習った覚えがあるけど……。迎えに行くのは艦娘?

 

 「どうも提督殿に呼び戻されたらしいっす。三日後に呉到着予定らしいっすから余裕を持って今晩出発するんす、もし遅れでもしたら……。」

 

 「ああ、魚の餌ならまだマシだな……。」

 

 魚の餌になる方がマシって、それ以上に酷いことされるってこと?それに二人とも顔真っ青ですよ!?大丈夫ですか!?

 

 「そっか、あの人の迎えか……、アンタ達も大変ね……あ、ほら、これあげるから道中食べて?」

 

 「これも持って行って、元気出して?ね?」

 

 「ちゃんと生きて戻ってくるのよぉ?」

 

 嘘でしょ!?この三人がモヒカンさんと金髪さんを気遣った!?姐さんって人はそれほど恐ろしい人なの!?

 

 「なんと優しいお言葉!いつもは悪魔みたいなのに!お三方くらいっすよ、自分らの気持ちをわかってくれるのは。」

 

 ふ、二人が本気で泣いてる、よっぽど嫌なのね、そこにさっきまで罵倒しかしてなかった三人からの優しい言葉、泣くなと言う方が無理ですよね。

 

 「ああ、チンチクリの糞ガキなのに、やっぱ同じような目に遭ったことがある人がいるってのはいい な。」

 

 「アンタらやっぱ死ね」

 

 「気をつけて事故ってください。」

 

 「もう帰って来なくていいからねぇ。」

 

 「「酷えぇ!!」」

 

 いや、今のは二人が悪いです、さすがにフォローできません。

 

 「おバカな二人は放って置いてご飯行きましょう、お腹ペコペコです。」

 

 「そうねぇ、あ、そうだもし生きて帰れるようならお土産よろしくねぇ。」

 

 「贅沢言わないから、広島のお土産ランキングトップ10全部ね。」

 

 十分贅沢なのでは……二人が戦場で孤立して絶望したような顔してますよ?

 

 「アンタの荷物貸しなさい、部屋まで持って行っとくから。」

 

 「いえそんな、自分で運びます。」

 

 私も満潮さんも量は少ないけど二人分を一人で運ぶとなったら重いでしょうし。

 

 「いいから、アンタはさっさとソレを渡してきなさい。」

 

 そうだ、私にはまだ先代のプレゼントを司令官に渡す用事が残ってたんだった。

 

 「わかりました、中庭でしたよね?」

 

 たしか執務室の下、『エ』の字になってる庁舎の西側の凹んでる所だったわよね。

 

 「そうよ、居なくてもしばらく待ってなさい、その内来るから。」

 

 「わかりました、行ってきます!」 

 

 私は満潮さんに荷物を預け、絶賛絶望中のモヒカンさんと金髪さんにお礼を言ってから、庁舎の外周に沿って走り出した。

 

 私は今から司令官に会う、最後に会ったのはいつだったかしら。

 

 しまった!私服のままだ、休暇中とは言え司令官に私服でお会いするのは失礼じゃないかしら……でももう、角を曲がれば中庭だし……。

 

 「……?なんだろうこの匂い。」

 

 中庭の方から風に乗って甘い香りが漂って来る、これは……サクランボ?そうだサクランボの匂いに似ている、どうしてこんな香りが中庭から?

 

 「ん?そこに居るんは誰じゃ?そんな所居ったら煙たいじゃろ。」

 

 中庭に据え付けられたベンチに座ってタバコを吹かしている人が私に気づいた。

 

 煙たい?じゃあこの匂いはタバコの匂いなの?私が知ってるタバコの臭いはもっと臭い、出来れば近づきたくないような臭いだ。

 

 でもこれは違う、全然タバコ臭くない、むしろ嗅いでいると落ち着いてくるような気さえしてくる。

 

 「もしかして朝潮か?私服じゃけぇ一瞬わからんかたわ。」

 

 それにしてもすごい方言、聞き取れないほどじゃないけど、前に大潮さんに見せられたヤクザ映画に出てきた言葉遣いに似てるなぁ、格好も着流し姿で白鞘とか似合いそう。

 

 まあそれはそれとして、この人はどうして私の名前を知っているの?誰だろう、顔も声も司令官に似てるような気がするけど、私が知ってる司令官は標準語だし、上から下までキチッと士官服を着込んでる人だし……。

 

 「お~い、聞こえちょるか~。」

 

 そうか!きっと司令官のお兄さんか、もしくは弟さんさわ!それなら顔も声も似てるのに説明がつきそう!

 

 「もしかして俺が誰かわかっちょらん?」

 

 「い、いえ!そ、その、司令官のご兄弟の方……ですよね?」

 

 司令官の身内の方なら失礼のないようにしないと。

 

 「いや?たしかに兄弟はおるが全員田舎暮らしじゃ。」

 

 「え!?で、では貴方は……。」

 

 「これでどうだ?私が当鎮守府の提督だ。」

 

 キリッとした顔、頭の先からつま先まで漂うような威厳、さっきまでのどこか戯けたような態度が吹き飛んだ貴方は間違いなく司令官!

 

 「し、失礼しました!その、普段とあまりにも雰囲気が違うので……そのぉ……。」

 

 どうしようどうしよう!思いっきり失礼なことを言ってしまった!

 

 「ああ、気にせんでええ、今はプライベートじゃ。」

 

 またさっきの言葉遣いと雰囲気に戻った、『カチッ!』とスイッチが切り替わる音が聞こえそうなくらいの変わりっぷりだわ。

 

 「し、司令官はプライベートではこんな感じなのですか?」

 

 「ああ、まあ知っちょるのは大潮ら三人と俺の部下どもくらいか、他の艦娘と会っても今の朝潮みたいな感じで気づかんぞ。」

 

 そりゃあ普段の司令官しか知らなかったらそうなりますよ……、顔が同じ別人みたいですもの。

 

 「おっと、すまん、タバコに火付けっぱなしじゃったの。」

 

 「あ、かまいません、私この香り嫌いじゃないです、なんだか気持ちが落ち着きます。」

 

 タバコを灰皿に押し付けようとした司令官を慌てて止めて私は司令官の隣に腰を下ろす、一言断った方がよかったかしら。

 

 「そうか?じゃけどタバコはタバコじゃしなぁ……。」

 

 頭をポリポリと搔きながらタバコをどうするか思案する司令官、ホントに気にしないでください。

 

 「まあ、できるだけ朝潮の方に煙が行かんようにするけぇちょっと我慢してくれ。」

 

 すみません、私が来なければ司令官の一服を邪魔しないですんだのですが……。

 

 それにしても、司令官のタバコって少し変わってるわね、火がついてる方が太くて吸い口に向かって細くなってる。

 

 「ん?やっぱり煙いか?」

 

 「い、いえ、司令官のタバコって変わってるなと思いまして。」

 

 「あ~、これは手巻きタバコじゃけぇな、それにコニカル巻きじゃし。」

 

 手巻き?コニカル?すみません、全然わからないです。

 

 「普通の紙巻きタバコと違って自分の手で巻くんじゃ、コニカル巻きっちゅうんは巻き方の一種でな。」

 

 へぇ、タバコにも色々あるのね、私が知ってるのはその紙巻きタバコってやつなのかしら。

 

 「紙巻きより安いし美味いし、自分好みの味に調整もできるしでメリット多いんじゃ、巻くのがちょいと面倒っちゅう所と入手場所が限られるちゅうとこがデメリットか。」

 

 「それに体にも悪いですよね?」

 

 お体を労わってください、ただでさえ司令官の仕事は肉体的にも精神的にも重労働なのですから。

 

 「まあ、そりゃそうじゃがの?由良にもええ加減やめぇ言われちょるんじゃが、俺の唯一の楽しみじゃしなぁ……。」

 

 「でも意外でした、タバコってこんな甘い香りがするんですね。」

 

 「ああ、手巻きはこういうフレーバー系の葉っぱも多いんじゃ、チョコとかブルーベリーとかもあるぞ。」

 

 チョコの香りのタバコかぁ、味も甘いのかな?

 

 「司令官は甘いものがお好きなんですか?」

 

 「いやいや、甘いものはあまり得意じゃない、普段はフレーバー系以外のタバコ吸うちょる、コレを吸うのは久しぶりじゃ。」

 

 「どうして今日はそれを?」

 

 あんまり質問ばっかりするのはまずいかしら……でも司令官の嗜好を知るチャンスだし……。

 

 「ぶっちゃけわからん、なんでじゃろうなぁ、急に吸いたくなった……。」

 

 「特別なタバコとかでもないんですか?」

 

 「朝潮が……先代のな?彼女がこの香りが好きじゃったんじゃ……、普段はタバコなんてやめてください!っていう癖にこれを吸う時だけは何も言わずに隣に来てな……、じゃけぇ吸いはせんでも一袋はいつも買っちょる。」

 

 そっか……先代もこの香りが好きだったんだ……。

 

 少し複雑だな、なんだか先代の後追いばかりをしてるような気がしてきた。

 

 「そういやあのタバコ屋のおじさんは元気かいな、最近は通販で買うか部下に買いに行かせるかじゃったけぇしばらく行っちょらんなぁ。」

 

 タバコ屋のおじさん?あの商店街の?……あ、そうだわ、コレを渡すために私はここに来たんだった。

 

 「司令官、コレを……。」

 

 私は、チェスターコートのポケットに入れていた包みを司令官に手渡した、先代が司令官のために注文したプレゼント、中身は何なんだろう。

 

 「これは?」

 

 「今日行った商店街にあったタバコ屋のおじさんに預けられました、先代が司令官のために注文していたそうです……。」

 

 「朝潮が?開けてもいいか?」

 

 「は、はい、どうぞ開けてあげてください。」

 

 開けてはダメと言う権利なんて私にはないですし……。

 

 「これは……まったく、俺にはタバコをやめぇ言うちょった癖に……、こんな物送られたら余計やめれんじゃろうが……。」

 

 司令官、すごく嬉しそう……そうよね、例え数年遅れだとしても好きな人からの贈り物なんですもの。

 

 「それは何なんですか?箱……に見えますけど。」

 

 包みから出てきたのは手のひらにすっぽり収まるサイズの金属製の箱だった、タバコ用品とは言ってたけどどんな使い方をするんだろう。

 

 「これはシガレットケースちゅうてな?手巻きタバコは吸う直前に巻くのが一番ええんじゃが、そんな暇がない時は時間があるときにある程度巻いといてこれに入れて持ち歩くんじゃ。」

 

 「へぇ、シンプルな感じですけど、すごく綺麗ですね、あ、裏になにか掘ってありますよ?」

 

 From A to S?メーカー名かしら?いや、違うわね……これは。

 

 「まったく、洒落た事をしよるのぉ。」

 

 『朝潮から司令官へ』かな……、妬けちゃうな……、二人の間には私が入り込む余地がないように思えてくる……。

 

 「ありがとう朝潮、たしかに受け取ったよ。」

 

 でもよかった、司令官がとても嬉しそうにしてる。

 

 「渡せて良かったです、きっと先代も喜んでくれてますよね……。」

 

 「ああ、おかげで沈んでいた気分がマシになったわ。」

 

 「何かあったんですか?」

 

 「少しな、昨日部下に叱責されてしもうた、情けない事に。」

 

 司令官を叱責?副官だっていう少佐さんかしら?まさかモヒカンさんや金髪さんじゃないわよね?

 

 「そいつが言うにはな?俺はお前たちを……艦娘を道具として扱っちょったらしい……自分の復讐のためにな。」

 

 復讐……先代の仇討ちですか?そのために艦娘を道具として扱ったと?

 

 「それは……いけない事なのでしょうか……。」

 

 「え?」

 

 だって私たちは、ベースはたしかに人間だけど深海棲艦に対抗するための兵器だ、そしてそれを使うのは司令官ではないですか。

 

 「どういうことだ朝潮、俺は……私は君たちを道具扱いしていたんだぞ?人間である君たちを。」

 

 「たしかに道具扱いされるのは気持ちのいいことではないでしょう、ですが、少なくとも私は、司令官に道具として使われる事に抵抗はありません。」

 

 それは司令官が貴方だから、他の人が司令官だったらこんなこと言わない、貴方は私の命の恩人です、それにたぶん……私の初恋の人……。

 

 「司令官は覚えておられなかったようですが……、私は幼い頃、司令官に命を救われたことがあります。私が当時住んでいた、地方の小さな田舎町が深海棲艦に襲われた時に……。」

 

 「私が命の恩人だからとでも言う気か?だから道具扱いされてもいいと?だがそれは……。」

 

 「はい、私個人の考えです。他の艦娘がどう思うかなど私にはわかりません。」

 

 自分の本心を自覚してしまった貴方はその事で悩んでいる、苦しんでいる……今の私にはその苦しみを取り除いてあげれるだけの言葉はないかもしれない、でも言わずにはいられない。

 

 「君の気持ちは嬉しいが……だからと言って私のために命を投げ出すような事は考えないでくれ、例え私がどんな命令を出しても……。」

 

 「それは私に命令違反をしろということですか?」

 

 「違う!そうではない!そうではないのだ……。」

 

 「私は、司令官の命令ならばどんな事でもする覚悟です、初出撃で怯えてしまった私が言っても説得力はないでしょうが。」

 

 もう二度とあんな醜態は晒さない、皆も傷つけさせない、強くなるって誓ったんだから。

 

 「私は絶対に帰ってきます、貴方の命令を完遂して、例え特攻しろと言われたって完遂して帰って来て見せます!」

 

 「しかし、私の復讐に君を巻き込むのは……。」

 

 貴方の復讐の相手は先代が仕留め損ねた奴なのでしょう?だったら私とも無関係ではありません。

 

 「貴方の復讐は私の復讐でもあります!私は朝潮です!二代目朝潮です!先代の仇を討つのは当然ではないですか?」

 

 先代が戦死しなければ私は艦娘になれなかったし司令官に再会も出来なかったかもしれない、でも先代を失ったことでこの人は深く傷ついた、艦娘を、人を道具として扱ってしまうほど深く傷ついたんだ。

 

 「だが、君と先代の朝潮に直接のつながりはないだろう?」

 

 はい、赤の他人です、ですがそんな事は関係ありません、適合試験の夢の中で先代は復讐などどうでもいいと言った、先代の仇討ちなど方便です。

 

 私は貴方を傷つけた奴が許せないんです、これから貴方を傷つけようとする奴が許せないんです!

 

 「司令官が復讐を果たすことで、その心の傷が少しでも塞がるなら、どうぞ私を復讐の道具としてお使い下さい、私は貴方の剣になります!」

 

 「バカな事を言うんじゃない、君がそんな事をする必要はないだろう……。」

 

 「司令官は艦娘を犠牲にする前提で考えているのではないですか?だから道具扱いすることを気に病んでいるのでは?」

 

 「ああ、部下に言われたよ、私は艦娘を犠牲にする前提で物を考えている、道具扱いするのではなく仲間として頼れとな……。」

 

 「その人の意見を否定する気はありませんが、私は道具扱いすることが信頼していない事とは思いません。」

 

 「……どういう事だ?」

 

 「司令官にも愛用の道具はあるでしょう?軍人なのですから信頼を置いてる武器もあるはずです。」

 

 「だから君を道具として信頼しろと言うのか?」

 

 「そうです、それに私は先ほど言いました、私は貴方の剣になると、剣には鞘が必要です。貴方という鞘が。」

 

 私にとって帰る場所はここです、貴方の元です。

 

 「私が君の鞘に……?」

 

 「先日、満潮さんが第八駆逐隊のモットーは有言実行だと教えてくれました。」

 

 きっとこれを決めたのは先代だ、先代の思いは今もあの三人に受け継がれている、三人を通して私にも……だけどそれだけじゃダメ、先代を超えなきゃ仇はきっと討てない。

 

 司令官を苦しみから解放してあげられない!

 

 「だからお約束します!私は何があっても必ず貴方の元に帰ってきます!貴方に悲しい思いは二度とさせません!」

 

 交わした約束は必ず守る!これが私が掲げるモットーだ!

 

 「約束……か……。」

 

 「はい、だから安心して私をお使いください!」

 

 例え他の艦娘すべてに見限られたとしても、私は貴方の道具として尽くします!

 

 「はははは、情けないな、昨日に引き続き、今日は倍以上歳の違う君に諭されてしまった……。」

 

 しまった!調子に乗って言いたい放題言ってしまった!

 

 お、怒られるのかしら……。

 

 「で、出過ぎた事でした!申し訳ありません!」

 

 「いやいい、目が覚めた気分だよ。」

 

 よかった、怒ってはいないみたいね……。

 

 「朝潮、私は昨日、部下が言った言葉が間違ってるとは思っていない、だがすぐには思い直せない。」

 

 そうでしょうとも、それほど貴方は傷ついたのですから。

 

 「私はかつて以上に彼女達に犠牲を出さないよう努力する、彼女たちの強さを信じて送り出すよう心掛ける、しかしすぐには無理だろう、私の心は復讐に支配されすぎている……。」

 

 わかっています、貴方の心が晴れるまで私が貴方を支えます、貴方の心を守ります。

 

 「だからそれまで、私の剣になってくれ、そして必ず、私の元に帰ってきてくれ。」

 

 「はい!お約束します!」

 

 両側に聳え立つ庁舎に切り取られた中庭で、私と司令官は固く指切りをした、今度は私が勝手に誓ったのではない。

 

 私が司令官と交わした大切な約束。

 

 私と司令官の間にできた決して切れることのない繋がり。

 

 ご安心ください。

 

 この朝潮、司令官との大切な約束は必ず守り通す覚悟です!

 



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幕間 提督と満潮 3

「で?姉さんからのプレゼントはなんだったの?」  

 

 時刻はフタヒトサンマル、例によって『居酒屋 鳳翔』で司令官の晩酌のお付き合い、今日の司令官はどこか晴れやかな雰囲気ね、姉さんのプレゼントのせいかしら?

 

 「ああ、シガレットケースじゃった。」

 

 タバコ入れか、いい加減やめればいいのに、そんな物貰っちゃったら余計やめなくなるわね。

 

 「ついでに朝潮に説教じみた事までされてしもうた。」

 

 説教?朝潮が司令官に?意外とやるわねあの子、司令官に心酔してると思ってたけど。

 

 「ムカついてるの?」

 

 まあそんな事はないんだろうけど。

 

 「いや、感謝しちょる、あの子は俺の心を守ってくれようとしちょるんじゃろうな。」

 

 心……ね、姉さんを亡くしてから司令官はすっかり変わっちゃったものね、他の子は気づいてないようだけど姉さんがなくなる前と後じゃ全然違う、私たち以外で気づいてるのは鳳翔さん、後は私兵の人たちくらいかしら。

 

 「朝潮にはなんて言われたの?」

 

 「俺の剣になるとさ、そんで俺には鞘になってくれって言うとった。」

 

 それは新手のプロポーズ?惚気話にしか聞こえないんだけど?

 

 「朝潮の前にも部下に言われたよ、俺はお前たちを道具として扱っちょるっての。」

 

 うん、プライベートでこそこんなだけど、出撃を命じてくる司令官からはそんな雰囲気が出てた、でも私は、司令官がそれで職務を全うできるならそれでいいと思ってたわ、他の子がそれに気づいたら愛想つかされてたかもしれないけど。

 

 「気にすることないわ、私たち艦娘は兵器であり兵士、そしてソレを使うのは司令官なんだから。」

 

 「まあそれはそうなんじゃが、お前達は兵器で有る前に人間じゃろ?そして人間には心がある、俺はそれを蔑ろにしちょった……。」

 

 さっきまでの晴れ晴れとした顔はどこへやら、誰よこの人に余計な事言ったのは、少佐かしら。

 

 「軍人としてはそれで正しいんじゃない?兵士の心配ばっかりしてたら戦争なんてできないでしょ。」

 

 「それはそうじゃが……でもなぁ。」

 

 「デモもヘチマもないの、艦娘が女子供ばっかりだから悩んじゃうのよ、私兵の人達には死んでこいって言えるでしょ?でもそれは、あの人達を使い捨ての道具と思ってじゃなくて部下として信頼してるからじゃないの?」

 

 「ああ、そうじゃの……。」

 

 「だったら私たちにもそうすればいいの、姉さんが居た頃は出来てたんだから、その内また出来るようになるわよ。」

 

 きっと貴方は私たち艦娘を姉さんと重ねてしまってる、貴方の命令で死んだのは姉さんだけじゃないけど、誰かが死ぬたびに貴方が泣いていたのを私は知ってる。

 

  ただでさえ艦娘の死に苦しんでいた貴方に、姉さんの死が決定打になってしまった、それで貴方の心は壊れてしまった……。

 

 端から見たら立ち直ってるように見えるかも知れないけど、貴方は私たちが死ねば、姉さんが死んだときの事を思い出してしまう。

 

 だから艦娘は道具だと思い込むようになってしまったんでしょ……?

 

 真面目過ぎるのも考え物よね、職務と感情の板挟みで、艦娘は深海棲艦へ復讐するための道具だと思い込まなければ、貴方はきっと提督を続ける事ができなかったのね。

 

 「まあ気長にやんなさいよ、いつまで戦争が続くかなんてわかんないんだし。」

 

 ホント長いわよねこの戦争、もう平和だった頃の記憶の方が少なくなっちゃった。

 

 「そうも言ってられん、大規模作戦が来月に迫っている。」

 

 大規模作戦?この口振りだと主導は横須賀みたいね。

 

 じゃああの人が帰ってくるのはそのため?

 

 「あの人を使う程の作戦なの?」

 

 「耳が早いな、あの二人から聞いたのか?」

 

 「ええ、呉に迎えに行くって聞いたわ。」

 

 だけど、あの人とまともに艦隊行動が出来る艦娘なんてここじゃ私たちか、後は由良さんと鳳翔さんくらいしか居ない、戦艦や空母なんて、あの人の邪魔になるだけだし……出来ることなら組みたくないなぁ。

 

 「お前も噂位は聞いたことが有るだろう?作戦終了間際か終了後に高練度の駆逐艦ばかりを狙う隻腕の戦艦棲姫。あいつには、そいつを釣る囮になって貰う。」

 

 隻腕、姉さんの仇、たしか最近行われた作戦で佐世保の時雨が被害に会ったって聞いたわね。

 

 駆逐艦ばかり狙う戦艦棲姫、たしかにあの人が餌なら確実に釣れるわ。

 

 「釣り上げて主力艦隊でたこ殴りにするって寸法かしら?」

 

 「いや、襲って来るのが艦隊が消耗しきっている終了間際か終了後ではそうもいかん。かと言って何処に隠れているかもわからない奴にかまけて作戦を蔑ろにも出来ない、あくまで作戦のついでに奴を始末しなければならない。」

 

 そんな無茶な……作戦には動かせる殆どの艦娘を動員しなきゃいけないのよ?鎮守府の防衛にも割かなければいけないのに……、そんな状況で主力艦隊とは別に動けるのなんて精々駆逐隊が一つか二つくらじゃない。

 

 ん?駆逐隊が一つか二つ?

 

 「ちょっと待って、まさか……。」

 

 「そう、そのまさかだ、釣り上げられた奴にお前達第八駆逐隊をぶつける。」

 

 私たちをアイツにぶつける?

 

 そうか、やっと来たんだ、姉さんの仇を討つチャンスがやっと巡ってきた!

 

 「自信がないか?」

 

 そんな訳ないでしょ、仇を討つためにこの三年間、私たち三人は訓練を重ねてきたんだ。

 

 「いいわ、その話乗ってあげる!」

 

 あれ?でも、そうすると朝潮は?あの子も戦艦棲姫討伐に参加させるの?

 

 「朝潮はどうするの?あの子は昨日初出撃を終えたばかりよ?」

 

 いくらあの子の成長が早いと言っても、戦艦凄姫にぶつけるには実戦経験が少なすぎる。

 

 「もちろん討伐に参加してもらう、実戦経験が少ないのも承知の上だ。」

 

 「本当に参加させるの?あと一ヶ月もない訓練期間で奴と戦わせるなんて無謀よ?」

 

 姉さんが一人で追い込んだ相手だ、今の私たちなら三人でもきっと討ち取れる、無理にあの子を危険な目に会わせなくったって……。

 

 「奴が当時と同じ強さとは限らん、それにこれは朝潮の意思を尊重しての結論だ。」

 

 司令官の剣になるってやつ?だけど今のままじゃ……

 

 「朝潮は、休暇が明けたら由良と一緒に改装を受けさせる。」

 

 由良さんと一緒に?由良さんは一度改装を受けてるんじゃ……、まさか改二改装?

 

 「由良さんの改二改装が可能になったの!?」

 

 「ああ、それが終わり次第、お前達第八駆逐隊を本格的に出撃のローテーションに組み込む。」

 

 「そっか、由良さんもついに改二か、朝潮は改二改装まで受けれる練度なの?」

 

 「いや、さすがにそれは無理だ、だが朝潮の成長速度なら大規模作戦までに改二改装を受けれる練度に到達出来るかもしれない。」

 

 「つまり司令官はそれまでに朝潮を鍛え上げろって言うのね?」

 

 「そうだ、技術面は心配していない、あの子に足りないのは戦場への慣れだ、一ヶ月かけて朝潮の精神面を重点的に鍛えろ。」

 

 たった一ヶ月で精神面を鍛えろだなんて無茶を言ってくれる、しかも姫級を相手に出来る程にだなんて。

 

 「やれるな?」

 

 やるわよ、やらなきゃあの子が死んでしまうかもしれない、それにせっかくのチャンスだ、あの子が一緒に戦えるなら勝率も上がる、やってやろうじゃない!

 

 「いいわ、でも哨戒任務だけじゃ無理、出来るだけ難易度の高い任務に就かせて。」

 

 「もちろん、そのつもりだ。」

 

 朝潮にはキツいかも知れない、だけど私が守る、あの子には覚悟があるんだ、その覚悟を邪魔しようとする奴は私が全部沈めてやる!

 

 「わかった、司令官の剣、私が鍛え上げてあげる。」

 

 「まるで鍛冶師のセリフだな。」

 

 「鍛冶師?私は艦娘よ、しかも歴戦のね!あの子が司令官の剣になると言うのなら私はあの子の盾になる、あの子は私が絶対に守るわ!」

 

 「……朝潮のために死ぬ気か?」

 

 「は!冗談言わないで!あの子が司令官の悲しみを断つために剣になるって言ったのに、私があの子の重荷になってどうするのよ。」

 

 攻撃を防ぐだけが盾じゃない、盾で殴れば下手な鈍器より痛いんだ、しかも私は性格通りトゲまみれ。

 

 「私は盾は盾でもトゲ付きの盾よ、触ると怪我じゃ済まないんだから!」

 

 あの子は私の妹だ、会ってからたった一ヶ月だけど、私の中ではもう、姉さんと同じくらい掛け替えのない存在になっている。

 

 絶対に失いたくない。

 

 「トゲ付きの盾か、お前らしいな。」

 

 「そうよ?だから司令官も扱いには注意しなさい?でないと司令官にも刺さるわよ。」

 

 朝潮を泣かせたらただじゃ済まさないんだから。

 

 「おお怖い、怖ぁて小便ちびりそうじゃ。」

 

 「屁とも思って無い癖に、それに食事中に下品なこと言わないで。」

 

 「すまんすまん、あ、鳳翔さん、お酒追加ね。」

 

 「今日は飲み過ぎじゃない?今日はもうやめときなさい、明日も早いんでしょ?」

 

 「ええじゃないか、もうコレでやめるけぇ。」

 

 嘘つけ、そう言ってやめた試しがないじゃない。

 

 「あらあら、なんだか提督の奥さんみたいね、はい提督、お酒です。」

 

 ぶっ!!何てこと言い出すのよ!

 

 「や、やめてよ鳳翔さん!こんなオジン守備範囲外よ!」

 

 「オジンって……、ちょっと酷すぎじゃ……。」

 

 「じゃあオッサン。」

 

 別に嫌いなわけじゃないけど……。

 

 「同じじゃろうが!」

 

 「せめてお父さんとかどう?満潮ちゃん。」

 

 ええ~……、こんなガラの悪い父親は嫌だなぁ、見た目が仁侠映画に出てくるヤクザじゃない、でもまあ、一回くらいなら……。

 

 「いや、それはダメじゃの。」

 

 「あら、そうなんですか?」

 

 なんだ、一回くらいなら呼んであげてもよかったのに。

 

 「パパと呼んでくれにゃ嫌じゃ!」

 

 「はあ!?意味わかんない!」

 

 何が『嫌じゃ!』よ、こっちが嫌じゃ!

 

 「おっと忘れとった、さっきの頼みが上手くいったら、ご褒美に何でも一つお願い聞いちゃる、実現可能ならな。」

 

 へぇ太っ腹じゃない、何がいいかな、間宮羊羹……はまだあるし。

 

 「私たちの部屋広くして。」

 

 「それは他の駆逐艦から文句が出るからやめてくれ。」

 

 チッ!ダメか、じゃあ。

 

 「私たち専用の食堂。」

 

 「さすがに俺の財布の中身じゃどうにもならんな。」

 

 まあ、それはそうでしょうね。

 

 「じゃあ私の改二改装。」

 

 「それは妖精さんに言ってくれ……。」

 

 妖精さんお願いします、私にも改二を、朝潮が改二改装受けたら私だけ仲間外れになっちゃう!

 

 「別に今すぐ決めんでええんで?」

 

 それはそうだけど、う~ん、あんまり欲しいものないなぁ……それに頑張るのは私じゃなくて朝潮だし。

 

 ん?そうよ、頑張るのは朝潮じゃない、私が得してどうするのよ!

 

 朝潮へのご褒美となると何がいい?あの子は物欲なさすぎだし。

 

 かと言ってあの子に決めさせたら訓練させてくれとか言いそうね。

 

 あの子が欲しそうなもの……あの子が喜びそうな事……。

 

 あ、あった……あの子が心底喜びそうな事。

 

 「それなら、大規模作戦が終わってからでいいからさ……。」

 

 「なんだ?」

 

 これしかない、司令官からの、いえ、私からのあの子へのご褒美。

 

 「朝潮とデートしてあげてよ。」

 

 「お前はそれでええんか?」

 

 司令官だって朝潮の態度見て気づかないほど鈍感じゃないでしょ?ラブコメの主人公でもあるまいに。

 

 「うん、そうしてあげて、きっと喜ぶから。」

 

 「そうか、わかった。」

 

 さて、朝潮へのご褒美は用意できた、感謝しなさい?アンタじゃ司令官をデートに誘うなんてできないでしょ。

 

 「お前は将来、ええ女になりそうじゃの。」

 

 「ふん、今でも十分いい女でしょ?」

 

 いい女になりそうじゃなくて、いい女なの。

 

 「ああ、そうじゃの。」

 

 頑張りなさい朝潮、アンタの覚悟は私が全うさせてあげる。

 

 少し傲慢だけど、アンタのお姉ちゃんとして、少しだけ私にお手伝いさせてね。

 




 由良改二おめでとう!
 作中で由良が改二になると出ましたが、由良の戦闘場面は予定になかったりします。


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幕間 提督と由良2

 その人の第一印象を一言で表すなら『桜の花』だった。

 

 日が中天を過ぎ、そろそろ休憩にしようかと思い始めた頃に執務室に入ってきたその少女は、紅い和服に桜色の行燈袴、足には編み上げブーツを履き、頭には緋色の長髪を映えさせるように黄色のリボンを結んでいた。

 

 例えるなら大正時代の女学生かしら?桜並木を歩いていたら絵になりそうなその人は、駆逐艦みたいな体形なのに戦艦のような威圧感を纏って提督さんと相対している。

 

 「随分と派手にやってたみたいじゃないか。泊地の司令が泣いていたぞ?」

 

 「あら、そんなに私との別れを惜しんでくれてたなんて意外だわ。嫌われてると思ってたのに。」

 

 緋色の少女がわざとらしく肩をすくめて見せる、口ぶりからして提督さんとは旧知の仲みたいだけどどういう関係なのかしら。

 

 「まあ、そういう事にしとくさ。」

 

 「それにしても私を呼び戻すなんてどういう風の吹き回し?てっきりまた僻地に飛ばされると思ってたのに。」

 

 提督さんが呼び戻した?呼び戻したって事はもともと横須賀所属なのかしら、由良がここに来てもう4年になるけど由良はこの人を見たことがない。

 

 少なくとも4年前から提督さんの命令であちこちを飛び回ってたの?

 

 「お前を遊ばせておく余裕がなくなった、主に私にだがな。」

 

 「先生はメンタル弱いものね、むしろ今までよくもったと思うわよ?」

 

 提督さんのメンタルが弱い?それに先生って……、ますますこの二人の関係がわからなくなったわ。

 

 「せめて人前で先生はよせ。」

 

 「人前?」

 

 そう言われて初めて由良に気づいたかのように緋色の少女はこちらに視線を向けてきた、由良ってそんなに存在感ないのかしら……。

 

 「誰?この子、見た事ないけど。」

 

 「由良だ、3代目だがな。お前がここから離れた後に着任したから知らないのも無理はないが、今は秘書艦をしてもらっている。」

 

 「由良?由良ってもうちょっと地味な制服じゃなかった?」

 

 たしかに改二改装前の由良の制服は派手ではなかったけど、地味と言われるほどでは……。

 

 「彼女は先日、改二改装を受けた。制服が違うのはそのためだ。」

 

 「ふぅ~ん、この子を秘書艦にしてるってことは、先せ……司令官の幼女趣味治ったんだ。偉い!」

 

 これでもかと言うほどわざとらしく視線をそらす提督さん、この人は提督さんの幼女趣味を知ってるんのか。

 

 「なんだ治ってないのか、いい加減治さないと奥さんと娘さんが悲しむわよ?」

 

 奥さんと娘さん?提督さんて妻帯者だったの?あれ?でも3年前に朝潮さんと……。

 

 「おい。」

 

 「あれ?この子は知らなかったの?じゃあごめん、秘書艦だから知ってるんだと思ったわ。」

 

 離婚でもしたのかしら、だったら先代の朝潮さんと婚約してたのも納得だわ、朝潮さんは犯罪ギリギリの歳だったけど。

 

 「で?私は何のために呼び戻されたの?本題に入って。」

 

 話を逸らしたのは貴女じゃなかったっけ。

 

 「ああ、お前には来月行われる大規模作戦の総旗艦を任せるつもりだ、いやお前でないといかんと言った方がいいか。」

 

 大規模作戦の総旗艦!?失礼かもしれないけど駆逐艦……よね?普通は戦艦とか、最低でも軽巡が務めるものじゃない?

 

 「嫌!戦艦や空母なんかと一緒に行動するなんてストレスしか溜まらないじゃない。」

 

 拒否した!?総旗艦なんて艦娘にとっては最大級の名誉じゃない!それを断るだななんて私には理解できない。

 

 「ダメだ、やってもらう。いややれ、命令だ。」

 

 「どうして私じゃなきゃダメなのよ、やりたがる艦娘なんて掃いて捨てるほどいるでしょ!長門とかどう?適任じゃない。」

 

 それはそうでしょう、特に長門さんなどは久々の大規模作戦に息巻いている。総旗艦を命じられれば士気も爆上げでしょうに。

 

 って言うか今長門さんを呼び捨てにした!?この人何者なの!?

 

 「いや、今回は是が非でもお前に目立ってもらう必要がある。足手纏いになるなら他の艦娘の行動を制限しても構わん、作戦が失敗しない範囲ならな。」

 

 そこまでの権限をこの人に与えてまで総旗艦に据えるの!?さすがに権限を与えすぎなのでは……。

 

 「ねえ、司令官?もしかして私を餌か何かにする気?」

 

 餌?作戦中に釣りでもするのかしら、でもこの人を餌にしないと釣れない魚ってなんだろう?

 

 「隻腕の戦艦凄姫、お前も知ってるな?」

 

 「朝潮を殺った奴でしょ?噂くらいは聞いてる。ああ……それで私か。」

 

 例の、高練度の駆逐艦ばかりを狙うって言うアレか。と言うことはこの人はやはり駆逐艦ってことね、しかも高練度の。

 

 「私が始末していいの?」

 

 「いや、釣り上げた後は第八駆逐隊をぶつける。」

 

 「大潮たちを?あの子達で大丈夫?」

 

 第八駆逐隊、特に朝潮ちゃんを除いた三人の練度は横須賀に所属する駆逐艦たちの中でも頭一つ以上抜けていいると言うのにこの言いよう。

 

 そうか、少なくとも4年前にはもう横須賀から離れていたからこの人は今の三人を知らないんだ。

 

 「お前が知っている頃のあの子達とは違う、大潮と荒潮は改二改装も受けているしな。」

 

 「ふ~ん、私が知ってる頃と大差ないと思うんだけどなぁ。」

 

 「ちょ、ちょっと待ってください!いくらなんでもそれはあの子たちをバカにし過ぎなんじゃないですか?」

 

 朝潮さんが戦死してからのあの子たちの頑張りは知ってる、ずっと横須賀に居なかった人が言っていいセリフじゃない!

 

 「今は私と司令官が話してるんだけど?外野は引っ込んでなさい。」

 

 「ひっ……。」

 

 え、何これ体が動かない。目の前の少女はただそこに立っているだけ。

 

 それどころか笑顔さえ浮かべているのに、まるで見えない大きな手で鷲掴みにされたような圧迫感が私を包み込んでいる。

 

 「やめろ、由良を殺す気か?」

 

 「ふん、横からしゃしゃり込んでくるからよ。」

 

 ぷはっ!何だったの今の……、私を殺す気だった?今のは殺気と言うやつ?

 

 そんな曖昧なもので私は動きを封じられたってこと!?

 

 「あの子達なら問題ない、それに補給が終わり次第、お前にも援護に出てもらうつもりだ。」

 

 「そういう事なら妥協してあげる、朝潮の仇を討ちたいのは私も一緒だし。」

 

 「そう言えば……、お前と朝潮は仲がよかったな。」

 

 この人と朝潮さんが仲が良かった?提督さんの言うことにいちいち反発するこの人と朝潮さんが?

 

 「ここが出来た頃からの付き合いだったからね。私の親友だったわ。」

 

 ちょっと待って、ここが出来たのって8年前よ?朝潮さんがここの初期艦だったって話は聞いたことがあるけど、じゃあこの人はそんなに前から艦娘を続けているの!?前艦種の中で一番戦死率の高い駆逐艦で!?

 

 「お前が艦娘を続けてくれていた事をこれほどありがたく思ったことはないよ。歳を考えればいつ退役すると言いだされても文句を言いにくいからな。」

 

 「女の子に歳の話のするなんてデリカシーに欠けるんじゃない?それにまだ退役するような歳でもないわ。」

 

 腰に両手を当てていかにも『プンプン!』と聞こえてきそうな怒り方は年端もいかない少女そのものだけど、8年前から艦娘を続けているとして、見た目が12~3歳くらいでしょ?え!?二十歳超えてるの!?由良より年上じゃない!

 

 「『子』じゃないだろ『子』じゃ。」

 

 「『子』なの!いいじゃない、見た目は子供なんだから!」

 

 あ~これが合法ロリってやつね、実際に見るのは初めてだけど。

 

 「ねえ、この子今すっごい失礼な事考えたわよきっと。ちぎっていい?」

 

 どこを!?私のどこをどうちぎるって言うんですか!

 

 ちょ、こっち来ないでください、青筋浮かべた笑顔がすごく怖いですよ?

 

 「やめろ、由良に居なくなられたら執務が滞る。」

 

 え?それは執務が滞らなければいいってことですか?違いますよね?ね? 

 

 「はいはい、わかったわよ。大潮たちで憂さ晴らしでもするわ。」

 

 矛先が大潮ちゃんたちに向いてしまった。

 

 ごめんなさい皆、でも由良だけのせいじゃないからね?由良を恨まないでね。

 

 「大潮たちは出撃中だ、もうすぐ帰投するとは思うが。」

 

 「帰投ルートは?」

 

 そんな事聞いてどうするのかしら、待ってればもうすぐ帰るのに。この人でも旧知の人と早く会いたいって思うのかしら。

 

 「やり過ぎるなよ?大事な時期だ。」

 

 「どこまでなら笑って許してくれる?」

 

 二人は何を話しているの?この人はあの子たちに何をする気?

 

 「中破までは大目に見る、だがそれ以上は許さん。」

 

 中破までは?この人もしかして帰投中のあの子たちを襲うつもりなんじゃないですよね!?

 

 「よし!夜になる前には帰ってくるわ!」

 

 「ん?相変わらず夜は苦手なのか?」

 

 「そ、そんな事ない!トイレだって一人で行けるし!」

 

 へぇ、この人夜一人でトイレ行けないんだ、可愛いとこあるのね……。

 

 じゃない!

 

 「ちょ、ちょっと提督さん!?この人まさか!」

 

 「ああ、由良の予想通りだと思うぞ。」

 

 じゃあやっぱりあの子たちを、なんで止めないんですか?中破云々ってことは実弾使うつもりなんじゃないですか?この人。

 

 「ちょっとアナタ、この人って失礼じゃない?これでもアナタの大先輩よ?」

 

 だ、だって由良は貴女の名前を知らないし……、聞く間もなかったし……。

 

 「お前は由良に自己紹介してないだろうが。」

 

 「そうだっけ?」

 

 そうですよ、貴女は執務室に入るなり提督さんと話し出したじゃないですか。

 

 顎に手を当てて『自己紹介してなかったっけ……』と一人でブツブツと思案した後、まあいいか。と言わんばかりに気を取り直して緋色の少女は私に向き直り。

 

 幼さが残る凛々しい声で高らかに名を告げた。

 

 「神風型駆逐艦、一番艦、神風よ!ネームシップなんだから、しっかり覚えてよね!」



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朝潮出撃 4

 四月も中旬に入り、世間がそろそろ桜も見納めかと言い出した頃、私たち第八駆逐隊は今日も戦闘中。

 

 艦娘が実戦に配備されるまではまさに戦時中といった感じだった国内も、ここ数年で輸出入もある程度再開され、お花見で浮かれられる程度には経済が復活してるらしい。

 

 そんな束の間の平和を謳歌する世間とは切り離された洋上で、私は戦っている、平和を守るなんて大層な事は言わない、私が戦う理由は酷く個人的な理由だもの。

 

 「朝潮!対空砲火が薄い!前に出てる大潮と荒潮に艦載機を近づけさせるな!」

 

 「はい!」

 

 休暇が明けて、私が大規模改装を受けてからの一週間は出撃の連続で、哨戒任務は当たり前、深海棲艦の出現情報があれば輸送機まで使って即座に出撃、私たちは一日のほとんどを戦場で過ごす様になっていた。

 

 『うふふふふ、つ~かま~えたぁ~♪』

 

 『荒潮!そのまま重巡を抑えて!』

 

 「朝潮、荒潮が重巡を抑えてる間に軽空母を叩くわ、ついて来なさい!」

 

 「了解しました!」

 

 大潮さんと荒潮さんが前にでて敵前衛を抑えてる間に、二人を援護しつつ回り込んで私と満潮さんで後衛を叩く、これが第八駆逐隊の基本戦術だ。

 

 もちろん敵の数や陣形によって多少は変わるけど、荒潮さんのトリッキーな動きは陣形に係わらず敵をかき乱し、大潮さんが一体ずつ仕留めていく。

 

 「大潮!駆逐艦は気にしなくていい!軽巡を仕留めて!」

 

 『わかった!』

 

 私と満潮の役割は援護と迂回からの後方の撹乱。遮蔽物がほとんどない洋上だからできる事ではあるけど、大潮さんたちが攻撃しやすいように、邪魔になる他の敵を砲撃で確実に足止めしていく。

 

 「朝潮、わかってるわね、軽空母の後ろにいる駆逐は私が仕留める、アンタは軽空母を仕留めなさい!」

 

 「はい!」

 

 輪形陣の最後尾の敵駆逐艦がこちらに気づいて砲撃を開始する、大丈夫、これくらいなら問題なく回避できるわ。

 

 「あーもう!この駆逐艦!ウザイのよ!」

 

 満潮さんが駆逐艦を仕留めた、軽空母は丸裸だ!

 

 「よし!突撃する!」

 

 私の接近に慌てた軽空母が回避を開始した、でももう遅い、この距離なら外さない!

  

 「この海域から出て行け!」

 

 距離300ほどまで接近した私は魚雷を発射、放たれた魚雷は獲物を見つけた猟犬のように軽空母に突き刺さり敵を爆炎に包み込んだ。

 

 「や、やった!敵を撃破しました!」

 

 「こんな雑魚を倒したくらいでいちいち喜ぶなって何回言わせるの!敵を倒したら周囲の警戒!」

 

 「は、はい!申し訳ありません!」

 

 またやってしまった……、何回も言われている事なのに、反省しろ!満潮さんの指導を無駄にしてはダメ!

 

 休暇が明けてからの満潮さんは前にもまして厳しくなった、それまでの訓練が遊びに感じてしまうほどに。

 

 言葉はきついけど、私の悪い点を的確に指摘してくれる、この人について行けば私はきっと強くなれる。

 

 司令官との約束を守るためにも、この人の一挙手一投足を見逃さないようにしなきゃ。

 

 「相変わらず満潮ちゃんは厳しいわねぇ、敵を倒して喜ぶくらいいいじゃない。」

 

 前衛を屠った荒潮さんが、合流するなり私に抱き着いてきた。さっきまでの敵を追い詰めていく荒々しさが嘘みたいだ。

 

 「うっさい!前にも言ったでしょ!アンタが甘やかす分、私が厳しくしてんの!」

 

 相変わらず口喧嘩が絶えないなこの二人は、それよりいい加減離してください荒潮さん、息ができません。

 

 「はいはい、ケンカはその辺にして帰投しますよ。晩御飯に間に合わなくなっちゃう。」

 

 「今日の任務はこれだけ?」

 

 「そうだよ、戻ったら休みだからそれまで……。」

 

 「そうじゃない、もう任務はないのかって聞いてるの。」

 

 これだけ戦ってるのにまだ戦いたいなんて、満潮さんはヤル気に満ちてるわね、と言うよりはどこか焦ってるような……。

 

 「ええ~、もう一週間ずっと出撃漬けよぉ?お休みしないと死んじゃうじゃない~。」

 

 「アンタまだ余裕じゃない、もう2~3戦くらい行けるでしょ。」

 

 たしかに荒潮さんの動きは疲れで鈍るどころか戦うたびに鋭くなっている気がする、私たちの中で一番動き回っているはずなのに。

 

 「ダメだよ満潮、いくら艦娘が普通の人より疲労が抜けやすいとは言っても疲れは溜まるんだから。疲れてても平気だなんてそれこそ、満潮の嫌いな慢心そのものだよ。」

 

 満潮さんが慢心?たしかに疲れは溜まっているけど、まだ無視できるレベルだと思うんだけど……。

 

 「朝潮ちゃんも疲れてるわよねぇ?」

 

 「い、いえ、私はまだ大丈夫です!」

 

 満潮さんがヤル気なのに私がへこたれる訳にはいかない、それに満潮さんがやれるって言うんだ、慢心なんかじゃないわ。

 

 「満潮が何を考えてるかはわかってるつもりだよ?だけど焦っちゃダメ。」

 

 満潮さんの考え?それについて焦ってる?一体満潮さんは何に焦っているんだろう。

 

 「そうね……わかったわ。」

 

 「満潮さん……。」

 

 「いいのよ、大潮の言う通り休む事も大事な事よ。」

 

 満潮さんは寂しそうに笑いながら、私の頭をポンポンと軽く叩いて隊列の最後尾についた。

 

 たぶん、満潮さんは何かに向けて私を一層鍛えようとしてくれてる。何を目的にしてるのかまではわからないけど、きっと私にとっても満潮さんにとっても大切な事に向けて。

 

・・・・・・

・・・・

・・・

 

 「朝潮ちゃんもだいぶ戦闘に慣れたわよねぇ。怖くて怯える朝潮ちゃんも可愛かったけど、今の朝潮ちゃんも好きよぉ。」

 

 雑談を交えつつ、かと言って周囲の警戒は怠らないように帰投を続けて、遠目に鎮守府が見えて来た頃、思い出したように荒潮さんがそんな事を言ってきた。

 

 た、たしかに初出撃の時は酷かったですが、もう怯えたりしません!今でも少し怖いけどあの時ほどじゃありません!

 

 「本当は、怖いって思う方が正常なんだけどね……。」

 

 「まあねぇ……。」

 

 どういう事?だって怯えてばかりじゃ戦えない。それどころか皆に迷惑がかかるのに。

 

 「正気で戦争なんてできないってことよぉ。怖いって思わなくなっちゃったらそれはもう、正気とは呼べないわねぇ。」

 

 「で、ですが恐怖を克服できなければ戦えません!」

 

 戦闘中に正気を保つためには怖いと思ってはダメ、だけど怖いと思わなくなったら正気ではない?訳が分からない。

 

 「それはそうなんだけどね、できる事なら朝潮ちゃんには大潮たちみたいになってほしくないな……。」

 

 どうしてそんな事を言うんですか、皆さんは私の目標です。

 

 強くて、優しくて、頼りがいがある三人は私の自慢のお姉ちゃんたちです!

 

 私は三人のように強くなりたいのに……。

 

 「なんで……。」

 

 「アンタは気にしなくていいの、アンタは司令官の剣になるんでしょ?その事だけ考えなさい。」

 

 それまで黙って話を聞いていた満潮さんがいつの間にか私と並走していた。

 

 なんで満潮さんがその事を知ってるの?司令官から聞いたのかな、私の以外は司令官しか知らないし。

 

 そうか……、満潮さんはその事を知ってるから前より厳しく指導してくれているんだ。

 

 それだけじゃ焦っている説明がつかないのが気になるけど。

 

 『ならその剣の切れ味、私が試してあげる。』

 

 日が傾き、西の空が赤く染まり始めた時、通信装置を通して知らない人の声が響いてきた、他の駆逐隊?いや聞き覚えがない声だ。

 

 「げ!!ちょっとこの声!大潮!」

 

 「勘弁してよぉ、声の感じからしてヤル気満々じゃない……。」

 

 「わかってる、全艦!砲雷撃戦用意!『敵』が来るよ!!」

 

 敵!?こんな鎮守府の近くで!?深海棲艦じゃないんですよ?通信して来たと言うことは艦娘です!

 

 3人は誰か知ってるみたいだけど大潮さんは『敵』だと言った、艦娘なのに敵?それに砲雷激戦用意って、私が今装填しているのは実弾ですよ?

 

 同じ艦娘を撃つって事?

 

 「朝潮、今から来る人は艦娘よ、だけど仲間と思わないで深海棲艦だと思って本気で攻撃しなさい。でないとアンタが死ぬわよ。」

 

 鎮守府の方角から全身緋色の艦娘が向かって来ているのが目視で確認できた、サイズからして駆逐艦?しかも一人だ。

 

 あの人が敵?艦娘なのに深海棲艦と思えって……なんで仲間であるはずの艦娘が私たちを襲ってくるの?裏切者?でも彼女は鎮守府から出てきた、もう訳が分からない。

 

 「いつもと同じで行く!駆逐艦と思っちゃダメだよ!姫級の戦艦が相手と思って!」

 

 「「「了解!(しました!)」」」

 

 三人の緊張が伝わってくる、今まで感じたことがないほどに。

 

 大潮さんは姫級の戦艦だと思えと言った、あの駆逐艦はそれほど強いって事?私は姫級を見たことがないけど戦艦と言うだけでどれほど恐ろしいかはなんとなく想像出来る。

 

 でもあり得るの?駆逐艦の身でそんなバケモノに匹敵するほどの強さなんて。

 

 「荒潮、『奥の手』は使わないで!ここじゃ他の艦娘の目につきかねない!」

 

 「あの人相手にぃ?無茶言わないでよぉ……死んじゃうじゃない……。」

 

 荒潮さんの『奥の手』、どんなものか見たことはないけど、他の艦娘の前じゃ使えないの?

 

 「できるだけ努力して!行くよ!」

 

 「もー!死んだら化けてでやるぅ!!」

 

 意を決した二人が緋色の駆逐艦に向かって突撃して行く、相手は速度も変えずこちらに直進、右手に持っている単装砲を構えもしない。

 

 「朝潮、いつも通りよ、二人の援護をしつつ回り込む!前後からタコ殴りにするわ!」

 

 「はい!」

 

 大潮さんと荒潮さんが緋色の駆逐艦と砲撃を開始した、けど相手は撃ち返そうとしない。

 

 反撃する余裕がない?そうよね、私と満潮さんも援護をしてるんだから。

 

 雨のように砲弾が降り注いでいるんだ、4人分の砲撃を回避しながら反撃する余裕なんてあるはずがない。

 

 あれ?おかしいくない?

 

 雨のように降り注ぐ砲弾を回避?一発も当たっていない?大潮さんと荒潮さんは連装砲を二門装備してるのよ!?これだけの砲撃を全て回避している!?

 

 『荒潮!突っ込みすぎ!』

 

 大潮さんの忠告の直後に荒潮さんに砲撃が直撃して倒れ、艤装の緊急避難装置が作動した。

 

 荒潮さんがやられた、あっけなく、会敵して数分しか経っていないのに。

 

 『たしかに成長してるみたいね、少しだけ褒めてあげる!』

 

 ご褒美とでも言うように大潮さんを屠る緋色の駆逐艦、砲撃した瞬間が見えなかった、いつ撃ったの!?

 

 『さて、次は満潮かな?』

 

 緋色の駆逐艦は倒した二人には目もくれずこちらに向かって進路を変える、次は満潮さんを狙う気?

 

 させるものか!私と満潮さんは向かってくる駆逐艦に砲撃を集中、ダメだ、弾道をすべて読まれてる。

 

 相手の速度を落とせない、こちらの砲撃などどこ吹く風という感じに減速なしに突っ込んでくる。

 

 『砲撃が正確すぎるわね、そんなの避けてくれって言ってるようなものよ?』

 

 え?何を言っているのこの人は、狙いが正確だから当たるんじゃないの?

 

 「距離を保って反転!このまま鎮守府まで逃げるわよ!あの人も鎮守府の中でまでは襲ってこない!たぶん!」

 

 「でも二人が!」

 

 二人を置いて逃げるの?あの人が撃ったのは実弾だ、きっと二人ともケガをしてる。

 

 放って逃げるなんて私にはできない!

 

 「緊急脱出装置が作動してる!そのうち救助が来るわ、こんな所でアンタを潰させるわけにはいかないの!言うことを聞きなさい!!」

 

 私が潰される?あの人に?どうしてあの人はそんな事をするんですか?二人を傷つけて、今は満潮さんを狙って、その次は私?

 

 「朝潮!」

 

 「え?」

 

 満潮さんが右に急速旋回してそのまま私の後方に移動、直後に満潮さんが被弾した。

 

 「満潮さん!!」

 

 「アンタはそのまま鎮守府に戻りなさい!!」

 

 『あっ、その子の盾になるんだ。偉い!』

 

 緋色の駆逐艦に満潮さんが砲撃しながら突撃して行く、また庇われた。

 

 私を庇わなければ満潮さんだけでも逃げられたかもしれないのに、また私を庇って満潮さんが傷ついてしまった。

 

 『なんであの子を襲うのよ神風さん!あの子を潰す気!?』

 

 神風?それが緋色の駆逐艦の艦名?

 

 『ん~~、憂さ晴らしかな?』

 

 『そんな理由で襲ってくんな!相変わらず無茶苦茶ねアナタ!』

 

 満潮さんと神風さんが撃ち合いながら離れていく、憂さ晴らし?そんな理由で私たちを襲ったの?そんな理由で三人を傷つけたって言うの?

 

 私の中にそれまで感じた事のない感情が湧き上がってくるのを感じた、これは、怒り?

そうだ怒りだ、私は怒ってる!私な大切な人たちを理不尽な理由で傷つけたあの人が許せない!

 

 『あら、避けるのが上手くなったわね満潮、回避だけなら私より上手いんじゃない?』

 

 『こんだけボコスカ当てといて言われても嬉しくないわよ!このバケモノが!』

 

 満潮さん被弾箇所が増えていく、大潮さんと荒潮さんとの演習でさえまともに被弾しなかった満潮さんが回避しきれていない。

 

 「そ、そんな……あの満潮さんに当てるなんて……。」

 

 素直にすごいと思う、私は演習で満潮さんに一発も当てれないんだ、相手の力量は私を遥かに超えている。

 

 『でも、避けるのが上手いだけじゃ私には勝てない。ほら。』

 

 これでどう?とでも言うかのように満潮さんの体に炎の花が咲き乱れた、満潮さんがやられた?相手はほぼ無傷なのに。

 

 『さて、残るは貴女一人だけど、どうする?そのまま逃げる?』

 

 こちらを見据え、通信越しにあざ笑うかのような口調で神風さんが挑発してくる。

 

 逃げる?三人をこのままにして?私の大切な仲間を傷つけたこいつに仕返しもしないまま? 

 

 そんな事できるものか!あの三人が敵わなかったのに私がこいつをどうこう出来るとは思えない、だけどこのまま逃げ帰ったら私は自分に嘘をつくことになってしまう!

 

 『へぇ、ヤル気なんだ、いいわ、それでこそ駆逐艦よ。』

 

 相手がこちらに向けて前進を始めた、真正面から私を叩く気だ。

 

 バカにして!ただでやられてやるものか!三人を傷つけたことを後悔させてやる!

 

 『その気概に免じて名乗ってあげる。駆逐艦 神風よ!かかってきなさい!』

  

 三人を傷つけた憎い相手だし、礼を尽くす義理はないけれど、名乗られたからにはこちらも名乗らねばなるまい。

 

 でないと負けた気がする!

 

 「駆逐艦 朝潮です!私の仲間を傷つけたことを後悔させてやる!!」

 

 名乗りとともに機関出力全開、全速力で神風さん……いえ、敬称なんてしてやるものか!呼び捨てで上等!

 

 全速力で神風に向け突撃、砲撃で相手の進路を絞りながら距離を詰めていくそして……。

 

 『私の進路を絞って近づいたところで雷撃かな?』

 

 読まれた!?狼狽えるな、思考を読まれる事なんて満潮さん達で慣れてる!神風はあの

三人より強いんだ、私が考え付くことくらい容易に予想できるだろう。

 

 ならば!

 

 『ん~貴女威勢はいいけど全然ね。』

 

 私と神風の距離が100メートルを切ったところで、相変わらずいつ撃ったかわからない砲撃が私の肩に当たる、痛い、痛いけどここだ!

 

 ドン!

 

 私は満潮さんとの演習中に偶然できた『トビウオ』で一気に間合いを詰める事を試みる。

 

 ちゃんと出来るか不安はあったけど、無事に成功、体の痛みも今のところない。

 

 単装砲は連装砲と違って砲身が一つしかない分、砲身ごとに分けて撃つことができない、必ず再装填の時間が発生する。

 

 「へぇ、貴女トビウオ使えるんだ、少し評価を上方修正してあげる。」

 

 お前なんかに褒められたって嬉しくなんかない!私は神風の再装填までの数秒の間にさらに3回『トビウオ』を使って距離を詰め。

 

 「魚雷1番2番、発射!」

 

 距離30、通常に比べて過剰なほど接近してから放つ雷撃、この距離と相対速度じゃ私も被害を受けかねないけどこいつに一矢報いれるなら安いものだ!

 

 ドン!ドン!

 

 こちらに向かって来ていた神風に魚雷が突き刺さり水柱を上げる。

 

 いや、当たってない?魚雷の爆発にしては小さすぎる、それに水柱のが二つ?先ほどまで神風が航行していた位置と私から見て10メートル左方向どういう事……?

 

 「貴女、トビウオは前方へ直進しかできないと思ってない?」

 

 「な!?」

 

 私の左後方15メートルほどの位置に神風が居た、トビウオで避けた?横方向に?そこからさらにもう一度トビウオで私の左後方に飛んだんだ。

 

 「たしかにトビウオは直進しかできない、でも前にしか出来ないわけじゃないのよ?」

 

 なぞなぞ?こんな時にふざけるな、私は接近する神風に向け反転、砲撃を再開、だけど悉く避けられる。

 

 まるで満潮さんを相手にしているみたいだ、まったく当たる気がしない。

 

 「神風お姉さんのトビウオの使い方講座~♪レッスン1♪」

 

 ドン!

 

 再びトビウオを使用した神風が私から見て右前方に出現した。

 

 やはり横方向へ向けてのトビウオ、どうなってるの!?トビウオは直進しかできないはずじゃ!?

 

 「トビウオは体全体の伸縮のタイミングが一番大事なの、タイミングさえ合わせれば全方位に飛ぶことができるのよ?」

 

 なるほど、横方向へのジャンプにタイミングをあわせれば横に『直進』できるって事ね、って違う!何感心してるのよ!奴は敵なのよ!?

 

 「そしてレッスン2~♪トビウオ応用編。」

 

 距離が10メートルを切り、それまで海面を滑るように航行していた神風の動きが明らかに変わる、海面を……『走って』る?

 

 「ほらほら、足が止まってるわよ!」

 

 「しまっ……!」

 

 いつの間にか速度が落ちていた、止まってるわけじゃないけど、これじゃ棒立ちと大差ない。

 

 「ま、もう遅いけど。」

 

 海面を『走って』いた神風が私の眼前に迫っていた、何これ、走っているの?これがトビウオの応用?そんな速度も出ず、効率も悪い航行に何の意味が……。

 

 艦娘は『脚』で海面を滑るように航行することによって人間サイズでありながら艦と同じ速度を出すことができる、それなのに海面を人の脚力で走っても人間並みの速度しか出ない。

 

 そもそもどうやって走っているの?人間は海面を走ることなんてできないのに。

 

 いや、そんなこと考えている暇なんてない!

 

 迎撃を!私が主砲を神風にむけて構えた時、すでに神風は私の左に回り込んでいた。

 

 海面を、『ステップ』して。

 

 「歓迎するわ朝潮、ようこそ私の『戦舞台(いくさぶたい)』へ。」

 




 実際の連装砲が砲身ごとに分けて撃てるか知りませんが、この作品では分け撃ちできるってことで。

 日数数え間違いてたので冒頭を微修正。


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朝潮出撃 5

 「歓迎するわ朝潮、ようこそ私の『戦舞台(いくさぶたい)』へ。」

 

 決まったーーー!!どう?私カッコ良くない!?

 

 こう、なんて言うの?強キャラ感が出てるっていうか、いかにも今から貴女を倒します的な?

 

 ホントは四人まとめた状態でやりたかったんだけど、この子達ったら私を本気で狩りにくるんだもん、大潮と荒潮も強くなったわね倒すまで4発も撃っちゃったわ。

 

 特に驚いたのが満潮ね、避け方が尋常じゃなく上手くなってた、横須賀であの子を撃ち取れるのは私くらいかしらね。

 

 まあ、その分攻撃面を蔑ろしたわねあの子、たしかに砲撃は正確だったけど捻りが全くない、馬鹿正直すぎて避けるのに苦労しなかったわ。あれなら新米の砲撃の方がどこに飛んでくるかわからない分避けづらいわ。

 

 さて、この二代目はどんなかな、トビウオを使えるのには少し驚いたけど使いこなせてるとは言い難いし、今も私の『戦舞台(いくさぶたい)』で絶賛翻弄中!

 

 え?『戦舞台(いくさぶたい)』って何かって?

 

 では説明しよう、『戦舞台(いくさぶたい)』とは!

 

 浮力がギリギリ発生する程度の小規模に、それこそ足の裏程度の面積しか脚を発生させずにそれを足場にするトビウオの応用技、『水切り』を敵の周囲で連続で行い翻弄する私の奥の手である!

 

 なんてそれっぽく説明してみたり。

 

 速力はでないしトビウオ以上に疲れるしでハッキリ言って並の艦娘が使えたところでデメリットしかないこの技だけど、今みたいな超至近距離なら話は別!

 

 実際の艦と違って深海棲艦ですら大きくて人間の3倍程度、そんな奴らが相手ならこの技はビックリするぐらい有効的よ。

 

 艦娘でも深海棲艦でも脚がある以上、旋回する際には旋回半径というものがついて回る、駆逐艦で1メートル弱、戦艦などになれば数メートルを要する。

 

 脚がある以上、急に後ろに向きを変えることなどできないのだ。

 

 『戦舞台(いくさぶたい)』にさえ持ち込んでしまえば後は私のやりたい放題!敵の動きに合わせて常に死角から攻撃できるんだから怖いものなしよ、例え相手が戦艦だってタコ殴りにできるわ!

 

 もっとも、私は旧型艦、それも全艦娘のプロトタイプと言っていいくらい古いから火力も雷装も低い、精々タ級くらいまでかなぁ私が確実倒せるのは。

 

 鬼級や姫級になるとちょっと厳しい、なにせ装甲が半端なく厚いんだもの、ああいう奴らを相手にする時だけはスペックの低さを実感しちゃうわね。

 

 「この!」

 

 おおっと危ない、調子に乗って目の前をうろちょろしすぎた。

 

 それにしても諦めが悪い、これだけボコスカ撃たれてまだ諦めないなんて。

 

 今は……え~~と、もう1~2発で中破かな?先生からは中破以上は許さないって言われてるからそろそろ諦めてほしいんだけど……。

 

 「許さない!よくも三人を!よくもお姉ちゃんたちを!」

 

 お姉ちゃんたち?あの子達ったらこの子にお姉ちゃんって呼ばせてるの!?可愛いとこあるじゃない。

 

 「もう諦めなさい、このままじゃそのお姉ちゃんたちに会えなくなっちゃうわよ?」

 

 もう魚雷撃っちゃおうかなぁ、炸薬抜いて威力は減らしてるし、直撃しても死ぬことはないと思うけど。

 

 「そこ!!」

 

 おお!?私を捉え始めた!?やるじゃないこの子、私の動きについて来始めてる。

 

 それに耐久力も不自然に高い、もう7~8発は軽く撃ち込んでるはずなのに中破に届いていない。どういうこと?誰か説明して頂戴!

 

 あ~そうか、ギリギリで致命傷を避けてるんだ、体を動かすのに支障がない範囲にしか被弾していない。

 

 でもそれだと更におかしなことになる。

 

 私の撃ち方は特殊だ、砲身のみを動かし見た目の射角と実際の射角を誤認させるこの撃ち方は初見ではまず見破れない。

 

 私の単装砲は拳銃型だからなおさら誤認させやすいのに。

 

 早めに決めるか、先生には怒られるだろうけどこのままじゃこの子、中破よりひどい事になっちゃう。

 

 「もうちょっと楽しみたいところだけどそろそろ終わりにするわ。」

 

 朝潮の正面から左斜め後方に向け二回ステップ、狙いは後頭部。

 

 大丈夫よ、貴女の装甲は私より厚いし、気を失うだけで済む!……はず。

 

 私が引き金を引こうとしたその時、朝潮と目が合った、でも無駄よ。

 

 その体制じゃ貴女は何もできやしない。

 

 「やっと……、捉えた!」

 

 何?今この子なんて言った?私を捉えた!?

 

 ドン!

 

 トビウオ!?水柱で視界を塞がれた!あんな被弾しまくった状態でトビウオなんて自殺行為でしょ!いやそれは後でいい、あの子はどこへ?いやわかりきってる、前だ!あの子は前方へしかトビウオを使えない!

 

 私はトビウオの水柱を朝潮の左後方に回り込んだ時の勢いそのままに、さらに右前方へ向けステップ、さあ!今度こそ王手よ!

 

 「あれ?いない?」

 

 前方に朝潮の姿がない、どこへ行った!?あの子は前にしかトビウオで飛べないはずなのに!

 

 「私の……勝ちです!」

 

 私の左後方から声?なんでこの子はそんなところにいるの?さっきのトビウオで飛んだのは左方向!?右前方へステップした私は左半身を無防備にあの子に晒した状態になってしまっている、単装砲は右手、迎撃もできない!

 

 「魚雷3番4番!発射!!」

 

 私に朝潮の魚雷が迫る!これはまずい!このままじゃ当たる!!

 

 ズドン!!

 

 「やった!やったわ!!三人の仇を討てた!!」

 

 ちょっとちょっと、あの三人は死んでないわよ?気絶してるだけ。

 

 それに私もやられてない、水柱が魚雷の爆発にしては小さいのに気づいてないのね。

 

 まあしょうがないか、散々私にボコられて意識は朦朧としてるでしょうし、戦闘帰りだから疲労もあるだろうし。

 

 私は朝潮の『頭上』から単装砲の狙いを定める。

 

 どうして頭上を飛んでるかですって?

 

 簡単よ、トビウオで上に飛んだから。

 

 前に言ったでしょ?トビウオは『全方位』に直進することができるって、上空だって例外じゃないわ。

 

 もっとも、飛び上がれるのはぜいぜい5~6メートルだし、着水時は足が痛いしで一番飛びたくない方向なんだけど、まあ仕方ないわね、やらないと私たぶん死んでたし。

 

 私はこれをトビウオとは別に『花火』と呼んでいる。

 

 見た目が打ち上げ花火みたいだから、ただそれだけの理由なんだけどね。

 

 私は朝潮の頭上をバク宙して飛び越えるように跳躍し、再び朝潮の後頭部を狙う。

 

 「貴女、面白いわ。たぶん私が今まであったどの艦娘よりも。」

 

 「!?」

 

 私は朝潮が振り向く前にトリガーを引き、朝潮の意識を刈り取った。

 

 「ふう、疲れた……」

 

 まったく、花火まで使わされるとはさすがに思わなかったわ。

 

 格下と思って侮り過ぎたわね、私としたことが慢心とは……。

 

 「朝潮……、朝潮!」

 

 ん?満潮?もう気が付いたの?緊急避難装置を切り離してこっちに向かって来てる、もっとも足首まで海水に浸かってるけど。

 

 「大人しくしてればいいのに、沈んじゃうわよ?」

 

 「うるさい!よくも朝潮をこんなになるまで痛めつけてくれたわね!」

 

 そんなボロボロな状態で睨まれてもなぁ、あらあらベソまでかいちゃって。

 

 「心配しなくても気絶してるだけよ。死んじゃいないから安心しなさい。」

 

 「そんなの関係ない!この子には時間がないの!大規模作戦までに隻腕と戦えるくらいにならなきゃいけないのに!」

 

 アイツとこの子が?

 

 あ~そういえば先生が八駆をぶつけるとか言ってたわね。

 

 隻腕がどれ程かは知らないけど、この子なら今の時点で戦力になるんじゃない?

 

 「朝潮!しっかりしなさい!ねえ起きて!朝潮!!」

 

 「後頭部に衝撃受けてるからやめなさい、後遺症が出ても知らないわよ。」

 

 まったく、少し心配しすぎじゃない?この程度のケガ、艦娘なら普通でしょうに。

 

 「朝潮……ごめんね、私がもっと抑えれてたらアンタがこんなになるまで戦わなくて済んだのに……。」

 

 ガチ泣きしちゃった……うわぁ~さすがに罪悪感が出て来たわ、貴女ってそんなに素直に泣くタイプだったっけ?

 

 「救護は?救護の哨戒艇は?」

 

 「大潮の緊急避難装置が作動した時点で鎮守府を出てるはずよ、時間的にそろそろ……、ああ、来たわね。」

 

 鎮守府からの哨戒艇が近づいてくる、まさか先生は乗ってないわよね?乗ってるなら逃げないと何言われるかわかったもんじゃない。

 

 「お~い姐さ~ん!満潮さ~ん!」

 

 ああ、モヒカンと金髪か、先生は……よし、乗ってない。

 

 「うわ!また派手にやったっすね姐さん!提督殿怒るっすよ~これ……。」

 

 「私だってここまでやるつもりはなかったの!しょうがないじゃない、この子諦め悪いし、危うく私が殺されるところだったんだから。」

 

 本当に危なかった、冷や汗かいたのなんかいつ以来かしら。

 

 「朝潮さんが姐さんを?んなバカな、朝潮さんは着任してまだ一か月半くらいっすよ?」

 

 はあ!?一か月半!?ド新人もいいとこじゃない!それなのにトビウオを使ったり私の動きを捉えて花火まで使わせたの!?

 

 「ちょ、ちょっとそれ嘘よね?私この子に冷や汗までかかされたんだけど?」

 

 「ホントっすよ、朝潮さんを鎮守府に送り届けたのって自分と相棒っすから。」

 

 信じられない……満潮たちの指導がいいとしても、一瞬とはいえ私と渡り合ったこの子が着任一か月半?

 

 「満潮、こいつの言ってる事って本当なの?」

 

 「そんなこといいから早く朝潮の手当してよ!お願いだからぁ……。」

 

 あ~あ、ダ~メだこりゃ顔が涙と鼻水でドロドロ、話になりそうにない。

 

 「はいはいわかりました、そこの二人!さっさとこの二人を回収して!そんでもうちょっと沖に大潮と荒潮も浮いてるはずだからそっちもね!」

 

 「ういっす!姐さんは乗らないんで?」

 

 「私は先生に聞きたいことができたわ。だから一足先に鎮守府に戻る。」

 

 私は満潮と朝潮を二人に任せて踵を返し、鎮守府を目指して航行し始めた。

 

 着任一か月そこらの新人に私が殺られかけたなんて納得できない、きっとこの子には私が知らない何かがある、そしてそれを先生は知っている。

 

 そもそも私がこの子たちを襲うのを許した時点で怪しむべきだった、先生は今もたぶん朝潮の事を引きづっている、そしてあの二代目はその朝潮そっくり。

 

 情が沸かないはずがない、亡くなった奥さんと娘さんにもどこか雰囲気が似てるし。

 

 先生って幼女趣味なんじゃなくて単に黒髪フェチなんじゃない?

 

 それに、先生は私が無茶苦茶するのをよく知ってる、私に戦い方を叩きこんだのは先生なんだ、殺さないまでも動けなくなるまで痛めつけるくらいは予想がつくはずなのに私とあの子たちがぶつかるのを容認した。

 

 先生の狙いは何?単純に私の強さを八駆の四人に見せつけるのが目的?それとも私とあの子たちをぶつけてどの程度強くなってるか確認したかったの?

 

 「もしくはその両方……。」

 

 後者はまだわかる、だけど前者が理解できない。

 

 大潮たち三人はともかく、それじゃ二代目の心をへし折りかねないのに。

 

 それに見合うだけのメリットがあるってこと?私の強さを見せることが?

 

 強さを見せる……、何のために?

 

 私の戦い方を見せたかった?今さら私の戦い方を真似させても意味がない、それでは駆逐隊としての動きに支障が出てしまう。

 

 じゃあ何?私の何を見せたかった?

 

 朝潮はともかく、大潮達は私の強さは知っている。

 

 ん?朝潮はともかく?

 

 そうか違う!大潮達は関係ない!

 

 朝潮だ!

 

 私の技術を朝潮に見せたかったんだ!

 

 「嵌めてくれたわね先生!あの子に私の技術を盗ませるのが目的か!」

 

 一回見ただけで覚えれるとは思えない、だけどあの子は横方向へのトビウオを初見でやって見せた、可能性はあるわ。

 

 とっちめてやらなきゃ!私が自分から教えるのと盗まれるのとじゃ私の心持が全然違う!

 

 「財布をスッカラカンにするだけじゃ許してあげないんだから!」

 

 私は速度を上げ、執務室に砲弾を撃ち込みたい衝動を抑えながら鎮守府への帰りを急いだ。

 



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幕間 提督と神風 1

 あー!イライラする!先生の思惑通りに動かされるのは今回が初めてなわけじゃないけど、今回は質が悪い!よりにもよってこの私を新米の肥しにするだなんて!

 

 鎮守府に着いた私は、桟橋で哨戒艇の帰りを待っていた先生の私兵に艤装を押し付けるなり執務室に向けて全力疾走を開始した。

 

 執務室が近づくにつれてイライラが加速していく気がする、庁舎に入り、廊下でたむろする艦娘どもをかき分け階段を駆け上がり執務室のある二階へ。

 

 刀を持ち歩いてなくてよかった、もし持っていたら執務室に入った瞬間、先生に斬りかかってたかもしれない。 

 「ちょっと先生!聞きたいことがあるんだけど!」

 

 「ああ、私もお前に言いたいことがある。」

 

 ノックとばかりに執務室の扉を蹴り破って中に入ると、私の行動を予測していたかのように先生が執務机の前に立っていた。

 

 日本刀を片手に私を見据えて、軽く腰を落とし柄に右手を軽く添えた抜刀術の構え。先生を見た途端、それまでのイライラが完全にどこかへ吹っ飛んでしまった。

 

 だって目が本気だもん、特別な感情を感じさせない瞳の中に無機質な鈍光。この目をした時の先生に冗談は通じない、迂闊な事を言えば本当に斬られる。

 

 「神風、私は中破以上は許さんと言ったはずだな?」

 

 「え、ええ……耳が早いわね。」

 

 だってしょうがないじゃない、やらなきゃ私が殺られてたし……。

 

 「私とお前の仲だ弁解があるなら聞いてやる。」

 

 まずいなぁ……、下手な事は言えない、とっちめてやるつもりで乗り込んだら逆にとっちめられる形になってしまった。

 

 さてなんて言おう、この人に誤魔化しは効かない。遠回しに言おうものなら腕の一本くらいは落とされるかもしれない。

 

 できるだけ単純明快にあったことを伝えるにはこれしかない。

 

 「朝潮に花火を使わされたわ。」

 

 「何?」

 

 花火は私の奥の手中の奥の手だ、ただ上に飛び上がるだけではあるけど、消耗を考えれば出来るだけ使いたくない。その事は先生も知っている。

 

 「そうか、わかった。」

 

 先生が構えを解いて執務机に戻って行く、助かった……。先生は洋上ならともかく陸上で、しかも丸腰でどうこう出来る相手じゃない。

 

 「はあ、寿命が縮むかと思ったわ……。」

 

 縮むどころか無くなってたかもしれないけど。

 

 「お前がやり過ぎるのが悪い、戦舞台まででどうにかならなかったのか?」

 

 「ならなかったから花火まで使ったの!危うく殺されかけたんだから。」

 

 『ふむ。』と顎に手を当てて考え込む先生、少し笑ってる?

 

 「どこまで見せた?まさか『刀』まで使ってないだろうな?」

 

 「そもそも持ち出してなかったしね、全方位のトビウオと戦舞台、花火は……たぶん見えてなかったと思う。」

 

 この口ぶりだと私の技術を朝潮に見せる事が目的だったのは合ってたみたいね、一度見ただけで覚えれるとは思えないけど。

 

 「どうして花火を使わざるを得ない状況になった?例えば、仕留めようとした瞬間に左方にトビウオで飛ばれでもしたのか?」

 

 その通りではあるけどまるで見てきたように言うのね、まあ私に戦い方を教えたのは先生だし?私が敵の左後方から頭部を狙う癖も当然知ってるものね。

 

 「その通りよ、前にしか飛べないと思ってたところにソレだから完全に虚をつかれちゃった。」

 

 肩をすくめて見せながら先生を覗き見る、とりあえず怒りは収まったみたいね。

 

 「説明してくれるわよね?あの子には何か秘密があるんでしょ?だから私が襲う事を許した。そうよね?」

 

 「仮説でしかなかったがお前の話を聞いて確信に変わったよ、あの子は一度見て自分に必要と思った技術を再現することができる。」

 

 はあ?一度見ただけで人の技術を再現できる?何よそのチート能力。

 

 「だ、だけどあの子は私の動きを目で追えてなかったわよ!?それでも『見た』内に入るの!?」

 

 「おそらくな、初見のはずの横方向へのトビウオをして見せたのがその証拠だ、前に飛ぶのと横に飛ぶのとでは体の動かし方が異なる。」

 

 目に映りさえすれば脳で理解しなくても覚えられるですって?信じられない……信じられないけど信じるしかない。だったら私が今日見せた技はすべて再現可能ってこと?たった十数分の戦闘で私のほとんどが盗まれた!?

 

 「心配しなくてもしばらくは無理だ、トビウオはともかく、戦舞台は当分使えないだろう。」

 

 「身体能力が追い付いてないって事?」

 

 魔法は覚えてるけどMPが足りないようなものか、そうだとしてもいい気分はしないわね。

 

 「ああ、それに覚えている自覚もないだろう。」

 

 え?今なんて言った?自覚がない?自覚なしにそんな出鱈目な事をやってるの!?そんなバカな!

 

 「ちょ、ちょっと待って!あの子は自分の才能の自覚がないの!?」

 

 なんてもったいない!その気にさえなれば私以上になれるのに。

 

 「どうして教えないの?自覚させた方が効率がいいんじゃない?」

 

 「そうしようと思ったこともある、だがあの子の能力は底が知れない、自覚させた途端に支障をきたす可能性も捨てきれんしな。それに、覚えさせるべき技術は出来るだけ厳選したいんだ。」

 

 ふ~ん、って事はあの子、大潮たち三人と私以外の艦娘が戦ってるところは見たことがないわね。

 

 じゃないと、余計な事を覚えてしまいかねない、本来不必要な事もあの子は必要と思ってしまうかもしれないしね。

 

 「だったら教えてくれてたらよかったのに、そうと知ってたら他にやりようもあったわ。」

 

 「実際に見ないとお前は信用しないだろう、それにお前の性格だとわざと見せないようにする可能性もあったしな。」

 

 たしかに、そんな特殊な能力があるんなら端から見せなかった。あの程度なら特別な技術を使わなくてもどうとでもなったし。全方位トビウオを見せなければ私が殺されかけることもなかったしね。

 

 「私はまんまと朝潮の肥しにされちゃったわけね。」

 

 「毒入りだがな。」

 

 大きなお世話よ、私をこんな風に育てたのは先生でしょ。

 

 私と先生が出会ったのは9年前、深海棲艦が現れて少し経った頃だ。

 

 深海棲艦に住んでた町を廃墟に変えられ、救助に来た先生の部隊に保護された。

 

 当時は攻撃がほとんど効かず、対抗手段がなかった深海棲艦の対処に追われて国自体がてんてこ舞い、救助されたはいいが収容される施設も決まらずにしばらく先生と一緒に行動した、一か月くらいだったかな?。

 

 部隊がたまたま先生の生まれ故郷のある県に寄った時、私は先生の奥さんに預けられたの一週間もいなかったんだけどね。

 

 奥さんも私と同い年の娘さんも、身寄りがなくなった私にすごく親切にしてくれた。美人ではなかったけど、素朴な感じで田舎のお母さんって感じの人だったなぁ。

 

 そんな奥さんと娘さんも、本土へ爆撃を開始した深海棲艦の攻撃であっけなく死んでしまった。私はたまたま先生に連れられて役場に住所変更とかの手続きをしに外出していたので事なきをえたんだけど、奥さんと娘さんは家ごと爆撃に巻き込まれて跡形もなく吹き飛んでいた。

 

 先生は家だった物の前で立ち尽くしてたわ、本当に絶望した人の顔ってのをあの時初めて見たな……。

 

 それからはもう滅茶苦茶、私は前以上に行くところがなくなり、先生の部隊について行くしかなくなった。だって軍の統制とかほとんど取れてなかったのよ?最低限の命令は届いてたみたいだけど、補給は滞るし、一部の兵隊は野盗化するしで世紀末か!って言いたくなるほどだったわ。

 

 私は部隊の雑用なんかをしたり、先生や部隊の人から戦い方を習ったりしながら各地を転々とした。子供でも戦えないと生き残れなかったからね、敵は深海棲艦だけじゃなかったし。

 

 先生に保護されて半年を過ぎた頃だったかな、艦娘開発の話を聞いたのは。

 

 内容を先生から聞いた私は即座に志願したわ、だって野戦将校の先生が艦娘開発の話を知ってたのは「身寄りのない女児を確保せよ」って命令が先生に下されていたからなのよ?いくら汚れ仕事専門とは言っても恩人である先生に人攫いなんてさせたくないじゃない。

 

 まあそんなこんなで私は無事艦娘になり、今に至るってわけ。

 

 「私のほとんどをあの子に提供したんだから当然、報酬はもらえるんでしょ?」

 

 でなければこっちは丸損だ、財布の中身全部くらいは覚悟してもらわないと。

 

 「わかっている、今晩あたりに鳳翔のところでどうだ?さすがにお前を連れて外の酒場には行けないからな。」

 

 鳳翔さんってまだ艦娘続けてるんだ、あの人も私ほどじゃないけど艦娘歴が長いのに。歳も私より上だし。

 

 「OK、それでいいわ。」

 

 鳳翔さんのところじゃ財布をスッカラカンにするのは無理そうね。まあしょうがないか、この成りじゃ先生の言う通り外の酒場にでお酒は飲めそうにない。

 

 「それと八駆の見舞いくらいは行ってやれ、責められたら私の命令だったと言えばいい。」

 

 また自分で罪を背負おうとしちゃって、たしかに先生の思惑の内だったかもしれないけど私が襲おうとしなければそんな事も考えなかったでしょうに。

 

 「変な気遣いはいらない、自分の(けつ)は自分で拭くわ。」

 

 満潮あたりは謝ったくらいじゃ許してくれそうにないけど、まあなんとかなるでしょ。

 

 そういえば私は作戦開始まで何をさせられるんだろう?駆逐隊を組んでない私じゃ哨戒しても知れてるし、そもそも私と組める艦娘が居ないから私は一人で行動してたわけだし。

 

 「私は大規模作戦までどうするの?あの子達の嚮導でもする?」

 

 あの子たちの戦術は自分たちの戦い方をよく理解した上で練られている、粗はあるけど私が口を出すようなことじゃない。

 

 「そうしてもらい所だが、第一艦隊の奴らをお前に慣れさせる必要がある。しばらくは第一艦隊と行動を共にしろ。」

 

 第一艦隊か、たしか旗艦は長門だったわね。

 

 「わかったわ、今の長門は私が知ってる長門でいいのよね?」

 

 「ああ、あまりイジメるなよ?」

 

 「それはあの子の態度次第かなぁ。」

 

 私がここにいた頃は大艦巨砲主義の筋肉バカだったけど、あのゴリラ少しはマシになってるかしら。

 

 「あいつももうここの古参の一人、しかも改二だ、お前でも敵わないかもしれんぞ?」

 

 「あら、私の座右の銘わすれちゃったの?」

 

 スペックが低くたって負けやしない、それだけの研鑽と実戦を重ねてきたんだから。

 

 「忘れたんならもう一度教えてあげるわ先生。」

 

 相手が戦艦だろうが空母だろうが屠ってきたんだ、私に生意気を言うのなら私の怖さを思い出させてやる。

 

 「駆逐艦の実力はスペックじゃないのよ。」

 



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朝潮出撃 6

 目が覚めると私はベッドの上に寝かされていた。

 

 白一色の清潔感溢れる部屋、周りから漂ってくるのは消毒液の臭い、ここは工廠の治療施設?気を失う前の記憶が曖昧だ。

 

 神風さんに向けて魚雷を撃ったところまでは思い出せるのだけれど、その後が思い出せない。

 

 私は負けたのかな?だからベッドに寝かされているの?

 

 体のあちこちが痛む、後頭部が特に。疲労感も酷い、頭を動かすのも億劫なほどに体が怠い。

 

 目に映るのは蛍光灯の明かりと白い天井、そういえばここに入るのは初めてだったっけ。

 

 「知らない天井だ……。」

 

 なんだか言わなければいけない気がした、どうしてだろう……。

 

 まあいいか、本当に知らないし。

 

 「気がついた?」

 

 左の方から優しく私を気遣ってくれてるような声、この声は満潮さん?

 

 声がした方に顔を向けると満潮さんがパイプ椅子に腰かけて雑誌を読んでいた、ずっと側についててくれたのかな?

 

 「まだ寝てなさい、頭をやられてるんだから無理に動いちゃダメよ?」

 

 頭を?だから頭が痛いのか、魚雷を撃った時点では頭は被弾していなかった、ということはその後に頭を撃たれて気を失ったのね……。

 

 「私は……負けたんですね……。」

 

 勝ったと思ったのに……満潮さんに言われていたことを守らなかったからだ、勝利したと浮かれて警戒を怠ったから逆襲を食らったんだ……。

 

 「気にすることないわ、あの人の強さは反則に近いんだから……。」

 

 「だけど……満潮さんの教えを守らなかったから私は……。」

 

 悔しい……あと一歩だったのに……仕留めたと思って油断さえしなければアイツを倒せたのに!

 

 「ごめんなさい……、私が……お姉ちゃんの言うことを守らなかったから……。」

 

 自分の情けなさに涙が溢れてくる、大潮さんと荒潮さんを傷つけられ、満潮さんに庇われ、仇もとれずに私はあの人に負けた。

 

 何が強くなるだ!私は本当に口ばっかり!こんなんじゃ司令官との約束も守れやしない!

 

 「アンタはよくやったわ、神風さんから聞いたけど、仕留める寸前まで行ったらしいじゃない。あの人相手にそこまでやれたんだから誇っていいわよ。」

 

 「だけど!」

 

 あの人は満潮さんたちを傷つけたんですよ?憂さ晴らしとかいう理不尽な理由で!許せるわけないじゃないですか!

 

 「だけども何もないの、あの人はああいう人なんだから。それにあの人は魚雷を使わなかったでしょ?砲弾の火薬も減らしてたみたいだし。大方、私たちの今の実力を見るのが目的だったのよ。」

 

 たしかにあの人は単装砲しか使っていなかった、けど実力を見るにしてもやり方と言うものがある。あんな、一歩間違えれば死人が出るようなやり方をするなんて許せない!

 

 「満潮さんはあの人の事を知っているんですか?」

 

 だからあんな理不尽な事をされても納得してるんですか?

 

 「ええ、ここの古参よ。そして最古の艦娘。」

 

 「最古の艦娘?」

 

 「そ、今いる艦娘すべてのプロトタイプらしいわ。あの人で得たデータを元に艤装の開発が行われたって聞いてる。」

 

 艦娘が実戦に配備されるようになったのはたしか8年前だ、そのプロトタイプと言うことはそれより前から艦娘を続けているということ?

 

 「スペックは低いけど、あの人が持ってる技術と実戦経験はそれを補って余りあるわ。」

 

 駆逐艦の身で8年以上も……、どれ程の死線を超えてきたんだろう、そんな大先輩と私は戦ったのか……。

 

 「すごい人なんですね……、やり方は気に入らないけど……。」

 

 「ふふ、アンタが人を嫌うなんて珍しいわね。」

 

 「だって……。」

 

 私の大切なお姉ちゃんたちを傷つけたんですもの、満潮さんも傷だらけじゃないですか、頭にも腕にも包帯を巻いて。好感なんて持てません。

 

 「そのアンタが嫌う神風さんからお見舞いをもらってるわ。広島名物の紅葉饅頭よ、アンタ食べたことある?」

 

 「ないですけど……、あの人はいつお見舞いになんか来たんですか?」

 

 私が気を失ってる間に来たんだろうけど、どれだけ経ったんだろう、外は……夕方?そんなに時間は経ってないのかな?

 

 「昨日よ、アンタ丸二日寝てたのよ?」

 

 「そんなに!?あ!痛たた……」

 

 慌てて起き上がった私の体のあちこちが悲鳴を上げる、ケガの痛みだけじゃない、この痛みには覚えがある。

 

 あの人との戦闘で使ったトビウオの反動だ。

 

 「無理に動くなって言ったでしょ?ほら、横になんなさい。」

 

 満潮さんが私の体を労わるように支えてベッドに寝かせてくれる、満潮さんだってケガをしているのに……。

 

 「すみません……。」

 

 「いいのよ、こんな時くらい素直に甘えなさい。」

 

 満潮さんがそれを言いますか、訓練や任務中はともかく、部屋の中でくらい素直に私を可愛がってくれていいんですよ?

 

 「……。」

 

 まずい、満潮さんがジト目で私を見てる、思考を読まれたかな?

 

 「まあいいわ、お腹空いてるでしょ?何か食べる?」

 

 そういえば丸二日寝てたんだっけ、言われてみればお腹が空いてる気がする。

 

 「何か貰ってくるわ、少し待ってて。」

 

 「あ……。」

 

 一人になっちゃう……。

 

 「すぐ戻って来るわよ、それとも一人で部屋にいるのが怖いと思うほどお子ちゃまなの?」

 

 そ、そんな事はありません、ただその……、そう!ケガのせいです!ケガのせいで気落ちして一人でいるのが心細いだけです!

 

 コンコン

 

 ドアをノックする音?だれか来たのかしら?大潮さんと荒潮さんかな?

 

 「はいはい、鍵は開いてるからどうぞ~。」

 

 満潮さんが誰かを招き入れにドアに向かう、こんな時間にお見舞い?

 

 「あら司令官じゃない、どうしたのよこんな時間に。」

 

 しししし司令官!?どうして!?それよりも私さっきまで寝てたから目ヤニが、それに泣いてたから顔が酷いことなってる!寝ぐせは大丈夫かな?歯も磨かかなきゃ!でも体はまともに動かないし……、ああああー!どうしよう!!!

 

 「工廠に用があったのでな、ケガの具合はどうだ?」

 

 「私は見た目ほど酷くないわ、朝潮は見ての通りよ。若干テンパってるけど。」

 

 テンパ!?私の頭そんなに酷いですか!?天然パーマみたいになっちゃってるんですか!?

 

 「それじゃあ私は朝潮のご飯もらってくるから、司令官後よろしくね。」

 

 え?行っちゃうんですか?待ってください満潮さん!ホントに待って!こんな状態の私と司令官を二人っきりにしないでください!

 

 あれ?でも司令官と二人っきりって先週の休暇以来か……でもこんな格好で司令官と二人なんて!もうちょっとマシな格好の時がよかった……。

 

 こんな事になったのも神風さんのせいだ……また少し神風さんの事が嫌いになってしまった……。

 

 「手酷くやられたみたいだな。大丈夫か?」

 

 司令官がさっきまで満潮さんが座っていたパイプ椅子に腰を下ろしながら私の様子を尋ねてくる。大丈夫じゃないです、今すぐ顔を洗いに行きたいです!

 

 「ひゃい!だだ大丈夫れふ!」

 

 しかも思いっきり噛んでしまった!!落ち着け、ただでさえみっともない姿を晒しているんだ、これ以上の醜態は晒したくない!

 

 「はははは、その様子なら大丈夫そうだな。」

 

 「すみません……司令官の前でこのような格好で……。」

 

 笑われてしまった……、恥ずかしさで轟沈してしまいそうだわ……。

 

 「気にするな、それに謝らなければならないのは私の方だしな。」

 

 司令官が私に謝る?どうしてだろう。

 

 「君たちを襲うよう神風に命じたのは私だ、だから君たちのケガは私のせいと言う事になる。それを謝らなければならない。」

 

 司令官が神風さんに私たちを襲わせた?そんな事をして何かメリットでもあるのかしら?

 

 神風さんに私たちを襲わせるメリットとはなんだろう、あの人は駆逐隊で挑む私たちをいとも容易く破って見せた。

 

 たった一人で駆逐隊以上の強さのあの人に私たちを襲わせる事で何が得られる?

 

 八駆の今の実力を計るとかはどうだろう?

 

 私が入隊したことで八駆の戦力は下がっているはずだ、だから神風さんを使って現在の八駆の戦力を確かめた。

 

 もしくは私の実力を見たかったのかな、神風さんが一人づつ倒していって最後に残されたのは私だし。

 

 司令官は大潮さん達の実力を知ってるけど、普段は執務室にいる司令官には報告書でしか私がどれくらい成長しているか把握できてないはず。

 

 神風さんと交戦したあたりなら望遠鏡でも使えば直接戦闘を観察することは可能だろうし。

 

 どちらにしても、司令官が必要と判断して神風さんに命じたんだ、私が文句を言う筋合いはない。

 

 皆が傷ついたのは許しがたいけど、それは単に神風さんがやり過ぎただけだ、司令官のせいじゃない。

 

 「謝らないでください司令官、何かお考えがあっての事なのでしょう?」

 

 「いやしかしだな……。」

 

 「お約束したじゃないですか、私は司令官の剣になると。剣は持ち主に文句を言ったりしません。」

 

 司令官の剣になるためなら今回の件も受け入れる、きっと私に必要な事だったんだ。

 

 「そうか……、朝潮がそれで納得出来るのならそれでいい。」

 

 だけど神風さんは許してあげません、いつかリベンジしてやる。

 

 「だが話を聞いて驚いたぞ、神風をあと一歩というところまで追い詰めたそうじゃないか。」

 

 仕留めたと思って油断したら反撃されてこの様ですけどね……。

 

 「なかなか出来る事じゃない。アイツは性格は曲がってるが腕だけなら全駆逐艦、いや全艦娘で一番かも知れないからな。自慢していいぞ。」

 

 全艦娘で一番!?強いとは思ったけどそんなに強い人だったとは……。

 

 「私の剣になると言った朝潮がそれ程成長していたのは嬉しい限りだ。ご褒美でもあげたい気分だな、何か欲しいものはないか?」

 

 「そんな滅相もない!お見舞いに来てくださっただけで十分です!」

 

 私は司令官とこうしてお話しできてるだけで十分幸せなんですから気にしないでください、申し訳なくなってしまいます!

 

 「そうか?私としては何かしてやりたいのだが……。」

 

 そうは言われましても……、あまり断り続けるのも失礼な気がするし。何かないかな、私が司令官にして欲しいこと……。

 

 「あ……。」

 

 思いついてしまった……、だけどこれを頼むのはちょっと恥ずかしいな……。

 

 「何か思いついたか?遠慮せずに行ってみなさい。」

 

 「えっと……。」

 

 何か適当な理由はない?恥ずかしさを紛らわせるような理由は……。

 

 「そうだ……メンテナンス……。」

 

 そうよ、コレだわ。

 

 メンテナンスよ!

 

 「メンテナンス?ああ、心配しなくても君たちの艤装は……。」

 

 「違います!私のメンテナンスです!」 

 

 司令官が豆鉄砲でも食らったかのような顔をしている それはそうですよね、急に私のメンテナンスと言われたってわからないですよね。

 

 だってメンテナンスとは建前、理由です!してもらいたいことにソレっぽい理由を付けただけです!

 

 「すまん、君が何を言っているのかまったくわからないのだが。」

 

 「そ、その私のメンテナンスと言う事で……あ、頭を撫でていただけないでしょうか!」

 

 私は司令官の剣だ、剣は使った後お手入れするものです、だから頭を撫でてもらうのがメンテナンスだと言い張れば恥ずかしくないわ!

 

 「そんな事でいいのか?もっと他の事でもいいんだぞ?」

 

 いえいえ、この朝潮。司令官に頭を撫でていただけるだけでご飯三杯は行けます!私は目をランランと輝かせながら司令官を見つめる。体が動けば司令官の前で正座して頭を差し出したものを……。

 

 「それがいいんです!頭を撫でてもらうことが私にとってのメンテナンスなのです!」

 

 なんだか自分でも何を言っているのかわからなくなってきた……。

 

 「君がそれでいいなら私は構わないが……。こんな感じでいいのか?」

 

 あああああぁ……、司令官の大きくて少しデコボコした手が私の頭を包み込むように撫でてくれる。

 

 幸せだわ、ケガの痛みなどどこかに吹き飛んでしまった。

 

 このまま寝てしまえたらどれだけ気持ちがいいだろう、でも寝てしまうと司令官とお話が出来なくなってしまう。

 

 それはダメ!少しでも長くこの状態を維持しなければ!

 

 「こうしていると、娘が風邪を引いた時を思い出すな……。」

 

 司令官が遠い日を懐かしむように目を細める、娘さん?司令官は娘さんがいらしたんですか?って言うか司令官って既婚者だったんですか!?

 

 「もう亡くなってしまったがね、妻共々、9年近く前に深海棲艦の爆撃で殺された。」

 

 そんな悲しそうな顔をしないでください司令官……、貴方はそんな悲しみを内に秘めて戦い続けていたんですね……。 

 

 「どんな方たちだったんですか?」

 

 「女房は昔馴染みでな、美人とはお世辞にも言えなかったが君のように黒髪が似合う人でな。雰囲気は鳳翔に似ていたかな?」

 

 つまり私も鳳翔さんのような女性になればいいわけですね!っと、いけない。こんな話の時にそんなこと考えるなんて不謹慎もいいとこだわ。

 

 「娘は女房と違ってお転婆だったな、アレは私に似てしまったんだろうか。しょっちゅう男の子とケンカしては傷だらけで帰ってきていたよ。」

 

 奥さんと娘さんの事を話す司令官、すごく嬉しそう……、幸せな家庭だったんだろうな……。

 

 そんな司令官の幸せを深海棲艦は奪い取った……、そして3年前に先代をも司令官から奪ったのか。

 

 「他の子達には言うなよ?この事は私の私兵と神風、後は戦死した君の先代くらいしか知らないんだから。」

 

 満潮さん達も知らないんだ!なんだか初めて満潮さん達に勝った気がする!

 

 まあ、勝つも負けるもないのだけど。

 

 「先代の朝潮も、結局死なせてしまった。彼女は自分の命よりも私の命を優先する子だったからな……。」

 

 そうか、先代は司令官の心までは守ろうとしなかったのね……、大切な人を悉く奪われた司令官にとっては生きている方が地獄でしょうに……。

 

 少しだけ先代に腹が立ったわ、私だったら命も心も、両方守って見せるのに。

 

 「司令官、私は死にません。貴方も死なせません。だからもう、そんな悲しい顔はしないでください……。」

 

 無理なのはわかってる、私が司令官の悲しみを断ち切るんだ。

 

 そのためならどんな試練だって乗り越えて見せる。

 

 神風さんに勝てるくらい強くなってやる!

 

 「貴方の悲しみは私が断ち切ります。だから私にもっと試練を課してください!すべて乗り越えて見せます!」

 

 司令官の顔から悲しみが消え、覚悟を決めたような表情に変わる。

 

 まだ迷っておられたんですね、きっと私が子供だからだろう。

 

 子供を戦場に出す罪悪感を完全に払拭できていなかったんだ。

 

 「……わかった、だがもう2~3日は安静にしなさい。ケガが治らない事には出撃もさせられないからな。」

 

 だけど今、司令官は覚悟を決めてくれた。

 

 次からは前以上に厳しい戦場に送られるだろう、それでも構わない。

 

 私は司令官の元に帰ってくるんだから

 

 差し当たってはこのケガだ。

 

 司令官の言う通りケガを直さなければ出撃なんてできない、小さな損傷でも駆逐艦には命取りになるものね。

 

 「はい、大丈夫です!次の作戦には間に合わせます!」

 



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幕間 提督と荒潮

 「あら司令官、朝潮ちゃんのお見舞い?」

 

 日が傾き始め、私が治療施設の入り口に着いた時、ちょうど施設から出てきた荒潮に声をかけられた。

 

 「ああ、お前はお見舞いの帰りか?」

 

 「満潮ちゃんと交代、さっきまで私が付き添ってたから。」

 

 交代で付き添いをしていたのか、それもそうだな。朝潮が意識を失ってもう丸二日、このまま目を覚まさなかったら悔やんでも悔やみきれない。

 

 「ねぇ司令官?少しお話いいかしら。」

 

 珍しいな、いつもの間延びしたような言葉づかいではない、表情も真剣そのもの。真面目な話なら聞かねばなるまい。

 

 「ああ、中の待合室でどうだ?それとも外の方がいいか?」

 

 「待合室でいいわ、さっき通った時人もいなかったし。」

 

 今出てきたばかりの荒潮を伴って治療施設の中に入ると消毒液の匂いと言うのか、病院特有の匂いが私の鼻腔をくすぐって来た。

 

 正直言ってこの匂いは好きではない。病院自体好きではないが、まあ仕方ないか。

 

 施設の内装も病院そのもの、今は時間外だから人は居ないが、受付の前の待合室に長椅子が数列並んでいる。

 

 受付や待合室があるのは、ここで艦娘だけではなく駐屯している兵などの治療も行っているからだ。

 

 もっとも、艦娘が最優先ではあるが。

 

 普段と違って大人しい荒潮を促して椅子に座らせ、私もその隣に座る。

 

 何の話だろうか、神風に襲わせたことの文句か?

 

 「で、話とはなんだ?神風の件か?」

 

 「昨日ならその事も文句言ってやろうと思ったけど違うわ。どうせ自分が命じたって言うんでしょ?」

 

 実際私が命じたようなものではあるが、たしかに半分は神風の独断だな。

 

 「あの人の性格は知ってるもの、司令官はそれを利用しただけ。朝潮ちゃんを中破させちゃったのは想定外だったんでしょ?」

 

 「ああ、中破以上は許さないと言って置いたんだがな、アイツの性格を把握し損ねていた私のミスだ。」

 

 「それは違うわ、だって朝潮ちゃん以外は小破で留まってたもの。中破寸前ではあったけどね?」

 

 朝潮も粘らなければ小破で済んだかもな、だがそのおかげで朝潮は神風のほぼ全てを見ることが出来た。

 

 現状で最高の戦闘技術を有する神風の動きを見ることが出来た事は朝潮にとって非常に有意義だ。

 

 「きっと現時点で朝潮ちゃんは私たち三人と同じくらい強いわ。自覚がないだけで、練度が上がればもっと強くなる。」

 

 「何が言いたい?」

 

 それは私にとってもお前達にとっても良いことだろう?

 

 「怖いのよ……、あの子は司令官のために強くなろうとしてる。きっと司令官の命令ならどんな死地にでも赴くでしょうね……。あの子が私たちみたいに人を辞めちゃう事が怖いの……。悲しいの……。」

 

 愛されているな朝潮、朝潮は自分が決めたことに対して真っ直ぐ突き進もうとする。

 

 自分がどんなに傷つこうとも、私などのために剣になるとまで言ってくれた。

 

 「司令官はあの子をどうしたいの?このままあの子が兵器に成り下がっても平気なの?」

 

 平気な訳はない、あの子の覚悟を聞いた今でも迷っているさ……。

 

 あの子は見た目通りまだ子供だ、他の駆逐艦の子もそうだが、娘に雰囲気が似ているあの子を戦場に送り出すたびに胸が張り裂けそうになる。

 

 だが。

 

 「朝潮は私の剣になると言った、そして私はあの子の鞘だ。」

 

 「だから兵器になっても構わないって言うの?」

 

 「荒潮、鞘が何のためにあるか知っているか?」

 

 「質問に質問で返すの?まあいいけど、持ち歩く時に自分が怪我しないためじゃない?」

 

 「たしかにそれもある。だが本来、鞘とは剣の切れ味を保つためにあるんだよ。」

 

 「何を言いたいのかさっぱりわからないんだけど。」

 

 まあそうだろうな、実際今から言うことはこじつけに近い。

 

 「朝潮の切れ味の元はその純粋さだ。それを失ってしまえばどれ程技術を習得しようが、練度が上がろうがナマクラと同じ。あの子が私の心を守ってくれようとしているように、私もあの子の心を守る。あの子の鞘としてな。」

 

 「ふぅん、それで本当に大丈夫か怪しいものだけど。」

 

 「朝潮と約束したからな、約束は守らねばならん。」

 

 朝潮は私の剣だ、あの子がそう言った以上私もあの子に答えねばならない。

 

 情にほだされて出撃させないようにするなど簡単なのだ、だがそれでは朝潮の覚悟を土足で踏みにじるのと同義。

 

 そんな事は私には出来ない。

 

 例え私の思い込みと言われようと、それは殺されるより苦しいことだと私には思えるから。

 

 「まあ朝潮ちゃんと司令官にしかわからないこともあるんだろうけど。そこまで言うんだったら守ってあげてね?あの子が、私たちみたいなバケモノにならないように。」

 

 「ああ、約束しよう。」

 

 自分たちはバケモノか……。

 

 そんな事はないぞ荒潮、本当にバケモノなら人の事など気遣わない。

 

 それが出来ている内は、どれ程戦場に染まろうがお前はバケモノではないよ。

 

 「まあ、朝潮ちゃんのことはそれで納得するとして。本題に入っていい?」

 

 ん?今のが本題ではないのか。

 

 「なんだ?この際だ、遠慮無く言ってみなさい。」

 

 考え込んでいるな、そんなに言いにくいことなのか?

 

 「満潮ちゃんに聞いたわ、今度の大規模作戦でアイツと私たちを戦わせるって。」

 

 意を決して口を開いたと思ったらその事か、お前にとっても願ってもないチャンスじゃないのか?その様子だと参加したくないように見えるぞ。

 

 「参加したくないのか?」

 

 「したいわ、姉さんの仇だもの。この手で殺してやりたい。」

 

 唇を噛みしめるように声をひねり出す荒潮、お前は先代の朝潮にベッタリだったものな、今もそうみたいだが。

 

 「だけど……、お願い、私を今回の作戦から外してください。」

 

 どうゆうことだ?参加はしたいが作戦から外してくれだと?

 

 「アイツの姿を見ちゃったらきっと私……暴走しちゃう、自分を抑えられなくなっちゃう。それだけならいい!見境がなくなって皆にも襲い掛かるかもしれない!」

 

 ああ、そうゆうことか……。

 

 「だからお願いします!私を作戦から外してください!」

 

 普段どこか挑発的なお前が敬語とは、自分の感情を押し殺してまで三人の身を案じるか。

 

 「大潮たちには話したのか?」

 

 「まだ話してない……。だけど大潮ちゃんたちはきっと気にするなって言うと思う……。」

 

 「ならそれでいいじゃないか、朝潮はともかく、大潮と満潮はお前の奥の手の事を知っている。お前が暴走してもどうにかしてくれるさ。」

 

 「でも……朝潮ちゃんに見られちゃう……作戦海域からも近いんでしょ?他の艦娘に見られたら大潮ちゃんたちまで同じ目で見られるかもしれないじゃない。」

 

 どちらかと言うとそっちの方が心配なのだろう?

 

 確かに、アレを見たら他の艦娘がなんと言いだすか想像に難くないな。

 

 「お前はそれで自分に納得できるのか?」

 

 うつむいてスカートの裾を両手で握りしめる荒潮、納得など出来てないではないか。

 

 「お前の気持ちもわかるが外すわけにはいかない。駆逐艦のみで戦艦凄姫に挑むのだ、お前の奥の手はそのまま八駆の奥の手になる。」

 

 荒潮の奥の手は強力だ、神風とはベクトルの違う強さではあるが、例え相手が姫級だとしても打倒できる。

 

 「それはわかってるの!でも……。」

 

 「朝潮に嫌われたくないか?」

 

 荒潮は無言でうなずく、うっすらと涙すら浮かべて。

 

 まったく、大潮といい満潮といいお前達は朝潮を大事にし過ぎる。  

 

 死んだ姉に似た子に情がわくのはわかるがな、私もそうなのだし。

 

 「ならば作戦までに一度見せてやるといい、場所は私が用意してやる。」

 

 「人の話聞いてた?私はアレを朝潮ちゃんに見せたくないのよ?」

 

 「聞いていたとも。お前はあの程度のものを見せただけで朝潮がお前を嫌うと思っているのか?それはあの子に対して失礼だろう。」

 

 心配しなくても朝潮はお前を嫌ったりはしない。逆にどうやったらできるのか聞かれるかもしれんぞ?

 

 まあ、やろうと思ってやれるものではないが。

 

 「本当にそうかしら……。それに朝潮ちゃんは見ただけで覚えちゃうんでしょ?アレは真似して欲しくない。」

 

 「その心配は嫌われるかも以上に杞憂だ。そもそもアレは技術とは真逆のものだろう?」

 

 「それはそうだけど……。」

 

 「一人で抱え込むな、大潮と満潮に相談してみなさい。きっと一緒に悩んでくれる」

 

 「うん……。」

 

 「他の艦娘が何か言ってきたら私が黙らせてやる、大本営が言ってきても同じだ。海軍を転覆させられる位のネタは持っているからな。」

 

 「海軍を転覆って……。そんなんでよく提督を続けられてるわよね、いつ暗殺されてもおかしくないじゃない。」

 

 そう呆れてくれるな、最初の頃は酷かったんだぞ?毎週のように暗殺者がダース単位で送られて来てたんだ。

 

 全て返り討ちにして首をラッピングして送り返していたら、いつの間にか襲ってこなくなったがな。

 

 「朝潮に見せる気になったら言ってこい、周りにどう見られるかを気にするなどお前らしくないぞ?」

 

 「それってどうゆう意味かしらぁ?私だって人並みに周りの評価は気にすのよぉ?」

 

 普段の口調に戻ったと言うことはある程度決心はついたか。

 

 「すまんすまん、お前がそこまで殊勝な子だとは思っていなかった。」

 

 「何よそれぇ、失礼しちゃうわ。」

 

 「少しは気が晴れたか?」

 

 「それなりにかなぁ。まぁ、頑張ってみるわぁ。」

 

 そう言って椅子から立ち、出口へ向かう荒潮を見送って私は朝潮の病室へと向かいだした。

 

 さて、朝潮は起きているかな?起きていたら何を話そうか……。

 

 まずは神風の事を謝罪して、それからどうする?

 

 許してくれなかったらどうしようか……。

 

 そうだ、神風を追い詰めた事を褒めないとな。

 

 何かご褒美でもあげるか。

 

 何が良いかな、菓子折の一つでも下げてくるべきだった。

 

 朝潮の病室が近づくにつれて鼓動が高鳴っている気がする。

 

 先週は上手く話せたのだ、今回もあの調子で話せばいい、一応まだ仕事中だからこのままで。

 

 う~む、いい歳をしたオッサンが女の子のお見舞いだけでここまで一喜一憂するとは情けないな。

 

 よし着いた、ノックを忘れるな?満潮が居るのだ、いきなり入って朝潮を着替えさせているところに遭遇でもしたらラッキースケベどころかアンラッキースケベになりかねない。

 

 帽子は曲がってないか?髭はここに来る前に剃ったし、服装に乱れもない。

 

 完璧だ、では行こう。

 

 我が麗しの(つるぎ)に会いに。



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第4章 駆逐艦『朝潮』突撃!
朝潮突撃 1


12/20 矛盾点を修正しました。


入渠を終えて、執務室に大潮さん達三人とともに呼び出された私が最初に聞かされたのは、大規模作戦と並行して行われる隻腕の戦艦棲姫討伐任務の概要だった。

 私たち第八駆逐隊は作戦海域を少し離れた地点で哨戒艇にて待機し、神風さんに食いつこうと姿を現した戦艦棲姫を確認次第、哨戒艇から出撃。これを撃破すると言うものだった。

 

 「大潮、率直な意見を聞きたい。今の第八駆逐隊で奴を倒せるか?」

 

 私が入隊したせいで八駆の戦力はダウンしている、いっそ私が居ない方が強くなるかもしれない。

 だけど、外されたくない。隻腕の戦艦棲姫がどんな奴かは知らないけど、私だってお役に立てるはず!

 

 「大潮は三年前に撮影された映像でしか見たことはありませんが、十分勝算はあると思います」

 

 三年前の映像?と言うことは対象の戦艦凄姫は先代と戦った戦艦凄姫と同一の個体?

 

 「ふむ、荒潮と満潮はどうだ?」

 

 「いけるんじゃないかしらぁ?私の奥の手も使っていいんでしょぉ?」

 

 いまだに荒潮さんの奥の手とやらがどんなものか知らないけど、姫級に対抗できるほどのものなのかしら。

 

 「かまわん、派手にやれ。前に言ったとおり、周りは私が黙らせてやる。」

 

 「……」  

 

 「どうした満潮。お前は反対か?」

 

 満潮さんどうしたんだろう。私の方を見てる?やっぱり私が不安要素なのかしら……。

 

 「朝潮、アンタはやれる?正直言って相手が相手よ、怯えて縮こまるアンタを助けてあげられる余裕はたぶん無い」

 

 やはり私のことが不安なんだ、それはそうよね。今まで私が戦って来た相手とは文字通り格が違う。

 私が恐怖で動けなくなってしまう事を心配するのは当然だわ。

 正直に言うと怖い。ソイツを前にした時、怯えずにいられる自信なんてない。

 

 「本音を言うと怖いです。だけど……」

 

 「だけど?」

 

 相手は恐らく先代の仇。ソイツを倒せば司令官の心の傷を少しは癒やせるかも知れない。復讐はいけない事だと言うのは、大切なものを失ったことがない奴の戯れ言だ。

 復讐を果たす事で、司令官が癒やされるなら私は喜んで復讐のための刃となる!

 

 「私は司令官とお約束しました。それを破る方がよほど怖いです」

 

 「うん、じゃあアンタはどうするの?」

 

 二人で居る時と同じ、私を安心させてくる優しい口調。私の背中を押してくれているのがわかる。

 

 「皆と一緒に奴を倒します!そして四人揃って必ず戻ってきます!」

 

 「そう、よく言ったわ。じゃあ私も異論はない、八駆でアイツをフルボッコにしてやりましょう!」

 

 満潮さんが私の右肩をポンと叩いて賛同してくれた、司令官もどこか嬉しそうだわ。

 

 「そうか、わかった。では作戦までの予定だが……」

 

 ズバン!!

 

 司令官が予定を話そうと書類に目を落とした時。執務室の扉を蹴破って、神風さんが大股でノシノシと乱入してきた。

 執務室の扉を蹴破るなんて失礼にも程があります!しかも今は大切な話の途中なのに!

 

 「ちょっと先生!!なによあのゴリラ!昔のまんまじゃない!」

 

 ゴリラ?鎮守府でゴリラなんて飼ってたの!?いや、それは今どうでもいいわ。

 この人今、司令官の事を先生って呼んだ?なんて羨まけしからん呼び方を!ずるいです!私も先生ってお呼びしたい!

 

 「神風……。扉を壊すのは何度目だ?それに今は大切な話をしている最中なのだが?」

 

 司令官が青筋を浮かべて、口の端をヒクヒクさせている。お怒りなのですね。

 どうぞ叱ってやってください!私は止めません!司令官の事を先生などと羨ましい呼び方をするこの人を叱ってください!

 

 「そんな事どうでもいいわよ!あんのクソ長門!改二になったからかどうか知らないけど、やたら私に反抗的だから試しに演習してみたら。まあ昔と一緒!遠くから主砲を撃つだけの単細胞!弾着観測は覚えたみたいだけど主砲ガン積みで接近された時の事を丸で考えてない!」

 

 長門?長門って第一艦隊旗艦の長門さん?と言うことはゴリラとは長門さんのことか。 なんでゴリラなんだろう?

 ゴリラ型戦艦とか?いや、長門さんはその名の通り長門型の一番艦だ。だとすると本名かしら。本名がゴリラなんてあり得るの?

 

 ダメダメ私なんかの浅い知識で決めつけちゃ。海外では普通なのかも知れない。ゴリラ・ナッガートゥとか。

 今は呉に居るという、金剛と言う戦艦の人は帰国子女だと聞いたことがある。長門さんも帰国子女かも知れないわ。

 つまり、神風さんは長門さんを本名で呼んでいる、長門さんは戦艦ゴリラなわけね!

 

 「何考えてるか知らないけど違うからね」

 

 結論に至った途端、満潮さんに否定されてしまいました。じゃあなんでゴリラなんだろう……。今度長門さんに聞いてみようかしら。

 

 「あまりにムカついたからボコって工廠に叩き込んどいたわ!」

 

 「大事な作戦前にか!?何を考えちょるんじゃお前は!」

 

 「先生、方言が出てるわよ」

 

 司令官は怒ると方言が出ちゃうのね。

 顔を赤くして、咳払いして誤魔化そうとする司令官可愛い……。

 

 「と、とにかくだ!お前の蛮行は少し目に余る!」

 

 そうですやっちゃってください!お尻ペンペンです!

 

 (さらば慢~心の心こ~ころ 我ら~提~督~♪)

 

 きゅ……急に何でしょうかこの曲は……一体どこから?

 

 「何これ」

 

 「司令官の方から聞こえて来るけどぉ、着メロ?」

 

 「…………私だ」

 

 司令官が、ポケットから何やら四角い板のような物を取り出してソレに話しかけ始めました。

 あ!これが噂に聞く『すまーとふぉん』って奴ですね!歌で電話を知らせてくれるんだ。すごいなぁ。

 

 「何!?今横須賀に着いただと!?予定では明日到着じゃ……。ん?ああ、それは構わないが。迎えを寄越せ!?横須賀は初めてじゃないだろ!え?観光もしたい?まったく……お前と言い神風と言い、どうしてお前たちは……」

 

 司令官が空いてる方の手で額を押さえて、電話の相手に呆れ果ててる。神風さんも知ってる人なのかしら?

 

 「ああ~わかったわかった。好きにしろ!何?朝潮はいるかだと?なぜお前が朝潮が着任したことを知っている」

 

 私を知ってる人?外の人で、私が知ってる人なんてそんなに居ないけど……誰だろう?

 

 「ああ、そうゆう事か。わかった迎えに行かそう。ああ、わかった、横須賀中央駅だな」

 

 はぁ……とため息をついて、司令官が項垂れてしまった。なんだか電話だけですごくお疲れだわ。

 神風さんみたいに破天荒な人なのかしら。

 

 「相手は誰なんですか?知り合いのようでしたけど」

 

 よくぞ聞いてくれました大潮さん!私も気になります!

 

 「大潮たちは知っている奴だ。もっとも、君たちが着任して一年か二年でここを去ったがな」

 

 三人の知り合いで、かなり前に横須賀から異動になった人?相手は艦娘なのでしょうか?

 

 「朝潮。すまないが、神風と一緒に横須賀中央駅まで迎えに行ってくれないか?車は出させるから」

 

 そりゃあ、ご命令とあらば従いますけど、神風さんと一緒かぁ……。

 

 「どうして私もなのよ、朝潮の知り合いでしょ?」

 

 「いや、電話の主自体は朝潮の知り合いではない。連れの方が知り合いだ。」

 

 連れ?誰だろう?う~ん……思いつかない……。

 もしかして叢雲さん?外の知り合いと言ったら叢雲さんと教官くらいしか思いつかないですし、でも叢雲さんが来るなら手紙くらい寄越すだろうし……。

 

 「じゃあ電話してきたのは誰なの?私の知り合い?」

 

 「ああ、辰見(たつみ)だ、覚えているだろう?」

 

 「知らない、誰それ?」

 

 司令官が『嘘だろお前。』みたいな顔してる、辰見?艦娘でそんな艦名あったかしら?

 

 「戦友だろうが!どんだけ薄情なんだお前は!」

 

 「知らないものは知らない!そんな艦娘聞いたことないわよ!」

 

 やっぱり、そんな艦名はないんだ。じゃあ艦娘じゃないのか。

 

 「元天龍だ。お前と天龍と龍田とで散々暴れまわっただろう。」

 

 元ってことは引退したのね。艦娘の引退は手続きが面倒だって聞いたことがありますけど。

 

 「あ~天龍か、アイツの本名ってそんなだったのね」

 

 なんだか『いや~ねぇ先生、それならそう言ってよ~』って聞こえてきそうな態度で右手をヒラヒラさせてる。なんて馴れ馴れしい……。そして羨ましい……。

 

 「忘れてやるなよ……。まあ、そういう訳だから、朝潮と二人で迎えに行ってやれ」

 

 「嫌よ面倒くさい、朝潮だけでいいじゃない」

 

 私も嫌です。この人と一緒だと何をされるかわからないですから。

 

 「話の邪魔をした罰だ!それと!扉の修理代はお前の給料から差っ引いとくから覚悟しろ!」

 

 「そんな殺生な!」

 

 うお!司令官が怒鳴った!普段の落ち着いた司令官もいいけど、こうやって青筋立てて怒鳴る司令官もかっこいいわ!私も怒鳴られてみたい!

 

 「ねぇ、朝潮が怒鳴ってる司令官を見て目をキラキラさせてるんだけど」

 

 「放っておいてあげなよ満潮、そうゆう年頃なんだよ

 

 「恋は盲目よねぇ」

 

 横で三人が好き勝手言ってるみたいですけど関係ありません!いつか私も司令官に……。

 

 「朝潮、悪いがこいつのお目付け役を頼んだぞ。我儘を言うようなら殴っても構わん」

 

 司令官が私にそんな大事なお役目を……。

 わかりました。もし神風さんが我儘を言うようなら、殴るどころか車道に突き飛ばしてでも止めて見せます!

 

 「はい!お任せください!」

 

 「ねえ、満潮。この子ってもしかして普段はポンコツなの?」

 

 「今頃気づいたの神風さん。この子って基本はバカよ?」

 

 酷くないですか!?そこまでじゃありません!

 

 「でも司令官、その辰見さんでしたっけ?何をしに鎮守府へ?一般人は入れませんよね?」

 

 「いや、アイツは艦娘は引退したが一般人ではない。艦娘を引退してそのまま海軍に入ったんだ。」

 

 艦娘の引退。通称『解体』をされると、数年の監視付きで一般の生活へ戻るか、そのまま士官として海軍に残るかの二通りの選択肢がある。

 前者の場合は書類ごとが非常に面倒です。

 

 艦娘になった時点で戸籍は抹消されるので、新たな戸籍の取得等のお役所的手続きと守秘義務等の誓約書を山ほど書かされるらしいです。

 後者の場合は、艦種と艦娘歴、あげた戦果によって変わるらしいですが、最低でも少尉待遇。

 戸籍の再取得等の手続きは変わりませんが、一般人に戻る場合と違って誓約書の数は少なくて済みます。

 元天龍ということは軽巡だから中尉かな?場合によっては、大尉か少佐くらいは期待できるかしら。

 

 「まあ、元軽巡だもんね。駆逐艦なら、兵役を終えて一般人に戻る子が多いみたいだけど」

 

 満潮さんが今言ったように、艦娘になると最低これだけは軍務に就きなさいという兵役が課せられます。兵役とは言っても志願制の自由兵役ですけど。

 志願者は一度艦娘養成所に入れられ、艦娘になるための基礎訓練をし、適合試験を経て艦娘となります。

 兵役は艦娘になった時点からカウントされ、最低で4年。それ以降は1年ごとに艦娘を続けるか、上記の二通りどちらの進路を取るかを選ぶ事になります。

 

 「何をしに来るのぉ?元艦娘の軍人さんなんて増やしてもしょうがなくない?」

 

 荒潮さんの言う通り、現在の戦況では主戦力である艦娘以外の軍人を鎮守府内に増やすのはあまり意味がありません。海兵隊と憲兵は駐屯していますし、それに加えて横須賀鎮守府には司令官の私兵までいるのですから。

 横須賀鎮守府の艦娘以外の戦力は過剰と言っていいほどなのが現状です。

 

 「軍人は軍人だが、ただの軍人ではない。辰見はここに提督になるためにくるんだ」

 

 え?今なんと……?提督になりに来る?では、今の提督である司令官はどうなるんですか?辞めちゃうんですか?

 

 「そんなの嫌です!司令官が辞めちゃうなんて、私は絶対に嫌!」

 

 私は司令官以外の提督に従うつもりはありません!私の司令官は貴方だけなんですから!

 

 「いや、私は辞めないぞ?」

 

 「え……?」

 

 「すまない、言い方が悪かった。提督になるための……そうだな、研修みたいなものと言ったらいいか。それを兼ねてしばらくは私の元で提督業の勉強をするんだ」

 

 なるほど、それで提督になるために来る。ですか。

 思い込みでつい叫んでしまいました……。そうよね、私との約束もあるし、そうそう辞めたりするはずないものね!

 

 「と、言うわけで頼んだぞ朝潮。それと神風、もしボイコットするようなら私自ら処罰してやる」

 

 「わ、わかったわよ……。わかったからその目をやめて」

 

 その目?司令官の目……。感情を一切感じさせない氷のような目。背筋が凍りつくような気がするわ。ゾクゾクする……。

 私も、あの目を向けられてみたい……。

 

 神風さんが羨ましいなぁ。

 私も神風さんみたいに暴れてみれば、司令官にあの目で見つめてもらえるかしら。褒められるのはもちろん好きですけど、怒られるのも捨てがたいわ!

 

 「ねえ満潮、この子先生のあの目を見て興奮してるわよ?きっとMっ気あるわ。」

 

 「薄々そんな気はしてた。」



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朝潮突撃 2

12/20 矛盾点を修正しました。


 何度目だろう、この車に乗るのは。

 横須賀に着任する時に1回、八駆のみんなと買い物に行った行き帰りで2回。

 これで都合4回目か。見るたびに内装がすごくなってるような気がするのは気のせいでしょうか。

 

 天井に取り付けられてあったモニターが小型のシャンデリアに変わり、左の後部ドアを除いて内装をぐるりと囲うように乗せられたソファー、しかもシートベルト&マッサージ機能付き。

 運転席と助手席の間には小型の冷蔵庫、床は高そうな絨毯、悪趣味な成金が好みそうな内装ですね。

 と言うか、これって車検に通るのかしら?

 

 「どうっすか?今回はVIP様送迎仕様っす!」

 

 引率兼護衛は例によってモヒカンさんと金髪さん。好きな人は好きなんでしょうけど、私はちょっと苦手です。この内装。

 

 「趣味が悪い!赤一色で目がちかちかするわ」

 

 そうですね。内装の色と同化して、神風さんがどこにいるかわかりません。わかりたくもないですけど。

 

 「え~~、いいじゃないっすか。姐さんと同じ赤っすよ?情熱の赤っす。赤い彗星っす!」

 

 その彗星は何を目指しているんでしょうか。正直お金の無駄使いにしか思えません。

 

 「朝潮さんも大変っすねぇ、姐さんのお守りだなんて。同情するっす」

 

 なるほど、呉に向かう二人に三人が同情してたのはこうゆう事ですか。たしかに、神風さんの性格を知ってしまうと同情せざるをえないわ。

 

 「貴方も言うようになったわね。先生の部隊に配属された当時は、戦闘のたびに漏らして帰って来てたって聞いたけど?」

 

 「ちょ!それは言わないでくださいよ!朝潮さんに聞かれるなんて恥ずかしすぎるっす!」

 

 モヒカンさんにもそんな頃があったのね、両手で顔を覆って本当に恥ずかしそう。頭のモヒカンの部分以外が赤く染まってるわ。  

 例えるなら緑のモヒカンの生えた茹で蛸かしら。

 

 「気にすることはありませんよモヒカンさん。私も初出撃の時は怖かったです。漏らしはしませんでしたけど」

 

 そう、私は漏らしていない。砲弾の水しぶきを浴びて全身びしょ濡れ、それこそ下着まで濡れていたけれど断じて漏らしてなんかないわ!

 

 「やっぱり朝潮さんは天使っすねぇ。ってか今、モヒカンさんって言いました?」

 

 だって、私はお二人の名前を知りません。と言うか、覚えられそうにありません。頭のインパクトが強すぎるんですもの。

 

 「貴方達みたいなのの名前なんて覚える価値ないでしょ。私だって知らないわ」

 

 「それは酷すぎないっすか!?なんだかんだで9年以上の付き合いっすよ!?」

 

 たしかに酷い、それは覚えてあげましょうよ……。

 

 「嫌、私余計な事に脳みそ使いたくないの」

 

 と言うか、神風さんはさっきからどこにいるんです?内装と同化しすぎて本当にわかりません。

 

 「はぁ、横須賀に戻ってからろくな事がないわ。小間使いはやらされるし、ゴリラとは組まされるし」

 

 「神風さんは長門さんともお知り合いなんですか?」

 

 「ん?私が艦娘になった次の年だったかなぁ。当時はアイツが唯一の戦艦でね?色々あったなぁ……。戦舞台の練習台にした事もあったっけ」

 

 戦舞台。私が翻弄されたあの技ですね。

 たしかに、旋回半径のせいで急な方向転換ができない艦娘にとってあの技は厄介です。文字通り海面を走って陸上と同じ動きで周りをうろちょろされたら捉え切れません。

 

 「あれはどうやってるんですか?『トビウオ』とは違うみたいでしたけど」

 

 嫌いな人だけど、強いのは確かです。学べるところは学ばないと強くなれません。

 

 「敵の周囲で『水切り』を連続でやってるだけよ。それ以上は教えてあげない」

 

 水切り?川とかで平べったい石を投げる時にやるアレですか?そういえばトビウオの応用とか言ってましたね。小規模な脚を発生させてそれを足場にする感じかしら。

 と言うか教えてあげないって……。意地悪な人ですね。まあ、苦労して習得したものをおいそれと教えたくないのはわからなくもないですけど。

 

 「ねえ、貴女って、今練度いくつなの?」

 

 練度?そういえばどれくらいなんでしょう。着任してから一回も聞いてないような……。

 

 「すみません、わからないです」

 

 「はあ?自分の練度を聞いてないの?まあ『トビウオ』が使えるくらいだから5~60くらいはあると思うけど。先生はなんで教えないのかしら」

 

 5~60?私は着任して2か月も経ってないんですよ?練度ってそんなにポンポンと上がるものなのかしら。

 

 「練度がそれくらいの人なら、『トビウオ』は使えるんですか?」

 

 「さあ?アレは練度より体の動かし方の方が大事だから、その気になれば練度1でも可能じゃない?私がアレを初めてやった時はたしか20か30くらいの時だし」

 

 じゃあ、なんで5~60なんて言ったんですか……。

 

 「ただ、50そこらになれば艤装の反応もそれなりに上がってるから、多少体のタイミングがズレても脚の操作で似たような事は出来るわ」

 

 ああ、だから5~60なんですね。鎮守府に帰ったら司令官に聞いてみようかな、私の練度。

 

 「あ、そろそろ着きますぜ姐さん。ロータリーでいいんすか?」

 

 「いいんじゃない?私と朝潮で迎えに行ってくるから適当に待ってて」

 

 「うっす」

 

 二人を車に残して車を降りると、後から内装と同化していた神風さんがニュッと出て来た。

 ホントに前触れなしで出て来たように見えたからビックリしちゃっいました。

 

 「なんだか視線が痛いんだけど。この二人の柄が悪いせいねきっと」

 

 それもあるでしょうけど、神風さんが派手過ぎるのでは?

 ただでさえ時代錯誤な女学生スタイルに全身ほぼ真っ赤なんですもの。人目を引かない方が無理な話です。

 

 「さて、辰見は何処かしら。まだ駅の中かな?」

 

 「その辰見さんの外見は流石に覚えてるんですよね?」

 

 「変わってなければね。数か月で変わるとも思えないけど」

 

 そっか、艦娘を辞めた時点で艤装による成長の抑制も解除されてるはずだから外見が変わってる可能性の方が高いのか。

 

 「あ、あそこのベンチに座ってるお婆ちゃんに聞いてみましょ?歳の割に短いスカート履いてるけど」

 

 それは失礼すぎでしょう。お歳を召されていても短いスカートを履きたくなることはあると思いますよ?

 

 「ねえねえお婆ちゃん。この辺で眼帯した柄の悪そうな女見なかった?」

 

 知り合いか!とツッコみたくなるほど馴れ馴れしいですね。それにしてもこのお婆さん頭に何か乗せてる?なんだか見覚えのある機械的な塊が二つほど頭の上に……。

 

 「誰がお婆ちゃんよ!私まだ十代なんだけど!?」

 

 あれ、この声にこの口調。それに感情と連動しているような頭の塊の動き。

 

 「え!?あ、ホントだ。髪が真っ白だからお婆ちゃんかと思っちゃった」

 

 「いきなり失礼過ぎない?アンタこそ何よその格好!百年くらい時代間違えてるわよ!?」

 

 やっぱり叢雲さんだ!来るなら来るで手紙くらいくれたらよかったのに。

 

 「しょうがないじゃない。後ろから見ると、発情期がぶり返したお婆ちゃんにしか見えなかったんだもの」

 

 煽らないで!なんでそこで火に油を流し込むような事を言うんですか!

 

 「誰が発情期のババアよ!アンタだって、何よその色。全身真っ赤じゃない!赤ペンキを頭から被る趣味でもあるの!?」

 

 あーそれはわかります。見ようによっては、全身血まみれにも見えますね。

 

 「誰が時代錯誤の赤ペンキ愛好者だ!私をそんな変人みたいに言わないで!」

 

 いや、そこまで言ってない。

 とは言え、そろそろ止めないと取っ組み合いのケンカになりそうですね。

 ん?私が止めるの?あの二人を?無理無理無理無理!下手に割って入ろうものなら両方から攻撃されかねない!

 モヒカンさんと金髪さんに頼むしか……。

 

 あれ?なんですかお二人ともそのガッツポーズは。そんな、いかにも『朝潮さんガンバ!』みたいな顔しないでください。

 無理ですからね!?

 あそこに飛び込むくらいなら、深海凄艦で埋め尽くされたプールに裸でダイブした方がまだ生き残れる気がします!

 

 「ほらほら二人とも、その辺にしときなさい?他の通行人に迷惑でしょ?」

 

 まさに天の助け!どなたでしょうかあの怒れる猛獣二人を止めに入った勇者様は!

 

 「誰よ貴女!邪魔しないで!今からこの白髪発情女をぶちのめすんだから!」

 

 いや、別に叢雲さんは発情してるからそんな格好してる訳じゃなくてですね。艦娘には、もっとすごい格好してる人もいますよ?

 

 「誰が白髪発情女だ!この、時代錯誤の赤い変態が!」

 

 よかったですね神風さん、なんだか三つくらいコンプレックス抱えてそうな異名を付けて貰って。

 難癖つけて、隕石とか落とさないでくださいね?

 

 「神風も相変わらずだね。叢雲もやめときなさい。貴女じゃ逆立ちしたって敵わないから」

 

 逆立ちしたら余計敵わないのでは?あ!まさか叢雲さんはカポエイラの使い手!?その格好でカポエイラはまずいです!下着が丸見えになります!

 

 「叢雲って言ったっけ。取りあえず、あそこでバカな事考えてそうなバカをどうにかしない?」

 

 「同感だわ、酸素魚雷を食らわせてやる」

 

 な、なんで私に矛先が!?

 

 「だからやめなさいって!ほら!そこのモヒカンと金髪!さっさとこの子達乗せてズラかるわよ!」

 

 「ちょ!言い方!」

 

 「俺らの風体+ハイエースでそのセリフは洒落にならねえ!」

 

 何が洒落にならないんだろう?あ、お巡りさんがこっちに来てる。きっと、二人のケンカを止めに来たのね。

 

 「げ!やべえ!朝潮さん早く乗って!」

 

 「そっちの三人も早く!こんな事で職質なんかされたくないっすよ!」

 

 私は車から飛び出て来たモヒカンさんに担がれてハイエースに放り込まれ、それに続いて勇者様が両脇に神風さんと叢雲さんを抱えて乗り込んできた。

 端から見たら誘拐されてるように見えたかも知れません。

 

 「危なかったわね。警察が来てたわ。きっと二人のケンカを誰かが通報したのね」

 

 「違ぇよ!間違いなくその後の事で来てたんだよ!」

 

 「うわ、ちょっとやべぇ!パトカーが出動したぞ!何々?怪しい三人組が少女三人を車に連れ込み逃走中?自分ら誘拐犯にさちゃったっすよ!?」

 

 モヒカンさんはどうやってその事を?もしかして無線を傍受してるんですか?

 

 「まったく、神風と叢雲のせいで観光の予定がパーね」

 

 「「間違いなくアンタのせいだ!」」

 

 モヒカンさんと金髪さんのダブルツッコミが炸裂。それよりも金髪さん、前を見て運転してください。

 

 「で、貴女誰なのよ。余計な事してくれちゃって」

 

 神風さんを知ってるみたいだったから、この人が辰見さんでは?

 柔和で子供に好かれそうな笑顔に、上から下までビシッとスーツで決めて髪は薄く紫がかかったセミロング。左目の黒の眼帯さえ気にしなければ、キャリアウーマンと言っても通用しそうな人です。

 

 「戦友を忘れるなんて酷くない?辰見よ。私を迎えに来たんじゃないの?」

 

 「うえっ!?貴女が辰見!?ってことはあの天龍!?嘘、信じられない!」

 

 そんなに変わってるんですか?数か月で?艦娘だった頃はどんな人だったんでしょう。

 

 「そんなに変わった?」

 

 「変わったわよ!まるで別人だわ!艦娘だった頃は一人称は『オレ』だったし中二病だったじゃない」

 

 「誰が中二病よ!た、たしかに、そういうところがあったかも知れないけど、中二病と言われるほどじゃなかったはずよ!」

 

 「いやいや、『奴にやられた左目がうずく……間違いない!奴が近くにいるぞ!』とかよく言ってたじゃない。誰も居ない所で」

 

 「やめて!私の黒歴史を音読しないで!」

 

 「他にもあるわよ?『今宵の俺は一味違うぜ!』って昼間に言ったり」

 

 「や~め~て~!昔の自分を殴りたい!口が利けなくなるまで殴りたい!」

 

 「辰見さんってそんなに痛い子だったのね……」

 

 え?カッコイイじゃないですか。なんで叢雲さんはそんなに辰見さんから距離を取ろうとしてるんですか?

 

 「痛い子って言わないで!たしかに昔は痛い子だったかもしれないけど、今はまともだから!」

 

 「極めつけはアレね、『おい、俺の後ろに立つんじゃねぇ。間違って斬っちまったらどうするんだ』って駆逐艦が全身にしがみついてる状態で言った時」

 

 「アハハハハハハハハ!!後ろどころか全身!!うわカッコ悪!!辰見さんそれはないわぁ」

 

 「もうやめて……。憎い……。中二病を患っていた自分が憎い……」

 

 チュウニビョウとは何でしょうか、病気の一種でしょうか。病気に負けずに戦い続けてたなんて凄い人だわ!

 

「ねえ神風?この子、何か勘違いしてない?すごい羨望の眼差しで見つめられてるんだけど」

 

 「放っておいていいわ。その子、基本ポンコツだから」

 

 またポンコツって言った!酷いわ。すごい事をした人に憧れるのは当然じゃないですか!

 

 「なあ、さすがにあのパトカーの数は洒落にならなくないか?」

 

 パトカー?そういえば出動したってモヒカンさんが……。って何アレ!バックドアの外が真っ赤!内装が真っ赤だから気づかなかったわ!

 

 「十台は軽く超えてるっすね……。どうする?これ……」

 

 「だから俺は嫌だったんだよ!姐さんとこの人が一緒とか安全ピン抜いた手榴弾とトリガーゆるっゆるな機関銃が一緒にダンスしてるようなもんだぞ!」

 

 ええ……。何それ超怖いんですけど……。

 

 「へぇ、良い度胸だ」

 

 「しばらく見ない間に言うようになったわねぇ」

 

 金髪さん早く謝って!今ならまだ間に合います!

 

 「それにしても情けないわねぇ。たったこれだけのパトカーに追われたくらいでオタオタしちゃって」

 

 「んな事言われたってどうしようもないでしょう!?」

 

 「撒いちゃいなさいよ金髪くん。ドラテクは『奇兵隊』で一番じゃなかったっけ?」

 

 運転が上手いとは思ってたけど一番なんだ。と言うかキヘイタイって何?モヒカンさん達の部隊名かしら。

 

 「いや、それはそうだけど、流石にこの数は……」

 

 「あー!わかった!ビビっちゃったんでしょ!ごめんなさいね。ビビっちゃったんなら仕方ないわ」

 

 これでもかと言うほどわざとらしく煽りますね辰見さん。ルームミラー越しに見える金髪さんの額に青筋が浮いてピクピクしてます。

 

 「あ、相棒?間違っても……」

 

 「……って……じゃねぇか」

 

 「相棒!?」

 

 「やってやろうじゃねぇかコノヤローーーーー!!見せてやんよ俺のドラテク!!ビビって小便漏らすんじゃねぇぞコラァァァァァァ!!!!!」

 

 金髪さんがキレた!?何てことしてくれたんですか辰見……うわっ!!

 

 「オラオラどうしたマッポどもがああ!!俺を止められるもんなら止めてみろやああああああ!!」

 

 普段の揺れをほとんど感じさせない運転とは打って変わって荒々しい運転!体が車の動きに合わせて飛んでしまいそう!

 

 「四人ともシートベルトベルト締めて!特に朝潮さんはしっかりと!」

 

 「え?あ、はい!」

 

 「あ~あ、後で先生に怒られるわよアイツら」

 

 「私たちをバカにした罰よ。優しすぎるくらいじゃない?」

 

 いやいや、さすがに二人が可哀そうですよ。と言うか、なんでお二人はこの揺れでそんなに平然としてられるんですか?私は酔ってきてるのに……。

 

 「ところで、貴女が朝潮よね?2代目の」

 

 「は、はい!駆逐艦朝潮です!よろしくお願いします!」

 

 「へぇ、貴女が……」

 

 う……なんだろう。辰見さんの目が急に険しくなった気が……。

 

 「ちょっと辰見さん、朝潮を値踏みするのやめてあげてよ。辰見さんのその目怖いんだから」

 

 値踏みされてたの?てっきり何か失礼をして怒らせたんだと思ったわ。

 だって、司令官が神風さんに向けたみたいな冷たい目だったんだもの。背筋が凍り付くかと思いました。

 

 「ごめんなさい。面白そうな子だったからついね」

 

 叢雲さんに諭されて、元の笑顔に戻った辰見さんが私に右手を差し出してくる。

 けど、さっきの背筋が凍るような感じが残ってて辰見さんの右手を取ろうとする私の手が震えて握り返すことができません。

 この人はきっと司令官と同じ。

 柔和な笑顔は仮面。きっと、腹の底にはとんでもない怪物を飼っている。

 

 そんな私の様子に気づいた辰見さんが少しキョトンとした後、少しニヒルな笑顔でこう言いました。

 

 「よろしくね朝潮。提督補佐の辰見少佐よ。ふふふ♪怖い?」




 基本的に艦娘以外の個人名は設定していません。

 辰見も元天龍と言う役どころ上仕方なく設定しました。


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幕間 提督と辰見

 「って感じで、鎮守府に着くまで散々いじられましたよ。」

 

 「こっちは警察に手を回したり大変だったがな。」

 

 「楽しかったですよ?気づいたらパトカーが十数台も後ろにいて♪」

 

 そりゃお前達は楽しかったろうさ。

 

 信号無視とスピード違反は当たり前、歩道は乗り越えるわパトカーはクラッシュさせるわのやりたい放題だったものな。

 

 こっちは揉み消すのに苦労しすぎて胃が痛くなったぞ。

 

 おまけに朝潮に変なトラウマを植え付けおって……、あの二人は今度しばき倒してやる。

 

 「それにしてもすごい部屋ですねここ、壁とか何センチあるんですか?」

 

 ここは鎮守府の外にあるとある居酒屋。

 

 私がスポンサーになり、私の元部下がやっている店で内装は和風で落ち着きがあり、防音処理された私専用の個室もある。

 

 「そこまでは知らん、だが防音対策は万全だ。秘密の話をするにはもってこいだろう?」

 

 「年頃の娘をこんなところに連れ込んで何をする気ですか?私こう見えて身持ちが堅いんですよ?」

 

 お前からそんな冗談が聞けるとは夢にも思わなかったな、艦娘だった頃は中二病の俺様キャラだったではないか。

 

 「何もせんよ、お前に手を出したら後が恐ろしい。」

 

 「あら残念、提督なら喜んでお相手いたしましたのに。」

 

 いつからそんな妖艶な顔ができるようになったんだお前は、元が天龍だと知っていなければコロッといっていたもしれん。

 

 「冗談はよせ、それよりお前は何のために配属された?提督補佐は建前だろう。」

 

 私を嫌っている大本営の参謀将校どもが素直に補佐など寄越すものか。

 

 「お察しの通り、提督の暗殺が目的です。もっともその気はありませんが。まだ死にたくありませんし。」

 

 あの愚物共め、まだ諦めていなかったのか。

 

 「選りによって寄越したのがお前とはな、他の人選なら可能性もあっただろうに。」

 

 「あの人たちなりに策謀を巡らせたつもりじゃないんですか?私は提督と知り合いですし取り入りやすいと思ったんでしょ。」

 

 「浅はかな、本当に転覆させてやろうか。」

 

 「やめてください、食い扶持がなくなってしまいます。それに、元帥殿を困らせるのは提督の望むところではないでしょう?」

 

 まあな、参謀共は愚物そのものだが元帥殿はひとかどの人物だ、色々便宜も図ってもらっている。

 

 朝潮の適合者が現れた場合の横須賀への配属の優先、私の私兵の駐屯等々、数え上げればきりがない。

 

 「元帥殿はお前の配属理由を知っているのか?」

 

 「知らされてはいないでしょうが察しはついてると思います。私にこんな物を預けてきましたし。」

 

 そう言って辰見が差し出してきたのは封印されたB5サイズの茶封筒、元帥殿が持っていたくらいだ、中身はとんでもない物だろうな。

 

 「中身は?」

 

 「私は何も。ただ提督が喜ぶ物とだけうかがっています。」

 

 ほう、私が喜ぶものとはどんなものだろうか。

 

 「ご覧になりますか?」

 

 「もちろんだ。」

 

 私は封印を切って中身を取り出し目を通す、書類と写真が数枚づつ。

 

 なるほど、たしかにコレは私が切望していたものだ。

 

 「どんな事が書いてあるんですか?」

 

 「気になるか?一方はともかく、もう片方はお前からすれば大した物ではないぞ。」

 

 私は書類と写真を辰見に手渡す、読み進める辰見が怪訝そうな表情に変わる。

 

 元艦娘のお前からしたら仕方のない事だな。

 

 「コレ……何の役に立つんですか?艦娘がいる以上あまり実用性があるとは思えないんですけど。でもこっちは使えるか……。」

 

 「この度の大規模作戦で北方を攻めるのは聞いているな?」

 

 「ええ、正直言って北方など攻めてどうするのかと思っていますが。」

 

 辰見の言う通り、北方を取り戻したところでメリットは知れている。

 

 逆に防衛しなければならない範囲が増えるだけだ。

 

 「ここ数年で行われた大規模作戦の攻略目標は覚えているか?」

 

 「ええ、ここ数年で行われた作戦だと3年前のグアムを皮切りに、北マリアナ諸島、カロリン諸島、ウェーク島、マーシャル諸島でしたか。太平洋側で棲地として確認されている所を全てですね。」

 

 「そうだ、そして今回、アリューシャン列島の敵棲地を攻める。」

 

 「提督、本命は何処ですか?」

 

 「察しが良いな、近年行われた大規模作戦及び今回の作戦はすべて本命のための布石だ。」

 

 棲地として敵の手に落ちていた各海域を取り戻すことはたしかに必要な事だ、だが敵は再び取り戻そうと艦隊を送ってくる。

 

 今はまだ維持できているが、防衛するために数が限られている艦娘を割かなければならない我が国はその内じり貧になるだろう。

 

 なにせ相手の総戦力は底が知れないのだから。

 

 「つまり本命は敵の太平洋側の中枢、ハワイ島……、敵太平洋艦隊の親玉、中枢棲姫と言うわけですね。」

 

 「そうだ、調査の結果日本近海及び米国西海岸に出現する敵の一部はその中枢棲姫を母体として生み出されていることがわかった。」

 

 母体を叩かねば鼬ごっこの繰り返しだ、近年の大規模作戦はすべてハワイ島攻略のための前段作戦。

 

 敵が棲地を取り戻そうとハワイから艦隊を送ってくれば少しづつではあるが、敵戦力を削る事ができる。

 

 作戦遂行中、最低限の防衛戦力を残し敵艦隊を分断でき、こちらが確保しているのだから棲地からハワイへ横槍を入れられることも当然無くなる。

 

 「ですが中枢棲姫は島全体を覆うほどの装甲で守られていると聞きます、そんな奴をどうやって倒すんです?」

 

 「中枢棲姫の装甲は自身が発しているものではなく、ミッドウェー、ジョンスン両島に居る飛行場姫、ハワイ東側に展開している敵主力艦隊の旗艦、そして島の中心に居る中枢棲姫の南側、マウナロア山中腹の四カ所から発していることがわかっている。マウナロア山では装甲を維持していると思われる個体も発見した。私はこの装甲……いや規模的には『結界』と言った方がいいか。の発生源を仮に『ギミック』と呼称することにした。」

 

 「ギミックですか……、日本の戦力では西側を相手取るので精一杯ですよね……、では東側のギミックはもしかして米国が?」

 

 「そうだこの戦争初の日米合同作戦、米国は東側ギミックを解除後、ハワイ島東側から包囲、掃討戦を行いながらミッドウェーとジョンスンを背後から攻撃する。日本艦隊と挟撃する形に出来れば最高だ。日本は作戦開始と同時に他の通常作戦を全て中止。防衛に専念し全艦娘の三分の一をハワイ攻略に投入。西側のギミック及び中枢棲姫を叩く。」

 

 「山の中腹のギミックはどうするおつもりで?上陸は可能なんですか?」

 

 「奴の結界は海岸線の沖合10メートルほどに沿って張られているが水中までは張られていない。島内のギミックの場所も潜水具を担いで海中から潜入して調べさせたんだ。」

 

 「なるほど、ギミックの解除は潜水艦隊で?」

 

 「いや、彼女たちは水中での戦いには慣れているが陸戦は素人だ。結界手前まで揚陸艇で接近し、そこから海中を潜水させて『奇兵隊』を送り込む。持ち込める弾薬が限られるのが悩みだな。」

 

 「奇兵隊まで投入しますか……、そのためにコレが必要なんですね、効果は期待出来るんですか?」

 

 「調査の結果、島内のギミックの装甲は陸上に居るときの軽巡洋艦と同程度とのことだ。恐らく結界の維持に力を割いているせいだろう。理論上はその『弾頭』一発で貫けるはずだ。」

 

 「えらくすんなりと島内を調査できましたね。妨害はされなかったんですか?」

 

 「妨害?もちろんされたさ、奴らは陸上でも十分すぎるほど脅威だからな。南側ギミックはどうも産卵場も兼ねていたみたいで警備も厳重だったという話だ。深海棲艦の幼体と思われるものがウジャウジャ湧いていたそうだ。」

 

 「調査を行った人たちは……。」

 

 「生きて戻ってきたのは10人にも満たなかった……。」

 

 「そうですか、報いねばなりませんね。」

 

 「ああ、失敗すれば日本も米国も再び陸に押し込まれかねない……。」

 

 だが中枢棲姫を倒すことができれば深海棲艦の脅威は激減する、ハイリスクだがリターンも大きい。

 

 「失敗するわけにはいかん、そのために数年がかりで準備を進めて来たんだからな。」

 

 「はぁ、厄介なところに配属されちゃったなぁ……。この作戦の発案者は提督ですか?」

 

 「いや、元帥殿だ。参謀共は知らんはずだぞ。」

 

 「その割には最近の作戦について誇らしげに語られましたけど?何度殺してやろうかと思ったことか……。」

 

 なんだ殺らなかったのか、昔のお前なら自慢話ばかりしてくるオッサンなど速攻で斬り捨てていただろうに。

 

 「大規模作戦自体は参謀共の発案だからな。もっとも、元帥殿がそれとなく誘導していたのだろうが。」

 

 「元帥殿はなぜあんな人たちを参謀に置いてるんです?他にいくらでも優秀な人はいるでしょうに。」

 

 「残念ながら優秀な人材は殺されるか左遷されるかしているよ、自分たちの地位を守るためならなんでもする連中だからな。そのせいで人材が枯渇している。」

 

 「と、言うことは私も殺されるの前提で暗殺を指示されたんですか?」

 

 自分は優秀な人材と暗に言いたいのか?自信満々だな、まあ優秀なのは確かだろうが。

 

 「おそらくな、私を暗殺できれば上々、できなくても自分たちの地位を脅かす存在が減る。一石二鳥だ、前提が破綻しているがな。」

 

 こいつが暗殺を指示されて素直に従うわけがない、こいつはああいった老害を一番嫌うし暗殺という行為を毛嫌いしている。

 

 「ムカついて来た、クーデター起こしません?」

 

 さらっととんでもない事を言うんじゃない、賛同する者は多いだろうが今は時期が悪い。

 

 「今は辞めておけ、そうだな……せめてハワイの作戦が終わってからにしろ。」

 

 「りょーかい、ところで私は鎮守府で何をすればいいですか?提督の書類の手伝い?」

 

 嫌そうな顔で言うな、お前が書類仕事が苦手なのは知っている。まったくやらせないわけではないが。

 

 「しばらく、お前には水上打撃部隊の指揮を任せようと思っている。」

 

 「私は水雷屋ですよ?元ですけど。」

 

 「そっちは少佐と由良に見てもらっている。勉強と思ってしばらくやってみろ。叢雲だったか?お前の初期艦、彼女を秘書艦として好きにしていい。」

 

 「了解、なんとかやってみますよ。それで?本命の作戦の決行は?」

 

 「今の予定では今年の末だ、それに載っている『ワダツミ』の試験運転が終わり次第決行する。」

 

 「年度末か……、新年が迎えれる事を祈ってます。」

 

 「ああ、私もだ。」

 




 軍事は一切しらない素人考えの作戦ですがまあ、大目に見てやってください。
 
 


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朝潮突撃 3

 4月も下旬に差しかかり、一般の人ならゴールデンウィークをどうするか予定を立てて居る頃。

 

 横須賀鎮守府内は、司令官によって正式に発令された大規模作戦への準備で大忙しだった。

 

 資材、資源の調整、大湊警備府への艦隊の移動。

 

 横須賀鎮守府から出撃する艦隊同士の打ち合わせ等々、上から下までてんてこ舞い。

 

 「なのに、なんで私達はこんなに暇なんでしょうか。」

 

 そう、鎮守府がそんな状況なのにも係わらず、私達第八駆逐隊は暇なのです。

 

 哨戒任務も訓練もしてはいるのですが、大きな作戦前なので訓練は最低限、哨戒も一日数時間程度。

 

 暇さえあれば出撃をしていた入渠前と比べて、明らかに空き時間が増えているのです。

 

 唯一、大潮さんだけは秘書艦補佐をしているので忙しそうですが。

 

 昼食を食べ終わった現在、演習場は作戦に参加する艦隊が訓練に使っていて使用できず、哨戒任務も昼食前に交代したばかりなので明日まで予定はなし。

 

 「疲れ切った状態で作戦に挑むよりはマシでしょ?それにまったく何もしてないわけじゃないんだし。」

 

 それはそうですが空き時間がこうも多くては体が鈍ってしまいそうで……、満潮さんだって暇を持て余してるんじゃないですか?

 

 ずっと荒潮さんと一緒に私の髪型をいじって……。

 

 「八駆は作戦と直接関係ないからねぇ。あ、満潮ちゃん次は縦ロールにしましょ♪きっと似合うわよぉ♪」

 

 「春風みたいな?この子に似合うわけないじゃない。」

 

 春風さん?たしか第五駆逐隊の人ですよね。

 

 遠くからしか見たことないけど、神風さんと同型艦なのに神風さんと違ってお淑やかな大和撫子って感じだったなぁ。

 

 そういえば神風さんって同型艦の人達とどうゆう風に接してるんだろう?

 

 一緒に居るところを見たことないわ。

 

 「朝潮なら髪型をドリルみたいにするより両手に付けた方が喜ぶんじゃない?」

 

 両手にドリル!?髪型をいじって遊んでいたはずが、なぜ私を改造する話になってるんですか!?

 

 「それなら艦名も変えなきゃ!豪天号とかどう?」

 

 なんか人類最後の希望みたいな感じのいい艦名ですね!でも嫌です!私は朝潮であることに誇りを持っています!

 

 「できた!今度は無難に、ポニーテールにしてみたわ!」

 

 「シンプルだけどいい感じねぇ。あ!そうだ満潮ちゃんアレを着せましょうよ!」

 

 服まで着替えさせるんですか!?以前みたいにまた下着姿で正座なんて嫌ですよ!?

 

 「アレね、ちょっと待ってて!」

 

 珍しく二人とも意気投合してますね、私に何を着せるつもりですか?と言うか荒潮さん、黙々と私を脱がさないでください。

 

 手つきが手馴れすぎててなんだか怖いです。

 

 「あった!さあ朝潮、コレを着なさい!アンタも着たがってたでしょ?」

 

 そ、それはまさか……。

 

 「黒のワンピースにフリルの付いた白いエプロンを組み合わせたエプロンドレスに同じく白いフリルの付いたカチューシャ、ポニーテールの朝潮ちゃんに良く似合ってるわぁ。どこからどうみても立派なメイドさんよぉ♪」

 

 これが噂のメイド服……、駆逐隊としては良い仕上がりだと思います!今すぐお茶でも淹れたい気分です!

 

 でも、前に皆がコレで出歩くのはやめなさいと言った理由が少しわかったわ、コレで歩き回るのはさすがに恥ずかしい。

 

 可愛いとは思うのだけど……、いえ、けっして自画自賛したわけではなくあくまで服が可愛いんですよ?服が。

 

 「司令官が見たら昇天するわね、私も少しやばいわ……。」

 

 満潮さん鼻血が出てますよ?お任せください!私が拭いて差し上げます!

 

 「もう朝潮ちゃんはこれが制服でいいんじゃないかしらぁ。司令官に提案してみるぅ?」

 

 これを制服にですか!?さすがにそれはちょっと恥ずかしい気が……。

 

 でも司令官が喜んでくださるならやぶさかでもない気が……。

 

 ドンドン!

 

 あら?誰かしら暇を持て余してるのなんて私たちくらいなのに。

 

 と言うかノックはもう少し静かにしてください、ドアが壊れてしまいます。

 

 「はいはい、どちら様?」

 

 来客に対応しようと思い立ち上がるとすでに満潮さんが対応していた、ん?とゆうか私はこの格好でお客様に会うのですか?それはまずい!こんな格好を他の人に見られるなんて恥ずかしすぎる!

 

 「邪魔するわ!ちょっと匿って!」

 

 「あら神風さん、匿ってって、また何かしたの?」

 

 「いいから早く!どこか隠れられるところは……。あ!ちょっと朝潮!そこに立ってて!」

 

 は?いえ立っているのは別に構いませんが、え?ちょっと何してるんです?

 

 なんでスカートの中に入ろうとしてるんですか!

 

 「ちょっと神風さん!何を……!」

 

 「いからじっとしてて!」

 

 私の長いスカートにすっぽり隠れた神風さんが私の両足をガシッ!と掴んで私を身動きできなくしてしまった。

 

 「一体何がどうなって……。」

 

 「ちょっと失礼!神風姉ぇ来なかった!?」

 

 神風さんが私のスカートの中に隠れて少しして現れたのは五駆の朝風さん、頭の両側についた蝶々みたいなリボンが特徴的な人だ。

 

 「……、来てないわ。何かあったの?」

 

 満潮さん、一瞬突き出そうか迷ったわね。

 

 「そう……、わかったわ。邪魔してごめんね!」

 

 部屋を一通り見渡した朝風さんは一言謝るとダッ!と言う擬音が聞こえてきそうな勢いで部屋を出て行った。

 

 神風さんはあの人に何をしたんだろう?逃げ回るくらいだから神風さんはあの人が苦手なのかな。

 

 「行った?」

 

 「行きましたよ、だからそろそろスカートから出てきてくれませんか?」

 

 スカートで見えないが私の股の間には神風さんが居る、つまり私はガニ股状態。

 

 あまりしていたくない恰好なのでさっさと出てください。

 

 「ふう、助かったわ……、あの子達しつこくて。」

 

 「あの子達?五駆全員から追われてたのぉ?」

 

 「そうよ、と言うか横須賀に戻ってからずっとね。」

 

 いったい何をしたらそこまで追われ続けるんですか?よっぽど恨みをかってるんですね。

 

 「あの子達と神風さんは面識ないはずでしょ?なんで追われるのよ。」

 

 面識がない?同型艦なのに?

 

 ああ、神風さんが横須賀を離れている間に着任したのかな。

 

 「なんでか知らないけどやたら懐かれちゃってさ。それに先生の思惑で作戦の総旗艦にされたじゃない?それのお祝いをしましょう!とか言って、ここのところずっと追いかけられてるの。」

 

 「素直にお祝いされてあげればいいのにぃ。」

 

 ホントその通りです荒潮さん、この人は何がそんなに嫌なんだろう。

 

 「私くらいになれば総旗艦とか普通なの!別にお祝いされるほどの事じゃないわ。」

 

 あれ?照れてる?顔まで真っ赤になったら本当に赤一色ですよ?

 

 「そんな事言って、知らない妹たちと一緒に居てもどう接していいかわからないだけでしょ?」

 

 知らない妹……、そうか、神風さんが知ってる朝風さん達と今いる朝風さん達は別人なのか。

 

 じゃあ神風さんが知ってる朝風さん達はまさか……。

 

 「知った風な口きかないで……。」

 

 「でも事実でしょ?」

 

 み、満潮さんその辺にした方が……神風さんがすごい目で睨んでますよ?

 

 「はぁ……、そうよ。あの子達は私が知ってるあの子達と違う、なのにあの子達は私を慕ってくる。それがどうにもこそばゆくてね……。」

 

 えらく素直に認めましたね、ここで満潮さんと一戦やらかすのかと思ってハラハラしましたよ。

 

 「神風さんにも可愛いとこあるのねぇ。」

 

 ホント意外過ぎます、悪いものでも拾い食いしたんじゃないですか?

 

 「いまだに私以外の神風型が現役だなんて横須賀に戻って来るまで思ってもみなかったからね。とっくに私だけになったと思ってたのに妹がいるんだもの……、どう扱っていいかわかるわけないじゃない。」

 

 そういえば神風さんは全艦娘のプロトタイプ。たしか神風型は睦月型の前級で、現存する艦娘で一番古い艦型だ。

 

 神風さんがプロトタイプで、その後に建造された神風型自体がテストタイプって感じなのかしら。

 

 「貴女達は知らないでしょうけど、私が艦娘になった頃は手探りどころじゃなかったの。陸軍と、私は先生の部隊とだけど。それと一緒に陸上で戦ったりしてたのよ?きっと、先生の所じゃなかったら私もとっくに死んでた……。」

 

 艦娘を陸上で!?それではただでさえスペックの低い駆逐艦はただの子供と大差ないんじゃ……。

 

 「そんなだったから私と同期の神風型は私以外全滅、艦娘なのに陸で轟沈してたのよ?笑えないでしょ?鎮守府の体裁が整いだしてようやくまともに運用されだしたものの、その頃には他の艦種も建造されてだして私は半ばお払い箱。先生がいなきゃ私は解体されてたかもね。」

 

 普段は傲岸不遜を地で行く神風さんがしおらしくなってしまった、この人はこの人なりに苦労してきたのね。

 

 「素直にお祝いしてもらえばいいじゃない。騒ぐのは好きでしょ?」

 

 「たしかに騒ぐのは好きだけど……。あの子達お酒飲めるのかしら。」

 

 「なんでお祝いイコールお酒なのよ。考え方がオッサンなんじゃない?」

 

 お酒は二十歳になってからですよ神風さん。

 

 「祝いの席にお酒がないなんて考えられないわよ!それに私はこう見えても二十歳超えてるの!」

 

 見た目とも中味とも乖離した年齢ですね!普段の言動を見てると、とても成人しているとは思えませんよ!?

 

 「あ~そういえば合法ロリだったわね。」

 

 「合法ロリって言うな!気にしてるのよこれでも!」

 

 「司令官も神風さんが相手ならロリコン呼ばわりされないのかしらぁ。」

 

 それは聞き捨てなりません!司令官の嗜好にも合っていて昔馴染みで、しかも合法的に結婚も可能とか羨ましすぎる!

 

 「いやぁ無理じゃない?神風さんって歳はともかく見た目がアウトだし。」

 

 「歳はともかくとか言うな!それじゃ私が年増みたいじゃない!」

 

 「お婆ちゃん、お茶でも煎れましょうか?」

 

 「誰がお婆ちゃんよ!悪ノリしてんじゃないわよ朝潮!」

 

 せっかくお茶を煎れてあげようと思ったのに。

 

 まあ、お婆ちゃんは少し言い過ぎたわね、一応先輩だし。

 

 おばちゃんくらいにしてあげればよかった。

 

 「ねえ、なんでこの子こんなに私の事嫌ってるの?私何か嫌われるような事した?」

 

 まさかの自覚なし!?嘘でしょ!?

 

 「まぁ、初対面でアレだものねぇ……。」

 

 「半分はただの嫉妬だと思うけどね。」

 

 嫉妬ではありません!羨ましいだけです!

 

 「嫉妬?なんで?」

 

 「この子司令官の事大好きだから。司令官と親しい神風さんが憎らしいんじゃない?」

 

 ちょ!なんでこの人に言っちゃうんですか満潮さん!

 

 「はあ!?あんなオッサンの何処が良いの!?すぐ怒るし煙草臭くてついでに足も臭いし最近加齢臭と額が後退してるのを気にしてるし、たまに寝言で変な事言うし!」

 

 ……、そんなに自慢したいですか?私はこんなに司令官の事を知っている、お前は知らないだろ?と、そうゆう事ですか?

 

 わかりました、工廠裏に行きましょう、久々にキレてしまいましたよ。

 

 いやダメだ、工廠裏に行くまで待っていられない!

 

 「いいじゃないですか!怒られるのは神風さんが悪いことするからでしょ!ああ羨ましい!私は司令官の煙草の匂い好きですよ?足の臭いは嗅いだことないけどいつか嗅ぎます!あと加齢臭最高じゃないですか!何がいけないんです!?それにハゲてたっていいじゃない!ハゲてるのを気にするなんて可愛いじゃないですか!」

 

 「いや、ハゲとは言ってない。」

 

 「願望出てるわねぇ……。朝潮ちゃんって臭いフェチだったのねぇ……。」

 

 「一番聞き捨てならないのはアレですよ!たまに寝言で変な事言う?なんで神風さんが司令官の寝言なんて知ってるんですか!一緒の部屋で寝てるんですか?添い寝ですか?まさか合法だからと言ってそれ以上の事まで……!許せません!羨ましすぎる!私と交代してください!!今すぐ!!!」

 

 「……。」

 

 なんですかそのポカーンとした顔は、口をパクパクまでさせちゃって餌をねだる鯉みたいですよ?ちゃんと聞いてるんですか?私の怒りはこれ位じゃ収まりません!

 

 「私、神風さんのあんな顔初めて見たわ。」

 

 「私もよ満潮ちゃん、朝潮ちゃんって司令官の事になると人が変わるのねぇ。」

 

 これ位当然です!これが朝潮型駆逐艦の力なんです!

 

 「でもぉ、寝言の件は私も気になるわぁ。なんで神風さんが知ってるのぉ?」

 

 「え?ああ……、いやだって、私先生の部屋を間借りしてるから。」

 

 なん……だと……?

 

 「それって同棲してるってこと!?」

 

 え……、この人今なんて言った?同棲?誰と誰が?まさか司令官と神風さんじゃないわよね?

 

 「まあ同棲って言えば同棲だけど、共同生活に近いわよ?最近は作戦前で忙しいからまともに帰ってこないし。」

 

 うちの主人ったら最近仕事が忙しくて帰りが遅いのよ~。ですか?すっかり女房気取りですね。

 

 妬ましい!

 

 「司令官って部屋じゃどんな感じなの?プライベートはキャラが変わるのは知ってるけど、部屋でも同じなの?」

 

 満潮さんは司令官のプライベートをご存知なんですね、私は先代のプレゼントを渡した時に見たきりです。

 

 まさか満潮さんも敵ですか?

 

 「聞きたい?もう最悪よ!?部屋だとホントただのオッサンなんだから!靴は脱ぎっぱなしにするわフンドシ一丁で歩き回るわオナラは平気でするわ!傍から見たらホント通報ものよ!?酷い時はフンドシ一丁で変な踊り始めるし!」

 

 司令官は踊りも嗜んでいらっしゃるのですね、さすがです!

 

 それに司令官の下着がフンドシだと知れたのは大収穫だわ、こんな形で知りたくなかったけど……。

 

 一枚分けてもらえないかしら。

 

 「か、神風さんその辺でやめてあげてくれないかしらぁ……。朝潮ちゃんがやばいわぁ……。」

 

 ええ、やばいです。

 

 なんで司令官と神風さんの惚気話を聞かされなきゃいけないんですか?私は何も悪いことしていません。

 

 胸にポッカリと穴があいたような気分だわ。

 

 失恋するとこんな気分なのかしら。

 

 まだ告白すらしてないのにあんまりだわ。

 

 「そうそう!あの人って骨取ってあげなきゃ焼き魚食べれないのよ?いい歳した大人が情けないと思わない?まあ、焼き魚の時に明後日の方見ながら『んっ』って言って皿を寄越してくるのは、ちょっと可愛いかなとか思う時もあるけど。」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 「もうやめたげてよぉ!朝潮ちゃんが息してないじゃない!」

 

 もういっそ殺して……なんですかこの罰ゲームは……。

 

 女房って言うより古女房じゃないですか。

 

 もしかしたら司令官も私の知らないところで『いやぁ、うちのカミさんがね?』とか某国の刑事みたいな事言ってるのかもしれない。

 

 「朝潮大丈夫!?神風さん!なんでこんな酷いことするの!」

 

 「私のせい!?質問に答えただけなんだけど!?」

 

 ああ……、いつか司令官と添い遂げられると思っていたのに……。

 

 結婚したら司令官の田舎に引っ越して小さいけど昔ながらの趣がある和風の一軒家を建てて暮らそうと思っていたのに……。

 

 犬を一頭飼って、毎日司令官とお散歩させて……。

 

 そのうち司令官の子供を授かって……。

 

 代わり映えしない毎日だけど幸せな家庭が築けると思っていたのに……。

 

 「朝潮!しっかりしなさい!今のは神風さんの冗談よ!同棲なんてしてるわけないじゃない!」

 

 え……?冗談……?本当に……?

 

 「いや?本当だけど?」

 

 「神風さん空気読んでくれないかしらぁ!?」

 

 やっぱり事実なんじゃないですか……。

 

 あ~もうダメ、意識が遠のく……。

 

 司令官申し訳ありません……朝潮はここまでのようです。

 

  「ちょっとコレ、マジでやばくない?立ったまま白目剥いて泡吹き出したんだけど!」

 

 「やってくれたわねぇ神風さん、朝潮ちゃんに何か恨みでもあるのぉ!?」

 

 「いやいやいや!私悪くない!悪くないから!」

 

 三人が何か騒いでるけどもうどうでもいいや……。

 

 このまま寝てしまおう、せめて夢の中だけでも司令官と添い遂げよう……。

 

 私は騒ぐ三人など気にせず、現実から逃げるように意識を手放した。




 いつも土日は二話投稿してたけど晩から飲みに出ることになったのでこれ一話だけで。

 電車の中でギリギリまで修正加えます!


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幕間 提督と神風 2

 まったく今日は散々だった、八駆の部屋から出た途端に朝風たちに捕まって輪形陣でお祝いされるわ、朝潮が壊れたのを私のせいにされるわ。

 

 なんとか離脱して先生の部屋に逃げ込んだはいいけど、それから一切外に出ることができなかった。

 

 だってあの子達消灯時間まで私を探し回ってたんだもの、晩御飯も食べ損ねちゃった。  

 

 「ホント、今日は厄日だったわ……。」

 

 別にお祝いされるのは嫌じゃない、だけどお祝いが輪形陣を組んでひたすら私の周りを回るだけってどうなのかしら。

 

 「……。」

 

 ちょっと先生、少しは反応してくれてもいいんじゃない?さっきから何を呆けているのかしらこの人は。

 

 「朝潮に知られた……。」

 

 知られた?部屋の中での先生を?別にいいんじゃない?たぶんあの子、幻滅するどころか逆に憧れてたわよ?

 

 「そんなにショックなら直したら?ハッキリ言って朝潮じゃなきゃドン引きするレベルで酷いわよ?」

 

 ちなみに先生はフンドシ一丁だ、私だって一応女なんだから少しは遠慮してくれないかしら。

 

 「そっちじゃないわ!お前と同じ部屋で寝起きしちょる方じゃ!」

 

 なんだそっちか、それこそ気にすることないじゃない、何もないんだし。

 

 子供の頃から同じテントや部屋で寝てたんだから今さらでしょうに。

 

 「誤解したじゃろうのぉ……こいつが夜一人で寝れさえすりゃここに住まわせんでも済んだのに……。」

 

 「べ、別に一人でも平気だし!先生が寂しがっちゃいけないから一緒の部屋に居てあげてるのよ?」

 

 「ほう?第一駆逐隊の部屋は当時のままじゃけぇ使ってええんぞ?」

 

 第一駆逐隊は本来なら私が所属しているべき駆逐隊だけど、艤装自体が破壊されたため後任の艦娘が着任できず現在は私一人だ。

 

 まあ私一人で駆逐隊より強いから問題ないんだけど。

 

 「遠慮しとく、掃除とか面倒くさいし。」

 

 そう、掃除が面倒だから部屋を使わないのだ、けっして夜一人でいるのが怖いわけではない。

 

 「まあええわ、腹減ったけぇなんか適当に作ってくれんか?」

 

 「たまには先生が作ってよ!いつも私じゃない!」

 

 「家賃替わりじゃボケ!」

 

 何が家賃だ!先生の部屋と言っても鎮守府の施設の一部じゃない!まあ、提督用の部屋だからセキュリティは万全だし間取りは広いし、台所とか生活に必要なものはほとんどあるから寮の部屋より便利ではあるけど。

 

 「はいはい、わかりました!でも冷蔵庫の中にろくなものなかったわよ?」

 

 「酒の摘みになりゃなんでもええ。」

 

 だったらキュウリでも齧ってろ!丁度あるから!

 

 「お金はあるくせにろくな物食べないわよね先生って、あ!鯖缶みっけ。」

 

 「贅沢は敵だ。」

 

 そんな事言って、作るのが面倒なだけなんでしょ?料理はできる癖にまったく作ろうとしないんだから。

 

 「大根があるから一緒に煮るか、ちょっと時間かかってもいい?」

 

 「俺が寝るまでに作ってくれりゃええ。」

 

 いっそ寝てくれないかしら、え~とエプロンは……、あった。

 

 「そういえば第一艦隊の奴らとはどうだ?上手くやっちょるか?」

 

 「それなりにね。他の空母とか戦艦も最初は不満があったみたいだけど、長門をぶっ飛ばして見せたら露骨に不満顔を見せることはなくなったわ。」

 

 「そうか、ならええ。」

 

 一応心配してくれてたのかな?

 

 「ねぇ、なんで八駆の子達ってあんなに暇そうなの?先生なら演習場を確保してあげるくらいできるでしょ?」

 

 大潮たちはもちろんだけど、朝潮も実力的には問題ない。

 

 ただ朝潮の場合は、自分にできる事の自覚がないのが問題だ。

 

 多分あの子は2~3歩くらいなら戦舞台も使えるだろう、戦舞台さえ使えれば戦艦などカモだ。

 

 接近できればの話だけど。

 

 「ダメだ、そこかしこで他の艦娘が訓練している状況であの子を演習場に出したくはない。」

 

 純粋培養が過ぎる、たしかにあの子の才能……、いや、能力と言った方がいいか、アレは才能で片づけていいようなものじゃない。

 

 「先生はホントにあの子を剣に仕立て上げるつもりなのね。」

 

 隻腕の戦艦棲姫を屠るための剣、そのための技術以外はいらないと言う訳ね。

 

 「ああ、改二改装が出来るほどの練度に到達できなかったのが少し残念じゃったがの。」

 

 「あらそうなの、あの子の練度って今いくつ?50くらい?」

 

 あんまり興味はないけどね、え~とあとは鯖缶入れて水溶き片栗粉っと。

 

 「69だ、それまで以上過ぎる速度で上昇していた練度が69でピタリと止まった。あと1で改二改装を受けさせられたんじゃがの。」

 

 「69!?」

 

 着任2か月程度でしょ!?50でも行きすぎだと思ってたのに69だなんて……。

 

 練度は上がれば上がるほど次に上がるまでのハードルは高くなる、私がそれくらいになったのって艦娘になって何か月くらいだったっけ?

 

 「何かの意思が働いてるようにも思えてくる。初訓練、初出撃、そしてお前との戦い。あの子にとって節目と思われる経験を終えた時に練度は急上昇していた。」

 

 「私と一戦交えた後、どれくらい上がったの?」

 

 「60から69まで一気にだ、あの一戦でそこまで上がった。」

 

 一気に9も……、あの子の能力を考えれば私から得たものは多いでしょうね。

 

 「節目と節目の間では1か2しか上がっていない、こんな練度の上がり方はあり得るのか?」

 

 間の経験では微々たるくらいしか上がらないのに大きな経験をした途端に急上昇する練度……そんなの聞いたことがない。

 

 「少なくとも私は聞いたことがないわ。あの子の艤装、異常はないのよね?」

 

 「ああ、最初に練度が上がった時に妖精に徹底的に調べさせた。どこにも異常はなかったよ。」

 

 いつの間にか仕事モードになってるわね、こうゆう時にふざけるとマジで怒られるから真面目に答えてやるか。

 

 「もし、その上がり方が事実なんなら次に練度が上がる時はわかりきってるわ。」

 

 あの子にとって節目となりえる経験、直近ではアレしかない。

 

 「隻腕との戦闘後、か?」

 

 「もしくは戦闘中ね、先生は戻ってからしか練度を確認できないでしょ?今までだって経験をした直後に上がっていた可能性はあるわ。」

 

 練度は通常、1か2程度づつしか上がらない。

 

 戦闘を経験した後でも上がらない事はしょっちゅうだ、それほどゆっくり上昇するから自分がやりたい動きとの齟齬が発生しにくい。

 

 私からしたら戦闘中に練度が急上昇するなんて願い下げだけどね、急に上がられたら体の動きのタイミングがズレちゃうもの。

 

 だけどあの子の場合は逆。

 

 技術の習得や精神的な成長に応じてソレが使用可能な練度まで一気に上がるから、練度が急上昇しても問題ないんだ。

 

 だとすればあの子は体力面さえ追いつけば2~3歩どころではなく戦舞台を使用できることになる、問題はあの子が使えることを自覚してない事か……。

 

 「先生、あの子に自分の能力を自覚させるべきだと思うわ。」

 

 でないと、使える技術を使えると知らないばかりに戦死とかもないとは言いきれない。

 

 「教えることは簡単だが……、あの子は養成所で落ちこぼれ呼ばわれされていたせいか、自分に自信がないようなんだ。そんな子に、君は実は天才なんだと言って素直に信じるかどうか……。」

 

 「あの子って落ちこぼれだったの?バカだけど座学は出来そうだったわよ?」

 

 あ~実技がダメダメだったのかな、それなら座学だけできても落ちこぼれか。

 

 「あの子は内火艇ユニットにも同調できなかったんだ、だからここに来るまで浮き方すら知らなかったよ。」

 

 「はあ!?そんなんでよく艦娘になれたわね!」

 

 と言うより養成所を追い出されなかったのが不思議なくらいじゃない!

 

 「だから教えたところで信じるかどうか疑問だし、余計な疑念を抱かせたまま出撃もさせたくない。」

 

 「面倒くさい子ねぇ……。」

 

 先生も面倒くさいけど。

 

 「お前から見てあの子達はどうだ?隻腕とやれそうか?」

 

 私がやれないって言ってもやらせるんでしょ?単に私のお墨付きが欲しいだけで。 

 

 「問題ないわ、私も隻腕とは別の戦艦棲姫とやり合ったことがあるけど。あの子達なら問題なく倒せると思う。」

 

 その隻腕とやらが通常の個体と同程度ならだけどね。

 

 「そうか、ならええ。ところで飯はまだか?酒がなくなりそうじゃ。」

 

 このクソ親父は!コロコロコロコロキャラを変えるな!実は二重人格なんじゃない?

 

 「できたわよ!ご飯はどうする?麦飯しか炊いてないけど。」

 

 「銀シャリがええ。」

 

 「文句があるなら自分で炊け!」

 

 麦飯は米より栄養豊富なのよ?それに貧血や脳卒中等の病気の予防にもなるし糖尿病にも効果がある!炊き方と配合にさえ気を付ければ普通のお米より美味しいんだから!

 

 「それはめんどいけぇ嫌じゃ!」

 

 子供か!ホント部屋ではただのダメ親父ね!

 

 「お、なかなかイケるのぉ。いつでも嫁に行けるんじゃないか?」

 

 「当分嫁に行く気はないわよ、相手もいないしね。」

 

 「そうなんか?まあ、お前の性格考えりゃのぉ……。」

 

 「私の性格がねじ曲がったのは主に先生のせいだけど?」

 

 子供の頃からムサイ男どもと戦場を渡り歩てりゃ曲がりもするわよ。

 

 「そうじゃの、すまん……。」

 

 あら、意外と気にしてたみたい。

 

 別に責めた訳じゃなかったんだけどな……。

 

 「気にしなくていいわ、先生と一緒に居なきゃ今頃野垂れ死にしてるか色街で体売ってるかのどっちかだったわよ。」

 

 あの頃はそれが普通だったし、ゴールデンウィークに浮かれてる一般人がいるのが信じられない。

 

 一応戦時中なのよ?

 

 「そういえばなんでお前、俺の事『先生』って呼ぶようになったんじゃったか。最初はおじさんって呼んじょったろ?」

 

 「ん~なんでだっけ、忘れちゃったわ。」

 

 私に生き方と戦い方を教えてくれたのは先生だ。

 

 隊長とどっちか迷ったけど、当時の私は軍人じゃなかったから先生で落ち着いた。

 

 お父さんって呼ぼうと思ったこともあるけど、それだと娘さんを思い出させちゃうと思うと呼ぶことができなかった……。

 

 「嫁に行くときは挨拶くらいさせろ、一応……親代わりじゃしな。」

 

 「はいはい、その時が来たらね。」

 

 そのためにはこの戦争を生き残らなきゃね。

 

 こんな血まみれの私を貰ってくれる奇特な男がいるとは思えないけど。

 

 もし、嫁に行くことになったら結婚式の費用は全部先生に払わせよう。

 

 娘の結婚式に親がお金を出すのは全然ありよね!

 

 だから、その時までは娘としてお世話してあげるわ。

 

 感謝しなさいよね!

 

 ねえ……お父さん。



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朝潮突撃 4

五月に入り、すべての準備を完了した横須賀鎮守府は北方、アリューシャン列島の敵凄地へ向け進行を開始した。

 

 北方攻略の作戦は三段構え。

 

 第一段階として大湊警備府から軽巡洋艦を旗艦に、駆逐艦と最近開発が完了した海防艦で編成された対潜艦隊が先行し潜水艦を掃討後に横須賀から第3第4艦隊が出撃。

 

 作戦は第二段階に移行し第3、第4艦隊で道中の水上及び空母機動部隊を殲滅、敵旗艦と思われる港湾棲姫を主力の第1第2艦隊で叩くと言うのが作戦の概要だ。

 

 私たち第八駆逐隊は、作戦が第二段階に入った時点で横須賀を哨戒艇に乗って出港。

 

 千島列島とアリューシャン列島の中間地点に哨戒艇を浮かべて待機、戦艦棲姫の出現を待つ。

 

 現在作戦は第二段階、第3、第4艦隊の出撃から半日遅れて出港したところだ。

 

 「悪いわね、アンタ達までこっちに付き合わせちゃって。」

 

 「いいのよ、私たちだって無関係じゃないし。」

 

 満潮さんが後部デッキに腰かけて話しかけているのは哨戒艇の護衛として同行している第九駆逐隊の旗艦、朝雲さんだ。

 

 同じ朝潮型の艦娘で、私や満潮さんと同じ制服に長めのツインテール、性格は満潮さんより少し緩めのツンデレ。

 

 前方には山雲さん、後方に夏雲さん、朝雲さんの反対、哨戒艇の左側には峯雲さん、第九駆逐隊が輪形陣を形成して随伴している。

 

 何度か話したことはあるけど、四人ともどこか遠慮気味で仲がいいかと聞かれば微妙と答えるしかない。。

 

 「絶対に朝潮姉ぇの仇取ってよね!……、って朝潮の前で言うのも変な気分だけど。」

 

 私も妙な気分です、朝潮である私が朝潮の仇を討つ。

 

 事情を知らない人が聞いたらきっと訳が分からないと思います。

 

 「鎮守府に帰ったら間宮羊羹を一本丸々あげるわ、だから護衛頑張って。」

 

 「ホントに!?満潮姉ぇったら太っ腹♪もらっといたげる♪」

 

 いいなぁ、私も間宮羊羹食べたい。

 

 「それにしてもこの哨戒艇凄いわね、司令官の私物?」

 

 「私物と言うか私物化ね、船体にちゃんと『哨戒艇』って書いてあるでしょ朝雲。『哨戒艇』だから費用は軍の経費で落としてるらしいわ。」

 

 満潮さんの言う通り、私たちが乗り込んでいる船体の横に『哨戒艇』と書いたクルーザーは司令官が私物化してるものらしい。

 

 一般にサロンクルーザーと呼ばれるもので大きさは40フィート、内装は控えめだけどシャワー、トイレ、キッチンカウンターを完備した『哨戒艇』と銘打っているだけのクルーザーだ。

 

 後部デッキには艤装の収納スペースまであり、同行しているモヒカンさんと金髪さん曰くあちこちに銃火器や弾薬も隠しているらしい。

 

 「あ、それ知ってる。職権乱用って言うのよね。」

 

 まあそう言わないでください朝雲さん、そのおかげで待機中も不自由しなくて済むんですから。

 

 「ハイエースにしてもそうだけどちょっと酷いわよね、鎮守府の外には何軒かお店も抱えてるみたいよ?」

 

 お店まで……、何のお店なんだろう、いかがわしいお店じゃないですよね?

 

 「あ!それ聞いたことある!着任したての辰見少佐と一緒に行ったらしいわよ!」

 

 なんですと!?朝雲さんその話詳しく!

 

 「昔からの部下だしお酒飲みながら昔話に花を咲かせたんじゃない?」

 

 「そうかなぁ……、夜の街に二人で繰り出したんだよ?怪しすぎない?」

 

 たしかに怪しいです!昔話なら鎮守府でもできますしね!

 

 「満潮ちゃん、朝潮ちゃん。ちょっといい?」

 

 満潮さんと朝雲さんが司令官の公私混同について話していたら荒潮さんが後部デッキに出てきた。

 

 どうしたんだろう、荒潮さんが見た事ないくらい真剣な顔してる。

 

 「私は聞かない方がいい感じ?」

 

 「ええ、ごめんね朝雲ちゃん。」

 

 「わかった、気にしないで荒潮姉ぇ。」

 

 朝雲さんが哨戒艇から離れて護衛に専念しだすと、私と満潮さんは荒潮さんに促されて船内に入った。

 

 荒潮さんは何の話があるんだろう?

 

 「どうしたのよ、妙に真剣な顔しちゃって。」

 

 「ええ、私の奥の手について朝潮ちゃんに話しておきたくて。」

 

 ああ、たまに会話に出て来てたアレか、結局どんなものなんだろう?他の艦娘に見られたくないってのはなんとなく知ってるけど。

 

 「荒潮、話す気になったの?」

 

 「ええ、大潮ちゃんも一緒にいて?」

 

 「ん。わかった。」

 

 船内のソファーに座って海図に目を通していた大潮さんが頷き、私たち三人もソファーに腰かける。

 

 私の隣に座った荒潮さんのテンションが低い、なんだか空気も重いわ……、そんなに話したくない事なのかしら。

 

 「朝潮ちゃんは艤装のコアが何でできてるか知ってる?」

 

 艤装のコア?そういえば知らないな、座学でも習った覚えがない。

 

 妖精さんが作り出すものじゃないの?

 

 「驚かないで聞いてね?艤装のコアは採取された深海棲艦の核から作られるの、と言うか核そのものと言った方がいいかもね。」

 

 コアが深海棲艦の核そのもの!?じゃあ私たちは深海棲艦の力を借りて深海棲艦と戦っていると言う事なの!?

 

 「核自体に意志がないのは確認されてるから深海凄艦に汚染されるとかそうゆうことはないから、そこは安心していいわ。」

 

 「は、はあ……。」

 

 座学で習わないわけだ、艦娘の大半が仇としている深海棲艦を背中に背負って戦ってるなんて教えられるわけがない。

 

 「ただ、この核を含んだ艤装は使用者の精神状態によって形状が変わることがあるの。」

 

 「形状が変わる?」

 

 「ええ、例えば恨みや悲しみなんていう負の感情が一定を超えると艤装が深海棲艦のソレに変化しだすの。」

 

 ちょっと待ってください?恨みとかの負の感情で形状が深海棲艦みたいになるなら艦娘のほとんどは深海棲艦みたいな外見をしているのでは?

 

 だってほとんどの艦娘は深海凄艦を恨んでるんだから。

 

 「朝潮ちゃんの言いたいことはわかるわ、だけど言ったでしょ『一定を超えると』って。その一定のハードルが高すぎるから、例えば恨んだりしただけじゃ変化しないのよ。」

 

 恨むだけじゃ変わらない?肉親を殺されたりした人も多いはずだ、そんな恨みでも変化しないの?

 

 「艤装が変化するラインはね?簡単に言うと精神崩壊した時、そんな状態で訓練や作戦の遂行なんて出来ると思う?」

 

 精神崩壊するほど恨んでようやく?無理でしょうね、そんな状態では日常生活すら不可能です。

 

 「私はね、その精神崩壊の状態を意図的に起こすことが出来るの。スイッチを切り替えるみたいにね。」

 

 それは凄いと言うかなんと言うか……通常の状態と精神が崩壊した状態を行き来するなんて精神衛生上よろしくなさすぎるでしょう……。

 

 あれ?でも艤装が変化するラインに到達できると言う事は、荒潮さんの奥の手ってまさか……。

 

 「もうわかったでしょ?私の奥の手は『深海凄艦化』。艤装が変化したあとは意識を元に戻すし、艤装が変化するだけだから『半深海化』かしら。」

 

 「それって体とかに負担はないんですか?」

 

 精神的にも肉体的にも悪そうな気がするんですが……。

 

 「もちろん負担は大きいわよ、使用した後は丸1週間は寝込んじゃうし、気分も落ちっぱなしになるわ。でもメリットは大きい、短時間ではあるけれど駆逐凄姫と同等のスペックに跳ね上がるし、敵味方の判別くらいはできるわ。」

 

 それじゃあおいそれとは使えない、正しく奥の手だ

 

 「本当は前もって見せておきたかったんだけど、姿も性格も普段とは似ても似つかなくなっちゃうから見せる勇気が出なくてね……。」

 

 「どうして……ですか?」

 

 「朝潮ちゃんに嫌われたくなかったの、深海凄艦を恨んでない子は稀だから……。」

 

 だから私も荒潮さんを嫌うと?そんな事あり得ません!だって荒潮さんは私に凄く優しいし、甘えさせてくれる大好きなお姉ちゃんなんですよ!?

 

 それなのにそんな心配をされていたなんて……。

 

 残念です、私は荒潮さんに信用されてなかったんですね。

 

 そりゃ付き合いも短いし戦闘では足手纏いでしょうから信用されてないのもわかります。

 

 ですが、今の荒潮さんを見てると腹が立ってきます。

 

 いつもの余裕綽々な荒潮さんはどこへ行ったんですか?

 

 なぜそんなに不安そうな顔をしてるんですか?体育座りして遠慮気味に私の様子を伺う荒潮さんなんか見たくないです!

 

 「荒潮さんは私をバカにしてるんですか?」

 

 「え?そんな事ないわ!私は……。」

 

 「いいえバカにしてます!私がその程度の事で荒潮さんを嫌うわけないじゃないですか!私は満潮さんが普段甘えさせてくれない分、荒潮さんに甘えるんです!例え荒潮さんが私を嫌っても離れてあげません!」

 

 「朝潮ちゃん……。」

 

 なぜ目をまん丸にして驚いてるんです、私は当然の事しか言っていません!

 

 「いいですか?私はこう見えて甘えたがりなんです!たかが見た目が深海凄艦みたいになったくらいで甘えさせてくれる荒潮さんを嫌ってなんてあげません!むしろ深海化した荒潮さんに甘えてみたいです!」

 

 「いやぁ、あの状態の荒潮に甘えるのは無理だと思うよ。」

 

 「言葉通じないしね。」

 

 「それでもです!」

 

 本当は言いたくなんてなかったでしょうに、きっと討伐を確実にするために私に話してくれたんだ。

 

 荒潮さんの覚悟。この朝潮、しかと受け取りました!

 

 今度からは荒潮さんが嫌がっても纏わり付いてあげます!

 

 「ありがとう、朝潮ちゃん……。」

 

 うっすら涙を浮かべた荒潮さんが私を抱き寄せる。

 

 心臓の鼓動が鼓動がすごく早いわ……、やっぱり緊張してたんですね。

 

 ところで、抱き寄せるのはいいのですが私の顔に胸を押し付けるのはやめてください。

 

 気持ちはいいですが息ができないんですコレ。

 

 「まあ荒潮は敵に突っ込んで撹乱するのが役目だし、スペックを上げる手段があるなら使わない手はないわね。特に今回は相手が相手だし。」

 

 「満潮ちゃんもありがと、いつも以上に暴走しちゃうと思うけどフォローよろしくね。」

 

 「なっ!?アンタが素直にお願いしてくるなんて頭でも打ったんじゃない!?雪が降るわよ雪が!」

 

 満潮さんほど珍しくはありませんよ?まあ作戦海域は北方ですから雪くらい降るかも知れませんね。

 

 「大潮ちゃんも、迷惑かけちゃうかもしれないけど。お願いね?」

 

 「心配しなくても会敵した途端に暴走する前提で考えてるから安心して良いよ。むしろ暴走してくれなきゃ前提が崩れちゃう。」

 

 大潮さんがヤレヤレと言わんばかりに両手の平を上に向けて首を振るのを見て荒潮さんの鼓動がゆっくりになってくる、よかった、安心したみたい。

 

 「だから隊列も今回は変えようと思うんだ、荒潮を先頭にするだけだけどね。」

 

 荒潮さんが会敵と同時に暴走しちゃったら大潮さんが突き飛ばされかねないですもんね。

 

 「戦術は?いつも通りでいいの?」

 

 「いや、今回は敵が一隻だし、荒潮が奥の手を使う前提だから『トリカゴ』で行くよ。」

 

 荒潮さんが敵を引き付け他の三人で援護しつつ周囲を取り囲む『トリカゴ』は敵を中心にして輪形陣を形成し四方八方から敵を撃ちまくる八駆の戦術の一つだ。

 

 敵が周囲に気を散らせば荒潮さんが痛打を与え、荒潮さんに集中しすぎれば他から砲撃と魚雷が飛んでくる、取り囲まれた敵は文字通り籠の中の鳥と化す。

 

 「あの……、私はトリカゴを使うのは初めてなのですが……。」

 

 問題は私が実戦でトリカゴを使ったことがない事、訓練で練習はしたけど艦隊相手では使いづらいこの戦術を私は実戦で使う機会がなかったのだ。

 

 「荒潮に当てないようにしなけりゃ後はいつも通りよ、訓練通りやれば大丈夫。」

 

 敵の周囲を動き回る荒潮さんに当てないように砲撃なんて、私からすればそれが一番難しいのですが……。

 

 「もし敵が朝潮ちゃんの方に行ったら距離を保つことだけ考えるんだよ。荒潮みたいに突っ込もうなんて思わない事。」

 

 「はい……。」

 

 さらっと不安になるような事言わないでくださいよ大潮さん……。

 

 「大丈夫よぉ、私朝潮ちゃんの撃った弾なら喜んで当たりに行くわぁ。」

 

 当たりに来ないでください、ちゃんと荒潮さんを避けて撃ちますから。

 

 荒潮さんもすっかり普段の調子に戻ったようね、だからそろそろ放してもらえませんか?作戦について話しているのに荒潮さんの胸に顔を埋めながらと言うのは恰好がつきません。

 

 まあ、大潮さんと満潮さんもいつも通りと言う感じでツッコんですらくれませんが。

 

 「討伐が成功したら司令官が好きな物食べさせてくれるって言ってたから頑張ろ!」

 

 「ふん、そんなご褒美がなくても頑張るけどね。」

 

 「じゃあ満潮ちゃんはご褒美なしでいいのねぇ?」

 

 「満潮の分も大潮たちで楽しんでくるから♪」

 

 「いや!なくても頑張るってだけで、ご褒美が欲しくないわけじゃないのよ!?」

 

 ご褒美かぁ、何を食べさせてもらおう……。

 

 「朝潮ちゃんが食べたいのは司令官よねぇ?」

 

 司令官を食べる!?司令官は食べ物なんですか!?

 

 「朝潮ちゃんやらしい~。」

 

 「まあ思春期だしね……、でも司令官が捕まりかねないからやめときなさい。」

 

 お二人とも何を言ってるんですか!?司令官を食べるとは何かの暗号ですか!?

 

 『そろそろ作戦海域に到着っすよ~第八駆逐隊の皆さんは第二種戦闘配置に移行してくださいっす。』

 

 スピーカーから作戦海域が近い事をモヒカンさんが伝えてくる、第二種戦闘配置だから

戦闘準備。

 

 いつでも第一種の臨戦体制へ移行できるよう艤装の調整や弾薬の確認等の準備を行う。

 

 作戦はすでに第二段階中盤、早ければ明日には第三段階に移行し戦闘配置も一種に引き上げられるはずだ。

 

 「いよいよですね……。」

 

 まだ準備の段階だと言うのに心臓の鼓動が早くなり手が震えてくる。

 

 緊張してる?それとも怖いのかな?

 

 どちらも違う、あの時に近い気がする。

 

 適合試験に臨んだ日の朝に。

 

 「怖くなった?」

 

 「いいえ満潮さん、これは武者震いと言うやつです。」

 

 必ず倒す、そして大手を振って司令官の元に帰るんだ。

 

 「そう、なら大丈夫ね。期待してるわ、朝潮。」

 

 戦意も上々、艤装も異常なし。

 

 「お任せ下さい! この朝潮、戦艦棲姫討伐に全力でかかります!」




 夏雲と峯雲はゲーム未実装ですが、作者の都合で名前だけ登場させました。


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幕間 戦艦棲姫と重巡ネ級

 「つまらないな。」

 

 敵が北方に攻め込んできたと聞いたから久々に重い腰を上げたと言うのに、いまのところろくな艦娘がいない。

 

 「敵艦隊はまだ棲地に攻撃を仕掛ける気がないようですね。棲地周辺の艦隊ばかり潰しています。」

 

 ふん、いちいち実況をするな、そんな事はわかっている。

 

 周辺の艦隊を潰した後に主力艦隊で一気に棲地を落とす気なのだろうな。

 

 「どうされます?横から叩けば敵艦隊を崩せそうですが。」

 

 上位種に進化しても貴様は相変わらず横槍を入れるのが好きなのか?それとも重巡はそうゆう奴ばかりなのか?

『渾沌』の奴に止められてなければ今からでも沈めてやるのだが。

 

 「放っておけ、加勢してやる義理もない。」

 

 他の棲地がどうなろうと知ったことか、私は楽しめればいいのだ。

 

 敵が棲地を攻めてくる時は必ずと言っていいほど面白い駆逐艦がいる、私の目当てはそういった奴のみ。

 

 最近では背中に連装砲を背負った奴だったか、仕留めそこなってしまったが奴もアサシオ並に強かった。

 

 もしかしたらアサシオより強かったかもしれない、だがなぜだろう。

 

 あの時ほど楽しくはなかった、アサシオより強い駆逐艦とやり合ってもなぜかあの時以上に興奮できない。

 

 私を初めて驚かせた駆逐艦、私を初めて追い詰めた駆逐艦。

 

 あれ以来、お前の事を思わない日は一日もない。

 

 お前に会いたい、お前と撃ち合いたい、そしてお前をこの手で沈めたい……。

 

 「窮奇様、敵の艦隊に動きが、どうやら主力艦隊が出て来たようです。旗艦は……駆逐艦?」

 

 なに?駆逐艦が旗艦だと?何かの間違いではないのか?

 

 「間違いありません、赤い駆逐艦が戦艦や空母を率いて凄地へ迫っています。」

 

 ほう?戦艦や空母もいるのに駆逐艦を旗艦にするとは……、人間どもと私たちとでは艦隊運用の考え方が違うのか?

 

 「動きが速いですね、駆逐艦の最高速度を超えてるように見えます。」

 

 「偵察機の映像を私にも寄越せ。直接見る。」

 

 「どうぞ。」

 

 重巡から偵察機の映像を艤装に流してもらうと脳内に偵察機が見ている映像が映し出される。

 

 ふむ、たしかに速い、砲弾を避ける時の動きはあの時のアサシオと同じ……、いやアサシオよりキレがいい。

 

 だが左手に持っている棒状の艤装はなんだ?あのような艤装は今まで見たことがない。

 

 「火力は低いようですね、あの程度の火力なら魚雷が直撃しても窮奇様なら耐えれそうです。」

 

 たしかに火力は低い、だが動きは今まで見た駆逐艦で一番だ。

 

 ほう、相手の周りを小動物のようにちょこまかと……、駆逐艦とはあのような動きもできるのか。

 

 面白い、今回の獲物は決まったな。

 

 「おい、お前は先行して駆逐艦と艦隊を引き離せ。」

 

 「また……、襲うのですか?」

 

 なんだその伺うような目は、当たり前ではないか、そのためにここまで来たのだ。

 

 それとも貴様、怖気づいたか?一隻で艦隊を襲うのはたしかに恐ろしいだろうな。

 

 「当り前だ、お前は私のために敵艦隊に突撃しろ。別に沈んでも構わんぞ?」

 

 あの時の事を私は許していない、貴様がついてくると言うから今回は連れて来てやったのだ。

 

 精々私の役に立って沈んでいけ。

 

 「……、わかりました見事艦隊を引き離してご覧に入れます。」

 

 別にお前の活躍など期待していない、引き離したらそのまま沈めてもらえ。

 

 私から離れて行く重巡の背中にに主砲を撃ち込んでやりたい衝動を抑えて見送り、私はゆっくりと前進を始める。

 

 「今回はアサシオの時以上の悦びを得られるだろうか……。」

 

 見た限りではアサシオより実力は上だろう、しかし心が躍らない……。

 

 やはりアサシオでなければ無理なのだろうか。

 

 私が航行を初めて1時間ほど経った頃、棲地の方向から飛んでくるに艦娘の偵察機を見つけた、こんなに棲地から南に離れたところになぜ偵察機が飛んでいる?

 

 棲地への援軍を警戒したにしてもここは離れすぎている、あの偵察機は何を探しているのだ?

 

 「まさか私を探している?」

 

 ありえなくはない、私は毎度のように棲地を襲う敵艦隊を襲撃している。

 

 だが私の電探の範囲内に艦娘の反応はない、棲地からこちらに向かうにしても距離があり過ぎる。

 

 どこかに艦隊が潜んでいるのか?

 

 頭上を飛んでいる偵察機の動きが変わった、私を発見したと思われる策敵機が私の上空を一度旋回した後、棲地の方へ向かって戻って行く。

 

 「やはり私を探していたのか、だが関係ない。」

 

 例え敵艦隊とやり合うことになろうとまとめて潰すだけだ。

 

 それくらいしないと私の渇きは潤せそうにないのだから。

 

 私がさらに前進を続け遠目に棲地がみえてきた頃、電探に反応があった。

 

 「なんだ?大きさからして艦娘ではない。」

 

 大きさは12~3メートルほどか?船?私に向かって北西方向から直進してくる、何をする気だ?

 

 「……とりあえず沈めておくか。」

 

 なんにしても向かって来るなら沈めるまでだ、見逃す理由もない。

 

 私までの距離は15キロ程、駆逐艦より速いな、なんだ?あの船は。

 

 私は接近してくる船に向かって主砲を向け発砲、直撃する直前に船は急加速して砲弾を回避、少しして右に旋回してそのまま直進していく。

 

 「ほう?やるではないか。だがどうゆう事だ?こちらに向かっていたのではないのか?」

 

 避けられた事はいまさら驚きはしない、私の初弾が避けられるのは今に始まったことではないのだ。

 

 しかし私に向かっていた船は回避した後そのまま直進し、私の進行方向とは逆に走り去ってしまった。

 

 何がしたかったのだ?電探も船が去っていくのを知らせて来る、いや?反応が増えている。

 

 船の大きさに気を取られて見逃すところだった、増えた反応は4つ。

 

 大きさからして艦娘だ、しかも駆逐艦。

 

 なるほど、あの船の目的は艦娘の輸送か。

 

 偵察機の知らせを受けて棲地から送られてきた迎撃部隊ではないな、それだと来るのが早すぎる。

 

 偵察機が私を探していたのはまず間違いないだろう、そして私が艦隊を襲撃することも知られている。

 

 とすると、あの赤い駆逐艦は私を釣るための餌か。

 

 もしかすると棲地への攻撃そのものが、私をおびき寄せるための罠かもしれない、端から私を狩るのが目的だったと言う訳か。

 

 「ふん、誰が考えたか知らぬが小癪な事を。ならばあの駆逐艦共を沈めてあの赤い駆逐艦も沈めてやる!」

 

 私は向かって来る駆逐隊に狙いを定める、手始めに先頭の奴だ、後ろの駆逐艦を置き去りにして一隻で突っ込んでくる。

 

 見た目が私たちに近いな、同族と言う訳でもないようだがどうゆうことだ?

 

 まあいい、とりあえずは先頭を……。

 

 なんだ?先頭から3番目……、お前は誰だ?

 

 彼女によくにている……よく似た別人か?だが目が離せない。

 

 お前なのか?なぜお前がそこに居る……お前はあの時粉々になって沈んだはずだろう?

 

 そこに居るはずがないだろう?

 

 いや、私の直感が告げている、間違いない。

 

 お前は……お前は……。

 

 「あ……ああああ……。」

 

 顔が愉悦に歪んでいくのがわかる。

 

 先頭を進む駆逐艦の後ろに黒髪をなびかせながらこちらに向かって来る駆逐艦、瞳の色は違うがその容姿は忘れようがない。

 

 「アサ……シオ……。」

 

 アサシオだ……、どうやって蘇ったかはわからないがアサシオが帰ってきた!

 

 私と戦いに戻ってきてくれた!!これほど嬉しいことはない、再びお前と戦う事をどれほど夢見た事か。

 

 会いたかった!もしかしたらお前に会えるかもと艦隊を襲い続けた。

 

 お前ほどの駆逐艦だ、大きな戦いには必ず駆り出されるだろうと思って棲地が襲われたと言う知らせを聞くたびに足を延ばした。

 

 だけど結局、今までお前と会う事は叶わなかった。

 

 お前と同程度の駆逐艦で我慢していた。

 

 もう諦めかけていた……。

 

 だけどお前は私のところに帰ってきてくれたのだな。

 

 他の駆逐艦に浮気していたことを謝らなければ。

 

 お前は怒るだろうか……。

 

 だけど信じてくれ!私はお前の事を忘れたことはないんだ!

 

 神とやらがいるのなら感謝しなければならない!

 

 私とアサシオを再び巡り合わせてくれたことを感謝しなければ!

 

 胸の鼓動が高鳴る……、頬も心なしか紅潮している気がする。

 

 これは恋か?私はお前に惚れているのか?

 

 ああそうだ、私がお前にこだわる理由がわかった……。

 

 私はお前の事が好きなんだ……。

 

 「やっとわかったよアサシオ、私はお前に惚れている。私はお前に首ったけだ……。」

 

 仕切りなおそう、邪魔者が3隻ほどいるが問題ない。

 

 邪魔者はすぐに沈めてあげるから安心しておくれ。

 

 何度でも付き合うよ、お前が何度蘇ろうと私がずっと相手をしてあげる。

 

 さあ、二人きりで踊りましょう。

 

 あの時のダンスの続きだ。

 

 蒼い海原を舞台に、砲撃と波の音を曲にして。

 

 私とお前の死のダンスを。

 

 「フフフフフフフ……、私の愛しいアサシオ……。何度でも……沈めてあげる……。」

 



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朝潮突撃 5

 哨戒艇の中で一晩を過ごし、慣れない船内で寝たために凝り固まった体をほぐしていると香ばしい香りとフライパンで何かを焼く音がしてきた。

 

 どうやら金髪さんが船内に設置されたキッチンで朝食を作っているみたい。

 

 匂いと音からしてベーコンエッグかな?トースターには食パンもセットされているみたいだしコーヒーメーカーもポトポトと黒い雫を落としている。

 

 鎮守府の朝食は和食がほとんどだから、洋風の朝食は少し嬉しいわね。

 

 「お、朝潮さんおはよう!ちょっと待ってな、もうすぐ出来っから。」

 

 洗面所で顔を洗おうと寝室から出てきた私に気づいて、料理の盛り付けをしていた金髪さんが爽やかに挨拶してくる。

 

 「おはようございます!朝からお疲れ様です!」

 

 昨日の晩御飯といい、金髪さんはお料理が得意なんですね。

 

 私も料理くらい出来るようにならないと。

 

 「いいんだよ、朝潮さんらの世話も任務の内だかんな。」

 

 そういえば私は着任から今まで金髪さんとモヒカンさんにはお世話になりっぱなしですね、今度改めてお礼しよう。

 

 だけどそう思ったのもつかの間、盛り付けを終えた料理をテーブルに運ぶ金髪さんを見た途端、さっきまでのお礼の気持ちがどこかへ行ってしまった。

 

 その恰好はどうなのだろうか、一応作戦中ですよ?

 

 投げれば戻ってきそうなほどに鋭いブーメランパンツにエプロン、さらに頭にはマンガでしか見た事ないような長いコック帽を被り脚には編み上げブーツを履いている。

 

 「うわぁ……変態だぁ……。」

 

 私に続いて寝室から出てきた大潮さんが金髪さんを見て呆れたように一言。

 

 ええ、控えめに言って変態です。

 

 金髪さんは顔立ちがいいので余計に服装との落差が酷く、しかもたちが悪い事に本人は本気で似合っていると思っているのか爽やかなスマイルまでしている始末。

 

 「朝からなんてもの見せるのよぉ……。」

 

 後部デッキから満潮さんと荒潮さんが船内に入ってきた、朝雲さん達と話でもしていたのかな。

 

 満潮さんも荒潮さんも心底汚らわしい物を見るかのような目で金髪さんを見ている。

 

 「あ、皆さんおはようございます!」

 

 清々しいほど爽やかな挨拶ですね、格好が残念すぎますけど。

 

 「おはようございますじゃないわよ!朝っぱらから汚物見たせいで気分最悪よ!!」

 

 「ぐっほあぁあ!!」

 

 おお!怒りをあらわにして金髪さんに詰め寄った満潮さんが勢いそのままにボディブロー!金髪さんの体がくの字に曲がった!まあ、これはしょうがないですよね。

 

 「まさかそれぇ、司令官の指示じゃないわよねぇ?」

 

 いやいや、それはないでしょう。

 

 こんなの見ちゃったら戦意はだだ下がりですよ?強敵に挑もうと言う時に戦意を削いでどうするんですか。 

 

 「そりゃもちろん提督殿の指示さ。くれぐれも八駆の戦意を削がないようにって言われてっからな。」

 

 まさかのそ司令官からの指示!いや、これでもかと言うほど削がれました!

 

 「それでその恰好?モヒカンさんは止めなかったの?」

 

 「呼んだっすか?大潮さん。」

 

 会話が聞こえたのかモヒカンさんが操舵室から顔を出してきた、この人も金髪さんと大差なかった。

 

 いや金髪さんより酷い、コレなら金髪さんの方がマシに見えてくる。

 

 指に刺さりそうなほど尖ったサングラスに蝶ネクタイ、下は水着ではなく赤いフンドシ。

 

 うん、どこからどう見ても変態だ。憲兵さんを呼ぼう。

 

 「一応聞くわね?アンタ達、その恰好は正気?変だとは欠片も思わなかったの?」

 

 満潮さん、たぶんこの人たちは正気です。

 

 だって司令官の指示を間違って解釈した前科がありますから。

 

 「どっか変か?」

 

 「いや?メチャクチャイケてると思うっすけど。」

 

 ね?二人ともどこが変なのか本気でわからない顔でお互いを見比べてますよ、私を迎えに来たときと同じです。

 

 パシャ!

 

 ん?どこからかカメラのシャッターを切るような音が……。

 

 大潮さんか、大潮さんがすまーとふぉんを構えて二人を撮影してる?

 

 あの機械は写真も撮れるのね。

 

 「そんな写真撮ってどうするのよ大潮。まさかアンタ、ああゆうのがいいの?」

 

 「まさか。帰ってからコレを司令官に見せてセクハラされたって報告するんだよ。」

 

 真顔!?いつもにこやかな大潮さんが真顔になってる!真顔すぎて怖いです!

 

 「ちょっと待って!俺らのどこが悪ぃのよ!どっからどう見ても海の男って感じだろ!?」

 

 「そっすよ!うちの隊員は海じゃだいたいこんな感じっすよ!?」

 

 いえ、完全無欠の変態です。

 

 それが海の男なら、海の男は全員牢屋に入れてもらわないといけなくなります。

 

 まさか司令官までそんな変な格好はしないですよね?

 

 「はぁ……。ところで作戦の方はどうなの?まだ第二段階?」

 

 「ええ、少し手こずってるみたいっすね。ただ、第一及び第二艦隊はすでに横須賀を出てるみたいっす。」

 

 服装にツッコんでも無駄と悟ったのか、満潮さんがため息混じりに作戦の進行状況をモヒカンさんに質問した。

 

 モヒカンさん、真面目に答えるのはいいのですが、その恰好で両手を腰に当てて胸を張る意味はあるんですか?

 

 「私たちはまだ第二種戦闘配置でいいのぉ?主力艦隊は出ちゃったんでしょう?」

 

 「ええ。攻略艦隊とは別に、練度が低くて作戦に参加できなかった大湊の軽巡や重巡が1艦隊組んで偵察機を飛ばしてるっすけどまだ対象は確認できてないみたいっす。」

 

 「索敵範囲は?」

 

 「ええっと、アリューシャン列島の凄地を中心に半径1000キロってとこっすね。棲地から北と南を重点的に索敵してるみたいっす。」

 

 北と南を重点的に?東西はいいのかしら、まったく索敵してないって事はないんだろうけど。

 

 「司令官はそのどっちかから襲撃してくると読んでるのね?」

 

 「そっす。隻腕は毎回、艦隊の側面を突いてくるらしくて。こっちの艦隊は棲地に向けて東へ進行してるっすからね、来るとしたら北か南らしいっす。」

 

 なるほど、それで南北を重点的に索敵してるのか。

 

 「それだけの範囲を索敵してるんなら発見は時間の問題だね、来てるならだけど。」

 

 大潮さんは来ないと思ってるのかしら、ずっと真顔だから何を考えてるかわからないわ。

 

 「なあ、通信機のランプ光ってんぞ?何かあったんじゃねぇか?」

 

 「おっ!ホントだ、ちょっと行ってくるッす。」

 

 くるりと踵を返して操舵室に戻るモヒカンさん、フンドシが食い込んだお尻を思いっきり見てしまった……、吐きそう……。

 

 「艦隊司令部より入電。主力艦隊が進行を開始!第八駆逐隊は第一種戦闘配置に移行せよ!だそうっす。」

 

 神風さんの艦隊が動いた、隻腕の戦艦棲姫が動くとしたらもうすぐだ。

 

 さっきまで船内を支配していたふざけた雰囲気が吹き飛び、代わりに緊張が支配しだす。

 

 「いよいよですね……。」

 

 「ええ。後部デッキで艤装を装着して待機するよ!」

 

 「「「了解!」」」

 

 大潮さんの号令で私たちは後部デッキに出た私たちは各々艤装を装着して、弾薬などを再度チェック。

 

 船から飛び降りれば即戦闘に移れるよう準備を完了し、戦艦棲姫発見の報告を待つ。

 

 「朝食はサンドイッチにしといたから後で摘まみな。後、第九駆逐隊の4人にすぐデッキに上がれる位置まで来といてくれって伝えてくれると助かる。」

 

 「わかった、伝えとくわ。」

 

 いつの間に着替えたのだろうか、いつもの黒い軍服姿になった金髪さんが伝言と朝食を届けて船内に戻って行くと、続いて満潮さんが通信で伝え始めた。

 

 すぐに九駆の4人が後部デッキから数メートル離れた位置まで近づき、後部デッキを中心にして護衛を再開した。

 

 発見したら4人を乗せて哨戒艇でそのまま戦艦棲姫の元へ向かうらしい。

 

 「九駆も戦闘に参加するんですか?」

 

 「まさか、夜通し護衛してたのにそんな余裕あるわけないでしょ。」

 

 それもそうか、実際の艦なら交代要員とかも居るだろうけど艦娘にそんな機能はない。

 

 二人づつくらい交代で仮眠を取りながら護衛をし続けてくれたんだろう、布団で寝てた事に罪悪感を感じてしまう。

 

 「上手いこと神風さんに釣らてくれればいいけど……。」

 

 「どこかで様子見てるなら間違いなく釣れると思うけどね。神風さん以上の駆逐艦なんて大潮の知る限りでは他に居ないし。」

 

 アレで性格が破綻してなければ素直に尊敬出来るんですけどね。

 

 「……。」

 

 時間が経つにつれて緊張が増してくる、皆の口数も段々と減ってきた。

 

 荒潮さんなどは後部デッキに出たときから一言も喋らずに哨戒艇の船首のさらに向こうを見つめている。

 

 主力艦隊が進行を開始してすでに二時間弱、いまだに索敵を行っている艦隊からの連絡はない。

 

 今回は来ないんだろうか。神風さんの練度がいくつかは知らないけど、強い駆逐艦に惹かれて襲って来るのなら必ず来るはず。

 

 緊張が張りつめ、少し柔軟でもしようかと立ちあがろうとした時、哨戒艇のエンジンが回転数を上げているのに気づいた。

 

 『索敵中の艦隊より入電!現在目標は棲地に向かって北上中とのこと!第九駆逐隊はすぐに後部デッキに上がってくださいっす!』

 

 来た!後部デッキに設置されたスピーカーから戦艦棲姫発見知らせ。

 

 モヒカンさんの指示にしたがって九駆の4人が次々に後部デッキに上がって来る。

 

 「九駆の収容完了したわ。出して!」

 

 『ういっす!飛ばしますから舌かまないよう気をつけてください!』

 

 満潮さんの合図を待っていたかのように哨戒艇が加速を開始、グングンと加速を続ける哨戒艇の速度は体感で30ノット強。

 

 「これ……、私達より速いんじゃ……。」

 

 すでに速度は40ノット近くまで上昇、噂でそれ位の速度を出す駆逐艦がいると聞いたことがあるけどこんな感じなんだろうか。

 

 『レーダー波を感知!目標の索敵範囲内に入ったっす!目標の行動次第で急に舵を切ったりしますんで八駆の方々は振り落とされように注意してくださいっす!』

 

 哨戒艇が出発して三十分もしない内に目標の索敵範囲に到達、以外と近くに潜んでいた?

 

 いや、棲地に向かって北上していた目標に対してこちらは真東に進んでいたのだから最初はもっと南に居たのか。

 

 『やっべ!これたぶん撃ってくる!オデコにビンビン来てるわ!』

 

 金髪さんが訳のわからないことを言い出した、殺気的なものでも感じているのかしら。

 

 『来た!ニトロ使うから何かに掴まれ!』

 

 金髪さんの指示に従って手摺にしがみついた途端に哨戒艇が急加速、瞬間的に50ノット近くまで加速し直後に飛んできた砲弾が哨戒艇の後方に着弾した。

 

 『右に旋回する!八駆は抜錨用意!要領はわかんな?』

 

 待機中に一応練習はしたけど航行中、しかも40ノット近く速度が出ている状態でやるのは初めてだ。

 

 「正直、自信はありませんが……。」

 

 後部デッキの縁が後ろに倒れ、哨戒艇が右に旋回開始。

 

 私達は隊列の最後尾の満潮さんから順番に、向きは後ろ向きで哨戒艇を離れ、着水と同時に加速を開始。

 

 隊列を組み終わった後、目標に向かって突撃を開始する。

 

 ダイビングのジャイアントストライドエントリーを、走る船の後ろから進行方向を向いたまま行う感じだろうか。

 

 「先に行くわ。朝潮、ミスって沈まないように注意しなさい。」

 

 「はい!」

 

 私の返事を聞いて少しニヤリとした満潮さんが手摺を手放して海に身を投げそのまま着水、なるほどああやるのか。

 

 続いて私も満潮さんがやった通りに手摺を離し、哨戒艇の航跡に少し脚がグラついたけど着水に成功した。

 

 大潮さんと荒潮さんが着水し、単縦陣を組んだ私達は左に旋回して戦艦棲姫に突撃を開始。

 

 すぐに暴走すると言っていた荒潮さんに今のところ変化はないようだけど……。

 

 「見つけた……。」

 

 目標との距離が12000を切った頃、唐突に荒潮さんが口を開いた、普段の荒潮さんからは考えられないほど暗く沈んだ声。暴走が始まったの?

 

 「見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた……。」

 

 ひいっ!ボソボソとひたすら『見つけた』を繰り返す荒潮さん、これは暴走と言うよりは単に壊れているのでは!?

 

 「……。」

 

 あれ?止まった……。

 

 このまま『見つけた』を繰り返し続けるかと思えた荒潮さんが唐突に無言になり空を見上げた、表情は見えないけど首を傾け小刻みに震えている後姿を見ていると、とても正常とは思えない。

 

 「……の…たき……。」

 

 「荒潮が突っ込むよ、二人とも準備して。」

 

 大潮さんが私と満潮さんを横目に、荒潮さんが突撃することを知らせて来る。

 

 まだ艤装は変化してないようだけど……。

 

 「姉さんの……、かたきいいいいいぃぃぃぃぃ!!」

 

 絶叫とともに荒潮さんが派手に水しぶきを上げて突撃を開始、荒潮さんの感情の爆発に呼応するかのように艤装も変化を始めた。

 

 両腕の連装砲は駆逐イ級のように変貌して腕を覆い、背中の機関と両腿の魚雷発射管も艦娘の機体的な物から深海棲艦のような生物的なソレへと変化した。

 

 これが深海化、肌も色素が抜け落ちたように白くなっている。

 

 『殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるごろ゛じでや゛る゛ううううぅぅぅぅ!!!』

 

 数秒で通信でなければ声が届かない距離まで移動する荒潮さん、これはトビウオじゃないわね。

 

 スペックの上がった艤装の馬力で力任せに速度を上げている、さっきの哨戒艇と同じかそれ以上の速度。

 

 「すごい……。」

 

 前言を撤回しなければ……、とてもじゃないけどあの荒潮さんには甘えられそうにない。

 

 「アレはちゃんと元に戻るんですよね……?」

 

 「「……。」」

 

 『アハハハハハハハハ!!!』

 

 なんとか言ってください!戻るんですよね!?元の荒潮さんにちゃんと戻るんですよね!?

 

 「大潮さんなんとか言って……。」

 

 ゾク……。

 

 何?今の悪寒……、まるで射竦められたような感じだ。

 

 これは視線?誰かに見られてる?

 

 大潮さんは前方を向いているし満潮さんは後ろに居るけど後ろからの視線じゃない、前の方から……?

 

 いまだ肉眼では米粒ほどにしか見えない戦艦棲姫から視線を感じる、なぜ私を見ているの?すぐそばまで深海化した荒潮さんが迫っているのに迎撃すらしようとしないなんて……。

 

 『やっと……会えたわね……。』

 

 通信から妖艶さが漂う大人の女性の声が聞こえてくる、これは荒潮さん?違う!

 

 八駆で使っているチャンネルとは違う、チャンネルなど関係なく全周波数で通信を垂れ流してる!?

 

 「大潮、今の!」

 

 「うん!隻腕からの通信だ!だけど何のつもり?全周波数で通信なんて……。」

 

 やっと会えた?誰と会えたの?私に注がれている視線はおそらく戦艦棲姫からのものだ……じゃあ、アイツが会えたと言っているのは……。

 

 私だ!奴の目に荒潮さんは映ってない!

 

 荒潮さんを止めなきゃ、理由はわからないけどとても嫌な予感がする。

 

 「ダメ!大潮さん、荒潮さんを止めて!」

 

 「え!?」

 

 ズドン!

 

 制止を呼び掛けた時にはもう遅かった、自分の喉元まで迫った荒潮さんの足元に向かって自分への被害も顧みず砲撃。

 

 砲撃の水柱に舞い上げられた荒潮さんを背中の艤装の腕で跳ね飛ばし戦艦棲姫がこちらに向けて突撃を開始した。

 

 荒潮さんと同じだ、奴もなぜか暴走している。

 

 障害を排除するためなら自分への被害もお構いなしな相手に接近するなど自殺と変わらない。

 

 「大潮さん意見具申します!奴の狙いはおそらく私です!私が奴を引き付けます!」

 

 戦艦棲姫の視線は変わらず私に絡みついている、狙いは間違いなく私だ。

 

 いや、奴の狙いは『朝潮』か……。

 

 おそらく、私と先代を誤認している。

 

 「何言ってるの朝潮!アンタ背中から撃たれながら逃げ続けられるの!?」

 

 そんな自信はないけどやるしかない!奴に、接近せずに引きつけ続けられるのは私だけだ。

 

 「荒潮さんが突撃に失敗した時点で当初の計画は破綻しています!ならば私を囮にして二人で奴を攻撃してください!」

 

 「……。」

 

 「大潮さん許可を!!」

 

 何を迷っているんですか、奴との距離はすでに10000を切っています!迷っている時間はありません!

 

 「わかった、でも回避に専念して。」

 

 「大潮!」

 

 「朝潮ちゃんの言う通り、当初の計画は破綻しています。ならば狙われている朝潮ちゃんを囮にして奴の隙を狙います。」

 

 唇を血が出るほど噛みしめながら大潮さんが決断してくれた、荒潮さんの安否は不明だけど艤装の反応は消えていないから無事なはずだ。

 

 「わかったわ……。朝潮、当たるんじゃないわよ。一発でも当たれば即死だと思って避け続けないさい。」

 

 満潮さん、そんなに心配そうな顔をしないでください私は大丈夫です。

 

 ちゃんと奴を引き付けて見せます!

 

 「はい!駆逐艦朝潮!突撃します!」

 

 目標は隻腕の戦艦棲姫、機関出力全開、装甲は最低限、出力を下げて浮いた分を脚へ!

 

 速度を上げた私は大潮さんを追い抜き、戦艦棲姫に向け突撃を開始。

 

 大潮さんと満潮さんは左に旋回して距離を取りだした。

 

 わかりました、そっちに連れて来いと言う事ですね。

 

 『やっぱり!やっぱりお前も私と踊りたいのね!いいわ、踊りましょうアサシオ!あの時の続きを始めよう!』

 

 やはり先代と私を誤認していた、残念だけど私はお前と踊ってあげる気などさらさらない!

 

 ドン!ドン!ドン!ドン!

 

 距離が5000まで近づいたところで戦艦棲姫が砲撃を開始、私は船首を起こして水圧でブレーキをかけ砲弾が前方に着弾したのを確認して取り舵。

 

 90度旋回して水柱を左に抜ける。

 

 『ああ……。アサシオアサシオアサシオアサシオ!!愛してるわアサシオ!さあ、早く私のところまで来てちょうだい!』

 

 なんて複雑な気分なの……、初めて受ける愛の告白が深海棲艦からとは……。

 

 「敵であるアナタに告白をされるような事をした覚えはありません!」

 

 つい言い返してしまった、私は水柱を抜けた向きそのままに直進、奴も当然私について来る。

 

 『やはり怒っているのか……、私が他の駆逐艦に浮気なんかしたから?でも信じてほしい!私が愛しているのはお前だけだ!』

 

 私を追って来る戦艦棲姫が砲撃を繰り返しながら私への愛を叫ぶ、話が通じない!なんで会ったこともないアナタにそこまで愛されなきゃならないんですか!

 

 『どうして逃げるんだアサシオ!私と撃ち合ってはくれないのか!?それとも私を忘れてしまったのか!?私だ!窮奇だ!お前に奪われた左腕もこの通り治していない!』

 

 キュウキ?どこかで聞いたことがあるような……。

 

 ドン!

 

 「うわっと!」

 

 キュウキの砲撃が私のすぐ右に着弾、アイツの名前なんかに気を取られてる場合じゃない!

 

 大潮さん達はどこに……、いた!前方約1200!

 

 『朝潮、そのまま直進しなさい。私と大潮でアンタに向かって(・・・・・・・)魚雷を撃つ。どうすればいいかわかるわね?』

 

 「はい!お任せください!」

 

 私の左と右前方に大潮さんと満潮さんが見えて来る、キュウキは私との距離およそ500ほどを砲撃しながらひたすら追尾してくる。

 

 『待って!待ってくれアサシオ!どうして私を置いていくんだ!ああそうか、追いかけて欲しいんだな!そうなんだな!?アハハハハハハハハ!可愛い奴め、すぐに捕まえてあげるわぁ♪』

 

 確かに追って来て欲しいのは確かなんですが……。

 

 恍惚と悲哀が入り混じったような表情をして、艤装の大きな腕を振りまわしながら迫ってくる様からは狂気しか感じられない。

 

 人から向けられた好意を気持ち悪いと感じたのは初めてだわ。

 

 『カウント3で魚雷を撃つわ!1、2、3。今!』

 

 二人との距離およそ1000。

 

 カウントと同時に二人が魚雷を私に向け発射、大潮さんが8発、満潮さんが4発の軽12発の魚雷が私に迫ってくる。

 

 『今よ!飛びなさい!』

 

 魚雷が残り100まで迫ったところで私は上方に向けトビウオ、空中で反転しキュウキの顔面に向けて砲撃。

 

 視界を奪うと同時に魚雷を悟られぬよう私に意識を向けさせる。

 

 キュウキが艤装の大きな左腕で着弾の煙を払いのけ私に主砲を向けて来るがもう遅い!

 

 ズッドオオオオオォォォン!!!

 12発の魚雷がキュウキに直撃し大爆発を起こす。

 

 間違いなく直撃した、空中から避けてないのも確認。

 

 「着弾確認しました!」

 

 着弾を二人に報告した私は、続いて着水に備えようとしてふと思った。

 

 上に飛んだ時ってどうやって着水するんだっけ?

 

 「う、わわわわわわわ!」

 

 空中で反転したせいで慣性は私の後方に働いている、私は着水自体には成功したものの、そのまま背中から海面を転げてしまった。

 

 『ちょ!朝潮、大丈夫なの!?まさか上に飛ぶとは思わなかったわ……。』

 

 だって左右どちらかに飛べばキュウキが私を追って射線からそれちゃうと思って……。

 

 「はい……なんとか……。」

 

 2,3回ほど回転して止まり、なんとか体勢を整えた私はキュウキに向き直る。

 

 倒したはずだ、だけど警戒は怠るな!神風さんの時も倒したと思って痛い目を見たんだ。

 

 『痛い……、痛いわ……。でもさすがね、上に飛ぶことも出来たなんて驚きだわ。』

 

 生きている!?魚雷12発の直撃を受けて生きてるなんて信じられない!

 

 『フフフフ、やはりお前と踊るのは面白い……。胸が高鳴る!頬が緩む!ああ!もっとお前と踊りたい!!』

 

 煙が晴れて姿を現したキュウキは艤装の右半身が欠落していた、艤装の右側全部を盾にして魚雷を防いだの!?

 

 『朝潮ちゃん動いて!そのままじゃ次の攻撃を避けられない!』

 

 大潮さんの忠告で我に返った私は左へ、キュウキの艤装が砲塔ごと欠落している方向へ2回トビウオを使用して出足をカバー一気に最高速度へ達してキュウキから距離を取る。

 

 『お前のソレ、こうやるのか?』

 

 ドン!

 

 キュウキの後方に水柱が立ち上がりキュウキが急加速、これはトビウオ!?戦艦で、しかもあんな大きな艤装を背負ってトビウオを使えるなんて反則だ!

 

 だけどまともに使えてはいない、飛距離は精々5メートル、着水しても膝まで海中に沈んでるけど出足をカバーするだけなら十分すぎる。

 

 『やはり私ではまともに使えないな……。私もお前のような駆逐艦なら……。駆逐艦のお前が羨ましい!なぜ私は戦艦なのだ!』

 

 駆逐艦の身からしたら羨ましい悩みですね!戦艦になりたがってる駆逐艦だってきっといるはずですよ!?

 

 『朝潮、さっきの奴をもう一度やるわよ!そのまま直進して!』

 

 「りょ、了解!」

 

 『またさっきと同じ事をする気?させると……思う?』

 

 ドン!ドン!

 

 キュウキが半数になった砲を大潮さんと満潮さんに向けて発砲、ダメだ!二人が回避に追われて雷撃ができない!

 

 『まったく、私とアサシオの逢瀬の邪魔をして!雑魚は大人しくしていろ!』

 

 砲撃を二人に集中しているせいで私への砲撃はなくなったが、艤装が軽くなったせいかキュウキの速度が上がっている。

 

 砲撃を浴びせてみても、前面に装甲を集中しているのか足止めにすらならない。

 

 『さあ、もう邪魔はさせないからこっちにおいでアサシオ。』

 

 キュウキが艤装から副砲と思われる連装砲を取り出し私の前方へ向け砲撃、武装は艤装に付いている砲塔だけと思い込んでいた私は完全に虚を突かれ前方に着弾した砲撃に速度を落とされてしまう。

 

 「やっと……。つぅかまぁえたぁ♪」

 

 ニヤァという擬音が聞こえてきそうなほど歪んだ笑顔と巨大な左腕が私に迫る。

 

 『ねえ、私の事忘れてんだろお前。』

 

 私が艤装の左腕に捕まれそうになった時、ドスの効いた声が通信に届いた。

 

 「あ、荒潮さん!?」

 

 ズドーン!

 

 左前方から荒潮さんが撃ったと思われる砲撃がキュウキの顔面に直撃しキュウキの体が後ろに仰け反る。

 

 『そこをどけ朝潮ちゃん!!舐めた真似しやがって!全殺しにしてやるあああぁぁぁぁぁ!』

 

 金髪さんとモヒカンさんが裸足で逃げ出しそうなほど荒々しい雄たけび、だけど口調が変わっても私の事は『ちゃん』付けなんですね。

 

 私は言われた通りその場から右方へ退避、直後に駆逐艦とは思えない威力の砲撃がキュウキに降り注ぐ。

 

 「貴様、同胞だと思って手加減しておいたものを……。私を『四凶』の一角と知っての狼藉か!」

 

 「シキョウ?知るか!私の許可なく私の朝潮ちゃんに言い寄ってんじゃねぇババア!」

 

 いえ、私は別に荒潮さんのものではないです。

 

 って言ってる場合じゃない、私も援護を!

 

 「……。窮奇の名を持って命ずる。ただちに全活動を停止せよ。」

 

 全活動を停止?何を言っているの?そんな命令を荒潮さんが聞くはずが……。

 

 だけどキュウキが右手を荒潮さんへ向け、なぞの命令を下した途端、荒潮さんが砲撃を停止した。

 

 砲撃だけじゃない、航行もそれどころか装甲すら発していない!深海化も解けてきてる!

 

 「あ、あああ……。」

 

 荒潮さんが足から沈み始めた、まさか脚も消えかかってる!?

 

 「荒潮さん!」

 

 私は慌てて荒潮さんに近づき、腰まで沈んだあたりでなんとか荒潮さんを掴むことができた。

 

 よかった、艤装は完全に停止してるみたいだけど息はある。

 

 だけど、荒潮さんを抱きかかえた状態じゃなにも出来ない……。

 

 「まったく、久々の逢瀬だと言うのに邪魔が多い……。だけど、もう邪魔はさせない。」

 

 キュウキが大潮さんと満潮さんを砲撃で牽制しながらゆっくりと私に迫ってくる、このままじゃやられる!

 

 「……。」

 

 「?」

 

 何?目前まで迫ったキュウキが私と北の方角を交互に見て葛藤したような表情を浮かべている、北の方に何かあるの?

 

 「あのマヌケめ!しくじるだけならまだしも艦隊を連れて来るとは!」

 

 艦隊!?北から艦隊が迫ってきている!?いったいどっちの……、深海棲艦の艦隊?それともこちらの艦隊?

 

 敵の艦隊がこの近くに居ると言う報告は受けていない、そんな報告があったなら今回の作戦は成り立たない。

 

 と言う事は味方の艦隊か、時間的に補給は出来ていないだろうけど、ほとんど大破状態のキュウキ相手なら十分すぎる援軍だ。

 

 「しらけた……。アサシオ、今回の逢瀬はここまでにしよう。」

 

 私を見逃す!?艦隊が迫っているとは言え私を殺す時間は十分あるのに!?

 

 「ふざけないでください!情けをかけたつもりですか!?」

 

 キュウキが心底不思議そうな顔をしている、そんなに変な事を言ったかしら……。

 

 「今回は邪魔が多すぎた、あそこの2隻とそこの1隻、それにこっちに向かっている艦隊。お前とは二人っきりでやり合いたい……。」

 

 どうしてそこまで私と……、私は先代とは別人なのにどうしてそんなに愛おしそうに見つめてくるんですか?

 

 「今度会う時こそ、二人きりで楽しもう。それまで……ダンスの続きはお預けだ……。」

 

 キュウキが進路を南に取り、徐々に遠ざかっていく。

 

 最後まで言っていることが理解できなかった、アイツは私をどうしたいの

 

 一緒に踊ろうと言いつつ、私を砲撃しながら追いかけ回したのに。

 

 それともアレがあいつの言うダンス?アイツは戦闘をダンスに見立てているの?

 

 「朝潮、無事?」

 

 「は、はい!私は大丈夫ですが荒潮さんが……。」

 

 私が荒潮さんを抱えて呆然としていると、満潮さんと大潮さんが周囲を警戒しながら合流して来た、荒潮さんは依然目を覚まさないまま……。

 

 「大潮どうするの?追う?」

 

 「残念だけど、主機をやられちゃった……。荒潮をこのままにもしておけないし。満潮は?」

 

 「私は至近弾で主砲がやられたわ。それに回避でトビウオを使い過ぎて燃料もカツカツ……、追ったところで追いつく前にガス欠ね……。」

 

 「作戦失敗……と言う事ですか……?」

 

 「そうだね……悔しいけど……。」

 

 そんな……、予定通りキュウキを誘い出せて、序盤に作戦の変更はあったもののあと一歩と言う所まで追い詰めたのに!

 

 「でも収穫はあった、キュウキの語った情報は少なからず鎮守府にとって有益なはずだよ。」

 

 キュウキの語った情報……、キュウキの個体名とシキョウと言う謎の単語、そしておそらくだけど上位種から下位種への絶対命令権。

 

 私にはどう有益な情報なのかわからないけど、司令官ならこれらから何かわかる事があるのかな……。

 

 「哨戒艇と連絡が取れたわ、こっちに向かってるってさ。」

 

 「わかった、撤収するよ。」

 

 万全を期して挑んだはずの作戦の失敗、しかも大破まで追い込んだ敵を取り逃がすなんて……。

 

 「アイツがアンタに執着していることがわかったんだから、きっと次があるわ。だから……泣くのはやめなさい。」

 

 いつの間にか涙が溢れていた、悔しい……、私はまた勝てなかった。

 

 どうして私は肝心な時に勝てないの?

 

 初出撃の時は恐怖に怯えて醜態を晒し、神風さんの時は仕留めたと思って油断し逆襲された。

 

 今回はそれらより酷い。

 

 敵を仕留め損ね、情けまでかけられるなんて。

 

 これでは司令官に顔向け出来ない……。

 

 「アンタの気持ちはわかるけど後の祭りよ、今は掴んだ情報を司令官に伝えることを考えなさい。」

 

 「はい……。」

 

 奥歯が軋む、こんなに悔しいのは初めてだ。

 

 できる事なら今すぐキュウキを追いかけたい。

 

 『おーい!無事っすかー!』

 

 哨戒艇と第九駆逐隊が近づいて来る。

 

 そうだ……、この船で追えばキュウキに追いつけるかも……。

 

 荒潮さんも収容できるし、駆逐艦より速いこの船なら今から追いつけるかもしれない。

 

 そうよ!これでキュウキを追える!

 

 「司令官と通信は出来ますか?」

 

 哨戒艇が私の数メートル手前で停止した時、大潮さんがモヒカンさんに通信の可否を尋ねた。

 

 司令官と通信?ああ、追撃の許可を貰うんですね。

 

 「……、可能です、なんと伝えますか?」

 

 私を見つめる大潮さんは何かを我慢するような顔をしている、許可を貰うんですよね?この船で奴を追うんですよね!?

 

 まさか撤退なんてしませんよね!

 

 私の考えを見抜いたのか、大潮さんが私と哨戒艇の間に立ち、私の希望を打ち砕くようにこう言った。

 

 「撤退します、戦艦棲姫を取り逃がしました。作戦失敗です。」



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幕間 提督と大潮 2

「……、以上が対戦艦棲姫戦の報告です。作戦の失敗はすべて、旗艦である大潮にあります。」

 

 「気にするな、処罰するつもりはない。そもそも、正規の任務ではないしな。」

 

 「ですが……。」

 

 「戦艦棲姫は取り逃がしたが主力艦隊への被害はなし。今まで奴に与えられた被害を考えれば作戦は成功と言っても過言ではない。」

 

 大規模作戦が終了した晩、艦隊が帰投して祝勝会に浮かれている時に大潮が持ってきた報告は残念な結果ではあるものの有意義な情報を含んだものだった。

 

 「それにお前達が持ち帰った情報だが。ふむ……、キュウキ……。なるほど、窮奇か……。」

 

 「その名前に何か心当たりが?」

 

 「ああ、私も詳しいわけではないんだが。このシキョウと言う単語が四凶ならばまず間違いないだろうな。」

 

 「大潮にはチンプンカンプンですが、何かの暗号ですか?」

 

 朝潮のセリフをパクるんじゃない、声がよく似ているからお前が目の前に居なければ朝潮を探し回ってしまうところだぞ。

 

 「ああ、古代中国の怪物の名前なんだが……。」

 

 「……。」

 

 おい辰見、なぜそんなに目を輝かせて私を見ている。

 

 説明したいのか?そういえばお前はこの手の話が大好物だったな。

 

 「辰見……、説明してやってくれ……。」

 

 「いいんですか!?じゃあしょうがないですね♪」

 

 何がしょうがないですねだ、嬉々として椅子から立ち上がりおって。

 

 「マイクはありませんか?」

 

 「いらんだろ……、ここには私と大潮しかいないんだぞ……。」

 

 「はぁ……、こうゆう時のためにマイクの設置をお勧めしますが?」

 

 いらん!だいたいこんな事を説明する機会などそうそうないわ!

 

 「まあいいか、じゃあ説明するわね。まず四凶だけどこれはさっき提督が言った通りよ。字はこうね。窮奇はこう。」

 

 辰見がB5サイズのホワイトボードに字を書いて見せる。

 

 そのホワイトボード、どこから出した?

 

 「へぇ。たしかにあの戦艦棲姫は怪物でしたけど……。」

 

 「深海棲艦がどんな思惑でその名を名乗っているかは知らないわ。だけど窮奇が四凶の一角と名乗った以上、同格の個体が少なくとも他に3隻いることになるわね。」

 

 「冗談やめてくださいよ……、あんなバケモノが他に3隻もいるなんて……。」

 

 「残りの名前は『渾沌(こんとん)』『饕餮(とうてつ)』『檮杌(とうこつ)』。この三つの名前は出てこなかったのね?」

 

 「はい、その三つは聞いてないです。」

 

 「そう、十二獣の方じゃなくてよかったわ。そっちにも窮奇ってのがいるからね。もっとも、そっちの窮奇は災厄を食べてくれるんだけど。」

 

 相変わらず無駄に詳しいな、中二病の賜物か?それとも後遺症か?

 

 「海内北経では翼をもった虎と説明されてるけど、艤装の腕を翼さに見立てたのかな?たしかに広げれば翼に見えないことも……。」

 

 「……。」

 

 大潮が何とかしてくれと言わんばかりにこちらを見て来る。

 

 すまん、付き合ってやってくれ。

 

 こうなった辰見はなかなか止まらないんだ。

 

 「私的見解では恐らく四凶を束ねているのは渾沌ね。渾沌は混沌とも書き、文字通りカオスを司るわ。犬みたいな姿で長い毛が生えた姿だったり、頭に目、鼻、耳、口の七孔が無くて、脚が六本と六枚の翼が生えた姿の場合もあったりで恰好いいの!」

 

 「いや、気持ち悪いですよソレ……。」

 

 私も同感だ、そんな深海棲艦は確認されていないから名前と姿は関係なさそうだな。

 

 「カオスを司ると偉いのか?」

 

 正直、どうしてソレで四凶を束ねられるのかわからん。

 

 「だって強そうじゃん!如何にも悪の親玉って感じがして最高だなぁオイ!」

 

 敵を褒めるんじゃない、それと艦娘時代の口調に戻ってきてるぞ。

 

 「はぁ……。こちらからしたら悩みの種が増えただけだと思いますけど……。」

 

 まったくその通り、残りの三隻が私の予想通りなら厄介な事になるかもしれん。

 

 「やっぱ中国神話はそそられる設定多いよなぁ!世界水準軽く超えてるわ。」

 

 中国神話について語れと言った覚えはないんだが。

 

 「で!饕餮ってのがこれまたかっこよくてな?」

 

 そろそろ止めないと夜が明けてしまうまで語られそうだな……。

 

 「辰見、その辺にしておけ。大潮が呆れている。」

 

 ジト目で、心底どうでもよさそうにお前を見てるのに気づかんのか。

 

 「ええー!オレまだ全然語り足りねえんだけど!」

 

 「オレ?」

 

 「あ……。んん!ゴホン!ゴホン!」

 

 ワザとらしく咳払いして誤魔化そうとするんじゃない、艦娘時代の方が実は素なんじゃないのか?

 

 「大潮、荒潮はどうなんだ?艤装が停止したのだろう?」

 

 「はい、意識が戻った後、荒潮を連れて工廠でチェックしてもらいましたが問題なく艤装は動きました。どうやらあの命令の効果は永続ではないようです。」

 

 ふむ、ならば問題はないか。

 

 窮奇の命令が他の艦娘にも作用するなら問題だが、そもそも命令で艤装を停止させることができるのなら人類に勝ち目はなくなる。

 

 おそらく荒潮に命令が効いたのは深海化していたせいだろう。

 

 「あんなのは初めてです。荒潮が深海化して姫級とやり合ったことは今まで数回ありますが、命令で停止させられたことはありません。」

 

 となると四凶にのみ与えられている権限か、窮奇相手に荒潮の奥の手が使えなくなったのは痛いな……。

 

 「仕留めるのに十分過ぎる時間があったにも係わらず撤退したのも理解出来ません。大潮、その時何があったの?」

 

 「通信を通して聞いた限りでは棲地の攻略艦隊が私達の方に向かっていたからだと……。邪魔が多いとか言ってましたね。」

 

 「邪魔?」

 

 「ええ、奴はどうやら朝潮ちゃんと1対1で戦いたかったようです。愛してるとも言っていました。」

 

 ほう、深海棲艦のクセに見る目があるじゃないか。

 

 奴が朝潮に執着しているのなら次がある、今回の敗因を教訓にすれば倒せない相手ではない。

 

 なにせ、荒潮は中破したが残りの三人は小破未満。

 

 朝潮に至ってはほぼ無傷で窮奇を大破まで追い込んだのだから。

 

 「そっか、あのネ級は窮奇の方に向かってたのね、主力艦隊にちょっかいかけて来て、艦隊が追撃を始めたらまるで誘うように南進しだしたから何処へ向かうのかと思ったけど。」

 

 「誘うように?」

 

 「そう、艦隊が引き離されそうになったら速度を緩めたりしてね。神風は罠を疑ったらしいんだけど、あの性格でしょ?罠ごと潰す!って言って補給もせずに追っちゃってさ。」

 

 まあ、そのおかげで朝潮達が助かった訳だが……。

 

 ネ級の行動は窮奇以上に不可解だ、窮奇と合流するつもりだったにしても敵である我が艦隊を引き連れて窮奇に合流して何になる?窮奇が朝潮とのタイマンを望むのなら逆鱗に触れる行為ではないか?

 

 「内輪もめか?こちらの艦隊を誘導して窮奇を始末させるつもりだった。とかはどうだ?」

 

 「深海棲艦にそんな概念があるのか疑問ですが、それくらいしか考えられないですよね……。」

 

 「それについては満潮が気になる事を言ってました。」

 

 「満潮が?なんと言ってたんだ?」

 

 「神風さんからネ級の事を聞いた後、『守ろうとしたのね……。』と一言だけ。」

 

 「いやいや、それじゃ辻褄が合わなくない?なんで守る相手の方に敵の艦隊を案内なんてするの?遠ざけるんならわかるけど。」

 

 「大潮にそんな事言われたってわかりませんよ。満潮が言ってただけですから。」

 

 守ろうとする相手の所に脅威となる艦隊を案内することが守ること?

 

 辰見が言うとおり一見すると辻褄は合わない、だが窮奇は艦隊の接近を感知して撤退した……。

 

 「なるほど、そうゆう事か。」

 

 「どうゆう事ですか?提督。」

 

 「ネ級は窮奇の撤退を促したかったのさ。そう考えれば満潮が言った『守ろうとした』にも一応合致する。」

 

 「まあ、一応それっぽく聞こえますけど……。」

 

 「ネ級による主力艦隊への襲撃は窮奇の指示によるものだろう、神風と艦隊を分断するのが当初の目的だったはずだ。」

 

 だが窮奇が到着する前に第八駆逐隊と。いや、朝潮と会ってしまった。

 

 「窮奇は部下から信用されてないんでしょうか。第八駆逐隊が横須賀の最精鋭とは言っても、あちらはソレを知らないはずです。」

 

 「普通の駆逐隊じゃ窮奇どころか姫級に挑んだところで返り討ちですもんね。大潮だって出来ることなら姫級とは戦いたくないです。」

 

 「窮奇は通信を垂れ流していたんだったな?」

 

 「ええ、聞いてて気持ち悪かったですよ。」

 

 映像で見た先代の朝潮との戦いで横槍を入れたのは確か重巡だったな……、だがああの時の重巡はリ級だった。

 

 「もし、三年前の戦いで朝潮が死ぬ原因を作ったリ級とネ級が同一の個体だったとしたらどうだ?」

 

 「窮奇の通信で朝潮の名を聞いて、危険を感じたから窮奇を撤退させるよう仕向けたって事ですか?ですがリ級とネ級では形状もスペックも違いすぎますよ?」

 

 「司令官はリ級がネ級に進化したとでも?」

 

 「それはわからん、だが艦娘でも改二になると容姿や艤装の形状が変わる者がいる。艤装が深海棲艦のコアを元に作られている以上、ないとは言えんだろう。」

 

 「たしかに大潮も改二になった直後は『アナタ誰?』ってよく聞かれましたけど……。」

 

 「ネ級が単にバカだった可能性もあるが、満潮の言葉を信じるなら厄介な盾が一枚窮奇を守っていることになる。」

 

 「守る対象の反感を買ってでも守る……か。大した忠誠心ですね、敵にしとくのが勿体ないです。」

 

 「反感を買って始末されている事を祈りますよ。窮奇だけでも厄介なのにネ級まで加わったら、さすがに手に余ります。」

 

 たしかに、次に窮奇に挑む際にはネ級がそばに居ることを考えて作戦を練らなければならない。

 

 「朝潮は落ち込んでないか?」

 

 「撤退を司令官に進言した事で少し嫌われちゃいました。進言しなくても哨戒艇での追尾は無理だったみたいですけど。」

 

 回避にニトロを使ったみたいだからな、鎮守府に戻るまでエンジンが保ったのが奇跡だよ。

 

 「嫌な役をやらせてしまったな。」

 

 「いいんです。覚悟の上ですから。」

 

 何が覚悟の上だ、顔は笑っているが目が死んでいるではないか……。

 

 「ああそうだ、ご褒美の食事の件だが何がいい?何でも良いぞ?」

 

 「任務に失敗したのにですか?」

 

 「最初に言っただろ?主力艦隊への被害を防ぐ事には成功している、それにお前達が持ち帰った情報は役に立つ。ご褒美をやるのは当然だ。」

 

 「はあ……。あの情報がどう役に立つのか大潮にはわかりませんが……。」

 

 まあ、そうだろうな。

 

 「朝雲達にも聞いておいてくれ、あの子達にも無理をさせたからな。」

 

 「お財布大丈夫です?」

 

 「仮にも私は提督だぞ?お前達の腹を満たすくらい造作もない。」

 

 いざとなれば経費で落とすし。

 

 「そうゆう事なら遠慮なく、明日以降の八駆の予定は決まってるんですか?」

 

 「荒潮が動けるようになるまでは鎮守府で待機だ。それと、明日一番で朝潮を工廠に連れて行ってくれ。」

 

 「工廠に?朝潮ちゃんは入渠するほどのケガはしてませんが。」

 

 「入渠ではない、改装だ。朝潮に改二改装を受けさせろ。」

 

 「改二改装!?もうそんな練度まで上がったんですか!?」

 

 そう言えば前に教えて以来、この子達に朝潮の練度は言ってなかったか。

 

 「ああ、戻ってきてすぐに確認した。現在の朝潮の練度は80だ。」

 

 「80……。下手な古参より高練度じゃないですか……。」

 

 「正直、私も驚いたよ。だが事実だ、荒潮が復帰するまで慣らしに付き合ってやってくれ。」

 

 「わかりました。他に何かありますか?」

 

 「そうだな……。主機の修理は念入りに。くらいか?」

 

 「……了解しました。失礼します。」

 

 動揺は微塵も見せずに出て行ったな、嘘がバレてるのは承知ということか……。

 

 「やはり嘘ですか?」

 

 「ああ、追撃したがる朝潮を止めるためだろう。」

 

 「処罰は?」

 

 「なしだ。一応、釘も刺ししたしな。嫌みっぽくなってしまったが。」

 

 「わかりました、丸くなりましたね提督も。」

 

 それは性格か?それとも腹か?最近気になってきてるんだが……。

 

 「ところで残りの3隻、お前はどこに居ると思う?」

 

 「提督と同じだと思いますよ?窮奇が撤退した方角、絶対命令権を有するほどの上位個体。ほぼ間違いなくハワイですね。」

 

 「やはりお前もそう思うか。」

 

 「おそらく四凶は中枢棲姫の側近。どっちがどっちかまではわかりませんが、ミッドウェーとジョンスンにいる飛行場姫がそれぞれ饕餮と檮杌。東の主力艦隊旗艦が渾沌じゃないでしょうか?」

 

 疑問系の割に自信満々じゃないか、何か確信でもあるのか?

 

 「山の中腹の個体は?」

 

 「興味ありません。」

 

 「は!?」

 

 「最初は中枢棲姫を渾沌にしようか悩んだんですけど、どっちかって言うと『マザー』とか『母上』とかの方がしっくりきますし。中腹の奴は結界の維持に力の大半を割いてるっぽいって言ってましたよね?そんな奴を四凶のどれかに設定するのもどうかなと思いまして。」

 

 コイツは何を言っている?設定?何の設定だ、お前の脳内設定か?そんなものはどうでもいいんだが!?

 

 「窮奇が好き勝手に動き回ってる時点で、結界を維持してる個体が四凶と言うのは破綻してますし。ならば中枢棲姫の防衛に直接絡んでそうな三隻を四凶にした方がそれっぽくないですか?それっぽいですよね!」

 

 え……あ、お前がそれでいいんならそれでいいんじゃないか?私が問題にしたいのは結界を維持している他の三隻が窮奇並みに厄介な存在ならハワイ攻略に支障が出かねないかと言うことで……。

 

 「ハワイの主力艦隊の旗艦の艦種は?」

 

 「たしか南方棲戦姫だが……。」

 

 「ハワイにいるのに南方棲戦姫……、いや、ハワイも一応南国か……。これは人類側の呼称だし例え北に居たって深海棲艦には関係ないよね……。よし!やっぱりそいつを渾沌にしましょう!」

 

 しましょうってなんだ!お前がそうしたいだけだろ!

 

 「人類側の呼称は長ったらしそもそも艦種名だから好きじゃなかったんですよ~。でもこれで呼びやすくなったしそれっぽくなったでしょ!」

 

 「たしかに名前は大切だと思うが……。」

 

 もうそれでいいか……案外合ってるかもしれんし。

 

 「わかった、それで行こう……。いや、それでいい……。」

 

 「く~~~!テンション上がってきたーー!なんでオレ艦娘辞めちゃったんだろう!」

 

 テンションを上げるのは良いが暴れるな!いい歳した大人がみっともない!

 

 「じゃあオレ……じゃない、私は祝勝会に顔出してきますね~♪」

 

 執務室を飛び出していく様は昔のまんまだな、微笑ましいとは思うが。

 

 「北方を落として準備は七割がた完了と言ったところか……。」

 

 当面は備蓄と通常任務のみ、この空いた期間でもう少し朝潮を育てたいところだが。

 

 彼女の成長のしかたが特殊過ぎて通常任務での成長はあまり期待できない、となると……。

 

 私は机の上に置かれた、書類に目を落とす。

 

 「今年は呉か……。墓参りもできて朝潮の成長も狙える、丁度いいな……。」

 



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幕間 提督と満潮 4

 「まったく、よく騒ぐわね……」

 

 大規模作戦の成功を祝して行われている祝勝会の喧騒から逃げるように中庭に来た私は、誰にともなく悪態をついて星空を見上げていた。

 

 ああいう雰囲気は苦手だ、嫌われ者の私には居場所もないし。

 

 「デネボラ、スピカ……。あと一つなんだったっけ……」

 

 「アルクトゥールス。春の大三角だな」

 

 誰?って、考えるまでもないか。

 庁舎の窓からの明かりしかない中庭の先に目を凝らすと、咥え煙草で司令官がこちらに歩いて来ているところだった。

 

 「そんなに声大きかった?」

 

 呟く程度のつもりだったんだけど、あの距離で聞こえたのかしら。

 

 「読唇術は得意でな」

 

 「読むな!って言うか士官服で歩き煙草ってどうなのよ」

 

 「気にするな、ここには私とお前しかいない」

 

 その割に、口調は仕事モードじゃない。

 

 「よっこいしょっと」

 

 「オッサン臭い。あと煙草臭い」

 

 「ここは喫煙所だ、あとオッサンと言うな、せめてオジサマにしてくれ」

 

 絶対に嫌。

 喫煙所とか言ってるくせに、吸いかけの煙草消してるじゃない。

 もしかして、私に遠慮してくれた?

 

 「祝勝会には出ないのか?」

 

 「私たちは勝ってないからね……。司令官こそ出ないの?」

 

 「あ~……。私はああゆう雰囲気で飲むのは苦手でな、顔だけ出して逃げて来た」

 

 アルコール度が高い酒をチビチビ飲むの好きだもんね。たしかに、あそこに居たらそうゆう飲み方は出来そうにないわ。

 

 「朝潮たちはどうした?祝勝会に出てるのか?」

 

 「大潮は荒潮の付き添いで工廠。朝潮は……、叢雲って言ったっけ?辰見さんの秘書艦、あの子が祝勝会に引っ張って行ったわ」

 

 「ふむ、祝勝会で飲酒をどうこう言うつもりはないが。飲みすぎなければいいが……」

 

 「何かあるの?荒潮が動けるようになるまで訓練くらいしかできないでしょ?」

 

 「明日、朝潮に改二改装を受けさせる予定だ」

 

 そっか、あの子もうそこまで練度が上がったのね。

 これで第八駆逐隊で改二改装を受けてないのは私だけになるのか……。

 私もあの制服着たいなぁ。別に、一人だけ制服が違って寂しいとかじゃないわよ?

 

 「そう、あの子……。どんどん強くなるわね」

 

 私はとっくに追い越されちゃってるかな。

 

 「驚かないんだな、大潮は驚いてたが」

 

 「今さらでしょ。練度はいくつ?90くらい?」

 

 「そこまで上がってはいない、80だ。作戦前は69だった」

 

 たった一戦で11も上がったのか、あの子の異常な練度の上がり方を知らなければ信じてなかったわね。

 

 「大潮にも言ったが、しばらく慣らしに付き合ってやってくれ。スペックの上昇に戸惑うだろうし」

 

 「わかった。だけど朝潮の体調次第じゃ休ませてもいいでしょ?」

 

 「改装すると体調が悪くなるのか?」

 

 「成長痛よ。改二になると背が伸びる子とかいるでしょ?ある程度成長してから艦娘になる軽巡以上だとあまり痛まないらしいけど、幼いまま成長が抑制されてる駆逐艦だと影響がもろに出るのよ」

 

 もっとも、朝潮がどのくらい身長が伸びるかわからないし、私は経験ないからどの程度痛むか知らないけどね。

 手足が急に伸びて戸惑うとは思うけど。

 

 「すまない、改二改装にそんな弊害があったとは知らなかった。訓練の開始はお前と大潮の判断に任せる。それと駆逐艦の改二改装後は数日様子を見るよう、各鎮守府にも通達しておこう」

 

 「まあ人によるからね。大潮と荒潮も痛みが酷かったみたいだけど、あの二人は報告しなかったみたいね」

 

 「ああ、他にも改二改装を受けた駆逐艦はいるがそうゆう報告は上がっていない」

 

 駆逐艦は意地っ張りの負けず嫌いが多いからね、それに我慢できる程度の痛みなら報告なんてしないだろうし。

 

 「そういえば前に約束した報酬の件、忘れてないわよね?戦艦棲姫と問題なくやり合えたんだから成功のはずよ?」

 

 「朝潮とのデートだろ?もちろん覚えてる」

 

 ならよし、この人がどんなデートプラン考えてるか気になるところではあるけど。

 

 「プランは考えてる?」

 

 「ああ。八月までは忙しくて時間が取れないが、八月に呉に行くことになるから数日早めに出て私の故郷を案内するつもりだ」

 

 司令官の故郷、たしか山口県だったっけ。司令官大好きっ子のあの子なら、遊園地とかに連れて行くより喜ぶかも。

 

 「山口って何かあるの?フグと下関くらしかイメージないけど」

 

 「ソレでだいたい合ってるよ、田舎だからな。下関は知っててもソレが山口県だと知らない人もいるくらいだ」

 

 ふ~ん、名古屋が愛知県にあるって知らないような感じかしら。

 

 「お土産は紅葉饅頭以外にしてね、神風さんのお土産で食べたから」

 

 「何を言ってる、呉まではお前達も行くんだぞ?」

 

 は?なんで私達も呉に?達って事は八駆全員よね?呉にはあまり行きたくないんだけど……。

 八月に呉で何かあるのかしら、八月に呉でありそうな行事ってなんだっけ……。

 

 「あ。もしかして今年は呉で開催なの?」

 

 「そうだ、毎年恒例の駆逐艦演習大会。今年はお前達に出てもらうぞ」

 

 毎年八月に各鎮守府が交代で開催する駆逐艦演習大会、大会とは言っても参加するのは各鎮守府から駆逐隊が一つだけ。

 各鎮守府のトップ駆逐隊という但し書きは付くけど。

 

 「私達じゃなきゃダメなの?去年みたいに六駆でもいいじゃない」

 

 「八駆が再結成されたのは知られているからな。名指しで果たし状が届いてる」

 

 果たし状とはまた古風な……。

 どこが出したかは、だいたい想像つくけど。

 

 「どうせ十八駆でしょ?なんであの子は私達に絡もうとするのかしら」

 

 私達と同じ、朝潮型10番艦の霞が率いる十八駆は機会さえあれば何かと絡んでくる迷惑な存在だ。

 特に霞は、私達をライバル視どころか敵視してる節があるし。

 

 「毎回泣いて帰ってたクセになんでこんなに強気なのかしら」

 

 「妹だろう?相手くらいしてやれ」

 

 朝潮型駆逐艦としては妹だけど、血縁関係はないし所属も違うから赤の他人って言っても良いレベルなんだけど?

 

 「あの子、負けたら目の前ですっごい悔しそうに泣くのよ?勝っても気持ちよくないのよねぇ……」

 

 「お前と同じじゃないか?」

 

 う……たしかに昔は神風さんに負かされるたびに悔し泣きしてたけど……。

 

 「それに、今年は番外的なカードも組まれる。それに出る奴の相手が出来るのがお前達くらいしか居ない」

 

 「どんなカード?私達が戦うの?」

 

 私達じゃないと相手できない他所の駆逐隊って言ったら、十八駆か二十七駆くらいしか思い浮かばないけど。

 

 「お前達じゃない。それに出るのは神風だ」

 

 あ~、要は神風さんのお守りが出来るのが私達くらいって事か、紛らわしい……。

 

 「神風さんと誰がやるの?あの人とタイマンできる駆逐艦なんて……」

 

 居たな、呉に一人。実際に見たことはないけど、噂が確かなら面白い試合になりそうね。

 

 「相手は呉の死神?」

 

 「正解だ。呉提督の頼みでな。神風が負けるところが見れるかもしれないぞ?」

 

 「見たいの?」

 

 神風さんが負けるなんて微塵も思ってないクセに。

 

 「いや、負けて悔しがるアイツは見飽きてるし、アイツは私の懐刀だ、ただの天才に負けてもらっては困る。」

 

 随分と自由奔放な懐刀さんで、奔放すぎて周りが傷だらけになってない?

 

 「と言うわけでお前達の仕事は神風のお守りと大会の優勝だ。頼んだぞ」

 

 いやいや優勝って……気軽に言うわね、まだ組み合わせも聞いてないのに。

 

 「お前にだけ言うが、実はこの大会。提督同士で賭けが行われてるんだ。まあ自分のとこの駆逐隊にしか賭けないから、賭けと呼んで良いのかわからんが」

 

 私らを出汁にそんなことしてたのかこのクソ提督どもは!

 

 「ここ数年、うちは負け続けだろう?だからそろそろ勝ちたいなと……」

 

 それで優勝しろか、いいわよ?優勝してやろうじゃない。分け前はキッチリ貰うけど。

 

 「まったく、二人になるたびに厄介ごと押しつけるのやめてくれない?」

 

 「すまんな、私が鎮守府で甘えられるのはお前くらいなんだ」

 

 そうゆうのは朝潮に言ってやりなさいよ、なんでそんなセリフを臆面なく言えるかなこの人は。

 

 「あ~はいはい、デカイ子供を持つと苦労するわ」

 

 「はははは、頼んだよ母さん」

 

 「調子に乗らないで、男性と付き合った事もないのに、こんなデカイ子供はいりません」

 

 「今のお前に言い寄って来る奴は間違いなくロリコンだ、気をつけろ」

 

 『気を付けろ(キリッ)』じゃないわよ、鎮守府のロリコン代表みたいな人が何言ってるの?

 

 「その内イケメンの彼氏作って紹介してやるから覚悟しなさい」

 

 当ては無いけど。

 

 「却下だ!何処の馬の骨とも知れん奴に娘はやらん!」

 

 やらん!じゃない、まだ居もしない彼氏に嫉妬してどうすんのよ。だいたい、司令官の娘になった覚えはない!それにさっきは母さんとか言ってたじゃない!

 

 「じゃあ私は一生独り身か……」

 

 「それもダメだ!花嫁姿は見たい!」

 

 面倒くさいなこの親父は……。

 

 『上等よこのクソゴリラ!表に出なさい!』

 

 『いいだろう!ビッグセブンの力、今こそ思い知らせてやる!』

 

 喫煙所の南に位置する食堂から、よく知る声が罵声を浴びせ合ってるのが聞こえる……、またケンカしてるのかあの二人は。

 

 『どうしてお前はそうなんだ!他の駆逐艦を見ろ!皆素直で、部屋に持ち帰って食べたくなるほど可愛いと言うのに!』

 

 なんか今聞いちゃいけないセリフが混ざってた気がするんだけど?

 

 『黙れロリコン2号!そのひん曲がった性根叩きなおしてやるからそこに直りなさい!』

 

 1号は誰?って聞く間でもないか。あ、なんか賭けまで始まったような会話が聞こえるんだけど。

 

 「止めなくていいの?あのままじゃ食堂が大破するわよ?」

 

 「修繕費はあの二人の給料から引いとく、それと満潮。コレを頼む」

 

 そう言って、司令官が私に手渡してきたのは一万円札、まさか賭けに参加して来いって言うんじゃないでしょうね。

 

 「神風に全部だ」

 

 『全部だ』じゃない!止めなさいよ!アンタここの司令官でしょ!?アレを放置する気!?

 

 『見ろ!この朝潮を!私の幼い頃にそっくりだ。もしかしたら生き別れの妹なのかもしれない……。いやきっとそうだ!』

 

 『へぇ、その子貴女の妹だったの……。まとめて潰してやる!』

 

 あ~あ、朝潮ご愁傷様。

 死ぬことはないと思うから頑張って。

 

 「いかん!朝潮が巻き込まれた!満潮すぐに止めに行くぞ!」

 

 朝潮が巻き込まれた途端それ?勝手に行きなさいよ……、私はもう部屋に戻……ってなんで手掴んでるの!?

 

 「待ってろ朝潮!今行くぞ!」

 

 「一人で行きなさいよ!離せこの!はーなーせー!!」

 

 結局、乱入した司令官に神風さんと長門さんは取り押さえられ、その後夜通し説教されたとか。

 

 私を含めた素面の艦娘数人で惨状となった祝勝会の会場を片付ける事になったんだけど……、酒で轟沈した艦娘を各部屋に運んだり、そいつらがリバースした物の掃除やらで作戦中より忙しかったわ。

 

 巻き込まれた朝潮はと言うと、誰に飲まされたのか酒に酔ってグデングデン。

 

 次の日に二日酔いと改二改装による成長痛で苦しむ羽目になったとさ。




 名古屋が愛知県だって知らない人がいる訳ないですよね~~www












 私です……。


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第5章 駆逐艦『朝潮』演習!
朝潮演習 1


 てるてる坊主てる坊主、明日天気にしておくれ。なんて歌、今の子供は歌うのかしら。

 今だに梅雨の時期は好きになれないなぁ。ジメジメして蒸し暑いし、雨ばっかりで外出もしにくいし。

 

 「お前も訓練くらいしたらどうだ?他の駆逐艦たちは、絶好の訓練日和だと言って訓練に励んでいるぞ?」

 

 若い子は元気ね~。

 『雨の日は訓練に最適』そう思ってた時期が私にもありました。だけど、そういうのはとっくに卒業したの。私は。

 

 「嫌よ。先生だって、私が雨嫌いなの知ってるでしょ?」

 

 「だからって執務室でくつろぐんじゃない。仕事の邪魔だ」

 

 「先生が書類仕事ねぇ……。ドンパチしてる方が似合ってるわよ?」

 

 ホント、昔の先生からは考えられないわ。三度の飯より戦闘が好きだったのに、今は書類仕事しかしてないじゃない。

 

 「私もそう思うが、そういう訳にもいかん。今の戦況じゃ、私は足手纏いだしな」

 

 そうれもそうか。いくら先生でも、洋上じゃ駆逐艦にすら勝てないでしょうし。艦娘並に力場が扱えたら、相手が戦艦でも普通に叩き斬りそうだけど。

 

 「朝潮の調子はどう?改二になったんでしょ?」

 

 改二か……。スペックの上昇に体の成長。

 何年も性能の変化がない私からしたら羨ましい限りね。私よりスペックの低い艦娘なんていないし。

 

 「気になるのか?」

 

 「別に?聞いてみただけ」

 

 嘘だけどね。改二になった事で、あの子の戦闘力は数値以上に上がってるはず。正直、どの位強くなってるか気になってるわ。また任務帰りに襲ってみようかしら。

 

 「襲うなよ?」

 

 お見通ですか。はいはい襲いませんよ。後が怖そうだから。

 

 「心配しなくても、私はそこまで暇じゃないわ」

 

 「まあ、お前と朝潮で、演習をさせてみようと考えなかった訳ではないが」

 

 どうせ、私の技を盗ませるのが目的でしょう?そうは問屋が卸さなわ。もうあの子には何一つ見せる気はない。

 

 「あと、お前が朝潮に見せてないのは『刀』と『稲妻』くらいか?」

 

 ええその通り。だけど、私がその二つを見せる事なんてそうそうないわよ?この間の大規模作戦でも結局使わなくて済んだんだから。

 

 「それがなに?朝潮に見せてやれとでも言うの?」

 

 「見せてやってくれんか?」

 

 嫌です~だ!私に土下座して師事を乞うなら考えないでもないけど。

 

 「あの子が私をそこまで追い詰めれば使うかもね」

 

 「先生が見せてあげればいいじゃない。似たような事出来るでしょ?」

 

 実際、私も先生の体術を参考にしたんだし。

 

 「私のはお前の劣化版だ、ただの体術でしかない」

 

 それはわかってる。先生の体術と、艦娘の力場操作を組み合わせたのが『トビウオ』を始めとした私の技なんだから。

 

 「毎回思うんだけどさ。先生のネーミングって安直よね。全部、見た目の第一印象で決めてるでしょ?」

 

 「もっと凝った名前がよかったか?」

 

 「そうゆう訳じゃないけど。『トビウオ』なんて、両手広げてた私が飛び魚みたいに見えたってだけの理由でしょ?」

 

 「まあ、実際そう見えたしな。色は毒々しかったが」

 

 大きなお世話だ。服の色を決めたのは私じゃなくて妖精さんなのよ?それなのに毒々しいとか、私に対して失礼だと思わないの?

 

 「そういえば、今年はお墓参り行かなかったわね。大規模作戦と重なってたから仕方ないとは思うけど。お盆に行くの?」

 

 「ああ、お前も行くだろ?」

 

 「行かない。私はお邪魔だろうし……」

 

 一週間しか一緒にいなかったけど、私を家族のように扱ってくれたあの二人には感謝してる。だけど、私は先生の本当の家族じゃない。

 年に一度の家族水入らずを邪魔したくはないもの。

 

 「そうか……残念だ。朝潮に私の故郷を案内した後行こうかと思ってたんだが」

 

 「いや、はあ!?なんで朝潮を!?」

 

 「満潮と約束していてな。戦艦棲姫と戦えるまでに育てたら、報酬として朝潮とデートしてやってくれと言われていた」

 

 それでどうしてお墓参りに連れてくって話になるの!?私のさっきの気づかいを返せ!って言うか、デートなら尚更私なんて連れて行かない方がいいじゃない!デートって何か知ってるのかこのクソ親父は!

 

 「ねえ先生。朝潮は先生の家族の事知ってるの?」

 

 「ああ、前に話した」

 

 あ、話したんだ。少し以外。艦娘で知ってるのなんて、私と先代の朝潮くらいだったのに……。自分から話したって事は、今の朝潮を信頼してるのね。

 だけど、デートに第三者を連れて行くってのは理解できないわ。

 

 「デートの意味、知ってる?」

 

 「そのくらい私だって知ってる。バカにしてるのか?」

 

 バカにされるような事言ってるのよ?自覚ないの?

 

 「あ~。もしかして、お前もデートに連れて行くと思ったのか?」

 

 「他にどう思えと?」

 

 この親父なら、デート中どこかで暇つぶしてろとか平気で言いそうだけど。いや、絶対に言う。この人は私に対する気遣いが欠如してるから。

 

 「どこかで暇潰しさせておこうかと思っていたんだが」

 

 やっぱりか!私をなんだと思ってるのよ!頭来た!少し意地悪してやる。

 

 「でもさ。初デートでいきなり、亡くなった家族のお墓参りに連れて行くとか重すぎない?私だったらドン引きするわよ?」

 

 「そ、そうか?」

 

 「そりゃそうでしょ。それに奥さんと娘さんだって、久ぶりに先生と会ったと思ったら見ず知らずの子供連れて来てて、しかも未来の嫁さんですなんて紹介されでもしたら化けて出るかもよ?」

 

 「いや、嫁さんとかはまだ早すぎると言うか……。まだそうゆう関係じゃないと言うか……」

 

 キモ!!四十前のオッサンがなに赤面してモジモジしてるのよ!下手なホラー映画よりホラーだわ!

 

 「先生……。ロリコン治そ?今ならまだ憲兵さんには黙っててあげるから。ね?」

 

 完全に手遅れだとは思うけど……。

 そうだ!辰見に協力させよう!性格はともかく、男ならグッとくるような体形してるし、今晩あたり裸で迫らせよう!

 

 「見くびるなよ神風。私はロリコンはロリコンでも、ただのロリコンではない」

 

 なぜ、そのセリフでキリッとした顔ができるの?それに何?そのポーズ。

 机に両肘を立てて寄りかかり、その両手で口元を隠しちゃって。ゲ○ドウのポーズってやつ?

 

 「私は朝潮に特化したロリコンだ!そこら辺にいる、見境なしに幼女に興奮する変態共と一緒にするな!」

 

 「結局ロリコンじゃない!声を大にして言っていいセリフじゃないわよ!この変態!」

 

 ダメだ。やっぱり手の施しようがない。例え、辰見に裸で迫らせても平気で袖にしそうだわ。

 

 「残念だよ神風……。お前には期待していたのに」

 

 何の期待よ!私にロリコンになれと!?長門って言う、先生と話が合いそうな奴がいるじゃない!そういう期待はそっちにしてちょうだい!

 

 「はぁ……」

 

 お墓参りして、本当に奥さんが化けて出てこなきゃいいけど……。愛した旦那がロリコンになってるなんて知ったら、私だったら呪い殺すわね……。

 

 「ん?ちょっと待って。いつ山口に行くの?さっきの口ぶりじゃ、私も連れて行くつもりだったのよね?」

 

 「言ってなかったか?恒例の駆逐艦演習大会。今年は呉でやるんだ」

 

 あ~それでか。たしかに、お盆と時期も重なるし距離も車で2時間くらい。お墓参りに行くには丁度いいわね。

 

 「でも、私を連れて行ってどうするの?私は駆逐隊を組んでないわよ?」

 

 「お前にはエキシビションマッチに出てもらいたくてな。呉の死神、聞いたことくらいはあるだろ?」

 

 「知らない。興味もない」

 

 はぁ~~~って、大きなため息ついちゃった。けど、興味ないものはしょうがないじゃない。一緒に戦うわけじゃないのに。

 

 「陽炎型八番艦の雪風だ。呉の提督が、お前とどうしてもやらせたいと言って来てな。丁度いいから受けた」

 

 なるほどね。その時に、『刀』と『稲妻』を朝潮に見させる気か。その雪風がどの程度か知らないけど、私が本気出さなきゃならない位強いのかなぁ。

 

 「陽炎型は、夕雲型と並んで最新鋭と言える艦型だ。その最新鋭の雪風を、最古豪のお前が倒す。燃える展開じゃないか?」

 

 たしかに、私好みの展開だ。だけど、先生の思惑に乗せられっぱなしなのは気に入らないわね。

 

 「報酬が欲しいわ。ただで私の努力が持っていかれるのは我慢できない」

 

 「わかった。何がいい?」

 

 意外と素直ね。私の技の代金は高いわよ?最低でも貯金は崩させてやる。

 

 「じゃあ孫六」

 

 先生が持ってるのを寄越せとまでは言わないわ。だから買って。

 

 「わ……脇差で我慢してくれ」

 

 チッ!さすがに本差は無理か。まあいいでしょ。それで我慢してあげるわ。寛大な私に感謝しなさい?

 

 「商談成立♪その雪風ってのが、私に本気出さすことを祈ってなさい」

 

 よし!脇差しとは言え孫六ゲット♪見世物にされるのはちょっと気に入らないけど、そこはサービスしてあげるわ。

 

 コンコン

 

 ん?誰かしら。ノックするなんて律儀な人ね。執務室だからって遠慮する事ないのよ?どうせ変態しか居ないんだから。

 

 「任務の報告書を持ってまいりました!入ってもよろしいでしょうか!」

 

 この声……朝潮?いちいち入室の許可を得ようだなんて、先代と一緒で真面目ねぇ。

 

 「構わない。入りなさい」

 

 何が『入りなさい』よ、格好つけちゃって。また例のポーズしてるし。そのポーズ気に入ってるの?

 いや……。なるほど、口がニヤケてるのを隠してるのか……。

 

 「失礼します!」

 

 敬礼までしちゃって、カタッ苦しいわねこの子。

 だけど顔が若干強張ってる。緊張してるの?口の端がヒクヒクしてるわよ?

 

 改二になって少し身長が伸び、どう見ても小学生くらいだった改装前に比べて少し大人っぽくなっている。長い黒髪と、真面目を体現するような佇まいの朝潮はまさに正統派美少女と言っていい。

 制服も大潮達と同じ、白の長袖ブラウスに黒のサロペットスカート、襟元の赤いリボンタイが黒の割合が多い制服の中でいいアクセントとなっている。

 うん、控えめに言って天使だ。

 

 とか考えてるんだろうなぁ先生は。鼻から上はキリッとしてるけど、手で隠されてる口元はもうデレッデレ!涎まで垂らしそうな勢いだわ。

 

 「ご苦労だった。大潮はどうした?君が来るとは思ってなかったから驚いた。」

 

 うわ『君』って。他の艦娘はお前呼ばわりなのに、朝潮は『君』?ちょっと扱いが違いすぎない?

 

 「大潮さんは、他の二人と納品に行ってます。それで私が代わりに来たんですが……。出過ぎた真似でしたでしょうか……」

 

 これでもかと言うほど、わかりやすくションボリしちゃった。

 納品って事は輸送任務かしら。それくらいの任務なら、別に誰が報告に来たって構わないんだから気にすることないのに。

 

 「いや、別に構わない。言い方が悪かったな。すまん」

 

 と、口では平静を保ってるけど、腰が半分椅子から浮いてるわよ?私がいなかったら飛びついて頭を『よーしよしよし!』って撫で回してたんじゃない?

 

 「数は間違いないな?」

 

 「はい!何回も確認しました!間違いなく、てるてる坊主300個制作任務完了しました!」

 

 「てるてる坊主!?任務って、てるてる坊主作ってたの!?」

 

 「よろしい、朝潮が確認したんなら安心、確実だな」

 

 私には訓練しろとか言っておきながら、この子達にはそんな物作らせてたの!?しかも300個も!

 

 「お褒めにあずかり光栄です!」

 

 「無視するな!納品って事は売るのよね!?てるてる坊主なんて売れるの!?」

 

 「あ、神風さんいたんですか。」

 

 さも、今気づいた風な顔して言うな!それとも、本当に私に気づいてなかったんじゃないでしょうね!

 

 「横須賀鎮守府の名物だぞ?うちの駆逐艦達が作ったてるてる坊主は、大きなお友達に飛ぶように売れる」

 

 それ、先生の同類よね!?最低でも300人のロリコンが鎮守府周辺にいるの!?何それ、超怖いんだけど!

 

 「ちなみに一個千五百円だ。お前も買うか?」

 

 高っ!てるてる坊主が一個千五百円!?ボッタクリにもほどがあるでしょ!そんな値段でてるてる坊主を買おうとする奴は間違いなく異常者だわ!

 

 「よ、よくそんな値段で売れるわね……。艦娘が手渡しで売ったりでもしてるの?」

 

 「そんな危険な事させるわけないだろう。売ってるのは憲兵だ」

 

 憲兵さーーん!憲兵さんなにしてんの!?買いに来た奴ら間違いなく危険人物よ!?取り締まりなさいよ!捕まえて牢屋にぶち込んで!

 

 「作った駆逐艦のブロマイド付きだからな。そういえば、たまに長門によく似た奴が買いに来ると言っていたな」

 

 それ、間違いなくうちの長門!あのゴリラ何してんの!?そんなに駆逐艦が好き!?それに、ブロマイドなんて売っていいの!?肖像権とか大丈夫!?

 

 「あ、ちなみに目元は隠してるからな?」

 

 余計いかがわしいわ!鎮守府を風俗にしたいのかこのオッサン!あれでしょ?風俗嬢を選ぶ時の写真みたいに、手で目元だけ隠してる感じなんでしょ?普通にアウトでしょ!よく今まで問題にならなかったわね!

 

 「顔を半分隠してるとは言え、知らない人に写真を持たれるのは恥ずかしいですね……」

 

 いや、それが普通よ。私なら恥ずかしいどころか気持ち悪いわ。何に使われるかわかったもんじゃないし。いや、使い道なんて一つしかないか……。何とは言わないけど。

 

 「心配するな朝潮。写真に写ってるのはすべてコスプレした憲兵だ」

 

 「あ、なら安心ですね」

 

 安心じゃない!憲兵さんのコスプレ写真を駆逐艦の写真と偽って売ってたの?詐欺じゃん!まあ、変態が詐欺に引っかかろうと知った事じゃないけど、鎮守府内に駆逐艦のコスプレする憲兵がいるって言う衝撃の事実を知っちゃったじゃない!

 ってか、私の中で憲兵さんの株が大暴落したんだけど!?

 

 「朝潮の写真は、私がアルバムにして大切に保管している」

 

 「司令官……そこまで私の事を……。朝潮、感激いたしました!」

 

 いや気持ち悪いでしょ。感激する要素皆無じゃない?というかそのアルバムの写真はいつ撮った写真?まさか、隠し撮りとかじゃないわよね?

 

 「朝潮……」

 

 「司令官……」

 

 なんだこの雰囲気。もしかして、私って邪魔者?私が居るのに、二人だけで桃色空間作らないでくれない?不愉快だから。

 

 「ねえ、私が居るの忘れてない?」

 

 「「……」」

 

 いやいや、なんで二人とも『いつから居た!?』みたいな感じで見てくるの?殴るわよ?いや、暴れるわよ?いい?それ以上、その目で私を見たら暴れるからね!

 

 「はぁ……。もういい。部屋に戻って昼寝する」

 

 場違い感がハンパないわ。部屋に戻って、件のアルバムを探し出して燃やしてやる。私を蚊帳の外にした事を後悔させてやるんだから。

 

 「あ!申し訳ありません司令官。私もこれで失礼します!」

 

 なんで?折角気を使ってあげたんだから、二人で話でもすればいいのに。なんなら、行くところまで行っちゃっても良いわよ?

 

 「わかった。またいつでも来なさい」

 

 来てくれの間違いじゃなくて?朝潮が帰るって言った途端に、露骨に残念そうな顔になっちゃってるじゃない。

 

 「はい!では失礼します!」

 

 律儀に敬礼して執務室出る朝潮。

 私そういう事したことないわよ?それってしなきゃいけないの?

 

 「……」

 

 「何?女に見つめられて喜ぶ趣味はないんだけど」

 

 執務室を出てからずっとだわ。寮に続く廊下を歩く私の後ろからジーっと私を見て。

 文句でもあるの?何か話があるから、私について出て来たんじゃないの?それとも、私から振ってあげようか?

 

 「ねえ朝潮、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 

 「なんでしょうか?」

 

 キョトンって擬音が聞こえそうなほど不思議そうね。小首までかしげちゃって。

 

 「貴女、先生の家族の事知ってるんだって?」

 

 「はい、神風さんに工廠送りにされた時に、病室でお聞きしました」

 

 あ~、そんな事もあったわね~。

 けど、そのおかげで『水切り』と『戦舞台』も覚えられたでしょ?覚えてる自覚は無いかもしれないけど。

 

 「どう思った?」

 

 「司令官は、とても強い人だと再認識しました」

 

 ふぅん。言ってる感じからして、腕っぷしって意味じゃなさそうね。てっきり、先生の上辺だけに惚れたんだと思ってたけど、意外と見るとこ見てるじゃない。

 

 「どうして、そう思ったの?」

 

 「司令官は、私が知る限りで三人も大切な人を亡くしています。私が知らないだけで、きっと他にも沢山……」

 

 そうね。部下や友人も含めれば、両手の指じゃ足りないわ。

 その全てを、先生は覚えてる。数だけじゃなく、名前と亡くなった時の歳まで。それがそのまま、先生が背負っている十字架の重さの一部……。

 

 「それでも、司令官は戦い続けています。きっと、普通の人なら耐えられません……。私だって、もし司令官と同じ立場ならとっくに諦めるか自害してると思います」

 

 嘘つけ。貴女も先生と同じ類の人間でしょうが。

 目的のためなら、どんな事でもするし諦めもしない。手段も選ばない。邪魔者は容赦なく撃滅する。一番たちが悪い人種よ。

 

 「先生はメンタル弱いわよ?」

 

 「だからです。心がどれだけ傷ついても、あの人は歩みを止めません。きっと、提督の地位を剥奪されたとしても深海棲艦への復讐は諦めないでしょう」

 

 「同感だわ。もしそうなったら、クーデターくらいは起こすかもね」

 

 実際、先生ならやりかねないし……。

 もしかしたら、いつでも実行できるように準備している可能性だってある。

 

 「神風さんは、司令官のご家族と親しかったんですか?」

 

 「私?親切にはしてもらったけど、一週間くらいしか一緒に居なかったから親しかったかと聞かれたら微妙としか言いようがないわね」

 

 そういえば、この子をお墓参りに連れて行くって言ってたな……。連れて行かれる事を知ったら、この子はどう思うんだろう。

 

 「ねえ、一緒にお墓参りに行ってくれてって言われたら、貴女どうする?」

 

 「司令官のご家族のですか?ん~、困りますね……」

 

 ほら見なさい。やっぱりお墓参りはやめた方がいいわよ先生。

 

 「また、約束が増えてしまいそうです」

 

 は?行くの?ってか、何の約束よ。貴女たちに変わって、私がこの人を幸せにします的な?それってケンカ売ってるのと大差なくない?

 

 「ちなみに、どんな約束する気?」

 

 「秘密です」

 

 「勿体振るものでもないでしょ?教えなさいよ」

 

 「それでも秘密です。神風さんはお墓参り行かないんですか?」

 

 そう来るか。じゃあ少し意地悪してやろう。

 貴女はこう言われても、お墓参りについて行こうって言える?

 

 「行かないわよ。年に一度の家族水入らずを邪魔するほど野暮じゃないわ」

 

 何驚いた顔してるの?当然でしょ?わかったら、貴女も少しは気遣いってものを……。

 

 「神風さんは司令官の家族じゃないんですか?」

 

 「は!?貴女何言ってるの!?」

 

 たしかに、先生は私の親代わりではあるけど、親以前に上官だ。血の繋がりなんか無い赤の他人だ。

 そんな人と家族だなんて……。

 

 「私は、幼い頃に家族を失いました。正直、家族の記憶は曖昧です」

 

 だから何よ。貴女の生い立ちが、私と先生が家族だって話のどこに関係があるのよ。

 

 「その曖昧な記憶の中の団欒風景と被るんですよ。司令官と神風さんが一緒に居るところが」

 

 「それは貴女がそう思うだけでしょ?貴女の価値観を私に押し付けないで」

 

 私だって、先生を父親みたいに思ってる。だけど、先生も同じだとは限らないじゃない。迷惑だと思われてるかもしれない。厄介なのを抱え込んだと思われてたかもしれない……。

 

 「司令官は、神風さんも誘ったんじゃないですか?」

 

 そりゃ誘われたけど……。それは、私が奥さんと娘さんを知ってるからであって……。私の事を家族と思っているからじゃ……。

 

 「あれだけ近くに居て気づかないんですか?神風さんと話す時の司令官は、まるでお父さんみたいな顔してるんですよ?」

 

 「そ、それは……。親代わりだし……。だ、だからじゃない?」

 

 「親代わりだと家族にならないんですか?血の繋がってない家族なんてざらにいますよ?」

 

 「知った風な口を利かないで!貴女、何様のつもりよ!」

 

 この子って、こんなにハッキリものを言う子だったっけ?改二になって性格まで変わったんじゃない?

 

 「何様のつもりは貴女の方です。司令官の気持ちも考えずに、何を恰好つけてるんですか?家族水入らずを邪魔したくない?ふざけないでください!大切な人達のお墓参りに、どうでもいい人を誘うわけがないでしょう!」

 

 そ、それはそうだろうけど……。別に格好つけてるわけじゃないわ。

 だって、お父さんなんて呼べないんだもの……。思い出させちゃったらどうするの?お父さんって呼んだら、娘さんを亡くした時の絶望感を思い出しちゃうかもしれないじゃない!先生が絶望した顔なんて、私はもう見たくいないのよ……。

 

 「……」

 

 「傍から見てると、司令官と神風さんは親子にしか見えないんですよ?下手に血がつながった家族より、よっぽど家族らしいです。正直、羨ましい……」

 

 それじゃあ、私が今まで我慢してきたことは全部無駄だったって事?我慢なんてせずにお父さんって呼んでたらよかったの?先生はそれを望んでいたって貴女は言いたいの?

 

 「先生も、私の事を娘だって思ってくれてるのかな……」

 

 「当り前じゃないですか。司令官が本気で叱るのは神風さんだけなんですよ?娘だと思ってなければ、あんな叱り方は出来ません」

 

 断言までしてくれちゃって。本当にそうなんじゃないかと思っちゃうじゃない……。

 

 「バカ娘がまたバカなことして!って感じ?」

 

 「そうですね。祝勝会の後の司令官がまさにそんな感じでした」

 

 貴女、意識あったの?酒に酔って白目剥いてたじゃない。

 でも、そう言われてみれば確かにそうかもしれないわね。

 先生が、本当の意味で素を見せるのはたぶん私だけ。この子も知らない、先生が本当にくつろいだ時の姿。

 アレは他人には見せられないわ。

 

 「だけど今さら……。お父さんなんて呼べない……」

 

 「呼んでみたらいいじゃないですか。きっと驚いてくれますよ?」

 

 それは見てみたい気がするわね……。だけど諭されたからって素直に呼べるほど私は幼くないし、素直な性格もしてないの。

 

 「貴女に言われるがままってのは癪に障るわ」

 

 「満潮さん並に素直じゃないですね。神風さんって」

 

 なによ、その母親みたいな笑顔は。

 貴女、私よりかなり年下よね?なんでそんな菩薩みたいな顔ができるのよ。初めて会った時の奥さんみたいな顔じゃない……。

 

 「うるさい。貴女、改二になって女が上がったんじゃない?」

 

 前みたいな子供っぽさが成りを潜めてる。精神的にも、歳相応に成長してるのかしら。

 

 「司令官のためなら女も磨きます。いくら剣でも多少の装飾は必要でしょう?」

 

 「ナマクラが言うようになったじゃない。でも、気に入ったわ」

 

 最初に思った通り、この子は面白い。

 癪だけど、私の全部を教えてもいい気がしてきたわ。

 

 「貴女、明日以降の予定は?」

 

 「哨戒任務と訓練くらいですが。」

 

 「明日からの訓練は私が見てあげるわ。大潮と先生には私から言っておいてあげる」

 

 諭してくれた礼代わりよ。貴女に技の使い方を教えてあげる。使えると判断したら、新しい技も教えてあげる。私が貴方を、一回り強くしてあげるわ。

 

 「貴女を鍛えるのに一役買ってあげる。やるからには全力で事に当たるわよ!」



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幕間 提督と神風 3

「って事で、明日から朝潮の訓練に付き合うから。」

 

 先生が部屋に帰ってきてすぐに、私はアサシオの訓練に付き合う旨を先生に伝えた。

 

 着流しを着ながら私の方を見る先生は珍獣でも見たかのように口をあんぐりと開けて驚いている。

 

 そこまで驚かなくてもよくない?

 

 「どうしたんじゃ急に、明日は雪か?」

 

 蒸し暑いより寒い方が私は好みだけど、残念ながら明日から一週間くらいは晴れよ。よかったわね、てるてる坊主の効果が早速出て。

 

 「まあ、お前がその気になったは嬉しいが……。泣かせるなよ?」

 

 いや、泣かせる気でやる。

 

 二度と私に生意気な事が言えないようにしてやるんだから。

 

 「それでなんだけど、長門を借りていい?」

 

 「別に構わないが、何をする気だ?」

 

 お、仕事モードになった。

 

 今はまだ着流し姿だし様になってるじゃない、ちゃぶ台の上の湯飲みから湯気まで上がって頑固親父そのものね。

 

 「戦舞台は本来、大型艦を相手にするためのものよ。大型艦を相手にして訓練しなきゃ意味がないわ。それに、トビウオも使えてるだけで使いこなせてるとは言い難いわ。その辺も煮詰めてあげる。」

 

 大サービスよ?感謝しなさい。

 

 そこまでしてあげる義理はないけど、私が考えた技を半端に使われるのは沽券にかかわるわ。

 

 「なるほど、刀と稲妻も教えるのか?」

 

 「それはまだ早いわね。その二つは最悪、私と雪風がやり合ってる時に見ればいい。雪風が私にソレを使わせられればだけど。」

 

 「わかった、長門には私から言っておこう。哨戒任務も午前中で済むよう調整してやる。しかしどういった風の吹き回しだ?お前からそんな事を言って来るとは夢にも思わなかったぞ。」

 

 「私が気まぐれなのは先生も知ってるでしょ?そうゆう気分になっただけよ。」

 

 朝潮に諭してもらったお礼なんて、恥ずかしくて言えるか。

 

 「そうか、お前がそう言うんならそれでええ。」

 

 「改二になって性格が大人びたわねあの子、生意気にも私に説教してきたわ。」

 

 「ははははは、お前に説教するとはたいしたもんじゃ。で?なんて説教されたんじゃ?」

 

 「傍からみたら私と先生は親子にしか見えないのに何を恰好つけるんだ!みたいな感じかな。」

 

 先生からしたらいい迷惑でしょ?血縁もないこんなひねくれたのが娘だなんて。

 

 「お前は……俺が親じゃ嫌か?」

 

 予想外の反応だ、てっきり笑い飛ばすかと思ってたのにしょげてしまった。

 

 湯呑を手に背中を丸める姿は哀愁さえ感じさせるわね。

 

 「別に嫌じゃないけど……、先生だって迷惑でしょ?私なんかと親子だなんて。」

 

 「そんな事ぁない、本当に迷惑ならとっくに放り出しちょる。」

 

 「でも先生って私が何かするたびに叱るじゃない?だから私の事嫌いなのかなぁとか思ったり……。」

 

 まあ、叱られるのは私が無茶したり無駄に暴れたりした時だけど。

 

 「バカかお前は。子供が悪さしたら叱るんは親の責務じゃ。憎くて叱った事なんか一回もないわ。」

 

 二十歳過ぎてるのに子ども扱いですか、まあ……普段私がやってることを考えれば子ども扱いされても仕方ないのかなぁ。

 

 「親が子供を叱るんは愛情からじゃ。最近はちょっと叱っただけで、やれ虐待だなんだと騒ぐバカが多いがの。」

 「先生は娘さんが悪さしたら叱ってたの?」

 

 「当り前じゃ、ろくに家に帰らんかったクソ親父じゃが。」

 

 ふ~ん、その割に娘さんの前じゃデレデレしてたように見えたけど。

 

 私にあんな態度取った事ないじゃない……。

 

 「お前を家に連れて帰った時は女房も娘も喜んじょったぞ。娘は同い年の妹ができた!ってな。」

 

 「私の方が誕生日は早かったはずだけど?」

 

 「今のお前並みに勝気な子じゃったけぇの。逆にあの頃のお前は気が弱かったろうが。」

 

 「せめてお淑やかと言ってくれない?」

 

 やたらと私に構って来てたのはお姉さんぶってたのか、てっきり家族を亡くした私を哀れんでるんだと思ってた……。

 

 お墓参り……行ってみようかな、なんか朝潮に乗せられたみたいで癪だけど。

 

 「あの……お墓参りの事なんだけど……。」

 

 「ん?行く気になったのか?」

 

 う……、すっごい意外そうな顔だ。

 

 やっぱやめようかな……気まずいし……どんな顔していいかもわからないし。

 

 「ほ、本当に私も行っていいの?邪魔じゃない?ほら……家族水入らず的な……その……。」

 

 うわ!めちゃくちゃ呆れた顔してる!やっぱ言わなきゃよかったかな。

 

 「何言うちょる、お前は俺の娘じゃろうが。俺の女房は血が繋がっちょらにゃ家族じゃないって言うほど狭量じゃないぞ?」

 

 あ、あれ?あっさり私の事娘って言った……。

 

 本当に私の我慢は無駄だったの?

 

 「お前が俺に気ぃ使っちょったのは知っちょる。実際、女房と娘が亡くなった当初はその気遣いに助けられた……。それに……。」

 

 「それに……、何?」

 

 「恨まれちょると思っちょった。お前に血生臭い生活させたのは俺じゃし、お前が夜一人で寝れんようなるトラウマ植え付けたんも俺じゃ……。」

 

 別に恨んでなんかいない、前にも言ったじゃない。

 

 そりゃ死にそうになったこともあるけど、私は先生からそれに対抗する術を教えてもらった。

 

 先生が居てくれたから私は今こうして生きていられるのよ?

 

 「私が夜一人で寝れないのは先生のせいじゃないでしょ?あの頃は夜襲なんて当たり前だったじゃない……。」

 

 深海棲艦の夜襲ならまだよかった、あの頃は野盗化した兵隊に襲われる方が圧倒的に多かったのよね……。

 

 私が初めて殺したのはそんな野盗の一人、テントで一人で寝てるところを襲われて反射的に枕元に置いていた拳銃で撃ち殺した。

 

 当時は艦娘になる前だったから12歳だったかな、撃ったところが良すぎたのか相手の胸から噴き出した血で全身血まみれ。

 

 銃声を聞いて先生が駆けつけてくれるまでずっと泣いてたっけ……。

 

 「そうかもしれんが責任は感じちょる。じゃけえあの時、泣いちょるお前を見て決めた。お前は誰が何と言おうと俺の娘じゃ。お前がバカやれば叱るし泣けば慰める。お前が嫁に行くまで俺が親代わりになるっての。」

 

 そんな風に思ってくれたのか、先生も物好きよね。

 

 自分のせいでもないのに面倒な事背負いこんじゃって、それなのに私は……。

 

 「……だけど私は、あの話を聞いて勝手に部隊を離れて艦娘になっちゃった。」

 

 「ああ、あの時はどうしてええかホントにわからんかった。艦娘になれば前線行きは免れん、かと言って陸軍の俺じゃお前の配属をどうこうする事も出来ん。」

 

 「先生の部隊に配属されたのはホント奇跡だったわよね。」

 

 配属先が先生の部隊だって知った時は本当に驚いた、もう二度と会えないと思ってたのに。

 

 「そうじゃの、元帥殿に土下座したかいがあったわ。」

 

 い、今なんて言った?土下座?先生が?役職だけで踏ん反りかえる連中を毛嫌いしてる先生がその筆頭に土下座したの!?

 

 「ちょっと待って!そんな話初めて聞いたわよ!?」

 

 「誰にも言うちょらんけぇの。大本営の門前で半日ほど土下座し続けた。元帥殿が話のわかる人で助かったわい。」

 

 なんで平気な顔してお茶啜ってるのよ、赤の他人の私のためにそこまでする義理ないじゃない……。

 

 いくら親代わりになると決めたって言っても義務はないのよ?陸軍と海軍は仲が悪かったのにその親玉に土下座?プライドがどうこうなんてレベルじゃない、そんな事が知れれば陸軍内でも立場が悪くなったでしょうに。

 

 あ……、だからか……。

 

 だからろくな補給も受けさせてもらえずに最前線をたらい回しにされてたのか。

 

 海軍に異動になる前の先生の部隊に対する陸軍の扱いは酷いものだった。

 

 陸軍は最前線で竹槍まで自作して戦う先生の部隊を後回しにして後方の補給を優先し、あまつさえ先生の部隊諸共、深海棲艦を砲撃したりもした。

 

 そんな目に会わされてまで先生は私を……。

 

 「ごめ……んなさい……。」

 

 私が勝手な事をしたせいで……助けるつもりが逆に迷惑をかけてしまった……。

 

 「気にするな、俺が勝手にやった事じゃ。」

 

 「だけどそのせいで……。」

 

 「神風、こっちに来い。」

 

 先生が私の言葉を遮って手招きしている、側に来いだなんて珍しいわね……。

 

 「言うたじゃろ?気にするな……。」

 

 そう言って、先生は横に座った私の頭を優しく撫でてくれた。

 

 久しぶりだな……、昔はよくこうしてもらったっけ。

 

 「昔はお前が泣くたびにこうしちょったな。」

 

 「そうね……。」

 

 ゴツゴツした大きな手……私はずっとこの手に守られてきた、泣いてる時も、怒ってる時も、私がどれだけバカやってもこの手で守ってくれてたんのね……。

 

 「お墓参り行くわ……。私も連れて行って。」

 

 「そうか、きっと二人も喜ぶ……。」

 

 そう言って私の頭を撫で続ける先生の目は、あの時の朝潮と同じように慈愛に満ちていて私を心の底から安心させてくれた。

 

 そんな目もできたのね……。

 

 いや、私が気づかなかっただけか。

 

 先生はずっとその目で私を見てくれてたのね……。

 

 この機会にお父さんって呼んでみようかな……、この流れなら言えそうな気がする……。

 

 「お……、おとう……。」

 

 よし!言えそうだわ、このまま一気に……。 

 

 「それはそうと腹が減ったの、飯はまだか?バカ娘。」

 

 は?バ、バカ娘!?こんなに可愛くて性格もいい娘を前にして何たる暴言!せっかく勇気を振り絞ったっていうのにたった一言で雰囲気をぶち壊しにされた!

 

 「自分で作れこのクソ親父!なによ!せっかく言えそうだったのに!」

 

 「何を?」

 

 うっわ、何よその『ほれ、言うてみぃ。』と言わんばかりのムカつく笑顔、ワザとか!この親父私が何を言おうとしたかわかってて雰囲気をぶち壊しにしたわね!

 

 「ほれ、何を言おうとしたんじゃ?言うてみぃ。」

 

 「う、うるさい!クソ親父!絶対言ってあげないんだから!」

 

 部屋の窓に取っ組み合いをする私と先生が映ってるのが視界に入る、普段の私たちだ。

 

 こんなの光景が親子に見えるなんて理解に苦しむわ。

 

 だけど不思議、先生が私をどう思ってるかわかったからかな。

 

 前よりも先生が近くに感じる。

 

 「痛っ!ええ加減にせぇ神風!ぐっほ!」

 

 「うっさい!5,6回死ね!バカ親父!」

 

 怒っているはずなのに二人ともどこか笑ってる、このまま騒いでたらさすがに誰か止めに来そうね。

 

 まあいいか、それまで楽しむとしましょう。

 

 私とお父さんの初めての親子喧嘩を。



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朝潮演習 2

11/16矛盾点を修正しました。


 今週は梅雨の中休み。

 

 よく晴れて日差しが強く、もう夏かと思えるほど気温が高く汗が滝のように流れる。

 

 「ああ!いいぞ朝潮!もっと、もっとだ!もっと私に撃ち込んでこい!」

 

 この数日間、私は哨戒任務が終われば神風さんに足腰立たなくなるまでしごかれるという生活をしていた。

 

 「おお!これも躱すのか!さすが朝潮だ!」

 

 足腰立たなくされるのなんて満潮さんと二人で訓練してた時以来だなぁ、最近は任務と訓練後に自主トレーニングする余裕もあったのに。

 

 「もう我慢できない!今すぐその華奢で可愛らしいお前を抱きしめさせろ!」

 

 『なんかセリフだけ聞いてると窮奇みたいね。』

 

 『殺意がこみ上げてくるわねぇ。』

 

 浜辺に座って観戦している満潮さんと荒潮さんが通信で言っている通り、セリフだけ聞けば窮奇みたいだけど私が今相手にしているのは長門さんだ。

 

 あまり話した事はないはずなのになぜか気に入られてるし、窮奇と同じ艦種のせいもあって窮奇を相手にしてるんじゃないかと錯覚しそうになる。

 

 「ふおおおおぉぉぉぉ!!砲撃を躱すお前の動きは優雅すぎる!まるで一緒にダンスを踊っているような気分だ!」

 

 本当に窮奇みたいな事を言い出した、長門さんの砲撃は窮奇ほど精密ではない分下手に避けたら当たりそうになるから窮奇より厄介だ。

 

 長門さんが撃つ模擬弾をトビウオを使ったりしてひたすら避け続ける、これが神風さんに言われてやっている訓練内容だ。

 

 いくら駆逐艦は燃費がいいとは言っても脚のオンオフを連続で行うトビウオを何度も使えば燃料の消費は激しくなる。

 

 自動車のエンジンと同じと言えばいいのかな。

 

 信号待ちでアイドリングストップをするのなら話は別だけど、そうゆう訳でもないのにエンジンを切ったり入れたりを続ければガソリンの消費は増える、艤装でもそれは同じ。

 

 しかもこちらは戦闘で動き回りながらそれをやるのだ、体力との兼ね合いもあるけど今の私では一日に十五回が限界。

 

 それ以上は燃料が残っていようが体がもたない。

 

 『そろそろ補給に戻りなさい、それと長門!何手加減してるのよ!殺す気で撃てって何度も言ってるでしょ!』

 

 「い、いやしかしだな神風……。」

 

 アレで手加減されてたのか、手加減なしで撃たれたらどうなるんだろ?今だってギリギリで避けてるのに。

 

 「朝潮ちゃんお疲れ様、艤装下ろして。燃料入れてあげる♪」

 

 荒潮さんに言われるまま艤装を下ろすと、荒潮さんが浜辺に置かれたドラム缶からホースを伸ばして艤装に繋いで燃料を補給し始めた。

 

 毎回思うけど不思議でしょうがない。

 

 艤装より少し大きめのドラム缶の中身が一回の補給で全部無くなるなんて。

 

 「朝潮ーーー!!」

 

 「ぐえっ……。」

 

 補給の光景を眺めていると後ろから長門さんに抱きかかえられ、肺の空気が押し出されて変な声が出ちゃった。

 

 「あ-!長門さんずるいぃ。それは私の役目なのにぃ。」

 

 「いいではないか荒潮、こんな機会でもなければ朝潮とはなかなか会えないんだ。実の姉妹なのにな……。朝潮もきっと寂しがっているはずだ!」

 

 いえ、私は一人っ子です。

 

 姉が居た記憶なんてありませんし、八駆のみんなが居るので寂しくもありません。

 

 窮奇にしてもそうだけど、戦艦の人は思い込みが激しいのかしら。

 

 「な、長門さんそろそろ離していただけないでしょうか……。」

 

 荒潮さんより豊満な体つきではあるけど……硬いんです……まったく柔らかくないわけではないんですが荒潮さんの感触を知ってるとどうしても硬く感じてしまうんです。

 

 「嫌だ!訓練再開までこのままがいい!」

 

 嫌だって……長門さんがこんな人だとは思いもしなかった。

 

 遠目から見た長門さんは綺麗で勇ましく、まさに海の守護神という佇まいだったのに……。

 

 「貴女の胸板が硬くて痛いんだってさ、だから離してやりなさい。」

 

 さすが神風さんですね、私が遠慮して言えない事をズケズケと言ってのけるとは。

 

 「か、硬いのか?私の胸は硬いのか朝潮!」

 

 「……。」

 

 察してください、私は人より感情が顔に出やすいみたいですし……。

 

 「そ、そんな……。」

 

 ズシャア!っとゆう擬音とともに崩れ落ちる長門さん、抱きかかえられてた私はもちろん砂に激突です。

 

 「朝潮大丈夫?」

 

 大丈夫じゃないです満潮さん、口の中にまで砂が入ってきました。

 

 「トビウオを使うタイミングはだいぶ良くなったけど、問題は使い方ね。」

 

 使い方?今の使い方は本来の使い方と違うんですか?

 

 「満潮たちもそうだけど、貴女トビウオを回避するための技だと思ってない?」

 

 「そう思ってましたけど……。違うんですか?」

 

 砂を払いながら立ち上がり神風さんに疑問をぶつけてみる。

 

 瞬間的な加速で砲弾を回避したり、出足の速度をカバーするものだと思ってたけど……。

 

 「アレは本来、射程の短い駆逐艦が大型艦に接近するための技なの。砲弾の回避はあくまで副産物よ。」

 

 「でも駆逐艦は大型艦に比べて速度は速いですよね?わざわざトビウオを使わなくても接近は出来るのでは?」

 

 「それが簡単にできないからトビウオを考えたの。夜戦ならともかく、昼戦じゃ捕捉されれば基本的に捕捉されっぱなしでしょ?接近するためには砲撃の合間を縫うしかない、その時一気に接近するための技なのよ。」

 

 なるほど、砲撃を回避すれば若干ながら速度は落ちるし針路も変わる。

 

 それを補いつつ接近するのが本来の目的なのか。

 

 「もっとも、私は回避と接近を同時にやってるけどね。」

 

 「そういえば朝潮と演習していて気づいたんだが、神風と朝潮ではトビウオでの飛距離が違うのだな。朝潮の飛ぶ距離は一定だが神風のは距離がバラバラだ。」

 

 「あ~、それも指摘しとこうと思ってたのよ。」

 

 「え?トビウオって飛ぶ距離を調整できるんですか?」

 

 「当り前じゃない。再発生させる時の脚の出力を調整すれば数メートル程度だけど調整できるわよ。」

 

 そうか、脚に回す力場の出力を強くすれば飛距離が伸びるし、逆に弱くすれば飛距離が縮むのか。

 

 「トビウオは瞬間的な加速と移動に優れる分、海面から十数センチ浮いてるだけとは言え飛んでる間は回避不可能。短期戦ならともかく、長期戦になると対応されて飛んでる間に撃ち落とされるわよ。長門もやろうと思えばできたんじゃない?」

 

 「う……いや、まあ……。」

 

 それが手加減と言う事ね、言われてみれば一定の距離しか飛ばない私など恰好の的だ。

 

 「次からは少々当たってもいいから飛距離の調整と接近する事を意識してやってみなさい。あと6,7回くらいは飛べるでしょ?」

 

 「はい!」

 

 やはり戦闘に関しては神風さんは頭一つ抜けている、最古の駆逐艦の名は伊達じゃないわね。

 

 「普段からこうなら司令官に叱られることもないでしょうに。」

 

 「戦闘に関してだけなら尊敬できるのにねぇ。」

 

 それに関しては満潮さんと荒潮さんに激しく同意します。

 

 「そこの二人、うるさいわよ。」

 

 一言で二人を黙らせる神風さん、鶴の一声って言うんだっけ。こうゆうの。

 

 「良い機会だからトビウオの欠点を教えておくわ。よく聞きなさい。」

 

 左手を腰に当てて片目を瞑り、右手の人差し指を顔の前で立てて説明を始める神風さんは古風な恰好も相まってかなり様になってるわね。

 

 容姿が幼いせいで子供がお姉さんぶってる感はあるけど。

 

 「トビウオの欠点は直進しか出来ないことと使用中は方向転換が出来ないこと。前に飛ぼうが横に飛ぼうがこれは変わらないわ。燃料や体への負担はこの際無視するわね。」

 

 逆にメリットは瞬間的な加速と移動距離か。

 

 10メートル前後とは言え、接近はもちろん咄嗟の回避や初速の遅さをカバーするにはもってこいね。

 

 「それと初見の相手ならともかく、何度もやり合ってるような相手だといくら飛距離をバラけさせても対応されてしまう。貴女の場合だと窮奇だっけ?次に戦う時は使い時は慎重に選びなさい。」

 

 私がトビウオを使うと知っていれば相手も当然それに合わせて攻撃してくる、本当のデメリットはこっちか。

 

 相手に見せれば見せるほど使いづらくなるどころか致命的な隙になるわけね。

 

 「神風さんはそうゆう相手にはどう対応してたんですか?」

 

 それとも神風さんには何度も繰り返し戦った相手はいないのかな。

 

 「相手の砲撃に合わせて水切りを間に混ぜて飛ぶタイミングをズラしたりしたわね。」

 

 なるほど、飛ぶと見せかけて先に砲撃させるのか。

 

 「水切り一回の消耗はトビウオの三分の一程度だから適度に混ぜてやるといいわ。」

 

 「海面を走っていたヤツですよね?そんなに消耗が少ないんですか?」

 

 アレの怖さは身をもって体験した、こちらが旋回半径のせいで動きが制限される中を陸上と同じように動き回られては対応仕切れない。

 

 「戦舞台と呼べるほど動き回れば消耗はトビウオ以上だけど、一回の消耗はそんなものよ。貴女の場合だと近づくまでにトビウオを限界回数近くまで使っちゃうだろうから相手に接近した後で使えるのは精々2、3回でしょうね。」

 

 たしかに、今の私じゃ接近するまでにガス欠寸前になってしまいそう。

 

 水切りはトビウオの真逆だ、機動性に優れる分速度は人が陸上で走るのと変わらない。

 

 フェイントで混ぜる程度なら出来そうだけど、これも使い時はよく考えないと。

 

 「フェイント一つ混ぜただけでもだいぶ変わるわよ。私はソレでどうにかなったし。」

 

 「神風さんにも何度もやり合うような相手がいたのねぇ。艦娘ぅ?」

 

 あ、それは私も気になります。

 

 「……艦娘じゃなくて深海棲艦。駆逐古姫よ、東南アジアで何度もやり合ったわ。」

 

 へぇ、神風さんと何度も戦うなんて、その駆逐古姫は相当の手練れだったのね。

 

 でもなんで悲しそうな顔をしてるんだろう、その駆逐古姫に仲間をやられでもしたのかしら。

 

 「その駆逐古姫は倒したんですか?」

 

 「ええ、倒したわ……。」

 

 聞いちゃいけない事だったのかな、すごく辛そうな顔をしてそっぽを向いてしまった。

 

 「駆逐古鬼……。あの駆逐古鬼か?神風。」

 

 砂の上に胡座をかいた長門さんが神風さんを見上げながらたずね、神風さんはばつが悪そうに頭をポリポリ掻きだした。

 

 「そうよ。仇ではあったけど、何度も何度も戦ってる内に、友情すら感じるようになってたわ」

 

 それでか、深海棲艦との友情なんて想像もできないけど……。

 

 神風さんがライバル視するほどの深海棲艦、どんな人だったんだろう……。

 

 「私の話しなんてどうでもいいでしょ。ほら、二人ともさっさと海に出なさい!」

 

 「こら神風!朝潮を蹴るな!蹴るなら私に蹴らせろ!」

 

 蹴らせません、長門さんに蹴られたらお尻が割れてしまいそうです。

 

 神風さんにゲシゲシとお尻を蹴られながら海に出て、浜から50メートルほどの浅瀬に仁王立ちする長門さんから1000メートルほど距離を取る。

 

 『準備はいいか朝潮。』

 

 「はい。いつでもどうぞ。」

 

 私が今日トビウオで飛べる回数は多くてあと7回、初速のカバーには使えない。

 

 私は通常航行で速度を上げていき長門さんの砲撃に備える。

 

 ドン!ドン!ドン!ドン!

 

 長門さんの砲撃が始まった、私の速度と針路に合わせた砲撃。

 

 これ位なら速度の増減と舵操作で回避出来る、問題は……。

 

 ドン!

 

 回避先へ向けた砲撃、これも船首を上げて水圧ブレーキでどうにか回避。

 

 次弾を防ぐためにこちらも砲撃、狙いは頭部より下、胸の辺り。

 

 模擬弾だからダメージは皆無だが、代わりにペイントが長門さんの胸部から顔のあたりに広がり長門さんの視界を奪う。

 

 『今度は目隠し鬼か?可愛い奴め!すぐに捕まえてやるからな!』

 

 長門さんの変なスイッチがまた入ってしまった……。

 

 さっきもこれで追い回されたのよね、戦艦と駆逐艦では駆逐艦の方が早いがこちらが砲撃を避けながらなのに対してあちらは文字通り直進してくる。

 

 待てよ?あちらから近づいて来てくれるのなら……。

 

 私は長門さんに向け突撃を続行、装甲からペイントが流れ落ちて視界が回復した長門さんが砲撃を再開してくる。

 

 『おお!今回はお前の方から向かって来てくれるのだな!さあ来い!お前を抱きしめる準備はできている!』

 

 残念ながら抱きしめられるつもりはありません。

 

 長門さんの砲撃を神風さんから言われた通り、フェイントを織り交ぜつつ回避。

 

 飛ぶと見せかけてそのまま航行すると10メートルほど前方に砲弾が着弾、速度を保ったまま水柱を左目の端に見ながら右へ迂回する。

 

 『右か?左か?左だーーー!』

 

 長門さんが私が水柱の後ろから出て来た地点に砲撃、これはトビウオで前方へ。

 

 残り500メートル、トビウオで飛べる回数はあと6回!

 

 ドン!ドン!ドン!

 

 長門さんの三連装砲が模擬弾を吐き出す、着弾点は……このままの針路と速度で航行して到達する地点に1、トビウオで飛んだ場合の地点に1、その中間に1か。

 

 私は水切りで右へ3歩サイドステップし、その位置から近い着弾点二つの間に向けてトビウオで跳躍し二つ着弾点の間に着水、再びトビウオを使用し着弾点の間から再び右方向へ。

 

 くの字を描くように移動し、そのまま左へ水柱を抜けると踏んでそちらを向いていた長門さんへ向け砲撃し再び視界を奪う。

 

 『うお!そっちか!これはしてやられた!ハハハハハ!』

 

 楽しそうだな~長門さん、私は必死だと言うのに。

 

 長門さんとの距離は残り300メートル、長門さんが最大船速でこちらに向かってるせいもあって距離が縮まるのが早い。

 

 ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!

 

 今度は両舷の三連装砲を同時に発射、着弾点はすべてバラバラ、私が移動しそうなところをすべて潰されている。

 

 どうする……、トビウオの距離を調整する?ダメだ、残り3回のトビウオを使い切って回避したとしても途中で力尽きてしまう。

 

 ならば水切りで駆け抜ける?これもダメね、水切りで飛べる距離では避けられない。

 

 水切りの消耗と機動力でトビウオ並みの飛距離が出せれば……。

 

 できないのかな?水切り一回がトビウオ一回より消耗が少ないのはおそらく片足づつ脚を小規模に発生させるからだ、トビウオは飛んだ後は着水まで脚を発生させっぱなしだから自由が利かず、跳躍中の再使用ができない。

 

 ならば片足ずつトビウオをすればどうだろうか?水切りほどとは言わなくても半分くらいには消耗が抑えられるのでは?

 

 それができるのなら都合6回分、相対速度を考えれば弾幕を抜ければ長門さんとの距離は100メートルを切ってるはず。

 

 4回で回避して残りの2回で長門さんの後ろを取る!

 

 そうと決まれば実践だ、イメージしろ……脚を形作るのは片足のみ。

 

 利き足である右足だ、飛ぶまでの体の動きはトビウオと同じ。

 

 トビウオと同じように前傾姿勢を取り、体の跳躍の動きに合わせて脚を消去。

 

 踏み切る動作と同時に右足のみに脚を再発生、飛べるはずだ……飛べ!

 

 ドン!

 

 で、出来た!でもトビウオより飛距離が若干短い、8メートルくらいかしら。

 

 私は目の前に降ってきた砲弾を左に回避し、飛んだ先に降ってきた砲弾を今度は左足から脚を発生させ再び回避。

 

 いい感じね、これなら跳躍中だとしても方向を変えられる。

 

 私はジグザグに4回跳躍して弾幕を抜け、長門さんの眼前80メートルほどまで距離を詰めた。

 

 「な!?」

 

 長門さんも私がトビウオで飛べる回数は知っている、知っている回数より多く飛べば驚くのは当然よね。

 

 私は再度長門さんの視界をペイントで覆い、距離を残り20メートルまで詰める。

 

 ここまで近づけば主砲は使えない、装填しているのが模擬弾だから撃ってくる可能性もゼロではないけどそんな暇は与えない!

 

 私は長門さんの右の真横へ向け跳躍、着水と同時に左に水切りで2歩ステップしつつ反転し長門さんの背後を取った。

 

 「私の勝ちですね!」

 

 「こ、これは参った……。降参だ……。」

 

 浮いていられる程度の力は残してる、実戦だったら距離が近すぎて魚雷は使えないけど、この距離なら主砲でもダメージは与えられるわ。

 

 だけど。

 

 「いえ、長門さんが私に向かってこなければこう上手くはいきませんでした。それに、もう膝が笑っています。」

 

 トビウオでかかる体への負担を片足だけで受けるんだから当然か、正直立ってるのがやっとだ。

 

 「もしかして立ってるのがやっとか?」

 

 あ……まずい……、長門さんがすごく気持ち悪い笑顔をしてる……。

 

 「きゃっ!」

 

 「ああ……朝潮をお姫様抱っこ。朝潮をお姫様抱っこ。朝潮をお姫様抱っこ……。もう死んでもいいや。」

 

 死んでください。実弾を装填してないのを後悔してますよ、初めてお姫様抱っこされる相手が長門さんだなんて……。

 

 長門さんにお姫様抱っこされたまま浜辺に戻ると、神風さんと満潮さんと荒潮さんが目をまん丸に見開き、口をあんぐりと開けた状態で出迎えてくれた。

 

 「三人とも面白い顔をしてるな?どうしたんだ?」

 

 ホントどうしたんだろう?三人のこんな驚いた顔は貴重な気がする。

 

 「ね、ねえ神風さん。」

 

 「言いたいことはわかるわ満潮。私は見せたことがない。」

 

 「じゃあぁ、どうして朝潮ちゃんが『稲妻』を使ったのぉ?私たちでさえできないのよぉ?アレ。」

 

 稲妻?あ~、片足でトビウオをしたことかな?

 

 「あ、朝潮。さっきのアレ、どこかで見たことあるの?」

 

 「いえ、ないですけど……。片足でトビウオをすれば消耗も半分くらいになって、水切りみたいに自由も利くかなと思って……。」

 

 「思い付きで実践したの!?私が半年がかりで会得した稲妻を!?アレの力場操作の難易度はトビウオの比じゃないのよ!?」

 

 か、神風さんが半年がかり!?そんなに難易度が高い技だったんですか!?

 

 「さすが私の妹だ、神風とはものが違うな!」

 

 いえ、私は長門さんの妹ではありません。

 

 と言うかそろそろ降ろしていただけませんか?

 

 「はぁ、まあいわ。朝潮も今日はもう限界でしょ?」

 

 「ええ……、すみません……。」

 

 長門さんを振り払いたいのにそれも出来ないくらい消耗しています……。

 

 「よし!ならば風呂だな!」

 

 ん?なんだか嫌な予感がする、もしかしてこのままお風呂に連れて行かれる!?

 

 「安心しろ朝潮!服は私が脱がすし体も隅々まで私が洗ってやる!!」

 

 予感的中どころか予想の斜め上を行っていた!

 

 「結構です!それくらい自分でできます!」

 

 「無理をするな朝潮、疲れているだろう?マッサージもしてやるから安心しろ!」

 

 ぜんぜん安心できない!激しく身の危険を感じるわ!

 

 「だ、誰かたすけ……。」

 

 え?なんで三人とも目を逸らしてるんですか?助けてくださいよ……このままじゃ私……。

 

 「いくら私でも艤装なしじゃどうにもできないわ。このゴリラ、力だけはあるし。」

 

 「アンタの事は忘れないわ……。」

 

 「純潔を失う事はないと思うから……。」

 

 見捨てられた!三人に見捨てられた!せめて司令官にこの危機を伝えるとか憲兵さんに知らせるとかしてくださいよ!

 

 「さあ行こう朝潮!浴場に勝利を刻みに行くぞ!」

 

 嫌ですよ!鼻血のみならず涎まで垂らして長門さん欲情してますよね!?このまま浴場に行ったら私は大敗北ですよ!

 

 ああ、三人が遠ざかる……手まで振ってるし……。

 

 申し訳ありません司令官……朝潮はここまでのようです……。

 

 「うひひ♪朝潮とおっ風呂♪朝潮とおっ風呂♪」

 

 長門さんのキャラが崩壊してる、正直気持ち悪い。

 

 このまま浴場で好き放題されちゃうのかな……。

 

 私は司令官のものなのに……欲情した長門さんに私は……私は……。

 

 「そんなの嫌ああああ!!司令かーーーん!司令官助けてーーーーー!!」

 

 その後、浴場に連れ込まれる寸前に私の悲鳴を聞いて駆け付けてくれた司令官に助けられ、私は事なきを得た。

 

 だけど、その直後に始まった司令官と長門さんによる死闘で浴場は半壊してしまいましたとさ。

 

 これ、私のせいじゃないですよね?

 



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幕間 神風と長門

 先生と長門の死闘で浴場が半壊した日の夜、私は頭に包帯を巻いた長門と一緒に居酒屋鳳翔に訪れていた。

 

 あれだけ激怒した先生は久しぶりに見たわ。私たちが駆けつけた時にはすでに浴場は半壊、先生と長門は戦場を外に移し朝潮は廊下の隅で暴漢に襲われたかのようにに身を縮めて震えていた。

 

 「よく生きてたわね、先生ったら本気だったでしょ。」

 

 「ああ、さすが提督だ。艤装を背負ってなかったら何度首を刎ねられていたかわからん。」

 

 陸上でも戦艦クラスならそれなりの装甲は張れるもんね、その長門相手と互角以上に渡り合う先生はやっぱバケモノだわ。

 

 「陸上で弱体化してたとは言え生身でバケモノ共と殺し合ってた人よ?貴女程度がどうこう出来る訳ないじゃない。」

 

 「身をもって思い知ったよ。まさか刀で装甲を削られるとは……。」

 

 「先生曰く、気合いでどうにでもなるらしいわよ?」

 

 「そんなバカな。」

 

 信じられないのはわかるけど実際にやっちゃってるからなぁ……。

 

 「神風も似たような事をするよな?」

 

 「私のは干渉力場を刀身に張ってるだけよ。先生のとは別物。」

 

 艦娘が砲弾などに付与する装甲への干渉力場、通称『弾』は装甲や脚以上に応用が利きやすい。

 

 その気になれば拳に纏わせて直接殴ることも可能だ。

 

 あまり意味はないけど。

 

 「駆逐艦とは器用なものだな、感心するよ。」

 

 「貴女たちみたいな上位艦種と違って元のスペックが知れてるからね、使えるものは何でも使わないと生き残れなかったの。」

 

 トビウオを始めとした私の技はすべて生き残るために編み出したものだ

 

 本来なら技と呼ぶのもおこがましいわね、力のない私がそれでも敵を倒して生き残るために考え出した苦肉の策だもの。

 

 「稲妻と言ったか?朝潮が最後にやった技。アレには驚かされた。トビウオとは別物なのか?」

 

 「トビウオと水切りの合わせ技よ、燃料の消費はトビウオの半分。水切り程じゃないけど機動性も高い。」

 

 合わせ技とは言っても、簡単に言えば片足でトビウオをしてるだけなんだけどね。

 

 「良いことづくめじゃないか、なぜソレを真っ先に教えてやらなかったんだ?」

 

 「自動車でさ、ウィリーするのと片輪走行するのどっちが難しい?」

 

 「ん?自動車は運転したことがないが……。片輪じゃないか?」

 

 極端な例えだけど、素人でも急に速度を上げれば一瞬だけでもウィリーみたいな事は出来る。

 

 トビウオも脚の再発生さえミスらなければ体の動きがデタラメでも飛ぶことが出来るのと同じだ。

 

 だけど稲妻は違う、体のバランスを崩せば即座に転倒するし、場合によっては飛んでる最中に再度別方向に飛んだりする稲妻の力場操作の難易度はトビウオの比ではない。

 

 トビウオが出来る程度の力場操作では一回目もまともに飛べずに転倒するだろう。

 

 「そうよ、それ位難易度に差があるの。それに体に掛かる負担はトビウオ以上と言っていいわね。両足で負担を受け止めるトビウオと違って、同程度の負担を片足だけで受け止めないといけないから下手したら足が折れかねないわ。」

 

 さらに飛べる距離はトビウオより短く、水切り程小回りも利かない。

 

 まあこの欠点は長門には教えてやらないけど。

 

 「なるほど、お前の技には何かしら欠陥があるんだな。」

 

 「うるさい、その欠陥技で背後を取られたのはどこの戦艦でしたっけ?」

 

 「う……。」

 

 バカが欲情して突っ込んでいたとは言え、さすがにアレは予想外だった。

 

 モノマネしか出来ないと思ってたのに思いつきで稲妻を創作するとは……。

 

 「天才って本当にいるのねぇ……。」

 

 「ん?私の事か?」

 

 貴女は天才じゃなくて駆逐艦限定の天災、怯えきった朝潮が目に入らなかったの?

 

 「黙れゴリラ、その口縫い付けるわよ。」

 

 「またゴリラと言ったな!私だって女だ!多少は傷つくんだぞ!」

 

 「本当に?脳みそまで筋肉でできてそうな貴女が?」

 

 「はいはい落ち着いて二人とも、ここでのケンカはご法度ですよ。」

 

 厨房から注文していたお酒を持って鳳翔さんが出て来た。

 

 「しかしだな鳳翔、こいつの暴言は酷すぎる!」

 

 『さん』を付けろデコ助野郎、先生ですらプライベートではさん付けなのよ?

 

 任務中以外はさん付けで呼ぶのは横須賀の暗黙の了解でしょうが。

 

 「まあまあ、神風さんがここで気兼ねなく話せるのは長門さんくらいなんですから。」

 

 いや、別に誰に対しても気兼ねなんてしてないけど。

 

 「他の者から避けられてるだけではないのか?すぐ暴れるし口は悪いし。」

 

 「へぇ?泣き虫長門が言うようになったわね、艦娘になりたての頃は自分の主砲の音にさえビビって腰抜かしてたのに。」

 

 「それはきっと私ではない。」

 

 そっぽ向いて誤魔化しやがった、まあ貴女からしたら消し去りたい過去よね。

 

 昔の貴女を知ってたら、横須賀の守護神って言われてる今が不思議でしょうがないわ。

 

 「でも可愛いものはいまだに大好きですよね。」

 

 「可愛い物って言うより駆逐艦でしょ?よく憲兵さんに捕まらないわね。」

 

 この間発覚した憲兵さんの問題行動は一部の者のはずだ、ほとんどの憲兵さんはまともなはず……。

 

 「捕まるような事はしていない。私は駆逐艦を愛でているだけだ!」

 

 朝潮に欲情して先生を激怒させたのはどこのどなたでしたっけ?憲兵さんに見られてたらしょっ引かれてたんじゃない?

 

 「ん?神風が頼んだのはアジの塩焼きか?食堂でよく出るだろ。」

 

 話を逸らすな、実は捕まりそうな事してる自覚あるんじゃない?

 

 「先生のご飯も作らなきゃいけないから食堂で晩御飯を食べる機会があまりないのよ。それに、先生に魚出すと骨取ってあげなきゃいけないからあんまり作りたくないの。」

 

 「まるで母親だな……。実は提督のお母さんだったりしないか?」

 

 私まだ21よ?そんな歳であんなでかい子供はごめんだわ。

 

 「でも提督もたまに塩焼き注文しますけど、骨は自分で取ってますよ?」

 

 「それホント?」

 

 あれ?じゃあなんで私に取らそうとするんだろ。

 

 「ええ、器用に取ってますよ?見本みたいな魚の食べ方をしますね。」

 

 「あのクソ親父、きっと面倒だから私に取らせるのね。二度と取ってやらないんだから。」

 

 骨を自分で取れる言質は取ったんだから、次魚を私に寄越して来たら突き返してやる。

 

 「神風に甘えたいんじゃないか?」

 

 は?いやいや勘弁してよ、それじゃ本当にただの子供じゃない……。

 

 「あ~それはあるかもしれませんね。提督さんなりに甘えてるつもりなんですよ。」

 

 「や、やめてよ。あんなオッサンに甘えられても嬉しくないわ!」

 

 「いつも提督に甘えて好き放題してるんだ、それくらいは許してやってもいいんじゃないか?」

 

 「別に甘えてないし。私の性格は先生だって知ってるんだから、呼び戻した以上は覚悟してもらわないと。」

 

 まあ呼び戻されたと言っても、呼び戻されるのと私が日本に戻ったタイミングが丁度重なっただけで……。

 

 目的は達成したからどっちみち戻る気だったけど。

 

 「駆逐古姫でしたよね?神風さんが東南アジアまで追って行ったのは。」

 

 「倒すまで4年もかかっちゃったけどね。まあ他にも色々やってたし。」

 

 それが甘えてるって事?たしかに駆逐艦とはいえ4年も鎮守府から離れられたし、泊地の司令に話をつけてもらったおかげで好き勝手できた。

 

 「可愛い子には旅をさせろと言いますし、提督はそのつもりで神風さんを送り出したんじゃないですか?」

 

 戦闘漬けだったけどね、随分と血生臭い旅だこと。

 

 「その可愛い子の扱いが酷いと思うんだけど?ほとんど小間使いよ?」

 

 「きっと提督なりの愛情表現ですよ。神風さんが鎮守府を去ってしばらくは落ち込んでたんですよ?」

 

 うっそだ~。

 

 朝潮が居たじゃない、むしろ邪魔者が消えたと喜んでたんじゃない?

 

 「先代の朝潮にベッタリじゃなかったか?憲兵に捕まるんじゃないかとヒヤヒヤした覚えがあるんだが。」

 

 ほら見なさい、鳳翔さんは先生を色眼鏡で見過ぎなのよ。

 

 「そんな事ありません。ここに一人で来られた時は寂しそうにお酒を飲んでましたよ?」

 

 「先生のお酒の飲み方はいつもそんな感じでしょ?浴びるような飲み方はあまり好きじゃないし。」

 

 そんなだから祝勝会とかの催し物にも顔出し程度しか来ないしね。

 

 「それはそうですけど……。」

 

 「提督の飲み方と言えば、前に鳳翔に聞いたんだがツマミなしじゃ飲まないんだって?」

 

 だから『さん』をつけろゴリラ、張っ倒すわよ。

 

 「そういえばそうですね。別に珍しいことではないですけど。自分ルールと言ってましたっけ。」

 

 昔、奥さんに『お酒だけじゃ体に毒ですから何か食べながら飲んで。』って言われたかららしいわよ。

 

 教えないけど。

 

 「神風は知ってるのか?」

 

 「知らない。鳳翔さんの言う通りただの自分ルールでしょ。」

 

 「ふむ、横須賀鎮守府七不思議がまた一つ増えたな。」

 

 別に七不思議に加えるほどじゃないでしょ!学校の怪談か!七つ全部知ったら死んじゃうんじゃないでしょうね。

 

 「ちなみに他の六つは?」

 

 「噂してるのは主に駆逐艦なんだが……。中庭に出る提督そっくりで方言を喋るヤクザの霊。深夜に赤い着物の子供を連れて歩く提督そっくりの侍。夜の執務室に揺らめく赤い人玉。駆逐艦が一人で歩いているといつの間にか後ろに立っている黒髪の鬼。厨房で出撃したいと呟きながら芋を剥く空母の霊。最近ではお尻に殴られた痣がある駆逐艦の霊だな。」

 

 面倒くさ!ツッコミどころが多すぎて面倒くさすぎる!

 

 最後のは知らないけど、ここに不思議の発生源と思われる人物が3人いるんだけど!?

 

 最初の三つは間違いなく先生だし!赤い着物の子って私よね!?私をお手洗いに連れて行ってる時よね!?ってか仕事終わりに執務室で喫煙してたわねあの親父!

 

 それに四つ目は間違いなく長門だし、五つ目は鳳翔さんよね!?

 

 「……。」

 

 ほら!鳳翔さんったらバツが悪そうに眼逸らしてるじゃない!夜の厨房でボソボソ言いながら芋剥いてりゃ幽霊扱いもされるわ!

 

 「これが事実だとしたら四つ目の駆逐艦の後ろを付きまとう鬼はどうにかしないとな。万が一の事があったら大変だ!」

 

 だから四つ目は貴女!自覚ないの!?その頭の艤装が鬼の角に見えるのよ!

 

 「でも六つ目が謎ですね。私もそれは初めて聞きました。」

 

 「最近って言ってたわよね?いつ頃から広まったの?」

 

 「たしか……今年の3月くらいだったか?子供のお尻に痣がつくほど殴るとは……。酷い親もいたものだ。」

 

 今年の3月頃……。朝潮が着任したのがその頃じゃなかったっけ。

 

 「あ~なるほど……。」

 

 鳳翔さんが何かに気づいたみたい、手の平にポンと拳を落としてる。

 

 おそらく霊の正体は朝潮ね、でもお尻の痣はなんなんだろう……。

 

 「鳳翔さんわかる?」

 

 霊の正体が朝潮だと気づいてるのを前提で聞いてみる。

 

 この人はお尻の痣の正体にも気づいてるはずだ。

 

 「言えません。彼女の尊厳を守るために。」

 

 尊厳を守る?お尻の痣は恥とでも言うのかしら。

 

 お尻にあると恥になる痣とは何?

 

 考えろ、自分だったらどうだ?どんな痣がお尻に残ってたら恥ずかしい?

 

 ん?残ってたら……?

 

 「あ!蒙古斑か!」

 

 「ちょ!神風さん!」

 

 「ん?蒙古斑がどうした?」

 

 そうか、あの子お尻に蒙古斑が残ってたのね!

 

 どうして噂にまでなったかはわからないけど、おそらく真相はこうだ。

 

 満潮たちは蒙古斑の事を知ってるはずだから人がいない時間を見計らって一緒に入浴していたはず。

 

 きっと何度かからかわれたはずね、それをたまたま外で聞いていた子が『蒙古斑がお尻に残ってる駆逐艦が居るらしい』と世間話程度の感覚で話す。

 

 あとは簡単ね、蒙古斑が『殴られた痣』にすり替わり朝潮は幽霊にされた。

 

 『お尻に殴られた痣がある駆逐艦の霊』の出来上がりだ。

 

 「神風は蒙古斑が残ってるのか?いい歳して。」

 

 「私じゃないわよ!朝……むぐ……。」

 

 「ダメよ神風さん。それ以上はダメ、絶対。」

 

 危ない危ない、鳳翔さんに口を塞がれなければ言ってしまうところだった。

 

 別に言ってもよかったけど。

 

 でも、七不思議って言っても真相はこんな物か。

 

 たしか『七不思議を全部知ると死ぬ』って言う話自体が七つ目の不思議って話があったわね……。

 

 あれ?じゃあ私全部知っちゃってない?しかも真相まで!

 

 「たぶん、大丈夫と思いますよ……。」

 

 私の表情から察したのか鳳翔さんがフォローを入れて来る。

 

 ですよねー、こんなアホな事で死ぬなんて嫌すぎるわ。

 

 なんで目を逸らしたままなの?ねえ、大丈夫なのよね!?

 

 「しかしどれも恐ろしい噂だ、一度調査してみるか……。」

 

 黙れ四つ目!神妙な顔して考え込むんじゃない!貴女のせいで変な不安を抱え込んじゃったじゃない!

 

 恨むからね!今日は先生の帰り遅いんだから!

 

・・・・・・

・・・・・

・・・・

 

 次の日の朝、食堂は久しぶりに出た『赤い着物の子供を連れて歩く侍』の話題で持ちきりになったらしい……。

 

 わ、私じゃないし……。

 




 


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幕間 鎮守府の日常 1

 私は憲兵である。

 

 名前はあるが名乗る気はない。

 

 憲兵とは陸軍大臣の元で運営される治安維持組織で、同大臣の管轄に属しながらも、憲兵制度がない海軍の軍事警察、行政警察、司法警察にも対応する。

 

 要は軍隊のお巡りさんだ、艦娘が可憐な乙女ばかりな事もあってよからぬ事を企てる奴は後を絶たない。

 

 他所の鎮守府では提督自ら艦娘に対して卑猥な行為を行うとか……。

 

 私の管轄が横須賀でよかった、品行方正にして清廉潔白なここの提督殿ならそんな不祥事はまず起こさないだろう。

 

 なにせ元が陸軍でも指折りの軍人だ。

 

 艦娘がいなければ英雄と呼ばれていたのは彼だったかもしれない。

 

 彼と彼が率いる部隊の武勇伝は憲兵隊でも有名だ。

 

 曰く、彼の部隊は竹槍を主兵装としていた。

 

 曰く、日本刀で上陸した深海棲艦を真っ二つにした。

 

 曰く、補給なしで半年間戦線を維持し続けた。

 

 と言った感じで、若干誇張はされているだろうが語り出したらキリがない。

 

 たしか陸軍時代の異名は『周防の狂人』だったか。憲兵隊にも彼を慕う者が少なからずいる、私もその一人だ。

 

 「隊長、てるてる坊主300個の納品が完了しましたがどこに運びましょう。」

 

 「写真を添えねばならない、そこに置いておいてくれ。」

 

 提督殿から提案された『てるてる坊主販売任務』、一般人はもちろん鎮守府の関係者すら買いに来るコレの売り上げはすべて艦娘達の慰労に当てられる。

 

 この任務を提案された時はさすがに気が触れたかと思ったが、理由を聞いてなるほどと思ったものだ。

 

 『コレを買いに来る奴はかなりの確率で変態だ。君たち憲兵が直接販売して買いに来る危険人物をマークしておいてほしい。』

 

 さすが提督殿だ。こちらから餌を撒き、危険人物たちを誘い出しマークしておけば艦娘への被害を未然に防げる。

 

 さらに艦娘の慰労資金も稼げて一石二鳥だ。

 

 「今回制作した駆逐隊は第八駆逐隊だったな?」

 

 「はい。先ほど大潮殿達が納品に来られました。」

 

 提督殿直属の第八駆逐隊か、真面目な彼女達らしい丁寧な仕事だ。

 

 元が5個パック100円の特売品のティッシュとは思えない。

 

 「た、大変です隊長!一大事です!」

 

 「どうした?」

 

 二人いる隊員の内の一人、仮に隊員Aとしようか、が緊急事態を知らせて来る。

 

 「先ほど納品に来た荒潮殿の制服はスカートにフリルが追加されていました!ここにある朝潮型の制服にはフリルが付いていません!」

 

 「なんだと!?」

 

 迂闊だった、てるてる坊主に添付するブロマイドはすべて私のコスプレだ。

 

 当然、私に艦娘の制服が支給されるはずはないから自作するしかない。

 

 朝潮型の制服もそうだ、通常の制服と改二の制服の制作が完了したことに安堵して改造されている可能性を失念していた。

 

 「急いで買って来い!販売は今日の昼一だ!急げばまだ間に合う!」

 

 「りょ、了解しました!」

 

 これでフリルはどうにかなる、今のうちに荒潮殿以外の三人に扮して撮影を……。

 

 「た、隊長……、それ……。」

 

 どうした隊員B、他に問題はないはずだ、なぜ私を指さして震えている?私の足に何かついているのか?

 

 「こ、これは!」

 

 私は自分の足を見て愕然とした、何たる慢心!私としたことがすね毛の処理を忘れていた!

 

 私は顔立ちが中性的な事もあり、てるてる坊主に添付するブロマイドの被写体を一手に引き受けている。

 

 その私がムダ毛処理を怠るとは!スキンケアに注力しすぎたのが原因か!

 

 いや、言い訳をしている場合ではない、今すぐこの醜いスネ毛をどうにかしないと……。

 

 「隊長……ここにガムテープがあります……。」

 

 ガムテープ?それをどうすると言うのだ、まさか貼り付けてべりッと一気に剥がすのではないだろうな!

 

 「隊長……ご決断を……。」

 

 やるしかないのか?せめて風呂に入って肌を柔らかくし、シェービングローションを塗って剃る時間はないのか?

 

 「撮影と着替え、現像の時間を考えると時間が足りません……。」

 

 私の表情を見て心情を察した隊員Bが私の退路を塞ぐ。

 

 やるしか……ない!

 

 「わかった……それでいこう……。」

 

 「隊長の犠牲は無駄にはしません!」

 

 隊員Bが私のスネにこれでもかとガムテープを貼りまくる、この先に待つのは地獄だ。

 

 私は地獄の苦しみに耐えねばならない。

 

 「お覚悟は……よろしいですか?」

 

 斬首される時はこうゆう気分なのだろうか、隊員Bが持つテープの端を引き下ろせば私のスネに激痛が走るだろう。

 

 「ああ、一思いにやってくれ。」

 

 私は覚悟を決め目を瞑る、まだか?やるなら早くしてくれ!焦らさないでくれ!

 

 「行きます!」

 

 ベリベリベリベリ~~!

 

 「うぬああああああああ!!!」

 

 なんという痛みだ!毛がプチプチと抜けるのではない!ブチブチ言ってる!皮膚ごと剥がされてるんじゃないかと錯覚してしまうほどの痛みだ!

 

 「はあ……はあ……だがこれで……。」

 

 「いえ……まだです隊長、もう片方残っています……。」

 

 なん……だと?もう片方?もう一度あの痛みに耐えろと言うのか?鬼か貴様!

 

 「では失礼して。」

 

 おい、そんな黙々とテープを張るな。

 

 心の準備くらいさせてくれないか?

 

 「よっと!」

 

 ベリベリベリベリ~~!

 

 「んあああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 雑!最初と違って二回目が雑過ぎる!いきなりはダメだろ!痛いんだぞコレ、貴様にもやってやろうか!

 

 「ふう……ふう……。だが今度こそ大丈夫だ……。さあ着替えを……。」

 

 「隊長……残念なお知らせがあります……。」

 

 今度はなんだ?もうムダ毛はないぞ?私は腿まで毛は生えてないからこれでいいはずだ。

 

 「朝潮型の制服は……ソックスでスネが隠れます……。」

 

 なぜもっと早く言わない!もう剥いじゃったじゃない!ベリッてやっちゃったじゃん!

 

 「それに加え、荒潮殿はタイツであります……くぅ!」

 

 くぅ!じゃないよ!なんで無念です風なポーズしてるの!?無念なのは私だよ!無駄に痛い思いしたんだぞ!?

 

 「あ、時間押してるんで早く着替えてください。満潮殿からでいいですよね?」

 

 ワザとか!?貴様ワザとやってないか!?

 

 「は~い笑って~。あ、それじゃ満潮殿に見えないですね。もうちょっと手で顔隠して……。そうそう、その感じです。いや~キモイですね~。」

 

 おい、貴様今キモイと言ったか?私のコスプレをキモイと言ったか貴様!濡れ衣をきせて投獄してやろうか!

 

 「はいオッケーでーす。次は改二制服ですね。これはカツラ変えるだけだから楽でいいですね。」

 

 「待て待て、まだフリルが届いていないだろう。」

 

 朝潮殿と大潮殿はそれでいいかもしないが荒潮殿はそうはいかない。

 

 買いに来る変態共は騙せるだろうが私の美学が許さないのだ、やるからには徹底的にやる!

 

 「あ、全部バストアップで撮ってるんで大丈夫です。」

 

 なら問題な……いやあるわ!それなら無理にスネ毛を処理しなくてもよかったではないか!

 

 「隊長のクオリティに対する情熱はよくわかります。ですがわかってください!全身を写すと駆逐艦に見えないんです!」

 

 だ、だからバストアップか、確かに私の身長は平均より低いとは言っても160は超えている。

 

 こんな身長では駆逐艦に見えるはずもないか……。

 

 「じゃあそうゆう事なんで、残り3枚ちゃっちゃと撮っちゃいましょう。」

 

 実は貴様、面倒だからさっさと終わらせたいだけではないのか?

 

 「はいお疲れ様でした。それでは現像してきますので、隊長は適当に散歩でもするなりしててください。」

 

 なんか私の扱いが酷くないか?これでも憲兵隊の隊長だぞ?朝潮殿のコスプレをした状態では説得力はないかもしれないが。

 

 「あ、散歩するならちゃんと着替えて出てくださいよ。」

 

 わかってるよ!さすがにこの格好で歩き回ったりせんわ!

 

 まったく、上官に対する敬意が足りないのではないか?このコスプレだって好きでやっているのではない。

 

 全ては鎮守府の秩序を守るためだ、そのために徹夜までして各艦娘の制服を縫い、スキンケアに気を使い化粧まで覚えたのだ。

 

 よりクオリティを上げるために年に二度ほど某所で行われているイベントにも参加している。

 

 最近は艤装まで自作してくるレイヤーもいて感心させられる、私も負けてはいられないな。

 

 さて、散歩と言ってしまうと体裁が悪いので見廻りと言う事にしておこうか。

 

 おっと寮の方から歩いてくるのは雷殿と潮殿ではないか、珍しい組み合わせだな。

 

 「あ、憲兵さん。こんにちは。」

 

 「こ、こんにちは……。」

 

 「はい、こんにちは。」

 

 この二人、実は我々の要監視対象の艦娘だ。

 

 雷殿は通称『ダメ男製造器』と呼ばれ彼女に褒められたり慰められた男共は全て堕落していく。

 

 ある者はギャンブルに走り、またある者は仕事を失敗しても開き直るようになってしまう。

 

 『だってママが良いって言ったんだ!』とは彼女の被害に遭った者達の弁である。

 

 何がママだ!駆逐艦に母性を求めるんじゃない!

 

 そして潮殿は通称『魔性の潮』。普段は若干猫背ぎ気味のため目立たたないが駆逐艦とは思えぬほど自己主張の激しいおっぱ……胸部装甲を持っており、その豊満な胸部装甲はまるで誘蛾灯のように変態どもを引き寄せる。

 

 性格は戦艦並の胸部装甲とは反比例するかのように大人しく、その大人しさに付け込もうとする不届き者も後を絶たない。

 

 実際、私も長時間見ていると理性を保つのが難しい……。

 

 「憲兵さんどうしたの?」

 

 「……。」

 

 おっといかん、つい蠱惑的な潮っパイに目が行ってしまった。

 

 思っていないぞ?あのたわわな潮っパイを両手で弄んでみたいなどとは決して思っていない!

 

 なぜなら私は憲兵だから!

 

 「申し訳ない。ちょっと考え事をしていただけです。ご心配には及びません。」

 

 「大丈夫?疲れてるんじゃない?無理しちゃダメよ?」

 

 はいママ。

 

 じゃない!これが彼女の力か!

 

 包容力の塊で出来ているような瞳で上目遣いをされ、あどけなさの残る声で『無理しちゃダメ』と言われたら並の男はすぐさま彼女に抱き着いてしまうだろう。

 

 だが私は憲兵だ!この程度の誘惑には負けん!

 

 秩序の守護者たる私が屈してしまえばこの鎮守府はお終いなのだ!

 

 「本当に大丈夫ですよ。では、私はこれで。」

 

 ふう、危なかった。

 

 訝しむ二人の元を後にして私は見回りを再開、監視を強化せねば。

 

 無意識にやっているのだろうが、あの二人は危険すぎる。

 

 この私でさえ誘惑に負けそうになったのだからな。

 

 ん?あそこに居る赤い着物の子はたしか神風殿だな。

 

 提督殿の養女で現存する艦娘で最も古いとか。

 

 「こんにちは神風殿。」

 

 「……。」

 

 どうしたのだろう?いつもは愛想よく挨拶を返してくれるのに今日は無言だ。

 

 しかも私をまるで虫を見るかのような目で見ている。

 

 「ああ、憲兵か。こんにちは。」

 

 やはりおかしい、前はさん付けで呼んでくれてたはずなのに……。

 

 そうか!彼女は問題行動が多い事で有名だ、きっと悪さをして他の憲兵に叱られたのだろう。

 

 だから私を警戒しているのだ。

 

 ん?警戒どころかジリジリと遠ざかってるな。安心しなさい、何も悪い事をしていないのなら私は何も言いませんよ?

 

 「神風殿。なぜ遠ざかってるのですか?」

 

 「い、いや……だって変態だし……。」

 

 変態!?私が!?いや、そんなはずはない。

 

 私のような模範的な憲兵はそうそういないのだ、だとすると私の後ろか!

 

 「誰もいない……。」

 

 バッと振り返ってみたがそこには誰もいなかった、さては逃げたな。

 

 逃げ足の速い奴め、おそらく神風殿をストーキングでもしていたのだろう。

 

 見回りを強化しなくては、鎮守府内に駆逐艦をストーキングしてる奴がいるなど看過できん!

 

 「ご安心ください神風殿、ストーカーはどこかに逃げたようです。」

 

 再び神風殿に対すると、彼女は『何言ってんだコイツ。怖!』みたいな顔で私を見ていた。

 

 「神風殿?」

 

 「ひいっ!」

 

 ひいっ?なぜ怯えるのですか?それではまるで私が貴女に何かしようとしてるみたいじゃないですか。

 

 「わ、私用事があるから!じゃ、じゃあね!」

 

 ダッ!と言う効果音が聞こえてきそうな勢いで走り去ってしまったな。

 

 廊下は走ってはいけませんよ?

 

 しかし神風殿のあの怯えようは尋常ではなかった……やはり彼女をストーキングしていた変態がまだ近くに!?

 

 周りを見渡してみるがやはり居ない……よほど姿を隠すのが上手いのか、それとも恐ろしく足が速いのか。

 

 どちらにせよ見回りの強化は必須だな。

 

 おっといかん、そろそろてるてる坊主を販売する時間だ。

 

 彼女たちの慰労資金のため、そして鎮守府の秩序を守るためにも真剣に事に当たらなければ。

 

 私は憲兵である。

 

 艦娘達の安全を守るためならコスプレさえも厭わない。

 

 鎮守府の秩序を守るためなら鬼にもなろう。

 

 私が居る限り、鎮守府の平穏を乱させはしない。

 



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朝潮演習 3

 7月、梅雨が明け本格的な夏の始まりです。海開きもあり、学生なら夏休みがスタートする季節ですね。

 

 残念ながら艦娘には海開きも夏休みもありません、だって軍人ですし。

 

 季節に関係なく海の上に居るので海開きと言われても今さらですし、学校と言うものに通ったことがない私には夏休みがどうゆう物なのか想像もつきません。

 

 養成所を学校と言えなくもないですが、あそこはあくまで養成所ですし長期休暇はありましたけど数日程度が年に何回かです。

 

 『そろそろ戻りなさい。時間も丁度いいし今日は終わりにしましょう。』

 

 通信で神風さんが訓練の終了を告げて来る。

 

 神風さんの指導を受けだしてもう一か月近くになるのか、最初の頃は足腰立たなくなってたけど、今は慣れて来たのか自分の足で歩いて寮に帰ることくらいは出来る。

 

 「ありがとうございました!」

 

 「だいぶ稲妻にも慣れたみたいね、そろそろ実戦形式で演習してみる?」

 

 浜辺に戻った私に神風さんが唐突に告げて来る。模擬弾とは言え、長門さんと決闘じみた事をしている今の訓練は十分実戦形式だと思うんだけど……。

 

 「今でも十分実戦的じゃない?まさか実弾でも使おうって言うの?」

 

 私の考えを代弁するかのように満潮さんが尋ねる、さすがに実弾は使わせてもらえないんじゃ……。

 

 「さすがに無理よ、実弾持ち出したのがバレたら先生が激怒するわ。」

 

 激怒した司令官か。

 

 あの時、長門さんに手籠めにされそうになっていた私の元へ颯爽と駆けつけてくれた司令官はカッコよかったなぁ……。

 

 鬼のような形相で日本刀を振り回し、陸上とは言え長門さんをノックアウトしちゃったし。

 

 「長門、明日の演習は本気でやりなさい。お遊びはなしよ。」

 

 「あ、遊んでなどいない!私は常に本気だ!」

 

 ええ、本気でしょうとも。

 

 訳の分からないことを口走りながら私を追いかけまわす長門さんは本気で気持ち悪いです。

 

 「先生から貴女が本気でやらなかったら貴女のコレクションを全て燃やしていいって許可を貰ってるわ。」

 

 「な!?なぜお前が私のコレクションの事を知っている!陸奥にだって秘密にしてるのに!」

 

 どうせろくでもないコレクションなんでしょうね、駆逐艦の写真とか物品をコレクションしてるんですか?

 

 「それが嫌なら本気でやりなさい。朝潮のためでもあるんだから。」

 

 「う……朝潮のためか……朝潮のためなら仕方がないな……。」

 

 なぜ私を上目づかいで見て来るんですか?やめてください、背中の悪寒が止まりません。

 

 「朝潮って一回嫌うととことん嫌うわよね。」

 

 「まあ、しょうがないんじゃない?あんな追いかけられ方したら私だって嫌だものぉ。」

 

 その通りです満潮さん、荒潮さん、あんな風に歪んだ愛情を向けてくるのは窮奇だけで十分です。

 

 「朝潮は私を嫌っているのか……?」

 

 口には出しませんが嫌いです。

 

 長門さんの本性を知るまでは尊敬していたのに、実は窮奇と実の姉妹なんじゃないですか?同じ戦艦だし、同じくらい気持ち悪いし、容姿もどことなく似てる気がしますよ?

 

 「朝潮……。」

 

 ひいっ!長門さんが私に向けて手を伸ばしてきた、私は慌てて満潮さんの後ろに隠れ長門さんの魔の手から逃れる。

 

 掴まれたらまた無理矢理お風呂に連れて行かれるかもしれない!

 

 「フられたわね長門。ご愁傷様。」

 

 「そ、そんな……。」

 

 背中にガックシという文字が見えそうなくらい打ちひしがれてる、同情なんてしませんよ!

 

 「じゃあとっととお風呂に行きましょ。立ってるだけでも汗だくよ。」

 

 立ってるだけ?ビーチパラソルにビーチチェア、クーラーボックスにはよく冷えたラムネ、さらに神風さん達三人は水着姿。

 

 完全にリゾート気分じゃないですか、こっちは変態に一日中追いかけられていたって言うのに。

 

 「風呂!よし風呂に行くぞ朝潮!ともに今日の汗を洗い流そう!」

 

 「嫌です。長門さんは一人で入浴してください。」

 

 一緒に入ったら何をされるかわかったもんじゃない、また浴場を半壊させる気ですか?

 

 「長門は大型艦用の浴場でしょ?先生が新設してくれたんだからそっちに入りなさい。」

 

 そうですよ!司令官がわざわざ駆逐艦用と大型艦用の二つに分けてくれたんです!大人しくそっちで入浴してください!

 

 「くぅ……ホントに嫌われている……私の何がいけなかったと言うんだ朝潮!」

 

 自覚なし!アレでどうやって長門さんを好きになれと?迫ってきてるのは司令官だと自分に言い聞かせてなんとか我慢してるんですよ?

 

 「神風!提案がある!」

 

 うなだれていた長門さんが目を輝かせてる、神風さんに話しかけておきながら視線はその後ろに居る私に注がれている。

 

 「だいたい想像つくけど一応聞いてあげる。何?」

 

 やめてください、嫌な予感しかしません。きっとろくでもない事です!

 

 「明日の演習。私が勝ったら朝潮と一晩を過ごす権利をくれ!」

 

 ろくでもないどころじゃなかった!私の貞操の危機じゃないですか!絶対断ってくださいよ?あ……神風さんが私の方を見ながらニヤァってしてる、これ許可する気だわ!

 

 「わかった。ただし、後で先生に何されても責任は取らないわよ。」

 

 許可しちゃった!私に拒否権はないんですか!?この人と一晩一緒だなんて何されるかわかったもんじゃないですよ!

 

 「頑張って朝潮、勝てばいいのよ。」

 

 「朝潮ちゃんならきっと大丈夫よぉ……。」

 

 応援するならせめて私の方を見てしてください!なんで二人とも目を逸らしながら言うんですか!?

 

 と言うか普通に考えてください!この人こんなでも戦艦ですよ!?しかも高練度の!どうやって勝てと!?

 

 「まあ、勝敗に関してはそれなりにハンデはつけるから安心しなさい。それでも厳しいとは思うけど……。」

 

 だったらあんな提案許可しないでくださいよ!そうだ実弾……、私には実弾を使わせてください!ヤられる前に殺ります!

 

 「フフフフ……。明日が楽しみだ!覚悟しろ朝潮!ビッグセブンの力、とくと見せてやる!」

 

 そうゆうのは敵と戦う時に見せてください!他のビッグセブンの方も長門さんみたいな変態じゃないですよね!?

 

 「では私は先に戻るぞ。色々用意しておかねば……フフフフ……アーッハッハッハッハ!」

 

 ものすごく気持ち悪い笑顔で高笑いをしながら長門さんが去っていく、なぜ実弾を装填していないの!?今なら確実に始末できるのに!

 

 「神風さんの指導を受けるようになって朝潮の性格が歪んだ気がするわ。」

 

 「いや、私悪くないから。悪いのは長門よ。」

 

 「昔の朝潮ちゃんはどこへ行っちゃったのかしらぁ……。」

 

 私の性格は歪んでないしどこへも行っていません、満潮さんと荒潮さんだってアレに追い掛け回されれば私の気持ちがわかるはずです。

 

 「じゃあ私たちも戻りましょ。」

 

 パチン!

 

 「「お呼びですか姐さん!」」

 

 神風さんが指を鳴らすとどこからともなくモヒカンさんと金髪さんが現れた、どこに居たんだろう?一面砂浜で隠れる所なんてないのに。

 

 「パラソルとか片づけといて、あとクーラーボックスにラムネも補充ね。」

 

 パシリをさせるんですか!?この炎天下の中どこかに身を潜めて待機していたお二人になんて酷い仕打ち!

 

 「了解っす。他にはないっすか?」

 

 「用はないけど、隠してるカメラ出しなさい。」

 

 「「……カメラなんて持ってないです。」」

 

 カメラ?私と長門さんの演習を撮影してたのかしら。

 

 司令官の指示かな?

 

 「ちょ!私たちの水着姿を撮影してたの!?」

 

 「あらあら、お仕置きしなきゃねぇ。」

 

 ああそっちですか、たしかに満潮さんと荒潮さんの水着姿は可愛いから撮影したくなる気持ちはわかりますね。

 

 二人とも支給されている旧朝潮型制服を思わせる色合いのセパレートタイプの水着。

 

 神風さんはモノキニと呼ばれるタイプの赤い水着で、前から見るとワンピース水着、後ろから見るとビキニに見える。

 

 「やっべ!相棒逃げるぞ!」

 

 「おうよ!こんなところで死んでたまるか!」

 

 あ、逃げた。

 

 でもちゃんとパラソルとかを片付けて行くのは偉いわ、よく訓練されてるわね。

 

 「逃がすか!荒潮!追うわよ!」

 

 「この格好でぇ?」

 

 その恰好で鎮守府を走り回れば憲兵さんに怒られるかもしれませんね。

 

 と言うかあの二人は満潮さん達の水着を撮影してどうするのでしょう?

 

 「先生に言っとくから安心しなさい。出回ることはないと思うわ。」

 

 神風さんは余裕そうですね、満潮さんみたいに激怒するのかと思いましたけど。

 

 「あいつら……後でなますにしてやる……。」

 

 いや、やっぱり怒ってる。

 

 もう、あの二人には二度と会えないかもしれないわね。

 

 怒れる三人をなだめて浴場に着いた私が服を脱ぎだすとお尻のあたりに妙な視線を感じた、まさか長門さんががどこかに隠れてみてる!?

 

 「あれ?ないじゃない。」

 

 なんだ神風さんか、まさか神風さんも長門さんみたいな異常性癖の持ち主なんですか?

 

 「蒙古斑?改二になったら消えたわよね。」

 

 なぜ神風さんが私の蒙古斑を気にするんですか?と言うかなぜ知ってるんです!?

 

 「神風さんってぇ、朝潮ちゃんとお風呂に入ったことあったっけぇ?なんで蒙古斑の事知ってるのぉ?」

 

 「いや、ないけど噂で聞いた。」

 

 噂で!?私のお尻は噂になってたんですか!?

 

 「それってまさか、お尻に痣がある駆逐艦の霊の噂?」

 

 「そうそう、噂が出回りだした時期を考えたら朝潮しかいなくてさ。蒙古斑は予想でしかなかったけど当たってたみたいね。」

 

 なぜそのような噂が……しかもその話じゃ私幽霊にされちゃってるじゃないですか……。

 

 「……。」

 

 お湯に浸かってもまだ見てくる……。まだ何かあるんですか?今は体にコンプレックスはありませんが、ジロジロ見られるのはあまりいい気がしません。

 

 「改二になっても胸が大きくなるわけじゃないのね。満潮と良い勝負じゃない。」

 

 ほっといてください!神風さんだって似たような……って思ってたらなんと見事な双丘!小さくも大きくもなく、手のひらから少しはみ出す程度の程よい大きさでありながらも存在を主張するように突き出た二つの小山は、神風さんの幼いながらもメリハリの利いた体に違和感なく収まっている。

 

 控えめに見てもCはあるかしら……水着姿でも大して目立ってなかったのに……着痩せするタイプなのね……。

 

 「朝潮、ドンマイ。」

 

 私の肩をポンと叩き、私と変わらないバストサイズの満潮さんが心底哀れむような目で私を見つめて励ましてくれる。

 

 ありがとうございます満潮さん、貴女だけが私の味方です。

 

 「小学生くらいの体型の満潮と同じサイズか、諦めた方がいいかもね。」

 

 そうだった!満潮さんは改二に改装を受けた私より体つきが幼いんだった!

 

 あ、目逸らした!仲間だと思ってたのに!

 

 「大丈夫よ朝潮ちゃん。司令官はロリコンだから……。」

 

 だからなんですか荒潮さん!司令官だって無いより有る方が好みかも知れないじゃないですか!横須賀には潮さんって言う化け物オッパイ駆逐艦だって居るんですよ!?

 

 「先生は並乳が好みよ。昔聞いた覚えがあるわ。」

 

 私は並と言えるほどないんですが!それをください!神風さんのそのオッパイを私にください!

 

 「ありきたりだけど、男に揉まれると大きくなるらしいから先生に揉んで貰えば?」

 

 なんですと!?では体を綺麗にしたらさっそくお願いしてみましょう!司令官好みの大きさになるまで揉んでもらいます!

 

 「やめて神風さん。この子本気で行きそうだから。」

 

 ええ行きますとも、お風呂から上がったら執務室へ突撃します!

 

 「やめときなさい朝潮ちゃん。司令官が憲兵さんに捕まってもいいのぉ?」

 

 司令官は憲兵さんに捕まるような事はしません!だけどもし邪魔をするようなら……。

 

 「私と司令官の邪魔をするなら私が憲兵さんを排除します!」

 

 「やっぱこの子からかうの面白いわ。」

 

 何ケラケラ笑ってるんですか、私は真剣です!真剣に司令官に胸を揉んでほしいんです!

 

 「暴走しちゃってるじゃない!どうすんのよコレ!」

 

 この人たちと話してる時間が惜しいわ、一刻も早く司令官の元へ向かわなければ!

 

 「よし!突撃する!」

 

 「すんな!神風さんも止めてよ!」

 

 「しょうがないなぁ……。」

 

 早く着替えなければ!下着が少し子供っぽすぎる気がするけど司令官なら気にしないわよねきっと!

 

 ぐっ!何!?誰が首を……、着替え中に首を絞めるなんて卑怯よ!

 

 「えい。」

 

 首のあたりでキュッと音が鳴ったような気がする、背中になにか柔らかい感触もあるし……荒潮さんより大きい気がする……。

 

 「大丈夫?コレ。白目剥いてるわよ?」

 

 大丈夫じゃないです、意識が遠ざかっていきます……。

 

 「暴走して不祥事起こすよりいいでしょ?って言うか暴走の仕方が長門に似てない?やっぱり姉妹なんじゃないの?」

 

 やめてください、アレと姉妹だなんて死んでもご免です。

 

 「窮奇とも似てる気がするわぁ。朝潮ちゃんも将来ああなっちゃうのかしらぁ……。」

 

 あの人のは完全に片思いです、私と司令官は相思相愛だから違います。

 

 年の差があるから皆さん止めるんですか?

 

 たしかに司令官と私は倍以上歳が違いますが些細な問題です!

 

 よく言うじゃないですか、愛があれば歳の差なんてって!

 

 それか戦時特例的なものでどうにかなりませんか?

 

 なりませんか、そうですか……。

 

 では後三年我慢します!三年後には私も16歳、合法的に司令官と結婚できます!

 

 新たな決意を胸に、私はかすかに残っていた意識を手放した。



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朝潮演習 4

 お風呂場からの記憶が曖昧なまま第八駆逐隊の部屋で目を覚まし、着替えと朝食を済ませて演習場に赴くと、そこにはまるでお祭りのような光景が広がっていた。

 

 「な……何これ……。」

 

 たこ焼きイカ焼きかき氷、怪しげなくじ引きに型抜きまである。

 

 「あ、起きたのね朝潮。首は大丈夫?」

 

 「おはようございます満潮さん……首は大丈夫ですけど……。」

 

 なんでこんな事になってるんだろう、何かイベントでもあるのかしら。

 

 「ああコレ?アンタを締め落とした後、神風さんが食堂でアンタと長門さんの対決を宣伝してさ。暇な奴らが集まってきたと思ったらいつの間にかこうなってた。」

 

 いやいやいや、それでどうしてお祭りみたいになるんですか?演習ですよね?なんか観客席らしき物と大きなモニターまで設置されてるし。

 

 ってゆうか記憶が曖昧なのは神風さんに締め落とされたせいだったんですか!?

 

 「賭場まで立ってるわね、オッズは……99対1か。」

 

 「オッズ?」

 

 「当たった場合の払戻金の倍率ね。ちなみにアンタが99。まるっきり期待されてないわ。」

 

 「よくわかりませんが、ほとんどの人は長門さんが勝つ方に賭けてるってことですか?」

 

 「そうゆう事ね。まあ戦艦対駆逐艦だからしょうがないっちゃしょうがないけど。」

 

 別に他の人に期待されてなくても気にしませんけど、賭け事なんてしていいのかしら、憲兵さんは何も言わないのかな。

 

 「ちなみに憲兵さんは司令官が丸め込んだらしいわよ。」

 

 どうやって丸め込んだかわからないけど、憲兵さんを丸め込むなんてさすが司令官です!

 

 「満潮さんはどっちに賭けたんですか?」

 

 もちろん私ですよね!まさか長門さんに賭けたりなんか……、あれ?なぜ明後日の方を向いてるんです?

 

 「私、ギャンブルは手堅くいく主義なのよ。」

 

 裏切った!信じていたのに!これに負けたらあの変態と一晩過ごさなきゃいけないんですよ!?それなのになんで長門さんに賭けるんですか!

 

 「ついにこの日が来たな朝潮。待ち遠しすぎて昨日は一睡もできなかったぞ!」

 

 たこ焼きを手にした長門さんが近づいて来た、一睡もしてない割に目がギンギンに輝いてるじゃないですか。

 

 別に私は待ってません、それにコレが決まったのは昨日です。待ち遠しいと言うほど時間は経っていません。 

 

 「朝潮はグッスリ眠れたみたいね、スッキリした顔してるじゃない。」

 

 ええ、貴女のおかげでグッスリ眠れましたとも。

 

 出たな諸悪の根源。長門さんの提案を許可して私を窮地に追い込み、あまつさえ私を見世物にまで……。

 

 終わったら司令官に言って叱ってもらおう。

 

 「そういえばハンデ付けるとか言ってたわよね?どんなハンデ付けるの?」

 

 そんな事も言ってましたね、実戦形式とは言ってもハンデなしではさすがに勝ち目が薄すぎます。

 

 「あ~アレ?簡単よ。長門は砲撃20発、もしくは魚雷5発で中破判定。朝潮は至近弾で中破判定、直撃一発で轟沈判定ってだけ。」

 

 はい?いやいや、は?それ私にハンデ付いてません?たしかに実戦ならそれもありえますけど、さすがに厳しすぎませんか?

 

 「いくら実戦形式って言っても厳しすぎない?朝潮に勝ち目ないじゃない。」

 

 「決めたのは神風ではない、私だ。」

 

 司令官!なぜこのような所へ!もしかして私を応援しに来てくれたんですか?

 

 たしかに条件は厳しいですが司令官がお決めになったのなら文句はありません!司令官はその条件でも私が勝てると思ってるのですよね!そうゆう事なら期待にお答えしなくてわ!

 

 「だが勝敗にはちゃんとハンデを付ける。朝潮が長門を中破に追い込んだ時点で朝潮の勝ちとする。逆は言うまでもないな?」

 

 私は轟沈判定で負けと言う事ですね、ですがこの一か月追い掛け回された恨みを晴らさねば勝った気がしません。

 

 「司令官、別に倒してしまっても構わないんですよね?」

 

 中破で済ますものか、轟沈判定まで持っていってやる。

 

 「朝潮、そのセリフ世間一般では死亡フラグだから。」

 

 なんですと!?司令官にいい所を見せようとそれっぽいセリフを言ったつもりだったのに死亡フラグだったなんて格好悪すぎる!

 

 「先生はどっちに賭けたの?朝潮?」

 

 「もちろん朝潮だ。それ以外何に賭けろと?」

 

 ですよね!さすが司令官です!司令官だけが私の味方です!

 

 「朝潮、私の今月の生活費をすべて君に賭けた。私の今月の生活は君に懸かっていると言っても過言ではない!」

 

 「ちょっと待って!じゃあ朝潮が負けたら私も今月飢えちゃうじゃない!何てことしてくれたのよ!」

 

 神風さんが飢えるかどうかはどうでもいいですが、司令官の生活が懸かっているならなおの事負けるわけにはいかなくなりました。

 

 「お任せください!見事あの変態を倒し、司令官の生活を裕福にして見せます!」

 

 「ついに堂々と変態って言いだしたわよ?」

 

 「大丈夫、当の長門が気づいてないから。」

 

 「何!変態だと!?どこだ!朝潮を狙う変態は!」

 

 貴女ですよ!貴女以外だと窮奇しかいません!貴女達のせいで戦艦恐怖症になりそうですよ!

 

 「姐さん開始はまだっすか?みんな待ちくたびれてるっすよ。」

 

 観客席の方から走り寄ってきたモヒカンさんが急かしてくる、別にギャラリーが待ちくびれようが私には関係ないんだけど。

 

 「あっそ。じゃあそろそろ始めましょうか。ギャラリーも待ってるらしいし。」

 

 改めて周りを見ると一面長門さんを応援する人たちで溢れかえっている、ホームなのにアウェー感がすごい。

 

 私を応援してくれているのは司令官だけ、だけどそれで充分!司令官さえ信じてくれるなら私はどんな敵とだって戦える!

 

 だけど……演習場に出る前にもう一言だけ声をかけて欲しいな、でも私から応援してってねだるのはなんか違う気がするし……。

 

 何かいいセリフはないかな、ねだるわけでもなく、自然に司令官に応援してもらえるようなセリフは……。

 

 「し、司令官……。」

 

 「どうした?朝潮。」

 

 見上げる私を司令官が優しく見つめ返してくれる。

 

 この人の期待を裏切るわけにはいかない、失望させたくない。

 

 だけど背中は押してほしい、何かない?自然と背中を押してもらえるようなセリフは……。

 

 そうだ……命令してもらおう……この人の命令なら私は何だってできる気がするもの。

 

 「司令官。ご命令を!」

 

 司令官が少し驚いたあと、いつもの威厳に満ちた顔に戻って一言だけ言ってくれた。

 

 「勝って来い!朝潮!」

 

 「はい!お任せください!」

 

 もう大丈夫、体に力が漲っていく気がする。

 

 貴方の命令なら戦艦にだって勝って見せます!

 

 私は用意してあった艤装を背負い、海へと漕ぎ出した。

 

 戦闘範囲は砂浜から沖に10キロほど離れた位置に設定された縦横2キロの範囲、境界線では第八駆逐隊と第九駆逐隊がライン越えを見張っている。射程の長い長門さんは砂浜側だ、万が一にも観客がいる砂浜に流れ弾が飛ばないようにと言う事らしい。

 

 上空には空母の人たちが飛ばした策敵機が無数に飛んでおり、観客席に設置された大型モニターでライブ中継している。

 

 「頑張ってね朝潮ちゃん。八駆はもちろん、九駆も朝潮ちゃんに賭けてるからね。」

 

 砂浜から南のライン際まで行くと、ラインジャッジをしている大潮さんが激励してくれた。

 

 「え?でも満潮さんは長門さんに賭けてるって……。」

 

 「満潮の性格知ってるでしょ?素直に本当の事言うわけないじゃない。」

 

 言われてみればたしかに、騙してくれたお礼にキッチリ勝ってからかってやろう。

 

 『二人とも準備はいい?』

 

 審判を務める神風さんが通信で準備の完了を問うてくる。

 

 「はい、いつでもどうぞ。」

 

 『こちらもOKだ。』

 

 長門さんまでの距離は直線距離で約2000、艦娘の射程は実艦の十分の一程度、私の砲撃では届いても有効打にはなり辛い。まずは接近しなくては。

 

 『それでは始め!』

 

 神風さんの合図とともに機関最大で突撃開始、最大船速で少しでも多く距離を詰める。

 

 ドドドン!ドドドン!

 

 200メートルも進まないうちにさっそく長門さんが撃ってきた、両舷についてる三連装砲を一斉射だ。

 

 長門さんから見て八の字になるように撃っているから真ん中がガラ空き、いかにもここを通れと言わんばかりの撃ち方ね。

 

 「来いと言うなら行ってやる!」

 

 こんなあからさまな挑発から逃げてはダメ、真ん中を抜ける途中か抜けた後に撃ってくるだろうけど、わかっているなら対処は出来る。

 

 ドドン!ドドン!

 

 私が八の字を描くように立ち上がっていく水柱を抜けるか抜けないかと言うところで長門さんの二射目、今度は三連装砲の前に設置されている連装砲からの砲撃だ。

 

 着弾点は私の前方20メートルほど、このままの速度で直進すれば当たりはしないけど水柱に針路を塞がれるわね、ならば!

 

 私はトビウオ二回で速度を上げ、距離を縮めて着弾前に駆け抜ける。

 

 残り1000メートル!こちらからもお返しに砲撃、有効打にならなくても届きさえすればペイントが半球状の装甲に広がって目眩ましにはなる。

 

 『またこれか。芸がないな朝潮。』

 

 私の砲撃が止まったのを見計らって長門さんが装甲力場を一度消し、再発生させて目眩ましを無効化してしまった。

 

 ドドン!!

 

 再び私を見据えると同時に一際大きな砲声が轟く、全主砲の一斉射撃だ。

 

 これはまずいわね。着弾で生じる水柱に殆ど隙間がなさそうだからトビウオや稲妻で駆け抜けるのは不可能、

 

 点ではなく面で潰しに来た。

 

 私は船首を上げた水圧ブレーキと、さらに逆加速までかけて速度を完全に殺す。直後に着弾。私の前方、直径50メートル程の範囲に満遍なく撒かれた10発の砲弾が壁のように巨大な水柱を立ち上げる。

 

 ドドン!!

 

 再度一斉射撃、今度は後方。前方と同じように水の壁が出現する、これでは左右のどちらかに行くしかないけど……。

 

 ドドドン!!ドドドン!!

 

 今度は三連装砲のみ、恐らく左右の退路を潰された。

 

 『詰みだ、朝潮。』

 

 残りの連装砲で中心にいる私を撃って終わらせるつもりね、こう逃げ場がなくては至近弾でも轟沈判定になりそうだ。

 

 ドドン!ドドン!

 

 連装砲が火を噴いた。だけど逃げ場はない、強いて言うなら最初に着弾した前方だけどまだ水柱が落ちきってない。

 

 こうなったら一か八かね。

 

 私はトビウオで急加速し、いまだ5メートル程はある前方の水柱直前で上方に向けて再度トビウオ、50メートルの範囲を飛び越えるのは無理だけど水柱だって水だ。

 

 「飛び越えれないなら走ればいい!」

 

 水柱の頂点に達した私はそのま稲妻で頂点同士を飛び移りながら移動。安直な考えだったけど上手くいった、隙間が殆どないほどに立ち上がった柱の上は凹凸が酷すぎるけど、もう一つの海面になっていた。

 

 『まったく、駆逐艦は何でもありだな。』

 

 戦艦の貴女には出来ない芸当でしょうね、私も出来るとは思ってませんでしたけど。

 

 しかしどういうつもりだろう、長門さんは両腕を組んで開始位置に仁王立ちしたままだ。

 

 いつもならとっくに私に向かって突進してきてる頃なのに、これが長門さんの本気?それとも私程度が相手なら動くまでもないって事?

 

 『私が動かないのが不思議か?』

 

 声に出した覚えはないけど今さらか、砲撃は続いてるし、話しかけて私の油断でも誘う気かしら。

 

 『私と陸奥には作戦とは別にある任務が与えられていてな。』

 

 作戦とは別の任務?駆逐艦を追い回すとか?

 

 『もし鎮守府近くまで敵が迫った場合、私と陸奥は文字通り鎮守府の盾となる事が義務付けられている。最終防衛ラインと言うやつだ。』

 

 「それが動かない事とどうゆ関係が?」

 

 『わからないか?私は今、お前を鎮守府に迫る姫級の深海棲艦と思い攻撃している。私が抜かれれば鎮守府は壊滅。街にも被害出ると想定してな。』

 

 つまりそこに立っている長門さんが最後の砦、そこが鎮守府の防衛に隙を生じさせずに敵を屠れる位置だと想定してそこから動かないのね。

 

 姫級は過大評価過ぎると思うけど。

 

 『三年前はお前の先代にその役をやらせてしまったがな。いくら鎮守府から離れていたとは言え情けない話だ。』

 

 たしかに、長門さんが居れば先代は死なずに済んだかもしれませんね。

 

 『提督は私を中破させた時点でお前の勝ちだと言っていたが、私を抜いた時点でお前の勝ちでいい。絶対にここは抜かせない。ここを抜かれれば鎮守府は終わりなのだ。この長門が居る限り、鎮守府には一歩たりとも近づけさせはしない!』

 

 長門さんの目が敵を見るソレに変わった。これが本当の戦艦長門、横須賀の守護神か。

 

 背筋に電気のようなものがビリビリと流れてる気がする、これが殺気というものなのかしら。

 

 『さあかかってこい深海棲艦!長門型の主砲は伊達ではないぞ!』

 

 普段の気持ち悪い長門さんの面影は微塵もない、本気で私を深海棲艦と思い込み殺しにかかってる。

 

 長門さんがそこまでしてくれるのなら私も応えないと。

 

 そうね、深海棲艦らしく司令官を攫いに来たと言うのはどうだろう。

 

 「押し通ります!貴女を倒して司令官を頂いていきます!」

 

 ドドドン!!ドドドン!!

 

 返答代わりの三連装砲による砲撃、私の針路を悉く潰してくるがこれくらいならまだ……。

 

 ドドン!ドドン!

 

 私が三連装砲の砲撃を回避するとそこに今度は連装砲による砲撃が飛んでくる、砲が多いと便利ね砲撃の間隔がほとんどないから間隙を縫って近づくことも出来ない。

 

 距離800からなかなか近づけないわね、なんとかしないと……。

 

 ん?砲撃の間隔が開きだした、どうして?

 

 そうか撃ち過ぎで砲身が過熱してるんだ、セーフティが掛からないように間隔を開けててるのね。

 

 ならば!

 

 ドン!ドン!

 

 私は隙を見て長門さんへ向け砲撃、当たったところで先ほどのように装甲を一度消して無効化されるだろう。

 

 バシュシュ!

 

 砲撃が長門さんに当たるか当たらないかというタイミングで魚雷を2発発射、本命はこっちだ。

 

 ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!

 

 魚雷に気づかれないよう砲撃を続けながら接近、残り約500!長門さんの装甲が常にペイントまみれになるように砲を撃ちまくる。

 

 『長門、小破判定。少しは動きなさいよゴリラ。』

 

 小破判定?あ~そういえば演習でしたね。長門さんの気迫に流されて忘れてました。

 

 ドドン!ドドン!

 

 神風さんの声をかき消すかのように連装砲から砲弾が放たれる、ペイントで私の姿は見えないはずなのに的確に私を狙って来る。

 

 電探射撃ってやつかしら、だけどそろそろ私が撃った魚雷も……。

 

 ドドン!

 

 長門さんが200メートルほどまで迫った魚雷に向け片方の連装砲を発射、電探って魚雷も見えるの?それとも読まれてた?でも、予定通りだ!

 

 魚雷の爆発で長門さんの前方に水柱が立ち上がり私の姿を完全に隠す、今なら電探でも見えないはずだ!見えないよね?見えてもらったら困るんだけど。

 

 バシュシュシュ!

 

 私は魚雷を3発長門さんへ向け発射し、左斜め前方へ向け稲妻を2回。水柱が落ち切る前に姿を長門さんへ晒し砲撃、私へと注意を引き魚雷から目を逸らさせる。

 

 途端に長門さんの砲撃が飛んでくるが、さらに稲妻を3回で回避。

 

 ズドーン!

 

 残り200メートルまで迫ったところで先に撃っておいた魚雷が長門さんへ直撃。

 

 『くっ!』

 

 水柱とペイントで再度長門さんの視界が塞がる、回避で使った稲津の加速そのままに長門さんへ突撃。残り50メートル!

 

 「小癪な!」

 

 もう通信なしでも声が届く、私の距離だ!私はトビウオ2回でさらに距離を縮める。見た感じ長門さんは小口径砲は積んでいない、これでトドメよ!

 

 バシュシュシュ!

 

 私は残りの魚雷3発を発射、また砲撃で魚雷を誘爆させられる事も考えて長門さんの右から回り込むように後方へ回り込む。

 

 いや、回り込もうとした。

 

 魚雷が迫り、私が長門さんの後方に回り込む直前に長門さんが右足を振り上げ、そのまま海面に向け振り下ろした。

 

 ズドン!!

 

 砲撃かと思うほどの轟音とともに長門さんを中心に直径20メートルほどの範囲の海面が盛り上がった、魚雷はその衝撃で誘爆を起こし私も海水ごと数メートル浮き上がる。

 

 「神風のように名を付けるとしたら、さしずめ『畳返し』と言ったところか。」

 

 そんな可愛いものじゃない!戦艦なのに片方の脚だけで体を支えるどころかに海面にもう片方の脚を叩きつけたの!?

 

 「終わりだ、深海棲艦!」

 

 ギロリと長門さんの双眸と砲塔が私を睨む、この距離で主砲を撃つ気だ。

 

 実戦なら自分も被害を確実に受ける距離なのに躊躇は微塵もない、どうする?体勢は完全に崩されている、魚雷の再装填も間に合ってない。

 

 だけど、盛り上がった海面に足はついている!

 

 ズドン!!

 

 長門さんの砲火が眼下に見える、音だけで吹き飛ばされそうな衝撃だ。

 

 「見事だ。朝潮。」

 

 長門さんが撃つより早く上方へ力任せのトビウオで飛んだ私に長門さんがニッコリと微笑みながら賛辞を送ってくれる。

 

 脚の勢いだけで飛んだから体勢は無茶苦茶、主砲を向けているのが奇跡に近い。

 

 だけどそれで充分、砲身が焼き付いても構わない、撃ちまくれ!

 

 ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!

 

 私は下方に向け主砲を連射、長門さんの装甲がペイントで染まっていく。

 

 『勝負あり!長門、中破判定。勝者、朝潮!』

 

 バシャアアァァァァ……。

 

 着水と同時に神風さんが私の勝利を伝えて来る、勝てたの?私が長門さんに?

 

 「あの体勢で避けられるとはさすがに思わなかった、私の完敗だ。」

 

 「そ、そんな完敗だなんて……。」

 

 判定とは言え長門さんはまだ中破だ、それに比べて私は弾切れ寸前、実戦ならどっちが勝ってたかなんて明らかなのに。

 

 「誇っていいぞ朝潮。この長門相手にここまでやれる駆逐艦は神風以外ではお前だけだ。」

 

 長門さんが微笑みながら握手を求めて来る、中天に差し掛かりだした太陽を背にし、威風堂々を体現したようなその姿は横須賀の守護神の異名に恥じないほど立派だった。

 

 「あ、ありがとうございます!」

 

 長門さんの手を取り握手を交わす、司令官とは違ってすべすべした女性らしい手だけど司令官と同じくらい力強く感じる。

 

 認識を改めなければ、この人は変態なんかじゃない。

 

 鎮守府を守る立派なせんか……。

 

 あ、あれ?なんか長門さんの手がヌルヌルしてきたような……。

 

 「捕まえた。」

 

 さっきまでの威厳に満ちた笑顔はどこへやら!ニヤァァァァァっと言う擬音が聞こえそうなほど気持ち悪い笑顔に変わってる!なんか手に入る力も強くなってるような。

 

 「きゃっ!!」

 

 私の右手を取ったまま、長門さんが私の左腋に頭を突っ込んできてそのまま左肩に担がれてしまった!

 

 「さあ!戦勝祝いだ!このまま私の部屋に行くぞ!」

 

 それは貴女が勝った場合の報酬では!?私には何一つ得がないんですけど!

 

 さっきまで動かたなかったのを取り戻すかのように鎮守府へ向け疾走する長門さん、このままじゃまずい!私の貞操の危機だ!

 

 ドン!

 

 「ぬお!?実弾!?誰だ!私と朝潮の逢瀬を邪魔しようとする奴は!」

 

 何?何が起こってるの!?担がれて後ろを向いてる状態だから前で何が起こってるのかわからない。

 

 「奴じゃないわよぉ奴らよぉ。」

 

 この声、荒潮さん?ラインジャッジをしていたはずじゃ、それに奴らって……。

 

 「司令官の言った通りだったね、勝とうが負けようが長門さんは朝潮ちゃんを攫って逃げようとするって。」

 

 前の方から大潮さんの声もする、後ろには第九駆逐隊の朝雲さんと山雲さん、左右にはそれぞれ夏雲さんと峯雲さんが来て長門さんを取り囲んでいる。

 

 「くっ!囲まれたか!」

 

 「司令官からは抵抗するようなら当てていいって言われてるけど、どうします?」

 

 助かった……、さすが司令官だわ、長門さんの行動を読んで八駆と九駆をラインジャッジとして配置してたのね。

 

 しかも実弾を装備させて。

 

 「仕方ないな……実弾を撃たれては朝潮まで巻き込んでしまう。」

 

 そうです、私も痛いのは嫌ですから離してください。

 

 「などと言うと思ったかぁ!」

 

 ズドン!!

 

 長門さんが軽く右足を上げて海面に打ち付けるのが見えた、畳返しだ。でもさっきほど足を振り上げてないから盛り上がった範囲は10メートルないくらいか。

 

 でもそれで隙ができた前方の大潮さんと荒潮さんを跳ね飛ばすように突撃して包囲を突破、再び逃走を計る。

 

 「往生際悪すぎぃ!」

 

 まったくです、鎮守府まで戻ったところでまだ司令官や満潮さんだって居るのに。

 

 「全艦砲撃開始!逃がすな―!」

 

 え?ちょっと待ってください大潮さん、砲撃開始?私が居るんですよ!?私ごと撃つ気ですか!

 

 「そんな砲撃など効かん!長門型の装甲は伊達ではないぞ!」

 

 長門さんの背後に大潮さん達の砲撃が集中、怖すぎるんですけど!後ろを向いた状態の私の眼前で砲弾が破裂しまくってるんですけど!

 

 これ大丈夫ですよね!?ちゃんと背面に装甲を集中させてるんですよね!?装甲が抜かれたら長門さんより先に私に当たるんですけど!

 

 「ちょ、ちょっと大潮さん待って!怖い!目の前でボカンボカン言ってる!怖すぎますよコレ!」

 

 「大潮姉ぇ魚雷は撃っていいの?」

 

 なんてことを言うの朝雲さん!聞こえてます?私の悲鳴聞こえてます!?

 

 「構わないから撃っちゃって!」

 

 構います!私の存在忘れてませんか!?忘れてますよね!?

 

 バシュシュシュシュ!

 

 ひいっ!!本当に撃った!何考えてるんですか!当たったら私ごと木っ端微塵ですよ!

 

 「魚雷か、当たらなければどうとゆうことはない!」

 

 そこまで言うなら絶対当たらないでくださいよ!当たったらシャレになりません!こんなアホな死に方絶対嫌ですからね!

 

 結局、長門さんの逃避行は3時間に及び、終いには陸奥さんや空母の方々まで出撃する大トリ物ととなった。

 

 その後捕まった長門さんはと言うと……。

 

 「私のせいじゃない!朝潮が可愛すぎるのがいけないんだ!」

 

 などと訳の分からない事ひたすら口走りながら独房にぶち込まれたそうです。

 







 視点変わらないんだから3と繋げればよかったと投稿した後で後悔したり……。


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幕間 辰見と叢雲

11/11矛盾点を修正しました。


 「あー終わんないいいいぃぃ!」

 

 八月は夏の暑さが続きつつも、暦の上では秋の始まりの季節だと言うのに涼しくなるどころか暑くなる一方な気がする。

 

 執務室にクーラーが付いててよかった。こんな猛暑日にクーラー無しなんて考えただけで脳みそが茹で上がっちゃうわ。

 

 「辰見さん次コレね、搬入した各種資材の確認と猫の里親探しのポスターの掲示許可。」

 

 ポスターなんて好きなだけ貼れ!そんな物の許可をいちいち求めないでよ!ただでさえ私の目の前には書類が山になってるのに!

 

 「提督っていつもこんな面倒な仕事してたのね……。」

 

 現在、提督は第八駆逐隊と神風を連れて呉に出張中。私と別室に居る少佐で分担して提督の執務を代行してるんだけど……。

 

 「私が代わりに呉に行けばよかった……。」

 

 三日も早く出発ちゃって、出張とは名ばかりの休暇じゃない。

 

 「ぼやかないぼやかない、私が手伝ってあげてるじゃない。」

 

 おお我が麗しの秘書艦殿、ソファーに座ってくつろいでるようにしか見えないのは私の気のせいかな?

 事務が持ってくる書類を私に投げた後は、ひたすらのんびりしてるじゃないの。

 

 「そんなにゴロゴロしてると豚になるわよ、暇なんなら訓練でもしてくれば?」

 

 私の手伝いと称してサボってるだけじゃない。

 

 「嫌よ。だって外暑いし。」

 

 嫌よと来ましたか、最近の駆逐艦は軟弱ね。

 私が現役の頃の駆逐艦は、外が雨だろうが雪だろうが訓練に励んでたって言うのに。

 

 「それに私、駆逐隊も組んでないし嚮導艦も居ないし、自主練じゃ限界が有るわ。」

 

 っていう言い訳でしょ?逃げ道を潰していってやろうかしら。

 

 「嚮導艦が要るなら空いてる軽巡に頼んであげるわよ?」

 

 「いやいや、私一人のために軽巡の先輩の手は煩わせられないわ。」

 

 「他の駆逐隊と合同でやって貰うから心配要らないわよ。遠慮しなさんな。」

 

 「……。それでも嫌……。」

 

 なんでそこまで訓練を嫌がるかな、同期の朝潮をちょっとは見習いなさい。

 演習とは言え長門に勝ったあの子は一躍有名人よ?

 ん?朝潮……朝潮か。あ~そうか、この子もしかして……。

 

 「ねえ叢雲、最近朝潮と話したりしてる?」

 

 頭の艤装がピーンと立った、かんに触った?頭のそれって、実は感情と連動してるのよね~。私も似たような物ついてたから知ってるのよ?

 

 「なんで急に朝潮が出てくるのよ。関係ないじゃない。」

 

 「最後に話してるとこ見たのが祝勝会の時だったから少し気になってね。」

 

 「別に……。話すことなんかないし、あの子訓練で忙しそうだし……。」

 

 今度は垂れ下がった、まるで犬の耳みたいね。

 

 「朝潮も立派になったわね。鎮守府の代表として演習大会に出るだなんて。」

 

 「そうね……。」

 

 顔は平静を保ってるけど頭の艤装に落ち着きがなくなってる。当たりかな?もうちょっと鎌かけてみるか。

 

 「貴女、朝潮に嫉妬してるんじゃない?」

 

 「は、はあ!?なんで私が朝潮に嫉妬しなきゃいけないのよ!」

 

 当たらずも遠からずって感じね。

 

 「叢雲、貴女あの子を見下してたでしょ。」

 

 「そんなことあるわけないでしょ!辰見さんは私をそんな嫌な女だと思ってたの!?」

 

 いえまったく、貴女はそんな事する子じゃないわ。

 だけどね、本人にその気がなくても、無意識に見下してる事だってあるのよ。

 

 「あの子の頑張りは知ってるもの。洋上訓練に参加できない代わりに体力作りに励んでたし、艦娘になれた時のために戦術書を何度も読み返してた。試験に落ちる度に声を殺して泣いてたのも……。」

 

 「だから自分が守ってあげなくちゃって思った?」

 

 「!!」

 

 朝潮は自分より弱い、だから強い自分が守ってあげなくちゃって思ったんでしょ?それが見下してるって言うのよ叢雲。

 

 「ところが横須賀に着任してみたら守ってあげようと思っていた相手は自分より遙かに強くなっていた。貴女、それでふて腐れちゃったんでしょ?」

 

 「ち、違う!」

 

 いいや違わない、小さい頃は出来が悪かった妹が実は出来る子だったと知ったときの姉の気分ってとこかしら。

 守ろうとしていた対象が自分より強くて、弱い自分に見切りを付けちゃったんでしょ?

 

 「ガキが。それで努力することを放棄か。強くなった朝潮に嫉妬して、弱い自分に勝手に絶望して強くなることを諦めたわけね。」

 

 「う、うるさい!辰見さんに何がわかるのよ!」

 

 わかるんだなぁこれが、私も同じだったからね。これは早めに修正しといた方よさそうね。じゃないとこの子がダメになっちゃう。

 え~と今日の演習場の使用予定は……。

 

 「少し遠いけど第五演習場が空いてるわね。叢雲、艤装を装着してそこに行きなさい。」

 

 「な、何よ急に……。」

 

 「いいから言う通りにしなさい、命令よ。」

 

 私も丸くなったわね。昔ならたぶん、引きずって連れて行ってたでしょうに。

 

 「わかった……。命令じゃ仕方ないもの……。」

 

 トーンの下がった私の声に萎縮したのか、叢雲が渋々ながらソファーから立ち上がり部屋から出て行く。

 よし、渋る叢雲は執務室から追い出した、こちらも準備しなきゃね。

 私は机の上に積み上がった書類を一瞥し、側らに置いていた愛刀を持って執務室を後にした。

 まずは工廠、それから第五演習場だ。

 

 工廠にいた妖精さんに交渉して、提督の私物を持ち出した私はソレを背負って海に出た。海辺を歩いてた艦娘や一般職員が驚いてたけど気にはしない、私の秘書艦がダメになるかならないかが懸かってるんだから。

 

 「た、辰見さんなにしてるの!?」

 

 演習場に着いた私を見るなり叢雲が驚きの声を上げた。まあ士官服姿の私が内火艇ユニットを背負って現れれば驚きもするか。

 

 「今から、貴女の腐った根性を叩き直してやろうと思ってね。」

 

 機関から伸びたアームに繋がった連装砲と左腕の魚雷発射管、そして右手に持つのはアンテナを模した槍か。

 普通の特型駆逐艦とは明らかに形状が異なる艤装、陽炎型に近いか……。たぶん妖精さんが、陽炎型の艤装のテストベッドにしたのね。

 

 「いや、どうゆう事か説明くらい……。」

 

 「問答無用!」

 

 ギイン!

 

 私はトビウオで一気に間合いを詰め抜刀。叢雲を斬りつけるが、叢雲の装甲に阻まれ刀身が鈍い音を上げる。

 

 「ちょ!いきなり何するのよ!」

 

 「言ったでしょ?貴女の根性を叩き直すって。本気でやらないと死ぬわよ。」

 

 「くっ!」

 

 私の目に怯えた叢雲が逆加速をかけ距離を取ろうとする、だけど無駄。私が背負ってる内火艇ユニットは、提督が自分用にチューンした特注品。

 

 装甲が皆無の代わりに、速度と干渉力場の二つに出力を割り振ったおかげで内火艇ユニットでありながら速度は15ノット強、駆逐艦程度の装甲なら削れるくらいの干渉力場を発生させることに成功している。

 

 もっとも、稼働時間は短いし装甲が皆無だから駆逐艦の主砲の至近弾でも即お陀仏、倒せたとしても駆逐艦が精一杯の欠陥品。

 対人ならともかく、対深海棲艦での実戦使用はほぼ不可能だ。

 

 「な、なんで引き離せないの!?」

 

 そりゃ無理よ、貴女は後ろ向きで逃げようとしてるのよ?それじゃあ速度は精々15ノット、私はトビウオも使えるからそうそう離されはしない。

 

 「その槍は飾り?せっかく近接武器を持ってるんだから反撃してきなさいよ。」

 

 「でもそれじゃ辰見さんが!」

 

 は?オレが何だって?まさかお前程度がオレ様をどうにか出来ると思ってるのか?

 

 「舐めるなよ小娘。」

 

 なおも下がろうとする叢雲を大上段からの唐竹割り。振り下ろした勢いそのままに左肘を引き、切り裂いた装甲の隙間から叢雲の首めがけて突きを一閃。

 

 「あ、あ……。」

 

 安心しろ、本当に貫きはしない。

 ちゃんとお前の首の横を刀身が通り抜けているだろう?

 

 「弱いな叢雲、お前は艦娘じゃないオレにすら勝てないほど弱い。」

 

 「だ、だから何よ……。辰見さんに言われなくたって自分が弱いのなんて自覚してる……。」

 

 「……。叢雲、良い事を教えてやる。お前が守ろうとしてた朝潮は天才だ、お前がどれ程努力しても朝潮には追いつけないかも知れない。」

 

 顔を真っ赤にするほど頭にきてるな、だが事実だ。

 今のお前じゃどう足掻いたって朝潮の隣には立てない。

 

 「じゃあ今が正解じゃない……。あの子と対等な立場になれないんなら訓練する意味なんて無いじゃない!」

 

 悔しいか叢雲、泣くほど悔しいならなぜ努力する事をやめた。

 なぜ朝潮の隣に立つことを諦めた!

 

 「昔、性能も実力もハンパだが口だけは達者な艦娘がいた。」

 

 「な、何よ急に。」

 

 「まあ聞けよ。そいつには妹が居てな、血の繋がった実の姉妹で 艦型も同じだった。だけど姉と違って妹は優秀でな。守ってやらなきゃと思っていた妹に実は守られていたのさ。」

 

 悔しかった、プライドをズタズタにされた、憎みさえした。

 面には出さなかったが、オレはアイツが大嫌いだった。

 

 「……その姉はどうしたの……?」

 

 「格好をつけまくった、少しでも姉としての威厳を保ちたかったんだろうな。痛々しいにも程があったよ……。」

 

 オレはアイツが努力していたことを知っていた。なのにオレは、自分には才能がない、アイツは才能があるから凄いんだと自分に言い聞かせてふて腐れた。

 

 「ある戦闘で、妹は姉を庇って戦死した。その時の戦力差を考えれば倒せない敵じゃなかった。オレが邪魔しなけりゃ倒せる敵だった!オレが隊列を崩した!オレが調子に乗って突っ込んだばかりに、龍田がオレに当たるはずだった魚雷に身を晒した!オレが龍田を殺したんだ!」

 

 「辰見さん……。」

 

 「いいか叢雲。失ってから気づいても遅いんだ、お前が朝潮と同じ戦場で戦うことは無いかもしれない。だがもし一緒に戦うことになった時どうする?私は才能がないから訓練しても無駄なので訓練してません。だから戦い方がわかりませんとでも言う気か?」

 

 「言えない……。そんな言い訳をあの子にしたくない……。でもどうしていいのわからない……。」

 

 どうしていいのわからない、か……ホント貴女は昔の私ソックリね。

 きっと朝潮の前では虚勢を張ってたんでしょ?自分の暗い感情を押し込めて、格好つけて。

 

 「だったらオレについてこい叢雲。お前にオレの全部をくれてやる。」

 

 龍田を失った私が死ぬほど努力して得た技術。アイツの自慢の姉であろうと思い、手に入れた自己満足の寄せ集め。

 

 「それで私は朝潮の隣に立てるの?あの子失望されずに済むの?」

 

 「それはお前次第だ。けどな、この辰見様が鍛えるんだ。隣どころから追い越すことも出来るかもしれないぜ?」

 

 貴女なら出来るわ、だって私が選んだ初期艦なんだもの。

 私と同じ後悔はさせたくない、私が貴女を強くする!

 

 「オレ様の指導は厳しいぜ?なんせ世界水準軽く超えてるからな!」



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朝潮演習 5

 初めに断っておきます。
 
 別に山口県を宣伝しようという意図はありません。

 ホントに。


 山口県。

 

 日本の県の一つで本州最西端に位置し、中国地方を構成する五県のうちの一つで、九州地方との連接点の地域である。

 

 私との演習の一件以来『ながもん』と言う蔑称が広がった長門さんの名前の由来となった市もあり、周防大島町には陸奥さんの艤装のモデルになった戦艦陸奥の記念館もある。

 

 なんでも、現在の記念館の沖合3kmで爆沈したとか。

 

 日本の各地には旧日本軍の基地が現在も残っており、現在私たちが居る岩国市にも旧軍時代に建設された岩国基地が『日本国防軍』と名を改めた今も、海兵隊の駐屯地と艦娘の中継基地を兼ねて現役で機能している。

 

 ちなみに『日本国防軍』とは旧日本軍を母体とした組織で陸海空軍の三つに分かれている、艦娘が属するのは海軍です。

 

 詳しくは割愛しますが。太平洋戦争時、真珠湾攻撃後はミッドウェー島は攻めず太平洋側は防衛に徹し、インド洋を始めとした西側に主力を向けた当時の日本は英国に徹底して講和を持ち掛けた。

 

 もちろん講和なんてさせたくない米国はインド洋へ向け艦隊を派遣、日本はこれに対してシンガポールを中心とした内線作戦を展開、インド喪失を恐れて講和に踏み切った英国を皮切りに米国とも早期講和を果たした日本は深海棲艦に大打撃を与えられるまで当時の規模を保っていた。

 

 もし戦争で負けていたら軍隊がない日本というのも存在したのかしら、そんな日本は深海棲艦に攻められた時どうするんだろう?

 

 座学の教官が、当時の軍や世論の状況でよくもここまで勝つ事を諦め、負けない事(・・・・・)に徹することができたものだと感心してたけど、負けてた可能性もあったのかしら……。

 

 話が逸れてしまいましたね、基地の他にも当時の遺物は各地にありますが、もっとも有名な物と言えば、呉にある戦艦大和でしょうか。

 

 八駆の三人が待っている呉鎮守府の近くには太平洋戦争時最大の戦艦である大和が記念艦として一般に公開されてます。艦娘として戦艦大和が建造できないのは大和が今も現存してるからだと言う俗説もあります。

 

 逆に大和があったから呉は深海棲艦に空爆されずに済んだんだって言う話もあるらしいですけど。

 

 「何年経っても変わらんのぉこの辺は。」

 

 普段の士官服とは違って黒のスーツ姿の司令官が金髪さんが運転するハイエースの窓から外の風景を見て懐かしむような顔をしている。

 

 のどかで素敵な風景が窓の外を流れていく、ここで司令官は育ったのね、子供時代の司令官も窓から見える山や川を駆け回っていたのかしら。

 

 「ホント変わらないわね。やる事が何もなさそう。」

 

 相変わらず雰囲気をぶち壊すのが得意ですね、せっかく子供の頃の司令官を想像しながら和んでいたのに。

 

 「そう言うなや神風、移動は不便だが住んでみると意外といい所だぞ。」

 

 「遊ぶところないじゃない、この辺の若い人ってどこで遊んでるの?」

 

 「山とか……川とか?」

 

 「昭和か!いや昭和でもないわ!今時そんな人いるの!?精々小学生くらいまででしょ!」

 

 山や川で無邪気に笑って遊ぶ今時の若者、神風さんの肩を持つわけじゃないけど想像しづらいわね。

 

 「そこまで言わんでも……戦時中に街に繰り出して遊ぶっちゅう方が異常じゃ思うんじゃが。」

 

 それはたしかに、いくら国内の物流や輸出入が回復してきてるとは言っても今は戦争中。

 

 税金は高いらしいし、艦娘が女性しかなれない事もあって軍は女性を常に募集している。

 

 司令官に聞いた話だと、昔と違って海軍の女性比率は男性と同じくらいだとか。

 

 「それはそうだけど、先生だって若い頃はどこかに遊びに出てたんでしょ?」

 

 「そりゃあまあ……それなりに……。」

 

 「どこに?」

 

 「広島……。」

 

 「それでよく住めばいい所とか言えるわ。」

 

 し、司令官だって街に出ないと満足できない時期もあったんですよきっと!それに本当に住んだらいい所かもしれませんよ?

 

 「それで私はどこで待ってればいいの?このままだとお墓に着いちゃうわよ?」

 

 「先に行くことにした、その方がお前もええじゃろ?」

 

 「そりゃまあね。って言うか相変わらず無駄に道路が綺麗ね、私たちくらいしか通ってないのに。」

 

 そういえばそうですね、ほとんど対向車も見ないほど空いてる山道なのに他県の国道並みに整備されてる。

 

 ガードレールも黄色いし、なんであんな色してるんだろ?

 

 「運転しやすぅてええじゃろうが。まあ……山道をここまで整備する必要があるのか?とは通るたびに思うが。」

 

 「ガードレールの色は夏みかんの色だっけ?」

 

 へぇ夏みかんの色なんだ特産品か何かなのかな。

 

 「他にもあるぞ。普通に白いのもあるし、長門市には青いガードレールがある、萩は茶色じゃったか。俺が知っちょるだけで四色あるの。」

 

 なぜ四色も……山口県民のこだわりなのかしら……。

 

 「ガードレールマニア垂涎の土地ね。そんなマニアが居るのか疑問だけど。」

 

 わかりませんよ?世の中色々なマニアの方がいますからね、きっとガードレールマニアもいますよ。

 

 「おっと、そろそろ着くな。長時間すまんかったな朝潮、車酔いとかは平気か?」

 

 「はい、大丈夫です。」

 

 横須賀市内を暴走した時に比べたら、このくらい大したことありません。

 

 「少し待っちょってくれ、住職と話してくる。」

 

 「了解しました!」

 

 墓地があるお寺の駐車場を停め、住職さんと少し話をしてくると言う司令官を車の側で待つ私たち。

 

 山の上だからか風がよく通って涼しいわね、木々の揺らめく音やどこかを流れている川のせせらぎの音を聞いてると気分が落ち着いてくる。

 

 ヒーリングサウンドって言うんだっけ、こうゆうの。

 

 「……。」

 

 どうしたんだろう、車を降りてからずっとだ。

 

 いつもの赤い着物ではなく、青いラインが入ったマルチボーダーニット、薄茶色のタックショートパンツにローウエッジサンダル姿で髪を黄色いリボンでポニーテールにした神風さんが黙り込んで神妙な顔をしてる。

 

 「神風さん、どうかしたんですか?」

 

 「別に、ちょっと考え事してただけよ。」

 

 それだけにしては酷く思いつめたような感じがしますけど……。

 

 「今さらだけど、貴女もそうゆう服持ってたのね。制服しか持ってないのかと思ってたわ。」

 

 話を逸らされた……今日の私の服装は白のテールカットレースブラウスに水色のサイドプリーツスカーチョ、足元はストラップサンダル。

 

 私だって満潮さん達に習ってファッションの勉強くらいしてるんです。

 

 「私だってこれくらい持ってます、バカにしないでください。」

 

 「ふぅん。いいんじゃない?たぶん先生の好みにも合ってるし。」

 

 それ本当ですか!?特に何も言われなかったから司令官の好みではないのかと心配だったんですが。

 

 「すまんすまん、待たせたな。」

 

 司令官が手桶とひしゃく持って戻ってきた、アレを借りに行ってたのかな。

 

 「あ、戻ってきた。それにしても、スーツ着てサングラスかけただけでマフィアみたいに見えるわね先生って。」

 

 まあ否定はできませんけど……カッコいいからいいじゃないですか、私は好きですよ?

 

 「待たせてすまんな、行こうか。」

 

 金髪さんを車に残し、私は生花と水を汲んだ手桶を持った司令官と神風さんに続いてお墓まで歩いた。

 

 知らない名前のお墓が沢山、そしてこれが司令官の……。

 

 何の変哲もないお墓だけど、司令官の苗字が彫ってある。

 

 お墓参りは大切だった亡き人やご先祖さまに感謝し、手を合わせるという行為が大切で特別な作法はないけれど、基本的な心得と手順はある。

 

 お参りの順番は故人と縁の深い者から始め、線香を消さないよう注意しながら墓石にたっぷりと水をかけ、正面に向かい合掌。冥福を祈るとともに感謝の気持ちや報告したいことなどを心の内で語りかける。

 

 合掌の仕方としては手に数珠をかけ、胸の前で左右の手のひらをぴったり合わせて軽く目を閉じ、頭を30度ほど傾けます。

 

 まあ、ここに来ることが決まって慌てて調べたんですけど。

 

 「さあ朝潮、お参りしてやってくれ。きっと女房と娘も喜ぶ。」

 

 司令官と神風さんのお参りが終わり、とうとう私の番。

 

 ホントに喜んでくれるのかしら、私は奥さんと娘さんとは面識がない。司令官の話で聞いただけだ。

 

 調べた手順通りにして合掌、お二人の冥福を祈りながらも変な罪悪感のようなものが心に芽生えていく。

 

 別に何も悪いことはしてないけど、どうしても私は場違いなんじゃないかと思ってしまう。

 

 ここに居る中で私は異物だ、だけど異物なりに覚悟は決めて来た。

 

 お二人にお約束します、私の全てを懸けて司令官を救います。

 

 この人が再び、心の底から笑えるように。

 

 見ていてください、きっとお二人が知っている司令官に戻して見せます。

 

 私はゆっくりと目を開くと、夏のそよ風が私を応援してくれるように優しく包み込んでくれた。

 

 「何を約束したの?」

 

 振り返ると神風さんが約束の内容を聞いてきた、言うのは構わないんだけど司令官の前で言うのはやっぱり気恥ずかしいわね。

 

 「それはですね……秘密です♪」

 

 やっぱり秘密にしておこう、だって私とお二人との約束だもの。

 

 教えてしまうと司令官を気負わせてしまいそうだし。

 

 「そう、ならいいわ。」

 

 私の気持ちを察してくれたのか、神風さんが微笑みながら踵を返して車へ戻って行く。

 

 私と司令官だけ残された空間に妙な沈黙が流れる、聞こえる音は木々の騒めきとセミの声だけ。

 

 司令官は今何を考えてるんだろう、サングラスのせいで表情はわからないけど口元はかすかに微笑んでいるような気がする。

 

 「ありがとう。朝潮。」

 

 なぜか私にお礼を言い、私の頭を優しく撫でてくれる司令官。

 

 何のお礼ですか?私はお礼を言われるような事は何もしてないのに。

 

 「行こうか、あまり待たせるとまた神風がうるさい。」

 

 「ふふ、そうですね。」

 

 待たされただけで騒ぐ神風さんは辛抱が足りなさすぎます、私など司令官が待てと仰るならいつまでも待つ覚悟だと言うのに。

 

 「もうええ歳じゃ言うのに、いつまで経っても落ち着きがないから困ったもんじゃアイツは。」

 

 「困った娘さんですね。」

 

 「ああ、まったくだ。」

 

 そういえばこれから何処に行くんだろう?司令官のご実家に寄ったりするのかしら。

 

 まあいいか、司令官と一緒なら無人島だって私は平気だし。

 

 いえ、けして山口県が無人島と大差ないと言ってる訳ではないんですよ?

 

 この土地が司令官を育んでくれたと思うだけでどんどん好きになっていきます。

 

 「そういえば長門も山口出身って言うちょったな、何処かまでは聞いたことないが。」

 

 「え゛っ!?」

 

 な、ながもんも山口出身なんですか!?あの変態も山口で育ったんですか!?

 

 「ど、どうかしたか?」

 

 「い、いえなんでも……。」

 

 そうだ、作用反作用の法則と言うものがある。

 

 きっと司令官のような立派な方が居る反動であんな変態が出来上がっちゃったのね、そうよ!きっとそうだわ!

 

 「とりあえず錦帯橋から行っとくか、なかなか壮観だぞあの橋は。近くにアイスクリーム屋もある。」

 

 アイスクリーム屋さんですと!?

 

 「それはとても興味があります!是非行きましょう!」

 

 ながもんの事など一瞬でどうでもよくなった、もう私の脳内ではいかにして司令官と並んでアイスクリームを食べるかしか考えてない。

 

 これから訪れる司令官との甘い時間に思いを馳せながら、私と司令官は二人が眠るお墓を後にした。

 




 



 太平洋戦争の早期講和は深く考えずに思い付きで考えた設定です。

 それと最後にも言いますが、別に私は観光協会の回し者ではありません。


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朝潮演習 6

 「アナタが朝潮?休暇でもないのにそんな格好で遊びまわるなんていいご身分ね。」

 

 呉鎮守府庁舎の前に到着した私たちを最初に迎えてくれたのは、私と同じ朝潮型改二の制服に身を包み、瞳の色はオレンジに近い黄色、髪は灰色で頭の右側で髪をサイドテールに結った朝潮型10番艦の霞さんだった。

 

 「別に朝潮は遊んでいた訳ではない、私の護衛として同行していただけだ。」

 

 司令官……庇っていただけるのはとても嬉しいのですが、思いっきり遊んでましたよ?色んな所に連れて行ってもらいましたし、美味しい物もいっぱい食べさせていただきました。

 

 あの寿司ネタが凄く大きいお寿司、美味しかったなぁ……。

 

 「陸上で、しかも艤装も背負ってない艦娘に護衛が務まるの?それとも横須賀の提督さんはそんな役立たずに護衛されなきゃいけないほど弱いのかしら?」

 

 「朝潮は私の心のボディーガードだよ、霞も一緒にどうだ?」

 

 「冗談やめて、横須賀の提督のお守りまでしてらんないわ。」

 

 浮気ですか司令官!もしかしてこうゆう子が好みなんですか?私もサイドテールにしようかしら……。

 

 「ふむ、フラれてしまった。後で朝潮に慰めてもらわねば。」

 

 私なら今からでもかまいません!さあ、頭を下げてください、よしよししてあげます!

 

 「相変わらずバカな事言ってるわね、そんなんで横須賀は大丈夫なの?」

 

 随分な物いいですね、私の事はいくらバカにしても構いませんが司令官を侮辱されるのは我慢なりません。

 

 「問題ない、優秀な副官がいるから私は暇なくらいだ。」

 

 「うちと同じくらいのクズっぷりね。いやうちより酷いかしら。」

 

 クズ?この子今、私の司令官の事をクズって言った?許せない……。

 

 「その辺にしておきなさい霞、横須賀の提督に対して失礼すぎるだろう。」

 

 私が霞さんに飛びかかろうと足に力を入れた時、霞の後ろにある呉鎮守府庁舎から士官服姿の男性が出て来た。

 

 眼鏡をかけた優男という言葉がしっくりくる青年ね、いぶし銀な私の司令官とは真逆の外見だ。

 

 歳は30に届くか届かないかといったくらいでしょうか、見ようによっては20代中ごろに見えますね。

 

 「お久しぶりです横須賀提督。今回は僕の我儘を聞いていただき感謝しています。」

 

 「貴様の我儘は今に始まった事ではないだろう、3年前はその我儘のおかげで横須賀は壊滅しかけたのだぞ?」

 

 3年前の横須賀事件の事かしら、そういえば呉主導の作戦のために艦娘の大半を出向させている時に呉が相手にするはずの艦隊が呉の哨戒網を素通りして横須賀に迫ったのよね。

 

 そんな大失態を犯しておいて提督を続けれらるものなのかしら。

 

 「返す言葉もありません。アレは完全に私の失態です。提督を続けていられるのが不思議でしょうがないですよ。」

 

 「……。」

 

 あれ?霞さんが大人しくなった、その時の作戦に参加してたのかな。

 

 それとも先代を思い出した?所属は違っても同じ朝潮型だから交流があったのかしら。

 

 「ここでは何ですのでとりあえず中へ。霞、朝潮さんと神風さんを部屋へ案内してあげてくれ。失礼のないようにな。」

 

 「クズ司令官に言われるまでもないわ。ほらこっちよ、ついて来て。」

 

 クズ司令官!?いくらなんでも不敬過ぎない!?ほら、呉の提督も苦笑いしてるし。

 

 同じ朝潮型として注意するべきかしら、でもよそ者の私が口を挟むのはなんか違う気がするし……。

 

 「何してるの朝潮、行くわよ。」

 

 「あ、待ってください神風さん!では司令官、私はこれで!」

 

 「ああ、迷子にならないようにな。」

 

 「はい!」

 

 司令官に敬礼した後、霞さんと神風さんを追って庁舎に入り、海側の玄関を抜けると正面に海、左手に工廠が見えた。

 

 正面の外観は横須賀の庁舎とそっくりだけど作りは全然違うのね、呉の庁舎は一文字で艦娘の寮などとは完全に切り離されてるみたい。

 

 「アナタ達の艤装も届いてるけど、点検しとく?」

 

 「私は後でいいわ。朝潮は?」

 

 「え?私も後でいいですけど……。」

 

 横須賀を出る前に点検はしてるし、輸送されたからってそうそう壊れるものでもないから急いで点検するほどのものじゃない。

 

 なのになんで霞さんは信じられないって顔で見て来るんだろう。

 

 「横須賀の艦娘は随分と呑気なのね。私だったらいつでも出撃できるように真っ先に点検するけど。」

 

 はあ、その心掛けは見事だと思いますけど嫌味ったらしく言う必要あるのかしら、神風さんが言い返さなきゃいいけど。

 

 「嫌味はいいからさっさと案内してくれないかしら。それとも、呉じゃ嫌味を言うことを案内って言うのかしら?」

 

 うん、いつもの神風さんだ。

 

 売り言葉に買い言葉でケンカを始めそうだわ。

 

 「ま、まあまあ神風さん、霞さんの言うことももっともなんですし。ここは押さえてください。」

 

 慌てて止めに入ったものの、二人とも眼力だけで人が殺せそうなほど睨み合ってる。

 

 「あ、ほら。やっぱりケンカしそうになってるよ。」

 

 この声は大潮さん!庁舎の左側から大潮さんと荒潮さんが歩いてくるのが見える、満潮さんはどうしたんだろう?割り当てられた部屋に居るのかしら。

 

 「別にケンカなんてしないわ。このチンチクリンがこれ以上ケンカを売ってこなければだけど。」

 

 神風さんも似たような身長では?それとも『私脱いだら凄いから貴女とは違う』って感じでしょうか。

 

 「それはこっちのセリフよ、その頭大丈夫?出血してるなら医務室に先に連れて行きましょうか?あ!そんな色の髪なのね、ごめんごめん。」

 

 それ以上はやめてください!うわ!神風さんの額に青筋が。

 

 青筋ってホントに浮き上がるのね……、ってそうじゃない!どうにかして二人を止めないと、でもどうやって!?

 

 「神風さんここは押さえてぇ?明日の演習で私たちがお仕置きしとくからぁ。」

 

 「はぁ!?何で私たちが負ける前提で話してるのよ。いつまでも昔のままだと思われてちゃ迷惑よ!」

 

 何なのこの子!今度は荒潮さんに噛みつき始めた!

 

 「もー!止めに入って逆にケンカ売ってどうするの荒潮。霞ちゃんも落ち着いてよ、こんなところでケンカしたってしょうがないでしょ?」

 

 「ふん!アホの大潮が偉そうに姉面しないでったら!朝潮姉さんの腰巾着だったクセに!」

 

 ついに大潮さんにまで……全方位に喧嘩売ってるわねこの子、血の気が多すぎる……。

 

 「大潮たちが来たんならコイツに用はないわね。大潮、代わりに案内して。このままコイツと一緒に居たら殴り倒しそうだわ。」

 

 むしろよく我慢してると感心してたのですが、神風さんが他人をコイツ呼ばわりするなんてよっぽど腹を立ててるのね。

 

 「ちょっと待ちなさいよ!それじゃ私が職務放棄したみたいになっちゃうじゃない!」

 

 職務に忠実なのは結構ですが、ケンカを売った時点で呉提督の命令に違反してるのでは?

 

 「いい加減にしろ小娘。うちの司令官の顔を潰さないためにこっちは殴りかかるのを我慢してるのよ?それとも明日の大会前に潰されたいか。」

 

 静かだけど奥底に殺気を孕んだ声、神風さんの顔から表情が消えた。

 

 これ以上は本当にまずい、たぶん神風さんは本気で怒ってる。

 

 「……。」

 

 霞さんはというと、神風さんの殺気に気圧されたのか悔しそうに睨むだけ、今のうちにこの二人を離さなければ。

 

 「心配しなくてもちゃんと案内されたって言ってあげるわ。ほら行くわよ三人とも。」

 

 神風さんに促されて大潮さんと荒潮さんが先行し割り当てられた部屋へ向かい始める、霞さんを振り返ると私たちとは逆、工廠の方へ向けて歩いていた。

 

 「どうして霞さんはあんなに私たちを敵視してたんだろう……。」

 

 霞さんは、私たちをまるで仇でも見るような目で睨んでいた、同じ朝潮型の姉妹なのになんであんな目を……。

 

 「朝潮!早く来なさい!置いて行くわよ!」

 

 「は、はい!」

 

 神風さんに呼ばれて踵を返そうとした時、庁舎の二階の窓に白い人影を見た。

 

 あれは呉の提督?霞さんを目で追ってるわね……。

 

 「朝潮!」

 

 おっと気にしてる場合じゃないわ、今の神風さんには逆らわない方が賢明ね。

 

 私は三人を追って駆け足気味にその場を後にした。

 

~~~~~

 

 「まったく、しょうがないなあの子は……。」

 

 「霞が神風にケンカでも売ったか?」

 

 「ええ、申し訳ありません。霞ではなく陽炎に頼むべきでした。」

 

 「気にするな、霞から殴りかからない限り神風からは手を出さんさ。」

 

 アイツは何気に、外では私の面子を気にしてくれるからな。

 

 「貴方は相変わらず駆逐艦に甘いですね。」

 

 「貴様は逆に駆逐艦を冷遇しすぎだ、駆逐艦ほどいい艦種は他にはないぞ?」

 

 即応性と機動性を重視する私とは違ってコイツは絵にかいたような火力主義、3年前などは一部の駆逐艦を除いて他は雑用係くらいにしか思っていなかった。

 

 「朝潮さんが霞に飛びかかろうとしてた時も止めようとしなかったでしょう?大人しそうに見えても流石は駆逐艦ですね。」

 

 「あの子は私を害しようとするものに容赦がないからな、私のためなら貴様にでも平気で噛みつくぞ。」

 

 「それは恐ろしい。気を付けるとしましょう。」

 

 肩のすくめ方がわざとらしすぎる、信じていないだろ貴様。

 

 「今の秘書艦は霞か?」

 

 「いえ、金剛に任せています。案内の件はあの子が申し出て来たんですが……結果はあの通りです。」

 

 二代目の朝潮を自分の目で見たかったんだろうな、ケンカを売ってしまったのはあの子の性格ゆえだろう。

 

 「では改めて、今回はうちの雪風と神風さんの対戦を承諾してくださってありがとうございます。」

 

 「構わんさ、神風のストレス発散になるならこちらにもメリットはある。アイツは放っておくと戦艦にすらケンカを売るからな。」

 

 「僕からすれば信じられない話ですけどね。噂でしか聞いたことがありませんが、本当に戦艦を倒すほど強いのですか?」

 

 信じろと言う方が無理だろうさ、神風はスペックだけ見れば全艦娘最低。

 

 とてもじゃないが戦艦を相手にできるような艦娘ではない。

 

 「本当だ。試合になれば嫌でもわかる。」

 

 雪風がどれほどやるかは知らんが。

 

 「それは楽しみです。うちの雪風も相当やりますよ。あの子が戦艦だったらと何度思ったことか。」

 

 「火力信者め、もう少し駆逐艦の力を認めてやったらどうなんだ?」

 

 「認めてはいます。ですが、やはり駆逐艦では限界があります。圧倒的な火力で敵を屠ればそれだけ犠牲も減りますし。作戦に多少穴があっても力ずくで遂行してくれますから。」

 

 それは慢心だ、その穴を見落としたせいであの事件を起こしたと言う自覚はないのか。

 

 「貴様がそんな考えでは霞はいつまで経っても報われないな、いっそ横須賀にくれないか?」

 

 あの駆逐艦は貴様には勿体なさすぎる。

 

 「霞をですか?上司に意見ばかりする生意気な駆逐艦ですよ?僕を思っての事なんでしょうがあの子の場合は度が過ぎています。他の艦娘が注意しても改めようとしないんです。」

 

 「霞は他所の所属の駆逐艦で唯一、私が本気で欲しいと思った駆逐艦だぞ?」

 

 「まああの子は駆逐艦の中でも火力はトップクラスですし、コンバート改装すれば対空も優秀ですからその気持ちはわかりますが……。」

 

 いや、わかっていない。

 

 そんな性能面などどうでもいい。

 

 「そうだ!長門か陸奥のどちらかと交換なら承諾しますよ?」

 

 なんだそのどうせ無理でしょみたいな顔は、私は本気だぞ?

 

 「構わん、どっちがいい?」

 

 「本気ですか!?戦艦と駆逐艦を交換なんて正気じゃありませんよ!」

 

 貴様が出した条件だろう、何を驚くことがある。

 

 「僕には理解できません。駆逐艦が艦隊運用において重要なのは僕も理解していますが、貴方の駆逐艦への拘りは異常だ。終いには駆逐艦さえいれば他の艦種は要らないとまで言い出しそうじゃないですか。」

 

 「さすがにそこまでは言わんさ、貴様の言う通り駆逐艦だけでは限界がある。」

 

 駆逐艦だけで事が済むのなら迷わず駆逐艦のみにするが。

 

 「まあ交換の話は冗談としてですね。」

 

 なんだ冗談なのか、本気で考えていたのだが。

 

 「霞を手元に置くと苦労しますよ?僕なんか子ども扱いされてますし。若輩という自覚はありますが作戦内容や艦隊編成にまで口を出すのは越権行為です。」

 

 「だから冷遇しているのか?」

 

 「冷遇してるつもりはありませんが苦手なのは事実です。僕の代わりに金剛が叱ってくれているので我慢はできてますが。」

 

 「金剛は貴様が決めた事には意見しないのか?」

 

 「ほとんどありませんね。彼女は僕の立てた作戦を必ず遂行してくれますから。」

 

 だから貴様は霞の言葉に耳を傾けようとしないのか、どんなに作戦に穴があろうと完遂してくれる者が居るから貴様は自分の間違いを認められない。

 

 優秀な部下がいるのも考え物だな、失敗を成功に変えてくれる者が居るばかりに霞の言葉が不愉快でしかたないのだろう。

 

 「先ほど玄関前で言っていたな『なぜいまだに提督を続けていられるのか不思議』だと。」

 

 「え?ええ、言いましたが……。」

 

 すまんな霞、3年前の約束を破るぞ。

 

 コイツのお前への態度にはどうにも我慢ならん。

 

 「実はな、3年前、貴様は降格され提督の地位も剥奪されるはずだったんだ。」

 

 「はぁ……、アレだけの失態をしたのですからそれは覚悟していましたが……。」

 

 「なぜお咎めがなかったと思う?」

 

 「棲地の奪還自体は成功していますのでそれで相殺されたものと……。」

 

 「バカか貴様は、その程度の戦果で帳消しになるほど貴様の失態は軽くはない。横須賀だけでは済まず、首都圏が壊滅していたかもしれないんだぞ?」

 

 「で、ではどうして。」

 

 「私が元帥殿に掛け合った、その時の私の功績を無しにする代わりに貴様へのお咎めを無しにしてくれとな。」

 

 「は!?い、いや失礼……。なぜそのような事を?貴方に僕を庇う理由などないではないですか。」

 

 ああない、貴様は朝潮の間接的な仇だ。

 

 叩き殺すならまだしも庇う必要など皆無だ。

 

 「貴様が救援に寄越した艦隊に霞が居たのは覚えているな?」

 

 「ええ、編成したのは僕ですし。」

 

 「敵艦隊が去った後、執務室で事後処理をしていた私の元に真っ先に来たのが霞だった。あの子は何をしたと思う?」

 

 「まさか貴方に対してまで艦隊運用の講釈を垂れたんではないですよね!?だとしたらさすがに罰しないわけないはいかなくなります!」

 

 なるほど、よくわかったよ。

 

 貴様の霞の認識はその程度か。

 

 「この大バカ者が!貴様はあの子をただ生意気な駆逐艦としか見ていないのか!」

 

 「!?」

 

 「あの子はな、執務室に入るなり私の前で土下座してこう言ったよ。『敵艦隊を見逃したのは私の責任です。私が哨戒の手を抜いたから艦隊を素通りさせてしまった。』とな。」

 

 「な……。あの子は敵艦隊が通過した時間は出撃していません!艤装の整備待ちで鎮守府で待機していたんですよ!?なんでそんな嘘を!」

 

 戦艦に甘やかされたダメ男め、察しが悪すぎる。

 

 「貴様を庇うために決まっているだろう!そんな事もわからんのか!」

 

 「僕を……庇うため?」

 

 あの時の霞の姿は忘れられない。

 

 床に額を擦りつけ、背中を震わせながら涙を流して、貴様を庇おうと嘘をつき続けた。

 

 弁解など一切せず、自分の責任だと私に言い続けた。

 

 「貴様にわかるか?あの子は自分の事など歯牙にもかけていない貴様のために責任を負おうとしたのだ。泣きながら土下座までしてな。」

 

 「霞がそんな事を……。で、ですが、それでも貴方が僕を庇う理由には……。」

 

 「ああ、ならん。だがな、あの自尊心の高い子が土下座までしたのだ。それを無下にするなど、提督としてではなく、一人の男としてできるわけがない。だからあの子に免じて貴様を助けた。」

 

 金剛達でも似たような事はするだろうな、貴様を助けてくれと。

 

 だが霞は違う、貴様を助けてくれなど一言も言ってはいない。

 

 横須賀が襲撃されたという報を聞いて原因に察しがついた霞は、貴様に責が及ぶ前に自分が責任を負おうと考えたのだろう。

 

 責任さえ取らされなければ貴様なら挽回できると信じてな。

 

 「……僕は霞のおかげでこうしていられると言う事ですか……。」

 

 「貴様にこの事は話さないと約束していたんだが、貴様の霞への認識があまりにも酷かったんで我慢できなかった。」

 

 「霞に感謝いなければいけませんね。いや、もう遅いか……。」

 

 「感謝するくらいならあの子が文句を言わなくて済むような提督になってやれ。あの子が的外れな文句を言っているなら話は別だが。」

 

 「いえ、あの子はいつも的を得た事しか言いません。あの時だって、哨戒に当てる艦娘が少なすぎると意見してくれたのに僕はちっぽけなプライドからそれを無視しました……。」

 

 少しは理解したか?あの子は生意気な艦娘ではない、他の誰よりも貴様の事を思っている艦娘だ。

 

 「貴方が駆逐艦に拘る理由が少しわかりましたよ。駆逐艦の魅力は性能以外の所にあるんですね。」

 

 しまった、言わなければ横須賀に引っ張れたかもしれなかったのに……もう遅いか?

 

 「で?霞を横須賀にくれるのか?私は本気なんだが。」

 

 「今の話を聞いて霞を手放す気になるわけないでしょう。」

 

 チッ!やはり話すんじゃなかった。

 

 「霞の小言に嫌気がさしたらいつでも言え、引き取ってやる。」

 

 「お断りします。そんな事を言うなら霞の魅力に気づかせなければよかったのに。」

 

 ああ、本当に失敗したよ。

 

 「そういえば霞と妙に親しげに話してましたよね?こうゆう機会でもなければ会う機会がないのに。」

 

 「ライン友達だからな、貴様が水虫で悩んでるのも知ってるぞ。」

 

 「悩んでませんよ!と言うかライン友達!?貴方と?意外にも程がありますよ!」

 

 ラインだと年相応で可愛らしいんだぞ?教えてやらんが。

 

 「普段どんな事話してるんです?」

 

 「気になるか?」

 

 貴様の心配ばかりだよ、心労で倒れるんじゃないかと心配になる。

 

 「ええ、それなりに……。」

 

 「霞に聞け、私は教えてやらん。」

 

 「意地悪ですね、霞と急にそんな話が出来る訳ないじゃないですか。」

 

 まあそうだろうな、あの子もあの子で意地っ張りなところがあるし。

 

 「霞の事が気になりだしたか?」

 

 「そりゃあ……多少は……。」

 

 霞に限らず駆逐艦は良い子ばかりだ、幼い分上位艦種より遠慮がないから全力でぶつかって来てくれる。

 

 霞が手に入らなくなったのは痛いが、今日の所は駆逐艦を好む同士が増えそうな事を喜んでおくか。

 

 「どうだ?駆逐艦は最高だろう?」

 

 「ええまったく、駆逐艦は最高だ……。」

 



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幕間 満潮と時雨

 誰でも一人か二人くらいは苦手な相手がいると思うんだけど。

 

 今私の目の前にいる時雨は、私にとってもっとも苦手な相手だ。

 

 服装は紺に白のラインが入ったセーラー服、瞳の色はスカイブルー。セミロングの黒髪を後ろで一つ三つ編みにし、先っぽを赤いリボンで括っている。

 

 大潮たちと朝潮を迎えに行こうと八駆の部屋を出た途端、私はコイツに捕まった。

 

 「久しぶりだね満潮。少し背伸びた?」

 

 1ミリも伸びてませんが?私と違ってアンタは印象が変わったわね、なによその犬の耳みたいなクセッ毛、それに髪飾りまでつけちゃって。

 

 「それは改二改装受けれない私への嫌味?」

 

 「そんなつもりはないよ。久しぶりに会った同期にそんな言い方はないんじゃないかな?」

 

 無駄にニコニコして小首を傾げる仕草がわざとらしいんだけど?

 

 養成所に居た頃から変わらないわね、いつもニコやかな天然タラシの養成所のアイドルだった頃と。

 

 「体はもう大丈夫なの?窮奇にやられたって聞いてたけど。」

 

 「キュウキ?ああ、あの戦艦棲姫の事か。もう半年近く前だよ?さすがに治ってるさ。何?僕の事心配してくれてたの?嬉しいなぁ♪」

 

 社交辞令って知ってる?まあ、まったく心配しなかった訳じゃないけど。

 

 「嬉しがるのはいいけど抱き着こうとしてくるのやめてくれない?私がそうゆうの嫌いなの知ってるでしょ?」

 

 「しばらく会ってなかったから満潮の匂いを忘れちゃってさ。覚えなおしておこうかと。」

 

 犬か!アンタ抱き着くだけならいいけど体撫でまわすから嫌なのよ!そっちの気があるんじゃない!?

 

 「今年も佐世保はアンタ達なのね、組み合わせはもう決まってるの?」

 

 「決まってるよ。僕たちは十八駆と満潮たちは三十一駆とだね。」

 

 三十一駆はたしか夕雲型で編成されてたわね、会ったことはないけど。

 

 「大湊は?今回は不参加?」

 

 「みたいだね、提督は見に来るみたいだけど。」

 

 「大会が聞いてあきれるわね、参加する駆逐隊がたった4つだなんて。」

 

 「まあいいじゃないか、この組み合わせなら決勝で満潮たちとやれそうだし。」

 

 勝つ気満々ね、まあ時雨達ならホントに勝っちゃいそうだけど。

 

 「満潮たちも負けないでよ?相手は最新鋭の夕雲型四人だから手強いよきっと。」

 

 十八駆だって陽炎型が二人いるでしょうが、それに残りの二人も朝潮型。

 

 性能だけならアンタ達より上なのよ?

 

 「横須賀最強の第八駆逐隊を舐めないでよね。夕雲型なんかに負けたりしないわ。アンタ達こそ大丈夫なの?」

 

 「大丈夫さ、霞たちとは何度もやり合ってるし手の内も知ってる。」

 

 それは霞たちも一緒でしょ?言うまでもないでしょうけど。

 

 「そう、ならいいわ。久しぶりにアンタの『波乗り』が見れるのを期待してる。」

 

 「ん~演習場で『波乗り』なんてできるかな……。」

 

 してくれるのを期待してるんだけどね、アレは朝潮に見せておきたいし。

 

 「誰かに見せたいの?見ただけでマネできるようなものじゃないよ?」

 

 それが見ただけで出来ちゃう子なのよねぇ、いまだにその自覚が皆無だけど。

 

 「鋭いわね、その通りよ。」

 

 時雨が目を細める、堂々と技を盗ませてくれって言えばコイツでも気を悪くするか。

 

 「もちろんタダで見せろとは言わないわ、私にできる事なら何でもしてあげる。」

 

 時雨の『波乗り』を朝潮に見せるためと言えば間宮羊羹くらいなら司令官に頼めばどうにかなる。

 

 でもコイツ物欲なさそうだしなぁ……。

 

 「いいよ。見せてあげる。報酬はそうだな……今晩、僕と一緒に寝てよ♪」

 

 うん、前言を撤回しよう。

 

 何でもは言い過ぎた、コイツやっぱりそっちの気があるわ。

 

 「ちょっとまっ……。」

 

 「それ以外の報酬じゃ見せない。」

 

 なんでよ!私と寝て何が楽しいの!?と言うか何をする気よ!目のハイライトがオフになってるじゃない!それレイプ目って奴じゃないの!?

 

 「部屋はどうしよう……白露達には大潮達と一緒の部屋で寝てもらおうか。二人きりの方がいいよね♪」

 

 よくないです!アンタヤル気満々じゃない!

 

 よし、波乗りは諦めよう、朝潮にとって有益な技だけど私のリスクが高すぎる。

 

 「じゃあ私はこれで、朝潮を迎えに行かなきゃ。」

 

 ガシ!

 

 時雨から逃げようと背負向けた途端、右手を掴まれた。

 

 ねえ時雨?なんで手が汗ばんでるの?確かに今日は暑いけどそこまで手の平に汗をかくってちょっと異常よ?

 

 「逃がさないよ満潮♪」

 

 いや逃がしてください、声は楽しそうだけど顔がマジじゃない。

 

 「ごめん時雨、私ノーマルなの。女に興味ないの。だから手を離して。」

 

 「大丈夫だよ満潮。そうゆうの慣れてるから♪」

 

 全然大丈夫じゃない!なによ慣れてるって!アンタまさか、無理矢理艦娘を手籠めにしてるんじゃないでしょうね!

 

 「さあ行こうか、まずは白露達を部屋から追い出して……。いやその前にお風呂かな、お風呂行こうか♪」

 

 無理無理無理無理!長門さんに追い掛け回される朝潮の気持ちがわかったわ!コイツと風呂なんか入ったら何されるかわかったもんじゃない!

 

 「あれ?満潮まだこんなところに居たの?話なら部屋の中ですればいいのに。」

 

 大潮!いいタイミングで戻ってきてくれたわ!荒潮と朝潮も居るわね、神風さんが不機嫌そうなのが気になるけど大方霞とケンカでもしたんでしょう。

 

 「やあ大潮、いい所に戻って来てくれたね。実は相談があるんだけど。」

 

 まずい!コイツ私が助けを求める前に部屋の交渉をする気だ!

 

 「へぇ、満潮ちゃんと時雨ちゃんってそうゆう仲だったのねぇ……。」

 

 何言ってるの荒潮、そうゆう仲ってどうゆう仲?私と時雨が手を繋いでるから誤解した?これは繋いでるんじゃなくて捕まってるだけよ?

 

 いや、これは状況を察した上で言ってるわね。

 

 察したんなら助けなさいよ!

 

 「あー!そうゆう事か!」

 

 そうゆう事じゃない!大潮、アンタは絶対勘違いしてる!この二人はダメだわ、朝潮か神風さんに……。

 

 「そうゆう事?」

 

 朝潮もダメだ、この子はそもそも状況が理解できてない。

 

 残るは神風さんだけど……。

 

 ああ……、終わった。

 

 ニヤァって聞こえて来そうなくらいの満面の笑みだわ。

 

 さっきまでの不機嫌はどこに行ったの?

 

 「じゃあ大潮、いいかな?」

 

 「いいよ、大潮たちが白露達の部屋に行けばいいのかな?」

 

 なんでそれでわかるのよ!察しがいいのか悪いのかわかんないわよ大潮!

 

 「え?え?ここで寝るんじゃないんですか?」

 

 そうよ朝潮!ここで寝ていいの!出て行かないでお願いだから!

 

 「朝潮ちゃん、満潮ちゃんと時雨ちゃんはね。ほら、ああゆう仲なのよ。だから察してあげて?」

 

 「満潮さんと時雨さんの仲?……手を繋いでるのが何か……。」

 

 「ちっがーーーう!朝潮に変な事吹き込むんじゃないわよ荒潮!アンタわかっててやってるでしょ!」

 

 「バレちゃったぁ?テヘッ♪」

 

 テヘッ♪じゃない!わざとらしいにも程があるでしょ!

 

 「満潮が言い出したんだよ?今さら無しは酷いよ。」

 

 体を差し出すなんて一言も言ってないわよ!この変態!

 

 変態?そうだ、これなら朝潮でも一発で気づくはず!

 

 「朝潮、よく聞きなさい。要はね、時雨は長門さんと一緒なの!」

 

 「え?時雨さんは駆逐艦ですよね?」

 

 艦種じゃない!頭働かせなくてもわかるでしょ?アンタだって嫌な思いしたじゃない!

 

 「朝潮、貴女だって先生と居る時は二人っきりの方がいいでしょ?満潮と時雨は恋人同士なの。普段は離ればなれなんだからこうゆう時くらい二人にしてあげましょ。」

 

 「で、でも時雨さんは女性ですよね?え?女性同士で?」

 

 「平気で嘘吹き込むのやめてよ!この子バカなんだから信じちゃうでしょ!」

 

 「いいじゃない一晩くらい。減るもんでもないでしょ?」

 

 減る気がするのよ!何がとまでは言わないけど減る気がするの!

 

 「時雨さんはながもんと同じで、恋人同士は嘘?あ!つまり時雨さんは変態なんですね!」

 

 その通りよ朝潮!よく気づいたわ、気づいたなら早く助けて!

 

 「違うよ朝潮、誘ってきたのは満潮なんだ。それと初めましてだね。僕は白露型二番艦の時雨。これからよろしくね。」

 

 「あ、こちらこそ初めまして。朝潮です。挨拶が遅れて申し訳ありません。」

 

 呑気に自己紹介し合ってんじゃないわよ!サラッと私が誘った風にして!

 

 「さあ満潮、そろそろ行こうか。白露達にも説明しないといけないし。」

 

 「しなくていいから!手離してよ!ちょ……引っ張るな!」

 

 「満潮さーん、お土産は残しておきますからー!」

 

 土産なんかどうでもいいから助けなさいよ!

 

 「今夜は寝かさないよ。」

 

 寝かせなさいよ!明日は大会なのよ!?あとその無駄なイケメンスマイルやめなさい!

 

 それから、お風呂に入るのは阻止できなかったものの、時雨の性癖を知っていた白露に助けられて私は事なきをえた。

 

 「酷いよ白露!僕と満潮の仲を引き裂くなんて!」

 

 「はいはい、わかったから。ごめんね満潮。時雨は朝まで縛っとくから安心してね。」

 

 ありがとう白露、アンタがまともでホント助かったわ……。

 

 だけどこのまま何も言わず部屋に戻るのは癪に触る。

 

 私は白露に羽交い締めにされた時雨を指さして半泣きでこう言った。

 

 「アンタ覚えてなさいよ!決勝で当たったら絶対ボコボコにしてやるんだから!」

 



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朝潮演習 7

 駆逐艦演習大会。

 元は、艦娘の運用が手探りの状態だった時代に先生が発案した講習会がいつの間にか、各鎮守府のトップ駆逐隊のお披露目の場となったものだ。

 お披露目が目的になってるとは言っても、他の駆逐隊にメリットがないわけじゃないわ。

 トップ駆逐隊と言われるだけあって実力は確かだから動きは参考になるし、駆逐艦でもこんな事が出来るんだと戦意の向上にもなっている。

 

 「でも私は出たことないのよねぇ……」

 

 講習会だった頃から主に参加してたのは第八駆逐隊だし。

 もっとも、八駆の初期メンバーは三年前の朝潮を最後に残ってるのは一人もいないけど。

 

 「よかった間に合ったわ」

 

 満潮を筆頭に、三十一駆との試合に勝った今の八駆の四人が私が居る観客席に戻ってきた。

 

 「余裕そうね、そんなに楽な試合だったの?」

 

 興味ないから半分寝ちゃってたのよねぇ。四人の感じからして、たいして疲れてないってのはわかるけど。

 

 「長波達には悪いけど、正直言って楽勝だったわ」

 

 「経験を積むために出場したって感じねぇ。あれなら、私一人でもどうにかなったわぁ」

 

 まあ夕雲型は実戦配備されて日が浅いからね。一番長い子でも一年ちょっとじゃないかしら。

 

 「でも、あの気迫は凄かったです!私も見習わないと!」

 

 真面目か!

 って言うか、朝潮にその気はないだろうけど見下してるわよソレ。

 そこしか見習うところが無かったって事でしょ?

 

 「あ、十八駆と二十七駆が出て来たよ。どっちが勝つかな」

 

 「時雨達に勝って貰わなきゃ困るわ。私が時雨をボコるんだから」

 

 昨日半泣きで戻って来たものね。何されたかはあえて聞かなかったけど。

 

 「朝潮ちゃんは時雨ちゃんをよく見とくのよぉ。他は見なくていいわぁ」

 

 「え?どうして時雨さんだけなんですか?」

 

 他の子もそれなりにやれそうだけど、あの時雨ってのは他の子より出来るのかしら。

 

 「他はたいして変わった事しないからよ。時雨の『波乗り』だけ見ればいい。」

 

 波乗り?時雨ってサーフィンでもするの?

 

 《これより第十八駆逐隊 対 第二十七駆逐隊の試合を開始します》

 

 会場に設置されたスピーカーから、開始を告げるアナウンスが流れる。

 波乗りってのは私も気になるから見ておこう。満潮達が朝潮に見せたがってるものだ、きっとそれなりの技なんでしょ。

 

 「始まったわ。戦法はどっちもいつもと同じね。」

 

 二十七駆は時雨と、あれは白露かな?頭上で人差し指掲げて何か叫んでる、が二人で先行して他の二人は後方から援護射撃か、八駆の戦法に似てるかな。

 

 時雨の航跡が妙に薄いのが気になるわね。速度は白露よりちょっと遅いくらいなのに。

 対する十八駆は、単縦陣で一塊で動いてる。大したものね。一糸乱れぬって言葉がピッタリだわ。

 

 「ねえ満潮、波乗りって何なの?」

 

 「神風さんなら見てればすぐ気づくと思うわ。たぶんもう使ってるし」

 

 もう使ってる?普通に航行してるようにしか見えないけど……。

 ん?今変な動きしたわね。砲撃を右に回避したのは変じゃないけど、問題はその速度と旋回半径。

 曲がる一瞬、速度が異常に上がり、旋回半径が異常に小さい。

 今度は針路はそのままに真横に移動した!?何よこれ、いったいどうなってるの?

 満潮は真っ直ぐ航行してる時点で『もう使ってる』と言った。あの時何かしてた?航跡が妙に薄い以外、変な所は……。

 

 「あ、そうゆう事か。だから波乗りなのね!」

 

 読んで字の通りだ、時雨は波に乗って移動してる。

 航跡が薄いのも、潮の流れに身を任せて殆ど推力を発生させてないからなのね。

 だから、回避の瞬間だけ波に合わせて推力をを上げるから急に速力が上がり旋回半径も小さくて済むんだわ。

 私の技とは真逆と言っていい技術ね。あれなら体力的にも燃料的にも消耗は少ないはず。

 

 「波の荒い場所だともっと凄いんだけどね。こんな晴れた近海じゃ、あれくらいが限界みたい」

 

 それでも見事なものだと思う。海波を正確に見極める観察眼がないと為し得ない移動法だもの。でもこれじゃ&朝潮に見せてもあまり意味があるとは……。

 時雨並みの観察眼があるなら話は別だけど。

 

 「朝潮は時雨が何をしてるかわかった?」

 

 「ええ、なんとなくですけど……。じゃあ今度は左にスライドするのかな……」

 

 今なんて言った?左にスライド?この子海波が読めるの!?

 

 「お、時雨が左に避けた、やったわね正解じゃない。朝潮も海波が読めるの?」

 

 「カイハ?ああ海波ですか。この距離でなんとかと言ったところでしょうか、実際に海に出て読めるかどうかはやってみないとわかりません」

 

 「朝潮ちゃん、アレできそう?大潮は練習したことあるけど頭パンクしそうになったからやめちゃったよ」

 

 「どうでしょう……。時雨さんはたぶん戦場全体の波を把握してますよね?私では前方20メートルの範囲の波を把握するのが精一杯だと思います」

 

 いや、それでも十分すごいと思うけど?常に大きさが変わる波を前方20メートルとは言え把握し続けるのなんて、少なくとも私には無理だわ。

 時雨にしてもそうだけど、とんでもないわねこの子。長い事艦娘をやってるけど、波を読もうなんて私は考えたこともないわよ。だって、波に関係なく進めるんだもの。

 

 「決勝で使ってみなさいよ、アンタなら案外出来るかもよ?」

 

 「いきなり使うのはちょっと……。せめて練習したいです……」

 

 そりゃそうだ。この子って今だに自分の学習能力の高さ知らないんでしょ?

 

 「でも試合は十八駆の勝ちで決まりそうねぇ」

 

 「そうだね、じゃあいつも通りになるか……」

 

 「え?どうしてですか?」

 

 まあ仕方ないわね、いくら時雨が強くてもそれだけじゃ勝てない。

 白露も弱くはない、時雨程じゃないけど十分強いわ。だけど……。

 

 「朝潮にはこの試合どう見える?」

 

 「隊としての連携、個々の実力……。互角に見えます。少なくとも今は」

 

 そう、隊としても個としても技術はほぼ互角。なら勝敗を分かつのは。

 

 「艦娘としての性能に差があるわ。今はまだ中盤だから目立ってないけど、もう少しすれば徐々に差が顕著になるはずよ。ほら、言ったそばから。」

 

 白露と時雨の後方で援護射撃を行っていた一人が魚雷でやられた。たぶん朝潮型より新しい艦型なら避けれたんでしょうけど、事前に砲撃で落とされた速度を上げるのが間に合わなかったのね。

 

 「決まったね。台風でも来ない限り、ここからどんでん返しはないよ。霞たちもベテランだし」

 

 大潮の言う通りね。時雨が私くらい強ければ話は別だけど見てる限りそれはない。

 

 「次は神風さんのエキシビションマッチだっけぇ?準備しなくていいのぉ?」

 

 あ~そういえば決勝の前にやるんだっけ。気は乗らないけど報酬貰っちゃってるしやるしかないか。

 

 「朝潮、もし試合中に私が刀を抜くことがあったらよく見てなさい。いい物見せてあげるから」

 

 「カタナ?日本刀ですか?神風さんの艤装にそんなものがありましたっけ?」

 

 ないわよ。神風型の艤装に近接武器はない。

 だから勝手に追加したの。追加と言っても手に持ってるだけなんだけど。

 

 「いいから、もし私が刀を抜いたら目を離すんじゃないわよ。解説は先生にでもしてもらって」

 

 「わ、わかりました……」

 

 さて、雪風とやらは私に刀を抜かせられるかしら。と、頭の片隅で考えつつ、出撃ドックに着いた私は艤装の点検を始めた。

 機関よし。魚雷発射管よし。単装砲よし。火薬の量を減らした模擬弾と魚雷もよし。

 この艤装との付き合いも随分な長くなっちゃったわね

。 何度取ってもあちこち錆が浮いて、よく見れば傷だらけだし。

 あ、この傷ってたしか辰見とケンカした時のだ、懐かしいなぁ……。

 他人からすれば汚いだけだろうけど、この傷一つ一つが私の思い出。そして、私にとっての勲章だ。

 

 「もしかしてアナタが神風さんですか?」

 

 誰よ。思い出に浸ってる私の邪魔をするのは。

 と、思って振り返った先には、スカートがないワンピース型のセーラー服姿の駆逐艦だった。

 頭には電探型の艤装。肩掛けにした連装砲に背中の魚雷発射管。機関が見当たらないわね、魚雷発射管が機関も兼ねてるのかしら。

 

 「そうよ、貴女は?」

 

 「陽炎型駆逐艦8番艦、雪風です!どうぞ宜しくお願い致しますっ!」

 

 この子が雪風か、頭の電探が耳みたいに見えるわね。げっ歯類みたい。

 

 「この艤装、大丈夫ですか?ボロボロですよ?」

 

 いきなり失礼な子ね。ボロボロって言われるほどボロくないわよ。

 

 「問題ないわ。整備はちゃんとしてるし不具合も起こしたことない」

 

 「そうですか、今日もそうだといいですね」

 

 一々引っかかる物言いする子ね。もしかして挑発してるの?

 

 『第二試合終了。勝者、第十八駆逐隊。両隊帰投後、エキシビションマッチを開始します』

 

 「あ、陽炎姉さん達勝ったみたいですね。流石です♪」

 

 予想通りか、私は雪風を尻目に艤装を装着して同調開始。うん、問題なし。オールグリーンだ。

 私は最後に、壁に立てかけておいた桜柄の刀袋を手に取り、黒塗りにされた中身を取り出す。

 

 「それ日本刀ですか?神風型にはそんな艤装もあるんですね」

 

 だから、神風型にこんな艤装はない、何度も言わせないで。って言ってないか。

 刀身の長さは二尺三寸、センチに直すと約70センチ、柄を合わせても100センチに届かない。

 短いと思うかもしれないけど、江戸時代ではこれくらいが普通だったのよ?テレビや漫画の日本刀は長く描かれてるだけ。そっちの方が見栄えがいいからね。

 

 《これよりエキシビションマッチを開始します。雪風、神風の両名は演習場へ》

 

 「あ、始まりますよ!早くいきましょう!」

 

 私の返事を待たずに雪風が勢いよく海面を滑って行く。

 航行の仕方を見る限り訓練は良くしてるみたいね、上半身にも下半身にも無駄な動きがない。贔屓目に見て、実力は上の下、位かしら。もちろん、上の上は私よ。

 でも、それだけなら死神なんて異名は付かないはずだ。時雨の波乗りの例もあるし、私が知らない技でも使うのかしら。

 

 「けどまあ、関係ないわね」

 

 戦場は基本的に一期一会。どこまでも追いかけるならまだしも、同じ敵と偶然何度も巡り合うなんて事は滅多にない。

 私には九年近い年月で培ってきた経験と技術があるんだ。大抵の事なら初見だろうと対応できるはず。

 私はゆっくりと海へ漕ぎ出した。観客席に先生と八駆の四人が見える。

 なんか、朝潮がゴツイ双眼鏡を首から下げてるけど、どこから持ってきたのかしら。さっきの試合中は持ってなかったわよね?

 

 私が演習場に着くと、雪風が1000メートルほど前方に居た。両者が全速力で前進すれば数分と待たずにぶつかる様な距離。

 

 《マイク音量大丈夫…?チェック、1、2……。よし。それでは!呉鎮守府所属、雪風対、横須賀鎮守府所属、神風のエキシビションマッチを開始します!》

 

 さっきまでアナウンスしてた子と違うわね。マイクの音量チェックなんか必要あるの?

 

 《両者見合って見合って~!》

 

 相撲か!だれか代わりなさいよ!ヤル気失せるじゃない!

 

 《え、何?そうじゃない?あ、お姉さまがやります?え、私でいい?》

 

 グダッグダね!誰でもいいから早く開始の合図しなさい!帰るわよ!

 

 《オホン!では改めまして。それでは!艦娘ファイト!レディィィィ!ゴォー!!》

 

 よし決めた。雪風ボコったら、今マイク握ってる奴をぶん殴る!

 私は怒りを伝える様に機関の出力を上げ雪風へ突撃開始。さて、雪風はどう出るか……。

 

 ドンドンドン!

 

 私から見て左に移動しながら連装砲を三連射。その距離で移動中じゃいいとこ至近弾ね。躱すまでも……。

 

 バシャシャシャーーーン!

 

 おっと!初弾から命中弾じゃない。とっさに速度を落とさなきゃ当たってたわ。

 目測を付けただけの適当な砲撃に見えたけど大した物ね。油断は禁物か。

 

 ドン!ドン!

 

 私も負けじと雪風へ砲撃。

 砲身のみを相手に向け、手の角度は明後日の方向へ向けて撃つ私の砲撃術『アマノジャク』で雪風を撃つ。

 

 ん?避けようとしない?そのままじゃ当たるわよ?

 だけど私の様相とは裏腹に、私が撃った弾は私の正面に向き直った雪風を避ける様に右側へ着弾。

 風で逸れた?運のいい奴ね。

 

 ドンドン!

 

 お返しとばかりに雪風が砲撃、私は左に舵を取り模擬弾を回避……。

 

 ドーーン!

 

 「痛った!」

 

 そんなバカな!弾が曲がった!?しかも前面装甲を厚くしてたせいで薄くなっていたところに丁度着弾した。

 

 『やりました!今日も運がいいです♪』

 

 運がいいですって?じゃあ何?たまたま私が避けた方向へ向けて風が吹いて弾が曲がり、たまたま装甲が薄くなってた所に着弾したって言うつもり?ふざけるな!

 

 「随分とふざけた事を言うのね!運だけでどうにかなる程、私は甘くないわよ!」

 

 『なっちゃうんですよね~これが♪なにせ雪風には幸運の女神がついてますから♪』

 

 じゃあ幸運の女神ごとぶっ飛ばしてやる!

 私は針路を修正し雪風に再度突撃、雪風もこちらに向かってる。

 距離およそ500。私も雪風も砲撃を交わしながら接近していく。

 

 だけど、私の砲撃は真っすぐ進んでいるはずの雪風を避けまくり、逆に雪風が撃つ弾はどれだけ回避しようが私を狙って曲がって来る。

 

 「どんなトリックか知らないけど、当たるもんか!」

 

 私は稲妻と水切りを駆使して回避を続けるが、五発に一発の割合で致命傷ではないものの命中弾を貰ってしまう。

 

 《神風、中破判定!》

 

 チッ!演習とは言え中破なんてさせられたのは久しぶりね。だけど距離は300を切った。

 機関に取り付けられた魚雷発射管が私の意思に応じて後ろに回転し、両腋の下から魚雷を覗かせる。

 そういえば昔、先生がコレを見てヴェスバーみたいだとか訳の分からない事言ってたわね。

 

 『いいですよ?撃たせてあげます♪雪風は避けませんから♪』

 

 正気なのこの子。航行を止めて海上に完全停止。しかも両手を広げて『さあ撃ってこい』と言わんばかりのポーズ。

 

 「舐めてるの?この距離で外すと思う?」

 

 『思ってませんよ?でも雪風は大丈夫です♪』

 

 あっそ、なら撃ってあげようじゃない。ここまでバカにされたのは生まれて初めてよ!

 

 「魚雷全弾発射!」

 

 私は発射管に装填された魚雷6発を全て雪風に向けて発射。針路問題なし、潮流の影響を受ける距離でもない。雪風が言葉通り避けないのなら間違いなく当たる。

 

 魚雷6発すべてが雪風に殺到し着弾、爆発を……しない!?どうして!?不発?6発すべて不発!?

 

 『やっぱり大丈夫でした♪幸運の女神のキスを感じちゃいます!』

 

 ふざけるな!これが運ですって?自分に向かって来る砲弾は風に逸れ、相手を狙った砲弾は避けられようと風に乗って相手を追尾し、当たった魚雷は不発に終わる?

 運で片づけられるレベルじゃない!それはもうチートだ!

 

 『横須賀で一番強い駆逐艦って聞いてたのにガッカリです……』

 

 ドン!

 

 雪風が砲撃。避けようとするが魚雷発射管が元の位置に戻らず、私がバランスを若干崩したところへ砲弾が着弾した。

 

 『あらら、やっぱりボロですよその艤装。不具合起きちゃってるじゃないですか』

 

 クソ!こんな事今まで一度もなかったのに何で今日に限って……。

 今日に限って?いつもと今日の違いは何?雪風と対峙してるかしてないかだ、じゃあ艤装の不具合も雪風のせいだって言うの!?

 

 『だいたい無茶な試合だったんですよ。雪風は最新鋭の陽炎型ですよ?いくら強いって言ったって神風型が勝てる訳ないじゃないですか』

 

 雪風は止まった位置から動いていない。なのにこの不気味な感じは何?こんな感じは初めてだ。

 恐怖ではなく只々不気味……。そうか、これが死神の由縁。まるで世界が私の敵になったように感じる。世界が雪風に味方しているように感じる。

 絶対的な幸運を味方につけた駆逐艦。これが呉の死神か!

 

 『期待してたんですけどね。横須賀で一番っていうアナタなら私を倒せるかもって』

 

 「まるで倒してほしかったような言い方ね。貴女、負けた事ないの?」

 

 『ありませんよ、いつも勝っちゃいます。戦艦の砲撃や艦載機が飛び交う戦場に突撃しても無傷で生還してきました』

 

 「たいした戦歴じゃない。自慢じゃなくて自虐に聞こえるのは気のせい?」

  

 『気のせいですよ。雪風は勝つのが大好きです。生き残るのが大好きです。例え仲間が犠牲になっても雪風だけ生き残っちゃいます』

 

 そういう事か。貴女は敗北を知りたいのね。

 これだけの幸運だ。貴女の代わりに死んだ子もさぞ多い事でしょう。

 

 『雪風は死にません。いえ、死ねないんです』

 

 贅沢な悩みね。死にたくないのに死んでいった者がほとんどなのに死にたい(・・・・)だなんて。

 

 「じゃあ私が貴女に敗北の味を教えてあげるわ」

 

 『そのボロボロの状態で?無理でしょ。魚雷もない、砲弾も当たらない。それでどうやって雪風に勝つんです?まさかその左手に持ってる玩具で倒すなんて言わないですよね?』

 

 玩具……ね。確かに艦娘からしたら玩具だわ。何の機能もない普通の日本刀だもの。

 けどね、私はこの刀で生き残って来たの。

 この刀で戦艦すら屠って来た。

 運が邪魔する暇なんて与えない、私の全てで貴女に敗北を与えてあげるわ。

 

 私は単装砲を投げ捨て、魚雷発射管をパージ。

 左手にもった刀の刃を上向きにして柄は手前、鞘尻を雪風の方へ向け、左手の親指で鯉口を切り右手で柄を持ち鞘を前へ、柄を握った右手は後ろへ引くようにして抜刀。

 一度上段で刀を掲げ、ゆっくり降ろして雪風へ切っ先を向けた。

 

 私の名の由来を思い知らせてやる。

 大昔に日本を救った風。祖国に勝利をもたらす神の風。

 それが私だ。

 

 「覚悟しなさい雪風。今からこの戦場に、神風を吹かせてあげる」

 

 私は鞘を帯に差し、刀身は頬の高さ、切っ先は雪風に向けたまま刃を上向きにし、右手は目釘の辺り左手は柄尻に添えて左足を前に出し、前傾姿勢気味に腰を落とした。

 

 『カッコイイ!なんですかソレ!練習してたんですか?でもカッコつけただけじゃ雪風には勝てませんよ!』

 

 雑音はカット。意識を切っ先へ集中。

 移動の衝撃に耐えれるだけの装甲を残し、余剰力場をすべて『脚』へ。

 

 艦娘が扱う『装甲』、『弾』、『脚』の三種類ある力場は元はすべて同じ物。機関から発生させ、半球状にして身に纏えば装甲に。兵装を通せば弾に。主機を通せば脚となる。

 

 この力場は、例えば『装甲』をカットして浮いた力場エネルギーを『脚』に回せば、速力などを短時間だが上げることができる。もっとも長時間ソレをやると艤装が悲鳴を上げ酷い時は故障するけどね。

 

 私の奥の手中の奥の手『刀』は『装甲』や『脚』の力場出力を下げ、『弾』に上乗せして刀に乗せ、敵の装甲を切り裂く威力を上げるものだ。

 

 もちろん、これは主砲や魚雷でも応用可能。でないと朝潮に見せる意味が無い。

 名前の由来はこれも見た目から。私がコレを初めてやった時に刀を使ったからそのまま『刀』と名付けられただけ。

 名付け親は例によって先生。デメリットは言うまでもないわよね

 ただし、今から私が使う『刀』は『装甲』をほとんどカットしたもの。

 当てる瞬間まで薄い膜状に残した『装甲』以外、全ての力場を『脚』に集中。

 雪風までの距離は約200メートル。

 

 「駆逐艦神風。進発します!」

 

 ズドン!

 

 私の踏み込みと同時に後方で水柱が上がる。今の状態の『稲妻』で飛べる距離は通常の二倍。

 雪風までの距離は、歩数にして約13歩!

 

 『!!』

 

 雪風が危険を感じたのか、砲撃をしつつ右へ移動し始めた。逃がすものか!

 

 一歩進むごとに速度は上昇していく。この速度なら例え風で曲がろうが関係ない。

 砲身の角度で射線は読める。180度砲弾が曲がるなら話は別だけど、それがないなら先読みで回避するだけでいい!

 

 『なんで!?なんで雪風の弾が当たらないの!?こんな事今までなかったのに!』

 

 そりゃそうでしょ、風で玉が曲がる角度には限界がある。砲弾が曲がるより早く弾を通り過ぎてるんだから当たるわけがない!

 

 「来るな!来るな!来ないでよーーー!」

 

 もう通信なしで声が届く距離、あと3歩。

 駆逐艦が出せる速度よりも遥かに速い速度で迫る、人間サイズの砲弾と化した私が狙うのはただ一点。雪風の首だ。

 

 「ひいっ……!」

 

 最後の一歩を踏み切ると同時に全『装甲』をカット。最低限の足場になる程度の『脚』を残し、余剰力場を『弾』として全て切っ先へ。 

 

 雪風、貴女は私の逆ね。貴女と違って私は死にたくないの。生き延びるためなら泥水も啜るし体だって売ってやる。

 

 だから、私の全身全霊で貴女を負かしてあげる。

 最弱の私にとって、敵の戦艦や空母などの上位艦種は私を殺そうとする怖い存在だ。

 これは生き汚い私が、そんな死神どもの命を逆に狩り取って生き延びるために編み出した悪あがきの集大成。

 その名も……。

 

 「神狩り!」

 

 ギイイィィィン!

 

 鈍い金属音が響き、ここまでの加速エネルギーとほぼ全ての力場エネルギーを込めて突き出した切っ先が雪風の『装甲』を貫いて首の右横を抜けていった。

 

 「あ……ああ……」

 

 「まだ……。死にたい?」

 

 貴女が死にたがってたのは、きっと仲間を失うのに耐えられなくなっていたから。

 チートレベルの幸運のせいで、何をしても生き残ってしまう自分に嫌気がさしてたんでしょ?

 自殺する度胸もないクセに死にたがって。

 でもね、貴女を殺せる存在はこんな身近にいるのよ?それでもまだ死にたい?

 

 「死にたくない……雪風はまだ……死にたくないよぉぉぉ……」

 

 そう、それでいい。

 私は刀を引き、海面に泣き崩れた雪風を一瞥して鎮守府の方を振り返って叫んだ。

 

 「審判!」

 

 《ゆ、雪風を戦意喪失とみなします。勝者、神風!》

 

 審判が私の勝利を伝えると同時に、鎮守府の方から歓声が聞こえてくる。

 観客席に居るのはほとんど呉所属の艦娘のはずなのに。

 まあ、こうゆうのもたまにいいか。

 

 「ま、待って!」

 

 鎮守府に戻ろうとした私を雪風が呼び止め、私はゆっくりと雪風に向き直る。

 

 「なんでアナタはそんなになっても戦うの?たいていの人は諦めちゃうのに、なんで……。」

 

 変な事を聞くのね。まあ、死にたがってた貴女にはわからないか。

 別に不思議な事なんて無いわ。とても簡単な事よ?

 私は右手に持った刀を肩にかけ、胸を張って雪風に答えた。

 

 「死にたくないからよ」

 

 それが、私の戦うことを諦めない唯一絶対の理由。 

 私は、唖然とする雪風を置いて再び鎮守府へ向けて航行を始めた。

 

 くたびれた……。燃料も体力も尽きる寸前。とっとと艤装を降ろして布団に潜り込みたいわね。

 

 私が桟橋に着くのと入れ替わりに、十人近い数の駆逐艦が艤装を背負い、海へ漕ぎ出していった。

 

 あれは陽炎型の子達?雪風を迎えに行くのかしら。

 よかったわね雪風。貴女、愛されてるじゃない。

 

 「あ、あの!」

 

 最後に私とすれ違った狐色の髪をツインテールにした子が私の方を振り向き話しかけてきた。

 この子はたしか十八駆の……名前なんだっけ。

 

 「誰?」

 

 「陽炎型一番艦、陽炎です!妹がお世話になりました!」

 

 この子が陽炎か。

 別に世話なんてした覚えはないわ。それとも仕返しでもするつもりでそう言ってるの?

 

 「あの子を救ってくれてありがとうございます!」

 

 深々と頭を垂れてそう言った陽炎の目からは涙がこぼれていた。

 そう、貴女は雪風の危うさに気づいてたのね。

 だけど、何もすることが出来なかった。それでありがとうな訳だ。

 でも勘違いしないで、私は試合に勝っただけよ。

 と、いつもなら言うんだけど、斜に構えるのも面倒なくらい疲れてるのよね。

 

 「後は貴女の仕事よ、一番艦さん」

 

 私は左手をヒラヒラと振りながら、私に向かって敬礼する陽炎の元を後にした。

 工廠が遠いなぁ……。なんで横須賀みたいに桟橋の近くに建てないのよ……。

 

 ポスン……。

 

 私がうつむき気味に歩いていると何かにぶつかった。目の前が白一色だ。

 

 「刀くらい仕舞ったらどうだ?」

 

 なんだ先生か。そう言えば抜きっぱなしだったっけ……。

 私は刀を鞘に納め、柄から手を離そうとするが言うことを聞いてくれない。

 刀を使った後はいつもこうだ。もう危険はないのに、私の手は戦闘態勢を解こうとしてくれない。

 

 「貸してみろ」

 

 先生が私の前に跪き、柄にこびり付いた私の右手をゆっくりとほどいてくれる。

 

 「ありがとう……」

 

 「お前がそんな素直に礼を言うって事は、そうとう疲れてるな」

 

 私だってお礼くらい言いますーだ。疲れてるのは確かだけど。

 

 「ほら、乗れ」

 

 先生が後ろを向き、おんぶの姿勢を取った。

 この歳でおんぶされるのは少し恥ずかしいんだけどなぁ。

 

 「艤装……。背負ったままよ?」

 

 「構わん。それくらいで潰れるほど柔な鍛え方はしていない」

 

 「あっそ、じゃあ遠慮無く」

 

 私は先生におぶさり、それを確認した先生がゆっくりと立ち上がって工廠へ歩き出した。

 先生におんぶされるの、久しぶりだな。私の身長が伸びてないせいで、昔と同じように背中が大きく感じる。

 

 こうしてると帰って来たって実感するわね。

 私が死にたくない理由。

 私が帰りたい場所。

 ここに帰ってくるためなら、私はなんだってするわ。

 その結果、先生に嫌われたとしても。

 

 「私、強くなったでしょ」

 

 「ああ、俺の自慢だよ」

 

 「ふふ、ありがと♪」

 

 疲れてるせいでつい甘えてしまう。今だけよ?今は疲れてるから仕方がないの。

 

 「神風……」

 

 「なぁに?お父さん」

 

 「太ったんじゃないか?重いぞ」

 

 「ふん!」

 

 ゴス!

 

 私は先生の後頭部に頭突きをお見舞い。

 艤装を背負ったままだから重いの!重いだなんて女の子に禁句よ!禁句!

 

 「痛いのぉ、冗談じゃろうが」

 

 「うっさいクソ親父!黙って歩け!」

 

 今だ興奮冷めやらぬ観客席に背を向けたまま、私達は工廠までじゃれ合いながら歩いた。

 勝利の悦びよりも、生還の喜びを分かち合いながら。




 神狩りのモーションは、まんまFGO沖田総司の無明三段突きをイメージしてます。


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朝潮演習 8

 勝者を讃える観客の声が鳴り響く観客席。

 その最上段に設けられた提督用の席に座った司令官の横で観戦していた私は、神風さんの戦いぶりに圧倒されて何も喋れずにいた。

 

 「神風さんをあそこまで追い詰めるなんて……死神の異名は伊達じゃなかったわね」

 

 満潮さんにの言うとおり、雪風さんも凄かったけど、神風さんが最後に出した技からは敵を倒す意思以上のものを感じた気がする。

 

 「すまんが、少し席を外すぞ」

 

 司令官がおもむろに席を立ち、観客席の階段を降りだしました。

 視線の先には、こちらに帰投中の神風さん、きっと迎えに行くんですね。

 

 「何処に行くの?」

 

 「厠だよ。一緒に来るか?満潮」

 

 「行くわけないでしょ!意味わかんない!」

 

 私ならついて行くけど……じゃない!私達も神風さんを迎えに行った方がいいんじゃ……。

 せめて私だけでもコッソリと。

 

 「それじゃあ大潮たちも準備しに行こうか」

 

 「え、でも……」

 

 ただでさえ仲がいい司令官と神風さんを二人きりにするのは……。

 

 「ダ~メ♪さっき頑張ったのは神風さんなんだから、今は譲ってあげなきゃ。ね?」

 

 う……そう言われてしまうと引き下がらずをえない……。

 

 「朝潮って独占欲強そうよね」

 

 「下手に浮気なんかしたら平気で刺しそうねぇ」

 

 「あ、大潮それ知ってるよ!ヤンデレって言うんでしょ?」

 

 何言ってるかわかりませんけど違います。

 私が司令官にそんな事するわけないじゃないですか。

 

 《30分の休憩後、決勝戦を開始します。出場者の方は出撃ドックで待機してください》

 

 「休憩短くない?」

 

 「こんなものじゃなぁい?」

 

 「呼ばれたし行こっか」

 

 仕方ない、ならば試合で活躍して司令官に思いっきり褒めてもらおう。

 それなら荒潮さんも止めないはず!

 

 「相変わらず考えてることがバレバレね」

 

 「朝潮ちゃんは間違っても浮気できないわねぇ」

 

 「大潮知ってるよ!バレたらテンプレなセリフ連発するんでしょ?」

 

 いいからもう行きましょう、艤装の点検をしなければ!

 

 「ねえ大潮、やっぱいつも通りになると思う?」

 

 「なると思うよ?ならなかった事がないじゃない」

 

 いつも通り?どうゆうことだろう。

 

 「満潮さん、いつも通りって何か決まりでもあるんですか?」

 

 「ん?ああ、朝潮は知らないわよね。八駆と十八駆の演習には暗黙の了解があって、絶対にタイマンになるの」

 

 「タイマン?駆逐隊同士の演習ですよね?」

 

 「そうよぉ、霞ちゃんたちとはかれこれ20回以上やり合ってるけどタイマンにならなかった事は一回もないのぉ」

 

 20回以上!?この大会って年に一度ですよね、どうやってそんなに……。

 それに、陽炎型が建造されたのはたしか2年前。今の編成になったのはそれからのはずですよね。

 

 「あの子達、特に霞は、毎回帰り際に悔し泣きする癖に、暇さえあれば横須賀まで殴り込みに来てたのよ。もっとも、姉さんが戦死してからは来なくなったけど」

 

 「だから大潮たちも、陽炎型の子と会ったことはあるけど対戦するの初めてなんだよね」

 

 「でも、それじゃ数が合わなくないですか?」

 

 「そうよぉ、だから私と満潮ちゃんはいつも見てるだけ。霰ちゃんの相手は大潮ちゃんがしてたわぁ」

 

 それで20回以上か、呉から横須賀までかなり距離があるのに暇さえあればって……。

 

 「霞さんと霰さんは艦娘歴長いんですか?」

 

 「長いよ、満潮と同じくらいじゃないかなぁ。歳はたしか、満潮より下だよね?」

 

 なるほど、じゃあその二人は少なくとも満潮さんと同程度の実力と思った方がいいわね。

 

 「霰は同い年、霞は二つ下ね。」

 

 ん?じゃあ私と霞さんは同い年?それで満潮さんと同じくらいの艦娘歴と言うは……。霞さんて何歳の頃から艦娘やってるの?

 

 「あの、霞さんっていくつの頃から艦娘やってるんですか?」

 

 「私が5年くらいだから……8歳じゃない?」

 

 そんなに幼い頃から!?それであんな血の気の多い性格になっちゃったのかしら……。

 

 「霞ちゃんは絶対朝潮ちゃんに噛みついてくるからお相手よろしくねぇ♪」

 

 「え!?私が相手するんですか!?どうして!」

 

 「姉さんが戦死するまでは霞の相手は姉さんがしてたからね。あ~でも三年ぶりだからなぁ……」

 

 正直あまり相手にしたくないタイプの人なんですけど……。

 いや?でもこれはチャンスかもしれないわね、霞さんは昨日、司令官をクズ呼ばわりしてくれましたし。

 もし噛みついてこられたら痛い目を見てもらおう。逆に痛い目にあわされるかもかも知れないけど……。

 

 私たちが出撃ドックに着くと、すでに霞さんともう一人朝潮型の子が艤装を装着して雑談していた。

 試合で遠目にしか見れなかったけどこの子が霰さん?満潮さんより少し小柄で同じ朝潮型の制服。オカッパに似た髪型に煙突みたいな帽子。

 

 「大潮ちゃんも改二になる前はアレと同じ煙突帽子かぶってたのよぉ」

 

 へえ、じゃあ朝潮型の制服の一部なのかな。

 他の朝潮型であの帽子をかぶってる人を見た事ないですけど……。

 

 「八駆は随分とのんびりなご登場ね。私たちが相手なら余裕って事かしら?」

 

 私たちに気づいた途端、霞さんが軽めの先制パンチを放ってきた。

 もうちょっとフレンドリーになれないのかしら、他の人と上手くやれてるか心配になるわね。

 

 「そっちは霞と霰の二人だけじゃない、陽炎と不知火は?」

 

 「二人は雪風を迎えに行ってる……」

 

 霰さんがボソボソって言っていいほど小さい声で、囁くように陽炎さんと不知火さんの行方を教えてくれた。

 注意してないと聞き逃してしまいそうなほど声が小さいです……。

 

 「大潮姉さん……」

 

 「ん?どうしたの霰ちゃん」

 

 「帽子、忘れてるよ?」

 

 上目遣いに小首を傾げる動作がすごく可愛らしい!見た目の幼さも相まって保護欲を掻き立てられるわ!

 

 「ごめんね霰ちゃん、改二になって帽子なくなっちゃったんだ……」

 

 「え……帽子仲間だったのに……」

 

 霰さんが泣きそう!帽子!帽子はどこかにない!?大潮さんにかぶらせないと!

 

 「へ、部屋ではかぶってるよ!今は持ってきてないけど……横須賀に帰ればあるから!」

 

 え?帽子かぶってるとこ見た事ないんですけど……。

 

 「ホント……?」

 

 ついに目を潤ませ始めたあぁぁぁ!これはいけません!私の母性本能が目覚めそうです!今すぐ抱き着いて頭をよしよししてあげたい!

 

 「ねえ荒潮、朝潮って長門さんに似てない?」

 

 「大きくなったら長門さんみたいになるかもねぇ」

 

 それは容姿の話ですよね?間違っても性格じゃありませんよね?私は変態じゃありませんよ?

 

 「霰!いつまで敵と話してるの!こっち来なさい!」

 

 敵って……対戦相手ではあるけど敵は言い過ぎなんじゃ……。

 

 「わかった……じゃあね大潮姉さん……んちゃ」

 

 んちゃ!?んちゃって何!?挨拶!?いや可愛らしい霰さんなら鳴き声の可能性も……。

 

 「うん、んちゃ」

 

 大潮さんまで!やっぱり『んちゃ』は挨拶なんですね!?

 

 「ところで霞、やっぱりいつも通りタイマンするの?」

 

 そういえばそんな話がありましたね、私が霞さんと対戦するんでしょうか。

 

 「当り前じゃない、三年やってなかったからって忘れちゃったの?」

 

 「あっそ、ならいいわ。荒潮はどっちにする?」

 

 「私は陽炎ちゃんがいいかなぁ。面白そうだし♪」

 

 「じゃあ私が不知火とね。どんな戦い方するか楽しみだわ」

 

 二人はもうタイマンする気満々ね。

 

 いいのかなぁ、駆逐隊の試合なのに勝手にタイマン試合にしちゃって……。

 

 「ちょっと!勝手に決めないでよ!じゃあ私がこの新米とやるわけ?冗談じゃないったら!」

 

 私も冗談じゃありません、勝ってもいちゃもんつけられそうですし。

 

 「あれ?朝潮ちゃんとやらないの?大潮達、てっきり朝潮ちゃんとやりたがると思ってたんだけど……」

 

 「はあ!?なんでそうなるのよ!意味わかんない!」

 

 おお!満潮さんとそっくりです!目を瞑ったら、たぶんどっちが言ったかわかりませんね。

 

 「霞ちゃん……」

 

 「何よ霰!今話しちゅ……」

 

 ん?霰さんに見上げられた霞さんが急に大人しくなった、どうしたんだろう。

 この角度じゃ霰さんの後ろ姿しか見えないからどんな表情なのかわからない……。

 

 「霞ちゃんは朝潮ちゃんと戦って……ね?」

 

 「う……わかった……」

 

 「いい子……」

 

 霰さんが文字通り背伸びをして霞さんの頭を撫でてる、見た目は霞さんより幼くてもお姉さんなんだなぁ。

 こっちのお姉さん三人は『計画通り』とでも言いだしそうなくらい悪い顔してるけど……。

 何を企んでるんですか?

 

 「ごめんごめん!遅れちゃった!ほら、不知火も謝って!」

 

 「不知火に何か落ち度でも?」

 

 私が二人の光景に和んでいると試合で見た陽炎型の二人が走ってきた。

 ピンク髪の方が不知火さんって事は、狐色の髪の方が陽炎さんね。

 

 「遅い!5分前集合は軍人の基本でしょ!」

 

 「え?まだ10分前のはずだけど……」

 

 「う、うるさい!10分前も5分前みたいなものよ!」

 

 二人の姿を見るなり霰さんの手を慌てて振り払った霞さんが、照れ隠しにのように陽炎さんを叱責したものの、逆にツッコまれて訳の分からない事を言ってそっぽ向いてしまった。

 間違ったら素直に認めないとダメですよ?

 

 「アナタが朝潮?」

 

 「はい、朝潮です!貴女は……陽炎さんですよね?」

 

 陽炎さんが私に近づき、爪先から頭のてっぺんまで嘗め回すように見て来た。

 どこか変なところでもあるのかしら……。

 

 「うん!さすがネームシップ!私と同じで気品を感じるわ!私は陽炎よ。よろしくねっ!」

 

 気品もなにも、大潮さんと同じ量産品の制服ですけど?それにネームシップと言われても私は朝潮型で一番未熟ですし。

 とは言え、挨拶されたら応えないと失礼ね。

 

 「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 《試合開始5分前です。出場者の方は艤装を装着し、出撃に備えてください》

 

 私が陽炎さんと握手を交わそうとした途端に5分前を知らせるアナウンスが出撃ドックに流れる。

 急いで艤装を装着しなきゃ。

 

 「朝潮、早くしなさい」

 

 「はい!すみません陽炎さん、挨拶はまた後で改めて」

 

 私は艤装を装着し点検、問題はなし。

 うん、いいわ。

 

 《これより決勝戦を開始します。出場者は演習場へ移動してください》

 

 「先に出るわ。第十八駆逐隊。出撃よ!」

 

 十八駆が先行して海へ出て行く、私たちも続かないと。

 

 「朝潮ちゃん、今日は朝潮ちゃんが先頭ね」

 

 「え?」

 

 旗艦は大潮さんじゃ……でも窮奇と戦った時も荒潮さんが先頭だったわね、私と霞さんが戦うから順番を合わせるわけか。

 

 「ちなみに旗艦も朝潮ちゃんだから。朝潮ちゃんが負けたら大潮たちの負け」

 

 いやいや、いくら一対一で戦うと言っても三人が残ってれば勝ちは狙えるんじゃ?

 

 「私達は開始と同時に棄権するから。実質、アンタと霞の決闘よ」

 

 「え?え?そうゆう話になってたんですか!?いつの間に打ち合わせを!?」

 

 「してないわよぉ?私たちが棄権したからってあっちの三人も棄権するとは限らないわぁ。」

 

 じゃあ最悪の場合、私一人で駆逐隊一つを相手にすることになるって事ですか!?神風さんじゃあるまいにそんな事できません!

 

 「心配しなくても大丈夫、大潮達が棄権すれば霞ちゃんも三人を棄権させるはずだから。

 

 大潮さんの霞さんに対するその信頼はどこから来るんですか?そんな保証どこにもないじゃないですか……。

 

 「じゃあ行こうか。あんまり待たせると霞ちゃんがうるさいから」

 

 大潮さんに背中を押されながら演習場に到着すると、そんなに待ってないはずなのに霞さんが腕組みして額に青筋を浮かべて立っていた。

 

 「イラつかせて油断を誘おうって魂胆かしら?生憎だけど私には通じないわよ」

 

 ものすごく効果が出てるみたいですけど?血圧大丈夫かな、血管切れなきゃいいけど……。

 

 《それでは。第十八駆逐隊 対 第八駆逐隊による決勝戦を開始します》

 

 「それじゃ朝潮、頑張んなさい」

 

 ホントに棄権しちゃうんですか!?え、ちょっと!ホントに三人とも私から距離を取って行く。

 

 十八駆の三人も同様に距離を取り、大潮さん達と合流。私と霞さんを残して1キロほど離れた場所、と言うか出撃ドックの手前まで戻った……。

 

 「あの6人は完全に観戦モードね、いい気なものだわ」

 

 「こうなるんなら最初から出てこなければよかったんじゃ……」

 

 「一応、駆逐隊同士の試合だからね。まったく出ないわけにもいかないのよ」

 

 はあ、そうゆうものですか……。

 

 《それでは決勝戦!試合開始!》

 

 始まっちゃった、霞さんは仁王立ちしたまま。

 距離は10メートルも離れていない、6人が棄権するのを待ってる?

 

 《え!?6人同時に棄権!?え、ちょ……これいいんですか!?あ、いいんだ……》

 

 アナウンスしてる人が明らかに動揺してる。まあ仕方ないわね、私でも似たような反応しちゃったもの。

 

 「じゃあ始めましょうか。この位置からがいい?それとも離れる?」

 

 「私はどちらでも……」

 

 「あっそ、じゃあ始め」

 

 ドン!

 

 いきなり!?霞さんの手の動きに気づいてなかったら直撃してた。まあ、試合開始は宣言されてるから卑怯とは言い難いけど。

 

 「この!」

 

 ドン!ドン!

 

 負けじと両腕の連装砲で応射。距離を10メートル前後で保ったまま至近距離で砲火を交える。

 

 「新米のくせにやるじゃない!」

 

 「鍛えてくれてる人が全員規格外ですからね。そうそう負けはしません!」

 

 『いや、私を神風さんみたいなバケモノと一緒にしないで』

 

 『大潮も右に同じ』

 

 『朝潮ちゃんって私達をそんな風に見てたのねぇ。お姉ちゃん悲しいわぁ』

 

 三人が通信でチャチャを入れ始めた。私のような未熟者から見れば、お三方も十分バケモノですけど?

 

 バシュシュシュ!

 

 円を描くように反航戦をしている最中、霞さんが私の進行方向に向けて魚雷を三発発射。手にした連装砲は私を追尾して。速度を落としたりしたら狙い撃ちする気ね。

 

 ドン!

 

 私は霞さんへ向き直りトビウオ。この距離なら一回で目の前だ。

 

 ドン!

 

 一瞬おどろいたような顔をした霞さんが、体の向きはそのままに後方へトビウオを使用。大丈夫、満潮さんと同程度の実力と想定してるからトビウオを使えること自体は驚かない。

 

 バシュシュ!

 

 霞さんが後方へ飛んでる最中に私の着水点に向け魚雷を発射。タイミングはバッチリね。

 

 このままじゃ着水と同事に被雷する。私は着水前に魚雷へ向けて砲撃。貫かれた魚雷が爆発して私と霞さんの間に水柱を立ち上げた。

 

 「トビウオが横須賀の専売特許とでも思ってた?呉の駆逐艦だって使えるのよ!」

 

 『不知火は使えませんが?』

 

 『私も使えな~い』

 

 『呉で使えるのは霰と霞ちゃんだけ……』

 

 「うっさいわよアンタ達!黙って観戦してなさいったら!」

 

 通信で聞こえる声より霞さんの声の方がうるさいですけど?

 そんな事より、霞さんが後ろ向きで航行してる今がチャンス!

 

 私は着水と同事に稲妻で右前方へ飛び、そこから砲撃で牽制しながらさらに右斜めの方向へ再度稲妻、霞さんから見て左前方2メートルまで距離を詰める。

 

 「ちょ!今のって稲妻!?アンタ新米じゃないの!?」

 

 ええ新米です。だけど、使えるんだから使うのは当たり前です。

 

 バシュシュ!

 

 私は後進状態の霞さんの進行方向と少し前方、私から見て11時位へ向け魚雷を二発を分けて発射。この距離じゃ私も爆発に巻き込まれるから、発射と同時に稲妻で後方に距離を取る。

 

 ドーーン!

 

 魚雷が爆発し、私の左斜め前方へ転がっていく霞さんが見えた。

 

 《霞、小破判定。》

 

 小破?直撃したと思ったけど想定より被害が少ない。考えられるのは、被雷の直前にトビウオで飛ぶくらい。

 それで小破で済んだのね、トビウオの衝撃で当たるより早く魚雷が爆発したんだわ。

 

 「少しは出来るみたいじゃない、褒めてあげるわ」

 

 「褒めてくれるのはいいんですが、そのままそこに居るともう一発の方に当たりますよ?」

 

 「え?あっぶな!」

 

 私が霞さんの前方へ向けて撃った魚雷に気づいて片足を上げ、その下を魚雷が通り過ぎて行った。

 惜しい、言わなきゃ決まってたかな。

 

 「ここまで計算して撃ってたのね、や、やるじゃない……」

 

 いえ、たまたまです。

 魚雷の爆発と、中途半端なトビウオで吹っ飛んだ霞さんが魚雷の針路上に転がって行っただけです。

 でもまあ、狙った事にしとこうかな。

 

 「これくらい当然です!」

 

 私は胸を張り『エッヘン』と言わんばかりにドヤ顔して見せた。

 

 『絶対にたまたまよ、今の』

 

 『朝潮ちゃんも嘘つくんだね』

 

 『きっと見栄を張りたい年頃なのよぉ。察してあげましょぅ?』

 

 言わないでくださいよ!ええそうです!見栄を張りたかったんです!カッコつけたかったんですよ!

 でもお三方のせいで台無しになっちゃいました!

 

 ゆらりと立ち上がった霞さんは私を睨みつけている。嘘ついたのが癇に障ったのかな……。

 

 「……ねえ、アンタって『朝潮』になれた時どうだった?」

 

 違った。でも急になんだろう。立ち上がっても戦闘態勢を取らずに止まったままだ。

 

 「どう。とは?」 

 

 私も航行をやめて停止し、質問に答える。答えになってないけど。 

 

 「色々あるでしょ?嬉しかったとか」

 

 「……嬉しかったです。私は内火艇ユニットと適合できないほど出来が悪かったですから」

 

 「そう、私は『朝潮』が横須賀に着任したって話を聞いて悔しかったわ」

 

 悔しい?どうして霞さんが悔しがるの?

 

 「私ね、養成所に運ばれる前に、横須賀の提督に無理言って適合試験を受けた事があるの。『朝潮』の艤装の」

 

 なんで?霞さんは先代が戦死した頃すでに艦娘だったはずでしょ?それなのにどうして新たに適合試験を受ける必要があるの?

 

 艤装二つと同調できるなんて話聞いたことがないし、性能差がほぼない量産型である朝潮型の艤装を鞍替えしたところで意味がない。

 

 改二改装が受けたかった?でも霞さんはすでに改二だ。適合できるかどうかは別にして、例えば改二改装を受けることができない満潮さんが改二改装を受けることができる『朝潮』の艤装に鞍替えすると言うならまだわかる。

 

 それなのに霞さんは『朝潮』の艤装を欲しがった。なぜ欲しかったの?

 霞さん、貴女もしかして……。

 

 「なぜ、そんな事を?」

 

 「姉さんに一度も勝ったことがなかったから。だからせめて、艤装と適合して奪ってやろうとしたのよ。ま、結果は言わなくてもわかるでしょ?」

 

 奪ってやろうとした?いや、嘘だ。

 その悲しそうな目を見て察しがつきました。霞さんは嘘を言っている。

 

 「ねえ朝潮。私が勝ったらその艤装くれない?今度は適合して見せるわ」

 

 挑戦的な笑顔。だけど、目には戸惑いが浮かんでいる。

 

 「お断りします」

 

 私は出来る限りの笑顔で霞さんの提案を跳ね飛ばす。

 

 「そう、だったら……」

 

 「力づくで奪いますか?私より弱いのに」

 

 霞さんの顔が怒りに支配されていく。そりゃ怒りますよね。私のような若輩者に弱い呼ばわりされたんですから。

 

 「上等よ!その思い上がった考えを叩き潰してやる!」

 

 霞さんが私に向けトビウオで急接近。だけど、私は貴女がトビウオを使えることをもう知っています。

 

 ドン!バシュ!

 

 私は跳躍中の霞さんに向けて砲撃を一発。それと同時に魚雷も一発放つ。

 砲弾は吸い込まれるように霞さんへ向かい着弾、直撃だ。

 

 「被弾!?私が!?嘘でしょ!?」

 

 嘘じゃありません。跳躍中は回避不能なのを知らなかったんですか?それに被弾だけじゃ済みませんよ?ほら。

 

 ドーーーーン!!

 

 《霞、中破判定。》

 

 砲撃と同時に放っておいた魚雷が、砲撃で後ろに倒れた霞さんに直撃し爆発。中破を告げるアナウンスが流れるが……。判定がちょっと厳しくないですか?一発とは言え魚雷の直撃ですよ?

 

 「そんな様で、よく力づくで奪うとか言えますね。呉の駆逐艦は口だけですか?」

 

 こうゆうのは性に合わないなぁ……。でも、霞さんの思いに察しがついたからには放っておけないわ。

 『朝潮』として。

 

 「ず、随分キャラが変わってるじゃない。それとも、そっちが本性ってわけ?」

 

 「さあどうでしょう?でも言いたくもなりますよ。だって、私が今まで相手して来た人で一番弱いんですもの」

 

 言葉を紡ぐたびに胃がキリキリする……。挑発ってこんな感じでいいのかしら。した事がないから勝手がわからない。

 

 「はっ!アンタがどんな奴を相手にしてきたか知らないけど、その程度の挑発に乗るほど単純じゃないったら!」

 

 う~んこの程度の挑発じゃダメか、難しいなぁ挑発って。じゃあ、こうゆうのはどうだろう。

 

 「先ほど言った試験の志望理由。アレ、嘘ですよね?」

 

 「嘘じゃないわ!私は……」

 

 いいえ、嘘です。その動揺の仕方で確信しました。

 

 「もう一度『朝潮』に会いたかったんでしょ?私ではなく、先代の朝潮に」

 

 「!!」

 

 図星ですか。私並みに感情が顔に出やすいんじゃないかしら。

 

 「もっと言いましょうか?最初、貴女は私が着任して悔しかったと言いました。コレも本当は少し違いますよね?悔しかったこと自体は嘘じゃないでしょうけど、本当は私が憎らしかったんじゃないですか?」

 

 「な、なんで会ったこともないアンタを憎まなきゃいけないのよ!自意識過剰よ!」

 

 いいえ、おそらく間違っていません。

 貴女は私が憎くて仕方なかった、『朝潮』の艤装と適合した私が。

 だって貴女は……。

 

 「大好きなお姉ちゃんの艤装を奪った私が憎かったんでしょ?」

 

 「ち、ちが……!」

 

 少し考えればわかることだった。20回以上も遥々呉から横須賀に通い、毎回先代に絡んで、毎回帰り際に泣いて、そして『朝潮』の艤装を欲しがって。

 大好きだったんでしょ?呉から通うくらい

 嬉しかったんでしょ?毎回お姉ちゃんに相手してもらえて。

 そして……寂しかったんでしょ?お姉ちゃんと別れるのが。

 

 「貴女が大潮さん達に当たりがキツイのも嫉妬からでしょ?大好きなお姉ちゃんと常に一緒にいる三人が羨ましかったんでしょ?」

 

 「違う!ちがう……」

 

 う……泣かしてしまった……罪悪感で押しつぶされそうだわ。

 でも、もう一押し。

 

 「前言を撤回しましょう()。貴女が私に勝てたらこの艤装を差し上げます。棚に飾るなり抱き枕にするなり好きにして構いません。」

 

 「え……。」

 

 「でも貴女には無理です。私に一方的にお仕置きされて終わりです」

 

 私は許していませんよ。私の司令官をクズ呼ばわりした事を。

 先代への思いを吐き出させると同時に、司令官をクズ呼ばわりした事も後悔させます!

 

 「一番艦だからって姉面?アンタ、私と歳変わらないでしょ?」

 

 よくご存じで。調べたんですか?それとも誰かから聞いたんでしょうか。

 

 「ええそうです。朝潮型のネームシップとして貴女の捻くれた性根を叩きなおします」

 

 貴女はため込んでる気持ちを一度吐き出さないとダメ。

 貴女は直情的に見えて、ホントは自分の気持ちを隠すタイプだ。満潮さんと少し似ている。

 

 私では役不足かもしれないけど、『朝潮』として『妹』を放っておく事なんてできません。

 

 だから私にぶつけてください、貴女の全てを。

 私も全力で受け止めます。

 貴女の先代への思いを。

 

 「立ちなさい霞!お仕置きの時間です!」

 




 諸事情で明日は投稿できない可能性があります。



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朝潮演習 9

 


 初めて見た時から気に食わなかった。

 チャラチャラした格好で、横須賀提督の後ろを犬みたいに付きまとって。

 

 「立ちなさい霞!お仕置きの時間です!」

 

 そしてコレだ。

 私を弱いと蔑むばかりかお仕置きですって?私はアンタにお仕置きされるような事はしていない!新米が調子に乗るな!と叫びたいところだけど、心の奥底にしまい込んでいたお姉ちゃんへの思いをこうも言い当てられたんじゃ言うに言えない。

 

 私はゆっくりと立ち上がり、朝潮に言い返そうとするが朝潮の目を見ることができない。

 

 いつも司令官に『用があるなら目を見て言いなさいな!』と言ってるのに情けないったら……。

 

 「霞、言いたいことがあるなら目を見て言いなさい」

 

 逆に言われてしまった、いつのまにか呼び捨てにされてるし。

 まあ呼び捨て自体はそんなに気にならない、さん付けで呼ばれるのは苦手だし。

 

 私は視線を上げ、朝潮の目をまっすぐ見つめる。

 やっぱり似てるなぁ……。瞳の色以外はそっくりじゃない……。

 

 長い艶やかな黒髪、凛とした雰囲気、真面目を体現したようなその佇まい。

 改二になってるからお姉ちゃんより少し大人びて見えるけど、お姉ちゃんも改二改装を受けてたらこんな感じだったのかな……。

 

 (よく来たわね霞。元気にしてた?)

 

 横須賀に行くたび、お姉ちゃんはそう言って私を歓迎してくれた。

 

 (霞!そこはそうじゃない!何度言わせるの!)

 

 演習中のお姉ちゃんは怖かったけど、私を想って厳しくしてくれてると思えたから我慢できた。だって。

 

 (上手くなったわね霞。私なんかすぐに追い越されちゃうかも)

 

 終わった後は私の頭を撫でながら、必ず褒めてくれたもの。

 

 (大丈夫よ。呉の司令官もいつかわかってくれるわ。だって霞は間違った事言ってないんだもの)

 

 司令官の愚痴も嫌がらずに聞いて励ましてくれた。お姉ちゃんが味方してくれなかったら、私は腐っていたかもしれない。

 

 (そ、それでね?司令官とデートする事になったんだけど……。どうしたらいいと思う?)

 

 この時は心配だったなぁ。横須賀提督の人柄は知ってたけど歳が離れすぎてたから……。

 

 でも好きな人のことを頬を染めながら話すお姉ちゃんは、年相応に可愛いらしくて……。横須賀提督に嫉妬しちゃったな。

 

 でも、お姉ちゃんは死んでしまった。

 救援のために横須賀鎮守府に到着した私が最初に聞いたのはその事だった。

 

 桟橋で姉さん達が泣いてるのが見えた。私も一緒に泣きたかった。

 荒潮姉さんみたいに、お姉ちゃんの艤装に抱きついて泣きじゃくりたかった。

 でも……。

 

 (霞が決めた司令官でしょ?しっかり支えてあげなさい)

 

 お姉ちゃんは職務に忠実な人だったし、決めたことは必ず守る人だった。その妹の私が、自分の信念を放り出して泣くことは出来ない。

 

 呉の司令官はボンクラだ。だけど無能じゃない。

 どれだけ嫌われようと、あの人が一人前になるまで私が支えるって決めたんだ。だから、私はあの時悲しむのを後回しにして横須賀提督に土下座した。

 責任さえ取らされなければ、きっとあの人は挽回出来ると信じて。

 

 今思うと笑っちゃうけどね。でも、私の想いを汲んでくれた横須賀提督のおかげで、あの人は事無きを得た。

 

 お姉ちゃんの男を見る目は確かね、私の趣味ではないけど。

 だけど、コイツはお姉ちゃんの好きな人を盗ろうとしてる。艤装だけでなく想い人まで。

 許せるものか。

 

 「取り返してやる……。お前なんかに何一つ渡すもんか!」

 

 私は朝潮に向け突撃を再開。トビウオじゃ撃ち落とされる。通常航行で距離を詰めるしかない!

 

 距離は10メートルもない。なのに、朝潮は連装砲も構えずに棒立ちしたままだ。

 どうする?魚雷はあと二発。連装砲も残弾は少ない。

 

 距離が5メートルまで迫ったところで朝潮が動いた。何してるの?魚雷を発射管から抜いて……。

 

 「えい」

 

 投げた!?怒ってる割にえらく可愛いかけ声ね。ってそうじゃない!投げてどうするの!?一応、私に向けて投げてはいるけど、そんなの避けるくらい造作もないのに。

 

 私が針路を若干右に取ろうとした時、朝潮が連装砲を構えようとしてるのに気づいた。

 

 魚雷で注意を引いて砲撃を撃ち込むつもり?舐めるな!この近距離ならトビウオを使っても撃ち落とされる事はないはず。ならば、魚雷を躱した後即座に飛んで後ろをとってや……。

 

 ドン!

 

 私が飛んでくる魚雷を躱し、跳躍する寸前に朝潮が発砲。

 ちょっと待って!まだ腕はほとんど下を向いてるじゃない!

 いや、砲身はこっちに向いている。これはさっきの試合で神風って人が使ってたやつだ。

 だけど&それにしては弾道がおかしい。私に向けて撃ったものじゃないわ……。

 じゃあ何を撃った?その弾道の先にあるのは……。

 

 ズドーン!

 

 躱した魚雷が私の真後ろで爆発。しかも、タイミングの悪いことに、脚を消したばかりだった私は爆風で前に吹き飛ばされた。

 

 「熱っ!」

 

 爆風の熱で背中を炙られ、思わず声を上げてしまった。模擬弾とは言え熱いものは熱んだからしょうがない。

 

 今はそれよりこの状況をどうするかだ、私は今『I can fly』ってセリフがピッタリなポーズで吹っ飛ばされている。このままでは朝潮の前に倒れ込む可能性大。

 

 どうする?砲は使えない、魚雷はかろうじて撃てるけど残弾は三発。

 撃つしかない。その後は連装砲だけで相手しなきゃいけないけど、朝潮に土下寝を披露するよりはマシよ!

 

 バシュシュシュ!

 

 私は魚雷の残弾全てを放つが、前方に朝潮の姿はなかった。どこに行った?私は海面に全身を打ち付けられたが即座に身を起こし朝潮を探す。

 前にはもちろん居ない、右にも左にも見当たらない。

 と言う事は。

 

 「後ろ!」

 

 あ、あれ?後ろを振り向き連装砲を構えるが後ろにも居ない。どうゆう事?朝潮はどこに消えたの!?

 

 バシャーーン!

 

 私の後ろで水が弾けるような音がした。やっぱり前に居たの?だけど居なかったじゃない!訳がわからないわ!

 

 「ケホッ!ケホッ!少し海水飲んじゃった……」

 

 海水を飲んだ!?アンタ潜ってたの!?何してんのよ潜水艦か!

 

 ドン!

 

 背中を向けてしまった私に朝潮が砲撃。完全に虚を突かれた私は、なすすべもなく砲弾の直撃を受け前のめりに倒れてしまい、土下座した状態にされてしまった。

 

 「いいポーズですね。そのままお尻ペンペンしてあげましょう」

 

 どこまでもバカにして!お姉ちゃんと同じ顔をして私を蔑むな!

 

 「 このクズが!」

 

 ドン!

 

 後ろ手に連装砲を撃つが軽く躱された。でも朝潮の行動の意味がわからない。

 海面を走る様な動きで私の周りを……まずい!

 

 昔、お姉ちゃんに聞いたことがある。頭のイカレた駆逐艦が考えた戦艦をタコ殴りにするための技。戦舞台だ!

 

 慌てて体勢を立て直すが時すでに遅く、私は常に死角に回り込まれやられたい放題になっていた。

 

 砲撃で応戦してもカスリもせず、移動しようとしても脚を撃たれ速度が上げられない。

 ほとんど棒立ち状態。こんな事初めてだ。

 

 お姉ちゃんとの演習でも、実戦でもここまで一方的にやられた事はない。

 

 「もう、残弾が尽きるんじゃないですか?降参します?」

 

 あくまで挑発し続ける気か、嫌な奴……。

 

 「ちゃんと訓練してますか?横須賀で一番弱い私に一方的にやられて悔しくないんですか?」

 

 訓練で手を抜いた事なんか一度もない!それに横須賀で一番弱いですって?冗談やめてよ、アンタがそんなんなら横須賀の駆逐艦はバケモノしかいないって事じゃない。

 

 姉さん達ですら使えない稲妻を軽々と使い。戦艦殺しの戦舞台を使いこなすアンタが一番弱いだなんて信じられるか!嘘ならもう少しマシな嘘つきなさいよ!

 

 「くそ!くそ!」

 

 砲撃が当たらないどころか、朝潮を目で追う事すら出来ない。

 

 「そんなにツンツンして、呉の皆と上手くやれてます?」

 

 (そんなにツンツンして、呉の皆と上手くやれてるの?)

 

 うるさい!お姉ちゃんのマネをするな!不愉快よ!

 

 「我慢してませんか?辛くありませんか?」

 

 (我慢してない?辛くない?)

 

 朝潮とお姉ちゃんのセリフがかぶって聞こえる。

 やめてよ……。お姉ちゃんと同じ顔で同じ事言わないでよ……お願いだから……。

 

 戦闘中だと言うのに思わず耳をふさいで目を瞑ってしまう。これ以上は無理。これ以上聞いてたら頭がおかしくなりそう!

 

 「我慢なんてしてない!知ったような口を利くな!」

 

 沈黙が流れる。気づけば砲撃は止んでいた。

 とっくに大破か轟沈判定を受けてもいいくらい撃たれたのに審判は判定を告げない。

 

 「辛い時は、誰かにすがって泣いてもいいんですよ?」

 

 (辛い時は、誰かにすがって泣いてもいいのよ?)

 

 顔を上げると手が届くくらいの距離に朝潮が居た。私を慰めてくれる時のお姉ちゃんと同じような優しい顔で。

 

 「私に言いたいことがあるんじゃないですか?」

 

 「お姉ちゃんを……返して……」

 

 無理だって事はわかってる……。これがただの八つ当たりだって事も。

 

 「私が艤装を貴女に渡せば、満足できるの?」

 

 「……」

 

 私は黙ったまま首を振った。そんな事に意味がない事もわかってる……。

 艤装を奪ったところで、お姉ちゃんが戻って来るわけじゃない……。

 

 「霞、貴女は何を望んでいるの?」

 

 私が望んでいるもの?そんなの決まってる。でも、声が出ない……。代わりに出るのは涙だけ。

 

 「霞、貴女は誰に会いたいの?」

 

 「お……おねえ……ちゃんに会いたい……」

 

 嗚咽混じりになんとか言葉を紡ぎだしたけど、情けない事に顔は涙でボロボロ。

 みっともないったらないわね……。

 

 「そう、おいで」

 

 朝潮が私の頭を胸に抱きかかえ、頭を撫でてくれた。

 撫で方はお姉ちゃんの方が上手かな……。

 でも……お姉ちゃんと同じ匂いがする……。

 

 「大好きだったんですね。先代の事が」

 

 うん、大好きだった。強くて、厳しくて、優しくて、私の目標だった……。

 

 「先代はやっぱりすごい人です。みんなに愛されて、私はまだまだ追いつけそうにありません」

 

 当り前よ、アンタみたいなポっと出とは年季が違うもの。

 

 「まだ、私の事が憎いですか?」

 

 憎くはないけど嫌いよ。これだけズタボロにされて、ズカズカと私の内側に入り込んできて……。

 

 「何を……我慢してたの?」

 

 「ごめ……んなさい……」

 

 お姉ちゃんを助けられなくて……。

 

 「霞はなにか悪い事をしたの?」

 

 「私が司令官にもっと強く言ってればお姉ちゃんは……」

 

 穴だらけの哨戒網を抜けられたせいでお姉ちゃんを死なせてしまった……。

 私が引き下がらなければ、お姉ちゃんは死なずに済んだかもしれないのに……。

 

 「そう、呉の提督は霞の助言を聞いてくれなかったのね」

 

 「いつもよ……。穴だらけの作戦でも、戦艦や空母たちが力づくで成功させちゃう……。あんなんじゃダメなのに!あの人の作戦は足元がスカスカなの!どんな小さな穴でも無視しちゃダメ!慢心が一番の敵なんだから!」

 

 じゃないと、いつか三年前より酷いことが起こる。それだけはダメ!そんな事私が絶対にさせない!

 

 「そうね、慢心はいけないわ。じゃあ呉の提督はダメな人なの?」

 

 「ち、違う!あの人はやればできるの!だけど……私がどれだけ厳しく言っても戦艦が邪魔をする……。あの人は甘やかしちゃダメなの!」

 

 あの人は甘やかすとどこまでもつけ上がる。厳しく接する人が必要なのに、あの人の周りは甘やかす人ばかり。

 

 「そう、じゃあその戦艦をぶっ飛ばしちゃいなさい!」

 

 「は?で……でもそんな事私じゃ……。駆逐艦が戦艦をぶっ飛ばすなんて……。」

 

 「できます!それが出来る人を、私は少なくとも一人知ってます。性格までは似て欲しくありませんが」

 

 誰よbその頭のおかしい駆逐艦は……。戦舞台を考えた人かしら……。

 と言うかぶっ飛ばせなんてお姉ちゃんは言ったことないわよ!?アンタその人に毒されてるんじゃない!?

 

 「あ~でも、それだと霞が孤立してしまうかもしれませんね……」

 

 そうよ。ただでさえ私は上位艦種達から良く思われてないんだから……。

 それとも、アンタが味方になってくれるの?お姉ちゃんみたいに……。

 

 「よし!決めました!今から私の事をお姉ちゃんと呼んでください!」

 

 「は……はぁ!?」

 

 訳が分からない。味方してくれるんじゃなくてお姉ちゃんと呼べ?なんでそういう話になるのよ。

 なんか変なスイッチ入ってない?さっきまでの雰囲気がどこかに吹っ飛んでるじゃない!

 それにアンタ同い年でしょ!?横須賀の提督からラインで聞いて知ってるのよ!?

 

 「ちなみに誕生日は?」

 

 「11月18日だけど……」

 

 「……」

 

 ちょっと、何で目を逸らしてるのよ。アンタ誕生日いつ?

 

 「わ、私の方が誕生日が早いですね」

 

 嘘だ。冷や汗まで流してるじゃない。

 

 「朝潮、嘘はダメよ嘘は」

 

 「大潮悲しいよ。朝潮ちゃんが嘘つきになっちゃった」

 

 「朝潮ちゃんの誕生日は12月16日よぉ?」

 

 ビックリした!いつの間にこんな近くに!?って言うか全員来てるし!

  

 「と言うわけで霞!私をお姉ちゃんって呼んでください!」

 

 何が『と言うわけ』よ!アンタ私より誕生日遅いじゃない!

 

 「嫌よ!アンタがお姉ちゃんって呼びなさいよ!」

 

 「いいえ、お姉ちゃんはもう間に合ってます。そろそろ妹が欲しいんです!」

 

 知るかそんなの!アンタが来るまで私が最年少だったのよ?今さら末っ子に戻れるか!

 

 「って言うか、いつまで抱き着いてるのよ!離しなさいったら!」

 

 ん?朝潮の胸を押して引きはがそうとしたところで違和感を感じた。感触がほとんどない。これ私より無いんじゃない?

 

 「これ、背中?」

 

 「ふん!」

 

 ゴン!

 

 痛ったい!朝潮が私の頭を両手で掴み頭突きをしてきた。この石頭が……目の中で星が飛んでるじゃない!

 

 「お!戦闘再開?」

 

 「陽炎、不知火たちも混ざりますか?」

 

 混ざるな!それにアンタ達棄権してるでしょ!?

 ちょっと、なんかジリジリと近づいて来てるのが若干二名いるんだけど?まさか飛びついてくる気じゃないわよね?

 

 「「じょ~がいらんと~♪」」

 

 案の定、荒潮姉さんと霰姉さんが同時に飛びついて来た。

 場外じゃないし!場内だし!

 

 「訂正しなさい霞!背中は酷すぎます!」

 

 コイツはコイツで変なスイッチが入ったままだし!さっきまでのお姉ちゃんっぽさはどこに行った!

 

 「うっさいまな板!満潮姉さんと大差ないじゃないの!」

 

 「聞き捨てならないわね霞。私がなんだって?」

 

 しまった!遠巻きに見てた満潮姉さんまで参戦してきちゃった!

 

 「不知火!霞に加勢するわよ!突っ込めー!」

 

 「そうゆう事なら大潮も行くよーー!」

 

 残りの三人まで……。もう滅茶苦茶じゃない!一応まだ試合中なのよ!?

 

 《え~と、これどうします?あ、わかりました。え~、棄権者乱入のため両隊失格。勝負なしで~す》

 

 失格になっちゃったじゃない!まあ、あのままやってても負けてただろうけど……。

 

 「謝って!お姉ちゃんに謝りなさい霞!」

 

 「痛い痛い!ちょっと不知火!なんで私を殴るのよ!」

 

 「あ、すみません陽炎。わざとです」

 

 「霰ちゃん私に帽子をかぶせようとしないで!私には似合わないからぁ!」

 

 「まあまあ満潮、そんなに怒らないでいいじゃない。みんな似たようなサイズなんだからさ。」

 

 「大潮は気にしなさいよ!一応朝潮型で一番年増でしょうが!」

 

 「と、年増!?一つしか違わないでしょ!?」

 

 もう敵味方関係なく罵り合いや殴り合いを始めちゃった。見てただけだから体力有り余ってるのね。

 

 「少しはスッキリした……?」

 

 いつの間にか、霰姉さんが隣に立っていた。さっきまで荒潮姉さんを追い回してなかった?

 

 「ちょっとだけ……ね」

 

 スッキリと言うよりはどうでもよくなっちゃったんだけどね……。

 

 「そう……。みんな心配してたよ……霞ちゃんの事……」

 

 それでアレ?心配して乱闘しに来たわけ?バカじゃないの?

 

 「バカばっかりでしょ……」

 

いつも無表情な霰姉さんが、ニッコリと微笑んで私を見上げて来た。

 嬉しそうね。そんなに嬉しそうな霰姉さん初めて見たわ。

 

 ごめんね……ずっと心配してくれてたのね……。けど……もう大丈夫だと思うから……。

 

 「痛い!満潮さんギブです!ギブアップです!」

 

 朝潮が満潮姉さんに関節を決められてもがいてる。私を一方的に痛めつけた強さはどうしたのよ。

 下着が見えるのもお構いなしに暴れちゃって、年頃の女の子がみっともないったら。

 でも、頬が緩んでくのがわかる……。乱闘を見て和んじゃうなんて、私は相当歪んでるのね。

 

 「あ!霞ちゃんと霰ちゃんが退避してるよ!」

 

 「見つかっちゃった……」

 

 6人が私と霰姉さんに照準を合わせた。これは逃げられないかなぁ。

 

 まあいっか、たまにはこうゆうのも。

 私もコイツ等と同じくらいバカだわ。

 

 私は、猪のように突進してくる6人を見つめながら、聞こえないように一言呟いた。

 

 「ホント……バカばっかり。」




 


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幕間 朝潮型姉妹

 朝潮型駆逐艦。

 

 正化22年に実戦配備された量産型駆逐艦で、神風型を皮切りに次々と建造された駆逐艦の中でもっとも高い性能を叩き出し、2年前に陽炎型が建造されるまでの長い間、最新鋭として扱われた。

 

 他の艦型と建造時期はほぼ同じなのにね。

 

 朝潮型のほとんどが横須賀所属だったのは私達にとって幸いだったわ、司令官が姉さんにベタ惚れだったのもあるけど、陽炎型が配備されようと私たちの扱いが変わることはなかったし。

 

 そんな横須賀と違って、陽炎型が大量に配備された呉は酷かったらしいわ、呉の提督は性能重視の火力主義で、それまで前線を支えていた駆逐艦たちは陽炎型に役目を奪われるように近海任務ばかりになったとか。

 

 べつに陽炎型が悪いわけじゃないんだけど、霞のプライドはズタズタにされたでしょうね。

 

 十八駆が呉のトップ駆逐隊と言うのは名ばかりで、出撃するのは陽炎と不知火だけなんだもの。

 

 あの子は提督や上位艦種にも遠慮なく物申してたみたいだし、前線に出る事もないのに作戦には口を出してくる生意気な駆逐艦と言われてよく思われてなかったみたい。

 

 まあ、隣にいる霰に聞いて初めて知ったんだけど。

 

 「それでも霞ちゃんは腐らずに頑張ってたよ……。」

 

 「そう、アンタも大変だったでしょ。霞を慰めるので。」

 

 「朝潮姉さんみたいに上手くできなかったけどね……。」

 

 霰に甘える霞ってのも想像できないわね、どんな甘え方するんだろ。

 

 「泣いてる時に……ね?膝枕して頭を撫でてあげるとそのまま寝ちゃうの……。おかげで霰は寝不足になるけど……。」

 

 「ご愁傷様、横須賀に来ればよかったのに。異動願い出さなかったの?」

 

 うちの司令官は呉とは逆に駆逐艦を大事にするから、横須賀に来れば冷遇される事もなかったのに。

 

 実際、横須賀の駆逐艦の待遇は他の鎮守府とは雲泥の差と言っていいし。

 

 「霞ちゃんは司令官にゾッコンだから……。」

 

 「なるほど、霞はダメ男が好きな訳ね。」

 

 「それに面食い……。」

 

 司令官のタイプも逆なら男の好みも逆か、将来悪い男に騙されなきゃいいけど。

 

 「あの優男のどこがいいのか私にはわかんないわ。頼りがいがないじゃない。」

 

 「満潮姉さんも横須賀の提督みたいなのが好み……?」

 

 「冗談やめてよ。でもそうね……呉の提督の外見で中身がうちの司令官ならコロッといっちゃうかもね。」

 

 「満潮姉さん欲張り……。と言うか理想高すぎ……。」

 

 そう?そこまで高くないわよ、むしろ低いくらいだと思うけど?

 

 「それより、霞はこれから大丈夫?朝潮との会話、会場に流れてたんでしょ?」

 

 いや、すでに大丈夫じゃないか。ヒトナナマルマルから始まった大会の打ち上げパーティの会場のど真ん中で、駆逐艦たちに輪形陣でひたすら称えられ続けてる。

 

 なぜか朝潮も一緒に……あれってただの罰ゲームじゃない?

 

 「明日、執務室に来るように言われてるって……。でもきっと大丈夫……。」

 

 「そっか、アンタがそう言うんならそうなんでしょうね……。」

 

 あの子の味方も増えた事だし。

 

 「あ、こんな所にいた。」

 

 「隅っこで何してるのぉ?皆に混ざればいいのにぃ。」

 

 会場の隅で話してた私たちに気づいて大潮と荒潮が寄って来た。

 

 私がこうゆう雰囲気苦手なの知ってるでしょ?きっと霰も苦手なはずよ。

 

 「満潮姉さんが寂しそうにしてたから仕方なく……。」

 

 お~い霰さん?私より先にここに居たのはアンタじゃなかったっけ?ここに座ってるアンタを見つけて来てみたらさっきの話を聞かされたのよ?

 

 「満潮は寂しがり屋のクセに人を遠ざけるからね~。」

 

 いや、別に寂しくないからし遠ざけてもいないから、私から進んで相手しないだけよ。

 

 「霞ちゃんもこんな感じなのぉ?」

 

 「霞ちゃんは駆逐艦とは仲いいよ……と言うか、むしろオモチャにされてる……?」

 

 あの子が他の子と仲いいのにも驚きだけどオモチャ!?いやまあ……アレを見たら納得するしかないけど……まだ輪形陣が続いてるし……。

 

 「朝雲ちゃんたちも来れればよかったのにねぇ。残念だわぁ。」

 

 そうすれば朝潮型姉妹勢ぞろいだったわね、残念だけどしょうがないわ。

 

 「え?来てるよ。ほらあそこ。」

 

 そう言って大潮が指さす先には確かに第九駆逐隊の4人が居た、と言うか輪形陣に混ざってた。

 

 なんでいるのよ、いつ来たの?任務は?堂々とし過ぎてて気づかなかったわ。

 

 「第一海軍区の南端を哨戒してそのままこっちに寄ったって言ってた……。」

 

 知ってたんなら言いなさいよ霰、あの子達があれだけ堂々と混ざってるって事は司令官の許可は得てるんだろうけど。

 

 「そうだ!皆で写真撮ろうよ!朝潮型が勢ぞろいする機会なんて滅多にないしさ!」

 

 「いいわねぇ♪でもカメラなんてないわよぉ?」

 

 「スマホがあるでしょ、あとでお互いのスマホに送ればいいじゃない。」

 

 「でも朝潮ちゃん持ってないわよぉ?」

 

 そういやそうだった、申請すれば支給してもらえるのになんで貰わないのかしら、もしかして支給してもらえる事知らないのかな。

 

 「とりあえず朝潮ちゃんたちと合流しようか、じゃないと写真撮るどころじゃないし。」

 

 そうね、二人とも周りの異常さに抱き合って怯えてるし……。

 

 いや待って?あそこから二人を連れ出すの?陶酔したような表情で『霞ちゃんを称えよ!朝潮ちゃんマジ天使!』って繰り返してる集団の中から?

 

 「私は待ってるわ……あの中に突撃するなんて無理……。」

 

 あんな異常な空間に飛び込むくらいなら深海棲艦の艦隊に突撃した方がマシよ。

 

 「満潮、朝潮型はね、姉妹を見捨てたりしないんだよ!」

 

 いやいや、そうゆうセリフは戦場で言って?なんでキリッとした顔してんの?

 

 「うふふっ♪暴れまくるわよぉ~♪」

 

 待て、また乱闘する気?あの人数相手に?冗談でしょ!?

 

 「宴会より……乱闘ですよ……?」

 

 アンタ普段大人しいの演技でしょ!実は暴れるの大好きなんじゃない!?

 

 「さあ行くよ満潮!臨時編成第八駆逐隊、突撃ーーー!」

 

 「私は行かないって言ったでしょ!手を放せ!私を巻き込むなーーー!」

 

 狂信的な宗教団体と化していた集団に突撃した私たちはなんとか二人を救出したものの、二人を取り返そうと襲い掛かってくる数十人の駆逐艦を相手に大立ち回りを演じる羽目になった。

 

 もう最悪よ、どうつもこいつもゾンビみたいにアーアー言いながら飛びついて来て。

 

 時雨はどさくさに紛れてお尻触ってくるし朝雲たちもゾンビ化してるしで、軽巡の人たちが止めに入って来るまで息つく間もなかったわ。

 

 「痛ぁ~い……コブになってるじゃない……。」

 

 「朝雲ちゃん大丈夫ぅ?満潮ちゃんは容赦ないからぁ……。」

 

 いやいや、朝雲たちを殴り飛ばしてたのって荒潮じゃなかった?私に罪を擦り付けないで。

 

 「いけませんわ~ 頭はデリケートです~ 朝雲姉ぇのツインテールはセンシティブですから~。ね~朝雲姉ぇ。」

 

 訳わかんない事言わないでよ山雲、ツインテールがセンシティブってどうゆう事よ。

 

 「二人とも大丈夫?もう怖い人達は居ないから離れても大丈夫だよ?」

 

 今だに怯えたままの朝潮と霞が大潮にしがみついてる、あんな集団に迫られたら無理もないか……。

 

 「食べられる……私食べられちゃう……。私は美味しくないです……きっと苦いです……。」

 

 ホント食べられそうな勢いだったものね、朝潮のトラウマがまた一つ増えちゃったかしら。

 

 「ホントに?ホントにもういない!?もう称えられない!?」

 

 霞も重症だわ、半泣きで周りを警戒しながら大潮の右足にしがみついちゃって……。

 

 ちょっと可愛いじゃない……。

 

 「写真……どこで撮る……?」

 

 そういやそれが目的で二人を連れ出したんだっけ、どこでもいい気はするけど。

 

 「せっかく呉に来たんだから呉ならではの撮影スポットとかない?」

 

 呉ならではねぇ……鎮守府の景色なんてどこも似たようなものだと思うけど。

 

 「だったら……大和の前で撮る……?」

 

 そういえば呉と言えば戦艦大和か、それがあったわ。

 

 「いいねぇそれ。いい場所があるのぉ?」

 

 「こっち……あそこの埠頭なら……大和の正面を背景に撮れる……。」

 

 大潮にしがみついて離れようとしない朝潮と霞を、残りの7人で輪形陣で囲って埠頭まで移動すると先客の影が見えた。

 

 士官服姿の男性二人、司令官?もう一人は呉の提督かしら。夕日に照らされた大和の前で男二人で逢引き?

 

 「くんくん……この匂いは……司令官!」

 

 ビクビクしながら下を向いて歩いていた朝潮が見もせずに司令官に気づいた、匂いってなによ、犬か!

 

 「しれいかーーん!!」

 

 さっきまでの怯えた姿はどこへやら、目をキラキラさせて司令官の元へ走って行ってしまった。

 

 「え?司令官が居るの!?」

 

 霞も自分の所の司令官に気づいた、この子は逆に大潮の後ろに隠れちゃったけど。

 

 「どうしたんだ朝潮、打ち上げは終わったのか?」

 

 会話が聞こえる距離まで近づくと、そう言いながら司令官が朝潮の頭を撫でていた。

 

 頬を紅潮させた朝潮が無いはずの尻尾を振ってるように見える。

 

 「いえ、司令官の気配を感じて飛んでまいりました!」

 

 平気で嘘をつくな!アンタさっきまで怯えてそれどころじゃなかったじゃない!

 

 「朝潮型が勢ぞろいですね、壮観……と言うよりは麗しいですか。揃って歩いてくる光景はまさに百合の花束ですね。」

 

 「呉の提督はお上手ねぇ♪司令官もこうゆうとこ真似しなきゃダメよぉ?」

 

 勘弁して、うちの司令官がこんなキザな事言ったら鳥肌が立つわよ。

 

 「二人はここで何してたの?まさか男同士でデート!?」

 

 いやないでしょ、ってかなんで嬉しそうなのよ朝雲、アンタそっちの趣味あったの?

 

 「ダ、ダメですよ司令官!男性同士だなんて不健全です!」

 

 心配しなくても司令官にそっちの気はないわよ朝潮、ロリコンの時点で不健全だとは思うけど。

 

 「安心しろ朝潮、こいつはどうか知らんが私はノンケだ。」

 

 「いやいや、僕も男色の気はないですよ!?」

 

 もしその気があったらどっちが攻めなのかしら、後で朝雲に聞いてみようかな、妄想してるのか表情がなんか気持ち悪いし。

 

 「ところで霞の姿が見えないが一緒じゃないのか?」

 

 「いるわよぉ?大潮ちゃんの後ろに。」

 

 「ちょ!なんで言うのよ!荒潮姉さん!」

 

 そりゃ会いたくないわよねぇ、試合中に自分の所の提督を扱き下ろしちゃったんだから。

 

 しかも明日執務室に呼ばれてるんでしょ?

 

 「霞……。」

 

 呉の提督が霞の方に歩み寄っていき、うちの司令官が両手で手招きしてる。

 

 霞を残してこっちに来いって事?

 

 「ちょ、ちょっと待って大潮姉さん!置いてく気!?」

 

 「霞ちゃん、頑張って!霞ちゃんなら大丈夫だから!」

 

 いやどうだろう、私が知ってる霞とは思えないほど萎縮してオドオドしちゃってる。

 

 「霞、僕は霞に謝らなければいけない。」

 

 霞と向き合った呉の提督が跪いてそう切り出した。

 

 「べ、別に謝られる事なんて……。」

 

 「いや、謝らせてくれ。僕は君の助言を無視し続けた、君の思いを踏みにじり続けた。本当にすまないと思ってる。」

 

 夕日に照らされながら霞の前に膝をついて、霞の手を取りながら見つめる姿が絵になってるじゃない、うちの司令官じゃこうはいかないわね。

 

 「君が僕のために何をしてくれたか、横須賀の提督に聞いた。僕が今こうしていられるのは君のおかげだ。」

 

 「え!?聞いちゃったの!?言わないって約束してたのに!」

 

 何したんだろ?うちの司令官を横目に見てもそっぽ向いて知らん振りしてるし。

 

 「本当は明日話すつもりだったんだけど、今言うよ。霞、僕の秘書艦になってくれ!」

 

 おお!姿勢のせいもあってプロポーズにも聞こえるわ!やったじゃない霞!

 

 「はぁ!?いやでも……金剛さんはどうするのよ!急に秘書艦から外したら落ち込むわよあの人!」

 

 「金剛は説得済みだ、試合中の君の思いを聞いて気づいた。今の僕に必要なのは君だ!君のように厳しく接してくれる人が僕には必要なんだ!」

 

 うん、これプロポーズだわ。

 

 そうとしか聞こえないもの。

 

 「で……でも……。」

 

 霞が耳まで真っ赤にしてうつむいちゃった、頭から湯気が上がってるようにも見えるわね。

 

 「いいなぁ……。」

 

 あっちの雰囲気に当てられたのか朝潮が司令官を見上げだした、『私も司令官の秘書艦になりたい』って目で訴えてるわ。

 

 「ホントに……私でいいの……?」

 

 お?これはOKかな?

 

 「君じゃないとダメだ!僕の母になってくれ!霞!」

 

 ん?この人今なんて言った?ハハ?ハハって何?まさか母じゃないわよね?

 

 「え~っと……司令官?今なんて?母?私にお母さんになれって言うの?」

 

 霞の顔が逆の意味で真っ赤になってく、そりゃ怒るわよねぇ……。

 

 って言うか秘書艦どこ行った?

 

 「いいわよ?なってやろうじゃない……。」

 

 あら?激怒して怒鳴るかと思ったら以外にもOK?

 

 「本当かい!?よかった……勇気を出したかいがあった。」

 

 たしかに勇気がいるでしょうね、自分より倍近く年下の女の子に母になってくれなんて言うのは。

 

 「その代わりビシバシ行くからね!手加減なんてしてあげないんだから!」

 

 これでOKしちゃう霞も霞だわ、何?その歪んだ笑顔、怒り半分嬉しさ半分ってとこかしら?

 

 「霞ママ誕生の瞬間に立ち会っちゃったね。」

 

 大潮、私は立ち会いたくなかったわ。

 

 「アレ、うちの司令官より酷いわよぉ?」 

 

 そうね荒潮、片膝ついた爽やかなイケメンがマザコンと発覚した衝撃はすごいものがあるわね。

 

 「ロリコンがマシに思えちゃったら終わりじゃない?」

 

 ええ、私たちは終わりよ朝雲……。

 

 「駆逐艦に母性を求めるとは……情けない奴だ……。」

 

 などとうちのロリコン司令官が申しております、司令官も似たようなものよ?

 

 「じゃあそろそろ写真撮ろうか、このままじゃ日が暮れちゃうよ。」

 

 「司令官も居るし丁度いいわねぇ。」

 

 両方いるしね、両方変態だけど……。

 

 「し、司令官!お隣よろしいでしょうか!」

 

 「ああ、かまわないよ。」

 

 ちゃっかり司令官の隣に陣取る朝潮、意外と攻めるわねこの子。

 

 「じゃあ最初は呉の提督に撮ってもらって次交代ね。」

 

 そう言って自分のスマホを渡す大潮、変態とはいえ一応他所の提督なんだから遠慮しなさいよ。

 

 それから、夕日に照らされる戦艦大和の船首をバックに真ん中に司令官を据えて一枚撮り、司令官同士が交代してもう一枚。

 

 あとは画像を送り合うだけだけど……。

 

 「ねえ司令官、朝潮にスマホ支給してあげてよ。この子まだ持ってないの。」

 

 「わかった、横須賀に帰ったら手続きしておこう。」

 

 よかった、朝潮じゃ持ってるだけになりそうな気がしないではないけど。

 

 「こうやって朝潮型全員で写真撮るの初めてだね……。」

 

 「大潮ちゃん嬉しそうねぇ。でも、その気持ちわかるわぁ。」

 

 姉さんが戦死してから全員揃う事なかったしね、その前も忙しくてなかなか揃わなかったし……。

 

 「そろそろ戻ろうか、暗くなってきたし。」

 

 「そうねぇ、狼がいるし。」

 

 しかも特殊性癖のが二匹ね、たしかに危ないわ。

 

 「呉の、貴様の事だぞ。」

 

 「いえいえ、貴方の事でしょう。僕は違います。」

 

 二人とも自覚皆無か!提督ってこんなのばっかなのかしら、後で時雨に聞いてみよう。

 

 「朝潮!次会った時絶対リベンジするからね!覚悟してなさい!」

 

 「お姉ちゃんですよ?霞。でも、いつでも来てください。待ってますから。」

 

 寮に戻りだした霞が唐突にリベンジ宣言した、まさか前みたいに呉から通う気じゃないわよね、アンタ秘書艦になるんでしょ?そんな暇あるの?

 

 「なにがお姉ちゃんよ!一回勝ったくらいで調子に乗らないでったら!」

 

 「じゃあ次勝ったらお姉ちゃんて呼んでくださいね♪」

 

 「はぁ!?冗談じゃないったら!」

 

 でもまあ、朝潮にもいい友達が出来たみたいだしいっか、叢雲とキャラが若干被ってるような気はするけど……。

 

 友達は大切にしなさいよ?艦娘なんてやってたらいつ戦死するかわかんないんだから。

 

 「あ、満潮さ~ん!置いていきますよー!」

 

 朝潮が呼んでる、はいはい今行きますよ。

 

 でもその前に……。

 

 カシャッ!

 

 私はスマホを取り出し、鎮守府の明かりに照らされた皆の後ろ姿をカメラで撮った。

 

 ひと時の平和な日常を忘れないようにするために。



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第6章 駆逐艦『朝潮』遠征!
朝潮遠征 1


 遠征任務。

 

 本来の意味の遠征は敵を討つために遠くまで出かける事だけど、鎮守府では少し意味が異なり、船団護衛やボーキサイト輸送任務、近海の哨戒も 遠征任務に含まれます。

 

 遠くに行くって意味では同じだけど『おつかい』って揶揄する人もいるくらいです。

 

 「大切な任務だと思いますけどね。」

 

 「そりゃそうよ、艦娘なしで航海しようものならたちまち深海棲艦の餌食よ?」

 

 山の木々が紅く染まりだした9月下旬、私たちが今就いているのはタンカー護衛任務。

 

 もっとも、今はまだタンカーとの合流地点へ向け移動中だけど。

 

 タンカー護衛任務とは、ホルムズ海峡、マラッカ海峡、南シナ海、バシー海峡を抜けるシーレーンを石油を満載にして運んでくるタンカーを東南アジアの各泊地の艦娘がリレーをするように護衛を続け、バシー海峡を過ぎたあたりで佐世保の駆逐隊と洋上で交代し、後はタンカーの行先によって各鎮守府の駆逐隊が佐世保の駆逐隊と交代して護衛を続ける任務です。

 

 今回は横須賀行きなので私たちの出番なわけです。岩国基地で補給を済ませた後、鹿児島沖まで移動し、現在護衛中の二十七駆と交代します。

 

 護衛してるのが二十七駆と聞いて満潮さんが若干嫌そうな顔をしてたけど、苦手な人でもいるのかしら?

 

 「泊地の子達に比べたら楽な仕事だけどねぇ。」

 

 「あの辺は激戦区だからね、シーレーンを守るためにみんな必死だよ。」

 

 資源のない日本にとって石油を運ぶタンカーが通るシーレーンは生命線と言っていい、その生命線を各泊地の艦娘達が死守している。

 

 艦種問わず、損耗率が激しいと聞いたことがあるわね。

 

 「シーレーンを取り戻すためにかなりの数の艦娘が犠牲になったって聞いたことがあるけど?」

 

 「満潮ちゃんが言ってるのってシーレーン奪還作戦の事でしょう?私も聞いた事あるわぁ。」

 

 え~とたしか7年前だっけ、佐世保主導で全艦娘の3割を投入した一大反攻作戦だったって座学で習ったけど。

 

 「姉さんも当時の第八駆逐隊を率いて参戦したらしいよ、大潮の先々代もその時の作戦で戦死したって聞いたなぁ。」

 

 さぞ激しい戦闘が繰り返されたんでしょうね……その当時に比べたら、私たちの現状はぬるま湯と言われても反論できないかも……。

 

 「ここが合流地点よねぇ?船影が見えないんだけどぉ?」

 

 ホントだ、タンカーの大きさを考えればもう見えていてもおかしくないのに影も形もないわ。

 

 「時間は合ってるね……。満潮、二十七駆に連絡取ってみて。」

 

 「もうやってる、ちょっと待って。」

 

 何かあったのかしら……もしかして敵の襲撃を受けた?

 

 「ええ、じゃあ平気なのね?うん、わかった向かうから現在位置を教えて。」

 

 「襲われてたの?」

 

 「敵駆逐隊の襲撃を受けたらしいわ。でも撃退はしたってさ。」

 

 やっぱり敵の襲撃を受けていたのね、近海とは言え敵の襲撃はあるから艦娘による護衛は欠かせない、このせいで特に駆逐艦は毎日大忙しだ。

 

 「念のため合流してくれってさ、ここから10海里ほど先を航行中らしいわ。」

 

 「わかった、警戒レベルを一つ上げるよ。最大船速で二十七駆と合流する。」

 

 大潮さんの号令で針路と速度を変え航行再開、二十七駆が護衛しているタンカーを目掛けて猛然と突き進む。

 

 20分もしないうちに水平線にタンカーらしき船影が見えて来た、ここから見る限りだと被害はなさそうだけど……。

 

 ん?タンカーの方から誰か向かって来る、時雨さんと同じ白露型の制服だけど髪型も色も違う、アレは……白露さん?

 

 『あ!なんだ大潮達か、敵かと思って撃っちゃうところだったよ!』

 

 「敵艦隊に一人で突撃?相変わらず無謀ねアンタは。」

 

 「いやいや、一番艦としてはやっぱ一番に突っ込まないとね!こればっかりは時雨には譲れないよ!」

 

 通信じゃなくても声が届く距離まで近づいた白露さんが満潮の質問に答える、なるほど一番艦は一番に突っ込まないといけないのか。

 

 「朝潮ちゃんはマネしちゃダメよぉ。一番艦だからって突っ込むのは白露ちゃんくらいなんだからぁ。」

 

 参考にしようとした途端ストップをかけられちゃった、私の実力じゃまだまだダメか。

 

 「アナタが朝潮?大会の時は自己紹介できなかったけど、さすが一番艦だね!私と同じくらい威厳を感じるよ!よろしくね♪」

 

 なんか陽炎さんにも似たような事言われた気がするけど……私に威厳があるとは思えないんだけどなぁ……。

 

 「は、はい。こちらこそよろしくお願いします。」

 

 「白露、襲われたって聞いたけど被害は?大丈夫だったの?」

 

 「うん、平気平気。パパっとやっつけちゃったよ。」

 

 心配そうな大潮さんとは対照的に陽気に答える白露さん、まあ二十七駆は佐世保のトップ駆逐隊だし近海に出て来る敵くらいなら余裕なんでしょうね。

 

 「念のために横須賀まで護衛を継続しろって指示が出てるから、このまま同行するよ。」

 

 「ありがとう、じゃあ白露達はタンカーの上で待機しててよ。何かあったら呼ぶから。」

 

 「オッケー、じゃあ一足先に時雨達の所に戻ってるね。」

 

 大潮さんとこれからの打ち合わせを軽く済ませた白露さんがタンカーの方へ手を振りながら戻って行く。

 

 明るい人だなぁ、悩みとかなさそう。

 

 「大潮たちも行くよ。ただし警戒は緩めないで。」

 

 タンカーと合流した私たちは護衛を二十七駆と交代し、二十七駆の4人はタンカーへ乗り込んで行った。

 

 「このまま何事もなければいいですね。」

 

 「油断しちゃダメよ、私たちが失敗したらここまで護衛して来た子達の努力が無駄になるんだから。」

 

 満潮さんの言う通りだ、東南アジアだけで3カ所の泊地の艦娘が護衛に係わっている。

 

 私たちが失敗すればそのすべてが水泡に帰す、『おつかい』なんて言ってられないわ。

 

 「まあ気張り過ぎるのもよくないから、いつも通りにね。」

 

 「はい!」

 

 結局、二十七駆が襲われた以外に襲撃は無く。

 

 タンカーは無事横須賀港に入港し、私たちのタンカー護衛任務は成功に終わった。

 

 荒潮さんは『襲撃がなくて暇ぁ~』とか言っていたけど、私は無事に横須賀に戻れた事に心底ホッとしました。 

 

 「白露達はこれからどうするの?佐世保にトンボ返り?」

 

 「護衛して来たタンカーと一緒に戻って来いってさ、タンカーが出港するまでは横須賀で待機だね。」

 

 タンカーも石油を運んで終わりじゃないものね、運び終わったらまた戻らないといけないんだから当然護衛も必要になる。

 

 「と言うわけでしばら厄介になるからよろしくね満潮♪」

 

 「ホントに厄介よ!引っ付くなこの変態!」

 

 満潮さんに抱きつこうと近づく時雨さんを満潮さんが連装砲を向けて威嚇してる、そんなに嫌わなくても……お友達じゃないんですか?

 

 「なんなら私達が訓練見てあげようか?なんせ今年の大会の優勝駆逐隊だし!」

 

 そう言えば決勝に残った私達と十八駆が揃って失格になったから、三位決定戦で勝った白露さん達が繰り上げで優勝したんでしたね。

 

 「繰り上げ当選が何言ってるのよ!なんならここで白黒つける?コイツもぶっ飛ばしたいし!」

 

 連装砲で威嚇されようとお構いなしに抱きつこうとしてる時雨さんから必死で逃げ回る満潮さん、艤装背負ったまま走って疲れませんか?

 

 「やっぱり私は一番の神様に愛されてるわ♪私こそいっちば~ん!」

 

 一番の神様ってなだろ?世の中には色んな神様がいるのね。

 

 「気にしちゃダメよぉ、アレは白露ちゃんの鳴き声みたいなものだから。」

 

 なるほど『いっちば~ん』は鳴き声だったんですね、霰さんの『んちゃ』と比べると可愛げに欠けるけど。

 

 「ねえ、この子信じちゃってない?」

 

 「朝潮ちゃんは純粋だからぁ♪」

 

 「騙されやすいだけだと思うのは私の気のせいかな?」

 

 荒潮さんと白露さんが好き勝手言ってますが私はそこまで騙されやすくありません。

 

 世情に疎いだけです!

 

 「ねえ大潮、私たちってどこの部屋で寝たらいいの二駆の部屋?」

 

 「僕は満潮と同じ部屋でいいよ。と言うか同じ部屋がいい!」

 

 「私が嫌よ!こっち来んな!触んな!」

 

 二駆って言うと村雨さん達だっけ、やっぱり同じ艦型同士仲がいいのかしら。

 

 「それでもいいとは思うけど狭いよ?こうゆう時用の空き部屋があるからそっちに案内しようと思ってたんだけど。」

 

 「じゃあそっちで、有明、夕暮、時雨引っ張ってきて~。」

 

 「「は~い。」」

 

 初春型の有明さんと夕暮さんが、時雨さんを羽交い締めにして満潮さんから引き剝がそうとするけどなかなか手を離さない。

 

 「僕と満潮の仲を引き裂こうとするなんて、君たちにはガッカリしたよ!」

 

 満潮さんは本気で嫌がってるように見えるけど……ホントに仲いいの?

 

 「私はアンタにガッカリしてるわよ!ちょ!スカート引っ張らないで!」

 

 おお!懐かしい水色の下着が見えそう!ってそうじゃないわね、助けた方がいいのかな?でも満潮さんの態度が照れ隠しって可能性もなくもない訳で……悩ましいわね……。

 

 「そこで変な気使ってるバカ!助けなさいよ!」

 

 バカ?誰のことでしょう、人をバカ呼ばわりしちゃいけませんよ?

 

 「離れないんなら満潮ごと連れて行っちゃっていいよ?」

 

 「満潮ちゃんも嬉しそうだしねぇ。」

 

 「アンタ達目が腐ってるんじゃないの!?何処をどう見れば嬉しそうに見えんのよ!」

 

 なんだやっぱり照れ隠しなじゃないですか、心配して損しました。

 

 「朝潮ちゃん、悪いけど司令官に戻ったって報告だけしといて。報告書は後で持って行くから。」

 

 なんという幸運!いや大役!堂々と司令官にお会いできるなんて嬉しすぎます!

 

 「お任せください、全力で司令官とお話ししてきます!」

 

 「ちょっと待って朝潮!お願いだから助けて!助けてよぉぉぉぉ!」

 

 何を話そうかしら……特に変わった事はなかったし……。

 

 「残念だったね満潮、朝潮の耳に君の声は届いてないみたいだよ?」

 

 「耳元で囁かないでよ気持ち悪い!私にそっちの気はないって言ったでしょ時雨!」

 

 そうだ!岩国基地に寄ったって言ったら故郷話に花を咲かせてくれるかもしれないわ!

 

 「ねえ大潮、朝潮って実はバカだったりしない?」

 

 「普段はまともなんだけどね、司令官が絡むとバカになっちゃうんだよ。」

 

 「大潮ちゃんも白露ちゃんも酷いわぁ。恋する乙女なら当然の反応よぉ。」

 

 「このままじゃ私、乙女じゃなくなりそうなんだけど!?無視してないで助けなさいよ!」

 

 よし!これでいこう!そうと決まれば執務室へ急がなければ!

 

 「ひぃぃぃ!首筋を舐めるのやめて!マジやめて!」

 

 任務終わりで疲れているはずなのに足が羽のように軽い、執務室まで飛んでいけそうなほどだわ。

 

 「さあ満潮、一緒に天国へ羽ばたこう?」

 

 「一人で逝け!私にとっては地獄よ!」

 

 待っていてください司令官、今すぐ行きます!

 

 「もう待てないよ満潮、今すぐ部屋に行こう!」

 

 「絶対に嫌ぁぁぁぁ!朝潮ぉぉぉ!朝潮助けてぇぇぇ!」

 

 後ろで満潮さんが呼んでるような気がしますが足を止める訳にはいきません!司令官が私を待ってるんです!

 

 ああ、頬が紅潮していくのわかる。

 

 「ああ、君と触れてるだけ僕の顔が赤くなっていくのがわかるよ満潮。」

 

 「私は逆に真っ青になってるんだけど!?」

 

 執務室近づくにつれ鼓動も激しくなっていく。

 

 「なんだか心臓の鼓動も速いんだ。病気かな?」

 

 「間違いなく病気よ!しかも特殊な!」

 

 ちゃんと話が出来るか少し不安だけど……。

 

 「ちゃんと気持ち良くしてあげれるか少し不安だけど……。」

 

 「すでに気持ち悪いのよぉぉぉぉ!お願いだから離してぇぇぇぇ!」

 

 普段は同じ場所に居てもなかなか会えないんだ、だから……。

 

 「普段は違う場所に居てなかなか会えないんだ、だから……。」

 

 そう、きっとこれは神様がくれた私へのご褒美、堪能しなければ。

 

 不意に訪れた司令官とのひと時を!

 

 「「このチャンス、逃すわけにはいかない!」」

 

 秋の空に満潮さんの悲鳴がこだまする、明日もいい日になりそうね。

 

 夕日に照らされた執務室までの道が、まるで私と司令官のために敷かれた赤絨毯のように見える。

 

 司令官、貴方の朝潮が今参ります。



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幕間 少佐と由良 2

 女心と秋の空と言う言葉がある。

 

 変わりやすい秋の空模様のように、女性の心は男性に対する愛情に限らず、感情の起伏が激しいことや移り気だといった感じの意味だが、元々は女心ではなく男心だった。

 

 既婚女性が浮気をすることが重罪だった江戸時代頃に生まれた言葉で、女性に対する男性の愛情が変わりやすいことを表現したらしい。

 

 「なんでこんな書類がこっちに紛れてるの!?こんなの由良が処理できるわけないじゃない!」

 

 提督殿でなければ処理できない類いの書類が混ざっていたのだろうか、執務室の外では見せることのない憤慨した表情で書類を自分に寄越してくる。

 

 「それ、提督さんに渡してきてください!」

 

 Yes ma'am!と思わず言いそうになってしまうがギリギリのところで喉の奥に引っ込めた。

 

 由良は意外と博識だからな、ma'amがmadamの略な事くらい知っているかもしれない。

 

 別に軍隊なら問題はないのだが、三十路越えの女性や既婚女性に対して使われるマダムを、いくら艦娘が軍人扱いとは言え十代で未婚の由良に対して使うのは少し気が引ける。

 

 と言うか下手したら殺される。

 

 自分は死ぬなら戦場と決めているのだ、こんな所でアホな死に方はしたくない。

 

 「わかった、他にはないか?あるならまとめて持って行きたいんだが。」

 

 「少佐さん、この書類の山見えてます?この中から提督さん宛ての書類をわざわざ探せって言うんですか?冗談ですよね?ね?」

 

 至極ごもっとも、自分の思慮が足りませんでした、だから『ね?ね?』って言いながら迫ってくるのをやめてくれないか?

 

 いや、やめてくださいお願いします。

 

 「そうカリカリしないでくれ、自分もこうやって手伝っている事だし……。」

 

 「判子の一つも押せないくせに何が手伝いですか!」

 

 し、仕方ないじゃないか、いくら自分が提督殿の副官とは言っても出来ることと出来ないことがある。

 

 副官風情が提督殿の裁決がいる書類に判を押す事は出来ないんだ。

 

 「少佐さんの立場って中途半端ですよね。重要な決定は出来ないし、書類の見方も知らない。副官とは名ばかりで提督さんの使いっ走りじゃないですか。」

 

 今は君の使いっ走りだがな。

 

 「何か?」

 

 いえ何も、何も不満はございません。

 

 由良のような美人のそばに居られるばかりか不満の捌け口にまでして頂いて自分は幸せであります。

 

 羨ましがる部下に代わってやりたいくらいだ。

 

 「少佐さんってここで何してるです?」

 

 だから君の言葉のサンドバッグ兼使いっ走りだ!自分だって居たくて居るんじゃない!提督殿の命令で仕方なくここに居るんだ!

 

 「辰見さんも叢雲ちゃんの訓練にかまけて執務は殆どしてくれないし、頼みの綱の大潮ちゃんは出撃中だし。由良が居なかったらこの鎮守府終わりですよ!?」

 

 「だ、だが提督殿は執務をちゃんとしてるじゃないか……。」

 

 「提督さんしか処理できない書類以外は全部由良がやってるんですけど!?どっちが量多いと思ってるんですか!」

 

 いかん……フォローを入れてるつもりが火に油にしかなってない、提督殿……どうして自分をこんな目に遭わせるんでありますか……。

 

 「由良だって訓練や出撃したいんですよ……。」

 

 なんで!?なんで泣くの!?さっきまで怒ってたじゃないか!

 

 ど……どうすればいい?こうゆう場合、自分はどう対処すべきなんだ?

 

 ええい!背後を敵に奇襲された方がまだマシに思えてくる!

 

 「少佐さん知ってます?由良、改二になってから一度も海に出てないんですよ?」

 

 知ってます!ずっと相手させられてるから知ってますとも!

 

 「副官室(私たちの部屋)を作ってくれたのはいいですよ?でも由良は艦娘なんです!出撃したいんです!」

 

 ん?ここは君だけの部屋だろ?たしかに机は二つあるが自分は実質、君の愚痴聞き係だ。

 

 「いやほら、さっき由良も自分で言ってたじゃないか。自分が居なかったらこの鎮守府は終わりだって。」

 

 「提督さんの秘書艦だった頃は時間取れてたんです!」

 

 もうやだ……なんでまた怒るんだ?自分が何をした……と言うか君はまだ提督殿の秘書艦だろ?。

 

 「ところで、さっさとその書類持って行ってくれませんか?何ボサッとしてるんです!」

 

 はい、すみません行ってきます……。

 

 秘書艦室を出ると自然とため息が出て来た。

 

 「はぁ……やっと逃げれた……」

 

 執務室で少し匿ってもらおう、由良を自分に押し付けたのは提督殿なんだ、匿うのは当然!

 

 「失礼します。」

 

 執務室に入ると書類の山に囲まれた提督殿が机で悪戦苦闘していた、由良の机の上の書類と量が大差ないじゃないか……とても匿ってくれと言える雰囲気じゃない……。

 

 「ああ少佐か、どうした?」

 

 「こちらの書類があちらに混ざっていたようなので持って参りました。それにしてもすごい量ですね。」

 

 「辰見が叢雲の訓練に集中したいと言ってきたのでな、その分を私がやっている。」

 

 なんだ、辰見の分は提督殿がやってるんじゃないか。自分が居ないと鎮守府は終わりだと言っていたのに。由良も大げさだな。

 

 「大変ですね……。」

 

 「何を言ってる、お前たちの方も似たようなものだろう?」

 

 確かに量は似たようなものですが……やっているのは由良なので……。

 

 「お前だけでは不安だったんだが上手くやっているようだな、副官室を新しく作ったかいがあったよ。」

 

 副官室?秘書艦室の間違いでは?

 

 「おいおい、鳩が豆鉄砲食らったような顔してどうした?」

 

 「い、いえ……提督殿、副官室とは?」

 

 「お前と由良が使ってる部屋の事だろう、何言ってるんだ?」

 

 「え?は!?初耳ですが!?」

 

 「由良をお前の秘書艦にした時に話しただろう、『部屋を一つ新しく作る』と。大丈夫か?疲れてるんじゃないかお前。」

 

 はぁ自分はてっきり秘書艦室だと思ってましたが……。

 

 それよりも由良が自分の秘書艦?由良があの部屋に移ったのは大規模作戦の少し前だ。

 

 最低でもその頃には私の秘書艦になっていた?大規模作戦の準備でバタバタしてたのは確かだがそんな話は聞いたことがないぞ?

 

 大規模作戦の少し前に由良と一緒に水雷戦隊の指揮を執れとは確かに言われた覚えがある、もしかしてその事を言ってるんだろうか。

 

 「て、提督殿、ちなみにその話はいつ頃?いえ!忘れてるわけではなく一応……。」

 

 提督殿が疑いの眼差しを向けて来る。

 

 本当にすみません、覚えがないんです本当に……。

 

 「辰見が来た日に言っただろう、『お前と由良に水雷戦隊の指揮を任せたい。』と。」

 

 いや、確かに言われましたが……。

 

 「実際、指揮は執ってるじゃないか。今さら何をとぼけてるんだ?」

 

 ええ、指揮は執らせてもらってます、自分が疑問に思ってるのは由良が自分の秘書艦だと言う部分でして……。

 

 「艦娘と円滑にコミュニケーションを取るために秘書艦は必須だからな、だから経験豊富な由良をつけたんじゃないか。」

 

 わかりませんよ!副官室にしても秘書艦の事にしても、肝心な所を何一つハッキリ言ってないじゃないですか!

 

 提督殿はいつもそうだ!肝心な部分を言い忘れて言った気になる!自分がそれでどれだけ苦労して来たか……。

 

 由良を秘書艦にするという肝心な部分が抜け落ちてるじゃありませんか!

 

 それ以外は、まあ……その手の手続きもしましたし問題はありませんが……。

 

 「て、提督殿?自分は由良が……その……。」

 

 「わかってる!皆まで言うな!お前の由良への思いは気づいている。」

 

 さすが提督殿!自分が由良を苦手に思ってる事に気づいて……ん?じゃあなんで由良を自分の秘書艦に?

 

 「お前の由良へ向ける憂いを秘めた視線を見れば一目瞭然だ。」

 

 ええそうです!由良と一緒に居なければならないと思うと自分の身が心配で恐ろしくなるんです!

 

 「由良にちゃんと想いを伝えられるか心配だったのだろう?だからお膳立ても兼ねてお前たち二人を組ませたんだ。」

 

 勘違いしてますよね?自分が由良に惚れてると勘違いしてますよね!?勘違いしないでよね!由良の事なんかぜんぜん好きじゃないんだから!むしろ恐怖の対象だから!

 

 「ところで、お前ちゃんと由良の時間を作ってやってるか?お前の秘書艦にしてから海に出てるところを見たことがないぞ。」

 

 いや……自分に書類の処理は……。

 

 「書類なんて適当に確認して判子押せばいいような物しか回してないんだ、二人でやれば午前中で終わるはずだぞ?まあ、由良と一緒に居たい気持ちはわからんでもないが……。」

 

 そんなに簡単な書類だったんですか!?じゃあ量が多いだけ!?そうゆう事なら自分が全てやりますよ!由良と離れられるなら書類仕事は全部自分がやります!

 

 「由良をとられたおかげで私の方はこの様だ、感謝しろよ?」

 

 いえ恨みます、自分を地獄に叩き落してくれたことを。

 

 「新たに秘書艦を任命されないのですか?」

 

 もしくは由良を再度提督殿の秘書艦に……。

 

 「なかなか任命する気になれなくてな……。」

 

 いきなり由良を勧めてはなんだな、ここは軽く朝潮あたりから……。

 

 「朝潮などはどうです?真面目ですし、秘書艦業務も問題なくこなせると思いますが。」

 

 「ふむ、朝潮か……。」

 

 提督殿は朝潮を鍛えようと必死だ、きっと別の艦娘がいいと言うはず。

 

 そこですかさず由良を勧めれば……。

 

 「そうだな、朝潮に頼んでみよう。」

 

 「ですよねー!では由良などは……ってええ!?朝潮を秘書艦に!?」

 

 「何を驚いてる、勧めたのはお前だろう。」

 

 たしかに勧めましたが、それは提督殿が却下する前提の軽いジャブみたいなものでして……。

 

 コンコン……。

 

 ん?誰だ?遅いから由良が連れ戻しに来たか?

 

 「駆逐艦朝潮です!タンカー護衛任務の報告に参りました!入室してもよろしいでしょうか!」

 

 先代の朝潮と同じで生真面目な挨拶だな、昔を思い出してしまいそうだ。

 

 「構わないよ、入りなさい。」

 

 「失礼します!」

 

 なんだか鼻息が荒いな、走って来たんだろうか。

 

 「丁度いい所に来てくれた、君に話があるんだ。」

 

 まずい!このままでは由良を提督殿に押し付ける自分の作戦が!

 

 「と言う事で少佐、さっさと出て行け。」

 

 出て行けと来ましたか!右手で『しっ!しっ!』とまでしちゃって!わかりましたよ!出て行きますよ!ついでに憲兵に通報しといてやる!

 

 「し、失礼しました……。」

 

 とは言ったものの、通報なんてしても無駄だよなぁ……どうせ丸め込んでしまうだろうし……。

 

 重い足取りで秘書艦……じゃない、副官室に戻ると由良が鬼のような形相でドアの前に立っていた。

 

 母さん、自分はここで死ぬかもしれません……。

 

 「遅い!書類一枚渡すだけでどうしてこんなに時間かかるんですか!」

 

 君を提督殿に押し付けようとしてた。

 

 なんて口が裂けても言えないな、どう言い訳しようか……。

 

 「説明してくれますよね?ね!」

 

 「ゆ、由良の事で提督殿と話をしてたんだ!」

 

 「え?由良の事を……?」

 

 嘘は言っていないよな?うん……言ってない、。

 

 「提督殿に聞いたんだ、ここに回ってくる書類は適当に見て判子押してればいいような書類ばかりだと!」

 

 「一概にそうとは言えませんけど……少佐さんでも処理できる書類ばかりではありますね……。」

 

 よし、由良を押し付けられなかった以上、自分の心の平穏を得るにはこれしかない!

 

 「今まで君にばかり仕事を押し付けてすまなかった!自分では処理できない書類だと思い込んでいたんだ。でもこれからは自分が全てやる!君の時間は自分が作る!」

 

 「そ、そんな……由良は少佐さんが書類仕事は苦手なんだと思って……それで由良が全部……。文句は言ってましたけど……。」

 

 ん?なんで顔を赤くするんだ?まさか怒りのゲージが振り切れているのか!?

 

 これはいかん!由良に出て行って貰うために畳みかけなければ!

 

 「もう心配しなくていい、君の苦しみは自分が全て引き受ける!自分を信じてくれ!」

 

 驚いた表情で自分を見つめる由良、これはいけそうだな。

 

 面倒な書類仕事は全て自分がやるから由良は外で好きなだけ暴れて来てくれ!お願いです!

 

 「そ……それは少佐さんなりの……プ……プロポ……。」

 

 プロポ?ラジコンか?たしかラジコンの操作方式の一つのプロポーショナル式の略だったな、それがどうした?

 

 「しょ、しょうがないですね!今回は許してあげます!」

 

 よくわからないが怒りは収まったみたいだな、じゃあ君は明日から……。

 

 「でも執務は一人じゃ大変ですから二人でやりましょ!ね!ね!」

 

 「い、いや君は訓練とか……。」

 

 「二人でやればすぐ終わります!それに……共同作業みたいで嬉しいじゃないですか……。」

 

 いやいやいや、共同作業って何!?ケーキカットじゃないんだから!

 

 「じゃあさっそく始めましょう!あ、お茶を煎れましょうか?いい新茶が手に入ったんです♪」

 

 そんなにコロコロ機嫌を変えて疲れないか?自分は精神的に疲れ果てたぞ。

 

 そのうちハゲてしまいそうだ……。

 

 「わからないことがあったら遠慮なく聞いてくださいね♪」

 

 自分は君の機嫌が直った訳が知りたいです。

 

 怖くて聞けないけど……。

 

 「今日から頑張りましょう♪由良も、頑張りますね!ね!うふふっ♪」

 




 

 由良が少佐の秘書艦になったくだり、かなり強引だったなぁと少し反省。

 一応「提督と辰見」の最後の方で少しだけそれっぽい事書いてるんですが、あの辺でもう一話幕間挟めばよかったなぁ……。


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朝潮遠征 2

 こんにちは、朝潮です。

 

 山の木々の色が赤く染まりだした秋の日の昼下がり、きっと今の私の顔も木々の色に負けないくらい真っ赤になってると思います。

 

 だって司令官が執務室の一角に設けられたソファーの上で、私の膝を枕にして寝てるんですよ?これで赤面するななんて無理な話です。

 

 なぜそんな事になってるかと言いますと、昨日任務の報告のために執務室を訪れた時に司令官から秘書艦の任を拝命いたしまして、今日はその初日だったんです。

 

 秘書艦の任を受ける前に、訓練の時間や出撃頻度が減る旨は伝えられましたが、出撃はともかく訓練は減った分自主トレすれば問題ありませんし、何よりこんなチャンス滅多にないのに私が断るはずありません!

 

 そして今日のマルナナマルマルに執務室に到着すると、すでに司令官が執務を開始されていました。

 

 「おはようございます司令官!も、申し訳ありません!遅刻してしまいました!」

 

 「おはよう朝潮、遅刻はしてないぞ?マルハチマルマルからでいいと言っただろう?」

 

 「ですが……。」

 

 司令官はすでに書類の山の間でお仕事を開始されてますし……。

 

 「ああ、私が仕事をしてたから勘違いしたのか。実は昨日あまり眠れなくてな、ボーッとしてるのもなんなんで早めに始めてたんだ。」

 

 あまり眠れなかったって……お体は平気なのかしら、言われて見れば目の下に若干隈が……あまりではなくまったく寝てないのでは?

 

 「来るのが随分と早いが、昨日はちゃんと眠れたか?」

 

 「はい!私は就寝時間には眠くなってしまうので!」

 

 他の三人が何か騒いでたような覚えはありますけど。

 

 「そうか、それはよかった。」

 

 どうしたんだろう?少しガッカリしてるような気がしないでもないわね。

 

 ガチャ。

 

 ん?ドアノブから音が……ノックもせずに誰かしら。

 

 「先生居る?入るわよ?」

 

 そう言って入って来たのは普段の赤い着物ではなく浴衣姿の神風さんだった、肩掛けに水筒、手に持ったお盆の上に載ってるはオニギリとお漬物、それに空の器、司令官の朝食?二人分あるように見えるけど。

 

 「あれ?朝潮じゃない、何してるの?」

 

 「今日から秘書艦をする事になったので……。」

 

 「へぇ、あの話本気だったんだ。」

 

 司令官は神風さんに話してたのね、それよりも神風さんこそそんな格好で何してるんですか?執務室ですよここ。

 

 「そんなに睨まなくてもいいじゃない。貴女は知らないだろうけどいつもこうなの。」

 

 また自慢ですか?ええ知りませんとも、私は司令官のプライベートをほとんど知りません。

 

 でもこれから知っていくんです、なんたって私は今日から秘書艦ですから!

 

 「はい先生、朝ご飯。こっちでいいでしょ?」

 

 「ああ。すまん朝潮、少し待っててくれ。」

 

 ドアから入って左側にある来客スペースのテーブルに朝食を広げだす神風さん、空の器に水筒から注いでいるのはお味噌汁かな?

 

 「朝潮は朝食を食べたのか?」

 

 「は、はい!ここに来る前に……。」

 

 司令官がここで朝食を食べていると知っていれば、私もここで一緒に食べたんですけど……。

 

 「あ、そうだ!明日から朝潮が先生の朝ご飯作ってあげなさいよ!私も早起きしなくて済むし!よし決まり♪」

 

 勝手に決めないでください、司令官の朝ご飯を作ること自体は私も大歓迎ですが……問題が一つ……。

 

 「朝潮が作ってくれるのか!?神風もたまにはいい事を言うじゃないか!」

 

 「たまには?」

 

 いえ、喜んでくださるのは光栄なのですが……。

 

 「まあ朝潮なら料理くらい余裕でしょ。あ、先生知ってる?呉にはどんな料理でも毒物に変える戦艦と駆逐艦が居るらしいわよ。」

 

 余裕じゃないです、私料理なんて作った事ありません……。

 

 「それ大丈夫なのか?今度霞に聞いてみるか。」

 

 「朝潮ならそんな事にならないわよね?」

 

 だいじょばないです……正直、自信がまったくありません……。

 

 「どうした朝潮、顔色が悪いぞ?」

 

 「い、いえ別に……。」

 

 目を逸らす前に神風さんが悪だくみしてるような顔をしてるのがチラッと見えた、この人気づいてるわ。

 

 「ねえ朝潮?得意料理とかある?」

 

 目を逸らしたままの私の顔を、下から覗き込むように神風さんが見て来る。

 

 得意料理もなにも、私は料理が作れません!カップラーメンが精いっぱいです……。

 

 「神風、あまりイジメるな。」

 

 もしかして司令官も気づいてます?と言う事は私が料理できないことが司令官に知られてしまったってことね……蒙古斑の事を知られた時以来のショックだわ……。

 

 「はいはい、せっかく先生の朝食係から解放されるかと思ったのに。」

 

 その割にたいして残念そうじゃないですね、実は進んでやってるんじゃないです?

 

 「司令官の朝食はいつも神風さんが作ってるんですか?」

 

 「そうよ、一人分も二人分も手間は変わらないからね。食堂で食べればいいのに食べたがらないのよこの人。」

 

 それで食堂で司令官を見たことがなかったのね、でもどうしてだろう?

 

 「私が食堂に行くと皆が緊張してしまうだろう?」 

 

 なるほど!さすが司令官、部下への気配りも完璧ですね!

 

 「気にし過ぎじゃないの?先生を見て緊張するどころかテンション上がる子もいると思うけど?」

 

 います!少なくともここに一人居ます!

 

 「若い娘が朝からむさ苦しいオッサンを見て喜ぶか?」

 

 何を仰います司令官!そのむさ苦しさが司令官の魅力じゃないですか!

 

 「ごちそうさま、美味かったよ神風。」

 

 「お粗末さまでした。でも美味しいならもっと美味しそうな顔して食べてよ、いつも仏頂面で食べてるじゃない。」

 

 なんだか夫婦みたいな会話ですね、また女房気取りですか?

 

 「さて、仕事に戻るか。待たせてすまなかったな朝潮。」

 

 「いえ!司令官が待てと仰るならいつまでも待つ覚悟ですから!」

 

 ソファーから腰を上げた司令官が悠然と執務机に戻って行く、食べてすぐ仕事だなんて……もう少しゆっくりした方がよろしいのでは?

 

 「昨日寝てないみたいだけど平気なの?」

 

 やっぱり寝てなかったんだ……でもどうして寝なかったんだろう。

 

 「一晩くらい平気だ三日三晩徹夜で行軍したこともあるんだぞ?」

 

 「それ若い頃の話でしょ?もう歳なんだから無理しちゃダメよ。」

 

 小言を言い続ける神風さんと、大丈夫だと言い張る司令官。

 

 二人の光景を見ていると、私の心の中で嫉妬の炎がメラメラと燃え上がっていくような気がする、いいなぁ……私も司令官とあんな会話してみたい。

 

 「わかったからとっとと部屋に戻れ。あ、それとお前は今日出撃があるからな、準備しておけよ。」

 

 「出撃?どこに?」

 

 「朝潮の代わりに大潮たちと哨戒だ。」

 

 「哨戒くらい三人でもいいじゃない。なんで私まで……。」

 

 哨戒も大切な任務ですよ?嫌がっちゃいけません。

 

 「そうでもしないとお前、用もないのにここに入り浸るだろうが、気分転換に行ってこい。」

 

 私が司令官に会えなくて悶々としてる時にそんな羨ましい事をしてたんですね……もうずっと出撃しててください。

 

 「はいはい、わかりましたよーだ。」

 

 神風さんが頭の後ろで手を組んで司令官に背を向ける、いくら仲がいいとは言っても不敬すぎないかしら。

 

 「あ、今日の晩御飯何がいい?」

 

 頭だけ振り向いて司令官に尋ねる神風さん。

 

 晩御飯まで作ってるのか、私もお料理の勉強しようかな……。

 

 「……なんでもいい。」

 

 「またそれ?なんでもいいが一番困るんだけどなぁ。」

 

 親子どころか完全に夫婦の会話じゃないですか、入り込む隙間が皆無だわ……。

 

 「朝潮、さっそくで悪いが頼んでいいか?」

 

 退室した神風さんと司令官の会話の睦まじさにモヤモヤしていると、司令官に呼ばれた。

 

 本格的に秘書艦開始ね!待ってました!

 

 「はい!お任せください!」

 

 私は執務机の前に移動し要件を伺う。

 

 嫉妬するのは後にしよう、今はとにかく仕事を覚えないと。

 

 「しばらくはお使いがほとんどだと思うが、頑張ってくれ。書類の処理の仕方も追々教えていく。」

 

 「了解しました!」

 

 そんな感じで、お昼まであっちこっちに書類を届けたり司令官にお茶を煎れたりしながら過ごし、『先に食べておいで』と言う司令官のご厚意に甘え、お昼ご飯を食べて執務室に戻るとソファーで舟を漕いでいる司令官を見つけた。

 

 「司令官?」

 

 起こした方がいいのかしら……でも昨日寝てないみたいだし……。

 

 ポト……。

 

 司令官の帽子がソファーの前のテーブルに落ちた、あのままじゃテーブルに頭をぶつけちゃいそうね。

 

 私はそばまで移動し隣に腰かけ、司令官を背もたれにもたれ掛けさせようと触れた瞬間、司令官がこちらに倒れて来た。

 

 「し、司令官……!」

 

 危ない危ない、もう少しで大声を上げてしまうところだった。

 

 だって司令官が前のめりになりかけてた事もあって、丁度頭が私の太もも辺りに降って来ちゃったんだもの。

 

 起きる気配はないわね……どうしよう、机を見る限り執務はほとんど終わってるみたいだけど。

 

 「でも司令官に膝枕をしてあげれる機会なんてコレを逃したらもうないかも……。」

 

 それに少ししたら起きるわよね、それまではこの状況を堪能させてもらおう!

 

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・・

 

 と思ったのがかれこれ二時間ほど前、司令官は今も私の膝の上で静かに寝息を立てています。

 

 「よっぽどお疲れだったんですね……。」

 

 私は司令官の白髪交じりの頭を撫でながら呟く、司令官が昨夜寝てない事に感謝しなきゃ、じゃないと司令官の寝顔を見る機会なんていつ来るかわからなかったもの。

 

 コンコン!

 

 執務室のドアがノックされる、神風さんじゃないわよね?あの人はノックなんてしないし。

 

 「失礼します。提督殿、この書類なのですが……。」

 

 この人はたしか少佐さん?執務室に司令官が居ないのを少し訝しんで周囲を見渡し、ソファーの私たちを見つけて意外そうな顔をした。

 

 「これは……珍しい物を見たな……。」

 

 「あ、あの……司令官は昨日眠れなかったみたいで……それで……。」

 

 まずいかな、部下にこうゆう所を見られたら司令官の威厳が損なわれちゃうんじゃ……。

 

 「いや、いいよ朝潮。そのまま寝かせてあげてくれ、見なかったことにするから。」

 

 少佐さんが慈しむように司令官を見つめる。

 

 「朝潮、この書類を提督殿が起きたら渡しておいてくれないか?廊下で会って受け取ったとでも言っておいてくれ。」

 

 「はい、お預かりします。」

 

 私は少佐さんから書類を受け取り、内容が見えないように裏面を上にしてテーブルに置いた。

 

 「あの……。」

 

 「ん?どうした?」

 

 「先ほど珍しいもの見たと仰いましたが、どうゆう事ですか?」

 

 司令官だって睡眠はとるだろうし、別に珍しい事とは思えないんですが。

 

 「提督殿は眠りが浅いんだ。普段の提督殿ならノックの音どころか、自分が歩いてくる廊下の足音で飛び起きてたと思うよ。」

 

 じゃあどうして今も寝たままなんだろう?声を潜めているとは言え、そんなに音に敏感なら起きてもいいような気がするけど。

 

 「自分が珍しいと言ったのは提督殿が熟睡してる事さ、よっぽど朝潮の膝枕は寝心地がいいんだろうな。」

 

 少し意地悪な笑い方で少佐さんが茶化す、私がここに戻った時にはすでに寝ていたんですが……。

 

 「今渡した書類以外は終わってるみたいだな、すまないが起きるまでそうしててあげてくれないか?任務報告とかは自分と由良で処理しておくから。」

 

 「はい、わかりました。」

 

 机を一瞥して少佐さんが執務室を後にする、初めてまともにお話したけどいい人そうね。

 

 「私の膝枕はそんなに気持ちいいですか?司令官が望まれるならいつでもしてあげますよ?」

 

 再び司令官に視線を落とし、そう呟いてみる。

 

 我ながらなんと恥ずかしいセリフを……顔の火照っていくのがわかるわ。

 

 「う……う……ん……。」

 

 司令官の顔が苦しそうに歪む、夢でも見てるのかしら?でもこの様子だといい夢じゃなさそう……。

 

 「……ま……い……。」

 

 寝言?どんな夢を見ているのかしら。

 

 「す……ま……ない……。」

 

 すまない?誰かに謝ってる?いったい誰に?

 

 「俺は……お前たちを……。」

 

 途切れ途切れだった寝言が次第にハッキリとしたものになっていく、お前たちとは誰を指してるんだろう。

 

 「許してくれ……許して……。」

 

 司令官の眼尻に浮かぶ涙を見て胸が締め付けられるような感覚になる。

 

 「何を……許してほしいんですか?」

 

 司令官の頭を撫でながら聞いてみる。

 

 「俺の命令で……お前たちを死なせてしまった……。」

 

 そうか、司令官は部下に対して謝っているのね……自分が下した命令で戦死していった部下に……。

 

 「大丈夫ですよ……誰も貴方を恨んでなんかいません……。」

 

 本当にそうなのかなんてわからない、だけどこの人の苦しみが少しでも和らぐのなら嘘くらいいくらでもついてあげます。

 

 「辛かったですよね……貴方は部下を大切にする人だから……。」

 

 ここの艦娘や私兵の人達を見てたらわかります、みんな貴方の事を尊敬してますし大好きです。

 

 「貴方は偉いですね、こんなに苦しんでいるのにおくびにも出さず毅然として。」

 

 自分の命令で人が死んでいく、私には想像もできません。

 

 でも貴方はその苦しみに耐え続けて来た、その苦しみがいつまで続くかもわからないのに……。

 

 「私が代わってあげれればいいのに……。」

 

 この人の心の傷を癒すと誓ったのに私はまだ何もできていない、窮奇も討ち損じた。

 

 「貴方のお役に立ちたい……貴方の支えになりたい……。」

 

 貴方とずっと一緒に居たい……。

 

 だけど方法がわからない、窮奇を討ち取れば少しは傷も塞がるかもしれない。

 

 でもその後は?きっと深海棲艦を根絶してもこの人の心の傷は癒えない、なんとなくだけどそう思えてしまう。

 

 「私は……どうしたらいいですか?」

 

 聞いても答えが返ってくるなんて思ってない、だけど口に出さずにいられなかった。

 

 「そばに……居てくれ……。」

 

 「え……?」

 

 起きてる?いや、寝息は規則正しく続いている、寝言なのは間違いないけど……。

 

 「私で……いいんですか?」

 

 私に対して言ったんじゃないかもしれない、答えもきっと返ってこない。

 

 それでも、私を選んでほしいという浅ましい欲望が口を突いて出てしまった。

 

 司令官の事を思っているようで、結局は自分の欲望を優先するなんて……。

 

 「嫌な女ですね……私って……。」

 

 自己嫌悪でどうにかなってしまいそうだわ。

 

 けど、私がそば居ることで貴方が癒されるなら私は貴女のそばに居続けます。

 

 「私は……朝潮はいつまでも貴方のそばに居ます。私は貴方の剣で、貴方は私の鞘なんですから……。」

 

 司令官の涙を指で拭い、私は慈しむように頭を撫で続けた。

 

 貴方を悲しませたりしません、貴方の悲しむ顔を見ると私まで悲しくなってしまいますから。

 

 貴方と一緒に歩みたい、どんな苦難に満ちた道でも、貴方となら乗り越えられる気がするから

 

 貴方と一緒に笑いたい、貴方の笑顔を見ると私も嬉しくなるから。

 

 こんな欲望まみれの私ですけど、末永くお仕えさせてください。

 

 貴方に要らないと言われるその日まで……。

 

 「私は貴方に、全てを捧げます……。」

 

 私は最後にそう一言だけ呟いた。

 



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朝潮遠征 3

 「サンマ漁……ですか?」

 

 秘書艦の仕事にもだいぶ慣れてきた十月の初め、司令官が私に下した命令の内容に思わず質問で返してしまった。

 

 「そう、サンマ漁だ。急ですまないんだが、明日応援に行って欲しい。」

 

 漁師さんのお手伝いをすればいいんでしょうか、でも魚釣りなんてしたことないし……。

 

 「ねえ、先生。この子たぶんわかってないわよ?」

 

 ソファーに寝そべってダラダラしている神風さんが助け舟を出してくれた。

 

 出してくれたのはいいのですが、うつ伏せでソファーのひじ掛けに顎を載せてるそのダラケっぷりはいかがなものかと……。

 

 「そういえばそうか。サンマ漁は通称で正確には漁業船団護衛任務だ。」

 

 漁業船団護衛任務とは書いて字の通り、漁業を行う船団を護衛する任務で遠征任務の一つに含まれます。

 

 消費量が年々減る一方であるとは言え、今だに魚の消費量が世界でも上位に食い込む日本だけど、深海棲艦が出現した当初は船もまともに出すことができず、一時期はスーパーの売り場どころか飲食店からも魚の姿が消えたとか。

 

 その代わりに岸から釣れる魚と川魚の値段が高騰したらしいです。

 

 そんな事情もあって発令されたのがこの漁業船団護衛任務。

 

 艦娘の数に限りがあるため船団単位でしか護衛は出来ないけど、この任務のおかげで日本の食卓に魚が戻って来ました。

 

 「あの頃は鯖の切り身が1000円超えてたな……。下魚と言われてた時代が嘘みたいだったよ。」

 

 とは司令官の言ですが、今でも海魚の値段は深海棲艦出現前より高いらしいです。

 

 自分で買ったことがないので詳しい値段はわかりませんが……。

 

 その任務も、サンマの水揚げが始まる八月上旬から十一月末の四か月間は名称が変わり『サンマ漁』の通称で呼ばれだしますます。

 

 理由は簡単、美味しいサンマが捕れるこの時期、第一海軍区内の漁師さんたちはサンマしか狙わなくなるからです。

 他の魚ももちろん捕るんですが、この時期はあくまでオマケ扱いになります。

 

 戦局が安定してるとは言え遠洋漁業はリスクが高いから普通の人はやりたがりませんし、沿岸漁業も艦娘の護衛なしではまともに出来ませんからね。

 

 戦前ですら、四か月サンマ捕って残りの八か月はオフと言われていたサンマ漁(ホントかどうか知りませんよ?)です、海魚の値段が上がった現在の収入は当時の二倍近くだとか。

 

 漁師さんが群がるのも当然ですね。

 

 「サンマは秋の味覚の代表格だからな。いくら戦時中とは言え、日本人は食わずにおれんらしい。」

 

 私はあの(わた)が苦手なのですが……だって苦いんですもの。

 

 「そんな事言って、先生ってサンマの(わた)食べれないじゃない。」

 

 司令官もですか!?わかります!食べれないですよね!よかった、司令官と同じで♪

 

 「あの(わた)を口に含んで日本酒をキューっとやるのがいいのに。」

 

 ソファーに胡坐をかいてお猪口をクイッとやる仕草を神風さんがやって見せる、おじさん臭いですよ?

 

 「その任務を仕切ってる子から、明日応援をくれと頼まれてな。向かわせられそうな子を探してみたら君ともう二人しか居なかったんだ。」

 

 もう二人?その一人は神風さんかしら、見るからに暇そうだし、だけど……。

 

 「でも私には秘書艦の仕事が……。」

 

 任務だから仕方ないけど、できれば司令官と離れたくないな……。

 

 「それは神風にやらせるから心配しなくていい。コイツを行かせるのが一番いいんだが……。」

 

 チラリと神風さんを覗き見る司令官、神風さんを行かせられない理由でもあるのかしら。

 

 「コイツだと漁師達とケンカを始めかねん……。」

 

 なるほどそれで……司令官が大きなため息をついてる、心中お察しします……。

 

 「私が行ってもいいわよ?秘書艦やるよりよっぽど気楽だし。」

 

 たまにはいい事を言いますね神風さん!それで行きましょう!

 

 「バカな事を言うな、今のご時世で漁師の機嫌を損ねたら、また食卓から魚が消えるぞ。」

 

 「いいじゃない、今の若い子は魚なんて食べないでしょ?」

 

 見た目だけは若い神風さんが言うと違和感ありまくりですね。

 

 「それにお前、漁師を甘く見てるだろ。奴らはヤクザより気性が荒い連中だぞ、いくらお前でもそんな連中を相手にできまい。」

 

 あくまで司令官個人の感想です。

 

 「魚雷で吹き飛ばすから大丈夫。」

 

 「大丈夫な訳あるか!お前俺の話聞いちょったか!?」

 

 あ、久しぶりに司令官の方言が聞けた、ちょっと役得♪

 

 「ゴホン!まあそんな訳でコイツを行かせる訳にはいかんのだ。」

 

 そうゆう事なら仕方ないですね、それに司令官のご命令なら断る理由はありません。

 

 「お任せください!この朝潮、見事サンマを殲滅して見せます!」

 

 「殲滅しちゃダメでしょ。」

 

 「……。」

 

 司令官が頭を抱えてしまった……そのくらいの覚悟で任に当たると言う意気込みなだけですよ?ホントに殲滅なんてしません。

 

 「と、ところで残りの二人と言うのは?」

 

 話を逸らそう、残りの二人が誰なのかも気になるし。

 

 「満潮と叢雲だ、この二人と一緒に行ってもらいたい。満潮は非番だから部屋に居るだろう、叢雲は……たしか辰見が改装の申請を出していたな。おそらく工廠に居ると思うぞ。」

 

 満潮さんと叢雲さんか、二人とも気が強いけどケンカしたりしないかな……。

 

 「サンマ漁は早朝行われるから今日は早めに寝るようにな。詳しい話は……そうだな……。」

 

 右手を顎に当てて司令官が何やら考え込んでる、何か心配事でも?

 

 「今日はもう終わりでいいから満潮と叢雲を連れて七駆の部屋に行ってみなさい。そこに居なければ朧あたりに居場所を聞いてみると言い。」

 

 はあ、一体誰に会えばよろしいんでしょうか、七駆の部屋と言う事は七駆の誰かなんでしょうけど……。

 

 「先生、仕切ってる子の名前言ってないわよ。」

 

 「ん?そうだったか?」

 

 私が言いにくい事をホント平気で言いますね、こうゆう遠慮をやめるところから始めるべきかしら。

 

 「そうよ、先生はいつも肝心な所を言い忘れるんだから。」

 

 「う……すまん……。」

 

 気にしないでください司令官!私は気にしてませんから!

 

 「七駆の曙だ、うちが担当している地域での漁船の護衛は全てその子が仕切っている。」

 

 曙さんか、たしか満潮さん並に気が強い人ですよね?最初に会ったのはたしか初出撃の時だったっけ。

 

 「これが装備品の使用許可書だ。曙に渡しておいてくれ。それで今日の仕事は終わりだ。」

 

 司令官が書類を手渡してくる、これで今日は司令官とお別れか……司令官を膝枕したあの日が恋しい、寝起きで慌てた司令官可愛かったなぁ……。

 

 「朝潮?」

 

 「あ、すみません!お預かりします!」

 

 思わず物思いに耽ってしまった、ドキドキしてるのは私だけで司令官は普通なんだもんなぁ……。

 

 「では!失礼します!」

 

 「ああ、よろしく頼むよ。」

 

 これから司令官と神風さんは二人きりか、いいなぁ。

 

 嫌な妄想ばかりが頭を支配していく、いくら親子みたいな関係と言っても血縁関係はないんだ、どうしても嫌な考えが頭をよぎっちゃうわ。

 

 名残惜しく執務室を後にした私は、八駆の部屋で暇を持て余していた満潮さんに事情を話して七駆の部屋に向かった。

 

 「よりによってサンマ漁に駆り出されるとは……。ついてないわ……。」

 

 「満潮さんはサンマ漁が嫌いなんですか?」

 

 心底嫌そうに廊下を歩く満潮さん、そんなに辛い任務なのかしら。

 

 「嫌いよ、魚臭くなるし漁師の人たちはむさ苦しいし。」

 

 そんな理由で……ダメですよ?日本の食卓のためにも頑張らないと。

 

 「私はてっきり曙さんとそりが合わないから嫌なのかと思いましたが。」

 

 「それもあるわね、あの子口が悪いのよ。気も強いし変に不幸ぶってるし。」

 

 口が悪くて気が強いのは満潮さんも一緒では?口が裂けても言えませんが。

 

 「で?もう一人は叢雲だっけ?」

 

 「はい、今は工廠で改装を受けているらしいです。」

 

 そういえば叢雲さんも気が強いわね、叢雲さんはどちらかと言うとプライドが高いお嬢様って感じだけど。

 

 「この組み合わせは悪意を感じるわ……霞まで居たら最悪だったわね。」

 

 そこまで言わなくても……最近始めたラインではとても素直でいい子ですよ?ギャップがすごいです。

 

 「もう着いちゃった、まあ私たちの部屋とそんなに離れてないし当然か。」

 

 ちなみに七駆の部屋は庁舎海側二階の一番東に位置します、先代が秘書艦じゃなかったら本当はここが八駆の部屋になってたみたいです。

 

 「アンタがノックして……。」

 

 第七駆逐隊と書かれた表札がかかった部屋の前でノックを躊躇う満潮さん、そういえば私達以外の駆逐艦と話してる所をあまり見た事がないわね、仲悪いのかな。

 

 コンコン! 

 

 『居留守ですよー。誰も居ませんよー。』

 

 いや、いますよね?自分で居留守って言ってるじゃないですか。

 

 「いいから開けなさいよ漣。用事があるの。」

 

 『その声……満潮!?何で!?』

 

 そんなに意外そうにしなくても……満潮さんが不機嫌そうにそっぽ向いちゃったじゃないですか。

 

 「あ、ホントに満潮だ。それに朝潮も。」

 

 ドアを開けて出迎えてくれたのは漣さんではなく朧さんだった、いつも頬っぺたに絆創膏を張ってる七駆の旗艦をやってる人だ。

 

 「朝潮はともかく、満潮が訪ねて来るなんて珍しいね。どうしたの?」

 

 「明日のサンマ漁に駆り出されることになったのよ。」

 

 目を合わせずぶっきら棒に答える満潮さん、ダメですよ?朧さんが困ったような顔してるじゃないですか。

 

 「じゃあ曙に用があるんだね。でも困ったな……曙今出てるのよね……。」

 

 朧さんが横目で部屋の中を見るよう促してくる、部屋の中に居るのは漣さんと潮さんだけか。

 

 「ぼのたんなら工廠裏じゃない?釣り竿持ってたし。」

 

 釣り竿?工廠裏って釣りができるのかしら。

 

 「そう、じゃあそっち行きましょ。叢雲に合流するのにも丁度いいし。」

 

 「あ、ちょっと満潮さん!」

 

 挨拶もせずにさっさと歩いて行ってしまった、もうちょっと愛想よくすればいいのに。

 

 「ふふ、満潮は相変わらずだね。」

 

 「すみません、私からよく言っておきますので……。」

 

 たぶん言えませんけど……。

 

 「いいよいいよ、慣れてるから。それより早く追いかけた方がいいんじゃないの?」

 

 朧さんに言われて満潮さんの方を見てみるとすでに階段を降り始めていた。

 

 「ホントすみません!では、私もこれで!」

 

 朧さんと部屋の中の二人に頭を下げて満潮さんを追いかける、少しくらい待ってくれてもいいのに。

 

 「満潮さ~ん!待ってくださ~い!」

 

 「遅い!何トロトロしてるのよ!」

 

 庁舎と工廠の丁度中程で追いつくなり怒られてしまった。

 

 お、怒らなくても……満潮さんの代わりに散々頭を下げて来たんですよ?

 

 「う……ごめん……言い過ぎたわ……。」

 

 満潮さんが私の顔を一瞬見てバツが悪そうに頭を掻きながら謝ってくる、別に気にしてはいませんけど……。

 

 「私たち以外と話すの苦手なんですか?」

 

 「べ、別に苦手な訳じゃないけど……。」

 

 苦手と言うよりは満潮さんが壁を作ってるって感じかしら、人と関わり合いたくないのかな。

 

 「わざと……ですか?」

 

 「……そうよ。」

 

 どうしてそんな事を……仲間とは仲良くするに越したことはないのに。

 

 「ねえ朝潮、アンタは私の事好き?」

 

 それはlikeの方ですよね?間違ってもloveじゃありませんよね?

 

 「もちろん好きです。大切なお姉ちゃんですから!」

 

 満潮さんがながもんと同じとは思えないけど一応予防線は張っておこう、好きなのは本当だし。

 

 「私が死んだら悲しんでくれる?」

 

 「そんなの当り前です!」

 

 なんでそんな事聞くんですか?大切な人が死んだら悲しむのは当たり前じゃないですか。

 

 「嫌われてれば、悲しませずに済むでしょ……?」

 

 だから皆から距離を取っていると?そんな辛そうな顔をしてるのに?

 

 「姉さんが死んだ時、私は悲しくて泣いたわ……。あんな思い、しなくていいならする必要ないのよ。」

 

 じゃあなんで私に対しては壁を作らなかったんですか?私は満潮さん事を大切に思ってしまっていますよ?

 

 「満潮さんは嘘つきですね。」

 

 「……別に嘘なんかついてないわ。」

 

 あくまでしらを切りますか、でも私は引き下がりませんよ。

 

 「いいえ、嘘です。だって満潮さんは私に嫌われようとしないじゃないですか。」

 

 「それは……アレよ、仲が悪いと連携に支障が……。」

 

 「それは他の人も言えるんじゃないですか?八駆だけならともかく、他の人たちと艦隊を組むことだってあるはずです。」

 

 満潮さんが次の言葉を探すように押し黙る、満潮さんは優しすぎるんです、自分と同じような思いを他の人にさせないようにわざと嫌われるようにして。

 

 「アンタには……関係ないでしょ……。」

 

 「いいえ、関係あります。だって満潮さんは私のお姉ちゃんですから、お姉ちゃんが辛そうにしてるのを見過ごすことなんてできません。」

 

 満潮さんが怒りと悲しみが入り混じったような顔で私を振り向いた、本当にみんなから嫌われたいなら私たちにも同じことをするはずです。

 

 でも満潮さんは私たちに嫌われようとはしない、私たちにだけは壁を作らない。

 

 「私は満潮さんの事が大好きです。どんなに厳しくされたって嫌だと思ったことはありません。」

 

 私の事を想って厳しくしてくれてるのがわかるから……。

 

 「本当は皆と仲良くしたいんでしょ?」

 

 「そんな事ない……。」

 

 そんな事あります、自分を苦しめてまで人を思いやる満潮さんが孤立する事を本気で望んでるわけありません。

 

 「私がお手伝いします。」

 

 「余計なことしないで!ほっといてよ!」

 

 「嫌です、私は辛そうな満潮さんを見てると悲しくなってしまいます。他の人を悲しませるのは嫌なのに可愛い妹を悲しませるのはいいんですか?」

 

 満潮さんが呆気にとられたような顔になった、自分で自分を可愛いと言うのは自惚れすぎだったかしら。

 

 「アンタそれ、私のためじゃなくて自分のためじゃない?」

 

 「そうです、最近気づいたんですが私は自分の欲望に正直みたいです。」

 

 私は両手を腰に当て、無い胸を精一杯張って言った。

 

 「それ、威張って言う事じゃないでしょ……。」

 

 「だから私のために友達を作ってください。満潮さんの幸せは私の幸せでもあるんですから。」

 

 「何よそれ、意味わかんない……。」

 

 呆れを通り越したのか満潮さんがうっすらと笑みを浮かべ始めた。

 

 少しは思い直してくれたかな、だったら私も全力で満潮さんのお友達作りをサポートいたします!

 

 「じゃあ叢雲さんから始めましょう!」

 

 「な、何を?」

 

 「友達作りに決まってるじゃないですか!大丈夫です、叢雲さんも言い方はキツいですが根はいい人ですから!」

 

 「アンタ今、叢雲さん『も』って言った?私の事もそんな風に思ってたの?」

 

 満潮さんがジト目で睨んできた、言ってませんよ?『も』なんて私は言ってません、満潮さんの気のせいです。

 

 「私がどうかした?」

 

 声をかけられ工廠の方を見ると、叢雲さんがすぐそばまで歩いてきていた。

 

 改装するために工廠に居ると聞いてたけど姿に変化はないわね。

 

 「何よ、私の顔に何かついてる?」

 

 「いえ、なんでもないです。」

 

 ジロジロ見過ぎちゃった、改二改装じゃなかったのね。

 

 「大方、改装と聞いてたのに姿が変わってないから意外だったんでしょ。」

 

 ありがたいことに満潮さんが私の心情を代弁してくれた、生意気を言った事への仕返しでしょうか……。

 

 「残念ながら私はアンタほど出来が良くないのよ。練度だってようやく40になったところよ?」

 

 私は言われるほど出来は良くないと思うのですが……そういえば私の練度っていくつなんだろう?聞こう聞こうとして忘れちゃうけど。

 

 「40で初めての改装?普通20くらいじゃないの?」

 

 「辰見さんが忘れてたのよ、昨日改装が受けれる練度超えてるのに気づいたって言うんだから呆れちゃうわ。」

 

 満潮さんが訝しんで質問し叢雲さんがヤレヤレといった感じで答える。

 

 なんだ、普通に話せるんじゃないですか。

 

 「朝潮は改二改装受けてるから70くらい?もっと上かしら。」

 

 いやいや、私叢雲さんと同期ですよ?私の方が着任が早かったから少し上かもしれませんけど、精々50に届くか届かないくらいじゃないですか?

 

 「ちょーっと叢雲こっち来て!こっち!」

 

 「え?何?ちょ、ちょっと引っ張らないでよ!」

 

 急に満潮さんが私の数メートル先まで叢雲さんを引っ張って行って肩を組みヒソヒソ話を始めた、何を話してるんだろ?

 

 「え!?そうなの!?なんでそんな……。」

 

 叢雲さんの頭のアレがピコピコと小刻みに変な動きをしてる、動揺してるのかな?

 

 「しっ!声が大きい!」

 

 満潮さんがキョロキョロと周りを警戒するような素振りをした後ヒソヒソ話を再開した。

 

 人に聞かれたらまずい話なんでしょうか、私の練度の話ですよね?

 

 「じゃあそうゆう事で、お願いね。」

 

 そう言って満潮さんが叢雲さんの左肩をポンと叩いた、なんだか疎外感が……。

 

 「私は別にいいけど……。」

 

 叢雲さんが私の方を覗うように頭だけで振り返る、頭のアレが犬の耳みたいに垂れ下がってるわね。

 

 「あ、あの……何を話して……。」

 

 「き、気にしないでいいのよ朝潮!アンタの練度は50だって話しただけだから!ね!叢雲!」

 

 へぇ、私の練度って50だったんだ、初めて知ったわ。

 

 「そ、そうそう!アンタもやるじゃない!養成所時代が嘘みたいだわ!」

 

 いや、二人とも明らかに何か隠してますよね?アハハハハって笑ってるのがわざとらしいですよ?

 

 「じゃ、じゃあ先を急ぎましょうか。工廠裏だっけ?叢雲も一緒に来なさい!」

 

 話を誤魔化そうと急いでこの場を離れようとしてるわね、まあいいですけど。

 

 「はぁ!?なんで私が工廠裏に行かなきゃいけないの!?」

 

 叢雲さんが頭のアレをピーンと立てて若干引き気味になる、そりゃいきなり工廠裏に来いと言われたら警戒しますよね、まだ任務について話していませんもの。

 

 「叢雲さん、実はですね……。」

 

 工廠裏へ向かいながら任務の説明をすると叢雲さんが露骨に嫌そうな顔に変わった、そこまで嫌そうにしなくても……。

 

 「魚なんて……。今の若い子は食べないでしょ。」

 

 と、見た目も歳も若い叢雲さんが申しております。

 

 私は魚好きだけどなぁ、綺麗に食べれたときは無駄に嬉しくなっちゃいません?

 

 「あ、居た。」

 

 工廠裏への最後の角を曲がると、建物から10メートルほどの位置にある堤防の上で釣りをしている人が居た。

 

 朧さん達と同じセーラー服の上からポケットの多いベストを身につけ頭には日よけ用と思われる麦わら帽子、足には長靴を履いて脇には青いクーラーボックスを置いて居る。

 

 「あのぉ……曙さんですよね?」

 

 「……誰?」

 

 曙さんが横目に私達を、ギロリと睨みつけてきた。

 

 初対面の霞を思い出すわね……。

 

 「え?あ!朝潮……さん!?」

 

 さん?どうして私なんかをさん付けで?曙さんの方が先輩ですよね。

 

 「あの……。」

 

 「ひぃっ!ごめんなさい!睨んだことは謝るから許して!」

 

 頭を抱えてうずくまってしまった……。

 

 私が声をかけただけでこの取り乱しよう……まともに話すのは今日が初めてのはずなんですが……。

 

 「朝潮、アンタこの人に何かしたの?」

 

 私は叢雲さんにフルフルと首を振って否定する、こんなに恐れられる理由が本当にわからない。

 

 「あ~、曙ってまさかあの時のこと引きずってるの?」

 

 満潮さんが理由に察しがついたみたい、まさか先代に何かされた?

 

 「引きずるどころかトラウマよぉ……。」

 

 曙さんが潤んだ瞳だけこちらに向けてなんとか声を捻り出す、ちょっと可愛い……。

 

 「この子ね、着任当日に姉さんにこっぴどく叱られたのよ。」

 

 やはり先代絡みですか、何をしたら着任当日に叱られたりするのかしら。

 

 「叱るなんて生やさしいもんじゃなかったわよアレは!着任から一週間ずっと『司令官ごめんなさい』ってノートに書かされ続けたのよ!?殴られた方がマシだったわよ!」

 

 なるほど着任早々、司令官に失礼な事をしたんですね。なら叱られても仕方ありません。

 

 「出会い頭に『こっち見んな!このクソ提督!』だもんねぇ。」

 

 ほう……クソ提督ですか、面白いことを言う人ですね。

 

 「ねえ満潮、朝潮の顔が怖いわ……。」

 

 「真顔だから下手に怒るより怖いわね……。」

 

 ええ、久々にキレてしまいました、ここが工廠裏で丁度良かったです。

 

 「言ってない!あれ以来一回も言ってないから!」

 

 先代も生ぬるい。私なら一日一万回感謝の五体投地を

最低一ヶ月は 司令官に捧げさせるものを……。

 

 「朝潮、曙がマジ泣きしそうだからその辺にしてあげて。任務の事も聞かなきゃいけないんでしょ?」

 

 そういえばそのためにここに来たんでしたね、あまりの怒りにコロッと忘れていました。

 

 「任務?もしかして明日の応援ってアナタ達なの?」

 

 曙さんがノロノロと堤防から降りて来た、まだ若干怯えられてるなぁ。

 

 「そうです、それとコレが明日使う装備の使用許可書です。」

 

 ファイルに挟まれた許可書を差し出すと、曙さんが恐る恐る手を伸ばしてサッとファイルを奪い取っていった。

 

 そんなに警戒しなくても何もしませんよ?司令官を侮辱しない限りは。

 

 「……いつもよりすんなり通ったわね……。でもこんだけ?まあ……使うけどさ。」

 

 許可書を見ながらブツブツ言い出す曙さん、申請されてたのはたしか探照灯とソナーだったわね。

 

 「よし、わかった。明日は早いわよ。遅刻したら許さないんだから!」

 

 お、急に強気になった、でも腰は若干引けてるかな?

 

 「自己紹介がまだだったわね。特型駆逐艦 曙よ。精々こき使ってあげるわ。覚悟しなさい!」

 

 両手を腰に当てて胸を張ってるけど、腰が引けて膝を笑わせながら自己紹介する曙さんは、滑稽を通り越してなんだか微笑ましかった。






 明日の投稿は深夜か、下手すると次の日になる可能性があります。

 ハードル上げ過ぎた……。


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朝潮遠征 4

 三陸沖。

 

 北から寒流の千島海流、南から暖流の日本海流、さらに津軽海峡から対馬海流の分岐流である津島暖流が交錯する複雑な潮境を形成しており、マグロ・カツオ・サバ・アジ・イワシなどの暖流系の魚はもちろん、サケ・マス・サンマ・タラなどの寒流系の魚も密集して、好漁場となっています。

 

 千島海流と日本海流は別名、親潮、黒潮と呼ばれ、呉に所属している親潮さんと黒潮さんの元になった艦の名前の由来になってますね。

 

 呉の男性職員の方が『黒潮と親潮が交わる(意味深)』と言って陽炎型全員から袋叩きにされたことがあると、昨日霞からラインで聞きました。

 

 私には意味がよくわかりません。

 

 私たちが今いるのは宮城県の気仙沼港、他にも漁港はあるんですが護衛できる艦娘の数に限界があるため、漁協が決めたローテーションに従って決められた漁船のみ、一度ここに集まります。

 

 「それでも20隻以上いるんですね……。」

 

 数が制限されているとは言え、港に集まった漁船は20隻以上、まさに船団です。

 

 日が傾き始めたヒトナナマルマルにも関わらず港は人で溢れ、まるでお祭りのような喧騒です。

 

 「大丈夫?朝潮。眠くない?」

 

 満潮さんが心配そうに私の顔を覗き込む、マルゴーマルマルに叩き起こされた私達は、朝食もそこそこに鎮守府を出発、沿岸沿いを哨戒しつつ気仙沼港まで移動し、夜に備えてさっきまで寝ていました。

 

 「曙さん達はどこでしょう?」

 

 「あそこの群れの中じゃない?セーラー服がチラチラ見えるし。」

 

 叢雲さんが指さす方向を見てみると屈強な漁師さんたちと談笑している曙さんが見えた。

 

 あんな顔して笑うのね、あの人。

 

 「曙さ~ん。」

 

 私が名前を呼びながら手を振ると曙さんが私たちに気づいた、でも顔がみるみるうちに青ざめて……。

 

 「ひぃ!朝潮!」

 

 いや、私を見るたびに怯えないでくださいよ、私何もしてないじゃないですか。

 

 「あん?朝潮だと!?」

 

 「ぼのたんをイジメてたっていうアイツか!」

 

 私の名前になぜか反応した漁師さんたち十数人が、曙さんの前に壁を作るように立ちふさがって来た。

 

 「アンタかい、俺らのアイドルをイジメてたって言う性悪は。」

 

 いえ、イジメた事なんてありません、まともに話したのも昨日が初めてです。

 

 って言うかアイドルって何ですか?

 

 「こんな大人しそうな子がイジメとはなぁ、女は怖ぇや。」

 

 むしろ私が貴方達にイジメられてるような気がしますが?

 

 「言っとくけどな!俺らのぼのたんに何かしようもんなら三陸全域の漁師を敵に回すと思えよ!」

 

 もう面倒くさくなってきたな、神風さんが魚雷でどうにかすると言ってた気持ちが少しわかりました。

 

 「ちょっとちょっと!その子は違うの!私が言ってたのはその子の先代で……ってかイジメられてないから!」

 

 漁師さんたちをかき分けて、私の前に出てきた曙さんが両手を広げて私を庇ってくれた。

 

 もうちょっと早く出て来てもよかったんじゃないですか?

 

 「そうなのか?ぼのたん。」

 

 「ぼのたんが言うんならそうなんだろ。悪かったな嬢ちゃん。」

 

 「いやいや、ぼのたんは優しいからな。コイツを庇ってるのかもしれないぜ?」

 

 漢気の塊みたいな見た目の人たちが『ぼのたんぼのたん』と連呼する光景はなんだか寒気がしてきますね。

 

 「なるほど!さすがぼのたん!」

 

 「嬢ちゃん、ラブリーマイエンジェルぼのたんに感謝しろよ?」

 

 なんですかそれ、どこかの魔法少女ですか?

 

 「もう!それやめてっていつも言ってるでしょ源さん!」

 

 どこかの大工さんみたいな名前ですね、本職が大工だったりしません?

 

 「んな謙遜すんなよぼのたん。」

 

 「そうそう、本当にイジメられてるんなら言えよ?ぼのたんのためなら横須賀と戦争だってしてやっから。」

 

 それは司令官に害を及ぼすと捉えてよろしいでしょうか、よろしいですね?ならば戦争です。

 

 「やめなさい朝潮。シャレにならないから。」

 

 連装砲を向けようとした私の右手を満潮さんに掴まれた、離してください、この人たちは敵です!

 

 「朝潮ってこんなに血の気多かったっけ?」

 

 いいえ叢雲さん、私の血圧は普通です。

 

 「網元!この辺でアレいっときましょうぜ!」

 

 「おうアレか!よし、野郎ども整列!」

 

 《うっす!》

 

 十数人の漁師さんたちが曙さんの両脇に単縦陣を二列形成した、輪形陣っぽい複縦陣と言った方がいいのかしら?

 

 そして中央の曙さんにはマイクが手渡される、貴女が何か歌うんですか?

 

 「それではお聞きください、海ぶしの替え歌で『ぼのぶし』!」

 

 網元と呼ばれた人の合図でどこからともなく曲が流れ始め、港に漁師さん達の合いの手が響きだした。

 

 《ぼのたん!ぼのたん!ぼのたん!ぼのたん!》

 

 曙雪浪 かいくぐり

 

 船に連れそい 敵を撃つ

 

 髪を束ねる 髪留めに

 

 しばしの別れと 思い込め

 

 ヤンアレサー《ぼのたん!ぼのたん!ぼのたん!ぼのたん!》

 

 追分(おいわけ)の 海でサンマとる

 

 ヤンアレサー《ぼのたん!ぼのたん!ぼのたん!ぼのたん!》

 

 男衆は 君に恋をする

 

 なるほど、ぼのたんと連呼する合いの手以外は割とまともですね、曙さんもこぶしの利いたいい歌声です。

 

 知らずに聞いていたら気分が高揚してたかもしれません、ですが……。

 

 「撃ちます。」

 

 「気持ちはわかるけどやめなさい!気持ちはすんごくわかるから!」

 

 止めないでください満潮さん!漁師さんたちが、ぼのたんぼのたんと拳を振り上げながら合唱してるんですよ?こんな光景見せられて撃つななんて無理です!

 

 「当の曙は照れと恥ずかしさでオロオロしてるけど。」

 

 叢雲さんが苦笑いしながら曙さんを見てる、オロオロするくらいなら歌わなきゃいいのに!こんなの毎回やってるんですか!?

 

 「もう!そろそろ時間でしょ!皆さっさと船に乗りなさい!」

 

 《イエス!ぼのたん!》

 

 漁師さんたちが一斉に敬礼し各々の船に散っていく、セリフは怒ってる風ですけど顔がニヤケてますよ?本当は嬉しいんでしょ。

 

 「私コレ知ってる、釣りサーの姫でしょ。」

 

 「釣りじゃないでしょ、漁サーになるのかしら?」

 

 どっちでもいいですよそんなの……。

 

 「ほらほら、アンタ達もボケっとしてないで海に出て!出撃よ!」

 

 今まで貴女のせいで時間を食ってたんですけど?

 

 海に出ると、曙さんを除いた七駆の三人がすでに洋上で待機していた。

 

 あの騒ぎになると知ってて逃げてたのね。

 

 「ごめんね朝潮、前もって言っとくべきだったね。」

 

 朧さんが申し訳なさそうに謝罪してくる、ホントにそうですよ、おかげで私は身に覚えのないイジメの犯人にされたうえに曙さんを讃える歌をステレオで聴かされました。

 

 「まあ、ここからもう一回騒がしくなるんだけどね……。」

 

 そう言って漣さんが遠い目で夜空を見上げる、まだ何かあるんですか……正直もうお腹いっぱいです……。

 

 「すみません!ホントすみません!」

 

 潮さんはひたすらペコペコと頭を下げている、そこまでされると怒る気が失せてしまいますよ……。

 

 そこでふと、さっきまでの喧騒が嘘のように港がシーンとしている事に気づいた。

 

 夕日を背景に居並ぶ漁船、その先頭で右手に持った大漁旗を風にはためかせて船団と向き合う曙さん。

 

 いったい何が始まるの?

 

 私たちが見守る中、沈黙を打ち破るように、その小柄な体からは想像できないほどの声量で曙さんが言葉を紡ぎだした。

 

 「只今をもってアンタ達はダメ亭主の仮面を脱ぎ捨てる!アンタ達はサンマ漁師だ!」

 

 《イエス!ぼのたん!》

 

 「兄弟の絆に結ばれる。アンタ達のくたばるその日まで、どこにいようと漁師仲間はアンタ達の兄弟だ!」

 

 《イエス!ぼのたん!》

 

 「多くは漁場へ向かう。ある者は二度と戻らない。」

 

 いや戻りますよ、そのための護衛ですよ?

 

 「だが肝に銘じておきなさい!漁師は魚を捕る。日本の食卓を彩るために我々は存在する!」

 

 《イエス!ぼのたん!》

 

 「日本の食卓に魚は不滅である。つまり!アンタ達も不滅だ!」

 

 《イエス!ぼのたん!》

 

 そこで一度言葉を切り、胸いっぱいに息を吸い込んで曙さんは雄たけびの如く叫びをあげた。

 

 「野郎共!!アンタ達の特技は何だ!」

 

 《棒受け網!棒受け網!棒受け網!》

 「この漁の獲物は何だ!」

 

 《サンマ!サンマ!サンマ!》

 「アンタ達はサンマを愛しているか!三陸沖を愛しているか!!」

 

 《ぼのたん!ぼのたん!ぼのたん!フォオオオオオオオオ!!!》

 

 「よし!それでは全船舫い(もやい)を解け!曙の水平線に、大漁旗を掲げに行くぞ!」

 

 《オオオオオオオオオオオオ!!!!》

 

 気仙沼港に漁師さん達の雄叫びが響き渡る。

 

 迸る熱気がここまで伝わってくるわ、士気は最高潮、コンディションもよさそう。

 

 何も知らずに見たら感動すら覚えたかもしれないわね……。

 

 だけど……。

 

 「撃ちます。」

 

 「撃つな!わかるわよ?撃ちたい気持ちはすごくわかるの!でも撃っちゃダメ!絶対!」

 

 「怒らないで朝潮!気持ちはわかるから真顔で怒るのはやめて!」

 

 満潮さんと叢雲さんに二人がかりで羽交い絞めされた私は撃つことを断念、今なら全船沈められるのに!

 

 怒りのぶつけ所を見つけられないまま港を出港し、船団を中心に七駆と私達で輪形陣を形成した一団は、三陸沖の漁場に到達すると魚群探知機でサンマの群れを探し始め、見つけたら集魚灯をつけながら輪形陣の範囲内で移動を開始した。

 

 サンマが光に集まる修正を利用した『棒受け網漁』の始まりだ。

 

 魚群に近づいたら船の右側の集魚灯だけを点けサンマを右側に誘導し、その間船の左側では網を敷き準備する。

 

 準備ができたら右側の集魚灯を後ろから順番に消すと同時に左側の集魚灯を前から点けていきサンマを網の方に誘導する。

 

 サンマを左側に集めたら赤色灯を点け興奮状態のサンマを落ち着かせ、網の中で群れ行動をとらせ、網の中で、サンマが群れ行動をとったら網を手繰り寄せ、氷を混ぜながら魚 倉にいれる。

 

 これが棒受け網漁な主な流れとなります。

 

 ただし、艦娘が護衛するようになった事で、漁師さんたちも予想しなかったメリットができました。

 

 艦娘がソナーで群れを探し、探照灯の光で群れを船団まで誘導するようになった事で、最初以外は群れを追って移動する手間が減ったのです。

 

 この役をやるのは主に曙さん、この任務を仕切ってるのは伊達ではないようで、見事な手際でサンマを船団まで誘導していきます。

 

 「ぼのたーん!そろそろ船がいっぱいになりそうだー!」

 

 曙さんに網元と呼ばれていたゴツイ漁師さんが曙さんに向かって叫ぶ、後は漁港に戻るだけね、着いたらマルロクマルマルくらいかしら。

 

 「何もなかったですね。」

 

 襲撃がなくて退屈だと言っていた荒潮さんの気持ちが少しわかったかも、漁港で受けたストレスがまったく発散されなかった……。

 

 『何もないに越したことはないでしょ。』

 

 呆れたように言ってますけど満潮さんも退屈なんじゃないですか?声に張りがないですよ?交代しながらとは言え10時間近く見張りしかしてなければ仕方ないとは思いますけど。

 

 『曙!電探に感あり!東から曙の方に向かってる!』

 

 通信で朧さんが敵の襲来を告げる、狙われてるのは探照灯をつけたままの曙さんだ。

 

 『あとは帰るだけだってのに!漁船に指一本でも触れたらマジで怒るから!あり得ないからっ!』

 

 船団から一人離れていた曙さんが、南東へ向けて移動を開始、一人で敵を引き付ける気なの!?無謀すぎる!

 

 「満潮さん!叢雲さん!」

 

 『わかってる!朧!七駆で船団を護衛して港に戻って!私たち三人で敵を潰して曙を連れ帰るわ!』

 

 『改装された叢雲の力、いよいよ戦場で発揮するのね! 悪くないわーっ!』

 

 満潮さんと叢雲さんもやる気満々ね、実は暴れる機会を待ってたんじゃ?

  

 『ちょっと何を勝手に!って痛!クソ!たかが主砲と魚雷管と機関部がやられただけなんだから!』

 

 いや、それダメでしょ。

 

 機関がやられたら速度落ちちゃいますよ、急いで助けないと。

 

 幸い探照灯は消えていない、曙さんの位置はわかる!

 

 「曙さん!狙われついでです!敵艦隊を照らしてください!」

 

 このままじゃ曙さんの位置はわかっても敵の位置がわからない、曙さんには悪いけど敵に探照灯を向けてもらうしかない。

 

 『アンタ無茶苦茶言うわね!私に死ねって言うの!?』

 

 「当たらなければ平気です!早く!」

 

 「朝潮が神風さんみたいな事言いだしちゃった……。」

 

 「心中察するわ満潮、養成所に居た頃はこんなじゃなかったのに……。」

 

 私の後ろについた二人が好きかって言ってくれる、私は神風さん程酷い事言ってませんししてません!

 

 『あーもう!次から次へと……こっち来んな!』

 

 曙さんの探照灯の光で敵艦隊が照らし出される、敵は駆逐艦イ級が4、数だけなら互角。

 

 さてどうする?満潮さんの実力は知ってるけど、私は叢雲さんの実力を知らない……私と満潮さんで突っ込んで叢雲さんに援護してもらうか……。

 

 「朝潮、アンタの好きにやりなさい。合わせてあげるわ。」  

 

 「私は射撃はそこまでじゃないけど近接戦なら自信がある。トビウオも使える。参考にして。」

 

 満潮さんと叢雲さんの意見を取り入れ戦術を考える、叢雲さんもトビウオが使えるなら……。

 

 「満潮さんは私と叢雲さんを援護しつつ曙さんの救助を、叢雲さんは敵中央に突撃して艦隊を分断してください!」

 

 「「了解!」」

 

 二人の返事とともに突撃を開始、敵との距離は500もない。

 

 「曙さん!右に舵をとって大きく旋回してください!満潮さんがそっちに行きます!」

 

 『回避で精いっぱいなんだけど!?ええい!やってやろうじゃない!後で覚えてなさいよ!』

 

 私を見ただけで怯える曙さんとは思えないセリフですね。

 

 「叢雲さん!」

 

 「OK!行くわ!」

 

 距離が100を切ったところで叢雲さんがトビウオで急加速、横腹をこちらに向けている敵艦隊中央へ主砲を撃ちつつ突撃して行く。

 

 実際の艦ならT字不利だけど、目の前のイ級は口の中に主砲があるためむしろこっちが有利。

 

 「私の前を遮る愚か者め。沈めっ!」

 

 トビウオで加速した叢雲さんがアームで繋がった主砲で最後尾のイ級を牽制しつつ一つ前のイ級に槍を突き刺した。

 

 「海の底に、消えろっ!」

 

 槍を引き抜き、後ろへトビウオで退避すると同時に魚雷を発射、三番目のイ級を撃破した。

 

 残り三隻、私は稲妻5回で二番目のイ級の背後に回り込み砲弾を叩きこみ撃破、踵を返して叢雲さんの援護に回る。

 

 「満潮さん!そっちはどうですか!?」

 

 探照灯に照らされた旗艦のイ級に砲弾が殺到してるのが見える、射角からして曙さんと合流できてるみたいね。

 

 「問題ないわ。まったく、手ごたえのない子!」

 

 旗艦のイ級が爆炎に飲み込まれる、おそらく魚雷が命中したのね。

 

 「朝潮!イ級がそっちに行ったわ!」

 

 叢雲さんの脇をすり抜けたイ級が私に迫ってくる、破れかぶれの特攻?

 

 私は砲撃を稲妻と水切りで躱しつつ接近、距離50ほどで魚雷を2発発射し、同時に稲妻で左後方に飛ぶ。

 

 ドドーーン!!

 

 魚雷が命中しイ級が炎に包まれる。

 

 「ま、当然の結果よね。イ級ごときに遅れはとらないわ。」

 

 「まだです、確実に撃沈できてるか確認を。」

 

 叢雲さんが槍を肩にかけ炎を睥睨するように見つめる、アームに繋がれた連装砲は向けたままだから油断しているわけではなさそうね。

 

 「真面目なところは相変わらずなのね。少し安心したわ。」

 

 「まあ、痛い目見てるからねこの子。」

 

 そうです、仕留めたと思い込むのが一番危ないことを私は身をもって知っています。

 

 「大丈夫そうね、イ級4隻の撃沈を確認したわ。」

 

 「わかりました。満潮さん、曙さんは無事ですか?」

 

 探照灯の光に顔をだけ向けて満潮さんに問いかける、光がフラフラしてるわね、大丈夫かしら。

 

 『機関がやられてるから曳航するしかないわね、曙本人は軽い火傷程度よ。』

 

 「了解、私がそちらに合流します。叢雲さんは一足先に船団と合流してください。」

 

 「OK、任せときなさい。」

 

 叢雲さんと別れ満潮さん達と合流するなり曙さんに睨みつけられた。

 

 「なんでこっちに来たの!私なんて放っておいて船団に合流してよ!」

 

 「そうはいきません。貴女を曳航している間、満潮さんが無防備になってしまいますから。」

 

 船団はすでに港からそう遠くない位置まで戻ってるし、叢雲さんも向かわせてるからこちらより危険度は低い。

 

 「だったら満潮も行ってよ!私は一人で帰れるから!」

 

 いや無理でしょう、機関は大破寸前で脚を維持できてるのが不思議なレベル。

 

 しかも主砲と魚雷菅も使用できるような状態じゃない、襲われでもしたら戦死は不可避です。

 

 「却下です、恨むなら敵襲来時に一人で突っ走った自分を恨んでください。」

 

 せめてあの時点で誰か一人でも曙さんと一緒に居ればここまで被弾しなくて済んだでしょうに。

 

 「うるさい!責任者は私よ!私の指示に従いなさい!」

 

 責任感が強いのですね、自分の命よりも任務の成功を優先しますか。

 

 いや、違うわね。本当に優先してるのは漁師さん達の命か。

 

 ですが万が一、貴女が戦死すれば司令官が悲しみます。

 

 司令官を悲しませないために、例え漁師さん達を見殺しにしても貴女は連れ帰ります。

 

 その結果貴女に恨まれたとしても。

 

 「秘書艦権限で拒否します。現時刻をもって駆逐艦曙に与えられた指揮権を全て剥奪。以降、私の指示に従って貰います。」

 

 曙さんが目を見開き口をパクパクさせて何か言おうとしている、まあこんな言い方じゃ納得なんて出来ませんよね。

 

 「朧さん、漁師さん達の様子はどうですか?」

 

 『曙と同じ事言ってるよ。俺たちのことは放っておいてぼのたんを助けに行ってくれ。だってさ。』

 

 予想通りですね、これだけ愛されてるんですから貴女は無事に帰らないとダメですよ。

 

 「曙さんも聞こえましたね?漁師さん達の安全のためにも、大人しく従ってください。」

 

 満潮さんに肩を貸された曙さんがうつむきならうなづく。よかった、下手をすると漁師さん達がこっちに来かねないもの。

 

 「朧さん、くれぐれも漁師さん達を勝手に動き回らせないでください。曙さんの救助は完了しましたから。」

 

 『了解。曙の事、よろしくね。』

 

 曙さんの刺すような視線を背中に受けながら気仙沼港に私達が着いたのはマルナナマルマルを少し過ぎたくらい、桟橋に漁師さん達が集まってるのが見えるわね。

 

 「おーい!帰ってきたぞー!」

 

 集まってる漁師さんの一人が港に向かって声を張り上げる、けっこうな人数が集まってるけどサンマの水揚げは終わったのかな?

 

 「大丈夫か、ぼのたん!ボロボロじゃねぇか!」

 

 「こっちの二人はかすり傷一つついちゃいねぇな、まさかぼのたんを囮にしたんじゃねぇだろうな!」

 

 桟橋に上がった途端漁師さん達に詰め寄られた、だいたい合ってるから言い返しづらいわね、どうしよう。

 

 「これは私がドジっただけよ、この二人は関係ないわ。」

 

 「そうなのか?でもそれにしちゃぁ……。」

 

 「いいから!それにまだ水揚げの途中でしょ!」

 

 そう言って漁師さん達を追い払う曙さん、まだ怒りは収まっていないみたいね。

 

 「助けてくれたことには礼を言うわ、ありがとう……。」

 

 私と満潮さんに背を向けたままそう言うと、曙さんは港の方へ走って行ってしまった。

 

 「嫌われちゃいましたね……。」

 

 「気にすることないわ、曙だってわかってくれてるわよ。」

 

 満潮さんが私の頭を撫でてくれる、私の方が少し背が高いから腕が辛そう。

 

 「でも、私が曙さんの指示を拒否したのは個人的な理由からですよ?」

 

 すべては司令官のため、そのために曙さんが命がけで守ろうとしてる人たちを見捨てる事さえ考えた。

 

 「ソレは言わなくていいの。実際、漁船を守るより曙を無事に連れ帰る方がメリットは大きいんだから。司令官的にも鎮守府的にもね。」

 

 あの人を悲しませないためなら私は何でもする気です、この決意だけは何があっても揺るがない。

 

 だけどやっぱり……。

 

 「嫌われるのは苦手です……。」

 

 胸を罪悪感が締め付ける、満潮さんはこれに似たような思いをし続けて来たんでしょうか……。

 

 「すぐ慣れるわよ、私みたいに。」

 

 左目でウィンクしながら私の頭をポンポンと叩く、それは私も満潮さんみたいになると言うことでしょうか?

 

 『朝潮、満潮!今どこに居るの?』

 

 通信で叢雲さんが呼んでる、何かあったのかしら。

 

 「まだ桟橋ですけど、何かあったんですか?」

 

 『曙が朝ご飯にしようってさ。あ、そこに居たのね。私が手振ってるの見える?』

 

 水揚げが行われて居る場所から南に少し行った辺りで叢雲さんが手を振ってるのが見えた、そこに行けばいいんですね。

 

 「海から行きましょ。そっちのが早いわ。」

 

 そう言うやいなや満潮さんが海に飛び降り、私も後に続く。

 

 漁師さん達の居るところは通りたくないものね、曙さんをイジメてると思われてるし。

 

 私達が叢雲さん達が待つ場所に着くと、曙さんが段ボールで囲んだ七輪でサンマを焼いているところだった。

 

 脂がのってて美味しそう、見てるだけで口の中に涎が溢れてくる。

 

 「採れ立てのサンマの塩焼きよ。こんな贅沢、漁師でもやってなきゃ味わえないんだから。」

 

 「私は食べ飽きちゃったけどね~。」

 

 お盆に人数分のオニギリを載せて来た漣さんが曙さんの隣に腰を下ろす。

 

 「じゃあ漣はいらないのね?」

 

 「いらないとは言ってないよ!ぼのたんのいけず~!」

 

 曙さんもお料理出来るのね、焼くだけだから私でも出来るかな?

 

 「漁港だから漁師飯が食べれるの期待してたんだけど?」

 

 そう言う割には七輪の上で焼かれるサンマに熱い視線を注いでますね叢雲さん、涎が少し垂れてますよ?

 

 「ぼのたんは塩焼きしか作れないからね、しかたないね。」

 

 「うっさいわよ漣!焼き加減とか難しいのよコレ!」

 

 難しいのか……なら今のうちによく見て焼き加減を覚えておかないと。

 

 「そ、それと朝潮!」

 

 なんでしょうか、ウチワで七輪をパタパタしながら曙さんが目を逸らしつつ私に話しかけてきた。

 

 「皆がアンタのこと悪く言うのは、私がアンタの先代に叱られた話が変な風に広まっちゃったせいなの……。誤解は解いとくわ……。」

 

 つまり私は先代のとばっちりを受けたわけですね、でも元を正せば曙さんが司令官をクソ提督と呼んだせいなんじゃ?

 

 「だからその……。指揮権返して!お願いだから!」

 

 そういえば剥奪したままでしたっけ……でもどうしよう、そもそも……。

 

 「アレは嘘です。秘書艦にそんな権限あるのかどうかも知りません。」

 

 実際どうなのかな?帰ったら司令官に聞いてみよう。

 

 「は、はぁ!?嘘ってアンタ……。」

 

 「ああでも言わないと曙さんホントに私達を帰しちゃったでしょ?」

 

 曙さんが呆れとも怒りともとれる何とも言えない顔をしてるわね。

 

 「呆れた……怒る気も失せるわ……。」

 

 はぁ~っとため息をつきながらもサンマの調理はしっかり行う、サンマのひっくり返し方が手馴れてるわね。

 

 「出来たわ、それ食べたら帰るわよ。」

 

 曙さんがぶっきら棒にサンマが載せられた紙皿を差し出してくる、立ち昇る湯気と香ばしい匂いにゴクリと唾を飲み込んでしまう。

 

 「アンタ、サンマの綺麗な食べ方知ってる?」

 

 「いいえ知りません、そんなのあるんですか?」

 

 「当たり前でしょ、他の魚でも応用できるから覚えておいて損はないわ。」

 

 曙さんが言うには、まず頭から尻尾に向かった背骨に沿って水平に箸を入れ、表面の上半分をいただきます。

 

 皮も残さず食べるのが基本、パリパリしててとても美味です。

 

 身の上半分を食べ終えたら下半分へ、肝の部分はお皿の端によけておきましょう。

 

 これがたまらないという人も、苦手な人も多いので残してもマナー違反とはならないから安心していいとのことです。

 

 表側を食べたら裏返してはいけません!背骨を外してそのまま裏側の身を食べます。

 

 背骨は頭の付け根を箸で押すとポキッと簡単に外れます、手を使っても外してもいいそうです。

 

 これでお皿の上に残るのは頭と背骨だけになります、内臓が苦手な人は内臓も残っちゃいますね。

 

 「やりました!綺麗に食べれました♪」

 

 綺麗に食べれるだけで嬉しいものですね、思わず胸の前で小さくガッツポーズしちゃいました。

 

 満潮さんと叢雲さんも無心でサンマに貪りついてる。

 

 なんだか二人ともネコに見えるわね、私個人の感想ですけど。

 

 「美味しい上に嬉しいでしょ。」

 

 七輪の反対側でサンマを焼き続ける曙さんが私を見てニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 

 「ええとっても、何皿でもいけちゃいそうです♪」

 

 「まさに大勝利ね!私に十分感謝しなさい、朝潮!」




 なんとか日付が変わるまでに間に合った……。

 


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幕間 執務室にて

 「やはり戦艦が足りんな……。」

 

 「はい、正規空母のほとんどを作戦に投入する関係上、本土及び各泊地の防衛に当たる軽空母の補助に航空戦艦や航空巡洋艦は外すことができません。」

 

 「作戦に投入できる戦艦が長門と金剛型の四人だけじゃ少し不安があるわね……。陸奥には鎮守府の防衛に当たってもらわなきゃならないし……。」

 

 朝潮がサンマ漁のために出撃して留守にしている執務室で、先生と少佐と辰見が年末に行われる作戦について会議をしている。

 

 出て行けって言われないけど、私も聞いちゃっていいのかしら。

 

 「いっそ米軍の戦艦をこっちに何人か回してもらえばどうです?あっちはアイオワ級とサウスダコタ級のほとんどを投入するんでしょ?」

 

 なんと豪華な、火力の数値だけ見ればそれだけでこっちの艦隊をを全滅させれそうね。

 

 「それは無理だ辰見、あっちは我々が相手する敵の三倍近くを相手にしなければならない、要請したところで断られるさ。」

 

 「金剛型は速度は優れてるけど火力で長門に劣るものね。艦隊を二つに分けなければならない以上、長門並の火力の戦艦がもう一人は欲しいわ。」

 

 辰見が褒めてくれたわよゴリラ、喜びなさい。

 

 「少佐、ワダツミの方はどうなっている?」

 

 「現在、艤装の最終段階であります。予定通り、12月の中頃に引き渡し予定ですね。」

 

 ワダツミ?会話の感じからして船かしら、しかも鎮守府が運用するなら軍艦よね?でもこのご時世に軍艦なんて役に立つの?

 

 「例の弾頭は?」

 

 「12発は確保済みであります。これ以上となると……なにせ材料が材料ですから……。」

 

 特殊な材料を使った弾頭?それを運用するための艦を建造中なのかしら。

 

 「戦艦以外の準備は順調か……。」

 

 「やはり、彼女を呼び戻すしかないと思いますが。」

 

 少佐が沈痛な面持ちで先生に提案する、航空戦艦以外で呼び戻さなきゃならない場所にいる戦艦……一人しか思い浮かばないわね。

 

 「やはりそれしかないか……素直に戻って来てくれればいいんだが。」

 

 「え?他にも戦艦いるの?」

 

 「なんだ辰見は知らないのか、建造当時は割と話題になったんだが。」

 

 ダメよ先生、こいつは私並みに興味のない事に無頓着なの。

 

 私だって実際に見てなかったら名前さえ覚えなかったわ。

 

 「いるならその子を呼び戻すべきでしょ、戦艦を遊ばせておく余裕なんて日本にはないですよ?」

 

 ん~無理なんじゃないかしら、梃子でも動きそうになかったわよ?

 

 「何度も内地への異動命令は出している、だがことごとく無視されるんだ。」

 

 「だったらいっそ解体しては?朝潮みたいに何年も適合者が現れないならともかく、アレは特殊な例ですよね?」

 

 あの子自身もかなり特殊だけどね。

 

 「大本営が許可を出さん、一時でも彼女を失うリスクを負いたくないらしい。」

 

 まあねぇ、2番艦とは言えやっと建造できたんだから無理もないか。

 

 「それに今の適合者が現れるまで艤装の建造から1年近くを要している。駆逐艦ならともかく戦艦、しかも長門型を上回る性能の戦艦となると解体の許可など出さんさ。」

 

 「長門型を上回る戦艦?それってまさか大和型ですか!?大和が現存してるから建造できないと聞いた事がありますけど……。」

 

 そういえばそんな都市伝説みたいな説もあったわね、でも米国のアイオワも現存してるけど艦娘として建造出来てるから否定されたんじゃなかったっけ。

 

 「大和はいまだに建造できていない、建造が成功したのはその2番艦の武蔵だ。」

 

 「へぇ、全然知らなかったです。」

 

 知らなかったじゃなくて興味がなかっただけでしょ?正直に言いなさい。

 

 「神風、お前は会ったことがあるだろ?お前が最後に世話になったタウイタウイ泊地に居たはずだ。」

 

 私も会話に混ざっていいの?一応遠慮してたんだけど。

 

 「あるわよ、日がな一日惰眠を貪るダメ戦艦でしょ?」

 

 「ダメ戦艦なの?」

 

 「そうよ、半年くらい同じ泊地に居たけど、出撃してるところは一回も見たことがないわ。」

 

 私が武蔵と一緒になったのはタウイタウイ泊地、こっちに戻って来るまでの半年間お世話になった泊地だ。

 

 タウイタウイ周辺に現れる敵のほとんどは潜水艦だから戦艦は役に立たないし、あそこに戦艦を派遣するとか左遷と同じよ。

 

 「だけど武蔵は武蔵なんですよね?」

 

 辰見が私から先生に視線を移す、私が言ったこと信じてないわね。

 

 「ああ、性能は折り紙付きだ。まあ燃料弾薬の消費量は文字通り桁外れだが、それに見合った性能を有している。」

 

 「そんな戦艦をよくタウイタウイに派遣しましたね、あの辺って潜水艦しか出ないですよね?」

 

 たまに水雷戦隊とかも出たけどね、武蔵がタウイタウイに派遣されたのは今から1年ちょっと前って言ってたかしら。

 

 「タウイタウイは地図上で見れば各泊地の中間に位置するからな、所属が決まる前に、大本営の参謀共が強力な戦艦を遊撃手にするつもりで配置したのさ。低速戦艦なのにな。」

 

 辰見が呆れ果てた顔してるわね、クーデター起こそうとか言い出さなきゃいいけど。

 

 「提督、やっぱクーデター起こしません?呉と佐世保あたりは喜んで協力すると思いますよ?」

 

 案の定か、作戦前にクーデターとか頭おかしいんじゃない?嫌いじゃないけど。

 

 「自分は聞かなかったことにします……。」

 

 少佐の髪の毛が心配ね、昔より減ったんじゃない?

 

 「神風、武蔵があそこを離れたかがらない理由に心当たりはないか?」

 

 そう言われてもなぁ……私は私で駆逐古姫(アイツ)を追うので忙しかったし……。

 

 「あ、そういえば……。」

 

 アレかな?タウイタウイを離れる前に話した時、たしか武蔵は……。

 

 「武蔵はこう言ってたわ。『私は墓守だ』って。」

 

 「墓守だと?」

 

 先生が訝しむのもわかるけど確かにそう言ってたのよ、誰の墓を守ってるのかまでは聞かなかったけど。

 

 「戦友でも亡くしたんでしょうか、彼女がタウイタウイに着任してから戦死した艦娘を調べてみますか?」

 

 「……。」

 

 先生が何やら考え込んでるわね、面倒な事言いださなきゃいいけど。

 

 例えば力づくで連れ戻してこいとか……。

 

 「頼む。それと少佐、大潮と荒潮、それに長門を招集しておいてくれ。」

 

 「それは構いませんが……。何をさせるおつもりです?嫌な予感しかしないのですが……」

 

 その三人で武蔵を引っ張って来いって言う気かしら、まあその面子ならどうにか出来そうな気はするけど。

 

 「第八駆逐隊と長門、それに神風で武蔵を迎えに行ってもらう。少々手荒になっても構わん。」

 

 少々どころじゃなくなると思うけどなぁ……ん?今私の名前も言わなかった?

 

 「私も行くの!?嫌よ!あの辺クソ暑いのに!」

 

 「お前は泊地の司令とも面識があるし、地理もある程度覚えているだろ。道案内がてら言って来い。」

 

 勘弁してよ……暑いだけならともかくこの時期は雨期だから雨ばっかりなのよ?

 

 「命令だ神風、行って来い。」

 

 う……目がマジだ……拒否ったら怒られるどころじゃ済まないわねこれ………。

 

 「わかった……。」

 

 「手土産代わりに三式ソナーをいくつか持って行け、あそこの司令も喜ぶだろう。」

 

 そうだ、嫌がらせに四式を持ってってやろう。

 

 うん、そうしよう。

 

 「足はどうするの?まさか自走して行けとは言わないわよね?」

 

 あっちまで自走とか冗談じゃない、何日かかると思ってるのよ。

 

 「そうだな……少佐、先々週に八駆が護衛して来たタンカーの出航予定は?確かメンテでドック入りしてただろ。」

 

 「試運転はすでに完了していますから……早ければ明後日には出港です。」

 

 丁度いいじゃない、便乗させてもらいましょ!今のご時世で艦娘を乗せるのを嫌がる船なんていないわ!

 

 「少佐、船長と連絡を取って便乗させてくれるよう頼んでみてくれ。」

 

 「了解しました。護衛は27駆で?」

 

 「ああ、佐世保の方には私から言っておく。」

 

 よし!これで足は確保した。

 

 あとは、海が荒れない事を祈るだけね。

 

 「それはいいですが提督、朝潮と長門を一緒にして大丈夫ですか?」

 

 辰見の指摘で先生がその事を思い出したのか頭を抱えだした、長門がダメなら陸奥でいいじゃない。

 

 「先生、長門じゃないとダメな理由でもあるの?」

 

 どっちも低速戦艦だし、性能は改二改装を受けてる長門の方が上でしょうけど。

 

 「低速戦艦を高速化させられる事は……知らないよな……。」

 

 私はゆっくりと先生から目を逸らす。

 

 はい、知りません。

 

 「長門は陸奥に比べて高速化が容易なんだ、高速化した長門は単純な速度だけなら駆逐艦に引けを取らない。」

 

 あ~それでか、機動性はたいして変わらなくても速度が同じくらい出せるんなら、タンカーを降りてから長門を連れての移動にストレスを感じなくていいわね。

 

 「まあその分、装備は絞られてしまうがな。」

 

 「でも駆逐艦より上の火力は確保できるんでしょ?」

 

 そうじゃなきゃ長門を連れて行く意味なんてないし。

 

 「それはもちろんだ。だから最悪、武蔵と殴り合いになった場合を考えて長門は一緒に行かせたいんだが……。」

 

 ならいっそ朝潮を外せばいいんじゃないかなぁ、あの子も秘書艦に戻れて喜ぶんじゃないかしら。

 

 「朝潮をメンバーから外してはどうです?」

 

 私の代わりに少佐がそう先生に提案する。

 

 長門がガッカリするだろうけど、朝潮を追い回して暴走するよりはそっちの方がいいでしょ。

 

 「朝潮に対潜の経験をさせておきたかったんだがなぁ……。」

 

 あの子も駆逐艦だものね、対潜水艦は経験しといて損はない。

 

 と言うか今まで潜水艦を相手にした事なかったのねあの子、近海にも潜水艦は出るのに。

 

 「神風……。頼めないか?」

 

 先生が縋るような目で私を見て来る、私に長門のストッパーになれって事?って言うか最初からそのつもり私を出て行かせなかったんでしょ。

 

 「私で止めれるかわかんないわよ?アイツ生意気にも戦舞台対策の技編み出しちゃってるし。」

 

 長門が朝潮との演習で見せた『畳返し』は明らかに対戦舞台用だ、魚雷への防御にも使えるし不用意に近づけば体勢を崩される。

 

 あの時、朝潮がトビウオで飛べたのは奇跡に近いわ。

 

 「そうか……お前でも無理か……。」

 

 別に無理とまでは言ってないわよ?そんな言われ方したら少し腹が立つわね。 

 

 「いやすまん、お前ならなんとかできると思ってたんだが無理なら仕方ない。」

 

 だから別に無理じゃないってば、もしかして挑発してるの?乗らないわよ。

 

 「まあ今の朝潮ならなんとかできるかもしれないしな、お前に無理をさせる必要もないか。」

 

 なるほど、私は朝潮より弱いと言いたいのね。

 

 上等じゃない。

 

 「そこまで言われたら黙ってられないわ。いいわよ、やってやるわよ!朝潮なんかにまだまだ負けたりしないんだから!」

 

 先生が計画通りとでも言いたげな顔に変わる、いい機会だから朝潮に私の強さを再認識させてやる。

 

 後悔したって知らないからね!

 

 朝潮にトラウマ植え付けて帰してやるんだから!



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朝潮遠征 5

 タウイタウイ泊地。

 

 スールー諸島のタウイタウイ島にある泊地で、太平洋戦争時に旧日本軍がシンガポールを中心として内線作戦を展開していた関係で、東から攻めて来る米軍に対する拠点として重要視されていました。

 南方の産油地からの燃料供給の負担も比較的軽かったそうです。

 

 現在はセレベス海を抜けて北上しようとする潜水艦や水雷戦隊に対する拠点として機能しています。

 出現する敵の関係上、泊地に居るのは軽巡と駆逐艦がほとんどで、万が一ここが突破された場合はブルネイ泊地及び佐世保鎮守府から艦隊が即座に派遣、迎撃に当たります。

 

 「あーーー!雨が鬱陶しい!!」

 

 タンカーから降りた私たちは長門さんを中心に輪形陣を形成してスールー海を南下中、装甲のおかげで体が直接雨に濡れることはないけど、装甲を伝う雨のせいで視界は遮られるし波は高いしで、神風さんの言う通り確かに鬱陶しいわね。

 神風さんが肩掛けに大きなカバンを下げているけど、何が入ってるんだろ?着替えとかかな。

 

 「あ、朝潮。よかったら私が抱っこしてやろうか?」

 

 ながもんが何か言ってますけど無視です。

 タンカーの中では大人しかったのに洋上に出た途端にコレです、今なら事故に見せかけて亡き者にできるんじゃないかと暗い考えが頭をよぎってしまいます。

 

 「朝潮って変なのにばっかりモテるわよね。」

 

 言わないでください満潮さん、気にしてるんですから……。

 

 「それ言っちゃうと満潮ちゃんも『変なの』に含まれちゃう気がするけどぉ?」

 

 「私は違うわよ、荒潮こそ『変なの』でしょ?夜中朝潮の布団に潜りこんで何かしてるし。」

 

 今とんでもない事を聞いた気がするんですけど!?私寝てる間に何かされてるんですか!?

 

 「艦娘で女知音はよくある話だしね~。私は興味ないけど。」

 

 「オンナチイン?」

 

 聞きなれない言葉ですね、艦娘同士でなにかする事でしょうか。

 

 「男色の逆よ、要はレズね。」

 

 聞かなければよかった……確かに女性比率の高い鎮守府ならそうゆう事も起こりそうですが、まさかよくある事だったとは……。

 

 「横須賀だと松風ちゃんが有名よねぇ?神風型って性格に難がある子が多いのかしらぁ?」

 

 性格と言うよりは性癖な気がしますが……、まあネームシップの神風さんがアレですもんねぇ。

 

 「今の松風ってそんななの!?いや……そういえばやたらと変な視線送って来てたわね……中途半端に宝塚っぽかったし……。」

 

 それは宝塚の人に失礼なのでは?そんな事より、私の右後方、輪形陣の最後尾に居る満潮さんが両腕で体を抱いて軽く震えているのが気になるんですが。

 

 「時雨怖い……ボクっ子怖い……佐世保は魔境よ……。」

 

 時雨さんに何かされたんでしょうか、変なトラウマ植え付けられてません?

 

 「そういえば武蔵さんってどんな方なですか?大和型だとは聞きましたけど。」

 

 呉に記念艦として現存している戦艦大和の2番艦である武蔵をモデルに建造された艦娘とは司令官に聞いたけど、人となりは全く知らない。

 ながもんみたいな人じゃない事を祈るけど……。

 

 「一日中寝てるだけの穀潰しよ。半年ほど一緒に居たけど、まともに話した事はないわ。」

 

 ながもんを挟んで反対側に居る神風さんがそう答える、一日中寝てるだけだなんて……出現する敵の大半が潜水艦とは言え訓練ぐらいすればいいのに。

 

 「あ~でも。晴れの日だけはどこかに行ってるみたいだったわね、艤装は持ち出してなかったから島のどこかには居たんでしょうけど。」

 

 お散歩でもしてたんでしょうか、寝てばかりじゃさすがに体が訛ってしまいますもんね。

 

 「寝てばかりとは情けない戦艦だな、戦艦とは私のように威厳を持って艦娘を引っ張って行くようでなくてはならないのに。」

 

 貴女のどこに威厳が?ずっと私の方をチラチラと覗き見てる姿に威厳など微塵も感じませんが?

 もしかして私が隙を見せるのを待ってるんでしょうか。

 見せませんよ?連装砲は常に貴女に狙いをつけてますし、飛びかかられた時の事も考えていつでもトビウオで回避できるようにしてますから。

 

 雑談を交えながらも警戒は怠らずに航海を半日ほど続けていると、水平線上に島の輪郭が顔を覗かせ始めた。

 私たちは海面に立っているから、水平線までの距離は約5キロと言ったところでしょうか、あとひと踏ん張り、日が落ちるまでにはたどり着けそうね。

 いい加減、敵どころかながもんまで警戒し続けるのにも疲れて来てたし。

 

 「港は島の南側よ。島の右側から回った方が近いわ。」

 

 神風さんの指示で舵を若干右に取り島を回り込むと前方に桟橋らしきものが見えて来た。

 旧日本軍の施設を改修、再利用しただけあって頑丈そうな造りね。

 

 「あれって出迎えかな?桟橋に誰か立ってるよ。」

 

 先頭の大潮さんが桟橋に立ってる人に気づいた、頭まで合羽を着てるから容姿はわからないけど体形からして駆逐艦かしら。

 

 「遠路遥々……よくお越しくださいました……。当泊地所属の駆逐艦、早霜です。」

 

 私たちが桟橋に上がると、早霜と名乗る方が敬礼で迎えてくれた。

 姫カット風の前髪で隠した右目、駆逐艦としては高めの身長と淡々とした暗めな口調が印象的だわ。

 

 「横須賀鎮守府所属の長門だ、しばらく世話になる。」

 

 一応私たちの艦隊の旗艦であるながもんが代表して早霜さんと握手を交わす、猫を被ってるのか凛々しい面持ちね。

 

 「基地施設までご案内します……。こちらへ……。」

 

 早霜さんに連れられてしばらく歩くと、坂道の先に基地らしき建物が見えて来た。

 鎮守府とは違ってコンクリートで作られた機能性重視の建物、装飾の類は一切見られないわね。

 無骨と言う表現がしっくりくる。

 

 「さすがに艤装を背負ったまま基地司令と会うわけにはいかんな。先に工廠を案内してくれないか?早霜。」

 

 「わかりました……。工廠はあちらになります……。」 

 

 基地の正面に来たところで、ながもんが思い出したように早霜さんにそう言うと、早霜さんが視線と人差し指で基地の右側を指して教えてくれた。

 見てみると茶色いアーチ型の屋根をした建物が見えた、工廠と言うより倉庫のようにも見えるわね。

 

 「複葉機とか出て来そうな雰囲気ねぇ。」

 

 荒潮さんの言う通りそんな感じがしますね、滑走路も一応ありますし。

 

 「複葉機……、ありますよ?司令が趣味で、晴れた日に乗り回してます……。」

  

 あるんだ……しかも趣味って……軍の施設を自分の趣味で使うなんて公私混同なんじゃないかしら。

 

 「うちの司令官に比べたら可愛い趣味だね。」

 

 アレで可愛い趣味?じゃあうちの司令官は一体どんな趣味をお持ちなんですか?大潮さん。

 

 「うちの司令官のは公私混同超えてるもんね。」

 

 そんな事はありませんよ満潮さん!司令官がそんな事するわけないじゃないですか!

 

 「職権乱用しちゃってるものねぇ。」

 

 あーあー!聞こえない!荒潮さんが言ってる事なんか何も聞こえない!

 

 「私が知ってるのはクルーザーを哨戒艇と偽って所持している事と、浴場の差別化だな。駆逐艦と入浴できなくなって悲しんだ艦娘がどれだけいた事か……。」

 

 黙れながもん!前者は立派に役に立ってます!それに怒り心頭のようですけど後者はながもんのせいですからね!

 と言うかながもんみたいな性癖の方が他にもいるんですか!?

 

 「甘いわよ長門。先生ったら鎮守府の外の店に出資してるのよ。鎮守府の運用資金から。」

 

 き、きっと私たちに必要なお店なんですよ!神風さんの言い方じゃ、まるで横領してるみたいじゃないですか、司令官に限ってそんな事はありえません!

 

 「あ、先生で思い出した。早霜、コレ渡しとくわ。」

 

 工廠に入ると、神風さんが肩にかけていたカバンを早霜さんに手渡した、早霜さんに渡したと言う事は神風さんの私物じゃないのね。

 

 「こ……これ四式ソナーじゃないですか……!いいんですか……!?」

 

 早霜さんが隠れてない方の目をまん丸にして驚いてる、四式ソナーって言ったらかなり上位の対潜装備よね?司令官から泊地への手土産かしら。

 

 「四式ソナーを手土産とは司令官も思い切った事するわね……。量産できないからかなりの貴重品のはずなんだけど……。」

 

 満潮さんが顔を真っ青にして後ずさりしてる、そんな貴重な装備を手土産に?まさかとは思うけど、神風さん勝手に持って来たんじゃ……。

 

 「大潮は何も見てないし聞いてないよ……。」

 

 「私もよぉ。司令官が激怒してる姿が想像できるけど何も見てないわぁ……。」

 

 大潮さんと荒潮さんまで顔を真っ青にしてそっぽを向いてしまった、そんなにまずい事態なのかしら……。

 

 「いいのいいの。私も前にお世話になってたし、そのお礼も兼ねてパクって……いや、持ってきたのよ。」

 

 いやぁねぇ~、と聞こえて来そうなくらいの笑顔で言ってますけど、今パクってって言いましたよね?やっぱり勝手に持って来たんじゃないですか!

 

 「ちょ、ちょっと神風さ……。」

 

 「ありがとうございます……。これで……対潜でケガをする子も……減ると思います……。」

 

 神風さんが渡した四式ソナーを取り返そうとして声をかけようとしたけど、早霜さんの涙ながらお礼で思いとどまざるを得なくなった。

 この辺りの敵は潜水艦がほとんどと聞いています、きっと多くの艦娘が潜水艦の犠牲になったんでしょうね……。

 

 「私は基地司令に挨拶してくる。神風、案内してくれないか?早霜は朝潮達を部屋に案内してやってくれ。」

 

 「わかりました。ではこちらへ……。」

 

 ながもんに文句を言っている神風さんを尻目に私達は工廠を後にしてまずはお風呂に案内された、大きな一枚ガラスを通して外が見える浴場、その外にはさらに露天風呂があるみたいね。

 

 「晴れていれば良い景色をご覧いただけたんですが……。残念です……。」

 

 私たちと一緒に浴場に入って来た早霜さんが無表情のままそう言った、と言うか思ったより胸が大きいですね、潮さんほどじゃないとは言え、神風さんと同じくらいあるんじゃ……。

 

 「……何か?」

 

 「いえ……なんでも……。」

 

 べ、べつに胸の大きさが女のステータスの全てじゃないすし……。

 それに私の司令官はロリコンですから小さいに越したことはないんです!

 

 「この子、悪意なしに司令官を貶めてるわよ。」

 

 そんな事はありませんよ満潮さん!司令官はロリコンなんです!だから胸は小さい方が好みなんです!

 

 「司令官てぇ、並乳が好みなんじゃなかったっけぇ?」

 

 以前神風さんがそんな事言ってた気がしますが関係ありません、司令官はロリコンなんです!

 

 「朝潮ちゃんはどう見ても並以下だよね?」

 

 ええ並以下です!どう見ても小学生くらいの満潮さんと同レベルの胸です!でもいいんです、これが司令官の好みなら喜んで受け入れ……。

 

 ボカッ!

 

 「アンタ今すっごい失礼な事考えたでしょ。主に私に!」

 

 痛い……。

 満潮さんに思いっきり後頭部を殴られてしまいました……。

 

 「か、考えてませんよぉ……。」

 

 満潮さんはまだ改二で大きくなる可能性があるからいいじゃないですか……。

 

 「大潮はないと思うなぁ。」

 

 「私もぉ、朝潮型で巨乳は諦めた方がいいと思うわよぉ?」

 

 嗜好を読まないでください、でもそういえば朝潮型で巨乳の方はいませんね、荒潮さんが比較的大きいとは言ってもあくまで並の範疇ですし。

 

 「潮や呉の浜風が異常なのよ、アイツら実は軽巡か重巡なんじゃないの?あんな胸の駆逐艦が居るか!」

 

 あれ?実は満潮さんも胸の小ささにコンプレックス抱いてます?大丈夫ですよ、朝潮型より胸の不自由な駆逐艦は他にもいますから。

 

 「私と同じ夕雲型の夕雲姉さんや長波姉さんも大きいですよ……?着痩せするタイプだからわかり辛いですけど……。」

 

 長波さんというと大会で当たった三十一駆の旗艦をされていた方ですよね?巨乳を隠すとはなんと卑劣な……。

 

 「あ、雲が晴れてきましたね……。」

 

 早霜さんに言われて外を見てみるとさっきまでの雨が嘘のように空は晴れ渡り、満天の星空が広がっていた。

 

 「この辺りは雨季と聞いていましたけど……。」

 

 「雨季とは言っても一日中降るわけではありません……。この辺りは、日に何度かあるスコールの回数が多くなるだけです……。」

 

 へぇ、日本の梅雨とはだいぶ違うのね、勉強になりました、それに……。

 

 「こんな綺麗な星空は初めてです……。」

 

 まさに満天と言っていい星空、横須賀ではまずお目にかかれないでしょうね。

 

 「コレを見れただけでも、ここまで来たかいがあったわね。」

 

 満潮さん達もうっとりと星空を見ている、これで武蔵さんを何事もなく連れ帰れたら言う事なしね。

 

 輝く星に心の夢を、祈ればいつか叶うでしょう。

 と歌った曲は星に願いをだったっけ、この星空なら確かに願いが叶いそうな気がしてきますね。

 

 私は目を閉じ星に願ってみる。

 

 早く戦争が終わりますようにとか、世界に平和をとか大それた願いをするつもりはありません。

 

 あの人の笑顔が取り戻せますように。

 

 私は浴場の窓から見える星空に願いを込めて、そう祈った。




 
 


 実際のタウイタウイはそんなに重要な泊地じゃなかったみたいですが、この作中の歴史が本来の歴史と変わっているため、重要視されていたという設定にしています。

 内線戦略をとったところで米軍が東からセレベス海を通って攻めてくるかどうかはわかりませんが、そこは素人の浅知恵と思って見逃していただけると幸いです。

 ちなみに、サンマ漁の話で書いた魚をスマートに食べる方法を魚料理専門の居酒屋に行って試してきましたが、ホントに綺麗に食べれました。

 知らなかった人は是非一度お試しあれ。


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幕間 窮奇とネ級

 「これはまずいな……。」

 

 渾沌様から窮奇様に下された敵基地の破壊命令の先行偵察として来てみれば思いもよらない奴の来島と出くわしてしまった。

 

 「容姿は変わっているが奴はおそらくアサシオ……。」

 

 窮奇様が執拗に狙っている駆逐艦だ、数か月前の戦闘では窮奇様を轟沈寸前まで痛めつけた憎き相手。

 しかもあの艦隊には北方の棲地を攻めた主力艦隊に居た赤い駆逐艦と戦艦も含まれていた、こちらの艦隊は窮奇様と私を除けばこの地で集めた水雷戦隊と潜水艦隊が二つづつに空母が2隻。

 天候によっては空母は当てにできないが、確認されている敵基地の戦力を考えれば余裕があったのだが……。

 それに奴らが加わるとなると、最悪の場合を考える必要が出て来るな。

 

 「窮奇様に報告するべきか否か……。」

 

 アサシオが来ていると知れば艦隊を放り出して向かってしまわれるだろう。

 黙っていたところで、基地への攻撃を開始して奴が出て来れば同じだ。

 

 「奴が島を出て行くまで攻撃を待つか。」

 

 それも無理だ、アサシオにしか興味を示さない窮奇様は早く帰りたがっている、奴が所属していると思われる施設へ単艦で突撃しないようにしてもらうだけでも一苦労なのだ。

 事情があるからしばらく待機してくれと言ったところで聞いてくれるはずもない。

 

 「窮奇様には離れた場所からの艦砲射撃に専念してもらうのはどうだろう。」

 

 出て来る敵基地の艦隊は潜水艦隊に相手をさせ、アサシオ達は私が水雷戦隊を率いて相手をし、窮奇様には敵基地への攻撃をしてもらえばアサシオを見て暴走される事もないかもしれない。

 

 「これで行くか、基地さえ破壊できれば渾沌様の命令にも反しない。」

 

 そうと決まればスコールがやむ前に窮奇様の所に戻ろう。

 攻撃前に私が発見されてしまうと警戒されてしまうかもしれないからな。

 

 「それにしても、窮奇様はなぜあそこまであの駆逐艦に執着なされるのだろうか……。」

 

 数年前に片腕を吹き飛ばされたからか?だがあの時の個体と今の個体は恐らく別だ。

 艦娘が私達と違って、粉々になっても再生出来ると言うのなら話は別だが。

 

 「アイシテイル……。」

 

 窮奇様がアサシオへ向けて放った謎の言葉、おそらく今の私には理解できない概念なのだろう。

 窮奇様のような名前をお持ちになる上位種の方々は人間共と近い物の考え方をされるからな。

 

 窮奇様が艦隊と共に待機している島に到着する頃にはスコールは完全にやみ、雲が晴れて星空が見えていた。

 人間共が出す光に邪魔をされていない星空はやはり格別だな。

 

 「……戻ったのか。」

 

 浜に上がると、窮奇様が砂浜を歩いているところに遭遇した。

 艤装は着けず、どこで手に入れたのかは不明だが、いつもより露出度の高い服装、確か人間共が水着と呼んでいるものだ。

 黒の薄布二枚で、こうも窮奇様の艶めかしくも美しい肢体を際立たせるとは……人間の作る物もなかなか侮れないな。

 月明りと星に照らされた海辺を優雅に歩くその姿はまさに美の化身、アサシオに奪われた左腕が痛々しいが、欠けている事で逆に儚さが加わり、美しさに磨きをかけているようにも感じる。

 

 「なんだジロジロ見おって、気色の悪い。」

 

 不快だとばかりに窮奇様に睨まれてしまった、ただでさえ窮奇様に良く思われてないというのに機嫌を損ねてしまうとは……。

 世辞の一つも言えば多少は機嫌を直してくれるだろうか。

 

 「申し訳ございません。窮奇様があまりにお美しかったもので……。つい。」

 

 「貴様に褒められても嬉しくなどない。それより、敵基地の様子はどうだったのだ?さっさと報告しろ。」

 

 機嫌を直してくれるどころかますます悪くなってしまった、まあ私が何を言ってもこの方の機嫌を損ねるだけなんだろうが。

 

 「こちらの艦隊から得た情報にあった艦隊に加え、駆逐艦5隻に戦艦1隻の艦隊が新たに島に入るのを確認しました。」

 

 「そうか、戦艦が居るのなら多少は楽しめそうだな……。」

 

 嘘は一切言っていない、言ってないのはその艦隊にアサシオが含まれていた事くらいだ。

 

 「貴様、何か隠してないか?」

 

 窮奇様の鋭く細められ私を射貫く。

 何か感づかれたか?どうする、アサシオが来ていることを言うべきか……。

 とりあえずは赤い駆逐艦の事を報告して窮奇様の様子を見て判断するか、もしかするとそれで我慢してくださるかもしれない。

 

 「そういえばその艦隊の中に赤い駆逐艦が居ました。北方で旗艦をしていた奴です。」

 

 「……。」

 

 それでも窮奇様が視線を外そうとしない。

 あの時、窮奇様は赤い駆逐艦に興味を示されていたのに、この無反応ぶりはどうだ。

 もう、あの駆逐艦には興味がないのだろうか。

 

 「もうアサシオ以外の駆逐艦に興味はない。あの子はきっと独占欲が強いのだ、だから浮気をしていた私に腹を立ててまともに私の相手をしてくれなかったんだろう……。」

 

 窮奇様が右手で体を抱き、辛そうにお顔を歪ませる。

 なぜそこまで辛そうになさるのですか?アサシオの事をアイシテイルからなのですか?

 

 言うべきなのだろうか……そうすれば窮奇様に笑顔が戻るかもしれない……。

 そうだ、そうしよう。

 暴走するのがわかっているのだからそれ前提で艦隊を動かせばいいのだ。

 問題はどうやってアサシオだけ艦隊から離脱させるかだが……。

 

 「窮奇様、アサシオも窮奇様をアイシテイルのですか?」

 

 アサシオも窮奇様の事をアイシテイルのなら窮奇様を見て単艦で離脱する可能性がある。

 アイシテイルという感情が艦隊行動や命令より優先されるものなら。

 

 「当たり前ではないか。あの子と私は運命の赤い糸で結ばれているんだ、私の姿を見ればすぐに私の元へ来てくれるだろう。」

 

 ウンメイノアカイイトとはなんだろう?結ばれていると仰るくらいだから回線のような物だろうか。

 だが、窮奇様がそこまで仰るなら分断する事も可能かもしれない。

 万が一に備えて、潜水艦隊一つで島の東側に窮奇様の退路を確保しておいて、残りの艦隊で敵基地を襲撃。

 アサシオが出て来たことを確認した後に島の東側から窮奇様に姿を現していただこう。

 

 通信で聞いた限りでは、この間の戦いでアサシオは駆逐隊を組んで窮奇様と相対していた、駆逐隊相手では流石の窮奇様も深手を負ったが、奴が単艦で窮奇様に向かうならその時の戦闘ほど被害は被らないはず。

 

 奴は所詮駆逐艦だ、1対1なら窮奇様が負けることなどあり得ない。

 数年前の戦闘でも、別に横槍を入れる必要はなかったのだ、いくら魚雷とは言え数発程度では窮奇様を沈める事など叶わないのだから。

 

 「実は確証がないので報告すべきか悩んでいたのですが……。アサシオとよく似た駆逐艦が一隻、その艦隊に含まれていました。容姿が変わっていたため、私などでは判断し辛く……。」

 

 ほぼ間違いはないだろうが、わざと隠していたと思われたらこの場で沈められかねない。

 この方に沈められるのはかまわないが、この方をお守り出来なくなるのは望むところではない。

 

 この方をお守りするためなら例えどれだけ罵倒されようとお側に居続けるし、この方を危険から遠ざけるためなら敵の艦隊を利用してでも撤退していただく。

 

 それを続けていた結果、すっかり嫌われてしまったが……。

 渾沌様が執り成してくださらなければ、とっくに沈められていただろうな……。

 

 「ほ…とう…か…?」

 

 「窮奇様?」

 

 どうなされたのだろうか、目を見開いてフラフラと私に向かって歩いてくる。

 お気に障ったのか?だが窮奇様のお顔は怒りではなく、驚きと喜びが混ざったような感じだ。

 

 「本当にアサシオが居たのか!?あの島に!」

 

 「か、確証はありあせんがおそらく……。何分、容姿が様変わりしていましたので私では……。」

 

 窮奇様の指が肩に食い込む、だがよかった。

 窮奇様に笑顔が戻った、頬を染めて瞳を潤ませるその表情は私の胸をキュンとさせるほど可愛らしい。

 

 「そうか……。アサシオも来ているのか……。やはりあの子は私の運命の相手だ……。」

 

 私から離れ、右手を頬に当てて星を見上げる窮奇様を見ていると胸の鼓動が鎮まらない、なんだこの感情は。

 これがアイシテイルという感情なのだろうか、この方のためなら作戦などどうでもよくなってくる。

 この方のために何かしてあげたくてしょうがない。

 

 「オイ、私とアサシオを二人きりにする手段を考えろ。艦隊の指揮権は貴様にくれてやる。」

 

 「すでに考えております。この私の命に代えても、必ずやアサシオと二人きりになれる場をご用意して見せましょう。」

 

 この方が駆逐艦ごときに沈められるはずがないのだ、ならばアサシオから遠ざける事など考えずに二人きりにしてさしあげればいい。

 それを邪魔する者がいるなら私が命に代えてでも迎え撃つ、私の命はこの方のためにあるのだから。

 

 「いつぞやのように、マヌケなマネをすれば今度こそ沈めるぞ。渾沌が何を言ってこようが必ずだ。」

 

 「は!肝に銘じておきます!」

 

 口調はキツいが、そのお顔は喜びに満ちている。

 この笑顔を守りたい、私の全てを賭けてお守りするんだ。

 

 こうゆう時、人間は星空に願うと聞いたことがある。

 人間の真似をするのは少し癪だがたまには良いだろう。

 私は空を見上げ、満天の星空に願いを込めた。

 

 どうか、この方の笑顔を守れますように……。 



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幕間 長門と武蔵

 私と神風が朝潮達と別れて泊地の執務室へ赴いてみたはいいのだが……。

 いや、執務室と言っていいのかコレは、横須賀鎮守府の執務室と違って酷く事務的と言えばいいのか。

 

 入口のドアから入ってすぐに長机が縦に置かれ両脇にソファー、さらにその奥にドアと対面するように事務机が置かれている。

 

 「お、来たな『お嬢』。大佐から話は聞いてるぜ。」

 

 一番奥の事務机に座り、扇風機に当たっていた50~60歳くらいの初老の男性が私たちを見るなりそう言ってきた。

 大佐とは提督のことだろうか、ならばお嬢とは……。

 

 「もう!その呼び方やめてって前にも言ったでしょ『艦長』!」

 

 やはり神風の事か、だが艦長とはどうゆう事だ?彼は泊地の司令ではないのか?

 

 「相変わらず体と同じくらい小さい事言うな、お嬢は。今さら呼び方を気にするような間柄でもないだろ?」

 

 髭面オヤジのウィンクと言うのは見るに耐えないな、閉じた方の瞼がピクピクしてるじゃないか。

 

 「それと、先生の事を大佐って言うのもいい加減やめなさいよ。今は中将よ?」

 

 「そうだったか?泥まみれで戦場を這いずり回ってた大佐殿が中将様とは……出世したねぇ。」

 

 この口ぶりだと提督が陸軍に居た時からの知り合いか、だが艦長と言うのがわからない。

 『艦』長と言うくらいだから軍艦の艦長だったのだろうが……。

 

 「そっちのベッピンさんは長門かい?うちの能代が霞んじまうくらいいい体してるじゃねぇか。」

 

 いやらしい目で舐め回すように私の体を見るな!男に褒められても欠片も嬉しくない!

 

 「ダメよ艦長。コイツ女にしか興味ないし、それに筋肉バカだからきっと硬いわよ。」

 

 待て神風、その言い方では誤解を生んでしまう。

 私は女は女でも幼女にしか興味がないんだ、もっと具体的に言うなら駆逐艦!さらに個人で言えば朝潮だ!

 それと私はそこまで硬くはないぞ?訓練を怠っている艦娘に比べて比較的筋肉がついているだけだ、けっして硬くはない。

 

 「それはともかく、神風。この方は司令ではないのか?艦長と呼んでいるようだが。」

 

 「合ってるわよ?このオッサンがこの泊地の司令官。」

 

 オッサンってお前……昔なら上官侮辱罪で銃殺されても文句言えんぞ……。

 

 「お嬢や大佐……じゃない、横須賀提督とはワシが護衛艦の艦長だった頃からの知り合いでな、ワシの艦が沈められて浜辺に漂着していた所を助けられて行動を共にしてた時期があったのよ。」

 

 だから艦長か、当時の海軍は深海棲艦にやられたい放題だったと聞いた事はあるが……よく助かったものだ……。

 

 「助けて目を覚ました途端自決しようとして大変だったのよ?あんまり言う事聞かないから自決しようとするたびに殴って気絶させてさ。」

 

 神風……それはもう拷問ではないのか?

 

 「そりゃ艦長ってのは自分の艦と運命を共にするもんだからな、艦と部下を失ってまで生き恥を晒すなんざ、当時のワシにゃ出来んかっただけだ。」

 

 それがどうして泊地の司令官に?司令官をしていると言う事は妖精とコンタクトが取れると言う事だろうが。

 

 「先生に説得されちゃったのよねぇ。『死ぬ覚悟があるなら今は死ぬな、俺が死に場所を用意してやる。』って言われて。」

 

 「懐かしいねぇ……そう言われて死ぬのを思いとどまって早8年以上……ワシはいつまで生き恥を晒し続ければいいのか……。」

 

 その言いようだと死ぬこと自体は諦めていないのか、気持ちはわからないでもないが。

 男とは難儀な生き物だな……。

 

 「その先生から手紙を預かってるわ。『約束通り死に場所を用意した。』だそうよ。」

 

 神風が神妙な面持ちで懐から封筒を取り出し艦長に渡した。

 艦長は手を震わせ、死ねと言われているとは思えないほど嬉しそうな顔でそれを両手で受け取った。

 

 「すまねぇが……先に読んじまってもいいかい?」

 

 「ええ……。」

 

 艦長が神風の返事とともに封筒を開け、中身を取り出して読みふける。

 

 「く……くくくく……くはーはっはっはっはっは!何が死に場所だ!これじゃ死ねねぇじゃねぇか!」

 

 左手を額に当て、豪快に笑いだす艦長。

 期待を裏切られたにしては嬉しそうだな、眼尻に涙まで浮かべているじゃないか。

 

 「嬉しそうね艦長。そんなにいい事が書いてあったの?」

 

 「ああ、あの若造。俺に死に場所どころか生き場所をくれやがった、死ぬに死ねなくなっちまったよ。」

 

 「そう……よかった……。」

 

 神風が嬉しそうに目を閉じうっすらと笑みを浮かべる。

 安心したという感じだな、お前も内容までは知らなかったのか。

 

 「お嬢、ワシにこんな手紙を寄越したってこたぁ。『奇兵隊』を全員招集するつもりかい?」

 

 「そこまでは聞いてないわ。でも『武器屋』とはコソコソと何かやってるみたいよ?」

 

 奇兵隊?それは提督の私兵の事ではないのか?その言い方だと横須賀鎮守府に居るのが全てではないみたいだが。

 

 「今、鎮守府に集まってるのは?」

 

 「今は『銃』と『車』、それに『腰巾着』しか居ない。ああでも、鎮守府の外に『店長』は居るみたい。」

 

 まったく言ってる事がわからん、それは何かの暗号なのか?

 

 「くくく……それにワシと『DJ』が加わりゃ初期メンバー勢ぞろいじゃねぇか。昔を思い出すねぇ、また竹槍持って突っ込めとか言い出さねぇだろうな?」

 

 いやいや、それは冗談で言ってるんだよな?深海棲艦相手に竹槍で突撃していたとでも言うのか?

 

 「さすがに無いんじゃない?銃剣くらいは持たせてくれると思うわよ。」

 

 うん、きっと冗談だ、とてもじゃないが正気とは思えない。

 

 「私もまだ詳細は知らないけど、近々大きな作戦があるんだと思う。そのために武蔵が必要みたい。」

 

 「なるほどねぇ、ワシにまで声をかけるってこたぁ少なくとも7年前並の作戦、もしくはそれ以上……。たしかにアイツをここで遊ばせとくわけにゃいかねぇな。」

 

 7年前と言えばシーレーン奪還作戦か、あの規模の作戦の準備にしては準備期間が短すぎないだろうか……それとも、ずっと以前から準備は始まっていたのか?

 

 「そんな言い方だと、他の艦娘が拗ねるわよ?」

 

 ふむ、たしかに他の軽巡や駆逐艦たちは遊んでてもいいように聞こえるな。

 

 「うちの娘どもはこんくらいじゃ拗ねたりしねぇさ。能代もワシの性格は知ってるしな。」

 

 さっきから出て来る能代とやらがここの秘書艦か?私の駆逐艦ファイルにその名前はないからおそらく軽巡だろう。

 

 「その武蔵だけど、ここを離れる前に武蔵本人から自分は『墓守』だと聞いたわ。誰のお墓を守っているの?」

 

 「ああ、お嬢達が来る前にもチェリー少佐からその件について確認の通信があった。」

 

 チェリー少佐?鎮守府で少佐と言えば辰見少佐か提督の副官の少佐くらいだが……はて、チェリー?サクランボが関係するような名前だったか?

 

 「その呼び方やめてあげなさいよ。意外と気にしてるかもしれないわよ?あの人。」

 

 やめてあげろと言う割に半笑いじゃないか神風、お前には意味がわかっているのか?

 

 「わかったわかった、次に会った時も覚えてたらやめるよ。」

 

 いや、やめる気ないだろう。

 楽しみだと言わんばかりにクスクスしてるじゃないか。

 

 「で、わかったの?」

 

 「わかったと言うか知っていたと言うか……ワシが死なせてしまった子だしな……。武蔵がここに着任して戦死した艦娘は一人だけだ。奴が墓守をしてるって言ったんなら、間違いなくその子の墓だろう……。墓と言っても慰霊碑だがな。」

 

 「その艦娘の名は?」

 

 神風の追及に、艦長が名前を言うのを躊躇っているかのように黙り込んでしまった。

 彼にとっても辛い思い出なのか……。

 

 「夕雲型駆逐艦十九番艦……清霜だ。」

 

~~~~~~~

 

 艦長が意を決して口にした艦娘の名を私たちが聞いてから約一時間、私と神風は基地の裏手から伸びる山道を黙々と登っていた。

 

 「艤装背負って来てよかったわね、虫多すぎよ……。」

 

 私は艤装を背負って山登りする羽目になるとは思わなかったよ、山頂まで緩やかな一本道とは言え、艤装を背負ったままだとさすがに辛い……。

 

 「虫よけスプレーじゃダメだったのか?装甲を張れば確実に虫よけにはなるが、さすがにきつ過ぎるぞ……。」

 

 「ダメダメ、私スプレーしても全然効果ないのよ。ホント頭来るわ。」

 

 血の気が多いからじゃないか?と言うかお前に効果がないだけで私は平気だったかもしれないじゃないか。

 まさか道連れにされたのか?

 

 「でも意外だったわ、『貴様!駆逐艦を戦死させたのかー!』って艦長に掴みかかると思ってたのに。」 

 

 それを言ったら私は提督に何度掴みかからねばならないかわからないぞ?今居る各地の提督や泊地の司令官で艦娘を戦死させたことがない者など皆無なのだから。

 

 「たしかに駆逐艦を死なせたのは許しがたいが、あの人は無能と言うわけではあるまい?その彼が戦死させてしまったと言うのなら、それ相応の理由があったはずだ。」

 

 怒るのはその理由を知ってからでも遅くはない。

 戦争をしているのだから、その先兵である艦娘の死は逃れることができないのだ、特に装甲が薄く、海域をほぼ選ばず運用できる駆逐艦ならなおさら……。

 

 「頂上が見えて来たわね、あとひと踏ん張りよ。」

 

 艦長が教えてくれた武蔵の居場所、この泊地で戦死した艦娘の慰霊碑がある山頂に武蔵は居るだろうと教えてくれた。

 晴れの日は必ず行っているらしい、今日はスコールが多かったから今の晴間を利用して行っているかもしれないとの事だった。

 

 「おお!何度見てもこの辺りの星空は凄いわね!久ぶりだけどやっぱりいいものだわ。」

 

 神風の視線を追って空を見上げて私は息を飲んでしまった、日本の星空など比較にならない美しさだ。

 今にも落ちて来そうなほど爛々と星が輝いている。

 

 「誰だ騒がしい……。ここは騒いでいいような場所ではないぞ。」

 

 私たちの正面に建てられた高さ二メートルほどの慰霊碑の向こう側から、気だるげだが威嚇を含んだような声が聞こえて来た。

 

 「久しぶりね武蔵、私の事覚えてる?」

 

 神風が親しげに話しかけると、慰霊碑の影からノソリと大柄な女性が姿を現した。

 褐色肌に銀髪、ツインテールにツリ目に眼鏡、なんだこの属性てんこ盛りな女は、胸などサラシを巻いてるだけではないか。

 街中で見たら完全に痴女だぞ、私もあまり人の事は言えんが。

 

 「ああ、たしか……。鴨風……だったか?」

 

 何とも面倒臭そうだな、ツリ目も垂れ下がってタレ目のようになってるではないか。

 

 「神風よ!何よ鴨って!ネギでも背負って来いっての!?」

 

 鍋もいるんじゃないか?たいして旨い出汁はとれなさそうだが。

 

 「ああそうだ……神風だ神風……内地に帰ったんじゃ……何をしに来た?」

 

 「貴様を迎えに来たんだ武蔵。私達と一緒に内地に帰ってもらうぞ。」

 

 憤慨している神風を左手で制して代わりに私が答える。

 このような腑抜けた奴が私より性能が上の戦艦とは認めたくはないが、こちらも命令で来ている以上意地でも連れ帰らなくてはならない。

 

 「誰だ……?そのコスプレイヤーは……。」

 

 それを言ったら艦娘のほとんどはコスプレイヤーだ!お前も人の事は言えないだろう!

 と、ここで怒ってはいけない、私は神風と違って冷静沈着なのだ、ここは戦艦の先輩として威厳のある態度で接しよう。

 

 「貴様の先輩に当たる長門だ。名前くらいは聞いた事があるだろう?」

 

 「あ~知っている……。たしか駆逐艦より弱い戦艦だろ?」

 

 くっくっくと挑発するように武蔵が笑う、たしかに私は神風に勝ったことがないし演習とは言え朝潮にも負けた。

 だがこの二人は駆逐艦でも規格外の技術を習得している、この二人に負けた事を私は恥じるどころか誇りにすら思っているのだ。

 貴様のように惰眠を貪っている戦艦に笑われる筋合いはない!

 

 「確かに私は駆逐艦より弱いさ。だが、貴様はその私より弱そうだが?」

 

 武蔵の目が一瞬吊り上がる、癇に障ったか?だが事実だ、私は貴様に負ける気がまったくしない。

 感だけでそう思っているわけじゃないぞ、貴様の体からは訓練をしてきた様子が一切見えない、神風の言う通り本当に惰眠を貪っていたようだな。

 

 「ふん……そうだな……私は弱いさ、だからあまりイジメないでくれ先輩。弱い私は睨まれただけで泣いてしまいそうだ。」

 

 隣の神風から飛び掛かるのを必死で我慢しているような気配を感じる。

 駆逐艦が下に見られて腹を立てたか?

 

 「長門、悪いけど先に帰るわ。コイツがここまで腑抜けだとはさすがに思ってなかった。いっそ解体して艤装だけ持ち帰った方がいいわ。」

 

 腑抜けね、確かに見ただけでわかるほど堕落仕切っている、お前はこうゆうタイプが一番嫌いだったな。

 

 「わかった、私はもう少しこの後輩と話をして帰るよ。」

 

 私がそう言うより早く、神風がドスドスと山道を降りて行っていた。

 手を出さなかったのが不思議なくらいだな、一応は命令を遂行するつもりがあると言う事か。

 

 「で?私にまだなにかあるのか先輩……。私にはないのだが……。」

 

 「貴様の返事をまだ聞いていない。私達と一緒に内地に戻る気はあるか?」

 

 「ない。私はここに居続ける。」

 

 さっきまでの気だるさが何処かへ吹き飛んでしまったかのようにハッキリと答えたな。

 もっとも、素直に『はい』と言うとは思ってはいなかったが。

 

 「そうか、わかった。」

 

 私は踵を返して山道に向かい始める。

 武蔵がどんな奴なのかはわかった、清霜と武蔵の関係を調べて対策を練るとしよう。

 ここで、これ以上の問答は時間の無駄だ。

 

 「待て先輩。意外とアッサリ引き下がるんだな。」

 

 「……説得して欲しいのか?」

 

 私は顔だけ振り返り、武蔵にそう言い返した。

 武蔵の表情に変化はない、なぜ呼び止める?

 説得して欲しそうには見えない、だが違和感がある……。

 そもそも、艦娘ではなく一般職員として残れば内地へ呼び戻される事もないだろうに、なぜ武蔵は艦娘を続けている?

 元戦艦ならある程度は勤務地の希望も通るはずなのに。

 そうだな……ここを離れたくはない、だがそのままで良いとも思っていないと言ったところか。

 ならば腹芸は得意ではないが、少し揺さぶってみるとしよう。

 

 「今の貴様を見続けねばならない清霜が哀れでならないな。貴様はいつまで清霜を裏切り続けるつもりだ?」

 

 「な!?お前がなぜ清霜の事を……。」

 

 表情に明らかすぎる動揺、貴様がここを離れたくない理由が清霜であることは明白だな。

 

 「心配するな、貴様と清霜の関係など欠片も知らん。貴様が着任してから戦死したのが清霜だと言う事しか私は知らない。」

 

 「ならばなぜそんな知った風な口を叩く!お前に清霜の何がわかる!」

 

 おっと、今にも殴りかかって来そうだ。

 別に殴り合いをするのは構わないが私は艤装を背負っている、艤装なしの貴様では勝ち目はないぞ?

 

 「私には清霜が何を思っていたのはわからない。だがな武蔵、貴様が清霜の事を憎からず思っていたことは今の反応でわかった。」

 

 「ち、違う!私はきよ……駆逐艦など嫌いだ!私の都合などお構いなしに纏わりついて来る駆逐艦など……私は……。」

 

 貴様は嘘をつくのが下手だな、今ので清霜が貴様をどう思っていたのかもわかった。

 もう少し踏み込んでみるか。

 

 「清霜は、貴様に憧れていたのではないか?そしてこれは私の予想でしかないが、清霜は貴様を庇って……。」

 

 「言うな!」

 

 私の言葉を武蔵が遮る、どうやら当たりらしい。

 貴様は罪の意識からここ居続けてるのか、このままではダメだと思いつつ。

 

 「武蔵、貴様はなぜ今も艦娘続けている?」

 

 「そ……それは解体の許可が下りないから……。」

 

 「解体の許可が下りないから?笑わせるなよ武蔵、横須賀からの異動命令を散々無視していた貴様が解体の許可は律儀に求めるのか?嘘をつくならもう少しマシな嘘をつけ!」

 

 武蔵が少し後退る、貴様の気持ちはよくわかるぞ。

 いや私でなくともお前の気持ちはわかる、『仲間に庇われて命拾いした者』など、今の時代掃いて捨てるほど居るのだからな。

 

 「お前に……お前に私の気持ちなど……。」

 

 「そうやって悲劇のヒロイン気取りか?生憎だが貴様と同じ境遇の者はいくらでも居るぞ?」

 

 「だから何だ!まさかソイツらは立ち直ったから私にも立ち直れとでも言うつもりか!」

 

 言うわけがないだろう、そういう奴らに言葉など無意味だ。

 だがそういった奴らの行動は、大きく分けて二通りに分かれるのを私は知っている。

 一つは戦場から去る者、コレには自決も含まれる。

 そして、もう一つは理由を探す者だ。

 

 貴様は後者だな、理由の大半は復讐もしくは仇討、こんな戦艦の出番が殆どない場所に居るせいで、貴様はそのありきたりな理由すら見つけられずに燻っている。

 清霜を言い訳に使って。

 

 背中を押してやる者が必要だな……。

 だが、それは私では無理だ。

 

 「おい!何とか言ったらどうなんだ!」

 

 半年以上こんな所に居る割にこらえ性のない奴だ、今のお前には何を言っても無駄だ。

 

 「貴様に言うことなど今は()何もない。」

 

 「今は……だと?」

 

 私は呆気にとられている武蔵を置いて山道を下り始めた。

 敵の大艦隊でも攻めて来てくれれば話は早いんだが……。

 

 「我ながらシャレにならないことを考えてしまったな……。」

 

 神風に影響でもされたんだろうか、いくら武蔵を連れ帰るためとは言え朝潮達を危険に晒すような……。

 そうだ朝潮だ……。

 

 「いかん……私としたことが大事なことを忘れていた……。」

 

 そこまで考えて、私は大事なことを忘れていたことに気づいた。

 タンカーの中はもちろん、降りてからの航海中もずっと我慢に我慢を重ねてやっと念願叶うと思っていたのに。

 

 朝潮は今、風呂に入ってるんじゃないか?

 日中、丸々移動に費やしたんだ、きっと全身汗だくのはず。

 なら当然、艤装を降ろした後は風呂に入る!

 ここの浴場は艦種別になってないはずだ!

 

 「クソ!まだ間に合うか!?」

 

 ここの司令と話した時間と慰霊碑までの移動にかけた時間、更に武蔵と話した時間を合わせると二時間は軽く経っている!

 それプラス今から基地までの移動時間が加われば絶望的ではないか!

 

 「いや、希望を捨ててはダメだ!先に飯を食べた可能性もある!」

 

 私は基地への坂道を全速力で駆け下り、ショートカット出来そうな所は迷わずショートカットし風呂場を目指す。

 武蔵の事など今はどうでもいい、奴は言葉で言ったところでどうにもならないのだから。

 

 今の私の最優先事項は朝潮との入浴!ここなら提督に邪魔される事なく朝潮とイチャつける!

 

 そうだマッサージもしてやろう、朝潮を悦ばせる自信はある!

 それが終わったら一緒の布団で寝よう、東南アジアの暑さなど私と朝潮の愛の炎で吹き飛ばしてやる。

 

 「待っててくれ朝潮!今すぐに行く!」



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朝潮遠征 6

 「退屈ですね……。」

 

 退屈な上に蒸し暑い……、ながもんが部屋のドアを蹴破って私に襲い掛かって来たのを撃退して早三日。

 私達は訓練以外にやる事もなく、それ以外の時間は無為に時間を過ごすことしか出来ていなかった。

 

 「長門さんは『武蔵の事は私に任せろ』って言うばかりだもんね。」

 

 任せて大丈夫なんですか満潮さん、ながもんじゃ無理だと思いますけど。

 

 ちなみにながもんは、朝から盛っていたので鎖で簀巻きにして天井クレーンで宙吊りにしてあります。

 縄では引きちぎられそうですからね、本当なら重りをつけて檻にでも放り込んでおきたいところですが、残念ながら重りも檻もありませんでした。

 

 「とっとと解体して艤装だけ持って帰ればいいのよ。ダメよアレは、今まで見て来た艦娘で一番ダメだわ。」

 

 神風さんがそこまで人をダメダメ言うのも珍しいですね、武蔵さんと何かあったのかしら。

 

 「お風呂でも行かなぁい?このままじゃカビが生えちゃうわぁ。」

 

 「ダメだよ荒潮。能代さんや早霜ちゃん、それに松型の子達が哨戒で頑張ってるのに、だらけてるだけの大潮達が呑気にお風呂だなんて許されるわけないでしょ。」

 

 大潮さんの仰る通りですよ荒潮さん、べた付く汗をお風呂で流したいと言う気持ちはわからなくもないですけど……。

 

 「スコールにでも当たってくれば~。シャワーみたいなもんでしょ。」

 

 いやいや、いくら暑いと言っても風邪ひいちゃいますよ?風邪をひきそうにないのは神風さんとながもんくらいです。

 

 「嫌よぉ、髪が痛んじゃうじゃない……。」

 

 風邪よりそっちの方が心配ですか、荒潮さんらしいと言えばらしいですけど。

 

 「そのスコールも止みそうな感じだけどね。また蒸し暑くなるわ……。」

 

 窓の外を見ている満潮さんの視線を追ってみると、雲に隙間が出来始めてるのが見えた。

 

 「訓練でもします?」

 

 午前中も訓練はしたけど、ここでダラダラしてるよりは絶対に有意義です。

 

 「私はいいけど。朝潮はそれでいいの?工廠に長門さん居るわよ?」

 

 満潮さんにそう言われるまですっかり忘れていました……おのれながもん!どこまで私の嫌がる事をすれば気が済むんですか!

 

 「ん?何かあったのかしら……職員の人たちが慌ただしいわ……。」

 

 「ホントね、敵の襲撃かしら。でも警報は鳴ってないし……。」

 

 満潮さんと神風さんが外の様子を見て何事かと訝しんでる、神風さんの言う通り敵襲なら警報くらい鳴りそうな気がするけど。

 

 私達が外の慌ただしさにどう対応すべきか思案していると、廊下をドタドタと走る様な音が部屋の中まで響いて来た。

 この足音は……ながもん!鎖で縛って天井クレーンで吊っていたはずなのにどうやって抜け出たの!?

 

 バン!

 

 「敵襲だ!総員、第一種戦闘配置に着け!」

 

 ドアを乱暴に開いて入って来たのはやはりながもん、体を縛っていた鎖は影も形もないわね、まさか引きちぎったの!?鎖を!?

 などと思ってる場合ではなかった、敵襲!?でも警報はウンともスンとも言ってないですけど……。

 

 「警報は?敵襲なら警報くらい鳴るはずでしょ?」

 

 ビー!ビー!ビー!ビー!

 

 神風さんが真剣ながらも訝しむような顔で長門さんに尋ねた途端に耳をつんざく様な警報音が基地内に鳴り響きだした。

 ながもんがドヤ顔で上を指さして『鳴ってる』とでも言いたそうなのが癇に障りますね。

 

 「とにかく艤装を装着して指示を待つよ、皆急いで!」

 

 大潮さんの指示で全員一斉に立ち工廠を目指して部屋を出る、最後尾じゃなくてよかった……最後尾だったらながもんに何かされていたかもしれません。

 

 私達が工廠の前まで行くと、泊地の司令官が職員の方達に指示を飛ばしている所だった。

 

 「艦長、敵の規模は?」

 

 私達を代表して神風さんが泊地の司令官に尋ねる、でも艦長ってどうゆう事だろ?

 

 「お嬢達か、丁度良かった。呼びに行かそうとしてたとこだ。敵は空母2、重巡1、軽巡2、駆逐艦8、それに潜水艦6が泊地正面に迫ってる。警報が遅れたのは完全にこちらの不手際だ、申し訳ねぇ。」

 

 「弛んでるわね、ぬるま湯に浸かり過ぎて鈍ってるんじゃない?」

 

 言い過ぎですよ神風さん、直接の上官じゃないにしても上官には変わりないですよ?

 

 「迎撃は?こっちの艦隊は出撃してるの?」

 

 「哨戒していた能代達をそのまま迎撃に向かわせた。だが能代達は対潜装備がメインだ、空母や水雷戦隊に対応しきれねぇ。」

 

 まずいですね……、ならば潜水艦は能代さん達に任せて私達で空母と水雷戦隊を……こちらには一応戦艦が居ますし。

 

 「司令、重巡が一隻居るって言ったわね?」

 

 「ああ、ネ級が一隻、指揮を執ってるらしい動きをしていたと報告は受けてる。それがどうかしたのか?え~と……満潮だったか?」

 

 司令から一隻だけ居る重巡がネ級だと聞いて満潮さんの表情が明らかに変わった、『まずい』と言いたげに視線を逸らしている。

 

 「島の東か、東南東に敵の反応は?」

 

 「今のところないが……そっちからも?敵が来るってのかい?」

 

 「私の勘が正しければね……来るのはおそらく……戦艦棲姫。」

 

 戦艦棲姫?どうしてネ級が居たら戦艦棲姫が来ると思うのだろう……。

 そういえば、初めて窮奇と戦った時に奴が撤退するきっかけを作ったのもたしかネ級だったわね……ならば満潮さんが言っている戦艦棲姫とは窮奇!

 

 「冗談じゃねぇ!ただでさえ数的に不利だってのに戦艦棲姫だと!?」

 

 正面の敵艦隊に集中すれば横から窮奇の砲撃を食らう、かと言って窮奇に戦力を割けば正面が手薄になる。

 窮奇が以前通り私を追って来るようなら、私一人で窮奇を引きつけられるけど……。

 

 「司令、私と朝潮で戦艦棲姫を迎撃するわ。」

 

 「たった二人で戦艦棲姫を!?それに本当に来るかどうかもわからねぇってのに、正気かお前!」

 

 司令の言う通り、ただの勘で戦力を分けるのは危険すぎます、来るのが窮奇ならそれで足止めどころか戦闘海域から引き離すことも可能でしょうけど……。

 

 「確証はないけど確信はあるわ。相手が私達が狙ってる戦艦棲姫なら私たち二人で戦闘海域から遠ざける事も出来る。」

 

 「し、しかしだなぁ……。」

 

 司令が手を顎に当てて考え込む、判断が難しいでしょうね。

 だけど悩んでる時間はそんなにない、早くしないとスコールが止んで空母の爆撃が始まってしまう。

 

 「わかった、朝潮と満潮は私が持ってきた改良型艦本式タービンと新型高温高圧缶をそれぞれ装備して東に向かえ。それで回避もしやすくなるはずだ。」

 

 それまで腕組みして何やら考え込んでいたながもんが真面目な口調で会話に入ってきた。

 不確かな情報で艦隊を分ける気ですか?満潮さんの言うことを信じないわけじゃないですけど、さすがに無謀なんじゃ……。

 

 「長門、さすがに越権行為じゃない?ここの司令は艦長よ?」

 

 「私達は横須賀鎮守府の直属だ、無礼だとは思うが艦長に私達への指揮権はない。」

 

 いつものながもんからは考えられないほど凛々しい顔つき、戦艦長門の顔つきだ。

 普段もそれなら尊敬しないでもないのに……。

 

 「いや、長門の言う通りだお嬢。だが長門、それじゃ残りの敵はお前たち4人で相手する事になるぞ?」

 

 「問題ない、ここに居る駆逐艦は全員並の駆逐艦じゃないんだ。数の不利くらいどうとでもなる。それに、戦力の当てがないわけでもない。」

 

 大潮さんと荒潮さんは『マジか……。』と言いたそうなくらい達観した顔でスコールが止みかけてる空を見上げ、神風さんはニヤリとしてる。

 神風さん、まさかこの状況を楽しんでません?

 

 「それと司令、三式弾と高射装置はないか?対空は私が一手に引き受ける。対空電探もあればいいのだが。」

 

 「ああ、ある。こっちだ。ただし電探は13号しかねぇぞ。」

 

 司令に連れられて長門さんが工廠に向かっていく、今の長門さんは頼りがいがあるわね。

 

 「朝潮、何をしている!時間がないぞ!」

 

 長門さんに怒られてしまった……なんて複雑な気分なのかしら、さっきまで鎖で簀巻きにされて天井から吊るされてたくせに……。

 

 「今の長門に逆らわない方がいいわよ。私達もさっさと行きましょ。」

 

 神風さんに促されて工廠に入り、長門さんに言われた通り私は改良型艦本式タービンを、満潮さんは新型高温高圧缶を装備、機関が重くなったように感じるけど本当に回避しやすくなるのかな……。

 

 「司令、奴の事を頼んでもいいか?今の状況は泊地にとって窮地だが、奴にとっては転機になるやもしれん。」

 

 「……そうだな。わかった、そっちは任せておけ。」

 

 奴とは誰のことでしょう?もしかして武蔵さんかしら。

 じゃあ長門さんが当てにしている戦力とは武蔵さん?

 

 工廠を出て桟橋までの道すがら、私達4人の後ろで神風さんと長門さんが何やらを話してるのが聞こえる。

 

 「当てにするだけ無駄だと思うわよ長門。」

 

 「まあそう言うな神風、アイツは必ず来るよ。私の勘がそう言ってる。」

 

 長門さんの勘は当てになるのかしら……不安しか感じないんですけど……。

 神風さんも長門さんに疑いの眼差しを向けて、まったく当てにしてなさそうな感じね。

 

 「満潮、わかっているとは思うが、戦艦棲姫が来ないと判断出来たらすぐにこっちと合流してくれ。司令にああは言ったが戦力的に不利なのは変わらない。」

 

 「わかってるわ。それと私からもお願いがあるんだけど、ネ級が私達の方へ針路を変えたらすぐに教えて。」

 

 なんだかネ級が私達の方に来るのがわかってるみたいな言い方ですね。

 わかってると言うよりは同じ事を考えているような感じかしら。

 

 「旗艦と思われるネ級が艦隊を放り出すと言うのか?」

 

 「ええ、もしかしたらそれで敵艦隊の動きも乱れるかもしれない。」

 

 さすがにそれはないんじゃ……。

 旗艦が艦隊の指揮を放棄して単独行動なんて有り得るんでしょうか……。

 

 「わかった。満潮を信じよう。」

 

 長門さんは信じちゃったみたいですけど……、と言うか大潮さんも荒潮さんも『そんな事もありましたね』的な顔をしてゲンナリしてる。

 前にも同じような事をした旗艦を見たことがあるのかしら。

 

 桟橋に到着すると、すでに10海里ほど先で戦闘が開始されているようだった。

 敵艦載機の飛行音も遠くに響いている、戦闘海域ではスコールがすでに止んでいるのね。

 

 「準備はできたな!横須賀艦隊!出撃するぞ!」

 

 私達は長門さんの号令で海へと飛び出し、3海里ほど進んだ所で私と満潮さんは艦隊から離脱して東へと針路を変えた。

 少し先には敵の索敵機や攻撃機が飛び回ってる、あんな所へ長門さん達は突撃していくのね……。

 本当に窮奇は来るのかという疑念が頭の中を支配していく、もし来なければ艦隊を無駄に危険に晒す事になる……。

 

 「信じられないって感じね。」

 

 「いえ……そんなことは……。」

 

 ないと言えないのが本音ではある、後ろに居る満潮さんの表情は分からないけど、傷つけちゃったかな……。

 

 「あの索敵機の位置なら私達が艦隊から離脱したのは知られてるわね。窮奇を捕捉出来てなくても、来るかどうかもうすぐわかるわ。」

 

 捕捉出来てなくてもわかる?満潮さんの考えがわからない、満潮さんはいったい何を知っているの?

 

 『満潮!アンタの言った通りネ級がそっちに行ったわ!コイツも任せていいの!?』

 

 通信で神風さんがネ級の離脱を知らせてきた。

 これが満潮さんが言ってた『捕捉出来なくてもわかる』の根拠なの?

 

 「ええ、私が対応するわ。朝潮はそのまま直進して。」

 

 「ですが!」

 

 姫級や鬼級ではないと言ってもネ級は深海棲艦でも上位の個体、それを1人で相手するなんて危険すぎる!

 

 「心配しなくても、まともにやり合う気はないわ。私達がする事はあくまで足止め。アンタもそれを忘れるんじゃないわよ、アンタが相手しなきゃいけない奴はネ級より強いんだから。」

 

 「わかり……ました……。」

 

 「それに、アンタが私を心配しようなんて十年早いのよ。アンタ、演習で私にまともに当てれた事ある?」

 

 「ないです……。」

 

 たしかに満潮さんの回避技術は第八駆逐隊で一番だ、私程度が心配するなんておこがましいにも程がある。

 

 「わかりました。ご武運を!」

 

 「アンタもね。無理だと思ったら長門さんでも呼びなさい。駆逐艦顔負けの速度で飛んでくるわよ、きっと。」

 

 それは出来るだけしたくないですね……似たようなセリフを敵味方両方から聞かされると考えただけで寒気がしてきますよ……。

 

 満潮さんが針路を南西に変えて遠ざかって行く。

 ここからは一人だ、先代もこんな気分だったんだろうか。

 私が負ければ、泊地正面で戦っている皆に被害が及ぶ。

  

 「そんな事……絶対させない!」

 

 満潮さんと別れて10分程経っただろうか、前方に人より二回りくらい大きな黒い塊が見えて来た。

 来てほしくなかったな……いつもながもんに追い掛け回されて嫌気がさしているのに、今日は貴女に追いかけられる(・・・・・・・)ためにここまで来た。

 

 『アハハハハハハハ!!なんて嬉しいのかしら!お前の方から会いに来てくれるとは思わなかったわアサシオ!』

 

 あちらも私に気づいた、例によってチャンネルなど無視した全周波通信。

 これ……他の皆にも聞こえてるんですよね……きっと。

 

 『さあ、あの時の続きを始めましょう♪大丈夫、今日は邪魔者は居ないから♪』

 

 私からすれば貴女が邪魔者なんですが……貴女が来なければ皆と合流できたのに。

 

 だけど以前と同じで私だけを追って来てくれそうね、私を無視して艦隊に行くことはなさそう。

 これなら窮奇が戦闘海域に近づくのを阻止できる。

 

 いいでしょう、今日だけは貴女にお付き合いします……。

 

 貴女はここで私と踊り続けるんです、戦闘が終わるまで。

 

 貴女と私、お互いが望んだ初めてのダンスです!

 

 「駆逐艦朝潮。突撃します!」

 



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朝潮遠征 7

 『駆逐艦朝潮。突撃します!』

 

 いや、するな。

 アンタやる事理解してるんでしょうね?私たちの目的は足止めよ?突撃してどうすんの、神風さんと行動するようになって脳筋になってるんじゃない?

 

 まあ、あの子の事をとやかく言えないか……私も足止めで終わらせる気はないし。

 

 遠目に見える戦闘海域からは激しい爆撃と砲撃の音がここまで響いて来てる。

 距離は……2海里くらいかな、ちょこちょこと水平線上に水柱が見え隠れしてるし。

 

 ネ級が離脱した報告を聞いてからの時間を考えると、そろそろ見えてもよさそうなんだけどな……。

 

 「あ、来た。」

 

 こちらに近づいてくる人影が一つ、実際に見るのは初めてだけど、アイツがネ級ね。

 

 「距離は……1500くらいね、こちらから挨拶するとしますか。」

 

 ドン!

 

 私はネ級に向け砲撃、ネ級は右に舵を取って回避した。

 

 「かなり大袈裟に回避したわね、この距離の初弾なんてよっぽど上手いか運がいいかしないと当たらないのに。」

 

 ドン!ドン!

 

 ネ級がお返しとばかりに私に向けて砲撃、これは避けなくてもいいわね。

 

 砲弾は私の左前方と右後方に着弾、夾叉と言えなくもないけど……着弾点同士は軽く100メートルは離れてる。

 実艦ならともかく、人間サイズの艦娘や深海棲艦じゃ夾叉とは言い難い。

 

 ドン!ドン!ドン!

 

 私は連装砲を三連射、砲弾はネ級の左右と真正面に着弾。

 今日は調子がいいわ、大潮や神風さんほど砲撃が上手くない私にしては上出来よ。

 

 「さて、挨拶は済ませたし。逃げるとしますか。」

 

 私は左に旋回して朝潮が戦っている方へ針路を取る。

 さあ、着いて来なさい。

 アンタは必ず、私を追いかけるはずよ。

 

 ドンドンドンドン!

 

 後方からネ級の砲撃音、私は顔だけ振り返って砲弾を確認し、船首を起こしてブレーキをかけると同時に右へ。

 高圧缶を装備してるせいか速度のノリがいいわね、気をつけないと体感より速度が出ちゃうそう。

 

 「予想通り♪」

 

 私は、誘っていると悟られない程度に速度を落とし、私の前方に着弾したネ級の砲弾が作った水柱の反対側へ、速度を落としながら姿を隠す。

 

 あと5秒くらいは隠れてられるかな。

 水柱に隠れる前に確認したネ級との距離は約700、え~と、ネ級が30ノットでこっちに直進してるとして、5秒で何メートル進むんだっけ?

 

 10ノットで5m/sくらいだから、単純に3倍して15メートルくらいか。

 

 「5、4、3、2、1!」

 

 私は5秒のカウント終了と同時に海面をジャンプして空中で180度反転、着水と同時にネ級を0時として10時方向へ魚雷を2発発射して前方へトビウオ。

 

 ドン!ドン!

 

 私の姿を捕捉したネ級が私に向けて砲撃してくるが再度トビウオで左前方へ飛び回避。

 

 ドン!……ドン!

 

 私はネ級へ向け、間隔を開けてネ級の脚の右側を狙って2回砲撃。

 

 「うわっ!避けなさいよそれくらい!」

 

 私が撃った砲弾の一発目は回避したものの、二発目がネ級に直撃した。

 二発目も避けてくれれば先に撃っておいた魚雷の射線上だったのに、直撃したせいで魚雷はそのままネ級の左側を人二人分くらい開けて素通りして行った。

 

 て言うかあっちって、もろに皆が戦ってる方角なんだけど……教えといた方がいいかしら……。

 

 ん~でも、ギリギリ射程外かな?うん、大丈夫大丈夫、当たらなかったネ級が悪いんだし。

 もし届いたとしても、その頃には干渉力場である『弾』も殆どないくらいまで減衰してるだろうし。

 

 『おのれ……駆逐艦風情が!』

 

 ネ級からの全周波通信、深海棲艦ってどいつもこいつもこんななのかしら。

 それとも周波数を合わせるって概念がないのかな?

 

 ネ級が煙を振り払い、尻尾についた主砲を撃ちながら距離を詰めてくる。

 あれだけ自由が利く尻尾がついてちゃ戦舞台も使えないか……。

 

 『お!誰が撃ったか知らないけどいい仕事するじゃない!駆逐艦に直撃したわよ♪』

 

 私とネ級が砲火を交えながら、接近と離脱を繰り返してると、私が撃った魚雷が戦域に届いた事を知らせる通信が私の耳に飛び込んできた。

 

 はい、撃ったのは私です神風さん。

 だけど敵に当たったのはただの偶然です、神風さんに当たらなくてよかった……本当にそっちまで届くとは思ってなったわ……。

 

 ドン!

 

 おっと、あっちの事を気にしてる場合じゃなかった。

 砲撃は何発か直撃しているとは言え、ネ級はほぼ無傷、やっぱ私の砲撃じゃ無理か。

 

 『沈めてやる……。窮奇様の邪魔はさせん!』

 

 やっぱりアンタは窮奇の直属だったか、私の勘も捨てたもんじゃないわね。

 

 「上等じゃない!その目障りな尻尾、引きちぎってやる!」

 

 私の狙いは最初からアンタよ!

 アンタが居る限り窮奇討伐はきっと叶わない、アンタは窮奇の盾なんでしょ?私が朝潮の盾であるのと同じように!

 

 私は砲撃しながらネ級に接近、ネ級も私に向けて砲撃してくるが精度はお世辞にも良いとは言えない。

 

 対して私の砲撃は面白いようにネ級に吸い込まれていく。

 砲撃も下手、回避も下手。

 ハッキリ言ってカモだけど、私の砲撃じゃもっと接近しないとネ級の装甲を抜き切れない。

 せめて大潮か荒潮並みの火力が私にもあればいいんだけど……。

 『刀』を使うか……コイツ程度の砲撃なら装甲を殆ど消しても大丈夫な気がしないでもないし。

 

 ドドドドドド!

 

 「ちょっ!」

 

 ネ級が有るだけ全ての砲身から砲撃を開始、数撃ちゃ当たるって奴?これだから重巡や戦艦は嫌いなのよ!

 こんなに乱射されたら読み切れない、装甲なしじゃ至近弾でも重傷になっちゃう!

 

 私は回避しなければならない砲弾のみ舵取りだけで回避し続け、接近を試みる。

 トビウオや水切りは出来るだけ使わない、長期戦をするつもりはないけど、コイツを倒して朝潮の援護に向かう事を考えたら使わずに済ませたい。

 

 『クソ!クソ!なぜ当たらん!』

 

 「アンタが下手くそだからよ!荒潮の方がまだ上手いわ!」

 

 『なんか今、バカにされた気がするんだけどぉ?』

 

 おっと、ネ級に合わせて全周波通信にしてるの忘れてた。

 別に荒潮は砲撃が下手な訳じゃないんだけどね、変な所へ変なタイミングで撃つだけで。

 読みにくいから乱射されるより厄介だけど……。

 

 『さっきから五月蠅いぞ!私と朝潮の逢瀬を邪魔する雑音を放っているのは何処のどいつだ!!』

 

 窮奇まで混ざって来た、もう滅茶苦茶ね……。

 

 『あ……いや……その……。』

 

 窮奇に怒鳴られてネ級がオロオロしてる、可愛いとこあるのね。

 でも、手加減はしてあげない。

 

 ドン!ドン!ドン!

 

 私を連装砲を三連射、狙いはネ級の胸あたり。

 装甲は抜けなくても爆炎と煙で目くらましにはなる!

 

 『クソ!さっきから効きもしない砲撃を飽きもせずっ……!』

 

 あれ?この通信、全周波通信なのは変わらないけど、私に向けて指向性を持たせた通信だ。

 器用なことするのね、窮奇に怒られなきゃしなかったんだろうけど。

 

 ドドドドドドドドドドド!

 

 距離が300まで近づいたところで、さっきと同じ全砲門一斉射撃。

 さすがにこの距離じゃ直撃弾を見極めてる暇はないわね。

 

 私はトビウオで右に飛び、着水と同時にネ級に向かって再度トビウオ。

 頭に血が昇っているのかネ級は私に針路を向け真っすぐ来てる。

 

 射程の有利を生かす気がまったく見られない、私からすれば好都合だけど。

 

 バシュシュ!

 

 私はネ級の右方向、一時の方向へ向て魚雷を二発発射。

 同時にネ級の脚の左側を狙って連装砲を二発撃つ。

 

 「次発装填!」

 

 私の声に艤装が答え、魚雷発射管内で弾薬を材料に魚雷が構築され始める。

 中でどんな事が起こってるのか知らないけど、司令官の話では妖精さんが頑張ってるらしい。

 

 妖精さんなんて見た事ないけどホントに居るのかしら。

 上位艦種の人は艦載機を操縦する妖精さんを見ることができるらしいけど。

 

 『チィッ!』

 

 ネ級が右に舵を取り一発目を回避、二発目はネ級の脚の正面に当たり速度を強制的に落とさせる。

 

 「これは当たったかな。」

 

 と、言っている間に魚雷が二発ともネ級に直撃、爆炎がネ級を包み込む。

 

 『この程度で……この程度で沈んでたまるか!』

 

 タフねぇ……、でも中破くらいには持って行けたかしら。

 ネ級との距離は100を切った、この距離なら私の火力でも上手く当たればネ級の装甲を貫けそうだけど……。

 確実に仕留めるならもう少し接近したいわね。

 だけどその前に、私が一番心配してる事を確かめとくか。

 

 「ねぇ、この作戦を考えたのってアンタでしょ。」

 

 『な‥…!?』

 

 私は砲撃を止め、ネ級が撃ってきても回避できる速度と体勢を維持して語りかける。

 なぜそれを、って言いかけたのかしら?知らなくてもわかるのよ。

 普段は潜水艦くらいしか出ない海域に、突如空母を含む艦隊を引き連れて出現した重巡。

 ネ級と聞いてピーンと来たわ、泊地を襲う事自体はアンタ達にとっては既定路線だったかも知れないけど、正面からしか進行して来なかったのは失敗だったわね。

 

 だから私に考えを読まれた。

 朝潮が姿を見せたらタイミングを見て、窮奇が東側から姿を見せて朝潮だけ釣ろうとしたんでしょ?

 アンタがあの時のネ級と別の個体ならそれでもよかったのよ私は。

 東から迫る艦隊なりが居ないことを確認して長門さん達に合流すればいいんだけなんだから。

 

 「東側から来れば万が一の場合逃げやすいものね。潜水艦あたりで退路を確保してるのかしら?」

 

 『……。』

 

 ネ級が砲撃を止め沈黙する、その沈黙は肯定と取るわよ。

 って事は心配事が当たっちゃったか、もし窮奇が撤退を始めたら追撃が難しいわね。

 ソナーも爆雷も装備して来てない私と朝潮じゃ潜水艦のいい餌だわ。

 

 「窮奇が姿を現す前に朝潮と私が東に針路を変えて焦ったでしょアンタ。本当なら、艦隊同士が戦闘を開始した直後に窮奇に出て来てもらうつもりだったんじゃない?」

 

 戦闘に突入したらおいそれと離脱はできない。

 もし、最初から二人抜ける前提で打ち合わせをしてなかったら、朝潮だけで窮奇に向かう事になったでしょうね。

 あの子は自分が窮奇に追い回されることを知っているから。

 

 「でもよかったわね、目論見通り朝潮と窮奇は二人きりよ。」

 

 もし最初から、朝潮を一人で向かわせるつもりだったと知られてたら、大潮あたりが猛反対してたでしょうけど。

 今の朝潮なら一人でも十分足止めできる、興奮して突っ込んでないかだけ心配だけど……。

 

 『お前……まさか……。』

 

 「そうよ、私の目的はアンタ。私も一緒に向かえば間違いなく来ると思ったわ。艦隊の指揮を放り出してでも。」

 

 あちらの状況はわからないけど悲報はまだ届いていない、苦戦はしてるだろうけど善戦は出来てるはず。

 深海棲艦の指揮系統がどうなってるかなんて知らないけど、旗艦が抜ければ少なからず混乱する……と思う。

 ネ級を離脱させる事は長門さん達にも有利に働くはずだ。

 

 『私を艦隊から離脱させ、あわよくば仕留めるつもりだったのか。』

 

 大正解、考え方が似てると楽ね。

 アンタ、長門さん達が勝った場合、適当な事言って窮奇を撤退させちゃうでしょ?

 どうせなら倒しちゃいたもの、あっちの艦隊と合流出来れば窮奇を倒すことも十分可能なんだから。

 

 「アンタ邪魔なのよ、アンタが居たら窮奇を倒す難易度が跳ね上がる。」

 

 だからアンタは私がここで倒す!泊地に迫ってる艦隊も潰して、その後で窮奇も倒す!これで完全勝利だ!

 

 『お前は危険だ……危険すぎる。窮奇様にとって、アサシオよりお前の方が危険だ。』

 

 気が合うじゃない、敵じゃなければ友達になれたかもね。

 じゃあ戦闘を再開しましょうか、盾同士のぶつかり合いだ!

 

 「「アンタ(お前)はここで沈め!」」

 

ズドン!!

 

 私とネ級が戦闘を再開しようとした時、突如空気の振動が感じられるほど激しい音がここまで響いて来た。

 長門さん達が居る方から?

 私がそちらを向くと、私が居る場所からは見えるはずのない物が見えた。

 

 「何……あれ……。」

 

 ネ級も後ろを振り向き、水平線上に起こった現象を凝視している。

 あの様子だと深海棲艦側が何かやった訳じゃない。

 じゃあアレは誰がやったの?

 

 長門さん達が居る戦域から、3海里近く離れているここからでもハッキリ見える水柱、いえ、あれはもう水柱なんて呼んでいい代物じゃない、巨大な滝だ。

 水平線から空に向かって滝が落ちている!

 

 「あそこでいったい……何が起きてるの……。」

 

 私と同じように、ネ級も信じられないという顔をしている。

 だけど私とは少しニュアンスが違う気がする、私のは単純に目の前の光景が信じられないってだけだけど、コイツのはあそこで起きている事を知って、それが信じられないって感じだ。

 

 『艦隊が全滅……?バカな!!』

 

 ネ級が艦隊ではなく窮奇と朝潮が居る方へ針路を取った。

 今艦隊が全滅って言ったわよね?あの音で全滅?あそこに居る駆逐艦全員の魚雷が一斉に爆発したってあの規模の爆発は起こらない……じゃあさっきのは砲撃音?

 

 たった一回の砲撃で敵艦隊を全滅させた!?

 

 ドン!ドン!

 

 「しまっ……!」

 

 あっちで起きた事に気を取られすぎて、ネ級の砲撃を察知するのが遅れた私に砲弾が迫って来る。

 これは……避けれない……!

 

 ズドーン!

 

 爆音と共に、私の視界は炎の赤と煙の黒で染め上げられた。



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朝潮遠征 8

 耳の奥に響く様な警報音で昼寝から叩き起こされて部屋の窓から外の様子を伺ってみると、敵襲への対応で一般職員が右往左往しているのが見えた。

 

 「警報まで鳴らすとは珍しいな……。」

 

 私がタウイタウイ泊地に着任してからの一年間で何回あっただろうか、覚えてるだけで3回くらいか。

 1回目と2回目は誤報に終わり、3回目で業を煮やした私は、司令や能代達の制止を振り切って出撃し……そして……。

 

 「ふん……どうせ今回も誤報だろ……。」

 

 空を見ると晴間がチラホラと見え始めていた。

 もう少しでスコールも止みそうだな。

 

 私は身支度もろくにせず部屋をでて基地の裏口へ向かう。

 

 「傘は……いいか、風邪を引いても関係ない……。」

 

 私は濡れるのも構わず裏口を出て山道を目指した。

 

 「そう言えば、今日も長門は来なかったな……。」

 

 別に来て欲しいわけじゃないが、私にあれだけ偉そうに言っておきながら初日以外は姿も見せていない。

 

 (貴様はいつまで清霜を裏切り続けるつもりだ?)

 

 長門が言ったセリフが頭の中に蘇る。

 さあ、いつまでだろうな……どうしたらいいかわからないんだ……。

 仇でも討つか?

 でもそれは無理だ、清霜を殺した潜水艦は救助に来た能代達が沈めてしまった。

 じゃあ深海棲艦を根絶やしにでもするか?

 それも無理だ、戦艦一人で出来る事なんて知れている……。

 

 「やはり……解体されるべきなんだろうか……。」

 

 そうすればしつこく異動の命令が来ることもないだろう、だけど……。

 

 「それだけは……何故かしたくない……。」

 

 私は武蔵である事に未練でもあるのか?まともに敵と撃ち合ったこともないのに。

 それとも戦艦の地位を他人に譲りたくないのか?こんな泊地では戦艦の権勢など振るいようもないのに?

 

 「なあ清霜……私は何がしたいんだ?」

 

 伏せていた顔を上げると、目の前に慰霊碑が立っていた。

 何か月も通い続けた道だ、考え事をしていようとちゃんと辿り着ける。

 この海域で戦死した艦娘達と、清霜の名前が刻まれた慰霊碑に。

 

 「そういえば、清霜の艤装はどうしたんだったか……。」

 

 本土に運ばれて次の適合者の手に渡っているんだろうか。

 艦娘の本体はあくまで艤装、私達は替えの利くパーツでしかない。

 

 「本土には別の清霜がいるんだろうか……。」

 

 会いたい気もする、あの子と同じように纏わりついて来るんだろうか……。

 それとも、ここの駆逐艦のように恐れて近づかないか?

 

 私が、いつも通り慰霊碑に背を預けて北の空を見上げると、スコールはとっくに止んでいた。

 

 「なんだ?後ろから何か……。」

 

 基地の方から……いや、もっと南の方から何か聞こえる。

 これは……砲撃音?潜水艦くらいしか出ないこの海域でなぜ砲撃音が聞こえる?

 

 私は慌てて立ち上がり、南の水平線を凝視する。

 だが煙と時折上がる水柱らしき物以外はまるで見えない、距離が遠すぎる。

 

 「クソ!ここからじゃよく見えん!」

 

 何が起こっている?あの警報は誤報ではなかったのか?

 

 「よう、思ってたより元気そうじゃねぇか。」

 

 私が現状が確認できずにイラ立っていると、山道から司令が顔を覗かせた。

 なぜ司令がここに?敵襲を受けているんじゃないのか?

 

 「ちくしょう……割と緩やかだつっても年寄りに山道はこたえるねぇ……。」

 

 ぜぇぜぇと息を落ち着かせようと膝に手をついて司令が悪態をつく。

 なぜこんな所に来たんだ?まさか私を迎えに来たのか?

 

 「ふぅ~~。鈍ってんなぁ、お嬢が言う通り、ぬるま湯に浸かり過ぎてたみてぇだ。」

 

 「何を……しに来た……?」

 

 司令が横目で私を一瞥した後、私がいつも背を預けているのとは反対側に背を預け座り込んだ。

 

 「最後はここで迎えようと思ってな……。」

 

 「最後……だと?」

 

 何を言っている?ここで自決でもする気か?なんで……。

 

 「もうすぐこの泊地は落ちる。そうすりゃワシもお陀仏だからな、せめて見晴らしがいい所でと思ってここまで来たんだ。善戦してくれてる長門達には悪いと思うが……。」

 

 「なっ……!?そんな規模の艦隊に襲われているのか!?」

 

 だとしても、泊地の最高責任者が早々に諦めるとは何事だ!

 

 「貴様それでも司令官か!能代や長門達に戦わせておいて貴様はさっさと死に場所探しか!」

 

 「お前ぇさんがワシにそれを言うのか?」

 

 司令の目が鋭く尖り私を射抜く。

 確かにな、私に司令責める権利などない、そんな状況だと知っても、私は出撃しようと思えないのだから……。

 

 「なあ武蔵、お前ぇさんはどうしたい?」

 

 それがわからないからこんな所で燻っている。

 

 「武蔵、お前ぇさんは何になりたい?」

 

 何にもなれはしない……神風が言う通り、私はただの腑抜けの戦艦だ……。

 

 「清霜の口癖、覚えてるか?」

 

 ああ、覚えている……。

 ことある毎にあの子は『戦艦になりたい』と言っていた……。

 

 私が出鱈目な訓練法を教えた時も……。

 

 (え? これが完璧に出来たら、戦艦になれるの? くっ、頑張るか。)

 

 初めて大規模改装をした時も……。

 

 (あと何回改装したら、戦艦になれるのかなぁ…。え?な、なれるもん!)

 

 訓練したところで……改装をしたころで戦艦になれるはずもないのに、あの子は愚直に私の言うことを信じ、実行し続けた……。

 戦艦になるために。

 

 「あの子はな……。戦艦になりたかったんじゃねぇんだよ……。」

 

 え……?でも清霜は……じゃあ、あの子は何になりたかったと言うんだ……?

 

 「わからねぇか?」

 

 わからない……だって清霜は戦艦になりたいって言っていたんだ。

 なのに、なりたかったのが戦艦じゃないだと?

 

 「あの子がなりたかったのはな。武蔵……お前ぇさんだよ。」

 

 「私……?」

 

 それは私と同じ大和型になりたかっという事か?だが大和型は私以外はまだ……。

 

 「お前ぇさん、眼鏡かけてる割にバカだな……。」

 

 バっ……!?別に眼鏡をかけてるから頭が良いとは限らないだろう!そんな哀れむような目で私を見るな!

 

 「あの子はお前に憧れていた、『戦艦武蔵』ではなくお前ぇさんにな。」

 

 (清霜は、貴様に憧れていたのではないか?)

 

 司令と長門のセリフが被って聞こえる。

 清霜が憧れていたのは戦艦ではなく私?こんな所で何もせずに惰眠を貪っていた私に憧れただと?

 

 「バ、バカな事を言うな。清霜と私は3か月も一緒に居なかったんだぞ?それなのになぜ憧れる、別に命を救ったとかもないんだぞ!?」

 

 逆に命を救われたのは私だ、出撃する機会もなく、無為に過ごす日々に嫌気がさしていた私は、警報を理由に無理矢理出撃して潜水艦共にいいように嬲られた。

 そんな私を庇って清霜は死んだ……私に直撃するはずだった魚雷に身を晒して……。

 

 「カッコよかったんだよ。お前ぇさんが。」

 

 は?カッコよかった?ソレが清霜が私に憧れた理由だと?

 

 「あの頃のお前ぇさんは、出撃がなくても訓練に明け暮れてたろう?いつか来る出撃の時のために目ぇギラギラさせてよぉ。それがあの子にはカッコよく見えたのさ。」

 

 「そ、そんな理由で……。」

 

 「それで十分なんだよ。『カッコイイあの人みたいになりたい』子供が誰かに憧れるにゃ十分過ぎる理由だ。」

 

 だから私を庇った……?そんな理由で命を投げだしたのか?

 

 「それじゃ清霜はただの……。」

 

 「それ以上は言うんじゃねぇ!」

 

 司令の叱責で私は言葉を飲み込んだ。

 だけどしょうがないじゃないか……私には理解できない……そんな理由で死んでいった清霜が愚かに思えて仕方ないんだ……。

 

 「あの子には許せなかったのさ、憧れの人を鼻歌混じりで弄ぶ潜水艦共がな。それでもお前ぇさんは清霜を愚かと思うのか?大事な人のために命を投げだすのを愚かな行為だと蔑むのか!言ってみろ武蔵!」

 

 司令の言葉とともにあの時の清霜の姿が頭に浮かんでくる……。

 潜水艦に嘲笑われながら死を待つだけだった私の元に、清霜は颯爽と駆けつけてくれた……。

 

 「あ……ああ……。」

 

 (武蔵さんをイジメるな!この清霜が相手になってやる!)

 

 小さな体で潜水艦共の前に立ち塞がり、私を守ろうと懸命に戦い続けた。

 

 「ごめ……ごめん……。」

 

 (もう大丈夫だからね!潜水艦なんか清霜に任せて!)

 

 自分も恐怖に震えているのに私の事ばかり気遣って……。

 

 「ごめん……清霜……私は……。」

 

 (今だけは……駆逐艦でよかったかな……。武蔵さんを守れたから……。)

 

 そう言い残して、清霜は息を引き取った……。

 私なんかより清霜が生きるべきだったんだ。

 お前ならきっと、私以上の戦艦になれたのに……。

 

 「ううう……。」

 

 涙が止め処なく溢れ、私は膝を屈して泣きながら謝る事しか出来なかった。

 謝っても清霜には届かない。

 今さら泣いたところであの子は帰ってこない。

 だけど私には、それ以外にできる事が何もない……。

 

 「泣くな武蔵、みっともねぇ所を見せるんじゃねぇ!」

 

 「でも……。」

 

 いつの間にか立って私を見下ろしていた司令が私を叱責する。

 じゃあどうすればいい?教えてくれ。

 

 「私は……どうしたらいいんですか……。」

 

 「そんな簡単な事もわかんねぇのかお前ぇさんは。見せてやりゃあいいんだよ、お前ぇさんのカッコイイ姿をよ!」

 

 「私の……カッコいい姿……?」

 

 「そうさ!泊地に迫るは敵の大艦隊!味方は劣勢!そこに颯爽と登場して敵を迎え撃ち、撃滅して味方を救うのは大戦艦武蔵だ!」

 

 司令が両手を広げ、大仰な仕草で弁を振るう。

 

 「これほどの見せ場はそうそうねぇぞ?そんな大一番にお前ぇさんは何をしてる。こんな所で泣いてるだけか?」

 

 私はポカンとして司令を見上げる事しかできない、そんな事でいいのか?それで清霜に報いることができるのか?

 

 「憧れさせたんなら最後まで責任取りやがれ!最後まで清霜が憧れたカッコイイ武蔵で居続けろ!それがお前ぇさんに唯一できる事だ!」

 

 カッコイイ私で居続ける……それが私に唯一できる事。

 それが清霜にしてやれる唯一の償い……。

 

 「どうだ?まだ泣き続けるか?別にワシゃ構わねぇぞ、やっと巡って来た堂々と死ねるチャンスだ。」

 

 だがそれは泊地の壊滅を意味するんだろ?そうすれば能代や駆逐艦たち、一般職員の命も……。

 

 「それは……ちょっと格好がつかないな……。」

 

 私が居るのに泊地が壊滅?襲撃してきてるのは潜水艦だけじゃないのだろ?

 水上艦に攻められて泊地が壊滅など戦艦武蔵()が居るのにさせるものか。

 それでは清霜に顔向けできない!

 

 「司令、私の艤装は?」

 

 私はゆらりと立ち上がり司令に問う。

 

 「カッコつけ続ける覚悟は決まったか?」

 

 ああ、決めたよ。

 私は清霜が憧れた武蔵で在り続けよう。

 

 「私は大和型。その二番艦だからな。当然だ。」

 

 司令がフッと笑い、顎で山道を指す。

 

 「準備させてる、工廠へ行け。」

 

 私は無言でうなづき山道を駆け下り始めた。

 艤装はまだ私と同調してくれるだろうか、もう軽く八か月は艤装を背負っていない。

 

 (どお?清霜かっこいい?強い?)

 

 一度だけ、清霜の高さに合わせて置いた私の艤装を清霜が背負った事があったな。

 艤装のサイズが大きすぎて、お世辞にも似合ってるとは言えなかったが……。

 

 「でも……あの時、私は見たんだ……お前の意思に反応して砲身が動くのを……。」

 

 清霜なら本当に私の艤装と適合できていたかもしれない。

 あの子になら……私の名前と艤装を譲ってもいいと、心のどこかで思っていた……。

 

 「清霜……私は、お前はいつか戦艦になれると信じていた……。」

 

 だけどお前はもういない……だから見せてやる!

 お前が憧れた大戦艦のカッコいい所を!

 

 山道を一気に駆け下り、私が工廠に到着すると、司令が言った通り私の艤装がすでに準備されていた。

 

 「武蔵さん!お待ちしておりました!」

 

 整備員が敬礼で迎えてくれた、艤装の横には計測器。

 久しぶりの同調だから念のために計測するのか。

 

 「準備はできてます、こちらへどうぞ。」

 

 私は整備員に促されて艤装を背負い、同調を始める。

 

 「問題は……なさそうですね、心拍数が若干高いですが。」

 

 私としたことが少し緊張しているのか?

 いや、昂っている、考えてみれば初めての対艦戦だ。

 初めてまともに挑む戦場に心が昂っている。

 

 「練度30で安定。」

 

 「30か。サボっていたツケだな。」

 

 なんとも情けない数字だ、この泊地で最低じゃないか?

 

 「その割には余裕そうですが?」

 

 「当り前だ、私を誰だと思っている?」

 

 どれだけ低い練度だろうと余裕の表情を貼り付けろ!見栄を張れ!カッコをつけろ!私は武蔵なのだから!

 

 「失言でした。武運長久をお祈りいたします!」

 

 工廠を後にして、桟橋へ到着した私は戦場になっているはずの水平線を見つめて一息つく。

 息を切らせるな、息を乱している姿はたぶんカッコよくない。

 

 『さっきから五月蠅いぞ!私と朝潮の逢瀬を邪魔する雑音を放っているのは何処のどいつだ!!』

 

 息を整えるついでに長門との通信を繋ごうとした途端におかしな会話が耳に飛び込んできた。

 なんだ?全周波通信?逢瀬がどうとか言っているが、戦闘をしてるんじゃないのか?

 

 「行ってみればわかるか。」

 

 まずは長門と合流しないと、久しぶりだが上手く浮けるか?

 

 (大丈夫だよ!武蔵さんなら!)

 

 そうだな清霜、私なら大丈夫だ。

 

 私は意を決して主機に力場を流す。

 よし、感自体は忘れていない、主砲の操作は移動しながら確かめるとしよう。私は桟橋を飛び降り着水、水平線の彼方を目指して微速前進。

 

 「戦艦武蔵、いざ……出撃するぞ!」

 

 見ていてくれ清霜、今から私の本当の姿を見せてやる。

 私が徐々に速度を上げ、最高速度に達したところで南から誰かが近づいてくるのが目に入った。

 清霜と同じ臙脂色の制服、早霜だ。 

 

 「能代さんから言われてきました……。戦場まで護衛します……。」

 

 久しぶりに声を聞いたが、相変わらず覇気が感じられない喋り方をするな。

 さっきまで覇気の欠片すらなかった私が言えた義理ではないが。

 

 「戦況はどうなってる?」

 

 「潜水艦隊は粗方片づけました。現在、能代さん達が索敵をしながら長門さん達の方に向かっています。ですが艦載機に邪魔をされて水雷戦隊の排除が上手くいってません……。横須賀の皆さんが頑張ってくれてはいますが……。」

 

 声が淡々とし過ぎてて今一危機感が感じにくいな……。 

 

 「……。」

 

 「私の足元ばかり見てどうした?潜水艦でもいるのか?」

 

 私の前を航行している早霜がチラチラと私の足元を気にしている。

 目で見る限りでは潜水艦の影は見えないが……。

 

 「いえ……嬉しそうにはしゃいでいるのが見えたので……。」

 

 はしゃいでいる?私の足元で?誰が?

 確かにこの子は『私、実は見える(・・・)んです。』と急に言い出しても不思議ではない雰囲気を纏っているが……。

 

 「そうか……ならば期待に応えないとな。」

 

 「はい……そうしてあげてください……。」

 

 それっきり、早霜は押し黙って警戒を続け、私は主砲の調子を確認し始めた。

 言うことは聞いてくれるが細かい調整が利きにくいな……。

 練度が上がればミリ単位で砲身を動かすことも可能だろうが、練度が30程度の私ではこれが限界か。

 

 「こちら武蔵、聞こえるか長門。」

 

 『随分と遅い登場だな。』

 

 私の呼びかけに長門が間を置かずに応えた。

 声の感じだけでは分かりづらいが、余裕はないが無理はしていないといった感じか?

 

 「化粧に時間がかかってしまった、初めての戦場にみっともない顔で挑むわけにもいくまい?」

 

 本当は化粧などしていないし服はずぶ濡れ、みっともない事この上ない。

 

 『ふん、減らず口だけは一人前だな。それでどうした?何かして欲しいことでもあるのか?後輩。』

 

 「敵を出来るだけ一カ所に集めてもらいたい。私は細かい狙いをつけるのが性に合わないんだ。出来るだろ?先輩。」

 

 実際はつけれないんだけどな、言わなくてもこの先輩は気づいてるんだろうが。

 

 『……。いいだろう。可愛い後輩の頼みだ、聞いてやるよ。三人とも聞こえたな!』

 

 『艦載機の攻撃を避けながらぁ?無茶言わないでよぉ……。』

 

 『大潮ね……帰ったら長門さんに甘味を胸焼けがするまで奢ってもらうんだ……。』

 

 『帰ったらアンタ達二人の財布が空になるまで奢らせてやるから覚悟してなさいよ!』

 

 一人死亡フラグになりかねない事を言ってるが大丈夫か?

 だがこれで照準の問題はある程度クリア、後は主砲の反動に私の体が持ち堪えられるか……だな。

 

 戦闘海域が肉眼でハッキリ見える距離まで来ると、長門が戦域のさらに南から向かってくる艦載機を主砲に装填した三式弾で撃ち落としているのが見えた。

 

 「ハエを落とすのが上手いじゃないか先輩。私にもやり方を教えてくれないか?」

 

 『ふん!横須賀に帰ったら泣いて謝るまで叩き込んでやるさ!』

 

 さて、神風と他二人が砲撃と魚雷で敵を誘導して、ある程度限られた範囲に敵が集まってるな。

 空母の姿は見えないが軽巡と駆逐艦が合わせて10隻ほど、それが直径50メートルほどの範囲に集められている。

 艦載機が飛び回っていると言うのに大したものだ。

 

 『ご要望には応えたぞ、後は任せていいんだな?』

 

 「ああ、任せろ。」

 

 私は円の中心から1海里ほどの所で航行を止め、完全に停止。

 

 「む、武蔵さん何を!?」

 

 早霜のこんなに驚いた声を聞いたのは初めてだな、普段は前髪で隠れている方の目までまん丸に見開いて。

 わからないでもない、こんな戦闘海域のすぐそばで完全停止、もし艦載機がこちらまで来ればいい的だ。

 

 「問題ないよ早霜、ハエは全て先輩が叩き落としてくれるさ。そうだろ?先輩。」

 

 『ああ構わんぞ後輩。ただし!神風達への甘味の代金はお前持ちだからな!』

 

 私は挑発するような口調で長門に問いかけ、長門がちゃっかりと甘味の代金を押しつけてくる。

 まあ、こんな金の使い道もない僻地に居たせいで給料はほぼ手付かずだ、甘味くらいいくらでも奢ってやるさ。

 

 「それと早霜、そこだと潰してしまう(・・・・・・)から、もう少し私から離れていてくれ。」

 

 「は、はあ……いったい何に潰されると……?武蔵さんは何をするつもりなんですか?」

 

 何をする?戦艦がやる事など決まっている。

 

 早霜が私から100メートルほど距離を取ったのを確認した私は全ての主砲を戦域に向けた。

 

 全主砲装填、反動に耐えられるだけの装甲を残し、余剰力場は全て『弾』に。

 

 「先輩、駆逐艦達を退避させてくれ。巻き込まれても知らんぞ。」

 

 『お、おい武蔵……貴様まさか……。』

 

 気づいたか長門、私がやろうとしている事に。

 今の私に動き回る軽巡や駆逐艦を撃ち抜くなんて芸当はできない。

 ならば射程のみ調整して撃てばいい……。

 

 『三人とも急いで退避しろ!あのバカ、海ごと吹き飛ばす気だ!』

 

 見ているか清霜、私が今から見せるのはどの戦艦にもマネできない規格外の砲撃。

 お前が憧れた戦艦武蔵()の本気の一撃だ!

 

 「この武蔵の主砲の本当の力、味わうがいい!」

 

 目標、敵艦隊中心から直径50メートルの範囲(・・)

 狙いがつけれないなら範囲ごと全てを吹き飛ばせ!

 

 (やっちゃえ武蔵さん!)

 

 ああ、遠慮はしない!

 

 「撃てぇぇぇ!」

 

 ズドン!

 

 砲撃と共に私を中心として海が沈み込む、なるほど、私が本気で撃つとこうなる(・・・・)のか。

 

 「う……海にクレーターが……冗談でしょ……。」

 

 早霜の位置からはそう見えるのか、私は穴に落ちた気分だよ。

 

 ドオオオオォォォォォン!

 

 『な、なんちゅうバ火力……。』

 

 『ねえ荒潮、大潮の目の前に滝があるんだけど……。』

 

 『夢よ大潮ちゃん、これは夢……。って言うか海水のスコールとか最悪なんだけどぉ!?』

 

 駆逐艦達が騒いでるな、着弾点はそんな事になってるのか……。

 

 「武蔵さん、顔色が悪いですけど……。」

 

 顔色?ああ、それはたぶん、今全身を襲っている痛みのせいだ。

 情けない、たった一回の砲撃でこの体たらくとは……。

 

 『まだ空母が二隻残っている!大潮、荒潮!行けるな!』

 

 『人使い荒ぁい!』

 

 『帰ったら長門さんを破産させてやる……。駆逐艦全員でたかってやるから!』

 

 流石に空母は無理だったか、だがまあ、初めての戦果にしては上等だろう。

 横須賀に駆逐艦が何人いるか知らないが……ご愁傷さまだ先輩。

 

 『大潮ちゃん!10秒ほど守って!』

 

 『ちょ!こんな所で使う気!?』

 

 騒がしいな……静かにしてくれ。

 耳に届く通信の振動さえ体中に響くようだ……。

 

 『ヒャッハーーー!汚物は消毒だああああああ!』

 

 『もう!後でどうなっても知らないからね!』

 

 なんだかキャラが崩壊してる駆逐艦が居るみたいだが大丈夫なのか?世紀末スタイルで火炎放射器を振り回しそうな感じだが。

 

 「肩を貸してやろうか?」

 

 無意識に伏せていた顔を上げると、目の前に長門が居た。

 肩を貸すだと?冗談を言うな、そんな所を見せられる訳がないだろう。

 私は笑っている膝を無理矢理黙らせ、両手を組んで何も問題がないように装う。

 痛みに悶えるのは部屋に戻ってからだ、人前で醜態は晒さない!

 

 「いらん。それより、空母を駆逐艦だけに任せておいていいのか?」

 

 「問題ない。それよりも……海ごと吹き飛ばすとはさすがに思わなかったぞ。滅茶苦茶しおって……。」

 

 「あまり先輩面をされ続けるのも面白くなかったからな。実力の差を思い知ってほしかったのさ。」

 

 「見栄っ張りめ。だが確かに、同じ砲を装備しても私にアレは真似できんな……。さすがは武蔵と言わざるを得ない。」

 

 清霜、聞いたか?目の前に居る私より凄い戦艦が認めてくれたぞ。

 

 (清霜が言った通りだったでしょ?武蔵さんは凄いんだから♪)

 

 ああ、お前が憧れた私は凄いんだ。

 だから見守っていてくれ、これからもカッコイイ私を特等席で見せてやる……。

 

 (うん♪)

 

 目の前で清霜が笑っている姿が見えた気がする、私に霊感なんてあったのか?

 だけど、たとえ幻だとしても、お前の笑顔が見れたのがとても嬉しく、そして誇らしい。

 初めて戦艦でよかったと思えたよ。

 ありがとう……清霜……。

 

 「そうだろうそうだろう。どうだ、恐れ入ったか?先輩。」

 

 私の言葉に若干呆れたように笑って長門は私にこう言った。

 

 「ああ、恐れ入ったよ。後輩。」

 



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朝潮遠征 9

 『さっきから五月蠅いぞ!私と朝潮の逢瀬を邪魔する雑音を放っているのは何処のどいつだ!!』

 

 どうせ逢瀬を重ねるなら司令官とがいいです、貴女とデートしてるつもりはまったくありません。

 

 ドン!

 

 私は明後日の方向を向いて激高している窮奇に向かって砲撃、少し装甲を抜いたかな?右頬を起点に少し窮奇が少し仰け反る。

 

 『ごめんねぇ朝潮ぉ!怒らないで?五月蠅い奴に少し注意しただけだからぁ♪』

 

 うわぁ……なんでダメージ受けて逆に悦んでるんです?まるで私が居るのに他に気を逸らす貴女に怒った私が平手打ちしたみたいな感じになってるじゃないですか。

 本気で気持ち悪いからやめてください。

 

 満潮さんと別れて数十分、会敵してからずっとこんな調子です。

 窮奇が撃つ砲弾を私が躱しながら距離を保ち続け、隙を見つけては攻撃してるんですが……。

 窮奇は私の攻撃が当たるたびに歓喜の声を上げています。

 私のような年端も行かない少女が好みで痛いのが大好き、この戦闘で窮奇はかなり特殊な変態だと再認識しました。

 本当に気持ち悪い。

 

 『もう!またそんなに離れて!どうしてそんなにいけずなの?』

 

 だって身の危険をビンビン感じますもん。

 命の危険はもちろんですが、私の貞操が激しく危険です。

 って言うか口調変わってません?もしかしてそっちが素ですか?

 

 相変わらずの全周波通信、ただし今回は私に指向性を持たせて話しかけてきてます。

 他の人に聞かれないのはありがたいですが……。

 背筋が凍りそうなほど気持ち悪いからやめてください。

 

 『可愛いお尻……。早くそのお尻に思いっきり顔を埋めたいわぁ♪』

 

 マジでやめてください!

 もしかしてコレは新手の精神攻撃ですか!?

 私を精神的に追い詰めるのが目的なんですね!?

 でもお生憎様です!そういった類の言葉責めはながもんで慣れてます!慣れてますけど……。

 

 『大丈夫よ?痛くしないから、一緒に気持ちよくなりましょう♪』

 

 ヒイィィ!やっぱり無理!

 やっぱり戦艦は異常です!異常性癖の人ばっかりです!

 よかったですね!その精神攻撃は私に効果てきめんでしたよ!

 て言うか、痛くしないとか言っておきながら主砲バンバン撃ってますよね!?

 言っておきますけど、一発でもまともに当たったら痛いどころじゃなく即死ですから!

 駆逐艦の装甲の薄さを舐めないでください!

 

 「来るな変態!気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪いぃぃぃ!」

 

 ドンドンドン!

 

 連装砲を連射しても構わず窮奇は突っ込んでくる、装甲は抜けてるみたいだけどダメージは微々たるもの。

 距離は200くらいしか離れてないのに、装甲を抜くので『弾』がほとんど相殺されて窮奇まで砲弾が届ききらない。

 

 『変態だなんて……心外だわ……私は普通よ!私はアサシオを滅茶苦茶にしたいだけよ!』

 

 どこが普通ですか!

 かなり訓練された変態ですよ貴女は!

 そういう事は思ってても口に出したりしません!

 殺意を覚えるほど気持ち悪いからやめてください!

 

 『それともまさか……私以外に好きな人が居るの?浮気したの!?』

 

 ええそうです!私が好きなのは司令官です、貴女じゃない!

 だけど浮気じゃありませんよ?

 私は貴女を倒すべき敵としか思ったことはありません!

 

 『そうか……あの時言っていた『あの人』だな……。』

 

 窮奇が航行を止め停止した、私も速度を徐々に落として窮奇を振り返り行動を警戒する。

 

 あの人?私は貴女にそんな事を言った覚えはありませんが……。

 もしかして先代がそう言ってたんですか?

 

 『あの施設にいるんだな……お前を惑わす奴が……。』

 

 窮奇の目つきが変わった……あの施設とはどこ?まさか、横須賀鎮守府?

 

 『許さない……私と朝潮を引き離そうとする奴……私から朝潮を奪おうとする奴!』

 

 「何を……するつもりですか?」

 

 ゆっくりと私から背を向けようとする窮奇に、私は連装砲を向け問いかける。

 答えなくてもわかる、窮奇は今から襲いに行く気だ。

 

 「させませんよ?貴女はここで私と踊るんでしょ?」

 

 コイツは横須賀鎮守府に向かう気だ。

 司令官を襲う気でいる!

 

 『今日は終わりだ、先にお前を誑かす害虫を潰す事にした。』

 

 窮奇が不敵に笑う。

 攻守が入れ替わってしまった。

 追われて時間を稼ぐつもりが追わなければならなくなった。

 

 ごめんなさい満潮さん。

 こうなってはもう、時間稼ぎは無理そうです……。

 

 「させないって言ってるでしょ!司令官の元には行かせません!どうしても行くと言うのなら!」

 

 『言うのなら?』

 

 大人しく私を追い続けてればよかったのに……。

 気持ち悪くても付き合ってあげるつもりだったのに……。

 貴女は司令官に牙を剥いた、私の司令官に。

 

 「ここで沈めてやる!司令官に手を出せるものか!」

 

 窮奇がニヤリと笑い私に再び向き直る。

 あれ?もしかして乗せられた?

 だけどもう止められない、私に火がついてしまった。

 神風さんに毒されてきてるのかなぁ……。

 

 『ふふふ……やっとその気になってくれたのね。嬉しいわぁ♪』

 

 例え窮奇がこの間のようにトビウオで初速をカバーしても知れている、一気に接近して戦舞台でタコ殴りにしてやる!

 

 「一発必中! 肉薄するわ!」

 

 私はトビウオで急加速、対して窮奇は逆加速を掛け後進を始めた。

 追いかけて来いって事ですか? 

 上等です!

 

 ドン!ドン!ドン!ドン!

 

 窮奇の砲撃、この距離じゃ着弾点を見極めてる暇なんてない。

 私はトビウオで真横へ飛んで砲弾を回避し、着水と同時に窮奇に向け再度トビウオ。

 

 戦舞台を仕掛ける前にあまりトビウオは使いたくないけど、この調子じゃ接近しきった頃にはガス欠になりそうね……。

 

 ズドン!

 

 窮奇が主砲を一斉射、私は仕方なくトビウオで左に飛んだ……。

 

 飛んだんだけど……。

 

 「あ、あれ?」

 

 いつもより飛距離が長い、それに着水してからさらに左に体が流された、どうして?

 

 「そうか……波……。」

 

 昼間降っていたスコールのせいで島に向かう波が高くなってる、だから左に飛んだトビウオの飛距離が伸び、着水時に体が流されたんだ。

 

 「それならば!」

 

 私は喫水を浅くして脚を出来る限り平坦にする、これだけ波が高い海域じゃ波に翻弄され、下手をすると転覆しかねない危険行為。

 だけど、今の私はその場合の動き方を知っている。

 私は『波乗り』の仕方を知っている!

 

 ドン!

 

 窮奇が右手に持った副砲で私を狙って砲撃。

 私は窮奇の方を向いたまま、推力は変えずに『脚』だけやや左に向けて、私に向かって打ち寄せて来る波を『脚』の左舷で受け流し、窮奇を中心にコンパスで円を描くように砲弾を回避した。

 

 そういえば、ボートレースを見ていた時に司令官が言ってた『モンキーターン』って言う旋回方法に見た目だけなら似てなくもないわね。

 

 『アハハハハハハハ!凄い!凄い凄い凄い!そんな避け方もあるのか!』

 

 やったのは初めてですけどね、やってみると意外に出来るものです。

 

 ドン!ドン!

 

 私は砲撃で窮奇の視界を塞ぎ、窮奇の船尾を撃って速度を落とさせ、窮奇の砲撃は『波乗り』で右へ左へと振り子のように躱して距離を詰める。

 

 「ここからなら!」

 

 窮奇までの距離は約50メートル、私は稲妻二回で窮奇の右前方へ一気に近づき左右の魚雷発射管から二発づつ、計四発の魚雷を発射して左前方へ稲妻。

 窮奇の後ろを取った。

 

 ズドーン!

 

 『くぅ……!』

 

 四発の魚雷が窮奇に直撃。

 けど、装甲は抜いたものの艤装の右腕で防御され、窮奇の右半身を若干焦がす程度に留まった。

 

 「これくらいで倒せるなんて思ってない!」

 

 私が戦舞台を発動しようとした時、窮奇の艤装がおかしな動きをしてるのが目に入った。

 不気味な大きな口がついた艤装が顔を私に向け、魚雷を防御した右腕を上に振りかぶっている。

 

 「まずっ……!」

 

 窮奇の艤装が腕を振り降ろし、『し』の字を描くように左から右へ振り抜いた。

 

 「ぐ、うぅぅぅぅ!」

 

 私は装甲を右へ集中、なんとか腕を受け止めることに成功はしたものの。

 体重が軽い私に、私の体より太い腕の一撃を耐えることが出来る訳もなく、軽々と殴り飛ばされてしまった。

 右腕の感覚がない、もしかして折れた?

 

 「右腕が……動かなくったてぇ!」

 

 バシュシュシュシュ!

 

 私は吹き飛ばされながら魚雷発射管だけを窮奇に向け、残りの全弾を発射。

 窮奇も私に副砲を向けている。

 

 ドン!

 

 直後に窮奇が発砲。

 装甲は間に合う?今『脚』はいらない、着水の事なんか考えなくていい!間に合わなければ死ぬ!間に合え!

 

 『刀』を応用してすべての力場エネルギーを装甲として展開。

 窮奇の姿が霞んで見えにくくなるほどの厚さとなった装甲が私と窮奇を隔てる。

 

 ドドドーン!!

 

 私に砲弾が直撃し、窮奇にも魚雷が直撃する。

 衝撃と痛みで意識が飛びそう……。

 だけど気を失うわけにはいかない、まだ仕留めたか確認できてない!

 

 私は吹き飛びそうになった意識を引き戻し、着水して窮奇を睨みながら被害状況を確認する。

 右腕は……ダメ、動かない。

 今は興奮しているせいか痛みはないけど、たぶん折れてる。

 装甲を抜けた爆風と砲弾の破片で制服の胸とスカートが引き裂かれ、他にもあちこち火傷や裂傷がある。

 一発で中破まで追い込まれた、こんなみっともない姿、司令官には見せられないわね。

 

 「でもまだ、まだ戦闘は続行可能です!」

 

 私は左手の連装砲を窮奇に向ける。

 窮奇に着弾した魚雷の煙はまだ晴れていない、仕留めた?

 いや、アイツがあれくらいで倒せるわけがない。

 

 「うふふふふふ……痛い……痛いわアサシオ……痛くて気持ちよくて……最っ高♪」

 

 艤装の左腕で煙を払い、窮奇の艤装が姿を見せた。

 私を殴り飛ばした後、そのまま窮奇の前面に回って盾になったの?便利な艤装ですね。

 だけど艤装だけ見れば中破以上、肩にある主砲も使えそうにないくらい曲がってる。

 艤装の影から姿を見せた窮奇自身も服があちこち破け、火傷と裂傷だらけ。

 

 でも割に合いませんね、私は砲撃と魚雷を当てまくってようやく中破に持って行けたのに、貴女はたった一発で私を中破に追い込んだ。

 

 「艦種の差を思い知らされますね……。」

 

 だけど負けるわけにはいかない。

 魚雷、次発装填開始。

 『脚』は……問題ない、左の連装砲も大丈夫。

 

 「貴方はここで沈める!司令官のために!」

 

 ズドン!

 

 私が窮奇に突撃を再開しようとした瞬間、長門さん達が戦ってる方から物凄い音が轟いて来た。

 まさに轟音、間近で聞いてきた窮奇の主砲の音よりも大きく聞こえる。

 

 「なんだ……今のは……砲撃音?」

 

 窮奇が長門さん達が居る方を見て驚愕の表情を浮かべている、今のが砲撃音?あっちに居る戦艦は長門さんだけのはず、他にあんな音が出せそうな人なんて……。

 まさか武蔵さんが戦場に?

 

 「あり得ない!あんな砲撃、私や渾沌でも出来はしない!それを艦娘ごときがやったと言うのか!?」

 

 窮奇が私の存在も忘れて水平線の向こうを見つめている。

 何が起きてるの?私の角度じゃないが起きてるかわからない。

 

 ピー

 

 発射管が装填が完了したことを告げて来る、窮奇は停止中、しかも他所に気を取られてる。

 今が好機!

 

 「魚雷全弾発射!」

 

 バシュシュシュシュシュシュシュシュ!

 

 「なっ!?」

 

 窮奇に向けて射線を絞った八発の魚雷が窮奇に迫る、艤装はすでに窮奇の後ろ、定位置に戻ってる。

 このタイミングなら回避もまず無理、仕留めた!

 

 ドン!

 

 左の方から砲撃音!?

 あっちから来るとしたら満潮さんかネ級だけど、駆逐艦の砲撃音じゃない。

 じゃあ撃ったのはネ級?満潮さんはどうしたの!?

 

 ズドオオオオォン!

 

 魚雷が窮奇に直撃……してない!

 当たる前にネ級の砲撃が魚雷の一つを貫き全て誘爆させた。

 窮奇が停止してるのをいいことに射線を絞ったのが裏目に出た!

 

 「な……なにが……。」

 

 窮奇が面食らって右を向く。

 

 「き、貴様!なぜここに居る!また邪魔をしに来たのか!」

 

 窮奇の視線の先にネ級の姿があった、やはり私の雷撃を邪魔したのはネ級だったのね。

 ぱっと見で中破くらいまで損傷してる。

 満潮さんの姿が見えない……。

 まさか、満潮さんはネ級に……。

 

 「申し訳ありません!ですが想定外の事態が……。我が方の艦隊が全滅しました!」

 

 は?艦隊が全滅?じゃあ長門さん達が勝ったの?

 

 「だからどうした!そんな事私には関係ない!」

 

 「関係あります!窮奇様もあの砲声をお聞きになったでしょ?このままではあの砲撃を行った戦艦が艦隊を伴ってここに来るかもしれません!」

 

 ネ級が窮奇を背にして、私を尻尾の主砲で威嚇するように立ちふさがる。

 今の状態でこの二隻を相手に戦う?

 ここまで窮奇を追い込んだのにまた逃がすの?

 

 「そこをどけ!私と朝潮の邪魔をするな!」

 

 「いいえ、どく訳にはいきません!よろしいのですか?このままではアサシオを仕留める前に敵の艦隊に討ち取られかねないのですよ?艦隊が来る前にアサシオを仕留めたとしても、その後で敵艦隊に屠られるだけです!それがお望みですか!?」

 

 窮奇の顔が葛藤で歪む、逃げるつもりですか?

 させませんよ?貴女はここで沈めます!

 

 「やめなさい朝潮!」

 

 私が突撃しようと前傾姿勢を取ろうとしたら、ネ級と同じ方向から満潮さんがフラフラと近づいて来た。

 私と同じように服があちこち破れ、頭からは血まで流してる。

 中破以上は確実だ。

 

 「満潮さん!無事だったんですね!」

 

 私は連装砲を窮奇たちに向けたまま満潮さんの元までゆっくりと移動、満潮さんをここまで追い詰めるなんて……あのネ級はそれほどの手練れなの?

 

 「これが無事に見える?今すぐぶっ倒れたいくらいよ。」

 

 満潮さんが近づいた私を押しのけ私の前に出る、何のつもりですか?連装砲も構えずにネ級と見つめ合って。

 

 「さっき、こちらの艦隊に連絡を取ったわ。10分もしないうちに来るそうよ。

 

 満潮さんが艦隊が到着するまでの時間を強調してネ級に伝える。

 どうしてその情報を敵に教えるんですか!教えずに時間を稼げば窮奇を討ち取れるかもしれないのに!

 

 「なぜ……それを私に教える……。」

 

 窮奇ではなくネ級が応える。

 満潮さんの考えてる事がわからない……これじゃまるで……窮奇を逃がそうとしてるみたいじゃないですか。

 

 「アンタと私は考えることが一緒、これが答えよ。」

 

 「……そうか……わかった。窮奇様、東に向け撤退を。潜水艦に退路を確保させてあります。

 

 ネ級まで……その情報を知らずに追いかけていたら私を潜水艦の餌食にする事もできたでしょうに……。

 

 「貴様……戻ったら命はない物と思え……。」

 

 「はい、覚悟の上です。」

 

 窮奇が私達に背を向け撤退を始める、ネ級は私達に砲を向けたまま、窮奇が遠ざかるまで私達をここに釘付けにする気かしら。

 

 「駆逐艦……お前の名は?」

 

 「満潮よ……。アンタは?」

 

 「私に名はない、好きに呼べ。」

 

 「あっそ、じゃあネ級って呼ばせてもらうわ。」

 

 何を呑気に自己紹介し合ってるんですか、今なら潜水艦と合流される前に窮奇を仕留められるかもしれないのに。

 

 「礼は言わんぞ。次に会った時は必ず沈めてやる。」

 

 「それはこっちのセリフよ。って言うかアンタって、帰ったら窮奇に沈められちゃうんじゃない?」

 

 「ふ……そうかもな……。」

 

 砲を下げ、ネ級が撤退を始めた。

 ネ級まで見逃すつもりなんですか?

 満潮さんにその気がなくても、私だけで!

 

 「やめろって言ったでしょ!大人しくしてなさい!」

 

 「でも!」

 

 「デモもヘチマない!アンタ自分の体の状態わかってる?そのまま行っても良くて相打ちよ?」

 

 相打ち?それが何だって言うんですか、アイツを仕留めるためならそれくらい当然です!

 

 「上等じゃないですか!窮奇を仕留められるなら相打ちく……。」

 

 パシン……。

 

 頬に鋭い痛みが走った、満潮さんに平手打ちされた?

 どうしても私の邪魔をしようと言うんですね……。

 だったら満潮さんを押しのけて行くだけです!

 

 「アンタ、死体になって司令官の所に帰る気?」

 

 「そ……それは……。」

 

 そうだ……相打ちじゃ司令官との約束を破る事になる……。

 私は何があっても生きて帰らなきゃいけないのに。

 

 「アンタは司令官の心を守りたくて、剣になる事を誓ったんじゃないの?」

 

 「わ、私……でも……窮奇が鎮守府を襲うって……司令官を……だから私……。」

 

 頭にすっかり血が昇っていた……司令官との約束を蔑ろにして、自分の感情を優先してしまっていた。

 

 「帰りましょ。きっと次があるわ……。」

 

 「はい……。」

 

 自分のバカさ加減に嫌になる、約束だなんだと言っておきながら自分の事しか考えてない……。

 

 「泣くんじゃないの。足止めには成功、艦隊は大勝利なんだから。胸を張って帰りましょ。」

 

 「あ゛い゛…………。」

 

 うつむいて涙を流す私頭を抱き寄せて、満潮さんが慰めてくれる……。

 いつもの甘い匂いじゃなくて血と硝煙の匂い……。

 きっと私より重傷だ……。

 こんな状態の満潮さんを置いて、私は行こうとしてたのか……。

 

 「それにしても、嫁入り前の娘なのにみっともない恰好ね。上も下も下着が丸見えじゃない。」

 

 嫁入り前って……私がお嫁に行けるのは最低でも3年近く先ですけど……。

 

 「み、満潮さんだってそうじゃないですか……。」

 

 「私は手で隠せるくらいだから平気よ。アンタ、右手動かないんじゃない?どっち隠す?上?下?」

 

 そうだった!どうしよう……泊地には男性の職員もいるし……。

 

 「満潮さんのスカート貸してください!」

 

 「はぁ!?バカ言ってんじゃないわよ!私がスッポンポンになるじゃない!」

 

 「いいじゃないですか!減るもんじゃありません!」

 

 司令官以外の男性に下着を見られるなんて絶対嫌です!

 意地でも満潮さんのスカートを剥ぎ取ってやる!

 

 「いや減るでしょ!スカートが!物理的に!」

 

 「大丈夫です!泊地に満潮さんの下着姿を見て興奮する人なんてきっといません!」

 

 「それどうゆう事?私が幼児体型だから?アンタも大差ないでしょうが!」

 

 「いえいえ、確かに胸は大差ないですが私は司令官のものです、司令官以外の男性に見せる気はありません!だから脱いで!さあ!」

 

 「頭来た……このまま長門さんのところまで引っ張ってやる!よかったわね、きっと喜んでくれるわよ!」

 

 ちょっと待ってください、それはよろしくないです。

 今の状態じゃ逃げきれません、なされるがままです。

 味方にも窮奇みたいなのが居るのをすっかり忘れてました!

 

 「それはやめてください!激しくまずいです!」

 

 「うっさい!私が時雨に襲われた時と同じ恐怖を味わえ!」

 

 思い出したように痛み出した体の事など気にせず騒ぎ、私達はその場を後にした。

 

 ながもんに戻ってるであろう長門さんに襲われる恐怖に怯えながら。



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幕間 提督と少佐

 今回、艦娘は名前くらいしか出ません。

 この作品内での高速修復材の役割と奇兵隊について説明する回です。


 気が重い……。

 現在自分は、タウイタウイ泊地に居る長門から連絡とその他諸々を報告するために執務室へ向かっているのだが……。

 

 「朝潮が負傷……迎えに行くと言い出さなければいいが……。」

 

 それをされると鎮守府が回らなくどころか年末に控えている大規模作戦……。

 いや、規模を考えれば『超』規模作戦という方がいいか。

 そっちの準備も滞る。

 

 60人以上の艦娘と海兵隊や我々『奇兵隊』、それに米軍まで加えた一大反攻作戦。

 失敗すれば今まで取り戻してきた海域まで失いかねない大博打、考えただけで胃が痛くなる……。

 

 「泊地に備蓄してある高速修復材(バケツ)を使う事で妥協してくれればいいが……。」

 

 高速修復材、通称『バケツ』。

 深海棲艦や妖精とともに見つかるようになった謎の液体。

 なぜバケツと呼ぶようになったかと言うと、その液体はなぜか妖精が作った特殊なバケツでしか保管ができないからだ。

 そのバケツ以外では時間が経つと蒸発してしまうのに、妖精特製のバケツに入れておけば蓋をしてなくても蒸発せずに長期保存が可能。

 入手手段も限られているから使用するタイミングは慎重に吟味するし、管理も徹底され、大規模作戦時には主導する鎮守府に供出したりもする。

 

 3年前、満潮に使ってやれなかったのは呉に供出していたのが最大の理由だ。

 敵空母の艦載機が横須賀に近づくのを阻止する要であった鳳翔と祥鳳に万が一の事があった場合に備えるために、僅かに残った高速修復材(バケツ)を満潮に使うわけにはいかなかった。

 窮奇の予想外すぎる行動のおかげで、裏目に出てしまったが……。

 

 話が逸れてしまった、高速修復材(バケツ)の効果は書いて字の通り『高速修復』。

 と言っても艤装や艦娘に直接ぶっかける訳ではない、コレを妖精に与えるとテンションが上がるのか、それともドーピング的な効果があるのか、妖精が物凄い速さで艤装の修復を始める。

 

 バケツ無しの艤装の修理は大きく分けて2工程。

 

 1工程目は整備員が妖精の作った艤装の部品を妖精の指示に従って損傷個所と交換する。

 

 妖精は手の平大の大きさしかないから、整備員は言うなれば重機代わりだ。

 当然だが、整備員には妖精が見える者が複数いる。

 妖精が見えることは提督になれる最低条件だが、その全てが提督になれる訳ではない。

 妖精が見えるだけの素人に鎮守府の運営など、恐ろしすぎてさせれる訳がない。

 

 見える者で海軍に所属している場合は、辰見や自分のように現提督の元で補佐に就くか、普通の軍人として所属し続けるか、整備の仕事を習って整備員になるかの三通り。

 所属してない場合はスカウト、もしくは自己申告して海軍に所属して上記のどれかの進路に進むか、スカウトされても断って一般人として過ごすかだ。

 

 2工程目は妖精による最終チェック。

 

 整備員では部品を交換したところで、それが正常に動くかの調べることが出来ない。

 チェックが完了してOKなら、妖精がサムズアップして教えてくれ、ダメな場合は蹴りを入れられるとか。

 本当かどうかは知らない。

 

 バケツを使った場合は工程など関係なしに妖精があっという間に修理を完了する。

 交換用の部品も整備員の手も必要とせず、損傷個所を時間を巻き戻す(・・・・)ように修復してしまう。

 

 整備員曰く、『艤装をカラフルな手の平大の虫が高速で這いまわってるみたい』で非常に気持ち悪いらしい。

 

 そして高速修復材(バケツ)にはもう一つ効果がある、それは艦娘本人の治癒能力の向上。

 傷に塗ったり、お湯などに溶かして飲むだけで瞬く間に傷が治癒する。

 

 うちの提督殿は艤装の修理に高速修復材(バケツ)を使っても、艦娘自身にはあまり使いたがらない。

 治癒能力を向上させるとは言え、ケガを急激に治すと言う、体に悪そうな(・・・・・・)事を出来るだけさせたくないらしい。

 

 「それに不満を漏らす艦娘も居ないでもないが……。」

 

 自分は支持しますけどね……。

 

 おっと、執務室についてしまった。

 仕方ない、提督殿が暴走しないことを祈りながら報告を済ませるとするか。

 

・・・・

・・・

・・

 

 「では、武蔵は内地に戻るのを承諾したんだな?」

 

 「はい、三日後の物資輸送船の帰りの便に相乗りしてこちらに戻るそうです。」

 

 意外だ……朝潮が負傷したのを聞いても提督殿の態度が変わらない……。

 それどころか朝潮の事に触れない、何か心境の変化でもあったのだろうか。

 

 「あの……提督殿?」

 

 「なんだ?お前のその上目遣いで伺うような顔は気持ち悪いからあまり好きじゃないんだが。」

 

 ドストレートに貶してきますね……普通は思っててもそういう事は口に出しませんよ?

 

 「朝潮の事が心配ではないのですか?」

 

 「心配は心配だが、あの子は約束を破らないからな。それに、満潮も一緒だ。」

 

 毎日のように朝潮の訓練を覗き見していた頃が嘘のようですね。

 朝潮はようやく、貴方の部下として認められたと言う事ですか……。

 

 「高速修復材(バケツ)を使用しますか?」

 

 「艤装には使え、朝潮と満潮本人には重傷カ所だけ許可する。」

 

 朝潮は右腕の骨折、満潮は内臓が損傷。

 高速修復材(バケツ)を使わなければ年末の作戦までに間に合いそうにないな。

 

 「了解しました。それと艦長ですが、後任が到着し次第こっちに来るそうです。」

 

 「死にたがりのジジイは私の手紙を気に入ってくれたようだ。」

 

 そうですね、造船所にワシが直接取りに行くと言うのを宥めるのに苦労しました……。

 

 「またチェリー少佐と言われる日々が始まるな。楽しみだろ?」

 

 冗談じゃない、自分は童貞ではありません。

 素人童貞ではありますが……。

 

 「『腰巾着』と呼ばれる方がマシですね……。ああそれと、艦娘から苦情が来てます。」

 

 「苦情?何のだ?」

 

 「『銃』と『車』の奴らが口も利かず黙々と得物の手入れをしてる光景が気持ち悪いそうです。」

 

 奴らも昂る気持ちを抑えるのに必死なんだろう。

 まだ早いとは言え数年ぶりの戦場だ、テロ屋を掃除するのとは訳が違う。

 

 奴らは血の気の多い戦闘狂の集まりだからなぁ……。

 『奇兵隊』の誇る実行部隊、銃火器の扱いを得意とする『銃』と、戦車を始めとする車両関係の扱いに長けた『車』。

 名前が安直なのは名付けたのが提督殿だからだ、正式な部隊名ではない。

 

 そもそも、『奇兵隊』と言う部隊名自体、軍の記録には存在しないしな。

 

 『奇兵隊』とは。

 『銃』や『車』を始めとした軍人で構成された実行部隊と、正規品から横流し品まで武器弾薬、車両関係を調達してくる『武器屋』と呼ばれる裏社会の人間達、鎮守府の外で店を構えて情報や武器以外の物資を調達してくる『店長』と呼ばれる民間人達。

 

 9年前、提督殿の呼びかけに呼応して集まった、官民問わず身分も出身地もバラバラの寄せ集め集団。

 それが『奇兵隊』だ。

 

 「せめて人目に付かない所でやらせろ。我々は所詮黒子、主役である艦娘達の気分を害するような事はさせるな。」

 

 「了解。はぁ……また文句を言われる……。」

 

 奴らは上官の自分にも遠慮がないからなぁ……。

 普通の軍隊じゃあり得ないぞ……。

 寄せ集めである事の弊害だな……。

 

 「奴らのまとめ役だろ?頼りにしてるぞ、『腰巾着』。」

 

 わかってますよ、面倒事は自分の仕事です。

 貴方にどこまでも付き従い、些事を処理する『腰巾着』、それが自分だ。

 

 「ええ、お任せください。では、失礼します。」

 

 そう言って自分は執務室を後にした。

 さて、まずは何処から回ろうか……早く戻らないとまた由良に怒られてしまうからな。

 

 「まったく、腰からぶら下がり続けるのも楽じゃない。」

 

 楽しんでやる苦労は苦痛を癒すものだ。

 

 とシェークスピアは言っているが、自分は果たして楽しめているのだろうか。

 ただ、マゾヒズムを良い言葉っぽく言っただけではないのか?

 

 自分はけっしてマゾではない、マゾなら由良に八つ当たりされる日々が嬉しくてしたかがないだろう。

 自分は嬉しいと思ったことはない。

 

 「だが、頼りにされるのはいいものだ。」

 

 例え面倒事を押し付けられてるだけだとしても。

 

 例え腰巾着と罵られようと。

 

 自分は提督殿に付き従う。

 

 9年前、奇兵隊が結成された日から、自分はあの人の命令で死ぬと決めているのだから。

 

 それまではどんな面倒事もこなしてみせるさ。

 

 では行こうか、まずは戦闘狂どもに嫌味を言われに。

 



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幕間 満潮と大潮

 「痛い……暑い……。」

 

 窮奇とネ級を退けて泊地に戻った私は、どうも桟橋に上がった途端倒れたようで、痛みと暑さで目を覚ましたら私達に割り当てられた部屋に敷かれた布団で寝かされていた。

 

 ドアの上に掛けられた時計を見ると文字版の針は2時を指している、外はスコールが降ってるとは言え明るいから丸一日寝てなのかな?

 

 「おはよう満潮、気分はどう?」

 

 「良いように見える……?」

 

 敷かれた布団の枕元に大潮が座っている。

 右を向くと、荒潮が私と同じように布団に寝かされている、目に見えるようなケガはないから深海化でも使ったのかしら。

 

 「朝潮は?」

 

 「長門さんに追い回されてる。一応、神風さんに行ってもらったけど……。」

 

 いやダメでしょそれ、絶対に笑いながら眺めてるわよ。

 

 「ケガしてる朝潮を追い掛け回すなんて、長門さんも酷な事するわね。」

 

 たしか右腕を骨折してたはずだけど、ヒビ程度で済んでたのかしら。

 

 「高速修復材(バケツ)使ったからね、それ以外は軽い火傷と擦り傷程度だったし。」

 

 大潮が目を細めた、朝潮にケガをさせた事を怒ってるわね。

 一人で窮奇の足止めをさせるつもりだったのも言ってないし。

 

 「よく司令官が朝潮に高速修復材(バケツ)を使うのを許可したわね、艤装ならともかく。」

 

 うちの司令官は艤装の修復に高速修復材(バケツ)を使っても、艦娘自身には使う事をなかなか許可しない。

 体に問題が起きたって話も聞いた事ないし、他の鎮守府ではバンバン使ってるのに。

 うちで艦娘に高速修復材(バケツ)が使われるのは死にかけてる時か、早く治さないと作戦に間に合わない時、それと高速修復材(バケツ)で修復しないと後遺症が残りそうなケガを負った場合だ。

 

 「満潮にも使用許可が出てるし、使ってるよ。お腹……まだ痛い?」

 

 たしかに痛いけど死ぬほどじゃないかな……。

 

 「飲ませるのは無理だったからお腹に直接塗ったけど完全に治ってない思う。飲めそうならもってくるけど……どうする?」

 

 アレ、苦いのよねぇ……あんまり好んで飲みたくはないけど、痛いよりはマシか。

 

 「飲むわ……痛いのは好きじゃない……。」

 

 「わかった、ちょっと待ってて。」

 

 大潮が部屋を出て行くのを見送った私は荒潮の様子を見ようと体を起こす。

 

 「ったく……情けないったらないわね……。」

 

 身を起こすだけで泣きたくなるぐらい痛む、主戦場で起きた出来事に気を取られて被弾するなんて無様にも程があるわ。

 動けないほどのケガをするなんて三年ぶりくらいかしら……。

 

 「よく寝てるわね……。」

 

 深海化の反動、一週間近く続く体の痛みと鬱状態。

 たった一日で第八駆逐隊が壊滅状態じゃない。

 

 泊地の防衛自体は成功したけど、私たちの本来の任務はそれじゃない、武蔵さんを横須賀まで連れ帰る事だ。

 そっちはどうなったのかしら、主戦場で立ち上がった水柱を起こしたのが長門さんじゃないとすると、アレが出来そうなのは武蔵さんくらい。

 武蔵さんが出撃したのかしら。

 

 ガチャ。

 

 「ただいまー。お湯割りでよかったでしょ?」

 

 お盆に湯気が漂う湯呑を乗せて大潮が戻って来た。

 いや、別にいいけどお酒じゃないんだからお湯割りって言い方やめない?

 

 「甘いものも欲しいんだけど……。」

 

 飲んだことない子は知らないだろうけど、それ滅茶苦茶苦いのよ?しかもそれを湯呑一杯分とかイジメか!

 

 「贅沢言わないの、それにお仕置きも兼ねてるから。」

 

 「何のお仕置きよ。お仕置きされる覚えなんてないわよ。」

 

 どうせ朝潮にケガさせた事でしょ?アンタ過保護過ぎなのよ。

 

 「朝潮ちゃんにケガ……させたでしょ……。」

 

 ほら見なさい、だいたい艦娘にケガは付きものよ?

 それに、戦艦棲姫に一人で挑んでケガ程度で済むなんて普通じゃあり得ないんだから。

 

 「ケガは艦娘の一番身近なお友達でしょ?それくらいで何言ってるのよ。」

 

 しないに越したことはないけどね。

 

 「一歩間違えば死んじゃってたんだよ?なんで満潮はそんなに冷静でいられるの!?」

 

 声が大きい、荒潮が起きちゃうでしょうが。

 

 「一歩間違えれば死ぬなんて、戦場に出てるんだから当然でしょ?」

 

 私は出来るだけ冷静に大潮に言い放つ。

 かたや大潮は目を吊り上げ、唇を噛みしめて怒り心頭って感じね。

 ムカつく……アンタ朝潮をバカにし過ぎなのよ。

 

 「満潮は、朝潮ちゃんが死んでもいいって言うんだね。」

 

 別にそうは言ってないでしょ?

 私だってあの子を死なせるつもりなんてない、だけどあの子がやろうとしてる事を邪魔するつもりもない。

 アンタと違ってね。

 今回はあの子が興奮しすぎて目的を忘れかけてたし、撤退した窮奇を追撃したら目的を果たす前に戦死する可能性が高かったからチャチャを入れたけど、それらがなければそのままやらせてたわ。

 

 「ねえ大潮、アンタあの子をどうしたいの?」

 

 「何その質問、()の質問に先に答えてよ!」

 

 あらま、素が出ちゃってるじゃない。

 本気で怒ってるのね、アンタからしたら私はとんでもない事をしたんだもんね、当然と言えば当然か。

 

 「別に死んでもいいなんて思ってないわ。でもね、アンタみたいにケガすらしないぬるま湯に浸からせるつもりはない。」

 

 「ケガしたっていい事ないじゃない!痛いし、苦しいし……。そんな思いを朝潮ちゃんにさせるって言うの!?」

 

 「だったらなんで私が朝潮と窮奇の足止めに向かうって言った時反対しなかったの?」

 

 窮奇が来るか半信半疑だったんでしょ?

 まあ、あの時点じゃただの勘だったしね。

 だけどそれだけじゃない、アンタが反対しなかった本当の理由は違うはずよ。

 

 「それは……。確証なんてなかったし……それに……。」

 

 「『満潮が身を挺して守ると思ってた』って感じ?」

 

 「!!」

 

 馬鹿正直に目をまん丸に見開いちゃって、わかりやすいわねアンタも。

 

 「生憎だけど、私は最初から窮奇の足止めは朝潮一人でやらせるつもりだったの。当てがハズレて残念だったわね。」

 

 「じゃ……じゃあ満潮のそのケガは?朝潮ちゃんを庇って負ったものじゃないの?」

 

 「これ?単にドジっただけよ。私が相手してたのはネ級、朝潮がどういう風にケガをしたかは知らないけど、ドジったって訳じゃないと思うわよ?」

 

 主砲の直撃を受けたんならケガどころか死んでいる、主砲の至近弾、もしくは副砲に被弾したって感じかしら。

 

 「なら……あのケガは満潮のせいなんだね……。」

 

 湯飲みを畳の上に置いた大潮が、拳を握りしめてプルプルさせながらゆらりと立ち上がった。

 別に私のせいじゃないでしょ、一人で窮奇の相手をさせた私が悪いって言いたそうね。

 

 「この……バカ!」

 

 ボゴ!

 

 激昂した大潮が右の拳を振り上げて私の左頬を殴って来た、ケガ人をグーで殴るとかどういう神経してるのよ。

 

 「痛いわね……私一応ケガ人なんだけど?」

 

 まだ抑えろ、冷静になれ私。

 大潮には一度ガツンと言わなきゃって思ってたんだ、これはそのいい機会よ。

 

 「だから何?朝潮ちゃんにケガさせた罰だよ!」

 

 「アンタさ、私の質問に答えてないわよ。」

 

 大潮が朝潮をどうしたいのかなんてわかりきってる、大潮はあの子を……。

 

 「五月蠅い!満潮の質問に答える義理なんてない!」

 

 「義理がないんじゃなくて答えたくないんでしょ?なんなら私が代わりに言ってあげようか?」

 

 私は悲鳴を上げる体に鞭打って起き上がり、大潮の正面に立つ。

 動揺してるわね、殴られた私が冷静なのがそんなに不思議?

 

 「アンタ、あの子を姉さんの代わりにしたいんでしょ。」

 

 「ち……ちが……違う!」

 

 いいや違わない、姉さんが死んでからのアンタは明らかに無理してた。

 前と変わらない笑顔の仮面を張り付けて、私や荒潮の前でも演技をし続けて来た。

 最初は姉さんの代わりになろうとしたんでしょ?

 慣れない由良さんの手伝いや、駆逐艦たちのまとめ役まで買って出て。

 アンタは必死に姉さんの抜けた穴を埋めようとした。

 

 「あの子を人形にすんじゃないわよ。あの子はもう一人前の駆逐艦よ、アンタのあの子に対する甘やかしはあの子に対して失礼だわ。」

 

 アンタは姉さんの面影を持つあの子を見て、自分が代わりになるんじゃなくて、あの子を代わりにする事を思いついた。

 だけど失うのが怖くなっちゃったんでしょ?

 姉さんみたいに死んじゃうと思ったら怖くてケガする事さえ許せなくなっちゃったんでしょ?

 

 「あの子だけじゃない、姉さんに対しても失礼よ!冒涜よ!ケガをさせたくない?最近流行りのモンスターペアレントか!あの子はアンタの人形じゃない!」

 

 「に、人形だなんて思ってない!私はただ……。」

 

 「ただ、何よ。アンタやる事が中途半端なのよ、ケガもさせたくないなら最初から出撃させないようにすればいいのにそれもしない。」

 

 「出来る訳ないでしょ!?出撃は司令官の命令なんだから!」

 

 離れるのも嫌だったんじゃない?

 砂場にお気に入りの人形を持って行って、汚れたと文句を言ってる子供と同じよ。

 

 「そう?少なくとも一回は出撃させずに済む機会があったはずよ?」

 

 司令官が私達を集めて窮奇と戦えるかどうかを質問した時、アンタはやれると言った。

 アンタが無理だと言えば司令官は別の手を考えたかもしれないのに。

 

 「窮奇が常識外れの戦艦棲姫だったって言い訳は効かないわよ。そもそも姫級の戦艦に駆逐隊のみで挑む時点で無謀なんだから。」

 

 あの戦闘が決定的だったんでしょうね。

 窮奇に追い詰められる朝潮を見て、アンタは朝潮を失うかもしれない恐怖に憑りつかれた。

 だけど自分には出撃を拒否させる権限はない、司令官にもその気はない。

 ならどうする?

 どうする事もできやしない。

 ただ朝潮が無傷で戦闘を終えるのを祈るだけ。

 

 「アンタは中途半端に加えて他力本願、自分は祈る事くらいしかしない癖に私には朝潮の身代わりになる事を望んじゃって。」

 

 「違う!そんなこと望んでない!違うんだよぉ……。」

 

 泣いたってやめないわよ、頭に来てるんだから。

 アンタは朝潮の覚悟を踏みにじってる、あの子が全てを賭けて成し遂げようとしてる事を邪魔してる。

 それが私には許せない。

 

 「私はあの子の盾になると司令官に誓った、だけど守るのはあの子の前じゃない、後ろよ。あの子の目的を邪魔するなら例えアンタだって殴り飛ばすし、あの子がへこたれそうになったらあの子の尻を蹴り飛ばす。」

 

 朝潮が目的を果たすためにはケガどころか命の危険もつきまとう。

 だけど出撃しないなんて論外、ただ隣に居ればいいだけの愛妾(あいしょう)じゃ司令官の心は癒やせない。

 あの子は司令官の恨みを晴らし、傷つけようとする者を片っ端から斬り捨てる剣なんだ。

 

 「盾だって言うなら朝潮ちゃんの身を守ってよ!なんでわざわざ危険な目に会わせようとするの!」

 

 「それじゃあの子の邪魔をしてるのと一緒でしょうが!あの子はね、窮奇を倒すこと自体は目的でもなんでもないの、ただの手段よ!司令官の心を守るって言う目的のためのね!」

 

 「心を……守る……?」

 

 「そうよ、自意識過剰って思ってくれてもいいけど、私があの子の身代わりになって死んだら、あの子の邪魔をした事になる。私が死ねば少なからず司令官は悲しんでくれるからね。もちろんアンタや荒潮、他の艦娘が死んでも同じだし、あの子自身が死んでも同じ。朝潮は自分の事を過小評価してるくせに掲げてる目標のハードルはやたら高いのよ。」

 

 仲間を死なせずに敵を倒し、自分も生きて司令官の元に戻る。

 言うだけなら簡単だけど、実際は不可能だ。

 目の届かない所で戦死していく艦娘だっているのに、その全てを守りきるなんて戦艦や空母にだって出来やしない。

 

 「そんなの……無理じゃない……。」

 

 「ええ無理よ、でもあの子はやろうとしてるわ。少なくとも目の届く所に居る艦娘は気絶させてでも司令官の元に連れ帰るでしょうね。」

 

 実際、あの子は護衛対象の漁船を見捨ててでも曙を連れ帰ろうとした。

 あの子は司令官を悲しみから守るためなら、きっと手段を選ばない。

 

 「あの子は姉さんが諦めた事を成そうとしてるの。姉さんは命は守っても、心までは守ろうとしなかったからね……。」

 

 「じゃあ、満潮はこれからも朝潮ちゃんを危険な目に遭わせ続けるんだね……。」

 

 大潮がうつむいて右手に力を込め始めた、また殴る気ね。

 顔ならまだいいけど、お腹は止めて欲しいなぁ……。

 今も気を失いそうなほど痛んでるし。

 

 「また殴るの?いいわよ。好きなだけ殴りなさい、抵抗なんて出来ないから。」

 

 「私はもう嫌なの……もう大潮型って呼ばれたくないんだよぉ……。」

 

 大潮がポロポロと涙を流して本格的に泣き出した。

 そういえば、朝潮が着任するまでそんな風に呼ばれてたわね。

 そう呼ばれるたびに、アンタが泣きそうになるのを我慢してたのを私は知ってる。

 だけど……私はアンタを助けなかった、アンタも助けを求めなかった……。

 

 「満潮にはわかんないでしょ?大潮型って呼ばれるたびに私がどんな思いをしてたか……。満潮は他人を遠ざけてたもんね、私の気持ちなんてアンタにわかるわけない!」

 

 わかるわよ……わかるから私は他人を遠ざけた、逃げたのよ私は……大潮型なんて呼ばれたら姉さんを見殺しにした事を嫌でも思い出しちゃうもの……。

 今思えば……誰かの大切な人になりたくないなんて、そのため言い訳だったのかもね……。

 

 だけどアンタは我慢し続ける事を選んだ、折れそうになっても我慢し続けた。

 そこに姉さんそっくりの朝潮の登場だ。

 朝潮と一緒に過ごす内にアンタの心は折れちゃったんでしょ?

 我慢する事をやめて、朝潮に寄りかかる事にしたんでしょ?

 朝潮の全てを否定してでも、朝潮を生かし続ける事にしたんでしょアンタは。

 

 「だから何?自分が傷つかないように朝潮を籠の鳥にでもしたいの?馬鹿にすんな!だったらアンタが守ってやればいいじゃない!それすら人任せのくせに偉そうに言ってんじゃないわよ!」

 

 「守ってるよ!守ってるつもりなんだよ……。」

 

 自分が傷つかないために守りたい、危険から遠ざけたい。

 だけど朝潮の気持ちを蔑ろにもしたくない……。

 結局どっち付かずのまま、アンタは人に任せた。

 満潮なら命を懸けて朝潮を守ってくれる。

 荒潮なら危険が及ぶ前に敵を倒してくれる。

 自分に、そう言い聞かせて。

 

 荒潮を突撃させて私を朝潮に付ける八駆の基本戦術も、その気持ちの表れなんじゃないの?

 アンタは一度、あの子の強さを思い知る必要があるわ。

 

 「大潮、横須賀に帰ったら朝潮とタイマン張りなさい。司令官には私が話通してあげるから。」

 

 ごめんね大潮……私じゃアンタを救ってあげれない、散々人任せだなんだと言っておきながら情けないけど……。

 でも、あの子ならきっとアンタを救ってくれる。

 我慢しすぎて凝り固まったアンタの心をほぐしてくれるわ。

 叩き割らないかだけ心配だけど……。

 

 「な、なんでそういう話になるの?なんで私が朝潮ちゃんと……。」

 

 霞と一緒よ、アンタは朝潮にお仕置きされなさい。

 そして、今の朝潮の強さと覚悟をその身で体験するの。

 

 「でも朝潮にメリットがないわね……。そうだ、第八駆逐隊の旗艦の座を賭けてなんてどう?アンタが勝ったら、朝潮を二度と戦場に出さないよう司令官に進言してあげる。」

 

 「そ、そんなの無理だよ……。いくら司令官が駆逐艦に甘いからってそんな進言通るわけが……。」

 

 ええ、通らないわ。

 そもそも進言する気なんてない。

 だってアンタは朝潮に勝てないもの、実力だけなら朝潮とタメを張るかもしれないけど、アンタじゃあの子の覚悟を揺るがす事なんてできない。

 

 問題は二人がこの話に乗るかだ。

 朝潮をその気にさせるのは簡単ね、司令官の協力はいるけど。

 

 後は大潮をその気にさせるだけ。

 大潮も本気にさせないと意味がない。

 

 「アンタが勝てば朝潮は晴れて危険とおさらばよ。後は着せ替え人形にするなり、抱き枕にするなり好きにしなさい。」

 

 私は崩れそうになる足腰に鞭打ち、途切れそうになる意識を繋ぎとめ、大潮を睨んで言い放った。

 

 「アンタにとって最初で最後のチャンスよ。アゲアゲで行きなさい。」



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第7章 駆逐艦『朝潮』編成!
朝潮編成 1


 朝潮達が無事に武蔵を連れ帰って数日。

 鎮守府内はいつの頃からか催すようになったハロウィンの準備に追われ、駆逐艦たちが何かに憑りつかれたかのように量産するジャック・オー・ランタンの中身のせいで食堂の食事どころか神風が作る私の食事までカボチャのフルコースになっていた。

 

 今のうちに楽しんでおくと良い、と言うとなんだか悪役っぽくなってしまうが、年末の作戦で戦死してしまうかもしれない艦娘達の事を思うとそう言いたくなってしまう。

 せめて楽しめる時だけは思い切り楽しませてやりたい。

 

 「そんな時に、随分とおかしな事を言い出したものだな。満潮。」

 

 「別に。大潮が旗艦ってのに飽きて来ただけよ。」

 

 飽きて来た?それは嘘だろ、満潮が私に持ちかけて来たのは、朝潮と大潮による第八駆逐隊の旗艦の座を賭けての決闘。

 だが一つ引っかかる、朝潮が旗艦の座を欲しがるか?あの子は今も自分を弱いと思っている節がある、満潮や荒潮と対等に戦えるだけの実力を持つ霞を一方的に打ちのめしても、戦艦や空母を一撃で大破以上に追い込む戦艦棲姫と一対一で戦って生還してもだ。

 

 いまだにあの子の才能について教えてない私のせいでもあるが、さすがに自分は強いんじゃない?と少しくらい思ってもいいと思うんだが……。

 

 「許可、してくれるわよね。」

 

 私を見る満潮の目は真剣そのもの、朝潮のために必要な事なのか?

 朝潮を八駆の旗艦にしようと思った事がないではないが、あの子にはまだ少し早いと思っていたんだが……。

 

 「それはお前の返答次第だ。何を企んでいる?」

 

 満潮が押し黙った、言い訳を探しているのか?

 それとも、腹の内を全部晒すか迷っているのか……。

 

 朝潮のためなら隠す必要はない、私も喜んで協力する。

 ならば決闘の件は朝潮のためではない。

 

 「大潮か……。」

 

 「……お見通し……ってわけ?」

 

 「ただの消去法だ、朝潮のためならお前が理由を隠す必要がない。」

 

 大潮の問題はわかっていた。

 いや、わかったつもりになっていた。

 身近で大潮を見ていたお前は今が解決すべき時だと判断したんだな。

 

 「大潮が勝った場合に得るものはなんだ?」

 

 「朝潮の……出撃禁止処置……。」

 

 観念したようにため息をつきながら満潮が答えた。

 なるほど、そこまで危うい状態になっていたのか大潮は。

 朝潮がケガをする事すら許容できなくなっていたか……。

 

 「すまない。もっと早く、私がどうにかするべきだった。」

 

 気丈に振る舞う大潮を見て、この子なら大丈夫だと思い込んでいた私の落ち度だ……。

 

 「司令官は悪くないわよ……数十人居る艦娘すべての精神状態を把握するなんて不可能だもの……。」

 

 そう言ってもらえると少し気が楽になるが……。

 その結果、満潮に辛い役目をやらせることになってしまった。

 

 「わかった、お前の好きにしていい。」

 

 「い、いいの?大潮が勝ったら朝潮を本当に出撃させないようにするの?」

 

 何を驚く、大潮にその条件を突き付けたのはお前だろう?

 大潮から言い出すとは思えないからな。

 あの子は、自分の本当の気持ちをお前たちにも隠していたんだろ?

 

 「お前は朝潮が負けると思っているのか?」

 

 「毛ほども思ってないわ。」

 

 だろうな、そうでなくてはお前はこんな餌を大潮の目の前にぶら下げない。

 

 「お前から見て、朝潮と大潮の力量差はどのくらいだ?」

 

 「技術面で言えばほぼ互角、大潮は『稲妻』も「アマノジャク」も使えるしね、使えないのは『波乗り』くらいかしら。ただし実戦経験に埋められないほどの差があるわ。」

 

 ふむ、艦娘歴が長い分大潮が有利か。

 同じ技を使えたとしても、それを使った経験が多い方が習熟度が高いのは当然。

 

 「だけど精神的には朝潮に分があると思う。司令官の協力が必要だけど。」

 

 「朝潮に勝てと命令すればいいか?長門の時のように。」

 

 「それでもいいと思うけど……。今回は朝潮が負けた時の条件を司令官の口から朝潮に伝えて欲しいのよ。」

 

 意地が悪いな……私がそんな事を朝潮に言えば、あの子は意地でも勝とうとするだろう。

 あの子が私との約束を守るのに、出撃する事は絶対条件だ。

 負けたら金輪際出撃はさせないと言われて、あの子に火がつかないはずがない。

 

 「わかった、私から伝えよう。詳しい日時を決めたら教えてくれ。場所は確保してやる。」

 

 「……ありがと……。」

 

 ありがと……。か、お礼が言えるようになったのはいいがそこまで照れる必要はないだろ?

 顔が耳まで真っ赤じゃないか。

 

 「ねぇ……司令官、今晩空いてる?よかったら今晩その……どう?」

 

 鳳翔の所へ行こうと言うお誘いか?

 そう言えば長いこと愚痴を聞いてやってなかったな。

 だが、顔を赤らめて私の方をチラチラと見ながらそんな誘い方をしたら変な誤解を生みかねないぞ?

 もしこれが少佐なら、期待に胸を膨らませすぎてその場で襲いかかるかもしれん。

 気づかずに素でそんな言い回しをしているのなら将来的にも危険だ。

 最近は草食系とか絶食系が流行ってるらしいが、男など機会さえあれば種を蒔きたがる獣なんだからな。

 

 満潮が将来不幸な思いをしないためにも、少し釘を刺しておく必要があるな。

 

 「なかなか魅力的なお誘いだ。風呂は済ませておいた方がいいか?」

 

 「え?お風呂?それは好きにしたらいいんじゃ……。」

 

 遠回しすぎたか、普段察しがいいくせに、こういう方面には鈍感なのか。

 ならばもう少しストレートに行こう。

 

 「さすがに鎮守府の中はまずいから外に部屋を取ろう、夜景が綺麗なホテルが近くにあるらしいぞ。」

 

 「は、はぁ!?ホテル!?ちょ……何言ってるの!?意味分かんない!」

 

 よく考えたら女房にもこんな事を言った覚えはないなぁ……。

 なんだか気恥ずかしくなってきたではないか。

 

 「なんだ、てっきり夜伽の誘いかと思ったが違ったのか?」

 

 満潮の顔が顔色はそのままに羞恥と怒りの混ざった表情に変わっていく。

 自分がどんな危うい事を言ったのか気づいたか?

 

 「よと……!?バ、バカじゃないの!?そんなつもりで言ったんじゃないし!」

 

 これくらいでいいか、態度と言い方には気をつけろ?

 特にお前は普段とのギャップが凄いんだ。

 

 「冗談だよ。だが言い方には気をつけた方がいい。男ってのは基本、バカだからな。」

 

 「う……気をつける……。」

 

 頭からプシューっと湯気が昇ってるように見えるな。

 しかし、普段ツンケンしている満潮に赤面してモジモジしながらあんなセリフを言われたら大抵の男はイチコロだろう。

 ただしロリコンに限るが。

 

 「今晩は大丈夫だ、鳳翔には私から言っておこう。」

 

 神風を晩酌相手にするのにも飽きてきてたしな、アイツが相手だと落ち着いて飲めん。

 

 「まったく……これってセクハラじゃないの?憲兵さんに言いつけてやろうかしら……。」

 

 そう言いつつも満更でもなさそうに見えるのは気のせいか?

 それとも、今ので意識させてしまったのだろうか。

 

 「それは勘弁してくれ、今捕まるのはまずい。」

 

 大事な作戦も控えてるしな。

 

 「変な事言い出す司令官が悪いんじゃない!わ、私にそんな気はぜんぜんないんだから……。」

 

 ううむ、これは是非とも写真、もしくは映像で残しておきたい光景だ。

 あの満潮が耳まで顔を赤くした状態うつむいて、胸の前で手を組んでモジモジしている。

 なんだか告白をされてるような気分になってしまう。

 

 「すまんすまん。以後、気をつけるよ。」

 

 納得したのかわからないが、満潮がコクリと頷いて踵を返し、執務室のドアを開けて出て行こうとする。

 

 「……じゃあ……いつもの時間に待ってるから……。」

 

 だからそういうのはやめなさい。

 後ろ手にドアを閉めながら目を伏せてボソッとそんな事を言われたら変な期待をしてしまうじゃないか。

 聞きようによっては、不倫相手に人目を盗んで告げるセリフにも聞こえるぞ。

 もしかして本当にそっちのお誘いだったのか?

 だがすまない、私は朝潮一筋なんだ。

 満潮の気持ちは嬉しく思うが二股はよろしくない。

 浮気は男の甲斐性とはよく言うが、私は無差別なロリコンではないんだ、朝潮に特化したロリコンだ!

 だから諦めてくれ満潮、私がお前に手を出すことはない……。

 

 「先生ってホント、バカじゃないの?」

 

 「なんだ、居たのか神風。」

 

 ソファーで寝そべっていた神風がノソリと起き上がり開口一番に罵倒してきた。

 

 「可愛い愛娘に随分な言いようだ事、傷ついちゃうわ。」

 

 屁とも思ってなさそうな顔して何を言うか。

 ご丁寧に気配まで消して聞き耳立てておって、満潮が全く気づいてなかったぞ。

 

 「それにしても、あの子も可愛いとこあるじゃない。意識した途端しおらしくなっちゃってさ。」

 

 「満潮は元から愛らしい子だぞ?周りがそれに気づいてないだけだ。」

 

 「朝潮が聞いたら卒倒しちゃいそうなセリフね。きっとどう反応していいかわからずにフリーズするわよ。」

 

 楽しそうだな神風。

 間違ってもさっきまでのやり取りを朝潮に漏らすんじゃないぞ。

 別にやましい事はしていないが朝潮を動揺させるような事は聞かせたくない。

 

 「そういえば朝潮は何処に行ったの?昼からずっと居ないじゃない。」

 

 「工廠に行ってる。改装を受けるためにな。」

 

 「改装?あの子もう改二になってるじゃない。」

 

 「朝潮は霞と同様にコンバート改装が可能なんだ。改装可能な練度を超えたので試しに受けさせてる。」

 

 一々工廠で改装を受けなければならないが、戦場によって性能を選択できるコンバート改装は非常に有用だ。

 朝潮の場合は改二丁になることで対潜、対空性能の向上に加え耐久、装甲も上がる。

 火力が下がってしまうのが欠点ではあるが……。

 

 「ふうん、最近の子は羨ましいわ。私なんてもう何年も同じスペックで戦ってるって言うのに。私も改二になれないかしら。」

 

 それは妖精に言ってくれ、私にはどうすることも出来ん。

 神風の気持ちもわからんではないがな……。

 数値で表される艦娘の性能は、言うなれば力場に当てられる出力の最大値を指し、大半の艦娘は数値以上の出力は出せない、と言うより出し方を知らない。

 『装甲』や『脚』の出力を落として余剰分の力場を『弾』に上乗せして最大値以上の出力を生み出す『刀』を使うのは、私が知っている限りで神風と八駆の4人、それに霞と霰くらいか。

 他にも似たような事をする艦娘もいるかも知れないが、気づかずに使ってる場合もあるから把握しきるのは難かしい。

 

 「妖精にゴマを摺ってみろ。案外すんなりと改二にしてくれるかもしれんぞ?」

 

 「私、妖精さん見えないんだけど?でもやってみようかしら……。」

 

 もしそれで本当に改二になれたら、工廠で見えない妖精に向かってゴマを摺り続ける艦娘が溢れるかもしれないな……。

 想像したら宗教じみた光景が頭に浮かんでしまった……やはりやめさせるか?

 

 「よし!行ってくる!あ、ついでに晩ご飯の材料買って帰るけど……今日ご飯いる?」

 

 「ああ、食べてから行く。それと朝潮の様子も見てきてくれ、時間がかかりすぎだ。」

 

 「りょ~かい。それじゃまた後でね。」

 

 昼休みが終わってから工廠に行ってそろそろ三時間か、ここまで改装に時間がかかった事はなかったはずだが……。

 何か問題でも起きたか?それなら工廠から連絡の一本も来そうなものだが……それともどこかで寄り道でもしてるのだろうか。

 

 「真面目な朝潮に限って寄り道は考えづらいな……。」

 

 ならば長門に追い回されてるのか?

 長門には今、武蔵の面倒を見させているはずだが奴ならやりかねないしな……。

 

 「私も行くか、心配になってきた。」

 

 一度長門にはガツンと言っておく必要があるな。

 疑似窮奇と思って大目に見てきたが、最近の付きまとい方は目に余る。

 それに……。

 

 「たまには体を動かさないとな。」

 

 私は傍に立て掛けていた刀を手にして立ち上がり、工廠へ向け執務室を後にした。



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幕間 提督と神風 4

 シリアスな話にするつもりだったのに……どうしてこうなった……。


 「で?朝潮がコンバート改装できなかったのは何でなの?」

 

 執務室を出た後、部屋に戻って胡麻を入れた擂り鉢と擂り粉木を持ち出して工廠に赴いた私が見たのは、悔しそうに泣いてるのを先生と整備員さんに慰められている朝潮の姿だった。

 

 「わからん。その場で妖精に確認したが、妖精は『改装は終わった。』と言うばかりだった。」

 

 私には何もいない空間に向かって独り言を言ってるようにしか見えなかったけど、あそこに妖精が居たのね。

 ついに呆けたのかと思ったわよ。

 

 「制服はもちろん、数値上の変化もなし。間違いなく改二のままだ。」

 

 制服も艤装の一部だもんね。

 妖精さん特製の制服は、見た目とは裏腹に防風、防寒、防水、防刃、防弾、しかも風通しもいいから夏でも快適な軍人が羨む高性能戦闘服だ。

 さらに、色物だろうがなんだろうがお構いなしに洗濯可能な主婦が泣いて喜びそうなおまけまで付いている。

 

 「練度は?足りてなかったんじゃない?」

 

 「いや、朝潮の現在の練度は95。改二丁に必要な練度の85はとっくに超えている。」

 

 不思議な話ね、練度を満たし、妖精さんは改装の完了を告げているのに見た目や数値に変化なし。

 色々と規格外な子だけど、変な所まで規格外じゃなくてもいいのに。

 

 「あの子、泣いてたわね。」

 

 「改装は私の命令だ、それを達成できなかった事が悔しくて仕方なかったんだろう……。」 

 

 慰めるのに苦労してたもんねぇ……。

 『私はやっぱり無能です!司令官の顔に泥を塗ってしまった!』って泣き叫びだした朝潮を先生や整備員さんがオロオロしながら慰めてたもんね。

 大の男共が慌てふためいてる様は見てて滑稽だったわ。

 そういえば退役間近くらいの年老いた整備員さんが形容し難い奇怪な踊りを披露してたわね。

 先生が『貴方はまさか……キタの町の出か!』とか言ってたけど、キタの町ってどこ?その町の人って、みんなあの気持ち悪い踊りが踊れるの?

 

 「あの後どうしたの?朝潮を連れて何処かへ行ってたけど。」

 

 私が買い物を終えて部屋に戻ったらすでに先生はいつもの着流し姿でくつろいでいた。

 そんなに遠くには連れて行ってないと思うけど……執務室かしら。

 

 「別に?どこでもええじゃろ……。」

 

 隠した、しかも素に戻った。

 怪しい……まさか朝潮が傷心なのに付け込んで如何わしい事してたんじゃ……。

 

 「なんだその疑うような目は、何もしてないぞ。」

 

 「だったら隠すことないじゃない。隠すから怪しく思えちゃうの!」

 

 私と目を合わそうとしない、私にバレるとまずい所に連れて行ったの?

 この人は筋は通すから間違っても傷心の朝潮を手籠めにするような事はしない。

 朝潮から迫ったらその限りじゃないかもしれないけど、あの子にそこまでする度胸はない……。

 

 いや……やるかもしれないわねあの子……。

 

 「もうええじゃないか、済んだ事だ。朝潮の機嫌も直ったし問題ない。」

 

 朝潮の機嫌が直った?

 あれだけ泣きじゃくってたのに?

 

 甘味でも御馳走したのかしら、それだけで機嫌が直るとは思えないんだけど……。

 

 「あれ?羊羹が減ってる……。」

 

 食材を冷蔵庫に仕舞おうとしたら、入れておいた間宮羊羹が明らかに減ってるのに気づいた。

 食後の楽しみに取っておいたのに四分の一くらい減ってる。

 二切れづつ食べたとして、ざっと二人分か……。

 

 「……。」

 

 横目でちゃぶ台の前に座ってる先生を睨むと、ほとんど後ろを見るように顔をそむけた。

 このクソ親父……この部屋に朝潮を連れ込んだわね……。

 なるほど、先生のプライベートプラス間宮羊羹で朝潮の機嫌が直ったのか。

 

 「変態……。」

 

 「待て神風!本当に何もしちょらん!羊羹を摘まみながら話をしただけだ!」

 

 でも私の羊羹は食べたんでしょ?

 定期的に駆逐艦寮で開かれる闇市でようやく競り落とした私の間宮羊羹を……すっごく高かったのに!

 

 「信じらんない!私の羊羹食って朝潮とイチャコラしてたの!?この部屋で!?何考えてるのよこの変質者!ロリコン!もしかしてあの布団使ったんじゃないでしょうね!」

 

 「待て待て待て!羊羹は弁償するし本当に話をしてただけだ!お前が疑っちょるような事は何もしちょらん!」

 

 「羊羹なんてどうでもいいわよ!この部屋に朝潮を連れ込んだのが気に食わないの!」

 

 私と先生の部屋に連れ込むなんてどういう神経してるのよ、先生のプライベートだけじゃやなくて私のプライベートもゴロゴロしてるのよ?

 その部屋に連れ込むなんて……。

 絶対許さない!

 

 「いや、ここ俺の部屋じゃろうが!何怒っちょんじゃお前は!」

 

 「私の部屋でもあるの!別にあの子の事は嫌いじゃないけど、知らない内に色々見られちゃうのは嫌!」

 

 あの子が先生のお気に入りだろうと嫌なものは嫌!

 私とお父さん(・・・・・・)の生活を勝手に覗かれるのは我慢できない!

 

 「『司令官のためなら、この朝潮何でもする覚悟です!』とか言わせながら抱いたんでしょ!」

 

 「抱いてない!つか何言うちょるんじゃ!」

 

 勝手に朝潮を部屋に上げた罰だ、徹底的に追い詰めて部屋から叩き出してやる!

 

 「『さあ建造の時間だ!準備はいいな朝潮!』とか言いながら犯したんでしょ!」

 

 「お前何言ってんの!?頭大丈夫か!?」

 

 「先生がマニアックな言葉責めを身につけてる……。末期だったのね……。」

 

 「何の末期だ!ロリコンの末期ってそうなるんか!?」

 

 それは知らないけど、なんかありそうじゃない?そういう(たぐ)いのエロ本で。

 

 「まあ先生も独り身になって長いからね。たまに女を抱きたくなる事自体は私も全然否定しません!」

 

 「あ、ああ……。ん?いや!何もしちょらんから!」

 

 そんな事はわかってるのよ、今言ってるのは憂さ晴らしを兼ねた嫌味よ!

 

 「接し方が悪かったのかしら……。夜ゴソゴソしてても気づいてないふりしてたのに……。」

 

 「しちょらんけぇな!?さすがにお前のすぐ横ではせんぞ!?」

 

 当たり前よこのクソ親父!

 隣でソロプレイなんかしようものならその場でちょん切ってやるわよ!

 

 「とにかく!そういうやらしい事を朝潮にしたんでしょ!」

 

 「しちょらんから!」

 

 なんだか本当にしたんじゃないかと思えてきたわね、ああ!イライラする!

 

 「お、おい神風……。なんで刀持って近づいてくる?」

 

 「なんで?幼気(いたいけ)な少女を傷物にしたその単装砲をぶった斬るのよ!」

 

 「!?」

 

 私は抜刀術の構えのままジリジリと距離を縮める、大丈夫よ先生、痛くなんてしないわ。

 一瞬で斬り落としてあげるから!

 

 「ふざけるなこのバカ娘!まだ現役なのに斬り落とされてたまるか!」

 

 往生際の悪い……。

 現役だから斬るんでしょうが!

 艦娘達の貞操と私の心の平穏のために、その腰の主砲を差し出しなさい!

 

 「逃げようったって無駄よ。私、本気だから。」

 

 壁際をジリジリと部屋のドアへ向かって移動してるわね、でも無駄。

 こんな一辺10メートル足らずの部屋じゃどこに逃げたって射程内、それは先生もわかってるでしょ?

 だから観念してそのT督をちょん切らせろ!

 

 「わかった……。俺も男だ、観念しよう。」

 

 さすが先生、潔いわ。

 もうすぐ男じゃなくなっちゃうけどね。

 

 「だがいいんだな?俺は息子を斬り落とされたら女になる道を選ぶぞ。」

 

 は、はぁ!?

 女って……ニューハーフにでもなろうって言うの?

 その厳つい顔と体で!?

 

 「もう~神風ちゃんったらお転婆なんだからぁ~とか言うぞ!いいんだな!」

 

 先生が体をクネクネさせながら気持ち悪い女言葉を言い出した。

 やめて、マジキモイ……。

 

 「化粧してセーラー服も着て、深海棲艦ってチョベリバじゃなぁい?大破撤退したらチョバチョブだしぃ~って言っていいんだな!」

 

 90年代のコギャルか!

 そうよね!先生の歳だとちょうど学生時代だもんね!

 想像したら吐き気がしてきたじゃない……。

 厚化粧にセーラー服姿のコギャル語で話すオッサンとかおぞましすぎる!

 そんなのもう人間じゃないわ、バケモノよバケモノ!

 

 「それでもええっちゅうんなら斬れ!さあ斬れ!ほら!ほら!」

 

 この変態親父!

 両手を腰に当てて股間を前に突き出して来やがった!

 私は見た目だけなら幼気(いたいけ)()少女なのよ?

 その私に向かって股間を突き出しながら迫るなんて逮捕案件よ!

 いや、死刑にされたって文句は言えないわ!

 

 「よく覚えておけ神風。斬っていいのは斬られる覚悟のある奴だけだ!」

 

 この状況で言っていいセリフじゃない!

 気づいてないの!?キリッとした顔してるけど、セリフと行動がかけ離れ過ぎてるわよ!?

 って言うか何に斬られるの!?

 『俺の股間にあるのは女百人斬りの自慢の名刀だ!』とでも言う気?

 やかましいわ!!

 

 「さあどうする?斬るのか?斬らんのか?ホ~ラホ~ラ、斬ってみろホ~ラ。」

 

 頭の後ろで両手を組んで腰だけゆっくりと前後に振り始めた。

 私コレ知ってる黒のレザースーツ着たハードなゲイの人のマネだ。

 ってそうじゃない!

 クソ!攻守が逆転してしまった!

 これでは斬っても斬らなくても私の負けになってしまう!

 

 「どうした神風。腰が引けてるじゃないか、怖じ気づいたのか?ん?」

 

 腰も引けるわ!

 厳ついオッサンがクネクネと腰を振りながらにじり寄って来てるのよ?

 この状況で喜べるのはかなり特殊な訓練を受けた変態だけよ!

 

 「早くしないとどんどん速度が上がっていくぞ?いいのか?」

 

 先生がそう言いながら腰を振る速度を上げ始めた。

 完全に悪ノリしてるわね。

 今は提督と言う立場上滅多にやらないけど、悪ノリした時の先生は本当に(たち)が悪い。

 修得してる無駄に高レベルな体術を惜しげもなく悪ふざけに使用してくるのよ?

 全力疾走して逃げる人をブリッジしたまま追い回したり、サムズアップしたまま残像が見える速度で人の周りを回り続けたりと、やられた人にトラウマを植え付けそうな事を全力でやるんだからこの人。

 

 「さあ、そろそろ本気を出そうか。」

 

 腰振る速度がまた上がった!

 速度が上がりすぎてスローモーションみたいに見えるわね……。

 それ、腰大丈夫?

 後で痛いって言っても揉んであげないわよ?

 

 じゃなくて!この状況をどうするか考えないと!

 今の私には打つ手がない、やられたい放題だ。

 このままだと私の心がへし折られる、って言うかすでに泣きたい。

 だって怖いし気持ち悪いんだもん、行動は奇怪なのに顔は大真面目なのよ?

 これを見て平静を保てるのはこの人と同レベルの変態だけよ!私みたいな純真無垢な美少女には無理!

 

 「こ、来ないで……。」

 

 何か手はない?

 そうだ、たしか満潮との約束があったはずじゃ……。

 ダメだわ、鳳翔さんが店を開くまであと1時間はある。

 この睨み合った状態をあと1時間もキープするの?

 絶対無理!

 どうしようどうしよう!

 殴って気絶させる?

 それもダメ!悪ノリが最高潮に達してスペックが跳ね上がってる先生が相手じゃ海上でも勝つ自信がない!

 

 「終わりだ、神風!」

 

 終わっちゃうの?

 私はこんな所で、こんなバカみたいな終わり方をするの?

 

 「い、嫌……。」

 

 そうよ、絶対嫌よ!

 力及ばず敵に討ち取られる方がまだマシだわ!

 

 「そんなの絶対!嫌ああぁぁぁぁ!」

 

 ズヌ! 

 

 「ふぉっ!?」

 

 ふ、ふぉ?なに今の、先生が言ったの?それに手に変な感触が……。

 目の前に迫る恐怖に思わず目を瞑り、無意識に突き出した刀の柄を伝って来た妙に柔らかい感触を左手に感じて恐る恐る目を開けてみると、私の頭の少し上くらいに先生の顔があった。

 

 信じられない物でも見るように見開かれた瞳とキスでもするかのように突き出された唇、柄の先を見てみると柄頭が完全に先生の股間にめり込んでいた。

 これまさか……潰しちゃった?

 

 「あ、あの先生?だいじょう……?」

 

 言い切ることが出来なかった『大丈夫?』と言い切る前に白目をむいた先生が倒れかかって来た。

 

 「ちょっと……!きゃぁ!」

 

 私より倍以上重い先生を私が支えきれるはずもなく、そのまま押し倒されるように……と言うか押し倒された。

 

 「痛い……重い……。」

 

 ちょうど私の胸の谷間辺りに先生が顔を埋めた状態で下敷きにされてしまった……。

 

 「このスケベ親父……私の胸に顔を埋めるなんて日本人の半分を敵に回すわよ。」

 

 半分は言いすぎかな?精々三分の一くらいかしら。

 まあそれは置いといて、さっさと抜け出さないと本当に圧死しそう……。

 

 「んしょ……っと。あ……。」

 

 抜け出せたのはいいけど袴が脱げちゃった、胸元にある先生の鼻に引っ掛かって着物も着崩れて肩が完全に出ちゃってるし……。

 本当に乱暴されたみたいな格好になったわね。

 

 「このままにしとく訳にもいかないか……。」

 

 とりあえず様子を見ようと、先生の右腕を反対側に引っ張って仰向けにしようと試みる。

 いったい何キロあるのよ!重い~~!

 

 「うわっ!」

 

 ゴツン!

 先生の体が真横を向いた途端、そのまま倒れて私も巻き込まれたてちゃぶ台に頭を打ち付けてしまった。

 マジ痛い……タンコブ出来ちゃったじゃない!

 

 「痛たたた……。ん?」

 

 お尻の下に変な感触がある……それにこの体勢……。

 

 「これじゃ私が先生を襲ってるみたいじゃない……。」

 

 仰向けで白目をむいて気絶してる先生に半裸と言われても反論できないような格好の私が馬乗りになっている。

 この体勢はアレだ、言葉にはしたくないけどあの体位だ。

 どうしてこんな事に……。

 

 「じゃあ、このお尻の感触は……。」

 

 考えるなぁぁぁ!考えちゃダメよ神風!

 それに下帯は脱げてない!大丈夫、先生も下は穿いてるしそもそも起っ……。

 いやいや!とにかく平気よ!私の純潔は失われてないわ!

 

 『それくらい一人で返しに行きなさいよ。まったく……。』

 

 『だって一人だと恥ずかしくて……。』

 

 ん?廊下から聞こえてくるこの声は朝潮と満潮?先生に何か用なのかしら、何かを返しに来たみたいだけど……。

 ってまずい!こんな所を見られたら言い訳なんて効かない!

 とりあえず先生から降りないと!

 

 「司令官居る?入るわよー。って……え?」

 

 終わった……私終わっちゃった……。

 そりゃ驚いて声も出せなくなるわよね半裸の私が先生に馬乗りになってる所を見れば……。

 

 「満潮さん、ノックくらいしないと……。」

 

 そうね朝潮その通り!ノックは大事よ!

 だから私を見たまま固まらないで何か言って!

 まったく!せめてノックしてる数秒があればここから飛び退いて、『発情した先生に教われそうになったから殴って気絶させた』って言い訳も通せたかも知れないのに!

 ノックの大切さを身をもって思い知ったわ……。

 ああ神様、神風は今度からちゃんとノックして執務室に入ります。

 ドアも蹴破りません、いい子になります。

 だから時間を巻き戻して!

 マジで!

 

 「神風さん……いったい何を……。」

 

 やめて朝潮!

 声を震わせながらそんな事聞かないで!

 どう言い訳したって信じないでしょ!?私だってこんな現場見たら信じないわよ!

 どう見たって逆レイプの現行犯だもの!

 

 「朝潮……大丈夫?神風さんを責めちゃダメよ……。こんないつ死んでもおかしくない仕事してると、どうしようもなく男に抱かれたくなる事があるって前に妙高型の人に聞いたことがあるわ……神風さんは今日がその日だったのよ……たぶん……。」

 

 やめて!今はその気遣いが痛い!

 って言うか違うから!

 信じてくれないと思うけど違うから!

 誰よそんな事言った妙高型は!

 

 「でも……でも……無理矢理だなんて……。」

 

 泣くな!

 泣きたいのはこっちよ!

 私そこまで欲求不満じゃない!

 そりゃあ極稀に満潮が言ったみたいな気にならないことはないけど……。

 でも今回は違うから!

 むしろ私が被害者だから!

 

 「ふぅ……。」

 

 「朝潮!?ちょっ……しっかりしなさい!朝潮!ダメだ……失神しちゃった……。」

 

 いいわねお手軽に失神できて……。

 私は羞恥と絶望で気が変になりそうよ……。

 

 「あ、あのこれ……。朝潮が司令官に借りたって……。」

 

 満潮が出来るだけ私の方を見ないようにハンカチを差し出してきた。

 こんな物返すなんて明日でもいいでしょうに……なんで今日なのよ……なんでこのタイミングなのよ!

  

 「じゃ、じゃあ私達帰るから。司令官が起きたら今日の約束は今度でいいって言っておいて……。」

 

 「いや、あの……満潮……これは……。」

 

 満潮が意地でも私の方を見ないようにして朝潮を背負い、部屋を出て行こうとしてる。

 

 「私何も見てないから……。朝潮にもアレは夢だって言い聞かせるから……。」

 

 「ちょ、まっ……。」

 

 満潮を呼び止めようと立ち上がろうとするが、慣れない姿勢で居たせいで足が痺れて立てない!

 

 「抜けないの?あ、いやごめんなさい……。なんでもない……。」

 

 何が!?別に抜くも抜かないもないのよ!?

 そもそもはいっ……。

 兎に角!耳まで真っ赤にしてチラチラ見るくらいならちゃんと見なさいよ!

 興味津々じゃないのよこのムッツリスケベ!

 やましい事なんてしてないんだから!

 

 「そ、それじゃあ……行くね……。」

 

 行くな!いや、行かないで下さいお願いします!

 貴女が何を想像してるかは手に取るようにわかるの!

 誤解を解きたいから行かないで!

 

 「ご、ごゆっくり!」

 

 「待って!行かないで満潮!……行っちゃった……。」

 

 どうしよう……これマジでまずいわ……。

 これじゃ私、完全に発情した痴女じゃない。

 

 「ははっ……明日から私は男を気絶させて襲う強姦魔か……。」

 

 なんでこうなった?

 私は悪ノリした先生から身を守ろうとしただけなのに……。

 

 そうよ、先生のせいじゃない。

 先生があんな事しなきゃこんな事にならなかったのよ!

 

 「呑気に気絶しちゃって……。先生のせいで私のイメージが最悪になっちゃったじゃない!」

 

 どうしてやろう、ホントにちょん切ってやるか……でも先生を脱がせてる所をまた誰かに見られたら本当に終わる。

 ダメね、ショックが大きすぎて考えがまとまらない。

 いっそ忘れてしまえたら……。

 

 「そうだ……飲みに行こう……。」

 

 今日は満潮と飲むために鳳翔さんの所を貸し切りにしてるはずだ、飲んで忘れよう……。

 ついでに鳳翔さんにある事ない事吹き込んでやろう。

 

 私はノロノロと身なりを整え、先生の財布を持って部屋を出た。

 

 「結構入ってるわね、一人じゃ使い切れない……。そうだ長門も呼ぼう……空母達も呼んだら来るかな……。」

 

 使い切ってやる……。

 私の胸に顔を埋めた代金よ、安い物でしょ?

 起きても覚えてないでしょうけど。

 力なく食堂に向かって歩く私の頭はもう、先生の財布を如何にして空にするかしか考えてなかった。

 

 「宴会資金確保。 さあ、酒宴の用意よ! 絶対財布を空にしてやるんだから!」

 






 でも反省はしてるけど後悔はしていない!


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朝潮編成 2

 昨日の記憶が曖昧だわ……。

 改装が失敗した事が悔しくて泣いてしまった私に司令官が貸してくださったハンカチを返すために、司令官のお部屋に満潮さんと行ったのは覚えてるんだけど……。

 ドアを満潮さんが開けてからの事が思い出せない、どうやって八駆の部屋に戻ったのかも思い出せない。

 

 目が覚めたら制服のまま寝ていたから司令官のお部屋に行ったのは確かなんだろうけど……。

 

 「思い出そうとすると頭が痛くなる……。」

 

 何があったんだろう、別にタンコブとかは出来てないから頭を打った訳ではなさそうね。

 

 「大丈夫?朝ご飯食べれそう?」

 

 食堂に向かって一緒に歩いていた満潮さんが心配そうに私の顔を覗き込んでくるけど……、潮さんこそ大丈夫ですか?

 目の下のクマがすごいですよ?

 もしかして昨日の晩は寝てないんじゃ……。

 

 「大丈夫です……。」

 

 「そう?ならいいけど……。」

 

 朝ご飯は多少無理してでも食べないと、じゃないと力が出ない。

 力が出ないという事は司令官のお役に立てないって事だもの。

 

 「何あれ。何かあったのかしら。」

 

 満潮さんの視線を追って食堂の入り口を見てみると、空母や重巡、それに戦艦の人たちがゾロゾロと出てくるところだった。

 ある人は千鳥足、またある人は意識が朦朧としている人に肩を貸して食堂を後にして行く。

 

 その光景はまるで、負け戦の戦場から帰る傷病兵のようだ。

 

 「げ……ながもん……。」

 

 一番最後に神風さんをおんぶしたながもんが出て来た、酔いつぶれてるのかしら、顔を真っ青にしてダウンしてる神風さんを見るのが凄く新鮮に感じる。

 ん?神風さん?

 なんだろう……神風さんを見てると何かを思い出しそうになる。

 

 「う……頭が……。」

 

 頭に鋭い痛みが走った、まるで思い出すのを拒否しようとしているように痛みが思い出すのを邪魔してくる。

 

 「朝潮、それ以上考えちゃダメ、今は朝ご飯の事だけ考えなさい。」

 

 「はい……。」

 

 気を取り直して食堂の中が見える位置まで来ると、最悪な光景が広がっていた。

 一言で言うと吐しゃ物まみれ、それが食堂中……。

 この光景を見て泣いたり吐いたりしてしまったりしてる駆逐艦も居る、とてもじゃないけど食事が出来る状態じゃないわね。

 

 「戻りましょ……少しだけど乾パンが部屋にあるから朝はそれで我慢しましょう……。」

 

 「そうですね……。」

 

 朝から気分最悪だわ、あんな光景を見た後じゃお昼ご飯もまともに食べれるかどうか……。

 

 「あ、朝潮ちゃん!ちょうどよかった。」

 

 部屋に戻ろうと踵を返すと、前から来た由良さんに声をかけられた。

 

 「ん?食堂で何かあったの?」

 

 「見ない方がいいですよ、ご飯が食べれなくなります……。」

 

 「あ~~……。」

 

 私達とは反対方向に帰ってくる上位艦種の人たちを見て状況を察したのか、由良さんが頬を人差し指で掻きつつ苦笑いを浮かべた。

 それより私に何か用なのかしら、秘書艦をしてる関係で書類を届けたりした時に話はするけど、それ以外の時間に話しかけられたのは初めてね。

 

 「私に何かご用ですか?」

 

 「あ、そうだった!提督さん見てない?いつもならもう執務室に居るのに今日はまだ来てないみたいなのよ。」

 

 いつも執務室で朝食を摂ってますもんね。

 でも今日は神風さんがダウンしてたから朝食を作る人がいないんじゃ……。

 じゃあお部屋でご飯食べてるのかな?

 

 「お部屋でお食事されてるんじゃないでしょうか、さっき神風さんが食堂から出て来るのを見ましたから執務室まで食事を持って来てくれる人が居ないはずです。」

 

 「そっか、じゃあそっちに行ってみるわね。ありがとう朝潮ちゃん。」

 

 「あ、私もご一緒します!」

 

 もしかしたら司令官の手料理にありつけるかもしれない。

 いやいや!もしかしたら司令官に何かあったのかもしれないわ。

 秘書艦として行かないわけにはいかないわ!

 

 「ダ、ダメよ朝潮!絶対ダメ!」

 

 「え、でも……。」

 

 満潮さんが必死の形相で私の腕を掴んで行かせまいとする。

 私が行ったら何かまずいのかしら。

 

 「大潮か荒潮に聞けば乾パンの場所はわかるから、アンタはそれ食べてさっさと執務室行きなさい。司令官の様子は私と由良さんで見に行くから!」

 

 「でも私は秘書艦として……。」

 

 「そう!アンタは秘書艦!だから早く準備して行かないと!それに司令官が来た時、すでに仕事をしてるアンタを見たらきっと褒めてくれるわ!頭も撫でて貰えるかも知れない!」

 

 な、なるほど、それは盲点でした。

 司令官が来る前に、私で処理出来る書類を終わらせておけばもっと褒めて貰えるかも!

 よし!少しテンションが上がってきました!

 

 「よかった……。この子が単純(バカ)で……。」

 

 満潮さんがボソッと何か言ったようですが気にしません!

 司令官のためならとことんバカになる覚悟です!

 そうと決まればさっさと部屋に戻って朝ご飯を食べないと。

 

 「噂には聞いてたけどここまでわかりやすいとは……。考えてることが手に取るようにわるわ……。」

 

 「では!私はこれで失礼します!」

 

 私は、呆れかえってる満潮さんと由良さんに手を振られながらその場を後にした。

 

~~~~~~~~

 

 「はぁ……これであの現場を朝潮に見せなくて済むわね……。」

 

 司令官が執務室に来てないって事は、昨日のまま気絶してる可能性が高い。

 あの子が見たらまた失神するか、下手したら神風さんを亡き者にしようと暴走するかもしれないもの……。

 

 「満潮ちゃん……あの現場って?」

 

 由良さんにどう説明したらいいんだろ……。

 『神風さんに逆レイプされた司令官が気絶してる所』、が無難?

 いやいや、それはさすがに神風さんに対して配慮がなさ過ぎる。

 あの人は見た目は私達と大差ないけど二十歳を超えてる大人の女性だ、きっと溜まってたのよ、それが昨日たまたま爆発しちゃっただけ。

 女だって性欲はあるもんね、私もあの現場を見ちゃったせいで悶々として眠れなかったし……。

 いや、私の事はどうでもいいか。

 それよりも最悪の事態に備えないと。

 

 「行けばわかると思う……。由良さん、少佐呼べる?」

 

 もし丸出し状態で放置されてたら、経験どころか見た事もない私じゃトラウマになりかねない。

 

 「少佐さん?呼べるけど……最近は携帯持ち歩いてくれるようになったし。」

 

 よし、先陣を切る人間は確保。

 これで男の股間から生えてると言うスーパーキノコを見る心配がなくなったわ。

 どういう風にスーパーなんだろう……いやいや!別に興味はない、興味はないわ!

 まあ、いずれは見る機会も来るかも知れないけどそれは今じゃなくていい!

 

 「なら司令官の部屋に来るように言って、もしかしたら私達じゃ対処できないかも知れないから……。」

 

 由良さんはどうなんだろ?

 見たことあるのかな……。

 着任当時は色々とアレな感じだったから、見たことが有るどころか経験済みかもしれない。

 ヤンキーは早婚ってどこかで聞いた覚えがあるし。

 いつも一緒に居る少佐とデキてたりするのかな。

 

 ん~ないか、少佐っていい人ではあるけど、優柔不断だし痩せてる割に顔はおたふくみたいだし。

 例えるなら体だけ痩せた左門豊作かな?

 昔は兎も角、今は立ってるだけで男が寄ってきそうな美人の由良さんには不釣り合いだもんね。

 

 「ええ、はい。提督さんの部屋の前で落ち合いましょう。」

 

 由良さんがさっそくスマホを取り出して少佐に連絡してる、どことなく嬉しそうに見えるのは気のせい?

 

 「来てくれるって、じゃあ由良達も行こっか。」

 

 若干赤面してる?

 もしかして由良さんって左門みたいな人が好みなの?

 

 「お、来たな。満潮も一緒か。」

 

 ルンルン気分って言葉がピッタリな感じの由良さんと一緒に司令官の部屋に行くと、士官服姿の左門……じゃなかった、少佐が部屋の前で待っていた。

 一回左門と思ったら左門にしか見えなくなっちゃった……どうしよ……。

 

 「どうですか少佐さん、提督さん居ました?」

 

 そうだった、司令官の様子を見に来たんだ、左門はとりあえず置いておこう。

 

 「それがノックしても返事がない、人の気配はあるんだが酷く希薄だ……。」

 

 少佐が鋭い眼差しで部屋のドアを睨む、なぜだろう……雰囲気はシリアスなのに少佐の顔のせいでギャグにしか思えない……寝不足のせいかなぁ……。

 

 「満潮ちゃん、ここで何があったかしってるのよね?話してくれる?」

 

 「知ってる事はしってるんだけど……。」

 

 どう説明しよう、少佐が人の気配はあるって言ってるから誰かは中に居る。

 神風さんは長門さんが負ぶって上位艦種用の寮に向かってたから部屋には居ないはず。

 だったら部屋に居るのは司令官だ、ノックしても返事がないって事は昨日から気絶したままの可能性大。

 昨日のままかぁ……、神風さんはちゃんと後始末したんでしょうね。

 部屋に入った瞬間変な臭いとかしたらどうしよう……。

 

 「き、昨日、朝潮が借りたハンカチを一緒に返しに来たんだけど……その時……。」

 

 どうする!なんて言う!?

 いっそ司令官が神風さんを襲ってたって言っちゃおうかしら、ダメダメ!そんな事をしたら朝潮を敵に回す事になる!

 

 「満潮ちゃん?大丈夫?」

 

 「顔色が悪いな、そんなにショッキングな事が昨日ここであったのか。」

 

 ええショッキングだったわ、人の情事を見たのは生まれて初めてだったもの。

 経験もしてないのに大人の階段を登った気分になったわよ。

 朝潮なんて失神しちゃったし……。

 

 「とにかく入ってみよう、念のため由良と満潮は下がっておいてくれ。この状況では、中に居るのが提督殿とは限らんからな。」

 

 男らしいわ少佐!頑張って!

 私は喜んで壁際まで下がらせてもらいます!

 

 「由良も行きます。少佐さんだけ危ない目に会わせるわけにはいきませんから。」

 

 いや、入って危ないのは由良さんと私だけよ、少佐はきっと平気。

 だって司令官と同じものがついてるんでしょ?

 

 「わかった、だが自分の後ろに居てくれ。君に何かあったら夢見が悪い……。」

 

 「少佐さん……。」

 

 見つめ合っていい雰囲気作らなくったっていいから早く入りなさいよ。

 やっぱり二人ってそういう仲なの?

 

 「鍵は……閉まってないな。提督殿にしては不用心すぎる……。」

 

 少佐がドアノブを回し、ドアに背中を当ててゆっくりと内側へ開いていく。

 変な臭いは……今のところして来ないわね。

 それとも臭いとかないのかしら。

 

 「ど、どうですか?誰か怪しい人でも居ます?」

 

 「いや……今のところ誰も……。ん?誰かの足が。誰かが仰向けで寝てる?」

 

 少佐から見える位置で寝てそうなのは司令官しかいない、って事は私達が帰った時のままって事ね。

 という事は丸出しのまま!?

 

 「ゆ、由良さん!もうちょっと下がった方がいいわ!部屋の中が見えない位置まで!」

 

 「え?どうしたの急に……。」

 

 「て、提督殿!?誰がこんなことを!」

 

 「え?え?少佐さんどうしたんです?ってきゃああああああ!提督さんが!!」

 

 遅かった……見ちゃったのね由良さん、司令官のT督を……。

 ごめんなさい、私がもっと早く止めてればこんな事にはならなかったのに……。

 

 「提督殿!シッカリしてください!誰にやられたんですか!」

 

 神風さんにヤられたんです……。

 でも責めないであげて、あの人も寂しかったのよ……人肌恋しかったのよ!

 

 「嘘……提督さんが死……死んで……。」

 

 え!?死ぬほど搾り取られちゃったの!?

 冗談でしょ!?

 

 「大丈夫だ由良!息はある!だが外傷が見当たらない……首を締められた後もない。どうやって提督殿ほどの手練れを……。」

 

 そう言えば私と朝潮が部屋に入った時には気絶してたわね。

 神風さんはどうやって司令官を気絶させたんだろ?

 

 「衣服にも乱れはないな。」

 

 「そうですね……薬でも嗅がされたんでしょうか。」

 

 そうか薬か!

 きっとお茶か何かに混ぜて飲ませたのね。

 でも衣服の乱れがない?神風さんは後始末をしてから部屋を出たのかしら。

 

 「満潮じゃない……何か用……。」

 

 恐る恐る部屋の中を見ようと壁から離れたところで神風さんが帰って来た。

 顔は相変わらず真っ青で今にも吐きそう、昨日どんだけ飲んだのよ……。

 

 「いや、その……司令官が執務室に来ないって由良さんが言うから……それでみんなで様子を見に……。」

 

 「みんな……?」

 

 神風さんの顔が『あ、忘れてた』って言いそうな感じに変わった。

 昨日の事を飲んで忘れようとして本当に忘れてたのねこの人……。

 

 「み、みんなって誰!?」

 

 「少佐と由良さんだけど……。」

 

 言い終わる前に神風さんが私を押しのけて部屋に入った。

 そんなに血相変えちゃって、まあ見られたらまずいわよね。

 

 「少佐!人の部屋で何やってるのよ!」

 

 「か、神風!?今までどこに……いやそれより提督殿が誰かにやられたらしい。心当たりはないか?」

 

 心当たりも何も、司令官をヤッたのはその人です。

 昨日見ちゃったんだから、神風さんが半裸で司令官にき、きじょ……馬乗りになってる所を!

 

 「この人まだ気絶してたの!?え……男の人ってあんな事でこうなっちゃうの?」

 

 なるほど、神風さんも昨日が初めてだったのね。

 男の人って事後は気絶しちゃうのかぁ……。

 知りたくなかったなぁ……。

 って事は私達が部屋に入った時点で二回目か、それ以上だったのね……。

 

 「何があったんだ神風、説明してくれ。」

 

 「い、いやその……。」

 

 「わ、私憲兵さん呼んできます!提督さんが襲われたなんて一大事だわ。」

 

 この場合捕まるのはどっちなんだろう?

 やっぱ司令官?

 でも司令官は襲われた側だし……そうなると神風さんになるのかな。

 

 「やめて由良!憲兵さんは呼ばないで!って言うか大事にしないで!」

 

 「だが神風、由良の言う通りこれは一大事だ、何か知ってるなら教えてくれ。」

 

 「う、ううぅ……。」

 

 髪の毛ををワシャワシャと搔き乱しちゃって……ここまで慌てふためく神風さんは初めて見るわ、珍獣でも見たような気分になるわね。

 

 「せ、先生が悪ノリしたの……。」

 

 「え?悪ノリ?それってどういう……悪ノリすると提督さんて気絶するんですか?」

 

 由良さんが不思議そうに司令官を見てる。

 そりゃ意味がわかんないもんね、私もまったく意味わかんない。

 

 「そうか……わかった……。」

 

 何がわかったの?

 少佐が司令官を上半身だけ起こして後ろに回り、司令官の両肩を掴んだまま片膝を背中に当ててグッとやるとボキッ!っと小気味いい音がした。

 

 「う……。」

 

 「提督殿?お気分はいかがですか?」

 

 おお!司令官が目を覚ました!

 凄いわね今の、覚えとこ。

 

 「ああ……少佐か……私は何を……。由良に満潮まで居るじゃないかどうしたんだ?っと言うか!今何時だ!?」

 

 「マルハチマルマルを少し回ったところです。どこまで覚えていますか?」

 

 「どこまで?それはどういう……そうか、私は昨日……。」

 

 娘みたいな神風さんに襲われたショックで記憶が混濁してたのね……。

 可哀そうに……。

 

 「神風……。」

 

 「な、何よ……私悪くないからね……。」

 

 なんだこの雰囲気は、まるで久しぶりに会って感極まった司令官と『待たせ過ぎよ、バカ……。』って言いそうな感じでそっぽを向く神風さん。

 え?どうしてこうなるの?レイプ犯とその被害者じゃないの?

 

 「昨日はその……すまなかった。悪ノリが過ぎた……。」

 

 「反省してくれたんならいいわ……私もその……やりすぎたし……。」

 

 なんか二人は丸く収まったみたいだけどこっちは消化不良なんですけど?

 由良さんも頭の上に?マーク浮かべて二人を交互に見てるし。

 少佐は何があったかわかってるように『うん、うん』と頭を縦に振ってる、事情に察しがついてるなら説明してよ。

 

 「い、痛くない?その……。」

 

 「あ、ああ。痛みは引いてる。大丈夫だ。」

 

 セリフ逆じゃない?痛かったのは神風さんじゃないの?

 

 「提督殿、今日は無理をしない方がいいんじゃ……。」

 

 「この程度の事で休めるか。満潮、朝潮はもう執務室に行っているのか?」

 

 「え?ええ、行ってるんじゃないかしら。」

 

 すっかり忘れてたわ、まああの子ならちゃんと仕事してると思うけど。

 

 「なら私ものんびりしてはいられないな。」

 

 着替えるのかな、さすがに着流し姿で執務は出来ないもんね。

 由良さんと少佐さんも部屋の外に出ようとしてるし、私も出るか。

 

 「着替え、手伝おうか?」

 

 「ああ、頼む。ん?財布がない……どこへやったかな……。」

 

 財布と聞いて神風さんが固まった、それどころか冷や汗まで流し始めた。

 酔いがぶり反してきたのかな?

 顔がまた真っ青になってきてる。

 挙動も不振、懐に手を入れて後ずさりしてる。

 

 「神風……お前まさか……。その懐に何を入れている……。」

 

 「し、知らない……。私何も知らない……。」

 

 いや、いかにも知ってますって感じだけど?

 もしかして、その懐に司令官の財布が入ってるんじゃ……。

 

 「出せ……。」

 

 「ちょ、先生落ち着いて?な、何する気よ!何も入ってないから!」

 

 ジリジリと近づく司令官に神風さんが壁際まで追い込まれた。

 何がはじまるんだろ、まさか脱がしたりしないわよね?

 私だけじゃなく、まだ少佐や由良さんも居るのに。

 

 「ちょ、提督殿何をする気ですか!?」

 

 「決まってるだろう!このバカ娘ひん剥いて隠してる財布を取り返す!」

 

 言うや否や司令官が神風さんの着物にに手をかけ押し倒した。

 うわ!うわ!マジで脱がせようとしてる!

 

 「やめて提督さん!落ち着いて!」

 

 「嫌ぁぁぁ!やめて先生!そんな所に手を入れないでぇぇ!」

 

 神風さんを羽交い絞めにした司令官が神風さんの胸元に手を突っ込んだ!

 絵面がやばい、憲兵さんに見られたら即逮捕されちゃいそうな光景だわ!

 

 「やっぱり持っちょったろうが!ってうおぉ!?中身がない!?」

 

 神風さんの懐から財布を抜き出した司令官の顔が驚愕に歪む。

 いくら入ってたんだろ?

 って言うか人の財布の中身を勝手に使っちゃダメでしょ。

 

 「はぁはぁ……先生が悪いんだからね!昨日の憂さ晴らしに全部酒に変えてやったわよ!」

 

 真っ青から一転、顔を真っ赤にして胸元を押さえて縮こまる神風さんは襲われそうになってる幼気(いたいけ)な少女そのものねね。

 

 「20万近く入ちょったはずじゃぞ!?それ全部一晩で飲んだんか!?」

 

 入れすぎでしょ、鎮守府でそんな大金何に使うのよ。

 いや待って、って事は食堂の惨事を引き起こしたのは神風さん?

 アレのせいで何十人の艦娘に影響が出たと思ってるのよ!

 

 「さすがに看過できん……説教してやる!そこに座れ神風!」

 

 「うっさいクソ親父!娘の胸元に手突っ込むとかどういう神経してんのよこの変態!」

 

 なんだか取っ組み合いのケンカをはじめそうな雰囲気になっちゃった。

 少佐が必死に二人を宥めようとしてるけど焼け石に水みたい。

 だけど、なんだか微笑ましくも見えるわね。

 

 「満潮ちゃん……憲兵さん呼んだ方がいいと思う?」

 

 「ほっといていいんじゃない?ただの親子喧嘩でしょ?」

 

 そう、これは親子喧嘩だ。

 だったら他人の私達が口を挟むべきじゃない。

 って言うか巻き込まれたくない。

 

 ついに取っ組み合いに発展したいつまで続くかわからない二人のケンカを、私と由良さんは生暖かい眼差しで見守り続けた。

 

 似たもの親子と心の内で思いながら。

 

~~~~~~~

 

 「ふう、終わりました!」

 

 時刻はヒトヒトマルマル、執務室に届けられた書類で私が処理できるものは終了です!

 これできっと司令官は私を褒めてくれます、頭も撫でてくれることでしょう!

 おっと、興奮してはいけません、平静を装うのよ私。

 あくまで自然に、これくらい当然ですとばかりの態度で居ないと。

 

 でも……司令官はまだ来ない。

 早く来てください司令官、朝潮は頑張りました。

 このまま今日は来ないんじゃないかと不安になっちゃうじゃないですか……。

 司令官の執務机の横に設えられた秘書艦用に椅子に腰かけたまま、不安な気持ちがつい、言葉になって口から零れてしまった。

  

 「司令官……遅いな……。」

 




 予約投稿してたと思ってたら出来てなかったという……。

 盆休み中、二泊三日で縦走登山に行ってくるので次の投稿は13日になる予定です。
 
 電波が届けば投稿するかも?

 気分転換に書いている別作品「艦これで〇〇が〇〇を隠し持っていたシリーズ。」は15日まで予約投稿してますのでよろしければ読んでみてください。


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朝潮編成 3

 なんでこんな事になっちゃったんだろう。

 例の決闘を今日やると満潮から呼び出されて演習場に来てみたら、動揺してオロオロしてる朝潮ちゃんとそんな朝潮ちゃんを見下ろす司令官、それに満潮と荒潮がすでに待っていた。

 

 私以外の4人とも、お通夜みたいな雰囲気だったな……。

 

 鎮守府が、今晩開催されるハロウィンの開始を待つように静まり返ってる中。

 今行われているのは、私と朝潮ちゃんによる第八駆逐隊の旗艦の座を賭けての演習だ。

 使ってるのは演習大会で使われたのと同じ火薬の量を減らした爆発だけは派手に見える模擬弾、だけど装甲を抜かれて直撃すれば当然痛いしケガもする。

 もし装甲を貫いても致命傷にならない場所を撃ってはいるけど、朝潮ちゃんを痛めつけるのは辛すぎる……。

 この演習に勝てば朝潮ちゃんを出撃しなくてもいいようにしてあげれると思って我慢してるけど、一発当てるたびに胸が締め付けられるようだ。

 

 どうしてこの子は諦めないんだろう。

 この子は私より遅い、砲撃も私より下手、戦況分析も甘い。

 開始からずっと私にやられたい放題だ。

 よく動けてるとは思うけど私の敵じゃない、だってこの子は一発もまともに避けれてないし、私に対しても反撃できていないもの。

 なのにこの子は諦めようとしない、私だったらとっくに諦めてるのに。

 

 半年前、久しぶりに神風さんとやり合った時も、私は即座に諦めた。

 粘ればいい勝負は出来たかもしれない、だけど私じゃ少し及ばないと悟って早々に砲撃を貰って意識を手放した。

 だって粘ってもいい事ないもの、神風さんだって沈めるような事はしない、だったら早めにリタイヤしてケガを最小限に抑えるべきだ。

 誤算と言えば朝潮ちゃんが中破になるまで噛みつき続けた事かな、まさか朝潮ちゃんがそこまで粘れるなんてその時は思っていなかった。

 

 一緒に過ごすうちに朝姉ぇと重なって見えるようになった。

 朝姉ぇより頭は弱いけど、根っこの部分がそっくりなんだもん。

 真面目で、努力家で、どんな出鱈目な事を教えても素直に信じちゃうくらい素直で、そして司令官の事が大好きで……。

 違うのは才能の有無くらいかな、朝姉ぇはお世辞にも才能があるとは言えなかったから。

 

 朝姉ぇが血反吐を吐きながら到達した強さに、たった半年ほどで到達するどころか追い越しちゃったもんね。

 だけどこの子にも追い越せない事はある。

 それは経験の差。

 朝姉ぇの強さの根幹にあったのは経験によって得てきた引き出しの多さだ。

 朝姉ぇは戦況によって取るべき行動を完全にマニュアル化し、几帳面に手帳に書きだしさえした。

 本来なら技なんて呼べるものじゃない、歴戦の艦娘なら戦況に応じて取るべき行動を自分の経験から取捨選択するなんて当たり前だもの。

 

 だけど朝姉ぇのソレは常軌を逸していた、敵の配置、距離はメートル単位、天候、波の高さ、果ては温度や湿度まで、戦場で把握できる全て(・・)の状況を分単位で分析し、自分が取るべき行動をマニュアルという型にはめ込んだ。

 戦闘の才能がなかった朝姉ぇが、それでも司令官の役に立とうと思いついた苦肉の策、自分が知り、自分に出来る事を踏まえて、想定しうる全ての状況を書きだした『広辞苑』。

 それが朝姉ぇの強さの秘密だった。

 

 まったく経験してない事には対応できないのが弱点ではあるけど、そんな状況は三年前のあの事件まで一度もなかった。

 だって想定してる戦況が多すぎるんだもん、私が一通り覚えるのに丸二年もかかったほどに。

 もし、三年前の朝姉ぇに戦艦棲姫と一対一で、しかも遅れて横槍が入って来るような経験があったら戦死する事もなかったかもしれない。

 姫級の旗艦が単艦で突撃、しかも迎撃するのは自分一人なんて状況はさすがに想定してなかったのね。

 それでも中破まで追い詰めたのは流石だと思うけど。

  

 ちなみにその簡易版が駆逐艦教本。

 朝姉ぇの『広辞苑』を見ながら、神風さんがアレはいらないコレもいらないと言ってどうにか教本と呼べるページ数に抑えたのが今養成所で使われている教本だ。

 5年前に教本は採用されてたから、きっとこの子もソレで勉強したんだよね……。

 

 「いい加減に諦めて、朝潮ちゃんじゃ大潮には勝てないよ。」

 

 「そう言われて、私が諦めると思いますか?」

 

 どうしてよ、勝ち目なんてないんだよ?朝潮ちゃんだって痛いのは嫌でしょ?辛いでしょ?

 ここで諦めれば、もうそんな思いしなくてよくなるんだよ?しかもずっと。

 

 「大潮さん、なんで急所を狙わないんですか?」

 

 「それは……出来るだけケガをさせたくないから……。」

 

 それくらいわかってよ……、私は朝潮ちゃんが傷つく事が耐えられないの、もう私を苦しめないでよ……。

 

 「……この演習に挑む前に司令官に言われました。『負けた場合はもう出撃はさせない』と。」

 

 よかった……、満潮は約束を守ってくれたんだ。

 満潮だったら私が勝つ事なんて予想がつくだろうから、満潮もホントは朝潮ちゃんを出撃させたくなかったんだね。

 戻ったら、あの時殴った事を謝らなきゃ。

 

 「さっきまで、司令官は私に愛想が尽きたんだと思っていました。」

 

 そんな事はないよ、それは安心していい。

 司令官が朝潮ちゃんに愛想をつかすなんて事は絶対にない、きっと司令官も朝潮ちゃんを出撃させたくないんだよ、だからきっと、こんな条件を飲んだんだよ?

 

 「だけど大潮さんを見ていて考えが変わりました。」

 

 「どんな風に……?」

 

 朝潮ちゃんが私を見据えて右手の連装砲を向けて来た。

 睨んだって無駄だよ、こんな数メートルもない距離で停止した状態からだって私は朝潮ちゃんの砲撃を避けられるんだから。

 

 「大潮さん、いえ、大潮(・・)!貴女の歪んだ性根を叩き直します!司令官もソレを望んでいます!」

 

 性根を叩き直す……か、そうやって凛とした顔で呼び捨てにされると朝姉ぇを思い出しちゃうな……。

 顔がそっくりって言うのもあるけど、雰囲気が朝姉ぇそのものだ。

 まるで朝姉ぇが戻って来たみたい……。

 

 「出来るの?さっきまで何も出来なかったクセに。」

 

 そんな事出来やしない、朝潮ちゃんの手の内は全部知ってるし癖も全部知ってる。

 私には『広辞苑』の知識もあるんだ、それに加えて朝姉ぇ以上の経験と朝姉ぇ以上の技術がある私に、朝潮ちゃんは絶対に勝てない。

 

 「構えなさい大潮、お仕置きの時間です!」

 

 そのセリフ、霞にも言ってたね。

 霞程度を一方的にお仕置きできた程度で調子に乗ってない?

 私は霞ほど弱くない!

 逆にお仕置きしてやる!

 そうよ、一気に轟沈判定に持って行って勝っちゃえばいいだけだもん。

 もう手加減なんてしてあげない!

 満潮が言った通りアゲアゲで行ってやろうじゃない!

 

 「やってみなよ!大潮の本気を思い知らせてあげる!」

 

 ドン!

 

 腕を振り上げる動作中に朝潮ちゃんに向けて『アマノジャク』で砲撃朝潮ちゃんは身を屈めてコレを回避した。

 腕の振りじゃなくて砲身を見てたのね。

 まあ当然よね、朝潮ちゃんも『アマノジャク』が使えるんだから。

 

 ドン!ドン!

 

 朝潮ちゃんも『アマノジャク』と普通の砲撃を織り交ぜて砲撃をし返してくる。

 砲撃と回避を3メートル足らずの距離でお互い繰り返す、艦娘同士のガンカタだ。

 

 バシュ!

 

 朝潮ちゃんが魚雷を一発発射、何のつもり?この距離なら魚雷が着水する前に避けられるのに……。

 考えられるのは霞とやり合った時にした奴ね、避けたところで魚雷を撃ち抜いて私の体制を崩す気だ。

 ならば。

 

 私は稲妻で右方向へ跳躍して朝潮ちゃんと魚雷の両方から距離を取る。

 

 ズドーン!

 

 直後に朝潮ちゃんが魚雷を撃ち抜き爆炎に飲み込まれる。

 撃ち抜く距離が近すぎだよ、私の体制を崩すどころか自分が爆発の被害を受けてるじゃない。

 

 ドン!

 

 爆炎を吹き飛ばすように水柱が上がった、あの水柱の高さだと稲妻じゃなくてトビウオね、どっちに飛んだ?

 前後どちらでもない、ならば上!

 

 「違う、上にも飛んでない。」

 

 ならば私から向かって右へ飛んで距離を取ったのね。

 だったら距離を詰めないと。

 私は水柱から向かって右斜め前方へ向けてトビウオで飛ぼうとした。

 だけど私に向かって海中を進んでくる魚雷一発を左目の端に捉えた。

 爆炎に紛れて撃ったのね、その直後にトビウオで移動したのか。

 

 「でも甘い!」

 

 私はトビウオをやめ、飛ぶ方向は変えずに稲妻で一回飛んで着水と同時にそこから10時の方向へもう一回稲妻で跳躍、朝潮ちゃんを捕捉しなお……。

 

 「こっちにも……居ない……?」

 

 じゃあどこに行った?朝潮ちゃんはさっきのトビウオでどこへ飛んだ!?

 

 ズドドーン!

 

 「な、なに!?」

 

 私の船尾で何かが爆発し、そのまま前に吹き飛ばされた。

 後ろから当たったというよりは下の方から何かが当たって爆発した感じ?

 威力からして恐らく魚雷、だけど誰が撃ったの?潜水艦でも潜んでたって言うの!?

 

 私が海面を転がりながら魚雷が来た方向を見ると、朝潮ちゃんが海中から飛び出して来るところだった。

 そう言えばこの子、霞とやった時も潜ってたわね、位置は変わっていない、恐らく連装砲を海面に撃ち、トビウオの水柱と私に誤認させて潜ったのね。

 じゃあ海中から私の着水した所を狙って海中から魚雷を撃ったの?駆逐艦が潜水艦みたいなことをするな!

 

 ドン!ドン!ドン!ドン!

 

 ここぞとばかりに連装砲を連射してくる、ようやく回転が止まって起き上がりかけてる私に避ける術があるわけもなく、朝潮ちゃんの撃った砲弾は引き寄せられるように私に全弾直撃。

 

 「わぁあ!」

 

 立場が逆転してしまった、今度は私がやられたい放題?

 さっきまでこんな出鱈目な事しなかったじゃない!

 まるで別の人と戦ってるような気分だわ。

 まさか……手を抜いてたのは朝潮ちゃんも同じ?

 

 「でも、まだだよ!」

 

 私は朝潮ちゃんが居る方へ向けて、着弾の煙を置き去りにするように稲妻で跳躍。

 きっと朝潮ちゃんは撃ってくる、それを躱してカウンターの砲撃なり魚雷なりをぶち込んでやる!

 

 「また……居ない……?」

 

 また潜った?

 ならば足元から魚雷が来る!

 

 ドドドドドーーン!!

 

 私が足元を警戒した途端に頭上から砲弾が降って来た(・・・・・・・・・・・・)

 今度は上!?私が煙に包まれている間に上に飛んだの!?

 

 こんな戦い方は『広辞苑』にも載ってない!

 神風さんとの戦闘も想定していた朝姉ぇでさえ、こんな出鱈目な戦い方は想定していない!

 

 「クソぉ!」

 

 ドン!

 

 私は着水しようとしている朝潮ちゃんを撃つ、だけど姿が霞んで見えるほどに集中させた装甲で防御された。

 『刀』の応用?いつの間にそんな事が出来るようになってたの!?

 

 「どうしました大潮、貴女の本気とはその程度ですか?」

 

 ダメだ……勝てない……。

 実力は贔屓目に見て互角と想定して演習に挑んだのに、たった10分かそこらで思い知らされてしまった。

 この子は私より強い、もしかしたら神風さんよりも強いかもしれない。

 この子が相手じゃ、朝姉ぇの『広辞苑』も役に立たない、だって神風さんでさえしない事を平気でやってくるんだもん……。

 

 ドン!

 

 「ぐうぅ!」

 

 朝潮ちゃんが私に向けて無慈悲に砲撃してくる。

 酷いよ……私にはもう、戦意なんて欠片もないのに……。

 

 「本当に腐ってますね。貴女はそれでも駆逐艦ですか?」

 

 諦めが早いのは駆逐艦らしくないって言いたいの?

 だって仕方ないじゃない、勝つ方法が思い浮かばないんだもん、アンタみたいなバケモノに勝つ方法なんて『広辞苑』に載ってないんだもん!

 

 「先代の諦め癖がうつっちゃったんですね。だからそんなにあっさりと諦められる。」

 

 今なんて言った? 

 朝姉ぇが何を諦めたって言うの?

 自爆したから?

 でもその事は知らないはずでしょ?

 なのに、なんでそんな酷い事言うの?

 朝姉ぇと同じ顔で朝姉ぇの事を悪く言わないでよ!

 

 「先代を悪く言われて腹が立ちましたか?でもやめませんよ。私は先代の事が大嫌いですから。」

 

 「な、なんで……。」

 

 「なんで?決まっています、あの人は司令官を誰よりも深く傷つけた。それが許せないからです!」

 

 戦死したから?

 でもそれは仕方のない事だったんだよ?

 あの時出撃できたのは朝姉ぇだけ、朝姉ぇが迎撃に向かわなかったら鎮守府は壊滅してたし司令官だって死んでたかもしれない。

 それなのに朝姉ぇを責めるの?

 命と引き換えに司令官を守った朝姉ぇをアンタは責めるの!?

 

 「不思議そうな顔してますね。先代は命がけで司令官を守ったのになんでそんな事を言うんだ、といった感じですか?」

 

 「そうだよ!あの時はああするしかなかった!朝姉ぇは立派に戦って死んだんだ!」

 

 他に手があったとでも言うの?

 それともアンタならどうにか出来たとでも言うつもり?

 その場に居もしなかったクセに勝手な事をほざくな!

 

 「もし、私がその場に居たら迎撃になんて出ません。」

 

 「は?はぁ!?何言ってるの!?鎮守府を見捨てるって言うの!?」

 

 何考えてるのこの子、迎撃せずにどうするの?逃げるの?

 そんなんでよく私に、それでも駆逐艦かって言えたわね!

 

 「ええそうです、迷わず見捨てます。私なら、きっと司令官を殴り倒してでも連れて逃げました。鎮守府が壊滅しようと関係ありません、他の艦娘がどれだけ死のうと知った事じゃない、司令官に嫌われたって構わない。私が死ぬより(・・・・・・)、そっちの方が傷つかずに済んだでしょうから。」

 

 狂ってる……この子は司令官のためなら全てを敵に回すつもりだ、司令官本人でさえも……。

 

 「私は、その時もっとも司令官が傷つかずに済む方法を選びます。艦娘の戦死で司令官が傷つくなら引きずってでも連れ帰ります、敵を沈める事で司令官が癒されるなら私が敵を根絶やしにします。私が生きてる事で司令官が喜んでくださるなら、例え体が吹き飛ばされたって生きて帰ります。」

 

 満潮の言ってた通りだった。

 とても正気とは思えない……この子は異常だ。

 

 「そんなの……不可能だよ……。」

 

 「不可能でもやるんです!私は絶対に諦めません!この朝潮、司令官との大切な約束は必ず守り通す覚悟です!」

 

 私を見据える瞳に迷いは感じられない。

 着任したての頃は自身なさげにオロオロしてたのに……。

 

 「そう……わかった……。」

 

 この子は朝姉ぇとは違う……。

 この子は朝姉ぇの代わりにはならない。

 

 満潮が前じゃなくて後ろを守るって言った意味がやっとわかったよ。

 この子は前しか見てないんだ。

 自分に自信がないクセに、それでも司令官との約束を守ろうと必死になっている。

 

 危ういなぁ……必死に前ばかり見てるせいで後ろの事なんか気にもしていないじゃない。

 朝姉ぇの影ばかり求めてた私とは真逆だね……。

 

 朝姉ぇは自分に出来る事を必死にやっていた。

 でも朝潮ちゃんは、自分に出来ない事さえやろうとしてるんだね。

 例え不可能だろうと……諦めずに。

 

 「続きを始めようか朝潮ちゃん。まだ()の本気を見せてないしね。」

 

 朝潮ちゃんがこんなじゃ出撃できなくしたって意味がない。

 きっと命令なんて無視して出撃しちゃうもの……。

 

 「……わかりました。受けて立ちます!

 

 そうだ、再開する前に言っておかないと、この子は自分の強さを自覚すべきだ。

 司令官が怒るかもしれないから才能の事には触れずに。

 

 「朝潮ちゃん、大潮はこの鎮守府で2番目に強い駆逐艦だよ。」

 

 「え?」

 

 1番目はもちろん神風さん、その次に強い私を倒せたら今度から朝潮ちゃんが2番目だ。

 

 「今から私は全力で朝潮ちゃんを倒す。手加減なんてしない。この意味、わかるでしょ?」

 

 「……わかりました。第八駆逐隊旗艦の名誉と、横須賀NO.2の栄誉。両方頂きます。」

 

 うん、それでいい。

 朝潮ちゃんはそのまま目的に向かって邁進し続けて。

 朝潮ちゃんに足りない所は第八駆逐隊(私たち)が支えてあげるから。

 

 だけど、本気を見せるとは言ったけどどうしよう。

 さっきまでも十分本気だったんだけどなぁ……。

 

 (大潮、そんな戦いしてたら早死にしちゃうわよ?もっと頭を使いなさい頭を!)

 

 朝姉ぁが居た頃はそうやってよくお説教されたなぁ……。

 私は頭を使うのが苦手だったから……。

 

 (なんで考えなしに突っ込んだ方が強いのかしら……。不思議だわ……。)

 

 昔は荒潮に戦い方が似てたもんね。

 何も考えずに、体が動くままに……。

 まるで、見えない誰かに操られてるかのように戦ってた。

 

 (でも、それが大潮の強みなのかも知れないわね。きっと、体が戦い方を知ってるのよ。)

 

 朝姉ぇの代わりになる事ばかり考えてたせいで、自分の戦い方をすっかり忘れてたな……。

  

 うん……考えるのはもうやめよう。

 ごめんね朝姉ぇ、やっぱり私には頭を使った戦い方は向いてないみたい。

 だから今だけは、朝潮ちゃんに本気を見せないといけないこの時だけは許してね。

 小難しい事を考えるのは私らしくない、何も考えずに私の全てを朝潮ちゃんにぶつけるんだ。

 

 そう思った途端、気持ちが高ぶって来るのを感じた。

 久しぶりだなぁこの感じ…… 気持ちがアゲアゲだ……。

 

 そうそう!この感じ!アゲアゲでいきましょう!

 

 「朝潮型駆逐艦 二番艦大潮!アゲアゲで行きますよ!」

 



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朝潮編成 4

 『朝潮型駆逐艦 二番艦大潮!アゲアゲで行きますよ!』

 

 もう大丈夫ね、前の大潮に戻れたみたい。

 姉さんが居た頃の大潮に。

 今よりずっと強かった頃の大潮に。

 

 「朝潮ちゃんは勝てるかしらぁ。今の大潮ちゃん、きっと神風さんより強いわよぉ?」 

 

 そうね、今の大潮は神風さんより強いでしょうね。

 大潮の本来の戦い方は私達とは真逆、しいて言うなら荒潮に近いかしら。

 荒潮との違いは『あそこを狙って撃とう』とか『こっちに回避しよう』とか、感覚だけで戦う荒潮でさえ考える事を一切考えない所かしら。

 目で見た情報を、思考というクッションを挟まずに体が即座に、しかも最適に反応する。 

 戦闘に関する事なんか何も考えてないから思考を読んで裏をかくなんて事もできない。

 それで正確に当て、飛んでくる砲弾も避けまくり、トビウオなんかの技まで使って来るんだから本当に(たち)が悪い。

 

 だけど、大丈夫。

 

 「あの子は勝つわ。司令官はどう思う?」

 

 無表情のまま、開始からずっと黙って様子を見てるだけだけど。

 何かあるたびに手がピクピク動いてるのよね、朝潮が姉さんの事が大嫌いって言った時なんか、どう反応していいかわからないって感じで手を握りしめたり脱力したりしてたし。

 

 「朝潮が勝つさ。あの子は私との約束を破らない。」

 

 朝潮が姉さんの事を悪く言いだした時はヒヤヒヤしたけど、この様子なら大丈夫そうね。

 あの子、通信がこっちにも繋がってるの絶対忘れてたでしょ、それともわざと?

 いい機会だからって姉さんに宣戦布告したのかしら。

 やりかねないわねあの子なら……。

 若干ヤンデレ入ってない?

 

 「二人とも酷すぎなぁい?大潮ちゃんも応援してあげてよぉ。」

 

 「あら、アンタも大潮と同じ考えなわけ?」

 

 荒潮がキョトンと首を傾げた。

 いや、大潮が勝ったら朝潮が出撃できなくする条件は一応生きてるのよ?

  

 「負けたって朝潮ちゃんは出撃しちゃうでしょぉ?」

 

 うん、間違いなくすると思う。

 艤装を隠しても内火艇ユニットで、それが無理なら手漕ぎボートで出撃しちゃうかもね。

 司令官のためならそのくらい平気でやりそうだし。

 

 「私ね、朝潮ちゃんに救われたわぁ。深海化の話をした時、あの子はそれでも私に甘えてくれるって言ってくれたもの。身も心も醜くなっちゃう私に甘えてくれるって言ってくれたの……。」

 

 実際に目にした時ドン引きしてたけどね。

 でも、あの子の荒潮に対する態度は変わっていない、むしろ前以上に甘えてるくらいだ。

 もしかしたら、本当に深海化した荒潮にじゃれつくかもね。

 

 「その時に決めたの。満潮ちゃんが後ろを守るなら、私はあの子の行く手を邪魔する奴を倒しちゃおうって。」

 

 私が盾ならアンタは槍ってところかしら、投げ槍だけど……。

 

 「だったら前はもう気にしなくていいわね。アンタが居るんだし。」

 

 「そうよぉ、だから後ろは満潮ちゃんがしっかり守ってあげてねぇ。」

 

 さて、なら後は勝負の行方を見守るだけね。

 大潮がどんな答えを出したかはわからないけど、きっと大丈夫。

 アンタを昔のアンタに戻してくれた朝潮なら、もうアンタを悲しませる事なんてしないはずよ。

 

 私たち三人は、豆粒ほどにしか見えないくらい遠くで戦ってる二人を見守り続けた。

 

 日が傾き、夜の帳が下り始めても飽きる事なく。

 

~~~~~~~~~

 

 本気を出した大潮さんと戦い始めてどれくらい経ったろう。

 西の空は夕焼け色、一時間もしない内に暗くなっちゃいそうね。

 

 「く……!速い!」

 

 仕切りなおす前とは明らかに反応速度(・・・・)が違う、私の行動を目の端で捉えた瞬間に行動してる。

 砲撃しようとした瞬間、私がトリガーを引くよりも速く回避し、私が移動しようと予備動作に入った途端に移動先へ砲を向ける。

 

 私の動きを先読みしてる訳じゃない、見てから行動してるのは確かなのに判断と反応が速過ぎる。

 感じ的には荒潮さんに似てるわね、もしかして何も考えてない?

 思考を挟まずに体の反射だけで戦ってる?

 そんな事出来るのかしら。

 

 ドン!

 

 おっと、今のは危なかった。

 考え事をしてる余裕はないわね、仕切り直す前とは戦い方が完全に別人だわ。

 さっきまではどこか型にハメたような戦い方だったからやり易かったけど、今は私の動きに合わせて後の先を突いて来る。

 大潮さんは2番目って言ってたけど、もしかして神風さんより強いんじゃ……。

 

 「どうしたの朝潮ちゃん、私にお仕置きするんじゃないの?」

 

 大見得切った事を若干後悔してますよ、今のところ打つ手が思い浮かびません。

 こんな隠し玉を持ってるとは思ってもいませんでした。

 

 「ソレ、名前とかあるんですか?」

 

 トビウオ、水切り、戦舞台、アマノジャク、刀、まともな艦娘がやらない技には名前がついてますもんね、大潮さんの戦い方に名前がついててもおかしくないわ。

 

 「別に無いよ、なんなら名前つけてくれる?」

 

 おっとそう来ましたか、別に名付け親になるつもりはなかったんですが……。

 う~ん、何がいいかな。

 今の大潮さんは見えない誰かに操られてるように見えるわ。

 体の動きと意思が乖離してるように見るもの。

 だったら。

 

 「操り人形(マリオネット)。とかどうです?」

 

 実際に操り人形になってる訳じゃないんだろうけど、対峙した第一印象がソレだったんだもの。

 

 『安直。』

 

 『ネーミングセンスが司令官そっくりねぇ。』

 

 『流石朝潮だ。』

 

 お褒めにあずかり光栄です!

 ん?褒められてますよね?

 司令官そっくりとか、私にとっては最高の誉め言葉なのですが。

 

 「ふふ、気に入ったよ朝潮ちゃん。じゃあ今度からコレを操り人形(マリオネット)って呼ぶ事にするね。」

 

 採用されました!

 どうですか満潮さん、例えネーミングが安直でも採用されちゃえばこっちのものです!

 

 「で、その操り人形(マリオネット)の攻略法は思いついたかな?」

 

 それが困った事にまったく思い浮かびません、こうして話してる間にも攻防は続けていますが、攻略の糸口が見えてこない。

 話をしていれば隙が出来るかなと思いましたがソレもない、完全に思考と行動を分けてるんですね。

 頭で何を考えていようと、体はその思考と関係なしに戦い続ける。

 自動人形(オートマタ)の方がよかったかしら……。

 

 弱点とかないかな……。

 

 私たちが使う技には必ずデメリットがある、もっと言うなら弱点がある。

 それはただでさえ低い駆逐艦のスペックで無理を通しているからだ。

 問題は、大潮さんの操り人形(マリオネット)がトビウオなどの艤装と体に無理をさせる技と違って、純粋に身体能力だけな事。

 体が勝手に動いてるんだから、トビウオなどを上限以上に使っちゃうって事はあるかもしれないけど、そんな不確かな事に期待する訳にはいかない。

 普通の状態と操り人形(マリオネット)の状態のオンオフが出来るかもしれないし。

 

 大潮さんの行動に何か特徴はない?

 技術が向上したわけじゃない、身体能力が上がった訳でもない、変わったのは反応速度だ。

 目で見た瞬間、私がどう動こうと行動しきる前に、後から先手(・・・・・)を打てるほどの反応の速さ。

 大会で見た雪風さん並に反則なんじゃ……。

 

 ん?目で見た瞬間?

 

 「もしかして……。」

 

 目で捉え続けないといけないんじゃない?

 仕切り直してからずっと大潮さんは一瞬たりとも私から目を離していない、瞬きすら惜しんでる。

 

 試してみるか……もうすぐ完全に日が暮れる。

 夜の闇が訪れる。

 完全に暗くなる前に確かめておこう、予想に確信が持てたら夜戦に持ち込む。

 決着は夜戦でつけましょう!

 

 私は魚雷発射管を前方に居る大潮さんの足元に向ける。

 早いわね、大潮さんはすでに射線から離れてしまった。

 まだ発射管を向けきってもいないのに。

 

 バシュ!

 

 私は大潮さんの行動に構わず、絶対に当たらない魚雷を一発発射。

 別にいいんです、当てる気なんてないんですから。

 

 ドン!

 

 私は魚雷が海中に潜る前に魚雷を撃ち抜いた。

 

 ドオォーン!

 

 当然魚雷は私の目の前で爆発します。 

 前面に装甲を集中してると言ってもやっぱり熱いです、体も後ろに飛ばされそうになります。

 ですがこれでいいんです、爆炎で姿を眩ますのが目的ですから。

 

 「な!?何してるの!?」

 

 まあそういう反応になりますよね、大潮さんから見ればただの自爆ですもの。

 

 ドン!ドン!ドン!ドン!

 

 私は、大潮さんの声がした方に砲を向けて適当に撃ちまくる。

 

 「ぐぅ!」

 

 着弾音が一回、適当に撃っても意外と当たるものですね。

 運が良かっただけでしょうけど。

 

 だけど予想通りだ。

 わかりましたよ、操り人形(マリオネット)の弱点が、そして攻略法が。

 

 「バレちゃった……かな?」

 

 煙が晴れ、私から見て10時の方向に大潮さんの姿を見つけた。

 ええ、バレました。

 

 「常に敵を捕捉し続けなければならない、それが操り人形(マリオネット)の弱点ですね?」

 

 「うん、大正解。目が乾いて辛いんだよねコレ。ずっと見開いてるもんだから、昔は無駄に目が大きく見えるとか言われたよ。」

 

 わかります、私なんて目を開いてなきゃって思っても一分すら我慢できません。

 寮に戻ったら目薬を差し上げます。

 

 「もうすぐ夜だね。夜闇に紛れれば捕捉されないとでも思ってる?」

 

 「思ってません。ですが、夜戦で決着をつけるつもりです。」

 

 大潮さんなら夜目くらい利くでしょう、利かないにしても操り人形(マリオネット)を解除すればいいんだから。

 だけど、夜になれば朝潮型改二に標準装備されている艤装(・・・・・・・・・・・・・・・・・)が役に立つ。

 

 「そろそろ時間だね。じゃあ、決着をつけようか。」

 

 夜の帳が下り、あたりを闇が支配し始める。

 見えるのは星明りと鎮守の光だけ、今はまだ大潮さんの影くらいはみえるけど、一度見失ったら再捕捉は難しいわね。

 

 「ええ、そうしましょう。今夜はハロウィンですし。」

 

 大潮さんがゆっくりと私の左方向へ移動し始める、私は反対側へ、二人で円を描くように。 

 さあ、駆逐艦が最も力を発揮する夜戦の始まりだ。

 

 「「我!夜戦に突入す!」」

 

 二人同時に砲撃を開始、躱し、躱され徐々に円の半径を狭めて行く。

 アレ(・・)はまだ使っちゃダメ、もう少し待たなきゃ。

 目が完全に闇に慣れるまで。

 

 砲火がチラチラと闇に閃き、足元を魚雷が泳ぎまわる。

 夜戦突入から10分くらい経ったでしょうか。

 

 距離は10メートル以下まで近づいてる、もう使っても大丈夫かな。

 私は前傾姿勢を取り、トビウオで一気に接近すると見せかけて水切りで一回飛んだ。

 

 大潮さんは針路はそのままにトビウオで飛んだわね。

 私は右手で自分の目を守りながら、大潮さんに向けて肩からぶら下がっている朝潮型改二専用の艤装、司令官が妖精さんに特注させた特殊装備、『探照灯兼用防犯ブザー』のスイッチを入れた。 

 

 常人が直視すれば失明の恐れもある光が大潮さんを照らし出す。

 水切りでフェイントを入れて正解だったわね、移動先を見失う事なく探照灯で照らすことが出来ました。

 

 「あうぅ!!目が!目がぁぁぁぁ!」

 

 ごめんなさい大潮さん、闇に完全に慣れた目にこの光量はきつすぎるでしょう。

 だからこれで決めます!

 

 私は目が見えない大潮さんに砲撃を加えながら稲妻一回で大潮さんの数メートル手前まで一気に接近、魚雷の残弾全てを放って大潮さんをすり抜ける様に前方へトビウオで飛んだ。

 

 ドドドーーン!

 

 放った魚雷が全て直撃、大潮さんを爆炎が包む。

 さすがに魚雷全部は多かったかしら、おーばーきるってやつかな?

 

 私は砲を構えたままゆっくりと大潮さんに近づく、模擬弾とは言え熱いから火傷とかしちゃったかしら……。

 

 「ケホッ!ケホッ!死ぬかと思った……。」

 

 煙が晴れると、大潮さんがあちこち煤だらけになったまま海面にへたり込んでいた。

 大きなケガはなさそうね、よかった。

 

 「私の勝ちでよろしいですか?」

 

 審判役をやっているはずの司令官たちは何も言ってこない、と言うか最初から審判なんてやってないんじゃ……。

 

 「うん、いいよ。大潮の完敗。」

 

 両手を上げて降参のポーズをする大潮さん。

 潔いですね、審判が何も言ってこないからそのまま続行しようと思えば出来るのに。

 

 「おめでとう朝潮ちゃん。たった今から、第八駆逐隊の旗艦は朝潮ちゃんだよ。」

 

 ニッコリと笑いながら大潮さんが祝福してくれる。

 正直言いますと、旗艦の座とかはあまり興味がないと言いますか……私にはまだ早いと言いますか……。

 

 「朝潮ちゃん、大潮とも一つ約束して欲しいことがあるんだけど……。いいかな?」

 

 一転して真剣な眼差しを向けてくる。

 

 「はい、なんでしょう。」

 

 私にできる事なら喜んで約束します、無茶をするなとかそんな感じの約束かしら。

 

 「出撃する時は、絶対に第八駆逐隊(私達)も一緒に連れて行って。朝潮ちゃんの邪魔をする奴は第八駆逐隊(私達)がやっつけてあげる。」

 

 私を心配しての言葉じゃない。

 ありがとうございます大潮さん、私の背中を押してくれてるんですね。

 正直不安だったんです、私は言う事だけは大きいですから……。

 

 だけど 第八駆逐隊(みんな)と一緒なら、私は邁進できます。

 こんな自分勝手な私を第八駆逐隊(みんな)が支えてくれるんですから。

 

 「わかりました、お約束します。」

 

 「うん。ならよし♪」

 

 大潮さんはそう言うと、満足げに海面に大の字に寝転んでしまった。

 スッキリした顔をしてますね、そんな表情の大潮さんを初めて見ました。

 

 「強くなったね朝潮ちゃん、負けるなんて思ってなかったよ。」

 

 「皆さんのご指導の賜物です。私だけじゃここまで強くなれませんでした……。」

 

 私の中にみんなが居る、今の私を形作ってくれたのは皆さんです。

 私はそれが本当に誇らしく、そして頼もしい。

 一人で戦っていてもみんなと一緒に戦ってると思えるから。

 

 「ふふ♪こんな時くらい勝ち誇ってもいいんだよ?」

 

 「そんな事は出来ません。私が大潮さんに勝てたのは、大潮さん達のおかげなんですから。」

 

 少しだけ呆気にとられたように私を見た後、大潮さんは『そっか♪』と言ってまた夜空を見上げ始めた。

 

 「はぁう~♪やられた、やられたよぉ~♪」

 

 ひと時の沈黙の後、まるでこの場に居ない誰かに報告でもするように、大潮さんが夜空に向かってそう言った。

 悔しさなんて微塵も感じさせず。

 ただただ嬉しそうに。

 こんないい事があったんだよと、誰かに伝える様に……。




E4ボスが落とせない!
乙に落とそうか悩んでる今日この頃です……。。


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幕間 鎮守府の日常 2

 本日はハロウィンである。

 

 一応言っておくがハロウィンはキリスト教の祭ではない。

 毎年10月31日に行われる古代ケルト人が起源と考えられている祭のことで、もともとは秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事だった。

 現代では特に米国で民間行事として定着し、祝祭本来の宗教的な意味合いはほとんどなくなり、カボチャの中身をくりぬいて『ジャック・オー・ランタン』を作って飾ったり、子どもたちが魔女やお化けに仮装して近くの家々を訪れてお菓子をもらったりするお祭りになっている。

  

 横須賀鎮守府では、駆逐艦たちが上位艦種の部屋を訪ね歩いてお菓子を貰い、食堂に集まってお菓子パーティを開くのがの通例となっている。

 

 お菓子を抱えてご満悦のの駆逐艦たちを見ていると心が和む。

 去年は長門殿の部屋が特に人気だったな、自分の部屋をお菓子で埋め尽くし、笑顔を浮かべて駆逐艦たちに囲まれる様は教会のシスターを思わせたものだった。

 部屋の中でお菓子に埋もれた陸奥殿に少し同情はしたが……。

 

 こういう日に憲兵がうろつくのは、駆逐艦たちの気分を害しかねないから出来るだけしたくはないがそうはいかない。

 こんな日こそ憲兵が駆逐艦たちを守らなければならないのだ。

 駆逐艦たちは戦災孤児がほとんど、『知らない人について行ってはいけません』というごく普通の躾さえ満足にしてもらえなかった子もいるのだ。

 そんな日にお菓子を抱えた男でも見てみろ、ハロウィンだからお菓子をくれるだろうとホイホイついて行ってしまいかねない。

 

 トリック オア トリートどころかトリック アンド キドナップされてしまうかもしれん。

 

 特に危ないのはあの二人だ、提督殿の私兵のモヒカンと金髪。

 あの二人は危ない、見た目だけならまだしもハイエースまで所持している。

 提督殿の部下でなければ見た瞬間に逮捕している。

 

 「あら、憲兵さんじゃないですか♪ぱんぱかぱ~ん♪」

 

 何だこれは、山と谷が同時に目の前に現れた。

 いや違う、これは愛宕殿の胸部装甲か、相変わらず見事な物をお持ちで……。

 

 「こんばんは愛宕殿。そんな格好でどうなさったんです?」 

 

 一言で言うなら魔女、しかも男を誘惑する事に特化した魔女だ。

 頭はよくある魔女風のとんがり帽子だが、服装が色気の塊のように見える。

 胸元と背中が大きく開いた……と言うか胸元は半分近く出ていないか?と言いたくなるようなベビードール、丈は膝上20cmと言う超ミニ!

 これはけしからん!

 ほとんど下着と言ってもいい恰好ではないか!

 本当に素晴らしい!

 黒一色の服装だが、それが逆に愛宕殿の白い肌ときらめくような金髪を際立たせている。

 黒は女を美しく見せると言ったのはどこのパン屋の女将さんだったか……。

 貴女の言ったことは正しかったですよオソノさん……。

 愛宕殿の胸元から突き出ているパンに齧りつきたい衝動を押さえつけるのがこれ程辛いと思ったことが今まであっただろうか、いやない!

 

 「今日はハロウィンですものぉ♪私も羽目を外したくって~♪」

 

 大変すばらしいお考えです、おかげでいい物が見れました。

 当分オカズには困りません、本当にありがとうございます。

 

 「ですが少々外し過ぎでは?艦娘だけならいいですが、自分のような男の職員も少なからずいますので。」

 

 だが釘はさしておかねばならん、なぜなら私は憲兵だから!

 愛宕殿のような麗しい女性を下衆な男共の前に晒すわけにはいかない。

 

 「憲兵さんなら大丈夫ですよ~♪変な事考えないでしょう?」

 

 もちろんです、私は憲兵ですからね、例えその胸の谷間に挟まれようと理性を保つ自信があります。

 その恰好のまま詰め所に連行して椅子に縛り付け、泣いて許しを乞うまで尋問してみたい気はしていますが大丈夫です。

 貴女は私の頭の中ではすでに尋問に屈し、身も心もさらけ出してる状態ですから。

 貴女は『早く愛宕にぱんぱかぱーんしてぇ……。』と私におねだりしている。

 ふしだらな子だ、ならば私は『撃てぇーい!』と言って貴女に……。

 

 「憲兵さんどうしたの?そんな真剣な顔して……考え事ですか?」  

 

 はい、考え事です。

 私としたことが妄想の世界にダイブしていたようだ、自室に帰るまで我慢しないと。

 

 「いえ、なんでもありません。これからの巡回ルートを模索しておりました。」

 

 「んもぅ、相変わらず真面目なのですね。あまり無理なさらないでくださいね?」

 

 無理はすでにしています、貴女が動くたびにたゆんたゆんしている双丘を見ていると、私の主砲が誤射してしまいそうになる。

 これ以上彼女の前に居るのは危険だ。

 

 「お心遣い感謝します。では、私はこれで。」

 

 「はぁ~い、お仕事頑張ってくださいね♪」

 

 よし!なんとか耐えきったぞ、私でなければきっと耐えられなかっただろう。

 あれを前にしてしうと駆逐艦のビッグセブンが微笑ましく思えてしまうな。

 何がビッグなのかはあえて言わないが。

 

 「ん?あれは提督殿と第八駆逐隊の4人か?」

 

 窓から工廠へ向かって歩く5人が見える。

 (意味深)がつかない夜戦の訓練だろうか、流石だな、他の艦娘達がイベントではしゃいでいる時にまで訓練するとは大したものだ。

 

 おっと、あそこでお菓子を抱えてご満悦そうに歩いているのは辰見殿と叢雲殿か?

 叢雲殿はともかく、辰見殿はお菓子をあげる側なのではないだろうか。

 

 「憲兵さんじゃないですか、こんばんは♪」

 

 「こんばんは。こんな時間まで巡回?憲兵さんも大変ね。辰見さんも見習ったら?」

 

 「こんばんは。辰見殿、叢雲殿、これから食堂ですか?」

 

 普段は士官服姿のせいで目立たないが、辰見殿も見事な物をお持ちのようで……。

 抱えたお菓子に持ち上げられて大変な事になってるじゃないですか。

 けしからん……なんとけしからん格好だ。

 さっきの愛宕殿以上に煽情的な格好でありながら、どこか無邪気さを感じさせるコスチューム。

 頭に角がついたカチューシャをつけ、虎柄のビキニにブーツ……。

 仙台弁とか喋りそうですね、語尾に『だっちゃ!』とつけてもらえませんか?

 おっといかん、今日は愛宕殿と決めているのに浮気は良くないな。

 ちなみに叢雲殿はと言うと……。

 フッ……、可愛らしいとは思う、おそらく黒猫の仮装だろう。

 頭のアレを耳に見立て、丈の短い黒いワンピースに猫の手を模したグローブ。

 ちゃんと尻尾もついてますな、私がロリコンだったら喉をゴロゴロ言わせながら飛びついていたかもしれない。

 

 ですが残念ながら私はそんな特殊性癖ではない、それに辰見殿のインパクトが強すぎて目にも入らない。

 私の目は下から突き上げるお菓子で所々弾頭が凹んでいる辰見殿のミサイルに釘付けなのだから。

 

 「叢雲の友達作りも兼ねてね~♪この子、朝潮ちゃんと満潮ちゃんくらいしか友達って呼べるような子いないから。」

 

 「アンタ……ま、いいわ。もう……。」

 

 ジト目で辰見殿を睨んだ後、諦めたようにため息をつく叢雲殿。

 友人はいいものですよ、場合によっては肉親以上に親身になってくれる。

 私も女装(同じ)趣味の友人が欲しいのですが……。

 

 「じゃあ私たちは行きますね。憲兵さんもお仕事頑張ってください。」

 

 もちろんであります、貴女のように無防備な女性を守るのも憲兵の務め。

 必ずや狼男共の毒牙から守って見せましょう!

 

 「ホントに行くの?はぁ……今夜は騒がしくなりそうね……。」

 

 表情は嫌そうですが、頭のアレと尻尾が嬉しそうにフリフリしてますよ叢雲殿。

 頭のアレは艤装だからともかく……その尻尾もまさか艤装ですか?

 

 「はい、今夜は存分に楽しんで来てください。」

 

 本来ならあまり騒がないように言うのだが、今夜くらいは別にいいだろう。

 普段からコスプレじみた格好の艦娘達が、本当にコスプレ姿ではしゃぎ回る光景が見れるのはこの日しかないのだから。

 

 さあ、次はどんな素晴らしい光景が私を待っているのだろう。

 胸躍るとはまさにこの事、今度はどんな胸が私の前で踊ってくれるのだろう。

 

 おや?前から来るドラキュラ伯爵とピンク髪のミイラ女は少佐殿と由良殿か。

 少佐殿……ハッキリ言ってドラキュラの格好が全く似合っていませんよ?

 完全にチョイスを間違ってます、フランケンシュタインの方が絶対に似合ってました。

 

 「あ、これは憲兵殿。ご苦労様です。」

 

 うるさいフランケン、貴様に用はない。

 

 「すみません、私達だけ楽しんでしまって……。」

 

 いいんですよ由良殿、そんなに畏まらないでください。

 

 「いえいえ、これも仕事ですので。」

 

 それに対して由良殿のミイラ女……。

 これまでで一番けしからん!

 全身に包帯しか巻いてないその姿は刺激が強いなんて騒ぎじゃない!

 露出度だけで言えば大したことはない、だって顔しか出ていないのだから。

 だが!ピッタリと肌に張り付いた包帯が『露出度?何それ』と言わんばかりに由良殿を煽情的に仕立て上げている!

 由良殿は愛宕殿ほど胸部装甲が豊かな訳ではない、だが!ピッタリ張り付いた包帯が由良殿のスレンダーボディを際立たせまくっている!隙間から少しだけ見える肌も高ポイント!ハッキリ言って全裸よりエロい!

 と言うかそれ、下着はどうなっているのですか?先端にポッチがあるように見えるのですが、もしやノーブラ!?

 ならばその二つのポッチはまさか……まさかぁぁぁぁぁぁ!!

 

 おっといかん、思わずエレクトしてしまうところだった。

 由良殿を見た後では、愛宕殿と辰見殿の格好が健全に思えてしまうほど、由良殿が卑猥なのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが。

 

 女性の魅力は胸の大きさだけではないのだな……。

 由良殿を見てしまった後では、愛宕殿や辰見殿のこれ見よがしの色気がチープに思えてしまう……。

 戦闘中、由良殿は『由良のいいとこ、見せちゃおうかな?』と仰るらしいが。

 ええ、見せていただきました、堪能させていただきましたよ、由良殿の良い所を!!

 

 「それでは憲兵殿、自分たちはこれで。」

 

 ああ、さっさと行け。

 貴様の顔を見ているとせっかくの気分が台無しになる。

 

 「お仕事頑張ってくださいね。」

 

 はい!頑張ります!

 由良殿もそのフランケンに襲われないよう十分注意してください。

 なんなら、適当な理由をでっち上げてフランケンを連行しましょうか?

 

 「ありがとうございます。では私もこれで。」

 

 ハロウィンを日本に持ち込んだ人は偉大だな、こんなに素晴らしいイベントだとは今まで思わなかった。

 去年までは仮装をするのは駆逐艦だけだったからな、どうして今年は上位艦種の娘たちもコスプレをしているのだろうか。

 まあいい、おかげで美味しい思いが出来ている。

 だが御馳走さまはまだ早い!

 この鎮守府にはまだまだ艦娘が居るのだ、きっと先の3人以上の格好をした艦娘が訪れるに決まっている!

 

 段々と胸のサイズが小さくなっているような気がしないでもないが問題はない。

 胸の大きさが全てではない事を由良殿が教えてくれたしな。

 

 となると次は誰だ?

 由良殿より胸のサイズが小さい艦娘で軽巡以上と言うと、ここでは那珂殿か利根殿くらいか……。

 ん~~~微妙だ、私的には駆逐艦と大差がない。

 利根殿は普段着がかなり煽情的だが、見た目と中身のお子様っぷりでせっかくのいやらしい恰好が無駄になってしまっているからなぁ……。

 アレがいいんだと言う輩も居ないではないが、私には理解できない。

 那珂殿は普段が普段だからなぁ……。

 ライブをやるのは構わないんだが、せめて提督殿の許可くらいはとってやってもらいたい。

 注意をすると『那珂ちゃんファン倶楽部』の奴らがうるさいのだ……。

 そのせいで私は那珂ちゃんのファンをやめました。

 

 ん?廊下の角から話声が聞こえて来たな、誰が来る?

 諦めるのはまだ早いぞ、横須賀にはまだ陸奥殿や高雄殿だっているんだ。

 段々サイズが小さくなってきていると言っても、ここでドーンとおっぱいビッグセブンが登場してもおかしくないのだ!

 さあ来い!

 

 その角を早く曲がってこい!

 

 私の胸は期待ではち切れんばかりに膨らんでいる!

 

 「あれ?憲兵殿じゃないっすか。チーっス!」

 

 「こんな時間まで見回りなんて大変だな。俺にゃ無理だわ。」

 

 那珂ちゃんか利根殿の方がマシだった!!!

 サイズが小さくなるどころか無くなってしまったではないか!

 角を曲がって来たのは、横須賀鎮守府で一番の監視対象であるモヒカンと金髪ではないか!!

 しかもなんだその恰好は!

 

 金髪の方はばい菌を擬人化したような全身黒タイツに右手にフォーク、フォークと言っても槍のような長さのフォークじゃなくて普通のサイズのフォークだ。

 そのフォークで何を召し上がろうと言うんだ貴様は!

 

 いや、コイツの格好はまだマシだ、気持ちは悪いがまだマシだ!

 問題はモヒカン、頭には犬耳、上半身は裸で下半身はでかいカボチャパンツ、足にはダイビング用の足ヒレ。

 それは何の仮装だ?変質者の仮装など聞いたことがないぞ。

 しかも右手には普通のスプーンだと?

 そのスプーンで何を召し上がる気だ貴様は!

 

 「貴様ら……その恰好は何のつもりだ……。」

 

 「いやぁ、適当に集めたハロウィングッズ着たらこうなっちゃいまして。でもイケてるっしょ?」

 

 「俺もそっちのが良かったんだけどなぁ、相棒の方が似合うから俺は泣く泣く悪魔スタイルだわ。」 

 

 ホントに悪魔だ貴様らは!

 私の桃色気分を台無しにしやがって!!

 どうしてくれる!私の脳内メモリに収めたはずの桃色モンスターたちが完全に吹っ飛んだわ!

 

 「じゃ、自分らパーティに行くんで失礼するっす。」

 

 何?その恰好で食堂へ行くだと?

 正気か貴様ら!そんな格好であの華やかな場に入って見ろ、たちまち阿鼻叫喚の地獄絵図になってしまうぞ!

 

 「待て、行かせんぞ……。」

 

 「はぁ!?なんでだよ、招待されてんだから別に問題ねぇだろ?」

 

 大ありだバカ者!

 見た目も中身も変質者な貴様らをあの場へやるわけにはいかん!

 

 「私だ、変質者二名を発見したすぐに来い。ああ、食堂前の廊下だ。」

 

 「ちょ!変質者って酷くないっすか!?どっからどう見てもハロウィンの仮装じゃないっすか!」

 

 「どっからどう見ても変質者だ!ガタガタ言わずに憲兵詰め所まで来い!」

 

 「そりゃ横暴じゃねぇか憲兵さん!俺らまだ何もしてねぇぞ!?」

 

 見た目がすでに犯罪だ!

 貴様らの魂胆はわかっている、お菓子で駆逐艦を釣ってそのフォークとスプーンでイタズラをする気だろう!

 駆逐艦相手にトリックオアトリートする気だろう!

 

 「隊長殿!参りました!」

 

 「来たか!この二人だ!さっさと連行しろ!」

 

 「やや!見るからに怪しい奴ら、了解しました!」

 

 「ふっざけんなコイツ等!離せ!離せこの野郎!」

 

 「ちょ!パンツは引っ張らないで欲しいっす!コレ気に入ってるんすから!」

 

 私の応援要請で集まった憲兵隊10人に連れられて変質者共が連行されて行く。

 艦娘達の平和はなんとか守られたようだ。

 

 艦娘達が日本の平和を守り、私が艦娘達の平和を守る。

 なぜなら私は憲兵だから。

 

 艦娘によからぬ劣情を抱く奴は私が根絶やしにしてやる。

 

 憲兵の名に懸けて!

 




 
 なんとかE4突破……。
 それにしても今回のイベントマップはDOLやってた頃を思い出させる……。
 親の顔より多く見たインド洋……ベルベット懐かしいな……。


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幕間 少佐と由良3

 慢心は人間の最大の敵だ。

 

 元はシェークスピアの名言の一つだが、今の軍でそうだと知って使っている者がどれ位いるだろう。

 何事に関しても念には念を押す事は大事だ。

 人間のやる事に完璧に近いことはあっても、完璧な事などあり得ないのだから。

 

 その事を自分は、目の前でハロウィンパーティーのための仮装に身を包んだ由良に声を大にして言いたい。

 

 「どう?似合うと思います?」

 

 似合うか似合わないかと問われれば似合っていると言うしかない。

 別に似合ってないと言えば由良に怒られるとかではなく、純粋に似合っていると思う。

 いや、似合いすぎている。

 

 「似合うとは思うが……。少々刺激が強すぎないか?」

 

 「そうですか?別に肌を晒してるわけじゃないですけど……。」

 

 そう言って由良が体をクネクネ動かしながら自分の体を確認していく。

 

 やめて、自分のような女性経験の少ない男には刺激が強すぎます。

 背中を確認しようと首だけで振り返ろうとしてるポーズのなんとエロいことか。

 

 由良の本性を知らない男なら理性が吹っ飛んでいただろうな、若干反り返り気味な姿勢のせいで小振りながらも形の良い胸部装甲がこれでもかと自己を主張し、ヘソの凹みを中心とした臍部(さいぶ)周りが蠱惑的に見えるからもう大変。

 

 完全に童貞を殺しに来ている、自分がその手の店で似たようなコスプレを見たことがなかったら一撃でハートブレイクされていただろう。

 

 しかしそこは大して問題ではない、それよりも問題なのは包帯の隙間から見える素肌だ。

 ピッタリと張り付くように巻かれた包帯のせいで若干盛り上がってるじゃないか、はみ出していると言っても過言ではないほどに!

 

 自分じゃなかったら、そのはみ出た素肌にむしゃぶりついていたかもしれん。

 

 そしてそれよりも更に問題なのが小山の先から若干出ている突起だ!

 絶対にノーブラだろそれ、いくらなんでも無防備すぎる!

 せめてパットくらいしよ?

 その突起は危険すぎるぞ、鎮守府内で襲われる事はないと思ってるんだろうがそれは慢心だ!

 

 君に苦手意識を抱いている自分でさえ狼になりそうになってるんだぞ、そんな如何にも襲ってくださいと言ってるような格好で男連中の前に出てみろ。

 たちまちパーティー(意味深)の始まりだ!

 

 待てよ?上に下着を着けてないと言うことは下も穿いてないんじゃないか?

 

 「少佐さん?」

 

 いやいや、いくらなんでもそれはないだろう、それじゃただの痴女じゃないか。

 だが実際のところどうなんだろう、もし穿いていたなら下着のラインが見えそうなものだが、そのような物は見当たらない

 

 「少佐さんったら!」

 

 と言うことはノーパン!

 なんと破廉恥な、見損なったぞ由良!

 君がそんなに自分を安売りする女性だとは思わなかった!

 

 「聞こえてないんですか?ね!ね!」

 

 「え?あ、なんだ由良。」

 

 「なんだ、じゃないですよ!少佐さんも早く着替えないとパーティーに遅れますよ?」

 

 パーティー(意味深)……だと?

 やはり君はそのつもりでそんな格好をしていたのか!

 更に自分にも着替えろだと?

 自分を干からびさせて本当にミイラにする気か!

 

 「これとかどうです?ドラキュラとかいいと思うんですけど♪」

 

 思うんですけど♪じゃないよ!

 自分にドラキュラの仮装をしろと?

 自慢じゃないが自分の顔面偏差値は心得てるんだよ!

 そんな自分にイケメン専用みたいなドラキュラの仮装をしろと?

 どんな罰ゲームだ!

 フランケンシュタインのほうが絶対に似合う自信があるぞ!

 

 「い、いや……自分にドラキュラは……フランケンシュタインとかの方がいいんじゃないか?」

 

 「ダメです!絶対にこれを着てください、サイズもピッタリですから!」

 

 強制だと!?

 しかも、なんで君がピッタリと言い切れるほど自分の服のサイズを知ってるんだ!?

 

 「わ、わかった……着がえるから少し外に出ていてくれないか?」

 

 由良の格好のせいで意思とは関係なしに主砲が最大仰角なんだ、さすがに由良の前で晒すことなどできない。

 

 「そ、そうですよね!まだそういう仲じゃないですし!」

 

 どういう仲か知らないが早く出て行ってくれ。

 それとも自分の裸が見たいのか?

 泡姫の前で脱いだ途端、『フ……。』と鼻で笑われたこの愚息が見たいのか!

 男の価値は大きさだけなんだチクショウメェェェ!

 

 「じゃあ着がえ終わったら呼んでくださいね。チェックしますから。」

 

 何を!?

 何をチェックすると言うんだ君は!

 こんな物、普通に着ればいいだけだろうに……。

 あれ?このネクタイはどうやって結ぶんだ?

 蝶結びでいいんだろうか……。

 

 「終わりました?」

 

 「え?あ、ちょっとま……。」

 

 「あー!やっぱりまともに着れてないじゃないですか!ちょっと貸してください!」

 

 しょうがないじゃない……スーツか軍服くらいしか着ないんだもの……。

 そんな自分にこんな凝った服を着ろとか無理に決まってるだろう……。

 

 「せっかく由良が手作りしたんですからキチッと着てくれないと困ります。」

 

 こっちが困ります。

 そんなに近づかれたら本当に困ります。

 自分の愚息は主人の気持ちも知らずに元気一杯なのですから……。

 

 「あら?少佐さんコレ……。」

 

 どれ!?

 まさかバレた!?

 まずい……『何考えてるんですかいやらしい!』とか言いながら殴られるんだろうか……。

 

 「やっぱり!ボタン掛け違えてるじゃないですか!仕方ないなぁ……。」

 

 よかった気づいてはいないようだ……。

 ズボンを盛り上げる程のサイズじゃなくて助かったよチクショウ……チクショウ!!

 

 「はいデキました♪よく似合ってるじゃないですか。うん、いいんじゃない?」

 

 君の目は節穴か?

 自分で言うのも何だがコレじゃない感が凄いぞ!?

 

 「じゃあ行きましょうか。パーティー、楽しみですね。ね♪」

 

 なるほど……パーティーで自分を晒し者にして笑いを取ろうという魂胆か……。

 ああわかったよ、せいぜい道化を演じてやろうじゃないかコンチキショー!

 

 「そういえば、提督さん達はもう行ってるんでしょうか。たしか午後から演習してましたよね?」

 

 そうでしたねー。

 来てなくてもその内来るんじゃないっすかねー。

 食堂が近づくにつれてテンション下がるわー。

 

 「また上の空……。そんなに由良に魅力がないのかしら……。」

 

 別にそんな事ないんじゃないっすかねー。

 自分以外にはバカウケっすよきっと。

 

 ん?食堂の方から歩いてくるのは憲兵殿か?

 相変わらず女性みたいな容姿だな、あれでは男に愛を囁かれた事もあるんじゃないだろうか。

 

 「あ、これは憲兵殿。ご苦労様です。」

 

 せめて労いくらいは言っておかないと、皆がパーティーだとはしゃいでる中仕事に勤しんでおられるのだから。

 

 「すみません、私達だけ楽しんでしまって……。」

 

 なんだ?由良が若干警戒しているな。

 はは~ん、破廉恥な格好だから憲兵殿に咎められると思ってるんだな?

 憲兵殿もまるで由良を射貫くような目で見ておられる、遠慮せずに連行してもらって構いませんよ?

 

 「いえいえ、これも仕事ですので。」

 

 特に咎めるような様子はないな……。

 パーティーだから見逃すつもりだろうか、いけませんな憲兵殿、そんな事では鎮守府の風紀は乱れ放題ですぞ?

 

 「それでは憲兵殿、自分たちはこれで。」

 

 ともあれ、由良を引き剝がしてくれないのなら憲兵殿に用はない。

 由良も早くここを離れたそうにチラチラとこっちを見てくるしな。

 

 「お仕事頑張ってくださいね。」

 

 『そそくさ』とは今の由良のような動きだろうか、まるで憲兵殿から身を隠すように私の前に出て来た。

 そんな格好をしなければ目を付けられる事もなかったろうに。

 

 「あ、あの少佐さん……。あの人ってけんぺいさんです……よね?ね?」

 

 「どうしてそんな事を聞くんだ?由良も会ったことがあるだろ?」

 

 「そうなんですけど……何というかその……。」

 

 後ろからでは表情がよく見えないが、耳どころから首筋まで赤くなっているな。

 なるほど、由良はああいうタイプの男が好みなのか。

 自分とは真逆だな。

 「じ、自意識過剰とか思わないで下さいね!?その……し、視姦されてるような気がして……それでちょっと怖くなっちゃったんです……。」

 

 憲兵殿が?由良を?

 それはないだろう、あの真摯な眼差は職務に忠実な軍人そのものだったぞ。

 それを視姦だなどと言っては憲兵殿が可哀想だ。

 

 「気のせいだよ由良、憲兵殿は真面目な方だ。きっと由良の格好が過激だったから注意すべきか悩んだのだろう。」

 

 「そ、そんなに過激ですか……?由良は別にそう思わないんだけど……。」

 

 なんだ?

 自分の顔に何かついてるのか?

 そんなに自分の方ばかり振り向いてると何かに躓いて転けても知らんぞ。

 

 「しょ、少佐さんは由良のこの格好どう思います?グッと来ます?」

 

 そんなに真っ赤な顔をするくらいなら聞かなければいいのに……。

 ああ、確かにグッと来るよ。

 主に股間にな、だから非常に困っている……。

 

 「自分としては、出来れば……あまり人目につく場所でそういう格好はしないで欲しいな……その……困るんだ……。」

 

 「そ、それは他の人に見せたくないって事……ですか?」

 

 そりゃそうだろう、おっ立てた竿を見せて自慢したがるほど自分は変態じゃない!

 ってか自慢できる程のサイズでもない!

 哀しいことにな……。

 

 「そうですか……そうですよね!」

 

 なんか知らんが納得したらしい、哀しいなぁ……自分の愚息にも提督殿くらいのサイズがあれば……。

 

 「この格好は今日限りにしますけど……少佐さんがどうしてもって言うならまた着てあげますね。ね?」

 

 言わないよ?

 何をとち狂った事を言ってるんだ君は、どうせ言った途端に『少佐さんってやっぱりいやらしいですね!この変態!包帯フェチ!』とか言って自分のメンタルをボロボロにする気だろう!

 だが残念だったな由良!

 自分はその手のイジメには慣れてるんだ、学生時代にさんざんやられたからな!

 あの経験のせいで自分はすっかり女性不信だよ……。

 

 「あ、けっこう集まってますね。うわ!愛宕さんと辰見さんの格好凄すぎません!?」

 

 ああ、凄い。

 まさにパンパカパーンだ、何がパンパカパーンなのかは言うまでもないと思うが、とにかくパンパカパーンなのだ。

 ちなみに自分の愚息もパンパカパーンである。

 

 完全に油断していた、まさか由良以外にも男を悩殺しようとしている艦娘が居るとは思っていなかった……。

 

 やはり慢心は恐ろしい……。

 由良の格好に慣れてきたと思ったところにこれだもの……。

 

 「あ、少佐さんに由良さん!とりっくおあとりーと!なのです!」

 

 おやおや、誰かと思えば六駆の暁とその面々じゃないか。

 キキみたいな魔女の仮装がよく似合っているぞ、雷と電はキキララかな?これも大変可愛らしい。

 だが響、お前はダメだ。

 それはサンバか?サンバカーニバルの衣装か?

 いくらなんでもフリーダム過ぎるだろ!

 

 「響ちゃん……それはさすがに……。」

 

 「不死鳥をイメージしてみた。」

 

 炎のような色合いの羽は確かに不死鳥を思わせるが……さすがにサンバはないだろサンバは……。

 顔に施している化粧はバケモノみたいだが。

 

 「あ、少佐さんお菓子お菓子。」

 

 「おっとそうだった。ほら、コレをあげるからイタズラは勘弁してくれよ?」

 

 「これだけぇ?まあいっか、少佐さんにイタズラするのはやめとくわね。」

 

 うん?自分には?

 それまさか、由良にイタズラするという事か!?

 

 「ちょ!響ちゃんダメ!ダメだったら!」

 

 気づくのが遅かった!

 頼むから由良を怒らせるような事だけはしないでくれ!

 

 「大丈夫か由良!」

 

 「ダメ!少佐さんこっち見ちゃダメだから!あ……。」

 

 由良、それが慢心の結果だ。

 やっぱり穿いてなかったんじゃないか。

 響に包帯をずらされたせいで由良が一番隠してなきゃ行けない部分が丸見えになっている。

 さすがにこんなに明るい場所で見るのは初めてだ……風呂屋って基本薄暗いし……。

 

 「ブホォ!」

 

 自分の鼻から勢いよく鼻血が噴き出ているのが目に見える、鼻血って本当に噴き出るんだな……。

 

 「しょ、少佐さん!?やだ、どうしよう……取りあえずティッシュを!」

 

 意識が遠のく……血を流しすぎたか……。

 

 「ちょっと由良大丈夫!?お腹のあたりが血まみれじゃない!」

 

 辰見、由良のそれは自分の鼻血だから大丈夫だ、それより首の後ろをトントンしてくれないか?

 

 「私は大丈夫ですけど少佐さんが、血が止まらないんです!」

 

 「これは……少佐、介錯がいる?」

 

 諦めないで!ただの鼻血だから!

 お前半分笑ってるじゃないか!

 

 「なんだ?この騒ぎは。ん?どうした少佐!誰にやられた!」

 

 提督殿!

 よかった、まともな人が来てくれた!

 

 「これは酷いな……ん?由良もか、一体何が……。」

 

 提督殿が自分と由良を交互に観察している、それよりティッシュくらい鼻に詰めてもらえませんか?

 マジで貧血気味になってきましたよ……。

 

 「あ~なるほど……。」

 

 なるほどって何?

 もしかして察しちゃいました?

 何があったか察しちゃったんですか!?

 

 「由良、どこまで見られた?」

 

 「え!?あ、いやその……。」

 

 何聞いてんの!?

 やめてあげて!由良も困ってるじゃないですか!

 って言うかそれ聞いてどうするつもりですか!?

 

 おい由良、何を提督殿に耳打ちしている?

 やめてくださいお願いします、提督殿が新しい玩具を貰った子供のような笑顔を浮かべてるじゃないか。

 絶対悪ふざけ始めるからこの人!

 この顔した時の提督殿は本当に(たち)が悪いんだから!

 

 「そうか、そこまで見られたか。少佐、どうすればいいかわかってるな?」

 

 まったくわかりません、いえ、わかりたくありません!

 

 「安心しろ由良、少佐には必ず責任を取らせるから。」

 

 いつの時代だよ!

 ちょっと下半身を見たくらいで自分の一生を決めないでもらえません!?

 

 「で、でも少佐さんの気持ちの問題もありますし……。」

 

 「大丈夫、少佐も由良の事を想っていることは私が知っている。そこは気にしなくていい。」

 

 気にして!

 自分を地獄に叩きこむ気ですか!?

 アンドレ・プレヴォーもこう言っている、『独身者とは妻を見つけないことに成功した男である』と!

 自分は独身でいいんですよ、だから余計な事しないでもらえます!?

 

 「ハロウィンパーティが婚約発表会になっちゃいましたね。」

 

 辰見ーー!余計な事を言うな辰見ーーーーー!!

 自分は婚約した覚えなんてないぞ!

 

 「こ、婚約だなんて……付き合ってもいないのに……。も、もう~どうしよう♪」

 

 ホントどうしようねこれ、と言うかなんで嬉しそうなの?

 こっちは絶望感が半端ないんですけど。

 もう気絶しちゃおうかな……いい感じに意識が遠のいて来たし……。

 

 「ねぇ提督?これ気絶してません?」

 

 「おい、何気絶してるんだお前は。起きろ。」

 

 殴られたって起きませんよ、むしろもっと殴ってください提督殿。

 そしてこのまま永眠させてください。

 自分を助けると思って……。

 

 後日、半年分の給料で婚約指輪を買わされる事になったのだが、それはまた別の話だ……。

 



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朝潮編成 5

 「まさかあの少佐が婚約とはね~。しかもあのピンク髪と。」

 

 「由良だ、いい加減名前を憶えろ神風。」

 

 心配しなくても覚えてるわよ、ちょっとド忘れしただけ。

 それにしてもビックリしたわ、甘味を確保しとこうとパーティ会場に行ったら婚約発表会してるんだもの。

 少佐が鼻にティッシュ詰めて気絶してるのを見た時は何してるかわかんなかったけど。

 

 「指輪くらい買わさないとな、給料半年分くらいでいいか?」

 

 高いでしょ、少佐って毎月かなりの額貰ってるはずよ?

 それの半年分って……。

 

 「三か月分が相場じゃないの?貯め込んでそうだから半年分でも平気そうではあるけど。」

 

 「私なら一年分は突っ込むぞ。」

 

 それは先生だからでしょ? 

 そんな高価な指輪貰ったら、私ならドン引きしちゃうわよ。

 

 って言うか誰にあげる気?

 まさか朝潮じゃないわよね?

 せめてもう三年待とう?犯罪だから、マジで。

 

 「それよりも、さっきから何書いてるの?手紙?」

 

 「ああ、密書と言えばいいか?」

 

 今時密書って……時代劇の見過ぎじゃない?

 電話かメールでいいじゃない、先生って字下手なんだから。

 

 「年末の作戦についての事を書いた手紙だ、万が一を考えて手紙にした。」

 

 相変わらず上層部を信用してないのね、気持ちはわからなくはないけど……。

 いくら無能な大本営と言っても作戦の邪魔をするとは思えないけどなぁ、知ってる範囲だとかなり大規模な作戦みたいだし。

 

 「よし、これでいい。やはり私は字が下手だな……。」

 

 「代筆してあげようか?私の方がマシだと思うわよ?」

 

 実際私の方が綺麗だし、これでも書道初段よ私。

 

 「いや、お前にもまだ言えない内容だ。駆逐隊を使って確実に届けさせる。」

 

 ふぅん、私にも言えないって事はかなり重要な内容ね。

 編成に関する事……じゃないわね、それならそこまでする必要なんてないし。

 見たところ手紙は四通、各鎮守府に一通づつか……。

 

 「呉には朝潮たちに行ってもらうか、再来週あたりなら時期的にもちょうどいい。」

 

 何の時期よ、11月中旬に何かあったっけ?

 あ、手紙を金庫にしまった、そこまで急ぎの内容でもないのかな。

 それとも、すでに決まっている事(・・・・・・・・・・)を伝えるだけの手紙なのかしら。

 

 『駆逐艦朝潮です!入ってもよろしいでしょうか!』

 

 勝手に入りなさいよ、貴女秘書艦でしょ?

 毎回律儀に許可なんか待っちゃって。

 

 「構わないよ、入りなさい。」

 

 「失礼します!第八駆逐隊、哨戒任務から帰投しました!」

 

 真面目すぎるわ!

 真面目過ぎて堅苦しいわよ、毎回それでよく疲れないわね!

 

 「ご苦労だった、旗艦になって初めての出撃だったがどうだった?何か問題はあったか?」

 

 旗艦?この子八駆の旗艦になったの?

 さすがに早すぎると思うんだけど。

 

 「いえ、特に問題はありませんでした。帰投後にダメ出しはされましたが……。」

 

 まあそれくらいはねぇ……。

 大潮達が一緒なら、よっぽど変な指示を出さない限りどうとでもなるでしょうけど。

 

 「秘書艦に八駆の旗艦と、慣れるまでは大変だろうが頑張ってくれ。頼りにしている。」

 

 「司令官……。はい!お任せください!」

 

 うわぁ、私は絶対無理だわ。

 どっちか一つでも嫌、どっちも面倒くさいもん、戦ってるだけの方が楽だし。

 ってか見つめ合うな、この二人歳の差を自覚してるのかしら。

 倍どころか三倍近く離れてるのよ?

 トリプルスコアつきかけてるのよ?

 

 「ねえ、いつまで見つめ合ってんの?」

 

 「……。」

 

 うわ出た、『居たんですか神風さん』的な顔して見るんじゃないわよ、泣かされたいの?

 

 「あ……、お茶でも淹れましょうか?ついでに神風さんも。」

 

 私はついでかい!

 いい度胸だ、泣かせてやるから表に出なさい。

 

 「じゃあお願いしようか、時間もちょうどいいから休憩にしよう。」

 

 「あ、お茶請けが切れてる……どうしよ……。」

 

 「ん?もう切れたか。神風、部屋に戻って茶菓子を何か取って来てくれないか?」

 

 なんで私が……それに部屋にあるお菓子って私のよ?

 それを茶請けに提供しろっての?

 

 「やだ、なんで私のお菓子を提供しなきゃいけないのよ。」

 

 せっかく昨日のパーティで当分困らないくらい確保したんだ、おいそれとあげてなるものか。

 

 「執務室の茶菓子を食ったのはお前だろうが。」

 

 ええそうよ、だから何?

 あんな食べてくれって言ってるような場所に置いとくのが悪いのよ、執務室に居たってお菓子食べて寝転がってるくらいしかやる事ないんだからしょうがないじゃない。

 

 「どうしましょう、部屋に戻って取ってきましょうか。」

 

 そうしなさいそうしなさい、それで万事解決!

 

 「それじゃ朝潮が損をしてしまうじゃないか。」

 

 「わ、私は別に……司令官とお茶を飲めるだけで幸せなので……。」

 

 しょうも無い幸せいっぱいねぇ、毎日飲んでるでしょうが。

 そう言えば、前に先生が『例え小さな幸せでも、それを感じてる時が一番の幸せだ』とかクサい事言ってたわね。

 私を初めて実家に連れて帰った時だったっけ……。

 

 「仕方ない、来客用に取っておいた物だが……。」

 

 ん?金庫なんか開けてどうする気かしら、そんな所に茶菓子を隠してるの?

 うお!おもむろに取り出したのは間宮羊羹じゃない!

 しかも1本1キログラムあるデカイ方!

 

 「大きい……こんなに大きいの初めて見ました。」

 

 そりゃそうでしょう、私だって見るのは初めてよ。

 金じゃ買えないと言われるほど品薄な『給糧艦 間宮』お手製の本物、しかもそれのデッカイ版!

 それ1本と交換で、4年の兵役中の甘味は余裕で確保出来ると言われるほどの超貴重品じゃない!

 それが三時のオヤツで食べれるなんてなんたる僥倖!

 執務室に入り浸っててよかった♪

 

 「そんな物欲しそうな顔してもお前にはやらんぞ、茶菓子を散々食い荒らしただろうが。」

 

 「なんでよ!いいじゃない茶菓子の一つや二つ!」

 

 「一つ二つじゃなくて全部だろうが!毎日毎日食っちゃ寝しおって、少しは朝潮を見習え!このバカ娘が!」

 

 「まあまあ、あの……二人とも落ち着いて……。」

 

 なによ朝潮朝潮って、私だって毎日暇を潰すのが大変……じゃないや。

 朝潮が出撃してる間、先生が寂しがっちゃいけないと思って居てあげてるのに!

 

 そうだ、逆に思いっきり甘えてみよう。

 この人はなんだかんだ言って私に甘いからね、押してダメなら押しまくれよ!

 

 「ねぇ~お父さんお願ぁい♪神風も間宮羊羹食べたいのぉ。」

 

 どうだ!

 渾身の猫なで声よ!あげたくなったでしょ?私に羊羹を食べさせたくなったでしょ?

 いいのよ?いっぱい食べさせても!

 

 「うわぁ……お前大丈夫か?」

 

 チクショウ!

 このクソ親父ドン引きしやがった!

 なんで?どこが悪かったの?

 目を潤ませて上目遣いまでしてやったのに返ってきたのは痛い子を見るような同情の眼差し。

 同情するなら羊羹ちょうだいよ!

 

 「司令官、緑茶でいいですか?」

 

 こっちは何事もなかったかの様にスルー!

 無反応はやめてよ、放置プレーを楽しむような特殊な性癖は私にはないのよ!

 

 「ああ、私は羊羹を切り分けておこう。」

 

 「わ、私が切ろうか?お父さんは座ってゆっくりしてなさいよ。」

 

 そんな訝しむような目で私を見ないで。

 大丈夫よ、ちゃんと三等分するから、きっちり三分の一づつ分けるから!

 あれ?でも割り切れないか……。

 わかった、余りの1グラムくらいは先生にあげるわ、私の寛大さに感謝しなさい。

 

 「お前に切らせたら全部食いかねんからダメだ。」 

 

 全部食べないの!?

 ケチ臭くなったわね先生も、こういう物は食べれる時に食べておかないと後悔するのよ?

 それとも最近、血糖値気にしてるから少しづつ日を分けて食べようって事かしら。

 大丈夫、それなら私が先生の分まで食べてあげるから。

 

 「朝潮、皿を取ってくれないか。そう、そこの棚だ。二枚でいいぞ。」

 

 あれあれ~?一枚足りないぞ~?

 私の分かな?私の分を数え忘れたのかな?

 そっかぁ先生も呆けてきてるのね……。

 でも安心して、呆けても朝潮が介護してくれるはずだから、きっと下の世話も喜んでしてくれるわよ。

 

 「お父さん?私の分を忘れてるわよ?」

 

 忘れてるみたいだから優しく教えてあげるわね。

 よかったわね、私みたいな出来た子が娘で。

 

 「だからお前の分はない。」

 

 あ、キッパリ言い切った。

 これだけ真摯にお願いしてるのにそんな言い方なくない?

 ないわよね?

 

 「なんでよ!可愛い娘がこれだけお願いしてもダメなの!?意地悪しないで私にもちょうだいよぉぉ!」

 

 「何が意地悪だバカモン!食い過ぎだお前は!豚になりたいのか!」

 

 「それでもいいからぁぁぁ!豚になってもいいから私にも羊羹食べさせてぇぇぇぇ!」

 

 こうなったらヤケよ!縋り付いて泣き落とししてやる!

 プライド?

 プライド捨ててあの羊羹が食べれるならダース単位で捨ててやるわよ!

 

 「うわぁ……。」

 

 うわぁって何よ朝潮うわぁって、まあ滑稽に見えるでしょうね、先生の腕にしがみついてガン泣きしてるんだから。

 でも問題ないわ、だって私は見た目だけなら少女なの、だからオヤツをねだってダダこねても別に不自然じゃないのよ!

 

 「わかった!わかったから袖を引っ張るな!」

 

 「ホント……?」

 

 よし!いい感じよ私、小首を傾げて上目遣いよ!自分の可愛さを最大限生かしなさい!

 先生は子供の泣き落とし弱いんだから、見た目が子供ない事を限界まで利用しなきゃ!

 

 「ああ、お前にもやるからソファーに座って待ってろ……。」

 

 やったぁー!

 完全勝利よ!頭の中でファンファーレが鳴り響いてるわ!

 辛い戦いだった、失った物も多かったけど得た物はそれ以上に大きいわ!

 

 「はい、神風さん。熱いんで気をつけてくださいね。」

 

 ふむ、まずは緑茶からか。

 私的にはお茶なんていらないからさっさと羊羹が欲しいんだけど……。

 あ、来た来た♪

 

 「ほら、ありがたく食うんだぞ。朝潮は何処に座る?神風の隣でいいか?」

 

 私の前に羊羹が乗ったお皿を置きながら、先生が対面に座った。

 ああ……艶めかしく黒光りした塊が私の目の前に……

 見てるだけで頬が緩んでくるわぁ♪

 

 「よ、よろしければ司令官の隣で……。」

 

 もう、そんなモジモジしてないで早く座りなさいよ、貴女が座らなきゃいただきますができないでしょ?

 

 「構わんぞ、神風の隣だと羊羹が盗られてしまうかも知れないからな。」

 

 甘いわね先生、盗る気なら例え対面に座られたって関係ないわ。

 それより早くいただきますしましょう?

 もう待ちきれないんだけど。

 

 「じゃあいただくか。ほら、朝潮も遠慮しないで。」

 

 「は、はい、いただきます!」

 

 「いただきます!」

 

 くぅ~!これよこれ!

 最高級の小豆と砂糖をふんだんに使って、そこらの和菓子屋が裸足で逃げ出すほどの味に仕上げられた羊羹の味と言ったらもう……。

 筆舌に尽くしがたいわ、凄く甘いのに洋菓子のようなしつこさはなく、まるで体に染み渡っていくように感じるわね。

 きっと今、私の体は羊羹になっている……。

 

 「何度食べてもやっぱり美味しいですね♪でもよろしかったんですか?来客用と仰ってましたけど。」

 

 「私を訪ねてくるオッサン共に食べられるより、朝潮に食べてもらう方が羊羹もきっと幸せさ。私も、朝潮の嬉しそうに食べる姿を見られていい気分になれる。」

 

 「そ、そんな……あ、あんまり見ないでください……。恥ずかしいです……。」

 

 ケッ!

 そういう甘味は今いらないのよ!

 イチャつくのはいいけど私が居ない所でやってくれないかしら。

 

 「あ、司令官。ホッペに羊羹がついてます。」

 

 「ん?どこだ?」

 

 「取って差し上げますからジッとして居ていてください。」

 

 睦まじいわねぇ。

 指で拭い取ったその羊羹をどうするの?

 あ、舐めるんだ、エロい!

 大胆な事するようになったわねこの子、貴女の大胆な行動のせいで先生が照れちゃってるじゃない。

 

 でも何か変、お互いに好き合ってるのはわかるんだけど、先生の方に違和感がある……。

 別に一歩引いてるわけでもないんだけど……何て言ったらいいのかな、好きの種類が違う……でもないか。

 先生のあれは間違いなくLoveだし……私の気のせいなのかしら……。

 

 「神風さんどうかしました?食が進んでませんけど。」

 (〇〇ちゃんどうしたん?お箸が進んじょらんけど。)

 

 「え?べ、別に……なんでもないわ……。」

 

 なんで奥さんと朝潮のセリフが重なって聞こえるのよ……ぜんぜん似てないのに、それどころか私より年下なのに。

 先生の隣に座る朝潮があの時の奥さんみたいに見えてくる……。 

  

 「あ、すまない朝潮。茶をもう1杯貰えるか?」

 

 「はい、神風さんもおかわりどうですか?」

 (はいはい、〇〇ちゃんもおかわりどう?)

 

 「う、うん……貰う、ありがと……。」

 

 そっか、違和感の正体がわかったわ、先生が自然体すぎるんだ……まるで奥さんと接してるように朝潮と接してる、そんな先生の態度に引っ張られて、朝潮に奥さんの面影まで見ちゃったんだわ。

 

 笑い合いながら話す二人は熟年のカップルのような睦まじさと、付き合い始めの初々しさ、その相反する両方を感じさせてくる。

 遠いな……初めて先生の家に行った時みたいな疎外感を感じちゃう……。

 私が一番近いはずなのに。

 先生の事は好きだけど、あくまで父親としての好き。

 男性として意識した事なんてなかったのに、なんでこんなにモヤモヤするのかしら。

 これは嫉妬?

 先代の朝潮の時は嫉妬なんてしなかったのに、今の朝潮を見てると嫌な感情が抑えられない。

 

 お父さんを盗られちゃうと思うと、切なくて、悲しくて、でも笑ってるお父さんを見ると嬉しくて……。

 父親が再婚する時の娘ってこんな気分なのかな……。

 

 「どうした神風、気分でも悪いのか?」

 

 あの時もそう言って心配してくれたね、初めての環境にどう適応していいかわからずに沈んでいた私を。

 

 「お、お茶が美味しくなかったんでしょうか……?」

 

 そうそう、奥さんも的外れな事を言いながら、焦った感じでお父さんと私を交互に見てた。

 この子なら……お父さんを盗られてもいいかな……。

 

 「ねえ朝潮、今晩暇?」

 

 「え?ええ、仕事が終わったら特にやる事はないですけど……。」

 

 そろそろ親離れを考えなきゃいけないかな、私もいい歳だし。

 でもその前に、このダメ親父のお世話ができるように朝潮を教育しとかなきゃ。

 

 「仕事が終わったら部屋に来なさい。お料理……教えてあげるから……。」

 

 うっわ恥ずかし!

 でもお料理は絶対に教えとかないと、私が作らないとお父さんって同じ物しか食べなくなるからね。

 4年ぶりに帰って来た時はビックリしたわ、冷蔵庫の中漬物しか入ってなかったんだもん。

 きっとあの頃は漬物にハマってたのね。

 

 「い、いいんですか!?是非お願いします!」

 

 「どういう風の吹き回しだ?悪い物でも食ったか?」

 

 二人の熱に当てられちゃっただけよ、そうでもなきゃこんな事言わないもの。

 

 「と、言う事は今日の飯は朝潮の手作りか……期待してるぞ。」

 

 「はい!お任せくだ……さいと言い切れないのが辛いですが、精いっぱい頑張らせていただきます!」

 

 気合だけじゃ料理は作れないわよー。

 でもまあ、やる気があるのは良い事だわ、私も教え甲斐があるし。

 

 「じゃあ私は買い物して部屋で待ってるわね。」

 

 「ん?もういいのか?羊羹全部寄越せと言い出すかと思ってたんだが。」

 

 生憎とお腹も胸も一杯よ。

 それに……あんまり二人の邪魔をするのもなんかね……。

 

 「二人で食べて、私はお腹一杯だから。」

 

 これ以上ここに居たら胸焼けがしてきそうわ。

 さっさと退散、後は間違いを起こさない程度にごゆっくり~。

 

 「あ、神風さん。」

 

 「何?」

 

 なんだろう、今晩お料理を教えてもらうお礼でも言う気かしら。

 さすがにお礼を言うのはまだ早いわよ?

 

 「ご馳走様がまだですよ?」

 

 まったく、もう母親面する気?

 忘れたのは悪いとは思うけど、そう言われると逆に言いたくなくなるなぁ。

 

 「ハハハハ、まるでお母さんみたいだな。」

 

 「お母さん!?そんな……まだ早いですよ、それに神風さんだって年下がお母さんなんて……。」

 

 またイチャつきだした、ホントに逃げないと終いには『お母さん』って呼ばされそうだわ。

 

 「はいはい、……ご馳走様。」

 

 私はそう言って、執務室を後にした。

 

 お父さんと、『お母さん』の面影を持つ朝潮に見送られながら。

 




 E7の敵編成を見て、迷わず丙を選択した作者です。

 と言うか、今回新艦がまったくドロップしない……。


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幕間 提督と満潮 5

 神風さんと司令官の情事を目撃してから何日経ったっけ。

 来週の霞の誕生日に合わせて行くことになった呉鎮守府へのお使いを前に、予てよりの約束だった晩酌の付き合いをする事になった私は、鳳翔さんが料理の下拵えしている光景をカウンターから見ながら司令官を待っていた。

 

 「先に何か出しましょうか?ボーッとしてるだけなのも退屈でしょう?」

 

 気遣われるほど暇そうにしてたかしら、鳳翔さんの仕事を見てるだけで結構暇つぶしにはなってるんだけど……。

 でもまあ、鳳翔さんがそう言うなら何か頼もうかな。

 今日はこれがあるから夕食は少なめにしたし、代金は司令官持ちだし。

 

 「じゃあ何か貰おうかしら、今日のお勧めは?」

 

 「ふふふ♪今日は良い物が入ってますよ♪なんと!松茸、しかも純国産です!それに椎茸や舞茸等々、今日はキノコ尽くしですよ♪」

 

 鳳翔さんがザルいっぱいに乗ったキノコの数々を嬉しそうに私に見せつけてくる。

 

 これは嫌がらせかな?

 せっかくあの時の光景を忘れてきてたのに、そんなキノコばっかり見せられたら思い出しちゃうじゃない。

 別に司令官のキノコを直接見たわけじゃないけど大体の形は知ってるのよ?

 松茸なんてモロじゃない、男の人ってコレをスライスされたり、焼かれたり、茹でられたりしてる光景を見て平気なのかしら。

 しかも食べるんでしょ?

 共食いみたいな感じにならないのかしら……。

 

 「どうしたの満潮ちゃん?キノコ嫌い?」

 

 これは……なんて答えるべきだろう。

 正直、松茸は食べてみたい、別に変な意味じゃないわよ?

 だって今まで食べた事なんてないし、テレビで見る限り美味しいらしいし、実際に香りは凄く良いし。

 でも、『キノコ大好き!』って言ったら淫乱だと思われるかな、形がまんま男の人のキノコだもんね。

 色もこんな感じなのかしら……駆逐艦の間で出回ってるオータムクラウドって人が描いてる本は白黒だから色までは知らないのよね。

 

 「満潮ちゃんは松茸を食べてみたくてしょうがないみたいね。」

 

 鳳翔さんが『ふふふ』、と笑いながらとんでもない事を言いだした。

 それは下の口でとかそういう意味?

 無理無理無理!12センチ以上はあるじゃない!

 こんな大きいの絶対に無理だから!

 

 「五分ほど待っててね、塩を振ってホイル焼きにするから。」

 

 あ、そっちの松茸の話?

 紛らわしすぎるわよ……私てっきり、あっちの松茸の事かと思っちゃった……。

 

 「お、ええ匂いがしちょるの。松茸か?」

 

 来たわね松茸……じゃない!

 そっちから離れなさい私!

 まさか私って欲求不満なの!?

 

 「いらっしゃい提督、知り合いの業者さんが安く分けてくださったんですよ。ほら、こんなに♪」

 

 再びザルに乗ったキノコを見せる鳳翔さん、もの凄く幸せそう笑顔ですね。

 もしかしてキノコ大好きですか?

 

 「こりゃ凄いって……ホンマに凄いな!これ『つぼみ』じゃないか!」

 

 『つぼみ』って何?

 キノコの一種かしら、でも司令官は鳳翔さんが手に持った松茸を見てそう言ってるわね。

 松茸イコールつぼみ?松茸にも種類があるのかしら。

 

 「凄いでしょ、しかも岡山産ですよ♪今年は取れる時期が少しズレたらしいんです。11月にこんなに立派な物にお目にかかれるとは思いませんでした♪」 

 

 エロい!

 松茸を片手に頬を染めてウットリとした表情が、女の私から見ても凄くエロい!

 これで松茸にキスでもしようものならモザイクがいるわ、完全に18禁よ!

 

 「本当に立派じゃのぉ。俺にも見せてくれ。」

 

 いつも見てるんじゃないの?

 それとも形が違うのかしら、あの本じゃ全体像はわかっても細かい所まではわからなかったし……。

 ん?親指と人差し指をL字に広げて何かしてる、サイズを測ってるのかな?

 

 「勝った……。」

 

 何に!?

 え、ちょ……何よその勝ち誇った顔、サイズ?サイズを比べたの?司令官が持ってる松茸15センチは有るように見えるわよ!?

 それより大きいの!?

 

 「提督……満潮ちゃんの前でそれはちょっと……。」

 

 やっぱりそうなの!?

 鳳翔さんの『もう……提督ったら……。』みたいな反応で確信しちゃったじゃない!

 

 「大丈夫じゃろ、なあ満潮。何しちょるかわかるか?」

 

 聞くな!

 わかるわよ、わかっちゃったわよ!

 ソレよりデカイバケモノを股間にぶら下げてただなんて知りたくなかった!

 何なのよ男って、そういう物見たら比べたくなっちゃうの?

 比べないと気が済まないの!?

 って言うかこれセクハラじゃないの!?

 

 「し、知らない……。」

 

 ダメだぁぁぁぁ!

 今の反応は失敗だったぁぁぁぁ!

 羞恥心に負けて思わず目を逸らしちゃったわ、しかも声掠れちゃったし

 これじゃ知ってるって言ってるようなもんじゃない!

 

 「あ、あ~すまんすまん……。そうだな年頃だもんな……。」

 

 やめて!

 その言い方じゃエッチな事に興味がある年頃みたいじゃない!

 そりゃ興味はあるわよ?私くらいの年頃の子なら当然じゃない?

 そうよ、当たり前の事よ。

 だから私は全然おかしくないし、やらしい子でもないの!

 

 「はい、満潮ちゃんお待たせ。熱いから気をつけて食べてね。」

 

 と言って鳳翔さんが差し出してきたのは皿にドンと置かれたホイルの塊。

 開ければ良いのかしら、食べ方がわかんない。

 

 「ゆっくりホイルを開けてみ。あ、顔は離しとけよ?火傷するかもしれんぞ。」

 

 そんな危険物なのこれ!?

 え~、そう言われると開けるの怖いんだけど……。

 

 「俺が開けちゃろうか?」

 

 「お、お願い……。」

 

 別にビビってる訳じゃないし、いつも爆発物扱ってるんだからそれくらい平気だけど……。

 やっぱ初めて見る物は怖いじゃない?

 怖いわよね?

 

 「おおっと!湯気も凄いが香りも凄いのこりゃ。」

 

 司令官がホイルを開いた途端、雲かと言いたくなるような立派な湯気がモヤーッっと立ちのぼり、同時に松茸の物と思われる芳醇な香りが辺りに立ち込めた。

 やばい……匂いだけで涎が溢れて来ちゃう……。

 

 「お味付けは塩と酒だけか、やっぱわかっちょるのぉ鳳翔さん。満潮、スダチかけて食うてみ?たまらんぞ。」

 

 「う、うん……。」

 

 私は縦に裂かれた松茸にスダチを一振りして口に放り込む。

 何これ……、シャキシャキとした歯ごたえとスダチの強烈な清涼感、それと塩によって引き出された松茸の旨味が口いっぱいに広がってもう幸せ♪

 

 「どれ、俺も一つ……。うん、美味い!これ、塩も普通のじゃないじゃろ。」

 

 「はい、せっかくですので藻塩を使いました♪」 

 

 モジオ?喪女の仲間かしら。

 そんな事より箸が止まらない!ご飯が欲しくなっちゃうわね。

 

 「こりゃ今日は会計が怖いのぉ……。どうじゃ満潮、美味いか?」

 

 「うん、美味しい!松茸がこんなに美味しいなんて知らなかった!」

 

 「まあ、単純に味だけならシメジとかのが美味いんじゃがの。」

 

 「え?そうなの?」

 

 こんなに美味しいのに……シメジは食べた事あるけど、ここまで美味しいと感じなかったけどなぁ……。

 

 「松茸が美味しいのはね、香りと一緒に食べるから美味しいのよ。」

 

 へぇ、そうなんだ。

 まあ、シメジじゃこの香りは出せそうにないもんね。

 

 「香り松茸、味シメジとは言うが。最近出回っとらんじゃろ、ホンシメジは。」

 

 「そうですね、一部栽培品はありますが、ほとんどブナシメジです。でも今日は本物のホンシメジがありますよ。」

 

 「ん?じゃあ私たちが食べた事あるシメジって……。」

 

 「ブナシメジじゃろうなぁ、さっきのザルの中にホンシメジもあったぞ。」

 

 ウッソだぁ~シメジってアレでしょ?小っちゃくて茶色いキノコが束になってる奴でしょ?

 そんなキノコ無かったわよ?

 

 「ほら、これですよ。」

 

 「私が知ってるシメジと違う……。」

 

 いやいや鳳翔さん、それはないでしょ。

 それがシメジな訳ないじゃない。

 形はちょっと可愛い気がするけど、傘の部分とか8センチくらいない?

 

 「まあそうじゃろう、俺も数えるほどしか食うた事がない。鳳翔さん、それで何か適当に作ってくれんか?」

 

 「わかりました、じゃあ……天ぷらにしましょうか。ちょっと待っててくださいね。」

 

 なんだか晩御飯より豪華になりそうね……。

 キノコしか食べてないのに。

 

 「そう言えば来週の呉行きじゃが、何かプレゼントは買ったんか?」

 

 「一応ね、大潮がついでにお誕生会もやってやろうって、呉の駆逐艦と連絡も取ってたわよ。」

 

 「霞も喜びそうじゃの、なんなら一泊して帰るか?」

 

 「いいの?」

 

 さすがにとんぼ返りはきついと思ってたからありがたいわ。

 大潮と荒潮は、それでもお誕生会して帰るって言ってたからどうしようかと思ってたのよ。

 

 「ああ、楽しんで来い……。」

 

 ん?なんか含みがあるわね、何だろう……。

 

 「満潮、お前に聞きたい事がある。」

 

 「何?」

 

 急に仕事モードになっちゃって、朝潮の事?

 

 「例えばの話だ、鎮守府総出で敵棲地を攻めた場合。お前がネ級ならどう動く?」

 

 変な質問ね、でも例えばの話を仕事モードで聞くとは思えないわ。

 だとしたら、近い内に鎮守府総出で挑む規模の作戦があるという事、司令官はその時に窮奇がどう動くかを気にしてるのね。

 

 「私がネ級なら……艦隊の背後を突くよう窮奇を誘導するわ。」

 

 作戦の概要すらわからない状態じゃ大した事は言えないけど、私がネ級ならそう進言する。

 その規模の作戦に私たちが組み込まれないはずはない。

 なら私は窮奇を棲地から離れた場所に隠れさせ、朝潮の存在を確認出来たら、艦隊同士が衝突した時点で、背後を叩くふりをして朝潮を誘き出そうとするわ。

 朝潮が居なければ鎮守府を強襲する。

 

 「でもネ級が生きてるとは限らないわ。タウイタウイでやり合った時に、窮奇に沈めてやるって言われてたから。」

 

 それでアイツが素直に沈められるとは思えないけどね……。

 

 「そうか、わかった。もし、これから先そのような作戦があった場合。第八駆逐隊は主力艦隊から外す。」

 

 「うん、了解したわ。」

 

 え?何?私変な事言った?

 なんでそんな意外そうな顔で見て来るのよ。

 

 「文句を言われるくらいは覚悟してたんだがな……。」

 

 「言わないわよ、その必要があると司令官が判断したんでしょ?だったら文句はないわ。」

 

 きっと司令官は第八駆逐隊(私達)を窮奇対策に使うつもりだ。

 いや、第八駆逐隊(私達)を回すのが精いっぱいなんだ。

 司令官は鎮守府総出と言った、横須賀に所属している艦娘はたしか全艦娘の20%、それを全て投入するような規模の作戦で、それでも第八駆逐隊(私達)くらいしか窮奇対策に回せないほどの作戦……。

 そんな作戦が控えてるから楽しんで来い(・・・・・・)なんて言ったのね……。

 

 「察しがよくて助かるよ。朝潮をお前に任せたのは正解だった。」

 

 浮き方すら知らないと知った時はどうしようかと思ったけどね……。

 でもまあ、覚えだけは良かったから助かったわ。

 

 「最近は神風さんにベッタリみたいだけど?あの二人何かあったの?」

 

 最近は夕食も一緒に食べてるみたいだし、大潮と荒潮が寂しがってるわ。

 私は別に……平気だけど。

 

 「神風に料理を習っちょる、学習能力の高さは料理にも応用可能らしい。」

 

 あの子が料理をねぇ。

 って事は司令官と一緒に食べてるのか……意外と手が早いわねあの子……。

 すでに司令官の胃袋を掴みにいってるのか。

 

 「味はどうなの?美味しい?」

 

 「美味いぞ、あの子はキッチリとレシピ通り作るけぇ失敗がない。」

 

 朝潮らしいわね、今度私も作ってもらおうかな。

 

 「はい、お待ちどう様。キノコの天ぷら盛り合わせです。それと提督にはお酒ですね。」

 

 おお……キノコばっかり……。

 天ぷらなのに香りが漂って来るわね。

 え~と、どれがホンシメジだったっけ?

 

 「ここまでキノコ尽くしの天ぷらは初めてじゃの、満潮も遠慮せず食え。」

 

 「食べるけど……どれがホンシメジ?わかんなくなっちゃったんだけど。」

 

 松茸はわかる、半分に切ってあると言っても形がまんまだもん。

 そういえば司令官、普通に松茸に齧り付いてるわね、共喰い意識はないんだ……。

 

 「ん?どうした?」

 

 「え?いや……何でもない……。」

 

 しまった……また意識しちゃった……。

 なんで共喰いとか考えちゃったのよよ私!

 もしかして私ってムッツリスケベ?

 それとも溜まってる?

 私も神風さんみたいに司令官を襲っちゃうのかしら!

 

 「満潮ちゃん……大丈夫?」

 

 だいじょばない!

 さっきから変な妄想で頭の中がいっぱいよ!

 ちょ!咥えるな!キノコを頭から咥えるのをやめて司令官!

 

 「満潮もいるか?」

 

 「むぐっ!」

 

 突っ込まれた!キノコを口に突っ込まれた!

 あ、でも美味しい……じゃなくって!

 

 「あらあら……。満潮ちゃんも年頃なのね……。」

 

 バレてる?

 鳳翔さんには私が何考えてるかバレてるの!?

 

 「満潮……お前まさか……。」

 

 気づかないで!

 なによ、そんなどう接していいかわからないみたいな反応は!

 こうなったらヤケだ!

 キノコを食いまくってやる!

 司令官が股間に幻肢痛を感じる程齧りまくってやるんだから!

 

・・・・・

・・・・

・・・

 

 悶々としながらキノコを食べまくったせいで、その日の夜は夢にまでキノコが出て来た。

 キノコに追いかけられ、終いには体からキノコが生えて来た。

 

 もう、キノコは……当分見たくないわね……。

 

 

 





 なんか最近下ネタが増えてきたような気が……。
 
 なんでだろう……。


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朝潮編成 6

 神風さんのお料理教室と、第八駆逐隊の旗艦にもだいぶ慣れて来た11月18日、私達四人は、司令官から預けられた手紙を持って呉鎮守府まで来ていました。

 先代が生きていた頃の霞はこの距離を往復してたんですね……。

 

「で?何をしにわざわざ横須賀から呉まで来たの?」

 

 司令官から私たちが来る事が伝わっていたのか、桟橋に着いた私たちを出迎えてくれたのは霞でした。

 でも相変わらずツンツンした態度ですね、ラインでは別人みたいに可愛いのに。

 素直に手紙を届けに来たと言わずに、お仕置きを兼ねて少しからかってあげましょう。

 

 「霞に会いに来たんです。そろそろ寂しくなってるかと思って。」

 

 「は、はぁ!?そんな訳ないでしょ!?」

 

 一瞬で湯気がでそうなほど赤面しましたね。

 言葉とは裏腹に、よっぽど嬉しかったのかスカートの裾や髪を弄ったりしてオロオロしています。

 動画撮るのってどうやるんでしたっけ。

 

 「大丈夫よ朝潮、バッチリ録画したから。」

 

 満潮さんがスマホを構え、親指を立てて動画撮影の成功を告げて来る。

 流石です!

 後で私のスマホに送ってください!

 

 「な!何撮影してんのよ!消してったら!」

 

 「ちょっとやめなさい霞!スマホが落ちる!落ちるから!あ……。」

 

 ゴン!

 

 おお……スマホが霞のオデコに直撃しました……けっこういい音がしましたけど…….

 スマホは大丈夫でしょうか。

 

 「くうぅぅ……角が……角が直撃……。」

 

 痛そうですね、オデコを押さえてうずくまっちゃいました、うっすらと涙まで浮かべてますね。

 

 「満潮、スマホは大丈夫!?壊れてない!?」

 

 「見た目は大丈夫そうだけどぉ……。中身は大丈夫ぅ?さっきの動画消えてない?」

 

 「平気みたいよ、ホントよかったわ……。」

 

 本当によかった、霞は最悪高速修復材(バケツ)に浸ければなんとかなりますがスマホはそうはいきません。

 霞が動揺してるシーンは貴重ですからね、失うわけにはいきませんからね!

 

 「アンタ達私の心配をしなさいよ!あ、なんか膨らんできた……コブになってない?コレ!」

 

 「霞、アンタの犠牲は無駄にはしないわ。」

 

 「ねぇ、この動画売れないかしらぁ?お小遣い稼ぎになるかもよぉ?」

 

 「呉なら売れるかもしれないけど横須賀だと微妙だね……買いそうなのは司令官くらいだよ?」

 

 なんだかよからぬ事を考えてますね、呉で売るのは見ないふりしますが司令官に売りつけるのは看過できません!

 司令官には私の動画を差し上げます!

 

 「売るな!ホント何しに来たのよアンタ達!」

 

 〘だから、霞に会いに。〙

 

 うん、三人ともすごくいい笑顔です、声までそろえちゃって。

 愛されてますね霞、私も嬉しいです。

 

 「だから!それはもういいったら!」

 

 無駄ですよ霞、この三人はイジる時はとことんイジって来ます。

 私も普段よくイジられてますから詳しいんです。

 

 「でもこうして私たちが並ぶと満潮ちゃんが浮いちゃうわねぇ。」

 

 お、荒潮さんが満潮さんイジりにシフトしました。

 満潮さん以外は改二の制服だから、たしかに満潮さんが一人だけ浮いちゃってますね。

 

 「そうね、満潮姉さんだけ幼く見えるわ。」

 

 霞が、ここぞとばかりにニヤァっとして満潮さんに反撃を始めた。

 でもやめてあげてください、満潮さんは八駆で一人だけ改二じゃない事を何気に気にしてるんです。

 

 「しょ、しょうがないじゃない!妖精さんが改二にしてくれないんだから!」

 

 そうです!妖精さんが悪いんです!

 満潮さんのせいじゃありませんから泣かないでください!

 

 「あ~あ、霞ちゃんが満潮を泣かせちゃった。」

 

 「私のせい!?いや、私のせいか……でも元はと言えば荒潮姉さんが!」

 

 「霞ちゃん、人のせいにするのはよくないわぁ。満潮ちゃん大丈夫ぅ?」

 

 大潮さんと荒潮さんがサラッと霞に罪を擦り付けました、なるほど満潮さんイジりも霞イジりの一環だったんですね。

 満潮さんの手に目薬がチラッと見えました、いつ用意したんですかソレ。

 

 「ご、ごめん……え、どうしよ……。泣かせるつもりなんてなかったのに……。」

 

 霞が、今度は顔を真っ青にしてオロオロし始めました。

 赤くしたり青くしたり器用ですね、血圧大丈夫ですか?

 

 「満潮、撮った?」

 

 「バッチリよ、抜かりはないわ。」

 

 「さしずめ、赤霞と青霞かしらぁ。お酒でありそうな名前ねぇ。」

 

 『イエ~イ♪』と頭上でハイタッチをする三人、対して霞は再び顔を赤く染めて怒り心頭です。

 そろそろ本題に入った方がいいかしら。

 

 「アンタら……ケンカ売りに来たんならそう言いなさいよ……買ってやるから……。」

 

 「まあまあ落ち着いて霞、三人なりの愛情表現ですから。」

 

 「あれが!?おちょくってるようにしか思えないんだけど!?」

 

 否定はしません。

 ですがおちょくりたくなる程、霞が可愛いと言う事でここは収めてもらえないでしょうか。

 

 「それより霞、執務室に案内してもらえないかしら。司令官からの手紙を預かって来てるの。」

 

 「手紙って、このご時世に?メールか電話でいいじゃない。」

 

 「私も最初そう思ったけど、情報を漏らさず、かつ確実に内容を伝えるためだと思うの。」

 

 軍の専用チャンネルくらいありそうだけど、それすら使えな程の物なのかしら。

 と言う事は、預かってる手紙にはそうとう重要な情報が詰まっているのね。

 

 「わかった、ついて来て。大潮姉さんたちはどうする?」

 

 「部屋の場所を教えてくれたらそっちで待機しとくよ、ゾロゾロ行っても仕方ないからね。」

 

 「そう、部屋は大会の時の部屋を開けてるからそっちに行ってちょうだい。あ、工廠の場所はわかるわよね?」

 

 「うん、大丈夫だよ。朝潮ちゃんの艤装も貸して、ついでに持って行くから。」

 

 「あ、お願いします。」

 

 工廠に向かう三人と別れた私は、霞に連れられて庁舎の方へ歩きだす。

 左手に戦艦大和が見えますね、中はどうなってるんだろう?

 

 「大和が気になるの?」

 

 「え?ええ、少しだけ。」

 

 昔はあんな巨大な物が動いて戦ってたんですよね。

 

 「ここだけの話だけど、アレってまだ動くらしいわよ。」

 

 「ほ、本当に!?」

 

 70年以上前の代物ですよね、それが動くなんてにわかには信じられないんですけど……。

 

 「噂だけどね、本当に動いたとしても動かすのは無理だと思うわ。呉の象徴みたいになってるから。」

 

 「へぇ……。」

 

 少し残念ですね、動いてる所を見てれるなら見てみたい気もするんですが。

 

 「解体すれば艦娘の大和が建造できるんじゃないかって意見もいまだにあってね、軍も扱いに困ってるらしいわ。」

 

 動かそうとしても、解体しようとしても反対意見が出るか、確かに扱いに困りますね。

 維持費も凄いでしょうし。

 

 「それより旗艦には慣れた?あの三人が相手じゃ大変でしょう?」

 

 「そんな事ないですよ?三人ともとっても素直に言う事を聞いてくれます。」

 

 実際ビックリしてます、私のような未熟者の指示で歴戦の三人が動くなんていまだに信じられません。

 戻った後にダメ出しはされるんですが……。

 

 「ふぅん、あの三人がねぇ……。」

 

 「霞も少し見習った方がいいと思いますよ?普段もラインみたいに素直なら、変な軋轢を生まなくて済みます。」

 

 「じょ、冗談やめてよ!アレは相手の顔が見えないから出来るの!面と向かっては……無理……。」

 

 満潮さーーん!動画の取り方を今すぐ教えてください!

 霞がデレてます!

 赤面してうつむいてモジモジしてます!

 

 ここ?このカメラのマークを押せば撮れるのかしら。

 あ、カメラは起動した、これで撮れるのかな?

 

 「ちょ!何しようとしてるのよ!やめなさいったら!」

 

 気づかれた!

 自分の無知さをここまで悔しいと思った事は今までないわ、なんで私はカメラの使い方を勉強しなかったの!?

 

 「や、やめなさい霞!操作中に奪い取ろうなんて卑怯よ!」

 

 「知るか!勝手に撮影しようとするアンタが悪い!」

 

 く、撮影は断念しるしかないわね、完全に警戒されてしまったわ。

 警戒してる霞もネコみたいで可愛いんだけど……この様子じゃスマホを取り出しただけで叩き落とされそうね。

 フシャー!!って言いそう。

 

 「着いたわ、ここが執務室よ。」

 

 「見た目は横須賀とそんなに変わらないんですね。」

 

 横須賀の執務室のドアと似たような洋風のドア、こっちの方が年季がはいってる感じはするけど。

 

 「霞よ、朝潮を連れて来たわ。入るわよ。」

 

 「失礼します。」

 

 と言って執務室に入ったのはいいんだけど……アレ?部屋を間違ったのかしら、執務机の前に設えられた洋風のテーブルで呉の提督と巫女服を魔改造したような服を着た女性がお茶を飲んでますね。

 あふたぬーんてぃーと言うやつでしょうか。

 

 「金剛さん……何してるの……?」

 

 「Hi! 霞、見てわかりませんか?Afternoon tea デース。」

 

 「そんな事はわかってるわよ!なんでこんな所でやってるかを聞いてるの!」

 

 激昂する霞に、金剛さんがあくまで余裕そうに答える。

 毎日こんななのかしら、霞の血圧が心配になるわね……。

 

 「提督が望まれたからデース。霞もどうデスカ?そっちの貴女も。」

 

 ご馳走になるデース。

 じゃない、私まで参加したら霞の血管が切れてしまうかもしれないからご遠慮しときます。

 

 「司令官も!仕事はどうしたのよ仕事は!」

 

 「大丈夫だママ、金剛がやってくれたから。」

 

 今ママって言いましたか?

 母になってくれと霞に言ったのは覚えていますが、まさか本当にママって呼んでるとは思いませんでしたよ。

 

 「はぁ!?金剛さん!司令官を甘やかさないでって前にも言ったわよね!?」

 

 「霞、仕事はやればいいというものではありまセン。提督自らやらなくてもいい事は下の者に任せるのが一番デース。」

 

 なるほど、これがラインで霞が愚痴っていた金剛さんですか。

 金剛さんの考えも否定はしませんが、今は霞が秘書艦なんですから立場を考えてあげないと。

 ラインで『ちゃんと仕事が出来て偉いわね。って褒めてあげたいのに邪魔される。』って言ってたのはこういう事だったんですね。

 

 「私は必要な事しかやらせてないの!この子は知らない事が多すぎるんだから!」

 

 今この子って言いました?

 いい歳した大人に向かってこの子呼ばわりはどうなんでしょうか……。

 

 「まぁまぁ二人とも、お客さんも居るんだしその辺で……。」

 

 こういう場面をどこかで見た事がありますね、どこでしたっけ?

 

 「提督が気にする事ないデス。霞が大袈裟に騒いでるだけネー。」

 

 意地でもお茶を飲むのを辞めようとしませんね、悪い人ではないんでしょうけど霞とは相性が悪そうだわ。

 

 「ふぅん、あくまで私の方針にケチつけようってのね……。」

 

 霞と金剛さんが見えない火花を散らして、段々と嫁姑戦争の様相を呈してきました。

 嫁と姑の年齢が逆な気もしますが。

 いえ、けっして金剛さんが御歳を召されていると言うわけじゃありませんよ?

 あ、でも思い出しました、満潮さんが録画してるお昼のドラマで似たような場面を見た事があるんだ。

 動画に撮っておいたら満潮さん喜ぶかな。

 

 「だったらどうしマス?」

 

 金剛さんが椅子から立ち上がり、霞も望む所だと戦闘態勢。

 ここでケンカする気?

 呉の提督は止めないのかしら。

 

 「あ……ちょっと二人と……も……。」

 

 ダメですね、二人の迫力に完全に腰が引けてます。

 霞はこんな人のどこがいいんでしょうか、私の司令官と違って頼りがいが皆無です。

 私が止めた方がいいんでしょうか、でも私は部外者ですし……。

 そもそも巻き込まれたくないし……。

 

 プルルルル……プルルルル……。

 

 「あ、電話……ぼ、僕が出るよ!」

 

 固定電話の呼び出し音に気勢を削がれた二人が動きを止め、呉の提督が慌てて電話に応対する。

 誰だか知りませんがナイスタイミングです、おかげでここが戦場にならなくて済みました。

 

 「あ、横須賀提督。え?ええ、今執務室に着いたところで……ええ、はい……いえいえ!そんな事は……はい、はい、では失礼します……。」

 

 司令官!

 さすが司令官です!まるで今の状況を察したかのようなタイミングでの電話、お見事です!

 それに比べて、呉の提督の受話器を大事そうに抱えてお辞儀をしながら話す様は小物感が凄いですね。

 ホントに提督ですか?この人。

 

 「横須賀の提督からだったの?」

 

 「あ、ああ。朝潮さん達が着いたかどうかの確認だったよ。」

 

 「他にも何か言われてたみたいだけど?」

 

 「いや、そのぉ……。」

 

 頭をポリポリしながら困ったように私を見られても困ります、私に関する事を何か言われたんでしょうか。

 

 「朝潮さんに手を出したら鎮守府ごと潰すと脅された……。」

 

 「what!? そんな事で鎮守府を潰すとか、横須賀の提督はCrazyデース!」

 

 何を仰いますか金剛さん、司令官ならそれくらい平気でやりますよ。

 霞と呉提督だって『ホントにやりそう……』って感じで苦笑いしてるじゃないですか。

 

 「あと、霞を今日は上がりにしてやってくれと。」

 

 「は?何で?朝潮たちが来てるから?」

 

 それだけじゃありませんよ霞、今日は貴女の誕生日です。

 今頃、大潮さん達が貴方を祝う準備を進めている事でしょう。

 

 「それは……。」

 

 呉の提督が『言ってもいい?』と言いたそうに私を見て来る。

 私は口元で人差し指を立て、ジェスチャーだけで言わない様に促す。

 言っちゃダメですよ、サプライズなんですから。

 

 「後で朝潮さんに聞いてくれ。」

 

 「朝潮に……ねぇ……。」

 

 なんですかその疑わしそうな眼差しは、別に霞が嫌がるような事はしませんよ?

 呉の駆逐艦も巻き込んで霞をお祝いしようとしてるだけです。

 

 「それより朝潮さん、手紙を預かっていると聞いたけど。見せてもらえるかな?」

 

 「はい、こちらです。」

 

 私は懐から司令官に預けられた手紙を手渡す、金剛さんのテーブルが邪魔ですね……霞が怒りたくなる気持ちもわかるわ。

 

 「なるほど……他の鎮守府にも同じ知らせが行ってるのかい?」

 

 「詳しくは私も伺っていませんが、佐世保、舞鶴、大湊にも駆逐隊が向かっているはずです。」

 

 「わかりました、横須賀提督には一言、『了解した』とお伝えください。」

 

 「はい、わかりました。」

 

 そう言って呉提督は手紙に火をつけ燃やしてしまった、おそらく司令官の直筆と思われる手紙を……なんと勿体ない……。

 

 「何が書いてあったんデスか提督。」

 

 「その場で燃やすほどの内容よ、軽々しく言えるわけないでしょうが。」

 

 再び火花を散らしだす二人、いつもこうなんですか?

 

 「すまない金剛、それはまだ言えない。時が来たら必ず話すからそれまで我慢してくれ。」

 

 さっきまで二人に翻弄されるがままだったのに、今度はハッキリと切り捨てましたね、いつもそうなら霞の心労も減るのでは?

 

 「うー……提督がそう言うなら我慢しマース……。」

 

 どうしましょう、霞のドヤ顔が凄いです、『この子、私が育てたんです!』と言わんばかりのドヤ顔を金剛さんと私に向けてきます。

 

 「じゃあ霞、今日の仕事はこれで終わりでいいから朝潮さん達と一緒にご飯でも食べて来なさい。明日には帰ってしまうからね。」

 

 「え……アンタ達明日帰るの……?」

 

 満潮さーーーん!!カメラを!カメラの使い方を一刻も早く私に教えてください!

 霞が寂しそうな上目遣いで私を見つめてきます!

 シャッターチャンスです!

 

 「あ、あの……呉提督……。」

 

 「ん?なんだい朝潮さん。」

 

 「霞を横須賀にお持ち帰りしてよろしいでしょうか!」

 

 「は?いや、何言ってんの?」

 

 何をキョトンとした顔してるんですか霞、貴女は横須賀に来るべきです!

 こんなダメ男や、男を甘やかすことしか知らない戦艦のそばに居ちゃダメです!

 

 「Yes! リボンで簀巻きにしてPresentするネー!」

 

 ほら、金剛さんもこう言ってくれてます!

 だから一緒に横須賀に行きましょう!

 

 「いやいやいや!それは困るよ朝潮さん!僕のママを連れて行かないでくれ!」

 

 何がママですかこのマザコン!

 少しは私の司令官を見習ってください!

 駆逐艦に母性を求めるなんて恥ずかしくないんですか!

 

 「提督、心配しなくてもNo problem ネー!私がいるじゃない!」

 

 「どっかの駆逐艦が言いそうなセリフ言ってんじゃないわよ色呆け戦艦!私が横須賀に行くわけないでしょ!」

 

 あれ?また二人に火が点いちゃいましたよ?

 どうしてこうなったんでしょう。

 私はただ、霞を横須賀に連れ帰りたかっただけなのに。

 

 「誰が色呆けネー!時間と場所はわきまえてマース!」

 

 「わきまえてないでしょ!暇さえあれば司令官にすり寄ってるじゃない!」

 

 これは当分収まりそうにないですね、困ったものです。

 仕方ない、先に戻って大潮さん達のお手伝いをしましょう。

 巻き込まれてケガとかしたくないですし。

 

 「え?ちょっと朝潮さんどこに……?」

 

 「先に部屋に戻ってます。いつ終わるかわかりませんので。」

 

 「焚きつけておいて!?せめて止めるのを手伝ってくれませんか!?」

 

 え?私が焚きつけた?人のせいにしてはいけません、私は何もしていませんよ?

 

 「提督は私のものネー!」

 

 「誰がやるか!少なくともアンタの所にはお婿にやらないから!」

 

 ほら、二人とも呉提督の事でケンカしてます、私のせいじゃありません。

 

 「では、失礼します。」

 

 「ちょ、待って!朝潮さん待って!」

 

 私は霞と金剛さんの罵り合いをBGMにして執務室を退室した。

 さて、霞に気づかれない様にパーティの準備をしないと。

 

 『やめて!やめて二人とも!せめて外で……あーーー!』

 

 室内から呉提督の悲痛な叫び声が聞こえて来ますが……まあ、呉鎮守府の問題なので私には関係ありませんね。

 

 「え~と、どうやって部屋に行けばいいんだっけ。」

 

 私は、騒ぎを聞きつけて集まって来た呉の職員や艦娘達をかき分けながら部屋に向かって歩き出した。

 



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幕間 辰見と叢雲 2

 「はい、お疲れ様。今日は終わりにしましょう。」

 

 「あ……ありがと……ございました……。」

 

 呼吸の乱れが収まらない、いまだについて行くのが精いっぱいなんて情けないわね……辰見さんの訓練を受ける様になって結構経つのに……。

 

 「だいぶ良くなったわよ、私もうかうかしてられないわ。」

 

 バケモノが……心にもない事を……。

 辰見さん息切れ一つしてないじゃない、私はバッチリ整備してある艤装で挑んでるのに辰見さんは内火艇ユニット、しかも武装は日本刀だけ。

 そんな辰見さんに手も足も出ない私に、うかうかもなにもないでしょうに。

 

 「嘘ばっかり……。」

 

 「嘘じゃないわ、少なくとも艦娘一年目の時の私よりは強いわよ?」

 

 でも艦娘二年目の辰見さんよりは弱いんでしょ?

 艦娘やってた頃の辰見さんが、どれくらい強かったかは知らないけど。

 

 「工廠に行きましょ、練度を確認して可能ならそのまま改装。出来そう?」

 

 「よ、余裕よ。私はやれば出来るんだから。」

 

 ハッタリだけどね、腕は上がらないし膝は笑ってる、目の焦点だって合わないわ。

 でも負けっぱなしは性に合わない、せめてハッタリくらいはかましてやらなきゃ気が済まない。

 

 「ふふ、貴女ってホント、昔の私そっくりね。」

 

 懐かしそうな目で見つめてないで、早く工廠まで引っ張ってよ、動けない事くらい見ればわかるでしょ。

 

 「こうやって貴女を工廠まで曳航するたびに思い出すわ。もっとも、その時は私が曳航される側だったんだけどね……。」

 

 「誰に曳航されてたの?龍田さん?」

 

 天龍型の二番艦、そして辰見さんが死なせてしまったと言った人。

 辰見さんの実の妹だった人……。

 

 「ええ、ケガした私を龍田が曳航して、神風にダメ出しされながら帰る。それが日常だったわ……。」

 

 「今の辰見さんからは考えられないわね、あんなに強いのに。」

 

 「そりゃ死に物狂いで努力したからねぇ……。その努力を最初からしてれば……龍田を死なせずに済んだかもしれないのに……。」

 

 それっきり、工廠に着くまで辰見さんは口を閉ざしてしまった。

 今も後悔してるのね、昔の自分を。

 だから私に同じ後悔をさせないようにしてくれてるんだ。

 

 「私、辰見さんの初期艦でよかったわ……。」

 

 辰見さんが私を引く手に少しだけ力を込める。

 照れてるの?

 まったく、素直にありがとうくらい言えばいいのに変な所で意地っ張りなのね、ほんっと仕方ない人。

 仕方ないから……これからも辰見さんに付き合ってあげるわ……ったく……。

 

 「何……これ……。」

 

 工廠に入って目に飛び込んできたのはズラーっと並べられた内火艇ユニット数十機と、数十人の上半身裸になった男共だった。

 

 「あれ?テストって今日でしたっけ?」

 

 「ああ、予定より早く数が揃ったんでな。前倒ししてテストする事にした、コイツ等も暇を持て余したしな。」

 

 辰見さんにそう答えた司令官が親指で後ろでポージングを取り合ってる男共を指さす。

 この人たちってたしか司令官の私兵よね?

 テストってまさか内火艇ユニットが使えるかどうかのテスト?

 

 「随分カスタマイズされてますねコレ、従来のより一回り小さくなってる。」

 

 辰見さんが背負ってる60リットルサイズくらいのと比べると良くわかるわね、形はそのままに小さくなってる。

 目の前に並べられてる奴は40リットルサイズのリュックサックくらいの大きさしかないわ。

 

 「陸上で『弾』を使えるようにする事だけに特化させたからな、『脚』も『装甲』も使用不可だ。」

 

 「捨身にも程がありません?内火艇ユニットで展開できる『装甲』なんて知れてますけど無いよりマシですよ?」

 

 陸上で内火艇ユニットを使うの?

 何のために……今まで行われた棲地奪還のための大規模作戦でも、そんな物を使ったって話は聞いた事ないわよ?

 

 「それはわかっているんだが……。実験の結果、陸上での使用を考えた場合、どれか一つに特化させてようやく実用レベルと言う事がわかった。それでも弾薬の消費が半分になる程度しか敵の『装甲』には効果がないが……。」

 

 それで実用レベルって……艦娘を陸上で運用した方がいいんじゃないの?

 そんなの陸に上がった駆逐艦以下じゃない、駆逐艦でも軽自動車程度の『装甲』なら張れるし『装甲』だって削れるわよ?

 飛び交う火力を考えれば文字通り紙装甲だけど……。

 

 「そこまでしなきゃいけませんか……。それじゃ何人生きて……、いえ……何でもありません……。」

 

 辰見さんの視線の先に居るのは私兵の人たち……もしかして内火艇ユニットを背負わせて敵凄地に送り込むのかしら。

 だけどそんな事をして何の意味があるの?

 ほとんど効果がないと言ってもいいような装備で棲地を攻略?

 無謀としか思えない、それなら防衛する敵艦隊を叩いて戦艦の艦砲射撃なり空母の航空爆撃なりで攻撃した方がよほど現実的じゃない。

 

 「心配しなくたって大丈夫っすよ辰見さん。自分らは死なないっすから。」

 

 あ、世紀末ヒャッハーだ、相変わらず凄いヘアスタイルね、工廠の明かりが側頭部に反射して眩しいじゃない。

 

 「そう言いながら死んでった人を何人も見て来たけど?」

 

 「死にゃしねぇよ、俺ら無敵の『奇兵隊』だかんな。しかも昔と違って装備も弾も充実、竹槍担いでた頃に比べりゃ天国よ。」

 

 と言いながらモヒカンと肩を組んだのは金髪だ、男同士でくっつくな暑苦しい。

 ってか竹槍ってあの竹槍?

 そんな物担いで何してたのよ、落ち武者狩りでもしてたの?

 

 「まあ、アンタらは殺しても死にそうにないけど……そもそも使えるの?内火艇ユニット。」

 

 そうよね、それが一番問題じゃない。

 稀に男の人でも適合できるって話は聞いた事があるけど……大丈夫なの?

 筋肉ダルマが適合できるとは思えないんだけど……。

 

 「今のところ適合できたのは10人だな、もっと少ないと思っていたから上出来だ。」

 

 「一個分隊程度じゃないですか……残りは機械式で補う気ですか?」

 

 「無いよりはマシだからな。銃のトリガーと『弾』の発生を連動させるのにも成功しているから同調式より扱いは容易い、『弾』の出力は落ちてしまうが……。」

 

 司令官の考えがわからない……そこまでして陸戦をするつもり?

 そもそも陸戦をやる意味がわからないわ。

 

 「ちなみに自分は適合できたっすよ。もしかして艦娘の素養があるんすかね?」

 

 いやない、絶対にない。

 そもそもアンタ男じゃない。

 それに、それを言うなら艦娘じゃなくて艦息でしょうが、考えただけで気持ち悪いから二度と言わないで。

 

 「アンタ今死になさい、介錯くらいはしてあげるから。」

 

 「怖!じょうだんじゃないっすか辰見さん!あ、やめて、刀に手を掛けないで!」

 

 自業自得よ、アンタみたいなモヒカン野郎が艦娘になるだなんて冗談でも言って欲しくないわ。

 艦娘って不思議と容姿が整った子ばかりなのよ?

 

 「せめて外でやれ辰見、整備員と妖精に迷惑がかかるだろうが。」

 

 「いや庇って!?自分こんな所で死にたくないっすよ!」

 

 ちょっとちょっと、工廠をこんな所呼ばわりはやめなさいよ。

 艦娘にとっては大切な施設なのよ?いつもお世話になってるんだから。

 

 「あん!?こんな所だと!?」

 

 「いい度胸だ若造……表に出ろコラァ!」

 

 ほら、整備員さん達が怒った。

 モヒカンが辰見さんを筆頭にした整備員さんの群れに追いかけられ始めたわね。

 

 「叢雲は艤装の整備か?」

 

 「え?ええ、辰見さんは練度次第で改装も考えてたみたいだけど。」

 

 この司令官はどうも苦手だわ、朝潮はこの人のどこが好きなんだろう?

 たしかに腕が立つ歴戦の軍人って雰囲気だけど……怖いのよね……抜き身の刀が人の形をしてるような感じがして、触れたら切れちゃいそう。

 それに……単純に顔が怖いし……。

 

 「そこに艤装を下ろしなさい、代わりに私が見てやろう。」

 

 「いいの?あ、いえ……いいんですか?」

 

 流石にため口で話す気になれない……この人ってたしか、長門さんと生身でやり合って勝っちゃったのよね……。

 艦娘じゃない辰見さんに海上で勝てない私が陸でそんな人に勝てるとは思えないもの……。

 

 「別に敬語じゃなくてもかまわんよ、慣れてないんだろ?敬語。」

 

 いやぁそう言われましても……。

 辰見さんと同じ接し方でいいのかしら……。

 

 「じゃ、じゃあお願いするわ。は、早く確認なさいな。」

 

 調子に乗りすぎたかしら、別に怒ってるようには見えないけど……。

 呆気に取られてる?

 

 「ハハハハ、辰見に聞いてた通りお姫様みたいな子だな叢雲は。」

 

 辰見さんたらそんな事言ってたの!?

 べ、別にお姫様なんかじゃないし、生まれは庶民だし……悪い気はしないけど。

 

 「ふむ、練度は70か……。ん?改二改装ができる?」

 

 誰と話してるのかしら、艤装の天辺あたりに向かって話しかけてるわね。

 あそこに妖精さんが居るのかしら。

 

 「って改二改装!?受けれるの!?」

 

 「ああ、可能らしい。辰見は……まだ追い回してるのか……。」

 

 私が改二……改二かぁ……これで少しは朝潮に追いつけたかしら……。

 朝潮の力になれるのかしら……。

 

 「どうする叢雲、改二改装を受けるか?」

 

 「ええ、お願いするわ。」

 

 迷う事なんてない、強くなれるんなら何でもするわ。

 天龍だった頃の辰見さんがそうしたように。

 

 「わかった。おい辰見!いつまで遊んでるんだ、こっちに来い!」

 

 ひぅ!予想通りと言うか見た目通りと言うか、怒鳴り声が凄く怖い!

 さっきの決意がどこかに吹っ飛んじゃったじゃない!

 

 「え?なんですか提督。」

 

 あの声で怒鳴られて、なんでそんなにケロッとしてられるの?

 私なんか今にも泣きそうなのに。

 

 「叢雲が改二改装を受けるそうだ、付き添ってやれ。」

 

 「ホント!?やったじゃない叢雲!ってどうしたの?そんなに怯えて。」

 

 「いや……その……。」

 

 司令官の怒鳴り声が怖かったなんて言えない……私が怒られたわけじゃないけど怖いものは怖いし……。

 

 「あ、わかった!さっきの提督の怒鳴り声が怖かったんでしょ!」

 

 「ち、違っ……!」

 

 言わないでよ!司令官に悪いでしょ!

 ほら、厳つい顔を歪ませてすごく困ってるじゃない!

 

 「な、何!?私は辰見に対して……。いや、すまん叢雲、怖がらせてしまったみたいで。」

 

 「気をつけないとダメですよ提督、見た目も声もヤクザそのものなんですから。」

 

 「お、お前が怒鳴らせるのが悪いんだろうが!」

 

 「ぴぃ!」

 

 怖い怖い怖い!

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!

 私悪くないから、悪い事何もしてないから怒らないで!

 

 「おお……叢雲が半ベソかいてる。提督、もっと怒鳴ってもらえません?」

 

 やめて!これ以上怒鳴られたらマジ泣きするから!

 それどころか漏らしちゃうかもしれないから!

 

 「するか!あ、いや……すまん叢雲、お前を怒鳴ったんじゃないんだ。だから泣き止んでくれ。な?」

 

 「あー浮気だー。提督が叢雲に媚び売ってるー。朝潮ちゃんに言ってやろーっと。」

 

 「別に媚びなんか売ってないだろうが!頭を撫でてるだけだ!」

 

 「ひっ!」

 

 もう無理、私の頭を撫でるために身を屈めてるから怒った顔が目の前じゃない……。

 まさに鬼の形相、司令官が怒った顔に比べたら深海棲艦の方がよっぽどキュートだわ……。

 

 「ごめ……ごめんなさい……ひぐっ!ひぐっ!ごめんなさい……。」

 

 「おーよしよし、こっちおいで叢雲。怖かったねぇ~。」

 

 「うわぁ~ん!だづみ゛ざぁぁぁん゛!」

 

 なんだかわからないけどごめんなさい!ホントごめんなさい!

 だから怒らないでぇぇぇ!

 

 「うほっ!超貴重な叢雲のガン泣き!提督、動画撮ってもらっていいですか?……って叢雲、抱き着くのはいいけど頭のアレがちょっと痛いわ!ちょ!刺さりそう!頭のアレがお腹に刺さる!」

 

 私が泣いてしまったせいで、結局この日は改二改装を受けるどころじゃなくなってしまった。

 とんだ醜態を晒してしまったわ……。

 

 この件以来、司令官は私に会いそうな時は必ず朝潮を連れて来るようになった。

 ごめんなさい司令官、でも怖いんだからどうしようもないの。

 

 呉から戻って来た朝潮が。

 

 「司令官の怒った顔が怖い?アレがいいんじゃないですか!叢雲さんは男性を見る目がありません!」

 

 とか言ってたけど……。

 ごめん朝潮、私には理解できないわ……。



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朝潮編成 7

 海軍参謀本部。

 通称『大本営』は、戦争指導・国防方針・戦争指導などの方針を決めるトップ機関です。

 陸軍と空軍にも同じ機関があるのですが、海軍所属である私たちに直接関係するのは、基本的に海軍参謀本部だけです。

 

 「保身しか考えない愚物の巣窟だがな。」

 

 とは司令官の言ですが……。

 大本営を構成する方々は優秀な方ばかりじゃないんでは?

 それなのに愚物?

 愚物とは馬鹿な人とかおろかな人の事ですよね?

 それの巣窟と言うことは、大本営の方々はおバカさんばかりと言う事なんでしょうか。

 

 「司令官は大本営がお嫌いなのですか?」

 

 「潰したくなるほどにな。」

 

 さすがです司令官、嫌いなものに対して嫌悪感を隠そうともしないとは。

 玄関を出位入りしている大本営の方々が『マジかコイツ』みたいな目で見てきています。

 あ、なんか憲兵らしき人達がこちらに……。

 でも司令官の顔を見た途端、冷や汗流しながら回れ右して帰って行きましたね、大本営付きの憲兵さんにも恐れられるとは……叢雲さんが怖がるのも仕方ありませんね。

 

 「元帥殿に呼ばれたのでなければ、誰が来るかこんな所。」

 

 なるほど、元帥さんに呼ばれたから渋々大本営まで赴いたわけですか。

 でも司令官なら、嫌いなら元帥さんに呼びつけられても断りそうですが……。

 元帥さんの事は嫌いじゃないのかな?

 

 「お待ちしておりました横須賀提督。到着早々、不謹慎な事を口走っていたみたいですが……。」

 

 そう言って私達を出迎えてくれたのは黒の長髪に青いヘアバンド、目は青色で眼鏡はアンダーリム、セーラー服を魔改造したような出で立ちでファイルを胸に抱えた女性でした。

 スカートのスリットがやばいレベルで開いてますね、手とか突っ込まれないんでしょうか。

 

 「大淀か、別にいつもの事だろう。憲兵も見て見ぬふりだし問題ない。」

 

 「憲兵さんも命が惜しいのでしょう、暗殺されかけるたびに実行犯の生首を下げて報告に来てればそうなりますよ。」

 

 「私は手土産のつもりだったんだがな、参謀共は笑顔で受け取ってくれたぞ?」

 

 笑顔が引きつっていたのが容易に想像できますね、司令官は『お前もこうしてやろうか』、と言う警告も兼ねてそんな事をしていたんでしょう。

 それはともかく、この大淀と言う方は艦娘なのでしょうね、他の職員の方とは明らかに服装が違います。

 それに、海軍でコスプレじみた格好をしているのは艦娘と相場は決まっていますから。

 

 「こちらの駆逐艦は秘書艦ですか?以前いらした時は由良さんを連れていましたけど。」

 

 「はい!駆逐艦 朝潮です!よろしくお願いします!」

 

 そうです、今の秘書艦は私です!

 司令官に恥をかかさないよう、挨拶はちゃんとしないと。

 

 「元気があってよろしいです。私は大本営付きの軽巡洋艦 大淀。元帥殿の秘書艦をしています。よろしくね朝潮ちゃん。」

 

 真面目で凛とし佇まい、物腰も柔らかく言葉遣いも丁寧でまさにThe委員長って感じですね。

 私もこういう方を目指すべきなんでしょうか、容姿も性格も似通ってる気がしますし。

 でもスカートのスリットだけは勘弁してほしいですね、司令官に手を突っ込まれるのは良いですが、他の人に突っ込まれるのは嫌ですから。

 

 「横須賀提督、もしかしてこの子、頭弱いですか?」

 

 な、なんと失礼な!

 別に弱くはありません、司令官の事に脳の機能のほとんどを使っているだけです!

 

 「考えてる事がわかりやすくて可愛いだろう?」

 

 も、もう、司令官ったらこんな人前で可愛いだなんて……。

 嬉しいですけどもうちょっと時と場所をわきまえてですね、具体的に言うなら二人きりの時とか……。

 

 「な?」

 

 「な?じゃないですよ、ここまで考えてる事が顔や態度に出る子も珍しいですよ。」

 

 何か問題でも?

 言葉にしなくても私の考えが司令官に伝わるなんて最高じゃないですか、他の人にも考えが漏れてしまうのはこの際気にしません!

 

 「まあ、それはともかく、元帥殿の所にご案内しますね。こちらへどうぞ。」

 

 「ああ、頼む。ここは無駄に広いから迷いやすくて困る……。朝潮も離れるなよ、迷子になるぞ。」

 

 それは手を繋いででよろしいって事ですね!

 わかりました、絶対に放しません!

 

 「あらあら、まるで親子のようですね。微笑ましいです。」

 

 それは私がちんちくりんだからですか?

 残念ながら司令官の娘ポジションにはすでに神風さんが居ます、だから私が取るべきポジションは司令官のこ、恋人です!

 そしてゆくゆくはお嫁さんです!

 

 「親子?夫婦の間違いじゃないか?」

 

 「それマジで言ってるんなら大問題ですからね提督。ご自分の立場をもう少し考えて発言してください。」

 

 こ、これはプロポーズと考えていいのかしら。

 もちろん私は二つ返事でOKするんですが、もうちょっとこう……雰囲気とかですね。

 私も女ですからムード的な物は大事にしたいと言いますか……。

 

 でもOKです!

 社会倫理とか法律的にアウトでも私はOKです!

 

 「こちらの部屋で元帥殿がお待ちです。大淀です、横須賀提督とその秘書艦を連れてまいりました。」

 

 『入りなさい。』

 

 元帥さんが居るにしては質素な扉ですね、観音開きの豪華な扉を想像してたのに鎮守府の執務室のドアの方がお金がかかってる気がします。

 部屋の中も質素ですね、一番奥にそれなりの執務机がある以外は、私から見ても安物とわかるテーブルとその両脇に置かれたソファー、それと脇にちょっとした台所があるだけ、とても海軍のトップの部屋とは思えません。

 

 「久しぶりだね横須賀提督、元気そうで何よりだ。」

 

 私たちを迎えてくれたのは齢90は楽に超えてそうなお爺さんでした。

 海軍に定年ってないのかしら、胸まで伸びた髭に腰は曲がってヨボヨボ、軍服を着てなければ、長老って呼ばれても違和感を感じなさそうだわ。

 

 「元帥殿は今にも死にそうですね。そろそろ棺桶を注文した方がよろしいのでは?」

 

 「相変わらず口が悪いね君は、まあそこが気に入ってるんだが。」

 

 海軍のトップに向かってなんと不遜な態度、さすが司令官です。

 私も見習わないと。

 

 「朝潮ちゃんは真似しちゃダメよ。絶対に。」

 

 大淀さんに釘を刺されてしまった……。

 あまり考えを読まないでもらえませんか?

 

 「まあ二人とも座りなさい。大淀君、お茶をお願いしていいかな?」

 

 「わかりました。」

 

 「粗末な部屋で申し訳ない。別にちゃんとした部屋はあるんだが、僕はこっちの方が落ち着くんだ。」

 

 私と司令官が席に着くと反対側に元帥さんが座りました。

 座り心地はそんなに悪くないわね、ソファーのスプリングが体を動かすたびにギシギシ言うのが気になりますが

 

 「構いませんよ、私もこちらの方が性に合ってますので。」

 

 ふむふむ、司令官は質素な方が好みですか。

 そうですね家具にお金をかけるより、二人の子供のために積み立てをする方がいいですよね。

 

 「それで、私はどのような用件で呼び出されたんですか?まさか世間話をするためじゃありませんよね?」

 

 「だいたい合っているよ、世間話と言うよりは昔話と言った方がいいかもしれないが。」

 

 そんな事のために多忙な司令官を呼び出したんですか?

 いくら元帥さんでも、それはあんまりなんじゃ……。

 

 「貴方が暇つぶしでそんな事をするとは思えない。今度の作戦に必要な事なんでしょうか?」

 

 今度の作戦?

 そのような話は聞いていませんが……秘書艦の私にも言えない程重要な作戦が控えているのかしら。

 

 「作戦には直接関係はないよ。だが……君には知っておいて欲しくてね。」

 

 「ふむ、なぜ私なのかはわかりませんが、そう仰るなら聞きたくないとは言えないですね。」

 

 私もここに居ていいんでしょうか、元帥さんは昔話とは仰ってますが……。

 

 「お嬢さん、君も聞いてくれないか?いや、むしろ君のような若者にこそ聞いて貰いたい。」

 

 「は、はぁ……。」

 

 聞いていいなら聞きましょう、司令官も首を縦に振って『そうしなさい。』と仰ってますし。

 

 「じゃあ始めようか、と言っても質問から始まってしまうんだが……。提督君、君は第二次大戦についてどの程度知っている?」

 

 「教科書に載っている程度ですかね、自分が指揮を執る上で参考になりそうな作戦はそれなりに詳しく、と言った程度です。」

 

 と言うかそれくらいしか知りようがないですよね、機密扱いされてる作戦があっても学びようがないですし。

 

 「そうだろうな。いや、それが当然だ。僕もこちら(・・・)に来た時はその程度の知識しかなかったからね。」

 

 こちら?

 元帥さんは外国生まれなんでしょうか、司令官もその文言が気になったのか怪訝そうな顔をしていますね

 

 「各国に同士(・・)が居たとは言え、僕もここまで上手くいくとは思っていなかったよ。大戦後も、概ね僕が知っている(・・・・・・)歴史通りになった。9年前まではね。」

 

 「元帥殿、何を仰ってるのですか?」

 

 「まあ聞きなさい。それでも大戦前は色々苦労したんだ。いくら結果(・・)を知っていても当時の僕はただの若造、頭の固い軍のお偉方の考えを変える事なんて出来るはずもない。だから僕は、とりあえず軍内で出世する事にした。親に商売の助言をして、それなりの財は築いていたから、賄賂を初めとして汚い事を色々したよ。出世をすると知っている人に媚びも売ったし必要無くなったら蹴落とした。彼らに任せていたらどうなるか知っていたからね(・・・・・・・・)。」

 

 「まるで、別の歴史を知っているかのような物言いですね。」

 

 司令官の言う通りだわ、それどころかソレを参考にして歴史を変えたと言ってるようにも聞こえる。

 そんな事が可能なのかしら。

 

 「そう、僕は本来の歴史(・・・・・)を知っているんだ。僕だけじゃないよ?日本だけでなく世界各国に僕と同じような人間が居た、だからここまで上手くいったんだ。僕一人じゃ変えきれなかったよ。」

 

 「その方々は?」

 

 「ほとんど亡くなった、僕は同士達の中で一番年下だったから今も生きながらえている。もっとも、先は長くないけどね。」

 

 大戦前から軍に居るという事は少なくとも100歳近いんじゃ……もしかしたらそれ以上……。

 

 「僕は考えたよ、なぜ大戦前の時代に再び生まれたのか、なぜ知識を保有したままあの時代に生まれたのか……。別に歴史を変える必要なんてなかったんだ、どうすれば金を儲けられるかも、どこに居れば生き残れるのかも知っていたからね。だけど僕はこう思ってしまったんだ、僕は悲惨な結末から祖国を救うために生まれ変わったんじゃないかってね。」

 

 突拍子もない話だわ、元帥さんは俗に言う転生者とでも言うのでしょうか。

 生まれ変わる前の知識を使って歴史を改竄したと?

 申し訳ありませんが、とても信じる気になれません。

 

 「ラノベ作家になるのをお勧めしますよ、昨今はそう言うのが流行っているみたいですし。」

 

 「はははははは、僕も平和になってからそう考えたよ。そういう所も僕が知ってる歴史と大差ないからね。」

 

 お歳の割に豪快に笑う方ですね、先は長くないと仰ってましたが、まだまだ大丈夫なのでは?

 

 「まあ、僕が中二的な発想を当時したように、他の同士達も同じ事を考えたみたいでね、米国に居た同士すら協力してくれた。その結果、数々の悲惨な作戦も実行されなかったし沖縄も占領されなかった、二発の原子爆弾も日本に落とされずに済んだよ。」

 

 原子爆弾?聞いた事のない名前の爆弾です、それに沖縄が占領って……元帥さんの知っている歴史ではそこまで日本は追い詰められたのですか?

 

 「原子爆弾……米国が欧州側の中枢に対して使用した爆弾の事ですか?町一つくらいなら焦土に出来きる威力があると聞いていますが……そんな物が日本に落とされていたかもしれないと?」

 

 「当時の物は三キロ四方が精々だったけどね。それでも、そんな物が落とされるなんて僕には我慢できなかったんだ……。あ、ちなみに中枢に効果はなかったそうだよ?」

 

 そんな強力な爆弾が効かないようなバケモノと私たちは戦っているんですか……ゾッとする話ですね。

 

 「それと、お嬢さんは朝潮だったね?本来の歴史なら、君の艤装のモデルとなった駆逐艦朝潮は無謀な作戦に投入され、友との約束を守って沈んで行ったんだよ

。こちらの歴史では戦後に解体されてるけど。」

 

 へぇ……艦艇の朝潮も約束を大事にしていたんですね、実際には乗っていた人がでしょうけど、その朝潮の名を継ぐ者として誇らしく思います。

 

 「元帥殿、一つ伺ってもよろしいですか?」

 

 「構わないよ、深海棲艦の事……だね?」

 

 司令官が首肯し元帥さんが『そうか、やっぱりな』と言うような顔をしてソファーにもたれかかった。

 戦後の歴史に大差がないのなら、元帥さんが知っている歴史にも深海棲艦が居たのでしょうか。

 それにしては深海棲艦出現後の対応が酷いような気が……。

 

 「提督君の思っている通りだよ、僕が知っている本来の歴史に深海棲艦は存在しない。」

 

 元帥さんの答えを聞いた途端、司令官のお顔が鬼の形相に変わった。

 な、何をそんなにお怒りなのですか?

 こっちの歴史に深海棲艦が出現したのは元帥さんのせいとでも言いたそうではないですか。

 

 「僕たちは大戦で死ぬはずだった多くの人を救う事が出来た。日本だけでも死者の数を十分の一、30万人程度に抑えることが出来た。戦争が起きないようにするのが一番よかったんだが、それはさすがに無理だったよ……。」

 

 元帥さんの言ってる事が本当なら、実際には300万人以上の方が亡くなっていたと言う事ですか?

 元帥さんが歴史を変えなければそれほどの数の死者が出ていたと?

 

 「だが深海棲艦がその帳尻を合わせてしまった……違いますか?」

 

 「その通りだ。深海棲艦出現からの9年間で、大戦で失われるはずだった人とほぼ同じ数の人が犠牲になった。」

 

 「……!」

 

 司令官が元帥さんの胸倉に掴みかかった。

 いけません司令官、その振り上げた右拳を下げてください!

 

 「このクソジジイ!なんて余計なことを!」

 

 「し、司令官!ダメですそれ以上は!」

 

 今の状況だけでも充分まずいけど、司令官が本気で殴ったらきっと元帥さんを死なせてしまいます!

 この話が本当ならこの人は諸悪の根源です、ですがまだ手を出すのは早いです。

 深海棲艦が現れたのは元帥さんにとっても予想外だったはずなんですから。

 

 「いいんだよお嬢さん、大淀君も銃を下ろしなさい。」

 

 後ろを振り返ると、大淀さんが司令官に無表情で銃を向けていた。

 どうする?大淀さんに飛びかかって銃を奪う?それとも射線に立ちはだかって司令官を守る?

 半分腰を浮かせているとは言ってもどちらも間に合いそうにないわ。

 

 「ですが元帥殿、これは処罰されても文句は言えないと思いますが。」

 

 「いいんだ、僕は彼に殺されてもいい覚悟でこの話をしている。それに君なら上手く隠蔽できるだろ?」

 

 「し、司令官……その、とにかくここは一旦落ち着いてください。でないと……その……。」

 

 本当なら司令官の邪魔なんてしたくない、だけどこの状況では司令官にもしもの事が起きかねない。

 やるならやるで、そんな事態が起きない状況でやらなければ。

 

 「チッ……。」

 

 司令官がやり場を失った怒りを、どうしたらいいかわからないという表情で私と元帥さんを交互に見てる。

 今私に出来るのは司令官を宥めることくらいだ、このままじゃ大淀さんに司令官が撃たれてしまう。

 

 「わかったよ朝潮……。申し訳ありません元帥殿、処罰は後程ちゃんと受けますので。」

 

 よかった、なんとか怒りを抑えてソファーに座り直してくれた。

 

 「処罰はしないよ、君は僕の襟元を正してくれただけ。そうだろ?大淀君。」

 

 「元帥殿がそう仰るならそういう事にしておきます。それに、撃ったら後が怖そうですし。」

 

 大淀さんが私をチラッと見てそう言った。

 当然です、司令官を撃とうものならただじゃ済ませません!

 

 「君の怒りはもっともだ。僕達が余計な事をしなければ君の妻子や部下は死なずに済んだかもしれないのだからね。」

 

 元帥さんの言ってる事を信じるなら、深海棲艦は死者の数を合わせるために出現したと言う事よね。

 なら、すでにその目的は達成できているのでは?

 今も深海棲艦が海を闊歩している事に説明がつきません。

 

 「元帥殿は深海棲艦を歴史の修正力とでもお考えなのですか?」

 

 「提督君の言う通り、それが妥当だと思う。大戦の流れを変えたせいで当時の死者数が違いすぎる、数がほぼ合ったと言っても、それは日本での話だ。他の国、特にドイツやロシアなどはまだまだだからね。奴らは帳尻を合わすためなら、国など関係なく人間を殺すかもしれない。」

 

 「元帥殿は、あと何万人死ねば深海棲艦の役目が終わるとお考えで?」

 

 「そうだね……ざっと1000万人くらいだろうか。そんな数の人間を生贄に捧げることなど出来ないよ。それに、死者の数が合ったからと言って深海棲艦が役目を終えるとも限らない。奴らが当時の人口と同じ割合の人数を減らそうと考えているなら、1000万程度では済まないしね。」

 

 たしかに、深海棲艦が死者の数を合わせるために存在している云々は、あくまで元帥さんの話から導き出した仮説でしかない。

 そんな不確かな仮説で1000万もの人を殺す事なんて、普通に考えれば出来っこない。

 人類を深海棲艦から守るために戦っているのに生贄捧げるなんて、深海棲艦の手伝いをしてるのと同じですもの。

 

 「まったく……ちっぽけな正義感で厄介な状況を作り出してくれたものですね。こっちが人類を守れば守るほど戦争が長引くとは。」

 

 「そうだね、それに対しては本当にすまないと思っているよ。この状況を作り出した者はほとんどドロップアウト済みなのに、君たちはこれからも深海棲艦と戦い続けなければならないんだから。」

 

 本当に厄介だわ……まさに終わりの見えない戦争、深海棲艦の目的が人間を殺す事なら対話で解決するのはほぼ不可能、勝利条件が総数がどれ程かもわからない深海棲艦の根絶しかないなんて。

 

 「それで?その話をして私にどうしろと?頑張って僕のお尻を拭いてね、とでも言うなら即座に殴り殺すぞジジイ。」

 

 「ははははは、別にそれでも構わないんだけど、僕としては本当の事を知っている者に後を託したかったんだ。尻拭いには違いないけどね。」

 

 「私を元帥にでも据える気ですか?冗談じゃない!そういうのは呉か佐世保の奴にやらせればいい。」

 

 司令官が元帥に……その場合私はどうなるんだろう、司令官のお傍に居続けられるのかな。

 

 「もちろん彼らにも話すつもりだ。だけど嫌かい?僕は君が大本営前で土下座してるのを見て、後を託すのは君しか居ないと思っていたんだが。」

 

 し、司令官が土下座を!?

 なぜそのような事を、司令官がそんな事をしなければならないような事があったのですか?

 

 「冗談じゃない。私は今も昔も現場主義なんでね、元帥なんて面倒な仕事は他の奴にやらせてください。」

 

 「欲がないね君は、参謀共なら喜んで飛びつくと思うよ?」

 

 「私は欲まみれですよ。あんな愚物共と一緒にされるのは気分が悪いですが、奴らを一掃する手伝いなら吝かではありません。」

 

 なんだか物騒な事をオブラートにも包まずに言ってますね、元帥さんはともかく、大淀さんの前でそんな事を言っていいのでしょうか……。

 

 「それは年末の作戦が終わってからだね、準備は順調かな?」

 

 「ええ、滞りなく。呉の提督に頼んだ件が不安ではありますが……。」

 

 「そっちは僕も動くから心配しなくていいよ、君は本来の(・・・)作戦通り動いてくれればいい。あそこを落とせば、少なくとも日本の被害は減るはずだ。」

 

 年末の作戦?しかもそこを落とせば日本の被害を減らせる?

 落とすことで深海棲艦からの被害が減らせそうな棲地とはどこだろう……私が知っている限りでそれが可能なのは……。

 

 「あ、ハワイ……。」

 

 それくらいしか思いつかない、養成所時代に座学で習った太平洋側最大の棲地。

 あそこを落とせば、たしかに日本近海に出る深海棲艦は減らせそうね。

 

 「お嬢さんはなかなか察しが良いね、提督君が秘書艦にしているのも納得だ。」

 

 思わず口走ってしまったけど合ってたみたい、でも今まで秘密にしていた攻略場所を知ってよかったのかしら、司令官は『さすが朝潮だ』と言った感じですけど、大淀さんは酷く驚いているような……。

 

 「この子って思ったよりバカじゃないんですね……。」

 

 バカだと思ってたんですか!?

 バカだと思っていた私が攻略場所を言い当てたから驚いてたんですね!

 あ、私の咎めるような視線に気づいて眼鏡をクイッと上げながら目を逸らした。

 

 「朝潮はバカではないぞ?単純なだけだ。」

 

 お褒めいただいて光栄です司令官!

 この腹黒そうな眼鏡にもっと言ってやってください!

 

 「それ、褒めてます?」

 

 「もちろんだ、わかりやすくていいだろう?」

 

 「表情で考えてる事が丸わかりなのは問題だと思うのですが……。」

 

 何を仰いますか!

 わかりやすいのは良い事です、無駄に難しくする必要なんてありません。

 私と司令官はまさに以心伝心の関係ですから言葉など不要、私の心は司令官に筒抜けなのですから!

 そう、私の心は丸裸!

 きゃ!恥ずかしい!

 

 「あ、やっぱりバカですよこの子。将来が心配になるレベルで。」

 

 よしケンカです、相手が軽巡だろうが関係ありません。

 手土産に軽巡の首を取って帰りましょう。

 

 「見た目の割に血の気の多い子だね。提督君、止めなくていいの?」

 

 「考え方が神風に似て来たな……。どうしてこうなった……。朝潮、話の途中だからケンカは後にしなさい。」

 

 「はい!申し訳ありません!」

 

 「おお、ちょこんと座って、まるで躾が行き届いた犬のようだ。」

 

 もっと褒めてください元帥さん、私が褒められると言うことは主人である司令官が褒められているのと同じなのですから。

 

 「じゃあ話の続きだけど、正式な発令は予定通り『ワダツミ』の引き渡し一週間前。出撃は引き渡しの十日後で調整を続けてくれ。」

 

 「了解しました。米国の方は問題ないのですか?」

 

 「うん、向こうの同士が問題なくやってくれているよ。あちらの提督も君と似たような感じらしい。」

 

 「その方とは旨い酒が飲めそうですね。米提、とでもお呼びすればよろしいですか?」

 

 「いいんじゃないかな。ただ、彼の秘書艦は戦艦だと聞いたけど……。」

 

 司令官が露骨に嫌そうな顔になりましたね、秘書艦に駆逐艦を選ばない米提さんは司令官以下です。

 

 「これだからBBQばっかりしてる奴は……。」

 

 なるほど米国の方は三食BBQなんですね、勉強になりました。

 

 「それは米国の方への熱い風評被害です。きっとピザも食べてますよ。」

 

 「大淀君の言ってることも大概だと僕は思うけどなぁ……。」

 

 三食BBQとピザ……数日で体重が倍になりそうですね……。

 米国の人は野菜とか食べないのかしら。

 

 「それはともかく、この作戦が成功したら今度は欧州側ですか?米国は今回の作戦をモデルケースにするつもりなのでは?」

 

 「うん、その通り。最悪、西海岸側が犠牲になる事も考えて陸軍で防衛線は構築済みらしい。」

 

 「こっちは海岸どころでは済まないというのに……。最悪、日本は干からびますよ。」

 

 「米国側の最大限の譲歩だよ、首都がある東側よりは西側を失う方がマシだそうだ。」

 

 どのくらいの戦力を投入するつもりかはわかりませんが、失敗はそのまま国の破滅に繋がりかねない雰囲気ですね。

 干からびると言うことは制海権を維持出来ないほどの戦力を投入するのかしら。

 失敗すれば9年前に逆戻り……絶対に失敗できないわ。

 

 「アレも作戦で使うのでしょう?そのまま西海岸に進軍したらどうです?憂さ晴らしにはなりますよ。」

 

 「勘弁してくれ。米国の同士に恨まれてしまうよ。」

 

 アレ?アレとは何でしょうか、艦娘以外の戦力も投入するつもなのでしょうか。

 

 「聞いた時は正気を疑いましたがね、深海棲艦を相手に役に立つとは今でも思えない。」

 

 「実際、役には立たないと思うよ。だけど宣伝効果は抜群、上辺上は復興してると言っても国民の心は疲弊しているからね。奮い立たせるのにアレ以上の役者はいないよ。」

 

 そのような人がいるんでしょうか、深海棲艦相手に役に立たないって事は艦娘ではないですよね?

 アイドルの方でも連れて行くのかしら。

 

 「そのせいで呉の軽巡と駆逐艦を当てに出来なくなりましたがね、正直カツカツですよ。綱渡りと言ってもいい。」

 

 護衛につくからかしら、アレという人は遅れて参戦予定?

 

 「まあそう言わないでよ、君の所の駆逐艦は優秀だろ?ねえ、お嬢さん。」

 

 「はい!呉の抜けた穴くらい埋めて見せます!」

 

 ちょっと見栄を張りすぎたかしら、でも司令官のためになるならそれ位の事はやってのけて見せます!

 

 「頼もしいじゃないか提督君、君がこの子にご執心なのも納得だよ。」

 

 「ええ、私の自慢ですよ。」

 

 やりました!

 司令官に自慢だと言って頂けました!

 

 「良い正月が迎えられる事を祈っているよ、提督君。君に全てを託す。」

 

 「厄介な事この上ないですが……。了解しました。お年玉は期待してもよろしいですかな?」

 

 「ああ、任せておきなさい。」

 

 司令官と元帥さんは、それっきり作戦については話さず、私と司令官の後ろでお茶を出すタイミングを完全に見失っていた大淀さんがお茶と茶菓子を出して、夕方まで雑談に興じました。

 

 「あ、大淀君。ちょっとお嬢さんの横に座ってみてくれるかい?そう、そこに。」

 

 「はぁ、構いませんけど……。」

 

 「うん、思った通りだ。まるで夫婦とその子供みたいだよ。」

 

 な!?

 何を言い出すんですか元帥さん!この腹黒メガネが司令官の、おおおおお嫁さん!?

 断じて認めるわけにはいきません!

 司令官のお嫁さんは私です!

 

 「私の子ならもうちょっと頭がいいと思うんですけど……。主人に似ましたかね?」

 

 なんで乗り気になってるんです!?

 それにその言い方だと司令官の事もバカって言ってません!?

 あ、でも司令官に似てると言われるのは少し嬉しい気が……。

 

 「はははははは!お嬢さんは正直すぎるな。でも提督君、手を出したのがバレたら犯罪だからバレないようにしてくれよ?」

 

 「三年くらい待てますよ。いや、来月誕生日だから後二年か……。」

 

 「提督、法律的にはセーフかも知れませんが、社会倫理的にはアウトに近いですからね。」

 

 何を言ってるんですか腹黒メガネさん!法律的にセーフならセーフです!

 例え二年経とうが、私の気持ちは変わらないのだから問題ありません!

 

 「まったく……呉はマザコン、佐世保はシスコンで横須賀はロリコンですか、提督って変態しかなれない職業なんですか?」

 

 舞鶴と大湊はどうなんでしょう?

 腹黒さんの言いようだと残りの方も変態なんじゃ……。

 いえ、司令官がロリコンなのはむしろ大歓迎なんですけど。

 

 「大淀、女房と畳は新しい方がいいという諺を知らんのか?」

 

 「諺を幼女趣味の言い訳にしないでください。女とワインは古い方がいいというフランスの諺もありますよ?」

 

 「ワインは飲めん。」

 

 「それは聞いてません。」

 

 私を挟んで言い合う二人が段々と夫婦のように見えてきました。

 羨ましいなぁ、なんで私は子供なんだろう。

 軍人然とした司令官と、腹黒さんの秘書っぽい外見と雰囲気のせいで見た目的にもお似合いに思えて妬ましいです。

 

 「いいねぇ、まるで息子夫婦が孫を連れて遊びに来たようだ。」

 

 目を細めて私達を眺める元帥さんは差し詰め、縁側でくつろぐお爺ちゃんですか?

 さっきまでの、まるで懺悔をしているかのような雰囲気はどこかへ霧散してますね。

 

 「こんな日がずっと続けばいいのに……。」

 

 ボソッとそう言った後、元帥さんは言い合いを続ける二人をただただ眺め続けました。

 

 もしかしたら訪れていたかもしれない、そんな未来を慈しむように。




 転生タグをつけなければいけないのか悩ましい……。
 転生要素なんてこの話くらいだしなぁ……。


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朝潮編成 8

 これはどういう状況なのでしょう、もうすぐ12月になろうかと言う時期に私、軽空母 鳳翔は神風さんに連れられて執務室を訪れていました。

 

 集まっているのは、提督と朝潮ちゃん、その補佐である少佐さんと辰見さんに秘書艦の由良さんと叢雲ちゃん。

 長門さんに武蔵さん、神風さんも居ますね。

 こんな前線を張るような方ばかりの所に、なぜ一線から離れている私が呼ばれたのでしょう。

 

 「先生、会議室の方がよかったんじゃないの?さすがにこの人数じゃ狭いわよ。無駄にデカいのが二人も居るし。」

 

 「言われてるぞ武蔵、狭いから縮め。」

 

 「ほう?長門型は縮むことが出来るのか。だが生憎、大和型にそんな機能はない。先輩が縮め。」

 

 あらあら、体が大きいのだから暴れては迷惑ですよ二人とも。

 それに、狭いとは言っても充分スペースはあるじゃないですか、神風さんがソファーを一人で占領したりしてなければ。

 

 「朝潮、例の書類を全員に配ってくれ。」

 

 「はい、了解しました。」

 

 提督は額で小突き合ってる戦艦二人を無視、止めてくださいよ……。

 なんなら私が止めましょうか?

 

 「これは……作戦概要と編成表?見る限りかなりの規模の作戦だが……。」

 

 長門さん、かなりどころじゃない規模の作戦よ。

 米国との合同作戦、全艦娘の三分の一を投入、ここだけでも七年前のシーレーン奪還作戦を超える規模の作戦だわ。

 でも、まだ発令されてもいない作戦計画をなぜ私に?編成を見る限り、艦隊に私の名前はないけれど……。

 と言うか、ここに居るメンバーで編成欄に名前があるのは長門さんと武蔵さんだけ、どういう事かしら?

 

 「提督、この武蔵が旗艦じゃないとはどういう事だ?よりによって先輩の下とは……。」

 

 「これが実力の差だ武蔵、お前は私の下であくせくと働け。」

 

 勝ち誇ってる長門さんに噛みついてる武蔵さんは放っておくとして、日本の正規空母を全て投入ですか……。 

 必要なのは単純にスペック、この作戦を見る限り攻城戦と言い換えてもいい内容ね。

 正規空母で制空権を掌握し可能なら敵艦隊へ攻撃、装備を見る限り島自体への爆撃も想定してるわ。

 軽空母が組み込まれてないのは国土の防衛に当てるためね。

 少し悔しいけど、この内容では軽空母の出番はない。

 

 「正式な発令はまだ先だが、今見て貰っている内容の作戦を年末に実行する。」

 

 書いてある内容を見る限り、作戦は3段階ですね。

 まず第一段階、軽巡を旗艦とした艦隊での潜水艦の掃討と、空母艦隊による制空権の確保、及び敵前衛艦隊の掃討を同時に行い、第二段階で突入する水上打撃部隊の進路を確保。

 『城壁』までの道を切り開く。

 

 続いて第二段階、12人の艦娘で編成される連合艦隊である水上打撃部隊二つをミッドウェー・ジョンスン両島に同時展開し飛行場姫二隻の撃破。

 『城壁』を破壊し『本丸』への突入路を構築する。

 

 正規空母も一人づつ組み込むみたいですね、制空維持のために艦戦を優先装備ですか……。

 いささか制空を意識しすぎな気もしますね、第一段階で投入した空母達も補給後に制空戦に参加するはずなのに……。

 まるで敵艦載機を一機残さず殲滅しようとしてるようにも思えます。

 

 そして第三段階、全『ギミック』解除後に艦娘による艦砲射撃と爆撃で中枢棲姫を撃破する。

 

 ん?第三段階だけやけに大雑把ね。

 中枢棲姫は島のほぼ中心に座していると書かれていますが、艦砲射撃と爆撃だけで上手く倒せるのでしょうか。

 まるで第三段階だけ、ソレっぽい事をつけ足しただけ(・・・・・・・・・・・・・・)のような違和感を感じます。

 他にも私のような違和感を感じている人はいないのかしら。

 

 「ふむ、まさに戦艦が主役と言える作戦だな、申し分ない!」

 

 「ああ、先輩の言葉に便乗するのは癪だがまさにその通り!」

 

 脳みそまで筋肉で出来てそうなこの二人は論外として、少佐さんと辰見さんは……。

 態度は普通、いえ、普通過ぎるかしら。

 二人は知っている(・・・・・)みたいね、由良さんと叢雲ちゃんはどう反応していいかわからないといった感じなのに。

 

 そして一番疑問なのは大人しくソファーで寝転んでいる神風さん、これだけの作戦に自分の名前がない事に文句の一つも言わない。

 

 「書いてある内容で、何か質問はあるか?」

 

 質問したい事はある、だけど聞いていいのかしら。

 明らかに何かを隠している作戦の真意を。

 

 「ねえ先生、この作戦の目標は中枢棲姫の殺害(・・)でいいのよね?」

 

 「……ああ、その通りだ。」

 

 殺害?妙な言い方をするわね、神風さんは何かに気づいているのかしら。

 

 「そう、わかったわ……。」

 

 神風さんにしてはあっさり黙りましたね、長門さんも不思議そうな顔をしていますよ?

 あ、そうだわ、私がここに呼ばれたわけを聞いておかないと。

 

 「あの、提督。私は何のためにこの場に呼ばれたんでしょうか。編成にも組み込まれてないようですし……。」

  

 あら?私なにか変な事を聞いたかしら、提督と朝潮ちゃんと少佐さん、それに辰見さんまで不思議そうな顔で私を見て、その視線をそのまま私の左斜め後ろ、神風さんに向けた後再び私に戻した。

 

 「聞いてないのか?神風にはそれとなく話しておくように言っておいたんだが……。」

 

 「いえいえ、私は何も伺っていませんよ?神風さんに言われたのは『執務室までついて来て。』とだけ……。」

 

 全員の視線が神風さんに集中する、こちらを見ないようにして動揺してないフリをしていますね。

 焦っているのが丸わかりですよ?

 

 「あ、あれ~?言ってなかったっけ~ごめんね~。あははははは……。」

 

 全員無言で神風さんを見つめ続ける、頭の後ろをポリポリと搔きながら笑っていますが段々と顔が青ざめていってますね。

 

 「ご、ごめん……言うの忘れてた……。」

 

 「朝潮、神風の晩飯は抜きでいい。」

 

 「了解しました。」

 

 「んなっ!?」

 

 へぇ、提督と神風さんのご飯は朝潮ちゃんが用意してるのね、偉いわ朝潮ちゃん。

 まあ、それはともかく、ちゃんと正座して謝ったのは評価してあげますが、神風さんは一体何を言い忘れたんでしょうか。

 

 「まったく……、すまんな鳳翔。何も聞かされてない状態でこんな物を見せられても訳がわからんよな。」

 

 「え、ええ……。」

 

 提督は私に何をお望みなのかしら、正直言って私ではこの規模の作戦ではお役に立てません。

 艦載機運用の技術自体は正規空母達(あの子達)に負けない自信はありますが、スペックでは到底敵わない……。

 

 「今回の作戦は全体の総指揮は私が執るが、各艦隊の指揮は他の者に任せるつもりなんだ。」

 

 まあ、たしかにこの規模の艦隊を一人で指揮していてはどこかで綻びが出かねませんものね、提督の下に中間となる指揮官が必要なのはわかります。

 ですが、それと私がここに呼ばれたことに何の関係が?

 

 「具体的には、水雷戦隊及び『ワダツミ』の護衛艦隊の指揮を少佐に、水上打撃部隊の指揮を辰見に取らせる。そして空母達の指揮を……。」

 

 「ちょ、ちょっと待ってください提督!まさか私に指揮官をやれと仰るおつもりですか!?」

 

 何か知らない単語が出てきた気はするけどそれはとりあえず置いといて、私が空母艦隊の指揮を?私は艦娘ですよ!?

 たしかに昔は旗艦をやったりもしましたが……。

 

 「その通りだ、君にやってもらいたい。」

 

 そんな無茶な……旗艦以外での指揮経験がない私に、いきなりこんな大規模作戦で指揮を執れだなんて……。

 

 「空母達は君を慕っているし、君の弟子でもあるだろう?」

 

 「それは……そうですが……。」

 

 一航戦、二航戦、それに五航戦の子達は私の弟子と言ってもいいですが、雲龍型の子達を直接指導したことはありません。

 艦載機の運用方法がそもそも違いますし、あの子達は彼女(・・)に艦載機運用の手解きを受けたはずです……。

 

 「五航戦の二人は装甲空母に改装して水上打撃部隊に組み込むが、残りの空母達の指揮を君にお願いしたいんだ。頼めないか?」

 

 出来ない事はない、おそらく指揮する事は可能です。

 ですが……。

 

 「正規空母達(あの子達)に負い目でもあるのか?」

 

 無い、とは言い切れません。

 正規空母達(あの子達)に戦い方を教えたのは私なんですから。

 私が正規空母達(あの子達)を、兵器に変えてしまったのだから……。

 

 「私が指揮を執っても……正規空母達(あの子達)の力を引き出してあげれるとはとても……。」

 

 普段のあの子達は私と普通に接してくれている、だけど怖いんです、どうしても恨まれているんじゃないかと考えてしまうんです。

 戦場と言う地獄に叩きこんだ私を恨んでいるのではないかと……。

 

 「赤城たちにそれとなく質問してみた、『もし、鳳翔がお前たちの指揮を執る事になったらお前たちはどうする?』と。」

 

 「それで……あの子達はなんと……?」

 

 嫌だと言った?

 それとも出撃したくないと言った?

 私のような口だけの空母に従う義理はないと言いましたか?

 

 「『お母さんの指揮なら全力を出し切れる。』だとさ、私の指揮より君の指揮の方がいいとまで言っていたな。」

 

 「おかあ……さん?」

 

 あの子達にそんな風に呼ばれたことは今まで一度も……。

 いえ、あの子達が新米の頃にふざけてそう呼ばれた事があったくらいで……。

 

 「君は空母の母と呼ばれるべき存在だろう?艦艇の鳳翔がそうであったように、空母艦娘の礎を気づいたのは君だ。その君が空母の指揮をまともに執れないと言うのなら、この国に空母の指揮を執れる者など居やしない。」

 

 「で、ですが私は弱いです、最弱の空母と言ってもいいくらい弱いです!そんな私があの子達の上に立つなんておこがましくて……。」

 

 「と言ってるがお前はどう思う?最弱の駆逐艦 神風。」

 

 提督の視線を追って神風さんの方を見ると、神風さんがソファーの上で胡坐をかき、頬杖をついて私をジト目で見ていた。

 

 「甘ったれてるわね、『つるべ落としの鳳翔』は何処へ行ったの?」

 

 懐かしい異名を持ち出してきましたね、それは艦娘黎明期の私の異名じゃないですか。

 艦載機で空から敵を貪り食うかのように屠る私を、木から落ちて来て人を食らう妖怪『鶴瓶落とし』になぞらえて付けられた異名。

 

 出撃しなくなって、いつの間にか忘れ去られたかつての私……。

 

 「正直に言って鳳翔さん、正規空母とタイマンして勝てる?」

 

 「そ、そんなの……。」

 

 無理と言い切れない自分が不思議だわ、確かにスペックでは負けるけど、勝負自体に負ける気は全くしない……。

 

 「私よく言ってたわよね、『駆逐艦の実力はスペックじゃないのよ。』って、それは空母には当てはまらないの?」

 

 無論、当てはまります。

 弓の技量はそのまま艦載機の動きに反映されます。

 艦載機の動きが悪ければ持ってるスペックも十全に発揮できない。

 

 「空母達に慕われてて、指揮も問題なく出来る。さらに下手な正規空母より強いんだから負い目を感じる必要なんてないでしょう?」

 

 確かにそれだけが理由なら指揮官を断る必要はありません。

 だけど……。

 

 「それでも私はあの子達に……。」

 

 「死ね、とは言えないか?」

 

 その通りです提督、私は非情な命令をする自信がありません。

 あの子達の身を案じるばかりにここぞと言う所で失敗するかもしれない、そんな私に指揮官など無理です。

 

 「なら君が、そんな命令を出さなくてもいい状況を作ってやればいい。」

 

 「は……?提督、今なんと……?」

 

 状況を作る?私は指揮官をやるんですよね?

 出撃できるなまだしも、出撃もせずにどうやってそんな状況を作り出せと?

 

 「洋上で指揮を執ればいい、艦載機を使えばそれも可能だろう?」

 

 「それは……私も出撃していいと言う事ですか?指揮が問題なく執れるなら出撃してもよろしいと?」

 

 「当り前だろう、別に出撃できる艦娘に上限などないんだぞ?ゲームじゃあるまいに。」

 

 よく考えればそうだわ、私ならあの子達の指揮を執りながら、あの子達が討ち漏らした艦載機や敵艦を屠るくらい、出撃する事が出来るなら可能。

 

 「やってくれるな?鳳翔。」

 

 数年ぶりの出撃、しかも旗艦ではなく、指揮官として艦隊を指揮するおまけ付き、難易度は高いけど私なら……。

 でも万全を期すならもう一人、私並みの人が欲しいわ……。

 

 「引き受けるにあたって、一つお願いがありますが……よろしいですか?」

 

 「聞こう。」

 

 「現在、舞鶴に配属されている軽空母、龍驤を私の副官として配置してください。」

 

 龍ちゃんなら私と同じ事が出来る、それに龍ちゃんは雲龍型に手解きをした人だ、雲龍型の指揮は龍ちゃんに任せればいい。

 

 「わかった、手配しよう。」

 

 「ありがとうございます、提督。」

 

 あの子達に死ねと命じなくてもいい状況を作ってしまおう。

 そうよ、あの子達が全力で戦えるよう私がサポートすればいいんだから。

 

 嫌だわ私ったら、年甲斐もなく気分が高揚してる。

 さっきまで、あの子達に恨まれてるんじゃないかと心配していたのが嘘のよう……。

 あの子達と一緒に戦えると思っただけで、ここまで心が奮い立つなんて思ってもみなかったわ。

 

 「空母の母の本気を楽しみにしているよ。」

 

 「致し方ありませんね。母として、あの子達のお尻を叩いてご覧に入れましょう。」



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幕間 古参達の語らい

 執務室で作戦の大まかな説明があった日の夜、『久しぶりに四人で飲みましょう。』と言う鳳翔さんのお誘いで、私たち四人は居酒屋 鳳翔に集まっていた。

 

 「鳳翔!酒のおかわりを頼む!今夜は飲むぞ!」

 

 飛ばすわね長門、この間みたいにリバースしまくっても知らないわよ?

 

 「程々にしときなさいよ長門、明日も武蔵の訓練に付き合うんでしょ?」

 

 「堅いことを言うな天龍!ほら、お前も飲め!」

 

 「今は辰見よ、何回言ったら覚えるのかしらこの脳筋は……。」

 

 諦めなさい辰見、コイツに物を教えるより犬を躾る方がはるかに楽よ。

 

 「まあまあ、今日くらいは良いじゃないですか。神風さんも一本浸けましょうか?」

 

 「うん、あと摘まめそうな物を適当に。」

 

 「お刺身にしましょうか?あ!先にお漬物を出しましょうね。」

 

 「あら、神風もつまみ無しじゃ飲めないんだっけ?」

 

 「別に?そんな事ないわよ。」

 

 先生の飲み方しか知らなかったから、いつの間にか私もそうなっただけ。

 別に酒だけ飲もうと思えば飲めるわ。

 

 「それにしても驚いた、まさか鎮守府ごと(・・・・・)攻め込む気だったとは。」

 

 「一応まだ内緒なんだから言っちゃダメよ長門?それと『ワダツミ』は鎮守府その物じゃなくて、あくまで鎮守府の機能を搭載しただけなんだから。」

 

 それでも大した物だけどね、まさかあんな物を用意してるなんて私も知らなかったわ。

 てっきり、新型弾頭を使うための艦艇を造ってると思ってたもの。

 

 艦娘運用母艦『ワダツミ』。

 工廠、入渠施設等の艦娘関連施設の縮小版を艦内に搭載した動く鎮守府、艦母とでも呼べばいいのかしら。

 

 これまで一番ネックだった鎮守府と敵地を往復する時の消耗を考えず、任意の場所で補給や入渠、装備開発まで可能な海軍の新型艦。

 

 今回みたいな攻城戦じみた作戦にはもってこいな新兵器ね、ワダツミの護衛に艦娘を割かなければならないのが難だけど。

 

 「でもカタパルトまでつけるのはやり過ぎじゃない?艦娘を射出するんでしょ?アレで。」

 

 一番驚いたのはカタパルトまで搭載していた事だ。

 射出すれば戦艦などの初速は補えるけど、ハッキリ言って無駄だったんじゃ……。

 

 「艦隊最後尾の艦が着水した時点で、最高速度での艦隊運動が出来るようにするためらしいわ。誰が考えたのかは知らないけど、きっと『行きまーす!』的な事を艦娘にさせたかったんでしょうね。」

 

 『逝きまーす!』、にならなきゃいいけどね。

 射出速度はジェットコースター並って言ってたけど、いつ発艦訓練する気なんだろ。

 まさかハワイまでの道すがらじゃないわよね?

 

 「私的にはそれも捨てがたいが、どちらかと言うと腕組みして艦橋手前からリフトアップされる方が好みだな。」

 

 アンタは10分程度しか戦闘できない未完の最終兵器か!

 残念ながら、それは母艦が撃沈寸前まで追い込まれないと出来ません!

 そもそも、艦橋前にリフトなんてついてる訳ないでしょ!

 諦めて『逝きまーす!』してなさい!

 

 「そっちの方がいいの?一応あるわよ、艦橋手前にリフト。」

 

 有るんかい!

 ワダツミを設計した奴は何を考えてそんな所にリフトなんてつけたの!?

 でんどんしたかったの?戦場にでんどんでんどんって鳴り響かせたかったの!?

 

 「でもヘリコプター用のリフトだから大きいわよ?」

 

 なるほどね。

 ヘリの発艦用リフトなら納得してあげる。

 なんで艦橋の前につけたのかはサッパリわからないけど。

 

 「ただね、仕様書にはスピーカーとスポットライトがついてるようになってるのよ。しかも無駄に性能がいいやつ。」

 

 やっぱりでんどんしたいんじゃない!

 確信した、ワダツミを設計したのはロボットアニメが大好きな中年オヤジよ!

 きっと、『ここにリフトつけたら〇〇バスターごっこ出来そうじゃね?』とかそんなノリでつけたに違いないわ!

 

 「艦橋から発進か、胸が熱いな!」

 

 うっさいゴリラ!そのまま亜高速で飛んでいけ!

 そして一万年後くらいまで帰ってくるな!

 

 「はい、神風さんお待たせ。」

 

 「ありがと……。」

 

 飲んで落ち着こう、バカに付き合ってたら精神が保たないわ。

 

 「辰見さん、普通に発艦は出来ないんですか?射出されるのはちょっと……。」

 

 「出来ますよ?本来は帰投用ですが、艦後部に普通の出撃ドックもあります。あ、仕様書見ます?」

 

 だったらカタパルトなんて要らないじゃない!

 なんでそんな無駄な物つけたのよ!

 

 「いいんですか?じゃあ遠慮なく……。」

 

 いや、それって機密扱いとかされてないわけ?一応、海軍の最新鋭艦でしょ?なんで仕様書とか持ち歩いてるのよ……。

 

 「確かに……艦隊を即時展開するのに便利そうですね。仕様書を見る限りだと、カタパルトとは言ってもウォータースライダーに近いかしら……。速度が遅い順に射出するんですか?」

 

 ウォータースライダーを立ったまま滑り降りるの?

 なにそれ怖い。

 でも空中に放り出されるよりはマシか……。

 

 「そうなりますね、艦隊が一列に並べる横幅の六射線カタパルトが両舷に一つづつ、二艦隊同時に射出可能です。仕様上は、数分程度で最高速度(・・・・)の状態での展開が可能になってます。」

 

 それなら普通に出撃するよりは良さそうね、出足の遅い上位艦種が最初から最高速度の状態なら戦域への到達時間も短縮出来る。

 

 「や、やっぱり、『鳳翔、行きまーす!』とか言わなきゃいけないのかしら……。」

 

 「そ、それは個人の自由で……。」

 

 「あ、あら、そうなの?やだ……私てっきり……。」

 

 照れるくらいなら聞かなきゃいいじゃない!

 もしかして言いたかったの『鳳翔、行きまーす!』って言いたかったの!?

 やめてよ……お願いだから鳳翔さんまでボケに回らないで……。

 

 「なあ、一つどうしてもわからない事があるんだが。」

 

 なによゴリラ、ビームの出し方がわからないとか言ったら張っ倒すわよ。

 

 「なぜあの場に神風が居たんだ?秘書艦の三人はまあ、わかる。だが神風があの場に居た理由がわからない。編成にも組み込まれず、指揮官をするわけでもないのになぜあの場に居た?」

 

 あ~、そこ突っ込んでくる?

 その話題には触れないようにしてたんだけどなぁ……。

 

 「どうしても聞きたい?」

 

 とは言っても、私は先生から何も聞かされてないのよ?

 何をしようとしてるのかは想像ついてるけど、出来れば長門の戦意を削ぐ(・・・・・)ような事はしたくないしなぁ。

 

 「私も気になります。神風さんは提督が隠してらっしゃる事に気づいているのでしょう?」

 

 うわぁ……鳳翔さんはあの計画書を見て違和感を感じちゃったのか……。

 どうしよう、辰見は我関せずって感じだし……貴女知ってるんでしょ?

 辰見から説明してよ、私は何か聞いてるわけじゃないんだから。

 

 「私が思うにだ、今日説明された作戦そのものが囮なのではないか?」

 

 「「「……。」」」

 

 「な、なんだ三人してマヌケな顔をして!そんなに変な事を言ったか!?」

 

 いや、だいたい合ってる(・・・・・・・・)

 驚いてるのは貴女がソレに気づいたからよ。

 貴女も脳みそに皺があったのね、少しだけ見直したわ。

 

 「やはり囮ですか……。じゃあ神風さんが言った『殺害』も言い間違えではなく、『外』に気を逸らした中枢棲姫を直接『殺害』すると言う事なんですね?」

 

 本当は『暗殺』か?って聞きたかったんだけどね、それだと鳳翔さんにバレかねないから遠回しに『殺害』って言ったんだけど……。

 こんなに早くバレるなら気を使わなくてもよかったか。

 

 「ここまで気づかれてるなら言ってもいいんじゃない?神風は長門の戦意を削ぎたくなくて言わない様にしてたんでしょ?」

 

 辰見のこの言いようだと、私が想像してる通りの事を先生はしようとしてるのね、と言う事は……。

 私は陸戦要員(・・・・)で確定か。

 

 「囮と言うのは正確じゃないわ、あの計画書に書かれていた事は、言うなれば予備計画よ。」

 

 「なんの……予備なんですか?」

 

 聞かなくても鳳翔さんなら気づいてるんでしょう?

 それはもちろん、本命の計画が失敗した時の予備よ。

 そう……。

 

 「私が失敗した時のよ。貴女達が敵の目を引き付けてる間に、私が『奇兵隊』を率いて島内に潜入、中枢棲姫の首を取る計画のね。」

 

 「じゃあ、過剰なほど制空に拘った装備や編成もそのため……。制空権確保が目的ではなく、敵の目を一つ残らず奪い取るのが目的なんですね。」

 

 ん~それもあるとは思うけど、それに関してはそれだけとは思えないのよねぇ。

 先生なら隠し玉の一つや二つは用意してそうだし。

 でもさすがに予想がつかないからコレはいいか。

 

 「だが、それに意味はあるのか?計画通り真っ当に攻略しても中枢棲姫の首は取れそうだが?」

 

 「そうですよ。そんな危険を冒さなくても、島内のギミックを破壊するだけでいいはずです。」

 

 確かにね、計画書を見た限りじゃ4カ所のギミックを破壊すれば『結界』は消えることになっている。

 だけど先生はそれじゃ上手くいかない可能性を考えているのよ。

 

 「辰見、島内のギミックは力を『結界』に回してるせいで『装甲』は薄いのよね?」

 

 「ええ、そうらしいわ。」

 

 「中枢棲姫はどうなの?」

 

 「未確認よ、そこまでは調べられなかったみたいね。」

 

 やっぱりね、それが先生にとって不安要素であり、戦闘を早期終結させる希望でもあるんだ。

 

 「中枢棲姫?中枢棲姫はギミックとは関係ないんじゃ……。」

 

 そうとは限らないから、先生は私に中枢棲姫を直接叩かせる計画を考えたのよ長門。

 『結界』が中枢棲姫の上空から傘のように展開されているなら、中枢棲姫が力場を収束させてる可能性が高いわ。

 

 「中枢棲姫がギミックと関係……。提督は中枢棲姫自身が傘で言う『中棒(シャフト)』に相当するとお考えなのですか?」

 

 「たぶんそうだと思う。そうだとしたら、中枢棲姫自身も結界の維持に力を割いてる可能性があるし、ギミックを解除しただけじゃ『結界』は消えないかもしれない。それに、『結界』を破壊して中枢棲姫自身の『装甲』を展開されるより、『結界』を維持させたままの方が楽に倒せると考えてるんじゃないかしら。」

 

 「それは皮算用だろう!もしそうじゃなかったら……。そうか……だから予備なのか……。」

 

 「そういう事、私が上手くいけば頭を失った敵艦隊は最低でも混乱、総崩れも狙えるかもしれない。私が失敗しても、長門が言ったように真っ当に攻略すればいい。」

 

 先生はきっと、私達『奇兵隊』と艦娘の命を天秤にかけた。

 国土の防衛に直接関係しない『奇兵隊』の損害より、数がそのまま国防に直結する艦娘の損害を減らすことを選んだのよ。

 

 「それと、私が中枢棲姫を直接狙うのにはもう一つメリットがあるわ。」

 

 「神風さんが失敗した場合、島内に侵入を許した事自体が陽動となるわけですね……。」

 

 さすが鳳翔さん、話が早いわ。

 私達みたいなネズミが侵入していたとわかれば、中枢棲姫は外から内側へ意識を向けざるをえないし、外に居る艦隊も島に戦力を割くかもしれないから外側のギミック攻略が楽になるかもしれない。

 成功しても失敗しても一石二鳥なのよ。

 

 「だが……、だがお前は艦娘だろう!陸では力を発揮できないではないか!」

 

 「舐めないでよ長門、私は艦娘をどう使えばいいかもわからなかった頃から艦娘をやってるのよ?陸での戦い方は嫌と言うほど知ってるわ。」

 

 実際、できる事なんて知れてるけどね。

 『弾』に力場を集中して、やっと陸にあがった重巡の装甲をゼロ距離で貫ける程度の力場を展開するのが精いっぱいだし、『装甲』も張れるけど私は所詮駆逐艦、軽自動車以下の装甲しか張れないわ。

 もちろんトビウオなんかの技も使えない、使えるのは『刀』だけ、回避はすべて体術で行うしかない。

 

 「それでも私なら出来る、私には先生仕込みの体術があるんだから。」

 

 「だが、だが……。」

 

 「長門さん、心配なのはわかりますが提督と神風さんが決めた事です。」

 

 いや、私は何も決めてないわよ?

 鳳翔さん何言ってるの?

 

 「あ~言ってなかったわね、今までのはあくまで私の想像よ?先生からはまだ何も聞いてないわ。」

 

 「はぁ!?」

 

 いや、なんで辰見が驚くのよ。

 だって聞いてないもの、私は先生が考えそうなことを想像して話しただけよ?

 

 「信じらんない!提督はこんな大事な事をまだ話してなかったの!?て言うかさっきまでのってただの想像!?ほぼ合ってたんだけど!?」

 

 イエーイ!私大正解!

 先生と何年の付き合いだと思ってるのよ、これくらいの思考のトレースは余裕よ?

 

 「まあまあ辰見さん落ち着いて、提督も切り出しにくいんですよ……きっと……。」

 

 私が考えに気づいてる事には気づいてると思うけどね、じゃないと私の質問にあんな答え方はしない。

 

 「はぁ……、つまり私たちは、お前が中枢棲姫の首を取るまで戦闘を長引かせる必要があるわけか、しかも艦隊メンバーに知らせずに……。」

 

 「そういう事、変に意識させちゃうとバレるかもしれないからね。それに、自分たちが囮だと思って戦うのと、そうじゃないのとじゃモチベーションに差が出るでしょ?」

 

 「武蔵には絶対言えないな……アイツは撃つしか能がないし……。どうしたものか……。」

 

 撃つしか能がなかった貴女がそれを言うか、後輩が出来て少しは成長したみたいじゃない。

 

 「全力を出しつつ手加減ですか……、心中お察ししますよ長門さん。」

 

 鳳翔さんは制空維持と前衛艦隊の掃討だもんね、長門よりは気が楽でしょう。

 

 「頑張ってね長門、応援してるから。」

 

 『ニシシシ♪』って笑ってるけど、辰見は水上打撃部隊の指揮官でしょ?

 まさか長門に丸投げする気じゃないでしょうね。

 

 「もう一つの水上打撃部隊の旗艦は金剛さんでしたね、金剛さんも囮の件はご存じなのですか?」

 

 「知らせる予定よ、長門と鳳翔さんにも折を見て言うつもりだったの、話の流れで今言っちゃったけどね。」

 

 言ったのは私だ!

 貴女何もしてないじゃない、私が話してる最中もチビチビとカシスオレンジ飲んじゃってさ。

 相変わらず甘いお酒しか飲めないのね!

 

 「朝潮たち第八駆逐隊も編成に組み込まれていないが……。まさか提督は、朝潮たちにも陸戦をやらせる気なのか?」

 

 それはない、あの子達に陸戦の経験は無いはずよ。

 だけど、先生がこんな大事な作戦であの子達を使わないとは考えられない。

 何か他にもあるのね、虎の子の第八駆逐隊を編成に組み込めない理由が……。

 

 「それに関しては、この間提督と満潮ちゃんが話をしてましたね。今思うと、アレはこの作戦に関する事だったんですね。」

 

 「なんて言ってたんです?八駆に関しては私も知らないんですよ。」

 

 辰見も知らないの?

 先生はなんで話さないんだろう……先生の事だから、話したつもりで忘れてる可能性もあるけど。

 

 「え~と確か……提督が満潮ちゃんに『お前がネ級だったらどう動く?』って聞いて、満潮ちゃんが『艦隊の背後を突く』とか言っていたような……。すみません、うろ覚えで……。」

 

 ネ級?タウイタウイで満潮が気にしてたネ級かしら、だとしたら戦艦棲姫がおまけでついて来るって言う事?

 前面に集中しているワダツミや艦隊の背後から?

 

 「なるほど、八駆に窮奇を迎撃させるつもりなのね……。」

  

 キュウキって誰?戦艦棲姫?

 あの戦艦棲姫って名前付いてるの?

 

 まあそれはともかく、連れて行ける戦力で最低でも姫級二隻を相手にしなきゃいけないし、ワダツミ自体も護衛しなきゃいけないから、背後に迫る敵の射程にワダツミが入る前に、迎撃に向かわせる戦力の余裕はないわね。

 

 それこそ駆逐隊一つが精いっぱい、だから姫級と渡り合える第八駆逐隊を主力艦隊に組み込まず、背後をついて来るかもしれない戦艦棲姫迎撃に回すんだ。

 

 「ある意味、第八駆逐隊がこの作戦の要ですね……。」

 

 「そうね、先生は戦艦棲姫が背後から来るのをほぼ確信してると思う。八駆が敵の突破を許せば、護衛部隊くらいしか残っていないワダツミは背後から強襲され、私達は司令塔を失い前後から挟撃される。」

 

 事前に戦艦棲姫を捕捉出来れば、作戦開始前に叩くことは出来るでしょうけど……。

 それが出来る可能性は低いと考えてるんでしょうね先生は。

 

 「もうちょっと艦娘を手配することは出来なかったのか辰見、せめてもう一艦隊居ればどうにかなったものを……。」

 

 「無理よ、三年前の横須賀事件が大本営で今だに尾を引いてるわ。これでもできる限りの数を手配したんだから。大本営付きの艦娘くらい貸してくれればいいのに。」

 

 大本営を安心させつつ、攻略に投入できる最大数が全艦娘の三分の一か。

 でもそれにしては一艦隊分くらい数が足りないような……。

 艦娘の総数って240人くらいじゃなかったっけ?

 

 「よし!やっぱ作戦前にクーデターを起こすしかないわ。大本営のバカ共を皆殺しにして、艦娘全員率いてハワイに攻め込みましょう!」

 

 どうしてそうなる。

 やめなさい辰見、国防のために艦娘を残すのは必要な事よ。

 クーデターは、せめて作戦が終わってからにしなさい。

 

 「乗った!皆殺しはやり過ぎだが、灸をすえる位はいいだろう!」

 

 乗るなバカ、大本営に向けて砲撃でもする気か!

 

 「致し方ありませんね。空母たちも集めておきましょう。」

 

 致し方ある!

 どうしちゃったのよ鳳翔さん!酔ってるの?

 あ、よく見たら足元に一升瓶が2本も転がってる、さっきまでの間にそんなに飲んだの!?

 顔色変わってないから気づかなかったわ……。

 

 「よし!そうと決まれば作戦を練らなきゃね。どうする?」

 

 いや、ノープランかい!

 それでよくクーデター起こそうとか言えたわね!

 

 「「海上から砲撃(爆撃)。」」

 

 アンタらもか!

 バカでも思いつくわそんな事!

 これは早めに逃げた方が良いわね、逃げなきゃ間抜けな事に巻き込まれるのは確実!

 

 「あ!神風が逃げようとしてる!」

 

 まずい、気づかれた。

 でもお生憎様、酔っ払いの千鳥足でつかまえられるほど私はトロくないわ!

 

 「なんだと!?敵前逃亡は銃殺だぞ神風!」

 

 なるほど、アンタらは敵なのね、よくわかったわ。

 今度とっちめてやるから覚悟してなさい!

 

 でも今は逃げる!

 酔っ払いとは言え、この三人相手じゃ分が悪すぎるわ!

 

 「お任せください。私だってやる時はやるのです!」

 

 ()る気か!

 その弓矢どっから出したのよ!

 酔っ払った鳳翔さんがここまで(たち)が悪いとは知らなかったわ!

 

 それから、私の逃避行は一時間にも及んだ。

 飲んでる最中に走り出したから気持ち悪い……。

 敵に回すとホントに厄介ねあの三人、長門は純粋に身体能力が高いし、辰見と鳳翔さんは技量が並みじゃないし。

 

 「はぁ、はぁ……。撒いたか……かな?」

 

 いい歳した大人が幼気な少女を追い回すんじゃない!

 飲んでる最中に走り出したから変に酔いが回っちゃったじゃない……。

 はぁ……気持ち悪い……部屋に戻って寝よう、先生まだ起きてるかな……。

 

 「ただい……ま?」

 

 電気が点いてない、寝ちゃってるのかな。

 

 「遅かったのぉ、外が騒がしかったようじゃが……。」

 

 うわっ!ビックリしたぁ……。

 電気も点けずに何してるのよ、月見酒?相変わらず寂しい飲み方してるわねぇ。

 

 「他の三人が悪酔いしちゃってね、さっきまで追い回されてたのよ。それより電気点けていい?」

 

 「ん?ああ、ええぞ……。」

 

 えらくテンションが低いわね、私も変な酔い方しちゃったせいでテンション低いけど……。

 

 「あ゛あ゛~水が美味しい……。」

 

 火照った体に染み渡るわぁ~。

 

 「オッサン臭いぞ、年頃の娘が……。」

 

 はいはい、すみませんね。

 相変わらず、作戦について話しそうな気配はないか……そんなに切り出しにくいならあんな作戦立てなきゃいいのに。

 ちょっと意地悪してやれ。

 

 「着替えるからあっち向いてて、それとも……見たい?」

 

 「アホか!さっさと着替えろバカ娘が!」

 

 アホかバカかどっちかにしてくれない?

 別にどっちでもいいけど。

 

 「終わったか?」

 

 待ちなさいよ、女の子は身支度に時間がかかるの!

 寝巻だけど……。

 

 「もういいわよ~。って、まだ飲むの?明日も仕事でしょ?」

 

 「なんか酔えんでなぁ……。」

 

 「心配事でもあるの?」

 

 「心配事はいつもだ、今日に限った事じゃないわい。」

 

 あ、そっぽ向いて誤魔化そうとしてる、どうせ私に話を切り出すかどうかで悩んでるんでしょう?

 

 「作戦の事?」

 

 「ああ……。」

 

 メンタル弱いなぁ、朝潮には全部話したんでしょ?

 編成欄に自分の名前がないのに動揺すらしなかったもんねあの子。

 

 「お父さん、髪結って。」

 

 「はぁ!?なんで俺がそんな事せにゃならんのじゃ!」

 

 「昔はやってくれてたでしょ?下手くそだったけど。」

 

 「そりゃそうじゃが……。」

 

 はい決まり、じゃあ膝の上にお邪魔しまーす。

 

 「ったく、三つ編みでええんか?」

 

 「寝てる時にバラけなきゃなんでもいいわ、満潮みたいにフレンチクルーラーにする?」

 

 「ありゃあ俺じゃ出来ん、どうなっちょるんかもサッパリじゃい。」

 

 毎日毎日、よくあんな面倒な髪の結い方するわよねぇ。

 何か思い入れでもあるのかしら。

 フレンチクルーラーが好きすぎて頭にもつけたくなったのかな。

 

 「お前、少し汗臭いぞ、風呂入ったんか?」

 

 「入ったけど、走ったせいでまた汗かいちゃったの。明日の朝入るからいい。」

 

 「そんな将来が心配になるような事言うなや……嫁の貰い手がないなるぞ。」

 

 「生きて帰れたら、その心配をする事にするわ……。」

 

 お父さんの手が止まった、これで切り出しやすくなったでしょ?

 だから言って。

 命令して、覚悟は出来てるから。

 

 「どこまで……想像がついている?」

 

 「大筋はほぼ全て……かな。何年お父さんの娘をやってると思ってるの?」

 

 「そうか。」

 

 有るかどうかも知れない隠し玉まではさすがにわからないけど、私にやらせたい事はわかってるわ。

 

 「私はお父さんの娘である前に懐刀、奥の手よ?今さら何を遠慮してるのよ。」

 

 遠慮してると言うよりは怖がってるって感じかな、私を失うのを恐れるなんて、可愛いとこあるのね。

 

 「大丈夫よお父さん、私は死なないわ。自慢の娘を信じなさい。」

 

 「そうだな、お前を信じるよ。俺の自慢の娘だからな。」

 

 うん、それでいいのよ、お父さんは私を信じて送り出してくれるだけでいい。

 

 「駆逐艦 神風に命ずる、大将首をあげて来い。」

 

 「了解、全力で事にあたるわ。」

 

 お父さんの戦場に、私が神風を吹かせてあげる。

 




 ゲームでは海外艦合わせても190くらいですが、未実装艦も物語内では建造されているという設定のため240としています。
 と言うか作者の都合で……。


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朝潮編成 9

 「はくちゅんっ!」

 

 寒い……、もう12月ですもんね、雪が降ってないだけまだマシか……。

 今日は鳳翔さんの副官になる予定の龍驤さんと言う方が着任される日なので、庁舎の玄関で待っているのですが……。

 

 「ヒトサンマルマルか……。」

 

 ヒトフタサンマルには着くって連絡があったから待ってるのに、一向に現れる気配がない。

 司令官との昼食を切り上げてまで待ってるのに……。

 一度執務室に戻ろうかしら、何かあったのかもしれないし。

 

 「おや?朝潮殿ではありませんか。このような所でどうされたんです?」

 

 「あ、憲兵さん。こんにちは。」

 

 いつ見ても女性みたいな顔立ちですね、身長も男性にしては低いですし、実は女性だったりするんでしょうか。

 

 「そこでは寒いでしょう、誰かを待っているんですか?」

 

 「ええ、今日着任される方がまだ来なくて……。」

 

 30分も遅れるなんてやっぱり何かあったんじゃ……。

 

 「それは朝潮型の方ですか?」

 

 「は?いえ、軽空母だと伺ってますが。」

 

 朝潮型の人は全員顔見知りだし、呉に居る霞たちがこっちに来るとも聞いてない。

 なんで憲兵さんはそんな事を?

 『はて……ではあの朝潮型は……。』とか言ってますけど、誰かと見間違えたんでしょうか。

 

 「実はですね、先ほど鎮守府西門で見知らぬ朝潮型の方を見まして。」

 

 「西門で朝潮型を?」

 

 誰だろう……第九駆逐隊は今の時間は哨戒中だし、大潮さんは由良さんの手伝い、満潮さんは私の代わりに秘書艦を代行してくれてる。

 荒潮さんかな……朝食後に『今日は集会だからぁ~。』とか言ってどこかに行ったままだし。

 でも憲兵さんなら鎮守府に居る艦娘は知ってるはずよね。

 

 「本当に憲兵さんも知らない方だったんですか?」

 

 「ええ、私は横須賀に居る艦娘の情報は全て(・・)覚えてますので間違いありません。私が知らない艦娘でした。」

 

 今全て(・・)っていいました?全てってどこまでなんです?

 まあ、それはともかく、憲兵さんが知らないと言うなら横須賀の所属ではないという事ね。

 軽空母の方が駆逐艦と間違われる事はないはずだけど、一応確認しに行ってみましょう。

 

 「その方は西門にいらっしゃるんですか?」

 

 「いえ、『倉庫街』の方へ行かれました、あの辺りはガラの悪い輩がいるので行かない方がいいとは言ったんですが……。」

 

 『倉庫街』、工廠よりさらに西側にある区画ね、司令官の私兵さん達の詰め所もたしかそのあたりにあったはず、モヒカンさんか金髪さんに聞いてみますか。

 

 「わかりました、ありがとうございます。」

 

 「行かれるんですか?あ、ちょっと!何かされたらすぐ私を呼んでくださいよー!」

 

 倉庫街へ向けて走り出した私に、憲兵さんが何やら叫んでますね。

 何をされるんでしょう?

 モヒカンさんも金髪さんもいい人ですよ?

 

 「えっと、倉庫街はたしか……。」

 

 工廠の先の道を……あ、小さな看板がある。

 

 「倉庫街、インド人を右に?」

 

 これは何かの暗号でしょうか、工廠を過ぎた所に目立たない様に立てられた看板に訳の分からない文言が……。

 この先にインド人が居て、その方を右に曲がればいいのかしら。

 でも倉庫街ってこの先よね?右に曲がったら北に行くようになるんじゃ……。

 

 「と、とにかく行ってみましょう……。」

 

 工廠から西側は私にとって未体験ゾーン、なんだか冒険してるみたいでワクワクしてきます。

 

 「ん?なんだかカレーのような匂いが……。」

 

 なぜこんな路上でカレーの匂いがするんでしょう?

 この先の十字路の方から漂って来てますね。

 

 「あ、こんな所にカレー屋さんがあったんだ。」

 

 十字路に差し掛かった私の左手に『カレーショップ ダルシム』という店名のカレー屋さんがありました。

 茶色い肌に坊主頭の人がカレーの乗った皿を抱えて口から炎を吐いている絵が、入り口が炎の中心に来るようにデカデカと壁に描かれています。

 

 「インドの人は口から炎が吐けるんだ……。」

 

 インド人……侮れませんね、カレー屋さんを営むような一般人でもそれ程の戦闘力を有しているとは。

 と言うことは、これが看板に書いてあったインド人?

 これを右と言うことは北に行けと言うことでしょうか、それともインド人に背を向けて右?

 でも、それだと庁舎に戻ってしまいますし……。

 とすると、インド人を向いて右、つまりこのまま直進?

 直進でいいんなら変な看板を立ててる意味がない。

 ならば北ですね!

 

 「あれ?朝潮さんじゃないっすか、こんな所まで来るなんて珍しいっすね。」

 

 私がインド人を右に曲がって北に向かおうとした時、インド人の吐く炎の中からモヒカンさんが現れました。

 大丈夫ですか?モヒカンが燃えたら大変ですよ?

 

 「こんにちはモヒカンさん、丁度良いところでお会いできました。」

 

 「もしかして自分に会いに?まさか朝潮さんが自分の事を好きだったとは思わなかったっすよ。」

 

 「それは絶対にないです。」

 

 何を言ってるんでしょうかこの人は、世紀末スタイルの人は私の守備範囲外です。

 撃ちますよ?

 

 「冗談っすよ……。真顔はやめてください、怖いっすから……。」

 

 「それより、倉庫街で艦娘を見ませんでしたか?憲兵さんのお話では、見慣れない朝潮型駆逐艦が行ったと伺ったのですが。」

 

 「あ~どうっすかねぇ、自分昼前からここに居たんで……。」

 

 昼前からカレー食べてたんですか?

 お仕事とか無いのかしら、もしかしてサボってたんじゃ……。

 

 「倉庫街まで送りましょうか?詰め所に居る奴らなら誰か見てるかもしれないっすから。」

 

 「あ、お願いします。インド人を右にと言う暗号がよくわからなくて困ってたんです。」

 

 「あの看板、まだあったのか……。」

 

 どうやらモヒカンさんはあの看板のことをご存知のようですね。

 もしかしてあれを書いたのはモヒカンさんですか?

 

 「あれ、姐さんのイタズラなんすよ。インド人ってのはこの店の事で、店を向いて右、つまり西に行けば倉庫街っす。」

 

 なるほど、神風さんのイタズラですか、納得しました。

 あれ?じゃあ私は違う方向へ行きかけてたんじゃ……。

 

 「ちなみに、庁舎の方からこっちに来ると左に店が見えるっしょ?だから北に行っちゃう子がたまに居るんすけど、北に行くとT字路になってるんす。そこに今度は『倉庫街←→ブラジル』って看板が立ってて……。」

 

 ブラジル?ブラジルってあのブラジルですか?なぜブラジルに!?

 でも少し気になりますね、まさか行った先にはブラジルに繋がるトンネルが!

 

 「極々稀に、ブラジルの方へ行っちゃう頭の痛い子が居て、庁舎が見える位置まで戻ると最後に『おバカさんは14へ行け』って看板が立ってるんす。」

 

 ……私は痛い子じゃないもん……話を逸らそう……。

 

 「じゅ、14ってなんですか?」

 

 「とあるゲームブックで、主人公が死ぬ選択をしたらその番号が書いてあるページへ行けって意味なんすけど。オブラートに包まず言うと『バカは死ね』って意味なんじゃないっすかね。」

 

 な、なんという巧妙なトラップ!危うく騙されるところでした!

 

 「まあ、倉庫街の方向はわかりきってるから、大抵の子は迷わず西に向かうっすけど……って朝潮さん?どうしたんすか?」

 

 べ、別に引っ掛かってませんし……。

 私は暗号の意味に気を取られただけですから。

 そうよ!騙されてなんていないわ!

 だって行ってないもの、行ってないからセーフです!

 

 「朝潮さんまさか……。」

 

 「騙されてません!少し気になっただけです!」

 

 なんですか、その痛い子を見るような目は、痛いのはこんなくだらないイタズラをした神風さんでしょ!

 と言うか『まだあったのか』って言いましたよね?

 いったいいつからあるんです?

 まさか鎮守府が出来た頃からじゃないですよね?

 

 「と、とにかく詰め所まで案内するっす。あんま気にしちゃダメっすよ?今までで最後まで行っちゃった子は、自分が知ってる限り二人位っすから。」

 

 「ち、ちなみに引っ掛かった子と言うのは……。」

 

 「先代の朝潮さんと、今の由良さんっす……。」

 

 先代ぃぃぃ!

 何してるんですか先代ぃぃぃ!

 危うく二代続けて引っ掛かるところだったんですか!?

 と言うか由良さんも引っ掛かったんです!?

 あの真面目で頭の良さそうな由良さんが!?

 

 「真面目な子ほど引っ掛かるんすかね……。でもブラジルの方に行くのはバカとしか……。」

 

 バカって言わないで!

 だって、わざわざ看板が設置してあったんですよ?小さくて見失いがちな所に設置はしてありましたけど、看板があるんだから従うのは当然じゃないですか!

 真っ直ぐ行けばいいのに曲がれ的な案内があったら曲がるでしょ!?

 

 そしてその先に待つのはブラジル行きの看板ですよ?

 そんなの見たら興味わいちゃうでしょ!

 行けないのなんてわかってるんですよ、でも気になるじゃない!

 こっち行ったらブラジルだよ~的な看板があったら行きたいと思うでしょ!

 

 「まあ……ドンマイっす……。」

 

 この妙な敗北感はなんでしょう……。

 神風さんに戦術的敗北をした気分です……。

 今日の晩ご飯で復讐しよ……あの人の嫌いな物ばかり出してや……。

 

 「しまった……。あの人、好き嫌いないんだった……。」

 

 これじゃ復讐できない!

 食べ物の好き嫌いがないのは大変よろしいですが、一つくらいあってもいいじゃない!

 

 「姐さんの嫌いな食べ物っすか?」

 

 「は、はい。何かご存知ですか!?」

 

 「ん~、基本的に食べれる物はなんでも食べる人っすけど。どうしても食べれない物が一つだけあるっす。」

 

 それはいったいなんですか?

 勿体ぶらずに教えてください、人差し指を顎に当てて考え込んでるポーズが、背筋が凍りそうなほど似合ってないですから早く!

 

 「Gっす。」

 

 「はい?」

 

 G?何かの頭文字でしょうか?

 怪獣でしょうか、でもそれは食べ物じゃないですし……。

 まさかとは思うけど、ゴ……。

 

 「ゴキブリっす。」

 

 言わないでくださいよ!

 せめてもうちょっと心の準備が出来てから聞きたかったです!

 

 「セミとかイナゴとかは平気なんすけど、やっぱ姐さんも女っすね。ゴキブリだけは食えなかったっす。」

 

 普通食べませんよ!?

 セミとイナゴは……まあ聞いたことがあります、だけどGはない!

 そもそも、食べ物にカテゴライズしないでください、神風さんどころか私だって食べれませんよ!

 

 けど、その言い方だとモヒカンさんは食べれるですか?

 言われてみればGが好きそうな顔立ちですね、もしかして口いっぱいにGを詰め込……。

 嫌ぁぁぁぁ!想像しちゃった想像しちゃった!

 眉無しで緑のモヒカンが、口にGを詰め込みながらニヤァってする所を想像しちゃったぁぁぁぁ!

 

 「あ、朝潮さん!?どうしたんすか急に怯えて。」

 

 怯えますよ!

 モヒカンさんの好物がGだと知って震え上がってますよ!

 

 「あの、ちょっと……。」

 

 「ひぃ!」

 

 無理無理無理!

 黒い軍服のせいでモヒカンさんがGに見えるようになってきました!

 私の1.5倍ほどの大きさのGが私に迫ってくる!

 誰か……誰か助けて、このままじゃ私も食べさせられちゃう。

 Gを口に詰め込まれちゃう。

 司令官助けて……。

 Gなんて口に入れたくない、そんなの絶対嫌!

 

 「ちょっと君!その子に何する気や!」

 

 「え……。」

 

 モヒカンさんの後ろから声をかけてきたのは、朝潮型と同じような吊りスカートに頭にバイザー、左手に赤いコートのような物を抱えた、見覚えのない駆逐艦(・・・)だった。

 

 「あ、この子じゃないっすか?朝潮さんが探してた子って。」

 

 「話逸らすな変質者!その子にイタズラしよ思てたんやろ!」

 

 「はぁ!?いきなり何を……自分はただ!」

 

 「うっさい!ええからそこどきぃ!」

 

 見知らぬ駆逐艦がモヒカンさんを押しのけて私達の間に割って入った。

 私と同じくらいの身長、私と大差ない胸板、間違いなく駆逐艦だわ、しかも朝潮型。

 

 朝潮型って十番艦までよね?

 じゃあこの子は誰?

 まさか!『朝潮』の艤装が三年も忘れ去られていたのと同じように、この子の艤装も忘れ去られていたんじゃ!

 

 「あ、あの……。」

 

 「こんな、見るからに怪しい奴に絡まれて怖かったやろ?でももう大丈夫や、うちが追っ払ったるさかいな。」

 

 関西弁?

 いやそれより、何か誤解をしてませんか?

 確かにモヒカンさんの見た目は怪しいですが、けっして悪い人ではありません。

 

 「ち、ちが……。」

 

 「ええんや、何も言わんでええ……。どうせ、誰かに言ったらこの写真をバラまくでぇ!とか言われてんねやろ?汚い奴や!」

 

 いやいや、写真なんて撮られてませんから!

 モヒカンさんも何か言い返してくださいよ、この子私に喋らせる気まったくないです!

 

 「……。」

 

 なんで何かを諦めたような顔して空を見上げてるんですか?

 何言っても信じて貰えそうにないからですか!?

 あ、こっち見た。

 そうです、そのまま諦めずに弁明を……。

 あれ?右手を額の横に……敬礼?

 

 「……。」

 

 なんで満足そうな顔で敬礼したの!?

 その『本望っす』って言いそうな笑顔やめてください!

 何が本望なんですか!?

 

 「変態の癖に度胸はあるやないか、幼気な子にイタズラ出来て本望ですってか?ふざけおって……ぶち殺したる!」

 

 いや、別にイタズラとかされてないです。

 自分がした想像に勝手に怯えてただけです。

 

 「できるっすか?自分、これでも結構強いっすよ?」

 

 意外にも迎え撃つ気満々なモヒカンさん。

 駆逐艦相手に殴り合いする気ですか?

 普通に問題行動ですよ?

 

 モヒカンさんと見知らぬ子が腰を落として戦闘態勢に入った。

 モヒカンさんは、両手を顔の前に置いて、親指をかむような姿勢のピーカブースタイル。

 これは満潮さんの愛読書で見たことが有ります。

 

 一方見知らぬ子は、持ってた赤いコートを放り投げ、左手を開いて前に出し、右手も開いてこちらは手の平を下に向けてますね……。

 見たことがない構えです、中国拳法でしょうか。

 

 「へぇ……心意六合拳っすか。実際に見るのは初めてっす。」

 

 「変態のクセに詳しいやないか、そっちはそこからデンプシーか?」

 

 「さあ、どうっすかね。」

 

 空気が凍りついてるような緊迫感、二人の脳内ではすでに何回も攻防が繰り返されてるんでしょうね。

 私だってそれなりの死線はくぐって来ましたし、強い人を何人も見てきました。

 だからわかります、この戦いは長引かない。

 おそらく勝負は一瞬、一合で決着がつく。

 

 「行くっすよ。」

 

 「ああ、いつでも来い。」

 

 目つきが一層鋭くなった、二人の中で最適な一撃が弾き出されたのね。

 

 「シッ!」

 

 先に動いたのはモヒカンさん、その身長からは信じられないほどの低姿勢で瞬時に距離を詰めた。

 この動きも満潮さんの愛読書で見て知っているわ、利き腕と反対側に大きく屈め、伸び上がるのと同時にフックを叩きつけるガゼルパンチ!

 

 まさに風を切り裂く様な素晴らしいパンチです、それを幼い駆逐艦に放っているのは褒められた事ではありませんが。

 

 二人の動きがスローモーションで見える。

 モヒカンさんのガゼルパンチが見知らぬ子の頭を吹き飛ばすと思った瞬間、見知らぬ子が上げていた左手でガゼルパンチを受け流し、その受け流しで生じた力さえ伝える様な動きで右拳をモヒカンさんのお腹に突き付けた。

 

 勝負は……決しましたね。

 

 『お見事っす。』

 

 『アンタもな。』

 

 聞こえないはずの声が聞こえた気がします。

 きっと今、二人は脳内でお互いを称え合っているでしょう。

 

 「心意六合……、馬蹄!崩拳!」

 

 裂帛の気合とと共に拳の先から力が解き放たれ、二人の足元のアスファルトが砕けてモヒカンさんが後方へ吹き飛びました。

 モヒカンさん、貴方の事は忘れません……。

 

 なんて言ってる場合じゃありません!

 飛び方がシャレになってないです!

 

 「モ、モヒカンさん!」

 

 慌てて駆け寄って抱き起したはいいですが、これからどうすれば……。

 白目剥いてるのがちょっ気持ち悪いし……とりあえず息があるか確認した方がいいわよね。

 

 うん、よかった、息はある。

 無事とは言えないけどとりあえず生きてるわ。

 

 「なんや、君その変態と知り合いなんか?」

 

 「ええ、何度も止めようとは思ったんですが……。」

 

 見知らぬ子がコートを拾い上げながら聞いてきた。

 あれ程の体術を身につけているこの子は何者?

 それだけじゃない、戦っていた時のこの子の雰囲気は、司令官や神風さんのような古強者に近い物を感じた。

 神風さんのように長年駆逐艦を続けてる人なのかしら。

 

 「あ~そりゃあごめん。うち、てっきり君がイタズラされてると思ってしもて。」

 

 「貴女は……一体何者ですか?」

 

 私とそう変わらない見た目の子が軍の施設を歩き回っているのだから、この子が艦娘なのは間違いない。

 だけど駆逐艦が着任するなんて話は聞いてないわ。

 しかも存在しないはずの11人目の朝潮型駆逐艦、この子は一体……。

 

 「ほな自己紹介しとこか。軽空母、龍驤や。独特なシルエットでしょ?でも、艦載機を次々繰り出す、ちゃーんとした空母なんや。期待してや!」

 

 「は!?」

 

 今なんと?軽空母 龍驤?

 この子が、私が出迎えるはずだった龍驤さん!?

 

 いやいや、そんなはずありません。

 こんな、どこからどう見ても小学生か中学生くらいにしか見えない人が軽空母だなんてあり得ません。

 どう見ても駆逐艦です!

 関西の人みたいですから今のはきっとボケなんでしょう、だったらツッコミを入れないと失礼ですね。

 

 「そ、そんな胸の薄い軽空母が居るわけないやろー。」

 

 ど、どうです?

 ツッコミは初めてですが上手くできたでしょうか。

 あ、かなりにこやかな笑顔を浮かべてます、どうやらツッコミはせいこ……。

 あれ?何をしてるんです?

 いつの間に私の懐に潜り込んだんです!?

 

 「誰の胸がまな板やゴラァァァァ!!」

 

 何が起こったんでしょう、龍驤さんと名乗る駆逐艦が私の胸辺りに両肩の肩甲骨を当てた瞬間、私の体の中を凄まじい衝撃が駆け抜け、後方へ吹き飛ばされました。

 

 「君かてうちと大差ないやろ!コラ!聞いとんのか!」

 

 息ができない、龍驤さんが私に馬乗りになって首をガクンガクンさせてきますが、もう意識が保てない……。

 気絶させられるのはいつ以来だろう。

 

 私は、若干半泣きになった龍驤さんを見ながら意識を手放した。

 



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幕間 満潮と鳳翔

 「遅いわね朝潮、何かあったのかしら。」

 

 時刻はすでにヒトヨンマルマル、昼過ぎに到着する予定の龍驤さんを迎えに行ったにしては時間がかかりすぎてる。

 サボり?いや、あの子に限ってそんな事は100%ない、なら鎮守府を案内してるのかしら。

 

 「ねえ司令官、いくらなんでも遅すぎない?来る時間はとっくに過ぎてるわよ?」

 

 「そうだな、鎮守府を案内するにしても、執務室に先に寄って、着任の報告を済ませてからの方が時間に余裕ができるだろうし……。」

 

 そうなのよねぇ、あの子が報告をすっ飛ばして案内を優先するとも思えないし。

 ただ、龍驤って人が神風さんみたいに破天荒ならその限りじゃないわ。

 

 「見てこようか?事務課に渡す書類もあるし。」

 

 「頼む、朝潮も手練れだから少々のトラブルなら解決できるだろうが、さすがに心配になってきた。」

 

 「司令官……あの子が強いのは海上での話よ?陸の上じゃただの頭が残念な子だわ。」

 

 真面目なのは確かだけど、真面目さが暴走して変な事しかねないもの。

 しかも司令官最優先、もし龍驤さんが、司令官をロリコンの変態呼ばわりでもしようものなら平気で噛みつきかねない。

 

 「さ、最優先で朝潮を探してくれ、私の予想が外れていればいいが嫌な予感がする……。 残りの仕事は私がやっておくから。」

 

 「オッケー、じゃあ行ってくるわ。」

 

 珍しく司令官が冷や汗かいてたわね、でも朝潮が龍驤さんに何かするのを心配してるって言うより、むしろその逆を心配してるような……。

 もしくは両方?

 朝潮が手を出して返り討ちに遭うとか?

 

 「とりあえず玄関ね、誰かが朝潮を見てればいいんだけど。」

 

 執務室を出て事務課に書類を渡して玄関に着き、朝潮の姿を探してみたけど影も形もない。

 龍驤さんはたしか、正門から来るはずだったわよね?

 だったら余程のひねくれ者じゃない限り、玄関から入ってくるはずだけど……。

 

 「おや?今度は満潮殿ですか?」

 

 「あ、憲兵さん。こんにちは。今度は?」

 

 もしかして憲兵さん、ここで朝潮に会ったのかしら。

 

 「いえ、一時間程前でしたか?朝潮殿もここで、今日着任される方を待っていらしたので。戻ってないのですか?」

 

 「それが戻ってこないのよ。憲兵さんはあの子が何処行ったか知らない?」

 

 「倉庫街だと思います。私がそちらの方に見知らぬ朝潮型が行ったのをお教えしましたから。」

 

 は?見知らぬ朝潮型?

 何言ってるのこの人、霞か霰でも見たのかしら。

 けど、あの子達が来るなんて私聞いてないわよ?

 

 「軽空母じゃなくて?今日着任するの軽空母の人よ?」

 

 「いえ、間違いなく(・・・・・)駆逐艦でした。それに満潮殿と同じ制服の朝潮型、この私が艦種を見間違えるはずありません。」

 

 その自信はどこから来るの?

 でも確かに、無駄に育った駆逐艦はたまに居るけど、軽空母と駆逐艦を見間違える事は私でもまず無いわ。

 

 まあそれはともかく、私と同じ制服って事は第九駆逐隊の四人か霰、第九駆逐隊は哨戒中だし霰は呉、その朝潮型はいったい誰?

 朝潮型に十一人目が居るなんて聞いたことないわよ。

 

 「朝潮は倉庫街の方へ行ったのよね?」

 

 「ええ、間違いなく。」

 

 鎮守府西側の区画か、倉庫みたいな建物が建ち並んでるから、いつの間にかそう呼ばれるようになったって姉さんに聞いたことがあるわね。

 私兵の人達の詰め所もそっちにあったはず、一般職員の知り合いが少ない朝潮が、モヒカンか金髪に聞きに行った可能性が高いわ。

 

 「わかった、私もそっちに行ってみるわ。あ、憲兵さん、司令官に伝言頼んでいい?倉庫街の方に探しに行くって。」

 

 「それは構いませんが……。朝潮殿にも言いましたがあの辺はガラが悪いですから気をつけてくださいね?」

 

 司令官の私兵の人達でしょ?

 大丈夫よ、あの人達は見た目は即逮捕レベルで酷いけど、基本的に良い人達だから。

 

 「さて、すんなり見つかってくれればいいけど……。」

 

 そういえば、倉庫街に行く途中にあるカレー屋さんにしばらく行ってないわね。

 あそこって基本激辛だけど、子供用に激甘もあるのよね、姉さんと二人して食べたなぁ……。

 大潮と荒潮は辛さの限界にチャレンジしてたけど……。

 

 「あれ?あの人って……鳳翔さん?」

 

 倉庫街に向かう私の前に、同じ方向へ向かって歩く鳳翔さんを見つけた。

 工廠に用があるのかしら、それとも鳳翔さんも倉庫街へ?

 

 「鳳翔さ~ん!」

 

 「あら、満潮ちゃんじゃない。工廠に用事?」

 

 「いえ、倉庫街に朝潮を探しに……。鳳翔さんこそどうしたんです?」

 

 「私も倉庫街に龍ちゃ……龍驤を探しに行くところです。」

 

 龍驤さんが倉庫街に?

 そっちに行ったのは正体不明の朝潮型駆逐艦って聞いたけど……。

 

 「正門と間違えて西門から入ってしまったみたいで……。迷ったから迎えに来てくれと、先ほど電話があったんです。」

 

 んん?じゃあ憲兵さんが見たのは龍驤さん?

 龍驤さんは朝潮型駆逐艦だった?

 

 「ご一緒しますか?もしかしたら朝潮ちゃんと一緒に居るかもしれませんし。」

 

 「そうね、そうさせてもらうわ。」

 

 鳳翔さんは龍驤さんを知ってるみたいだから、もし朝潮を探してる最中に見つけてもすぐわかるわ。

 正体不明の朝潮型が龍驤さんとは考えづらいけど……。

 千歳さんと千代田さんとかバケモノみたいなオッパイしてるものね、それに軽空母の人って落ち着いた雰囲気のお姉さんばっかりだし。

 

 「あら?こんな所に看板なんてあったかしら?」

 

 「あ、ホントだ。インド人を右に?どうゆう事?」

 

 鳳翔さんと私は、工廠を少し過ぎたあたりで目立たない様に設置された古ぼけた看板を見つけた。

 長い事鎮守府に居るけど初めて見たわね、まあ私が西側の区画に行くことはほとんどないから見落としてただけなんでしょうけど。

 けどたまに倉庫街へ駆逐艦が探検しに行くのは聞いたことあるわね、その子達はこれを知ってるのかな?

 

 「インド人ってこの先にあるカレー屋さんの事かな?」

 

 たしか、火を吐くインド人の絵が入り口周辺にデカデカと書かれてたわね、直進すれば倉庫街なのにインド人を右に曲がれ?

 北に行っても壁があるだけだけど……。

 

 「この字……擦れて多少読み辛いですけど、神風さんの字に似てますね……。」

 

 なんでわかるの?

 他人の字の特徴って普通覚えないでしょ。

 

 「この『人』の字が『人』か『入』かわかり辛いでしょ?神風さんの書き方にそっくりです。」

 

 「言われてみればどちらかわかり辛いかも……。」

 

 ぶっちゃけ気にならないレベルだけど……。

 神風さんがこの看板を書いたと言う事は100%イタズラね、確かにこのまま真っすぐ行くと左手にカレー屋さんが見えるから、西側をあまり知らない子は騙されて北に行っちゃうかも。

 

 「朝潮ちゃんもこの看板を見たのかしら、だとしたら迷ってるかもしれないわね。」

 

 可能性はある、直進すればいいのに右に行け的な看板を見ちゃったら、あの子は悩んだ末に北に行くわ。

 

 「行ってみましょう鳳翔さん。あの子、このイタズラに引っかかってるかもしれない。」

 

 「そうですね、この辺りは似たような景色が多いですから、一度迷うと延々同じ所をグルグルと回りかねないわ。」

 

 あの子がそこまでバカとは思いたくないけど……。

 いや、バカだわあの子。

 同じ道を行ったり来たりして、半ベソかいてるところが容易く想像できる……。

 

 「このカレー屋さんを右ですよね?相変わらず凄い絵……。」

 

 「ホント……インド人への風評被害にならなきゃいいけど……。」

 

 あの子が見たらインド人は全員火が吐けるんだと誤解しかねないわ。

 それどころかインド人に恐怖を抱くかも。

 

 「さすがに歩くと広く感じますね、こんなに歩いたのはいつ以来かしら……。」

 

 今時点で2~3キロは軽く歩いてるもんね、普段こっちに来るときは車か自転車だし。

 私は任務や訓練でそれなりに体力はあるけど、一線から退いて久しい鳳翔さんにはきついかも。

 

 「あらやだ、私ったらおばさん臭い事を……。皆には内緒にしてね?」

 

 別にいいんじゃない?

 誰だって2キロも3キロも歩けば疲れるわよ、それに鳳翔さんまだ若いじゃない。

 見た目は多めに見ても20代前半くらいだし、長い事艦娘をやってるって言っても20代後半くらいでしょ?

 おばさんと呼ぶにはまだ早いわ。

 

 「大丈夫でしょ、前に私兵の人たちが『肉と女は腐りかけが一番うまい』って言ってたのを聞いたことがあるし。」

 

 「満潮ちゃん……それはまったくフォローになっていませんよ?」

 

 う……凄くいい笑顔だけどすごく怖い。

 え?これって誉め言葉じゃないの?

 は、話を逸らした方がいいわねこれは……この人は絶対に怒らせちゃいけないタイプの人だから。

 

 「あ……、あー!あそこに看板がありますよ?行ってみましょう!」

 

 鎮守府の壁に突き当たろうとしたところで、草むらに埋もれかけてる看板を見つけた。

 冬で草が枯れたから出て来たのね、夏場だと見つけられないかも。

 

 「倉庫街←→ブラジル?なにこれ。」

 

 倉庫街はわかる、看板が指す方向に行けば倉庫街に着けるわ。

 でもブラジルが意味不明、神風さんは何を思ってブラジルなんて書いたのかしら、そっちに行ったら庁舎に戻っちゃうわよ?

 

 「倉庫街……ブラジル……倉庫街……、ブラジル。」

 

 「ちょーー!ちょっと待ってなんでそっちに行くの!?」

 

 そっちに行ってもブラジルになんて行けやしないのよ?

 なんで若干迷って、確信したようにブラジルを選択したの!?

 鳳翔さんって実はバカなの!?

 

 「え?でもブラジルって……。」

 

 だから何?もしかしてブラジルに行きたいの?

 もしかしてカーニバルが見たいのかしら。

 でもね鳳翔さん、そっちに行ってもブラジルに通じるトンネルがあるわけじゃないのよ?

 そりゃあ私も一度くらいは生で見てみたいわ、でも今はその時じゃないの、わかるでしょ?

 

 「一度着てみたいと思ってったんですよ、あの衣装♪」

 

 見るんじゃなくてやりたかったのか!

 なに照れてんの!?しかも期待に胸膨らませてる感じだし、そんなにカーニバルに参加したいの?

 別に参加なんてする事ないわ鳳翔さん、すでに貴女の頭がカーニバルだよ!

 目的完全に忘れてるじゃない!

 

 「待って待って!朝潮と龍驤さんを探すんでしょ!?ブラジルに行ってる暇なんてないじゃない!」

 

 「で、でも……朝潮ちゃんがこっちに行ったかもしれないし……。」

 

 「絶対行ってない!私たちは庁舎の方から来たのに会わなかったでしょ!?」

 

 あの子もそこまでバカじゃなかったのよ、ちゃんと倉庫街の方に行くくらいの頭はあったのよ!

 

 「そ、それもそうですね……。でも……。」

 

 そんなにブラジルが気になるの!?

 もしかして看板のイタズラって、鳳翔さんを引っかけるためなんじゃないでしょうね。

 だとしたら大成功よ、見事に引っかかったわこの人!

 

 「あ、後で行ってみればいいじゃない!ね?今は二人を探す方が大事よ。二人を見つけたら好きなだけブラジルに行っていいから!」

 

 「それもそうですね……ごめんなさいね満潮ちゃん……。」

 

 ごめんと言いつつ、めっちゃ後ろ髪ひかれてそう!

 私が居なきゃ、この人絶対ブラジルに行ってたわ……。

 

 「でも、初めてではないですが、この辺りまで来ると新鮮味がありますね。あ、あんな所に自動販売機が。」

 

 「そうね、私はここらは初めてだけど」

 

 整備員らしき人やゴツイ海兵隊達がウジャウジャいる。

 あっちも、この辺まで来る艦娘が珍しいのかチラチラ見て来てるし。

 でも私じゃなくて鳳翔さんを見てるわね、駆逐艦はそこまで珍しくないのかな。

 

 「ん?満潮さんと鳳翔さんじゃねぇか。こんな所でなにしてんだ?」

 

 あ、金髪だ。

 丁度良いからこの人に聞いてみようかしら。

 

 「朝潮ともう一人、軽空母の人を探してるんだけど見なかった?」

 

 「軽空母?軽空母は知らねえけど、朝潮さんともう一人見覚えのない駆逐艦なら今詰め所にいっけど?」

 

 よかった、合流してたのね。

 でもやっぱり駆逐艦か、龍驤さんはどこに居るんだろう?

 

 「そ、その駆逐艦の人は赤い服を着ていませんでしたか?水干のような。」

 

 「スイカン?いや、満潮さんと同じ制服着てたぜ?あ~でも、赤い服は小脇に抱えてたな……。」

 

 「その人に『駆逐艦みたい』とか、『まな板』とか言ってませんよね!?」

 

 ん?鳳翔さんの言い方だと、正体不明の駆逐艦が龍驤さんって言ってるように聞こえるけど……。

 まさかね……。

 

 「言うとどうなんだ?」

 

 「最悪、殺されます!」

 

 ちょっとちょっと……穏やかじゃないわね……。

 神風さん以上の危険人物じゃないの。

 

 「あ~それであの二人気絶してたのか?」

 

 ちょ!気絶!?

 もう一人が誰かはわかんないけど、あの子気絶させられちゃったの!?

 

 「ダルシム過ぎた辺で、気絶してる二人とそのくち……軽空母見っけたから詰め所まで運んだんだが、そういうことだったのか……。」

 

 「じゃあ今朝潮と龍驤さんは詰め所に居るのね?案内して!」

 

 「急ぎましょう、龍ちゃんは見た目は駆逐艦ですが武術の達人です!もしさっきのワードを言われたら最悪、詰め所で大暴れしているかもしれません!」

 

 うん、神風さん以上の危険人物だ。

 見た目に言及しただけで暴れるなんて、神風さんより気が短い。

 朝潮が気絶させられたって事は、誤って禁句を口にしちゃったのね。

 

 「おーい、誰かいねぇかー!あれ?おっかしいな……なんでシャッター閉めてんだよ。」

 

 金髪に案内されて、詰め所という名の倉庫の前に着いたはいいけど、鉄製のシャッターが閉まってて中に入れなくなっていた。

 

 「人の気配が希薄ですね……。まさかとは思いますが……。他に入り口は?」

 

 「裏だ、ついて来てくれ。」

 

 なんだかただ事じゃなくなってきたわね、中で一体何が……龍驤さんが私兵の人達を軒並みノックダウンしちゃったのかしら。

 

 「うお!なんだこりゃ!」

 

 「龍ちゃん……何て事を……。」

 

 裏口から倉庫内に入ると山があった、その頂にいるのはどこからどう見ても駆逐艦。

 人で出来た山の頂をひたすら踏みつけている。

 

 「あん……?おーー!鳳翔やないか!待っとったでー♪」

 

 鳳翔さんを見つけた龍驤さんカッコ仮が人山を駆け下りてきた。

 うわぁ……あの高下駄みたいな主機で踏まれたら痛そう……。

 実際、踏まれた人から痛そうなうめき声が聞こえるし。

 

 「龍ちゃん、これはどういう事?」

 

 「いやぁコイツらが何回、ウチは軽空母や!言うてもも信じてくれへんでなぁ。終いにはま、まな……、とにかく!ムカついたからドついたった。」

 

 まな板と言われたからこの人数相手に大立ち回りしたのね、確かに私や朝潮と同じくらい薄い胸だわ、まな板と言われても反論できないレベルで。

 

 「あ、そうだ朝潮……。朝潮は!?」

 

 「朝潮?あの失礼な子ならそこで寝てるで。」

 

 龍驤さんカッコ仮が顎で示した方向を見ると、青いベンチの上で寝てる朝潮を見つけた。

 よかった、あの人山の中に埋もれてたらどうしようかと思ったわよ……。

 

 「龍ちゃんの気持ちもわからないでもないけど……これはさすがにやり過ぎよ?」

 

 「大丈夫大丈夫、ちゃんと手加減はしたし、あん人らも殴られる前提でウチをおちょくって来たみたいやし。」

 

 「それでか、いくら何でもこんなちっちゃ……いや、一人相手に全員ノされるなんておかしいと思ったんだ。」

 

 あの司令官の私兵だもんね、全員手練れでしょうし。

 ノされるの前提で人をおちょくるってのは理解できないけど……。

 

 「最初にやり合ったモヒカンの変態もそうやけど、全員レベル高いなぁ。こん人らが本気やったらウチ敵わへんかったわ。」

 

 朝潮と一緒に気絶してたのはモヒカンか……疑問が解消されて少しスッキリしたわ。

 

 「朝潮ちゃん大丈夫かしら……。朝潮ちゃんを龍ちゃんが気絶させたって聞いて提督が怒らなきゃいいんですが……。」

 

 怒るでしょうね間違いなく、気絶させた理由が理不尽なら尚更よ。

 しょうがない、このままじゃ連れて帰るのもしんどいし起こすか。

 

 え~とたしか……背中のこの辺を。

 

 「お、君よう知ってんなぁソレ、若いのに感心感心

♪」

 

 見た目が駆逐艦の人に若いって言われると微妙な気分になるわね、覚えた経緯は絶対説明したくないけど。

 え~と、それで両肩を持ってグッと!

 

 ボキボキ!

 

 あ、これ気持ちいい、膝を通して朝潮の背骨が鳴る感触が伝わってくるわ。

 

 「う……あ……。」

 

 「朝潮大丈夫?どこか痛いところない?」

 

 よかった、成功したみたいね。

 今度少佐にお礼しなくちゃ。

 

 「ここは……誰?私はどこ……?」

 

 頭がバグってるわね、一発殴った方がいいかしら。

 

 「そうだ駆逐艦!自分を軽空母と詐称する駆逐艦が!」

 

 「あん?」

 

 まずい!この子どうして自分が気絶してたのか理解してないわ!

 

 「朝潮、アンタ夢見てたのよ。自分を軽空母と詐称する駆逐艦なんていないわ。」

 

 「え?なんで満潮さんがここに?って言うかここ何処ですか?」

 

 「ここは私兵さんたちの詰め所よ、気絶したアンタを金髪が運んでくれたらしいわ。」

 

 お願いだから、これ以上龍驤さんの事は言及しないで!後ろで凄い殺気を放ちながら身構えてるから!

 

 「あ!あの人ですよ!自分を軽空母と思い込んでる可哀想な駆逐艦は!」

 

 黙れ!それ以上は言っちゃダメ!

 今の時点で完全にアウトだけど、これ以上は確実に命が無いわ!

 

 「このクソジャリ……ぶち殺したる……。」

 

 やめてー!

 ごめんなさい龍驤さん!

 この子頭良さそうな優等生に見えて実はバカなんです!

 だから許してあげて!?

 この子は間違ってる事を言ってる自覚がないのよ!

 

 「りゅ、龍ちゃん落ち着いて!朝潮ちゃんに悪気はないのよ!」

 

 そう!そうよ!

 鳳翔さんが言うとおり、この子に悪気は微塵もないの!

 純粋に龍驤さんの頭を心配してるのよ!

 

 「つまり、悪気無しにウチをこき下ろしとるちゅうわけやな?余計(たち)悪いわ!」

 

 ですよね!

 起こすべきじゃなかったわ、この子がこのまま起きてたら龍驤さんの火に油を注ぎまくるだけ!

 こうなったら……。

 

 「え?なんであの子怒ってるんですか?私がなにか……。」

 

 「朝潮……ゴメンね。今のうちに謝っとくわ……。」

 

 朝潮がキョトンと首を傾げて私を見つめてくる。

 あーもう!可愛いなぁ!

 でも、私は今からアンタに酷いことするわ。

 これ以上アンタが起きてたら、それ以上に酷いことになるもの……。

 大丈夫、アンタだけに痛い思いはさせない。

 お姉ちゃんも一緒よ……。

 

 「鳳翔さん……後はお願いします……。」

 

 「わかりました……満潮ちゃんの犠牲は無駄にはしません……。」

 

 よかった……鳳翔さんは私が何をしようとしてるか気づいてくれたのね。

 ならばもう、迷う必要はないわ。

 

 「あ、あの満潮さん、何を……。」

 

 私は頭を後方へ大きく振りかぶり、いまだ状況が理解できない朝潮の額目がけて一気に振り下ろした。

 

 ゴツン!

 

 頭蓋骨に衝撃が走り、目の中に星が飛んでるわ……朝潮は……、よかった、無事に気絶してくれたみたいね……。

 

 ゴメンね?痛かったでしょ?

 でもお姉ちゃんも痛いから許してね。

 

 私は、慌てて駆け寄る鳳翔さんを横目に見ながら、これで朝潮の頭が少しは良くなりますようにと願いを込めて意識を手放した。

 

 余計に悪くなるかもしれない可能性など、微塵も考えずに。



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朝潮編成 10

 ワダツミの引き渡しを十日後に控えた12月4日。

 私は、朝から執務室で机に噛り付いていました。

 

 本当に噛り付いてたわけじゃありませんよ?

 そう見えるくらい熱心に編成表の作成に集中していたという事です。

 

 「ふう、終わりました。」

 

 司令官が紙に書き出した艦隊編成を、パソコンに打ち込んで表を作成する作業をしていたんですが、こうやって書きだすと壮観ですね、知らない名前も多いです。

 

 中枢棲姫攻略艦隊。

 総指揮 横須賀提督、副官 朝潮。

 

 対窮奇迎撃部隊 旗艦朝潮 大潮 満潮 荒潮。

 

 ワダツミ護衛艦隊、及び前衛艦隊。

 指揮官 少佐、副官 由良。

 

 第一護衛艦隊 旗艦長良 朝雲 山雲 夏雲 峯雲。

 第二護衛艦隊 旗艦名取 朝風 春風 松風 旗風。

 対潜水艦部隊 旗艦五十鈴 文月 皐月 占守 国後 択捉。

 第一前衛艦隊 旗艦妙高 那智 阿賀野 夕雲 巻雲 風雲。

 第二前衛艦隊 旗艦足柄 羽黒 矢矧 長波 沖波 朝霜。

 

 空母機動部隊。

 指揮官 鳳翔、副官 龍驤。

 

 第一機動部隊 旗艦赤城 加賀 飛龍 蒼龍 朧 曙。

 第二機動部隊 旗艦大鳳 雲龍 天城 葛城 漣 潮。

 

 主力水上打撃部隊。

 指揮官 辰見、副官 叢雲。

 

 対饕餮(とうてつ)攻略艦隊。

 第一随伴艦隊 旗艦鳥海 北上 大井 阿武隈 白露 時雨。

 第一主力艦隊 旗艦長門 武蔵 翔鶴 麻耶 高雄 愛宕。

 

 対檮杌(とうこつ)攻略艦隊。

 第二随伴艦隊 旗艦妙高 球磨 木曾 鬼怒 夕立 江風。

 第二主力艦隊 旗艦金剛 比叡 榛名 霧島 瑞鶴 夕張。   

 

 艦娘総勢72名。

 

 「ありがとう朝潮、作戦説明の時に配るから、必要数を印刷しておいてくれ。」

 

 「わかりました。あ、お茶も淹れますね。」

 

 私としたことが、編成表の作成に気をとられていた間に司令官の湯飲みを空にさせてしまった。

 お茶菓子も用意した方がいいかな、休憩には少し早いけど……。

 

 「いや、お茶は私が淹れよう。君は印刷の方を先に済ませてくれ。それが終わったら休憩にしよう。」

 

 「ですが、司令官にそのような雑事をさせるわけには……。」

 

 「構わないよ、それと今日は気分を変えてコーヒーにしよう。貰い物だがケーキがあるんでな。」

 

 ケーキ!いつもお茶請けは煎餅とか和菓子ですから新鮮ですね!

 

 「わかりました!急いで終わらせます!」

 

 あ、でもコーヒーって苦いんじゃなかったっけ……。

 お茶の苦さと言うか渋さは平気だけど、コーヒーは飲んだことがないからどのような味か想像がつきませんね……。

 

 「え~と……これをこうして……。ここをクリック……。」

 

 あ、ちゃんとプリンターが動いてくれた。

 印刷はちゃんと出来てるわね、あとは指定した枚数が印刷されるのを待つだけ、お願いしますねプリンターさん。

 

 「あ、匂いは好きかも……。」

 

 司令官が淹れるコーヒーから、ナッツのような香ばしい香りが私の方まで漂って来ます。

 香りを嗅ぐだけで大人の階段を登っているような気分になりますね。

 司令官が望まれるなら、本当に登っても構わないのですが……。

 

 「どうした?終わったのならお茶にしよう。」

 

 「は、はい!」

 

 どうしよう……意識したら変に緊張してきました……。

 今日は神風さんも居ませんから正真正銘の二人きり、間違いが起こる可能性は十分あるわ!

 いえ、間違いなんて言っちゃダメね、むしろ正解。

 私と司令官は結ばれる運命にあるのですから!

 

 「何か良い事でもあったのか?ガッツポーズなんかして。」

 

 「いえ、なんでもありません。」

 

 違います司令官、お互いにとって良い事があるのはむしろこれから。

 落ち着くのよ私、ガッツポーズにはまだ早いわ。

 ガッツポーズは事が済んだ後よ!

 

 「苺ショートケーキとチーズケーキがあるが、朝潮はどっちがいい?」

 

 「苺ショートでお願いします!」

 

 私の前に白くて甘そうな苺ショートケーキと、それと相反するような黒くて苦そうなコーヒーが並べられた。

 白と黒、甘みと苦み、子供と大人、女と男、艦娘と提督、まるで私と司令官のようです。

 

 「砂糖とミルクは好みで入れるといい、さすがにブラックは無理だろうからな。」

 

 「そ、そんな事はありません!」

 

 とりあえず一口飲んでみよう、司令官がせっかく淹れてくださったんですから。

 

 「……。」

 

 す、すごく黒いです……見るからに苦そう……。

 

 「あ、朝潮、別に無理する事ないんだぞ?」

 

 「だ、大丈夫です!」

 

 ゆっくり、ゆっくりカップに口をつけて少しだけ……。

 う……苦っ!コーヒーってこんなに苦いんですか!?

 こんなに苦い物を砂糖もミルクも入れずに飲むなんて私には到底無理です!

 私が大人の階段を登るのはまだ早いという事なのでしょうか……。

 

 「ははは、やはり朝潮には苦すぎたか。ほら、砂糖とミルクを入れなさい。」

 

 「すみません……。」

 

 砂糖は三つくらいでいいかな?ミルクはこれくらい?

 うん、まだちょっと苦いけど、ケーキを食べながらだと丁度いいかも。

 

 「司令官は入れないんですか?」

 

 「ああ、私は洋菓子の甘さが苦手でね。ブラックなしじゃ食べれないんだ。」

 

 なるほど、それは良い事を聞きました。

 来年のバレンタインデーの参考にしましょう。

 

 それより、司令官が私の対面に座るのは予想外でした。

 司令官の顔が自然と視界に入るのはいいですが、これでは遠すぎます。

 この場所では司令官に密着する事が出来ないじゃないですか、なんで司令官は反対側に座っちゃったんですか?

 

 も、もしかして私と密着したくないとか?

 いや!そんな事はあり得ません!

 私は司令官の好みにじゃすとふぃっとのはずなんですから!

 

 とすると照れてる?

 そうよ、照れてるのよ!

 司令官も意外と初心(うぶ)ですね、でもそんな所も私は大好きですよ!

 

 「そういえば、もうすぐ朝潮の誕生日だな。」

 

 「え?ええ、そういえばそうですね。」

 

 私ももうすぐ14歳ですか、司令官と合法的に結婚出来るまであと2年、長いなぁ……。

 そう言えば司令官の誕生日はいつなんでしょう?

 もし近いならお祝いを考えなければ!

 

 「司令官の誕生日はいつなんですか?」

 

 「私か?え~と……6月の初め頃だったような……。」

 

 半年も過ぎてる!

 私のおバカ!なんで真っ先に調べなかったのかしら、司令官の誕生日を祝うためには半年も待たなきゃいけないじゃない!

 というか司令官はご自分の誕生日を覚えてない?

 普通覚えてるものなんじゃ……。

 男の人って誕生日とか気にしないのかしら。

 

 「免許証を見ればわかるが、普段車に乗らないから部屋に置きっぱなしだな……。」

 

 「6月なのは間違いないんですよね?」

 

 「おそらく……そう言われると自信が出来なくなってくるな……。最近は自分の歳もうろ覚えだし、まさか呆けて来てるのか?」

 

 大丈夫です!例え司令官が呆けたとしても、私が下の世話までバッチリしてみせます!だから安心して呆けてください!

 

 「まあ私の誕生日はどうでもいい、誕生日プレゼントで何か欲しい物はないか?」

 

 「お気持ちは嬉しいですが……よろしいんですか?私だけ頂いては他の艦娘に示しがつかないのでは……。」

 

 他の人がそういう物を貰ったという話は聞いた事がありませんし……。

 でも、それならそれで私だけは特別だと言われているような感じがして良いですね。

 もう……司令官ったら、私だけが特別なら直接そう言ってくださればいいのに、でもそういう遠回しな言葉の心意に気づいてこそ真の秘書艦、いえ!真の恋人というもの!

 

 また司令官のお嫁さんに一歩近づいてしまいましたね。

 ふふふ、敗北が知りたいです。

 

 「いや、他の子達にも毎年あげている。だから朝潮も気にせず欲しい物をいいなさい。」

 

 あ、そですか。

 速攻で敗北してしまいました……。

 ですがこれで勝ったと思わないでください?

 例え私が破れても第二、第三の朝潮が貴方のお嫁さんに……!

 

 いや、それじゃダメですよ、何考えてるんですか私は、他の朝潮に司令官を盗られてなるものか!

 

 「朝潮、この間気絶して戻ってからちゃんと入渠したか?」

 

 「え?はい、起きたら治療施設のベッドの上に居ましたから……。」

 

 顎に手を当てて何を考え込んでいるんでしょう、ボソボソと『前より酷くなってないか?』などと言ってるようですが、何が酷くなってるんでしょう?

 

 残念ながら、体に変わったところはありません。

 ええ、本当に残念です。

 成長期のはずなのに身体的特徴はこれっぽっちも変化してません。

 いくら艦娘になると成長が抑制されるとは言え、胸くらいは成長してもいいじゃない!

 

 胸の大きい人がよく言ってますね、『胸が大きくても肩が凝るだけよ?』とか。

 贅沢な!

 それは『金があっても財布が重くなるだけだ』と宣う嫌味な金持ちと同じです!

 

 無い人の気持ちも少しは考えてください!

 まあ、私は全く無いわけじゃありませんが。

 ええそうです、無いわけではありません、有るか無いかわかり辛いレベルで小さいだけです……。

 ちゃんと有るんです、一応ブラだってしてるんです……。

 

 え?無いようなものだからブラは必要ない?

 大きなお世話ですよ!

 これから大きくなるんです!

 成長した朝潮に期待してください!

 

 「あ、朝潮?大丈夫か?」

 

 「何がですか!?朝潮は大丈夫です!」

 

 おっといけない、危うく司令官に八つ当たりしてしまうところでした。

 ポジティブに考えるのよ私、私の体は何もかも未開発。

 そうよ、これから時間をかけて司令官に開発してもらえばいいんだから!

 

 「それで話を戻すが、欲しい物があるなら聞いておくぞ?」

 

 そうでした、元々そんなお話でしたね。

 さて、どうしましょう。

 欲しい物と言われても思い浮かびませんね、しいて言うなら司令官の名前が書いてある婚姻届けでしょうか。

 

 でも、それを貰ったところで私が法的に結婚できない年齢だから意味がない。

 ならば司令官と私の愛の巣!司令官の部屋での同棲などどうでしょう?

 う~ん、これもいまいちですね、同居できたとしても神風さんという邪魔者がいますし……。

 

 そうだ、指輪とかどうでしょう?

 そうよ婚約指輪よ!

 あ、やっぱりダメだわ……今の指のサイズに合わせて買ってもらったら、艦娘を辞めて成長が再開した時に合わなくなってしまうかもしれない。

 

 どうしましょう……何も思い浮かばないわ……。

 

 「まあゆっくり決めなさい、まだ時間はある。」

 

 「すみません……。」

 

 欲しい物はあるのに、自分の年齢のせいで軒並み意味を為さないんです……。

 

 「謝る事はない、君くらいの歳なら欲しい物が多いだろうからな。」

 

 いえ、実際に欲しいのは司令官だけなんですが……。

 そっか……司令官が欲しいと言えばいいんだ、それで全て解決じゃない!

 悩む必要なんてなかったわ!

 

 「あ、あの!私が欲しいのは……。」

 

 あれ?ちょっと待って?

 それは告白するのと同じじゃないかしら、私は司令官の事が大好きですが、司令官が私の事を好きかどうかはわからないわ。

 直接好きだって言われた事も、言った事もないし。

 

 「ん?決まったのか?」

 

 言っても大丈夫かしら……いきなり『貴方が欲しい!』なんて言って司令官がドン引きしちゃったらどうしよう……。

 司令官が駆逐艦の事を好きなのは知ってますけど、私より魅力的な駆逐艦はいっぱいいますし……。

 やっぱり他の物にしよう、男女の関係は急ぎすぎても奥手すぎてもダメって、荒潮さんの愛読書にも書いてあったし。

 

 「し、司令官が身に付けている物……。」

 

 うん、これだわ。

 司令官が愛用してる小物とかを御守りとして持ち歩いていれば、例え離れていても一緒にいるような気分になれるもの!

 

 「私が身に付けている物?そんな物でいいのか?」

 

 「はい!出来ればいつも持ち歩けるような物がいいです!御守りにします!」 

 

 「ふむ……私の持ち物に御利益などないが……。それでいいと言うなら用意しておこう。」

 

 よし!司令官の私物ゲットです!

 何をくれるんだろう?

 もしかして下着とか?それなら穿こうと思えば穿けるわね、ウェストがガバガバなのはベルトで絞めればどうとでもなるし。

 あ、でも洗濯したら匂いが落ちちゃう、それはよろしくないわ。

 ああ……何が貰えるんだろう、楽しみだわ♪

 

 「よろしくお願いします!」

 

 「お安いご用だよ。朝潮には頑張ってもらわないといけないしな、今度の作戦の要は君たち第八駆逐隊と言っても過言ではないし。」

 

 承知しています。

 艦隊の背後から強襲してくるであろう窮奇の迎撃、私達の敗北はそのまま作戦の失敗に繋がりかねない。

 

 「もう少し艦娘を回してやりたかったんだが、不確定な事に戦力を回せるほどの艦娘が用意できてなくてな……。すまないと思っている。」

 

 謝らないでください司令官、こうなったのは私達の責任でもあるんです。

 そもそも、私達が7カ月前に窮奇を討てていたら、そのような心配をする必要はなかったのですから。

 

 「増員は不要です、私達について来れる艦娘は限られています。下手に増員されると連携どころではなくなってしまいますので。」

 

 「だが、奴が単艦で来るとは限らないのだぞ?」

 

 司令官の目に後悔の色は浮かんでいない、これは私の覚悟を確認してるんだ。

 ならば応えないと、司令官の(つるぎ)として。

 

 「承知の上です。貴方を害しようとする者は、数がどれだけ居ようと私が根こそぎ切り裂きます。」

 

 私は貴方に鍛えられました。

 直接指導してくれた訳じゃないけど、貴方が私のために色々してくれた事はわかっています。

 

 「私は貴方が鍛え上げた、貴方だけの(つるぎ)です。その時が来たら躊躇無く抜き、振りかぶってください。見事、窮奇を討ち取って御覧にいれます。」

 

 そして必ず戻ります、貴方の元へ。

 

 「わかった、君の覚悟、確かに受け取った。」

 

 そう言って、司令官が右手の小指を差し出して来た。

 指切りげんまんですね。

 

 「こういう子供っぽいのは嫌か?」

 

 「いえ、大歓迎です。」

 

 私と司令官は小指同士を絡ませ、そのままゆっくりと上下させて声を合わせ、約束を確かめ合うようにこう言った。

 

 「「ゆ~びき~りげ~んまん、う~そつ~いたらは~りせんぼんのーます。ゆ~びきった。」」



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第8章 駆逐艦『朝潮』決戦!
朝潮決戦 1


 「すごく……大きいです……。」

 

 艦娘運用母艦 ワダツミ。

 基準排水量19500トン、全長248m 全幅38m。

 

 呉造船所で3年かけて建造された海軍の新型艦で、艦娘の輸送と、現地での補給と修復をする事を目的に建造された艦です。

 大きすぎて桟橋からでは甲板が見えないですね。

 

 「両舷にカタパルトがあると聞いていましたが見当たりませんね、外しちゃったんでしょうか。」

 

 「喫水線の上に妙なラインがあるでしょ?あそこからスライドして出て来るらしいわ。」

 

 私の疑問に、横須賀鎮守府までワダツミを護衛して来た霞が答えてくれました。

 言われてみると滑り台みたいなラインがありますね。

 お金持ちが持ってる家の様な外観のクルーザーを、超大型にしたような艦の喫水線の10mほど上から喫水線ギリギリのところまで滑り台がおりてます。

 

 「見た目だけじゃなくて、艦内も居住性を重視してるみたいよ。下手すりゃ鎮守府より快適に生活できるかも。」

 

 艦娘のコンディションを保つのが設計コンセプトなのかしら。

 うん、そうかもしれない、艦娘のコンディションやテンションを保つのは大事だもんね。

 艦娘のテンションが上がった状態、通称『キラ付け』がされた状態の艦娘は、性能が上昇してるわけでもないのに通常以上の戦果を叩き出す。

 なぜ『キラ付け』と呼ばれるようになったかと言うと、テンションが上がった状態の子の目がキラキラと輝いて見えるかららしいですけど……。

 たまに、テンションが上がり過ぎて暴走しちゃう子がいるんですよね……。

 その結果、キラ付け状態なのに速攻で被弾して撤退しちゃう事もよくあるとか。

 

 「ところで、横須賀提督は執務室?」

 

 「いますけど……、もうすぐ少佐や辰見さんと一緒に、ワダツミ艦内の視察に出るはずだから入れ違いになるかもしれないわよ?」

 

 「そう、ならいいわ。ちょっと文句言ってやろうと思ってただけだから。」

 

 ほう?文句ですか、何についての文句でしょう。

 中枢棲姫攻略戦の編成に、呉の駆逐艦が入っていない事についてでしょうか。

 理不尽な文句だったら許しませんよ?

 

 「そ、そんな怖い顔しないでったら!それに、文句と言うより苦情に近いわ!」

 

 「苦情?何かあったんですか?」

 

 「あの『艦長』の事よ。横須賀でワダツミの到着を待つんじゃなかったの?」

 

 あ~、元タウイタウイ泊地の司令ですか。

 懐かしいですね、あれからもう2か月くらいですか。

 

 「いえ?少佐さんが説得して、完成前に取りに行く(・・・・・・・・・)のは阻止したみたいなんだけど、呉に留まるのは阻止できなかったみたいよ?」

 

 「阻止できてないわよ!?あのオッサン、完成前からワダツミの艦橋に居座ってたんだから!」

 

 そんな事言われても……それは私の不手際じゃなく、少佐さんの説得不足です。

 

 「それにあのオッサン、毎日毎日執務室に、『出港はまだかー!』って怒鳴り込んでくるわ。毎晩のように空母共と酒盛して大騒ぎするわで大変だったんだから!」

 

 そう言えば、霞のお誕生日会の最中に大騒ぎしてる声がどこからか聞こえて来てましたね。

 声の元は艦長さんだったんだ。

 

 「空気読んだのか、引き渡し式の時は大人しくしてたけどね。」

 

 「ならいいじゃないですか、済んだ事は水に流しましょ?」

 

 「いやいや、せめて苦情の一つも言わなきゃこっちの気が収まらないわ!」

 

 気持ちはわからなくもないですが、作戦が正式に発令した今、司令官は多忙を極めています。

 そんな些事に気を取られている暇はありません。

 

 「私が聞いたという事で我慢してくれない?あまり司令官の心労を増やしたくないの。」

 

 「う……わかったわよ……。わかったから真顔はやめて……。」

 

 素直でよろしいです、私も怒るのはあまり好きではありませんから。

 

 それにしても……いよいよですね、ワダツミを目の前にすると嫌でも実感してしまうわ。

 これに乗って、十日後に私たちはハワイ島へ向けて出発する。

 着任した時はこんな大作戦に参加するなんて思ってもみませんでしたね。

 それどころか駆逐隊の旗艦や司令官の秘書艦まで……。

 

 「感慨深げね、作戦前で緊張してる?」

 

 「緊張はしてないわ。今の自分が少し不思議で……。」

 

 「不思議?頭の弱さが?」

 

 なんでそうなるんですか、別に私の頭は弱くありません。

 司令官の事以外をたいして考えてないだけです。

 

 「私が、養成所で落ちこぼれだったって話したっけ?」

 

 「アンタから直接は聞いてないけど……噂で聞いたわ。正直信じられなかったけど。」

 

 「そんな私が後方の守りの要ですよ?不思議に思うのは当然じゃないですか。」

 

 「アンタくらい強いなら当然じゃない?本気の大潮姉さんにも勝っちゃったんでしょ?」

 

 それが不思議でしょうがないんです。

 『朝潮』の艤装と適合するまで海面に浮いた事すらなかった私が、今は横須賀の駆逐艦 NO,2 ですよ?

 みんなの指導が良かったんだと思っていたけど、それだけじゃ説明がつきません。

 

 「私って、もしかして天才だったんでしょうか?」

 

 艦娘になる事で秘めていた才能が一気に開花した。

 うん、きっとそうよ!

 ふふふ……自分の才能が恐ろしいです、もしかしたら神風さんより強くなってるかもしれません。

 今こそあの時のリベンジを……。

 

 「アンタがそう思うんならそうなんじゃない?アンタの中ではね。」

 

 なんですか?その含みのある言い方は。

 呆れてます?どうして『またバカな事言ってる』みたいな顔してるんですか。

 それじゃ私が普段からバカな事ばっかり言ってるみたいじゃない。

 

 「バカと天才は紙一重とも言いますよ?」

 

 「じゃあバカの方でしょ?」

 

 なるほど、あくまで私をバカと言いますか。

 お姉ちゃんへの敬意が足りないようですね、お尻ペンペンしてあげましょう。

 

 「でもまあ、アンタはその方がいいんじゃない?目的に向かってバカみたいに邁進する。そっちの方がアンタらしいわ。」

 

 一度落として持ち上げてきましたか。

 あら、自分が言った事で照れちゃったのかそっぽ向いちゃったわ。

 もう~霞ったらツンデレなんだから。

 

 「だったら素直にそう言えばいいじゃない、ラインではあんなに素直なのに。」

 

 『今日ね、司令官が一人で書類全部片づけたのよ♪』とか『今日司令官が褒めてくれたの♪すごく嬉しかったわ♪』とか、『今日司令官とデートしたの!どう?羨ましいでしょ♪』って感じなのに。

 あれ?よく考えたら惚気話ばかりですね……。

 

 「いやほら……ラインだと顔が見えないから……。」

 

 人差し指の先同士をツンツンしながら照れる姿は可愛くて大変よろしいんですが、なんだか腹が立ってきました、私でさえ司令官とデートしたのは一回しかないのに。

 

 ま、まあ今の私は秘書艦ですから、司令官と毎日デートしてるようなものですけどね!

 神風さんという邪魔者が居るのさえ気にしなければ……。

 

 「ラインの内容を公開してやろうかしら……。呉提督に。」

 

 「な!?絶対やめて!あんなの見られたら司令官の顔まともに見れなくなっちゃうじゃない!」

 

 「距離が縮まっていいかもしれないわよ?うん、そうしましょう!妹の恋を応援するのも姉の務めです!」

 

 「バカでっかいお世話よ!そんな事したら、アンタが横須賀提督の事をどう思ってるかバラしてやるんだから!」

 

 ふ……甘いですね霞。

 私にとってはむしろ望む所です、私と司令官は相思相愛、今さら気持ちをバラされて恥ずべき事などありません!

 

 「構わないわ、私と司令官にとっては気持ちを確かめ合う事にしかなりません!」

 

 「え!?アンタ達もう付き合ってるの!?完全に犯罪じゃない!」

 

 何を言ってるんでしょうこの子は、まだ付き合ってはいませんよ?

 でもお互いに想い合っているのはいるのは確実!

 それに犯罪でもありません、なぜならば……。

 

 「愛に歳の差なんて関係ありません!それに犯罪だと言われるなら誰にもバレなきゃいいんです!バレなきゃ犯罪じゃないんですよ!」

 

 「いやダメでしょ!アンタやっぱりバカじゃない!」

 

 「バカとはなんですか!妹ならお姉ちゃんの恋を応援してください!」

 

 「さっき私の恋を応援するとか言ってたよね!?」

 

 そんな事も言ったかもしれません、でも今は霞の恋より私の恋の方が優先です!

 霞は呉に戻ってあのマザコンと好きなだけイチャついてください!

 

 「はぁ……こんなのが後方の要だなんて大丈夫なのかしら……。」

 

 「問題ありません、霞たちが来るまで(・・・・・・・・)ワダツミには指一本触れさせないから。」

 

 「私たちが合流する事、横須賀提督から聞いたの?」

 

 「いいえ、何も聞いてないわ。だけど、司令官が呉の艦娘を遊ばせておくとは思えない。誰かと共に、遅れて参戦する手筈なんじゃないですか?」

 

 司令官と元帥さんの会話でそれっぽい話題も出ていたし、編成に呉の軽巡と駆逐艦が一人も組み込まれてない事を考えれば予想はつきます。

 誰を連れて来るのかまでは予想は付きませんが。

 

 「そう、なら詳しくは教えないでおくけど、私たちは明後日には呉を出発して単冠湾泊地に移動、アンタ達の出発から半日遅れで泊地を出る予定よ。」

 

 「北側から侵攻するの?」

 

 「進行ルートまでは知らされてないけど、後方からの襲撃を予想してるならそうなるんじゃないかしら。」

 

 「後方から窮奇を挟撃してくれてもいいんですよ?」

 

 そうしてくれたら私たちは助かるんだけど……、それが出来ない理由があるんでしょうね。

 

 「それは期待しない方がいいわ。私たち……と言うよりは私達の護衛対象(・・・・・・・)が足手纏いになりかねないから。」

 

 「誰を護衛してくるの?戦力にならない人を護衛してきても意味が無いんじゃない?」

 

 そう言えば、司令官と元帥さんも役には立たない(・・・・・・・)と言ってたわね。

 

 「中枢棲姫を倒すだけが作戦の目的じゃないって事でしょ。もしかしたら中枢棲姫の攻略はおまけ(・・・)かもしれないわ。」

 

 なるほど、中枢棲姫討伐は本来の目的のための手段ですか、それにしては博打が過ぎると思いますけど。

 

 「中枢棲姫討伐が作戦の目的に変わりはないけど、その先の目的のための演出(・・)でもあるわけですね。」

 

 「やる気が失せた?」

 

 「いいえ、私がやる事に変わりはないわ。司令官の敵を切り裂くだけよ。」

 

 作戦の本当の目的なんてどうでもいい、私は私がやるべき事をするだけだわ。

 

 「お~怖っ。横須賀提督はとんだ狂犬を飼ってるみたいね。」

 

 「せめて忠犬と言ってくれない?もし、司令官が待てと仰るならいつまでも待つ覚悟ですよ?」

 

 「忠犬なら首輪くらいしてなさいな。野放し状態じゃない。」

 

 そう言われてみればそうですね、でも首輪をするのはちょっと……。

 司令官がそういう特殊なプレイをご所望なら吝かではありませんけど、そうでないならただのおバカさんですし……。

 

 逆に司令官に首輪をつけるのはどうでしょう。

 司令官を狙ってる艦娘は私だけではないはず、他の艦娘に盗られないようにするために首輪をつけておくのはアリなのでは?

 そうだわ、そうしよう!

 司令官に首輪をつけて、何処かの部屋に隠してしまいましょう!

 

 そうと決まれば首輪を買いに行かないと、でも普通の首輪じゃ簡単に千切ってしまいそうね……。

 鎖の方がいいかしら……それでも千切ってしまいそうだけど……。

 私が四六時中監視していれば大丈夫よね!

 ふふふ……絶対に逃がしませんからね司令官♪

 

 「横須賀提督も大変ね……。」

 

 「そうですよ?司令官は大変なんだから苦情は言わないでね?」

 

 「あ、そこに戻るんだ……。」

 

 え?そういう話じゃありませんでしたっけ?

 まったく、しょうがないですね、忘れっぽいならちゃんとメモくらいとっておかないと。

 それともどこかでケガして忘れっぽくなっちゃのかしら、だとしたら大変だわ、すぐに入渠させなきゃ!

 

 「霞、大丈夫?どこかで頭打ったんじゃない?」

 

 「え?何で私が頭の心配されてるの?嘘でしょ!?」

 

 嘘じゃありません、幸いな事に工廠はすぐ近く、すぐに連れて行ってあげますからね。

  

 「ちょっ!離して!どこに連れて行く気よ!」

 

 「工廠です!きっと頭を打ったせいで忘れっぽくなっちゃったのよ。そんなに怯えなくて大丈夫よ霞、お姉ちゃんがついててあげるから。」

 

 「アンタが怖くて怯えてるのよ!前は恐怖を感じる程バカじゃなかったじゃない!」

 

 あ、またバカって言いましたね?

 よろしい、お仕置きを兼ねて少々手荒く治療してもらうとしましょう。 

 

 「え?マジで工廠に連れてく気?私明日までに帰らなきゃいけないのよ!?冗談じゃないったら!」

 

 「小さな損傷でも命取りになる事があります!だからちゃんと診察してもらいましょう!」

 

 霞にもしもの事があったら司令官の作戦に穴が出来るかもしれない。

 だけど、秘書艦としてそんな事は絶対にさせないわ!

 

 「むしろアンタが診てもらいなさいな!アンタこそどっかで頭でも打ったんじゃないの!?」

 

 はて?そのような覚えはありませんが……。 

 あ、わかりました。

 入渠したくないから話を逸らそうとしてるんですね。

 

 「大丈夫、怖くないですから、お姉ちゃんがついてますからね。」

 

 「話を聞いて!?お願いだから話を聞いてちょうだい!」

 

 なんだか楽しくなってきました。

 今、私はお姉ちゃんしてるって感じがしてとても楽しいです♪

 

 「あは……。」

 

 笑いがこみ上げてくる……。

 さあ霞、もうすぐ工廠に着きますよ!

 お姉ちゃんが存分に診察してあげますからね!

 スキップだってしちゃいますよ~♪

 

 「あはは♪あはは♪あははははは♪」

 

 「何笑ってるの!?怖い怖い怖いぃぃぃぃぃ!」

 

 私は、なぜか半ベソをかきだした霞を引っ張って工廠へと赴いた。

 

 霞が何かを涙ながらに訴えて、それを聞き入れた治療施設の職員さんたちが霞ではなく、私をベッドに縛り付けて高速修復材(バケツ)を溶かした液体を無理矢理飲まされたんですけど……。

 

 それはまた別の話ですね。

 




 なんだかんだで、残りはこの章とエピローグだけとなりました。
 駄文にここまで付き合ってくださった皆様にはこの場を借りてお礼申し上げます。
 
 この章から投稿に日単位で遅れが出る可能性があるんですが、出来る限りペースを変えずに投稿していきたいと思っていますので、最後まで付き合っていただけると幸いです。
 


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幕間 提督と満潮 6

 「で、どうすりゃええと思う?」

 

 一か月ぶりの『居酒屋 鳳翔』そこに来るなり司令官がそう言ってきた。

 今日は私からではなく、司令官からのお誘いだ。 

 普段は私から誘う方が多いんだけど、たま~に司令官から誘ってくることもある。

 

 ちなみに今日は愚痴ではなく相談事、明後日に迫った朝潮の誕生日プレゼントを何にしたらいいかという相談ね。

 まあ、司令官くらいの歳の人が、十代前半の子に何を送ったらいいかわからないってのはわかるんだけど……。

 なんで、手の平に乗るくらいの大きさで、ヘルメット被って橙色の制服を着た女の子の人形を肩に乗せてるんだろ?

 その人形をあげたら良いんじゃない?

 

 「俺の私物で御守りに出来そうな物っちゅうリクエストは聞いちょるんじゃが……。」

 

 そう、問題はコレ。

 普通プレゼントはサプライズでしょ、誕生日プレゼントを用意してると匂わす程度ならまあいいわ。

 だけど、普通何が欲しいか聞く?

 自分の子供にあげるんじゃないのよ?

 自分の子供にあげる時でも、何が欲しいかさり気なく聞いて当日まで黙っとくくらいの事はするんじゃないの?

 なのに本人に『プレゼントあげるから何がいい?』って聞いちゃったのよ?

 ムードもへったくれもないじゃない!

 女の子はそういうの気にするのよ?

 くれるってわかってても当日まで隠しててほしいもんなのよ!

 

 「パンツでもあげたら?あの子なら喜ぶと思うわよ。」

 

 「いやいや、それはさすがにないじゃろ。」

 

 半分冗談だけど、あの子の場合は喜びそうだから困るのよ、サイズが合わなくてもベルト締めれば何とかなるとか思いそうだわ。

 

 「ねえ司令官、女性にプレゼントとかした事ある?」

 

 「そりゃああるいや、それがどうした?」

 

 その女性はさぞかしガッカリしたでしょうね、プレゼントする前に『何がいい?』とか聞いたんでしょうねこのオッサンは。

 

 「その時さ、その女の人少しだけガッカリしたような顔しなかった?」

 

 「そんな事は……。いや待てよ?そういえば一回、『次はサプライズがいいな。』とか言われたことがあったような……。でも嫌な顔は一回もされなかったぞ?」

 

 やっぱり聞いてからプレゼント用意してたのか!

 その女の人とどういう関係だったかは知らないけど、毎回顔に出さないようにするのに苦労してたでしょうね。

 

 いや、嬉しいのよ?

 何かプレゼントしてくれること自体は嬉しいの、でも女はそれにプラスアルファを求めるのよ。

 

 何かプレゼントしようとしてるのは雰囲気でなんとなく察しはつくからね。

 ありきたりだけど、例えば指輪なら夜景の見える高級レストランとか、綺麗な風景をバックに指輪を差し出されるとか、そういうのを求めちゃうのよ!

 

 「その人とはどんな関係だったの?結婚を考えてた人?」

 

 結婚してた話は聞いた事ないから破局したんでしょうね、きっと司令官の無神経な所に呆れて……。

 

 「考えちょったもなにも、女房だ。」

 

 んん!?ニョウボウ!?ニョウボウって女房!?

 

 「ちょっと待って!司令官結婚してたの!?初めて聞いたんだけど!」

 

 「そりゃ言うちょらんけぇな、艦娘で知っちょるのは神風と先代の朝潮、そんで今の朝潮くらいか。」

 

 あ、姉さんも朝潮も知ってたんだ……。

 それでも姉さんと婚約したりしてたって事は別れたのね、離婚か死別かはわからないけど……。

 

 「深海棲艦の爆撃でな、苦しまずに逝けたとは思う……いや、思いたい……。」

 

 そっか……死別したのね……。

 しまったなぁ、完全に地雷踏んじゃったじゃない、私的には『捨てられた』的なエピソードを期待して聞いたのになぁ……。

 

 「まあ、気にすんな。別に秘密にしちょったわけじゃないんぞ?こんな話聞かせても困らせるだけじゃ思うて言わんかっただけで……。」

 

 「ご、ごめん……もうちょっと気をつかうべきだったわ……。」

 

 そうよね、深海棲艦の爆撃で家族を失った人は大勢いるんだから、司令官も家族を失ってる可能性を考えるべきだったわ。

 私だって……そのせいで孤児になったんだし……。

 

 「で、話は戻るが、何がええと思う?」

 

 「え?ええ、そうね……。」

 

 どうしよう……雰囲気云々について説教してやろうと思ってたのにできなくなっちゃったじゃない。

 

 「な、何か候補はないの?御守りに出来そうな物なんでしょ?」

 

 「一応いくつかあるんじゃが。護身用の短刀とか、初めてひ……撃った銃の薬莢とか。」

 

 なんで言い淀んだ?まあ何を撃った(・・・・・)のか言いたくないんでしょうけど。

 

 「薬莢はちょっと血生臭すぎるわね、短刀はサイズ次第かな?長さはどれくらい?」

 

 「一尺くらいかのぉ……邪魔になるか?」

 

 「一尺って30センチくらいだっけ?その長さじゃ邪魔になるかもね……折り畳みナイフとかないの?それくらいならポケットに入りそうだけど。」

 

 そんな物をポケットに忍ばせさせたくないけど、まあこんな商売だし?いつか役に立つ日が来るかもしれないし。

 

 「シーズナイフならあるが……俺のは結構ゴツいタイプじゃしのぉ……。」

 

 「陸軍時代の認識票は?あれなら首から下げるんだし邪魔にならないわよ?」

 

 「こっちに移るときに叩き返した……。」

 

 取っときなさいよ……辞めるときに返却しなきゃいけない規則とかあったっけ?

 それとも叩き返すほど陸軍上層部が嫌いだったの?

 

 「はぁ……思いつかん……。すまんが一本吸ってええか?」

 

 「どーぞ、今さら気にする事でもないじゃない。」

 

 気を使ってくれるのは素直に嬉しいと思うけど。

 

 「ふぅ~……。悩ましいのぉ、作戦よりこっちの方がよっぽど悩ましいわ。」

 

 おいおい、国の命運を賭けた戦いより、十代の小娘へのプレゼントを考える方が難しいって言うの?

 適当でいいじゃない、司令官からの贈り物ならなんでも喜ぶわよあの子。

 

 「あ、いっそさ、体中にリボン巻いて、『私がプレゼントだ!』でいいんじゃない?」

 

 「俺に変態になれと?」

 

 いや、ロリコンの時点で変態よ?

 今さら何言ってんの?

 

 「満潮がそんな特殊プレイを求めちょるとは思わんかった……。これも戦争の弊害か……。」

 

 おいこら、私を特殊性癖者にするんじゃない。

 大丈夫よ、あの子なら飛び跳ねるくらい喜ぶわ、私ならそのまま海に沈めるけど。

 

 「あ、そのシガレットケースって姉さんからのプレゼントだったやつ?」

 

 「ん?ああ。おかげで煙草を辞める機会を逃してしもうた。」

 

 どうせ辞めないでしょうが、別にルール守って吸ってるからうるさくは言わないけど、体に悪いのは確かなんだから辞めるに越したことはないわよ?

 

 「古い方はどうしたの?捨てちゃった?」

 

 「いや?部屋にあるぞ。長いこと使っちょったけぇ捨てにくうてな。」

 

 「サイズはそれと同じくらい?」

 

 「そうじゃけど……。それがどうした?」

 

 それよ!それでいいじゃない!

 大きさは30×60くらいかしら、ちょっとした小物入れになるし、ポケットに入れて持ち運べる大きさだわ!

 

 「お古のシガレットケースをあげなさいよ。司令官が長い間使ってた物だし、御守りにもなりそうだし丁度いいじゃない。」

 

 「結構歪んじょるし汚れちょるぞ?それに、煙草を吸わん子にシガレットケースっちゅうのも……。」

 

 「いいのよ、小物入れくらいにはなるでしょ?」

 

 「ならん事もないとは思うが……。」

 

 「そうだ!鎖とかつけてペンダントにしちゃいましょうよ!ちょっと大き目だけど、ロケットペンダントになるじゃない!」

 

 「飛ばすんか?」

 

 そうそう、3・2・1発射!ってやかましいわ!

 なんでそうなるのよ、私ペンダントって言ったよね?

 ロケットペンダントってちゃんと言ったわよね!?

 

 「マジで言ってんなら殴るわよ?」

 

 「怖い笑顔じゃのぉ、冗談に決まっちょろうが。」

 

 「なんだ、冗談だったのね。よかった……。」

 

 そうよね!冗談よね!

 なら許してあげる、笑顔のままでいてあげるわ。

 

 「なんだかんだと言われたら……。」

 

 答えてあげるが世の情け。

 

 じゃない!

 いつからラブリーチャーミーな敵役になったのよ!

 ロケットか!ロケット繋がりでそれ言っちゃったの!?

 しかもセリフの順番的に私がコ〇ロー?

 せめてム〇シにしてよ!

 

 「そんなに憤慨してどうした。大丈夫か?ニ〇ース。」

 

 え?私の肩をポンと叩きながらそう言うって事は私がニ〇ース?

 私、人じゃなかった!

 じゃあコ〇ローは誰よ!

 まさか鳳翔さんじゃないわよね!?

 

 「提督……私はム〇シの方が……。」

 

 乗り気か!

 そうよね!鳳翔さんってブラジルに行こうとするくらい頭の痛い子だもんね!

 三人の体格的に私がニ〇ース役ってのも納得はしてあげる。

 でも私は、見た目は子供だけど頭は大人なのよ?

 本当なら高校に通ってる歳なんだから、私早生まれだからね!

 

 「にゃーんてな。」

 

 盗らないでよ!

 なんで私のセリフ盗っちゃったの!?

 私がニ〇ースって司令官言ったじゃない!

 

 「はい満潮ちゃん、今日のお通しです。」

 

 はぁ……お通しでもつまんで少し落ち着こう……ツッコミ過ぎて疲れ……。

 ん?今日のお通し変わってるわね、茶碗によそわれたご飯に味噌汁がかかって……。

 

 ねこまんまか!しかも西日本風!

 ここ東日本でしょ?東日本のねこまんまと言ったらご飯に鰹節でしょうが!

 まあ、こっちの方が食べやすくて具も多いし私は好みだけどね!

 うん、鰹出汁が効いて凄く美味しいじゃない。

 いいとこ取りか!

 

 「でも提督、ロケットペンダントはいいと思いますよ。」

 

 ようやく話が戻った……もうボケないでよ?

 ねこまんま食べるので忙しいから。

 

 「そうだな、妖精に頼んで改造してもらうか。」

 

 「妖精さんってそんな事もしてくれるの?」

 

 装備の開発や修理くらいしかしてないんだと思ってたわ。

 

 「材料さえ渡せばな、部屋だって増設してくれるんぞ?」

 

 部屋まで!?

 妖精さんマジパネェ!

 あれ?肩に乗せてる人形が、『任せろ』と言わんばかりにサムズアップしてるけど……いつポーズ変えたんだろ?

 

 「ねえ、司令官が来た時から気になってたんだけど、その人形何?ってええ!?動いた!怒った!?え?なんでなんで!?どうなってるのこれ!?」

 

 「み、見えるのか!?妖精が見えるのか満潮!」

 

 え、ちょ痛い!

 肩を掴む手に力入れすぎ!潰れちゃうじゃない!

 

 「こ、これが妖精さんなの!?ちょ!痛いったら!」

 

 「あ、すまん。それよりだ!お前はこの妖精が見えてるんだな?」

 

 「ええ……。あ、降りてきた。」

 

 司令官の肩から降りてきた妖精さんが、私と司令官の中間までカウンターをトテトテと歩いて来て『エッヘン』って感じでドヤ顔した。

 

 「そこに妖精さんが居るんですか?え?満潮ちゃん本当に見えるの!?」

 

 「うん、見える。でも今まで見えた事なかったのよ?急に見えるようになる事ってあるの?」

 

 「ああ、歳をとって自然に見えるようになる事もあれば、頭に強い衝撃を受けて見えるようになる事もある……。たしか辰見は後者だったな。」

 

 「え?じゃあ、あの時の?あんなアホな事で?」

 

 鳳翔さんが、私と司令官の視線が交わる場所を見て不思議そうな顔をしている。

 って言うかアホな事って言わないで、私も詰め所での一件くらいしか身に覚えないけど……。

 普段は妖精さんが居そうな工廠とかに行かないものね、詰め所での一件の後も入ったのは治療施設の方だし。

 それで見えるようになってる事に気づかなかったのかしら。

 

 「鳳翔さんは見えないんですか?」

 

 上位艦種、特に空母の人は艦載機に乗る妖精さんを見たり、指示を出したり出来るって聞いたことがあるけど。

 

 「私達が見えるのはパイロット妖精さんだけなんです。見えないって事は工廠妖精さんがそこに居るんですか?」

 

 「少し違う気もするんだが……ワダツミ艦内の工廠に居たからそうなんだろうな、昼間にワダツミを視察した際に、そのまま着いて来られた。」

 

 ふぅん、こんなのが工廠にいっぱい居るのね。

 あ、ねこまんまに興味持ってる、食べれるのかしら。

 

 「あ、食べた。」

 

 箸でお豆腐を摘まんで差し出してみたら、美味しそうに食べ出した。

 小さな手でお豆腐を抱えて齧りついてる姿がとっても可愛いわ。

 

 「不思議な光景ですね……カウンターからちょっだけ浮いたお豆腐がチビチビ減っていってる……。」

 

 見えない鳳翔さんからはそう見えるのね、幸せそうな顔してるわよ?

 お豆腐が気に入ったのかしら。

 

 「満潮、来年は任期を更新せずに士官になる気はないか?」

 

 「はぁ!?急に何よそれ、妖精さんが見えるから?」

 

 「それもある、だがお前になら私の席を譲ってもいいとは常々思っていた。」

 

 いやいや、私まだ十代の小娘よ?

 そんな私に提督をやれとか無茶ぶりが過ぎるでしょ。

 

 「いきなり提督になれとは言わん、まずは辰見のように私の下で下積みはしてもらう。どうだ?」

 

 「どうだって言われても……。」

 

 普通に考えればチャンスではある。

 鎮守府のトップになれるチャンスなんて、そうそう巡って来る物じゃないもの。

 私みたいに、軍での生き方しか知らない人間が普通の仕事に馴染めるとは思えないし、大きな失敗をしなければ将来は安泰だものね。

 

 でもそれは、私の双肩に鎮守府皆の命のみならず、民間人の命までのし掛かってくるという事……。

 そんな重圧に耐える自信なんてないわよ……。

 

 「作戦前に勢いで言ってしまってすまないと思うが、少し考えてみてくれ。嫌なら嫌で構わないから。」

 

 「うん……わかった……。」

 

 誕生日プレゼントの相談に乗るはずが、とんでもない事になっちゃったなぁ。

 妖精さんに気づかなきゃよかっ……。

 

 「……。」

 

 心配そうに私を見上げてくる妖精さんがやばいレベルで可愛いわ……。

 ダメよ満潮!

 妖精さんの愛らしさに負けちゃダメ!

 でも……。

 (ドウシタデス?大丈夫デス?)

 声がぁぁぁぁ!妖精さんの可愛い舌足らずな声が脳内に直接ぅぅぅ!

 

 「ど、どうしたの満潮ちゃん!耳を押さえて頭をブンブン振っちゃって……。」

 

 「この様子だと声も聞こえてるようだな。声まで聞こえる者は稀で、それこそ提督しかいない。」

 

 (新シイ提督サンデス?)

 やぁめぇてぇぇぇぇ!

 お願いだから誘惑しないで!

 そんな期待に満ちた瞳で私を見つめないで!

 

 「声が聞こえる者は、だいたい妖精の愛らしい声と仕草でやられてしまう。佐世保の奴はお兄ちゃんと呼ばせてると言っていたな。」

 

 呼び方変えてくれるの!?

 無理無理無理!こんな愛らしい生き物に『お姉ちゃん』って呼ばれた日にゃ即轟沈よ!

 耐えられる自信なんか……。

 (オ姉チャン♪)

 

 「ぎゃあああぁぁぁぁ!」

 

 「満潮ちゃんしっかりして!頭をカウンターに打ちつけちゃダメ!提督!もしかして妖精さんの声って苦痛を伴うんですか!?」

 

 「いや?むしろ快感を感じすぎて悶えてるんじゃないか?ほら、やばいくらいニヤけてる。」

 

 そりゃニヤけもするわよ!

 破壊力が強すぎるもの!

 佐世保の提督がお兄ちゃんって呼ばせたがる気持ちが凄くわかるわ!

 わかりたくなかったけどわかっちゃったわよ!

 

 「まあ、士官になるならないは置いといて、しばらくその妖精と一緒に行動してみるか?」

 

 「い、いいの!?」

 

 「ああ、だが気をつけろよ?他の者には見えないから、愛でる時は顔に出さないようにしなさい。変な目で見られるぞ。」

 

 「うん♪」

 

 名前とかあるのかしら、妖精さんと話す時って普通に話しかければいいのかな?それとも考えたことが伝わるのかしら。

 

 「私……満潮ちゃんのこんなキラキラした笑顔を初めて見ました……。」

 

 「こう見ると、年相応の子供じゃのぉ。」

 

 子供でけっこうよ、それより名前がないなら決めてあげなきゃ。

 ねえ、あなた名前はないの?

 (シュウチャンデス♪)

 シュウちゃん?それがあなたの名前なのね!

 よろしくね、シュウちゃん♪

 

 「提督……これはかなり貴重な映像ですよ……。満面の笑みの満潮ちゃんなんて、拝もうと思って拝める物じゃありません……。あ、何もない空間に頬ずりを……。」

 

 「妖精を手の平に乗せちょるのぉ……。妖精も満更じゃなさそうじゃし、気に入られたみたいじゃの。」

 

 なぁに?シュウちゃんはそんなに私の事が好きなの?

 (ハイ!オ姉チャン大好キデス♪)

 

 「もう!シュウちゃんのバカ!私も大好きよぉぉぉぉぉぉ!」

 

 「こりゃもう相談にゃならんの。鳳翔さん、一本浸けて。」

 

 「あ、あれを放っておくんですか?慣れてらっしゃいますね提督……。」

 

 「まあ……。辰見もああなったしな……。」

 

 「なるほど……。天龍だった頃の辰見さんも可愛い物に目がなかったですものね。ちなみに提督は?」

 

 「俺か?俺は反応が普通すぎて、最初の頃は妖精に嫌われちょった。」

 

 はぁ!?こんな可愛い生き物を見て普通の反応しちゃったの!?

 頭おかしいんじゃない!?

 (アリエマセン。)

 そうよね!あり得ないわよね!やっちゃえシュウちゃん!

 (イエッサ♪)

 

 「うお!?妖精をけしかけるな満潮!ちょ!髪はやめろ!特に前髪は!前髪はやめて!」

 

 「あ、そういえばお誕生会の会場はどうするの?食堂を使うなら話しておいてあげるけど。」

 

 ん~、作戦前だしあまり大っぴらにやるのもなぁ、八駆か司令官の部屋でささやかにやろうと思ってたんだけど……。

 

 「体裁なら気にする事ないわ。このカウンター周りだけでやれば盛大にとは言えないけどそれなりのパーティーは出来るでしょ?」

 

 「じゃあそうしようかな。ありがとう、鳳翔さん。」

 

 「お料理も任せてくださいね。腕を振るっちゃいますから。」

 

 「いいの?鳳翔さん忙しいんじゃ……。」

 

 作戦の打ち合わせとか艦隊の訓練に付き合ったりで、最近忙しそうにしてるじゃない。

 

 「それくらいの時間は作れます、安心してください。」

 

 「ありがとう。じゃあお言葉に甘えるわ。」

 

 よかったわね朝潮。

 ささやかではあるけど、それなりのパーティーになりそうよ。

 私も何かプレゼント考えなきゃね、何がいいかなぁ。

 

 「それよりこの妖精を止めてくれ満潮!髪が!俺の髪がぁぁぁぁぁ!」

 



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朝潮決戦 2

 12月16日、今日は私の誕生日です。

 

 各鎮守府から出向して来た艦娘たちの編成も終わり、今は各艦隊に分かれて装備の選定や調整、連携の確認やワダツミからの発艦訓練などで、鎮守府内は戦場と同じくらい騒々しいです。

 

 そんな中私はと言いますと。

 司令官がお忙しい分、執務室で書類仕事に追われております。

 満潮さんが手伝ってくれてるとは言え、辰見さんがやらない分までこちらに回って来てるから大忙しです。

 まあ、他の皆さんに比べれば平和的な忙しさではあるんですが。

 

 「誕生日だと浮かれて良い雰囲気ではありませんね……。」

 

 「そうね、さすがに霞の時みたいに駆逐艦全員集めてパーティーって訳にはいかないわね。寂しい?」

 

 「いえ、そんな事はありません。」

 

 孤児になってから誕生日とは無縁の生活をしてましたし、養成所に居た頃も人の入れ替わりが激しくて、私の誕生日を知ってる人なんて教官くらいでしたから。

 

 「まあ、今年は私達だけのささやかなパーティで我慢しときなさい。食堂の使用許可ももらったし、鳳翔さんが料理作ってくれるって言ってたから。」

 

 「そうなんですか?いつの間にそんな打ち合わせを……。」

 

 「一昨日の晩よ、私が司令官とたまに飲んでるの知ってるでしょ?」

 

 そう言えばそんな羨ましい事をしてましたね、満潮さんもお酒飲んでるのかしら、まだ未成年ですよね?

 

 「言っとくけどお酒は飲んでないからね。ごく稀に飲ませてくれる事はあるけど、アンタが想像するような変な事はないから。」

 

 別に想像はしていませんよ?まだ。

 そう言われると想像しちゃうじゃないですか、満潮さんなら司令官とそういう関係になってもゆる……許せ……許してあげてもいいですけど……。

 

 「なんで悔し泣きしそうな顔してるのよ、私と司令官がそんな関係になるなんてありえないから安心しなさい。」

 

 「ホント?」

 

 「本当よ、司令官はアンタ一筋なんだから。浮気するような人じゃないのなんて、アンタが一番知ってるでしょ?」

 

 知ってますけど……やっぱり不安にはなります。

 だって満潮さんは同性の私から見てもとっても可愛いし、性格に難がなければ絶対モテる人ですから。

 

 「アンタ今、私の性格に難があるとか思わなかった?」

 

 おうふ……顔に出てましたか?

 そんなにこめかみをピクピクさせないでくださいよ。

 ちょっと、ほんのちょっぴりそう思っちゃっただけじゃないですか。

 あ、ごめんなさい、拳をポキポキ鳴らさないでください、謝りますから!

 

 「まったく……少しはポーカーフェイスってのを身につけなさいよ。将来が心配になるレベルでわかりやすいわ。」

 

 なんか大淀さんにも似たような事を言われた覚えがありますね。

 そんなにやばいんでしょうか……。

 わかりやすいのは良い事だと思うんですけど……。

 

 「あ、やっぱりシュウちゃんもそう思う?」

 

 「シュウちゃん?」

 

 誰でしょう?右肩の方を見ながら話してますね。

 そういえば、昨日あたりから何もない空間を見てニヤニヤしたり、話しかけたりしてましたが……。

 

 「満潮さん……まさか……。」

 

 「え?何か言った?」

 

 「いえ!何でもありません!」

 

 これはきっとアレです、大潮さんの愛読書に書いてあった『イマジナリーフレンド』ってやつに違いありません!

 あまりに友達が少ないから、とうとう空想のお友達を作っちゃったんですね……。

 お可哀そうに……。

 でも安心してください、私はそんな満潮さんを見捨てたりしません。

 妹として変わらず接します、生暖かく見守ってあげます。

 深海化した荒潮さんよりは数倍マシですから。

 

 「なんか、また失礼なこと考えてない?」

 

 「そんな事はありません。安心してください、私は何があっても満潮さんを見捨てたりしませんから。」

 

 「そ、そう?なんかよくわかんないけど……。」

 

 優しく見守るのよ朝潮、見えないお友達の事に触れてはダメ、これは満潮さんが自分で乗り越えて大人へと至る大事な儀式なんだから。

 

 「あ、そうだ。私達だけとは言ったけど、九駆の四人と神風さん、それと叢雲にも声かけといたから。あ、この書類そっちね。」

 

 「これは……司令官宛か。忙しい人たちばかりじゃないですか、大丈夫なんです?」

 

 「夜は平気よ、今は作戦に参加する子は哨戒任務から外されてるし。あ、これもそっちだわ。」

 

 叢雲さんも来てくれるんだ。

 養成所に居た時は、すぐお別れになると思って教えてなかったから嬉しいです♪

 

 「ちなみに、先月の終わり頃にアンタの誕生日教えたんだけど、叢雲がすっごい怒ってたわよ?『なんで私に誕生日教えてなかったのよ!』って。」

 

 やっぱり来ないでください、会った途端に殴られそうです。

 

 「それと、はいコレ。パーティーの時じゃ他のプレゼントとかさばるだろうから今渡しとくわ。」

 

 「わぁ!ありがとうございます!開けてもいいですか?」

 

 「いいわよ、と言うかむしろ開けなさい。」

 

 なんだろなんだろ、手の平くらいの小さな四角い箱、厚みはあまりないわね。

 

 「これ……あの時の写真ですか?」

 

 「そ、呉で朝潮型全員と司令官で撮った写真にちょっと細工した物よ。」

 

 細工?あ、金属製のフレームに小さくした写真をはめて、上からガラスのような物で保護してあるんだ。

 あれ?それが本みたいにめくれるようになってる、下の方のフレームには写真がはめられていませんね。

 

 「二枚目にはアンタの好きな写真をはめればいいわ、写真渡してくれればやってあげるから。」

 

 「はい!ありがとうございます!大事にします!」

 

 「それとソレ、ポケットに入れてパーティーに持って行くのよ。」

 

 「パーティーにですか?」

 

 30×60くらいの大きさだからポケットに楽に入りますが……部屋に置いといた方がいいのでは?

 

 「いいから言う通りにするの。司令官からのプレゼントを見れば意味がわかるわ。」

 

 「は、はあ……。」

 

 よくわかりませんが言われた通りにしておこう、もしかして司令官のプレゼントとセットなのかな?

 でも私が司令官にお願いしたのは御守りに出来そうな司令官の私物だし……。

 う~ん訳がわかりません。

 

 「それにしても量が多いわね……。辰見さんは何してるのかしら、少佐は普通に書類仕事してるんでしょ?」

 

 「艦隊の方は由良さんが見てるらしいですからね。辰見さんは……ほら、ながもんと武蔵さんがケンカしないように見張るのが忙しいらしくて……。」

 

 「っていう言い訳でしょ?叢雲は何してるのよ。」

 

 そういえばそうですね、叢雲さんは何してるんだろ。

 パーティーの時に聞いてみようかしら。

 

 「お邪魔するわよ~。」

 

 おっと、噂をすれば影ですね、執務室のドアをノックもせずに開けて叢雲さんが現れました。

 仲間になりたそうにこっちを見てます。

 

 「邪魔すんなら帰れ。」

 

 「そうもいかないわ、辰見さんに言われて来たんだから。」

 

 辰見さんに私達を手伝うように言われて来たのかしら。

 でも、ソファーに一直線って事は手伝う気ありませんよね?

 まさか満潮さんの一言で機嫌を損ねましたか?

 

 「朝潮、お茶。」

 

 「あ、はい。」

 

 いきなりくつろぐ気満々ですね。

 このやり取りも懐かしいです、養成所時代を思い出してしまいます。

 あの頃もよくこうやって顎で使われてました。

 あれ?私ってもしかしてパシリだったのかな?

 

 「いきなり邪魔してるじゃない!何しに来たのよアンタ!」

 

 「え?最初に言ったじゃない、『邪魔する』って。」

 

 あ、言葉通り邪魔しに来たんですか。

 そんな『何言ってんのアンタ』みたいな顔されても困りますよ。

 部屋にお邪魔するって言って入ってきて、ホントに邪魔する人は稀ですから。

 

 まあ、そろそろオヤツの時間でしたからお茶を淹れる事自体はいいんですが……もしかして狙ってこの時間に来ました?

 う~んお茶請けどうしよう、確かお饅頭があったと思うけど……。

 

 「まあまあ満潮さん、丁度良いから休憩にしましょう。」

 

 「アンタがそう言うんならいいけど……。アンタ慣れてるわね、もしかして養成所でもこんな扱いされてたの?」

 

 「そうですね、だいたいこんな感じでした。」

 

 宿題を代わりにやらされたり訓練終わりにマッサージさせられたり、私にお風呂で体を洗わせたり。

 まるでお嬢様と召使いみたいでした。

 

 あ、湯飲みどうしよう、満潮さんには私のを使ってもらって、叢雲さんはお客様用でいいか。

 そうすれば、私は司令官の湯飲みを自然と使う事ができる……完璧な作戦だわ!

 

 「ちょっと、それじゃ私が朝潮をイジメてたみたいじゃない。」

 

 ん~イジメとは少し違うような……?

 私が嫌がるような事はしませんでしたし。

 

 おっと、いつも通りの温度で淹れちゃったけど大丈夫かな、満潮さんって猫舌なのよね。

 たしか叢雲さんも……。

 まあいっか、私も司令官も猫舌じゃないし。

 

 「どちらかと言うと召使いって感じ?まさか着替えを手伝わせたりしてたんじゃないでしょうね。」

 

 あ、それもありました!

 満潮さん凄いですね、よくご存知で。

 

 え~と、お饅頭~、お饅頭はっと……。

 あった!霞がお土産に持ってきてくれた紅葉の形をしたお饅頭♪

 三つづつくらいでいいかな?

 

 「いや~、私って良い所のお嬢様だったからさ~。」

 

 「否定しなさいよ!着替えを人に手伝わせる程のお嬢様がなんで艦娘なんてやってんの!?」

 

 んん?叢雲さんって普通のご家庭の出じゃありませんでしたっけ?

 まあ、振る舞いとかは確かにお嬢様っぽかったですけど。

 

 「怖い物見たさって奴?スリルを求めて?」

 

 「冗談で言ってるんだろうけど。それ、大半の艦娘を敵に回すから二度と言わないようにしなさい。殺されたって文句言えないような事言ってるわよ。」

 

 殺されるは言い過ぎかもしれませんが、確かにやめた方がいいですね。

 生きるために仕方なくか、復讐のために艦娘になった子がほとんどですもの、叢雲さんの今のセリフに気を悪くする人も多いでしょう。

 

 「ごめん、今のは調子に乗りすぎたわ。反省する。」

 

 頭アレがしゅ~んと垂れ下がってるから本当に反省してるんですね。

 素直でよろしいです、頭を撫でてあげましょう。

 

 「ちょ、ちょっといきなり何!?」

 

 「え?頭を撫でてあげようと……。嫌ですか?」

 

 「い、嫌じゃない……けど……。いや、やっぱり嫌!」

 

 どっちですか、頭のアレを立てて『フシャー!』って言いそうな感じですが、暴れないでくださいよ?

 お盆の上のお茶がこぼれてしまいますから。

 

 「熱いから気をつけてくださいね叢雲さん。満潮さんもどうぞ。」

 

 「ありがと、って熱!ここまで熱くしなくてもいいじゃない……。ったく……。」

 

 「あら、叢雲も猫舌なの?」

 

 叢雲さんの右隣に、湯飲みを受け取りながら腰を下ろした満潮さんがそう聞いてきた。

 

 「ええ、辛い物も苦手です。満潮さんと好みが似てますよ?」

 

 それとお茶を冷ます仕草も、湯飲みを両手で持って身を縮めてフーフーしてる姿がそっくりです。

 

 「お二人は実の姉妹だったりしません?」

 

 「「ないない。」」

 

 おお!お二人のセリフと、湯飲みに口を半分つけながら右手首を振る動作が見事にシンクロしています!

 やはり姉妹なのでは?

 

 「休憩終わったらちゃん手伝ってよ?アンタらがやらない分がこっちに回ってきてるんだから。」

 

 「この叢雲に任せなさい。なぁに、お礼はいらないわ。でもどうしてもって言うなら仕方ない、貰ったげる。」

 

 「むしろこっちがお礼してもらう立場なんだけど!?」

 

 叢雲に満潮さん激しくツッコミを入れ、叢雲さんが涼しい顔でサラリと躱す。

 仲いいなぁ二人とも。

 

 「あ、そういえば今日のパーティーに辰見さんも来るって言ってたわ。」

 

 「辰見さんも?朝潮って辰見さんと仲良かったっけ?」

 

 「別に良くも悪くもありません、仕事上のお付き合い程度です。」

 

 叢雲さんが心配なんじゃないですか?

 叢雲さんは私と満潮さんくらいしかお友達居ませんから。

 

 「そうだ!なんで私に誕生日教えなかったのよ!先月の終わりに満潮に聞いてビックリしたわよ!」

 

 「む、叢雲さんが忘れてただけじゃないです……か?」

 

 誤魔化せないかなぁ……そもそも誕生日を教えてないだけで怒られるのも理不尽な気が……。

 私だって叢雲さんの誕生日を聞いたことありませんよ?

 

 「へぇ、そういう嘘つくのね、アンタって。」

 

 う、ダメか、叢雲の目が目が据わってるわ……殴られる覚悟をした方がいいのかしら……。

 

 「じ、時間なかったからプレゼント用意するのに凄く困ったんだから……。」

 

 おっと?殴られるかと思って身構えてたら叢雲さんがデレてそっぽを向いてしまいました。

 デレるなら最初から怒らないでくださいよ、心臓に悪いです。

 

 「素直じゃないわねぇ叢雲は、パーティーに呼んでもらって嬉しいなら嬉しいって言えばいいのに。」

 

 「別に嬉しくなんか……!って何してるの満潮。」

 

 聞いちゃダメです叢雲さん!そっとしておいてあげて!

 あの満潮さんが笑顔で、左手に小さく千切ったお饅頭を乗せて、右肩に差し出してる光景が不思議なのはわかります。

 きっとそこに、私達には見えないお友達がいるんです!

 

 「え?シュウちゃ……。妖精さんにオヤツあげてるだけだけど?」

 

 ついに妖精さんって言いだした!

 満潮さんの症状は私が思って以上に深刻なようです!

 

 「よ、妖精?そこに妖精さんがいるの?」

 

 「そうよ?可愛いでしょ♪」

 

 ええ可愛いです、素敵な笑顔ですよ満潮さん。

 でも両の手の平を突き出して、あたかもその上に妖精さんでも乗っているかのように振る舞う姿が痛々しすぎます。

 

 「あ、朝潮……これ……。」

 

 どう反応していいかわからのでしょうけど、私を見たって『触れちゃダメ』と伝わるようにゆっくりと首振る位しかできません。

 

 「あ、叢雲の頭のアレが気になってるみたいよ。」

 

 くっ……!

 泣いちゃダメよ朝潮、これもきっと戦争弊害、見えないお友達を作ってしまうくらい満潮さんの心は疲弊していたのよ!

 そんな満潮さんに気づいてあげれなかったなんて、私は妹失格だわ!

 

 「み、満潮……アナタ疲れてるのよ……。」

 

 「は?別に疲れてないけど?まあ、今日は書類仕事ばかりだから、肩は凝ってる気はするけど……。」

 

 「そ、そう……肩……揉んであげようか?いえ、揉んであげるわね……。」

 

 「いや、いいわよ。ちょっ!?叢雲!いいったら別に!」

 

 「これ位やらせて?友達でしょ?」

 

 「ア、アンタがそこまで言うならいいけど……。」

 

 叢雲さん……泣くのを耐えられなかったんですね、満潮さんの後ろに回って肩を揉みだした途端に涙を流し始めました。

 揉まれる満潮さんはよほど気持ちがいいのか、温泉にでも浸かってるかのように間の抜けた顔してますね。

 

 涙を流す叢雲さんに、間抜けな顔して肩を揉まれる満潮さん。

 変な光景ですね。

 

 「まあ、二人は放っておいて、仕事を再開しますか。パーティーまでに終わらせないと。」

 

 主役の私が遅れては元も子もないですからね。

 けど主役は遅れて登場するとも言うわね、どっちが正解なんでしょう?

 

 それから、叢雲さんのマッサージで寝落ちした満潮さんと、泣き疲れて寝てしまった叢雲さんをどうしてやろうかと考えながら仕事はなんとか終わらせたんですが……。

 

 「「すみませんでしたー!」」

 

 問題はこれですよ、私が仕事を終わらせるまで眠りこけてた二人をどうしてあげましょうか。

 お昼寝はさぞかし気持ち良かったのでしょうね、起きた途端に罪悪感を覚えるほどに。

 

 「お、怒ってる?」

 

 「いいえ?」

 

 なぜ満潮さんは私が怒っていると誤解したのでしょうか、確かに土下座する二人の前で腕組みして仁王立ちはしています。

 ですが表情をよく見てください、普通でしょ?

 

 「ま、真顔はやめて朝潮……アンタの真顔は怖いのよ……。」

 

 はははは、何を仰るんですか叢雲さん。

 真顔が怖い?

 怒りも憎しみも表に出してない真顔の何処が怖いんですか?

 

 「ね、寝ちゃったのは悪かったと思ってるわ!ね!叢雲!」

 

 「そそそそう!本当にごめんなさい!仕事も結局一人でやらせちゃって……。」

 

 「何を謝ることがあるんですか叢雲さん、貴女は最初に言ったじゃないですか、『邪魔しに』来たって。有言実行、その心意気は大変素晴らしいと思います。貴女は言葉通りの事を見事やり遂げたんですからもっと胸を張ってください、改二になって大きくなったその胸を。」

 

 おやおや?叢雲さん顔の下の床に水溜まりが出来てますよ?

 冷や汗ですか?それとも涙ですか?

 こんな状況で泣かれたら、まるで私がイジメてるように見えるじゃないですか。

 

 「もう許してあげて!それと真顔をやめて!どうしちゃったの?普段は心配になるくらい表情豊かじゃない!」

 

 「満潮さん、ご自分が仰ったことをもうお忘れですか?『少しはポーカーフェイスを身につけろ。』と仰ったじゃないですか。私はソレを実践してるだけですよ?」

 

 「ひぃっ!」

 

 ひぃ?

 なぜ怯えるんですか?

 少し笑って見せただけですよ?

 

 ああ、いけないわ私ったら。

 ポーカーフェイスのつもりがついつい表情を崩してしまった。

 

 「叢雲起きて!何一人だけ気絶してんのよ!」

 

 「おや、叢雲さんはまた寝てしまったんですね。」

 

 「ち、違うの!あまりの恐怖に気を失っただけだから!寝てるわけじゃないのぉ!」

 

 まったく反省の色が見えませんね、私がどんな気持ちで仕事をこなしたと思ってるんです?

 やってもやっても減らない書類の向こう側で、スヤスヤと気持ち良さそうに眠る二人を見ていた私の気持ちがわかりますか?

 わからないでしょう!

 

 私だって一緒にお昼寝したかったですよ?

 でも私は秘書艦、司令官に任された仕事を放り出してお昼寝なんて出来ません!

 しかも今日はフタマルマルマルから私などのために、皆さんがお誕生日会を開いてくれるんです、時間に遅れる訳にはいかないでしょう?

 

 だから必死でやりましたよ!

 三人でやれば定時までに楽に終わるはずだったのに、一人でやったせいでお風呂に入る時間も無くなってしまいました!

 パーティーまであと二十分もありません!

 お風呂にも入らないまま司令官とお会いしなきゃいけないじゃないですか!

 

 「ほ、ほら、もうすぐパーティーの時間よ?もう向かった方が……。」

 

 「そうですね、遅れるわけにはいきません。」

 

 「そうよね!遅れちゃダメだものね!」

 

 「ええ、だから続きはパーティーの後にしましょう。」

 

 「え……。」

 

 そう続きはパーティー終わってから、そんなに絶望した顔をしないでください。

 大丈夫です、酷いことはしません。

 

 楽しい楽しい、素敵なお仕置き(パーティー)をしてあげますから。



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幕間 朝潮の誕生日

 まずい事になった、よりにもよって朝潮をマジギレさせてしまうなんて……。

 まあ、気持ちはわかるわ、自分が仕事を終わらせようと一生懸命な時にそばでグースカ寝られたら腹が立つもんね。

 私だったら蹴り起こしてるわ。

 そうよ!起こせばよかったじゃない!なんで起こさなかったの!?

 と、前を歩く朝潮に聞きたいところだけど……。

 

 「あ、朝潮……?」

 

 「なんですか?」

 

 ひぃっ!

 そ、そんな目で睨まないでよ!

 ギロって言う効果音が聞こえて来そうじゃない!

 とてもじゃないけど聞ける雰囲気じゃないわ!

 って言うかそんな事聞いてもただの逆ギレになっちゃうものね、それはよくないわ。

 寝ちゃった私たちが悪いのは確かなんだし……。

 

 「ご、ごめん……なんでもない……です……。」

 

 「……。」

 

 怒りはまだ収まってないけど、とりあえず廊下で何かする気はないのね、また前を向いて歩き始めたわ。

 

 「う……ん……。」

 

 諸悪の根源の叢雲は、今も私の背中で気絶中だし。

 そうよ、叢雲が悪いのよ。

 無駄に肩揉むの上手いし、あんまり気持ちいいから寝落ちしちゃったじゃない。

 なんで叢雲まで寝てたのかは知らないけど、揉み疲れて寝ちゃったのかしら。

 って言うか大丈夫なのこの子、いくら怒った朝潮が怖いって言っても深海棲艦よりはマシなはずよ?

 作戦中に気絶しなきゃいいけど……。

 (アノ子怖イデス……。)

 そんな事言わないであげてシュウちゃん、根は良い子なのよ?

 怒る事の方が珍しいの。

 変な暴走はよくするけど……。

 

 「あ、朝潮ちゃん、遅かったね。もうみんな集まってるよ?」

 

 「すみません大潮さん、お寝坊さん二人のせいで時間を食ってしまって。」

 

 「お寝坊さん?」

 

 見るな!

 今の私をそんなつぶらな瞳で見つめないで大潮!

 ええ私たちのせいです!

 私たちが仕事中に寝ちゃったせいでこんな時間までかかっちゃったのよ、もう十分反省してるからこれ以上私を責めないで!

 

 「ふ~ん、まあいいや。ちょっとそこで待っててね。」

  

 なんだろう?大潮が食堂の扉に顔だけ突っ込んで中と何か話してる。

 あ、そうだ、朝潮が入った瞬間にクラッカーを鳴らす手はずだったわね。

 大潮はその合図をしに行ったんだわ。

 

 「いいよ~!朝潮ちゃんこっち来て~!」

 

 「あ、はい。」

 

 大潮に呼ばれて朝潮が食堂の扉をくぐった瞬間。

 

 パンパンパパン!

 

 《朝潮、お誕生日おめでと~!》

 

 と、ありきたりだけど、やられると結構嬉しいお祝いの声が食堂から聞こえて来た。

 本当なら私と叢雲もあの中に混ざってる予定だったのよねぇ……。

 

 「な、なになに!?敵襲!?」

 

 お、クラッカーの音で起きたか、じゃあもう降ろしていいわね。

 私より体大きいから重いのよアンタ。

 

 「痛っ!何するのよ満潮!お尻打っちゃったじゃない!」

 

 「目が覚めて丁度良かったでしょ?どこまで覚えてる?」

 

 「どこまでって……あ……。」

 

 記憶までは無くしてないようね、説明の手間が省けるから助かるわ。

 

 「まだ……朝潮怒ってる?」

 

 「取り付く島もない感じね。パーティーで機嫌が直ってくれるのを祈るだけだわ。」

 

 「そ、そう……。」

 

 顔真っ青じゃない、大丈夫?

 養成所時代に朝潮を怒らせた事があるのかしら、それとも怒られる事に慣れてない?

 

 「あ、そういえばアンタ、朝潮へのプレゼントは?部屋に置いてるの?」

 

 「え?持ってるわよ?あの子の誕生日を聞いた頃には、もう私と辰見さんは忙しくなってたから大した物は用意できなかったけど……。」

 

 「ちなみに何?」

 

 「本人に渡す前にそれ聞く!?まあ、別にいいけど……。写真よ……。」

 

 写真?養成所時代の写真かしら。

 それとも……。

 

 「自分のブロマイドとか?」

 

 「私はそこまで自信過剰じゃない!ほら、あのモヒカン居るじゃない?司令官の私兵の。」

 

 「モヒカンの写真?それ、ケンカ売ってるのと同じなんじゃない?」

 

 司令官の写真ならまだしも、あんな世紀末に生息してそうな生き物の写真を送っても喜ぶとは思えないんだけど、私ならその場で破り捨てるわ。

 

 「違うわよ!あの人が司令官の昔の写真持ってるの知ってたから、焼き増しと言うかコピーと言うか……とにかくしたの!」

 

 「へぇ、それはあの子喜ぶわ。でもよく見つけられたわね、一人で倉庫街に行ったの?」

 

 「行こうとしたら辰見さんが『じゃあダルシムまで持ってこさせましょ。』って電話で呼び出して受け取ったの、今月の初めくらいに。」

 

 今月の初めにダルシムで?

 まさか龍驤さんが着任した日じゃないわよね?

 確かあの日、モヒカンがダルシムの近くで気絶してたって話は聞いた覚えがあるけど、叢雲との待ち合わせの帰りに龍驤さんと遭遇したのかしら。

 

 「満潮は何をあげるの?」

 

 「私も写真と言えば写真なんだけど……、司令官が私物を改造してロケットペンダントにしてね、私はその中にハメるフレームを用意したの。」

 

 「ロケット?飛ぶの?」

 

 「それはもういい!」

 

 やめてよねホント、そのボケはすでに司令官が使用済みよ。

 二度ネタ禁止!

 何不思議そうな顔してるのよ、ダメなものはダメだからね!

 

 「あ、じゃあロケットペンシルみたいに後ろから写真入れたら古い写真が飛び出すの?」

 

 「ロケットペンシルってなに?」

 

 この子何言ってるの?ペンシルって事は鉛筆か何か?

 まさか飛ぶんじゃないでしょうね。

 

 「知らない?ロケットペンシル。」

 

 「知らないわよ、ロケットペンシル。」

 

 『あっれ~?』とか言ってんじゃないわよ、それが最近流行りの文房具なの?

 

 「辰見さんにそんなのがあるって聞いたのよ、古い芯をお尻から刺すと新しい芯が出てくるらしいわ。」

 

 アンタも見たことないんじゃない!

 って言うか鉛筆の芯をお尻に刺すの?どんな特殊プレイよ!その鉛筆って絶対大人のおもちゃでしょ!

 

 「まあいっか、お腹空いたから私達も入りましょうよ。」

 

 「今日の朝潮は怒ってるからご飯を『あ~ん』してくれないかもよ?」

 

 「そこまでさせてないから!精々お風呂で体洗ってもらったりとか……その程度よ!」

 

 どの程度だ!

 完全に召使扱いしてたんじゃない!

 え?まさかマジでイジメてたの?

 これ、姉としてちょっと聞いとく必要があるわね。

 

 「ねえ、なんでそんな事させてたの?朝潮は友達じゃないの?」

 

 「友達……だと私は思ってるわ……。」

 

 「じゃあなんで?」

 

 そんなシュンとしないでよ、別に怒ってるわけじゃないんだから、アンタにそんな自信なさげな顔は似合わないわよ?

 

 「私が入所した時ね、あの子一人だったのよ。」

 

 「友達が居なかったって事?」

 

 「うん、駆逐艦ってさ、他の艦種に比べて入れ替わりが激しいじゃない?」 

 

 そうね、紙装甲の割に血の気が多い子が大多数だから、無暗に突っ込んで戦死する事はよくあるわ。

 そうじゃなくても、下手したら駆逐艦の砲撃でも当たり所が悪ければ一発で戦死するほど脆いものね……。

 

 「だから、新しく入所して来ても、早い子は半年もせずに居なくなってたんだって。そのせいで、長く養成所に居たあの子には友達って呼べる子が一人も居なかったの。それだけじゃないわ、あの子は自分を能無しだと思い込んでたから、他人と関わるのを怖がってる節もあった。」

 

 無能が移るとでも思ってたのかしら、それとも陰口でも言われてたのかな……。

 今はだいぶマシだけど、着任したての頃は酷かったものね。

 自分に自信がなく、自己評価は常に最低、強くなってからも、それはなかなか変わらなかった。

 今でも自己評価が高いとは言えないわ。

 

 「それで、無理矢理関わろうとした結果、召使にしちゃったわけ?」

 

 「最初は、ウジウジしてるあの子が気に食わなかったから、宿題を代わりにさせたり、パシリみたいな事もさせたけど……あの子、それすら嬉しかったのか嬉々として言う事聞いてくれちゃってさ。」

 

 イジメじみた事でも、自分と関わろうとしてくれた叢雲の行動が嬉しかったのね。

 叢雲が居たから、あの子は姉さんの艤装と出会うまで養成所に居続けることが出来たんだわ。

 

 「でも段々と、私もあの子の事が好きになっちゃって……友達としての好きよ!?」

 

 「わかってるわよ、で?」

 

 「最後の適合試験の前の日にあの子に言ったの、『もし試験に落ちたら提督を目指しなさい』って、そして私を初期艦に選んでって……。そうしたら、私が居なくなっても士官学校で頑張っていけるかなって思って……。杞憂だったけどね。」

 

 あの子が提督にねぇ……養成所に居た頃ならまだしも、今のあの子が提督を目指すとは思えないわね。

 すでに頭の中じゃ司令官と結婚してるんじゃないかしら。

 そもそも妖精が見えるとは思えないし。

 ねぇ?シュウちゃん。

 (アイ!アノ子見エテナイデス!) 

 

 「ねえ……満潮?執務室のでも気になってたんだけど……右肩に何かいるの?」

 

 「だから妖精さんって言ったじゃない、最近見えるようになったのよ。」

 

 ん?なによその『うっそだ~。』って言いたげな顔は、信じてないわね。

 (ヤッチマイマス?)

 うん、やっちゃおうか。

 

 「え!?なに!?頭の上に何かいる!ちょ!髪の毛が引っ張られる!何よコレ!」

 

 「私の妖精さんが今アンタの頭の上で暴れてるの。」

 

 「ホントに!?ちょっと痛い!やめさせてよ満潮!」

 

 とりあえず信じる気になってくれたかしら。

 

 「シュウちゃん、もういいわ。戻ってらっしゃい。」

 

 (アイ!)

 シュウちゃんが叢雲の頭の上から、私が差し出した手の平上に飛び移って来た。

 こんな可愛い子が見えないなんて可哀そうね叢雲、同情するわ。

 

 「その勝ち誇った顔が凄くムカつくんだけど……。まあ、妖精さんが見えてるってのは一応信じてあげる……頭が可哀そうな訳じゃなくてホッとしたし。」

 

 ん?今なんて言った?

 私の頭が可哀そう?

 あ、そうか!他の人に見えないシュウちゃんに向かって話しかけたり、ニヤケたりしてたからそう思われたんだ!

 司令官が気をつけろって言ってたのはこういう事だったのね……。

 変な目で見られるどころか心配されちゃってたか。

 

 「妖精さんが見えるって事は、満潮は提督を目指すの?」

 

 「考え中よ、司令官には来年の任期更新の時に士官にならないかとは言われてるわ。」

 

 「ふぅん、艦娘辞めちゃうんだ……。」

 

 だからまだ考え中だっての、それとも私が艦娘辞めたら寂しいの?

 そうよね、アンタ私と朝潮くらいしか友達いないもんね。

 私?私は居るわよ?朝潮大潮荒潮にアンタでしょ?九駆の四人と霞と霰は……微妙か、他は……、アレ?大潮と荒潮分しか差がない……。

 で、でも、アンタより二人も多いもんね!

 

 「まあ、アンタの人生だしね、好きにすると良いわ……。」

 

 とか言いつつ、スカートの裾持って涙ぐんでるじゃない。

 素直じゃないなぁ、私も人の事言えないけど。

 

 「別に艦娘辞めたって友達に変わりはないでしょ?それに、辞めると決めた訳でもないんだから。」

 

 「ふ、ふん!アンタがそう言うなら、友達でいてあげる……。」

 

 「あっそ、ありがと……叢雲。」

 

 さぁって、友情を確かめ合ったところで、そろそろパーティー会場に行くとしますか、朝潮の機嫌が直っててくれればいいんだけどなぁ……。

 

 「あらぁ、満潮ちゃんと叢雲ちゃん、やっと来たのねぇ。何してたのぉ?」

 

 会場に入って最初に迎えてくれたのは荒潮だった、なんだか顔が赤いけど……まさかお酒飲んでるんじゃないでしょうね?

 

 「叢雲がなかなか泣き止まないから慰めてたのよ。ね?叢雲。」

 

 「は、はぁ!?別に泣いてないし!」

 

 はいはい、そうですね~っと。

 え~と、朝潮は……。

 あ、居た、カウンターに座る司令官の隣でケーキ食べてるわね。

 機嫌は……うん、一応怒りは収まってるみたい。

 

 「ほら、行くわよ叢雲。プレゼント渡さなきゃ。」

 

 「え、もう!?朝潮まだ怒ってるんじゃ……。」

 

 「司令官が横に居るから大丈夫よ、きっと喜んでくれるから。」

 

 「う、うん……。」

 

 普段高飛車な癖に、なんでちょっと怒られただけでここまで萎縮しちゃうのかしらこの子、もしかして怒られる事にトラウマでもあるのかしら。

 

 「お、やっと来たか満潮。叢雲も一緒だな。」

 

 「こ、こんばんわ司令官……あのちょっと朝潮に用があるんだけど……。」

 

 あれ?叢雲ってもしかして司令官が苦手?

 司令官の態度は普通だけど……。

 

 「私は外した方がいいか?」

 

 「遠慮しなくていいわ、叢雲がプレゼント渡すだけだから。」

 

 司令官が席を外すといった瞬間、朝潮が『え!?』って感じになったけど、とりあえずここで居眠りの事を怒るつもりはなさそうね。

 

 「あ、朝潮……その……昼間はごめんね、私のせいで……その……。」

 

 「それはもう怒っていませんよ。私も……少し言い過ぎました……。」

 

 よし、怒りは収まってる、きっと司令官が朝潮の様子がおかしいのに気づいて機嫌でも取ったのね。

 

 「一応、フォローはしといた。」

 

 司令官が私の耳元でボソッとそう言ってきた。

 やっぱり、さすが司令官だわ、いい仕事するじゃない♪

 

 「で、プレゼントなんだけど……これ!これくらいしか用意できなくて申し訳ないけど……受け取ってくれる?」

 

 「なになに?叢雲から朝潮への愛の告白ぅ?」

 

 「辰見さん、少し黙ってて。」

 

 でも辰見さんの言いたい事もわかるわ。

 顔を赤らめてうつむきながら可愛らしい封筒に入れた写真を差し出す様は、『ずっと好きでした!』っていいながらラブレターを渡す女の子そのものだもの。

 

 「ありがとうございます、開けても……いいですか?」

 

 「え?あ……うん……。」

 

 あれ?よく考えたら司令官の写真を、本人の許可なく勝手にあげてるのよね?

 司令官は気にしないのかしら。

 

 「これ……あの時モヒカンさんが持ってた写真……どうしたんですか?これ。」

 

 「そのモヒカンから借りて、パソコンに取り込んで印刷したの……気に入らなかった?」

 

 「そんな!すごく嬉しいです!ありがとうございます!」

 

 どんな写真なんだろ?私も見ていいかな?

 司令官も興味ありげに覗いてるし、私も便乗しちゃうか。

 

 「懐かしいな、奇兵隊結成当時の写真じゃないか。アイツめ、まだこんな写真持ってたのか。」

 

 あ、若い司令官だ、陸軍の軍服着てるのが違和感あるけど……あ、これがモヒカンと金髪かな?

 モヒカンってこの頃はモヒカンじゃなかったんだ……。

 

 「え?そんな頃の写真が出て来たの?」

 

 「ああ、神風も見てみろ、これお前が撮った写真だろ。」

 

 調理場の方から出て来た神風さんも興味深そうに写真を覗き込んだ。

 だから神風さんが写ってないのか、この頃にはもう艦娘だったのかな?

 

 「そうそう、私がカメラマンやって撮った奴だわ。あれ?この頃のモヒカンってモヒカンじゃなかったっけ?」

 

 「そういやアイツ、なんでモヒカンにしたんだ?いつの間にかあの髪型になってただろ。」

 

 ホント、何を思ってあの髪型にしたのか……。

 普通の髪型してりゃ割と二枚目じゃない、隣に金髪が写ってなかったら絶対に気づかなかったわ。

 

 「あ~思い出し……いや、やっぱり思い出せないわ。」

 

 んん?何かを明らかに隠してるような感じね、もしかしてアイツがモヒカンになったのに神風さんが関係してるんじゃ……。

 

 「あ!この写真を満潮さんからのプレゼントにハメてもらおうかしら。どう思います?満潮さん。」

 

 「ん~、その写真はそのまま写真立てかアルバムにでも入れた方がいいんじゃない?司令官からのプレゼントはまだ貰ってないの?」

 

 司令官が首を横に振ってる、まだ渡してなかったのか、さっさと渡しなさいよ。

 じゃないとこの後の予定が立たないでしょうが。

 

 「朝潮、私からもプレゼントを渡しておこう。」

 

 「こ、光栄です!ありがたくちょ、頂戴いたしまするる。」

 

 何をいまさら緊張してるのよ、セリフがバグってるわよ?

 

 「あ、これ……ペンダント……ですか?」

 

 「ああ、お古のシガレットケースをペンダントに改造した。ちょっと開けてみてくれるか?」

 

 「中に羅針盤が、反対側は何も入って……。あ!満潮さんのプレゼントはそういう事ですか!」

 

 へぇ、反対側は羅針盤にしたんだ。

 でもなんで羅針盤?時計の方が便利良いんじゃない?

 

 「これをこうして……やっぱり!ピッタリです!」

 

 厳密にはまだだけど、とりあえず完成。

 気に入ってくれたようで何よりだわ。

 

 「でも提督、なんで羅針盤なんです?」

 

 そうそう、それが私も気になってたのよ。

 ナイスだわ辰見さん。

 

 「それはな、どこに居ても、朝潮が迷わず私の元に戻ってこれるようにと願いを込めて羅針盤にしたんだ。針が黒と赤の二本あるだろ?赤い方が常に私のいる方を向くようになっている。」

 

 クッサ!

 普通こんな大勢人が居る場で言う!?

 ほら、みんな鼻摘まんでるじゃない!

 マジで臭って来そうなくらいクサいわ、感激してるのは朝潮だけよ!

 って言うか自分の方に常に針を向けさせるってどんな技術よ、妖精さんってそんな事もできるの?

 (余裕デス!)

 あ、余裕なんだ……やっぱ妖精さんってマジパナイわ。

 

 「司令官……はい!この朝潮、司令官がどこに居ようと、この羅針盤を使って必ず司令官の元に戻ります!」

 

 「朝潮!」

 

 「司令官!」

 

 勝手にやってろ!

 はぁ……なんだかムカムカしてきたわ……。

 

 「このままキスでもしようものなら、即憲兵さんに通報ね。」

 

 「あらぁ?満潮ちゃん妬いてるのぉ?」

 

 なんで私がヤキモチ妬かなきゃいけないのよ荒潮、諸手を挙げて祝福してあげるわ。

 

 「へぇ、満潮って先生の事好きだったの?」

 

 「いや、ないから。絶対ないから。」

 

 どうしてそうなるのかホント意味分かんない、そりゃあ嫌いではないわ、好きか嫌いかで言えば好きよ。

 でもそれは上官としてとか保護者としてとか、そんな感じの好きよ、恋愛感情なんてないわ。

 

 「神風こそどうなのよ、大好きなお父さんを取られちゃうわよ?」

 

 「むしろ清々してるわよ辰見、これでようやく娘離れしてくれるわ。」

 

 そんな事言っちゃって、今でも司令官と同じ部屋に住んでるんでしょ?

 

 「作戦が終わったら部屋も出て行くしね、それが私から朝潮へのプレゼント。」

 

 「え?一人で寝れるようになったの?」

 

 「あ、当たり前でしょ!?私が何歳だと思ってるのよ!」

 

 いや、一人で寝れなかったのかこの人、意外と可愛い一面があるじゃない。

 でもそうすると……作戦が終わったら朝潮と司令官が同棲開始?

 それは色々とまずいような……。

 

 「ねえ満潮、先に写真撮っといた方がいいんじゃない?そろそろ朝潮ちゃんオネムの時間だよ?」

 

 おっとそうだった、朝潮と司令官の問題ありまくりの同棲生活の心配してる場合じゃないわね。

 大潮に言われなきゃ忘れてたわ。

 

 「司令官、先に写真撮っときましょうよ、朝潮が眠くなる前に。」

 

 「写真?みんなで集合写真でも撮るんですか?」

 

 「アンタと司令官のツーショットよ、フレームの二枚目が空いてたでしょ?」

 

 「なるほど、それのために空けてたんですね。」

 

 そういう事、その写真をハメたら本当の意味で完成よ。

 

 「朝潮、どこか撮りたい場所はあるか?」

 

 「執務室がいいです!」

 

 まあ妥当か、先に聞いといて、司令官に執務室まで来てもらってれば良かったわね。

 そうすれば寝転けて朝潮を怒らすこともなかったでしょうし……。

 

 「じゃあ行こっか、私のスマホで撮ったのでいいでしょ?」

 

 そっちの方がデータをやり取りする手間も省けるから私の都合が良いわ。

 

 「はい!お願いします!」

 

 あ、そうだ、執務室に行く前に……。

 

 「大潮、悪いんだけど私のご飯取っといてくれない?」

 

 「いいよ、部屋で食べるの?」

 

 「写真撮ったら戻ってくるわ。このままじゃ叢雲に全部食べられちゃいそうだから。」

 

 これでもかって言うくらい口に詰め込んでるわね、ホッペタが膨らんでリスみたいだわ。

 そんな叢雲がおもしろいのか、九駆の四人が叢雲の口の前にドンドン食べ物を差し出してるから、取っておいて貰わなきゃマジで全部食べられそう……。

 

 「満潮さん!早く早く!」

 

 「はいはい、わかったわよ。」

 

 ここに来るまで、視線だけで深海棲艦を沈めそうなのほどだった雰囲気が嘘みたいね。

 完全にキラ付け状態じゃない、今日は就寝時間を過ぎても寝そうにないわね。

 

 あらま、司令官と手まで繋いじゃって、廊下を歩く二人の後ろ姿はまるで親子ね。

 朝潮には申し訳ないけど、とても恋人同士には見えないわ。

 

 せめて司令官が、叢雲が持ってきた写真の頃くらいの歳ならまぁ……。

 それでも無理か、朝潮が幼すぎるのが悪いのか、司令官がオッサンすぎるのが悪いのか、姉さんの時も思ったけど歳の差がありすぎるのよねぇ……。

 

 まあ姉さんの場合は、艦娘辞めたら年相応の身長にはなってたろうから、そこまで違和感は無かっただろうけど、三十過ぎのオッサンが16歳の少女と結婚……。

 世の男どもが歯噛みしながら羨ましがりそうね。

 

 私だったらどうなんだろ、艦娘辞めたらちゃんと身長は伸びてくれるのかな、司令官の隣に居ても違和感が無いくらいに……。

 来年の三月には16だし、法的にも結婚は可能……自画自賛じゃないけど容姿も割と整ってるはず。

 

 って!何考えてるのよわたしは!

 これじゃ司令官の事を男として意識してるみたいじゃない!

 

 「満潮、どうかしたのか?」

 

 「な、なんでもない!」

 

 これは何かの間違いよ、そう!

 きっと二人の熱々っぷりに当てられたのよ!

 そうに違いないわ!

 じゃないと、こんな額が後退してるのを気にしてるオッサンが気になるなんてあり得ないもの!

 

 「満潮さん?着きましたよ?」

 

 「え?あ……うんごめん、ちょっと考え事してた……。」

 

 「顔が赤いな、熱でもあるんじゃないか?」

 

 私が司令官にお熱だって言いたいの?

 自意識過剰もいい加減にしなさいよ?

 司令官の事なんて別になんとも思ってないんだから!

 

 「熱なんてないわよ、それよりどんな構図で撮るの?」

 

 「そうだな……。朝潮、どんなポーズを取ればいい?」

 

 「えっとですね……とりあえずここに……。」

 

 朝潮が執務机の椅子を壁の前に移動させ、そこに司令官を座らせ、座った姿勢のまま日本刀を床に立て、柄に両の手の平を重ねて置いたポーズをとらせた。

 その横に朝潮が陣取るのかしら?

 

 「で、私がここに……。」

 

 いや、どうしてそこに行く、せっかく司令官がいい感じに威厳のあるポーズをとってるのになぜ肩に乗ろうとするのか。

 最初から肩車してもらえばいいじゃない!

 

 「朝潮……。本当にそれでいいの?」

 

 「え?ダメですか?」

 

 「ダメとは言わない、アンタがそれが良いって言うならそれでいいわ。でも、それじゃ恋人同士にはとても見えないわよ?」

 

 まともに撮っても見えやしないんだけどね、まあこれは言わないでおこう。

 

 「そんな……一生懸命考えたのに……。」

 

 そっかー、一生懸命考えた結果が肩車かぁ……。

 別にションボリする必要はないわ朝潮、それはそれで微笑ましい光景だから。

 司令官が士官服で決め顔してるせいでシュールに見えるけど。

 

 「み、満潮さんが決めてもらえませんか?」

 

 「私?私が決めていいの?」

 

 「是非!」

 

 そりゃ肩車よりマシな構図は思いつく自信はあるけど……。

 はぁ……、あの朝潮の期待に満ちた瞳を見ちゃったら、断るなんてできないわね。

 

 「わかったわ、とりあえず朝潮は司令官から降りなさい。司令官はそのポーズのまま体ごと少し横向いて。そう、その位。」

 

 「それで私が司令官の腕の上に座るわけですね!」

 

 なんでそうなる、司令官なら余裕で支えそうだけどしんどいでしょうが。

 

 「アンタは司令官の横に立つ!そうその辺でいいわ。あとは敬礼でもしてなさい。」

 

 「シンプルすぎませんか?」

 

 アンタは笑いを求めて肩車なんか考えたの?

 一応誕生日の記念なんだから慎ましい感じでいいのよ!

 

 「シンプルイズベストよ、撮った写真を見ればアンタも気に入るわ。」

 

 たぶん……。

 

 「わかりました、お願いします!」

 

 あ、結局敬礼する事にしたのね、そっちの方がアンタらしくていいけど。

 

 「撮るわよー。ハイ、チーズ!」

 

 パシャ!という音と共に撮られた写真には、若干緊張気味ながらも幸せそうな朝潮と決め顔の司令官がおさまっていた。

 前言を撤回するわ朝潮、アンタたち二人はお似合いのカップルよ。

 妬けちゃうくらいに……。

 

 「わあ!満潮さんの言うとおりでした!凄く良い感じです♪」

 

 「写真屋が撮ったような感じだな、やるじゃないか満潮。」

 

 そりゃどうも、気に入ってもらって良かったわ。

 

 「後でアンタのスマホにも送っておいてあげるからとりあえず返して、明日にはペンダントにハメれるようにした写真を渡してあげるか。」

 

 「はい!よろしくお願いします♪」

 

 さて、それじゃあ私はご飯を食べに戻りますか。

 二人は……しばらくここで話でもしそうな感じね、一応釘だけ刺しとくか。

 

 「じゃあ私は先に食堂に戻るけど……。二人っきりだからって変な事しちゃダメよ?」

 

 「変な事?」

 

 「安心しろ満潮、あと二年くらい我慢できる。」

 

 我慢強くて大変よろしい。

 あ、そうだ、戻る前に朝潮に一言言っておかなきゃ。

 

 「朝潮。」

 

 「なんですか?」

 

 キョトンと仕草が可愛らしいわね。

 アンタは強くて可愛い、私の自慢の妹よ。

 だから心から祝福してあげる。

 アンタの14歳の誕生日を。

 

 「誕生日、おめでとう。」

 

 「ありがとうございます、お姉ちゃん♪」

 

 朝潮の輝くような笑顔に見送られながら、私は執務室を後にした。




 
 映画館に見に行くことが出来なかったので尼さんに注文していた艦これ劇場版が今日届きました。
 今から見てきます!


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朝潮決戦 3

 横須賀鎮守府の沖合2キロ地点に停泊させたワダツミの後部出撃ドック内に、後部ハッチを背にするようにして艦娘が各艦隊に別れて整列し、その後ろに奇兵隊と海兵隊の人たちが並んでいる。

 

 その人たちの視線を一身に受けるのは、艦娘達の3メートルほど上方、スロープ状になっている後部カタパルトの最上段に立った司令官。

 その三歩ほど後ろで横一列に並ぶ私と少佐さん達はオマケのようなものですね。

 皆、出撃前の演説が司令官の口から発せられるのを、固唾を飲んで待っています。

 

 「本日、我々は敵、中枢棲姫を打倒するためハワイ諸島へ向け出撃する。」

 

 司令官が眼下に居並ぶ一同を見渡しながらゆっくりと語り出した。

 緊張しているのでしょうか、後ろで組んでいる手に力が入っている気がします。

 

 「敵は強大だ、ここに居る多くの者が命を落とすだろう、だが我々は成し遂げねばならない。国を、多くの国民の命を守るために君たちはその命を散らすのだ。国のために戦え!国のために死ね!それが君たちに与えられた使命だ!」

 

 『はい!』

 

 みんな返事はしたものの、場が少し騒めいていますね、ある者は動揺し、ある者は逆に闘志を燃やしています。

 場を静めるべきかしら、司令官は気にしていないようですが……。

 

 「と、ここまでが提督として(・・・・・)、私が最低限言わなければならない事だ。」

 

 司令官が視線で少佐さんに合図を送った。

 

 「総員!回れ!右ぃ!」

 

 少佐さんの号令で全員が後ろを向く。

 ですが意味がわからないのか、周りをチラチラ窺ってる人が何人かいますね。

 まあ現時点では、目の前には壁しか前にないのだから仕方ないですが。

 

 ガ……コン……。

 

 鈍い音とともに、後部ハッチが開いて横須賀鎮守府が眼前に現れた。

 鎮守府だけじゃありませんね、少し沖に出たこの位置からは横須賀の海岸沿いが一望できます。

 遠目にですが、見送りの艦娘や一般職員の方々が手を振ってるのも見えます。

 ワダツミの周囲には、鎮守府近海を出るまで護衛する横須賀所属の艦娘達も居るはずですが、さすがにそこまでは見えませんね。

 

 「君たちに最後のチャンスを与える、死にたくない者は今すぐワダツミを降りろ。なぁに、心配しなくていい、敵前逃亡とは見なさない。責任も一切負わさないから遠慮はするな。」

 

 奇兵隊の方々は動揺すらしていませんが、海兵隊や艦娘達は目に見えて狼狽えていますね。

 それもそうか、いくら責任を負わされないとは言っても、ワダツミから降りるという事は逃げる事。

 しかも、寝食を共にした仲間を置いて……。

 

 誰かが言う、『バカにするな』と。

 また別の誰かが言う、『ここで逃げるなら死んだ方がマシ』だと。

 その声は徐々に艦内に広がって行く、僅かに残っていた死への恐怖を塗りつぶすかのように。

 降りようとする人は皆無ですね、みんなそれなりの覚悟を決めて乗艦してるのだから当たり前ですけど。

 

 「誰も……降りなくていいんだな?」

 

 『はい!』

 

 「わかった、ならばここからは提督としてではなく、()個人の言葉で君たちに話そう。そのままで聞いてくれ。」

 

 艦娘達が一瞬司令官を振り返ろうとして、再び横須賀の方を向き直る。

 これから司令官が紡ぐのは命令ではない、司令官個人の頼みであり、願い。

 そして、司令官本人の決意……。

 

 「君たち、大半の者の目的は深海棲艦への復讐だろう。

 俺もそうだ、俺は9年前に妻子を殺され、それからも大勢の部下をバケモノ共に殺された。

 涙は枯れ果て、血の涙を流した。

 焼け落ちた家に潰された妻子を見て心の底から絶望した。

 俺は憎んだ、ああ憎んださ!

 憎まずにいられるわけがない、そうだろう!

 奴らに復讐するためならなんでもした、泥水も啜った、木の根も食った、弾がなければ竹槍を担いで突撃し、盤上でしか戦場を語れないバカな上官共に土下座もした!

 それでも俺は復讐をまだ成し遂げていない、どれだけ奴らを殺せば気が済むのか自分でもわからない!

 何が提督だ、何が周防の狂人だ!

 俺はただの復讐鬼だ!

 国の命運など知った事か、俺は復讐がしたいだけだ!

 俺から大切な者たちを奪っていった、あのバケモノ共に復讐が出来るなら俺の命などいくらでもくれてやる!

 そう思って、戦い続けてきた……。」

 

 由良さんがが止めようかどうか迷っていますね、それを少佐さんが目で制しています。

 辰見さんの方も似たようなものですが……、あちらは司令官の怒号に怯え始めた叢雲さんを辰見さんが慰めています。

 私も、ここまで感情的になってる司令官を見るのは初めてです。

 下に居る艦娘達も、表情は見えませんが司令官の嘘偽りない狂気を背中に感じて身をすくめている人が居ますね。

 

 でも私には、まるで司令官が泣き叫んでるように見えます……。

 今まで我慢していた悲しみを解き放つかのように。

 

 「ふぅ……。」

 

 司令官が言葉を区切り、自分を落ち着かせるために深く息を吐きだした。

 ある者は司令官に共感して己を鼓舞し、またある者は復讐心に身を任せるとはどういう事かを実感する。

 死を望む者と、生きて帰る事を望む者、そのどちらもが司令官の次の言葉を待っている。

 

 「この中にも俺と同じような考えの者もいるだろう、逆に何がなんでも生きて帰りたいと思う者もいるだろう。

 復讐のために、その命を散らす事を俺は止めない、守りたい者のためにその命を燃やし尽くす事を止めはしない、どんなに惨めな事をしても生き残ろうとする事を俺は蔑まない。

 だから、これから俺が言う事をけして忘れるな!

 今、君たちの目の前に広がる光景は俺たちが守るべき国である前に、俺たちの戻るべき場所であり故郷だ!家だ!そして俺たちが骨を埋める場所だ!

 死んでもいい、だが死んでも(・・・・)ここに戻って来い!

 ここが俺たちが終わる場所だ!

 ここが俺たちが生きていく場所だ!

 生きていようが死んでいようが、ここが俺たちの帰るべき場所なんだ!

 それを忘れるな!」

 

 『はい!』

 

 司令官が再び少佐さんに目配せをすると、後部ハッチがゆっくりと上がり出した。

 横須賀鎮守府が徐々に見えなくなっていく、私たちの帰る場所とはこれでお別れ……。

 次にあの光景を見るのはここに帰って来てからだ。

 

 「総員!回れ!右ぃ!」

 

 少佐さんの号令で、ザッ!ザッ!ザッ!という音と共に再び全員が司令官に向き直る。

 ここから見えるみんなの目に、もう迷いは感じられない。

 

 それぞれがそれぞれの覚悟を決めて司令官を見上げ、司令官も一人一人の覚悟を確認するかのように見渡す。

 死ぬ覚悟を決めた者、必ず生きて帰ると決意をした者、三者三様十人十色、だけど皆は同じ思いを胸に抱く。

 必ずここに、戻ってくると。

 

 「全員、覚悟は決まったな?」

 

 『はい!』

 

 「よろしい!ならば合戦用意だ!己が磨いて来た牙を解き放て、敵はハワイ島に巣食う中枢棲姫!これより我らは、この戦争最大規模の殴り込みをかけるべく出撃する!」

 

 『はい!』

 

 「大本営の定めた勝利条件は中枢棲姫の撃破のみ!

 だが、俺はそんな簡単な条件じゃ満足しない、俺はここに居る全員を連れ帰る!生きていようが死んでいようがだ!

 だから君たちも仲間は意地でも連れ帰れ!

 動けない者は引きずって、動ける者は這ってでも戻って来い!

 皆で勝利の雄叫びを上げながら、中枢棲姫の首を引っ下げて鎮守府に凱旋だ!」

 

 『はい!』

 

 「敵中枢殴り込み艦隊、総旗艦ワダツミ抜錨!暁の水平線に、勝利を刻みに行くぞ!」

 

 『オオオオオオオオオオオオオォォォ!!』

 

 艦内にみんなの歓声が響き渡る、本来なら耳を塞ぎたくなるほどの音量なのに、不思議と耳を塞ぎたくなりません。

 司令官の檄と共に機関が始動してるはずなのに、機関音すらかき消していますね。

 

 「お疲れ様です、司令官。」

 

 司令官がみんなに背を向けて戻って来る、これから艦橋に行かれるのでしょうね。

 

 「やはりこういうのは慣れないな、変じゃなかったか?」

 

 「いえ、とてもカッコ良かったです。」

 

 正直惚れなおしました、抱き着きたい衝動を抑えるのに必死でしたよ。

 

 「朝潮にそう言われると自信がつくな。最後の方は勢いだけで喋っていたんだが……。そのせいで艦隊名を間違ってしまった。」

 

 「それでいいと思いますよ?殴り込み艦隊の方が私は好みです。」

 

 いっそ、そっちに変えちゃえばいいんじゃないかと思うほどです。

 ただ、勢いとはいえ奥さんと娘さんの事を口にしたのが意外でした。

 司令官が元妻帯者だった事が皆に知れてしまったのが少し残念ですね。

 私と司令官の秘め事が一つ減ってしまったじゃないですか。

 

 「少佐、私と朝潮はブリッジに行く。後は任せるぞ。」

 

 「はっ!了解であります。」

 

 少佐さんと由良さんが敬礼で見送ってくれる。

 あ、お二人の左手の薬指に指輪が……いつの間にそのような仲に?

 

 「辰見、鎮守府近海を抜けるまでの護衛を指揮しろ、近海を抜けたら鎮守府に戻していい。」

 

 「了解、なんなら私も護衛に出ましょうか?提督の演説聞いてたら滾っちゃって。」

 

 「お前が出ると叢雲が寂しがる、大人しく指揮だけしていろ。」

 

 「りょ~かい。じゃあ行こっか叢雲。」

 

 叢雲さんが、『別に寂しくなんかないから!』とか言いながら辰見さんの手を握ってついて行きますね。

 艦娘じゃない辰見さんがどうやってワダツミを護衛するのかわかりませんが、一緒に護衛に出ればいいのでは?

 

 「では私たちも行こうか、朝潮。」

 

 「はい、何処までもお供致します。」

 

 司令官が差し出す右手を取り、後部ドックを後にする。

 艦橋で発進の命令を出せばもう戻れない、艦橋への直通エレベーターまでの廊下が、まるで十三階段のように感じます。

 

 「震えて……いますね。」

 

 「ああ、情けないことにな。恐ろしくて仕方ないんだ……。」

 

 自分が死ぬ事が恐ろしいんじゃない、自分の命令で部下を死なせてしまう事が恐ろしいんですね……。

 貴方はきっと、自分が死ぬ事は恐れたりしない。

 だって、重荷を背負って生き続けるより、本懐を遂げて死ぬ方がはるかに楽なんだから。

 

 「安心してください司令官、少なくとも私は死にません。私が死ぬ時は、貴方が死んだその後です。」

 

 それまで傍に居続けます。

 それまで貴方を支え続けます。

 貴方が満足して死ねるその時まで私が守り続けます。

 

 「こんな情けない男でいいのか?」

 

 「司令官が情けない?だとしたら、日本には誇らしい男性が居ない事になってしまうではないですか。」 

 

 「はははは、随分と買い被られたものだ。だが……ありがとう、朝潮。」

 

 買い被ってなどいません、貴方は私の自慢のご主人様です。

 私は貴方以外に仕えない。

 私を使えるのは貴方だけ。

 私は、貴方のために『朝潮』になったのですから。

 

 「礼には及びません、私は貴方だけの朝潮なんですから。」

 

 「ああ、これからもよろしく頼むよ。私の朝潮。」

 

 前言を撤回しなければなりませんね、この道は十三階段なんかじゃない。

 私と司令官が初めて一緒に歩く道。

 ここが私と司令官のヴァージンロードだ。

 

 正化29年12月26日。

 私たちは決戦の地へ向け、船を漕ぎ出した。

 

 敗北の可能性など、微塵も考えず、ただ未来()だけを見つめて。



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幕間 決戦前夜1

 横須賀を出て三日目の夜、いよいよ明日から作戦開始かぁ……。

 速度を落として、到着時刻を調整しながら航海を続けるワダツミを護衛してる子たちが後部甲板(ここ)からだとよく見えるわ。

 

 「暁の水平線に勝利を刻め……ねぇ……。」

 

 先代の朝潮が好きだったわねこのセリフ、教本の最後のページにも書いてたし。

 まあ、私も嫌いじゃないけど、実はお父さん好みのセリフじゃないのよね。

 どちらかと言うと、『ぶち殺せ!』とか『レッツパーティー!』とかの方がお父さんは好き、あのセリフを言うようになったのって提督になってからだし。

 

 「あれ?姐さんじゃないっすか、こんな所で何してるんすか?」

 

 「別に、涼んでるだけよ。」

 

 アンタこそ何してるのよ、気配消して近づくのやめてくれない?

 景色もアンタの服装も真っ黒だからまったく気づかなかったわ。

 

 「部屋の方が快適なのにっすか?」

 

 「うっさい、風に当たりたかったの。」

 

 そりゃ部屋は快適よ?無駄にね。

 軍艦の癖に居住施設にやたらとこだわってるものねこの艦、はっきり言って鎮守府より住みやすいわ。

 だから(・・・)落ち着かないのよ、アンタだってそうだから甲板に出て来たんじゃないの?

 

 「まあ、気持ちはわかるっす。この艦の部屋は自分らにゃ上等すぎる……。」

 

 星空の下で黄昏るのがこんなに似合わない男が他にいるだろうか、いやいない。

 せめて髪型がまともならそれなりに絵にはなってたでしょうけど、髪型が全てを台無しにしてるわ。

 

 「黄昏るのやめなさい、全く似合ってないわ。」

 

 「酷ぇ……親子そろって言う事キツすぎっすよ……。」

 

 「いい加減慣れなさいよ、そんな髪型してるアンタが悪いんだから。」

 

 「いやいや!自分がこの髪型になったのって姐さんのせいじゃないっすか!」

 

 失礼な、私のせいにしないでちょうだい。

 自分が持ち掛けた賭けに負けたアンタが悪いの、自業自得よ。

 

 「私に手を出そうとした報いね、髪型だけで済ませてあげたんだから感謝して欲しいくらいだわ。」

 

 「う……その話、提督殿にはしてないっすよね?」

 

 出来る訳ないでしょ、してたらアンタはとっくに死んでるわ、私に『俺の女になれ』なんて言ったんだから。

 

 「私を見くびり過ぎた自分の愚かさを恨みなさい。」

 

 「そりゃ仕方ないっしょ、艦娘なんて兵科はそれまでなかったんすから!そもそも、『不思議パワーで敵をやっつける!』なんてアホみたいな事言った姐さんも悪いんすよ?」

 

 「だってそうとしか言えなかったんだもん、今だに力場の発生原理とかわかってないのよ?」

 

 そんな兵器に頼ってるなんてゾッとするけど、使える物は使わないとね。

 じゃないと、生き残れないし。

 

 「でも、ちゃんと倒して見せたでしょ?」

 

 「ええ、おかげで自分はモヒカン頭になっちゃったすけどね……。」

 

 いつまでも根に持つんじゃない!『本当に敵を倒せたらモヒカン頭にして緑に染めてやるよ!一生な!その代わり出来なかったら俺の女になれ!』って変な賭け持ちかけたのはアンタじゃない。

 まあ、私みたいな美少女を自分の女にしたいのはわかるわ。

 でも当時の私は13かそこらよ?

 アンタもロリコンだったのね、髪型がまともで眉毛が生えてればソコソコの顔してるだけに勿体ないわ。

 

 「な、なんすかそのロリコンを見るような目は!言っときますけどね、当時の自分はギリギリ10代っすから!それにロリコンって言われるほど姐さんと歳離れてないっしょ!」

 

 「まあ、お父さんと比べたらマシだとは思うけどさ、ロリコンには変わりなくない?」

 

 私とモヒカン位の歳の差は、今なら普通だけど当時はダメでしょ。

 大学生が中学生に『俺の女になれ!』って言ったようなものよ?

 

 「なんで自分はこんなのに……当時の自分を撃ち殺したいっす……。」

 

 「『こんなの』とは随分な言いようね。この話をお父さんに言ってスパッと()ってもらおうか?」

 

 「マジで()られるから勘弁してください……。あ、でも……。」

 

 「なに?」

 

 なんで珍獣でも見るような目で私を見てるのよ、私なにかした?

 

 「普通に『お父さん』って呼ぶようになったんすね。前は頑なに呼ぼうとしなかったのに。」

 

 あ~、その事か、意地を張るのをやめただけよ。

 お父さんも私を娘と思ってくれてるなら、お父さんって呼ぶのを我慢する必要なんてないわ。

 それを朝潮に気づかされたのは少し癪だけど……。

 

 「姐さんを嫁に貰う奴は大変っすね、絶対『俺より弱い奴に娘はやらん!』とか言うっすよ。」

 

 言いそうだ……お父さんに勝つなんて深海棲艦に海上で勝つより難しいんじゃないかしら。

 少なくとも陸で長門を倒せるくらいじゃないと勝負にもならないわね。

 

 「アンタなら出来るんじゃない?狙撃の腕は奇兵隊で一番でしょ?」

 

 「冗談やめてくださいよ、あの人を撃ち殺せるのなんてシモ・ヘイヘくらいじゃないっすか?」

 

 フィンランドの白い死神だっけ?

 いくらなんでも言いすぎでしょ、リアルチートじゃないと勝てない程お父さんは人間離れしてないわよ?

 

 「ん?その言い方だと、姐さんって自分に貰われたいんすか?」

 

 「なんでそうなる、私は肩パットが似合いそうな人は好みじゃないわ。」

 

 「火炎放射器もつけましょうか?」

 

 「お好きにどうぞ。」

 

 だいたいアンタ、私の事苦手でしょ?

 態度でわかるのよ?

 私がなにか言うとすごく困ったような顔するものね。

 

 「そういえば見たっすか?あの新型弾頭。」

 

 「戦艦クラスの核をRPGの弾頭に加工したって奴でしょ?効果あるの?」

 

 「らしいいっすよ?陸に上がった重巡クラスの装甲を楽に貫くとか『武器屋』は言ってたっすけど。」

 

 「それがたった12発か……せめて人数分くらいは欲しかったわね。」

 

 戦艦クラスなんてボコスカ沈めてるじゃない、それでも12発しか用意できなかったって事は加工の工程で問題があるか、もしくは核が思うように手に入らなかったのか、もしくはその両方かな。

 

 「まあ、今回は内火艇ユニットもあるし、なんとかなるっすよ。」

 

 「陸に上がった私以下なのに?」

 

 「余裕っす、相手が撃つ瞬間に砲身に竹槍投げ込んでた頃に比べりゃヌルゲーっすよ。」

 

 そんな事もしてたなぁ……。

 それで誘爆して倒せてたからよかったものの、今考えたら正気の沙汰じゃないわ……。

 

 「慢心して失敗しないでよ?ギミック破壊はアンタの分隊の役割なんだから。」

 

 「姐さんこそ失敗しないでくださいよ?自分らがギミックを破壊して親玉の目を逸らしたら、後は姐さんの仕事っすから。」

 

 ちなみに、私たちの作戦計画はこうだ。

 殴り込み艦隊が戦闘を開始したら、折を見て奇兵隊一個小隊が黒砂海岸から上陸して11号線沿いを北東に進み、ボルケーノビレッジ手前で二手に別れる。

 私たち第一分隊はボルケーノビレッジを越えて島中心部へ、モヒカンたち第二分隊はマウナロアトレイルに沿って島内ギミックへそれぞれ向かう。 

 私たちが中枢棲姫を捕捉し、突撃の体制を整えた頃合いを見計らって、モヒカン率いる第二分隊がマウナロア山中腹のギミックを破壊して中枢棲姫の注意を引き、それを合図に私たちは中枢棲姫に突撃、首を獲る。

 

 大雑把に言うとこんな感じかしら。

 心配なのは島内のギミックを破壊する事で中枢棲姫が自身の装甲を展開する事と、首を獲る前に島外のギミックが破壊され尽くす事。

 

 結界を維持させ続けるために、島内ギミック破壊予定時刻の直前に『結界』への一斉砲撃が日米両軍から行われるし、北側から囮も来る予定にはなっているけど……。

 北側からの艦隊って必要だったのかしら……。

 北側は本当に囮くらいにしかならないって、お父さんから聞いた時は訳がわからなかったけど。

 艦隊の編成を聞いた今では納得だわ、人間同士の戦争ならともかく、対深海棲艦戦で役に立つとは思えないもの。

 って言うかよくあんな骨董品を動かせたわね、聞いた時は呆れかえったわ。

 

 「登山頑張ってね、富士山と同じくらいの高さだっけ?あの山。」

 

 「富士山以上っすよ、4170mもあるんすよ?」

 

 うわぁ~ご愁傷様、それを中腹までとは言えダッシュで登るんでしょ?私みたいなか弱い乙女には無理だわ。

 

 「しかも見晴らしがいい場所に陣取ってるらしいから(たち)悪いっす。匍匐前進嫌いなんすけどねぇ……。」

 

 アンタが匍匐前進したらGその物ね、叩き潰したくなるわ。

 

 「いっそ車拝借して突っ込めば?人が居なくなってかなり経つけど、使えるのも残ってるんじゃない?」

 

 「一応、相棒が探して見つけ次第合流するっすけど……。期待はできないっすねぇ。」

 

 その前に徘徊してる敵に見つからなきゃいいけどね。

 まあ心配は無用か、コイツら陸戦だけなら私より遥かに腕は立つし。

 

 「私が首を獲れるかどうか、また賭けでもする?アンタが負けるのは確定してるけど。」

 

 「ち、ちなみに、自分が負けた場合は?」

 

 「そうねぇ……頭部の永久脱毛なんてどう?」

 

 「自分にこの歳でハゲろと!?」

 

 いや、今もハゲみたいなもんじゃない、星明りが側頭部に反射してるわよ?

 今は灯火管制中なんだから帽子くらい被りなさいよ。

 

 「アンタが勝った場合は何がいい?あり得ないけど一応聞いてあげるわ。」

 

 「うわムカつく……昔は遠慮がちなお嬢さんって感じだったのに、なんでこう捻くれたっすかねぇ。」

 

 「戦争が悪いのよ、戦争が。」

 

 「あーそっすね、姐さんに都合が悪い事は全部戦争のせいっすよね。」

 

 そうそう、ぜ~んぶ戦争が悪いの。

 それより早く決めなさいよ、どうせ私が勝っちゃうんだから何でもいいわよ?

 

 「……。」

 

 何かしら、やけに真剣な表情じゃない。

 もしかして告白?

 勘弁してよ……。

 私みたいな気立てが良くて、器量も最高な美少女を好きになっちゃう気持ちはわかるわよ?ええわかるわ。

 それに長い付き合いだしね。

 幼なじみみたいな感じかしら、まあ、私は4年ほど海外に行ってたけど……。

 ああそれでか、4年ぶりに会った時に昔の感情がぶり返しちゃったのね。

 私も罪な女だわ……何年も一人の男の心を縛り付けて……。

 でもごめんなさい、気持ちは嬉し……いや、気持ち悪いか、だからアンタの気持ちには応えてあげられないの。

 

 「姐さん、自分が賭けに勝ったら……。」

 

 やめて!それ以上言っちゃダメよ!

 セリフ次第じゃ死亡フラグになりかねないわ!

 体の大きいアンタを引きずって帰るなんてご免よ!

 疲れちゃうじゃない!

 

 「何が何でも、生きて帰ってください。」

 

 は?それはどういう事?

 アンタに言われなくたって生きて帰るわよ。

 今更何言ってるの?

 

 「それ、しくじったら私が死ぬって言ってるの?縁起でもない事言わないでくれない?」

 

 「失敗したら死ぬ可能性大っしょ。敵を仕損じて、敵陣のど真ん中から生きて帰るなんて姐さんでも不可能に近いっす。」

 

 いやまあ、それはそうだけど、だからってソレを自分が賭けに勝った時の報酬にするってのが意味不明よ。

 やっぱり私の事が好きなのかしら。

 だって、私に死んで欲しくないって事だもんね。

 困ったわね、ハッキリとフってあげた方がいいんでしょうけど、ソレが元でしくじられても困るし……。

 

 「アンタが助けに来てくれればいいじゃない。それともギミックを破壊したらトンズラする気?」

 

 「もちろん助けには行くつもりっす。けど距離的にそれは難しいっすよ……。悔しいっすけど……。」

 

 成功するにせよ失敗するにせよ、来る頃には終わってるだろうしね。

 

 「でも逃げてきてくれれば話は別っす。ダメだと思ったら即時撤退してください。」

 

 「それは絶対に嫌、奴の首を獲るまで私は逃げないわ。」

 

 『どうして?』って言う?

 言わないわよね、長い付き合いだもの、アンタなら私の思ってる事くらい想像がつくでしょ?

 

 「私が神風を吹かせるの、生きて帰れ?当然よ!ただし失敗なんて論外!私は神風なんだから、私自身が勝利を運ぶ風(神風)なんだから!」

 

 「……戦闘が終わるたびに泣いてたお嬢さんが強くなったもんっすね……。」

 

 「惚れ直したでしょ?だったらアンタは自分がすべき事を成し遂げなさい。盛大なラブコールを待っててあげるわ。」

 

 「自意識過剰じゃないっすか?姐さんに惚れてるなんて一言も言ってないっすけど?」

 

 言わなくてもわかるわよ、アンタは私に惚れてる。

 苦手そうにしてるのも、好きな私にどう接していいかわかんないから。

 これだから戦争狂はダメね、女を性欲処理の道具くらいにしか思ってないから、好きになると接し方に困るのよ。

 仕方ないから、私へのアプローチの仕方を私自身が教えてあげるわ。

 

 「手始めに、愛する私のために派手な合図(花火)を上げなさい。そして中枢棲姫の首を引っ提げた私を、撤収ポイントで片膝立ちしてお出迎えよ。帰ってからはまあ……アンタの対応次第ね。」

 

 「自意識過剰もそこまで行くと何も言えねぇっすわ。でも……了解っす。惚れた弱みを突かれちゃどうしようもないっすね。」

 

 私はそんじょそこらの小娘より攻略難易度高いわよ、心して口説きに来なさい。

 私も全力で応えてあげるから。

 

 「素直でよろしい、頼りにしてるわ『ガンナー(ワン)』。遅刻は30分まで許してあげる。」

 

 「委細承知っす『ソード(ワン)』。後が怖いから遅刻は絶対しないっす。」

 

 私達は、お互いのコールサインを呼び合い、拳を打ちつけ武運を祈った。

 緊張感など微塵も感じない軽口を言い合いながら。

 



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幕間 決戦前夜2

 「島が騒がしいな……。」

 

 我らの『母』が座する棲地、人間どもがハワイと呼んでいた島が騒めいている。

 出撃しているのか?生まれたばかりの個体まで東の海に出て行ってるではないか。

 いつもの小競り合いではないな、本格的に敵が進行でもして来たか?

 

 「おい渾沌、これは何の騒ぎだ?」

 

 「窮奇か。なに、大した事ではない。東から人間(ゴミ)共の艦隊が迫ってるだけだ。」

 

 東か……ならばアサシオは居そうにないな。

 だが大した事はあるだろう、島内に配した艦どころか、生まれたばかりの子達まで駆り出しているのだから大事なのは確実だ。

 

 「西側の艦隊を回したらどうだ?これでは『母』が丸裸だろう。」

 

 「最低限、砲台は配置している。それに、『天幕』を抜けて侵入できるのは潜る事が出来る潜水艦か人間くらいだ、そんな奴らが侵入したところで何もできはしない。問題は東から迫る艦隊が陽動かもしれない事だ、まるで見つけてくれと言わんばかりに堂々と進軍して来ている。」

 

 「発見が遅れたのか?」

 

 敵が堂々と進軍して来てると言う割に艦隊編成が間に合っていない。

 今から編成して、敵艦隊の射程に入る前に常時展開している艦隊に合流できるのか?

 

 「奴ら、姑息にも艦隊を小分けにして進軍して来おった。小規模の艦隊は早期に発見できていたが、気づけば十数の艦隊が合流して一つの大艦隊になっていたよ。明日の夜明けには近海に到達するだろう。」

 

 艦隊を十数に分け、それぞれ別ルートから進軍して来たのか。

 大方、発見できた小規模の艦隊に迎撃艦隊を出しただけで放置していたのだろう?

 貴様の悪いクセだ、小事を下の者に丸投げして貴様は報告を聞くだけ、だから敵の意図に気づけずこの大事を招いた。

 四凶の筆頭が聞いて呆れるな。

 まあ、こいつがいい加減なおかげで、私は命令の範囲内で好き勝手に暴れる事が出来るわけだが……。

 

 「陽動かもしれんと言ったな、西側からも来ると読んでいるのか?」

 

 「かもしれんと言うだけだ、例え西から来られても饕餮と檮杌の艦隊でどうとでもなる。」

 

 どうだか、あの二隻も貴様と同じで楽観主義だぞ?

 今まで、一度も西側からは攻められた事がないのだ、来るかもしれないと言うだけで奴らが艦隊を展開するとは思えない。

 貴様と同じように、補足してからようやく艦隊を展開し始めるだろうよ。

 

 「近衛まで東に駆り出すんだ、『天幕』の維持は怠るなよ?『天幕』がある限り、敵は『母』に何もできはしないのだから。」

 

 「貴様は心配性だな、『天幕』を破るなど我々四凶でも無理なのだ。余計な心配をせず、貴様はいつも通り好きに暴れろ、最低限の命令は出してやる。」

 

 その『天幕』も貴様等が落とされれば終わりだろうが。

 維持を怠るなとは落とされるなと言う事だ。

 『天幕』とは『母』の『装甲』に貴様等三隻と、太陽光と地熱をエネルギーに変えて卵に注ぎ、孵化させる『保育器』の『装甲』を上乗せした物。

 展開中の『母』は『装甲』すら纏えないが、その分絶大な防御力を誇る。

 私や渾沌の砲撃でも傷一つつかない程に。

 だが、貴様等が落とされれば、残るのは『保育器』と『母』自身の『装甲』分だけだ、気にするのは当然だろう。

 『天幕』を失って、『母』が『装甲』を纏うほど、貴様等が追い詰められるとも思えないのは確かだが。

 

 「で?私はどうする?西側に配置してくれると嬉しいのだが?」

 

 アサシオが居るとしたら西側だからな、東は貴様も居るし問題はないだろう。

 私の姿を見れば、アサシオはきっと私の元に来てくれる。

 アサシオが私を放っておくわけはないのだから。

 だがアサシオとの逢瀬のために、露払いをさせられる随伴艦が欲しいところだな……。

 

 「好きにしろ、駆逐艦を二隻と重巡を一隻つけてやる。」

 

 「たったそれだけか、側面から奇襲でもしろと言うのか?」

 

 言わなくても用意してくれていたか、些か用意が良すぎる気もするが。

 

 「好きにしろと言っただろう、横からでも後ろからでも好きな方から奇襲しろ。」

 

 なら好きにさせてもらうさ。

 東から迫る艦隊が夜明け頃に近海に到達なら、今晩中に島を出る必要があるな、棲地の南にある島にでも隠れて様子を見るか。

 

 「重巡はいつもの奴だ、駆逐艦もそれなりに上位の個体だし、貴様の艤装も修復のついでに改装しておいた。」

 

 私の艤装を改装?

 余計な事を……重くなって動きが遅くなってしまうではないか。

 それと気になるのは……。

 

 「いつもの奴?奴は沈めたはずだが?」

 

 「浜に打ち上げられていたから修復した。貴様に付き合ってくれる個体は稀なんだ、連れて行け。」

 

 チッ!往生際の悪い、仕留めそこなっていたか!

 棲地に戻る前に沈めておくべきだった。

 

 「駆逐艦二隻も奴の要望だ、数を合わせるとか訳の分からない事を言っていたな。」

 

 「数?」

 

 なんの数だ?

 そう言えばアサシオと再会した時、彼女は他に三隻連れていたな、その数を合わせたのか。

 正直、随伴艦など邪魔なだけなんだが……。

 まあ、露払いに使えばいいか、私とアサシオのための舞台を整えるために奮闘させてやろう。

 

 「まさか、奇襲も奴の発案ではないだろうな?」

 

 「そうだ、奴は艦隊の背後を突かせてくれと言っていた。気に食わないみたいだが、断るつもりか?」

 

 「……別に、それでいい。」

 

 ふん、アサシオが来る可能性が皆無なら断っただろうさ。

 あの重巡が背後を突きたがってると言う事は、そうすればアサシオが釣りやすいと言う事だろう。

 奴の思い通りなのは気にいらんが、前回の逢瀬では一応場を整えて見せたからな。

 そこに関してだけは信用してやらなくもない。

 

 問題は西側から本当に艦隊が来るのか、そしてその艦隊にアサシオは居るのかだが……。

 杞憂だな、この棲地を攻める程の艦隊に彼女が居ないはずがない、居なければまぁ……。

 

 「あの施設に攻め込めばいいだけだ。」

 

 「あの施設?」

 

 貴様が前に落として来いと言った場所だ、もう忘れたのか?

 あの命令のおかげでアサシオに会えたんだ、その事には感謝している。

 それに、あそこにはアサシオを惑わす悪い虫も居るようだし、今回は無理でもいずれ必ず落とすさ。

 そしてアサシオを救い出すんだ、絶対悪である人間共の魔の手から愛しのアサシオを助け出し、私とアサシオで新たな棲地を作ろう。

 私とアサシオだけの聖地を。

 

 だが、それを今コイツに知られる訳にはいかないか、適当に誤魔化してさっさとここを発つとしよう。

 

 「なんでもない、独り言だ。」

 

 「そうか、断る気がないのならもう行け、我は編成で忙しい。しくじるなよ?」

 

 「それはこちらのセリフだ。」

 

 そう言って、私は渾沌と別れて南へ向かった。

 『母』に一言言って来た方が良かっただろうか……。

 いや、『母』とは言っても子として扱われた事はないからいいか。

 アレは子を産み、送り出すだけの装置だ、私達すべてが生まれた時から抱いている人間への殺意も持たず、

自我があるかもわからない、いつから居るのかもわからない。

 

 そんなモノを『母』と呼び、慕い、守る私たちは何なのだろう。

 私たちはいったい、何のために生まれて来たのだろう。

 

 「と、前は思っていた……。」

 

 だけど今はこう思う、私はアサシオに会うために生まれて来たんだと、アサシオのために生まれて来たんだと。

 そう、あの出会いは運命だったのよ。

 たった一度で私たちは惹かれ合った、求め合った、愛し合った。

 私の全てはアサシオの物。

 アサシオの全ては私の物。

 他の誰にも渡さない、私がそうであるように、アサシオも私のために生まれたのだから。

 

 「ああ……待っていてアサシオ……私も今から行くわ……。」

 

 きっとアサシオは来る、私に会いに来てくれる。

 確証はない、だが私の魂が言っている。

 アサシオは来ると。

 だから私もアサシオの元に行かなければ、あの子は怒りっぽいから遅れると怒られてしまう。

 そこが愛おしくもあるのだけれど……。

 

 敵の艦隊などどうでもいい、渾沌にはああ言ったが『母』がどうなろうが知った事じゃない。

 ああそうだ、いっそ『母』を沈めてこの棲地を奪うのはどうだろう。

 

 ここを私とアサシオの聖地にしよう。

 ここでアサシオと愛し合おう。

 私とアサシオで新たな『母』となろう。

 

 そして子を産み育てよう。

 ここを私たちとその子の楽園にしよう。

 

 「ふふふ……胸が高鳴る……身が震える……。」

 

 アサシオとの未来を考えただけで果ててしまいそうになる……。

 だけどまだ我慢しなければ。

 私とアサシオの未来のために人間共に踊ってもらおう。

 私とアサシオが愛し合うために邪魔者を沈めてもらおう。

 

 それが終われば用済みだ、人間共も沈めて、艦娘共も沈めてやる。

 そうよ、私とアサシオ以外はこの世界にいらない、私とアサシオだけいればいい。

 

 人間も、艦娘も、『母』も、その子共達も全て沈め!

 私とアサシオ以外は全て邪魔者だ!

 

 「さあ踊りましょうアサシオ……。」

 

 可哀そうなアサシオ、貴女は人間に仕方なく従っているのでしょう?

 脅されているのでしょう?

 強制されているのでしょう?

 縛られているのでしょう?

 だから私と敵対するフリをしているのでしょう?

 だけどもう大丈夫、私が呪縛から解き放ってあげる。

 アサシオを縛る、人間と言う名の呪縛を断ち切ってあげる。

 

 事が済むまで踊って待ちましょう?

 事が済んだら二人で邪魔者を沈めましょう。

 

 これが最後のダンス、私とアサシオが敵として踊る最後のダンス。

 

 私とアサシオの……ラストダンス。

 




 一応念のため。
 途中、窮奇が『棲地』を『聖地』と呼び変えていますが誤字ではなくわざとです。
 『天幕』は人類側が『結界』と呼んでいるの物の深海側の呼称です。

 深海側は『聖地』と呼んでいて、深海棲艦が口にした『セイチ』に人類側が『棲地』と字を当てた、という設定も思いついたんですが……。

 38話で思いっきり『棲地』と窮奇に言わせてしまっていたので没にしました……。

 決戦前夜はあと1話、思い付けばさらにもう1話続く予定です。
 


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幕間 決戦前夜3

 気分が落ち着かない。

 決戦の前夜はこんな気分になるのでしょうか。

 不安と恐怖、期待と興奮が入り混じったようなおかしな気分。

 私たちの出番は他の人たちに比べて後の方とは言え、明日には戦闘が始まると思うとなかなか落ち着かない。

 今晩、ちゃんと眠れるかしら……。

 

 「艦列を変える?」

 

 「そうよ、私を先頭に、大潮、荒潮、アンタの順番に変えるの。」

 

 ベッドに腰かけて、そんな気分を落ち着かせようとしている時に満潮さんが『艦列を変えよう』と意見具申をして来た。

 旗艦である私を一番後ろに?

 どういう意図があってそんな事を言いだしたんでしょうか。

 

 「満潮、旗艦は朝潮ちゃんだよ?どういうつもり?」

 

 「簡単よ大潮、私達三人で露払いをするの。」

 

 露払い?窮奇が随伴艦を連れていた場合、三人で随伴艦を引き離す、もしくは倒すつもりなのでしょうか。

 

 「へぇ、満潮ちゃんは、窮奇が艦隊を組んで襲ってくると思ってるのねぇ。」

 

 やっぱりですか、でも相手が艦隊で来るならこちらも艦隊で挑んだ方がいいのでは?

 まるで、分断するか、されるのを前提に話しているみたいに聞こえるのですが。

 

 「相手が大潮たち以上の数で来るかもしれないのに?それじゃあ最悪、各個撃破されちゃうんじゃない?」

 

 「前提が間違ってるわ大潮、窮奇は艦隊で挑んでくるんじゃない。窮奇以外の随伴艦の任務、目的と言ってもいいかしら。それは窮奇とは別なのよ。」

 

 窮奇とその随伴艦は目的が別?

 窮奇の目的はまぁ……予想はつきます……考えたくないですけど……。

 では随伴艦の目的はいったい何?

 

 「規模の予想はついてるのぉ?」

 

 「窮奇を含めて最大で4隻、それ以上はないと思う。」

 

 その根拠は?

 確かに隠密に行動するにはそれが限界でしょうけど、それ以上の規模ですでに私たちの後方に隠れている可能性もありますよ?

 

 「いくらなんでも楽観しすぎじゃないかな、根拠はあるの?」

 

 「もちろんあるわ、窮奇は朝潮と一対一で戦いたがってる。いえ、デートしたいと思ってるからよ。」

 

 窮奇の目的はやはりソレですか……。

 窮奇とデートとかゾッとしますね……確かにそれっぽい事は言ってましたけど……。

 でもどうしてそれが根拠になるのでしょうか。

 

 「それはわかるけどぉ、でも随伴艦が最大で3隻って言うのがわからないわぁ。」

 

 「姉さんが戦った時、そして朝潮が戦った二度の戦い、その全てが邪魔者によって中断してるからよ。」

 

 邪魔者……、先代の時は知りませんが、私が窮奇と相対した二度の戦闘は、どちらもネ級によって邪魔されている。

 一度目はそもそも一対一とは言えないけど、ネ級が誘因して来たこちらの艦隊を察知して窮奇が撤退、二度目はネ級自身が止めに来た。

 と言うか助けられた?

 どちらの戦闘も、私を仕留めるだけなら出来ていたはずだものね。

 

 「ネ級だけじゃ私達三人を押さえられない。かと言って艦数を増やせば、手の空いた奴が朝潮との戦闘を邪魔するかもしれないし、背後に回り込む前にこちらに捕捉されかねない。だから3なの、隠密に行動し、私達を朝潮と分断し、足止めが確実にできる一対一の状況を3つ作るために。」

 

 「大潮たちが四人なのは仕方なくだよ?その事を窮奇は知ってるって言うの?」

 

 「知らないわ、だけど私がネ級ならそうする。アイツが知ってる朝潮の随伴艦の最大数が3なんだから。私たちが4人以上の場合を考えて、窮奇の随伴艦には上位種を選択するくらいはしてるかもしれないけどね。最悪、姫級か鬼級が二隻加わってるかも。」

 

 もし、私たちが駆逐隊以上だった場合を考えてですか? 

 そうすると、姫級以上が3隻にネ級が1隻って事になりますけど……。

 嫌な予想ですね……。

 

 「勘弁してよぉ……もしそうなら一対一で姫級以上とやり合わなきゃいけないのぉ?窮奇が居るから深海化が使えないのよぉ?」

 

 そういえばそうでした。

 そのままでも十分強いとは言え、スペック自体では劣っていますものね。

 数が同数でもこちらが圧倒的に不利、頭が痛くなりそうだわ……。

 

 「前みたいに窮奇の命令で強制停止させられる事はないと思うわ、窮奇は朝潮にご執心だから。」

 

 「随伴艦の姫級がその権限を持ってたらどうするのぉ?私死亡確定じゃない。」

 

 「深海化して姫級以上とやり合って停止させられたのは窮奇の時だけでしょ?心配なら相手の姫級なり鬼級なりに聞いてみたら?」

 

 いやいや、答えないでしょ。

 いくら上位種が人語を解するって言っても素直に答えてくれるとは思えないんですけど……。

 

 「満潮がそう確信できるのはなんで?さっき『私がネ級なら』って言ってたけど、それがその考えの根拠?」

 

 「そうよ、アイツと私は考え方が似てるの。違うのは『部下として仕えるか、仲間として信じるか』これだけよ。」

 

 満潮さんは仲間として私の背中を押し、守り、そして道を切り開いてくれる。

 じゃあネ級は?

 それが部下になるとどう変わるんだろう。

 

 「アイツの最優先事項は窮奇の命、それを守るためなら窮奇に沈められる覚悟もしてる。」

 

 「それだと理屈が合わないよ。窮奇の命が最優先なら……。ああ、だから一対一なのか……。」

 

 「そうよ、普通に考えればわかるでしょ?戦艦と駆逐艦がやり合って戦艦が負けるわけがない。例え随伴艦を伴っていても、駆逐隊で連携して来られるより一対一の方が万が一が起こる可能性は減るわ。それに、守る対象の窮奇自身が朝潮との一対一を望んでいる事も理由の一つ。窮奇の望みを叶え、窮奇が沈められる可能性を減らせるギリギリのラインが一対一なのよ。」

 

 「でもぉ、それなら私たち三人と随伴艦は一対一でやる必要ないんじゃない?」

 

 「さっき言ったでしょ?『確実に足止めするため』って。例えば、三人の内二人が足止めして、残りの一人が援護に向かう事も出来るかもしれない。その可能性も排除したいのよ。」

 

 つまり随伴艦の主任務は場を整える事ですか。

 私と窮奇の決闘を邪魔させないように。

 

 「なるほどねぇ……。理屈はわかったわぁ、でもさぁ……。私たちがわざわざネ級の考えに付き合う必要はないわよねぇ?」

 

 確かに、あっちが一対一での時間稼ぎが目的だからと言ってこちらまで付き合う必要はないわ。

 それに一対一に持ち込まれたとしても……。

 

 「そうだね、一対一に持ち込まれたとしても、とっとと倒して朝潮ちゃんに合流しちゃえばいいんだから。」

 

 そうです、速攻で倒して合流すればいいんです。

 と言うか、大潮さんも荒潮さんも一対一でやる気満々なんですね、相手が姫級以上かもしれないって事は気にしてないみたい……。

 

 「はい決まり、じゃあそういう感じで行くから。朝潮は私達が合流するまで死なないように頑張ってね。」

 

 軽っ!いや、ホント軽すぎませんか!?

 私何も言ってないんですけど!?

 三人だけで決定しちゃってるじゃないですか!

 

 「あらぁ?朝潮ちゃんどうしたのぉ?冷や汗なんか掻いちゃってぇ。」

 

 「い、いえ……別に……。」

 

 冷や汗も掻きますよ、窮奇とやり合うのって精神的に凄く消耗するんですよ?

 物理攻撃と精神攻撃の嵐なんですから、何度も本人に言ってますが本当に気持ち悪いんです。

 もし、これが司令官なら喜んで胸に飛び込むんですが、生憎と女性は対象外ですので窮奇は無理です。

 

 って言うかあの人、愛してるとか言いながら本気で殺しに来てますからね?

 一発でも当たれば即死の砲撃を避けながら、精神攻撃にも耐え続けるってホント大変なんですから!

 

 「察してあげなさいよ荒潮、朝潮は自信がないのよ。ねえ朝潮?」

 

 「え?」

 

 いやいや、別に自信がないわけじゃありませんよ?

 なんなら皆さんが合流する前に窮奇を倒しましょうか?

 私ならきっと出来ます!

 

 「相手は戦艦棲姫だもんね~。無理せず、大潮達が合流するまで逃げ回っててもいいんだよ?」

 

 あ、これ挑発されてますね。

 三人ともニヤニヤして凄く悪い顔してます。

 いいですよ?

 挑発に乗ってあげようじゃないですか。

 逆に窮奇を速攻で倒して皆さんの度肝抜いてあげますよ。

 

 「皆さんこそ頑張ってくださいよ?じゃないと、皆さんの相手も私が取っちゃいますから。」

 

 その前に挑発し返さなきゃ、普段やられっぱなしなんですからこういう時くらい……。

 

 「あっそ、じゃあ随伴艦共もまとめてお願いするわ。部屋で待ってるから終わったら教えてね。」

 

 あ、あれ?どうしてそうなるんです?

 私は挑発したつもりだったんですが……本気だと思われました?

 

 「それじゃもったいないわよぉ。お菓子とジュース用意して朝潮ちゃんの戦いを観戦しましょぉ?」

 

 ちょっ……、ホントにお菓子用意し始めてるじゃないですか、ホントに観戦する気!?

 嘘ですよね?

 早く『冗談よぉ~♪』とか言ってくださいよ!

 

 「双眼鏡もいるね。あ、ヘリがあるらしいからソレに乗って観戦するのはどう?」

 

 あ、これお仕置きですね、生意気言った私へのお仕置きなんですね?

 ごめんなさい!調子に乗り過ぎました!

 だからその辺で勘弁してください!

 

 「冗談よ、これくらいでベソ掻くんじゃないわよ。」

 

 隣に来て慰めてくれるんなら最初からからかわないでくださいよ……。

 

 「やっぱり泣きベソ掻いてる朝潮ちゃんっていいわぁ……。」

 

 なんで恍惚に顔を歪めてるんです?

 窮奇並みの恐怖を感じるんですけど……まだ深海化してないですよね?

 

 「え!?冗談だったの!?」

 

 大潮さんは本気だったんですか!?

 じゃあ、その右手に持ってる内線で連絡を取ろうとしてる先はまさか司令官?

 本当にヘリを借りようとしてたんですか!?

 

 「まあアホは置いといて。アンタは窮奇を倒す事だけ考えなさい。他の雑魚共は私達が片づけてあげるから。」

 

 雑魚って……、窮奇の手の内をある程度知ってる私と違って、満潮さん達は初見の相手と戦うんでしょ?

 しかも満潮さんの予想では姫級以上、私より満潮さん達の方がはるかに危険です……。

 

 「死んじゃ……ダメですよ……?」

 

 「誰に言ってるの?アンタに心配されるほど、私たちは落ちぶれてないつもりだけど?」

 

 満潮さんが私の頭を胸に抱き寄せて撫でてくれる。

 心配なんてしていません、信じています。

 これはただの確認です、皆で生きて帰るための。

 

 「生きて……帰りましょうね。」

 

 皆が当然だと言うような顔で私を見て来る。

 そうですよね、当然ですよね。

 皆の頭に負けるなんて考えは微塵もない、勝つことだけ。

 

 「もちろん!アゲアゲで帰りましょう!」

 

 そうですね大潮さん、私たちは勝って帰るんです、沈んだテンションで帰るなんてありえません。

 

 「当たり前でしょ。負けるなんて論外なんだから。」

 

 わかってます満潮さん、私たちは司令官虎の子の第八駆逐隊、勝って当たり前です。

 

 「もちろん、全員一緒にねぇ。」

 

 ええ、一緒に帰りましょう荒潮さん、敵に勝って、作戦を成功させて、そして大手を振って帰りましょう。

 司令官の元に、私たちの鎮守府(おうち)に。

 鎮守府(おうち)に帰るまでが作戦(遠足)なのですから。

 

 「ところでぇ……、ねえ朝潮ちゃん?帰ったら司令官とデートとかしないのぉ?」

 

 「え……どうでしょう……。」

 

 そりゃしたいですよ?

 そういう約束はしてないですけど……。

 

 「荒潮の魂胆はわかったよ……朝潮ちゃんと司令官のデートを覗き見してニヤニヤする気だね!場所はどうする?」

 

 は?覗き見?

 趣味悪いですよ!

 もしその……キ、キスとかする雰囲気になったらどうするんですか、それも見る気ですか!?

 

 「デートの時くらい二人っきりにしてあげなさいよ……。カメラも要るわね!」

 

 撮影までする気!?

 止めるのか便乗するのかどっちかにしてください! 

  

 「楽しみだわぁ、とっとと敵を倒して帰りましょう?」

 

 「明日まで待ちなさいよ荒潮、それよりある程度作戦練っとかない?」

 

 あ、デートを覗き見するのは確定なんですね……。

 いいですよ?皆さんがそれでやる気が出るなら。

 でも責任は取りませんからね?

 私と司令官の熱々っぷりを目の当たりにして火傷しても知りませんから!

 

 「下着にも拘らなきゃね……大潮の勝負下着貸してあげようか?」

 

 「大潮ちゃんの勝負下着って黒のTバックでしょぉ?朝潮ちゃんには早いんじゃないかしらぁ……。」

 

 大潮さんそんなの持ってるの!?

 意外すぎてビックリしましたよ!

 誰と勝負するつもりでそんなの買ったんですか!?

 そこが一番気になるんですけど!

 

 「いや、やっぱ白でしょ、朝潮は白以外あり得ないわ。妥協して水色!」

 

 そうですよね!

 さすが満潮さん、私の下着の好みをわかってらっしゃる!

 まあ、黒のTバックとかも興味はありますが、それはもうちょっと大きくなってからでいいです!

 司令官の好みじゃないかもしれませんし!

 

 「意外性は大事だと思うなぁ。清楚でいかにも優等生って感じの朝潮ちゃんを剥いてみたら黒のTバック。ギャップが凄いよ!」

 

 剥くとか言わないでください大潮さん。

 何を剥くんですか?服ですか?

 甘栗剥いちゃいましたみたいに言わないでください。

 

 「ところで、なんで下ばっかりで上の話が出てこないんですか?ブラは必要ないと?」

 

 「「「…………。」」」

 

 なんとか言ってくださいよ!

 なんで三人とも無言で目逸らしてるんです!?

 

 「あ、朝潮ちゃん……ブラジャーはね……胸の形を保つのが主な役割でね……その……。」

 

 「それ以上言っちゃダメよ大潮!無いんだから!朝潮には形を保たなきゃいけない程無いんだから!!」

 

 「言ってますよね!?私が気にしてる事ズバッと言いましたよね!?」

 

 満潮さんだって似たような物じゃないですか!

 なんでそんな酷い事言うの!

 

 「擦れるのを防ぐためならバンソーコーでもいいしねぇ……。あ!それでいいんじゃない?下手な下着よりエロいわよぉ?」

 

 「黒Tバックにバンソーコーか……、それなら下もバンソーコーでいいんじゃない?」

 

 「満潮ちゃん……ナイスだわ!それで行きましょう!」

 

 どれで!?

 ただの痴女じゃないですか!

 嫌ですよそんなの、痒くなりそうじゃないですか!

 どこがとは言いませんけど……。

 

 「あ、あの……明日の作戦の話だったんじゃ……。」

 

 「そんなのどうでもいいのよ!アンタの勝負下着をどうするかの方が大事でしょ!」

 

 いや、それこそどうでもいいですよ、白でいいですよ。

 純白が一番ですよ。

 

 「もういっそノーパンとかどぉ?脱がす手間が省けるわよぉ?」

 

 バンソーコーより嫌ですよ!

 スースーするじゃないですか、そっちの快感に目覚めたらどう責任取ってくれるんですか!

 

 「わかってないね荒潮は、男は脱がせる過程も楽しみたいんだよ!むしろ脱がした後はオマケなんだよ!」

 

 大潮さんはまるで男性の嗜好をわかってるように語りますが、もしかして男性経験があるんですか?

 私たちが知らないだけで付き合ってる人がいるんですか?

 

 これはもう作戦の話にはなりませんね。

 またTバックがいいか白の下着がいいかの議論を始めてますよ。

 最初の真面目な雰囲気が影も形もありません。

 

 私の緊張をほぐそうとしてくれてるんだろうけど……。

 いや、楽しんでますね。

 これ素だわ、完全に通常営業です。

 円陣組んで座って本気で作戦を練り始めましたよ、しかも当事者である私抜きで。

 

 でも、お姉ちゃんたちの思惑はともかく、眠気に襲われだした私の横でお姉ちゃんたちが悪だくみする、鎮守府(おうち)でのいつもの光景をここでも見れるとは思っていませんでした。

 

 やっぱり、普段と変わらない光景を見たら落ち着きますね。

 これなら寝れそうです。

 

 眠りに着こうと目を閉じた私の脳裏に浮かぶのは、現在の光景であり未来の光景。

 楽しい事ばかりじゃない事はわかってる。

 悲しい事があるのもわかってる。

 だから生きて帰らなきゃ。

 死んだら楽しむ事も、悲しむ事も出来ないんだから。

 

 そのためには勝たなければ。

 窮奇に勝たなければ。

 窮奇と戦うのはこれが三度目、三度目の正直だ。

 

 この戦いを最後にしよう、私と窮奇が敵としてまみえる最後の戦いにしよう。

 窮奇にならって言うならこんな感じでしょうか……。

 

 私と窮奇が踊る最後のダンス……。

 

 そう……。

 

 私と窮奇の、ラストダンスです。  

 



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ハワイ島攻略戦 1

ーーーーAM 06:00

 

 夜が明ける、水平線が徐々にオレンジ色に染まり始めた。

 もうすぐ米軍による攻撃が開始されるだろう、そうすればこちらも行動開始だ。

 不気味なほど敵の策敵機や哨戒する艦隊に出会わないのが気になるが、作戦開始までに捕捉されなかった事を幸運に思おう。

 今だけは神とやらに感謝してやってもいい、ハワイまで40海里の位置まで来ても捕捉されなかったのだから。

 

 「緊張してんのかい?」

 

 艦長席に座る艦長が帽子の鍔をクイッと上げながら、隣の席に座る私を覗き見る。

 緊張?そりゃあ緊張もするさ。

 数年がかりで準備し、装備と人員を整え、万全を期して挑める贅沢な作戦。

 

 贅沢すぎて逆に不安になる、わずかな可能性すら潰したつもりだが安心など片時も出来ない。

 だが、私が緊張を顔に出すわけにはいかない。

 下の者に私の緊張が伝わってしまっては大事な所でミスをしかねないからな。

 

 「そう……見えますか?」

 

 「いんやぁ?ワシが知っとる太々しいお前ぇさんだよ。今のはまあ……社交辞令って奴だ。」

 

 貴方が社交辞令とは驚きましたね。

 そういうのはしない人だと思っていたのに。

 

 「米軍の様子は?」

 

 「今だ連絡はありません。」

 

 私の問いに、左前方の通信席に座るオペレターが返答する。

 彼女も私の部下になって長いな、配属されたのはたしか……横須賀事件の半年前くらいだったか。

 

 「機関出力を上げとけよ、米軍の攻撃開始と同時にこちらも動くからなぁ。」

 

 艦長が機関室と連絡を取り出力を上げさせる。

 作戦開始の予定時刻まであと10分足らず……。

 米軍が先に仕掛け、東側に敵の目を向ける当初の予定が上手くいきそうなのは僥倖だ。

 作戦開始までに、こちらも捕捉くらいはされると思っていたんだが……。

 

 まさかとは思うが……西はまったく警戒されていないのか?

 米軍は捕捉されるのを前提で動いているはずだ、しかも艦娘100名と輸送艦数隻からなる大艦隊で。

 

 そんな艦隊が正面から堂々と来れば、私なら背後や側面からの奇襲を警戒するが……。

 

 「敵さんは慢心してるのかねぇ、ハワイ島を攻めるのはこれが初なんだろ?」

 

 「ええ、ですがハワイは太平洋側最大の棲地です。慢心して警戒を怠っているとは考え辛いのですが……。」

 

 本当に慢心しているのか?

 それとも西側は攻められないと思っているのか?

 今だワダツミは航行を続けている、速度は上げていないがそろそろ35海里を切る。

 それなのに敵策敵機が一機も見当たらない、護衛艦隊から潜水艦発見の報告もない。

 私が慎重すぎるのか?

 

 「米軍より入電!米軍艦隊、攻撃を開始しました!」

 

 オペレーターから米軍が狼煙を上げた報告が入る。

 悩んでる暇は無くなったな。

 

 「艦長、15海里までワダツミを進めろ。同時に、艦内及び護衛艦隊へ第二種戦闘配置から第一種戦闘配置への移行を通達、作戦開始だ。」

 

 「おうよ!ワダツミ、最大船速!かっ飛ばせ!」

 

 艦内に警報が鳴り響き、オペレーターが第一種戦闘配置への移行を告げる放送が流れる。

 出撃ドックでは艦娘達が、出撃の合図を今か今かと手ぐすね引いて待っているだろう。

 

 「ハワイ島までの距離、およそ21海里です。」

 

 「よぉっし!ワダツミ減速!15ノットまで速度を落とせ!」

 

 オペレータの報告を聞いて艦長が指示を出すと、ワダツミがゆっくりと速度を落とし始めた。

 このままゆっくりと進みつつ、15海里に到達する前に艦娘を出撃させる。

 さあ、戦闘開始だ。

 

 「両舷、カタパルト展開。少佐、第一前衛艦隊と対潜部隊を出せ。鳳翔、後部出撃ドックから第一機動部隊を。」

 

 「了解であります!」

 

 「承知しました。」

 

 少佐と鳳翔が通信で指示を出し、艦娘達が出撃して行く。

 それなのに、まだ敵艦載機が見えない。

 今だハワイは水平線の向こう側だが、ここまで堂々と動いているのに敵の反応がないとはどういう事だ?

 まさか本当に警戒すらしていなかったのか?

 

 「レーダーに反応は?」

 

 「ありません、敵からのレーダー波も皆無です。」

 

 「おいおい……マジかよそりゃ……。」

 

 艦長が驚くのも無理はない、艦隊の第一陣が出撃してすでに30分、敵が哨戒していればとっくに捕捉されていてもいい頃だ。

 それなのにここまで無警戒とは……敵を過大評価しすぎていた?

 

 「少佐、前衛艦隊から会敵の報告は?」

 

 「ありません、報告ではすでに10海里を切っているとの事ですが……。」

 

 「鳳翔、機動部隊は何と言っている?」

 

 「現在、策敵機をハワイ上空に向かわせて……あ、少々お待ちください!」

 

 なんだ?鳳翔の顔が驚愕しているように見えるが……。

 まさか、すでに我が方は包囲されている?

 無警戒を思わせての包囲殲滅が敵の狙いだったのか?

 だとしたら大問題だが……。

 

 「ええ、それは本当なのね?……いえ信じないわけではないの……ええ、念のため索敵範囲を広げて。うん……お願いね。」

 

 「どうした?すでに包囲でもされていたか?」

 

 「いえ……それが……。」

 

 どうしたと言うのだ?

 鳳翔にしては歯切れが悪い、君が動揺するほどの報告とはいったいどういった内容なのだ?

 

 「信じられない事ですが……敵は艦隊を展開していませんでした。こちらの策敵機に気づいてようやく展開をはじめた様子です。」

 

 「んなバカな!哨戒すらしてなかったってぇのか!?」

 

 開いた口が塞がらない、私が思わず言ってしまいそうになったセリフを艦長が先に言ったのが主な原因だが……。

 

 「事実です、念のため索敵範囲を広げさせましたが……。」

 

 敵は本当に慢心していた?

 いや、これはもう慢心と言っていいレベルじゃない、ただのバカだ。

 ここは太平洋側最大の棲地ではないのか?

 その棲地がここまで無防備だったとは……。

 

 「少佐、第二前衛艦隊も出せ。鳳翔、第二機動部隊もだ、ただし艦攻を優先装備に変更。第一機動部隊で制空権を確保しつつ、第二機動部隊で前衛艦隊を支援だ。出撃してくる端から叩き潰せ。」

 

 敵が艦隊を出していないからと言って遠慮してやる義理は無い。

 今から艦隊を展開では逐次投入しているのと同じだ、しかもあちらはワダツミのような艦隊を即時に展開できるカタパルトがない。

 これならば、序盤は展開しようとする端から潰す事も十分可能。

 

 「辰見、予定変更だ。第一、第二水上打撃部隊を出せ、両飛行場姫を牽制しつつ、雑魚を片付けさせろ。」

 

 「了解、思ったより楽にいけそうですね。」

 

 「油断するのはまだ早い、敵の総数は不明だからな。」

 

 とは言ったものの……、想定外だが奇襲は完全に成功。

 今の状況では敵はまともに反撃できない、だが予定は多少変更しても計画通り事は進める。

 中枢棲姫の首を、確実に獲るために。

 

 「第二機動部隊より入電、『我、敵第一陣ノ掃討ニ成功セリ』です。」

 

 「対潜部隊からも入電であります。『潜水艦ノ影、今ダ無シ。指示ヲ乞ウ。』であります。」

 

 「対潜部隊にはそのまま警戒を続けさせろ。鳳翔、敵の策敵機はどうだ?」

 

 「上がってくるのは艦戦と艦攻ばかりのようです、島の南側まで敵影無し。本当に信じられないです……。」

 

 まったくだ、しかも一撃目で敵の第一陣を掃討?

 上手く行き過ぎて逆に恐ろしくなるではないか。

 奇兵隊を出すなら今か……?南側に敵影はないと鳳翔は言っていたが……。

 考えろ、まったく予期していなかった状況で攻撃を受けたらどうなる?

 我々は正面から堂々と攻撃している、ならばまずは正面をどうにかしようとするはずだ。

 攻撃されて、慌てて艦隊を展開してるような奴が側面からの奇襲、ましてや島への侵入を警戒するだろうか。

 いや……、しない!

 

 「少佐、敵の抵抗は?」

 

 「艦載機の攻撃をすり抜けた敵が艦隊を組みなおして抵抗していますが、前衛艦隊だけでどうにかなっています。潜水艦の影は今だ無し。」

 

 「ふむ、鳳翔。機動部隊の方は?」

 

 「制空権は確保、敵の目は一つ残さず潰すように指示しています。第二機動部隊も前衛支援を継続中です。姫級、鬼級も確認されていますが、今のところ完全にこちらが有利です。」

 

 「辰見、水上打撃部隊はどうだ?」

 

 「飛行場姫の装甲が通常の個体より硬い以外は問題ありません。ただ、随伴艦隊の子達が暇を持て余しています。前衛艦隊の支援に向かわせますか?」

 

 「今は向かわせるな。この状況が続くようなら随伴艦隊を前衛艦隊の交代に回す。」

 

 「了解しました。」

 

 困った……順調すぎて逆に計画が狂いそうだ。

 まさか東側もこのような感じなんじゃないだろうな。

 

 「どうすんだい提督、奇兵隊に首まで狙わせる必要はねぇんじゃねぇかい?」

 

 艦長の言う通り、このままなら奇兵隊にはギミック破壊だけさせて真っ当に攻略した方が早い気がする。

 だが、だからと言って油断して痛い目を見るのはご免だ。

 私の考えすぎならそれでいいが、この状況が敵の作戦だったら目も当てられない。

 

 「米軍側の状況はわかるか?」

 

 「詳しい事は……ただ、攻撃開始前に送られて来たデータによりますと、敵東側艦隊は米軍の二倍近く、こちらと違って迎撃態勢も整えていたようです。」

 

 ふむ、オペレーターの言う事が確かなら、敵は米軍の陽動に見事に引っかかった事になる。

 戦力を東側に集中し、西側からも攻められるとは思っていなかったのだろう。

 だが、米軍が二倍の戦力を相手にしているなら万が一もあり得る。

 米軍が負ければ、下手をすると我々は三方から攻撃を受けることになるのだから。

 やはり……作戦は予定通り行う。

 

 「神風に予定通り出撃しろと伝えろ。長門と金剛、それと米軍にも通達、『島への一斉砲撃は予定通り』とな。」

 

 「了解しました。」

 

 私の指示をオペレーターと辰見が伝え始める。

 この調子なら島への侵入はすんなりと行くだろう、島内の敵の数が気がかりではあるが。

 今の状況なら東、もしくはこちら側へ戦力として投入している可能性もなくはない。

 

 「鳳翔、ワダツミ後方に索敵機を飛ばす余裕はあるか?」

 

 「出撃中の機動部隊にはありませんが、私か海上で指揮中の龍驤なら可能です。」

 

 「龍驤にやらせろ、窮奇を捕捉するまでワダツミ後方30海里の範囲を索敵だ。」

 

 「承りました。」

 

 空いた艦隊を朝潮たちに回してやりたいところだが……。

 難しいな、有利に事を運べているとは言っても敵の数に底が見えない。

 物量戦に持ち込まれれば、こちらの余裕も無くなるだろう……。

 やはり北に回した呉艦隊が惜しまれる、元帥殿の考えも理解しないではないのだが……。

 

ーーーーAM 08:00

 

 「少佐、前衛艦隊の状況は?」

 

 「依然、有利に戦闘を続けておりますが、単純に数が厄介です。押されはしていませんが押し込む事も出来ないと言った感じでしょうか。」

 

 戦線が膠着してきたな。

 結界などと言う厄介な物さえ無ければ、奇襲が成功した時点で詰みだったものを……。

 

 「前衛艦隊に、余裕がある内に補給と休息をさせろ。辰見、随伴艦隊との交代は可能か?」

 

 「可能です。すり抜けて来た敵の数を考えても、主力艦隊だけで飛行場姫の牽制、及び迎撃も可能です。」

 

 「わかった、第一、第二前衛艦隊を第一、第二随伴艦隊と交代させて補給に下がらせろ。」

 

 作戦開始から2時間も経てば、敵も態勢を整えるか……。

 歯痒いな……。

 それでも艦隊をローテーションさせる余裕があるのは良い事だが、どうにも踊らされてる感がある。

 有利な事が不安で仕方ない、物資も人員もギリギリ以下の作戦の方が落ち着くような気さえする。

 

 「奇兵隊からの連絡は?」

 

 「ありません。今だ無線封鎖を継続中の模様です。」

 

 オペレーターからの返答は淡々としたもの。

 もうちょっと感情を込めて言えばいいのにと思わなくも無いが、今の不気味な状況ではそちらの方が私を安心させてくれる。

 

 「お嬢たちはそろそろ隊を分けてる頃だな。やっぱり心配かい?」

 

 「愚問ですよ艦長、大事な娘ですので。」

 

 「お前ぇさんが心配ねぇ……。しばらく見ぇ間に、随分と人間らしくなったじゃねぇか。いや、戻ったと言った方が良いか?」

 

 そうだろうか、私の胸中は今も深海棲艦への恨みで満ちている。

 それでもそう見えると言う事は、間違いなく彼女のおかげだろう……。

 

 「好きな女でもできたか?」

 

 好きな女……か。

 そうだな、私は朝潮に惚れている。

 私への好意を隠そうともしない朝潮に。

 私の命令を愚直に遂行しようとする朝潮に。

 私との約束を守ろうとする朝潮に。

 私を……救ってくれた朝潮に……。

 

 いかんな、作戦中だと言うのについ物思いに耽ってしまった。

 

ーーーーAM:09:30

 

 「提督、第一機動部隊が補給を求めています。下がらせてよろしいですか?」

 

 第一陣が出撃して3時間ほどか、確かに補給が必要になる頃だ。

 

 「わかった。少佐、前衛艦隊は出れるか?」

 

 「第一、第二共に出れます。」

 

 「ならば両前衛艦隊と両随伴艦隊を交代させろ。鳳翔、機動部隊の補給が済むまで龍驤に指揮権を委譲し、護衛艦隊が動ける範囲内から制空を支援しろ。」

 

 「承知しました。」

 

 「暴れすぎるなよ?あくまで支援が君の役割だ。」

 

 「わかっております。ですが……艦載機と間違えて敵艦を沈めてしまった時はご容赦を。」

 

 間違える?

 間違えたふりをして沈める気だろう?

 昔のように目がギラついているじゃないか、普段の君しか知らない子が見たら泣いてしまいそうだぞ。

 

 「構わん、君の裁量で好きにして良い。」

 

 「ありがとうございます。それでは少々出かけて参ります。」

 

 鉄火場の血生臭さなどとは縁が無いような丁寧なお辞儀をして鳳翔がブリッジを出て行った。

 

 だが、その身に纏っていたのは私ですら寒気を感じるほどの殺意、『つるべ落とし』に食い散らかされる敵に少し同情してしまったよ。

 

ーーーーAM 10:30

 

 「少佐、対潜部隊にまだ余裕はあるか?」

 

 「潜水艦の数が少ないので弾薬は余裕があります。燃料も……あと1時間は楽に戦闘が継続できるほどあります。」

 

 一斉砲撃開始はヒトサンマルマルそれまでにローテーションを一巡させておきたいな。

 この際、こちらの状況を少しまとめておくとするか。

 

 まずミッドウェー、ジョンスン及びハワイ島から出撃して来た敵の総数はおよそ100隻。

 内、約二割は第二機動部隊の初撃で撃破済み。

 第二機動部隊と鳳翔のおかげで、第一機動部隊を下がらせた今でも制空権は我が方にある。

 

 第一、第二主力艦隊は両飛行場姫、及びその直衛の艦隊と交戦中。

 燃料、弾薬はまだ保つはずだが、早めに補給をさせたいところではある。

 

 第一、第二前衛艦隊及び対潜部隊は、両主力艦隊のほぼ中間地点でハワイ島から出撃して来た艦隊と交戦中。

 第二機動部隊の支援はあるが、ほぼ拮抗状態。

 

 現在補給中の第一、第二随伴艦隊及び第一機動部隊は補給が済み次第、それぞれ第一、第二主力艦隊、第二機動部隊と交代させる予定だ。

  

 これ以上敵の増援がなければ正面は問題ない。

 問題は背後、満潮が予想した窮奇による襲撃がいつ行われるかだ。

 

 「龍驤より入電!ワダツミ後方、20海里付近にて敵艦隊を捕捉!こちらに向け進行中です!」

 

 「数は?」

 

 噂をすればこれだ、しかも艦隊だと?

 数によってはローテーションを崩してでも艦隊を増員する必要が出てくるが……。

 

 「戦艦水鬼1重巡ネ級1駆逐棲姫2です!」

 

 「『水鬼』?棲姫の間違いではないのか?」

 

 オペレーターの報告に思わず疑問を投げかけてしまった。

 たしかに、戦艦棲姫の上位種に戦艦水鬼がいることは確認されている。

 今迫っている戦艦水鬼は窮奇なのか?艦娘のように改装を受けて水鬼に進化したと言う事だろうか……。

 

 「間違いありません、『隻腕の戦艦水鬼』との事です。」 

 

 隻腕……窮奇でほぼ確定か。

 深海棲艦も改装で強化されると言う、当たらなくてもいい仮説が当たってしまったな。

 

 「少佐、艦隊を回す余裕は?」

 

 「残念ながら補給が間に合いません……。奇しくも、3年前と似たような状況であります……。間に合ったとしても、背後に艦隊を回すと作戦が滞る可能性が出て来ます。」

 

 やはり迎撃に向かわせられるのは第八駆逐隊だけか、まったく……相変わらず嫌なタイミングで襲撃してくる奴だ。

 数は同数でも性能に差が有り過ぎるのが問題だな、本来なら連合艦隊挑むべき相手に、駆逐隊だけで向かわせなければならないとは……。

 

 「君、朝潮に繋いでくれるか?」

 

 「了解しました。お手元の受話器に繋ぎます。」

 

 私はオペレーターに言われるがまま、肘掛けに取り付けられた白い受話器を耳に当てる。

 響いているのは朝潮を呼び出す電子音、このまま朝潮が出てくれなければいいのにとも思ってしまう。

 そうすれば……。

 いや、それは彼女への侮辱になるか……。

 

 『はい、朝潮です。』

 

 3コール目で朝潮が出た。

 何の要件かわかっているようだ、声に確信と決意がこもっている。

 

 「窮奇がネ級1隻駆逐棲姫2隻を伴って背後から進行中だ。窮奇自信も水鬼に強化されている。」

 

 『……想定の範囲内です。問題ありません。』

 

 ほう、姫級を伴って来ることも、窮奇が強化されている事も想定していたのか。

 大方、想定したのは満潮だろう。

 

 「補給が終わり次第、援護の艦隊を出すことも出来るが……。必要か?」

 

 嘘だ、そんな余裕は無い。

 だからそう慌てるな少佐、これは儀式だよ。

 私が朝潮を送り出すための。

 

 『必要ありません、むしろ邪魔です。』

 

 ああ、わかっている。

 君ならそう言うだろう、慢心からの自信ではない。

 君は自分に厳しいからな、その君が必要ないと言うんだ、自分と仲間たちなら勝てると信じて。

 

 そしてあのセリフを言うのだろう?

 君が自分を鼓舞し、私のために戦う決意を再確認するあのセリフを。

 

 『司令官、ご命令を!』

 

 3年前、私は彼女が死ぬ事をわかった上で出撃を命じた。

 彼女が生きて帰る事を諦めていたように、私も彼女が生きて帰ってくる事を諦めた。

 

 だが今回は違う、朝潮は必ず帰ってくる、窮奇を倒し、随伴艦も倒し、第八駆逐隊の4人で勝利を引っ提げて帰ってくる。

 朝潮が諦めないのなら私も諦めない、君たちは安心して窮奇艦隊に挑むといい。

 正面は気にするな、絶対に抜かせはしない。

 君の背中は私が守ろう。

 

 「第八駆逐隊に窮奇艦隊迎撃を命ずる。行って来い!」

 

 『了解しました!いってきます!』

 

 『いってきます』か……。

 あの時とは逆だ、君は行って帰ってくる。

 君が帰ってきた時の第一声は決まったよ。

 ああ……言うのが楽しみだ。

 やっと言う事が出来る。

 あの時言う事が出来なかった『おかえり』を……。

 

 彼女の分まで君に言おう、3年分の想いを込めて……。

 3年越しの『おかえり』を……。



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窮奇迎撃戦1

 外から砲撃や爆撃の音がワダツミの艦内まで響いてくる、すでに作戦開始から4時間半。

 そろそろ、艦隊のローテーションが一巡する頃でしょうか。

 

 「窮奇、来ないね……。このまま来なければいいのに」

 

 いや、窮奇は来ますよ大潮さん。

 私の中で確信に近い予感がしている、彼女が来ないはずはない。

 だって、私がここに居るのですから。

 

 「今度こそ、仕留めないとね。あんなバケモノと何度もやり合うなんてご免よ、主に朝潮が」

 

 まったくその通りです満潮さん。

 窮奇に挑むのはこれで三度目、しかも国の命運をかけた大作戦の最中、私たちが負ければ奴はそのまま、司令官のいるワダツミを襲うでしょう。

 それだけはさせちゃいけない。

 

 プルルルルルル……。

 

 後部出撃ドックの待機室にある電話が鳴った。

 きっと司令官だ。

 司令官が電話をかけてきたと言う事は彼女が来たと言う事。

 そう、窮奇が来たんだ。

 

 「はい、朝潮です」

 

 なんとか3コール目で出れた。

 変に聞こえてないかな、声とか上ずってないですよね?

 

 『窮奇がネ級1隻駆逐棲姫2隻を伴って背後から進行中だ。窮奇自信も水鬼に強化されている』

 

 満潮さんが言った通りですね、窮奇が強化されているのは予想外ですが……。

 

 「……想定の範囲内です。問題ありません」

 

 そう、問題ない。

 窮奇が強化されていようと問題ない。

 倒す事に変わりはないのですから。

 

 『補給が終わり次第、援護の艦隊を出すことも出来るが……。必要か?』

 

 嘘ですね、そんな余裕は無いはずです。

 先ほど、三艦隊ほど戻ってきましたが皆さん疲労の色が出始めていました。

 今はまだいいでしょうが、ローテーションを崩せばどこかに無理が出てきます。

 そしてそれは、作戦の失敗にも繋がりかねない。

 

 私の覚悟を確認したいのでしょう?

 援護の艦隊がなくても、私がやれるか確認したいのでしょう?

 貴方が求めている私の答えはきっと……。

 

 「必要ありません、むしろ邪魔です」

 

 そう、邪魔です。

 慢心して言ってるのではありません、私達なら、いえ、今の私なら出来る。

 私には今まで出会ってきた人たちの全てが詰まってるんですから。

 誰にも渡すものか、窮奇は私の手で討つ事に意味があるんだ。

 先代を亡き者にして貴方を深く傷つけた窮奇を、同じ朝潮である私が討ち果たす。

 それで少しは貴方の心の傷も癒えるはず。

 

 だから私に命令してください。

 朝潮と言う名の復讐の刃を解き放ってください。

 貴方のご命令なら、私は何でもできます!

 

 「司令官、ご命令を!」

 

 貴方の不安は私が取り除きます。

 だから貴方は前だけ見ていてください。

 貴方は私が守ります!

 

 『第八駆逐隊に窮奇艦隊迎撃を命ずる。行って来い!』

 

 「了解しました!いってきます!」

 

 貴方に悲しい思いはさせません。

 私は先代とは違う、私は生きることを諦めない、必ず戻ります。

 必ず帰ってきます、貴方の元へ。

 

 「さあ行きましょう!」

 

 「アゲアゲで行っきまっすよ~♪」

 

 「三人ともしくじるんじゃないわよ?」

 

 「うふふっ♪暴れまくるわよぉ~♪」

 

 私たちは待機室から出て出撃ドックへ向かう、三人とも緊張はしてないみたい、それどころか自信と余裕に満ちている。

 さすがは歴戦の駆逐艦ですね。

 三人を見ていると、私までこの状況を楽しんでしまいそうになります。

 

 『第八駆逐隊各艦、準備はよろしいですか?』

 

 艤装を装着して、3メートル程の滑り台状のカタパルトの頂点に並んで立った私たちに、ブリッジに居るオペレーターがスピーカー越しに声をかけて来た。

 さあ、出撃の時間です。

 

 「はい、問題ありません」

 

 『了解、注水開始。カタパルトスタンバイ』

 

 オペレータの指示で滑り台に海水が流れ始め、後部ハッチに向けて流れていく。

 ザァァァどころかドドドドって感じで流れてますね、幅約70センチ程のなだらかな滝が同じくらいの間を空けて等間隔に六つ、その内両端の二つを除いた四つに私たちは立っています。

 あとは、満潮さんから順に射出されるだけ。

 

 『了解、それでは抜錨シークエンスに移行します。各艦はカタパルトへ』

 

 言われた通りにカタパルトと主機を接続、足が動かないのが少し不安ですね。

 最初に射出される満潮さんは余裕そうです。

 前を見据えて腰に手を当ててます。

 

 『後部カタパルトハッチ解放、進路クリア。これより順次抜錨を行います』

 

 隊列に沿った順番でカタパルトが滑り台に移動して行く、満潮さん、大潮さん、荒潮さん、私の順だ。

 

 『射出タイミングを満潮に譲渡します。DD-087 満潮、抜錨どうぞ』

 

 「了解!満潮、出るわ!」

 

 カタパルトが、満潮さんの操作で海水を切り裂きながらハッチに向かって直進して行く。

 何度見ても凄い速度ですね、この時点で私たちの最高速度に達してるんじゃ……。

 次は大潮さんか、見るからにテンション上がってますね。

 訓練の時もやたらとハイテンションでしたし……もしかして気に入ってます?

 

 「次は大潮です♪ドキドキしますねこれ♪」

 

 ドキドキと言うかワクワクしてますよね?

 カタパルトで固定された足を軸にして左右にリズム取ってるじゃないですか。

 

 『射出タイミングを大潮に譲渡します』

 

 「はい!いただきました!」

 

 元気よく右手を上げて返事をする大潮さん、アゲアゲは最高潮みたいです。

 

 『進路変わらず異常なし、DD-086 大潮、抜錨どうぞ』

 

 「駆逐艦大潮!いっきまっすよぉ~!」

 

 両手を横に広げて、『やっほぉ~♪』と言いながら打ち出されて行きましたが……。

 大潮さんは絶叫マシンではしゃげる人なですね。

 次は荒潮さんですけど……大潮さんとは違って不敵な笑みを浮かべていますね。

 違う意味でテンションが上がってそうです。

 

 『続いて DD-088 荒潮、抜錨どうぞ』

 

 「荒潮、華麗に出撃よぉ~♪」

 

 なんか……『あはははははははは~♪』って笑い声が聞こえて来たんですけど……。

 深海化してませんよね?深海化にはまだ早いですよ?

 

 『続いて朝潮の抜錨を開始します、準備はよろしいですか?』

 

 「はい、大丈夫です」

 

 『了解しました、今度は無事のご帰還を祈っています』

 

 今度は?この人は先代の最後を知ってる人?

 まあいいか、帰ってから聞けばいい事です。

 

 『視界良好、進路オールグリーン。DD-085 朝潮、抜錨どうぞ。ご武運を……。』

 

 「はい!第八駆逐隊、旗艦朝潮!出撃します!!」

 

 カタパルトの操作と同時に体に急激なGがかかる、気を抜けば後ろに吹き飛ばされそうだわ。

 射出で最高速度近くまでついた勢いを殺さないように海面を滑るように航行を開始、先行していた三人に後について単縦陣を組む。

 

 「さあ行きましょう!ワダツミには指一本触れさせません!」

 

 「「「了解!」」」

 

 司令官が居るワダツミが後方へ遠ざかって行く。

 司令官とのしばしのお別れ、次にお会いする時は勝利と言う名の花束と共にです。

 

 

ーーーーAM 11:30

 

 抜錨から約一時間、窮奇もこちらに向かっているのだから、そろそろ見えてもいい頃だ。

 

 「そろそろ目視で確認できてもいい頃ですけど……。ワダツミから何か情報は?」

 

 「特にないわ、策敵機は落とされちゃったみたい。自分を発見させれば用済みって事でしょうね。」

 

 私の問いに先頭の満潮さんが答える。

 先に発見して先手を取りたかったですが、私たちが装備している小型電探が窮奇捉えるより、窮奇が私たちを捕捉するのが先でしょうね。

 先手は諦めるしか無いか……。

 

 「電探に感あり!数は4、窮奇の艦隊だよ!2時方向!」

 

 出撃時とは一転して、凛々しい声で窮奇を捕捉した事を大潮さんが伝えてくる。

 

 「いよいよねぇ。燃えて来たわぁ♪」

 

 私たちが、大潮さんの言った方向へ舵を取ろうとした瞬間、水平線がチカッと光り、その数秒後に……。

 

 「回避!面舵!」ドン!

 

 満潮さんの指示とほぼ同時に砲撃音、この音は散々聞いて覚えてる。

 窮奇の主砲、戦闘開始だ。

 

 「目視で確認!距離約5000!窮奇の前方2000に重巡ネ級!その後ろに駆逐棲姫2!」

 

 私たちは舵を右に切り砲弾を回避、左後方に上がった水柱を尻目に窮奇艦隊を前方に捉え、それと同時に満潮さんが、弾道から窮奇の位置を把握、大凡の距離を算出した。

 

 「ネ級は私が相手するわ。あっちもそのつもりだろうし。」

 

 「あ~弱い方取った~!満潮ずっこい!」

 

 「うっさい!アンタらは改二改装受けてるでしょうが!文句言わずに強い方とやってなさい!」

 

 ドン!ドン!ドン!

 

 満潮さんと大潮さんの軽い口論をかき消すようにネ級が砲撃開始。

 でも、この砲撃は当てる気がなさそうね、全部デタラメな場所に着弾してます。

 窮奇は……砲撃してこない、きっとネ級が満潮さん達を分断するのを待ってるんだわ。

 

 「散開!一番最後に合流した奴は、帰ってから甘味を奢らせてやるから!」

 

 「りょうか~い♪行くわよぉ~♪」

 

 「大潮はお金無いから最後はやだー!」

 

 満潮さんが右へ、大潮さんと荒潮さんが左方向へ別れた。

 遠目に、ネ級が駆逐棲姫達に指示を出してますね、あ、ネ級が満潮さんの方へ行った。

 駆逐棲姫達は大潮さんと荒潮さんの方へ。

 やはりあちらの目的は私たちの分断でしたか、満潮さんの予想した通りでしたね。

 むしろネ級の方が慌てているように見えます。

 

 あちらは、まさか私たちの方から別れるとは思っていなかったのでしょう。

 最初から分断される事を念頭に置いているのと、そうでないのとでは対応が変わりますものね。

 

 『うわっ!堅っ!やっぱ堅いよこの子!』

 

 通信から大潮さんの悲鳴じみた声が響く。

 まあ、駆逐艦とは言え姫級ですからねぇ……。

 

 『あらぁ、堅い方がいいじゃなぁい?こういう堅い奴をぉ、ジワジワ削ってぇ、潰してぇ、追い詰めてぇ、絶望していく様を見るのが楽しいのよぉ?』

 

 怖っ!セリフが進むにつれて狂気も増してますよ!もの凄く悪い笑顔浮かべてるのが目に浮かびます!

 

 『アンタらうっさい!集中できないでしょうが!』

 

 ですよね、満潮さん……心中お察しします……。

 

 『ねぇねぇ荒潮、この子ってどことなく春雨ちゃんに似てない?』

 

 『そう言われてみればそうねぇ。さしずめ、ワルサメちゃんって感じかしらぁ』

 

 たしか白露型の人ですよね?

 大潮さんと荒潮さんでも、敵とは言え知り合いに似てる人とは戦いにくいのでしょうか……。

 

 『丁度良いわぁ♪私ぃ、あの子の事泣かせてみたかったのぉ♪』

 

 うわぁ……杞憂でした……。

 本人には絶対聞かせれませんよ……きっとそのセリフを聞いただけで泣いちゃいます。

 私は聞かなかった事にしよ……。

 

 『ふふふふふふふふ……やっと二人になれたわねぇ朝潮……』

 

 荒潮さんのドSっぷりにドン引きしてる最中、通信通して窮奇の色っぽい声が耳に届いた。

 出来る事なら、貴女と二人きりにはなりたくないんですが……。

 けど、司令官のためなら我慢します!

 

 「相変わらず気持ち悪いですね。鎮守府にも居ますよ?貴女みたいな変態が」

 

 『またそんなつれない事を言って……。仕方なくそういう言い方をしてるのはわかってるけど、やっぱり悲しいわ……。でも安心して?もうすぐ解放してあげるから♪』

 

 相変わらず訳のわからない事を、解放ってなんですか?私は別に監禁とかされてませんよ?

 むしろ貴女から解放されたいです。

 

 『さあ、踊りましょう?もうすぐ終わるから……。もうすぐ私たちは自由になるから。それまで踊って待ちましょう?』

 

 もうすぐ終わる?自由になる?

 終わるとは何が?もしかして作戦が?

 作戦が終わると、私と貴女が自由になる?

 まさか他にも艦隊が!?

 

 「それは一体どういう事ですか?他にも艦隊が潜んでるんですか?」

 

 『違うわぁ、そうじゃないの。もうすぐ『母』が人間共に討たれる、そうすれば私は自由。それから私と貴女で人間共を沈めるの、それで貴女も自由になる……。ふふふふふふ……楽しみだわぁ……♪』

 

 『母』?母とは中枢棲姫のことでしょうか、それは良い事を聞きました。

 その後、私と貴女とで人間を沈めると言うのは理解できませんが、少なくとも貴女をここで倒せば作戦は成功する。

 始めて私が喜ぶ事を言ってくれましたね、鵜呑みにする訳じゃないですけど嬉しいです。

 貴女を倒せば、司令官の完全勝利なんですから!

 

 『響かせましょう、砲声と波と叫声の協奏曲(コンチェルト)を。愛でましょう、砲火と血潮の花束を……』

 

 「ええ、これを最後にします。貴女はここで倒す、だから今回だけはお付き合いしてあげます」

 

 『「私と……貴女の……」』

 

 機関出力最大。

 『脚』を研ぎ澄ませ、イメージするのは鋭い刃。

 あの時見た、満潮さんのような鋭く尖った刃のような『脚』。

 

 『「ラストダンス!」』

 

 宣言と同時にトビウオ、落ちていた速度を一気に取り戻し窮奇の砲撃に備える。

 

 ズドドドドドドン!!!

 

 窮奇の初手は主砲による一斉砲撃、狙いは大雑把だけど、着弾点が絞りづらい分避けにくい。

 だけど惑わされるな、全部避ける必要はない、見極めろ!直撃弾だけ躱すんだ!

 

 私は右へ左へと、稲妻と水切りを駆使して砲弾の雨を掻い潜る。

 

 ドン!

 

 砲弾の雨と水柱を掻い潜った私に向けて、今度は副砲による正確な砲撃、タイミングもバッチリ。

 

 だけど当たってやるものか!私は後方へ向けてトビウオを使用、さっきまで私がいた位置に着弾して上がった水柱の左方へ向け稲妻を使用して針路を修正。

 

 窮奇との距離、残り4000!

 

 『そうよね!貴方は躱すわよね!アレを躱したのは貴女が初めてよ!素晴らしいわ!!!』

 

 不思議ですね、前は貴女に褒められても嬉しくなんてなかったのに今は少しだけ嬉しいわ。

 貴女は私が知ってる中で最強の戦艦、敵でなけば憧れていたかもしれない。

 

 『じゃあ……これはどう?』

 

 窮奇が艤装であるはずの双頭の怪物を分離、二手に分かれた。

 左方に移動した窮奇の手には副砲の連装砲、左右から攻める気か。

 

 「そんな事もできたんですね、驚きました。」

 

 窮奇が副砲で牽制し艤装が主砲で狙ってくる。

 

 窮奇の射撃精度は相変わらず正確だけど、艤装の方の精度は低いから躱せない事はない……。

 躱せない事はないけど……やっぱり厄介ね、現状は単純に二対一。

 窮奇からしたら、自分の艤装だから一対一に変わりないんだろうけど……。。

 

 『ほらほらぁ♪私はここよぉ♪早く捕まえてごらんなさい♪』

 

 荒潮さんみたいなセリフを吐かないでください。

 けど、見た目が大人な分荒潮さんが言うよりしっくり来てるのは認めます。

 

 艤装からの砲撃が私の進路を水柱で塞ぐ、私は窮奇の射線から逃れるため艤装側へ水柱を迂回。

 

 それを読んでいたかのように艤装が砲撃、私は船首を起こし、水圧でブレーキをかけて前に砲撃が着弾したのを右目の端に捉えながら、今度は窮奇に向けて稲妻。

 

 窮奇との距離、残り2500!

 

 『あはははははははは!いいわ!とてもいいわ!もっと踊りましょう朝潮!!』

 

 貴女が曲を奏で、私が合わせて踊る。

 なるほど、たしかにダンスと言えないこともないですね。

 私は命懸けですが。

 

 ズドン!

 

 右方の艤装による再度の砲撃、着弾点は……私の後方!問題ない!

 

 ドン!

 

 私が艤装の着弾点を確認したと同時に窮奇が私の前方に向け砲撃。

 

 窮奇にしては精密さに欠ける、これは私の前方に着弾するだろう。

 ならば再び船首を立てて……。

 

 ダメ!選択を間違えた、これは主砲と副砲による夾叉だ、前後の回避先を潰された!

 

 バシャシャーーーン!

 

 私の前後に立ち上がった水柱で回避先を潰されるばかりか、着弾点同士が近すぎて、私の居る海面が爆ぜ、体を浮かされた。

 このままじゃ狙い撃ちされる!

 

 『さあ、これはどうする?』

 

 ドン!

 

 軽く空中浮遊している私に向け窮奇が発砲、私はなんとか窮奇に連装砲は向けれたものの、体勢が悪すぎて回避は不可能。

 海面に『脚』がついていなければ何も出来ない。

 タウイタウイの時みたいに『装甲』へ全力場を集中する?

 ダメ!被弾したら中破以上は確定、その後の追撃で確実にやられる、この砲撃は躱さなきゃダメだわ。

 でも手段がない、方法がない、この状況で回避する術を私は知らない!

 

 窮奇の凶弾が私に迫るのがスローモーションで見える、何かない?

 まだ、私は窮奇に対して一発も撃っていない。

 今までで一番何もできていない!

 

 結局私は皆がいないと何もできないの?強くなったと思っていたのに、今の私なら司令官との約束を果たせると思ったのに!

 嫌だ!こんなところで終わりたくない!

 こんな事で司令官との約束を破りたくない!

 誰か……。

 誰か教えてよ!

 このままじゃ私……死……。

 

 (このままじゃ貴女、死んじゃうわね。)

 

 誰?頭の中に直接声が聞こえてくる。

 

 (誰!?)

 

 私がふいに声をかけてきた第三者に意識を向けると、視界が徐々にホワイトアウトし始めた。

 

 (こ、これは一体……)

 

 完全に世界が真っ白に染められた、体も自由に動く?どうして……。

 あの時に似てるかしら、初めて艤装と同調した時の感じと……じゃあ声の主は……。

 

 (ここは艤装の中。そして、何年も私を閉じ込めてきた檻。)

 

 声がした後ろの方を振り返ると、そこには適合試験の時に見た少女が立っていた。

 私と違う蒼い瞳と、私と同じ黒髪をなびかせた15~6歳くらいの少女……、先代の朝潮だ。

 

 (こうやって会うのはひさしぶりだね。)

 

 (はい……お久しぶりです。)

 

 半年以上会っていないのに懐かしさを感じない、逆にずっと一緒に居たような安心感を覚えてしまう。

 

 (ずっと……ここに居たんですか?)

 

 (ええ、ずっとここから貴女を見てた。) 

 

 ずっと私を?

 ずっと私を見守っていてくれてたんですか?

 その、聖母のような微笑みで。

 

 (ねえ、貴女はどうしたい?)

 

 どうしたい?私がしたいのは窮奇の討伐です、今の私にそれ以外にしたいことなんてありません。

 

 (窮奇を倒したい……そして司令官の元に……。)

 

 帰りたい……。

 司令官に褒めて貰いたい。

 頭を撫でて貰いたい。

 抱きしめて貰いたい。

 なのに……私は……。

 

 (でも、あの砲弾は貴女に直撃するわよ?)

 

 そう……このままでは私は死ぬ。

 このままでは帰れない。

 このままでは失望される。

 あの人を悲しませてしまう。

 

 けどそんな事はわかってるんです、今更貴女に言われなくたってわかってるんです!

 ここで見てるだけの貴女に言われなくたってわかってるんです!

 

 (だけど、倒さなきゃいけないんです!倒して帰るんです!私はあの人に嘘をつきたくない!あの人に失望されたくない!あの人を守りたい!あの人を悲しませたくないんです!)

 

 ぱしん……。

 

 鋭い音と共に頬に痛みが走った。

 ここでも痛みって感じるんですね……。

 私の体は、今も窮奇の砲弾の前に晒されているはずなのに。

 

 (落ち着きなさい、ここで泣き喚いたって状況は変わらないわよ。)

 

 (だけど……だったらどうすればいいんですか?この状況の対処法なんて私は知りません!)

 

 それとも、貴女はこの状況をどうにかできると言うんですか?

 私の知らない方法を貴女は知っているんですか?

 

 (私と代わりなさい。そうすれば、後は私がなんとかするわ。)

 

 は?今なんと?私と代われ?

 私の体を寄越せと言っているの?

 

 (ただし、代わったらもう貴女に体を返す気はない。今度は、貴女が私のように艤装に宿るの。)

 

 何をふざけたことを……、それで貴女は3年前に添い遂げられなかった司令官と添い遂げようと言うの?私の体を使って!?

 

 (ふざけないでください!貴方じゃあの人の心を守れない!窮奇を倒せたとしても、きっとまた貴女は司令官を傷つける!)

 

 貴方は勝手な人だ、あの人の事を一番に考えてるようでそうじゃない!

 3年前だって自分の自己満足のために司令官を置き去りにした!

 

 (だけど貴女じゃ、あの人の命を守れない)

 

 ええ、このままじゃ貴女の言う通りになります。

 命を失ってしまえば心を守るもなにもない事はわかっています……だけど。

 

 (貴女には……この状況をどうにかする手立てがあるのですか?)

 

 (ええ、これは神風さんにもできない。けど、死ぬ前の私も思いついただけで実行する事はできなかった)

 

 いや、それじゃ意味ないじゃないですか、使えないなら手段が無いのと同じでは?

 

 (でも貴女の体でなら出来る。私の体じゃ出来なかった事でも、才能に満ち溢れてる貴女の体でなら)

 

 才能に満ち溢れてる?

 私が?

 冗談はやめてください、私が強くなれたのは指導してくれた人たちが強かったからです。

 

 (私に……才能なんてありません……)

 

 (あら、また自信のないダメな貴女に戻っちゃったわね。たかがこんな事で貴女の心は折れちゃうの?)

 

 (だって!)

 

 (だってじゃない、言い訳はやめなさい)

 

 静かな叱責、声を荒げた訳じゃないのに、たった一言で黙らされた。

 

 (私ね、貴女が羨ましかった……)

 

 (え……?)

 

 (私と違って才能に溢れ、私と違って素直で、私よりあの人に愛されてる貴女が羨ましくて……妬ましかった)

 

 妬ましい?

 なら、なんで満足そうな顔をしてるんですか?

 貴女の表情に妬みや僻みは一切見受けられません。

 

 (だから、貴女に意地悪をしたわ。艤装に干渉して練度の上昇を意図的に操作した。急激に上げれば戸惑う貴女が見れると思った、ここぞと言う時に止めれば狼狽するところが見れると思った。でも、貴女に対しては意味がなかった……練度を急激に上げても気にしないんだもの……)

 

 そんな事を……でも、私は練度が急激に上がっても違和感を感じたことがない。

 動きやすくなったな位にしか思ってなかった。

 

 (嫌になったわ、自分との力の差を思い知らされた。私が数年がかりで手に入れたモノを、貴女はたった数ヶ月で手に入れ、貴女は私から全てを奪った、あの人を奪った……)

 

 恨み言……ですよね?

 まるで、昔話に花を咲かせるように語っている。

 まるで、泣いた子を慰めるような声色で語っている。

 こんな恨みなど微塵も感じさせない恨み言は初めてです……。

 

 (そうしてる内に、貴女でよかったと思うようになってきたわ。『朝潮』を継いでくれたのが貴女でよかったって……)

 

 そんな風に、思ってくれてたんですか……。

 それなのに私は貴女を……。

 

 (なのに貴女は失望させるの?ここで諦めるの?あの人との約束を破るの?貴女はここで死ぬの?)

 

 (わ…わた…私は……)

 

 そう、失望させようとしている、私を『朝潮』として認めてくれた貴女を。

 

 (やる気がないなら私に体を寄越しなさい!私が窮奇を倒す!私があの人を守る!貴女はここで、いつまでもイジケていなさい!)

 

 先代が初めて声を荒げた、体の芯を殴られたような衝撃、訳もなく泣きたくなる。

 理屈抜きに、悪い事をしたんだと思い知らされる。

 そう、お母さんに叱られた時のように……。

 

 (わかり……ました……)

 

 この人なら、私より上手く私を使える……。

 入れ替わったらあの人は気づくかな。

 見た目は同じでも中身は別人、でも、あの人を愛する気持ちは同じはず。

 だったら……中身が私じゃなくても……。

 

 (それは、私に体を明け渡すと言う事でいいのね?)

 

 厳しい目つき、だけど責めてるのとは違う気がする。

 侮蔑とも違う、諭してるのとも違う。

 この人は私の答えを待っている、私が応えるのを待っている。

 

 本当にいいの?体を明け渡して。

 私はあの人と約束した、必ず戻ると。

 だったら体は渡せない、体だけ戻っても意味はない。

 中身が私のままあの人の元へ戻らなければ、それは約束を破ったのと同じじゃない!

 

 (違います!)

 

 だけど、私だけではあの人との約束を守れない。

 

 (ではどういう?)

 

 この人だけでも、あの人との約束は守れない。

 

 (貴女の全てを私にください!)

 

 ならば一つになればいい。

 どちらか一人しかあの人を守っちゃいけないなんて誰が決めたんですか。

 私と貴女であの人を守るんです!

 

 (・・・・・・・。)

 

 あ、あれ?先代が面食らったような顔をしてる、そこまでおかしな事を言ったかしら?

 

 (ぷ……あははははははは♪)

 

 (な、なんで笑うんですか!)

 

 体をくの字に曲げるほど爆笑された!こっちは真剣だと言うのに!

 

 (ご、ごめんなさい……。ただ、そのセリフ……。あの人から言われたかったなぁと思って)

 

 あ、よく考えればプロポーズしたのと大差ないようなセリフだ……。

 うう……確かに、私も言われるならあの人から言ってもらいたいかも……。

 

 (でも……、うん、いいわ。私の全てを貴女にあげる。私を一緒に連れて行って。そして……あの人を守って、私の分まで……)

 

 先代がうっすら涙を浮かべながら右手を差し出してくる、体を乗っ取るなんて嘘だったんですね。

 貴女は最初から、私のお尻を叩いてくれてた。

 どうしようもない状況でパニックになった私に、どうすればいいか教えようしていた。

 私を……奮い立たせるために……。

 そして連れ出してほしかったんですね……。

 この白一色の暗い世界から。

 

 (はい!一緒にいきましょう!)

 

 ああそうだ、これでやっと貴女と交わした最初の約束が守れます。 

 私があの人と会えば約束を守った事になると思ってたけど、貴女がここに居たのなら約束は果たせていない。

 

 一緒に会いに行きましょう、私と貴女の愛しい人に。

 そして一緒に言いましょう、あの人に3年越しの『ただいま』を。

 

 先代と握手を交わすと、白い世界が元の世界に侵食され始めた。

 時間は経っていない、経っていたなら私はすでに木っ端微塵になっている。

 目の前には変わらず私に迫る砲弾。

 

 さあどうする?回避はできない、装甲を集中するのも間に合わない。

 どれも無理なら……撃ち落とせばいい(・・・・・・・・)!!

 

 ズドオオオオォン!

 

 目の前に、窮奇の砲弾を撃ち落とした(・・・・・・)事で生じた爆煙が広がる。

 そう、簡単な事でした。

 避けれないなら、撃ち落としてしまえばいい。

 

 神風さんほど才能に恵まれていなかった先代が、それでも神風さんに追いつこうとして考えついた苦肉の策。

 

 敵の砲身に打ち込めるほどの射撃精度と、自分に向かってくる砲弾を正確に見極められるほどの観察眼があって初めて実現する未完の奥の手。 

 

 私の中に先代の力を感じる、彼女の知識と思いが私と一つになっていくのがわかる。

 一つになっていくにつれて、艤装から新たに発せられた装甲が私の体を白いボレロのような形になって覆っていく。

 海面を見ると、瞳も茶色から先代と同じ全てを慈しむような蒼色に変わっていた。

 

 煙が晴れてきた、相変わらず窮奇(貴女)は楽しそうですね。

 お待たせしました、それじゃあダンスを再開しましょう?

 ただし、ここに居るのはさっきまでの私じゃない。

 先代とも違う。 

 

 私は朝潮()だ。

 今、私は本当の意味で朝潮()になったんだ。

 だから、高らかに名乗ろう。

 今までは遠慮して名乗れなかった。

 私が名乗ってはいけないと思っていた。

 私にその資格はないと思っていた。

 ネームシップと口にしても、コレだけは一度も言えなかった……。

 

 (さあいきましょう、朝潮()。抜錨の時間よ)

 

 ええ、いきましょう!朝潮()の初めての抜錨です!

 そう、私の名は!

 

 「朝潮型駆逐艦 一番艦(・・・) 朝潮!抜錨します!」



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窮奇迎撃戦2

 『朝潮型駆逐艦 一番艦(・・・) 朝潮!抜錨します!』

 

 一番艦……か……。

 アンタがそう名乗るのは初めてね。

 今まで一度も名乗らなかったのが不思議でしょうがなかったけど、もしかして姉さんに遠慮してたのかしら。

 

 『満潮、今の聞いた?』

 

 「ええ、聞いたわ。あ、ちょっと待ってくれない?」

 

 大潮も嬉しいの?

 声がウキウキしてるじゃない、単に戦闘でテンション上がってるだけかもしれないけど。

 

 『ようやくねぇ……ようやく朝潮型姉妹が揃ったわぁ♪』

 

 「あら以外、荒潮はあの子の事を妹と思ってなかったの?」

 

 『思ってるわよぉ?そういう意味の姉妹じゃないの、朝潮型の長女(・・・・・・)が戻って来たってこと♪』

 

 なるほどね、確かに歳だけならあの子は一番年下、私たちの可愛い妹だわ。

 だけど今、窮奇と戦っているのはあの子であってあの子じゃない、今のあの子は朝潮型駆逐艦の長女。

 私達を正し、導く、始まりの名を与えられた者。

 朝潮型一番艦 朝潮だ。

 

 『大潮達も負けてられないね、早く合流しないと怒られちゃうよ』

 

 「そうね大潮、そっちは終わりそうなの?」

 

 『まだよぉ、この子達。練度は大した事ないんだけど単純に硬いし速いのよぉ。』

 

 なんで大潮に聞いたのに荒潮が答えるの?

 もしかして一緒に居る?

 

 「ねえ、アンタ達一緒に居るの?」

 

 『そだよ~、このワルサメちゃん達一緒に居たいみたい。大潮達を逃がそうともしてくれないけど離れようともしないんだよ。』

 

 仲のよろしい事で、深海棲艦にも友情とか姉妹愛的な感情があるのかしら。

 って言うか引き離そうと思えば出来るんじゃない?

 逃がしてはくれないんでしょ?

 

 「アンタ達、まさか二対二で楽しようとしてるんじゃないでしょうね。」

 

 『何の事だろ~、一対一が二つだよぉ?』

 

 『そうよねぇ?訳がわからないわぁ』

 

 白々しい!

 連携してる方としてない方じゃ、どっちが勝つかなんて分かりきってるじゃない!

 駆逐棲姫が連携してないのなんて、アンタ達の今の言いようでわかったわよ!

 例え駆逐棲姫の性能がアンタ達より高くたって、連携したアンタ達に勝てる道理はない!

 

 『あ、一隻こっちに来てるよ~。ちゃんと抑えてくれないと~』

 

 『もう!大潮ちゃん楽しすぎぃ!私ばっかり矢面に立たせてぇ!』

 

 あ~、だいたい何やってるかわかった。

 荒潮が敵2隻の注意を引いて少し離れた位置から大潮が砲撃を叩きこんでるのね。

 このままじゃ言い出しっぺの私が奢らされそうだわ。

 

 「待たせたわね、そろそろこっちも再開しない?」

 

 『勝手な奴だ、お前が待てと言うから待ってやったのに』

 

 いや、別に話しながらでもアンタの相手は出来たし、待つ必要なんてなかったのよ?

 朝潮の名乗りを聞いた途端に大潮が話しかけて来たから、試しに『待って』って言ったら本当に待ってくれるんだもの。

 言った私の方がビックリしたわ。

 

 「アンタいい奴ね。どう?そっち裏切ってこっちにこない?」

 

 『本気で言ってるのか?』

 

 「本気よ。アンタならわかるでしょ?」

 

 アンタと私は似てる、姿形はもちろん、血縁関係もないけどよく似てる。

 具体的言うと思考パターンが。

 精神的な双子ってやつ?

 

 『ああ、わかる。ならば、断る事もわかっているだろう?』

 

 ええ、わかるわ。

 残念ね、アンタとなら……いい友達になれると思ったのに……。

 

 「私を追う前に慌てて見せたのはどうして?私が信用できなかった?」

 

 『敵を信用とはおかしな話だ、別に打ち合わせをしたわけでもないのに』

 

 そうね、私はアンタの思考を読んだだけ。

 アンタも、私がアンタの考えを読んでるところまでは読めた。

 けど、私から分断を仕掛けるとまでは思わなかった。

 駆逐艦と重巡の考え方の違いね。

 性能が劣り、駆逐隊として連携してなんぼの駆逐艦がわざわざ不利になるような事をする訳がない。

 

 「アンタはなぜ窮奇に従うの?」

 

 『憧れたからだ、私はあの方の強さに憧れた。お前は?』

 

 そう、アンタにとって、窮奇は神様みたいなモノなのね。

 自分の全てをなげうってでも仕え、崇拝し、害するモノを排除する。

 アンタは窮奇の狂信者って訳だ。

 

 「あの子が、大事な私の妹だからよ」

 

 けど、私にとってのあの子は違う。

 素直で、思い込みが激しくて、司令官の事になると途端にバカになる可愛い妹。

 私たちが守りたい子。

 私たちが行く末を見守りたい子。

 そして、私たちを救ってくれた子。

 

 『大事と言う割りに、窮奇様に単艦で挑ますのだな』

 

 当たり前でしょう?

 檻に入れて可愛がるのは小鳥で十分。

 だけど、あの子はそんな玉じゃないの、あの子は自分の足で歩いて行ける。

 私たちの手なんてとっくに離れてる。

 

 「信じてるからね。可愛い子には旅をさせろって奴よ」

 

 だから信じて任せるの。

 あの子は、私たちが合流するまで負けたりなんてしない、それどころか窮奇を一人で倒すかもしれない。

 

 『死での旅だ』

 

 死での旅?

 上等じゃない、あの子にはそれくらいが丁度いい。

 あの子の試練には丁度いい。

 

 「あの子は死なないわ。私の妹だもの」

 

 きっと乗り越えるもの。

 そして一緒に帰るの、司令官に褒めてもらって喜ぶあの子を見ながら皆で笑うの。

 あの子の幸せが私の幸せ。

 あの子の笑顔が、私にとっての勲章だから。

 

 『そうか、ならばここでお前と話している暇はないな。お前を沈めて、アサシオを沈めに行く』

 

 「アンタも窮奇に沈められるわよ?」

 

 させると思う?

 3年前と違って今は私が居る。

 あの時みたいに横槍は入れさせない。

 

 『構わない、あの方に沈められるなら本望だ』

 

 「アンタの事、心の底から尊敬するわ」

 

 アンタは凄いわ、窮奇のためなら窮奇に殺されるのも厭わないのね。

 嫌われても、軽蔑されても、憎まれても、アンタの忠誠心は揺るがない。

 ならば、私も全力で応えるわ。

 アンタの忠誠心と私の信頼、どちらが勝つか勝負よ。

 

 『私もだ、お前に出会えた事に感謝しよう』

 

 ありがとう、もう一人の私。

 そして、今だけ神様に感謝してあげる。

 私と貴女を出会わせてくれた事を。

 

 「朝潮型三番艦 満潮!全力でいくわ!」

 

 『四凶守護役筆頭、重巡洋艦 ネキュウ。推して参る!』

 

 ドドドン!

 

 名乗りと同時にネ級が発砲。

 まあそうよね、射程も火力もアンタが上、いくら精度が低くても数撃てば当たる確率は上がる。

 

 「行くよシュウちゃん!」

 

 (アイ!待ッテマシタ!)

 

 私は、砲撃の着弾点を見極めトビウオで加速。

 まずは接近しないと、ネ級がいくら回避が下手だと言っても、さすがに真正面に迫る魚雷は躱すでしょうからね。

 

 「目標、重巡ネ級!機関出力最大!主砲装填、撃ち方用意!」

 

 私は声に出して妖精さんに指示を出す。

 艤装に宿る妖精さん達が、私の指示の先にある考えまで汲み取って動いてるのが手に取るようにわかるわ。

 

 今までは感覚だけで動いてた。

 艤装も体の一部と思い、手足を動かすような感じで艤装を操作してた。

 

 だけどシュウちゃんと出会って、それじゃダメな事に気づいた。

 妖精さんとコンタクトが取れないままじゃ気づけなかった、艤装の本来の使い方に。

 

 「距離800!撃ち方!始め!」

 

 指示に従い、前方から迫るネ級に腕ごと主砲が向き発砲、ネ級も応戦してくるが、私が意識しなくても体が勝手に回避運動を始める。

 

 勝手に、と言うと少し違うわね。

 それじゃ大潮の『マリオネット』と変わらない。

 私のこれは、ちゃんと頭で考えてる、反射だけで動いてるんじゃない。

 

 私の考えを読み取った妖精さんが、私が動かすよりも速く体と艤装を動かしてくれる。

 私の体は船体。

 必要に応じて機関手が出力を調整し、操舵手が回避運動を取り、砲手が敵を狙い撃つ。

 それを統括するのが私、艦長である私だ。

 

 今の私は、人の形をした艦艇。

 即ち、艦娘!

 

 『相変わらずちょこまかと!』

 

 「主砲!ネ級の『脚』を狙って速度を殺しなさい!これより本艦は雷撃戦に移行する!」

 

 (アイマム!)

 

 すべての妖精さんを代表して、私の右肩に座るシュウちゃんが返事をした。

 いい返事ね、帰ったらお豆腐をお腹いっぱい食べさせてあげるわ。

 

 ネ級の砲撃を掻い潜り、二つある砲身から交互に発砲してネ級の速度を削り落とす。

 主砲の中で、弾薬をバケツリレーしながら装填して撃つ妖精さん達の姿が、戦場に不釣り合いなほど愛らしいわ。

 

 バシュシュシュシュ!

 

 距離300、魚雷発射。

 脚は殺した、砲撃の回避も問題なし

 

 ズッドォォォォン!

 

 全弾命中、ネ級が爆炎に包まれた。

 仕留めたかしら、魚雷4発の直撃を受けて無事とは考えづらいけど……。

 

 「速度を落とさないで。魚雷、次発装填開始。」

 

 私は反時計回りで爆炎を周回して様子を見る。

 油断はしてあげない、ネ級ならきっと、死にかけでも飛び掛かって来るくらいはするはずだから。

 

 (右舷ヨリ雷跡4!)

 

 やはり生きてた、だけど脚を止めてない私にそんな魚雷は当たらないわ。

 

 私は魚雷を難なく回避し、ネ級にトドメを刺そうと主砲を向け……。

 

 「撃てぇ!」

 

 爆炎から飛び出して来たネ級に殺到する砲弾、だけど止まる気配がない。

 コイツ、回避なんて考えてない……。

 装甲の厚さに任せて私に肉薄する気だ!

 

 「捨て身にも程があるわよ!」

 

 ドン!ドン!

 

 ネ級が返事の代わりに発砲、でもそんな明後日の方を撃ったって私には……。

 

 「しまっ……!」

 

 ネ級の狙いに気づいた時には遅かった。

 2本ある尻尾の主砲で、私の進行方向と後ろを潰された。

 でも、まだ左にトビウオで飛べばなんとか……。

 

 ドン!

 

 「まずっ!」

 

 ネ級の装填速度が思ったより速い!

 私は身を屈めてなんとか被弾は避けたものの、致命的な隙を晒してしまった。

 

 油断はしてなかった、苦し紛れに突っ込んでくることも想定してた。

 想定外だったのはネ級の執念深さ。

 コイツ、私共々死ぬ気で向かって来てる!

 

 「つか……捕まえた!捕まえたぞ満潮!」

 

 アッパーカットのように、下からネ級の右手が伸びてきて私の首を掴んで持ち上げた。

 

 「かはっ……」

 

 喉を軽く潰された、息ができない、声が出せない、頭が働かない。

 

 「ぬ…ぅん!」

 

 持ち上げた勢いそのままに、ネ級が私を海面に叩きつけた。

 ダメ……このままじゃやられる!

 

 「さらばだ友よ。お前の事は忘れない……」

 

 ドン!

 

 ネ級が自分すら巻き込む距離なのにも係わらず発砲。

 砲弾は私の装甲を貫き、体をバラバラに引き裂……。

 

 あれ?引き裂かれない。

 あの距離で重巡の主砲が直撃して無事に済むはずなんてないのに……。

 

 いや、無事なわけじゃない、海面下に沈み、体は傷だらけ、制服もボロボロ、バラバラになってないだけで大破は確実だわ。

 

 「シュウちゃん?」

 

 海面の光をバックにシュウちゃんが浮かんでる。

 シュウちゃんが助けてくれたの?

 でもどうやって……。

 

 (ヤット、オ役ニタテマシタ)

 

 応急……修理要員……。

 頭に浮かんだのは、噂でしか聞いた事がない妖精の種類。

 死に瀕した艦娘を、大破の状態まで応急修理して命を助ける妖精。

 そっか……シュウちゃんは、工廠妖精じゃなくて応急修理要員だったんだね。

 

 (オ姉チャン……。ゴ武運ヲ!)

 

 見事な敬礼をしたシュウちゃんが、足元から光の粒になって消えていく……。

 その顔に浮かぶのは使命を全うした者が浮かべる、誇りと達成感に満ちた笑顔。

 

 泣いちゃダメよ満潮、シュウちゃんは自分の役目を全うしたんだ。

 泣くことはあの子への侮辱、シュウちゃんに役目を果たさせてしまった私に、泣く権利なんてないんだから……。

 

 私は浮力を調整しながら、ゆっくりと『脚』を発生させて両手をシュウちゃんに伸ばした。 

 ああ、もう半分以上、消えちゃってる……。

 

 シュウちゃんにそっと手を添え胸に抱き寄せる。

 もっと一緒に居たかった。

 ずっと一緒に居たかった。

 シュウちゃんと一緒に居た時間は私の宝物よ。

 

 「ありがとう……シュウちゃん……」

 

 (オ役ニタテレバ、幸イデス♪)

 

 そう言ってシュウちゃんは完全に消えてしまった

 さようならシュウちゃん……。

 シュウちゃんに繋いでもらった命、無駄にはしないわ。

 

 「機関最大……。我、追撃戦に移行する!」

 

 『脚』を一気に展開して急浮上。

 海面にネ級の航跡が見える、きっと窮奇の方へ向かっているのね。

 

 ピー。

 

 魚雷の装填も完了、いいタイミングだわ。

 私は海面に達する前にネ級の進行方向やや右に向けて魚雷を全弾発射、直後に海面から上空に飛び出した。

 浮き方を知らなかった朝潮が、空に打ち上げられた時と同じように。

 

 「ネ級ぅぅ!」

 

 私の声にネ級が首だけで振り向く。

 驚いてるわね。

 そりゃそうか、あの距離で主砲直撃させて生きてるなんて思わないでしょう。

 

 「主砲!狙いはわかってるわね!砲撃開始!」

 

 ドン!ドン!ドン!ドン!

 

 ネ級の左舷に向けて砲撃。

 右に針路を取るように誘導する。

 

 「友と言ってくれて嬉しかったわ……。けど……」

 

 アンタの回避先にあるのは確実な死、事前に放っておいた魚雷の射線上。

 そのボロボロの体で魚雷4発の直撃に耐えられる?

 耐えれないでしょ、だからこう言ってあげる。

 決めゼリフなんて言う柄じゃない、だけどアンタは特別だから……。

 冥土の土産に、私の決めゼリフをくれてやるわ!

 

 「バカね!その先にあるのは地獄よ!」

 

 ドッゴォォォォン!!

 

 眼下に再び昇る爆炎。

 今度は確実に仕留めた、アンタがバラバラに弾けるのが上から見えたわ。

 

 バシャーン!

 

 「くぅ……。痛いわねぇ……ったく……」

 

 海面に打ちつけられた痛みとネ級にやられた傷の痛みで意識が飛びそうになる。

 

 「こんな所で……。寝れ…る……かぁ!」

 

 航行は……まだできる。

 主砲、魚雷、共に問題なし。

 

 『ボディがぁ……。ガラ空きぃぃい!』

 

 うわっ!ビックリした!

 ネ級かと思って思わずお腹をガードしちゃったじゃない!

 これ……荒潮ったら深海化使ってるわね……。

 後の事まったく考えてないじゃない、ボロボロの私が言えた義理じゃないけど……。

 

 『こっちは仕留めたよ!荒潮!』

 

 『か~ら~のぉ~?シュゥゥゥゥー!超ぅ!エキサイティン!!』

 

 「……」

 

 何やってんだか……相手の駆逐棲姫に同情するわ。

 お腹を砲身突き上げられて、ゼロ距離射撃されてるのが目に浮かぶから。

 

 「さて……」

 

 私は主砲を構え、ゆっくりと魚雷の爆心地に近づく。

 煙が風で流された後の海面に残されたのは、ネ級の艤装と思われる残骸、そして……。

 

 「わた……しの……負けだ……な……」

 

 胸から上だけになったネ級自身……。

 

 「トドメが……欲しい?」

 

 違うわね、トドメを刺してあげたい……。

 アンタが苦しんでいる所を、これ以上見ていたくないもの……。

 

 「ああ……ありがとう……満潮……」

 

 ネ級が口にしたのはお礼の言葉。

 未練はないのね。

 それどころか恨みや悲しみもない。

 アンタも信じることにしたんだ、窮奇なら朝潮に勝つって。

 

 「どう…いたしまして……」

 

 ドン!

 

 ネ級に慈悲の一撃。

 胸に風穴を空けられたネ級がゆっくりと沈んでいく。

 

 「さよなら……。もう一人の私……」

 

 会ったのは、今回を含めてたったの二回。

 けど、私たちがわかり合うには充分すぎた……。

 わかり合って、殺し合って、そして私が生き残った。

 

 「う……」

 

 涙が溢れてくる、シュウちゃんを失った悲しみと、友をその手にかけた後悔が一気に押し寄せてきた。

 自分に泣く資格がないのはわかってる。

 だけど涙が止まらない、止められない……。

 

 「痛い……痛いよぉ……」

 

 そうだ……ケガのせいにしてしまおう。

 ケガの痛みで泣いてるんだと言い訳しよう。

 私はケガが痛くて泣いてるんだ。

 痛いなら泣くのは当然よ。

 

 「痛い!痛い!痛い!」

 

 私は、大潮と荒潮が来るまで、子供のように泣き続けた。

 傷の痛みに、その身を任せて……。

 悲しみと後悔を、涙で洗い流すように。




 次話から、ハワイ島攻略戦に戻ります。


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ハワイ島攻略戦2

 祝!100話目!
 


ーーーーAM 7:45

 

 不気味ね、上陸してしばらく経つのに敵が一隻も見当たらない。

 聞こえるのは砲声と爆音、ただし結界の外からの音のみ。

 

 「静かっすね……。ここって敵の本拠地じゃないんすか?」

 

 本拠地って言うと少し語弊があるけど……、たしかに敵太平洋艦隊の本拠地ではあるわ。

 

 「先行してる『ビークル1』は大丈夫かしら……」

 

 「大丈夫っすよ、自分の相棒っすよ?」

 

 いや、だから心配なんだけど……。

 

 現在、私たち奇兵隊は黒砂海岸から無事上陸を果たし、11号線を北東に進軍中。

 第二分隊に配属されている、金髪こと『ビークル1』が使えそうな車両を探しつつ先行している。

 

 もう少し行った先にあるボルケーノビレッジで合流、後に隊を分ける予定になってるんだけど……。

 

 気持ち悪いくらい順調すぎる、会敵しないに超したことはないけれど、作戦は会敵した場合を考えて計画されてるから、あんまり順調すぎると逆に予定が狂うわ。

 

 「ギミックの様子はわからない?」

 

 「無理っすね、雲の上だからさすがに見えないっすわ」

 

 逆に言えばこちらも目視では発見されない。

 僥倖と言えなくもないけど、ギミック周辺の敵の数がわからないのが辛いところだわ。

 

 「あ、居たっす、相棒っす」

 

 あ、ホントだ草むらに隠れてチカチカとライトで合図してるわ。

 って言うか草むらから少しはみ出してるバイクに、凄く親近感というか懐かしさを感じちゃうんだけど……。

 

 「遅ぇよ。一人でヒヤヒヤもんだったぞこっちは」

 

 「怖かったんすか?意外と可愛いとこあるんすね」

 

 おい、私のセリフを盗るんじゃない。

 私が言うから可愛く聞こえるのよ?

 アンタみたいなモヒカンが言ってもムカつくだけ、撃たれても文句言えないくらいムカつくわ。

 

 「うっせ!それより姐さん、ここから半径500メートル程を探索してみたんだが……」

 

 「敵がいない?」

 

 「ああ、完全に無警戒。たぶん、敵は結界がある内に上陸されるなんて考えてねぇぞ」

 

 あり得ない話じゃないわね。

 敵はこちらの新型弾頭の存在を知らないはずだ、なら人間が潜入した所で屁とも思わないでしょう。

 人間では、陸に上がった奴等にさえまともに対抗出来ないんだから。

 

 そもそも、作戦開始時点からおかしかったわ。

 ほぼ完全な形での奇襲成功、艦隊のローテーションを円滑に回せる余裕。

 

 膠着してからも、数的不利を補って余りあるほど有利に戦えてる。

 まあいくら有利と言っても、姫級であるギミックを本格的に落とそうとしたら相応に消耗するでしょうけど。

 

 でも、敵が慢心している事に間違いはなさそう、米艦隊に気を取られて西側を疎かにして、おそらく島内に配備してた艦まで外の迎撃に駆り出した。

 人間や潜水艦が侵入したところで、ギミックや中枢棲姫に被害を与えられないと思っているのは十分あり得る。

 

 「提督殿は、この状況も予想してこの作戦を考えたんすかね?」

 

 「いいえ、お父さんはこんな状況はまったく予想してないわ」

 

 敵がここまでバカだなんて普通は思わない。

 変な事でお父さんの弱点が露呈しちゃったわね。

 圧倒的不利な戦いに慣れすぎたせいで、圧倒的有利に持ち込めるほどのバカに対処できない。

 きっと今でも、この状況が敵の作戦の内なんじゃないかと疑ってるはずだわ。

 

 「ビークル1、ソレを押して山を登れる?」

 

 「問題ねぇよ。ってか、ソレって言わねぇでくれよ姐さん、俺の愛車のカブちゃんによぉ……。」

 

 ちゃん付け!?

 い、いやそれはいい、問題はそのカブちゃんと出会ったのってついさっきのはずでしょ!?

 たった数十分で愛車扱いなの!?

 

 「スーパーカブっすか。あ、しかも90ccだ。よく燃料が残ってたっすね。」

 

 「車とかからも適当に集めた。コイツ、最悪サラダ油でも走るし」

 

 え……それ都市伝説だと思ってたんだけど……マジなの?

 って言うか大丈夫?

 

 「さすがカブっすわ。コイツがありゃ他のバイクはいらないっすね」

 

 「低燃費で維持費も安いしカスタムパーツも豊富、さらに!22メートルのビルの屋上から落としても動くという脅威の耐久性!」

 

 おいそこ、カブのダイレクトマーケティングを敵地でやってんじゃない!

 そんなに好きなら、帰ってからカブ専門店でも経営しろ!

 

 「俺……帰ったらカブの専門店開くんだ……」

 

 あ、コイツ死亡フラグ立てた。

 まさかギミックの股間目がけてカブで突っ込む気じゃないでしょうね、どっかの中尉みたいに。

 悲しいけど、これ戦争なのよ?

 だから真面目にやって。

 

 「バカな事言ってないでさっさと行くわよ。砲撃は予定通り行われるんだから」

 

 「うっす!でもこっちが3発も貰っていいんすか?ギミック潰すだけなら1発でもいいと思うんすけど」

 

 「護衛がいたらどうする気?内火艇ユニットがあるとは言っても、気休め程度にしかならないのよ?それとも、護衛はその AW50Fでどうにかするの?」

 

 「もちろんっす!これさえありゃ自分は無敵っすから!」

 

 AW50F 、英国製の50口径使用の対物狙撃銃でスチール製、重量13,640g 全長1,350mm銃身長686mmのガンナー1の愛銃。

 

 狙撃銃なんか使わない私が、なぜ重量やらなんやらを知ってるかと言うと……ワダツミの中で散々語られたから。

 そう……散々聞かされた、やれバレルがどうとか、やれ装弾数がどうとか……。

 酷いと思わない?

 私、銃とか興味ないのよ?

 それなのに、嫌がる私に三日三晩毎日!

 おかげで覚えちゃったわよ!

 覚えたくないのに覚えちゃったじゃない!

 

 あー!腹立ってきた!

 一発殴っとこうかしら!

 

 「あ、姐さん?なんでそんなに自分を睨むんすか?ほ、ほら時間も迫ってるしそろそろ……。」

 

 「ふん、帰ったら覚えてなさいよ。」

 

 帰ったらとりあえず10発は殴ろう、最低でも5~6回殺してやる。

 それじゃあ、帰って真っ先にやる事もきまったし、そろそろ進軍再開と行きますか。

 

 「みんなよく聞いて、敵はこんな状況で本丸を空にする大馬鹿者よ。この中に、そんなバカ相手にビビる奴なんていないわよね?」

 

 「ご冗談を、こんな楽な戦場そうそうありませんぜ」

 

 「お嬢こそビビってんじゃねぇですか?」

 

 「おいおい軍曹、お嬢に限ってそりゃねぇよ。俺ら以上の戦闘狂だぜ?」

 

 相変わらず口の悪い世紀末生物共め。

 でもいいわ、今はその口の悪さが頼もしい。

 

 「よろしい、では手はず通りここから二手に別れる。第一分隊は中枢棲姫、第二分隊は山中腹のギミックへ、いいわね!」

 

 〘応!〙

 

 敵地だから声は潜めているけど確かな決意を秘めた返答。

 さっきまでのふざけた雰囲気は欠片もない、目には静かな殺意、手には殺す事に特化させた自慢の獲物。

 かつて、『勝利も栄光も求めず、ただ死に場所のみを求めるバカは俺の元に来い』というお父さんの呼びかけに応え、碌な武器もなしにバケモノ相手に殺し合いを繰り広げていた命知らず共、奇兵隊最精鋭の第一小隊。

 バケモノ殺しの化け物共が目を覚ました。

 

 「さあ、仕事の時間よ。ハワイの大地を、敵の鮮血で染め上げろ!」

 

 〘応!!〙

 

 結界への砲撃開始まで約5時間。

 私たちが失敗したと判断したら、お父さんは躊躇なく本格侵攻を開始する。

 そうすれば艦娘の被害も増えるでしょうね。

 

 正直言って、顔見知り以外の艦娘がどうなろうと知った事じゃないけど。

 私の失敗は、そのままお父さんが立てた作戦の失敗を意味する。

 

 それはダメ、お父さんの作戦の本命はあくまで私。

 私が失敗して、その後に中枢棲姫の討伐が成ってもそれは失敗と同じだわ。

 

 お父さんの後ろは朝潮が守ってる、ならば私は道を切り開く。

 お父さんと歩く勝利の道を。

 

ーーーーAM 12:30

 

 「お、思ってたよりしんどいっすね……。」

 

 「そりゃあ……中腹でも富士山並……って……話だからなぁ……。」

 

 姐さんの隊と別れて4時間半ってとこっすか。

 もうすぐ結界への砲撃が始まるっすねぇ。

 

 「おい、あれ。」

 

 相棒が目線で指す方をスコープで覗き見ると、800メートルほど先にギミックと思われる個体を発見した。

 ギリシャ彫刻を思わせる風貌と服装、その背中に長さ2メートル程の黒い羽の様な物が放射状に12枚並んでいる。

 その足元には無数の卵と思われる物体と、それにつながる管が同じ数だけ。

 卵一つの大きさは50センチ程っすか?

 それがザっと30個近く……。

 お願いだから攻撃中に孵らないでくれっす……。

 

 「あの羽……まるでソーラーパネルだな。」

 

 ああそうか、どこかで見たような気がしてたっすけどソーラーパネルか。

 じゃあアイツは、光合成じみた事をするためにこんな見晴らしのいい場所に?

 

 「どうすんだ相棒、カブで一気に近づいて鉛玉ぶち込むか?」

 

 どうするっすかねぇ……。

 正直、いつまでも地べたに這いつくばってたくもないっすけど……。

 

 見たところ、ギミックに武装らしい武装はない。

 護衛もない、気がかりなのは卵が孵るか否か。

 

 「相棒の案を採用っす、残りはここから援護。自分がケツに乗って特殊弾頭をぶち込んで来る。予備プランとして、ガンナー2及び3は残りの二発を持って左右から進行。自分が仕留めれなかった場合は自分に構わず撃っていいっす。」

 

 悩んでる時間はもうない、あと数分で砲撃が開始される。

 遅れたら怒られるどころじゃ済まないっすからねぇ。

 まったく、いつからあんな風に捻くれたのやら……。

 

 初めて見た時は小汚いガキくらいにしか思わなかったっす。

 泥と煤と、涙と鼻水まみれで提督殿に抱きかかえられた小汚いガキ。

 

 次に見た時は少し小綺麗になってた、白いワンピースを着て提督殿の影に隠れてこっちを窺う態度に少しイラっとしたっけ。

 

 三度目に会ったのは提督殿の家族が殺された後。

 深海棲艦への恨みが一層増した提督殿の後ろを、ちょこちょことついて回ってたっすよね。

 その頃には、自分らにもだいぶ慣れたのか雑談程度はするようになってたっす。

 

 それから、姐さんが艦娘になるまで一緒だった。

 襲って来た相手を返り討ちにして泣きじゃくってた時も、艦娘になると言って一人で出て行った時も……。

 

 艦娘になって、提督殿と一緒に戻って来た時は誰だか分らなかったっすね。

 黒かった髪は赤く染まり、真っ赤な着物にゴツイ艤装を背負った姐さんが、あの気弱なお嬢さんだとは話すまで気づきもしなかった。

 

 「相棒、どうかしたか?」

 

 「え?ああ……なんでもないっす。」

 

 こんな時に、なに思い出に浸ってるんすかね自分は、思い出に浸るのはギミックをぶち殺してからにしないと。

 

 「そんな長物使うんか?」

 

 「別に初めてじゃないっしょ?」

 

 相棒の運転するバイクのケツにAW50F を小脇に抱えた自分が乗って突撃する。

 昔はよくやったじゃないっすか。

 途中から竹槍に変わってたっすけど……。

 

ズドドドドドドドドドドド!

 

 結界への砲撃が始まった、ギミックも上空を見上げてる、今しかないっすね。

 

 「行くっすよ相棒!」

 

 「おうよ相棒!外すんじゃねぇぞ!」

 

 相棒がカブのエンジンをかけた、砲撃の音がうるさ過ぎてまったくエンジン音に気づかないっすね。

 

 「第二分隊!攻撃開始!かっ飛ばせ!!」

 

 ブゥン!

 

 ひと際高いエンジン音を上げてカブがウィリー気味に加速、標高の割になだらかな斜面を一直線にギミックに向かって行く。

 

 「おいアレ!」

 

 相棒の視線の先を見ると、卵が孵っているのが見えた。

 アレは……PT小鬼って呼ばれてる奴っすね、確か攻撃が当たりにくくて厄介だって姐さんから聞いた覚えがあるっす。

 

 バババババババババ!

 

 援護射撃が自分の後ろから子鬼の群れに殺到、装甲は削れてるみたいっすけど、さすがにアサルトライフルで撃破までは無理みたいっすね。

 

 「回避は任せるっすよ!」

 

 「任せろ!俺ぁ新しいタイプだからなぁ!」

 

 相棒が左手で後方にサインを送り、時計回りに旋回する事を伝える。

 ホント不思議っすよね、相手が撃つ前に撃つタイミングがわかるなんて一種の超能力っすよ。

 相棒が発砲のタイミング計り、それに合わせて自分が砲身にぶち込む。

 自分と相棒の必勝パターンっす。

 何気に、撃破数なら提督殿より多いんすよ?

 まあでも、今回は……。

 

 ドン!

 

 「お、意外と通るっすね。」

 

 相棒がギミックを中心に時計回りで斜面を駆け上がって距離を詰める中、邪魔になりそうな子鬼に発砲、思ったよりすんなりと撃破できた。

 内火艇ユニットのおかげなのか、単純に子鬼の装甲が薄いのか知らないっすけど。

 これなら自分だけで撃破可能っす。

 

 「距離300!真横から突っ込むぞ!」

 

 「うっす!」

 

 獲物を投げ捨て、ベルトで肩掛けにしていたRPGを担いでステップを足場に車体を脚で挟むように立って照準、この距離なら絶対外さない、ガンナー1のコールサインは伊達じゃないっすよ!

 

「「ざまぁみろバケモノ共!俺ら(人間)の勝ちだ!!」」

 

 ドン!

 

 決めゼリフと共に特殊弾頭を発射、直後に相棒が車体を傾けて右に旋回、爆発の有効圏外に退避しながら結果を見守る。

 気持ちの悪い奴っすね、ギミックは死が近づいてるってのに顔色一つ変えないっす。

 自分が放った弾は、吸い込まれるようにギミックに向かって行き、そして……。

 

 ズドォォォォン!

 

 装甲を紙のように貫いて直撃、ギミックを爆炎が覆い尽くした。

 

 「た~まや~!ってなぁ!」

 

 相棒がそう言いたくなる気持ちもわかるっすけど、自分もか~ぎや~って言った方がいいっすか?

 いつもなら乗るけど、今はそんな気分じゃないんすよね。

 

 山の裏側に居る姐さんに見せてあげれないのが残念っすよ、キャラじゃないって言われそうっすけど凄く綺麗っす。

 

 ギミックの体の成分のせいなのか、それとも弾頭のせいなのかはわかんないっすけど、赤だけじゃなく黄色や青、緑まで混ざったギミックの爆ぜる様はまるで花束みたいっす。

 

 「最高の花束じゃねぇか相棒、これなら姐さんもイチコロだ。」

 

 さすが相棒、考えることが一緒っすね。

 ってか、いつから自分が姐さんに惚れてるって気づいてたんすか?

 まあ、いつか相棒には話すつもりだったっすけど。

 

 それより今は、残ってる子鬼を片付けて姐さんを迎えに行かないと。

 遅れると後が怖いっすから。

 

 「それじゃあ行くっすよ、雑魚を片付けてお姫様をお出迎えっす!」

 

 「生首下げてニヤけるお姫様とか俺はご免だがなぁ……」

 

 わかってないっすね相棒は、他の事は気が会うのに女の好みだけはどうしても合わないっす。

 

 アレがいいんすよ。

 アレが自分を夢中にさせたんっす。

 弱いのに無理をして、気が弱いのに気丈に振る舞う姐さんの姿に、いつの頃からか自分は首ったけになった。

 

 受け取ってくれたっすか?

 狼煙は確かに上げました。

 上げた狼煙は、自分の思いを込めた爆炎の花束。

 自分から姐さんへの初めてのプレゼント。

 メッセージカードにはこう書く事にするっす。

 

 自分から姐さんへ、愛を込めて花束を。




 100話目なのに後半はモヒカンがメイン……。
 投稿時、微妙な気分になりました……。


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ハワイ島攻略戦3

ーーーーAM 12:45

 

 「お嬢、総員配置につきました」

 

 「わかった、狼煙が上がるまで待機して」

 

 砲撃開始15分前、私達第一分隊12名は敵に捕捉される事なく中枢棲姫の近くまで進軍する事ができた。

 マウナケア山とマウナロア山の中間、島のほぼ中心に座する中枢棲姫は、真上に力場の柱を放出している怪物のような艤装に身を預け、外の戦闘は自分とは関係ないと言った感じで北の空を見つめている。

 その周りには砲台子鬼が6、中枢棲姫を中心に輪形陣を形成してるわ。

 

 「背後は取った、特殊弾頭も足りる。一発で仕留める事が出来るならだけど」

 

 私たちは今、中枢棲姫を0時とすると4時の方向、200メートル付近に身を潜めて突撃の瞬間を待っている。

 第一分隊の手持ちの特殊弾頭は9発、砲台子鬼に6発使ったとしても3発余る。

 突撃の合図と共に、一発づつ砲台子鬼に発射し、残り3発を中枢棲姫にぶち込む手はずにはなってるけど……。

 

 「あれ……本当に倒せるの……?」

 

 見たところ『装甲』は皆無、お父さんの予想通り中枢棲姫が力場を収束して結界を張っていた。

 結界の起点となっている艤装はともかく、中枢棲姫自身は倒せそうに見える。

 見た目(・・・)だけなら。

 

 だけど不安が拭えない、不安と言うより恐怖に近いかしら。

 『装甲』を張ってない深海棲艦なんか通常兵器でも倒せるのに、コイツは倒せる気が全くしない。

 

 隊員の何人かも同じ事を感じているようね。

 怖い物知らずのコイツらが、冷や汗流して腰が引けてるわ。

 

 「お嬢……言いたくはないが……」

 

 「いい、わかってるわ……」

 

 たぶん、中枢棲姫を倒すことはできる。

 首を刎ねる事もできる。

 

 私達が不安に思っているのはそんな物理的な事じゃない。

 アイツの存在が異常過ぎるんだ。

 文字通りこの世のモノとは思えない。

 アイツよりグロテスクな深海棲艦は山ほど見てきたけど、アイツほど気持ち悪いと思ったことは無い。

 怖いと思った事は無い、平伏したいと思った事は無い、逃げたいと思った事は無い。

 見ただけでこんなに絶望させたれたのは初めてだわ。

 

 私は、不安を少しでも紛らわすために、今だ鞘内にある刀の刀身に力場を流す。

 

 「あ、あれ?」

 

 力場の流れに違和感がある、力場がスムーズに流れない、それどころか出力も安定しない。

 まるで艤装が怯えてるような……。

 いや違うわね……、怯えてる事は怯えてるんだけど少し違う気がする……。

 どちらかと言うと……。

 

 「ねえ、不安を感じてる奴って、もしかして同調式を使ってる?」

 

 「あ、ああ、そう言われてみれば、俺を含め同調式を使ってる奴ばかりだな。」 

 

 やっぱり、艤装や内火艇ユニットに使われてる深海棲艦の核がアイツに反応してるんだ。

 

 自分たちの母とも呼べる中枢棲姫を前にして歓喜し、そして畏怖してるのね。

 子供が親に怒られるのを恐れるのと同じだ。

 母親の前で萎縮してる。

 そして喜んでる。

 その感情が同調者にフィードバックされたせいで、私達は言いようのない不安に駆られてるんだわ。

 

 「予定を変更する。同調式の使用を禁止、装備者は今すぐ降ろして。特殊弾頭は機械式を使ってる奴に使用させて。」

 

 「了解、他に変更は?」

 

 さすがは歴戦の奇兵隊員、説明無しでも私の考えに気づいてくれた。

 手間が省けて助かるわ。

 

 「最悪、中枢棲姫に特殊弾頭は効かない可能性が出てきたわ。砲台には予定通り、ただし中枢棲姫に撃つのは1発だけ。残りの2発は効果があるようなら撃って、そうでないなら、仕留め損ねた砲台に使用して。無線封鎖の解除は予定通り、突撃と同時よ。」

 

 「了解だ、特殊弾頭は機械式を装備してる奴に撃たせるんでいいな?」

 

 「それでいい。あと、私の援護も忘れないでね?艤装無しで突っ込むから。」

 

 「了解、お嬢、ご武運を」

 

 対策は一応取った、私も艤装を降ろさないと。

 

 「艤装無し……か……別の不安が出て来ちゃったわね」

 

 艤装を降ろした事で、さっきまでの不安はなりを潜めた。

 けど、艤装無しでバケモノに肉薄するなんて、さすがにやった事が無いわ。

 お父さんはこんな気分で戦ってたのかな……。

 

 今の私は何なんだろう、艤装を降ろした私はただの女、ちょっと剣の腕前に自信があるだけのただの小娘。

 艤装無しじゃ神風とは言えない、艤装無しじゃ駆逐艦にだって敵わない。

 そんな私が中枢棲姫の首を獲る?

 深海棲艦が現れてから9年以上、誰も倒せなかった中枢棲姫の首を私が?

 

 悪い冗談だわ、お父さんがやった方が絶対上手くいく、だってお父さんは凄いんだから。

 今でも覚えてるもの、私を殺そうと砲を向けた深海棲艦を、正面から一刀両断にしたお父さんの後ろ姿は今でも目に焼き付いてる。

 

 お父さんみたいになりたいって思った。

 お父さんみたいに誰かを助けたいって思った。

 

 だけど、私には力がなかった。

 力がないのは艦娘になっても変わらなかった、私は非力な駆逐艦……。

 しかも最弱の駆逐艦……。

 

 「だから……私は諦めた……」

 

 いつの頃からか、私は死なない事だけ考えるようになっていた。

 誰かを助ける?

 そんな事してる余裕なんてなかったもの、自分が死なないようにするだけで精一杯だったもん。

 自分以外の誰かを守りたいなんて、強者だけに許された特権よ!

 

 そう……自分に言い訳しながら、生きてきた……。

 

 「言い訳も辞め時かな……」

 

 今から私が出るのは死出の旅路、挑むのは絶望の具現、死そのもの。

 刀を持つ手が震える、顔から血の気が引いていく、今すぐ背中を向けて逃げ出したくてしょうがない。

 

 だけど逃げちゃダメ。

 コイツは艦娘じゃまともに倒せない、倒そうとすれば甚大な被害が出る。

 外の艦隊はただのオマケだわ、きっとコイツ一隻で外の全深海棲艦に匹敵する!

 

 ごめんなさい、お父さん。

 相手がバカでも、予定通り慎重に事を進めたお父さんの判断は正しかったわ。

 正攻法に切り替えてたらきっと負けてた。

 全滅は免れても撤退は必至だった。

 

 結果論ではあるけど、結界自体が罠なのよ。

 結界がある状態じゃ攻撃は届かない、かと言ってギミックである姫級を相手にした後じゃ中枢棲姫を落とす程の戦力を保てない。

 いくら補給と入渠が可能なワダツミと言っても限界があるもの、真っ当に攻略しようと思ったら、最低でも今の倍は戦力が必要だわ。

 

 想定外だったのは、コイツの前じゃ艤装がまともに使えない事、理由のわからない不安に侵された状態で戦える艦娘なんていないもの。

 

 それが出来る艦娘は私だけ。

 そう、コイツを倒せる艦娘は、艤装がなくても戦える私しかいない!

 雲が出て来たのか、霞が掛かって来た北の空を今だに見上げ続けてるコイツを倒すのは私だ!

 

 その、我関せずと言ってるような顔のまま首を刎ねてやる!

 

ーーーーAM 12:30

 

 「提督、第一、第二主力艦隊の補給が完了しました。出してよろしいですか?」

 

 「ああ、すぐに出せ。呉艦隊から連絡は?」

 

 辰見に指示を出し、オペレーターに呉艦隊の現状を聞いてみる。

 砲撃開始30分前だと言うのに、今だ呉艦隊の姿が目視できない、敵の襲撃に遭ったか?

 それとも単純に遅れているのか?

 

 「現在ハワイ島の北、約10海里を航行中です」

 

 「ギリギリだな……」

 

 単純に遅れているだけか、カタログスペック上は主砲の射程内だが……。

 少し距離が有り過ぎるな……。

 アレが結界をどうにか出来るとは思っていないが、カメラのフレームに映らなければ意味がない。

 後は、『DJ』になんとかして貰うしかないか。

 

 「『DJ』にヘリで出るように伝えてくれ。『放送』の仕方は任せるともな。」

 

 「了解しました」

 

 これで一応は作戦通り、後は『DJ』次第だ。

 

 「『DJ』をヘリで?何をさせる気だ?」

 

 「言ったでしょ艦長、『放送』と。文字通り放送するんですよ、この戦場を」

 

 「プロパガンダにする気か?艦娘の戦闘はたまに放送してるんじゃねぇか。まあ、ここまで大規模な戦闘は放送した事ねぇだろうけど。」

 

 そう、この作戦の本命はこの戦場の様子を放送する事。

 この作戦は、発案当初は攻略戦として進められたが、途中から宣伝戦(プロパガンダ)として計画し直された。

 もっとも、大筋は変わっていないがね。

 だから我々は本来(・・)の作戦通り事を進めている。

 本来(・・)の作戦通り、攻略戦を。

 

 「少し違います、プロパガンダには違いないが放送の主役は艦娘じゃない」

 

 「じゃあ何だってんだ?艦娘以外に深海棲艦と戦える存在なんて他にねぇぞ?」

 

 「ええありません。だが、戦っているように見える(・・・・・・・・・・・・)物なら今も存在している。」

 

 70数年前から、今も呉に現存する史上最大の戦艦が。

 

 「戦っているように見える?もしかして軍艦か?だが今の海軍に宣伝で使えそうな軍艦なんざ……。おい……まさかとは思うが……。」

 

 「そのまさかですよ艦長、呉に記念艦として現存していた『戦艦 大和』。それが呉艦隊の旗艦です」

 

 「あの骨董品を動かしたのか!?よく呉市民が受け入れたな!」

 

 苦労したらしいですがね、プラカードを持ってデモ行進や座り込みは当たり前、『酒さえあれば深海棲艦とも分かり合える!』とか言ったのを聞いた時は正気を疑いましたよ。

 調べてみたら案の定、『アクアリウム』と繋がった奴でしたが。

 

 「元帥殿が現地で演説したらしいです。曰く、『大和はこの日のために存在し続けていた』とね。それでも完全に納得させれた訳ではないですが……実際に大和を動かしたら自然と鎮静化したらしいです」

 

 「だが、大和が動いたなんて話はニュースでも見なかったぞ?」

 

 マスコミには報道しない自由を発動してもらいましたよ、金もだいぶ使ったらしい。

 まあ、これは言わないでもいいか。

 

 「テレビ局が国家に逆らえるとでも?情報規制は徹底的に行われています。ネット上の噂はどうにも出来ませんでしたが、噂レベルで抑えることは出来ました」

 

 むしろ、噂はあえて残したんですが。

 

 「呆れたな、税金の無駄使いだ。役に立たない物を担ぎ出してどうしようってんだ?」

 

 「元帥殿は『疲弊した国民の心を奮い立たせるため』とオブラートに包んで言ってましたが、本当は『戦争中』と言う事を思い出させるためです。そして、その戦争に勝てるのだと実感させるため。」

 

 「なるほど、日本に帰って来て違和感は感じてたが原因はそれか。戦時とは思えない程平和的な雰囲気、浮かれて忘れようとしてるだけかと思ったが……ホントに忘れてたって事かい」

 

 そう、今の日本は異常だ。

 艦長の言う通り、浮かれて忘れたいと思っている者もいるだろうが全体から見れば少数だろう。

 大半の国民は本当に忘れてしまっている。

 国防が上手く行き過ぎているせいで、9年前の悲劇が風化しかけている。

 いつ9年前の状況に戻るかもわからないと言うのに、今も深海棲艦によって出ている被害が対岸の火事状態だ。

 そのせいで軍縮を叫ぶ馬鹿者まで現れる始末、今軍縮すれば防衛に穴が開きかねないと言うのに。

 

 「ええ、艦娘を実際に見た事がない者も多いですからね。そういう者達からしたら、艦娘はゲームかアニメの中の様な存在です、現実味がない。だが『大和』は違う、観光地になるほどの知名度があり、実際に見た者も多い。それが戦う様を全メディアで一斉に放送すれば嫌でも実感する。今が『戦争中』なのだと。」

 

 「噂レベルじゃ広がってるしなぁ。だが、負けたら逆効果じゃねぇか?負けると暴動も起きかねぇぞ?」

 

 「だから負ける訳にはいかないんですよ。勝てば国民の心に戦争中という自覚と、その戦争に勝てるという希望が芽生え、負ければ絶望だけが残る。元帥殿一世一代の大博打だ」

 

 まあ、大和が戦っている姿を画面越しに見ただけで、国民すべてが自覚するとも思えないが、やらないよりはマシだろう。

 国民が自覚し、納得すれば、艦娘に使ってやれる予算も増えるかもしれないしな。

 

 「厄介な事に巻き込みやがって、負けたら国にゃ帰れねぇじゃねぇか」

 

 「負けたら米国に亡命でもしますか?ワダツミはいい土産になる」

 

 「冗談じゃねぇ、三食BBQじゃ早死にしちまうよ」

 

 大淀曰く、それは偏見らしい、ピザも食べるそうですよ?

 どっちにしても早死にしそうですが。

 

 「おや?死にたがってたのが嘘のような言いようですね」

 

 「けっ!お前ぇのせいだろうが」

 

 悪態をつく割に嬉しそうじゃないですか。

 当時の貴方からは考えられない程の変わりようですね。

 

 「結界に異常発生!北側の強度が増しています!」

 

 「なんだと!?」

 

 オペレーターが知らせる異常事態に思わず声を荒げる。

 北面の強度が増した?

 なんのために?北側から来るのは呉艦隊しかいない。

 呉艦隊の艦娘は水雷戦隊だけなのに、何をそこまで警戒した?

 まさか大和か?

 大和の主砲を警戒した?

 通常兵器をほぼ無効化する力場に守られているのに?

 

 「北側以外の強度はどうだ?」

 

 「変わりありません、北側だけ強度が増した状態です」

 

 他の強度を維持したまま、北側だけ強度を増した……か。

 北側に回した力場はどこから捻り出した?

 温存していたのか?

 それとも、本来なら回さないはずの力場を無理して回したのか?

 

 「どうすんだ?砲撃開始まで5分もねぇぞ」

 

 「砲撃は予定通り行います。そもそも、砲撃の目的は陽動ですから」

 

 そう、北側の強度が増したところで関係ない。

 結界を破壊するのが目的ではないのだから。

 

 中枢棲姫の気を逸らせば、後は神風が上手くやる。

 私の自慢の娘、私の全てを叩き込んだ自慢の弟子。

 朝潮とは別の、私の愛刀が中枢棲姫の首を獲る!

 

 「提督、時間です。」

 

 「よし!結界へ砲撃開始!大和には私が止めろと言うまで撃ち続けるよう伝えろ!砲が壊れても構わん!」

 

 「了解しました。」

 

 オペレーターが淡々と各艦隊へ伝達。

 ブリッジからも、ハワイ島の上空に爆炎の花畑が広がっていくのがハッキリ見える。

 

 「あんまり気持ちのいい光景じゃねぇなぁ。」

 

 艦長の言い分もわからなくもない。

 砲撃されているのが日本なら、絶望してもおかしくない光景だ。

 目標が島だからか、嫌でも日本と重ねて見てしまうのだろうか。

 だが……。

 

 「私は胸がすく思いですがね」

 

 9年前、妻と娘を私から奪った奴らに同じ事をやり返せた、例え効果がなかろうと清々しく思えてしまう。

 

 「お前ぇさんは日本が爆撃される光景を見てねぇから言えるんだよ。ワシは……見ちまったからなぁ……。」

 

 なるほど、艦長は日本が爆撃されるところを海上から見たのか。

 なら、私のように思うことが出来ないのも無理はない、敵地とは言っても重なって見えてしまうのだろう……。

 

 「失言でしたね」

 

 「構わねぇよ、お前ぇさんの気持ちもわかるからなぁ」

 

 ここまでは作戦通り、放送も問題なく行われているようだ。

 後は……。

 

 「鳳翔より入電!マウナロア山中腹に爆発を確認!同時に、結界強度が減衰しました!」

 

 「さすが奇兵隊だな、ギミックの破壊は上手くいったようじゃねぇか」

 

 ええ、島内ギミックの破壊成功、確かに朗報です。

 もうすぐ、神風が中枢棲姫に突撃を開始するだろう。

 島内の様子がわからないのが辛いところだが、予定通りギミックが破壊できたのだから、神風も予定通り事を進めるはずだ……。

 

 「結界北側はどうだ?大和の攻撃は効果があったのか?」

 

 「認められません。もっとも、北側は強度が倍近くになっているので、そのせいかもしれませんが」

 

 通常では貫かれる可能性があるから北側の強度を増したのか?

 だが大和は艦娘ではない、ただデカいだけの通常兵器だ。

 その大和と同等の火力を誇る武蔵が居る方の結界は元のままなのに、なぜ艦娘ではなく軍艦の方を警戒したんだ?

 

 そう言えば……元帥殿が知っている歴史の方で大和はどうなった?もしかして沈んでいるんじゃないのか?

 だとすれば……今、北側から砲撃している大和は本来なら存在しない事になる。

 深海棲艦と同じくらい世界にとって異物だ。

 

 だから警戒した?

 いや、恐れたのか?

 もしかして、大和は深海棲艦に対抗出来る、唯一の通常兵器だったんじゃないのか?

 呉が攻撃を受けなかったのは、大和が在ったからと言う都市伝説もそれなら理解できる。

 そうか……大和を恐れて近寄らなかったのか……。

 クソ!大和が深海棲艦に有効打を与えられる可能性があったのなら囮ではなく、最初から攻略に投入していたものを!

 

 「提督!奇兵隊、ソード1から入電です!」

 

 「なんと言ってる?」

 

 神風が無線封鎖を解除した、時間的にも予定通りだ。

 落ち着け、大和の事は今は忘れろ。

 これはギミック破壊以上の朗報だ。

 ここで判断を誤る訳にはいかない、冷静になれ。

 

 「一言だけです、『トラトラトラ!』」

 

 「こりゃまた古い暗号を……。お嬢らしいっちゃらしいが」

 

 『トラトラトラ』、かつての日本海軍が真珠湾攻撃の際に使用した暗号で、意味は『我、奇襲二成功セリ』。

 敵の防御が効力を発揮する前に攻撃可能であると指揮官が判断した場合に用いられた。

 勘違いされがちだが、これは攻撃が奇襲によって開始(・・)された事を示すものであり、攻撃が成功した事を意味するものではない。

 

 それを神風が突撃時に使ったと言う事は、『中枢棲姫自身に装甲は無し、よって突撃を敢行する』と言う事だろう。

 

 神風が突撃したと言う事は、倒せると判断したと言う事だ。 

 成功するのは規定事項。

 突撃すれば必ず成功させる。

 神風なら必ず成功させる!

 

 ああ、吹いたぞ風が。

 お前が吹かせた神風を確かに感じたよ。

 今この時、私は勝利を確信したぞ!

 

 「全艦隊に通達。島外ギミックを全て破壊しろ、大和には島への砲撃を中止させ、ギミックへ砲撃しろと伝えろ」

 

 「で、ですが提督、結界は今だ健在で……」

 

 「心配するな辰見、結界はもうすぐ消える。」

 

 それに、どの道神風が失敗してもギミックは破壊するのだ。

 だが、私は神風を信じている。

 アイツはきっと、中枢棲姫の首を高らかに掲げて戻ってくるだろう。

 その時に外野は邪魔だ、私の愛娘の帰り道に外野は不要、行きは素潜りまでさせたんだ、帰りくらいは堂々と凱旋させてやりたいじゃないか。

 

 「もう一度言うぞ、全艦隊にギミックを破壊させろ。囮作戦終了、総攻撃開始!(芝居は終わりだ、幕を降ろせ!)

 

 正化29年12月30日。

 太陽が中天を過ぎた午後一時過ぎ。

 これが、太平洋側の覇権を賭けた戦いの勝敗が決した瞬間だった。



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ハワイ島攻略戦 4

 遅ればせながら、誤字報告してくださってる皆さま、本当にありがとうございます。
 
 


ーーーーAM 13:00

 

 空に花が咲いている。

 炎の花びらと煙の葉、地獄の空はこんな感じなのかしら。

 ハワイの空に、耳を塞いで縮こまりたくなるような轟音と共に、生き物の存在を許す気のない地獄の花畑が現れた。

 

 気分がいいわね、9年前に私の故郷を焼いた炎と同じ色の業火が、今は憎き相手の本拠地の空を焼いている。

 敵を直接、この炎で焼き尽くしてあげれないのが残念だわ。

 そうすれば、今よりもっと気分が良くなるのに。

 

 ズドォォォォン!

 

 砲撃開始から約5分後、今度は南西の方から爆音が鳴り響いた、空を覆う砲撃の豪雨に比べたら、聞き逃してしまいそうなほど微かな音だけど私の耳は聞き逃さない。

 だってこれは愛の告白(ラブコール)だもの。

 ガンナー1から私への、一世一代の愛の告白。

 告られる方は真摯に受け止めてあげなきゃ、それが最低限の礼儀だものね。

 

 受け取ったわよガンナー1、アンタはそこから見てなさい。

 私が中枢棲姫を討ち取る様を。

 そして別れを告げなさい、一本残らず無くなる毛根と。

 

 「お嬢!」

 

 次席指揮官のソード2が催促してくる。

 わかってる、心配しなくても突撃するわ。

 中枢棲姫は今も変わらず上の空、砲台小鬼はどうしていいのかわからず右往左往。

 ギミックの破壊は無理して行う必要なかったかもね、アイツは今も北のお空に夢中だもの。

 そう、そのまま……そのまま北の空を見上げてろ、気づかない内に刈り取ってあげるわ。

 白くて憎らしいその首を!

 

 「第一分隊!突撃開始!トラトラトラァァァァ!!」

 

 ドン!ドン!ドン!

 私の合図と共に、機械式内火艇ユニットを背負った隊員が特殊弾頭を砲台小鬼に発射。

 3発同時に発射された特殊弾頭が、私達から見て3,6,9時の位置に居る小鬼に直撃、撃破した。

 大したものねこの弾頭、これが量産できれば艦娘の戦いも楽になるかもしれないわ。

 

 ドン!ドン!ドン!

 

 再び3発発射された特殊弾頭が残りの小鬼を攻撃、二隻ほど仕留めそこなったわね。

 隊員たちがアサルトライフルを撃ちながら、私が居る場所から遠ざけるように誘導してるわ。

 私も、負けてられないわね。

 

 「行くわ!援護よろしく!」

 

 「おう!任せとけ!」

 

 私は左手に持った日本刀を腰の位置まで引き上げ、右手を柄に当てて突撃開始。

 艤装は降ろしてるからトビウオは使えない、稲妻や水切りももちろん使えない。

 正真正銘、生身での突撃。

 

 けど大丈夫、私にはお父さん仕込みの技がある。

 

 私がお父さんに一番最初に教えられたのは歩法だった。

 前に出ている足の膝の力を抜き、体が前に倒れる力を使って前足を滑らせるように前進させ、後ろ足は前足に沿う形でひきつける『滑り足』、これを左右交互に行う移動法。

 一瞬で凄い距離を移動する事は出来ないけど、膝の倒れる向きを変えれば横にも移動できるし、大きな筋肉運動が発生しないので動き出しが分かりにくく、構えた状態で行えば頭も上下しない。

 

 お父さんが初めてこれを見せてくれた時は心底驚いたわ、姿勢はそのままに、まるで地面を滑るかのように移動するんだもの。

 しかも凄い速度で。

 驚いたと言うより……正直気持ち悪かったわね、絶対言えないけど。

 

 そして次に教えられたのは抜刀術、居合術とも呼ばれるわね。

 刀を鞘に収めた状態で帯刀し、鞘から抜き放つ動作で一撃を加えるか相手の攻撃を受け流し、二の太刀で相手にとどめを刺す技術を中心に構成された武術。

 まあ簡単に言うと、敵が至近距離にいる時に、自分が刀を抜いてなかったらどうする?って感じで考えられた武術らしいわ。

 

 抜刀術は、速いと思われがちだけど実際はそんな事はない、異論は認めるけどね。

 普通は『刀を抜く、構える、振りかぶる、斬る』という動作をするんだけど、抜刀術は『刀を抜きながら斬る』

 つまり、「構える」と「振りかぶる」という動作を端折ってるから、斬るまでのステップだけ見ると速く見えるの。

 実際、斬りかかる速度は普通に斬るより速いんだけど、肝心の剣速は振りかぶってからの方が速い上に威力も段違い。

 抜刀術のメリットは太刀筋が読みづらいという事だけ。

 

 それだけなら普通に斬った方がいいじゃない?ってお父さんに言った事があるんだけど……。

 お父さんはなんて言ったと思う?『そっちの方がカッコええじゃろ?』ですって!

 ハッキリ言って呆れたわ、実利より見た目を取るんだもん。

 まあ、気持ちはわかるわよ?

 カッコ悪いよりカッコイイ方がいいもんね。

 私も今は気に入ってるから、お父さんの事あんまり言えないけど……。

 

 ヒュー―……ゴトン……。

 

 私の背後から中枢棲姫に向かって撃たれた特殊弾頭が、私を追いこして中枢棲姫に当たって地面に落ちた。

 爆発せずに。

 不発?

 違うわね、きっと弾頭に使われた核が中枢棲姫を傷つける事を拒んだんだわ。

 

 「ならば、ぶった斬るだけ!」

 

 私は速度を上げて中枢棲姫へ迫る。

 突撃の合図から5~6分と言ったところかしら。

 首は目の前、特殊弾頭が当たった事でようやく後ろを向いたわね。

 艤装ごと私に向き直ったわ。

 

 (ココニ…タドリ…ツイタノカ……)

 

 中枢棲姫が虚ろな目で私を捉えた次の瞬間、私の頭に聞き覚えない声が聞こえて来た。

 これは……中枢棲姫の声?

 構うものか!

 命乞いなんて聞いてやる気はない!

 

 私は地面を踏み切り、中枢棲姫の首の高さまで跳躍、首を狙って真横に刀を抜き放った。

 うん、間違いなく抜き放った。

 だって刀身は中枢棲姫の首を捉えているもの。

 なのに刀が届かない。

 いや、時間が止まってる?

 私は宙に浮いたまま身動き一つとれない、眼球すら動かせない、きっと息もしていない。

 認識できるのは目の前の中枢棲姫だけ、かろうじて目の端に映る周りの景色が真っ黒に塗り潰されているようにも見える。

 

 それだけじゃない、艤装を降ろす前まで感じてた不安がぶり返した、恐怖が蘇った!

 ああぁ……ごめんなさいお母さん、これは違うの……お母さんを傷つけようとしたんじゃないの……。

 

 違う!こいつはお母さんなんかじゃない!

 どうして?艤装は降ろしたのになんで影響を受けるの!?

 

 (アナタハ…ドウシテ……アラガウノ?)

 

 どうして抗う?当り前じゃない!

 アンタ達なんかに言いようにされたくないからよ!

 

 違う……逆らう気なんてないの……ただ私は……。

 うるさい!

 私の頭を乗っ取るな!

 

 (ドウシテ…死ヲウケイレナイノ?) 

 

 死にたくない……死にたくなんてない……。

 殺したのはアンタ達じゃない……。

 何も悪い事なんてしてないのに、アンタ達がいきなり殺しに来たんじゃない!

 

 私の深海棲艦への憎しみと、艤装から流れて来る中枢棲姫への恐怖と平伏したいと言う思いがごちゃ混ぜになって頭が混乱する。

 

 このままじゃダメだ……艤装を降ろしても、艦娘として艤装と同調してる状態じゃコイツの影響を受けてしまう。

 解体されて来るべきだった……。

 そしたら、きっと今頃コイツの首を刎ねる事ができていた。

 

 強制的に同調を切る?

 出来ない事はない、私から艤装との同調を切るだけならたぶん出来る。

 だけど、それをやって大丈夫?

 

 ただでさえ私は艦娘歴が長いんだ、軽巡以上なら影響は少ないだろうけど、正規の手順以外で解体を行ったらどんな影響が出るかわからない。

 9年分の成長が一気に来たらどうなるんだろう、干からびちゃうのかな、それとも体が破裂するのかしら。

 どちらにしても、体に良くないのは確かだわ。

 

 でも……。

 それでも……。

 コイツを殺せるんなら、私の体がどうなろうと知った事か!

 

 私はイメージする。

 背中から、200メートル後方に置いて来た艤装と繋がる不可視のラインを。

 9年間共にあった駆逐艦神風の艤装。

 私を神風足らしめた神風の艤装。

 

 同調を切ったら、きっともう神風に戻れない。

 そう思うと、少し寂しくなるわね。

 

 だけど、コイツを倒すためには神風のままじゃ倒せない……。

 神風を辞めないと倒せない。

 ならば……答えは決まっている。

 

 プツン……。

 

 背中の方で、張り詰めた糸を切る様な音が聞こえた気がした。

 さようなら神風、今までありがとう……。

 貴女と一緒に過ごした時間は忘れないわ。

 いえ、忘れられない、だって貴女は私だったんだもの。

 深海棲艦の核を使った、機械仕掛けのもう一人の私。

 

 同調を切った途端時間が再び動き出した、音が戻り、硝煙の匂いが鼻孔を擽り、真っ黒に染まっていた景色が元に戻った。

 

 「その首!貰ったぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ザシュ……!

 

 肉と骨を切り裂く嫌な感触を刀を通じて感じる。

 中枢棲姫の右横を通り抜ける私の左目が、斬られても虚ろな目のままの中枢棲姫の首を目の端に捉えた。

 

 「ぐっ……うぅぅ……」

 

 跳躍した勢いのまま右肩から地面に倒れ込む、着地がまともに出来なかった。

 いや、体が言う事を聞いてくれなかった。

 

 「か、体……が……」

 

 体の節々が異常に痛む、呼吸がしづらい。

 手足が引っ張られてるような気がする、きっと成長が再開したんだ。

 9年間止まっていた成長が、艤装との同調を切った途端に再開したんだ。

 

 「ふ…ぅ……ふ…ぅ…」

 

 なんとか息を整えようとするけど上手くいかない、苦しい……。

 体に、何か生暖かいものが降り注いでる気がする。

 これは中枢棲姫の血?

 なんとか眼球を動かして中枢棲姫を見上げると、首の切り口から鮮血が噴き出していた。

 

 「あ、蒼い……血だ……。」

 

 私たちの血の色とは違う色。

 深海棲艦の血を見るのは初めてじゃないけど、ここまで鮮やかな蒼は初めて見る。

 こうして見ると現実味がなさ過ぎて綺麗に見えるわね。

 蒼い飛沫がキラキラ輝いて、中枢棲姫の人間離れした容姿も相まって美しいオブジェのように見えるわ。

 

 「お嬢、大丈夫か?」

 

 「だい……じょばない……」

 

 周囲を警戒しながら私に近づいて来たソード2が、私の前に膝をついて聞いてきた。

 見たらわかるでしょ?

 痛すぎて気絶も出来ないわ……。

 

 「任務完了だな、首は持って帰るんだろ?」

 

 「ええ……」

 

 あんまりいい趣味とは言えないけど、大将首だからね。

 学者にも高く売れそうだし。

 

 「仕留め損ねた砲台……は?」

 

 「中枢棲姫に使わなかった分をぶち込んで倒した。撤収でいいな?」

 

 「ええ、後の指揮は任せるわ……」

 

 喋るのもしんどい……。

 私はソード2に指揮と私の運搬を任せて空を見上げる。

 

 結界の頂点から徐々に消えていってる。

 外の戦闘音も激しくなってるわね。

 きっと、お父さんが総攻撃を命じたんだ。

 私を信じてくれたのね、私が中枢棲姫を討ち取ると信じて、私の合図で総攻撃を命じたんだわ。

 

 「あとちょっとだお嬢、揚陸艇が結界の端まで来てる!」

 

 ここは……ボルケーノビレッジ?

 もうそんなに戻って来たんだ……、意識が朦朧としてたから気づかなかったわ。

 上陸して来た黒砂海岸の沖に揚陸艇が見えてる、もうすぐ帰れる……お父さんの待つワダツミに。

 

 いっぱい褒めてもらおう、頭も撫でてもらおう。

 だって敵の大将を討ち取ったんだもん、それくらいして貰たって罰は当たらないわよね……。

 

 「敵襲ぅぅ!」

 

 ズドン!!

 

  後方を警戒していた隊員の警告と同時に発砲音。

 砲弾は、私と私をおんぶしたソード2の後方100メートル付近に着弾した。

 

 「い……たぁ……」

 

 爆風で吹き飛ばされ、地面に打ち付けられた私の目に映ったのは中枢棲姫の艤装だった。

 なんで?

 中枢棲姫は倒したわよ?

 

 「う…嘘……。」

 

 艤装が、中枢棲姫の艤装が動いてる……。

 中枢棲姫が寄り添っていたバケモノの様な艤装が、鎌首を私に向けて口から伸びた砲を向けている。

 まさか、艤装の方が本体だったの?

 いや、そんなはずはない。

 だって結界が消えていってる、頭上から傘のように島を覆っていた結界は半分近くまで減ってるもの!

 もちろん艤装が装甲を纏っているようにも見えない。

 じゃあこれは最後の抵抗?

 それとも主人の敵討ち?

 どちらにしても、あの砲が火を噴いたら私は簡単に消し飛ばされちゃう!

 

 「く、クソ……動いてよ!」

 

 体は相変わらず言う事を聞かない。

 第一分隊の隊員が応戦してるけど足止めになってない。

 私を背負っていたソード2は打ち所が悪かったのか、私の少し前で気絶してる。

 

 嫌だ……死にたくない……。

 だって倒したのよ?

 ちゃんと倒したのよ!?

 アンタも大人しく死になさいよ!

 艤装が勝手に動くなんてインチキよ!

 

 「たす……たすけ……」

 

 助けて?

 私は誰に助けを求めてるの?

 他の隊員は艤装を攻撃してくれてるけど止められそうもない。

 下手に私を助けようと近づいたら巻き込んじゃう。

 

 艤装が銃弾を浴びながら近づいてくる、至近距離から確実に殺す気?

 嫌だ……死にたくない……。

 あとは帰るだけなのに、帰ればお父さんに褒めてもらえるのに!

 

 そうだ……アイツは?

 私を出迎えるはずのアイツはどこ?

 まさか、ギミックと心中したんじゃないでしょうね?

 

 アンタは私が好きなんでしょ?

 だったら私を助けに来なきゃダメじゃない。

 私以外の女と心中なんて許した覚えはないわよ!

 

 「何してんのよ……早く助けに来てよ!」

 

 『了解したっす!』

 

 「え……?」

 

 ズドン!

 

 今のって……ガンナー1の声?

 その声が聞こえたと思ったら、50メートル先まで迫っていた艤装の頭部の右半分が吹き飛んだ。

 特殊弾頭?

 それくらいしか考えられない、ギミックの破壊に全部使わなかったの?

 

 「ど、どこから……」

 

 私から見て10時の方向、ビークル1とガンナー1が山の斜面をカブで駆け下りて来てるのが見えた。

 遅いわよ……バカ……。

 

 「姐さ~ん、生きてるっすか?」

 

 「い、生きてるけど……」

 

 ガンナー1がカブから降りて私に駆け寄って来た。 

 肩には特殊弾頭を装填したRPGを掛けてる、ギミックを一発で仕留めたのね、流石だわ。

 まあ、それはともかくとして……。

 

 「遅いじゃない!片膝突いて出迎えろって言ったでしょ!」

 

 「いやぁ~小鬼の処理に思ったより時間かかっちゃって……でも結果オーライじゃないっすか」

 

 それで遅れたの?

 まあ、そのおかげで艤装の死角から攻撃できたんだろうけど……。

 私に、あんな情けない叫びを上げさせた罪は重いんだから!

 

 「相棒!まだ生きてるぞ!」

 

 「あぁん?」

 

 ビークル1の警告で私とガンナー1は艤装が動いてるのに気づく。

 しぶといわね、頭を半分吹き飛ばされても生きてるなんて。

 

 「姐さん、ちょっと待っててください。すぐ片づけるんで」

 

 ガンナー1がRPGを構えて私と艤装の間に立ち塞がる。

 敵を前に悠然と立つその姿は、まるであの時のお父さん見たい……。

 モヒカン頭も今は気にならないわ。

 悔しいけど……ちょっとカッコいいじゃない……。

 

 「せっかくの再会に水差しやがって。人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて三途の川っすよ!」

 

 ズドン!

 

 ガンナー1が撃った特殊弾頭が艤装の頭部を完全に吹き飛ばし、艤装は断末魔の悲鳴を上げることなく倒れた。

 再び動き出す様子はない、完全に仕留めた。

 

 「さあ、帰るっすよ。姐さん」

 

 爆炎を背にして右手を差し出すガンナー1と、あの日のお父さんが重なって見える。

 なによ……モヒカンの癖にカッコつけちゃって……。

 アンタがお父さんのマネするなんて100年早いわ……。

 

 「動けないから抱っこして……」

 

 「抱っこ?こうっすか?」

 

 ガンナー1が慣れた手つきで私をお姫様抱っこした。

 お姫様抱っこはこれで二度目……。

 一度目はお父さん、二度目は……モヒカン頭の王子様。

 カブ(白馬)に乗って颯爽と現れて私を助けた、モヒカン頭のチンピラ王子。

 

 「背……少し伸びたっすか?」

 

 「これからもっと伸びるわ……艦娘辞めちゃったから……」

 

 変な気分ね、コイツの体温が心地いい、硝煙混じりの匂いを嗅いでると気分が落ち着く。

 こんな奴に惚れるなんてありえないのに……コイツから離れたくないって思っちゃってる。

 きっと急激に成長が再開して意識が朦朧としてるせいね。

 そうよ、じゃないとこんな奴に私がトキメクなんてありえないもの。

 

 「それじゃあ帰りましょうか、帰ってお義父さんに挨拶しないと」

 

 は?気が早すぎるわよ、なんですでに彼氏面なの?

 

 「私はOKした覚えないんだけど?己惚れるのは頭の毛を剃り終わってからにしなさい」

 

 『あ……』って顔してるわね、アンタ賭けの内容忘れてたでしょ。

 私ってその辺はキッチリしてるから、確実に取り立てるわよ?

 

 「責任取ってくださいよ?」

 

 「セリフが逆!でもまあ……前向きに考えてあげるわ……」

 

 周りに集まって来た隊員たちがニヤニヤしながらガンナー1を小突いてる、そんな事よりソード2を助けてあげなさいよ、今だに気絶したまんまよ?

 

 浜に乗り上げた揚陸艇に乗り込みながら西の戦域を見るとジョンスン島に砲撃と爆撃が降り注いでるのが微かに見えた。

 島の東西では今も戦闘は継続中ね、だけど大将首は獲ったんだ、後は消化試合をこなすだけ。

 お父さんなら問題ないわ、お父さんは最後まで気を抜かないもの。

 

 私に把握できないのはワダツミの後方、窮奇とか言う奴を迎撃してるはずの朝潮の方だけ。

 そもそも、どれくらいの規模で襲って来たのか、本当に襲って来てるのかもわからないけど、あの子ならきっと大丈夫。

 あの子は私の弟子であり、お父さんの犬。

 お父さんのためなら、味方にも噛みつきかねない狂犬だもの。

 

 その朝潮が、お父さんの背後をむざむざと襲わせたりするはずがない、必ず窮奇を討ち果たす。

 とっとと片づけて、そして生きて帰りなさい。

 私の継母になる前に死んだら許さないんだから。

 

 正化29年12月30日。

 午後3時過ぎ。

 奇兵隊第一小隊は中枢棲姫討伐に成功、後にワダツミに帰還。

 

 私の、駆逐艦神風としての最後の戦いは、こうして幕を下ろした。




 決戦編、予定では残り2話です。
 九月中には完結まで持って行けそうです。


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窮奇迎撃戦3

ーーーーAM 12:30

 

 響く砲声、交わる砲火。

 黒煙のヴェールの奥から姿を見せた時、貴女の装いは変わっていた。

 

 あの時と同じ蒼い瞳に、あの時とは違う白い装束。

 だけど、私が見間違える事はない。

 貴女はアサシオ。

 私を何度も追い詰めたアサシオ。

 私が愛したアサシオ。

 私の……アサシオ。

 

 『朝潮型駆逐艦 一番艦(・・・) 朝潮!抜錨します!』

 

 そう言って、再び私との距離を詰め始めた貴女はさっきまでと違っていた。

 ステップは前以上に完璧、艤装と私とで左右から撃っても当たらない、掠りもしない。

 それどころか、私の元に来るのに邪魔になりそうな砲弾を撃ち落とし、一直線に向かってくる。

 

 「美しい……。」

 

 その言葉しか思い浮かばない。

 今の貴女は輝いてるわ。

 貴女は女神、艶やかな黒髪を靡かせて戦場を駆ける貴女は戦の女神。

 

 ああ……早く貴女を抱きしめたい。

 早く貴女と添い遂げたい。

 早く貴女と愛し合いたい……。

 

ーーーーAM13:09

 

 『提督より全艦隊に通達!『芝居は終わりだ!幕を降ろせ!』です!』

 

 通信でオペレーターが司令官のお言葉を伝えてきた。

 きっと神風さんが突撃したんだ。

 神風さんの成功を信じて、司令官が総攻撃の指示を出したんだわ。

 

 「なら、私も終わらせなければ」

 

 窮奇は相変わらず艤装と連携して左右から砲撃してくる。

 さっきまでは厄介だと思っていたのに、今はそうでもない、着弾点が撃たれる前に予想できる。

 先代の『広辞苑(知識と経験)』が、私にどう動くべきかを教えてくれている。

 

 「19ページ、多対一での戦闘に置ける対処法。その1……」

 

 天候やら波の高さやら敵の配置などいろいろ記してあるけど、要約するとこうだ。

 逃げられるなら逃げなさい、逃げられないなら頭を潰しなさい。

 もし、相手と自分に実力差があり、自分の方が強いのならば……。

 

 「弱い順に各個撃破!」

 

 私は稲妻、波乗り、トビウオを駆使して砲弾を躱しながら、2000ほどの距離を取っている窮奇とその艤装との間に移動。

 自分から挟み撃ちされに行った感じでしょうか。

 窮奇も艤装もこれ幸いと撃ってきますが……。

 

 「私には当たらない!」

 

 私は、前後から殺到してくる砲弾を水切りでステップを踏みながら、私の前方に着弾する砲弾を無視して残りを撃墜。

 そう、撃墜です!

 撃ち落とせる技量と、弾速と弾道を見極められる目を持つ私にとって、降ってくる砲弾なんて速度が速いだけの艦載機と同じです!

 

 バシャァァァァン!

 

 私と窮奇の間に水柱が何本も立ち上がり、二人の間に壁を作り上げる。

 水柱が消えるまで5秒あるかないかでしょうか。

 けど、それだけあれば十分です。

 

 バシュン!

 

 私は魚雷発射管だけを後ろへ向け、艤装に向かって魚雷を全弾発射。

 魚雷が海中に消えた頃には水柱も消えかけていた、窮奇からは魚雷を発射したところは見えていないはず。

 艤装からは見えただろうけど……回避する様子は今のところないわね。

 

 「次発装填!」

 

 魚雷発射管の中で、弾薬を材料に魚雷が精製され始める。

 窮奇までの距離は約800。

 あっちは余裕があるのか、それとも私が来るのを待っているのか移動しようとしない。

 

 艤装の方は……。

 よし、相変わらず、砲撃しながら私を追って来てる。

 足元に魚雷が迫っているのに、バカ正直に真っすぐ。

 いくら雷跡が見えにくい酸素魚雷と言っても、撃つ瞬間を見れば進路を変えるくらいはするはずなのに。

 常に操作されてる訳じゃなく、簡単な命令に従ってるだけみたいね。

 

 ズドォォォォン!

 

 後方で爆発音、魚雷が艤装に直撃した。

 直撃はしたけど……。

 

 「やはり、8発じゃ無理ですか……」

 

 強化前の艤装ですら、魚雷12発の直撃に耐えたんだから当たり前ですけど……。

 下半身を吹き飛ばされても、大きな腕で海面を蹴りながら私に迫って来る。

 まるでテケテケですね、ただでさえグロテスクな外見なのに、動きの気持ち悪さも加わって見ているだけで寒気がしてきます。

 できれば、今ので仕留めたかったなぁ。

 

 ズドン!ズドン!

 

 窮奇の艤装は腕で歩行してるせいで、肩の砲では狙いがまともにつけれないのに構わず撃ってくる。

 私は、主砲で窮奇を牽制しながら速度を落として、艤装との距離が縮まるのを待つ。

 魚雷の装填は終わってないけど、艤装を倒す手段はあるわ。

 

 ドン!ドン!

 

 私は顔と左手の主砲だけ艤装に向け、二門ある砲身ごとに別々の狙いをつけ発砲。

 いくら艤装が半壊してると言っても、たった二発で倒せるはずはありません。

 しかも、一基の連装砲を分け撃ちしているのですから尚更です。

 

 「ですが、これで十分です」

 

 ドドォォォン!

 

 私が撃った砲弾が艤装の両肩の砲身に吸い込まれ誘爆を起こし、腕ごと両肩を吹き飛ばした。

 思ったより上手くいきましたね、砲撃を止められれば十分と思っていたのですが。

 肩から腕が欠落した艤装が海の底に消えていく、後は本体を倒すだけ。

 副砲しか武装がない窮奇自身を。 

 

 『凄いわ!あの時と同じね!』

 

 あの時?

 ああ、先代と戦った時ですか。

 たしかその後、魚雷を発射しようとしたところで重巡の砲撃を受けて先代は片腕を失ったんでしたね。

 

 でも、今回はそうなりませんよ。

 随伴艦は皆が足止めしてくれてる、もしかしたらもう倒してるかもしれない。

 貴女のお望み通り、正真正銘二人きりです。

 

 ピー。

 

 魚雷の装填が完了した、距離は残り300程。

 

 『うふふふ……それじゃあ終幕(フィナーレ)と行きましょうかアサシオ……。もうこれ以上我慢できないわ……』

 

 ええ、終わりにしましょう。

 貴女が何を我慢できないのか知りませんが、私も我慢の限界なんです。

 早く司令官に会いたくて仕方ないんですから。

 

 窮奇が私との距離を詰め始めた、私も落としていた速度を上げて真正面から窮奇に突撃する。

 窮奇の恍惚に歪んだ顔が段々と近づいてくる。

 貴女の歪んだ愛情をヒシヒシと感じます。

 

 艤装なしで、魚雷の直撃に耐えられますか?

 戦艦の長大な旋回半径で、私のステップについて来れますか?

 

 ここからはずっと私のターンです。

 貴女には何もさせません。

 今度は貴女が踊る番、リードするのは私です。

 

 「歓迎しますよ窮奇、ようこそ私の『戦舞台』へ」

 

 私は、いつか神風さんに言い返してやろうと思っていたセリフを窮奇に放った。

 神風さんが、駆逐艦の身で戦艦を屠るために考え出した、戦艦殺しの戦舞台。

 それを今からお見舞いしてあげます。

 

 「一発必中!肉薄するわ!」

 

 

ーーーー

 

 

 アサシオが近づいてくる、私に抱かれるために。

 私と愛し合うために。

 私も早く貴女と抱き合いたいわ。

 貴女の華奢な体を、早くこの胸に抱きたい。

 

 ドン!ドン!

 

 アサシオが撃ってきた砲弾が、私の装甲に当たって爆ぜた。

 艤装を失ったせいで装甲の強度が落ちてるわね、もう少し近づかれたら貫かれてしまうわ。

 けど……どうして撃ってくるのかしら、演技はもういいのよ?

 少し前から『母』の気配を感じない、きっと人間共が討ってくれたんだわ。

 だから、後は貴女と私で人間共を討つだけなのよ?

 

 「アサシオ、ちょっと待って……」

 

 ドン!

 

 私の言葉をアサシオの砲声がかき消した。

 どうして?訳が分からないわ、終幕(フィナーレ)って言ったじゃない。

 私と貴女で抱き合って、大団円(フィナーレ)なのよ?

 それでラストダンスは終わり、そこから新たな序曲(プレリュード)が流れ始めるの。

 人間共を相手取った、新たな序曲(プレリュード)が。

 

 「なのに……どうして撃ってくるの!?」

 

 煙が晴れた時、目の前にアサシオの姿はなかった。

 どこに行った?

 私の視界が煙に遮られた数秒で貴女はどこに消えてしまったの!?

 

 ズドン!

 

 後ろから砲撃!?

 装甲を貫いて来た爆炎に背中を軽く焦がされた。

 

 「ぐぅ……!」

 

 旋回が間に合わない、90度ほど旋回したところで首だけ辛うじて向ける事は出来たけど……。

 

 ズドン!ズドン!

 

 アサシオの姿を捉える前に右舷に被雷、背中に砲撃を受けた。

 私の死角に回り込んでる?

 私の死角から攻撃してる!?

 どうしてそんな酷いことをするの?

 私たちはもう戦わなくていいのに!

 

 「アサシオ……どこ……アサシオぉぉ!」

 

 姿が見えない、アサシオの姿を捉える事が出来ない。

 私はこんなに貴女を求めているのに、どうして貴女は姿を隠すの?

 どうして私を痛めつけるの?

 こんな痛みは気持ち良くない、こんな事をされても嬉しくない。

 これじゃあ私が何も出来ないじゃない!

 

 「居た!見つけた!」

 

 私を包み込んでいる煙の隙間から、右後方に回り込もうとしてるアサシオが見えた。

 やっと捉えたわアサシオ、意地悪してくれたお返しをしなくっちゃ。

 腕がない左側に回られてたら何もできなかったけど、右側なら腕も砲もある!

 

 「捉えたわよ!アサシオ!」

 

 ズドォォン!!

 

 何が起こった?

 私が目の端に捉えたアサシオに砲を向けた途端に砲が吹き飛んだ。

 砲だけじゃない……私の右腕も一緒に吹き飛ばされた。

 これは艤装を沈めた時と同じ……砲身に撃ち込んで弾薬を誘爆させたんだわ。

 じゃあ姿を晒したのはワザと?

 私に砲身を向けさせるためにワザと姿を晒したのね!

 

 「あ……腕……私の腕が……これじゃあ……」

 

 痛い、痛い……これじゃアサシオを抱けない。

 これじゃ貴女を抱きしめる事が出来ないじゃない!

 

 「アアアァァァァ!!痛い痛い痛い痛い痛いぃぃぃぃぃ!!」

 

 貴女は私を愛してないの?

 私と戦ってたのは演技じゃないの?

 貴女は私を本気で沈めようとしていたの!?

 アサシオは砲撃と雷撃をやめようとしない、四方八方から私を痛めつけて来る。

 どうして痛みで身を屈める私を執拗に痛めつけるの!?

 

 「痛いですか?」

 

 「あ…アサ…シオ……」

 

 どれくらいの時間攻撃されたのだろう……。

 意識が朦朧とする、体から血が抜けていく。

 痛みで立つことができない私の20メートル程前で、アサシオが砲を構えて立っていた。

 私を見据えて立っていた。

 

 その青い瞳に浮かぶのは、哀れみでも侮蔑でもない。

 恨みも愛情も感じない、優越感や好奇心も感じない。

 感情を一切感じない。

 ただ冷静に私を見据えているだけ。

 

 「どう…して……」

 

 どうしてそんな目をするの?

 初めて会った時は怒りに満ちていたじゃない。

 二度目に会った時は怒りに戸惑いのスパイスが加えられていたじゃない。

 三度目に会った時は怒りから憎しみに変わったじゃない。

 

 それなのに、今の貴女は凄く機械的だわ。

 無機質と言ってもいい、今の貴女は貴女らしくないわ!

 

 「私は貴女が嫌いです」

 

 「え……」

 

 今……なんて言ったの……?

 私の事が嫌い?どうして?

 ああ、まだ演技を続けているのね、人間に従うふりを。

 でも、もういいのよ?

 貴女と私はもう戦わなくてもいいの。

 

 「貴女はあの人を傷つけました。その償いをしてもらいます」

 

 「は?」

 

 あの人?

 初めて会った時も言ってたわね。 

 貴女を惑わす憎き相手、貴女を縛る諸悪の根源。

 そいつを私が傷つけた?

 濡れ衣を着せるのはやめて頂戴、私は何もしてないわ。

 私は貴女を愛しただけ、貴女を手に入れたいと思っただけ、貴女に愛してもらいたいと願っただけじゃない!

 

 「ゆる……さない……」

 

 貴女を惑わす『あの人』も、私の気持ちを裏切った貴女も許さない……。

 沈めてやる沈めてやる沈めてやる沈めてやる!

 抗ったって沈めてやる。

 謝ったって沈めてやる。

 何度蘇っても沈めてやる。

 何度でもお前を沈めてやる!

 

 お前は私を裏切ったんだから!

 

ーーーー

 

 

 「アァァサァシィオォォォォォ!!」 

 

 俯いていた窮奇が私に向かって突撃してくる。

 タフな人ですね、砲撃も魚雷をこれでもかと言うほど受けて尚、それほどの力を残していたんですか。

 でも、貴女に打つ手はない、体当たりするのが精々でしょう。

 

 ドン!

 

 私は窮奇の胸を狙って一撃、多少怯んだけど止まる様子はない。

 

 ドン!ドン!

 

 今度は『脚』と頭部に一発づつ。

 一度倒れ込みましたが、足だけで器用に立ち上がりましたね。

 でも、速度は極端に落ちました、歩くのと大差ない速度です。

 

 「アサ…シオ……ア…サ……シオ……」

 

 窮奇は、全身を裂傷と火傷に覆われ、蒼い血を流しながら私を求めて来る。

 貴女はどうして私を求めるの?

 いえ、聞くだけ野暮ですね。

 貴女が私を求めるのは私を愛しているから。

 私があの人を求めるように、貴女も私を求めてる。

 

 嫌いだなんて言ってごめんなさい、貴女の気持ちは痛いほどわかります。

 だけど、私は貴女の気持ちには応えられません。

 応えてあげる事が出来ません。

 

 だって、貴女は私の気持ちを無視してるもの。

 貴女の愛は一方通行だわ。

 

 私が好きなのは司令官。

 私を救ってくれた司令官。

 私が愛しているのはあの人だけです。

 貴女が入り込む隙間はありません!

 

 「あ…いし…て……。愛し……」

 

 「貴女の気持ちは受け取りました。だからお答えします」

 

 私の目の前まで来た窮奇の顔に生気がない。

 顔は血まみれで目は虚ろ、ブツブツと愛してると繰り返すだけ。

 

 「私は、貴女の事が嫌いです。貴女のモノには絶対なりません」

 

 二度目の拒絶、一度目よりハッキリと。

 

 「……」

 

 窮奇の目から涙が流れ、頭を垂れて膝から崩れ落ちた。

 いい気分ではありませんね。

 私を愛してくれた人を一方的に痛めつけ。

 私に初めて愛を囁いてくれた人を手酷くフった。

 だけど後悔はしていません。

 貴女は、私が倒すべき敵だったのですから。

 私が討つべき仇だったのですから。

 でも……最後くらいは……。

 

 「私の胸で…逝かせてあげる……」

 

 私は窮奇の頭を抱きしめ、そして撫でてあげた。

 あの人を傷つけた憎い人。

 私を何度も殺そうとした怖い人。

 そして、気が狂うほど私を愛し、求めてくれた人。

 

 (嫌わないで……)

 

 窮奇の気持ちが流れ込んでくる、死に瀕してまで私を求める窮奇の心が声となって。

 

 (貴女と…一緒に居たい……)

  

 貴女が艦娘ならそれも出来たかもしれない。

 だけど、私と貴女は敵として出会った。

 敵として出会ってしまった。

 それが、私と貴女の不幸の始まり。

 私と貴女の因縁の始まり。

 

 (一緒に…居させて……)

 

 その声を最後に、窮奇の体は砂のように崩れ去った。

 私の胸元に残ったのはサッカーボールくらいの大きさの紅い核。

 どんな紅より美しい、透き通るような紅い核。

 

 「綺麗……」

 

 貴女の思いそのもののような紅い色。

 まるで、貴女の愛を具現化したような色だわ。

 

 『朝潮ちゃん生きてる~?今どこに居るの~?』

 

 窮奇の核を撫でていると、通信で大潮さんが呼び掛けて来た。

 随伴艦を倒したのかしら?

 

 「こちら朝潮、窮奇の討伐に成功しました」

 

 『さすが朝潮ちゃんだわぁ♪こっちも随伴艦の撃破に成功ぅ~全員無事よぉ♪』

 

 『いや……私は大破してるんだけど……』

 

 西の方を見ると、遠目に大潮さんが手を振っているのが見えた。

 三人とも流石ですね、駆逐隊で姫級以上を複数含む艦隊を撃破、大戦果です。

 司令官もきっと喜んでくれるでしょう。

 さあ、ワダツミに帰りましょう、褒めてもらうのが今から楽しみです。

 

 「旗艦、朝潮よりワダツミへ。応答願います。」

 

 帰路につく前に、ワダツミへ通信を送る。

 一刻も早く司令官に会いたいけど、まずは安心させてあげたい。

 今から帰ると伝えたい。

 皆が無事な事を伝えたい。

 私が生きてる事を伝えたい。

 

 『こちらワダツミ、どうぞ。』

 

 「窮奇艦隊の撃滅に成功、欠員無し。これより帰投します」

 

 私は、オペレーターに手短に伝えて帰投を開始した。

 途中、大潮さん、満潮さん、荒潮さんに笑顔で迎えられて一緒にワダツミへ。

 みんな無事で本当によかった。

 満潮さんが無事とは言い難いですが、命の危険はなさそうです。

 

 窮奇の核を胸に抱き、逸る気持ちを押さえつけ、頭の中で司令官に伝える言葉を練習しながらワダツミに向け針路を取った。

 

 ただいま……ただいま……ただいま。

 

 私があの人に会って言いたいのは、その一言だけ。

 それだけで、きっとあの人はわかってくれる。

 それだけ言えばわかってくれる。

 私の気持ちも、先代の想いも、全部その一言でわかってくれる。

 早く伝えたい、あの人に『ただいま』と伝えたい。

 

 ワダツミの後部出撃ドックが見えて来た、ハッチは解放されてるわね。

 ワダツミの前方ではまだ戦闘は続いているみたい、流石に……出迎えは期待できませんね。

 少し残念だけど、司令官は真面目な方だから指揮を放り出してまで出迎えはしないはずだわ。

 

 「朝潮ちゃん、その核を渡して。持っててあげるから」

 

 「え?」

 

 大潮さんが私の左横に来て核を半ば強引に奪い取った。

 ワダツミまであと少しだから、このまま持っていても構わなかったんですけど……。

 

 「殿方をあんまり待たせちゃダメよぉ?」

 

 右横に来た荒潮さんが顎でワダツミの方を指しながらそう言った。

 殿方?待たせる?荒潮さんは何を……。

 

 「え……嘘……」

 

 出撃ドックに士官服を着た男性が、後ろで手を組んで立っている。

 あれは……司令官?

 なんでそこに居るんですか?

 外ではまだ戦闘をしてるんですよ?

 指揮を執らないとダメじゃないですか!

 

 「とっとと行きなさい。ちょっとだけなら、二人きりにしてあげるわ」

 

 「で…でも……」

 

 いいのかしら……今はまだ作戦中ですよ?

 それなのにこんな……。

 

 「小難しい事なんて考えなくていいの。司令官の胸に飛び込んで来なさい」

 

 満潮さんが背中を思い切り押して来た。

 ダメですよ……押されたらもう止まれないじゃないですか。

 司令官の胸に飛び込みたい衝動が抑えられない。

 もう気持ちが抑えられない!

 

 「司令官!」

 

 司令官に吸い寄せられるように体が動く、窮奇との戦闘で消耗してるはずなのに疲れを感じない。

 司令官の姿を見たら疲れなんて吹き飛んでしまった。

 

 「司令官!司令官!司令官!」

 

 気づけば、主砲を放り出して両手を突き出していた。

 司令官も両手を前に出して迎えようとしてくれてる。

 

 「司令官!」

 

 受け身を取る事も考えずに、勢い任せで司令官の胸にむかってダイブした私を、司令官が包み込むように受け止めてくれた。

 

 司令官の体温を感じる。

 司令官の匂いを感じる。

 

 ああ、司令官、朝潮は帰ってきました。

 貴方に与えられた任務を完遂し、ちゃんと生きて帰ってきました。

 朝潮()は貴方のために帰ってきました。

 

 「おかえり……朝潮」

 

 司令官が優しい声で私にそう囁いた。

 万感の思いが篭った優しい囁き。

 司令官がずっと言いたかった出迎えの言葉。

 言いたくても言えなかった、朝潮()への想いの塊。

 

 私も伝えます、貴方への想いを。

 先代が言えなかった想いに、私の想いをプラスして。

 

 私は、司令官の顔を見上げて、一言だけ言った。

 ずっと言えなかった言葉を、ずっと言いたかった言葉を声に乗せて。

 朝潮()の想いをたった一言の言葉に込めて。

 

 「愛しています(ただいま)……司令官」

 



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戦果報告

 最近、ネタを挟まないと死んじゃう病を患っている事に気がつきました。


 日本に戻って三日、ハワイ島の攻略を終えて帰投した私は、報告書を携えて元帥殿の所を訪れていた。

 お供を一人引き連れて。

 

 「圧倒的じゃないか、我が軍は」

 

 と、どこかの総帥のようなセリフを口にしたのは私の持ってきた報告書を読む元帥殿だ。

 そのセリフを言って程なく、その総帥は殺されたはずだが……まさかフラグじゃあるまいな?

 

 まあ、ソレは兎も角。

 元帥殿がそう言いたくなる気持ちもわからなくもない。

 私も報告書だけを見たのなら同じセリフを言っていただろう、そう言いたくなるほど日本側は大勝利したのだ、完全勝利と言っても良いほどに。

 

 中枢棲姫を討たれた敵艦隊は、想定していた以上に取り乱し、旗艦であるはずの両飛行場姫を置いて戦線を離脱し始め、戦闘開始から数時間だと言うのに掃討戦の様相を呈した。

 もっとも、これはあくまで日本側が受け持った西側の話だが。

 

 「米国側の損耗率は20%を越えています。米提殿には苦労をかけました」

 

 「気にする事はないよ。米国側が多少文句を言ってきたけど、指揮官だった米提君は君にお礼を言っていたよ?」

 

 「飛行場姫討伐後に、島の南北から援軍を送っただけですよ。作戦の内なのですからお礼を言われる筋合いはありません。それに……」

 

 本来なら、米国側が南北からこちらを援護する手筈だったのだが。

 敵の数が想定より多いばかりか、鬼級、姫級と言った上位種が大量に配備されていたのが原因で米艦隊は苦戦を強いられていた。

 

 作戦立案段階では西側70、東側200、中枢棲姫の直衛及び予備戦力60程と想定していたのだが。

 敵戦力は最終的に、西側102、東側263、島内は攻撃時に孵化した個体を合わせて41、総数406隻となった。

 立案段階でも多目に想定していたんだがなぁ……。

 

 「こちらの援軍が間に合ったのは、米提殿の機転のおかげですよ。彼は敵の規模を見て、無理に攻めず遅滞戦闘に切り替えた。それがなければ援軍は間に合わなかったし、損耗率も20%どころでは済まなかったでしょう」

 

 その機転のおかげで、ミッドウェー、ジョンスン両島の攻略に成功した日本艦隊は損傷の少ない艦娘で艦隊を再編し、ハワイ島の南北から敵主力艦隊の挟撃に成功、米艦隊と日本艦隊とで三方から袋叩きにする事が出来た。

 袋叩きには出来たが……。

 敵主力艦隊の旗艦であった、南方棲戦姫を取り逃がした事が唯一の心残りだ。

 これが後々、厄介な火種にならなければいいのだが……。

 

 いや、やめておこう、下手な事を言うとフラグになりかねん。

 

 「大和が囮以上に役に立ったとも聞いたよ?僕は放送で見ただけだけど、本当に大和の砲撃が深海棲艦の装甲を貫いたのかい?」

 

 「ええ、あれは嬉しい誤算でした。もっと早く知りたかったくらいですよ」

 

 そう、大和の砲撃は深海棲艦の装甲を貫いた。

 通常兵器をほぼ無効化するはずの敵の装甲を、いとも簡単に吹き飛ばしたのだ。

 おかげで西側に攻略はスムーズに行え、東側に援軍を送る余力も出来た。

 まあ……骨董品に無理をさせ過ぎたせいで、主砲は使い物にならない程損傷したが……。

 

 「元帥殿が知る歴史では、大和はどうなっているんです?もしやとは思いますが……」

 

 「うん、沈んでいるよ。敵艦載機から袋叩きにされてね」

 

 やはり、本来なら存在しないはずの艦だったか、それがどうして深海棲艦に効果があったのかはサッパリわからないが……。

 

 「もしかしてと言う期待はあったんだ。あの艦はたぶん……歴史の特異点そのものだからね。だから歴史の修正力かもしれない深海棲艦にも対抗できるのでは?と思っていたんだ」

 

 「予め教えておいて欲しかったですが」

 

 「確証がなかったんだ、そもそも試す事も出来なかったし。それに……これを思いついたのは、君が深海棲艦を刀で斬ったと言う話を聞いたからなんだよ?」

 

 「私が刀で斬ったのがどう関係するんです?」

 

 刀と大和では物が違いすぎるではないか。

 それとも、本来の歴史では私は生まれていない?

 いや、それなら他にも当てはまる人間は居るはずだ。

 と、すると……。

 

 「刀……日本刀その物が、大和と同じで失われていなければならない物と言う事ですか?」

 

 「うん、日本刀その物が無くなったわけじゃないけど。僕の知る歴史では戦時中も軍刀にされて多くの日本刀が失われているし。大戦後、米国に接収されている。君の愛刀は先祖伝来の物じゃないのかい?」

 

 「ええ、無銘ですが、かなり古い物です」

 

 なるほど、私の刀も失われていたかも知れないのか。

 だから私の刀は深海棲艦の装甲斬ることができた、気合いで斬っていたと思っていたんだが……。 

 

 「陸軍に進言しますか?日本刀を主武装にしろと」

 

 「深海棲艦に斬り掛かる奴は君と、君の娘くらいだよ。誰もやりたがらない。そもそも、刀があっても扱う技量がなければ意味がないだろう?」

 

 ごもっとも、戦場から離れて久しい陸軍軍人にそれやるほどの気概の技量もないでしょうね。

 

 「そうだ、君の娘さんに勲章の一つも贈らないといけないね。なにせ大将首を挙げたんだ、武勲は一番と言って良い」

 

 「できるだけ、金になりそうな装飾にしてやってください。速攻で売ると思いますので」

 

 「君の娘さんらしいね、呆れて物が言えないよ」

 

 「お褒めに預かり光栄です」

 

 「いや、一言も褒めてないんだけど?」

 

 まあ、しばらく自慢くらいはすると思いますよ?

 飽きたら埃を被るか、質草のどちらかなのは間違いありませんが。

 私と同じで実用性のない物に興味がない子なのでね。

 

 「娘さんの調子は良いのかい?まだ入院しているんだろう?」

 

 「週末には退院できる予定です。今は朝潮が面倒を見てくれてます」

 

 「ああ、それで今日は連れていないのか。その代わりのお嬢さんも大変可愛らしいけど……大丈夫かい?」

 

 「だ、大丈夫!よ……です!」

 

 そう言って元帥殿が見ているのは、柄にもなく緊張でガチガチに固まっている満潮だ。

 大本営に行くとしか言ってなかったからな、まさか元帥殿を前にして満潮がここまで緊張するとは思っていなかった。

 

 「実は、この子の進退について相談がありまして」

 

 報告書を持ってきたのはついで、本命は満潮の今後についての相談だ。

 

 「妾にするのかい?」

 

 「ぶっ殺されたいのかクソジジイ」

 

 人が真面目な話をしようとしたらこれだ。

 この愛らしい天邪鬼を前にして妾だと?

 するなら本命だろう!

 もし、私が朝潮より先に満潮と会っていたら、間違いなく満潮を選んでいたと断言できるほどの子なんだ。

 

 言動の裏に隠した他者への労り、気づかい、思いやり。

 先代の朝潮が戦死して、入渠する事に恐怖を感じるようになった満潮を見て心が痛んだ。

 普段は厳しく接しているのに、朝潮に甘えられると気持ち悪いくらいニヤける満潮を見て心が和んだ。

 初めて『ありがと……』と言われた時などキュン死しかけたほどだ。

 

 まあ、許されざる恋にハマりそうと勝手に思ってはいるが、私自身がその相手になろうと思ったことはない。

 そう、断じてない!

 

 「し、司令官……さすがにまずいんじゃ……」

 

 ん?何がだ満潮、ぶっ殺すと言った事か?

 ふむ、私と元帥殿を交互に見て狼狽えているな、非常にレアな光景だ。

 カメラを持ってくるべきだった……。

 

 「心配するな、私は笑顔だろう?元帥殿も冗談だとわかってくれているさ」

 

 「君は笑いながら人が殺せる人種だろう?それに、普通は冗談でも海軍のトップにぶっ殺すとは言わないよ?」

 

 「まあまあ、私と元帥殿仲じゃないですか」

 

 「どういう仲もなにも、部下と上司ってだけだけど?」

 

 あんまり満潮を不安にさせないでもらいたいんだがなぁ。

 ほら、真っ青になって冷や汗まで流してるじゃないですか。

 どこかにカメラはないだろうか。

 

 「で、本題ですが。満潮を私の補佐として横須賀に配属して頂きたいのです」

 

 「サラッと流したね君……。配属もなにも、彼女は横須賀所属だろう?」

 

 「『提督補佐』としてです。艦娘としてではありません」

 

 士官になったら私の権限では配属先を決められない、だから貴方にお願いしてるんですよ。

 海軍のトップである貴方に。

 

 「もうすぐ任期が切れるのかい?」

 

 「ええ、今年の4月には。士官になる事も満潮自身の望みです」

 

 元帥殿が、『ふむ』と言って白い顎髭をイジりながら

何やら考え込んでいる。

 貴方なら配属先に口を挟むくらい簡単なはずでしょう?何をそこまで考え込む必要があるんだ?

 

 「お嬢さん、いくつか質問してもいいかな?」

 

 「は、はい!」

 

 満潮に質問?

 満潮の答え次第では士官にすらしないつもりか?

 

 「歳はいくつ?」

 

 「こ、今年の3月で16になる…ります」

 

 「趣味は?」

 

 「趣味?えっと……洋服を集めて着るのが好き…かな……。あ、です!」

 

 お見合いか?

 いやそれより、無理に敬語を使わなくていいんだぞ満潮、語尾がおかしな事になってるじゃないか。

 

 「一般の生活に興味はないのかな?下世話な話になってしまうけど、退職金はかなりの額が出るし恩給も別に出る。無駄遣いしなければ食うに困らないよ?」

 

 確かに、満潮は艦娘歴が長いし、私の直属として難易度の高い任務に多く就いているから退職金も恩給もかなりの額が出る。

 そこらのエリート気どりが土下座して平伏すほどの額が。

 元帥殿は、金で釣って士官にさせないつもりか?

 

 「わた、私は……」

 

 「僕としては、君が士官になるのは反対だ。艦娘として死地に放り込んでおいて何をと思うかもしれないけど、一般人に戻れるチャンスをみすみす棒に振るのは賛成できない」

 

 満潮の決意をここに来る前に私は聞いている。

 そんな事で満潮は折れない。

 元帥殿、彼女は戦いから離れたいわけじゃないんですよ。

 彼女は別の戦い方を見つけたんです。

 

 「その…一般の生活は艦娘や軍人さん達の屍の上に築かれてる生活でしょ?」

 

 「そう言えなくもないけど……。だからと言って、いや、だからこそ君にはその生活を享受する権利があるんじゃないのかい?」

 

 元帥殿、それは薮蛇です。

 その言い方だと満潮に火を点けてしまう。

 彼女は、そんな権利は望んでいないのですから。

 

 「権利がある?ふざけないで!他人を足蹴にして平和な生活を享受するなんて私はご免だわ!私はね、艦娘だから知ってるの。今の日本がどれだけ艦娘の恩恵を受けているのかも、どれ程の艦娘の犠牲の上に成り立っているのかも!」

 

 「だけど、君は艦娘を辞めるんだろう?」

 

 「ええ辞めるわ!私が艦娘を辞めたって代わりはいくらでも居るもの!」

 

 「そうだね、君は別に特別じゃない。普通の量産型駆逐艦だ。次の適合者もすぐに見つかると思う。でもね、今度はその子が死地に赴くんだよ?君の代わりに。君はその事に耐えれるのかい?」

 

 「耐えれるわけないでしょ!そもそも、耐えようって考えが間違ってるのよ!」

 

 「ほっ!?」

 

 元帥殿がヒョットコみたいな顔で驚いている。

 無理もない、私も聞いたときは心底驚きましたから。

 

 「私はね、深海棲艦を根絶したいの、そのためには艦娘じゃダメ、もっと高い位置で戦わなきゃ無理なの。提督として、戦略レベルで戦わなきゃそれは叶わないわ」

 

 「い、いや……それじゃあ新しい満潮が死地に赴くのは変わらないよね?」

 

 「そうよ?だからなに?私の命令で誰かが死んだら私は耐えられないわ。耐えられないから泣くの、泣いて泣いて泣いて泣いて、死んだ子の事を心に刻み込んで戦い続けるの!次の子が戦わなくてもいい世界を作るために!私が戦争を終わらせてやるわ!」

 

 元帥殿が私を横目で見てくる。

 ええ、ただの屁理屈です、悲しみに耐えることに変わりありません。

 戦争を終わらせる?青臭い理想です、ですが私や貴方が諦めてしまった理想です。

 

 戦わなくてもいい世界、戦闘で死ぬ事がない世界、それが出来るならそれが一番良いに決まっている。

 だけど、私は自分の復讐を優先した、貴方は諦めて後を託せる者を求めた。

 まあ、貴方の場合は年齢の問題もありますがね。

 

 しかし、彼女は違う。

 私達が無理だと諦めてしまった理想を自分で成そうとしている。

 10代の少女がですよ?

 この話を聞いた時は『これが若さか……』と、ついオッサンじみた事を言ってしまいましたよ。

 

 彼女は私達と違って理想(無理)と思っていない、彼女は理想(道理)と思っている。

 終戦を諦める事(無理)が通って終戦させる事(道理)が引っ込んだ世界に、真っ向からケンカを売ってるんですよ。

 この小さな体で。

 

 「君が歩むのは茨の道だよ?それでもいいのかい?」

 

 「茨の道?生温いわ。私は針山でスキップしてやるつもりなんだから」

 

 針山でスキップか、考えただけで足の裏がムズムズしてくるな。

 満潮の歩む道が針山程度で済めばいいんだが……。

 

 「そうか、わかった。横須賀に配属されるように手配しよう。はぁ……君の所の駆逐艦は全員こうなのかい?前に連れて来た朝潮君といい、平気な顔で世界にケンカを売ってるじゃないか」

 

 「お褒めに預かり光栄です」

 

 「褒めてない、心配してるんだよ僕は」

 

 「老婆心など、彼女達からすれば邪魔なだけですよ。私達はただ見守ればいいんです。彼女達の行く末を」

 

 「何言ってるの?動ける内は役に立って貰わなきゃ困るんだけど?」

 

 おおっと、立ってる者は親でも使えか?

 別に、言葉通り見てるだけと言うわけじゃないんだぞ?

 私も隠居にはまだ早い、と言うか早すぎる歳だからな。

 

 「僕は隠居したいんだけどなぁ……。最近物忘れが激しくて……」

 

 「元帥殿は仕事を辞めるとコロッと逝くタイプですから隠居はお勧めしませんね。死ぬまで働いてください」

 

 少なくとも、満潮にある程度提督業を叩き込むまでは元帥でいてもらわないと。

 

 「いやいや、僕はこっちに来る前は引き篭も……。じゃなくて、僕もう100歳近いんだけど!?」

 

 「あと10年はいけますね、頑張ってください」

 

 確か……世界最高齢は110歳を超えていたはずだ。

 それに、歳の割に元気じゃないですか。

 あと10年くらい平気ですよ。

 

 「鬼か君は!早いとこ満潮君に後を任せて代わってくれ!」

 

 「満潮、何年くらい下積みをしたい?」

 

 「ん~、10年くらい?」

 

 満潮がすっとぼけた顔で私に合わせてくる。

 さっきまでガチガチに緊張していたのが嘘のようだ。

 

「はぁ……死にかけの年寄りにあと10年も働けなんて……。僕が知ってる歴史以上にブラックな世の中だよ……」

 

 貴方が知っている歴史がどうだったのかは知りませんが、変えたのは貴方だ。

 死ぬまで働けとは言いませんから、せめて満潮に席を譲るまでは待っていてください。

 彼女なら数年で仕事を覚えるでしょう。

 

 「提督君は嬉しそうだね、後身が見つかって嬉しいのかい?」

 

 「そうですね、嬉しいと言うよりは……」

 

 私は戸惑う満潮を見て考えた。

 

 元帥殿の言う通り、嬉しいと言う気持ちはある。

 だが、それだけじゃない。

 満潮の事が誇らしくて仕方ない。

 朝潮と神風ももちろん私にとって誇らしいが、満潮はあの二人とは違う。

 

 朝潮と神風は、良くも悪くも私の事を一番に考えるからな、私が気にしなければ世界など気にしない。

 私と縁も所縁もない者がどうなろうと知った事ではない。

 

 だが満潮は違う、彼女は元を断とうとしている。

 あの戦いの後、帰路に着いたワダツミの船内で満潮は士官になると私に言った。

 

 ハワイ島での戦闘で、彼女にどういう心境の変化があったのかはわからない。

 どんな考えに至ったのかわからない。

 どんな辛い思いをしたのかもわからない。

 

 士官になると言った時の満潮の瞳を、私は忘れる事が出来ないだろう。

 私と約束を交わした時の朝潮と同じ瞳、中枢棲姫の討伐を命じた時の神風と同じ瞳。

 いや、その時の二人以上の決意が篭った瞳だった。

 

 満潮なら、本当に戦争を終結に導くんじゃないかと思ってしまった。

 あの瞳を見て、満潮に私の全てを授けようと思った。

 戦争を終結に導く、次代の提督に。

 

 「私の誇りです。なにせ彼女は、後の歴史に名を残す英雄ですから」

 

 「は、はぁ!?意味わかんない!」

 

 おやおや、未来の英雄殿は照れてそっぽを向いてしまった。

 でもな満潮、今のは私の本心からの言葉だ。

 光栄に思うよ、未来の英雄殿に手解きをする栄誉を与えられた事を。

 

 私は、君の将来が今から楽しみでしょうがないよ。

 

 赤面して不貞腐れる、未来の横須賀提督殿。

 




 


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終章 いつかまた、この場所で
神風の帰還


 ハワイから帰って何日経ったのかしら。

 行きは三日かけたけど、アレはあくまで時間調整のためだからその気になれば二日ほどで帰れるはず。

 まあ、どっちにしろ新年は洋上で迎えたんだろうけど、それなりに宴会とかしたのかしら?

 私も混ざりたかったなぁ。

 って、こう言うと旅行帰りに聞こえるから不思議ね、実際は戦争しに行ってたのに。

 

 「知らない天井だ……」

 

 何故だか言わなきゃいけない気がした。

 まあ、ホントに知らないんだけどね。

 たぶん、工廠の治療施設の病室だと思うんだけど……なんでこんな所で寝てるんだろ?

 

 「え~と、確か……」

 

 自分の声に若干違和感を覚えながら、目が覚める前の光景を思い出す。

 覚えていたのは、ガンナー1にお姫様抱っこされて揚陸艇に乗ったところまで、そこから先は記憶にないわ。

 って言うか、なんでアイツに抱っこしてなんて言っちゃったのかしら、あんな奴に不覚にもトキメいてしまった自分をぶん殴りたいわ。

 

 でも不可抗力よね。

 あの時は同調を無理矢理切ったせいで意識が朦朧としてたし、体中痛くて仕方なかったし。

 そう、私は弱ってたのよ。

 アイツは卑怯にも、私が弱ってる所につけ込んだんだわ。

 弱ってる女は落としやすいって言うもんね。

 でもお生憎様。

 私はそんじょそこらの女とは出来が違うの、冷静になればあんな奴になびくことはないんだから。

 

 コンコン……。

 

 私から見て、左手にある病室のドアを誰かがノックしてる。

 『入ってま~す』とか言った方がいいのかしら。

 いや、それはトイレか。

 じゃあ『いらっしゃいませ』?

 いやいや、お店か!

 まだ意識が朦朧としてるみたいだわ、こういう時の返事が思い浮かばない。

 

 『神風姉ぇまだ起きてないのかな?』

 

 『お見舞いだけ置いて帰りましょう?あまり病室の前に居るとご迷惑になりますから』

 

 『眠り姫か……。僕の出番だね!』

 

 『松姉さん、何をしようとしてるのか存じませんがやめてください』

 

 この声……順に朝風、春風、松風、旗風ね。

 また輪形陣でお祝いしようとするのかしら、逃げようかな……。

 でも体がまともに動かない、と言うか違和感が凄い。

 何て言ったらいいんだろ、本来なら無いはずの所に手や足が有るような……。

 

 「失礼しま~す……」

 

 朝風がそろ~っとドアを開けて入ってきた。

 ギンバイでもしに来たの?もっと堂々と入ってきなさいよ。

 

 ん?そういえば返事したっけ?

 あ、結局返事してないや。

 だから寝てると思って静かに入ってきたのか。

 

 「あ、あれ?」

 

 「何よ、鳩が豆鉄砲食らったような顔して」

 

 寝てる私と目が合った朝風が、信じられない物でも見たような顔で驚いてる。

 寝起きの私がそんなに珍しい?

 

 「貴女……誰?」

 

 「は?」

 

 いや、何言ってんの?

 貴女たちが尊敬してやまない神風お姉様でしょうが、ちょっと会わなかっただけで忘れるなんて薄情過ぎない?

 

 「朝風さん、神風お姉様が起きてらっしゃるんですか?」

 

 「え?いや……起きてはいるんだけど……」

 

 「朝姉さん、取り敢えず入って頂けませんか?松姉さんが気持ち悪い顔で朝姉さんのお尻を見てます」

 

 「ちょ!松風!こんな所でやめなさいよ!」

 

 「ここじゃなければ良いのかい?しょうがないな姉貴は、じゃあ隣の部屋が空いてるみたいだからそっちで……」

 

 おいこら、貴女たち何しに来たのよ。

 私のお見舞いに来たんじゃないなの?

 って言うか松風ってそっちの気があったのね、今度から前以上に距離を置かせて貰うわ。

 

 「寒いから、入るならさっさと入りなさいよ。風邪引いちゃうじゃない」

 

 う~ん、やっぱり声に違和感が……。

 私の声なんだけど私の声じゃないみたい、ちょっと発声練習でもしてみようかしら。

 

 「エクス!……」

 

 「お姉様、それ以上はいけません。何故かわかりませんがいけない気がします」

 

 え?そ、そう?なんだか良い感じにビームとか出せそうな気がするんだけど……ホントにダメ?

 

 「恐れ入りますが……神姉さん…でよろしいんですよね?」

 

 「他の誰に見えるって言うの?」

 

 4人が顔を見合わせながら、『ほら、やっぱりお姉様ですよ』とか『でも身長が……』とか言ってるわね。

 体が動かしにくいのがもどかしい、このベッドって背中持ち上がらないのかしら。

 

 「食べ頃だね!」

 

 何が食べ頃なのか、絶対わかりたくないからアンタは黙れ松風。

 えっと、どこかにスイッチ的な物はないかしら。

 

 「あ、体を起こしたいんですか?少々お待ちください」

 

 春風がそう言って、ベッドの脇にあったのスイッチ操作すると、ゆっくりと背中が持ち上がり始めた。

 あ、これ楽だわ、一家に一台欲しいかも。

 

 「ありがとう、春風」

 

 「い、いえ!お姉様お役に立てたなら幸いです!」

 

 お礼と一緒に頭を撫でてあげたら、真っ赤になって離れてしまった。 

 って言うか間合いがおかしかったような……普通に撫でるつもりが最初の方は手首で撫でちゃったわ。

 私の手、こんなに長かったっけ?

 それに……。

 

 「胸が重そうだね♪」

 

 松風が、今にも涎を垂らしそうな顔で私の胸を凝視してる。

 いや、視姦してる?目が血走ってて怖いんだけど。

 まあ、それともかく……。

 

 そう、胸が重いのだ。

 見下ろして見ると、自分の臍部が見えない程度の膨らみがあった。

 私の胸、こんなに大きくなかったわよ?

 精々Cカップ位だったのに、今はDは軽くありそう……。

 

 「ね、ねえ……。誰か鏡持ってない?」

 

 「あるよ、これでいいかな?」

 

 と言って、松風が差し出してきたのは、手の平位の鏡に伸縮式の棒が取り付けられたの物だった。

 そうそう、これがあると便利なのよねぇ、廊下の角に隠れて角の向こう側を見るのが……って。

 なんでこんな物を携帯してるのか、ツッコんだ方がいいのかしら……。

 いや、やめとこう、ツッコんだら後悔しそうな気がする……。

 

 「これが……私?」

 

 鏡を覗くと、すんごい美人がそこにいた。

 別にお化粧してる訳でも、ドレスアップしてる訳でもないけど一目で美人とわかる超絶美女。

 顔のパーツ一つ一つと紅い髪は間違いなく私のものだわ。

 だけど全体的に大人びてる。

 いや、大人だ。

 私をそのまま、年相応に成長させたような美女が鏡に映っていた。

 化粧とか要らないわね、これだけの美女なら肌毛処理とスキンケアだけ十分だわ。

 

 「大変お綺麗ですよ、神姉さん」

 

 「ホント綺麗ね……神風姉ぇが艦娘辞めちゃったって噂、本当だったんだ……」

 

 あ、そっか!

 すっかり忘れてたわ、私自分で自分を解体したんだった!

 それで寝てる間に成長したのか。

 まさに寝る子は育つだわ、たった数日で育ちすぎな気もするけど。

 

 「私が艦娘辞めたって噂が流れてるの?」

 

 「ええ、作戦が終了して、日本への帰路ついた頃には……」

 

 私の噂がいつ頃から流れていたのかを、旗風が申し訳なさそうに教えてくれた。

 噂の出所は誰だろう?

 奇兵隊の奴ら?ん~たぶん違うわね、アイツらに艦娘が好んで近づくとは思えないし……。

 辰見辺りかしら。

 

 「朝風さん、悲しそうな顔をしてはダメですよ?お姉様は長い間必死に戦ってきたんです。辞めたからと言って誰も文句は言えません。いえ、言ってはいけません」

 

 「けど……」

 

 今にも泣き出しそうな朝風を、春風が頭を撫でながら宥めてる。

 まあ、今年の任期はもう少し残ってるんだけど……その辺はお父さんが上手くやってくれるだろうから気にしなくてもいいか。

 

 「そうだぜ姉貴。それに、神風の姉貴は最後に大手柄を立てたじゃないか。誰にも出来なかった中枢棲姫の討伐を成し遂げたんだぜ?」

 

 「松姉さんの仰るとおりです。神姉さんは私たち神風型の誇りじゃないですか。艦娘の礎を築き、そして最後は大手柄を立ててご勇退。神姉さんらしいと旗風は思いますよ?」

 

 勇退とはちょっと違うような気がするんだけど……艦娘辞めちゃったのは不可抗力だし。

 ま、いっか、褒められるのは嫌いじゃないし、むしろもっと褒めていいのよ?

 讃えてくれてもいいくらいだわ。

 

 「そっか……そうよね……じゃあ輪形陣でお祝いを!」

 

 「それはやめろ、マジで」

 

 どうしてお祝いイコール輪形陣なのよ、もっと他にも祝い方はあるでしょうに。

 もしかして、お祝いは輪形陣でやらないといけない決まりでもあるの?

 

 「そ、そう?神風姉ぇがそう言うならやらないけど……。後悔しない?」

 

 いや、しないわよ、するわけないでしょ?

 その『ホントに~?』って顔やめてくれない?

 張り倒したくなるから。

 

 「でも、気持ちはありがたく貰っとくわ。ありがとね、朝風」

 

 「う、うん……どういたしまし……て?」

 

 何をモジモジしてるんだか……。

 朝風が何故かげっ歯類に見えてきたわ、ケージの中で回し車廻してたら絵になりそう。

 

 「あの!神姉さん!旗風に剣術を教えて頂けないでしょうか!」

 

 「へ?」

 

 いきなり何よ、もしかして私みたいになりたいの?

 まあ、日本刀片手に戦場を駆ける私の格好良さに憧れる気持ちはわからなくもないけど……。

 

 「あ!私も私も!」

 

 朝風まで……旗風は日本刀が似合いそうな気はするけど、貴女はどっちかと言うと薙刀か槍って感じだけど?

 

 「それなら僕も教えてほしいな、やっぱ憧れるよね!」

 

 いや、アンタには似合わない。

 松風はトランプなら間違いなく似合うから、大人しくトランプ投げてなさい。

 

 「それなら私も……」

 

 春風も?

 その手に持ってる傘に刀を仕込んだら良さそうね。

 仕込み傘か……考えたら欲しくなってきたわ。

 

 「教えるのはいいけど……実戦で使っちゃダメよ?」

 

 「えー!なんでよー!」

 

 「せめて、私くらい動けないと邪魔になるだけだもの。それに、アレは艦娘としては邪道と言っていい技術よ、使わなくて済むならそれに越したことはないわ」

 

 この子たちがどの程度出来るのか知らないけど、あの作戦に投入された位だから練度はそれなりにあるのよね?

 だったら、下手に新しい技術を学ばずに、今修得してる技術を伸ばした方が絶対いいわ。

 

 「そんなにガッカリしないでよ。教えるくらいはしてあげるから」

 

 「やったな姉貴!これでカミレンジャーごっこが出来る!」

 

 だから、アンタは大人しくトランプ投げてろ!

 って言うかカミレンジャーって何よ、何処の戦隊ヒーロー?

 もしかして、横須賀鎮守府のご当地ヒーロー的な?

 だけど、青、桃、緑、黄は居るけど肝心の赤が居ないじゃない。

 赤が居ない戦隊ヒーローなんて、お味噌が入ってないお味噌汁みたいな物よ!

 え?例えがわかりづらい?

 思い浮かばなかったんだからしょうがないじゃない!

 

 「赤はもちろんお姉様で♪」

 

 おおっとぉ!?

 まともと思っていた春風がまさかの乗り気!?

 4人中3人がボケとかやめてよぉ……ツッコミが追い付かないじゃない。

 旗風がまともなのがせめてもの救いだわ。

 

 「怪人役は長門さんあたりにお願いいたしましょう♪」

 

 裏切ったぁぁぁ!

 旗風が速攻で私の気持ちを裏切ったぁぁぁ!

 なんで貴女まで乗り気なのよ!

 ボケ4人にツッコミ一人とか処理しきれるわけないでしょ!

 私、芸人じゃないのよ!?

 

 バン!

 

 「この長門を呼んだか!」

 

 「呼んでない!帰れ!」

 

 つかノックくらいしなさいよ!常識でしょ!?

 そりゃあ私も前はノックなんてしなかったわ、だけど私は身をもってノックの大切さを学んだからね!

 今ではちゃんとノックできるようになったし!

 

 「出たわね、怪人ながもん!カミレンジャー抜錨!いい、みんな? ついてらっしゃい!」

 

 おい、ここで戦闘始める気?

 ここ病室なんだけど?

 

 「カミピンク、春風。出撃させていただきます。抜錨です!」

 

 ノリノリだ!たぶん春風が一番ノリノリだ!

 戦隊モノのピンクが取りそうなポーズ決めて傘から刀を抜いたわ!

 って言うか仕込み傘だったのね、それ!

 

 「おおっと、お客さんか。カミレンジャー戦闘用意! いいかい、行くよ!」

 

 うっさいトランプウーマン!これ以上ややこしくしないでちょうだい!

 

 「あ、お茶を、お茶をお淹れしますね。えと、急須は……あっ、ここ? え、違う?あれっ?」

 

 いや、なんで旗風はお茶を煎れようとするの? 

 たぶん客である長門にお茶を出そうと思ったんだろうけど……。

 普通に前の3人に倣いなさいよ!

 いきなりボケのベクトル変えられるのホントに迷惑なんだけど!

 

 「……」

 

 ポーズをとるバカ3人と、急須を探すバカ1人を前に呆気に取られて固まる長門。

 そうよね、いくらアンタでも対応に困るわよね。

 よかったわ、アンタがこの4人のノリに乗っかるほどバカじゃなくて。

 

 「フフフ……よく来たなカミレンジャー!改装されたビッグ7の力、侮るなよ!」

 

 ああ……本当のバカは私だった……。

 アンタを一瞬でも信じた私がバカだったわ……。

 

 っつか、来たのはアンタだ!

 固まってたのはセリフを考えてたから!?

 ボケが5人になっちゃったじゃない!

 もうここは無法地帯よ!

 ボケが飽和しちゃってるじゃない!

 

 「長門、病室なんだから静かにしなきゃダメじゃない。って言うか邪魔だから早く入って」

 

 辰見ぃ……腕組みしてふんぞり返る長門を押しのけて病室に入って来る貴女が、私には救世主に思えるわ。

 中二病患者って言ってバカにしたのを謝らなきゃ……。

 

 「え~と……」

 

 うん、どう反応していいのかわからないんでしょ?

 私でもこの光景をいきなり見たらそうなっちゃうわ、だけど遠慮せずに止めてくれていいのよ?

 フラフラしながらもポーズを取り続ける3人と、呑気にお茶を煎れ始めたバカとふんぞり返ってるバカをしばき倒して!

 

 「……オレの名は天龍。フフフ、怖いか?」

 

 お前もかぁぁぁぁ!

 だいたい、アンタもう天龍じゃないじゃない!

 今の天龍に謝りなさい!

 セリフ取っちゃってごめんなさいって謝れ!

 今すぐ!

 

 「チッ……お前たちにやられた左目が疼きやがるぜ……」

 

 うっさい!黙れバカ!

 なんでノリノリなのよ!この光景を見ただけで状況がわかるほど察しがいいなら、私の気持ちも察してよ!

 もういっぱいいっぱいなのよ……。

 プロの芸人でもない私に、6人が真剣にボケまくる状況をどうにかするなんて無茶ぶりにも程があるわ!

 

 「何を騒いでるんですか?病室で騒ぐのはあまりお行儀がいいとは……」

 

 へーい!

 7人目の登場だー!

 もう期待しないわよ、どうせ鳳翔さんもボケるんでしょ?

 この光景を見てノリノリになっちゃうんでしょ?

 

 「実戦ですか・・・致し方ありませんね!」

 

 ほーら、案の定ノリノリだー!

 どこからともなく弓矢を取り出して戦闘順次万端。

 毎回思うけど、その弓矢どこに仕舞ってるの?

 もしかして袴の中?

 

 「アンタたち……」

 

 もう、我慢の限界だわ。

 怠いから大きな声は出したくなかったのに、せっかくお見舞いに来てくれたんだから怒鳴らずに心の声でツッコミしてあげてたのに……。

 

 でも、ここらで止めないと収拾がつかなくなる。

 私が声を荒げたくらいで収拾がつくとも思えないけど、このまま病室で暴れられるよりきっとマシよね……。

 

 「すぅ~……」

 

 私は、空気を胸いっぱいに吸い込む。

 今から放つのはアンタ達を一喝する全力の一撃。

 束ねるは私の怒り、言葉に乗せた私の激情、受けるが良い!

 

 「いいかげ……!」

 

 「いい加減にしなさい!病室で騒ぐとは何事ですか!」

 

 私が言う前に、私のセリフが誰かに持って行かれた。

 声の主は長門達の後方、病室の外だ。

 

 この声は……朝潮?

 

 「鳳翔さん!その弓矢をしまってください!貴女ともあろう人が何をしてるんですか!」

 

 「は、はい!」

 

 「辰見さん!指揮官である貴女が率先して騒ぐとはどういう事ですか!」

 

 「すみません!」

 

 朝潮の叱責で大の大人二人が縮こまった。

 長門は冷や汗を流しながら目を泳がせてるわ。

 

 「それで、いつまでそこに立っているつもりですか?邪魔なので退いてくれると助かるのですが」

 

 「ふ…ふふふ……ここを通りたくば私を倒して……!」

 

 ズドン!

 

 「ふぉ!」

 

 長門が振り向く前に、お腹に響きそうな音が響いて長門が白目を剥いた。

 腕組みしたまま、微妙に後ろを振り向こうとした姿でつま先立ちになってるわ。

 

 「……」

 

 ズズゥゥゥン……。

 

 長門が頭から床に倒れて、私が知ってる装いと変わっている朝潮が取っていた姿勢は、アッパーのように上方へフックを繰り出すガゼルパンチ。

 それを長門のケツにぶち込んだのね。

 どこでガゼルパンチを見たのか知らないけど、打ち終わりの姿勢を見ただけで見事なガゼルパンチだった事がわかるわ。

 長門のケツは、下手したら使い物にならなくなってるかもしれないわね……。

 ざまぁみろバーカ。

 

 「さて、そこの4人」

 

 「「「「は、はい!」」」」

 

 「旗風さん以外の3人はパイプ椅子を人数分並べなさい。旗風さんはお茶を人数分。いいですね?あ、ながもんの分は用意しなくていいです」

 

 「「「「イエス・マム!」」」」

 

 朝潮の命令通り4人がテキパキと動き出した。

 ちょっと見ない間に一皮むけたかしら。

 本気の時のお父さんみたいに有無を言わせぬ雰囲気を纏わせた命令だわ。

 

 「目が覚めたんですね」

 

 「え、ええ……」

 

 あ、あれ?なんで私まで睨むのよ、もしかして私も一緒になって騒いでたと思われてる?

 

 「……」

 

 「あの……朝潮?」

 

 どうしたんだろう?私の胸の辺りを凝視しているような……。

 朝潮にそっちの気はなかったはずだけど……。

 

 「駄肉です……アレは駄肉、駄肉、駄肉……」

 

 なんか、真顔でブツブツ言いだしたんだけど!?

 駄肉って何よ、私の胸の事!?

 アンタ自分の無乳にコンプレックスがあるからって、人の胸を駄肉呼ばわりするのやめてくれない!?

 

 「う、羨ましい?」

 

 「いえ!まったく!」

 

 ワザとらしく両手で胸を持ち上げて言ってみたら殺気が篭った否定が飛んできた。

 いや、羨ましいんじゃん。

 眼尻に涙まで浮かべて悔しがっちゃって。

 

 「はぁ、それはともかく。目が覚めたようで本当に安心しました。1週間以上寝ていたんですよ?」

 

 「1週間!?そんなに!?」

 

 朝風たちが用意したパイプ椅子に座った朝潮が言うにはこうだ。

 私がワダツミに戻った後、西側を攻略した日本艦隊は米艦隊と協力して東側を2日かけて鎮圧。

 その後、補給やハワイ島周辺の掃討で2日費やし、あとの処理を米国に任せ、3日かけて横須賀に帰って来たらしい。

 そして今日は1月8日、横須賀に帰って2日経っていた。

 

 ちなみにお父さんは今、明日大本営に持って行く報告書の最終チェックをしてるらしい。

 

 「じゃあ、作戦は成功したのね?」

 

 「ええ、米国側にかなりの被害が出ましたけど、作戦は大成功です」

 

 そう……よかった……。

 それを聞いて安心したわ。

 まあ、お父さんがあの状況から逆転されるとは思えなかったけど。

 

 「ただ、東側の旗艦だった南方棲戦姫は取り逃がしました。どうも一度島に上がり、陸上を移動して南に抜けたようです」

 

 へえ、深海棲艦にも自分の命を惜しむ奴がいたんだ。

 陸上を移動してまで逃げるなんて大したものだわ。

 

 「貴女が相手するはずだったキュウキ……だっけ?そいつはどうなったの?」

 

 「倒しました、核も回収しましたよ」

 

 確か、私が知ってる限りでは戦艦棲姫だったはず。

 戦艦、しかも姫級の核か、お父さんはどうするつもりなんだろう。

 妖精さんに渡せば、何かしらの艦娘の艤装を建造するだろうけど、そいつって先代の朝潮の仇よね?叩き割っちゃったかしら。

 

 「核はどうしたの?割っちゃった?」

 

 「いえ、それが……」

 

 ん?なんで言い淀むの?

 なんか嬉しそうな、それでいて嫌そうな微妙な顔をしてるけど。

 

 「司令官が妖精さんに渡したら、ある艤装が建造されました」

 

 あ、壊さなかったんだ、お父さんにしては理性的な判断をしたじゃない。

 まあ、姫級以上の核を使ったからって強力な艤装が建造されるわけじゃないけど、壊すには少々惜しいものね。

 

 「その結果……戦艦 大和の艤装が建造されました……」

 

 「それホント!?」

 

 今まで、まったく建造される事がなかった大和の艤装が建造された!?

 大収穫じゃない!

 太平洋側の脅威が減ったって言っても東南アジアはまだだもんね、大和の活躍の場は十分あるわ!

 

 「喜ばしい事じゃない。なのに、なんで貴女はそんな微妙そうな顔をしてるの?」

 

 「だって元が窮奇ですよ!?私を精神的にも肉体的にも散々苦しめた窮奇ですよ!?もし適合者が窮奇の影響を受けちゃったらどうするんですか!また追い回されちゃいますよ!ながもんだけで手一杯なのに窮奇まで加わったらお手上げです!」

 

 あ~、そういう事か……。

 そうよね、適合者は前任者の影響を気づかない内に受ける事があるらしいしね。

 神風の艤装に使われてたのは確かイ級だから、私は影響を受けなかったけど、我が強い姫級以上がコアになってたら貴女が言うような影響も受けちゃうかもね。

 知った事じゃないけど。

 

 「そ、それと……お前の艤装もちゃんと回収しておい……たぞ……。痛た……朝風、すまないが私にも椅子を……」

 

 「チッ……仕留め損ないましたか……」

 

 舌打ちをやめなさい朝潮、気持ちはわからなくもないけど貴女には似合わないわよ。

 お父さんが見たらショック死しそうだわ。

 

 それより、長門は座れるのかしら、お尻にアサシオの殺意が篭ったガゼルパンチを食らったんでしょ?

 いやまあ、自業自得だから別にいいんだけど。

 

 でもそっか、艤装はちゃんと回収されたのか……。

 

 「そう……ありがとう」

 

 じゃあ、次の神風が生まれるのね……。

 もう神風を名乗れないなぁ、覚悟はしてたはずだけど、やっぱり寂しいわね。

 

 「ひょぉう!」

 

 あ、やっぱり座れなかった、お尻を押さえて飛び跳ねてるわ。

 

 「うるさいですよ ながもん、静かにしてください」

 

 容赦ないわね……。

 戦艦を、眼光と言葉だけで大人しくさせる駆逐艦なんて貴女くらいよ。

 長門だけじゃなく、他の6人も冷や汗流して黙り込んじゃったけど……。

 

 「で?皆さんは何をしにここへ?」

 

 「わ、私たちは神風姉ぇのお見舞いに……。病室に入ったら起きてたから少しお話してたの……」

 

 お話?まあ、お話と言えない事はないけど、後半は悪ノリしてただけよね?

 あ、4人揃って人差し指を口の前で立てて、言わないでってジェスチャーしてるわ、笑えるほど必死に。

 

 「私達も同じよ?まあ……起きてなかったらイタズラしようくらいは思ってたけど……」

 

 「辰見さん!それは言わなくていいんです!しーです!」

 

 しーです!じゃないわよ鳳翔さん、その言い方だと貴女もイタズラする気だったんじゃない!

 そうよね、朝風たちのノリに乗っちゃうほどだもんね、イタズラにもノリノリになるわよね。

 

 「なるほど、最近は病室で騒ぐ事をお見舞いと言うんですね。朝潮、勉強になりました」

 

 おお……7人が打ち合わせでもしてかのように一斉に朝潮から目を逸らした。

 見事な練度だわ。

 

 「やめてあげて朝潮、みんな反省してるから……たぶん。」

 

 「はぁ……神風さんがそう言うならまあ……許してあげましょう」

 

 よかったわねみんな、朝潮の怒りはとりあえず収まったわよ。

 私の怒りは行き場を失って、胸の中でモヤモヤしてるけど。

 

 「そう!お見舞いだ!全員ちょっと集まってくれ!激励、いんせんてぃぶというのをやるぞ!セリフはこの長門が今考えた!」

 

 「はぁ!?激励!?なんで?」

 

 いきなり何を言いだすのよこのゴリラは、私に激励?

 いや、別にいいからそういうの苦手だからやめてくれない?

 

 「何を言う!お前は、我々艦娘皆が誇るべき偉大な姉だ!その姉のこれからを応援したくなるのは当然ではないか!」

 

 その偉大な姉をお前呼ばわりとはどういう了見なわけ?

 それに、私はもう艦娘じゃないのよ?

 これからも何もないじゃない、退職金も恩給もあるしのんびり暮らすわよ。

 そう……のんびりと……。

 

 「長門にしちゃあいいアイディアね、私は乗ったわ」

 

 貴女は面白そうならなんでも乗るでしょ辰見、顔がウキウキしてるわよ?

 

 「私も賛成です。友人のこれからを応援したくなる気持ちは私も同じですから」

 

 鳳翔さんまで……。

 だから応援されるほどの事は何も考えてないったら、かなり早いけど私は隠居するんだから。

 そう、隠居……隠居かぁ……暇な生活に耐えられるのかしら、私。

 

 「私もやる!ね!貴女達もやるでしょ?」

 

 「もちろんです♪」

 

 「やらないわけがないさ!」

 

 「神風型の一員として頑張ります!」

 

 朝風たちもか……これは諦めるしかないかなぁ……。

 残るは朝潮だけだけど……。

 止めてくれないかしら。

 

 「この病室から出ていけ。と言いたいところですが、私も賛成です」

 

 いや、言ってよかったのよ?

 むしろ言って?

 

 「よし、じゃあちょっと集まってくれ」

 

 長門が両手で来い来いってジェスチャーしてみんなを集めて、ヒソヒソと相談し始めた。

 何を言われるのかしら、本当にやめてほしいんだけどなぁ……。

 

 だって、艦娘を辞めた今、やりたい事なんて何もないもの。

 婚活でも始める?

 却下ね。

 別に結婚に焦ってないし、私ほどの美人なら相手にも困らないだろうし。

 なぜかモヒカン(アイツ)の顔が思い浮かぶのが気に食わないけど……。

 

 じゃあお父さんの世話をする?

 ん~~、却下ね。

 自分のお金を使わなくても食うには困らないだろうけど、お父さんの世話係は朝潮がいるし、邪魔もしたくないし。

 

 それか、朝風たちに剣術を教える約束もしたし、いっそ教官とかにでもなる?

 ん~、これも却下。

 私って教えるの苦手だし、朝風たちも二、三日しごけば根を上げるでしょう。

 

 ホントに……やりたい事がないなぁ……。

 ずっと艦娘として過ごして来たからかしら、戦いから離れた自分が想像できない。

 違うか、想像したくないんだ。

 私は戦う事しかできないもの……戦い方しか知らないもの……。

 

 私は……これからどうやって生きていけばいいんだろう……。

 

 「よし!総員!配置に着け!」

 

 打ち合わせが終わったのかしら、長門の号令で8人が私のベッドを囲った。

 私の左から朝潮、辰見、鳳翔さん、ベッドの正面に長門、そこから朝風、春風、松風、旗風の順に。

 まさか、輪形陣でお祝いじゃないでしょうね……。

 

 「神風姉ぇ、貴女は私たち神風型の誇りです」

 

 「自慢のお姉様です」

 

 「憧れです」

 

 「目指すべき目標です」

 

 朝風から順に私を言葉で持ち上げて来る。

 そんなにハッキリ言われたら気恥ずかしいんだけど……。

 何よコレ、新手の羞恥プレイ?

 

 「神風さんのおかげで、私は強くなれました」

 

 4人の次は朝潮か。

 でも、それは違うわ朝潮、貴女が強くなったのは貴女の努力の賜物よ。

 私は、その手助けをしただけ……。

 

 「神風のおかげで、私は妹の死を乗り越える事ができたわ」

 

 龍田が戦死した時に、腐ってた貴女をフルボッコにした事?

 あれで立ち直る貴女の神経が私には信じられないんだけど……。

 

 「神風さんと切磋琢磨した日々を、私は決して忘れません」

 

 昔は、お互い苦労したわよね……自分の艤装の使い方もわからないまま放り出されて……。

 鳳翔さんの苦労は私以上だったはずよ、駆逐艦と空母じゃ、戦い方がまるで違うもの。

 

 「神風……」

 

 最後は長門か……こいつは何を言うつもりかしら。

 鳳翔さんみたいに昔の苦労を共有したい?

 それとも、辰見みたいにフルボッコにされた事を言うつもり?

 

 「お前は、もう神風ではない」

 

 ええそうよ、私はもう神風じゃない。

 そんな事アンタに言われなくたってわかってるわよ……。

 

 「だが、私の掛け替えのない友だ」

 

 私は長門の瞳を真っすぐに見つめ返す。

 少し目がうるんでる?

 アンタに涙なんて似合わないわ、アンタは横須賀が誇る戦艦長門でしょうが、横須賀の守護神でしょうが。

 泣くんじゃないわよ、情けない……。

 

 「私には、戦いから離れたお前が想像できない」

 

 ええ、私にもできない……。

 

 「お前がのほほんと、一般人と同じ生活をしているのが想像できない」

 

 うん、私にそんな生活は無理……。

 

 「鎮守府に残ってくれ、お前がいないと……私ははり……張り合いが……」

 

 長門の目から大粒の涙が流れ始めた。

 何が激励よ、アンタは私に残ってほしいだけじゃない。

 私と、離れたくないだけじゃない……。

 

 「私はお前と離れたくない!戦わないお前を見たくない!」

 

 まったく、鼻水まで垂らして情けない、ビッグ7の名が泣くわよ……。

 脳筋で、お父さんと違って見境のないロリコンで……。

 そして、私の大事なケンカ友達で……。

 私の一番の……親友。

 

 「ここに居ろ……鎮守府(ここ)から出て行くな!」

 

 勝手な事を……私が鎮守府に残ろうと思ったら奇兵隊として残るしかないじゃない。

 横須賀鎮守府の汚れ仕事専門の奇兵隊として。

 あ……、その手があったか。

 奇兵隊として残ればいいんだ……。

 

 「誰が出て行くって言った?」

 

 「え……?」

 

 そう、私は鎮守府から出て行くなんて一言も言ってない。

 マヌケな顔してんじゃないわよ、私だってアンタというストレス発散用の相手がいない生活なんて耐えられないわ。

 

 「私は奇兵隊として鎮守府(ここ)に残るわ、お父さんも少佐も鎮守府の運営で忙しいからね。私が奇兵隊の総隊長に就く」

 

 そう、これでいい、私にピッタリじゃない。

 お父さんがなんて言うかわからないけど、絶対説得するわ。

 隊員たちは……、文句言わないわね、問題ないわ。

 

 「その代わり覚悟しなさい?私は憲兵程優しくないわ、駆逐艦に手を出したらその場で首を刎ねてやるから」

 

 頬を涙が伝わる感じがする。

 私が泣いてる?

 長門の涙でもらい泣きしちゃったかしら。

 

 さあ、私は進む道を決めたわよ。

 激励してくれるんでしょ?

 早く応援して頂戴、私のこれからを……。

 

 私を囲んだ8人は、目配せでタイミングを合わせ、輝く様な笑顔で私にこう言ってくれた。

 

 激励とは言い難い言葉を、ただ一言だけ……。

 『おかえりなさい!(ようこそ、横須賀鎮守府へ!)』と……。

 

 そして、私はこう返した。

 私を歓迎してくれている8人に負けないくらいの笑顔を浮かべて。「ただいま(ありがとう)」……と。



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提督と満潮 終

 『東京は2月が一番寒い』という言葉を、どこかで聞いた覚えがあるけれど。

 横須賀まで寒くなくていいと、私は思うんだけどな。

 

 立春はとっくに過ぎたんだから、早く暖かくなればいいのに、って司令官に愚痴を零したら。

 立春は正確には『春が立つ』という意味で、立春を迎えた頃から気温の底はピークを過ぎ、徐々に春めいた気温や天気に変わっていく、という事なんだと教えてくれた。

 だから、暖かくなり始めたばかりなのに『立春なのに寒い!』と憤るのは間違った考え方になるんだって。

 

 「だったら『春』って漢字を入れなきゃいいのに、紛らわしい……」

 

 「それは昔の人に言ってくれ、私に言われても困る」

 

 そりゃそうだ。

 だけど、私も司令官の買い物に付き合わされて困ってるんだから、少しくらい困らせてもいいと思うんだけど?

 

 「しかし……えらくめかし込んだな、合コンでも行くのか?」

 

 「せめてデートって言ってくれない?それに、合コンに行って男を漁ってる暇なんて私にはないわ」

 

 こう言いながら2人で歩いてると、まるで司令官とデートしてるみたいな感じになるわね。

 そんな気は全くと言っていいほどないけど。

 

 「まあ、私とお前の2人だけだからデートと言えなくもないが……」

 

 いや、勘違いしないで、私にそんな気はないから。

 けど、司令官が土下座してどうしてもって言うなら考えなくもないわ。

 朝潮にバレないようにするのが大変そうだけど。

 

 それに、私的にはめかし込んでるって程お洒落はしてないつもりよ?

 髪は結ってないし、服はレースのフレアスカートと薄いブラウンのショートダッフルに靴はスニーカーだもん。

 

 私が本気でお洒落したら凄いんだから、黒メインのゴスロリファッションで行こうと思ったら、大潮と荒潮に本気で止められたけど……。

 可愛いのになぁ……あの服……。

 

 ちなみに、司令官は士官服じゃなくてスーツ姿。

 スーツ姿なんだけど……、ハッキリ言って893にしか見えない。

 だって真っ白なスーツにピンクのYシャツよ?

 しかも厳ついサングラスとハンドバッグ付き!

 どう贔屓目に見ても893だわ、確実にカタギじゃない、軍人をカタギと呼んでいいのかどうかは微妙なところだけど。

 

 でも、司令官の風体のおかげで、平日でも人がごった返してる商店街を歩いてるってのに人が勝手に避けてくれるからすっごく歩きやすい。

 今度からここに来るときは、司令官を一緒に連れて来ようかと思うくらいスイスイ歩けるもの。

 モーゼが海を割ったように人の海が左右に割れて行ってるわ。

 

 ただ、ここに来て職務質問をすでに3回受けてるのよね、2回目までは笑って対応してた司令官も、三回目には警察署に電話かけて抗議してたわ。

 建物ごと潰すぞとか言ってたわね、職質されるのが嫌なら893みたいな格好しなきゃいいのに。

 

 「ねえ、司令官の私服ってそんなのしかないの?」

 

 「ああ、私服は普段着ないからな、これは確か……神風がプレゼントしてくれた奴だ」

 

 なるほど、あの人の趣味なわけね。

 確かに似合っている、これでもかと言うほど似合ってるわ。

 職業は893ですって言われたら、きっと疑う事無く信じちゃうくらいに。

 

 「変か?」

 

 「いいえ?違和感がないほど似合ってるわよ」

 

 似合いすぎてて周りに迷惑がかかってるけどね……。

 ごめんなさい、商店街の皆さん。

 この人、自分が強面だって自覚がないみたいです。

 でも許してあげて?

 この人ってこれでも、横須賀鎮守府の提督なんです、国土防衛の要なんです。

 命張ってるんです!格好はこんなでも!

 

 「どうしたんだ満潮、思い詰めた顔して」

 

 「何でも無い……」

 

 口調が仕事モードなのがせめてもの救いね、この格好で山口弁丸出しだったら言い訳のしようがなかったわ。

 

 映画の影響って凄いわね、あの近県の方言を喋る人がみんなその筋の人に見えちゃうんだから。

 ある意味、風評被害に思えなくもないけど……。

 

 「お、あった。あの店だ」

 

 着いちゃったか、私と司令官の目に前にあるのはジュエリーショップ。

 別に強盗しに来た訳じゃないわよ?

 もちろん、悪質なクレームをつけに来たわけでも、みかじめ料を取りに来たわけでもない。

 

 着任してもうすぐ1年になる朝潮に、何か記念になる物を贈りたいと言う相談を司令官にされた私が冗談交じりに、『指輪でもあげたら?』って言ったら、本当に買う気になっちゃったの。

 

 結婚してたんだから指輪くらい1人で買いに行きなさいよって言ったら、『最近の子の好みがわからん』なんて言うんだもん、それにサイズもわからないって言うし。

 

 「よ、よし……入るぞ……」

 

 いい歳したオッサンがなに緊張してるの?

 とっとと入れ、店の前で仁王立ちしないでよ、店員さんが怯えて固まってるじゃない。

 下手したら通報されかねないわ。

 

 「い、いらっしゃいませ……」

 

 店に入ると、店員のお姉さんが、恐怖で竦む自分に鞭打って健気に対応してくれた。

 今にも泣き出しそうな笑顔だけど……。

 

 「指輪が欲しいんだが」

 

 「は、はい!こちらへどうぞ!」

 

 ドスを利かすな!店員さんがビクッてなっちゃったじゃない!見てて可哀想になるから声のトーン上げてあげて!

 

 「えっと……男性用で……宜しいんでしょうか……」

 

 「いや、女性用でお願いします」

 

 「サイズはおわかりですか?」

 

 「サイズ……サイズか……」

 

 そんなに心配しなくても、司令官が朝潮の指のサイズを知らないって聞いたからそれとなく調べてきてるわ。

 だから困った顔で私を見ないで。

 店員さんが、なんでこの子に聞くんだろう的な目で私を見てるじゃない。

 

 「3号なんですけど、あります?」

 

 朝潮の薬指は肉体年齢の割に細かった、と言うか私と同じだったからサイズは3号で大丈夫なはずよ。

 このお店にあればいいんだけど……どう見ても大人用の指輪しか置いてないように見えるし……そもそも、十代の子に贈るような値段の指輪が見当たらないんだけど……。

 

 「3号ですか!?あの……失礼とは存じますが、もしかして指輪を贈られるのは此方のお嬢様でしょうか?」

 

 まあ、そうなるわね。

 大人の女性の平均が9号位なのに、聞いたのが3号なんだもん。

 

 「いや、この子ではないが歳はそう変わらない。」

 

 「は、はあ……左様ですか……。ですが、3号となると特注になってしまいますが宜しいでしょうか」

 

 「今月中に受け取れるなら問題ない」

 

 やっぱり特注になるか、まあしょうがないわよね。

 

 「それは大丈夫です。デザインはいかが致しましょう。この辺りがお勧めではありますが……」

 

 サラッと高いのを勧めて来たわねこの店員さん、デザインは確かに良いけど、一番安いので10万超えてるじゃない。

 

 「……」

 

 はいはい、私が選べばいいんでしょ?

 だから縋るような目で私を見るのをやめてちょうだい。

 

 「そうね……これなんかどう?」

 

 私が選んだのはインターロッキングサークルリングという、二つで一つになっている指輪に手彫りされてるデザイン、何の花かはわからないけど、リング全体に花の模様が彫ってあり、ダイヤと思われる宝石が一つあしらってあるわ。

 お値段は……。

 おぉふ……十代の小娘に贈るには贅沢すぎる値段だわ。

 

 「なるほど、このデザインで宝石の種類は変えられるのかい?」

 

 「可能ですが……宝石は何に致しましょう」

 

 「タンザナイトで」

 

 タンザナイト?なにそれ、宝石?

 なんか宝石って言うより鉱石って感じの名前だけど。

 

 「素敵なチョイスですね、指輪を贈られる方は12月生まれですか?」

 

 「ええ、調べてみて彼女にその宝石あしらった指輪を贈りたいと思ってしまいまして」

 

 なんで店員さんは朝潮が12月生まれだってわかったんだろう、タンザナイトってもしかして誕生石?

 12月の誕生石ってターコイズじゃなかったっけ。

 

 「タンザナイト、12月の誕生石の一つで、キリマンジャロの夕暮れを思わせる深い青紫色が美しく、魅力的な宝石。高次元の意識へとつなげ、冷静な判断のための客観性をもたらすとか。持ち主の魅力を引き出し、輝かせるなどとも言われていますね」

 

 ご説明痛み入ります店員さん。

 そんな宝石があったのね、勉強になったわ。

 司令官もやるじゃない、宝石の意味にも拘るなんて、顔に似合わずロマンチストなのね。

 

 「お値段はこのようになりますが……宜しいですか?」

 

 「構いません、それでお願いします」

 

 即決!?

 そこらのサラリーマンの給料2ヶ月分くらいの値段だけど!?

 あ、ハンドバックから札束が出て来た……一体いくら位の値段を想定してたのよ……札束が二つも入ってるじゃない。

 

 「あ、君、このペンダントについてる石はブラッドストーンかい?」

 

 なんだか物騒な名前の石ね、赤いのかしら。

 いや、深い緑色だわ、それを赤い斑点模様が神秘的に彩っている。

 この斑点が血液みたいに見えるからブラッドストーンなのかしら。

 

 「はい、そうなります。お出ししましょうか?」

 

 「お願いします。満潮、これとかどうだ?」

 

 どうだって言われても……。

 三日月とユニバーサルデザインのネックレスか、三日月の中央に、斑点が星雲みたいに見えるブラッドストーンが吊られてるわね。

 嫌いじゃないけど……これも朝潮にあげるの?

 

 「良いんじゃない?喜ぶと思うわよ?」

 

 愛されてるわね朝潮は、司令官と一緒になればお金で苦労することはなさそう。

 

 「じゃあこれも。これは今日受け取れるかね?」

 

 「大丈夫ですよ。包装致しますので少々お待ちください」

 

 じゃあこれも、じゃないわよ……さっきの指輪程の値段じゃないけど、学生のお小遣いじゃ買えない値段じゃない。

 もしかして、あの三日月と鎖って銀かプラチナ製なんじゃないの?

 

 「お嬢様はどちらの包装紙がお好みですか?」

 

 「私?じゃあそっちのピンク色ので」

 

 そんなの店員さんの好みでいいじゃない、なんかペンダントの話になってから、妙にチラチラと私を見てたけど……。

 

 「お待たせ致しました。此方はお父様がお持ちになりますか?」

 

 こら、私をこんな893の娘扱いしないでくれない?

 この人にはちゃんと似たような性格の娘が他にいるんだから。

 

 「ええ、ありがとう。また寄らせてもらうよ」

 

 いやいや、居酒屋とか飯屋じゃないんだからそのセリフはおかしいでしょ。

 ジュエリーショップの常連にでもなるつもり?

 そんな見た目で。

 

 それから、店員さんの丁寧なお辞儀に見送られて店を出た私は、小腹が空いたから喫茶店にでも行こうと言いだした司令官に連れられて、たまたま見つけた喫茶店に入ったんだけど……、若い子を誘うなら普通カフェでしょ。

 

 「あ、でも良い匂い……」

 

 やや暗い室内照明で如何にも喫茶店と言った感じの内装、カウンターの内側でマスターと思われる人がカップを磨いてるわ。

 

 「こういう雰囲気は苦手か?」

 

 「そんな事ないわ、カフェよりこっちの方が好みかも」

 

 店の奥側の2人掛けの席に向かい合って座った私たちは、メニューを見ながら何を注文するか吟味し始めた。

 そう言えば、カフェと喫茶店の違いって何なんだろう、注文し終わったら司令官に聞いてみようかしら。

 

 「じゃあ私はブレンドと……サンドウィッチを、満潮はどうする?」

 

 「私も同じでいいわ」

 

 『じゃあ同じのをもう一つづつで』と、ウェイトレスさんに注文し終わった司令官が何かを探してキョロキョロし始めた。

 たぶん、灰皿探してるわね。

 

 「まさかここ……禁煙か?」

 

 「ここにあるじゃない、ちゃんと探しなさいよ」

 

 私の右手側、メニューの横に二つ重ねて灰皿が置いてあった。

 向かい側に座った司令官からは、死角に見えなかったのかしら?

 

 「私の前じゃ遠慮しなくなったわね」

 

 「遠慮はしてるぞ?だから換気扇のすぐ近くの席を選んだんだ」

 

 お気遣いどうも、別に司令官のタバコの匂いは嫌いじゃないから気にしないんだけどね。

 

 「あ、そうだ。司令官ってカフェと喫茶店の違いって知ってる?」

 

 「詳しくは知らんが……確か、酒が飲めるか飲めないかだろ?酒を出さないのが喫茶店だったはずだ」

 

 え?そうなの?

 喫茶店ってお酒飲めないんだ、まあ飲まないけど。

 じゃあカフェは飲めるって事?

 コーヒーを飲むイメージしかなかったんだけど。

 

 「たまに酒を出す喫茶店もあるが、そういう店と区別するために純喫茶と言ったりもするらしい。」

 

 なるほど、純喫茶ってそういう意味だったのね。

 純って名前の人が経営してる喫茶店だと思ってたわ。

 

 「そうだ、今の内に渡しておこう」

 

 「何を?」

 

 司令官が差し出して来たのは、追加で買ったユニバーサルデザインのネックレスが入った箱だった。

 私の選んだピンク色の包装紙で綺麗にラッピングされてるわ。

 

 「これって朝潮にあげるんじゃないの?」

 

 「朝潮には指輪を買っただろうが、それは今日付き合ってくれた礼と……その……弟子入りの祝いだ」

 

 弟子入りって……。

 まあ、司令官の下で仕事を学ぶんだから弟子と言えなくもないけど、正式な配属はもう少し先よ?

 それに、どうせなら誕生日にくれればいいのに。

 

 「ブラッドストーンが使われてたから衝動買いに近かったが……受け取ってくれるか?」

 

 「いいの?その……結構高かったじゃない?これ……」

 

 「気にするな。お前に私が贈りたかったんだ」

 

 やばい……悔しいけどすっごい嬉しい、照れ隠しに明後日の方を向いてる司令官が愛おしく思えちゃうわ。

 

 「ど…どうして私にブラッドストーンを?」

 

 「ブラッドストーンは3月の誕生石の一つだし、石言葉に『理想の実現』があるからお前にピッタリだと思ったんだ」

 

 へぇ……知らなかったわ、タンザナイトを調べた時についでに調べたのかしら。

 

 「あ、開けても良い?」

 

 「ああ、構わんよ」

 

 私は包装紙をできる限り綺麗に剥がして、箱の中からペンダントを取りだした。

 朝潮にあげるんだとばかり思ってたからサプライズみたいになっちゃったわ。

 素直に嬉しい、司令官の顔をまともに見れなくなっちゃった……。

 

 「着けて見せてくれるか?」

 

 「う、うん……」

 

 髪を結ってくればよかった、留め金を留めるのに後ろ髪が煩わしいわ。

 

 「やってやろうか?」

 

 「え?いや、でも……」

 

 「遠慮するな」

 

 「ちょぉ!」

 

 止める間もなく、椅子から立ち上がった司令官が私の後ろに回り込んだ。

 髪を上げとけばいいのかしら、うなじを見られるのが裸を見られるより恥ずかしい……。

 それどころか、チョコチョコと司令官の指がうなじに当たる度に、背中ムズムズする。

 

 「よし、できたぞ」

 

 やばい、やばいやばいやばい……顔が燃えるように熱いわ。

 私、今絶対顔が真っ赤だ、しかもやばいレベルで。

 

 「あ、ありがと……」

 

 声もまともに出ないしぃぃぃ!

 消え入りそうな声って奴?

 心臓もバクバク言ってるし、体も若干震えちゃってる、まさか……司令官の事が好きになっちゃった?

 いやいやいやいや、ない!

 オッサンは守備範囲外なんだから絶対にない!

 ないはずなのにぃぃぃ!

 

 「どうかしたか?」

 

 「ひゃう!」

 

 近い!顔が近い!

 横から覗き込まないでよ、何でもないから!

 私が横向いただけでキスできちゃいそうじゃない!

 

 「ひゃう?」

 

 「ち、違う!ひょうよ!『雹』!雹が降りそうな天気だなぁと思っただけ!」

 

 「そうか?快晴だが……」

 

 やっぱり言い訳としては苦しいか!

 で、でももしかしたらホントに降るかも知れないでしょ!

 艦娘の勘を信じなさい!

 

 「そ、それより!弟子入りしたんだから、いつまでも司令官って呼ぶのはおかしいと思わない!?」

 

 話を逸らすのよ満潮、出来るだけ冷静に話せる話題に!このままじゃ勢いだけ『好き!』とか言っちゃいそう!それだけは絶対に避けないと!

 

 「別に、今まで通りで良いんじゃないか?お前が呼び方を変えたいなら構わないが」

 

 よし!食いついた!

 何が良いかしら、師匠かな?

 ん~なんか嫌、変な格闘技教えられそうだし。

 

 なら提督?

 今と大差ないから却下、何か良い呼び方ないかなぁ。

 

 「神風みたいに先生とかどうだ?」

 

 先生……先生か、無難なところね。

 落としどころとしては十分だわ。

 

 「じゃあそうする……、せ、先生……」

 

 あ、あれ?恥ずかしい……。

 思ってたより恥ずかしいわこれ!

 今まで司令官って呼んでたのを先生に変えただけなのに、なんでこんなに恥ずかしいのよ!

 神風さんってコレを平気な顔して言ってたの!?

 い、いや、今の私は変な気分になってるわ、そのせいで恥ずかしく感じちゃうのよ。

 べ、別に神風さんみたいな特別な呼び方ができて嬉しいなんて思ってないんだからね!

 

 「自分で勧めといてなんだが……神風以外にそう呼ばれると少し照れるな」

 

 照れないで!

 しれ……、先生まで照れたら私が余計照れるじゃない!

 穴があったら入りたいとはこの事だわ!

 

 「はぁ……先が思いやられるわ……」

 

 「そうか?お前なら大丈夫だと思うが」

 

 先生が言ってるのは仕事面でしょ?

 私が言ってるのは私の精神面なの、これから毎日こんな気分になるのかと思うと気が重いわ……。

 

 「指輪の事は、やっぱり当日まで秘密にしておいた方がいいのか?」

 

 「当たり前でしょ?サプライズのプレゼントってかなり効くのよ」

 

 品物を買うところを見てた私でさえこれだけドキドキしちゃったんだもん。

 買った事を知らせずに贈ったらイチコロよ。

 

 「じゃあそうしよう、満潮のアドバイスは的確だからな」

 

 「そんなに当てにしてくれるんなら、今度からアドバイス料を貰おうかしら」

 

 「そのペンダントでどうにか」

 

 「なりません、これは今回のアドバイス料として貰っとくわ」

 

 これからも、朝潮絡みの相談を私にしてくるんだろうなぁ……。

 人の気も知らないで……。

 朝潮との惚気話とかもきっとしてくるわ、私はその時、ちゃんと先生の顔を見れるのかしら。

 それとも、嫉妬してそっぽ向いちゃうのかしら……。

 

 「これからもよろしく頼むよ、満潮」

 

 先生が右手を差し出しながらそう言ってきた。

 ふん、いい気なものね、頼まれなくったってよろしくしてやるわよ。

 朝潮とケンカした時は『別れたら?』とか言って嫌がらせしてやるんだから。

 けど安心して、私の気が済んだら、ちゃんと仲裁してあげるから。

 

 「こちらこそ、よろしくね……先生……」

 

 先生の右手を握った瞬間、体中に電気が流れたような気がした。

 剣ダコまみれのゴツい手の平、だけど不思議と安心する。

 この手をずっと握っていたいと思ってしまう。

 この手で触れられたいと……思ってしまう……。

 

 やっぱり、私は先生の事が好きなんだ……。

 恋なんてした事なかったから、今まで気づけなかったんだわ。

 

 はは……笑っちゃうなぁ。

 自分の恋心を自覚した途端に失恋か……。

 

 姉さんの時には何も思わなかったのに、今は凄く後悔してる。

 もっと早く、自分の気持ちに気づけてたらなって。

 

 「満潮?どうかしたのか?」

 

 何でもないわよ、だからそんな心配そうな顔しないで。

 邪魔なんてしないから、先生と朝潮の邪魔は絶対にしないから。

 

 2人を見てると幸せな気分になるのは本当だもの、先生と朝潮には幸せになってほしいって、心の底からそう思えるもの。

 

 今は始めての感情をどう処理していいのかわからないだけ、きっと時間が経てば落ち着くわ。

 そう、きっと時間が解決してくれる……。

 

 だからそれまで……。

 せめてそれまでの間は、アンタの好きな人に恋焦がれるのを許してちょうだい……。

 

 「そんなに私の顔を見て……。まさか私に惚れたか?なんてな」

 

 ええそうよ、私は貴方の事が好きになっちゃったみたい……。

 貴方の事が……好きだったみたい……。

 

 でも告白はしてあげない。

 私じゃなくて、朝潮に惚れた事を後悔させてやるんだから。

 

 だから私はこう言うの、精一杯強がって。

 私の本心を貴方に悟られないようにこう言うわ。

 

 「よくわかったわね、大正解よ(何それ、意味分かんない)」って。




 

 ラストで絶賛苦戦中!
 最悪、明日の投稿は間に合わないかもしれませんorz


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貴方と共に

 最終回その1 朝潮視点です。


 私は、あの日を忘れる事ができません。

 

 私の生まれ育った町が焼かれたあの日、貴方はテレビのヒーローのように私の前に現れた。

 カーキ色の軍服、肩に掛けた抜き身の日本刀、深海棲艦を前にして一歩も怯まない貴方を目にした私は、正義の味方は本当に居たんだって、幼心に思ってしまいました。

 貴方は覚えていませんでしたけど、私の目と心には、貴方の後ろ姿がハッキリと刻み込まれました。

 強くて逞しい、鋼の精神を持った無敵のヒーロー。

 それが貴方に抱いた第一印象でした。

 

 けど、実際の貴方は少し違っていましたね。

 強くて逞しいのは思った通りでしたけど、貴方は心の弱い人でした。

 大切な人を失い過ぎて、自分の本心がわからなくなってしまった悲しい人。

 

 私は、貴方のそばに居たいと思いました。

 貴方の事を支えたいと思いました。

 貴方の事を……守りたいと思いました。

 

 一年前の3月3日、桜の木の下で再会した時。

 私はそう思ってしまったんです。

 

ーーーーー 

 

 と、執務室で書類仕事をこなしながら、司令官の代わりに提督用の席に座る満潮さんに話して聞かせたんですけど……。

 

 「はいはい、ご馳走様」

 

 これですよ、左手をヒラヒラさせながら『もういいわ』みたいなジェスチャーをしてきます。

 なんですかその呆れたような態度は、満潮さんが司令官との出会いを教えてくれって言うから話したのに。

 

 「満潮さんが聞かせてくれって言ったのに……」

 

 「馴れ初めを聞かせろとは言ったけど、ポエムを聞かせろとは言ってないわ。舌まで甘ったるくなってきたからコーヒー淹れてくれない?」

 

 ポエムと言う程ではないと思うんですけど……。

 まあ、休憩には少し早いですけどいいですよ、コーヒーを淹れてあげますよ。

 すっごく苦くしてあげますから。

 

 「あ、私砂糖もミルクもいらないから」

 

 「んな!?」

 

 バカな!超甘党の満潮さんが砂糖もミルクもいらないですって!?

 どうした事でしょう、まさか病気?

  

 「そんなに驚かなくてもいいじゃない。何か問題でもあるの?」

 

 「それは……」

 

 大ありですよ、これでは仕返しが出来ないじゃないですか。

 迂闊だったわ、まさか満潮さんが苦い物を克服していたなんて思いもしなかった。

 まさか辛い物も平気になってるんじゃ……。

 

 「なによ、マヌケな顔しちゃって」

 

 「いえ……別に……」

 

 もしかして、私が知らない内に大人の階段を登ったのかしら、味覚的な意味で。

 司令官とよく飲んでるみたいですし、大人の味を覚えていても不思議じゃないわよね。

 司令官と夜のデートかぁ……羨ましいなぁ……。

 

 「あ、これ先生じゃないと無理だわ。そっち置いといて」

 

 「はい……」

 

 そしてこれですよ、先月くらいから満潮さんが司令官の事を先生と呼び始めました。

 まったく……羨まけしからんですよ!

 神風さんがお父さんって呼びだしてから、いつかは私が先生と呼んで差し上げようと思っていたのに先を越されました!

 

 司令官の元で提督業の勉強をしてるのはお聞きしましたけど、別に今まで通り司令官と呼べばいいじゃないですか、なんで先生なんです?

 師匠でもいいと思いますよ?満潮さんが好きなロボットアニメみたいに『流派!提督業は!』とかやってればいいじゃないですか。

 

 「よし、先生じゃないと無理な書類以外は終わったわ。休憩にしましょ」

 

 そう言って、満潮さんはソファーに移動した。

 司令官宛の書類、けっこうあるなぁ、今日は残業ですね。

 お夜食を用意して差し上げないと。

 

 「ねえ、先生は何時に帰ってくる予定なの?」

 

 「え~とたしか。ヒトナナマルマルまでには戻ると聞いてますけど」

 

 あと3時間は帰ってこないです。

 ちなみに、司令官は朝早くから神風さんと一緒に大本営にお出かけ中、なんでも神風さんの事で元帥さんに呼び出されたとか。

 

 「神風さんの件だっけ?あ、もう神風さんって呼べないんだった」

 

 「本人も本名で呼ばれるのに慣れてませんけどね、本名で呼んでも気づかないことの方が多いですし。はい、どうぞ」

 

 苦さを克服したと言っても限界はあるでしょう?

 だから、かなり濃いめに淹れてやりました。

 フフフ、砂糖とミルクは出してあげませんよ?

 自分の分には、予め砂糖とミルクを入れてきましたから。

 

 「ありがと。そんなに酷いの?」

 

 「ええ、無視されてるって思ってしまうくらいに反応しません」

 

 面と向かって呼んでも、頭にハテナマークが飛ぶくらいですから相当ですよあれは。

 退院してすぐなんて『ねぇ、私の本名ってなんだっけ?』って、素で司令官に聞いてましたから。

 その癖、神風って呼ぶと怒って訂正させるんですから(たち)が悪いです。

 

 「あの人らしいっちゃらしいけどね。あ、丁度良いわこれ」

 

 なん……だと!?

 司令官に淹れて差し上げる時の2倍(朝潮比)の苦さのはずなのに!

 ええい!満潮さんの舌はバケモノですか!

 私なんて、ちょっと味見しただけでギブアップだったのに!

 

 「フ……、まだまだね」

 

 鼻で笑われたぁぁぁ!

 たぶん見透かされてます、私がコーヒーを濃くして仕返ししようとした事が見透かされてます!

 

 「ところであの人って、まだ先生と同じ部屋で生活してるんだって?作戦が終わったら出て行くみたいな事を前に言ってたけど」

 

 「出て行くつもりだったみたいなんですけど……。司令官が許さないんです……」

 

 「はあ?なんでよ」

 

 「えっと、実はですね……」

 

 あれは、神風さんが退院する前日だったでしょうか。

 司令官と一緒に神風さんのお見舞いに行ったら、頭をボウズどころかスキンヘッドにしたモヒカンさんと神風さんがキスしようとしている所に遭遇したんです。

 

 ええ、その後大変でした。

 狼狽える元モヒカンさんと神風さんを見て、激怒した司令官が元モヒカンさんを殴り飛ばしたり、『お父さんは許しませんよ!』と涙を流しながら神風さんをお説教したり……。

 

 元モヒカン……ハゲが立ち上がると今度は『表に出ろ……俺より弱い奴に娘はやらん!』とか言いだして決闘を始めちゃいました。

 もちろん司令官の圧勝です。

 それからというもの、毎日のようにハゲが『娘さんを自分にください!』と、部屋を訪ねて来てるんですけど……その度に殴り飛ばされてます。

 それはもう、見事な飛ばされっぷりですよ?

 私でさえ、ハゲに味方してあげたくなる程に。

 

 「あの2人ってそういう関係だったんだ……意外だわ……。でも、そんなに毎日殴られてたら顔の形変わっちゃうわよ?」

 

 「もう手遅れです……」

 

 すでに原型を留めていません、頬とか晴れ上がり過ぎて、何言ってるかわからないくらいです。

 

 「うわぁ……、神風さんは何も言わないの?」

 

 「言いますよ?ハゲが殴り飛ばされた後は司令官と2人でケンカしてます」

 

 ケンカしてても、神風さんはどことなく嬉しそうですけどね、出て行こうと思えば出て行けるのに、まったく出て行く気配がありませんし。

 

 「ハゲってアンタ……、もうちょっとマシな呼び方してあげなさいよ」

 

 「だって、あの人の名前を私は知りません」

 

 頭がツルツルな人を、他になんて呼べばいいんですか?

 ああ、そう言えば『アレキサンダー先輩でいいっすよ!』って言ってたような……。

 あの人って外人さんなのでしょうか。

 でも神風さんが、『どっちかって言うと海坊主でしょうが、サングラスかけてちょび髭生やしてろ!』って言ってましたね。

 よし、今度から海坊主さんと呼んであげましょう。

 

 「私も知らないや……付き合いは結構長いはずなのに……。そう言えば、アンタの本名も聞いたことないわよね?なんて言う名前なの?」

 

 「教えてあげません……」

 

 ふんだ……私と司令官の馴れ初めをポエム呼ばわりした事を私は許していませんよ。

 土下座してどうしてもって言うなら教えてあげてもいいですけど。

 

 「あっそ、ならいいわ」

 

 「え……」

 

 そんなアッサリ引き下がるんですか?

 聞いてくださいよ、もう一押しで私の本名が聞けるんですよ?

 知りたくないんですか?

 あ、コーヒーカップ片手にニヤニヤしてる、私が自分から折れて言うのを待ってるんだわ。

 

 「あ、あの……」

 

 「なに?言いたくなったの?」

 

 まずい、完全に満潮さんのペースだわ。

 このままでは負けてしまう、満潮さんの『さあ、言っていいわよ?聞いてあげるから』的な態度に屈してしまう。

 何かいい手はないかしら、本名を教えるのはいいですけどせめて一太刀、痛み分けにできるような手は……。

 

 「そ、そうだ!満潮さんの本名を教えてくれたら教えてあげます!」

 

 これだわ!

 お互いに本名を教え合うなら引き分けと言い張れる、負けた気がするけど引き分けって言い張るわ!

 

 「え?やだ」

 

 おぉぉのぉぉれぇぇぇ!

 『やだ』って何ですか『やだ』って!

 私だけに本名を名乗らせて自分は名乗らない気ですか?

 私だけに名乗らせようなんて卑怯よ!

 

 「冗談よ、来月には教えてあげるからそれまで我慢しなさい」

 

 「来月?」

 

 別に今教えてもいいじゃないですか。

 なんで来月まで待たなきゃいけないんです?

 

 「私、来月で艦娘辞めるの。だからその時に教えてあげる」

 

 「艦娘辞めちゃうんですか!?」

 

 そんな……神風さんだけでなく満潮さんまで辞めちゃうだなんて……。

 まあ、神風さんの場合は仕方なかった面もありますけど、満潮さんはどうして?

 提督業を学ぶため?

 それなら艦娘をやりながらでも学べるじゃないですか。

 

 「そうよ、私提督になるから。艦娘と二足のワラジなんて無理だもん。それに、艦娘は辞めても鎮守府には残るんだからお別れするわけじゃないわよ?」

 

 「それはそうですけど……」

 

 満潮さんが居なくなっちゃう……。

 鎮守府に残ると言っても、今の満潮さんは居なくなっちゃうじゃないですか……。

 新しい満潮さんが来ちゃうじゃないですか……。

 

 「新しい満潮が来たら仲良くしてあげてね」

 

 「上手く…打ち解けられるでしょうか……」

 

 満潮さんも、私が着任する前はこんな気分だったのかしら。

 自分が知らない新しい姉妹艦、名前は同じでも中身は別人、打ち解けられる自信がありません。

 どう接して良いのかまるっきりわからないわ。

 

 「私ね、アンタが着任する前日にアンタの嚮導役を頼まれたんだけど、最初は断ろうとしたの」

 

 「どうして……ですか?」

 

 「今のアンタと同じよ、仲良くできる自信がなかったの」

 

 「じゃあ、どうして……」

 

 私の嚮導役を引き受けたんですか?

 あの頃の私は浮くこともできない落ちこぼれでした、満潮さんにいっぱい迷惑かけたし、いっぱい怒られました。

 今では良い思い出ですけど、厄介な役回りなのは受ける前からわかっていたでしょうに……。

 

 「アンタに救って貰おうと思ったの。あの頃の私は今より荒んでたから……」

 

 「私は何もしてません、いつも救われてたのは私の方です」

 

 満潮さんが厳しくしてくれたから今の私があるんです、満潮さんが背中を押してくれたから窮奇を倒せたんです。

 

 満潮さん居なければ、私はきっとダメな私のままでした。

 そんな私が満潮さんの事を救えただなんて思えません。

 

 「そんな事ないわ。私はアンタに救われた、大潮と荒潮もそう。アンタに自覚はないでしょうけど、アンタと過ごしてる内に私たちは救われていったの。だって放っておけない位バカなんだもん、アンタを見てたら自分の悩みなんて忘れちゃったわ」

 

 「バ、バカは酷くないですか?」

 

 「そう?将来が心配になるレベルで酷いけど?」

 

 「そ、そんなにですか!?」

 

 また将来を心配されてしまった……これで何度目かしら。

 自分が本当にバカなんじゃないかと思えてきたわ……。

 

 「アンタは頭お花畑だから悩みなんてないだろうけど、新しい満潮はそうじゃないかも知れないわ。新しい環境に適応しようといっぱいいっぱいかもしないし、不安を感じてるかも知れない。そんな時に助けてあげて、今度は姉として、朝潮型の長女としてね。無理に仲良くしようなんて思わなくてもいいの、自然と仲良くなれるわ。アンタと私みたいに」

 

 「わかりました……」

 

 引き受けたものの自信はない。

 だけど、仲良くしたいとは思ってる。

 そうだ、満潮さんに貰ったモノをその子に返してあげよう、私が満潮さんからしてもらって嬉しかったことをその子にしてあげよう。

 取り敢えず、お姉ちゃんと呼んでもらうところからスタートですね。 

 

 「まさか、大潮さんと荒潮さんまで辞めちゃうって事はないです……よね?」

 

 「あの2人はもうしばらく続けると思うわよ?まあそれでも、アンタの任期が終わるまで続けるかはわかんないけど」

 

 そう……ですよね、満潮さんと同じくらい、大潮さんと荒潮さんも艦娘歴が長いんだから私が艦娘を辞めるまで居てくれるとは限らないですよね……。

 でもよかった、急に1人にされたらどうしようかと思いましたよ。

 いきなり3人の妹に囲まれたら、私は絶対パニックになってしまいますから。

 

 「でもさ、いっそ全員いなくなったらアンタも司令官の部屋に転がり込みやすいんじゃない?神風さんがまだいるって言っても、そのうち出て行くでしょ?」

 

 「そんな寂しい事言わないでくださいよ!そ、それに……まだ告白もしてないのに同棲だなんて……」

 

 「はぁ!?まだ告白してなかったの!?あんだけイチャイチャしてるのに!?」

 

 いや、別にイチャイチャはしていませんよ?

 それに、告白はしていませんけど、私と司令官は相思相愛ですから焦らなくてもその内……。

 

 「告白しなさい」

 

 「へ?」

 

 いやいや、急すぎますよ!

 心の準備が必要ですよ、主に私に!

 

 「へ?じゃない!アンタどうせ、『私と司令官は相思相愛だから~』とか甘い事考えてるんでしょ!」

 

 「で、でも実際……」

 

 「言い訳無用!いい?『心でわかりあってるから~』とか呑気な事言ってたら持ってかれるわよ?あの人ってアレで割とモテるんだから」

 

 それは嫌です!

 他の誰かに司令官を盗られちゃうなんて我慢できません!

 けど、だからと言っていきなりと言うのは……。

 

 「それとも……貰っていいの?」

 

 「え……?」

 

 「アンタが告白しないなら私が貰うわよ、アンタの司令官を」

 

 い、いきなり何を言ってるんですか?

 満潮さんが司令官を貰う?

 満潮さんも司令官の事が好きだったんですか?

 

 「み、満潮さん……も」

 

 「ええ、私はあの人が好きよ。しかもアンタと違って私は結婚可能な年齢、あの人が受け入れてくれたら即入籍可能よ。だから貰っていい?」

 

 「ダ、ダメ!ダメです……!」

 

 そうだ……よく考えたら私と司令官は上司と部下の関係でしかない。

 告白したわけでもない。

 恋人同士でもない。

 私が勝手に好きって思ってるだけだ……。

 

 これなら、ストレートに感情をぶつけて来た窮奇のが遥かにマシじゃない……。

 私は窮奇みたいに好きって言ったことがない、愛してるって言ったことがない。

 あの人に思いを伝えてないじゃない。

 

 「だったらケジメをつけなさい、アンタの気持ちを言葉にしてあの人に伝えなさい。そして……私を諦めさせてちょうだい……」

 

 「満潮さん……」

 

 「アンタとあの人は両想いよ、断言してもいいわ。でもね、言葉にされたら嬉しいでしょ?アンタはあの人に好きって言われたくない?愛してるって言われたくない?」

 

 言ってほしい……あの人に好きって言って欲しい、愛してるって言って欲しい……。

 

 「今日告白しろとは言わない。だけど、時間はかかってもいいから必ず伝えなさい、アンタの気持ちを言葉にして」

 

 「わかり……ました……」

 

 厳しいですね……満潮さんは相変わらず厳しいです……。

 満潮さんにとって私は恋敵のはずなのに、それでも厳しくしてくれるんですね……。

 背中を押して……くれるんですね……。

 

 「じゃあお説教はこれでお終い、仕事を再開しましょ。って言っても、後は書類を運ぶだけだけどね」

 

 「ありがとう……お姉ちゃん……」

 

 「うん、わかればよろしい。散歩がてら事務課に書類を届けて来なさい、私は留守番してるから」

 

 そう言って、私に書類を押し付けて満潮さんは窓の外を見つめ始めた。

 ガラスに映った満潮さんは微笑んでいました。

 スッキリしたような顔をして。

 

 ありがとう、そしてごめんなさい。

 貴女は自分が傷つくのも構わずに私の背中を押してくれた。

 私は貴女の気持ちに応えます。

 貴女を失望させないように、どれだけ時間がかかっても司令官に気持ちを伝えます。

 貴女の想いを無駄にしないために……。

 

 

 1階への階段へ続く廊下を歩いていると、何処かに行っていたのか、副官室に戻るところの少佐さんと由良さんとすれ違いましたました。

 

 少佐さんの笑顔が引きつってるのが少し気になりましたが、腕を少佐さんに絡みつかせる由良さんはとても幸せそう、左手の指輪が眩しいです。

 悪い事しちゃったかな、私に気づいたら離れちゃいました。

 

 私も、司令官と腕を組んで歩いてみたいな。

 当分無理なのが残念です、私と司令官の身長差じゃ腕にぶら下がる形になっちゃいますから。

 早く大きくなりたいなぁ……。

 今の私と司令官じゃ親子くらいにしか見えないでしょうし……。

 

 

 書類を届け終わって、執務室に戻ろうと階段に足をかけようとした時、私の顔の横を何かがヒラヒラ横切った。

 なんだろう?

 桜の花びら?まだ三月になったばかりなのに……玄関の方から?

 

 「わぁ……」

 

 正面玄関の扉を開いて外に出ると、ロータリーに植えられた桜がこれでもかと花を咲かせていた。

 目が離せない、吸い寄せられるようにロータリーの縁まで行った私は、誰に言われるでもなく桜の木を見上げた。

 目が眩みそうな程の色彩の暴力、このままずっと見ていたいと思ってしまいます。

 

 「たしか去年も……」

 

 私が着任した日も、この桜は咲いていた、まるで私を歓迎してくれてるかのように。

 そしてこの木に導かれるように私はあの人と再会した。

 私が大好きなあの人と。

 

 「今年も狂い咲きか、相変わらずだなコイツは」

 

 「し、司令官!?」

 

 桜の木の反対側から司令官が出て来た、お帰りはもう少し先のはずなのにどうしてここに!?

 

 「予定より早くジジ……元帥殿から解放されてね。急いで帰ってきたんだ」

 

 どうしよう、今度は司令官から目が離せなくなっちゃった。

 だって舞い散る花びらと、白い士官服を着た司令官が凄く絵になってるんですもの。

 

 「どうかしたか?」

 

 「い、いえその……」

 

 満潮さんにちゃんと告白しろって言われたせいで妙に意識してしまう。

 そりゃあ私も面と向かって『好きです!』とか『愛してる!』とか言いたいですけど……。

 いざ言おうと思うと恥ずかしくて……。

 

 「ちょうど1年前に、この木の下で君と会ったな、今でもハッキリと思い出せるよ」

 

 「はい……私もです……」

 

 懐かしむように桜を見上げる司令官、私もつられて再び見上げました。

 忘れた事なんてありません、この木が私と貴方を会わせてくれた。

 貴方と再会できたのはこの木のおかげです。

 

 「君を怒らせてしまったのも、今では良い思い出だな」

 

 「ふふ、そんな事もありましたね」

 

 あの時は、大げさに怒ってしまって申し訳ありません。

 でも、年頃の女の子に幼いなんて言った司令官がいけないんですよ?

 

 それはそうと……桜から私に視線を戻した司令官が妙にソワソワしています。

 上着の右ポケットに手を入れて、ポケットに何か入っているのでしょうか。

 

 「あ、朝潮、君に渡したい物があるんだが……。」

 

 「渡したい……もの?」

 

 なんでしょうか、書類の類は持っていないようですが……あ、ポケットから何か箱の様な物を……。

 司令官がゆっくりと箱を開くと、そこには青い宝石が填められた指輪が収まっていた。

 こ、これはどう言う事でしょうか、指輪を差し出す司令官の顔は真剣そのもの、これではまるでプ、プロ……。

 

 「受け取ってほしい、私には君が必要だ」

 

 やっぱりプロポーズだ!

 指輪を出してこんなセリフを言われたらプロポーズと思っていいですよね!?

 と言うか、そうとしか思えません!

 

 「わた、私なんかでよろしいんです……か?」

 

 嬉しすぎて泣いちゃいそう、こんな綺麗な指輪を私なんかにくださるなんて。

 左手を差し出せばいいのかしら、手の平は上向き?下向き?

 

 「君でなければダメだ、私がそばにいて欲しいのは君だけだ」

 

 悩む必要なんてない……私が愛してやまない人が私を求めてくれてるんだから。

 私は無言で左手を差し出した。

 だって嬉しすぎて言葉が出ない、泣きそうになるのを堪えるので精いっぱいなんだもの。

 

 「ありがとう……朝潮」

 

 司令官はそう言って、私の左手の薬指に指輪をはめてくれた。

 お礼を言わなければならないのは私の方です。

 私の瞳のように蒼く透き通った宝石と、花の彫刻が彫られた素敵な指輪。

 貴方の、私への想いが詰まった素敵な指輪……。

 また宝物が増えてしまいました。

 貰ってばかりで、申し訳ないです……。

 

 「朝潮、私は……」

 

 「司令官……」

 

 司令官が私を見つめてる、私も司令官から目が離せない。

 いや、離しちゃいけない、だって今なら言えるもの、指輪を頂いて心が昂ぶっている今なら言える。

 今の私では司令官に何もお返しは出来ない。

 だからせめて、言葉だけでも伝えるの。

 

 伝えなさい朝潮、ハッキリと言葉にして伝えるのよ。

 貴方の事が大好きだって。

 貴方の事を愛してるって。

 私を、貴女のモノにしてくださいって。

  

 「わ、私……私は!」

 

(さらば慢~心の心こ~ころ 我ら~提~督~♪

 

 言葉を紡ごうとした瞬間、いつかどこか聞いたことがある曲が司令官の胸ポケットから流れてきた。

 何もこんなタイミングで電話がかかってこなくてもいいと思うんですが……。

 口をパクパクさせる事しかできない私が凄く惨めです。

 

 「「……」」

 

 完全に水を差されたわ、司令官もガッカリしたようにスマホの画面を見つめてます。

 告白のチャンスを潰してくれたのは何処の誰なのでしょうか。

 

 「私だ……どうかしたのか?満潮」

 

 満潮さん……告白しろと煽っておいて邪魔をするとは何事ですか……。

 司令官も軽くため息を吐いてます。

 

 「わかった、すぐに戻る。ああ、玄関までは戻っているんだ。なに?朝潮?ああ一緒だ」

 

 「何かあったんですか?」

 

 「横浜を出たフェリーが浦賀水道から10海里程進んだ辺りで敵艦隊に襲われているらしい」

 

 「大丈夫なのですか?」

 

 「護衛していた第九駆逐隊が応戦しているが救援要請が入った。……行けるな?」

 

 行けるな?

 当たり前です、私は何時いかなる時でも貴方のために出撃できます。

 

 「はい、いつでも出撃可能です」

 

 なぜなら私は朝潮だから。

 貴方の剣である朝潮だから。

 遠慮など無用です、必要とあらば躊躇なく私を解き放ってください。

 

 けど、ちょっとだけ勇気をください。

 私を送り出してください。

 貴方が私を送り出しやすいように、私は貴方にこう言います。

 

 貴方への想いを込めたこのセリフを。

 

 「司令官、ご命令を!」

 

 結局、告白は出来なかったな……。

 せっかく言えそうだったのに、少し残念です。

 

 でも、私と貴方には時間があります。

 だって私は帰ってくるから、何があっても貴方の元に帰ってくるから。

 そして貴方は待っていてくれるから、何があっても私の帰りを待っていてくれるから。

 

 待っていてください司令官、どんなに時間がかかっても必ず伝えます。

 私の気持ちを、言葉に乗せて伝えます。

 

 貴方と出会ったこの場所で。

 

 私と貴方が始まったこの場所で。

 

 いつかまた、この場所で。





 最終回その2に続きます。


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いつまでも君と

 最終回 提督視点です。


 ちょうど1年前に、狂い咲きしたソメイヨシノの木の下で私と君は出会った。

 

 ずっと聞きたかった声で急に話しかけられたせいで、私はしばらく言葉を紡ぐことが出来なかったよ。

 懐かしい声と愛おしい容姿、中身は別人だとわかっているのに君から目を離すことが出来なかった。

 ずっと、見ていたいと思ってしまった。

 

 君と接していく内に、やはり別人なのだと言う事がわかっていった。

 彼女は君ほど優秀じゃなかった。

 彼女は君より厳しかった。

 

 君と違って、本心を隠すタイプだった。

 だけど君と同じように私を愛してくれた。

 

 君を見ている内に、私は君のことが好きなのか、それとも彼女の影を求めているだけなのかわからなくなってしまった。

 

 情けないと嗤ってくれ。

 いい歳した男が、自分は一体誰が好きなのかわからなかったんだ。

 私は君の事が好きなのか、それとも彼女の事が好きなのか、あの日君が『ただいま』と言いながら胸に飛び込んで来てくれるまでわからなかったんだ。

 

 

ーーーー

 

 

 「朝潮の事をどう思っているか聞かせてくれと言ったらポエムを聞かされた。何を言ってるのかわからないと思うけど私も何を言ってるのかわからないわ」

 

 大本営からの帰りの車の中で、麗しい我が愛娘が『朝潮の事をどう思ってるの?』と聞いてきたから答えたらこのリアクションである。

 セリフは淡々としてるがドン引きしているな、汚物でも見るような目で私を見ている。

 そんなに酷かったか?

 

 「ポエムと言うほどじゃないだろ、こんなのをポエムと言ったら世のポエマー連中に袋叩きにされてしまうぞ?」

 

 「いっそ袋にされた方が良いんじゃない?その痛々しい頭が少しは治るかもよ?」

 

 親に対してなんたる言い草だ、別に私の頭は痛くない、お前の真っ赤な頭の方がよほど痛々しいぞ。

 

 「お前は親をなんだと……」

 

 「なんだと思ってるか?年頃の娘を行かず後家にしようとしてるクソ親父」

 

 いや……別に行かず後家にしたいわけじゃないんだ、ただその……相手がだな……。

 

 「お、お前はアイツと一緒になりたい……のか?」

 

 「いや、逆に聞くけど。そうじゃない人を挨拶に来させると思う?」

 

 思わないだろうな……。

 と言うことは、お前はアイツの事が好きなんだな?

 結婚したいんだな?

 あのモヒカン改め、劣化海坊主と。

 

 「お父さんはアイツの何処が気に入らないのよ、昔からの部下でしょ?お父さん程じゃないけど腕は立つし、仕事もちゃんとしてる、お金も貯め込んでる。それと私にゾッコン、見た目以外は文句の付け所が無いじゃない」

 

 いや、その見た目がだな……、確かにアイツの事はよく知ってる、アイツにお前を任せれば安心なのもわかっている……尻には敷かれるだろうが。

 だがお前にわかるか?

 髪も眉毛もなく、贔屓目に見てもチンピラなアイツにお義父さんと呼ばれる私の気持ちがわかるか?

 わからないだろう!

 

 どうしてもあの風体の奴にお義父さんと呼ばれるのが我慢できないし、それ以上に、あんな見た目がチンピラな奴にお前が好きにされるのがどうしても我慢できん!

 

 「もしかして見た目がダメなの?」

 

 「う……いや……」

 

 い、いかん、見透かされたか?

 朝潮程わかりやすくはないはずだが……。

 

 「呆れた……アイツの見た目だけで反対してたのね」

 

 「し、しかしだな……」

 

 確かに反対する要素は見た目くらいだが、それでも娘をくれなんて言われたら殴りたくなるのが父親と言うものでな?

 全ての父親がそうと言うつもりはないが、少なくとも私は殴り飛ばされたし……。

 

 「しかしも案山子もないわよバカ親父!見た目なんて些細な問題でしょうが!」

 

 「それは……そうだが……」

 

 「アイツの見た目があんなになったのって、半分は私のせいなんだから大目に見てあげてよ……」

 

 つまり、アイツの髪を剃るどころか毛根を死滅させたのはお前か?

 アイツはまだ二十代だぞ!?

 なんでそんな酷いことしたんだ!

 いや待て、今半分と言ったな……。

 

 「もう半分は?」

 

 「アイツの自業自得」

 

 こら、なぜ私の方でなく窓の外を見る、本当に半分だけか?

 もしかして全部お前のせいなんじゃないのか?

 

 「わかった……顔が元に戻ったら改めて連れて来い……。話くらいは……聞いてやる。」

 

 今の話を聞いたら罪悪感が芽生えてしまった、娘のせいでハゲてしまったんだ、話くらいは聞いてやろう……許可するかどうかはまた別の話だが。

 

 「なんで今の話で話を聞く気になったのかはわからないけど……。じゃあ、そうする……」

 

 「ち、ちなみにだな……」

 

 聞いて良いのだろうか、病室で2人がキスをしようとしてるのを目撃して以来気になって仕方がない。

 コイツらはどこまで行ってるんだ?

 物理的な距離ではないぞ、男女のABC的な意味でだ。

 

 2人がいつから好き合っていたかは知らないが、もし艦娘をやってた頃からなら大問題だ。

 見た目的な意味で!

 緑のモヒカンが、見た目だけは幼かったコイツに覆い被さっていたいたかと思うと殺したくなる。

 いや、もしそうなら殺す!

 

 「なに?どこまで行ってる?とか聞いたら怒るわよ」

 

 怒るか……そりゃあ怒るよなぁ……。

 だが気になって仕方ない、ここは怒られるのを覚悟で聞くべきか、それとも聞かずにおくべきか。

 

 「心配しなくても……お父さんが気にしてる事なんてしてないから、キスだってまだよ?あの時邪魔されちゃったから」

 

 「そ、そうか!」

 

 よかった、本当によかった。

 お前はまだアイツに汚されてなかったんだな、それがわかっただけでお父さんは安心です。

 

 「アイツと付き合おうって決めたのもあの日だしね、キスはまあ……流れと言うか?雰囲気というか……」

 

 「流れでキスなどしようとするな!貞操観念ってもんはないのか!」

 

 「いいじゃないキスくらい!」

 

 「私が嫌だ!」

 

 「知るか!キスくらいでグダグダ言ってんじゃないわよクソ親父!」

 

 キ、キスくらいだと?少し前まで大正時代みたいな格好をしていたお前からは信じられないセリフだ。

 ここは日本だぞ!?

 欧米みたいに挨拶代わりにキスをするような国とは違うんだ、流れでキスをするような二人が、流れでそれ以上いったらどうするんだ。

 しかも病室とは言えベッドの上でだぞ?

 ま、まさかそれ以上まで一気に行く気だったんじゃないだろうな?

 ABCと一気に行く気だったんじゃないだろうな!

 

 「お父さん、今の私を見てどう思う?」

 

 「どう思うってそりゃあ……」

 

 一言で言えば綺麗になった。

 前は綺麗と言うよりは可愛らしかったお前が、黒いスーツにパンプス姿。

 今日、元帥殿より賜った、高く売れそうな勲章が黒いスーツの上で際立っている。

 髪の色は艦娘だった頃のままだが、なだらかな撫で肩に均整の取れた手足、着痩せするのは変わってないな。

 胸は実際より一回り小さく見えるがスラリとした体形に違和感なく収まっている、まさに『私、脱いだら凄いんです』といった感じだろう。

 怒っているせいか目つきはきついが、見ようによっては凛々しくも見える。

 見た目だけなら文句なしに自慢できる美しい娘だ。

 見た目だけなら……。

 

 「大人でしょ?私はもう、歳相応に大人なの。お父さんが心配してくれるのは嬉しいけど、ちょっと過保護過ぎるわ。自分の行動の責任くらい自分で取れるわ」

 

 「それはそうだが……」

 

 過保護なのはわかっているんだ、しかしどうしても気持ちの整理がつかんのだ、お前が嫁いでいくのを想像しただけで泣きそうになってしまう。

 

 「ちなみに、お父さんがお母さんと結婚したのは何歳の頃?お父さんの歳で12の娘が居たんだから相当早いわよね?」

 

 い、言わなきゃダメか?

 ハッキリ言って、私の人生の修羅場ベスト3に入る出来事なんだが……。

 私が軍に入ったのもその事が主な理由だし、できれば言いたくないんだが……。

 あ、ダメだな、絶対吐かせると言う気概を感じる。

 言わないと車内なのも関係なく暴れそうだ。

 ええい!仕方ない!

 

 「16で女房を妊娠させて、18になると同時に入籍しました……」

 

 「ふぅ~ん、そんな常識の欠片もないような事しといて私にはキスも許さないのね」

 

 言われると思ったよ!

 これでは何も言えないではないか、と言うか自分がしでかした事を考えたら二人がしようとしてた事が健全に思えてしまう!

 

 「結婚もしてないのに子供作っといて、私には貞操観念がどうとか言ったわけだ」

 

 謝る!謝るからもうやめてくれ!

 完全に攻守が逆転してしまった!このままでは言い負かされてしまう!

 

 「よく結婚させてもらえたわね、殺されてもおかしくない事しでかしたのに」

 

 「い、いやその……」

 

 実際殺されかけたよ、お義父さんは生粋の陸軍軍人だったからな。

 『生きて帰ってきたら娘と一緒になる事を許してやる』と言われて、紛争地帯に傭兵として放り込まれた。

 死に物狂いで戦って生き残り、なんとか帰ってきて結婚は認めてもらえたんだが……、まあ私の話はこれくらいでいいか。

 それよりも反撃の糸口を見つけなければ、このままでは過去の話で包囲殲滅されてしまう。

 

 「しかも、今惚れてるのは14歳の子供。ハッキリ言って、私に貞操がどうとか語る資格はないわよ?」

 

 「返す言葉もございません……」

 

 負けたよ……朝潮の事まで持ち出されたら反撃など出来そうもない……。

 私がやっている事に比べたらお前がやっている事は遥かに健全だ。

 キスくらいは大目に見てやろう……。

 それ以上はまあ……。

 

 「まあ、お父さんの気持ちもわからなくもないから……キス以上は結婚するまで我慢するわ。それならいいでしょ?」

 

 「ホ、本当か!?」

 

 「本当よ!だから詰め寄らないで!近い!」

 

 よかった、これで少なくとも結婚するまではお前の貞操は守られる!

 お父さん思いの娘で安心したよ。

 

 「はぁ……面倒くさい人……。朝潮も苦労しそうね、そういう事に興味津々な年頃でしょうに」

 

 「そうなのか?」

 

 「Hな事に興味があるのが男だけだと思ってるの?女だって相応に興味あるわよ。男ほど表に出さないだけで」

 

 なん……だと?

 と言う事は朝潮もそういう事に興味を持っていると言う事か?

 だが経験するにはまだ早い、たしか初体験の平均年齢は18か19歳くらいだったはずだ。

 朝潮の歳では早すぎる!

 

 「もうプロポーズしといたら?どうせ、いつかはするつもりなんでしょ?」

 

 「それはそうだが……、まだ早いだろ、彼女はまだ14だぞ?」

 

 「関係ないわよ。どうせ今日、何かしら渡すつもりなんでしょ?お父さんって男の癖に記念日的なもの大事にするもんね」

 

 「一応、着任1周年の記念に指輪は用意しているが……」

 

 いつでも渡せるようにポケットに忍ばせてある、忍ばせてはいるが……。

 いつ渡すべきだろうか、二人きりになりやすい執務室がやはりベストか?

 

 「なら丁度いいわ、それ渡してプロポーズしちゃいなさい。絶対喜ぶから、流れでゴールインしちゃってもいいわよ?」

 

 それは結婚的な意味でだよな?

 間違っても男女で行う組体操的な意味でのゴールインではないよな?

 

 「仕方ないから今日は長門の部屋に泊ってあげるわ。だから遠慮なくヤッちゃいなさい♪」

 

 『ヤッちゃいなさい♪』じゃない!

 その人差し指と中指の間に親指を入れて拳を作る仕草をやめろ!

 やっぱりそっちの意味でのゴールインだったか!私に巷で出回っている薄い本的な事をしろと言うのか?

 ゴールインしてシュウゥゥゥ!超エクスタシー!とでも言えと言うのかお前は!

 

 「たぶんあの子、生理来てないから安心していいわよ。私も艦娘辞めた途端に始まったし」

 

 何を安心しろと!?お前は私の理性を吹き飛ばす気なのか!?

 と言うか、初潮前に艦娘になると成長と同じで止まったままなんだな、初めて知ったよ!知らなければよかったと後悔してるよ!

 

 「まあ、冗談はさておき。それくらいの事はしてあげた方がいいと思うわよ?」

 

 「な、なんでだ?」

 

 「だってお父さん、あの子に好きって言ってあげた事ないでしょ」

 

 「いや、確かに言った事はないが……私が好きなことくらい、彼女ならわかってくれているだろ?」

 

 彼女が私の事を好いてくれている事も私はわかってる、言葉にしなくてもわかり合ってるんだ、焦ってプロポーズをする必要を感じない。

 

 「バッカじゃないの!?どうせ『私と朝潮はわかりあってえるから』とか思ってるんでしょ!」

 

 「ダ、ダメなのか?」

 

 「ダメとは言わないわ、ある意味理想かもしれない。でもね、言葉にしないと伝わらないことだってあるのよ。お父さんって新しいタイプだったの?人類の革新的に言葉がなくても分かり合える人種だったの?そうじゃないでしょ!」

 

 「だからと言ってプロポーズというのは……」

 

 「お互い好き合ってるんなら後はプロポーズでしょうが!歳なんて関係ないわ、早い内にプロポーズして唾つけときなさい!」

 

 もうちょっと言い方はないのかこの娘は……。

 だが、コイツの言う通りなのかもな、私は朝潮の事が好きだ。

 彼女も私の事を好いてくれている。

 その彼女が、私のプロポーズを嫌がるだろうか。

 いや、涙を流して喜んでくれるはずだ。

 

 自惚れでもなんでもなく、私の心が確信している。

 朝潮は、私のプロポーズを受けてくれる。

 必ず私を受け入れてくれる。

 

 「お前に説教されるとは思わなかったな……」

 

 「ふんだ、この『桜子』様がお説教してあげたんだからありがたく思いなさい?ほら、ちょうど正門に着いたわよ、とっとと言って来なさい」

 

 「ああ、わかったよ桜子。ありがとう」

 

 正門の前で『桜子』と言う本名を名乗り始めた娘が乗った車と別れ、私は正門の通用口から鎮守府の敷地内に入った。

 だいぶ早く戻れたな、朝潮にはヒトナナマルマルに戻ると言っていたのに2時間近く早い。

 

 「ん?今朝出る時は咲いてなかったはずだが……」

 

 庁舎正面玄関の正面にあるロータリーに植えられたソメイヨシノ、その花が満開になっている。

 すっかり狂い咲きが癖になってしまったようだなこの桜は、朝潮も着任した時にこの光景を目にしたんだろうか……。

 

 私は桜の木の根元まで近づき、幹に手を触れて上を見上げた。

 この木が、私と朝潮を出会わせてくれた。

 私と朝潮を二度も巡り合わせてくれた。

 

 「お前のおかげだな……」

 

 この木が何を思っているのかわからないが、お前にはお礼を言わないと……。

 ありがとう、朝潮と出会わせてくれて。

 ありがとう、4年前のあの日、私と一緒に泣いてくれて。

 ありがとう、再び朝潮と巡り合わせてくれて。

 

 「わぁ……」

 

 私が心の内で桜の木にお礼を言っていると、ため息にも似た感嘆の声と共に、彼女が正面玄関から現れた。

 あの作戦以来変わった、先代の朝潮と同じ蒼い瞳と彼女と同じ艶やかな黒い髪、朝潮型改二の制服の上から白いボレロを羽織った君を、風に舞う桜の花びらが美しくに彩っている。

 

 「たしか去年も……」

 

 そう、君が着任した時もこうして咲いていた。

 まるで、君を歓迎しているかのように。

 

 しかし困ったな、朝潮から見て木の裏側に居るせいで朝潮が私に気づいていない。

 いきなり出て行くと驚かしてしまうだろうか、それらしいセリフを言いながらゆっくりと出て行くとしよう。

 

 「今年も狂い咲きか、相変わらずだなコイツは」

 

 「し、司令官!?」

 

 これでも驚かせてしまったか。

 まあ、予定よりだいぶ早く戻って来たから仕方ないか、電話の一本でも入れておくべきだった。

 

 「予定より早くジジ……元帥殿から解放されてね。急いで帰ってきたんだ」

 

 桜子が勲章を貰うだけとは言え、それなりに時間がかかると思っていたんだがあっさりと終わってしまったんだ。

 まあ、危うく雑談に付き合わされそうにはなったんだが、無事逃げる事が出来た。

  

 「どうかしたか?」

 

 「い、いえその……」

 

 朝潮が頬をほんのりと赤く染めて私を見つめている。

 そんな目で見つめられるとさすがに照れるな。

 それに、何かを言おうとしているような……私の方から話題を振ってみるか。

 

 「ちょうど1年前に、この木の下で君と会ったな、今でもハッキリと思い出せるよ」

 

 「はい……私もです……」

 

 私は懐かしむように桜を見上げる。

 今でも昨日の事のように思い出せるよ。

 桜吹雪を背景にした君は妖精のように美しかった。

 先代の朝潮と、瞳の色以外はそっくりだった君を見て、私は何を言っていいかわからず見つめる事しか出来なかったな。

 

 「君を怒らせてしまったのも、今では良い思い出だな」

 

 「ふふ、そんな事もありましたね」

 

 そう、そして私は君を再び怒らせた。

 別に怒らせるつもりはなかったんだ。

 今思うと、私は最初の出会いを再現したかったのかもしれない。

 あの時の私は、君と彼女を重ねて見ていたんだろうな……。

 

 私は視線を朝潮に戻す。

 少し成長したが、今でも彼女と同じ面影を持った少女。

 私を守ってくれた少女。

 私を救ってくれた少女。

 

 私が、心底愛おしいと思える女性……。

 私が、そばに居て欲しいと思う女性……。

 

 ああ、私は君が好きだ朝潮。

 私は君を愛している。

 

 桜子に発破をかけられたせいか気持ちが抑えられない。

 君に気持ちを伝えたい。

 君に好きだと伝えたい。

 

 私は右ポケットに忍ばせていた指輪を握りしめる。

 渡せ!

 指輪を渡して気持ちを言葉にしろ!

 

 「あ、朝潮、君に渡したい者があるんだが……。」

 

 「渡したい……もの?」

 

 クソ!声が上ずってしまった!

 いや、まだ挽回できる、朝潮はさして気にしてないようだし。

 私はゆっくりと指輪の箱をポケットから取り出し、若干腰を屈めて朝潮の目の前でゆっくりと蓋を開けた。

 

 「受け取ってほしい、私には君が必要だ」

 

 「わた、私なんかでよろしいんです……か?」

 

 朝潮が右手で口元を押さえて目に涙を浮かべている。

 よかった、喜んではくれているみたいだ。

  

 「君でなければダメだ、私がそばにいて欲しいのは君だけだ」

 

 朝潮が無言で左手を差し出してくれる、感極まって声が出ないのだろうか。

 だが、君の気持ちは手に取るようにわかる。 

 君は私を受け入れてくれた。

 それがわかっただけで今は十分だ。

 

 「ありがとう……朝潮」

 

 私はそう言って、朝潮の左手の薬指に指輪をはめた。

 君の誕生石をあしらった指輪。

 君への想いを込めた指輪を。

 

 「朝潮、私は……」

 

 さあ、あと一言、あと一言だけ言うんだ。

 君が好きだと。

 君を愛してると。

 

 「司令官……」

 

 朝潮も何かを言おうとしている、君も私と同じ気持ちなのか?

 大丈夫、邪魔など入らない、今この瞬間の私達を邪魔する者など居るものか。

 だから安心して言ってくれ、私もちゃんと言うよ。

 君への気持ちを言葉に乗せて。  

 

 「わ、私……私は!」

 

 私が言葉を紡ぐよりも早く、朝潮が意を決したように口を開いた。

 潤んだ瞳と、今にも私に抱き着いて来そうなほど必死な顔で。

 

(さらば慢~心の心こ~ころ 我ら~提~督~♪)

 

 「「……」」

 

 さらばどころじゃない!ようこそだよ!完全に慢心していたぁぁ!

 せめてマナーモードにしておくべきだった!

 せっかくの雰囲気が台無しではないか!

 

 朝潮も完全に気勢を削がれて口をパクパクさせている。

 スマホの画面には満潮の文字。

 おお、我が弟子よ、師匠の告白を邪魔するとは何事か……。

 だが出ないわけにはいかないか……きっと急を要する電話だろう。

 

 「私だ……どうかしたのか?満潮」

 

 『あ、出た。横浜を出たフェリーが浦賀水道沖10海里付近で敵艦隊に襲撃されてるわ。護衛中だった九駆から救援要請が出てるわ。』

 

 おのれ深海棲艦どもめ……中枢を落とされてもまだ出没するか……。

 しかもこのタイミングでとは、悪意しか感じないぞ!

 

 「わかった、すぐに戻る。ああ、玄関までは戻っているんだ」

 

 『それならすぐに戻って私と代わって。それと、朝潮見なかった?今事務課に書類を届けに行ってるはずなんだけど』

 

 「なに?朝潮?ああ一緒だ」

 

 『じゃあそのまま工廠に向かわせて、私もすぐに行くから』

 

 用件だけ伝えると、満潮は電話を切ってしまった。

 判断が早いな、先がますます楽しみになるが、今はあまりありがたくなかったぞ。

 

 「何かあったんですか?」

 

 「横浜を出たフェリーが浦賀水道から10海里程進んだ辺りで敵艦隊に襲われているらしい」

 

 「大丈夫なのですか?」

 

 「護衛していた第九駆逐隊が応戦しているが救援要請が入った。……行けるな?」

 

 朝潮の顔つきが変わった。

 恋をする少女の顔から戦士の顔に。

 私の命令を確実に遂行する艦娘の顔に。

 

 「はい、いつでも出撃可能です」

 

 敬礼し、凛々しい瞳で私を見つめる君のなんと頼もしい事か。

 そして君はこう言うのだろう?

 私が君を送り出しやすいように。

 私への想いを込めたあのセリフを。

  

 「司令官、ご命令を!」

 

 ああ、私は君に命じよう。

 君を死地へと送りだそう。

 

 君が戻ってくる事を信じて送り出すよ。

 私はいつまでも待っている、君が戻ってくるのを待っている。

 

 そして伝えよう、いつか必ず伝えよう。

  

 君と出会ったこの場所で。

 

 私と君が始まったこの場所で。

 

 いつかまた、この場所で。




 

 祝?完結!
 次話にプロット時の設定と、ここまで読んでくださった読者様へのお礼を投稿しています。


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作者と朝潮

作者「ここまで読んでくださった皆様初めまして。作者の哀飢え男です」

朝潮「相手役の初代朝潮です」

作者「初代朝潮じゃ長いから『初潮(はつしお)』にしとく?」

朝潮「いきなり何を言ってるんですか?ぶっ飛ばしますよ?絶対に最初意外はルビを振るつもりありませんよね」

 

作者「……と、言うわけで最終回を無事迎えられました。最後までモチベーションを保てたのは読んでくださった皆様のおかげです」

朝潮「あ、誤魔化した」

作者「だいたい3か月半くらいですか、今思うと長かったなぁ……」

朝潮「三か月半も妄想を垂れ流した訳ですね、黒歴史確定じゃないですか」

作者「黒歴史とか言わないで……」

 

朝潮「で?妄想を垂れ流そうと思ったきっかけは何だったんですか?」

作者「最初は某SS投稿○報さんでSSを書き始めたのがきっかけと言えばきっかけですね。書くのが面白くなっちゃって」

朝潮「こっちを書き出してあっちはほったらかしですよね?」

作者「まあ……改変コピペの方はこっちに移動させましたし……」

朝潮「もう二つは?中途半端で止まってますよね?」

作者「その内書きます……」

 

作者「で!朝潮が主役のストーリー物が読みたかったんですけど、SSは見つかるけど長編物になかなか巡り合えなくてですね……」

朝潮「だから自分で書いちゃったと?」

作者「基本的に、無いんなら作ればいいじゃないって感じの人生を歩んできたもので……」

朝潮「その結果、二話目で私は殺されたわけですね。まさかゲームの方でも……」

作者「ゲームの方で朝潮型を沈めた事はありません!断じて!」

朝潮「他の子は?」

作者「ごめんよ……黒潮……」

朝潮「最低ですね。そういえば、艦これやり始めの頃は名前だけで黒潮さんを朝潮型と思ってましたね」

作者「だってあの頃は軍艦って言ったら大和くらいしか知らなかったし……」

朝潮「つまりニワカだったと?」

作者「いやいや、提督のほとんどはそんなもんじゃない?」

朝潮「作者さんくらいだと思いますよ?きっと他の提督は全艦種の経歴を最初から暗記してます」

作者「そんな提督は極一部だと思うんですが……」

 

作者「まあ、それはともかく。この作中で出て来た設定とまとめたいと思うんですが」

朝潮「別にまとめなくてよくないですか?まさか次回作を考えてるなんて事はないですよね?」

作者「……じゃあまずは、この作品の年号である『正化』からいきますか」

朝潮「無視ですか、まあいいですけど。設定も何も、平成以外で年号の候補に挙がった物の一つですよね?」

作者「そうですね、他にも『修文』がありましたが『正化』の方を使ったってだけですね」

朝潮「なぜそちらにしたんですか?」

作者「私のPCじゃ修文が一発で出なかったんです……」

朝潮「それだけ?」

作者「それだけ、え?ダメ?」

朝潮「いや、いいんじゃないですか?誰も年号なんて気にしてないでしょうし」

作者「まあ……年号自体に大した意味はないですしね……。単に、転生者的な人たちが歴史を変えた世界と現実を区別したかっただけですし」

 

作者「次は『艤装』についてです」

朝潮「しょっちゅう『偽装』って誤変換して誤字報告されてた奴ですね」

作者「誤字報告してくださった皆様、本当にありがとうございます」

朝潮「で、その艤装はこの作中ではどういう設定なんですか?」

作者「一言で言うと『力場発生装置』です。兵装を通して砲弾や魚雷などに纏わせれば『装甲』に干渉して貫く『弾』に、主機を通せば浮力や推力を発生させる『脚』に、身に纏えば『装甲』になり、艦娘でいる間は成長が抑制されます」

朝潮「作中で二代目が『装甲』を前面に集中とかやってましたが、そういう事も出来るんですか?」

作者「ぶっちゃけると、某H×Hの四体行の応用技『流』をイメージしてました」

朝潮「トビウオとかもですか?」

作者「あれのイメージは某ロボットマンガのファ○トムですね。」

朝潮「そもそも、どうしてトビウオなんて設定を考えたんです?」

作者「最初は『なんで海面に立ってる艦娘に魚雷が当たるんだ?』と言う疑問から『脚』を考えて、次に某動画サイトで、艦娘が海面を走ったり滑走したりしてる動画を見て、どうやったらああいう動きが出来るかなぁと思ったのがきっかけです。それと、動き自体に名称と効果を設定した方が書きやすかったので……例えば『前方にトビウオ』なら、『前方に約10メートル跳躍』的な感じですか?」

朝潮「つまり手抜きですね」

作者「そう言われると反論できない……」

 

作者「ではそろそろ、各キャラクターの設定(プロット時)などを語っていきたいと思うんですが……」

朝潮「もしかして私からですか?」

作者「お願いできますでしょうか……」

朝潮「構いませんよ、速攻で戦死させられた私からでいいのなら」

作者「お願いします……」

 

 朝潮(初代)。

 横須賀提督が鎮守府に着任して最初に出会った艦娘で初代秘書艦。

 正化21年着任で当時12歳。

 正化26年に退役し、横須賀提督と入籍予定だったが横須賀事件で命を落とす。

 享年16歳。

 性格は典型的な委員長キャラで融通は利かないが、世情に疎いため出鱈目な事でも信じてしまうほど素直でもある。

 運動音痴でお世辞にも才能があるとは言えないが、持ち前の真面目さと努力で重巡程度なら手玉に取れるほどの実力を手に入れた。

 使用技は、経験して来た戦況を事細かく分析し、マニュアル化した『広辞苑』と『トビウオ』。

 

朝潮「と言った感じです」

作者「ありがとうございます。では二代目朝潮ですが……こんな感じです」

 

 朝潮(二代目)。

 本作のチートキャラその1。

 正化29年着任で当時13歳(作中に誕生日を迎え14歳に)。

 幼少時に命を救ってくれた横須賀提督に恩返しをするために養成所の門を叩いたが、当時は陸軍と海軍の区別がついていなかった。

 養成所時代は、座学の成績は抜群だが、訓練用の内火艇ユニットと同調する事ができないせいで実技の成績は最低、『朝潮』の艤装と出会うまで他の駆逐艦の艤装とも適合できずに3年近く在籍していた。

 そのせいで自分を落ちこぼれの無能と思い込んでおり、大潮との決闘に勝つまでは横須賀で一番弱いと本気で思っていた。

 横須賀提督至上主義で、自分に自信がなかった頃でも提督のためなら味方にすら噛みつくほど凶暴な一面を持ち、『司令官を心身共に守る』という目的のためなら護衛対象を躊躇なく見捨てる事も厭わない。

 戦闘に関する才能は先代と違って抜群で、『目で見て、自分が必要と思った技術を無自覚にコピーする』という特殊な才能を持っているが本人に自覚はない。

 コピーするだけでなく、思い付きで『トビウオ』と『水切り』の合わせ技である『稲妻』を創作し、実行に移すと言う離れ業もやってのける。

 朝潮になったばかりの頃は茶色だった瞳も、初代朝潮を受け入れる事で同じ蒼に変わり、改装しても変化がなかった見た目とステータスも改二丁に変化している。

 使用技は『トビウオ』『水切り』『稲妻』『刀』『波乗り』『戦舞台』名前は設定していないが、砲弾を撃ち落とす技を窮奇との最終戦で使えるようになった。

 

朝潮「けっこうなチートキャラですね。見ただけでコピーできるとかインチキじゃないですか」

作者「実は、才能に関しての設定は、構想の段階では逆でした」

朝潮「なんで今のようにしたんです?」

作者「作中時間の一年で物語を終わらせたかった関係でそうしました。一発で戦艦棲姫を吹っ飛ばすようなトンデモ武器とか技は設定したくなかったので、学習能力をチートレベルにしたんです」

朝潮「なるほど、そのせいで私は真面目なだけの運動音痴にされたんですね」

作者「すみません……。では気を取り直してキャラ設定の続きを」

 

 横須賀提督。

 元陸軍大佐、正化21年に海軍へ移籍と同時に横須賀鎮守府へ着任。

 物語終了時38歳で元既婚者、妻子とは死別。

 陸軍時代の通り名は『周防の狂人』、日本刀で上陸して来た深海棲艦を真っ二つにしたという逸話を持つ。

 寄せ集め部隊である『奇兵隊』を率い、ろくな補給もないまま深海棲艦の上陸を阻み続けた。

 ロリコンであるが無差別ではなく、本人曰く『朝潮に特化したロリコン』。

 

 大潮(三代目)

 正化23年着任、当時10歳。

 初代朝潮が居た頃は明るいお調子者で第八駆逐隊のムードメーカーだったが、初代朝潮の戦死後は代わりを務めようと無理をしていた。

 使用技は、『トビウオ』『水切り』『稲妻』『刀』『戦舞台』、それに加え、頭を使わず反射神経だけで戦う『マリオネット』を使用する。

 

 満潮(二代目)

 正化24年着任、当時10歳。

 初代朝潮が戦死した時に入渠して戦闘に参加できなかったのがトラウマになっており、入渠する事を極端に嫌うようになった。

 使用技は『トビウオ』『水切り』『戦舞台』『刀』。

 

 荒潮(三代目)

 正化24年着任、当時10歳。

 ムツリム信者で定期的に集会に参加している。

 初代朝潮の戦死後、心身ともに消耗の激しい『深海化』が使用できるようになった。

 深海化中は性格と言動がチンピラのようになり、スペックも駆逐棲姫並みに跳ね上がる。

 使用技は『トビウオ』『刀』『深海化』。

 

 神風(初代)

 作中最強キャラ

 横須賀鎮守府への着任は正化21年だが、その一年前に全艦娘のプロトタイプとして完成した始まりの艦娘、当時13歳。

 スペックは全駆逐艦中最低で、他の神風型よりも低い。

 艦娘になる以前から横須賀提督から武術の手解きを受けており、艦娘になりたての頃は海上より陸上で戦う方が多かった。

 『波乗り』以外の全ての技の創始者で、戦艦の装甲すら貫く捨身技『神狩り』を奥の手とする。

 砲と魚雷以外に日本刀を装備しているが艤装ではなく、特殊な機能などないただの日本刀。

 横須賀提督を養父として慕っている。

 

作者「と、言った感じの設定をプロット時はしてました」

朝潮「満潮の設定が出番の割にすくないですね……」

作者「書き始め当初はあそこまで出すつもりはなかったんですが、思っていた以上に動かしやすかったんですよね」

朝潮「昼ドラとロボットアニメとボクシングマンガとゴスロリファッションが好きなのは後付けですか?」

作者「はい……行き当たりばったりの後付け設定です……」 

朝潮「他にもキャラは出てきましたが設定はないんですか?」

作者「ありません!完全にその場のノリで書いてました!」

朝潮「由良さんとか重要キャラっぽく出しといて左門とくっつけましたね」

作者「最初は由良が満潮ポジだったんですけどね……どうしてこうなった感がすごいです」

朝潮「神風さんは予定通りだったんですか?」

作者「実は神風ポジは叢雲にする予定だったんですが、これまた思った以上に動かしやすくて……」

朝潮「キャラ設定すらしてなかったのに?」

作者「はい……」

朝潮「と言うか、プロットとだいぶ展開違いますよね?」

作者「そうですね。プロットが何の役にも立ちませんでした。完全にノリと勢いだけで書いてます」

朝潮「もうちょっとちゃんとプロット練りましょうよ……」

作者「次からはそうします……」

朝潮「え?次とかやるんですか?」

作者「一応、三部作のつもりで書いてまして……。次は神風を主役にした前日譚的な話を書こうかと」

朝潮「もう一つは?」

作者「それはまだ秘密です」

朝潮「つまり、これからも黒歴史を量産し続けると?」

作者「黒歴史とかやめて……。次はある程度書き溜めてから投稿しようと思っているので、年内に始められればいいなと思っています」

 

 最後になってしまいましたが、ここまでお付き合いくださった読者の皆様、本当にありがとうございました。

 正直な話、読者なんてつかないだろと思いながら書いていたんですが、この話を気にってくれた読者様がいると思うだけでモチベーションを保つことができました。

 綺麗に終わらせることが出来ているのか不安ではありますが、最後まで書き切る事が出来たのは皆様のおかげです。

 

 これからの予定ですが、一話から修正などを加えつつ(大幅に修正した場合は活動報告で報告します)『艦これで〇〇が〇〇を隠し持っていたシリーズ』の続きを書いたり、先に述べた、神風を主役とした前日譚を書いて行こうと思っています。

 

 最後にもう一度。

 

 私の妄想にここまで付き合ってくださった皆様、本当にありがとうございました。

 



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