ヴィヴィオはそれでもお兄さんが好き (ペンキ屋)
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第1話【ヴィヴィオとお兄さん】

ども〜


ではよろしくお願いします。


世の中とは恵まれた者とそうでない者がいる。それは等しく平等で。いい時もあれば悪いときもあるだろう。ただし、それを引っくるめても明らかに恵まれてない人間は確かに存在する。

 

 

この古く今にも崩れ落ちそうな二階建てのアパートに住む青年もその1人だ。彼を青年と言ったところで差し支えない。ただ、20歳は超えていると言っていいだろう。

しかしそんな年齢でも彼は数多くの物を失っている。いや、あまりにも失い過ぎている。幼い時に彼の両親は他界。さらには4年前に起こったある事件を機に、彼は自らの右腕。肘から下を失っている。

また、彼の不遇はこれだけに収まらない。それは左足。彼の左足は膝から下が存在しない。これも4年前のある事件が要因だ。

 

恵まれていない。明らかな人生の差。生きて行く上で、取り返しのつかないハンデ。それを彼はよく思っていない。何故自分が、それもあるだろう。だが、1番彼を苦しめているのは人が人に向ける明らかな視線。劣っていると見られる視線だった。普通の人間が簡単に出来ることを彼は時間をかけなければできない。言い訳以前に不自由であるが故の仕方のない必然だ。でも世の中というのは残酷にして差別が絶えない。誰もが優しい訳ではないのだ。

4年前まで管理局と呼ばれる組織で働いていた青年は嫌と言わんばかりにそれを味わった。出来る事を否定され、視線は殆どが上から。見下し、他人の足元を見させられる。

勿論そんな人間ばかりではない。しかし今の彼はそうでなくても全てがそう見えてしまうのだ。

 

穏やかでない不安定な精神状態。今の自分が何より嫌いだから起こる一種のトラウマ。世の中を嫌い、人を嫌い、己自身をも嫌う。だから彼はいつも独りだった。自らが望み、望まない事。

どうしようもなく、変えようもない。それが彼の生きる現在の人生。

 

誰とも関わらない。友人なんかいらない。この部屋からでる事すら、彼にとっては苦痛。

そのため彼はニートである。当然、社会に身を置きながらそこから逃げ出した者として世間からは後ろ指を刺されていた。ここで1番問題なのは自分が人を嫌う為、人からも好かれない。つまり誰も彼を慕う者がいない。同僚も皆、彼を心配しながら彼を見捨てたという事だ。

 

ただ1人……まだ初等科の女の子をのぞいては…………

 

「お兄〜さ〜ん! お兄〜さ〜ん! ヴィヴィオが来ましたよ。開けてくださいよ〜。いるのは分かってるんですよ〜」

 

青年の玄関を叩くこの女の子は4年前の事件の関係者。被害者と言ってもいい。が、同時に彼からすれば加害者と呼べる。何を隠そう彼の左足を奪ったのは彼女だからだ。ただ、間違えないで欲しいのは彼女の意思で彼の足を奪った訳ではないという事だ。当然の事ながら彼もそれは理解しているし、それに関しては何の後悔もしていない。むしろ、今自分などに関わろうとしてくれる彼女の為に失った物ならば安いものとして受け入れている。

 

「何だ……また来たのか」

「はい! 入ってもいいですか? 」

 

「いや、帰れよ」

「え……せっかく来たのに帰れなんて言うんですか? うっ、うっ……私泣いちゃいますよぉ? 」

 

青年はせっかく来た彼女を追い返そうとするが、彼女はすぐさま目に涙を溜めながらあざとく青年に上目遣いを始める。普通なら押し負けるところだ。ただ、彼はそんなに常識的に優しい男ではない。基本的に人や、馴れ合うのを嫌うのだから。

 

「いいよ。好きなだけ泣けばいい。だから帰れ」

 

「……スゥゥ、誰かぁぁぁああああ、私襲われるぅぅぅううううう!! 」

「ちょっ、馬鹿何して!? 」

 

「へへ、入ってもいいですか? 」

「本当……いい性格してるよなお前」

 

騒がれる事を恐れて青年は彼女を自分の家へと入れる。これはもう日常茶飯事のことと言ってもいい。実際近所の人はみんな分かっていて知らぬふりをしてくれる優しい人ばかりな為問題はない。ただこれを全く事情を知らない人間が見ればそれこそ管理局を呼ばれるに違いない。

 

そして彼女は部屋に入るなりキョロキョロと家の中を確認。状況を把握していく。彼が何をしていたか、何をする途中だったのか。キチンと生活をしているか。それを事細かに把握しているのだ。一見、これだけ見ると完全に保護者か押しかけ幼妻であるのだが、青年はキッパリとこれを否定する。彼にその気はないのだ。

 

「ご飯食べてたの? 」

 

「ああ、そうだよ。……やらないからな」

 

「わ、私そんなに意地汚くないもん。それよりも、はい! あ〜ん? 」

 

「いや、いや。自分で食える」

「え〜でも片手じゃ食べにくいじゃないですか。大丈夫です。誰も見てませんし、私お兄さんのお世話したいなぁ〜」

 

彼女は度々部屋に来てはこういったことを行う。彼の嫌がる顔を物ともせず、彼の為にそれを行う。それは彼女なりの恩返しのつもりで、青年もそれをよくわかっている為に嫌がる顔はできても突き放せないでいた。

どこまでも曇りのない純粋な笑顔。本気で自分の事を慕っているとわかる彼女の態度全て。かつて青年が守りたかったものが確実に守れた証。それだけに彼は満足している。

 

彼女が幸せならそれでいい。自分の行いは間違ってなどいない。それを感じさせるヴィヴィオの姿は彼の誇りだった。

 

「お兄さん義手は作らないの? 片手だと不自由じゃない? 」

 

「……ま、戒めかな。自分に対しての。義足はないと困るけど、手は苦労すればなくてもいられる。だからこれは……俺に対する罰だ」

 

「お兄さん……む! またそんな顔して!? その顔嫌いだって言ってるでしょ! 何度も言ってるよ! お兄さん何も悪くないって! 全部、全部……私が。あ…………」

「そうだな……何度も言われてるな。けど俺も何度も言ってる筈だぞ? お前こそ……何も悪くないって」

 

彼女から、ふいに流れ出た一雫の涙。青年はそれを確認するなり彼女の頭を撫で始める。互いが互いを悪くないといいながら、自分が悪いのだと言い合う。彼らはお互いに認識しているのだ。誰1人として悪い人間などいない。だが自分が行った行動による後悔が、彼らを傷つけ苦しめていた。

とくに青年は彼女よりも傷が深く、誰に対しても同じ事を言う。自分の自業自得が生んだ罪。そうだと確信して疑わない。例え、真実が全く違うものだとしても、青年は自分を貶め続ける。そうする事で精神的に安定を保っているのだ。

 

「お兄さ〜ん。私この時間幸せ。これからデート行こう? 何だかお兄さんと散歩したい気分」

 

撫でられ続けながら幸せを感じ、すっかりトロけている彼女はいつの間にやら青年の膝に頭を乗せて甘え始めていた。精一杯甘い声で彼女は愛しの彼をデートへと誘う。

しかし間違えないでほしい。単純な男がこれに乗らない筈はない。お世辞にも彼女は小学生とはいえかなり可愛い部類に入る。つまり、彼女の誘いを断る事は本来ならない。が、この男に限っては違う。

 

「そっかぁ〜行ってらっしゃい」

「うん……って違うよ!? そこは乗っかってくる所! 私寂しい子になっちゃうから!? 」

 

「……だって外でたくない」

 

「出たくないって……お兄さん少しは外出るでしょ? 一体どれくらい外でてないの? 」

 

「半年? 」

「半年!? 半年もこっから出てないの!? え……いやいや、それじゃご飯とか一体どうやって」

 

「さぁ〜? 」

 

現時点、この状況において会話が成立していない。彼女は必死に状況を理解しようとするが頭が追いつかないでいた。外へ買い出しに行かない。だとすればどうやって彼は食料を確保しているのか。今の食事も自炊による物。つまりは食材を買わなければ成り立たない。だが青年はどこから調達しているのかわからないと口にし、それ以上の説明が続かない。これには彼女も目を丸くする他なかった。

 

「ち、ちなみに……このご飯の材料はどこで? 」

 

「えっと……なんか壁から生えてた奴」

 

「……んな馬鹿な!? お兄さん私の事馬鹿にしてるでしょ!? 例え生えてたとしてそんな物食べるなんてどうかしてるよ!? 」

 

「それは言い過ぎだろ? ちゃんと食えるし、俺は生きてる」

「じゃこの米は! 」

 

「ベランダに置いてある茶碗にいつの間にかたまる米」

「ホラーだよ!? どうしてそんな物が毎日たまるの!? いったいだれが!? 何の為に!? ならこの味噌汁の味噌とかその他もろもろの香辛料は! 」

 

「それはたまに外からガラスを突き破って飛んでくる」

「もうツッコミきれないよ!? お兄さんの家どうなってるの!? 前々から気にはなっていたけど住んでる本人どうしてそんなに平然としてるの!? 」

 

彼女は狂ったように頭を抱えながら嘆き始めた。非常識に非常識を上塗りしたかのようなありえない生活。家の中にいながら何とファンタジークレイジーな生活。彼女は改めてこの部屋に狂気を感じる。また青年が本気で言っているとわかるや、彼女は立ち上がり、家中を散策し始めた。本当にそんな馬鹿げたことがあるのだろうかと。

しかし彼女の常識と呼ばれる幻想は簡単に砕け散った。まずお風呂のある一部の壁にキノコが生えている。それも立派な物が数本。まるで高級なキノコであるかのような色と艶。彼女は野生のキノコに慄いた。さらに場所を変えてベランダ。そこには室外機の上に一杯の茶碗が置いてあり、そこには綺麗な米粒が山盛りで入っていた。これも綺麗に積まれているのだ。故に彼女はこれに恐怖した。

 

「お、お兄さん……ここおかしいよ!? 引っ越そう? 私怖い!? 怖いから!? 」

 

「なら来なきゃいいだろ。俺は生活できるし一向に構わん。それに」

「嫌だよ! お兄さんのいる所が私の居場所なの! だから引っ越して! 」

 

「断る! 」

 

「うっ……ひぐっ……お兄ざんのばがぁぁぁぁぁぁああああ!? 」

 

こうして彼女は泣きながら部屋を出て行った。でも青年は動かない。追いかけもしない。それが彼の生き方。

 

そして数日…………

 

ヴィヴィオは未だにヘソを曲げて来なかったが、代わりに別の客人が訪れていた。それは茶髪にポニーテールをした綺麗な女性。彼女は玄関で鋭い目付きで青年を睨みつけながら不機嫌な声色で青年に喋り始める。

 

「最近ヴィヴィオが元気ないんだけど? 君の所為だよね? 相変わらず働きもしないで……一体何したの? 」

 

「それは言いがかりだ。あいつが勝手に来て勝手に」

「またそれ? 君はいつもそう。そうやってすぐ勝手に勝手にって言うのはどうなのかな? 今はヴィヴィオが望んで君に関わってるから私は何も言わない。でもあの子が悲しむなら話は別だよ? これでもあの子の母親のつもりだから」

 

そうこの女性は高町なのは。ヴィヴィオの母親で、血が繋がっていないが娘思いのいい母親だ。だがそれを抜きにしても彼女が青年に突っかかるのはある理由がある。彼女が青年を嫌っているからだ。勿論彼女にしても下手に人をなんの理由もなしに嫌ったりはしない。しかし彼女の場合、青年との間に消えない誤解があるためにその中は最悪のものとなっていた。

 

「ならもう来させなきゃいい。と言うか俺が嫌いなら俺との関わり全て」

「できないからこうして来てるんでしょ!? 私は君が嫌い。大っ嫌いなの! 顔だって見たくない。当然でしょ? 4年前みんなを裏切って……ヴィヴィオにだって消えない傷をつけた。心の傷は消えないんだよ? でもね、ヴィヴィオが君を慕ってる以上君と会うことを止めるわけにはいかないの! だってこれ以上…………」

 

「じゃなんだよ……俺が死ねばよかったってか? 」

 

「っ!? 本気で言ってるの? 」

 

「そんな事……当たりまぶっ!? …………」

「最低! ……みんなが君の事嫌いになったのは……君のそう言うところだって……どうしてわからないの…………」

 

彼女に頬を叩かれても青年は悔しさも驚きも後悔も何にも感じていなかった。自分に対してこれ以上嫌うことはできない。青年にとって自分の存在は何よりも嫌悪すべきものに違いないからだ。

 

彼女は泣く。自分には変えられなかった青年の事を考え、自分に対しての怒りと青年に対する嫌悪感とのギャップに苦しみながら。

 

「もういい!? とにかく、ヴィヴィオを悲しませるのだけはやめて! 」

 

彼女はそれだけ言い残しその場を去った。青年がどんな顔をしているかも知らずに。

 

 

「たくっ、ふざけんなよ。……俺は存在するだけであいつを苦しめるんだ……いまさら無茶言うなよ……なのは」

 

 

そしてその夜…………

 

 

気分が晴れない青年はコンビニに出かけた。

 

何をしても。何が起こっても悔しいとさえ思わなかった青年は……今日無様にも……地を舐める。

 

「申し訳ありません。まさか義足だったとは……それに右腕も。こんな事なら勝負を挑みませんでした。貴方はもう……戦う力を持っていなかったのですね」

 

「あがっ……な……に? 今……なんつった……」

 

巷では通り魔が噂になっている。青年はたまには外へ出なければと言うヴィヴィオの言葉が刺さりコンビニへ出かけた。その時運悪くもそれに襲われてしまったのだ。でも青年は決して弱くはない。しかし青年もまさか通り魔が女性だったとは思わず完全に油断していた。

 

さらには当たりどころが悪く、義足は壊れて転がり、青年は立つ事ができずにその場に這いつくばる。右腕もない青年は何かを支えにして立ち上がる事は出来ない。

 

「気に障ったのなら謝ります。今医者を」

「ふざけん……な」

 

「え? 」

 

「てめぇ……勝手に襲って、俺を行動不能に出来たからって見下してんじゃねぇよ!? 俺は……その目が何よりも嫌いなんだ!!! 用が済んだならさっさと消えろ、医者なんか呼ぶんじゃねぇ!! 自分の事ぐらい……自分で面倒見るんだよ!! ぐっ、うっ!? 」

 

這い蹲り、体を擦りながら青年が動き出した。無様に、芋虫のように体を起こせない。

 

「あ、あの……その…………」

 

彼女はそんな青年を見て……自分がしでかしたことの重さに気づいた。

 

これが……青年の……アインハルト・ストラトスとの最悪の出会い。

 




次回もよろしくお願いします。


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第2話【ツンデレなお兄さん】

ども〜


今過去編も書いてますが、出来次第投稿します。ただ、この作品の下に章分けて投稿しようか別で投稿しようか悩んでるところではありますね。

まぁ〜そんな事はさておき!


ではではよろしくお願いします。


「お兄〜さ〜ん! しばらく来てませんでしたけど、生きてますかぁ〜って死んでるわけないけど。……あれ? いつもならドア開けてくれるんだけどな? お兄〜さ〜ん! お兄〜さ〜ん! ん? 返事がない……寝てるのかな? 」

 

ヴィヴィオが青年の家を飛び出してから1週間。ヴィヴィオは久しぶりにこの部屋を訪れた。そもそもお兄さんにベッタリのヴィヴィオがいつまでもヘソを曲げているわけもない。本当なら暇さえあれば青年に会いたい程の懐きっぷりなのだから。

しかし青年はヴィヴィオがいくらドアの前で声を出しても外へは出てこなかった。こんな事は初めての事でヴィヴィオは首を傾げたまま考える。そしてなんとなくドアノブに手をかけたヴィヴィオはドアに鍵がかかっていない事に気がついた。

 

「開いてる……お兄〜さ〜ん。お邪魔しますよぉ〜……え、何これ…………お、お兄さん!? 」

 

ヴィヴィオはドアを開けてすぐ、その異変に気がついた。玄関に置いてある小さ目の下駄箱が壊れていたのだ。それも古くて壊れたというよりも殴って壊したかのような痕跡。ヴィヴィオは狭いが部屋の中へ駆けていく。するとそこにはグッタリとし、うつ伏せで布団に倒れている青年の姿があった。

いつもならついているはずの義足もその足にはついていない。しかも取ったというよりは根元が折れたかのようで、ヴィヴィオは恐る恐る青年の横へ座るとその体を揺すった。

 

「お兄さん? お兄さん? 」

「うっ、ん? ヴィヴィオ? ……なんだ……勝手に入って来て……どうしたんだ? 」

 

「だってお兄さん出てくれないんだもん。……なんかあったの? 」

 

「……いや、なんもない」

 

「でも義足が」

「なんもないって〜の」

 

青年は何もないと言い続けた。だがヴィヴィオはその時それが100%嘘である事を理解した。うつ伏せで彼女の顔を見ようともしない。ただ左手の拳が強く握りしめられていた。ギリギリと震え、何かに悔しがるようなその姿。ヴィヴィオはそっと……握りしめられる左手に両手を添えると軽く力を入れ、青年の手を包み込む。

 

「なんだよ…………」

「ううん……なんでもない。お兄さんがなんでもないなら、これもなんでもない……でしょ? 」

 

「クソっ……ガキの癖にどうしてこう…………」

 

「えへへ、少し生意気でしたぁ? 」

「いや……サンキュー

 

「え? お、お兄さん今なんて言ったの!? もう一回、もう一回聞かせて!? 」

 

「ふん、誰が言うもんか」

 

青年はこの時暖かい気持ちになっていた。お節介でも自分を慰めようとしているヴィヴィオに青年は感謝する。そして、やっとヴィヴィオの方を見た青年はある事に気づいた。それはヴィヴィオが見せている笑顔。それが少し曇って見えたのだ。

勿論普通の人はそれに気づくことはマズない。いつもヴィヴィオを見ている青年だから気づく事だった。

 

「お前の方こそ、なんかあったんじゃないのか? 話せよ」

 

「え〜自分の事は話さないのに私には話せって言うの? お兄さんそれはずるいんじゃないでしょうか! あてっ!? 」

「ガキがアホな事言ってんな! 別に話したくなきゃいいんだぞ? 」

 

ヴィヴィオは冗談半分で青年にカマをかけるが青年は話そうとはせず、ヴィヴィオの頭を小突くとそっぽを向いた。

 

「嘘嘘!? 話します、聞いて欲しかったんですよ。えへへ〜」

 

ヴィヴィオはいつものように青年の膝を枕に甘えモードに入ると少しトーンの落ちた声で何があったのかを話し出した。自分がある人とスパーリングをして相手を怒らせてしまったと言う内容だ。ヴィヴィオ本人は気にしているようだが、青年はそれを聞き、軽く彼女の頭を叩く。

 

「あいたっ!? もうまた叩いた!? お兄さんもっと優しくしてよ……私女の子なんですよ? 」

「誰がお前なんかに優しくする、か! 」

 

「あべしっ!? 」

 

2人のやり取りはまるでコントだが、今のヴィヴィオにはそれが何より嬉しく感じた。怒るでも慰めるでもない。普通に自分の愚痴を聞いてくれる青年に。

 

 

「まったく、お前は気にしすぎなんだよ。それだって単に相手がお前の全力を見誤ってただけじゃねーかよ」

 

「でも…………」

 

「どうせお前んとこの先生さんはそいつともう一度試合でもできるように何か手を回してんだろ? 」

「え、どうしてわかったの!? 」

 

「お前んとこの先生さんのやりそうな事は分かるっての。だからそん時に……お前の全力、伝えてやればいいだろ? 違うか? 」

 

ヴィヴィオはそう言われ、静かに目を閉じながら頷いた。ヴィヴィオにとってみんなが青年を嫌う気持ちはわからない感情ではない。彼女にとってもその当事者であり、今この状態にならなければ自分はどうなっていたかわからない。確かに嫌われて苦しいのは青年には違いないだろう。しかしその間にいるヴィヴィオはそれと同じぐらい苦しかった。みんなが好きだが、青年と母親達のみぞは深く埋めるのは難しい。ヴィヴィオはそんな関係での板挟みになっている。

 

だが同時にそうなっているからこそ、青年はヴィヴィオに対しては完全に突き放せない。自分なんか放っておけとそこまで強くは言えない。自分が選択した事で起こったこの状況が、他ならぬ自分の所為だと思い込んでいるからだ。

なのは達だけならともかく、関係のないヴィヴィオにまで辛い思いをさせるわけにはいかない。でもそれは仕方がない事で、青年がなのは達との関係を修復しない限りは解決しようもない事だ。

 

「お兄さん……私のお願い……聞いてくれる? 」

 

「やなこった」

「私まだ何も言ってないんですけど? 」

 

 

ヴィヴィオは断った青年にジト目で反撃をし、あざとくも少し涙目を見せる。そうされれば青年が堕ちるのも必然だ。しかもヴィヴィオはそのまま頬を膨らませるというパワープレイを始め、青年は簡単に堕ちた。

 

 

「……たくっ、分かったよそんな目で見るな。い、言ってみろよ」

 

「やた! え、えっと……私とアインハルトさんの試合見に来て……くれませんか? 」

 

「…………」

 

その願いに青年が答える事はなかった。しばらく沈黙が続き、その沈黙に耐えかねたヴィヴィオが少し残念そうな声で、喋り始める。

 

「そうだよね……ダメ……だよね」

 

青年にしてもこの程度の些細な願いは叶えてやりたいと思っているのは通りだ。しかしそうなった場合、確実に会わなければならない人間ができてしまう。ヴィヴィオにストライクアーツを教えている先生でノーヴェ・ナカジマという女性だ。

ヴィヴィオ的には仲良くしてほしい人間の1人なのだが、彼女を含めその家族、ナカジマ家の女性達とは青年は特に仲が悪い。正確に言えばナカジマ家の彼女達の方が青年に対して負い目を感じている為気まずいのだ。

理由は多々あるが、一番大きいのは彼の右腕だろう。直接の関係はないとは言え、4年前の事件でその中心にいた彼女達は青年の失ってしまった物に少なからず罪悪感を抱いているのだ。

 

「あ! お兄さん頭ズレてますよ? 」

「なにっ!? ……おい……どこもズレてないぞ? 」

 

「えへへ、嘘ですよ〜あたっ!? 痛、いたタタタタ!? お兄さん痛い!? 冗談!? 冗談ですから!? 頭グリグリするのやめてぇぇ!? 」

 

「頭の事をなじるなと何度言えばぁぁ! 」

「お兄さんギヴっ!? ギブ!? 痛い痛い!? 」

 

青年は膝に乗せているヴィヴィオの頭、その右側のこめかみを左拳でグリグリと押し付け、膝と挟んで万力攻撃を始めた。実は青年に対して決して言ってはいけない事が1つある。それは青年の頭のついての事だ。彼の頭はズラであり、その下には髪の毛は一本もない。当たり前だがわざと剃っているのではなく、とある理由から青年は髪の毛を失っており、毛根から髪が生えることは2度とない。その為、頭の事を言われるとその煽り耐性は0。すぐにキレるのだ。

今はヴィヴィオだからこれで済んでいるが他の人がこれをやるとタダでは済まない。その証拠にかつて青年の頭を必要以上にいじった事があるどこかの元部隊長は地獄をみた。

 

「あうぅぅっ……痛いよぉ〜。……そんなに怒らなくてもいいのに。私はありのままのお兄さんが好きだよ? 私はズラがない方がカッコいいと思うですが〜」

 

「……う、うるせ! 馬鹿言うな」

 

「む〜お兄さんのツンデレ! 」

「デレてねー! と言うか男のツンデレはどこに需要があるってんだ? 」

 

「はい、は〜い! ここにいま〜す! 」

 

どこまでも純粋に、素直に、真っ直ぐ好意を示すヴィヴィオには青年は決して勝てない。だから青年はすぐにヴィヴィオから顔を背ける事がしばしば。

 

「そう言えばコロナがお兄さんに会いたがってたよ? 」

「げっ!? マジかよ……う〜ん……ヴィヴィオ? 」

 

「はい? なんでしょうか? 」

 

「絶対にここには連れてくるな! 俺は会いたくない! そう伝えとけ」

 

「あはは……そんな事言ったらアパートごとゴライアスで潰しにきそう」

 

「やめろ、冗談に聞こえない」

 

2人の話だけ聞けばコロナと言うヴィヴィオの友人は過激な子に聞こえるが実際そんな事はなく、とても優しくて大人しい女の子だ。しかし青年が絡むとそれは違う。ヴィヴィオと付き合いが深いコロナは自分の趣味が高じて理不尽にも青年の存在を嫌っている為、すぐに青年に対して半殺しまがいの行為を始めるのだ。

だがヴィヴィオにはジャレているようにしか見えない為、未だにコロナの真意には気づいていない。ましてや、コロナの趣味の真の意図を知っているのは他ならない青年だけなのだから。

 

「お兄さん……今日泊まってもいい? お兄さんともっといたいから」

「ダメだ。せめて休みの日にしろ。じゃないと俺が殺される」

 

「う〜ん……もう遅いかな。なのはママにメール送ってしまったので」

 

「なん……だとっ…………ハッ!? き、気の所為か? 外が光ってる気がするんだが……ピンク色に」

 

「お兄さ〜ん、お邪魔しました。私帰るね! また来るから」

「ちょっと待てぇぇぇ!? あれ確実に砲撃しにきただろ!? 」

 

ヴィヴィオは逃げるように青年の部屋を出るとすぐさま走り出した。当然、外で誰が襲撃しにきたか理解している為、光っているベランダの窓を部屋を這いずりながら開ける。するとそこにはバリアジャケットを羽織ったなのはがエクシードモードで砲撃をチャージしていた。青年は一気に真っ青になる。

 

「お、おいなのは? 馬鹿な真似はやめろ? ヴィヴィオの奴なら今帰ったから、な? 」

「ロリコンの言い訳は聞こえないよ。全力全壊なの! 」

 

「ですよねーってアホか!? 誰がロリコンだ!? ……な、なぁ? 一応確認するが……本気か? 」

「死ね! 」

 

「ちょっ、まっ!? ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!? 」

 

瞬間青年の部屋だけ器用に砲撃が直撃するとお風呂場のキノコ以外が半壊した。けど半壊したのは青年の部屋だけで他の住人には被害はない。かのエースオブエースが関係ない人間に被害を及ぼす程彼女の腕は低くはないのだ。

そして現状義足が壊れて逃げる事ができなかった青年は黒焦げになり、部屋で気絶。次の日大家さんに死ぬほど怒られた。当たり前だが修繕費諸々は青年持ちであり、割と少なくなりつつある貯金は痛手というしかないだろう。

 

「はぁ〜全く、義足もまだ新調できてないのに……なんで出かけないといけないのかね? ……仕方ないか。お願いされたもんな」

 

青年はあらかじめ聞いていたヴィヴィオとアインハルトの試合の日、左手で松葉杖をつきながら片手片足で器用に外へ出かけた。もともと筋力は常人以上の為この状態で出かける事はなんの問題もない。ただ問題があるとすれば、この状態では自動販売機で飲み物1つ買う事ができないということだけだ。勿論普通の買い物にしても義足がなければできない。そういう面では今の状態は不自由以外の何物でもないだろう。

 

青年のアパートから人気のない試合の空き地までは距離がある。歩いて1時間。青年は少し早く出てゆっくりとその場所へ向かっていた。そして到着して早々、青年は見知った顔揃いのギャラリーを見つける。バレないよう建物の陰からヴィヴィオがいる事を確認するとそこを定位置に壁にもたれかかりながらその試合を見届ける。

 

「つーかノーヴェのやつだけじゃねーじゃねぇか。これじゃ余計出て行きたくねぇ〜………っ!? 」

 

試合が始まり、ヴィヴィオとアインハルトが大人モードと武装形態へと変わった。しかしそれを見た瞬間、青年の顔色は変わる。見た事のある人間がヴィヴィオと試合をしているからだ

 

「マジか……ヴィヴィオの相手って俺を襲った通り魔じゃねーかよ。けどまぁ……ノーヴェ達いるから心配しなくても大丈夫か。それより、この間はあんな事言っちまったがあいつはヴィヴィオより確実に格上だ。ヴィヴィオで勝てるか? 」

 

青年は独り言のようにそう呟いたが、すぐさま自分の顔をグーで殴る。それも生半可な力ではなく、鼻から鼻血が出るほどだ。青年がなぜこんな事をしたかは、簡単だ。自分の馬鹿さ加減に喝を入れたのだ。

 

何故なら青年は…………

 

 

「俺があいつを信じてやらねーでどうするんだか。絶対あいつの前じゃ言ってやらねーが……頑張れヴィヴィオ。お前なら、絶対気持ち届けられるよ」

 

誰よりヴィヴィオを信じているからだ。

 

こうして役者の揃ったギャラリーの見守る中、ヴィヴィオとアインハルトの試合が始まった。

 

 




次回もよろしくお願いします。


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第3話【戻れない過去】

ども〜


感想やお気に入り感謝です!

感想を頂きましたが、合わなかった人は申し訳なかったです。


ではよろしくお願いします。


ヴィヴィオとアインハルトが戦ってる最中、青年は1人ヒヤヒヤしていた。アインハルトが強いのもそうだが、青年はヴィヴィオがここまで戦える事を知らなかった為、内心驚きながらもヴィヴィオが怪我をしないか心配していた。

 

「ヴィヴィオ……なかなかやるな。そういえば話しか聞いてないからあいつの戦ってる所初めて見るかもな……っ!? ……おいおい…………」

「両手を上げてこっちを向きなさい! 」

 

「はぁ……たくっ、見ればわかるだろ? 俺松葉杖使ってるんだぜ? 片手もないし、義足もないから左足もない。このままお前の言う通りにしたら転んじまうって……相変わらずのそのSっ気なんとかならないのか? 管理局期待の執務官殿? 」

 

青年がギャラリーの後ろで、建物の影隠れながら見物してた時、後ろからカチャリと何かを突きつけられる音がした。そして続くように聞こえた声で青年は後ろを振り返らなくても誰だかを理解する。

それは管理局の執務官。ティアナ・ランスターだ。デバイスであるクロスミラージュを青年の後頭部に突きつけ、まるで犯人に忠告するような態度を見せる。

 

また青年の方から見ればギャラリーの中にまだ彼女がいるが青年は驚いた様子はない。だがそれは彼女なら気づかれずにできる芸当だろうと知っての事だった。

 

「フェイクシルエットか? て言うか頭に突きつけてる銃おろしてくれませんかね〜? まさか俺が誰だかわからないわけじゃないだろうに」

 

「黙りなさい! どうして貴方がここにいんのよ。誰かがこそこそしてると思えば……よく平然と私達の前に顔出せたわね! 一体どう言うつもり? 」

 

「別に俺が顔見せたわけじゃねーし。お前が俺の方に来たんじゃねーか。それとも何か? 俺はお前らの許可なしにお外を歩いたらいけないのでしょうか? 」

「うっさい!! あんたが悪いんでしょ!? あんたが……ごめんなさい言い過ぎた」

 

ティアナは突然少し俯きながらクロスミラージュを下ろす。彼女は青年を見つけ、冷静さを欠いた。現役の執務官としてはあるまじき態度だが、相手が青年に限っては仕方がない事だろう。

 

「いや、元はと言えば俺が悪いわけだしな。気にするな。俺はただヴィヴィオに……散歩だ散歩! 」

 

「下手な嘘にも程があるわよ……ヴィヴィオって出た時点でなんとなくわかったし。はぁ、もうあんたの顔なんか見たくなかったなぁ〜」

 

青年は未だにティアナの方を見ない。だがティアナには青年の背中が彼の表情の代わりだ。今自分が言った言葉をどう捉え、どう感じているのか。さすが現役執務官ともなれば見知った相手にもカマをかける。実際青年の同僚だった人間のほとんどがティアナのように顔も見たくないと言っているのだが、それは青年が未だに誤解されたままだからだ。誰1人として青年の4年前の真実を知らない。

 

なんの為に、どうして仲間を裏切るような形を取ったのか。ただここで勘違いしないでもらいたいのは裏切ると言う意味は、管理局の仕事上敵に寝返ったという意味ではない。仲間との絆と信頼を裏切ったという意味だ。

 

「悪かったな。俺だって家から出たくなかったさ。誰か見知った顔に会うと……お前のように不愉快にさせる。でも……あの子の事だけは……裏切るべきじゃない。そう思って……さ」

 

「はぁ……もうため息しか出ない。今の言葉それだけで不愉快よ。どうしてあんたは……そんなに自分を蔑むの? 嫌うの? みんなあんたの為にあんなに必死で……それなのにあんたは自分で自分を殺そうとした。それでどんなにヴィヴィオが……なのはさんが傷ついたか。あんただってわからないわけじゃ」

 

「当たり前だ!? それにだからどうした! 俺はあの時誰がどんなに傷つこうが何1つあの時の事を悔いるつもりはない。だってそうだろう? 俺はなんだ? 人か? 人間だと言っていいのか? ゆりかごに放った数発のアルカンシェルでも俺が失ったのは右腕だけだ! この世の誰が俺を人間だと認めようと俺は認めない! 認めるわけにはいかない。お前らは……何も知らないんだ。わかってない。俺が生きてることがどんなに危険なのか。もし……ただ1つ……ただ1つだけ悔いることがあるとすれば……あの時ヴィヴィオに見つかった事だ…………」

 

青年は少し興奮気味に声を荒げる。過去の断片を思い浮かべながら思い出したくない過去を蒸し返す。青年の背中が語る表情はティアナにそれ以上の言葉を許さなかった。かつての自分の先輩。なのは達同様、尊敬してやまない存在。それが今はこうも落ちぶれている。ティアナは見ていられなかった。

静かに目を閉じ。ゆっくりと青年の横を通りみんなのいるギャラリーへ戻ろうとする。

 

しかし次の瞬間、ティアナのいる場所に衝撃と土埃が吹き荒れた。

 

「覇王……」

 

「とっ! あれはマズイな!? 間に合え、よ!! 」

「っ!? ちょっ、きゃっ!? ……ごほっ!? ごほっ!? なんなのよもう。はぁ……まったく……アホみたい。それだけ誰かを想える存在が人間じゃないわけ……ないじゃない…………」

 

衝撃と土埃の正体は青年が右足で思いっきり踏み込んだ為だ。松葉杖で片足もない状態で青年は今使える自分の力を全て注いである方向へロケットのように飛んだ。

それは戦ってるヴィヴィオに後ろ。その建物の前。2人の戦いは青年とティアナが話してる間に先へ先へと進み、決着がつこうとしていたのだ。ヴィヴィオの渾身の拳が受け止められ、代わりにアインハルトの一撃必殺の技がヴィヴィオのお腹へ直撃する。

 

「断空拳!! 」

「かはっ!? 」

 

物理法則からいえばヴィヴィオは後ろへぶっ飛ばされる。本来ならこれで建物に直撃する筈だったが、そのタイミングで青年がヴィヴィオと壁の間にクッション代わりに入り込んだ。松葉杖を放り投げ、唯一空いている片手を使いヴィヴィオを押し戻す。

するとヴィヴィオの衝撃は限りなく0に緩和され、転びはしたものの大人モードの解除だけで一切の外傷はない。

 

しかしむしろ問題なのはクッションとして入り込んだ青年の方だった。ヴィヴィオを押し戻した事でその時に入れた力が更に後ろへかかり、ヴィヴィオが受けた力より強い力で建物に激突、その場は轟音と残骸で包まれた。

 

「い、今のって……お、お兄さん? お兄さん!? 」

 

一瞬の事ながらもヴィヴィオは確実に青年である事に気づき、瓦礫に埋まっている青年の方へ駆け寄った。他のギャラリーも同様に走り出す。

 

「あ〜重い……ヴィヴィオ〜怪我ないか? 」

 

「あはは……今のお兄さんに言われると複雑だよ……でも……ありがとうお兄さん。私のお願い、聞いてくれて」

「あ、あの!? 」

 

青年とヴィヴィオの世界を壊すように、アインハルトが声をかけた。少し顔を赤くし、恥ずかしがるようにヴィヴィオに話しかける。わだかまりが消え、友情が芽生えるそんな会話。

 

でもそんな中青年は忘れられ、瓦礫に潰されたままにされているのだが、なかなかヴィヴィオ達の雰囲気を壊せずに我慢をしている。

 

「こ、この間の事はて、訂正します! 今のは……とってもいい試合でした」

 

「アインハルトさん……はい! 」

 

「ヴィヴィオ〜……水刺したくないんだけど……ゴメンはやく瓦礫なんとかしてくれ……お、重い…………」

「うわぁ!? ごめんお兄さん!? い、今どかすから! 」

 

 

やっと救出された青年はヴィヴィオに松葉杖を取ってもらうと誰とも会話せずせっせとその場を立ち去ろうと動き出す。だがこれだけのギャラリーを前にしてただで逃げられるわけはなかった。初めに青年の足を止めたのは他でもないアインハルト。青年の前に回り込み、青年を無理矢理止める。

 

真っ直ぐに見つめるアインハルトの瞳はこれから何を言おうとするのか青年には明白だったが、黙って聞いていた。

 

「この間は申し訳ありませんでした! 不自由なのを知らないとはいえ、あのような……許されるとは思っておりません。でもせめて、謝罪と義足の弁償を」

 

「はて。君は誰だったかな? 俺は覚えてない。人違いじゃねーの? 」

 

「へ? ……い、いえ、そんな筈は」

「そんじゃな〜」

 

アインハルトは呆然と再び歩き出す青年を見ていた。本気で忘れられているとも思えない、わざとらしい青年の物言いは真面目なアインハルトを混乱させた。

自分に非があるのにどうして何も言ってこない。何故自分を責めない。こう言った拍子抜け。故にアインハルトは呆然と青年を見ているしかない。しかしヴィヴィオがアインハルトに放った一言で青年はダッシュでヴィヴィオ達の前に戻ってきた。

 

「アインハルトさん。あれ、ただの照れ隠しですので大丈夫です。お兄さん優しいから、気にするなってことですよ。素直じゃないから、お兄さん本当にツンデレ」

「待てゴラぁ!? だからデレてねーだろ!? 何度言えばいいんだヴィヴィオ!? 俺はツンデレじゃねー! 男のツンデレに需要はないと何回」

 

「お兄さんの方こそ、何度も言わせないで! 需要ならここにいます! 」

 

ヴィヴィオはそう言いながら自分の胸をポンっと叩く。いつも通りの軽いノリだが、普通に考えればただの告白だ。現にこの場にいる何人かは顔を赤くしてそわそわしている。

特にヴィヴィオの友達のリオは「ヴィヴィオが大人に!? 」っといい青年の存在を初めて認識する。

 

「はは……お〜に〜い〜さ〜ん〜? やっと〜会えましたぁ〜ねぇ? 」

 

「あ? げっ!? ヴィヴィオ、俺帰るわ! とっ!? ぎゃふんっ!? 」

「逃がしませんよ! 私言いましたよね? ヴィヴィオに付きまとうなって? ……ヴィヴィオに男なんていらないんですよ。ヴィヴィオに必要なのは……キャー! 」

 

それは周りの空気が凍った瞬間だった。リオと同じくヴィヴィオの友達のコロナ。彼女は自分を認識し逃げ出そうとした青年の松葉杖を蹴り飛ばすと、バランスを崩した青年にのしかかり、その動きを完全に奪う。ハイライトの消えた青年を蔑むような目は、この場にいる誰が見ても逆らう気を起こせない。

 

「ば、馬鹿!? 俺一応障害者だぞ!? 」

「お兄さんに人権なんかないので大丈夫です。ふふ、すいません……手が滑っちゃいます」

 

「は? お、おい……なんかスースー……ハッ!? 髪!? コロナカツラ返せ!? 何とってんだコラ!? 」

 

「こんなもんいらないでしょ? お兄さんはツルッパゲの方がよく似合います! ま、お兄さんのハゲに需要なんかありませんけど」

 

コロナはどこまでも青年を辱め、しまいには笑い馬鹿にするような言い方で青年の頭をキュッキュッ……っと擦る。普段であれば青年はとっくにブチ切れているのだが、相手が相手なだけにそうはいかない。

 

言ってしまえばコロナは青年唯一の弱点とも言える。ヴィヴィオの一番仲のいい友達。よって下手にキレて傷つけることはできない。ましてや、ヴィヴィオはコロナの真意をまるで理解してないのだから。

 

「本当2人は仲がいいよね」

 

「どこがだ!? これが仲良く見えるなら眼科行けヴィヴィオ! あぶっ!? ん? んっー!? んーっ!? んんんっー!? 」

「あ、すいませんお兄さん。顔……土で埋まったちゃいましたね? ほら、そこで目でも開けたらいいじゃないですか? 眼科……行けますよ? 」

 

丁度運悪くも青年の顔の前は砂山の真ん前。コロナは青年の顔をそこへ押し付けるとグリグリと力を込める。そして流石にやり過ぎだと判断したのかノーヴェがコロナを止めに入った。

 

「ちっ! 」

 

「わ、悪かったなぁ〜コロナも悪気があったわけじゃ」

 

「おい、ノーヴェ。悪気のない奴は松葉杖蹴り飛ばさないし、今って舌打ちしないだろ? たくっ、俺の時だけキャラ変わり過ぎなんだよ。はぁ……嫌われたもんだ」

「え? そんな事はないですよお兄さん。私はお兄さんの事、大っ嫌いですよ! 」

 

「……おかしいな。笑顔でなおかつ大好きと同じトーンで言われると不思議と違和感がない…………」

 

 

 

青年はまったくブレないコロナにため息をつきながらやっと解放され、家へと帰る。

 

だが、それでもタダでは済まないのが青年だった。

 

帰り道、すっかり夜がふけ、暗がりのなかの事だ。公園を通り、ゆっくり松葉杖をつく青年は、ある人物と鉢合わせになった。2人は足を止め、互いを認識する。

 

「……珍しいね。君が外に出てるなんて」

 

「はぁ……なんでこうも会っちまうかね」

 

そう、ここで鉢合わせになったのはなのはだった。彼女も仕事に帰りで、他意はない。

 

青年は出会った事が嫌なわけじゃないが、気まずい雰囲気が苦手な為、少し顔を背ける。しかしそれはなのはも同じだ。

 

「義足は? 」

 

「壊れた。壊された? まぁ〜どっちでもいいが、今はない。仕事帰りなんだろ? さっさと帰れよ。ヴィヴィオの奴が寂しがる」

 

「……君はまだ死にたいと思ってる……のかな? 」

 

なのはは早くその場から去ろうとする青年に複雑な顔を見せながらも少し気に入らないのか、青年が自分の横を通り過ぎた際に振り返らず喋り始める。なのはがどんな顔をしながら話しているかは青年にはわからない。でもそれが何より、誰の言葉より、青年の心には……深く刺さった。

 

「…………」

 

「あの時……ヴィヴィオが君の事を見つけなかったら君は間違いなく死んでた。誰の手でもない君自身の手で。どうして? 君は誰にも何も教えてくれなかった。4年前の事件で、君の中の『イービル因子』は完全に消滅したはずだよ? そうでしょ? だから君が死ぬ理由なんてもう」

「今更……」

 

「今更じゃないよ。君は何も言ってくれない。何も教えてくれない。私達……そんな浅い間柄だったかな? 少なくても2回も同じ部隊の仲間で……私達が教導隊にいた時、君は昔……私に告白してくれたよね」

 

「断ったのはお前だけどな」

 

淡々と、すっかり冷え切った声での会話。今では誰も知ることができない2人の過去。本人達の記憶の中にしかない2人だけの関係。各々が互いにあった気持ち。今ではどこかへおいてきたのではないかというその気持ちは……すでに過去の遺物でしかなくなっていた。

 

戻れそうで戻れない。互いに気持ちがあった頃の過去。まだ仲間と呼んでいた頃の関係に。

 

「君は変わった。初めて君と出会った頃から比べたら、別人だと思える程。4年前なら……この間君に砲撃しに行った時だって、きっと君は私の事怒ってる。何するんだ! って……ううん。そもそも、私の砲撃……着弾する前に相殺できたはずだよ」

 

「アホか。障害者に無理言うな。それに別にこの間の事は怒ってないわけじゃない。おかげで大家さんに怒られるは修理費用かかるは散々だったんだからな」

 

「それは悪いと少しは思ってるよ。でもおさえられないよ。君なら問題ないって……昔の癖が残っちゃってるんだもん。それにヴィヴィオのメール見たら……どうしても許せなくて」

 

「ちなみに……なんて書いてあったんだ? 」

 

「お兄さんと寝て帰ります」

 

「……今度家に来たらグリグリの刑だな」

 

 

青年はそう言うと止まった足を動かし、家へと帰り始める。一方、なのはは何を思ったのか振り返り後ろ姿の青年を見つめる。青年は気づかないが、なのはは寂しそうな瞳で青年をただ見つめていた。過去に残した後悔。それを体現したかのような目の前の青年。1度壊れてしまったが故に伸ばした手は届く事はない。今平和である事がまるで苦痛であるかのように、彼女は唇を噛みしめる。

 

そして……諦めと悔しさを感じながら目を閉じると、なのはは静かに家へと歩き出した。

 

 

 

 




次回もよろしくお願いします。


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第4話【異変の前兆】

ども〜


ではよろしくお願いします!


「にゃぁぁぁあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!? ギヴっ、ギブギブ!? お兄さんもう許してぇぇええええええ!? 」

 

「誰が許すか! お前はママさんになんてメール送るんだ! 」

 

青年となのはが鉢合わせになってから3日、ヴィヴィオはいつも通り青年の家に遊びに来た。だが青年にメールの内容がバレた事でヴィヴィオは絶賛グリグリの刑を執行中。青年は一切の容赦をしない。

 

「うぅ〜いだいぃ……しくしく……お兄さんの優しさが欲しいよぉ〜」

「お前にやる優しさなんてない! さっさと帰れ」

 

「むーっ! お兄さんは私にもっと優しくするべきだと思います! 」

「お前はどの口がそ・ん・な・こ・とを!! 」

 

「いにゃぁぁああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!? 」

 

青年のグリグリの刑執行から1時間。ヴィヴィオはやっと解放され、涙目になりながら右のこめかみを押さえる。しかしヴィヴィオは懲りずに座ってそっぽを向いている青年に後ろから抱きつくとだだ甘モードになりながら甘え始めた。

 

まるで猫のように青年の背中に顔を擦り付ける。ヴィヴィオは2人きりなのをいい事にやりたい放題甘えが止まらない。何故ならこの場を邪魔する人間は存在しないのだから。

 

「お兄〜さぁ〜ん」

 

「あ? 」

 

「えへへ。呼んだだけぇ〜」

 

「はぁ……ヴィヴィオ暑いから離れろって。あまりじゃれつくな」

「ダメ、このまま。このままがいいのぉ〜」

 

「はぁ……ま、悪くないけどさ」

 

青年の貴重な素直な言葉は貴重だが、今幸せになり過ぎてヴィヴィオには聞こえていない。すっかり顔を緩ませ、大きな青年の背中に夢中なのだ。そして、いかに青年にその気がないとはいえ、こんなに好意を直接ぶつけられると照れくさかった。その為、なのはに言われたロリコンという言葉がフラッシュバックする。

 

両手で頭を抱え、違う違うと否定しながら何も起きない時間が過ぎる。

 

 

するとそんな時だった。青年の部屋をコンコンっと誰かがノックする音。ヴィヴィオは邪魔をされ、怪訝な顔を見せる。だが仕方ないと立ち上がり、義足のない青年の代わりにドアを開けた。

 

「あれ……ヴィヴィオ? 来てたんだ。ワンいるかな? 」

 

「フェイトママ? どうしたの? お兄さんならいるけど」

 

ドアを開け、顔を覗かせたのは執務官服を来たフェイト。彼女はヴィヴィオのもう1人の母親がわり。そしてなのはの親友だ。

 

 

「ワン、ちょっと手伝って欲しいんだけどいいかな? 」

「おかえりください」

 

「え、えっと……執務官として、ちょっと協力してもらいたんだ。別に危ない事とかじゃないから捜査に協力」

「今すぐ、迅速に、速やかにおかえりください」

 

「……うっ、グスっ」

「はい? おい!? 」

 

「あ〜あ、なーかせた。お兄さん酷い〜最低〜なのはママに言いつけちゃうよぉ〜」

「よせ!? フェイト泣かせなたなんてあいつに言ってみろマジでこの間の砲撃の比じゃないぞ!? ……あーもう! 分かった、分かったよ…………」

 

フェイトはチラリとヴィヴィオの方を見る。するとヴィヴィオはフェイトに向かいウィンクをし、舌を半分出して片手で小さく2人でハイタッチ。察しのいいヴィヴィオは青年が断れない状況を見事に演出して見せた。

当然その事実に気づかない青年は床にうなだれ残念そうに落ち込む。

 

そして比較的温厚で優しいフェイトは青年に対してもそこまで毛嫌いといった態度は見せない。内心どう思っていようが、取り敢えず普通に接していた。ただ、青年に呆れた事は事実な為、用のある時以外は決して青年に関わろうとしない。

 

「元気……みたいだね。よかった」

 

「そうだな。お前んところの娘さんが来なくなったらもっと元気になるかもな」

 

「冗談でもそんな事言うもんじゃないよ? 実際……誰より感謝してるくせに」

 

「……分かってるよ。少なくてもあいつの前じゃ絶対言わないから安心しろ。と言うか感謝なんかしてないし! 」

 

フェイトは青年を車に乗せとある場所へと向かった。ヴィヴィオは連れていけない為家に帰ったが、青年は終始帰りたそうな顔をやめない。車の中でも外ばかりを眺め、フェイトの顔を見ようともしなかった。

 

2人が向かったのはミッドの外れにある病院の廃墟。何故こんな所に連れてこれたのか青年は疑問に思ったが、フェイトが危なくないと言っていたのでその言葉は信用し、松葉杖をつきながらフェイトの後をついていく。

しばらく歩き、廃墟の地下におりたとき、その光景は広がっていた。

 

「おい……危なくないんじゃなかったのか? 」

 

「うん、大丈夫。もう誰もいないから。痕跡はあってもここには誰もいない。私がワンを連れて来た意味……分かったでしょ? 」

 

「……冗談じゃ済まないぞ……これ…………」

 

青年が見たのは何十何百はあろうかと言う死体の山。ただ普通の死体ではなく、所々に人間のそれとは思えない形をした部位が存在していた。それぞれが特徴的で、同じ形がない。

 

「それでどう? 間違いないと思う? 本当なら鑑識に先に回さなきゃいけないんだけど、どうしてもこの状況1度ワンに見てもらって意見が聞きたかったんだ」

 

「……言いたくないが、間違いない。俺と……同類さんだ」

 

「そっか……でもその言い方は私嫌だな。この死体とワンは全然違うでしょ? 」

「中にある物が同じなら同類だろうよ。それにしても……これはどう言うわけだ? 4年前にあれはゆりかごと一緒に全部消し飛んだ筈だぜ? どうして実験できる『因子』がまだ存在するんだよ。おかしいだろ」

 

4年前、ジェイル・スカリエッティによる大規模な事件は、ある人間とある存在が加わった事で急速に厄介さを増した。それがDr. ベルンとイービル因子と呼ばれる細菌型ロストロギアだ。

これは媒体となる人間に取り付き、その魔力を爆発的に増大させる。だがその代償に宿主は自我を殺され、周りを破壊し、最後には存在ごと消滅する非常に危険な物。

青年達は4年前の事件でこの細菌を全てアルカンシェルによって全て消しとばしたつもりだった。しかし彼らの見たものはそのイービル因子によって感染した人間の死体のため、まだその元凶が存在する事を肯定してしまっていた。

 

「ワン、イービル因子はもう貴方の中にはない。だから同類なんて言うのはやめて! 」

 

「本当にそう思うか? 」

 

「え…………」

 

「あのクソ因子がまだこの世に残っているなら、俺がこれ以上この事を隠し続ける意味はない。……この際だ……ハッキリ言っておく。俺の中の悪魔はまだ……生きている」

 

青年はフェイトを真っ直ぐ見ながらそう告白した。最初フェイトは青年が何を言っているのかわからなかった。いや、認めたくなかったのだ。もし今の話が本当の事だとすれば、過去の青年の行いが全て納得のいく形で繋がってしまう。

何故仲間の信頼を裏切ってまで青年が1人死のうとしたのか。その行動全てが今の一言で繋がってしまったのだ。

 

「どうして……何も教えてくれなかったの? ううん、違う、どうして? ワンはあの時、力の全てを失ってた。検査してもイービル因子は検出されなかった。なのにどうしてワンにはそんな事が分かるの? 」

 

「聞こえるんだよ……吐息が。今も尚……こいつは俺の中で眠ってる」

 

「……嘘だよ。そんな事……信じられるわけない。だって今のワンに……私を納得させるほどの信頼は……ない」

 

彼女の重い言葉は軽はずみで言っている事ではない。信じる事がどれだけ愚かで、大変な事か。単純に信じる。それはフェイトが青年に対してするにはあまりにも青年に対する信頼は欠如していた。彼女からしてみれば信じられるものなら信じてあげたい。だが4年前の出来事がそれを妨げる。

何故なら青年は仲間と呼んだ全ての人の信頼を失っているのだから。

 

「別に信じろとは言わない。今更これを告げたところでフェイト達にはあの日の言い訳にしか聞こえなからな。……俺の事はどうでもいい。この状況、ここで何をしていたのか突き止めないと取り返しのつかないことになるぞ? 」

 

「分かってる。けど……信じる信じないは別にして今の話、みんなに話して」

「断る」

 

「は? い、いや何言って」

 

「お前が今言ったんだフェイト。俺には今の話を信じて貰えるだけの信頼はない。それは当然だ。だから言ったところで何も変わらない。むしろ……フェイトすら信用できない人間の言葉を……一体誰が信じてくれると思う? 大体思った通りではあったが……正直な話……いや、もういい」

 

青年はゆっくり階段の方へ歩き出す。フェイトはそんな青年の背中を見ていた。やるせない気持ちがフェイトを襲う。今の青年の言葉をどうしてもフェイトは信じられなかった。元々人を信用しやすいと自覚しているフェイトがここまで思っている現状、自分以外の誰が青年の言葉を真に受けるのか。彼女が今の話を信じられない気持ちは他の誰に対しても当てはまる。でもフェイトはそれでも話すべきだと青年に話し始めた。

説得するように青年に問いかける。青年の足の速度に合わせ、何度も諦めない。

 

「今の話を聞いているのと聞いていないとじゃこれからの感じ方も全然」

「フェイト……他の誰かって誰に話す? みんなって誰だ? なのはか? ヴィータ達か? それとも……ヴィヴィオか? ……どっちにしてもこの事件に無関係なあいつらを巻き込むのは気がひける。俺だって深く関わる気は無いし、後はフェイト達の仕事だ。俺はお前の捜査に協力する意味で今の話をした。俺はいつだってあのクソ因子が消えるんだったら……喜んでモルモットになる。だから話したんだ。……頼むから、ヴィヴィオをこれ以上あのクソ因子絡みの事に巻き込むな」

 

フェイトはその瞬間足を止めた。この話を執務官……守秘義務のある捜査員以外にしたとすれば、必ず回り回ってなのはの元へ話が入る。それは間違いない。となれば、ヴィヴィオにその話がいかない保証もない。どんなに頑張って隠蔽しようとも一緒に暮らしている以上綻びが出ればそれまでだからだ。ましてや、ヴィヴィオがこの話を聞いた場合、自分から危険な場所へ飛び込む可能性が高い。フェイトは胸のうちに今の話を押し留めるしかなかった。例えその話が嘘だとしても真実だとしても。

 

 

「モルモットって……ワン! 」

 

「なんだよ。大声出して」

【……たぃ】

 

 

「そんな言い方……そんな言い方酷い。どうしてそうなの? ワンはどうして自分を大事にできないの!? それは……私達はワンの事信用できなくなったよ? でもワンに死んで欲しいなんて思った事一度だって!? ……え? 」

「フェイト、ちょっと待て! ……何かおかしい」

 

階段を上る途中、青年は少し興奮し出したフェイトを壁に寄りかかりながら片手で止めた。フェイトは言われてることが理解できなかったが、青年の顔を見た途端、身構えて辺りを警戒する。青年の今している顔はフェイトのよく知る戦闘モードの時の青年。彼がこの顔を見せるのは本当にマズイ時のみで、その為フェイトは今の状況を一瞬で察した。

 

「バルディッシュ、この建物に他の人間は? 」

《いません。サー達のみです》

 

「ワン、バルディッシュはそう言ってるけど」

「静かにしろ、何かいる」

 

【ぃ……たぃ】

 

「何かって……」

 

《Mr.ワン、何かの思い過ごしでは? サーチの結果この建物に人間の反応など》

 

「ああ、人間はな。……下にあった死体……思い過ごしならいいが……さっきからなんか……うっ!? 」

「ワン? ねぇちょっとどうしたの? 」

 

【生きたい】

 

突然、青年は頭を痛がり唯一の片手で頭を押さえた。当然フェイトは青年を心配するが、冷や汗の量を見るに彼の状態がおかしい事がすぐに分かった。

一方青年は頭の中に響くおかしな声に頭を揺らされていた。脳を駆け巡る子供のような高い声。まるで女の子のようにも聞こえる声は絶えず1つの単語を囁く。

 

「なん……だ……この声……ど、どこかで……あ゛っ、ぐっ!? 」

【生きたい】

 

「ワンしっかりして!? 一体何を言ってるの? 」

 

【生きたい】

「やめろ!? 喋るな!? あぐっ!? うあぁぁぁっ」

 

「ワン……もう少しだけ我慢してワン。今病院に連れて行くから! 私につかまっ、え…………」

 

フェイトは様子のおかしい青年に肩を貸そうとした。しかしその瞬間、フェイトは青年に片手で突き飛ばされ下に落ちるような形で階段に背中を見せる。何故自分は落とされた。フェイトはスローモーションのように感じるこの浮遊感の中でそう考えていた。いくら信用してないと言っても青年はそんな事をする人間じゃない。だが自分は落とされた。

 

「……フェイト……にげ」

【グゴガァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!! 】

 

自分が階段に転ぶ瞬間、フェイトは雄叫びと共に青年のいる場所の壁を突き破って来た何かを見た。おぞましい、出来損ないの緑色の怪物。体長は3メートルはあろう巨体で、人一人分くらいの巨大な右手は青年を掴みとると反対側の壁を突き破りどこかへと移動する。

 

「あ……嘘……ワン!? ワーーーーーーーン!? 」

 

 

 

故にフェイトは何故自分が突き飛ばされたのか全てが終わった後に知った。

 

 




次回もよろしくお願いします。


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第5話【声】

ども〜

感想、評価、読んでくださっている方々、ありがとうございます!

ではよろしくお願いします:。


青年が何かに連れていかれて30分。フェイトはバリアジャケットを羽織り、青年をさらった何かを後を追いかけ、探し回っていた。破壊音と雄叫びが絶えず聞こえ、その度にフェイトの不安は高まっていく。

昔ならいざ知らず、今の青年は普通の人間となんら変わりない。攻撃されれば怪我をし、急所を抉られれば死ぬ。当たり前だが、それが昔の青年と今の青年の違い。

 

「バルディッシュ、音の方向とワンの反応は! 」

 

《ここから下に20メートルです》

 

「また離された……早く助けないとワンが…………」

 

《サー、急いだ方が。今の彼にアレと対等に戦える力があるとは思えません》

 

「分かってる。わかってるんだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃青年は緑色の怪物に捕獲されながら下へ下へと連れていかれていた。決して殺さず、傷つけることもない。まるで何か目的があるかのように、丁重に青年は怪物に運ばれる。

そして広い場所へ出たところで怪物は止まり、右手で握りしめていた青年を手荒に放り投げた。

 

「ぐあっ!? ……いっつ……ずいぶん強引だな? 俺になんか用か? 」

 

 

青年は投げられ、壁に背中を打ち付けた。だがすぐに怪物の方を見ると特に焦る様子もなく、おちゃらけた事を言い始める。

 

 

【ガァルルルル】

 

「もう話も通用しないほど侵食が進んでるみたいだな」

 

威嚇するように唸り、怪物は壁にもたれかかる青年を睨みつける。しかし今の青年に恐怖はない。怖がる事などない。何故なら青年の目の前にいるのは他ならない自分と同種の存在だからだ。もはや人類と呼ぶのは難しい。一歩間違えればこの怪物のようになる。青年は自分の成れの果てでも見るかのように哀れな目で怪物を見ていた。

いっそこうなれば、誰かが殺してくれたのだろうか。そんな事を考え、その場から逃げようともせずに怪物との睨み合いが続く。

 

「お前……俺から何か感じるんだろう? でなきゃわざわざピンポイントで俺の事襲いに来ないもんな? 何せお前らは自分の同類には容赦がない。何が許せないのかは俺にはわからないが、殺したくてたまらないみたいだからな。俺を殺しに来たか? フフ、こんな最後も確かに悪くない。俺にふさわしいと思う……だけど……さ。今死ぬとあの子に怒られるんだ。……お前には関係ないと思う。だが……今の俺はお前に同情はしてもお前に殺されてやるつもりは……ない! 」

 

【フグルル! ガァルルルル! ガァァアアアアアアアアアアア!!! 】

 

青年の言葉が怪物には伝わっていない。しかし怪物はそれがまるで伝わっているかのように憤慨し、大きな拳を振り上げ、青年に襲いかかった。

 

「バーカ! 後ろぐらい気にしろ」

 

【ガフ? 】

「バルディッシュ!! 」

 

《ザンバーフォーム! 》

「ワンから離れろ!!! 」

 

勝負は一瞬だった。青年を探し回っていたフェイトが怪物に追いつき、バルディッシュを変形させ一本の剣にすると後ろから怪物を一刀両断する。

怪物も元は人間の為か体は柔らかく、トドメを刺すのはさほど難しくない。

そして終始余裕をかましていた青年はフェイトが来たことに安堵し、目をとじた。

 

【ガボッ、ウガァァアアアアアアアアァァァァ…………】

「ワン!? 大丈夫ワン!? 」

 

「大丈夫大丈夫。流石〜現役の執務官は動きがいいな。お見事お見事」

 

「はぁ……もう、少しバカにしてるでしょ? 」

 

フェイトは肩を貸しながら疲れ切っている青年を見て呆れる。何に呆れているかといえば、自分が全く信用されていないと言うのに他人は信用しているからだ。一方的にフェイトは必ずここへ来るだろうと信じて疑わなかった。でもそんないつも通り何も変わらない青年を見ていたフェイトは、青年に対して心の持ち方を少し変えた。

すぐに全ての信頼は戻らないが、今死のうとしなかった青年に対してなら、もう一度……少しづつ預けてもいい。絆と信頼。その初めの一歩のだけも。そう思いなおした瞬間だった。

 

「ワン、夕御飯美味しいもの食べさせてあげよっか? 私の奢りで」

 

「なんだそりゃ……なんか裏でもあるのか? 」

「う〜ん……今日のごめんなさいとお礼って事で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廃病院での騒動があった夜。フェイトに夕御飯をご馳走になった青年はフェイトに送ってもらいやっと家へと帰宅した。だが青年が鍵穴に鍵を入れドアノブに手をかけた瞬間、青年はドアノブを回そうとした手を止める。違和感があった為だ。

 

「あい……てる? えっと……この部屋の合鍵ないはずなんだけど…………」

 

青年は困惑した。この一本以外の鍵は存在しない。あまりにも古いアパートは大家さんですら合鍵を持っていない。つまり開いていることはありえない為だ。仮に鍵の閉め忘れだったとすれば青年はなんとも思わない。しかし今日の場合は行くときヴィヴィオがしっかり鍵を閉めてくれた為、間違いなく鍵はしまっていた。

また、それに合わせてもう1つ決定的にありえないことが1つ。不思議に思った青年が顔を上げると家の電気がついていたのだ。

 

「マジで誰かいるのか? 」

 

ゆっくりドアノブを回す青年。音を立てず、さらにゆっくりドアを開けると青年は中へ入った。

 

そして……リビングへ入った所で青年は驚愕して固まった。

 

「なん……だこれ!? 」

 

リビングにあったのは小さなテーブルに並べらえたご飯。決して豪華ではないありきたりな物だが、そんな料理がテーブルいっぱいに並べられていた。

 

「誰が……というか……誰もいないし」

「お兄さん! 」

 

「えっ、ちょっ!? ……ててっ……ちょっ……ま、待て……お、お前……どうして……」

 

青年はどこに隠れていたのか後ろから小さな子に抱きつかれ、その場に押し倒された。さらにはその子を見て開いた口が塞がらない。それは青年のよく知る人物どころかヴィヴィオの友達。

さらには青年を酷く毛嫌いしている女の子。

 

コロナである。

 

「どうしてって……分かってますよね? 遊びに来ちゃいました! 」

 

「いやいやおかしいだろ!? 」

「何がですか? やっと、やっとこうやって2人っきりでいられる時間ができたんだよ? だから私……今日はデレデレです! 」

 

「デレデレって……じゃーいつものは? 」

 

「ツンです! 」

「ちょっと待てー!? お前あれをツンデレのツンですとか言わないよな!? もしそうなら正気を疑うぞ!? 」

 

青年は馬乗りのされたまま顔を赤くしてニヤけているコロナに本気で焦っていた。キャラ崩壊の瞬間である。青年は本気でコロナには嫌われていると思っていた。下手をすればいつか殺されるんじゃないと思っていたほど。

しかし実際コロナの心情的には全くの逆である。そもそもヴィヴィオと一緒にいて、たまに青年と関わる機会のあるコロナは最初の頃、ヴィヴィオと同じぐらい青年に優しくされる事もしばしば。つまりはコロナは青年に対して嫌いどころか全く逆の好意を抱いていた。

ただ、ヴィヴィオが青年の事を好きな事は知っている為、普段はそれを表に出さない。親友第1。自分はおまけでいいのだ。けど良い思いをしたいのも少女の願望。よって今宵、とうとうこのような行動に出た。

 

「待て待て、待ってくれ! お前、前に女の子同士がどうのこうの言って俺が嫌いだって言ってたじゃねーかよ。今でも言ってる意味がよくわかんないんだけど……」

 

「え? そんなの周りからお兄さん嫌いだって思わせる口実に決まってるじゃないですか。ヴィヴィオに私がお兄さん好きなんて思われると困るんです。 だってヴィヴィオ……可愛いから泣いて欲しくないんだもん! それに今アンハルトさんと良い感じだし。2人のイチャイチャ見てると……キャーって! キャーって、キャーってキャーってキャーってキャーってキャーってキャーってキャーってキャーって!! なるんですよ!!??? ハァ、ハァ、ハァハァ………」

 

「……アレだな? お前特殊過ぎるな……俺ついていけないよ」

 

一体何の話をしていたのか、それを忘れるぐらいコロナは1人で自分の世界に引きこもり始めた。青年の上にいる事を忘れ、自分の趣味を青年に熱弁し始め、青年はどう反応したら良いかわからずに困り果てていた。

 

「ヴィヴィ×アイがですね! すごくて! アイ×ヴィヴィじゃダメなんです! ヴィヴィ×アイが、えへへ〜あ! 勿論、ヴィヴィ×リオなんかも悪くはないですよ!? 」

 

「そ、そうなんだーすごいねー……ダメだ全然わかんね」

 

「そうなんですよ! あとあと!? ヴィ×ヴィコロなんて定番だと思いません? 幼馴染なんてぇ〜私凄いお得な属性持ちなんですよぉ〜!! 」

 

「どうしよう……何言ってるのかわかんない上に話が終わらない…………」

「それでそれで!? あ……へへ、すいません楽しくてつい」

 

しばらく話し続け、1時間が過ぎよう頃。我に返ったコロナはやっと話を切り上げた。でもいまだに彼女は青年の上から下りようとしない。それどころか座っている体勢から滑るように青年の胸元へ顔を滑らせると、そのまま目を閉じくつろぎ始める。青年としてはもうダメだと諦めていた。

 

「そろそろ退かね? 」

 

「私重いですか? 」

 

「いや、そういうわけじゃないけど……むしろ軽いし。でもさ……朝までこの格好のままか? 流石にだろ」

 

「う〜ん。そうですね。お料理冷めちゃいますし」

 

コロナは納得して青年の上から退くとテーブルの横へ移動し、笑顔で青年を見る。対してそうやって見られる青年は視線を逸らすとある話題へと話を切り出した。

 

それがとんでもない地雷だとも気づかずに…………

 

 

「これコロナが作ったのか? すごく美味しそうなんだが……俺夕御飯食べて来たんだよ」

 

「え? 私じゃありませんよ? お兄さんが作ったんじゃないんですか? 箸だって1人分だし」

 

「は、え? ……え…………」

 

「え? 」

 

その瞬間2人は顔を見合わせ沈黙する。ジッと料理を見つめ、この得体の知れない誰かが作った物を見る。

 

「コ、コロナ? そう言えばお前どうやってここに入った? 」

 

「え、えっと……開いてました」

 

「…………」

 

青年は思う。生活できると今まで何も思わなかったが、明らかに異常事態であると。

開いていたドアの鍵。テーブルに並べられた料理。コロナではない。一体誰が作ったかもわからない。青年は4年間住んでいたこのアパートにこの時初めて恐怖を抱いた。

誰がやったかはわからないが、目的がよめない。状況的には青年にいいことしか起こってない筈なのだが、不明な点が多すぎてそれは恐怖でしかないかった。

 

「俺……ストーカーされてる? 」

「え!? ……ま、まさかそんなわけないですよ。お兄さんみたいなハゲに需要なんて私とヴィヴィオしぃい゛て゛て゛て゛て゛!? お兄さんいだい゛っ!? グリグリしないで!? 」

 

「ハゲ言うなこのクソガキぃぃ! 」

 

「い゛い゛っ、ひやぁぁぁあああああああああああああんっ!? 」

 

その日、コロナの悲鳴と共にその日の日付は終わりを迎えた。結局泊まるつもりでいたコロナは帰らず、青年の布団で隣に眠り、熟睡。終始幸せな顔をしていたが、青年はコロナに抱きつかれている事と謎の料理が気になって一睡もできないでいた。

 

「ハハ……ぜぇ〜んぶ捨てようと思って覚悟決めたのに。こいつもヴィヴィオの奴も、中々俺を孤独にしてくれねぇんだよな。その方が……楽でいいのに……よぉ…………。もう見たくねんだ。ヴィヴィオのあんな顔。あの子の俺に対してしたあんな顔……まったく、ヴィヴィオの奴とんでもねぇ〜首輪かけやがって……4年前の足枷だよ。これじゃ……死ねないだろうが…………」

 

 

青年は言葉に出した。しかし、誰も聞いていない。横のいるコロナでさえ。青年の本心は誰にも聞こえていない。まるで独り言のように、青年は布団の中で唇を噛みしめる。背中のコロナの温もりが何よりヴィヴィオからいつも貰うそれと同等で。自分に対しての好意だと自覚すると、4年前のヴィヴィオの顔が青年の心を罪悪感に染め上げる。

 

仲間の信頼を裏切り、青年はいつでも死ぬ事は出来た。だが、かつて青年を止めたヴィヴィオが見せた顔は青年に死ぬ事を躊躇させていた。自分が死んだら2度と目の前の子に笑顔が戻らない。自分如きの死が、永遠に目の前の女の子の笑顔を奪ってしまう。それを……青年はどんな事があっても許せなかった。ヴィヴィオが自分を慕ってくれるうちは絶対に死ねない。ヴィヴィオの前でそれだけはもう2度と出来ない。

 

それが……4年前、青年がまだ幼かったヴィヴィオとした約束であるが為に。

 

 

【生きたい】

「うっ!? ぐっ……ま、また……またこの、声……なんだってんだ!? どこだ一体どこで聞いたんだ…………」

 

青年は目を閉じ、頭を抱え、頭に響く声によって起きる痛みを我慢しながら自分の内側からする声に怯えていた。聞いたことがあるが、どこでかはわからない。

いつその声が止むのか。青年は眠りにつくまでずっとその声を聞いていた。

 

ただただ………

 

 

「あ……あの時だ……空港火災の時。1度、聞いた気がする。なんなんだよ……俺の中にいるこいつは……クソ因子なんだろ? お前は俺に何をさせたいんだ……お前は……一体誰だ? 」

 

 

【生きたい】

 

 

同じ言葉を。

 

 

 




次回もよろしくお願いします。


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第6話【覚醒兆候】

ども〜



ではよろしくお願いします。


ある日、青年はドアのノック音と共に目を覚ました。最初は1回。少し間をおいて2回。そしてその次からはだんだんと大きくなり、止まることなくひっきりなしに強打し始める。

特にシカトしていたわけではなかったが、寝起きと義足がない事もあり、動きが遅い為中々出れないのだ。

 

「はいはい! ちょっと待ってくれ、今出るって……」

 

青年はまだドアに行けない。でも声はよく通る為、大声で出る意思がある事を伝えた。だがドアノックが止む事はない。いくら言ってもそれをやめない事に腹を立てた青年はドアの前に到着するなりドアを思いっきり開け、大声で怒鳴った。

 

「うるせぇな!! わかったって言ってだろうが!!! 」

 

「遅い! この俺が直々に来てやったんだ、すぐに出ろ! ワン・カナダ」

 

ドアを開け、そこにいたのは現管理局所属の魔導師で青年もよく知る人間だ。金髪に、短いリーゼントにも見えるヤンキーのような髪型の青年。歳は青年と同じだが、青年とは何もかもが根本的に真逆の人間である。

 

「ハイド・プライマー……何しに来た」

 

「ハイドさんだ! 」

 

「同い年のお前にさん付けを強要される筋合いはない。用がないならさっさと消えろ」

「決着をつけよう! 」

 

「は? 」

 

「昔のケリをつけに来た。俺ともう一度戦え、ワン・カナダ! 」

 

青年とハイドの関係は単純明快。昔での落ちこぼれとエリート。青年が落ちこぼれでハイドがエリートという関係だ。ただし、それは魔法がという意味合いだけで単縦な強さという意味ではない。何故なら魔法を失い、管理局で落ちこぼれ称された青年は当時、管理局の魔導師の中で最強を謳っていたハイドを一撃の元に下し、その経歴に傷をつけた。

ただ勘違いしないでほしい。ハイドはだからと言って青年を恨んでいたりするわけではないという事だ。彼は一度負けた事で魔法など強さの基準にはならない事を青年から学んだ。それにより青年を1番のライバルだと認め、時折こうして勝負をしろなどと言ってくるのだが、青年はまともに乗った事はない。

 

「あのさ……昔だったらまだあれだけど。今の現状見ろよ。俺がお前と戦って勝てると思うか? どっちが強いなんて証明したいだけなら間違いなくお前が強い。管理局最強が俺なんかに構うなよ」

 

「フン、相変わらずマイナス思考な男だ。言っておくが、貴様がどんな状態だろうと関係ない。俺の中では今でも局の連中なんかよりお前を買っている。いつまでこんな所で燻ってるつもりだ? いい加減戻ってこい。その為の場所はちゃんと考えてある」

 

「悪いが、管理局に戻る気などない。お前は別だが、魔法を強さの基準にしている組織に俺の居場所なんかないんだよ。昔とは違うんだ。今魔法なしで戦えない俺が、あそこに戻って何ができる? 事務か? にしてもこの腕じゃたかが知れてる。俺はお荷物なんだよ」

 

互いが真っ直ぐに目を合わせその視線をずらさない。ハイドは決着半分、青年を管理局に戻し、自分の部下に引き入れたいと考えていた。武装隊の1つ。そこの部隊長であるハイドは何より青年を買っている。

自分が1番などと考えている部下多いなか、青年のような人間は貴重だったのだ。

 

「ま、今すぐ決めなくていい。気が向いたら、戻ってこい。それで勝負だ! 」

 

「そのまま忘れてろよ。はぁ……じゃ〜このままお前を殴って終わりにしね? 」

 

「馬鹿な事を言うな。この距離でお前の拳より速く動けるわけないだろうが。そうだな? 今日は……ナンパ……でどうだ? 」

 

「お前頭沸いてんのか? 」

 

ハイドは少し変わった人間だ。現に勝負内容も、戦う事だけに限らない。本当なら戦いたいと思っているのだが、彼は青年のハンデを無視してまで戦おうとはしないのだ。

だが、それを差し引いてもナンパなどと言う内容で決着をつけようとするあたり、変わっているとしか思えないのも事実だ。

当然だが、青年はあからさまに嫌な顔をし、ドアを閉めようとするのだが、煽り耐性のない青年はハイドの一言でキレてしまった。

 

「逃げるのか? フフン! それはそうか? ハゲには無理な内容だったか。そうかそうか」

「てめぇ……今なんつった……」

 

「うむ……ハゲには女の子1人口説けないと言ったのだが? 」

「上等だ馬鹿野郎!! ハゲ……ハゲだと!? いい加減にしろよてめぇ!! 髪があるのがそんなに偉いのか!!! いいだろう、望むところだ! 受けてやる!!! 」

 

青年とハイドは場所を移動し、人通りの多い大通りへとやって来た。2人の勝負内容は先に3人デートに誘いOKをもらう事。だた、それより先を深く考えてなかった2人はこの後通報されるだろう危険性を理解してない。

 

「で? 誰にするんだ? 」

 

「うむ、そうだな? 単純に考えて、大人の女性に声をかけると俺の方が有利だ。ハハ! 誰が好き好んでハゲとデートに行きたいと思う? 考えなくてもわかるだろう? 」

 

「ぐっ……わかってるだけに否定できない。だから何なんだよ! 」

 

「ああ、それでだ。ここでの勝負は大人ではなく中等科以下の女の子でどうだ? それなら純粋な勝負ができるだろう? 」

 

青年はハイドの言葉に呆れ、馬鹿を見るような顔でジッと見る。青年のハゲと言う髪のない短所を考えず、純粋に誘う相手が子供の女の子。ましてや思秋期真っ只中の子をイケメンとハゲがナンパをしようと言うのだ。この場はカオスでしかない。いや、それ以前に通報される可能性が高いだろう。

しかしハイドはそんな事微塵も思っていない。

 

「な、なぁ? 俺らそれやったらロリコンだぞ? いいのかよそれで」

 

「ロリコン? 何だその言葉は? まぁ〜いい。早く始めよう! 」

 

「マジかよ…………」

 

 

 

勝負開始。初手はハイド。彼はいきなり通りかかった学生に話かける。

 

 

 

「君! この後お茶でもどうかな? 可愛らしい君と是非、話がしたい」

 

「へ!? わ、私とですか……その……えっと……はい! 喜んで! 」

 

一応言っておくが、こんな行為で簡単に堕ちるのはイケメンに許された特権だ。普通の人間がこれをやっても断られる。イケメンとはそう言う人種なのだ。

故に……早くも中等科の制服を着た女の子を物にしたハイドの後ろでは悲惨なことが起きていた。

 

「あ、ごめん君さ……」

 

「ぷふっ! 見てハゲよ」

「あははっ、本当だ! あの頭でナンパ? 」

「ねぇ〜? 鏡見てからやってほしいよね」

 

青年は1人の女の子に声をかけた。青っぽい瞳で、長い黒髪に右側を少し紐とシュシュで止めた小さなサイドポニーテールの可愛らしい髪型。だが、たまたま通りかかった中等科の3人組は青年を後ろから指差しその頭を見て笑い飛ばす。ましてやよく聞こえる声でそんな事を言っていたのだ。

当たり前だが、それが聞こえた青年のターゲットのした女の子は目を丸くしている青年の肩に手を置くと優しく。どこまでも優しい声と笑顔で一言。優しさの裏に棘のある残酷な言葉を残し。それだけ言って去っていった。

 

 

「すぐそこに……植毛をやってる病院があるので行ってみてはいかがでしょうか? きっと、明日からは笑顔になれますよ? ……それでは」

 

屈託のない無垢な笑顔。まだ穢れのない親切心だけで言った一言は青年を固まらせた。気を使われ、中等科の女の子にすら相手をされない現実。今ここに、背中を介して格差社会が生まれた。エリートと落ちこぼれ。イケメンとハゲ。2人は対照的に絶対に相容れない存在だ。

 

「あれ、ハイドさん? 何してるんですか? 」

 

「ん? 君は高町なのはの所の……ヴィヴィオか。いや、今勝負をしていてな? うむ……どうだ? 今度俺とお茶でも」

「あ〜結構です。私お兄さんLOVEなので……あ! お兄〜さ〜ん! えへへ〜珍しいですねお兄さんと外で会うの。そうだ! このままデート行きましょうよデート! ……って……何で泣いてるの!? 」

 

 

ミシッと……岩が砕けるような音を立て、今度はハイドが固まった。放課後家に帰る途中だったヴィヴィオはハイドの誘いを一蹴すると、視界に入った青年を見つけ、松葉杖をついている腕に抱きついた。しかし本気で泣いている青年の顔を見てヴィヴィオは目を丸くする。

 

「負けた……何故俺じゃなくハゲを……俺の誘いを断ってハゲをデートに……だと……何故だ……何故なんだ…………」

 

ハイドはうなだれた。ヴィヴィオのもたらした笑顔はどんな子に断られるより、OKされるよりも破壊力があり、彼は負けていないのにもかからず敗北を認めてしまった。

 

 

「くっ……ワン・カナダ……」

「あ? 」

 

「今日は俺の負けだ」

「いや、何言ってんだ。俺まだ1人も」

 

「ええい! 黙れ! お前はその子を物にした。ぐっ……許せん! ハゲに負けたなど!!! クソッタレぇぇええええ!!! 」

 

安っぽい悪役のセリフを吐きながら、ハイドはその場から走り去る。だがその場に残された青年は心をさっきの女の子に抉られただけで何も得るものがなかった。

あるのはどこまでも自分に一途だったヴィヴィオだけ。

 

「何しにきたんだよ……あいつ。はぁ……にしてもヴィヴィオ? 」

「え? 何? 」

 

「お前……ほんっと可愛いよな? あのイケメン前にして断るとか……ん? 」

 

この時青年は妹的な意味で、ハイドより自分を取ってくれた事に可愛いと言った。あくまでそういう意味でだ。けど思春期の女の子にはその言葉は刺激が強すぎる。ヴィヴィオは顔を真っ赤にし、妄想に妄想を重ね、手がつけられないほど暴走し始める。

 

「可愛い……可愛い……何何……え? お兄さんが可愛いって言った……こ、これって……つまり……お、お兄さんがついにデレた!? 」

「デレてねー!? 」

 

「ま、まずは!? なにょはママに会ってもらって、しょ、しょれから!? フェイトパパに!? 」

 

「お、おい、落ち着けヴィヴィオ! いつからあの2人は夫婦になったんだ? フェイトなんか性転換してるぞ? つーか、2人とも俺知り合いだし!? 」

 

青年が何を言ってもヴィヴィオは止まらない。どこまでも話が進み、色々ぶっ飛ばして行く。

 

「あ、明日は結婚式で!? 」

「行き過ぎ行き過ぎ!? はえーよ!? 俺置いてどんどん未来行くな!? 落ち着けってーの!? 」

 

「もしも〜し、先〜ぱ〜い? 」

 

「あ゛あ゛っ!! 誰だ!? 今それどころじゃねー……ん……だ? 」

 

2人の世界を壊すように、ある女性が青年に話しかけてきた。テンパリ、誰だか確認しないでガンを飛ばした青年はその女性を見て言葉を失う。

長い青髪に管理局の制服を着た綺麗な女性。

 

「……ギ、ギンガ…………」

 

「はい! 久しぶりですね。後こんにちはヴィヴィオ」

「はひっ! 熟年夫婦でしゅ! 」

 

「だからどこまで進む気だ!? 」

 

暴走しているヴィヴィオはさておき、ギンガを見て顔を引きつらせている青年はギンガに背中を向けるとその場から立ち去ろうとする。というのも彼女は青年の管理局時代の後輩で先輩思いの優しい女の子だ。しかし青年はナカジマ家に対して苦手意識が強い為、彼女の事も当然避けている。

 

「ふふ、どこ行こうとしてるんですか先輩? さっきハゲがナンパしてるって通報があったんです。先輩ですよね? しかも中等科の子に。先輩……ロリコンだったんですね! 」

「ぐはっ!? 」

 

青年は精神的ダメージを受けその場にうなだれた。いかに青年といえどかつて慕われた後輩にロリコンと言われるとダメージがでかく、すぐには復活できない。でもここで逃がしてくれる後輩ではなかった。

 

「ヴィヴィオ、ごめん。お兄さんちょっと貸して? 今から仕事あるのよ。だから先輩に付き合って貰おうかなぁ〜って。無駄な時間取らされたし」

 

「えー。まぁ〜いいや。それじゃ〜ギンガさんまた! お兄さんも! 」

 

「うん! 気をつけてね」

「…………」

 

ギンガはヴィヴィオが帰ると放心状態の青年を引きずりながらどこかへと歩き出す。そしてしばらくは引きずられていた青年だが、そのうち復活し、松葉杖をつきながら自分の足で歩き始めた。

ギンガも久しぶりに青年と話がしたかったらしく、終始笑顔はたやさない。

 

「で? 俺をどこに連れて行く気だ? 俺もう管理局じゃないんだけど? 」

 

「いいじゃないですか。どうせ暇ですよね? 先輩。さっき傷害事件の通報がありまして、その現場に……ああ、ここ……で……す…………」

 

「……おい……これが傷害事件か? ……どう見ても殺人事件だぞこれ…………」

 

大通りを歩き、途中をすぐ曲がった裏通り。ギンガはただの傷害事件として通報を受けた。だが2人の目の前に広がっていたのは傷害事件とは比較にならない血の海。

さらにその真ん中に倒れている真っ二つになった男性と1人の女性が立っていた。長い赤髪のメイドの格好をしたこの場に似合わない女性。そしてその手には大きな鎌形のデバイスが握られていた。

 

「あ、貴方は何者ですか? 何故こんな事を! ……でもひとまず、貴方を殺人事件の現行犯で逮捕します! ブリッツキャリバー! 」

 

《セットアップ! 》

 

「ハァッ! ……っ!? 」

 

犯人捕らえる為、先制攻撃を放ったギンガの拳は確実に犯人をとらえたが、その拳は鎌の棒一本で受け止められた。犯人はその場から一歩たりとも動かず、ピクリとも動いていない。

 

「その程度ですか? ガッカリです! 」

「なん……動かない!? うっ、かはっ!? 」

 

「ギンガ!? 」

 

犯人は空中で何故か静止しているギンガのお腹に拳を叩き込むとギンガを青年の後ろの壁までぶっ飛ばした。ギンガはあまりの威力と衝撃で吐血し、意識はあるものの、その場から動けなくなった。

 

「てめぇっ……いない!? ハッ!? うっ!? あがっ!? あ゛っ……あ……ぁ…………」

 

カランと間の抜けた音がし、ギンガはその方向に目をやる。するとそこには地面に転がった松葉杖と犯人に右手一本で首を掴まれながら上に上げらえている青年の姿だった。

 

「かっ!? ぁ゛……」

「無様ですね? でも何でしょうか? 貴方からはとっても嫌悪感に似た何かを感じます。他の何を放っても殺したくなるような何かを…………」

 

「せん……ぱい……ぁ……ゃめ…………」

 

「フフ、大人しくしていなさい? これ以上は死ぬわよ? 貴方」

「その……目」

 

「はい? 」

 

「ぁ……がっ……その目……イービル因子の……覚醒……兆候……だろ? お前……あ゛っ……何……者……なん……だぁ…………」

 

青年は首を締め上げられ、意識が朦朧とする中、犯人の目を見てそういった。イービル因子には2パターンの兆候がある。1つは自我を失い破壊衝動を抑えられなくなる暴走状態と2つ目は自我を保ちながらその力のみを引き出す覚醒兆候だ。

暴走状態は身体の一部が異常にいい変質し、醜い怪物になる。しかし覚醒兆候は瞳の色が金色に輝き、絶大な魔力を得る。犯人の攻撃が異常なのはその魔力による者だ。

 

「あら? そこまで知ってるの? と言うことは……貴方何か知ってるわよね? だったら話は別だわ」

 

【ぃ……たい】

「うっ!? かっ!? あ゛っ……」

 

「このまま気絶させてDr.のところへ連れて行きましょう! 」

 

【生きたい】

 

「やめ……てぇ……やめて!? 先輩!? 」

 

 

青年は死を意識した瞬間、再び頭に響く声と痛みに襲われた。だが今度は今までと違い、その声の大きさと痛みが今までの比ではない。

 

 

 

 

「うるさいな。そんなに死にたきゃ殺してあげるわ? 」

 

【生きたい生きたい】

 

 

 

 

 

そして……絶えず、連続して聞こえ出す声に反応するように青年の黒い瞳は…………

 

 

 

 

 

 

「はっ、はっ……」

「死にそうね? でも大丈夫よ、今は殺さないから」

 

「うる……せぇ…………」

【生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい生きたい…………】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【生きたい】

 

 

 

 

 

 

 

金色に輝いた。

 

 

 




次回もよろしくお願いします。


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第7話【絶対領域】

ども〜


すいません遅くなりまして。


ではよろしくお願いします!


暗闇……意識を失いかけている青年はいつの間にか夢を見ていた。何もなく、ただただ暗闇の空間に、青年は無重力の如く浮遊する。どっちが上で下か。それは青年にもわからなかった。

 

「ぁ……俺は……死」

【生きたい】

 

「え…………」

 

【私は生きたい】

 

 

「お前は……誰だ…………」

 

自分の状態がわからず、再び死を連想する青年は、不意に聞こえた声で前を見る。するとさっきまでいなかった筈だが、目の前に緑色の髪をした、背丈を優に超える長髪の少女がいた。少し動かせば顔がぶつかるだろう距離で、青年は驚く。

 

【誰? うふふ。どうしてわからないの? あなたと私の仲じゃぁ〜ない? 】

 

「俺はお前のこと見たことない」

 

【ああ〜? ふふ、そうだね。見たことはないかもね。はぁ……にしても、いつまで死ぬなんて愚かなことを考えてるの? 私は生きたい。言ったはず。死は全ての終わり。何も無く。何もできない】

 

少女は笑いながら、決して笑っていない目で青年に問いかけ続ける。まるで今までそうだったかのように。少女は青年の目から視線を外さず、青年もまた、その視線に吸い込まれそうな感覚に襲われ、そこから視線をそらせなかった。

少女の綺麗な髪が漂う青年を自然に包むようになびく。

 

「クソ因子であるお前が生きたいだと? 生物のつもりか? 」

 

【あっははは! ぷっふふ……クソ因子? それは……『イービルβ』の事を言っているの? あんな模造品と一緒にしないでよ】

 

「模造品……だと? 」

 

【彼らはただただ兵器として生まれた私の模造品。細菌という生物でありながら死を恐れずに消えていく失敗作。その宿主もね。生きようとしない生物なんて愚の骨頂。でも……あなたは違う。あなたは私の願いを叶えてくれる。今までの宿主とは違って、どう転んでも……私に生をくれる】

 

その裏に化け物がいるとは思えない少女の無垢な笑顔。青年にすがり、青年を誘うように青年の手を握る。暖かく包み、その温もりが青年を癒していた。驚くほど落ち着き、心が満たされる。

 

青年は自分の中で葛藤していた。何を選択したら正しいのか。自分が生きていくに本当に値するのかどうか。しかしその答えは出なかった。拭えない。自分という危険な存在をどうしても青年は拭えなかった。

 

「お前がどんな存在なのかは……俺はわからない。でも俺は……お前を宿している危険な存在としか自分を」

【言った筈だよ? あなたは今までの宿主と違うと。今まではどいつもこいつも欲が生を超越しない。お金、地位、破壊と混沌。どれもくだらない。けどあなたは……私が生きたいと願った見返りに『生きたい』と願った。私は感動したんだよ? 何より、どんな汚い欲望より純粋で綺麗な願いだって! それに……力は使い方。それはあなたもわかってる筈だよ。後ね? 私にもプライドがあるから言っておくけど……あんな模造品に好き勝手やらせて気分悪い。例え手と足が一本ずつ無かろうがあんな雑魚に負ける要素なんてない。あなたはもう少し自分という存在を理解したほうがいい。この世に……私を超える力なんて存在しないって事を】

 

「勝手に取り憑いて……勝手な事言いやがって」

 

【そう、私は勝手なの。私はわがままだから。どう? 可愛いでしょ? お兄ちゃんって呼んであげよっか? 】

 

「アホぬかせ。俺を兄と呼んでいいのは……俺が殺した妹と……あの子だけだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青年のその言葉はまるでトリガーであったかのように、突然青年は現実に引き戻された。そしてそこではいまだに時間は1秒と経過してない。敵に持ち上げられ、だらしなく宙を浮いている青年と地面に這い蹲り、必死に動こうとしているギンガだ。

 

「もう本当に殺すわ。女性を殺す趣味はなかったのだけど……うるさ過ぎよ、あなたは……っ!? え…………」

 

敵はギンガの方を見ながら余裕でいた。故に青年の変化に僅かばかり気づくのが遅れる。唯一ある青年の左手で自分の手を掴まれ、青年の方を向き直った瞬間、敵は驚き、動揺し、本能のレベルで青年を殺すべく鎌を振り下ろした。

普通であれば、さっきまでの青年であったならこれで肉を断ち、殺す事は容易だっただろう。だが敵は殺すタイミングを完全に見誤った。

何故なら今目の前にいるのは目を敵と同じ金色に輝かせ、昔の力を僅かばかり取り戻した怪物に他ならない。

 

「え!? ……刃が……通ってない!? 馬鹿な!? お前が私と同類ならこの攻撃が通らない筈……」

 

「俺も……さっきまでは同類だと思ってたが……どうやら違うみたいだぜ? 悪いが、終わりだ」

 

鎌は青年の首を捉えた。右側から刃が皮膚に触れ、間違いなく両断できる状況にある。しかし刃は、青年の皮膚に傷1つ付けることはできていない。青年と敵……つまりはイービル因子覚醒者と呼ばれる人間とでは決定的に違う物がある。それはイービル因子覚醒者が魔力を爆発的に得るのに対し、青年はその保有魔力全てを初めて覚醒した瞬間にリンカーコアごと失っており、魔力を行使するどころか、魔力を保有していない。だがその代わり青年の筋力、その物理力ともいうべき力は魔法のそれを圧倒的に凌駕しているという事だ。

 

どんな物でも傷1つ付けられない硬度の肉体と全てを破壊できる物理法則を無視した拳。

 

それがかつて青年を支えていた力。

 

 

魔法が戦う術である今の世の中で、魔法は物理より優れているという概念を自らの身で証明して見せ、その常識を破壊した唯一の存在だ。

 

 

そして……今青年の拳は敵のお腹に向かい、下から突き上げるように放たれた。

 

「アハハ!! 何その遅い拳! そんなもん簡単にかわせるわ……よ? ……あ、あれ? なんで……(なんで私……今こんなに遅いの? こんな拳かわせないわけ…………)」

 

青年と戦い、敗れたものは皆口々に口を揃える。

 

青年の拳を見た瞬間……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の世界が凍りつく

 

 

 

っと…………

 

 

 

敵が今青年の拳を遅いと感じるのはただの錯覚だ。青年の拳は出だしの初速があまりに速い。故にそれを受ける瞬間、相手は自分の感覚を狂わされる。自分の時間が遅く感じ、避けようとしているのに拳だけがゆっくり近づき自分はほとんど動けていない。

 

それはまるで自分の時間が凍りつくかの如く。

 

 

相手の脳が拳の速度を完全に認識できない為に起こるこの現象は……

 

 

こう呼ばれる。

 

 

 

『絶対領域』

 

 

「オッらぁっ!!! 」

「あぶっ!? はっが……」

 

避けることはできず、敵のお腹には青年の左拳がめり込んだ。その中にある物は破裂し、対象が衝撃で拳から離れる時には敵の意識を完全に刈り取っている。

 

「はっ!? ごほっ!? ごほっ!? 」

 

「あ、先輩!? ぐっ……」

 

ギンガは敵がぶっ飛ばされ、青年がその手から解放されると動かない自分の体を無理矢理立たせ青年へと駆け寄る。だがいきなり戦った反動が大きかった為なのか、青年は弱り始めていた。金色に輝く瞳は黒く戻り、青年は再びその力を失う。

 

 

「はぁ……はぁ……ギ、ギンガ……まだ……だ」

「え? 」

 

 

「かはっ!? ゴホっ!? あぐっ……ひ、酷いこと……するじゃない……? 私じゃなかったら……うっ!? お゛え゛っ!? ……ぐっ……」

 

敵は血を吐き、それでも瓦礫の中から立ち上がると一歩一歩ギンガ達の方へゆっくり歩き始めた。決して満足でない足取りで。ギンガ達の前へと立つ。

 

「このっ! これ以上先輩に」

「よせっ……下がってろバカ!? 」

 

「バカは先輩です!? 何ですかさっきの目と力! あれじゃ……昔と同じ……後でちゃんと説明してもらいますからね! 」

 

 

フラフラと敵と青年の間に立ち、痛むお腹を押さえながら構えるギンガ。今の自分では勝てないことは重々承知していたが、ギンガにとってこの場は命を賭してでも引けない。背中に背負う人間が、自分の一番尊敬できる大切な先輩であるが為に。

 

 

「あ゛〜痛いなぁ〜? うふふ、そんなに構えなくてもいいよ。私もう戦えないし。ゴホっ!? でもまさか……お前がDr.の言ってたオリジナルか。たった1発でこの力って……うっ!? かはっ、かはっ!? ……へへ、どんなバケモンよ。ま、探す手間が省けたからいいけど。だから……次は逃さないわよ? ふふ。うふふ……」

 

 

「え……消え……た…………」

 

「はぁはぁ……ギン……ガぁ…………」

「っ!? 先輩? ……先輩!? しっかり、しっかりして!? 先輩!! 」

 

 

 

 

 

敵は姿を眩まし、青年は力尽きて意識を失った。ギンガは青年を急いで病院に運んだが、青年は意識を失ったまま戻らない。

 

 

「ギンガ何があったの? 急に連絡くれたと思ったら」

 

「すいませんフェイトさん。でも……これは私だけの手には負えません。さっき起きた事を報告します。ブリッツキャリバー、映像をお願い」

 

《イエス》

 

青年が寝ている病室の外で、ギンガと彼女に呼ばれたフェイトはさっき起きた事について話していた。正体不明な敵とイービル因子覚醒者の存在。

 

そして……その中でも青年の力の復活。

 

 

それがフェイト達にとって一番関係する事だ。

 

「これ……本当の事……なんだよね」

 

「はい。間違いありません。私もこの目で見ましたから。先輩の中にいるイービル因子はまだ……死んでません」

 

 

嘘だと思いたかった信じられない現実はフェイトにのしかかる。でも彼女は諦めたかのように、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

「もう……ワンはこの件に関わらせられない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日はすでに落ち。明るかった病院も今は真っ暗。ギンガもフェイトも青年が目を覚まさない為に帰宅した。ただ、途中でフェイトに連絡を受けたヴィヴィオが青年の病室を訪れた為、ヴィヴィオだけは残った。なのはにはキチンと連絡し、自分は病室にいつまでも残る。

青年の眠る横で椅子に座りながら頭だけはベットに預け、青年が目を覚ますのを待っていた。

しかし子供のヴィヴィオ長い時間起きている事などできず、ヴィヴィオは知らぬ間に夢の中へと沈んだ。

 

 

「うっ……ん? ここ……はぁ……病院か。困ったもんだ。どうしても俺はこのクソ因子と縁を切れないらしい。……もう逃げられない。やっぱり俺の勘違いじゃなかった。俺の中のクソ因子は……まだ……」

「ゃ……だ……ぃっちゃ……ゃぁ…………」

 

青年は聞き慣れた声を聞き、飛び起きるように上半身だけ起き上がるとその横で眠るヴィヴィオをみた。そこで……やっとヴィヴィオがそこにいる事に気がつく。眠り、閉じている目から僅かばかり涙を流す天使は今の青年の心を少しだけ突き動かした。

 

指で流れたヴィヴィオの涙をぬぐい。彼女を起こさぬよう優しく頭を撫でながら、青年は窓の外を見た。それは今まで止まっていた筈の時間が動き出したかのように、青年の目に力が戻り始める。青年はわかっていた。自分がどんな行動に出て、誰に嫌われ、蔑まれ、理不尽な暴力を受けていても……決して1人じゃなかった事に。仲間が離れ、それでもヴィヴィオだけは絶対に青年の側を離れなかった。自分への好意にまっすぐで、そんな姿勢はかつて惚れた自分の憧れとエースの面影を彼女から見てとれる。血は繋がってなくても間違いなく親子だと。

 

「お前は……やっぱり可愛いよヴィヴィオ。将来いい女になるな。でも何もこんな男にそこまでしなくてもいいだろうに。ガキのくせに……どうしてこう……あいつにそっくりなんだよ…………」

 

青年はヴィヴィオが眠り、見ていない事で、おさえていた色んなものが溢れた。強がり、周りを拒絶し続けてでも守りたかった物は……確実に守れている。

なのは達が平和であるならまた、ヴィヴィオも幸せであり、その仲間達もまた平和な日々を送れる。ヴィヴィオは青年にとってそれを確かなものとして見れる体現だった。

しかしそれは今日で終わりをむかえる。結果的に青年はどうにもならない間違いをここで犯す。大切なものを守る為に、守らなければならないものを見失ったのだ。昔した間違いと同じ間違いを繰り返す。知らぬが故に同じ間違いを犯す。

 

自分という存在が周りにとってどんな存在かを理解できてないからだ。

 

 

4年前のなのはがそうだったように、ヴィヴィオもまた同じ運命を辿る事になるのは間違いだろう。普段超がつくほど諦めの悪い、不屈とすら呼ばれたなのはが青年を諦めるに至った理由をヴィヴィオは知らない。何故ならそれは、なのはが心の内に秘め、自分の後悔としていつもまでも背負おうと誓った為だ。

誰に話すわけでもなく、生涯語る気もない。なのはと青年だけの過去……

 

 

 

そして…………

 

 

 

「こうなっちまったら……知らんぷりなんかできねぇよな。クソ因子がらみの事は多分全部俺の責任だと思うから。だから……守るよ。ヴィヴィオ……お前も、その周りも……俺が守る。絶対に壊させない。もしお前の世界を壊そうとするなら……あのメイドも裏で糸を引いてる奴も……まとめて殴り壊してやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィヴィオがこの先それを知る事になるのはそう遠くない未来。

 

 

 




次回もよろしくお願いします。


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第8話【黒幕】

ども〜

ではよろしくお願いします!


青年が退院した日の翌日。ヴィヴィオはコロナやリオ達といつも通りトレーニングをしていた。ただその帰り3人が着替えをしている時、偶然にもコロナのカバンから一冊の本が飛び出た事である事件が起こってしまう。

 

その本の題名は、ニートはヤンデレ好きである。……これだ。一体どこに重要があって何の為にコロナがこれを買ったのかは謎であるが、これを……ヴィヴィオが偶然手に取ってしまい、中身を興味半分でペラペラ読み始める。当の本人であるコロナは着替え中で気づいておらず、ヴィヴィオが半分くらいページをめくったところでやっとこれに気づいた。

 

「へ……ちょっ!? だめぇぇええええええ!? 」

「うわっ!? ……コ、コロナ? 」

 

「よ……読んだ? 読んだ……よね? 」

 

「え、えっと……ちょっとだけ」

 

「い、いやぁぁああああああああああ!? 忘れてぇぇぇえええ!? お願いぃぃぃいいい!? 」

 

コロナはもう全速力だった。荷物を持ち、そこから逃げるように去っていく。そして残された2人は唖然とその後ろ姿を見ていた。一体どんな内容だったのか気になるリオはヴィヴィオに尋ねる。しかしヴィヴィオは何かを考えるような顔をし、ただ、ただ一言。

 

 

「えっと……やってみようと思う内容だった」

 

 

「へ……ヴィ、ヴィヴィオ? 」

 

 

それだけを言い残してリオを置いてそこから去る。1人残されたリオはさっきよりも唖然とし、目を丸くして立ち尽くした。

 

一方ヴィヴィオは家には帰らずにまっすぐある場所へ向かった。その場所とは当たり前の如く青年のアパート。一回、二回と軽くノックし、青年が出てくるのを待つ。

 

「はいよ、誰だぁ〜? って……ヴィヴィオか。……うっ……お、お前……どうした? 」

 

「え? 何がですか? いつも通りですよ? 」

 

「そ、そっか……ならいいけど」

 

青年は出てヴィヴィオの姿を見るなりたじろいだ。雰囲気が違うのである。青年には見せたことのない含みのある笑みに、目はハイライトが消えたように深く沈んでいる。だからいつも青年が接しているヴィヴィオとはあまりにもかけ離れていた。

ヴィヴィオの変わりように嫌な予感を感じた青年はある行動に出るが、それが青年の不安をさらに掻き立てる。

 

「あ、あのな? 俺今忙しくて、今日は帰ってくれ……っ!? 」

 

いつもは見られない光景で少し遠慮気味に言いながら青年はドアを閉めようとするが、さながらホラー映画のようにガシっと扉に手がかかりそれを止められる。これには流石の青年もビビっていた。

 

「え? どうして? 忙しいなんて……あるわけないよ。 だってお兄さんニートだし。……それとも……私に見られたらマズイ物でもあるの? 」

 

「……い、いや……ないけどさ(え……何? 怖いんだけど…………)」

 

「じゃ……入ってもいいよね? 」

 

「……ど、どうぞ」

 

 

青年に許可をもらったヴィヴィオはさっきまでとは違ってすぐニッコリとし青年の部屋へと入っていく。だが青年は内心怖くてしかたがなかった。最初にヴィヴィオがテーブルの前に座り、青年が遅れてその横に腰掛ける。そんな状況でもヴィヴィオは曇りのない笑顔で青年は安心しつつも少し気が抜けないでいた。

 

 

「そういえばお兄さん義足そろそろ作らないの? ないと不便なんでしょ? 」

 

「ん? まぁ〜そうなんだけど。あいつに会うのが……なぁ? 別の業者に頼むと高いし。けどなぁ…………」

 

「そっか……はやてさんとリインさんがくれたんだよねあの義足。あ! それじゃルールーは? 」

 

「ルールー? ルーテシアの事か? 」

 

ヴィヴィオはあからさまに会いたくない顔をしている青年に気を使い別の提案を始めた。別の世界で母親と2人で暮らしている友人で青年とも関わりが深いわけじゃなく普通の関係だ。

 

「うん! 頼めば作ってくれると思うよ? それに丁度合宿いく予定だから丁度いいよ。お兄さんも一緒に行こ? 」

 

「……ヴィヴィオ? それってお前のママさんとか結構いっぱい来る奴じゃ……」

「あ……う、うん……そうだね」

 

青年はせっかくのヴィヴィオの誘いだがそれには行けるわけないと一点張り。最近あったフェイトならともかくなのはやティアナ達と会うのは青年にとって気まずい以外の何物でもなかった。しかし少し残念そうなヴィヴィオ見た瞬間、青年は思い出す。自分が何を誓い。何を守ると眠っているヴィヴィオに言ったのかを。

1度力を失った青年はその身に宿る力をまともに制御できなくなっていた。この間の戦闘ではたまたま上手く力が戻っただけ。だから今の青年は自らの意思であの力を引き出すことができない。もし仮にそれを可能にできるとすれば、自分自身ともう一度向き合う必要がある。よって、合宿にいく世界。そこの敷地なら十分な鍛錬になると考えたのだ。

 

昔の感覚を取り戻すにはこのチャンスを置いて他にはない。青年は決意を固め、ヴィヴィオの肩に手を置くと、素直にお願いした。青年には滅多にない。誠意のこもった言葉で。

 

「ヴィヴィオ……頼む。やっぱり連れてってくれ。なのは達には直接会った時に俺から謝る。だから、頼む」

 

「謝る必要はないと思うけど……うん! わかった。ルールーには私が連絡しておくから、合宿までには義足できてると思うよ」

 

「ああ、サンキューな」

 

少なくても青年は自分の中の因縁と決着をつけるまでは前を向くと決めた。ヴィヴィオもその姿勢が伝わっているのかすごく嬉しそうで、ここまでいい雰囲気を保っていたのだが、ここにきて突然ヴィヴィオのチャレンジ精神が暴走を始めた。

 

全てはコロナのあの本を見たが故に起きた偶然。決して悪意はなく。本を真に受けて青年に好かれたいと思うヴィヴィオの素直な心が生んだちょっとした悲劇である。

 

「お兄さん? ちょっと聞きたいんだけど……これって……コロナのだよね? 」

 

「なんっ……」

 

青年は言葉に詰まる。どうすれば言い逃れができるのか。考えても考えても考えても浮かない。何故ならヴィヴィオの手にある1つの布。それは何を隠そうコロナの下着に他ならない。

 

「このパンツ……ここの絵が少しゴライアスに似てるからって、コロナが気に入ってる奴だからよく覚えてる。どうして……ここにそれがあるの? 」

 

「それはその……」

「コロナ……ここに来たの? いつ? 私知らないよ? コロナがここに来てるの?」

 

ヴィヴィオは再び目からハイライトを消し、青年の両肩を掴みながら迫り押し倒す。そんなヴィヴィオが少し怖い為、青年は何も言えずに黙っていた。少し顔を逸らすように逃げるがヴィヴィオは両手で青年の顔を無理矢理自分に向けそれをさせない。ジッと光のない目が怯える青年の目を射抜き、ヴィヴィオの顔が近づいていく。

 

「……お、おい……」

「お兄さん……コロナと……」

 

「ま、待て!? 違う!? あいつが勝手に来て泊まっていっただけで!? ……しまっ!? 」

 

青年は動揺するあまり墓穴を掘った。言わなくてもいい事をヴィヴィオにバラし、左手で急いで自分の口を塞ぐがもう遅かった。

ヴィヴィオはゆっくり青年から離れ、玄関の側にある台所へ行くとそこから包丁を取り出し、青年の前まで戻ってくる。青年はもうどうすればいいのかわからずに慌てふためくしかない。自分の喉元に包丁を向け、相変わらず光のない目で青年を見ながら言葉を続ける。

 

「お兄さん……私の事どうでもいいんだ? コロナの方がいいんだ……やっぱり2人は仲良しさんだったんだね……だったら……」

 

包丁の刃先が青年に向けられ、こんな事になるとは思ってもいなかった青年は王道とも呼べるあるセリフを頭に浮かべた。

 

「お、おおお落ち着けヴィヴィオ!? な? な? 取り敢えずその物騒な物、置こうか? た、頼むから! お前の事は大事だと思ってる。ほ、本当だ! 」

 

この昼ドラのような血みどろの惨劇が起きる一歩手前の状況で、ヴィヴィオがコロナの本を半分までしか読んでいないことが幸いした。ヴィヴィオはその先のセリフを知らずに勘違いしたのだ。勿論このまま惨劇を起こす気はヴィヴィオにはない。ただこうすれば青年が喜ぶかなとありえない事を思いやっていただけ。

 

そして……

 

 

ヴィヴィオの芝居は終わる。

 

 

「だったら!? お兄さんを殺して私は帰る!!! 」

「ちょっ、それただの殺人だから!? 」

 

「え? ……違うの? あれ? こんな感じじゃなかったかな? 」

 

「うん……ヴィヴィオ。俺意味わかんないから説明してくれ」

 

カオスな状況が生まれ、青年はジト目で急に元に戻ったヴィヴィオに説明を求めた。ヴィヴィオはそれに素直に応じ、丁寧に説明していく。

 

つまり、青年がニートである為にヤンデレと呼ばれる属性持ちの女の子が好きなのではないか。ヴィヴィオはそう思ってしまったのだ。原因はそんなピンポイントな本を持ち歩いているコロナであるのだが、青年はそれよりも今のが芝居である事にホッと胸をなでおろすと、ヴィヴィオを左手で力強く抱き寄せさらに力を加えた。

 

「お、お兄さん!? ちょっと!? 何これ!? 急に恥ずかしいよ!? 」

 

「これっきりにしてくれ。さっきのは怖かった…………」

「……そうなの? 」

 

「ああ……もう勘弁んだ」

 

「お兄さんでも死ぬの怖い? あたっ!? 」

 

青年は的外れな事を言ったヴィヴィオの頭を叩くとヴィヴィオの耳元で彼女にしか聞こえない声である事を言った。今まで聞いたこともない。デレッデレな青年の想いを

 

「お前が……いなくなるのが怖いんだ…………」

 

「ぁ……へ!? しょ、しょしょしょ、しょうなんら…………」

 

ヴィヴィオは真っ赤になり、ろれつも回らなくなった。やってしまった事に後悔もしたが、同時にやって良かったとも感じた。青年が自分をどう思っているのか。それが聞けた事で少しばかり満足感をヴィヴィオは覚える。

目を閉じ、この幸せな温もりに包まれヴィヴィオはもう一段階積極的になった。青年の抱きしめる力強さに合わせるように彼女も青年背中に手を回したのだ。

 

「お兄さん……今日泊まってもいい? 」

 

「ダメだ! 」

 

「やっぱり…………」

 

 

青年はいい雰囲気なのを構わずそのお願いを一蹴りした。大事に思っていても、小学生のヴィヴィオに対しては妹止まりで、青年にはその気はないのだ。

だがヴィヴィオもそれは分かっている為、変にむくれたりはしない。何故ならヴィヴィオには確たる決意があるのだから。

 

 

「えへへ。今は……妹でもいいけど。そのうち絶対、私の事しか考えられないほど好きにさせてあげるね! 」

 

「ガキのくせに……アホか! 」

「あたっ!? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃……場所は変わって、フェイトと青年が訪れた廃病院。そこではフェイトに手伝いを頼まれたティアナが調査に入っていた。鑑識により、死体の山はもうないが、まだ何か残されている可能性を考え、ティアナは地下深くへと虱潰しに調べる。するとティアナしかいないはずの場所で、声が響き渡った。聞いたことのある男の声。ティアナは嫌な予感を感じながらも気配を殺しながらゆっくりその声のする部屋の前までやってくる。

 

【Dr.、例の件は失敗です。申し訳ありません、オリジナルを捕獲するに至りませんでした】

 

「よいよい。あれは泳がせておけばいいのだ。そのうち自分から飛び込んでくる。それよりも……聖王のクローンはどうなっているのかね? この実験には彼女の血が必要不可欠。いつでも捕獲できるようにはしておきなさい」

 

【わかりました。準備を怠らず、確実に捕獲できるようには準備しておきます】

 

ティアナは今、目と鼻の先で通信をしている男を見たことがあった。Dr.ベルン。4年前のJS事件で死んだはずの凶悪犯。スカリエッティと行動を共にし、イービル因子について研究していた人物だ。

ティアナはクロスミラージュを構えながらベルンを逮捕しようとタイミングを計り、ただひたすら通信が終わるのを待った。

 

「私の方も目的は済んだ。これからアジトに戻る。ただ……ネズミを1匹巻かなきゃいけない。少し遅れるが、気にしなくてよい」

「っ!? 両手を上げて大人しくしなさい! Dr.ベルン、貴方を逮捕します! 」

 

【かしこまりました。ご武運を! 】

 

Dr.ベルンはティアナがいる事に気づいていた。よってティアナは逃げられる前に行動を起こす。デバイスを敵に向け警告を促すが、ベルンは背を向けたまま余裕な態度で話を始めた。

 

「ティアナ・ランスター。フフ、見違えたな? はやり4年の歳月は人を成長させる。実に素晴らしい」

「黙りなさい! まさか生きていたなんて。目的何? 今更」

 

「話は聞いていただろう? 私の興味は今もイービル因子ただそれだけ。あの忌々しい男を捕まえ、その全てを調べるまでは私の好奇心はおさまらん!! 」

 

「またあんたはそんな目的であの子やあいつを巻き込もうとしているの? ふざけないで! あいつはもう力を失ったの! これ以上あんた達に手を出される理由はないわ!! 」

 

ティアナは声を荒げる。今でこそ関係の悪い青年だが、それでも彼が被害者である事は彼女自身理解している。本人が嫌いなのとそれとでは彼女の中で別だった。ヴィヴィオも含め、4年前に目の前の男によって人生を壊されたのは間違いない事実。仮に再び2人を巻き込もうと言うのであれば、ティアナを含め、なのは達、大勢の管理局員が黙ってないだろう。

しかしベルンは笑い、ティアナをコケにした。決して誰にも媚びず屈しない。狂気の探求者の異名はダテではないのだ。

 

「ハハハ! ティアナ・ランスター? 君は何か勘違いをしていないかね? あの男が力を失っただと? それはありえない。何故ならあの男は現代に残されたイービル因子と呼ばれる歴史の特異点。歴史の再現。あの男こそ、唯一のイービル因子……いや。イービルΩ……その唯一無二の適合者なのだからね!! 」

 

「イービルΩ……ですって? 」

 

「そうだ! 君達はまだ知らんだろう? 君達が見た私の実験体はイービルΩのいわばコピー体。イービルβ。よく似ているが全く違うものだ。……届かないのだよオリジナルに。あれは歴史の宝だ。あれだけの力を人の身におさめて正常なことが不思議でならない。βとΩ、その違いはなんなのか。私は知りたい! 知りたいのだ!! 」

 

鼻に付く高笑いはティアナをイラつかせ、煽る。それでも油断はしていないティアナだが、少しばかり感情が高まった瞬間をベルンは見逃さなかった。

 

「もう口を開くな!! もういい! 大人しく……っ!? から……だが…………」

 

「フフ。3分だけ大人しくしていなさい。少しでも私の話に付き合ってくれたご褒美だ。今回は殺さずに見逃してあげよう」

 

「動……け……ない…………」

「イービルβの最高到達点。魔力による時間操作。その力の一端だよ。例えオリジナルに届かなくても優秀な因子である事に変わりはない。これだけはオリジナルにもできないからね。それに……君達のような普通の魔導師が、イービルβの完成系とも言うべき私に勝てるなどと思わない事だ。ハハ、ハハハハハ! フハハハハ! 」

 

 

「くっ……っ、ちくっ……しょう…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、ティアナ達は黒幕が誰であるかを理解し、狙いが何であるかも敵に教えられる形で理解した。

 

そして……悔しがるティアナはこの後動けるようになってすぐある人物との面会許可を願い出る。フェイトも同意の元、一緒にある刑務所へとやってきた。

 

 

そこでDr.ベルンの次にイービル因子に詳しいただ1人の犯罪者に会うために。

 

 

 

 

 

 

「フフ、これはこれは。私に何か御用かな? 2人とも」

 

 

「ジェイル・スカリエッティ……執務官、フェイト・T・ハラオウンとして貴方に聞きたいことがあります! 」

 

「君が? 私に? フフ、それは実に興味深いね? なんだろうか? 」

 

 

「イービルΩ……これについて貴方は何か知ってるはずです」

 

 

フェイトは単刀直入にこの話題を出した。

 

 

しかし………

 

 

次の瞬間……フェイト達が見た事ない程スカリエッティは動揺し、その顔色が変わった。

 

 

 

 




次回もよろしくお願いします。


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第9話【霧の中の過去】

ども〜


遅くなりました。


ではよろしくお願いします


「イービルΩ……今さら何故その名が出てくるのかね? 穏やかじゃないな。すまないが私は何も」

 

「そんな嘘が通用するとでも? 貴方らしくもない。無限の欲望と言われていた貴方なら、興味本位でも乗ってくるかと思いましたが? 」

 

「……あれは伝説上の生物だ。もうこの世にはいない」

 

「生物? 待って、あれはロストロギアなんじゃ」

 

少し広めの面会室で、スカリエッティは両手を拘束されながら椅子に座り、フェイト達と話をしていた。最初、スカリエッティは知らないそぶりで誤魔化していたが、誤魔化きれないとわかるや渋々喋り始める。

ティアナは終始黙って話を聞いていたが、イービルΩが生物という話題が出た瞬間驚き声を荒げる。だがそれはフェイトも同じで、細菌型といってもロストロギアである認識しかなかった彼女達からすれば全く知らない情報だった。

 

「正確に言えば、あれはロストロギアではない。れっきとした生物だ。だがまぁ……今となっては実在すら危うい代物だが」

 

「ならイービルβとは? あれはどこから」

 

「イービルβはイービルΩの化石DNAから採取し作り出されたただのコピーだ。古代ベルカで名も知らない王がロストロギアとして再現したのがそれというわけだ。しかしどんなに研究し実験を重ねてもそれがオリジナルに届くことはない。何かが決定的に足りないのだ。本物のいない今、100%それを再現するのは私の見解では不可能」

 

 

あれほど研究というものにご執心でそれに対して無理などと言わず、真実を証明するためにどんな手段もいとわないスカリエッティの口から不可能と出たことに2人は言葉を出せなくなった。そしてスカリエッティはさらに続ける。

 

 

「仮に……仮にだ。もしイービルΩと呼ばれる個体が一体でも生存していたのなら…………」

 

フェイトとティアナはそう言いかけたスカリエッティにある1つの想像で、研究したいと言うのだと思っていた。それがスカリエッティという人間で今も変わりないと思っていたためだ。

 

だが2人の想像は全く逆の答えとして裏切られる。

 

 

 

 

 

「躊躇うことなく殺したまえ」

 

「「なっ!? 」」

 

「ハハハ!! 何を驚く? 私がそれを研究したいと言うと思ったのかね? 残念だが……それはない。何故ならあれは……人類の敵だ。例外などなくね」

 

 

告げられた真実は2人を困惑させた。イービルΩが人類の敵ならばそれを宿している青年は人類の敵に他ならない。

 

だからフェイトは思う。

 

あんなおひとよしが人類の敵になり得るだろうかと。

 

 

しかしそう思ったが最後、フェイトは気づいてはいけないことに気づいた。青年が何故自分達との誓いを破ったのか。4年前のもやが少しずつフェイトの頭から消えて晴れていく。

 

 

「嘘……待ってよ……それじゃ……あの時…………」

「フェイトさん? ……あの……っ!? 」

 

かつて自分を殺そうとし、彼女達を裏切った理由と真実が着々とフェイトを焦らせ、小さくも青年への感情が嫌悪から罪悪感へと転換しつつあった。

 

「ハハ、フハハハハ! こいつは面白い! なるほど。分かったよ。あの男か? イービル因子覚醒者として聖王のクローンと戦ったあの男か? そうかそうか! あの男がオリジナルを宿しているのか? 納得だ。それなら君達の行動もあの男の非常識さも納得できる! フフフ、さて……そうとわかれば滑稽だ。ぜひ聞かせてほしい。君達は何を選択するのか。仲間を、あの男を……殺せるかな? 」

「うるさい! 黙れ!? ……そうだったんだ……ワンは……全部わかってて…………」

 

フェイトは頭を抱え、思わず取り乱しながら立ち上がる。彼女はたどり着いたのだ。

 

いくつものピースが合わさり4年前の真実ヘと。

 

青年は自分が力を失った瞬間に分かっていた。正体は分からなくても自分の中にはまだ何かがいる。それは限りなく直感に近いものなのかもしれない。でも青年は確実にそれが分かっていた。仲間を守る為に自分がどうしなければいけないのか。

 

結果から言えばヴィヴィオの所為で青年はそれに失敗したかもしれない。

 

だが青年はもう1つ選択をしていた。その事を誰にも言わず自分が嫌われる事。仲間をイービル因子から遠ざけ、平和という安定を保った。平和という意味では青年は仲間を確実に守る選択を取っていたのだ。

イービル因子を宿した人間が自分1人だけなら自分を始末すれば片がつく。つまり青年が真の意味で孤独になった時、青年は再び死のうと考えている。

 

しかし青年は今も生きている。何故なら青年には今は死ねないたった1つの理由がある。

 

その理由とはヴィヴィオの存在だ。

 

 

 

今青年が生きているのはヴィヴィオがいるから。ヴィヴィオが青年を慕っている為。もしヴィヴィオが青年の側にいなければ青年はとうの昔に死んでいる。

それ程までにヴィヴィオは青年の心に自分という存在を深く焼き付ける事に成功した。勿論ヴィヴィオ自身にその自覚はない。彼女はただ青年が好きなだけなのだから。

 

 

 

「もう……ワンとどう接したらいいのかわからないよ…………」

 

「フェイトさん…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェイト達がスカリエッティから話を聞いた日から数日。合宿予定日の3日前の事、青年の所にお客が訪れていた。それはヴィヴィオでもコロナでもない。

 

 

「突然の訪問失礼いします。どうしても……面と向かってもう一度」

 

アインハルトだ。

 

 

彼女は青年に知らないと誤魔化されながらも、どうしても初めて出会った頃の行いを謝りたく思い、ヴィヴィオに場所を聞いてやって来た。ただ青年も素直ではない為そう簡単に頭を下げる所まで進まない。

 

「うくっ、……な、何を……するんですか? 」

 

「いや……なんか頭を下げようとしてるから」

 

アインハルトは青年が出てきてからすぐに頭を下げようとしたが、青年がその頭を左手で鷲掴みにし頭を下げる行為を邪魔していた。しばらく状態が膠着し、互いに負けず嫌いなのがさらにその状態を進ませない。

 

「ヴィヴィオさんのお兄様……ち、力……強かったんですね? 」

 

「そりゃ〜左手だけで生活してるからな? その分腕力は集中するだろうよ。にしても……いい加減やめね? 」

 

「い、いえ……謝るまで私は……」

 

「はぁ……ならこうしようか? 謝る代わりに俺のお願い1つ聞いてくれ」

 

青年はアインハルトの頭から手を話しながらそう告げた。彼女も謝る代わり言われては黙って聞くしかなく、むしろ償いができるのであればと喜んでないよも聞かずにそれを受け入れる。

 

「ヴィヴィオさんのお兄様、私は何をすれば? 」

 

「なぁ〜に、簡単な事だ……ちょっと俺の相手をしてくれ」

 

「相……手? それはどう言う…………」

 

彼女は青年の言ってる意図がわからず、少し考え込んでいた。しかしいつの間にか仕度をし、青年は松葉杖をつきながらアインハルトを連れて広い公園までやってきた。

少し距離を開け、アインハルトと青年は向かい合う。

 

 

「何を……なさるおつもりですか? 」

 

「もう分かってんだろ? ちょっと……組手に付き合ってくれ。それとも……1度目負かした相手とは戦えないか? 」

 

「い、いえそうではなくて!? 今の貴方と組手なんて!? ……っ!? 」

 

「なぁ〜アインハルト? ……それは少し……ナメすぎだぞ? 」

「ハッ!? あ…………」

 

アインハルトは突然目の前から消えた青年に驚き、その後後ろから聞こえた声を聞き固まった。

 

「そうだろ? 」

 

確かにアインハルトは青年を1度負かしている。ただそれは青年にその気がなかった為で、いかに青年が力を失っていたとしても青年がアインハルトに遅れを取ることはない。でもアインハルトより強いわけでもない。結果から言えば青年とアインハルトの力はこの時この状況で互角。だから青年はアインハルトに組手を頼んだ。

 

少しでも昔の自分に戻るために。

 

 

「失礼しました! 私は……いえ、私でいいのならヴィヴィオさんのお兄様の相手を努めさせていただきます! 武装形態」

 

「そう来なくちゃ」

 

アインハルトは青年からすぐに距離を取り構えた。さっきまでと違い、大人モードへと変化して青年と向き合い直す。見た目だけなら青年はスキだらけに見える。けどそれは当然で、松葉杖を唯一の支えである左手でしかつけない青年にとって、この状態で構えるのは不可能だからだ。

 

「……スキだらけなのに……どうして…………」

 

視覚では、確実にどこタイミングでアインハルトが打ち込もうと青年に抵抗する行動は起こせないように見える。しかし第三者の目ではなく、当事者……今青年と相対しているアインハルトは違った。

彼女は初めて感じる感覚に戸惑い、一歩を踏み込めないでいた。スキだらけなのに……スキがない。一見矛盾しているようで、これは間違っていない。

もしこれがアインハルトではなく、その辺の格闘家や魔導師ならその緊張に耐えられず青年に対して攻撃を仕掛けているだろう。

 

だから彼女はまだ青年を前にして敗北していない。それが青年と互角であるという何よりの証。

そう、これは目や仕草だけで相手を挑発している青年の技術に他ならないのだ。

 

「いいな。やっぱりお前強いよ。そんじゃ……よろしく! 」

「っ!? 杖を投げ!? ……あ、ぐっ!? ……覇王……」

 

 

青年はアインハルトへ向かい真っ直ぐ突っ込んだ。右足で地面を蹴り、飛ぶようにアインハルトへと向かう。その際拳を作る為にアインハルトの真上に松葉杖を投げ青年は拳を握り込み構える。ただ、これで終わるアインハルトではなく、両手を使いこの拳を受け止めた。

そしてそのままアインハルトは反撃体制に入る。

 

「ん? ……っ!? 」

 

「空破断(仮)」

「がっ!? 」

 

防御に使っていた手から片手を離し、掌底で空中を伝う衝撃波を青年にぶつける。青年はそれを受けると、支える足がない為後ろに簡単に吹き飛んだ。

だが吹き飛ぶ最中空中から落下して来た松葉杖をキャッチし、器用に地面へと着地する。ここまで互いに譲らず、アインハルトは改めて青年が強かったと認識を強くした。

 

そもそもアインハルトが最初の頃青年を襲ったのは偶然であって偶然ではない。格闘の強者を調べる際、青年の名前と写真がたまたま乗っていた為だった。

 

「……ヴィヴィオさんのお兄様。この間の無礼をあたらめてお詫びいたします! 」

 

「おい、それは言わない約束だろ? 」

 

「いえ、お兄様とこうして拳を交え、やはり言わなければ私の気が済みません。そのようなハンデを負っておきながら、真っ直ぐな拳を向けてくださって私は感動しました」

 

「いや……そんな大袈裟な…………」

「私はヴィヴィオさんのお兄様を心から尊敬します! ですので……私の全力の一撃……受けてくださいますか? 」

 

アインハルトは目を輝かせ、青年に期待するように言い放つ。戦いというものに真っ直ぐでどこまでも正直な姿勢。青年は苦手だが嫌いじゃなかった。強くなろうとガムシャラになっている時の自分がアインハルトに重なり、昔の自分を見ているようで、青年は少し笑う。

 

当然だが、こと戦闘において青年は小細工を好まない。故にこの申し出を……青年が受けない理由はなかった。言葉はなく、ただ左手を構える。

 

 

「ありがとうございます! 覇王……」

 

「あの時の技か……フフ、何でもいい。俺が今できるのは、この拳を突き出す事だけだ」

 

2人は構え、少しだけ時間が止まったように動かなくなった。しかしアインハルトが先にその沈黙を破る。駆け出し、青年への間合いを詰めると彼女の出せる全ての力を込め、一撃必殺の拳を青年へと叩き込んだ。

 

「断空拳! 」

 

「オッ、ら゛っあ゛!!! 」

「つっ!? ……ぐっ、まだです!! 」

 

先に仕掛けたのはアインハルトだが、攻撃を行ったのは青年が最初。アインハルトの断空拳を左拳で腕ごとはたき落とす。そうされたアインハルトはバランスを崩し、はたき落とされた地面の方向によろける。だが彼女は踏ん張り、倒れる事なく回転する要領で青年に断空を再度放った。

 

「ハァァッ!! 覇王、断・空・拳!!! 」

「うっ!? ぁ ……ぐあっ!? 」

 

青年の力を流し、その威力を利用しての打ち下ろしによる断空拳。そんな物をまともに受けては青年とて耐えることはできない。故に青年はぶっ飛び、大の字になりながら仰向けで地面に倒れた。

 

悔しさ、惨めさ、青年が何を感じたかはアインハルトにはわからない。ただ、青年は拳を握り、仰向けのまま上に掲げると自ら敗北宣言をした。

 

 

 

「サンキューな。いい拳だった。完全に俺の負けだ。そんで……悪かった。俺は……お前の全力に答えてやれなかったよ」

 

「……いえ。その身体で……そこまでしてくださった事だけでも私は十分です。ありがとうございました。それであの……」

 

 

アインハルトは青年を見下ろしながら少し恥ずかしそうにもじもじすると、青年の思いもよらない事を言いはじめる。

 

「あの! 私を弟子にしていただけませんか!! 」

 

「……は? 何言ってんの……お前……負けたの俺なんだけど? 」

 

青年は困惑しながらアインハルトを見る。しかしその目は本気だ。どこまでも真っ直ぐに穢れがない。その言葉には確かな本気があった。彼女は今青年と拳を交えた事で理解したのだ。青年には拳で戦う為の自分より高い技術があると。

 

「それは結果に過ぎません。貴方はまだ私より遥か上にいる。私はその拳に惚れました。貴方は私の知らない物をまだ持っている。ですからそこまで……私を導いていください! 師匠! 」

「その呼び方やめろ!? 俺はそんな大層な人間じゃねー!? 」

 

「わかりました……」

 

「おう、分かってくれて何よりだ」

「先生! 」

 

「呼び方の問題じゃねぇーよ!? ……たくっ」

 

「あ、待ってください先生!? 先生! 」

 

彼女は、立ち上がり逃げ出そうとする青年を追いながらしつこく新たな呼び名を連呼する。例え拒否されようとアインハルトはもうこの呼び方が気に入ってしまい、やめようとしない。

 

「しつこいぞ!? 何度言っても無理だ! 俺はそんな柄じゃない」

 

「大丈夫です! 分かっています。今先生は私のやる気を試してらっしゃるのでしょ? ですから私を弟子にしてくれるまで、私は諦めません! 」

 

「俺がお前を弟子にする前提!? 話聞いてるのかお前は!? はぁ……いいから帰れって! 」

「いえ、どこまでもお供致します! 弟子たるもの、先生の身の回りのお世話は……あいたっ!? 」

 

青年はどこまでもついて来ようとするアインハルトにゲンコツをお見舞いすると、帰れと再度一喝入れた。そして流石にアインハルトもこれ以上はマズイと感じたのか、渋々ふくれながら青年と別れ、家へと足を運ぶ。

 

ただ青年は知らない。ここで彼女を帰らそうとも、彼女からは逃げられない。

 

 

青年は知らないのだ。

 

 

3日後の合宿に彼女も参加するという事を…………

 

 

 

 




次回もよろしくお願いします。


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第10話【壊れた平和】

ども〜


遅くなってごめんなさい!


ではよろしくお願いします!


合宿の前日、青年はある場所を訪れていた。それはなのは達の友人であり同僚達。そして何よりかつての親友がいる八神家の道場。その浜辺。

 

「ん? 珍しいな。お前がここに来るとは」

 

「ああ、ザフィーラ突然悪いな。それで〜ヴィータ……いないか? 」

 

青年が用があるのはかつて一番仲が良かったヴィータという女性。背が小さく、子供に見られがちだが年齢にしてみるとそんな事は全くない。

 

「今日は来ておらん。仮にいたとしても……ヴィータはお前には会いたくないと私は思う」

 

「……ま、そうだろうな……邪魔……したな」

 

青年はバツの悪そうな顔をしながらザフィーラと呼ぶ男に背を向ける。松葉杖をつきながらゆっくりと帰ろうとするが、それをザフィーラが止めた。

 

「待て」

 

「…………」

 

背を向けた青年はその呼び止めに応じるがそのまま後ろを振り向かない。もっとハッキリ言えば振り向けない。何故ならこの時、ザフィーラは少し怒っていた。青年はそれを理解しつつ、話だけは聞くつもりで足を止めている。

同じ拳闘を生業としていた2人は4年前までそこそこ仲が良かった。さらに話に出ているヴィータという女性は青年のかつての親友でなのは達の中で青年と1番付き合いの長い人間だった。

 

だが当然のごとく今の青年との仲は壊れている。全ては青年自身が蒔いたタネ。

 

「ヴィータに何の用だ? 」

 

「……ちょっと頼みがあってな。あいつじゃなきゃ……頼めない事だったからさ」

 

「私はお前とヴィータの間に割って入る気はさらさらない。だが、家族を傷つけると言うのであれば話は別だ。私の言ってる意味がわかるか? 」

 

「……そうだな。もう来ないさ」

 

 

青年は短く切って答えると再び歩き出した。そんな青年の背中をザフィーラは腕を組みながら見つめる。自分の欲しかった答えはそれじゃないと言わんばかりに、ザフィーラは青年を睨んだ。

 

「師匠終わりました! て……あれ? あの人……どなたなんですか? 師匠の知り合い……ですか? なんだか崩れて消えてしまいそうな顔をしてましたね」

 

「ミウラ……そうだな。あの男は私の知る人間で……誰よりも強く。誰よりも脆い男だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザフィーラが最後に何を言ったのか知る由もない青年はとぼとぼ足を進め、何も考えずに歩いていた。別に家に帰るわけでもなく、決して希望のあるとは言えない目で青年は歩く。

 

するとそんな青年の肩をある人間がトントン……っと叩く。誰かと思い振り向けばそれはフェイトだった。私服で買い物にでもいって来た様子のフェイトは少し緊張気味になりながらも青年に言葉をかける。

 

「ワン、こ……こんな所でどうしたの? 」

 

「いや、なんでもない。……なんか言いたそうだな? 」

 

フェイトはギクっとし、言葉を震わしながら話し出す。フェイトが青年に聞きたい事などそうあるものではない。あるとすればあの事しかないのだ。

 

「ワン……その……4年前ワンが死のうとしたのんむっ!? 」

 

彼女がその先を言うことはなかった。何故ならその前に青年がフェイトの口を左手で塞いだ為。青年は察した。フェイトの様子といいかけた言葉、その情報でフェイトが何を知ったのかを。

 

「フェイト、忘れろ。それはお前の勘違いだ」

 

「んっ、んっ!? ぷはっ!? ……勘違いじゃない!! 自分で言ってたくせに今更何言ってるの! ワン、お願いだから全部教えて!? 話して!? 」

 

「ぐっ!? お、おい……」

 

フェイトは自分の口を塞いでいた手を外し、近くの木へ青年を軽く押しながら背中を叩きつけ逃げられないように押さえつけ始めた。一度こうなると、フェイトも引かないし青年もそれが分かっている為抵抗をやめる。

 

「どうしてなの? 理由があったならどうしてなのはにあんな事言ったの? あの後なのは……すっごく泣いたんだ。私見た事なかった。あんなに泣いたなのは。……ワン? 私はもう知っちゃったからワンのこと嫌わないし、ワンから目をそらす事もできない。でも……どうすればいいのかわからないんだ……わ゛だしは……ワンに何をしてあげたら゛……」

 

青年は涙を流している彼女を見て固まってしまった。自分は愚かなミスを犯したと。少なくても廃病院でフェイトにあの情報を教えるべきじゃなかったとこの時青年は後悔していた。

嫌われているのだからこれ以上フェイトが悲しむことはない。どんな情報を知った所で悲しむはずはない。

 

 

そんな事はないと分かっていたはずなのに。

 

 

青年は守れていたと感じている平和が壊れたと自覚した。ヴィヴィオが幸せ。だからその周りも幸せ。しかしこの状況は違う。日常は壊れた。

 

青年は拳を握りこむ。彼女達の平和を壊した事が青年は許せない。故にその平和を壊した人間に怒りを感じていた。何よりその壊した人間の中の1人に自分が入っていると言う事に、やるせない怒りを覚える。

 

この怒りをぶつける敵はこの前のメイド、その裏で動いている人間。

 

 

そして……

 

 

 

この状況を作り出した自分自身。

 

 

青年とはそういう人間だった。拳を振るう事でしか何かを守る事はできない。どんな事でも自分が絡んだ時点でそれは他人から外れる。自分自身を中心として敵以外を被害者として見てしまう病的思考。

 

青年の精神はとうに磨り減っているのだ。

 

 

「どうして嫌ったなら嫌ったままでいられないんだ……」

 

「え? 」

 

「そんなんだから……巻き込みたくないんだ。優しすぎんだよ」

 

「ワン……きゃっ!? ……ワン!? ……あ」

 

ポロリと出た言葉は本音だった。青年はフェイトを軽く後ろへ押し飛ばし、自分から離れさせ、帰ろうと動き出す。普段ならここで引き止めて無理矢理でも話を切り出すフェイトだが、一瞬見せた青年の笑み。それを見てそれ以上声をかける事ができない。

 

実に6、7年ぶりにフェイトが見た心からの青年の笑みは、フェイトにとっては希望そのものだった。

 

「もういいだろ。俺は帰る。明日もあるしな」

 

 

ゆっくりと青年は消えていく。フェイトはただその背を見ているだけ。だが彼女の目には力が宿っていた。覚悟が決まり、いつもの力強いフェイトへと戻る。

 

「それこっちのセリフ。そんなんだから……ほっとけないんだ。昔も今もワンは変わってない。やっぱり君は……私が誇っていい私の『一番弟子』だったんだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青年がフェイトとわかれて数時間。日は既に落ち、辺りは暗闇に包まれる。しかし青年は帰らずに公園のベンチに腰掛け、ボーッと目の前の噴水を眺めていた。

これから自分がやろうとしているのは自分自身の誓いを粉々に砕く事。覚悟はある。でも枷が大きすぎて青年は最後の一歩を躊躇していた。自分の左手を見て、開いたり閉じたりしながらその後の結果を想像する。

 

青年にとって力を取り戻すという事は危険なギャンブルをする事と変わらない。昔のように完全に制御できるとは限らないのだ。

 

 

「何迷ってんだ俺は……決めたんだろ? 守るって」

【そうだよ。迷う必要なんかない】

 

「っ!? 」

 

【驚く必要もない。これは貴方が生を求め始めている証拠。そして……私が生きている証】

 

青年は顔を上げそこにいる人間を見て声にならないほど驚き、目を大きく見開く。何故なら今、青年の目の前にいるのはあの夢の中で見た緑色の髪をした少女なのだから。

 

「な……なん」

【驚く必要なんかないと言った。今私が見えているのは私の力が戻りつつある証。だから怖がる必要はない。全部受け入れて楽になりなよ。それで……一緒に生を謳歌しようぉ? 】

 

 

首を少し傾げた少女は両手で青年の顔をガッチリ捕まえながらそう言った。得体の知れない、幻覚かそうでないかも今の青年には区別がつかない。

 

触られている感覚は確かに感じているが、その声がふわふわとしていて現実味を感じさせない。青年は自分の状況に困惑と恐怖を感じた。

 

「お前は……い、一体なんなんだ……どうして俺だったんだ…………」

 

【んふ。どうして? そうだなぁー? 言ってしまえば偶然だけど。取り憑いてみたら相性がズバ抜けて良かったからってだけ。だって最初は魔力の多い人を宿主に選ぶし、本当なら貴方とは出会えなかった】

 

「やはり狙いはなのはだったわけか……」

【そ! あそこにいた人間で、1番綺麗で膨大な魔力を持っていたのは……貴方が昔好きだった彼女。キッカケとしては十分でしょ? うふふ】

 

 

初めて自分の中の怪物と話をし、それがまともな会話になっている事に青年はもはや驚く事もなかった。姿形は人間のそれ。しかし青年はどうしても人としてみる事は出来ないでいる。その少女の目に映る確かな怒りと狂気を感じ、青年は冷や汗を流し始める。

 

「お前は人間を嫌っている。人に怒っている。どうしてなんだ? お前が取り憑いてから俺は感情が不安定になる事がしばしばあった。まるで内面から塗りつぶすような底知れぬ怒り。あれは気のせいなんかじゃない」

 

【……まぁ〜宿主として感じないわけないよね。こうして宿主と話をしている事は長く生きてるけど私ですら初めてだから。いいよぉ〜? 教えてあげる。私あなたの事結構好きだし。……それで〜人間に怒ってるって言うのは本当かな。嫌いって言うのは違うけど。だってそうでしょ? 好き勝手に暴れて勘違いして、その先に私達を滅ぼそうとした。私達はただ生きていたいだけなのに。それにね? 私達の事化け物みたいに言うけど……私は貴方達と何も違わないんだよ? 】

 

「どう言う意味だ? 」

 

青年は少女の話を聞くたび、どんどんわけがわからなくなる。自分が知っている事とあまりにも食い違っているからだ。

青年はイービル因子について無限書庫の責任者でもあるユーノ・スクライアの協力のもとそれに関して他の人間よりは詳しいはずだった。だがそれと少女の話はあまりにも違った。

 

時よりある昔話は異形の者を敵視しそれが人間に被害を出しているなどと伝えられている事が多い。しかしごく稀に人間こそが残酷にして傲慢。異形の者、異質な者を排除する化け物として伝えられている物がある。青年が聞いている今の話はまさにこれだった。

 

【私達が何をしたのかな? それは私達は貴方達に寄生させてもらわないと長く生きていけない。私達の命の源は魔力だから。それを摂取し続けないと死んでしまう。でも私達は人間を殺したことなんてない】

 

「馬鹿な……現に4年前大勢の人間が」

 

【言ったはずだよね? あんな紛い物と一緒にしないでって。それにあれは貴方達が創り出したんだよ? 勝手に創って勝手に人を殺させて……私達の所為にするのはやめてよ。 私には……最後の誇りがある。私の種族最後の生き残りとしての誇りが! 」

 

「お前は…………」

 

少女はその瞬間笑った。まるで青年を心の底から信頼しているように。親友、恋人、将来永劫パートナーとして生きていけるそう信じて疑わないようなその笑顔は青年をさらに迷わせた。

 

 

自分の認識が正しいのか……間違っているかと言う2つで。

 

 

そして……少女は段々と薄くなり始め崩れるように青年の目の前から消え始めた。

 

 

【いずれ……貴方は必ず私を受け入れ、求める。力が欲しくて。でもそれは当然の見返り。それが貴方と私との契約。……あ! そうそう、力を取り戻すのは急いだ方がいい。貴方の敵はあのメイドの女でもその裏で動いてる人間でもない。あんな雑魚気にする必要もない】

 

【何? ……ま、待て、何を言ってるんだ!? 」

 

ふわふわと薄れていく少女の姿と声。青年は聞き逃せない言葉を聞き少女に手を伸ばす。

 

【貴方の前に本当の意味で立ち塞がるのは昔も今も貴方の……っ!? 】

 

「なっ!? 」

 

少女が確信に触れようとした瞬間、消えかけの少女に高濃度の魔力スフィアが放たれた。実体はない為直撃はしないが消えかけだった少女はそれで完全に消え、小さな粒子となって消え去る。

 

【もう遅かったみたい】

 

「み〜つっけた」

 

「……ぉ……ぃ……嘘……だ…………」

 

 

突如現れた少女は紫がかった肩まで伸びたストレートの髪。ただ、ファッションではなく所々色が変色したかのように、その綺麗な髪は白髪になっている。

青年は目の前の現実が受け入れられず後退るような動きをするが椅子に座っている為逃げる事ができない。だがそうしているうちに少女は青年の目の前まで来てしまった。背は140〜150の間ぐらいの小柄な体型。歳はアインハルトより少し上ぐらいに見える少女。

 

「な、なんで……ぃ……きてるんだ……だって……だってお前は……お、俺が………俺が…………」

 

 

普段よっぽどの事がない限り顔色一つ変えない青年がこれほど動揺したのは過去2回目。でもそれは当然だった。過去は変えられない。どんな事をしたとしても犯した過去は変えることなどできはしない。

 

 

「はぁ〜やっと会えたぁ〜」

 

「来るな……なんで……なんでおまっ!? がっ……ぁ……ぁ…………」

 

 

少女は青年の首を小さな両手で締め上げ、笑みを浮かべながらその力を強くしていく。青年は抵抗しようと少女の手に左手をかけたが、抵抗しようにも少女の腕に見合わない力に唯一の左手をダラリと下に落とし、意識を持っていかれる寸前まで追い込まれた。

 

 

「フ……フー…………」

「ん? なぁ〜に? お・に・い・ちゃ・ん? 」

 

「やめ、やめて……くれぇ……フー」

 

「嫌だよ。私は4年間我慢したんだよ? 早く遊んでくれないと。私の中のイービル君がうずうずしちゃっておさまんないの! だから……殺し合いましょう? お兄ちゃん? ンフ、ハハ、アッハハハハハハハハハ!!! 」

 

「うっ!? かがっ!? 」

 

少女は手加減していたと言わんばかりにその手にさっきとは比べ物にならない程の力を加えた。するとミシッと首から出てはいけない音が聞こえ始める。

 

「ぐがっ!? あ゛あ゛っ!? う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!?? 」

 

青年の断末魔のような悲鳴は公園中に響き渡る。しかし青年は抵抗できない。いや、しなかった。できるわけもない。2度も目の前の少女を殺すことなど青年にはできなかったのだ。

 

何故なら目の前の少女こそ、4年前……青年自身の手で殺した筈の青年の実の妹なのだから。

 

 

 




次回もよろしくお願いします。


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第11話【変異種】

ども〜


ではよろしくお願いします。


「かはっ!? 」

 

少女はいまだ青年の首を絞め続けていた。一切の手加減をせず、折れてもおかしくないほど力を強くする。幸い青年が普通より頑丈なのが救いだろう。もしこれが普通の人間ならばその首はとっくに折れているに違いない。

 

「ねぇお兄ちゃん? 私さぁ〜こんな身体になっちゃったけど今は感謝してるんだぁ〜? だって今ならお兄ちゃん私に構ってくれるでしょ? 4年前私はお兄ちゃんを満足させてあげられなかった。お兄ちゃん強すぎなんだもん。だからね、私頑張ったんだよ? お兄ちゃんより強くなる為に。努力して努力して努力して。私は私の中のイービル君を喰い殺した。この子はもう私の物。だから私はこの力を完全に制御できる。この腕力だって膨大な魔力を使ってる結果! 凄いでしょ? ね? 凄いでしょお兄ちゃん? 今なら私はお兄ちゃんを満足させられるかな? ……うふふ、だからね。お願いお兄ちゃん? 今度は私を満足させて? 4年前の遊び私はすっごく楽しかったぁんだぁ〜」

 

 

青年は朦朧としながらも妹の話をしっかりと聞いていた。自らがまねいたこの状況は当然の罰だと感じながらも、妹をこのままにしておけないと青年は感じていた。しかし今の青年には自分の妹を止める術がない。今青年の妹と青年の力はあまりにも差がつき過ぎてしまっていた。

 

「ああ〜いいなぁ〜この感覚。お兄ちゃんとジャレるこの感じ! 久しぶり〜。私楽しいなぁ〜。ねぇ〜もっと本気になってよお兄ちゃん? 私に遠慮する必要なんかないんだよ? その大きな拳で私に殴りかかってきて? お兄ちゃんの愛を私に感じさせて? ……ん? お兄ちゃん? あれ? 」

 

 

「ぁっ……かっ……」

「お兄ちゃんどうしたの? なんか弱くない? ……ちぇ〜。えいっ! 」

 

「あ゛、ぐあっ!? 」

 

青年の首をしめていた少女は青年が弱すぎることに気づくと、首をしめるのをやめ、そのまま真後ろへと投げ飛ばした。当たり前だが意識を持っていかれる寸前だった青年は受け身など取れない。無様に地面で転がる。

普通よりも頑丈な青年でも少女の力が強すぎる所為か投げ飛ばされただけで身体はボロボロになり、所々擦り剥き血が出ていた。

 

「どうして遊んでくれないの? フー何か悪い事したかな? 昔は本気で殺そうとしてくれたのに」

 

「……がっ……はぁはぁ……やめ、やめろ……フー……俺はもうお前を殺したく……ない…………」

 

「なにそれ……つまんない」

 

「フ、フーっぐあっ!? ……あぐっ、うっ……い゛っあがぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああ!? 」

 

「あはは! すご〜い。お兄ちゃんが痛そうに叫ぶところ初めて見たぁ〜」

 

少女はまるで目の前の青年を物に当たるかのように踏みつけ青年の心臓あるであろう場所をグリグリと足で圧を強くしていく。メキメキと骨が軋み青年は次第にその目から光を失っていった。

 

「フ……」

 

「……本当につまらない。もういいや」

 

最初あんなにもキラキラしていた少女の目は深く沈みなにも映さなくなった。そしてゆっくりと青年から足を退け、そのまま勢いをつけて回転するように青年をベンチの方へ蹴り飛ばす。

 

「あかっ!? 」

 

「お兄ちゃん……私と遊ぶか。死ぬか。選ばせてあげるよ。別に私はお兄ちゃんが嫌いなわけじゃないから。いたぶる趣味なんてない。私はただ遊びたいだけだから。それを叶えてくれないお兄ちゃんなんて興味ない」

 

青年は蹴り飛ばされベンチヘと直撃。その所為でベンチは粉々に壊れ、青年は血まみれで横たわった。少女はそんな青年を上から見下ろすように眺めている。彼女の興味の矛先はかつて自分を殺した青年の強さ。もう一度戦いたい。彼女はその一心で今日までで我慢した。傷を癒し、実の兄を殺す為だけに青年の前に戻ってきた。

だがそれは彼女にとっては他のなにものにも変えがたい。生きる目的に他ならない。

 

 

「フー……」

 

「なに? どうするの? 言ってよお兄ちゃん? 」

 

「少し……だけ……待って……くれないか? うぐっ……必ず、お前と遊んでやるから。だから少しだけで……いい。待って……くれないか」

 

「…………」

 

 

ただでさえ不機嫌な少女の顔はこれでさらに険しくなった。座り込み、寝ている青年の顔を両手で無理矢理持ち上げると、自分の顔ヘと近づけた。

 

「そう来なくちゃ! 約束だよ? お兄ちゃん? なら1ヶ月だけ待ってあげる。けどそれ以上はダメ。今だって我慢してるの大変なんだから。だから1ヶ月だけね。それまで『暇つぶし』でもして待ってるから。絶対遊んでね。じゃないと……お兄ちゃんの大事な物全部壊しちゃうから……えへへ。ちゅっ! 」

 

「んっ!? 」

 

青年次の瞬間硬直した。何をトチ狂ったのか少女は青年に口づけをし始めた。もはやまともではない事は昔から知ってはいたがここにきてますます青年は理解できない。理由は言わなくても分かる通り、2人は血の繋がった兄妹。挨拶にしてもありえないと感じる青年だった。

 

「大好きだよぉお兄ちゃん? だからぁ〜期待して待ってるからね。フーの事満足させて」

 

「フ……フー……ま、待って……くれ……ま、ま…………」

 

少女は青年の頭から手を離しスキップしながらどこかへと消えた。青年は完膚なきまでにボコボコにされ、もはや立つ事はかなわない。左拳を握りしめ。誰もいなくなった公園で無様に涙を流す。

悔しさ。惨めさ。情けなさ。そして何より妹1人救えない自分自身の弱さ。青年に突きつけられた物は絶望とひとまとめにしても差し支えない。しかしこれは青年にとってはチャンスに他ならなかった。本人にその自覚はない。だが青年はそういうタイプの人間だ。挫折し、状況が理不尽に不利なものである程、青年は強くなる。

 

立ち上がり、泥水をすすってでもそれを壊そうとする。

 

「クソぉぉ……なんでぇ……俺はこんなに……ょ……わぃんだ…………」

 

 

 

 

 

【んふふ。結果的にはよかったみたい。もう時間の問題ね。さぁ〜。今度はどんな生を貴方は私に見せてくれるの? もっと足掻いて、足掻いて、足掻いて……私に生を感じさせて? 私の愛しの宿主様】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日ヴィヴィオ達はルーテシアのいる無人世界へと合宿の為にやってきた。先にやってきていたエリオとキャロという仲間と合流し、全員が顔合わせを果たしたが、そこに青年の姿はない。実は一緒に行くのが気まずい為別でくる事になっていたがそこにはまだ青年は到着してはいなかった。

 

「お兄さんどうしたのかな? 」

 

「なによ、頼まれたからせっかく気合い入れて義足作ったって言うのに……ワン兄は来ないの? ヴィヴィオ? 」

 

「そ、そんな筈はないんだけど……ルールーごめんもしかしたらお兄さん来ないかも…………」

 

ヴィヴィオは遅れていても連絡一本よこさない青年に半ば来ないと思い始めていた。やはりなのは達と会うのが気まずいのだろうかとヴィヴィオは勝手に想像し始めるが、実際は違った。

 

「ワン……何かあったんじゃ」

 

「どうせ私達に会いたくないから来るのやめたんだよ彼は。気にする必要なんかないよフェイトちゃん。あんな人どうせ約束なんか守らないんだから」

 

「ちょっとなのは、それはいくらなんでも言い過ぎ……」

「ううん、絶対そう! だって彼は……っ!? ……え…………」

 

「なのは? 一体どうし……っ!? ワ、ワ……ン? 」

 

 

滅多にそんな事はないが、なのはがあからさまに不機嫌になり始めその場は少し雰囲気が悪くなり始めた。そしてなのはが我慢できずに言いたい放題な事を言い始め、フェイトはそれをなだめにかかる。するとその時、なのはが何かを見て固まった。それにつられてフェイトや他のみんながその方向に視線を向ける。

 

「お兄……さん? お兄さん!? 」

 

ヴィヴィオはその瞬間走り出した。なのはが見つけた物。それは青年だ。フラフラとボロボロの松葉杖をつき、よく次元船に乗せてくれたと言わんばかりに青年は血まみれだった。そう青年はあのまま気絶し、間に合うか間に合わないか微妙な時間に目を覚ました。よってそのままの状態でここまできたのだが、妹から受けたダメージが思いのほか深く、ヴィヴィオが青年の目の前に到着するや青年は倒れた。

 

「ちょっ!? お兄さん大丈夫!? 一体なんで!? どうしてこんなに怪我して」

 

青年が好き嫌いに関わらずこんな状態の人間を見れば誰でも心配して駆け寄る。それはなのはも例外ではない。むしろ彼女がヴィヴィオの次に動き出したと言ってもいい。

みんなが青年を心配してその周りに駆け寄ったが、青年はなのはやフェイト達がいる事を確認すると無理矢理身体を動かし、全員が言葉を失うような行動をし始める。

 

その誰もが信じられない。何故彼がここまでするのか。何があったのか聞かずにはいられないと思うような。行動。昔の青年なら死んでもやらなかった行動を彼女達は目の当たりにした。

 

「お兄さん何してるの!? やめて!? どうしてそんな事」

「うるせぇ!!! これは俺のケジメだ!! 少し黙ってろヴィヴィオ! 」

 

「っ!? 」

 

 

ヴィヴィオは初めて青年に怒鳴られ、押し黙る。また青年はこの時正座をし、真っ直ぐになのはを見ていた。

 

「ワン何を……」

 

「なんでこんな……事情があるなら私は別に君が遅れた事にそこまで」

 

視線を向けられ、明らかな自分に向けられた誠意。なのはは青年から目をそらせなかった。彼のやっている、彼の伝えたいことが本気であるとその行動から伝わるからだ。

 

 

「遅れた事じゃない……頼む! 俺の顔なんか見たくないのかもしれない。今更許してくれなんて都合のいい事を言うつもりもない。でも! 今回だけ……今回だけでいい……何も言わずにこの合宿に参加する事を許してくれ! 一緒に訓練してくれなんて言わない。敷地を使わせてくれるだけでいい。だから…………」

 

「ちょっ!? 」

 

なのはは青年を止めようとしたが間に合わず、青年はみんなが見ている前でその頭を地面にこすりつけた。

 

「頼む!!! 」

 

 

青年のこれ以上ないほどの土下座。一体誰が今の彼の頼みを聞き入れないと言うのか。もう動くだけでも辛いはずの身体で、青年は自分にできる精一杯の誠意をなのは達に示した。

 

ケジメはつける。どんな形でも青年は道理を通す。相手が誰であれ。

 

そして………真っ直ぐな目をした今の青年はまさに、なのはやフェイト。ティアナやスバル達が知る。誰よりも強い頃の青年の目であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃青年の妹……フーはミッドチルダの高いビルの屋上で1人膝を抱え、そこから見える街並みを見ていた。寂しそうに物欲しそうに、まるで何か自分に足りない物を求めるかのように、フーはそこで何かを探す。

 

「ああ〜はやく1ヶ月たたないかなぁ〜。ん? ……っ!? んっ、いやんっ!? ……も、もう〜。ねぇ〜イービル君? 私が好きなのはわかるけど、そんなに内側で発情しないでくれないかなぁ? 私火照ってきてるんだけど? 」

 

【フー……トテモイイコ。ボク、フーノコト、ダイスキ】

 

「うん、私も好きだよイービル君。私が1人の時はいつもイービル君がいたもんね。だから私とっても感謝してるよ? ありがとうイービル君」

 

【フーハ、イイコ。デモドウシテ、フーノアニキハ、アソンデクレナイ? 】

 

「う〜ん……わかんない。でも大丈夫だよ。お兄ちゃん優しいから、絶対私と遊んでくれるもん。約束もしたし。お兄ちゃんは守ってくれる。私との約束は……絶対に……ふふ、うふふ」

 

フーは自分の中のイービル因子と会話をしていた。フーの中にいるのはイービルβであってイービルβではない。失敗作である彼女が今の状態になっているのは彼女を創り出したDr.ベルンも想定外の事で、その興味が彼女に向かないわけはなかった。

 

「フーちゃ〜ん? どうも〜初めましてになるかな? 」

 

「誰? 何の用? 」

 

「あら? ご挨拶じゃない? 人と話す時は目を見て話さないとって習わなかったのかしら? 」

 

フーの前に現れたのは青年達を襲ったメイドだ。Dr.ベルンはフーの存在を認知している。彼女を捕らえ研究しようと考えていた。しかしフーはイービル因子覚醒者の中でも特殊な存在で、メイドはこの時、間違いを犯していた。

 

彼女の力が昔と同じだとDr.ベルンと共に勘違いをしていたのだ。

 

 

彼女は1度死に、そして自らの内にあるイービル因子の力によって再びこの世に蘇った。ただ蘇った際、彼女の中のイービルβは完全に別のものに変異していたのだ。イービル因子でありながら本物のΩでもコピーのβでもない。全く新しいイービル因子の変異種。

 

 

 

故に…………

 

 

「可愛くないわね! はぁ〜まぁーいいわ。いいから一緒に来なさい? 解剖して隅々まで調べてあげるから。ふふ、大丈夫よ〜? ちゃんと痛みは消さないであげるわ? ひひひひ! ……っ!? な……な…………」

 

「んふふ。お姉さん? やめときなよ。お姉さんじゃ……私には勝てないよ? ね、イービル君? 」

 

【フーダイスキ。ダカラ……ボクハ、フーヲマモル! 】

 

黒く、ドス黒い魔力がフーの体から溢れ出し、その瞳は真っ赤に染まった。

 

「あ、あなた……い、一体…………」

 

「さぁ〜? 何だろうね。自分でもわかんないや。けどぉ〜……」

 

「ば、馬鹿な……なんて……魔力量……こんなの……イービルβ覚醒者のそれじゃない……くっ! 逃げっ!? ……え……い゛っぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!? 」

 

 

 

メイドは勝てない相手だとわかるやその場から逃げ出そうとするが彼女がフーに背を向けた瞬間、彼女の左腕は肩から綺麗に切断された。

 

 

「人間じゃない事は〜わかるかなぁ? ふふ、アハハ! アッハハハハハハハハハ!!! 」

 

 

メイドは喧嘩を売る相手を間違えた。当然Dr.ベルンも。何故なら彼女はもはや、失敗作でもそのオリジナルでもない。

 

 

全く新しい『イービルα』として生まれ変わった正真正銘の怪物なのだから。

 

 

 




次回もよろしくお願いします。


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第12話【ハゲと怠惰と失われた花園】

ども〜


ではよろしくお願いします。


「はい、それじゃ〜ワン兄、左足出して? 」

 

「ああ。にしても悪いな。急で義足作って貰って。必要なら金は払うから言ってくれ」

 

「別にいいわよ。気にしないで。大体は趣味みたいなもんだし。それに……これは4年前の恩返しも入ってるから。……まぁ……少しAI組むの失敗したからって言うのが1番でかいんだけど」

 

「おい待て……最後さらっとおかしな事言わなかったか? 」

 

「え? さ、さぁ〜言ってないわよ? 」

 

青年は魔法で治療された後、ルーテシアに連れられて義足の調整をしていた。ただその義足がルーテシアの趣味が入っている所為なのか青年にはわからなかったが、ルーテシアが持ち出してきた義足は材質が鋼鉄。色は黒でスネの部分は赤くラインが入り、まるでロボットアニメに出てくる悪堕ちした主人公機か主人公のライバル機のようなフォルムの義足であった。

またこの時ルーテシアの様子は明らかにおかしかった。青年がルーテシアと話をする度にその目が泳ぎ始め、最終的には言えない何かがあると青年が完全に疑い始める結果にまで発展する。

 

「ルーテシア? 作って貰ってなんなんだが……何を隠してる? 」

 

「か、隠して……ない」

 

「もう一度……俺の目を見て言ってみろよ。はぁ……まぁ〜いいか。大方、作ってる最中に楽しすぎて余計な機能盛り込みすぎたんだろ? 」

 

「あはは……バレてますか」

 

「で? それの何が問題なんだ? 便利なら気にする必要もないだろうに」

 

「それはその…………」

 

ルーテシアは本題にふれようとすると途端に言葉を失いその先をどうしても教えてくれなかった。青年は終始気になっていたが、義足の調整が終わった時その問題点が明らかになる。

 

「これで終わりっと。どう? 痛かったりしない? 」

 

「ああ、問題ない。サンキューなルーテシア。凄く歩きやすいよ」

《マスター認証……確認。アリス、起動シークエンスにはいります》

 

「は? 」

 

「あ……起きちゃった…………」

 

義足から突如発せられる機械音声。青年は目を丸くして自分のつけている義足を見つめる。そう問題点とはルーテシアが作った義足が自立型デバイスであると言う事だ。自立……とつけるのには理由がある。ルーテシアが青年を気遣い身の回りサポートをさせられる物は作れないかと言う事で産まれたのがこのデバイス。正式固有名称を自立型義足デバイス『アリス』。

この自立型義足デバイスは青年が魔力を保有してない事を考慮して、自身が起動する魔力と機能し続ける為の魔力を散布され消えていく空気中……つまり外部から取り入れ、動力とする魔力集束システムをつんでいる。その為自立型などと名称をつけているのだが、本当の問題は義足がデバイスである事はない。仮に義足がデバイスである事問題であるのならばルーテシアも気にする事はなかった。むしろそれを目的として作っていた為、ルーテシアにとっては最高傑作と言わざるおえないだろう。

 

 

 

ただ一つ、デバイスの性格以外は…………

 

 

 

「ルーテシア……まさか義足型のデバイスとは恐れ入った」

 

「ごめんなさい……勝手に」

 

「別に謝る必要はないだろう? こいつがデバイスだからって俺が困るわけじゃないし。まぁ〜そんな事はどうでもいいとして、これからよろしくな! えっと……アリスって言ったか? 」

 

《……うっさい、バーカ! 消えろ 》

 

「……ははは。気のせいかな? 聞こえちゃいけない単語がゴロゴロと……きっと何かの聞き間違えで」

《うざっ。うるさいって言ってんじゃん》

 

 

「……ワ、ワン兄……ごめん。本当にごめんなさい。AIを組んでる途中で失敗して……バグって良からぬ性格になっちゃって……で、でも!? ここまで組んでしまった手前データを消去するのは可哀想で、私にはどうしてもできなくて……新しいの作ってる時間……なかったし……その…………」

 

 

固まり唖然としている青年に、ルーテシアは涙目になりながら必死に説明し、どうにか受け入れて貰えないかとアリスをかばう。製作者であるルーテシアはアリスに対して情がうつってしまったのだ。

もう完全に泣いていると言っても間違えじゃないルーテシアに青年は何も言えず、贅沢は言うまいと笑って受け入れた。だが、アリスが受け入れるかと言えば別問題だった。

 

 

「ありがとうワン兄! よったぁ〜。ね、アリス? 」

《別に、このハゲなんかどうでもいいし。もうほっといて。私は眠いの》

 

「アリス……も、もう少しオブラートに包めないのかぁ? 流石にイラっとしたぞ。と言うかデバイスが眠いとか本当にバグってんのか!? 」

 

《はぁ……うるさいなぁ……ほっといてって言ってんじゃん! バーカバーカ! ハゲ! 》

「てんめぇ! 叩き壊してやんぞゴラぁぁああああ!!! 」

 

「あ……ちょ、ちょっと……2人とももう少し仲良く……ど、どうしよう…………」

 

デバイスとは本気で喧嘩しだすという前代未聞の出来事。古い歴史においてこんな事はまずないはずだ。

 

《お・や・す・み。このハゲ! ……sleep mode 》

 

「なっ!? AIのくせに本当に寝たのかお前!? 逃げんな!? ちゃんと俺との話終わってからにしろコラっ!! 」

 

これが……青年とアリスが出会った事が、マスターとデバイスというごく当たり前の関係、その概念を壊す初めての関係になるとはこの時は誰も知らない。知るはずもなかった。

AIでありながら極微量なバグが入り込んだ事で偶然生まれた存在。そんなアリスは他のデバイスとは比べ物にならないほど特別だった。ただそれを多く語るのはまだ早い。

 

 

 

 

一方、ヴィヴィオ達はアインハルト絡みのことで調べ物をし、その後なのは達が訓練をしている為、それをみんなで見にルーテシアが作った訓練場所へと訪れていた。その間に義足の受け渡しが終わったルーテシアも合流し、そこにいたアインハルト達はなのは達の訓練に魅せられていた。

 

「ルールー? お兄さんは? 」

 

「え? 義足渡したらここのどこかで試しに動かしてみるって言ってたわよ? あっちの隅でやってるんじゃない? 」

 

「そっか……じゃ〜後でのぞいてみよかな」

 

「皆さんすごいですね。あんな訓練まで……皆さんの訓練をもっと見ていたい気持ちはあるのですが……ヴィヴィオさん! 」

 

「へ? ……は、はい? なんでしょうか」

「私は先生が何をしているかが凄く気になるのですが、様子を見に行かれるなら是非ご一緒に! 」

 

なのは達の訓練に興奮し、青年が訓練まがいの事をしていると聞けば弟子志望の彼女が黙っているわけもなく、ヴィヴィオの両手を掴んで熱烈な行きたいアピールを始める。ヴィヴィオからしてみれば止める立場にないので断る理由もないが、アインハルトが青年を先生と呼んでいる事に知らない為驚く。当然他のみんなもそうだ。中でもノーヴェはポカンとし、理解が追いつかないでいた。

 

「アインハルトさんどうしてお兄さんを先生なんて? 」

 

「え? それはその……私が先生に惚れたからです! ……あ、あれ? どうかしましたか? ……みなさん…………」

 

アインハルトはこの時、一つの言葉を入れ忘れた事でこの場にとんでもない爆弾を投下した。そこにいた全員が顔を赤らめ、なんて大胆な事を言っているのかと完全に誤解した。

もしこの時、アインハルトがキチンと拳という言葉を惚れたの前につけていればいらぬ誤解もなかったかもしれない。しかしこの爆弾は青年にとって後々のとばっちりに他ならなかった。

 

「……アインハルトさんが……お兄さんを? ……負けません…………」

 

「ヴィヴィオさん? あのどうかし」

「アインハルトさん私は負けませんよ! アインハルトさんが相手でも関係ありません!! これだけは絶対、絶対に譲りませんから! お兄さんは私の物なんです!!! 」

 

「え……い、いえ私はただ」

 

 

 

 

身を乗り出し、ヴィヴィオはアインハルトに宣戦布告のような言葉を投げかけた。今にも噴火しそうな火山のようにヴィヴィオは顔を真っ赤にしてアインハルトをジッと見つめる。当然アインハルトはどうしてそこまで自分が噛み付かれたのか理解できてない為、反応に困っていた。

そんな時、なのは達の訓練がひと段落した時にその音は響き始める。今まで、なのは達の訓練によりかき消されていた音。それは止まる事なく絶えず響く何かを叩くような強打音。テンポが限りなく短く、物で叩いているにしては間隔が短いラッシュ音。

流石にあまりにも音が大きい為、なのは達はその方向へ目を向けた。勿論ヴィヴィオ達も。

 

するとそこに見えたのはシュミレーターのビルにむかって左拳を連打している青年であった。

 

 

「……フェイトちゃん? ……私疲れてるのかな? 」

 

「ううん。あれはワンだよ。なのは? 私ね、思うんだ。なのはもわかってると思う。どうして今日ワンがあんな目をしてたか。ワンがあんな目をする時って決まって」

「言わないで! 」

 

「なのは…………」

 

 

なのははフェイトの言葉をやめさせ、それでも真っ直ぐに青年をみた。信じたくない。認めたくない。4ぶりに見てしまった青年の強い瞳。それは青年が命をかけて闘う時の目。他の自分自身の何をかけてでも守りたいと願う時のなのはがよく知る大好きで大嫌いな目。だからこそ彼女は認めたくなかった。

 

何故なら彼女自身、諦めと覚悟を持って青年を嫌ったのだから。

 

 

「君は……もう戦ったら……ダメ……だよ。今そんな事したら……今度こそ本当に…………や、やめさせなきゃ…………」

 

「なのは? ちょっなのは!? 」

 

動き出した不安は止まらず彼女を動かした。ヴィヴィオ達が見ている前にも関わらず、彼女は止まらない。親友、教え子。そんな人間がいても今の彼女には関係がなかった。自分の中の覚悟を壊さないために、彼女は……なのははそうする。残酷で優しい事をする。それが例え、正しくても間違っていても。

だがそのままなのはを行かせるフェイトではなかった。

 

「っ!? 」

「落ち着いてなのは!? ダメだよ、今多分ワンは」

 

「ぐっ、離してフェイトちゃん!? 今止めないときっと彼はまた無茶するの! そんな事フェイトちゃんだってわかるでしょ!? 」

「それでも、今の私達にワンを止める資格なんてない!! 」

 

後ろから羽交い締めするようにフェイトはなのはを止めた。でもそれでなのはが止まれば苦労はない。彼女には彼女なりの意地がある。何を言われてもその意地は決して折れない。

 

「どうしてそんな事……言うの? 全部悪いのは……彼だよ……これじゃ……何の為に私が…………」

 

「うん……そうかもしれない。でもねなのは? 私達が知ってることだけが全てじゃない。私は最近気づいたんだ。私達はもう一回考えなきゃいけないって。ワンの事も、あのイービル因子事も」

 

「フェイトちゃん……なんでよ……か……ない…………わかんない! 私にはフェイトちゃんの言ってる事わかんないよ!!! 」

「あっ、なのは!? 」

 

 

青年の身体にまだイービル因子がある事、さらにはそれがそのオリジナルの個体であると言う事をなのはは知らない。知っているのは執務官であるフェイトとティアナだけ。

 

故にすれ違いと言うものは常に起きてくる。

 

なのはは少し暴れ、フェイトの高速から抜け出すとこれ以上青年を見ていたくないのか彼女はその場から走り出す。ただそれは仕方のない事で、今の青年の行動はなのはを動揺させるに十分な行動であった。誰かを守り、戦う為の力を失った青年が再び何かと戦おうとしている。その理由はそこにいる誰もがわからなかったが、青年をよく知るなのはにはそれだけはわかった。嫌っても変わらないものは変わらない。どんなに年月が経とうと人はそう簡単には変わらない事をなのははよく知っていた。

 

「フェイトさん!? 」

 

「え……」

 

「見て……ください…………」

 

フェイトがなのはに気をとられ、青年から目を離した瞬間、ティアナがフェイトを呼び、青年の方を見るように言い出した。フェイトは当然すぐに視線を戻すが、そこに広がっていた光景を見て思わず口を少し開けた。

 

 

「うっらぁ!!! ……もっと速く! もっどだぁぁああああああああ!!! 」

 

「な、何……あれ……空間が……歪んでる? 違う……そうじゃない。空気がワンの拳に巻き込まれてるんだ」

 

 

青年の左拳はビルを殴る。止まらず、例えその拳から血が出始めていても青年はやめなかった。何故なら青年には止まっている時間がない。一刻も早く力を戻さなければと少し焦りを覚え、青年は自分が傷つこうと止める気配がない。

その頃ヴィヴィオ達は遠くから青年の様子を見ていたが、場所が遠い為青年の鮮明な様子が見えていなかった。

しかし左拳ラッシュが速くなるにつれて音が大きくなり、叩いているビルが揺れ始めた事で青年がどんなに馬鹿げた事をしているのか理解した。

 

「……先生……それは……いくらなんでも非常識すぎます…………」

 

「ま、まぁ……お兄さんなら……当然ですよ……あはは」

「って!? そうじゃないでしょヴィヴィオ!? ワン兄何してるのあれ!? 生身の拳でビル壊そうとしてるようにしか見えないんだけど!? 」

 

驚きヴィヴィオを揺らすルーテシア。そうされているヴィヴィオは遠い目をしている。アインハルトは少し興奮気味で青年から視線を外さず、リオは目を丸くして動かない。

 

しかしそんな中、1人だけ……青年には目も向けず、1人自分の世界から抜け出せない人間が1人。

 

 

「ヴィヴィ×アイ……私のヴィヴィ×アイ……花園……が…………」

 

コロナだ。

 

 

彼女はまるでこの世の終わりみたいな顔をし、1人うつむきながらぶつぶつ何かをつぶやいていた。

 

「アインハルトさんが……お兄さんの事を? はは……冗談冗談……だってそんな事になったらヴィヴィ×アイが……私の花園が………オアシスが……はは、あははは…………。お兄さん……なんて事……してくれたんですか……私の花園……どうすれば………へへ、あはは」

 

放心状態で真っ白になっているコロナは、青年がその後ビルを倒壊させた時も全くブレずにぶつぶつと落ち込み続けていたのだった。

 

 




次回もよろしくお願いします。


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第13話【止められない想いと復讐】

ども〜


ではよろしくお願いします!


「いい湯加減〜。ね、キャロ? 」

 

「ほんとですね〜ティアナさん〜」

 

合宿1日目も終わりが近づき、なのはとフェイトを除いてヴィヴィオ達はお風呂はいっていた。ルーテシアが作ったそのお風呂は彼女達を満足させ、みんな心地よさにうっとりしている。

 

ただそんな中、青年はと言うとまだ訓練場にいた。誰とも関わらずに必死に拳を突き出している。しかし1人……そんな青年を見つけ、黙っていない人間がフェイトと共に青年の側へとやってきた。

 

 

なのはだ。

 

 

彼女はあからさまに不機嫌な顔を見せ、拳を突き出す青年の左手をバインドで強制的に停止させる。

 

「……なんか用か? なのは、フェイト」

 

「用って言うか……その……」

「何考えてるの? こんな時間まで……これがオーバーワークだって元教導隊の人間だったらわからないわけないよね? 」

 

フェイトは青年に対して接し方に困り言葉を濁したが、なのはは攻撃的と言わんばかりに噛み付く。なのはには珍しく強い口調と目つきで青年睨む。だがそれでも青年はなのはに対して言い返したりはしなかった。ただ無言で話を聞いている。

 

「今更……なんでこんな事してるの? 君にはもう戦う理由なんてないはず 」

 

「どうしてお前がそれを決めつけるんだ? 」

「それは君に戦う力がないからだよ! 」

 

「…………」

 

「なのはそれは……」

「フェイトちゃんは黙ってて!! 」

 

なのはは少し感情的になっていた。少しキレていると言ってもいい。青年を庇おうとしたフェイトを黙らせ、青年に言葉を要求する。彼女は不満だった。青年が戦うということに。その理由、目的。なのはは嫌っていながらそれを知ろうとしている。勿論彼女にしても訳あってのことだが、それを青年に悟られる訳にもいかず、雰囲気は悪くなる一方だった。

 

「別に単純な理由さ。自分の身を守れるくらいには力をつけないといけないだろ? つまりはそう言うことだ」

「嘘だよ。そんなの」

 

「あ? 」

 

「君は……4年経った今でも分かってない! まるで分かってない!! 君は自分の事を化け物かなんかだと本気で思ってるの? 違うよ? 君は普通の人間で、普通に怪我をして、普通に死ぬんだよ? ましてや片腕もない。片足もない。それで……誰と戦う気でいるの? 誰に勝てる気でいるの? 無理だよ。自殺行為だよ」

 

「勝手に決めつけるなよなのは……そんなのやって見なきゃ」

「わかるに決まってるでしょ!!! 」

 

怒鳴り声……いや、悲鳴にも似たその声は青年にそれ以上に言葉を許さなかった。なのははもう止まらない。1度決壊したダムがなかなか止まらないように……彼女もまた、その心のうちから出る言葉を止めることができなかった。

 

 

「どうしてそうなの!! 君がいなくなったら悲しむ人がいるんだよ!!! 君が死んだら……ヴィヴィオが……ヴィヴィオが……私だって!? ……あ……バカ…………」

 

自分が今何を言おうとしたのか。なのはは言いかけ、我にかえると、かすれるような捨て台詞をはいて逃げるように駆け出した。青年に背を向け、ひたすらに走り出す。でもフェイトはなのはを追いかけなかった。じっと青年を見つめ、覚悟を決めて喋り始める」

 

「ワン……何があったの? あの怪我……普通じゃなかった。ただのケンカ……にしては」

 

「悪いなフェイト。これは……言う訳にはいかないんだ。特にお前ら管理局の人間には…………」

 

「でもワン!? 私はなのはの言うこともわかるんだ! 今のワンは……こんな言い方本当はしちゃいけないのかもしれない。けどワンの為に言わせてもらう。私はワンが誰と戦うつもりか知らないけど。でも、それでも……今のワンじゃ勝てないって事くらいはわかる」

 

「…………」

 

フェイトは青年が傷つく事を覚悟して言葉を吐き出し続ける。自身もいたい気持ちでいっぱいで、こんな話がしたかった訳じゃないと思いつつも、青年の為に言葉を吐き出し続ける。

なのはの代わりに、ヴィヴィオの笑顔を守る為に。青年を守る為に。

 

「ワンが例え今の状態でも普通の相手なら怪我なんてするはずない。けど今日の怪我はかすり傷とかそんなレベルじゃなかった。つまりそれは……ワンが勝てなかった相手。これは想像だけど……例え五体満足だったとしても……勝てるかわからない相手……違う? だからそんな無茶をしてまで……ううん。今……なのはいないから言うね。ワンはイービル因子を呼び起そうとしてる。昔に戻ろうとしてる。そうでしょ? 」

 

 

「だったらどうする? 俺を止めたいなら今だぞ? 」

 

「ううん。そうしたいのは山々だけど……今の私にはそんな資格ない……と思うから。あはは……不思議だよね。何も知らなかった時はワンの事……どうでもよくなってたのに。真実を知ったら……こんなにもワンに対して負い目しか感じないなんて……私は……何をしてあげられるのかな? 」

 

フェイトは俯き段々と小さくなる声を必死に言葉にした。彼女にとって今の状態は青年となのはとの板挟みになっている。全てを知り、青年の真実へたどり着いた事で、ティアナと共に青年を理解する事は出来た。だが真実を知らないなのはの気持ちをフェイトはよく知っている。勿論なのはの心の内も。だからこそ、フェイトは逃げるわけにはいかなかった。今青年となのは達を繋ぎとめられるのは自分だけ。やり直すチャンスがあるとすれば自分の行動次第。今のフェイトはそう思っていた。

 

 

「……なぁ? 俺が言う事じゃないかもしれないが、不毛過ぎないか? 知ったからほっとけない。知ったから負い目を感じる。……はは……やめようぜもう。俺に対して負い目なんか感じなくていい。俺は……そこまでして貰えるほど……善人じゃない」

 

「そんな事ない。ワンは誰がなんと言おうと、悪人なんかじゃない。それにワン……負い目を感じないなんて無理だよ。だってワンは……私の一番弟子だからね」

 

「……まだそんな昔の事言ってんのかよ。フフ……じゃ〜しょうがないか。こんな俺でも……お前の一番弟子なんだからな」

 

 

「うん! 」

 

仕方がない。そんな事を言いながら2人は少しぎこちなく笑った。そしてフェイトは今更ながらなのはを追いかけ、すぐに走り出す。青年はといえば流石にこれ以上特訓を続けるわけにもいかず、大人しく部屋へ戻ったが、そこで無視できない光景を目の当たりにする。それは青年の部屋のベッド。一見何もないように見えるが、ある一部分だけ不自然に盛り上がっていた。

盛り上がりは割と小さ目だが子供1人分ぐらいはあるだろう。一体なんのイタズラか罠か。青年はゆっくりと音を立てずにその布団をめくった。

 

 

「…………」

 

「スゥー、スゥー」

 

「何故ここで寝てるんだ……アインハルト」

 

「うっ……ん? はっ!? し、ししし失礼しました!? 先生に挨拶もせずに寝てしまうのはいささか失礼かと思いまして待っていたのですが……その…………」

 

「はぁ……それで俺がなかなか戻ってこないから耐え切れずに寝てしまったと? 結局寝てんじゃねーかよ。まぁー別にいいんだが、俺はお前を弟子にした覚えはない。さっさと自分の部屋に戻れ……ん! な、なんの真似だ」

 

ベッドの中にいたのはパジャマ姿のアインハルトだった。彼女は弟子としての責務を果たそうと待っていた。だが青年がオーバーワークをしていた為、規則正しいアインハルトは我慢できずに寝てしまったのだ。しかし青年に帰れと言われ、彼女も大人しく帰るかと言われれば、それはノーだ。彼女はベッドからおり、青年の前に立つと、パジャマを上から順番に脱ぎ始め、とうとうズボンを脱ぎ、下着だけの姿になった。青年はもはや理解が追いつかない。一番まともだと思った子がいい歳の男の前でストリップし始めたのだから。

 

「先生……あの……で、弟子としての責務を……果たしたく。どうぞ、私をお好きになさってください! あたっ!? 」

「何をどう解釈したらそうなる!? お前の中の師匠はどんだけ鬼畜なんだ!? 」

 

右手を股に挟み、左手で胸を隠すような格好をし、中等科の学生とは思えないなんともエロティックな誘い方をし始めたアインハルトは青年に容赦ないゲンコツを叩き込まれる。

流石の青年も将来有望な素質を秘めた身体を持つアインハルトのそんなしぐさを見てか少し顔を赤くし、ドキッとしてしまったのは仕方ない事だろう。

 

 

「い、いえ! 弟子たるもの、先生の下のお世話も仕事のうち! ですので先生のしたいように」

「するわけないだろこの天然アホ娘!! 大体言ってる意味分かってんのかお前は!? 」

 

「勿論です! 性教育は学校で既に受けています。やり方はまだよくわかりませんが、先生が私にしたい事をすればいいのではないかと! だから私も恥かしながら下着になった次第で。お望みとあらば下着もそ、その…… 」

「脱がんでいい脱がんでいい!? お前は俺を犯罪者にしたいのか!? 」

 

顔を真っ赤にし、アインハルトは自分の下着に手をかけたが、青年は全力でそれを阻止する。だがそれでもアインハルトの暴走は止まらない。どこで勉強してきたのか、さらにぶっ飛んだ行動に出始める。

 

「お、お前の熱意は伝わるが待て! 大体俺はお前を弟子にする気なんか」

「これでもまだ足りないとおっしゃるのですか? なら」

 

「いやいや、違うよ! そうじゃない! 熱意は伝わるって! ……ちょっ!? お前何して!? 」

 

 

「こ、これなら……ま、まま満足して頂けますか!? 」

 

「馬鹿!? ちょっ、はやく下着はけよ!? 丸見えだって!? な! な! 頼むから!? ……う、くっ! わかった! 俺の負けだ負け! 弟子にしてやるからなんか着てくれ!? 」

 

青年は左手で自分の目を隠し、今のアインハルトを見ないようにするが、青年も男。中等科とは言え、とびきり美人の部類にはいるアインハルトがうまれたままの姿でいるのに邪な事を考えないわけではない。指の間からわずかばかりその瞳をのぞかせる。しかしまだ良心が邪魔をしてすぐに青年は後ろを向いた。

 

 

「本当ですか!? 本当に弟子にしていただけるんですね!? 」

 

「ああ、そうだよ。わかったから……わかったから勘弁してくれ……こんな所誰かに見られ……た……ら…………」

 

「お、お、おにいしゃん……その……アインハりゅトしゃんと、と……な、なな……何して……あ……へうっ!? お、お邪魔しました!? ……うっ、うわぁぁあああああああああん!? お兄さ゛ん゛のばがぁぁぁああああああ!? 」

「待てヴィヴィオ!? 誤解だ!? ……おい……くっ。どうするんだアインハルト! 変な誤解ができた……ってなんでまだ服着てないんだお前は!? 」

 

 

まるでお約束のように誰かに見られ、その状態を見たヴィヴィオは泣きながら走り出す。流石の青年もこんな状況になりアインハルトに説教しようと彼女の方を向いたが、以前彼女は裸のままで、服を着るそぶりも見せない。

 

「で、弟子にして頂けたなら余計に夜のお供を……その……」

「だからなんなのその使命感!? いいって言ってるだろ! どこで覚えて来たんだよそれ!? 」

 

 

「それでしたらコロナさんが参考にってこれを……」

 

「は? なんだこの本は……何々……弟子が師匠を堕とす夜のテクニックだぁぁぁとぅぉぉぉおおおお!? またお前か!! コぉぉぉおおおおおロぉぉぉおおおおナぁぁああああああああああ!!! 」

 

 

 

夜の屋敷にこれ以上ないぐらいの青年の怒鳴り声が響き渡った。実はアインハルトがこの部屋に来たのは挨拶だけが目的ではない。いつまでたっても弟子として受け入れてもらえない事に悩んでいたアインハルトはコロナがすすめた本を読み、このような行動に出た。ただ本人は弟子とはそういうものだと完全に勘違いしてしまっていたため、全く悪意がない。だから青年の怒りの矛先はその黒幕へと向いた。

 

その頃コロナはといえば…………

 

 

「ねぇ〜コロナ? 私ってあまりヴィヴィオのお兄さんの事知らないんだけどどんな人なの? みんな親しそうだし、私も仲良くしたい! お兄さんはどんな事が好きだったりするの? 」

 

「そっか、リオはあまり接点ないんだもんね。私はヴィヴィオの付き添いで昔から知ってるけど。でも……そうだね。お兄さん優しいからリオとも仲良くしてくれると思うよ? 私はお兄さんの事なんて嫌いだけど。それで……う〜ん……お兄さんが好きな事かぁ〜……あ、これなんてどうかな! 」

 

 

「え……これって…………」

 

「お兄さんはこう言うのが好きみたいなんだぁ〜。だから読んで参考にしてみるといいと思うよ? 」

 

 

コロナはそう言ってリオに一冊の本を渡した。リオはみんなが青年と普通に喋れている事が少し羨ましかった為、自分もまざりたいと感じ青年を知っているコロナに相談したのだがそれが間違いだった。

 

何故ならその本、世間一般では初等科の少女が読むには少しお門違いな本で、下手をすれば青年を社会的に抹殺しかねない危険な物であるからだ。

 

 

「うん、それじゃ読んでみるよコロナ。ありがとう! 」

 

リオはコロナから借りた本をベッドに飛び込みながら読み始めた。その横でコロナが光のない目で見ているとも知らずに。

 

「お兄さん……覚悟してくださいね。私の花園をメチャクチャにした責任はとって貰いますから。うふふ。ふふふふ……始めにアインハルトさん。次はリオ。トドメは……お兄さん大好きのヴィヴィオだから」

 

 

自分の世界を壊されたコロナは青年に復讐を企てていた。アインハルトに渡し、すすめた本はその始まりに過ぎない。そして次の刺客。自覚のないコロナのエージェントと化したリオは引き込まれるようにその本に夢中になっていた。青年に対して仲良くなりたいと思うリオの好意はよからぬ方向へと向かいつつある。

 

コロナがリオに渡した本。そのタイトルは…………

 

 

 

 

 

『兄貴をロリコンにする方法』

 

 

 




次回もよろしくお願いします!


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第14話【散った恋と弟子心】

ども〜

遅くなりやした。

過去編が長いのでと言う言い訳は……させてください!?



ではよろしくお願いします!


アインハルトが暴走してから翌朝。青年は1人目を覚ます。1人……とわざわざ付けるのは昨晩、結局アインハルトが聞き分けがなく。せめて青年と寝ると言い出し、青年が折れてそのまま寝てしまった為だ。だから青年が起き上がった隣ではアインハルトがスヤスヤと気持ちよさそうに眠る。本来ならアインハルトも早起きでいつも1人朝練をするのだが、青年はそれよりもさらに朝が早かった。

 

 

「寝顔は可愛んだが……はぁ……朝から何言ってんだ俺は…………」

 

 

目的は当然朝の鍛錬。だが、青年が1人訓練場の方へ行くとそこには先客が1人。青い髪の青年がよく知るギンガの妹、スバルがいた。最初は目を丸くして彼女の方をみて固まっていた青年。でもスバル相手だと気まずい青年はすぐに背を向けて場所を変えようとしたのだが、それはできなかった。何故ならその前に青年がスバルに見つかった為である。

 

「来ると……思ってました」

 

「はぁ……なるほど? だから俺に気づいたわけか。……いいさ。言いたい事全部聞いてやる。元はと言えば、俺の所為だからな」

 

 

「私が聞きたいのは1つだけです……どうして誰にも言わなかったんですか? 」

 

普段明るいスバルだが、今この瞬間は違った。声のトーンは下がり、彼女の雰囲気からは気まずさが滲み出る。スバルにとって青年という存在は大きい。何故かと言えば、青年はかつてスバルが子供だった頃……その時起きた空港火災の時で彼女を助けた人間の1人。だからスバルにとってはなのはと同じぐらい尊敬に値する人間であった。

 

なのはとは別に、目標となれる先輩。青年はスバルのもう1つの目標だった。

 

しかし4年前に青年が死のうとした事で、スバルの中でそれは迷いとなり、1つの目標を失った。真実を知らないが故にそうならざるをえなかった。だがここにいる彼女は4年前とは違う。

 

「言ってる意味がわからないが」

「とぼけないでください!!! 」

 

「い、いや別にとぼけてるわけじゃ」

 

「ティアから全部聞きました。先輩の中にあるアレがまだ消えてないって」

 

「おいマジかよ……あのお喋り。それでも執務官か」

 

「あ、違がっ、そうじゃなくて……私だから話してくれて……私なら信用できるからって……だから! ……っ!? 」

 

「もういい、やめてくれ」

 

青年はヒートアップして行くスバルを手で止め、それ以上の言葉を許さなかった。青年自身よくわかっていた事だ。一時の平和はいつか壊れる。1つ露見すればまた1つ。それは連鎖して漏れ出して行く。理由はどうあれ、4年間隠し通してきた事が確実に白日のもとに晴らされつつあった。まだなのはには広がってないにしても、それは時間の問題。この時青年はその不安を積もらせていた。

彼がもっとも恐れているのはなのはに真実がバレる事。彼女を今一度傷つける事。自分が死ねず中途半端に生きているが為にできたしわ寄せがここにきて青年を苦しめ始める。

 

「スバル……それはお前の胸の中にしまっておいてくれないか? 」

 

「それは……私は嫌です! だってこの事を知ればみんな先輩の事昔みたいに!? 」

「頼むよ……これ以上俺を……困らせないでくれ…………」

 

「……そ……そんなつもりなん……て…………」

 

スバルは理由がよくわからなくても青年を困らせているかも知れないとわかった途端、言葉を詰まらせる。青年はそんなスバルの表情を見てまた後悔した。フェイトに話すべきじゃなかったと。

いや、それ以前に早く死ねば良かったのではないか。青年は思考を巡らせる。しかしそんな事をすれば青年はまたあの顔を見る事になるかも知れないと思考を強制的に止められた。まるで呪いのように青年の頭に4年前のヴィヴィオの顔が浮かび上がる。

 

「せ、せんぱっ……」

「大丈夫。大丈夫だから……多分俺は……もう死ねない。お前らが心配するような事にはならないよ。やっとわかった。どうして毎日苦しいのか。自分が惨めで……情けなくて……弱いのか。俺が認めてないからだ。俺自身の弱さと……どうしたいのかって事。はは……ありがとうな、スバル。おかげで素直になれそうだ」

 

青年は笑った。スバルはそれを見て大きく目を開きながら固まる。スバルの訴えはキッカケにすぎない。青年は誰よりそれを理解している。今自分がここにいられるのは誰のおかげか。今自分が抱いている感情を持っていられるのは誰のおかげか。

 

そして……

 

「それって……なら先輩は今どうしたいんですか? 」

 

「俺は……」

 

10年近く感じられなかった人として当たり前の欲求。青年は今それを欲し始めていた。スバルとの会話が引き金となり、青年の心にその欲求が広がり始める。ただ同時に1つの感情も青年は認めなければならない。

 

青年はスバルだけがいるこの場でそれを口にした。スバルだけが聞き、スバルだけが知った青年の本心。

 

「そう……ですか」

 

「ああ。どうだ、幻滅したか? 」

 

「……はは……あはは! いえ! すっごく、いいと思います! ただ〜」

 

「ん? 」

 

「せっかくなので私の今の素直な気持ちを言わせて貰っていいですか? 」

 

スバルは青年の気持ちを聞き、心から満足した。親指を立て、青年の言葉を何より嬉しく感じている。しかし同時に彼女はどうしてもいいた事ができてしまった。よってあらたまって青年に申し立てる。

 

「な、なんだ……うっ!? お、おい!? 」

「先輩の……」

 

青年は突然スバルに距離を詰められ、そのまま体を密着。そしてゆっくり顔を耳元に近づけながら言い放つ。

 

青年が今一番言われたくない言葉を。

 

 

「ロリコン! 」

「…………」

 

 

「はは! それじゃ〜頑張ってください! なのはさんに殺されないように」

 

「…………」

 

 

ロリコン。そのワードはいつまでも青年の心に突き刺さった。スバルが去った後も青年は立ち尽くして目を丸くしている。だが途端に顔を赤くし、青年は大声をあげその場の地面をぶっ叩き始めた。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!? ちくしょ、なんだ今の!? 最近で一番効いたぞ!? うわぁぁぁ……恥ずかしい!? 」

 

 

 

 

ただ青年は経験があるはずなのに知らない。憧れとは時に別の感情へ変わってしまう。それはスバルも例外ではない。何故なら彼女もまた恋する1人の女の子だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あはは……フラれちゃった。告白してないけど。ティアに慰めて貰お〜っと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、朝食の時間。なのは達含めて全員が集まった。当然青年もその場にいる。だがなのはは終始青年と目を合わせようとせず、むくれて青年からそっぽを向いていた。それは誰が見ても分かる通り青年がいる為の気まずさである。

 

「俺がいる事が不満なら抜けるぞなのは? 」

 

「別に君がいようといまいとどうでもいいから気にしなくていいよ」

 

「そ、そうか? ならいいが」

「先生! 」

 

「そうだ。コロナ? お前後で話がある」

「ハゲが気安く呼ばないでください。耳が腐ります」

 

「いや……いきなり毒吐かれても困るんだが……」

「先生! 」

 

「マジで話がある! 昨日の一件について」

 

「さぁ〜なんのことだか? 」

 

青年は昨晩のアインハルトの一件について問いつめようとしたが、コロナはなのはと同じくそっぽを向いて毒を吐き続ける。最初はいつもの事だと思って気にしなかった青年だった。しかし何度もコロナに話があると言っていると、青年はあることに気づく。

 

 

コロナがいつものキャラ被りで毒を吐いていないということに。

 

 

「お、お前なんか怒ってないか? もしかして俺なんかした? 」

「先生聞いてください! 」

 

「知りません。自分の胸に聞いてください」

 

「いや、わかんねーって!? 」

「何故無視するのですか先生!? 」

 

「ああもう、やかましい!? なんだ!!! 」

 

青年とコロナが話している最中、横からアインハルトが声を出していたのだが、青年はシカト。でも何度も無視をされ我慢ができなくなったアインハルトは青年の腕に掴み掛かり少し音量をあげて青年を呼ぶ。そうなると流石の青年も無視するわけにはいかず、怒鳴り声になりつつアインハルトに反応した。

 

「うっ……そんなに怒鳴らなくても……いいじゃないです……か……」

 

「え……いや……その……あ、おい!? 待てアインハルト!? ……はぁ……なんなん……いっ!? 」

 

 

アインハルトは青年に怒鳴られ、涙目になりながらその場から逃げ出した。青年もまさか泣かれるとは思っていなかった為戸惑い、逃げ出すアインハルトの背中をただ見つめる。しかしふと視線を食卓に戻すとその場にいた全員の視線が突き刺さった。まるでこの場にいる全員で青年を攻撃するかのように。

 

「何故そんな目で見る!? 」

 

「あーあ。泣かせましたね。ハゲはこれだから」

「ハゲは関係ないだろ!? 」

 

「お兄さんが最低だからです」

「いや、そんなつもりじゃ……ていうかお前もなんか怒ってないかヴィヴィオ? 」

 

「知らない! お兄さんのバーカ! 」

 

「うっ!? ……やめろ……そんな目で見るな!? わかった! 追いかけるよ。だからそんな目で見るな!? たくっ……」

 

ツルっツルの頭をさすりながら青年はアインハルトの後を追いかけ始めた。他の人間ならともかくヴィヴィオの攻撃的な目は青年的には容認できない為渋々そうなってしまう。そして何より、弟子と認めてしまった責任もあった為だ。

 

 

「お! いたいた。アインハルトー」

 

「っ!? ぶ、武装形態! フっ、ハァ!! 」

「ちょっ!? 」

 

広い草原の真ん中で、アインハルトはいじけていたが、青年の姿を確認するなり大人モードへ変わるといきなり青年へと拳を向けた。だが義足を着用した青年に当てることはできずその拳は空を舞う。そして再度向けた拳は青年の左手へ吸い込まれ、簡単に受け止められた。

 

「…………」

 

「な、なぁ悪かったよ。ついさ。俺だって器用な方じゃないんだ。勘弁してくれ」

「嬉しかったんです。昨日先生が弟子にしてくれるとおっしゃった事が……でも……」

 

アインハルトは青年に拳を受け止められたまま頭を前へ倒すと青年の胸に顔を埋めた。彼女にしてみれば弟子にしてもらって昨日の今日。色々話したいこともあれば青年に構ってもらいたいと思うのも不思議ではない。

何故なら彼女にとって青年は初めてできた師と呼べる人間なのだから。

 

「先生……私まだ不安なんです。自分が選んだ先生が、本当に正しいかどうか」

 

「軽く失礼だなおい…………」

「そうですね……ですが……仕方ないじゃないですか」

 

「確かにそうだ。仕方ない。俺みたいな人間じゃな……アインハルト。俺にチャンスをくれ。構えろ」

 

「え? 」

 

ポンっと、青年はアインハルトを後ろへ押すと少し距離を開け、左拳を作る。自分なんかの弟子になる為、アインハルトはできる全ての手を使って努力した。ならば青年の通す意地は1つしかない。答える方法は1つしかない。

 

「俺にお前の先生に『なれる』チャンスをくれ。お前が認めるような人間に、選んだのは間違えじゃなかったと胸を張って誇れる男だとお前に認めさせてやる。だから……全力でかかってこい! 」

 

「っ!? ……は、はい! (気迫が……これは……この間と次元が…………)」

 

アインハルトは前回の青年との戦いを思い出した。自分が弟子になりたいと思った日の戦い。あの時も青年からなみなみならぬ物を感じ取ったが、今言葉と共に戦闘モードへ移行した青年はその時とはレベルが違った。自分が感じたことのない物。手を出す出さないではなく、動いた瞬間やられると言った殺気にも似た青年から発せられるオーラ。

故に彼女は動けなかった。しかし彼女もまたそれで黙っていられる程弱くはない。大きく深呼吸し、ゆっくりと構えると大胆に正面から突っ込んだ。

 

青年はそれを見て少し笑うと、その場から一歩も動かずに突き出されたアインハルトの拳を左手で受け止める。

 

「くっ!? (止められた。ですがこのタイミングなら断空で一撃……)え……なっ!? 」

 

瞬間、アインハルトはゾクリという悪寒を感じながら止まった。初めて感じる体感。意識がハッキリしているのにも関わらず時間の流れが遅く感じ、全てがスローモーションのように流れ出し逃げる事が許されない。目の前に見える青年の拳が確実に迫っているのにも関わらずアインハルトは防御する事も、避ける事もできない。

 

まるで時が凍りつくように、アインハルトは自由を奪われ、気がついた瞬間その拳は彼女の目の前で止まった。

 

「……あ……あ…………」

 

「これが……人間の限界点とも呼ばれる領域。魔法を使わずに人が到達できる場所だ」

 

「せ、先生……これは……ぜ、絶対領域では……で、でですがそこへたどり着いた人間なんてわ、私は『1人しか』聞いた事が……」

 

アインハルトは青年を見ながらこれ以上ないくらい動揺した。長い歴史において、魔法を使わずに絶対領域へ足を踏み入れた者はいない。そこまでの身体能力とその場所へ行く為の技術を知ってるの者がいない為だ。しかし青年は違う。力を失う前、異常なまでの身体能力を体現し、その場所への扉を開いたが故にその技術を強引に知った者。現在唯一その場所へ行く事のできる力を持ったファイター。

 

 

「どうだ? ここまでだったら、お前を連れて行けるぜ? お前が望めばだが」

 

 

青年は似合わないウィンクをし、アインハルトにそう言いながら笑いかける。でも彼女は唖然と青年を見ていた。彼女は知った。今の一撃、自分が体現した絶対領域の世界で、目の前の青年が何者なのかという事を。

4年前、JS事件で無慈悲にゆりかごでの戦闘が映し出される中、魔法を使わずに拳1つで戦い抜いた男がいた。戦いの最中左足を失い、それでも仲間とミッドチルダの人々を救う為、利き腕を犠牲にしてミッドチルダを守り抜いた英雄。

 

今のストライクアーツの平和と強き拳の象徴。

 

 

そして…………

 

 

あの時のその戦いを見た人間の希望と憧れ。

 

 

故に管理局の人間とは反対にミッドチルダの人々は彼をこう湛えた。

 

 

「せ、先生……先生が……」

 

「ん? 」

 

「ミッドチルダ最後の拳と言われた……英雄」

 

 

 

 

『ラストフィスト』と…………

 

 

 

 




さぁ〜次はなのはと少しガチンコな戦闘……ゴホッン!? ……なんでもありません。


次回もよろしくおねがいします。


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第15話【すれ違う想い】

ども〜!


まぁ〜まずは最初に……



大変遅れました申し訳ありません!!

忙しいのもそうでしたが、過去編が長過ぎてなかなか仕上がらず、諦めてこっちを先に投稿した次第です。


そんなわけで、よろしくお願いします!←何がだ!?





「おい……なんのつもりだアインハルト…………」

 

アインハルトと青年の一波乱が解決した後、彼女は全員で行う模擬戦の前、青年の左腕掴んで離さず、模擬戦始めようという全員の前に彼を引っ張り出した。

青年自身今の彼女の行動は理解できず、みんなも首をかしげている。しかし彼女は真剣な顔その物で、何かを言い出すのは明らかだった。

 

「あ、あの!? せ、先生も加えて頂くわけにはいかないのでしょうか! 私は……あの『最後の拳』と謳われた先せっ「ちょーっとアインハルトさんそれ以上はダメですよ〜? 」あっ、な、何をするのですか2人とも!? は、離してください!? 」

 

 

「……最後の拳? それってなんの事だ? 」

「ああ〜お、お兄さんには関係ない事ですよ〜! えへ、へへへー」

 

少し興奮気味になり始めた瞬間ヴィヴィオとコロナが慌ててアインハルトを青年から引き離しみんなのいる場所から少し離れてアインハルトと話を始める。実は青年にとってアインハルトが言っている言葉はNGワードであった。

 

 

「何をするんですかヴィヴィオさん!? 私はあの最後の拳と言われた先生の戦いが」

「だからダメですってお兄さんの前でそれを言ったら!? 」

 

「それ? 一体何故ですか? 」

 

「いいですかアインハルトさん? お兄さんは自分がストライクアーツの世界で銅像になるくらいすごい英雄になってる事を知らないんです! もしお兄さんがその事を知ったら……」

 

「知ったら? 」

 

「多分……また……また」

 

ヴィヴィオがその瞬間した眼は、何かに怯えるようなものであった。アインハルトやコロナもその事をすぐに察した。アインハルトに関しては理由まではわからない為怯えてる以外は分からなかったが、絶対に言ってはいけない言葉なのは理解したようで、それ以上は言わないとヴィヴィオとコロナに約束をし、青年達のいる場所へと戻る。

 

だが、アインハルト達が話をしている間に別の問題が起きていた。

 

 

「え……何? なのはママとお兄さん……どうしたの? 」

 

彼女達が少し目を離したすきにその場の雰囲気が気まずいを通り越して一触即発の緊迫した空気になっていたのだ。

理由は言わずともわかる事だが、なのはと青年である。

 

 

「模擬戦に入れて欲しいなら自分で言えばいんじゃないかな? 別にそんな事拒んだりしないんだし」

 

「いや、俺は別に……アインハルトが理由も言わずに引っ張って来るから」

「また勝手にって言うつもりなの? 大体、君がそんな適当であの子の師匠なんて務まるわけないよ。そんなの彼女の為にならないし、自分でもわかってるんでしょ? 君には戦う力なんてもうない。君はただの……一般人なんだよ? 」

 

 

「………」

 

「言い返さないの? どうして? 私に言いたい事言わせてそれでいいの? 君は本当にどこまで……『弱っていく』つもりなの? 」

 

誰もが、2人の会話を一言も邪魔しないで聞いていた。いや、邪魔する事が出来なかった。フェイトにしても、スバル達にしても、ヴィヴィオ達にしても。

 

なのはは本気でイラついていた。自分の言葉がどんなに刺々しく、青年を貶めるものだったとしても、自分に対して何一つ言い返さない青年に。だがそれはなのはからしてみれば当然だった。彼女は青年が戦うことを絶対によしとしない。

彼女の中ではそれはどんな事があって阻止しなければならない事であった。自分の誓った信念の為、自分が諦めた青年への想いの為、なのはは今、青年を本気で潰そうとする。

 

彼女が誰よりも優しい人間であるが故に。

 

 

「わかった。もういい。君は何もいう必要はないよ。模擬戦も入ればいい。誰とでも戦えばいい。

だけどその前に……」

 

 

「あ? ……っ!? 」

《セットアップ》

 

なのはは俯くと彼女の相棒、レイジングハートの言葉と共にバリアジャケットを羽織ると杖を青年の顔の前に突きつけ、彼女を知る人間が、誰も見た事ない程醜悪で鋭いな眼差しをしながら青年を睨みつける。

 

「な、なのは? どうしちゃった……の」

「………」

 

「な、なのは…………」

 

また自分を止めようとしたフェイトにさえ、無言の威圧感で言葉を止め邪魔をするなと訴える。

 

「お、おい……」

 

「……私が君を再起不能してあげる。あれだけ死にたがってたんだから別に構わないでしょ? まぁだけど安心していいよ。私だって管理局員である以上殺しなんてしない。その代わり……その左手、『二度と握れなくしてあげるの』」

 

「お前……本気か? 」

 

「私がこんな冗談……言うと思う? 」

 

「……ハハ……いいぜ? 上等だ! 」

 

「ちょっ、ちょっとやめてよ2人とも!? なのはママもこんな事したって!? お、お兄さんもこんな馬鹿みたいな事にのらない……で……ふ、2人とも……本気で…………」

 

 

もうヴィヴィオの言葉は2人の耳には入っていない。互いが互いをじっと見つめ、そのまま黙って訓練場へと入って行く。だが、もう止めるのは無理だと判断したフェイト達はすぐ動ける状態になりながらも2人の戦いを見守る事とした。

けどそんな中、青ざめている人間が1人。そう、この中で現状最も冷や汗をかいているのはアインハルトである。

 

自分の行いがまさかこんな事態に発展するなど思ってもおらず、このまま取り返しのつかない事になってしまうんじゃないかと内心どぎまぎしていた。

 

「大丈夫ですよアインハルトさん。そんなに落ち込まなくても」

 

「ですがヴィヴィオさん私の所為で」

 

「別にアインハルトさんがお兄さんを引っ張ってこなくても、いずれこうなってた筈です。だから気にしないでください」

 

「ヴィヴィオさん……」

 

ヴィヴィオのやるせない心情は、旗から見ていても丸分かりだった。アインハルトに気にする必要はないと言ってはいるものの、この状況自体、彼女は悲しみに暮れるほかない。

彼女にとって、大好きな人間2人が、本気で喧嘩をしているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「準備はいいのかな? 」

 

「ああ、いつでも」

「そう。それじゃ……」

 

「なぁ〜なのは? らしくねーぞ? 不意打ちなんて、よラァ!! 」

 

なのはと青年の模擬戦の開始直後、青年は突然回転するように左手拳を振り回すと、いつも間にか真後ろに待機してあった魔力スフィアを粉々に砕く。勿論それはなのはが用意した物であったが、青年がそれを砕く事に何の疑問もない様子でじっとなのは青年を見つめる。

そして最初のやりとりがまるでゴングだったかのように、なのははスフィアのみを大量に作り出すとそれを途切れる事なく青年へと撃ち込み始めた。

 

 

「レイジングハートこのまま休まず行くよ! 疲れ切った所で動きを止めて左手を潰す」

 

《オーライ、マイマスター》

 

「くっ!? やっぱり、やり合いたくない相手だよお前は」

 

(お願い……倒れて? これであっけなく倒れてよ。私はただ……ただ)

 

 

かわし、拳でスフィアを砕き、青年はなのはの攻撃を凌いで行く。いくら力を失っているとしてもこの程度はなのはも想定どうりであった、しかし今の彼女は表に出している感情と内に秘めた感情は全く逆であった。

 

 

(ただ君の事を守りたいだけなの! 君の笑顔を取り戻してあげたいだけなの! これ以上、君の苦しむ姿をもう見たくないだけなの!!! だから、だから……っ!? )

 

「うっ、ラァ!!! 」

 

《マスターこれ以上続けても意味はないと思われます。さっきから彼はあの場所から一歩も動いてません。ですので別の手段を実行するのが得策かと》

 

「は……ハハ……弱っていってる? 何言ってたんだろ私。彼の強さなんて……能力云々じゃないってわかってる筈なのに……」

 

 

通常、まともな近接ファイターが相手ならば、なのはの攻撃を左の拳だけで受けきるのは無理があった。手数の差と、何よりその拳のラッシュを維持させるだけの体力が続かない為である。だがこと青年に限ってはこれには当てはまらない。

何故なら青年の戦闘スタイルを支えているのは今も昔もデタラメな諦めの悪さ。かつて不屈のエースオブエースに憧れた彼は、彼女に引けを取らない程諦めが悪い。それにひきかえ、異常とも言える無尽蔵な体力量。彼はもはや左手だけとはいえ、並の格闘家を優に超える強さを有していた。

拳と拳で語るに必要なのは意地と意地のぶつかり合い。つまり青年は生半可な事では決して倒れる事はないのだ。

 

 

「オラァ! はァ! ……はぁはぁ……うっ……バインド!? 」

 

「昔なら……これでも君は倒れなかったと思うけど。今は……ディバイィィィンーー」

 

 

相手の動きを封じ、そこへ砲撃を放つ。なのはの王道とも言える基本的な戦い方だが、なのはは忘れていた。青年の性質……何故青年が今まで戦い抜いてこれたのか、その根本は常識を超えた腕力でも、魔法による特別なものでもない。

 

なのははその事を忘れていた。

 

「バスタぁぁあああああ!!! 」

 

「ふぅー……ふぬっ!? 」

 

 

砲撃が迫る中、青年は固定された自分の手や足を脱力させ、瞬間一気に力を入れた。

するとバインドは青年の力に負け砕け散り、なのはの砲撃を紙一重の所でかわす。

 

そして、砲撃を撃ち終え、ほんの一瞬スキができたなのはの目の前まで一瞬で移動し飛び上がると、力を込めた左拳をなのはに向けて放つ。当然、その間青年の十八番である絶対領域が発動し、なのはは体感で世界が凍りついたのを感じた。

しかしなのはやフェイト、腕の立つ魔導師にとって、絶対領域とは必ずしも絶対的な物ではない。

 

「ウラァ! ……っ!? ちっ、やっぱりか」

 

放った拳はさっきまでなかった筈のなのはのシールドに阻まれ、そのまま左拳を拘束される。今の場所が空中であるが故、飛ぶことができない青年はそのシールドに捕らえられた形でぶらぶらと空中で無防備となった。

 

 

「絶対領域……確かにそれはかわすことができない、ある意味最強の格闘スキルなのかもしれない。でも……空間認識に長けた遠距離魔導師には通用しない。私が昔君の足元にも及ばなかったのは君の拳が『絶対領域を超える事ができた』から。けど今の君はそこまで。その程度……絶対領域の域を超えない。だから……君は私には勝てない! ……レイジングハート、ハイペリオン・スマッシャー!! 」

 

「……たくっ……情けね。惨めになったもんだな本当」

 

 

なのはは今この瞬間に限っては無情だった。青年から少し距離を取り、青年が次の手を打たないうちにさらなる砲撃を放つ。これを見ていた全ての人間はこれで終わりだと思った。青年自身でさえも。

 

 

「でもだからって……」

 

 

だがなのはは忘れていた。

 

 

「負け……られるわけないだろうが! 」

 

「っ!? まだ目に光が……な、何を!? 」

「うぐっ、あああっ! あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ、ウラァあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! 」

 

 

敗北。挫折。悲しみ。痛み。

 

 

追い込まれた時こそ青年は強くなる。そこにあったそびえ立つ巨大な壁を飛び越えるのではなく叩き壊す。破れない壁など青年にはないかのように。

 

今まで彼は超えてきた。

 

誰もが超えられなかった前人未到の領域を。

 

 

ただ戦いに負ける事などさした問題ではない。青年にとって最も我慢できない事は守れない事。

 

 

約束、信念。

 

大切な人間の笑顔。

 

今、青年はたった1人の少女の為に答えを出した。今まで支えてくれたその子の為に負けられない。その子が見ている前では二度と倒れられない。

 

 

「俺は二度と、あいつの見てる前で無様な姿は晒す訳にはねぇんだぁぁああああああああ!! 」

 

「なっ!? 左手の力だけでシールドを砕いた!? で、でももう君にはその砲撃はかわせな……え……」

 

 

何度も何度も何度も……今まで幾千と砕いてきた砲撃。その感覚、感触、タイミング。

すでに遺伝子レベルというまでに刻まれたそれは……力のない青年をここに来て進化させた。

 

「ラァ!!! 」

 

強烈な衝突音と衝撃波。なのはは目を大きく見開く。いや、なのはだけではない。見ている人間全てが色んな想いと理由で言葉を失った。

 

「そんな……まさか……ありえない。力じゃなく……技で砕いたって言う? 馬鹿げてる。人ができる領域を超えて……あ……くっ、認めない。絶対認めない!? 君は化け物なんかじゃない。人……人間なんだから!! 」

 

なのはは目の前の現実を受け入れられなかった。力を失い、自分の砲撃を砕く拳を青年は持ち合わせていないと。勿論それは間違ってはいない。しかしそれを青年は一つの壁として壊し、また一段階進化した。ただそれだけの事だった。

 

 

そう、青年は拳でなのはの砲撃を一撃のもとに砕いてみせた。

 

 

そして……その戦いを見ていた、彼女もまた改めて確信と共に青年について行く。どこまでも迷わずについて行くと今この時決心したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凄い……やはり、やはりそうなんですね。先生……やはり貴方が、私の憧れたあの日のヒーロー。最後の拳……私の憧れです」

 

 




次回もよろしくお願いします。


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第16話【眠れる足のアリス】

ども〜


遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。


今年もちんたら投稿しますので、よろしくお願いします!!!






「らんららん〜ららん〜らら〜 ……ん? お! 見て見てイービルくん!? 駄菓子屋!? 駄菓子屋さんがある!? 」

 

【ダガシ? フー、ダガシッテナンダ? ツヨイノカ? 】

 

「違うよもう〜。駄菓子っていうのは食べ物。甘い物とか。お菓子だよお菓子! って言っても……イービルくんわからないのか……う〜ん。食べさせてあげたいけど……私お金持ってないし……」

 

「ドロボー!? 」

「あれ? ……む〜」

 

なのはと青年が戦っている最中、フーは1人期日までの1ヶ月の間暇つぶしをしていた。

 

普通にミッドの街を徘徊し、見たことない物を見つけては興味津々で目を輝かせる。そんな時、一件の駄菓子屋をフーは見つけた。昔兄である青年に連れてってもらい、どことなく懐かしさを覚えるフー。

しかしその駄菓子屋で強盗が起きた。お店のおばあさんが慌てて追いかけるが、歳が歳で追いつくわけもない。

 

「ハンっ、ババぁに追いつかれるわけが……え……」

「小さい子達の憩いの場でなんて事してるのおじさん? 私……そういうの嫌い、だよ!! 」

 

「ぐあがっ!? 」

 

ドロボーは突然目の前に現れたフーに驚き、さらにそのまま少しむすっとしたフーに回し蹴りを受け、蹴り飛ばされた。だが問題はここからだった。何故なら蹴り飛ばされたドロボーはその一撃で近くの木に激突し、身体中から血が噴き出す。内臓や骨は破壊され、意識すら残ってはいない。周りから悲鳴に似た叫びが列になってこだまし、フーは周りを見ながらキョトンとしていた。やり過ぎているという自覚はなく、自分が気に入らないからただ蹴り飛ばしたという無邪気な理由。彼女にはもうまともな感性など残ってはないない。欲望のまま、自分のしたい事だけをする。それが今の彼女、無邪気な怪物だった。

 

「あれ? ちょっと懲らしめただけなのに……おじさん動かなくなっちゃった。脆いな〜」

 

「お嬢ちゃん、ありがとうね。でもここにいたらいけないよ。早く行きなさい! 」

「え? でも」

 

「いいから。自業自得とは言え、管理局が来たらタダじゃすまないよ? ほら。後これを持ってお行き。私ができる精一杯のお礼だよ」

 

「え、えっと……よくわからないけど……うん。おばあちゃんありがとう! ふ、ふふっふ〜」

 

フーは駄菓子屋のおばあさんの言っている事がよく理解できていなかった。悪い人間を懲らしめて何故自分が悪者にされるのか。しかし、おばあさんに悪意は感じられず、お土産とばかりに駄菓子を袋で貰ったフーは、おばあさんの言う通りに鼻歌を歌いながらその場から離れる。

するとその直後だった、通報を受け、ギンガがそこへやってきた。でもそこにフーはいない。

 

幸運か不運か。フーの顔を知っているギンガは後一歩の所で今起ころうとしている事態に気づく所だったが、その機会は失われる。何故なら駄菓子屋のおばあさんがフーの事を隠した為である。後唯一真実を知る人間は現場に残された瀕死になった強盗犯1人だけだった。

 

また、さっきいた場所でどんな騒ぎになっているかもわかっていないフーは、貰った駄菓子を食べながらある物を見つけていた。それはある家の外に置かれていた綺麗に束ねられた読み終えた雑誌。週刊コミックとも言える物だった。

 

「こふぇ〜なんらろう? 」

 

口に駄菓子をくわえ、フーはその本を手に取ると、静かに読み始める。しかし急に興奮気味に声を上げ始めるとその本に夢中になり始めた。

 

「ん〜ん〜お? おおっ!? ふーっふっー……ほふぇ〜」

 

その場に座りながら前のめりになり、興奮が増すごとに顔を赤く染めながら最後には頭がオーバーヒートしたのかポンっと頭から蒸気が発生したかのように顔をこれ以上ないくらい真っ赤にしながら惚けた。

 

これは殺し合いしか楽しみを覚えていない彼女が後々救われる一つの分岐点だった。同じ歳くらいの友達もおらず、仲のいい親友もいない。そんな彼女がこの本を見た事は運命に他ならない。ならばそこまで言えるこの本の内容は誰もが知りたくなる所だろう。

 

だが、あえてその内容はここでは語らない。

 

 

代わりに最も分かりやすい物がこの場にはもう一つあるからだ。それはフーがもたれかかっている塀に付けられている表札。

 

 

そこに書かれている名を聞けば、このゴミに出されていた本がどんな内容なのか、大方見当がつくだろう。

 

 

だからここではあえて、その名だけを……出しておく事で幕引きとする。

 

 

 

その表札に書かれた名は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ティミル』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、なのはと青年は砲撃を放ち砕きの意地の張り合いを続けていた。青年がなのはの砲撃を砕いてからはなのはも完全に抑えが効かなくなり、ひっきりなしに砲撃を放ち続ける。

 

 

「ディバインバスタぁぁああああああああ!! ディバインバスター! ディバインバスタ! ディバイ……バスタ! ディバスタ! バスタ! バスタバスタバスタ、バスタぁぁぁああああああ!!! 」

 

《マスター落ち着いてください!? 》

 

 

「うっラァ!! ウラっ! ウラウラウラ!!! っておい!? いい加減にしろ!? もうほとんど技名省略してんじゃねーか!? 」

「う、うるさいの! 君なんて一文字だよ! 一文字、これで十分なんだから! ダぁぁあああああああああああ!!! 」

 

「い゛!? もうただビーム撃ってるだけだそれ!? オっ、るらぁぁあ!!! 」

 

 

一見シリアスになっていた場の空気から一転、その場にいたみんなはいつも間にか呆れ果てた目で2人を見ていた。どうしてこうまで噛み合わず、仲違いをするのか。しかも、知らないうちに目的を忘れ、違う戦いになっている。そんな2人をヴィヴィオはどこか安心したような面持ちで見ていた。

 

まだ望みはある。

 

 

(なのはママ……お兄さんが心配なだけなんだ。薄々分かってはいたけど……だったら、仲良くなれる未来だって絶対)

 

しかしそれが上手く行くほど、なのはと青年の信念は緩いものではない。2人の覚悟は何よりも強い。誰よりも互いを護りたいと思い決別した物同士。

分かり合える。そんな事は断じてなかった。

 

誰も、2人の心の内にある絶対の信念を知らない。その意味とその覚悟を。

 

 

守る為に相手を嫌う。これは生半可な覚悟ではない。青年にしてもなのはにしても根っこは同じでもそれは圧倒的に違う物があった。

 

誰も知らない。当事者のなのはと青年でさえ、相手の心の内はわからない。だからこそ、2人は現状相容れない。どこまでも平行線ですれ違う。

 

 

本当は誰よりも互いを大切に思っているのに。

 

 

「はぁはぁ……ちっ! このままじゃラチがあかないな」

 

 

「はっ、はぁ、はぁ……ほんっとしつこい! 君はゴキブリの生まれ変わりなんじゃないかな? 」

 

 

流石の青年もここまで激しい戦闘になると呼吸が乱れ、息を切らす。いつのまにか、埋まらない筈の差は消え、ほぼ互角と言っていいほどに2人は拮抗し始めていた。ただ、このまま続ければ、間違いなく負けるのは青年あろう。何故ならなのははスタンダードな砲撃以外は使用していない。互角といっても意地になっているだけで、少しトリッキーな戦術を取れば青年を堕とす事くらいわけないからだ。

 

 

「もう遊びは終わりだよ。次は……絶対に堕とす」

 

「あ? っ!? ……ちょっ!? おまっ、たかが1人にどんだけバインドかけてんだ!? ぐっ!? うぐっ!? 」

 

 

なのはの目から光が消え、ほんの少しマジになったなのはは青年の両手両足をバインドで固定して、さらにその後チェーンバインドの類でグルグル巻きにし、果てはクリスタルゲージ完全に動きを封じ込めるという力技に出た。

いかに青年の力が強くてもこれは逃れようがない。けど青年はまだ諦めていない。必死にもがき、何とか抜け出そうと悪あがきを始める。

 

「クソっ、外れねっ!? 」

 

「無駄だよ……君の力がどこまでかなんて、もう把握してるから。私が闇雲に砲撃を撃ってたとでも思ってた? 甘いよ。だからそれからは抜け出せない。この場に散った魔力も十分……覚悟はいい? 君にはひどい事するようだけど……これで君はもう戦えない。二度と! 」

 

ギリギリと杖を力強く握りしめ、なのはは集束砲の準備に入った。狙いを青年の左手に定め、外気に大量に散布された魔力が、大きくなのはの元へ集まり始める。

 

「ちっ……あれくらったら流石にだな……でもかと言ってどうすりゃ」

 

「スターライトぉぉぉ」

 

「ダメかっ!? 」

《うるさいなぁ……》

 

 

青年がこれ以上ないピンチの時、その声は聞こえた。青年はすぐにその声が何かに気づく。そう、寝ていたアリスだった。彼女は青年となのはの戦闘があまりに激しかったため、無理やり叩き起こされてしまったのだ。しかもその事でかなり御機嫌斜めになっていたアリスは最初に青年と会話をした時とは比べのものにならない程青年に対して攻撃的な悪態をつき始める。

 

 

「え……ア、アリス!? おまっ、今頃起きて」

《人が気持ちよく寝てるのに、ドンぱちドンぱちうるさい!! 》

 

「勝手に寝てたお前が悪いんだろ!? っていうか今そんな事言ってる」

《は? これ以上重要な問題なんかないんですけど? てか空中で砲撃準備してる奴の事言ってるんだったら論外。もう少し頭使ったら? あ、そっか。使える頭ないんだもんね。髪の毛と一緒で。ごめんごめん》

 

「くっ、相変わらず口の悪いデバイスだな! ふざけんなテメェ!? 見ろよ、どうしろってんだ!? 」

 

《はぁ〜めんどい……魔力資質解析……逆集束システム……リリ〜ス……はぁ〜超〜だり〜》

 

 

「っ!? え……な、何……これ……なっ!? 」

 

《マスター、集束に干渉されました!? スターライトブレイカーを放つ為の出力が出ません》

 

ルーテシアの作ったデバイスは彼女の想定していた性能を軽く超え、今目の前で常識を外れた事をし始める。

 

本来、集束砲撃の準備段階で邪魔はできても、その魔法自体に干渉する事は出来なかった。いや、考えもしなかった事だろう。アリスがやったのはAMFなどの魔法を妨害する行為ではない。

 

アリスはなのはが集束した魔力。これの回転を逆にした。つまりなのはの元へ集まってくるはずの魔力を逆回転にするシステム干渉でなのはの集めた魔力を自分の元へ集め始め、なのはの集束魔法を完全に無力化したのだ。

 

 

「し、集束魔法に干渉って……こんな事できるわけが!? 」

 

 

「アリス……お前…………」

 

《分かった? 今の問題はあいつじゃない。私の眠りを邪魔した事。わかる? いくらハゲでもこれぐらいは理解してよね! すっごく不愉快。ハゲ! バカ! アホマヌケ! 》

 

「て、てんめぇぇ……いい加減にしろゴラ゛ぁぁぁああああああ!? 」

《うるさい! バーカバーカ! 》

 

 

アリスと青年。2人はなのはとの戦闘中と言うことも忘れて互いに口喧嘩を始める。2人はソリが全く合わないようで、その喧嘩はどこまでも止まることがなかった。

 

「じ、自分の足と喧嘩してる……」

 

《マスター、あのデバイスは私やバルディッシュのようなデバイスとは異なるようです》

 

「それってどういう事? 」

 

《解析の結果、普通のデバイスにない物が組み込まれています。自立型の魔力集束エンジン。おそらく魔力のない彼を考慮しての物だと思われますが、どう言うわけかエンジン内部の集束率がルーテシアの想定していた数値の100倍以上の性能が出ています。とすれば今の事を考慮して、あの子が理論上可能な事は……》

 

 

「せ、戦闘中の魔導師が体外へ放出した魔力全てを吸収して無力化できる……それって彼の戦闘スタイルと併用したら完全な魔導師キラーなんじゃ……(ううん。それ以前にあの子の能力は危険だ。もしその情報がテロリストに漏れでもしたら……彼が狙われる)」

 

なのはは現状の勝負なんかより重大な問題に気づいてしまう。だがそれはなのはだけではない。フェイトや管理局に勤めている誰もがその事を思った事だろう。

 

偶然生まれたアリス。その存在の危うさに。

 

ただ本人はそんな事全く気にもしていない。それを所持している青年も。

 

しかしアリスの性能は開発したルーテシアでさえ把握できないほど飛び抜けて、バグっていた。魔力を吸収して相手の魔法を無力化。これだけならば攻撃力のないアリスは相手の邪魔しかできない。でもそれは間違いだった。なのは達が思い違いをしている攻撃力の無さ。だからこそ仮にテロリストに狙われた場合、抵抗しようのないアリスは青年に守ってもらう他に方法がない。その為彼女達は彼が危険な目にあうのではと感じているのだが、それはアリスの性能を理解していないが為に起こる仕方のない勘違いだった。

 

 

何故なら……

 

「このっ、ぶっ壊すぞお前!!! 」

《は? ハゲが私に勝てるとでも思ってるの? 片手もないのに偉そうにしないでくれない? 私がいないと満足に歩く事もでいないじゃん! ぷっ、ダサ〜。へへっ、バーカバーカ! ハゲ! このハゲハゲ! 》

 

 

「こぬっやろぉぉ……」

《もういいや。私眠いから静かにして! 集束魔力放出……》

 

「もうあったまきた、1発ぶん殴って……は? い゛っ!? ちょっおまっ、何して!? うがっ、あばばばばばばばばっ!? 」

 

 

 

何故なら彼女は、ある条件下では無類の攻防を誇るむしろ攻撃特化のデバイスなのだから。

 

 

《私だけの世界》

 

「あれ……は? えっ!? 」

《マスター退避してください!? 》

 

アリスが何かを呟いた時、アリスを中心に黒い半円状の空間が大きく拡大し、その瞬間なのはと青年はその空間に呑み込まれる。

 

 

 

そして……青年の意識はブラックアウトした。

 

 

 

 

 




次回もよろしくお願いします。


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第17話【認識の先に】

ども〜

ご無沙汰しております!


ではではよろしくお願いします。


なのはと青年の意地の張り合いがアリスの暴走によって幕を閉じた日の夜。丁度夕食の時間に青年は目を覚ました。

 

ぼーっとする意識の中、何が起きたかを冷静に考え、アリスの仕業と思い出す青年。そして彼はゆっくり上半身を起こすと軽く自分の義足を叩く。ただその表情は怒りではなく、出来の悪い妹でも見るかのような穏やかなものであった。

 

「最初は気に入らなかったが……ここまでくると逆に親近感が湧いてくるな。普通のデバイスと相手をしているよりなんかにぎやかで悪くない」

「お兄さ〜あ!? 良かった起きたんだ。もうご飯だから行こ? 身体はなんとも……ないよね? 」

 

「ああ。わざわざサンキューなヴィヴィオ」

 

「なんの! お兄さんの為なら例え火の中水の中ジャブの中〜お安いご用ですぜぇ〜」

 

「どんなテンションだよそれ……」

 

 

1人物思いにふけっている青年を夕食に呼びに来たヴィヴィオが連れ出しみんなのいる場所へと手を引っ張る。子供ながらの無邪気さからか、青年と手を繋いでいることすらこの時はあまり気にしていなかった。その好意を向けられている青年以外は……

 

 

(うっ……ってアホか俺は!? 初等部の女の子に手を引かれて何を顔を熱くしてるんだ!? 相手は……子)

「えへへ〜お兄さんの手大きいね」

 

「@¥&/:?!!? 」

 

ヴィヴィオと2人で歩くほんの僅かな時間。青年は不覚にも心を乱されていた。スバルに告げた覚悟と想いがそうさせるのか、青年は初等科の子供に対してドキドキさせられている。

これは彼が一歩を踏み出しているとも言えるし、ある意味下がっているとも言えた。

 

今日まで彼女の好意を青年は真っ向から直視したことはない。子供の振りまく無邪気な物だと流していただけに、再度見直すとヴィヴィオが可愛くて仕方がなかった。

 

(このまま俺は護っていけるのだろうか。ヴィヴィオを……それに……)

 

手を引かれながら、青年はミッドチルダの何処かにいるであろうフーの事を思い返した。話を聞いてくれるならば迷う事なく青年はそうするだろう。しかし相手は言葉の通じない相手。彼女の望みが殺し合いであるが故の避けられない道。だから青年は覚悟していた。例え自分が力を取り戻し、妹を超えることが可能であっても、血を流す事は避ける事は出来ない。

 

そして何より、今一度実の妹をその手にかけるという行為……その宿命が青年を苦しめる。

 

【んふふ。ヴィヴィオちゃんは本当に良い子ね〜私妬いちゃうわ〜】

 

「っ!? 」

「おっとと!? へ? ……お、お兄さん? 」

 

青年は聞き覚えのある頭を響くような声に後ろを振り向いた。青年が突然止まったことでその手を引いているヴィヴィオも逆に引っ張られる形で止まらざるおえない。だが青年の見ている方を見てもヴィヴィオには青年の姿しか見えておらず、何故青年が止まったのか理解できないでいた。

 

でも……青年の目は違った。

 

彼には見えている。緑色の長い髪をした白いワンピースの少女の姿が。

 

「お前……」

 

【もうっ、そんな怖い顔しないでよ。調子が良かったからでてきただけでしょ? それともお邪魔だった? ふふ】

「そんな事はどうでもいい!! あれはなんだ!? どうしてフーは生きている!? あいつは俺が殺したんだぞ!!!

 

「お、お兄さん急にどうしたの!? そこ……誰もいないよ? も、もしまだ具合が悪いなら……え…………(お兄さんの右目……金色……き、気の……せい? でもお兄さんの病気はもう治ってる……筈……だよ? )」

 

ヴィヴィオは突然大声を出し始めた青年に驚きその顔を下から覗き込んだ。すると青年の右目は金色に輝き、ヴィヴィオはそれを見て固まり、困惑した。彼女にとって青年の目の色は一種のトラウマだった。彼がみんなの前から消えようとしたキッカケにしてヴィヴィオが忌み嫌う最も憎むべき存在。イービル因子。

青年やなのは達からはもう完全に治ったと聞かされていたヴィヴィオは今見ている青年の状態が信じられない。いや、もはや考えたくもない事だった。夢なら覚めてくれと心の中で必死に叫び、ヴィヴィオは震え始めた手で青年の手を再度必死に握る。これ以上ないくらい力を入れ、青年がどこへも行かないように、繋ぎ止めるように彼の手を握った。でも不思議とヴィヴィオはその手に力を感じない。心のどこかで青年がいなくなるという恐怖を増大させてしまっている為、その恐怖に支配されたヴィヴィオの身体が言う事をきいてくれないのだ。

 

「はぁ……はぁ……はぁはぁっ……ぃ……ゃ……やぁ………」

 

いつの間にか呼吸を忘れ、その目からは熱い雫が滴り始める。自分でも全く制御できないヴィヴィオの闇。青年を失うというこれ以上ないくらいの恐怖だ。

 

「ぃっ……ちゃ……やぁ……ゃ……」

 

 

【知ってどうするの? そんな物は今後の戦いの邪……あら? んふふ。そろそろ消えるわ? 苦しそうよ? そ・の・子】

 

「何……っ!? ヴィ、ヴィヴィオ!? おい、どうした!? 」

【しっかり気にかけてあげないと。可愛い可愛い女の子なんだから】

 

「ちっ! 貴様!? 」

 

【あら? 私の所為みたいに睨まないでよ。私何にもしてないし。それじゃ〜ね? あ! これだけは言っといてあげるわ? 今の彼女はもう失敗作じゃない。私と……貴方と同等の存在。新しく生まれた同胞といってもいい。だから……はやく『認め』なさい? じゃないと……んふふ。んふふふふ。あふははは〜! み〜んな! 死んじゃうわよ? 】

「認める? 一体何をだ!? ……消え……クソっ!! 」

 

青年がヴィヴィオから少女へ視線を戻すとそこにはもう彼女はいなかった。そして、だいぶ落ち着いたヴィヴィオを左手で抱えるとそのままみんなのいる大広間へと向かった青年だったのだが、そこでまたもやあらぬ疑いをかけられる。

これはもう伝統芸ともいっていいのだろうが、青年が大広間に入るなり、その腰にはレイジングハートが突きつけられた。少しため息をつき、青年はそれを突きつけている人間をジト目で見つめる。

 

「言いたくないが? まさか勘違いしてないか? 」

 

「勘違い? ふふ、うふふ! 何をかな? 私はただ、人の娘をたぶらかしてその毒牙にかけた不届き者のロリコン野郎を殺そうとしてるだけだよ? 」

 

「やっぱり勘違いしてるじゃねーか。俺はただ、ヴィヴィオが具合悪くなったから抱えて連れてきただけで、他意は別に……な? ヴィ……」

「はぁ、はぁ……おにいしゃん!? ひょんな〜えへへ〜これ以上激しいころなんれ〜ウヘヘ〜」

 

「…………」

「い、いや!? 待てなのは! なんでかわかんねーけどこいつ今頭トリップしてるだけだから!? マジで何もしてない!? 本当に! ガチで! 」

 

「はぁ……もういい。はやく夕飯食べよ? みんな待ってたんだから」

 

「……あ、ああ。悪いな待たせて」

 

この時、なのはは驚くほどあっさり突きつけたレイジングハートを下ろした。そして、むくれながら席まで戻る。青年は軽く砲撃を覚悟していただけに少し唖然としていたが、みんなが待っていたと言われるとすぐに席につく。こうして全員で食事が始まった。

 

ただ青年はこの夕食で嫌でも実感する。自分が求めていた物が力であるのならば、それは確実に人をやめなければならない事だという事を。何故なら、青年の力が覚醒し始めた事で、青年すら忘れていたある変化が自身の身体に起きていた。

 

「お兄さん飲み物持ってきたよ? 飲むでしょ? 」

 

「ああ、ありがとうヴィヴィオ。頂くよ」

 

そもそも何故、4年前に絶対の硬度を誇っていた筈の青年が左足を失ってしまったのか。本来であればその身体には傷一つつかない筈であった。無敵にして最強。一時期はバケモノとまで言われた青年。しかし青年の宿しているイービルΩと呼ばれる個体は決して全知全能ではなかったのだ。

 

たった一つ、イービルΩには弱点と呼ばれるものがあった。

 

「それワン兄が好きかと思って用意してたのよ? ほら、パッケージにフィストって書いてあるでしょ? 拳って」

 

「なんだそりゃ……ま、俺の為と言うならなんでも悪い気はしないさ。どれ……ぐびっ……ごくっ……うっ、ブハッ!? 」

「キャぁぁ!? ちょ、ちょっとあんた汚いじゃないのよ!? あぁ……私の肉が……なにしてくれてんの!? はぁ……たくっ! 代わりにあんたのに……く……っ!? 」

 

「ごほっ!? ごほっ、ごほっ!? わ、悪い……肉ならやるよ。悪かったな。うぷっ!? お、俺ちょっとトイレ」

 

ただルーテシアが青年が好きそうなタイトルを選んで用意してただけのお酒。勿論毒など入っているわけはない。だが、青年はそのお酒を一口飲んだ瞬間、顔色を変え向かい合っていたティアナの食事へとそのお酒を吹き出した。当たり前だが、自分のメインを台無しにされティアナが怒らないわけはなかったが、丁度青年が席を立つ瞬間目の前にいた彼女だからこそ気づいた。

 

青年の右目がぼんやりと金色に変色してきている事を。

 

 

「ヴィヴィオ? ワン兄お酒ダメだったっけ? 」

 

「ううん。私がお兄さんの家に遊びに行く時はたまに空き缶が置いてあるから普通に飲めるはずだけど……まだ具合悪いのかな? 」

 

「はぁ〜私もちょっとトイレ。まったく、最悪よ! 」

「あはは……ティア災難だったね」

 

〔ティアナ、ワンの事お願い〕

 

〔分かってます。フェイトさん〕

 

青年がトイレに移動した後、そのあとをティアナが追いかけるようにトイレへと向かった。なのはやヴィヴィオ達に気を使いながら他の人間には怪しまれないよう、自然な形でトイレへと向かう。ただこの時フェイトだけはティアナと同じく青年の状態を理解している為、念話とアイコンタクトでティアナに青年を任せた。

 

そして青年が入った男子用のトイレの前で、ティアナは足を止める。青年にバレないようにとまったのではない。驚いて彼女は足を止めた。それは青年が入ったトイレの横の壁が抉られるように砕けていたからである。それも殴ったというよりは何かで押し砕いたような跡で、ティアナは恐る恐るそのトイレの中へ入るとそこには更に目を疑う事があった。

 

青年がまるで誰かと会話をするように1人で喋っていたからである。

 

【ふふ、大丈夫? 】

 

「て、てめぇ……一体どういう」

 

【あれ? もしかして忘れてるの? 愚かねぇ? 自分がどうしてあの子に。ヴィヴィオちゃんに左足をもっていかれたか、本当に忘れてるの? 何故その足を引き千切られたか? あふふふ! 覚えてないと言うの? 】

 

(誰と話してるのよ……ここにはあいつ1人しか……っ!? な、なな何……何なのよあれ!? )

 

ティアナはそっと青年の様子をうかがっていた。しかし不意に青年の横に目をやるとそこには信じられない光景があった。青年の視線の先。そこには確かに誰もいない筈なのに、ティアナの目には映っていない筈なのに。その鏡の中には青年の他にもう1人いた。

 

緑髪の恐ろしく長いストレートの髪型をした宙に浮くワンピースの少女。目は青く澄みきって見えるのに口元は狂気に歪んでいる。ティアナにはその少女がバケモノ以外の何物にも見えなかった。ただ普通に会話をしているように見えても彼女にはそれが正気の沙汰とは思えない。青年が普通にしている事が常軌を逸しているのだ。彼女からすれば鏡の中でのみ見える少女が放つ人間とは異質の気配と魔力は恐怖の対象でしかない。

 

睨まれただけで自分が死ぬ未来……走馬灯が見えるかのような邪悪で鋭く突き刺さる殺気。ティアナは少女の姿を見ただけで両足をガクガクと震わせ自分が経験したことのないような恐怖を体感していた。

自分の本能がその存在を否定し、あれは敵だと訴える。故にティアナはこの時初めて理解した。スカリエッティが言っていた人類の敵。例外などないその存在。青年に取り付いている物は正真正銘の怪物である事を。

 

(はぁ、はぁ……ひっ!? こ、怖い……何よ。何なのよあれ!? やだ……怖い……震えがと、止まらない。あ、あんなの……人の中に入っていていいものじゃない)

 

「ふざけんな!? 俺はそんな事なんか」

【そんな事? これから自分の弱点になる事をそんな事? 】

 

「何!? 」

 

【ハッキリ言ってあげる。私達の種族はアルコールに極端に弱い。直接体内に摂取しなくても触れただけで力が落ちる程にね? ま、もう少しでそんな事もなくなるわけだけど? ふふ。でも本当に貴方って素敵。どこまで私を喜ばせてくれるの? 】

 

イービルΩの唯一無二の弱点。それはアルコールだ。青年は力を取り戻しつつあるが、それと同時にその弱点も有効になってきていた。4年前、青年はその弱点を突かれ、左足を失い、もう少しで死ぬ所まで追い詰められた。だからこそこの話を青年は無視できないでいた。青年の中で覚悟が変わっているが故。

 

 

「お前……一体何が目的だ」

 

【目的? 何度も言わせないでよ。私は生きたいの! 生を感じたい。いつまでもいつまでも感じていたい。だからもっと感じさせて? 貴方の中は心地いい。感情が豊かで激しい……んふっんあっ!? たまらないのぉ〜! だからもっと……もっと……もっと感じさせてぇ〜っ!? 】

 

 

青年とイービルΩ、その2人の存在が真の意味で問題視されるのはそう遠くない未来になる。何故ならどんな理由にせよ、青年とイービルΩは互いにどこまでも相性がズバ抜けていたからだ。

 

種族の違う2人。一見相容れないようだがこの2人に限ってはそれにはあてはならない。表面上は否定していても心の底では青年自身理解していたからだ。自分が何を望み。過去に何を願ったのか。

 

 

「くっ……俺は……お前など……ハッ!? 誰だ!? 」

「っ!? う、動かないで!! ひぐっ、ぁぅ……ぅ……」

 

 

「ティアナ……お、お前一体何のつもりだ!? 仕返しにしたってそれはやり過ぎ」

「そんなんじゃない!? クロスミラージュ!! 」

《非殺傷設定解除》

 

 

興奮していた青年がやっとティアナに気づき、声を出した瞬間、ティアナは涙を浮かべながらクロスミラージュを構え青年の前に出た。しかも非殺傷設定を解除し、震える手を必死に維持しながら本気で青年を殺そうと狙いを定める。

 

「ぁ、あんたが悪い゛ん゛じゃない゛!? それは分かって゛る゛!? でも゛……でも゛ぉ……『まだ人間』の今な゛ら゛! 人として殺してあげられる゛い゛ま゛……なら゛、今しかな゛いの゛よ!? だから……だがら゛ぁぁ……ゆる……して……こんな事しか……してあげられない゛。無力な私を……許してぇ…………う゛っ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!? 」

 

 

「よせティアナ!? 撃つな!? (ダメだ、間に合わない)」

 

【ふふ……なるほど〜鏡……か。私の事……認識しちゃった? 声は聞こえてないみたいだけど……なら、そうなるのも仕方ないかな〜。でもね? 今騒がれてまた愛しの宿ぬし様独りにされると困るんだよねぇ〜? い・ま・は、ね? だからさ〜? 『死になさい』? ティアナ・ランスター! 】

 

「っ!? 待て、お前何を!? 」

 

「え……」

 

 

イービルΩが怯えるティアナを嘲笑うかのようにニタリと笑みを浮かべ、横にいる青年には気づかれないように高速で魔力を自身へ収束させるとそれをドス黒い魔力光と見たこともない魔法陣と共に解き放つ。

 

当然遅れながらも青年はそれに気づいたが、その時にはすでに遅く、それはティアナと青年を包み込むと跡形もなく2人をトイレから消失させた。

 

 

【顕現結界……《死の海ー朧ー》…………】

 




再度どうも〜

いかがでしたでしょうか。今回は少しイービルΩの闇に触れて終わりですが、さぁ〜さぁ〜果たしてイービルΩの真の心の内はいかに!?

なんて……言って見たかっただけです、すいません。

そして次回はなんと!?

リオがっ、ごほっごほっ!?

いけないいけない……これは言ってはいけない事でした。

ではでは〜次回もよろしくお願いします。





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第18話【少女の悲願】

ども〜


毎度遅くなっております。


ではでは〜よろしくお願いします!


「ハッ!? ……ここ……は? うっ!? ……さ、寒い……それに、あいつはどこに? 」

 

気がつくと、ドス黒く全てが漆黒に包まれた世界……その浜辺にティアナはいた。そこでは全てが黒く、暗く、何より冷え切っていた。

 

山も海も森も……花も、はたまたティアナの真上に広がる空でさえ……全てが漆黒の空間。彼女の体感では死の国といっても表現としては間違っていない。ここにいる存在全てが死んでいるような、そんな空間だった。

 

「これがあのバケモノが創り出した空間なのだとしたら……ぁ……か、考えただけで……悍ましずぎるわよ……早くあいつを見つけ」

【どこに行こうと言うの? ティアナランスター? 】

 

「っ!? ……ぁ……ぃ……」

 

ティアナは突然背後から聞こえた声に驚き振り向くと、その瞬間言葉を失った。そこには鏡の中でしか見えていなかった緑髪の少女が立っていたのだ。しかも、気がつくとティアナは少女に自分の手を掴まれている。ティアナが少女を確認して、少なくても2人の距離は5メートル以上は離れていた。

しかしティアナが恐怖でほんの一回まばたきした瞬間、少女はティアナの目の前に移動し、彼女の手を掴んでいたのだ。

 

「ひっ!? ぃ……いやぁぁあああああああああああああ!? 」

 

自分に触れられている。実体が目の前の怪物にはある。これによりティアナの恐怖はもう限界を超えてしまい、逃げなければいけない状況で腰を抜かしてその場に崩れ落ちる。

 

涙を流し、唇を震わせ……手や足、やがて全身を震わせ始める。そんな彼女をイービルΩは無表情で口元だけ笑みを見せ、ティアナの両手を彼女の胸元へ寄せながら自分の両手で包み込んだ。

 

「ゆる……してぇ……く……ださい………」

【あらあら? どうしたの? そんなに震えて? 私は貴方の手を握ってるだけよ? それにそんな丁寧な懇願なんて貴方らしくもない。それとも……私には生意気な言葉を吐けない? うふふ、可愛いぃ〜? 】

 

「ぁ……ぃゃ……し、死にたく……なぃ……」

 

【だぁ〜め! 貴方をここで殺さないと都合が悪いんだもん。貴方は私を認識してしまった……だから邪魔になる。けどそうね? ただ死ぬのも……貴方は嫌だよね? 】

 

「え? 」

 

【冥土の土産にいい事教えてあ・げ・る】

 

そう言うと少女はティアナの耳元まで顔を近づけ、細々と小さくハッキリした声でティアナに話し始める。だが、その内容を聞くたびに、それを頭が理解していく度にティアナは正気を失いそうな程の感情に支配された。

 

 

 

 

 

 

 

狂気。

 

 

 

 

 

 

何より少女の存在はティアナの理解を完全に超えていた。これから起こすであろう行動、その思考が理解できない。だから彼女は細く流れていた涙を徐々に増やし、いい大人が大粒の涙を流す。泣き喚き、それ聞く度に少女は笑う。満面の笑みをこぼしながら喜びという感情に浸る。

 

 

【人間って面白いの……人はどうして何年、何百年経っても変わらないと思う? その形や考え方。草木を殺し、他の生物を喰らい……自分より何倍も強い存在でさえ、高度な知恵で殺す。ふふ、これはどんなに時が経っても変わらない。人間の強さと残酷さ。どんな生物でさえ、多種族を滅ぼさないと生きていけない。弱い種族が滅びる。私の種族がそうだったようにね? だから……次は貴方達の番】

 

「ぃ……ひぐっ……ぃゃら……」

【私は生きたい。生きて生きて……どんな手を使ってでも生きて生きて、生き続ける。でも……私は今幸せ。アッハハ、わかる? 私がこの数百、数千年で今何が一番の幸せなのか? 私の愛しの宿ぬし様と出会えたからよ? 今まで誰1人としていなかった……純粋に私と同じ願いだけを願った人間は。だから……私にとっては彼の存在はチャンスってわけ。うふふ、あっははは! ……今度は私が滅ぼしてあげる。私達は貴方達人間に滅ぼされたんだから……文句なんてないでしょ? ないよね? そしてね? 私は私の種族を繁栄させるんだぁ〜。でも安心して? その為には彼が必要だから……彼と私のこ・ど・もを作る為にね? 】

 

「う、うわぁぁ……い゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁっ……」

 

 

【泣き叫んだってダメよ? ふふ、人類は滅びるけど血は絶えないわ? だって彼がいるもの。私と彼の子供だって立派な……『新人類』と呼べるでしょ? それが例えどんな存在であっても……ね? さて、お喋りが過ぎたわ。そろそろ殺してあげる】

 

少女は笑ってない目で怯えるティアナを見つめながら拳を握り、狂気で口元を緩ませる。ティアナは恐怖でおかしくなりながらも完全に理解した。スカリエッティの言っていた事は現実のそれで、もはや一刻の猶予もない。誰にも悟られずに動き出していた怪物は人知れず力を蓄えていたのだ。

 

人を……人間を滅ぼす為に。

 

 

同種族がいないイービルΩはもはや死に行くしかない。だが、人類という生きる為に必要な共存種でありながら1番の天敵を排除する事で、彼女の目的は果たされる。

彼女の行動目的は生きる事だからだ。しかしそれは何も自分がという意味だけではない。イービルΩという存在がこの世から絶えず生き続ける。

 

種の繁栄。それが彼女の最大にして最後の悲願だった。嫌いになりたくなくても憎い。生きる為に必要な存在であっても許さない。彼女の中で、人類は完全に仇敵になっていた。

 

 

【アンリミッド……リブート】

 

「ぁ……ぅ……おね……がい」

 

【はい? 】

 

イービルΩの右拳が蒼く光り、まるで何かを吸収して渦巻くように段々と大きくなる。そしてそれを見たティアナは少し俯くと、自分を諦め覚悟を決めた。自分にできる最後の命乞いをする為に。

 

【なに? また許してくれとでも言うの? ふふ、愚かね? くどいよ! 貴方は死ぬ! この世からチリも残らない程に】

 

「私だけ……」

 

【は? 自分だけ助けてくれとでも言うの? 興醒め……そこまでつまらない人間だとは思わなかっ】

「殺すなら殺しなさい! でも私だけにして! 私だけで終わらせて!? お願い! 他のみんなには……仲間に手を出さないで!? 」

 

【っ!? ……は……はは……あは! あっはははは!! 】

 

少女を見る真っ直ぐな眼差し。ティアナが恐怖しながらも覚悟を決め、最後の抵抗を見せた。イービルΩはその覚悟を真っ向から受け、思わず笑みをこぼし、堪えきれずに吹き出し笑う。

 

だがそれは決して馬鹿にしてなどではなかった。

 

何故ならイービルΩ……彼女自身、その覚悟を尊重するだけの慈悲は持ち合わせている。彼女が憎むべきは人間であってティアナではない。彼女もそれはよくわかっていた。

 

【は〜あ! ごめんごめん。思わず笑っちゃった。貴方を尊敬するわ! ティアナ・ランスター? ここまで恐怖しながら…最後に仲間の命を願うなんて。……オメガ……】

 

 

「え? 」

 

【オメガ・イービルルゥス・ジェノサイドルーパー……それが私の名前。ティアナ……貴方に敬意を表し、私の名と……せめて痛みを感じさせずに殺してあげるわ! それが私からの唯一できる……優しさ】

 

 

少女はそう言うと、今まで見せたことない程優しい顔をし、蒼く渦巻く右手を再び構え、それをティアナへと振り下ろした。

 

拳が通った大気は死に……風すら起こらない。ティアナはその光を見ているだけで何をしても自分は死ぬのだと悟った。目を閉じ、外の世界にいるであろう仲間の事を考え、もう涙すら流さない。

 

【物理分解……パラドックス・ジェノ・インパクト! 】

 

「みんな……」

【……っ!? え…………】

 

音もなく、また衝撃もない。ティアナはイービルΩの抜けた声と共に目を見開いた。しかし目の前の状況が信じられず、その目から再び涙を流す。

 

恐怖や後悔ではない。喜びと言われればそれもまた違う。

 

それは圧倒的な安堵による涙であった。

 

「ワン……せん……ぱい」

 

「あ? なんだ? お前らしくもない。久々に聞いたよお前の口から先輩だなんて」

 

イービルΩの拳による一撃。でもそれはどこからか現れた青年の左手の中に吸い込まれていた。拳を放った少女は驚いて固まり、青年もティアナに先輩と言われ信じられないような顔をする。

 

【どうやって……隔離した結界から】

 

「あ? 拳で叩き壊したわ、そんなもん。それより……あんま俺の後輩イジメんなよ」

 

【イジメる? ふふ、私は殺そうとしたのよ? それをイジメる? 甘い。甘いよ。そんなんだから……貴方は強くなりきれないんじゃない! 】

 

「確かに俺は強くなんてない。俺の強さなんて、ほとんどお前の力だしな。だがな? 力に溺れて……誰かを殺すよりは……ずっといいと俺は思ってる。お前の事は気に入らないが……感謝はしてるんだぜ? 今まで……多くの命を守れた。助けられた。それはお前の力があったからだ。だから……もうやめてくれ。俺の前で……仲間を傷つけないでくれ」

 

【なら……止めてみればいい。貴方を殺すわけにはいかないけど……思い知らせる事はできる。貴方は愚かなのよ……優しすぎるの。貴方の中にいる私は……貴方の感情をダイレクトに感じ取れる。だからこそ納得できない部分はある……せっかくだから言ってみなさいよ。私が納得してないその感情。私に対する想い! ぶつけてみろぉおお!!! 】

 

 

少女は青年に拳を掴まれたまま体を回転させ、ガードする手段のない青年の右側へと回し蹴りを放った。まるで集束砲を放ったかのような衝撃とそれによる砂埃。青年の姿はそれで消え、ティアナは思わず目を瞑った。

 

ここから……ティアナは思い知った。2人の戦いは自分には決して介入できない。援護もできず、行動するだけで青年の邪魔になる。彼女は今自分の無力さを思い知っていた。

 

「うぐっ!? う、ラァ!! 」

【はは! なにその軽い拳? それで攻撃してるつもりなの? それとも本気で撃ち込んでこれないの? 私に気を使ってくれてるのかな? ナメんな……お前の力なんて私の足元にも及ばない】

 

青年は拳を何度も放った。本気ではなく、ほんの挨拶がわりに。だがイービルΩの力は青年力を優に上回る。実力など鼻から比べる事も愚かしいほどに。

しかし彼女は知らない。青年がどんな覚悟を持っているかを。その覚悟が今青年の中で何を呼び覚ましているかを。

 

「ぐあっ!? 」

 

【あっはは! 貴方は!!まだ『覚醒すら』していない! 私の力を10%も引き出せていない! 4年前も! 今も! それで、どう私を倒そうというのか!! 】

 

「倒す……気などないさ」

【なっ!? がっ、は……】

 

元々勝負にもなっていない2人の戦いは、圧倒的にイービルΩの方が優勢だった。青年は拳を叩き込まれ、撃ち負けていた。しかし刹那、興奮して声を荒げる少女の拳をカウンターするように青年が紙一重でかわし、少女のお腹にその拳を放つ。

痛みより今。考えるより今。イービルΩは驚いた。本来なら決してありえない事。それがイービルΩの目の前で起こっていた。

 

彼女の体にダメージが残る。その皮膚から衝撃が体に通る。こんな当たり前の事自体彼女からすればありえない事であった。

 

 

【私のから……だに……痛み? そんな……馬鹿な……一体なに……っ!? え……んふ……ふふ。そう……ずっと貴方の中にいたのに……全然気づかなかった。ほんっと……運命よ。貴方は……本当に最高。しかたなくなんて……もう言えない。こんなに心を揺さぶられたら……惚れるしかないや。……いいわ! その子は殺さないであげる。今はね? そのかわり教えて? 貴方の『あの感情』の理由を……】

 

「あの感情? 」

 

【私をクソ因子って呼んでた時、貴方が死のうとした時……貴方から感じた私に対する感情】

 

青年が彼女と拳を交え、彼女に喰らわせることが出来たのはたった拳1発。しかし彼女はそれで全てを悟った。青年の可能性と自分との運命的な巡り合わせ。

 

「ああ〜……その……だな。口では散々ボロクソ言ってたが……実はその……あの……だな? はぁ……お、俺は……お前が大好きだ! 」

 

【っ@¥&//!?? 】

 

 

時として言葉はアルカンシェルよりも破壊力がある。彼女はその言葉を直接言われた事で両手で顔を抱えながら自我崩壊を起こした。ぷすぷすと頭が沸騰し、顔を真っ赤にしながら本日最大のキャラ崩壊をし始める。

 

【にゃ、にゃにゃにゃに言ってりゅの!? 】

 

「何って……俺の素直な気持ち」

「ぎゃぁぁああああああああ!? うるしゃい!? 黙りなさい!? もう出てけぇぇぇええええええええ!? 」

 

「おいっ!? 」

「きゃっ!? 」

 

イービルΩが叫んだ直後、2人はこの空間から消えた。その場に彼女1人を残して。だが彼女はまだ顔を赤くしたまま息をらせてその場に座り込む。そして青年はその場にいないが故に彼女の漏らした言葉を聞けず、知る事もなかった。彼女が見つけた運命的な青年の可能性。

 

青年が本来有する筈の……

 

 

彼自身の力の一端を……

 

 

 

【へへ。あんな顔もするんだ。意外とカッコイイかもね。ふふ、素敵。大好き……だって? えへへ! ……にしても〜まさか……彼がレアスキルを持ってたなんて……しかも、私と同じ力。物理干渉能力……パラドックス・シフト…………】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ!? ティアナ!? 大丈……へ? 」

「あ、起きた! なかなか起きないから心配したんだよ? ヴィヴィオのお兄……じゃなかった、大好きなお兄たまぁ〜」

 

「な……なな……なんだこれ……なんだこの状況……誰か説明して……」

 

 

漆黒の空間から消え、最初に目を覚ました青年は彼の為に用意された部屋のベッドの上にいた。飛び起き、ティアナは大丈夫なのかと探すが、ティアナはそこにはいない。けど1人でもなかった。そこにいたのは青年だけではなく、何故かリオが寝ている青年を馬乗りにしていた。

 

「リオ……だったか? その……何をしているのか聞いてもいいか? そ、そんな格好して……」

 

「リオね? お兄たまともっと仲良くなりたくてね? 遊びに来たんだよ? ちょっと恥ずかしいけど……お兄たまが喜んでくれるかと思って」

 

 

リオは顔を赤くしながら恥ずかしそうに言葉を続ける。なれない口調と自分の呼称を使いながら、無自覚なコロナの刺客となる為に行動を続けた。寝ていて動けない青年の体に自分の体を滑らせ、青年の顔に自分の顔を近づける。

 

ただリオが変な口調とこのような行動をしただけなら青年もイタズラが過ぎるとお茶目に注意している事だろう。しかし今の状況は青年の思考を完全に停止させていた。何故ならリオの格好はパジャマや制服、普通の私服ではない。

 

純白のスク水に……黒のニーソ、そして猫耳。まるでロリコンが喜ぶ物を片っ端から詰め込んだような恥ずかしい格好をして青年の上に乗っているのだ。

 

「お兄たまぁ? リオとぉ〜もっと〜も〜っと仲良くしてくれる? 」

 

「リオってこんな子じゃなかった気がするんだが……いや……待てよ? 突然言動や行動が変わって? 俺に訳の分からない誘惑をし始める? ……ハッ!? ……まさか……い、いや。憶測だよ。流石に……だよな? 」

 

青年は何となく気づいたが、信じたくないあまり現実逃避をし始め、考えるのをやめた。

 

 

だが……

 

「う、う〜と……ここからどうするんだっけ? 確かコロナの本には〜」

「……」

 

「ん? あれ? どうしたの? お兄たまぁ? 」

 

「くっ……あ、あんニャロめぇぇぇ……クソっ!? またお前かぁぁああああああああ!? コぉぉぉぉぉおおおロぉぉぉぉおおおナぁぁあああああああああああ!? 」

 

 

こうして青年の受難は続く。





もう少しリオのターンは続きますが、ご賞味あれ!


次回もよろしくお願いします。


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第19話【大気を破る拳】

ども〜お久しぶりです!

遅れまして申し訳ない限りです。


かなり間があいてしまったので、お詫びに少し長くしておきましたよ〜

でもほんの少しですよ?


では、よろしくお願い致します!


「あれ? コロナ〜? リオは? 」

 

「え? リオならお兄さんの部屋に行ったよ? お兄さんともっと仲良くなりたいんだって〜」

 

「へぇ〜そうなんだ〜お兄さんともっと……なか……よく? …………ん? え、えっと……んんんっ!? 」

 

青年がコロナの名を叫ぶ少し前、ヴィヴィオはリオの姿がない事に気づき、それをコロナに尋ねた。しかし不意に放たれたコロナの言葉はヴィヴィオの思考に衝撃を与え、彼女は一瞬にしてパニックとなる。

だがそんなヴィヴィオにコロナは悪魔のような笑みを浮かべると、穏やかな口調で口を開く……

 

それはとても心の底では青年を慕ってるとは到底思えない悪魔のような言葉だ。

 

「ヴィヴィオ? お兄さんって誰が好きなのかな? 私絶対いると思うんだ。お兄さんが好きな人」

 

「そ、そそそそんな人いないよ!? お、お兄さん面倒くさがりだし!? それにそれにツンデレだし!? ぜんっぜん!! 素直じゃないもん!! だから」

 

「それってヴィヴィオがお兄さんの事好きだからそう思いたくないだけでしょ? 考えてみて? ヴィヴィオ? どうしてお兄さん……アインハルトさんを弟子にとったの? 面倒くさがりなんでしょ? 私もお兄さん面倒くさがりなのはよく知ってる。ならどうして? それに何だかんだ言ってお兄さんって私達には甘いし優しいと思わない? ヴィヴィオ? お兄さんって……私、ロリコンだと思うんだぁ〜」

 

「コ、コロナ何を……言っ」

「ふふ。はやく行かないと私リオにお兄さん取られちゃうと思うなぁ〜。だっってお兄さんロリコンだもん絶体〜。それにね、ヴィヴィオはもっと積極的に行かないと……無理矢理、強引に、傷つけて、刻みつけて……お兄さん自分の物にしないと……ライバル多いんだから……ね? ヴィ・ヴィ・オ」

 

 

コロナの言葉は決してヴィヴィオを傷つけない。彼女にしてもヴィヴィオには幸せになって貰いしたいし、その為なら全力で彼女を応援する事もいとわないだろう。だが、青年に対しては別だ。

 

コロナの理不尽な怒りの矛先は青年であってヴィヴィオではない。だからコロナはヴィヴィオの青年に対する想いを応援しつつ青年に罠を張る。青年にとっては苦悩で、ヴィヴィオにとっては幸福。

 

天使と悪魔。

 

コロナの中ではその二つが協力し合っていた。

 

「もっと……積極的に……や、やっぱりそうかな!? 私もっとグイグイお兄さんにアピールしてもいいのかな!?」

 

「うん! ヴィヴィオ可愛いから、ヴィヴィオが本気になったらお兄さんなんてイチコロだって」

 

 

「わ、わかった!私頑張ってみるよ!」

 

すっかりのせられたヴィヴィオは軽快に青年にいる部屋へと駆けていく。その部屋に残した彼女の満面と言うべき狂気の笑みを見ずに。

 

コロナは笑う。細く、限りなく細く悪魔のような薄ら笑い。

 

満面な笑みなのにもかかわらず、彼女の笑みは歪んでいた。しかし彼女も気づいていない。自分がやっている事が、単なる報復ではないと言うことを……

 

自分の趣味の世界を土足で踏み荒らされ、その原因である青年に殺意を覚える。確かに最初はこれで間違っていなかった。でもそれはコロナの歪みの原因ではない。コロナ本人が気づくレベルにこの感情があるはずもない。

 

誰かに対する愛情……それを完全に自覚するには彼女はあまりに幼く。ヴィヴィオのように純粋に想いがあれば、歪まずに自覚できた想い。しかもそれはコロナの趣味もこうじて完全に拗らせたが故の物。

 

「あはは……ヴィヴィオがお兄さんの事好きじゃなかったら……あの人の隣には……誰がいたんだろうなぁ…………」

 

ヴィヴィオがいなければコロナは青年と出会っていない。自分が知らない、切なく……ズキズキと痛む胸の痛みを彼女は感じていない。青年に対する怒りや嫉妬。彼に関わる全ての感情を彼女は抱いていない。

 

だからコロナは青年に純粋な、本当の意味での想いを誰かがいる前では表現できない。いや、する訳にはいかなかった。ヴィヴィオの涙を見たくないから。親友の悲しむ姿を見たくない。

 

自分の気持ちがどう転んだとしても泥沼でしかない自分の気持ち。

 

 

そんな行き場のない想いは彼女も気づかない、ほんのひと雫の涙と共に流れたのだった。

 

 

 

 

 

一方部屋を出ていったヴィヴィオは青年の部屋のドアを開け、カオスな現場に直面していた。どう言い表したらわからない。どう声をかけたらいいかわからない。

 

ヴィヴィオはその光景を見たまま、ア然と立ち尽くしていた。

 

 

「リオさん、これは弟子である私の責務です!? 」

「そんなのズルいよアインハルトさん!? 私もヴィヴィオのお兄さんと仲良くしたい! みんなだけズルい!! 」

 

「そんな事はありません!? 先生の身の回りのお世話は、おはようから、夜のその……お、おやすみに至るまで全て私の責務なんですからー!? 」

 

 

 

「お前らいい加減にしろ!? 腕と脚を引っ張るな!? 」

 

 

リオが青年に詰め寄っていた時、アインハルトが弟子として彼女なりのな義務を果たしに青年の部屋へ乱入。おかしな勘違いをしたアインハルトはリオに対抗心を燃やし、2人は青年を取り合うような形でリオが手をアインハルトが脚をそれぞれ引っ張り合いながら青年を取り合っていた。

 

そして……それを見ていたヴィヴィオ。そんな彼女の心に段々と小さく、本当に小さく……黒い何かが立ち登り始める。最初はまるで気にもしていなかった事だ。しかしコロナに青年が好きなのは自分だけじゃないと言われた事で、それはある感情として顕現する。

 

「えっと……クリス? ……セットアップ」

 

【!? ……】

 

完全に目の光を消し、隣について来ていたクリスにヴィヴィオはそう言った。しかしクリスは全身を使って喋れない代わりにそれを拒否する。必死に止めようと体を横にふるが、完全に嫉妬に覚醒し、降臨した白い悪魔の娘はそんな事では止まらなかった。

 

 

「協力してくれないなら……じゃ〜いいよクリス。……お兄さんのーー」

 

「イタタ!? マジいい加減、にっ!? え……ヴィ、ヴィヴィがぼっ!??? 」

「スケコマシ!!! 」

 

「「へ……」」

 

ヴィヴィオはこの時完全に無意識だった。彼女が今まで感じたことのない程の嫉妬という感情。相手が青年だからこそ抱く、誰にも絶対渡したくないが為に抱く大きな嫉妬はヴィヴィオの虹色の魔力光と共に彼女の右拳に宿り、青年の左頬を捉えた。

青年もまさかヴィヴィオがここまで過激な行動に出る事など察せるはずもなく、全くの無防備な状態で彼女の全力全開の右ストレートを受けてしまう。当たり前だが、子供とはいえ、鍛えている拳に大量の魔力が乗ればその威力がどうなるのかなど言うまでもない。

 

「ち、ちょっとヴィヴィオ!? 何してるの!? 」

「ヴィヴィオさんお、落ち着いてください!? それ以上は、いくらなんでもやり過ぎです!? 」

 

「え? ……あ…………」

 

我を忘れ、一度全てを嫉妬という感情に委ねてしまったヴィヴィオだが、リオとアインハルトに羽交い締めにされながら止められた事で正気を取り戻す。ただ、目の前の青年だった屍には声が聞こえるはずもなく、ヴィヴィオは涙目になって慌て始めた。

 

「あわわ!? ど、どうしよう!? ご、ごごごごめんなさいお兄さん!? えっと、えっと!? し、しっかり!? 目を開けてお兄さん!? 」

 

すっかり伸びて起きる気配のない青年。そしてそれを何度も揺する涙目のヴィヴィオ。

 

そんな2人の姿を見て、自分達の所為もあると自覚しながらリオとアインハルトは思う……

 

 

この2人はどこまでいってもお似合いなんだろうな……と。

 

 

「バカップルだ……」

「バカップルですね」

 

「お兄さぁぁあああああああん!? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨夜の一波乱が明けて翌日。合宿最終日。

 

 

練習や模擬戦を一通り行い。誰もがやりきったと思った中……ただ1人、彼女だけは満足していなかった。

 

「やはり……我慢できません……」

「あれ?アインハルトさんどうしたんですか? もう模擬戦終わり……です……よ? ん? 」

 

 

そう、アインハルトである。彼女は相変わらず1人で特訓をやっていた青年の方をじっと見つめ、ヴィヴィオの言葉も聞こえていない。そして彼が特訓を終えたのを見計らいゆっくりと青年へと近づくと、気合の入った声量で青年へと頭を下げる。

 

 

「先生!! 」

 

「あ? な、なんだよ急に大きな声出して……」

 

「……最後に……最後に私と本気で戦っていただけないでしょうか!! 短いですが成果を……この合宿での成果を先生に見て貰いたいのです! (絶対領域……その世界を私も見てみたい。その領域へ行ってみたい。でもその為には先生の絶対領域に反応する必要がある。だから)」

 

「……ああ〜そういう眼は卑怯だわ……んー、でも本気か……本気……ね? 」

「お願い致します先生!ぜひ、ぜひ合宿最後のご指導を!? 」

 

彼女の熱心な言葉はこの場の人間の心を和ませた。青年に、教わる師に対してこれ以上ないほどの敬意。それを目の当たりにしてここにいるなのは達が暖かい目で見ないわけがない。特に青年を弟子にもったことのあるフェイトは口には出さないが内心とても嬉しい気持ちになっていた。

 

自分から弟子へ、その弟子からその教え子へ。

 

フェイトは青年が弟子をとって教えてる事が何より嬉しくてたまらない。青年の日常を暖めてくれる事すべてが、フェイトの今の願いだからだ。

すると青年はほっこりとして気の緩んでいたフェイトに大声で呼びかける。しかもわざと子弟を強調するような呼び方を使いフェイトを困惑させた。

 

「お〜い何口元緩ませてるんだフェイトー! というかちょっと手伝ってくれよ〜!可愛い弟子の頼みだ! 頼むわ大師匠〜」

 

「へ? うえ!? え、えっと……な、何? 」

 

だが次の瞬間、青年の言葉にフェイトはおろか、ヴィヴィオ達子供以外の全員が固まった。

 

「それで今からアインハルトと試合をしようと思うんだが」

「あ……先生ありがとうございます!! 」

 

「だから俺が拳を振ったら全力でコイツに防御魔法を展開してくれ」

 

「先生何を!? そんな気遣いは無用です!? どうか一対一で」

「まぁ〜そう言うなってアインハルト。別に俺はお前をナメてるわけじゃない。これからのお前に必要なんだ。だから今からお前に必要な経験をさせてやるよ。多分……一生経験できない事だ。お前が俺のいる世界を見たいなら尚更な? 」

 

青年はただ真っ直ぐ……アインハルトの目を見た。周りの驚きなど微塵も気にせず、ただただアインハルトの為だけに真剣な眼差しを向ける。最初こそ反発したアインハルトだが、青年のこの目を見てそれ以上は何も言わなかった。何をするつもりかは彼女もわからない。いや、それはなのは達も分かっていないだろう。

しかしそれは当然で、なのは達は青年がどの程度力を取り戻しているかを把握していない。しかもなのはに限っては青年が完全に力を失っていると思っている為にそれがわかるはずもない。

 

自分の中のイービルΩと対峙した夜。青年はまた一つ自分の真理という扉をこじ開けた。その力の根源である彼女と拳を交えた事で青年の身体は4年前の青年の状態へと近づきつつある。

 

かつて怪物と言っても間違いではない時の青年に

 

「では先生

よろしくお願い致します! 」

 

「なぁ〜アインハルト〜? 自惚れる訳じゃないけど……お前は俺に憧れてくれたんだろ? 」

 

「はい! 私は4年前の先生の戦いを見て……その時は誰だが分かっていませんでしたけど、私はずっと尊敬していました。 それに私だけではありません。ミッドチルダの子供達……ストライクアーツを頑張ってる子達はみんな先生を尊敬してると思います! 」

 

「それは大げさじゃないか? 俺はそんな凄い人間じゃない。ただがむしゃらにやらないと何も守れない……弱い男だ」

 

アインハルトは熱心に青年への尊敬を伝える。青年には到底理解できない事だが、実際ストライクアーツと呼ばれる格闘技の世界では4年前の青年を称賛、讃えない人間などいない。人を守る為に拳を振るい、敵を倒す為に拳を振るい、ミッドチルダの人間を救う為に利き腕を犠牲にしてその拳を終わらせた青年を……だがミッドチルダの誰もが青年の名を知らない。

 

だから世の中では名は残らず、その姿だけが残っている。

 

 

青年を象った銅像として。

 

 

「それは先生が……自覚してないからです。先生の拳に魅せられた人間が、どれだけいるか。私もその1人です! だから先生を先生と呼べる事を誇りに思っています! 」

 

「うっ……やめろ恥ずかしい。だがまぁ……それなら尚更……見せてやらないとな? 」

 

「? 」

 

「お前が尊敬した男の『本気』ってのをさ! だから一撃だ……お前にする攻撃は一撃。それまで俺は攻撃しない。でも勘違いするなよ? これは俺の本来の戦闘スタイルだ。別にお前をナメてるわけでも自分の力を過信してるわけでもない。それが……俺という男だ! 」

 

「ハッ……っ!!?!? 」

 

アインハルトは青年がそういった瞬間に言いようのない悪寒を感じ、思わずファイティングポーズを取った。

彼女は感じている。桁の違う青年のオーラと威圧感。それはまるで巨大な猛獣を相手にしているような野生にも似た動物が放つ気あたりのようなもの。

 

彼女は2回青年と戦い、それだけでも自分にはない何かを感じて彼の弟子となった。しかし今アインハルトが青年から感じているのはその時感覚とは全く別のものだった。強者から放たれる特有のオーラ……前の青年から感じていたのはそれだ。でも今はそんな生温いものではない。そもそもアインハルトからは今の青年が人に見えていない。人として見ることなど到底できなかった。

 

「こ、こんな感覚……今まで感じたこ、ここ事……(ダメ!? 呑まれたら!! )はぁ……はぁ……こ、怖い」

 

「敵を前にして迷うな!! 引いたら攻められるぞ、今のお前に前に出る以外の選択肢なんてないんだよ!!! 」

「っ!? ぐっ……う、うわぁああああああ!? 」

 

「フフ、それでいい」

 

恐怖で奥したアインハルトは青年のカツで拳を握りながら青年へと突っ込んだ。

 

相手に恐怖して前に出れないぐらいなら玉砕覚悟で一撃入れる。

 

それが青年の戦いでの美学だ。下がる事は時として死を意味する。それは極論であるが、ファイターとして一歩前進するには必要な事だった。青年は見抜いている。アインハルトには圧倒的に足りないものがある事を。

 

「はぁああっ!!! (どうしてこのタイミングで……)くっ、やぁぁああああああああああ!!! 」

 

「……」

 

(当たらない……タイミングは確実。当たらないわけはないはずなのに……それにこの手ごたえの違和感は……なんなのでしょうか……)

 

「やはりな。アインハルト、お前には足りない物がある」

 

「っ!? 」

 

 

アインハルトの拳を紙一重でかわす続ける中、青年は彼女の目から視線を外さずにそう言った。しかし彼女からしてみれば、尊敬する青年の言葉に驚きを隠せるわけもない。すぐに問いただし、その理由を尋ね続ける。

 

「先生、何が足りないと言うのですか!? 私に一体何が!? 」

 

 

だが、青年は素直にそれには答えない。まるでこれから分かると言わんばかりに、今まで一度も構えなかった拳を握りしめると、自分の顔の前へと左手をあげた。

 

「先生が構えた……ですが! 」

 

 

戦いの中で集中しているアインハルトはいつの間にか青年に対する恐怖を感じなくなっていた。それどころかどうやったら勝てるか。自分の限界は青年のどこまで通用するのか。ハンデを背負っているとはいえ、一度でも勝っている相手。だから勝てる。

 

無意識の油断……勝てる。それを信じて疑わない自分に対する絶対の自信。できると疑わない気持ち。確かにそれはなによりも大事なものの1つだろう。

しかしアインハルトに足りないものはまさにこの気持ちに関係するもの。

 

無謀と可能性は紙一重。

 

アインハルトは青年に対してその力の全てを把握し、測りきれていない。自分が相手にしている『今の青年』は先日まで自分が拳を交えた彼ではないという事を……

 

例えば、一体この次元世界のどこに武装無しの生身で高層ビル30階はあろう巨体の巨大生物と戦えるだろう。

 

 

一体誰が、武装無しの生身で戦車や装甲車に立ち向かえるだろう。

 

 

一体誰が、絶対的な防御力を誇る聖王化したヴィヴィオの聖王の鎧を拳だけで粉々に粉砕できるだろう。

 

 

 

 

 

一体誰が……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

複数のアルカンシェルを拳による一撃のみで相殺できるであろうか。

 

 

 

 

 

 

今アインハルトが相手にしているのはまさにそんな相手。故に青年がアインハルトに経験させようとしているのは『絶対領域の外』。

 

人間がどんなに努力しようと超える事が許されない不可侵の領域。

 

 

「私は先生にこの拳を……届かせる!! 」

「スゥー……」

 

小さく息を呑んだ青年は拳を握りしめて自分に向かってくるアインハルトに合わせるように自分も前に出ると構えた拳を決して前には出さず、彼女の攻撃をかわし続ける。だが、彼女もその程度で手玉に取れる程弱い相手ではない。青年の動きを学習し、先読み。確実の当てる為に拳の軌道は段々と青年の体を掠めはじめる。

そして、その拳は青年が動く位置……アインハルトの先読みの軌道と完全に一致するとまるで吸い込まれるように青年のお腹を捉え、彼女はそのまま青年を真上へとアッパーをする要領で自身の全力の必殺技をゼロ距離で炸裂させた。

 

「うぐっ!? 」

「っ!? ……ぁ…すごい……見える……(これが……)覇王ーー」

 

(見えたか。そうだアインハルト……それが入り口だ)

 

「断・空・拳!!! (これが絶対領域の入り口……でもまだ……届かない)」

 

アインハルトが青年を拳で捉えた刹那、彼女は一瞬の世界をその目で体現した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《スローリングディストーション》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

体感時間で0.01秒の感覚。全ての動きをスローで捉えるいわば脳内リミッターの外れた状態。これこそが絶対領域の入り口であり、この状態を維持できなければ相手に錯覚を起こすことはできない。

 

青年が必要以上にアインハルトの拳をかわし続けたのは単に青年の戦い方だけが理由ではない。アインハルトがその領域を覗く手助けをする手伝う意味もあった。

青年が知る絶対領域の世界に至る為には相手の動きを捉え続ける必要があり、相手の脳内でその動きを先読みという形で完結させる必要がある。

 

自分の脳を常に回転させリミッターを外す事で活性化。

 

 

相手に間違った認識をさせる為に相手の行動予測を超える言わば思考カウンターの為の感覚。

 

 

「見えた……ハッ!? 先生は……え……っ!? 」

 

 

彼女は自分が今体現した感覚に浸るあまり、青年の事を一瞬忘れた。だが、それはどっちでも大して大きい問題ではないだろう。何故なら青年はアインハルトの一撃を受け、遥か上空へとかちあげられたのだから。

 

「せ、先生……な、なな何を……あぐっ!? うっ……くぅぐぅ!? (何……上から風……風圧? え?)」

 

しかし彼女にとって、これから驚くのは自分の今感じた感覚ではない。

 

 

また……アインハルトは戸惑い、今起きている事が現実のそれだとは決して思うことができないでいた。彼女は今、身動きが取れない。攻撃をして青年を突き飛ばしたのは自分であるのだが、その直後……彼女の周りは大きく沈む。まるで巨大な重力でも発生したかのように地面に上から押さえつけられ、もはや立っているのがやっとの状態だった。

 

するとその瞬間、フェイトは動揺しながらも大声で叫ぶ。誰を問わず、そこにいる全員に叫んだ。

 

「み、みんな防御魔法をかけるの手伝って!? あ、あれは、私一人じゃ防ぎきれない!? 」

 

「あ、あれって……嘘……まさか!? れ、レイジングハート、対衝撃吸収シールド!! 最大出力で!? 急いで!? 」

 

 

ギャラリーは慌てふためく中、青年はアインハルトの遥か上空で拳を構えていた。まるで落下するような体勢で、左拳を握りながら腕を後ろへ引くと独特の呼吸法で息を吸い込む。そして上から下へ、まるで大気を叩くかのように、青年はその拳を真下へ振り下ろす。

 

「コォォォォ、ダウン……」

 

 

それはさながら自然災害の如く。絶対領域の外というのはまさにここからきている。

 

魔法であれば防ぐ事は容易だ。どんなに威力が高かろうと防ぐ事は不可能ではない。

 

しかし自然災害は別だ。範囲を限定しない状態であれば、それを防ぐ事は出来ない。予測もできなければ威力も測る事は叶わず、なんの抵抗もできずに蹂躙される。

 

 

天候すら狂わせる青年の拳。

 

 

かつて、青年が怪物と言われるようになり。仲間にすら恐れられた代名詞とも言える技。

 

 

 

その内の一つの名を……

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぐっ!? ぁ……ぐっ!? ……ふふ……凄い……やはり……凄いです!? これが……私が憧れた……先生の実力……んぐっなん……ですね! でしたら……私は……わた…しは!? 先せーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ダウンバースト】

 

 




次回もよろしくお願い致します!


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第20話【動き出す過去と未来】

どうも〜お久しぶりです!

毎度なが〜く!なガァーく!!

お待たせして大変申し訳ないです……

今後の投稿も気分や浮かんだイメージで遅かったり早かったり不定期だとは思いますが……

よろしくお願い致します!


「ハッ!? ……あ、あれ……ここ……は? 」

 

「あ! よかった、起きたんですね! アインハルトさん」

 

「ヴィヴィオ……さん? 」

 

「はい! ここは帰りの船の中ですよ? アインハルトさん、お兄さんと模擬戦した後完全にのびてしまって。なかなか起きないからそのまま連れてきたんです。お兄さんはママ達2人にとても怒られてましたけど…あはは」

 

アインハルトは飛び上がるように目を覚ました。だがそこは帰りの船の中で、隣にはヴィヴィオが笑顔で座っている。彼女自身最初こそ記憶に混乱が見られたが、すぐに自分がどうなったか思い出す。

 

自分がどれ程の相手と戦い、どれ程の技を受けたのか。

 

彼女は拳を握りしめ、その拳を見つめた。

 

もしこれが彼女でなければ青年の一撃を肌で受ける意味はない。何故なら絶対領域というその領域へ踏み込もうとする意思のあるアインハルトだからこそ意味のある青年からの贈り物であったからだ。

 

 

(あれは……いえ。絶対領域は単なる入り口に過ぎない……まだ上がある)

 

 

今彼女の眼は今までと比べ物にならない程、可能性に満ちていた。そして自分が選んだ師がまごう事なき本物であった事が、彼女の中では嬉しくて堪らない。

自分はまだ強くなれる。アインハルトのそれを疑う気持ちすら消し飛ばしてしまった青年の拳。しかし、彼女もまたそれとは別に理解していた。最後に自分が受けた一撃が、人が生み出すには到底過ぎた力であった事を……

 

魔力を使わず、人間が到達できる領域などたかが知れている。そんな事は武を志す者ならば誰でも知っている事だ。故に彼女は青年の事を少し心配になり始めていた。

人に過ぎた力が出せるという事は当然代償がある。なんのリスクもなしにそんな力を得られるわけもない。それが今アインハルトが感じている事だった。青年が完全に尊敬する対象となってしまったが必然。

 

「あ! そう言えば先生の姿が見られないようですが……」

 

「ああ〜お兄さんならまだルールーの所にいると思いますよ。なんか用が出来たとかなんとか……せっかくお兄さんの隣で一緒に帰れると思ったのに、ぶーぶーですよ! 」

 

ふと……アインハルトは青年がいない事に気づいたが、ヴィヴィオの説明でまだ帰っていない事を理解する。そしてその説明をしたヴィヴィオは頬を膨らませ、口をとんがらせながらふてくされるように愚痴をこぼし始めた。でもそんな彼女の様子をアインハルトは尊い気持ちで見る。本当に青年の事が好きなのだと改めて感じていたからだ。

 

 

「ヴィヴィオさん、私はお二人を応援しますよ? 」

 

「え、でも……アインハルトさんもお兄さんの事好きなんじゃ」

「っ!? い、いえ!? わ、わわ私は先生の事そんな風には!? 」

 

「それじゃ〜嫌いなんですか? 」

 

「うっ……」

 

ヴィヴィオは彼女の応援を素直に受け取らず少し意地悪に返し、彼女をジト目で見つめた。勿論答えなどヴィヴィオは分かっていたが、それでも今のアインハルトと青年の関係に少しばかりの嫉妬を示す。

 

 

「……先生の事は……好き……です。私がしてしまった事も全部許して受け入れて下さって……その上、弟子にまでして頂きました。嫌いと言う方が無理があります。ですが私の好きは……尊敬から来る好きです! ヴィヴィオさんの愛情ではありません。だから……安心して下さい。……はい? 」

 

アインハルトは真剣に、とても真剣にヴィヴィオへそう伝えた。だが当のヴィヴィオはしてやったりという顔でニヤニヤとアインハルトの話をきいている。これには流石のアインハルトも目を丸くせざるおえない。

 

「えへへ、知ってました。でも〜そんな事言いながらお兄さんとイチャイチャするアインハルトさんへの意地悪です」

 

「……もう!? ヴィヴィオさん!? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方その頃青年はまだルーテシアの作ったシュミレーターの中にいた。そこである人物と向かい合っている。

 

身体は小さく、でも決して子供ではない赤髪の女性。彼女は青年の事をジッと睨み、怒りを露わにしていた。だから当の本人である青年はただただ気まずい。

 

「その……なんだ。お前には……最初に謝っておかないと…だよな。勿論、どれだけ謝っても許してもらえるなんて俺は思って」

「あたしに用があってこの間ザフィーラの所に来たんだろ? 理由は? 用ってなんだ? ただ謝りたかったのか? 悪いけどあたしはどんな事があってもお前を許してなんてやらないかんな! ……で? 」

 

「? 」

 

「お前が謝るだけであたしの所に来るわけねーだろうが! 何があったんだ? お前は……また何をみんなに隠してるだ? 」

 

「ヴィータ…俺は……っ!? 」

「アイゼン!!! 」

 

最初は怒りながらも冷静にタダ青年に問いかけていた彼女だったが、いつまでも言い出さない青年に痺れを切らした。相棒であるデバイスを展開し、そのままハンマー型の得物を青年に向かって振り下ろす。

 

「あ……」

「ヴィ、ヴィータ……」

 

「そういう……こと…か。ぐっ……なんでだよ!? 」

 

当然だが、青年はヴィータの攻撃を左手で受け止めた。結果から言って、ヴィータが何故突然青年に殴りかかってきたか。それは脅しでも青年に対しての報復でもない。ただ彼女は本能的に感づいていたからだった。青年の中で一体何が起きているのかを。

そしてヴィータは青年の状態を奇襲によって確認すると、納得した上でデバイスをしまいながら青年の胸ぐらを掴み、彼を押し倒した。青年はその後彼女に馬乗りにされ、身動きを取る事ができない。ただできるのは、悲痛に歪む彼女の表情を息を呑みながらみているだけだった。

 

 

「なんで!? なんでまだそいつがお前の中にいやがんだ!!! どうして……なくなったじゃんか……元に戻ったんじゃ……なかったのかよ……なんで…………」

 

「ヴィータ……すまん。だからお前には全部話すよ。管理局には言えないが、お前個人は信用してる。だから……聞いてくれないか? 俺にとっては……ヴィータが1番の親友だ。少なくても……俺はまだそう思ってる」

 

「あたしも……管理局なんだぞ…? 」

 

「ああ、そうだな。でも……お前なら信用してる」

 

ヴィータに押し倒されながら、青年は優しい声でそう言った。だが彼女の内心は、いろんな想いがグチャグチャと交差し感情が溢れて止まらない。しかし彼女は涙を流しながら頷いた。

ヴィータは怒っていた。他の誰よりも怒っていた。彼女はフェイトやティアナ達のように青年に呆れて彼との接点を捨てたわけではない。単縦な怒り。絶対に青年を許したくはなかった。それは青年が彼女に何の相談もなく、何の悩みも打ち明けずに自らの命を投げようとした事、彼女にとってそれは何よりもショックな事だった。

 

青年に対し、恋愛感情などは彼女は持ち合わせていない。青年と彼女はかつての戦友であり、背中を預けられる親友だった。互いに気の合う者同士。だからこそヴィータはショックだった。青年の中のイービル因子が消え去り、心の底から喜んでいた彼女であるからこそ余計に。

 

「聞いてくれ……ヴィータ。俺は今力が欲しい。手段は問わない。あんなに毛嫌いしていた……俺の中の……イービル因子の力だとしても構わないんだ」

 

「本気なのか?せっかく消えたんだぞ? それに……何のために今更そこまで力を求めるんだよ!? あたしはわからねー。お前にそこまで力を求めさせる理由は何だ? 」

 

「ヴィータ……俺の中のイービル因子は消えてない。俺の中で眠っていただけだ。それと……理由ならある。絶対に譲れな理由があるんだ。……妹が……生きていた」

 

「なっ!? 嘘……だろ……あ、ありえないだろ、そんな事!? だって!? だって……お前の妹は……」

「ああ、俺がこの手で殺した」

 

かつて青年は実の妹をその手にかけた。絶望し、怒り、どうしようもない状況で一切の加減をする事なく妹を一撃の元に葬った。だがそれは青年が……いや、全世界全ての技術を駆使した所で決して止める事は叶わなかっただろう。Dr.ベルンによって、青年の妹はイービル因子の実験体とされた。そしてその過程で暴走。青年の妹はまともな思考判断もできないまま青年と戦い……敗れた。

この時どんなに青年がやりきれない気持ちを覚えたか、誰にも理解できないだろう。力が足りない訳ではない。考えが甘い訳ではない。ただただ理不尽に……自分の大切な人を自分の手で壊す。それが青年の送ってきた人生のトラウマの一つ。変えようのない過去である。

だからこそヴィータは信じられなかった。これは例え彼女でなくても簡単に信じる事はしないだろう。その状況を……青年が妹を殺すその瞬間を……仲間だった彼女達はその目で見ていたのだから。

 

 

「事情は分かった……で? あたしは何をすりゃ〜いいんだ? お前の事だから私にしか頼めない用なんだろ? さっきも言ったけどよ……お前が謝る為だけに呼ぶわけ…ないかんな。だ、だが勘違いするなよ!? あたしはお前の事許してやるつもりはないからな!? 」

 

「ああ……それでいいよヴィータ、ありがとう……な。それで頼みがあるんだ」

 

青年は自分を理解してくれているヴィータにとても暖かい……どこか懐かしい物を感じていた。そして少し笑みを浮かべた青年はヴィータの目を真っ直ぐ見つめると静かに口を開く。彼女がどんな反応をするかを分かっていながら……

 

「なんっ……本気で言ってんのか? 」

 

「……本気だ! 手伝ってくれ。今の妹に対抗しようと思ったら『絶対領域の外』にしか活路がない。だから……」

 

真っ直ぐに……どこまでも強く、力のある目の輝き。そんな真剣な青年を前に……その本気が伝わったヴィータは覚悟を決め、息を呑んだ。

 

 

「後半月で、この拳に『雷を纏わせる』 」

 

拳を握り、それを見つめる青年。ヴィータは終始驚きを止められない。ヴィータ自身、青年からのまさかの頼みであったからだ。

 

 

「わかってる…よな? 今のお前が【雷撃拳】(ボルテックス・フィスト)をやるって事は……」

 

「そうだな……失敗したら反動でタダじゃすまないだろうな」

 

「……はぁー! まぁ……昔のお前の技の中じゃマシな方か……ギリギリ人の身でも生きていられそうだし。しょうがねーな。わかったよ、アイゼン! 」

 

ヴィータは大きくため息をつきながら相棒を展開し、それを自分の肩へ乗せると、満面の笑みで青年に告げた。

 

彼女にとってはこれが止まっていた物を動かす、キッカケとなる。だからこそ彼女は笑った。

 

昔青年に向けていた物と……同じ笑顔を。

 

 

「本気でぶっ叩いてやるから覚悟しやがれ! ……親友! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誰? 」

 

そんな間の抜けた言葉を発したのは合宿から家に帰って来たコロナだった。自分の家の前で息を荒くしながら、見知らぬ美少女が資源回収へ出したであろう愛読している週刊誌を必死に読み漁っているのを目撃する。

当然だが、突然声をかけられた少女は驚いてコロナをみた。しかし無邪気な少女は悪い事をしている自覚もなければ何故声をかけられたかも理解していない。ただただ、目の前の本が気に入ってしまい真剣に読んでいただけであった。

 

「え、えっと……これ貴方の本? 」

 

「へ!? ……う、うんそうだけど……ハッ!? 」

 

もしこれが普通の感性をもつ、ごく普通の少女であったのなら……不気味な雰囲気の少女には関わろうともしないだろう。だが、事このコロナに限っては違う。何故なら彼女の頭は……

 

 

お花畑だからだ……

 

 

「ねぇねぇ!? もしかしてそっち!? 貴方そっちの世界の人!? 」

「うへっ!? そ、そっち? ……え、えっと……そっちって……え? ……ってか圧が凄い……」

 

ここでコロナの本を読んでいたのは言うまでもなく、フーである。彼女は今までにないほど動揺をしていた。それはコロナが突然目を輝かせながらフーの両手を握り、顔を急接近させて来たからである。しかも理解できない事を永遠と1人で語り始め、フーは完全に押し負けていた。

 

「貴方も好きなんでしょ!? 〇〇派? それとも〇〇〇〇×〇〇〇〇? えー! で、でもこれ読んでたし、もしかしなくても〇〇〇派でしょ? 絶対そう!! 」

 

「う、うんと……私、たまたま見つけたこれ読んでただけで……貴方の言ってる事全然分からな…」

「え!? そうなの!? でもあんな真剣だったって事は、興味あるんだよね!? それっていい!! 貴方とは凄く気が合いそうだよ!! 来て! まだ染まってないんだったら『私が染めてあげるから』!!! さ、早く早く!!! 」

 

「え、ちょっ!? うわっ!? 何何!? なんなの!? 」

 

コロナはフーの手を取る。これ以上ない程の笑みを浮かべ、とても楽しそうにフーに笑いかけた。

これが彼女にとってどれだけの救いと未来をもたらすのか自覚のないまま。コロナ自身は気が合いそうな友達が出来るような感覚だったに違いない。だがそれは少し間違いだ。

 

何故ならフーにとってこの出会いは間違いなくかけがえのない物。

 

知らない事を知り、フー誰かに対する確かな愛情を再び取り戻すキッカケ。

 

 

 

初恋なのだから。

 

 




次回もよろしくお願いします!!


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過去編【フッてから始まるなのはさんの恋愛事情】
1章【胎動する怪物】


ど〜う〜も〜

数年ぶりに戻って来ました!

最近は東方mmdの動画を作っているので、こちらの更新は行ってませんでしたが、気が向いたので、帰ってきました。


今回は過去編になりますが、投稿いたします!

後、次はいつになるかわかりませんが、この過去編と同じ内容の物を別枠で投稿します!

理由としてこっちでは、ヴィヴィオがメインヒロインなので、なのはルート用に分けます。

なのはルートが見たい方は、そっちも確認してみて下さい。

ただし分岐するのはもう少し後ですが……(内容が変わる時はわかるようにしておきます)

では、長話失礼致しました!




★【プロローグ】☆

 

 

これは1人のエースオブエース……高町 なのはがした……

 

 

決して幸せではなく……

 

 

誰かが不幸にならざるをえない……

 

 

 

恋から始まるハチャメチャな物語。

 

 

 

 

 

 

「俺は真っ直ぐに生きている貴方が好きです! だから俺と付き合ってください! 」

 

「……あ、ありがとう。でもごめんなさい……私は……自分より弱い人に興味……ないから」

 

 

ある日ワン・カナダという青年は、2つ歳下の同僚の女の子に告白した。その女の子の名を高町 なのは。

彼女と青年は管理局と呼ばれるある世界の警察に似た組織に所属していて、同じ部隊だった。そして彼女はその管理局ではかなり有名な人間で、エースと呼ばれる人間の1人。

 

青年はそんな彼女にある事故をきっかけに憧れを持つようになった。

 

数年前、なのはと青年は大怪我をし墜ちた。だがなのははその時青年が同じ任務で出ていた事を覚えておらず、その事は知らない。自分の他に怪我をしていた人間がいた事を。だから青年がなのはにそんな感情を抱いているなど彼女は知りもせず、今日まで一緒に仕事をしていた。

 

結果から言えば青年は彼女にフラれた。キチンと真っ直ぐに告白し、フラれた。しかし間違えないで欲しいのは、なのはが断った理由がそのまま本心ではないという事だ。何故なら彼女にそんな好みがあるわけではない。ただ告白された事にびっくりして、彼女はとっさにそう断ってしまったのだ。勿論思わず断ったわけではない。単純に断り方を間違えただけ。現にこの時なのはは青年に対してまるで興味がなかったし、興味を持てなかった。

では何故なのはが青年に恋をするのか。それはどこにでもある話。なのはは今まで、告白された事がなかったわけではない。むしろかなりモテていた方だ。学校でもラブレターを何通も貰っている。

 

 

だが……

 

 

 

面と向かって真っ直ぐに気持ちを伝えられたのは初めての事だった。

 

 

 

言った通り、なのはは青年に対して興味がなかった。でもだからこそ彼女は恋をしてしまった。告白を断り、あっさりと身を引いた彼に。

 

 

彼女は告白をされた事で興味を持たされた。

 

 

最初は完全に無意識。なのはは気がつくと……青年を目で探していた。そこにいないとわかっていながら。油断すると彼の事を考え、目線を彼に向けようとする。彼女自身理解できない不思議な感情。今まで、感じたことのない胸の高鳴りや痛み。それはたまたま青年と目があっただけでより大きく、たまたま手が触れただけで顔は沸騰するように熱くなる。

最初は病気を疑い色々悩んだ末、なのはは認めた。自分が何に落ちたのか。どんな病を患ったのか。

 

 

そう彼女は恋病を患った。

 

 

彼女自身で認め、自覚した。でも問題なのはここからだった。1度断った相手を好きになった、それだけでも彼女から想いを告げるのは難しい。しかもそれに加え、彼女は断り方を失敗している。とても自分から告白などできる立場ではない。何故なら彼女は青年を傷つけるような断り方をしているのだから。

 

 

「あ、あの……ワ、ワン……くん? 」

 

「ん? どうしましたか? なのはさん? なんか元気が」

「あ、なんでもない!? えへへ、この通り! 元気いっぱいだよ! それで今日の予定表まだ貰ってなくて、貰えないかなって」

 

「え? ああ、すいません。まだ渡してなかったんですね。すいませんでした」

 

「ううん!? ち、違うよワン君!? 私が貰うの遅かっただけだから気にしないで!? (ああーっ!? 違う違う!? 違うでしょ私ーっ!? ワン君落ち込ませてどうするのーっ!? )」

 

青年と接している時、なのははアタフタとポンコツになり下がるが、青年は普通だった。別になのはに対して幻滅したとか、そう言ったことではない。でもなのはから見ればそれは自分に対して興味がなくなったのではないかと思う要因だった。

しかし実際、青年はそういった理由で普通なのではない。当然好きだった子から話しかけられれば嬉しいし、ドキドキもするだろうが、青年にはそれを表に出せない理由があった。

 

 

「バカ! バカバカ! 私の大バカ!! どうして彼をフったの、もうっ!? ううぅ……そ、そうじゃなきゃこんな状況にならなかったのになぁ〜……ワン君……もう私のこと……ううん! ダメ! ダメだよ私! 諦めない。まだ諦めるには早いよ! 」

 

 

その理由とはなのはの思い始めている事とはまったく逆の事だった。実は青年はなのはの事を諦めてなどいない。むしろなのはの返事を間に受け、強くなるための特訓をしていた。ランニングに筋トレ。今まで教導隊であっても予定表の管理が主な仕事の為、教導をしない青年がしてこなかった事をやり始めたのだ。勿論それはなのはにも周りの先輩にも一切告げていない。でもそれは単純に青年の男としての意地だった。

 

 

そして……

 

(あれ……ワン君……なんだか体つきが…………)

 

 

なのはが諦めずに青年に気づくか気づかない程度のアプローチを続けてしばらく。なのはは青年の変化に気づく。細身だった青年の体が、少し大きく。たくましくなっている事に気づいた。最初は何故だろうと疑問に思っていた彼女だが、青年が自分を見てくれる事を夢見るあまり、少し都合のいい妄想にふける。本当はそうじゃないなどと思いながらも、彼女は1人で盛り上がっていた。

 

 

 

「も、もしかして……私が言った事を間に受けて体鍛えてるんじゃ!? そ、そんなぁ〜えへへ〜。な、ならまだ私の事諦めてない? きゃー! だったらいいな、いいな〜! 」

「なのは? どうしたの? 」

 

「え? ふぇ、フェフェフェイトちゃん!? い、いやなんでもない!? なんでもないよ!? 」

 

1人で妄想し、キャッキャと声に出しながら盛り上がっていたなのはは、親友のフェイトに見られ、恥ずかしい思いをしたが、なんとか恋をしているとバレずに済んだ。

一方、このフェイトというなのはの親友でもある彼女はまったく別の形で青年と関わっていた。

 

 

それは……管理局のトレーニングルームでの事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆第1節【師弟】☆

 

 

 

 

 

 

 

 

丁度なのはが青年の変化に気付き始めたと同時期、フェイトは最近よくトレーニングルームで青年を見かけるようになった。彼女は執務官で、危険な場所へ任務や捜査に行くこともしばしば。だから体を鍛える事も彼女の仕事のうち。そんな彼女の毎日を少しばかり変えたのが青年だ。勿論最初は気になっただけ。一体どこの部隊の人なのか。どうしてそこまで一生懸命にトレーニングしているのか。歳も自分とそこまで変わらない青年が、ただ興味本位に気になっただけ。

そんな些細なキッカケ。でもフェイトと青年の関係はそこから大きく動き出す。

 

「あの、ちょっといいかな? 」

 

「はい? えっと……」

 

「あ、ごめんね。私フェイト・T・ハラオウンっていいます。最近よく見るなぁ〜って思って。少し気になっただけなんだけど。どこの部隊の人なの? 」

 

いきなりで青年は少し驚いたが、それも無理のない話。何故ならフェイトは管理局ではなのはと同じくエースと呼ばれる人間。管理局では有名だ。そんな人間が自分に声をかけてきた。これだけでも驚くには十分だろう。

 

「俺はワン・カナダといいます。一応教導隊で」

 

「という事は……教導官なのかな? だからそんなにトレーニング頑張って」

「ああ、俺は教導はしないんですよ。予定管理が仕事でして」

 

「へ? そ、そうなの? ならどうしてそんなに毎日トレーニングを? あ……ごめん、これは少し立ち入った話だったね。話したくなければ別に」

 

「いえ、構いませんよ。ですが……ここで話すのはちょっと恥ずかしいと言うか……よろしければ場所を変えませんか? せっかくなので貴方に少しご相談もあります! 」

 

「うん、大丈夫だよ? ならもうお昼だし、食堂にでも」

 

 

キッカケは小さくても2人の関係は進む。ただ、この2人、特別な関係には発展するものの、決して恋愛関係ではないと言う事だ。と言うのも、青年がフェイトに対して相談したいと言ったのはまったくの思いつき。フェイトが青年に話しかけた事で、青年が不意に思いついただけの相談だった。しかしこれがフェイト青年の仲を友達以上に加速させる。

 

「それでどうしてトレーニングを? 」

 

食堂へ移動した2人は食事をしながら先ほどの会話をし始める。フェイトは少し楽しそうに聞き、青年は少し恥ずかしそうに話し始める。

 

 

「その……同僚の子に告白してフラれまして。それでその時その子に俺がその子より弱いからだと言われまして。なので……努力して自分を変えてからもう一度アタックしようかと! 」

 

「…………」

 

「あの……そ、そうですよね。やっぱり不純ですよね」

「応援する! 」

 

「え、あの……」

 

フェイトは一瞬無言になったが、テーブルの上に両手を組んでいた青年の手を両手で包みこむと少し前のめりになってそう告げた。少し顔を赤くし、目をキラキラとさせて青年へエールを送る。フェイトは乙女スイッチが入っているのか楽しそうだった顔がさらに楽しそうになり、その話に興味津々になってしまった。

 

「相手はどんな子なの? 歳は? 私教導隊にすっごく仲のいい親友がいるからもしかしたら知ってるかもしれないし、協力できるかもしれないよ? 」

 

「その……はい。その子は俺より2つ歳下で、普段はサイドポニーテールをしていて。真面目で優しんですけど言うところは言える子で、あの歳でもう教導官をしていまして。最初は憧れだったんですが、真っ直ぐな彼女を近くで見ているうちに……段々と惹かれていきまして」

 

 

「それでそれで! (あれ? 2つ下って事は……14ぐらい? 私と同い年って事だよね? それでサイドポニーテール? 真っ直ぐな子で? ……なんだろう身に覚えが)」

 

「あ、はい。それでその子の事好きになって告白したまでは良かったんですけど……そんな事を言われまして。けど、考えて見たら当然なんです。俺は強くもないし、頼りにもならない。だからそう言われても仕方ないと思ってます。だから俺は強くなりたかったんです。この先あの子と結ばれなくても、彼女の視界に入るようなれば、対等になれればそれで! せめてそこまでの男になりたかったんです! 」

 

「それであんなに一生懸命にトレーニングしてたんだ。すごいねワンさんは」

 

「いえ、そんな事は……目的が目的ですし。わかってはいますけど。少し動機が不純で」

 

青年は自信がない様子でそう言ったが、スイッチが入ったフェイトは全身全霊で青年にエールを送り続ける。諦めるな。立ち上がれ。必ずその子は振り向いてくれる。などと言った意味合いの言葉を青年に投げかけ、相変わらず両手を包み込みながらフェイトは楽しそうに話をしていた。周りから見れば勘違いされそうな絵面だが、幸いにもそんな事はなかった。

 

「大丈夫! ワンさん頑張ってるから必ずその子も振り向いてくれます! それに不純なんかじゃありません。その子の事を一途に想ってフラれても自分を変えてからもう一度気持ちを伝えようなんて私、とても素敵だと思います! だから頑張ってください。私も協力できる事があるならなんでも協力しますから! ちなみに……その子の名前って? 」

 

「ああ、名前は多分知ってると思いますよ。有名な子ですし。高町 なのはっていう子です」

 

「そうなのはね。なのは……なの……は? なのは!? 」

「おおうっ!? は……はい……そうですが…………」

 

 

(道理で特徴に覚えがあると思った……)

 

 

フェイトは青年がフラれた相手の名を聞き、驚いて思わず立ち上がる。突然の事で青年も驚いたが一瞬で、フェイトもすぐに座り直す。フェイトともまさか親友の話だとは思わずに頭の中を整理し始めた。

まずなのはがそのような断り方をするだろうかという事だ。フェイトからすればなのははそんな事を言って断る姿が想像できない。そしてもし本当に断っているなら、もう一度アタックして、あの頑固な彼女が青年に惚れるだろうかという事実。でもそれを言ったら全てが終わってしまうし、可能性も0ではないのでフェイトは青年には言わなかった。

 

また、ここからフェイトと青年。その2人の関係は急速に加速することになる。青年のある申し出をキッカケとして。

 

「あの! 」

 

「え? 」

 

「俺に魔法を教えていただけませんか? 貴方の知る限りの物で構いません」

 

「えっと……ワンさん教導隊の人……だよね? 私なんかが教えられる事なんて」

「確かに基礎は問題ないのですが、応用は現役でない限りはちょっと。それになのはさんにそれを教えてもらうわけにもいかず。先輩方にもなんだか頼みづらくて。それで、なのはさんと同じくエースである貴方に教えて貰えないかと! さっきの相談って言うのはその事でして。お願いします! 」

 

青年は少しとはいえ年下のフェイトに頭を下げてそれをお願いした。プライドを捨て、強くなるためにどこまでも純粋。そして何よりこの時にフェイトの心を動かしたのは青年の目だった。自分が知っている誰かと同じ目。

 

真っ直ぐで曇りのない。誰かの為にどこまでも頑張れる強い目。そんな目をされてフェイトが断れるわけもなかった。かつて自分を救い。もう1人の親友、八神 はやてを救った小さな英雄の目。今の青年はその子と同じ目をしていた。

 

誰よりも強いと感じさせる目を。

 

「ふふ。わかった。なんか妬いちゃうな……私はすごくお似合いだと思う」

 

「え? 」

 

「ううん。なんでもない。けど……優しくしないよ? 」

「あ……はい! ありがとうございます! 」

 

 

こうして青年はフェイト魔法を教えてもらうことになった。もっと言えば、2人の関係は師と弟子。そんな特別な関係へといつの間にか発展する。ただ青年を鍛えるうちに、フェイトは気づいた。才能だけならそこらの魔導師より格段に優れていると。

呑み込みがはやく、基礎が完璧な為かフェイトの教えた魔法を次々と物にし、応用もほぼほぼフェイトとの特訓の中で掴みつつあった。だからこそフェイトは思う。どうしてこれだけの魔法の才がありながら、予定管理などと言った職務に就いているのか。青年の実力であれば教導官も夢ではない。むしろそっちへ進んだ方が自分の力を伸ばせるのではないか。フェイトは青年を鍛えるうち、そんな事を考えていた。

 

「ワンあのね? 魔力検定受けてみない? 今のワンならAもそんなに難しくないと思うんだ。どうかな? 」

 

「……せっかくですが、やめておきます。俺の目的は出世する事じゃありませんので」

 

「でも、受けないよりは受けた方がみんなから見る評価も」

「ありがとうございます。本当にフェイトさんは優しいですね。けど……俺は魔法で評価が欲しいわけじゃない。例え魔法が誰よりも強くなったとしても。俺は今の場所を選ぶ。どこまでも頑張れるあの子を支えられる場所を」

 

「そっか……ぷっ、ふふふ、うふふ」

 

「お、俺そんなにおかしい事言いましたかね? 」

 

フェイトは笑った。青年のこれ以上ない芯の通った言葉。欲しいのは評価じゃない。なのはの心。好きになった子のハート。それを聞いた時、フェイトは青年に対して弟子のして、その恋を応援して良かったと心から思った。親友であるなのはをここまで好きになり、想ってくれる人がこんなに真っ直ぐでフェイトは満足だった。この人ならなのはを幸せにしてくれる。当然選ぶのはフェイトではなくなのはではあるのだが、それでもフェイトは青年を100パーセント認めていた。弟子としても1人の男としても。

 

「ごめんごめん。それじゃ、もう一本、頑張ろうか? 全力全開で! 」

 

「はい! 」

 

まるで冗談まじりに、なのはの真似をするようにフェイトは青年にガッツポーズをとった。青年はそれに答えるように大きく返事をし、また特訓を再開する。

 

 

しかしこの時青年も、フェイトも知らなかった。努力とはこんなにも儚く消えてなくなるものだと言う事を。

 

 

頑張った分だけ傷は大きく。その間費やした時間が虚無に消える。フェイトが青年を手伝い、応援してくれればしてくれるほど、青年の心のダメージは大きかった。不幸な事故といえばそうかもしれない。だがこれは青年にとって人生を左右する1つの分岐点。この時死んでいればどんなに楽だったか。死ねなかったが故に青年の人生は人の道を完全に外れてしまう。

抗いようもない。誰が助けられたわけでもない。全ては青年の過去の任務で起きた出来事が引き金となって起きた事。

 

 

なのはと青年……2人の魔導師が墜ちた事はキッカケだった。

 

 

何故なら青年にとって、その過去こそが最大の終焉。その時点で青年の人生は決していた。もしこの時、なのはをかばってさえいなければ青年は何事もなく人生を送れた筈だ。しかし青年がそんな選択をするわけはない。そもそも彼は誰よりも強い正義感をもって管理局に入ったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★第2節【死の氷結】★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? ワン君明日休みとるの? 」

 

「あ、はい。久しぶりに妹が会いに来るんですよ。元気な子だから、せめて1日くらい遊んであげたくて」

 

「そうなんだ。ワン君の妹……う〜ん……ちょっと想像しづらい……あ! 写真とかないの? 」

 

「ああ、それなら……これですね」

「どれどれ……はうっ!? (こ、これは!? )」

 

青年の人としての人生が終わったのは、なのはが青年の告白を断ってから1年後の事。事が起きる前日、有給を出している青年をなのはが見かけ、話しかけた。青年は妹が会いに来る為に2日ほど休みをとったのだが、なのはがその妹に興味津々なってしまい写真を見せることになった。だがその写真をなのはに見せた瞬間、彼女は1発で妹の虜になる。

叶うなら将来自分の妹になるかもしれない子がどんな子なのか、なのはは気になっただけだったのだが、その妹はなのはの想像を軽く超えて可愛かった為に彼女は少し壊れる。

 

「か、可愛いぃ〜何でこんなに……あ、ああ……会ってみたい」

 

「なのはさん大丈夫ですか? 顔が赤いですよ? 」

「ワン君!!! 」

 

「へ? 」

 

「会いたい」

「えっと……」

 

「私にも紹介して! ワン君の妹!! 私会ってみたい!!! 」

 

話す度、なのはは前のめりになり、声を大きくしながら青年に迫った。流石の青年も好きな子にこれでもかと言うくらい接近され、動揺しないはずはない。だから青年の顔は今真っ赤になっていた。ただかなり興奮しているなのははそんな青年の様子にまるで気づかず、自分が青年の気持ちに気づくであろう最大のチャンスを棒に振っていた。

 

「お、俺の妹に会ってどうする……ですか? 」

「抱きしめたい! 甘やかしたい!! 私おこずかいあげちゃう!!! 」

 

「いやいや……それはちょっと」

「何で!? こんなに可愛い子私みたことないよ!? だからおこずかいあげて私が貰うの! 」

 

「……すいませんもう一回お願いします」

「おこずかいあげて私が貰うの! 」

 

「うっ!? 近い……ちょ、ちょっと落ち着きましょうなのはさん! 少し冷静になってください。妹は物ではありません」

 

「あ……ご、ごめんね。あまりに可愛いからつい……」

 

暴走し青年の妹を物のように言ってしまったなのはは少し反省し落ち込んだ。ただそんな様子を見ていた青年はクスクスと笑い始め、堪えられずに吹き出し始める。

 

「あはは!! なのはさん喜怒哀楽激しいですね、ふははは! 」

「ちょっ!? 酷いよ!? そんなに笑わないでよワンくん!? 」

 

楽しく、今までで一番笑えた2人。これが心から笑えた……青年の最後の笑顔になる事も知らず、なのはは大笑いする青年を愛おしく見ていた。

 

そして翌日……

 

 

青年の人としての人生は死という形で決した。

 

 

 

それはただの事故。その日、青年が妹を迎えに行く為空港へと向かった。だがそこで……大規模な火災が起こる。幸い、青年の妹は飛行機が着陸する前にそれに気づき難を逃れたが、そこにいた民間人と青年はそれに巻き込まれ、炎の中に閉じ込められた。

立場上管理局員である青年はいち早く動き、民間人の安全を確保しながらより生存が高い場所へ誘導、外からの救援を待ち、炎の中を走り回っていた。青年の力ではどうしてもこの場から民間人を避難させることができず、外からの救援を頼る他なかったのだ。炎を超える砲撃など青年は使えない。フェイトから学んだ魔法も個人でなら役に立つが、今のレベルでは誰かを守るまでは至らない。

 

しかしそれでも青年は走った。1人でも救える。拾い上げられる命があるならと火傷を負いながら走る。この場から誰1人死者を出さない為に。

 

 

「誰かいないのか!? もうここには誰もいないか!! ……なっ!? 」

 

「た……助け……ひぐっ」

「おい!? 逃げろ!? クソっ!! 」

 

しばらく走り続けていた青年は1人の少女を見つける。短い青髪で、炎の中泣きながら横たわる少女。すると青年が声をかける間も無く近くにあった石像が砕け、そのまま少女の方へ倒れ始めた。青年は大声を出し逃げるように言うが当然間に合うわけもない。

 

「ソニックムーブ!! 」

 

デバイスは持ち合わせていない青年だが、使える魔法は使える。ここに来て青年は日々の努力を開花させた。並の魔導師では難しいデバイスなしの魔法。それも高速で移動する為の比較的扱いの難しいフェイトから学んだ魔法を補助なしで使い、少女がいる場所へ石像が落ちる前にたどり着くことに成功する。けどそこまでだった。

少女を抱え、石像に背を向ける形で青年は少女を庇う。実戦経験のなさ、そして魔法を発動してから次の魔法を使うまでのラグ。それは1秒を争う災害の場では致命的で、青年は少女を抱えて走り出すという一件簡単に見えて実は高いレベルを要求される行動を行うことができなかった。

 

「ダメか!? 」

 

青年は諦めたが、せめて少女だけでもと庇った。

 

「……はぁ、はぁ……よかった。間に合った」

 

だが石像は青年と少女へまだ倒れてこない。救援が間に合ったのだ。しかもそこへ駆けつけたのはたまたま青年と同じく休みを取って近くにいたいたなのは。彼女はバインドで石像を固定し2人を助けたが、内心青ざめていた。ボロボロになり、火傷も酷い。青年の今の状態は無事というにはあまりにもボロボロ。少女もそうだが、青年も早く避難させなければならない状況にあった。

 

しかしなのははここで決断を迫られる。青年がいる事が分かっていたなのはは、ペース配分も考えずに要救助者と青年を探した結果……かなりの魔力消費と疲労困憊で、今なのはが抱えていける人間は1人。子供なら別だが青年と少女2人は無理があった。知らない人間じゃない分、なのはは決めかねる。誰か応援を待つか。それとも1人に待ってもらうか……

 

 

 

彼女は決断を迫られる……

 

 

 

 

「なのはさん、その子を早く」

 

「え……で、でも!? 」

「俺は……管理局員です。優先するべきは民間人で、この子はまだ子供だ。なのはさんなら、もうわかってますよね? 優先しなきゃいけない事」

 

「それは……でもワン君だって酷い怪我だし!? できない……ワン君を置いて戻るなんて!? 」

 

「別にそのまま死ぬわけじゃない。俺は信じてますよ。戻って来るって。だからそれまで生きてこの場にいる事が俺の役目。そうでしょ? 大丈夫ですって、俺もそう簡単には死にませんから」

 

青年はなのはの目を真っ直ぐに見た。少し涙目で、それでいて不安を隠しきれない彼女の瞳はそれで覚悟を決めるように強く力強いものとなった。信じると言われたからには彼女は引かない。青年に背を向け、自分の相棒を構える。

 

「うっ!? ひぐっ……あ」

「大丈夫、安心してここから先は……安全場所まで、一直線だから! いくよ、レイジングハート! 」

 

《オーライ! 》

 

「ディバィィィン、バスター!! 」

 

ピンク色の閃光が天井に穴を開け、壁抜きという力技をやっててのける。少女を抱え、なのはは振り返らずに青年に言葉を送った。信じて待ってくれる仲間に対して、今言える1番の言葉を。

 

「必ず戻ってくるから、待ってて……ワン君! 」

 

「はい! お願いします、なのはさん! 」

 

 

なのはのした選択は最善。何も間違ってなどいない。でもそれは訪れる。なんの前触れもなく。さながら死神が青年を殺す為にやって来たかのように……

 

 

 

 

 

 

 

偶然が青年を殺しに来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

故になのはは今日の事を一生後悔することになる。約束をしたのに守れなかった事を。

 

そう……なのはは青年を助けに戻る事ができなかった。

 

 

「それではこの子を……お願いします」

 

「了解しました。責任を持って」

 

「はい。それでは私はまた現場の方に」

【要救助者全員避難を確認しました】

 

「え……」

 

この時1つの手違いが起きていた。それは管理局員である青年を要救助者対象にしていなかった事。管理局員とはいえ、彼も災害に巻き込まれた人間。彼の能力を考えれば本来どちらに入れなければいけないかは明白だったが、通信で青年から連絡を受けている事もあり、幹線本部はやってはいけない間違いを起こしてしまった。

 

「待ってください!? まだ中には……え、通信が……」

 

【了解! いくで! 】

 

止めようと抗ったなのはをあざ笑うかのように、一瞬通信障害のようなものが起こる。なのはの言葉は届かず、空中で消火要員として待機していた八神はやて。なのはの友人にして歩くロストロギアとまで言われる魔導師だが、避難完了の通信を聞き、なんの疑いもなく行動にで始める。

 

【仄白き雪の王、銀の翼以て、眼下の大地を白銀に染めよ。来よ、アーテム・デス・アイセス! 】

 

「ダメ、はやてちゃんやめてぇぇぇえええええええええええええええええ!? いやぁぁああああああああああああああ!? 」

 

「なのは? 」

 

なのはは、はやてに大声をあげ、それを同じく救援に来ていたフェイトが不思議そうに見る。しかしもう遅かった。炎は一瞬にして白銀に染まり、全てが凍りついていく。火を消す為、非殺傷設定などしていないその魔法は、確実に人を殺す事ができる代物だった。ましてや、大規模な広域魔法。威力も普通の魔法とは桁が違う。

 

一方、青年は炎の中、残酷な通信を聞いていた。

 

【要救助者全員の避難を確認しました】

 

「っ!? い、いや……まだ俺がいるんだぞ!? おい!? 何言って……え……通信が……なんで……ハッ!? 」

 

一瞬ヒヤリと冷たい風が走り、奥の方から赤いはずの景色を白く染め上げる。全てを凍てつかせる波が青年へと迫っていた。当然青年は逃げるように後ろへ走り出す。だが人間の走る速度程度で魔法が駆け抜ける速度から逃げる事などできない。抗いようもなく青年は足を白銀にとられた。動きが止まり、下からゆっくりと上へ上へと冷たい感覚が青年の体を登る。

 

下から徐々に上がってくる冷たい感覚。この時青年の感じている恐怖は、想像を絶するものだった。死が確定してしまった瞬間。抗えず、自分の死を100%認識した彼はパニックにならざるを得ない。

 

「嘘だろ!? 待ってくれ!? 俺はまだ!? まだ!? うっ!? ぁ……か……ま……だ……」

 

膝……腰……お腹……そして胸のあたりまで冷たい感覚が登った瞬間、青年は呼吸ができなくなり、それが心臓を止めた瞬間、意識が遠のいていった。すると青年は聞こえるはずもない声を……この時聞く。幻聴かもしれないが、確かに聞こえる少女のような声。

 

フワフワとした意識の中、青年は声に導かれるかのように目を閉じていく。

 

【死は全ての終わり。何も残らず……何も感じない。貴方は何を望む? 貴方が私の望む物をくれるなら、私は貴方の望みを叶えてあげる。見返りにどんな願いでも叶えてあげるの。さぁ〜貴方は何を望む? 】

 

「ぉ……れば……」

 

【私は……】

 

 

青年は死を迎えながら口にした。その時、死の間際に一番欲しいと思った事を。人間として当たり前で、でも純粋にはなかなか出てこない願い。その願いは偶然にもどこからか聞こえる少女の願いと重なり、光となって青年を包み込むとその場で大爆発を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【生きたい】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆第3節【まやかしの奇跡】☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空港火災から3日後、青年は病院のベッドで眠っていた。重傷を負い、まだ意識が戻っていない。また、そんな青年の横にはなのはの姿があった。約束をしたのにも関わらず、戻れなかった彼女。実は重傷を負った青年を見つけ、病院まで運んだのはなのはだった。死んでる可能性が高い状況で、それでも必死になって探した結果、青年は見つかり、しかもまだ息があった。

彼女は眠ったまま起きない青年を見つめながら嘆く。何故約束を守れなかったのかと。

 

「ごめん……ね。ごめん……なさい…………」

 

何を言い訳しても、どんなに周りが仕方がないと言っても、なのはは納得できなかった。青年がこんな状態になったのは自分の責任で、自分が至らなかったばかりに起こったものだと思い込んでいる。実際はどうしようもない事なのにも関わらず、彼女は青年を見つめながら泣いていた。自分の弱さを、不甲斐なさと呪って。

 

 

「先生? ワン君は大丈夫なんですか? 」

 

「うむ……こんな事言いたくはない。だが……残念な事に、彼が目覚める可能性は薄い」

「え……」

 

「全身凍結に加え、何をどうしたのか脳機能が著しく低下している。こんな状態……植物状態と何ら変わらん。すまないが……手の施しようもない」

 

定期的に来る担当医になのはは我慢できずに青年の状態を訪ねた。しかし返ってきた答えはなのはを絶望させる他ない。ただでさえ罪悪感が大きいなのはの心はそれで更に大きく闇をおとす。

 

 

自分が奪った。

 

 

自分が青年の人生を狂わせた。

 

 

一概に間違っていない事だが、それでも彼女はどこまでもそう思い込み始める。

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿だよね……私……こんな事なら……ごんな゛ごと゛な゛ら゛……もっと゛はやぐ……お願い゛……戻ってきてぇ……私は……君に゛言い゛たいごどいっばい゛あっだの゛。あや゛ま゛りだいの゛……伝えたいごど……山程……だから……ワン君……ワン……ぐん゛……」

 

 

 

医者のいなくなった部屋で、寝ている青年と二人っきりのなのはは、涙ながらに口にした。青年の右手を両手で包み込み、必死で懇願する。

 

青年に、神に……

 

もはや彼女には祈ることしかできなかった。

 

 

そんな事で青年が起きる事はないとわかっていながらも、彼女にはすがるものはない。医者でさえも助けられない青年を彼女は救う術を持たない。だからこそ祈る。すがる。この世のものでない……いるかも分からない全ての存在に。

 

 

「誰でもいいよ……あぐま゛だって゛いい!?……ワン君を……ワ゛ンぐん゛をがえじて゛!? お゛ね゛がい゛だから゛ぁぁ!? ワン君を゛助け゛で!? だずげでよ゛ぉぉ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、奇跡は起こる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空港火災から2週間後、青年は眼を覚ましたのだ。

 

 

 

「ここ……あれ? ……俺どうして……」

「ワン……くん? 」

 

仕事が終わり、毎日のようにお見舞いに来ていたなのはは、丁度その瞬間病室へと入ってきた。自分の状況が呑み込めず、身体を起こしていた青年を発見したなのはは、持っていた水の入れ替えた花の花瓶を落とし、破れるいい音がしたそんな事も構わずに青年の方へ走り出すと、青年の状態も忘れて彼に抱きついた。泣き喚き、青年が眼を覚ました事を誰よりも喜んだ。

 

「よ゛かっだ!? よがっだよ゛ぉぉ……うっ、うわぁぁあああああああぁぁん!? ぐすっ、ひぐっ、うわぁぁぁぁ……」

 

眼を覚ます確率は限りなく低いと言われていた中、青年はあり得ないほど早く眼を覚ました。だからなのはだけでなく、医者も驚かずにはいられない。

 

 

「し、信じられん……脳機能も、身体も……全て正常値。こんな事……奇跡としか…………」

 

「ぐすっ、ワン君ごめんね。それで、おかえりなさい! 」

 

「え、えっと……はい、なのはさん! ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

青年は助かった。

 

 

なのはも笑顔になる。

 

 

みんなが青年の帰りを喜んだ。

 

 

幸運……奇跡……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな物はまやかしだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時誰一人として気づいてはいない。

 

本来助かるはずのない命が助かる事そのものにあってはならない物が介入している事を。

 

神のような慈悲深い存在ではない。かと言って悪魔のような存在かと問われれば、それもまた違う。

人が人として終わる時には、現実でないような奇跡というまやかしが起こる。今回の青年の一件がそのいい例だ。終わりは始まり。始まりは終わり。それは2つがイコールであるように、青年が人の道を外れるのもまた必然だった。

本人が気づいた時にはもう遅く、その身体はもう自分の知っているそれではない。また周りがそれに気づいた時には……既に心が侵され始めている。

 

 

 

 

「はぁ……みんなに心配かけて俺は本当に……どうしようも……あれ? なんだこれ? 髪の毛か? 上からどうして髪が降ってきて……へ? 」

 

 

 

青年の体調もすっかり良くなった頃のある日、青年はベッドの上で座っていたが、フワフワと上から落ちてくる数本の髪の毛に気づき、不意に上を向いた。だが、その瞬間……ボトッ! っと何かまとまったものが自分の後ろで落ちるような音がした。青年は一瞬何が起きたのか理解してなかったが、あまりにも頭が軽くなった事とおかしいくらい頭がスースーする感覚に、現実を否定しながらも震える手で自分の頭に手を伸ばす。

 

 

「……ない……あはは……いやいや……何かの間違いだって。きっと鏡を見れば……」

 

自分の頭に触れた青年はペチペチと乾いた音が鳴る頭を叩き、分かっていながら現実を受け入れられない。そして、横の引き出しにあった手鏡を出すと何の躊躇もなく自分の顔をうつした。

 

 

「は? え……と……ぎゃぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああ!? ない!? ないぞ!? 髪がない!? 待て待て、どこに落としてきた!? ハッ!? ……さ、さっきの音って……っ!? な、なんだよ……これ…………」

 

鏡を確認し、本当に髪がなくなったと理解した青年はパニックに陥る。さらに最初に聞こえた何かが落ちる音。青年はそこに気づき、恐る恐る後ろを振り向く。するとそこには今まで自分の頭についていたであろう髪が全てそこにあった。こうなるとまともな精神状態ではいられない。青年は動揺しながらもベッドについているナースコールを握りしめ、何度も何度も連打する。

 

当たり前の事だが、最近まで重傷だった患者がナースコールを押せば、その主治医は飛んでやって来る。また、こんな状況を見て、誰が固まらずにいられるだろうか。それは青年の主治医も例外ではない。

 

「どうした……のか……ね…………」

 

「先生……これは何ですか……どうなってるんですか!? 先生!? 」

「す、すぐに精密検査をしよう……おい!? 誰か手伝ってくれ!? 緊急だ!? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果から言えば、青年の髪はこの時全て抜け落ちた。

 

 

 

これから先、生えるという事も絶望的にない。

 

 

 

「お、落ち着いて聞きなさい。検査の結果、君の毛根は……1つ残らず死滅している」

 

 

「死滅? ……は? ま、待ってくれ先生!? どうしてそんな!? 」

「だから落ち着きたまえ! それだけじゃないんだ……それよりも……こっちの方が問題だ…………」

 

「なんです? ハッキリ言ってください! こんな状況で今更身体に異常が何もないわけがない!? 頼むよ先生!? ハッキリ言ってくれ!!! 」

 

 

言い出す事をためらう。主治医は言えなかった。でも青年が敬語を忘れるほど動揺し、真実を求めた事で主治医も覚悟を決めた。

 

 

しかしそれはーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……君のリンカーコアが跡形もなく消滅している。残念だが……君はもう魔導師としては生きていけない」

 

 

 

 

 

 

 

必死に努力した青年が直面するには、とても受け入れられる内容の話ではなかった…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★第4節【胎動する怪物】★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空がすっかり暗雲の中。真っ暗な病室で青年は一人俯いていた。告げられた言葉はいつまでも青年の心を蝕み、大きく削り取っていく。男としてなどと言う肩書きはこの時の青年からは消えた。誰がいても関係ないだろう。自分の顔に両手を添え、歳に似合わず泣きわめく。

 

 

悔しさ、虚無感、無力感、絶望……どんな言葉が似合うのだろうか。

 

 

管理局で働き、あまり魔法の使う機会のない今の道を目指した青年だが、それでもショックは計り知れないものだった。フェイトの協力で上達した日々の成果は全て消えてなくなった。彼女のさいてくれた時間は無意味になった。自分の費やしてきた努力はどこへ……そんな虚無感が今の青年を支配していた。

行き場のない怒りや悔しさはどこへもいけず、結果的に自分に返って来ていた。

彼女を……なのはを振り向かせる為の努力はこれで消えた。勿論、彼女からすれば魔法だけが全てではない。でもそもそも管理局という場所が、魔法を中心として動く場所である以上、評価はそこにある。だから魔法の使えない青年は、ただの一般人で、どうあがいてもなのはの言った強さには届かない。

 

 

思ってはいけない負の考え。

 

 

絶対に考えてはいけないその事実。

 

 

青年はそこへ至ってしまった。

 

 

目的は消え、残ったのは情けない、何もできない自分だけ。それ以上でも、それ以下でもない。平凡な自分。いや、今の青年の環境からすれば……お荷物と言ってもいいかもしれない。

 

 

 

青年がそう思った瞬間、彼の心は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

完全に折れた。

 

 

 

 

 

 

 

だが実際は誰もそうは思わない。管理局という場所はそこまで魔法の使えない人間に厳しい場所ではない。使えない者はたくさん所属しているし、そんな差別もほとんどない。

 

しかしそれでも青年は思ってしまった。

 

自分の能力が一つ欠けた事で、自分が人より劣ってしまったと勘違いをしてしまったのだ。

 

 

「く゛そぉ……ち゛く゛しょっ! うっ、う゛わ゛ぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!? 」

 

 

深夜、みんなが寝静まった中で青年は独り叫ぶ。でもそんな叫びは誰にも届きはしない。青年が生まれて初めて味合う底知れない絶望感。

 

「ぐぅ、あ゛っ! ひぐっ、あ゛ぐっ……くぅぅ……」

 

 

もしこの時、誰かが側にいればこの結末はもっと変わっていたのかもしれない。

 

 

 

 

もしこの時、青年がもう少し心を強く持っていれば……まだ希望はあったかもしれない。

 

 

 

 

 

もしこの時……別の形で守るべき信念が今の青年にあったのならーー

 

 

 

 

 

 

 

 

青年は絶望に呑み込まれることはなかったかもしれない。

 

 

 

しかし現実は違う。絶望とは、望むと望まないに関わらず、突如としてやって来る。だからその絶望に耐えられなかった青年は壊れた。

 

今まで形成された。周りも認知している青年の人格は……この時を境に粉々に破壊されてしまう。

 

 

「は……はは……うはは……もう……いい。真面目だ? 努力だ? 正義だ? ……もういい。そんな物……積むだけ無意味になる。だったら……最初からないほうがいい。ハンっ! クソ喰らえだ! 」

 

 

青年は吐き捨てるようにそう言った。誰が聞いていたわけでもない。そして青年はこの時気付いていなかった。黒い彼の瞳が右目だけ金色に変わっている事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワン……くん? えっと……い、イメチェン……したのかな? でもその……前の方が素敵というか……似合わない……かなって。その〜頭とか? 」

 

「あー違う違う。なんかこの間髪が抜け落ちてさ。もう生えてこないんだと。笑えるだろ? この歳でハゲだ! フフ、ははは! 」

 

 

「う、うんと……ワンくん? だよね? 」

 

「そうだけど? なんでだ? 『高町』? 」

「っ!? え…………(ワンくん……じゃない。ここにいるのは……だ……れ? )」

 

 

今日もなのはは青年のお見舞いに来ていた。しかし、そこにはこの間までの青年はいない。外見もそうだが、彼女は恐ろしいほどに今の状況を認識できていない。まるでそこにいるのが別人である蚊のように、なのはの目の前には彼女が知る青年はどこにも存在しなかった。

 

言動、態度、性格や人間性……その全てが彼女の知る青年ではない。なのはは目の前にいながら別人を見ているようなそんな気分だった。

 

 

「ど、どうしたのワンくん? なんかいつもと違うよ? なんかあったなら私が相談に……っ!? 」

 

「……相談? 何言ってんだ? んなもん……何もねーよ」

 

「あ……ぅ……はは。わ、私……そろそろ帰るね。ま、また……来るから」

「なぁー? 」

 

 

来たばかりだが、なのははその場にいられなかった。見ていられなかった。自分が好きになった人が、こうまで変わってしまっている光景を。また、なのははこの時青年に何が起きているのか。いや、何が起きてしまったのかを知るのが怖くてたまらなかった。

 

 

「な……に? 」

「もう来なくていいぞ? 」

 

「え……なん……うぅ……ひぐっ……!? 」

 

拒絶、今まで聞いたことがないほどの冷たいさめた青年の声色。彼女はその言葉を聞いた瞬間走り出した。目に涙を一杯に溜め、逃げるように青年に背を向ける。

 

青年がその後何をつぶやいたかを知らぬまま。

 

 

「俺なんかに構ってる時間の方が……くだらない! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

それ以来、なのはは病院には顔を出さなくなった。正確に言えば出せなかった。だが、代わりと言わんばかりに、青年の所には別の見舞い客がやって来る。それはなのは程じゃなかったが、それでも頻繁に来ていたフェイトだ。

彼女からしてみれば、弟子の見舞い。来ない方がおかしかった。

 

 

しかし既にフェイトと青年の関係は破綻しているという事実をフェイトはこの時知りもしなかった。

 

 

「え、えっと……」

「人の頭を見ながら言葉に詰まるなよ。ねーもんはねーんだ」

 

「その……別に気にしなくてもまた生えて」

「俺の髪はもう生えてこない。この先一生な! 」

 

「あ……うんと……ごめんね? 」

 

「別に」

 

「……なんかあった? ワン……いつもより言葉遣い乱暴だから」

 

「いや……何もない」

 

その言葉が嘘であることはフェイト自身よく理解していた。でも自分の言葉の何が今の青年の地雷になるかわからない為、思い切って踏み込めない。彼女は変わり果てていた青年にどう接したらいいかわからないでいた。

 

自分は何も知らない。今まで知る彼がここまでになる原因が自分が考えられる単純な理由であるはずはないと慎重に言葉を選ばざるを得ない。

しかし青年の次の言葉はそんなフェイトの冷静さを一瞬で失わせた。

 

「ま、また治ったら特訓いくらでも付き合うから! 頑張って治し「あのさ」え? 」

 

 

「それ……もういい」

 

「それ……って? もういいって何が? 」

 

青年が突然告げたその言葉をフェイトは理解できない。自分は何を否定されたのか。何を拒否されたのか。

 

こればかりはどんなに優しいフェイトでも彼の為と思えば容認できなかった。

 

「特訓。もうやる意味がない。だから……もういい」

 

「ワン……」

 

「あ? なんっ……ぶっ!? ……なんだよ」

「……ふざけないでよ……そんなの……ワンじゃない」

 

乾いた音が病室に響き、青年の右頬は赤くなる。フェイトは許せなかった。理由はわからないが、青年がなのはを諦めている事実を。自分の費やした時間が無になるからではない。青年の努力が無になる事が許せないからだ。

 

彼女を……なのはを振り向かせる。その覚悟と信念がは間違いなくフェイトを突き動かした確かな物だった。だからこそ余計にフェイトは許せない。青年の今の卑屈な状態を。

誰がどんなに否定しようとフェイトが感じた彼の想いは本物で、そのまっすぐに瞳に宿る力は生半可な覚悟ではない。しかし今の青年の眼は……

 

 

 

 

 

死んでいた。

 

 

 

 

 

挫けたなら自分がいくらでも協力する。迷ったなら自分が道しるべになってあげる。フェイトは青年に何度もそう訴えた。それほどまでにフェイトにとって青年はもう他人ではない。自分に、この世に一人しかいない。自分にとって初めての弟子なのだ。

 

 

「お願いワン! もう一回頑張ってみよ? 怪我が酷いって事なら、時間をかけて治せばまた頑張れる。君の憧れたなのはは……今のワンみたいになった時期もあったけど、諦めないでリハビリして、それで今のように元気に」

「そんな事は分かってんだよ!!! 」

 

「……ワ、ワン…………」

 

フェイトは知らない。

 

 

何も知らない。

 

 

今青年に何が起きて、どんな状態であるかを。

 

 

故に心ない言葉が、彼の心を傷つけている事も知らない。

 

 

治る……それは今の青年にとってどんなに残酷な言葉か。

 

 

そしてーー

 

 

 

 

過去になのはが大怪我をしたその時、青年も同じ場所にいて、同じく大怪我をしていた事実も彼女は知らない。

 

 

「俺も高町が堕ちたのは知っている。その時どんなにリハビリを頑張ったかも。……すぐ近くで見てたからな」

 

「近く? 待って、それってどういう」

 

「……あの日、俺も同じ任務に出ていた。それで……俺も同じように……堕ちた」

 

「っ!? ……ほ、本当なの? 」

 

「どうして俺があの子に憧れたと思う? あの子が……絶対に諦めなかったからだ。 あんな怪我してたんだぜ? どうしてこんなにも強くいられるんだって思ったよ。しかも、それで現役復帰まで持っていくんだ。本当に信じらんねータフネスだ」

 

「でもだったら!? それを知ってるならどうして!? 」

「ダメなんだ……」

 

 

深く、深く……青年はかすれるように、泣き出しそうな声を絞り、フェイトにそう告げる。

 

フェイトは黙って次の言葉を待った。

 

恐怖を……知る恐怖を抱きながら、彼女はやっと青年の今の状態を……知った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リンカーコアが消滅した……んだ。だから……もう魔法は使えない」

 

 

 

 

 

フェイトの胸に残ったのは後悔。踏み込み過ぎた故に知らず知らずに青年を傷つけてしまったという後悔だった。だから彼女はこれ以上青年にかける言葉が見つからず、彼が一人にしてくれ言われ仕方なく病室を後にする。

けどこれはフェイトに限ったことではない。誰の所為でもない為に青年に対しては誰も手を差しのべられなかった。不毛にして無駄な状態。

 

人格が変われば接し方もわからない。フェイトやなのははどうすることもできなかった。

 

一方当の本人はそれに対して前向きになることが出来ない。医者にも治せず、他の道を探す他ない青年は、完全にマイナス思考だった。今の仕事には何の支障もない。でもだからといって無視するには欠けた物が大き過ぎた。

だが本来今すぐに人生を左右してもおかしくないその欠落したリンカーコアは今すぐではなく、じわじわと毒のように青年を苦しめた。そう、この事が今後、青年の人生を完全に狂わせる事になる始まり。

 

 

マイナスだったところに上乗せして嫌なことが起こればそれは掛け算の如く何倍にもなる。

 

 

仕事に復帰した青年を待っていたのはそんな絶望だった。

 

 

「お、ワン! はは、やっと戻っきやがったかこの野郎! 」

 

「先輩……心配かけました」

 

「ん? あ、おい!? ……どうしたんだ? ……あいつ? 」

 

 

一体誰が噂を始めたのかは一切わからない。根源は謎のまま、よくない噂が管理局で流れていた。青年が復帰して最初に感じたのは今までと違う感覚。同じ部隊の人間はそうではないが、その他の管理局員の目が明らかに今までと違っていた。

 

 

人は……少数ではなく多勢になればなるほどその意思を……考える力を失う。どんなに自分がそう思っていなくても、結果的に周りに流されてしまう事は珍しくない。青年に訪れた不幸な噂はそれが原因で生まれた偶然の産物だった。

 

 

 

 

『魔法を失った』

 

 

『魔導師生命を絶たれた』

 

 

『今まで魔法の使えた人間が魔法を失ったら管理局に居場所などない』

 

 

『哀れ』『不幸』

 

 

そしてーー

 

 

 

極め付けは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『役立たず』

 

 

 

 

 

 

 

 

例え聞こえないふりをしても、そういった噂は不思議と本人の耳に届く。ひそひそ声でも何故かハッキリと聞こえてしまう。

 

 

「うっ!? てて……悪い」

「悪いだ? てめぇ前も見て歩けないのか? 」

 

「おいコイツあいつだよ」

 

「あ? あーあの役立たずか」

 

「っ…………」

 

「へへ、本当に噂通りの人間らしいな? 戦う事も出来ない、誰かのサポートも出来ない。そんなんでよくここにいられるな? 」

 

いろんな人間が所属する管理局では稀だがこういう人間もいる。たかが肩がぶつかっただけでつっかかる。他者の弱点をえぐり、その傷口を広げる。言わなくてもいい事をいい、自分が圧倒的に優れている事をいい事に、下の人間を蔑む。

 

圧倒的格差。そう勘違いをしている人間。

 

 

「戦う事だけが……仕事じゃない。俺の仕事は事務だ。戦う力なんて必要ねぇよ」

 

「ハンっ、負け犬のセリフだな? ならお前は守って貰うだけか? もし管理局が窮地に陥った時、お前はただただ怯えながら逃げるただの……負け犬ってわけだ? フフ、ハハハ! 」

 

同じような事は、青年が復帰してから何度かあった。しかし今日はいつもと違っている。何が違っているかと言えば、青年の精神的なボルテージが、変化している事だ。本人すら気がつかないうちに、内にある何かが青年の精神に影響を及ぼしていた。

 

普段なら問題なく聞き逃せた言葉。

 

普段ならやり過ごせたはずの青年の精神的な受け皿。

 

 

まるでそんな物は鼻からなかったかのように、その日青年という人間は破綻した。

 

「……お前……なんつった……」

 

「あ゛? 耳も悪いのか? 負け犬って言ったんだ! もう一度言ってやろうか? いや、何度でも言ってやるぞ? 負けいぶっ!? 」

「なっ!? テメェ何しやが……る…………な、なん……だ…………」

 

最後の言葉を聞く事なく、青年をバカにしていた武装隊の男は、青年に殴り飛ばされた。当たり前だが、側にいた男の仲間はすぐに青年を黙らせようと動くが、瞬間そこにいた4人全員の動きが止まった。

 

動かなかったのではない。動けなかった。悪寒、寒気、恐怖。表現は色々あるが、誰も青年に反撃をする気を起こしていない。むしろ状況は逆だった。

全くと言っていいほど想定外な青年の変貌。怒りと共に青年の力は覚醒する。黒く、優しい目をしていた右眼は、いつの間にか金色へと変色し、怪しい光を放ちながら目の前の4人の動きを止めた。

 

 

青年をバカにした4人は、誰一人として冷静さを保っていない。何故なら、役立たずと思っていた人間が信じられないほど殺気立ち、自分達を睨みつけているのだから。

 

「お、お前……なんだ……」

「く、くそ、ふざけんなよテメェ!? 魔法も使えない『髪も無い』、タダの役立たずのくせに!? 」

 

「あ゛? おいコラ……何が……ないって言ったこの野郎」

 

「は? い、いや、だから魔法が」

 

「魔法? ちげーよ、その後だ。髪がない? それが何だってんだ? ふざけてんのはお前らの方だろ? 髪がないといけないのか? 役立たずと髪がない事を何故セットにされなければならない? ……何故……」

 

 

 

髪がない。

 

 

それは青年にとって実は、魔法が使えない事よりもショックを受けていた事だった。確かに総合すれば魔法が使えない方が問題なのかもしれない。でもそれはあくまで外見では他人からは判断できないし、知らない人間はツッコミようもない。しかし髪がないのは違う。身体的に頭が美しいほどツルツルになっていれば気づかない者などまずいない。ましてや本人に言わないまでも、影ではその事についてつい話題に出してしまう。

それはまだ20歳そこそこの青年にはとても我慢のできることではなかった。

 

ブチギレ、この時青年は手が付けられないほど感情の高ぶりをみせる。まるでそれに合わせるかのように右眼の輝きを鋭くし、青年は……

 

 

 

 

吠えた。

 

 

 

「ない……髪がない……だと? 言ってみろ……もう一度言ってみろぉぉぉおおおおおおおおお!!! 」

 

「っ!? なっがっ!? 」

 

 

青年は今自分が何をしているのか全くと言っていいほど理解していなかった。ただただ、怒りにまかせて拳を握り、近くにいた人間から殴り飛ばしていく。

しかし仲間がやられ、次は自分だと感じた人間が、何の抵抗もなしにやられるわけもなかった。青年の拳に対し、魔法でシールドをはり、その拳を防御する。

 

 

「そ、そんな拳なんか魔法さえあれば……ハッ!? ……い、いや……なん……でばっ!? 」

「…………」

 

「ひっ!? ……ば、化け物!? 」

 

 

再度言っておく。この時、青年は自分が一体何を『しでかしたか』をまるで理解していなかった。

 

タダの物理攻撃。それも拳を使っただけの何の魔力補助も行なっていないその拳で、青年は武装隊として出ている局員のシールドをまるで紙のように破壊し、最初から何もなかったかのようにそのまま殴り飛ばすという魔法が基準の世界では常識的に考えられない事をやっていた。

 

普通の人間がどんなに力が強くても、前線に出ている魔導師の魔法によるシールドを壊す事など理論上不可能な事。

 

「なんなんだ!? 何だお前!? 」

 

「は……はは……なぁ〜? もう一度言ってみろって。ほら、ハゲって言ってみろよ」

「ま、待て!? 俺達はそこまで言ってな……っ!? ぁぁ……ゃめてくれ……ぇ………俺達が悪かった!? だから、な? な? ……ひっ!? 」

 

「言えって言ってんだ……てめぇ聞こえねぇーのか? 」

 

「た、助けてくれぇぇええええええええええええ!? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日、4人の武装局員を病院送りにした青年は一時的に拘束され、簡易牢獄へと入れられた。

そしてこの噂はたちまち管理局中を信じられない速さで駆け巡り、彼を知る者。同じ部隊の仲間は耳を疑った。当然なのはもその1人。

 

こうして青年は知らないうちに居場所をなくしていった。けど問題を起こしたと言うのは大したことではない。むしろここで問題なのは魔法の使えない人間が4人の魔導師を倒してしまったと言う事実。

 

 

 

そう、青年はこの頃から大多数の仲間に危険視され、独りになり始めていた。

誰にも理解されず、よくない噂だけが大きく拡大していく。

 

 

「どうしてこんな事をしたんだ? 」

 

「…………」

 

「君の事は知ってるよ。何せ、僕の義理の妹がよく君の事を話していたからね。初めて弟子ができた……って。もうわかるだろ? フェイトだよ」

 

 

「……ハラオウン提督があいつの兄? はは、どうりで聞き覚えのある名前だと思った。有名なのはエースだって事実だけじゃないみたいだな」

 

 

「……仮にも僕は君の上官だ。その言葉遣いは褒められたものじゃない。それでも僕は気にしない方なんだが、全員にそれでは少し君が心配だ。と言うよりも……何かあったんじゃないのか? 言ったとおり、君の事はフェイトから聞いて知っている。でも今の君は彼女から聞いていた人間とはまるで違う。真逆といってもいい。僕でよければ相談に乗るし、できる事はしてあげるつもりだ」

 

 

青年が牢に入れられてすぐ、彼の元にひとりの人間が訪れた。それはクロノ・ハラオウン……フェイトの兄。義理だがそれでも妹思いの優しい人間だ。

彼は青年と話をする為にここへ来た。自分が聞いていた人間性と今目の前にいる青年の人格があまりにもかけ離れていた為だ。だが、クロノはここに来て一つわかった事がある。

人を見る目は確かにあるクロノは彼を見て、あることに気づいた。今見据えている彼の目が、完全に前を向いていないという事を。

 

 

クロノはこれまで沢山の人間と関わって来た。同じ組織の仲間や協力組織の仲間。そして民間人や犯罪者まで数え切れないほどの人間を見てきた。しかし青年はそのどの人間にも当てはまらない。

 

どんな人間でも心の根っこでは希望を求めている。隠しても隠し切れず、瞳の奥にはほんの少しでもチャンスがあればと一雫の希望を抱いているものだ。

だからたとえそれがどんなに小さかろうと、人は希望を持たずにはいられない生き物である。

 

だが……

 

 

 

青年にはそれがなかった。

 

 

「なら……俺に構うな。もういい」

 

「……悪いが、それは逆に断らせて貰う」

「あ? 」

 

「僕は、仲間1人蔑ろにする提督ではありたくない。君が妹の弟子であるなら尚更な」

 

「は、はは……妹がお人好しなら兄も兄か……余計なお世話だってんだ」

 

「フフ、悪いが僕は君にそんなお世話をしたくてたまらないんだ。ほっとけなくてね(今君を見離してしまったら……君は道を踏み外してしまう気がするんだ。それも、一番良くない形で)」

 

 

クロノはそれからというもの、よく青年の場所を訪れるようになった。それは青年が簡易牢獄から解放されても変わらない。ただただ、たわいもない話だけをし、はたから見ても世間話をしに来ているようにしか見えないこの状況は、そっけない態度をしていても、その時だけはなんとなく青年を暖かい気持ちにさせていた。

 

 

 

 

そうーー

 

 

この時だけ……

 

 

 

いっときのマヤカシ。

 

 

 

クロノは気づくべきだった。

 

 

もっと慎重になるべきだった。

 

 

何故ならこの時、青年とはまるで関係ないところで、噂という火種は確実に大きく、そして青年に牙をむこうとしていた。

青年に妹の弟子だからという理由だけでなく、1人の仲間として接し、良かれと思って心を開こうとしたクロノの行動は、その火種に油を注いでいた。

 

 

今まで、魔法が使えなくなったなどと、たったそれだけの理由でよくない噂が流れた所に、管理局の提督クラスの人間が青年に目をかけ始めた。そんな僻みにも似た噂が付け加えられる形で管理局では噂になっていた。

 

鋭く鋭く……その噂はまるで青年を殺す準備をするかのように、時間と共に鋭利になる。

 

なのは……フェイトがこの事に気付いた時には、もう遅かった。

 

 

何故ならその時にはすでに目の前で事が起こった後だったからだ。

 

 

だがそれを語るにはまず、彼女の存在が重要不可欠となる。

 

 

 

 

八神 ヴィータ。

 

 

八神という姓がついている理由は、なのは達の親友にして青年に広域魔法をぶつけてしまった八神はやての家族だからである。しかし彼女が青年と知り合いと言うのは家族や友人は全く知らない。彼女自身内緒にしていたわけでは無いが、青年と彼女は古い友人どころか親友であった。

 

昔まだ青年となのはが墜ちる前、青年が魔導師として現場にでいた頃に同じ任務で仲良くなった2人。

彼女と青年は互いに決して恋愛感情はなかった。ただ気軽に気の合う友人。背中を任せて安心できる戦友。2人はそんな間柄だった。

 

だが青年となのはが堕ちた日。

 

 

青年にとって人生の分岐点とも呼ばれるこの日。

 

 

 

全ての真実を彼女だけが知っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは残酷な雪の夜の話。

 

 

 

「んあ? なぁ〜? お前なんでさっきからなのはの方見てんだ? あ! ははぁ〜ん、さては惚れたのか? な〜な〜どうなんだよ。なのはの事どう思ってんだ? なぁ〜ってワン 」

 

「いや、違うって。ただ有名な子だからどんな子なのかと思っただけだよ」

 

「本当か〜? ま、あいつの本性はただの砲撃魔だからなっぶっ!? 」

「聞こえてるの! 」

 

任務の帰り、青年とヴィータはたわいもない会話をし、その内容を聞いていたなのはに横からスフィアを叩き込まれるという少しおちゃらけた、なんでもない日常だった。

 

ただ違っていたのは、なのはの体調がほんの少し悪かった。ただそれだけ。

 

帰り道、想定外の襲撃を受けたとはいえ、なのはは日頃の任務の疲れや昔の無茶が祟り、正体不明の敵の攻撃を避ける事ができず、あっさりと堕とされた。

しかしここで疑問に思う事があるだろう。何故青年も一緒に堕ちたかという事だ。

 

彼はなのはを庇った。けどそれならばなのはがここまで重症であるはずはない。実は彼はなのはが堕ちた要因とは全く別の攻撃を庇って堕ちていた。

 

その夜の出来事をヴィータは忘れない。

 

彼女は全てを見ていた。なのはが堕ちた瞬間、その背後から何かが彼女めがけて飛んできた瞬間を。

そしてその何かからなのはを庇って青年が代わりにそれを受けた所を。

 

 

厳密に言えばヴィータはその何かの正体を知っていた。古より、膨大な時間をプログラムという形で体現している彼女だから知っていた。

 

 

「なん……で……嘘だ……どうしてよりにもよって……」

 

 

それは……どんな物より残酷で危険なロストロギア。ある生物を模して造られた物だという事を。

 

 

「なのは!? しっかりしろなのは!? おい……ワン……起きろよぉ……なんでだよ……誰か……誰か助けてくれぇぇえええええええええええええ!? うわぁぁああああああああああああああああ!? 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真実はどこかでねじ曲がった。誰も真実を知らない。だからその事実をヴィータだけが知っている。

 

また彼女はその出来事以降……全く青年と関わらなくなった。厳密に言えば関わるわけにはいかなかった。何故なら彼女の存在は今の青年にとって一種の爆弾となりうるからだ。

というのも、青年はある物に寄生された状態だった。勿論普通の医療検査などでは出てはこない。青年はそれに取り憑かれた瞬間からすでに細胞レベルにまで侵食され、引き剥がすのはほぼ不可能だった。

 

ただ一つ。

 

青年が何事もなく人生を過ごす方法は夜天の主である八神はやてと関わりを持たない事。

 

 

そもそもこの寄生型ロストロギアはベルカのとある王が、大戦時にある生物を模して創り出した失敗作にも等しい代物であった。ただ寄生しただけでは何も起きず、何も気づく事はできない。しかしある条件下でのみ覚醒し、辺りを破壊して消滅するただの爆弾のような存在。

 

その条件は夜天の主の魔法による攻撃、又はその存在と同等の性質を持つものとの戦闘。

 

つまりこのロストロギアは、対夜天の書として作られたものだった。

 

だからヴィータは知っていた。それがどんなものでどんな存在かを。

 

彼女は古の戦いで今の青年と同じくらい親しい親友をそれで亡くしていた。故に彼女からすれば忘れることのできないトラウマであろう。だが宿命は彼女を逃しはしなかった。

結果的に青年は空港火災ではやてによる魔法をモロに受けてしまった。これは完全にトリガーとなっていた。

 

今まで眠っていた青年の中のものを覚醒させ、呼び起こしてしまったのだ。

 

 

「なんであいつなん……だよ゛……どうして……でも……やらなくちゃ。私が終わらせなくちゃ……ダメなんだ。私しか……私しか知らないから……あ……」

 

青年が目を覚ます前。はやての攻撃を受けたと聞いたヴィータは全てを終わらせるため。心を痛めながら、今にも泣きそうな顔で青年のいる病室へと赴いた。

 

やらなければいけない。でなければ誰かが死ぬ。

 

 

青年の手で死ぬ。

 

青年を人殺しにはしたくない。

 

 

ヴィータはそんなことを繰り返し考えながら病室のドアを少し開け、中を覗き込んだ。しかしその瞬間、どっとおさえきれない雫が彼女の目から流れ出た。久しぶりに見た青年の顔。さっきまで青年を殺すつもりで来ていた彼女は青年の横まで歩いていくとそのまま崩れた。

彼女がこんなにも泣きじゃくった所は今までないだろう。誰も見たことはないはずだ。

 

「でき……ねぇ……よ。もう……私は幸せなぬるま湯に使っちまって……あの時とは……違う……だから゛……できねぇよ゛……」

 

 

彼女はできなかった。昔、数えきれないくらい人を殺したことのある彼女だが、今の環境と優しい主人が彼女の心をなまくらにしていた。仲間を……ましてや親友をどんな理由があるにしろ殺すなんてできない。ヴィータはトボトボ青年に背を向ける。

 

「みんなに……助けて貰おう。そうすれば、いい方法が……」

 

ヴィータはそこまで口にしてそれ以上言葉に出すのをやめた。

 

ふと……彼女の脳裏をある可能性がよぎった。この事を誰かに相談する。その計り知れないリスクを。

 

青年がロストロギアに侵されているという事実は誰も知らない。でももしそれが管理局の上層部に漏れた場合、青年は間違いなく自由を奪われるだろう。何故なら青年が宿している物は一歩間違えば世界が滅びかねない代物であるからだ。

 

それ故、ヴィータは助けすら求める事が出来なくなった。一度考えてしまうともうその選択肢は選べなかった。

 

 

「ごめん……ごめんワン……私は……臆病者だ」

 

 

これは青年が完全に壊れるまでの二つの偶然の一つ。

 

 

ヴィータが青年を殺せなくなってしまった偶然。

 

 

もう一つは……青年が、全てを呪い、恨み。自分の存在意義を完全に見失ってしまった出来事。それと直結しているのがまさに二つ目の偶然。

 

 

誰もがこんなはずじゃなかった。だから抗いようもない。

 

それは、突然起きてしまったのだから。

 

 

よくない噂が管理局中を駆け抜けて1週間ほど。青年は周りから疎外感を感じながらも仕事は真面目にやっていた。ただ以前ほど仕事に対しての情熱はなく、よく浮かべていた笑みも今では暗く、無表情に等しかった。

そんな青年がその日、予定の変更をなのはに伝える為、訓練所へ赴いた時、それは起きた。

 

 

あくまでもそれは偶然。

 

 

青年がなのはに用があった事、そこにヴィータがいた事、たまたまフェイトが通りかかった事。

 

青年が病院送りにした武装隊4人が、リハビリを兼ねてその教導に参加していた事。

 

 

そして何より……現状で管理局最強と呼ばれる近接魔導師。ハイド・プライマーがその4人の隊長として同行していた事。これが一番よくない要因だった。

 

「あれ? ワンくん? どうしたの? 」

 

「っ!? ……ぁ、いや……」

 

なのはが歩いてくる青年に気づき、なのはの横にいたヴィータが気まずそうに戸惑う。彼女からしてみれば起きている青年と顔を合わせるのは数年ぶりであり、戸惑わないほうがおかしかった。

 

「本日の予定変更。教導予定の部隊からの通達だ。確認しといてくれ」

 

「え、あ、う、うん。ねぇワンくん? 」

 

「なんだ? 」

 

「私……ワンくんに嫌われてるわけじゃないん……だよね? 」

 

「何故そう思う? 俺はそんな事言った覚えないけどな? 」

 

「それはそうなんだけど……なんか……前より言葉が刺々しくて」

 

彼女は変わってしまった青年に、嫌われてるからそんな態度なんだと少なからず思わずにはいられなかった。まるで突き離されているかのような冷たい言動。以前感じた青年の優しさと呼ばれる部分は全くと言っていいほどない。

 

「おい! 」

 

「あ? 」

「久しぶりじゃねーかよ? 元気してたのか? へへ、この間はよくもやってくれたな? 」

 

「お前ら……誰だっけ? 」

 

「このっ!? なんだとコラぁ!? 」

「まぁ〜落ち着けアガタ。こいつがお前らの言ってたバケモンか? ただの事務員にしか見えないけどな? 」

 

「ハ、ハイドさん……でも、こいつは」

 

青年に病院送りにされた4人は青年を認識すると敵意むき出しで青年に突っかかった。しかしそれを隊長のハイドが止め、少し笑みを浮かべると青年に興味津々とばかりに青年の目の前までやってくる。

 

そして……

 

真横からいきなり真っ赤なデバイスを展開すると2メートル以上はあろう大剣型のデバイスを回すように振り抜き、青年の顔の真横で止めた。

 

当たり前だが、なのはは小さな悲鳴をあげ、ヴィータは唖然とその光景を見ている。さらにたまたま通りかかった数人の局員とフェイトが、何事なのかと青年達の周りへと集まり始めた。

 

「フ、今のは反応できなかったのか? それとも俺が止めるのをわかってたって事か? まぁ〜どっちでもいいが……お前、今から俺と戦え! 」

 

「…………」

 

「え、ちょっ、ちょっと待って!? 彼は事務員だし、そんな戦いこの場の責任者として認めません!? それにまだ教導だって終わってな」

「関係ないな! こいつが事務員だろうがなんだろうが、俺の仲間が全員こいつに負けた。って事は少なくても魔法の使えない人間じゃない。悪いが……こいつには仮があるんだ。仲間を傷つけた仮がな? だから邪魔をするな! 高町教導官! オラァ!! 」

 

「っ!? ……え、きゃっ!? 」

 

 

なのはが止める間もなく、あっという間にヒートアップしてしまった2人。ヴィータもまだ動揺が抜けず、動けずいた。ただそれでも止めない訳にもいかず、なのはは2人の間に割って入った。しかしそれでもハイドの方が止まらず、彼はなのはが無防備でいることにもお構いなく再び大剣を振りかぶる。すると、青年はなのはの肩を真横へ押し出すように突き飛ばし、その後ハイドの剣撃を何の抵抗もできずに受けた。

 

そもそも青年には戦う力などない。いや、正確には知らないだけだった。自分の今の可能性を。

 

 

「なのは大丈夫!? 」

 

「あ、フェイトちゃん……う、うん。でも止めなきゃ!? はやくワンくん助けないと!? 」

 

 

一方、突き飛ばされたなのはは力加減を理解していない青年に想像以上に突き飛ばされ、転びそうになったところをフェイトに受け止められた。ただ、フェイトがなのはを心配するもなのははそれどころではない。目の前の青年が心配で冷静でいられなかった。止めようにもハイドの攻撃は止むどころか激しくなり、青年はそれを受け続ける。まるで無抵抗の民間人をただ嬲るように、青年はハイドにボコボコにされていた。

そしてそれを見かねたフェイトがハイドを止めようと立ち上がった時、その訓練場をおかしな違和感が包み込む。

 

冷たく空気が重い。それでいて何かが心の底からふつふつと湧き上がる。それはここにいる人間すべてが感じている事だった。

 

「な、何? この感覚って……どこかで……」

 

フェイトはかつて感じたことがある感覚に動きを止めた。自分がどこかで絶対に感じた事のある感覚。彼女は数秒固まった末、すぐにそれを思い出した。

 

「殺気? ……誰の? い、いや……そんな事あるわけ……え? あれ、ヴィータ? 」

 

「や、やめ……そ、それ以上やったら……取り返しのつかない事に」

 

 

そう、フェイト達が感じたのは間違えなく殺気であった。しかもそれは動物や、次元世界の大型生物と戦っている時にしか感じたことのない野生の動物が放つような本能にも似た物。ましてやそれがボコボコにされている青年から発せられているとなれば、フェイトも信じられるわけがない。

 

またその殺気は大剣で殴られる度、斬りつけられる度にその殺気は濃く、鋭い物になっていった。

 

「ハンっ、その程度かよ! 反撃一つできねーか? クソ! とんだ買い被りだったみたいだな!! あ゛あ゛? こんな雑魚に俺の部下が負けたってか!!! ……ん? っ!? 」

 

「はぁ、はぁ、はぁ……るせぇ……」

 

 

ハイドはトドメと言わんばかりに大きく大剣を振りかぶるとそれを何の躊躇もなく青年に叩きつけた。しかしその瞬間、ハイドは驚くように固まる。砂埃が起き、何も見えなくなった中……それが晴れると、そこには右手で大剣を受け止めている青年がいた。

 

「は……はは、なんだよ。やりゃ〜できるじゃねぇか。そうだ。それでいい! 俺にお前の本気を」

「う、らぁ!!! 」

 

受け止められ、最初は驚いたハイドだったが、タダでは終わってくれない青年に内心喜びを隠せなかった。ハイドは単に仲間がやられたから報復をしているわけではない。実は彼は、自分の仲間を4人も倒せる程の男が本物なのかが知りたかっただけだった。

そしてもし本物なら自分の部隊へ引き抜こうとまで考え、挑発じみた事や強引に痛ぶる真似をしていた。全ては青年の力を引き出すために。

 

だが……次の瞬間、ハイドの余裕は粉々に吹き飛ぶ事になった。青年は受け止めていた大剣を左拳で叩き、デバイスをまるで木の棒のごとく叩き折ったのだ。当然だが、それで動揺しない人間などいない。

 

「なんっ……だと……ちっ! 」

 

2人の戦いを傍観していた数十人の局員は信じられないと言わんばかりにその戦いに魅せられていた。青年が魔法を使えない事を噂で知っている為に、何かの間違いではないかと誰もが目を疑っていた。何故ならハイドのデバイス、デュランダルはデバイス中最高度を誇る硬度を有しており、その硬さは5トンの衝撃にも耐えうる頑丈さを誇っている。その事実は管理局でも有名で、管理局最強とはそこからきているといっても過言ではない。

 

決して折れない大剣。無敗の大剣士。青年はその異名をハイドの自身の元であるデバイスごと粉砕してしまった。

 

 

「デュランダルが……折られた。は……はは。はっははは! いいぞ!ますます気に入った!! 」

《リカバリー》

 

「はぁはぁ……はぁ」

 

「お前、俺の部隊に来い! どんなネタかはわからんが最高だ。お前になら背中を預けても文句はない! 俺は探してたんだ、俺と同格になりうる男を! だから俺の……っ!? 」

「るせぇ……うるせぇぇえええええええええ!!! 」

 

ハイドと青年。後に望むと望まずに関わらず、管理局のツートップとして名を馳せる事になる2人だが、この時……2人の温度差はあまりにも激しかった。

 

かたや相棒を求め、かたや平凡な日常を求める。この2人はいつだって対極にいた。

 

「おいおい……少し悪ノリが過ぎたか? (あの右眼……何かおかしい。だんだん金色に変色してきているのか? 元が黒いだけに余計目立つぞ。だがまぁ……)面白すぎんだよお前!!! 」

 

 

青年自身は気づいていないが、青年の右眼は時間が経つにつれ黒から金色へと薄く薄く、徐々に濃く変色していた。勿論この変化はなのはやフェイト達も気づいており、何も手が出せないまま青年がおかしくなっていくのをただ見ているしかできなかった。しかし青年の右眼が金色に近づくにつれ、その身体能力は飛躍的に上昇していく。ただ怒りに我を忘れている青年は全くその事には気づいていない。

 

そして、青年は高められていく威力の拳を何の躊躇もなくハイドに叩き込んだ。だがその攻撃は幅広いデュランダルの刀身にとって受け止められ、拳を受けた部分は軽くひび割れる。

 

「このクソ野郎!!! 」

「うっ!? は、はは! いいね? 俺こんなに気持ちが燃えてるの久々だよ。だから、本気出してもいいよな? デュランダル! 」

 

《オーケイ! Second mode……mission START! 》

 

「はぁぁああああああああ、でりゃぁぁああああ!!! 」

「なっぐあっ!? 」

 

デュランダルの電子音が鳴り響いた直後、真っ赤なデュランダルの刀身は黒く染まり、ひび割れた部分を高速で修復し始めるとそこから膨大な魔力が溢れ出始め、その魔力圧のみで青年を吹き飛ばした。

青年は受け身をとったが、顔を上げてすぐその目の前にハイドの大剣が迫る。防御する暇もなく青年は下から振り上げられた大剣にぶっ叩かれ、身体を真上へとかち上げられると、そのままグルリと回転して再び構えたハイドに今度は上から下へはたき落とされ、地面へと強烈に叩きつけられた。

 

「これで終わりだぁぁぁああああああ!!! 」

「がかっ!? 」

 

静まり返る訓練場には思わず口元を両手で押さえてしまっているなのはが、目を逸らしてしまっているフェイトがそれぞれ複雑な思いで動けず固まっていた。

 

「ふー! 終わったろ」

《mission complete! count zero……mode reset》

 

プシューっと熱を帯び、熱くなった本体を冷却するようにデュランダルから蒸気が噴き出すとデュランダルは元の赤い刀身へと戻り、ハイドは青年が中心にいるであろうクレーターから背を向け歩き出した。

そしてそれと入れ替わりになるように、いつのまにか走り出していたなのはとすれ違う。その際、なのははハイドを憎むように睨みつけた。

 

「ワンくん!? ワ……はうっ!? え……な、何……今の」

「つっ!? ……おい……何の……冗談だ」

 

青年の元へ走っていたなのはは突然動きを止め、背を向けていたハイドも驚いて振り返る。悪寒……突如恐ろしいほど冷たい、背筋が凍りつくような感覚を近くにいた2人は感じた。

 

それは到底人が放っているなどと思えない。まるでそこに化け物でもいるように。濃密で冷たく。息をする事も忘れてしまうほどの殺気。

 

 

「ぐっ……クソ……たれ。……構うなよ……もう俺に構うんじゃねぇぇええええええええええええええっ、くそがぁぁぁぁぁあああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!!! 」

 

「なん……っ!? かっ、はっ!? 」

《破損……機能……テイ……止》

 

 

この日……

 

 

 

この時……

 

 

 

この瞬間……

 

 

 

不完全だった青年の中の怪物は完全に目覚め始めた。それまで薄かった右眼の金色は色濃く完全な金色にか輝き始め、左の黒い瞳との色合いがあまりにも違うため、他人から見れば異様な姿と言わざるおえない。また、覚醒した青年は丁度1分前とは比べ物にならない程身体能力が向上し、それはもう生身の人間が到達できる領域を完全に超えてしまっていた。

 

ハイドが異変に気付いた時にはもう遅く、青年が目の前に移動してきた事すら目で捉える事も叶わない。とっさに青年の拳と自分との間にデュランダルを滑り込ませたハイドだがそれは何の妨げにもならず、デュランダルに拳が接触した瞬間に柔らかい飴細工を殴ったかのようにハイドの相棒を粉々に破壊する。

自分が一体何をされたのか、どこに攻撃されたのかをハイドは拳をお腹に撃ち込まれたにも関わらず認識できていなかった。

いや、それ以前にハイドの脳は青年の姿を目の前に見た瞬間、機能を停止していたというべきだろう。

 

 

戦略、戦術……似たような言葉の羅列をいくら駆使したところで、今の青年は止められない。

 

 

「おら゛! おら゛! おら゛おらオラオラオラ!!! 」

「うっ!? おぶっ!? がほっ!? 」

 

「やめろ!? ハイドさんが死んじまうぞ!? 」

 

 

何故なら倒れていようが死んでいようが、青年は止まる気すらない。正確にはこの時理性が働いていなかった。本能のみで暴れ、本能で敵を察し、相手がこの世から消えるまで拳を強打し続ける。まさにバーサーク状態だ。

 

「ちきしょ……くっ……う……う゛わ゛ぁぁああああああああああああああ!? ア゛イ゛ゼン゛!!! 」

「あぶっ!? 」

 

そんな青年の姿を見せられたヴィータは自分の相棒を展開すると衝動のままに青年の頭を思いっきり真横からぶっ叩いた。しかし彼女自身、青年を諦めきれていない為、どこかでその力は緩んでしまう。仮に彼女が正真正銘本気の一撃を放っていれば、ここで青年は殺せただろう。

 

「ヴィータちゃん何して!? 」

 

「うるせぇ!? 邪魔すんな!!! 」

 

止めるなのはをふり切り目から雫を流し、悲痛に顔を歪ませながらヴィータはアイゼンを構えた。今の一撃で数十メートルぶっ飛ばされたダメージの抜けない青年はフラフラと立ち上がるがその瞬間を彼女は逃さない。

 

そして……

 

 

 

ヴィータは今一度青年へと相棒を両手で殺すつもりで振り下ろした。

 

 

「ぅぃ……タ」

「っ!? ……うっ……うくっ……なんで……なんで呼ぶんだよ……名前なんか……呼ぶんじゃねーよ!? 正気に戻んなよ!? 」

 

「ヴィ……タ? なんでなんだ? お前今殺そうとした……だろ? ……何か知ってるのか? じゃなきゃ……お前がこんな事……そんな顔しない」

 

 

結果的な話をしてしまえば、ヴィータは青年の顔の前でアイゼンを止めた。怒りで暴走していた筈の青年に名前を呼ばれ、後一歩のところで彼女は躊躇を見せてしまったのだ。弱くなった心を彼女は憎み、感謝する。

 

「ごめん……ワン。私は……臆病だ。お゛ま゛え゛を……殺したく……ないんだ。それが間違ってることもわかってる。わかってるんだ。だって……だってお前は……お前はもう人じゃねぇんだ!? 人とは……もう呼べない身体になっちまってる。このままだと……お前の意思に反して人を殺す可能性がある。今のがいい例だ。だから……せめて私に手で……全部私の所為だから」

 

「人じゃ……ない? いや、身体はなんとも」

 

「その金色に変色した右眼……それはお前が人じゃなくなった証だ。イービル因子感染者の覚醒兆候……それが発現したからには……後戻りなんてできねぇんだよ!? ……だから、だから゛……ごめん。許してくれなくていい。一生怨んで祟っていいから……み、みんなの……みんなの゛だめ゛に゛死んでくれ゛!! ……う、う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!! 」

 

誰も……彼女を知る人間が聞いたことのない断末魔のような雄叫びはそれを聞く者の心を動かした。やらせてはいけない。仕方ないにしても彼女にそれをやらせてはいけない。

なのはやフェイトに関わらず、たまたまこの場にいた数十人の局員はその雄叫びを聞くとともに一斉に走り出す。ここには誰一人管理局員としての正義をはき違えてるものはいないのだ。

 

ただ……間に合うか間に合わないかと言われれば、間に合う筈もない。ヴィータが放つのは人を殺せるような一撃。だからそんな威力の一撃を誰かが止めることなどできるわけもなかった。

 

「ヴィータちゃんダメっ!? やめてぇぇえええええ!? 」

 

「ヴィータだめだ!? ……え……嘘……」

 

 

轟音の先に……青年は右手で軽々とアイゼンの一撃を受け止める。ヴィータの一撃は間違いなく人を殺せる必殺の一撃であった。それはこの場にいた誰もが感じていた事だろう。

 

「はぁ……はぁ……くっ……ワン……ワ゛ン゛。ごべん゛……ごめ゛ん゛……うっ、う゛わぁぁぁ…………」

「何を謝るんだ? もういい。ヴィータ? 俺が死ななきゃいけないにしても、お前が殺す必要はない。俺は……誰かの手を俺の血で染めるなんてごめんだ! だからもういい。自分の事は……自分で始末をつける。……ははは……お前はいつもそうだよな。1人で抱えて、自分の事じゃねーのによ。でも……サンキュ、ヴィータ。俺なんかの為にありがとう」

 

青年はその場に泣き崩れたヴィータを抱きしめ、ただお礼を言った。この言葉でヴィータがどんなに救われているか、青年は知らない。しかし青年はこの時、ヴィータの背負う覚悟を受け、自らも覚悟を決めた。

 

死ぬにしても生きるにしても……タダでは終わらせないと。

 

自分の中にある物が何かは青年は知らない。だが、向き合わずに自分を諦めるのは彼の魂が否定していた。決して諦めない。最後の最後までどこまでも食らい付いて生き残る。今の青年はその覚悟をした。

 

「ヴィータ。俺行くよ。お前に迷惑はもうかけない。お前が心配するような事にはさせないから」

 

「ぁ……まっ……て……ま…………」

「待ってワンくん!? 」

 

ヴィータに別れを言うように、青年は立ち上がる。でもヴィータは意識が保てないのかひたすら小言のように青年を呼び止めようとした。しかしやがて意識を失う。するとその時、黙っていたなのはがヴィータの代わりに青年を呼び止めた。

 

「これから……どうする気なの? 身体がおかしいなら……管理局の医療チームに診てもらおう? ヴィータちゃんの家族のシャマルさんだっているし、きっとなんとか! 」

 

「いい…」

 

「いいって……ダメだよワン!? 君の体はそんな事言ってるような状態じゃ!? それになのはの言う事はもっともだ! 大事になる前に、診てもらわないーー」

 

必死に呼び止めているフェイトの言葉はこの時途中で掻き消された。では一体何に掻き消されたのか。

 

それは大きく息を吸い込んだと同時に大声をあげた……

 

 

青年の声だった。

 

 

「うるせぇ! うるせぇんだよ!! どういつもこいつも……もう二度と俺に構うなぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!! 」

 

これ以上ない拒絶。フェイトもなのはも……そこにいる局員全員がその声に圧倒され、言葉をやめた。しかし青年のこの拒絶は投げやりではない。誰かを嫌ってでも、ましてや本当にうるさいなどと思っての事ではない。

 

青年はこの時本能で理解していた。自分に中には何かがいる。息を殺し、自分の気がつかない所で小さく……そしてだんだんと大きくなりつつある何かの存在を。

 

神か悪魔か……その明確な存在を青年は知らない。だがヴィータが誰にも相談せず、悩んだ末に自分自身の手で青年を殺そうとした事で、青年は自分の中の何かは恐ろしく危ない物だと察していた。この先同じ理由で彼女と同じ事は誰にもさせない。他の知らない誰の手であっても自分は殺させない。自分の命は自分でケリをつける。

 

この時の青年はそう並々ならぬ覚悟を決めていた。

 

しかし青年は気づいていない。

 

自分の決めた覚悟は、結果的にある一つの願い……その怪物の力を増大させるだけの原動力にしかなっていないという事実を。

 

 

「俺の中にいるものが何であれ……タダで死んでやるものか。俺は俺のやり方でこいつと決着をつける。そしてどうにもならない時は……俺と一緒に死ね……化け物。だからそれまで……俺は絶対に死んでやらねぇぞ。俺は……最後の最後まで『生きる』! 」

 

決意の言葉。もはや訓練所を出る瞬間に吐いた言葉を誰も聞くすべはない。青年にとって、青年の中にいる化け物にとって……最後に口にした言葉はこれ以上ないくらいの2人の始まりの言葉。

 

【もっと……うふふふふ……はぁ〜……美味しい】

 

 

胎動を続ける怪物は静かに……求める。自分の願い。怪物の行動理念と目的の為。また、青年が全てに絶望するまでの目的。誰もが普通にやっている生きるという、ただそれだけの青年にとっては重すぎる願い。

 

【もっと私に生を……ちょうだい? 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何言っているのか分かってるのか? 」

 

「貴方は前に俺を助けてくれると言った。なら……それが救いになる。クロノ提督」

 

「ダメだ! 君はわかってるのか? 確かに僕は君の助けになりたいと言った。だが、こんな事が助けになるなど僕は到底思えない! 前線にすら出ていない君を、ましてや魔法も使えない人間を最も危険な任務を扱う場所へ送るなど……くっ……自殺願望があるとしか思えないだよ!! 何故だ!? 納得のいく理由を聞かせてくれ! 」

 

騒動から早3週間。青年はクロノのいる部屋へと訪れた。最初はやっと自分を頼って来てくれたと内心喜んだクロノだが、青年の言葉を聞くなり取り乱す事になる。机を強く叩き、真剣な顔で青年を睨みつけた。ただそうなるのは当たり前で、青年が願ったのは部隊の異動。それが普通の場所であったならクロノも喜んで受け入れただろうが、青年が希望しているのは管理局の最前線の中でも最も危険とされる部隊。大型の危険生物や大規模なテロリストを殲滅する為にあるいわば、死に一番近い場所。だからクロノは認める事が出来ないでいた。

 

「俺は俺を知らなければいけない。自分の為に……仲間の為に。理解してもらおうとは思わない。だから……貴方にお願いしに来た」

 

「何故僕なんだ? 確かにそこへ手っ取り早く異動できるとすれば僕を使うのが一番早い。でも腑に落ちない。君の目はこの間までの目じゃなくなってる。死んでいない。だから腑に落ちない! 何が君をそうさせる! なげやりじゃなくなったならどうして! 」

 

「……クロノ提督。不躾なお願いですが、貴方のはれる全力のシールドをはって頂きたい」

 

「どういう事だ? 一体それとなんの関係が……まぁいい。今は君に乗ろう」

 

「スゥ……」

 

青年の行動はクロノにはまるで理解できていない。しかしクロノは何より強い目を見せる青年を信じ、何も言わずにそに要求に答えた。自身が張れる最大の防御魔法……それをクロノは青年と自分に間に展開し、青年の方を真っ直ぐに見た。

 

「それで? 何をするつもりなんだ? 別に馬鹿にする気はないが、君に素手で壊される程、僕の腕は鈍ってはいない。ましてや君……っ!? (これは……な、なんだ……動けない……違う……なんだこの異様な感覚は)」

 

クロノは青年が拳を構えた瞬間、何をするのか8割型理解した。だが次の瞬間、クロノは異様な感覚に襲われ、動揺する。

 

「ウラァ!! 」

 

青年の拳が放たれたと認識したクロノはその瞬間全ての感覚が凍りついた。冷たく、どんなに力を入れようとその場から動けない。いや、指一本とて動かす事は叶わなかった。ゆっくり、ゆっくりと青年の拳が近づいているのにも関わらず、クロノはただ呆然とその拳がシールドに着弾するまで眺めているだけ。

そして気が付いた時にはシールドは粉々になり、自分の目の前にピタリと止まった拳が存在していた。

 

 

「…………」

 

「クロノ提督……俺はもう……人間じゃない。今ので……理解した筈だ……ただの人間にこんな事は出来ない。俺はいずれ……管理局でも危険人物となる」

 

「分かった……後の手回しは僕がやっておく」

 

「……ありがとう……ございます」

「ただし」

 

 

すんなりと要求を聞き入れたクロノに青年は素直に感謝を伝える。ただクロノ自身もここでただ言う事を聞くだけの人間ではない。青年の為に何ができるか。何をしてあげられるのか。その答えをすでに出していた。

 

青年の抱えるこの問題は単縦なものでなく、すぐ解決する問題ではない。ましてや今目の前で見た青年の力は放っておくには過ぎたもの。だからクロノは決心した。

 

 

どんな手を使ってでも彼を守ると。

 

しかしそれは外敵からという意味ではない。政治的……管理局という少なからず権力のある組織においての上層部の政治的武力にはさせないと言う意味でだった。

 

 

「君は今日より僕の直属の部下になってもらう。それが条件だ」

 

「……」

 

 

青年は無言ながらもこの条件に頷き、誰も知らない2人だけの契約が結ばれた。

ただ、クロノはこの時青年という人間を把握しきれていなかった。それが、人間でありながら、人間でない。青年という化け物を生み出してしまう要因になる。

 

 

普通の人間は自分の命というかけがえのないものが天秤にかけられた時、恐怖を感じる。

 

生にしがみつき、身の危険を感じればそれに対する防衛行動を取る。生物である以上はこれが本能。決して恐怖しない人間など存在しない。だが、青年は違った。彼は自分の中の何かが目覚めた事をキッカケに豊富な感情と本能レベルで起こるはずの危機感を失っていた。つまり青年は何を前にしても恐怖を感じない。

 

いや……正確には、何で恐怖を覚えなければならないのかがわからなくなってしまったのだ。

 

 

 

そして、この数年後……なのは達から離れ、表舞台から完全に姿を消した青年は再び彼女達の前へと姿を表す事になる。

 

 

 

 

 

 

管理局の怪物【悪魔の拳ーデビル・フィストー】……その拭えぬ二つ名と都市伝説と共に…………

 




次回もよろしくお願い致します!


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