LIFE OF FIRE 命の炎〔文章リメイク中〕 (ゆっくん)
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プロローグ
プロローグ





硝煙と血の臭いが混じった匂い。

辺り一面に広がる死体の山。

苦悶の表情を浮かべる人々。

絶え止まぬ銃声。

一歩踏み間違えれば呑み込まれてしまいそうな戦場の死の光景の中に、少年はいた。






 

 

 

 

「はっ!はっ!はっ!」

 

 

一生懸命ぼくは走る。学校に遅れるからでもなく、好きなテレビ番組が始まってしまうからでもない。

 

 

「待ちやがれこのガキが!!」

 

 

じゃないと、死んでしまうからである。現に、後ろから恐いおじさんたちが追い掛けてきている。手には銃を持っている。勿論狙いはぼくだ。

 

 

今ぼくは、仲間の人たちと一緒に敵のアジトを攻撃している。なんで戦うのか、なんて難しいことは僕にはわからない。だから、僕は戦いたくないけれど、戦わないと仲間の人たちに殴られてしまう。

 

 

イタイ。ヤメテ。コワイ。

 

 

そんなことを言っても、僕は叩かれる。何か言えば言うほど、仲間の人たちは面白がって僕を叩く。時々、理由もなく殴られるけど。

 

 

「ざぁんねぇん!!その先は行き止まりみてぇだなぁ!!」

 

 

恐いおじさんたちの言う通り、逃げていた通路は行き止まりになっていた。

 

 

「さぁてどうぶっ殺してやろうか?あ?どう死にてぇか言ってみろ」

 

 

「リクエストに答えてやろうってかぁ!?良かったな坊主!!こいつが優しいおじさんでよ!」

 

 

ギャハハハ、と仲間の人たちに似た下品な笑いが響く。嫌だ。死にたくない。

 

 

「こいつ…良く見たら日本人の血混じってねぇか?」

 

 

「どうりで肌が白い訳だ……顔も女っぽいしこりゃいけるかもしれねぇ」

 

 

「見境ねぇなお前!!坊主!お前やっぱついてねぇわ!優しいおじさんじゃあなくてやらしいおじさんの間違いでよ!!」

 

 

更に下品な笑いがキンキンと響き渡る。僕に何をするつもりか知らないが、一人の男の人がズボンを下ろし始めた。

 

 

嫌だ。嫌だ。僕は、両方の掌をおじさん達に向ける。

 

 

「………あ?」

 

 

おじさん達がキョトンとした顔で僕を見る。一瞬シーンとした後

 

 

「ギャッーハッハッハッハッハッ!!」

 

 

「ゲホッ!!ゲホッ!!」

 

 

 

顔を見合わせてさっきよりももっと笑い始めた。中には、笑いすぎて涙が出ている人もいた。

 

 

「おい坊主ぅ!!お前コメディアンの素質あるんじゃねぇのか!?」

 

 

「そいつは何のつもりだ?ジャパニーズアニメの××××破でも出すつもりやつかぁ?」

 

 

ぼくのこのポーズを、アニメキャラのまねっこだと思っているらしい。小さい頃、まだお母さんが生きてた頃よく一緒に見てた。

 

 

でもぼくは知ってる。あんなヒーローはうそんこだ。だって。

 

 

「さて冗談はおしまいだ。オレのマグナムが火を噴くぜ」

 

 

もしいたらぼくのこと助けてくれるはずだもん。

 

 

「バーカ!テメェの粗末なもんはデリンジャーがお似合いだ」

 

 

だからぼくは自分で戦う。

 

 

「オイオイ萎えること言うなよ!!つうか坊主。いい加減その構えやめろ。100年修行してもそんなもんでねぇよ」

 

 

戦わなくちゃいけないんだ。

 

 

ドン。そんな爆音が、その場の空気を切り裂いた。

 

 

「なんだ今の音?……あ?あ?あ……?」

 

 

「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

おじさん達が叫び声をあげる。それも当然だろう。ぼくの目の前でズボンを下ろそうとしてたおじさんが丸焦げになっているんだから。

 

 

原因はぼくだ。僕の掌から出た爆発がおじさんを巻き込んだのだ。

 

 

「ヒイイイ!!殺せ!!殺せぇ!!」

 

 

おじさん達が一斉に銃を構える。でも、もう遅い。ぼくは、おじさん達に向かってもう一度掌を向けた。そして、さっきのおじさんみたいに丸焦げにした。

 

 

「ヒギャアアア!!み、水!!水ぅ!!」

 

 

全身が火に包まれながら、おじさんたちは叫ぶ。でもここの周りは砂漠だ、水なんてない。おじさんたちが倒れた後、ぼくはそこから逃げ出した。

 

 

この化け物みたいな力が、ぼくが戦わされる理由だ。死んだお父さんの遺伝らしい。ぼくのお母さんは、日本人だ。

 

 

何でイスラエル育ちのお父さんと出会ったか?

 

 

お母さんはろくな男の人に出会ったことがないらしく、3回目のしつれんでやけになって、アメリカへ傷を癒す旅に出たらしい。要するにしゅーしんりょこーだ。

 

 

そんなアメリカで、男の人にナンパされて連れてかれそうになっていたところをお父さんに助けて貰って、それでひとめぼれしたと言っていた。

 

 

そしてお酒に酔ったお母さんが無理矢理お父さんを連れ込んだらしい。どこに連れ込んだかは教えてくれなかったけど、多分ペットショップだとぼくは思っている。あそこなら『青い鳥』さんもたくさんいるだろうし。

 

 

赤ちゃんは『青い鳥』さんが運んできてくれることだけはぼくも知っているのである。そしてそんなこんなで僕は産まれた。でも、産まれる前にお父さんは宇宙にお仕事に行ってしまった。

 

 

そこで死んじゃったらしいけど、お母さんにたくさんお金を渡していってくれたらしい。そのお陰でお金には困らなかった。でも、お父さんと手をつないでいる他の子を見ると羨ましくなったこともあった。

 

 

その分お母さんがたくさんかわいがってくれた。けれどそんなお母さんが死んでしまった。僕は施設に行くことになってたけど、お父さんの知り合いが僕を引き取ってくれた。こうして僕はイスラエルに行くことになった。

 

 

お父さんは宇宙飛行士だったと思っていたので、兵士だったと聞いた時にはびっくりした。何でも、お父さんがケガをしてしまった時にお父さんを見捨ててしまったことを今でも後悔していたらしく、僕を引き取ってくれたらしい。

 

 

勉強もたくさん教えてくれたし、この危ない力の使い方も一緒に考えてくれた。何より、あの人達は戦うことにきちんとした目標を持っていた。

 

 

でも、ぼくはさらわれてしまった。ぼくが今いるグループの人達にだ。ぼくが不思議な力を使っているところをしゅばるつ、っていうこっちのリーダーの人に見られたらしい。この力のせいで毎日人を殺さなきゃいけなくなった。

 

 

正直、ぼくはお父さんが大嫌いだ。お父さんがこんなものをぼくに残さなければ、貧乏でも静かに暮らせていたと思

 

 

「動くな」

 

 

ぼくは慌てて振り向いた。仲間の人だ。殴られることはあっても、撃たれることはない。そう安心した瞬間、バンという音が響いた後、ぼくのほっぺは熱くなった。撃たれた。僕から流れた真っ赤な血がそれを教えてくれる。

 

 

ぼくみたいな化け物でもきちんと赤い血が流れてるんだ、そう思ってぼくが少しだけ安心していたところを、また殴られた。

 

 

「悪いな化け物。リーダーがお前を殺せとよ」

 

 

そんな。なんで?どうして?ぼくは毎日戦ってきた。それなのに。

 

 

「リーダーが他のグループと同盟を組むことを決めただとさ。そん時お前の存在が非常に邪魔くさいんだとよ。……お前は人を殺しすぎたからな」

 

 

ぼくだって殺したくて殺した訳ではない。殺さないと味方の人にも敵の人にも殺されるから殺してきたのだ。

 

 

それなのに。

 

 

「お前の首1つで今までのことぜーんぶ水に流せるんだから本当に相手のグループのお偉いさんは懐が深いよなぁ。ってな訳で死んで貰うぜ」

 

 

ぞろぞろと、仲間の人たちが出てくる。みんなぼくの力について知ってるはずだから、抵抗しても無駄だろう。

 

 

腕を上げる前に腕を蜂の巣にされるはずだ。ぽたぽたと、涙が出た。まだやりたいことがたくさんあった。いつか、生きていればこんな地獄から抜け出せると思っていた。それなのに。

 

 

「……悪いとは思ってるぜ。お前のおかげで甘い汁も相当吸えたしな」

 

 

やっぱり、この世界はとことん冷たい。そう思うと、不思議と未練がなくなった。ギュッ、と瞼を固く閉じる。せめて一瞬で死ねますように。

 

 

「なーにやってんだお前ら」

 

 

ふと、聞き慣れない声が飛び込んできた。声の主は誰だろう。そんな僕のぎもん(・ ・)の答えは、すぐにわかった。

 

 

入り口のところに、2人の男の人が立っていた。1人は体が大きくて、とてもがっちりとしている。髪も黒いし、日本人だと思う。サングラスをかけ、顎に髭を生やしていていかにも強そうだ。服装は、真っ黒なスーツだ。

 

 

もう1人の方は、僕より6つ7つぐらい年上のお兄ちゃんだ。色は僕よりもずっと白いし、日本人じゃないだろう。こんな熱いところでよっぽど寒がりなのか、顎のところまでスッポリ隠れてしまうコートで全身を包んでいる。

 

 

「いやー!!しかしスゲーなアドルフのウナギレーダーは!!ビンゴじゃねぇか!!」

 

 

「……まぁ、これがオレの特性ですので」

 

 

「ドイツのババ……ゴホン。婦人様がまさかお前を貸し出してくれるとは思ってもみなかったけどな。流石イチローの交渉手腕だぜ」

 

 

「あの人忙しいでしょうによく頼めましたね。流石小町さんです」

 

 

「あれ?アド君?今君はオレのことを遠回しに無神経って言わなかったかい?」

 

 

 

このお兄ちゃんたちは一体何をしにきたんだろう。仲間だった人たちもポカンとしてるし、僕も開いた口が塞がらない。

 

 

 

「安くないでしょうね。予算の譲渡は当然ありますし、日米の研究データも大量にドイツ側に渡るみたいですし」

 

 

「ベースの生物の形状に合わせたツノゼミの人体への上乗せだっけか?まぁそっちの虫の分野はオレたちの方が若干詳しいだろうしな。開発したのはそっちだけど」

 

 

「……オレの体を散々いじくり回したので当然で」

 

 

「テメェら一体誰だ!! 」

 

 

仲間だった人の一人が、我慢できずに銃をつきつけて尋ねる。明らかにこの人たちは普通の人たちではない。服装からして砂漠みたいなこの土地周辺を歩き回れる格好ではない。

 

 

それに、雰囲気が違う。なんか、ぼくと似ている。

 

 

「あーそうだな。突然お邪魔して悪かったよ。まぁ深い事情は言えないけどオレが用があんのはそこの子だからアンタ達は帰っていいぞー」

 

 

ぼくに?

 

 

そう尋ねようとしたら、日本人の方の人がぼくに話しかけてきた。

 

 

「少年。歳はいくつだ?」

 

 

かがんで、サングラスを外した後にぼくの目線に立って話しかけてきてくれた。

 

 

最初はびっくりしたけど、なんだか優しそうな目をしているので僕は答えた。

 

 

「えーと…じゅ、10歳!!」

 

 

「そうか!!」

 

 

ぼくの頭をポンポンと叩いた後に、日本人の人はスッと立ち上がって仲間だった人たちに近づいていった。そして。

 

 

「テメェらはゴキブリにも劣るクズだ!! 」

 

 

日本の人はさっきとは別人みたいな恐い声を出して、僕を殺そうとしてた人を殴り飛ばしてしまった。殴られた人は漫画みたいに遠くに吹っ飛んでしまう。

 

 

「撃、撃てぇ!!」

 

 

元仲間の人の合図と一緒に、日本の人に向かって一斉に弾丸が放たれた。マズルフラッシュが眩しい。しかし、そこにもう1人のお兄ちゃんが割って入った。何かを吸った後、バチバチと電気がお兄ちゃんの体から出る。その途端、弾丸が弾き返されたみたいに撃った人全員を貫いた。

 

 

「サンキューアドルフ。いやつい我慢できなくなってな。危なかったぜ」

 

 

「いえ。オレとこの子も巻き添えになるところだったので」

 

 

電気をバチバチとさせながら、お兄ちゃんは僕の方を指差しながら言う。

 

 

「あ。そういえばオレの身に傷がついたらそれだけでドイツに譲渡する予算が増加する契約らしいので気を付けて下さいね。勿論貴方の給料が真っ先に引かれます」

 

 

「突如理不尽な契約がオレを襲う!!」

 

 

こんな状況でもこんなやり取りを出来るたけで、この人たちはすごい。そして、僕は聞きたかったことを聞く為に口を開く。

 

 

「お兄ちゃんたちはぼくのことを」

 

 

「アド君オレ今年32なのにお兄ちゃんて言われ」

 

 

「小町さんは黙ってて下さい」

 

 

「はい」

 

 

ぼくはやや出鼻(・ ・)をくじかれながらも、もういちど聞き直した。

 

 

「お兄ちゃんたちは、ぼくを助けにきてくれたの?」

 

 

日本の人は、さっきみたいな笑顔でこう言ってくれた。

 

 

「ああ。勿論だ。終わるまで下がってな」

 

 

日本の人が、銃を持った人達に向かって走り出した。何かをされる前に、その人は次々に銃を持った人を殴り飛ばしていく。まるで、もっと小さい頃見ていたスーパーヒーローみたいに。

 

 

「あれが終わるまでオレの後ろを離れるな」

 

 

もう一人のビリビリしてるお兄ちゃんがぼくに言う。

 

 

「うん。ありがとうお兄ちゃん」

 

 

ぼくがそう言うと、お兄ちゃんは照れ臭そうにポリポリと頬を掻いていた。ぼくは再び尋ねる。

 

 

「お兄ちゃんたちはぼくの仲間なの?」

 

 

「……ああ。そうさ」

 

 

お兄ちゃんが心なしか少しだけ微笑んだように見えた。

 

 

「テメェで最後か!!」

 

 

「ヒイッ!!」

 

 

日本の人が最後の一人を殴り飛ばす。まるで昔の漫画みたいに、殴り倒した人を積み重ねていた。

 

 

「ふーじゃあ帰」

 

 

「死ねぇ!!」

 

 

陰からもう一人飛び出してきて、日本の人に向かって銃を撃とうとしていたところ、銃口に手裏剣のようなものがいつの間にか刺さっていた。当然銃は暴発し、同時に不発に終わった。

 

 

どうやらビリビリしてるお兄ちゃんが投げたらしい。それと同時に僕は走り出していた。日本の人を助けなきゃ。僕は銃を向けていた人に向かって掌を向けた。

 

 

「「やめとけ」」

 

 

相手の人を燃やそうとしたまさにその時、2人から同時に声が飛んできた。そして、日本の人がぼくの手をゴツゴツした手で包み込んだ。

 

 

「もう、お前はこんなことしなくていいんだ」

 

 

その瞬間、ぼくの目からまた涙がこぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

          

「こちら小町小吉。『行方知れず(サード)』の発見及び保護に成功。これより帰還する」

 

 

小町さんはどこかに連絡した後、大きく背伸びをした。僕たち3人は、昼間の銃声が嘘だったかのように、静かな夜空の下を歩いていた。

 

 

 

「食うか?」

 

 

アドルフと呼ばれていたお兄ちゃんがぼくにパンと水を渡してくれた。僕はすぐそれにかぶりつく。

 

 

「いや~あの組織の連中もリーがいた組織の連中に引き渡したし…なんかスッキリしたな!!」

 

 

「かなり…重要なことあの場で喋ってしまっていたと思うんですが大丈夫でしょうか 」

 

 

「オレが殴り飛ばした時に記憶も飛んでるだろうし、それどころじゃなかったろうからまぁ大丈夫だろ!!」

 

 

「……なんというか適当ですね」

 

 

アドルフお兄ちゃんが呆れたように言う。それと同時にぼくは少しだけ会話の内容を覚えていたことを思い出す。

 

 

「ぼ、ぼく少しだけ覚えてるけど…ぼくもゲンコツされる?」

 

 

アドルフお兄ちゃんはぼくから顔を背けて何故か震えだした。小町さんは、何故かニヤニヤと僕を見つめて笑いだす。

 

 

「いいぞー。少年は一体オレたちのどんなインフォメーションを掴んだのか言ってみろ」

 

 

「『ツチノコ』の体組織を体に埋め込むって……あ!それはアドルフお兄ちゃんの体をいじって開発されたって……も、もしかしてお兄ちゃんツチノコなの!?」

 

 

「ぷふっ……ツチノコじゃなくてツノゼ…ゴホン。その情報掴まれちまったか……こりゃ無理矢理にでも連れてくしかねぇなツチノコ兄ちゃん?」

 

 

小町さんは、アドルフお兄ちゃんに話を振る。途端にアドルフお兄ちゃんは噴き出していた。何がそんなにおかしかったんだろうか。

 

 

「……小町さん。からかってないでそろそろ本題を伝えてはどうですか。その子も不安になるでしょう」

 

 

「そ、そうだな」

 

 

小町さんが、夜空を指差した。緑色の星、火星だ。

 

 

「オレは君の親父さんと彼処(アソコ)に行った」

 

 

「……え?」

 

 

「テラフォーミング計画って知ってるか?」

 

 

「お母さんから聞いたことがある。火星を住めるようにする計画だって」

 

 

そのテラフォーミング計画に、僕のお父さんと小町さんは一緒に行ったみたいだ。でも、それでなんでお父さんが死んだんだろう。

 

 

「火星には進化したゴキブリがいた」

 

 

「進化したゴキブリ?」

 

 

「ああ。そいつらに…君の父さんが殺された」

 

 

小町さんの言っていることがよくわからなかった。

 

 

ゴキブリに殺される?

 

 

ゴキブリは殺すものじゃないの?

 

 

「進化していたんだ。そいつらはオレたちのように歩き、知性を持ち。何よりもオレたちを軽く殺せるぐらいの力を持っている」

 

 

小町さんはまたからかっているに違いない。ぼくはアドルフお兄ちゃんの様子を伺った。でも、先程のあれが嘘だったかのように、一切笑ってない。

 

 

小町さんの目も改めてのぞいてみた。この人は嘘を言ってない。誰がどう見ても一目でわかるぐらいに真剣だ。

 

 

「……あいつらのせいで、オレの仲間はほとんど死んだ」

 

 

小町さんは言葉を続ける。

 

 

「……友も」

 

 

 

 

─────────生きようとする意思があるお前らのことが…好きになっちまったんだよ

 

 

 

 

───────行け、小吉。

 

 

 

 

 

「愛する者も」

 

 

 

 

 

─────────あんたの無駄な優しさがあれば宇宙人相手でも大丈夫よきっと

 

 

 

 

 

────────きっと…話せばわかるっ…て……ね…………

 

 

 

 

「オレはあそこで失った」

 

 

今まで、綺麗な星だとしか思っていなかった。でも、本当はそんなことが起きてるなんて思いもしなかった。

 

 

「頼む。お前の力を貸してくれないか」

 

 

「ぼくの力?」

 

 

「そうだ。その力はあいつらを倒す為のものなんだ」

 

 

小町さんが僕の胸を拳でポスッ、と叩く。

 

 

「もう一度あの星に行かなきゃならない用事ができた。お前の力が必要だ」

 

 

小町さんはぼくに頭を下げた。

 

 

「ぼくは……この力が嫌いだった。でも」

 

 

小町さんもアドルフお兄ちゃんも、ぼくを見てる。

 

 

「今日2人を見て、かっこいいなって思った」

 

 

憧れた。本当のヒーローだった。

 

 

「ぼくも、2人みたいになれるかな。役に、立てるかな」

 

 

この力は一生好きにはなれないだろう。でも、こんな力でも役に立てるなら使ってほしい。

 

 

「……なれるさ。絶対にな」

 

 

小町さんは力強くそう言って、手を差し出してきた。ぼくは、その手をしっかりと握り締めた。

 

 

「あ」

 

 

小町さんは思い出したように言う。

 

 

「少年。お前の名前はなんだっけか?」

 

 

 

「クーガ・リー!

   ぼくの名前はクーガ・リーだよ!!」

 

 

 

 

 

 






クーガ・リー少年編いかがでしたか?

クーガのことを出来る限りわかって貰えるようにする為に一人称視点で書きましたが、次回からは三人称視点+クーガ・リーが青年になった後、つまり時系列的にはアネックス発射直前あたりを描こうと思います。

更新はだいぶ遅くなってしまうと思いますが。


ちなみにこの時のアドルフさんと小吉さんの年齢は

アドルフさん(17)

小吉さん(32)

です!それではまた次回!


くぅ~www疲れまし(ry以下有名なコピペ


感想頂けたら嬉しいです(≧ω≦)


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U-NASA編
第一話 SOLDIER 兵士





あれから10年の時が刻まれた。

第3次テラフォーミング計画、アネックス1号出発の1週間前。

クーガ・リーは、UーNASAへと足を運ぶ。

かつて、彼の父がそうしたように。






 

 

 

 

「ゲボエエエエエエ!!オエッ!!オエエエ!!」

 

 

天下のUーNASAの便所にて、いきなり吐瀉物をぶちまけた青年がいた。彼はヨロヨロと立ち上がり、洗面所に向かう。洗面所にドカッと手をついた青年は、目の前に映った自らの顔を虚ろな瞳で眺める。

 

 

 クーガ・リー。

 

 

十年前に『小町小吉』並びに『アドルフ・ラインハルト』の両名に救われたあの少年は、今や立派な青年に成長していた。漆のように艶やかな黒い長髪は後ろで結わえられ、顔は中性的で整っている。

 

 

ただし目付きは鋭く、やや細身ではあるものの身長は185cmもある。どう転んでも十年前のように女の子に間違われるような事態は発生しないだろう。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

顎の部分までをコートで包んだ、これまた中性的な容姿の人物がハンカチをクーガに差し出す。

 

 

 アドルフ・ラインハルト。

 

 

テラフォーミング計画『アネックス一号』、ドイツ班の『幹部(オフィサー)』である。クーガの顔馴染みでもあったことから彼がクーガを迎えにきたのだが、敷地に足を踏み入れた途端にクーガはこのザマだ。

 

 

 最も、原因の検討はついているが。

 

 

「……そんなに緊張しなくてもいいだろう」

 

 

「無理だろ!!100人の前で模擬戦!?いっつもテンションだけ高いクラスのムードメーカーもどきがいざ文化祭の司会を勤めるようなもんだぞ!?」

 

 

「無茶ぶりにも答えるのが若手芸人だ」

 

 

「……ああ。そうだな」

 

 

 一瞬フゥと息を吐き出した後に、

 

 

「いやオレ芸人じゃないから!!例え!!」

 

 

そう切り返してきたクーガにアドルフは溜め息をついた。

 

 

10年前に「アドルフお兄ちゃん」なんて自分になついていて、遊びに来る度に足元をちょこまかと歩き回っていたあの少年はもういないのだ。

 

 

今自分の目の前にいるのはリアクション芸人もどきの残念なイケメンである。もし自分に兄弟がいたらこんな感じの感覚を味わっていたかもしれない。

 

 

小さい頃はかわいくて、大きくなってからは体だけは無駄にLサイズになって、中身は小さい頃とは全く別物。カードゲームのように誰かと気軽にトレードしてしまったのではないかと錯覚してしまうほどだ。

 

 

「とにかく決まったことだ。諦めてギロチンの下で横になればいい」

 

 

「言い方悪いなオイ!!余計行きたくなくなったわ~アドルフ兄ちゃん~」

 

 

ゲロまみれの口をうがいした後に、すがり付くようにアドルフの腰に抱きつく。

 

 

このサイズの青年が自分の腰に抱きつきながらアドルフお兄ちゃんなんて言っているのだ。知り合いじゃなかったら鳥肌ものである。

 

 

『MO手術』の使用許可が出てもおかしくないレベルだと思う。早速この大きいお友達を引き離すとしよう。アドルフはそんな思いを胸に、自らに小判鮫の如くくっついたクーガを引き剥がしにかかった時のこと。

 

 

「離れ」

 

 

「班長失礼しま」

 

 

そんな二声とともに突如、男子便所のドアが無造作に開けられる。そこには、2人の美女が立っていた。

 

 

『イザベラ・R・レオン』と『エヴァフロスト』。

 

 

どちらもドイツ班のメンバーの一員である。そして、その2人の顔馴染みにアドルフはこの現場を見られた訳だ。

 

 

褐色の男勝りな性格のイザベラはキョトンとしている。自分で男子便所のドアを蹴り開けておいてそれはないだろう。もう1人の美女、エヴァは顔面を赤らめてこちらを見ている。

 

 

違う。違うんだ。少なくともお前が今思っているような現場ではないんだ。アドルフかそう弁明しようとした瞬間、クーガの様子がおかしくなる。凄まじい量を吐いた後特有の朦朧とした状態だ。

 

 

「アドルフお兄ちゃ…オエエエエ!!」

 

 

余波がまだ残っていたらしく、再び吐瀉物を洗面台にぶちまけた。いや。この際この吐瀉物の件は放っておくとして、直前にアドルフお兄ちゃんという今この場におけるNGワードを投下していったのである。

 

 

流石にイザベラもこのあたりでありもしない事実を察したらしく、

 

 

 

「班長、そこの人を呼んでこいっていう『研究員の方』からの伝言だったんですけど…後10分ぐらいしたらまた来るっす」

 

 

そう言うとイザベラは、エヴァに一言「行くぞ」と言い、あたかも気の効くキャリアウーマンであるかのように去っていた。

 

 

そして肝心のエヴァはと言うと、頬を赤らめながらこう言った。

 

 

「……アタシ達、班長がどんな性癖でも班長のこと大好きです!慕っていますから!」

 

 

そう言うと、彼女もまたイザベラの後を追うように去っていった。残されたアドルフは表情を崩さぬまま、ポツリと呟く。

 

 

「……最悪だ」

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

────────

 

 

 

UーNASAの地下に、映画館のような 施設が存在した。席には各国から集められた『アネックス1号』の搭乗員ほぼ全員で埋まっている。この全員が火星の人型ゴキブリ、『テラフォーマー』に対抗する為の手術を受けていた。

 

 

 

M O 手 術(モザイクオーガンオペレーション)

 

                 

テラフォーマーから得た臓器、通称『免疫寛容臓(モザイクオーガン)

 

 

これは、人と昆虫ほどに離れたもののDNAを無理矢理協調させ、人間を人間ではなくする為の臓器。『MO手術』はそれを体内に埋め込み、自分に適応した生物の『特技』を持った人間へと変貌させる驚異の手術である。

 

 

全ては、火星にてテラフォーミング計画を邪魔してくるであろうテラフォーマーに対抗する為。 全ては、20年前にその数を増加させ始めた、火星原産『AEウイルス』のワクチンを採取する為。

 

 

しかし、その『特技』もぶっつけ本番で使うのは些か無茶である。ここは、その為の訓練施設の1つだ。そして、本日はここで『地球』での任務を任された青年の『特技』を各国の搭乗員の前で御披露目する予定だったのだが、肝心のその青年は来ない。

 

 

「逃げたんじゃねぇのか?」

 

 

ポップコーンを頬張りながら、金髪の不良少年『マルコス・E・ガルシア』は軽口を叩いた。

 

 

「ちょっと!なんてこと言うのよアンタ!!」

 

 

それを美しいグリーンの瞳を持つ少女『シーラ・レヴィット』が叱る。

 

 

「だってよぉシーラ。オレたちが火星で必死に戦ってる間にそいつはポテチ食ってテレビ見てケツかいてりゃいいだけだぜ?こんな割のいいバイトねーよ」

 

 

「アンタ見てもいない人に向かってよくもそんだけ悪く言えるわね…アレックス!!アンタからも何とか言ってやってよ!」

 

 

シーラが呆れたように溜め息を吐くと、隣にいる黒髪の少年『アレックス・K・スチュワート』に援護を要請するが、

 

 

「いやぁ……マルコスの言ってることも間違いないと思うけどな」

 

 

「アンタもかブルータス!!何よ!いっつもアンタらケンカしてる癖にこんな時に限って共同戦線張っちゃって!!」

 

 

「誰がブルータスだ。まぁシーラ落ち着いて聞け。お前さ、地球での任務、って聞いてピンと来るか?」

 

 

「ん……そりゃ……んんん?」

 

 

アレックスの質問に言葉が詰まってしまう。そう言われてみると、中々出てこない。ましてや、『地球』での任務など。

 

 

「た、例えばひったくりを捕まえるとか」

 

 

「そんなもんはポリ公に任せりゃいいさ。アメリカの警察はいくらかマシなんだろ?」

 

 

「ぐぬぬ…」

 

 

悔しいがアレックスの言う通りである。悪人を捕まえるのにスーパーマンがいちいち出動していたらキリがない。

 

 

「それによ」とマルコスが言葉を紡ぐ。

 

 

「『MO手術』は機密事項だろ?そう簡単にホイホイと出せるもんじゃねぇだろ」

 

 

マルコスの言うこともごもっともだ。『MO手術』は世間では公表されていない。

 

 

世間で出回れば悪用する人間が次々に現れてもおかしくない。それこそ、日本の特撮もののような世界になってしまうだろう。

 

 

そう考えると、

 

 

「仕事、ないね」

 

 

「だろー?やっーぱり逃げたんだよ。わざわざ『地球組』に志願したってことはつまりはそういうこったよ。チキン野郎だチキン野郎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 そ ん な こ と な い よ !!」

 

 

 

 

突如、会場全体に響き渡るぐらいの声がその場を支配する。

 

 

 

声の主に注目が集まっている。

 

 

そこには、白衣に着られてるかのような印象を受ける、小柄な女性が最前列にてマルコス達をプクッーと頬を膨らませながら仁王立ちでキッ、と睨んでいた。

 

 

髪は朱に近い茶色と黒混じりのボブカットで、綺麗、美しいというよりは『可愛い』と言う言葉がよく似合う。

 

 

身長は159cmのシーラから見ても小さく、150cmといったところだろうか。その声の主はプクッーと頬を膨らませたまま、大きな瞳で威嚇しつつシーラ達三人に近寄ってくる。

 

 

「おい小動物系女子がすげぇわかりやすく怒りながらこっちに来るぞ!!」

 

 

「ア、アンタ達謝りなさいよ!!」

 

 

「きっとハムスターの『MO手術』を受けたに違いない!」

 

 

何て三人がギャーギャー騒いでるうちに、その女性は目の前に来ていた。

 

 

 

「君たち!!知りもしないのにクーガ君のことを知りもしないのに馬鹿にしちゃ駄目だよ!!」

 

 

腰に手を当てて、小動物系女子が自分たち三人を叱ってくる。

 

 

「は、はぁ。ごめん。つうか何でそんなに怒ってんの?お前もそのクーガだっけか?そいつのこと知らないはずだよな?」

 

 

マルコスが柄にもなくビクビクと尋ねると、小動物系女子はよくぞ聞いてくれました!

えっへん!!と言わんばかりに腰に片方の手を当て、胸にかけたネームホルダーを掲げて三人に言い放つ。

 

 

「UーNASA『テラフォーマー生態研究所』第四支部長!『桜 唯香』です!!えっへん!!」

 

 

……えっへんと本当に言うとは思いもしなかった。それにしても、どう見ても高校一年生ぐらいのこの女性が研究所の支部長なんてにわかに信じ難い。

 

 

マルコスとアレックスが訝しげな表情でこの女性、『唯香』のネームホルダーを見ていると、シーラがちょんちょん、と二人の肩を叩いた後に指を刺す。

 

 

「「 あん? 」」

 

 

二人は声を揃えてすっとんきょうな声を上げ、シーラが指を指した方向を見る。すると、そこにはその幼い顔立ちとは不釣り合いなデカイものが二つ自己主張していた。

 

 

「馬鹿な…アレックス!オレのおっぱいスカウターが故障した!!」

 

 

「ふんマルコス…お前のは旧型だから…待て。C…D…E…F…カップ数が上昇していく!」

 

 

「クッソ!!これが『燈』が言ってたロリ巨乳とかいうジャンルなのか!?」

 

 

「図鑑では滅びたって書いてあったのに…」

 

 

そして、アレックスとマルコスの目に次なる衝撃的事実が飛び込んできた。

 

 

『桜 唯香(25)』

 

 

「合法ロリかつロリ巨乳だと!!」

 

 

「童顔にも程があるだろクソッタレがぁ!!」

 

 

まるでギャングにでも仲間入りしたかのようにギャーギャーと騒ぎ出す二人を尻目に、シーラは唯香に向かって恐る恐る尋ねる。

 

 

「あのー…それで、今日来る人とはどんな関係なんですか?」

 

 

「え?クーガ君と?」

 

 

ピクリ、とマルコスとアレックスの二人が反応する。

 

 

「え…と…何て言うのかな?簡単に言うと私はクーガ君のマネージャーみたいなものなんだよね」

 

 

「地球にいる間ロリ巨乳独り占めかよ!!」

 

 

マルコス、大声で『おっぱい(タマシイ)』の叫び。

 

 

「ふえっ!?」

 

 

それにびっくりしたのか、唯香は後ろのめりに転びそうになる。

 

 

 

「おっと…大丈夫か?」

 

 

後ろから、たくましいガタイのダンディなおじさんが唯香の両肩を掴んで転倒を阻止した。

 

 

小町小吉。アネックス一号の艦長にして、日米合同一班の班長であり、クーガの恩人の一人でもある。

 

 

「こ、小町艦長!ありがとうございます!そ、それとお久ぶりです!!クーガ君も貴方に会いたいって言ってました!」

 

 

かなり緊張した様子で、ペコペコと小吉に頭を下げる。

 

 

「ああいいっていいって。そういやその…肝心のクーガが見当たらないみてぇだけど?」

 

 

「アドルフさんの班のエヴァちゃんとイザベラちゃんが呼びに行ったはずなんですけど…」

 

 

そう言った途端に噂のなんとやらである。イザベラとエヴァが勢いよく入ってきて、エヴァが息切れ気味に報告する。

 

 

「も、もう少しだけ待っててあげて下さい!もう少しでその…お、終わるみたいですから」

 

 

なんのことかは知らないが、どうやらもう少しかかるようだ。

 

 

「まだかかるみてぇだな…お前ら、どうだ。空席あるから最前列来ないか?そこで話そう」

 

 

いいんですか!?と口々に言う。最前列は『幹部』や唯香のようなゲスト専用席なはずだ。一搭乗員のシーラやエヴァが座れるような席ではないのだ。

 

 

「いいからいいから。クーガが来るまでの間に簡単にあいつの任務を教えてやるからさ」

 

 

そう言われると気になり、着いていきたくなる。

 

 

五人と唯香、小吉は最前列に腰をかけると、小吉は映画館で言うとシアターの部分に設置された、ガラス張りの巨大な舞台を指差した。

 

 

「まずクーガの任務は…あれだ」

 

 

通常の数百倍の強度のガラスで客席と区切られたステージの上に、何かが放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

「  じ ょ う じ   」

 

 

「ヒイッ!!」

 

 

エヴァが思わず悲鳴を上げ、イザベラがそれをなだめた。通称『テラフォーマー』、火星で自分たちを襲ってくる敵。

 

 

あれ(・ ・)はそれをクローン技術により量産した劣化品、いわゆるデットコピーというやつだ。

 

 

 

「こいつらは火星にいる奴等と比べて弱い」

 

 

が。と付け加える。

 

 

「こいつらがなんらかのトラブルで研究所から脱出したら…誰が止める?」

 

 

「そりゃ…オレ達はいない訳だし…」

 

 

「それがあいつの仕事の一つさ」

 

 

小吉は、今度はマルコスを指差す。

 

 

「マルコス。お前がもしニューヨークで暴れたらどうなる」

 

 

え、とマルコスは授業中不意に教師に問題を当てられたかのように慌てて顎に手を当てて考える。

 

 

「自分を過大評価しすぎ…かもしれないっすけど、キングコングなんかよりもたくさん人殺せちゃうと思います」

 

 

「いや可能だ。もし『MO手術』を受けた人間がそいつを悪用したら…下手な兵器なんかよりもずっと恐ろしいことになる」

 

 

「でも…『MO手術』の機密はUーNASAが管理してるはずじゃ?」

 

 

シーラが先程も出た疑問を小吉に提示した。しかし、その答えは直ぐに返ってくる。

 

 

 

「過去に流出した事件があったのさ。『バグズ手術』の時な」

 

 

『バグズ手術』

 

MO手術よりも前の世代の手術であり、原理的にはMO手術と全く異ならないが、手術を施すベースとなる生物は、昆虫のみに限定されていた。そのプロジェクトに、一教授に過ぎない人間が介入したことがあるのだ。

 

 

撒いた種は、『エメラルドゴキブリバチ』並びに『ネムリユスリカ』。その2つの『特性(ちから)』を持つ両者が裏切りを起こしたのである。

 

 

「UーNASAの情報管理も百パーセントじゃあねぇってことさ」

 

 

小吉はハハッと、苦笑いを浮かべる。

 

 

「けど、少なくとも『地球組』のメンバーがいりゃあそんな心配をする必要はねぇ!!」

 

小吉の力強い呼び掛けに、五人は俯いていた顔をパッと上げる。

 

 

「オレ達が火星に行ってる間に地球で起きたイザコザはあいつらが処理してくれる。任務に専念出来るってのは案外嬉しいことなんじゃねぇかな?」

 

 

「なんか…その任務かっこいいっすね」

 

 

マルコスが言うと、残りの4人も同様に頷いた。

 

 

「なんつうか…縁の下の力持ちって感じだな」

 

 

アレックスとマルコスは2人で顔を見合わせると、クーガに非を詫びようと決心し唯香の方に向き直った。しかし、肝心の唯香がいなくなっていることに気付いた。

 

 

「ほらクーガ君!!だだ捏ねてないで準備して!!」

 

 

「人の目コワイ人の目コワイ」

 

 

「……諦めろ」

 

 

噂の縁の下の力持ちは、強制連行されている最中だった。

 

 

「……小町艦長」

 

 

「あ、あーシーラ。後にしてくれるか。オレ今さ、持病の何も見たくもないし聞きたくもない症候群なんだ」

 

 

「便利な体だなオイ!どう見ても力持ちじゃなくて箱入り息子の間違いでしょ!」

 

 

シーラのツッコミに怯むことなく、小吉は耳を塞ぎ続けた。

 

 

 

 

 

「あーあ。おじさん退屈しちゃうなぁ」

 

 

そんな騒がしい雰囲気を、たった一言で凍てつかせた人物がいた。

 

『シルヴェスター・アシモフ』

 

ロシア班の班長であり高齢であるにも関わらず、筋骨隆々の巨漢である。やや空気が読めない、もしくは意図的に読んでない節があり、度々場の雰囲気をロシアの大地のように凍てつかせる時がある。

 

 

「かーんちょ。こりゃこのままだと『地球組』の頼もしさとやらを伝える今回のこれ(・ ・)の意図……台無しになっちゃうんじゃないの?」

 

 

彼はポン、と馴れ馴れしく小吉の肩を叩いた。『幹部』が集まって会議をした時も一触即発のトラブルになりかけたのに、この男は一向に懲りる様子はない。

 

 

「……何が言いたい?アシモフ」

 

 

「こぉんなゴキブリじゃなくてさぁ。俺とその『地球組』のエースがやり合うってのはどうよ?」

 

 

辺りがザワつき始める。聞いていたプログラムと大幅に異なるのだから当然である。今回の『集会』の目的は、

 

 

・テラフォーマーの殺傷法を参考にする

・『地球組』の強さを掲示し、『アネックス1号』搭乗員達に任務の遂行に専念させる

 

の2つである。これでは1つ目は満たされないばかりか、相手がアシモフでは2つ目を達成できない可能性が極めて高い。

 

 

出発まで後一週間だからお前がケガをしては困るだろう、という無難な断り方もアシモフには通用しない。そんなものなどお構いなしの『特性』なのだから。

 

 

「勝手に話を進めるんじゃねぇぞ……クソジジイ」

 

 

眼鏡をかけた、金髪の女性が堪忍袋の尾が切れたのか立ち上がった。

 

『ミッシェル・K・デイヴス』

 

日米合同二班の班長にして、20年前の『バグズ2号』の艦長、ドナテロ艦長の愛娘である。

 

 

「そんなに怒らないで聞いてくれ。『地球組』ってのは『MO手術』の不正使用者をとっちめるのが役割なんだろう?おじさんなんか適任じゃないか?ん?」

 

 

アシモフがおどけた表情で言う。

 

 

「そんなもんが大義名分になると思うか?『地球組』の構成員が日米主体で進められたから気に食わないんだろう。そいつを目の前で叩き潰してロシアの威厳を保ちてぇってつまんねぇ理由じゃねぇのか?あ?」

 

 

それにミッシェルは青筋立てて咬みつく。『アネックス』クルーの間で亀裂が音を立てて走る。任務1週間前であるにも関わらず、この亀裂はまずい。チームとしての致命傷にもなりかねない。それを察した小吉が止めに入ろうとした時、スッとクーガが間に入った。

 

 

「アンタとやれるのか?」

 

 

突如目の前に現れたクーガにアシモフはギョッとする。先程の情けない面構えが嘘だったかのように、どこか凛とした顔付きでアシモフを見据えていたからだ。

 

 

「ん!?あ…ああ」

 

 

「だったら早くやろうぜ。オレのせいでしらけたなら引き受けるしかねーだろうさ」

 

 

「待てクーガ!まだ決まった訳じゃない!」

 

 

ミッシェルの制止も無視して、クーガとアシモフは舞台の裏へと消えていった。その背中を、見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

─────────────────

 

 

──────────

 

 

 

暫くすると、舞台裏からアシモフが入場してきた。自分もつくづく不器用な人間だ、とシルヴェスターアシモフは溜め息を吐く。先程ミッシェルが言っていた理由は心の隅に置いていた。

 

 

しかし大きな理由はそこではない。ただ純粋にクーガと闘ってみたかったのだ。昔のジャパニーズ不良漫画ではないが、実際に闘ってみないとわからないことだってある。

 

対テラフォーマー戦であればともかく、クーガが行うものの中には恐らく対人戦も含まれてくる。対人戦において油断は死を招く。人間は、テラフォーマーと違って感情があり、それを敏感に察知してくるのだから。

 

 

そんな風に想いにふけるアシモフを3体のテラフォーマーが眺めていた。しかし、そんなもの意に介さないと言わんばかりにアシモフは葉巻型の『薬』を吸った。

 

 

『薬』と言っても、ドラッグの類ではない。自らの『特技』・『特性』を使う為のものである。ビキビキと、アシモフの体が甲殻に覆われていく。テラフォーマーが殴りかかってきた瞬間にはもう既に、彼の体は変異を遂げきっていた。

 

 

マーズランキング第3位。

 

 

『タスマニアンキングクラブ』

 

 

頑丈な甲殻に身を覆われ、圧倒的な再生能力を持つ。テラフォーマーの打撃をものともしないその姿に、見物人は歓声をあげていた。

 

 

「……お前らはどうでもいい」

 

 

テラフォーマー3体を、まるでパン粉をこねる時のように持ち上げ、叩き落とした。ギイギイと、気持ち悪い声をテラフォーマー達は発した。地球のゴキブリと同じように踏み潰すと、あっさりと絶命した。

 

 

 

アシモフは、何事もなかったかのように仁王立ちしてクーガが出てくるであろう反対側の入口を見守った。メインディッシュはここからだ。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

 

───────

 

 

 

「……大変なことになりましたね」

 

 

「ケッ、目立ちたがり屋のジジイが……」

 

 

「でも……偶発的とはいえアシモフの強さで士気が上がってるぞ。ホラ!結果オーライじゃん!!アド君!ミッシェルちゃん!そうだと言って!」

 

               

小吉、アドルフ、ミッシェルの『幹部』3人はどうしてこうなった、と言わんばかりに頭を抱えた。小さい頃からアドルフお兄ちゃんだの、ミッシェルお姉ちゃんだの、小吉おじさんだの言われてきたクーガの試合だ。

 

 

みんなの弟分みたいなところがあるから、心配にもなるし過保護気味にもなる。そんな3人をよそに、クーガの保護者である唯香は、全く心配した様子を見せなかった。

 

 

ふとアレックスは、あることを思い出して口を開いた。

 

 

「……唯香さん。クーガさんって親父さんの『特性』がミッシェルさんみたいに引き継がれてるって聞いたんですけど……どんな能力なんですか?」

 

 

「『ミイデラゴミムシ』のこと?体内で『過酸化水素』と『ハイドロキノン』を合成して『ベンゾキノン』を排出する能力だよ」

 

 

「えと、オレとマルコスにもわかるように言うと?」

 

 

「爆発を起こす能力、って言ったらわかりやすいかも?」

 

 

それを聞いた途端にマルコスとアレックスはカッコイイ……と呟いたのだが、

 

 

「ただしテラフォーマーには効果が極端に薄いの。表面がミディアムレアになるぐらい」

 

 

それを聞いた途端がっくりと肩を落とした。でも目眩ましくらいにはなるんじゃ、とアレックスが言おうとすれば、

 

 

「……クーガ君はあの『特性』にいい思い出がないらしくてね、絶対に使いたがらないの」

 

 

更に深く、マルコスとアレックスは肩を落とした。まるでサンタさんがいないんだよ、というロマンを奪われた小学生のようだ。

 

 

「肝心の遺伝がそれじゃあ……あの化け物みたいなじいさんには勝てないんじゃ……?」

 

 

「オレ能力5つあってもあのじいさん倒せる気しねぇ。チート使ってるだろチート」

 

 

と、仁王立ちで反対側の扉を睨んでいるアシモフを眺めて呟いた。見れば見るほど、ラスボスの風格がプンプン漂ってきた。

 

 

「あの……」

 

 

そんな時、エヴァが遠慮気味に尋ねた。

 

 

「なぁに?エヴァちゃん?」

 

 

唯香は笑顔で応じる。

 

 

「『MO手術』の方は……一体何のベースなんですか?」

 

 

エヴァの質問に、周りの関係ないメンバーまで聞き耳を立てる。まだワンチャンある。MO手術『ドラゴン』とかならまだワンチャンある!!

 

 

「ゴミムシだよ!」

 

 

「 嘘 だ ろ !?」

 

 

シーラだけでなく、周囲の人間が一斉に叫んだ。実はミッシェルやアドルフ、勿論小吉も知らなかった。それだけに、どっと冷や汗が噴き出してきた。

 

 

「『燈』を叩き起こして来い!!病人だろうが関係ねぇ!!こんな大事な日に風邪引くあいつが悪い!!あいつの糸ならアシモフを縛れる!!」

 

 

小吉が叫ぶ。

 

 

「ふえ!?どうしてアシモフさんを縛る必要があるんですか?」

 

 

「決まってるだろ!クーガがぶっ殺されるから」

 

 

「ああ。正確に言うとゴミムシじゃないですよ?」

 

 

「もー☆唯香ちゃんたらおじさんの心肺停止させないでくれよ!」

 

 

「ハンミョウです!」

 

 

「多少メジャーになっても無理!!」

 

 

小町昇吉はンミョウからどうも強そうなイメージが湧かなかった。小吉は恥をかきすててでもアシモフに土下座しに行こうとした時だった。唯香がパソコンの中から動画ファイルを開いた。

 

 

「この虫ですよ!」

 

 

画面に映し出された壮絶なその昆虫の生態に、一同が画面を見いった。

 

 

「なんだ……この虫?」

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

─────────

 

 

 

クーガ・リーは反対側の扉からステージに立つ。その顔付きは、喚いていた青年とはとても思えない。まさに『兵士』の表情だった。

 

 

「オカシイな。オレはさっきまでの甘ちゃんを指名した筈なんだが?ボーイの指名ミスかなんかか?」

 

 

それを見たアシモフは思わずニヤリと笑った。

 

 

「オレもさっきまでの嫌味なじいさんを指名したはずだったんだけどどっか行っちまったみてぇだな」

 

 

クーガも口元を少し緩める。そして言葉を続けた。

 

 

「オレには1番好きな時間がある。その時間になると緊張とか余計なことなんて吹っとんじまう」

 

 

「ほう……その時間ってのは?」

 

 

アシモフも口元を同様に緩める。クーガが何を言わんとし、何を思っているのか予想がついてるからだ。鋭く、ギラついたクーガの瞳を見ればわかる。戦士の眼だ。

 

 

「『戦闘』のお時間だ」

 

 

2人の脳内をアドレナリンが駆け巡る。純粋な戦闘という透明な時間が、彼等の人間という動物の中に眠る、闘争本能を呼び覚ます。アドレナリンが堀り当てた油田のように噴き出した。

 

「とっととかかってこい」

 

 

「……面白ェ」

 

 

ポツリとそう漏らした瞬間、クーガ・リーは手に持った注射機型の『薬』を首筋に撃ち込む。徐々に、クーガ・リーは人ではなくなっていく。

 

 

強固な黒光りした甲皮が身を包み、腕にはその生物を象徴するであろう大顎が出現する。まるでクローと呼ばれる武器のようだ。プレデターとかいう昔の映画で、似たようなものをプレデターが使っていたことをシルヴェスター・アシモフは思い出す。

 

 

クワガタの物のように挟むのではなく、かといって切断するなんて綺麗なものとは思えない。引き裂く。そんな言葉が似合いそうな代物だった。

 

 

クーガが変異を終えた直後、唯香のパソコンのムービーでは丁度その昆虫がカブトムシの首を切断した直後だった。

 

 

殺し屋『サソリ』相手だろうが、王者カブトムシが相手だろうが、弱点を探し出し、的確に抉る。

 

 

その装甲は、厚く開かない。

 

 

【故に、硬い】

 

 

その脚は、追うことをやめなかった。

 

 

【故に、速い】

 

 

その牙は、貪り続けた。

 

 

【故に、強い】

 

 

 

 

「悪いが……先手必勝でやらせてもらう」

 

 

 

 

クーガ・リー 

 

 

国籍 イスラエル×日本

 

 

20歳 ♂

 

 

185cm 75kg

 

 

MO手術〝昆虫型〟

 

 

 

 

─────────オオエンマハンミョウ─────────

 

 

 

 

 

 

 

 

『仮定マーズ・ランキング』同率6位

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────絶対的捕食者(オオエンマハンミョウ)戦闘開始(プレデイション)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ついにクーガ自身のMO手術が出てきました。


感想頂けると光栄ですぞ!!
(`・ω・)☆




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第二話 PREDATOR 捕食者






 

 

 

 

オオエンマハンミョウ

 

学名『TigerBeetle 』『PredatorBeetle』

 

 

ハンミョウと聞けば、多くの人間はきらびやかで、綺麗な模様や斑点を持つあの昆虫を思い浮かべるのではないだろうか。

 

 

自然界に存在するとは思えない鮮やかな色彩は、外敵に毒性生物を思わせるシグナルを発信し、手を出すことを躊躇わせる。実際に、ハンミョウの中には毒を持った種も存在する。

 

 

また、太陽光を反射し体温の過度の上昇を防ぐ役割も担っている。人間が迫った時といった危険が迫った際にその行動を行うことから、『道教え』とも呼ばれている。

 

 

が、クーガ・リーのベースとなったこの生物には、それらの防衛・逃走の為の機能を全く備えていない。全ては、相手を殺して補食する為に存在する。

 

 

他のハンミョウに比べて分厚くカブトムシやクワガタを思わせる黒い甲皮を持ちながら、動きは俊敏そのものであり、あれらを遥かに上回る。

 

 

また、顎の力は極めて強い。

 

 

見る者によっては嫌悪感を感じる恐れのある、昆虫同士を戦わせてNo.1を決めるという昆虫からしてみればいい迷惑であろうドキュメンタリーにも度々姿を見せることがある。

 

 

暴力的なその力を持っていることから、力技での試合決着が予想された。しかし、予想とは裏腹にこの昆虫は相手の弱点及び、脅威を的確に判断し、そこを責めた。

 

 

結果、甲皮の分厚いカブトムシの首を切断し、猛毒を持つサソリの尻尾を再起不能の状態にまで追い込んだ。

 

 

異常に素早い脚、暴力的な顎、頑強な甲皮、そしてハンミョウ類に共通した動く物に素早く反応出来る動体視力を持ち合わせている。

 

 

これらを用い、捕食対象を追い詰めるその姿から、虎のようだという意味を込めて、『TigerBeetle』。

 

 

あらゆる獲物の弱点を見極め、追い詰めるその姿から、捕食者という意味を込めて、『PredatorBeetle』と呼ばれる。

 

また、生物学上ハンミョウよりも、『ゴミムシ』にその生態は近いと言われている。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

──────────

 

 

 

シルヴェスターアシモフは、静かに構えながら目の前の脅威を見据える。

 

 

 

男から言わせれば『面白く、興味深い』が大多数、女からすれば『趣味の悪い、昆虫同士を戦わせるドキュメンタリー』でこの生物を見たことがある。

 

 

愛する妻と、妊娠している自分の娘の目の前で見ていたら、胎教に悪いという理由で厳しく叱られてしまったが。

 

 

この昆虫を見た時、率直に思ったのは『馬鹿』。この一言に尽きた。昆虫同士の戦いに限定するならば、この昆虫は確かにほぼ敵無しである。

 

 

だが、自然界では昆虫よりも遥かに大きな外敵が存在する。そんな外敵相手では、そのスペックは意味をなさない。本来であれば逃走を、生存を真っ先に考えるべきである。

 

 

にも関わらず、『オオエンマハンミョウ』は戦うことを時にやめない。やはり無謀を通り越して馬鹿と呼ぶのが正解だ。しかし現在、目の前にいるのはオオエンマハンミョウの能力を持った人間。

 

 

大きさという土俵を取り払って、全ての生物は平等なリングに立たされる。その時、この昆虫はどんな動きをするのだろうか。

 

 

シルヴェスターアシモフは、この昆虫の適合者がいると聞いた時、アメコミに思いを馳せる少年のように胸を踊らせた。いつか()ってみたいと。その適合者が、目の前にいる。

 

 

この昆虫は『ゴミムシ』の近縁種だ。父親は『ミイデラゴミムシ』の適合者である。それが運良くマッチングしたのかもしれない。

 

 

そう悠長にクーガ・リーを考察していた最中、シルヴェスターアシモフの頑強な甲殻で守られているはずの腕から血が噴き出した。

 

 

見てみると、比較的柔らかい節目の部分を中心に、周囲の肉が抉り取られていた。甲殻と比べるとまだ柔らかい、弱点の部分を狙ってきたのだろう。

 

 

「フンッ!!」

 

 

アシモフが力を入れた途端、一瞬で抉り取られた部分が復活した。強靭なパワーと、恐らく右に出る者はいないほどに硬い甲殻に、驚異的な再生力を見せつける。

 

 

これが、シルヴェスター・アシモフ。これが、マーズランキング第3位。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

「どこのナメック星人だよ……」

 

 

みるみるうちに再生したアシモフの『特性(ちから)』を見て、クーガ・リーは理不尽だと言わんばかりに呟いた。しかし、同時に気分が高揚していくのも否定できなかった。

 

 

自分が強さを発揮すればするほど、地球で事件が起こらないか杞憂している『アネックス』クルー達を安心させられる。 逆にアシモフが強さを発揮すれば、火星での任務を不安に思っているであろう搭乗員達を安心させられるだろうし、士気も高まる。

 

 

こんなにも『有意義な戦闘』はない。

 

 

幼い頃経験した、ただ命を奪い合うだけの『無意味な戦争』とは全く異なる。大嫌いな父親の遺伝なのか、この手の戦闘は本当に大好きだ。

 

 

「戦闘大好きって……あっちがナメックならオレはサイヤ人かっての……」

 

 

自嘲気味に呟いた後、クーガ・リーは再びシルヴェスター・アシモフに向かって駆け出す。自らのベースとなったオオエンマハンミョウには、特に特別な能力は備わっていない。

 

 

小吉の『オオスズメバチ』のように無限の体力、猛毒、多彩な技を備えていない。アドルフの『デンキウナギ』のように発電もできなければ、ミッシェルの『爆弾アリ』のように相手に7つの傷を持つ男顔負けの炸裂拳を放つことも出来ない。

 

 

自分の『オオエンマハンミョウ』は硬く、速く、強いだけだ。しかし、逆に言えばそれがある。強者と呼ぶにふさわしい要素が全て備わっている。

 

 

もし大きさという概念をなくし

 

 

 

「……来やがれ」

 

 

 

全てを平等に出来たのであれば、この生物は全ての生物の中で間違いなく最強である。

 

 

「これでも不満かよ!じいさん」

 

 

アシモフの眼前でクーガは大きく跳躍し、腕を抱え込み体を丸める。その状態で回転しつつ、アシモフの頭上を飛び越す。

 

 

そして、回転し乱れる世界の中でアシモフの両肘、両膝の関節に狙いを定めた。両手に備えられ、研ぎ澄まされたオオエンマハンミョウの二対の大顎が、それらを一瞬で引き裂いた。暴力的かつ寸分の狂いもなく正確に。

 

       

筋を断裂された『赤き腕を持つ帝王(タスマニアンキングクラブ)』は、四つん這いになることも許されずに地面に倒れる。クーガは着地し、両腕の顎についた体液を振り払った。

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

決着した瞬間、強化ガラスで仕切られた仕切られた客席から歓声が湧いた。小町小吉はこちらに親指を立ててサムズアップしている。アドルフ・ラインハルトは拍手を送っている。

 

ミッシェル・K・デイヴスも表情が綻んでいるし、その隣にいる5人の若者は、尊敬すら感じられる眼差しでこちらを見ていた。桜唯香も嬉しそうにクーガに向かって笑いかけている。

 

 

しかし、クーガの表情は浮かばなかった。仕留め(・ ・ ・)損ねた(・ ・ ・)から。

 

 

「……その拍手はよ、後ろのじいさんに取っておいてやってくれねぇか?」

 

 

クーガのその言葉を聞いた瞬間、観客の大半が首を傾げる。しかし、その言葉の意味を理解するのにそう時間はかからなかった。

 

 

絶対的捕食者(オオエンマハンミョウ)』の首に『赤き腕を持つ帝王(タスマニアンキングクラブ)』の腕がかかり、呆気なく勝負はついてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

─────────

 

 

 

クーガ・リーが瞳を開ければ、目の前は見知らぬ天井が広がっていた。真っ白な天井。恐らくここは、UーNASAと併設されている病院だろう。

 

 

「おう。目ェ覚めたか?」

 

 

突然かけられた声の方向に首を傾ければ、先程自分の意識をブラックアウトさせたシルヴェスター・アシモフがいた。

 

 

「……じいさん。ナイスファイトだったぜ?」

 

 

「当たり前だ。ロシア人の恐さってのが嫌ってぐらい身に染みただろう?」

 

 

「お陰様でな。あんな物理的な手段じゃなくてもいいと思うが」

 

 

皮肉やジョークを飛ばしあった後、両者は握手をかわした。

 

 

「まさかスレスレのところで筋への攻撃を反らしてくるとは思わなかったぜ。何でわかった?」

 

 

自分が一撃を入れた時、アシモフは何らかの手段で筋への攻撃を反らした。自分で言うのもなんだが、反応できる速さではなかったはずである。事前に予想していないと避けることなどできない。

 

 

「なぁに。簡単なことだ。〝お前が強いからだ〟」

 

 

「いや少年漫画にありがちな意味深な言葉はいいからさっさと教えてくれ」

 

 

アシモフはクーガのややきつめの言葉に怯んだ後、ゴホンと咳払いして仕切り直す。

 

 

「簡単に言うとだ。お前は弱点を狙ってるのが見え見えな訳だ」

 

 

アシモフは言葉の間を取るように葉巻を口に含み、煙を吐き出した。

 

 

「……ナチュラルに威厳出してーのはわかるけどさ、病院で煙草吸うのはどうかと思うぜ?」

 

 

「……すまん」

 

 

2回目のダメ出しとあって、流石にショゲた様子を見せるアシモフ。体は頑強だが精神面はやや脆いのかもしれない。

 

 

「続けるぞ。いくら弱点を突き、それを実行する力を持っていたとしてもそれに頼りすぎれば相手に読まれる。自分よりも実力で上回っている相手にはまずオススメしねぇ」

 

 

クーガはアシモフの言葉に頷いた。少なくとも今までは読まれたことはなかったが、先程のような離れ業を見せられたのでは頷かざるを得ない。

 

 

「つまり、最強ってのは弱点にもなるって訳だ。フェイントとかができりゃまだ話は変わってくるが……お前はフェイントが出来ない。違うか?」

 

 

クーガは、驚いたような眼でアシモフを見た。事実だったからだ。

 

 

「……何でわかるんだ? 」

 

 

「俺が何人の軍人を指導してきたと思ってる。お前は良くも悪くも自分のベース生物に良く似た性格をしている。殺気がマルワカリってこった」

 

 

クーガも、ベースとなった『オオエンマハンミョウ』も、本気で殺しにかかってくる時とそうでない時のオンオフスイッチが非常にわかりやすい。

 

 

普段は基本的に大人しく、温厚。しかし、いざ獲物が迫ったとなれば殺気剥き出しで攻撃してくる。普段とのギャップが激しければ激しいほど、それはわかりやすい。

 

 

「お前よりも地力で上回っているのは『幹部』ぐらいなもんな上に、そうホイホイと現れるもんでもない。だがな。もし万が一現れたらどうする?」

 

 

クーガは口をつぐむ。『地球組』の暫定的な強さを現す、いわば地球版『マーズランキング』がもうすぐ発表されるようだ。ベタな名前だが、『アースランキング』と呼ばれることになる。

 

 

暫定的だが、自分が一位でほぼ確定しているらしい。逆にもし自分が破れれば、自分を破ったその敵に対抗できる者はいないということだ。そのことが、クーガを焦燥感に駈り立てていた。

 

 

「じゃあ…オレは…どうすりゃ」

 

 

「強みは……弱みにもなりえる。今日のあの一瞬で痛いほどわかった筈だ。だが……また逆も然りだ」

 

 

〝最弱は最強になりえる〟

 

 

その一言でアシモフが言いたいことがわかった。

 

 

『ミイデラゴミムシ』

 

 

父から遺伝した、秘められたもう一つの『特性』。テラフォーマーには効果を得られなかった、『バグズ2号』最弱と囁かれたこともある『特性』。それを有効に使えと、アシモフは言っているのだ。

 

 

しかし。

 

 

「無理だ。オレはもう二度とあの『特性』を使いたくないねぇよ」

 

 

その能力のせいで自分は戦場へと駆り出され、多くの命を『無意味な戦争』で奪い続けてきた。あの日々のことを、出来れば二度と思い出したくもない。

 

 

「……そうか。そう言うなら俺からは何も言わん」

 

 

憶測だが、なんとなくの事情は分かる。これ以上このことについて触れればクーガの過去を悪戯に引っ掻き回すことになる。折角男同士の対決で久々に熱い闘いを繰り広げ、気持ち良く終わることができたのだから、わざわざ後味悪く終わる必要もないだろう。そんな思いでシルヴェスター・アシモフは颯爽とその場を去ろうとしたが、しかし。

 

 

「なにルークに教えを説いたヨーダ気取りでこの場を去ろうとしてんだクソジジイ。始末書きっちり書いて貰うからな」

 

 

「うお!?うおお!?」

 

 

いつの間にか背後に鬼のような形相で立っていたミッシェル・K・デイヴスにより、それはあっさりと阻止されてしまった。

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

アシモフがミッシェルに強制連行されていき暫くした後、再び病室のドアが開いた。

 

 

「クーガ君大丈夫!?」

 

 

「……唯香さん」

 

 

駆け込んできたのは、自分の『サポーター』である唯香であった。『地球組』のメンバーには1人、もしくは2人に1人ずつ『サポーター』と呼ばれる主にマネジメントを務める人物が付き添うことになる。

 

 

テラフォーマー並びにMO手術の知識に長けた人物に限られ、主に担当の『地球組』のメンバーのサポート、カウンセリング、UーNASAへの定期報告を務めることになる。当然、担当するメンバーの過去も把握済みだ。

 

 

「元気ないけど……多分負けちゃったこと気にしてる訳じゃないんだよね?」

 

 

「……当たらずとも、遠からずってやつかな 」

 

 

クーガは、唯香にありのままを話した。アシモフから言われたことを。父親の、『ゴッド・リー』の能力の使用を推奨されたことを。

 

 

「……確かに、お父さんの能力が使えればクーガ君の戦略はもっと広がると思う。けどあんまり無理しちゃ駄目だよ?私はクーガ君の『サポーター』なんだから!」

 

 

「……唯香さん」

 

 

唯香の穏やかな笑みと、底無しの優しさを伺わせる言葉にクーガは安堵を覚えると同時に、彼女のことが心底愛しく感じた。手っ取り早く言えば、クーガは唯香に惚れていた。しかし、その思いの丈を彼女にも打ち明けたことはなく、誰にも相談したことはなかった。

 

 

『地球組』が色恋沙汰に夢中では火星に行く『アネックス1号』のクルー達が不安を覚えてしまうだろうし、自分は化け物(・ ・ ・)だ。半分人間じゃない。こんな化け物で好かれては唯香もいい迷惑だろう。そんな劣等感が、クーガの人間として当たり前に抱く感情である『愛』という感情に蓋をしてしまっていた。クーガは心底怨んだ。自分をこんな身体にした父親、ゴッド・リーを。

 

 

「どうしたの?クーガ君」

 

 

何かを言いかけたクーガの顔を、唯香は不思議そうに覗きこんだ。そんな唯香をクーガは愛しげに、そして寂しげに覗きこんだ後、伝えかけた本心を押し殺して口を開いた。

 

「……いや、なんでもない。唯香さんは先に食堂に行っててくれ。ここの山盛りポテト名物らしいからよ」

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

─────────

 

 

 

「……駄目だなぁ、私 」

 

 

クーガの病室から少し歩いたところで唯香はボソッと呟いた。彼が何に悩んでるかぐらい、長い付き合いである唯香は察していた。しかし、彼女が彼の思いに応えてしまえば、彼の命を危険に晒してしまう恐れがあるのだ。

 

 

『地球組』として戦っていく中でクーガの側に立ち共に戦っていく以上、唯香も危険な目に遭うだろう。下手すれば唯香自身が人質に取られるなんていうことも起こり得る。

 

 

その時、唯香はクーガに冷たくも正しい判断をして欲しかった。任務を優先し、何より彼自身の命を大切にして欲しかった。しかし、唯香自身がクーガの思いに応えてしまえばそれは叶わなくなる。愛は深ければ深い程、判断力を鈍らせるのだ。クーガを愛しく思えばこその、彼女が出した結論だった。

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

─────────

 

 

 

クーガ・リーは、UーNASAの食堂とは反対方向を歩いていた。今の自分を見れば、誰がどう見ても何かに悩んでいるのがバレてしまうから。『地球組』のエースとして、地球を自分達に託して旅立つ『アネックス1号』のクルー達に弱味を見せる訳にはいかない。

 

 

ただ、時々思うことがある。何でも悩みごとを共有できる友達が欲しいと。生まれてこのかた出来たことはないし、これからも出来ることはないだろう。そんなことを思いながら、自販機に百円玉を入れようとした時だった。

 

 

「「 ん 」」

 

 

目の前を見れば、自分と同じく百円玉を入れようとしてる青年がいた。年齢は自分と同じぐらいだろうか。目が合ってパチクリと瞬きしつつ見つめ合った後に、気まずそうに互いに口を開いた。

 

 

「「……ど、どうも」」

 

 

これが、クーガ・リーと膝丸燈の出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 






呆気なすぎる気もしますが、原作キャラ大好きなのでオリキャラのクーガが簡単に勝ってはいかんと思いこのような一瞬の決着になりました。


次回の更に次の回、原作組は火星に旅立ちます。






オオエンマハンミョウ
「ヤバイと思ったが食欲を抑えきれなかった」


感想下さった方、並びに読んで下さった方、誠にありがとうございました。




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第三話 FRIEND 友

           



膝丸燈。コードネーム『セカンド』

                 
『ファースト』ミッシェル・K・デイヴス及び、『サード』クーガ・リーと同じく、生まれながれにして『MO』を持って生まれた存在。


彼との出会いが、クーガの心に変化をもたらす。





 

 

 

ひたすらに、莫大な情報を掻き分ける。一歩間違えば、訪れるのは絶望。しかし、人間というのは非常に厄介なものだ。動物と何ら変わりない好奇心。それが、彼等の足を止めることを許さない。前へ、前へ。それしか、今の彼らに出来ることはなかった。

 

 

「こんなもん……あってたまるか」

 

 

「クーガ。オレにあってお前に足りてないもの……何かわかるか?」

 

 

膝丸燈は、クーガ・リーに向かって勝ち誇った表情を浮かべる。そして、自らの頭を人差し指で指差して一言こう告げた。

 

 

 

 

────────圧倒的な場数の差、だ。

 

 

 

 

「ホー、近頃はエロサイトの無料サンプル動画を見た回数も場数って言うのか」

 

 

膝丸燈とクーガ・リーの両名は、魔王ような一声に振り返った。するとそこには、汚物を見るような眼でこちらを見下すミッシェル・K・デイヴスの姿があった。

 

2人が必死にかぶりついていたパソコンの画面を見れば、『東京マントル』というアダルトサイトのホームページ。そして、購入画面。クーガ・リー名義での購入画面だった。画面を更によく見ると、そこには身長以外が唯香に似ている女優がパッケージを飾っている、18禁物の危ない映像作品が買い物カゴアイコンの中に入っていた。

 

 

「……言いたいことはあるか?」

 

 

「ヤバイと思ったが性欲を抑えきれなかった」

 

 

クーガ・リーはミッシェルに土下座した。恥も外聞もなく土下座した。お願いしますミッシェルお姉ちゃん、唯香さんには黙ってて下さい、と。

 

 

「その噂の唯香だがジョセフに粉かけられてたぞ」

 

 

「はぁっ!?」

 

 

ジョセフ・G・ニュートン。ローマ班の班長にして、ハイスペックイケメンチャラ男。なんとなく嫌な事が起こる予感はしていた。

 

 

燈と出会ってそれとなく雑談していたら、何故かアダルトサイトの話に転じた。清楚系かつロリ巨乳のクーガ好みの女優がいるかいないか、一種の賭けというか、勝負をしたのである。

 

 

結果、クーガ・リーは『東京マントル』にて敗北し、欲望の海にダイブしてしまった。その勝負の僅か30分間の間にナンパされてしまうとは想定外だった。

 

 

止めなくては、と思ったが踏み留まった。よくよく考えてみると自分にはそんなことをする権利はない。ジョセフならチャラいが人は良さそうだ。唯香も幸せになれるのではないか。

 

 

そんなネガティブな思いがクーガの中でグルグルと渦を巻いていると、見かねたミッシェルが溜め息をついて肩に手を置いて口を開いた。

 

 

「クーガ、お前本当にわかりやすいな」

 

 

「へ?」

 

 

「お前が唯香に惚れてるのは周知の事実だぞ」

 

 

ミッシェルが何を言ってるのかわからなかったというかバレていることを認めたくなかったというか、とにかくその言葉の意味をクーガが理解するにはそれなりに時間がかかったが、理解した時には顔が真っ赤な茹で蛸のように赤く染まっていた。

 

 

「な、何言ってんだよミッシェル姉ちゃん!!」

 

 

唯香への気持ちは押し殺していたはずだ。ポーカーフェイスもこころがけていたしバレるはずがない。

 

 

「バレバレだ。唯香の近くいる時のお前……頬がわかりやすいぐらい紅くなるからピカチュウ現象なんて名付けて小町艦長面白がってたぞ」

 

 

「ププッ……随分とでけぇピカチュウだな(ライチュウ5匹分ぐらいあんだろ)

 

 

思わず燈が噴き出すと、クーガは燈をギロリと睨んだ。そんな2人に構わず、クーガの真意をミッシェルは追求した。

 

 

「お前のことだ。私達に弱味を見せたくねぇとか余計な気遣ってたんだろ?」

 

 

ものの見事に図星である。

 

 

ミッシェルとは何回か実験で会うことがあったのだが、その時から生まれつき『特性』を持つ者同士として、よく話すようになっていた。

 

 

そんな幼い頃からの付き合いで、尚且つわかりやすい性格のクーガのことだ。ミッシェルからしてみれば、手に取るようにわかるのだろう。

 

 

「図星みたいだな。いいかよく聞け」

 

 

ズイッと、クーガの襟を掴んで軽々と持ち上げて強制的に話を聞く姿勢にさせられた。相変わらずの怪力だ。

 

 

「……ひゃい」

 

 

「まず一つ。勘違いしてるようだがお前は『人間』だ。『化け物』じゃない」

 

 

ミッシェルが言及したのは、クーガを追い詰めている要素の1つである『自分を化け物だと思っていること』であった。それをいきなり突かれた。

 

 

「けど……」

 

 

「けどじゃねえ。じゃあ質問する。お前から見て私達(・ ・)は化け物か?」

 

 

「いや……そうは思わない」

 

 

ミッシェルも自分と同じく生まれつき『MO』を持った人間である。自分と同じ境遇の彼女だが、化け物とは思えない。

 

 

普通に息を吸って、吐いて、寝て、食べて、笑って、怒って。そんな『普通の人間』らしい生活を送っている彼女を化け物とは言わないだろう。

 

 

「いや……ミッシェル姉ちゃんは『人間』だ」

 

 

「じゃあ何でお前は人間じゃないんだ」

 

 

「それは……」

 

 

「お前は人間だな?」

 

 

先程の会話の後では頷かざるを得なかった。クーガがコクリと頷くと、ミッシェルは言葉を続ける。

 

 

「人間ってのは不完全なもんだ」

 

 

クーガを降ろして、そっと座らせる。そして、両肩にそっと手を置いた。少年だった頃、泣き虫だったクーガを励ましてくれた、あの時のミッシェルと同じだ。彼女はクーガに、ゆっくりと語りかけた。

 

 

 

「人間は動物みてぇに強い牙も厚い毛皮もねぇし、独りでは生きていけねぇ。だからこそ、人間手を繋ぎ、信じ合うことを覚えた。だから弱くたっていいんだよ。少なくとも私には冷たい『戦闘マシーン』を信頼できないし、『地球』を任せられねぇな」

 

 

ミッシェルの言葉を聞き終えた後、クーガは自分の考えの脆さに気付いた。確かにミッシェルが言ったことはその通りだがしかし、同時に疑問も涌いて出てきた。

 

 

「……何かに依存すると人間は弱くなっちまうんじゃねぇか?特に、何かを愛するとさ」

 

唯香のことをふと思い出した途端、その言葉が飛び出してきた。だから、自分は唯香と一線を引いてきたのである。愛は、人を弱くしてしまいそうな気がしてならなかった。

 

 

「確かにな」

 

 

ミッシェルはあっさりと、クーガの言葉を肯定した。

 

 

「人は、誰かを愛すると弱くなる」

 

 

「……だったら」

 

 

「けどな。それは本当の弱さじゃない」

 

 

クーガは、ミッシェルの言葉に首を傾げた。弱さではない、本当の強さとは果たしていったいどういうことなのだろうか。

 

 

「それは人間の強さだ」

 

 

「……弱さが、人間の強さ?」

 

 

「ま……後は自分で考えるんだな。今のお前には悩みも共有できる奴もできたみたいだし」

 

 

クーガの肩を優しくポン、と叩いたかと思えば、ミッシェルは立ち上がり燈の耳を乱暴に引き寄せた。

 

 

「燈テメェ『地球組』の戦闘は見に来れなくて『東京マントル』は特等席で見やがって……どういう了見だ?ア?」

 

 

「イデデデデデ!!ちょっミッシェルさん!!さっきまでのお姉ちゃんモードどうしたんですか!!つうかクーガも共犯でしょ!!」

 

 

「そのクーガをそそのかしたのはどこの誰だ?……ったく風邪だって聞いてたのにとんだ回復力と性欲だな」

 

 

「いやそれ程でも…へへっ」

 

 

「誉めてねーよブタ野郎」

 

 

燈の肉体も精神もオーバキルされた後、ミッシェルはガサゴソと懐から包みを渡した。

 

 

「……これは?」

 

 

「見舞いだ。取っとけ」

 

 

「ミッシェルさんツンデレですね」

 

 

燈が正直な感想を漏らした途端にミッシェルの鉄拳が食い込み、彼の意識がブラックアウトするまでそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

────────────────

 

 

─────────

 

 

 

「……これだからミッシェルさんは最高だぜ」

 

 

「マゾヒストの申し子かお前は?」

 

 

ミッシェルにノックダウンされた燈に肩を貸し、のろのろよたよたとしたスピードで二人は食堂へと向かっていた。

 

 

端から見れば熱い友情に結ばれた二人だが、蓋を開ければ全く情けない事情が込められている。

 

 

「わかってねーなクーガ。あれはきっとアメリカ式のツンデレアピールだっての」

 

 

「どうポジティブに解釈したらそんな風に受け取れんだよ!純然たる暴力の一撃だったろ!!」

 

 

「おいおいクーガ。ミッシェルさんに貰ったこいつが目に入らねぇか?」

 

 

燈はドヤ顔で、ミッシェルから貰った茶封筒をクーガに突き出した。しかし、それをビリビリと開けて中身を見てみれば、中から出てきたのは『東京マントル1000ポイント分カード』だった。

 

 

「フフッ……」

 

 

クーガは笑いを堪えきれず、つい噴き出してしまった。ミッシェルらしい皮肉が効いたプレゼントである。チラッと燈の表情を伺ってみると、彼はこの世の終わりを迎えたかのような顔をしていた。

 

 

「……何でだよ」

 

 

「オレに聞くな!性事情がオンラインになってる奴なんて初めて見たからわかんねぇよ!!」

 

 

「こうなったらクーガ。お前も道連れだ」

 

 

「肩貸して貰ってる相手に言う台詞じゃねぇよな?」

 

 

「スミマセンデシタ」

 

 

なんだかな、とクーガは思った。こんなに同世代の人間と話をしたことはなかったから、よくわからない。

 

 

しかし、友人っていうのはこういう感覚なんだろうか。こそばゆく、くすぐったい。燈と話をしていると、そんな感覚がクーガを包んでいた。

 

 

「…………そういや」

 

 

クーガが何かを思い出したように人差し指を立てる。ミッシェルは、先程「『私達』が化け物に見えるか」と言っていた。『私達』とは、ミッシェルとクーガだけでなく、その場にい後1人も含まれていたはずだ。

 

 

「……燈。お前もオレと『同じ』なのか?」

 

 

「質問の意図はわかんねぇけど……考えてることは多分一緒だな。ああ、そうだぜ?」

 

 

燈はあっさりと答えた。そういえば聞いたことがある。

 

造られた子(セカンド)』と呼ばれる、自分やミッシェルと同じく、生まれながらにして『MO』を持つ人間がもう一人いると。目の前にいる人間がそうだとはまさか夢にも思わなかった。

 

 

「似てる、せいかな」

 

 

燈が突然呟く。

 

 

「俺、お前と話してると楽しいわ」

 

 

「そ、そうか?」

 

 

「マルコスとかアレックスっていう奴等も友達なんだけど……完全にタメの奴とこうやってじっくり話すの初めてかもしれねーな」

 

 

「オレは今日が初めてだよ。友達なんてできたことないし……作る機会なんてなかったし」

 

 

 

そっか、と燈は相槌を打つ。

 

 

「んじゃ俺が初めての友達ってことでいいか?」

 

 

「……友達?」

 

 

「ああ。友達だ」

 

 

燈はクーガの拳に自らの拳をコツンと当てると、ニカッと笑ってそう言ってくれた。

 

 

「友達って訳で一緒に共倒れしてくれるよな?」

 

 

「……は?」

 

 

嬉しいという感情の『う』の文字が出たところで、クーガは豆鉄砲を食らった鳩のような表情を見せた。『共倒れ』とは一体どのような意味だろうか。

 

 

燈の言葉を反芻している最中、いつの間にかミッシェルの鉄拳制裁のダメージが回復したらしく、燈は全力疾走を始めた。

 

 

このタイミングでダッシュして自分から離れる意味と、『共倒れ』という言葉の意味も考えた結果、クーガの頭の中である仮説が浮かんだ。

 

 

〝燈は性癖がバレたことでヤケクソになり、自分の性癖もバラそうとしているのではないか?〟

 

 

だとすれば不味い。 この先の食堂にはかなりの人数の各国の人間が集まっているはずだ。今日、アシモフとの試合を見て自分のことを尊敬の眼差しで見ていてくれた人物達の評価も、一転してしまうかもしれない。英雄から一気に変態に不名誉な転落(ジョブチェンジ)をしてしまう訳だ。

 

 

だとすれば、逃す訳には行かない。

 

 

「燈ィ!!」

 

 

「うおおおおお速ええええええええ!!」

 

 

しかしタッチの差で食堂への扉を開かれてしまった。そして、開口一番。

 

 

「みんな聞いてくれ!!オレが金髪巨乳を好き好んでることは知ってるよな!?」

 

 

それを女子のある者は「うん知ってる」と頷き。

 

 

それを女子のある者は「こいつは突然何を言ってるんだ」と言いたいかのように蔑んだ眼で見て。

 

 

男の大半は「うおおおおお!!おっぱい!!おっぱい!!」「カワイイは正義!!」と訳の分からない盛り上がりを見せた。

 

 

目の前に異常な光景に思わず

 

 

「なんだよこの新手の宗教!!」

 

 

と、クーガはツッコんでしまう。

 

 

「そしてたった今ツッコんだこちらの男前!!今日素晴らしい戦いを見せてくれた『地球組』のエース、クーガ・リー!!オレは見なかったけど!!オレ達とは一週間ぐらいしかいられないけど仲良くしてやってくれ!!」

 

 

一斉に拍手が起こる。こういうのは生まれてから一度もなかったから慣れてない。ひたすらこそばゆかった。

 

 

「さてさて!ではそのクーガさんに早速性癖を暴露してもらいましょうか!!」

 

 

「えー皆さん!オレはロリ巨乳が大好きです!って何言わせんだ!!セオリーはまず名前とかだろうが!」

 

 

とはいえ言ってしまったものは仕方ない。

 

 

先程、昼間の戦闘で負けたものの、鮮やかにかっこよく決めたクーガにアプローチしようとしていた数名の女性陣も、『ロリ巨乳』というワードを聞いた後には、

 

 

「え、ロリ?危ない人…?」

 

 

「多少イケメンでも無理!!」

 

 

等、完全にクーガが対象外物件になったであろう声が聞こえてきた。しかし、その様子を見たクーガは慌てて更にとちくるう。

 

 

「誤解だ!オレはロリ巨乳が好きなんじゃねぇ!」

 

 

息を大きく吸い込んで、

 

 

「オレは唯香さんが好きなの!わかる!?」

 

 

ロリ巨乳好き、という当たらずとも遠からずな誤解を解く為にソウルの叫びをシャウトしてしまった訳だが、自分は今何を言ってしまったのか。何をやらかしてしまったのかわかった時にはもう遅かった。

 

 

隅の方を見れば、小町艦長とアドルフと、昼間に唯香と共に試合を見ていた若者5人と、顔を真っ赤に染めた唯香が、フライドポテトの山を囲みながらこちらを呆然と見てた。

 

 

クーガは、今日再び燈を睨み付けた。自爆したのは彼自身だが、導火線を引いたのは燈である。怨んでも仕方ないだろう。クーガがウルウルと泣きそうな瞳でこちらを睨み付けているのを見て燈は一言、申し訳なさそうに告げた。

 

「い、今のオフレコでお願いしまーす」

 

 

「もう手遅れだクソッタレがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

────────アネックス1号出発まで後6日

 

 

 

 

 

 

 

 







クーガと燈が友達になった回でもありましたが、いかがでしたか。少しでも楽しんでいただけたなら凄く嬉しいです。


感想お待ちしています\(^-^)/



次回、アネックス1号が地球を旅立ちます。







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第四話 DEAR_FRIEND 去り行く君へ



絆とは断つことが出来ない深い繋がり。

例え、地球と火星程に離れていても

例え、お互いを感じられなくとも

例え、どれだけの歳月が経とうとも

想うことを止めぬ限り、

人であり続ける限り、

友と友を『意思』が結び続ける。





 

 

 

「も、もしもーし。クーガくーん?」

 

 

燈は、メンタルお通夜状態のクーガにひとつまみのポテトを差し出した。しかし、クーガは全く反応を見せない。

 

 

「このポテトうめぇぞ!いつまでもしょげてないで一緒に食って元気出そうぜ!!」

 

 

ニカッと、スマイルを浮かべた上に親指を立ててサムズアップを決めてくる燈。そんな彼を見てクーガはフッと笑うと、燈に向かって手を伸ばした。そしてポテトを受け取ろうとした瞬間、

 

 

「誰のせいだと思ってやがんだオンドリャアァァ!」

 

 

爆発した。ポテトの代わりに燈の襟首を掴み、これでもかと激しく揺さぶった。クーガが怒り狂うのも当然だ。唯香に大人数の前で告白するという公開処刑を、ある意味、燈からのキラーパスによって達成してしまったのだから。

 

 

そんなクーガと燈がいるのは、その公開処刑を行った現場である食堂だった。現在、クーガと燈は小町艦長や唯香達と共に山盛りのフライドポテトを囲っていた。図らずも並ぶ形となったクーガと唯香を、食堂中の人間がニヤニヤとした表情で見つめていた。

 

 

当人達からしてみれば地獄である。ギャーギャーと、燈と先程の件で口喧嘩をするクーガを見て、唯香は先ほど自分が食堂に向かっていた時のことをふと思い返した。

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

─────────

 

 

 

「な、何かスッゲー調子悪そうですけど……大丈夫ッスか?」

 

 

「ふえっ!?ジョ、ジョセフさん!!」

 

 

食堂に向かう途中、心が晴れず、表情が優れない唯香に声をかけたのは『幹部』の1人でもあるジョセフ・G・ニュートンだった。

 

 

「どうしました?やっぱりバストが豊満だから肩がこっちゃう、なんて?」

 

 

「セッ!セクハラですよ!」

 

 

ぷんすかぷんすかと頬を膨らませ、小さな体で精一杯怒りを表現する唯香。そのキュートな様子に危うくいつもの調子でちょっかいを出しそうになったが、こらえて本題を切り出した。

 

 

「フフ、冗談です。ところで」

 

 

「は、はい?」

 

 

「アナタは今恋の病を患っている。違いますか?」

 

 

「ふえっ!?」

 

 

「しかも相手はあのクーガ・リー君、だったり?」

 

 

「な……なんでわかっ……じゃなくて!私はこ、ここ、恋なんてしてません!!彼は5つも年下ですよ!?」

 

 

非常にわかりやすいリアクションだ。彼女の顔赤らんだ顔からは、今にも湯気が出てきてもおかしくない。ヤカンを乗せたらいい塩梅にジャパニーズグリーンティーを飲むためのお湯が沸きそうだ。

 

 

「そしてクーガ君がアナタに想いを寄せてることがわかってたりします?」

 

 

「ヒアア!!」

 

 

最早唯香は、ゆでタコの隣にちょこんと座らせておいたら見分けがつかない程に真っ赤になっていた。屈んで顔を必死に両手で隠しているものの、体中が真っ赤に染まって最早顔を隠す意味すらなかった。

 

 

そんな唯香にジョセフは片膝をついて目線の高さを合わせた。そして、静かに口を開く。

 

 

「……だからこそ、彼の想いに応えない。違いますか?」

 

 

その言葉を聞いた途端、唯香は自らの体の火照りが急激に冷めていくのを感じた。少しして全身の赤みが引き、顔から手を退けた時に現れた彼女の瞳の中には、憂いだけが浮かんでいる。

 

 

「凄いですねジョセフさん。『MO手術』を受けると人の心までわかっちゃうんですか?」

 

 

「まさか。男の勘ですよ。男のね」

 

 

自分のことではあまり働きませんがね、とジョセフは付け足して言葉を続ける。

 

 

「『地球組』の活動は原則として『二人一組(ツーマンセル)』以上が基本と聞いてます。メンバーとそのサポーター、監視の意味も兼ねてね。

 

当然、クーガ君と活動してるアナタにも危険は及ぶ。そしてアナタは自分に危険が及んだ際にクーガ君にも危険が及ぶことを恐れている。例えばアナタが人質に取られた時とか、ね?」

 

 

「……当たってます。もし私とクーガ君がその……親密な関係だったら。決断をしなければならない時に判断が鈍ります。私は……私よりも、任務の遂行と。クーガ君の自分自身の命を優先して欲しいです」

 

 

そうでなければいけない。地球で生じる可能性のある『MO手術』の不正使用と、実験用テラフォーマー暴走の際の処理。

 

 

そんな重大な任務が任されているクーガに、自分のせいで命の危険や任務の失敗を味わう羽目にあって欲しくない。そのような想いが故の距離を置いた関係だった。

 

 

「んー………あまり感心できませんね」

 

 

ジョセフは唯香の考えをバッサリと切り捨てる。

 

 

「ふえっ!?な、なんでですか?」

 

 

「アナタの役割は何ですか?」

 

 

「え…えぇと…『地球組』メンバーの監視及び…そのサポートとカウンセリングです」

 

 

「心の距離を置いた相手の心は曇るばかりです」

 

 

ぐうの音も出ない。心の距離を狭めることを許し、中身を覗くことを患者が許すのがカウンセリングである。診察側が距離を置いては相手の心がわかるはずもない。

 

 

「それに……男の子は女の子にいい所を見せたい時に力を発揮できるものなんですよ?」

 

 

「で、でもそんなの……小学生のリレーの時の理論じゃないですか!」

 

 

「男っていうのは永遠に少年なんすよ。ノースリーブで鼻垂らして好きな女の子の目の前で全力疾走してしまうものなんです」

 

 

そういうものなのだろうかと唯香が疑問を感じた時、ジョセフは核心に迫った。

 

 

「何よりも、いつ彼が死んでしまうか恐い。もしくは、自分が死んでしまうか。その前に、せめて思いの丈を伝えたい」

 

 

愛している。と。

 

 

「そのジレンマに貴女は苦しんでる、でしょ?」

 

 

「その通り、です」

 

 

『地球組』の任務は、火星での任務を行う『アネックス1号搭乗員』と違い、確実な脅威はないかもしれない。しかし、不確定的に、頻繁に危険が起こる確率は高い。相手が人間である分、その危険性は濁りを増して不透明なものとなる。

 

 

そんな危険が明日にもあるかもしれないにも関わらず、想いを伝えられない葛藤が唯香の体調を顕著に悪い方向に向かわせていった。病は気からとは、よく言ったものである。

 

 

「少しずつでもおれは歩み寄るべきだと思いますよ。彼の為にも、貴女の為にも」

 

 

 

そう言うと、ジョセフは踵を返して颯爽と去っていった。ジョセフも、女の涙に弱いとかいうベタな理由で唯香にアドバイスをした訳ではない。『地球組』の任務は、少なくとも機密を保持という各国共通の想いがあるからだ。

 

 

「……ジョセフさん、ありがとうございます」

 

 

唯香は、ペコペコと自分に心の底から感謝しているかのように頭を自分の姿が見えなくなるまで下げていた。この時の場面を遠目でミッシェルに見られ、ジョセフが唯香にちょっかいをかけていたという誤解を生んだのであった。

 

 

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────────

 

 

 

 

『少しずつでもおれは歩み寄るべきだと思いますよ。彼の為にも、貴女の為にも』

 

 

ジョセフのそんな助言(アドバイス)を唯香は思い出し、唯香はクーガへと目線を移した。相変わらず、出来たばかりの『友達』と先程の件で喧嘩している。

 

 

「クーガお前オレのポテトが食えないってのか!!」

 

 

「どこにキレてんだテメェは!そもそもそいつはオレの唯香さんに対する奢りだ!!」

 

 

「あ、あるぃがとぉうございむぁす!!」

 

 

「どこの歌舞伎役者だお前」

 

 

2人の会話を聞いて、マルコスとアレックスはしょうもなすぎて吹き出しそうになっている。シーラも、笑っている場合じゃないでしょ。喧嘩を止めなさいよと言いたいところだが、彼女自身もヤバかった。

 

 

『こんなもので笑ったら負けな気がする』

 

 

そんな想いが、メキシコ3人組の笑いを抑えていた。会話中ポロッと聞くから面白いのであって、芸人がいざコメディショーとして披露したらシラケてしまうクオリティだろう。後から、「あんなので爆笑してしまった」と後悔するタイプの笑いだ。よく見ると、隣にいる小町艦長も下を向いてプルプルと震えている。

 

 

シーラ、アレックス、マルコス、小吉の4人が『笑ってはいけないU-NASA24時』に挑戦している間、イザベラ、エヴァの2人はというと

 

 

「班長、強力なライバル出現っすね。でもアタシは班長のそのミステリアスなムードに魅力があると思います。お兄ちゃんポジションであることを活かして包容力で攻めていきましょう」

 

 

「わ、私に出来ることがあるなら…なんでも…」

 

 

「……お前たちは本当に何か勘違いしてる」

 

 

アドルフとクーガの同性愛者疑惑を、まだ色濃く疑っているのか、熱烈な応援メッセージをアドルフへと投げていた。アドルフはげんなりした様子でそれを否定しているが、当分続きそうだ。

 

 

「ああそうか。お前がフライドポテト食わねえならオレ1人で平らげてやるよ!」

 

 

「いやせめてみんなで食え。協調性0か」

 

 

相変わらず燈とクーガは、しょうもない争いを繰り広げていた。

 

 

「そんなこと言うなら5本いっぺんに食っちゃうからな!」

 

 

「イチイチ報告しなくていい」

 

 

「そういやクーガ。こんな大人数で食うことっていつもあるのか?」

 

 

「いや?いっつもこんな大人数で食うことはねぇな」

 

 

その言葉に、膝丸燈、マーズランキング第6位はピクリと反応した。『国産戦闘鬼(オオミノガ)』は容赦しない。『絶対的補食者(オオエンマハンミョウ)』が例え出来たばかりの友であろうとも。

 

 

「へー……ってことはいっつも唯香さんと二人で飯食ってるのか」

 

 

「ふえっ!?」

 

 

「見逃さねぇなテメェはよ!!」

 

 

逆説的にそうなる。男子という生き物は、普段サボらせてる頭をこのようなしょうもない場面でフルに働かせる生き物なのである。

 

 

「で?どうなんだクーガ?」

 

 

「いや…食べてるよ。唯香さんの…ご、ご飯」

 

 

「「「「 ひゅ~ 」」」」

 

 

「ハモるな!!冷やかしアンサンブルさせんな!!」

 

 

冷やかしてきたのは、燈は勿論、マルコス、アレックス。そして明らかに年的に浮いてるワルノリ状態の小吉だった。

 

 

「なんでアンタまで加わってんだよ!いい加減少年の心置いて来い!!」

 

 

「いや~前に食ったことあるけど確かに唯香ちゃんのご飯は美味しいよな~」

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

唯香がぺこりと頭を下げた刹那、躊躇いもなくワルノリ状態の小町小吉(40)は次の一手に出た。

 

 

「唯香ちゃんどう?こんなダンディなおじさん?」

 

 

「ふえっ!?」

 

 

いきなり唯香の両手を握り、持ち前の真顔ボケをかました。何故かシーラが鬼のような形相を一瞬浮かべたが、気のせいだろうか。

 

 

「どう?オレの食いっぷり半端じゃないよ?大陸ごとたいらげちゃうよ?」

 

 

「どこのベヒモスだアンタ!唯香さんのご飯の味を一番知ってるのはオレだから!他の奴に味を語らせてたまるかってーの……って、あ」

 

 

ノロケを漏らして再びうっかり自爆したクーガを、食堂中の人物が一丸になって冷やかした。この時ばかりは、世界中が1つになっていた。

 

 

「わ……私も、一番美味しそうに食べてくれるからクーガ君に食べて貰いた……ヒアッ!」

 

 

立て続けに唯香までもが誘爆し燈、小吉の2名の本事件の首謀者はガッシリと握手を結んだ。

 

 

「……艦長、いい加減にしないとクーガがグレますよ」

 

 

「マルコス、アレックス!アンタ達も加わろうとしないの!」

 

 

アドルフ、シーラといったしっかりした『まとめ役』が動き出したのは、最早クーガと唯香のハートがオーバーキルされた後であった。

 

 

 

 

 

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「ご、ごめん」

 

 

「……」

 

 

「艦長、誠意が足りないそうです」

 

 

「 クーガ何も言ってないね!アド君お前の本音だね!」

 

 

最早いじられ倒されて真っ白になったクーガを、最上階の幹部室に連れてきて謝罪する小吉。そしてアドルフ。奇しくも、10年前にクーガを地獄から助け出した時と同じ面子が揃っていた。クーガがガラス越しに空を見上げれば、あの日のように火星が色褪せることなく翠色の光を放っていた。

 

 

「小吉さん、アドルフ兄ちゃん」

 

 

「ん?な、なんだ!?」

 

 

「オレ、本当に出発の時までここにいていいのかな?」

 

 

ぽつり、と出た一言。アネックスクルーと食堂で騒いでいた時にふと涌き出た疑問だった。クーガの口から出たそんな風にポツリと出た疑問に、アドルフは尋ねた。

 

 

「……どうしてそんなこと思った?」

 

 

「オレ……『地球組』だろ?下手をすれば何事も起こらずに日常を過ごすことになるかもしれない。みんなは命を掛けることになるってわかってるのによ」

 

 

クーガは、小吉やアドルフ達『アネックス1号』搭乗員の助けになりたいという意思の元『地球組』に志願した。しかし、腹の底では『安全』かもしれない任務に妬んでいる人間も少なからずいるかもしれない。それならば、彼らに不信感を抱かせない為にも自らは早々にここを離れた方がいいのではないか。

 

 

そんな風に杞憂していた時、

 

 

「……っヨイショォ!!」

 

 

「ドワッ!?」

 

 

突如、思い詰めたクーガの表情を見た小吉が彼を担ぎ上げて肩車をした。幼い頃によくして貰っていた覚えがあったが、今と昔じゃクーガの体のサイズは当然異なる。負担も大きいだろう。

 

 

「小吉さん!?」

 

 

「大丈夫だって!!軽い軽い!!ミッシェルちゃんのインナーマッスルに比べりゃ……」

 

 

小吉はバッ、とミッシェルが聞いていないか入り口におそるおそる視線を移した。

 

 

「ビビるぐらいなら言うな」

 

「す、すまん」

 

 

小吉はゴホンと咳払って仕切り直すも、クーガの75kgの体重を支え続けながら切り出した。

 

 

「大丈夫だ。お前のことそんな風に思う奴はいねーよ」

 

 

「……そうかな」

 

 

「アシモフと闘った時、お前の強さがみんなよくわかった」

 

 

敗北したものの、あの軍神アシモフ相手にあんな戦闘力(パフォーマンス)を発揮した時点でただの臆病者という認識は消えていただろう。

 

 

「確かにお前の言った通り少し疑問を感じることもあるだろうな。これだけ強いのに、なんで火星に一緒に来てくれないんだろう、って。ただな、それ以上にお前のことを頼もしく思ったと思うぜ」

 

 

「それは……」

 

 

「サンドラ・ホフマン」

 

 

アドルフが、突然知らぬ誰かの名前を漏らした。

 

 

「うちの班の『志願兵』だ。息子が『AEウイルス』に感染してワクチンを採取する為に自ら『志願』した。ランキングは下位の猫科の能力。だが、後悔などしていないしお前に妬みなんて一欠片も持ってないだろうよ」

 

 

何故だと思う?とアドルフは尋ねる。

 

 

「それは……」

 

 

「『志願』したからだ」

 

 

身も蓋もないが、アドルフは解答する。

 

 

「……クーガ、アドルフの言った通りさ、あいつらは別に行きたくないのに行く訳じゃないんだ。何かを救う為。成し遂げる為に行くんだ」

 

 

小吉は空に浮かぶ緑色の星、火星を指さして話を続けた。

 

 

「ただ、彼処に行くには『地球』に大切な者を残していかなきゃならない。そしてそれに何かあった時に守るのが……」

 

 

「……オレの、仕事だ」

 

 

クーガは改めて自分の任務を強く実感させられた。自身に課せられた任務は決して気が楽なものなどではない。アネックスと同じく、大きな指命を課せられているということを。

 

 

「そうだな。後さっきの食堂騒ぎ、恥ずかしかったか?」

 

 

その件について思い出した瞬間、クーガの顔は鉄板の如く火照った。確かに恥ずかしくもあったが、久々に人間らしい感情が一気に噴き出した感覚を覚えたのは確かだった。

 

 

「あれ見て、安心したと思うぜ?オレ達の地球を守るのは、冷たい『昆虫』なんかじゃなくて、熱い血の流れた、自分達と同じように大切な者がいる『人間』なんだって」

 

 

ミッシェルにも、似たようなことを言われた。そして、それがようやくわかった気がする。

 

 

自分は『人間』でなければならないのだ。最強の昆虫『オオエンマハンミョウ』ではなく、冷たく任務を遂行するロボットでもない。熱い血をたぎらせて、誰かと手を繋いで、『人間』として他の『人間』を守らなければいけないんだということを。

 

 

「クーガ。後もう1つ忘れるなよ」

 

 

小吉は、クーガをゆっくりと降ろして語りかけるようにゆっくりと口を開いた。

 

 

「お前も、自分の大切なもんを守っていいんだぜ」

 

 

 

 

 

 

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クーガは、エレベーターを降りてゲスト専用宿泊室へと向かった。すると、反対側のエレベーターの扉が開き、誰かが降りてきた。誰かと思えば、唯香だった。食堂での一件の気恥ずかしさ故にお互い顔を合わせることすらままならないのに、出会うには最悪のタイミングだった。

 

 

「あっあにょ!ゆっゆっゆ、ゆいきゃひゃん」

 

 

「ふえっ!?にゃにゃにゃんでひょうか」

 

 

お互い緊張しすぎて、かみっかみである。正直大御所芸人に唐突にネタ振りされた若手芸人でも、こんなに噛まないだろう。

 

 

「しゃ、しゃっきのしょくろぉでのあれ、ふきゃいいみはないんでふ」

 

翻訳『さっ、さっきの食堂でのあれ、深い意味はないんです』

 

 

「あ、あたすも!おんにゃにじゃよ!!」

 

翻訳『あ、あたしもおんなじだよ!!』

 

 

最早何故本人達が会話出来るのかわからないほどに、数分カミカミ訛り語でスピークした後、漸く一息ついて唯香が切り出した。

 

 

「クーガ君、お友達出来たみたいだね」

 

 

「……燈のことか?」

 

 

「うん!2人の会話若手芸人の漫才みたいで面白かったよ!」

 

 

「吉本じゃねぇよ」

 

 

でも、なんというか楽しかった。同世代かつ同性の人間とあれだけ話したのは初めてかもしれない。そして、あれだけ盛り上がれる男友達は後にも先にも現れないかもしれない。しかし、

 

 

「……あいつ、後6日で火星に行っちまうんだよな」

 

 

そんな現実がクーガの脳裏をよぎった。そして、燈が無事に帰ってこれる保証はどこにもない。そして、クーガ自身が無事に帰りを待っていられる保証も。

 

 

例えば普通の大学生みたいに、毎日顔を会わせて、馬鹿みたいな話に花を咲かせることなんてもう出来ないかもしれないのだ。そんな風に不安がクーガの心を支配しかけた時、ギュッ、と突然唯香の小さな手が彼の掌を包んだ。

 

 

「非ユークリッド幾何学って知ってる?」

 

 

「……オレのIQに合わせて言うと?」

 

 

「えっとね、わかりやすく言うと、2本の平行線って絶対に交わらないって言うでしょ?でも『地球』とか『火星』とか、球体の上では南極点や北極点ではいつか絶対に交わるんだって」

 

 

「平行線って交わる時あんのか。生物学以外でも物知りなんだな、唯香さんは」

 

 

「ふふふ。凄いでしょ!えっへん!」

 

 

唯香の3種の神器『ふえっ!?』『えっへん!』『ヒアアアアアア!!』のうちのえっへんがこのタイミングで出る。しかしこのタイミングで胸を張られると厄介なことになる。距離のせいで2つの惑星(おっぱい)がクーガの腕に衝突してしまうのだ。

 

 

「ゆ、唯香さん。む、胸!!」

 

 

「ふえっ!?」

 

 

腕に残った感触の余韻に浸るクーガとは反対に、唯香は先程の話を続きをしようと火照る顔を取り繕って話を再開した。

 

 

「えええええと要するにね!絶対にいつか2つの道は交わるってこと!!だから大丈夫だよ!!」

 

 

「いいこと言ったのにグダクダになっちまったな」

 

 

「うぅ……」

 

 

「ありがとう」

 

 

頬を赤く染めて必死にメッセージを送ろうとしてくれた唯香の小さな掌を、今度はクーガがそっと包んだ。

 

 

「いつかまた燈と会えるってことだよな。だから、それまで寂しくならねぇように明日からたくさんあいつと話してくる。唯香さん、ありがとう」

 

 

「……うん!頑張ってね!」

 

 

唯香はニコリと、クーガに笑いかけた。そしてお互いにオヤスミと一言告げた後、それぞれの部屋に入って就寝した。しかし、互いに今日1日でやらかしたことを反芻して眠りにつくのにかなりの時間を要した。

 

 

 

 

 

 

 

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次の日からクーガは、様々な出会いを果たした。

 

 

 

 

「加奈子の能力は一度ハマれば強力だけど……最初の隙がでかないな。テラフォーマーに捕まっちまうぞ」

 

 

「じゃあどうすればいいワケ?」

 

 

「……マルコス。お前加奈子と同じ班だっけ?」

 

 

「ん?おうそうだけど?」

 

 

「加奈子の隙をマルコスが補ってやればいいんじゃねーかな。速いしフォローも余裕だろ」

 

 

「ってことはオレが加奈子の生命線って訳か?」

 

 

「まぁそうなるな」

 

 

「グフフ……加奈子君」

 

 

「な、何よ?」

 

 

「そんな生命線となりえるオレにどうすればいいか……わかるよな?体で何かするのがジャパニーズ仁義じゃないか?ん?」

 

 

「クーガこいつ抑えておいて」

 

 

「よしきた」

 

 

「スミマセンデシタ カナコサマ」

 

 

 

 

時に仲間と共に戦闘訓練に参加した。

 

 

 

 

「ねぇねぇクーガ!」

 

 

「ん?どうした八恵子?」

 

 

「うちからちょっ~とお得な話があるんだけど?」

 

 

「どうせろくなもんじゃってなんだこりゃ」

 

 

「風呂上がりで牛乳を一気のみしてる最中の唯香さん!胸元見え見えバージョン!!」

 

 

「言い値で良い。言ってみろ。後他のバリエーションもあるなら全部出せ!!」

 

 

「30種類で、5万!かな?」

 

 

「よし買おう。だが盗撮はけしからん。アレックス刑事」

 

 

「はっ!何でしょうかクーガデカ長!!」

 

 

「残りのブツも押収しろ」

 

 

「ウッス!報酬はいかほどに!!」

 

  

「2万出す。写真全部回収してオレに寄越せ!」

 

 

「いいですとも!!」

 

 

「やーん離してよアレックスー!!」

 

 

「5万円儲けただけでもいいだろうよ」

 

 

「でももっといけるのにー!」

 

 

 

 

時に友人と馬鹿なこともした。

 

 

 

 

「まさか風邪ぶり返すとはな……燈がこんな風になっちまうってことは馬鹿は風邪引かないってのはウソってのが証明されたな」

 

 

「なんだとテメェ!」

 

 

「やんのかコラ!」

 

 

「あ、リンゴ剥けたみてーだな。食べさせてくれ」

 

 

「切り替え早いなお前。ほれアーン」

 

 

「……仲良いなお前ら(ホモじゃねぇだろうな)

 

 

「あ、ミッシェル姉ちゃん。燈のこと毎日看病しにきてんのは姉ちゃんも同じだろ」

 

 

「家畜に餌やんのは当然だろうが」

 

 

「なるほど」

 

 

「……俺の扱い酷くなってません?」

 

 

 

当然、燈との時間も大切にした。そんなこんなで、クーガはこの1週間で何人かの仲間と、膝丸燈という1人の友人に恵まれた。

 

 

 

 

 

 

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アネックス1号出発前夜

 

 

光陰矢の如しの言うものだ。気付けば、この日だった。膝丸燈やその他の仲間達と過ごす楽しい時間が終わってしまう日の前日。

 

 

そんな日でも時計の針は休むことなく、さぼることなく勤勉に、そして無情に進んでいく。カチコチと無機質に進む音が今日に限って耳障りに聞こえて戸手もじゃないが眠れなかった。

 

 

時刻は深夜1時。気分転換に外出でもしようと支給された『地球組』の制服に着替えた後、お供に飲み物でも買ってから行こうと自動販売機の前にも立ち寄った。そんな時だった、

 

 

「「  ん?  」」

 

 

初めて2人が出会った時のやうに小銭を入れようとした手が衝突する。顔を上げると案の定、友の顔があった。

 

 

 

 

 

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「いいのかよ夜更かしして?」

 

 

「バーカ。こっちの台詞だ。お前は明日出発だろ」

 

 

膝丸燈とクーガ・リーは、缶コーヒーを傾けながら夜空を見上げた。この広大な夜空を見上げると、嫌なことなんて忘れられる……と言いたいところだが、そんな訳がなかった。元凶である火星が今日も変わらず不気味に輝いていたからだ。クーガはそんな火星にウンザリしたかのように目を逸らし、燈の身を包む衣装へと目を移した。

 

「燈。それがアネックスの制服か?」

 

 

白を基調とし青い模様やラインが入った外観で、機能面はというと通気性がよく運動性も損なわない、高機能な『アネックス1号』搭乗員共通の制服である。

 

 

「まぁな。で、そっちが『地球組』の制服か?」

 

 

対してクーガの身を包む制服は、黒を基調として赤い模様やラインが入っていた。アネックスの制服の色違いだ。

 

 

「色違いってのは安直すぎる気がするけどな」

 

 

「格闘ゲームの1Pキャラと2Pキャラみたくなってるもんな」

 

 

「ははっ。本当にそうだな」

 

 

力無く笑い、クーガは空で輝く現実と再びにらめっこした。『火星』。明日、燈があそこに旅立ってしまう。ならば旅立つ前に、胸に秘めた彼に対する想いを全てぶつけておかなければ。

 

 

「……燈、オレさ」

 

クーガは、自分の過去、唯香のことが本当に好きだということ、その唯香に事故とはいえ想いを伝えるきっかけを作ってくれた燈に感謝しているということ、人間として『地球(こ こ)』に残された大切なものを守るという決意など、ありったけの想い全てを燈に伝えた。

 

 

「クーガ、お前変わったよな」

 

 

「変わった?」

 

 

「ああ。最初会った印象はよ、無理矢理自分を押し込んで強がってるって感じがしてた」

 

 

「……まぁな。弱さを見せないようにしてたし」

 

 

「でも弱さを見せて、なんていうか人間らしくなった。本当に変わったよ」

 

 

もしそうだとしたら燈、それはお前のお蔭なんだ。そんな台詞をクーガが告げようとした時、燈もまた胸に秘めた想いを漏らす為に静かに口を開いた。

 

 

「オレの弱さも、よかったら聞いてくれねぇか」

 

 

突如友の口から漏れ始めた弱音に、クーガは一瞬戸惑いを見せながらも、コクリと頷いて燈の話に耳を傾けた。

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

燈は、自分の過去を話し始めた。

 

いじめられていたこと。そんな施設の中で、たった1人だけ自分に声をかけてくれた女の子がいたこと。

 

 

その女の子に、恋をしたこと。

 

 

その女の子が『AEウイルス』に感染したこと。

 

 

その女の子を、救えなかったこと。

 

 

その女の子に、想いを伝えられなかったこと。

 

 

 

 

「さっきよ、クーガは誰かの大切なものを守る、って言ってたよな」

 

 

 

 

 

────────(あんた)だって分かってるでしょ…あたしの病気がもう…治らないって…………

 

 

 

 

 

「他の奴等と違って俺にはその大切なものすらなくなっちまった」

 

 

 

 

 

───────あたしが痩せていく様がそんなに面白いかっ!毎日毎日……呼んでもないのに見舞いなんか来やがって……!!

 

 

 

 

 

「1番大切に掌の中に握ってた筈なのに」

 

 

 

 

 

────────あんた私の何のつもりよッ!!バケモノの分際で!!!

 

 

 

 

「その1番大切なもんだけ落っことしてた」

 

 

 

 

 

────────あ……あの……燈くん……あたし……先週は……すごく酷いこと

 

 

 

 

 

「いつまでも握ってられると思ってた」

 

 

 

 

 

────────……何で?……燈くんは……何でそんなに優しいの……?

 

 

 

 

 

「でも、掌の中に残ったのはあいつがくれた優しさだけだった」

 

 

 

 

 

────────なに……?もしかして変なこと考えてんの?燈くん

 

 

 

 

 

「……なのに」

 

 

 

 

 

────────いいよ、考えても

 

 

 

 

 

 

「なのにその優しさをアイツの為に使ってやれなかった」

 

 

ポタポタと、燈の瞳からビーダマのような大粒の涙がこぼれだし、次々に地面に吸い込まれていった。

 

 

「大好きだって言えなかった!!」

 

 

燈の握り拳に、力が入った。

 

 

 

 

 

───────────たぶん……これで最後だと思うから……もう

 

 

 

 

 

「最後だって思いたくなかった!!」

 

 

 

ゴン、と壁にパンチをメリこませる。燈は生まれつきの『特性』を発揮し、少しずつ体は変異していった。

 

 

「アイツの心臓に負担がかかるから!そんな理由でアイツの想いにも応えてやれなかった!オレ……間違ってたのかな?あいつのこと本当に想ってたなら……抱いてやるべきだったのかな……」

 

 

燈の中に溜まっていた、想いが水風船のように破裂し、涙を撒き散らした。そして、破裂し終えた後、変異した自分の体を見て、乾いた笑みを浮かべた。

 

 

「ハハ……やっぱりそうだったんだ。アイツがくれた優しさをアイツの為に使ってやれなかった。俺は人間なんかじゃない。体の冷たいバケモノだ」

 

 

燈がそう言い終えて変異した体の全身を力を抜いた直後、クーガは彼を抱擁した。

 

 

「バーカ。ちゃんと熱いじゃねぇか」

 

 

燈は力無い様子で、自分を力強く抱き締めた友の言葉にに首を傾げた。

 

 

「……何がだ?」

 

 

「決まってる。お前の『涙』だよ」

 

 

「なみ……だ?」

 

 

「まだ…オレにはよくわかんねぇけど、『愛』とか『友情』ってやつはお互いの弱さを見せ合うことだと思う。信頼し合ってるって証拠だろ?」

 

 

クーガの言葉に燈は弱々しくコクリと頷いた。それを見たクーガは、言葉を紡いだ。

 

 

「『涙』ってのはその弱さの代表格だ。お前さ、その娘の前で泣いたことあんだろ?」

 

 

「……ああ」

 

 

「だったらきっと伝わってる。こんなに熱い涙流してる奴見たことねぇよ。目玉焼きも焼けちまうんじゃねぇか?」

 

 

クーガは微笑みなが燈の頬を伝う涙を制服の袖で拭い去ると、燈が悔やんでいた過去に触れた。

 

 

「それによ。お前が最後にその娘を抱かなかったっていうのが……何でお前が優しくない、バケモノって理由になんだよ。

 

むしろ逆だろ?相手のことを想ったから抱かなかった。獣なら逆に遠慮無く抱くだろ。それこそ相手のことなんか一切考えないでな」

 

 

そう言い終えて数秒した後、燈の身体の変異は治まり人間へと徐々に戻っていった。そんな燈を、クーガは再び硬く強く抱擁した。

 

 

「お前は人間で……オレの友達だ」

 

 

 

 

 

──────────友達になってくれて、ありがとう

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

───────────

 

 

 

小町小吉は、『自分の隠れ家』とは少し離れた場所で缶コーヒーを傾けていた。最初は自分の隠れ休憩スポットでカップルがにゃんにゃんしてるのかと思ったが、よく目をこらすと自分の顔見知りの若者2人だった。熱く抱擁したその姿を見て、過去の自分と『親友』を2人に投影してしまっていた。

 

 

それを見届けた後、誰がいる訳でもない夜空に向かって語りかけた。

 

 

「……俺達2人はよ、結局俺だけ生き残っちまったけど、アイツらに、そんな想いさせないでやってくれよな、ティン」

 

 

彼は今は亡き友に祈った。願わくば、新しい世代の友人同士を引き裂かないでやってくれと。例え、火星と地球ほどに離れていても。

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

─────────

 

 

 

「んじゃこれからアネックス1号に搭乗する訳だけど……その前に『地球組』代表クーガ・リーならびに桜唯香へ敬意を込めて総員敬礼!!」

 

 

小町艦長の合図と共に、搭乗員100名全員がクーガと唯香に敬礼した。「オレ達の地球を頼んだぞ」、と。その気持ちに応えるように、クーガと唯香も敬礼を返した。敬礼を終えた後、各国の『幹部』が前に出てクーガと握手をかわした。

 

 

親交の浅いロシアや中国、ローマの『幹部』との挨拶はアシモフに特別お礼を言ったり、唯香に色目を使いそうになっていたジョセフを威嚇する以外はビジネスライクな形に終わった。

 

 

しかし、小吉やミッシェル、アドルフとの別れは流石にツラいものがあった。彼等にポンポンと頭を叩かれた時は、危うく涙をこぼしかけた。

 

 

そんな風にして『幹部』の挨拶は終えると、『アネックス1号』の搭乗員は次々に艦内へと乗り込んでいった。

 

 

「……いいの?クーガ君?」

 

 

「ああ。今アイツの顔見たら多分滅茶苦茶泣くし顔合わせない方が楽だよ」

 

 

唯香の問い掛けに、クーガは即答した。別れの際、シーラ達全員に挨拶をかわした。しかし、燈だけはその場にいなかった。どうやらクーガと同じ気持ちらしく、病棟で知り合ったこどもとやらの見舞いをしてそのままこの場に直行したようだ。

 

 

うっかり顔を合わせて互いの気持ちを無駄にしない為にも、その場から去ろうとした時だった。

 

 

「クーガ!!」

 

 

 

燈の声が響いた。振り返ると、燈が搭乗口の所で叫んでいた。後ろから押し寄せる他のクルーの列を崩し、必死に人波に抗ってクーガの名を呼んでいた。

 

 

「今度会ったら一緒にラーメン食いに行こう!スノボも行こう!酒も飲もう!みんなを誘って遊園地(スペースランド)にも行こう!」

 

 

燈の口から次々に飛び出してきた約束事は、いずれも彼が恋していた1人の少女と生前約束していたことだった。それをついクーガにぶつけてしまった。昨晩の出来事で膝丸燈の心にクーガ・リーという友の名が刻まれたが故に、飛び出した言葉だった。

 

 

「……バーカ!さっさと行けよ!!」

 

 

クーガは必死に友の出発を急かした。自分同様に涙が溢れそうになっている彼の姿を見て、彼の言葉を聞いてこれ以上涙をこらえる余裕がなかったからだ。

 

 

「そう言うなって!最後に俺から1つ伝えたいことがある!」

 

 

「奇遇だな!オレもだ!」

 

 

涙をこぼしながら2人の戦士は互いに、涙を吹き飛ばさんばかりの勢いの言葉を放った。それは、惑星間でも聞こえてしまいそうなぐらい大きく、強く辺りに響いた。

 

 

 

 

「地球を!!」

 

 

 

「火星を!!」

 

 

 

「「頼んだぞ!!」」

 

 

 

2人がそう言い終えて膝をつき泣き崩れた後、燈をミッシェルが、クーガを唯香が抱き締めた。それを見た小町艦長とアレックス、マルコスがオンオンと貰い泣きした数分後、『アネックス1号』は希望と使命、各々の決意、そして友との誓いと共に地球をたった。

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

──────────

 

 

 

「行っちゃったね」

 

 

「……ああ。そうだな」

 

 

唯香が運転する軽自動車の中で、アネックス1号が発射時に残した煙が天に向かって伸びている光景にしがみつきながら、クーガは口を開いた。

 

 

「唯香さん」

 

 

「ふえ?」

 

 

「オレ、絶対に地球を守る。燈達が帰って来るこの場所を何があっても守ってみせるよ」

 

 

そんなクーガを見て唯香は嬉しそうに微笑んだ。今回の出会いは、彼にとっても間違いなく成長のきっかけになったのだから。

 

 

「じゃあ早く研究所に帰ってたっぷり休んでまた特訓しよう!『ゴキちゃん』と『ハゲゴキさん』にお土産も買ったし!」

 

 

 

「……ああ。そうだな。帰ろう」

 

 

 

 

 

 

 

──────燈。見ててくれよな.

 

 

 

 

 

 

 







今回はテラフォーマーズの番外編ネタ(二年前の編)も取り入れてみました。燈が百合子ちゃんを抱かなかったのは正しい判断だったんだ、という作者の勝手な考えをクーガ・リーに代弁して貰いました。


感想お待ちしてます\(^o^)/


次回からは地球編がスタートです。


次回は少しクーガと唯香の活動拠点の説明回になると思いまする。





ではでは。


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地球編
第五話 HIVE 巣箱






テラフォーマー生態研究所、第4支部。


U-NASAのあるワシントンDCから比較的近いモンタナ州の山中に位置し、周囲を森や湖が囲いその壮大な景色は見る者を魅了する。


研究所自体も2階建てで、小金持ちの所有する家程度の広さはある。実に魅力的な条件が揃っている。


と、言えば聞こえはいいが、要するに山中に厄介払いされたのである。ここまであからさまな扱いを受けている理由は、この研究所独自のテラフォーマーの管理体制にあった。







 

 

 

 

「…………マイナスイオンアレルギーになりそうだ」

 

 

クーガ・リーは車を駐車スペースに停止させ、外に降りた瞬間そう呟く。自分たちの活動拠点とはいえ、何度帰ってきても慣れなかった。自然アレルギーを患ってしまいそうなぐらい四方が自然に囲まれてしまっていたからだ。

 

 

こんな環境をいいと思えるのは、都会の生活にくたびれたビジネスマンぐらいだろう。そんなに人間すらこの環境では1週間程で都会を恋しくなってしまいそうだが。

 

 

 

「むにゃむにゃ……もう食べられないよ」

 

 

後部座席から聞こえてきたベタな寝言で振り返れば、そこには運転疲れで眠ってしまった唯香が転がっていた。長距離運転中に眠そうに目を擦っていたので、運転を代わりにクーガが引き受けてからはスヤスヤと眠ってしまった。

 

 

「……ベッドまで運んでいってやるか」

 

 

しかし、ここでクーガの脳内で問題が発生した。運ぶ方法はお姫さま抱っこで良いのだろうか?自分と唯香は特に恋仲でもないのにそんな運び方をしてよいものだろうか?ならば、抱っこ、いや、おんぶ?いや背中に胸が当たるのはまずい!!

 

 

そんな風にああでもない、こうでもないとクーガが唯香の運び方に関して試行錯誤していた時のことだった。

 

 

「もう限界だぁ!助けてくれ!!」

 

 

研究所の中から絶叫が響いた。クーガと唯香が外出している間研究所の留守を任せた、U-NASAの職員の声だ。顔中に汗を浮かべ、助けを求めてすがるようにこちらに向かって駆けてきた。そして開口一番こう口にする。

 

 

「ア、アンタら正気か!?自殺志願者か!?ここ(・ ・)でどんな生活送ってんだ!!」

 

 

そんなレッテルを貼られる覚えはない、と否定したいところだったが、クーガには1つそんなことを言われる心当たりがあった。よく考えたらこの研究員の反応はごく正常だ。噂をすれば、彼をパニックに陥らせた原因のお出ましだ。

 

 

 

 

 

 

 

「じょうじ」

 

 

通称〝テラフォーマー〟

 

 

憎むべき人類の敵。黒光りした甲皮に身を包み、緑の芝生を踏みつけながらノシノシと歩いてこちらとの距離を順調に詰めてきている。

 

 

「ヒギャアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

留守番を任せた研究員は阿鼻叫喚の悲鳴をあげて私物のスポーツカーに乗り込めば、手渡しする筈の報酬も受け取らずに一目散に走り去ってしまった。

 

 

「……後で銀行にでも振り込んでおいてやるか」

 

 

恐らくもう2度と彼はここに足を運ぼうと思わないだろうから。溜め息を吐いた後にクーガが彼の口座番号をUーNASAに問い合わせようとした時だった、

 

 

「じ……ぎぎぎぎぎぎぎぎ」

 

 

彼をパニックに陥らせた原因その2が研究所のドアからヌッと現れた。彼もまたテラフォーマーだが、通常のテラフォーマーより骨格がやや人間のようにしなやかで、何より毛髪がなかった。

 

 

通称〝スキンヘッドのテラフォーマー〟

 

 

額には『\・/』のマークが刻まれている。

 

 

通常のテラフォーマーを遥かに凌ぐ知性を持つ、テラフォーマーの上位種である。

 

 

通常種と上位種。その2体の敵 がこちらに迫ってきているにも関わらず、クーガは全く動じる様子を見せない。むしろ、困り顔で大きく溜め息を吐き出す余裕すらもあった。

 

 

「……お前ら、あんまり恐がらせてやんなよ」

 

 

「 じ ぎ ぎ ぎ ぎ ! 」

 

 

スキンヘッドタイプのテラフォーマー、通称『ハゲゴキさん』は困り顔のクーガを見て得意気に、そして高らかに笑い飛ばす。そんなハゲゴキさんをのノーマルタイプのテラフォーマー、通称『ゴキちゃん』は呆れたように一瞥すると車に積んである荷物をせっせと研究所の中に運び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

─────────

 

 

 

 

「何!?あの研究員が唯香さんの下着を盗もうとしてた!?」

 

 

テラフォーマーとクーガ達の間で意思疏通(コミュニケーション)を行う際に示し合わせたジェスチャーサインを読み取ると、そのような許し難い内容が浮かび上がってきた。

 

 

「じょう」

 

 

「んで、それをハゲゴキさんが懲らしめたと」

 

 

「じぎぎぎぎぎ!!」

 

 

どうだ、やってやったぜと言わんばかりにハゲゴキさんはこちらに向かって親指を立てている。

 

 

「なるほど。そいつは本当にご苦労だったな。二人に後から『U-NASA』で買ってきたお土産を贈呈してしんぜよう」

 

 

「じょーう!!」

 

 

「じぎ!!」

 

 

ゴキちゃんはばんざい、ハゲゴキさんはガッツポーズでそれぞれの喜びを表した。クーガ・リーは溜め息をつく。この『2人』はこんなに純粋なのに、同じ人間である研究員は下着泥棒の未遂とは呆れて物も言えない。

 

 

「むにゃむにゃ……クーガ君はあっちの相手して」

 

 

結局睡眠を妨げない為にお姫さま抱っこした唯香が、よくわからない世界観の寝言を漏らした。どのような夢を見ているのだろうか。

 

 

「私は天界を滅ぼしてくるね」

 

 

「強くて邪悪だな夢の中のアンタ!!」

 

 

「ふえっ!?」

 

 

思わずいつもの調子で入れてしまったクーガのツッコミに唯香はビクンと顔を強張らせた。起こしてしまったかと思ったが、少しすると唯香は再び眠りだした。

 

 

「あー……オレ唯香さん寝かしてくるからちょっと待っててくれるか」

 

 

ハゲゴキさんはすかさず、指で輪を作り、もう片方の指をその中にツッコむというジェスチャーをクーガに向けてしてみせた。ワンテンポ置いて、そのジェスチャーの意味に気付いたクーガの頬は紅潮した。

 

 

「ばっ、ばっきゃろー!!ゆ、唯香さんとオレはそんな関係じゃねぇ!」

半ばその場から逃げ出す形で、唯香を抱えてクーガは2階の階段をそそくさと登っていった。『ハゲゴキさん』と呼ばれる個体は思い出した。あの2人の管理下に置かれるようになった、きっかけを。

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

───────────

 

 

 

テラフォーマーの人類との共存。最早不可能だと断言出来てしまう夢物語。大抵の人間は、台所でゴキブリを見つけた時、

 

 

「かわいい!飼ってもいい!?」

 

 

「仕方ないわね!きちんと面倒見るのよ?」

 

 

「わーい!!」

 

 

となるだろうか。いいや、ならない。ぶっ殺すだろう。有無も言わさずぶっ殺すだろう。それが正常である。

 

 

だが、酔狂な重役の一人が〝娯楽〟で研究してみたいと言い出したのだ。〝娯楽〟で何か事故が起きたら洒落にならないからやめておけ。研究員全員が口を揃えてそう言った。

 

 

しかし、人間と暮らす中でしか理解出来ない彼らの側面があるかもしれない、という全く持って意味不明な理屈が押し通されてが決行されることになった。そんな時、

 

 

「どうせなら…例の上位種(・ ・ ・)も投入しませんか?通常のテラフォーマーの他に」

 

 

そんな意見ふと跳び出したた。スキンヘッドのテラフォーマー、通称『T-001』。『バグズ2号』の時、火星から帰還した日本人のうちの一人である『蛭間一郎』と交戦した際、その付着した体液から奇跡的に復元したクローンの一体。

 

 

本来であれば希少価値の塊であり、そんな酔狂な研究の為にくれてやる必要などない。しかし、この異常に知能の高い個体が幾度となく脱走を繰り返す度に出る費用は莫大であり、とてもではないがこれ以上維持しておくメリットが見当たらないという理由で廃棄処分が確定していた。

 

 

この個体は見ていた。同族が殺されるその姿と、死して尚、体を弄ばれるその現場を。そして何より、

 

 

「うえきったねぇ!ゴキブリだ!!」

 

 

「ったく。清掃員のババァ仕事しろよな」

 

 

地球の同族が無惨に蹴散らされるその一瞬を。仲間の仇、そのような理由で憤りを感じた訳ではない。ただ、DNAに刻まれた記憶が理解したのである。

 

 

「この種とは、殺しあう運命なんだ」と。

 

 

決して逃れることなど出来なかった。このまま、人間という種に支配されて生を終えてしまうのだ。だからと言って、人間に媚びへつらう気などない。

 

 

自分よりも下位種でありながら、勤勉なその性格のお陰で自分と同程度の知能を有する友人もそのことを理解している様子だった。

 

 

達観しきってただ死を待つ日々。そんなある日のこと、友人が睡眠を突如妨げてきた。五月蝿い。そう言わんばかりに友人の頭を思いきりペチンと叩いてやったのだが、それでも友人はしつこく自分に起きろと語りかけてきた。

 

 

あまりにもしつこいもんだから、指の指す方を見てやったら、強化ガラス越しに見える外の景色に2人の人影が映った。人間のオスとメスのつがいだ。恐らく、交尾(S E X)というやつをしようとしてるのだろう。前にも一度見たことがある。友人はこんなことの為に自分を起こしただろうか?

 

 

呆れたものだ。そんな感想を抱き再び眠りにつこうとした時、メスの方の小さな掌の中から何かが飛び立ったのが見えた。地球の小さな同族である。それが、人間のメスの掌の中から空に向かって飛び立っていった。イキイキと大空へと飛び立つその姿は、自由そのものをまざまざと感じさせた。

 

 

それにしても、地球の小さな同族は汚いものとして人間の間では扱われていると聞いていたが、珍しいメスだ。一緒にいたオスも、特に同族に対して、汚いという意識を持っていなかったようだ。

 

 

ほんの小さなことかもしれないが、あの2人の人間に興味が湧き出た。あの2人の元でなら管理されてもいいかもしれない。

 

 

そんな自分の意思表示に友人は本気か?と尋ねてきた。まさか、と自分は返した。

 

 

『人間と和解できるかの実験だ』

 

 

「ふえ?クーガ君。あの子たち私達のことじっと見てるよ?」

 

 

「……ハゲたゴキなんて初めて見るな」

 

 

純粋な好奇心がそうさせた。決して人間達に心を許した訳ではない。『人間(あいつら)』と、『テラフォーマー(自 分 達)』の共存などありえないのだから。

 

 

この時、通常のテラフォーマーはスキンヘッドのテラフォーマーが浮かべた底知れぬ笑いに、同族でありながらも身震いし恐怖を覚えた。

 

 

 

 

────────────────

 

 

───────

 

 

 

「じぎぎぎぎ!!」

 

 

さて、過去にそんなダークな一面を見せたハゲゴキさんはというと、いまやバラエティ番組を見ながら、ソファーで寝転びつつポテイトチップスという人間の食糧をバリボリと貪り食らっていた。

 

 

「じょう」

 

 

モロ人間の文化に取り込まれてるじゃねーか、実験はどうした、とゴキちゃんはツッコミを入れた。そんな自分もクーガの『ツッコミ』とかいうキャラクターに汚染されていることにハッと気付く。

 

 

「……じぎ?」

 

 

わかり合う?それはどうだろうな、と不適にハゲゴキさんが笑った瞬間、

 

 

「キャー!!」

 

 

「ワアアアアアア!!」

 

 

2階からクーガと唯香の悲鳴が鳴り響いた。ゴキちゃんがハゲゴキさんの顔を覗くと、その顔には純粋な悪意が込められていた。

 

まさか2人を殺ったのだろうか?ゴキちゃんの胸を得体の知れない不安が襲った。2人の様子が気になり、素早く階段を駆け上がる。そして、声が響いた唯香の寝室を覗いてみると、そこには壮絶な光景が広がっていた。

 

 

「ああああの唯香さん!ここここれは事故で!何故かその床にトラップが仕掛けてあって唯香さんをベッドに寝かせようとしたらそそそそそその」

 

 

「う、うん!わ、わかってるよ!?けど……その……て、手が」

 

 

「もろ揉んどる!揉んでる!」

 

 

「は、早く胸から手を離してぇ!」

 

 

バタン、とドアを閉じてツカツカと階段を下るゴキちゃん。開口一番、あんなラブコメの出来損ないみたいなイベントを発生させたのはお前か、とハゲゴキさんに問いただした。すると、ハゲゴキさんはドヤ顔でこう返す。

 

 

「じぎぎぎぎ!!」

 

 

【 計 画 通 り 】

 

 

ゴキちゃんは、頭脳の使い道を迷走させた友を思い切りぶん殴って目を覚まさせた。

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

──────────

 

 

 

大きなテーブルで食卓を囲う2人と『2人』。基本的に人間用の食事と、テラフォーマーに合わせた食事の2種類が用意されていた。

 

 

しかしハゲゴキさんはテラフォーマーズ用の食事に目もくれず、人間用の食事に器用に箸と茶碗を使いながらガッついていく。

 

 

「ゴキちゃん。お前の友達種族として大丈夫か」

 

 

「じょじょう」

 

 

手遅れだ、とジェスチャーでクーガに伝える。

 

 

「えへへ。そんなこと言いながらゴキちゃんも私の料理食べてくれて嬉しいなぁ」

 

 

ニコニコと、里芋のにっころがしを器用に食べていくゴキちゃんを見て唯香は微笑んだ。それを見て、自分が一番唯香の飯を食べてるんだから何かコメントをくれと密かにクーガは頬を膨らませた。

 

 

テラフォーマー生態研究所、第4支部の生活風景はこのようにして毎日流れている。

 

 

お互いの文化に対して興味を持つ変わった人間と変わったテラフォーマーが、ごく〝普通〟に、ある種〝異常〟にギブアンドテイクで文明の切り売りをしながら暮らしていた。

 

 

テラフォーマー側は、決して心を許した訳ではない。人間側も、テラフォーマーが『感情』ではなく『判断』で行動することが大多数であることも理解していた。2種の生物に共通している思いは1つだけ。

 

 

〝この暮らしは面白い〟

 

 

たったそれだけ。この想いの元に、1つ屋根の下で両者は『共存』していた。

 

 

「ゴキちゃんとハゲゴキさんにお土産タイム!!」

 

 

「じょうじ!!」

 

 

「じぎぎぎぎ!!」

 

 

唯香が掲げた紙袋に2人は大きなリアクションを見せた。ご丁寧にパチパチという拍手までついている。

 

 

「ヒントは2人の大好きな白いもの!!」

 

 

「じぎぎぎぎ!!」

 

 

ハゲゴキさんは必死に、カイコガ!丸々太ったカイコガ ! とジェスチャーしてみせた。

 

 

「ハゲゴキさんはポテイトチップスの方が好きなんじゃねぇのか?」

 

 

「じぎ!!ぎぎぎ!!」

 

翻訳『カイコガは別腹なんじゃいこの乳揉み魔が!』

 

 

「揉ませたのお前だろうが!!」

 

 

「正解は!!」

 

 

唯香が紙袋から取り出したのは、ゴマフアザラシの真っ白な赤ん坊の大きなぬいぐるみであった。

 

 

「……じぎぎぎぎ」

 

 

ハゲゴキさんはカイコガではないと知ると、別に大好きでもねぇよんなもん……とジェスチャーしてわかりやすく落ち込み、

 

 

「じょ……じょじょう」

 

 

ゴキちゃんは初めて見る『ぬいぐるみ』と『ゴマフアザラシ』という組み合わせの物体に感動を覚え、暫くマクラにしたり、サンドバックにしたり楽しんでいた。そんな、クーガと唯香にとっての『日常』を崩す音が、徐々に聞こえてきた。

 

 

連続する機械音、恐らくヘリコプターの音だ。こちらに近付いてくると同時、スピーカー越しであろう大きな声が鳴り響く。

 

 

「おまえたちはにほーいされてる。おとなしくとーこーするのだ。わはははは」

 

 

「ちょっとレナ!ずるいですわよ!あたくしにも喋らせなさい!!」

 

 

この声には聞き覚えがある。自分と顔馴染みの天然お嬢様と、お供の不思議系少女だ。この2人がわざわざ迎えにきたということはつまり、とある事を意味する。

 

 

「……いよいよ、『アースランキング』の発表ってことだね!」

 

 

「もう日常パート終わりかよ?はええな」

 

 

そう悪態をつきつつも、クーガの顔はにやけていた。『有意義な戦闘』の開始の合図だからだ。

 

 

誰かの大切なモノを、守る為の。

 

 

そして。

 

 

 

 

 

─────────地球を、頼んだぞ

 

 

 

 

親友(膝丸燈)』との誓いを果たす為の。

 

125万種以上の『生命の炎』が燃え盛る地球での物語が、今ここに脈を打つ。

 

 

 

 

 

 






皆さんに楽しんでいただける物語を描いていけるように頑張ります。


感想いただけると嬉しいです(^_^)




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第六話 FEAR 惨劇




イエスのすぐ隣には、弟子たちの一人で、イエスの愛しておられた者が食事の席に着いていた。


シモン・ペトロはこの弟子に、だれについて言っておられるのかと尋ねるように合図した。


その弟子が、イエスの胸もとに寄りかかったまま、「主よ、それはだれのことですか」と言うと、イエスは、「わたしがパン切れを浸して与えるのがその人だ」と答えられた。


それから、パン切れを浸して取り、イスカリオテのシモンの子ユダにお与えになった。


~ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』ヨハネの髭より引用~







 

 

 

 

 

ネブラスカ州、オマハ市のとあるビルの屋上にヘリコプターが降り立つ。ヘリコプターのジャイロ音が止むと、深夜12時ということもあってか周囲は完全な静寂に包まれていた。

 

 

「ころころころ。れっどかーぺっと を ひくだけで じきゅー が はっせーする かんたんなおしごと」

 

 

屋上に到着した瞬間ヒョイと降り立ってレッドカーペットを敷き出した残念美人は『美月レナ』。

 

 

髪は焦げ茶色のショートヘアにカチューシャを装着し、服装は上半身は黒いタンクトップ、下半身は陸上自衛隊に所属していた頃の迷彩模様のズボン。顔には感情がなく、瞳はいわゆる『ジト目』と呼ばれるものである。

 

 

ただ、思ったことをそのまま実行、言動をそのまま正直に口に出してしまうその性格から、ある意味で感情が豊かであると言えるが。

 

 

そのレナに続いて出てきたのが、

 

 

「いよいよあたくしの晴れ舞台ですわ!『アースランキング1位』に輝き……サンシャイン家に更なる栄光をもたらすのです!!」

 

 

目をキラッキラに輝かせて、指を振り上げて無邪気にはしゃぐ美女は『アズサ・S・サンシャイン』。

 

 

こちらは金髪のショートヘアーに、分け目をヘアピンで固定している。服装は上半身はフリルのついた白いシャツ、下半身はスーツのスカートでカジュアルに決めており一見するとキャリアウーマンのような出で立ちだが、そのいずれもが某高級ブランドのものであることがわかる。

 

 

その2人を見て、クーガ・リーは率直に感じた。ここまでヘリコプターで送っておいて貰ってなんだが「お前らキャラクター濃すぎじゃねぇか」と。聖母のような寛容力を持つ桜唯香ですら、少し怯んでいる様子だ。

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

─────────

 

 

 

4人が屋上の扉から建物の中に入り、階段を下って最上階のフロアに出る。そこから100万$の夜景を堪能できるが、そんなことをしている場合ではない。

 

 

今頃、会議室で仏頂面の司令官が首を長くして待っているはずだからだ。扉をクーガが開き、女性3人が中に入った後にクーガも中に入れば、案の定司令官と『地球組』の総勢47人の戦闘員とそのサポーター達が不機嫌な様子で待っていた。

 

 

まぁ1時間も遅刻すれば当然だろうか。特に第三者から見ればクーガは、遅刻してきた癖に美女3人を引き連れて堂々と入ってきた為に見る者を果てしなくイラつかせた。

 

 

しかし、当のクーガはと言うと、何故か周囲を見渡した後に泣き出した。当然、広い室内にいた全員がギョッとした顔を見せる。

 

 

「クーガ君どうしたの!?」

 

 

「なんで……なんで『地球組』の制服着てるのオレだけなんだよぉ!」

 

 

そう答えた。確かによく見れば、クーガ以外にその制服を着用してる者はいないのである。皆さんも体験したことがある方もいるのではないだろうか。

 

 

スーツでも私服でも可という訪問先に、自分だけ張り切ってスーツで行った結果、自分以外の全員が私服でラフな感じに決めてしまっていたことが。その時の貴方の浮きかたは半端ではない。

 

 

本当に他人はそんなこと思っていないだろうが、『うっわあいつスーツで着てるよ(笑)』『空気読めてなすぎじゃね(笑)』という幻聴まで聞こえてくるのだから困った始末である。それに今現在、クーガ・リーは直面していた。

 

 

「ひ、1人だけ真面目さをアピールするなんて卑怯ですわ!!司令!!これは当然『アースランキング』の考査には入りませんわよね!?」

 

 

と、アズサはクーガに対して謎の火花を散らす。

 

 

「やーいやーい。くーがのまじめんぼ」

 

 

レナはレナで、クーガの腹部をつつきながら無表情で小学生のようになじってきた。そんな4人のカオスなやり取りを聞いていた『地球組』司令官の堪忍袋の尾がついに切れた。

 

 

「…………いい加減にしろ」

 

 

たった一声。たった一声だが、ドスの効いたその声はクーガ、アズサ、レナの3名をビクンと飛び上がらせ、唯香に何度もペコペコと頭を下げさせるのには充分すぎる破壊力だった。

 

 

蛭間七星。20年前の『バグズ2号』計画にて生き残った蛭間一郎の弟で『アネックス1号』計画の副司令官であると同時に『地球組』の臨時的な司令官も兼任している 。見ての通り、男前だが仏頂面で堅物だ。

 

 

「……まぁいい。『地球組』のメンバーに問う。君達の使命はなんだ?」

 

 

「地球で起こるトラブルを迅速に解決し、火星で奮闘して下さってる皆様を任務に集中出来るようにご支援することですわ!!」

 

 

唐突な七星からの問いかけに周りが戸惑う中、アズサが優等生よろしくに真っ先に手を挙げて元気良く答えた。

 

 

「なるほど。確かに正解だが欠けている。70点だ」

 

 

「あ、あり得ませんわ………」

 

 

生まれてこのかた、70点などという点数を取ったことのないアズサは目眩に襲われてクラッと倒れこんだ。それをすかさずレナは後ろから支えた。

 

 

「お前も大変だな」

 

 

クーガはそれを見てポツリと漏らす。

 

 

「なれてる。おじょーさまおっちゃんこ」

 

 

レナはそう言ってアズサを椅子に座らせると、自分も席にちょこーんと座る。

 

 

「おっちゃんこって流石に自分の主人のことお子様扱いしすぎだろ」

 

 

アズサもレナも、自分と同い年の20歳だ。幼児でもあるまいし流石に『おっちゃんこ』はないだろう。

 

 

「……クーガ・リー。何か言いたいことがあるなら全員の前で発言したらどうだ」

 

 

「うわっ畜生……授業中に五月蝿い奴よりもそれを注意した奴が叱られる法則だ。しんちゃんと風間君の関係と言うとわかりやすい」

 

 

「クーガ・リー!!」

 

 

蛭間七星の怒号が飛んだ瞬間、不満を呟いていたクーガの意識は完全に七星へと向けさせられた。

 

 

「え、えーと………」

 

 

クーガはポリポリと、頭を掻いて必死に時間を稼ぐ。流石に『ついツッコミ入れちゃいました』じゃ場がシラけることは明白である。

 

 

確かアズサが先程言ってたのは『地球組』の使命だったか。前の自分だったら、先程の彼女と解答と全く同じ解答をしていただろう。けれど、自分は『アネックス1号』搭乗員と会ってきたのだ。だからこそ『地球組』の真の目標は異なると断言出来る。

 

 

『地球組』の使命は、『アネックス1号』の搭乗員が残していった大切なモノを守ること。

 

 

すなわちそれは。

 

 

「……命を守ることなんじゃねぇかな」

 

 

 

このような抽象的な解答では七星は許してくれないだろうか。恐る恐る七星の様子を伺うと、蛭間七星はクーガに小さな拍手を送った。

 

 

「合格だ」

 

 

「……随分クッセーこと言う奴もいたもんだな」

 

 

七星の声に続くように、着用しているパーカーの上からでもわかるほどの筋肉質なドレッドヘアーの男が、クーガの言葉で笑いツボをくすぐられたらしく突然噴き出した。

 

 

「何が可笑しいんですか!!」

 

 

唯香がたまらずそのドレッドヘアーの男に注意したと思えば、男は席を立ち上がり、机を軽々と乗り越えて唯香の前に立ち、唯香の体を品定めするかのように、なめ回すような視線を送った。

 

 

「お前……中々いい体してんじゃねぇか」

 

 

ドレッドヘアーの男は唯香の顎を掴み、グイッと上に上げた。そこから何をしようとしたかは知らないが、次の瞬間にはクーガの膝蹴りが顔面に炸裂して男は吹っ飛んだ。

 

 

「ワリーワリー。視界にウンコが飛び込んできたから蹴っ飛ばしちまったわ」

 

 

「………随分と面白いこと言うじゃねぇか」

 

 

男が立ち上がり、クーガに殴りかかろうとした所で周囲の人間が止めに入った。蛭間七星は溜め息をつく。この先こんな調子で『地球組』は大丈夫なのだろうか。現時点では雲行きが非常に怪しい。

 

 

 

 

────────────────

 

 

────────

 

 

 

予想外のアクシデントもあったが、再びこの会が催された本来の理由へと話は戻った。

 

 

「これから『アースランキング』の発表に入る」

 

アースランキング。地球環境下における、未知の武力に対する制圧力のランキング。平たく言えばマーズランキングの地球版と言っても大体差し支えはない。

 

 

尚、地球組の戦闘メンバーは『マーズランキング』における40位以内の実力を最低でも所有している。地球環境下で単独でも任務をこなせるように選抜された精鋭集団である。

 

 

「 本当は全員の名前を呼びたいところだが……多少トラブルがあった為に10位以下のメンバーの名前は一括して前のスクリーンに表示させてもらう」

 

 

その言葉が七星の口から漏れた瞬間、周囲の視線がクーガ、アズサ、レナ、唯香の4人に突き刺さった。彼等が遅れてきたのがそもそもの原因だからだ。

 

 

クーガは自分と唯香を迎えに来る為に共に遅れてくれた、アズサとレナに一言詫びようとしたのだが、

 

 

「フフッ…ただ時計の針が早まっただけのこと。さぁ!お呼びなさい!アースランキング第1位!アズサ・S・サンシャインの名前を!」

 

 

「くーが、おなかへった」

 

 

あまりにもフリーダム過ぎる2人の様子に、クーガは謝る気をなくしてただ机に突っ伏した。

 

 

 

 

───────────────────

 

 

───────

 

 

 

「第6位。トミー・マコーミック。国籍アメリカ」

 

 

七星が名前を読みあげると、白人の青年が前に出て一礼した。

 

 

「いいぞーとみー」

 

 

「レナちゃんあの人のこと知ってるの?」

 

 

「ぜんぜん」

 

 

レナの自由さに、思わず唯香は昔の漫画のようにずっこけた。つくづく自由奔放な性格だ。

 

 

「クーガ!『アースランキング』において頂点に立つのは誰か言ってごらんなさい!」

 

 

「何回コンテニューすんだよ!もうお前でいいって言ってんだろ!つうかオレ達が個人的に決めることじゃねぇし!」

 

 

「オホホホホホ!!そうでしてよ!!あたくしでしてよ!!」

 

 

アズサのジャイアニズムにクーガは振り回されている。その光景を見て、『地球組』のメンバーは不安を覚えた。こんな奴らが未だに名前を呼ばれてないのはどういうことだ、と。

 

   

「第5位。帝 恐哉(ミカドキョウヤ)。国籍日本」

 

 

立ち上がったのは、先程のドレッドヘアーの男である。クーガを睨んだ後に、唯香に気持ち悪い視線を送る。隣の唯香が身震いしたのを見て、クーガは唯香の手をひっそりと握り、彼女の震えを抑えた。すると、2人の頬が某電気ネズミのように真っ赤に染まっていくのがわかった。

 

 

「あらあら……お2人ともこのような場でも逢い引きとはお熱いですわね?」

 

 

「あいらーびゅーふぉえーばー」

 

 

「ううううるせぇ!!冷やかすな!!」

 

 

「レナちゃんも結婚式の歌なんか歌わないで!!」

 

 

蛭間七星が柄にもなく溜め息を吐いた。あの4人を黙らせることは不可能だと理解したのだろう。4人を見離したところで、七星はランキングの発表を続けた。

 

 

「第4位。ユーリ・レヴァテイン。国籍ロシア」

 

 

ロシア、という国籍を聞いて会場内はざわついた。『地球組』のメンバーは、基本的に日米中心で結成を促進された。その証拠に、メンバーのほとんどの国籍が日米である。故に、ロシアという国籍はこの場においてはイレギュラーなのだ。

 

 

そんなざわつく場内を尻目に、1人の青年が立ち上がった。銀色の長髪をなびかせ、颯爽と舞台へと上がる。その顔は整っているだとか、そんなレベルではない。クーガも男前の部類に入るが、彼の顔は最早別次元であった。まるで人形のように整っているのである。

 

 

「ゆーり?」

 

 

ふと、レナが彼の名前にピクリと反応した。

 

 

「何だよレナ。もう大ボケかますなよ?」

 

 

「〝じえーたい〟に いたときにきいたことあるぞ。かなり ゆーしゅーな〝すないぱー〟だって」

 

 

レナがかつて所属していたのは、日本の自衛隊である。日本の自衛隊は外部の射撃のスコアに精通してる部隊ではない。そんな自衛隊にも浸透してるのだから、よっぽどの腕前なんだろう。

 

 

「第4位を飾ったぐらいですからその……狙撃手としての腕前を存分に活かせる生物が『MO手術』のベースなんでしょうが何の生物か気になりますわね」

 

 

ふとアズサはそんなことを呟いたかと思えば、一礼を終えて前から戻ってきたユーリの前に立ちはだかった。突如ユーリの進路を阻んだアズサに一同はギョッとするが、当のユーリ本人は全く動じていなかった。

 

 

「ユーリとか言いましたわね!貴方の『MO手術』のベースは」

 

 

「君への報告義務はない」

 

 

そんなアズサに正論すぎてぐうの音も出ない返答をしてユーリは颯爽と去っていた。アズサは明らかに美女の部類に入る。そのアズサを気にもとめないユーリの心は、ロシアの大地のように冷えきっていると会話を聞いていた一同は感じた。

 

 

「な、な、なんですの……別にそれぐらい……うえ」

 

 

「ふえっ!?泣かないでアズサちゃん!!」

 

 

唯香は泣きじゃくるアズサを慌てて抱き寄せた。彼女の大きな胸にアズサの顔が埋まる。それが彼女の(メンタル)にトドメを刺した。

 

 

「……な、何であたくしの胸はAカップしかないのに唯香様の胸はこんなに……うええ!!」

 

 

「ふえ!?で、でもアズサちゃんはモデルさんみたいに背高いし……」

 

 

「おじょーさまはいいけつ(・ ・)してるぞ、げへへ」

 

 

「エロ親父かよ」

 

 

蛭間七星のフラストレーションを、ブレることないこの4人のやり取りが増幅させていった。蛭間家の長男として世話をやいてくれていた兄もこんな気持ちになったことがあるんだろうか。そう思うことによってを怒りをグッと堪えて、何とか本来の目的であるランキングの発表へと移った。

 

 

「第3位美月レナ。国籍、日本」

 

 

「えいどりあーん」

 

 

泣いてるアズサを放置して、ロッキーのワンシーンを再現したかと思いきや、

 

 

「わたしがさんいになったからには、びひんのくらっかー(・ ・ ・ ・ ・)をすべてぽてち(・ ・ ・)にします」

 

「……なんのマニフェストだ(そして何の権限が)(与えられたと思ってる)

 

謎の指針を掲げて七星を唖然とさせるだけでなく、ツッコミまで入れさせた。そのあまりのフリーダムっぷりに会場にいた人間の大半をポカーンとさせた。そんなレナが戻ってくるなり、アズサはレナに称賛の言葉を送った。

 

 

「ぐすん……流石レナですわ。3位なんて名誉ですわ」

 

 

「おじょーさまに あーすらんきんぐ はまけたけど、わたしのむねは Dかっぷ なのでおじょーさまより おっぱいらんきんぐ はうえだぞ

 

あと、うえすとはいちばんきれいだぞ」

 

 

「うえええええ!!おっぱいだけでなくウエストの自慢までするなんてオーバーキルもいいとこですわあああああ!!」

 

 

「レナお前余計なこと言うじゃねぇ!」

 

 

折角泣き止んだアズサのコンプレックスをレナがつついたものだから、再びアズサは泣き出してしまった。まさに地獄絵図である。誰もがそう思ったその時だった。

 

 

「第2位と1位の発表は同時に行う」

 

 

その言葉が七星の口から漏れた途端に、

 

 

「来ましたわあああああ!!」

 

 

先程までの泣きべそが嘘だったかのようにアズサから元気ハツラツな声が高らかに響いた。

 

 

「お前切り替え早いな」

 

 

「ええ!1位の座に輝きサンシャイン家の栄光を勝ち取る為ならばあたくしは何度でも蘇りましてよ!勝負ですわクーガ!」

 

 

「1位、クーガ・リー。国籍イスラエル及び日本。2位、アズサ・S・サンシャイン。国籍、アメリカ及び日本」

 

 

『アースランキング』のことでナーバスになっていたアズサの感情は実に不安定だった。一瞬にして沈み、一瞬にして持ち直し、そしてまた一瞬にして撃沈したのだから。

 

 

 

────────真っ白に、燃え尽きましてよ

 

 

 

そんな台詞を吐き出すと共に、あたかも矢吹丈の如くアズサは真っ白に燃え尽きてその場に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

────────

 

 

 

発表が終わり、僅かな時間だが交流時間が与えられた。本来ならばそのまま広い会議室で交流を続けたかったところだが、あまりにも人が多すぎて人酔いしそうだった為にクーガ達4人は屋上へと出た。七星やロシアのユーリも、自販機で缶コーヒーを買ったり、葉巻を吸ったりと各々の時間を過ごしていた。

 

 

「……まぁ、仕方ないですわね」

 

 

結果発表が終わり、それを受け止めたアズサの表情は先程までの彼女が嘘だったかのように凛としていさぎの良いものであった。

 

 

「私は2位でも充分凄いと思うよ!」

 

 

「光栄ですわ唯香様。勝ったら自信をつけ、負けたら何かを学ぶ。サンシャイン家の美徳でしてよ!オホホ!」

 

 

そんな風に潔く負けを認めるアズサを見て本当に教養のなされた人物であると感心すると同時、1つ気になった点をクーガは指摘した。

 

 

「そういえば……お前らの『サポーター』は今日はどこに?」

 

 

基本的に、『地球組』のメンバーは『サポーター』という監視役がいないと活動することはできない。『地球組』といえども、『MO手術』を悪用しないとは言い切れないからである。

 

 

「ああ。あの方でしたら今日は研究が多忙で動けないようでしてよ?とは言っても『サポーター』無しで動けるなんて確かに変ですわね……唯香さんが今日だけわたくしたちの『サポーター』も兼任するなんて聞いておりませんし……」

 

 

アズサとレナのサポーターは、テラフォーマー生態研究所の中で最大規模の『テラフォーマー生態研究所第1支部』に勤務している。実験用テラフォーマーの所有数は最も多く、大きな成果を出している。だが、それにしても『サポーター』無しで動けるとは、やはり贔屓されてるんだろうか。

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

───────

 

 

 

暫くして、一同は会議室に戻る為に階段を下る。やけに静まりかえった空間の中を、4人の鉄階段を叩くカン、カン、カン、カンという連続した無機質な音が支配した。

 

 

そして、その途中でU-NASA本部と連絡を取っていたらしい七星とも合流した。一同はまた鉄階段を叩く音を増やして会議室を目指す。

 

 

しかし、クーガを得体の知れない違和感が襲った。階段を叩く音七星と合流したあたりからやけに多くなった気がしたのだ。

 

 

次の瞬間、まるで鏡のように磨かれた階段の手すりに目を下ろしたクーガの額から一気にドッと冷や汗が噴き出した。心臓の鼓動が高鳴る。ぼやけていたが、確かに何か(・ ・)が映りこんでいたのだ。クーガは躊躇うことなく、一瞬で懐に忍ばせておいたナイフを取りだし七星の喉元へと突き刺した。

 

 

「ガッ、ハッ!?」

 

 

ナイフを突き刺した七星の喉元からは、景気よく噴水の如く血が噴き出す。一同は一瞬何が起こったのか理解できなかった。ナイフを取り出して七星の喉元へと突き刺したクーガと、刺され苦しそうに呻く七星。その光景もさることながら、それ以上に理解できなかったのが、ナイフは七星の喉に届くことなく、なにもない筈の空間に突き刺さっていたのだ。そしてそこから、血がポタポタと滴り落ちている。

 

 

「これは一体……どういうことですの」

 

 

「グギギギ!」

 

 

アズサの疑問の後に聞こえてきた呻き声は、七星のものではない低い呻き声だった。それを聞いた瞬間、クーガは躊躇うことなく手応えを感じたナイフをそのまま切り下ろした。

 

 

「ギャアアアア!!」

 

 

悲痛な悲鳴が響くと同時、大量の血と同時にボトリと肉塊が落ちてきた。最初は何も見えてこなかったが、落下先にできていた血のプールに染まり、その肉塊の正体が見えてきた。

 

 

光沢を放った甲皮に包まれた、腕。それを素早く拾い上げると、切断面から飛び散った血液が襲撃者の姿を顕にした。腕と同じく光沢に包まれた甲皮に頭から生えた鋭い顎。

 

 

「……『ニジイロクワガタ』?」

 

 

唯香はその姿を見てポツリとそう言葉をもらした。資料で見た、20年前に『バグズ2号』の搭乗員だったマリア・ビレンの変態時の姿と特徴が瓜二つだったからだ。

 

 

「ぐ……おおお!!」

 

 

『ニジイロクワガタ』の力を持った何者かは、痛みをこらえて片方の腕で七星の首をへし折ろうと手を伸ばした。しかし、瞬時にその腕が七星に届くことはなかった。

 

 

「だれじゃおまえ?」

 

 

レナはその腕を掴むと、軍隊仕込みの格闘術でボキリと瞬時にへし折ってしまった。そして相手が絶叫する前に、クーガが投げたナイフが突き刺さり、謎の襲撃者は息絶えた。

 

 

事切れた襲撃者とは裏腹に、一同の心臓はバクバクと跳ねあがった。間違いなく何かが起きている。

 

 

「二、ニジイロクワガタはその鏡のような甲皮の光沢によって光の加減と周囲の光景によっては擬態することが可能なんです。

 

階段に設置された蛍光灯を利用して姿を隠して待ち伏せていたんだと思います。ここは危険です!他の方々も待してる会議室へ急ぎましょう!」

 

唯香は突如目の前で起きた血生臭い戦闘に動揺しつつも、必死に頭を働かせた。七星もそれに賛同し、会議室へと足を急がせる。

 

 

「俺達は……何に(・ ・)襲撃されている」

 

 

七星はギリリと歯軋りをした。もし、彼が頭の中によぎった通りの出来事が今この場所で起きているのであれば事態は深刻だ。そんな七星の不安を煽るように、息を切らした3人組がやってきた。

 

 

第6位『トミー・マコーミック』とそのサポーターである『ジェシカ・ブラウン』、それに加えて第5位『帝恐哉』だった。

 

 

「蛭間司令!」

 

 

「トミー・マコーミック……何があった?」

 

 

そこの女(ジ ェ シ カ)を休憩室で口説いてたらその6位君(トミー)が邪魔してきたからよぉ……ボコボコにしてやろうと思ったら会議室からやべぇ音が聞こえてきたから急いで戻ってきたって訳だ」

 

 

トミーに投げた筈の疑問を、帝恐哉が返した。多少言葉は悪かったが、帝を見つめるトミーの敵意に満ちた瞳と、ジェシカの怯えた表情を見るとどうやら彼が言ったことに嘘偽りはないようだ。

 

 

「とっとと確めようぜ、何があったのかをよ」

 

 

帝恐哉はふてぶてしい口ぶりと、横柄な態度で会議室の扉を無作法に開いた。すると、会議室の中から漂ってきた異臭が鼻腔を激しく刺激した。

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

─────────

 

 

 

会議室の中は、この世の地獄という言葉ですら形容し難い悲惨な光景が広がっていた。

 

 

力を持たないが故に何も抵抗できず、力任せに身体を引きちぎられた『サポーター』の恐怖で顔を歪めた死体や人為変態の為の『薬』を使う前に腹部を貫かれた死体、どのようにして殺されたか想像できないような『地球組』メンバー達の死体がゴロゴロと転がっていた。

 

「……酷い……こんなの酷いよ」

 

 

ジェシカ・ブラウンは膝から崩れ落ち、桜唯香は思わず目をそらした。その時だった。

 

 

「テメェらも死ねぇ!!!!」

 

「ギャハッ!!」

 

 

暗闇の中から、手が大きな鎌に変化した男と脚が大きく肥大化した男が飛び出してきた。2人の男は容赦なくサポーター2名を躊躇いもなく全力で殺しにかかった。

 

 

「唯香さん!!」

 

 

クーガが瞬時に2人をとっさに庇おうとした瞬間、男の額に何かが突き刺さり倒れた。男達の額に突き刺さったモノが飛んできた方向を振り向けば、1人の男が変異した姿で立っていた。

 

 

『ユーリ・レヴァテイン』

 

 

彼は会議室の悲惨な光景を見ても眉一つ動かすことなく、暗闇の中を暫く見つめた後に口を開いた。

 

 

「あの中にはもういない(・ ・ ・)。それより迅速に処理班を呼んで処理してしまった方がいい」

 

 

淡々とそう語るユーリを見たジェシカ・ブラウンは、一言呟いた。「何故彼は全く動揺していないの」と。

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

 

────────

 

 

 

 

翌日、U-NASAに昨晩生き残った『地球組』のメンバーが厳重な警備のもとに招集された。

 

 

「昨日の件で判明したことを皆さんに伝えたい」

 

 

あくまで事務的に、淡々と蛭間七星は口を開いた。司令官は、部下を動揺させない為にも常に冷静でなければいけないからだ。七星は死体袋のチャックを下げる。そこには、クーガがナイフで仕留めた昨晩の男の死体が苦しそうに顔を歪めていた。

 

 

「1つは昨日の襲撃者の正体について。この男はとうの昔に死んだはず(・ ・ ・ ・ ・)の男(・ ・)だ」

 

 

七星の言葉は何一つ間違っておらず、語弊でもなんでもなかった。この男は死刑囚である。それも、とうの昔に刑が執行されたはずの男だ。その他の死体も調べた結果、どれもこれもみな凶悪犯罪に手を染めた名の知れた死刑囚であった。そのことから、UーNASAは1つの仮説を立てた。

 

 

「死刑囚が裏で売り買いされ、兵隊として扱われている可能性がある」

 

 

人身売買により凶悪犯罪者がその身を買われ、兵隊として扱われている。もしこの仮説が的中しているのであれば、敵はとてつもない驚異となる。

 

 

「そして次に、この襲撃者だが人為変態はしたものの『MO手術』を受けた訳ではない」

 

 

七星の言葉から、唯香は次話す内容を察した。昨日襲撃してきた者達の死体を見たところ、ある共通点が浮かび上がってきたのだ。

 

 

『ニジイロクワガタ』に『ハナカマキリ』、『サバクトビバッタ』。これらの生物に共通するのは、20年前の『バグズ2号』計画で搭乗員達のベースとなっていたということだけ。

 

 

 

────────敵は『バグズ手術』を受けている

 

 

 

『MO手術』とは異なる『バグズ手術』。ツノゼミによる肉体強化は施されず、手術ベースも昆虫型に限られる。現行技術の劣化版とも言えるシロモノ。

 

 

しかし、驚異にならないとは限らない。『MO手術』及び『バグズ手術』は、地球上の生物の特性(ち か ら)を人間大で発揮する為の手術だ。例外も勿論存在するが、基本的にベースとなった生物が小さければ小さい程強いと考えていい。

 

 

強力な甲皮を持つ昆虫や、自重の何倍もの重さのものを持ち上げる昆虫が人間大になったら?そう考えるだけで恐ろしい。しかも、その昆虫達は人類最高頭脳である『アレクサンドル・G・ニュートン』が選んだ粒揃いの昆虫達だ。驚異にならない筈がない。

 

 

「敵は恐らく『バグズ手術』ならばいくらでも行えるデータが揃っていると見ていい。そして尚且つ『バグズ2号』の搭乗員のベース昆虫のDNAも揃っているのだろう」

 

 

『バグズ手術』は『MO手術』以上に成功率が低く、失敗すれば即死亡する。しかし『死刑囚』ならば関係はない。元々あってないような命だから、一か八かの懸けに遠慮なく使うことができる。

 

 

そして『バグズ手術』を仮にいくらでも行えるのであれば、多少の犠牲と引き換えに強靭かつ強力、尚且つ凶暴な手駒がいくらでも手に入るのだ。

 

 

敵は凶悪な死刑囚と『バグズ2号』の遺産。ここまで最悪なニュースが続いたにも関わらず、七星には後1つ彼らに伝えなければならないことがあった。

 

 

「敵の攻撃があまりにも大規模すぎた。集会の場所を教えた『裏切り者』がこの中にいる」

 

 

 

 

 

地球組生存者10名

 

○蛭間七星

 

○第1位とそのサポーター

 

○第2位と第3位、及びそのサポーター

 

○第4位

 

○第5位

 

○第6位とそのサポーター

 

 

 

地球組死亡者90名

 

●第4位のサポーター

 

●第5位のサポーター

 

●7位以下のメンバー及び全てのサポーター

 

 

 

 

 

 







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第七話 RAIN 雨

 

 

 

 

 

雨。大粒の雨が降り注いでいた。全てが雨音に包まれて外界と遮断され、まるで今世界には自分達2人しかいないのではないかという錯覚すら覚えた。

 

 

クーガと唯香は、1つのベッドで背中を合わせて寝転んでいた。普段の2人ならば、照れや羞恥心も手伝って1つのベッドで寝たりしない。今2人の心中で取り巻いている感情が原因だった。それは恋愛感情や愛情、肉欲などではない。

 

 

恐怖という感情だった。それも、死に対する恐怖。人間の遺伝子に刻まれた原始的な本能、生存本能が彼等をこうさせた。こうして背中を合わせているだけで、お互いの温もりを感じ、生を実感し死の恐怖を紛らわせることができるのだ。

 

 

あの日、『地球組』の集会襲来事件のあの日から3日が経過したが、彼等と上位ランカー以外はほとんど全滅してしまった。

 

 

あんなにも簡単に命が奪われていいのだろうか。そんな想いと恐怖があの日から2人の心にこびりつき、彼等を心を雨模様にさせていた。

 

 

 

 

────────────────

 

 

─────────

 

 

 

 

「じぎ……ぎぎぎぎ」

 

 

ハゲゴキさんは、そんな2人をドアの隙間から不思議そうに見つめていた。何故、あの2人は交尾しないんだろうか、と。ベッドで共に一夜を過ごすのは、人間の男女のOKサインとハゲゴキさんは認識していた。しかし、唯香の寝室で2人が食事もろくに取らずに1日中横になりだしてから3日が経った。

 

 

ハゲゴキさんとゴキちゃんの食事を用意だけはしてくれる彼等を律儀なもんだなと悠長に観察していたハゲゴキさんだが、次第に彼等を心配し始めた。今の彼等は見ていても面白くないのだ。ハゲゴキさんはションボリしたような、ガッカリしたような表情で階段を下りていった。

 

 

 

 

 

───────────────

 

 

─────────

 

 

 

同時刻、PM9:00

 

 

スイス、ヴァルス村。山奥にある孤立した村で、ある意味外界とはほぼ遮断されている土地だ。定期的に政府が連絡及び視察を行うことによって住人の安否が確認されていたのだが、先日妙な事件が起こった。視察に訪れた政府の人間の大半が行方知れずになったのだ。

 

 

様々な陰謀論が囁かれる中、唯一の帰還者がパニック状態から意識を取り戻し、うわ言のように呟いた。ばけもの、ばけもの、と。

 

 

政府の人間は錯乱した人間の戯言だと聞き流したが、それが『UーNASA』の情報網にかかった時は迅速に行動を開始した。確信していたからだ。『地球組』を襲撃した人間もしくはテラフォーマーと何か関連している筈だ、と。そんな経緯から辺境のこの村に『地球組』の人員を1組を派遣した。

 

 

筋肉質な白人男性と、ウェーブがかかった茶色いブロンド髪の女性。アースランキング第6位トミー・マコーミックと、『サポーター』のジェシカ・ブラウンだ。2人は息を切らして逃げている最中だった。

 

 

「ッ!!……一体どういうことだ!クソッ!」

 

 

トミーがこう怒鳴りたくなるのも無理はない。何故なら、

 

 

「ギャハハハハ!おい色男その女置いてけや!!」

 

 

「情けなくねぇのか!!戦え!!」

 

 

後ろから、『バグズ手術』により変異した複数の追っ手が迫っているからだ。任務を受けた時には精々小悪党2、3人が『バグズ手術』の力を使って村に潜みのさばっている程度だと思っていた。しかし実態は違った。村の人間がまるごと消え、『バグズ手術』を受けた死刑囚がこの村を我が物顔で点領していたのだ。

 

 

山奥の閉鎖された村とはいえ、何故ここまで状況が悪化するまで情報が漏洩しなかったのか。そして、この村を何の為に点領したのか。疑問は尽きぬばかりだが、取り敢えず今は逃げてこのことを報告しなければならない。そして、他の上位ランカーと共にこの村に戻り協力してこの場を制圧すればいい。

 

 

その為には、後ろの追っ手を始末する必要がある。このままでは追い付かれるのも時間の問題だ。

 

 

「……人為変態(じんいへんたい)

 

 

『MO手術』は手術のベースとなった生物によって異なる『薬』を要する。昆虫型は『注射』、植物型は『カプセル』とその種類は様々だ。トミー・マコーミックは、節足動物型特有の『ガム』の形状の薬を口に放り込んだ。すぐさま変化は訪れ、チキチキという音と共に身体中が黒い体毛に覆われた後、両腕から肉斬り包丁のような鋭い牙が飛び出した。

 

 

『ブラックキラーヒヨケムシ』

 

 

トミーの『MO手術』のベースとなったこの生物は、『ウインド・スパイダー』の異名がつくほどに素早く、クモ網には他の例がないほどに気管が発達し長時間の持久戦を可能とした驚異の生物だ。

 

 

「Hey,guys.ハンバーグの素材になる準備はできてるかい?」

 

 

「な、なんだこいつ!?」

 

 

そして、その牙は小鳥やヘビの骨ぐらいであれば難なく切断しあっという間にミンチ肉にしてしまえる程に強力だ。トミーはその自慢の速さとスタミナにモノを言わせて素早く接近し、相手を牙でズタズタに切り裂いた。トミーに近付いた者はミキサーに放り込まれた生肉のようにズタズタされ、その命は絶たれた。気付けば、追手は全滅させていた。

 

 

 

「行くよジェシー!今のうちだ!!」

 

 

彼はすぐさまジェシカを抱え、逃亡を再開した。雨でぬかるんだ地面は思うように彼を前に進ませてはくれなかったが、充分逃げ切れる速さだ。

 

 

「トミー……あたし恐い」

 

 

そんな時、ジェシカの怯えた声が耳に届いた。

 

 

「おいおいジェシー、確かにこの姿はグロテスクだけど僕だって好きでこの生物をベースに選んだワケじゃないんだぜ?」

 

 

「ううん、違うの。このまま無事に逃げ切れるのかなって……」

 

 

「……大丈夫だよ、ジェシー」

 

 

トミーは、こんな状況であるにも関わらず優しくジェシカを宥めた。生きるか死ぬかの切迫した状況であるにも関わらず、全力で逃げながらも、相手に対する心遣いを絶やさなかった。

 

 

「この前の時だって君と僕は生き延びただろ?だから今度もきっと大丈夫だよ。今までもこれからも、ずっとそうだっただろ?」

 

 

2人は24年間の歳月を共にした幼馴染みだった。ずっと、臆病なジェシカをトミーが守ってきた。そのうち、2人の間に自然と愛が芽生えた。

 

 

「……えへへ。そうね」

 

 

ジェシカが笑って安堵した表情を見せると、相手を安心させる為に彼もまた彼女に笑顔を返した。しかし、心の中では表情は未だに強張っていた。一刻も早くこの村を脱出してヘリとの合流地点を目指さなければ。そんな思いが彼の足を急かし、ついに村の出入口が目と鼻の先まで迫った。その時だった。

 

 

「貴方は神を信じますか?」

 

 

そんな声が村の出入口から響いたかと思えば、この場には不相応な神父服を着た痩せ細った男が物陰からヌッと現れた。その胸には雨で濡れたせいでビショビショの聖書を抱えている。

 

 

「邪魔だ!!」

 

 

トミーは一瞬で判断を下した。精神をやられた村人の生き残りかと一瞬攻撃を躊躇ったが、すぐにその迷いと甘さを吹き飛ばした。もし連中の仲間だったとしたら間違いなく後ろから刺されてしまう。自分の腕の中にはジェシカもいる。自分だけの命ではない以上躊躇うことなく仕留めるのが吉だ。

 

 

トミーはジェシカを左手で抱えると、もう片方の手で容赦なく『ブラックキラーヒヨケムシ』の巨大な牙で相手の男の胸を貫いた。

 

 

「キャッ!!」

 

 

男の胸から返り血がスプリンクラーの如く景気よく噴き出し、ジェシカの顔を真っ赤に染めた。グロテスクなものが苦手な彼女にショッキングなものを見せてしまったが、そこまでは気遣う余裕は今のトミーにはない。トミーは男の死体を蹴り飛ばして牙を引き抜くと、村をそのまま後にしようと出入口の門をくぐり抜けようとした。その時だった。

 

 

「 貴方は神を信じますか? 」

 

 

親父のような出で立ちの男は何事もなかったかのように起き上がると、聖書の中に隠し持っていた刃物をトミーの背中に突き刺した。ヌルリとした嫌な感触と激痛がトミーを襲い、彼は思わず膝をついた。

 

 

ツノゼミによる強化アミロースの甲皮を得ているとはいえ、彼のベース生物である『ブラックキラーヒヨケムシ』は『リオック』などの昆虫と同様にソフトインセクトと呼ばれる分類に入っている。この種の昆虫は『甲虫』と呼ばれる昆虫と比べて運動機能は高いがその甲皮は薄く、防御力に欠けていた。

 

 

「私が……私自身が神なのです!」

 

 

男は気持ちの悪いニタリとした笑みを浮かべると、トミーがこの男にしたように彼を蹴り飛ばし、背中からナイフを引き抜いた。

 

 

「嫌……嫌ぁ!トミー!トミー!!」

 

 

雨音混じりに、ジェシカの悲痛な叫びが辺り一面に響き渡った。親父のような男は、そんなジェシカを見て舌をなめずった後彼女の腕を乱暴に掴んだ。

 

 

「さあ、巫女よ。その(からだ)を神である私に捧げるのです」

 

 

「ヒッ……!!」

 

 

男はジェシカに顔を近づけた。すると、暗闇の中で朧気だった男の顔がようやく浮かび上がった。その顔は意外にも彼女も見覚えのある人物の顔だった。

 

 

『ケネス・N・アイゴネス』

 

 

ニュースで見覚えがあった。教会に身を置いていたにも関わらず、婦女暴行及び強姦してい相手を殺害したことから死刑宣告を言い渡された死刑囚。死刑は、3年前に執行されたはずなのだ。

 

 

トミーも霞む視界の中で、その男が『ケネス・N・アイゴネス』であることに気付いた。何故世間を騒がせた殺人犯がこの場にいるのか。そんなことはどうでもよかった。問題はこのままではジェシカがこの外道に犯され、殺されてしまうことだ。そんなことはさせない。

 

 

「うおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

トミーは激痛がはしる身体を無理矢理振るい立たせ、ケネスへと腕に生えた牙を突き刺そうと奮い立った。直後、肉に鋭いものが突き刺さる音がその場に響いた。

 

 

しかし、トミーの腕から生えた牙はケネスに突き刺さっていなかった。それどころか、何かがトミーの腹部に風穴(・ ・)を開けた直後だった。

 

 

トミーは自らの身に何が起こったのか数秒の時間を要した。激痛だけでなく、身体が激しく麻痺し痙攣した。恐らくは()か何かだろう。自らの身に風穴を空けた何かが飛んできた方向に目を傾けると、丘の上には変異した右腕をかざす人物が立っていた。トミーも見覚えのある人物である。3日前の『地球組』の集会で出会った人物だ。

 

 

「そうか……君が裏切り者だったか」

 

 

トミーは、徐々にボヤけていく意識の中で苦く笑う。どこか予想はしていたが、対処できなければ意味はない。少しでも不信感を感じていたのだから、司令に持ちかけていればよかった。

 

 

そんな風に自分の判断を悔いるトミーに、『地球組』の裏切り者は駄目押しで何か(・ ・)をトミーに放った。鋭いものが肉を突き抜ける音が再び辺りに響いた。しかし、トミーに痛みはなかった。身体が死に近付き最早痛覚が失せてしまったのだろうか。

 

 

しかしその予想は一瞬で裏切られた。ポタポタと新たに流れた鮮血が、トミーの前にポタリと滴り落ちたからだ。そして、その鮮血の主はトミーのものではなかった。

 

 

「……大……丈夫?トミー?」

 

 

「ジェシカ!!」

 

 

ジェシカがトミーを庇ったのだ。彼女の腹部にもトミーと同様に何らかの凶器によって空けられた風穴が空いていた。

 

 

「どうしてだ……僕は……もう助からないのに君まで死ぬことはないよ……」

 

 

呆然と自身を眺めるトミーを見て、ジェシカは死を間近にしているとは思えない程に穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

「いっつも、トミーに守られてばっかだったから……私も1度ぐらい……死ぬ前に1度ぐらい……貴方のこと……守って、あげたくて」

 

 

ジェシカは涙をボロボロとこぼしながら自らの心境を語った。24年間生まれてからずっと自身を守ってくれていたトミーに対する深い愛が、彼女をそうさせたのだ。トミーは、彼女から受け取った愛を噛みしめる度に涙をこぼしつつ、死に際に強く彼女の掌を握り締めた。薄れゆく意識の中、彼女もまた同様にトミーの手を強く握り返す。その時だった。

 

 

「わ゛ん゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!この女『中古』かよお゛お゛お゛お゛!処女!!処女ォ!!ギッブミーヴァアアジン!!!!」

 

 

2人の深い愛のやり取りに水を差すかのように、突如ヒステリックを起こしたケネスが、手にした刃物で何度も2人を突き刺したのだ。何度も何度も、彼等の命が尽きようとも。

 

 

「 ──────────── 」

 

 

そんなケネスを見て、トミーとジェシカに何かを放ち彼等を殺害した『地球組』の裏切り者が困惑しつつも言葉をかけた。神父の癖に他人の愛を祝福できないのか、と。

 

 

「黙れ!私は穢れ無き乙女を抱くことにしか興味ないのです!このビッチと男が死ねばこの穢れ無き乙女達が来るのでしょう!?」

 

 

ケネスは3枚の写真を取り出した。それは『地球組』メンバーの顔写真であった。桜唯香、アズサ・S・サンシャイン、美月レナの写真。ケネスはニタニタと彼女達の写真を眺め回した後、その写真を舐め回した。それを見て地球組の裏切り者は異常だ、と苦く笑った。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

突如、何もない空間の中にクーガは放り込まれた。辺り一面は暗闇に包まれ、まるで炎を焦がしたかのような強い(にお)いが鼻腔を刺激した。この匂いは普通に生きていたら一生嗅ぐことはない臭いだ。戦場の臭いだ。暗闇にようやく目が慣れ始た時、1人の人影が暗闇の中から現れた。

 

 

(かど)を曲がった拍子に仲間が死ぬのがそんなに珍しいか?クソガキ……」

 

 

その男は仲間の死を悼むクーガに挑発的な言葉をかけた。幼い頃より戦場を駆け抜け、死の重大さを重んじてきたクーガをその一言は堪らなくイラつかせた。それに何より、その人物の声が鼓膜を撫でただけでクーガを堪らなく腹立たしい気持ちにさせた。

 

 

「何が言いてぇ……」

 

 

「んーだよ 死んだ仲間達みてぇに死ぬのが恐ェのか?そんなに童貞のまま死にたくねぇなら隣にいる女の乳しゃぶって無理矢理犯しとけばいいじゃねぇか?あ?」

 

 

彼のその一言はクーガの神経を昂らせ、躊躇いもなく彼の顔面に正拳を放たせるには充分すぎる一言だった。クーガは怒りに任せて彼に正拳を放つ。しかし、

 

 

「─────ってお前が戦おうとしてるクソムシ(・ ・ ・ ・)共も思ってるぜ?どうせな」

 

 

暗闇の中の男はクーガの上腕を抑えてその拳が放たれるのを封じた。凄まじい力で押さえられ、ビクともしない。

 

 

「サムライに育てられただけあっていいパンチじゃねぇか。だが殺意(こいつ)はとっときな。お前の仲間をぶっ殺した奴等によ」

 

男は微笑むと腕を抑えてた力を抜き、クーガの肩に手を力強く置いて口を開いた。

 

「お前は俺が嫌いなんだろ?俺に会いたくねぇなら意地でも死ぬんじゃねぇ」

 

 

男は不器用にクーガに言葉をかけると、暗闇の中のに溶けていった。急いで追いかけようと足を動かそうとしたところで、クーガの意識も彼の姿と同様に暗闇のの中に溶けていった。

 

 

 

 

────────────────

 

 

────────

 

 

 

チュンチュン、という雀だか野生の野鳥だかわからない鳴き声でクーガは目を覚ました。どうやら先に起床したらしく、唯香の姿はなかった。

 

 

「…………」

 

 

クーガは先程まで見ていた夢の内容を反芻した。男に叩かれた肩が、こころなしか夢から覚めた今でも暖かく、心は火を灯されたかのようにほんのりと熱かった。不思議なことに、まるで雨模様のようにドンヨリとしていた心の迷いも今ではもう吹き飛んでいた。

 

 

「……朝飯食うか」

 

 

心に僅かな余裕が生まれたところで、急激な空腹がクーガを襲った。集会の日以降ろくに食べていなかった反動が今になってきたのだ。朝食を食べようと下に降りていくと、ハゲゴキさん、ゴキちゃん、唯香がテーブルに座ってクーガを待っていた。

 

 

「じょう」

 

 

ゴキちゃんが、唐突に何かを差し出した。クーガの好物のおでんのつもりなのか、それはゆで卵と大根とカイコガを串で刺したものだった。

 

 

「……ゴキちゃんがね、最近私達が元気ないからって理由で朝ごはん作ってくれたんだって」

 

 

「じぎぎぎぎ!!」

 

 

「…………あはは。刺さってるそのカイコガはハゲゴキさんのおやつなんだって。きちんとお礼言わないとね」

 

 

唯香はこころなしか(やつ)れた様子で会話をした後に、クーガの体のサイズとは全く見合わない小さな弁当箱を彼に差し出しながら口を開く。

 

 

「……今朝ね、蛭間司令から連絡が来たの。スイスで任務にあたってた第6位の人とその『サポーター』の人が消息を絶ったって。だから、クーガ君に調査に行って欲しいって」

 

 

唯香は弁当箱を差し出す唯香の手は震え、その瞳からは大粒の雨のような涙がポタリ、ポタリとこぼれ始めた。

 

 

「今回は危険すぎるから私はついてっちゃ駄目だって。それって……とっても危ないってことだよね?私恐いよ……クーガ君まで死んじゃわないかって」

 

 

そう本心を打ち明けた唯香を、クーガはそっと抱き締めた。唐突な行動にゴキちゃんとハゲゴキさんは呆気に取られ、唯香も1伯置いてクーガに抱き締められた事実をようやく実感し始め頬を赤らめた。

 

 

「ふえっ!?ク、クーガ君!?」

 

 

恋愛沙汰に自らと同じぐらい疎いクーガが躊躇いもなく抱き締めたことに驚いたが、唯香は察した。クーガは恐らく自分を落ち着かせる為に抱擁したのだと。

 

 

「オレは絶対に生きてアンタのところに戻ってくる。それにアネックスの連中と約束した。お前らが留守の間地球を必ず守ってみせるって。だからオレを行かせてくれ、唯香さん」

 

 

唯香は瞳からこぼした涙と紅潮させた頬、何より自身の心を落ち着かせた。覚悟していたとはいえ、その時になるとこうも慌てふためいてしまうものなのだろうか。人間の心というのは非常に歪で矛盾そのものなのかもしれない。

 

 

唯香は暫く葛藤した後に、クーガにとって最良の道を模索し、ただ一言、静かにこう告げた。

 

 

「……行ってらっしゃい、クーガ君」

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

─────────

 

 

 

 

12時間後、スイスヴァルス村の遥か上空にて。

 

 

「すまねぇ、この高さが限界だ。これ以上高度を下げてしまっては敵に発見される恐れがある」

 

 

ヘリの操縦士がそうクーガに詫びると、クーガは装備を整えながら構わねーよと返した。そんな風に危険な任務を前にしても尚、淡々と装備を整えるクーガを見て操縦士は思わず彼に思っていたことを

 

 

「しっかしよくこんな任務引き受ける気になったな、俺だったら可愛い『サポーター』さんとやらと愛の逃避行してるとこだぜ」

 

 

「ブッ!!!!」

 

 

操縦士が放った一言にクーガは激しくむせ返り、同時に林檎のように頬を赤らめた。

 

 

「オレと唯香さんはそんな仲じゃねぇ!つうかなんでアンタがそんなこと知ってんだよ!?」

 

 

「俺自身はUーNASAの末端職員なんだけどよ、こないだ乗っけたアズサってお嬢様から結婚間近って聞いてるぜ?」

 

 

「あんの野郎!!」

 

 

高らかにオホホホホ、と自身を嘲笑うアズサの声と顔が浮かんできた。恐らくレナもそこに加わってさぞ色々と面白おかしく脚色してくれたことだろう。

 

 

「で、その人は出発する時何て言ってくれた訳よ?」

 

 

「……ただ一言『行ってらっしゃい』って」

 

 

「そいつぁいい女だな。本当は辛かっただろうに」

 

 

唯香はクーガが決意を打ち明けた後は引き留めようとせず、快く送り出してくれた。クーガは戦場を駆けていた頃から様々な人間を見てきたが、あれは本心を押し殺した人間の目に似ていた。

 

 

「……オレの知ってる中じゃ1番いい女だよ」

 

 

「そんな女が待っててくれてんなら死ねないな。アンタが合流地点に来てくれるように祈ってるよ」

 

 

「ああ。……それにどうやら死んだら1番嫌いな奴とあの世でにらめっこするハメになるらしくてよ、どうしても死ぬ訳にはいかなくなった」

 

 

その1番嫌いな奴ってのはどんなやつだい?そう聞かれたクーガは不敵に微笑むとオレに似た奴だよ、と答えてヘリから飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

─────────

 

 

 

パラシュートで降り立った降下地点から暫く歩くと、問題の村が見えてきた。陰鬱としたいかにも、という感じの不気味な村だ。

 

 

「さて、と」

 

 

クーガは目標となる村を前にして、パラシュートで着地した際の衝撃で装備に破損がないかもう1度点検しようと腰を下ろした。そんな時、ふと視界の端に何かが映った。それは、出来れば見たくないものだった。

 

 

『集会』のあの日、会場にいた『地球組』の同胞トミー・マコーミックとジェシカ・ブラウンだ。2人とも身体全体に刺し傷が見られ、惨たらしく殺されたことが伺えた。

 

 

恐らく村民は殺され、村自体が乗っ取られたという噂は事実なのだろう。命を命と思わない野蛮な行いにクーガは吐き気を覚えた。彼処にいる連中が命を粗末に扱う連中なのであれば、こちらも躊躇うことなく始末するまでだ。

 

 

「……待っててくれ、あそこにいるゴミ共を始末したら必ず戻ってきて手厚く葬儀して貰えるように頼んでおくからよ」

 

 

仲間の死体を眺める度にフツフツと沸き上がる怒りを胸に、クーガ・リーは3本の『薬』と懐に忍ばせたナイフの感触を確かめた後に戦う決意を固めた。

 

 

「悪いが……先手必勝でやらせて貰うぜ?」

 

 

クソムシ共。

 

 

 

 

 







感想お待ちしてます(^-^)


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第八話 NEVER_DIE 不死者

 

 

 

クーガ・リーはヴァルス村を駆け抜けた。敵に見つからぬように慎重かつ迅速に。まずは厄介な監視を始末する必要がありそうだ。クーガは見張り台を兼ねた鉄塔の螺旋階段を音もなくかけ上ると、そこにはグラビアアイドルの写真集に夢中の男がいた。

 

 

腰に『注射』タイプの『薬』をぶら下げているあたり、先日集会を襲撃しにきた『バグズ手術』を受けた死刑囚の仲間で間違いないだろう。

 

 

見張り番がサボるのは映画でよくあるお決まりの展開とはいえ、本当にお約束通りである必要はないだろ、とクーガは内心溜め息をついた。元は死刑囚なのだから彼らにちゃんと働け、というのも無理な注文なのだろうが、ここまでお約束通りだとこちらが拍子抜けしてしまう。そんな考えを巡らせながらクーガはトントン、と男の肩を叩いた。

 

 

「ん?もう交代の時カッ!!」

 

 

肩を叩かれ振り向いた瞬間、男は一瞬で息絶えた。頭部には深々と、クーガの愛用するナイフが突き刺さっている。

 

 

「ガキの遊びも馬鹿にできねぇもんだな?」

 

 

相手の肩をトントンと叩き、相手が振り返った際に頬が来るであろう場所に指を待機させておき、頬をつつくという遊びを知っているだろうか。大昔に流行った悪戯の1種だ。クーガはそれを『指』の代わりに『ナイフ』を用い、つつくべき場所を『頬』ではなく相手の『右脳』にしたのだ。

 

 

相手が単独であった以上映画のように後ろから相手を拘束し、ナイフを首筋に当てて情報をありったけ吐かせるという策がベターだったかもしれないが、クーガは敢えてそれをしなかった。

 

 

相手がパニックを起こして悲鳴を上げれば仲間を呼ばれてそこでおしまいな上に、相手は何を隠し持っているかわからない。実際に戦場を駆け抜けてきたクーガはそれを痛い程わかっていた。相手が格下だろうと、必要以上に慎重に事を進めなければ死に繋がるのだ。

 

 

それだけクーガは慎重だった。そして、その慎重さは彼の装備にも色濃く反映されている。

 

 

「……ゲリラ戦ってのはしんどいけど仕方ねーか。『薬』はたったの3本。どうしても節約しねーとな」

 

 

クーガが『特性(のうりょく)』を使う為の注射型の『薬』を自らの機動力を削ぐ原因となる荷物にしない為にも3本しか持ち込まなかった。それ故に、『薬』を節約する為にも出来る限り戦闘は『薬』を使われる前に相手を片付ける、というスタンスのものになる。

 

 

最も、相手が体に施している『バグズ手術』も、クーガと同じタイプの注射型の『薬』を用いているが故に、敵の『薬』を回収することも可能ではある。しかし、それを逆手に利用され注射針に何らかの劇薬を塗られる可能性だってある。品質も保証されず、それが何らかの形で体に支障をきたす恐れも否定できない。

 

 

そこまで考慮した上で、クーガは立ち回っていた。良く言えば慎重、悪く言えば臆病。それがクーガ・リーだった。彼は臆病であるが故に、生きて任務を達成する為の計画を迅速に進めた。

 

 

「さてと、まず食料庫に……薬品庫の場所確認、と」

 

 

UーNASAから支給された地図と村を照らし合わせた。手前に見える赤い屋根の、煉瓦で出来た建物は食料庫。奥の方に見える白い屋根の、一見すると車庫に見えなくもない小さな建物が薬品保管庫である。ここにアレ(・ ・)を仕掛ければ、敵に痛手を与えることができる。

 

 

計画を練り、動き出そうとしたその時だった。鉄塔の螺旋階段を登る音が鳴り響いた。しかも複数だ。3人といったところだろう。心臓の音がバクバクと高鳴っていく。クーガは荒くなりかける自らの呼吸を整え、ナイフを構えた。

 

 

「お疲れさ~ん」

 

 

「マスかきトニーの後の見張りはキツいぜ。スルメ(・ ・ ・)みたいなスメル(・ ・ ・)がしやが」

 

 

螺旋階段を登ってきた3人の男は、クーガと対峙した瞬間身体を強張らせ、その身を硬直させた。彼の横には自慰行為にふけることで有名な仲間、マスかきトニーの遺体が転がっていたからだ。一瞬の間の後、彼らは『薬』による変態を行おうとした(・ ・)

 

 

しかし、その一瞬の間はクーガの前ではあまりにも無防備すぎた。クーガは中央の男に向かってナイフを投擲する。ナイフは空を裂き、喉に突き刺さった。

 

 

「カッ……ガッ……!!」

 

 

左右に控えた2人は喉元から鮮血が噴き出す仲間に呆然と立ち尽くしてしまった。クーガはその隙を見逃さず、中央の男からナイフを引き抜いて左の男の心臓を突き刺した。

 

 

「こ、この野郎!」

 

 

仲間を一瞬の内に2人殺され、憤った右の男が大振りなパンチを繰り出した。クーガはかがみこんだ後、鳩尾に向かって蹴りを放った。

 

 

「ウボォ!!」

 

 

男が悶絶しかがみこんだ後、クーガは容赦なく相手の頭を冷たいコンクリートの壁に叩きつけた。1度ではなく、何度も、何度も全力で。グシャリという音と共に相手の鼻の骨が折れ、眼球が飛び出し絶命したところでクーガはようやく手を離した。

 

 

「……なんとか上手く()れたな」

 

 

他の敵に居場所を知られることなく、尚且つ『薬』も節約して敵を殲滅することができた。理想的なゲリラ戦だ。相手の装備が『銃』ではなく『薬』だったおかげだろう。『薬』の方が強力ではあるが、変異する際に一瞬隙が生まれるおかげで非常に戦いやすい。

 

 

対して『銃』は、『MO手術』や『バグズ手術』により変異した人間に比べれば脅威ではないものの、1発で人間の命を奪うだけでなく、引き金を引かれた瞬間位置がバレるというオマケつきだ。銃を相手にゲリラ戦を展開するというのは至難の業なのだ。その点だけで言えば、今回の相手はやりやすいのだ。

 

 

「さて、と……使えるもんは全部使って生き残らせて貰うぜ」

 

 

クーガはおもむろにナイフで3人のうちの1人の首をザリザリと切断した後、その男の首を片手に螺旋階段を降りていった。ポシェットの中に入っている『とあるモノ(・ ・)』の感触を確かめながら。

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

────────

 

 

 

3時間後、クーガは村の外の山脈に身を潜め一時の休息を得ていた。

 

 

「……唯香さんの飯やっぱ美味いな」

 

 

モグモグと唯香から渡された弁当を租借する。勿論栄養価は申し分ないが、如何せん食事の量が足りなかった。1日中村を見つからないように駆け巡ったのだから当然それ相応の空腹が彼を襲っても不思議ではない。

 

 

そんな時、ふと横を見ると蛇がニョロニョロと横を通り過ぎていった。以前図鑑で見たことがある、恐らく毒がない種類だ。それだけを思い返すと、クーガは何の躊躇いもなくナイフで頭部を切断した。

 

 

そして頭部がなくなっても尚、動き続ける蛇の胴体を掴み、慣れた手付きで蛇の鱗を剥ぎ、捌いていく。火でこんがり焼きたいところだったが、それでは村の連中に見つかることは避けられない。故に生のままかぶり付き、強引に食いちぎった。鶏肉、と言えなくもないグニグニとした血生臭い味が彼の口の中に広がる。

 

 

「……うぇ、くっせ」

 

 

血生臭い肉のガムと格闘しながら、クーガはU-NASAから支給された双眼鏡で村を覗いた。すると、案の定村は騒ぎになっていた。村の重要施設である『薬品保管庫』と『食料庫』のすぐ側に、殺した男の生首を転がしておいたからだ。

 

 

「よし、釣れたみてぇだな」

 

 

案の定、施設の周囲には騒ぎを聞き付けた村中の死刑囚達が群がっていた。双眼鏡を更にズームして様子を眺めていると、黒い神父服の男が群衆を掻き分けて生首を眺め回してた。

 

 

そして、両手を広げて何か演説をし始めた。この時点でクーガは確信した。恐らくあの神父がこの村のリーダー格だ。あれだけ騒いでいた死刑囚は一瞬で静まり、彼の話に聞き入っていたからだ。このままでは恐らく、侵入者の存在に気付いた死刑囚達は冷静さを取り戻し、警備体制を整えてしまうだろう。

 

 

「ま、ここまでは作戦通り、ってとこだけどな」

 

 

クーガはイスラエルの戦場を幼い頃より毎日駆けてきた。今回行った作戦は、当時行った作戦を忠実に再現したものだ。大幅に相手の戦力を削り、重要施設を破壊さ、尚且つ組織のリーダーを消す一石三鳥の作戦。施設に爆弾(・ ・)を設置し、その周辺に構成員の生首を転がし集まったところを吹き飛ばす。

 

 

クーガがポケットの中のスイッチを押した瞬間、『薬品保管庫』と『食料保管庫』に仕掛けておいた遠隔操作式の爆弾が爆発した。村を駆け回る最中、密かに仕掛けておいたものだ。爆風は神父服の男を真っ先に呑み込み、続いて周囲にいた死刑囚達を吹き飛ばした。

 

 

「さーてと、後はジワジワと1人ずつ消していくとすっか」

 

 

慎重かつ大胆に動いたおかげで、クーガの目論見通り相手の『リーダー』『施設』『主戦力』を奪うことに成功した。後は『薬』を使って速やかに敵を殲滅してもいいが、万が一のことも考えて先程のようなゲリラ戦でジワジワと残党を処理していくのもいいだろう。そんな風に今後の算段を組み立てていた時だった。爆風に巻き込まれた黒い神父服の男がムクリと立ち上がった。

 

 

「……どういうこった?」

 

 

クーガは信じられないものを見る目で双眼鏡越しに神父を観察した。彼の周囲にいた部下達はみな、重傷を負って動けずにいるか若しくは命を落としていた。しかし、爆風を間近に受けた神父だけが、おぼつかない足取りで立ち上がった。

 

 

たまたま運がよかったのか、あの神父服が特殊な素材で出来ているのか。いずれにしろ、あのリーダー格の神父を何らかの理由で仕留め損なったことに変わりはない。次こそは確実に仕留める。クーガはそう決意したが、彼の中で何かが引っ掛かった。果たして、あの男を本当に殺せるのだろうか?クーガの中で、そんな根拠もなく得体の知れない疑問が芽生えた。

 

 

 

──────────────────

 

 

───────────

 

 

 

村の教会の中で、神父服の男『ケネス・N・アイゴネス』の説法が響いた。柄にもなく、死刑囚たちは祈りを捧げていた。死刑囚は死を前にして、宗教に手を出す者も少なくはない。

 

 

この教会でケネスが説いてるのは、ケネス自身を神格化した異常な宗教である。それでも死刑囚達が彼の異常な宗教にのめりこんでいるのは、このような山奥の村を占拠し外部との一切の接触が断たれている異常な環境のせいだろう。

 

 

「……イカれてんな」

 

 

クーガは教会の屋根に設置された天窓から頭だけ出し、呆れ果てた様子で呟いた。それと同時に、囚人達を束ねるケイネスから得体の知れない不気味さや異質さを感じた。何故あんな細く小柄な男が、図体のでかい荒くれ囚人達を束ねることができるのだろうか。宗教だけで果たして本当に死刑囚達を束ねることができるだろうか。

 

 

「考えてても仕方ねぇ……先手必勝で()らせて貰う」

 

 

クーガは注射型の『薬』を首筋に突き刺した。すると、チキチキと音を立てて身体が瞬く間に変異していく。『オオエンマハンミョウ』。相手の急所や弱点を見抜く複眼と 、暴力的な力を合わせ持つ昆虫。この昆虫の力を持ってすれば、仕留められない敵など限られている。クーガは腕から生えた『オオエンマハンミョウの大顎』でステンドグラスを叩き割り、教会内に侵入した。

 

 

「な、なんだテメェ!?」

 

 

ガラスが砕け散り乱れ散る音と、死刑囚達が唐突に現れた侵入者(クーガ)に戸惑う声が辺り一面を支配した。しかしただ1人、ケネスだけは一切慌てる素振りを見せなかった。それどころか、

 

 

「貴方は、神を信じますか?」

 

 

そんな宗教の勧誘じみた台詞とともに、大きく両手を広げてクーガを歓迎するような身ぶりすらも見せた。やはりこの男はどこかおかしい。他の『バグズ手術』を受けている死刑囚達と比べて異質かつ異常だ。

 

 

───故に、油断なく躊躇うことなく、自分に発揮できる最速・最善・最大の手段で速やかに葬る!!

 

 

「ゼヤッ!!」

 

 

クーガはオオエンマハンミョウの大顎で、黒い神父服の男、ケネスの胸を深く抉るように切り裂いた。深さとしては間違いなく、心臓にまで達しているだろう。

 

 

「グフッ!!」

 

ケネスが吐血し膝をついたところで、オオエンマハンミョウの大顎を頭部に突き刺した。感触的に、大脳まで達していることに間違いはない。クーガの知っている限りでは、人間を含めた大概の脊椎動物は『心臓』と『脳』の二ヶ所が致命的な弱点になっていることに間違いはない。相手が普通(・ ・)の人間で普通(・ ・)の生物であれば、この時点で仕留めたことに疑いはないだろう。

 

 

ただ、相手は恐らく『バグズ手術』か『MO手術』といったなんらかの切り札を隠し持っていることに疑いはない。これで仕留めたかどうかは確証は持てない。

 

 

しかし、後ろで控えている死刑囚達に背中を刺されない為にもいつまでも死体とにらめっこしている訳にもいかない。クーガはケネスの死体を蹴り飛ばして振り返った。

 

 

 

「お前らのリーダーは死んだ。どうする。降参か?」

 

 

シンとなる教会内。

 

 

次の瞬間、爆笑の渦に教会内が包まれる。

 

 

「お前らどうした。情緒不安定か」

 

 

依然として、笑いは停まらない。

 

 

「ケネス様が死ぬ訳ねぇだろうが坊っちゃんよぉ!!」

 

 

閉鎖的な村で偏り、歪んだ宗教観を教え込まれたせいで現実と妄想の区別もつかなくなったのだろう。

 

 

哀れなものだ。

 

 

クーガはそう溜め息をついた瞬間、何か冷たい手のようなものがクーガの手に乗せられたことに気付く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「 私が神です 」

 

 

目から血の涙を流し、蒼白の顔面で汚い笑みを浮かべてくるケネスの姿が、そこにはあった。

 

 

本当に、宗教によるスピリチュアルなパワーで復活した訳ではあるまい。

 

 

 

 

 

 

 

 

────────水分を、得たからである。

 

 

 

 

 

一つだけ心当たりがある。

 

 

 

小吉が、以前に教えてくれた。

 

 

 

自分の他に、二十年前の『バグズ二号』計画の生存者がいたと。

 

 

 

蛭間一郎。蛭間七星の実の兄。

 

 

 

そのバグズ手術で得たものは、何の力もない昆虫。

 

 

 

だが、死なない。

 

 

 

200度で5分間熱しても、死なない。

 

 

 

マイナス270度で芯まで凍らせても、死なない。

 

 

 

168時間のエタノール処理でも。

 

 

 

7000グレイの放射線に晒されても。

 

 

 

真空状態に置かれても。

 

 

 

『クリプトビオシス』と呼ばれる仮死状態となり、水分さえ接種すれば、何事もなかったかのように活動を再開する。

 

 

 

死なない。

 

 

 

「クーガ・リー君。貴方は絶対にターゲットを仕留められる『地球組』のエースと聞いています」

 

 

 

死なない。

 

 

 

「『MO手術』も相手を絶対に殺せる昆虫だとか。しかし…神の加護を得た私を殺すことなど出来ないでしょう」

 

 

 

死なない。

 

 

 

「さぁ、大人しく巫女の躰を私に捧げるのです」

 

 

 

死なない。

 

 

 

 

 

 

 

【ネムリユスリカは、死なない】

 

 

 

 

 

 




次回、矛vs盾。


絶対殺すマン
『クーガ・リー×オオエンマハンミョウ』

VS

絶対に死なない
『ケネス・N・アイゴネス×ネムリユスリカ』


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第九話 GO_TO_HELL 死神





──────私は彼を殺せます。


Q、それは何故ですか


A、私が死神だからです。





 

 

 

 

 

ネムリユスリカ

 

 

学名『 Sleeping Chironomid』

 

 

 

ネムリユスリカ。

 

 

昆虫程に大きく成長を遂げたにも関わらず、とある能力を持ち合わせていることから、生物学者の間で大きな注目を集める。

 

 

仮死状態『グリプトビオシス』。

 

 

それが、この昆虫が不死と呼ばれる由縁。

 

 

 

高温度下。

 

 

低温度下。

 

 

放射線下。

 

 

真空状態下。

 

 

いずれも死なず。

 

 

 

とある生物学者の実験にて。

 

 

脳部や腹部を切断するなど、物理的なアプローチに出ても仮死状態が発現出来るか。

 

 

そんな実験すらも行われた。

 

 

しかし、死なず。

 

 

脳部を失っても、仮死状態は発現した。

 

 

その個体は暫くして動き出す。

 

 

それどころか後に、神経系すら失われても蘇生することが判明した。

 

 

死なない。

 

 

どんな環境だろうと。

 

 

どんな暴力を受けようと。

 

 

ネムリユスリカは、死なない。

 

 

 

 

 

───────────────────

 

───────────

 

 

 

ネムリユスリカ。

 

 

絶対に死なない昆虫。

 

 

成虫や蛹になればその命は呆気ないものなのだが、能力のベースとなっているであろう『幼虫』の時は、異常なまでの生命力を発揮する。

 

 

引き裂いても駄目。

 

 

火の中に叩き込んでも駄目。

 

 

死なない。

 

 

「…………チートかよ」

 

 

クーガはボソッと愚痴を呟いた。負ける気もしないが、勝てる気もしない。この厄介者をどうしてくれようか。

 

 

太陽にロケットでぶち込むだとか、海に沈めるだとかがゲームや漫画における不死身の敵に対するセオリーだ。

 

 

しかしここは山奥の村。ロケットを射出する為の施設もなければ、大海原も広がっていない。

 

 

「巫女を捧げなさい。さすれば汝の命だけは助けましょう」

 

 

ああ。どうやらこの男はまだここに唯香がいると思っているらしい。

 

 

「唯香さんなら今頃天界でバハムートと戦ってるさ」

 

 

頭の中がファンタジーな相手にはこのぐらいぶっ飛んだ突拍子もない言い訳もいいと思ったのだが、どうやらそうもいかなかったらしい。

 

 

「アアアアアアアアアアア!!」

 

 

突如、目の前のケネスがヒステリックを起こす。どうやら彼の逆鱗に触れてしまったようだ。

 

 

「さっさと連れて来りゃいいんだよこの乳でか女をぉ!」

 

 

彼は無造作に唯香の写真を床に叩き付ける。その行為が、クーガの怒りの沸点を更に低くした。

 

 

だが、クーガは動かない。目の前の敵をどう始末するかだけを考える。どうすれば敵に『死』をもたらすことが出来るのか。それだけを敵を品定めしながら考える。

 

 

「来ないんだったらこっちから行くぞぉオオオオオ!!」

 

 

「あー来い来い。テメーの攻撃なんてちょちょいと避けてやる」

 

 

ネムリユスリカは生命力以外はあまり強力な力を持っていない。故にさして脅威にはならない筈。しかしクーガのその予想は瞬時に崩れ去った。

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

「ってオイ!!いきなり『二本挿し』かよ!!」

 

 

『MO手術』及び『バグズ手術』を受けた者における連続での薬の過剰接種。

 

 

これは何を意味するか。

 

 

より、ベースとなった生物へと近づく。

 

 

肉体への負荷と引き換えに、より力を増す。ネムリユスリカ自体はあまり強力な生物ではない。

 

 

しかし、昆虫型特有の『強化アミロースの甲皮』は薬を使用する度に固くなり、昆虫型特有の『開放血管系の併用』による筋力や運動能力の向上も薬を使用する度に上乗せされる。

 

 

結果。

 

 

「三本目だアアアアアアアアアアア!!」

 

 

絶対的な盾の立場であったはずのネムリユスリカが、凶悪な矛へと変貌する。

 

 

これではどちらが『捕食者』かわからない。

 

 

ケネスは拳を固めてクーガに向かって全力で振りかぶった。

 

 

「オラアアアアア!!」

 

 

そんなケネスの攻撃をクーガは素早く回避した。すると、クーガの後ろにあった巨大なパイプオルガンへとその拳が直撃し、オルガンは吹っ飛び粉々になった。

 

 

「………マジかよ」

 

 

流石のクーガも、冷や汗が背中を伝うのがわかる。

 

 

『いや待てよ。薬が切れた瞬間を狙えば。そんなクーガの作戦も瞬時に打ち砕かれる。

 

 

「おいクソガキィ!!薬切れを狙うってチンケな手使うつもりじゃねぇだろうな?」

 

 

図星であった。

 

 

「その前にお前の薬が切れるだろうがアア!!」

 

 

ごもっともすぎでぐうの音も出ない。ネムリユスリカ。最初この昆虫の話を耳にした時は、ここまでおっかないもんだとはクーガは夢にも思っていなかった。

 

 

 

 

 

───────────────────

 

──────────

 

 

 

少年時代のクーガ・リーと、小町小吉はガタゴトとバスに揺られて、田舎道を走っていた。

 

 

「………なあクーガ。退屈じゃねぇのか?」

 

 

小吉はクーガに尋ねる。

 

 

都心からも遠く、駅からも遠いし、トドメにバス停からも遠い場所に付き合って貰っている。

 

 

クーガぐらいの年代のこどもからしてみれば、退屈なのではないだろうか。

 

 

少なくとも、自分がクーガぐらいの年の時はそうだった。

 

 

「ううん!こんなにきれいなとこ見たことないもん!」

 

 

クーガは、無邪気にはしゃいでいる。この少年は、イスラエルという過酷な環境で過ごしていた。

 

 

こんな緑や自然に溢れる場所など、見たことがないのだろう。インスタントカメラを取りだし、

 

 

「ミッシェルおねぇちゃんとアドルフお兄ちゃんにも見せる!!」

 

 

と言って、パシャパシャと写真を取り出す。嘘ではなく、本当に満喫している様子だ。

 

 

「それに、小吉さんのこと大好きだもん!いっしょにお出かけするの楽しいよ!!」

 

 

そう言って、自分の膝の上にちょこんと乗っかる。

 

 

「ハハ…嬉しいこと言って」

 

 

ふと、小吉は周りを見渡す。

 

バスの中の乗客が、全員白い目でこちらを見てるのだ。小吉の状況を第三者視点で分析しよう。

 

 

クーガは後ろ髪を結わえ、中性的な顔をしていることもあってか普通にポニーテールの女の子に見える。その幼女に見えなくもないクーガを、膝の上に乗せてる。

 

 

次に、その幼女もどきが自分のことを『パパ』や『お父さん』と呼ばず、尚且つ『大好き』などと言ってるのだ。仮に『パパ』だとしても、『危ない方のパパ』として認識されているだろう。

 

 

「……降りるぞクーガ」

 

 

「でもあとみっつ先のバス停が一番近いって」

 

 

「事情が180度変わったんだよ!肩車するから!ネ!」

 

 

「わーい!!」

 

 

小吉は某名人よろしくにバスの降車ボタンを16回連打すると近場のバス停でいそいそと降りる。降りる時の乗客の白い目が彼にとって堪らなく痛かった。

 

 

「小吉さん、なんで泣いてるの?」

 

 

クーガは首を傾け、目を伏せて泣いている小吉に問いかける。

 

 

「………今の世の中は歪んでると思ってよ……いやクーガこの場面は写真に撮るべきじゃないと小吉さんは思うぞ!」

 

 

小吉が二分ぐらいして泣き止むと、フゥと息を吐いた後にクーガを持ち上げ、肩車をしてやる。

 

 

一気に広がった周囲の世界に、クーガは心底感動したような声をあげる。

 

 

「よし、行くか!!」

 

 

「うん!!」

 

 

のどかな田舎道を、ひたすらに進んでいく。

 

 

桜が、遥か先で咲いてるのが見えた。

 

 

「………ねぇ小吉さん」

 

 

「んー?」

 

 

「これから行く所って、『バグズ二号』の仲間の人達のお墓なんだよね?」

 

 

 

『バグズ二号』搭乗員。

 

 

クーガの父〝ゴッド・リー〟やミッシェルの父〝ドナテロ・K・デイヴス〟、そして小吉の〝愛する者〟や〝親友〟、そして仲間達が眠る場所。

 

 

遺体こそないものの、せめて魂だけはそこに眠っていると、小吉は信じていた。

 

 

「ああそうだ。桜がたくさん咲いてて綺麗な所だぞ」

 

 

「小吉さん以外の人ってみんな死んじゃったの?」

 

 

「………いや。正確に言うとさ、もう一人だけ生き残ったんだ」

 

 

「…前に言ってた〝ティン〟さんは死んじゃったんだよね?」

 

 

だとすると、一体誰なんだろうか。

 

 

どんな虫の能力を持ってるのだろうか。

 

 

クーガの頭の中は疑問符でいっぱいだった。

 

 

「蛭間一郎。クーガも名前ぐらい見たことあるだろ?」

 

 

「知ってる!新聞に出てたよ!!」

 

 

蛭間一郎。若くして優秀な手腕を持つ政治家として、今日本国内で注目を集めている。

 

 

「あいつだよ。あいつが『バグズ二号』の二人目の生き残りだ」

 

 

「ええ!?」

 

 

『バグズ二号』には、主に金銭に困った人間が乗り込んだと聞いた。

 

 

今政治家をやっているような人間が、当時は貧しかったなんて、こどものクーガからしてみれば軽くカルチャーショックである。

 

 

「ど、どんな虫の能力を持ってるの?」

 

 

クーガは、目を輝かせて尋ねる。

 

 

小吉のような筋骨隆々な訳ではなく、あれだけ太っている人物が何故生き残れたのか。

 

 

きっと、よほど強い『特性(ベース)』を持ってるに違いない。

 

 

「『蚊』だよ」

 

 

「カー?車の能力なの?」

 

 

「蚊だよ!蚊!車の能力ってどこのトランスフォーマーだ!」

 

 

クーガはキョトンとする。

 

 

蚊と言えば、ミッシェルが殺虫剤二刀流で『大虐殺』を行っていた、刺されても痒くなる程度の貧弱な虫だ。

 

 

それが、小吉と共に生き残った虫の能力。

 

 

釈然としない。

 

 

「弱そう………」

 

 

「ああ。事実弱かったよ。その『虫自体』は弱かったけど、『あいつ』自身が強かったんだろうな」

 

 

「え?でも…あの人太ってるよね?体重は100を越してるって…」

 

 

「ああ。あれ全部筋肉だぞ」

 

 

「えええええええ!!」

 

 

クーガ・リー、本日二回目のカルチャーショックである。

 

 

太ってるように見えるだけで、あれが全部筋肉だとは。

 

 

「因みによ、あいつの能力ベースは弱いけど…『死なない虫』だってのは知ってるか?」

 

 

「死なないの!?」

 

 

クーガ・リー、本日三回目のカルチャーショック。

 

 

蛭間一郎という人物は、どれだけアメイジングなのだろうか。

 

 

 

「ああ。そういう意味じゃかなり強い能力だな」

 

 

驚かされてばかりである。

 

 

「…………でも、それだけでよく帰ってこれたね」

 

 

クーガは知っている。

 

 

小吉から聞かされた火星のゴキブリ、テラフォーマーの恐さを。彼らは知能が並外れて高い。

 

 

例え死なない能力があったとしても『捕縛』され『実験材料』にされるなど、生きながらにして地獄を味わう羽目になってなっていたかもしれないのである。

 

 

「何で帰ってこれたと思う?」

 

 

「え?」

 

 

クーガは回答に迷う。

 

 

並外れた筋力と、死なない能力。

 

 

その二つがあっても、自分には帰ってこられる自信はない。

 

 

 

「ら、らっきーだった?」

 

 

「はは。あんな計画に巻き込まれた時点でアンラッキーだ」

 

 

「……う、う~ん」

 

 

「『生きようとする意思』」

 

 

小吉は答える。

 

 

「それがあいつにはあった」

 

 

人類の最高頭脳にして『バグズ2号計画』の責任者である『アレクサンドル グスタフ ニュートン』はこう言った。

 

 

 

──────たとえ虫けらの様に

 

 

 

「…意思?」

 

 

 

──────利用されるだけの人生でも

 

 

 

「そうだ。オレ達にはあって、あいつらには無い武器」

 

 

 

──────人には意思があるという事か

 

 

 

「人間の、最大の武器だ」

 

 

 

 

 

──────────────────

 

────────

 

 

 

「オラアア!避けてばっかりじゃ勝てねぇぞオオ!!」

 

 

暴力的な連撃が、クーガを襲い続ける。

 

 

小吉との思い出にふけっている場合ではない。そんな風に必死に回避を続けるクーガの耳に、とある言葉が飛びこんできた。

 

 

「『殺してみろ』やクソガキがアアアアアア!!」

 

 

「……………今、お前何て言った?」

 

 

クーガは全力で跳躍し、天井のシャンデリアへと飛び移った後に、相手に先程何と言ったか尋ねた。

 

 

「テメェ!!逃げてんじゃねぇぞ!!」

 

 

「さっさと下に降りてきて闘え!!」

 

 

彼と対話するには手下のガヤが五月蝿かった。そろそろ退場して貰うことにする。

 

 

クーガは腕から生えた大顎でシャンデリアの鎖を横一閃に引き裂いた。すると、

 

 

「えっ……」

 

 

「あっ」

 

 

巨大なシャンデリアは落下して、残った僅かな部下達を悲鳴を上げる間もなく全滅させた。

 

 

「テメェエエエ!!よくも信者達をオオオオオオオオ!!」

 

 

「いいからさっき何て言ったか言ってみろ」

 

 

クーガはもう一度問い掛ける。

 

 

きちんと、確認しておきたい。

 

 

「あ?『殺してみろ』って」

 

 

「もう一度」

 

 

「『殺してみろ』」

 

 

「すまん。もう一回だけ頼む」

 

 

繰り返されるクーガの問答に、ケネスはついに堪忍袋の尾を切らす。

 

 

「ぶっ殺してみろっつってんだよクソガキがアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 見 つ け た 」

 

 

クーガがポツリと呟いた。

 

 

相手には『生きる意思』がない。

 

 

人間唯一の武器である『意思』がない。

 

 

従って『人間』ではないも同然。

 

 

かといって、相手は『ネムリユスリカ』でもない。

 

 

『ネムリユスリカ』ですらない。

 

 

これらの事実から結びつく答えはただ一つ。

 

 

『ケネス・N・アイゴネス』は『クーガ・リー』に答えを与えてしまった。

 

 

『ネムリユスリカ』は『オオエンマハンミョウ』に弱点を悟られてしまった。

 

 

ゆらり、ゆらりとクーガ・リーは歩み寄る。

 

 

その背後には、クーガに秘められた得体の知れない恐怖が作り出したのか、こちらを静かに見つめる巨大なオオエンマハンミョウの幻覚がケネスの瞳には映った。

 

 

しかしその巨大な捕食者は特に威嚇音も立てずに、静かにケネスを見つめるだけだった。まるで獲物を品定めするかのように。

 

 

「な……なんだ。どうせハッタリだろうがアア!!」

 

 

しかし、クーガ・リーは止まらない。そんな彼は後ろ手に何かを構えていた。

 

 

「ナ、ナイフか!!私にナイフなんて効くはずねぇだろうがアア!!」

 

 

クーガ・リーは無言で歩み寄る。

 

 

「ウガアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

全力で、ケネスは真っ直ぐに拳を放つ。

 

 

クーガはそれを屈んで回避すると、首筋に何かを突き刺す。

 

 

「だから効かないって言ってんだろうがこのクズがアアアアアアアア!!さっさと女の場所吐けよこっちから出向いてやっからよオオオオオオオオ!!ギャッーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ………あ?」

 

 

 

 

 

よく見るとナイフ、ではない。

 

 

『薬』。自分たちが『特性』を使う為の、『薬』。

 

 

クーガが持ち込んだ三本のうちの、二本目。

 

 

それを、首筋に刺した。

 

 

一瞬、何が起こったのかわからなかったが、その答えはすぐに自分の体が教えてくれた。

 

 

痙攣。吐血。肉体への負担の倍増。

 

 

拒絶している。

 

 

自らの『人間』の身体が、『ネムリユスリカ』の遺伝子を。

 

 

 

────────『バグズ手術』並びに『MO手術』は、共存できない筈の他の生物の組織を、人体が拒絶するのを防ぐ技術である。

 

 

 

────────更に注射することにより、そのバランスを崩して自らのベースとなったその生物に近付くことが可能となっている。

 

 

 

────────しかし、注射の効果が長く続きすぎた場合。過剰に接種しすぎた場合。

 

 

 

────────人間の体が持つ免疫によりショックを起こし

 

 

 

 

 

 

『死』に、至る。

 

 

 

 

「嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」

 

 

自分が死ぬ?

 

 

「死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」

 

 

不死の能力を持つ筈の自分の体が、死ぬ?

 

 

「やめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さいやめて下さい」

 

 

そんな馬鹿な。

 

 

人間を越えて神になったと思っていたのに。

 

 

クーガが、持ち込んだ三本のうち最後の一本を取り出す。

 

 

あれを打たれたら、確実に自分は『死ぬ』。

 

 

「お前は…こうやって嫌がる相手を」

 

 

一歩、歩み寄ってくる。

 

 

「殴って」

 

 

また一歩。

 

 

「犯して」

 

 

また一歩。

 

 

「殺したんだろう」

 

 

まるで死神だ。

 

 

「なのに…報いを受けないってのは釣り合わねぇよな」

 

 

巨大なオオエンマハンミョウの幻覚は、ダラダラと涎を垂らしてこちらを見ている。

 

 

「本当はここでテメェに『裏切り者』の情報を聞き出すべきなんだろうが」

 

 

クーガ・リーは注射を自分に向ける。

 

 

「オレは人間として許さねぇ。オレの仲間を殺して。何人もの命を奪ったアンタをな。オレも何人もの命を奪ってきた。偽善者だって言って貰っても構わねぇ。けどな…」

 

 

そして、自分の髪を引っ張り、顔を近付ける。

 

 

 

 

 

「アンタを殺す。それがオレの『人間』としての意思だ」

 

 

後ろのオオエンマハンミョウの幻覚が、身震いを起こして活発に動き出す。

 

 

顎を何度も開けたり閉じたりし、自らを補食しようとしている。

 

 

「アアアアアアアアアアア!!神よ!!どうか!!どうか私を!!お助け下さい!!もう二度と貴方と同格になったなどと盲信したりはしません!!それ故どうか!!どうか私めにお慈悲を下さいイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」

 

 

十字架を取り出すと、必死にケネスは祈りを捧げていた。

 

 

それをクーガは蹴り跳ばす。

 

 

ケネスは、呆然とした顔でクーガを見上げる。

 

 

「祈っても無駄だ」

 

 

ケネスの首筋に、注射針を当てる。

 

 

 

 

 

「アンタの十字架は誰かの『涙』と『血』でとっくに錆びてる」

 

 

 

 

「やめてええええええええええええええええ!!」

 

 

 

ブスリ。

 

 

注射針が体内に侵入し、薬品が全身に広がっていく。

 

 

徐々に。徐々に。

 

 

ケネス・N・アイゴネスの身体は、ネムリユスリカの幼虫のものとなっていく。

 

 

殺せないのであれば、バランスを崩せばいい。

 

 

人間とネムリユスリカの。

 

 

それが、死に繋がるのだから。

 

 

「おっと…こりゃエヴァとかが見たら失禁レベルだな」

 

 

見るに耐えない。

 

 

ベースになった昆虫が昆虫だけに、かなりグロテスクな姿へと変貌していく。

 

 

 

「キュイイイイイイイイ!!」

 

 

最後に、断末魔を上げながら『巨大なネムリユスリカ』となったケネス・N・アイゴネスは動かなくなる。

 

 

巨大な『ネムリユスリカの死体』など、さぞかしU-NASAの連中に喜ばれるであろう。

 

 

 

「あ…そうだ。ロッカーに入れといてやろうか」

 

 

そんなことをしたらパニックもんの騒ぎになるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

【ネムリユスリカは、死ぬ】

 

 

 

 

 

 

──────────────

 

────────

 

 

処理班のチームが現場に到着し、クーガはベンチで毛布を被りながらココアを飲んでいた。

 

 

「…なんか事件の被害者みてーだな」

 

 

自嘲気味に自らの状況を分析していると、後ろから拳骨が飛んでくる。

 

 

後ろを振り向くと、阿修羅を生易しく感じる程の威圧感を発している七星が立っていた。

 

 

「………ど、どうも七星さん。へへ………」

 

 

「『裏切り者』の情報を引き出さずに相手の 親玉を殺したと聞いたが」

 

 

「ごめんなさい!!カッとなってつい!!反省はしているだが後悔はしてない!!」

 

 

「犯行動機のように言うな。…まぁ、トミーとジェシカの死体におかしな傷痕が残っていた。それの解析を進めれば何れは特定できるだろうが」

 

 

七星とクーガは、運ばれていく二人の遺体を見送る。

 

 

本当に、幸せそうだ。

 

 

「…あのさ、七星さん」

 

 

二人の遺体を見ながら、クーガが口を開く。

 

 

「…なんだ」

 

 

「毒の解析が終わったら、あの二人どこか静かな所に埋めてやってくれないか。映画とかでよくある海の景色が綺麗な岬とかさ」

 

 

二人に、約束した。

 

 

事件が終わったら、墓に埋めると。

 

 

「どうせ事件が終わった後も『今後の研究の為』とかいう体のいい理由で実験材料にされるに決まってる。だからさ、アンタの力でどうにかできねぇか」

 

 

七星は、顎に手を当てて暫くした後に。

 

 

「…………わかった。話はつけておこう」

 

 

それに、と付け加える。

 

 

「あんな珍しい土産もあるし交渉は簡単だろう」

 

 

巨大な『ネムリユスリカの死体』を見て、七星は呟いた。

 

 

 

 

────────────────

 

────────

 

 

数時間後、クーガはテラフォーマー生態研究所第四支部に帰宅した。

 

 

U-NASA職員の送迎車から降りた後、クーガはくたびれた様子で研究所を眺める。

 

 

 

────────…かかか、帰ってきたら、た、ただいまのチューもしてあげ

 

 

 

唯香の言葉を思い出した途端に、クーガの顔を赤く染める。

 

 

そして、期待に胸を小躍りさせる。

 

 

「……………ん?」

 

 

ふと、黒いスポーツカーが止まっていることに気付く。

 

 

中には、見慣れない女性が。

 

 

こちらを見ると、ゆっくりと降りてくる。

 

 

顔付きからしてアジア系だ。

 

 

黒髪のサラリとしたロングヘアーで、服装は金色の龍の刺繍がついた青いチャイナドレス。

 

 

国籍は中国だろうか。

 

 

よく見ると、胸元が開いている。クーガはつい胸元を注視する。

 

 

唯香程でないにしろ、結構〝ある〟。

 

 

「いやオレどこ見てんだ馬鹿!!」

 

 

クーガは自分の頭を叩き、再び女性を注視する。

 

 

改めて見ると、顔付きからしてやはり美人である。唯香が『可愛い』と言うなら、この女性は『美しい』と言えるだろう。

 

 

「君がクーガ・リー君かしら?」

 

 

そう言うと、クーガの顔にそっと手を当てる。

 

「うひゃあ!!」

 

 

情けない声を上げて、クーガは後ろに飛び退く。

 

 

童貞には刺激が強すぎんだよ!!

 

 

とツッコむことすら出来ない。

 

 

「かわいいわね。アズサ達から聞いてた通りだわ」

 

 

女性はクスクスと、悪戯気味に笑う。

 

 

「へ?ア、アズサとレナの知り合いか?」

 

 

「ええ。私は彼女達の『サポーター』」

 

 

女性は、自らの名刺を差し出す。

 

 

テラフォーマー生態研究所第一支部長という肩書きの下部に、当然名前も記載されている。

 

 

しかし、どう読んでいいのかわからない。

 

 

やはり案の定、中国人のようではあるようだが。

 

 

  

「 (チョウ) 花琳(ファウリン) 」

 

 

「ふぁ、 花琳(ファウリン)さん?」

 

 

「花琳でいいわよ。クーガ君」

 

 

こちらに向かって艶やかな笑みを浮かべる。

 

 

クーガはつい照れて顔を背けてしまう。

 

 

この手の大人の女性には慣れてない。

 

 

「え、えーと…花琳は中に入らないのか?」

 

 

「 ええ。大人数で騒ぐの苦手なの」

 

 

すると、 花琳はクーガの手をそっと掴む。

 

 

そして、片方のスリットから露出した自らの太股に手を這わせる。

 

 

「それよりも、二人きりでいいことしない?」

 

 

まるで蛇のように、スルスルと右腕をクーガの首の後ろに絡ませ、身体を密着させる。

 

 

そして、身体を密着させる。

 

 

 

 

 

 

「ごめん」

 

 

クーガは 花琳の身体を軽く押し退けると、 相手の両肩に手を置く。

 

 

「好きな人が待ってる」

 

 

それだけ告げて、クーガは玄関へと足を運ぼうとする。

 

 

かと思えば、途中で足を止めて振り返る。

 

 

「お節介かもしれねーけどよ、あんまりオレみたいなシャイボーイからなうなよ。アンタみたいないい女に誘惑されたら理性が持たねーよ」

 

 

そう言った後、玄関に吸い込まれていくクーガを見送る。

 

 

花琳はクスリと笑うと、そっと口を開く。

 

 

 

 

 

 

「優しい男ね」

 

 

しかし。

 

 

「それが貴方の弱さ」

 

 

そして。

 

 

「人間という生き物の脆弱さ」

 

 

何より。

 

 

「…それが、いつか貴方を必ず殺す」

 

 

 

 

 

──────────────────

 

───────────

 

 

 

「た、ただいま!!」

 

 

クーガが大きな声で帰りを告げても、誰も出迎えに来ない。

 

 

お帰りのキスとやらを、少し期待していたのだが。

 

 

「…あれ?あいつら(・ ・ ・ ・)も来てんのか」

 

 

アズサとレナのものであろう靴も置いてある。

 

 

恐る恐る居間に入っていくと、

 

 

「な、なんだよこのポジショニング!?」

 

 

ソファーの中心には、真っ赤にした顔を必死に隠そうと手で顔を覆う唯香。

 

 

そのサイドには、ドヤ顔で腕を組むアズサとレナ。

 

 

そして、ハゲゴキさんがボイスレコーダーらしきもののスイッチに指を置いており、ゴキちゃんはあぐらをかいてこちらを見てる。

 

 

「ハゲゴキ!いいですわよ!スイッチを押しなさいな!!」

 

 

「じぎぎ!!」

 

 

コクリと頷くと、ハゲゴキさんはボイスレコーダーに録音された音声を再生する。

 

 

すると、任務出発の朝のこっぱずかしい会話がまるごと録音されていた。

 

 

それが、つらつらとこの空間にて再生され終わる。

 

 

「こ、こ、こ、この野郎!!」

 

 

真っ赤になって、ぷるぷると指を震わせながらハゲゴキさんをクーガは指差す。

 

 

どこまで悪知恵が働くんだ。このゴキブリは。

 

 

唯香が真っ赤になってるのもそのせいか。

 

 

「ごきちゃん。これもってて」

 

 

レナは自らの頭に装着していたカチューシャをカポッと外すと、ゴキちゃんの頭にパイルダーオンする。

 

 

カチューシャを装着したゴキちゃんは相当シュールな絵面であった。

 

 

「てっててーん。ごむ」

 

 

御丁寧にレナは効果音までつけてヘアゴムを取り出すと、自らの髪を後ろで結わえる。どうやら、クーガのつもりらしい。

 

 

「よいしょ、よいしょ」

 

 

対してアズサは、服の中に二つ小玉スイカを入れる。

 

 

その後、ボブカットのかつらを被る。

 

 

もしかして此方は唯香のつもりだろうか。

 

 

「ぐへへ。ゆいかさんいいからだしてるぜー」

 

 

「アン☆クーガ君が帰ってきたら好きなだけ触らせてあげますわ!」

 

 

 

突如開幕するアズサとレナ劇場。

 

 

 

「おらー。いってきますのちゅーしろー」

 

 

「ちゅー!ですわ!!」

 

 

「ぐっへっへっへっへっ」

 

 

 

見たところ先ほど録音されていた会話内容を再現したものらしい。もっともかなり尾ひれをつけているが。

 

 

 

「か、帰ってきたらおかえりのちゅーもしてあげましてよ?」

 

 

 

「ほんとーだな。よーし。くーが、がんばる」

 

 

 

「こんなミニコントやる為に遠路はるばる御苦労さん!!」

 

 

 

二人が繰り広げる小芝居に耐えきれず、クーガは思わず叫んだ。こんなもの新手の公開処刑である。

 

 

 

「そしてその〝しゅやく〟がかえってきました」

 

 

「さぁ!存分になさい!!お帰りのチューとやらを!!」

 

 

「やめて!やめて!!」

 

 

たまらず唯香が顔を真っ赤にしてアズサとレナにピョンピョンと跳び跳ねて止めに入る。

 

 

 

「きーす」

 

 

「キース!!」

 

 

「じーぎ!!」

 

 

「じょーじ」

 

 

そして唐突に始まるキスコール。

 

 

ハゲゴキさんはともかく比較的真面目なゴキちゃんまでもが参加していた。

 

 

「やめろって!マジで!!」

 

 

「往生際が悪いですわ!さ、一発ドカンとかましなさいな!」

 

 

「もし仮にするとしても何でお前らの前でしなきゃなんねーんだよ!」

 

 

「こーきしん」

 

 

「そんなフロンティア精神捨てちまえ!!」

 

 

「ゴキちゃんハゲゴキさんやめて!!二人に掴まれると私捕獲された宇宙人の写真みたいだから!!」

 

 

「じぎぎぎ」

 

 

翻訳『お前がノルなんて珍しいな』

 

 

「じょうじ」

 

 

翻訳『たまには空気を読むことも大切だ』

 

 

「えっ!いや!クーガ君避けて!!」

 

 

「無理!レナが軍隊仕込みの拘束術かけてるから無理!」

 

 

「キャアアアアアア!!」

 

 

「うわああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

─────────

 

 

 

あの後、アズサとレナは直ぐに帰宅した。

 

 

仲間の大勢を失い、塞ぎこんでいたのは二人も同じだったようで、クーガ達を励ましにきたらしい。

 

 

「……………いや他にもやり方あったよな?」

 

 

しかし、嬉しいことには嬉しかった。

 

 

また頬っぺたとはいえ、『お帰りのチュー』が実現するとも思っていなかったし。

 

 

あの後、恥ずかしくて唯香さんと顔も合わせられないが。

 

 

こんな日常的な幸せを噛み締めることができたのも、あの夢に出てきた男のおかげだろうか。

 

 

あの男からの言葉がなかったら、自分は臆病になり、あの任務を達成できなかったかもしれない。

 

 

「……………そういえば」

 

 

あの男にはアゴヒゲが生えていたことをクーガは思い出す。いつもシルエットすらも見えないのに、あの時だけは見えた。

 

 

見覚えがある気がする。

 

 

机の引き出しから、小吉から貰った集合写真を取り出す。

 

 

『バグズ2号』のメンバーの集合写真だ。

 

 

目的の人物は、直ぐに見つかる。

 

 

こちらから見て左端の方で、唯一横を向いて撮影されているのだ。

 

 

「ちょっと悪ぶりたい年頃の中学生か」

 

 

その人物を見て、思わず噴き出してしまう。

 

 

そして、よく注視する。

 

 

「………やっぱ生えてんのか、アゴヒゲ」

 

 

ハァと溜め息をつくと、写真を閉めてバタンと引き出しを閉じる。

 

 

ベッドに寝転ぶと、天井を見上げて誰が聞く訳でもなく、呟く。

 

 

「礼は言わねーからな。オレはアンタのせいで今まで散々酷い目にもあってきたし」

 

 

ただ。

 

 

「…………今回だけは礼を言ってやってもいい。ただしもう二度と夢の中に出てくるんじゃねーぞ」

 

 

 

     

───────── 親 父(ゴッド・リー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 








くぅ~www疲れ(ry


ネムリユスリカって物理でも案外死なないんですよね。


2chのまとめの会話の中とかでは踏めば死ぬって言われてますけど、実際に海外での実験を翻訳したサイトとかだと頭切断しても蘇生は起こったとか。

書籍によると神経系やられても平気らしいですし。

化け物ですね。

調べるまで知らんかったです。

皆さんコメントたくさんありがとうございました!!

これからもクーガ達を見守ってやって下さい(^-^)

ネムリユスリカは、実は溺れ死ぬことならある←トリビア

(正確に言うと、エタノールに少し水を加えると仮死状態から二度と復活してこなくなる )






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Character① キャラクタープロフィール①    【クーガ・唯香・ハゲゴキさん・ゴキちゃん】


キャラクタープロフィール第1弾
クーガ・リー、桜唯香、ハゲゴキさん、ゴキちゃん


◆このページのイラスト一覧

86さん
・『クーガ・リー』

膝丸燈さん
・『クーガ・リー』
・『桜 唯香』

七ころさん
・『クーガ・リー』

美砂さん
・『クーガ・リー』






 

 

▽キャラクター①

 

【クーガ・リー】♂

 

□イスラエル×日本 20歳 185cm 75kg

 

□『アース・ランキング』 1位

 

□手術ベース:オオエンマハンミョウ

      ミイデラゴミムシ(生まれつき)

 

□好きな動物:くま

 

□好きな食べ物:おでん

 

□嫌いな食べ物:唯香の作った梅干し

 

□好きなもの:有意義な戦闘、唯香と過ごす時間

 

□嫌いなもの:無意味な戦争、父親、アダルトサイトの深夜特有の回線の遅さ

 

□瞳の色:黒

 

□血液型:A型

 

□誕生日:9月2日(乙女座)

 

□趣味:散歩

 

□『バグズ2号』搭乗員、ゴッド・リーの忘れ形見。幼い頃に両親を亡くした後、燈がいた施設に身を置く予定だったが、その寸前に父親が所属していた武装組織の知り合いに引き取られることになる。しかし、別の組織の人間に誘拐され、来る日も来る日も無意味に命を奪い続けることになる。

 

その後、小吉とアドルフに救出され、U-NASAに在籍する経緯でミッシェルとも知り合い、3人によくなつくようになる。ツッコミ役を強いられているがその実 、密かにムッツリスケベであることも知られている。

 

 

作・86さん

『デフォルメ・クーガ』

 

【挿絵表示】

 

 

作・膝丸燈さん

『えんぴつ・クーガ』

 

【挿絵表示】

 

 

作・七ころさん

『誕生日記念』

 

【挿絵表示】

 

 

作・美砂さん

『赤ん坊(オリキャラ)とクーガ』

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

▽キャラクター②

 

【桜 唯香】♀

 

□日本 25歳 149cm 43kg

 

□好きな動物:ハムスター

 

□好きな食べ物:栄養価の高いもの

 

□嫌いな食べ物:特になし

 

□好きなもの:生物のドキュメンタリー映像

 

□嫌いなもの:店員に偉そうな顔をする男性

 

□瞳の色:茶色

 

□血液型:O型

 

□誕生日:1月22日(水瓶座)

 

□趣味:体重管理

 

□テラフォーマー生態研究所、第4支部の主任。22歳にして生物学の博士号を取得した、 生物学のスペシャリスト。その才能の非凡さから、第4支部の主任に抜擢される。

 

童顔。一見おっとりしているように見えるが、かなりのしっかり者。クーガに『歳上しっかり者系ロリ巨乳が好き』という難儀なフェチを植え付けた最大の戦犯。18歳の頃、初めて出会ったクーガ(13)を女の子と勘違いし、一緒にお風呂に入った後で男と判明したことが黒歴史。Hカップ。

 

 

 

作・膝丸燈さん

『えんぴつ唯香さん』

 

【挿絵表示】

 

 

作・美砂さん

『イメチェン唯香さん』

 

【挿絵表示】

 

 

作・美砂さん

『イメチェン唯香さん(下書き)』

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

▽キャラクター③

 

【ハゲゴキさん】

 

□地球 じぎぎ じぎぎ じぎ

 

□好きな動物:カイコガ

 

□好きな食べ物:カイコガ、ポテイトチップス

 

□嫌いな食べ物:唯香の作った梅干し

 

□好きなもの:TV

 

□嫌いなもの:バルサン

 

□瞳の色:黒

 

□血液型:昆虫型

 

□誕生日:じ、ぎぎぎぎぎぎ

 

□趣味:人間観察

 

□テラフォーマー上位種、スキンヘッドのテラフォーマーのクローン。廃棄寸前だったところを研究素材として抜擢され、山奥の第4支部で共同生活を送ることになる。

 

人間の文化に毒されているように見えるが、あくまで自らも『人間と和解できるか』という実検を行うスタンスだけは崩していない。しかし、クーガ達との共同生活を楽しんでいるのも事実である。かなり知恵が働くものの、その頭脳がクーガと唯香に対する悪戯以外に使用されたことはない。ホウ酸団子を自ら作って自らトライし、生死の境をさ迷ったことがあるのが黒歴史。

 

 

 

 

▽キャラクター④

 

【ゴキちゃん】

 

□地球 じょう じょう じょじょう

 

□好きな動物:G

 

□好きな食べ物:地球の食べ物、カイコガ

 

□嫌いな食べ物:唯香の作った梅干し

 

□好きなもの:じょう!!

 

□嫌いなもの:ゴキブリホイホイ

 

□瞳の色:黒

 

□血液型:じょじょーう

 

□誕生日:じょう

 

□趣味:お昼寝

 

□ハゲゴキさんと共に第4支部で共同生活を送る通常型テラフォーマー。最初、人間と共同生活を送ることに酷く慣れていなかったが、段々と馴染んで現在のように適応する。どんな環境にも適応してこそ『害虫の王』である。

 

ハゲゴキさん比べてかなりおとなしい性格だが、時折悪ノリすることもしばしば。以前、クーガやハゲゴキさんと一緒に唯香が作った梅干しを食べた結果、軽い生物兵器並の酸っぱさを保有していた為に生まれて初めて『恐怖』という感情を覚える。

 

時折、地球の小さな同族とコミュニケーションを取ろうと、試行錯誤を繰り返している。

 

 

 

 

 






他の仲間達のプロフィールはいずれ。
ではまた!


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第十話 BOSS 蛭間一郎




ボス【人物】

boss, Boss

上役、親方、首領など。当該人物に対する呼称・ニックネームとしても使われる。





 

 

 

 

桜唯香の朝は早い。

 

 

AM5:00起床。

 

 

歯を磨いた後にシャワーに入り、髪を乾かした後に着衣。

 

 

朝食の支度をした後、もうすぐ日本の内閣総理大臣がこちらに演説に来るというニュースを見た後、同居人を起こしに行く。

 

 

一階で暮らしている同居人、ゴキちゃんの部屋に入る。

 

 

部屋に入ってみれば、ハンモックに揺られてすやすやと眠っているゴキちゃんの姿が目に入る。

 

 

ベッドも用意しているのだが、どうやらハンモックの方が寝心地はいいらしい。

 

 

「ゴキちゃん起きて。朝ご飯だよ!!」

 

 

「じょう………」

 

 

眠い瞼をこすりながら、ゴキちゃんはリビングへと向かっていく。

 

 

ゴキちゃん起こし終えた後、次はハゲゴキさんの部屋へと向かう。

 

 

部屋に入ると、ハゲゴキさんは既に起きていた。

 

 

寝坊の多いハゲゴキからすれば珍しいことだ。

 

 

「ふえっ!?ハゲゴキさんが起きてる!!」

 

 

「じぎぎぎぎぎ!!」

 

 

ハゲゴキさんは、ドヤ顔で唯香を指さした後、リビングへと向かう。

 

 

やけに今日のハゲゴキさんは規則正しい生活をしているな、と唯香は疑う。

 

 

しかし、気に留めるほどのことではないと判断し、すぐに次の行動へと移る。

 

 

「さてと!次はクーガ君を起こしに行かなきゃ!」

 

 

この時、桜唯香は疑念を捨てるべきではなかった。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

AM7:00。

 

 

早朝から、一台のリムジンが『テラフォーマー生態研究所第四支部』の前で停止する。

 

 

中から降りてくるのは、蛭間七星。

 

 

『地球組』の臨時司令官にして、『アネックス1号計画』副司令官。また、日本航空自衛隊三等空佐でもある。本日は、クーガと唯香に直接任務を依頼しに来た。

 

 

インターホンを押す。

 

 

「…桜博士。蛭間です」

 

 

応答はない。

 

 

「…………クーガ・リー。まだ寝ているのか?」

 

 

それでも返答はない。

 

 

暫くした後に、もう一度インターホンを押そうとすればガチャリとドアが開く。

 

 

「………じょ、じょう」

 

 

『ゴキちゃん』と呼ばれている実験個体である。

 

 

基本的に勝手にドアを開けて、来客の対応をすることは禁止である。

 

 

でなければ、宅配業者が玄関口で気絶してしまう。

 

 

しかし、『この人なら開けてもいいですよシート』に顔を記載された人物のみ、対応を許可されている。ゴキちゃんが手元に持っている、ラミネート加工されたシートがそれである。

 

 

「…………あー……… 」

 

 

蛭間七星は動揺していた。

 

 

この研究所のテラフォーマーの管理体制は耳にしていた。しかし、いざ対面したとなると、どうコミュニケーションを取っていいのかわからない。

 

 

一方、ゴキちゃんも動揺していた。実は、来客の対応など初めてである。ゴキちゃんの脳内では、初めてのお使いのBGMがループしていた。

 

 

「……………クーガ・リーはいるか?知り合いだ」

 

 

「じょ、じょうじょ」

 

 

心なしか、『ど、どうぞ』に聞こえた気がするが気のせいか。

 

 

七星はゴキちゃんに案内されるまま、リビングへと案内される。

 

 

しかし、クーガと唯香の姿は見えない。

 

 

と、思った次の瞬間。

 

 

「ヒアアアアアアアアアアア!!」

 

 

クーガを起こしに行ったはずの唯香の悲鳴だ。

 

 

ゴキちゃんは、テレビを見ているハゲゴキさんを見る。

 

 

知らんぷりしているが、どうせ犯人は彼だろう。

 

 

七星とゴキちゃんは、唯香の安否を確かめる為に二階へと駆け上がる。

 

 

悲鳴が聞こえてきたのは、一番奥のクーガの寝室だ。

 

 

そっと、覗いてみる。

 

 

すると、そこには唯香をベッドに押し倒したクーガの姿が。

 

 

しかも胸に顔を埋めていた。

 

 

「え?え?え?唯香さん?え?」

 

 

押し倒した本人も、事態を把握していない様子だがどういうことか。

 

 

「ゆ、唯香さんこれは違」

 

 

「ヒアアアアアアアアアアア!!」

 

 

「ちょっ、話聞」

 

 

「ヒアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

「本当に違うんだって!!」

 

 

「ヒアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

あんぐりと、その場の状況を見て困惑する七星とゴキちゃん。

 

 

仮にクーガの言う通り誤解だったとしても、さっさと手を避けなければ誤解が解けないのは明白である。事実、唯香の『ヒアアアアアア警報』は鳴り続いている。

 

 

そして、七星とゴキちゃんの二人も。

 

 

「……………じょ、じょうじ」

 

 

「そ、そうだな。確かに情事だ」

 

 

※情事[じょうじ]意味…男女の肉体関係。いろごと。

 

 

「違う!!オレはやってない!!ハメられたんだって!!」

 

 

「ヒアアアアアアアアア!!」

 

 

どう見ても〝ハメ〟られたではなく、〝ハメ〟ようとしてる側にしか見えないクーガの弁解は、唯香から引き離して小一時間にも及んだ。

 

 

 

 

 

──────────────────

 

──────────

 

 

「…で、実際の犯行動機はなんなんだ」

 

 

「ヤバイと思ったが性欲を押さえきれなかったって違うわ!!だ~か~ら!!『毎朝ハゲゴキさんがいきなり早起きしだして、ゴマフアザラシのぬいぐるみをオレのベッドの横に置いたり顔に押しつけたりしてたの!!そんで、今日も南極からゴマフアザラシが攻めてきたと思ってこっちから攻めにいったの!!そんでいざ目を開けたら唯香さんだったの!!Do you understand!?』」

 

 

かなり苦しいし無茶苦茶だが、事実なのだろう。

 

 

やけに馬鹿正直なクーガのことだ。

 

 

嘘はつけまい。

 

 

「ももももういいよ!!大声出しちゃったのは私だし!!」

 

 

唯香は優しすぎる気もするが。

 

 

「…まぁいい。本題に入る。今日は任務の依頼にきた」

 

 

「来るタイミング悪すぎだろ…で、どんな内容だよ?」

 

 

「日本国内閣総理大臣の護衛だ」

 

 

「ふえっ!?」

 

 

あまりにもエキセントリックすぎる任務内容に驚かざるを得ない。

 

 

内閣総理大臣の護衛など、映画の中でこそよく目にするものの、実際に依頼されるなんて夢にも思わなかった。

 

 

「……わざわざオレ達に任務が回ってきたってことは、『バグズ手術』を受けた死刑囚が関係してるってことか?」

 

 

「ご名答だ。脅迫状が届いた。NY(ニューヨーク)で演説する予定の内閣総理大臣を『殺す』という内容のな」

 

 

脅迫状を机の上に叩きつける、七星。

 

 

『身内』が脅されれば、気が立つのも当たり前だろう。

 

 

「そして今回の任務だが…他のメンバーと合同で行って貰いたい」

 

 

「合同?アズサちゃんとレナちゃんですか?」

 

 

「いや。あの二人には別件を当たって貰っている。組んで貰うことになるのは…この男だ」

 

 

七星は、懐から取り出した顔写真を机上に置く。

 

 

「………こいつは」

 

 

「ユーリ・レヴァテイン。『第四位』だ」

 

 

病的とも言えるほどに、白く、美しい肌。

 

 

銀色の長髪に、人形のように整った顔立ち。

 

 

どこぞのファッションモデルでもやっていそうだ。

 

 

レナの話だと、かなり優秀なロシアのスナイパーらしいが。

 

 

「…本当は『アースランキング第五位』の帝恐哉と任務を担当して欲しかったんだが…いかんせんお前とあの男はあまり良好な関係とは言えない。トラブルでも起こされたら困るからな」

 

 

帝恐哉。『集会』を開いたあの日にクーガと揉めかけドレッドヘアーの男。

 

 

あの男と任務を担当すれば、確実に揉めるだろう。

 

 

内閣総理大臣護衛などという重大任務において、それは喜ばしくない。

 

 

「そしてこの男…ユーリ・レヴァテインだが、『裏切り者(ユダ)』である可能性が最も高いと言える」

 

 

「…どういう、ことですか?」

 

 

唯香が尋ねると、七星は一枚の診断書を取り出す。

 

 

第六位、トミーマコーミックのものだ。

 

 

「胸部を何かに貫かれていた。第四位の『サポーター』も同様にな」

 

 

もしユーリが『裏切り者』だとしたら、最も邪魔なのは何かと言われると、自分を24時間見張っている『サポーター』の存在である。

 

 

「新しい『サポーター』がつくまでの間…奴は自由に立ち回れる。第六位を殺害することも可能だったろう」

 

 

プルプルと、七星の手が震え出す。

 

 

「奴の『特性』もそれが可能な特性だ」

 

 

七星は、突然椅子を立ち上がった後に頭を深々と下げた。

 

 

「おい七星さん!!ふざけんな!!頭上げろよ!!」

 

 

「ロシアとの外交問題で奴を任務から外す訳にはいかなくなった。頼む。クーガ・リー。内閣総理大臣を……『(あんちゃん)』を守ってくれ」

 

 

 

 

 

 

 

───────────────

 

─────────

 

 

二日後。大都会NY(ニューヨーク)、セントラルパークにて、大巨漢の男が、演説を行っていた。

 

 

第502代 日本国 内閣総理大臣 

 

 

「…それ故に、日米のパイプの強化が求められています」

 

 

蛭間一郎。

 

 

二十年前の『バグズ2号』の生き残りにして、不死生物『ネムリユスリカ』の『特性』を持つ男。

 

 

最も、先日の事件にて不死ではないことが証明され、それ故に護衛がつくことになったのだが。

 

 

「以上です。これからも我々(日米)の関係が…友好であらんことを」

 

 

拍手喝采の後に、壇上を降りていく蛭間一郎。

 

 

そこに、ドッとパパラッチ達が囲み取材をしに来る。

 

 

それを制するのが

 

 

「はいはい落ち着いて!!どぉどぉどぉ!!」

 

 

クーガの仕事その一である。

 

 

そして、その傍らには、同業者がもう一人。

 

 

「…どうか冷静に。首相はお疲れです。そこに貴女方のような美しい華に囲まれれば心も落ち着かないでしょう」

 

 

マスコミの女性記者たちを手玉に取っている。

 

 

ユーリ・レヴァテイン。

 

 

七星曰く、裏切り者である可能性が最も高い男。

 

 

パパラッチとマスコミを追い払った後に、一郎と共にリムジンに乗り込む。

 

 

「クーガ君お疲れ!はい麦茶!!」

 

 

唯香(クーガ曰くエンジェル)が出迎えてくれた。

 

 

今回の任務は前回と違って、唯香がいる。

 

 

癒されるという理由よりも、何よりも頼もしい。

 

 

窮地の時は頼りになるだろう。

 

 

「首相もどうぞ!!」

 

 

「…いただいておく」

 

 

コワモテながら、蛭間一郎という人物はあまり悪い性格ではないらしい。

 

 

このような時、大抵偉い人間は『口に合わない』という理由で断りそうなもんだが、きちんと飲み干してくれた。

 

 

「…ユーリさんもどうぞ!」

 

 

唯香はユーリにも麦茶を勧めた。しかし、

 

 

「私は遠慮する。毒でも入っていたら堪らないからな」

 

 

感情が全く伴っていない言葉で、それを拒否した。

 

 

そして、その瞳は氷のように冷たい。

 

 

「……そうですね!こんな状況だから仕方ないですよね!!」

 

 

「ああ。その通りだ。もしかするとお前達が『裏切り者(ユダ)』かもしれないからな」

 

 

その言葉を聞いた途端、クーガは握り拳を震わせフツフツとこみ上げてくる怒りをぐっと堪えた。

 

 

「あの……そ、そう言えばユーリさんのベース生物って!」

 

 

「報告の義務はない。もう私に話し掛けないで頂けるとありがたいな」

 

 

「……おい。それぐらいは答える義務がお前にもあるはずだろ」

 

 

堪え切れなくなり、クーガは車内で立ち上がる。

 

 

「義務?それは何故だ」

 

 

「……今回一緒に任務を行う『仲間』だからだ」

 

 

『仲間』と聞いた途端にユーリはそれを鼻で笑う。

 

 

「そう思っているのはお前達だけだ」

 

 

クーガは堪らず、拳を振り上げる。

 

 

「止めとけ」

 

 

そう言って制したのは、蛭間一郎だった。

 

 

「……俺は任務さえこなせば何も文句は言わない。だが目の前で鬱陶しいやり取りをされれば流石にクレームをつける」

 

 

「…………申し訳ありません」

 

 

ユーリが頭を下げると、クーガも同時に頭を下げる。

 

 

この程度のトラブルであればあっさりと納められるあたり、この人物の手腕がうかがい知れる。

 

 

「運転手。次はこの場所だ。向かってくれ」

 

 

蛭間一郎は、御抱えの運転手に地図を渡すと、一向は次の場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

─────────

 

 

 

 

PM8:00。

 

 

各地区を回って、一向はセントラルパーク付近のホテルへと戻る。

 

 

一日中巡りに巡った為に、ヘトヘトである。

 

 

ホテルに入って休息を取ろうとするが、ユーリだけがホテルの中には入ろうとしない。

 

 

「……何処へ行く?」

 

 

一郎が尋ねる。

 

 

「私には自らのやり方があります。職務を放棄する訳ではないので御安心を」

 

 

一礼すると、ユーリは何処かへと去っていった。

 

 

「…チームプレーって文化がロシアにはねぇのかよ?」

 

 

「私人の悪口言ってる時のクーガ君は嫌い!!」

 

 

分かりやすく、プクッーと頬を膨らませる唯香。

 

 

それを見たクーガは、頬をつつきたい衝動にかられながらも、後ろに顔を背けてこう言葉を漏らす。

 

 

「結婚しよ」

 

 

「…俺はあいつよりもお前の仕事の方が不安だ」

 

 

ボソッと心の本音が漏れたクーガの呟きに、思わず一郎も不安を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

───────────

 

 

一時間後のPM9:00。

 

 

月明かりに照らされて、銀髪を静かに揺らしながら、ユーリ・レヴァテインはとある場所にて待機していた。

 

 

葉巻を吸い、時間を潰す。

 

 

そして、指で鉄砲の形を作る。

 

 

それを、一郎達が滞在してるホテルへと向ける。

 

 

「………狙撃日和だ」

 

 

天上で輝く月を見上げ、ユーリ・レヴァテインは呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

 

────────

 

 

PM10:00

 

 

「本当に!?本当にいいんですか!!」

 

 

「…ああ。構わん」

 

 

「後から小粋なジョークでしたとか言わないよな!?」

 

 

「生憎そんなに性格は歪んでない。食え」

 

 

「「 いっただきまーす!! 」」

 

 

目の前に運ばれてきたジャパニーズ料理、『すき焼き』に腹を減らした二人は飛び付く。

 

 

食材も高級なものばかりだ。

 

 

しかも。

 

 

「で、でも流石にそんなことまでして頂かなくとも…」

 

 

「別に俺だって好きでやってる訳じゃない。昔から兄弟の世話をしてきたからな。つい習慣になってるだけだ。ありがたがられても困る」

 

 

「…ある意味世界で一番贅沢な飯食ってるかもな、オレ達」

 

 

クーガと唯香の分を、一郎はわざわざ取り分けていた。

 

 

運転手や、その他の一般のSPの分についても同様である。

 

 

「まだまだ追加はある。好きなだけ食え」

 

 

「ごちになりまーす!!」

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

─────────

 

 

PM11:00。

 

 

食事の席が終わると、一郎はクーガと唯香以外を別のホテルに退去させた。

 

 

襲撃があった際に巻き込まれるといけないから、だそうだ。

 

 

セントラルパークが見え、果てには屋上のテラスまでついてる。

 

 

二階構造で複数部屋がある超豪華スイートから追い出されるのだから、少し全員ガッカリしていたが。

 

 

「…これって、襲撃されたら結構ヤバくねーか?」

 

 

フロントの従業員と他の宿泊客を巻き込まない為とはいえ、いくらなんでも泊まる場所のチョイスをミスしてしまったのではないだろうか。

 

 

「大丈夫!避難経路とか色々手回ししておいたからね!えっへん!」

 

 

「手回し?」

 

 

そうクーガが尋ねようとしたところで、一郎に対して電話がかかってくる。

 

 

「…すまない。ちょっと失礼する」

 

 

テラスへと上がっていき、電話に応じる。

 

 

「もしもし。…ああ。小吉。お前か」

 

 

「小吉さん!?」

 

 

こどものように無邪気な声を上げたクーガ。

 

 

慌てて口を塞ぐが、もう遅い。

 

 

唯香はキョトーンとした表情で見てるし、一郎もこちらを見ながら電話越しの小吉と何かごにょごにょと言ってる。

 

 

今、宇宙にいる『アネックス1号』のメンバーは、各国の代表とパイプを形成している。

 

 

定時報告、定時連絡が基本となっている。

 

 

暫く話した後に、こちらに電話に使っていた携帯端末を渡す。

 

 

「扱いには気を付けろ。重要な端末だ」

 

 

宇宙の『アネックス1号』と通話しているだけあって、やはり通常の端末とは異なるらひい。

 

 

恐る恐る、電話口に耳を当てる。

 

 

「…も、もしもし」

 

 

 

 

 

 

 

『お!クーガか!!久しぶりだな!!』

 

 

懐かしい声が聞こえる。

 

 

10日前程度なのに、かなり久方ぶりな気がする。

 

 

もう、永遠に声も聞けないかもしれない。

 

 

そんな思いばかりがあった。

 

 

でも、

 

 

『ははぁ~ん!もしかして…俺の声が久しぶりに聞けて感動してんのか?』

 

 

幼い頃の自分を助けてくれた、『英雄(ヒーロー)』の声は確かに聞こえてくる。

 

 

 

 

 

 

 

「全く」

 

 

『そこは嘘でも寂しかったって言っとけ!!そういや聞いたぜ?事件解決したって。流石は俺の弟分って奴だな!………「地球組」が壊滅したことは残念だったな』

 

 

「ああ。でもよ、安心してくれ。アンタ達のケツは絶対に守る」

 

 

『はは。頼もしいな、本当に…』

 

 

電話越しで、小吉の鼻が啜る音が聞こえる。

 

 

クーガの成長を実感し、感動でもしてるのだろうか。

 

 

「…小吉さん。周りに人はいないよな?」

 

 

『ん…ああ。それがどうした?』

 

 

「相談に乗って欲しいことがある」

 

 

クーガは、事情を話す。

 

 

『地球組』の中に『裏切り者』がいること。

 

 

その『裏切り者』かもしれない人物が、今回の任務に同行していること。

 

 

それを、小吉に伝えた。

 

 

『…そいつは難しい問題だな』

 

 

小吉はウーンと唸る。

 

 

そして、

 

 

『難しいこと一切考えなきゃいい』

 

 

「…どういう事だ?」

 

 

デリケートな問題故に、慎重に考えなければいけない問題の筈だ。

 

 

それを、何も考えなければいいというのはどういうことか。

 

 

『クーガはよ、何ていうか…目がいいだろ?』

 

 

幼い頃から戦地を駆け抜けてきたクーガにとって、目は何よりも大事なものだ。

 

 

相手の弱点を見定めたり、筋肉の動きを見て、相手の攻撃を回避したり。

 

 

殺しにしか利用したことはないが、それがどうかしたのだろうか。

 

 

『冷静に客観的な事実を切り取る力はその…それこそお前のベースになった「オオエンマハンミョウ」みてぇに飛び抜けてる』

 

 

だから。

 

 

『内面を変にゴタゴタと予想するな。確実な証拠だけを見つけ出せ。きっとお前ならそれで大丈夫さ』

 

 

「…ありがとよ、小吉さん」

 

 

冷静に、客観的な証拠のみを切り取る。

 

 

それが自分には出来る。

 

 

憧れの『英雄(ヒーロー)』が言ってくれた。

 

 

これ程に嬉しいことはない。

 

 

『ミッシェル達とも代わってやりてぇが…この内線は機密事項の塊なんだ。規則上俺以外の人間と話せない。すまないな』

 

 

「いいさ。『また』会えるんだからな」

 

 

『……そうだな』

 

 

これが、永遠ではない。

 

 

これは、これから何度もある会話のうちの1回である。

 

 

そう信じて、クーガ・リーは。

 

 

一人の『兵士(ソルジャー)』は、通信を終了した。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

───────────

 

 

 

AM12:00。

 

 

深夜に時間が突入した直後。

 

 

一郎は立ち上がる。

 

 

「…………来るぞ」

 

 

一度、裏切った自分にはわかる。

 

 

『裏切り者』が、どのタイミングで攻撃を仕掛けてくるかも。

 

 

一日を越えたという安心感と同時、人気もそれなりに少ない時間帯。

 

 

襲撃を仕掛けてくるなら、今。

 

 

準備は整っていた。

 

 

クーガも戦闘態勢に入っている。

 

 

すると、けたましい程の羽音が徐々に聞こえてくる。

 

 

騒がしい程に摩天楼を谺するその音は、すぐそこから聞こえてきた。

 

 

三人は、テラスに上がる。

 

 

すると、けたましい音の正体が判明する。

 

 

『サクトビバッタ』。

 

 

『バグズ手術』の中でも、かなりの戦闘力を発揮したことで知られている。

 

 

人間大にすると、ビルを飛び越す程に強烈な脚力。

 

 

そして、能力はそれだけに留まらない。

 

 

薬の過剰接種により、『最古の害虫』が目を覚ます。

 

 

体色の黒い『群生相』。

 

 

翅が黒く延長したことにより飛行が可能になる。

 

 

それだけでなく、戦闘力も十五体程度の『テラフォーマー』であれば単独で殲滅できる程に強力なものとなる。

 

 

それが、約十体。

 

 

テラスの上空を、翔び回っていた。

 

 

単純計算で、百五十体の『テラフォーマー』を相手に出来る戦力と真っ正面からやり合わなくてはならないことになる。

 

 

例えそうだろうと闘わなくてはならない。

 

 

クーガは、素早く自らの首に『薬』を注入しようと『した』。

 

 

動きが止まったのは、突然敵の二体がテラスに落下してきたからだ。

 

 

何かが、脳天に突き刺さって死んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

───────────

 

 

 

『アネックス1号』には、ズバ抜けて遠距離に優れているメンバーがいた。

 

 

アレックス・K・スチュワート。

 

 

天上の荒武者(オウギワシ)』の能力を持つ、マーズ・ランキング12位の青年。

 

 

その正確無比な投擲能力から『魔弾の投手』と呼ばれたこともある。

 

 

 

 

 

しかし、『雲の上』以外にも遠距離を征する生物はいた。

 

 

 

例えば、『海の底』。

 

 

 

 

【静かに、ただ静かに】

 

 

潜み。

 

 

【暗さにも馴れた、その眼で】

 

 

捕らえ。

 

 

【一撃で、仕留める】

 

 

一撃必殺(ワンショットキル)

 

 

 

 

 

ユーリ・レヴァテインは、銀色の髪を靡かせる。

 

 

 

エンパイア・ステート・ビルディング。

 

 

 

ニューヨークで最も高いビルの、最も高い場所に立っていた。

 

 

 

変異した右腕を向け、こう呟く。

 

 

 

「高い場所が貴様らのような『襲撃者(バカ)』だけのものだと思わないことだ」

 

 

 

次の獲物に、眼を移す。

 

 

 

「高い場所を好むのは」

 

 

 

変異した右腕から、毒銛を放つ。

 

 

 

「馬鹿と」

 

 

 

一射目。命中。

 

 

 

「煙と」

 

 

 

二射目。必中。

 

 

 

 

 

──────────────狙撃手(スナイパー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーリ・レヴァテイン

 

 

国籍 ロシア

 

 

23歳 ♂

 

 

183cm 70kg

 

 

MO手術〝軟体動物型〟

 

 

 

 

 

──────────アンボイナガイ──────────

 

 

 

 

 

 

『アース・ランキング』四位

 

 

 

 

 

 

 

───────────魔弾の射手(アンボイナガイ)目標視認(ロックオン)

 

 

 

 

 

 








テスト近いから更新遅くなるぜぇ?(確信)


次回、アンボイナガイの生態説明及びバトル回。


皆さんも気を付けて下さいね。


アンボイナガイ、海中の危険生物一位にノミネートされてますので。








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第十一話 SNIPER 狙撃手





黄金まばゆき 鞍置きわたし


駒のひずめの音高し


魂込めし 業物にない


幾年共に 鍛えたる


腕の力 競いてみん


いざや友よ 連れだちて


空は緑 気は澄みて


獲物は山に 野に満てり


ララララ…



~歌劇『魔弾の射手』第三幕 狩人の合唱より引用~





 

 

 

 

アンボイナガイ

 

 

学名『 Killer Cone Snails』『 Cigarette Snail 』

 

 

 

海中にて、最も恐ろしい生物とは何か。

 

 

その疑問を解決すべく、一番危険な生物を調査する企画が行われた。

 

 

結果、一位に選ばれたのは海のギャング『鮫』でもなければ、凶悪な毒針を持つ『エイ』でもない。

 

 

そして、海の王『シャチ』ですらなかった。

 

 

選ばれたのは、小さな貝。

 

 

『イモガイ』と呼ばれる貝の一種。

 

 

その中でもこの『アンボイナガイ』は、群を抜いて凶悪。

 

 

美しい外見と、凶悪な毒。

 

 

その二つの相乗作用により

 

 

【死亡者多数】

 

 

その血清は存在せず、刺されれば

 

 

【生存者少数】

 

 

綺麗だからという理由で腕を伸ばした結果。

 

 

体内の毒が内蔵した弾、『毒銛』が襲いかかる。

 

 

秘められたその毒、人間であれば三十人を殺す毒性。

 

 

これらのことから、『殺人貝』という意味を込めて『 Killer Cone Snails』。

 

 

刺されれば、葉巻を吸っている間にあっさり死んでしまうという意味を込めて『 Cigarette Snail 』の名前が命名された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

ユーリ・レヴァテインは見下ろす。

 

 

全てを、見下ろす。

 

 

彼の上に輝くのは、満月のみ。

 

 

「…三射目、適中」

 

 

そう言い終えた直後、襲撃者の一人はまた一人、頭に何か突き刺さった状態でテラスに落下してくる。

 

 

「四射目、的中」

 

 

また一人。

 

 

「五射目、直撃」

 

 

また一人。

 

 

「六射目、ヒット」

 

 

そしてまた一人。

 

 

「……………七射目、着弾」

 

 

そして、また一人。

 

 

気付けば、十人いた襲撃者は残り三人となっていた。

 

 

「何だ…」

 

 

襲撃者の一人が、ポツリと呟く。

 

 

「何なんだあいつはよぉ……」

 

 

こちらが聞きたいぐらいである。

 

 

クーガはそう内心呟いた。

 

 

狙撃とは、かなり技量のいる技術だ。

 

 

風向きもあれば、当然目標ターゲットも動く。

 

 

それ故に本来、観測手スポッターと呼ばれる相棒が傍らに必要なのである。

 

 

それを、たった一人でやってのけた。

 

 

しかも、

 

 

「………全部脳天に突き刺さってやがる」

 

 

どの死体を見ても、全てが頭に直撃していた。

 

 

『One Shot One Kill』。

 

 

そんな言葉が狙撃手の養成学校で掲げられているらしい。

 

 

そして、自分達は今。

 

 

そんな言葉を体現したかのような男を目撃していた。

 

 

もう少しその戦いぶりを見守りたいところだが、生憎と今はそんな場合ではない。

 

 

自分達には任務がある。

 

 

『兄』を守ると約束した男がいる。

 

 

それを思い出したクーガは意識を取り戻す。

 

 

「…行こう。唯香さん」

 

 

「ふえっ!?」

 

 

クーガが声をかけると、唯香はすっとんきょうな声を上げる。

 

 

どうやら、クーガと同様にユーリの技量に気を奪われていたようである。

 

 

「………避難経路は確保されているんだったな」

 

 

最も、一郎は全く動じていなかったようだが。

 

 

「で、でもユーリさんは…」

 

 

「あいつならきっと大丈夫だ」

 

 

八人目の襲撃者を仕留めたユーリを見て、クーガのその言葉は『きっと』から『絶対』へと変わる。

 

 

「…うん!そうだね!首相!ついてきて下さい!!」

 

 

「言われなくてもついていく。死体の落下を見物する趣味はない」

 

 

クーガ達三人はテラスから降りていく。

 

 

襲撃者と、狙撃手の戦いをその場に残して。

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

──────────

 

 

 

「九射目、十射目。…最早言うまい」

 

 

九人目、十人目の襲撃者がテラスに落下していくのを見守る。

 

 

ただ翔んでくるだけでは自分に撃ち落とされると判断したのか、一度テラスに降り立ってバッタの脚力で跳び移ってこようとした。

 

 

しかし。

 

 

「本来の持ち主の猿真似で私に勝つ?馬鹿を言え」

 

 

ユーリ・レヴァテインは右腕を降ろし、そう呟く。

 

 

「お前達はその男の足元にも及ばない。『虫けら』だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあその虫けらにお前は殺されるんだなぁ!!」

 

 

 

ユーリの首元に、刃物が当てられる。

 

 

しかし、その姿は見えない。

 

 

恐らく、『ニジイロクワガタ』の能力。

 

 

FPSゲームなどで狙撃手(スナイパー)を排除したい時どうすれば良いか。

 

 

その手段の一つとして、近寄ってから白兵戦により排除するという手段が挙げられる。

 

 

スコープ内に集中している狙撃手(スナイパー)は、格好の獲物だ。

 

 

簡単に仕留めることが出来る。

 

 

が、

 

 

「か、か、か、かてぇ!!」

 

 

襲撃者は、ユーリの首元に何度もナイフを突き刺す。

 

 

しかし、ナイフが刺さることはない。

 

 

『アンボイナガイ』の能力。

 

 

脆弱な軟体動物であるが故に、身に付けた貝殻(アーマー)

 

 

『炭酸カルシウム』と『コンキオリン』で形成されたその鎧、極めて強固。

 

 

「見破っていたが…敢えて泳がせておいた」

 

 

これも、『アンボイナガイ』の能力。

 

 

暗闇にも慣れたその眼、極めて敏感。

 

 

「マリア・ビレン」

 

 

ユーリは、右腕を襲撃者のこめかみに当ててそっと呟く。

 

 

「その名前を知っているか?」

 

 

「ししし知らねぇよ!アアアアンタの女か!?」

 

 

「いいや」

 

 

それと同時に、襲撃者のこめかみに向かって毒銛を発射する。

 

 

『アンボイナガイ』の能力の三つ目。

 

 

伸縮自在の筋繊維を用いた、毒銛の発射。

 

 

静かに、凶悪な一撃が突き刺さる。

 

 

祖国(ロシア)の同胞で…その能力の本来の持ち主だ。覚えておけ」

 

 

バタリと倒れた襲撃者を尻目に、ユーリ・レヴァテインは次の獲物へと目をやる。

 

 

「そんなに硬いならよぉ!!突き飛ばしてやりゃいいだけの話じゃねぇか!!」

 

 

恐らくあれは、『蜘蛛糸蚕蛾』の能力。

 

 

強靭な糸を用いてまるでターザンのように、ビルの間を駆け抜けていた。

 

 

「やれやれ…今度はスパイダーマンのお出ましのようだな」

 

 

『アンボイナガイ』の動きは緩慢。

 

 

非常に遅く、素早く動けない。

 

 

しかしユーリはそれを補う為に、オリジナルを編み出していた。

 

 

変異した右腕の、円錐形の貝殻の殻口から、隣のビルに向かって毒銛を発射する。

 

 

先程と異なるのは、その毒銛に『毒腺』に繋がる長細い体内菅と、筋繊維がついていたこと。

 

 

毒銛が、隣のビルに突き刺さる。

 

 

『アンボイナガイ』の毒銛は先端に『返し』と呼ばれる形状になっている 。

 

 

それ故に、一度刺されば簡単には抜けない。

 

 

それを応用した、移動術。

 

 

ゲームでよく耳にする『フックショット』と言えば解りやすいだろうか。

 

 

筋繊維と体内菅を一気に体内に手繰り寄せる。

 

 

しかし、その先にある『毒銛』は抜けず。

 

 

従って、ユーリは瞬く間に隣のビルへと引き寄せられる。

 

 

「なっ!?」

 

 

襲撃者も、呆気に取られていた。

 

 

一瞬で、あれだけ移動を遂げたのだから。

 

 

「………さてさて」

 

 

ユーリは、毒銛と筋繊維を分離させる。

 

 

毒銛は、使い捨てである。

 

 

本人の意思で分離することも可能。

 

 

ユーリはそのまま、まっ逆さまに落下していく。

 

 

そして、右腕を相手へと向ける。

 

 

「………撃ち抜く」

 

 

毒銛を発射する。

 

 

しかし、襲撃者の頬を掠めるだけに留まった。

 

 

「は…ははは!とうとう外しやがったなぁ!!」

 

 

襲撃者は宙を舞いながら、高笑う。

 

 

しかし、その顔は直ぐに青冷める。

 

 

自らの腕から出ていた強靭な糸が出ない。

 

 

そればかりか、身体の自由すらも効かない。

 

 

『アンボイナガイ』の毒は神経毒である。

 

 

初期段階で、麻痺症状が出る。

 

 

掠めただけでも、それは充分。

 

 

 

 

 

 

───────────もし

 

 

 

 

「この…この卑怯もんがあああか!!」

 

 

 

 

──────────この生き物(アンボイナガイ)

 

 

 

 

「……………卑怯?私が?」

 

 

 

 

──────────狙撃手(ユーリ・レヴァテイン)のものとなれば

 

 

 

 

ユーリは、まっ逆さまに落下していく最中にも関わらず胸に手を当てる。

 

 

 

 

─────────その時この生き物(アンボイナガイ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「有り難う。狙撃手(スナイパー)にとってそれは名誉だ」

 

 

 

 

 

 

 

───────外れぬことを約束された『魔弾』となる

 

 

 

 

 

 

「ク゛ソ゛か゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 

全体が麻痺して呂律の回らない声で叫んだ次の瞬間、襲撃者はビルの先に設置されたタワー先端の串刺しになる。

 

 

ユーリはそれを見届けると、懐に入れていた葉巻に火をつける。

 

 

地上まで、まだ時間がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

─────────

 

 

 

クーガ達三人は、セントラルパークから最も近い(ブリッジ)に向かって車を走らせていた。

 

 

『眠らない街』というだけあって、NY(ニューヨーク)の人混みは多い。

 

 

この中で戦闘を続けるのは危険だ。

 

 

唯香の手回しによって、今向かっている橋は閉鎖している。

 

 

通過出来るのは自分達だけ。

 

 

彼処でなら、最悪戦闘を行ってもいい。

 

 

クーガは後部座席の二人を見入る。

 

 

一郎と唯香。

 

 

せめてこの二人だけでも守らなければ。

 

 

そうして再び前に視線を戻した時、フロントガラスに貼りついたユーリの姿が視界を支配した。

 

 

「…スゲー邪魔なんだけど!!」

 

 

「私だって好きで貼りついた訳ではない。ルーフを開けろ。そこから入る」

 

 

「人に物頼む態度じゃねぇ!」

 

 

クーガが仕方なくルーフを開けると、ユーリはそこから車の助手席に体を滑り込ませた。

 

 

「流石にここに『毒銛』を撃ち込むのは危険だと思ってな。途中からターザンのように小刻みに落下衝撃を和らげて降りてきた」

 

 

「何のことだかわからねぇし、クールな姿勢崩してないけども!さっきの光景二度と忘れないからな!!」

 

 

「月が綺麗だ」

 

 

「誤魔化し方下手糞か!!」

 

 

クーガが怒鳴り散らした後、閉鎖された橋の入り口を通過する。

 

 

「襲撃者に関しては上にいる輩は始末した。問題は下にいる連中だな」

 

 

「…下、か」

 

 

「クーガ君!後ろ!」

 

 

唯香の一声でサイドミラーを確認すれば、後ろから三人程の襲撃者が猛スピードで追い掛けてくるのが見える。

 

 

恐らく『メダカハネカクシ』の能力。

 

 

ユーリはルーフから身を乗り出し、直ぐ様変異した右腕を向ける。

 

 

高速で目標は移動し続けているが、ユーリは忽ちそれを仕留めてしまう。

 

 

相変わらず正確無比な腕だ。

 

 

ユーリはあたかもそれを当然であるかのように、助手席へと戻る。

 

 

「ユーリさん…アナタは一体…」

 

 

凄まじい腕であるが故に、疑問を感じざるを得ない。

 

 

どうして、『一人』であるにも関わらずそこまでの腕を持っているのか。

 

 

唯香がそれを尋ねようとした瞬間、車の前に二つの何かが落下してきた後に、車を受け止める。

 

 

『パラポネラ』。

 

 

自分の百倍近い物体を持ち上げることが出来る、『蟻の王』。

 

 

その特性を持つ二人の『襲撃者』が車を受け止め、ひっくり返した。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

──────────

 

 

 

「首相!大丈夫ですか!!」

 

 

「…………ああ。問題ない」

 

 

咄嗟に一郎が庇ったおかげで、唯香は無事だ。

 

 

その一郎も、頭から血を流す程度。

 

 

「ッ……………!!」

 

 

クーガは、肩から血を流しつつ、窓から何とか這い出す。

 

 

割れたガラスが突き刺さるが、そんなもの後から『変異』すれば押し出されるように体外に排出されるだろう。

 

 

ふと横を見れば、頭を打ったらしく、フラフラと足元がおぼつかないユーリがいた。

 

 

しかし、『変異』していたお蔭で幸い怪我はない様子だ。

 

 

立ち上がり、薬を用意して周囲を見渡す。

 

 

閉鎖された入り口・出口を突破してきたであろう、襲撃者達が次々と押し寄せてくる。

 

 

先程の『パラポネラ』に加えて、見覚えのある襲撃者達が勢揃いだ。

 

 

中には、『オケラ』と恐らく『カマキリ』であろう新顔まで加わっている。

 

 

「…………まさかここで軍隊のありったけぶつけて来ようってか?」

 

 

クーガはニヤリとほくそ笑む。

 

 

恐らく、数にして七十人。

 

 

援軍も考えれば数はもっと増えるだろう。

 

 

「唯香さん!下の『水』に飛び込めばなんとかなるか!」

 

 

「駄目!『オケラ』は水中でも動けるの!闇雲に飛び込めばこっちが不利になるだけ!もう少しだけ待って!なんとか事前に手回ししておいたプランでなんとかなりそう!」

 

 

唯香は仕切りに携帯端末を操作している。

 

 

どうやら、時間さえ稼げばなんとかなりそうだ。

 

 

「…ユーリ。協力して時間を稼ぐぞ」

 

 

「私一人だけでいい」

 

 

ユーリはそう言い放ち、淡々と右腕を構える。

 

 

「一人じゃ無理だ!協力するぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 私 一 人 だ け で い い と 言 っ て い る ! ! 」

 

 

ユーリは、クーガ達が見ていた冷めた様子から想像も出来ない程に声を張り上げ、怒る。

 

 

そして、襲撃者達に向かって毒銛を放つ。

 

 

 

 

 

 

 

────────────もう、誰も信じない。

 

 

 

そう誓った、二年前の冬を思い出す。

 

 

 

極寒の地、ロシアにて。

 

 

 

ユーリ・レヴァテインは、狙撃手(スナイパー)として名を馳せていた。

 

 

 

 

 

 

 







ちょっとまた更新が遅くなるかもしれません。


ロシア語のテストの勉強せにゃならん…


助けてユーリ!!


感想頂けたら嬉しいですぞ\(^-^)/


つうか感想欄37も行ってるわい(≧ω≦)ぐふふ


皆さんがオレみたいな野郎の作品を楽しみ?にしてくれてると思うと凄く嬉しいです。


これからも頑張りますね(^-^)


それではまた次回!!


※因みに表紙の制作協力者の所にツイッターでいつもお世話になってる方の名前を入れました!!



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第十二話 TRAST ロシアより毒をこめて





〝小石を投げただけで、世界は形を変える〟






 

 

 

 

ユーリ・レヴァテイン。

 

 

幼少の頃より祖父の狩猟に同行し、非凡なまでの狙撃の才能を発揮する。

 

 

数々の射撃大会で賞を総ナメ。

 

 

並んでゆくトロフィーに比例して、ロシア政府の彼に対する期待は膨らんでいった。

 

 

その結果、数々の審査をパスして狙撃手の養成所に入所。

 

 

その齢、十五歳。

 

 

最年少で養成所に入所し、最短で卒業。

 

 

政府直属の『狙撃手(スナイパー)』として、軍人の間で注目を集める。

 

 

的を外したことはなく、裏の仕事を一手に担う。

 

 

内戦の発生を未然に防いだことなんてこともあった。故に、政府からの信頼は厚い。

 

 

しかし、それだけ才能を光らせれば妬む者を当然いた。

 

 

暗闇の中で光を灯せば、蟲がたかるのは当然なのだから。

 

 

 

 

 

「ユーリ!任務達成祝いに友情のハグだ!!」

 

 

「…やめて頂きませんか。暑苦しいにも程がある」

 

 

「チェー!!」

 

 

熱烈なハグをしたにも関わらず、ユーリに拒まれたこの男の名前はヤーコフ。

 

 

ユーリの『観測手(スポッター)』である。

 

 

観測手(スポッター)』とは、『狙撃手(スナイパー)』とコンビを組んで任務を行う人物のことを指す。

 

 

目標までの距離、風速、周囲の警戒等を一手に担う。

 

 

狙撃手(スナイパー)』の命綱と言ってもいい。

 

 

仮に『観測手(スポッター)』無しで任務を達成できる『狙撃手(スナイパー)』だったとしても、その存在は必須である。傍にいるだけで、心強い。

 

 

針の穴を通すような技術が必要である『狙撃手(スナイパー)』にとって、精神的な安心感は何ものにも変えがたい。

 

 

二人で一人。そんな関係。

 

 

「お前…今二十歳だよな?オレよりも十歳年下だよなぁ!?なのにそんな舐めた口聞いてにその態度はなんだよ!!」

 

 

「三十歳にもなってそのようにはしゃぐ態度こそ…おかしなものだとは思いますが。私からしてみればヤーコフさんは…」

 

 

「…ヤーコフさんは? 」

 

 

「ハイスクールにいる先輩風吹かせて後輩に絡む…陰口叩かれるタイプの人間ですね」

 

 

「例えが生々しい!!チキショウ!!ボルシチをその減らず口に叩き込んでやろうか!!」

 

 

憎まれ口を叩きながらも、ユーリはヤーコフを信頼していた。

 

 

実の兄のように尊敬もしているし、何より狙撃に関する技術も指導してくれる。

 

 

観測手(スポッター)』は、基本的に『狙撃手(スナイパー)』の経験がある者がその役割を担う。

 

 

ヤーコフはベテランであり、実戦の中でしか学べないことを教授してくれた。

 

 

頼もしいことこの上ない。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

──────────

 

 

 

「…………犯罪組織の幹部…ですか」

 

 

「そうだ。グレーゾーンで治安を引っ掻き回してる。秘密裏に処理したいらしいぜ」

 

 

車内でヤーコフから手渡された資料に目を通す。

 

 

どうやら、また汚れ仕事を任されたようだ。

 

 

法で裁けない悪党を始末するのも、しょっちゅうである。

 

 

暗殺したところで、犯罪者同士のトラブルだとしか思われないだろう。

 

 

暫くして、目的地に到着する。

 

 

着いた地は、ビル街。

 

 

ユーリとヤーコフは素早く隠密行動の『5つのSの法則』を実行する。

 

 

Shape(形)・Shadow(物陰)・Shilhouette(輪郭)・Shine(輝き)・Spacing(位置取り)。

 

 

都会に溶け込む為に、敢えてありふれたルーズな服装を。

 

 

色彩はブラック。

 

 

時刻は夜。

 

 

スコープの光反射による位置の特定を防ぐ為に、目標の通過点からかなり離れたビルの屋上を狙撃スポットに指定。

 

 

完璧な条件が揃っている。

 

 

スーツケースに収納していた、愛用の狙撃銃を構える。

 

 

そして、スコープを覗いて目標をひたすらに待ち続ける。

 

 

ヤーコフも双眼鏡で覗き込む。

 

 

十分後、『目標(ターゲット)』とおぼしき人物を視認する。

 

 

「距離970。風速西南1〔m/s〕。湿度20%、気温2℃。クソ寒いロシア(ここ)にしちゃマシな方だが手が悴む前に撃ち抜け」

 

 

「…言われなくとも」

 

 

スコープの照準を、『目標(ターゲット)』の左上方に定める。

 

 

距離や風速を計算してのことである。

 

 

トリガーに指をかけ、相手の脳天を貫く。

 

 

いつもと変わらない、『一つの動作(ワンモーション)』。

 

 

その筈だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

ユーリの利き目から、大量の血液が滴り落ちる。

 

 

突然すぎて、何が起こったのかわからない。

 

 

ただ覚えているのは、こちらに向かって発射されたであろう弾丸がスコープを叩き割り、そのガラスが眼球に雨の如く突き刺さったことだけである。

 

 

狙撃手(スナイパー)の命とも言える、瞳を奪われた。

 

 

いや。それよりも、理解できないことがあった。

 

 

何故、相手は自分の位置を特定できたのか。

 

 

まさか居場所がバレた訳ではあるまい。

 

 

細心の注意を払っていた。

 

 

居場所が事前に知られていた訳でもない限り、待ち伏せなどあるはずもない。

 

 

ましてや、スコープを貫く射角までこんなにもドンピシャなことなどあり得ない。

 

 

射角を『狙撃手(スナイパー)』に指示できる、『観測手(スポッター)』もグルではない限り。

 

 

 

 

 

 

 

「スコープまで防弾製にしてなきゃ楽に死ねてたかもしれないのに…ドンマイだ!ユーリ!!」

 

 

ポン、ヤーコフが肩を叩く。

 

 

振り返った瞬間、もう片方の瞳からも光が消え失せる。

 

 

ヤーコフが、散らばったスコープのガラス片の一つを眼球に突き刺したからである。

 

 

「ッアアアアア!!」

 

 

ユーリは両目から血の雨を降らせながら、ヨロヨロとフラつく。

 

 

あまりにも突然すぎて、理解が出来ない。

 

 

いや、理解したくなかったのかもしれない。

 

 

「うわ…ユーリ。お前もう『狙撃手(スナイパー)』やれねーな…残念だ」

 

 

ヤーコフは、いつものような明るいトーンでユーリに言葉をかける。

 

 

「何でオレがお前を裏切ったか聞きてーだろ!じゃあピュアなユーリ君でもわかるようにオレが説明してやろう!!」

 

 

ノシノシと歩み寄り、ユーリの肩を叩く。

 

 

「…お前さ、邪魔くさいんだわ!」

 

 

「私がッ…邪魔ッ……………!?」

 

 

「そーそ!オレに仕事回ってこねぇじゃん!!」

 

 

頬を膨らませ、理不尽を叩きつける。

 

 

「悪党と取引してよ!死亡扱いする代わりに大量に金が貰えるビジネスをお前が来る前はやってたんだわ!!まぁそいつには当然整形やら変声手術だとか受けさせて別の人間として生きて貰うんだけどな!!」

 

 

たったそれだけの為に。

 

 

この男は自分を裏切ったのか。

 

 

祖国を守りたいという正義が根幹となっている自分と違い。

 

 

金を得たいという、欲望剥き出しの理由で。

 

 

「この…外道が…」

 

 

「へいへい!ユーリ君はご立派デスヨー!!アッカンベー!!…って見えねぇんだったな。無駄に顔芸しちまったわ。ブハハハ」

 

 

異常だ。他人の瞳を奪い、仲間を裏切ったにも関わらず。

 

 

いつもと何ら変わらないトーンと態度。

 

 

吐き気を覚える。

 

 

「んで、ユーリが消えればオレは前に組んでた相棒とまた組めるって訳よ!!芋づる式でな!!ユーリがもうちょい悪いこと知ってて生意気じゃなけりゃ…お前と組んでたかもしれねーのに…オレァ悲しいぜ。グスン」

 

 

ユーリを米俵のように強引に肩に担ぎ上げると、ヤーコフはビルの屋上から躊躇なく放り投げた。

 

 

ドスン、と鈍い音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

気が付くと、まっ暗闇だった。

 

 

モゾモゾと動かすが、あまり手足は動かず、瞳は見えない。

 

 

生きてるか死んでるかもわからない。

 

 

ベッドに横になってることだけは確かだ。

 

 

「目が覚めたか 」

 

 

声からしてロシアの首相だ。

 

 

どうやら自分は生きてるようだ。

 

 

「生きてるだけで奇跡だ。両目の損傷に全身の骨折。ビルから落下途中にバルコニーに落下しなきゃ即死だった」

 

 

カーテンをシャッと開ける音が聞こえた。

 

 

「ヤーコフについてはお前が生きてるとわかった途端に逃亡したようだ。詰めの甘い男だ。君に仕事を奪われたのも当然だな」

 

 

しかし、僅かな光すらも感じられない。

 

 

「…ッアアアアア!!」

 

 

怒りのあまりに、叫び、暴れる。

 

 

周囲の人間が慌てて取り押さえる。

 

 

しかし、止まらない。

 

 

体の自由が効かない。

 

 

瞳が光の欠片も感じない。

 

 

何より、裏切られた。

 

 

兄のように慕っていた、信頼していたヤーコフに。

 

 

暴れざるを得ない。

 

 

 

 

 

 

 

「…もう一度、瞳に光を宿してみたいと思わないか」

 

 

ロシアの首相が放った一言で、ピタリと動きが止まる。

 

 

「『ある特別な手術』の被験者を募集している。成功確率は36%とかなり低い。しかし…成功すれば君の視力は戻り、身体も何の障がいもなく復活する。ただし成功すれば人間ではいられなくなる。それでもや」

 

 

「やらせて下さい」

 

 

先程まで暴れていたのが嘘だったかのように、ユーリは即答する。

 

 

大雑把にリスクを説明したにも関わらず。

 

 

得体の知れない手術を、詳細も聞かずに。

 

 

 

 

 

 

 

「瞳に光が戻ればいい」

 

 

いや。

 

 

見えたとしても、他人の善意はもう見えないだろう。

 

 

見透かすのは、他人の中にある悪意だけ。

 

 

他人の光に照らされた道を歩いて、突然ドン底に突き落とされるのは真っ平だ。

 

 

真っ暗な闇の中を、自力で掻き分けて進んだ方がいい。

 

 

そして。

 

 

 

「………『ヤーコフ(あいつ)』を探し出して脳天にぶち込めるならなんだっていい」

 

 

 

 

 

 

───────────復讐の為ならば、人間を捨ててもいい。

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

─────────

 

 

 

 

 

ユーリ・レヴァテインは息を切らして、襲撃者の大群と向かい合っていた。

 

 

倒せども倒せども、涌いてくる。

 

 

 

「おいユーリ!!無理すんな!!」

 

 

もう片方の大群を相手にしている、クーガが声をかける。

 

 

しかし、その声は無視される。

 

 

いや、聞こえていないのかもしれない。

 

 

ユーリの血走った瞳を見ればわかる。

 

 

「オラァ!!」

 

 

パラポネラの能力を持った襲撃者が、すかさずユーリに殴りかかる。

 

 

裁き切れなかった分が、いつの間にか接近していたのである。

 

 

ユーリは息を切らしながらも紙一重で回避すると、至近距離で『毒銛』を撃ち込む。

 

 

元より『狙撃手(スナイパー)』は単数の標的を狙撃する役割を担う。

 

 

しかも動きは比較的鈍いアンボナイガイの能力だ。

 

 

多人数相手は不得意なのだろう。

 

 

「ユーリ!!下がってろ!!オレが時間を稼ぐ!!」

 

 

クーガが再び声をかけるも、やはり聞き入れる様子はない。

 

 

息絶え絶えなユーリの上空から、芸達者な能力を持った二体の襲撃者が襲いかかる。

 

 

オケラ。

 

 

跳ぶ・飛ぶ・泳ぐ・穴を掘るなど、達者な芸を持った昆虫。

 

 

アメンボやバッタなど、各種のスペシャリストに一つ一つの芸が到底及ばないことから、器用貧乏と蔑まれている昆虫。『ケラ芸』という言葉の語源にもなっている。

 

 

しかし、その器用貧乏も憔悴しきったユーリの前では脅威となる。

 

 

ユーリの左右の腕を『穴を掘る』強靭な腕力でそれぞれ掴むや否や、空中に『跳んで』橋の鉄骨に叩き付け。

 

 

『翔んで』地面に叩き付け。

 

 

『疾走』する脚力で引きずった後、再び橋の鉄骨に叩き付ける。

 

 

アンボナイガイの『貝殻(アーマー)』にヒビが入った後、ユーリは吐血して倒れる。

 

 

朦朧と意識で、目の前の襲撃者を眺める。

 

 

脳に受けたショックのせいで、反撃するという思考回路すらも浮かばない。

 

 

目の前で、カマキリの特性を持った襲撃者がユーリに向かって死の鎌を振り上げる。

 

 

「…………………」

 

 

自分の力量が不足していた。

 

 

そうあっさりと受け入れ、ユーリは瞳を閉じて暗闇に身を委ねた。

 

 

しかし、数秒経っても自分に死は訪れない。

 

 

ユーリはそっと瞳を開ける。

 

 

目の前には、両腕のカマをもぎ取られて絶叫するカマキリの襲撃者。

 

 

そして、そのカマキリの両腕により首を切断されたであろう二人のオケラ。

 

 

その後ろには、死神の鎌をもぎ取った補食者。

 

 

「大丈」

 

 

クーガがユーリに手を差し出した途端に、後ろからクロカタゾウムシの能力を持った襲撃者がクーガに向かって正拳を放つ。

 

 

恐らく避けることができただろうが、避ければユーリに当たる。

 

 

「ッ…!!」

 

 

結果、強固な拳をまともに受け、苦悶の表情を見せる。

 

 

しかし、次の瞬間にはその襲撃者の首も甲皮の隙間を『オオエンマハンミョウの大顎』によって引き裂かれ、刈り取られていた。

 

 

「…何故私を助けた」

 

 

ユーリは徐々に意識を取り戻してる最中に尋ねる。

 

 

少なくとも、この男は自分に対してあまりいい印象を持ってなかった筈だ。

 

 

裏切り(ユダ)』が自分かもしれないと言う噂が流れていることも耳にした。

 

 

人間不信の自分にとって『サポーター』など邪魔でしかなく、その『サポーター』が死んで全く動揺してないことから、疑われても仕方ないとは思うが。

 

 

そんな自分を、何故守ったのか。

 

 

 

 

 

 

 

「決まってんだろ。仲間だからだ」

 

 

そう即答したクーガに、ユーリは呆気に取られた。そんなユーリに構わず、クーガは言葉を続けた。

 

 

「お前の質問に答えたんだ。こっちの質問にも答えて貰う。何でそんなに他人を遠ざけようとする?」

 

 

「……最も信頼していた人間に裏切られた。故に他人が信じられん」

 

 

他人の質問にまともに答えたことに、自分自身ですらも驚く。

 

 

よく知りもしない男に。

 

 

「オレにも似た経験があった。一昔前にな」

 

 

最も、オレを裏切ったのはクソムシみてぇな奴だったけどな、とクーガは苦く笑いながら付け足す。

 

 

「あの一瞬はオレも世界の全部が真っ黒なクレヨンで塗り潰されちまえばいいとも思った。散々利用されて、裏切られて。この世に神様なんかいねぇとまで思った。けど」

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────オレは小町小吉。宜しくな。

 

 

 

 

 

 

───────────…アドルフ・ラインハルトだ。覚えなくてもいい。どうせもう会う機会なんてないだろうしな。

 

 

 

 

 

 

「瞳を開けた途端に、『英雄(ヒーロー)』が来てくれた」

 

 

「…だが、私には来てくれなかった」

 

 

「そうだな。オレの運が相当良かったんだ。けどよ。お前の横見てみろよ」

 

 

「お前がいる」

 

 

「そうだ、オレがいる」

 

 

クーガはドン、と自らの胸を叩く。

 

 

「お前に無理に『瞳を開けろ』。『世界を見渡せ』なんてデリカシーねぇこと言わねぇよ。瞳を閉じたままでもいい。オレが隣にいることだけは忘れんな」

 

 

ユーリは返事をしない。

 

 

しかし、先程とは違い聞き流している様子はなさそうだ。

 

 

「少なくとも今だけはお前は一人じゃないってこった。疑っても構わねーけどよ、嫌って言ってもお前を守るからな」

 

 

そう告げると、クーガは再び襲撃者の群れに向かって突っ込んでいく。

 

 

その姿を、ユーリは見送った。そんなユーリに、唯香と一郎が駆け寄ってきた。

 

 

「ユーリさん!大丈夫ですか!?」

 

 

「………なんなんだ、あの男は」

 

 

ユーリはクーガを見ながらポツリと呟いた。あまりにも、不思議だったからだ。一度は衝突した自分を、未だに仲間と言い切ったクーガのことが。

 

 

「…俺が知ってる男に一人あんな奴がいる。多分そいつの影響を受けたってとこだ」

 

 

一郎は静かにクーガの闘う姿に小吉の姿を重ねた後、静かに口を開いた。

 

 

「『仲間』と言ったあいつの言葉を疑っているんだろう」

 

 

一郎は、ユーリに向かって尋ねる。

 

 

「………『バグズ二号計画』で裏切りを起こした貴方に人への信頼についてとやかく言われる筋合いはありませんが」

 

 

バグズ二号計画で、蛭間一郎とヴィクトリア・ウッドは裏切りを起こした。

 

 

それは、まごうことなき事実である。

 

 

そんな裏切り者に何か言われたくはないと、ユーリは質問を突っ返した。

 

 

「さっきあいつはお前を庇った。そしてあの傷がついた。それは『事実』だ」

 

 

一郎が指差した先には、クーガが先程ユーリを庇った際に出来た傷。

 

 

今まで寡黙だった一郎が、次々と言葉を繋ぐ。

 

 

「俺もお前と同じだ。他人のことなんざ信用できない」

 

 

学生時代、一郎は酷いイジメにあっていた。

 

 

教科書を便所に捨てられるのは日常茶飯事。

 

 

ゴミを投げられるのも。

 

 

強姦魔扱いされて、退学させられたことも。

 

 

故に、他人など容易く信用出来る訳もない。

 

 

ましてや、信じていた教師に裏切られては。

 

 

しかし。

 

 

「ただ。俺ともう一人の奴の為に命を投げた『仲間』がいた」

 

 

彼は、自分と小吉を逃がす為に死んだ。

 

 

それは、『事実』。

 

 

疑いようのない『事実』。

 

 

「そいつが俺にしてくれたことだけは『仲間ごっこ』なんて誰にも言わせはしない。クーガ・リーがお前にしたようなことも似たようなことじゃないのか」

 

 

そう言い終えると、向かってくる『襲撃者』たちに目線を移す。奴らはさぞかし、自分の大切な仲間達の力を悪用したのだろう。

 

 

そう思うと久々に怒りで体が震え、一郎はスーツを脱ぎ捨てて筋骨隆々の体を露にする。

 

 

「『薬』を借りるぞ」

 

 

「ふえ!?総理!駄目です!!」

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

──────────

 

 

 

「ハァッ…ハァッ…!! 」

 

 

クーガは、息を切らして膝をつく。

 

 

屍の山が積み重なっていくが、キリがない。

 

 

遠方から、更なる増援が向かってくる。

 

 

「………レナがいてくれたら楽チンなんだろうけどな」

 

 

「よばれてとびでてじゃじゃじゃじゃーん」

 

 

「アバアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

後ろから突然ニョキッと顔を出してきたレナに、クーガは戦闘中とは思えない情けない声を上げる。

 

 

「おおおお前任務はどうしたんだよ!!」

 

 

「終わったから駆け付けたのよ。唯香さんからのSOSでね」

 

 

後ろから、アズサとレナの『サポーター』、花琳が現れる。

 

 

なるほど。唯香の手回しとはこのことか。

 

 

「…ところでどっから湧いた?橋の両方の出口はあの通り敵でわんさかだろ」

 

 

すると、花琳とレナは後ろ指を刺す。

 

 

パラシュートだ。

 

 

あれで上から降下してきたのか。

 

 

と、言うことは。

 

 

クーガは、上を見上げる。

 

 

ヘリがかなり高度のある橋の柱付近で停止し、その上に誰かが着地する。

 

 

案の定、目立ちたがりやのお嬢様の姿があった。

 

 

「アズサ・S・サンシャイン!!推ッ参ですわ!!」

 

 

「アズサー!お前そっからどうやって降りるつもりなんだー!!」

 

 

「勿論パラシュートで」

 

 

「バカヤロー!!そっからだと高度足りなくて足ポッキーだ!!」

 

 

「………………ゆ、唯香さんのおっぱいならばいい塩梅にクッションになるに違いありませんわ!!」

 

 

「ふえっ!?」

 

 

「シンプルに馬鹿だろお前!!目立って登場しようとするからそうなんだよ!!」

 

 

「たまにはおじょーさまにかしてあげて」

 

 

「たまにはって何だよ!!こちとらまだ一回も…ハゲゴキさんの謀略はカウントしないよな?」

 

 

そんな茶番を掻き消すかのように、重量感のある音が橋全体に鳴り響く。

 

 

一同の視線が集中する。

 

 

そこには、三本の注射によって【ネムリユスリカ】の特性を発現させた一郎の姿が。

 

 

クーガ達が乗っていた車を力任せに解体し、エンジンを襲撃者の集団に向かって投擲する。

 

 

すかさずそこに、ユーリが『毒銛』を連射する。

 

 

すると、襲撃者の群れの真ん中で大爆発を起こす。

 

 

目の前で起きたことに、一同は呆然とする。

 

 

「クーガ・リー」

 

 

「おおおおう!!」

 

 

ユーリに声をかけられ、ハッと意識を取り戻す。

 

 

「『指示をよこせ』。私がお前の言う通りに動いてやってもいい」

 

 

「…お前に?」

 

 

クーガはきょとんとした表情を見せた後に、意味ありげにニッと笑うと柱の上でただ指をくわえて見守ってるだけのアズサを指差す。

 

 

「あの馬鹿お嬢様を降ろしてやってくれ」

 

 

「承知した」

 

 

ユーリは柱に向かって『毒銛』を打ち込んだ後に、例の『フックショット』の要領の移動術を披露してアズサの横に降り立つ。

 

 

「聞きましてよユーリ・レヴァテイン!!貴方の能力はアンボナイってキャア!!」

 

 

アズサをいわゆる『お姫様抱っこ』の形で抱え込むと、ユーリは移動術を用いて地上に着地する。

 

 

「ははは破廉恥ですわ!よ、嫁入り前のあたくしのお尻をサラッと触ってくれましたわね!!」

 

 

「クーガ・リー。私は柱の上で待機してる。『援護は任せろ』」

 

 

アズサの罵詈雑言を無視して、ユーリはアズサのいた柱の上に降り立つ。

 

 

ここまで頭数が揃ってしまえば、もう一郎の付近で護衛する必要もない。

 

 

ようやく、『狙撃手(スナイパー)』としての真価を発揮できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『仲間』がいるお陰でな」

 

 

ユーリは、誰にも聞こえない声で密かに呟いた。

 

 

「よっし!!向こうの二十体程度の奴らはレナ一人でやれるか?」

 

 

「よゆー」

 

 

レナは、注射型の薬を取り出して反対側の群れに体ごと向ける。

 

 

「アズサ。お前はオレが取りこぼした奴らをぶち抜け。お前なら確実に仕留められるだろ?」

 

 

「承りましたわ!!」

 

 

アズサも、注射型の薬を取り出し、敵の軍勢を見据える。

 

 

「総理は…って」

 

 

一郎は、敵の軍勢の頭を掴んで地面に叩き潰したり、車の残骸で薬の過剰接種によるネムリユスリカ対策を防ぎつつ、その敵の頭をトマトのように握り潰していた。

 

 

「総理、止めたのに………」

 

 

一郎の職権濫用によりクーガの予備の薬を持っていかれた唯香は、心配そうに見守る。

 

 

「…………あの人自分が要人だってこと絶対忘れてるだろうな」

 

 

クーガは駆け出す。

 

 

「ユーリ!!総理の援護に徹してくれ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「『任務了解』だ」

 

 

ユーリの瞳には、少なくとも今だけは、久々に光が射し込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

朝日が照らす頃には、もう襲撃者の軍勢も、その死体の処理ですら片付いていた。

 

 

朝の六時まで、後一時間の間、閉鎖された橋の中央で全員毛布をかけられ、ココアを飲んでいた。

 

 

「毛布とココア最早鉄板になってるな」

 

 

「りゃくしてもふこあー」

 

 

「モスクワみたいに言うな」

 

 

レナとクーガがくだらない談笑をしていると、唯香がニコニコとした表情で何かを運んでくる。

 

 

「えへへ。U-NASA職員の人達が持ってきてくれたパンと食べ物でサンドイッチ作ったよ!!」

 

 

「〝たまごさんど〟をしょもーする」

 

 

真っ先にタマゴサンドを奪いにかかったレナの手を、はしたないですわよ!というアズサの手がはねのける。

 

 

こういう時、目上かつ要人の一郎から選ぶのがベターだろう。

 

 

「…俺は残ったもので構わん。お前らが先に選べ」

 

 

「〝かつさんど〟をしょもーする」

 

 

「さっきの話聞いてたか!?後カツにさりげなく浮気すんな!!…やっぱ今回の功労者だしユーリに選んで貰うか?」

 

 

唯香は、ユーリに差し出していいものか躊躇う。

 

 

勿論本人が希望するのであればよいのだが、麦茶を出した際に断られた記憶があるからだ。

 

 

ユーリを不愉快にしてしまわないか。

 

 

それだけが心配で唯香がウンウンと悩んでいると、そんな心配をよそにユーリはサンドイッチを一つヒョイと取り出す。

 

 

「ハムサンドを頂こう」

 

 

気のせいか、ユーリの表情は少しだけ和らいでいる気がした。

 

 

一同の食事が終わり、退散しようとしていると、遠くから七星がリムジンから降りて、歩いてくる。

 

 

「…………『総理』、ご無事で何よりです」

 

 

蛭間七星は、蛭間一郎に敬礼する。

 

 

私情は挟まず、あくまで職務上の付き合いとして。

 

 

「おにーちゃーん」

 

 

「弟よ、今は兄と弟ではないですの。部下の手前毅然とした態度を示さないといけませんわよ」

 

 

「やだー。なでなでしてー」

 

 

「お前らタチの悪いアテレコやめろって!!ホラ!!七星さん睨んでるから!!」

 

 

アズサとレナに鉄拳制裁をくわえた後に、クーガとユーリの方に七星は向き直る。

 

 

「…………よくやってくれた」

 

 

七星は二人と握手する。

 

 

裏切り者(ユダ)』と疑っていたユーリには、謝罪も添えて。

 

 

しかし、ユーリへの疑いが晴れた訳ではない。

 

 

最も可能性が高いのは、ユーリであることに揺るぎはなかった。

 

 

数々の、風穴を空けられた死体には、『死後硬直以前』に麻痺のような症状があったであろうことが検死の結果判明した。

 

 

ユーリの『アンボナイガイ』の毒は神経毒である。

 

 

かすれば、麻痺して身動きが取れなくなる。

 

 

しかも、死体の真後ろにはいずれも何メートルも離れたところに何かが突き刺さった跡が見られた為に、『飛び道具』が使われたことが推測される。

 

 

両者を満たすのは、現状でユーリぐらいしかいないのだ。

 

 

アズサのベース生物も『貫通』に重きをおいた『特性』を持っているのだが、麻痺させることなどできやしない生物だし、自分達と共にいた。

 

 

従って不可能。

 

 

クーガとレナは論外だ。

 

 

クーガは引き裂くし、レナが殺しをやるならもっと綺麗に『切断』されていただろう。

 

 

ユーリが現状怪しいのは、変えようのない事実。

 

 

しかし。

 

 

 

 

 

「七星さん。ユーリは『裏切り者(ユダ)』じゃない」

 

 

クーガは、七星の眼を見て告げた。

 

 

「…クーガ・リー。今回の任務でユーリ・レヴァテインと友愛を深めたのであれば結構だが現状怪しいということだけは変わりない」

 

 

「違う。感情論で言ってるんじゃない」

 

 

クーガの眼は、至って冷静。

 

 

心は『平等(フラット)』。

 

 

ただ、見つけただけ。

 

 

英雄(ヒーロー)』のアドバイス通り。

 

 

ユーリでは不可能だという証拠を。

 

 

アリバイがあるだとか、動機がないだとか不確定な情報ではない。

 

 

ユーリでは、文字通り不可能なのだ。

 

 

その殺し方自体が。

 

 

クーガは、六位の死体を見た時から見覚えのある傷だと感じていた。

 

 

その生物は、麻痺させることなど出来ない。

 

 

ただ、その開けられた風穴の形状からして、そっくりだった。

 

 

訓練用のテラフォーマーに、試していた所を見たからである。

 

 

英雄(ヒーロー)』は、得意気に見せてくれた。

 

 

カッコいいと誉める自分に対して、こう言っていた記憶がある。

 

 

 

 

 

 

────────カッコいいのも、スズメバチの特性だ!

 

 

 

 

クーガ・リーは、対峙しなければならない。

 

 

憧れの『英雄(ヒーロー)』の力と。

 

 

もしくは。

 

 

 

 

────────────けどそうやってオレの人生と関わったヤツは何であれ…好きだよオレは

 

 

 

 

 

 

 

それ以上の、悪夢と。

 

 

 

 

 








テストは水曜あたりに終わりますのでそっからまたぼちぼち更新していきますよ。


金曜ぐらい夜は小説書きたかったのじゃ(≧ω≦)


感想頂けると嬉しいです(^-^)


次回、クーガ・リーと最悪の相性を持つ敵が現れます。


これに関しては生態がよくわかってない新種の生物なので間違った知識配信してしまう可能性がありますが自己責任でお願いしますm(__)m






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第十三話 MY_HEART こころ




私は、暖かく守られていた。


二つの大きな手が、決して私を一人にはしなかった。


もし、その両手で頬をぶたれたら。


私の心は、雨雲に覆われてしまうだろう。





 

 

 

 

 

───────十年前

 

 

 

「ひぐっ…ひぐっ…」

 

 

アドルフに手を引かれたクーガが、泣きべそをかきつつU-NASAの玄関をくぐってきた。殴打されたのか、顔には酷い青たんが出来ていた。

 

 

「ど…どうしたんだよクーガ!!何事だ!!」

 

 

二人を出迎えた小町小吉が、慌ててクーガに駆け寄る。

 

 

何があったんだろうか。

 

 

少なくとも、アドルフがやってないことだけはわかる。

 

 

彼はそんな性格ではないし、何よりもクーガがその手をギュッと握って離さない。

 

 

「それが………」

 

 

アドルフの話を要約すると、こういうことらしい。

 

 

二人がショッピングモールをU-NASAの監視付きで歩いていると、美味そうなアイスクリーム屋があった。

 

 

クーガがせがむので、二人で買ってベンチで食べていた。

 

 

すると、頭の悪そうなカップル二人が、アドルフの口元を見て指差しながら中傷を浴びせたらしい。

 

 

アドルフの口元は、相次ぐ実験のせいで火傷を負っていた。

 

 

歯茎が露出しているし、初めて見る者にとっては不気味かもしれない。

 

 

それ故に、アドルフはあまり人前で物を食べなかったのだが、今はクーガとお出掛け中である。

 

 

雰囲気を味わう為に頑張ったのだが、ついてないことに心無い人間が居合わせてしまった。

 

 

アドルフは溜め息をつきながらも聞き流そうとしていたのだが。

 

 

「アドルフお兄ちゃんに謝ってよ!!」

 

 

とクーガは相手の男に抗議した。

 

 

後はお決まりのパターンだ。

 

 

「なんだとクソガキ!!」と男は逆上し、クーガの顔にパンチをかましたらしい。

 

 

ヤンキーパンチがジャストミートし、泣き出すクーガ。

 

 

見ていた見物人は、非難ごうごう。

 

 

言葉のマシンガンで蜂の巣にされたカップルはそそくさと逃げていこうとしたものの、U-NASAのこわーいおじさんたちにどこかに連れていかれましたとさ。

 

 

という話らしい。

 

 

そして、今に至る。

 

 

「そいつらの居場所を教えろ。女の脊髄引っこ抜いて男の下の口に捩じ込んでやる」

 

 

「うん、ミッシェルさ。14歳の少女とは思えない発言は控えような」

 

 

怒りで爆発仕掛けているミッシェルを、小吉が宥める。

 

 

腹が立つ気持ちもわかるが、ミッシェルなら本当に可能だから冗談に聞こえない。

 

 

それよりも、今は目の前にいる少年の頭を撫でてやることを優先すべきだ。

 

 

「…よく立ち向かったなクーガ。偉いぞ」

 

 

「わああああん!!」

 

 

小吉の胸の中に飛び込んで、少年は大いに泣いた。

 

 

泣いて泣いて、泣き続けた。

 

 

暫くして嗚咽は残っているものの、泣き止んだ頃。

 

 

小吉はそっと尋ねる。

 

 

「…恐かっただろ?どうして相手に言えたんだ?」

 

 

クーガは嗚咽で直ぐには話せなかったが、アドルフが背中を撫でてやると、ゆっくりと落ち着きを取り戻していった。

 

 

「…僕、アドルフお兄ちゃんと小吉さん大好きだもん。二人が傷つけられたら嫌だもん」

 

 

アドルフと小吉の顔が、わかりやすく赤く染まる。

 

 

照れ臭い。

 

 

「大の男二人が同時に赤くなるな。クリスマスのイルミネーションじゃねぇんだぞ」

 

 

ミッシェルはワシャワシャとクーガの頭を撫でながら、毒を浴びせた。

 

 

指摘されて、慌てて咳払いする小吉。そのまま火照った顔で俯くアドルフ。

 

 

俯いていると、アドルフはあることに気付く。

 

 

「クーガ。庇ってくれた身で言うのもなんだが…何で反撃しなかったんだ?いや。嫌味じゃなくて単純に気になったんだが」

 

 

クーガは、10歳の身でありながらイスラエルの地獄で戦い続けた。

 

 

それ故に、あんな大振りなパンチ避けて、下手をすれば反撃まで出来ていただろう。

 

 

それを何故しなかったのだろうか。

 

 

反撃はせずとも、避けるぐらいしてもよかっただろうに。

 

 

「………恐かったんだ」

 

 

「…恐かった?」

 

 

「あのまま動いてたら、殺しちゃってたかもしれないんだ。自分のことだもん。僕にはなんとなくわかる」

 

 

クーガは、恐れていた。

 

 

また、無益な争いで人の命を奪ってしまわないか。

 

 

命を奪うことを正統化する訳ではないが、少なくとも意味もなく散らしていい命なんて一つもない筈である。

 

 

それを、決してしたくなかった。

 

 

「…………そうか。クーガ、よくこらえたな」

 

 

小吉がクーガの体をもう一度強く抱擁し、離した後で肩をバンバンと強く叩く。

 

 

「よし!俺からクーガに奥義を教えてやろう!!」

 

 

「おーぎ?」

 

 

「おう!!それなら遠慮なく戦えると思うぜ!!」

 

 

「やったぁ!!」

 

 

ぴょんぴょんと嬉しそうに跳びはねるクーガ。

 

 

かわいい。

 

 

ミッシェルも眼鏡の奥に感情をしまいきれず、頬を緩めてしまう。

 

 

「あ!僕ね、アドルフお兄ちゃんの〝あれ〟も教えて欲しいな!!」

 

 

「あれは危ないから駄」

 

 

「おめめが痛い…」

 

 

クーガはわざとらしく、掌で青たんの出来た左目を隠して痛いフリをする。

 

 

しかし、チラチラと指の間からアドルフの方を伺ってくる。

 

 

既に痛みが引いたことは明白だ。

 

 

「…わかった。教えてやるよ」

 

 

再び嬉しさのあまりうさぎさんジャンプを始めるクーガ。

 

 

不覚にも、アドルフも表情を緩めてしまう。

 

 

「………小吉さん。アドルフお兄ちゃん」

 

 

クーガは、ジャンプを止めてピタリと止まる。

 

 

クルリと向けたその顔の表情は、少年ながらに真剣さが伝わってきた。

 

 

「僕ね、いつか二人みたいになってみせる。そうしたら今度は、二人の大切なものを守ってみせるよ」

 

 

先程泣いていたのが嘘だったかのように、クーガの瞳には強い感情がこもっていた。

 

 

「でも…それまで二人に手、握っててもらっていい?」

 

 

恥ずかしそうに、頬を僅かに赤らめてクーガは両手を差し出す。

 

 

それを見た二人は微笑んで、そっとクーガの手を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…私は守ってくれないのか?」

 

 

ミッシェルは、眉を硬く結んでクーガを見る。

 

 

クーガにとって二人が特別な存在であると知ってはいるが、この場で自分だけ仲間外れというのも癪だ。少しだけ、クーガを困らせてやろうと思った。

 

 

「ミッシェルお姉ちゃんは大丈夫だよ!」

 

 

しかし、困るどころか屈託のない笑顔が返ってきた。

 

 

「………ミッシェルだったら近寄ってくるやつ叩きのめしちまいそうだも…はっ!!」

 

 

小吉はつい漏らしてしまった本音に、ナイアガラの滝のように汗を流す。

 

 

耳のいいミッシェルのことだ。

 

 

完全に今のツイートを聞かれていたはすだ。

 

 

そうっとミッシェルの方に顔を向ける。

 

 

「  ほ  う ? 」

 

 

案の定、ミッシェルはビキビキと青筋を立てるだけでなく、『変異』まで始めていた。

 

 

小吉が心の中で念仏を唱えて天に召される準備をし始めた時。

 

 

「だってミッシェルお姉ちゃんキレーだもん!きっとかっこよくて強い人と結婚できるよ!!」

 

 

こども特有の天使のような綺麗な本音が、阿修羅(ミッシェル)の怒りを沈めた。

 

 

わかりやすく、ミッシェルの怒りは表情から消え失せていた。

 

 

「じゃあ万が一…私が嫁に行き遅れたらどうする?」

 

 

ミッシェルはニヤニヤとした表情で尋ねる。

 

 

ここは『僕がお嫁さんにする!!』というのが王道パターンだ。

 

 

勿論、ミッシェルがクーガに恋心など抱いたことはない。

 

 

ただ、純粋に頬を染めて照れながらその台詞を言う『弟分(クーガ)』の表情が見たかったのだ。

 

 

しかし。

 

 

「その時は僕がオムツ代えてあげる!!」

 

 

「…老後まで放っておくのか」

 

 

アドルフの反射的なツッコミに、小吉が噴き出す。

 

 

この時点でのミッシェルの怒り度、『おこ』。

 

 

更に小吉の唾が顔面にかかり、『まじおこ』。

 

 

ビキビキと、青筋が立つ。

 

 

小吉とアドルフは、目を見開き汗を流す。

 

 

今のミッシェルは、銃を持った犯罪者と同じだ。

 

 

興奮状態にある。下手に刺激するといけない。

 

 

最早、クーガという名の刑事に現場を委ねるしかない。

 

 

頼むぞクーガ刑事!!

 

 

「…そ…そこは普通『僕のお嫁さんにしてあげる』とかだな………」

 

 

「僕もっと優しい人がいい!!」

 

 

クーガは、笑顔でミッシェルの要求をピシャリと断る。

 

 

ミッシェル、『変異』を再び始める。

 

 

この時点でのミッシェルの怒りボルテージ、『激おこぷんぷん丸』に突入。

 

 

「    全  員  殺  す    」

 

 

「クーガ、今こそヒーローになる時だ。(小吉)を助け…イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

──────────

 

 

 

「………夢か」

 

 

どうやら、バスの揺れが心地よくて眠ってしまっていたらしい。

 

 

かなり昔、十年以上も前の夢だ。

 

 

「………後で七星さんから拳骨食らうんだろうな」

 

 

外の綺麗な景色を見て、クーガは溜め息をつく。

 

 

クーガは唯香の監視も無しに、一人である場所に向かっていた。

 

 

いつもの『地球組』の制服ではなく、黒スーツに黒ネクタイ。

 

 

手には、ポリバケツ。中には雑巾や色々。

 

 

片手には、紙袋。中身は、食べ物だったり写真だったり。

 

 

「あんれまお兄ちゃん。このへんじゃ見かけない顔だな」

 

 

バスに乗ってきた老人が、珍しそうにこちらを眺める。

 

 

見知らぬ相手に躊躇なく話し掛けてくるあたり、流石は田舎だ。悪い意味ではなく、いい意味で。

 

 

「このへんなんもねぇから若い人には退屈だろうさ。何さしにきた?」

 

 

老人の問い掛けに、クーガは笑顔で答える。

 

 

「………大切な人の、大切な人に会いに行くんです」

 

 

「こっだらとこに住んでんのか?」

 

 

老人はきょとんとした表情で、クーガを見つめる。

 

 

「………都心からも遠いし、駅からも遠いし、トドメにバス停からも遠いけど、もう少ししたら桜が咲くんです」

 

 

 

 

とっても、綺麗なんですよ

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

─────────

 

 

 

「ヒアアアア!!どうしよう!!どうしよう!!」

 

 

唯香は、パニックになっていた。

 

 

「クーガ君!!」

 

 

トイレの中。

 

 

「クーガ君!?」

 

 

シャワールーム。

 

 

「クーガ君!!」

 

 

ベッドの下。

 

 

どこを探しても見つからない。

 

 

「くーがならこの〝て〟にひっかかる」

 

 

レナは唯香のブラジャーを設置し、ザルに紐を巻いた棒を立てかける。

 

 

ブラジャーでなく、『ひえ』や『あわ』なら小鳥が捕まるかもしれないが、今はそんなことをしてる暇はない。

 

 

「…全く。私にチームプレーを呼び掛けた男が一人で単独行動か」

 

 

ユーリは呆れたように呟く。

 

 

 

 

 

ここは、『日本(ジャパン)』にある『テラフォーマー生態研究所第五支部』。

 

 

アメリカにある研究所と異なり、規模も小さく、生体テラフォーマーも扱ってない。

 

 

とある事情の為に、急遽ここまで一行はやってきた。

 

 

「……………非常にまずいんではなくて?」

 

 

アズサは呟く。

 

 

いつもならばレナと共に悪ノリするところだが、今回ばかりは事態が深刻すぎる。

 

 

「全く持ってその通りだ。『現在の状況』を考えたらな」

 

 

七星の表情は崩れていない。

 

 

動揺を見せないあたり、流石は臨時司令官だけある。

 

 

「私のせいです…」

 

 

ガクリと肩を落とす唯香。

 

 

本来であれば唯香に責任があるところだが、本当に一瞬目を離した隙にいなくなったのである。

 

 

これで彼女責めるのはあまりに酷だ。

 

 

「…ねぇ、クーガ君の行きそうな場所に心当たりは?」

 

 

花琳は足を組み直しながら唯香に尋ねる。

 

 

「………一つだけ」

 

 

一つだけ、ある。

 

 

心当たりが。

 

 

そこなら一人で行きたいという気持ちも理解できる。

 

 

むしろ、日本での心当たりはそこしかない。

 

 

「…どこなんですか、それは」

 

 

七星が気迫迫った表情で尋ねる。

 

 

唯香は、少しだけ口をつぐんだ後に、そっと口を開く。

 

 

クーガの気持ちを汲んでやりたいところだが、クーガの身の安全が第一だ。

 

 

「──────────だと、思います」

 

 

それを聞いた瞬間、七星は溜め息をつく。

 

 

気持ちはわからなくもないが、許されることではない。

 

 

「…………行くぞ。クーガ・リーがいるであろう場所に」

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

 

 

 

────────────二日前

 

 

 

クーガは、U-NASA本部の実験室に唯香、アズサ、レナ、花琳、七星、そして『裏切り者(ユダ)』である可能性の最も高いユーリを呼び寄せた。

 

 

「悪いなみんな。任務終わったばっかだってのによ」

 

 

クーガは、U-NASAの実験グローブを何重にもはめこむ。

 

 

唯香の助手を時折やっていただけあって、手際がいい。

 

 

「それじゃ…ユーリが『裏切り者(ユダ)』じゃないってことについて説明する」

 

 

クーガが厳重にロックされたスーツケースの中から、ある物を取り出す。

 

 

「それは…」

 

 

「そうだユーリ。お前の『毒銛』だ」

 

 

『アンボイナガイ』の武器、『毒銛』。

 

 

毒の詰まった強固な銛。

 

 

これが、ユーリが疑われていた元凶。

 

 

「これが…どうかしたか?」

 

 

七星は顔をしかめて尋ねる。

 

 

 

 

 

 

 

「………貫通、しないんです。『これ』」

 

 

唯香が、パンを挟むトングのような機材で毒銛の先端を掴み、持ち上げる。

 

 

すると、先端に『返し』がついていることに気付く。

 

 

「アンボイナガイは、基本的に海底に潜んでじっとしています」

 

 

唯香は、端末にインストールしたアンボイナガイの生態映像を見せる。

 

 

「そして『毒銛』を撃ち込み、手繰り寄せる」

 

 

『毒銛』を打ち込まれた魚は、見るも無惨に呑みこまれていった。

 

 

「銛の先端っていうのは、『捕まえて離さない』為にある」

 

 

クーガはガラス棒で『毒銛』の先端をコツコツと叩く。

 

 

その後、消毒液の中にそっと差し込んだ。

 

 

「風穴なんか開けちまったら折角仕留めた魚が海流に流されてどっか行っちまう訳だろ?ユーリが仕留めた敵の死体思い出してみろよ。『全部脳天に突き刺さってた』」

 

 

思い返してみると、その通りであった。

 

 

ユーリの『毒銛』は、貫通しない。

 

 

深くまで突き刺さるが、形状的に貫通は厳しい。

 

 

『貫通しない』ことを活かして、移動術も披露していたが。

 

 

「『人間大にしたら』なんて言うけど、根っこは変わらないんだよ。オレのオオエンマハンミョウも、アズサの─────も。レナの────も。ユーリのアンボイナガイだってな」

 

 

「だから、ユーリさんには不可能なんです。『風穴』を空けて殺すなんて」

 

 

「すごい。わたしみたいな、さるでもわかる」

 

 

クーガと唯香の説明に、レナはパチパチと手を叩く。

 

 

大したことは言ってないが、灯台もと暗しとでも言うべきか。

 

 

シンプルなことこそ、見落としやすいのである。

 

 

だがしかし、蛭間七星は頭を抱える。

 

 

振り出しに戻った。

 

 

このままいたちごっこで、永遠に『裏切り者(ユダ)』の正体にたどり着けないかのような錯覚にすら陥る。しかし、クーガ達の証明はこれで終わりではなかった。

 

 

「そんで第六位のトミーや…他の仲間を殺した奴の『特性』だけど、こっちはおおよそ見当がついてる」

 

 

「…………なんですの?その『特性』とやらは」

 

 

顎に手を当て、アズサは尋ねる。

 

 

 

 

 

 

 

「『雀蜂』だ」

 

 

スズメバチ。

 

 

『アネックス一号』艦長で、『バグズ二号』の搭乗員でもあった歴戦の英雄、小町小吉の『特性』。

 

 

無限の体力・多彩な能力・強烈な毒の三拍子を武器として備える恐ろしい昆虫。

 

 

「こいつの能力の一つは『毒針』を発射すること。その針の形が被害者達の腹に風穴開けた形と一致してるんだ」

 

 

一度使ってるところを見たことがあるからな、と付け足す。

 

 

「…………クーガ・リー。つまり、『大雀蜂』の『バグズ手術』を受けた敵の仕業だと言いたいのか?」

 

 

しかし七星は納得が出来ない。

 

 

今のところ、『大雀蜂』の特性を持った襲撃者の目撃情報や、死体すらも一切出てきてないのだ。

 

 

仮にあの『集会』の日に紛れ込んでいたとしても、何の痕跡もないのはおかしい。

 

 

「いいや違う。敵は『バグズ手術』を受けた『死刑囚』なんかじゃない」

 

クーガは、あっさりと七星の見解を否定する。

 

 

「……どういうことだ?」

 

 

 

 

 

 

 

「「 使えないから 」」

 

 

唯香と花琳の声が同時に飛び出る。

 

 

花琳は唯香にどうぞ、と発言権を譲った。

 

 

「使えないんです。手術してから日が浅いと」

 

 

「あいつらは全く戦い慣れしてない。結成したのも多分割と最近だし、ましてやその理屈でいくと手術も最近だろ?」

 

 

確かに、物量で押されることはあっても単体での戦闘力はかなり低かった。

 

 

それ故に、あまり苦戦を強いられたこともなかった。

 

 

そう思うと、手術したのは案外最近かもしれないというのは納得出来る。

 

 

「『バグズ手術』や『MO手術』は…トレーニングを繰り返したり、手術してからの時間が経過すればするほど、体にその生物の遺伝子が馴染んでいきます」

 

 

例えば、ミッシェルの怪力。

 

 

例えば、アドルフのレーダー。

 

 

クーガはゴミムシ系の特徴として、空腹に強かった。

 

 

彼らの能力は『変異』せずとも、常時その恩恵を受けている。

 

 

そして、類は違えど『小町小吉』も同じ。

 

 

『大雀蜂』自体に、最初から多彩な技が備えられてる訳ではなかった。

 

 

絶え間無い訓練の日々が、旧式の『バグズ手術』であるはずの彼の『大雀蜂』を、凶悪なものへと変えていった。

 

 

『毒針』の射出もそんな訓練で得たものの一つ。

 

 

一朝一夕で身につけられるはずもないのである。

 

 

「なるほど。つまり…『雀蜂』の『特性』を持った『裏切り者(ユダ)』がいると言う訳か?」

 

 

「そういうことだユーリ」

 

 

「しかし…『雀蜂』の『特性』を持ったメンバーなんておりませんでしたわよ?」

 

 

アズサは最大の疑問のその一を提示する。

 

 

『地球組』のデータバンクに、そんな『特性』を持った人間はいなかった。

 

 

「あらアズサ。そんなの簡単よ。『改竄』すればいいだけじゃない」

 

 

花琳の言う通りだ。データの改竄。

 

 

それさえすれば、ベース生物など簡単に誤魔化すことができる。

 

 

「実際に見てみないとわからないわ。少なくとも『雀蜂』じゃないのは貴方達と…死んだトミー・マコーミックだけね」

 

 

そうすると、一人の人物が浮き彫りになる。

 

 

第五位『帝恐哉』。

 

 

あの日、クーガと揉めかけたドレッドヘアの男。

 

 

「一応能力は『クロオオアリ』ってことにはなってるけど、真相はどうかしらね?」

 

 

帝恐哉のサポーターも、あの日死んでいる。

 

 

監視の目をくぐり、フリーで動けてもおかしくはない。

 

 

「帝恐哉に直接コンタクトを取って確かめる。それだけだ」

 

 

七星が指示すると、帝恐哉が所属している研究所に連絡を取る。

 

 

しかし、昨日から行方を眩ませているそうだ。

 

 

もしかするとだ。

 

 

こちらが感付くのを見越して、逃げたのかもしれない。

 

 

七星は陸・海・空の交通手段に素早く包囲網を張る指示を出す。

 

 

「日本に飛ぶぞ。帝恐哉の行方を探る」

 

 

こうして一行は日本へと足を運ぶことになる。

 

 

そして日本に訪れてから数時間後、忽然とクーガ・リーは姿を消した。

 

 

 

 

───────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

 

「…………唯香様。あたくし、最後の疑問がありますの」

 

 

 

クーガがいるであろう場所に向かう車内で、アズサが尋ねる。

 

 

あの時聞けなかった、二つ目の疑問。

 

 

「スズメバチに、麻痺させる毒なんてありますの?」

 

 

最大の疑問。

 

 

どの死体にも、死後硬直以前に、麻痺にも似た硬直があったことが確認された。

 

 

スズメバチには、そのような麻痺を起こす毒はなかった。

 

 

ただ、死へと誘う為の毒。

 

 

麻痺効力を持っている毒を持つ種もいるが、そこまでの効果は発揮されないだろう。

 

 

「…………一つだけ、心当たりがあるの」

 

 

唯香が呟く。

 

 

「あまり生態も知られていないんだけど…体内に『あるもの』を発生させることが出来るの。でも微量だし、あまり役には立たないと思う」

 

 

でも、と付け加え、唯香は空を見上げる。

 

 

晴れていた。雲一つない、快晴。

 

 

「こんなに晴れた日だと、凄いかも」

 

 

特に、人間サイズとなれば。

 

 

 

 

 

 

「………それに、クーガ君にとっては最悪の相性になると思う」

 

 

 

小町小吉と、アドルフ・ラインハルトを慕っているクーガでは。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

クーガ・リーはバス停を降りて、暫く歩き続けた。

 

 

桜が咲ききってないものの、アーチ状に並ぶ木が遠方に見えてくる。

 

 

小吉が火星に行ってる間、暇だったら一度は掃除でもしてやってくれと頼まれた、とある場所。

 

 

『バグズ二号』搭乗員の、お墓。

 

 

自分の父や、ミッシェルの父。

 

 

小吉の仲間や『親友』であるティン。

 

 

そして何より。

 

 

小吉の一番大切な人が眠っている場所。

 

 

『ゴリラ』と呼んでいた、愛しい人が眠る場所。

 

 

一度写真を見せて貰ったが、とても美しかった。

 

 

小吉が稀に酔い潰れた時、必ずこの人の名前を呼んでいた。

 

 

夢の中で再会していたのか、本当に嬉しそうだった。

 

 

自分と遊んでる時よりも嬉しそうだったから嫉妬して、思わず頬をつねってしまった記憶がある。

 

 

その人の為に、小吉は一度過ちを犯してしまったらしい。

 

 

あの優しい小吉からは想像出来なかった。

 

 

小吉は、自分を捨ててでも彼女を守ったのだ。

 

 

そんな小吉の大切な人の墓だ。

 

 

ピカピカに磨かない訳にはいかないだろう。

 

 

本当は唯香たちの許可を取り、一緒に訪れるべきだったのだろう。

 

 

しかし、ここには一人で訪れたかった。

 

 

何故かは知らないけど、なんとなくとしか言い様がない。

 

 

そのなんとなくでみんなを振り回してしまった自分には心底呆れるが。

 

 

アーチ状の木々をくぐり抜けていくと、何故か人の声が聞こえた。

 

 

何人かいる。

 

 

賑やかなようだ。

 

 

そして、異常な臭いも感じる。

 

 

臭い。

 

 

嫌な予感がして、クーガは走り出す。

 

 

そして、アーチ状の木々を抜けていった半ばで。

 

 

 

 

 

「…………………何やってんだ」

 

 

「…第一位様かよ。元気か?あの乳のデケー『サポーター』さんは?」

 

 

「何やってんだ」

 

 

「チッ。連れてきてねーのかよ。〝まわそう〟と思って人数集めてきたってのによ…」

 

 

「何やってんだって聞いてんだ」

 

 

「何やってんだって便所に糞してるだけだけどな」

 

帝恐哉は惚けた顔でわざとらしく首を傾げる。

 

 

その周りにいる三十人程の集団も、わざとらしく首を傾げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっ殺すぞこの下衆野郎がアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 

 

戦闘中でも、冷静さを失うことのないクーガは柄にもなく激昂する。

 

 

何故なら。

 

 

墓が、恐らく連中がしたであろう糞や尿でまみれていたからである。

 

 

出発前に小吉が供えたであろう花や、供え物。

 

 

墓石。周囲の草木。全てが台無しにされていた。

 

 

怒る。煮えたぎる。体温が。

 

 

「おいおいおい…怒るなよ。火星に行ったアドルフお兄ちゃんみたいにぃ………やぁさぁしぃくなりたいんだろ?クーガちゃあん?」

 

 

「ッ………!!」

 

 

アドルフの名前が出てきた瞬間に、更に体内の血管が膨張するのがわかる。

 

 

「アドルフお兄ちゃんはぁ~奥さんが他の男とチョメチョメしても怒らない、とってもやぁさしい男なんだぜ?スゲェだろお前ら?」

 

 

「アドルフお兄ちゃんサイコー!!」

 

 

「オレも一発頼みてぇなぁ………」

 

 

帝恐哉の下世話な話に、周囲の取り巻きも便乗する。

 

 

いずれも、クーガを挑発するように。

 

 

「それによぉクーガ・リー。オレ達は供え物してやってんだぜ?ウンコのパテに小便のカクテルだ。有り難く思えよ。ゴキブリに彼女の首へし折られて夜な夜な泣きながらシコシコやってるキャプテン・オスゴリラも喜」

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

立て続けに、恩人を馬鹿にされた。

 

 

侮辱された。

 

 

許せない。

 

 

クーガは首へと『薬』を打ち込み、オオエンマハンミョウの力を纏う。

 

 

それを見た帝恐哉は、

 

 

「…マジかよ。ここまでわかりやすい奴だとは思ってなかったわ」

 

 

先程のクーガを煽っていた表情が嘘だったかのように、げんなりとした表情を見せる。

 

 

あんなあからさまな演技に引っ掛かってしまうレベルで、小町小吉とアドルフ・ラインハルトを慕っている。

 

 

そのせいで、クーガ・リーは本来の戦闘スタイルである『冷静に弱点を見据えてそこを突く』という持ち味を恐らく全く発揮しないままに倒れるだろう。

 

 

「第一位。いいことを教えてやるよ。オレはな。最初からバレること前提だったんだぜ?」

 

 

両手を広げ、おどけた表情で少しずつ歩み寄る。

 

 

「お前はあんまり自覚ねぇみてぇだが…生まれつき『MO』を持った人間は珍しい。たとえ『ファースト』や『セカンド』に続く三番煎じだったとしてもな」

 

 

クーガは希少価値の塊だ。

 

 

ミッシェルや燈が研究され尽くしたとはいえ、『生きたサンプル』はまた格別だ。

 

 

自分の『依頼主』は、クーガ・リーを捕獲して引き渡せば相当な金額を払うと言っていた。

 

 

その為に、ここまでお膳立てした。

 

 

自分が『裏切り者(ユダ)』だということはバレる。

 

 

恐らく、日本に訪れる。

 

 

そして、ここに訪れる。

 

 

そこまで、この男は計算していた。

 

 

クーガを調べ尽くした為に、行動パターンは把握出来ていた。

 

 

そして、唯香にちょっかいを出したりとどの程度がクーガの怒りのボーダーラインなのか、あの日の『集会』の時から実験していた。

 

 

唯香も充分な燃料になるが、有効なのは『小町小吉』と『アドルフ・ラインハルト』を侮辱することらしい。

 

 

あの二人の為に感情を揺さぶるほど、冷静さが売りのクーガの武器は減っていく。

 

 

混乱し、単純になってゆく。

 

 

だからこそ、この任務を『依頼主』は自分に任せたのかもしれない。

 

 

確かに、適任だろう。

 

 

 

 

 

 

 

『ベース生物』的な意味で。帝恐哉は、首筋に昆虫型特有の『薬』を注射する。瞬間、〝電流〟が空を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

あれだけ怒りで狂っていたクーガの表情が、固まる。変異している最中の帝恐哉の背後に、とある二匹の動物の幻影が見えるのだ。見覚えがある、というよりも、あの二つの力に自分は救われたのだ。

 

 

その二つが何故、今自分と対峙しているのか。訳がわからなかった。頭の中がグルグルと回り出し、危険信号が身体中を駆け巡る。ああ。この感情は懐かしい。イスラエルで銃を突き付けられた時と同じだ。恐いのだ、自分は。逃げ出してしまいたいのだ、ここから。

 

 

「クーガ・リー。お前があんまり可愛そうだからよ、お兄ちゃん達が迎えに来てくれたみたいだぜ?」

 

 

2匹の動物、勿論その幻覚が帝恐哉の背後でこちらを見つめる。足が震える。理解出来ないから。

 

 

「『武神(オオスズメバチ)』と」

 

 

2匹の片割れ、スズメバチがこちらを見て威嚇する。

 

 

「『闇を裂く雷神(デンキウナギ)』だ!!喜べ!!な!!」

 

 

もう1匹の片割れ、デンキウナギも同じくクーガ睨みつけた。

 

 

「何で……2人の力が?」

 

 

クーガ・リーは呟いた。その瞳は、あまりにも理不尽な出来事を受け止めきれないこどものように、清らかで絶望で染まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝 恐哉

 

 

国籍 日本

 

 

24歳 ♂

 

 

186cm 89kg

 

 

MO手術〝昆虫型〟

 

 

 

 

 

─────────クロオオアリ──────────

 

 

 

 

↑Miss Information

 

 

 

 

 

↓True

 

 

 

 

 

 

─────────オリエントスズメバチ──────

 

 

 

 

 

 

 

 

『アース・ランキング』五位×→???位

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────英雄の虚像(オリエントスズメバチ)、襲来。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







オリエントスズメバチ。


次回、その生態に迫ろうと思います。


こいつに、専用装備を使わせてかなり凶悪な仕様にしたいと思います。


ちなみに今回は予約投稿なので既に作者は寝ているのであしからず。




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第十四話 WITH_YOU 面影




思い出が溶かされてゆく。


記憶が湿っていく。


汚されていく。


インクを滲ませたのは、私の涙だった。





 

 

 

 

───────────アネックス一号艦内

 

 

 

 

 

 

約10日前に火星へと舵を取ったアネックス一号。

 

 

今も尚、その進路はブレることもなく順調に宇宙を航海していた。

 

 

そんな中、アドルフ・ラインハルトは独り、地球を眺めていた。

 

 

懐にしまった一枚の写真を取り出す。

 

 

幼き日のクーガとの写真。

 

 

自分の両親は、『バグズ手術』の被験者となり死んだ。

 

 

 

 

───────わかった…母さん…僕も…いつか父さんと母さんみたいになるよ。がんばる…でも────できたら帰ってきてね…僕…っ…

 

 

 

 

似ていた。過去の自分に。

 

 

だからこそ、あの少年も『電極で繋がれた鰻(自 分 と 同 じ よ う)』にはさせまいと、家族のように接してきた。

 

 

事実、自分とクーガの間には兄弟のような、そんな絆が出来ていた。

 

 

そんなクーガは今も地球で、闘っているのかもしれない。

 

 

もし、出来ることなら駆け付けてやりたい。

 

 

昔のように手を繋いで、守ってやりたい。

 

 

「班長!!」

 

 

物思いにふけってる最中、ふと肩を叩かれる。

 

 

振り向けば、ギョッとする。

 

 

自分の部下の、ドイツ班のメンバー全員。

 

 

何故か自分の後ろにいつもついてくる。

 

 

困ったものだ。

 

 

だが、彼らもクーガと同様にかわいく思えてしまう。

 

 

「とうっ!!」

 

 

「あ…お、おい。イザベラ…」

 

 

唐突に写真をイザベラが横から掠め取る。

 

 

元気すぎる彼女からは、自分だけでなく他のメンバーも活力を貰っているが、元気すぎるのも困ったものである。

 

 

「わあ…かわいい」

 

 

エヴァは、写真の中の幼き日のクーガを見て思わずポツリと感想を漏らす。

 

 

これだけ見れば、女の子にしか見えない。

 

 

そんなクーガが、よくあそこまでたくましく育ったものだ。

 

 

「何気に班長もかわいいな」

 

 

「あら。本当…」

 

 

わいやわいやと、自分とクーガの写真を見て賑わい出すメンバー達。

 

 

恥ずかしい。

 

 

アドルフは赤くなった頬を隠すようにプイッと横に顔を背ける。

 

 

しかし、顔を向けた先にはとある人物が立っていた。

 

 

「ア~ド~く~ん」

 

 

「ッーーーーッ!?」

 

 

「そんなにビビることはねぇだろ!大丈夫!艦内に動物園から脱走したゴリラが紛れ込んだ訳じゃないから!!」

 

 

アネックス一号艦長、小町小吉はあまりにもマジのリアクションをされてショックを受ける。

 

 

いやまあ、自分が横に立っていたら、自分でも多分驚くであろうが。

 

 

「…何の用ですか。艦長」

 

 

取り繕うかのように咳払いした後に、用件を尋ねる。

 

 

〝艦内〟放送で呼び出さなかったあたり、本当に大したことではないんだろうが。

 

 

「アドルフがクーガの心配してそうだなと思ってよ。ちょっと冷やかしにきたんだが…もしかしてビンゴだったか?」

 

 

「そうっす」

 

 

イザベラが、クーガとアドルフのツーショット写真を見せる。

 

 

そして、ドイツ班員全員がコクコクと頷く。

 

 

最早誤魔化しようがない。

 

 

「…私だって人並みに心配はしますよ。『一応』人間ですから」

 

 

溜め息をついた後に、肯定する。

 

 

「先日も事件があったんでしょう。かなり大規模な」

 

 

地球組の上位メンバーを除いての壊滅。

 

 

山奥の村の占領。

 

 

総理大臣の暗殺騒ぎ。

 

 

どれをとっても、想定していたことよりも大規模すぎる。

 

 

非常に危険だ。心配するのも当然ではないだろうか。

 

 

「心配すんなよ。アドルフ」

 

 

そんな気持ちとは反対のことを、小吉は口にする。

 

 

「…………しかし」

 

 

「あいつは今、俺達との約束を果たそうとしてる」

 

 

約束。

 

 

幼き日の、忘れてしまいそうな小さな約束。

 

 

一度落としたら見失ってしまいそうな、小さな。

 

 

それを今でも彼は大事に秘めていた。

 

 

その為に、『地球組』に志願したのである。

 

 

「俺達が任務に専念できるように今、あいつは闘ってる。…もう、昔の小さなクーガじゃないんだ」

 

 

バン、アドルフの肩に強く手を置く。

 

 

「信じよう。クーガを」

 

 

小吉の瞳には、強い意思が秘められていた。

 

 

本当に、クーガの強さを信じてやまない様子だ。

 

 

「…………わかりました。オレも、信じます」

 

 

口ではそう言ってても、アドルフの不安は消えなかった。

 

 

自分の妻のことを思い出したからである。

 

 

彼女のことを想うと、悲しくなると同時にこう思うのだ。

 

 

 

 

 

 

────────────────人間は、弱いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

オリエントスズメバチ

 

 

 

学名『Vespa Orientalis』

 

 

 

とある昆虫が発見された。

 

 

その生態系は、イマイチ掴めず。

 

 

何故そのような進化を遂げたのかすらも不明。

 

 

全てが、UNKNOWN。

 

 

しかし、たった一つだけ確かな『習性(いきかた)』があった。

 

 

 

 

《 太 陽 光 発 電 》

 

 

 

『ソーラーセル』というシステムを生まれながらにして備えたこの蜂は、その独特な体色によって、電気を吸収してエネルギーへと変換していた。

 

 

それにより、運動能力を上昇させている為に、昼間での活動が多いと考えられている。

 

 

しかし、エネルギーへの変換効率は『0.335%』と非常に低く、エネルギーの大部分はエサから接種することにより得ている。

 

 

しかし、そこはさして重要ではない。

 

 

太陽光を吸収し、エネルギーに変換する。

 

 

それを自然界の、天然の生物が備えている。

 

 

それだけで、充分すぎるのではないだろうか。

 

 

母なる星は、人類の文明が発展することに比例して、自然界にも大きな進化をもたらした。

 

 

その小さな発見こそが、更なる発見への大きな一歩。

 

 

オリエントスズメバチ。

 

 

小さな彼は、大いなる力の体現者である。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

が。

 

 

帝恐哉の体からは目に見えて電気と電流が満ちていた。

 

 

その答えが、彼の体にあった。

 

 

パーカーやTシャツといった上着を脱ぎ捨てた彼の体には、機械が埋め込まれている。

 

 

背中には平たいバックパックのようなものが装着され、アドルフが『デンキウナギ』の『特性』を使用する際の必需品である『安全装置』まで埋め込まれていた。

 

 

SYSTEM(システム)APOLLO(アポロ)』。

 

 

オリエントスズメバチの特性をフルに活かせるように、帝恐哉の『依頼主』が特別に製造したもの。

 

 

太陽光の電気変換効率を、特殊なソーラーパネルと、内部の小型のモーターやタービンなどによって底上げする装置。

 

 

{〔モーターの稼働率+タービンの回転率〕×α(自身とパネルの採光量)}=電気変換効率

 

 

結果、オリエントスズメバチの太陽光発電の効率を約『3%』から、最高で『150%』、最低でも『60%』までの上昇が約束されていた。

 

 

しかも、余剰にエネルギーが発生した場合は蓄電が行われ、後々天候が悪くなった際などにもフルパワーでの戦闘を持続することが可能となっている。

 

 

最早この生物は、『オオスズメバチ』の毒と『デンキウナギ』の並の電流を兼ね合わせた、最凶のハンターへと姿を変えていた。

 

 

 

 

 

 

「……せいぜい、優しい思い出にでも抱かれて眠っとけ」

 

 

 

帝恐哉のこの言葉を皮切りに、二人の戦闘が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

「シャアッ!!」

 

 

帝恐哉の動きは、最早反則といってもいいぐらいに躍動的で、運動量の高さを示すものであった。

 

 

体内で生成した電気エネルギーによって、運動能力が大幅に上昇している為である。

 

 

飛びかかり、クーガの胸部に全力でパンチを放つ。

 

 

『オオスズメバチ』の特性にも似たパワー。

 

 

相当な威力だが、恐らく『オオエンマハンミョウ』の強固な甲皮には傷をつけられない。

 

 

だが、そこで『デンキウナギ』の発電にも似た、発電能力が活かされてくる。

 

 

「ッ…グガアアッ!!」

 

 

相手の『ベース生物』に一瞬でも気を取られていたクーガが避けられる早さではなかった。

 

 

吹き飛ぶと同時に、クーガは感電する。

 

 

焼けるような痛みが、全身を貫く。

 

 

地面に叩きつけられた後に起き上がろうとしたが、まともに体が動かない。

 

 

「そら次にもういっちょお!!」

 

 

帝恐哉はスタミナを切らすことなく、追い討ちを仕掛ける。

 

 

肘からスズメバチの顎が出現し、倒れたクーガに向かって肘打ちを放つ。

 

 

勿論、これにも電流は付加されている。

 

 

「ッ…ゲホォ!!」

 

 

あまりの腹部への衝撃と焼けるような電流に、クーガは嘔吐する。

 

 

「勝手に眠るんじゃねぇぞ第一位イイイイイイイイイイイイ!!」

 

 

帝恐哉はマウントポジションを取って、倒れたクーガの上に乗る。

 

 

帝恐哉は、上に乗りつつ放電をし続ける。

 

 

先程以上の電流がクーガを襲うと同時に、帝恐哉は全力でクーガを殴り続ける。

 

 

しかし、息が切れる様子は見られない。

 

 

スズメバチの無限の体力と電流の。

 

 

このままではなすすべもなくやられる。

 

 

クーガは飛びそうになる意識を保ちながら全力で、膝蹴りを帝恐哉の背中に向かって放つ。

 

 

「ガッ……!!」

 

 

帝恐哉の体は吹き飛ぶ。

 

 

ようやく体勢を立て直せる。

 

 

クーガは立ち上がり、身構えた。

 

 

しかし、その身体は震えている。

 

 

電流による痺れもあるが、それだけではない。

 

 

相変わらず、帝恐哉の後ろで『オオスズメバチ』と『デンキウナギ』がこちらに向かって威嚇してきているからである。

 

 

憧れた力が襲ってくる。

 

 

これほどまでに、恐ろしいものはない。

 

 

『憧れ』が強ければ、強いほど。

 

 

向き合った際の『恐怖』や『絶望』もまた、膨れ上がる。

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

それを無理矢理取り払おうと、クーガは吼える。

 

 

それを見て、帝恐哉は鼻で笑う。

 

 

「バーカ。〝もうお前には無理だ〟」

 

 

クーガ・リーは、駆け出す。

 

 

『オオエンマハンミョウの大顎』で、相手の急所を狙う。

 

 

しかし、あっさりと避けられた。

 

 

「〝電撃で痺れたの〟忘れてたかぁ?」

 

 

クーガとオオエンマハンミョウの得意とする戦法、『弱点』を突く。

 

 

ただ、それには多くの『弱点』があった。

 

 

一つ目に、『ワンパターン』な為に実力者には避けられてしまう。

 

 

これは、帝恐哉の身体能力では簡単にクリア出来てしまう。

 

 

二つ目に、鋭く『冷静』な観察眼があって初めて可能であること。

 

 

クーガの感情は散々揺さぶった。もう少し揺さぶれば、完璧だろう。

 

 

三つ目に、オオエンマハンミョウの特徴である異常な『速さ』、あらゆる獲物を引き千切る『力強さ』、多少の攻撃ではものともしない『防御力』の三つがなければ成立しないこと。

 

 

これに関しては、『電撃』が全て解決してくれた。

 

 

筋肉の痺れで『速さ』と『力強さ』を奪った。

 

 

電撃の前では、『防御力』など意味を成さない。

 

 

「キィキィ吠えてろオオエンマハンミョウ!!今すぐテメェを叩き潰してやっからよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

帝恐哉は、攻撃を避けて無防備な体勢になっているクーガの、両腕から生えた『大顎』を掴み取る。

 

 

多少、握った拳が切れるものの構いはしない。握ったまま、クーガに全力で電流を流し込む。

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

クーガは痺れで身動きを取れぬまま、感電し続ける。

 

 

それと同時に、自らの武器である『大顎』に力が加わっていくのを感じた。

 

 

通常では折れぬであろう、自らの大顎。

 

 

しかし。

 

 

電流により、全身の運動能力を異常なまでに強化している帝恐哉ならば話は別だ。

 

 

一瞬では折れなくとも、『スズメバチ』の怪力と、無限のスタミナがあれば時間をかけることにより可能である。

 

 

 

 

 

 

 

 

四分後、鈍い音を立てて『オオエンマハンミョウの大顎』は全て折られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

 

 

「フー…案外呆気なかったなぁ…と」

 

 

帝恐哉は、倒れたまま動かなくなったクーガ・リーを見てポツリと呟く。

 

 

もっと苦戦するかと思ったが、大したことはなかった。

 

 

後は、捕獲して『依頼主』に引き渡すだけ。

 

 

ただ、運んでいる途中に暴れられると面倒だ。

 

 

殺すか、これ以上ないぐらい精神をズタボロにして『心を殺す』か。

 

 

『生きたサンプル』の方が高く買い取ってくれるらしいので、後者でいこう。

 

 

心を殺して、抵抗する気など起きないようにしてやろう。

 

 

クーガの後ろに結わえた髪を引っ張り、無理矢理意識をこちらに向けさせる。

 

 

目は虚ろだが、辛うじて意識を保っている様子だ。

 

 

そんなクーガの眼前に、一枚の写真をヒラヒラとつまみながら見せる。

 

 

ドイツ班の、集合集合だ。

 

 

 

 

 

 

「第一位。お前に昔話をしてやるよ」

 

 

意地悪く、汚い笑いを浮かべる。

 

 

「むかーしむかしあるところに。『バグズ手術』で両親がクソムシみたいにくたばっちまったかわいそぉ~な少年がいました」

 

 

クーガは、パクパクと小さく何かを呟く。

 

 

「その少年はぁ…来る日も来る日も実験されて、毎日死ぬことばかりを考えていましたとさ」

 

 

しかし、帝恐哉は構わず話を続ける。

 

 

「ところがどっこい!ある日かわいこちゃんを見つけて…人間として生きようと心に決めましたとさ!!めでたしめでたし………」

 

 

「いい話じゃねぇか…泣かせるねぇ」

 

 

取り巻き達は、わざとらしい合いの手を入れる。

 

 

 

 

 

 

「 と は な ら な か っ た ん だ な こ れ が ぁ !!自分を人間にしてくれたと思った彼女はぁ!!『動物』みてぇに毎日他の男に種付けされてガキ孕まされちまいましたとさぁ!!そんでよぉ!!そのことがわかってたってのに言えなかったんだとさ!!また自分の周りから何かが失せるのがこええからあああ!!」

 

 

「その話何回聞いても最高に笑える!チキンすぎんだろ!!いや~オレだったら女の足折るけどなぁ!!」

 

 

取り巻き達の下品な喝采が終わった後に、帝恐哉はドイツ班の写真をピラピラと上方に掲げた。

 

 

「んで…心も身体もボロボロな『アドルフお兄ちゃん』は今家族ごっこしてるって訳だ。アネックス一号の中でな」

 

 

「ぷっ…男ブサイク多いな…」

 

 

「でも女はいいの揃ってんじゃん!!なるほど…『アドルフお兄ちゃん』は毎日このデカパイちゃんと褐色のこの娘に種付けしてんのか。自分の嫁に種付け出来なかったからリベンジかぁ?」

 

 

 

 

 

──────────ドイツ班の連中?…いい奴らだよ。みんな。お前と一緒で、オレの傷を見てもさ、恐がらないんだ。だから、ついついかわいくなっちまう。

 

 

 

 

 

 

 

「もう一人の話もお前らとクーガちゃんにしてやるよ」

 

 

 

ドイツ班の集合写真を踏みつけて泥だらけにした後、帝恐哉は話を再開する。

 

 

 

「義理の親父に()られまくった女に惚れてよ!!自分の人生捨ててまで義理の親父ぶっ殺してよ!!その女が火星でゴキブリにあっさり殺されたんだぜ!?そんで今でもズールズルと引きずってよ!!挙げ句の果てにこんなパチもんの墓作って女々しいったりゃありゃしねぇ!!個人的にはこれが一番オレの笑いのツボに入っちまうなぁ……『小町小吉』も相当なギャグセンスしてるわ!」

 

 

 

 

 

────────────もう一度あの時に戻れても同じことをするか?うーん。やっちまうんだろうなぁ。もし『アイツ』が泣いて止めても、何回チャンスを与えられても、やっぱりオレは『アイツ』の為にまた…やっちまうんだろうな。………殺人を正当化する訳じゃねぇけど。

 

 

 

 

「…………に…するな」

 

 

 

クーガは、小さな声で呻く。

 

 

帝恐哉は、それに対して顔をしかめる。

 

 

「小吉さんと……アドルフ兄ちゃんを馬鹿に…するな…」

 

 

ポロポロと、こどものように涙が零れる。

 

 

動かない身体で、何とか立ち上がろうとする。

 

 

「……………もういいわ、お前」

 

 

クーガの髪を離すと、支えられていたクーガの頭は地面に落下する。

 

 

帝恐哉は、クーガを無視して墓に近寄る。

 

 

「うー…っと…………」

 

 

糞や尿まみれにした墓の墓石の部分に、小吉の『大切な人』の顔写真を貼りつける。

 

 

そして次の瞬間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わっしょーーーーいっと!!」

 

 

パンチを放って、墓石を粉々にした。

 

 

「ッ…アアアアアアアアア!!」

 

 

クーガは最後の力を振り絞って、立ち上がる。

 

 

最早『オオエンマハンミョウの大顎』すらも失ったその拳で、立ち向かう。

 

 

 

「第一位。二つの物語の続きを今考えたんだわ」

 

 

変異した右腕を、クーガに向ける。

 

 

「二人に救われた小さな男の子は、結局何も恩を返せないまま『ゴミムシ』みたいに死んで、一生二人を悲しませましたとさ………ってのはどうだ?」

 

 

右腕から、『毒針』を射出する。

 

 

見事にそれはクーガの胸部にダーツの如くヒットする。

 

 

風穴が空かなかったものの、その衝撃と付与された電撃は憔悴しきったクーガの命を、停止させるには充分すぎる威力である。

 

 

クーガの身体は段々と冷たくなり、目の前が真っ暗になっていった。

 

 

そして数秒後、『命の炎』は吹き消された。

 

 

 

「生きたまんま捕獲したかったけど…最後まで抵抗したお前が悪いんだぜ?お前のせいで事故起きたらオレの責任になっちまうからな」

 

 

 

帝恐哉は電流を迸らせて、息絶えたクーガ・リーを見た。

 

 

 

もう、ピクリとも動かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

 

目を開けても、真っ暗だった。

 

 

自分は恐らく死んだのだろう。

 

 

小吉と、アドルフとの約束も守れずに。

 

 

そんな風に後悔の念を渦巻かせていると、不意に右手が暖かい感触に包まれる。

 

 

右手を、誰かが握ってくれていた。

 

 

小吉や、アドルフのものとは異なる手。

 

 

柔らかくて、優しい手。

 

 

真っ暗で何も見えないが、その人は語りかけてきた。

 

 

 

 

 

『あんただよね。毎回お墓綺麗にしてくれてたのは』

 

 

 

「──────────────」

 

 

 

『うちの馬鹿が迷惑かけてるみたいで申し訳ない…』

 

 

 

「──────────────」

 

 

 

『ぷふっ…アイツ四十二にもなってまだそんなことしてんの?』

 

 

 

「──────────────」

 

 

 

『酒飲んだ時に?』

 

 

 

「──────────────」

 

 

 

『うん…ってん?ん!?』

 

 

 

「──────────────」

 

 

 

『バッ…照れるかアホ!』

 

 

 

「──────────────」

 

 

 

『あー…やっぱあいつといるとツッコミスキル上がるのがカルマなのか…』

 

 

 

「─────────────」

 

 

 

『あ!それで思い出した!あたしあの生き物嫌いなのに毎回供えないでって言っておいて!!人工環境下でなきゃ生きられない筈だったのに徐々にタフになってんのよあいつら!!』

 

 

 

「─────────────」

 

 

 

『いやシーズーもかわいくないから!!アンタあいつと同じこと言ってるぞ!!』

 

 

 

「─────────────」

 

 

 

『うん…そうだね。あいつ曰く仁義は大切だからもう戻った方がいいかもね』

 

 

 

「─────────────」

 

 

 

『大丈夫。きちんと戻れるから。生きてあげて。あいつ、あの子の前では強がってるみたいだけど…あの子の名前…なんだっけか。アンタらが側で弁当食ってる時にポロッと聞いたんだけど…クトゥルフ君…だっけ?ん?何か違うな。というか絶対違う。何かこんな禍々しい感じじゃなかった!!』

 

 

 

「─────────────」

 

 

 

『お、覚えてなくたって仕方ないだろ!!というかアンタらが土曜の鰻の日のことを『アドルフ兄ちゃんの日』とか呼んで新手のイジメが発生しそうだった時チラッと聞いただけなんだよ!!』

 

 

 

「────────────」

 

 

 

『ま、そんなところね。アドルフ君に「心配すんな(キリッ)」とか言ってても、所詮は小吉だから。馬鹿みたいに優しいから、アンタのこと心配してるわよ』

 

 

 

「────────────」

 

 

 

『うん。行ってらっしゃい。あ、最後に一つ。あのうんこのドミノみたいなドレッドヘアーの男に言っておいて』

 

 

 

 

 

──────────ゴリラは不本意ながら私だ、…ってね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

帝恐哉の身体から発生した僅かな電流が、足元に落ちていた『とあるもの』が媒体となってクーガの身体にショックを与える。

 

 

それはまさしく、『A・E・D(電気ショック除細胞器)』にも似た働きをした。

 

 

クーガの命の蝋燭に、再び炎が宿ろうとしている。

 

 

身体に電流が走った瞬間に、クーガの身体に『生きよう』という意思伝達を全細胞・全内蔵・全神経・全骨・全筋肉に送ったのは、とある小さな、ちっぽけな約束であった。

 

 

 

一度落としてしまえば、見失ってしまいそうな豆粒大の約束。しかし、彼はそれを片時も手離したことはなかった。

 

 

 

 

 

 

〝僕ね、いつか二人みたいになってみせる〟

 

 

 

 

 

 

〝そうしたら今度は、二人の大切なものを守ってみせるよ〟

 

 

 

 

ちっぽけな。

 

 

どうしようもなく、小さな約束。

 

 

ずっと、胸に抱えてきた想い。

 

 

それが、クーガ・リーの血となり、肉となり、心となり、魂となり、想いとなり、祈りとなり、誇りとなり、誓いとなり、過去となり、現在となり、未来となり。

 

 

彼の命を、再び燃やす。

 

 

 

 

立ち上がったクーガ・リーは、ふと自分の右手に何かが収まっていることに気付く。

 

 

 

それは、糸。

 

 

 

たった一本の、細い糸。

 

 

 

それは、墓石の根元へと繋がっていた。

 

 

 

恐らく、前に放流した『蜘蛛糸蚕蛾』の糸だろう。

 

 

 

自然界では生きられるはずもないのに、唯香に頼んで徐々にタフになっていき、自然界のこんな片隅でコミニュティを築いてしまってるようだ。

 

 

 

生態系を狂わせるとかでどこかの団体に怒られても裁判で勝てないだろう。

 

 

 

 

 

単なる偶然かもしれない。

 

 

 

風で運ばれた糸が、自分の右手へと納まって。

 

 

 

帝恐哉と、いや。墓石と自分を繋ぎ、電流の導体となり。

 

 

 

自分の命を救っただけかもしれない。

 

 

 

「そんな訳ねぇよな………」

 

 

 

偶然にしても出来すぎである。

 

 

 

 

 

 

 

 

奈々緒さん(あ の 人)』がオレを呼んだのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

二十年前に小吉さんを呼んだ、その時のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

帝恐哉は、異常な光景に目を疑う。

 

 

 

生命活動を停止したであろうクーガが立ち上がったのも相当な驚きだ。

 

 

 

ただ、それ以上に『いる筈のない二人の人物』が、何故クーガの横に立っているのか。

 

 

 

恐らく幻覚だろうが、不気味なものは不気味だ。

 

 

 

 

 

 

「小吉さん、アドルフ兄ちゃん」

 

 

 

クーガ・リーは口を開く。

 

 

 

「今度はオレが、 アンタ達二人の大切なもんを守る」

 

 

 

拳を固める。

 

 

 

「〝あの日の約束〟を守る」

 

 

 

目を開く。

 

 

 

「もしそれを邪魔するのが『アンタ達の力』だったとしても」

 

 

 

思い出す。

 

 

 

「『アンタ達の教え』を信じて、貫き通す」

 

 

 

そして、墓石に足を乗せた帝恐哉の方を指差す。

 

 

 

「「『奈々緒さん(そのコ)』を放せ。糞野郎!!!」」

 

 

 

隣の人物が、クーガと共に声を重ねてこちらを睨む。

 

 

 

「その人だけじゃねぇ」

 

 

 

クーガ・リーは、恐ろしくゆっくりと歩み寄ってくる。

 

 

 

それだけなのに、何故だろう。

 

 

 

何故、こんなにも恐ろしいのだろう。

 

 

 

今度は、帝恐哉が怯えていた。

 

 

 

「ティンさん」

 

 

一歩。

 

 

「マリアさん」

 

 

一歩。

 

 

「明明さん」

 

 

一歩。

 

 

「ウッドさん」

 

 

一歩。

 

 

「虎丸さん。ジャイナさん。テジャスさん。ジョーンさん。ルドンさん。トシオさん」

 

 

一歩、一歩、一歩、一歩、一歩、一歩。

 

 

「ドナデロ艦長」

 

 

一歩。

 

 

確実に、距離を詰めてくる。

 

 

 

「………………親父(ゴッド・リー)

 

 

ポツリ、と空から雫が落ちる。

 

 

雨。本日の天気は、どこのテレビ局も快晴と報道していたのだが。

 

 

なんとなくだが、もう一人の横にいる人物のせいかもしれない。

 

 

そんな気がした。

 

 

 

 

「「 待 っ て ろ …ッ 」」

 

 

 

そして今度はその人物が、クーガと声を重ねる。

 

 

 

本来の主には頭が上がらないのか、帝恐哉の後ろで佇んでいた二匹の生物の幻影は消えていた。

 

 

 

「「 今 助 け る … ! ! 」」

 

 

 

そして、今度は〝三人〟で墓石の前を占領してる取り巻き達を指差す。

 

 

 

雷鳴が鳴り響く。

 

 

 

さっきまでの快晴が嘘だったかのように、空が曇天に呑み込まれていく。

 

 

 

 

 

「「「  (そこ) を………  」」」

 

 

 

三人の声が重なる。

 

 

 

 

 

 

「「「   退()  け  ! !  」」」

 

 

 

 

雷鳴が鳴り響く。

 

 

 

クーガ・リー。

 

 

 

彼の両手には『武力制圧(オオスズメバチ)』と『闇を裂く雷神(デンキウナギ)』の力は、握られていなかった。

 

 

 

ただ『武神(小町小吉)』と『闇を裂く雷神(アドルフ・ラインハルト)』の意思と想いは、片時も離れずに彼の側にあった。

 

 

 

クーガ・リーは、再現する。

 

 

昔教わった、彼らそのものを。

 

 

 

 







次回、小吉戦法とアドルフ戦法でオオスズメバチもどきとデンキウナギもどきに反撃開始。


先日から感想ドサドサ頂けて感無量です。


本当に毎回ありがとうございます。


ニヨニヨしながら感想欄毎回チェックしとるんですが絶対電車の中で不審者に見られてるでござるwwwフヒヒwww(夏で頭湧いた+ヤケクソ)


皆様も夏バテには気を付けて下さい。それではまた次回。




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第十五話 HERO 巣立ち





誰かの真似をするのは悪いことだ。


その人間を越えられないから。


誰かの真似をするのは良いことだ。


その中で、本当の自分らしさが見つかるから。





 

 

 

 

先程の晴天が嘘だったかのような悪天候。豪雨が土を濡らし、泥が跳ね散らかる中、帝恐哉は、悪夢を見ていた。

 

 

「クソッ!!」

 

 

空振る。

 

 

「クソッ!!クソクソクソッ!!」

 

 

全く、当たらず。動きが鈍っているはずのクーガに、全く攻撃が当たらない。それどころか。

 

 

「セアッ!!」

 

 

クーガの回し蹴り。

 

 

「ハアッ!!」

 

 

正拳突き。

 

 

全ての打撃を、帝恐哉は受け続けていた。

 

 

いずれも、自身が攻撃を仕掛けたところをカウンターで。

 

 

まるで、自分はクーガ・リーの〝攻撃を受ける為に〟攻撃を仕掛けにいっているようだった。

 

 

 

 

───────────────────

 

 

──────────

 

 

 

『空手道』

 

 

拳を磨き、脚を研ぎ澄まし、心を洗練し、全身を〝聖なる凶器〟へと変える術。

 

 

小町小吉は、六段。空手の修行にうち込み、かつ独自の工夫や研究も加え、心・技・体ともに高い水準に達した者に与えられる称号。対して、クーガ・リーは四段。基本的な技術、応用は全て高いレベルでこなせるだけの実力を持つ。

 

 

〝たったそれだけ〟と思うかもしれない。しかし、それだけで充分。目の前のちんけな悪党をぶちのめす分には、十二分。小町小吉から教わったこの技術が、紛い物に遅れを取る道理などない。

 

 

 

 

 

────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

帝恐哉の体に接触する度に、動きは『電流』で鈍くなる。だが、クーガ・リーは止まらない。

 

 

空手の独自の足運びは、血が頭に昇った素人には見切ることが出来ない。時に攻撃を避ける為の盾となり、時に攻撃を仕掛ける為の矛となり、顕著に帝恐哉の驚異となる。

 

 

「タアッ!!」

 

 

飛び込んで殴りかかってきたところを、顔面に向かって後ろ回し蹴り。

 

 

「セッ!!」

 

 

起き上がってきたところを、更に三日月蹴りで追い討ちをかける。これらの動きはいずれも洗練されており、帝恐哉の取り巻きはついつい魅了されてしまう。それを見た帝恐哉は、舌打ちする。

 

 

「テメェら!!何やってやがんだ!! さっさとやりやがれ!!」

 

 

主人の怒号に取り巻き達は意識を取り戻すと、注射型の『薬』を首筋に挿す。全員が変異した姿は、いずれも共通した姿だった。

 

 

バグズ手術〝大雀蜂〟

 

 

小町小吉の姿を連想させてクーガ・リーを動揺させるだけでなく、対人戦において非常に高い効果を発揮する『特性』。強力な群れとなり、クーガ・リーに悪夢を見せることは必然かに思われた。

 

 

取り巻きのうちの八人が一斉にクーガを囲んだ後、襲いかかった。しかし。

 

 

「ギャアアアアアアア!!」

 

 

次の瞬間に鳴り響いたのは、取り巻き達の阿鼻叫喚。クーガは襲ってきた一人の攻撃を『回し受け』により受け流し、他の取り巻きとの毒針同士による同士討ちを発生させる。残り6人。その後クーガは一人の腕を掴み、他の『毒針』からの猛攻の盾とした。

 

 

「やめ゛ろぉ!!」

 

 

哀れかな、その男は仲間の『毒針』によって〝蜂の巣〟にされ残り5人。その男の死骸を捨てて構え直した後、一歩滑るように下がって相手の攻撃を誘う。

 

 

「テメェ!!」

 

 

そのうちの2人が『毒針』拳を放ってきたところを、クーガは毒針を鷲掴みする。そして自らの後方へと引っ張ってやると、男二人はバランスを崩した。クーガは倒れる二人の行方を目でそっと追う。

 

 

「ンワ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

二人の顔面に、先程〝蜂の巣〟にされた男の両腕の『毒針』が突き刺さる。これで残り3人。

 

 

クーガは、足元に落ちていた『とあるもの』を拾い上げる。通常、空手は徒手空拳での戦闘が基本である。しかし、護身術として発達してきた空手だ。相手がもしナイフを持ち出してきた時、生身で受ければ当然怪我をする。

 

 

故に〝こちらも武器を使用する〟。空手には、『武器には武器で』という名言すら存在する。『戦争』に武器を持たないでいく愚か者はおらず、『戦闘』もまた、武器を持って闘うのが正しい姿であることをクーガは理解していた。

 

 

手に持ち上げたのは、折られた『オオエンマハンミョウの大顎』。計四本ある内の二本を、まるで映画でよく見る大袈裟な〝演舞〟のように振り回してみせた後、剣のように構えた。

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

怯えて殴りかかってきた二人の呼吸に、動作に合わせて首元に剣を添え、両首を切り落とした。

 

 

二本の剣をその場に落とし、残り一人となった取り巻きに向かって少しずつ歩み寄る。その取り巻きは、ヤケになった様子でこちらに拳を放ってきた。しかし、間合いをいつの間にか詰めたクーガの手によって肘の根本を押さえつけられ、拳を繰り出せずにいた。

 

 

「『小町小吉(あの人)』の拳は…こんなに軽くねぇぞ」

 

 

クーガはその一言と共に、毒針を引っこ抜いた後に顔面に正拳突きを放つ。男の顔面は半分潰れ、バタリと倒れたきり動かなくなった。

 

 

「「 覚えとけ。『カッコいい』のもスズメバチの特性だ 」」

 

 

朧気にだが確かに見える小町小吉の幻影も口を揃えて唱えた後、帝恐哉の方に向き直る。まだ、彼方には20人ほどの取り巻きがいる。多人数を空手で相手するのも骨が折れる。そんな時、クーガは帝恐哉の腰に装備されたとある物を発見する。それはクーガには見慣れたものであった。

 

 

 

 

───────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

帝恐哉は瞬く間に取り巻き達を捩じ伏せたクーガ・リーに恐怖した。近寄るのは危険だ。脳がそんなシグナルを全身に送っている為に、迂闊に近寄れない。彼はおもむろに腰のベルトに装備してあるある物を抜いた。

 

 

避雷針付きクナイ、『レイン・ハード』。ドイツのアドルフ・ラインハルトが実際に使用しているもの。

 

 

『奪われない為の戦いをする』火星に持ち込みを許可されたぐらいなので、当然貴重価値は全くもってない。従って、量産することなど容易である。それを投擲しようとした瞬間のことだった。

 

 

「いーいのかよぉ?」

 

 

弱ってる筈のクーガは、おちょくるような声色で帝恐哉に尋ねる。

 

 

「お前の放電はアドルフ兄ちゃんみたく上手くはねぇ」

 

 

確かに、帝恐哉の放電は雑であった。ただ力任せに放電しているだけ。元々『オリエントスズメバチ』は放電するような生物ではない。用いたとしても、体内のエネルギーに変換するだけなのだ。それを狩りに用いることなどしない。それを指向性を持って、ましてや『デンキウナギ』のように放電することなど不可能。

 

 

「しかもこの悪天候だ。雨だぜ?雨。お前が雑に放電すりゃ部下も感電する羽目になんじゃねぇのか?濡れると危ないぜ?」

 

 

クーガは挑発的に笑う。今度は、クーガが帝恐哉の心を弄んでいた。

 

 

「舐め腐ってんじゃねぇぞこのクソガキがアアァアアア!!」

 

 

帝恐哉は、怒り任せに六本の『避雷針付きクナイ』を投擲する。クーガは独特の足さばきで回避するも、

 

 

「おーら…よっとおおおおおお!!」

 

 

帝恐哉が全力で放電した瞬間、クーガの足元付近に突き刺さった『避雷針付きクナイ』へと電流が吸い寄せられていく。そして電流は6つのクナイに拡散する。雨が降り注ぐ今この場では、通常よりも広範囲に。

 

 

「………ッ!!」

 

 

クーガ・リーはそれに巻き込まれ、感電する。意識が飛びかける。しかし、反撃の為にその帯電した『レイン・ハード』に手を伸ばした。

 

 

「ッアアアアアア!!」

 

 

1本掴み取るだけで、激痛が走る。6本のクナイを掴み終わった時、クーガの体はボロボロだった。それでも、クーガは再現する。今度は、アドルフ・ラインハルトから教わった術を。

 

 

 

 

────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

『投剣術』

 

 

人類程、『投擲』に秀でた生物はいない。その中でも、この技術は〝命を刈り取る〟ことに特化していた。暗殺術として認識されてきたこの技術は、歴史の中で表立って隆盛したことはなかった。

 

 

アドルフ・ラインハルトは、それに優れていた。彼はこの〝冷たい〟技術を、その優しき心で穿つ大切なモノを守る為に、放つ。そしてこの『技術(ちから)』は、クーガにも確実に引き継がれていた。

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

「面白ぇじゃねぇか!!そいつでオレとダーツ大会しようってか!? 」

 

 

自らが投げた『レイン・ハード』6本を拾ったクーガを見て、帝恐哉は笑う。ならば、自分はそれを越える本数で迎え撃つまで。

 

 

帝恐哉は十二本の『レイン・ハード』を取り出すと、一斉にそれを投擲する。しかし、クーガの投げたクナイは、帝恐哉とは見当違いの方向に空を裂く。そして一方、帝恐哉の投げたクナイは全てクーガに命中する。

 

 

『オオエンマハンミョウの甲皮』は堅すぎて先端部分が少し食い込む程度。だが、それで充分。後はそこに電流を流せば内側にダメージを与えられる。

 

 

「ギャッハッハッハッ!!外れたなぁオイ!!残念賞のタワシぐらいならやってもいいぜぇ!!あの世に着払いでなぁ!!」

 

 

帝恐哉は、電流を最大まで解き放つ。

 

 

「オ…オイ………」

 

 

しかし、ここで取り巻きの一人が震え声で指を刺す。クーガが先程投擲した6本の『レイン・ハード』。外したと思っていたクナイは、取り巻き達を囲うようにグルリと六ヶ所に刺さっていた。

 

 

「なっ………!!」

 

 

帝恐哉は目を見開く。しかし、もう遅い。放電した電流は、より近い帯電する場所を求めて空中を泳ぐ。そしてクーガ・リーに刺さった12本のクナイよりも、間近の6ヶ所のクナイに向かっていった。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

間近で、尚且つ最大出力で。そして、雨で濡れた状態。そんな悪条件で放電した結果、二十人近くいた取り巻きは全て丸焦げになった。いずれも絶命している。

 

 

帝恐哉は、クーガを睨んだ。彼は身体に突き刺さったクナイを全て抜き終わった様子で、こちらが睨んだ途端にニヤリと口元を緩めてこちらを指差してきた。今度は朧気なアドルフ・ラインハルトと虚像と一緒に口を揃えてこう言った。

 

 

「「 言っただろ。濡れると危ないって 」」

 

 

帝恐哉はプルプルと体を震わせてクーガへの怒りを露にし、更に腰の『レイン・ハード』を取り出そうとした。しかし、その手は止まる。『薬』切れにより自らの身体の『変異』が徐々に収まっていったからだ。帝恐哉の身体は『オリエントスズメバチ』から『人間』へと戻ろうとしている。

 

 

そして、それはクーガも同じ。あちらはすっかり人間へと戻っている。しかし、互いに先程の激闘で予備の『薬』は全て破損してしまった。故に『特性』の力はもう使えない。

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

小吉さん。アドルフお兄ちゃん。

 

 

(オレ)には、二人が知ってる通り両親がいません。

 

 

背中を追うべき父親も。

 

 

背中を押してくれる母親もいません。

 

 

けど。

 

 

『クーガ。飯食いに……って何?実験調整用に用意された固形食?あーそんなもん放っておけ!育ち盛りなんだから美味いもん食うのが一番!な!』

 

 

『……クーガ。その、なんだ。……プ……プレゼントだ。誕生日だよな、今日………』

 

 

2人との想い出なら、両腕に抱えきれないぐらいあります。

 

 

二人がいつも両手を握っていてくれたから、寂しくなんてありませんでした。

 

 

いつも握ってくれていた両手。

 

 

小吉さんのゴツゴツした手。

 

 

アドルフ兄ちゃんの、傷だらけの手。

 

 

地獄から救い出してくれた、二人の両手。

 

 

暖かくて、優しくて、大好きな両手。

 

 

だけど、世界は残酷です。

 

 

(オレ)が手を握る度に、二人の手に傷が増えていきました。

 

 

2人に両手を握って貰っていた(オレ)にはわかります。

 

 

だから、心に決めてました。

 

 

小吉さんのように、かっこよく。

 

 

アドルフ兄ちゃんのように、優しく。

 

 

そんなヒーローになって、今度は(オレ)が二人の大切なものを、守ろうって。

 

 

『アキ!!』

 

 

小吉さんが、二度と拳を振るわなくてもいいように。

 

 

『なぁ……どうしてだよ。そんな動物みたいなこと……するなよ……』

 

 

アドルフ兄ちゃんが、もう二度と傷つかなくてもいいように。

 

 

あの日の二人みたいに、拳を握って。

 

 

あの日の二人みたいに、強くなって。

 

 

あの日の二人みたいに、目を開いて。

 

 

2人の大切なものが傷つけられたら、(オレ)が守ろうって。

 

 

それを心に決めていました。

 

 

だから、地球に帰ってきたらもう戦わなくていいんだよ。

 

 

(オレ)の手を包んでくれていた二人の両手。

 

 

今度はその手で、幸せを掴んで下さい。

 

 

(オレ)は、次の誰かと手を繋ぎます。

 

 

寂しいけれど、(オレ)はもう大丈夫だから。

 

 

転んでも、一人で立てるから。

 

 

悲しいことがあっても、一人でちゃんと泣き止めるから。

 

 

仲間達が、(オレ)を支えてくれてるから。

 

 

2人が挫けそうな時は、今度は(オレ)が支えます。

 

 

だから、安心してここに戻ってきて下さい。

 

 

後、最後に一つだけ。

 

 

今、(オレ)は。あの時の2人みたいに立てていますか?

 

 

 

 

 

─────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

 

クーガ・リーと帝恐哉の試合は、第二ラウンドに突入していた。人間同士の、生身での戦闘へと。

 

 

「ハッハッー!!どうしたどうした!!」

 

 

帝恐哉は、弱りきったクーガ・リーを叩いていた。

 

 

殴打。殴打。殴打。

 

 

血が流れても、すぐに雨のシャワーが洗い落とす。

 

 

そして暴力の嵐を受けても尚、クーガの瞳から闘志は消えなかった。

 

 

「ウオオオオオオ!!」

 

 

最後の力を振り絞ったタックルによって、帝恐哉を木の一本に向かって跳ね飛ばす。

 

 

「アアアアアア!!」

 

 

そして、すぐさま右腕を構えた。

 

 

「なっ…!!テッ…テメェ!!」

 

 

その右腕を見て、帝恐哉は絶句する。

 

 

先程の『蜘蛛糸蚕蛾の糸』によって、クーガの生身の右腕に〝とある物〟がいつの間にか縛りつけられていた。

 

 

『大雀蜂の毒針』

 

 

先程、取り巻きの腕から引き抜いた一本。隠し持っておいた、虎の子。懐刀。帝恐哉にとって、まさに〝泣きっ面に蜂〟

 

 

「ハア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

血を撒き散らしながら、クーガはその右腕の『毒針』で帝恐哉の右肩を貫いた。

 

 

「グアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

帝恐哉は絶叫する。毒針によって、木に打ち付けられたのだ。皮肉なものである。『裏切り者(ユダ)』と呼ばれた男が、キリストのように打ち付けられたのだから。

 

 

「畜生!!離しやがれ!!」

 

 

帝恐哉は、クーガをガンガンと蹴りつける。しかし、クーガはその場を山の如く動かない。

 

 

「バーカ……テメェはここでくたばるんだよ!」

 

 

クーガはニヤリとほくそ笑むと、左腕で空を指差す。

 

 

「雷の日に立っちゃいけない場所……どこかわかるか」

 

 

「まさか……」

 

 

帝恐哉の顔から血の気が引いていく。ゴロゴロと、空が轟いている。恐らくクーガ・リーがこれから行おうとしていることと、自らの最悪の予想が恐らく一致してしまうからだ。

 

 

「テメェ……まさか!!」

 

 

「ああ。そのまさかだよ」

 

 

クーガは、腕を縛りつけていた『蜘蛛糸蚕蛾の糸』で今度は帝恐哉の左腕を縛り付ける。 そして、フラフラとそこから離れていった。

 

 

「チックショオ!!拘束解きやがれ!!」

 

 

バタバタと暴れるが、木々が揺れるだけで一切拘束が解ける様子はない。『毒針』がますます刺さり、『糸』はますます食い込むだけ。

 

 

「お前は人としてやっちゃいけねぇことをした」

 

 

クーガはおぼつかない足取りでそこから離れながら、口を開く。

 

 

「他人の想いを(よご)し。(けが)した。誰にもそんな権利ないだろ」

 

 

そして思い出したかのように立ち止まる。

 

 

「あー。『メスゴリラ』からお前に伝言だ。旦那の『オスゴリラ』を馬鹿にしたお詫びにうんこみてぇにくたばれとさ」

 

 

奈々緒はそんなことなど言ってないのだが、個人的に腹が立ったのでクーガは話に尾ひれをつける。

 

 

「テメェ…何言ってやがる」

 

 

「あー気にしなくていい。こっちの話だ」

 

 

スッ、と曇天の空を指差す。その瞬間、眩い閃光が辺りを包む。クーガは帝恐哉を指差した。

 

 

「You は Shock。お前はもう死んでいる…ってか?一回言ってみたかったんだよな」

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

直後、帝恐哉の体を襲ったのは『側雷撃』と呼ばれる現象。雷撃の種類の一つで、落雷が落ちた付近や真下のモノに二次感電を引き起こす。特に高い樹木の下にいると、それに遭遇する確率は高くなる。

 

 

体中に安全装置を埋め込んだ帝恐哉とはいえ、これには耐えられない。自然の猛威の前では、文明の利器など無に等しいのだ。丸焦げになった帝恐哉を見て、ようやくクーガは倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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右手を、誰かに握られている。

 

 

強く。誰かに。

 

 

目をそっと開ければ、強い日差しを第一に感じた。

 

 

そして、目の前に広がったのは大切な人の泣き顔。

 

 

「……唯香さん?」

 

 

そう返事した瞬間に、唯香は何も言わずにクーガに抱き付く。

 

 

「ふご!!ふごごごご!!」

 

 

「ふえっ!?ごっ…ごめんね!!」

 

 

危うく巨乳に埋もれて窒息するところだった。

 

 

イスラエル出身のクーガ・リーさん(20)はおっぱいの雪崩(Hカップ)によって死亡という記事を明日の一面に危うく飾るところであった。

 

 

「わ、私のせいで…クーガ君がっ…ヒック」

 

 

涙で濡れている唯香の顔を、横になったままそっと拭う。

 

 

「ごめん。もう勝手なことはしない」

 

 

「本当だろうな」

 

 

七星の鬼のような形相が視界に入った途端、クーガは全身から冷や汗を噴出する。

 

 

「し、しちしぇーさん…」

 

 

ガタガタと、七星に怯えるクーガ。

 

 

先程まで帝恐哉に勇敢に立ち向かっていた男とは思えない。

 

 

「全く…桜博士にもう一度謝罪しておけ。後…あいつらにもな」

 

 

「あいつら?」

 

 

クーガが横に顔を向けると、ユーリ、アズサ、レナの三人が何か作業している様子だった。

 

 

よく見ると、雨で大分流されたとはいえ、まだ汚れのたまっている墓石を掃除していた。

 

 

「破片は後から修復できるように回収しますわよ。新品同様に修復できる業者を知っていますわ」

 

 

「りょーかいです」

 

 

「………よ、よぅ」

 

 

クーガが七星に肩を貸して貰いつつ、後ろめたいのか小声で挨拶する。

 

 

「あら。独断先行して唯香様を泣かせたエース様ではないですの」

 

 

「ろくでなしえーす」

 

 

「レナ、ろくでなしブルースみたいに言うのやめろ。アズサ、ユーリ、レナ。本当にすまねぇ」

 

 

クーガが頭を下げると、三人とも全く同じタイミングで溜め息を吐く。

 

 

「まぁ…ジャパニーズ料理を奢ってくれるなら考えてやってもいい」

 

 

「は?」

 

 

ユーリからの提案に、クーガはポカンとする。

 

 

「私は天ぷらでいい」

 

 

「あたくしは釜飯でいいですわ!」

 

 

「わたしは〝やきとり〟をしょもーする」

 

 

やはりそうだ。

 

 

一度ハトに餌をやると味を占め、次からは団体様で襲来するの法則だ。

 

 

次々についばみに来る群れを、最早防ぎようがない。

 

 

相当な資産家であるアズサに奢るのは何か違和感を覚えるが。

 

 

とはいえ三人に迷惑をかけたのは事実だし、ここは奢るのが筋だろう。

 

 

「………わかった。奢るよ。それに墓石汚かったのに掃除もしてくれたしな」

 

 

「汚い?あれぐらいで怯むようなあたくしではありませんことよ?」

 

 

「おじょーさまは〝しょみんは〟だからだいじょーぶい」

 

 

そういえばそうだ。

 

 

アズサは目立ちたがりだが、金持ちであることを理由に偉そうな態度を見せたことはない。

 

 

一度父親に会ったことがあるが、良い人だった。

 

 

全く嫌味っぽいところもなかったし、物腰柔らかな紳士だった。

 

 

あんな父親に育てられたのだから、アズサの性格も真っ直ぐで当然だろう。

 

 

レナもそんなアズサだから、慕っている。

 

 

そういえば、その父親は重い病にかかってるという噂を聞いたことがあるが。

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

アズサとレナの『サポーター』である花琳は、遠くから不適な笑みを浮かべる。

 

 

(ミカド)が潰されるなんて予想外ね…」

 

 

溜め息をつき、搬送されていく帝恐哉の死体を見て、溜め息をつく。

 

 

「まぁいいわ…〝私達〟には〝あの子達〟がいるもの」

 

 

花琳は、アズサとレナを見る。

 

 

いざとなれば、二人を使えばいい。

 

 

「あの二人が本物か…テストさせて貰いましょうか」

 

 

 

ミカド

 

 

アズサ

 

 

レナ

 

 

ナゾナゾしましょ、クーガ・リー。

 

 

 

 

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───────────

 

 

 

 

 

二日後、U-NASA本部にて。

 

 

クーガ・リーへの報酬とアネックスへの報告を兼ねて、大きなモニターにアネックス艦内への中継が繋がってる。テレビ電話のようなものだ。

 

 

映っているのは、小吉とアドルフ。

 

 

ミッシェルは気を遣って辞退した。

 

 

二人に、真っ正面からクーガの想いを聞かせてやりたかったから。

 

 

「今日は二人に言いたいことがあるんだ」

 

二人は、ただ静かにそれを聞いている。

 

 

「オレは、〝二人みたいになろうとする〟のをやめる」

 

 

二人は、静かにクーガを見つめる。

 

 

「今回の敵は二人から教えて貰った『(スキル)』でなんとかなった」

 

 

今回の敵は、クーガにとって最悪の相性だった。

 

 

それは本部からの報告で聞いていた。

 

 

それを自分達が教えた『技』で撃破したと聞いた時は、嬉しかった。

 

自分達を慕ってくれていることを知って、本当に嬉しかった。

 

 

ただ、同時に危うさも感じた。

 

 

自分達がクーガの冷静さを奪い、苦戦に追い込んだことも聞いたからである。

 

 

「でもいつか、『本当の強さ』が必要な時が来る」

 

 

クーガが今回行ったのは、小吉とアドルフの模倣。

 

 

想いを伴っていても、言い方は悪いが所詮は劣化品でしかない。

 

 

「だから。オレは〝アンタ達みたいになろうとはしない〟」

 

 

自分達への憧れを捨てる。

 

 

小吉とアドルフは、少し寂しくなったものの、安心した。

 

 

それなら、少なくとも自分達のせいでクーガが死ぬことはなくなるから。

 

 

そうクーガの言葉を受け取った瞬間、違う答えが返ってきた。

 

 

 

 

「アンタ達を越えるヒーローになってみせる」

 

 

クーガが出したのは、もっと大きな目標。

 

 

自分達の横に立とうとしていた小さな少年が今、自分達を越そうと大志を抱く大きな青年となった。

 

 

「そんでアンタ達が二度と戦わなくていいようにする」

 

 

言葉を更に続ける。

 

 

「オレはな、アンタ達がいい年こいて大好きだよ」

 

 

感謝や憧れは、忘れない。

 

 

「けど、もう両手を握って貰わなくても大丈夫だ」

 

 

だからこそ、〝旅立つ〟

 

 

「今度はアンタ達の背中をオレが押す」

 

 

これは、別れではない。

 

 

「『自分の弱さ(ゴッド・リー)』の事とも向き合って、『本当の強さ』を手に入れてみせる」

 

 

新たな自分の、始まりである。

 

 

『『 約束出来るか? 』』

 

 

画面越しに、二人は同時に尋ねる。

 

 

「ああ。約束だ」

 

 

クーガはニッ、と幼い頃のように笑って二人に応えた。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

「いやー最終的に酒飲む約束までしちまったなぁアド君!!」

 

 

「最悪ですよ…その約束だけは守れる自信がありません」

 

 

あの後、クーガとの話に久々に花が咲いてそんな約束までしてしまった。

 

 

アルコールが苦手なアドルフにとっては、溜め息ものでしかない。

 

 

しかし、大きく成長したクーガの言葉を聞けただけでも儲けものだった。

 

 

彼はこの先も成長していくだろう。

 

 

自分達が居なくなっても。

 

 

「アドルフ。お前『自分達が死んでも大丈夫』とか考えてるだろ?」

 

 

「な、何でそんなにピンポイントでわかるんですか」

 

 

アドルフはギョッとする。

 

 

顔に出ていただろうか。

 

 

「クーガと三人でツルむこと多かったからな。多少はわかるさ。ってか勝手に俺もくくるな!!俺まだ死にたくない!!」

 

 

「す…すみません…」

 

 

ついつい、マイナス思考になってしまう。

 

 

自分の悪い癖だ。

 

 

そんな自分に、小吉は強く手を置く。

 

 

「生き残るぞ。アドルフ。クーガの為じゃない。誰の為でもない。『お前自身』の為に生き残るんだ」

 

 

自分の為。

 

 

利用され続けてきた自分には、似合わない言葉。

 

 

ただ、今の自分には大切なものが出来てしまった。

 

 

ドイツ班の連中に、小吉やクーガ。

 

 

血は繋がっていなくとも、家族だから。大切な。

 

 

だから、もしかしたら。

 

 

たまには、自分の為に生きていいのかもしれない。

 

 

その前に少し、向き合うべきことがある。

 

 

クーガが弱さと向き合うのなら、自分もまた然りだ。

 

 

「おっ…おい。アドルフ。どこ行くんだ?」

 

 

去ろうとするアドルフに、小吉は声をかける。

 

 

「ちょっと、〝酒でもかっくらいながら考えたいことがあるので〟」

 

 

「ん…そうか…っておおおおい!?」

 

 

世界で一番お前に似合わない台詞だろ、と小吉がツッコミを入れる前にアドルフは去ってしまう。

 

 

「ま…いいか」

 

 

小吉は、アドルフが去ったところで懐から『バグズ二号』のメンバーの写真を取り出す。

 

 

「リー。お前の息子だけどよ、俺といたせいかどっちかって言うと『奈々緒(アキ)』に似たツッコミマシーンになっちまった」

 

 

すまん、と合掌して隅の方でカメラとは別の方向を見てる『ひねくれ者(ゴッド・リー)』に目をやる。

 

 

「お前の慰め方紛らわしいんだよ!あん時揉めかけたの俺のせいじゃないからな!!」

 

 

口は悪かったが、何だかんだで自分を慰めたり、仲間の出身地を把握していたりと、仲間想いだったことが伺える。感情表現はヘタクソだったみたいだが。

 

 

「お前の息子さ、本当に強くなったよ。俺もアイツに負けないぐらい強くなる」

 

 

いつか、クーガも父親の『特性』と向き合う日が来る。

 

 

もし、最強の『オオエンマハンミョウ』と最弱の『ミイデラゴミムシ』の『特性』が掛け合わされたら。

 

 

もし、クーガが父親のことを受け入れることが出来たら。

 

 

クーガは、どれ程までに強くなってしまうのだろうか。

 

 

そう考えると、ワクワクする。

 

 

自分も負けていられない。

 

 

まだ当分は、クーガの追い越すべき目標でありたいから。

 

 

小吉も、今以上に強くなることを決意する。

 

 

その為に、自分も向き合うべきことがあった。

 

 

自分の取り越し苦労かもしれないが。

 

 

小吉は、『とある人物』と腹を割って話す為に、『とある国の居住区』に向かった。

 

 

 

 

───────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

「じょじょーう!!」

 

 

突如飛んだ『蜘蛛糸蚕蛾』に、ゴキちゃんは思わず跳び上がる。

 

 

〝飛ぶ筈のない〟蚕蛾が、翔んだからそりゃたまげる。

 

 

「あはは…クーガ君…私、六年前に約束したよね!?自然界には離さないって約束したよね!?」

 

 

いつも笑顔な唯香だが、この時ばかりは『激おこぷんぷん丸状態』になっていた。

 

 

頬がこれでもかと言わんばかりに膨らむ。

 

 

そんな唯香の言葉はクーガの耳には入っていなかった。

 

 

クーガは、ただただ唯香を見つめる。

 

 

「……………今度は、唯香さんと手を繋ぐのかな」

 

 

キョトンとしていた唯香の手を、無意識にそっと握る。

 

 

「ふえっ!?」

 

 

「ん?え?あ!!ああああ!?」

 

 

いつの間にか手を取ってしまったことに気付き、クーガは慌てて手を離そうとする。

 

 

しかし、クーガの命を救った『ある物』がいつの間にか絡まったようで、ほどけない。

 

 

しかも、なんともこっ恥ずかしい、昔のベタなラブコメも真っ青な絡まり方をしている。

 

 

「いいいいいやこここここここれは!!」

 

 

「は、はしゃみ!!はしゃみで切ろう!!いいい嫌でもそれだと不吉だし!!いやそういう意味じゃないの!!そういう意味じゃ!!」

 

 

あたふたあたふたと、二人は顔を真っ赤にしながらパニックになっている。

 

 

「じぎぎぎ!!」

 

 

それを、ハゲゴキさんは愉快そうに笑う。

 

 

『蜘蛛糸蚕蛾の糸』が、いつの間にか二人の小指を結んでいた。

 

 

それを愉快そうに見届けると、パタパタと『蜘蛛糸蚕蛾』は室内から飛び去ろうとする。

 

 

しかし、ハゲゴキさんがすかさずキャッチしてモグモグ。

 

 

「じぎぎぎ!!」

 

 

【今の流行りはキャッチアンドリリースではない。キャッチ&モグモグなのだ!!】

 

 

ハゲゴキさんの大好きなテレビではその頃、動物園のゴリラが脱走するニュースが流れていた。

 

 

この出来事の十分後、突如侵入してきたゴリラに、ハゲゴキさんが反撃も許されずにボッコボコにされてトラウマになるのはまた別の話である。

 

 

〝ゴリラ〟は、怒らせると恐いのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







今回はコメント欄にあったアイディアを採用してみました。


ちゃっぴーさんの北斗の拳ネタと、シルクさんのカイコガネタです。


この先はストーリーの大筋が決まってしまっているので無理だと思いますが(^^;)ゞ


クーガ・リーが大きく前に踏み出した回でした。


オリジナルキャラの生き方を変えてしまえるあたり、流石原作キャラですね。


後、本編のキャラについてです。


クーガという大きいようで、小さい存在をテラフォーマーズという作品に投入したらどうなるか。ちょっと気になりませんか?


原作キャラの生死、ちょっと変わってくるかもしれません。


もしかしたらですけどね。


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外伝 CASE_FIVE デンキウナギ



体が火照り、意識が微睡む夢か現実か解らないような感覚。酒を飲んで酔う、というのは思っていた程嫌いじゃないかもしれない。


このままろくに働かない頭で、弱さと向き合っていたい。まともに働く頭で向き合ったら、自分が壊れてしまいそうで恐いから。そんな意思とは裏腹に、泡沫の如くアルコールを摂取したことで見えていた優しい世界は消えていった。





 

 

 

瞼を開ければ、懐の冷たい感触がオレを苦しめる。

 

首からかかった〝誓いの指輪〟

 

それを繋ぐ鎖が、今のオレには毒蛇にしか思えない。その先に繋がれた指輪は、最早『呪い』でしかない。多くの祝福を受けて結ばれた筈だ。なのに、何故こんなに哀しい結末を辿った?

 

あいつと結ばれて、オレは幸せになった筈だ。ならば何故この毒蛇はオレの胸を締め付ける。何故オレはこんなにも自らを苦しめるこれ(・ ・)を棄てられない?

 

答えは『失うことを恐れている』からだ。

 

両親を亡くした日、オレの世界は色褪せた。あの感覚を2度と味わいたくない。幸福や祝福が去る、あの感覚を。例え仮初めの感覚だろうと、掌の中にある幸せを逃がしたくない。

 

 

 

 

……幸せ?

 

今向き合っているこれ(・ ・)は、本当にそう呼べるものだろうか。幸福とは、包んだその手を血だらけにするものか。受け入れた心を壊してしまうものだっただろうか。

 

いや、断じて違う。そうハッキリ否定できるのは、オレ自身が確かな幸せの感覚を覚えていたからだ。

 

オレは、その感覚を知っている。幸福は左手の中に残っている。クーガの手を握っていた時、確かにそれを感じていた。

 

そして、今まさにオレを今この時も包んでいた。酒に頼ったオレのしがない告白を聞き、オレの為に怒り、吠え、そして泣き疲れて眠ってしまった部下達の涙がその幸せをより確かなものにした。

 

 

 

 

 

本当にこの指輪がないとオレの幸福は消え失せるのか?それがわからないから、恐かった。

 

……わからないから、恐い?

 

何処かで聞いたことがある。どんなに恐くてもそれを知り、死ぬ間際でなく事前に自覚し、対処し作戦を立てられることが人間の強みだと。

 

オレの頭を今まさに、膝に乗せてくれている少女に誰かさんが言った台詞だ。誰だったか。その人間は、酷く臆病だった気がする。その人物は、自分がいかに幸せか気付いてなかった気がする。

 

こんなにも自分を想ってくれている部下達がいるのに。そいつは、今よっぽど幸せなのだろう。今まさに、涙が頬を撫でているから。

 

 

「……… Ich habe dich wirklich geliebt(本 当 に 君 を 愛 し て い た)

 

 

そう小さく呟き、オレは右手に握った『呪いの指輪』を愛しく握り締めた。こんなにも辛い想いをしているのに、オレはそれなら簡単に手を離すことができなかった。これが人間の弱さなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

────────

 

 

 

気付けば、左手は暖かい感触に包まれていた。だがかつて、手を繋いでいたあの少年の手ではない。彼はもう大丈夫だと言ってオレの手を離し、その手で背中を押してくれた。

 

 

じゃあ今自分の左手を包んでいるのは誰だろうか。疑問を解決する為に瞳を開けると、部下のエヴァ・フロストが強く自分の手を握っていた。そして彼女は言葉を紡いだ。

 

 

「アドルフさん。私たち、血よりも固い絆で結ばれた家族です」

 

 

彼女が発した言葉には、幸せを確かなものにしてくれる何かが詰まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

もう、嘘をつかないで生きよう。

 

右手の『呪い』と、左手の『祝福』を握り締めて。

 

オレは再び、微睡みの中に身を落とした。

 

もう、歩き出すのが恐くない。

 

 

 

 

 

 







クーガがしたことはアドルフさんの背中を押して、時計の針を早めただけです。アドルフさんは原作でもきちんと、死ぬ間際でしたが答えに辿り着いてました。

それを早めたらどうなるかなと、気になった所存であります。他の作者の方々のように、直接的ではなく、間接的な原作改編になってしまうと思います。




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第十六話 NOISE 蟲毒





一つの器の中に、複数の毒蟲を入れておく。


その器に蓋をしておくと、蟲達は互いを喰らう。


互いを食み貪る中で、闇のカクテルはその濃さを増していく。


そして、最後に残った極上の一匹は呪術に用いられる。


人はそれを〝蟲毒〟と呼び、太古より怖れ、それを避けた。


その坩堝の中に巻き込まれれば、たちまち負の渦に呑まれるだけだから。








 

 

 

 

「おじょーさま。ごはんでけた」

 

 

美月レナの一声で、アズサ・S・サンシャインは目を覚ます。

 

 

朝日が目に射し込み、 重い瞼と気だるい意識が少しずつ覚醒していく。

 

 

…いや。朝日だけではなかった。

 

 

朝日に当てられた、部屋の中をズラリと並ぶ金のトロフィーが反射し、黄金の光を眩いばかりに所有者であるアズサ自身に向かって放っていた。

 

 

この全てが『フェンシング』の競技大会で優勝を飾り、得たもの。

 

 

「………我ながら圧巻ですわね」

 

 

アズサは自らの功績を見て、ポツリと呟く。

 

 

それもこれも、父親の指導の賜物だと思う。

 

 

幼い頃から指導を受け、ずっと向き合ってきた自らの特技。

 

 

才能があったのだと思う。

 

 

別に『フェンシング』が好きだった訳ではない。

 

 

どちらかと言うと、可愛い動物と戯れる時間の方が楽しい。

 

 

かといって、父に強制された訳でもない。

 

 

ただ、何か武芸に打ち込めば強くなれると思っていた。

 

 

父を守る力が欲しかった。

 

 

事実、自分は力を手にした。

 

 

しかし、皮肉なものだ。いくら自分が力を手にしたところで、父は救えないのだから。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

 

────────────

 

 

 

「まいうーざます」

 

 

レナは、自らが作ったハンバーガーを食べながら自画自賛する。

 

 

手前味噌にも程があるものの、確かに美味しい。

 

 

もりもりと、目の前で清々しい程の食欲を朝から発揮しているレナを、アズサは眺めた。

 

 

美月レナ。

 

 

母がおらず、姉妹もいない自分を気遣って、父が日本の孤児院から引き取って以来、幼い頃から本当の姉妹同然に育ってきた。

 

 

ファミリー向けの特集番組にて、姉妹が犬と仲むつまじく遊んでいるシーンを見て「羨ましい」と自分が呟いていたのを父が目撃していたらしく、その願いを叶える為に妹として連れてきたらしいのだが。

 

 

 

 

 

─────────────────────────────

 

 

 

 

《十五年前》

 

 

 

『誕生日おめでとう。アズサにサプライズがあるんだ』

 

 

『あたくしにですか?なんですの?』

 

 

『ふふ。テレビを見ていた時羨ましいと言っていただろう?』

 

 

『え!まさか!』

 

 

『そのまさかだよ。出ておいで』

 

 

『わーい!わーい!かんげきです………わ?』

 

 

『あ、やせーの「れなちゅう」がとびだしてきた。どーも。すきなぽけもんは「ぴかちゅう」の「れな」です』

 

 

『…………お、おとーさま、だれですの?このこは』

 

 

『アズサの妹だよ。姉妹を見て羨ましいと言っていただろう?』

 

 

『「れな」はきょうから「おじょーさま」のいもーとです。おやつをはんぶんこするときはビッグなほうをしょもーする』

 

 

『あの…その…あたくしがほしかったのは…「わんちゃん」です』

 

 

『え?ど、どういう事だい?アズサ?』

 

 

『だからその…「わんちゃん」が…』

 

 

『もしかして…あの時「羨ましい」と言ったのは…犬のことだったのかい?』

 

 

『え、ええ。「わんちゃん」のことですわ…』

 

 

『にゃあにゃあ』

 

 

『それは「にゃんちゃん」ですわよ、れな』

 

 

 

 

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あんな手違いトラブルがあったものの、父は自分もレナも分け隔てなく育ててきた。

 

 

そのせいかどうかはわからないが、レナは父だけでなく何故か自分にも恩義を感じてくれていた。

 

 

自分は、レナに特に何かしてやれた覚えはない。

 

 

いつも一緒に遊んでいただけだだけである。

 

 

なのに自分を守ろうと躍起になって、幼い頃から肉体トレーニングを始めただけでなく、十八歳になる頃には一時自衛隊に入隊し、本格的な訓練を受けて帰ってきた。

 

 

レナの長年の努力の結果か、入隊して一年ほどで格闘勲章を得た。

 

 

しかし、素行不良の上官複数名を『殺しかけた』とかいう理由でその勲章は剥奪され、除隊処分を受けて帰ってきたが。

 

 

不謹慎だが、レナがいない間心細かったので、一見叱っていても内心ガッツポーズだった。

 

 

そんなレナと、そこそこの大きさの家で今は自分達二人で住んでいる。

 

 

『サンシャイン家』は名門である。入院している父親は、某食品チェーンの代表取締役だ。

 

 

資産は『巨万の富』とまではいかないが、それに近いものであると言えるだろう。

 

 

そんな『サンシャイン家』が何故このような一般家庭と変わらない環境に身を置いているのか。

 

 

それは、必要ないからである。

 

 

たった三人の家族なのに、何故広い豪邸や屋敷に住む必要があるのか。

 

 

全く必要ない。

 

 

家の掃除もさぞかし大変だろう。

 

 

豪邸に住めば、お金で使用人を雇えばいいじゃないか?

 

 

いいや。それは『サンシャイン家』ではご法度だ。

 

 

『お金がなければ何も出来ない人間』になるな。

 

 

それが『サンシャイン家』の家訓の一つである。

 

 

自分はそんな『サンシャイン家』を、いや。『父』を誇りに思い、心の底から慕っている。

 

 

そんな父親が、病の床に伏している。

 

 

自分には、アズサ・S・サンシャインには耐え難い苦痛だった。

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

「へん」

 

 

U-NASAから指示を受けた任務の現場に向かっている途中に、運転しているレナが不意に口を開く。

 

 

「…………なにが、変ですの?」

 

 

アズサは、レナの疑問に検討がついていながらそう尋ねる。

 

 

「〝あのとき〟、みんながあっさりやられてたこと」

 

 

レナが言う『あの時』とは、言わずもがな『集会』のあの日のことだろう。確かにそれについては疑問が複数浮かぶ。

 

 

帝恐哉(みかどきょうや)』が『裏切り者(ユダ)』だということが先日の事件を機に判明した。

 

 

だがしかし、だからこそ浮かび上がる疑問がある。

 

 

本当に、『帝恐哉』が単独で幇助した〝程度〟で、精鋭揃いの『地球組(自分たち)』が壊滅するだろうか。

 

 

確かに『帝恐哉』の力は脅威だった。

 

 

彼自身の戦力としての力量も、その与えた情報も。

 

 

しかし、たった〝それだけ〟。

 

 

帝恐哉に『依頼主(ブレイン)』がいたこともわかっているが、正直それはさして問題ではない。

 

 

実行犯の数が足りないのだ。

 

 

当日、『地球組』の会場を占拠して制圧する、『実行犯』の数が。

 

 

『バグズ手術』を受けた雑兵達は、そのうちの数に入らない。

 

 

『帝恐哉』だけでなく、他にも『裏切り者(ユダ)』がいた筈。

 

 

それがわからない。

 

 

少なくとも、『裏切り者』による『地球組』壊滅騒ぎのせいで、更に厄介な事態になりかけている。

 

 

今から〝護送〟する人物も、そのせいで急遽起用することになった人物の一人だ。

 

 

何でも、『切り札(トランプ・カード)』と呼ぶにふさわしい力を有しているらしい。

 

 

戦力補充と言えば聞こえはいいが、何らかの隠謀が関与しているのは明らかだ。

 

 

少なくとも、一人や二人のメンバーの加入により片付く問題ではないのだ。

 

 

 

 

 

 

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とあるU-NASA施設の地下駐車場。

 

 

そこに、『護送車』が停車していた。

 

 

『護送車』とは、正真正銘『囚人』や『被疑者』などを輸送する為の車両である。

 

 

最も、映画によく出てくるモデルのような、檻付きバスのような大型車。

 

 

その大きな車両の中に、〝とある人物〟が拘束されていた。

 

 

現在の地球組メンバーを、トランプで例えるとしよう。

 

 

『心』を象徴する『ハート』はクーガ。

 

 

『剣』を象徴する『スペード』はアズサ。

 

 

『棍棒』を象徴する『クラブ』はレナ。

 

 

『硬貨』を象徴する『ダイヤ』はユーリ。

 

 

この四人を、各スートの『エース』とする。

 

 

この拘束された人物をトランプで例えるならば、『ジョーカー』。

 

 

この人物の有した戦力は勿論だが、それ以上にその『存在』が重要であった。

 

 

各国首脳が集まった会議にて、『とある国』の首脳が強行した『計画(プラン)』。

 

 

あまりにも危険であり、あまりにも浅はか。

 

 

だからこそ他の国の『首脳(トップ)』は反対した。

 

 

〝確実に裏があるからである〟

 

 

単純な戦力の確保?

 

 

笑わせてくれる。

 

 

『その国の首脳』は、『MO手術』よりも重火器をゴキブリに使用した方が有効であると考えている。

 

 

それが掌を返して〝過度に強力なMO手術ベース適合者の選別〟などという『計画(プラン)』を推進するとはどういうことか。

 

 

確実に裏がある。とどのつまり、『偽装(フェイク)』だ。

 

 

だが、それを言うのはご法度。

 

 

『その国』との間に亀裂が入っては不味いからである。

 

 

そこで起きる問題全ての責任を背負うという条約で、決定した。

 

 

しかし、〝確実に問題は起こる〟。

 

 

それを見越して、恐らく強行したのだ。

 

 

こんな計画、デメリットしかない。

 

 

仮に何の問題もなく、単純に戦力が確保されたとしよう。

 

 

その国には何の旨味もないのだ。

 

 

『地球組』の戦力が補充されたところで、全体の利益にしかならない。

 

 

『その国』が狙っているのは、逆に『起こりうる問題全てから生じる責任』。

 

 

むしろ、最初から〝デメリット〟を狙っているのだろう。

 

 

一見〝デメリット〟に見えても、恐らくあちらからすれば〝メリット〟なのだ。

 

 

 

 

 

 

話のフォーカスは再び、『切り札(ジョーカー)』と呼ばれる彼に戻る。

 

 

この男は、早く言ってしまうと『死刑囚』だ。

 

 

たまたま〝過度に強力なMO手術ベース〟に適合しただけ。

 

 

そして、優れた戦闘技術を持っていただけ。

 

 

それだけで、釈放された。

 

 

しかし、凶暴な犬には首輪をつけておかねばならない。

 

 

そうしなければ、こちらに歯向かうだけでなく『野良犬の群れ』、つまり『地球組』の敵である『バグズ手術』を受けた死刑囚の側につき、強力な戦力を確保されてしまう為である。

 

 

それ故に、〝脳を自在に制御し、いざとなれば自爆する装置〟などという人権を踏みにじるかのような機材を、装着させなければならない。

 

 

その手術を、アズサやレナ、花琳が所属する『テラフォーマーズ生態研究所第一支部』で行われる〝予定〟であった為に、現地まで〝護送〟する予定だったのだが。

 

 

アズサとレナが到着していた時には、U-NASA施設の地下駐車場には、既に『バグズ手術』を受けた囚人達複数名と、見覚えのある顔〝達〟が待機していた。

 

 

 

 

 

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───────────

 

 

 

「あら…遅かったわね?遅刻よ、アズサ」

 

 

フェラーリから降りたアズサとレナを迎えたのは、彼女達の『サポーター』である花琳。

 

 

相変わらず、『余裕』という言葉が服を着て歩いているかのような印象を受ける。

 

 

自分達の敵と仲良く肩を並べている現場を目撃され、全く動揺していないのだから。

 

 

「花琳…やはり貴女でしたのね、裏で糸を引いていたのは?」

 

 

その言葉に、花琳はクスリと笑う。

 

 

「……その話は後にしましょ?というか…貴女達がそれどころじゃなくなるわよ」

 

 

不適に微笑んだ花琳の横を、顔見知りの面々が通り抜けてくる。

 

 

〝死んだ筈のメンバー達〟が。

 

 

 

 

 

 

「よぉ…久しぶりだなお嬢ちゃん達…」

 

 

筋骨粒々で、スキンヘッドの頭部に大きな傷がいくつも入った男。

 

 

『マッド・D(ドッグ)・グレイシー』。

 

 

『アース・ランキング』第七位。

 

 

強力な力に、強固な甲殻。強靭な尾を備えた

漆黒の覇者(ダイオウサソリ)』の特性を持つ男。

 

 

『集会』の日、死んだと思われていた男。

 

 

それが、今目の前で生きている。

 

 

 

 

 

 

「レナさん…ああ!その純粋無垢な性格にその整った顔立ちとスタイル!!僕の嫁になって欲しい!!結婚式はハワイで挙げてそれ以降毎晩四六時中種付け作業に励もう!!僕って絶倫だから君をきっと満足させられるよ!!僕童貞だけど本読んでたくさん勉強したから!!ああ、アズサさんだけど後ろの方の穴で相手してくれるなら妾にしてやってもいいよ!!君のお尻は魅力的だからね!!『集会』の日、実はテーブルの下で君をオカズに思わず〝マス〟をかいてしまってたんだ!!ごめんね!!ごめんね!!」

 

 

醜悪な顔に、眼鏡をくもらせてブヒブヒと唸っている巨漢の肥満体の男。

 

 

『安堂タカシ』。

 

 

『アース・ランキング』第九位。

 

 

自重の千倍以上の重さを持ち上げる、

太陽を運ぶ者(スカラベ・サクレ)』の特性を持つ男。

 

 

〝糞転がし〟と呼ばれるこの昆虫だが、体重100kgの『安堂タカシ』が人間大で発現させれば、【100t以上】の重さの物を持ち上げることが可能になる。

 

 

『集会』の日、死んだ筈の男が目の前で囀ずっている。

 

 

 

 

その他『十一位』・『十三位』・『十四位』の者。

 

 

『地球組』五十人中、上位ランカーが揃い踏みだ。

 

 

『地球組』のメンバー自体、『マーズ・ランキング』であれば最低でも三十位以内での活躍が見込まれる者ばかり。地球各地にて、単独で任務をこなせるように選抜されたからである。

 

 

「なるほど…よくわかりましたわ」

 

 

アズサは溜め息混じりに、〝死んだ筈の面々〟を睨む。

 

 

「貴方がたは『あの日』…『帝恐哉』と共に反乱を起こした。そして自分達は死亡したように隠ぺいし…暗躍する実行犯は『帝恐哉』に託した。そしていざという時の兵隊として自分達は身を潜めた。そこの『花琳』に雇われて」

 

 

〝違いまして?〟

 

 

とアズサは尋ねる。

 

 

すると、パチパチと気の無い拍手が鳴り響く。

 

 

「ご名答よ、アズサ。一瞬でそこまでわかるなんてね」

 

 

「ふぁっく・ゆー」

 

 

レナは花琳に向かって中指を立てる。

 

 

アズサも、同じ気持ちだった。

 

 

同じ志を持つ仲間達を、彼らは恐らく『金銭』の為に裏切ったのだ。

 

 

彼処に佇んでいる、『女狐(花琳)』にそそのかされて。

 

 

「降伏しちまいな、お嬢ちゃん達。お前らの『ベース生物』はネームブランドだけは無駄にご立派な飾りもんだ。『人間大』にしたところで大したことはねぇ」

 

 

『マッド・ドッグ』はニヤニヤと、二人を嘲笑うかのような笑みを浮かべる。

 

 

二人のベースは既に把握している。

 

 

自然界にいれば強そうではあるが、人間大にしたらイマイチ冴えない印象だ。

 

 

「オレらはその『護送車』の中の〝化け物〟を解放したいだけだ。邪魔しなけりゃ危害も加えねーよ」

 

 

敵の狙いはやはり、『護送車』の中の人物。

 

 

なるほど、ここで戦力を確保して有利に今後の戦いを進める気だろう。

 

 

そうはいかない。

 

 

アズサは冷静に戦力を分析する。

 

 

自分の記憶上、『マッド・ドッグ』は実戦的な地下のストリートファイト大会で優勝を何度も何度も繰り返してきた経験のある男。

 

 

この中で最も桁違いに手強いだろう。

 

 

そして、『安堂タカシ』をはじめとした残りの四人の『裏切り者』は、『ベース生物』が強力すぎるだけであって、格闘技の経験はなかった筈。

 

 

最も、U-NASAから相当な訓練は受けさせられた筈だが。

 

 

後は、『バグズ手術』を受けた『死刑囚』が二十人ほど。

 

 

「……………レナ、〝あちらの雑魚〟は全て貴方が相手を」

 

 

「うぃ」

 

 

レナは、二つ返事で承諾する。

 

 

〝雑魚〟とくくるには相手としての荷が重すぎる。

 

 

そう思う者もいるかもしれない。

 

 

だが、アズサはわかっていた。

 

 

あの程度の実力では、レナの前では平等に〝雑魚〟でしかない。

 

 

「あたくしはあちらの〝大将〟を片付けますわ」

 

 

唯一〝雑魚〟の冠から逃れた『マッド・ドッグ』。

 

 

それをアズサは指差し、注射型の『薬』を注入した。

 

 

レナも、それに続く。

 

 

『裏切り者』達も、負けじと『変異』しようとする。

 

 

しかし、その動きは停止する。

 

 

目の前に現れた、(ブルー)(レッド)の『戦乙女(ワルキューレ)』の美しさに目を奪われて。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

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血飛沫が、舞い散る。

 

 

美月レナを中心に、その血はコンクリートの地面に赤い華を描いていく。

 

 

彼女に近寄る者は皆平等に、その体を『切断』された。

 

 

彼女自身の紅蓮の甲皮が、返り血の化粧により深いルージュへと染められていく。

 

 

「ヒイッ!!ヒイイイイイイ!!」

 

 

腕を切断された『安堂タカシ』は、地面で芋虫のようにもがいていた。

 

 

レナの体に全力でパンチを放った途端に、その拳は腕から切り離された。

 

 

彼女の二対の武器がそれを許さなかったのである。

 

 

自慢の怪力も、届かなければ意味はない。

 

 

「じごくでしにがみと〝ちゅー〟してな」

 

 

棒読みでレナが決め台詞(?)を言い終える頃には、その場に立っている者はいなかった。

 

 

誰もかれも、重傷。

 

 

生きては、いる。

 

 

「たかし、おまえのばんだぜ。べいべー」

 

 

感情のない言葉と共に、レナは二対の武器を『タカシ』の首に添える。

 

 

まるで、ギロチンのようだ。

 

 

「あ、や、や、や、やだ、た、たすけてよ」

 

 

びくびくと、タカシは怯えたように後ろずさる。

 

 

「やだ」

 

 

「うわああああああ!!ママァアアアアアアアアア!!」

 

 

情けない声を上げてタカシが気絶すると、レナはすっと立ち上がる。

 

 

「〝おかーさん〟がいるならかなしませるな。こんなことからはあしを洗うのじゃ」

 

 

気絶したタカシから目を移し、敵が痛みにうめく中心で、レナは主人の戦いを見守った。

 

 

 

 

 

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────────────

 

 

 

 

 

「あらあら、先程までの威勢はどうしまして?」

 

 

「ぐ…ううう………」

 

 

『マッド・ドッグ』は、アズサを睨む。

 

 

こちらの戦いは、戦場を阿鼻叫喚の渦に巻き込んでいたレナとは異なり、静か。

 

 

相手の返り血はアズサには届かず、その蒼い身体は一切汚れていなかった。

 

 

不浄の蒼。

 

 

『マッド・ドッグ』が何かを仕掛ける度に、アズサは腕から生えた一本の武器で相手の身体を貫いた。そのお蔭で、全身の甲殻に穴が空いている。

 

 

『フェンシング』に精通した彼女は、その〝速さ〟で相手に何もさせない。

 

 

「クソ…何でだ!!」

 

 

『マッド・ドッグ』の、いや『ダイオウサソリ』の強力な鋏は届かず、強固な甲殻も貫かれ。強靭な尾から繰り出す針も、相手には通らなかった。

 

 

間違いであった。

 

 

『人間大』にすれば大したことはないと思っていた。

 

 

だが、アズサとレナのベースとなった生物は、事実強力無比な力を発揮している。

 

 

その『特性』はもとより、その『生物』が持つ『武器』が、二人の『人間』としての戦い方に非常にマッチングしているのだ。

 

 

彼女達がその『二種の生物』を選んだというよりも、『二種の生物』が彼女達を選んだという錯覚すらも覚えそうだ。

 

 

チラリと横を見れば、血のプールの中心でこちらを無表情に眺めるレナがいた。

 

 

背筋が凍りつく。

 

 

アズサにも、何もさせて貰えそうにない。

 

 

あまりの力量の差に愕然とした『マッド・ドッグ』は、自らの尻尾を引きちぎる。

 

 

僅かながらも毒を備えた、その武器を。

 

 

「頼む………!!殺さないでくれぇ!!」

 

 

ガタガタと震えながら、『マッド・ドッグ』は降伏した。

 

 

噂には聞いていた。

 

 

あくまで噂だと思っていた。

 

 

アズサ・S・サンシャインと、美月レナの二人は『クーガ・リー』よりも強いと。

 

 

『アース・ランキング』は、三つの項目を採点し、合計した点数により決定される。

 

 

あくまで目安だが。

 

 

・単独の相手に対する戦闘力

 

 

・複数の敵に対する殲滅力

 

 

・戦闘時の判断力

 

 

これらの十点満点の項目のうち、クーガ・リーは全ての項目で九点。

 

 

ユーリ・レヴァテインは戦闘時の判断力が十点。単独の相手に対する項目が九点、複数の相手に対する項目が六点だったか。

 

 

そして、件の二人。

 

 

アズサは、〝単独の相手〟に対する項目は十点。

 

 

レナは、〝複数の敵〟に対する項目が十点。

 

 

各自のそれ以外の項目は八点前後だったらしいが、各自の得意分野に関してはクーガ・リーを越している。

 

 

そんな化け物相手に、自分達が叶う筈がなかった。

 

 

「……………罪を憎んで、人を憎まずですわ。そこで待っていなさい」

 

 

気高き乙女は『マッド・ドッグ』に『待て』をした。

 

 

その後、『女狐』に向かって二人は歩き出す。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

「観念なさいな。貴女はさしずめ…袋のねずみですわ」

 

 

アズサとレナは、歩み寄る。

 

 

それぞれの『武器』を構えて。

 

 

花琳からはそれでも、余裕の表情が消えない。

 

 

「ねぇ…アズサ、レナ」

 

 

「うるさい。だまってこーさんするべし」

 

 

レナは、聞き入れようとせずに歩みを続ける。

 

 

「戯言であたくしたちを惑わそうとしても…そうはいきませんわよ」

 

 

アズサも、毅然とした態度で相手の言葉を払いのけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〝貴方のお父さんを『AEウイルス』から救えると言ってもかしら〟」

 

 

ピタリと歩みを止め、アズサは今受け取った言葉を反芻する。

 

 

 

AEウイルスから

 

 

      父を救う?

 

 

 

「そんな世迷い言…聞きたくありませんわ!!」

 

 

AEウイルスの治療法など存在しない。

 

 

もしそうなら、火星に危険を犯してまで『アネックス一号』が向かう必要はない。

 

 

「まさか。そんな魔法ある訳ないじゃない」

 

 

花琳は、クスクスと笑う。

 

 

それが、アズサとレナをイラつかせた。

 

 

「アズサ…仮に『アネックス一号』が到着し…ワクチンが届いたとしてもそれか行き渡るまでにどれ程かかると思う?」

 

 

AEウイルスの感染者は日に日に増している。

 

 

ワクチンが行き渡るのには、時間がかかるだろう。

 

 

「お金を使えば順番を前の方に送ることが出来るかもしれない。けれど…貴女のお父様は金持ちには珍しい善人よ。他人を押し退けることなんて出来やしない」

 

 

アズサ自身も、それをよく理解していた。

 

 

父は、多少損しても賄賂だけは絶対にしなかった。

 

 

AEウイルスから逃れる為の治療を先に受ける権利がもしあったならば、名前も知らない小さなこどもにあっさりと譲ってしまうだろう。

 

 

だが、しかしそれでは自分が嫌だ。

 

 

 

 

「…あたくしは」

 

 

 

 

考えてもみて欲しい。

 

 

自分達の親が、見ず知らずのこどもの為に死ぬと言って納得できるだろうか。

 

 

納得しようと、無理矢理気持ちを押し込むことはできる。

 

 

親がしたことは、未来のこどもの命を守ることなのだから。

 

 

 

 

「…あたくしはっ!」

 

 

 

 

だが、納得はできまい。

 

 

見ず知らずのこどもがどうなろうと…までは言わないが、親には生きて欲しいだろう。

 

 

見ず知らずの子どもは救われるかもしれないが、その人物自身のこどもはどう思う?

 

 

生きて欲しいだろう。親に。どんな形でも。

 

 

 

 

 

「………………あたくしはっ!!!」

 

 

 

 

「私の口添えがあれば…何の取引もなしにこっそりとワクチン接種の順番を先の方にできるわよ?」

 

 

花琳の囁きに、アズサは困惑する。

 

 

感情がねじれ曲がり、胸が締め付けられる。

 

 

苦しい。苦しい。

 

 

そんなアズサの手を、レナはそっと握る。

 

 

「…だいじょーぶ。おじょーさまがどんな〝せんたく〟をしてもわたしはついてく」

 

 

「………………あたくしは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

『護衛車』の車内で、レナはどこか悔しそうに、ハンドルに力を入れる。

 

 

助手席のアズサは、静かに涙を流してる。

 

 

本当は、アズサもわかっていた。

 

 

花琳の話の虚偽もわからないし、本当は花琳をあそこで仕留めた方がよかったのだ。

 

 

しかし、アズサは僅かな可能性でもいいからすがりたかった。

 

 

父を救う可能性に。

 

 

それが、どんなに細い糸でもいいから。

 

 

レナは、そんなアズサに後悔して欲しくなかった。

 

 

でも、アズサは後悔している。

 

 

いや。どちらにしろ後悔することになったのだろう。

 

 

アズサを守る為に培ったこの力が、アズサの為に役立てられない。

 

 

いや。そもそも力でなんとかなるものではなかった。

 

 

それがレナには、たまらなく悔しかった。

 

 

バックミラーでこの大きな車両の座席を見る。

 

 

バス程の大きさのこの車両には、大量の座席が用意されている。

 

 

その一番後ろの座席には、拘束されていた『とある人物』と、花琳が独占していた。

 

 

そして各座席に座っている、忌々しい者達。

 

 

 

 

 

 

「じょう」

 

 

「じょじょう」

 

 

「じょじょじょーじょ・じょーじょじょ」

 

 

「じぎぎぎぎ………」

 

 

「じょおじ」

 

 

実験用テラフォーマーズ。

 

 

テラフォーマーズ第一支部にて、生態実験用に用いられているものである。

 

 

これが突如車両内から現れて、瀕死だったメンバーや『マッド・ドッグ』を殺し、始末したのである。

 

 

マジックミラー越の外の景色を見て、不思議そうにしている。

 

 

だが、その目は虚ろだ。

 

 

『とあるもの』の投与により、操られているからである。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

───────────────

 

 

 

 

花琳は、笑う。

 

 

自分が保有する戦力をアズサとレナにぶつけ、品定めをした。

 

 

生き残った方をそのまま手駒として確保する予定だったが、案の定このような結果となった。

 

 

「いい買い物しちゃったわね…フフ」

 

 

アズサ、レナ。

 

 

誰も貴女達のことを責めないわ。

 

 

大切な人が消え失せた世界なんて、存在する価値もないもの。

 

 

大切な人の為ならば、あらゆる物を犠牲にしてしまう。

 

 

それが、人間の弱さ。

 

 

大切なものを失うことを、人は誰よりも恐れる。

 

 

それがね、人間の弱さ。

 

 

私はもう、大切な人を失った。

 

 

 

 

 

『ふーん。アンタ花琳って言うのか~。ここに旅行に来たと思ったら?誘拐されて?親とはぐれた?アハハ!ついてない!アンタついてないなぁ!!』

 

 

 

『でもね、一つだけついてることがぞぉ。あたしに会えたことかな!来な!ここでの生き方を教えてあげよう!!チビのアンタでも解るように説明するよ?』

 

 

 

『中国に帰れる旅費が貯まった?…あー…ここでお別れかぁ…』

 

 

 

『…もし将来お金が貯まったらあたしをここに迎えに来る?あはは。そーか…うん。楽しみにしてるよ』

 

 

 

『…………約束だぞっ♡』

 

 

 

 

 

待っててね。

 

 

 

貴女の代わりに全てのテラフォーマーと…世の中のバカ共を私が支配してみせるから。

 

 

 

二十年前、反逆の牙を剥いた『特性』。

 

 

 

それが時を跨ぎ、再び反逆の刃を授けた。

 

 

 

地球の神は気紛れだ。

 

 

 

血の繋がっていない二名に、同じ『特性』を適合させたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〝貴女〟の能力で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────悪魔を従えし悪魔(エメラルドゴキブリバチ)復活(リユニオン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 








本当はもっと早くにこの話をあげたかったのですが、お盆の期間中だったのでやめておきました。


皆さんがお墓参りに行っている時に、人の死を描くのもなんだかなと。


ワシも二人の大切なおじいちゃんの墓参りに行った翌日にこれを書くことは出来ませんでした。


御詫び?としてこいつを←


クーガのデフォルメイラストを書いていただいた86さんに、ワシとリーさんを描いて貰いました。


何故アザラシか?


ツイッターでのワシは、リーさんの一番弟子にしてマーズ・ランキング圏外、能力『ゴマフアザラシ』ってキャラなんだよぉ!!ちくしょう!!リーさん大好きだ!!




──────────雪見大福(ゴマフアザラシ)販売開始(ナウオンセール)



【挿し絵】
作…86さん
タイトル…ゆっくんとリーさん

【挿絵表示】




リーさん復活してくれ!!








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第十七話 TEARS 悲しき聖戦





ワルキューレは、その羽衣を涙で濡らした。



刃が友を貫いてしまったからである。



哀しさは癒えず、彼女の馬も引き返さなかったことを後悔した。






 

 

 

 

天の涙が木々を潤し、月明かりが辺りを照らす。闇に包まれた幻想的な情景。そんな中を黒の軍勢が行進する。

 

 

「じょう」

 

 

「じょじょじょじょう」

 

 

「じょうじょう」

 

 

実験用テラフォーマーズ。

 

 

現在は、花琳が自らの能力で摘出した『エメラルドゴキブリバチ』のエキスにより、コントロールすることが出来ている。それが切れれば、直ぐ様反旗を翻してくるだろうが。

 

 

率いるのは、四人の将。

 

 

 

 

 

「カカカ!!『地球組』の上位ランカーがほぼ反旗を翻すたぁ傑作だな!!」

 

 

全身にピアスをつけ、骸骨のTシャツを着込み、茶髪の前髪をゴムで留めた青年。

 

 

『黒巳キサラ』。

 

 

『アース・ランキング』第十位。

 

 

蛇の中でも最大級の大きさを持ち、蛇の中において最速の移動速度を誇る。その猛毒は投与されれば一時間で死に至る、『常闇の井戸(ブラックマンバ)』の特性を持つ。

 

 

死んだことになっている男。

 

 

 

 

 

「……軍勢といい戦力差といい圧倒的。拙者らに負けはない」

 

 

やや古風な口調に、〝ざんぎり頭〟かつ袴羽織といった変わった服装。

 

 

『小金 五右衛門』。

 

 

『アース・ランキング』第八位。

 

 

触覚は高性能レーダー。その体に纏うは猛毒の『カンタリジン』。人間大の大きさとなれば大量殺人が可能な『炎を纏いし翠石(スパニッシュフライ)』の特性を持つ。

 

 

死んだことになっている男、その二。

 

 

 

 

 

そして、二人の『戦乙女(ワルキューレ)』。

 

 

アズサ・S・サンシャイン。

 

 

美月レナ。

 

 

机上論ではあるが、クーガ・リーの戦力を上回ると言われている二人の戦士。

 

 

四人の大きな戦力に、圧倒的な数のテラフォーマーの軍勢。

 

 

この過多とも言える戦力が向かっている場所は

ただ一つ。

 

 

『テラフォーマー生態研究所・第四支部』。

 

 

山中に隔離されたちっぽけなこの場所を、よってたかって叩き潰そうと言うのだ。

 

 

この先、花琳の計画に支障をきたす恐れのある戦力を叩き潰しておこうというのだ。

 

 

この場所は人気が少ない。

 

 

故に、いくら助けを呼んだところでそれは届かない。

 

 

そして、夜のぬばたまと無数の木々が軍勢を隠し、雨が足跡を消してくれる。

 

 

好機。

 

 

クーガや貴重な『上位種の実験体』を殺し、それを持ち帰るのが任務。

 

 

「カカカッ!ソッコーで終わらしちまおう!!」

 

 

「左様。寒くてかなわん」

 

 

裏切り者二人からは、これから戦争が始まるという緊張感も感じさせない言葉が漏れる。

 

 

他人の命を奪うことに何の抵抗もない様子だ。

 

 

そんな二人とは正反対に、アズサ達の気分は浮かない。

 

 

これから、かつての仲間と戦わなくてはならないのだ。

 

 

気分を高揚させろという方に無理がある。

 

 

「…………………逃げて下さいませ」

 

 

アズサは祈る。

 

 

自分は卑怯だ。

 

 

どうせなら、自分達が知らない間に全てが終わって欲しい。

 

 

耳を塞いでいたい。目を閉じていたい。

 

 

そんな想いすら浮かんでくる。

 

 

涙が流れてくる。

 

 

出会ったら、戦わなくてはならない。

 

 

 

 

「…………………」

 

 

レナも、激しく後悔していた。

 

 

主人だからと言って、アズサにあのまま従うだけでよかったのか。

 

 

アズサの父は、本当にそう望んでいただろうか。

 

 

アズサの父には、本当の娘のように可愛がって貰った。

 

 

両親も知らずに、孤児院で育った自分を拾い上げ、家族の暖かみをくれた。

 

 

アズサという姉のような存在までくれた。

 

 

それ故に、恩義を返したいと思っていた。

 

 

それ故に、アズサを一生守る決意をした筈だ。

 

 

だが、何か大切なことを忘れている筈。

 

 

何か。

 

 

 

 

 

 

「よぉーし!!いいかぁゴキブリ共!!」

 

 

そんな二人を、『黒巳キサラ』の一声が目覚めさせる。

 

 

彼の声を、虚ろな瞳で無数のテラフォーマーが見つめる。

 

 

「テメェらは使い捨てティッシュみてぇなもんだ!!遠慮なく死んでこい!!」

 

 

酷い言い様だ。

 

 

いや、正常なのかもしれない。

 

 

第四支部の雰囲気に慣れすぎたせいか。

 

 

二人の人間とテラフォーマーが和気あいあいと食事を共にするあの空気が好きだった。

 

 

それを、自分達は壊そうとしている。

 

 

胸が、堪らなく締め付けられる。

 

 

 

 

「カカカッ!!んじゃあの建物の中にいる奴等始末してこい!!」

 

 

「じょじょじょじょじょう!!」

 

 

一斉に、テラフォーマーの大群が遥か向こうに見える第四支部目掛けて押し寄せていく。

 

 

暗闇の中で、更に漆黒が蠢く。

 

 

その光景は、まさに圧巻である。

 

 

「…………少々軍の動かし方が雑ではござらんか」

 

 

『小金 五右衛門』は、『黒巳キサラ』に苦言を呈する。

 

 

いくら圧倒的な軍隊とはいえ、動かし方一つで効果は大きく違ってくる。

 

 

「カカッ!テメェは重大なこと忘れてんぞぉ?」

 

 

「重大なこと…?」

 

 

「あの女から貰った『エメラルドゴキブリバチ』の毒の効力がそんなに長持ちすると思うかよ?」

 

 

今のテラフォーマー達は、ゴキブリを操る『エメラルドゴキブリバチ』の毒の効力で自分達の命令に従っているだけに過ぎない。

 

 

もしそれが切れれば、『薬』を使っていない無防備なところを、逆襲してくるかもしれない。

 

 

「だからここで一気にパッーと使っときゃいいってこった。あいつらに襲われればあっちの戦力は最低でもじり貧、特攻かけて全員()れたら恩の字じゃねぇか」

 

 

『黒巳キサラ』の意見を聞いて、フムと 『小金 五右衛門』は納得する。

 

 

最善ではないが、利にかなっている。

 

 

「それに加えてオレ達四人。弱ったクーガ・リーならオレ達でも仕留め切れる上に…」

 

 

アズサとレナの二人を指差す。

 

 

「あいつら二人なら地力でも勝てるってオレァ聞いたぜ?」

 

 

ビクリ、と柄にもなくアズサは体を震わせる。

 

 

「カカッ!まさか…今更後悔してんのかぁ!?」

 

 

「だまって」

 

 

レナは、白兵戦時に愛用している『トンファー』を構え『黒巳キサラ』に向ける。

 

 

「いいやぁ!黙らねぇよ!!こいつは重大だ!!」

 

 

脅されても尚、『黒巳キサラ』は怯まない。

 

 

「お前らが唯一あいつに真っ正面から対抗出来るカードなんだぜ?」

 

 

まるで蛇のように舌使いが上手く、饒舌によく喋る男だ。

 

 

更にアズサに顔を近付け、こう告げる。

 

 

「………もし()ることを躊躇ったら…花琳(あの女)に報告させて貰う。いいな」

 

 

「そ…それだけは…」

 

 

アズサは弱々しく、すがるように哀願する。

 

 

いつもの堂々とした彼女の面影はない。

 

 

「…まぁいい。そんじゃ行くか。カカッ!!」

 

 

自分よりも遥かに強い筈のアズサが、自分相手にこのザマだ。

 

 

『黒巳キサラ』はそれに満足したのか、三人に各々別方向から別れて第四支部の建物を目指すように言い渡す。

 

 

万が一あの軍勢から逃れられた時の為に、出来る限り包囲網を厚くしておく為だ。

 

 

まぁ万が一、逃げられるとは思えないが。

 

 

事前に用意でもしておかない限り、あの軍勢をどうにか出来る訳がない。

 

 

約六十体のテラフォーマー。

 

 

車両で運搬出来るギリギリの数まで運んできたのだから。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

「フム…納得がいかぬ」

 

 

『小金 五右衛門』は、ブツブツと呟きながら第四支部を目指していた。

 

 

正規の、一応ではあるが草木が伐採されるなどして鋪装された下登山コースで。

 

 

「拙者は過小評価されている」

 

 

自分は、武術に心得がある。

 

 

柔道で黒帯も取得している。

 

 

ベースとなった『スパニッシュフライ』も、相手は触れるだけで毒に侵され、炎症を起こす『カンタリジン』を持っている。

 

 

常に相手と密着した状態での戦闘を前提とした自分とは、かなり相性がいい筈だ。

 

 

しかも、防御力も相当なもの。

 

 

ランキング八位は間違いだ。

 

 

自らこそが、一位に相応しい。

 

 

所詮、戦場の中だけで培った暗殺術など恐るに足りない。

 

 

自分の武こそが無敵なのだと、証明してみせる。

 

 

「拙者の特性ならば奴は触れることも出来ずに倒れるはず…」

 

 

ニヤリ、と笑みを溢しているこの瞬間にでも気付くべきだった。

 

 

レギュラーに慣れすぎた人間程、イレギュラーな事態に遭遇すればそれに対処することが出来ない。

 

 

ましてや、『畳の上』という限られた箱庭の中でしか戦ったことのない、井の中の蛙である彼にとってこの思い込みは致命的であった。

 

 

足を踏み出した次の瞬間、 『小金 五右衛門』の体は突如重力により下に落ちていく。

 

 

「なっ!?」

 

 

落ちていく。どんどんと。

 

 

最下層まで落下し、尻餅をつく。

 

 

凄まじい衝撃が自身の体を突き抜けた。

 

 

最初、自分の身に起きた事態が理解出来なかった。

 

 

だが、数秒の後にようやく理解する。

 

 

落とし穴だ。

 

 

典型的なブービートラップ。

 

 

夜という時間帯で足元が見えず、雨という天候が地面を掘り起こした形跡を消した。

 

 

自分達が選んだ条件が、逆に相手に対して有利に働いたのである。

 

 

とにかく脱出をしなければならない。

 

 

そう考え、『薬』を取り出そうとした瞬間。

 

 

「よぉ」

 

 

暗闇の中から、ゆらりと人影が現れる。

 

 

「なっ!?」

 

 

慌てて後ろずさる。

 

 

月明かりに照らされたその人物の姿は。

 

 

「………穴に落っこちてピンチになるのがそんなに珍しいか?ざんぎり頭…」

 

 

汚れ、ほんの僅かに痩せこけたクーガ・リーであった。

 

 

「な、何故!!」

 

 

『小金 五右衛門』の頭の中で、疑問が氾濫する。

 

 

〝もしかして襲撃を予期していたのか〟

 

 

〝何故、こんなところに落とし穴を仕掛けておいたのか〟

 

 

〝どうしてクーガ自身も入っているのか〟

 

 

「大体予想はつくだろうよ。『帝恐哉』の一件が終わった直後だぜ?あんなあからさまな裏切りがバレた直後ってんなら…オレなら真っ先にここを潰す」

 

 

『裏切り者』の目的はイマイチわからない。

 

 

毎回目的が異なり、そしてどれもこれも中途半端に終わっている。

 

 

何を狙っているのかわからない分、不気味だ。

 

 

ただし、一つだけ分かることがある。

 

 

〝まだ〟バレることを恐れている。

 

 

クーガが間近で戦場を観察して気付いたこと。

 

 

敵の目的に『始発点』はあっても『終着点』はない。

 

 

恐らく、今起きている全てのことが『本命(メインプラン)』の隠れ蓑(カムフラージュ)

 

 

あくまで個人の推測の域を出ないが。

 

 

『地球組』を壊滅させたいなら、あの『集会』の日に全ての戦力を注ぎ込めばよかっただけのこと。

 

 

『蛭間一郎』を暗殺したいのであれば、わざわざ脅迫文を出すなどという親切なことはしない。

 

 

自分を捕獲したいのであれば、『集会』の日に襲撃なとせず、気が緩んだところを襲撃すればいい。わざわざ、自分の警戒センサーをONしてやる義理は敵にはない筈だ。

 

 

どれもこれも、いかにも〝本命っぽい〟作戦。

 

 

その水面下では、間違いなく別の何かが起こっている。

 

 

しかし、それらしいことは起こっていない。

 

 

自分の推測が正しければ、敵の本命の計画はまだ『準備ができていない』か『まだ時期ではない』ということ。

 

 

それ故に、現時点で正体を暴かれることを恐れているだろう。

 

 

ということは、だ。

 

 

真実に最も肉薄していた自分や唯香を潰してくる筈。

 

 

『帝恐哉』という『裏切り者(ユダ)』に近付いたこのタイミングで。

 

 

それ故に、予想は出来た。

 

 

 

 

 

「で、では!!何故このような場所に罠を用意し!!何故某もここで待機している!!」

 

 

二つ目、三つ目の疑問が一気に飛び出る。

 

 

しかしクーガは、溜め息混じりに頭を掻きながら億劫そうに口を開く。

 

 

「仮にこの落とし穴の下に剣山や毒を用意したとするぞ。それでお前は十中八九くたばる訳だ。けどよ…お前が勝手にくたばったところでそれを知る術がない。警報?おいおい冗談だろ。こんな

だだっ広い山の中で響くかよ。落ちたら電子メールで知らせてくれりゃあいい?雨でおじゃんだ。山の中じゃ電波の通りも悪い」

 

 

そうなれば必然的に。

 

 

「オレが入っておくしかねぇよな…」

 

 

クーガは相当なフラストレーションが貯まっているのか、やや血走った眼で『小金 五右衛門』を見据える。

 

 

絶食していた理由は、汚い話『食えば出る』からである。

 

 

密閉された落とし穴の中で糞尿を催せば、匂いは凄まじいものになる。それには耐えられる自身が我ながらなかった。

 

 

食糧の問題についてだが、〝遺伝MO〟が長年、体に馴染んできたクーガは絶食に強い。

 

 

『ゴミムシ類』は23日間の絶食にも耐えることが出来るのだ。

 

 

しかし、〝耐えられる〟だけであって〝我慢できる〟訳ではない。

 

 

腹も減るし、喉も渇く。

 

 

それ故に、クーガはやや窶れた様子だ。

 

 

「あー。ちなみにここに落とし穴設置した理由だけどよ、唯一歩きやすいハイキングコースだろ?ここ。だから絶対通る馬鹿が出ると思ったんだ。戦場の定石(セオリー)も知らずにな」

 

 

「なっ!拙者を馬鹿にするのか!!」

 

 

クーガは、もう一歩踏み寄ってマジマジと『小金 五右衛門』の顔を見つめる。

 

 

「…………最も、その馬鹿が死んだ筈の仲間だってことは予想外だったけどな」

 

 

『集会』の日の面子の顔は全て覚えている。

 

 

判別不能の死体が多かった為に、それが死体判別にて活かされることはなかったが、今こうして『裏切り者』に冷や汗を掻かせられただけ良しとする。

 

 

どうやらこの反応、黒だ。

 

 

「お前生きてたのか!」と感動の再会とはいかなかったようだ。

 

 

クーガは素早く『薬』を自らの首筋に打ち込み、変異する。

 

 

「ふふふ…いいだろう!大閻魔斑猫(オオエンマハンミョウ)!『アース・ランキング』一位!クーガ・リーよ!いざ尋常に勝」

 

 

相手が長ったらしい口上を言い終える前に、『薬』で変異する前にクーガは素早く相手の腸を引き裂き心臓をえぐり取ってしまった。

 

 

「ぐあうっ…あ……あ……ひっ…卑怯な…」

 

 

息絶え絶えにこちらを睨む『小金 五右衛門』を鼻で笑う。

 

 

「…………〝夜襲仕掛けた〟上に〝仲間を売った〟武道家様の言うことは違うな」

 

 

敢えて『武道家』という言葉で形容したが、小吉や燈のような人間性まで出来ている彼らと、この男を一緒にしては彼らに失礼だろうか。

 

 

息が絶えそうな『武道家様』を見下ろして、クーガは引導を渡そうと『オオエンマハンミョウの大顎』を首に添える。

 

 

どうやらこの男は、スタートの合図を出してくれる優しい『畳の上』と、何でもありの『戦場』という二つの会場を間違えてしまったらしい。早急に退場して頂かねばなるまい。

 

 

「『武士道精神(オ ナ ニ ー)』なら家でやれ」

 

 

相手の首を引き裂き、ゴロゴロと転がってきた首をマジマジと眺める。

 

 

興味本意で叩いてみたが、残念ながら文明開化の音はしなかった。

 

 

クーガは落とし穴から一気にジャンプして抜け出し、着地する。

 

 

その瞬間、雨が降りしきる夜空故に見づらかったものの、モクモクと煙が上がっていたことに気付く。

 

 

非常時何かあってはと、唯香に渡しておいた発煙筒だ。何かあったのか。

 

 

クーガは素早く、迅速にその地点に目掛けて駆けていった。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

「チッ…『テラフォーマー(雑魚ども)』には有利に働いたかもしれねぇが…オレにゃあ最悪の天候に時間帯だぜ。カカッ!!」

 

 

『黒巳 キサラ』は、この取り巻く状況(シチュエーション)に憤りを感じていた。完全に人選ミスである。

 

 

自分のベースとなった最凶の蛇、『ブラックマンバ』は昼行性である。

 

 

勘違いされがちだが、蛇全てが『ピット器官』を持っている訳ではない。

 

 

『ピット器官』、即ち赤外線探知器官。

 

 

簡単に言うと『サーモグラフィー』である。

 

 

夜間でも温度により獲物の存在を探知することが出来る体内器官。

 

 

夜行性の蛇の仲間の多くに備えられてはいるが、備えていない昼行性の蛇も決して少なくない。

 

 

その分、自分の『ブラックマンバ』には蛇の中で最速のスピードと過敏な鼻と眼が備えられている。

 

 

しかし、雨ではその鼻も効きそうにはない。後は、眼に頼るしかないだろう。

 

 

「……………あん?」

 

 

変異もしてない状態の自分の肉眼でもきっちり解る。

 

 

自分の五十メートル先を何かが通りすぎていった。

 

 

耳が生えていた。

 

 

まさか新種のUMAとかいう話ではあるまい。

 

 

その〝何か〟が通っていった後を、全速力で駆け抜けて様子を見る。

 

 

木の影から、そっと顔を覗かせて様子を伺う。

 

 

運悪く月が雲で隠れてしまい、非常に視認しづらいが。

 

 

「はい!手当て終わったよ!ママのところには自分で戻ってね!」

 

 

よく見えないが、背丈や声からして恐らく桜唯香だ。テラフォーマーズ生態研究所第四支部のメンバー。

 

 

小さな犬のような大きさの動物は、唯香の手の中から地面に足を着いた途端、トコトコと離れていく。一瞬、唯香の方を振り向いていてその後野山を駆けていった。

 

 

「…流石に生き物大好きな私でもママのところにはついていけないの。ごめんね」

 

 

唯香は苦く笑うと、クルリと振り向いてこちらに歩いてくる。

 

 

その瞬間、月明かりが一瞬ではあるが彼女を照らす。

 

 

やはり、耳が生えていた。

 

 

「おいおい…情報にゃあなかったがマジかよ」

 

 

再び辺り一面が暗くなり、よく見えなかったが間違いなく頭部から耳が生えていた。

 

 

恐らく彼女は、MO手術を密かに受けていたのだ。

 

 

耳の形状からして、小動物。

 

 

恐らく、ネズミの類。ハムスターやハツカネズミといったところだろう。

 

 

「カカッ!!面白いじゃねぇか!!」

 

 

自分のベースとなった『ブラックマンバ』は、小動物を餌としている。

 

 

ただの人間を狩るよりも、遥かに面白いことになりそうだ。

 

 

「おい待て女」

 

 

「ふえっ!?」

 

 

自分が声をかけると、ビクン、と体を震わせた後にゆっくりとこちらを振り向く。

 

 

プルプルと震え、怯えた様子でこちらを警戒する仕種。間違いない。この女は小動物系のMO手術を受けている。

 

 

『黒巳 キサラ』は心底楽しそうにニヤリと微笑み爬虫類型専用の『薬』を接種すると、その体はみるみるうちに鱗で覆われていく。

 

 

そして『ブラックマンバ』の最大の特徴。口の中がまるで〝闇を呑み込んだ〟かのように深い漆黒に包まれる。この闇の井戸の中に、獲物を呑み込むのだ。

 

 

黒く染まった舌先も二股に別れ、シュルルルとあからさまな威嚇音をあげる。

 

 

相手はそれにあからさまに怯えている様子だ。

 

 

「ゲーム・スタートだ。カカッ!!」

 

 

 

 

 

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「ヒアアアアアアアアア!!」

 

 

桜唯香は、とっとこ、とっとこ、と密林の中を走り回る。

 

 

後ろから、物凄い勢いで敵が追いかけてくるからである。

 

 

どうやら『黒巳 キサラ』は唯香が『MO手術』を受けたと思っているようだが、それは違う。

 

 

彼女の頭から生えているハムスターの耳は、彼女の寝巻きの一部である。

 

 

『動物フレンズ』というアニメーション番組が現在、日本では流行っている。

 

 

それがアメリカ本土に輸入され、放送が始まった時から『レナ』と共にすっかりはまってしまった。

 

 

唯香のお気に入りキャラは、『動物フレンズNO8,ハム野郎』。

 

 

正式名は、ひょっとこハム野郎。

 

 

そのモチーフとなったパジャマが抽選で応募されていると聞いて、年齢に不相応だとわかっていながらも唯香は応募した。その結果、見事に当選してしまったのである。

 

 

流石に着るのはどうかと思っていたのだが、二日前に突如クーガが「今すぐここを出た方が良いかもしれない」と言い出した時、急いでいたものだから寝巻きをこれに選んでしまった訳だ。

 

 

ハゲゴキさんからは笑われ、ゴキちゃんからはキョトンとされ。クーガは何故か鼻血をダラッダラ流してた呪いのアイテムだ。

 

 

それがまた不幸を呼んでしまった。

 

 

今の唯香は『ハムスターのパジャマを着て密林を疾走する桜唯香(25 )』ではなく、『MO手術:ゴールデンハムスターの特性を持つ同等の相手』として『黒巳 キサラ』から認識されているのである。

 

 

夜という暗い時間が、そのよう誤解を生んでしまったのである。

 

 

少なくとも、彼が悔やんだようにベース生物に『ビット器官』を備えていたのであれば、そんなことも起こらなかったであろうに。

 

 

「カカッ!!退屈だから十秒間またタイムやるよ!!」

 

 

余裕しゃくしゃくな様子で、木にもたれかかって逃げる唯香を眺める。

 

 

予想よりも早くに追い付いてしまい、退屈なのである。

 

 

唯香は普通の人間であるが故に当然の結果なのだが、『黒巳 キサラ』自身はそれに気付いていなかった。

 

 

「…そそそ、そうだ!」

 

 

唯香は走りながらも、懐にしまっていた発煙筒の存在を思い出す。

 

 

キャップを引き抜き、すり薬をこすって点火する。

 

 

それを放り投げると、鮮やかな赤い煙が天に向かって伸びていく。

 

 

「発煙筒!?カカッ!!厄介なことしてくれるじゃねぇか!!」

 

 

今まで余裕の姿勢を保っていたものの、『黒巳 キサラ』の表情にも焦りが浮かぶ。

 

 

彼は、自分の戦力的価値を客観的に理解していた。

 

 

だからこそわかる。

 

 

まともに闘り合えばクーガ・リーに自分は間違いなく勝てない。

 

 

唯香がこんな場所にいるということは、何処かに隠れ家を用意しており、襲撃を予期してそこに移っていたということである。まさかあの包囲網をくぐり抜けた訳ではあるまい。

 

 

クーガ・リーもそこに身を移しているかどうかはわからないが、少なくとも襲撃を予期していたことは確かである。あの圧倒的な軍勢の襲撃を回避したということだ。

 

 

と、言うことはクーガ・リーは全く弱っておらず、テラフォーマーの妨害もなく真っ先にここに駆け付けてくるだろう。

 

 

だったら打つ手は一つ。

 

 

唯香を人質に取るしかない。

 

 

「遊びは終わりだ!女ァアアア!!」

 

 

「ヒアアアアア!!」

 

 

咄嗟に、唯香は目に入った洞穴の中に身を隠す。

 

 

行き止まりであればまさしく、〝袋の鼠〟になってしまうのだが。

 

 

「あわわわ!はわわわ!」

 

 

とにかく、奥へ奥へと洞窟の奥に向かってとっとこ、とっとこ、と駆け抜けていく。

 

 

その途中、柔らかい何かに衝突した。

 

 

「ふえっ!?いたたた…」

 

 

尻餅を着いた状態で、ゴシゴシと目をこすって暗闇で目をこらす。

 

 

毛深く、茶色い。ツンツンと、つついてみる。

 

 

その何かは動き出す。のそり、のそりと。

 

 

かなり大きく、唯香の顔は青冷めていく。

 

 

「今から捕まえてやっから覚悟しろよぉ!カカッ!!」

 

 

滑るように、素早い動きで『黒巳 キサラ』が接近し、飛び掛かってくる。

 

 

真上から、獲物を狩る蛇の如く。

 

 

そんな『蛇』に向かって、とある一撃が降り下ろされた。

 

 

それは『ハムスター』に向かって降り下ろされたはずの一撃。

 

 

悲しいかな、図らずも獲物である『ハムスター』を『蛇』は庇う形になってしまったのである。

 

 

「グルルルルオオオオオオアオオ!!」

 

 

熊、ベアー、グリズリー。

 

 

様々な言い方があるこの生物、凶暴につき注意。この手の大型動物を『MO手術』で人間大にすれば、大したことはないかもしれない。

 

 

ただ、目の前のこの生物は『その生物そのもの』である。

 

 

その筋力から放たれる一撃は、ライオンや虎などの大型生物の首すらも一撃でへし折る。

 

 

それをモロに受けた『黒巳 キサラ』は、声も無く吹き飛んでいった。

 

 

壁に叩き付けられた彼は、ピクピクと痙攣を起こす。

 

 

泡を吹き、白眼を剥く。

 

 

流石に『MO手術』を受けてるだけあって頑丈だ。

 

 

平気ではなさそうだが。

 

 

「ごごごごめんなさい!出ていきます!!」

 

 

熊の攻撃対象になってしまった時点で、従来の対処法は通用しない。

 

 

枝を掴み、牽制しながら後ろずさる。

 

 

そんな唯香の寝巻きを、何かがグイグイと引っ張る。

 

 

まんまる尻尾の部分を引っ張られているようで、恐々と振り向く。

 

 

それは、大きな包帯を脚部に巻いていた。

 

 

唯香が助けた『子熊』だ。

 

 

隠れ家にしていた洞穴の付近で、倒れていた。本当は洞窟から出てはいけなかったのだが、唯香はついつい助けてしまい、逃がす為に外に出たのである。

 

 

それを見た途端、〝親熊〟はクンクンと唯香の寝巻きの匂いを嗅ぐ。

 

 

〝子熊〟に染み付いた消毒用アルコールの匂いがする。

 

 

動物には『感情がない』と言われている。

 

 

ペットとして飼育されている動物に関しては、その限りではないかもしれない。少なくとも日々生きることに必死な野性の動物は、『本能や判断』を優先して行動しているのである。

 

 

〝親熊〟は『判断』した。

 

 

この人間の雌が我が子を助けたのだと。

 

 

腹も減っていないし、もし自分が攻撃すれば〝子熊〟までこの人間と一緒に巻き込んでしまうだろう。〝子熊〟はこの人間になついている。よくされたのだろう。

 

 

以上の『判断』を下した〝親熊〟は、『黒巳 キサラ』の服の端をくわえて洞窟の外に放り出した後に、小熊をくわえて洞窟の奥に帰っていく。

 

 

「ゴアッ」

 

 

二度と来るんじゃないわよ、とそれは言っているように、唯香は聞こえた。

 

 

「子熊ちゃんありがとう!親熊さんお休みなさい!ごめんなさい!」

 

 

ペコペコと会釈した後にとっとこ、とっとこ、と洞窟の外に出れば、丁度クーガが現地に駆け付けた。

 

 

「唯香さん大丈夫かっ………てなんだこりゃ!?」

 

 

事情を知らないクーガの目からは、あたかも唯香が『黒巳 キサラ』を倒したように見えなくもない。

 

 

「え、えーと…」

 

 

チラリ、と後ろを見る。

 

 

すると〝親熊〟が、あたかも「その男にチクるんじゃないわよ」と言わんばかりにこちらを洞窟の奥から睨んでいる。

 

 

「コ、コ、コメットパンチしちゃったら決まっちゃった!」

 

 

「コメパンで!?どこのメタグロスだよアンタ!!」

 

 

「い、いいから!早くここから離れよ!!ね!!」

 

 

グイグイと、唯香はクーガの背中を押してその場から離れようとする。

 

 

「あー…唯香さん。先に隠れ家に戻っててくれるか?」

 

 

「ふえ?なんで?」

 

 

「こいつから話を聞くのと…〝ゴキちゃん達〟の方の見回りに行きたい」

 

 

クーガは『黒巳 キサラ』の首根っこを掴むと、遠方で煙が上がっている『第四支部』の建物を見る。

 

 

煙の色は鮮やかな赤、ではなく黒い煙だ。どんな襲撃者を相手に、どんな作戦を展開しているのかは知らないが、どうやら上手くいっているようだ。

 

 

「あ、いや…でも…待てよ。戻ってる最中に別の敵に会うかもしれないのは危険だな…」

 

 

すると、クーガは唯香の後ろにある洞窟に目をつける。

 

 

唯香の中で、ドンドンと嫌な予感が膨れ上がっていく。

 

 

「唯香さん、そこの洞窟の中で隠れててくれ」

 

 

「ふえっ!?で、で、でも!クーガ君!?待って!!」

 

 

唯香が返事を終える前に、クーガは闇の中に消えていった。

 

 

「………………」

 

 

足元に駆け寄ってきた〝子熊〟を抱えて、再び唯香は洞窟の中へと歩みを進めていく。

 

 

〝親熊〟は、威嚇しながら『ハムスター』と対峙する。

 

 

どうやら今回の雨宿りは、命懸けになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

『第四支部』の建物の上で、二人のゴキブリは佇んでいた。

 

 

その傍らには、実験用テラフォーマーを扱う施設であれば必ず設置が義務づけられる、『対テラフォーマー発射式蟲獲り網』。

 

 

ドイツが主体として開発されたこの網は非常に頑丈であり、一度捕らえたテラフォーマーを逃がすことはない強力なものとなっている。

 

 

事実、『アネックス一号』搭乗員の中の一人、日米合同一班の『ジャレッド・アンダーソン』は

この武装を主体とした戦闘を展開し、後々高い戦果をあげることになる。

 

 

それ程に、高い完成度を誇るのである。

 

 

それを用いて、この二人は〝とあるもの〟を捕らえた。

 

 

「キィィイ………」

 

 

同族、テラフォーマーである。

 

 

最も、腸を引き裂かれて死にかけてはいるが。

 

 

「じょう…………」

 

 

〝ゴキちゃん〟は、自分の手の中に残った嫌な感触に違和感を覚え、何度も掌を握ったり、広げたりする動作を繰り返した。

 

 

この手で、同族を捕らえた。

 

 

この手で、腸をナイフで切り裂いた。

 

 

殺害、しかも同族を殺すことがここまで嫌悪感を覚える行為だとは思っていなかった。

 

 

クーガ達は、こんな感触を毎回のように味わっていたのだろうか。

 

 

そう思うと、ゴキちゃんは何とも言い難い気持ちに襲われる。

 

 

 

 

 

 

「じぎぎぎ………」

 

 

ハゲゴキさんは、次々と同族達が列をなして鉄の扉の中に吸い込まれていく光景に、目を背ける。

 

 

何かで操られているせいか、その眼は虚ろ。

 

 

十中八苦、『エメラルドゴキブリバチ』の毒だろうか。

 

 

クーガや唯香と出会う前、散々実験で投与されてきた為にその存在は知っている。

 

 

それが、仲間達の知性を短絡的なものにしたのだろう。

 

 

ここまで簡単に引っ掛かってしまうと、まるで『ゴキブリホイホイ』のようで嫌な気持ちになる。

 

 

自分も友人も、あれが嫌いだ。

 

 

地球(ここ)』では、『ゴキブリ(自分達)』の命はゴミのように軽いという事実を顕著に突きつけられるから。

 

 

ハゲゴキさんは、空を見上げる。

 

 

雲で隠れていて隙間から断片的にしか覗くことは出来ないが、深緑の星である『火星』が目に飛び込む。

 

 

かといって、今更『火星(あそこ)』で仲間達と共に人間を駆逐したいとも、今更思えない。

 

 

自分達の居場所は、一つしかない。

 

 

第四支部(ここ)』である。

 

 

ここを守る為であれば、同族であろうと戦わなければならない。

 

 

ここの防衛を引き受けたのは自分達だ。

 

 

ならば、相手が同族だろうと戦うしかない。

 

 

最も、既に勝負はついているが。

 

 

「………………じょう」

 

 

ゴキちゃんはポリタンクを持ち上げ、同族達が向かっていった先に自分も赴こうと立ち上がる。しかし、それをハゲゴキさんは腕で制した。

 

 

「じぎぎぎ」

 

 

自分がやる。ハゲゴキさんはそう告げた。

 

 

作戦だけ立てておいて、自分が手を汚さないのはアンフェアだ。

 

 

いや。アンフェアでは言い方が悪いし、『友の為に自らも手を汚す』という綺麗事で着飾りたくもない。

 

 

自分の気持ちを、そんな中途半端にしておきたくない。

 

 

自分の為に、今から同族達に『酷いこと』をするのだ。

 

 

自らの気持ちを整理すれば、マッチとポリタンクを持って下に着地する。

 

 

丁度、最後の『一人』が中に入ったところだ。

 

 

 

 

 

テラフォーマー実験体を扱う施設では、シェルターの設置も義務づけられている。

 

 

テラフォーマーが暴走した際や、武装組織がその力を奪おうと襲撃してきた際に、その身を隠して安全を確保し、外部と素早く連絡を取る為である。

 

 

『第四支部』は土地には恵まれていた為に、特別それが広かった。

 

 

このテラフォーマーの軍勢も、多少窮屈でも収納できてしまう程に。

 

 

その中心に、群れからはぐれた同族を捕獲し、その腸から取り出した糞を置いておいた。

 

 

これにより〝集合フェロモン〟が拡散され、本来それが密集した中でコロニーを築き上げているゴキブリの習性により、テラフォーマー達はその中に全員引き寄せられたのである。

 

 

そうなれば、後は簡単。

 

 

大量に灯油を入り口付近にばら蒔き、火のついたマッチを投げ入れる。

 

 

その後、すぐに扉を外部からロックする。

 

 

こうなれば、中からも外からも開けられない。

 

 

U-NASAの職員が到着しない限りは。

 

 

「キイイイイイイイイイ!!」

 

 

丁度毒が切れたのか、中にいる同族達は喚き始めた。

 

 

それもそうだろう。後は、燃焼による酸素の欠乏か、炎に焼かれて死を待つだけなのだから。

 

 

「じぎぎぎ…」

 

 

「………じょじょう」

 

 

二人の鼓膜に、脳内に。

 

 

これでもかと言う程に、その悲鳴が刻み込まれていく。

 

 

二人はそこから暫く、動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

雨が止み、クーガが歩みを進める音だけが辺りを支配する。

 

 

先程の青年は余程自分の身が大切なのか、ペラペラと饒舌に全てを語ってくれた。

 

 

途中、自分の『仲間』を極度に咎めるようなことを言ったものだから、我慢出来ずに始末してしまった。

 

 

余計なことは言うものではない。

 

 

口は災いの元。

 

 

人間の神経を逆撫でる。

 

 

特に、蛇に足がついていると。

 

 

 

 

先程の〝口封じの件〟について思い出していたところ、ふとあることに気付く。

 

 

腕の黒みががった甲皮が引いていく。

 

 

『オオエンマハンミョウ』の変異がそろそろ解ける合図だ。

 

 

しかし、まだ新たな『薬』を打つ気はない。

 

 

話をしてから。それからでも遅くはない。

 

 

二人は、絶対に不意討ちなどしてこない。

 

 

正々堂々。

 

 

馬鹿正直。

 

 

そんな言葉が似合う二人だ。

 

 

最もそれを生半可な実力で実行すれば、先程の男のような無惨な結果になってしまうのである。

 

 

それが出来るのは、二人が自分すらも越す程に強いからである。

 

 

二人は自分よりも遥か前から、戦う理由を胸のうちに秘めていた。

 

 

アズサは父親を救う為に『地球組』に志願し、『MO手術』を受けた。

 

 

レナはそのアズサを守る為に、後を追う形で『MO手術』を受けた。

 

 

自分は、小吉やアドルフ、ミッシェルや燈達と出会わなければ得られなかった答え。

 

 

それを自力で見つけ出したのだから、本当に大したものである。

 

 

尊敬している。

 

 

二人のことを、一人の兵士として。

 

 

何よりも、仲間として。

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

 

暫く歩くと、広い草原のような場所に出た。

 

 

草の背丈は低く、芝生といってもいいかもしれない。

 

 

草には滴が滴り、ピチョン、ピチョンと雨が明けたことを感じさせる。

 

 

この音のみが、空間の中で唯一のBGMだった。

 

 

それがより一層、眼前に広がる風景を幻想的・夢幻的なものへと昇華させている。

 

 

時折顔を見せる満月も、心無しか青い光を帯びているような気がする。

 

 

ブルームーンと呼ばれる現象だろうか。

 

 

これがより一層、情景を神秘的にしている。

 

 

とはいえ辺り一面をそうさせているのは、彼女らの恩恵が大きい。

 

 

クーガの美的感覚はそんなに鋭くないのだが、そんなクーガでも美しいとハッキリ分かる。

 

 

凜と身構えた彼女らの姿とこの光景を、ついつい瞼に焼き付けてしまう。今から、彼女らと刃を交えなければならないのに。

 

 

 

 

 

「よっ。お二人さん。元気か?」

 

 

 

「…………クーガ」

 

 

 

いつもの調子で話し掛ければ、アズサは光の弱った瞳をこちらに向ける。

 

 

 

「おいおい。どうした?オレの首取りにきたんだろ?そんなんじゃ取れねぇって」

 

 

 

「…………………………」

 

 

 

いつもであれば天然ボケを飛ばしてくるレナも、全く口を開かない。

 

 

 

ただでさえ顔に表情がないレナが、何も喋らないと何も感情を読み取れない。

 

 

 

「…………なぁ。事情は全部聞いたから言わなくていい」

 

 

 

先程の青年『黒巳キサラ』の話では、AEウイルスワクチン接種の優先権のことで花琳に誘惑されたらしい。

 

 

 

『集会』のあの日に花琳のみがいなかった時点で彼女のキナ臭さについては気付いていたが、案の定だ。まさか二人の仲間を懐柔してくるとは思ってもみなかったが。

 

 

 

「お前らさ、やっぱすげぇよ」

 

 

 

「………………何がですの」

 

 

 

「絶対に、自分を曲げないんだな」

 

 

 

苦渋の決断だっただろう。正義感の強いアズサのことだ。花琳の元に下るのは、相当な苦行だっただろう。

 

 

 

そして、側にいたレナも相当苦しかった筈だ。ただ涙を溢すアズサを、見守ることしか出来なかったのだから。

 

 

 

それでも貫いたのだ。彼女達は、自分自身の信念を。従ったのだ。各々が打ち立てた誓いに。

 

 

 

「オレの一番尊敬してる人もそれが出来た人だ」

 

 

 

小町小吉。秋田奈々緒を守る為に、義父を殺害した。彼も自らの心に従って大切な人を守ったのだ。

 

 

 

小吉と彼女達のやった事は決して誉められた行為ではない。

 

 

 

しかし、忘れてはいけない。小吉も彼女達も、人間なのだ。

 

 

 

冷たい昆虫ではない。

 

 

 

人間が大切な人を守る為に戦うのは当たり前だ。

 

 

「その人が言ってたぜ。〝オレ達も〟『自分自身の大切な物を守ってもいい』ってな」

 

 

 

かといって、それは決して簡単なことではない。

 

 

 

だからこそ。

 

 

 

「それが出来たお前らを、オレは尊敬する」

 

 

 

「お止めなさいッ!!」

 

 

 

アズサの叫びが、辺りを切り裂く。

 

 

 

「あたくしは…貴方を裏切りッ!!自らの私利私欲の為に貴方に刃を向けている卑しく!!下衆な!!欲にまみれた裏切り者ですわ!!さぁ!!〝変異〟なさい!!」

 

 

 

自分を卑下し吹っ切れ、自分と闘おうとしている。しかし、それは出来ないだろう。

 

 

 

「わたしも。おじょーさまとおなじ。………くーががたたかわないなら、くーがをころしたあとで ゆいかさん もころす」

 

 

 

同じく、レナも口を開く。不慣れな様子で、クーガを挑発しようと躍起になっている。

 

 

 

しかし、彼女達は口にしたことを有言実行出来ないだろう。

 

 

 

二人には到底不可能な理由は至って単純。

 

 

 

いくら自分達の気持ちを誤魔化そうとしても、彼女達は心の底ではクーガのことを未だに『仲間』だと認識してしまっているからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………来いよ」

 

 

しかしクーガは、敢えて相手のリクエストに応えて自らの首筋に『薬』を注射する。

 

 

 

瞬く間に、『オオエンマハンミョウ』の『特性』が発現した。

 

 

 

「やらないで後悔するよりやって後悔する方がいい。だから全力で来いよ。オレが受け止めてやるからよ?」

 

 

 

アズサもレナもわかっている筈だ。自分達が今やってる行いは正しくないと。しかし、頭では理解していても体はもう止まれないのだろう。

 

 

 

アズサは父を救う為に、レナはアズサを守る為に死力を尽くして闘う筈だ。ならば自分はそれを真っ正面から受け止め、彼女達を止めるのみ。

 

 

 

故にクーガは彼女達と刃を交えることを決意した。

 

 

 

「ただし終わったら全力で反省して貰うぜ。七星さんの拳骨は覚悟しとけよ?」

 

 

 

クーガの、柔らかい笑みに優しい言葉。

 

 

 

『仲間』として、未だに自分達を見ている証拠。二人の瞳からは、月明かりに照らされた滴が流れ落ちた。

 

 

 

しかし、そんな『弱さ』を切り捨てるかのように、二人は同時に『薬』を注射した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

 

この生物は、よく絶滅しないものだ。

 

 

 

とある者が言った。

 

 

 

その二対のキバをワイヤーやチューブで拘束しておかねば、メスを殺してしまう為である。

 

 

 

最も凶暴と言われ、体の大きさも最大級。

 

 

 

そしてこの個体の亜種の中には、まるでルビーの如く赤みを帯びる個体も存在する。

 

 

 

 

 

 

【闘いの中で死に】

 

 

闘いの中でのみ生を得る。

 

 

【生ける者の血を浴び】

 

 

その中でようやく、死を得る。

 

 

【己ノ体ヲソメタノハ】

 

 

返り血との血飛沫の『DNA(キオク)』。

 

 

 

 

 

美月レナは、深紅の翅を乱暴に広げる。

 

 

その左右の腕にはそれぞれ、下腕部に沿う形でその生物を象徴するであろう荒々しく大きな〝刃〟が現れた。

 

 

その形は、レナの得意とする『トンファー』という二対の武器と非常に似ている。

 

 

左に一つ、右に一つ。

 

 

左右で初めて一セット。

 

 

レナは、静かに自らを抱き締める。

 

 

すると、自然とその生物の『大牙』が姿を表した。

 

 

まるで、命の芽を摘むギロチンのように。

 

 

 

 

 

 

「…………………ころす」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美月 レナ

 

 

 

国籍 日本

 

 

 

20歳 ♀

 

 

 

163cm 50kg

 

 

 

MO手術〝昆虫型〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────マンディブラリスフタマタクワガタ────

 

 

 

 

 

 

『アース・ランキング』三位

 

 

 

 

 

 

 

─────────紅蓮の破壊者(マンディブラリスフタマタクワガタ)、 解放(アンロック)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

──────────

 

 

 

 

この生物の中で最強の種はどれか。

 

 

 

そんな疑問が出る中で、引き合いに出されるのがこの種である。

 

 

 

攻撃性は極めて消極的で、自ら攻撃を仕掛けることは少ない。

 

 

 

だが、いざこの昆虫が勝負するとなれば、敗北した姿を見た者は多くはない。

 

 

 

その『武器』が、相手を寄せつけない為である。

 

 

 

また、この個体の亜種の中には自然界では非常に珍しい、淡いサファイアの色を帯びる個体も稀に存在する。

 

 

 

 

 

 その性格、極めて温厚。

 

 

 【その甲冑、極めて重厚】

 

 

 天に掲げしその剣先。

 

 

 【敗北を知らず、許されず】

 

 

 その身を照らしたのは。

 

 

 【果てしなき、『DNA(イノチ)』の色】

 

 

 

 

アズサは、空色の翅を静かに広げる。

 

 

 

その右腕には、大きな武器が携えられていた。

 

 

 

長き角。説明不要の長き角。

 

 

 

一本の剣。折れない意思の『象徴(シンボル)』であるかのような、そんな『武器』。

 

 

 

これで、アズサは勝利を掴み取ってきた。

 

 

 

Δεν(私自らが) είναι ότι (こうして望んで)το δικό (剣を、刃を、柄を、勝利を

)μου πήρε (この手に握り締め、)το σπαθί (掴み取ってきた)στο χέρι(訳ではない)

 

 

 

アズサは、『フェンシング』の試合前に呟くギリシャ語の口上を唱え始める。

 

 

 

これを唱えると、妙に落ち着くのだ。

 

 

 

何より、友に剣先を向けている現実を少しでも忘れさせてくれる。

 

 

 

Ξίφος μου επέλεξε(剣自らが 私を 選んだのだ)

 

 

 

剣を携えたギリシャ英雄、その名前が『由来(ルーツ)』となった自らのベース生物、その両者に敬意を込めて。

 

 

 

Κοιτάξτε τα στοιχεία(そ の 証 拠 に ホ ラ)

 

 

 

アズサは、その剣をクーガに向ける。

 

 

 

すると、自然とそのベースとなった生物が浮かび上がってくる。

 

 

 

 

 

 

 

Πιο ευγενή ξίφος(私の右手にはこの世で)

        έφερε σε αυτόν τον κόσμο(最も気高い剣が携えられている)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アズサ・S・サンシャイン

 

 

 

国籍 アメリカ×日本

 

 

 

20歳 ♀

 

 

 

170cm 49kg

 

 

 

MO手術〝昆虫型〟

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────ヘラクレスオオカブト─────────

 

 

 

 

 

 

 

『アース・ランキング』二位

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────蒼天の剣士(ヘラクレスオオカブト)君臨(アドベント)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

─────────

 

 

 

 

クーガの前に出現した二人の『戦乙女(ワルキューレ)』。

 

 

 

深紅のルビーのようなレナ。

 

 

 

蒼天のサファイアのようなアズサ。

 

 

 

見れば見るほど、その美しさに目を奪われる。

 

 

 

クーガにとって最悪なのは、今からこの二人を同時に相手しなければならないということだ。

 

 

 

そして更に残念なことにこの二人は、クーガよりも各々強い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           紅

            蓮

             の

              破

               壊

                者

 

           蒼

          天

         の

        剣

       士

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────双璧の女神(ビートルズ)同時襲来(ブルース)

 

 

 

 

 

 

 

 

 







この話書くのに今までで過去最大で一番かかりました(実話)


あれ?一日潰したぞ?


感想頂けると嬉しいですぞー\(^-^)/


おまけ


レナ「ミカサと御坂はややこしー」


アズサ「テラフォーマーズ6巻、北海道だけ函館線事故の影響で遅いらしくてよ~」


↑最近のワシの悩みです


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第十八話 VALKYRIE 二輪の華




戦乱を駆け抜け、血を吸った赤き薔薇の如く。


花言葉は〝愛情〟


その紅の月、闇すらも呑み込む。




夢の為に咲き、儚く散りゆく青き薔薇の如く。


花言葉は〝奇跡〟


その蒼き太陽、闇すらも照らす。




絶対の勝利者に贈られる、紫の薔薇の如く。


花言葉は〝誇り〟


紅き月と蒼き太陽、重なりし時。


揺るがない勝利を、彼女らに授ける。






─────────────最狂の闘姫( レ ナ)臨戦態勢(コンバット)





最強の剣姫(ア ズ サ)剣突姿勢(アンガルド)。─────────────








 

 

 

 

マンディブラリスフタマタクワガタ(原名亜種)

 

 

学名『Hexarthrius Mandibularis』

 

 

 

 

この生物、狂暴につき。

 

 

全てのクワガタという種の中で、最も凶悪。

 

 

最も巨大と呼ばれるクワガタの一角でもある。

 

 

動きは俊敏かつ獰猛で、獣の様に敵に襲いかかる。

 

 

それ故に推奨されているのが単独飼育。

 

 

理由はシンプル。単純明快。

 

 

相手を殺してしまうから。

 

 

その牙は、血を吸う為だけに存在しているから。

 

 

そしてこの生物の亜種は因果を自ら体現するかのように、体が極端に赤みがかった個体が出現することもある。

 

 

鮮やかなその『紅蓮』は、自然界の他の生物を警戒させる。

 

 

赤信号。進行禁止。侵入禁止(ノーエントリー)

 

 

しかし、この生物からの襲撃は回避不可能(アンストッパブル)

 

 

赤い標識『止まれ』の三文字を無視すれば、容赦なく襲ってくる。

 

 

それが、この生物。

 

 

マンディブラリスフタマタクワガタ。

 

 

その巨大な大顎が水牛のようであるようなことから 『Hexarthrius Mandibularis』の学名がついた訳だが、その名前とのギャップに違和感を覚える人間も少なくはないだろう。

 

 

大人しい水牛の片鱗など、欠片もないのだから。

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

紅蓮の『女神(ヴァルキリー)』が空中に舞い踊る。

 

 

けたましい羽音を立ててクーガの上空を通りすぎようとしたかと思えば、飛行をやめて自重により素早く落下し、クーガの丁度目の前に降り立った。

 

 

美月レナ。

 

 

その絶え間ない努力により、軍隊の実践的な近接格闘術やその他の武術において、彼女の右に出る者は決して多くはない。

 

 

「………………〝しすてま〟」

 

 

極限にまで力を抜いた右腕により、クーガの肘関節に向かって素早い手刀が浴びせられる。

 

 

「なっ!?」

 

 

力も入っていない筈なのに、クーガの体のバランスは崩される。

 

 

更にもう一発、今度は膝関節に向かって手刀が放たれた。

 

 

完全に、クーガの体のバランスは崩される。

 

 

本来であればここで首にもう一発、鋭い手刀をお見舞いするのがロシアの実践的格闘術『システマ』である。

 

 

しかし、残念なことに彼女の腕にはそれぞれ『武器』が備わっていた。

 

 

『マンディブラリスの大牙』。

 

 

右腕に下腕部から上腕部にかけて生えた巨大な〝それ〟を、無防備な体勢のクーガの首目掛けて力任せに叩き込んだ。まさに、ギロチン。

 

 

「ガッ…!?」

 

 

首に、凄まじい衝撃が突き抜ける。

 

 

地面に勢いよく叩き付けられ、自らの体が鈍くバウンドするのをクーガは感じた。

 

 

本当ならば、今の一撃で首が切断されていた。

 

 

『オオエンマハンミョウの甲皮』が堅いお陰でなんとかそれを逃れた。

 

 

しかし、目の前のレナは決して追撃をやめる素振りを見せない。

 

 

「はい。くーが」

 

 

「ッ…………!?」

 

 

なんとか体を起こしたクーガに向かって、レナはポケットから何かを投げる。

 

 

放物線を描いたそれを、ついつい目で追ってしまう。

 

 

それは、ただの『小銭』だった。

 

 

無数に散らばる小銭に、呆気に取られて意識を奪われる。

 

 

「まさか…」

 

 

クーガは戦慄する。してやられた。

 

 

気付いた時にはもう襲いが、これは民間でも流通している〝初歩的な〟護身術の技だ。

 

 

『オオエンマハンミョウ』は、動く物に素早く反応する。そしてクーガもまた、相手の挙動を観察する癖がある。

 

 

レナはそれを逆手に取ったようだ。

 

 

「あたり。くーがは〝め〟がいいからひっかかるとおもってた」

 

 

次の瞬間、クーガの腹部に向かって凄まじい衝撃が襲いかかる。

 

 

「ッゴボォ!!」

 

 

膝蹴り。レナによって洗練された、膝蹴り。

 

 

大木を容易くへし折り、生半可なベースの相手を一撃で仕留める膝蹴り。

 

 

クーガに対して一撃は不可能だが、ダメージは

十二分。

 

 

「オエッ!!オエエエエエ!!」

 

 

それをまともに受けてクーガの空っぽの胃袋から、黄色い胃酸混じりの吐瀉物な撒き散らされる。

 

 

そんなクーガを見て、レナの動きは止まる。

 

 

自分は、何を壊そうとしているのか。

 

 

この力は、友を傷つける為に培った力であっただろうか。

 

 

葛藤するレナの脳裏に、アズサの涙が過る。

 

 

父を失おうとしている、アズサの悲しい顔。

 

 

あれを、もう二度と見たくはない。

 

 

アズサを悲しませない為ならば、自分は鬼にも阿修羅にもなる。

 

 

引き取られたあの日から、そう決意した筈だ。

 

 

迷いを断ち切るように、レナはクーガの身体を片手で軽々と持ち上げる。

 

 

『クワガタ』は『カブトムシ』と同等の体重であった場合、その力を上回る。

 

 

『カブトムシ』百倍に対して、『クワガタ』はなんと百五十倍。

 

 

レナの根幹は力。

 

 

いくら技術を用いても、最終的には力で相手を葬る。

 

 

クーガを力任せに空中にぶん投げれば、レナはその場で〝ダンス〟を始める。

 

 

『ウィンミドル』という技をご存知だろうか。

 

 

ブレイクダンスの代表的な技で、この技に憧れてダンサーを志す者もいるという。

 

 

人間が逆さになり、絶え間なくベーゴマの如く回るその回転は見る者を飽きさせない。

 

 

しかし、あくまでパフォーマンスに用いられる技。

 

 

ここはきらびやかな『舞台(ステージ)』ではない。

 

 

煙と埃と、血と泥で彩られた『戦場』である。

 

 

この場で行うには、本来そぐわない。

 

 

しかし、彼女が行えば話は別。

 

 

レナ×マンディブラリスフタマタクワガタ=

【地球上全ての動きが凶器】の公式が成立する。

 

 

「………この公式、覚えておかねーとな 」

 

 

落下し、空中で身動きの取れないクーガはポツリと呟く。

 

 

落下先である彼女は地面に頭と肩をつけ、それらを軸に高速回転を始めていた。

 

 

まるで花が咲くかのように大きく足を広げ、下半身全体を使ってダイナミックな回転を始める。

 

 

彼女の強靭な『脚』。腕から生えた『マンディブラリスの大牙』。

 

 

その計四つ全てが『刃』となり、レナの『ウィンミドル』を恐怖の殺人ミキサーへと変異させる。

 

 

 

 

 

打撃を兼ねた斬撃の嵐。

 

 

血が舞い散り、骨が軋む。

 

 

レナの『ウィンミドル』は、クーガの命を一回転毎に削る。

 

 

残虐な光景である筈なのに、どこか美しさすらも感じさせる。

 

 

サディストにとっては、フレームに収めておきたい至高の光景ではなかろうか。

 

 

レナは、回転しながら涙をこぼす。

 

 

回転を止められない。

 

 

遠心力のせいではない。

 

 

もう、引き返せないところまで来てしまったから。

 

 

もう二度と、クーガは自分を仲間と呼んでくれないだろうから。

 

 

残虐非道な、敵になりきるしかないのだ。

 

 

自らの心すらも欺いて。嘘をついて。

 

 

レナは自分でも何回転したか分からなくなったところで、最後の仕上げにかかる。

 

 

回転は、段々と小さなものに収まっていく。

 

 

下半身全体を用いた大きな回転から、上半身に重心を置いたなめらかな回転へと。

 

 

しかし、これは暴力の終わりを示すものではない。

 

 

『フェニッシュサイン』だ。

 

 

上半身をバネのようにスプリングさせ、クーガを真上に蹴り上げる。

 

 

そして上方に向かって両腕を交差させ、巨大な『ハサミ』を作り出す。

 

 

これが『マンディブラリスフタマタクワガタ』の本来の姿。

 

 

自然界においての、生物本来の『武器』の形。

 

 

その『ハサミ』の力は非常に強い。

 

 

中央に備わった内歯の餌食になれば、悲惨な結末は免れない。

 

 

落下してきたクーガを、『ハサミ』の中央にキャッチする。

 

 

その身体が落下してきた際にかかる衝撃など、クワガタのパワーさえあれば何でもない。

 

 

「…っああああァアアアアアア!!」

 

 

滅多に感情を表すことのないレナが、声を荒げる。

 

 

そして、涙を伝わせながら『ハサミ』に力を加えていく。

 

 

メキメキと、クーガの身を包む甲皮が軋む音が聞こえる。

 

 

感触が伝わってくる。もう、止めたい。

 

血に染めてきた、腕が震える。

 

 

しかし、自分がやらなければアズサが手を汚さなくてはならない。

 

 

ならば自分が鬼に、阿修羅になるしかないだろう。

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

万力、という言葉では到底比喩しきれないような力を加えつつ、レナはクーガを野獣の如く何度も叩き付ける。

 

 

これが自然界における『マンディブラリスフタマタクワガタ』の姿。

 

 

そこに、レナが培ってきた格闘術を加える。

 

 

すると、どうだろう。

 

 

あらゆるものが彼女の前で、ゼラチン菓子のように脆く崩れてしまう。

 

 

彼女の深いブラウンの髪が乱れ、涙と血で視界が遮られても彼女は『破壊』を止めなかった。

 

 

三十度程叩き付けたところで、レナは『ハサミ』からクーガを解放する。

 

 

ピクリとも、動かない。

 

 

全身の甲皮が荒く削り取られ、口や肩からは血を流している。

 

 

「………………くーが」

 

 

自分がやったことであるにも関わらずレナはよろよろと駆け寄り、そっと握ろうとする。

 

 

もう冷たくなってしまっているであろう、その手を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何だ?レナ」

 

 

「ッ!?」

 

 

クーガから、数コンマのラグの後に返事が返ってくる。

 

 

レナは咄嗟に身構えようとするが、もう遅い。

 

 

『オオエンマハンミョウ』は『クワガタ』と比べて遥かに力は弱い。

 

 

事実、昆虫同士を戦わせる企画物の〝AV(アニマル・ビデオ)〟では、両者が戦った場合大抵『クワガタ』に軍配が上がる。顎のリーチが違いすぎる上に、パワーが段違いである為である。

 

 

しかし、『オオエンマハンミョウ』の方が遥かにスピードは上。

 

 

一瞬でも隙を見せれば、彼は弱点である首筋にすぐさま襲いかかる。

 

 

そこに、僅かな甲皮の隙間が存在するから。

 

 

クーガは起き上がると直ぐ様、素早くそこに手刀を叩き込む。

 

 

身体に酷な程ダメージが蓄積している故に威力自体は弱まっているが、かろうじてレナの意識を落とすことに成功した。倒れたレナを受け止め、そっと寝かせる。

 

 

複数戦での力量であればレナに軍配が挙がるが、単体の敵に対する力量であれば僅かながらにクーガの方が上。隙や弱点を見逃さない為である。

 

 

そして、今のクーガには負けられない理由があるのだ。どんなに自分が血を撒き散らす結果になろうとも、大切な二人の『仲間』を止めなければならない。

 

 

その決意が、既に体内がボロボロになっているクーガを支えていた。

 

 

そして今から立て続けに戦う『仲間』の一人。

 

 

単体戦において唯一無敗の剣士。

 

 

『MO手術』を用いた単体戦において、最強を誇る。

 

 

クーガは、彼女に一度も勝てたことがない。

 

 

少なくとも『MO手術』を用いた戦闘では。

 

 

 

 

 

 

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ヘラクレスオオカブト(原名亜種)

 

 

学名『 Dynastes Hercules』

 

 

 

 

強さの象徴とも言えるカブトムシ。

 

 

その中で、世界最大の大きさを誇るのがこの昆虫。

 

 

比較的大人しい生物だが、敵と対峙すれば決闘が始まる。

 

 

しかし、相手の昆虫や毒蟲は大抵逃げていく。

 

 

勝負が成立しないからである。

 

 

この生物には、近寄ることすらも困難。

 

 

長く、硬く、折れぬ角。

 

 

一本の聖剣。

 

 

それが相手を寄せず、反撃すらも許さず。王への謁見であるが如く、それを避けて通るのは厳しい。

 

 

反乱を起こして聖剣をかいくぐり、ようやく王に短剣を突き立てたとしても、それが〝届くこと〟はあっても〝通ること〟は決してない。

 

 

その甲皮、極めて頑強。

 

 

この二つが、王者に一切の死角をなくしている。

 

 

また、この生物の亜種の中には美しい青色の甲皮に身を包む個体も存在する。

 

 

自然界では見慣れぬ色素。

 

 

世界で最も理不尽な、この生物専用の青信号。

 

 

青い標識『一方通行』。この生物のワンサイドゲームで勝負は決する。

 

 

ヘラクレスオオカブト。

 

 

学名の『Dynastes Hercules』はギリシャ神話の無敵の英雄、ヘラクレスから取ったものである。

 

 

その名に恥じぬ戦いぶりから、この生物の人気は名声と言っていい程に熱狂的である。

 

 

 

 

 

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────────────

 

 

 

蒼天の『女神(ヴァルキリー)』は、静かにその剣を構える。

 

 

翅を畳み、とある競技の構えを取る。

 

 

『フェンシング』。

 

 

騎士道精神の象徴であり、決闘に用いられた『レイピア』を模したその剣。

 

 

それを携え、『ピスト』と呼ばれる横幅2m、縦幅14mの舞台で突き合うスポーツ。

 

 

アズサはこれに関して、天賦の才能を与えられていた。

 

 

そしてそれはベースとなった『ヘラクレスオオカブト』にとって、最上かつ最高の相性をもたらしていた。

 

 

『ヘラクレスオオカブト』は本来、そこまで素早い生き物ではない。

 

 

しかしそこにアズサの扱う『フェンシング』が加わるとしよう。

 

 

『フェンシング』の攻撃速度は、全ての武術の中で最速を誇る。

 

 

元々、素養はあった。

 

 

『ヘラクレスオオカブト』には、充分すぎる程の筋肉が蓄えられている。

 

 

しかし天より授けられしその身体は、速さとは縁が遠い。

 

 

さて、困ったぞと。

 

 

そこに、最速の競技である『フェンシング』の天才、アズサが通った。

 

 

仮にその身を預けてみよう。

 

 

その蹴り足を活かした移動術であれば、蓄えられた筋力を存分に活かすことができる。

 

 

その時この生物の一撃は、次元の違う速さを体現する。

 

 

En garde(アン ガルド)

 

 

フランス語で、構えを意味する言葉。

 

 

アズサが呟いたその瞬間、クーガも身構える。

 

 

相手の土俵に乗るつもりはないのだが、構えていなければ避けられない。

 

 

いや、正確に言うと〝構えていても避けられない〟。

 

 

Allez(ア レ)

 

 

フェンシングにおいて、開始を意味する言葉。

 

 

次の瞬間。

 

 

Fendez-vous!!(ファンデブー)

 

 

この言葉と共にアズサは踏み出し、疾風の如き『突き』を放つ。

 

 

「カッ……………!!」

 

 

『ヘラクレスの長角』が、クーガの胸部に突き刺さる。

 

 

いや、正確に言うと甲皮のお蔭で刺さってはいない。

 

 

『突き刺さった』という例えが、まかり通ってしまう程の激痛だ。

 

 

息が出来ない。気道が正常に酸素を運ばない。

 

 

「ヒュッー!ヒュッー!」

 

 

不味い。一撃が重い。

 

 

何よりも、速い。

 

 

レナが力ならば、アズサは速さだ。

 

 

力に関しては、レナにアズサは及ばないかもしれない。

 

 

ただ、それを補う程の速さ。

 

 

威力も充分に伴っている。

 

 

「…………クーガ。お立ちなさい」

 

 

アズサは、クーガに向かって静かに告げる。

 

 

「あたくしは今、貴方の敵。そのまま倒れているようでしたら」

 

 

〝もう一撃添えて差し上げましてよ〟

 

 

アズサの瞳からは、いつもの暖かみが感じられない。

 

 

いつもの彼女ではない。

 

 

どんな敵でも、どんな時でも、アズサは常に一対一の勝負を望んでいた筈。

 

 

レナを自分に差し向け、弱りきったところを狙うなど彼女の柄ではない。

 

 

弱っていなくとも、自分に勝機はないのだが。

 

 

「アズッ……サァ!!」

 

 

息絶え絶えに、クーガはアズサの名前を口にする。

 

 

 

「………なんですの?早く申し上げなさいな」

 

 

アズサは冷酷に、別人のようにそれを返す。

 

 

しかし、先程のレナとの戦闘の最中からそうだったように、クーガから笑みが消えることはない。

 

 

「お前ッ…ゲホッ!!ゲホッ!!さぁ…すぅ…がっ…だ」

 

 

かろうじて、クーガの荒い息の中から『流石』という言葉を聞き取れた。

 

 

レナから散々一撃を受け、自分からもたった今一撃を受けて尚、自分達に何故笑みを向けるのか。

 

 

「………いいこと。闘いの最中に『敵』を讃えるなどもっての他でしてよ」

 

 

普段であれば例え敵に言われても頬を緩めてしまうが、今は違う。

 

 

今は、状況が違う。

 

 

少しでも、目の前の敵が『クーガ』だと認識したくない。

 

 

タンパク質の塊、いや。生物(せいぶつ)とも生物(なまもの)とも思いたくない。

 

 

そうだ。野菜に見立てようか。

 

 

そうだ『カボチャ』だ。

 

 

緊張をほどく例えとしてよく使われる『カボチャ』としておこうか。

 

 

敵は『カボチャ』。『パンプキン』。

 

 

 

 

 

 

 

「お前らっは…敵じゃあねぇえ。オレのっ…ゲホッ!!『仲間』ッだ!!」

 

 

 

 

 

 

酷く裏切った自分達を、痛めつけた自分達を。ボロ雑巾のように全身をズタズタにされても尚、『仲間』と称する大切な『カボチャ』。

 

 

アズサは脳が『カボチャ』の真の姿を認識する前に。涙腺が緩んでしまう前に。魔法が解けてしまう前に、心を騙して身体を動かす。

 

 

『フェンシング』の移動法は四種類のみ。

 

 

前に出る『Marchez(マルシェ)』。

 

 

前に飛び出る『 Bond avant(ボンナバン)』。

 

 

後ろに下がる『 Rompez(ロンペ)』。

 

 

後ろに飛び下がる『Bond arriere(ボンナリエール)』。

 

 

前後にしか動けない移動法だが、攻撃だけでなくフェイントやカウンターの役割も有する。

 

 

例えば今のように。

 

 

Fendez-vous!!(フ ァ ン デ ブー)

 

 

飛び込んで攻撃を仕掛けてきた『カボチャ』に向かって、大きく後ろに下がった直後に鋭い一撃を与えたり。

 

 

Ripostez!!(リ ポ ス テ)

 

 

浅く前に出て、『カボチャ』の攻撃をわざと受け、弾き返した直後に突き返したり。

 

 

Battez !!(バ ッ テ)

 

 

浅く後ろに下がって、散々レナからのダメージを受けて折れかけていた『オオエンマハンミョウの大顎』の一本に向かって一撃を放ち、へし折ったり。

 

 

 

 

 

Attaquez!!(アタッ〝ケ〟)

 

 

大きく前に踏み出し、そのまま最強かつ最速の『神槍』のごとき一撃を『カボチャ』に向かって突き放ったり。

 

 

神速の一撃が、絶え間なく襲いかかる。

 

 

『カボチャ』は、捨てられた子犬の如く動かなくなっていた。

 

 

一歩ずつ、『カボチャ』に近寄る。

 

 

間合いまで詰めたところで『カボチャ』は起き上がった。

 

 

そして、瞬時に回り込んできた。

 

 

自らの側方、つまり横の方向へと。

 

 

『フェンシング』の動きは『縦』。

 

 

つまり前後の動きだ。

 

 

その一撃も『突き』であり、当然真っ正面にいる敵を撃ち抜くことを想定している。

 

 

〝この距離であれば、距離を取る間もない筈〟

 

 

〝この距離であれば、首筋の弱点に手刀を叩き込める〟

 

 

そう踏んでいたのだが、この時『カボチャ』は見誤った。

 

 

この『カボチャ』は、外的事実を観察することに長けている。

 

 

つまり、外から見てわかる事実を『観察』することに優れている。

 

 

しかし、内面を『予想』することは不得手だった。

 

 

それが今回、災いした。

 

 

勘違いされがちであるが『フェンシング』は、突くだけではない。

 

 

Le sabre(ル・サーブル)』。

 

 

『フェンシング』の競技形態の一つで、『斬る』ことが許可されている競技。勿論、アズサはそれに関しても熟達している。

 

 

飛びかかってきた『カボチャ』に、横薙ぎの『斬撃』が放たれる。

 

 

それを受けて『カボチャ』は吹き飛んでいく。甲皮は砕け散り、数メートル先の森の方まで吹き飛んでいった。

 

 

野球で言えばホームラン、ゴルフで言えばナイスショットと言ったところだろうか。

 

 

「レナ」

 

 

意識を取り戻した、レナに声をかける。

 

 

どうやら、『カボチャ』の手刀による一撃は浅かったらしい。

 

 

わざとではなく、ダメージが蓄積していた為に威力が弱まっていたのだろう。

 

 

レナの意識がこんなにも早く目覚めたのは、予想外だった。

 

 

「彼を『カボチャ』と思いなさい」

 

 

自分は何を言っているのか。

 

 

きちんと仲間としてクーガと向き合ったレナに、自分と同様にクーガを『カボチャ』として認識し、ある種現実逃避することを強いている。

 

 

「………かぼちゃ?」

 

 

「そう。あれは…『カボチャ』でしてよ」

 

 

自分の情けなさに、涙が溢れてくる。

 

 

『カボチャ』として誤魔化さなければ、『クーガ』と向き合えない。

 

 

つくづく駄目な────だ。────をこんなことにまで巻き込んだ時点で、────失格だが。

 

 

「…………わかった」

 

 

コクリ、とレナは頷くと自分の後ろをついてくる。

 

 

もう、何年が経っただろう。

 

 

レナのことを────と呼ばなくなってから。

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

 

「…………クソッ」

 

 

クーガは森の中の藪の上で、月を見上げながら苦く笑う。

 

 

いざ二人を受け止めてみせると言ったものの、このザマだ。

 

 

強すぎる。『マーズ・ランキング』であれば自分も『燈』と同列の六位。悪くはない。

 

 

だが、あの二人は下手をすれば『幹部(オフィサー)』ともいい試合をするのではないか。

 

 

レナは『力』。アズサは『速さ』。

 

 

では自分は『技』で勝負しよう。

 

 

 

いや。その『技』すらも、二人は備えている。

 

 

 

単純な『力』であれば、『神眼の拳闘家(モンハナシャコ)』の特性を持つ、『マーズ・ランキング』八位の『慶次』にレナは劣る。

 

 

 

単純な『速さ』であれば、『悪魔の天敵(アシダカグモ)』の特性を持つ、『マーズ・ランキング』九位の『マルコス』にアズサは及ばない。

 

 

 

だが、自らの持ち味に『技』を絡めることにより、彼らとはまた異質の『力』や『速さ』を持つことに成功している。

 

 

 

「………敵わねぇよな、ホントに」

 

 

 

彼女らが選ばれず、自分が『アース・ランキング』一位に選任された理由がわからない。

 

 

 

自分にあって彼女らにないもの?

 

 

 

あるのだろうか、そんなもの。

 

 

 

ふと、自分に聞き返す。

 

 

 

弱虫だった頃の自分に比べて、自分は強くなった。

 

 

 

だが、その力も及ばない。

 

 

 

では、なんだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………あ」

 

 

 

 

弱虫だった頃の、自分。

 

 

 

その頃の自分の小さな記憶が、大きなヒントをくれた。

 

 

 

それは、とある大切な女性との記憶。

 

 

 

 

 

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───────────

 

 

 

森の藪の中から、クーガがフラついた足で現れた。

 

 

満身創痍。

 

 

今のクーガを比喩するなら、最も適切な言葉。

 

 

血だらけで、箇所によっては肉すらも露出しているクーガ。

 

 

そんなクーガを見た途端、アズサとレナの12時の魔法はたちまち切れる。

 

 

最早『カボチャ』として自分を誤魔化すことなどできない。

 

 

あれはクーガだ。自分達の大切な『仲間』だ。

 

 

「何故…ですの…」

 

 

アズサは泣きじゃくりながら、クーガに尋ねる。

 

 

「何故……ッ…お逃げになりなりませんでしたの!!」

 

 

クーガを追い詰めている、自分達の行動とは矛盾した台詞。

 

 

アズサとレナは、大義名分が欲しかったのだ。

 

 

アズサの父の死を受け止めるしかなくなる、大義名分を。

 

 

もう諦めろという心とは裏腹に、心の底では身体に全力で指示を出している。

 

 

アズサの父を救う道を、無敵の強さを持つ『身体』は切り開いている。

 

 

最早手綱を引いても、止められない。

 

 

「…約束したからだ。お前らを全力で受け止めるってな」

 

 

クーガは、懐から何かを取り出す。

 

 

二本の『薬』。

 

 

「…まさか」

 

 

過剰摂取。大量の『薬』を摂取して、よりベースとなった生物に近付く手段。

 

 

肉体への負荷というリスクと引き換えに、力を得る手段。

 

 

ただでさえ危険なのに、今のクーガが行えばどうなるか。

 

 

「…………くーが、いけない」

 

 

レナは、思わず声をかける。

 

 

しかし、クーガが手離す様子はない。

 

 

次の瞬間にも二本の『薬』を強く握り締める。

 

 

「………………お止めなさいクーガ!!」

 

 

そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その二本の『薬』を、クーガは握り潰した。

 

 

ガラスの破片が舞い散り、『薬』が舞い散る。

 

 

呆気に取られ、目を見開く二人。

 

 

「……………意外だったか?」

 

 

クーガはそう声をかける。

 

 

「確かに〝過剰摂取〟すりゃお前らに勝てるかもしれねぇ」

 

 

二人の力を上回る、唯一の手段。

 

 

そのカードを、クーガは自ら破棄した。

 

 

「けどよ。お前らも同じことしたら結局は同じことだ」

 

 

そのカードを使えるのは二人も同じ。

 

 

エースを出されたら、エースを出し返せばいいだけのこと。

 

 

「それに…そんな力の加減が出来ねぇ状態じゃあよ」

 

 

〝お前らを殺しちまうかもしれない〟

 

 

この期に及んで、二人の身をクーガは案じていた。

 

 

そもそも、ここまでクーガが追い詰められたのは『殺す』ことが出来ないから。

 

 

只でさえ、二人とクーガの間には力に開きがある。

 

 

にも関わらず、本来の戦闘スタイルである『弱点を引き裂き相手を仕留める』を捨てればどうなるか。

 

 

その力の差は歴然。確固たるものになる。

 

 

「そんなこと…きにしてるばあいじゃない」

 

 

そんなことを気にしたあまりに、自分達に今こんなにも追い詰められているのだから。

 

 

「〝そんなこと〟なんかじゃねぇ!!」

 

 

瀕死とは思えない状態で、クーガは地の底から響くかのような声で叫ぶ。

 

 

「オレには…帰りを待つ奴等がいるッ!!」

 

 

『アネックス一号乗組員』総勢100名。

 

 

火星への任務に向かった、勇敢な戦士達。

 

 

「仲間が!!友が!!親友が!!」

 

 

彼らの帰るこの場所を、守るのが自分の。

 

 

いや、〝自分達〟の役割。

 

 

「あいつらが『地球(ここ)』に戻ってきた時にオレはどんな顔して出迎えりゃいい!!ああ…さぞかしオレは最高のコメディアンになれるだろうなぁ!!『大切な仲間』はくたばったけどアンタ達の地球は守ったぜってか!ブラックジョークにも程があんだろ!!あいつらは逆にオレをどんな顔して気遣えばいい!!」

 

 

クーガにとって、二人の死ぬかもしれないリスクを踏むのは〝そんなこと〟では済まされないのだ。

 

 

「安心しやがれ…オレは負けねぇ。お前らにだってな」

 

 

普通であれば、そんな格好で言われても説得力がない。

 

 

しかし、クーガの瞳からは光が失せていなかった。

 

 

「…………今言ったこと、本気ですわね」

 

 

アズサは、自らの金色のショートヘアからヘアピンを取る。

 

 

レナも同じく、ブラウンのその髪からカチューシャを取る。

 

 

そして、その場に投げ捨てる。

 

 

「あぁ。本気だ」

 

 

察したところ十中八九、二人は本気中の本気を見せるつもりなのだ。

 

 

クーガはほくそ笑む。

 

 

それはクーガが『戦闘』好きなこともあるが、アズサとレナが自分を信頼し、本気をぶつけくれようとしてるのが、嬉しいのだ。

 

 

その証拠に、二人の瞳からは涙が失せていた。

 

 

代わりにその瞳に宿っているのは、闘志。

 

 

アズサもレナも、今のクーガであれば全力を出しても大丈夫。

 

 

そんな根拠のない自信が、二人の中から涌いてきた。

 

 

〝これ〟は卑怯だという理由で、滅多に見せたことはなかった。

 

 

だが、アズサとレナの〝コンビネーション〟は、舌を巻く程に精度が高い。

 

 

これが、アズサとレナの本気。

 

 

二人は大きく離れ、直線上でクーガを挟み込む形となる。

 

 

 

 

 

 

 

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────────────

 

 

 

 

『スレイプニール』という神話の生物をご存じだろうか。

 

 

八本の脚を持ち、空を駆ける、神話上の生物。

 

 

クワガタは、その特徴と一致している。

 

 

二本のキバを足せば、足は八本。

 

 

クワガタには、空を駆ける為の翅もある。

 

 

それ故に、『スレイプニール』の正体はクワガタではないかと言われている。

 

 

仮に、レナが『スレイプニール』だとしよう。

 

 

それならば主人であるアズサは、ギリシャ神話の英雄『ヘラクレス』ではなく、さしずめ『スレイプニール』の主である主神『オーディン』と言ったところか。

 

 

それならば、その腕に携えられた剣は、目標を確実に射殺すと言われる神槍『グングニル』。

 

 

前門の虎、後門の狼という生易しいものではない。

 

 

前門の『オーディン』、後門の『スレイプニール』。

 

 

そんな状況に置かれても尚、クーガから笑みが消えない。

 

 

 

 

 

 

アズサとレナは脱兎の如く駆け出す。

 

 

アズサは、独特の移動法により凄まじい勢いで間合いを詰めてつくる。

 

 

レナもまた腕を交差させ『ハサミ』を形成し、こちらに勢いよく駆けてくる。

 

 

クーガは、レナの方にクルリと振り向く。

 

 

そして、ポケットからあるものを取り出す。

 

 

「小銭のお返しだ、レナ」

 

 

「ッ!!」

 

 

クーガのポケットから放物線を描いて地面に着地した〝それ〟は、夜の闇を切り裂く。

 

 

閃光手榴弾。

 

 

爆音と閃光により、周囲の人間に一時的な失明と難聴を引き起こす手榴弾の一種。

 

 

レナから、一時的にではあるが二つの感覚が奪われる。

 

 

視覚と聴覚。

 

 

それは、戦闘に必要な二つの感覚。

 

 

しかし、レナは止まらない。

 

 

自分の記憶が覚えている。例え、見えなくとも。

 

 

触れられなくとも、聞こえなくとも、見えなくとも。

 

 

(アズサ)』が今、何をしたいかならわかる。

 

 

 

 

───────レナ?あたくしの〝自慢の妹〟ですわ!!

 

 

 

 

二人は、姉妹のように育ってきたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あ」

 

 

思い出した。大切なことを。

 

 

そんなレナの気持ちとは裏腹に、戦場の時計の針は進んでいく。

 

 

クーガは、満身創痍の身体を無理矢理奮い立たせる。

 

 

そして、大きく跳躍した。

 

 

それにより、地上の直線上ではアズサとレナが衝突することになる。

 

 

「教科書通り…と言えば教科書通りですわね」

 

 

複数の敵を相手にする時の基本。

 

 

同士討ちを狙う。

 

 

だが、自分とレナはそんなヘマをしない。

 

 

クーガもわかっている筈だ。

 

 

それがわかっていて、恐らく敢えて飛び上がったのである。

 

 

自分とレナを正面から衝突させることだけが狙いではない筈だ。

 

 

『ヘラクレスの長角』と『マンディブラリスの大牙』。

 

 

彼女らの武器同士が正面からかち合う瞬間に、レナは『マンディブラリスの大牙』をやや前方に傾けて『足場』を作る。

 

 

勿論、レナにはクーガが飛び上がったことなどわかりはしない。

 

 

視覚も聴覚も封じられて周囲の状況把握もままならない上に、今のクーガの考えなどわかる筈もない。

 

 

しかし、クーガの考えがわからなくとも、〝アズサ〟が今何をしたいかならばわかる。

 

 

アズサが『足場』の上に身体ごと飛び乗れば、レナは全力で上空に向かってアズサの身体を打ち上げる。

 

 

アズサは更に、その蒼き翅を広げて飛翔する。

 

 

たちまちその身体は、クーガに肉薄した。

 

 

「さぁ…追い詰めましてよ!!覚悟はよろしくて!?」

 

 

クーガが何をしようとしているのかは、わからない。

 

 

「…面白ェ。やってみやがれ」

 

 

ただ、奥の手を隠していることだけはわかる。

 

 

アズサは、空中で剣突姿勢へと移行する。

 

 

これが決まれば、勝負は決する。

 

 

何をしようとしているのかは知らないが、この状況を果たして打開出来るのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────────────────

 

 

 

 

『うぅ…ヒック!』

 

 

 

『ほらほら、泣かないの。クーガは本当に弱虫ね?』

 

 

 

『よわくないもん!つよいもん!!』

 

 

 

『そんなに涙ポロポロ落としながら言っても説得力ないわよ?』

 

 

 

『ないてないもん………』

 

 

 

『………ママは〝弱い〟って素敵なことだと思うな?』

 

 

『え?』

 

 

 

 

─────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

クーガにヒントを与えたのは、幼い頃の母との記憶。

 

 

捨て去りたい過去の記憶に紛れて、いつの間にか捨ててしまっていた記憶。

 

 

だが、自分は決めた。

 

 

どんなに捨て去りたい過去だろうと、『弱さ』だろうと。

 

 

少しずつ向き合っていこうと。

 

 

何より『母』のとある言葉で、その決意は固まった。

 

 

 

 

─────────弱いことが何故素敵か?………そうね。

 

 

 

 

「……………え?」

 

 

 

アズサは、キョトンと呆気に取られたような声を上げる。

 

 

 

クーガの変異が、解けていく。

 

 

 

時間切れによるものだろう。

 

 

 

いや。重要なのはそこではない。

 

 

 

 

─────────弱いことって、他の人の弱さを受け止められる『優しさ』にもなると思うの。

 

 

 

 

たちまちもう一度変異が再開する。

 

 

 

まるで〝上書き〟されるかのように、もう一度。

 

 

 

クーガの結わえた後ろ髪は触覚のように変異し、前髪二本も似たようになっていた。

 

 

 

それは、『オオエンマハンミョウ』のものとは全く異なる変異。

 

 

 

クーガは、両掌をアズサに翳す。そこには、二つの『孔』があった。

 

 

 

「イスラエル人の掌に孔が空いてるのがそんなに珍しいか?お嬢様?」

 

 

 

 

───────────そしてその『優しさ』はきっと

 

 

 

 

「………って政府の人間も思ってるかもしれねぇぜ?…もしかしたらな」

 

 

 

 

───────────誰かを守る『強さ』にもなるから

 

 

 

 

〝ドン。そんな爆音が、その場の空気を切り裂いた〟

 

 

 

「キャアッ!?」

 

 

アズサは、〝爆炎らしき物〟に飲まれる。

 

 

変異しているお蔭でそこまで熱くはない。

 

 

しかし、痛い。

 

 

目に絶え間なく痛みが走る。

 

 

ただの爆炎ではないだろう。

 

 

変異していなければ、もっと酷いことになっていた筈だ。

 

 

ハンミョウ類には、『スパニッシュフライ』にも含まれる『カンタリジン』を持つ種もいる。

 

 

しかし『オオエンマハンミョウ』はそれを持ってない。

 

 

全く異なる別のものだろう。

 

 

『視覚』を一時的に奪われたアズサだが、ふとあることに気付く。

 

 

自分も、『変異』が時間切れを迎えようとしているのだ。最悪のタイミングだ。このままてまではクーガ共々、地面に叩きつけられる。

 

 

肝心のレナも、自分と全く同じで『変異』が解けているだろうし、『視覚』も『聴覚』も遮られている為にアテには出来ないだろう。

 

 

万事休すか。

 

 

そう思いかけた時、ゴツゴツした手の感触が、自分を空中で引き寄せ、抱き寄せるのを感じた。

 

 

「……クーガ!?」

 

 

アズサが驚きを漏らした時には、クーガはアズサを庇って地面に叩きつけられてしまっていた。

 

 

「ゲホッ…!!」

 

 

大量の血が、アズサの髪に跳ねる。

 

 

クーガのものだろう。

 

 

アズサが心配して声をかけようとした瞬間、クーガが動く。

 

 

「…動くなアズサ。動くとお前の喉を切り裂く」

 

 

ヒューヒューと荒い呼吸音が聞こえる中、アズサの喉元に冷たい感触が添えられる。ナイフだ。クーガがいつも愛用してるもの。

 

 

この感触で、思い出す。

 

 

『薬』を用いない〝人間時〟の模擬戦では、自分はクーガに一度も勝てなかったと。

 

 

その模擬戦の際、喉元に突きつけられた『ダミーナイフ』の感触がデジャヴする。

 

 

「…………〝降参ですわ〟」

 

 

自分もレナも、視界が奪われている。

 

 

〝降参するしかないだろう〟

 

 

その言葉を聞くと、クーガはナイフを喉元から避ける。

 

 

それと同時に、ドッと肩の荷が降りた気がする。

 

 

不思議と、悔いもない。

 

 

「…………よいしょっと」

 

 

ズルズルと、何かを引きずる音がする。

 

 

レナを引きずってるのだろうか。

 

 

「やめて。わたしにえっちなことするきでしょ。えろどーじんみたいに」

 

 

「どこで覚えたそんな言葉!!って…聞こえないんだったな」

 

 

アズサがぼんやりと目を開けると、クーガがレナの腕に指で文字を書いているのが見えた。

 

 

『ア・ズ・サ・を・ひ・と・じ・ち・に・と・っ・て・る・か・ら・こ・う・さ・ん・し・ろ』

 

 

「ア・ズ・サ・を・お・か・さ・れ・た・く・な・か・っ・た・ら・ふ・く・を・ぬ・げ?…くーがのえっち」

 

 

「ガッデム!!ああもう!目と耳が使えるようになったら話す!!」

 

 

アズサはそっと目を開ける。目に写ったクーガの顔は、既に変異が解けていた。

 

 

くしゃくしゃの笑顔が、そこにはあった。

 

 

「おっ。目ぇ見えるようになったか?」

 

 

クーガは、息を整えながらアズサに語りかける。

 

 

「お前は負けた。だけど精一杯やった。これで満足だろ?」

 

 

ナイフを遠くに放り投げると、クーガはバタリと倒れる。

 

 

「…ええ。悔いはありませんことよ」

 

 

敵に対してはあれだけ冷酷なのに、仲間に対してはどこまで底無しのお人好しなのだろう。

 

 

それもこれも、彼が誰よりも『弱い』からだろう。

 

 

しかし、それはただの『弱さ』ではない。

 

 

アズサは微笑を浮かべる。

 

 

その横顔を、朝日という優しい光が照らした。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

「じょうじょうじょう」

 

 

「じぎぎぎ………」

 

 

ゴキちゃんとハゲゴキさんは、山奥にクーガと唯香を探しに山を登山する。

 

 

自分達の気持ちの整理も、ある程度出来た。

 

 

そして、覚悟も決めた。同族とも必要であれば闘うしかないのだと。

 

 

そんな風に意思を固めてる中、その決意が馬鹿馬鹿しく思える物体が目の前を横切る。

 

 

「ふええええ………!!」

 

 

「ガウッ」

 

 

ハムスターの寝巻きを着た桜唯香(25)が、巨大なグリズリーの背中に乗ってどこともなく山道を登っている。その横には、子熊がトコトコと並走している。

 

 

「じぎぎぎ…」

 

 

訳『最近の商売人はろくなこと考えないな。何でも『萌え』にすりゃ売れると思ってやがる。名作もついに魔の手が伸びちまったか』

 

 

「じょじょう!!」

 

 

訳『いやあれ萌えっ娘商法の被害に遭ったキンタローじゃねぇから!!』

 

 

とはいえその光景は非常に面白いので、二人は暫く真後ろについていくことにした。

 

 

時折、「ゴキちゃん!ハゲゴキさんたひゅけて!!」という空耳が聴こえてくるような気がしたが気のせいだろうか、いや気のせいに違いない。

 

 

暫くすると、広い草原のような場所に出る。

 

 

その中心には大の字に倒れたクーガと、その両腕を枕代わりに眠るアズサとレナの姿があった。

 

 

クーガは唯香達に首を傾けると、〝熊に乗り〟〝後ろにテラフォーマー二人を従えた〟唯香を見て

 

 

「………何太郎目指してんだよあれ」

 

 

と呟いた。そんなクーガを見た途端に唯香は熊から飛び降り、ゴキちゃん達と共に駆け寄っていった。

 

 

「クーガ君どうしたの!?その血!!」

 

 

「ん…ああ。〝コイツら〟とちょっと喧嘩してた」

 

 

「やんちゃ盛りの中学生みたいなこと言わないで!!」

 

 

しかし唯香は溜め息をつくことなく、二人の頬をツンツンとつつく。

 

 

「………かわいいね」

 

 

「ああ。両手に華…だろ?」

 

 

クーガは腕枕にされて動かせず、そろそろ痺れてきた両腕に顔を歪ませながらそう冗談めいた口調で返す。

 

 

「仲直り出来た?」

 

 

唯香は深く詮索せず、たったそれだけ尋ねる。

 

 

「…ああ。バッチリだ!!」

 

 

クーガがそう答えれば唯香は微笑み、トコトコと帰っていく熊の親子に手を振った。

 

 

「ゴキちゃん。ハゲゴキさん」

 

 

そんな和やかな情景とは裏腹に、クーガは突如表情を険しく変化させてテラフォーマー二人に声をかけた。

 

 

テラフォーマー二人は、そんなクーガを見てキョトンとした表情を見せる。

 

 

「事情は後から唯香さんにも説明するけどよく聞いてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

────────────第一支部をオレ達で叩く

 

 

 

 

 

 

 

 

 







アズサとレナの回でかなりお気に入り登録して下さった方が増えたのですが、やっぱりクワカブの力は偉大なのでしょうか。


ちなみに、次回はユーリを主体に物語は進みます。


各国の五人の大物と、第二部に出る新キャラのお披露目並びに、物語の今後に大きく関わってくる回?となっております故に、見ていただけると非常に嬉しいです(^-^)



【発表】


2chのハーメルン良作・佳作スレでこの作品のレビューを発見。


原作の雰囲気が良く出ているというお言葉も頂いておりました。


((((((((((・ω・))))))))))


(;ω;)))))))))))))))))))))))


(((((((((((((((((((((((((;ω;)


感想だけじゃなくてレビューまで頂けるとは思っていませんでした。


いつも感想欄見てニヨニヨとさせて頂いてるワシです。


感想を書いて下さってる方には勿論ですがお礼申し上げてますが、レビューを書いて下さった方にもこの場を借りてお礼申し上げます。また、お気に入り登録して下さったり、評価を付与して下さったり、いつも見て下さる方。そして興味本意でページに飛んで下さった方。


皆様本当にありがとうございます。


クーガ・リーという、ツイッターでゴッド・リーさんと会話している時に突如脳内にポコッと現れたキャラと仲間達の物語がこんなに暖かく応援して頂けるとは思っていませんでした。


これからも、皆さんに楽しんで頂けるように、皆さんを驚かせるような展開をお届け出来たら幸いです
(⊃≧ω≦)⊃頑張るどー




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第十九話 DARKNESS_CALL 首脳のはらわた




物語の登場人物は皆、道化である。


台本の上を歩かされる、愉快なピエロ。


糸で吊るされた、安物のマリオネット。


糸を断ち切れば、動かなくなるだけ。


闇に近付きすぎれば、呑まれるだけ。


太陽に近付きすぎた、イカロスのように墜ちるだけ。





 

 

 

 

『America』

 

Washington D.C. , the United States in 2620.

 

Six persons gather to the U-NASA.

 

 

 

『China』

 

2620年的美国,华盛顿DC。

 

六个人物,向(到)U-NASA集会。

 

 

 

 

『Germany』

 

In den vereinigten Staaten in 2620, und Washington, D.C.

 

Sechs Personen versammeln sich zu U-NASA

 

 

 

『Russia』

 

В Соединенных Штатах в 2620, и Вашингтон, D. C.

 

6 личностей собираются к U-NASA.

 

 

 

『Rome』

 

Negli Stati Uniti nel 2620, e Washington, D.C.

 

Sei persone raggruppano ad U-Nasa.

 

 

 

『JAPAN』

 

2620年のアメリカ、ワシントンDCにて。

 

六人の人物が、U-NASAに集う。

 

 

 

 

─────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

物々しい警備の中、無駄に広い会議室の中にて。

 

 

六人の人物は、巨大な円卓を囲う。

 

 

世界を揺るがす力を持った六人。

 

 

この六人の気紛れで、世界は返されたちゃぶ台の如く崩壊する。

 

 

 

 

 

 

「………皆さん。ごきげんよう」

 

 

口火を開いたのは、落ち着いた様子の老紳士。

 

 

老いても尚、その牙と威厳は衰退を知らず。

 

 

──────────────『(アメリカ)』首脳、グッドマン。

 

 

 

 

「いやはや。緊急会議とは何事かと思いましたよ」

 

 

笑みを浮かべ、決して崩さない柔和な表情。

 

 

その能面の下には、底の無い欲望の井戸が潜む。

 

 

───────────────『(チャイナ)』首脳。

 

 

 

 

「『地球組』から裏切り者が出るとは…想定の範疇とはいえあまり喜ばしくありませんわね」

 

 

女王。その冠は彼女にこそ相応しい。

 

 

その戦略は絶え間なく形を変え、常に利を得る最適の形となる。

 

 

──────────────『(ドイツ)』首脳、ペトラ。

 

 

 

 

 

「それを早急に手を打つ為に本日集まった。という訳だろう」

 

 

堀の深いその顔。まるで軍人であるかのような、厳格な表情。

 

 

その凍てつく程の冷静さ、祖国の大地の如く。

 

 

──────────────『(ロシア)』首脳、スミレス。

 

 

 

 

「………こう言うのもなんだが、襲撃されたのが『アンタ』で良かったぜ。少なくともオレ達五人は『アンタ』みたいに不死身じゃねぇしな。…今ので気ぃ悪くしたらすまねえ」

 

 

顎に髭を蓄えた、〝良い意味〟で適当な印象を受ける人柄。

 

 

その人物像と不釣り合いな頭脳の回転速度、疾きこと風の如く。

 

 

──────────────『(ローマ)』首脳、ルーク。

 

 

 

 

「いいえ。構いません。我々の一人でも欠ければ世界は荒れる。むしろ私が狙われたのは不幸中の幸いであったと言えるでしょう」

 

 

その蓄えられた筋肉、不動明王の如し。

 

 

【ネムリユスリカは死ぬ】

 

 

【しかしこの男は死なない】

 

 

─────────────『(ジャパン)』首脳、蛭間一郎。

 

 

 

六カ国の首脳。

 

 

この六人を中心に、惑星開発計画『テラフォーミング計画』の事は運ばれる。

 

 

当然、『地球組』に関することもこの六人が管理している。

 

 

今回は地球圏で起こった度々の事件のこと並びに、『とある計画』に関することについて話し合う必要が出た為に集結したのであった。

 

 

そんな六人の内、三カ国だけは付き人が寄り添っていた。

 

 

『日本』首脳である蛭間一郎の傍らには、蛭間七星。

 

 

『アネックス一号計画』副司令官及び『地球組』〝臨時〟司令官にして一郎の血を分けた兄弟。

 

 

『ロシア』首脳、スミレスの傍らにはユーリ・レヴァテイン。

 

 

『地球組』唯一無二の『狙撃手(スナイパー)』。

 

 

今回は、度々の面識があるスミレスのボディーガードを担っている。

 

 

重要人物が六人も集えば何が起こるかわからない上に、ユーリの意見を今回の『会議』にて参考にしたいそうだ。

 

 

そのそしてもう一人、誰の眼から見てもこの場で最も浮いてる人物に視線が集まる。

 

 

 

 

 

 

「お、おい。大丈夫かよ?椅子持ってきて貰ってやろうか?」

 

 

『ローマ』代表ルーク。

 

 

そのルークが、心配そうに声をかけた『優男』。

 

 

「いえいえ!僕は平気ですよ!!」

 

 

ニコリと、包み込むような笑顔でそれを返した人物。

 

 

クリーム色の髪の、フワッとしたクシャクシャの天然パーマ。

 

 

眼鏡をかけたその青年は、見るからに温厚そうな印象が見受けられる。

 

 

しかし、頼りないというネガティブイメージもまた然り。

 

 

青年の蚊も殺すことが出来なさそうな人柄に加えて、松葉杖を地面につき、入院患者が着用する『病衣』を着用していたことも相乗効果を生み、その印象をより一層引き立てていた。

 

 

U-NASAと隣接した病院から抜け出してきたような印象を受けるが、まさしくそうなのであろう。あんな体調ではボディーガードも出来なさそうだ。

 

 

「大丈夫ですかな?『手術』が終わった直後でお辛いでしょう?」

 

 

『中国』首脳は、あからさまに作り物の笑顔でその青年に笑いかける。

 

 

散々、人を疑ってきたユーリにはそれが見えすいている。

 

 

クーガが人の『外面』から客観的な事実を切り取ることが得意なのに対して、ユーリは人の『内面を疑う』ことに長けていた。

 

 

時にそれは居もしない仮想の敵を作り出し、まるで風車を巨人と勘違いして闘いを挑んだ男、ドンキホーテのような状況に自らを追い込んだことがある。

 

 

しかし、その用心深い性格のお陰で自らの身に降りかかる危機から逃れたらことが何度かある。

 

 

ユーリは、その生き方を変えるつもりもなかった。

 

 

皮肉にも、それは兄貴分の『裏切り』によって得た強さではあったが。

 

 

「ありがとうございます。…僕のような者を心配して下さるなんて…感謝の気持ちで一杯です!」

 

 

そんなユーリから見ても、ペコリと頭を下げるその青年の笑顔は本物であった。

 

 

まるで、人には悪意がないんだという生善説支持者であるかのように、相手を信頼しきっている様子だ。

 

 

そんな彼からは、心の濁りが全く感じられない。

 

 

彼は、自分と違って他人の中にある善意を『信じる』ことが得意なようだ。

 

 

そんな考察をしながら青年を見つめていると、こちらに向かって手を振ってきた。

 

 

……………呑気なものだ。

 

 

「………さて。肝心の話し合いに入りましょうか」

 

 

痺れを切らした『アメリカ』首脳、グッドマンが話し合いの場へと空気を引き戻す。

 

 

「まずは『地球組』を襲撃した、『バグズ二号』のベースを持つ『死刑囚』についてです」

 

 

敵の雑兵。死刑囚であるその身を買い取られ、旧式である『バグズ手術』を受け『地球組』に牙を剥いてきた者達。

 

 

「その名称が今更ながら決定しました。身も蓋もないですがこれを『バグズトルーパー』としておきましょう」

 

 

が、とグッドマンは付け加える。

 

 

「恐らくこの名称が使われることはもうなくなるでしょう」

 

 

「恐らくその『在庫』が尽きるから…でしょうか?」

 

 

『ドイツ』首脳ペトラは、グッドマンに尋ねる。

 

 

グッドマンはそれに頷き、言葉を続ける。

 

 

「ええ。買い取られた『死刑囚』は調査の結果…おおよそ九千人。それに『死刑囚』ではない単なるゴロツキも加えればおおよそ、その数一万人」

 

 

「その中から〝間引いて〟大体五百人って結果が出たんだっけか。敵ながら上出来だな」

 

 

ルークの言葉に、全員が頷いた。

 

 

全世界からかき集めたであろう死刑囚達。

 

 

それにゴロツキも加えて、一万人もの数。

 

 

しかし、ここからが問題である。

 

 

手術のベース生物にも相性がある。

 

 

一種類ずつパッチテストの如く、その生物とその人物が適応するかどうか、ローラー作戦を実行するしかないのである。

 

 

一種類しか適合しない人間も、複数種類適合する人間もいれば、〝一種類も適合しない〟人間も存在する。

 

 

そして、敵はどうやら『バグズ二号』搭乗員の手術ベースに用いられた生物しか使用する気はないようだ。

 

 

狭き門は、より狭くなるだろう。

 

 

U-NASAの見積りでは、この時点で最低でも二千人に数を減らす。

 

 

貴重な『MO(モザイクオーガン)』を、一万個も用意せずに済むと考えれば特ではあるが。

 

 

狭き門をくぐれなかった残りの八千人は、予定通りに〝刑を執行〟されたのだろう。

 

 

そしてそこに、手術の成功確率も絡んでくる訳だ。

 

 

『MO手術』の成功確率は、約『36%』。

 

 

『バグズ手術』の成功確率は、もっと低い『30%』。

 

 

その二千人の中から、二割強である五百人も生き残れば上出来だろう。

 

 

しかし、その五百人も度重なる闘いで恐らく底を尽きようとしている。

 

 

残っている残党は、おおよそ百人程度ではないだろうか。

 

 

しかし、問題はここから。

 

 

〝何故敵は、わざわざバグズ二号搭乗員の生物だけに固執したのか〟

 

 

敵が『バグズ手術』の原理を理解しているなら『MO手術』も可能なのだ。

 

 

正確に言えば、『プロトタイプのMO手術』だろうか。

 

 

『MO手術』と『バグズ手術』の違いは二つ。

 

 

昆虫以外の生物もベースとして使えるか否か。

 

 

ツノゼミによる筋力上乗せがされているか否か。

 

 

生物のDNAなど、簡単に入手出来る。

 

 

それを用いて『バグズ手術』と同じことを行えばいいだけ。

 

 

例えツノゼミによる筋力上乗せの技術がなくとも、それは『MO手術』。

 

 

その最たる例が、アドルフ・ラインハルト。

 

 

彼が持つ特性は、『デンキウナギ』のみ。

 

 

しかし、強力。火星のテラフォーマーをあっさりと殲滅してしまう程に。

 

 

昆虫でなくとも、ツノゼミによる筋力上乗せがなくとも、強力なベースもあるのだ。

 

 

何も『バグズ二号』のベースに固執する必要など無い筈。

 

 

確実に何か裏がある。

 

 

「ユーリ・レヴァテイン。君はどう思う」

 

 

グッドマンは、ユーリに話題を振った。

 

 

実際に戦場に立った者にしか、見えない景色があるだろうから。

 

 

「…………私は、個人的な憶測や推測が非常に多い。それでも宜しいでしょうか」

 

 

各国首脳は、ユーリの言葉にYESと頷く。

 

 

それを確認すれば、ユーリは静かに口を開く。

 

 

「恐らくこれは『実行犯』の個人的な趣向でしょう」

 

 

「趣向…かね?」

 

 

「恐らく『バグズ二号に何らかの因縁がある』『バグズ二号のベースを研究する必要がある』の二つのどちらか、或いはその両方でしょう」

 

 

「ほう…では、大局から見れば些細な問題かもしれませんね」

 

 

『中国』代表がそう口を挟んだ。

 

 

それを聞いてユーリは内心溜め息をつく。

 

 

〝些細な問題〟として『バグズ二号』の件を世界が片付けてしまっているから、『実行犯』は『バグズ二号』に固執した事件を起こしているのではないだろうか。

 

 

とどのつまりは復讐。世界への。

 

 

恐らく『バグズ二号』関係者の。

 

 

しかし、そこを指摘すれば場の空気は悪くなる。

 

 

この場の人物、特に『中国』の首脳が怒らせれば戦争が起こるかもしれない。

 

 

ユーリは口をつぐむ。

 

 

「問題は『実行犯』の手口ではありません。その裏にいる『依頼主』の思惑ではありませんか」

 

 

『中国』首脳のその言葉を聞き、ユーリは内心二度目の溜め息を吐く。

 

 

よく言えたものだ。

 

 

恐らくこの一連の事件、犯人は『中国』だ。

 

 

実行犯は恐らく『花琳』。

 

 

依頼主は『中国』首脳。

 

 

『集会』のあの日、花琳が現場にいなかったことをクーガから聞いた。

 

 

アズサとレナの『サポーター』である彼女には、監視義務があるにも関わらずにだ。

 

 

『帝恐哉』の件の後、花琳について個人的に嗅ぎ回った。

 

 

データによると、『集会』当日に本国より呼び出されるという大義名分を与えられていたらしい。いくらなんでも都合の良すぎるスケジュールではないだろうか。

 

 

そして、もう一つ。彼女は三歳から五歳まで、南アフリカにて行方不明になっていたらしい。

 

 

『バグズ二号』搭乗員で南アフリカ出身と言えば、一人だけ心当たりがある。

 

 

ヴィクトリア・ウッド。

 

 

広大な南アフリカで彼女と花琳が出会ったかどうかは知らないが、可能性はなきにしもあらずだ。

 

 

もしそうであれば、怨む理由も存在する。

 

 

また、彼女も『桜唯香』と同様に22歳で生物学の博士号で取得している。

 

 

彼女ならば、理論さえわかれば『バグズ手術』が可能ではないだろうか。

 

 

また、一連の事件を引き起こす為に必要なもの。

 

 

【膨大な金銭】・【人員】。

 

 

その両方を兼ね備えているのが、彼女の出身国である『中国』。

 

 

蓄え続けたその資源であれば、間違いなく可能。

 

 

恐らく、他国の首脳も内心疑っているだろう。

 

 

「『依頼主』…か。確かに目的がイマイチわかりませんな」

 

 

グッドマンは溜め息をつく。

 

 

どうせお前だろう。そんな愚痴を溢すかのように。

 

 

ルークもよく言えたものだと言わんばかりに中国代表に目をやっている。

 

 

案の定、少なくともこの二人に関しては自分と同じことを考えているようだ。そんな風にユーリが考えを巡らしていたまさにその時、『日本』首脳である蛭間一郎は核弾頭を投下する。

 

 

 

 

 

 

 

「いやはや。さぞかし『依頼主』は幼稚と見える」

 

 

「ブフォ!?ゲッホ!ゲッホ!」

 

 

一郎の一言で、ルークは飲んでいた水を気管に詰まらせる。

 

 

ペトラと、『ロシア』首脳も僅かに凍り付く。

 

 

グッドマンは顔を歪ませる。

 

 

 

 

 

 

 

 

〝それは言わない約束だろうと〟

 

 

 

 

 

 

 

 

『中国』が一連の事件の犯人であることは大体検討がついている。

 

 

また、

 

 

「一連の事件の作戦内容が雑すぎますな。まるで構って欲しさに赤ん坊返りしているこどものようだ」

 

 

それも分かりきってることであった。

 

 

何らかの意図の元、わざと誰にでもわかりやすく単純で、それっぽい作戦を展開しているのだろう。

 

 

いずれも中途半端な、煮え切らない作戦。

 

 

『地球組』襲撃、『蛭間一郎』暗殺、『クーガ・リー』捕獲。

 

 

いずれも戦力を集中させていれば、どれか一つは成功したかもしれない作戦。

 

 

にも関わらず、敵が行わなかった理由。

 

 

恐らくは注意を引く事自体が目的である為。

 

 

本命の作戦を成功させる為の隠れ蓑。

 

 

それ故の『幼稚』な作戦であると、一郎も理解している筈だ。

 

 

そして先程『幼稚』と一郎が罵った犯人こそが、恐らく『中国』。

 

 

〝そんなもん分かりきってることだろ!何でそれが分かってて敢えて指摘する!〟

 

 

ルークは冷や汗を流しつつ、ハラハラと心配そうに一郎を見守る。

 

 

この場で最も怒らせてはいけない国。それは『中国』。

 

 

長年資産を蓄え続けた結果、かの国は常に『戦争体勢(バトルフェイズ)』でいられる程に、豊かな富を持っている。

 

 

極端な話、『中国』首脳の機嫌を損ねただけで世界は火の海に包まれることだってあり得るのだから。

 

 

牽制にしても、あまりにもリスクが大きい。

 

 

「はっはっはっ。いやいや全く同感。さぞかし『幼稚』なんでしょうなぁ!!」

 

 

『中国』首脳は、一郎の言葉に青筋立てることなく笑い飛ばした。

 

 

それを見た瞬間に、ルークはドッと体を崩した。

 

 

この会議はイチイチ心臓に悪すぎる。

 

 

そう言いたげな表情だ、と一部始終を見守っていたユーリは感じた。

 

 

 

 

 

 

 

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──────────────

 

 

 

 

三時間後。

 

 

途中休憩を挟みつつ、事件に関する議論及び『地球組』の今後について話し合いが一段落した頃に、『計画』についての話し合いが行われる。

 

 

 

 

 

「『PROJECT』についての話し合いを始めましょうか」

 

 

ただ『PROJECT』と略されたその計画。

 

 

ユーリは、その言葉を聞いて思い出す。

 

 

その被験者の〝護送任務〟に、アズサとレナがついたということも同時に。

 

 

花琳から無事に護送は完了したと聞いていたが、その花琳が疑わしいのではアテにならない。

 

 

悪いなにかが起きてなければよいのだが。

 

 

「この計画の概要を振り返っておきましょう」

 

 

主体となって計画を進めた『中国』の代表が口を開く。

 

 

「端的に言えば『地球組』の戦力の補充が目的です」

 

 

『集会』の日の襲撃によって、百人いたメンバーが十分の一以下、更にその後の戦闘により、更にその数を減らしていた。最も、死んだ筈のメンバーが実は生きていることは彼らですら知るよしもないのだが。

 

 

「しかし………あまりに人員を増やしすぎれば失った際のデメリットが大きすぎる。それ故に一定の基準を定めましたね」

 

 

「『クーガ・リー』を越えうる力を持つベース、その適合者を探し出す計画でしたかな」

 

 

この計画の目的。

 

 

アース・ランキング一位、『クーガ・リー』を越える力を持つ人員を確保すること。

 

 

その目的は戦力の増強及び、表向きにはなってないが『中国』の何らかの目的の為の道具(手 段)

 

 

しかし、当然それだけではいくら『中国』首脳に力があると言っても押し通せる訳がない。

 

 

各国共通の利益(旨 味)が存在していた故に実現したのだ。

 

 

その戦士がもし完成すれば、『クーガ・リー』に対して抑止力となり得る為である。

 

 

つまり『犬』を飼い慣らす為の『鎖』を自ら作ろうというのだ。

 

 

『遺伝MO』を持っている人間がどれだけ貴重かご存知だろうか。

 

 

彼らは『MO手術』の成功確率36%をほぼ100%にする夢の新人類である。

 

 

そんな三人のうち、火星に二人が行ってしまった。

 

 

奇跡の子、『ミッシェル(ファースト)』。

 

 

造られた存在、『膝丸燈(セカンド)』。

 

 

彼らが火星で死んでしまえば、その夢の新人類を『造り出す計画』がパーになる。

 

 

しかし、丁度良くスペアが涌いてくれた。

 

 

クーガ(サード)』だ。

 

 

彼がいれば、最低でも研究は続けられる。夢は終わらないし、途絶えない。

 

 

だが、『飼い犬』が噛み付いてくる可能性だって無きにしもあらず。

 

 

だから、躾の為の『鎖』が必要という訳だ。

 

 

しかし、ここからが難しかった。

 

 

地球上の『過度に強力なベース生物』数種類を選別し、それに適合する人物をしらみ潰しに世界中から探し出した。結果、見つかったのは『二人』だけ。

 

 

『死刑囚』と『学者』の『二人』だけ。

 

 

幸運にも、『二人』とも手術に成功した為にこうして話し合いが進んでいる訳だ。

 

 

「その通り。皆さんはポーカーというゲームを知っていますね?」

 

 

「ポーカーというのは…当然トランプの?」

 

 

突然引き合いに出された有名なゲームに、グッドマンは首を傾げて『中国』首脳に尋ねる。

 

 

「その通りです。ポーカーで一番強い役…ペトラさんはご存知で?」

 

 

「通常であれば『ロイヤルストレートフラッシュ』ですが…」

 

 

だが、あまり知られてないがポーカーには『ロイヤルストレートフラッシュ』以上に強い役が存在していた。

 

 

切り札(ジョーカー)』と『精鋭(エース)』四枚から構成される、『ファイブカード』。

 

 

それが、最強の役にして最強の布陣。

 

 

「皆さんもご存知かと思いますが…『ファイブカード』ですね。この布陣さえ完成すれば…『地球組』の戦力はより一層充実すると言っていいでしょう。ただ………」

 

 

『中国』首脳はルークの側についている『青年』に目をやる。

 

 

その目は、やや冷えていた。

 

 

「『二人目』はやりすぎかと思いますが」

 

 

ユーリは、目を見開いて先程の松葉杖をついた『青年』を凝視する。

 

 

あの優男が、クーガを越えうる力を持つ人物の一人?

 

 

にわかに信じられなかった。

 

 

「…そっちで見つけた『死刑囚』よりかは危なっかしくなくていいんじゃねぇか」

 

 

ショックを隠せないユーリを尻目に、身内のことについてとやかく言われたルークはわかりやすく顔を強張らせながら『中国』首脳に言い返す。

 

 

まぁ、便乗した身としては強く言い返せないのも事実だが。

 

 

『ローマ』には、まだ『地球組』に関するプロジェクトで利益がなかった。

 

 

日米は『地球組』を共に結成し、ロシアはその『地球組』にユーリという人員を滑り込ませた。

 

 

ドイツは『地球組』に関する研究に全面的に協力する代わりに、最も多く研究データを入手できるおいしいポジションについていた。

 

 

そして中国は、この『PROJECT』を立ち上げた。

 

 

ローマには、利益が残されていない。しかし、神はルークを見棄てなかった。

 

 

ヤケクソでこの『PROJECT』に便乗してみた結果、横にいるこの松葉杖の『青年』が『過度に強力なベース生物』に見事適合してしまったのだ。

 

 

この『PROJECT』を中心となって進めている中国が見つけた人材は、『死刑囚』とはいえ、高い戦闘能力を保有していた。

 

 

しかし、それに対してこの『青年』はただの『学者』。身体能力も中の中がいいところ。

 

 

『MO手術』が失敗した時のスペアと言えば聞こえはいいが、中国が見つけた人材が手術に成功したにも関わらず、ローマは無理矢理この『青年』の手術を行うことを強行したのである。

 

 

こんな人材で、しかもそんな形で便乗されれば、中国だっていい顔しないのも当然だ。

 

 

しかし、『最初に』裏切ったお前にだけは言われたくない。

 

 

「いや、でもよぉ。ガキの頃トランプやった時…ジョーカー二枚ぶちこまなかったか?」

 

 

ルークの頭の回転は速い。適当なように見えても、彼は『首脳』だ。

 

 

詭弁と言われればそれまでだが、最初にポーカーで例えたのは『中国』首脳だ。

 

 

その土俵にルークは敢えて乗ってきた。

 

 

相手の言葉に反論するには、ポーカーの土俵に『中国』の首脳は乗るしかない。

 

 

しかし、それではあまりに幼稚。ネット掲示板で横行しているような、揚げ足の取り合い並の議論を展開しなければならない。一国の『首脳』がこれ以上、そんな議論を続ける訳にもいかない。

 

 

故に、議論はここでほぼ途切れる。

 

 

ルークの咄嗟の切り返しに、グッドマンも感心する。

 

 

そんなこんなで『PROJECT』の件も今更揉めたところで仕方ないという結論に落ち着き、結局はなぁなぁに終わった。

 

 

「…な、なぁ。中国、怒ってねぇよな?」

 

 

「はい!きっと大丈夫ですよ!」

 

 

「ばっ!声がでけぇ!!」

 

 

最も、ルークは先程のやり取りにて肝を相当冷やしていたようで、青年に何度も『中国』首脳の顔色を確認させていた。

 

 

 

 

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そしていよいよ、最後の議題(トピック)に突入しようとしていた。

 

 

『地球組』の今後の『リーダー』について。

 

 

忘れてはいけないが、あくまで七星は『臨時』司令官である。

 

 

『アネックス一号』の火星到着まであと二十日ほど。

 

 

『七星』は、そちらの『副司令官』に戻らなければならない。

 

 

故に正式な司令官を立てたいところなのだが、何せ『アネックス一号』の方に大幅に人員を割いてしまった。

 

 

本来は二年かけて出発する予定だったにも関わらず、半年に準備期間が短縮されてしまった為に、『地球組』にそういった司令系統となりえる人員を確保する間もなかった。

 

 

しかし不幸中の幸いというか、いや不幸には変わりないのだが、『地球組』のメンバーは当初よりも大幅に数を減らした。

 

 

故に、人数的にも『小隊長』を立てれば統率出来るのではないかと判断された。

 

 

「我々としては…そこにいるユーリ・レヴァテイン君を推したいところですな」

 

 

グッドマンはユーリに目をやる。そして、これに関してはペトラ、ルーク、スミレス、『中国』首脳の四人の意見も纏まっているようだ。

 

 

ユーリは戦闘時の判断力においてトップ成績を納めている。

 

 

故に彼なら、リーダーとして最も適切な人材でなのではないかと判断された。

 

 

だがしかし。

 

 

「「「 N O(いいえ) 」」」

 

 

そう言う男が三人いた。

 

 

一人は、七星。もう一人は、ユーリ。

 

 

そして、もう一人は蛭間一郎。

 

 

〝……………何故お前らが空気を乱す?〟

 

 

それが、三人と『青年』以外の誰しもが思っていたこと。

 

 

この時、世界は一つとなっていた。

 

 

七星。『地球組』〝臨時〟司令とはいえ一国の首脳であるグッドマン達と比べれば、この場での発言権と立場は限りなく低い。

 

 

ユーリ。『地球組』の構成員にすぎない彼に、発言権など存在しない。

 

 

 

 

 

 

 

そして、蛭間一郎。

 

 

二十年前の『バグズ二号』計画に失敗したアメリカは勿論、その計画の中で実際に裏切った張本人である『日本』及び『蛭間一郎』一個人の立場は、非常に低い。

 

 

他の国が一丸となれば、一本の羽毛のように簡単に吹き飛ばされるだろう。

 

 

だがしかしこの男、一度決意したことならば動かざること山の如し。

 

 

「あ…あぁー。蛭間さん?」

 

 

ルークは、やや冷や汗を垂らしながら周囲を見渡す。

 

 

ペトラは、ただ静かにその場を見据えてる。

 

 

スミレスは氷の彫刻のようなその表情を決して崩さない。

 

 

グッドマンは、〝何を言い出すんだお前は。我々の立場は弱いんだぞ〟と言わんばかりの目で一郎を見ている。目は口ほどに物を語るといったところか。

 

 

そして一番怒らせてはならない『中国』。

 

 

その笑顔の仮面でも隠しきれない程に目に見えて、不機嫌さが漂ってくる。

 

 

「なんでしょうか、ルークさん」

 

 

「いや…あの…反対の理由を聞きたいんですが…」

 

 

「では私からよろしいでしょうか」

 

 

ユーリがスッと手を挙げる。

 

 

彼が付き添っているスミレスは、静かにユーリを見据える。

 

 

何を考えている。『ロシア( う ち)』が利権を握るチャンスなんだぞ。

 

 

氷のように冷たい彼だが、内心そう思っているに違いない。

 

 

それが分かっていながらもユーリは、今更自分の意見を押し留める気はなかった。

 

 

「『クーガ・リー』をリーダーに選定すべきです」

 

 

ただでさえ凍っていた空気に、更にヒビが入る。

 

 

事情を知らない故に仕方ないかもしれないが、馬鹿かコイツは。

 

 

いや、疑い深いユーリのことだから気付いている筈だ。

 

 

故に、尚更馬鹿に感じる。

 

 

『PROJECT』なんていう、『戦力増強』なんていう目的だけじゃコストパフォーマンスが全く見合うことのない馬鹿げた計画に乗っかった理由。

 

 

『クーガ・リー』という貴重なモルモットを手離さない為の抑止力となりえる存在を身近に置く為である。

 

 

それなのに、『クーガ・リー』をリーダーにしてしまえばそれは意味をなさない。

 

 

むしろ『死刑囚』か『青年』を懐柔し、余計に勢いづけてしまうかもしれない。

 

 

それだけは、絶対に避けなくてはならない。

 

 

 

 

 

 

「私は他人を信用出来ない」

 

 

ユーリの言葉から発せられた一言。

 

 

スミレスしか知り得ないユーリの過去。

 

 

兄のように慕っていた人物に、酷く裏切られた過去。

 

 

あんな過去を背負っていては、確かに信頼する気も起こらない。

 

 

「そんな私に他人を信頼するリーダーが務まる筈もない」

 

 

それに、と付け加える。

 

 

「冷静さで私を買って頂いたようですが…彼は充分に冷静です」

 

 

いや。平静と言うべきだろうか。

 

 

クーガは自分とあそこにいる『青年』を足して二で割ったような感触の人物だ。

 

 

自分の目で見た事実を、あくまで客観的に捉えることが出来る。

 

 

信じすぎる訳でもなく、疑いすぎる訳でもない。

 

 

先入観なく、物事を捉えることが出来る。

 

 

あの洞察力のお陰で、自分は『裏切り者(ユ ダ)』の烙印を解消することが出来たのだ。

 

 

あの力は、きっと作戦時に自分達を正しい方向に導いてくれる。

 

 

「それに…〝僅かながらに〟ですが、私が人を信用できるきっかけになったのも彼ですので」

 

 

ユーリがそう言い終えた途端に、とある人物は溜め息を吐く。

 

 

スミレスだ。気だるげに挙手する。

 

 

「私も『クーガ・リー』に一票投じても?」

 

 

この票は、ユーリの為ではない。

 

 

いや。正確に言うとユーリの為なのだが、ユーリの為ではない。

 

 

彼は政治家。一国の首脳が私情に流されることなどない。

 

 

「え…えぇ~………」

 

 

とはいえ、それがわかっていたとして、私情に流された訳ではないことを理解していたとしても。当然の如く他の政治家達は困惑する。

 

 

ルークは呆気に取られたようにキョロキョロと辺りを見渡す。

 

 

やはり、他の国の首脳もキョトンとしている様子だ。

 

 

 

「では次に私から」

 

 

間髪入れずに、七星が口を開く。

 

 

「皆さんは『死刑囚』やそこにいる『青年』を『抑止力』として置いておきたいのでしょう?」

 

 

ルークはマーライオンの如く飲んでいた水を噴き出す。

 

 

本日二度目である。

 

 

〝それは言わない約束だろうがっー!!〟

 

 

ルークは心の中心で悔しさを叫ぶ。

 

 

『暗黙の了解』なのである。そこの部分は。

 

 

『抑止力』として置いておくと言ってしまえば、「さ~て。ここに美味しい餌があるよ。食べたら死んじゃうけど美味しい餌があるよ~」と言って

狼に餌を与えるようなものである。

 

 

ネタバラシされた狼は、逆襲として餌ではなく、飼育員の喉笛を引き裂くだろうから。

 

 

この事実が『クーガ・リー』に仲間づてに伝わり、下手をすれば自分達に牙を剥きかねないから。

 

 

「私が反対する理由は単純。その『抑止力』が恐らく機能しないからです」

 

 

「あ?き、機能しない?」

 

 

「えぇ。皆様は『クーガ・リー』が『アース・ランキング』一位に選定された理由をご存知ないようだ」

 

 

単純な力量であれば、アズサとレナが彼を上回る。

 

 

そして、戦闘時の判断力ではユーリが彼を勝る。

 

 

しかし、それでも尚一位に選ばれた理由。

 

 

それは。

 

 

「彼が『誰よりも弱いから』です」

 

 

その場にいたほぼ全員の頭上に、クエスチョンマークが浮かび上がる。

 

 

『クーガ・リー』と『弱い』というワードがイマイチ結びつかないのだが。

 

 

「故に、『彼』や『死刑囚』では抑止力にはなり得ない。負けることはないでしょう」

 

 

「はは!貴方は何を根拠にそう言うのです?」

 

 

ついつい『中国』は苦言を呈する。

 

 

そして、他の国の首脳も共通の想いであった。

 

 

図らずも、『中国』がそれを代弁することになったのである。

 

 

「そう言われると私には何も言い返せません」

 

 

七星は、開き直ったかのように見えなくもない、言葉と態度で瞬時にそれを返す。

 

 

まるでテーブルテニスのラリーのようだ。

 

 

「が、敢えて言わせて頂きます。うちの『クーガ・リー』を倒したいのであれば『幹部(オフィサー)』でも連れてきては如何でしょうか?」

 

 

七星がそう言い終えた途端に、ついに『中国』首脳は青筋を立てる。

 

 

しかし、その不機嫌さが漂う前に、今度は『ドイツ』首脳ペトラが挙手する。

 

 

「私もクーガ・リーに一票投じても?」

 

 

ルーク、本日三度目のスプラッシュ。

 

 

『青年』がハンカチを差し出すと、ルークはフキフキと口元に付着した水を拭き取る。

 

 

どうしてこいつらは、自分が水を飲むタイミングに限って爆弾を投下するのか。

 

 

いや自分が水を飲むタイミングがおかしいのか。

 

 

ルークがそう葛藤してる最中にも、ペトラも口を開いた。

 

 

「そこに立った者にしか見えない景色がある。私もそれに賭けてみたくなっただけです」

 

 

ペトラのその言葉に唖然とする中、今度は『日本』首脳、蛭間一郎が空気を揺るがす。

 

 

「皆さんは『小町小吉』が『艦長』に選ばれた理由を覚えていますでしょうか?」

 

 

二十年前の『バグズ二号』計画にて、『蛭間一郎』を除き唯一の生き残りだったから?

 

 

いや違う。

 

 

「各国の曲者を小吉(あいつ)なら纏められると判断したからでしょう」

 

 

火星で裏切りは確実に発生する。

 

 

U-NASAはそれを判断し最も人望が厚く、人柄が温厚な小吉に懸けたのである。

 

 

「『クーガ・リー』は『小町小吉』と同じ眼をしていた」

 

 

一郎が間近でクーガを見て感じたもの。

 

 

小吉やアドルフ、ミッシェルにも似た瞳の強さを持っていること。

 

 

それに加えて、瞳の奥に『彼の父(ゴッド・リー)』の強さが宿っていたこと。

 

 

その炎は未だに消えず、瞳の奥で燻っていた。

 

 

「故に、彼が最適かと思われます」

 

 

「論があまりにも抽象的すぎますなぁ」

 

 

『中国』首脳は、笑顔と怒りが同居した複雑な表情で一郎の論を否定する。

 

 

しかし、一郎の表情には一ミリも変化がない。

 

 

動揺も焦りも、陰りすらも見えない。

 

 

「抽象的なのは承知の上。しかし、解る方には伝わるようで」

 

 

「…私もクーガ・リーに一票宜しいでしょうか?」

 

 

追い風が日本に吹いたせいだろうか。

 

 

グッドマンもその風に乗ってきた。

 

 

まるで1274年に『モンゴル』が日本に攻めてきた『元寇』の時の『神風』のように、その追い風が日本を救っているようだった。

 

 

ルークはそんな光景を見て、考えを巡らせる。

 

 

〝お前ら馬鹿か!見ろあの『中国(ラスボス)』の顔!!怒らせたら駄目なんだぞ!!聞いてんのかアメリカさん!『世界の警察』だか知らないがあいつはそんな脆い手錠ぶっ壊しちまえるんだぞ!!赤信号みんなで渡れば恐くないってか!?全員で地雷踏むのなんてオレは御免だぜ!!中国にゃ『PROJECT』に便乗させてもらった手前一度ぐらい味方しなきゃなんねー………どうする?どうするオレ!!①こいつらに味方して中国を共に牽制する(オレだけ特に睨まれる可能性あり)②このまま中国と同じ考えを表明する…②だ。誰がなんと言おうとオレは②でファイナルアンサーだ!!〟

 

 

この思考を巡らせる間、僅か二秒。

 

 

ルークが決意を固め、挙手しようとした時。

 

 

「首脳も『クーガ・リー』さんだそうです!!」

 

 

青年がルークの口元に耳を寄せ、あたかもルークの意思を代弁したかのような構図を見せる。

 

 

「へ…?お、お前何言って」

 

 

「 決まりのようですな 」

 

 

ルークの否定は『青年』の嘘八百により動揺し、弱々しいトーンに。

 

 

それを、一郎の怒号にも近い一声が掻き消す。ゴリ押す。

 

 

そしてアウェーな雰囲気になった『中国』首脳に向かってこう告げる。

 

 

「…………疑問に思う点が残るでしょう?」

 

 

「………ええ。勿論」

 

 

『中国』首脳の怒りのパラメータは、上昇止まらない様子。

 

 

本当に、日本と中国は昔から相性が悪い。

 

 

「それも当然でしょう。私が蛭間一郎でなければ、蛭間一郎を追及するでしょう」

 

 

それは某日本元総理の迷言だった。

 

 

台詞を聞いた途端、『中国』首脳はキれる。

 

 

最後まで、それを表に見せることはなかったが。

 

 

 

 

 

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会議が終了し、各々首脳は帰路につく。

 

 

そんな中、ユーリは七星の元に駆け寄る。

 

 

「〝司令〟」

 

 

「………もうすぐそうではなくなるがな。どうした」

 

 

「貴方の毅然としたあの態度、敬服致します」

 

 

七星のあの態度。首脳達に向かって、毅然とした態度で向かい合うあの姿は、ユーリにとって尊敬に値するものだった。

 

 

「それは君も同じだろう。一組織の構成員が彼処まで言えるなんて大したものだ」

 

 

七星は、頬を緩める。

 

 

彼が僅かでも笑う姿を、ユーリは見たことがなかった。

 

 

「君を『裏切り者(ユダ)』扱いして本当に済まなかったな」

 

 

そんなこと、あんな状況では誰しもが勘違いする筈。

 

 

にも関わらず、この男はまだ覚えていてくれたのか。

 

 

ユーリもまた、僅かに頬を緩めた。

 

 

「…………約束しましょう。もし『クーガ・リー』が『地球組』のリーダーとなれば、彼を側で支え続けると」

 

 

自らに敬礼し決意を述べるユーリを見て、七星もまた敬礼を返した。

 

 

 

 

 

 

「うん!やっぱり正解ですよルークさん!」

 

 

「だっー!!もうさっきの話はするんじゃねぇ!ホラ話してぇんだろ!行ってこいっての!!」

 

 

やや自棄になった様子で『青年』の背中をユーリ達に向かって押す。

 

 

『青年』は途中で転びそうになりながらも、松葉杖を駆使して何とかユーリ達の元に辿り着いた。

 

 

「初めまして。ユーリさん、蛭間司令官」

 

 

「…………君は」

 

 

『PROJECT』の被験者。

 

 

『クーガ・リー』以上の力を秘めた、『過度に強力なベース生物』の特性を持つと言われたローマの青年だ。

 

 

「何故、先程我々の方を持ってくれたんだ?」

 

 

あたかもルークが『クーガ・リーに一票』という内容を言ったかのように、誤魔化してくれていたが。

 

 

「貴方達を見ていて思ったんです。〝ああ、クーガ・リーさんはよっぽど信頼されている方なんだな〟って。僕も、そんな方に賭けてみたいと思ったんです」

 

 

「…………初対面の我々を信じてくれたのか?」

 

 

「はい!!」

 

 

ユーリの問いに、眼鏡を落としそうになりながらも元気良く答える『青年』。

 

 

自分ともクーガとも違うタイプの人間のようだ、とユーリは改めて実感した。

 

 

どうやら、甘ちゃんタイプの人間のようだが。

 

 

 

 

 

 

 

「それに…貴方達がそこまで言うのであれば、『クーガ・リー』さんのリーダーとしての資質も相当高いってことですよね。それは、『地球組』としてベストな結果が出せる可能性を少しでも向上させられるってことに繋がると思うんです」

 

 

『青年』の瞳に、先程のユーリの認識を吹き飛ばす程の決意が帯びる。

 

 

その意思は、真っ直ぐで濁りはない。

 

 

「そしてそれは火星で戦う皆さんを安心させ、生存率を少しでも向上させる切っ掛けにもなる」

 

 

『青年』の松葉杖を握る手に、力がこもる。

 

 

「助けたいんです、『友達』を」

 

 

「…………友達?」

 

 

『ローマ』出身で、『青年』と近い年代と言えば一人しか浮かばない。

 

 

「君は…『ジョセフ』という男の友人か?」

 

 

ユーリの問いに、『青年』はコクリと頷く。

 

 

「『ジョー』の友人の『エドワード』です。長いので『エド』で構いませんよ」

 

 

『ジョセフ』の友人だという目の前の青年『エドワード』。

 

 

あんなチャラチャラした『伊達男』と、目の前の腰の低い『優男』が一緒に食事したり、飲み屋で馬鹿みたいに騒いでる絵がイマイチ浮かばない。全く似ていない。『ジョー』と『エド』に共通点はあるのだろうか。

 

 

「おっと、眼鏡が」

 

 

クイッと眼鏡を人指し指で押し上げた瞬間に、エドは松葉杖のバランスを崩す。

 

 

「ッ!!」

 

 

それを、七星が慌てて受け止める。

 

 

ルークも、遠目からヒヤヒヤした様子で見守っている。

 

 

ああ、共通点ならあった。

 

 

前に、U-NASAの職員から『幹部(オフィサー)』の性格を聞いた中で、当然ジョセフの性格も聞いていたのでそれを覚えていている。

 

 

『ジョー』と『エド』、両者は共にドがつくほどの『天然』なようだ。

 

 

しかも、両者共顔がいいので二人並んで歩いてれば、さぞかし女性が寄ってきたのではないだろうか。

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

帰りのリムジンの中で、ユーリはロシア首脳『スミレス』に頭を下げた。

 

 

「首脳。申し訳ありませんでした」

 

 

自分があの時、『地球組』リーダーの申し出を受け入れれば、『ロシア』の力を増すことが出来ていた筈なのだ。謝罪も当然だろう。

 

 

「…いや。構わん。私もタダで君と取引しようと思った訳ではない」

 

 

……………取引?

 

 

ユーリが内心首を傾げていると、スミレスは紙封筒を取り出す。

 

 

「卑怯なようだが、『クーガ・リー』に投票した代わりに、今から私が話すことを絶対に他言無用にして欲しい。そして忘れて欲しい。それが取引だ」

 

 

ユーリは静かに頷く。

 

 

一国の『首脳』が自分に直々に頼むこと。

 

 

それは何か。

 

 

 

 

 

 

 

「ここに君を裏切り、君が復讐を誓っていた男『ヤーコフ』の居所を特定する情報と狙撃手ならば誰もが飛び付く『大量の現金』となりえる小切手が用意してある。これを受け取る代わりに、『アネックス一号』火星到着までに起こる一連の出来事に君は一切介入しないで欲しい」

 

 

 

 

 







前回の話の中の文章表現を読み直してると、粗雑な部分が目立ったのです。


今回は文章表現だけじゃなく、伏線を全て投入する大切な回なのに早く書くことを優先してしまったものが一度は完成していたのですが、一度消して書き直しました。


感想いつも頂いてる+レビュー貰った+新しく☆9の評価を頂いたやら考えるとどうしても少しでもマシなもん提供できたらなと…


ヤングジャンプでジョセフ山を築いた次の週にジョセフの友人出すとかあざといと思った方いるでしょ←

ちょっと狙ったは節はありましたが←オイ

前々から構想を練っていたキャラです(^-^)/

かなりのチートだと思われます。

ジョーの友達設定のエドってことで覚えてくだせぇ!!


次回はクーガ達突撃回ですφ(゜゜)ノ゜




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第二十話 SOLDIER 兵死




あれから十年の時が刻まれた。


第三次テラフォーミング計画、アネックス一号出発から約三週間後。


クーガ・リーは無謀に挑み、勇敢に死んだ。


かつて、彼の父がそうしたように。






 

 

 

 

パチン。そんな音共に、金切りハサミがフェンスを切り裂く。

 

 

「………くりあ」

 

 

レナがそう囁くと、三人の人物が草影から姿を現す。

 

 

アズサ、唯香、クーガ。

 

 

いずれも、今からこの〝要塞〟に乗り込むメンバー達だ。

 

 

 

 

 

───────テラフォーマー生態研究所、第一支部

 

 

 

アメリカ・アイダホ州の郊外に位置する、広い敷地を持つ建物。

 

 

火星ゴキブリ『テラフォーマー』の研究に最も期待を寄せられているだけあってか、形だけの優遇である第四支部と異なり、膨大な予算をかけて日夜、研究が進められている。

 

 

生体『テラフォーマー』のサンプル数は優に三桁に到達する。

 

 

それもこれも、万全な研究設備と安全策が施されているからこそ許されたことである。

 

 

ただ、その二つはクーガ達にとって脅威にしかならない。

 

 

安全策が施されているということは、生体『テラフォーマー』サンプルだけでなく、対人設備も又然りだ。

 

 

情報の漏洩を防ぐ為に、最新の防犯装置も備えられているという訳だ。

 

 

それに、生体『テラフォーマー』を所有しているのも大きな問題である。

 

 

「…………エメラルドゴキブリバチ、か」

 

 

アズサとレナの話によると、花琳は『エメラルドゴキブリバチ』の特性を所有しているらしい。

 

 

『地球組』のデータベースに情報はなかったが、これは大きな脅威となる。

 

 

自在に『テラフォーマー』を操る特性(ベース)

 

 

二十年前に『バグズ二号』を裏切った搭乗員、『ヴィクトリア・ウッド』の特性(ベース)

 

 

彼女がその手術を自ら施したのか、他の誰かに施されたのかは不明。

 

 

しかし、そんなことはどうでもいい。

 

 

大切なのは生体『テラフォーマー』百体以上が、彼女の忠実な駒となっているという事実だけである。

 

 

戦力差は絶望的。故に、目的は唯一つ。

 

 

テラフォーマー生態研究所、第一支部長『趙 花琳』の確保のみ。

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

テラフォーマー生態研究所、第一支部の最深部。

 

 

地下に位置するこの場所は硬く閉じられたハッチさえ開ければ、下水道に出入りすることも可能だった。

 

 

そこに、勤務する職員・研究員全てが集められていた。目の前に広がる異様な光景の、観衆であることを彼らは強いられている。

 

 

「じょーじょう。じょーじょう」

 

 

生態研究用、サンプルテラフォーマーの一体は何度も引っ張る。

 

 

綱引きの如く、引っ張る、引っ張る。

 

 

〝それ〟はゴチュゴチュと音を立てて、ズルズルと姿を現した。

 

 

「グギャアアアアア!!」

 

 

『バグズ手術』を受けた死刑囚、通称『バグズトルーパー』のうちの一体『ニジイロクワガタ』の特性(ベース)を持つ者は叫び、苦しむ。

 

 

消え入りそうな声で叫び続けるが、やがては小さくなってゆく。

 

 

虫けらのようにピクピクと体を震わせ、やがて動かなくなった。

 

 

テラフォーマーは、その『バグズトルーパー』の肛門から引きずり出した大腸を、ブンブンと振り回す。一回転ごとに遠心力が伴い、中に詰まっていた汚物がびちゃびちゃと飛び散る。

 

 

「じょうじ」

 

 

もう一体のテラフォーマーは、その『バグズトルーパー』から取り出した眼球やら睾丸でお手玉を楽しんでいた。べちょべちょと、その指の体液が滴り落ちた。

 

 

眼球の方は堅かったが、プチンと潰してやればいくらのように快音を立てて弾け飛んだ。

 

 

「じょじょ」

 

 

それに負けじと、三体目のテラフォーマーは『バグズトルーパー』の頭部を思い切り踏み砕いた。頭部のあらゆる器官が破壊され、数本の黄ばんだ歯がその場にコロコロと転がり落ちた。歯槽膿漏だったのか、吐き気を催す臭いが更に拡散する。

 

 

「うえええええ!!」

 

 

目の前で起きている出来事と悪臭に、白衣を着た女性研究員は思わずその場に嘔吐する。

 

 

「オボェエエエエエエ!!」

 

 

「っほぐうぇえええ!!」

 

 

それにつられて、他の何人かも同時に吐き出す。

 

 

生臭さと、汚物と血の鉄臭さが同居した空間。

 

この空間を地獄以外の言葉で形容できる程、女性研究員はボキャブラリに富んでなかった。

 

 

そして、この空間に最も似合わない美貌を持つ自分達の上司、『 趙 花琳 』が何故平気な顔をしていられるのかが全く理解出来ない。事実、彼女の白衣に汚物が付着したところで全く気に留める様子もなかった。

 

 

いや、それ以上に理解できないのは、何故彼女がテラフォーマー達を従え、こんな真似をしているか、なのだが。

 

 

彼女の後方に控える数人の『バグズトルーパー』達も、混乱を更に深める材料となっている。彼らは敵の筈ではないのか。

 

 

「あら。アナタ達、グロテスクなものに耐性がないのね。私が昔住んでいたところはこんなもの日常茶飯事だったけれど」

 

 

どこに住んでいたんだ、彼女は。あの物騒なグランメキシコですら、こんな猟奇的な現場を拝める機会は稀ではないだろうか。

 

 

「さてさて。私個人としてはね、よく働いてくれていたみんなを今から起こる出来事に巻き込みたくないのよ」

 

 

今から起こる出来事?

 

 

今から起こす、ではないということは、起こることをあらかじめ想定していたのだろうか。

 

 

「やりなさい」

 

 

「じょう」

 

 

花琳の呼び掛けで、一際、他の個体と比べて『体が膨れ上がったテラフォーマー』が姿を現す。

 

 

『動物性タンパク質』を過剰に接種させた個体だ。バリバリと、好物のカイコガを食みながら、強引に下水道に通じるハッチの淵を掴めば、強引にそれを引っ張る。

 

 

徐々にハッチに力が加わり、ミキメキとそれを変形させていく。

 

 

本来は、横にあるパネルに九桁の数字を入力しなければ開かない。非常時にのみ開放される

避難及び逃走( エ ス ケ ー プ)』用の特殊な扉なのである。

 

 

それをこの個体は、まるでアジの缶詰を開けるかの如く簡単に開いてしまった。恐ろしく強い力だ。

 

 

「さ、ここから逃げなさい。私の気が変わらないうちにね?」

 

 

花琳は悪戯気味に笑みを浮かべながら、強引に開かれた出口を指差す。

 

 

「あの…支部長…」

 

 

恐々と、研究員の一人が花琳に声をかける。

 

 

しかし、彼女は歯牙にもかける様子はない。

 

 

ただ一言、こう告げる。

 

 

「あら。無駄口を叩いてる暇があるのかしら?〝ああ〟なっちゃうわよ?」

 

 

先程バラバラにされた『バグズトルーパー』の死体を指差す。

 

 

グロテスクなその死体に、再び先程の恐怖と吐き気が蘇ってくる。

 

 

絶対にああなりたくはない。各々の生存本能が、この場にいることを全力で拒む。

 

 

慌てて職員・研究員は草食動物の群れの如く駆け出した。

 

 

「フフ…それでいいのよ」

 

 

「おい…オレ達は〝用済み〟ってのはどういうことだ!!」

 

 

『バグズトルーパー』の一人が糾弾する。

 

 

自分達に『バグズ手術』を施した張本人、花琳が先程そう告げたのだ。

 

 

突然で、身勝手すぎる戦力外通告。

 

 

それに『バグズトルーパー』達は戸惑っていた。

 

 

最初は悪い冗談かと思ったが、それを抗議した仲間が現実にこうして惨たらしく殺されてしまったからには、確実に冗談ではないだろう。

 

 

「言葉通りよ。後は何処とでも行けばいいわ」

 

 

「行くアテなんかあるわきゃねぇだろうが!!」

 

 

彼らは死刑囚。外の世界で生きる道など、当然持ち合わせていない。

 

 

「貴方達の度重なる失敗を間近で見てきてわかったわ。やっぱり脆弱な人間じゃ駄目」

 

 

花琳は、テラフォーマーの触角をやおらに引き寄せる。

 

 

最も憎い存在(人間)に引きずられるテラフォーマーのその姿は、どことなく滑稽だった。

 

 

「ゴキブリ並にタフじゃなきゃね。さ、外部にいる仲間に知らせた方がいいわよ。早く出ていかないと…そこのゴリラ君が貴方達の上半身を吹き飛ばしちゃうかも」

 

 

動物性タンパク質を過剰に接種した個体は、虚ろな眼でバリバリとカイコガを貪り食らっていた。しかし、花琳の一声でクルリと向きを変え、ドシンドシンと重厚音を立てて『バグズトルーパー』達の元に歩み寄ってきた。

 

 

「ヒッ!!」

 

 

堪らず、『バグズトルーパー』は悲鳴を上げて逃げ出す。

 

 

研究員と同じハッチで逃げることは許されず、通気口からの脱出を強制された。

 

 

「貴方達はちょっと待ちなさい」

 

 

「は、はぁ!?」

 

 

逃げ出したうちの数人が、突如呼び止められる。

 

 

一刻も早くこの場から離れたいが為に、明らかに浮き足立っている。

 

 

「貴方達のベースは実戦の中でデータを取れてないの。残って貰うわよ」

 

 

「ふっ!ふざけんな!オレ達の仲間を大量に殺したヤローが来るんだろ!?勝てっこねぇよ!!」

 

 

「大丈夫。〝必ず勝てる勝負〟になるわ。安心しなさい」

 

 

花琳は笑い、断言する。

 

 

未来を掌握してるかのようなその口ぶりは、どんな状況でも揺らぐことはない。

 

 

白衣を脱ぎ捨て、黒いロングヘアーを揺らす。

 

 

青いチャイナドレスが露になり、コツコツとハイヒールが床を叩く。

 

 

メトロノームのように無機質で、周期的なその音は一切の乱れを知らない。

 

 

糞尿や屍を踏みつけても尚、構わずに踏み進んでいく。

 

 

そして、先程よりも広く、視界の開けた場所に到達する。

 

 

小学校の体育館よりも広いであろうその空間。

 

 

そこに虚ろな眼で並ぶ、無数のテラフォーマーズ。

 

 

「みんな。ちょっといいかしら?」

 

 

わらわらと集まってきた実験用テラフォーマーに向かって、彼女(女王蜂)は号令を出す。

 

 

「今…お客様が来てるわ。だからね?」

 

 

彼女の命令は神の声。

 

 

テラフォーマー達に拒否権は存在しない。

 

 

「〝オ・モ・テ・ナ・シ〟…そう。〝おもてなし〟してあげてね?」

 

 

身振り手振りの後に合掌する。

 

 

すると、一斉にテラフォーマーは駆け出した。

 

 

お客様( 侵 入 者)達を、おもてなし( 返 り 討 ち)する為に。

 

 

「あ、思い出した。そうね…貴方でいいわ」

 

 

一斉に駆け出した無数のテラフォーマーのうちの一体を呼び止める。

 

 

その個体が停止すると、花琳はチャイナドレスを脱ぎ始める。

 

 

徐々に磨かれた大理石のような、綺麗な白肌が露出していく。

 

 

服が半脱ぎの状態で、徐々にテラフォーマーに歩み寄っていく。

 

 

「着替え、手伝ってくれないかしら?」

 

 

ペロリと、舌を剥き出す。

 

 

今の彼女の姿は、人間の男性であれば官能的に感じるものかもしれない。

 

 

しかしテラフォーマーからすれば、その姿は恐怖そのもの。

 

 

エメラルドゴキブリバチ。自分達を奴隷畜生の如く飼い慣らす悪魔。

 

 

逃げようと思ったところで、自らの逃避反射は既に破壊されている。

 

 

テラフォーマーは、生まれて初めて恐怖という感情に肉薄した。

 

 

動かない。強靭な自らの足が。

 

 

彼女が触れた瞬間、『一匹』のテラフォーマーの命が闇の底に消えた。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

フェンスに開けた穴をくぐり抜け、四人は緑の芝生を歩く。

 

 

施設までは約百メートル。

 

 

正面入り口を使わない分まだマシかもしれないが、バレバレなのは変わらない。

 

 

警備用のサーチライトでも当てられたら、一巻の終わりだろう。ただ、妙だった。

 

 

「………人の気配がありませんわね」

 

 

第一支部の警備は厳しい。

 

 

野良犬が迷いこんだだけでも警報が鳴り響くレベルだ。にも関わらず何も起こらない。逆に不気味だ。

 

 

「  ?  」

 

 

そんな時、レナが猫のようにキョロキョロとしだした。

 

 

「どうしたの?レナちゃん」

 

 

「ぽこぽこしてる」

 

 

レナの返答に、唯香とクーガは首を傾げる。

 

 

しかし、アズサだけはレナの言いたいことを理解したようだ。

 

 

「走りますわよ!早く!!」

 

 

ボコッ。

 

 

ボコッ。

 

 

ボコッ。

 

 

テンポのよい音を立てて、緑の芝生がめくれあがる。

 

 

次々と、もぐらたたきゲームの如くテラフォーマー達が首を突き出す。

 

 

「じょう」

 

 

「じょじょう!!」

 

 

一瞬で。たったの一瞬で四人は包囲されてしまった。

 

 

「…道はあたくし達が開きますわ。唯香様とクーガは進んで下さいまし」

 

 

「ここはわたしとおじょーさまがやる」

 

 

『薬』を取り出そうとする二人だが、無い。

 

 

肝心の『薬』が無い。

 

 

「…………お前らホントにそっくりだな」

 

 

クーガは呆れて溜め息をつく。

 

 

二人は事情があるとはいえ、一度はクーガ達を裏切ったという理由で『薬』の管理を自分達からクーガと唯香に任せていた。故に、アズサとレナは現在無防備な状態。

 

 

「おっ!お黙りなさい!小さな頃から共に育ってきましたので当然ですわ!むしろレナのアホ属性があたくしに伝染したとしか思えません!」

 

 

「おじょーさまの〝どじ〟ぞくせーがあしをひっぱってる」

 

 

ギャーギャーと、喧嘩を始める二人。

 

 

〝おもてなし〟に来たテラフォーマーも、悠長なその態度に首を傾げてる。

 

 

「ミニコントやってる場合か!そら!!」

 

 

業を煮やしたクーガが、溜め息混じりに二人に『薬』を放り投げる。

 

 

「え…よ、よろしいんですの?」

 

 

「当たり前だろ?『仲間』だからな」

 

 

あたかも当然のように、クーガはそう告げる。

 

 

しかし、それは簡単なことではない。

 

 

仮にも一度は刃を向けてきた相手に、背中を預けるということは容易ではない。

 

 

しかも、それに加えて不安要素がまだある。

 

 

「くーがの〝くすり〟が…たりなくなっちゃう」

 

 

クーガは、基本的に三本しか『薬』を携帯しなかった。

 

 

一つは、装備を軽くする為。

 

 

二つ目は、『地球組』の戦闘服に収納できるMAXの本数である為。

 

 

そして三つ目。

 

 

大嫌いな父親が、大量に『薬』を所持していたらしいから。

 

 

慎重なクーガとしては、敵に渡る可能性も考慮するとあまりいい考えとは思えなかった。

 

 

それに何より、父親と行動が重なることすらも嫌悪していたからである。

 

 

「一本ありゃ充分だ。持っとけ」

 

 

クーガは冷静に周囲を見渡す。

 

 

すると、僅に包囲網の穴があることに気付く。

 

 

「アズサ、レナ」

 

 

二人に声をかけ、唯香をおぶる。

 

 

「………背中、任せたぜ」

 

 

告げた瞬間、クーガは駆け出す。

 

 

父親とクーガの決定的な違い。

 

 

父親は無関心に見えて仲間想い。

 

 

クーガは目に見えて仲間想い。

 

 

しかし、そこからが相違点。

 

 

父親は自信家だったが、クーガは自分が『弱い』ことを把握していた。

 

 

故に仲間に頼ることが出来る。

 

 

息子はいつか父親を超えるものだ。

 

 

まだそれには遠いかもしれないが、クーガは自ら無意識のうちに偉大な父親の背中を越そうとしていた。

 

 

 

 

─────────────────────────────

 

 

────────────────

 

 

 

「……やれやれ。何だか頼もしくなっていきますわね」

 

 

そんなクーガの背中を見送りながら、アズサは呟く。

 

 

父親から『MO』を遺伝していると聞いた時には、嫉妬したものだ。

 

 

手術はほぼ成功に近い確率に跳ね上がるし、戦闘面も有利になる。

 

 

とはいえ、本人がそれに相当苦悩していると聞いた時からそんな嫉妬は消えたものだ。

 

 

そんな嫌悪する『遺伝MO』を、クーガは自分との戦闘で使用した。

 

 

「………誰もがみんな『父親』のことが心の底では想ってましてよ?」

 

 

アズサは微笑む。

 

 

自分の父親も、この選択に満足してくれているだろうか。

 

 

友に刃を向けるのではなく、友の背中を守るという選択をした自分を。

 

 

しかし、その友はまだ不安定な筈だ。

 

 

自分の中のトラウマと向き合うのは、勇気がいること。

 

 

従って、唯香以外にも戦力的に支える人物が必要である筈だ。

 

 

「レナ、クーガと共に行きなさい」

 

 

「ことわる」

 

 

レナは偉そうに腕を組みながら、仁王立ちする。

 

 

日本のギャグ漫画であれば〝ドーン〟というオノマトペが出てもおかしくはない程の堂々とした様子で。

 

 

「なっ…………」

 

 

アズサは戸惑う。レナが自分の指示を断ることなど、ここ数年間滅多になかったからである。

 

 

「おもいだしたから」

 

 

「……思い出した?」

 

 

「いえす。くーがとのたたかいのさいちゅー」

 

 

クーガとの戦闘の最中にレナが思い出したこと。

 

 

アズサには、それが検討もつかなかった。

 

 

「わたしはおじょーさまの〝いもーと〟です。だからおじょーさまをまもる」

 

 

妹。アズサにとって、レナは〝妹〟。

 

 

そんなに当たり前のことなのに、レナはすっかりと忘れていた。

 

 

アズサの父親も、そのつもりで自分を引き取った筈なのである。

 

 

なのに、恩を返すことばかりに囚われてすっかり忘れてしまっていた。

 

 

部下であれば、主人の言うことに素直に従うべきかもしれない。

 

 

しかし、妹であれば、間違いを犯そうとしている〝姉〟を止めるべきである。

 

 

例え姉が泣くことになろうとも、姉を後悔させない為に。

 

 

「…………覚えてましてよ?あたくしは」

 

 

ここまで一緒に生きてきて、アズサは片時も忘れたことがなかった。

 

 

レナは妹。例え、血が繋がっていなくとも。

 

 

「妹に一杯食わされましたわね。まったく」

 

 

『アズサ』はレナの方に顔を向ける。すると、すぐ真後ろで複数体のテラフォーマーが彼女に襲いかかろうとしていた。

 

 

『レナ』はアズサに顔を向ける。こちらも同じように、真後ろから複数体のテラフォーマーがアズサに襲いかかろうとしていた。

 

 

「行きますわよ。レナ」

 

 

「うぃ」

 

 

二人は、互いの首筋に向かって注射器型の『薬』を投擲する。

 

 

ダーツの如くそれは空を裂き、互いの首筋に見事突き刺さった。

 

 

変異が始まる。

 

 

二人の女神(ヴァルキリー)の力が産声を上げる。

 

 

二人はほぼ同時に、前に踏む込む。

 

 

アズサは『ヘラクレスの長角』でレナの喉元辺りに向かって突きを放つ。下手をすれば、レナの喉を貫いてしまうだろう。

 

 

レナも『マンディブラリスの大牙』を形成したのだが、位置的にこのままではアズサの首を跳ねる結果になるかもしれない。

 

 

二人は敵でもないのに、その構図は命懸けの決闘のが決着するその瞬間のようだ。

 

 

しかし、二人には一寸の躊躇いもない。

 

 

何故なら彼女らは血が繋がっていなくとも『姉妹』であり、信頼しあっているからである。

 

 

「じょうじっ……!!」

 

 

「ぎぎぎっ!!」

 

 

アズサの突きはレナの首筋を掠め、後ろのテラフォーマー三体を串刺しに。

 

 

レナのギロチンは、双刃が後ろのテラフォーマー二体に突き刺さったことによりアズサの首筋の手前で停止した。

 

 

「片付けますわよ。〝二人で〟」

 

 

「わかった。〝ふたりで〟」

 

 

『蒼天の剣士』と『紅蓮の狂獣』は、一点の目的の為に突き進む。

 

 

大切な仲間を、守る為に。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

「ちっくしょお!あの女!!」

 

 

『バグズトルーパー』のグループは、通気口をほふく前進で進み続けた。

 

 

群れのリーダーである『花琳』を失ったにも関わらず、死に対する恐怖から合鴨の群れの如く纏まっていた。

 

 

しかし、所詮は〝烏合の衆〟である。

 

 

予想外のトラブルには対応出来る訳がない。

 

 

「じょう」

 

 

通気口の向こうから、一体のテラフォーマーが現れた。

 

 

過度に死に対して恐怖していた『バグズトルーパー』達にとって、心臓を大きく震わせるには充分すぎる程の出会いであった。

 

 

「な、なんだ。テラフォーマーかよ!脅かしやがって!」

 

 

先頭の男は安堵する。前方が見えずに何事かと不安になっていた後方の男達も、胸を撫で下ろす。

 

 

「ビビる必要はねぇ。オレらを襲う命令はしてねぇ筈だろ……っておい?」

 

 

先頭から二番目の男は、先頭の男の姿勢が突然崩れたことに首を傾げる。

 

 

先頭の男の肩を揺らす。

 

 

すると、ゴトリと音を立てて男は倒れてしまった。

 

 

よく見ると、首が妙な方向に曲がっている。

 

 

首を折られたのだ。恐らく。

 

 

「うっ…うわああああああ!!殺しっ…!殺しやがっ!」

 

 

死を目の当たりにした瞬間、〝二番目〟だった先頭の男の悲鳴が木霊する。

 

 

石を投げ込まれた水面(みなも)のように、その恐怖は次々と伝波していく。

 

 

「何でだ!!何で殺された!!」

 

 

「知るか!下がれっ!早くっ!!下がってくれぇ…!!」

 

 

先頭となった男は、小便と涙を撒き散らしながら仲間達に懇願する。

 

 

テラフォーマーは狭い通路の中を通る為に、自分が通ってきたであろうT字型通路に先程首をへし折って殺した男の死体を引きずり込む。

 

 

数秒後、通路の奥からその顔がぬっと現れ、こちらに向かって〝カサカサ〟とほふく前進を始めた。

 

 

「ひいっ!!」

 

 

男の後退も間に合わず、上顎から上を力任せに契り取られて死んでしまった。

 

 

その男の死体もまた、引きずり込まれていく。

 

 

「あ、あ、あああ!!」

 

 

ガクガクと〝三番目〟だった先頭の男は震える。

 

 

仲間がまた引きずり込まれ、奥の通路に消えていった。

 

 

次は自分。どうせ逃げられはしない。

 

 

そうであれば、闘うしか選択肢は残されてない。

 

 

『薬』を構え、男は奥の通路を恐々と注視する。

 

 

その僅か二秒後に、テラフォーマーはカサカサとこちらに接近してきた。

 

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

ブスリと『薬』を注射した瞬間、男の体内に眠る特性が発現する。

 

 

「ニジイロクワガタの甲皮ィイイイイイイ!!」

 

 

ニジイロクワガタの甲皮が身を包んだのはいいが、その鎧はテラフォーマーが放った拳にあっさりと貫かれた。

 

 

「じょう」

 

 

そいつは死亡フラグだからやめておけ、と告げて男の死体を前に押し出して退ける。

 

 

奥の方に何人か逃げていく様子が見られたが、仲間が始末しておいてくれるだろう。

 

 

『バグズトルーパー』達を無視して、廊下通じる金網を突き破り『ゴキちゃん』は着地した。

 

 

「じょう………」

 

 

やれやれ、随分な大役を任されたもんだと溜め息を吐く。

 

 

『花琳』を確保するこの作戦だが、作戦の要はゴキちゃんなのだ。

 

 

ゴキちゃんであれば、他のテラフォーマーに紛れ込めるからである。

 

 

本当は『エメラルドゴキブリバチ』の毒に完全な耐性があるハゲゴキさんが適任なのだが、彼は何分〝ハゲているから〟目立ってしまう。

 

 

故に、ゴキちゃんが抜擢されてしまったという訳だ。

 

 

「じょじょう…」

 

 

ま、任された仕事だからしゃあねぇかと愚痴をこぼした途端に、奥の通路でテラフォーマーの一体が歩いているのを見つける。

 

 

廊下の影からその様子を伺う。

 

 

他の個体がいないことを確認すると、ゴキちゃんは直ぐにその個体の後ろについた。

 

 

RPGゲームの勇者の後ろを歩く魔法使いのように、テクテクと。

 

 

こうしていれば、この個体同様に『エメラルドゴキブリバチ』の毒で操られてるように見えるだろうから。

 

 

そんなゴキちゃんの前を歩く個体だが、どこに向かっているのか検討もつかない。

 

 

一体、何を命令されたのか検討もつかない。

 

 

すると突然、『危険・侵入禁止』と書いた部屋の前に到達する。

 

 

どうやら、電気が迸る変電所のようだ。

 

 

「じょ…………」

 

 

ゴキちゃんは凍り付く。

 

 

まさかこの個体はこの中に入るつもりなのだろうか。

 

 

花琳に命懸けで電極を調整してこいなどという命令でも下されたのか。

 

 

同族に対する哀れみと、花琳に対する怒りが増す。

 

 

ゴキちゃんは拳を握り締めながらその場から去ろうとする。

 

 

すると、肩をトントンと叩かれる。

 

 

お前も入れ、と同族は言いたいのだろうか。

 

 

しかし生憎と、自分に自殺願望はない。

 

 

手を振り払わせて貰うとしよう。

 

 

そしてクルリと振り向いた瞬間、首筋に鋭い痛みが走った。

 

 

何かが、突き刺さった。

 

 

よく見れば、同族の指先には長く鋭い〝針〟が備えられていた。

 

 

ゴキちゃんが考えを巡らせるよりも早く、その針は脳に到達する。

 

 

ビビビ、と体全体に脳が弄られた信号が送られる。

 

 

同族は指を引き抜くや否や、その顔面をパコリと外す。

 

 

〝化粧〟がドンドンと崩れていく。

 

 

顔の部分の亀裂が体全体に広がっていく。

 

 

どうやら、してやられたようだ。

 

 

同族の甲皮をズルリと脱ぎ捨てると、ゴキの皮を被った悪魔が姿を現した。

 

 

「雰囲気が出ると思ったんだけれど…どうかしら?」

 

 

ペロリ、と妖艶に口元についた同族の体液を舐め取る。

 

 

一糸纏わぬその体を恥ずかしげもなく晒した後に〝変電所の中〟に平然と入るや否や、数秒も経たないうちに着衣を済ませて戻ってきた。

 

 

花琳はその黒く艶やかな長い髪についた同族の体液を、あたかも風呂上がりであるかのようにバスタオルで拭き取って出てきた。

 

 

「お待たせ。種明かししてあげるわ」

 

 

コツコツとハイヒールを踏みならしながら、毒を注入されたゴキちゃんの周囲をゆっくりと闊歩する。

 

 

「まずこの部屋なんだけれどね、本当は変電所じゃないのよ。只の通り抜け通路よ?マジックミラーのせいで中が見えてないでしょうけどね」

 

 

花琳がゆっくりと両開きの扉を開く。

 

 

すると、中は花琳の着替えが置いてあったであろう長机を除いて何もなく、後は先に通じる扉があるだけだった。

 

 

「もしうちの子達だったら平然とここを通っていく筈よ。地形的にもこの研究所を把握させている上に、『危険・侵入禁止』なんていう標示を読める筈がないわ。通常のテラフォーマーならね」

 

 

人語ならば、テラフォーマーの知能であれば理解出来る。

 

 

しかも、ここの研究所のテラフォーマーは『おもてなし』という花琳の皮肉めいた言葉の意味すらも理解できる程のレベルに達していた。

 

 

もしそのまま言葉の意味を受け取っていたら、おせんべいや座布団などをクーガ達に持っていくというシュールな図が完成していたであろうが。

 

 

しかし、文字だけは一切取得させていなかった。

 

 

重要な研究データが知られることを恐れた為である。

 

 

第四支部のテラフォーマーがそもそもおかしいのだ。

 

 

テレビや雑誌といった人間の娯楽に慣れ親しみすぎている。

 

 

故に、文字もある程度は読めるであろうと花琳は推測した。

 

 

そしてその僅かな違いを読み取られ、ゴキちゃんは窮地に陥ってしまった。

 

 

「さて…このサイズだとゴキブリホイホイでゴミの日に出せそうもないわね。どうしようかしら?」

 

 

クスクスと笑う花琳の後ろ数メートル、吹き抜け通路の扉の先に何かが落下する。

 

 

それはゆっくりと立ち上がると、扉を開けて姿を現した。

 

 

ハゲゴキさん。スキンヘッドのテラフォーマーのクローン。

 

 

『エメラルドゴキブリバチ』の毒を無効にする天敵。

 

 

その両腕には、『クロカタゾウムシ』と『カマキリ』の特性を持つ『バグズトルーパー』の生首を携えていた。

 

 

「あらあら…参ったわね…苦手なのが来たわ」

 

 

普通の人間であればその姿を見ただけで失禁しそうなものだが、花琳には一切の動揺が見られない。

 

 

今まさに横に、人質とも攻撃の手駒ともなりえるゴキちゃんを手中に納めたからだろう。

 

 

しかし、ゴキちゃんは花琳に向かって腕を振り上げた。

 

 

「………あらあら」

 

 

花琳は涼しい顔をしつつも、咄嗟に素早い身のこなしで避ける。

 

 

そして、花琳がいた筈のその場所にゴキちゃんの拳が突き刺さった。

 

 

床には、はっきりと拳の形が刻まれている。

 

 

「毒が効いている筈なのに…何故私の命令を無視して動けるのかしら?」

 

 

特殊な進化形テラフォーマーであるハゲゴキさんはともかく、ノーマルタイプのテラフォーマーであるゴキちゃんは『エメラルドゴキブリバチ』の毒に対して耐性は備えていない筈。それなのに、何故だろうか。

 

 

「…………まさか、後天的に免疫を取得したとでも?」

 

 

「じょぎぎぎぎ!!」

 

 

翻訳『その通りだぜお色気チャイナねぇちゃん!』

 

 

「じょじょーう…」

 

 

翻訳『いや、お前が答えるなよ…』

 

 

身近なところで言うと、予防接種というとわかりやすいだろうか。

 

 

あらかじめ該当するその毒の、毒性の弱いものを接種しておくことにより免疫を取得出来る。

 

 

そしてゴキちゃんは、昔隔離されていた実験施設で『エメラルドゴキブリバチ』の毒を散々接種させられた。

 

 

故に。

 

 

【害虫の王、揺るがず】

 

 

 

 

 

「フフ。大ピンチね、私」

 

 

しかし、花琳の余裕は崩れず。

 

 

『エメラルドゴキブリバチ』の毒が効かないことがわかっても尚である。

 

 

「じょう…?」

 

 

他に伏兵でもいるのかと、周囲を五感全てで感じ取る。

 

 

しかし、そんな気配は一切ない。

 

 

ゴキブリの体は、全身レーダーと言っても過言ではない。

 

 

臭いを感じる触覚に、地面振動を感じ取る微毛、空気振動を感じ取る尾葉。

 

 

それに加えてテラフォーマーである彼らには、人間の五感すらも加わっている。

 

 

敵の気配を感じ取れない筈がない。

 

 

それを考慮した上で判断すると、目の前の花琳はその身一つでこの窮地を脱出できる方法があるということになる。

 

 

「貴方達は…『エメラルドゴキブリバチ』が毒だけだと思っているんでしょう?」

 

 

両人指し指の、その毒針から漏れる液を舌で舐め取ると花琳はほくそ笑む。

 

 

「大きな間違いよ。確かにそれもあるけれど、貴方達は根本的なことを忘れていないかしら?」

 

 

そう花琳が言い終える前に、ハゲゴキさんとゴキちゃんは飛び出す。

 

 

この女は不味い。本能がそう告げている。

 

 

ハゲゴキさんはローキックを放つ。相手の足を切断し、機動力を奪おうという魂胆だ。

 

 

しかし、花琳は大きく跳躍してそれを回避した。

 

 

いや。それだけではない。

 

 

同時に殴りかかってきたゴキちゃんの頭の触角を引っ張ることにより遠心力をつけ、宙返りして着地する。

 

 

二人は呆気に取られ、ポカンとした表情で花琳を見つめる。

 

 

「あらあら。女性がアクションスターごっこするのは駄目かしら?」

 

 

乱れたチャイナドレスを整え、ロングヘアーを静かに靡かせる。

 

 

この瞬間ばかりは、花琳も目に見えて得意気な表情をしていた。

 

 

その瞬間、二人の中で仮説が生まれる。

 

 

運動能力からして恐らく花琳は『バグズ手術』ではなく、『MO手術』によって力を手に入れたのではないだろうか。

 

 

ツノゼミの筋力上乗せ無しで、ここまでの運動力のパフォーマンスが発揮可能かは疑問である。

 

 

「………教えてあげるわ。『エメラルドゴキブリバチ』の恐ろしさはね?」

 

 

 

 

 

──────貴方達の全てを知っていること─────

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────────────────

 

 

 

エメラルドゴキブリバチ

 

 

学名『Ampulex Compressa』

 

 

 

この昆虫の生き方は、残酷で美しい。

 

 

この寿命の短い美しき生物は、他の蜂などと違い家臣などいなくとも、まるでシンデレラのように女王の階段を自力で登る素質を持っている。

 

 

刺した(ゴキブリ)を生きたまま奴隷にするのである。

 

 

ゴキブリは逃げることも許されず、正気を保ったままこの生物に一生を捧げることとなる。

 

 

そして次の子は奴隷の腹を食い破り、この世に生を受ける。

 

 

しかし、生まれた時に既に母親は存在しない。

 

 

子に残されるのは、母親から受け継いだ知識だけ。

 

 

一子相伝、門外不出の知識。

 

 

その知識は世代を追う毎に、緻密で洗練されたものへと姿を変えていく。

 

 

より確実に、忌々しき者( ゴ キ ブ リ)達に悪夢を見せる為に。

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

エメラルドゴキブリバチの特性(ちから)に加えて、花琳はたった一つだけ武道を取得していた。

 

 

少林寺─【羅漢圧法】。

 

 

動きは最小限。力は最低限。

 

 

ただ一点の経穴を突けば相手を無力化出来る、恐るべき拳法。

 

 

『バグズ二号』搭乗員、『(ヤン) 虎丸(フワン)』が好きな〝古典〟、『北斗の拳』の主人公が用いる拳法のモチーフになった拳法である。

 

 

しかし、この拳法を用いるには人体を知り尽くしていることが大前提。

 

 

生物学に精通してる花琳とは、相性が抜群にいい。

 

 

そして現在対峙している相手、テラフォーマー。

 

 

ゴキブリの知識を知り尽くす『エメラルドゴキブリバチ』にとって、この拳法はまさに〝鬼に金棒〟と言っても過言ではない。

 

 

「来なさい」

 

 

花琳の背後から、鎖が伸びているのが見える。

 

 

二本の鎖だ。その鎖は、自分達の首と繋がっている。

 

 

その鎖の先には、エメラルドの色の美しくもおぞましい悪魔。

 

 

「貴方達がテラフォーマーが私から〝ウッドお姉ちゃん〟を奪ったように…」

 

 

そしてその悪魔を従える、目の前の魔女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方達からも全てを奪ってあげる」

 

 

「じょう!」

 

 

「じぎぎぎ!!」

 

 

二人はほぼ同時に走り出し、同時にパンチを繰り出す。

 

 

二人の足を動かしたのは、闘争心でも責任感でもなく、恐怖。

 

 

『DNA』に刻まれた、恐怖そのもの。

 

 

それが目の前に対峙しているのだから、無理もない。

 

 

「あらあら。せっかちね?」

 

 

クスクスと笑いながら、花琳もまた前に出る。

 

 

そして、ただスッと前方の二点に左右の指の針を突き出す。

 

 

その黒い甲皮を『貫いた』というよりも、『すり抜けて』彼らの食道に針が突き刺さる。

 

 

たったそれだけで、二人のテラフォーマーは意識を失った。

 

 

これ(拳法)なら毒もクソもないわよね?」

 

 

二人から毒針を引き抜き、蹴り飛ばした後に花琳は告げる。

 

 

復讐の為に培った力。

 

 

テラフォーマー達と、残酷なこの世界に復讐する為の力。

 

 

「………見てる?ウッドお姉ちゃん」

 

 

大切な人の存在を、世界に証明する為の力。

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

「………なんだ、これ」

 

 

第一支部の中を進んでいる最中、クーガと唯香は異様な廊下に遭遇する。

 

 

何が異様かと言うと、百メートル程の距離を妙な生物の死体が埋め尽くしている。

 

 

そのせいで、生臭さと腐臭が漂ってくる。

 

 

「うーん。この子達、〝スボヤ〟だと思う」

 

 

「…スボヤ?」

 

 

「うん。体内の体液が硫酸なの」

 

 

唯香は白衣の中からガラス棒を取り出し、つんつんとスボヤの死体をつつく。

 

 

すると、ガラス棒が溶解し始める。

 

 

「うおっ!!」

 

 

「釘ぐらいなら簡単に溶かしちゃうと思うよ…うーん」

 

 

唯香の表情はいつになく厳しく、頼もしい。

 

 

『ふえっ!?』『ヒアッ!!』『えっへん!』の三種の神器が出ないのがクーガからしたら少し残念ではあるが。

 

 

「………こいつら避けてる時間はねぇし……」

 

 

今の最優先課題は花琳の確保。

 

 

今来た道を引き返していたら、逃げられてしまうかもしれない。

 

 

彼女の確保はゴキちゃん達に任せてはいるが、彼らだけに頼る訳にはいかないのだ。

 

 

「よし……ごり押しするか」

 

 

「どういうこと?」

 

 

唯香は首を傾げ、キョトンとした表情を見せる。

 

 

自分も考えを巡らせていたところだが、クーガは何か浮かんだのだろうか。

 

 

「オレが唯香さんを抱えて向こうまで突っ走るってのはどうだ?」

 

 

「めっ!!」

 

 

唯香の蝿も殺せるかどうかギリギリの威力ビンタを受け、クーガはキョトンとした表情を見せる。

 

 

「ノープランにも程があるし、何よりそれクーガ君が一番危険だよ!」

 

 

プクリと頬を膨らませた唯香の表情を見て、クーガはこんな状況にも関わらず顔の表情を緩ませる。

 

 

「ありがとう。いっつも見ててくれてよ」

 

 

「ふえっ!?」

 

 

突然自分を所謂〝お姫様抱っこ〟したクーガに、唯香は頬を染める。

 

 

いつもであれば、この時点でクーガも頬が真っ赤になるどころか、茹でタコになってしまっているところだ。

 

 

しかし、クーガの目は落ち着いていた。

 

 

唯香は、この目をどこかで見たことがある。

 

 

どこかで。

 

 

「…………よし」

 

 

クーガは意を決したかのように、唯香を抱えたままその通路を走り抜ける。『スボヤ』の肉の絨毯を踏み締める度に、その酸性の体液が極上のステーキのように溢れ出す。そして、顕著にクーガの靴を溶かしていく。

 

 

「クーガ君!!」

 

 

「大丈夫だって!イスラエルで出くわした地雷天国(じ ご く)よりはマシだ!!」

 

 

口では強がっているものの、クーガの顔には苦痛が浮かんでいる。

 

 

靴底が溶けだし、もう少しで素足に届こうとしているのである。

 

 

「ッ!!」

 

 

もう少しで、通路を抜ける。

 

 

そんな距離に近付いた際に、クーガは大きく跳躍した。

 

 

唯香を抱えてる状態でも尚、彼の運動力は高い。

 

 

廊下の向こう側に着地し、唯香を降ろす。

 

 

その瞬間、再度唯香のビンタが炸裂した。

 

 

「…………クーガ君のばか」

 

 

クーガの足からは、血が滲み出ている。

 

 

やはり靴だけでは、強酸を防ぎきれなかったのだろう。

 

 

唯香の瞳から、涙がほろりとこぼれる。

 

 

「悪かった。…本当にごめんな」

 

 

クーガが頭を下げると、唯香は涙を拭って先の廊下に目を移した。

 

 

今度は、一見普通の廊下だ。ただ、何故か光沢がある。

 

 

ニスでも塗ったのだろうか。

 

 

「………クーガ君、ガラス棒取ってくれる?」

 

 

「ああ…うん」

 

 

唯香にガラス棒を渡すと、その光沢のある廊下を掬うようになぞる。

 

 

すると、ねっとりした粘液がガラス棒に付着した。

 

 

「後…ルーペ」

 

 

言われるがままにルーペを渡せば、唯香はルーペでガラス棒を覗き込む。

 

 

「………『広東住血線虫』だよ」

 

 

聞き覚えのない生物名に、クーガは想像力を働かせる。

 

 

取り敢えず響きからして危ないことだけはわかる。

 

 

「アフリカマイマイっていう大きなカタツムリに寄生してる虫なんだけどね、触ったら人の体内に侵入して、二日間の潜伏期間の後に色んな症状を引き起こすの」

 

 

「…素肌でこの床踏ませる為に『スボヤ』のトラップで靴を溶かしたのか?」

 

 

見事なトラップと言いたいところだが、確実に花琳はこの状況を楽しんでいると言える。

 

 

本気でクーガ達を殺したいのであれば、対人兵器を用いればいい。

 

 

このような、自らの生物学の知識を活かすトラップでなくとも良い筈だ。

 

 

最も、そのトラップも唯香によって無力化されてしまったが。

 

 

「よいしょ、よいしょ」

 

 

現在進行形で、唯香が消火器を壁から取り外している。

 

 

その姿はまるで巣に餌を運ぶハムスターのようだ。

 

 

「ピンを外して、レバーを引いて…………」

 

 

白い泡が、周囲に撒き散らされる。

 

 

光沢を放つ廊下が、瞬く間に白い薬剤で上書きされていく。

 

 

「『広東住血線虫』はこれで死んじゃうと思う。私に着いてきて!」

 

 

「…流石だな、唯香さん」

 

 

「えっへん!!」

 

 

笑顔で胸を張る唯香を見て、自らの足に止血処置を施しつつもクーガは表情を緩まる。

 

 

もし無事に帰れたら、きちんと自分の気持ちを伝えようか。

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

廊下を無事に抜けたクーガと唯香は、エレベーターに乗って最下層のフロアへと降りていった。

 

 

花琳がいるであろう、その場所に。

 

 

その途中、唯香は先程のクーガの眼のことを思い出していた。

 

 

何かを覚悟したかのような、あの瞳。

 

 

見覚えがあると感じていたが、それもその筈。

 

 

『アネックス一号』搭乗員と同じ、死を覚悟したあの瞳。

 

 

クーガは何度も戦場に立ってきた。

 

 

だから、自分の死をなんとなく感じることが出来るのかもしれない。

 

 

「…クーガ君」

 

 

「んー?」

 

 

「もし、もしもの話だよ?」

 

 

「うん」

 

 

「…もし私を盾にされたとしても、クーガ君は任務を果たしてね?」

 

 

本人に面と向かってこれを言うのは初めてだ。

 

 

唯香の以前からの不安の種。

 

 

自分を庇って、クーガが死ぬこと。

 

 

「クーガ君は、燈君達が帰ってくる『居場所( 地 球)』を守るって約束したんでしょ?」

 

 

自分と出会った時、クーガは幼かった。

 

 

自分は十八歳で、クーガは十三歳。

 

 

幼い少年心に、憧れと恋を勘違いしてしまったのだろう。

 

 

自分を庇って死ぬことはない。

 

 

「小吉さんや、アドルフさんの大切なものを今度は自分が守りたいとも言ってたよね?」

 

 

自分が死んでも、新しい恋を見つければいい。

 

 

アズサやレナだけではなく、『アネックス一号』の中にも素敵な女性は沢山いる。

 

 

いや、この『地球』の中に、星の数程に素敵な女性は沢山いるのだ。

 

 

だから、自分に拘ってクーガが死ぬことはない。

 

 

「だから、クーガ君は死んじゃ駄目だよ。ね?」

 

 

言い終えた後で、自分の瞳から僅かに涙が伝うのを唯香は感じた。

 

 

それは素早く拭った為に、クーガに見られることはなかったろうが。

 

 

 

 

 

 

 

「当たり前だ」

 

 

クーガは、特に感情が乱れた様子もなくそう答えた。

 

 

「オレは『兵士』だ」

 

 

『薬』を取り出せば、首筋付近へと持っていく。

 

 

「綺麗事で動く『スーパーマン』なんかじゃない」

 

 

もうすぐ最下層に到達する為に、変異する準備をしているようだ。

 

 

「流石に世界と唯香さんじゃどっちを守るかなんて決まりきったことだろ?安心しろよ」

 

 

その返答に、唯香は安堵する。

 

 

クーガは自らの責任と義務をきちんと自覚している。

 

 

決して、間違った選択をすることはないだろう。

 

 

「そろそろ着く。準備はいいか?唯香さん」

 

 

「………うん!」

 

 

自分の中の不安は霧散した。何も不安になる必要はない。

 

 

唯香は、不安の晴れた顔でそう返事した。

 

 

エレベーターが、丁度開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じょうっ!!」

 

 

突如、咆哮と共にエレベーターの背後の壁が大きく飛び出した。

 

 

クーガと唯香は、その壁に弾き飛ばされて吹き飛んでいく。

 

 

クーガは、自分と唯香を弾き飛ばした壁の方向を見る。

 

 

飛び出したエレベーターの壁の裂け目から、筋肉が異様に膨れ上がったテラフォーマーが顔を覗かせていた。

 

 

「…壁が緩衝材になってなかったら上半身吹き飛んでたぞ」

 

 

クーガは苦く笑う。あのデカブツに反撃したいところだが、吹き飛ばされた際に『薬』を弾き飛ばされてしまった。あれを回収しなければ、どうしようもない。

 

 

しかし、唯香は反対方向に吹き飛ばされている最中だ。

 

 

自分の記憶が確かならば、あの先は実験用動物の死体処理上だった筈。

 

 

三十メートル底の地底に向かって、テラフォーマーに対するアプローチの為に弄ばれた動物の亡骸をポイする訳だ。

 

 

彼処から真っ逆さまに落ちれば、唯香は間違いなく御陀仏。

 

 

あの世行き。

 

 

クーガはその身を吹き飛ばされながらも、落ち着いて自らのやるべきことを整理した。

 

 

「…………唯香さんと約束したんだ。嘘はつけねーよな」

 

 

計画(プラン)を頭の中で素早く組み立てた後、懐から取り出したナイフを壁に突き刺した。

 

 

ガリガリガリと、壁にラインを刻みながら衝撃を緩めていく。

 

 

刃こぼれを起こしてしまったものの、衝撃を殺す役割を果たしてくれた。

 

 

次は、自分の番。『スーパーマン』ではなく、『兵士』としての義務を果たす番。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

クーガが見事に衝撃を殺したのを見届けると、唯香の体は重力に逆らえずに落ちていく。

 

 

周囲の光景が、スローモーションに見える。

 

 

しかし、唯香の心は落ち着いていた。

 

 

良かった。自分のせいでクーガが死ぬこともなくなったし、自分と一緒にクーガが死ぬこともこれでなくなった。

 

 

クーガは、きっと自分との約束を守ってくれる。

 

 

『薬』を回収し、あのテラフォーマーを倒して任務を達成してくれるだろう。

 

 

唯香は、そっと目を閉じた。未練がないと言えば嘘になるが、少なくとも後悔はないから。

 

 

 

 

 

 

 

なんで?

 

 

 

 

「嘘つき」

 

 

 

 

どうして?

 

 

 

 

「嘘つき」

 

 

 

 

何がいけなかったの?

 

 

 

 

「嘘つき!嘘つき!!」

 

 

 

 

私、嫌われた?

 

 

 

 

「………うそつき!!!」

 

 

 

 

唯香は涙を溢しながら、目の前で起きていることに対して糾弾する。真っ逆さまに落ちていく筈だった自らの体が、空中で支えられていたからである。

 

 

 

 

「ごめん」

 

 

 

 

唯香の腕には、しっかりとクーガの手が巻き付いていた。

 

 

 

「でもきちんと言ったよな。世界と唯香さんだったらどっちを取るかは明確だって。アンタの為に世界を捨てられても、世界の為にアンタを捨てたくない」

 

 

 

任務を達成する為の『薬』よりも、クーガは大切な者を救うことを選んだ。彼は〝人間〟として〝人間〟らしい選択をしたのだ。

 

 

 

 

そんな彼の言葉に対して、後方からそれを嘲笑うかのような拍手がその場に鳴り響いた。

 

 

 

 

「そうね、クーガ・リー。愛しい者の為なら世界が壊れても構わない。それが『人間』っていう愚かで脆弱な生き物の本質」

 

 

 

カツカツと音を立てながら、趙花琳はクーガに向かって歩み寄る。その途中、クーガの『薬』を踏み割る形で。

 

 

 

「………ゴキちゃん、ハゲゴキさん」

 

 

 

二人は意識を失っている様子で、エレベーターの奥の壁の中から現れた動物性タンパク質を大量に接種したテラフォーマーに脇に抱えられて、唯香を引き上げようとしていたクーガの視界に姿を現した。

 

 

 

「桜博士を引き上げる時間ぐらい待ってあげるわ。早くしなさい」

 

 

 

「ありがてぇな。お前がフェアプレイヤーだったなんて初耳だぜ」

 

 

 

皮肉めいた口調でクーガが笑うと、花琳もまた微笑み返す。

 

 

 

そして、唯香を引き上げた途端に花琳は再び口を開く。

 

 

 

「いくつか貴方達が疑問に思ってるであろうことをまとめておいたわ。それに答えてあげる」

 

 

 

花琳は御丁寧にも、自らリストアップしておいた二人がしてくるであろう質問を読み上げ始める。

 

 

 

「まず〝何故襲撃を予期出来ていたか〟。これに関しては簡単よ。貴方達を襲撃したメンバーの一人、『黒巳キサラ』の体内にカメラを内蔵させておいたから」

 

 

 

〝貴方のお父さんと同じようにね〟

 

 

 

花琳はわざとらしくクーガの耳元で囁く。

 

 

 

不思議とこんな時でも、父親の話を聞くだけで胸糞悪くなる自分をクーガは不思議に感じた。

 

 

 

「二つ目に。何故このようなことをしているのか。残念ながら『個人』の目的と『依頼主』からの指令の二つがあるんだけれど、どちらもあまり話したくないからやめておくわね。秘密の多い女の方がミステリアスで素敵でしょ?」

 

 

 

花琳が言い終えた途端に、『バグズトルーパー』が五人程現れた。外見からして、『ゲンゴロウ』がベースだろうか。

 

 

 

そのうちの一人が、バルブを回す。すると、下水道の汚水が大量に流れ込んできた。

 

 

 

危うく唯香が落下するところだったその場所が、あっという間に汚水で満たされる。

 

 

 

動物の死体がプカリと浮かび上がってきていた。

 

 

 

「三つ目ね。どうでもいいようで、これが一番重要かもしれないわ。私の特性(ベース)は『エメラルドゴキブリバチ』。けどこれ自体はどうでもいいの」

 

 

 

花琳は、悪戯気味にクスクス笑ってこう告げた。

 

 

 

「私に『エメラルドゴキブリバチ』のDNAを渡したのは『本多晃博士』。He is alive( 彼 は 生 き て い る)

 

 

 

世界を揺るがす一言。

 

 

 

こんな状況にも関わらず、クーガと唯香の意識はその一言に奪われる。

 

 

 

「まぁ最も…生物のDNAなんていくらでも手に入るけどね。〝お姉ちゃん〟の上司がどんな人だったか話してみたかったんだけど、折角だからそのついでにね?」

 

 

 

後に続くその言葉が、二人の耳には入ってこなかった。二人の表情を楽しむかのように、花琳はクスクスと笑う。

 

 

 

「ちょっと余談だったかしらね?そろそろやっちゃって。その騎士様(ナイト)をね」

 

 

 

花琳が号令すると、動物性タンパク質を過剰接種したテラフォーマーが、クーガの襟を掴んで持ち上げる。

 

 

 

「ガッ!?」

 

 

 

「クーガ君!!」

 

 

 

テラフォーマーが手を離せば、クーガは汚水のダムと化したその空間に落下してしまうだろう。

 

 

 

「ねぇクーガ・リー。私の仲間にならない?」

 

 

 

「………何でだ?」

 

 

 

「貴方も『バグズ二号』の件で大切な人を失ったでしょ?」

 

 

 

花琳の口ぶりからして、父親のことを言っているのだろうか。

 

 

 

「………親父(ゴッド・リー)が大切な人だ?馬鹿言えよ」

 

 

 

クーガは、嘲笑する。

 

 

 

自分の父親を『大切な人』と彼女が形容したことを。

 

 

 

「あいつはロクでもねぇクソ親父だ」

 

 

 

父親にはいい思い出がない。

 

 

 

「オレにロクでもねぇ『MO(呪い)』を遺していきやがった。そのせいでオレは死神の人気者だよ」

 

 

 

正確に言うと、父親との思い出がないと言うべきか。

 

 

 

「化け物って理由で戦場に毎日出勤だ。『手を貸そうか?』って言ってくれた仲間が手榴弾で吹っ飛ばされてよ。次の瞬間その〝手〟が文字通り吹き飛んできやがった。あん時は流石に小便ちびりながら爆笑したね」

 

 

 

冗談気味に語るものの、その記憶は辛いもの。

 

 

 

「そんなこんなで大嫌いな親父だが…一つだけ誇れるものがある」

 

 

 

U-NASAの職員から聞いた噂。

 

 

 

『バグズ二号』計画の責任者、『アレクサンドル・グスタフニュートン』が父親の体内に内蔵されたカメラから見た光景。

 

 

 

「火星のゴキブリに自分(テメー)の力が一切通用しなかったのによ、ナイフ一本で立ち向かったらしいぜ。最高にイカれてるだろ?」

 

 

 

父親(ゴッド・リー)特性(ベース)は、テラフォーマーに一切通用することがなかった。

 

 

 

普通、それがわかったところで逃げ出すだろう。

 

 

 

しかし、彼は立ち向かった。ナイフ一本で。

 

 

 

「顔も見せてくれなかったクソ親父だが…そこだけは尊敬してる。だからオレも命乞いなんてみっともねぇ真似しねぇよ。最後までお前を睨みつけて死んでやる」

 

 

 

クーガは、テラフォーマーと花琳に向かって中指を立てる。

 

 

 

「くたばりやがれ、クソムシ共」

 

 

 

「やって」

 

 

 

「じょうっ!!」

 

 

 

「クーガ君!!」

 

 

 

テラフォーマーは、全力で放り投げる。

 

 

 

クーガは水飛沫と共に、水面に大きな波紋を描いて沈んでいく。

 

 

 

「〝一応〟彼は化け物だから…普通に突き落としたんじゃ生き残る可能性がある。だから水の中で無力化して殺そうと思ったの。気に入ってくれたかしら?」

 

 

 

「お願いします…クーガ君を殺さないで下さい!!」

 

 

 

唯香は花琳にすがるように懇願する。その瞳からは、涙がポロポロとこぼれている。

 

 

 

そうする間にも、『ゲンゴロウ』の特性(ベース)を持った『バグズトルーパー』達五人が汚水の中に飛び込み、クーガへと群がっていく。

 

 

 

「あらあら…お気の毒なお姫さま」

 

 

 

クーガの生存と居場所を知らせる気泡が、ブクブクと遠目に立っているのが見える。

 

 

 

しかし徐々に、確実に弱まってきている。

 

 

 

「ホラ…弱ってる。苦しんでる」

 

 

 

五人の手によって、クーガは更に深い水中へと引きずり込まれていく。

 

 

 

「やめて下さい!お願いします!お願いします!!」

 

 

 

そう懇願する唯香の顎を、花琳は掴む。

 

 

 

「見なさい」

 

 

 

クイッと顎を横に向けると、先程まであんなにも荒立っていた水面が静かになっていた。

 

 

 

クーガが、抵抗するのをやめてしまったようだ。

 

 

 

いや。彼の命が尽きたという言い方が正しいだろうか。

 

 

 

そしてプカリと、『地球組』の戦闘服が浮かんできた。

 

 

 

「あらあら。終わったみたいよ」

 

 

 

唯香は、ペタリとその場にへたりこむ。

 

 

 

ポカンと、クーガが消えていった場所を見つめるだけ。

 

 

 

まるで物語の脇役のようにあっさりと、彼は消えてしまった。

 

 

 

彼の父親が、そうだったかのように。

 

 

 

 

 

 

 

「 He is died( 彼 は 死 ん だ) 」

 

 

 

 

 

 

 







遅くなりました。精神的な意味で書ける状態じゃなかったのですが、リーさんをはじめとする方々の励ましもあってか復活しました。


まぁその理由が失恋っていうしょうもない理由なんですがねwww


それはともかくこの小説、文字数は二十万文字を越えた上に感想数も百を越えました。


皆様のお蔭です。


これからも、登場人物達を見守っていただけると幸いです。


それではまた次回お会いしましょう(^-^)


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第二十一話 RE:BIRTHDAY 火ノ鳥





 (Fire) + (Fire) = (Flame)





 

 

 

 

2598年。

 

 

第二次テラフォーミング計画、『バグズ二号』出発の約一年前。

 

 

ゴッド・リーは、来るべき任務に向けて日々訓練に勤しんでいた。

 

 

火星のゴキブリを駆除する為の『マーズレッドPRO』の使用法や、宇宙飛行士が日々こなしているような訓練。

 

 

体力作りの為のトレーニングもあれば、『バグズ手術』という名の〝肉体の中に寛容器官を埋め込み、昆虫のDNAを取り入れることによってその昆虫の力を得る〟なんていう特撮ヒーロー顔負けの手術で手に入れた『特性』を用いる為の訓練も存在する。

 

 

最もその『特性』も、ゴキブリ駆除では使い道が無さそうではあるが。

 

 

手術の本当の目的はまだ環境が不安定である火星にて、問題なく活動出来る肉体を手に入れることにある。それ故に『特性』はオマケみたいなものだ。

 

 

リーはその『手術』で命を救われた。

 

 

イスラエルで武装組織に拾われて以来、戦争の渦に呑まれ続けてきた。

 

 

散々、奪いたくもない命を奪ってきた。

 

 

それなのに、戦闘中に負傷して使い物にならなくなった途端に見放された。

 

 

この世界の残酷な仕組みには、ほとほと嫌気が差してくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

廊下の角で、リーの体に衝撃が走る。

 

 

精神的な衝撃ではなく、文字通りの物理的な衝撃。

 

 

「きゃっ!!」

 

 

どすんという尻餅をつく音と、かわいらしい悲鳴からして、誰かがリーにぶつかってきたようだ。

 

 

声がした方向を見下ろすと、カザフスタン出身の『ジャイナ・エイゼンシュテイン』が尻餅をついていた。確か『特性』は『クロカタゾウムシ』だったか。

 

 

「……大丈夫かよ」

 

 

リーはぶっきらぼうに手を突き出す。

 

 

周囲に関心がないように見えて、彼は一緒に任務に向かう『仲間』の事情をよく把握していた。

 

 

例えば国籍や『特性』、僅かではあるが『趣味』なども。

 

 

しかしながら、そんな意外な一面も相手に伝わらなければ意味がない。

 

 

「キャアア!!ごっ、ごめんなさい!!」

 

 

手を差し出した途端に、ジャイナは悲鳴をあげてズザザと後ずさる。

 

 

リーの目付きはナイフのように鋭い。

 

 

女子供からしたら、正直泣き叫ぶレベルだ。

 

 

その証拠にジャイナは隅っこの方で丸くなり、プルプルと震えている。

 

 

リーは溜め息をつくと、ジャイナの脇を抜けて出口へと向かう。

 

 

「…フン」

 

 

あんな態度を取られるのはもう慣れっこではあるが、慣れてはいてもあまり気持ちの良いものではない。

 

 

イスラエルのシオンの丘で仲間達としていたように、久々に誰かと談笑でもしてみたいものだ。

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

「…飲みすぎちゃったなぁもう。ふふ」

 

 

漆黒のライダースーツに身を包んだ女性が、おぼつかない足取りで酒場を出る。

 

 

綺麗に染まっているものの、そのブロンド色のショートヘアは生まれついてのものではない。

 

 

彼女自らが整髪料で染めたものであり、彼女はれっきとした日本人である。

 

 

グラビアアイドルのような引き締まったスタイルに、モデルのような顔立ち。

 

 

彼女の身を包むレザー製のライダースーツと、アルコールで紅潮した頬、それら全てが相まっていわゆる色気を発している。

 

 

そんな彼女が深夜にうろつけばどうなるか。

 

 

後は大体予想がつくだろう。

 

 

「うぉい!!そこの姉ちゃん!!」

 

 

突然、柄の悪い男二人が彼女の前に立ち塞がった。

 

 

「あら?酔ってるせいかしら。世紀末に迷いこんだみたいね。ふふふ」

 

 

彼女はコテンと首を横に倒し、目の前に現れたモヒカンヘアの男二人にクエスチョンマークを浮かべる。

 

 

普段であれば『ハーレー』などの大きなバイクに乗って「ヒャッハー」と雄叫びをあげていそうだ。

 

 

「ん?この女どっかで見たことねぇか?」

 

 

「へへっ…そりゃこんだけ上玉ならポルノビデオにでも出てんだろ?」

 

 

ニタニタとにやつきながら、テンプレート通りに発情する悪漢。

 

 

そんな二人を見て、彼女は溜め息を吐く。

 

 

「…やっぱり、どの男もみーんなおんなじ、ね」

 

 

彼女に寄りつく男はみんなそうだった。

 

 

大抵すり寄ってくる目的は体か金目当てだ。

 

 

本当に、自分のことを心の底から想ってくれる人間なんていないのだ。

 

 

それが三度目の失恋を経験し、彼女が気付いたこと。

 

 

所詮、世の中の男全てがこうなのかもしれない。

 

 

しかし、中身が一緒だろうと外面ぐらいは選ぶ権利がある筈だ。

 

 

「お・こ・と・わ・り。流石にモヒカンJrを産む気なんてないわよ」

 

 

「テメェに拒否権なんてねぇんだよ!さっさと来い!!」

 

 

男の一人が彼女に掴みかかろうとした時、その男の動きは突如止まる。

 

 

まるで、糸を断ち切られたマリオネットのように。

 

 

「…………お、おい。どうした相棒?」

 

 

もう一人の男が肩を叩く。すると、その肥えた体はドスンという音を立てて倒れた。

 

 

「相棒!!」

 

 

友の身に一体何が起きたのか。男には全く理解出来ていなかった。

 

 

無理矢理にお持ち帰りしようとしていた目の前の彼女もキョトンとしている。

 

 

どうやら彼女が何かした訳でもなさそうだ。

 

 

では、一体何故友は倒れたのか。

 

 

そんな疑問を抱こうとしたまさにその時、男はグンと強い力で引き寄せられた。

 

 

襟を捕まれ、無理矢理に体の向きを変えられる。

 

 

すると目力だけで人を殺せそうな男と対面した。

 

 

「人がヘコんでる時に胸糞悪いもん見せるんじゃねぇよ。モヒカン頭」

 

 

バンダナを巻き、布切れを巻いている大男。

 

 

特徴的なのが、自らを掴んでいる掌の穴。

 

 

掌に穴を空ける手術など聞いたこともない。

 

それだけに、色々な臆測が飛び交い男を混乱させた。

 

 

〝こいつ何で掌に穴があるんだ?まさかタトゥーと同じ感覚で空けやがったのか!?だとしたら相当ヤバイ奴じゃねぇか!!〟

 

 

〝もしくはこいつゲイなのか!?口とケツじゃ飽き足らず両掌も合わせて4穴ファックしてぇってことなのか!?大昔のジャパンのニコニコムービーでネタにされてた野獣先輩やら兄貴とかいう連中でもそんな飢えたセックスモンスターみてぇなことしねぇぞコラ!!〟

 

 

〝どっちにしろヤベェ!殺るか()られるかの二択じゃねぇか!!人間としてのオレが死ぬか男としてのオレが死ぬかのどっちかじゃねぇかよ!!〟

 

 

男が足りない脳ミソをフル回転させて混乱していると、その穴の開いた掌で口を塞ぐ。

 

 

得体の知れない恐怖が、男の身を包む。

 

 

「いますぐ消え失せな。でなけりゃ」

 

 

そして、もう片方の掌も男の口を塞ぐ。

 

 

「汚物らしく消毒してやろうか」

 

 

「 コ゛ メ゛ ン゛ ナ゛ サ゛ イ゛ 」

 

 

鋭く、ドスの効いた一声に男は小便のシルクロードを描きながら逃げ去っていく。

 

 

そんな情けない姿を見て、『ゴッド・リー』は溜め息混じりに再び歩き出す。

 

 

しかし、前には進むことは叶わなかった。チンピラに絡まれていた彼女が、リーのマントを引っ張っているからである。

 

 

「ねぇ。ありがとう」

 

 

「………まだいたのか?」

 

 

リーは興味なさそうに、かつめんどくさそうに彼女の方に振り向く。

 

 

「あら。助けておいてそれはないんじゃない?」

 

 

彼女はムッとした表情でリーを睨みつけた。

 

 

しかし、酒で染まっている頬では迫力に欠ける。

 

 

「…じゃあなんだ。助けた見返りに身体でも求めりゃいいのか?」

 

 

リーは彼女を睨みつける。

 

 

自分はそんな目的で助けたのではない。

 

 

それではむしろ、さっきの連中と同じになってしまう。

 

 

「あらあら。何で真っ先に身体が出てくるのかしら?」

 

 

リーの言葉を聞いた途端に、彼女はニヤリと笑みを浮かべた。どうやら何か勘違いさせてしまったらしい。

 

 

「………あ?」

 

 

それに対してリーは、つい気の抜けた声を出してしまう。

 

 

「だって私、身体で払うなんて言ってないわよ?」

 

 

ニヤニヤとこちらを見つめる彼女に溜め息が出る。

 

 

先程の言葉は彼女を威嚇する為に選んだ脅し文句だ。別にリー自身にそういう願望がある訳ではない。

 

 

そんな事情もお構い無しに、彼女はズイズイと顔を近付けてくる。

 

 

「別にいいわよ?貴方かっこいいしね」

 

 

「断わ」

 

 

「なーんてね?そんなにガードの緩い女じゃないわよ私。ちょっぴり期待した?」

 

 

クスクスと笑う彼女に、リーは溜め息をついた。

 

 

怯えられるのも考えものだが、こうして手玉に取られるのも考えものである。

 

 

「あ、そうだ。ご飯でも奢ってあげようか?」

 

 

彼女は人指し指を立てて提案する。

 

 

それぐらいなら悪くないかもしれない。

 

 

訓練が終わって丁度空腹なのだ。

 

 

「そんぐらいなら構わねぇよ」

 

 

「じゃあ何食べたい?何でもいいわよ」

 

 

彼女は某高級ブランドの財布をチラつかせる。

 

 

どうやら手持ちで困ることはなさそうだ。

 

 

何でも頼んでよいのなら、是非食べてみたいものがある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〝オーディン〟が食いてぇ」

 

 

「…………え?」

 

 

リーの言葉に、彼女は首を傾げる。

 

 

よっぽど酔っているのだろうか。

 

 

きっと自分の聞き間違えに違いない。

 

 

彼女は自分の中でそう言い聞かせると、再度リーに尋ねた。

 

 

「…あなたは何が食べたいんだっけ?」

 

 

「………だから〝オーディン〟だって言ってんだろうが」

 

 

「生憎だけど北欧神話の神様を食べるなんて罰当たりなことできないわ。貴方も酔ってる?」

 

 

「いいや。シラフだ」

 

 

だとすれば、謎は深まるばかりである。

 

 

オーディンなんて料理聞いたことがない。

 

 

どこかの民俗料理だろうか。

 

 

「お前…日本人だよな?」

 

 

「ええ。そうよ」

 

 

「〝オーディン〟は日本の料理だって聞いたぞ」

 

 

「日本にそんな罰当たりな風習はないわよ…」

 

 

リーが混乱させるせいで、彼女はすっかり酔いが冷めていた。

 

 

うんうんと頭を唸らせ、必死にリーが言っていることを理解しようとする。

 

 

「あっ…………」

 

 

そうしているうちに、一つの可能性に行き着く。

 

 

「もしかして〝オーディン〟って………」

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

 

「ギャッハッハッハッハッ!!」

 

 

屋台の中を、明るい笑いが包む。

 

 

日本の大昔の屋台を真似た販売方式が、アメリカでは受けがいい。

 

 

ここは、そんな屋台の一つ。

 

 

「〝オーディン〟と〝おでん〟を間違える奴なんて初めて見たぜ!!」

 

 

「私だってびっくりしたわよ。どこのフェンリルかと思ったわ」

 

 

「ヒィッーヒッヒッ!!あんまり笑かすなねぇちゃん!!」

 

 

彼女のジョークとリーの話題で店主は笑い転げている。

 

 

当のリー自身は、ネタにされていることに舌打ちしつつもおでんを貪っていた。

 

 

「おっ、おい兄ちゃん!サービスだ!!くっ、食いな!!」

 

 

店主はヒクヒクと笑いを堪えながらも、馬肉の刺身をリーに差し出した。

 

 

「…………なんだ、こりゃ」

 

 

「オーディンの名馬〝スレイプニール〟の刺身だ!御上がりフェンリルさんよ!!ギャッハッハッハッハッ!!」

 

 

リーの言い間違えネタがよっぽど気に入ったらしく、店主は自分のジョークに大爆笑して床を転げている。

 

 

「チッ………」

 

 

リーは面白くなさそうにそっぽを向く。

 

 

笑い者にされるのも、あまりいい気持ちではない。

 

 

「ごめんね。からかいすぎたわ」

 

 

彼女は謝りつつ、リーの手元のおちょこに熱燗を注ぐ。

 

 

「あなたが可愛いからつい、ね」

 

 

「あ?可愛い?」

 

 

生まれて初めて言われる台詞に、リーは眉をしかめる。

 

 

「もしそう見えるならいい眼科を紹介するが」

 

 

「あら?眼にはこれでも自信あるけど?」

 

 

彼女は得意気に自らの眼を指差す。

 

 

「ならますますオレが可愛いって理由が謎だな」

 

 

「だってあなた、恐い見た目してるのに言い間違えたりおでん食べたいなんて可愛いじゃない。日本式で言うと〝ギャップ萌え〟ってやつかしら?」

 

 

「……サムライの言うことはさっぱりだ」

 

 

「そんなに拗ねないの。ほら。アーン」

 

 

リーは柄にもなく動揺し、起き上がってきたばかりの店主に向かって熱燗を噴き出す。

 

 

それを受けた店主は「目が!!目がぁ!!」と某ジブリ作品のキャラの如く悲鳴を上げ、再び地面に倒れた。

 

 

「嬉しい申し出だがお断りだぜサムライガール。歳上にそいつはいくらなんでも失礼じゃねぇか?」

 

 

「あら?あなたは何歳?」

 

 

「今は25才で来年26だぜ。お嬢ちゃん」

 

 

「私は26歳で来年で27歳よ。歳上の言うことはきちんと聞かないと駄目よ〝ぼ・う・や〟?」

 

 

「………クソッタレ」

 

 

リーは渋々と口を開き、馬刺を放り込まれるままにパクパクとたいらげていく。

 

 

「見た目からして24歳ぐれぇだと思ってたが」

 

 

「女は見かけによらないから騙されちゃ駄目よ?」

 

 

リーは彼女に振り回されつつも、食事と会話で過ごした。

 

 

文句を言いつつも、こんなに誰かと面と向かって談笑を楽しんだのは久々であった為、ついつい時間を忘れて楽しんでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

「っ……………」

 

 

リーは、ずきずきと痛む頭を抱えて体を起こす。

 

 

どうやら飲み過ぎたようだ。

 

 

おでんの屋台を出てからの記憶が全くない。

 

 

「あら。お目覚め?」

 

 

リーは彼女の声がした方向に顔を向ける。

 

 

目に入ったのは、バスタオルを巻いた彼女の姿。

 

 

次に、自分の身体に目を移す。

 

 

服を一切身に纏っていなかった。

 

 

「………なぁ」

 

 

「なぁに?」

 

 

「やっちまたのか?その…〝ナニ〟を」

 

 

リーの問いに対して、彼女は微笑みを浮かべる。

 

 

「先手必勝でイかせて貰う。その一言が昨晩のあなたの開戦の合図だったわ」

 

 

「…………どうだったんだ」

 

 

「先手必勝でイってたみたいよ」

 

 

リーは布団に向かってボスンと前のめりに倒れる。

 

 

昨晩顔を見合わせたばかりの見知らぬ女性と身体を重ねただけでなく、西部劇のガンマン顔負けの早撃ちまでかましてしまったという事実が、自己嫌悪を加速させていた。

 

 

「…本当にすまねぇ」

 

 

リーは生まれて初めて土下座した。

 

 

これでは、昨晩彼女に絡んでいた連中と変わらない気がする。

 

 

「謝らないで。あなたをホテル(こ こ)に連れ込んだの私よ?」

 

 

「………あ?」

 

 

自分が無意識のうちに連れ込んだならともかく、彼女が連れ込んだというのはどういうことか。

 

 

雰囲気からして経験はありそうだが、行きずりの男と寝る程尻が軽いようには見えない。

 

 

「アメリカにはね、傷心旅行で来たの」

 

 

彼女はその明るい表情に僅かな陰りを見せる。

 

 

「今まで付き合ってきた人が三人とも私の身体とお金目当てだったの」

 

 

一人目は身体。二人目は金銭。三人目は両方。

 

 

彼女が今まで交際していた男性は、いずれも彼女の人間性に惹かれたのではなく、彼女が持つ何かに惹かれていただけであった。

 

 

「みーんな私のお財布か胸元ばかり見ながら話すんだもの。それが嫌になってね。三度目の失恋でヤケになってこっちに来たの。ありがちな理由でしょ?」

 

 

あくまで明るく振る舞おうとしている彼女の瞳を、リーはただ見守る。

 

 

「私ね、捨て子だから誰からも必要とされてないのかな、ってずっと思ってたの。だから自分の存在意義を認めさせてやるって頑張ってきたんだけど、その結果がそれ」

 

 

溜め息を吐くと、彼女はどこか寂しげな表情を浮かべる。

 

 

「けどあなたは違った。私が持ってるものじゃなくて、私がどんな人間か見ようとしてくれてた。ずっと私の眼を見ながら話してくれてた。当たり前かもしれないけど、嬉しかったのよ」

 

 

彼女はリーの両手をそっと包むと、彼の顔に近付いた。

 

 

そして、静かに接吻する。

 

 

「ありがと。とっても楽しかった」

 

 

「………とんでもねぇ女だな」

 

 

一連の件を聞き終えた後に、リーは深く溜め息をつく。

 

 

「つまりオレは失恋の傷を埋める為の玩具だったって訳か?」

 

 

リーの言葉は無味乾燥に聞こえるが間違ったことを言ってはいないし、ある意味的を射た言葉であった。彼女はただ俯くだけで、何も言い返さない。

 

 

「久々にまともに話してくれる奴に会ったと思ったんだが残念だ。悪いがお前の期待には応えられそうにねぇぜ、サムライガール」

 

 

そう言い終えると、リーは彼女の脇を抜けて自らの服に袖を通していく。

 

 

相変わらず彼女はその場で佇んだままだ。

 

 

「けどよ」

 

 

マントに手を掛けたリーがポツリと漏らす。

 

 

「こうしてやっちまったんだから『話し相手』は無理かもしれねーが責任取るって形で『カップル』とかいうやつにならなってもいいぜ」

 

 

「…………え?」

 

 

リーの斜め上をいく発言に彼女の思考回路はフリーズする。

 

 

自分の勝手な理由で一夜を共にしたのだから、責任を取る必要などない筈だが。

 

 

「お前はそのことについてどうなんだ?賛成か?反対か?」

 

 

いきなり突きつけられた二択に彼女は少なからず動揺する。

 

 

「……私もただ人肌恋しかったから貴方と寝た訳じゃないわ。あなたのことが凄く気になったの。だから…お互いのことを知り合えていけたら嬉しいけれど…」

 

 

「よし。じゃあ決定だサムライガール。お前はオレの『くの一』だぜ」

 

 

「あなた色々と日本の文化を誤解してるわよ」

 

 

リーの思いきりの良さに溜め息と同時に、微笑みも彼女からこぼれる。

 

 

「…出会ったばかりのあなたと寝てしまうような、尻の軽いふつつか者ですがどうかよろしくお願いします」

 

 

リーの『日本人に対する間違った知識ネタ』のノリに合わせて冗談気味にそう告げると、ペコリと頭を下げる。

 

 

その十分後、二人は着衣等を済ませてホテルを出ることにした。

 

 

部屋を出る直前に、リーはふと部屋の隅に目をやる。

 

 

ベッドのマットレスの下に、もう一枚シーツがあることに気付く。

 

 

引っ張り出したそれを見て、リーは彼女に会ってから何度目かわからない溜め息をつく。

 

 

「…わざわざ隠したのも日本人の美徳ってか?」

 

 

リーは再びシーツを何事もなかったかのように戻し、部屋のドアへと足を運ぶ。

 

 

「………どこが尻軽だクソッタレ」

 

 

もしデイヴス艦長が知ったら鉄拳制裁を食らってもおかしくない。

 

 

自分に責任を感じさせない為だったのだろうか。

 

 

彼女が隠したシーツの表面には、血が付着していた。

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

 

────────────

 

 

 

 

昼下がりのU-NASAの前に一台のバイクが停止する。

 

 

バイクに跨がる二人の人物はヘルメットを脱ぎ捨てる。

 

 

彼女と、リーである。

 

 

「ありがとよ。助かったぜ。おかげさまで訓練に間に合いそうだ」

 

 

もし遅刻すれば、鬼のデイヴス艦長からお説教が飛んでくるところだ。

 

 

「お安いご用よ。引き留めたのは私だしね」

 

 

颯爽と髪を靡かせる彼女には、不思議とライダースーツとスポーツバイクが似合っていた。

 

 

「いくら間に合わせる為とはいえ…あんな危なっかしい運転するとは思わなかったけどな」

 

 

彼女は渋滞の道路を、車の間を縫ってスイスイと走り抜けていった。

 

 

しかも、ほぼ速度は落とさず、ぶつからず。

 

 

「危なっかしかったが…見事なもんだったぜ」

 

 

「あら。それぐらい当然よ?なんせそれがお仕事だもの」

 

 

「そうか………っておい。どういうことだサムライガール」

 

 

一瞬聞き流しそうになったが、今とんでもないことを聞いた気がする。

 

 

本人に問いただそうとした時には、彼女はバイクで走り去ってしまっていた。

 

 

「ったく………」

 

 

夜にまた食事をする約束をしていたので、その時にでも尋ねようか。

 

 

リーは身を翻し、U-NASAの訓練施設の入口へと向かう。

 

 

そうしようとしたところで、二人の人物がこちらを見つめていることに気付く。

 

 

『小町小吉』と『秋田奈々緒』。

 

 

どちらも彼女と同じ日本人だったか。

 

 

「…………」

 

 

こちらを眺める二人と対峙するリー。

 

 

そんなリーに向かって、小町小吉はプルプルと震える指を彼に向かって立てた。

 

 

「…あ、あぁ…あ」

 

 

「考えてから言え」

 

 

上手く言葉が出てこない様子の小町小吉に向かって、秋田奈々緒のツッコミが絶妙なタイミングで炸裂する。さながら夫婦漫才のように小気味よいやり取りだ。

 

 

しかし、そんな愉快なプチ漫才の結末を見守っていては訓練に遅れてしまう。

 

 

早足でその場から立ち去ろうとするリーだったが、小吉がまるで獲物に餓えたワニのように彼の足を捕らえた為にその場から動くことを許されなかった。

 

 

彼の瞳からは、悔しさ・怒り・切なさ・虚しさ等全ての感情が凝縮された面倒くさいタイプの涙が二滴、三滴と垂れてくる。

 

 

「ウッホォ!ウホ!ウッホォ!」

 

 

「………日本語でおkだぜ、キングコング」

 

 

突如野生に帰った小吉に、リーは呆れたように溜め息をつく。

 

 

「ウホ!ウホォ!!」

 

 

「本能で何かを訴えようとすんな!!」

 

 

奈々緒に首根っこを掴まれて、連行されていく小町小吉(キングコング)

 

 

嵐が過ぎ去り、ようやくリーは更衣室へと足を運ぶことが出来た。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────────

 

 

─────────────────

 

 

 

 

「な、なぁリー?」

 

 

体力作りのロードワークの訓練の最中、珍しくリーは話しかけられた。

 

 

相手は先程野生に帰った筈の小吉だ。

 

 

どうやら理性を取り戻したようだ。

 

 

「なんだ?」

 

 

「何で…『天城ほたる』と一緒にいたんだ?」

 

 

「誰だそいつは…」

 

 

そんな人物と一緒にいた覚えはない。

 

 

自分と一緒にいたのは彼女だけだ。

 

 

………いや、待てよ。

 

 

その彼女の名前は一体なんという名前だったのだろうか。

 

 

「…あいつのことなんか知ってるのか」

 

 

「バッ!知ってるもなにも…!」

 

 

「先程からうるさいぞお前達!!」

 

 

デスクワークの忙しいドナテロ艦長に代わって、集団を引率していた『明明』副艦長からお叱りが飛ぶ。どうやら私語がバレていたようだ。

 

 

「すまねぇな副艦長」

 

 

「全く…リーが珍しく私語してるかと思えばお前の仕業か、小吉」

 

 

それ以前に私語をする相手が自分の場合はいないのだ。

 

 

そうリーが心の中でぼやいていると、小吉が爆弾を落とす。

 

 

「だって副艦長!こいつ『天城ほたる』さんと一緒にいたんですよ!!」

 

 

「………なに?」

 

 

明明の眉がピクリ、と動く。

 

 

「…あー。リー。彼女とはどういう関係だ?」

 

 

訓練中は特に厳しい明明ですらこんな風に食らいつく始末だ。

 

 

彼女は、『天城ほたる』はよっぽど有名なのだろうか。

 

 

「肉体関係だ」

 

 

「ブッ!?」

 

 

直球すぎる返答に、水分補給をしていたジャイナが思わずむせる。

 

 

リーに対して男性陣からは嫉妬、女性陣からは軽蔑の視線が送られる。

 

 

「……冗談だ」

 

 

メンバー達はホッと胸を撫で下ろす。しかし、リーが続けざまに放った一言で再び場は荒れる。

 

 

「今日から交際してる」

 

 

「はぁ!?はああああ!?はああああああああぁあああぁあああああぁぁあぁあぁあああああああああ!?」

 

 

「落ち着けゴリラ!!保健所呼ぶぞ!!」

 

 

荒ぶる小吉を奈々緒が必死に抑えつける。

 

 

暴れはしないものの、他の男性メンバーも同様にリーを血の涙を流しながら睨みつけている。大人しく静観してる男性は『ティン』と『一郎』だけのようだ。

 

 

「…あいつのこと何か知ってるのか?」

 

 

「知ってるも何もほら!」

 

 

奈々緒が指差した先には、バイク屋の大きな看板。

 

 

アメリカだけあって、ド派手なサイズだ。

 

 

しかし問題はサイズではない。

 

 

彼女がその看板に大きく掲載されているのだ。

 

 

S B K(スーパーバイク世界選手権)チャンピオン

     

      【HOTAL(ほたる)AMAGI(天城)】贔屓の店』

 

 

 

「………道理でな」

 

 

合点がいった。彼女のバイクの運転は、危なっかしくもバイクに関しては素人の自分ですらも上手いと感じたレベルだ。リーが納得していると、続けざまに質問が飛んでくる。

 

 

「付き合うまでの経緯を三行で説明しろ!!」

 

 

「もうやったのか!?彼女とやったのか!?」

 

 

「具体的なコメントは控えさせて貰うぜ」

 

 

リーが軽く流そうとすると、ジャイナが明明の陰に隠れて挙手する。

 

 

相変わらずリーに対して怯えている様子だ。

 

 

「えっと…あの…『天城ほたる』さんが有名な方だって知らなかったんですか?」

 

 

「…イスラエル人が有名人と付き合うのがそんなに珍しいか?リトルガール」

 

 

「ヒッ!!」

 

 

ツカツカと歩み寄ってくるリーに怯え、ジャイナは頭を手で覆って屈み、プルプルと震える。

 

 

「たまたま気になった女が有名人だっただけだぜ」

 

 

ポンポン、とジャイナの頭に手を置くとリーは元の整列位置へと戻っていく。

 

 

「なんだか余裕があるな、リーのやつ。あれが非童貞の余裕か?」

 

 

「どう考えても違うだろ童貞」

 

 

「どどど童貞ちゃうわ!!」

 

 

小吉と奈々緒の夫婦漫才が暫く続いた後、一行は再びロードワークを再開した。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

夕方になり、本日の訓練は終了した。

 

 

いつもであればメンバー達は疲労困憊な様子なのだが、今日だけは違った。

 

 

『天城ほたる』に会えるからである。

 

 

さながらデパートの屋上に来るヒーローを待ちわびるこども達のようだ。

 

 

班猫女(はんみょうおんな)って呼ばれてんのか、あいつ」

 

 

目をそこそこにしか通していなかった週刊誌の記事の中に、彼女の記事が存在した。

 

 

「そうそう。『ハンミョウ』って虫はジャパンじゃ『道教え』って呼ばれてるぐらいに面白い動き方することで有名でしょ?」

 

 

『マリア・ビレン』は親切にも昆虫図鑑のハンミョウのページを開きながら解説してくれていた。

 

 

「ハンミョウは視力が異常に発達していて、動く物に素早く反応する。また、こちらが近付くと素早い動きで一定の距離を保つ。追い付けそうで追い付けない。彼女はその優れた視力と運転技術でハンミョウのような運転を体現してる…だって」

 

 

「常に常人じゃ真似出来ないような最短のコースを走る故に、後ろから続く後続車もそれを真似ようとするものの出来る筈もなく、レースの度に多くの事故車両が生まれてしまう…か。とんでもねぇ女だな」

 

 

フムフムと週刊誌をめくる二人。相手のことを知っておけば聞きたいこと、話したいこともおのずと見えてくる。故にリーはほたるに関するページにかじりつく。

 

 

「かっこよくて綺麗。男性からも女性からもファンが出るのも当然ね」

 

 

「ありがとよ、マリア。今日の予習はこれでバッチリだぜ」

 

 

彼女を迎えに行こうと腰をあげた時、ふと異常な光景が目に入る。メンバー達が何故か、めかしこんでいるのだ。

 

 

「なぁティン。これ似合ってるか?」

 

 

「え…あぁ。うん。似合ってるんじゃないか?」

 

 

「コラ!他人に反応求めるな!困ってんでしょ!」

 

「そういうアキちゃんだってめかしこんでるじゃん!!」

 

 

「なっ!?こっこれは普段着よ!普段着!!」

 

 

そうは言っても身に付けているのはデフォルメされた『天城ほたる』がウィンクしてるTシャツだ。あれが普段着とは考えづらいが。

 

 

「……お前ら着いてくる気満々だな」

 

 

「ばっ馬鹿者。これはお前が失礼のないように上司としての責任をだな…」

 

 

明明すらもファンTシャツに身を包んで目を輝かせている。

 

 

リーは肩を落として、彼女との初めての『デート』という行為についてくることを許した。

 

 

 

 

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────────────

 

 

 

 

昨晩、ほたるとリーが食事したおでんの屋台。

 

 

その屋台で、二人とU-NASAのメンバー達が賑わっていた。

 

 

客席は足りておらず、机と椅子まで出されてまるでビアガーデンのような状態だった。

 

 

「へぇー。皆さん宇宙飛行士なんですか?」

 

 

「そうなんですよ~ほたるさん」

 

 

「火星を人類の生活圏とするのが目的であります!」

 

 

これ見よがしに、彼女のファンのメンバーはステータスをアピールする。

 

 

「ってことはあなたも?」

 

 

ツンツンと、ほたるはリーの腕をつつく。

 

 

「ああ。当然な」

 

 

「この掌の穴もその為?」

 

 

メンバーは一斉に飲み物を噴き出し、むせ返る。

 

 

『バグズ手術』の情報は禁則として情報の漏洩を禁じられている。

 

 

普通に生活していればバレない筈だが、リーの掌の穴は些かわかりやすすぎたようだ。

 

 

「あぁ。この二つの穴でゴキブリ共を吸い込むのさ」

 

 

「ふふ。某掃除機みたいね」

 

 

「リーソン。吸引力の変わらない(ゴッド)の掃除機だぜ」

 

 

それを聞いてジャイナがクスクスと笑う。

 

 

昨日と比べて、彼女はリーをあまり恐がらなくなっていた。

 

 

何故だろうか。

 

 

「ほたるさん!ここで我々からプレゼントがあるのですが!!」

 

 

突如、メンバーの一人である『テジャス』からサプライズが提示された。

 

 

「まぁそれは素敵!でも本当にいいんですか?」

 

 

「いいんです。私からはこれを…後、サインをTシャツにいただけたら嬉しいです…」

 

 

明明はごにょごにょと呟いた後に、彼女の好きな『どらえもん』の大きなぬいぐるみを取り出した。

 

 

“とても大きなもの”が苦手なジャイナは、それにビクッとしてリーの陰に隠れてしまった。

 

 

「オレからは…こいつを」

 

 

メンバーの一人、ルドンは大きな包み紙を取り出した。

 

 

「あら。何かしら?」

 

 

「日本のHENTAIゲームです」

 

 

メンバーが一斉にルドンをリンチした後に、メンバーは各々のTシャツにサインを貰ってホクホクした気分で帰っていった。

 

 

食事も一緒に楽しみたいところだが、流石にこれ以上デートの邪魔をするのは悪いということで退散していった。

 

 

「あれ?リー君じゃないか」

 

 

「あ?」

 

 

入れ違いに、誰かが屋台に入ってきたようだ。

 

 

そこにはU-NASAメンバーの一人、『ヴィクトリア・ウッド』がニヤニヤとこちらを見つめながら佇んでいた。

 

 

その横では、小さな女の子がこちらを見上げていた。

 

 

「ウッド姐姐(お姉ちゃん)、このひとたちだれ?」

 

 

「んー?花琳。この人はね、お姉ちゃんの知り合いだぞぉ」

 

 

「ったく…ガキは嫌いだってのによ…」

 

 

「こら」

 

 

ほたるが頭をこつんと叩くと、リーは渋々とおでんを口につけて食事を続ける。

 

 

「おでんください!!」

 

 

先程の女の子とはまた違う声が屋台に響く。

 

 

振り替えると、タクシーからとっとことっとこと、小さな女の子が駆けてくるのが見えた。

 

 

「おっ。お嬢ちゃん何歳だい?」

 

 

「“さくらゆいか”よんさいです!!」

 

 

リーは再び溜め息をつく。静かに食事をしたかったのだが、これでますます不可能になってしまった。

 

 

「あらお嬢ちゃん、一人?」

 

 

「まいごです!えっへん!!」

 

 

「迷子かよ…」

 

 

一人で彷徨かせる訳にもいかないので、警察が来るまで共に待つことにした。

 

 

そんな“ゆいか”に、花琳と呼ばれていた一人の女の子がちょこちょこと歩み寄ってきた。

 

 

「あなたなんさい?」

 

 

「よんさいだよ!」

 

 

「わたしはごさい。ひとつうえだからえらいのよ?」

 

 

「そんなことないよ!わたしなんて『いきものずかん』よめるもん!」

 

 

キャアキャアと、こども戦争が勃発する。

 

 

本当は静かな環境で ほたると色々話したかったのだが、こうなっては仕方のないことである。

 

 

そんな幼い声が飛び交う中でも、リーは ほたるに話しかけようとしたのだが、

 

 

「あなたも私のファンの方?」

 

 

「知ってるけど私はサインなんていらないよん。『ベテランぶったおばさん』は大嫌いだからね」

 

 

「あら!おばさんじゃないでしょ~?おねぇさんでしょ~!?」

 

 

「キャア!む、胸揉むなおばさん!!」

 

 

26歳のほたるはクスクスと笑いながら、18歳のウッドにセクハラ上司顔負けのボディタッチを平然と繰り返している。

 

 

どうやら自分の話す相手は、目の前の店主しかいなさそうだ。

 

 

「おい兄ちゃん!爪楊枝いるかい!?」

 

 

「あぁ。貰うぜ。卵の黄身が歯の間に挟まっちまった」

 

 

 「あいよ!オーディンの槍“グングニル”だ!刺されないように気を付けなフェンリルさんよ!!ヒッヒッヒッ!!」

 

 

 リーに爪楊枝を渡した後に、屋台の親父は一人で爆笑する。

 

 

どうやら昨日のリーが“おでん”と“オーディン”を言い間違えたギャグがよっぽど気に入ったようだ。

 

 

リーは爪楊枝をくわえながら、カオスなその現場に一人耐えた。

 

 

暫くして、“ゆいか”を迎えに警察が来た後にウッド達も帰っていき、ようやく二人で話せる時間が訪れた。

 

 

「散々な初デートになっちゃったわね」

 

 

「おでん屋に二日連続で来ちまってる時点でお察しだろ」

 

 

「ふふ。ごもっとも」

 

 

熱燗をリーのお猪口にトクトクと注ぎながら、ほたるはリーの瞳をじっと見つめる。

 

 

「もしかしてあなたがおでん好きな理由って…みんなとワイワイ話せるから?」

 

 

「おでん自体が特に好きって訳でもねぇさ。ただおでんを食う時の雰囲気は嫌いじゃねぇかもな」

 

 

それを聞いておでんの屋台主は、気分がよさそうに二人の前に牛すじをサービスで差し出した。

 

 

「店主さんありがとね」

 

 

店主にお礼を言うと、ほたるはリーの掌の上に自分の掌を重ねる。

 

 

「順番は違っちゃったけど…少しずつ知り合っていきましょうね。私達」

 

 

「物好きな女だな、お前も」

 

 

憎まれ口を挟みつつも、リーの頬は僅かに緩んでいた。

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

その後、ほたるとリーの交際は思いの外順調に進んでいった。

 

 

互いが捨て子であることや、リーが過去に傭兵だったこと。

 

 

『U-NASAの機密事項』以外の秘密を、ほぼ全て彼女にさらけ出した。

 

 

「どことなく変わったな、リー」

 

 

「………デイヴス艦長か」

 

 

ドナテロ・K・デイヴス。

 

 

『バグズ二号』の艦長であり、自分達のリーダーである。

 

 

「いや。変わったというよりも少し素直になっただけか?」

 

 

リーは、ほんのわずかだが他人と話せるようになっていた。

 

 

言葉や雰囲気が少しばかり柔らかくなったおかげだろうか。

 

 

あのジャイナですら、リーに声をかけてくるようになった。

 

 

「噂の彼女のおかげか?」

 

 

「…まぁコミュニケーションの取り方は上手くなったと思うぜ」

 

 

ほたるは一つ歳上のせいか、とても聞き上手だ。

 

 

それ故に、こちらも柄にもなく少しばかり口達者になったと思う。

 

 

「後三ヶ月程で任務だ」

 

 

「………わかってる」

 

 

火星に行き、ゴキブリを駆除するだけの任務。

 

 

一見簡単そうに聞こえるが、イレギュラーなことも起こるかもしれない。

 

 

生きて帰って来れる保証など、どこにもないのだ。

 

 

「思いは口で伝えないと伝わらない。後悔しないようにな」

 

 

リーの肩にポンと手を乗せると、艦長は去っていく。

 

 

妻がいる身としては、リーの今の境遇を他人事には思えなかったのだろう。

 

 

「………今更愛の告白をしろってか?」

 

 

流れのままに交際することになったが、『好き』だとか『愛してる』だとかの月並みな言葉など、一度も言ったことがなかった。

 

 

今更だが、言った方が良いのだろうか。

 

 

それこそ火星に旅立つ前に。

 

 

「…U-NASAには恋愛カウンセラーはいねぇのか?税金泥棒が」

 

 

誰かに相談したいところだが、男性陣からは茶化されそうだし、女性陣に聞くのもどことなく気が引ける。噂が広がりそうで恐いからである。

 

 

偏見かもしれないが、女性のネットワークは非常に恐ろしい。

 

 

だとすれば、誰に相談しようか。

 

 

「……どうしたんだ?悩み事か?」

 

 

顔を上げると、そこにはタイ出身のティンがいた。

 

 

「…………ムエタイボクサーか」

 

 

彼ならば、口も固そうだし無闇に茶化さないだろう。

 

 

「一つ聞きてぇことがある」

 

 

「………なんだ?」

 

 

トレーニングで流した汗を拭き取りながら、ティンは聞き返した。

 

 

「変な話、好きな女には『好き』って伝えた方がいいのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────バイバイティン君。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………伝えた方がいいと思うよ。オレは」

 

 

ティンは、遠い昔の記憶を思い出しながら断言した。

 

 

人と人の縁は、いつ切れるかわからない。

 

 

故に、後悔しない為にも伝えておいた方がいい。想いを。

 

 

「そうか。そりゃそうだな」

 

 

リーは僅かに愁いを宿したティンの瞳を見て、何かを察する。

 

 

そして、彼女との待ち合わせを取り付けようと電話をかける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オカケニナッタ デンワバンゴウ ハ ゲンザイ ツカワレテオリマセン バンゴウ ヲ オタシカメノウエ モウイチド オカケナオシクダサイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

2599年。

 

 

第二次テラフォーミング計画『バグズ二号』出発の日。

 

 

ゴッド・リーは、いつもと何一つ変わらぬ表情で出発の準備を進めていた。

 

 

「………リーの奴平気なのか」

 

 

「ほたるさんと連絡つかなくなってから三ヶ月…だっけ」

 

 

小吉と奈々緒は、リーを心配そうに見守る。

 

 

突如ほたると連絡がつかなくなってから、どことなくリーからは元気がなくなっていた。

 

 

「でも変だよね。リー…さんのことあっさり捨てたりするような人じゃないと思うけど…」

 

 

「だから余計に心配なんだろ。週刊誌のインタビューにも最近顔出してねぇみたいだし。事故でなけりゃいいんだけどな」

 

 

二人が心配していたところ、ジャイナが息を切らして 出発ロビーに走り込んできた。

 

 

「リ、リーさんはいますか!!」

 

 

「…どうした、リトルガール」

 

 

「ほたるさんが!ほたるさんがお呼びです!!」

 

 

「………あ?」

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

─────────

 

 

「久しぶり。元気だったかしら?」

 

 

「ご覧の通りだぜ、サムライガール」

 

 

「ふふふ。ちょっとしょげてた?」

 

 

「正直に言うとな。そんなネガティブもお前の“それ”見て吹っ飛んだが。衝撃的すぎて息すんのも危うく忘れちまいそうだ」

 

 

久々に再会したほたる。色々と問い詰めようとしていたことがあった筈なのに、その質問は吹き飛んでしまっていた。

 

 

彼女のお腹が、ポッコリと膨らんでいたからである。

 

 

「………あん時、出来てたのか?」

 

 

「そ、あの時よ。けど安心して。養育費を請求しに来た訳じゃないから」

 

 

初めて出会ったあの夜に、リーとほたるは一度だけ体を重ねた。

 

 

その後の数ヵ月はデートを頻繁にするだけだったのだが、どうやらとんだミラクルを起こしてしまっていたようだ。

 

 

「お別れを言いに来たのよ。あなたに」

 

 

「………〝見送り〟じゃなくてか?」

 

 

「そう。〝お別れ〟よ」

 

 

「縁起でもねぇことは言うもんじゃねぇぜ」

 

 

自分が二度と帰って来ないような言い回し故に勘弁して貰いたいものだが、彼女はそのような意味で言った訳ではないだろう。

 

 

「本当はね。あなたに迷惑をかけない為に二度と連絡しないつもりだったの。けど、最後にもう一度だけ会いたくなったの。ごめんね」

 

 

リーは望んで自分と体を重ねた訳ではない。

 

 

責任を取ると言ってくれたが、自分はそれを真に受けて甘えていい程に、こどもではなかった。

 

 

ほたるはそれを理解していた故に、心に決めていた。

 

 

リーとはもう縁を切る。彼の負担にならない為にも、リーが今後自らの意思で女性を選び、彼自身が幸せな人生を歩んでいく為にも。

 

 

リーからすれば、一度だけの関係で惰性でダラダラと付き合わされることになっても、心の底では迷惑なのではないだろうか。

 

 

世間から見れば、自らのやったことは婚期を逃した三十路の女性が若い男性に所謂『中出し』させて既成事実を作り、『でき婚』させるのと同じであるからだ。

 

 

「とっても幸せだったけれど、私達の関係やっぱり『愛』とは呼べないと思う。ごめんなさいね、無理矢理付き合わせちゃって」

 

 

ほたるはリーに口づけすると、身を翻してその場を去ろうとする。

 

 

しかし、その手をリーがしっかりと掴んで離さない。

 

 

「オレは25年間戦争ずくめの毎日だった」

 

 

リーの年齢は26歳。その人生の25/26を、火薬と血の臭いを嗅ぎながら過ごしてきた。

 

 

「だが最後の1年間…戦争からようやく離れて仲間達、つまり『バグズ二号』の連中と会えた」

 

 

戦争でしか一日のスケジュールが埋められなかったリーにとって、戦争と無縁な一日を過ごせた1年間は幸せそのものだった。

 

 

「世間から見れば訓練尽くしできつい日々かもしれねぇ。だがオレからしたら幸せそのものだったぜ」

 

 

不馴れな様子で、リーはもう一方のほたるの手を握り締める。

 

 

「オレはお前といて幸せだったし、後悔もしてねぇ。『愛』ってやつの定義なんて世間の連中が決めることじゃねぇはずだ」

 

 

リーは一瞬照れ臭さが邪魔して躊躇いがあったが、意を決してほたるに口づけする。

 

 

ほたるはそれにキョトンとしている様子だ。

 

 

「オレはお前が大切で、お前もオレを想ってくれてる。『愛』ってのはそんだけじゃ証明不可能なめんどくせぇもんなのか?」

 

 

その言葉を聞いて、ほんの僅かにだがほたるの頬は赤く染まった。

 

 

何も言わない彼女に、リーは懐から何かを取り出して彼女に押しつける。

 

 

「……これは?」

 

 

「オレがクソU-NASAから貰った金全部だ」

 

 

「それを…何で私に?」

 

 

中を見ると、それなりの金額が入っていた。

 

 

こんな大金をどうさせるつもりなのか。

 

 

「オレが『地球』に帰ってくるまで預かっててくれ。ガキのミルク代にもしていいぜ」

 

 

「え?」

 

 

「サムライガール、日本じゃ財布の紐は女房が握ってるって聞いてるが?」

 

 

「それってプロポーズのつもり?」

 

 

「かもな」

 

 

シーンと、二人の間に沈黙が訪れる。

 

 

お互いの瞬きの音しか、聞こえるものはなかった。

 

 

「……交際の時といい今回といい、随分と破天荒な告白ね?兵隊さん」

 

 

「ワイルドだろ?」

 

 

「えぇ。とっても」

 

 

ほたるが幸せそうに微笑むと、お腹の子がドンドンと腹を蹴り出した。

 

 

「元気な子みたいよ」

 

 

「………そいつは良かったぜ」

 

 

リーは中腰になり、ほたるのお腹にそっと手を当てる。

 

 

その途端、お腹の子はピタリと腹を蹴ることをやめた。

 

 

「よく聞きやがれ。オレはもしかしたら二度と帰って来れないかもしれねぇ。そうしたらお前とベースボールしたり、休日にクタクタの体で遊園地とかいう場所に連れてってやることもできない訳だ」

 

 

万が一ではあるが、『バグズ二号』が故障して二度と帰って来れなくなるかもしれない。

 

 

もしかしたら、火星のゴキブリが怪物になっているかもしれない。

 

 

帰って来られない可能性は山程ある。

 

 

それ故、父は子に最後になるかもしれない言葉を大切に伝える。

 

 

 

 

「だから一応言っておく」

 

 

 

 

 

 

───────────────愛してるぜ、クソガキ

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

───────────────

 

 

 

2620年。

 

 

『地球組』所属のクーガ・リーは水中に引きずり込まれ、微睡む意識の中で夢を見ていた。

 

 

両親が出会いから始まり、最後に父親が自分に『愛してる』と言う夢だ。

 

 

死ぬ直前は、自分の人生の走馬灯というのが相場だと思っていたがどうやら違うらしい。

 

 

けれど、嬉しかった。

 

 

父親が自分のことを、愛してるとは思っていなかったから。

 

 

父は望まないまま自分に生を授けたと思っていたから。

 

 

それ故に、お返しと言わんばかりに『MO呪い』を遺したと思っていたから。

 

 

今見た夢は、自分の都合のいい妄想かもしれない。

 

 

しかし、それでも充分だった。少しだけ幸せな気分で死ねるなら悪くないかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────悟り開いた聖人ぶってんじゃねぇぞクソガキ。生きろ

 

 

 

 

 

 

 

 

クーガの耳の奥に声が響く。

 

 

これも、自分の都合の良い妄想かもしれない。

 

 

しかし、そういったスピリチュアルなパワーは抜きにしても、体は確かに何かを感じている。

 

 

自分の中に秘められた、生物の『DNA(本能)』。

 

 

人間、オオエンマハンミョウ。

 

 

そして最後の一つ。その『DNA』が、理屈抜きに強く告げている。

 

 

生きろと。

 

 

それは、クーガ自身が呪いと呼んでいたもの。度重なる死の脅威から、クーガを守っていたもの。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

───────────────

 

 

 

 

「クーガ君」

 

 

桜唯香は脱け殻になってしまったようなその瞳で、彼が消えていった水面を見つめていた。それを見て、花琳はクスリと笑みを浮かべた。

 

 

「本当に人間って…弱いのね」

 

 

花琳がそう告げた矢先のことだった。

 

 

「……あら?」

 

 

水面にプカリと何かが浮かんできた。最初はクーガ・リーの死体かと思ったが、それは違った。

 

 

ゲンゴロウタイプの『バグズトルーパー』の死体である。

 

 

一人浮かび上がってきたのを皮切りに、次々と浮かび上がってくる。

 

 

仰向けの死体をよく見てみると、『窒息』していた。

 

 

水中で生きるゲンゴロウの特性を持つ者が普通窒息するだろうか。

 

 

いいや。あり得る筈がない。

 

 

しかし、『薬』のないクーガ・リーに彼らの呼吸気管を力任せに破壊するなんて真似が出来るだろうか。

 

花琳が考えを巡らせている最中、大きな水柱が立った。

 

 

何事かと思ったが、花琳はすぐに理解した。

 

 

恐らく唯香も理解している筈だ。

 

 

あの虫は、二つの物質を体内で生成することが出来る。

 

 

体内の小室でそれぞれを生成し、バルブを開く。

 

 

どちらか片方だけを体外に放出なんて真似が出来るのかは知らないが、少なくとも20年間も身体にあの虫の『DNA』が馴染んできたクーガならお手のものなのかもしれない。

 

 

そのうちの一つである『過酸化水素』は、水中の生物に対して若干の毒性を持つ。

 

 

ゲンゴロウは綺麗な水の中でしか生きられないデリケートな生物だ。その毒によって、高度な呼吸法を崩されてしまったのだろう。

 

 

そして、あの水柱。

 

 

あの虫が二つの物質を合成して放出する『ベンゾキノン』だが、一説によると自分が遠くに吹き飛ぶこともお構いなしであれば、過度な威力で射出できるらしい。

 

 

恐らく、その特性を利用して水の底から一気に水面へと這い上がったに違いない。

 

 

築き上げられた生物の屍の山の上に、一人の男は還ってきた。

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

────────

 

 

 

 

《 進 化 論 》

 

 

 

【 反 進 化 論 】

 

 

 

この生物を語る上で、議論すると二つの意見に別れる。

 

 

125万種以上の生命の炎が燃え盛る地球上においても、非常に珍しい生物故である。

 

 

 

生物学者にとっては珍しい生き物で終わる話かもしれない。

 

 

 

しかし、とある青年にとっては別だった。

 

 

 

彼にとってこの生物は─────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花琳。さっきお前人間が弱いとか言ってたな。確かにその通りだ」

 

 

 

彼を幾度も血で血を洗う戦火に巻き込んだ呪いであり災い。

 

 

 

「けどよ、人間にもたった一つだけ強いもんがあるって知ってるか?」

 

 

 

どれ程までに彼から疎まれたとしても、戦火から彼を守り続けた加護であり祝福。

 

 

 

「そいつが何かって?」

 

 

 

 

 

 

 

───────────────愛してるぜ、クソガキ

 

 

 

 

 

 

偉大なる父が息子にただ一つ遺した、遺産(あ い)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………案外、愛ってやつかもな」

 

 

 

落ちていたボロキレを身に纏ったその姿は、勇敢なある戦士を彷彿させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「親子揃って先手必勝でやらせて貰うぜ。悪いな、ワンパターンでよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クーガ・リー

 

 

 

国籍 イスラエル×日本

 

 

 

20歳 ♂

 

 

 

185cm 75kg

 

 

 

MO手術〝昆虫型〟

 

 

 

 

 

 

─────────オオエンマハンミョウ───────

 

 

 

 

 

 

先天性MO〝昆虫型〟

 

 

 

 

 

 

 

───────────ミイデラゴミムシ──────────

 

 

 

 

 

 

 

 

『アース・ランキング』一位

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────偉大なる魂(ミイデラゴミムシ)着 火(インフェルノ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







未完成のまま公開して慌てて小説自体を非公開にしてしまいました(震え声)



お騒がせして申し訳ありません(土下座)


文章力が他のハーメルン作者さんよりないので皆さんに出来るだけマシなもん見せたかったのです。


中途半端なもんは見せたくないんですよぉ!!(逆切れ)


忙しくて書けない間に、評価やお気に入りが増えててびっくりました。


皆さんも物好きですね←オイ


少しでも皆さんにおおっ…って思っていただけるように頑張ります。


本当にありがとうございます。



〇お知らせ〇

キャラクタープロフィールにて唯香さんとクーガのイラスト追加しました!


書いてくださったのは膝丸燈さんです(^-^)


感想欄にいますよ←






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第二十二話 FATHER 遺産





火炎崇拝【宗教】



命を暖め生を授ける。



命を焼き死をもたらす。



そんな特性を持つ、火炎を神格化した宗教。







 

 

 

 

ミイデラゴミムシ

 

 

 

学名『 Pheropsophus Jessoensis 』

 

 

 

その身体は、炎を宿していた。

 

 

ハイドロキノンと過酸化水素。

 

 

この生物は襲われた途端に、その二つの化学物質から瞬時に灼熱の『ベンゾキノン』を生み出す。

 

 

それが直撃した捕食者は、激痛と悪臭の二重奏(デュエット)に見舞われることになる。

 

 

爆音と共に放たれるその『灼熱(ベンゾキノン)』は捕食者の嗅覚・視覚・触覚・味覚・聴覚、つまり五感いずれかの機能を阻害する。

 

 

とはいえ、彼の身体は小さいが故にそれは人間にとって脅威ではない。

 

 

その姿が屁をこいてるようにしか見えないが故に、『屁っぴり虫』と蔑称されることもしばしばだ。

 

 

 

 

 

─────────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

 

しかし、クーガ・リーが人間大のスケールでそれを行えばどうなるか。

 

 

最早それは「屁っぴり虫」では済まない〝火炎放射機さながらの大爆発〟を起こす。

 

 

つまり、五感を阻害するミイデラゴミムシの『ベンゾキノン』を遺憾なく発揮できるのだ。

 

 

恐ろしい程に〝対人戦〟向けの『特性』。

 

 

残念なことに今から行うのは『害虫の王(テラフォーマー)』相手の〝対虫戦〟。

 

 

『ベンゾキノン』が目などの粘膜部に付着したことから生じる激痛など、痛覚がそもそも存在しない故に意にも介さない。

 

 

『尾葉』で空気振動を感じ取り、『微毛』で地面振動を感知し、そして『触覚』にて臭いを察知する精密兵器。

 

 

そのいずれかのレーダーは『ベンゾキノン』により潰せるかもしれないが、その命までは決して狩り取ることが出来ないのは実証済み。

 

 

彼の父『ゴッド・リー』が、まさにその事実の〝死に証人〟なのだから。

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

「 じ ょ う じ 」

 

 

水に浸った生物の亡骸の上に、ドスンという音を立てて〝動物性蛋白質〟を接種し筋肉が膨れ上がった個体が着地し、クーガと対峙する。

 

 

「…どんだけカイコガ食ったらそんなガタイになれんだ?」

 

 

『ミイデラゴミムシ』の特性により頭部の結わえた髪が触覚に変化し、両掌に孔が開いたクーガは相手を観察する。

 

 

巨体故のパワーは勿論、スピードも充分に備わってそうだ。

 

 

対して今の自分はどうだろうか。

 

 

強力な『オオエンマハンミョウ』の特性も使えず、使えるのは最弱で頼りない『ミイデラゴミムシ』の特性だけ。

 

 

勝ち目はなし。

 

 

「…と言いてぇとこだけど」

 

 

 

 

 

 

           殺ヤ

 

           れ

 

           る

 

 

 

 

クーガは確信する。

 

 

この個体程度なら()れる、と。

 

 

「行くぜ?〝筋()ソムシ〟」

 

 

クーガ・リーは素早く掌を相手に向け、体内の二つのバルブを解放する。

 

 

ハイドロキノンと過酸化水素。この二つの化学物質を体内で瞬時に合成し、ベンゾキノンを生み出すと同時、爆音と共に放つ。

 

 

瞬く間に、テラフォーマーは爆炎に包まれた

            

 

 

 

 

 

 

           が

 

           し

 

           か

 

           し

 

 

 

 

 

「じょぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ」

 

 

 

 

 

           害 ゴ

 

 

           虫 キ

 

 

           の ブ

 

 

           王 リ

 

 

 

 

 

「…………父親と同じ運命を辿るつもりかしら?」

 

 

 

 

 

           死

 

           な

 

           ず

 

 

 

 

 

火炎の中から、筋骨粒々の個体が姿を現す。クーガを嘲笑いながら、愉快に肩を揺らしている。まるで、こんなもの効く訳ないだろうと言わんばかりに。

 

 

 

 

 

 

           が

 

           し

 

           か

 

           し

 

 

 

 

 

 

「高笑い程わかりやすい死亡フラグもねぇぞ?」

 

 

ベンゾキノンの爆炎が視覚的な目眩ましとなり、クーガはテラフォーマーに急接近する。そして、間髪入れずにテラフォーマーの口内に両手をつきいれた。

 

 

クーガ・リーは知っていた。こう(・ ・)すればテラフォーマーを殺せることを。

 

 

「そうだよ…あれなら…」

 

 

唯香がポツリと呟くと同時に、爆音が響いた。テラフォーマーの〝口内〟でベンゾキノンを放ったのである。

 

 

「──────────────────」

 

 

テラフォーマーは、食道に直接ベンゾキノンの直撃を受けて声無き悲鳴をあげていた。

 

 

彼らテラフォーマーは、身体の構造のいくつかが昆虫だった頃のままである。

 

 

従って、中枢神経の制御を食道に依存している節がある。

 

 

つまり、脳よりも食道が急所となっている。

 

 

そんな急所に、灼熱の炎が浴びせられればどうなるか。

 

 

「じょ…………………じ………………」

 

 

テラフォーマーは、必死に声を絞り出すと同時にクーガに手を伸ばす。

 

 

もう一撃でも受ければ、確実に死ぬ。

 

 

させる訳にはいかない。

 

 

()られる前に、()る。

 

 

クーガの頭を握り潰そうとしたその瞬間、爆音が絶え間無く鳴り響く。

 

 

 

 

 

 

ス゛ト゛ト゛ト゛ト゛ ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛!!

 

 

 

 

 

 

『ミイデラゴミムシ』がベンゾキノンを連射できる回数をご存知だろうか。

 

 

その回数実に、〝29連射〟。

 

 

至近距離かつ、直に食道に叩き込むのであれば『害虫の王(ゴキブリ)』を仕留めるのに充分すぎる程の回数。

 

 

テラフォーマーは、目玉と口内から黒い煙をプスプスと出して倒れた。

 

 

 

 

 

           害 ゴ

 

 

           虫 キ

 

 

           の ブ

 

 

           王 リ

 

 

 

 

「次は『燃えねぇゴミ』に生まれ変わるといいな?」

 

 

 

 

           死

 

           

           す

 

 

 

 

クーガはテラフォーマーの口から手を引き抜く。

 

 

勝利する。二十年前には手も足も出なかった『ミイデラゴミムシ』の特性で、テラフォーマーの強化個体に。

 

 

進化するのはゴキブリだけではない。

 

 

人間もまた、親から子へ強さは受け継がれる。

 

 

故に今回のような〝窮鼠(クーガ)(ゴキブリ)を噛む〟という現象が起きたのだ。

 

 

「もし、二十年前にテラフォーマー(こ い つ ら)のことを事前に知らされてたら。アンタもこうやって勝ってたのかもな、親父(ゴッド・リー) 」

 

 

たった今仕留めたばかりのテラフォーマーの死体を見つめながら、クーガは呟く。

 

 

「……………悔しいよなぁ」

 

 

単なるゴキブリ退治と聞いていたのに、まさかテラフォーマーなんていう化け物退治に精を出すことになるとは思ってもいなかった筈だ。

 

 

妻や息子、つまり母と自分に伝え切れなかった言葉があるかもしれない。

 

 

「オレも今頃になって悔しいぜ、親父」

 

 

フツフツと、怒りが湧いてくる。

 

 

父を殺したテラフォーマーにも、父から受け継いだ『MO』を勝手に呪い呼わばりしていた、恩知らずな自分にも。

 

 

この力に自分は散々救われてきたにも関わらず、負の側面しか見ていなかった。

 

 

もし今の自分を一言で現すとしたら、『親の心子知らず』ということわざが、まさに自分にぴったりなのではないだろうか。

 

 

「今日だけは…今だけは。アンタを弔う為に戦わせてくれねぇか?」

 

 

じわじわと、体の芯が熱くなるのを感じる。

 

怒れる灼熱が、体内を満たしていく。

 

 

そんなクーガを見て、花琳は笑みをこぼす。

 

 

「やるわね…誉めてあげる。これに関しては私も〝計算外〟。けど〝想定内〟ではあるわ」

 

 

花琳の余裕は相変わらず揺るぎない。

 

 

「いくつかの研究サンプルと一緒に逃げるとするわ。ああ、一つだけ忠告しておいてあげる。研究用テラフォーマーはまだウジャウジャいるわ。出来るものなら焼き払った方がいいかもね?」

 

 

「言われなくてもそのつもりだぜ。お前を取っ捕まえて情報を吐き出させたいとこだが…テラフォーマーの処理が優先だ」

 

 

「そう。それじゃあ後もう一つだけ」

 

 

花琳は指を立てて悪戯気味に笑う。

 

 

「〝彼〟の相手、頑張って頂戴」

 

 

その捨て台詞と共に、花琳は去っていく。

 

 

いつにも増して怪しげな笑みだった。

 

 

「………彼?」

 

 

クーガは顔をしかめつつも、僅かな取っ掛かりを頼りに壁を登っていく。唯香とゴキちゃん達を早く起こして脱出しなければならない。

 

 

そしてようやく登りきった時、唯香がふらふらと歩み寄ってきたかと思えば、突如クーガに向かって前のめりに倒れてきた。

 

 

「唯香さん!?」

 

 

慌てて支え、脈拍などを確認する。

 

 

異常はない。どうやら、花琳に何かをされた訳ではなさそうだ。単に緊張の糸が切れたことにより気絶したのだろう。

 

 

よっぽど自分のことを心配してくれたに違いない。

 

 

クーガは唯香をおぶさると、ゴキちゃんとハゲゴキさんを起こそうと体を揺さぶる。こんなところでモタモタしてる場合ではない。

 

 

やるべきことがある。

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

「さ、流石にくたびれましたわ…」

 

 

「〝ろーどーきじゅんほー〟に いはんする」

 

 

アズサとレナは、息を切らしながら背中合わせに腰を降ろす。

 

 

彼女らが仕留めたテラフォーマーの数、約二百体。

 

 

流石の彼女らも、体力は僅かにしか残されてない。

 

 

最も、外にいるテラフォーマー自体は全滅したので心配ないが。

 

 

「後はクーガと唯香様達を待つだけでしてよ…」

 

 

「〝びーる〟のみたい」

 

 

「それよりも先にU-NASAへの報告ですわね」

 

 

「うん」

 

 

花琳に感付かれないように、内密に動く必要があった為にU-NASAには連絡を取らなかった。

 

 

この件が終わったら連絡を取るつもりだ。

 

 

「あたくし達が裏切ったことも報告しますわよ」

 

 

「うぃ。わかってる」

 

 

自分達が一度起こした裏切り。

 

 

それは事実だし、消すこともできない。

 

 

それに何より、それを秘密にしておける程に自分達はウソが上手くなかった。

 

 

「どんな罰でも甘んじて受けましてよ」

 

 

「さけるチーズをさかずにくえとか」

 

 

三流のバラエティ番組すらも取り扱わないような企画を自ら提案し、自らブルブルと震えるレナを見てアズサはクスクスと笑う。

 

 

レナにとってはよっぽどの罰なのだろうか。

 

 

最も、レナにはその程度の罰で済むように手回しするつもりではあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「 お お い テ メ ェ ら ! !

 

    ク ー ガ ・ リ ー 

 

        は ど こ だ ! ! 」

 

 

突如、怒号にも近い声が辺り一面に鳴り響く。

 

 

それと同時に、ドスンドスンと重厚な足音まで響いてくる。警戒して辺りを見渡すと、施設内から大男がのそりと現れた。

 

 

顎に髭を蓄えた黒髪の男。髪型はスパイキーショートと言う髪型に近い。

 

 

服装はオレンジ色の刑務所の囚人服。

 

 

「…………貴方、まさか」

 

 

体型と服装からして間違いない。

 

 

例の『死刑囚』だ。

 

 

『PROJECT』の被験者にて、〝クーガを越えうる力〟を持つベースの持ち主だった筈。

 

 

制御装置を首につけて飼い慣らすという手筈を聞いていたが、その制御装置が見当たらない。

 

 

その制御装置は花琳の手術によって頸部に埋め込まれる予定だった。そして、それが埋め込まれていない。

 

 

推測出来る答えは一つ。

 

 

花琳は制御装置を埋め込まない代わりに、この男と一時的にでも手を結ぶ取引をしたのではないだろうか。

 

 

その推測が正しいのであれば、この男は敵として認識して間違いない。

 

 

「おお…この施設までオレを運んでくれたクソ(あま)ってお前らか?ありがとよ」

 

 

男は負の感情が凝縮されたかのような汚い笑みをこぼす。

 

 

『吐き気を催す邪悪』など、あくまで文章の中でしかまかり通らない表現だと思っていた。しかしこの男を見てもそうとしか言い表せない。

 

 

他に比喩が思い付かない。

 

 

駄目だ。この男をクーガに会わせてはいけない。

 

 

「で、クーガ・リーは今どこだ?」

 

 

「クーガの元に行かせる訳にはいきませんわ!!」

 

 

アズサとレナは、満身創痍ながらも共に立つ。

 

 

確かに自分達はほぼ体力が切れであろうとも、二人がかりであれば。〝コンビネーション〟ならば負けることはない筈。

 

 

それに、クーガを越えると言っても所詮は机上論ではないだろうか。

 

 

実戦経験が浅い相手に、例え疲労困憊であろうとも自分達が負ける筈もない。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

唯香は段々と意識を取り戻す。

 

 

気付けば、クーガの背中でおぶられていた。

 

 

「………クーガ君?」

 

 

クーガの体温を直に感じる。

 

 

暖かい。

 

 

熱い。

 

 

無事だ。

 

 

生きている。

 

 

よかった。

 

 

「起きたか唯香さん?ちょっと下水道走ってるからクセーけど我慢してくれよな」

 

 

「うん、大丈夫だよ。それより………」

 

 

クーガが『ミイデラゴミムシ』の特性を使用したことを改めて実感する。

 

 

初めて出会った時から、クーガはこの『特性』を頑なに使おうとしなかった。

 

 

幼い彼には辛すぎた、戦場での記憶を思い出させるから。

 

 

その『特性』をついに自ら受け入れたのだ。

 

 

そして、大きく成長したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

───────────アンタの為に世界を捨てられても…世界の為にアンタを捨てたくない

 

 

 

 

 

 

 

「………あんなこと言われたの初めてだよ?」

 

 

ぎゅうと、クーガを後ろから抱き締める。

 

 

「ほひぃ!?」

 

 

唐突な抱擁に、クーガは思わず剽軽な声を出してしまう。

 

 

「ふえっ!?ごごごごめんね!」

 

 

無意識のうちに抱きついてしまった為に、唯香は頬を赤らめてクーガの背中からパッと体を離した。

 

 

その瞬間、唯香の頭があった場所にコンクリートの破片が勢いよく通過する。

 

 

壁にそれが激突し、パラパラと砕けるのを見届けるとおそるおそる、二人は横の通路を覗き見る。

 

 

すると、三匹のテラフォーマーがこちらを眺めていた。

 

 

「………よし、逃げよう」

 

 

「うん。そうした方がいいと思う!」

 

 

クーガは唯香を背負って走り出す。

 

 

〝ミイデラゴミムシで勝てる訳がない〟

 

 

一対一ならまだしも、相手が二体以上になった時点で危うい。

 

 

ましてや三体など無理だ。

 

 

「クッソ!『薬』さえありゃ!!」

 

 

『オオエンマハンミョウ』の特性さえ使えれば、あの程度であれば処理しきれる。

 

 

しかし『ミイデラゴミムシ』の特性はテラフォーマーに対して効果が薄い。

 

 

先程のような強引な手を使わなければ、個体を撃破することも困難だ。

 

 

「じょうじ」

 

 

「じっじっじっじっ」

 

 

それに、速さにおいてもゴキブリと比べればあまり素早いとは言えない。

 

 

ましてや唯香を背負ってる今の状態では、すぐに追い付かれるのが積の山。

 

 

現に、みるみるうちに距離を詰めてきている。

 

 

「くそったれ!!」

 

 

打つ手なし。

 

 

八方塞がり。

 

 

いや考えろ。まだ手は残されているはず。

 

 

そんな風にクーガが考えを巡らせている時、奥の方からヌッと人影が現れた。

 

 

敵か。味方か。

 

 

判別しようとした瞬間に、その人物から何かが放たれる。

 

 

クーガと唯香の頭部スレスレを通過し、後方のテラフォーマーに突き刺さる。

 

 

一呼吸置いた後に、二射目、三射目とそれは放たれる。

 

 

その射撃の正確さから思い浮かぶのはただ一人。

 

 

 

「ユーリさん!!」

 

 

長い銀髪を靡かせて、ユーリは奥からこちらに向かって歩いてくる。

 

 

「…何で、お前が?」

 

 

アズサとレナが連絡したのだろうか。

 

 

いや、それにしては早すぎる。

 

 

「ここの研究員から連絡を受けた。私は一足先に到着したが、U-NASAの現場処理班ももうじき到着する筈だ」

 

 

「真っ先に駆け付けてくれたのかよ?サンキューな!」

 

 

クーガは拳を突き出す。

 

 

一瞬ユーリはそれに応じようとしたが、手が止まる。

 

 

「すまない。今の私にはそれに応じる資格がない」

 

 

ユーリの思わせぶりな発言に、クーガはキョトンとした表情を浮かべる。

 

 

自分と目を合わせない。何か思い詰めてる証拠だろう。

 

 

その後すぐに溜め息を吐き、ユーリの肩を叩く。

 

 

「後ろめたいことがあろうがなかろうが、お前はオレの仲間だ。だからそんな申し訳なさそーな顔しないでくれよな、スナイパー」

 

 

そう告げた後、クーガは再び出口に向かって走り出す。

 

 

ユーリは、暫くその場から動くことが出来なかった。

 

 

〝復讐〟と〝仲間〟

 

 

その二つの間に心を板挟みにされて。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

「ユーリさん…大丈夫かな」

 

 

カンカンと、鉄を叩く音が鳴り響く。

 

 

クーガと唯香は、地上に通じる梯子を登っていた。

 

 

「あいつなら大丈夫さ。きっと答えを見つけられる」

 

 

そう断言するクーガを見て唯香は微笑む。

 

 

彼の父親も仲間想いだったと聞く。

 

 

クーガもきちんと、自分なりに仲間と向き合ってるのだろう。

 

 

唯香がそう微笑んでいると、マンホールの蓋がガコンと開く。

 

 

そこからヌッと、二人のテラフォーマーがこちらを覗き込む。

 

 

ゴキちゃんと、ハゲゴキさんだ。

 

 

「じぎぎぎ!!」

 

 

「よっ。その様子だと無事に仕事終わったみたいだな」

 

 

「じょうっ!!」

 

 

コクコクと、ゴキちゃんは頷く。

 

 

クーガは梯子を登りきり、唯香を引っ張り上げる。

 

 

その姿を月の光とはまた異なる光が照らしていた。

 

 

緑色の惑星、『火星』の光だ。

 

 

その光に照らされたクーガの姿を、二人のテラフォーマーはまじまじと見つめる。

 

 

「………この姿、やっぱ珍しいか?」

 

 

ミイデラゴミムシの特性を発現させる機会などなかった。

 

 

する気にもなれなかったと言った方が正しいかもしれない。

 

 

「死んだ『親父』の力なんだ」

 

 

 

自分の掌を、改めて見つめる。

 

 

 

幼い頃は、たまらなくこの掌が嫌いだった。

 

 

 

穴が開いていて、怪物みたいな自分の手。

 

 

 

「けどさ。思い出してみればこの力に助けられてきたんだよな、オレって」

 

 

 

これが原因でイスラエルで争いに巻き込まれた?

 

 

 

いいや違う。

 

 

 

イスラエルの治安はあまり良くない。

 

 

 

いずれ争いには巻き込まれていた。

 

 

 

同い年の少年兵は皆ほとんど、死んでしまった。

 

 

 

学校にも行けず。

 

 

 

母親に抱かれる感触も知らず。

 

 

 

銃の感触だけを握ったまま、死んでいった。

 

 

 

そんな中で自分が生き残れた理由。

 

 

 

父親がくれた『MO(お守り)』のおかげ。

 

 

 

「本当はどんだけ礼を言っても言い切れない。それに今更気付いた」

 

 

 

苦しそうに笑うクーガを見て、ゴキちゃんはぽんぽんと背中を叩いた。

 

 

 

涙が彼の頬を静かに伝い、火星の光を浴びて緑色の滴となって輝く。

 

 

 

「唯香さん。小吉さん。アドルフ兄ちゃん。ミッシェル姉ちゃん。燈。マルコス、シーラにアレックス。エヴァ。イザベラ。加奈子。八重子。アズサ。レナ。ユーリ。ゴキちゃん。ハゲゴキさん。七星さんに一郎さん。そんで母さん。

 

 

みんなには〝ありがとう〟とか〝大好き〟とか言えたことあるのに、なんでその内の一回でも親父に言ってやれなかったのかな、オレ」

 

 

 

クーガの瞳からは、ポタポタと涙が絶え間なくこぼれ始める。それを見て、唯香は何も言わずに手を握り締めた。

 

 

 

涙が余計にこぼれそうになるがグイグイと袖で涙を拭い、クーガは二人のテラフォーマーに頭を下げ、礼を述べる。

 

 

 

「………二人には辛い役割頼んでごめんな」

 

 

 

二人にとって同族の死に直結する仕事を頼んでしまった。

 

 

 

クーガは頭を深く下げる。

 

 

 

それを見たハゲゴキさんは茶化す様子もなく、自分の意図を伝えようとジェスチャーする。

 

 

 

「じぎぎぎぎぎ」

 

 

翻訳『何言ってんだ。お互い様だろ』

 

 

 

クーガ達だって、普段同族である人間と命を奪い合っている。

 

 

 

自分達も同じことをしただけのこと。

 

 

 

それに、今日ぐらいは。

 

 

 

彼が亡き父を想う今日ぐらい、罰は当たるまい。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

 

 

「…………親父」

 

 

静かに空を見上げれば、相変わらず火星は緑色に輝いていた。

 

 

手を伸ばしたところで、届くことはない。

 

 

あんなに離れていては、言葉も届かないだろう。

 

 

言葉が届かないなら、聞こえないのであれば。

 

 

彼の息子らしく戦闘(たいど)で示すのみ。

 

 

「…見とけよ。

   ド派手な線香くれてやるよ、アンタに」

 

 

 

 

 

 

 

 

「じょうじ」

            「じょじょじょ」

 

   「じょうじ」

 

 

「じじじじじ」      「じょうじょ」

 

 

        「じょおじ」

 

 

「じっじー」    「じぎぎぎぎ」

 

 

 

 

 

研究所の奥から、カサカサと無数のテラフォーマーが這い出してくる。

 

 

『エメラルドゴキブリバチ』のフェロモンが切れて、歯止めが効かなくなっている様子だ。

 

 

普通に考えたら太刀打ち出来ないだろうが、仕込みはバッチリだ。

 

 

ゴキちゃんとハゲゴキさんに、可燃性のガスやら燃料やらをありったけぶちまけながら脱出するように頼んでおいた為である。

 

 

研究所自体が巨大な爆弾と化している筈だ。

 

 

後は、自分が着火するだけ。

 

 

クーガは不適に笑うと、天に輝く火星を指差す。

 

 

テラフォーマー達は、キョトンと空を見上げる。

 

 

「火星は大昔、赤かったらしいな?」

 

 

緑色のコケに覆われた、自分達の故郷。

 

 

それが、どうしたと言うのだろうか。

 

 

「燃やしてやろうか。お前らも昔の火星みたいに真っ赤に。〝オレ〟と〝親父〟の炎で」

 

 

ボン、とクーガの片手から炎が噴き出す。

 

 

テラフォーマー達は、クーガの言っている意味を理解することは出来なかった。

 

 

だが、彼らは恐れた。

 

 

クーガを、いや。

 

 

『炎』を恐れていた。

 

 

『炎』は生と死の象徴と言われる。

 

 

命ある者全てが本能的に炎を敬い、恐れる。

 

 

「じょうっ!!」

 

 

テラフォーマーは、クーガに襲いかかろうと施設内から駆け出した。

 

 

彼らの身体を動かしたのは、判断でも理解でもない。

 

 

恐怖と生存本能。

 

 

奴をやらねば、自分達は死ぬ。

 

 

その直感がテラフォーマー達を動かしていた。

 

 

しかし、もう遅い。

 

 

クーガは掌を前に突き出し、重ね合わせる。

 

 

刹那、彼の両掌から『ベンゾキノン』が放たれたる。

 

 

それは空を裂き、テラフォーマーの群れを突き抜ける。

 

 

その瞬間、可燃性ガスと化学反応を起こし『着火』。

 

 

それが燃料に燃え移り『引火』。

 

 

次第に炎は研究所全体を蝕み『起爆』。

 

 

まるで生きているかのように、炎は全てを貪欲に呑みこんでいく。

 

 

テラフォーマー達の身体は焼かれ、灰へと帰していく。焼かれる身体と薄れゆく意識の中で、テラフォーマー達はクーガを睨んだ。

 

 

いや、正確に言うと彼の横に立っている男を。

 

 

蜃気楼が見せる幻覚だろうか。

 

 

それにしてははっきりと、男の声は響いた。

 

 

 

 

 

 

─────────言っただろ。ゴキブリならば高熱に弱ェはずだ、ってな

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

───────────────

 

 

 

 

研究所は焼かれ、モクモクと煙が登っていく。

 

 

この線香は、火星に届いただろうか。

 

 

父は見ていてくれただろうか。

 

 

そんな思いを馳せながら、夜空を見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケホッ、ケホッ!」

 

 

そんなクーガの耳に、アズサが咳き込む声が聞こえてきた。

 

 

どうやら、あの場を無事にくぐり抜けたようだ。

 

 

この空から目を離すのは名残惜しいが、今は仲間の安否に気を配ることが優先だ。そうしなければ、父からゲンコツがとんできそうだ。

 

 

クーガは、ゆっくりと声がした方向に身体を向けた。

 

 

 

「よぉ。久しぶりだなクーガ・リー」

 

 

夜の闇のせいでよく見えないが、巨大な大男が自分の名前を呼んだ。

 

 

「…………誰だ?」

 

 

「〝ご主人様〟の声を忘れちまったってのか?」

 

 

この邪な声には聞き覚えがある。

 

 

それも、遠く昔に。

 

 

「シュバルツ・ヴァサーゴ!

  

    こう言わねぇとわかんねぇのかよ!!

 

あ゛あ゛!?」

 

 

突如発せられた大声に、遠方で見守っていた唯香達もビクつく。

 

 

「………シュバルツ・ヴァサーゴ?」

 

 

イスラエルにて自分を誘拐し、戦場へ送り出していた人物。

 

 

何故ここにいるのか?という疑問が大きすぎて、イマイチ怒りが湧き上がらない。

 

 

死刑宣告を受けたと聞いていたが、『バグズ手術』を受けて花琳の兵隊として雇われていたのだろうか。

 

 

いや、待てよ。

 

 

『PROJECT』とかいう自分を越える戦士を生み出す計画の被験者の内の一人が、『死刑囚』だと聞いていた。もしや、シュバルツがそうなのだろうか。

 

 

「………何してやがんだ、ここで」

 

 

「花琳とかいう女と契約してやった!オレを自由にする代わりにあの女の逃走時間を稼ぐって契約でなぁ!!」

 

 

声高々に、自由になったことを宣言する。

 

 

相変わらず単純な性格のようだ。

 

 

「だったら無駄だ。オレがお前の相手してる間にオレの『仲間』が花琳を確保するだろうよ」

 

 

「仲間?仲間だぁ!?」

 

 

シュバルツはゲラゲラと笑い出す。

 

 

何がおかしいのだろうか。

 

 

「見ろよこれぇ!!」

 

 

シュバルツはグイッと、何かを持ち上げた。

 

 

月明かりに照らされて、その二つが徐々に見えてくる。

 

 

「ケホッ!ケホッケホッ!!」

 

 

「………………カホッ」

 

 

アズサと、レナだ。

 

 

口から血を吐き、首根っこを掴まれて苦しそうにしている。

 

 

「くーがきゅん、ごめんなちゃい!あたちたちよわっちいからやられちゃったにょ☆ふたりはぷりきゅあ!!」

 

 

アズサとレナを人形のように扱っている。

 

 

クーガは怒りに任せてナイフで斬りかかりそうになったが、グッと堪える。

 

 

迂闊に飛び込めば、二人が危ない。

 

 

…しかし、シュバルツのベースは一体なんだ?

 

 

テラフォーマー達との闘いで弱っていたとはいえ、二人を一度に倒し。

 

 

シュバルツにとっては経験が浅いであろう『MO手術』を用いた勝負にて、勝利をもぎ取る程の暴力的な力。

 

 

そんなもの、存在するのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

全ての生物を人間大に揃えた際。

 

 

王者である『カブトムシ』とそのライバルである『クワガタ』は、恐ろしい程の筋力を発揮する。

 

 

しかし、その二種の生物の筋力を越える生物が存在する。

 

 

 

         〝蟻〟

 

 

 

南米に存在するグンタイアリは、あらゆる生物を数の力で喰らい尽くす恐ろしい生物である。

 

 

しかし、そんな彼等が唯一恐れるものがいる。

 

 

蟻の王『パラポネラ』。

 

 

グンタイアリの行列すらも避けていく、

 

 

   『最強の蟻』にして『最強の昆虫』

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし、その『蟻』を喰らう『蟻』が存在するのはご存知だろうか?

 

 

全てを貪り喰らう『蟻』のその姿は、太古の王者『恐竜』を連想させた。

 

 

故に、その名前を冠する。

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

月明かりに照らされたシュバルツの身体は、黒みがかった甲皮で覆われていた。

 

 

その生物のものである金色の体毛が風に吹かれ、靡く。

 

 

その姿はどこなく、百獣の王『ライオン』を連想させた。

 

 

 

 

 

「さぁああ!!おっ始めようぜクーガ・リー!!ドリンクはテメーの血!!前菜はお前の髪ィ!!メインデッシュはテメーの肉!!デザートはテメェの目玉アアアアアア!!」

 

 

 

 

 

 

シュバルツ・ヴァサーゴ

 

 

 

国籍 イスラエル

 

 

 

年齢 34歳

 

 

 

205cm 100kg

 

 

 

MO手術〝昆虫型〟

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────ディノポネラ────────────

 

 

 

 

 

 

 

『アース・ランキング』未登録

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────百蟲の王(ディノポネラ)反逆(トレイター)

 

 

 

 

 

 

 







第一部のラスボス登場です。


次回とその次の回で第一部は終了です。


ちなみにこのディノポネラ、この小説書く前にパラポネラについて調べている時期があったのですが、その時コロンと出てきました。


ラージャンのような金色の体毛に惚れました(^-^)



連絡

『エド』のベースの名前が聖書のとある記述がモチーフの生物なので、聖書無双を以前にやりたいと活動報告に書いていたと思います。


著作権フリーの聖書サイトを駆け巡った結果、その記述の著作権フリーのページ発見しましたぜイヤッホオオオオオオオイ!!


これで聖書無双できますっ!!


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第二十三話 DESTINY 出会い



春風桜人【人物】


AEウイルス治療の為にアメリカのU-NASA病練にて入院中の少年。骨髄変性の為に移植を受けるものの、AEウイルスの影響で容態は全く安定しない。膝丸燈は彼にワクチンを持ち帰る約束をし、火星へと旅立った。





 

 

 

 

火星の不気味な緑光が、シュバルツ・ヴァサーゴの巨体を照らす。ドスン、ドスンと重厚な音を立ててクーガ・リーへと歩み寄っていく。

 

「チッ………!!」

 

 

ナイフを逆手に構えて様子を伺うものの、特に出来ることはない。シュバルツの足元に傷を負ったアズサとレナが横たわっているからである。

 

 

下手に動けば、二人の命が危ない。

 

 

「クーガ・リー!この力マジで最高だなぁ!?」

 

 

考えを巡らせているクーガとは裏腹に、シュバルツは変異した自らの体を満足気に見渡している。まるで、新しい玩具を与えられたこどものようだ。

 

 

「この力さえありゃあ…武器も!部下も!テメェもいらねぇ!!オレ自身の力で金も!女も!酒も!何かも奪いたい放題じゃねぇか!!」

 

 

ゲラゲラと、シュバルツは笑う。

 

 

銃やナイフ等の〝凶器〟をこのタイプの人間に与えるとロクなことにならないと言うが、どうやらU-NASAはもっと厄介なものを彼に与えてしまったようだ。

 

 

「お前からも全部奪ってやろうか?昔みてぇによ!!」

 

 

下卑た笑みを浮かべるシュバルツを見て、クーガの背筋は寒気に襲われる。

 

 

無理もない。この男に毎日暴力をふるわれ、毎日人殺しの片棒を背負わされ続けてきたのだから。

 

 

正直なところ、成長した今でもこの男が恐い。

 

 

僅かに足が震え、すくむ。

 

 

クーガの頭のてっぺんからつま先まで徐々にトラウマが浸透しようとしていたそんな矢先、突如シュバルツの体に〝網〟がかかり、瞬時に彼を捕縛した。

 

 

「…………なんだぁ?」

 

 

網が飛んできた方向にゆっくりと顔を向けると、そこには〝対テラフォーマー発射式蟲獲り網〟を重さに負けそうになりつつも構える唯香の姿があった。

 

 

「あなたが…クーガ君を酷い目に合わせたんですか?」

 

 

その瞳には、うっすらと涙が張っている。

 

 

「もう…彼に関わらないで下さい!!」

 

 

涙を拭いつつも、唯香はシュバルツを睨みつけた。慌てることはあっても、本気で怒ることは滅多にない唯香のことだ。それだけクーガのことを想っている証拠だろう。

 

 

それを見て、シュバルツはほくそ笑む。

 

 

「もしかして〝あれ〟…テメェの女か?」

 

 

ニタニタ、とシュバルツの表情は更に下卑たものへと変貌していく。

 

 

先程以上の寒気がクーガの身を貫く。〝嫌な予感〟と〝嫌な感覚〟が、この空間の隅から隅までに注がれていくのを感じた。

 

 

この感覚は以前にも感じたことがある。

 

 

そうだ。イスラエルで嫌という程に身に染みたあの感覚。

 

 

まともな人間としての感情を容赦なく奪っていくあの感覚。

 

 

〝死〟の感覚。

 

 

「唯香さん逃げろ!!」

 

 

クーガが叫んだ時にはもう遅い。

 

 

ブチッ、ブチッとまるでシュバルツはグミ菓子を千切るかのように、いとも簡単に〝蟲獲り網〟を力任せに引き裂いた。

 

 

「………うそ」

 

 

唯香は唖然とした表情で、ゴトリと〝蟲獲り網〟を落とす。

 

 

テラフォーマーを捕縛する為に開発された捕縛網だ。相当な強度と伸縮性が備わっている筈。

 

 

にも関わらず、それを赤ん坊がティッシュペーパーを引き裂くかのように、無造作に引き裂けるものだろうか。

 

 

いや。たった今現実にそれが行われたのだから、認めざるを得ないだろう。

 

 

理不尽な程の暴力の前には、文明の力など意味をなさないと。

 

 

「悪いなぁお嬢ちゃん!オレは他人の泣き顔が大好きなんだ!!」

 

 

ああ、また奪われる。

 

 

「特にクーガ(あ い つ)の泣き顔は最高でよぉ…イスラエルにいた頃は毎晩いたぶってストレス解消させて貰ったんだぜぇ?」

 

 

シュバルツ(あ い つ)に、また大切な何かを。

 

 

「だからよぉ…テメェをミンチにして久々に泣き顔拝ませて貰うとすっか…クーガ(あ い つ)のよぉ!!」

 

 

「ッ!!」

 

 

クーガは素早く駆け、唯香とシュバルツの間に立つ。

 

 

昔の恐怖(トラウマ)が蘇り、本能的に体が震える。

 

 

しかし、これ以上奪われる訳にはいかない。他人から何かを奪うことだけが生き甲斐のあいつに。

 

 

「ア゛ア゛? 泣き虫クーガが自分の女守ろうってかぁ!?」

 

 

「ああ…そうさ。悪いかよ」

 

 

「こいつぁ傑作だ!!」

 

 

ゲラゲラとシュバルツは高笑いする。その威圧的な笑い声が、ただでさえ巨漢の彼をより大きく見せた。

 

 

「オレが見てぇのはテメェのそんな勇気ビンビンな顔じゃねぇんだよ!オレが好きなのはテメェがみっともなく泣きじゃくる顔だ!!」

 

 

クーガの泣き顔を拝みたい。

 

 

たったそれだけの理不尽な理由で、唯香の命を奪おうと駆け出した時のことだった。

 

 

足を前に突き出した瞬間、その足はピタリと止まる。何かが、シュバルツの足を掴んで離さない。

 

 

「言った筈でしてよ…?クーガの元には行かせないと」

 

 

「…こんどは、わたしたちがくーがをたすける」

 

意識が朦朧としている筈のアズサとレナが、ガッシリとシュバルツの足を掴んでいた。

 

 

「じょじょう!!」

 

 

「じぎぎぎ!!」

 

 

シュバルツが怯んだ途端に、ゴキちゃんとハゲゴキさんも飛びかかる。

 

 

フットワークを活かして素早く回り込み、両腕を抑えこんだ。

 

 

しかし、四肢をガッシリと拘束されているにも関わらず、シュバルツは全く動じた様子もない。

 

 

何故なら、彼が持つ『特性(ベース)』は〝最強の昆虫(パラポネラ)〟すらも喰らう〝最凶の昆虫(ディノポネラ)〟なのだから。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────────────────

 

 

 

ディノポネラ

 

 

学名『Hormiga Veinticuatro』

 

 

 

彼は、〝小さな巨体〟の持ち主だ。

 

 

耳を澄ますとその小さな足は、太古の王者『恐竜』顔負けの足音を踏み鳴らす。

 

 

その力は、あらゆる昆虫の屍を容易く持ち上げる程に強靭無比。

 

 

それに加えて、さながらB級映画の怪獣の如く全てを薙ぎ倒すその牙と、パラポネラをも凌ぐその巨大な針が彼を絶対的な捕食者の頂へと導いていた。

 

 

ディノポネラ。

 

 

彼は現代に蘇った恐竜そのものである。

 

 

 

 

─────────────────────────────────────

 

 

 

「邪魔だゴミ共ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

シュバルツは怒号と共に、全力で四肢にまとわりついたアズサ達を吹き飛ばす。

 

 

理不尽な程に強力な力。超能力を使っている訳でもないのに、あまりにも強大すぎて現実とは到底思えない。四人は地面に叩き付けられ後に、意識を失った。

 

 

「みんな!!」

 

 

「ギャハッ!さぁて!拳骨の時間だぜ!!」

 

 

シュバルツはクーガと唯香に向かって拳を振り上げた。

 

 

自分は回避出来ても、シュバルツの拳は確実に唯香を捉えてしまう。

 

 

こうなれば破れかぶれだ。刺し違えてでもシュバルツを止めてみせる。

 

 

そう決意してナイフを構えた時のことだった。

 

 

突如、多くの足音が聞こえてくる。

 

 

シュバルツもそちらに気を取られたようだ。

 

 

研究所の爆発を地元の警察が嗅ぎ付けたのだろうか。

 

 

いや。万が一に備えてほどほどに人の住む街から離れた場所に建設されたこの場所だ。

 

 

警察が嗅ぎ付けるまで少々時間はかかるし、何より嗅ぎ付けたとしても車で四十分はかかるだろう。では、警察ではないとすればどの組織だろうか。

 

 

ユーリが到着していたことから、U─NASAの現場処理チームが駆け付けていてもおかしくはないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「自分の命を捨てようとしないで下さい。貴方には…いや。〝僕達〟にはやるべきことがまだまだたくさんある筈です!!」

 

 

眼をこらすと松葉杖をついた眼鏡の青年が、遠くから叫んでいるのが確認出来た。

 

 

彼と面識はないし、当然見覚えもない。ただし、一目で〝異常〟なのはわかる。

 

 

「じじょう」

 

 

「じじじーじ・じーじじ」

 

 

「じぎょうじ」

 

 

クーガが仕留め損ねたであろう十体程のテラフォーマーを、率いているからである。

 

 

あれが地面を叩いていた多くの足音の正体だろう。

 

 

「ここは僕が食い止めます!!行って!!」

 

 

彼が敵か味方かわからない。だがしかし、どちらにせよシュバルツの味方という訳でもなさそうだ。その証拠にシュバルツ自身も突如現れたあの青年に驚きを隠せずにいる。

 

 

このチャンスを使わない手はない。

 

 

「唯香さん!逃げよう!!」

 

 

「う、うん!!」

 

 

とはいえ、気を失ったアズサ達四人を運ぶことは自分と唯香の二人には出来ない。

 

 

どうしたものだろうか。

 

 

「クーガ・リー!!乗れ!!」

 

 

また、別の方向から声が飛ぶ。

 

 

振り向けば七星がリムジンで停車し、彼の部下二人が此方に向かって駆けてくるのが見えた。

 

 

クーガは頷くと、唯香と共に素早くシュバルツの脇を抜けてアズサとレナを肩に担ぐ。

 

 

「あっ!嬢ちゃん二人運ぶ役目取られた!!」

 

 

「クッソ!オレ達はテラフォーマー運搬係かよ!!」

 

 

ブツクサ言いながらも、黒服の二人はそれぞれゴキちゃんとハゲゴキさんを担いで駆け出す。

 

 

「逃がすかよコラ!!ア゛ア゛!?」

 

 

すかさずシュバルツが追撃しようとするものの、その動きは眼鏡をかけた青年が率いるテラフォーマー達が一斉にまとわりつき制限される。

 

 

「貴方の相手はこの僕です!それを忘れないで下さい!!」

 

 

「チッ………!!」

 

 

シュバルツは青年を睨みつけ、テラフォーマーの一体の頭部を握り潰す。

 

 

彼の敵意は完全に青年へと向けられたようだ。逃げるなら今しかない。

 

 

「………あの眼鏡の人はいいのか?」

 

 

クーガは車に向かって駆けつつ、シュバルツと今まさに交戦しようとしている眼鏡の青年を気にかける。

 

 

あの青年が何者かは知らないが、いくらなんでもシュバルツと真っ正面から闘り合うのは不味いのではないだろうか。

 

 

「プッ…心配いらねぇって」

 

 

頭にターバンを巻いた黒服の部下は、青年を気にかけたクーガを笑う。

 

 

七星の部下の反応に、クーガと唯香はキョトンとした表情で顔を見合わせた。一体何がおかしかったのだろうか。

 

 

「あの〝優男〟さんも『PROJECT』の被験者だぜ、ああ見えて」

 

 

もう一人の部下は、ゴキちゃんを抱えた方とは反対の手でサングラスを直しつつそう告げる。

 

 

口の中で飴玉のようにその言葉を転がすが、中々上手く溶かして飲み込むことができない。

 

 

失礼だが、あの青年はあまり強そうに見えない。

 

 

人は見かけによらないという言葉は、あの青年にこそピッタリだろう。

 

 

後ろ髪を引かれる思いではあるものの、シュバルツの相手を青年に任せてリムジンへと乗り込み、クーガ達はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────────────────

 

 

 

 

「…ふざけたことしてくれるじゃねぇか」

 

 

身にまとわりついていたテラフォーマー達を、シュバルツは一匹残らず肉塊へと変貌させた。

 

 

しかし、そんな圧倒的なまでの力を見せつけても尚。恐らくは彼が操っていたであろう『手駒達(テラフォーマー)』を八つ裂きにしても尚。

 

 

眼鏡の青年『エドワード』こと『エド』に全く動揺は見られない。

 

 

それがシュバルツにとって逆に不気味だった。

 

 

ましてや相手は恐らく元々は一般人。自分やクーガのように血生臭い戦場を駆けた経験はない筈。

 

 

「…僕が何故、貴方に怯えてないか不思議ですか?」

 

 

「……あ?」

 

 

図星だ。そして、エドのそんなゆとりのある態度がシュバルツの癪に障ったようだ 。

 

 

人間は、二つのタイプに分けられる。

 

 

〝喰らう者〟と〝喰われる者〟

 

 

サバンナで生きる『ライオン』や『シマウマ』達と、なんら変わらない。

 

 

自分は前者で、青年は後者。

 

 

にも関わらず、青年(シマウマ)自分(ライオン)に臆していない。

 

 

こうであってはならない。

 

 

目の前の青年は、自分を畏れなければならない。

 

 

シュバルツの『自己中心主義(ジャイアニズム)』。

 

 

しかし、それもエドには通用しなかったようだ。

 

 

「理由は簡単です。貴方よりも強い男を知っている。だから貴方が〝小さなアリンコ〟ぐらいにしか見えないんですよ」

 

 

「ア゛ア゛!?」

 

 

シュバルツの全身が熱く火照り、血圧が高まる。激昂する。

 

 

 

 

 

 

〝いつもの数倍、血液が煮立つのを感じた〟

 

 

 

 

 

 

どうやらエドは、シュバルツの逆鱗に触れてしまったようだ。

 

 

下に見ていた者に舐められる。

 

 

それはシュバルツが一番嫌っていたことだった。

 

 

「テメェ…ぶっ殺してやる!!」

 

 

「それは無理な話です」

 

 

「ア゛ア゛!?」

 

 

エドはふぅと溜め息を吐いた後に眼鏡を外す。

 

 

「先程言った男…僕の友達なんですが、僕は残念ながら彼程強くはない。けれど」

 

 

その後、彼はシュバルツに向かって腕をかざす。

 

 

「貴方にやられる程に僕は弱くありません」

 

 

「ほざくんじゃねえええええええ!!」

 

 

シュバルツは堪忍袋の緒を切らし、エドに向かって走り出す。

 

 

助走を充分につけた上で殴ってやれば、彼の体は木っ端微塵になるだろう。

 

 

しかし、彼は逃げ出す様子もない。

 

 

松葉杖では避けられやしないだろうが。

 

 

「どうした!『手 駒(テラフォーマー)』無しじゃなんにも出来ねぇのかよ!なっさけねぇな!!」

 

 

先程の彼の様子からして、『特性(ベース)』となった生物は〝何かを操る〟特性なのではないか。シュバルツはそう読んでいた。

 

 

シュバルツは生物学の知識はほぼ皆無ではあったが、花琳がテラフォーマーに毒針を注射している現場を目撃していた。

 

 

故に、対処法も粗雑ながら思い付く。

 

 

神経を操る物質、つまりフェロモンや毒を持っていようとも、それを流し込む〝針〟や〝触手〟などの媒体にさえ接触しなければいい。

 

 

それにだけ注意していれば、怖くはない。

 

 

と、思っていた時期が彼にもあった。

 

 

その間違えに気付いたのは、僅か数秒後のことだった。

 

 

「何か勘違いしているようですが…僕の『特性(ベース)』は何かを操るだけが取り柄じゃありません」

 

 

エドがそう告げた途端、シュバルツの瞳から生暖かいものが溢れ出る。

 

 

涙だ。

 

 

涙と言っても、真っ赤な涙。

 

 

「………………あ?」

 

 

シュバルツは、自分の両眼から溢れ出る血液をキョトンとした表情で見つめる。

 

 

いつだ?

 

 

いつから自分は毒と接触していた?

 

 

「その様子だと〝オマケ〟の方も効いてきたみたいですね。感じませんでしたか?血液が熱く熱く、煮立つのが」

 

 

「ウオェエエエッ!!」

 

 

エドがそう告げた途端、シュバルツは猛烈な吐き気に襲われ、吐瀉物を撒き散らす。

 

 

そんな彼とは反対に、エドは涼しい顔をして松葉杖をついて自らの体を支えているだけで、あの場から一歩も動いていない。どんな『特性(ベース)』ならば、こんな芸当が出来るのだろうか。

 

 

「でも〝操る〟のが得意なのは確かですよ。こんな風にね」

 

 

スゥッと息を吸い込むと、彼は続けてこう告げた。

 

 

「自害して下さい。シュバルツさん」

 

 

「ガッ…ハァッ!!」

 

 

シュバルツは、自らの首をその怪力でギリギリと締め付けた。

 

 

勿論、その行動に彼の意思は存在しない。

 

 

ただただ、動いてしまうのだ。エドの言葉のままに。自らの身体の異常は感じていた。

 

 

いつもよりやけに血管が高ぶる上に、何よりも現在進行形で意識が濁っていく。

 

 

透明な水が入ったガラスのコップの中に、水性の絵の具を垂らされるイメージで間違いないだろう。

 

 

それ程までの勢いで、彼の意思は〝何か〟に蝕まれていった。

 

 

『目の前の敵と自分は相性が悪すぎる』

 

 

この時点でようやくシュバルツは悟った。

 

 

今すぐに逃げ出したいところだが、体が意のままに動かないのではどうにもならない。

 

 

「ッオオオオオ!!」

 

 

しかし、このまま何も出来ずに自害するなどゴメンだ。

 

 

「ヅアアアアアアアアア!!」

 

 

シュバルツは、動かせる範囲で思い切り地面を踏み砕いた。

 

 

地面が砕け、ひび割れがエドに向かって走る。

 

 

「なっ!?」

 

 

その地砕きは、松葉杖のエドの体勢を崩すには充分すぎる程の規模。

 

 

その一瞬にて、シュバルツは全力で駆け出す。

 

 

それと同時に、テラフォーマーの死肉を掬い上げて耳の穴に突っ込む。

 

 

多少なりとも、防音効果はある筈だ。エドの言葉を、これ以上聞かずとも済む。

 

 

このままエドを仕留めたいところだが、シュバルツの体には既に染み込んでいた。

 

 

彼が発する〝何か〟と生物としての『恐怖(ほんのう)』が、つま先から頭の頂点まで。

 

 

その二つが、これ以上エドと対峙することを拒んでいた。

 

 

ドスンドスンと轟音を立てて、暴君は去っていく。

 

 

それと同時にザザザ、というノイズと共にエドが携帯していたトランシーバーに通信が入る。

 

 

「………ユーリさんですか?」

 

 

「ああ私だ。下水道の安全も確保した」

 

 

「もうですか!?早いですね!!」

 

 

ユーリとエドはそれぞれの国の『首脳』の命令により、共同でこの場の鎮圧へと赴いた。

 

 

地球圏内で起きている一連の騒動に関して多少なりとも消極的な姿勢を見せる『ロシア』ではあるものの、〝これぐらい〟の協力をしなければマズいと判断したらしく、ユーリを派遣した。

 

 

エドに関しても似たようなものだ。

 

 

恐らく『中国』が起こしたであろうこの騒動に、『ローマ』は関わってないことを証明する為だけの形だけの〝救援〟。

 

 

もっとも、その救援のおかげでこの場は完全に鎮圧されたのだが。

 

 

「これで僕達の任務は終わりですよね?」

 

 

「ああ。現場の安全が確保された以上、後はU─NASAの現場処理班に任せて問題ないだろう」

 

 

「じゃあ僕達もクーガさん達が運ばれていった病院に向かいましょう!」

 

 

「………………………」

 

 

眼鏡を拾い上げてエドがそう提案すると、ユーリからの通信は数秒の沈黙の後に途切れた。

 

 

「…………ユーリさん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────────

 

 

────────────────

 

 

 

 

チュンチュンという鳥の鳴き声と、人々の賑わう声が交差する。

 

 

眩しい朝日が眼を差す。

 

 

クーガ・リーは、そんな朝日の中で目を覚ました。

 

 

フカフカとした暖かいベッドに、身が包まれているのを感じる。

 

 

身体を起こした彼の目の前に広がったのは、真っ白な病室。

 

 

そして、スーツに身を包んだ蛭間七星。

 

 

「目が覚めたようだな」

 

 

「七星さん……あの……唯香さん達は?」

 

 

「全員無事だ」

 

 

クーガはフゥと胸を撫で下ろし、安堵の息を吐く。

 

 

しかし、それとは別に更なる不安が涌いてくる。

 

 

「………それで、今どこに?」

 

 

「U─NASAへの連絡義務を怠ったことに加えて『実験用テラフォーマー』の無断解放。事故が起こっていてもおかしくないことをやってのけてしまった訳だ、彼女は。『サポーター』の解任と解職は免れないだろうな」

 

 

「ッ………!!」

 

 

「『実験用テラフォーマー』二体については処分が確定している」

 

 

重すぎるようで、当然すぎるペナルティ。

 

 

花琳を捕らえる為とはいえ、リスクを無視した代償。

 

 

しかし、その責任は自分に回ってくるものだと思っていた。

 

 

だが甘かった。監督責任はあくまで『サポーター』である唯香にある。

 

 

〝交渉用〟にいくつか情報をピックアップしておいたものの、これだけのペナルティの前では五分(フィフティ)五分(フィフティ)での取引に持ち込むのは難しそうだ。

 

 

どうすればいい。駄目元で進言してみるか?

 

 

そんな風に考えを巡らせている時のことだった。

 

 

「とはいえ、趙花琳の裏切りにいち早く気付いた功績は大きい。桜博士と『実験用テラフォーマー』の件については寛容するとのことだ」

 

 

「………え?」

 

 

あまりにも唐突に、あっさりと解決してしまった問題。故に、逆に受け入れ難い。

 

 

裏で様々な思惑が絡み合っているのは明白だろう。

 

 

「…とはいえ、アズサ・S・サンシャインと美月レナの裏切りに関しては容認出来ないとのことだ」

 

 

やはり、アズサとレナは裏切ったことを話したらしい。

 

 

馬鹿正直と思われるかもしれないが、それが二人のよいところだ。

 

 

そして、あの二人は自分の大切な仲間だ。

 

 

尚且つ、これからの任務であの二人の力は必須。

 

 

失うわけにはいかない。

 

 

「七星さん。アズサとレナの裏切りのこと、日本の力で庇って貰う訳にはいかねーかな?」

 

 

クーガのそんな言葉を聞いて、七星は溜め息を吐く。

 

 

この青年は落ち着いてはいるものの、感情論に流されやすい傾向であることはやはり否めない。リーダーとしての資質は、もしや自分の見込み違いだったのだろうか。

 

 

「………気持ちはわかるが」

 

 

「勘違いしないでくれ七星さん」

 

 

言葉を遮るとクーガはベッドからよろりと身を起こし、おぼつかない足取りで個室のドアへと向かい、閉めた後に鍵をかける。

 

 

「取り引きがしたいんだ、オレは」

 

 

「………取り引き?」

 

 

あくまで『地球組』構成員の一人にすぎなおクーガに、上層部(自分達)との取り引き材料など存在するのだろうか。

 

 

彼が実験用のホルマリン漬けになるということであれば、上層部も彼の取り引きに喜んで応じるだろうが、自分や『地球組』及び『アネックス一号』のメンバーが猛反対することは火を見るより明らかである。

 

 

従ってその手は使えない訳だが、彼に他の何があるというのか。

 

 

「二つ情報がある。〝日本が主導権を握りえる情報〟と〝日本を不利にする情報〟の二つだ」

 

 

「…………何?」

 

 

七星は眉をしかめる。

 

 

そして、その眉はクーガの次の言葉で大きく跳ねる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 〝本田晃〟は生きている 」

 

 

「 何!? 」

 

 

食い付いた。あの冷静な七星ですら取り乱した。

 

 

〝本田晃〟

 

 

二十年前の『バグズ二号』計画にて一教授の身でありながら、『バグズ手術』に介入した張本人。

 

 

U─NASAは彼の行方を長年追ってきた。

 

 

何故なら『膝丸燈(セカンド)』、造られた『MO(モザイクオーガン)』持ちを誕生させてしまったから。

 

 

ミッシェル(ファースト)』や『クーガ(サード)』のように奇跡的、偶発的に誕生したのでは諦めのつきようもあるが、人工的に作れると分かった以上はそうもいかない。

 

 

『MO手術』が高確率で成功する夢の新人類を、自分達の手で作れるとなれば各国も気が気ではないに決まっているではないか。

 

 

医療面、経済面、軍事面。

 

 

その技術を手にするだけで、あらゆる分野を制することになる。

 

 

その技術の産みの親であろう〝本田晃〟博士を、各国は血眼になって探していたが、あまりの情報量の少なさに一説にはもう死亡してしまったのではないかと囁かれてしまっていた程だ。

 

 

その人物が生きているとあれば、世界中が血眼で探すことになるだろう。

 

 

なにせ、確保さえすれば今後の国家間交渉において常に優位に立つことが出来る為である。

 

 

「まっ、花琳の口から聞き出しただけだから情報ソースは不確定だし、オレのハッタリかもしれねぇけどな。どうする?〝この嘘か真か分からない情報を他国のお偉いさんの耳元で囁いてもいいんだぜ〟?」

 

 

七星が珍しく脂汗を流したように、クーガも見たことのない表情を七星に見せる。

 

 

悪戯気味にニヤリと口元を歪ませている。

 

 

どうやら、その情報が〝真偽はどうあれ価値がある〟ことにクーガは気付いているようだ。

 

 

どうせ嘘だと高をくくっていても、1%でも考えてしまう。

 

 

〝本田晃を確保出来るかもしれないと〟

 

 

他国の耳に入れば、間違いなく真偽を確かめる為に『諜報員(エージェント)』が送りこまれてくることは間違いない。

 

 

それでもし万が一、本田晃を他国に確保されればどうなるか。

 

 

喜ばしくない結果を招くことは確実だ。

 

 

クーガの情報は、決して無視出来ない。

 

 

とはいえ。

 

 

「………それは名目上では不確実な情報だ。それだけで応じる訳にもいかない」

 

 

「ああ、もう一つだ七星さん。あの『集会』の日に死んだ筈の『地球組』上位ランカーが実は生きてたって話は知ってるか?そんで『地球組』を裏切った。更に言うと裏切った面子がほとんど日本国籍ってのが致命的だよな?」

 

 

七星が何か言う前に間髪入れず、クーガはボイスレコーダーを再生する。

 

 

そこには、死んだ筈の『黒巳キサラ』がペラペラと『集会』の日に何が起こったのかを話す音声が録音されていた。

 

 

「ボイスレコーダーが防水で助かったぜ。流石U─NASA製ってとこか?」

 

 

音声を聞いた後、七星は大きく額に(しわ)を寄せた。

 

 

許せなかったのだろう。

 

 

日本から選抜された構成員の不甲斐なさと、彼らの本質をせめて見抜けなかったU─NASA(自 分 達)の浅はかさを。

 

 

とはいえ、『地球組』は急遽編成されたもの。

 

 

人格テストも行う暇がなかった為に仕方なく起きてしまったこととも言えるが、それで済まされる程甘くはない。『地球組』は日米主体で編成された為に、責任も日米が受け持つことになる。

 

 

もし先日の『帝恐哉』の件だけでなく、『黒巳キサラ』『安堂タカシ』『小金 五右衛門』を始めとする金銭目的で裏切った構成員のことを他国に知られたとしよう。

 

 

日米が責任に問われるだけでなく、裏切った面子のほとんどが日本の構成員だったと知られれば、間違いなく日米間の同盟も破綻しアメリカと友好な関係を築くことも難しくなるだろう。

 

 

なるほど。クーガは、日本を破綻させかねない情報を二つも持っている。

 

 

『アズサ・S・サンシャイン』と『美月レナ』の両名の裏切りなど、その二つに比べると軽すぎる程だろう。

 

 

「………わかった。交渉に応じよう」

 

 

「よっし!!」

 

 

クーガはガッツポーズで心底嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

 

それを見て、七星は認識を改める。

 

 

感情に多少振り回される傾向もあるが仲間のことにも気を回し、尚且つ合理的に物事を考えることも出来る。また、自身にとって有益であることを決して見逃さない。

 

 

『地球組』のリーダーとして必要な資質が、彼には充分に備わっている。

 

 

七星がそう確信し、フッと口元を緩めた時だった。

 

 

突如、彼の携帯通信機にU─NASAからの連絡が入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

七星と交渉を終えた後、クーガの元にある指令が届いた。シュバルツ・ヴァサーゴを始末しろとのことだ。

 

 

聞くところによると、あの青年との交戦中に逃げ出したらしい。

 

 

しかし、呆れたものだ。

 

 

自分を越える戦士として『シュバルツ』と『青年』に『MO手術』を施しておいて、その片割れを自分に始末しろだと。

 

 

笑えない。勝手すぎる。

 

 

あの青年に任せればいいだろう。

 

それに、あんな化け物じみた強さを目にした後では自分に、クーガ・リーに勝ち目があるとは到底思えなかった。

 

 

そして何よりも、恐い。

 

 

シュバルツ・ヴァサーゴが、恐い。

 

 

心なしか昔、あの男から受けた傷が痛む。

 

 

イタイ。ヤメテ。コワイ。

 

 

暴力に伴って発せられていた自らの声も、蘇ってくる。

 

 

「………何でだろうな」

 

 

小吉とアドルフに約束し、自分の弱さと向き合ってきた。

 

 

弱さを自覚さえすれば、それを強さに変えていけるものだと思っていた。

 

 

なのに、何故だろう。弱さを見つける度に情けない側面が徐々に浮き彫りになるばかりで、自身が弱くなっている気さえする。

 

 

いくら『父の力(ミイデラゴミムシ)』を身に付けた所で、自身の本質はやはり弱者だ。何年何月何日の歳月が経ったところで、それは変わりない。

 

 

周囲は自分を買い被りすぎだ。

 

 

〝アースランキング第一位?〟

 

 

アズサやレナの方が自分より強いではないか。

 

 

それに加えて、シュバルツと青年という存在も現れた。

 

 

〝第一位〟の肩書きなんて詐欺もいいところだ。

 

 

そう言いつつも強敵を薙ぎ倒してきただろ?

 

 

確かにそれは否定しない。

 

 

イカレ神父に帝恐哉、アズサにレナ。そして筋肉ゴキブリ。

 

 

しかし、そのいずれもが『弱点』をつく形でようやく倒せたものである。

 

 

それは〝強者〟のやることとは程遠い。

 

 

やはり自分は〝弱者〟で、その根幹となっている力は〝強さ〟ではなくて〝弱さ〟なのではないだろうか。

 

 

こんな自分が、遥か格上の『シュバルツ』に挑むなんて大役任されていいものだろうか。

 

 

そんな風にクーガが葛藤している時だった。

 

 

「──────ちゃん!!」

 

 

後ろから誰かが呼ぶ声が響く。

 

 

聞き覚えのない声だ。声色からして児童といった年齢だろう。

 

 

自分にそんな幼い知り合いはいない。故に、自分を呼ぶ声ではない。

 

 

そんな風に高をくくった直後、クーガは後ろで叫んでいた何者かに肩を叩かれた上で〝こう〟呼称される。

 

 

「〝お姉ちゃん!!〟」

 

 

「!?」

 

 

女性と間違われたことなど、少年の時以来だ。

 

 

今は背も伸びたし、肩幅も標準男性ぐらいはあるので間違われることはないと思っていたのだが。

 

 

まぁ髪型が『八重子』に近いモノであるが故に、間違えるのも無理はないかもしれないが。

 

 

多少驚きつつも振り返ると、そこには10歳程の少年がキョトンとした表情でこちらを見ていた。

 

 

とはいえ顔も真っ正面から見せた訳だし、自分が男であることに気付いてくれたのだろう。

 

 

「………お、おねにぇちゃん?」

 

 

「性別わからんからってどちらにも転がせるイントネーションで発音すんな!」

 

 

「あ! お、お兄ちゃんの方だったんだね!」

 

 

「………こんなガタイのお姉ちゃんいてたまるか」

 

 

クーガの肩から力がドッと抜ける。

 

 

きちんと確認しないと性別不詳とはいかがなものか。

 

 

いっそのこと髪型を丸坊主にでもしてみようか。

 

 

そんな風にクーガが血迷いかけた時、少年は何かを差し出した。

 

 

「はい!これポケットから落としたよ!」

 

 

少年の小さな手の中に納まっていたのは、フェルトで出来た携帯ストラップだった。

 

 

今流行りのアニメ番組である『動物フレンズ』のキャラ、『動物フレンズNO,9クーマ・リー』のストラップだ。

 

 

特にそのアニメが好きな訳でもないが、名前に親近感が湧いた為に購入した所存である。

 

 

「わざわざありがとな。っておお?」

 

 

少年の手から受け取った途端、『クーマ・リー』の首はポロッと取れてしまった。

 

 

今までの戦闘の最中、知らぬ間に衝撃を受けてこのクマの首に限界がきていたのだろうか。

 

 

親近感が湧いていただけあって、首が取れるというのは縁起が悪くて笑えない。

 

 

「ボクが直すよ!」

 

 

「え?」

 

 

裁縫はアズサが得意だった記憶があるので、ケガの治療が治ったら彼女にでも頼もうかと思っていたのだが。

 

 

「ボク、お裁縫得意だよ!ホラ!」

 

 

少年は病衣のポケットから、フェルト人形を取り出す。

 

 

その人形にも首の付け根に一度裂けた跡が見られたが、見事に縫い直されていた。

 

 

「うわ!女子力高ッ!!」

 

 

「えへへ。そうでしょ…って嬉しくないよ!」

 

 

「さっきオレのことお姉ちゃん呼わばりしたんだからお互い様だっつーの!」

 

 

「あっ!そうだね!」

 

 

「納得すんのかよ!!」

 

 

他愛のないやり取りの後、少年は笑った。

 

 

彼につられてクーガも笑った。

 

 

こんな時だというのに、笑うことが出来た。

 

 

気の和むこの雰囲気。

 

 

この空気を自分は知っている。

 

 

前にも一度、味わったことがある。

 

 

どこで、誰と話している時のことだっただろうか。

 

 

そうだ。思い出した。

 

 

この少年は似ているのだ。彼に。

 

 

「……………(あかり) 」

 

 

「えっ!?」

 

 

ついつい、無意識に彼の名前を口に出してしまっていたらしい。

 

 

独り言だと思われてびっくりさせてしまったようだ。

 

 

「すまっ…!!」

 

 

「この人形がヒザマルさんだってよくわかったね!!」

 

 

「………え?」

 

 

彼が手に持っている〝胴着を着た人形〟をよく見てみれば、なるほど確かに〝燈〟に瓜二つだ。

 

 

いや。重要なのはそこではない。

 

 

「お前…燈を知ってるのか?」

 

 

「うん…お兄ちゃんも?」

 

 

「…ああ。オレの名前はクーガ・リー。あいつの友達だ。お前は?」

 

 

少年はこちらの自己紹介を聞いて驚いている。

 

 

彼も同様に思うところがあったのだろうか。

 

 

不思議な運命の巡り合わせもあったものだと。

 

 

少年は何拍か置いた後、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

「……桜人。ボクの名前は春風桜人だよ」

 

 

 

 

 

 

 






暫く見ない間に、お気に入り100越え+閲覧数一万突破していて驚きました。


本当に皆様ありがとうございます。


ここまで続くなんて、自分でも予想してませんでした。


もしよろしければ、これからも応援していただけたら幸いです。


次回の第一部 最終回、気合いを入れて書きたいと思います。







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第二十四話 LIFE_OF_FIRE 命の炎

 

 

 

 

病錬前に設置されたベンチに腰を降ろしていたクーガ・リー。その隣には、先程知り合ったばかりの少年『春風桜人』の姿があった。彼はソーイングセットでクーガのちぎれた携帯ストラップをチクチクと縫ってくれていた。その間、彼の身の上話へと会話は発展する。

 

 

「そっか、病気を治す為に『アメリカ( こ っ ち)』に来たんだな、桜人は」

 

 

桜人から聞いた話から察するに、恐らく彼は『AEウイルス』に感染しているようだ。

 

 

火星原産『A(エイリアン)E(エンジン)ウイルス』

 

 

この未知のウイルスの近縁種は地球上に存在しない上に、タチの悪いことに何故かウイルス自身も増殖することがない。

 

 

故にワクチンを開発する為のサンプルも入手出来ないという、八方塞がりの状態になってしまっている。ワクチンがない以上、感染すれば今のところ死亡率100%というのが今の現状である。

 

 

「………恐くないのか?」

 

 

デリカシーの無い質問に聞こえるかもしれないが、クーガは聞かずにいられなかった。自分が桜人の立場だったら、正直こんな風に外に出歩くことすらもままならないと思う。

 

 

治療出来る確率も低く、唯一の治療法も間に合わないかもしれない。そんな状態にまで追い込まれてしまったら、自分であれば毎日病連棟のベッドで枕を濡らしながら死を待つだけの日々を過ごしていただろう。

 

 

にも関わらず、桜人は一見すると平然とした様子で過ごしている。本当は恐いのだろうが、強がりにしても恐怖を隠せるのはクーガから見れば充分に凄い事だった。クーガが桜人ぐらいの年齢の時は、恐くて泣くことぐらいしか出来なかったから。

 

 

「…………ボクだって恐いよ」

 

 

でもね、と桜人は続けて言った。

 

 

「ヒザマルさんが約束してくれたんだ。火星から帰って、必ずボクの病気を治してくれるって」

 

 

『AEウイルス』感染者の唯一の希望。それは火星にワクチンのサンプル及び作成に向かった『アネックス1号』の生還。しかし、その道のりは非常に困難で危険だ。

 

 

しかも『アネックス1号』のクルー達が生還出来る確率は、決して高くはない。それでも患者達はそれにすがることしかできないのが現状である。

 

 

「帰ってきたらね、ポテトも買ってくれるって言ってたんだよ!後ね、ピザも!!」

 

 

桜人は、嬉しそうに燈との約束のことを話す。どうやら彼のことを信じて疑わない様子だ。

 

 

「……あいつは強い奴だからな。きっと桜人との約束も守る為に帰ってくる」

 

 

クーガはクシャクシャと桜人の頭を撫でながら、自らの友を思い起こしていた。

 

 

『膝丸燈』

 

 

クーガ・リーという人間に生まれて初めて出来た友人。同じ境遇というか、似た者同士だったから気が合ったのかもしれない。

 

 

彼は強い。恋心を抱いていた幼馴染みが『AEウイルス』で死んでしまったにも関わらず、彼女と同じ境遇の誰かを助ける為にもう一度立ち上がれて出来てしまったのだから。

 

 

自分には無理だ。もし自分が彼の立場だったら、唯香や他の大切な人々が死んでしまったら、自分では立ち直れないだろう。それが出来た彼は本当に強い。そんな風に友のことを思い返していると、桜人はそっと口を開いた。

 

 

「でも、今はもう一度会えるかわかんないよ」

 

 

彼は俯き、ストラップを縫っていた手を止めた。

 

 

「……桜人?」

 

 

「ヒザマルさんが帰ってくるまでボクが生きられるかなんてわからないし、それに雑誌に書いてあったんだ。U─NASAの人達が色んなところで〝じょうほうきせい〟を行ってるのは、色んな事件の情報を隠す為だって」

 

 

桜人は不安からか、瞳に涙を貯めている。

 

 

ゴシップ誌も罪なものだ。面白おかしく書こうとするあまり、過剰に不安を煽る記事内容を書いたのだろう。しかし、火の無いところに煙は立たぬというようにそれらは間違いではない。

 

 

それらは事実。地球圏で事件が起きているのは、全くもっての事実。むしろ、あれだけやっても情報が漏れていないU─NASAの手際の良さに拍手を送りたいものである。

 

 

「ボクね、帰ってきたらヒザマルさんに空手の奥義教えて貰う約束したんだ。ヒザマルさんみたいに強くなりたいから。でも……こんな弱虫じゃきっとなれないよね」

 

 

こぼれかけた涙を慌てて拭った桜人を見て、クーガは思わず呆れて溜め息をついた。彼が涙を流したことに呆れたのではない。彼が涙を堪えようとしていることに呆れたのだ。

 

 

「あのな桜人、人間ってのは誰でもみんなが弱虫なんだぜ?」

 

 

「……え?」

 

 

「楽しかったら笑って、悲しかったら泣く。それが当たり前なんだよ。じゃねぇと他人が何考えてるかわかんなくて不気味だろ?」

 

 

桜人は戸惑いつつも、一瞬思慮した後にコクンと頷く。

 

 

「つまり人間ってのは泣くように出来てる。そんな風に感情を見せ合えるから、強さも弱さも見せ合えるから、お互いの気持ちをわかりあえる生物に進化したんじゃねーかな?」

 

 

これらの言葉は、クーガが『アネックス1号』のクルーと過ごした1週間で学んだこと。人間とは〝強さ〟だけでなく〝弱さ〟も あって初めて完成される生き物。

 

 

〝強さ〟だけでは誰も支えてくれないし、〝弱さ〟だけでは誰も救えない。その2つを見せ合って初めて人間はお互いを信頼し合い、支え合いながら生きていけるのである。

 

 

「まっ……とはいえ弱さってのは恥ずかしいし、他人には見せられないもんだよな」

 

 

クーガは桜人を自らの胸板にそっと抱き寄せる。

 

 

「今のうちにこっそり泣いとけ。オレは世界で一番の弱虫だからな。お前が泣いても笑ったりなんかしやしないさ」

 

 

言葉をかけた後に背中をポンポンと叩くと、腕の中で体を震わせながら桜人は涙を溢した。彼の体温と涙を直に感じながら、クーガは自らの不甲斐なさを痛感する。

 

 

一般人である桜人があんなに気丈に振る舞っていたのにも関わらず、『地球組』である自分が怯えてる場合ではないだろうに、と。

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

───────────────

 

 

 

 

雲一つ無い青空の下。彼の頭上に広がる天気と反比例して、彼の心は曇り模様そのものだった。

 

 

クーガと少年のやり取りを屋上から傍観していた『地球組』構成員〝ユーリ・レヴァテイン〟は、〝使命〟と〝願望〟の狭間で頭を悩ませる。

 

 

そもそもユーリは、過去に自らの瞳を奪った男であるヤーコフに復讐を果たす為に『MO手術』を受けた。

 

 

そのヤーコフの情報を得る代わりに、『アネックス一号』が火星に到達するまで地球にて起こりえるトラブルには手を出すなと『ロシア首脳』から取り引きを持ちかけられた。

 

 

「………悩むことはない」

 

 

ユーリは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。

 

 

例えばの話だ。ドラゴンボール、魔法のランプ、何でもいい。

 

 

待望してきたものが目の前に転がりこんできた場合 、手を伸ばして掴み取ってしまうのが人間の(サガ)なのではないだろうか。

 

 

故に自分は間違ってない。自己暗示にも近い形で、何度も何度も自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

なのに。

 

 

 

 

 

─────────決まってんだろ。仲間だからだ。

 

 

 

 

なのに。

 

 

 

 

 

─────────少なくとも今だけはお前は一人じゃないってこった。疑っても構わねーけどよ、嫌って言ってもお前のことも守るからな

 

 

 

 

 

なのに何故、自分は正しいと唱える度にクーガの言葉が蘇る?

 

 

そしてそれを思い出す度に何故、自分の心は空虚で虚しいものになっていくのか。

 

 

自問自答を繰り返しても、問いかけだけが反響を繰り返すだけで答えは返ってこない。

 

 

そんな身動き出来ない自らの心の状態に嫌気が差し、ユーリは逃げるかのように葉巻へと手を伸ばした。

 

 

着火してくわえた後、徐々にゆっくりと口の中に香りが広がっていくのを感じる。この瞬間だけは悩ましい現実を忘れられた。ひとしきり香りを堪能した後に、ユーリは大きく煙を吐き出した。

 

 

「ケホッ!!ケホッ!!」

 

 

その途端に弾き出された女性の咳き込み声に、ユーリは我に返って慌てて火を消す。屋上とはいえここは病棟だ。考え事をしていたとはいえ、些か非常識な振舞いをしてしまった。

 

 

「………申し訳ありません。私の非礼をどうかお許し下さい」

 

 

咳き込んだ声の方向に頭を下げた後にゆっくりと頭を上げてみると病衣に身を包んでいるものの、どこか芯の強さを伺わせるロシア人女性が立っていた。

 

 

確か、この女性には見覚えがある。

 

 

そうだ。確か。

 

 

「人違いであれば申し訳ありません。もしかしてジーナさんでしょうか?」

 

 

「………そうだけど?」

 

 

怪訝そうな顔で、ユーリを見つめるこの女性。

 

 

『アネックス一号』ロシア班を束ねる班長、〝シルヴェスター・アシモフ〟の愛娘であるジーナに間違いない。

 

 

もし〝軍神アシモフ〟と恐れられた彼が今この場にいたならば、自分は確実に半殺しにされていただろう。彼の愛娘の溺愛ぶりは敵対していた時期もあるロシア軍部にすら伝わっていた程である。

 

 

娘の携帯の暗証番号を当てるのが特技だと聞いた時には、ある意味戦慄を覚えたが。

 

 

「…何で私の名前知ってるのか聞いてもいい?ハンサムさん」

 

 

「お父上と面識がありますので」

 

 

「あー!ロシアの人かぁ!なんだびっくりさせないでよ!てっきりパパが護衛雇って過保護モード発動してるのかと思んだけどね~…」

 

 

ジーナはフゥと安堵する。酷い言われ様ではあるが、彼の過保護っぷりからしてやりかねないので杞憂するのも無理ない。

 

 

「で、ハンサムさんは何をボッーとしてた訳?」

 

 

ユーリの葉巻を消そうとしていた手がピタリと止まる。事情を馬鹿正直に話す訳にもいかないし、彼女に話したところで解決出来るとも限らない。

 

 

ただ、この悩みを自分の中だけに留めておくのは最早不可能だった。ユーリはそっと口を開く。

 

 

「もし…大切な二つのどちらかの選択を迫られた場合、貴女ならばどちらを取りますか?」

 

 

「そうね…って。何一つそっちの事情聞いてないのにアドバイス出来る訳ないじゃない」

 

 

それもそうだ。自分の話はあまりに抽象的すぎる。かといって〝復讐〟か〝仲間〟のどちらを選ぶかで悩んでる、などと多少ぼかしたワードで言い換えても勘ぐられそうで恐い。

 

 

どうやって伝えたものかと、ユーリが慎重に思案していた時だった。気難しい顔で物思いにふける彼に対して、ジーナの口から溜め息が漏れる。

 

 

「いいよ、言いたくないなら無理しなくて」

 

 

ジーナは屋上の冊に手をかけながら空を見上げた後、どこか切なげな表情を浮かべて語り始めた。

 

 

「…ハンサムさんは、うちのパパのこと知ってるなら旦那のことも知ってる?」

 

 

「アレクサンドル・アシモフさんのことですね」

 

 

「そーそー。あのグラサンハゲのこと」

 

 

〝アレクサンドル・アシモフ〟

 

 

退くことのなき双剣の騎士(ス マ ト ラ オ オ ヒ ラ タ ク ワ ガ タ)』の特性を持つ、『マーズ・ランキング七位』のロシア班の一員である。知らない筈がない。

 

 

「旦那もさ、パパと一緒に火星に行っちゃったでしょ?本当のこと言うとね、ちょっとだけ心細いというか、なんというか」

 

 

自らこぼした本音に、ジーナは恥ずかしそうに微笑む。しかし、全く恥じる必要はないだろう。ただでさえ『A・Eウイルス』なんていう未知のウイルスに感染したのだ。

 

 

『アネックス一号』の任務が成功するかわからない〝不安〟と、ワクチンの作成に成功したとしてもそれまで自分が生き永らえる保証はないという〝恐怖〟で日々押し潰されそうになってもおかしくない。

 

 

そんな時に肉親や、まして最愛の夫には側に居て欲しいというのは当然の願いではないだろうか。

 

 

「それでもね、パパと旦那の選択を私は誇りに思ってるよ。何でだと思う?」

 

 

ジーナから突然質問を振られ、ユーリは僅かに悩んだ後にこう返した。

 

 

「…………祖国の名誉の為でしょうか?」

 

 

「は・ず・れ。頭が堅いね、ハンサムさんは」

 

 

ヤレヤレと言わんばかりに、ジーナはフゥと息をついて、言葉を続ける。

 

 

「理由はね、お父さんも旦那も〝どんな時でも一番大切な物〟を優先したからかな」

 

 

〝どんな時でも一番大切な物〟?

 

 

そんな物が存在するのだろうか。

 

 

「それは…一体?」

 

 

ユーリが尋ねると、ジーナは優しく微笑みながら口を開く。

 

 

 

 

 

 

 

「  命かな  」

 

 

ジーナは愛しそうに、膨らんだ腹部を撫で下ろした。何度も何度も、そこに宿った命を噛み締めるかのように。

 

 

「………命?」

 

 

「そう。命だよ。触ってみる?」

 

 

ジーナはユーリの腕を手に取ると、自らの腹部へと導いた。

 

 

衣服越しでも確かに感じ取れる。確実に新たな命が自分の掌の向こうで、彼女の中で、強く正しい音を刻んで脈動している。

 

 

「これが名前も知らない、事情も知らないハンサムさんに私からあげられる答えだよ」

 

 

不思議そうに掌の感触を確かめるユーリ。そんな彼に暖かく微笑んで、彼女はこう告げた。

 

 

「どんな時でも、命に優る選択肢なんてない。それだけ肝に命じておけば、きっと迷うことも、後悔することもなくなるよ」

 

 

ジーナは、病衣を着込んでいる上に僅かばかりにやつれている。お世辞にも健康体とは言えない状態だろう。しかし、今の彼女は生命力が満ちているかのような錯覚すらも覚える。

 

 

綺麗だ。ユーリは彼女を見つめる内に、そんな率直な感想を抱いた。

 

 

釘を刺しておくが、ユーリは彼女に情欲を燃やした訳ではない。

 

 

素直に綺麗だと思ったのだ。彼女自身が、いや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────── 命が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人の頬をゆるやかな風が撫で、吹き抜ける。

 

 

ただただ、沈黙が続いた。特に何か特別なことをしている訳でもないのに、ユーリは今まで生きていた中で最も強く自らの命と、他者の命を強く噛み締めていた。

 

 

この不思議な感覚に、少しでも長く包まれていたい。純粋に、そう強く願った。

 

 

しかし、その幸福は意外にもアッサリと終焉を迎えた。

 

 

その数コンマ後のことだった。

 

 

「ケホッ!ケホッケホッ!!」

 

 

ジーナが突如咳き込み始める。痛々しい苦痛が連続して空を裂き、その場に響き渡る。

 

 

ユーリは足元にぬるりと、妙な感覚を覚える。

 

 

ふと足元に視線を移すと、その正体はあっさりと判明した。

 

 

血のプールが出来ている。彼女のものだろう。先程の僅か数回の咳で、こんなにもおびただしい量の血を吐き出してしまったのだ。

 

 

彼女へと目線を戻せば、やはり掌の間から血がボタボタと垂れていた。

 

 

そして更に、ユーリが掌で確かめていた〝新しい命〟にも変化が起こり始める。

 

 

ドン。ドン。ドン。

 

 

まるで助けを請うかのように、彼女の中の胎児は悲鳴をあげていた。

 

 

タスケテ。タスケテ。タスケテ。

 

 

そう言っているのだろうか。

 

 

「ドクタァ!!」

 

 

ユーリはありったけの声を絞って叫んだ。目の前の燃え尽きようとしている命を救う為に。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

 

アズサ・S・サンシャインと美月レナは、病衣に身を包んだ姿でトコトコと廊下を進んでいく。

 

 

アズサの後ろにレナがピッタリと付き添う形で歩くその様子は、まるでゲームの勇者一行や、合鴨の親子を連想させた。

 

 

「負傷してしまったとはいえ…お父様にお会い出来るのは頬が緩んでしまいますわね」

 

 

「〝けがのこーみょー〟?」

 

 

「ですわですわ!!」

 

 

この非常時に不謹慎とわかっていながらも、アズサは浮き立つ気持ちを抑えずにはいられなかった。

 

 

ここ数ヵ月『地球組』の発足準備やら何やらで父に会えていなかった上に、これから自分はU─NASAで処罰を受けなければならない。

 

 

暫く会うこともままならなくなるだろう。せめて、今のうちに父に精一杯甘えておきたいのだ。

 

 

アズサの脳内では〝ワルキューレの騎行〟という名曲がBGMとして大音量で流れる程に浮き立っていた。

 

 

「でっででーでー♪でっででーでーでっででーでー♪」

 

 

最も途中から本人も気付かない内に口から漏れてしまっており、通り過ぎる人々全てが百点スマイルを浮かべつつスピーカーを垂れ流す彼女に呆然としていたようだが。

 

 

ちなみにレナは指摘すればアズサは顔を真っ赤にしてヘコむことは確実である上に、傍から見れば凄まじく面白いので黙っていた。

 

 

そしてついに、彼女らは父親の病室の前へと辿り着く。

 

 

ここは個室だ。気兼ねなく、父に甘えられる。

 

 

「おっとうさまー!」

 

 

扉を横にスライドし、病室へと飛び込む。

 

 

そんな彼女の瞳に映ったのは、顎髭をたくわえた端正な顔付きの自らの父。そして、その隣には七歳ぐらいのドイツ人であろう男の子。

 

 

『ホフマン』と書いたネームプレートを首からぶら下げている。

 

 

二人は、ベッドをソファー代わりにして映画を見ていた。映画はアズサが小さい頃から大好きだった『千百匹のワンちゃん』だ。

 

 

いくら人がいいからといって、自分の娘二人が入院したこんな時に他人のこどもの面倒を見るとは如何なものか。メラメラと、アズサ(20)は嫉妬の炎を燃え上がらせる。

 

 

「お、お父様?そちらのちいちゃな子は何方ですの?」

 

 

アズサの父はこちらに気付いたようで、柔和な笑みを浮かべながら指を立てて〝シー〟とアズサに向かって人差し指を立てて沈黙を促す。

 

 

「ハッ、ハイ!」

 

 

アズサは声のボリュームを絞って返事した後に、静かに病室からフェードアウトした。

 

 

そのままエスカレーターを下り、今の時間誰もいない食堂へとレナを引き連れて着席した後にワッと泣き出した。

 

 

「あんまりですわ!あんまりですわ!」

 

 

「あんこまみれ の まりも」

 

 

「略してあんまりですわ!!」

 

 

レナが妙な合いの手を入れても、アズサが間髪入れずにそれを返しても、ツッコんでくれるクーガがいなければ収拾がつかない。そんな時タイミングよく、クーガが食堂へと到着した。

 

 

二人の負傷具合は知っていたとはいえ、その目で実際に見て安心したようだった。

 

 

「…アズサ、レナ。無事でよかったぜ」

 

 

「うぅ…身体は打撲でも心はブロークンハートですわ…」

 

 

「…レナ、こいつ何かあったのか?」

 

 

「ひんと ぱぱん とられた」

 

 

「ヒントどころか核心ついてるじゃねーか」

 

 

クーガは溜め息をつくと、アズサとレナにそれぞれ封筒を渡した。

 

 

「アズサのお父さんからだ。二人が入院したって聞いて心配してたみてーだからさ、怪我の具合伝えたらホッとした様子でそれ書いて渡してくれって言われてよ」

 

 

アズサとレナは各々ピリッと手紙を開封した後、手紙を各々熟読し始めた。手紙には彼女達を労る内容が書いており、読み終えた時にはアズサも満足気にニマッーと微笑んでいた。

 

 

「ま…あたくしもお子様相手に大人気ありませんでしたわね」

 

 

最後に甘えたいところでしたけど、と呟くとクーガはキョトンとした表情を見せる。

 

 

「お前らの懲罰なら免除して貰ったぜ。ちょいと交渉してな」

 

 

「へー…そうですのって…え!?」

 

 

驚くアズサとレナに、クーガは事の顛末を事細かに伝えた。レナは途中から話が難しくなりすぎて、頭がショートしてしまったようだが。

 

 

「でも…償いがないというのは…」

 

 

「難しいこと考えんな。『地球組』にはお前らが必要だってことだよ。オレ一人だけじゃ弱っちくて頼りねーから助けてくれよな」

 

 

そう言って溜め息をつくクーガを見て、アズサはクスリと笑った。

 

 

「…クーガは自分の強さに自信を持てないんですのね?」

 

 

「当たり前だろ。お前らに勝てたのだって不意をついて、弱い箇所を狙えたからだ。そんなことでもしなきゃ勝てねぇ実力じゃあよ、シュバルツに勝てるかどうかなんて目に見えてるよな」

 

 

そう弱気に呟くクーガからは、全く覇気が感じられない。余程、かつてない強敵との戦いを前にして不安なのだろう。

 

 

「…くーがはたしかによわっちい」

 

 

そんなクーガを見てレナは、敢えてクーガを弱いことを肯定した。

 

 

しかしその後、間髪入れずに言葉を続けた。

 

 

「〝だから、くーがはまけない〟」

 

 

弱いから、負けない。

 

 

誰が聞いても矛盾したそのフレーズに、今度はクーガの頭がショートする。

 

 

「え?弱いから勝てる?じゃあ強いと負けるのか?アシモフのおっさんといいお前らといいオレの頭をショートさせる気か!?オレの中での弱さがゲシュタルト崩壊起こしそうなんだけど!!」

 

 

頭を抱えるクーガを見て、アズサは微笑んだ。

 

 

「クーガこそ難しいことなんて考えずに戦いなさいな。もし負けたって、あたくし達がカバーして差し上げましてよ?」

 

 

「くーが は よわいからささえたくなる」

 

 

二人の言葉に混乱しつつも、クーガは大きく息を吐いた後に思わず笑みを溢した。

 

 

「…なんだかよくわかんないけど、ありがとよ」

 

 

アズサとレナの言葉をクーガは上手く噛み砕いて理解することは出来なかった。ただ、暖かくて心強かった。

 

 

そして、それがいよいよクーガの決意を固めた。

 

 

 

 

 

─────────────シュバルツと闘おう。

 

 

 

 

 

自分よりももっと弱いあの少年、桜人ですら死の恐怖と毎日闘っているのだ。

 

 

にも関わらず、自分だけが尻尾を巻いて逃げ出す訳にもいくまい。

 

 

それに「全て放り出して逃げ出す」という選択肢を選ぶにしては、自分が〝今守っているもの〟は全て大切で、かけがえのないものだった。

 

 

それらを全て放り出して逃げ出すなど許されない。どんなに弱くても、それは何もしなくていい理由の免罪符にはならないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

夜が明けた早朝、病棟と隣接したU─NASAのエントランスホールにてユーリが一人ベンチに腰かけていると、松葉杖をつく音が聞こえてきた。振り返ってみると、奥の通路からエドが出てくるのが見えた。

 

 

「ユーリさん!急に通信切っちゃうなんて酷いですよ!心配したじゃないですか!!」

 

 

エドは心底ホッとしたように肩の力を抜く。急に通信を切断した後に連絡を入れてなかったし、彼がユーリを心配するのも当然のことだろう。

 

 

「…すまなかった」

 

 

「何であの時通信を切断したんですか?」

 

 

エドはこちらをしかめっ面で覗きこんでくる。申し訳ないという気持ちも相まって、ユーリは正直な理由を彼に話すことにした。

 

 

「君はあの時…クーガ・リーや、他の仲間達の見舞いに会いにいくことを提案しただろう?」

 

 

「はい。それが…何か?」

 

 

「正直に言うとな、後ろめたいことがあったから彼らに会わせる顔がなかったんだ」

 

 

険しいユーリの表情から何かを読み取ったのか、エドは隣に座ってユーリの背中をポンと叩いた。

 

 

「でも、正しい選択が出来たからここにいる。ですよね?」

 

 

「ああ。その通りだ」

 

 

ユーリは思い返す。

 

 

ヤーコフに裏切られた一瞬。

 

クーガと共闘した一戦。

 

ジーナと過ごした一時。

 

 

この三つの思い出を振り返るだけで、自然と答えは浮かび上がってくる。

 

 

「一人のゲスの命を奪うか、大切な仲間と多くの尊いの命を救うか。どちらがより意義あるものかは天秤に乗せるまでもないだろう?」

 

 

そう告げたユーリの瞳には、非常に強い意思が宿っていた。今の彼からは、迷いや躊躇いといった感情が一切感じられない。

 

 

「…ええ。その通りですよユーリさん」

 

 

エドはユーリの言葉に頷く。彼はきっと『地球組』の一員としてきちんと役割を果たしてくれる。それを確信したエドが安堵して胸を撫で下ろしていると、二つの新しい足音が聞こえてきた。

 

 

そちらに顔を向けると、二人の女性がこちらに近付いてくるのが見える。アースランキング第二位『アズサ・S・サンシャイン』と、アースランキング第三位『美月レナ』だ。

 

 

このまま二人の会話に合流するかと思いきや、アズサはユーリを見るなり苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて柱の陰から彼を睨み、彼を〝こう〟称した。

 

 

「ユーリ・レヴァテイン…〝今世紀史上最悪のお尻触り魔〟……」

 

 

突然アズサから名付けられた不名誉な肩書きにユーリはぎょっとする。すぐさま訂正しようとしたがしかし、心当たりがない訳でもない。

 

 

そう。『蛭間一郎暗殺事件』の時だ。あの時、高所から彼女を降ろす為に彼女を抱えたのだが、その際に嫁入り前の尻を触られたと喚いていたような気がする。

 

 

しかし、今のタイミングでそれを掘り返すか?

 

 

あの場にいたレナはともかく、事情も知らぬエドはすっかりそれを真に受けてしまったらしく、青冷めた表情でユーリを見つめた。

 

 

「ユーリさん…後ろめたい理由ってまさか」

 

 

「エド。少なくとも君が思ってるようなことではないから安心してくれ」

 

 

「そ…そうですよね!!」

 

 

勘違いをすぐさまユーリが訂正した後のこと。

 

 

今度はレナが動きを見せた。見覚えのない顔、つまりはエドが珍しかったのだろうか。

 

 

トコトコと歩み寄った後に、彼の回りをグルグルと回りながら全身をくまなく観察し始めた。

 

 

「えっ?えっ?」

 

 

まるで品定めをされるかのようにジロジロとレナに物色され、エドはあたふたと戸惑っている。暫くしてレナはようやく足を止めた。

 

 

「おい 〝しんじん〟」

 

 

「え?あ!はい!」

 

 

恐らくレナの言う「新人(しんじん)」とは、自分のことだろう。エドはそう察してレナの呼び声に返事をすると、彼女はゆっくりと右腕を振り上げて〝こう〟言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〝にゃんぱすー〟」

 

 

「………にゃん、ぱすですか?」

 

 

突如発せられた聞き覚えのない挨拶に、エドはしどろもどろになって首を傾げる。

 

 

レナの発したその挨拶が、大昔の日本のアニメ流行語2013年大賞に輝いたことなど、ローマ人かつ2600年っ子エドが知っている筈もない。

 

 

いや、そんなコアな知識を知っていてたまるか。

 

 

しかしレナからしてみれぱそんなもの知ったこっちゃないらしく、どことなく失望したかのように溜め息をついた後に、手帳を取り出した。

 

 

「りあくしょん〝れーてん〟。きゅーりょー にひびくぞ、しんじん」

 

 

「ええ!?」

 

 

レナの理不尽な査定に、エドが目玉を飛び出しそうな程驚いていた時だった。

 

 

設置されたTVに、U─NASAから3kmの地点の交通が閉鎖されたことを告げるニュースが流れる。

 

 

その途端、四人は気の抜けたやり取りをすぐさまやめて、TVに食い付くように見入った。

 

 

「…シュバルツ・ヴァサーゴは本当にここへ?」

 

 

柱の陰から出てきたアズサが、最初に口を開く。

 

 

いくら脳まで筋肉で詰まってそうな男とはいえ、わざわざ本拠地に殴り込んでくるだろうか。

 

 

U─NASAはそう判断したらしく『MO手術』のことを知る僅か一握りの軍隊にコンタクトをとり、防衛・監視を依頼したようだ。

 

 

しかし、何を根拠にシュバルツがU─NASAを襲撃してくると判断したのだろうか。

 

 

それがさっぱり理解出来なかった。

 

 

「…恐らくだがほぼ間違いないと言っていいだろうな」

 

 

ホールを突き抜けるかのように、さほど大きくない声が響き渡る。

 

 

声がした方向に目を向ければ、七星がネクタイを締めながら歩いてきた。

 

 

重役との会議を一晩中していたのだろうか、目には隈がくっきりと浮かび憔悴しきった様子だ。

 

 

「………どういうことですの?」

 

 

「クーガ・リーの話だと…あの男は『MO手術』の力にどうやら陶酔していたらしい。そんな男が真っ先に起こす行動は何だと考えられる?」

 

 

「『薬』をすぐにでも確保しようとするのではないでしょうか」

 

 

アズサが頬杖をついて考えを導き出すよりも先に、ユーリが答えを述べた。人を疑ってきたユーリだからこそ、こういった問題で相手の心理状況を読み取ることに長けている。ユーリの口からは捻られた蛇口のごとく次々に推測が溢れ出す。

 

 

自動車を走らせる為にはガソリンが必要なように、『特性(ベース)』を使う為には『薬』が必要不可欠。故に、『薬』を狙ってくることは間違いない。

 

 

それならば、わざわざ本拠地を狙う必要はないと思われる。しかも、花琳と繋がっていた故に『第一支部』から持ち出すことも出来た。

 

 

しかし、その『第一支部』はクーガの手によって爆破され、花琳は逃亡したことによってその繋がりは途切れた。

 

 

そうなると、U─NASAの関連施設の知識がないシュバルツは総本山ともいえるU─NASAその場所を狙うしかなくなるのではないだろうか。

 

 

 

 

以上の推論を言い終えた時、アズサはあんぐりと口を開き、エドとレナは拍手を送った。時間をかければ誰でも答えを導き出せるだろうが、瞬時に解決したあたり流石と言わざるをえないだろう。

 

 

七星はユーリの推論にコクリと頷く。

 

 

「その通りだユーリ・レヴァテイン。間違いなく敵はここを襲撃してくるだろうな」

 

 

「だったら不味いですよ…ここには!」

 

 

たまらず声を張ったエドの顔は青冷めていた。そうだ。ここにはU─NASAの研究設備だけでなく、多くの治療患者がいる。

 

 

これから火星で死闘を繰り広げようとしている『アネックス1号』の搭乗員達の心の支えとなっている家族達も身を置いている。

 

 

もしここが万が一襲撃されれば任務の士気がガクンと落ちるだけではなく、多くの命が危険に晒されてしまう。それだけは断じて阻止しなくてはならない。

 

 

「こっちからしかける」

 

 

レナの言葉に七星は首を横に振る。本当はそうしたい。いや、そうするべきなのだ。ただ、全員が迎撃に迎えばU─NASAが無防備になってしまう。それだけは避けなくてはならない。

 

 

「…では、どうするおつもりですか?」

 

 

ユーリが尋ねると七星あらぬ方向を指で示した。その方向に四人が目を向けると、奥の通路から見知った人物が歩いてくるのが見えた。

 

 

クーガ・リーだ。

 

 

「………オレがやる」

 

 

右手首を左手で〝キュッ〟と締めながら、クーガはカツカツと足音を鳴らしてこちらへと

進んできた。その瞳はいつになく鋭く研ぎ澄まされている。

 

 

「…一人でシュバルツ・ヴァサーゴとやり合うつもりか?」

 

 

ユーリが尋ねると、クーガは首を縦に振った。

 

 

「ああ。そのつもりだぜ」

 

 

「私も同行させて貰う」

 

 

そう言うとユーリは、自らの『薬』とサイレンサー付きのハンドガンを手に取る。

 

 

「ユーリ・レヴァテイン…」

 

 

それを見た七星は当然の如く彼を止めようと言葉をかけたものの、一向に諦める様子は見られなかった。ただ、ハンドガンの装填数を確認するだけ。

 

 

「蛭間司令。別に貴方の判断に不満がある訳ではないのですが、今回の指示には従いかねます」

 

 

いつも命令に忠実なユーリが、頑なにクーガに着いていく姿勢を崩そうとしない。その様子を見て、クーガは不思議そうにキョトンとした表情を見せる。

 

 

「不思議か?ここまで意地になってでも君に着いていこうとする私が」

 

 

ユーリが尋ねると、クーガはコクリと頷いた。そんなクーガを見てユーリはフッと笑い、こう返答した。

 

 

「それは私が君の仲間だからだ。君が嫌だと言っても着いていくぞ」

 

 

君の受け売りだがな、とユーリは付け足す。かつて自分がユーリに送った言葉であることを思い出したクーガは、思わず頬を緩めた。

 

 

「ありがとな、ユーリ。でもオレを仲間だと思ってくれんなら逆だぜ、逆」

 

 

「…………逆?」

 

 

「そう。逆だ。オレもお前らがここを守ってくれんなら安心して戦えるし、もしオレが負けたとしてもお前らが控えてるって分かってるから負けた時安心して逃げられるだろ?もっとも逃げるつもりなんかねーけどよ」

 

 

ニッと屈託のない笑みを溢すクーガを見て、今度はユーリがキョトンとした表情を見せる。ユーリはクーガの言葉の意味をじっくりと舌で転がし、吟味しながら消化した。

 

 

「…なるほど。そういう信頼の仕方もあるということだな」

 

 

「そういうこった」

 

 

暫く思考を巡らせた後にユーリは溜め息をついてクーガの肩に手を置いた。

 

 

「わかった。君を信じよう」

 

 

ユーリのその言葉を聞いた途端、アズサはギョッと眼を見開いた。

 

 

「ユ、ユーリ・レヴァテインが他人を信用するなんて…きっと血迷って『アンボイナガイ』のお刺身でも食べてしまったんですのね………」

 

 

「アズサ・S・サンシャイン。私自身も驚いているよ。司令ですら苦渋の決断だったであろう無謀な作戦の後押しをしてしまったぐらいだからな。ちなみに何故君は彼を止めようとしない?」

 

 

「そんなの決まってますわ!」

 

 

ゴホンと咳き込むと、アズサはズビシとクーガを指差す。

 

 

「あたくしとレナに勝ったクーガがあのような荒くれ者に敗北する筈がありませんわ!」

 

 

「そーだ そーだ くりーむそーだ」

 

 

アズサの言葉にレナもよくわからない形で便乗する。どうやら、この二人もクーガが単騎で迎撃に向かうことに賛成のようだ。

 

 

「〝しんじん〟も さんせーか?」

 

 

レナが尋ねると、エドもコクリと頷く。

 

 

「…僕はクーガさんのことを何一つ知りません。けれどクーガさんが皆さんに信頼されていることだけはよくわかりました。信じましょう」

 

 

その言葉を聞いたクーガはエドに一礼した後、七星と面を合わせる。しかし、その割にはキョロキョロと辺りを見渡して目を合わせようとしない。七星自身と会話することが目的ではないことは確かだろう。

 

 

「七星さん。…唯香さんとゴキちゃん達は?」

 

 

案の定だ。やはりそこは当然気になるだろう。

 

 

「テラフォーマー達は地下で拘束中だが安心しろ。手荒な真似はしてない。そして桜博士だが…U─NASAの尋問官からまだ質問を受けている」

 

 

「なら唯香さんに伝言を」

 

 

クーガはどこか寂しげに表情を浮かべて、唯香への言伝てを七星へと伝えようとした。しかし、その言葉は七星に両肩を強く叩かれたことによって途切れた。

 

 

「………それ以上言うな。何か伝えたいことがあるなら君自身の口から伝えろ。生きて帰って来れればそれも可能だろう?」

 

 

七星なりの檄のつもりなのだろう。遠回しに必ず生還するように強く念押しした。

 

 

「…ありがとよ、七星さん」

 

 

それを告げた後、クーガは静かに出口へと向かう。一歩一歩がいつになく重いものの、その分より強い想いに後押しされていることをひしひしと感じた。

 

 

エントランスの自動ドアを通過し、軍隊によって封鎖された地点まで駆け出そうとした時の事。

 

 

「クーガさん! 」

 

 

「…………桜人」

 

 

振り返ってみると、声の主は昨日知り合ったばかりの少年『春風桜人』であった。こんなに朝早くにどうしたのだろうか。最も、理由は一つしか見当たらないが。

 

 

「ニュース、見たのか?」

 

 

コクリと桜人は頷く。一応名目上は逃走中の強盗犯を捕らえる為の検閲ということになってはいるものの、流石に軍隊の規模が一介の犯罪者に割り当てられるには大きすぎる規模だった。

 

 

こどもながらに、異常を感じたのだろう。

 

 

「そっか」

 

 

クーガは膝をつき、桜人と目線を合わせる。その瞳は恐怖と不安が内包されていた。そんな彼を見ていると、自然と過去の自分を思い出す。

 

 

「桜人と同い年の時だったかな」

 

 

クーガは静かに過去の思い出を手繰り寄せるかのように、ゆっくりと語り出した。

 

 

「死んじまうんじゃないかって目に何回も遭ったよ」

 

 

銃弾が頬を掠め、ナイフが肩をかすり、目の前の仲間が一瞬で屍となっていく。いつまで経ってもあの瞬間一つ一つが忘れられない。

 

 

「その度に思ってた。『何でヒーローは僕を助けに来てくれないの』『この世界にはヒーローなんていないんだ』って。でもな」

 

 

それでも一番強く思い出せるのはあの瞬間だ。漫画みたいに空も飛べなければ、ビームも出せなかったが、今の自分が追いかける理想となっているヒーローの姿。

 

 

「本当にいたんだよ、正義のヒーローは。あの人達に助けられて以来、オレはあの人達みたいになろうってずっと努力してきた」

 

 

ぐっと拳を握り締めて、クーガは立ち上がった。

 

 

「今がその時なのかもしれない。あの人達がオレを助けた時みたいに、今度はオレが正義のヒーローになって桜人を助ける番なのかもな」

 

 

いや。とクーガは言い直す。

 

 

「【オレがあそこの悪者を倒して桜人を守って】《燈がワクチンを届けて桜人を救う》」

 

 

そしてポン、と桜人の頭に手を置く。

 

 

「だから病室に戻って安心して寝とけ。な?」

 

 

ニッ、とクーガが微笑むと桜人はポカンとした表情で口を開いた。

 

 

「………クーガさん」

 

 

「ん?」

 

 

「やっぱり近くに悪者が来てるの?」

 

 

「ぶッ!!」

 

 

 

【オレがあそこの悪者を倒して桜人を守って】

 

 

 【オレがあそこの悪者を倒して桜人を守って】

 

 

【オレがあそこの悪者を倒して桜人を守って】

 

 

言ってしまった。口を滑らせてしまった。一応機密事項であるにも関わらず、その場のテンション的に言ってしまった。しかも悪者がいることを言ってしまったら、桜人は余計に恐がってしまうだろう。

 

 

桜人の表情を恐る恐る覗くと、何故だか表情は晴れ晴れとしていた。

 

 

「…桜人?余計に恐くなってないのか?」

 

 

「ううん!だってクーガさんとヒザマルさんが助けてくれるって考えたらなんだかあんまり恐くなくなったよ!」

 

 

クーガは桜人の言葉を聞いて首を傾げる。

 

 

「オレみたいな弱っちそうなヒーローでも不安にならないのか?」

 

 

「そんなことないよ。ヒザマルさんと同じぐらいかっこいいよ!!」

 

 

無邪気には微笑み、自分をカッコいいと言ってくれた桜人は言葉を続けた。

 

 

「ボクも二人みたいなヒーローになれるかな?」

 

 

はにかむ少年を見て、クーガは再び過去の自分を思い出す。そういえば、自分もこんなことを小吉に尋ねた気がする。

 

 

 

〝ぼくも、二人みたいになれるかな。役に、立てるかな〟

 

 

 

そう言った自分に、小吉はこう応えたのだ。

 

 

「…………なれるさ。絶対にな」

 

 

クーガは今、初めて実感した。小吉とアドルフから渡された命のバトンを、今度は自分と燈が手に取り、今度は桜人の手に渡る。更にその桜人が別の誰かにバトンを渡し、125万種以上の生命が賑わうこの星は栄えてきたのだ。

 

 

絶やしてはいけない。消されてはならない。

 

 

このU─NASA病棟で懸命に燃えている『命の炎』を。

 

 

「そろそろオレは行くよ桜人。くれぐれもさっきの話はみんなには内緒にしといてくれよ?」

 

 

「うん!わかった!」

 

 

そう言って桜人が病室に戻ろうとした時だった。

 

 

「あっ…クーガさん!」

 

 

思い出したように、桜人は慌ててポケットから何かを取り出してクーガの手に握らせた。

 

 

「お守り貸してあげる。…ヒザマルさんには内緒だよ?」

 

 

「………これは」

 

 

手の中のものを確認した後、クーガはグッとポケットの中に押し込んでフゥと息を吐き出す。

 

 

「一時間で戻る。ありがとよ、桜人」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

───────────────

 

 

 

U─NASA施設内『尋問室』。

 

 

マジックミラー貼りのその一室で、桜唯香は一連の騒動の取り調べを受けていた。今この部屋の中には彼女と尋問官の女性しかいない。

 

 

髪の長さはセミロングで、ややウルフヘアに近い荒立った毛並みをしておりピンク色。その綺麗な翡翠色の瞳と整った顔立ちも相まって、尋問官だと言われてもイマイチ説得力はないだろう。

 

 

しかし、全身を固めている黒いスーツが彼女をいかにもな尋問官へと変身させていた。

 

 

そんな女性を目の前にして、唯香はまるで餌をどこに隠したかわからなくなった小動物のようにそわそわキョロキョロと辺りを見渡す。

 

 

「先程から落ち着きがありませんね、桜博士」

 

 

「ふえっ!す、すみません!」

 

 

女性に指摘されて唯香はビクッと姿勢を正す。落ち着かないのも当然だ。今頃クーガがシュバルツの迎撃に向かうと聞いていたからだ。それに、クーガに渡すものもあった。

 

 

「カツ丼でも食べますか?」

 

 

「け、結構です!!」

 

 

「ジョークです」

 

 

女性はジョークを言った後に、クスクスと笑いながら唯香の顔をじっーと見つめる。唯香は思わず頬を赤らめたが、ぶんぶんと頭を振って小さなその手で机を思い切り叩いた。

 

 

「お願いします!クーガ君の元に行かせて下さい!」

 

 

「なるほど。お腹が空いていたのではなく彼が心配だったんですね?ですがそれは困りました。尋問が終わった後もこうして貴方を拘束しておけとの指示だったのですが…」

 

 

「クーガ君に渡す物があるんです!」

 

 

「それは戦局に左右するほどのものですか?」

 

 

「はい!」

 

 

声を張り上げる唯香を見て、女性はフムと相槌をうった。

 

 

「U─NASAの命令は無視出来ません。しかし、私の直属の上司の裁量次第で一時的に抜け出すぐらいなら許可出来ますが…いかがでしょう?」

 

 

女性が誰かに尋ねるように呟くと、尋問室のドアがキィと開いた。

 

 

そこから四十代半ば程の男性が煙草を吸い上げながら入室した。ふてぶてしく、不機嫌な様子で目付きが非常に悪い。また、顎の部分の髭の剃り残しも目立ち、髪は後ろをゴムヒモで結わえた長髪だ。ついでに身長は180cmを越す長身だ。

 

 

その癖、白衣を着込んでいるのだから研究者なんだかちょい悪親父なんだか、はたまたヤクザなのかよくわからない。

 

 

唯香がこうして遭遇したらハムスターの如くとっとことっとこ逃げ出しそうな人物ではあるものの、彼女は全く怯えた素振りも見せず、キョトンと見上げて口を開く。

 

 

「あ…………」

 

 

「とっとと行け。間に合わなくなってもオレは知らねぇぞ」

 

 

男性がふてぶてしく煙を壁に吐き出しながら答えると、唯香はその脇を走り抜けて飛び出した。

 

 

「娘さんには甘いですね。博士」

 

 

一連の様子を見ていた女性が呟くと、男性は煙草を尋問室の壁になすりつけて消した。灰と火の粉が壁に焼き痕を残す。

 

 

「………うっせぇな」

 

 

やさぐれた少年のように返事する男性を見て、尋問官の女性『シルヴィア・ヘルシング』は仕事後の一杯とばかりにトマトジュースを飲み干した。

 

 

「『特性(ベース)』が『ウサギコウモリ』だからってトマトジュース飲んでキャラ付けする必要ねーぞ」

 

 

ふてぶてしい態度の中年男性、『(さくら)(あらし)』は彼女の行動にいちゃもんをつける。その態度はまるっきりチンピラだ。

 

 

「ベースの気持ちを知ることも時に必要では?」

 

 

シルヴィアがそう言い返すと、嵐は今度はそれを軽く鼻で笑った。

 

 

「ちなみに『ウサギコウモリ』は血は吸わねぇ。食うのは主に昆虫だっつーの」

 

 

そうですか、と返事するとシルヴィアはジュースの缶を捨てて外にテクテクと歩き出した。

 

 

「どこに行く気だ?」

 

 

「外でトマトジュースに合いそうな昆虫を捕まえてこようかと」

 

 

「そうか。っておい。それこそジョークだよな?

 

         ……………おい」

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

 

U─NASAから3km離れた地点にて。

 

 

 

封鎖された筈のこの地点は、装甲車のエンジン音とヘリのプロペラが空を切る音、そして何よりも指揮官の部下に対する指示が飛び交っていた。

 

 

つい先程までは。今は力任せに破壊された装甲車の残骸が燃える音、精鋭部隊の呻き声。

 

 

そして。

 

 

「ギャッハッハッ!!」

 

 

鼓膜を破らんばかりの破壊者の大きな笑い声がこだまする。この場を例えるならば、『阿鼻叫喚の地獄絵図』といったところだろうか。

 

 

 

「………なんなんだ」

 

 

武装ヘリの操縦手は呟く。そう呟かずにはいられなかった。『MO手術』を受けた人間が襲撃してくるとは聞いていたものの、あんな規格外の怪物が攻めてくるとは思ってもいなかった。

 

 

まるでアメコミのハルクや、ジャパニーズKAIJU映画に出てくるゴジラの如く無茶苦茶で理不尽な力を自分は今、目の当たりにしている。

 

 

そして、今からその犠牲者の一人となる。

 

 

「降りてこいよクソガキィ!そしたらテメェのケツマンコがんがん掘ってぇブラックホール並に拡張してやっからよぉ!!」

 

 

下品なジョークを交えながら、破壊者シュバルツ・ヴァサーゴは装甲車が彼を捕らえる為に用意した特注の鎖をヘリのプロペラに向かって投擲し巻き付けた。

 

 

そして、力任せにヘリをぶん回そうと鎖を引き寄せる。既に制御を失っている故に抵抗する術もなく、ただ遠心力にヘリと自らの身体を預けることしか出来なかった。

 

 

「ギャハッ!!」

 

 

十回転程させた後に、シュバルツはハンマー投げの如くヘリをぶん投げた。ヘリの落下先には、救援できた新たな装甲車二台。

 

 

そこにヘリが落下し、搭載していたミサイルや重火器等に引火して盛大な爆発を起こした。

 

 

「芸術は爆発ってかぁ!!」

 

 

シュバルツは次に細めの電柱を両手で引き抜いて槍投げの如く投擲した。すると、飛翔した新たな武装ヘリに突き刺さり墜落させた。

 

 

「…あ~あ。つまんねぇ」

 

 

あまりにも歯応えがなさすぎたのか、シュバルツは溜め息をついた後にその場に座り込んでしまった。装甲車十台、ヘリ六機、歩兵三十二名を仕留めても尚、シュバルツは多少息を切らしているぐらいで被弾した痕すらも見られない。

 

 

イスラエルの戦場を駆け抜けてきた強者に『MO手術』を施すと、このような結果を出せてしまうのである。最も、今回はそれが悪い方向に働いてしまったが。

 

 

「………シュバルツ」

 

 

ゆらめく炎を切り裂くように、その声はこの地獄を突き抜けた。シュバルツは炎の向こう側にいるであろう声の主を、ニタリと顔の表情を緩めて迎え入れる。

 

 

 

「…おやおや。泣き虫クーガちゃんじゃねぇか。なんだ?また苛められにきたのか?」

 

 

炎の向こう側から姿を現したのは、見知った青年クーガ・リー。もっともシュバルツが見慣れているのは少年時代の彼の姿だが。

 

 

「違ェ。アンタを止めに来た」

 

 

「オレ様を止めに来ただぁ!テメェ何様のつもりだ!!ア゛ア゛!?」

 

 

空気を震わせる程の怒号が辺り一帯を支配する。地獄のようなこの風景と相まって、クーガは昔を再び思い出した。イスラエルの地獄もこのような風景が毎日広がっていた。

 

 

灰の雪が降り、炎と血の二色の赤色がそれを彩る。BGMは人々の呻き声と何かが燃える音。それに加えて、決まってあの男の怒号だった。

 

 

自分はあの頃から何も変わっていない。本当は弱くて、それを隠す為に強がって。自分を守る為に誰かの命を奪って。

 

 

だが、今と昔で決定的に違う所がある。

 

 

「そこを退けクソガキィ!!」

 

 

「断る。今のオレにはアンタをぶっ殺さなきゃいけねぇ理由がある」

 

 

 

 

 

今の自分には、闘う理由がある。

 

 

敵わなかったとしても、足掻いてみせる。

 

 

 

 

 

 

          

          〝 

          面

          

          白

 

          ェ

 

          ・

          

          ・

          

          ・

          

          ! !

          〟

 

 

 

 

 

 

 

 

ちっぽけなナイフ一本で足掻いた父のように。

 

 

「悪いが…先手必勝でやらせて貰う」

 

 

『薬』を取り出して素早く首筋に打てば、メキメキと変異が始まる。全身が漆黒の甲皮に覆われていき、腕からはメキメキと『オオエンマハンミョウの大顎』が出現する。

 

 

「………なんだ?その姿」

 

 

シュバルツは柄にもなく戸惑った。十年前や先日見た姿とは全く異なる変異を遂げていた為である。知らなくて当然だろう。この『オオエンマハンミョウ』の力は、クーガが新たに手にした力なのだから。

 

 

シュバルツはクーガを注意して観察する。クーガは特に襲ってくる様子もなく、自らの〝掌〟を見てこう呟いていた。

 

 

「…………やっぱ駄目か」

 

 

そう呟いたかと思えば次の瞬間、恐ろしい程の速度でクーガは攻撃に転じた。踏み込んで、シュバルツの胸部を思い切り『オオエンマハンミョウの大顎』で引き裂く。

 

 

「ガッ…………!」

 

 

反射的に腕を掴んだ為に浅く済んだが、もう少しで臓器や骨を傷つけられるところだった。

 

 

「ちなみにテメェが疲れきってるとこをドヤ顔で倒したアズサはもっと速いし」

 

 

身体が密接した状態でクーガは急所、鳩尾に向かって膝蹴りを放つ。

 

 

「ウボェエエエエエエ!!」

 

 

シュバルツはあまりの衝撃に堪らず嘔吐する。

 

 

「レナはこれの数倍馬鹿力だ」

 

 

クーガは周囲の装甲車の残骸に身を隠して、こちらを睨むシュバルツの視界から姿を消した。

 

 

「チィッ!どこ行きやがっ!!」

 

 

シュバルツがそう吠えた瞬間、クーガは再び間髪入れずに飛び出し右足のアキレス腱にあたる部分を切り裂いた。

 

 

「ッグアアア!!」

 

 

シュバルツは片膝をついて苦悶の表情を浮かべ、彼の痛みを叫ぶ声が響き渡る。しかしクーガはそれを見て眉をしかめた。

 

 

「三文芝居は止せ。届いてなかっただろ」

 

 

「クックッ…バレたかぁ?」

 

 

シュバルツはケロリと立ち上がり、のっそりとした動作で首をゴキゴキと回す。

 

 

シュバルツのベースとなった『ディノポネラ』、つまり〝蟻〟は堅い甲皮など持ち合わせていない。ただし、『オオエンマハンミョウ』を遥かに凌駕する圧倒的な筋肉量を秘めている。

 

 

その筋肉がこちらの一撃を阻害したのだろう。また、捕まらないようにいつもよりも速さばかりを意識して一撃の重さを軽くしてしまったことも原因だろう。

 

 

いつも通りの一撃であれば、その筋肉の鎧も貫通出来る筈だ。ただ、脳裏を過るのは自分と一戦交えたシルヴェスター・アシモフの言葉。

 

 

 

 

 

〝いくら弱点を突きそれを実行する力を持っていたとしても、それに頼りすぎれば相手に読まれる。自分よりも実力で上回っている相手にはまずオススメしねぇ〟

 

 

 

 

 

そうだ。自分の『オオエンマハンミョウ』を活かした戦法はパワー、スピード、タフネスの三拍子が揃ってて初めて可能な相手を確実に〝殺す〟為の戦法。

 

 

これが破られることは滅多にない。だが、アズサやアシモフ、帝恐哉など自分よりも格上の相手には殺気や行動パターンを読み取られて破られた例もまた然り。

 

 

今回のシュバルツ戦もきっと、そうなる。

 

 

「やっぱり変わってねぇなぁ弱点をすぐに狙う癖はよぉ!!いかにも雑魚が考えそうな戦法だぜオイ!ギャッハッハッハッ!!」

 

 

案の定シュバルツにも読まれていた。だが、読まれていたところでどうしようもない。

 

 

小吉仕込みの空手や、アドルフ仕込みの投剣を使って闘う手もあるがそれは彼らだから最大限に実力が発揮される戦法。自分が使ったところで、シュバルツに捻り潰されるのがオチだ。

 

 

だから自分を貫き通す。幾度の戦場を乗り越えてきた自分の力を信じて貫き通す。今更、獰猛な肉食甲虫が他の生物の真似したって自然界で淘汰されるだけだ。食うか食われるか。殺るか殺られるかの勝負に懸けるしかないのだ。

 

 

「…馬鹿の一つ覚えで悪かったな、クソムシ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

「はっ…はっ…はっ…」

 

 

桜唯香は車を乗り捨て、丘をかけ上る。撃墜されたヘリがこちらに落ちてくるのを見て、慌てて乗り捨てた為に車両がお釈迦になってしまったのである。あの場から逃れることが出来ただけでも幸運と言えるだろう。

 

 

とっとことっとこ、丘の上までようやく登り切った先から見下ろした景色はまさに地獄そのものだった。危うく目の前の景色に呑まれかけたが、パンパンと自らの頬を叩いて意識を強引に引き戻す。

 

 

自分はこの中からクーガを探さなければいけないのだ。U─NASA製の双眼鏡で地獄の中に目を凝らした。すると、やたらと上下している装甲車の残骸が視界の端に入った。

 

 

その周辺に見渡すと、三秒ごとに血飛沫が走っている地点が目に入った。恐る恐る血飛沫が飛ぶ方向に双眼鏡を向けてみる。嫌な予感はしたものの、的中してしまった。

 

 

 

「ギャッハッハッハッ!!」

 

 

シュバルツの下品な笑い声がこちらにまで響き渡り、耳を支配する。そして、シュバルツに髪を捕まれたクーガが車に何度も叩きつけられて血を大量に流す姿が網膜に焼きつく。耐えられない。

 

 

「おい唯香」

 

 

そんな時、唐突に後ろから低い声が発せられる。振り向いてみると、自らの父『桜 嵐』が煙草をふかして興味なさそうに目の前の地獄を傍観していた。

 

 

「お父さん…どうしてここに?」

 

 

「娘をムザムザ死なせる訳にはいかねぇからな。唯香、一つ尋ねるがお前あの『クーガ(ク ソ ガ キ)』に何を届けに来たんだ?」

 

 

唯香はクーガを『クソガキ』と呼わばりした嵐に少しムッとしつつも、白衣の中からゴソゴソと赤い液体の入ったアンプル剤を取り出した。嵐はそれを取り上げ、訝しげにその鮮やかな色のアンプル剤を眺めた。

 

 

「こいつは何だ?」

 

 

「筋弛緩剤の一種だよ!いいから返して!!」

 

 

嵐はいよいよ首を傾げた。筋肉を緩める薬剤の一種が何故、クーガに必要なのだろうか。一見彼を更に不利にしてしまいそうな薬剤ではあるが、唯香のことだ。何か考えがあるのだろう。

 

 

「まぁこいつをあのガキに打ち込むのはいいとして…一体どうやってあいつにお届けするつもりだ?万能の神Amazonにでも業務委託してお届けして貰うつもりか?」

 

 

嵐は皮肉めいた口調でアンプルの中の液体を揺らして口角を上げる。

 

 

「私が走って届けるよ」

 

 

唯香の台詞を聞いて、嵐は驚きのあまりくわえていた煙草を落とした。

 

 

「………本気か?そいつは。あの中を突っ切って無事でいられる可能性はマングースでハブを駆除出来る確率並に低いぞ?」

 

 

「いいよ」

 

 

「仮にあのクソガキにこいつを届けたとしてもお前はあの化け物に殺されちまうぞ?」

 

 

「いいよ」

 

 

「 良 か ね ェ ッ !!」

 

 

嵐の怒号が響く。気だるげな表情を浮かべていただったが、まるで別人であるかのように激昂を見せた。

 

 

「あのクソガキにテメェが命懸ける価値なんてありゃしねぇ!『MO手術』の技術の進展だぁ!?『ミッシェル(ファースト)』と『膝丸燈(セカンド)』で十分足りてるっつーの!あのガキはあくまで『予備(スペア)』だ!そいつをわかってんのか!!」

 

 

「そんな理由じゃないよ」

 

 

「じゃあ何だ!長ったらしく論理的にオレを納得させてみろ!!」

 

 

それを聞いた唯香はスゥと息を吸った後に口を開いて、何の躊躇いもなく次の言葉を発した。

 

 

「好きだからって理由じゃ駄目かな」

 

 

娘の口から発せられた、理屈や道理など全てお構い無しの理由に嵐は大きく深い溜め息をつく。

 

 

「…恋は盲目っつうけどまさか我が娘までノータリンになっちまうとはな」

 

 

苦く笑う嵐の手から唯香はアンプルを取り返そうとするものの、嵐はひょいと高くアンプルをつまみ上げてしまった為に、唯香では到底届かない。

 

 

「返して!」

 

 

「オレがやる」

 

 

唐突な父からの提案に、唯香は豆鉄砲を食らったような顔をして父を見上げる。嵐はそんな唯香に構わず、アンプルカッターで開け口を作った後、注射機に中の液体を注ぎ込んだ。

 

 

「で…でもお父さんが…」

 

 

「バーカ。あのクソガキに命懸けるつもりなんてオレァねーぞ。オレが嫌いなもんワーストランキングから考えてガキを助ける方に傾いただけだ」

 

 

嵐はその注射機を特殊な形状の銃のようなものに装填し、クーガに向かって狙いを定める。

 

 

「ワーストランキング二位、〝娘に手を出そうとするクソガキ〟」

 

 

そのまま丘の上を勢い良く駆け抜け、自らの『武器』の射程距離へと距離を詰めた後に丘の下のクーガに照準を真っ直ぐに定めた。そして、さながらヒットマンの如く迷いも躊躇いもなく引き金を弾いた。

 

 

射出された注射機にも似た弾丸は、クーガの首筋に見事に突き刺さり中の液体が注入されていった。クーガにありったけの暴力を叩き込んでいる最中のシュバルツでさえも、その腕を止めて丘の上の嵐を睨む。

 

 

「ワーストランキング一位〝娘の泣き顔〟」

 

 

「邪魔すんじゃねぇぞクソジジイイイ!!」

 

 

シュバルツは、半壊した装甲車を丘の上の嵐に向かって投げ付けた。それは放物線を描き嵐の元へと見事に落下しようとしている。

 

 

「うっひゃー…マジモンの化け物だなおい」

 

 

嵐はそんな危機にも関わらず、まるで他人事のように煙草をくわえて火をつけた。間違いなく、このままでは下敷きになってしまうだろう。

 

 

「お父さん!!」

 

 

唯香の叫びも聞かずに嵐は悠長に煙草をふかす。その間にも、刻一刻と嵐に装甲車の残骸は迫っているにも関わらずだ。ようやく嵐は眼前に迫った装甲車の残骸に目を配り、めんどくさそうに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………シルヴィア、頼むわ」

 

 

「お任せを」

 

 

嵐が呟いた途端、彼の横から〝何か〟が飛び出したかと思えば何かが装甲車を真っ二つに切り裂いた。左右に分かれた残骸は、各々芝生を削り取りながら30m程滑ってようやく停止する。

 

 

唯香は信じられないといった様子で、遠目から双眼鏡で先程の尋問官の女性『シルヴィア』を観察する。頭からはコウモリ類特有の大きな耳が生え、腕には非常に硬そうな長鞭を携えている。

 

 

もしかすると、超音波メスにも近い要領で武器の切断力を強化したのかもしれない。

 

 

そんな風にいつもの癖で唯香が考察していると、いつの間にやら距離を詰めてきたシルヴィアと嵐に腕を捕まれ、U─NASAへの帰路へと強制連行されていく。

 

 

「ふえっ!?シルヴィアさん!お父さん!クーガ君を助けなきゃ!!」

 

 

「バーロー。拘束中のお前を連れ出したってバレるだけでこちとら今後の収入がヤバくなんだ。そろそろ戻らねぇとな」

 

 

「で、でも!!」

 

 

「それにあれはアイツ自身の闘いだ。あれでくたばるようじゃ今後何か起こった時に生き残れる保証はねーぞ」

 

 

唯香はそれを聞いて俯くが、シルヴィアはぽんぽんと唯香の頭を叩いてニコリと微笑む。

 

 

「安心して下さい桜博士。(この人)は貴女が悲しむことになる結果だけは絶対に避ける筈です。それは貴女が一番わかっておいででは?」

 

 

「…………でも」

 

 

「それに貴女の思惑通りにいけば彼は勝てるのでしょう?」

 

 

シルヴィアの言葉に唯香はコクリと頷く。

 

 

「では信じましょう。それに…想いを寄せる女性に見つめられていては彼も落ち着いて戦えないないかもしれませんよ?」

 

 

「ヒアッ!!」

 

 

唯香の顔は、シルヴィアのピンク色の髪を遥かに越す程に真っ赤に染まった。そんな唯香を見てシルヴィアはクスクスと微笑み、嵐は露骨にギリギリと歯軋りをした。

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

 

 

─────────アネックス一号艦内

 

 

 

 

各班六人の班長は円卓を囲み、現在『地球』で起こっている状況を整理していた。U─NASAからの連絡によると、とてつもない強さを秘めた『特性』の持ち主が制御不可能な状況に陥り、病練を襲撃しようとしているとのことだった。

 

 

「艦長…正直これはまずいよねぇ」

 

 

中国班 班長『劉 翊武』は苦言を呈する。それも当然だろう。『アネックス一号』搭乗員の中には、U─NASA病棟で『AEウイルス』の治療を受ける代わりに搭乗員として志願した者もいる。

 

 

その家族が襲撃に巻き込まれてしまえば戦う理由も、下手すれば生きる意味すら失ってしまう搭乗員も中にはいるだろう。故に、その知らせを聞けば気が気ではなくなり、任務に集中出来なくなってしまうかもしれない。

 

 

その知らせを伝達するか否かで、『幹部(オフィサー)』の間で論議が巻き起こっていた。

 

 

「搭乗員には知る権利がある。包み隠さず伝えるのが私達の義務じゃないのか」

 

 

ミッシェルはそう主張するが、劉はうーんと頭を悩ませる。

 

 

「………確かにデイヴス副長の意見は正論だ。ぐうの音も出ないよ。そこは僕も認める。けど無闇に不安を煽る結果にならないか考慮すべきじゃないかな」

 

 

こう言っちゃなんだけど、と更に劉は言葉を続けた。

 

 

「『地球組』が片付けてくれたら何の問題もない訳だよね?事情は任務が終わってから説明すればいい訳だしさ」

 

 

劉の発言に対して反論があるのか、アドルフは挙手する。小吉が発言を認めると、一礼した後にアドルフは口を開く。

 

 

「『アネックス一号』の搭乗員のほとんどは計画の全てを知っている訳じゃありません。

その為我々『幹部(オフィサー)』を頼るしかない。そして彼らは我々を信頼してくれています」

 

 

普段無口なアドルフの言葉に、いつになく熱がこもっていた。ドイツ班にも、U─NASAの病練に家族を遺してきた者がいる。

 

 

その班員も含めて、ドイツ班のメンバーは自分と家族のように接してくれている。その家族を裏切るような真似だけは絶対にしたくない。

 

 

「………彼らにバレるバレないの問題に関わらず、その我々が彼らを裏切る選択肢があること自体間違いだと私は思います」

 

 

アドルフが着席すると、アシモフは息を吐いて小吉へと目線を移す。

 

 

「どーすんだ艦長。正直どっちの言い分も頷けるとこあるしよ、これ自体デリケートな問題だと思うんだがな」

 

 

アシモフの言った通り、これは小さいようで大きな問題だ。『ジェンガ』というゲームの如く、一つのブロックを崩してしまうと他のブロックも芋ずる式に崩れてしまう。慎重に判断することが求められてくるだろう。

 

 

しかしそんな重圧に押し潰されそうな様子もなく、小吉はスッと口を開いた。

 

 

「うん、よし。この事実は全員に伝達する!」

 

 

「おいおい艦長…ちょっとは悩んでくれないと僕も傷つくんだけど…」

 

 

ハァ、と劉はわかりやすく大きな溜め息をついた。

 

 

「ちょっと待て劉さん!これでも一応両方の言い分を反映させたつもりなんだぜ!?」

 

 

小吉以外の五人は皆同様に首を傾げる。少なくとも、伝達する側の意見しか取り入れられてないように思えるが。

 

 

「要するによ、襲撃される事自体が不安になる要素なんだよな?だったら言ってやりゃあいいのさ。『地球組』が警護してるから絶対に大丈夫だってな!!」

 

 

小吉の発言を聞いて、五人はついこのお気楽艦長の頭をひっぱたきそうになった。

 

 

「………艦長」

 

 

「なんだい劉さん」

 

 

「ぶっちゃけ僕の意見あんまり反映されてないよね」

 

 

「………スマン」

 

 

「それに警護されてるのは大前提だし、その警護も絶対とは言えないのが最大の不安要素ってことは勿論忘れてないよね?」

 

 

うんうんと劉以外の四人も頷く。他の四人が小吉に言いたいおおまかなことを劉が大体代弁してくれているようだ。

 

 

「………ウン」

 

 

劉が一言発する度にどんどんと小吉ゴリラの心は抉られ、顔面の彫りはドンドン深くなってウホウホと野生へと帰る準備が整っていく。

 

 

「それに絶対に大丈夫なんて言ってもし駄目だった時なんて悲惨だよ。そん時は流石に包み隠さず本人達に伝えるしかないし、そん時は僕らと搭乗員の信頼関係は崩壊したも同然だろうね」

 

 

「待ってやってくれ。信頼関係以前に艦長のメンタルが崩壊しかけてる」

 

 

「……ウホ」

 

 

「ほらな野生に帰っちまったじゃねぇか」

 

 

ミッシェルが止めに入った時は時既に遅し。小吉のゴリラメンタルはほぼ完全に崩壊していた。

 

 

そんな小吉を見て、五人はふと脳内にクエスチョンマークを浮かべた。

 

 

小吉は何故『絶対に大丈夫』と言ったのだろうと。小吉は何の根拠も無しにいい加減なことを言うような人物ではないと知っているからだ。何かそれなりの勝算があるのではないだろうか。

 

 

「あの…艦長。何故絶対に大丈夫なんて言ったんですか?」

 

 

ローマ班 班長『ジョセフ』が恐る恐る尋ねると、小吉(42)は袖口で涙をグシグシと拭った後に空咳をし、こう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────クーガが『ミイデラゴミムシ』の特性を使用したらしいぜ?

 

 

 

 

 

 

この言葉が響いた後、シーンと室内は静まり返った。その後、各々が反応を見せる。

 

 

「あー…アテには出来ないけどそりゃ『絶対』って言いたくもなるね、うん」

 

 

劉は謎が解けたといわんばかりに顎髭を撫でながら首を縦に振る。

 

 

「チッ…もっと早く言えよ」

 

 

毒を吐きながらも、ミッシェルはどこか嬉しそうに微笑む。

 

 

「……………………」

 

 

クーガを気にかけていたアドルフも胸を撫で下ろし、安堵の表情を見せた。

 

 

「フン…やりゃ出来るじゃねぇかあの坊主」

 

 

アシモフもクーガとの対戦を思い返しながら、葉巻に火をつけて一服した。

 

 

 

 

 

「…それじゃ各自班員に報告ってことでいいか?もしクーガが防衛に成功したら不安もかっ飛んで士気も向上すると思うんだけどさ………」

 

 

小吉からの問い掛けに、四人は各々溜め息をついた後に声を揃えてこう言った。

 

 

 

 

「「「「 意義なし 」」」」

 

 

見事に満場一致した面子を見て、小吉はフッと微笑んで言葉を続ける。

 

 

「………よし。解散だ」

 

 

清々しく、爽やかに会議は終わりかけたその時だった。

 

 

「ま、待って下さいよ!!」

 

 

ジョセフが慌てて締めの号令に割って入る。ミッシェルだけは露骨に嫌そうな顔をしていたが、男性陣はなんだなんだとジョセフを気にかけた。

 

 

「ん、どうしたんだジョー?」

 

 

「…何で、その『特性』使い始めたら安心みたくなってるんですか?確かあの『特性』って二十年前の時にはテラフォーマーを一体も倒せなかった最弱の『特性』って聞いてるんですが…」

 

 

ジョセフが言っていることは脚色のない事実。『ミイデラゴミムシ』の特性の持ち主である搭乗員ゴッド・リーは優れた戦闘の才能こそ持っていたものの、『バグズ手術』で得たその力はあまりにテラフォーマーに対して非力であり、無惨に殺されてしまった。

 

 

そんな最弱とも言える『特性』が使えたからといって何だと言うのだろうか。ジョセフの疑問は最もである。

 

 

「…………馬鹿かお前は」

 

 

ミッシェルは溜め息をつきながらやれやれと口を開いた。

 

 

「父を腕相撲で負かした男の『特性』が弱い訳ないだろ?」

 

 

「うん、ミッシェルちゃん。ちょっと黙ってて貰っていいかな」

 

 

過去に開催した腕相撲大会の話題を発掘して脱線仕掛けたミッシェルを小吉がたしなめ、ゴホンと咳払いした後にジョセフに説明を開始する。

 

 

 

 

 

「ジョー、確かに『ミイデラゴミムシ』はテラフォーマーに対して効果は薄い。だけど人間に対しては抜群の効果を誇るんだ」

 

 

ふむ、とジョセフは頷いた。確かにテラフォーマーに通用しないからといって人間に対して有効ではないとは限らない。

 

 

テラフォーマーと人間には決定的な相違点がある。挙げ出したらキリがないが、特に大きな点は『痛覚』だろう。テラフォーマーには『痛覚』が存在せず、人間には存在する。それだけで、ものによっては大分効果も異なってくるだろう。

 

 

「ちなみに『ミイデラゴミムシ』の特性は人間に対してただ強力って訳じゃねぇぞ。あの坊主とすこぶる相性がいい」

 

 

クーガと実際に一戦交えたアシモフが口を開く。

 

 

「お前…ゲームってのをやったことあるか?」

 

 

「えぇ…まぁ、はい」

 

 

ゲームとクーガの話題に何の関係があるのだろうか。ジョセフは首を傾げるが、アシモフは構わず話を続けた。

 

 

「村に来たばかりの勇者レベル1の頃の時ってよ、弱くて戦闘中あっけなくやられちまうから〝雑魚戦でも常に緊張してたり〟〝攻撃力も低いから相手の弱点をついて〟戦ってなかったか?」

 

 

確かにそうだ。雑魚のスライム相手でも序盤じゃ致命傷を与えてくる相手になりかねないし、攻撃力が足りないから草属性の相手には火属性の武器を使うなど、工夫しつつ戦っていた。

 

 

しかし。

 

 

「…ああいうのって、レベル高くなったらあんまり意識しなくなっちゃいますよね」

 

 

「ああそうだな。レベルが高くなりゃ防御力も上がって死にづらくもなるし、わざわざ炎の武器なんて使わなくても弱点無視して斬って敵なんざ余裕で殺せるようになるわな」

 

 

でもな、とアシモフは続けた。

 

 

「あの坊主はレベル100になってもプレイスタイルは初心者のまんまってこった。どんな雑魚敵だろうが最大限の一撃をぶちかましちまうんだよ」

 

 

「……………え?」

 

 

生物とは強くなればなるほど、その強さと引き換えに『警戒心』や『狡猾さ』を忘れ、代わりに油断という余計なものを覚えていく。

 

 

それは、人間誰しもが大なり小なり避けて通れない道でもある。

 

 

ただし、例外はいた。

 

 

「…クーガはな、ただでさえ臆病で弱虫だったんだ」

 

 

小吉は過去の日のクーガを思い出す。今でこそそんな面影は一切見られないが、いつも泣いてばかりで本当に弱虫だった。

 

 

「優しい子で、戦場になんかいちゃいけない奴だった。そんなクーガが無理矢理イスラエルの戦場になんて放り込まれたらどうなると思う?」

 

 

「………おれだったら、一生モノのトラウマになっちゃいますね」

 

 

「それなんだ、ジョー。クーガは誰よりも死の恐怖を知ってる。だからこそどんなに自分よりも格下の相手と闘う時も油断や隙なんて見せないし、容赦なく思い切り弱点ばかりを狙ってくる」

 

 

クーガの根幹となっている〝弱さ〟の正体とはまさにこのこと。

 

 

いくら自分が『オオエンマハンミョウ』という強力無比な武器を手に入れ、父親譲りの戦闘のセンスを開花させたところで、それはあくまで肉体面での話。

 

 

隠してはいるものの、未だに本当は臆病で弱いまま。故に、どんな相手だろうと僅かにでも殺される可能性があれば全力で相手を排除しにかかる。

 

 

『獅子 、兎を搏つ』ということわざは彼にこそピッタリだろう。

 

 

これがクーガをどんな戦場でも必ず生き抜く一流の『兵士(ソルジャー)』へと至らしめていた。

 

 

「ん……一見弱点がないように聞こえますが……」

 

 

一見弱点のないクーガの戦闘スタイルではあるものの、ジョセフは早々に穴を見つけてしまった。

 

 

「そうだね。弱点はあるよ。所詮弱者が背伸びして闘う為の戦闘方法だからね。遥かに格上の相手と相対した時は容易に対策されてそのまま殺されるのがオチだと思うよ」

 

 

劉は淡々とした口調で語るが、それは一切間違っていない。所詮は弱者の発想。強者には容易く読まれて弄ばれるのがオチだろう。

 

 

「ただし…それを補う方法はあります」

 

 

「もしかしてそれが『ミイデラゴミムシ』の『特性』って訳ですか?アドルフさん」

 

 

ジョセフからの問い掛けにアドルフはコクリと頷く。ふむ、と再びジョセフは考えこんだ末に、お次はミッシェルの方に向き直った。

 

 

「ミッシェルさん…『ミイデラゴミムシ』のことをよろしければディナーの席で詳しく…」

 

 

「それに関しちゃググれカス」

 

 

ジョセフを一蹴した後、思い出したようにミッシェルは「あ」と呟いた。

 

 

「どしたのミッシェルちゃん?」

 

 

「『ミイデラゴミムシ』と『オオエンマハンミョウ』を併用するの無理かもしれねーな」

 

 

「えっ?…えっ!?」

 

 

そんな筈はないだろう。ミッシェルだって燈だって、二つの『特性』を一つの『薬』で両方発現することが可能なのである。

 

 

戦場を駆けてきたお蔭で恐らく三人の中で一番『特性』の扱いに手慣れたクーガならば容易に可能な筈だが。

 

 

「いやあいつな、『ミイデラゴミムシ』の『特性』をあまりにも嫌ってたから『薬』で発現した時は『オオエンマハンミョウ』だけ発現させる訓練を死にもの狂いでしたらしいぞ」

 

 

「何その高度な反抗期!?……まぁ仕方ないわな。あの『特性』のせいで戦場に出勤させられたって愚痴こぼしてたもんな」

 

 

ハハ、と苦く笑う小吉を見て、ポリポリと頬を掻きながらジョセフは不安気な表情を浮かべる。そんなジョセフを見かねて、劉は声をかけた。

 

 

「心配しなくてもいいと思うよ。元から出来てたなら、軽いきっかけさえあればまた出来るようになる筈だからさ。それに彼の『サポーター』は『桜唯香』なんだろ?何の心配もいらないさ」

 

 

「なるほど…唯香さんとのLOVEの力でクーガ君がエボリューション…って訳ですね?」

 

 

「うん君何もわかってないね、ジョセフ君」

 

 

「ええいとにかくだ!『幹部(オフィサー)』全五名!『地球組』に全幅の信頼を寄せた上で襲撃の危険性を各班員に各自伝達すること!解散!!」

 

 

小吉の号令と共に、各班長は迅速に通達事項の伝達へと向かった。フゥと溜め息を吐くと、小吉はポケットから一枚の紙を取り出す。

 

 

『バグズ二号』で開催した、腕相撲大会の順位一覧だ。そこの二位の部分に、クーガの父親ゴッド・リーがランクインしていた。

 

 

「…なぁリー、守ってやってくれよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

 

「ギャッハッハッハッ!!」

 

 

シュバルツは全身の甲皮が砕け、口から血を漏らすクーガを片手で持ち上げて高笑いする。

 

 

「おいどうしたぁクーガちゃぁん!?ギブでちゅか~?ギブなんでちゅか~!?」

 

 

目の前のクーガは文字通り、〝虫の息〟といったところだろうか。

 

 

「あー…つまんね。U─NASA行くついでにさっきの女追っかけて捻り殺すか」

 

 

ポイとその場にクーガを捨てると、シュバルツはのっしのっしと歩き出す。しかし、その大きな足音がその場に響き渡ることはなかった。

 

 

「ア゛!?」

 

 

死にかけのクーガに足を掴まれ、シュバルツはこれまでになく怒りを露にした。

 

 

「なんだぁ!?オレを一人で倒さねぇとドラえもんが未来に帰れないってかぁ!?」

 

 

「こっから先には…絶対に行かせねぇ」

 

 

瀕死の危機にあるクーガがここまで食い付く理由(ワ ケ)がシュバルツには到底理解出来なかった。あの弱虫クーガがここまで粘る理由がわからない。

 

 

「何でここまで必死こくんだ…テメェは」

 

 

シュバルツからの疑問にクーガは血ヘドを拭い、ヒューヒューと息を漏らしながら開口した。その理由のどれもこれもが、シュバルツには到底理解し難いものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「憧れた人達と約束したからだ。あの人達みたいなヒーローになってみせるって」

 

 

I asked God for strength, that I might achieveI was made weak, that I might learn humbly to obey.

 

〈大きなことを成し遂げるために 強さを求めたのに 謙遜さを学ぶようにと弱さを授かった〉

 

 

 

 

 

 

 

「死んだ仲間達に誓ったからだ。お前らが守りたかったもんまで守ってみせるって」

 

 

I asked for health, that I might do greater thingsI was given infirmity, that I might do better things.

 

〈偉大なことができるようにと 健康を求めたのに より良きことをするようにと病気を賜った〉

 

 

 

 

 

 

 

「百人の仲間達に誓ったからだ。留守の間、大切なものを代わりに守ってみせるって」

 

 

I asked for riches, that I might be happyI was given poverty, that I might be wise.

 

〈幸せになろうとして 富を求めたのに 賢明であるようにと貧困を授かった〉

 

 

 

 

 

 

 

「大切な仲間達が背中を押してくれたからだ」

 

 

I asked for power, that I might have the praise of menI was given weakness, that I might feel the need of God.

 

〈世の人々の賞賛を得ようと 成功を求めたのに 得意にならないようにと失敗を授かった〉

 

 

 

 

 

 

 

「泣いてた子に必ず守るって約束したからだ」

 

 

I asked for all things, that I might enjoy lifeI was given life, that I might enjoy all things.

 

〈人生を楽しむために あらゆるものを求めたのに あらゆるものを慈しむために人生を賜った〉

 

 

 

 

 

 

 

「………そんで最後の一つ」

 

 

クーガは桜人から預かったポケットの中の〝お守り〟を取り出した。それは、親友『膝丸燈』を模したフェルト人形。血ヘドを吐きつつも、クーガはそれを強く握り締める。

 

 

こうしていると、あの日の言葉が自然と鮮明に蘇ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────地球を頼んだぞ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初めて出来た親友(ダ チ)地球(ここ)を頼まれたからだ」

 

 

I got nothing that I asked for-but everything I had hoped forAlmost despite myself, my unspoken prayers were answered.I am among all men, most richly blessed. 

 

〈求めたものは一つとして与えられなかったが 願いはすべて聞き届けられた。神の意に添わぬものであるにもかかわらず 心の中の言い表せない祈りはすべて叶えられた。私はもっとも豊かに祝福された〉

 

 

 

 

~ニューヨーク大学の壁に掲げられた『ある無銘兵士の詩』より引用~

 

 

 

 

 

 

 

「それがテメェの自殺動機か?ア゛ア゛!?」

 

 

シュバルツがゴキゴキと首を鳴らし、いよいよクーガの頭を踏み潰そうとした時だった。

 

 

目に写ったのは、ニヤリと不敵に笑うクーガの笑み。それがシュバルツにはたまらなく不気味に思えた為に、つい距離を離してしまった。

 

 

シュバルツは自分でも何故そんな行動を取ったのか理解出来なかったが、それは生物学的に言うと『生存本能』と呼ばれる代物だった。

 

 

あのままでは自分はクーガに『殺される(喰 わ れ る)』とシュバルツは思いこんでしまったのだ。あの、死にかけのクーガに恐怖したのだ。

 

 

「結構いい勘してるな。…あのままだったらアンタ、一瞬で殺られてたぜ」

 

 

不敵に笑うクーガの口から出る言葉は、シュバルツにはどうもハッタリを言っているようには聞こえなかった。

 

 

「まぁこっちとしちゃ〝これ〟が燃えちまうのは不本意だったからラッキーだったけどな」

 

 

クーガは戦闘服のポケットに桜人から貰ったフェルト人形をしまいこむと、首筋から注射針をおもむろに引き抜いた。その刹那のことだった。

 

 

ボンという空を引き裂く音と共に、クーガの身体は一瞬で爆炎に包まれた。まるで炎は繭の如くドーム状に盛り上がり、揺らめく。

 

 

「流石唯香さんだよな。短時間でこんなもんまで仕上げちまうんだからよ。突然力抜けちまった時はすっげー焦ったけど……」

 

 

『炎の繭』に身を包まれたクーガの声が、ジリジリと周囲のコンクリートを焦がす音と共に静かにその場を支配する。

 

 

パチ。パチパチ。火の粉が暫くコンクリートの上を跳ねた後、ようやく炎は治まりつつあった。

 

 

そしてようやく見えてきたクーガの姿に、シュバルツは眉をしかめた。

 

 

 

 

 

違う。

 

 

 

 

 

過去に見た『ミイデラゴミムシ』の姿とも。

 

 

 

 

 

先程見た『オオエンマハンミョウ』の姿とも違う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何驚いてんだ?そんなに変か?」

 

 

 

 

 

後ろの結わえた髪と、前髪の僅かに束なった二本の髪束はオレンジ色の触角へと変化し、首筋にも同色の二対のぶち模様が発生した。それに加えて腕には『オオエンマハンミョウ』の凶悪な顎を備え、漆黒の頑丈な甲皮で身を包んでいる。

 

 

 

 

 

そして何より、両腕の掌には孔が空いていた。

 

 

 

 

「何だ…」

 

 

 

 

 

その姿を見て、シュバルツはつい口から疑問を弾き出した。

 

 

 

 

 

「何なんだ…テメェはよ…!!」

 

 

 

 

 

それに対して、クーガは口元の血液を拭いながらこう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…みんなと同じ人間(よわむし)だ、クソムシ」

 

 

「ほざけぇええええええ!!」

 

 

シュバルツは半ば無理矢理恐怖を振り払うように、怒号を飛ばしながらクーガに向かって突進する。それを見たクーガもまた、静かに両腕を後ろに向けた状態でシュバルツに向かって駆け出した。

 

 

 

「悪いが…マジで先手必勝でやらせて貰うぜ、こっからは」

 

 

次の瞬間、クーガは化学物質『ベンゾキノン』を過度な威力で後方に射出し自身を前方へと大きく『前進(ブースト)』させた。

 

 

かと思えば次の瞬間、シュバルツとすれ違いザマに彼の右腕を『オオエンマハンミョウの大顎』で引き裂いてそのまま脇を通過する。

 

 

ゴロン、と地面に何かが落下した。

 

 

それがシュバルツ・ヴァサーゴの右腕であることに気付いたのは、数コンマ後のことだった。

 

 

「グギャアアアアア!!」

 

 

シュバルツ・ヴァサーゴは絶叫する。痛みのあまり、悶絶する。クーガ・リーは、それを観察しつつ自らの腕の武器同士をすり合わせて火花を起こしていた。

 

 

「…この程度見切れねーんじゃやっぱアズサに勝ったのはマグレくせーな」

 

 

シュバルツはクーガをギロリと睨み、立ち上がる。

 

 

「今のが二度と…ッ通用すると思うんじゃねぇ!!」

 

 

「ああ。その通りだろうな。オレの攻撃パターンなんてアンタみてぇな化け物相手じゃ見切られるのがオチだ。今のも一回ぐらいしか通用しねぇ変化球。もう一度同じことしたらアンタは余裕で見切ってくるだろうな」

 

 

けどさ、とクーガは付け足す。

 

 

「〝こう〟しちまえばアンタもどうしようもねぇだろ?」

 

 

クーガはシュバルツに向かって両腕を翳す。それを見た途端、シュバルツの顔は一気に青冷める。

 

 

「止せ…やめろ。やめろ!!」

 

 

〝ス゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛ト゛!!〟

 

 

灼熱の化学物質『ベンゾキノン』が今度はシュバルツに向かって放たれる。その回数は『ミイデラゴミムシ』の連射回数29回Max。

 

 

「ッア゛ア゛ア゛ア゛!!」

 

 

全て直撃したシュバルツは、芋虫のようにもがく。それも当然だろう。『ベンゾキノン』は粘膜や皮膚等に付着しやすい劇物だ。

 

 

現にシュバルツの瞳に付着して『視覚』を奪い、全身に付着して絶え間なく激痛をはしらせることによって『触覚』を曖昧にし、ベンゾキノンが発する激臭が『嗅覚』をなきものにした。

 

 

それに加えて耳の穴にも『ベンゾキノン』が入り込んだこと、爆音が響いたことによって『聴力』を鈍らせ、ついでに言うと舌に付着して『味覚』も麻痺させた。

 

 

とどのつまり、シュバルツは今現在生きていくのに必要な五感を一時的に全て奪われてしまった訳である。

 

 

「オレが弱点ばっかり狙ってくるってのはわかっててもよ、その状態じゃ避けることなんて出来やしないだろ?って…聞こえてねぇんだっけか?」

 

 

クーガは血を流しつつ、ただ闇雲に暴れるシュバルツへと徐々に歩み寄った。今の彼を例える言葉があるとすれば、『まな板の上の鯉』がピッタリだろう。

 

 

最早これは戦闘ではない。『オオエンマハンミョウ』や『ミイデラゴミムシ』等のオサムシ類【肉食甲虫】が好き好む食事。

 

 

そしてここは戦場ではなく、さしずめ食卓といったところだろうか。

 

 

次の瞬間、クーガはシュバルツの四肢稼働に必要な器官を全て滅茶苦茶に切り裂いた。

 

 

「アアアアアアアアア!!」

 

 

絶叫がこだまし、血が飛び散るこの空間。クーガはシュバルツを無力化しているだけなのだが、もしここに第三者がいたらクーガがシュバルツを『補食』しているようにしか見えないだろう。

 

 

それ程までに、悲惨な光景だった。

 

 

「あー…これもうどっちが悪役かわかんねぇな…」

 

 

生きてはいるものの、完全に〝無力化〟したシュバルツを見て苦笑する。小吉やアドルフならばもっと鮮やかに倒せるだろうし、燈なんてマジモンの正義のヒーローの如くかっこいい倒し方が出来てしまうのだろう。

 

 

「別にダークヒーロー路線目指してる訳じゃねぇんだけど参ったな…まだオレは約束守るだけで精一杯みてぇだ、燈」

 

 

ズルズルと壁に寄りかかりながら、クーガはポケットの中のフェルト人形の感触を確かめた後に取り出し、マジマジと眺める。

 

 

「でも安心しろよな。どんなにかっこ悪くても、お前らの大切なものも、オレの大切なものも必ず守ってみせるから…ゲホッ!ゲホッゲホッ!!」

 

 

血ヘドを撒き散らし、クーガはポケットから信号弾を上げてU─NASAに合図を送る。これで、回収班が自分とシュバルツを回収しにくる。後はU─NASAに全て任せればいい。

 

 

正直、シュバルツを今すぐこの場で殺してやりたかった。しかし、殺す寸前で花琳の消息を知っているかもしれないという思いが過り、それがなんとか自らの手をすんでのところで停止させた。

 

 

少しは自分も過去や自分の弱さと向き合い、成長出来たのだろうか。

 

 

「………親父。オレは人殺しじゃなくてアンタと同じ兵士だ。これで良かったんだよな?」

 

 

薄れゆく意識の中で、クーガは父に向けてそう呟いた。返事が返ってくる訳でもないが。クーガの体はそれを言い終えた途端に限界を迎え、脱力して地面へと吸い寄せられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくやったな、クソガキ」

 

 

意識が途切れる寸前で、誰かが自分に肩を貸してくれた。どことなく、雰囲気や無骨なところが父に似ている気がする。もしかしたら父がどこぞのネクロマンサーにリビングデットの呼び声で生き返らせてもらったのかもしれない。

 

 

そんな自分でも笑ってしまうようなファンタジーな妄想に浸りながら、クーガの意識は闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

「チッ…クソ重いなオイ…!!」

 

 

『桜 嵐』は、ぶつくさ文句を言いながらクーガ・リーを現場から運び出そうと四苦八苦する。

 

 

娘に手を出そうとしているクソガキであるが故に、正直気絶している間も煙をたっぷり吸って悪夢でも見て欲しいのが本音だ。ただそのサディストプランを実行すると娘から放置プレイルートに入ってしまうので仕方なく助けただけである。

 

 

「………親父」

 

 

気絶しながら、うわ言のように親父と呟くクーガに嵐は心底嫌そうな顔をする。申し訳ないが義父親さんになるつもりは一切ないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー!せーんせ!生きてまーす!!」

 

 

突然、可愛らしい声が地獄のようなこの場に響き渡る。振り返ってみると、風俗店のようなスカート丈の短いナースの制服に身を包んだ女性が、シュバルツを指をつついて嬉しそうにはしゃいでいる。

 

 

金色の綺麗な長い髪で、年齢は17歳ぐらいだろうか。眼はパチクリとしていて大きめだ。

 

 

そんな少女の横から白衣を身に纏った眼鏡をかけた男が現れる。髪は坊主頭で、目にはどことなく生気がこもっておらず、無表情で淡白そのものな顔面はやや頬骨が浮いている。

 

 

その人物を見た途端、嵐の表情は固まる。その人物が旧知の中で、尚且つ因縁のある人物だからである。

 

 

「冬木ィ!!」

 

 

嵐が叫んだ途端、その眼鏡の人物『冬木』は嵐に視線を傾けた。

 

 

「………桜か。奇遇だな」

 

 

「U─NASAのお尋ね者がよく顔出せたもんじゃねぇか!」

 

 

嵐は冬木に特殊な形状の銃を構えるが、冬木はそれを一切意に介さないかのように嵐を見据えて、淡々と告げた。

 

 

「桜、やめておけ。俺は『シュバルツ・ヴァサーゴ』を回収しにきただけだ。別に友人であるお前とこの場で争う気はない」

 

 

「生憎とそこの男もU─NASAの管理下にあるから勝手に持っていって貰っちゃ困るんだがなぁ!」

 

 

「…そうか。ならば敢えて言わせて貰う」

 

 

冬木はスチャと眼鏡を人指し指で直すと、こう言った。

 

 

「〝知ったことか馬鹿野郎〟と」

 

 

「キャッ ♡せんせーかっこいい~!!」

 

 

ナース姿の少女が冬木の腕に抱き付いたのを見て、嵐は唾を吐き捨てた。

 

 

「いつからロリコンになったんだか知らねぇが…そんなこたぁどうでもいい。くたばれや、ダチ公」

 

 

嵐が引き金を引こうとした瞬間、白い触手のようなものが嵐の腕から特殊機器をもぎ取った。

 

 

「なっ…!?」

 

 

唐突すぎて対応出来なかった。見たところ、あの二人が『MO手術』を使用した訳でもなさそうだ。辺りを警戒して見回す嵐を見て、ナース姿の少女は悪戯気味に笑う。

 

 

「お馬鹿さん。せんせーとあたしに危害加えようとしたら〝その子〟が動いちゃうのに」

 

 

カタカタと、装甲車の影から車椅子の少女が姿を現した。髪の色は黒くておかっぱで、服の上からでもわかる程に華奢な体つきだった。余程病弱なのだろうか。

 

 

その少女の背中からは一本の触手が伸びており、獲物を狙う蛇の如く嵐の前を行き来する。

 

 

「………やっちゃえ」

 

 

ナース姿の少女の号令で、車椅子の少女はその触手を嵐に向かって突き立てた。

 

 

「チイッ!!」

 

 

クーガをドンと突き飛ばし、嵐は二丁目の特殊機器を構えようとする。しかし、間に合わない。覚悟を決めて、目を閉じようとした時だった。

 

 

「………あ?」

 

 

嵐はすっとんきょうな声をあげた。その触手は嵐の方ではなくクーガの方向、更に言うとクーガが握っているフェルト人形の方向に伸びたからだ。

 

 

ツンツンと、その触手はそのフェルト人形を珍しげにつついている。

 

 

「コラッー!言うこと聞いてよ~!!」

 

 

その様子にナース姿の少女はプンプンと、車椅子の少女に向かって怒りを飛ばした。しかし、車椅子の少女は一向に言うことを聞く様子はない。

 

 

「もっー!帰ったらお仕置きだからね!」

 

 

車椅子の少女は、虚ろな目でコクリと頷く。キコキコと車椅子をこぎ、冬木が用意した車両へとナース姿の少女に押されて乗り込んだ。

 

 

一連の様子にポカンと眺めていた嵐だったが、すぐに我に返り車両に向かって叫ぶ。

 

 

「待て冬木ィ!!」

 

 

嵐の声も無視して、車両は遠くへ遠くへと去っていく。その背中を眺めることしか、嵐にできることはなかった。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

目を覚ますと、病院のベッドで眠っていた。

 

 

やけに身体が重かった為に身体を起こしてみると、唯香を初めとする『地球組』の面々が自分によりかかって眠っていた。自分を心配してくれたのだろうか。

 

 

起こさないようにそっーとベッドから起き上がると、唯香とレナとアズサを自分のベッドに寝かせ、ユーリとエドに毛布をかけてこっそりと抜け出した。

 

 

一時間という約束は破ってしまったが、約束は守らねばなるまい。最早誰もいなくなったエントランスホールを抜けて、病棟前に設置されたベンチへと足を急ぐ。

 

 

痛む傷を抑えながら、クーガは辺りを見渡すと探していた人物はいた。

 

 

「桜人!」

 

 

「あ…クーガさん!」

 

 

桜人はクーガを見るなり手を振るが、怪我をしてることに気付くなり心配そうに駆け寄った。

 

 

「大丈夫なの…?」

 

 

「平気だぜ?桜人がくれたお守りのおかげでな。本当にありがとな!」

 

 

クーガは掌の中に握っていたフェルト人形を桜人の掌の中に納める。桜人は掌の中の人形を確認すると、首を傾げた。

 

 

「お人形さん…泣いてるみたい」

 

 

「え?」

 

 

人形を覗きこんでみると、確かに目の部分に何かが伝った跡が見えた。まるでナメクジが通った道のように光沢を放っている。

 

 

「あ…すまん!何かつけちまったみてぇだな…」

 

 

「ううん、平気だよ!ぬるま湯に洗剤溶かして洗うから!」

 

 

「女子力たけー………」

 

 

クーガが感心していると、桜人は俯きながら口を開いた。

 

 

「ボクも…クーガさんみたくこの人形をヒザマルさんに返せるといいな」

 

 

桜人が絞り出すように呟いたその言葉に、クーガは溜め息をついて桜人の頭をクシャクシャと撫でた。自分の身体が燈が帰還するまでもたないかもしれないと言いたいのだろうが、そんなことこどもが心配する必要はない。

 

 

「わわわ、クーガさん!?」

 

 

「なぁ桜人。時に君はお花見に行ったことがあるか?」

 

 

「お花見…ってあの桜見ながらピザとかポテト食べるやつ?」

 

 

「………食べ物のチョイスに風情が全くといっていい程ねーな」

 

 

クーガは再び溜め息をついて「よし」、と意気込んだ。

 

 

「名前の割には花見のなんたるかをわかってない桜人にはさ、オレが花見のなんたるかをきっちり教えてやるよ」

 

 

「…………え?」

 

 

「実はオレさ、究極の穴場知ってんだ。だから今からだとそうだな…来年になるかな。燈達も戻ってきてるだろうし、桜人も元気になってるだろうから行こうぜ、みんなで」

 

 

クーガは自分が元気になることが大前提で話を進めている。恐らく自分に悪いことを考えさせないようにしているのだろう。自分の命の蝋燭に、必死に炎をつけようとしてくれているのだろう。

 

 

それに気付いた桜人は、コクリと頷く。

 

 

「うん、わかった!」

 

 

「よし!決定な!!」

 

 

お花見の予定も決定したところで、桜人のその瞳からはいよいよネガティブな感情は失せていた。強く生きる意思を持ったよい眼だ。燈にとてもよく似ている。

 

 

スゥと息を吸い込むと、桜人はクーガの正面に立って思い切り拳を突き出した。

 

 

「クーガさんにお願いがあります!」

 

 

「おっ、なんだ?」

 

 

「ボクが元気になったら、クーガさんからもボクに闘い方を教えてほしいです!」

 

 

「はひっ!?」

 

 

クーガはあまりの唐突な提案に空前絶後のマヌケボイスを披露してしまう。待て。自分から教えてやれることは何もない。燈から空手を教えて貰えるなら、確実にそれ一点に絞った方が良さそうではあるが。

 

 

「…あのな桜人、オレなんか燈と比べたら雑魚の中の雑」

 

 

「朝も言ったようにボクも二人みたいになりたい!誰かの命を助けられるようになりたい!」

 

 

桜人の言葉には、熱がこもっている。

 

 

「今日クーガさんがボク達を助けてくれたように!ヒザマルさんがこれからボク達を救ってくれるように!!」

 

 

小吉とアドルフもこんな気分だったのだろうか。命の炎のたいまつをこうして幼き者達に引き継がせる時の気分は。命の連鎖に携わる時の感覚は。

 

 

「わーかったよ。何でも教えてやる。ただし燈みてぇに教え方上手くねぇから覚悟しとけよ?」

 

 

「うん!わかった!」

 

 

そう返事する桜人は、嬉しそうに笑っている。楽しそうに生きている。こんな自分でも、未来への希望を幼い少年に持たせられたのであれば上出来ではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえばクーガさんの言ってる穴場ってどんなとこなの?」

 

 

「………そうだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都心から遠いし

 

 

 

 

 

 

 

駅からも遠いし

 

 

 

 

 

 

 

トドメにバス停からも遠いけど、

 

 

 

 

 

 

来年の今ごろは、きっと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      E   N   D

 

 

 

 

 

TO

 

NEXT

 

DIMENSION

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





第一部最終回、試行錯誤の末にようやく投稿出来ました。
(その他にも『無銘兵士の詩』が著作権に違反してないかの調査や、レポートやら小テストっていう憎い奴の妨害もありましたが)


お待たせしてしまって大変申し訳ありません。正直、こんなところまで書き切れるとは思いませんでした。


本当に大好きなテラフォーマーズの二次創作を投稿させていただけるだけでも光栄なのに、皆さんから様々なコメントも頂けたのが本当に嬉しかったです。


貴家先生と橘先生が生み出すかっくいい世界観や、担当編集者さんの鳥肌もんの激熱な煽りを万分の一も再現出来ていませんが、これからもちまちまと頑張っていこうと思います。


皆さん本当にたくさんのコメントをありがとうございました。確実に皆さんのコメントがこの作品の一番の助けになりました。やる気が出るきっかけになったり、作品に今後出てくる登場人物のヒントになったりと様々な影響を受けました。本当にありがとうございます。


どうぞこれからもどうぞよろしくお願いいたします。


後、この物語を作るきっかけをくれたリーさん、ハゲゴキさん、ゴキちゃんにも感謝の言葉を。ツイッターで友達がいなかったオレの話し相手になっていただいて本当にありがとうございました。

基本はbotなのに、たくさん気を遣ってくれたり、ほたる母さんの件ではアドバイスを頂きましたね。作品が続いてきたのは、読者の皆さん以外にも3人のお陰です。本当にありがとうございます(・ω・⊃)3アザラシの舞!




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Character② キャラクタープロフィール②     【アズサ・レナ・ユーリ・花琳】




キャラクタープロフィール第2弾

アズサ・レナ・ユーリ・花琳


キャラクター達のイラストを募集しております。
もしお書きになって下さる方は、メッセージorTwtterにてご相談に乗らせて下さいm(__)m



◆このページのイラスト一覧

なたでここbotさん(そ~まさん)
・『アズサ・S・サンシャイン』
・『アズサ(ラフ画)』
・『美月レナ』


美砂さん
・『アズサ・S・サンシャイン』
・『アズサ(ラフ画)』
・『美月レナ』




 

 

 

 

▽キャラクター⑤

 

【アズサ・S・サンシャイン】♀

 

□アメリカ×日本 20歳 170cm 49kg

 

□『アース・ランキング』 2位

 

□手術ベース:ヘラクレスオオカブト

 

□好きな動物:いぬ

 

□好きな食べ物:ホットケーキ

 

□嫌いな食べ物:辛いもの、苦いもの

 

□好きなもの:フェンシング、目立つこと、レナ、父

 

□嫌いなもの:無駄遣い、ユーリ・レヴァテイン

 

□瞳の色:青

 

□血液型:A型

 

□誕生日:5月30日(双子座)

 

□趣味:裁縫、子犬の写真を見ること

 

□有名食品会社の代表取り締まり役を代々務める『サンシャイン家』の愛娘。幼い頃に母親を亡くして以来、父親に男手一つで育てられてきた為にややファザコンの気がある。

 

 

名だたるフェンシング大会で優勝を飾るだけでなく、勉学においても成績優秀、更には父親の会社の経営を補助出来るまでに優秀でありまさに才色兼備と言える彼女だが、裁縫以外の家事全般が絶望的に出来ない。

 

 

世界有数の富豪であるにも関わらず無駄な出費は避けるタイプではあるが、本当に必要な時は金を出し惜しまない。悩みは食品会社に時折出入りする為に衛生上ペットとして犬を飼えないことと、バストが小さいこと。黒歴史はユーリに尻を触られた(?)こと(12話参照)。Aカップ。

 

 

作・そ~まさん

『アズサ・S・サンシャイン』

 

【挿絵表示】

 

 

 

作・そ~まさん

『アズサ(下書き)』

 

【挿絵表示】

 

 

 

作・美砂さん

『イメチェンアズサ』

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

▽キャラクター⑥

 

【美月 レナ】♀

 

□日本 20歳 163cm 50kg

 

□『アース・ランキング』 3位

 

□手術ベース:マンディブラリスフタマタクワガタ

 

□好きな動物:ねこ

 

□好きな食べ物:ビール、焼き鳥、さけるチーズ

 

□嫌いな食べ物:さけないチーズ

 

□好きなもの:格闘技、アズサ、アズサパパ

 

□嫌いなもの:勉強

 

□瞳の色:赤

 

□血液型:B

 

□誕生日:6月21日(双子座)

 

□趣味:運動、昔のアニメを見ること、さけるチーズを極限までさくこと

 

□『サンシャイン家』に養子として迎えられた元孤児。施設の職員に保護された時、施設の前にまるで捨て猫の如く段ボールの中に入れられて捨てられていたらしい。当時レナは3歳で、両親の記憶も当然あるがそれを人に語ったことはない。

 

両親に酷く捨てられたものの、その後『サンシャイン家』に引き取られて本当の娘同様に手厚く育てられたことからアズサの父とアズサに相当な恩義を感じている。その為自らボディガードを買って出ることを決意し、幼少の頃より体を鍛えることに。その結果、軍隊式の格闘術を見事マスターし、格闘勲章を授与された(同僚の女性自衛官をセクハラしていた上司を半殺しにした為、一年弱で退役させられたが)。

 

基本的に無表情かつ言葉も棒読みで、何を考えてるかわからない。しかも好物に関してはそこいらの中年のサラリーマンのチョイスそのもので、自らを『おっさんけいじょし』と称する始末だが、家事が苦手なアズサのフォローをしてきただけあって家事スキルに関してのみ万能で、かなりの女子力を発揮する。悩み、黒歴史は不明。Dカップ。

 

 

作・そ~まさん

『美月レナ』

 

【挿絵表示】

 

 

 

作・美砂さん

『イメチェンレナ』

 

【挿絵表示】

 

 

 

作・美砂さん

『イメチェンレナ(下書き)』

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

▽キャラクター⑦

 

【ユーリ・レヴァテイン】♂

 

□ロシア 23歳 183cm 70kg

 

□『アース・ランキング』 4位

 

□手術ベース:アンボイナガイ

 

□好きな動物:しじみ

 

□好きな食べ物:和食全般

 

□嫌いな食べ物:レモン

 

□好きなもの:狙撃、葉巻

 

□嫌いなもの:裏切り

 

□瞳の色:グレー

 

□血液型:O型

 

□誕生日:12月1日(射手座)

 

□趣味:狩猟、海に行くこと

 

□ロシア随一の狙撃手にして、『白い死神』の再来とまで呼ばれた男。様々な通過点(プロセス)を無視して最年少で狙撃手の養成学校を卒業し、政府直属の狙撃手として様々な紛争を事前に阻止してきた。

 

しかしその才能を疎まれたが故に、彼と組んでいた『観測手』のヤーコフの裏切りに遭ってしまう。結果、それが彼を人間不信にしてしまう。『MO手術』を受けた理由は、裏切りによって失われた身体能力を充分に取り戻し、ヤーコフに復讐する為。

 

その美貌故に数多くの女性に見初められてきたが、人間不信故に何か裏があるのではないか?とすぐに勘ぐってしまい、アプローチを無下にしてきた様子。悩みはアズサに尻を触ったアクシデントを掘り返されること、黒歴史はヤーコフの裏切りを見抜けなかったこと。

 

 

 

 

▽キャラクター⑧

 

【趙 花琳】♀

 

□中国 26歳 169cm 54kg

 

□手術ベース:エメラルドゴキブリバチ

 

□好きな動物:パンダ

 

□好きな食べ物:肉まん、あんまん

 

□嫌いな食べ物:無し(ウッドに何でも食わされた為)

 

□好きなもの:謀略、策略、暗躍

 

□嫌いなもの:U─NASA、テラフォーマー

 

□瞳の色:黒

 

□血液型:AB型

 

□誕生日:2月21日(うお座)

 

□趣味:南アフリカへの募金

 

□『テラフォーマー生態研究所第1支部長』兼アズサとレナの『サポーター』を務めていた女性。アジアンビューティーとも呼べる美しさを宿しているが、その正体は『中国』から雇われた工作員。ある依頼された目標を為し遂げる為に暗躍している模様。しかし、独自の目的の為にも動いている節もある。

 

幼少の頃に家族で旅行でアフリカに赴いた際に拉致され、逃げ出した際に後の『バグズ2号』搭乗員『ヴィクトリア・ウッド』に救われた。貧しくて苦しくて、危険な毎日だったものの中国までの旅費を貯めるまでの間、ウッドと過ごした二年間は本人にとってかけがえのないものであった模様。事実、ウッドが『バグズ手術』の為に渡米した後も時々会いに行くほどになついていた。

 

(ウッドも最初は自分が生きるだけで必死だったので、花琳を利用するだけ利用して売り飛ばそうと当初は考えていたものの、あまりにも無邪気になついてくる花琳に毒気を抜かれた模様)

 

『バグズ2号』の事件以来、ウッドと連絡がつかなくなりU─NASAに不信感を覚える。真相を知ろうとU─NASAの重要ポストに座るまでに至ってようやく事の真相を知った時、U─NASAへの疑心は憎悪へと変わった。彼女の死を隠蔽したことと、『バグズ2号』の件を軽く捉えている職員が多くいたことがそれをエスカレートさせた模様。悩みは胸の重さで肩が凝ること。黒歴史は特に無し。Fカップ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







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地球編 第二部
第二十五話 ZERO ローマの狂日





ジョーカー【役割】

joker,Joker


洒落や冗談で周りを楽しませる人物、道化といった意味を持つ。また、トランプにおいて度々最強の札として扱われることから、切り札という意味で使われることもある。






 

 

 

 

時刻AM:0:00。

 

 

上空:30,000フィート、ローマ連邦首脳専用プライベートジェット内にてローマ連邦首脳、ルークは膝の上に乗せた植木鉢を訝しげに見つめる。

 

 

「………………」

 

 

面倒くさいものを押し付けられたと言わんばかりに、蓄えた顎髭を撫でながら溜め息を吐いた。

 

 

「……エドに押し付けられたのですか?」

 

 

彼の傍らに控えていた女性秘書は、今更ながらルークに尋ねた。機内に搭乗する前から気になってはいたのだが、ローマ連邦を束ねる首脳が植木鉢を持って機内に搭乗する姿など前代未聞だ。

 

 

周囲からは相当シュールな光景に映っただろう。

 

 

このような珍妙な贈り物をルークが投げ出さず、大切に抱えさざるを得ない状況(シチュエーション)を生み出すことが可能な人物といえば、ルークが『PROJECT』で貸しを作った『中国』首脳が思い浮かぶ。

 

 

しかし、彼がこんな珍妙かつ素朴な贈り物をしてくるとは思えない。となれば、容疑者は絞り込まれてくる。

 

 

ルークが頭が上がらないもう一人の人物といえば、『PROJECT』の被験者かつ『地球組』の新規メンバーである『エド』だ。

 

 

権力的にはルークの方が遥かに上だが、『エド』が相手となるとタジタジだ。なんというか、調子が狂わされる。

 

 

天然で人当たりが良いというだけならば良いのだが、彼は嘘をつくことに関しても達者なのである。それがルークを度々困らせた。

 

 

「ああ、お察しの通りエドの野郎から貰ったっつうか……半ば強引に押し付けられた」

 

 

ルークは、植木鉢を持ち上げてまじまじと見つめた。植えられている植物は『シロガネヨシ』。イネ科の植物で【強気な恋・寛大な愛・光輝・人気】という花言葉を持つ。

 

 

そして何より、

 

 

「……イテッ!!」

 

 

 

 

──────よく()れる。

 

 

 

 

「チックショ……」

 

 

ルークは、シロガネヨシの葉で軽く切った自らの指先をパクリと唇でくわえる。

 

 

この成長すれば2mにもなるお化け植物を、エドはジョセフに似てるから大切にしてやってくれという理由で自らに押し付けてきた。

 

 

ベース生物的な意味は抜きにしろ、花言葉といい特徴といい確かに似ている。しかし、これをジョセフ、つまりはジョーに見立てて大切にしてくれなどという要求には溜め息しか出ない。

 

 

早くも主人にミニクーデターを起こしてきたこの植物を、ルークは可愛がる気にはなれなかった。

 

 

「……エドにとって、ジョーは大切な友人なんですね」

 

 

秘書は事情を察したのか、くすりと笑った。

 

 

「わかんねぇもんだな。あいつらって合わなそうなもんだけどよ」

 

 

2人の性格や見た目を比較してみると、恐ろしい程に正反対だった。マッチョの伊達男(ジョセフ)と、女装させれば女と間違われそうななよなよ優男(エ ド)

 

 

両者の共通点といえば天然な性格と、女受けする顔付き、『両者の存在が共に反則に近い点(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ )』ぐらいではないだろうか。

 

 

ローマの利権はそこだ。日本が膝丸燈とクーガ・リーを手中に納めていたとしても、ローマはそれの抑圧すら可能な存在を『火星』と『地球』にそれぞれ持っている。

 

 

今回の『テラフォーミング計画』、いざとなれば強引に主導権を奪うことだって出来るのだ。

 

 

他の国に敵対視されるが故にこちらから積極的に仕掛けにいくことなどないが、いざとなればそれが可能、という事実が他の国に対する抑止力となっている筈。

 

 

故に成果が出せなければナメられるし、見くびられる。それだけは阻止しなければならない。

 

 

「…頼んだぜ、優しくねぇ優男さんよ」

 

 

ルークは静かに祈る。今頃、任務をこなしているであろうエドに向けて。

 

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

─────────

 

 

 

 

 

 

 

───────12時間前

 

 

 

 

時刻:PM00:00。

 

 

 

 

U─NASA専用車両から容姿端麗な青年が姿を現した。クリーム色の天然パーマ気味の髪は、風に吹かれて静かに揺れる。

 

 

「山奥の空気は美味しいって話、本当だったんですね」

 

 

降り立った先の大自然を満喫するかのように松葉杖で軽く地面を叩き、空気を深く吸い込んで大気を存分に堪能した。

 

 

ローマ連邦所属 〔 エドワード 〕

 

 

戦力の大半を失った『地球組』の新たな構成員として彼は本日付けで『地球組』に配属された。そして、正式に『地球組』の本拠地に指定された『テラフォーマー生態研究所第4支部』にたった今到着した次第である。ここで、本日から彼の新生活が始まる。

 

 

ここ( ・ ・)のことならなんでもきけよ、しんじん」

 

 

空港からの運転手を勤めていた美月レナは、早速新人であるエドに先輩風を吹かせている。

 

 

彼女もここに住まいを移してから日が浅い筈だが、その物言いはまるでこの研究所の主だ。

 

 

「はい!レナさん!!」

 

 

「ふっふっふっ。くるしゅーない」

 

 

アホの子レナは、エドという生まれて初めての下っぱを得て御機嫌の様子だ。

 

 

そんなレナに反して、エド表情は心なしかどこか浮かばない。いや、顔は相変わらず笑顔のままなのだが、陰りがどことなく感じられなくもない。

 

 

「 ? どーしたしんじん?」

 

 

レナはそれを機敏に感じ取ったのか、エドにふと尋ねた。彼は少しの間口をつぐんだ後に、ゆっくりと口を開く。

 

 

「……僕のこと、最後まで信じてくれますか?」

 

 

何の前触れもなく、突如放たれたその言葉にレナは首を傾げる。

 

 

エドの言っている言葉が何を示すのか、どういう意図が裏にあるのかレナには理解出来なかった。

 

 

ただ、どこか切なげなエドの表情からして軽い気持ちで自らに尋ねた訳ではないことはわかった。

 

 

「わかった。しんじてやる」

 

 

レナがそう返すと、エドはほっとしたように胸を撫で下ろした後、深々と頭を下げた。

 

 

「……ありがとうございます」

 

 

「ただし〝さけるちーず〟をときどき わたしにけんじょー しろ。もし〝さけないちーず〟を かってきたら ぱんち が おまえにとぶぜ」

 

 

「ええ!?」

 

 

 

 

 

───────────────────

 

 

───────

 

 

 

 

レナに理不尽な契約を結ばされたところで、エドは震える手で研究所のインターホンを押した。

 

 

これから上手くやっていけるだろうか。受け入れて貰えるだろうか。エドの胸はそんな期待と不安でドキドキと胸が高鳴る。

 

 

「げんきよく あいさつするざますよ、しんじん」

 

 

レナの言葉にエドはこくこくと頭を頷かせた後、すぅと深く息を吸い込んで呼吸を整える。

 

 

丁度その時、ドアがゆっくりと開いた。レナに言われた通り元気よく挨拶しようとした瞬間、エドの表情は凍りついた。

 

 

なにせ、

 

 

「じ、ぎぎぎぎ」

 

 

「じょじょう!!」

 

 

応対してくれたのが〝二人〟のテラフォーマークローンだったからである。

 

 

スキンヘッドのテラフォーマー『ハゲゴキさん』並びに、ノーマルタイプのテラフォーマー『ゴキちゃん』である。

 

 

この『テラフォーマー生態研究所第四支部』では、人間とテラフォーマーの共生が可能か否かの実験も平行して行われている。故に、この二人の存在はエドも耳にしていた。

 

 

しかし、予期していたとはいえどもこうして面と向かってみるとコミュニケーションをどうとっていいかわからない。

 

 

「しんじん、あいさつせんかい」

 

 

「えっえっ…あの…その」

 

 

そうは言われても、どう挨拶すればいいかエドにはわからなかった。しかし、後ろで佇んでいるレナは足をパタパタとさせて待ちくたびれている。やるしかない。

 

 

「え、えーと!じょう!じょじょじょう!じょうじじょうじ!!」

 

 

「じぎぎぎぎ」

 

翻訳『こいつ頭おかしいんじゃねぇの』

 

 

「じょじょうじ!!」

 

翻訳『いやオレらに合わせようとしてくれてるんだからそういうこと言うなや!!』

 

 

エドの咄嗟のアドリブに、テラフォーマー二人も困惑してる。レナはふぅと溜め息をついてエドの肩を叩いた。

 

 

「しんじん、こーいうときは〝こんにちわ〟だぞ。じょーしきをしらないのか」

 

 

「無茶振り激しいなお前。ついでに言うとお前にだけは常識語られたくねーからな」

 

 

レナがエドにマナーがなんたるかを語りだした途端に、間髪入れずにツッコミが入る。そしてその声の主の掌がレナの頭にポスンと置かれた。

 

 

その声の主は、もうじき『地球組』の正式な小隊長となる予定のクーガ・リーであった。五日前の『シュバルツ・ヴァサーゴ』との対決の傷はまだ完全に癒えてないらしく、包帯が胸板や腕に巻かれていた。

 

 

「よっ、エド」

 

 

「あ…お久しぶりです!クーガさん!!」

 

 

ペコリとエドが会釈すると、クーガも軽く会釈しようとする。しかし、シュバルツとの戦闘で全身を痛めていたせいか腰を曲げた途端に痛々しい音が鳴り響いた。

 

 

「あぐぐぐぐ!!」

 

 

「あっ!無理しないで下さいよクーガさん!」

 

 

「くーがおじーちゃん」

 

 

「じょぎぎぎぎ!!」

 

翻訳『どうせ昨晩のお楽しみで痛めたんだろ』

 

 

「Fuck you ハゲゴキさん!!あ、ゴキちゃんエドにお茶の用意をして貰っていいか?」

 

 

クーガの言葉にゴキちゃんはコクリと頷くと、トコトコとキッチンに向かってお茶を淹れにいった。

 

 

一方のハゲゴキさんはというと、クーガに向かって舌を出して悪態をついた後に中指を立て、自室へとクーガへの復讐(逆ギレ)プランを練りに戻った。

 

 

先程まで自分がコミュニケーションに四苦八苦していたテラフォーマーと、こんなにも簡単に意志疎通を行っている。

 

 

そんなクーガの姿に、エドは呆気に取られて眼鏡がずり落ちるという昭和リアクションを見せた。

 

 

「ふるいぞしんじん」

 

 

「新人をいじるのはそのへんにしとけよレナ。エド、中に入れよ」

 

 

「あ…はい!!」

 

 

エドは研究所の敷居に足を踏み入れる。中を見渡せば、研究所とは思えない小綺麗な内装が視界に広がった。

 

 

「……うわぁ、広くて大きくて綺麗ですね!」

 

 

()(そりゃU─NASAもこんな)(不便な山の中にオレらを)(放り込んだから多少の罪悪感も湧いて)(施設もデラックスにしてくれるわな)()

 

 

「………え?」

 

 

「いや、何でもねぇさ!」

 

 

物凄い小声でクーガがU─NASAへの負の怨念を囁いたような気がしたのだが、どうやら気のせいだったらしい。

 

 

いや、気のせいだったと自分に言い聞かせてエドはリビングへと歩みを進める。

 

 

すると、賑やかな声が聞こえてきた。

 

 

「あ、あたくしのよっすぃ~が敗北するなんてあり得ませんわ!!」

 

 

「えっへん!私のぺかちゅー強いでしょ!」

 

 

「も、もう一勝負だけして下さいまし!!」

 

 

「ふえっ!?でも出迎えに行かないと…」

 

 

「あ、あの~…」

 

 

エドが気まずそうに声をかけると、ゲーム機にかぶりついていた2人の女性は一斉にコントローラーを放り投げて姿勢を正した。

 

 

「きょ、今日からエドさんも含めて皆さん5、5人の『サポーター』になりまひゅ桜唯香れす!」

 

 

小学生の初めての作文の如くカミカミになりつつも、必死に自己紹介してるこの女性は桜唯香。U─NASAでも指折りの科学者で、『サポーター』の中で唯一裏切らず(・ ・ ・ ・)に生き残り、数々の事件の解決に助力してきたことを高く評価され『地球組』構成員の総括『サポーター』に任命された。

 

 

最も、クーガを始めとする5人のメンバー全員が人格的に問題無しと判断された為に監視義務は存在せず、定期的な監査報告だけでいいという以前よりも緩和された役割ではあるが。

 

 

「あああああたくしはよっすぃ~・S・サンシャインですわ!!別にでんきねずみにたまごなんてぶつけてなくってよ!?」

 

 

そして、こちらの必死に取り繕いすぎて色々と自爆してるお嬢様はアズサ・S・サンシャイン。サンシャイン家のご令嬢にして、クーガを凌ぐ実力の持ち主だ。

 

 

2人ともゲームに夢中になってエドの出迎えに行かなかったのをよっぽど恥に思ったのか、頬を赤らめて俯いている。

 

 

「そんなにお気になさらないで下さいよ、ね!」

 

 

「うぅ…サンシャイン家の恥ですわ…」

 

 

エドがニコリと微笑むと、唯香とアズサは余計に深くヘコんでしまった。

 

 

そんな2人とは対称的に、ユーリ・レヴァテインはテラス部分で涼しい顔して葉巻を吸っている。そんなユーリの様子を見て、アズサはムッと睨んだ。

 

 

「もし!いくら顔見知りといえども貴方もエドに挨拶するべきではなくって!?」

 

 

「彼も長旅で疲れてるだろうから私は最後に挨拶しようと思ったのだが……いけなかったかな?」

 

 

「ユ、ユーリさんもアズサちゃんも落ち着いて!ね!?」

 

 

一触即発の2人を、唯香はなんとか宥めようとする。この二人は『集会』の日からあまり仲は良くなかったが、共同生活となると衝突の機会は顕著に数を増していった。

 

 

そんな中、クーガが2人の間に割って入る。

 

 

「はいはいそこまでだお前ら。折角エドが来た初日なんだから空気悪くなんないように楽しくやろうぜ。な?」

 

 

「……むぅ。確かにそうですわね」

 

 

「……些か無粋だったな。すまない」

 

 

クーガが声をかけた途端に2人は矛を納めた。その光景を見たエドの表情はほころぶ。やはりクーガはメンバーの信頼を得ており、リーダーとしての資質が充分に備わっている。

 

 

ユーリ(づて)に聞いたクーガの人柄信じて推薦して良かった。最も自分がクーガを信じたところで、クーガが自分を信じてくれるとは限らないが。

 

 

 

 

 

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PM:1:00。

 

 

エドの歓迎パーティーを兼ねた昼食を全員で楽しむことにした。勿論、テラフォーマー二人も含めて。

 

 

「そういやエドは学者なんだよな?」

 

 

ナイフとフォークを進めながら、クーガはエドに尋ねる。書類によるとエドの職業は学者となっていた。一体どの分野に精通しているのであろうか。

 

 

「ええ。助教授ですけども〝薬学〟を一応専攻してます!」

 

 

「やくがく?」

 

 

「お薬のお勉強のことですわよ、レナ」

 

 

「ほー、じゃあしんじんは〝えっちな〟おしごとをしてるんだな」

 

 

レナの爆弾発言に、ユーリとゴキちゃん以外の面子全員がむせ返った。

 

 

「ゲホッ!ゲホッ!薬学への先入観酷いな!!」

 

 

「だって」

 

 

「ケホッ!ケホッ!だってなんですの!?」

 

 

「くーがのへやにあった〝えっちまんが〟にかいてあった。びやく(・ ・ ・)をぬっておんなのひとにぺたぺたさわると『くやしー、けどかんじちゃう』ってなるんだぞ」

 

 

それを聞いた途端に、何人かが露骨にクーガから椅子を離した。

 

 

「ふざけんな!もう許せるぞオイ!!」

 

 

「ク、クーガ君だって年頃の男の子なんだから仕方ないよ!」

 

 

「じぎぎぎ」

 

翻訳『おっ、嫁が旦那を庇いだしたぞ』

 

 

ハゲゴキさんがジェスチャー付きで二人を冷やかすと、アズサとレナもそれに便乗した。冷やかされた二人は真っ赤になって「まだ正式にお付き合いしてない」だの「夜の営みはしてない」だの、いじられ過ぎて次々と自爆していった。

 

 

どうやらあれは当分続きそうなので、エドはユーリへと会話を振る。

 

 

「ユーリさんもここに来たばかりなんですよね?慣れましたか?」

 

 

「……いや。正直なところ未だに馴れないな。特にテラフォーマーとの意志疎通は課題だらけでね。彼らは人間の言語を理解出来るが、専用のジェスチャーを取得する必要もある。君もコツコツ勉強するといい」

 

 

ユーリはジェスチャーを自分なりにビジュアル化した資料をエドに手渡す。目を通してみると、非常に分かりやすい内容だった。これならば数日で基礎はマスター出来そうだ。

 

 

「ありがとうございます、ユーリさん」

 

 

ペコリと頭を下げるエドを見て、ユーリはふとある点に気付いた。

 

 

「……松葉杖はまだ取れないのか?」

 

 

『MO手術』をしてから数日の間は、身体にベース生物が馴染まずに暫くは歩行支援器具が必要なことは知っている。しかし、エドは手術の時期からそれなりに経過したと思うのだが。

 

 

「えぇ、まだちょっとかかりそうです。でも平気ですよ。僕の『特性(ベース)』は動く必要がない生物なので」

 

 

ユーリはエドのベース生物を思い起こす。確か書類によると、〝昆虫型〟であったような記憶があるのだが、果たしてどのような生物だったか。そのユーリが記憶を呼び起こしてる真最中に、ブザーが鳴り響く。どうやら来客らしい。

 

 

 

 

 

 

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PM:2:00。

 

 

訪れたのは、『地球組』臨時司令官である蛭間七星。何やらいつも以上に張りつめた面持ちだ。ただ事ではないだろう。

 

 

「〝趙花琳〟の行方が掴めた」

 

 

七星の口からその名前を聞いた途端、全員が目を見開く。

 

 

趙花琳。アズサとレナの元『サポーター』にして、テラフォーマー生態研究所第1支部長の肩書きを持っていた女性。そして、地球で起きた一連の騒動の裏で糸を引いていた人物でもある。

 

 

彼女を確保し、更には彼女の『依頼主(クライアント)』を見つけるのが『地球組』の最優先課題である。『アネックス1号』が火星に到着するまでの約2週間の間になんとしてもそれまでに決着をつけなければならない。

 

 

「……で、肝心の候補は?」

 

 

「これを見てくれ」

 

 

七星は机一面に地図を大きく広げた。アメリカ本土の地図だ。

 

 

「5日間のうちに包囲網を展開した。カナダとの国境は閉鎖、あらゆる国外逃亡ルートの検閲も相当に厳重なものになっている」

 

 

七星は空軍に所属している。陸は勿論、飛行機を用いての空からの逃亡ルートはほぼ絶望的であることぐらい花琳は百も承知の筈だ。と、いうことはだ。

 

 

「問題は海からの船を使っての逃亡だ」

 

 

船ばかりは、民間色が強く軍も介入しづらい。特にフェリーなどの大型船となると尚更だ。しかも港も空港と違って無数にあるし、強引な手を使えば搭乗口の検閲をすり抜けて艦内に簡単に紛れ込めてしまう。

 

 

この手を使われたらタチ悪いことこの上ないが、残念なことに自分達が思い付く以上、花琳は既にこの手を思慮しているとみていいだろう。

 

 

「可能性があるとすれば2つに1つのところまで絞り込めた。軍艦『ブラックホーク』と民間フェリー『ダンテ・マリーナ号』の2つだ」

 

 

「ふぇっ!?ぐ、軍艦!?」

 

 

「民間フェリー……ですの?」

 

 

2つの候補を聞いて凍り付く。片や軍の武装がそっくりそのまま残っているであろう軍艦、片や多くの人質がいるであろうフェリー。どちらも考えうる最悪の状況だ。

 

 

いや、軍艦の方が最悪かもしれない。フェリーなら潜り込めるだろうが、軍艦は潜り込んだところで炙り出されるのがオチだろう。

 

 

ということは、潜り込んだのではなくその場を制圧する程の勢力をもってして、軍艦を乗っ取ったのだろう。それに当然軍艦にも人質だって存在する筈だ。

 

 

「軍艦の状況に関しては衛星カメラで既に確認してある」

 

 

「それで…敵の戦力はどうなんだよ?」

 

 

クーガが尋ねると、七星は深く大きな溜め息を吐いた。

 

 

「『バグズトルーパー』が少なく見積もっても〝1000人程〟軍艦にのさばっているそうだ」

 

 

〝1000人〟という数値がクーガ達をどん底に追いやった。以前U─NASAが予測した五百人という数値を遥かに上回っているからだ。

 

 

正直なところ、軍艦は絶望的と言ってもいいだろう。千人の『バグズトルーパー』を始末し、その中から花琳を探しだすなど不可能に近い。

 

 

上手いこと潜り込んでゲリラ戦を仕掛けたとしても、それでなんとかなる戦力差ではない。

 

 

また、上手く花琳を捕まえて人質を救出することが出来たとしても、逃げてる最中に気付かれて軍艦の武装で沈められるのがオチだ。

 

 

武装を破壊出来ればよいのだが、簡単に破壊出来るものでもない。それに烏合の衆とはいえども『バグズトルーパー』達が破壊工作の最中に気付かない筈がない。

 

 

それに、各々の得意分野を鑑みてもそうだ。クーガは戦闘全般、ユーリは狙撃、アズサは面と向かっての決闘、レナは群がる雑魚を薙ぎ倒す乱闘が得意なタイプだ。

 

 

クーガなら爆弾を仕掛けることぐらいなら出来そうなものだが、〝その手のプロ〟(工 作 員)ではない。

 

 

それに、敵1000人を一網打尽に出来る人物など『地球組』の構成員と『アネックス1号』の搭乗員を含めても、たった一人しか心当たりがない。そしてその肝心の1人は地球にはいない。軍艦も人質を見捨てるのであればやりようはあるのだが、そうはいくまい。

 

 

八方塞がりだ。

 

 

「……私達が解決出来るキャパシティを越えてしまっている。 クーガ・リーはとても戦える状態ではないし、アズサ・S・サンシャインと美月レナも万全ではない」

 

 

ユーリは淡々と状況を分析する。彼の言う通りあまりにも状況は絶望的過ぎる。

 

 

七星も全くの同意見であった。こんな無謀な作戦で、四枚のエースカードを失う訳にもいかない。

 

 

今後も起こり得るトラブルを考えると、やはり今回ばかりは彼らを頼ることは出来ない。というよりも、最初から報告だけを予定していたのだが。

 

 

「とはいえ民間フェリーの方は私だけでも対処出来るかもしれません。司令、私が行きましょう」

 

 

「いや、ユーリ・レヴァテイン。そちらに関しては別動隊が対処する」

 

 

「……別動隊?」

 

 

ユーリがそれに言及しようとしたその時、エドが挙手した。

 

 

「僕1人で軍艦の任務に当たります」

 

 

七星とクーガ達の目は点になる。最初は冗談かと思ったが、どうやら違うらしい。

 

 

「……エド、冗談にしては笑えませんわよ」

 

 

1000人の『バグズトルーパー』の殲滅、人質の救出、花琳の捜索をたった1人で行うなどいくら彼の『特性(ベース)』が強力だったとしても不可能だ。

 

 

それに職業が学者で松葉杖をつき、単独任務の経験など無いに等しい彼に多くの人間の命を一度に奪えるとは思えないし、任務を達成出来る可能性など 0 に等しいだろう。

 

 

「そーだぞしんじん。〝いのちをだいじに〟が めーれーだ」

 

 

「確かに人質の命を救って任務を達成、なんて絵に描いた餅のような話に聞こえちゃうかもしれませんね」

 

 

エドは自ら言った言葉に苦笑する。しかし、

 

 

「僕は思うんです。憧れや絵空事って、立ち向かう勇気が湧かないから夢や理想のままで終わっちゃうんだって」

 

 

彼の瞳からは、強い意思は一度も失せていない。

 

 

「もしそれが神様に決めつけられた運命だとしても、僕は神様だって出し抜いてみせます」

 

 

 

 

 

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時刻PM:9:00。

 

 

太平洋沖、アメリカ軍艦『ブラックホーク』から2km離れた地点のモーターボートの船上。

 

 

エド、ユーリ、レナの3名はボートの駆動を止め、ライトを消して船上にて待機する。

 

 

エド自身の熱意と〝ローマの手柄を稼ぐチャンス〟という口車に乗せられたルークの推薦により、任務が決行されることになった。

 

 

クーガ、唯香、アズサは待機。ユーリはエドのサポート、レナがついてきた理由はエドが心配だったことと、先輩風を吹かせたかったからという二つの理由からのようだ。

 

 

「 しんじん だけじゃしんぱいだからな。わたしもふねにのりこむぞ」

 

 

「……私が船まで連れていけるのは1人が限界だ」

 

 

「こんじょーだせ ゆーり」

 

 

「君のような馬鹿力を私に求めないでくれないか…」

 

 

実行直前になって駄々をこね始めるレナに、ユーリは困ったようにぽりぽりと頬を掻く。いつもアズサのボディーガードを務めているせいか、誰かを守らずにはいられないのだろうか。

 

 

そんな時だった。それが当たり前であるかのように、エドは膝まづいた後にレナの手をそっと包み込んだ。ごく当たり前であるかのような習慣じみた動作に、レナもユーリは一瞬何が起こったのか理解出来なかった。

 

 

それもそうだろう。真面目が服着て歩いているような印象のエドが、こんなキザな真似するとは誰が思うだろうか。

 

 

「ほ、ほーほー、これが せくはら か」

 

 

流石のレナも動揺しているようだ。

 

 

「ありがとうございますレナさん。けどごめんなさい。船には僕一人で乗り込みます」

 

 

「なんでやんさ」

 

 

「女の子を危険な目に合わせたくない、ってベタな理由じゃ駄目ですか?」

 

 

歯の浮くような台詞をサラリと言ってのけたエドに、ユーリは思わず呆気に取られる。

 

 

『アネックス1号』のジョセフといい、目の前のエドといい、ローマ男児は全員こうも無自覚的に女たらしなのか?

 

 

ユーリが困惑している最中、レナもまた同様に動揺していた。エドの行動そのものが乙女系アニメの定番のような行動だったことに重ねて、女子力皆無のレナが女子扱いされること自体滅多にないので、非常に衝撃的だったのだ。

 

 

「うるさい。おまえはわたしのだんなか?だんな と おじょーさま いがいにそんなこといわれたくないぞ」

 

 

「そうですね。でもこんなに可愛い人が隣にいるんですよ?隣にいる間ぐらい危険から守らないと嘘ですよ。ね、ユーリさん」

 

 

「頼む。私にふらないでくれないか」

 

 

ユーリは心底迷惑そうに溜め息をついた後に『薬』を接種する。たちまち、ユーリの身体は『アンボイナガイ』の『特性』が発揮された姿へと変化する。

 

 

この生物自体は水中を回遊したりしないが、ユーリ自身はそれなりに泳ぎを得意としている。『特性』が発揮された状態ならば、夜の荒海の中でも軍艦に辿り着ける筈だ。

 

 

「それじゃあ行きましょうか、ユーリさん」

 

 

エドはレナから手を離してロープを手に取る。ロープを互いの身体にしっかり結び付けると、エドはユーリと共に海へと飛び込んだ。

 

 

そんなエドを目で追った後に、レナは携帯端末を取り出してアシストアンドロイドsiriを音声入力で起動する。

 

 

「おしえてsiri。せくはらされたらいくらとれるの」

 

 

『3000000円以下の罰金です』

 

 

「やったぜ。さんきゅーsiri」

 

 

悪態をつきながらも、レナの表情はどことなく緩んでいた。面と向かって可愛いと言われたことなど、あまり経験がなかった為である。

 

 

「しんじんはわたしに き があるにちがいない。わたしも つみな びっち(・ ・ ・)だな、ふふふ」

 

 

『もしかして:お世辞』

 

 

端末アンドロイドの返事が気にくわなかったのか、途端にレナは携帯端末を大海原に向かって投げ捨てた。

 

 

「さよならsiriたん32ごう」

 

 

『私が消えたとしても33、34のsiriがやってきますよ』

 

 

「いつでもこい。あいてになるぞ」

 

 

そんなやり取りを沈みゆく自らの携帯端末と繰り広げた後、今度は『地球組』専用の通信機が鳴り響いた。レナは渋々それに応答する。

 

 

「もすもす」

 

 

『おいエド!?返事しろ!!』

 

 

通信機からは、ややパニック気味の中年男性の声が鳴り響いた。聞き慣れない声の相手に、レナは首を傾げる。

 

 

「だれじゃきさまは」

 

 

『ああルークだ!ローマ連邦首脳の!』

 

 

「よくきけ るーく。すかいうぉーかーはふたりいる」

 

 

『俺はジェダイでもなけりゃレイアなんて妹もいねぇよぶぁぁぁぁぁか!!』

 

 

通信機の向こうのルークは、息を荒げながらレナを怒鳴り付ける。彼の頭を抱える様が目に浮かぶようだ。エドに緊急で問いただす件があった為に『地球組』に問い合わせた結果、太平洋に出張中ときたものだ。ようやく電波を捕らえて通信できたと思ったら、こんな電波な通信手が応答するとは思っていなかった。

 

 

『もういいアンタじゃ話にならねぇ!エドは!?もしくはロシアの兄ちゃんはいねぇのかよ!!』

 

 

「ふたりならもういったぞ」

 

 

『だっーもうっ!アンタでいいから用件を聞いてくれ!話すからよく聞いとけよ!!』

 

 

「それはほんとーか?」

 

 

『まだ始まりの〝は〟の 字 も言ってねぇよ!!』

 

 

ルークはレナによって怒り狂った自身の心を落ち着かせ、深呼吸した後に要件を語り始めた。

 

 

「……………む?」

 

 

それはレナすらも耳を疑ってしまう内容。エドが何故そんなことをしたのか、レナには全くの理解不能だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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同時刻

 

 

テラフォーマー生態研究所第4支部

 

 

 

 

「レナ1人で大丈夫ですしお寿司?」

 

 

「アズサちゃんがバグってる!」

 

 

オロオロと、アズサは右往左往している。アズサとレナは2人で1つ、ニコイチ的な所がある為に単独行動するレナが心配なのだろう。

 

 

「しかもあのユーリ・レヴァテインと一緒ですのよ!?きっと睡眠薬入りアイスティーを飲まされて昏睡させられてえっちなことをされてるに違いありませんわ!!」

 

 

「ユーリさんに偏見持ちすぎだよ!それとそんな性犯罪手法どこで覚えてきたの?」

 

 

唯香が問いただすと、アズサは真上の天井を指差した。原因は2階のとある部屋にあると言いたいのだろうか。

 

 

「クーガの部屋の〝エッチマンガ〟ですわ!」

 

 

〝オレのプライベートガバガバじゃねぇか!!〟

 

 

2階からクーガの怒号と床ドン聞こえてきた。耳もそれなりにいいようだ。

 

 

今はこの話から話題を離れた方がクーガの精神衛生上いいかもしれない。そう判断した唯香は、先程のとある通信を思い出す。

 

 

「そういえばルークさんから電話かかってきたけどなんだったんだろ?」

 

 

唯香は首を傾げる。ローマ首脳であるルークがわざわざ、自分にある人物がまだ在宅中か尋ねてきたのである。その人物とは、勿論〝エド〟のことである。

 

 

何か気にかけるところがあったのだろう。そして、唯香自身もエドに関して引っ掛かるところがあった。

 

 

唯香はU─NASAから送られてきたエドの書類を読み直す。

 

 

「アースランキング同率1位、『特性(ベース)』ジガバチ?」

 

 

唯香は更に首を深く傾げる。

 

 

『ジガバチ』とは寄生蜂の一種だ。毒針で獲物を麻痺させた後に、体内に幼虫を産み付ける。

 

 

幼虫を産み付けられた獲物は意識を残したまま体内を幼虫に貪られ、次第に巣穴の中が幼虫で満たされていく毎に『自我(じぶん)』と『似我(ようちゅう)』の境界線を見失っていく。

 

 

故に『自我蜂(ジガバチ)』や『似我蜂(ジガバチ)』と呼ばれることがあるのだが、果たしてその生物にシュバルツとの戦闘の際に見せた洗脳にも近いあのような芸当が出来るのだろうか。唯香にはそれが不可解だった。

 

 

 

 

 

 

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PM:9:40。

 

 

アメリカ軍艦『ブラックホーク』側面にて。

 

 

ガンッという、引き裂くような金属音が響き渡る。ユーリの放った『アンボイナガイ 』の毒銛が、船の側面に突き刺さったのである。

 

 

「……よし」

 

 

ユーリは腕の筋繊維と毒銛がしっかり繋がっているのを確認した後、エドを無理矢理脇に抱えて船の側面を登り始めた。

 

 

「ありがとうございますユーリさん。バッチリ任務を達成してみせます」

 

 

ニコリと微笑むエドに、ユーリは違和感を覚えた。少なくとも、これから任務に赴く者の態度とは思えなかったからである。

 

 

やけに落ち着いているというか、明鏡止水や悟りの境地と言えば聞こえはいいかもしれないが、その類のものでは恐らくなかろう。

 

 

自分やクーガであれば、もっと緊張感の伴った表情で任務に望んでいるだろう。一瞬でも気を抜けば、敵に見つかり死に直結するのだから。

 

 

ましてや〝学者〟という職業に就いてるエドならば尚更。このような修羅場に遭遇したこともないだろうし、より気を張る筈だ。何故彼がここまで肝の据わった態度でいられるのか、と聞かれるとユーリには4つの理由が予想出来た。

 

 

1つ目はあまりにも浮世離れした任務内容である為に、イマイチ現状を掴みきれていない。一般人であるエドからしたらあり得なくもない。

 

 

2つ目は自分の技量に自信があり、上手くやれる自信がある。しかし『学者』の彼にそんな能力があると思えない為に可能性は限りなく低い。

 

 

3つ目は『特性(ベース)』が強力無比である為の余裕。『PROJECT』で選別された『特性(ベース)』を授かった彼は、その力を盲信している可能性がある。

 

 

そして最も可能性の高い4つ目は、彼が自身の命を失うことに対して何の恐怖も抱いていないという可能性である。

 

 

今の彼のような表情の者と共に狙撃任務に同行したことがある。どこか悟りきったような表情のその人物は、自身の身を犠牲にすることで任務の達成に貢献した。今のエドが、それでなければいいのだが。

 

 

 

 

 

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PM:9:55。

 

 

アメリカ軍艦『ブラックホーク』艦上にて。

 

 

「後は君の出番だ。任せたぞ」

 

 

ユーリは周囲に見張りのいないことを確認した後、船上にエドを降ろした後に松葉杖を渡す。

 

 

エドは背後のコンテナに体重を預けて立ち上がった後に、松葉杖を手元に手繰り寄せた。

 

 

「ベストを尽くしますよ」

 

 

「……武運を祈る」

 

 

ユーリはエドの笑顔に一抹の不安を覚えながらも、海へと下降しその場を離脱した。

 

 

 

 

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PM:10:00。

 

 

エドはコンテナの陰から甲板の様子を伺った。船上にいる『バグズトルーパー』であろう男女が見張りについている。

 

  (M)  (O)

免疫寛容器官(モザイク・オーガン)』は貴重だと聞いていたのだが、どうやってここまで量産・複製したのだろうか。

 

 

ここにいる1000人、ましてやクーガ達が倒した人数も含めれば約1500人程度。ともなれば『バグズ手術』の70%の失敗も考慮すると相当な数が必要だった筈だ。

 

 

「いや。今はそれを気にしてる場合じゃないですよね」

 

 

エドは自らの頬をペチペチと叩き、目の前の任務に専念しようと気を引き締める。

 

 

彼は一呼吸置いた後に躊躇いもなく一枚一枚脱ぎ、下着以外の衣服全てを海へと投げ捨てた。その後に、陰から顔を出して様子を伺う。

 

 

じっくりと辺りを見渡せば、『バグズトルーパー』のうちの1人の女に目をつけた。エドは彼女に向けて忍ぶ様子も無しに視線を送り続けた。すると、そのうち彼女もエドに気付いた。

 

 

エドは陰に松葉杖を置くと(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)コンテナの陰から身体を出し、その下着姿の身体を惜しげもなく彼女に披露した後に手招きした。彼女も満更ではないといった様子で、エドの方へと向かってきた。

 

 

「何よアンタ……私を誘ってる訳?」

 

 

「ええ。こう緊張(・ ・)が続くとムスコが膨張(・ ・)してしまって。〝しゃぶって〟貰えませんか?」

 

 

エドは汚いボキャブラリを彼女に並べ立てる。そんなエドを見て、彼女はまるで狐につままれたかのような表情を見せた。

 

 

「……アンタ、見た目の割りにはハッキリと物を言うじゃない」

 

 

「貴女を見てると抑えが効かなくなりそうなんです。すみません……節操がなくて」

 

 

エドはシュンとした表情で彼女と目を合わせる。彼女はエドの甘いマスクと視線に母性本能でも擽られたのか、頬を赤らめた。

 

 

「ア、アンタみたいないい男が私でおっ勃つなんてさ、ちょっと意外だね。嬉しいよ」

 

 

彼女はお世辞にも恵まれた容姿とは言えなかった。目元は細く、体型もグラマラスとは言えない。しかもストレス発散として『民家への連続放火』という犯罪を犯して死刑囚となった為に、幸せとは二度と巡り会えないと思っていた。

 

 

それどころか、いつか神様が自分に罰を与えるとまで思っていた。しかしそれは大きな間違いだったようだ。神様は恋の天使を遣わせてくれたに違いない。

 

 

「わかったよ。服を脱いで( ・ ・ ・ ・ ・)待っててくれたんだ。たっぷり絞り取ってあげるよ。まずはこんなクソ服脱がないとね」

 

 

彼女が自らの囚人服に手をかけようとした時、エドは強引に彼女を抱き寄せて唇を奪った。容赦なく舌を突き入れ、彼女の口の中を凌辱し尽くす。

 

 

「ん!んん……!!」

 

 

口を塞がれた彼女は艶かしく喘ぐ。彼女もまた、強引にエドを抱き寄せて彼を受け入れた。そんな時だった。チクリと細いものが彼女の首筋に差し込まれた。

 

 

途端に、彼女はビクビクと痙攣して口から泡をふき始める。エドはすぐさま彼女を突き飛ばしてその口を手で塞いだ。

 

 

「ン……グァ……!!」

 

 

先程までの妖艶な彼女の表情は何処にもなく、息苦しそうに鬼婆のような形相でひたすらにエドに向かって手を突き伸ばしガリガリ、と爪でエドの頬を掻きむしった。

 

 

「……怨んでも構いませんよ。僕は貴女の心を弄んだんですから」

 

 

頬から血を流しながら、エドは彼女の首を片手で絞める。〝毒〟が回ったのか次第に彼女の力は弱まり、数秒後には息絶えた。

 

 

「さて………」

 

 

エドは息絶えた彼女から身ぐるみを剥ぐと、数秒後にはその全てを着衣し終えた。女性物であるが故に窮屈かと思っていたが、エドが細かったのと彼女の体型がふくよかだったことが幸いして容易に着用することができた。

 

 

彼女の死体を海へと投げ棄てると、エドは松葉杖を手に取ってコンテナの陰からゆっくりと姿を現した。しかし、誰もエドを気にかけることはない。

 

 

所詮は犯罪者の寄せ集めであり、烏合の衆。仲間意識などほぼ皆無に近い。この囚人服さえ着ていれば、エドは彼等の中に簡単に溶け込める。

 

 

それに、エドと彼等は仲間ではないが元は同類(・ ・)と言っても過言ではなかった。

 

 

 

 

 

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PM:10:30。

 

 

アメリカ軍艦『ブラックホーク』艦内通路にて。

 

 

海軍大将『ミルコ・マッケンジー』は暴力を受けた身体を引きずり、呻く。齢65の身体に浴びせられる容赦ない暴力は、まだ終わりそうにない。

 

 

「……頼む……殺してくれ」

 

 

ヒューヒューと息絶え絶えに、ミルコは懇願する。便器を舐めて掃除させられたり、人間としての尊厳と軍人としての誇りを辱しめる行為には、かろうじて耐えられた。

 

 

だが、未来のある部下全員を殺されてしまったことに関しては不甲斐ないという言葉では済まない程に悔いていた。どうか死なせて欲しい。死んだところで許されないとわかってはいても、死なずにはいられなかった。

 

 

しかし。

 

 

「嫌なこったよ!お前は人質兼俺らのサンドバックなんだからなぁ!」

 

 

「死なない程度にほどほどに痛めつけて映像を送ってやんなきゃ、なぁ」

 

 

どうも死なせては貰えなさそうだ。獲物とじゃれつく猫科の生き物のように、じっくりといたぶって楽しむつもりに違いない。

 

 

ミルコが全てを諦めかけたその時だった。カツンカツンと、松葉杖が金属を叩く音が反響する。

 

 

ミルコと『バグズトルーパー』二名が振り返ると、この荒くれだった死刑囚だらけの船にはやや不釣り合いな〝優男〟という表現がぴったりの青年がこちらに屈託のない笑顔を浮かべながら歩いてきた。

 

 

「楽しそうですね。僕も仲間にいれて下さい!」

 

 

警戒心を無理矢理ほどくかのような輝かしい笑顔に、これから暴力を振るわれることになるであろうミルコも含めた3人の男達は思わず見とれた。

 

 

「あ……あぁ。構わねぇよ。つうか松葉杖でじじいいたぶれるのかよお前?」

 

 

「ええ。口の中にねじ込んで歯を根刮ぎもっていきます」

 

 

「ヒュ~!えっげつねぇなぁ!!」

 

 

先程までエドに違和感を覚えていた『バグズトルーパー』二人も、今はやんや やんやと囃し立てている。

 

 

ミルコは生唾を飲んで青年の提案を頭の中で反復した。どうやら今後は入れ歯生活がデフォルトになりそうだ。

 

 

「それじゃあ、遠慮なく」

 

 

ニコリと微笑むと、エドは松葉杖を投げ捨てた直後に細い〝針〟を二人の『バグズトルーパー』に差し込み〝毒〟を流し込んだ。

 

 

「ガッ…!?」

 

 

「グぉえっはっ!?」

 

 

忽ち男達は苦しみ、もがき始める。口からは泡を噴き出し、次第に呂律が回らなくなっていき、のたうち回って最後には息絶えた。

 

 

その光景をマルコはポカンと見つめる。『囚人服』を着ている以上この青年も奴等の仲間である筈なのだが、仲間割れだろうか。

 

 

「お爺さん、助けに来ましたよ」

 

 

ニコリと微笑むエドを見て、大した確証もなくミルコは安堵してしまった。しかし、その表情はすぐに曇った。

 

 

「……君は、私を助けに来てくれたのかね?」

 

 

「ええ、勿論!」

 

 

「だったら私を見捨てて脱出しろ」

 

 

ミルコは吐き捨てるようにそう言った。エドが静かにミルコの話に耳を傾けていると、ミルコは話を続けた。

 

 

「君は……(人質)を助ける為にここに来たのだろう?もし人質が乗っていないことがわかっていたならば、わざわざ乗り込まずに船を沈めていた筈だ」

 

 

ミルコの言う通りである。人質さえ乗っていなければ、何もわざわざ乗り込まずとも文明の力(ミ サ イ ル)でド派手に沈めてやればいい。

 

 

『バグズ手術』等の証拠も滅却出来る上に、被害は一切出ない。

 

 

しかしこの場合話は別だ。ミルコ以外の人質が乗っていないのであれば、軍艦のエンジントラブル、もしくは搭載された兵器の引火・暴発という名目で海の藻屑にしてやればいい。

 

 

人質はもうほぼ全員死んでいるのだから、構うことなんてない筈だ。そして、その任務をこの青年が行うのであれば一つ邪魔なものがある。ミルコ自身だ 。

 

 

只でさえ青年は松葉杖をついて不自由そうなのに、自分を助ければ更に身動きが取りづらくなることは必死。着いていく訳にはいかない。

 

 

「……いえ。無理矢理でも連れていきます」

 

 

エドは松葉杖をもう一度持ち直してそう告げると、ミルコはそれを見てフッと微笑んだ。

 

 

「いや、私とて一人の軍人(・ ・)だ。私のせいで君の任務が失敗すれば死んでも死にきれんよ」

 

 

「ですが、軍人(・ ・)である前に老人(・ ・)です。ご家族は?」

 

 

「……死のうと決意した人間に余計なことを思い出させてくれるな」

 

 

ミルコには孫がいた。妻も、息子も、義理の娘も。全てが充実していた。それを失うのは堪らなく惜しいが、どうしようもない。

 

 

「貴方を助けた上でこの船を沈める。それが最良の選択の筈です」

 

 

「それが出来れば苦労などしないさ。それとも何だ。君にはそれが出来る力があ」

 

 

「あります」

 

 

ミルコが言い終える前に、エドはきっぱりと言い切った。

 

 

「僕は世界で一番強い男を知っています」

 

 

エドは、とある男の背中を思い浮かべた。自分には持ち得ないモノ全てを持ったあの男に、エドは心底憧れた。

 

 

手を伸ばしてでも届かないとわかりきっているあの背中に、迷わず手を伸ばさざるを得なかった。そんな輝きを持った、たった一人の友人。

 

 

「そんな彼に近付くことを目指してる僕です。綺麗事を実現させるぐらいの術は持っているつもりですから」

 

 

下手をすれば大口を叩いているだけとしか思えないエドの言葉に、ミルコは不思議と頷いてしまった。傷ついた身心に、エドの口ぶりは些か頼もしすぎたのだ。どうせ駄目元なら、彼の口車に乗ってみるのもいいかもしれない。

 

 

「……信じていいのかな」

 

 

「ええ、勿論です!」

 

 

「『作戦(プラン)』を教えて貰えるかな」

 

 

「救命用ゴムボートで一時間程北西に向かって下さい。僕の仲間が待機しています。そのお身体では漕ぐのはキツいと思いますが、潮の流れも考慮しているので流されて辿り着ける筈です」

 

 

「おいおい、それは無茶ではないかい?」

 

 

あまりにも無茶な計画に、ミルコは苦言を呈した。ゴムボートなどで軍艦の監視を掻い潜れる筈がない。備え付きのサーチライトを当てられた瞬間に一巻の終わりだ。

 

 

やはり、この青年は大口を叩いただけだったのだろうか。

 

 

「僕が逃げる時間を存分に稼ぎます。

            任せて下さい」

 

 

 

 

 

───────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

PM:11:00。

 

 

アメリカ軍艦『ブラックホーク』艦上にて。

 

 

 

(だぁれ)でしゅかねぇ?」

 

 

眼鏡をかけた小太りの青年が、整列した『バグズトルーパー』の前を何度も往復する。青年が目の前を通るだけで、皆同様に身体をビクつかせた。

 

 

アース・ランキング 第15位

 

 

マイケル・コクロ

 

 

青酸カリの500倍の毒性を持つテトロドトキシンを秘めた『クサフグ』が『特性(ベース)』。

 

 

花琳からこの船と軍勢を任された人物にして、U─NASAの記録では死んだことになっている筈の人物。彼女からは金で雇われた。

 

 

「僕の手駒2人を殺してくれたのは(だぁれ)でしゅかねぇ!?」

 

 

そうは言っても、犯人は分かりきっていた。連絡通路で倒れていた2人は、何か鋭い針に刺された後に全身が麻痺して死んでいた。

 

 

その死因から判断して、クーガ・リーと同率第一位にして獲物を麻痺させる鋭い針を持った『ジガバチ』を『特性(ベース)』に持つ〝エドワード〟がこの船に潜り込んでいるに違いない。

 

 

エドを探す為に、『バグズトルーパー』の群衆の中を目をこらして観察する。きっとこの中に紛れ込んでいるに違いない。そんな矢先のこと。

 

 

「僕ですよ」

 

 

エドは隠す様子もなく『バグズトルーパー』の群衆にまみれて挙手した。一斉に、エドへと視線が集中する。千人近い軍勢の視線が、彼に向けられた。

 

 

エドはサイドポーチから〝昆虫型〟特有の『(注 射)』を取り出すと首筋へとあてがった。しかし、その『薬』を注入しようとした手は咄嗟に周囲の『バグズトルーパー』に捕らえられ、『薬』も取り上げられた。

 

 

「ボス!捕まえましたぜ!!」

 

 

意外な程にあっさりと捕まった侵入者に、『マイケル・コクロ』は拍子抜けしたように息を吐いた後に思い切り高笑いした。

 

 

「しっしっ!かっこ悪いでしゅ!奇襲かけようとして自分から名乗り上げた癖にあっさり捕まってやがりましゅう!!」

 

 

腹を抱えて『マイケル・コクロ』は暫く高笑いした後に、エドには目もくれずにスタスタと反対方向に足を運んでいく。

 

 

「お、親分どちらへ!?」

 

 

「僕は操縦室で高見の見物でもしてましゅ。お前らはその男から情報を吐き出させなしゃい!」

 

 

「へ、へい!」

 

 

まるで王様であるかのように、 『マイケル・コクロ』は振る舞う。それはそうだろう。これだけの軍勢を率いていれば、気も大きくなる。

 

 

(注 射)』と松葉杖、果てには眼鏡もその場で取り上げられたエドはその後ろ姿を見て、あたかもそれが滑稽なモノであるかのように不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

PM:11:30。

 

 

アメリカ軍艦『ブラックホーク』艦上にて。

 

 

エドは『バグズトルーパー』達から絶え間なく暴力を受け続けていた。しかし口を割るどころか悲鳴一つあげないエドに、彼等は得体の知れない恐怖を感じていた。

 

 

『えぇい!もっと気合い入れて殴りなちゃい!』

 

 

ガラス張りの操縦室から船の甲板を見下ろしつつ、 『マイケル・コクロ』はマイク越しに怒号を部下達に飛ばした。これだけの手駒を用いても思い通りにならないエドにイラつきつつ、彼のプロフィールを眺めた。

 

 

『PROJECT』被験者、『特性(ベース)』は『ジガバチ』。相手に〝針〟を突き刺して〝毒〟を注射し、麻痺させて巣穴へと運ぶ昆虫。恐ろしい『特性(ベース)』だが、『(注 射)』を取り上げた以上恐れることはない。

 

 

だが問題はソコではない。職業が〝学者〟となっていることが問題なのだ。

 

 

「絶対に嘘でしゅ…大嘘でしゅ!!」

 

 

艦内に臆しもせずに潜入し、あっさりと人間二人を殺すような芸当が〝学者〟に出来るものか。思考を巡らせていた最中、突如一切の暴力に屈することのなかったエドが、唐突に苦悶の顔を浮かべて身を悶え始めた。

 

 

「ななな、なんでしゅか!?」

 

 

遠目から双眼鏡でよく観察すると、胸に手を当てて苦しんでいるのがわかる。咄嗟に彼のプロフィールを見直した。すると、持病を持っているとの記載があった。

 

 

「ちいっ!めんどくさい奴でしゅね!」

 

 

イライラと親指を噛んだ後、『マイケル・コクロ』は強引にマイクを掴んで甲板の上で蠢く部下(手 駒)達に指示を出した。

 

 

『死なれちゃ情報が引き出せないでしゅ!早く薬を飲ましぇなしゃい!』

 

 

甲板に『マイケル・コクロ』の声が響き渡った後、『バグズトルーパー』達は慌ててエドのサイドポーチを漁った。

 

 

「このカプセルですかね!?」

 

 

『いいからとっとと飲ませるんでしゅよグズ!』

 

 

トランシーバー越しに自分に判断を仰ぐ手駒達に嫌気が差し、『マイケル・コクロ』は彼等をトランシーバー越しに怒鳴りつけた。

 

 

暫くして薬を飲ませ終えた途端、エドは息を大きく吐いて胸を撫で下ろした。

 

 

すると途端に、操縦室の『マイケル・コクロ』に向かって彼はニヤリとほくそ笑んだ。

 

 

まるでゲームに勝った瞬間に浮かべるようなその笑顔が鼻についたのか、『マイケル・コクロ』は顔を真っ赤にしてマイクに向けて叫んだ。

 

 

「もっとそいつをボコボコにしなちゃい!容赦なく!!徹底的にでしゅ!!!」

 

 

暴力の嵐はより一層激しさを増した。これならばエドも、いい加減に情報を吐く気になるだろう。

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

PM:11:55。

 

 

アメリカ軍艦『ブラックホーク』艦上にて。

 

 

爪を全て剥がされても一向に口を割らないエドに『マイケル・コクロ』はついに業を煮やした。

 

 

より一層彼を腹立たしく思わせる事実を、操縦室に随伴してきた部下から聞いたからである。

 

 

彼は〝学者〟などではない。

 

 

死刑囚である『バグズトルーパー』によると詳しいことはわからないが、裏の世界ではそれなりに顔の知られた人物らしい。

 

 

怒りをエスカレートさせたのはソコだ。自分や『バグズトルーパー』の人種の人間は自分の命と金を何よりも大切にするタイプの人間だ。

 

 

そんな自分達と同じ人種のエドが、何故ここまで自分の身を犠牲にして善人気取ろうとするのか。

 

 

それが何よりも、気に喰わなかった。

 

 

「さっさと吐いちまうでしゅこの偽善者ァ!!」

 

「偽善者、ですか」

 

 

トランシーバーから聞こえてきた自らを比喩するには最適な言葉に、エドは自虐気味に嘲笑した。

 

 

「確かにその通りです。僕の正義は何処かで見かけたような借り物で、紛い物で、ありきたりで。貴方の言うように偽善かもしれません」

 

 

 

───────────── でも。

 

 

 

 

〝もしエドが仮に偽善者だとしてもさ〟

 

 

 

 

      〝ありがとう〟

 

 

 

 

    〝ありがとうございます〟

 

 

 

 

 

    〝ありがとうお兄ちゃん!〟

 

 

 

 

「僕が助けた命は〝本物〟だから 」

 

 

 

エドの中で蘇ったのはたった一人の友の言葉と、今まで自分が汚れたこの手で救ってきた命からの言葉。

 

 

嬉しかった。〝嘘と偽り〟だけで世を渡り歩いてきた自分が初めて手に入れた、〝本物〟

 

 

その〝本物〟を救う為ならば、自分は偽善者であり続ける。彼は昔、それを友に誓った。故に、その誓いを守る為ならば自らの身など惜しくはなかった。

 

 

「あ゛あ゛あ゛!!」

 

 

『マイケル・コクロ』はアレルギー反応が出たかのように、全身をかきむしる。虫酸がはしるとはこのことだ。

 

 

自分の思い通りに情報を吐かないことと、この手の善人ぶった人間が嫌いなことが相まって彼はもう限界を迎えていた。

 

 

(粉 薬)』を接種し、自らの『特性(ベース)』を発現させる。

 

 

クサフグ。

 

 

猛毒を持ち、空気を吸い込んで膨張する魚類。

 

 

そして、その『特性(ベース)』を活かす専用装備である〝吹き矢〟を取り出した。

 

 

「これでもその善人面をキープ出来るか見物でしゅねぇ!!」

 

 

操縦室のガラスを叩き割った後に周囲の空気を吸い込み、体を膨張させる。その後、体内に閉じ込めていた空気を開放しその勢いで吹き矢を全力で発射した。

 

 

その吹き矢には自らの体から抽出したフグの毒、 テトロドトキシンが塗り込めてある。直撃すれば絶命は必死。数秒後、ドスッという肉に突き刺さる音が鳴り響いた。

 

 

「キャハハハ!やったでしゅやったで……」

 

 

しかしよく見ると、エドには刺さっていなかった。そう。〝エド〟には。

 

 

「な、な、なにしてるんでしゅか?」

 

 

「あ……が……ゴ、ご、ゴ、ごぉおおお!」

 

 

エドを抑えていた『バグズトルーパー』が、エドの盾になっていたのである。まさかエドの言葉に心を打たれた訳ではあるまい。何故彼は、エドを庇ったのだろうか。

 

 

「…もっと早くこうすることも出来たんですよ?」

 

 

エドの口振りからして、彼はもっと早くに『バグズトルーパー』をどうにか出来たことになる。では何故、彼はそうしなかったのか。

 

 

「……まさか」

 

 

嫌な予感が、『マイケル・コクロ』の中に過った。おそるおそる、周囲の海をU─NASAから支給された双眼鏡で覗き込んだ。どんどん倍率を上げていった。すると。

 

 

「き、き、き、貴様(きしゃま)あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

「時間稼ぎって奴ですよ」

 

 

 

自分達が人質に取っていた海軍大将〝ミルコ〟が、恐らく『地球組』であろう2人に救われている光景が、双眼鏡の中に映った。

 

 

 

「時間を稼ぐ為に拷問に耐えたっていう訳でしゅか!?」

 

 

「ええ。ちなみに爪剥がしの件ですが、貴方の目を欺く為にやらせて貰いました。そちらの操縦室に毒が届くのは少々時間がかかるみたいなので」

 

 

エドは笑顔で、血でマニキュアのように塗られた指先を『マイケル・コクロ』に見せた。

 

 

イカれてる。狂っている。ここまで来ると、彼の〝偽善〟は呪いと言っても差し支えのないレベルで彼の心に根を張っていると言っていいだろう。そして、『マイケル・コクロ』はすぐさまもう1つショッキングな事実に気付いた。

 

 

「〝毒〟って何のことでしゅか!?それにやらせて貰ってたって!お前が『バグズトルーパー』を操ってたってことでしゅか!?」

 

 

おかしい。どう考えてもおかしい。矛盾が2つある。

 

 

その1、『特性(ベース)』を発現する為の『(注 射)』は取り上げておいた。その2、彼の『特性(ベース)』である『ジガバチ』の持つ毒は、花琳の『エメラルドゴキブリバチ』のように、刺した生物を操るような生物ではない。刺した生物を麻痺させるだけの毒。『ジガバチ』の毒にエドの言った芸当が出来るような特性はない。

 

 

「いつから僕の『特性』が『ジガバチ』だと思ってました?」

 

 

「花琳から送られてきたU─NASAからの情報だと『ジガバチ』になってるでしゅ!!」

 

 

「ああ、彼女を欺く為にU─NASAのデータを無理矢理改竄しましたからね」

 

 

エドは悪戯気味に笑い、『マイケル・コクロ』はそれを見て顔を怒りで真っ赤にして反論した。

 

 

「ふ、2人の死体は全身麻痺して死んだ形跡があったって『バグズトルーパー』が言ってたでしゅ!お前の『特性(ベース)』は『ジガバチ』に間違いないでしゅ!」

 

 

「貴方、自分が今矛盾したことを言ってるって気付いてますか?」

 

 

「……え?……あっ」

 

 

『ジガバチ』は寄生蜂と呼ばれる分類に入る。毒を持つが、決して致死性ではない。獲物を麻痺させ巣穴へと運び、生きた新鮮なまま保存する為の毒である。故に死ぬ道理などない。

 

 

従って、エドの『特性(ベース)』が『ジガバチ』ではないことがこの時点で確定した。

 

 

「『ジガバチ』の仕業だと思わせる為に、仲間のユーリさんが残していった『アンボイナガイ』の毒銛から毒を拝借して注射針に注入しておいたんですよ。

 

それを貴方の部下の殺害に使った訳です。ホラ、アンボイナガイの毒も〝麻痺性〟の毒でしょ?」

 

 

呆然とした表情でこちらを眺める『マイケル・コクロ』についクスリと笑ってしまった後に、エドは種明かしを続けた。

 

 

「『ジガバチ』の『特性(ベース)』の仕業に見せかけた理由は、花琳さんがこの船にいるかどうかを判断する為です。生物学に長けた花琳さんがこんな初歩的な嘘に騙される筈がないですからね。貴方が騙されたってことは、花琳さんはこの船にはいないってことになりますね」

 

 

ちなみに貴方の部下2人の死体を放置しておいたのもそれを判別する為です、と付け加えると『マイケル・コクロ』は膝をついた。

 

 

「……踊らされていたって訳でしゅね、お前の嘘に。今回この船で起きた出来事、1から10まで」

 

 

「嘘は偽善者の得意技ですし、ね」

 

 

「どっからどこまでが嘘でしゅか」

 

 

「眼鏡が必要なのも、松葉杖が必要なのも、持病も、『特性(ベース)』も、略歴も。みんな嘘ですよ?」

 

 

眼鏡と松葉杖と略歴に関しては、こちらを油断させる為の細工だということがなんとなくわかる。

 

 

特性(ベース)』を偽った理由も、先程聞いた。

 

 

持病、は何故偽ったのだろうか。

 

 

『マイケル・コクロ』は深く考えようとしたが、やめた。

 

 

悩んではエドの思う壺だ。ここまで見た目からは考えられない狡猾さを持った男と、心理戦でこれ以上刃を交えて勝てる気がしない。だったら。

 

 

「みんなこいつをぶっ殺すでしゅうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!」

 

 

最初からこうすれば良かった。思考を停止して一言、こう号令をかければ良かっただけなのだ。軍艦を制圧する程の軍勢で寄ってたかって、見下ろした先にいるペテン師を圧殺すればいいだけだったのだ。

 

 

しかしこの男、エドの前ではそれを実行するのは些か遅すぎた。彼の友、ジョセフはチェスのような戦い方を得意としていた。立ち塞がる敵は斬り倒す。対してエドは、将棋のような戦い方を得意としていた。敵の(戦 力)を取り込み、自分の(戦 力)とする。

 

 

そのエドを前にしてこの軍勢をほったらかしにしておいたのでは、彼のいいカモ(・ ・)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

AM:00:00。

 

 

アメリカ軍艦『ブラックホーク』艦上にて。

 

 

エドは、その天使のような顔で悪魔の如く微笑んだ。体内に埋めこまれた、彼専用の装備の感触を確かめながら。

 

 

体内内蔵型〝アルカロイド散布装置〟

 

 

『 詐 欺 師 の 手 口(ア ン ジ ェ ロ ・ マ ル ヴ ァ ゼ タ) 』

 

 

手と口内に埋め込まれたモーションセンサーの無数のパターンに応じて、毒の種類・散布範囲・濃度を設定し分泌を促す液体を体内に発生させて、全身から(ミスト)状にし散布する。

 

 

ローマがドイツとの技術提携の末に完成した最高傑作の一つである。

 

 

これがエドの専用装備。

 

 

ただし、『ジガバチ』の『特性(ベース)』を最大限に引き出す専用装備ではない。

 

 

そもそも前提として間違っている。『ジガバチ』はエドの『特性(ベース)』ではない。

 

 

エドの真の『特性(ベース)』は、とっくに発現していた。

 

 

 

『死なれちゃ情報が引き出せないでしゅ!早く薬を飲ましぇなしゃい!』

 

 

『このカプセルですかね!?』

 

 

『いいからとっとと飲ませるんでしゅよグズ!』

 

 

 

 

〝植物型〟特有の『(カプセル)』を飲んだ、あの時に。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 

 

───────其の花は、咲いてはいけなかった

 

 

 

 

根・茎・葉・花粉・種子・花弁から抽出される、無色・無味・無臭の三拍子が揃った猛毒は数々の犯罪に用いられただけでない。ナチスドイツにおいて『死の天使』と呼ばれた男がユダヤ人に行ってきた人体実験では、自白剤として愛用された。

 

 

その非人道的な効能により、売れないことを花屋は嘆いた。嘆くあまりに取った策は『偽りの名』を其の花に与えるという愚かな策。

 

 

まんまと天使の皮を手に入れた悪魔は、名前も見た目も愛嬌のある花として人々に親しまれる。

 

 

次第にその化けの皮は剥がされていったが、気付いた時にはもう遅い。天使の名を冠した其の花は、異常な繁殖力でその領土(テリトリー)を広げていった。

 

 

まるでその光景は、さながら聖書で語り継がれる〝天使が魔笛を吹きならし、世界が終わる光景〟そのものだったという。

 

 

其の花言葉

 

【愛敬・愛嬌・変装・偽りの魅力・夢の中・あなたを酔わせる・ 遠くから私を思って】

 

 

 

其の用途

 

【強姦・強盗・殺人・誘拐・放火・猥褻・脅迫・秘密漏示・不法侵入・その他各種予備罪】

 

 

 

其の名の由来

 

【 世界の終わりと災厄の始まりを知らせる、神々の遣いの魔笛】

 

 

 

 

「命は誰のものでもない」

 

 

 

エドは、最早木偶人形と化してしまった『バグズトルーパー』総勢約1000人に向かって告げた。

 

 

 

「命は神が与え、神が奪うって理由だからみたいですけど。でも現に貴方達の命はこうして僕に掌の上で転がされてる」

 

 

 

今の彼らは操り人形に過ぎない。糸に繋がれた、エドの好きなように動かせる操り人形(マリオネット)

 

 

 

知らぬ間に盤上の駒を奪われてしまった(キング)、つまり先程まで群れの長だった『マイケル・コクロ』はただ目の前の光景に絶句するしかなかった。

 

 

 

「不思議ですよね。もしかしたら、僕は神様を欺いてしまったのかも」

 

 

 

不敵に口元だけのアルカイックスマイルを浮かべるエド。

 

 

 

その笑顔は天使の軍勢を率いて神へと刃向かった堕天使ルシファーのように、この上なく神聖で、酷く汚れたものだった。

 

 

 

 

 

エドワード・ルチフェロ

 

国籍 ローマ連邦

 

22歳 ♂

 

174cm 56kg

 

MO手術〝植物型〟

 

 

 

 

────────エンジェルトランペット───────

 

 

 

 

『アース・ランキング』 0 位

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────堕天使の喉笛(エンジェルトランペット)生殺与奪(ファンファーレ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ベースのエンジェルトランペットについて
ネットの情報だけでは不充分だったので大学師の方に質問したり図書館にも行って調べた結果、こいつやっぱヤベェと判断されエドのベースとして採用された植物です。


キダタチ〝チョウセンアサガオ〟という名前でも知られており、イワン君のベースになったチョウセンアサガオとは親戚ですね。親戚だけど正式な別種です。チョウセンアサガオとの違いは毒の成分量も含めてあまりないのですが、有名な毒がやや異なるようです。


チョウセンアサガオ
・幻覚を見せるアルカロイド『ヒヨスチアミン』で有名
・花が上向きに咲く
・医療への使用頻度が高い


エンジェルトランペット
・意識がはっきりした状態で相手を操り、記憶を消し去るアルカロイド『スコポラミン』で有名
・花が下向きに咲く
・犯罪者の人気者(自滅例もチラホラ)


って違いが強いて言うならあります。

エンジェルトランペットも見てる分には綺麗ですけどね。次回はエド無双不可避なので皆さん是非見て頂けると嬉しいです!




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第二十六話 FALLEN_ANGEL 失楽園




トランペッター(世 界 の 終 わ り を 告 げ る 者)【聖書】


trumpeter,Trumpeter


七つの魔笛を吹きならし、七つの災いを呼び覚まして世界を終わらせる天使達とその事象を指す。タロットカード20:審判〝Judgement〟のモチーフとなっている。








 

 

 

 

エンジェルトランペット

 

 

学名『Brugmansia』

 

 

人間に何かを与えるとろくな結果にならない。

 

 

禁断(エデン)の林檎〟や〝原始(プロメテウス)の炎〟がいい例だ。

 

 

この花も例外ではなく、()()の手に渡ったことにより数々の悲劇を引き起こしてきた。

 

 

この花の毒物(アルカロイド)『スコポラミン』から生み出された薬剤は皮肉なことに、花の名前とは正反対の『悪魔の吐息』という呼び名で呼称され犯罪者の間で広く流通する。

 

 

『スコポラミン』は相手の自由意思を奪い去るだけでなく、記憶を消去しあらゆる行為に対して罪悪感を覚えさせずに行使させてしまう。

 

 

犯罪者にとっては夢のような毒物(プレゼント)

 

 

被害者にとっては悪夢の毒物(トリガー)

 

 

エンジェルトランペット。

 

 

聖書で語り継がれてきた七つの災いと七つの魔笛、世界の終焉が名前の由来となった魔の花。

 

 

彼の本性を知った人々が『偽り・愛嬌・変装』といった花言葉を名付けるのも当然と言える。

 

 

生憎と、天使という言葉から連想される慈愛の心をこの花は持ち合わせていないのだから。

 

 

 

 

 

───────────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

アメリカ軍艦『ブラックホーク』艦上

 

 

夜の闇を冷たい潮風が切り裂き、船上の戦場を吹き抜ける。同時にエドの袖口から白い花弁が漏れる。それは風に吹かれて紙吹雪の如く空を舞い、無骨な夜を彩った。しかし、それに見惚れる意思すら敵には与えられない。皆同様に目を虚ろにさせ、口端から涎を垂らしている。

 

 

そんな部下達を見て『マイケル・コクロ』は必死に考えを巡らせた。必死に、必死に生きる為の算段を弾き出そうと頭を回転させる。

 

 

船内にいる50人程の部下はエドの発する毒にまだやられていない。しかし、外にいる千人の軍勢を奪われてしまったのだからこちらに勝機は一切ないだろう。それどころか下手をすれば、残りの手駒まで奪われてしまう。

 

 

また、この船にはエドの毒を防ぐことが出来る防護服やガスマスクは備え付けられていない。まさに八方塞がりである。

 

 

「ど……どうすればいいんでしゅか?ねぇ!?」

 

 

先程までの威勢が嘘だったかのように、『マイケル・コクロ』はゴミ扱いしていた『バグズトルーパー』の部下の1人にすがりつく。囚人服の袖口を何度も引っ張り、知恵を乞う。

 

 

その情けない姿を見た『バグズトルーパー』達は即座に判断した。この『頭脳(あ た ま)』は、もう機能していないと。故にもう従う必要はなく、むしろ不要な部分であると。

 

 

「もうアンタにゃ従わねぇ!!オレ達はオレ達でトンズラこかせて貰う!!」

 

 

「あっ!待って下しゃ」

 

 

「触るんじゃねぇクソデブが!!」

 

 

『マイケル・コクロ』は袖を引っ張っていた部下に突き飛ばされ、クサフグの『特性(ベース)』を発揮した丸みを帯びた体は壁へと叩きつけられた。

 

 

「アハハハハハハハハ!!」

 

 

自らの元から去っていく部下達の背中を見て、彼は壊れたゼンマイ人形の如く肩を激しく揺らして笑い始めた。

 

 

ここから逃げることが出来ると思っている部下達の姿があまりにも滑稽だったからである。

 

 

「無理でしゅよ!不可能でしゅよぉ!!」

 

 

だって。何故なら。

 

 

「あっ、貴方はそっちで貴方はこっちです。『薬』を使う準備も一応しておいて下さいね?」

 

 

甲板の上で天使のような笑顔で淡々と大虐殺の為の準備を進めているエドの姿は、悪魔かそれよりも邪悪な何か(・ ・)にしか見えなかったから。

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

太平洋沖、アメリカ軍艦『ブラックホーク』から2km離れた地点のモーターボートの船上にて。

 

 

ユーリは神妙な顔付きでレナ伝で聞いたルークからの伝言を反芻する。エドが敵を欺く為にプロフィールを自力で改竄し、自分達をも欺いていたということを。

 

 

「敵を欺くならまず味方からとはよく言ったものだな。どうやら私達も彼にしてやられたようだ」

 

 

ユーリは溜め息をついてエドの言動や態度を思い出した。確かに彼の言動及び行動から読み取れるズレをユーリは感じていた。彼の不自然なまでに肝の座った行動も、これで説明がつく。

 

 

「随分な役者のようだな彼は」

 

 

 

──────そうですね。でもこんなに可愛い人が隣にいるんですよ?隣にいる間ぐらい危険から守らないと嘘ですよ。ね、ユーリさん

 

 

 

「あの〝せりふ〟も〝うそんこ〟だったのか?」

 

 

レナはレナで「可愛い」と言って貰えたことが嘘だったかもしれないというショックで、口を尖らせている。しかし、今はそんな場合ではない。救援に行くか否か。どちらを選ぶにせよ、迅速な判断が求められるのだから。

 

 

「私が助けに行こう」

 

 

ユーリは即座に言い切った。それを見たレナは、こてんと首を傾げてユーリに尋ねる。

 

 

「ゆーり は 〝うそんこ〟が きらいだって くーがはいってたぞ?」

 

 

ユーリは過去に酷く裏切られた経験がある故に疑心暗鬼に陥り、嘘や裏切りを酷く嫌っていると聞いていた。そのユーリが何故、助けに行くことを即座に決断したのだろうか。

 

 

「……ああ、確かに嘘もペテン師も私は大嫌いだ。しかしな、私を信じて『あの男(エ ド)』を任せてくれた『(クーガ)』を裏切りたくないのだよ」

 

 

〝嘘や偽り〟を恐れて〝疑心〟という貝殻に閉じこもっていた自分に、人を信じることを少しでも思い出させてくれたクーガの信頼に応えたい。ユーリの原動力はそれだった。

 

 

それに。

 

 

 

──────助けたいんです、『友達』を

 

 

 

初めて会った時のエドのあの言葉が、嘘だとは思えなかったから。

 

 

「おっ、まてぃ。わたしもいくぞ」

 

 

「ああ、君はボートで待機を」

 

 

「わたしだってくーがの〝しんよー〟にこたえたいぞ。それに〝しんじん〟は いいやつだ」

 

 

レナもまた同様に、一度裏切ってしまった自分とアズサを仲間として迎えてくれたクーガの信頼に応えたかった。

 

 

それに、レナはエド自身から直接言われたのだ。「最後まで信じて欲しい」と。そこまで言ってくれた彼を、助けずに行かない訳にはいかなかった。

 

 

「……だが救出した人質がここまで逃げてくる可能性も含めると、君はここで待機しておいた方が良さそうではあるが」

 

 

「〝ひとじち〟ってあの おじいちゃんか?」

 

 

レナが指差した30m程先には、ゴムボートに揺られてぐったりした軍服姿の老人がいた。

 

 

「ふむ……彼は自分の責務を果たした訳だ」

 

 

「そうだぞ」

 

 

「なら私達も責務を果たさなければいけないようだな」

 

 

「まずはあそこにいる おじいちゃん の〝たいちょう〟をみてからだな」

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

アメリカ軍艦『ブラックホーク』艦上

 

 

この船ごと千人の『バグズトルーパー』を葬る準備が出来たエドは、大虐殺を自ら始める直前とは思えない程に穏やかな顔で深呼吸を繰り返す。

 

 

自分の『特性(ベース)』となった植物、エンジェルトランペットは聖書で語り継がれてきた七つの災い及び七つの魔笛を体現することが出来る恐ろしい程の力を有している。

 

 

それを自分は使いこなせるか。

 

 

勿論答えは〝Y()E()S()〟だ。

 

 

過去に自分はどれ程この植物や他の毒物の恩恵を預り、どれ程多くの人々を傷つけたか。故に心得ていた。毒の扱い方も、人の殺め方も。言い訳はしない。自らの穢れた力で、火星へと向かっているたった1人の友の助けになってみせる。

 

 

「準備が整いました」

 

 

虚ろな瞳の『バグズトルーパー』が涎を垂らして話しかけてきた。どうやら、自分が頼んだ全ての作業を終えたらしい。それもそうだろう。1000人もの人間を今、自分は手足として動かせるのだから。

 

 

「皆さん。長らくお待たせしました」

 

 

エドは艦全域に通じるトランシーバーを手に取ると、スピーカー越しに一斉放送を開始した。

 

 

「僕に操られてる皆さん、逃げようと虎視眈々とチャンスを伺ってる皆さん、策師を気取って『地球組』の皆さんを裏切ったフグさん。……裏切ったっていう点じゃ僕も同じくくりに入ってしまいますかね?」

 

 

自分が言えたことじゃないか、とエドは自分がかけていた眼鏡を踏み砕きつつ苦笑した。もし今から地獄の惨状となるこの場から自分も生還出来たのであれば、『地球組』の彼らに謝らなくてはならない。もし生きて帰れれば、だが。

 

 

「……ともかく、誰1人(・ ・ ・)としてこの場所から生きては帰れないことを理解しておいて下さいね」

 

木立朝鮮朝顔(エンジェルトランペット)』は世界の終焉(オ ワ リ)を彩る花である。

 

 

この花がもし、ヨハネの黙示録にて唱われてきた七つの魔笛の力を有するのであれば、この花が開く時世界は終わりを迎えることに疑いはない。

 

 

「全砲門を開放、全銃火器を掃射して下さい」

 

 

 

 

『第一の御使がラッパを吹き鳴らした』

 

 

 

 

艦に備えられた砲門及び兵器群が、一斉に火を噴いた。ただし全ての砲門は真上を向き、一部の兵器群に関しては艦上に向かって直接発射された。

 

 

「はぎっッ!!」

 

 

「ぐるぉぅぉえええええええぁぁっ!!」

 

 

出鱈目にガトリング砲を始めとした銃火器が『バグズトルーパー』達に向かって掃射され、彼らの頭は次々とスイカのようにあっさりと弾け飛び、体中は穴だらけとなった。

 

 

「アヅイ!!アヅイヨ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」

 

 

更には武器庫にも着火し、そこに収納された手榴弾やTNT爆薬等にも着火し次々と誘爆していった。炎が『バグズトルーパー』の体に燃え移り、古い焼き魚のような匂いが充満していく。

 

 

ガトリング砲の弾丸が切れた頃には四百人分の穴だらけの焼死体、何リットル分かもわからない血の海、そして火の海が軍艦『ブラックホーク』の甲板の上に広がった。

 

 

 

エドは呑気に死体の上に座り込むと、自らが行った惨状を見渡して呟いた。

 

 

「『第一の災い』ってとこですね」

 

 

 

 

『すると、血のまじった雹と火とがあらわれて、地上に降ってきた。そして、地の三分の一が焼け、木の三分の一が焼け、また、すべての青草も焼けてしまった』

 

 

 

 

「ん……?」

 

 

ふと死体の椅子の上で寛いでいると、艦内に潜んでいたであろう『バグズトルーパー』がコソコソと海の中に飛び込んでいくのが見えた。

 

 

恐らく水中でも活動出来る『オケラ』や『ゲンゴロウ』の『特性』を持つ連中であろう。

 

 

「あはは。水中に飛び込まれると僕の毒も届かないかもしれませんね。でも〝あれ〟から逃げ切れるかは僕も保証出来ませんよ?」

 

 

 

 

『第二の御使いがラッパを吹き鳴らした』

 

 

 

 

その光景を一言で現すとしたら、不謹慎ながらも『絶景』という言葉以外に思い浮かぶ筈がない。

 

 

何せ、先程砲門から真上に発射した砲弾が無数の〝巨大な火の玉〟となって、『軍艦』に降り注いできたのだから。

 

 

映画の中でしか見られないような光景が、艦上の『バグズトルーパー』の視界を支配していた。

 

 

「わぁ……綺麗……」

 

 

「たっまやー」

 

 

「アハハハホホホホホホォオホォ」

 

 

「アハハハアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハアハハハ」

 

 

この綺麗な光景が数秒後の自分達に死をもたらす。逃げている場合じゃない。

 

 

そう解っていても、『バグズトルーパー』達は動けなかった。『エンジェルトランペット』の毒、『スコポラミン』が彼らの自由意思を奪っているからである。

 

 

故にエドの指示には絶対服従。そんなエドに彼らが抗える筈もなく、逃げることすらも許されなかった。

 

 

次の瞬間、無数の〝巨大な火の玉〟は甲板上に落ちて軍艦を次々に大破させただけではなく、『バグズトルーパー』達の身体を潰していった。

 

 

そして、海上にもそれは複数個降り注ぐ。

 

 

「みぎょ」

 

 

「もが」

 

 

海中深くに潜った『ゲンゴロウ』の『特性』を持つ者達はそれを辛くも逃れたが、あまり泳ぎを得意としてないない『オケラ』の『特性』を持つ者達は全て着弾し、死に絶えてしまった。

 

 

艦上だけでなく海そのものにも血が広がり、段々と赤に染まっていく。深紅のグラデーションだ。

 

 

「今のでまた四百人ぐらい死んじゃいましたね。これは『第二の災い』ってとこですか」

 

 

 

 

『すると、火の燃えさかっている大きな山のようなものが、海に投げ込まれた。そして、海の三分の一は血となり、 海の中の造られた生き物の三分の一は死に舟の三分の一がこわされてしまった』

 

 

 

 

「深くに潜った(かた)も逃げられませんよ?」

 

 

エドは大破した軍艦から海へと漏れだす化学燃料を見てほくそ笑んだ。

 

 

環境汚染で問題となるかもしれないが、そんなもの『バグズ手術』の技術が世間に漏れてしまうよりは遥かにマシな筈だから。

 

 

 

 

『第三の御使がラッパを吹き鳴らした』

 

 

   

 

『ゲンゴロウ』は綺麗な水質でしか生きられない淡水生物だ。ただでさえ海水で呼吸しづらいにも関わらず、そこに急激な水質汚染が加わればどうなるか。答えはわかりきっている筈だ。

 

 

「ガボッ…!ゴバァ!!」

 

 

海中で呼吸することも出来ずに、ただ沈むだけ。海の藻屑に変わるだけである。

 

 

 

「『第三の災い』です」

 

 

 

 

『すると、たいまつのように燃えている大きな星が、空から落ちてきた。そしてそれは、川の三分の一とその水源との上に落ちた。 この星の名は「苦よもぎ」と言い、水の三分の一が「苦よもぎ」のように苦くなった。水が苦くなったので、そのために多くの人が死んだ』

 

 

 

 

死屍累々の光景をエドが得意気に見渡していると、急にバタバタと何かが空気を斬る音が聞こえてきた。音源の方へ首を傾けてみると、エドの目にショッキングな光景が飛び込んできた。

 

 

「……あ」

 

 

奇跡的に無事だったヘリポートから、艦内に潜んでいた『バグズトルーパー』四人組がヘリへと乗り込み飛び立っていく光景だった。

 

 

「ギャッハッハッ!バーカ!!」

 

 

「自分で船に積んである兵器全てを潰しやがって!!」

 

 

「おかげでオレらも撃墜の心配なくヘリを使えんだよ!」

 

 

「やっぱりオレらは王道を征く……空からの脱出だよな」

 

 

四人共ヘリならばエドの毒が届かないと判断し、余裕の表情でヘリの上からファックサインで挑発している。

 

 

それを見たエドは溜め息をついて、トランシーバー越しにサーチライトを担当させた者に指示を出した。

 

 

「彼らをド派手に照らしてあげて下さい」

 

 

 

 

『第四の御使がラッパを吹き鳴らした』

 

 

 

 

「うおっ!?眩しっ!!」

 

 

ヘリの操縦を務めていた人物が、急激なライトアップに思わず目を閉じた。しかし、数秒もすれば『明順応』が働き目も慣れてくる。

 

 

手元を狂わせてヘリが墜落するという漫画のようなご都合展開が起こる筈もなく、ヘリはそのまま大平洋の彼方に向かって飛び立とうと体制を立て直した。

 

 

「『第四の災い』。災いと呼ぶには生易しいですけど、これから起こることの下準備だと思えば、ね」

 

 

 

 

『すると、太陽の三分の一と、月の三分の一と、星の三分の一とが打たれて、これらのものの三分の一は暗くなり、昼の三分の一は明るくなくなり、夜も同じようになった』

 

 

 

 

「ライトごときで沈むかよ!!」

 

 

「しかし船の上すげーことになってんな……くわばらくわばら」

 

 

「巻き込まれなくてよかったわ、ホント」

 

 

ヘリで今まさに逃亡を図ろうとしていた『バグズトルーパー』達4人は、船の惨状を見てほぼ皆同様に顔を歪めていた。

 

 

そんな中、1人だけが何かを思い出そうと眉をしかめていることに他の3人は気付く。

 

 

「ん?お前どうしたんだよ?」

 

 

「……いや、オレ昔教会に通うことを強いられてたから覚えてるんだけどよぉ……あいつが今やってる殺しの手順って聖書の何かに似てるんだよなぁ。なんだったかなぁ。何か嫌な予感がする」

 

 

「大丈夫だって安心しろよぉ!兵器(・ ・)壊れてるからヘーキ(・ ・ ・)ヘーキ(・ ・ ・)!!」

 

 

一人の『バグズトルーパー』が不意に口にした寒い駄洒落を皮切りに、ヘリの中は静まりかえる。

 

 

ただ、先程の聖書の記述とエドのやり口を照らし合わせていた者の顔は浮かばなかった。昔教会のシスターから教わった聖書の記述が、彼の頭に暗い影を落としていたからだ。

 

 

 

 

『また、わたしが見ていると、一羽のわしが中空を飛び、大きな声でこう言うのを聞いた

 

ああ、わざわいだ、わざわいだ

 

地に住む人々は、わざわいだ。

 

なお

三人の御使がラッパを吹き鳴らそうとしている』

 

 

 

 

「さて…本当に困りましたね。確かに兵器無しじゃヘリは落とせない。弱ったなぁ」

 

 

エドはニヤニヤと去ろうとするヘリを見てほくそ笑んだ。あの程度の速度であれば対処出来る手駒達(・ ・ ・)が、手元にあるからだ。

 

 

 

 

『第五の御使がラッパを吹き鳴らした』

 

 

 

 

無数の桁ましい羽音が、辺り一面の空気を引き裂いた。当然ヘリに乗っている彼らにもその異常は伝波し、周囲を警戒させる。

 

 

「何だこのミニ扇風機レベル100みてぇな音?」

 

 

「ヘリのジャイロ音じゃねぇし……」

 

 

周囲を見渡しても、何も原因らしきものは見当たらない。そんな時であった。

 

 

「……おい!!」

 

 

突如、先程聖書と照らし合わせていた男が外を見て眼球をこれでもかと見開き叫んだ。

 

 

「あん?どうしたんだ?」

 

 

「あれだよ!あれ!!」

 

 

男が指差した先には軍艦から立ちこめた黒煙が、天まで届かんばかりにもくもくと伸びていた。

 

 

 

 

『するとわたしは、一つの星が天から地に落ちて来るのを見た。この星に、底知れぬ所の穴を開くかぎが与えられた。そして、この底知れぬ所の穴が開かれた。すると、その穴から煙が大きな炉の煙のように立ちのぼり、その穴の煙で、太陽も空気も暗くなった』

 

 

 

 

「ただの煙じゃねぇか?」

 

 

「何ビビってんだMr.クリスチャン?」

 

 

「ちげぇよ!オレが指差してんのはあの中にいる連中だ!」

 

 

「は?」

 

 

次の瞬間、立ち込める黒煙の中から20人程の黒色の表皮に身を包んだ『バグズトルーパー』が姿を現した。『サクトビバッタ』の『特性』を持つ者達が、『薬』の過剰接種によって〝群生相〟の姿へと変貌したのである。

 

 

翅を得た『砂漠飛蝗(サクトビバッタ)』の群れは、エドの指示通り容赦なくヘリに襲いかかった。

 

 

「う、うわあああとおおお!!」

 

 

「やめろよぉ!目ェ覚ましてくれよぉ!!」

 

 

「うわ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 

 

彼等はその脚力を活かしてヘリに深い傷を負わせて炎上させただけでなく、自らヘリのプロペラに飛び込んで機体の制御を阻害した。

 

 

最も、飛び込んだ者は身体の一部を残してほとんどスクランブルエッグのようにぐちゃぐちゃに引き裂かれてしまったが。

 

 

 

数秒後、上空で爆発したヘリを見てエドは大きく背伸びした。

 

 

「さてさて……『第五の災い』も再現しちゃいましたね」

 

 

 

『その煙の中から、いなごが地上に出てきたが、地のさそりが持っているような力が、彼らに与えられた。 彼らは、地の草やすべての青草、またすべての木をそこなってはならないが、額に神の印がない人たちには害を加えてもよいと、言い渡された』 

 

 

 

 

「疲れちゃったけどもう一頑張りしないといけませんね。全員殺すだけだったら手っ取り早く終わらせられるんですが、『バグズ手術』の証拠も出来る範囲で綺麗に抹消しないと……」

 

 

エドは溜め息をついた後、死体の上から重い腰を上げた。

 

 

 

 

『第五のわざわいは、過ぎ去った。見よ、この後、なお二つのわざわいが来る』

 

 

 

 

「あ、1つだけ思い付いちゃいました」

 

 

 

 

『第六の御使がラッパを吹きなら鳴らした』

 

 

 

 

「えっと……生き残ってる方で『マイマイカブリ』の『特性』を持ってる方はお返事して下さい!」

 

 

エドが生き残った200人ばかりの『バグズトルーパー』達に呼び掛けると、彼らの中から4人の男女が前に出てきた。それを見てエドはポリポリと頭を掻く。

 

 

「……足りるかな?」

 

 

仮にこの人員では予定していた『計画(プラン)』を実行する力がなくとも、エドにはこの方法以外に思い付かなかった。

 

 

「それじゃあ、お『(くすり)』を接種した後に死体と生き残った皆さんをグルリと取り囲むように四方で待機して下さい。改めて指示をだしますので」

 

 

 

 

『すると、一つの声が、神のみまえにある金の祭壇の四つの角から出て、 ラッパを持っている第六の御使にこう呼びかけるのを、わたしは聞いた。「大ユウフラテ川のほとりにつながれている四人の御使を、解いてやれ」。 すると、その時、その日、その月、その年に備えておかれた四人の御使が人間の三分の一を殺すために解き放たれた』

 

 

 

 

「それじゃあ、『メタアクリル酸』を全力で噴出して下さい」

 

 

エドが離れた場所からトランシーバーで指示を出すと『マイマイカブリ』の『特性』を持った4人の足元から、強烈な臭いを放つ霧状の物質が散布された。

 

 

『メタアクリル酸』

 

 

マイマイカブリが放つ物質の一つで、人体に対しては非常に刺激が強く炎症等を引き起こす。が、これだけでは簡単に死には至らない。

 

 

マイマイカブリはもう一つ、強烈な武器である『消化液』が備わっているが、それで200人全員を処分するとなれば気の遠い話になってしまう。

 

 

ここは手っ取り早く、古典的に葬るのが一番だ。

 

 

「『メタアクリル酸』は発火性(・ ・ ・)を伴う液体です。僕は生物に詳しくないけれど、悪い使い方(・ ・ ・ ・ ・)なら慣れてますしね」

 

 

次の瞬間、四方に広がった『メタアクリル酸』と炎が接触し、火の海はより勢いを増して艦上を蹂躙した。

 

 

「アヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ」

 

 

炎が猛狂い、その中で『バグズトルーパー』が苦しみ踊り狂う光景。地獄を具象化したようなパノラマがここに生まれた。

 

 

「『第六の災い』。『バグズ2号』の『特性』について勉強してきて正解でしたよ、本当に」

 

 

 

 

『 騎兵隊の数は二億であった。わたしはその数を聞いた。 そして、まぼろしの中で、それらの馬と確認それに乗っている者たちとを見ると、乗っている者たちは、火の色と青玉色と硫黄の色の胸当をつけていた。そして、それらの馬の頭はししの頭のようであって、その口から火と煙と硫黄とが、出ていた。 この三つの災害、すなわち、彼らの口から出て来る火と煙と硫黄とによって、人間の三分の一は殺されてしまった』

 

 

 

 

 

 

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艦内で生き残っていた『バグズトルーパー』達は怯えていた。あの『優男』の采配次第で、自分達の生死は簡単に決まってしまうからだ。こうなれば、手段は一つだ。

 

 

「お、親分!!」

 

 

『バグズトルーパー』達は先程ゴミのように切り捨てた『マイケル・コクロ』にすがりついた。

 

 

銃火器と兵器を奪われた今、最早エドを仕留められる飛び道具を持ち得るのは彼だけだからだ。

 

 

「……今更僕に何の用でしゅか」

 

 

「さ、さっきはすまなかった!頼む親分!!」

 

 

「あいつを倒してくれ!!」

 

 

それを聞いた『マイケル・コクロ』は、溜め息をついて『バグズトルーパー』の頭の足りなさをしみじみと実感した。無理だ。外にいた千人の部下を容易く殺し、果てには軍艦を大破させてしまえるような男に自分が勝てる見込みはない。

 

 

無理に決まっている。

 

 

「諦めんじゃねぇ!!」

 

 

1人の『バグズトルーパー』が、突然『マイケル・コクロ』の頬を全力で殴りつけた。

 

 

『マイケル・コクロ』は何が起こったかもわからないまま、殴られた勢いで壁に叩きつけられた。

 

 

「1度『群れ(チーム)』を率いたからにゃ最後までケツ持ちやがれ!!そんで『頭領(ヘッド)』の務めを果たして最後まで戦え!逃げたり諦めたりすんのはそれからでも遅かねぇだろうが!!」

 

 

その男はヤンキー漫画をかいつまんだような語録を並べ、必死に『マイケル・コクロ』を奮い立たせようとしている。普段であればそこそこ心に響いたかもしれないが、先程の裏切りがあった後では『何言ってんだコイツ』というレベルだ。

 

 

しかし。

 

 

「うっ…うおおおお!!」

 

 

「そうだぜ親分ンンンンン!!」

 

 

頭が悪く短絡的思考の『バグズトルーパー』の心に訴えかけるには、今のスピーチは充分すぎたようだ。

 

 

他の者達が感極まって泣いている姿を見て、意味不明な名言もどきを放った本人すらもいいことを言った自分に酔って泣いている。非常に気持ち悪い世界である。

 

 

ただ、人間とは追い詰められた時、心の拠り所を求めて他人と考えを合わせて一つになろうとする心理が働いてしまうことがある。それが今回、『マイケル・コクロ』の身に起こってしまった。

 

 

「ひっひぎゅっ!ご、ごめんでしゅ!!僕が間違ってたでしゅ!最後まで戦いましゅ!!」

 

 

「よく言ったぜ親分!」

 

 

「それでこそ男だ!!」

 

 

すっかり『バグズトルーパー』達に感化された『マイケル・コクロ』は、涙を拭うとエドを倒す為の話し合いを催した。

 

 

 

 

 

 

 

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「……おや?」

 

 

親玉である『マイケル・コクロ』と残った残党を始末する為に足を踏み入れたエドの視界の中に、一瞬目を疑ってしまうような光景が飛び込んできた。

 

 

『マイケル・コクロ』が、まるでこれから決闘を始めるかのように堂々と仁王立ちをしていたのである。

 

 

「どうしたんですか?改まって」

 

 

「これ以上お前の好きにさせないでしゅ」

 

 

「へえ………具体的にどうするんですか?」

 

 

エドは悪戯気味に含み笑いを見せると、掌を翳して『マイケル・コクロ』に向かって濃縮した『スコポラミン』を放出しようとした。

 

 

その時だった。

 

 

「うおおおおおお!!」

 

 

『メダカハネカクシ』の『特性』を持った『バグズトルーパー』2人が、ワイヤーのような物を手にしてエドの両脇を通過した。

 

 

そしてワイヤーのようなものの正体は、『クモイトカイコガ』の『特性』を持つ者が紡ぎだした鋼鉄の糸。

 

 

「なっ……!?」

 

 

『マイケル・コクロ』に気を取られていたエドがそれに対応出来る筈もなく、『クモイトカイコガ』の糸はエドの首筋を切断した。血が壁一面に飛び散り、首を無くした胴体はバタリとその場に倒れた。

 

 

「……確かにお前は強かったでしゅ。少なくとも僕よりは。でも覚えておきなちゃい」

 

 

自らの足元た転がってきたエドの生首を踏みつけながら、『マイケル・コクロ』は言い捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

───────群れっていうのは

 

 

  こうやって動かすものでしゅ

 

 

 

マイケル・コクロは共に悪魔を討ち果たした3人の部下と、力の限り抱擁した。単なる『手駒』とそれを動かす『使い手(プレイヤー)』だった彼らの間に、初めて絆が芽生えたのである。

 

 

「僕はずっと、友達も出来なくて1人ぼっちでしゅた。でもこれで独りじゃないでしゅ!3人がいるでしゅううう!」

 

 

「勿論だぜ親分!」

 

 

「うおおおおおお!やった!やったぜ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………いい幻覚(ユ メ)、見れました?」

 

 

エドの言葉が、ナメクジが這うようにねっとりと『マイケル・コクロ』の体を撫でた。

 

 

「え゛へ゛へ゛へ゛へ゛」

 

 

最も、その言葉も心には届いていないようだが。

 

 

『エンジェルトランペット』が持つ『(アルカロイド)』は何も一つではない。

 

 

勿論エドが多用するのはこの『特性(ベース)』の代名詞ともなっている『スコポラミン』だ。

 

 

相手にまともな思考回路を与えたまま行動を制限する魔の産物。

 

 

しかし、この花の近縁種の代名詞ともなっている『(アルカロイド)』をこの花もまた同様に秘めていた。

 

 

『ヒヨスチアミン』

 

 

多量服用した者に幻覚(・ ・)を見せる天からの贈り物。こちらは『スコポラミン』と異なり対象を制御出来なくなる可能性がある為にエドはあまり好んで使用しなかった。

 

 

こちらに関しては『夢を盗む天使(チョウセンアサガオ)』の『特性』を持つ『マーズ・ランキング十位』の〝イワン・ペレペルキナ〟の方が扱いに長けているのではないだろうか。

 

 

「さて……それじゃあ、遠慮なく」

 

 

エドは『バグズトルーパー』三人の屍を蹴り飛ばすと、意識が朦朧としている『マイケル・コクロ』の前に立ち、袖口からゴソゴソと何かを取り出した。

 

 

それを『マイケル・コクロ』は虚ろな目で見た途端に、心底嬉しそうに表情を緩めた。

 

 

「天使様!一体何をくれるんでしゅか?」

 

 

 

 

『わたしは、もうひとりの強い御使が、雲に包まれて、天から降りて来るのを見た。その頭に、にじをいただき、その顔は太陽のようで、その足は火の柱のようであった』

 

 

 

 

これは重症のようだ。彼が幻覚を見ていることに最早疑いはないだろう。先程まで〝悪魔〟を見るような目で自分を見ていた癖に、今度は掌を返して〝天使〟呼わばりしてきたのだから。

 

 

「……ええ。とってもいいものをあげます。だからこちらに来て下さい」

 

 

エドが呼び掛けると、『マイケル・コクロ』 はまるで赤ん坊返りをしたかのようにハイハイ歩きでこちらに歩み寄ってきた。

 

 

 

 

『第七の御使が吹き鳴らすラッパの音がする時には、神がその僕、預言者たちにお告げになったとおり、神の奥義は成就される。 すると、前に天から聞えてきた声が、またわたしに語って言った、「さあ行って、海と地との上に立っている御使の手に開かれている巻物を、受け取りなさい」』

 

 

 

 

「さぁ、これをどうぞ。とっても甘い飴です」

 

 

エドは満面の笑みを浮かべ、『エンジェルトランペット』の種子を袖口から『マイケル・コクロ』へと差し出した。

 

 

 

 

 

『 そこでわたしはその御使のもとに行って「その小さな巻物を下さい」と言った。すると、彼は言った「取って、それを食べてしまいなさい。あなたの腹には苦いが、口には蜜のように甘い」』

 

 

 

 

「美味しそうでしゅ!いただきましゅ!!」

 

 

『マイケル・コクロ』は涎を垂らしながら、口内に放り込んだそれを心底美味そうにガリガリと食んだ。

 

 

それを見届けたエドは、届く筈もない言葉を目の前の彼に向かってゆっくりと語りかけた。

 

 

「貴方の敗因はただ1つです。〝偽善者〟を侮ったこと。確かに〝偽善者〟は善人としては中途半端な欠陥品かもしれません。でもね」

 

 

エドは『マイケル・コクロ』の首をグイグイと絞め付けながら、言葉を続ける。

 

 

「〝偽善者〟は悪人としては完成している。だから仲間や助けを求めてる人、たった1人の大切な友達を助ける為なら僕はどんな汚れ役だって買ってみせます」

 

 

「ウゲェエエエエ!!」

 

 

エドが言い終えた頃、『マイケル・コクロ』は猛烈な吐き気に襲われ吐瀉物を吐き散らした。

 

 

息を苦しそうにしているのはエドが首を絞めていることも要因ではあるが、大きな原因はそれではない。『エンジェルトランペット』の〝種子〟である。

 

 

〝種子〟の毒性は各部分の中でも群を抜いて強く、この部分から『スコポラミン』を抽出する場合が多いという。数秒後、『マイケル・コクロ』は息絶えた。

 

 

「…………『第七の災い』、ですね」

 

 

エドはそう呟いた後、窓から顔を覗かせる深緑の星、『火星』を見上げてそっと囁いた。

 

 

「……僕も自分なりに務めを果たした。今度は君の番だね、ジョー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『わたしは御使の手からその小さな巻物を受け取って食べてしまった。すると、わたしの口には蜜のように甘かったが、それを食べたら、腹が苦くなった』

 

 

 

─────────────『ヨハネの黙示録』より抜粋

 

 

 

 

 







聖書無双難しい(本音)


おまけ

クーガ
(´・ω・)つ〇


唯香さん
(/>ω<)/   〇シュゴオォオオオ


アズサ
(≧―≦)つ〇


レナ
(・ω・)/ 〇ポイッ


花琳
( ▼ω▼)つ〇




本日は2月14日バレンタインなので

〇←は皆さんへのチョコです(適当)



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第二十七話 ARASHI_SAKRA 手術者殺し




掃除班(スイーパー)【組織】


sweeper,Sweeper


『地球組』の外部組織。『地球組』でも対処しきれない不足の事態が起こった場合にのみ運用される。〝対MO手術者〟においては無敗とも言える強さを誇る。





 

 

 

 

『地球組』構成員、『エドワード・ルチフェロ』が軍艦『ブラックホーク』を沈め1000人もの『バグズトルーパー』を大虐殺する3時間前。

 

 

もう一つの舞台、フェリー『ダンテ・マリーナ』が出航する港、そこから1km程離れた港の巨大倉庫内においてもう一つの物語の針は進んでいた。

 

 

一連の出来事の首謀者である『趙花琳』を抹殺し、口封じを行う為に彼らは派遣された。

 

 

中国の暗殺部隊 『(イ ン)』。

 

 

首謀者が『中国首脳』であることが特定されることを防ぐ為に、中国国籍のメンバーだけで統一されるということはなかった。ただし、部隊の中核(メ イ ン)となるこの3人(・ ・ ・ ・)は別である。

 

 

「……次」

 

 

次々に襲いかかってくる花琳製のクローンテラフォーマーを、まるでベルトコンベアーから流れてくる刺身にタンポポを乗せる作業の如く淡々と捌いていくこの男。

 

 

身の丈は2m程、齢は30。頭髪は一部を残してほとんど刈り上げ、残った髪の毛は3つ編みにして後ろから垂らした所謂『弁髪』と呼ばれる髪型。毛色は黒。

 

 

筋骨隆々の体を特殊な戦闘服に包んだその姿は、見る者にこれ以上ない程威圧感を与える。

 

 

名は『(ワン) 刺人(ツーレン)』。

 

 

(イ ン)』のリーダーを務める。

 

 

特性(ベース)』:世界最強昆虫『塩屋(シ オ ヤ)(ア ブ)

 

 

この昆虫は、『オオスズメバチ』が備えるような致死級の毒針や強力な牙、無尽蔵のスタミナなど持ち得てはいない。

 

 

また、『オオエンマハンミョウ』のような頑丈な鎧、素早く地を駆け抜ける足、動く物に敏感に反応する眼にも恵まれている訳ではない。

 

 

体は柔らかく、武器は消化液を流し込む非常に堅い口吻(こうふん)のみ 。ただし、彼の恐ろしさはそこではない。殺しの本能(センス)にある。

 

 

待ち伏せ、獲物が通過したところで強力な手足で素早く抑え込み、口吻を突き刺す一撃必殺。

 

 

洗練されたその動きは相手に抵抗する隙すらも与えず、いくら相手が頑丈な甲皮に身を包んでいようとも口吻(武 器)はそれを突き抜ける上に、比較的口吻が通りやすい急所をこの昆虫は生まれながらにして把握していた。

 

 

口吻を突き刺された相手は神経を断裂され身動きが取れなくなり、後はゆっくりと肉を溶かす消化液を流し込まれてその身を卑しく啜られる運命を辿る。

 

 

シオヤアブ。彼は最強の『暗殺者(ア サ シ ン)』である。

 

 

 

刺人(ツーレン)は襲いかかってきたテラフォーマーの胸部へと向かって腕から突出した口吻を突き刺す。それは容易にその甲皮を突き抜け、食道(急 所)を貫いた。

 

 

「じょっ……!!」

 

 

たちまちテラフォーマーは身動きが取れなくなり、消化液を食道へと流し込まれて絶命する。

 

 

この間僅か1秒。刺人は素早く口吻を引き抜き、次の獲物(テラフォーマー)へと備えた。

 

 

そして、その刺人の傍らには彼の教え子である〝双子〟がいた。二人の青年も刺人とまた同様に、テラフォーマーを各々着実に処理していた。

 

 

 

 

 

───────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

「……弱すぎて相手になんないよ」

 

 

愚痴を溢した青年は双子の兄。

 

 

身の丈は180cm程、齢は21。その絹のような白いミディアムヘアで右目を隠し、退屈そうな左目を奥から覗かせている。

 

 

純白の太極拳服に身を包んだその姿は、さながら湖のほとりで休息をとる白鳥のようだ。

 

 

彼の名前は『(シャン) 白鳥(バイニィ)』。

 

 

(イン)』の構成員の一人。

 

 

特性(ベース)』:『ネコノミ』

 

 

『ノミの心臓』という(ことわざ)の由来にもなっているように、小さいことの代名詞としてよく用いられる僅か体長1~3mmの節足動物。

 

 

白鳥(バイニィ)の『特性(ベース)』となったこの〝ネコノミ〟は、主に猫に寄生しその生き血を啜る生物である。

 

 

体長の【百倍】の高さの跳躍を可能にする脚で、生物から生物へと次々に渡り歩き、こそこそ寄生しながら生きている。

 

 

まさに『ノミの心臓』という言葉がお似合いの、惨めな生物である。

 

 

 

 し か し

 

 

 

M O 手 術(モザイクオーガンオペレーション)』により彼が人間大のスケールを得て、身長180cmの『(シャン) 白鳥(バイニィ)』の肉体を通してその身体パフォーマンスを発揮することが神に許されたのであれば。

 

 

彼はその【 百倍 】の跳躍力を活かして180mの超高層ビルすらも越すことが出来る。

 

 

その脚力を闘いに転じた時、この生物は──────

 

 

「……よいしょっと……」

 

 

白鳥は〝動物性蛋白質〟を過剰に接種した巨大なテラフォーマーの個体に狙いを定める。

 

 

ゆっくりと屈み右足をスプリングのように縮め足に蓄えた力を一気に解放した次の瞬間、身体は空を切り裂きテラフォーマーに飛び蹴りが炸裂。

 

 

「 じ っ 」

 

 

炸裂した瞬間にテラフォーマーの上半身はトマトのように弾け、彼の衣服をその体液が汚した。

 

 

「うえっ。オーバーキルも考えもんだね」

 

 

 

 

 

─────────食物連鎖の(いただき)すら飛び越す

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

「……白鳥(バィニィ)は辛抱弱いね」

 

 

愚痴をこぼす白鳥を咎めた青年は双子の弟。

 

 

身の丈は180cm程、齢は21。その漆のような黒いミディアムヘアで左目を隠し、ギラついた右目を奥から覗かせる。

 

 

漆黒の太極拳服に身を包んだその姿は、さながら草葉の影で獲物を待ち伏せる猛獣そのもの。

 

 

彼の名前は『(シャン) 黒獣(ヘイショウ)』。

 

 

(イン)』の構成員の一人。

 

 

特性(ベース)』:『ブルドッグアント(トビキバアリ)』

 

 

蟻という生物から連想されるイメージと言えば、女王蜂を中心に形成されたコロニーの中で身を寄せ合って(ぐん)として生き、(ぐん)の中で一生を終えるイメージが定着していることは否めない。

 

 

事実、彼らの狩りは数に物を言わせた〝()海戦術〟にて行われる。だが、黒獣の『特性(ベース)』となったこの蟻は例外である。狩りは一貫して一匹(・ ・)のみで行われる。

 

 

それを可能にしているのは、蟻にあるまじき跳躍力、コクワガタのそれと比べても遜色のない凶悪な顎、大雀蜂にも引けをとらない毒針、異常に発達した視力を彼が持ち得たからである。

 

 

これら全てを授けられた彼は、秩序だった蟻の社会(コロニー)を抜け出した。

 

 

〝ブルドッグアント〟〝蟻界のはみ出し者〟

 

 

数の暴力(フォーメーション)』は用いず、『一騎当千(ワンマンアーミー)』を貫く孤高の存在。そんな彼を人はこう呼ぶ。

 

 

 

〝 (ジ ャ) () () (ジ ャ) () (パ ー)

 

 

 

黒獣(ヘイショウ)は、テラフォーマーに見せつけるように左右の各5本の指をゆっくりと折り曲げた。それはいずれも『特性(ベース)』の特徴を反映した形へと変化している。

 

 

親指は凶悪な毒針に、その他の四本の指は牙へと変化した。彼の指1本1本が、命を刈り取る死神の鎌へと変貌している。

 

 

次の瞬間、黒獣(ヘイショウ)は一瞬でテラフォーマーの間合いへと跳躍した。かと思えば、テラフォーマー二体に向かって牙と化した指を水平に振るった。

 

 

テラフォーマー達には、幸か不幸か痛覚(・ ・)が存在しない。従って、自らの身体に起きた異常(・ ・)を感じることも出来ない。

 

 

故に、自らの上半身と下半身が切断されたことに気付くまで数秒の時を要した後、絶命した。

 

 

「……22匹、23匹」

 

 

22、23体目のテラフォーマーを倒した直後、黒獣はふと視界の端に蠢く影を捉えた。

 

 

近寄ってみれば、中年の男が怯えた目でこちらの様子を伺っていた。こんな誰も寄りつかないような倉庫に身を潜めていたということはおおよそ、取り引きでもしようとしていた麻薬の売人(バイヤー)だろうか。

 

 

黒獣は素早く30m離れたその男の元へと跳躍し、降り立って〝毒針〟と化した親指を男の両耳の中に突き入れ、脳を貫いた。

 

 

「ヒギャ!!」

 

 

脳を貫かれた上に直接毒を注がれた男はたちまち絶命し、その場にゴトリと倒れた。

 

 

「オマケ。目撃者は全員消さないとね」

 

 

 

 

 

─────────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

圧倒的な戦闘力を発揮した3人。

 

 

しかし、その他のメンバーがそれ程驚く事はなかった。テラフォーマーには通じずとも、対人戦では実力を発揮出来るメンバーで『(イン)』は構成されているのだ。このぐらい朝飯前である。

 

 

仮に趙花琳のクローンテラフォーマーの妨害に遭ったとしてもこうして容易に対処出来る上、噂の『地球組』と遭遇したとしても難なく対処出来るだろう。

 

 

その強さの源となっているのは、

 

 

中国原産

 

『 不 完 全 変 態 手 術 』

 

 

又の名を

 

『 紅 式 手 術 』

 

 

『MO手術』()()()適合者の少女〝紅〟が手術名の由来となっている新技術であり、『薬』を使用しない通常の状態でも変身後に近い『特性(ち か ら)』を発揮出来るようになっている。

 

 

早い話が24時間365日、『薬』を用いてわざわざわかりやすい姿にならなくとも臨戦態勢でいられるという訳だ。その手術を受けた者は『アネックス一号』の幹部(オフィサー)の変身前に匹敵する力を常時得ることになる。

 

 

『アネックス一号』構成員である〝紅〟自身は勿論、中国第4 班、そしてこの『(イン)』のメンバーもこの手術の恩恵を授かっている。

 

 

しかし、何のリスクも負わずに力を手に出来るなどという虫のいい話がある筈もなく、彼らはその力を手にしたことによってあまりにも残酷な代償を強いられることになった。

 

 

彼等は最早、人として生きることが出来ない。

 

 

物の例えではなく、文字通りの意味として受け取って欲しい。彼らは『特性(ベース)』の特色を常に発揮出来る、ということは言い換えれば五感が常時過敏になるということだ。

 

 

彼等が音楽に包まれた小洒落た高級レストランに訪れたとしよう。美しい音楽は敏感すぎる聴覚には刺激でしかなく、出てくる高級料理の味や匂いをまともに楽しむことすらままならなくなる。

 

 

それだけではない。小鳥の囀ずりで心を癒し、自然の恵みや海の幸で舌鼓を打ち、生い茂る花々の芳しい香りで安息を得ることも許されない。

 

 

とどのつまり彼等は『地球(こ の 星)』での生活をほぼ放棄したに等しいことをした訳だ。

 

 

そんな覚悟を持った彼等が、火星と地球で遅れを取ることなどまず有り得ない。

 

 

先生(シィシェン)~クーガ・リーって奴まだなの~?」

 

 

白鳥(バィニィ)刺人(ツーレン)の袖を引っ張り、怠そうに頭を垂れた。まだよっぽど戦い足りないらしい。

 

 

「嘘だと言ってよ白鳥(バィニィ)……これだけミンチより酷い大量虐殺しといてまだ殺し足りないの?」

 

 

「だってさ黒獣(ヘイショウ)~。手術受けてから(たの)しいことなんて闘いとかSEXぐらいでしょ~」

 

 

双子の弟である黒獣(ヘイショウ)もやや呆れ気味ではあったものの、多少は頷けるところがあった。SEXはともかく。食を始めとするあらゆる快楽を根刮ぎ奪われてしまった生活はあまりにも苦痛だった。

 

 

唯一高揚感を得られるのは、『特性(ベース)』の力を存分に振るって相手を叩きのめす戦闘の中だけだった。最も自分達双子以外の面子は、その戦闘すらも愉しんでいる様子は一切ないが。

 

 

「……堪えることの大切さを学ぶことだな、白鳥(バィニィ)。それにクーガ・リーはU─NASAの番犬(・ ・)だ。いずれここにやって来るだろう」

 

 

『バグズ2号』の搭乗員ゴッド・リーの息子、クーガ・リー。『地球組』のリーダーにして、花琳が引き起こしてきた地球におけるトラブルを次々に解決してきた生粋の兵士。

 

 

実験台にされてきただけではなく、度重なる戦闘においてもその身を削りながら父を死なせた仇同然のU─NASAの為に尽くすその姿は、まさに『犬』だと陰で散々揶揄されてきた。

 

 

そのクーガがここに駆け付けない筈がない。クーガ・リーの実力であれば、白鳥(バィニィ)の御眼鏡に敵ってくれるだろう。最も、彼だけではクーガに対処出来ないかもしれないが。

 

 

そのように刺人(ツーレン)が思案を巡らせていた矢先、遠方より2つの人影が現れた。ゆっくりとした歩みで、コンテナが大量に設置された港からこちらの廃倉庫内に向かって歩みを進めてくる。

 

 

それを見て『(イン)』の他のメンバーは警戒し構えたが、刺人は2人の人影に眉を潜めた。

 

 

「……先生(シィシェン)、あれは」

 

 

どうやら黒獣(ヘイショウ)も妙な違和感を感じたらしく、2人の姿に眼を細めた。雲の隙間から射し込む月光が、2つの人影が〝クーガ・リー〟と〝桜唯香〟ではないことを教えてくれたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

「フフ。博士、今宵はすっとこどっこい共が大量に集まったみたいですよ」

 

 

片や、黒ずくめのスーツに身を包んだ女性。このようなコーディネートであるにも関わらず、彼女が闇に紛れることは決して叶うことはなかった。

 

 

その翡翠色の瞳は闇夜においても煌々とエメラルド色の光を放ち、ウルフ気味のやや荒立ったセミロングのピンク色の髪は、嫌でも彼女を暗闇の中で目立たせた。

 

 

NAME:シルヴィア・ヘルシング

 

 

NATIONALITY:ルーマニア

 

 

BASE:『宵闇の眷属(ウ サ ギ コ ウ モ リ)

 

 

EARTHーRANKING:『圏外』

 

 

THE OTHERS: 22歳 ♀ 162cm 48kg

 

 

 

 

「……なんか向こうにラーメンマンみてぇのがいるな。いや、モンゴルマンのが(ちけ)ぇか?」

 

 

片や、白衣を粗雑に着こなす中年の男。その老いを感じさせない顔付きは、彼が30代前半であると錯覚させるが彼は40代半ばである。

 

 

顎の部分の剃り残しが僅かに目立ち、その藍色の髪を後ろで適当にゴムヒモで結わえ、口には火のついたくわえ煙草。全体的にルーズな印象を感じさせる男。

 

 

NAME:(サクラ) (アラシ)

 

 

NATIONALITY:日本

 

 

BASE:無し

 

 

POST:『サポーター』

 

 

THE OTHERS:  45歳 ♂ 188cm 89kg

 

 

 

 

「博士、1つ言っておくとラーメンマンとモンゴルマンは同一人物ですよ」

 

 

「あ?んなもんどうでもいいわ」

 

 

「ちなみに私はモンゴルマンのキン消しを所持していますがお譲りしましょうか?」

 

 

他愛の無い無駄話を叩きながら、こちらに歩み寄ってくる二人組。刺人(ツーレン)は知っていた。あの二人のコンビ名を。

 

 

「……『掃除班(スイーパー)』だ」

 

 

「え?」

 

 

黒獣(ヘイショウ)が聞き慣れない組織名に首を傾げる最中、任務は必ず遂行することをモットーとしている刺人の口から、彼らしからぬ言葉が飛び出した。

 

 

「全員に告げる。『(我々)』は現時刻を持ってこの場より離脱する。趙花琳の追跡及び暗殺は中止。『ダンテ・マリーナ』への潜入も禁ずる」

 

 

刺人(ツーレン)からのあまりにも急すぎる任務中止命令に、『(イン)』のメンバーはざわついた。当然反発する者も中から現れた。『(イン)』のメンバーを掻き分けて出てきた、ブロンド髪の男もその一人。

 

 

『ルカ・アリオー』。フランス国籍を持つ『(イン)』のNo.2だ。彼は鼻筋に指を沿わせて眼鏡をクイッと持ち上げると、刺人に向かって口を開いた。

 

 

「御言葉ですが隊長……撤退する理由を教えて頂いてもよろしいでしょうか?」

 

 

刺人が改めて口を開いた瞬間、

 

 

「ああやはり結構。数の数え方もわからない人間の口からボクが納得出来るだけの合理的で論理的な理由が聞けると思ってもいませんから」

 

 

ニタリとその端整な顔付きからは想像もつかない邪悪な笑みを浮かべ、ルカは刺人を鼻で笑った。

 

 

相手は2人。こちらは20人。グレネードランチャー等の重火器を持ってる様子もない。

 

 

それに加えて片や女、片や恐らく『サポーター』であろう男。そんな2人組になど負けるものか。

 

 

例えこちらの人数が1人だとしても負けることはない。ましてやこちらの戦力が2人以上ともなれば勝利は確実だろう。勝てる戦を何故放棄する必要がある。

 

 

「それに今回の任務を達成すれば莫大な金が手に入るんでしょう?その金さえ手に入ればもうこんな危険な任務をこなす必要もなくなる。ご覧になって下さいよ。自分の部下のお顔を」

 

 

ルカにそう言われて部下達の顔を見渡してみると、(みな)今回の作戦の為に決死の覚悟を決めた表情をしていた。どのような説得をしたところで応じてくれそうにもなさそうだ。

 

 

「……わかった。俺と一緒にこの場から撤退する者は前に出てくれ」

 

 

「は~い」

 

 

「……はい」

 

 

刺人の申し出に応じたのは白鳥と黒獣の二人だけだった。その他のメンバーはどうやらルカと同じくこのまま任務を継続する考えのようで、皆一様にしてルカの元から離れようとしなかった。

 

 

その結果に満足したのか、ルカは再び刺人を鼻で笑った後に『(イン)』のメンバーへと指示を出した。

 

 

「今からこのボクが部隊の指揮を執る。9人はボクと共に『ダンテ・マリーナ』へ潜入。7人はあの二人組の相手をしてやれ。終わったら艦内で合流。そこのお三方(・ ・ ・)はどうぞご退場下さい」

 

 

ルカが皮肉たっぷりに刺人達3人に退場を言い渡すと白鳥と黒獣は思わずルカに殴りかかりそうになったが、刺人はそれを気にも留めずに2人を制し、その場から2人を連れて立ち去った。

 

 

ルカはつまらなそうに舌打ちしてそれを見送ると、遠くからやってくる2人組を大きく避ける形で遠回りし、フェリー『ダンテ・マリーナ』へと向かう。

 

 

あれだけ刺人(ツーレン)を小馬鹿にしていたものの、彼の指揮官としての判断力は確かであることは痛い程わかっていた。その刺人が警戒するぐらいなので、あの二人組には必ず何かある(・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 

出来る限り遭遇(エンカウント)を避けることが得策であることに疑いはない。

 

 

これだけ客観的に現状を分析していようとも、退けぬ理由がルカにはあった。『AEウイルス』に体を蝕まれている婚約者に、より良い治療を受けさせてくれると中国政府は約束してくれた。

 

 

他の者達も皆同様に何かしらの理由を抱えている。多少のリスクが目の前に現れたところで、決して退くことはないだろう。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

刺人(ツーレン)白鳥(バイニィ)黒獣(ヘイショウ)の三名はひたすらに夜の闇を駆ける。白鳥と黒獣の二人は、内心戸惑いを隠すことが出来なかった。

 

 

自分達の〝師〟とも言える刺人が真っ先に撤退する姿など、今までに見たこともなかったからだ。

 

 

「白鳥、黒獣。俺が臆病者だと思うか?」

 

 

ふと、刺人は2人に尋ねた。

 

 

「うん」

 

 

白鳥はその歯に衣を着せぬ物言いで、ハッキリと刺人は臆病だと断言した。

 

 

「白鳥、オブラートに包んで物を言おうよ」

 

 

「う゛ん゛」

 

 

「ビブラートに包んでどうすんのさ」

 

 

黒獣は自分達の師をハッキリと臆病者だと言い捨てた白鳥に苦言を呈した。刺人が恐い(・ ・)という理由で作戦を中止するなど、あり得ないのだから。

 

 

しかし。

 

 

「いや、黒獣。白鳥の言う通り俺は臆病者だ。(や つ)を見た途端に足がすくんでしまったしな」

 

 

「……先生(シィシェン)にも恐いモノがあるんですか?」

 

 

刺人が発した言葉は、黒獣にとってカルチャーショックに近いものがあった。事実、彼は豆鉄砲を食らった鳩のような顔ばせになってしまった。

 

 

自分達の師である刺人は、恐いモノ知らずの百戦錬磨の殺し屋だと思っていたから。

 

 

先生(シィシェン)どっち(・ ・ ・)が恐いの~?」

 

 

白鳥が尋ねた疑問については、黒獣も気になるところがあった。先程刺人は、〝奴〟が恐いと言っていた。その〝奴〟とは、一体あの2人組のどちらを指すのだろうか。

 

 

答えは決まりきっているが。

 

 

「白衣を着た『サポーター』の男の方だ」

 

 

「「  は? 」」

 

 

双子は刺人から返ってきた答えに、同時に眉を潜めた。『サポーター』とは早い話、『特性(ベース)』を持った『地球組』構成員が悪さをしないように見張るお目付け役だ。

 

 

趙花琳のように極秘に受けたのであれば話は別だが、そうでもない限りは基本的に『MO手術』を受けることは出来ない。

 

 

つまりは普通の人間だ。その人間を何故自分達が恐れる必要があるのだろうか。ましてや、通常の『MO手術』よりも強力な『紅式手術』を受けた自分達『(イン)』が。

 

 

「クーガ・リーがU─NASAの〝番犬〟なら、あの男はさしずめ〝狼〟だ」

 

 

「……要はクーガ・リーよりも恐ろしい存在、ということですか?」

 

 

「そういうことだ」

 

 

刺人は言い切った。数々の強敵を撃破してきたクーガ・リーよりも、あの白衣の男の方が脅威になり得ると。

 

 

「……後で詳しく聞かせて頂いてもいいですか先生(シィシェン)?」

 

 

「ああ。勿論だ。ルカ達にも聞かせてやれれば良かったんだがな」

 

 

「あいつ先生(シィシェン)の説明聞こうとしなかったじゃん。自業自得だよ」

 

 

(ルカ)を咎める白鳥を横目に見て、刺人の中からもふとある疑問が思い浮かんだ。

 

 

「……黒獣はともかく、戦闘狂のお前がよく撤退に応じてくれたな、白鳥?」

 

 

「うわひど~い。信用ナッシングだね。そりゃ戦闘は大好物だけどさ、先生(シィシェン)を小馬鹿にするような奴と一緒に任務を遂行するなんてやだよ!僕は先生(シィシェン)の命令をよく聞くいい子さ!!」

 

 

シレッといい子アピールをおっ始めた白鳥に刺人と黒獣はまるで汚物を見るかのような冷ややかな視線を送る。白鳥は唐突な二人からの無言の弾圧に戸惑いを隠せず、二人を交互に見返した。

 

 

「え?何?黒獣(ヘイショウ)?」

 

 

「いや先日の任務で『先っちょだけ!先っちょだけでいいから先っちょだけ!!』って抹殺対象の標的を無理矢理強姦しようとしてきったないDNAを危うく現場に残しかけて先生(シィシェン)に迷惑かけた君がよく言えたねって思っただけだよ白鳥(バイニィ)

 

 

暫く白鳥は黙りこくった後、泣きながら黒獣を肘で小突き始めた。それにイラッと来た黒獣もまた同様に、心底うっとおしそうに小蝿を振り払うかのように応戦し始めた。

 

 

刺人(ツーレン)はそれを脇目に眺めて溜め息をついた後に、先程の白衣の男に関する詳細を自らの記憶の本棚から徐々に引き出す。

 

 

(サクラ) (アラシ)

 

 

生物学の他、医療面のエキスパート。

 

 

(さくら) 唯香(ゆいか)の父親。

 

 

シルヴィア・ヘルシングの『サポーター』。

 

 

本多晃(ほんだこう)博士の教え子の一人。

 

 

『バグズ二号』搭乗員に志願するも彼に適合する『特性(ベース)』は地球上に存在せず、人体と相性のいい『ショウジョウバエ』すらも適合しなかった為に門前払いを食らった男。

 

 

U─NASAから離反した冬木(フユキ) (コガラシ)の、唯一の友。

 

 

そして────の開発者、(サクラ) (アラシ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

 

ゆっくりと歩みを進めてこちらへと向かってくる〝シルヴィア・ヘルシング〟と〝桜 嵐〟に、対処を任された『(イン)』のメンバー達七人は不服そうに溜め息をついた。

 

 

何故自分達が総出で明らかに実力が劣る二人組の相手をしなければならないのだろうか。よもや自分達がこのような雑用と言っても差し支えのない役目に当たってしまうとは思いもよらなかった。

 

 

さっさと終わらせて本隊と合流する。そんな想いが七人の胸中で渦巻いていた。最早目の前の二人は『(イン)』の彼等にとって、鬱陶しい害虫(蚊とんぼ)ぐらいの認識しかないに等しいのである。

 

 

「……とっとと終わらそうぜ」

 

 

一人の合図を皮切りに全員が『薬』を接種したかと思えば、瞬く間に全員が『特性(ベース)』が発現した姿へと変貌した。

 

 

その途端、(アラシ)は立ち止まって暗闇の中の『(イン)』のメンバーに目を凝らしたかと思えば、シルヴィアに向けて無造作に手を伸ばす。

 

 

その動作には彼女だけでなく、『(イン)』のメンバーも皆一様に首を傾げる。

 

 

「この手は何でしょう博士?」

 

 

「シルヴィア、お前のパンスト(・ ・ ・ ・)くれ 」

 

 

嵐の突拍子もない発言に、その場の空気は冷えて凝固した。パンスト。パンティストッキング。女性用の下着の一種で、一部のマニアックな男性の間ではブラジャー等の下着よりも性的興奮を得ることが出来ると評判のアイテム。

 

 

これから起こる戦闘に、全く無縁の物。

 

 

「博士、これはあくまで推測に過ぎませんが私に欲情してしまったのでしょうか?でしたら」

 

 

「……バーロー。生憎だが娘より年下のガキにおっ()つような性癖持ち合わせちゃいねぇ」

 

 

「ジョークです。ではそこのコンテナの陰で着替えてまいりますね」

 

 

中国の『(イン)』には不可解な言動にしか思えなかったらしいが、シルヴィアには(わか)っていた。

 

 

嵐はこのような命のやり取りの場面で戯言を言うような人間ではない。何かきっと考えがあってのことだろう。それを理解しているからこそ、シルヴィアは彼からの指示を即実行した。

 

 

20秒もしないうちにシルヴィアは着衣を済ませ、コンテナの陰から姿を現す。右手には彼女が着衣していた〝パンスト〟を携えている。

 

 

「どうぞ、暖めておきました。何でしたら自家発電(マスターベーション)のお供にしても構いませんよ 」

 

 

「……オレが20歳ぐらい若いビンビンの頃だったらマス(・ ・)かいてたかもな」

 

 

そんな会話の後にシルヴィアからパンストを受け取った刹那、 嵐の足元近くの地面に鋭い刃物が突き刺さった。それ(・ ・)は日本の忍者漫画でよく見るクナイ(・ ・ ・)であった。

 

 

「貴様ら……『(俺達)』を愚弄する気か」

 

 

投げたのは口元を布で覆い、その黒髪をヘアバンドでたくし上げた青年。この後のフェリーへの潜入に備えてのことか、黒いタキシードを着込んでいた。

 

 

百城(ひゃくじょう)(しのぶ)

 

 

『ペルビアンジャイアントオオムカデ』の『特性』を持つ『(イン)』の構成員。

 

 

どうやら先程の一連のやり取りが彼の機嫌を損ねてしまったようで、殺気立った眼をその眼をギラつかせて二人を睨んだ。

 

 

そんな(しのぶ)の様子を見た嵐は火のついた煙草を吐き捨てた後、スプレー(・ ・ ・ ・)のような( ・ ・ ・ ・)モノ( ・ ・)を懐から抜き出してシルヴィアに告げる。

 

 

「シルヴィア、(やっこ)さんがビンビンでいらっしゃる。相手して差し上げろ」

 

 

「殺気が、ということでしょうか?」

 

 

「さぁな。血の気多そうだし案外お前とヤりたくてペニスの方もビンビンかもしれねーぜ」

 

 

嵐の一言に(しのぶ)の堪忍袋の尾がキレたのか、今度はクナイが明確な殺意を持って一直線に嵐目掛けて飛んできた。しかし、その凶器が嵐に突き刺さることは叶わなかった。

 

 

いつの間に取り出したのか、シルヴィアがその右手に携えた金属の長鞭で忍のクナイを弾き飛ばしたのである。

 

 

「『何を勘違いしている?お前の相手はこのオレだ』と少年漫画で使い潰された台詞を使って貴方を挑発してみます」

 

 

ピンク色の髪を風に(なび)かせ、シルヴィアも同様に明確な敵意を忍に飛ばした。

 

 

「来なさい。邪魔の入らないところでタイマンでもどうです?」

 

 

その直後、シルヴィアは人気(ひとけ)のない300m程離れた別の倉庫へと駆け出し、挑発を受け取った忍もまた同様に彼女を追跡すべく駆け出した。

 

 

「……こっちもこっちでぼちぼちやるか」

 

 

その場に残された(アラシ)に対して、『(イン)』のメンバー六人はゆっくりと距離を詰め寄った。

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

 

卑怯者や弱者の象徴であると同時に、富の象徴でもある蝙蝠(コウモリ)

 

 

闇の恩恵の中で生きる彼等の中でも、この生物は最も闇に愛されている種かもしれない。

 

 

 

 

────────絶滅危惧種『宵闇の眷属(ウ サ ギ コ ウ モ リ)

 

 

 

 

蝙蝠(コウモリ)の中でも大型の種は視覚が発達している分、彼等の代名詞ともなっている『超音波』を用いた『反響定位(エコーロケーション)』能力に優れない。

 

 

逆に小型種は『超音波』を用いての『反響定位(エコーロケーション)』に特化しているものの、視覚はあまり発達していないというのが一般的な見解である。

 

 

しかし、この種は違った。

 

 

小型でありながらも視覚に優れ、超音波の周波数もギリギリ平均的なHz(ヘルツ)数に届く上に、この種はウサギ(・ ・ ・)コウモリというだけあって非常に耳が大きく、聴覚が発達している為に『反響定位(エコーロケーション)』を問題なく行うことが出来る。

 

 

非常に都合が良く、ある意味反則的な能力(ステータス)

 

 

それを活かしてこの生物は暗い闇夜の中でも自在に飛び回ることが出来る上に、『門限(夜明け)』すら無視して昼でも活動出来る。

 

 

ウサギコウモリ。闇と上手く付き合う術を心得た蝙蝠(コウモリ)界の不良娘。

 

 

飛翔自体は他の蝙蝠に比べるとお世辞にも得意としていると言えないが、それでもこの生物が闇に見捨てられずに生き残ってこれたのは、その愛らしい外見故かもしれない。

 

 

〝シルヴィア・ヘルシング〟は今宵、身長162cmのウサギコウモリとなって闇夜を舞い踊る。

 

 

 

 

─────────対するは

 

 

 

 

力の象徴であり、金銭の象徴でもある百足(ムカデ)。毒蟲達の怨みと呪いを熟成して完成される呪法たる、〝蟲毒〟の常連としても彼等は知られている。

 

 

闇に潜み、闇の住人を喰らう彼等の中でも、この生物の凶悪さは他とは一線を画している。

 

 

 

 

────────危険生物『怨 徹 骨 髄 の 邪 龍(ペルビアンジャイアントオオムカデ)

 

 

 

 

この生物は全くと言っていい程視覚が発達していない。ただし、それを補って余る程に嗅覚が異常発達している。

 

 

それに加えて彼はプラスチックを容易く噛み千切る牙、場合によっては人間の皮膚組織すら壊死させる猛毒、複雑な動作を可能にする多くの体節。

 

 

これら全ての要素が彼を闇の中を自由自在に駆け回る高機動捕食者(プレデター)へと至らしめていた。

 

 

ペルビアンジャイアントオオムカデ。他に比類すること無きぬばたまの狩人。

 

 

〝百城忍〟は今宵、身長180cmのペルビアンジャイアントオオムカデとなって暗闇を猛り狂う。

 

 

 

 

奇しくも両者は互いに幸運の象徴であり、互いに闇に潜むことを生業(なまわい)とした者同士。衝突することは避けられぬ運命。

 

 

此処(こ こ)は広くまっ暗な倉庫の中で、時刻は夜。太陽は沈み、月が主役を飾る時刻。

 

 

舞台は整った。後は〝己の命〟と〝闇の覇者〟の冠を懸けた戦いに興じるのみ。

 

 

「悪いが先手必勝でやらせて貰う、といったところでしょうか」

 

 

先に動いたのはシルヴィアであった。彼女は右手に携えた金属の鞭を勢い良く斜めに降り下ろす。

 

 

それを見た忍はあまりにも単調な攻撃を思わず鼻で笑った。こんな物、簡単に受け止めることが出来る。避けるまでもない。

 

 

取り上げて終わりである。しかしその認識は数秒で覆る。

 

 

〝キィイィイィイィイィイィイィイィイ〟

 

 

金切り声のような、痛烈な金属音が響き渡った。忍は一瞬の間に頭をフル回転させる。

 

 

 

何の音だ  何

      か   原

      の    因

      振   コ は 

   高  動    ウ ?     

   周  音   モリ

   破  か   

   ?        超

           破 音

                 

 

 

「まさか……!!」

 

 

一瞬の模索の後、忍は一つの可能性に行き着いた。その可能性は、彼を全力で回避行動へと移行させるには充分すぎる恐ろしい可能性。

 

 

彼は全力で地面を蹴り、後方へと回避する。その判断は結果的に彼の寿命を伸ばした。

 

 

忍が直前までいた地面を、金属の硬鞭がガリガリと音を立てて容易く抉り取ってしまう。まるで巨大な獣の爪痕であるかのような傷痕を残したシルヴィアの凶暴な武器に、忍の背筋にゾクリと寒気がはしる。

 

 

あのまま受け止めていたら、腕が間違いなく切断されていた。何故たかが金属製の鞭がここまでの威力を発揮出来たのかと言うと、忍には一つだけ心当たりがあった。

 

 

「超音波メス……ってとこか?」

 

 

「ご名答です」

 

 

シルヴィアは鞭を地面に這わせながら返答した。

 

 

超音波メス。超音波で刃先を振動させることにより切れ味を増幅させ、より軽い力で物を断つことを可能にする技術。

 

 

しかし、それならば余計に疑問が湧き起こる。超音波メスの原理を再現するには、コウモリのHz(ヘルツ)数では届かない筈。

 

 

にも関わらずその原理を再現出来ているということは、何かカラクリがあるに違いない。

 

 

十中八九、あの鞭自体が振動を増幅させているのではないだろうか。なら話は早い。

 

 

あの鞭を奪ってしまえばいいのだ。

 

 

()らせて貰うぞ……その武器(エモノ)

 

 

「せっかちな男性は嫌われますよ?」

 

 

忍は一直線にシルヴィアへと駆け出した。当然、鞭の連撃が忍を次々に襲う。

 

 

しかし、忍は次々にそれをかわした。関節を取り外したのではないかと思う程の無茶苦茶な動作や、曲芸のようなトリッキーな動き。

 

 

それらを駆使して瞬く間にシルヴィアへと肉薄した忍は、ムカデの双牙が生えた左右の拳で彼女へとワン・ツーコンビネーションの連撃を放つ。

 

 

身体をぐねりと歪め、本物の百足顔負けの奇天烈な動作から繰り出される予想不可能な攻撃。

 

 

『ペルビアンジャイアントオオムカデ』と比べて身体能力に優れない『ウサギコウモリ』を『特性(ベース)』に持つシルヴィアがそれらを捌き切るには厳しいものがあった。

 

 

「……っ、どこの酔拳使いですか貴方は」

 

 

シルヴィアは重量のある鞭を投げ捨てると、蝙蝠の翼を羽ばたかせて上方へと回避した後に、鉄骨へと足をかけて逆さまにぶら下がった。その様は、まるで本物の蝙蝠のようだ。

 

 

「……闇に紛れても無駄だぞ。百足は嗅覚が異常に発達しててな。闇の中でも自在に狩りが出来る」

 

 

シルヴィアが落とした鞭を蹴り飛ばすと、忍は『クナイ』を彼女に向かって無数に投げた。

 

 

そのクナイ1本1本に、『ペルビアンジャイアントオオムカデ』の毒が塗り込めてある。

 

 

「お前の武器(エモノ)は取り上げた。先程のようにクナイを迎撃することも出来ない筈だ」

 

 

今の彼女にはクナイを弾く為の装備はもうない。恐らく超音波メスを再現することも出来ない。

 

 

そしてこのクナイの内の1本でも当たれば、彼女に必ず壊滅的なダメージを与えられる筈だ。

 

 

しかし、忍の予想は大きく外れることになった。

 

 

「私が(ムチ)だけのSM女王だと思いましたか?」

 

 

シルヴィアは、指と指の間に薄い10cm大の鉄板を何枚か挟んでいた。彼女がそれをクナイに向かって投擲した途端、鉄板は振動を開始。

 

 

鉄板はクナイ一本一本に次々と食い込み、切り裂き、それら全てを撃ち落とすだけでなく忍の身体へと次々に突き刺さり、彼の身体をズタズタに引き裂いた。

 

 

「ガッ……!!」

 

 

飛沫(し ぶ き)が飛び散り、百城忍は倒れ伏す。

 

 

「勝負ありのようですね」

 

 

ブラブラと、逆さまに宙吊りになったままシルヴィアは告げる。

 

 

蝙蝠の超音波を用いた『反響定位(エコーロケーション)』を用いれば、暗闇の中でもクナイの数から場所に至るまで把握出来ても驚きはしないが、忍が驚愕したのは別の点。〝シルヴィアはこの鞭に限定せずに、超音波メスを使える〟という事実である。

 

 

忍の予想には何点かの誤りがあった。彼女の専用装備は鞭ではなく、彼女が手にしたもの全てが凶悪な武器へと変貌するのだ。

 

 

チョーカー型〝超音波増幅装置〟

 

消 音(サイレント) 公 害(ノイズ)

 

 

超音波を増幅させ、指向性を持って高周波を帯びた凶器へと変えることが出来るシルヴィアの主要(メ イ ン)武器であり、生命線。

 

 

この装備が無ければ彼女は『MO手術者』として単独での戦闘能力を一切発揮出来ない故に、『アースランキング』圏外の烙印を刻まれた。

 

 

しかし、逆を言えば種さえ割れなければ彼女はそれなりの戦闘力を発揮することが出来る。バレる前に勝敗を決してしまえばいいのだ。

 

 

「ク、ククク」

 

 

血だらけの忍は、地面に倒れたまま肩を揺らしてほくそ笑む。シルヴィアにはそれが不気味な光景にしか映らなかった。

 

 

「何が可笑(お か)しいのでしょうか?」

 

 

「これが笑わずにいられるか……!」

 

 

百城忍は今まで生きてきた人生の中で初めて追い詰められた。しかも、その初めての相手は女子(お な ご)

 

 

それに加えて、相手の『特性(ベース)』は自らの『特性(ベース)』が主食としている『コウモリ』。

 

 

『我ながら情けない』という感情が無いと言えば嘘になるが、それを呑み込んでしまう程の感情が彼の中で渦巻いていた。

 

 

(たの)しい。血湧き、肉踊るとはこのことだろうか。脳内麻薬アドレナリンが脳内を駆け巡り、血管がドクドクと脈打ち、異様な高揚感に襲われる。

 

 

勝ちたい。目の前の敵を打ち破りたい。しかし、生憎と自らの身体はもうロクに動かない。

 

ならば。

 

 

「使わせて貰うぞ……奥の手!!」

 

 

百城忍は『薬』を過剰接種した。みるみる内に、その身体は変異していく。

 

 

体内の細胞バランスを崩し『ベース生物』の特徴を色濃く反映した姿。身体全体が甲皮に覆われ、触覚は増長し顔面からも大きな牙が発生する。

 

 

そして何より、身体のあらゆる所から百足(ムカデ)の脚がうじゃうじゃと生えてきた。

 

 

お世辞にも、とても見れた姿ではない。

 

 

「凌辱系異種姦エロ同人に出てきそうな姿になってしまいましたね」

 

 

「なんとでも言え。生憎と俺は負けず嫌いでな。勝たせて貰うぞ」

 

 

「あたかもライバルみたいな感じで闘争心を燃やすのは控えて頂いてもよろしいでしょうか」

 

 

「……こいつを見てもその減らず口を叩けるか見物だな?」

 

 

百城忍は身体から生えた無数の腕で戦闘服の内側に忍ばせておいた無数のクナイを掴み、シルヴィアへと見せつけた。

 

 

数多の凶器のギラつきに、流石に彼女も苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべた。

 

 

「……タンマ(・ ・ ・)はありでしょうか?」

 

 

「精々ほざいてろ!!」

 

 

忍は無数のクナイをシルヴィアに向かって投擲した。シルヴィアも小型の鉄板を投げて迎撃を試みるが、如何せん数の桁が違いすぎる。

 

 

鉄板の幾つかは忍に突き刺さり何本かの腕を切断したが相手は『百足』と書いて『ムカデ』と読むだけあって、いくらでも(あし)のストックはある。

 

 

数本切断したところで、彼は気にも留めない。

 

 

「……数でごり押す作戦ですか」

 

 

シルヴィアは鉄骨を飛び移りつつ、懐から取り出したワイヤーを次々に張り巡らせた。

 

 

相手が掛かった瞬間、超音波で振動させれば鋭利な刃物として機能させることが出来る1990年代の暴走族真っ青のトラップの完成だ。

 

 

しかし、

 

 

「ウオオオオオオオオオォオオ!!」

 

 

意地とは恐ろしいものだ。何としてでもシルヴィアに勝とうとするあまり、忍は痛みに臆することもなく一心不乱に突っ込んでくる。腕がいくら切断されようともやはり気にも留めない。

 

 

その姿と獲物(コウモリ)を喰わんとする気迫はまさに本物の『ペルビアンジャイアントオオムカデ』そのものであった。

 

 

「ッオオオオ!!」

 

 

忍は無数にクナイを乱れ撃ち、弾幕を展開した直後のことだった。忍はシルヴィアのとある部分に狙いを定め、クナイの一本を放った。

 

 

無数のクナイに紛れて放たれたその一本はシルヴィアの『反響定位(エコーロケーション)』能力を持ってしても把握しきれるものではなく、敢えなく着弾してしまう。

 

 

「随分と嫌な真似をしてくれますね?」

 

 

当たったのは、シルヴィアの首筋に装備されていたチョーカー。

 

彼女の専用装備『 消 音(サイレント) 公 害(ノイズ) 』。

 

 

それにクナイが着弾し破壊された。それが果たして何を意味するか。答えは簡単である。

 

 

〝シルヴィア・ヘルシングの無力化〟

 

 

こうなった以上、彼女は『MO手術者』として『ウサギコウモリ』の力を満足に発揮出来ない。『超音波メス』を用いた攻撃手段は失われた。

 

 

「俺の勝ちだ……蝙蝠(こうもり)(おんな)!!」

 

 

百城忍は追撃の手を緩めず、無数のクナイをシルヴィア・ヘルシングへと放つ準備を整えた。

 

 

ついに決着は決する。

 

 

人間大の『ペルビアンジャイアントオオムカデ』と『ウサギコウモリ』の決着は、当然ながら前者に軍配が挙がった。

 

 

当然の結果かもしれない。自然界において両者が激突した場合、『ペルビアンジャイアントオオムカデ』は『ウサギコウモリ』を補食するだろう。

 

 

原寸大でも変わらないのだから、人間大にしたところでそれは覆ることはなかったのだ。

 

 

暗闇の覇者の栄冠は『百 城 忍(ペルビアンジャイアントオオムカデ)』に。

 

 

敗者たる『シルヴィア・ヘルシング(ウ サ ギ コ ウ モ リ)』には死を。

 

 

因縁の対決についに幕が降りる。もしこの戦いをU─NASAのお偉方が見ていたのであれば、何人かは勝利を手にする彼と、これから死が訪れる彼女に盛大な拍手を送っていたことだろう。

 

 

彼等は『MO手術者』として最高のショーを見せてくれた。自然界の食物連鎖をそのまま再現したかのような戦いは、一部の物好きにとっては非常にそそるものがあった筈だ。

 

 

もう二度とこの戦いが見れないのは残念だが、これでいい。

 

 

この終わり方で、いい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    バ    ン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

観客の余韻を打ち壊し、火照る心に水を差し、その場を空気をシラケさせるかのような渇いた音が反響した。

 

 

それは人々が俗に言う蛇足。余計なもの。あってはいけないもの。ヒットした名作の3作目(大 抵 ゴ ミ)のようなモノ。ブーイング必死の、反則行為。

 

 

しかしシルヴィアからしてみれば知ったことではない。彼女は最初から『ウサギコウモリ』として戦った覚えはない。

 

 

百城忍やこの戦いを見守っていた者がこの戦いをどう捉えていたかは知らないが、彼女は〝人間〟として最初から戦いに臨んでいた。

 

 

その〝人間〟たる彼女が用いる武器と言えば、

 

 

「この期に及んで〝銃〟……とはな」

 

 

「こういう時の台詞は文明の利器ってスゲー、が正解でしょうか?」

 

 

シルヴィアは忍にぶっ放した小型ショットガン、世間では一般的に『ソードオフショットガン』と呼ばれている代物をクルクルと回しながら返答した。

 

 

メイドイン:U─NASA特製ショットガン……!!

 

 

何て言うこともなく、近所のガンショップに売っていた何ら変哲のない市販のものである。

 

 

それを彼女は懐に忍ばせておいただけ。

 

 

「これが私の戦い方です。『MO手術』の力に陶酔した相手と一戦交える振りをしつつ隙あらば〝文明の利器〟でズドン、です」

 

 

百城忍はショットガンの散弾でポッカリと穴が空いた胸に手を当て、ヒューヒューと息をしながら苦笑した。

 

 

「……盛り上がってたのは俺だけだった、ということか」

 

 

「そうですね。SEXと同じですよ。大抵は男性の独りよがりで終わってしまうものです」

 

 

「畜生……」

 

 

忍はポツリとそう漏らした。別に任務中に名誉ある死を遂げたり、苛烈なバトルの末に派手な一撃で散ることに憧れた訳ではないが、こうも呆気ないと悔しいものがある。

 

 

「残念ながら正統派王道バトルは『地球組』の担当です。私達『掃除班(スイーパー)』は着実に貴方達みたいな不届き者をぶっ殺すだけです」

 

 

俺の思考を読みやがったな、と返したくなる程に的を射た返答を彼女は返してくれた。これで刺人(ツーレン)が撤退命令を出した合点がいく。

 

 

掃除班(スイーパー)』。噂には聞いたことがある。

 

 

『MO手術者』の天敵とも呼べる技術を持った科学者とその助手で構成される組織。あくまで噂だと思っていたが、どうやら実在していたようだ。

 

 

「フフ。悪名高い外れくじの方を引いてしまったことに気付いたようですね」

 

 

「ああ……どうやらそのようだな。裏切られた。蝙蝠(コウモリ)って奴は本当に人を裏切るのが得意らしい」

 

 

「ええ、我ながら(しょう)に合った素敵な『特性(ベース)』だと思いますよ」

 

 

目の前の彼女はそう言ってるが、それが心にもないことであることに忍は気付いていた。

 

 

彼女にとって『特性(コウモリ)』は、刃を隠す為の鞘に過ぎないのだろう。他の生物に適合していたとしても、彼女は同じ台詞を吐いた筈だ。

 

 

「トマトジュースが好きなのは本当ですよ?」

 

 

「……蝙蝠(コウモリ)は血より果物や昆虫が主食と聞いたが」

 

 

「おやおや。もう私のにわか知識が露呈してしまいましたね」

 

 

クスクスと笑うシルヴィアに釣られて何故か瀕死の忍も笑みが溢れてしまった。こんな死に方も悪くないかもしれない。

 

 

ひとしきり笑った後に、シルヴィアがふと口を開いた。

 

 

「よければ死に行く男の最後のお願い、聞いてあげてもいいですよ?」

 

 

「俺の家族を」

 

 

「ジョークです」

 

 

忍が身の上話を言い終える前にシルヴィアは躊躇いもなくショットガンの引き金を引いて、彼の首から上を吹き飛ばした。

 

 

「身の上話なんかイチイチ聞いてたら精神的に参ってしまいますよ。死人に口無しです」

 

 

シルヴィアはまるで残業明けたOLのように穏やかな表情で背伸びしつつ、ふと頭の片隅には置いていた(アラシ)のことを思い出す。

 

 

「……博士の方はいつもの如く心配いらないですよね。たまには私を頼って欲しいものです」

 

 

彼女は何の『特性(のうりょく)』も持たない自らの『サポーター』が『(イン)』のメンバーに包囲されていると知りながらも、特に急ぐ様子もなくピンク色の髪をゆったりと揺らしながら倉庫を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

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──────────────

 

 

 

 

 

 

「やめたくなりますよ~始末ゥ~」

 

 

「とっとと片付けて任務に戻りましょ……」

 

 

(イン)』のメンバー6人は、円になって嵐を取り囲んだ。周囲を回りながら、ゆっくりとその距離を詰めていく。

 

 

「人の周りをグルグル回りやがって。バターにでもなるつもりかよ?」

 

 

そんな六人を見て嵐はヘラヘラと笑う。その様子はこれから自分達に惨殺される運命を辿る男の態度とは思えない程に横柄なものであった。いや。気が狂ってしまったのかもしれない。

 

 

何せこんな場面になっても尚、ピンク色の髪をした女から貰い受けた〝パンスト〟を手袋のようにして左腕にはめているのだから。

 

 

仮に気が狂っていなかったとしたら、彼は直ちにこの場に〝パンストフェチ〟という変態の烙印を押されることになるだろう。

 

 

「おじさま~逝く前にそれ(・ ・)使ってイキたいなら待っててあげるよ~?おじさまかっこいいし何なら口で処理してあげてもいいけど?」

 

 

メンバーの一人の女が嵐の様子を皮肉るように下世話なジョークを飛ばすと、『(イン)』のメンバーの輪の中でドッと爆笑が起こった。

 

 

しかし(アラシ)はそんな彼女を鼻で笑う。

 

 

「いや、遠慮させて貰うわ。テメェのガバカバな(く ち)マンコよりもオレの右手のがよっぽどテクニシャンだと思うぜクソビッチ」

 

 

そんな嵐の態度が鼻についたのか、彼に下品なジョークを飛ばした女はプツンとキレた。

 

 

どうやら、彼は自分達の(さじ)加減一つで命をコロリと落としてしまう今の立場を忘れてしまっているらしい。

 

 

その立場を今から思い出させてやる必要がありそうだ。彼女はウネウネとその半透明な触手を蠢かせながら(アラシ)へと近寄った。

 

 

特性(ベース)』:『キロネックス・フレッケリ』

 

 

世界で最も強い毒性を持つ海月(ク ラ ゲ)の一種で、刺されてから5分以内で人は死に至るという。

 

 

その毒の正体は〝ボツリヌス菌〟。この菌が持つ毒素は僅か1kgにも満たない量で全人類を滅ぼすことが出来ると信じられていた程に凶悪であり、生物兵器として研究されていた時期もある程。

 

 

この生物に刺されることは(イコール)死を意味する。

 

 

「おじさま~あたしの『特性(ベース)』は世界で一番強い毒を持った生物なんだって~」

 

 

触手(き ょ う き)を嵐に伸ばしながら、女性はクスクスと内心怯えているであろう嵐を嘲笑った。周囲の『(イン)』の他のメンバーも、これから行われるであろう処刑を前にして顔をニタニタと歪める。

 

 

「ねぇ本当は恐いんでしょ~?刺されたら死んじゃうんだよ?さっさと命乞いしたらどう?」

 

 

更に間近に迫る彼女と周囲のギャラリーに目を配れば、皆同様に自分のことを見下している。

 

 

(アラシ)にはそれが堪らなく不愉快だったようで、怒りに任せてのことか彼女の〝触手〟を左手で握り潰さんばかりに思い切り掴んだ。

 

 

それが失策だった。

 

 

「自分から触りに行くのか……」

 

 

「キャハハハ!!ばっかじゃないの!?」

 

 

『キロネックス・フレッケリ』の刺胞生物(・ ・ ・ ・)だ。

 

 

刺胞と呼ばれる細胞が全身に埋め込まれており、それに物体が接触した瞬間自動的に刺胞の中から『刺胞糸』と呼ばれる毒針が接触物へと射出する機能(ギミック)が備わっている。

 

 

つまり、触れた瞬間にTHE・ENDという訳だ。

 

 

触れてしまった(アラシ)は、ボツリヌス菌に身体を直ちに侵され呼吸困難と激痛、意識混濁の末に死に至るだろう。『キロネックス』の毒には血清が存在しない為に、刺された以上はその運命から逃れることは出来ない。

 

 

筈なのだが。

 

 

いくら経っても、嵐が苦しみ出す様子はない。刺した本人である彼女も、他の『(イン)』のメンバーも、時間が刻一刻と経過する度に顔色が変わり始めた。

 

 

彼女(キロネックス)』の毒は疑うことなく世界最強の毒であり、これまで何度も標的(ターゲット)の毒殺に用いられてきた。その毒が効かない筈がない。

 

 

そのうち彼女は、一つの仮説に辿り着く。

 

 

「まさか……アンタも『MO手術』を?」

 

 

『キロネックス』の天敵はその毒性の一切を無効にしてしまう『ウミガメ』である。もし目の前の男がそれを『特性(ベース)』を持っているのだとすれば、説明はつくのだが。

 

 

「生憎とオレに適合する生物なんざこの『地球』にゃミジンコ1匹いなくてな。悪いがお嬢ちゃんの仮説は間違いだぜ」

 

 

嵐はその左手で彼女の触手を男性器をシゴくかのように摩擦して刺激を与え、何度も何度も何度もその『刺胞糸』に左手を刺され続けた。

 

 

しかし、彼が一向に苦しみ出す様子はない。ふと彼女は自らの触手をシゴいている嵐の左手をまじまじと見つめた。

 

 

その瞬間、彼が左手にはめている〝パンスト〟の存在を思い出す。

 

 

「まさかこの〝パンスト(・ ・ ・ ・)〟が『キロネックス』の毒針を防いだって訳…?ゴム製のダイバースーツも貫通するのよ!あり得ない!絶対にあり得ないわよ!!」

 

 

「……強度ありきの問題じゃねぇんだよ」

 

 

『キロネックス』の毒針を防ぐ方法として、書籍等で紹介されている最もポピュラーな方法が〝ストッキング〟の着用である。

 

 

女性用〝ストッキング〟の繊維は『キロネックス』の毒針『刺胞糸』を一切通さない。

 

 

世界最悪の猛毒を持つ生物は、ストッキング一つでただのゼリー野郎に変わってしまう。

 

 

「お前ら『紅式手術』を受けた奴の目玉は『薬』を使って姿変えなくてもある程度『特性(ベース)』の力を使えることなのにアホだよなぁ」

 

 

今度は嵐は彼等を嘲笑う番だ。

 

 

「戦闘開始前から『薬』使ってくれたお蔭でテメェら全員分の『特性(ベース)』を把握させて貰ったぜ。サンキュー」

 

 

(イン)』の彼等は愕然とした。「ハッタリだ」と言いたいところだが、それは事実なのだろう。

 

 

一瞬で彼女が『キロネックス』だと推測し〝パンスト〟による作戦を実行したことが根拠だ。見てくれだけでは、素人目からすると烏賊(イ カ)や他の半透明な生物と見間違えてもおかしくはない。

 

 

もし他の毒性を持つ生物だった場合、彼は触手に接触した瞬間に終わりを迎えていた筈だ。

 

 

にも関わらず、臆する様子もなく作戦を実行した。それはつまり彼が命知らずか、自らの知識に絶対的な自信があるかのどちらかを意味する。

 

 

「……アンタ……何なのよ……」

 

 

『MO手術』という奇想天外な能力(ち か ら)を持つ彼女の口は自然と開き、何の『特性(ち か ら)』も持たない(アラシ)へと自然に質問を浴びせた。

 

 

他の者達も皆同様に先程まで見下していた(アラシ)に畏怖の念を抱き始め、距離を置いた。

 

 

「アンタ何なのかって?」

 

 

嵐は暫く考え込んだ後、彼女に向かって告げた。

 

 

「 () () 様 」

 

 

言い終えた直後、触手を掴まれて逃げ場のない彼女に嵐はスプレーから霧状のものを浴びせた。

 

 

殺虫スプレーの類のものかと思ったが、どうやら様子が違うらしい。浴びせられた彼女本人は特に霧状の何かにむせたりする様子もなく、ただただ無言でその場に棒立ちになってしまっている。

 

 

様子がおかしい。

 

 

「おい……大丈夫か?」

 

 

遠巻きに『(イン)』のメンバーの一人が尋ねると、彼女はゆっくりとそちらに向かって顔を向けた。

 

 

「……(ケテ)……(タス)……ケテ……」

 

 

彼女の方から、絞り出すような声が響いてきた。そして、その声は彼女の高く美しいソプラノボイスからは考えられない程に凄まじく低い声だった。

 

 

そして、彼女が『(イン)』のメンバーの方を振り向き、(こうべ)を上げた瞬間。

 

 

「ギャアアァアアアアアアアアアアア!!」

 

「オオエエエッ!!ゴぇエエエエエ!!」

 

〝 ビチャ ビチャ ビチャ 〟

 

 

彼等の絶叫と嘔吐物を吐き散らす音が辺り一面に響き渡った。無理もない。

 

 

振り向いた彼女の口からは何かが焦げたのか黒い煙が噴出し、目玉があるべき場所から飛び出している上に、その虚穴からも黒煙が噴き出していたからである。

 

 

「デメェ!!そいつに何じやがっだぁ!!」

 

 

メンバーの一人が嵐に向かって叫んだ。自分の仲間を一瞬でそんな風にしてしまった目の前のクソ野郎が許せなかったのである。

 

 

嵐は『キロネックス』の『特性(ベース)』を持った彼女をゴミを放り投げるかのようにドサリとその場に投げ捨てると、すっかり先程の嘲笑うかのような表情が引いた鋭い目付きで返答した。

 

 

「マーズレッドΔ(デルタ)

 

 

 

『マーズレッドΔ(デルタ)

 

二十年前の『バグズ二号』計画で用いられた『マーズレッドPRO』を(アラシ)が改良したもの。Δ(デルタ)とは化学式の反応式中においては加熱(・ ・)を意味する。

 

 

当然、改良のベクトルは火星のテラフォーマー達を殲滅する方向で進められており、一時期は今回の『アネックス1号計画』に運用される予定だったのだが、この薬品は重大な欠陥を孕んでいた。

 

 

「その薬品の理屈は『2種類以上の遺伝子』を持った生物の体内で急激な化学反応を起こして、急激に加熱するってもんだ」

 

 

(アラシ)は『マーズレッドΔ(デルタ)』が入ったスプレーを放り投げると、煙草に火をつけて解説を続ける。

 

 

「テラフォーマー(ども)には勿論通用するが……その理屈だとお前ら『MO手術』を受けた人間にも通用しちまうって訳だ。まだまだ改良の余地があるわな。って訳でよ」

 

 

言い終えた後に、(アラシ)はポイと懐からプラスチックの容器を取り出して『(イン)』のメンバーの中心に投げ入れた。それは『バルサン』と呼ばれる殺虫剤の容器にも似たモノであった。

 

 

「サンプルになってくれや」

 

 

「全員それ(・ ・)から離れてぇ!!」

 

 

女性メンバーが叫んだ時にはもう遅い。

 

 

容器の中から勢いよく『マーズレッドΔ(デルタ)』が噴出され、『(イン)』のメンバーに襲いかかった。(ミスト)状の薬品は瞬く間に辺りへと広がる。

 

 

「カ……(ハァ)……」

 

 

嘔吐していたせいで逃げ遅れた一人は一瞬で体内が焦げついてしまう。

 

 

「イ゛ッデェ……!ガッ……ァア……(ァアアア)……」

 

 

「……リボルバーは取り回しいいから好きだぜ」

 

 

一人は逃げている最中に(アラシ)にリボルバー式拳銃で足を撃ち抜かれて歩行能力を失い、あっという間に『マーズレッドΔ(デルタ)』に呑み込まれた。

 

 

残り3人。

 

 

2人のメンバーはその場から離脱することに成功したが、1 人は微量の『マーズレッドΔ(デルタ)』を吸い込んでも構うことなく嵐に突っ込んだ。

 

 

先程『キロネックス』の女性を(アラシ)が殺害した時に激昂していた青年だ。その瞳からは涙を流し、嵐に殺意に満ちた睨みを利かせている。

 

 

(コロ)シテ()()!!」

 

 

「……もしかしてこの女に惚れてた?お前?」

 

 

嵐はストッキングを履いた左手で『キロネックス』の『特性(ベース)』を持った女性の触手をおもむろに持ち上げた。それがより一層彼を激情に駆り立てたのか、彼は自らの『特性(ベース)』を用いた攻撃を嵐に仕掛けた。

 

 

特性(ベース)』:『クロオオアリ』

 

 

『帝恐哉』のランキングを偽装する際に用いられた蟻の一種で、一見何の突出した点がないスタンダードな種の蟻である。しかし、あまり知られてはいないが一つだけ他の蟻と比べると特異な点があった。

 

 

蟻ならば大抵の種が持ち合わせている化学物質『蟻酸』。他の種の蟻は他にも驚異的な武器が存在する為にこれを用いることはないが、他に目立った武器がない『クロオオアリ』はこれを多用することで有名だ。

 

 

どんなに才能がないバスケットボール選手であろうとも、三年間毎日シュートを続けていれば安定したシュートを放つことが出来るようになる。

 

 

それと同じこと。

 

 

何も持たざるこの蟻は、誰もが持ち得る技術を磨き続けた。結果、それが彼を決して右に出ることがない『蟻酸』の射手へと変えた……!!

 

 

『クロオオアリ』:『蟻界の勤勉家』

 

 

 

「クロオオアリは蟻酸が得意。知ってるぜ?」

 

 

しかし、(サクラ)(アラシ)は知っていた。彼自身が勤勉に生物学の知識を学び続けてきたことに加えて、娘にせがまれて毎日ぶ厚い『いきものずかん』を読み聞かせてきたのだ。

 

 

故に彼はどの生物がどう凄いのか知っているし、『ベース生物』の力を悪用する彼等を見下すことはあっても、どんな生物だろうと嵐は一度も見下したことがない。故に、彼は油断して意表をつかれるなんていうマヌケなことにはならない。

 

 

「はいはい。バリアーバリアー、っと」

 

 

(アラシ)は彼が『蟻酸』を放つ寸前に、『キロネックス』の彼女の死体を盾にした。

 

 

結果、ただでさえ悲惨な状況になっていた彼女の死体に酸性の液体がかかり、彼女の顔面を溶かしてしまう。

 

 

「ゥワ゛ァアア!!」

 

 

微量の『マーズレッドΔ(デルタ)』を吸い込み、焼き(ただ)れた喉で彼は絶叫した。

 

 

いつかは叶うかもしれなかった、淡い恋心を抱いていた大切な仲間の遺体を自ら滅茶苦茶にしてしまったのだからショックを受けるのも当然かもしれないが、少なくとも(アラシ)を目の前にして一瞬でも彼は立ち止まるべきではなかった。

 

 

「おいおいおいおい。嫁入り前の体にエラいことしてくれたな?責任取ってやれよ色男?」

 

 

嵐は『キロネックス』の彼女の死体を『クロオオアリ』の彼に向かって〝ドン〟と倒した。

 

 

彼女の死体が彼の胸の中に飛び込み、反射的に受け止めた瞬間のことだった。『キロネックス』の毒針が彼に一斉に突き刺さり、彼の中に大量のボツリヌス菌が注入された。

 

 

「……ッ……ハ……?」

 

 

彼は不思議そうに腕の中で眠る彼女に目をやった後、(アラシ)へと目をやる。

 

 

「ああ。『キロネックス』の刺胞は死んだ後も機能するから暫く触るなよ。死体に悪戯半分に触って自分も死体の仲間入りなんて無様(ブザマ)だろ?

  なぁ。なんちゃって彼氏君?」

 

 

それを聞き終えた途端に倒れた『クロオオアリ』の男性に、(アラシ)は焼香代わりに煙草を投げ捨てると、残った二人の元へと足を運ぶ。

 

 

プラスチックの容器から噴出していた『マーズレッドΔ(デルタ)』はもう止んでいた。

 

 

「よくも……よくも(みんな)をやってくれたわね……!」

 

 

「絶対に許さねぇ……この外道が!!」

 

 

女性一人に、男性一人。

 

 

女性の方の『特性(ベース)』は『ハチドリ』。

 

 

毎秒(・ ・)約70回羽ばたくことが出来る、驚異の筋力を持った世界最小6cmの鳥。それを人間大にすればどうなるか。答えは言わずもがなである。

 

 

男性の方の『特性(ベース)』は『オオゾウムシ』。

 

 

『クロカタゾウムシ』には一歩及ばないが、ピンが刺さらないという逸話を打ち立てるには充分すぎる程の強度を誇る。人間大にすれば銃弾を受けても平気な強度になる筈だ。

 

 

「……あ、やべぇかもな」

 

 

(アラシ)はポリポリと頭を掻いて呟いた。さっきは咄嗟のことだったのでその考えに至る余裕はなかったのかもしれないが、『ハチドリ』の羽ばたきで『マーズレッドΔ(デルタ)』を吹き飛ばし、リボルバーの銃弾は『オオゾウムシ』の甲皮で弾き返すことが彼等には可能なのだ。

 

 

その事実にもう彼等は気付いてしまっているのかもしれない。

 

 

「デメェはもう何も出来ねぇ!!」

 

 

そう予測した矢先、この一言。どうやら間違いなく気付いてしまっているようだ。状況は最悪。

 

 

「アンタが私達の仲間にしてくれたようにアンタもぶっ殺してやる!!」

 

 

どうやら相当相手の怒りを買ってしまったようだ。自分やシルヴィアがいつもやっているように、そして彼等『(イン)』が任務上いつも行っているように容赦なく、相手の事情など一切(いっさい)合切(がっさい)関係なく自分を始末するつもりだ。

 

 

ただの人間(・ ・ ・ ・ ・)ごときが調子に乗りやがって!!」

 

 

何も言わずにそのまま殺しにかかっていればいいものの、 目の前の男は(アラシ)の触れてはいけない部分に触れてしまった。

 

 

適合する生物(・ ・ ・ ・ ・ ・)がいなかったですって!?どうせ手術を受けるのが恐かっただけでしょ!この臆病者!だからそんな卑怯な道具を使って戦ってるんでしょうがこのチキン野郎!!」

 

 

順調に。彼と彼女は(アラシ)の心を抉り取っていく。

 

 

「テメェだけじゃねぇ!テメェの家族(・ ・)も探し出してぶっ殺してやる!!」

 

 

「そうよ死んで当然だわ!アンタみたいな奴の子供(・ ・)奥さん(・ ・ ・)!!」

 

 

彼等の気持ちも解らんでもないが、彼の逆鱗に触れる前にさっさと撤退すべきであった。

 

 

「テメェは自分の大切なモノを何一つ守れやしねぇままくたばるんだ!今ここでぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『適合するベースがいなかったんだ。

         うん、仕方ないよ!』

 

 

『そういう運命だったんだよ。泣かないで?』

 

 

 

『それにまだ死ぬなんて決まってないよ。2人を遺して死ぬもんですか!』

 

 

 

 

─────唯香のことお願いね、(アラシ)君?

 

 

 

 

あの子のこと、

 

 

  独りぼっちにしないであげて

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

唐突だが仮に全ての生物を人間大に揃えた際、最強の生き物は何かと聞かれたら、貴方は何と答えるであろうか。「昆虫が人間大になったら重力で潰れる」「無知乙ですわ」などという野暮な意見は忘れて欲しい。

 

 

「スズメバチ」「シオヤアブ」「オオエンマハンミョウ」「パラポネラ」「ミイデラゴミムシ」「ニジイロクワガタ」「オオミノガ」「デンキウナギ」「アシダカグモ」「オウギワシ」

 

 

「 ゴ キ ブ リ 」「ハムスター」「わんちゃんですわ」「にゃんこだぞ」

 

 

様々な意見に別れるだろうが、それでいい。正解などありやしない。

 

 

私は何が最強だと思いますかと聞かれれば、面白味のない回答だと思われるかもしれないが人間と迷わず答えるだろう。大きさというハンディキャップを排除したとしてもだ。

 

 

何故ならば、人には2つの強さが備わっている。

 

 

1つは『知恵』だ。『デンキウナギ』の力を持つ男の言葉を借りるならば、どんなに怖くても事前に恐怖を知り、自覚し、対処する『特性( ち か ら )』。

 

 

2つ目は『意思』。それは祈りであり、想いでもあり、愛情でもあり、友情でもあり、親愛でもあり、悲しみでもあり、怒りでもある。

 

 

様々に形を変えて私達の身の周りを取り巻いているこの『特性(ち か ら)』は、時に『知恵』だけでは対処出来ない問題(トラブル)を強引に突破する力を持っている。

 

 

片方だけでも厄介だが、両方が揃えば人間は手が付けられない生物となる。

 

 

(イン)』の彼等は、それをやってしまった。

 

 

只でさえ(アラシ)の『知恵』は驚異だというのに、彼の心をつつく発言ばかりを繰り返したものだから、彼の中の強い『意思』にも火を灯してしまった。

 

 

結果、それがシルヴィアが来るまで一時撤退を考えていた(アラシ)の足を止め、無謀にも彼に立ち向かわせる『意思』を与えてしまう。

 

 

彼の主要武器では太刀打ち出来ないとわかっているのに、それでも立ち向かうのは無謀な試みであると思うだろうか?

 

 

まさにその通りだ。しかし、何も持たぬただの人間の身でありながら恐怖(ばけもの)に立ち向かったのは、歴史上彼だけではなかった。

 

 

42年前の『バグズ一号(・ ・ ・ ・ ・)』にもいた。

 

 

『ジョージ・スマイルズ』という青年が、いた。

 

 

 

 

「来いよ!反撃してみろや!!仲間達の数倍酷い死に方させてやっからよぉ!!」

 

 

 

 

──────────圧倒的な戦力差

 

 

 

 

「ただの人間(ゴ ミ)の癖に…!私達に弓を引いたことを後悔しなさい!!」

 

 

 

 

─────────虫の様に潰されるのは人類

 

 

 

 

       だ

 

       が

 

 

 

 

「オレ達が人間(ゴミ)ってか、『MO手術者(ば け も の)』」

 

 

 

 

 

───────生き物は時に自分より明らかに弱い相手に恐怖を抱くことがある

 

 

 

 

 

          ──┐

          (オレ)

          (たち)

          を

          ナ

          メ

          る

          な

         └──

 

 

 

 

 

(アラシ)が放ったその言葉。それは奇しくも、ジョージが42年前に放った言葉と一言一句違わなかった。

 

 

その言葉が放たれると同時に、嵐の手から彼自身の叡知の結晶が放たれた。

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

夜空を見上げながら佇む(アラシ)を見つけると、シルヴィアはトテトテと後ろから歩み寄って背伸びした後、(アラシ)の目を後ろから手で覆った。

 

 

「問題です。私は誰でしょう」

 

 

「……夜遊び好きの蝙蝠(コウモリ)娘」

 

 

「フフ。正解です」

 

 

シルヴィアは嵐からパッと手を離すと、目の前に転がっている二つのモノに目を移した。

 

 

「……おやおや。使ってしまったんですね」

 

 

「ムシャクシャしてつい、な」

 

 

煙草をふかしながら返答した。まるで犯行動機のような言い草だが、あれだけ自分の人格だけでなく、人間そのものまで馬鹿されると彼には抑えが利かなかったのである。

 

 

「ウ、ワ゛ァ゛アア゛ア」

 

 

「アタジタヂノカラダニナニジダノ!!」

 

 

彼等は『ベース生物』と『人間』が入り交じったような、通常の『過剰接種』ではこう(・ ・)はならないであろう珍怪な姿へとその身を変えてしまっていた。

 

 

彼等が覚えていることと言えば、(アラシ)はリボルバーを投げ捨てた後に懐から銃にも似た何かを取り出したかと思えば、それを二発発射したこと。

 

 

最初、それは普通の銃弾だと思い込み『オオゾウムシ』の『特性(ベース)』を持つ彼はそれを弾いてやろうとした。しかし、一射目が甲皮に食い込んだ瞬間、何かが凄まじい勢いで注入されていき、彼はまともに立つことすらままならなくなりダウン。

 

 

強靭な盾を失った『ハチドリ』の彼女にもそれはヒットし、彼女もダウンした途端、二人の身体は凄まじい勢いで変異していった。

 

 

「……種が知りてぇか?まぁ冥土の土産に教えてやるか」

 

 

嵐が取り出したのは、彼専用装備である

 

感 染(インフェクション)

 

 

黒い銃の形をしたこの医療器具(・ ・ ・ ・)は、自動拳銃(ピ ス ト ル)であれば本来マガジンを装填する場所に『液体(やくひん)』を装填し、回転式拳銃(リ ボ ル バ ー)であれば弾倉にあたる部分には、弾丸ではなくカプセル型の小型注射機が装填されていた。

 

 

要するに自動拳銃(ピ ス ト ル)回転式拳銃(リ ボ ル バ ー)が入り混じった造形であると思って貰っていいが、目の前の彼等が聞きたい事柄はそこではない筈だ。

 

 

何の『液体(やくひん)』を『弾丸(カプセル)』に注入して発射したのかだろう。

 

 

「『M.O.D』。免疫(・ ・)寛容(・ ・)器官(・ ・)破壊(・ ・)()

 

 

M……Mosaic(モザイク)

 

O……Organ(オーガン)

 

D…… Destruction(デストラクション)

 

 

(アラシ)が開発したこの『薬剤』は、(ラハブ)が与えた進化を破壊する為に生まれた。

 

 

免疫寛容器官(モザイクオーガン)とはそもそも、人体の『免疫細胞』が他の『生物の細胞』を拒絶するのを防ぐ緩和剤のようなものであることを思い出して欲しい。

 

 

嵐は人体の『免疫細胞』と『他の生物の細胞』を各々過剰に活性化させる2種の『薬』を注入することにより、それ(・ ・)を破壊しようとした。

 

 

つまり簡単な話、免疫寛容器官(モザイクオーガン)許容範囲(キャパシティ)を大きく越える程に二種の細胞を暴走(オーバーロード)させ機能を瞬時に停止させるという試みである。

 

 

免疫寛容器官(モザイクオーガン)が停止してしまえば、後は人体の『免疫細胞』が拒絶反応を起こすことに加えて、『他の生物の細胞』が人体を蝕み、必ず『MO手術者』を死に至らしめることが出来る。

 

 

しかし失敗した。

 

 

無理もない。相手は「選択的免疫寛容能力」、【自分たちにとって都合の良い物質には免疫能力を発揮しない、体から排除しない】というあまりにも優秀で、柔軟性を持った夢の器官。

 

 

いくら『免疫細胞』を暴走させたところで、許容範囲(キャパシティ)内。最初(ハ ナ)から無理な話だったのだ。

 

 

長い年月をかけて生まれてきたであろう(ラハブ)意思(システム)を、たかだか四十五年の人生を歩んできただけの(サクラ)(アラシ)が壊そうなど、愚かとしか言い様がない。

 

 

しかし抜け道はあった。

 

 

人体は危機に瀕した時、生体活動を停止させない為に活発に動き出す。

 

 

『免疫細胞』がやる気を出さないのであれば、尻に火をつけてやればいい。

 

 

『免疫細胞』の何割かを一瞬で死滅させるウイルスも薬剤に混ぜてやればいい。

 

 

そのウイルスの正体は『H I V(エ イ ズ)』と呼ばれているもの。『免疫細胞』を破壊するこのウイルスの品種改悪(・ ・ ・ ・)を繰り返し、人体の『免疫細胞』の三割方を一瞬で死滅させる凶悪兵器へと嵐は作り変えてしまった。

 

 

つまり『M.O.D』のシステムは、

 

 

1、ウイルスが『免疫細胞』の三割を破壊し、あまりにも急激な変化に『免疫細胞』は暴走を開始

 

2、二種の薬品により『免疫細胞』はより活性化、『他の生物の細胞』も過剰な程に活発に

 

3、負荷に耐え切れなくなった免疫寛容器官(モザイクオーガン)は焼き切れた回路のように機能を停止する

 

 

というものである。

 

 

以上の説明を聞き終えた後、目の前のグロテスクな姿へと姿を変わってしまった二人組は嗚咽混じりに(アラシ)を睨んだ。

 

 

「アンダ……アグマ(あ く ま)ヨ゛…!」

 

 

「エ゛イ゛ズダド?ブザゲルナ!!」

 

 

彼等から飛び交う罵詈雑言を、嵐とシルヴィアは淡々とした表情で聞き流した後に黙々と薬品を調合し始めた。嫌な予感がゾワリという悪寒と共に二人の間ではしった。

 

 

「ナ゛二……ヤッ゛デンノヨ」

 

 

「ん?お前らの骨一つ肉一つ残さない薬品を調合してんの。『M.O.D』はごく一部の奴にしか知られてない極秘の薬品だからな。現場処理班の連中にも見せる訳にもいかねぇのよ」

 

 

「博士がそれ(・ ・)を最初から使ってなかったのはそのせいですよ。いくら悪人とゴミクズと言えども遺族の元に骨の一片も送れないのは良心が痛みますからね。(後処理も面倒ですし)

 

 

異形に成り果てても尚、嵐への怒りで頭に血が登っていた2人から血の気がサッーと引いた。嫌だ。それだけは、嫌だ。

 

 

「「ヤ゛メテグダザイ」」

 

 

「火星でこれから命懸けの戦いに臨む『アネックス一号』の方々と現在進行形で死に物狂いで戦っている『地球組』の皆様全員に土下座して謝ったら考えて差し上げますよ?」

 

 

「それに加えてテメェらの勝手な都合で人生引っ掻き回された連中を蘇生してくれたらな」

 

 

無茶な要求を突きつける2人。それはつまり、もう絶対に許さないと言ってることも同然だ。

 

 

「デメエラ゛……ロ゛クナシ゛ニカタ(・ ・ ・ ・)ジネェゾ!ゼッデェニ゛ナ!!」

 

 

「イツ゛ガバチ(・ ・)ガア゛タルワ!!」

 

 

聞き終えたところで、嵐とシルヴィアは『薬品』の調合を終えて証拠隠滅の準備を整えた。二人は目の前の二人とは対照的に静かに口を開く。

 

 

「そうですね。確かに私達は外道です」

 

 

「それでもこの汚れ仕事(・ ・ ・ ・)は誰かがやんなきゃなんねぇんだよ」

 

 

「ヴルゼェ!サバキガク゛ダル!!」

 

 

「そうでしょうね。いつか報いを受ける時が来るでしょう。ですがそれは今宵(・ ・)でもなければ」

 

 

「オレらに手を下すのはテメェ(・ ・ ・)らでもねぇ」

 

 

嵐とシルヴィアが液体を垂らすと、『(イン)』の二人は悲鳴を上げる間も与えられずに、みるみるその場に溶けてしまった。

 

 

それを見届けた後、『掃除班(スイーパー)』の二人は闇の中、次の戦場へと足を運ぶ。まるで血の臭いを嗅ぎつけた狼男(ライカン)吸血鬼(ヴァンパイア)の如く。

 

 

「行くぜシルヴィア。『ダンテ・マリーナ』に乗り込んで花琳をとっ捕まえるぞ」

 

 

 

「待っていなさい、ケーキバイキング」

 

 

 

「…………おい」

 

 

 

「勿論ジョークですよ、多分。フフ」

 

 

 

 

 

 








今回登場した生物or人物でリクエストして頂いたもの


・ブルドックアント

感想欄でもメッセージでもTwitterでもこの生物を出して欲しいというリクエストを受けた生物。他作品でも引っ張りだこなハイスペック殺人鬼。今後活躍しますな。



・百城忍(ペルビアンジャイアントオオムカデ)

三崎遼平さんが投下する予定だった小説の主人公を託されましたのでありがたく受け取らせて頂いた貰い物。イザベっても構わないということでしたのでシルヴィアが頭パーンさせて頂きました。


キャラのルックス、喋り、戦い方等は特に記載がなかったので私の方で勝手に改造させて頂きました。また、生物の説明文も送って頂いたものを使用出来ずに申し訳ありません。三崎さん本当にアイディアの提供をありがとうございましたm(__)m



・キロネックス

これまた他作品で使われてる生物。本来あんなにあっさりやられていい生物ではありません。嵐とは相性が悪すぎましたね。



それでは皆さん、また次回お会いしませう(^-^)/





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第二十八話 KOGARASHI_HUYUKI ラハブ




{7554592728225(BCEGIKM)}=あふうおぬえや






 

 

 

 

 

冬木(フユキ) (コガラシ)

 

 

彼は口の悪い桜 嵐の唯一の友にして、彼と同じく本多(ほんだ)(こう)博士の教え子の1人。『バグズ2号』計画においては共に搭乗員に志願するも、彼ら2人に適合する『特性(ベース)』は現在地球上にいる生物の中には存在せず、共に断念せざるを得なかった。

 

 

イスラエルの兵士、日本人の前科者、スラム街の住民、ロシアの売春婦ですら機会を与えられたにも関わらず、自分達にはそれすら与えられなかったことに2人は嘆き、憤慨した。

 

 

悔恨の情が湧いた二人は、各々悔しさをぶつけるように新たな知識を貪った。

 

 

その結果 桜嵐は『医学』、冬木凩は『遺伝子工学』の専門家(プロフェショナル)へと更なる成長を遂げ、全てのU─NASA支局から将来を期待されていた。

 

 

 

 

─────────しかし。

 

 

 

 

冬木(フユキ)(コガラシ)は、とある『特性(ベース)』を持った少女と共に非道な人体実験を何度も繰り返した。それが発覚した彼はその少女と共にU─NASAを追われる身となる。

 

 

行方をくらませた冬木は一説によると彼の技術を買った中国政府やドイツ政府、ロシア政府に匿われていると言われたり、日本とアメリカが極秘に技術を独占しているという根も葉もない隠謀説もU─NASA内で囁かれるまでに至る。

 

 

今現在、彼の行方を知る者はいない。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

「……馬子にも衣装、ってやつだな」

 

 

「ムカッときたので民事訴訟を起こしたいと思います。法廷で会いましょう」

 

 

(アラシ)とシルヴィアは、フェリー『ダンテマリーナ』への潜入に備えて各々コンテナの裏で身なりを整えた後、それぞれの姿を御披露目した。

 

 

嵐は黒と白のオーソドックスなタキシードに身を包んでいる。しかし、蝶ネクタイは彼の性に合わなかったのか、すぐさまその場にポイ捨てしてグリグリと踏みつける。

 

 

たちまち、ルーズさ全開のいつものちょい悪親父コーディネートに逆戻りしてしまった。

 

 

対してシルヴィアは、純白のレースが何層も重なったドレス、黒のサテンショートグローブ、それに加えてヘアスタイルは後頭部に髪を団子型に纏めた『シニヨン』と呼ばれる髪型にセットされていた 。

 

 

今の彼女を見た者の何人かは、思わず数秒間見惚れてしまうだろう。それ程までの美しさを彼女は放っていた。

 

 

「まぁそうカッカッすんなって。お互いおめかし(・ ・ ・ ・)したところで乗り込もうや」

 

 

「基準を満たす服装でなければ乗船を認めない、とはつくづくお高くとまった船ですね」

 

 

これから潜入するフェリー『ダンテマリーナ』は超巨大な豪華客船である。

 

 

上流階級もしくは高所得者が主なターゲットであり、身なりもそれなりのものが求められる。

 

 

故に、嵐とシルヴィアはわざわざ着飾ったのだ。

 

 

「博士、装備をこちらへ」

 

 

シルヴィアは防水性のアタッシュケースを突き出した。乗船する際の検問に引っ掛からないように、この中にありったけの装備をつめこみ、後々海中から引き揚げる手筈だ。

 

 

「お前の装備は装着しといてもバレないんじゃねーか?」

 

 

シルヴィアの専用装備、『 消 音(サイレント) 公 害(ノイズ) 』はチョーカー型である。

 

 

普通に装備してる分にはアクセサリーと言っても押し通せるデザインだ。

 

 

「そうですね、万が一問い詰められた際には博士に『服従の証』として無理矢理はめられたとでも弁解しておきましょうか?」

 

 

シルヴィアは予備(・ ・)の装備を装着しつつ、サラッと(アラシ)の社会的地位を一瞬で崩す言い訳を提案した。

 

 

それを聞いた嵐は、顔を苦く歪めて溜め息を吐いた。いつかシルヴィアとの関係を娘である唯香に誤解されそうで恐いからである。

 

 

その弱気な顔持ちは、いたって普通の人間の身でありながら、先程まで『MO手術者』を淡々と殲滅していた彼とは同一人物とは思えない程に、人間味を帯びていた。

 

 

シルヴィアの翡翠色の瞳に映った自らの表情を見て、嵐は思わず口端を緩める。まだ自分にも人間臭い表情が出来るのかと思うと、つい安堵してしまったのだ。

 

 

自分で言うのも何だが、自分がしたことは人間のやることではない。例え悪人でも、もっとマシな最期を選べる筈だ。

 

 

それを冷徹にこなしている時の自分の表情は、人間味のある表情とは言えないものだっただろう。その時の表情が染み付いてしまっているのではないかと、不安だった。

 

 

娘である唯香に、その時の自分の表情がいつか見られてしまうことを嵐は恐れていた。

 

 

故に、自分の表情が自らですら忌み嫌う表情ではなかったことに嵐は安堵する。

 

 

しかしそんな一時のささやかな平穏すらも彼には許されず、平穏は簡単に崩れ去ってしまった。

 

 

視界の端に白衣姿の男が映ってしまったから。

 

 

坊主頭の眼鏡をかけた男。機械のような無機質で虚ろな瞳で、船の上からこちらを観察していた。

 

 

(アラシ)はあの男をよく知っていた。彼の唯一の友が自分であり、自分の唯一の友が彼だからである。

 

 

しかし、彼がここにいる筈がない。いや、居て欲しくないというのが正解か。

 

 

「……冬木」

 

 

冬木(フユキ)(コガラシ)がそこにいた。

 

 

心臓を体の内側からノックされる感覚が嵐を襲う。バクン、バクンと嫌な音を立てて、嵐の心拍数が急激に跳ね上がる。

 

 

何かの見間違えだと、嵐は服の袖で慌てて目をこすってそちらを二度見した時には、既に冬木の姿はもうなかった。

 

 

「……博士?」

 

 

「ん?あぁ」

 

 

嵐の奪われた意識はシルヴィアの一声で覚醒した。以前、シュバルツ・ヴァサーゴを回収しに目の前に現れた(冬木)が未だに網膜に焼き付いてしまっているのだろうか。

 

 

疲労のあまりそれが幻覚として現れたに違いない。嵐はそう自分に言い聞かせ、ダンテマリーナへと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

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───────────

 

 

 

 

「私を追ってきたのは『地球組』の皆さんじゃなくて『掃除班(スイーパー)』。更には中国暗殺班『(イン)』の皆さんまで出向いてくれるなんて、ね」

 

 

中国政府の指示の元に地球での一連の事件の裏で糸を引いてきた張本人、『(チョウ)(ファウ) (リン)』は自分を追ってきた彼等をクスクスと嘲笑った。

 

 

スリット付きの水色のチャイナドレスに身を包み、艶やかな黒いロングヘアーを揺らす彼女は嫌でも目立つ。

 

 

それは彼女が船内で彼等に遭遇したところで、簡単に出し抜ける自信があることを現していた。

 

 

彼女は今の自分が置かれている状況に満足していた。U─NASAの真の切り札である『掃除班(スイーパー)』と、中国政府の奥の手の一つである『(イン)』まで引き摺り出したのだから。

 

 

世界中のU─NASAが自分のせいでパニックに陥っている。いや、『エメラルドゴキブリバチ』の力に踊らされているといった方が正しいか。

 

 

何れにせよ満足だ。

 

 

自分が引っ掻き回せば回す程、U─NASAは〝ヴィクトリアウッド〟という人物の存在を思い出さざるを得ない筈だから。

 

 

いずれ、自分は全てのテラフォーマーと世の中のバカ共を支配する。その時ようやくU─NASAの連中は、彼女の死を隠蔽したことを強く後悔することになるだろう。

 

 

それまで自分が止まることはない。

 

 

その為には、まずはこの場を切り抜けなければならない。『地球組』にまで来られたら危うかったが、『掃除班(スイーパー)』と『(イン)』だけなら対処可能。

 

 

〝マイケル・コクロ〟と残りの『バグズトルーパー』全てを囮にする作戦が功を奏したようだ。

 

 

「…………?」

 

 

ふと、花琳は手に持っている携帯端末を覗いて珍しく声を呑む程に驚いた。

 

 

U─NASAのデータベースをハッキングした結果、面白いデータを見つけてしまったからだ。

 

 

『エドワード・ルチフェロ』

 

 

データ上はローマ連邦所属となっているが、実際のところは全く違う。職業は学者となっているがそれも大嘘だ。

 

 

彼をクーガ・リーを越える『特性(ベース)』を有する者を選定する『PROJECT』の被験者として起用する度胸があるとは、ローマ連邦首脳『ルーク』の肝っ玉も捨てたものではないらしい。

 

 

何せ、彼の正体が判明した瞬間、ローマ連邦の立場は一気に危うくなるだろうから。

 

 

「……あらあら。ベースまで偽造しちゃって?」

 

 

本来の『エンジェルトランペット』ではなく、『ジガバチ』にデータ上書き変わっているのを見て花琳は鼻で笑った。

 

 

恐らくエドは自分が見破ることを承知でこの生物を偽造(ダミー)用に選んだのだろうが、それにしてもこの選択(チョイス)はお粗末としか言い様がない。

 

 

『ジガバチ』等の寄生蜂で強力な生物など限られてる。麻痺毒だけが取り柄の生物が彼の『特性(ベース)』という話は、流石に無理があるだろう。

 

 

それこそ、自身の『エメラルドゴキブリバチ』のように対象生物(テラフォーマー)を操れるならともかく、麻痺させることしか能が無い生物がクーガの『オオエンマハンミョウ』を越えるとは考え難いからだ。

 

 

故に〝寄生蜂下目〟の生物を選ぶにしても、オーソドックスな『ジガバチ』ではなく他の生物を選ぶべきだったのではないだろうか。

 

 

もっとも、人間大にしたところでウッドと自分(・ ・ ・ ・ ・ ・)の『特性(ベース)』である『エメラルドゴキブリバチ』を凌ぐ寄生蜂など居やしないだろうが。

 

 

そんな風に思案を巡らせていた矢先、突如スリットの隙間から何者かの手が侵入し、彼女の太ももがやらしく撫でられた。

 

 

花琳は非常に深く溜め息を吐いた。いくら自分が男性からすれば挑発的な服装をしているからといって、こうも大胆に触られるとは予想もしなかった。最近の金持ちというのは、こうもモラルに欠けているのだろうか。

 

 

どうせ多少のセクシャルハラスメントをしでかしたところで、札束さえ握らせれば何でも許されると思っているのだろう。

 

 

以前、自分が『サポーター』として監視していた『アズサ・S・サンシャイン』のような上手な金の使い方を学んで欲しいものである。

 

 

取り敢えず、自らの足を撫でているセクハラ親父に回し蹴りをお見舞いするとしよう。

 

 

しかし、花琳が振り返った先にいたのは彼女の言う〝セクハラ親父〟とは大きくかけ離れた印象を抱かせる人物だった。

 

 

「お姉さんの服とってもえっちだね~」

 

 

年齢17歳前後の金色のロングヘアーを持つ少女。スカート丈の短いナース服を身に纏っている。

 

 

それに加えて発育も良く、バストも年の割にかなり発達している為、自分以上に男性を刺激しそうな出で立ちであると言える。

 

 

花琳は彼女に対してそんな率直な感想を抱いた。

 

 

「貴女はここのコンパニオンさんかしら?」

 

 

花琳は目の前の彼女に尋ねる。そうでもなければ、こんな紳士淑女の社交場に彼女のような存在はそぐわない。若しくは金持ちの愛人か。

 

 

「違うよ~?私は〝コンパニオンさん〟じゃなくて『ネロ・スチュアート』でーす!」

 

 

金髪の美少女、『ネロ』はブイサインの決めポーズと共にズレた返事を花琳に返す。

 

 

それを聞いた花琳は、心の底から呆れて彼女に対して溜め息をついた。

 

 

「取り敢えず貴女の頭が弱いことが解ったわ」

 

 

「ムカ~あたし激オコだよおばさん!」

 

 

「私は自分自身が〝ベテランぶったおばさん〟って自覚はあるわよ。それじゃあね?」

 

 

ネロは怒りのあまりヒヨコの如くピーピー喚いていたが、花琳は気に留めることなくその身を翻して夜風の吹くデッキから離れていく。

 

 

その直後のこと。

 

 

「あ!」

 

 

ネロは唐突に怒りを冷まし、いかにも何かを思い出したかのように人差し指を立てて花琳に告げた。

 

 

「後から〝せんせー〟と一緒に迎えに行くから楽しみにしててね!」

 

 

「……先生(せんせー)?」

 

 

そんな風に呼ばれる人物など、花琳には心当たりがなかった。その人物は誰かと問い質そうと振り返った時には、ネロは忽然と姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

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─────────────

 

 

 

 

中国暗殺班、『(イン)』のメンバー十名はフェリー内に無事潜入を済ませた。

 

 

刺人(ツーレン)』が部隊から離脱した今、現在部隊の指揮をとっているのは部隊のNo.2であるルカだ。

 

 

「…………」

 

 

ルカは眼鏡をかけ直し、考えを巡らせた。嵐とシルヴィアの迎撃を任せた部下が戻ってこないことも気にかけなければならないが、それ以上(・ ・ ・ ・)におかしな点に気付いてしまったからだ。

 

 

 

 

 

「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」

 

 

 

 

 

何気なく聞いていれば、金持ちがお得意の自慢話に花を咲かせているように聞こえてもおかしくはないだろう。しかし、彼等は15分前にも同じやりとりをしていたのだ。それも一言一句違わずに。

 

 

いくら彼等のボキャブラリとトピックが貧相だったとしても、きっかり15分間隔で3回も同じやり取りを行うことなど考え難い。

 

 

ルカは頬杖をついて考えを巡らせる。まだ推測の域を出ない為に、自らの仮説を部下に伝えるのは彼等を混乱させる可能性がある為に危険だ。

 

 

しかし、ルカの仮説は一気に確信へと転じる。

 

 

ドンッ。

 

 

考えを巡らせながら足を遊ばせていたルカは、擦れ違った老紳士と肩をぶつけた。

 

 

老紳士が電話の為に使用していた携帯端末は空中に放り出され、ルカの足元に滑り込んだ。

 

 

「……Je suis désolé(申 し 訳 あ り ま せ ん)

 

 

ルカは母国(フランス)語で紳士に対して詫びつつ、携帯端末を拾い上げる。しかし、拾い上げた携帯端末のバッテリーは切れていた(・ ・ ・ ・ ・)

 

 

「…………?」

 

 

ルカは眉を内側に寄せ、老紳士に視線を移した。ではこの老紳士は、直前まで〝誰〟と通話していたのだろうか。

 

 

 

 

「近いうちに帰地拐撃(いうち)帰るさ近イうチ(に帰るサ近いうちに帰)るさ煮るさ近イうち二帰屡さ近いうちに帰る(さ近いう)ちるに帰帰さい()ちうに(るさ)さるえかにちういかち」

 

 

 

 

答えは誰とも通話してなかったが正解だ。少なくとも、ルカが携帯端末を拾った時には。

 

 

それに加えて老紳士は携帯端末を落としたことを気にも止めず、そのまま歩みを進める。

 

 

耳元に携帯端末を持っているかのような姿勢を保ったまま、あたかも誰かと話しこんでいるかのようにボソボソと通話(・ ・)を続けている。

 

 

異常だ。どういうカラクリかは検討もつかないが、既にこの船全体に狂気が蔓延している。

 

 

 

 

「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」 「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」「あ~ら安物ですのよ!」「艦長を出して頂戴!」「留学中の娘が心配で……」「苦労してようやくここまで来れたよ、はっはっはっ」「ん~ママ~!!おしっこしたいよ~!!」「建物並に広いね、この中は。いっそ永久に住みたいぐらいですよ」「住みたいなんて冗談。別荘の方がマシだよ」「景気が最近鰻登りでね。FXにも手を出す予定だよ」「テラスでお食事でもいかが?」

 

 

 

 

壊れたテープレコーダーの如く、人々は同じ台詞と単調な行動を何度も繰り返している。

 

 

先程の老紳士のように、行動の途中で肩をぶつけるという異常事態(イレギュラー)が生じようとも気にも止めず、組み込まれた歯車のように自分の役割をこなしている。

 

 

今ここで起きていることは、恐らく『U─NASA』及び『趙 花琳』の仕業でもなければ、ましてや『中国政府(自 分 達)』の仕業でもない。

 

 

3者は共通して一般人を巻き込まないように配慮している。それは機密保持の為であったり、理念(ポリシー)であったりと様々だが、とにかくそれだけはなるべく避けてきた。

 

 

しかし、現在このフェリーでは一般人が狂気の中心へと段々呑まれている。恐らく『U─NASA』と『中国政府』以外の勢力が介入している説が濃厚だろう。

 

 

もしかすると、その勢力も『花琳』を狙っているのかもしれない。だとすると非常にマズい。

 

 

一刻も早く花琳を抹殺し、自分達『(イン)』はこのフェリーから離脱するべきだろう。何者かの狂気に呑みこまれる前に。

 

 

 

 

 

 

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「…………」

 

 

デッキにて、沈めておいた装備一式を引き揚げた(アラシ)は既に小さくなってしまった港を遠目に見つつ煙草を深くふかした。ニコチンを欲した訳でもないのだが、じっとりと纏わりつくこの違和感に堪えきれなかったのである。

 

 

「金持ちだらけの豪華客船にも関わらず、やけにザル警備でしたね博士」

 

 

シルヴィアも違和感を感じていたようで、警戒した様子で周囲に目線を配った。

 

 

この船全体が得体の知れない気持ち悪さで満ちている。人間がまるでゼンマイ仕掛けのマニュアル人形のように、単純な受け答えしかしないのだ。

 

 

検閲係は決まった動作でボディチェックを済ませた後、貼りついた笑顔で自分達を見送った。

 

 

あの調子だと、後ろ手に隠し持っただけでもバレずに装備を持ち込むことが出来たかもしれない。

 

 

知らぬ間に、台詞も行動もあらかじめ予定調和の映画フィルムの中に放り込まれてしまったのではないか。

 

 

オカルトの類を嵐とシルヴィアは信じない質ではあるが、その二人ですらその類の仕業ではないかと勘繰ってしまう程に、奇々怪々な現象が少しずつこの船を蝕んでいた。

 

 

「ここに長居は禁物です。博士、『花琳』を見つけてとっととずらかりましょう」

 

 

「ああ。メインホールから当たるぞ」

 

 

「それはあまり得策ではないのでは?」

 

 

この船が正常に運行していればの話だが、メインホールでは様々なショーが催される。

 

 

そんな目立つ場所に花琳がわざわざやって来るだろうか。彼女のことだから意表をついて人混みに紛れる作戦を取るかもしれないが、それにしても相当な人数が集まるホールを優先的に探すのは、相当な時間を要するだろう。

 

 

故に、後回しにするべきではないだろうか。

 

 

「ただでさえあれだけ目立つ女がよ、ワンパターンな行動しか繰り返さねぇこのフェリーの連中の中に紛れ込んだら相当目立つと思わねぇか?」

 

 

嵐のその言葉にシルヴィアは妙に納得させられた。確かに彼女は異彩のオーラを放っている。それに加えて、この船は現在こんな(・ ・ ・)状態だ。嵐の提案を採用した方が手っ取り早いかもしれない。

 

 

「……私はそれで構いません博士」

 

 

「確か次の時間の演目は……おっと。世界一有名な四つ子ちゃんの『四重唱(カルテット)』みたいだな」

 

 

よりにもよって、このフェリーのメインイベントと作戦決行のタイミングが重なってしまった。

 

 

それは花琳の発見が困難になるという問題以前に、より多くの一般人が巻き込まれてしまうことを意味する。

 

 

「……それでもやるきゃねぇわな。お前は花琳をとっ捕まえろ。残りの『(イン)』の連中はオレがまとめて面倒見てやる」

 

 

「勿論言わずもがなです。必ずや彼女を亀甲縛りで博士に献上してみせますよ」

 

 

「………………おい」

 

 

「ジョークです。私でしたらいつでもご自由に縛って頂いて構いませんが?」

 

 

「あー。聞こえねぇ聞こえねぇ。難聴気味なんで聞き取れるHz(ヘルツ)数で喋ってくれよ蝙蝠(コウモリ)娘さん?」

 

 

「傷つきました。私は『(サクラ) (アラシ)』氏を名誉毀損で訴えようと思います。ついでに貴方の『氷核活性細菌』に関するレポートのゴーストライター疑惑まで浮上させて差し上げます」

 

 

彼等『掃除班(スイーパー)』はU─NASAから全幅の信頼を寄せられてるだけあって優秀である。

 

 

こうして他愛の無い雑談に興じる間に、周囲に人の気配が無いことを確認した上でパーティ用衣装を脱ぎ捨て、互いに背中合わせでそれぞれの仕事着へと早着替えを済ませた。

 

 

それだけでなく彼等は各々の装備の状態(コンディション)、銃の装填数の最終確認まで済ませ万全の突入状態へとその身を整えてしまった。

 

 

「準備はいいか?」

 

 

「ええ、参りましょう」

 

 

2人はやや勢いよくメインホールへと通じる観音開きの扉を開けると、中へ素早く突入した。

 

 

 

 

 

 

 

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「……ビンゴだ。こりゃいい。手間が省けたぜ」

 

 

「あら。見つかっちゃったみたいね」

 

 

突入した嵐とシルヴィアの眼に飛び込んできたのは、20m程先の地点で立食を楽しんでいる花琳(ファウリン)。二人に発見されても尚、杏仁豆腐を口にゆっくり運ぶという余裕ぶりを見せつけている。

 

 

「……(しのぶ)達がやられた、か」

 

 

反対側の扉からは、自分達とほぼ同時に『(イン)』のメンバー十人余りが飛び込んできた。そして、その彼等のリーダーである『ルカ・アリオー』は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

 

役者は揃ってしまった。

 

 

ならば、始めることはただ一つ。

 

 

(デッキ)に出ろ」

 

 

親指を自分とシルヴィアが飛び出した扉へと向けながら、嵐は花琳及び『(イン)』の面々へと告げた。

 

 

金持ちの雑談と雑踏に掻き消され、その声が彼等に届くことは叶わなかったが、意図は正しく伝達されたようで、二組はおもむろに嵐の導く方向へと歩み始めた。

 

 

一般人にはバレずこっそりと事を終わらせる為。U─NASA『掃除班(スイーパー)』は花琳を確保する為、中国暗殺班『(イン)』は花琳を始末する為、花琳は彼等二組をぶつけた上で残った片方を始末し逃亡する為。

 

 

そんな矢先のことだった。船内全ての照明が、何の前触れもなく一斉に光を失った。

 

 

メインホールは井戸の底に投げ込まれたかのような深い闇へと転じ、どういう訳かスポットライトの光が『掃除班(スイーパー)』、花琳、『(イン)』の3つの勢力を静かに照らした。

 

 

彼等は数々の修羅場を潜り抜けてきた。そんな彼等ですら突如降りかかったこの状況に思考を強制停止させられた。今まで彼等はひっそりと仕事を終えてきた。アメコミのヒーローのように人々から称賛されてきた訳ではない。

 

 

そんな彼等がまるで今宵の主役、重要な来賓客であるかのように演出(スポットライト)を当てられれば思考が停止してしまうのもやむを得まい。

 

 

そんな彼等の中でも、最も多くの修羅場を潜り抜けてきた筈の(アラシ)の思考と表情はまるで凍結したかのように固まった。

 

 

友人である『冬木(フユキ) (コガラシ)』が、非常出口の薄暗いグリーンランプに照らされて姿を現したからだ。

 

 

ドクン。ドクン。今度はそんなありきたりなオノマトペでは表現出来ない程に、(アラシ)の心臓は不気味な音で悲鳴をあげた。

 

 

今度こそ幻覚ではない。冬木(フユキ)はこの船に乗船している。そして、間違いなくこの船で何かを引き起こしている。

 

 

冬木(フユキ)はその無機質な瞳で(アラシ)を瞳に納めた後、非常口からひっそりとその場を後にした。

 

 

「……博士」

 

 

シルヴィアの一声で、冬木に奪われていた嵐の意識は再び覚醒する。嵐が周りを見渡すと、自分以外は皆一様にステージの方へと視線が吸い寄せられていた。どうやら冬木に気付いていたのは自分だけだったようだ。

 

 

「レッディ~スエ~ンド!ジェントルマン!」

 

 

スポットライトの当てられた舞台の上で、ナース姿の金髪の美少女『ネロ』が見て下さいと言わんばかりにはしゃいでいたからだ。

 

 

(アラシ)は彼女の名を聞知(ぶんち)してこそいなかったが、冬木と行動を共にしていたことだけは覚えている。

 

 

その彼女が今から何を始めようと言うのか。どうにも、(アラシ)の胸騒ぎは収まらなかった。

 

 

「今から四つ子ちゃんのお歌の始まりだよ!みんな、最後まで聞いてあげてね!」

 

 

戸惑う(アラシ)達の心情を置き去りにするように、ネロは声高々に〝何か〟の開幕を告げる。彼女と舞台を照らしていたスポットライトの灯火は失せ、闇の中で無数の影が蠢いた。

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

─────────

 

 

 

 

 

 

骨の軋むようなバイオリンの音が産声を上げた途端、設置された蝋燭に一斉に炎が灯される。

 

 

徐々に、重油が滲むように楽器の演奏者達の輪郭が徐々に闇の中から浮き彫りになってきた。

 

 

そんな彼等の中心から、艶麗(えんれい)なドレスで着飾った四人の大人びた少女が姿を現す。

 

 

彼女達の名前は『グロリア姉妹』

 

 

10歳という幼い齢ながら、世界的に有名な合唱団の花形を務める4つ子の姉妹だ。

 

 

彼女達の歌はこの船『ダンテ・マリーナ』で催されるショーの中でも、メインイベントとして乗船客から待望されてきたものだ。

 

 

(アラシ)やシルヴィアもこんな状況でなければ手を叩いて彼女達を迎えたいところだが、とてもそんな気にはならない。

 

 

彼女達が歌い始めた訳でもないのにやけに静かすぎる。微かな拍手ですらもこの空間に響かない。自分達に演出(スポットライト)が当たっても、突如現れた金髪の少女が司会を勤めても、周囲の客は何一つ言葉を漏らさない。

 

 

わかりやすい違和感が、濁った水の如くこの場を満たしている。そんな中を『グロリア姉妹』4人は闊歩する。

 

 

彼女達はピタリと止まってドレスの端をつまんだ後、足を交差させて深々とお辞儀した。

 

 

口コミによると少女ながらに背徳的で艶かしいオーラを放ち、愛想がいいと評判の彼女ら。

 

 

しかし、(アラシ)花琳(ファウリン)の目には無機質な笑顔を浮かべる人形

(マリオネット)にしか見えなかった。

 

 

そんな彼女ら4人は、ゼンマイを巻かれた人形のようなぎこちない動作で胸の前で手を組み、その美しい歌声で唄い始めた。

 

 

 

 

 災いの故郷 砕けた木を拾う貴方 

 

 

 遠い夜 手を伸ばす彼方  

 

 

 瞳から 羊水(な み だ)こぼし

 

 

 面影濡らしても 白羊宮の空

 

 

 満ち足りた記憶 名も無い命 

 

 

 黙する命 溶ける日々 

 

 

 融解が始まり 理性が(とろ)ける

 

 

 蠱 惑 の 蛹

 

 

 

 

〝 ギィ ギィ ギィ 〟 

 

    〝 ギャッ ギャッ ギャッ 〟

 

 

 

彼女らの陰鬱な歌詞の歌を、有名オーケストラの楽器の音色が包み込む。しかし、その包む音色は徐々に海豹(アザラシ)の断末魔のような聞き難いものへと堕落していく。

 

 

急激な変調に、不思議になってスポットライトに照らされた(アラシ)達は演奏者達へと目を運んだ。

 

 

刹那、連続して水音が響く。

 

 

 

          ポ

          タ

          ッ

 

 

          ポ

          チ

          ャ

 

 

          ポ

          タ

          ッ

 

 

 

演奏者の耳の穴から、白い液体がポタポタと垂れてきた。それはまるで性交渉の後に膣から漏れ出す精液のよう。よく見ると、『グロリア姉妹』の耳の穴からもそれは漏れ始めている。

 

 

そんな感想を抱いた直後、舞台の奥からヌラヌラと何か(・ ・)が現れた。蛇のような、ハリガネのような黒細いものが複数本。

 

 

それは、直後に演奏メンバーと『グロリア姉妹』の耳の穴の中に挿し込まれ、射精する時の男性器のように景気良く脈打って彼等の耳に白濁の液体を流し込んだ。

 

 

たちまち、演奏メンバーは油をさされた自転車のように調子を取り戻し、引き続き演奏を続けた。

 

 

それを目の当たりにした『(イン)』のメンバーはルカが口を開く前に動く。

 

 

見ればわかるが、舞台に立っている彼等は普通じゃない。いや、普通だったのだろうが、明らかに何らかの外的影響により、普通じゃない何かに成り果てている。

 

 

一般人が知ってはいけない何かに接触した。そうなった以上、『(イン)』のメンバーは一般人だろうと証拠隠滅の為に抹殺する義務を負っていた。

 

 

彼等は『紅式手術』によって『薬』を使用せずとも『特性(ベース)』の力を発揮出来る。

 

 

故に、証拠隠滅の為に舞台上で演奏している彼等を殺害することなど容易い。

 

 

「ヒュッ!!」

 

 

「シッ!」

 

 

ルカを除いた舞台の9人は一斉に演奏者の首を叩き折った後に勢い余って首を捻り切った。同時に地面に謎の白濁の液体が撒き散らされたが、彼等はそれを気にも留めない。

 

 

ルカは間髪入れずに演奏者の首の1つを『(イン)』のメンバーの一人から受け取った。その首から下には、一緒に引き抜いてしまった脊髄が尻尾のように揺れていた。

 

 

そして『グロリア姉妹』の前にルカは立つ。舞台に見知らぬ集団が立ち、演奏メンバーの血が流れても尚、彼女らの表情は変わらない。

 

 

ルカは眼鏡を指で整え、一呼吸ついた後に脊髄のついた首を振りかぶり静かに口を開いた。

 

 

「……悪く思うな」

 

 

ルカは横一線に脊髄の斬撃を放った。それは四人の『グロリア姉妹』の腸を引き裂き、多くの内蔵を床一面にぶちまけさせた。

 

 

それを見届けた後、『(イン)』のメンバーは迅速に舞台から距離をとった。自分達が作り出した悲惨な光景をこれ以上見たくないという理由もあるが、先程『グロリア姉妹』達に白濁した液体を注ぎ込んだ何か(・ ・)の正体が判明していないからだ。

 

 

それを杞憂していた矢先、キコキコと車椅子のか細い金属音が聞こえてきた。奥の方から、先程の金髪の少女『ネロ』が現れる。そのネロが手押ししている車椅子には、10歳程のオカッパ頭の少女が乗っている。

 

 

「……あのガキは」

 

 

(アラシ)は車椅子のにも見覚えがあった。彼女も冬木と行動を共にしていたからだ。相変わらず病衣に身を包んだ病弱そうな佇まいをしている。

 

 

「……あ~あ。美桜子(み ゆ こ)ちゃんのお人形さん壊しちゃった」

 

 

ネロの口ぶりからすると、現れた車椅子の少女は『美桜子(み ゆ こ)』というらしい。そして、彼女が『グロリア姉妹』や演奏者達を何らかの形で操っていたと踏んで良さそうだ。

 

 

そんな美桜子(み ゆ こ)はというと、虚ろな瞳で膝の上に置いた紙に鉛筆で迷路を書き、彼女自身が引き起こしたかもしれない目の前の惨状を気にも留めていなかった。

 

 

本当に彼女がやったんだろうか。(アラシ)は以前美桜子(み ゆ こ)が『特性(ベース)』の力を発揮して自分とクーガ・リーを襲ってきた時のことを思い出す。

 

 

その時彼女が発現させた『特性(ベース)』も触手こそ持っていたが、先程の触手とは形状も色彩も異なる。自らの知識と記憶が確かなら、彼女の『特性(ベース)』は恐らく『ベニクラゲ』だろう。

 

 

毒こそ持ってやしないが、死を迎える際には幼体へと退行しそれを繰り返す不老不死の生物。

 

 

ただし、『ネムリユスリカ』とは異なり外傷を受けて死亡した場合は蘇生など不可能である上に、生物を洗脳するような真似など出来やしない。

 

 

よって、美桜子(み ゆ こ)ではなくあの金髪の少女『ネロ』の仕業ではないかと(アラシ)は推測した。

 

 

しかし、そのアテはすぐに外れた。

 

 

ネロは、車椅子から手を離すとピクピクと辛うじて生きている『グロリア姉妹』の剥き出しの腸をなに食わぬ顔でツンツンとつつくと、ため息をついた後に次の言葉を発した。

 

 

「 う~……しょうがない!美桜子ちゃん!

   私がお人形さんを治してあげる!」

 

 

ネロが胸をドンと叩いて発した一言に、その場の誰もが耳を疑った。

 

 

胸糞悪い話だが、彼女(ネ ロ)は先程『グロリア姉妹』や演奏者達をお人形さん呼わばりしていた。

 

 

その理屈からすると、彼女は死にかけている彼等を救う魔法の薬品でも有しているのだろうか。

 

 

「人為へーんたい♡」

 

 

その台詞と共にネロは注射型の『薬』を取り出し、自らの首筋へと突き刺した。みるみるうちにネロはその身体を変化させたが、その風貌に花琳は眉をしかめた。

 

 

天を突き刺すような二本の触角と、鋭く伸びた両人指し指とその爪先の毒針。彼女の体色が飴色(・ ・)であること以外花琳が『エメラルドゴキブリバチ』を発現させた時の姿と一緒なのだ。

 

 

そこから推測される可能性はただ一つ。

 

 

「……私のお仲間(・ ・ ・)かしら?」

 

 

ネロの『特性(ベース)』も、花琳の『エメラルドゴキブリバチ』と同じ〝寄生蜂下目〟に属する生物である可能性が高いということだ。

 

 

「ムッカ~!私はおばさん(・ ・ ・ ・)じゃないよ!」

 

 

またまたズレた返答を返してきたネロに、花琳は手で髪を靡かせながらため息をついた。どうやらネロはまた質問の意図を取り違えているらしい。

 

 

年齢(・ ・)の話じゃなくて生物(・ ・)の話よ。貴女がいかにも近頃の娘にありがちなノータリンの()だっていうのは充分わかっているから安心なさい」

 

 

「そ、そんなの知ってるもん!いいよ!今から私の『特性(ちから)』を見せちゃうんだから!」

 

 

ネロは間違いを指摘されて怒り出した。案の定、図星だったようで彼女(ネロ)は顔を真っ赤にした。

 

 

彼女はその赤面した顔ばせを隠すように反対側へと身体を向けて死にかけの『グロリア姉妹』と対面した後、腕を振り上げたかと思えば次の瞬間、

 

 

  ド ス ッ  

 

 

勢い良く、死にかけの『グロリア姉妹』の1人の首筋に指の毒針を突き刺した。

 

 

〝泣きっ面に蜂〟とはこのことか。『(イン)』の一人は目の前の光景を見てその言葉が浮かんだ。ネロは死にかけの彼女を介錯したに違いない。そのメンバーはそう受け取った。

 

 

トドメを刺されて悶絶しているのかビクンビクンと痙攣する少女をよそに、ネロは残りの3人へと続けざまに次々とその毒針を突き刺していく。

 

 

「……死体を弄ぶとは随分いい趣味してますね?」

 

 

彼女の様子はただ悪戯に肉に毒針を突き刺して弄んでいるようにしか見えないネロを見て、シルヴィアは嫌悪感を覚えたらしい。彼女は懐からマシンピストルを取り出すと、容赦なくネロの足元へとその弾丸の雨を降らせた。

 

 

ぼけた灯火以外存在しない暗闇の中に長く留まり続けたせいか、その場にいた者からすれば彼女の銃が発するマズルフラッシュはやけに眩しく感じられた。シルヴィアが放った弾丸はその眩い閃光と共にネロへと突き刺さる。

 

 

……筈だった。

 

 

確かに弾丸は肉を裂き、骨を砕き、血を撒き散らした。しかし、それはネロのものではない。

 

 

では誰の肉で、誰の骨で、誰の血なのだろうか?

 

 

「どうだっ!これが私の『特性(ち か ら)』で~す!」

 

 

彼女を庇ったのは、内蔵をぶちまけた上にネロに死体を弄ばれた『グロリア姉妹』だった。

 

 

生命の維持に必要な器官の大半を失った彼女らが何故再起出来るのか、シルヴィアには不思議で堪らなかった。

 

 

『グロリア姉妹』は内臓をボタボタとこぼ し、体液を失禁したかのようにその場に滴らせても平然としている。

 

 

そして、シルヴィアの弾丸により肉のえぐれた脚を交差させスカートの端をつまむと、生前(・ ・)と同じように歌い始めた。

 

 

「 オ゛ッ オ゛ッ オ゛ ッ 」

 

 

「  オ゛ッ オ゛ッ 」

 

 

「  オ゛ッ  ア゛ッオ゛ 」

 

 

「 オ゛ッオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ 」

 

 

喉も抉られ身体の器官の大半も失った彼女らが再び唱うのは叶わぬ夢。それでも尚、彼女らは唱い続ける。先程の歌声(・ ・)からは想像出来ない気味の悪い鳴き声(・ ・)で。

 

 

目の前で死体(・ ・)が動き出した。そんな事実が『(イン)』のメンバーの感情を振り回し、冷静なシルヴィアですらそれに警戒し一歩下がった。

 

 

しかし、(アラシ)花琳(ファウリン)は別だった。そんな芸当が可能な生物に心当たりがあったからだ。

 

 

「……『ブードゥ・ワスプ』かしら?」

 

 

「ピンポーン!」

 

 

花琳の言葉に、ネロは指で(マル)を作って返答した。

 

 

花琳はその存在を失念していた自らの浅はかさに思わず舌打ちした。寄生蜂には『エメラルドゴキブリバチ』以外に厄介な生物がいないというのは大きな間違いだ。

 

生物が(むくろ)になっても尚、その身を操る『 ブードゥワスプ 』という生物がいた。

 

 

その毒を注入され、卵を産み付けられた生物は孵った幼虫に身体中を食い破られても尚、決して死ぬことはない。

 

 

それどころか、身体中が空っぽになった生物は産み付けられた卵を守る為に他の生物が近付くと狂ったように暴れ出し、生きていた時のことを懐かしむように生前(・ ・)の行動を繰り返す。

 

 

その様子が死体に魂が宿ると信じられている宗教(カルト)『ブードゥ教』を連想させることから、その異名を冠することになった。

 

 

「正式名称『コマユバチ』。テメェが冬木(フユキ)のパートナーか?」

 

 

(アラシ)は思い出した。冬木(フユキ)が一人の少女と共に非道な人体実験を繰り返し、そのせいでU─NASAを追放されたことを。その少女がきっと彼女なのだ。

 

 

確かに、あの『特性(ベース)』を持つ助手がいれば冬木の研究はさぞかし(はかど)っただろう。何故なら、実験体となった生物は死んでいるも同然なのに死ねないのだから。

 

 

しかし、ネロの『特性(ベース)』が判明したところで腑に落ちない点がある。先程の触手の正体のことだ。少なくとも『ブードゥワスプ』はどれだけ過剰接種したところであんな姿にはならない。

 

 

では、白濁色の液体を人々の耳の穴に注ぎ込み操っていたモノの正体は何だったのだろうか。

 

 

「さっすがせんせーが褒めてた2人だね!パチパチパチ~」

 

 

ネロが2人を称賛していると、ステージの奥の方からこの船の船員であろう人物が点滴器具一式を持って現れた。その人物も耳から白濁した液体がポタポタと垂れている。

 

 

「それじゃあ、後は美桜子(み ゆ こ)ちゃんにお任せ~」

 

 

ネロはその器具を美桜子(み ゆ こ)の腕に繋ぐと、パックの中の薬剤を投薬し始めた。その薬剤の中身の正体は、『MO手術』の力を使う為に必要な『薬』。

 

 

それがタプタプと音を立てる程に大量にパックに詰まっていた。それをこともあろうかネロは、

 

 

「えいっ♪」

 

 

握り潰した。圧力が加わったパックは急激にチューブへと『薬』を吐き出し、それは美桜子(み ゆ こ)の血管に急激に注ぎ込まれた。それも、全て(・ ・)

 

 

「馬鹿野郎ッ……!!」

 

 

(アラシ)はネロの蛮行に、思わず敵でありながらも叱咤してしまった。ネロの行いは医学的に見て危険な行いだ。

 

 

それに加えてあれだけの量を注ぎ込まれた美桜子(み ゆ こ)は過剰接種により人体は拒絶反応を起こして死に至ってしまう。

 

 

その証拠に美桜子の身体はガクガクと震えて痙攣している。いくら彼女が『ベニクラゲ』の特性(ベース)を持っていたとしても、『免疫寛容器官(モザイクオーガン)』が引き起こす拒絶反応にも耐えうるかは疑問である。

 

 

そんな美桜子に構うことなく、ネロは『動く屍(ゾ ン ビ)』と化した『グロリア姉妹』と共に舞台の袖へと引っ込んでいく。

 

 

「ショーはおしまーい。ばいば~い!」

 

 

ネロの言葉と共に、段々と舞台を彩っていた蝋燭とスポットライトの光は色褪せ光を失った。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

 

 

再び、この空間は暗闇と静寂を取り戻した。唯一響くのは、舞台の方から(こだま)する点滴の水音のみ。

 

 

 

       ピチョン

 

 

       ピチョン

 

 

       ピチョン

 

 

 

メトロノームのように規則正しく響く水音が反響する度に、妙な音も同時に響いた。

 

 

 

       メキメキ

 

 

       メキメキ

 

 

       メキメキ

 

 

 

フライドチキンの骨を乱暴に折ったような音が美桜子の背後から響く。『(イン)』の面々に首をへし折られた演奏者達がいる場所がその音源であった。

 

 

「シルヴィア!!」

 

 

「……かっぱらっておいて正解でしたね、博士」

 

 

シルヴィアは拝借(・ ・)しておいた照明弾を天井めがけて打ち上げる。砲弾は発光しながら放物線を描き、舞台の上に転がった。僅かな光を取り戻したその場に広がっていたのは、異様な光景だった。

 

 

「なっ……」

 

 

(イン)のメンバーは絶句した。自分達が殺害し、首が妙な方向にネジ曲がった死体から、植物の(つる)だか木の(みき)だかわからないものが身体を次々と突き破って突出してきたのだ。

 

 

「……冬虫夏草(とうちゅうかそう)だ?」

 

 

嵐は壮絶な光景を見て眉をしかめた。自分の見立てによると、あれは『冬虫夏草』だ。昆虫に寄生する菌類の一種だが、それが美桜子(み ゆ こ)の『特性(ベース)』であるならばおかしな話だ。

 

 

『冬虫夏草』に複雑な精神操作(マインドコントロール)は不可能な事実に加えて、あの少女の『特性(ベース)』となった生物は『ベニクラゲ』の筈だ。全く異なる両生物を自分が見間違える筈がない。

 

 

そんな風に(アラシ)美桜子(み ゆ こ)の正体を探ろうと頭を全力で回転させると同時、彼女の身体が大きく小刻みに痙攣しながら膨張するのが見えた。

 

 

『薬』の過剰接種により『特性(ベース)』となった生物の特徴を色濃く反映した姿へと変化しようとしているのだろう。

「……何かしら、あれ(・ ・)

 

 

嵐と同じ生物学者の花琳ですら、その姿は理解に苦しむものだった。全世界の生物学者を集めても皆異口同音に彼女と同じ問い掛けを漏らすに違いない。

 

 

美桜子(み ゆ こ)が変貌した姿は、彼女の正体を真剣に見出だそうとしていた嵐の姿が滑稽に見えてしまう程に馬鹿馬鹿しいものだった。

 

 

「出てこい冬木」

 

 

嵐は肩を震わせ拳をギリリと握りこみ、そんな言葉をポツリと漏らした。自分の唯一の友に対する怒りが血管を煮立たせたからだ。

 

 

「あの糞野郎……何作りやがった」

 

 

美桜子の皮膚を突き破り、その身体はピンク色の巨大な肉の塊のように変貌した。

 

 

プチゃプチゃと、膿のたっぷり詰まったデキモノを潰すような水音が一つ鳴る度、その身体からは何かの触手、何かの頭、何かの触角、何かの花弁、何かの翼、何かの鱗、何かの腕、何だか枝分かれしたカタツムリの頭など言い出したらキリのない生物的特徴が次々に現れた。

 

 

それを見た面々の背筋をゾゾゾと氷柱(つらら)で引っ掛かれたかのような明確な寒気が襲う。

 

 

あれ(・ ・)が何かは見当もつかないが、間違いなく害をもたらすことだけは確か。

 

 

「全員撤退だ!急げ!!」

 

 

ルカは『(イン)』のメンバーに瞬時に告げた。あれが何か(・ ・)わからない以上、この場に留まり続けるのは危険だ。

 

 

しかし、それを言うには少しばかり遅すぎた。生温い無数の手が『(イン)』の面々の身体中に一斉に絡み付いたからである。

 

 

「なっ……!?」

 

 

目の前で浮き世離れした出来事がひっきり無しに起こった上に、こいつら(・ ・ ・ ・)はそれに一切対してリアクションを起こさなかった為にすっかり失念していた。

 

 

ここは世界有数の豪華客船であり、ここは最も賑わう場所である。そんな場所に一般客が集まるのは必然の理。そして、その一般客は既に操られていると考えるのが定石。

 

 

案の定、彼等を取り囲む一般客はその耳から白濁色の液体をポタポタと垂らしていた。

 

 

「っ……離せっ!!」

 

 

(イン)』の面々は『薬』を使って『特性(ベース)』の力を完全に開放することも許されず、無数の人だかりに自由を奪われる。常時、人並み以上どころではない力を持つ彼等とはいえ、投げても殴っても次々と湧いてくる群衆が相手では分が悪い。

 

 

そんな彼等の一人に向かって、舞台の上に転がっている巨大な肉の塊(み ゆ こ)から鋭く触手が伸びて突き刺さった。

 

 

「 アッ 」

 

 

その突き刺さった触手(ストロー)から、ジュルジュルと音を立てて急激に何かが吸い出されていった。

 

 

「なっ……!? ジェーン!!」

 

 

ルカの絶叫によると触手に貫かれた女性メンバーの名はジェーンというらしい。彼女は暫く腹部から何かを吸われた後に、バタリとその場に倒れ伏した。

 

 

その直後、散々彼女から何かを啜った肉の塊(み ゆ こ)の中心から、何かが飛び出した。

 

 

「……………」

 

 

美桜子(み ゆ こ)の裸の上半身だ。心無しか、先程よりも顔立ちが幼くなっている気もする。

 

 

そんな彼女の背中からとあるモノが飛び出した。それはフワリと、大きく広げられる。

 

 

オレンジ色と白の混じった大きな翅。綺麗な見た目に反して凶悪な毒を持つ『ツマベニチョウ』のものだ。

 

 

そして、その生物は先程触手から何かを啜られた『(イン)』構成員『ジェーン』の『特性(ベース)』でもある。

 

 

「あっ、あれぇ、ジェ、ジェーンの」

 

 

羽交い締めされた『(イン)』女性メンバーは、恐怖と狂気に身を震わせながら必死に音にならない言葉を絞り出そうとパクパクと口を動かした。

 

 

何故あの少女が自分の仲間の『特性(ベース)』を持っているのか、彼女には理解し難かった。まさか元々持ち合わせていた訳ではあるまい。

 

 

「嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌」

 

 

人は恐怖を知り事前に対処する力である『知恵』と、あらゆる困難を打破する『意思』の力を持つ唯一無二の生物だ。

 

 

しかし、乾いた空から突然雨が降ってくるように唐突に古今東西の知識を持ってしても理解し難い未知の恐怖に襲われた時、人間の二つの力は簡単に砕ける。

 

 

仮に『知恵』を失い、『意思』が折られた時。

 

 

「助けてっ!」

 

 

「馬鹿!騒ぐんじゃねぇ!!」

 

 

「いや!いやいやいやぁ!!」

 

 

 

 

 

───────その時『人間』は、ただ神に助けを乞うだけの〝豚〟に成り果てる。

 

 

 

 

怯えている『(イン)』の彼女の足元から、ツンとしたアンモニア臭がその場にじわじわと広がった。恐怖のあまりに失禁したのだろう。

 

 

その瞬間、美桜子(み ゆ こ)から伸びた複数の触手が彼女の恐怖の臭いを嗅ぎ付けたかのように一斉に『(イン)』のメンバーの腸を貫いた。

 

 

「がっ!!」

 

 

「助っ……」

 

 

次々と触手が突き刺さり、体液を啜られていくメンバー達。彼等のリーダーであるルカも又同様に触手の餌食となった。

 

 

「ク……ッソォ!!」

 

 

徐々に意識が遠退いていく。このままでは、自分も彼等と同様に訳のわからない何かの餌食になってしまう。しかし、そうはいかない。

 

 

自分にはAEウイルスに身体を蝕まれている婚約者がいる。そして、今こうして無能な自分のせいで死なせてしまった部下の仇を取る義務がある。

 

 

例え、この場から一旦逃げたところで命が尽き果てようとも。

 

 

「ぐぉおおおああああ!!」

 

 

ルカは最後の力を振り絞り、群がる一般客を無理矢理押し退けたところで『薬』をなんとか接種した。その途端、彼の身体は『特性(ベース)』の力が反映した姿へと変化する。

 

 

ルカは腸に突き刺さった触手を引き抜いた後、驚異的な跳躍力でその場から離脱した。美桜子は暫くビョンビョンとバネのように跳ねる彼の姿を追った後、引き続き触手を通して『(イン)』のメンバーの体液を継続して啜る。

 

 

その時にはもう既に嵐、シルヴィア、花琳3名の姿はその場から消えていた。

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

「……成り行きとはいえU─NASAの連中と肩を並べて逃げる日が来るとは思いもしなかったわ」

 

 

「このまま一緒にU─NASAへと任意同行してくれてもいいんですよ?」

 

 

「それは遠慮しておくわ」

 

 

甲板を目指して三人は通路を駆け抜けた。本来(アラシ)とシルヴィアはすぐさま花琳を確保するべきところなのだろうが、そんな悠長な争い(こ と)をしていてる暇は彼等にはない。

 

 

今、この船は彼等『掃除班(スイーパー)』だけでは手に余る状態に陥っている。実力者揃いの『(イン)』分隊の面々があまりの異常事態(イレギュラー)に呆気なく壊滅してしまったことがそれを証明している。

 

 

ここは適当に流れに任せて彼女と共に脱出し、機を見計らって確保するべきだろう。

 

 

それは彼女にもお見通しだろうが、彼女にも解っている筈だ。脱出するには手を組む必要がある。

 

 

「貴方、桜博士よね?」

 

 

「……ああ。そうだ」

 

 

不意に花琳が投げかけた疑問に、嵐は不機嫌に返事を返した。目の前の彼女は娘である唯香を危険な目に遭わせた上に、彼女の起こした事件のせいで唯香と『クーガ・リー』の距離は縮まったと聞く。そんな個人的な私怨と、『地球組』を壊滅に追いやったことも相まって正直彼女は気に食わなかった。

 

 

「さっきのあれ(・ ・)の正体に心当たりは?」

 

 

花琳は嵐の予想に違わぬ質問を投げてきた。正直な話、推測の域を出ないものの嵐にはあれ(・ ・)の正体に検討がついていた。

 

 

「……ありゃ『MO手術者』の遺伝子を取り込んで自分の『特性(ベース)』を進化(ふ や)し続ける化け物だな」

 

 

にわかに飲み込みがたい事実だが、目の前のあの光景を間近に見せられた後では(アラシ)の言葉を信じる他ない。

 

 

「あの少女をどうやってあんなグロテスクな化け物に作り替えてしまったのでしょうか」

 

 

シルヴィアの口から飛び出した疑問に、嵐は重苦しい溜め息を吐き出した後に推論を吐き出した。

 

 

「十中八九『ブードゥワスプ』の『特性(ベース)』で人体が他の細胞で拒絶反応を起こして死なねぇように身体弄くりまわされた挙げ句、『MO手術』を繰り返して生物の細胞を無尽蔵に取り込める体にされちまったんだろ」

 

 

「……そんなことが可能なんですか?」

 

 

「ミノウミウシはクラゲの『刺細胞』、ミトコンドリアゲノムは補食した生物の細胞を体内に保存できるって説もある。こいつらの『MO手術』しときゃ嫌でも取り込めるようになる」

 

 

「正解だよ(サクラ)

 

 

桜嵐が答えを導き出した時、冬木凩の声がデッキの方向から不気味に響いた。

 

 

 

 

 

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潮風が不気味に肌を撫でる船上にて、ついに本多晃の忘れ形見『(サクラ) (アラシ)』と『冬木(フユキ) (コガラシ)』は正式に再会を果たす。 

 

 

彼等の間で二度と唯一無二の友情が育まれることは許されない。許されるのは、叡知(やいば)叡知(やいば)で互いを斬りつける死闘のみ。

 

 

もしこれも『神』の意思であると言うのであれば、これ以上残酷な運命などないだろう。

 

 

 

「……答えろ冬木」

 

 

嵐は怒りで震える手を必死に抑え、出来る限り穏やかな声色で冬木に尋ねた。

 

 

「お前の目的はなんだ……?」

 

 

まるで冬木がこの船で起きたこと全ての黒幕であるかのような物言いだが、それは生憎と間違っていなかった。

 

 

冬木は、その虚ろな瞳で怒りに震える嵐を眺めた後、静かに口を開いた。

 

 

 

「1つはそこの(チョウ) 花琳(ファウリン)君を君達U─NASAよりも先に確保することだ」

 

 

「貴方みたいな天才が私に何の御用かしら?」

 

 

花琳は眉をしかめた。U─NASAに所属していた彼女だからこそわかる。冬木は間違いなく彼女を凌ぐ叡知を持ち得ている。1つの分野を除いて。

 

 

「君のテラフォーマーに対する理解は私や桜を大きく凌いでいる。是非とも私の研究に力を」

 

 

「お断りよ」

 

 

花琳は冬木が言い終える前に提案を突っぱねた。確かに冬木と手を組めばU─NASAへの復讐も捗るだろうし、『地球組』『掃除班』『(イン)』といった勢力から身を守ってくれるのだろう。

 

 

しかし、花琳の最終目標はU─NASAに〝ヴィクトリアウッド〟の存在を嫌という程に認めさせた上で世界を牛耳るという自分でも笑ってしまう程に安っぽい目標。

 

 

今回の船の惨状を見るに、冬木の目標はそれが馬鹿馬鹿しく思えてしまう程にさぞかし高尚(・ ・)な目標なのではないだろうか。それも、自分が牛耳る筈の世界を壊してしまう程の。

 

 

いずれ互いの思惑が噛み合わなくなることは目に見えている。故に手を組む気にはならない。

 

 

「では誠に遺憾だが、後から実力行使の方向で話を進めさせて貰おう」

 

 

「ら……」

 

 

そんな冬木に「乱暴な男は嫌いよ」と花琳はいつもの如く減らず口を叩こうとした。しかし、冬木から発せられた得体の知れない寒気が彼女のいつもの余裕と言葉を奪う。

 

 

そんな花琳から、冬木は今にも自分への怒りで爆発しそうな(と も)へと視線を移した。

 

 

「二つ目の目標として『アネックス一号』計画を頓挫(とんざ)させることが挙げられる」

 

 

「……何?」

 

 

嵐は耳を疑った。今現在人類を蝕む『AEウイルス』のワクチンを作り出そうとしている『アネックス一号』計画を妨害する?そんなことをして、一体冬木に何の旨味があるというのか。

 

 

「そのオマケとして『膝丸燈』を確保するつもりだ。ロシアや中国よりも先にね」

 

 

膝丸燈(セカンド)』はどこの国も涎をだらだらと垂らして欲しがる程の価値があるもの。それを奪取する為に『アネックス1号』計画の発動をロシアや中国が早めたことは見え見えだ。

 

 

その彼を冬木が欲しがっても不思議ではないが、『地球』にいる冬木が『膝丸燈(セカンド)』どうやって手に入れようというのか。

 

 

彼等(『アネックス1号』)は決して一つの〝群れ〟になれはしない。そして瓦解した群れは自然界で子を補食されやすいのは君もご存知だろう。故に優秀な()さえ送り込めば『膝丸燈(セカンド)』の奪取は容易い 」

 

 

それに、と冬木は言い加える。

 

 

「仮に一つの〝群れ〟になったところでその()雀蜂(・ ・)を容易く殺すだろう。ああ、安心したまえ。『アネックス一号』の中に裏切り者を忍び込ませた訳ではないよ。それでは容易く対策されてしまうからね」

 

 

現時点で冬木の言う〝()〟が何かは想像もつかないが、恐らく驚異になることは容易に想像出来る。シルヴィアは帰還してから迅速にU─NASAにこの事実を伝達すべく、U─NASA製ボイスレコーダーを起動した。

 

 

そんなシルヴィアの意図を知ってか、若しくは怒りがそうさせたのか、嵐は核心へと切り込んだ。

 

 

「……何で『アネックス1号』を妨害しようとしてんだ?テメェは」

 

 

先程冬木は『膝丸燈(セカンド)』をオマケ呼わばりしていた。彼が『アネックス1号』を妨害する本当の真意はどこにあるのだろうか。

 

 

「『AEウイルス』の経過をもっと長期的に観察したいからに決まっているだろう。ワクチンなんて作られてしまえばそれが叶わなくなってしまう」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、嵐は冬木に向けてリボルバーを向けた。かろうじて残っている理性が、嵐の引き金にかかる指をギリギリで踏みとどめる。

 

 

そんな触れると火傷しそうな嵐を見つめる冬木の表情は、嵐とは対照的に冷えて淡々としていた。

 

(サクラ)、あのウイルスは『ファージ』に形状こそ似てはいるものの、ウイルスであるにも関わらず繁殖しないのはおかしいと思わないか?」

 

 

冬木の言うように『AEウイルス』は異常だった。ウイルスの癖に増殖しないのだ。故にワクチンも作れず、それに加えて致死率100%という困りモノである為に『アネックス一号』の面々は火星に向かう羽目になったのだ。

 

 

「私はあれほどおかしなものが蔓延したところで人類が滅びるとは思えない。むしろそれを乗り越える為に人類は〝進化〟するのではないだろうか?私はその過程を見守りたいのだよ、桜」

 

 

冬木の言い草に、嵐はリボルバーのハンマー装置を上げて弾丸を放つ準備を整えた。

 

 

確かに、一研究者としてその〝進化〟の過程に興味がないと言ったら嘘になる。だが、それと引き換えに最も大切なモノを失ってしまう。故に冬木の考えに賛成出来ない。

 

 

(アラシ)自身が『AEウイルス』により大切な人を奪われたのだから尚更だ。

 

 

「〝進化〟よりも大切なもんが失われてるんだぞ」

 

 

「ほう。〝進化〟より大切な〝それ〟は何だ?」

 

 

嵐のその言葉に、冬木は大変興味深そうに顎に手を当てて尋ねた。その冬木の態度が嵐の怒りの炎にガソリンを注ぐ結果になった。どうやら、目の前の友はそんな簡単なことにすら気付いていないらしい。

 

 

 

 

「〝命〟だクソッタレ」

 

 

 

 

引き金を引いた途端、嵐が携えたリボルバーから〝命〟を奪う凶弾が吐き出された。弾丸は火薬の匂いと夜風を切り裂く爆音を残して計6発、冬木へと放たれる。

 

 

しかし、その弾丸が冬木の元に届くことは叶わなかった。彼の前に飛び出したものが、彼の盾となったからだ。皮肉にも、それは〝命〟を失ったも同然の『グロリア姉妹』四人であった。

 

 

せんせー(・ ・ ・ ・)を苛めちゃだめー!!」

 

 

彼女達の後から慌ただしい様子で現れたのは、金髪の美少女『ネロ』だった。そのネロが手押しする車椅子には、元の姿に戻った『美桜子(み ゆ こ)』が力無く揺られている。

 

 

「やぁネロ君。御苦労だった」

 

 

「えへへ~ほめてほめて~」

 

 

冬木の労いの言葉に、ネロは頭を掻きながら照れ笑った。どうやらこの船で起きた一連の出来事は彼等が引き起こしたと見て間違いないようだ。

 

 

「紹介しよう桜。助手の『ネロ・スチュアート』君と研究協力者(・ ・ ・ ・ ・)の『()()(とり) 美桜子(み ゆ こ)』君だ」

 

 

 

 

「よっろしくお願いしまーす ♡」

 

 

NAME:ネロ・ネクロフィア

 

NATIONALITY:アメリカ

 

M.O.O:〝昆虫型〟

 

BASE:『屍の姫(ブードゥ・ワスプ)

 

THE OTHERS:17歳 ♀ 157cm 44kg

 

 

 

 

「…………………」

 

 

NAME:()()(とり) 美桜子(み ゆ こ)

 

NATIONALITY:日本

 

BASE:『輪廻転生(ベ ニ ク ラ ゲ)』+『不特定多数』

 

THE OTHERS:10歳  ♀ 141cm 30kg

 

 

 

 

「彼女らのことはもう理解しているようだから説明はいるまい」

 

 

「ふざけんな!テメェ本当にその小さなガキにふざけた手術かましやがったのか!!」

 

 

ついに嵐は感情を爆発させる。研究協力者なんて体よく言っているが、要するにモルモットだ。彼女は、先程嵐がシルヴィアと花琳に説明したようにその小さな体に多くの『人間』と『生物』の遺伝子をその身に刻まれ続けてきたのだ。

 

 

とても人道的とは言い難い。

 

 

「……他人事とはいえ胸糞悪い話です」

 

 

「やり方がやっぱり私と合わないみたいね?」

 

 

シルヴィアと、あの花琳ですらも顔を苦く歪めている。あまつさえ、U─NASAの揉め事に全く関係ない一般人を巻き込んだ上に、狂気的な生体実験の材料にするなどもっての他だ。

 

 

どのような目標であれ、許されたことではない。

 

 

美桜子(み ゆ こ)君はまだ言うなれば(さなぎ)の状態だ。いずれより多くの細胞を吸収して私が望むもの(・ ・ ・ ・ ・ ・)へと届く手助けとなる研究材料に昇華してくれるだろう」

 

 

「……テメェの望むもの?」

 

 

「そう。私が望むもの(・ ・ ・ ・ ・ ・)だ。花琳君の協力を得て、『膝丸燈(セカンド)』を確保し、『AEウイルス』の謎を解き明かし、美桜子(み ゆ こ)君が細胞を吸収し自己進化を繰り返す度にそれに近付くことが出来る」

 

 

冬木凩が目指しているもの。

 

 

それは、人類の頭脳である『アレクサンドル・G(グスタフ)・ニュートン』が聞けば、冬木を大うつけだと笑い転げるか、もしくは彼の研究成果を見て思わずほくそ笑んで今後に期待してしまう程のものだった。

 

 

 

 

「私の当面の目標は『(ラハブ)』の叡智に至ることだ」

 

 

 

 

嵐は、冬木が放った言葉に強張った表情を見せた。U─NASAの上級職員である自分ですらイマイチ全容を掴めていない『(ラハブ)』の叡知へと、どうやって辿り着くつもりなのか。

 

 

そして何より、何故それを目指すのか。

 

 

「単純な知的好奇心が私をそうさせたのだよ。ゴッド・リーが発見した『密集ピラミッド』、すり替えられた『苔』、そして僅か五百年で急激な成長を遂げた『テラフォーマー』。これらがもし『ラハブ』の仕業だとしたならば、私は」

 

 

冬木は夜空を見上げる。その視線の方向は太陽でも、月でも、火星でもないあらぬ方角だった。

 

 

「『ラハブ』を〝彗星の衝突により失われた第五惑星〟という言葉では留めておけない程に興味をそそられている。知りたいのだよ、桜」

 

 

冬木は、それを言い終えた後にそっと嵐へと手を伸ばした。

 

 

「君も私と一緒に来い、(サクラ)。君の知恵はU─NASAで枯らすには惜しい。共に『ラハブ』を暴こう」

 

 

自分の友はイカれてしまったのだろうか。「世界征服の為に殺した。反省はしている。だが後悔はしていない」というRPGゲームでよく魔王の犯行動機として使われる理由の方がよっぽどマシに思えてしまうレベルだ。

 

 

知的好奇心を満たしたいという生まれた頃から持ち得た欲望が、肥えてしまうと平気で無関係な人間の命を弄ぶことが出来るのか。

 

 

これはもしかすると夢ではないのだろうか。夢から覚めたら、冬木と自分はどこかの屋台で飲み交わしている最中なのではないだろうか。そんな優しい夢が、嵐の脳裏をよぎる。

 

 

「社畜生活にウンザリして『脱サラして一緒にラーメン屋やろうぜ』と同僚をたぶらかす無責任なサラリーマンですか貴方は」

 

 

シルヴィアの冬木(フユキ)に対する辛辣な一声が、意識が浮遊しかけていた(アラシ)を一気に現実に引き戻した。

 

 

 

 

────────ああ。やはり、これは現実だ。冬木凩は、自分が止めなくてはならない。

 

 

 

 

「冬木。テメェはオレがぶっ殺してやる。オレが無理でも『地球組』の連中がテメェを止めるだろうよ」

 

 

(アラシ)は専用装備『感染(インフェクション)』に『M.O.D』を装填し、リボルバーにも弾丸を再装填した。美桜子とネロは『M.O.D』で、自分と同じく『特性(ベース)』を持たない冬木はリボルバーで仕留めればいい。

 

 

ネロの『ブードゥワスプ』により頑丈になった『グロリア姉妹』やここにもうじき押し寄せてるであろう一般客は、シルヴィアに任せればいいだろう。

 

 

掃除班(スイーパー)』2人は臨戦態勢へと移行した。花琳(ファウリン)を確保する任務を放棄してでも、冬木(フユキ)(コガラシ)はこの場で仕留めなければならない。

 

 

「……桜、1つだけ伝えておこう。君達『掃除班(スイーパー)』ならまだしも、『地球組』が私を止めることに関しては期待しない方がいい」

 

 

その言葉に、嵐とシルヴィアだけでなく花琳までもが眉を跳ねた。いや、彼等『地球組』とこれまで散々刃を交えてきた花琳だからこそ冬木の言葉に違和感を覚えたのかもしれない。

 

 

彼等は強い。壊滅的な被害を与えたことにより最終的には4人という少ない人数にこそなったものの、少なくとも隠謀が渦巻く『アネックス一号』の百人よりも、人数は少なかれど互いに背中を合わせて死線を乗り越えてきた彼等は群れとして高く完成するだろう。

 

 

それに、個人の戦闘力の水準が非常に高い。

 

ゴッド・リーの息子『クーガ・リー』

 

天然お嬢様『アズサ・S・サンシャイン』

 

アホの子『美月レナ』

 

天才狙撃手『ユーリ・レヴァテイン』

 

 

それに加えて、人類の到達点『ジョセフ・G・ニュートン』の友人である『エドワード・ルチフェロ』まで参入した。その上で団結すれば、彼等がどれほどの力を発揮してしまうのか想像もつかない。

 

 

しかも『サポーター』は『(サクラ)(アラシ)』の愛娘の『桜唯香』だ。正直、花琳からしてみれば『掃除班(スイーパー)』よりも彼等の方が相手にしたくなかった。

 

 

そんな彼等が冬木の脅威になり得ないとは思わない。彼の過小評価ではないだろうか。花琳にはそう感じられた。しかし、その僅か数秒後に冬木に『地球組』を脅威に感じさせない根拠(・ ・)が現れる。

 

 

「別に『地球組』を過小評価している訳ではない。対策済みだから勝てる(・ ・ ・)という意味だ。誤解させたのであれば詫びよう。出てきたまえ、君達(・ ・)

 

 

冬木の呼び声に応えて、5つの人影がテラスから降り立った。その中には女性も混じっていたが、全員が黒いタキシードで身を包んでいた。

 

 

 

 

 

 

「……呼んだかい、先生さんよ」

 

 

気だるげな表情で返事した、無気力な瞳の中年。その黒髪はクリクリの天然パーマがかかっており、嵐以上のズボラさ・ルーズさを感じさせる。

 

 

NAME:ジェイムズ・スコット

 

NATIONALITY:アメリカ

 

M.O.O:〝節足動物型〟

 

BASE(Ⅰ):『ダーウィンズ・バーク・スパイダー』

 

BASE(Ⅱ):『スリング・スパイダー』

 

JOB:国際指名手配犯

 

THE OTHERS: 40歳 ♂ 180cm 70kg

 

 

 

 

 

 

「ブハハハ!先生アンタマジで最高だよ!本当にフェリー乗っ取っちまうんだもんなぁ!!」

 

 

細い三編みを束ねたかのようなブレイズヘアと呼ばれる髪型の青年。髪色は薄紫と黒混じりの色。こんな惨状が起きた現場であるにも関わらず、彼はヘラヘラと笑うことを止めない。

 

 

NAME:ヤーコフ・アイギス

 

NATIONALITY:ロシア

 

M.O.O:〝軟体動物型〟

 

BASE(Ⅰ):『タガヤサンミナシ』

 

BASE(Ⅱ):『スケーリーフット』

 

JOB:元ロシア軍人

 

THE OTHERS: 24歳 ♂ 171cm 62kg

 

 

 

 

 

 

「オレをテメェの手下みてぇに呼ぶんじゃねぇつってんだろ!!ア゛ア゛!?」

 

 

筋骨隆々の体型の顎に髭を蓄えた男。髪型はスパイキーショート。これ程までにタキシードが似合わない男も逆に珍しい。それ程にこの男は野性味に溢れていた。

 

 

NAME:シュバルツ・ヴァサーゴ

 

NATIONALITY:イスラエル

 

M.O.O:〝昆虫型〟

 

BASE(Ⅰ):『ディノポネラ』

 

BASE(Ⅱ):『アギトアリ』

 

JOB:元傭兵

 

THE OTHERS:34歳 ♂ 205cm 100kg

 

 

 

 

 

 

「ほう、最後の最後で出番をくれるとは中々アジ(・ ・)な真似をしてくれるじゃないか、先生」

 

 

魚の形を模した装飾つきのゴムヒモで髪を結わえた、黒髪サイドテールの女性。着物を着ている訳でもないのに、凛としたその佇まいは彼女が大和撫子であることを感じさせた。

 

 

NAME:時雨(しぐれ) (りん)

 

NATIONALITY:日本

 

M.O.O:〝魚類型〟

 

BASE(Ⅰ):『ダツ』

 

BASE(Ⅱ) :『ツクシトビウオ』

 

JOB:元剣道師範

 

THE OTHERS: 23歳 ♀ 172cm 54kg

 

 

 

 

 

「随分と趣味が悪いな、冬木先生」

 

 

冬木のやり口に苦言を呈した、髪を逆立てたオールバックの青年。男前なその顔も、この船で現在進行形で起こっている出来事のせいで不機嫌に歪んでしまっている。

 

 

NAME:天風(あまかぜ) (しょう)

 

NATIONALITY:日本

 

M.O.O:〝鳥類型〟

 

BASE(Ⅰ):『ペレグリンハヤブサ』

   

BASE(Ⅱ):『オオタカ』

 

BASE(Ⅲ):『キウイ』

 

JOB:元キックボクサー

 

THE OTHERS: 25歳 ♂ 190cm 73kg

 

 

 

 

 

「彼等は複数持ち(・ ・ ・ ・)だよ。まぁ言うなれば美桜子(み ゆ こ)君の副産物だな。『特性(ベース)』適性が複数あり、尚且つそれが同じ系統の生物であれば、『MO手術』を2回以上施すのも私にはそう難しくはない」

 

 

冬木は現れた5人組から車椅子の少女『美桜子(み ゆ こ)』に視線を移す。この小さな少女に冬木は数え切れない回数の『MO手術』を施してきた。その道中で、それを発見しても確かにおかしくはない。

 

 

(サクラ)、もう一度聞こう」

 

 

嵐やシルヴィア、花琳にとって見覚えのある顔も混じった5人組を指して、冬木は嵐に尋ねた。

 

 

「『地球組』は彼等に勝てると思うかね?」

 

 

正直、勝ちの目は薄い。彼等の実力を実際に目の当たりにした訳ではないが、今まで相手にしたこともないような威圧感が嵐を襲ったからだ。恐らく、冬木の言う事は本当なのだろう。

 

 

しかし。その上で嵐は5人組を見て一度は固く閉ざした口をほどいた。

 

 

「……もし負けても(・ ・ ・ ・)次は勝たせる(・ ・ ・ ・)

 

 

「ほう……それはつまり」

 

 

「さぁな。それはテメェで勝手に想像しとけ」

 

 

あくまでそれを決めるのは『地球組』の彼等自身。しかし、もし彼等が選択したのであれば自分は『地球組』に協力を惜しまないつもりだ。

 

 

美桜子(み ゆ こ)のような化け物こそ作れないし作る気にもならないが、彼等に本当に譲れないものがあるのならば、それぐらいはしてやれる。

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

 

鬼才『(サクラ) (アラシ)

 

 

天才『冬木(フユキ) (コガラシ)

 

 

本多晃の忘れ形見の教え子2人。

 

 

それに加えて、この場には化け物(クラス)の実力者が勢揃いしていた。そんな中に、この男が参戦するのは些か無謀とも言えるものがあった。

 

 

中国暗殺班『(イン)』No.2、『ルカ・アリオー』

 

 

腹部を貫かれて血を流し、実力者達を見下ろせる高さの船のデッキの奥からよろよろと頼りない足取りで彼は現れた。やや遠く離れた場所で佇む彼に気付いたのは、『天風(あまかぜ) (しょう)』と呼ばれる青年だけだった。

 

 

「……冬木先生。新手が来たがいいのか?」

 

 

翔の一声で、その場にいたほぼ全員がルカに目を向けた。しかし、それと同時に大多数が即座に興味を失い目を逸らした。彼を未だに警戒しているのは翔だけだった。

 

 

無理もない。嵐達にとっては目の前の冬木一派の方がよっぽど脅威だ。冬木一派から見ても瀕死の彼はそれほど脅威ではない。

 

 

「翔ちゃんよー。死にかけの雑魚(ゴ ミ)にイチイチ反応すんなって。今にストレスで若ハゲちまうぜ~?ウリウリ」

 

 

『ヤーコフ・アイギス』はルカを警戒した翔を肘で小突き茶化す。

 

 

それを目の当たりにしたルカはほくそ笑んだ。彼等の自分を見る目は実に妥当な評価だ。化け物揃いのこの場に瀕死の自分が殴り込むのは場違いだと理解している。

 

 

自分達『(イン)』の面々はこの船の一連の事件にて度重なる異常事態(イレギュラー)に襲われ、奇しくも噛ませ犬のような役回りをさせられてしまったが、『紅式手術』が強力であることには変わりない。

 

 

しかし、自分は瀕死でこの(ザマ)だ。それに加えて、率いていた部隊も全滅してしまったのではとても彼等に太刀打ちなど出来やしない。

 

 

ただ、そんな自分にも出来ることがある。それは、自身の命の炎を燃やし尽くして任務を完遂すること。

 

 

任務さえ完遂すれば、散っていった部下の遺族に金は支払われる。『AEウイルス』にその身を侵された婚約者の命を少しでも繋ぐことが出来るかもしれない。後は、『アネックス1号』の中国四班の彼等に想いを託すだけだ。

 

 

どうか、一刻も早くワクチンを作成して『地球(こ こ)』に戻って婚約者やその他大勢の命を救ってやって欲しい。この想いを繋ぐ為にも『趙花琳』を抹殺して任務を完遂し、『冬木凩』をこの場で消して『アネックス1号』計画の妨害をなんとしてでも阻止する。

 

 

「……よく覚えておけ」

 

 

ルカは静かに口を開き、『薬』を過剰に接種した。みるみるうちに、彼自身の『特性(ベース)』が反映された姿へとその身を変えた。

 

 

猛毒(モウドク)吹矢蛙(フキヤガエル)

 

 

透き通るトパーズのような黄色い体色を持つ、矢毒蛙の一種。その毒は、小さな蛙の大きさ(スケール)ですらネズミ2万匹を殺す毒性を持つ。それが人間大のスケールで発揮されればどうなるか。

 

 

「腕をかませた〝噛ませ犬〟にもその腕を引き千切ることぐらい出来ることをなぁ!!」

 

 

ルカは大きく叫ぶと同時に設置した爆弾のスイッチを起動する。その瞬間、ルカがいたフロアの上の階で小さな爆発が起こった。それは、とても小規模な爆発しか起こせない小さな爆弾。船内に隠し持ち込むことを見越して用意した、人一人を殺せるかどうかも危うい小さな爆弾。

 

 

しかし、池の水面に波紋を起こすには小石一つで充分なように、ルカの目論見を成功させる火薬はこの程度で充分だった。その証拠に、穴が開いた船内の貯水槽は水圧がデタラメに変化し、やがてその穴は大きく広がる。

 

 

凄まじい勢いで莫大な量の水は船内を駆け抜け、『猛毒(モウドク)吹矢蛙(フキヤガエル)』へとその身を変えたルカ自身を呑みこんだ。

 

 

 

 

 

     アロンが手をエジプトの

      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

     

     水の上に差し伸ばすと

      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

     かえるがはい上がって

      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

     エジプトの地をおおった

      ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 

 

 

 

 

 

「この莫大な〝水〟全てに(ボク)の毒をありったけ流しこむ!」

 

 

 

 

『呪法師たちも彼らの秘術を使って、同じようにかえるをエジプトの地の上に、はい上がらせた』

 

 

 

 

「するとどうなるか!さぞかし頭のいいお前達なら察しはつくだろう!!」

 

 

ルカを中心にして、その毒はみるみるうちに水を濁らせていく。

 

 

 

 

『パロはモーセとアロンを呼び寄せて言った。「かえるを私と私の民のところから除くように、主に祈れ。そうすれば、私はこの民を行かせる。彼らは主にいけにえをささげることができる』

 

 

 

 

「えっちょっ!まっ!先生どうすんの!?オレ逃げていい!?オレ逃げていい!?貝であること活かしてここぞとばかりにオレ逃げていい!?」

 

 

先程まで散々ルカを馬鹿にしていたヤーコフですら、毒が浸透しつつある水とその水に瞬く間に飲み込まれていく船を見て掌を返したように焦りを見せた。

 

 

 

 

『モーセはパロに言った。「かえるがあなたとあなたの家から断ち切られ、ナイルにだけ残るように、あなたと、あなたの家臣と、あなたの民のために、私がいつ祈ったらよいのか、どうぞ言いつけてください』

 

 

 

 

「許してお兄さん!許して!!オレの自慢の防御力!防御力活かせないまま壊れる!ホ!ホワアアアアアアアアアア!!ホワアアアアアア!!二度とイモ(ガイ)スナしないからああああああ!!」

 

 

「も~!アホ貝さんはイチイチうるさいなぁ」

 

 

冬木一派の中で唯一アタフタと喚いているヤーコフを、自身も相当ヌケた性格をしている筈のネロがたしなめた。彼等はヤーコフを除いてこの状況でパニックにすらなっていない。

 

 

彼等の中には、この場から離脱出来る『特性(ベース)』を持つ者もいたが、その者達ですらこの場から動こうとしなかった。

 

 

 

『パロが「あす」と言ったので、モーセは言った。「あなたのことばどおりになりますように。私たちの神、主のような方はほかにいないことを、あなたが知るためです』

 

 

 

 

「ネロ君、美桜子君を連れて下がっていたまえ。君達五人は万が一に備えて二人を連れて脱出する準備を。私がどう(・ ・ ・ ・)にかしよう(・ ・ ・ ・ ・)

 

 

 

『かえるは、あなたとあなたの家とあなたの家臣と、あなたの民から離れて、ナイルにだけ残りましょう』

 

 

 

 

「……どういうこった」

 

 

嵐は冬木の台詞に耳を疑った。ルカの規格外の攻撃を『特性(ベース)』も持たない冬木がどうにかするとは大きく出たものだ。

 

 

てっきり美桜子の何らかの『特性(ベース)』を使ってどうにかすると思っていたのだが、冬木にも何か考えがあるのだろうか。

 

 

 

『こうしてモーセとアロンはパロのところから出て来た。モーセは、自分がパロに約束したかえるのことについて、主に叫んだ』

 

 

 

 

次の瞬間冬木が行ったのは、彼とは一切縁がない筈のモノだった。

 

 

「〝人為変態〟」

 

 

冬木は自らの首筋に『(注射)』を突き刺すと、瞬く間に真っ白な甲皮がその身を包んだ。白衣を破って白く鋭い翅が突出し、両肩からはそれぞれ膨らみが現れる。それに加えて 、両掌には(あな)が開いている。

 

 

その掌から凄まじい勢いで暴風のような、寒波のようなものが放たれた瞬間、目の前に迫ってきた水はパキパキと音を立てて凍結する。凍結した水分は聳え立つ巨大な氷壁となってそれ以上の水の進行を妨げた。

 

 

 

『主はモーセのことばどおりにされたので、かえるは家と庭と畑から死に絶えた』

 

 

 

 

変異(・ ・)した冬木は、素早く飛翔して毒に浸された水の中へと潜りルカの首根っこを掴み浮上した。

 

 

「なっ……!?ガッ!?」

 

 

ルカは限りなく蛙に変異したその顔で、呼吸を妨げられ苦しそうにもがくと同時、冬木の変異したその姿とその能力にまるで狐に化かされたかのような表情で目を見開いた。

 

 

それは嵐も同じだった。凍結能力を持つあんな姿の昆虫など見たことがない。更にそれに加えて、『冬木(フユキ)(コガラシ)』は自分と同じく適合する『特性(ベース)』がないと言い渡された男である。その男が『MO手術』で力を得ることなど不可能だ。

 

 

驚きを隠せない嵐とルカに構わず、冬木は(ルカ)に引導を渡すべくその掌から再び寒波を放つ準備を整える。

 

 

「先程〝噛ませ犬〟について教授してもらったお礼に私からも一つ君に教えてやろう」

 

 

「グッ……ゾ……!!」

 

 

「蛇に睨まれた〝蛙〟は何も出来やしない」

 

 

至近距離で寒波を浴びたルカの身体は凍結した後にその体を凄まじい勢いの暴風によりバラバラに砕かれた。氷片と化したルカの身体は、自らが濁らせた水の中へと静かに沈む。

 

 

 

 

『人々はそれらを山また山と積み上げたので、地は臭くなった』

 

 

 

 

 

──────────『出エジプト紀』より抜粋

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

 

「……どういうことだ冬木。何でテメェが『特性(ベース)』を持ってやがる」

 

 

嵐は直ぐに疑問を叩き付けた。『特性(ベース)』適性が一つもないことを言い渡された冬木が、人為変態を行うことが出来るのだろうか。また、『特性(ベース)』となった生物は一体なんなのか。

 

 

冬木は嵐から離れた地点に着地すると、その真相を語り始めた。

 

 

(サクラ)、君が『医学』を学んで『マーズレッドΔ(デルタ)』や『M.O.D』といった力を手に入れたように、私も自分が学んだ分野から力を手に入れたのだよ」

 

 

自分が『医学』を学んでいる間に、冬木が学んだ学問分野。それは、

 

 

「……『遺伝子工学』」

 

 

遺伝子を人工的に操作する術を身に付ける、クローン技術などにも用いられる神秘の学問。

 

 

それを使ってどうしたというのか。

 

 

「適合する生物(・ ・)がいないなら適合する生物(・ ・)を作ればいいと思わないか?(サクラ)

 

 

「……あ?」

 

 

嵐は思わず冬木の言葉を聞き返した。まるでこどものわがままのような無茶苦茶な理屈を、目の前のこの男は成し遂げたというのか。

 

 

「私は自身の遺伝子を元に生物を一から作りあげた。その生物は補食対象凍結させ、強靭な三角顎で凍結した水分ごと噛み砕き補食する。生物学的に出鱈目な生物であるが故に寿命は持って一時間だが……『MO手術』の『特性(ベース)』として用いる分には何ら問題あるまい?」

 

 

呆然とする嵐に構わず、冬木は解説を続ける。

 

 

「君の『氷核活性細菌』に関するレポートも参考にさせて貰ったよ。やはり君は最高の友人だ」

 

 

「オレは……テメェのそんな〝命〟を(ゴミ)みてぇに扱う計画に加担する為に書いた訳じゃねぇ」

 

 

怒りで熱を帯びていく嵐とは対称的に、冬木の表情には一切変化がない。彼は眼鏡をかけ直すと、更に嵐へと衝撃的な事実を告げる。

 

 

(サクラ)、私のベースのことだが……生態は違えど、骨格のモチーフとなった生物はいるぞ。便宜上私の『特性(ベース)』名はその生物の名になっている」

 

 

嵐はその生物に一つだけ心当たりがあった。もっとも、2つの膨らみと三角顎以外の体組織は熱で焼けてしまい、現在はその化石を残しててその他の生物的特徴は一切残されていないが。

 

 

「では、(サクラ)。昔話に華を咲かせるのはここまでにしてそろそろ花琳君を渡して貰おうか」

 

 

「上等だ。やってみやがれ……!!」

 

 

人の身を捨てた冬木に、嵐は人の身でありながら果敢に立ち向かう。唯一人の友と、唯一人の友が殺し合う。それは悲しくも意味のある、『(ラハブ)』が望んだかもしれない進化競争の縮図にも見えた。

 

 

 

 

 

 

冬木(フユキ) (コガラシ)

 

 

国籍 日本

 

 

45歳 ♂

 

 

186cm 70kg

 

 

MO手術〝古代昆虫型〟

 

 

 

 

 

 

──────リニオグナータ・ヒルスティ──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────凍土の捕食者(リニオグナータ・ヒルスティ)凶哮(トゥレチェリィ)

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

 

──────T R A N S  M I T T E D──────

 

 

 

 

遡ること40日前、私達の星『地球』から親愛なる『火星』に向けてとあるもの(・ ・ ・ ・ ・)が射出された。

 

 

小型宇宙船『バグズ3号』と仮称されたそれは、研究者『冬木(フユキ) (コガラシ)』の手によって打ち上げられ、その中には彼の研究成果の断片が詰め込まれていた。

 

 

そしてそれはたった今『アネックス1号』よりも一足先に深緑の星へと到着し、大気圏を抜け重力の導くままに黒と緑の大地に突き刺さった。

 

 

「 じ ょ っ 」

 

 

凄まじい勢いで地面に突き刺さったそれは、『火星』の住民であるテラフォーマー数体を押し潰してしまった。彼等の臓物が苔のグリーンカーペットの上にぶちまけられる。

 

 

しかし、彼等テラフォーマーは突如飛来したそれに〝警戒〟することはあっても、同族の死を〝悲しむ〟ことはなかった。

 

 

それは当然である。彼等テラフォーマーは昆虫であり、本能はあっても感情などないようなもの。同族の死を悲しみ、涙を流すのは感情を持つ人間のみである。

 

 

「じょじょうじょう」

 

 

「じょじょ」

 

 

テラフォーマー達数体がワラワラと、警戒してその飛行物体を取り囲んだ。仲間数体の命を料金に着払いで受け取った荷物だ。中身を確認しない訳にもいくまい。

 

 

「じょ、じょ、じょ」

 

 

群がるテラフォーマー達を掻き分けて、一際(あし)が発達した個体が飛行物へと近づく。

 

 

 

 

【バグズ型テラフォーマー】

 

特性(ベース)∬『砂漠飛蝗(サバクトビバッタ)

 

 

20年前に『火星』に訪れた『バグズ2号』搭乗員の技術、『バグズ手術』を奪ったテラフォーマー側が、とある男の死体(パーツ)を使って同族に手術を施すことで誕生した個体。

 

 

テラフォーマー本来の驚異的な身体能力(スペック)に加えて、『砂漠飛蝗(サバクトビバッタ)』の強力な脚力。このことから、高い戦闘力を保有していると言えるだろう。

 

 

その個体『バッタ型』は届いた『バグズ3号(に も つ)』をこじ開ける為に、大きく右足を振りかぶった。

 

 

砂漠飛蝗(サバクトビバッタ)』の脚力は、人間大にすればビル九階を飛び越すことすら容易い。それを直撃させれば、人間3人が入れる大きさの宇宙船を破壊することなどお手の物である。

 

 

「 じ ょ っ 」

 

 

躊躇なく放たれたその蹴りは、小型宇宙船『バグズ3号』に直撃し、機体を引き裂いてしまった。すると、ひび割れた『バグズ3号』の中から一人の男が飛び出した。その光景はまるで蛹の中から羽化する昆虫のようである。

 

 

この男は、『冬木(フユキ) (コガラシ)』の手によって生み出された俗に言う〝クローン人間〟

 

 

この男の元となった原型(オリジナル)の人物の生前の記憶と、もしその男が死なずに生き残っていたのであればこう(・ ・)なっていたであろう容姿と、二十年の歳月があればいずれ彼が会得していたであろう更なる格闘技術すらもこの男は手にしていた。

 

 

生物学的にカテゴライズするならば彼は勿論人間『学名:ホモサピエンス』なのだが、彼には人間の証といっても過言ではない『意思』が欠けている。

 

 

冬木(フユキ) (コガラシ)』の目的を達成する為に原型(オリジナル)の記憶を持たされた彼ではあるが、彼の脳内は自身の『意思』ではなく冬木から言い渡された目的のみで満たされていた。

 

 

MISSION①

「『アネックス1号』の目的を徹底的に妨害すること。指揮系統を崩壊させる為に、『小町小吉』抹殺を最優先課題とス」

 

 

MISSION②

「ゴキブリに殺されることなく『膝丸燈(セ カ ン ド)』を可能な限り無傷で『地球』に持ち帰ること」

 

 

そんな体の冷たい昆虫のような彼を果たして人間と言っていいのかは疑問が残るものの、そんな事はお構い無しに、『バッタ型』は彼を〝外敵(にんげん)〟とみなして襲いかかってきた。

 

 

バッタの脚力によって放たれたハイキックは、凄まじい音を立てて空を切り裂き男へと迫る。しかし、その蹴りは男からしてみれば非常にお粗末なものだった。

 

 

自分の原型(オリジナル)となった男の出身国では、貧困層に生まれ職も学歴も無い場合、男女共に自分の身体という資本さえあれば可能な職に就くしかない。

 

 

男は『ムエタイ』

 

 

女は『売春婦』

 

 

ストリートチルドレンに生まれた原型(オリジナル)の人物は、前者だった。そしてこの男は、既に『変異』を済ませている。

 

 

「 シ ュ ッ !!」

 

 

無防備な『バッタ型』の軸足に男の蹴りが炸裂。途端に『バッタ型』はバランスを崩し、放ったハイキックは男の顔面スレスレで逸れた。

 

 

「 シッ!! シッ!! シ ッ !! 」

 

 

男は反撃の手を一切緩めない。素早いパンチ二発で更にバランスを崩した後、お返しと言わんばかりに顔面に向かって全力でハイキックを放った。

 

 

「じょっ……じょっ……」

 

 

テラフォーマーの両胸に穴が空き、更に顔面は大きく凹みひしゃげた。もし『バッタ型』が人間であったならば、この時点でダウンは必至。

 

 

幸い個体はテラフォーマーだった。痛覚など存在しない。故に、多少フラついても地面に横たわることはない。しかし、それがいけなかった。

 

 

男の軸足の地面にミシミシとヒビが入り、地砕きが発生する。一瞬のうちに過剰な程に力を蓄えたのであろう。その力の全てを自らの(あし)に乗せて、男はそれを解き放った。

 

 

 

 

 

 

          ──┐

          シ

 

          ュ

 

          ッ

         

          ! !

         └──

 

 

 

 

 

 

男の渾身の蹴りが、棒立ちの『バッタ型』の両脚に炸裂する。バキバキと嫌な音を立てて瞬く間に『バッタ型』の両脚は切り離されてしまった。

 

 

「じょっ……?」

 

 

痛覚がない故に気付くのに時間は要したが、段々と自身の身体が傾くにつれて『バッタ型』は徐々に理解した。自分の(ぶき)が失われた事を。

 

 

『バッタ型』の方が目の前の男よりも身体能力は遥かに上回っていた。しかしどうやら、『特性(ち か ら)』の使い方は男の方が2枚も3枚も上手(うわて)

 

 

目の前の男と自分の力は同質だが同格ではない。(ぶき)を失い戦闘不能になった今、この場から直ちに離脱するのが好手である。

 

 

「じょうッ……!!」

 

 

『バッタ型』は、瞬時に背面から翅を引っ張り出して高く高く飛翔した。しかし、こどもでも彼が逃げ切ることは不可能だとわかる。何故なら。

 

 

 

 

 

〝飛ぶ『害虫(ゴキブリ)』は 跳ぶ『害虫(バッタ)』の()()

 

 

 

 

 

 

男は凄まじい跳躍力で瞬時に『バッタ型』に追い付いた。そして、踵を振り下ろして『バッタ型』の身体を左右真っ二つに引き裂く。

 

 

男はそのまま重力に身を委ねて着地、それと同時に残りのテラフォーマー達を威嚇するかのように荒々しく息を吐いた。

 

 

「フシュウウウウウ……!!」

 

 

 

 

 

 

──────天災(い な ご)は再びかの領地へと送られた

 

 

 

 

クローン体『T(ティン)

 

 

名義上国籍 タイ

 

 

肉体年齢 41歳 ♂

 

 

179cm 71kg

 

 

旧式人体改造"バグズ手術"

 

 

 

 

 

───────砂漠飛蝗(サバクトビバッタ)───────

 

 

 

 

『仮定マーズ・ランキング』3位

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────最古の災厄(サ バ ク ト ビ バ ッ タ)再躍(リヴェンジ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







次回は番外編で『インペリアルマーズ』とのクロスオーバー作品です。


▽補足

スリングスパイダーについて

・最近発見された新種の生物で、正式な学名はまだ存在しませんので、作者が苦肉の策で名付けた仮名です。正式名称が発表され次第名前を更新したいと思います。

『ナゲナワグモ』と呼ばれる糸を飛ばして狩りを行う蜘蛛の上位互換で、この蜘蛛は巣をスリングショットのように飛ばして狩りを行います。



▽謎解きについて

前書きの暗号の解読法が一つとは言いません。また、これ以外にも謎を解く方法が本文中・原作中にあるかもしれません。

答えがわかっても他の読者さんが楽しむ為に感想欄に答えを書くことは控えて頂けると幸いです。もし答えが言いたくなったらTwitterかハーメルンのメッセージで直接送って頂けると嬉しいです。




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番外編 レナ「いんぺりあるにゃーず」




読む前の注意事項


・この話は、アニメ化記念としてコラボ企画のお誘いを『インペリアルマーズ』の作者さんである逸環さんから頂き書かせて頂いたものです。

当然『インペリアルマーズ』のキャラクターも出演しますが、何分人様のキャラクターですので、オレの文章ではその良さを活かせずキャラを崩壊させてしまう可能性もあります。


それでも構わぬよ!って方は美月レナと『とあるキャラ』が主役の心暖まるハートフルストーリー【大嘘】をどうぞ(^-^)/


※最後の最後に設定の矛盾は解決すると思いますが、ギャグもの?ですので設定等は特に気にすることなく気楽に読み進めて頂ければ幸いです。





 

 

 

 

とある日のとある時刻。

 

 

猫BAR『 ほたる 』

 

 

元『S(スーパー) B(バイク) K(世界選手権)』チャンプ〝天城ほたる〟と元イスラエルの兵士〝ゴッド・リー〟夫妻によりこの店は営まれていた。

 

 

一見すると何処にでもあるBARのような店構えのこの店舗だが、店の中にはゴッド・リーによって乱獲された無数の元野良猫達が「にゃあにゃあ」とところ狭しと鳴き彷徨いている。

 

 

他の所謂『猫喫茶(カフェ)』と異なるのは料金が多少優良なところと、気に入った猫がいれば料金手続きを踏んで引き取ることが出来る点だろうか。

 

 

野良猫達全員に衛生検査を受けさせるのは経営的に多少骨が折れるが、BAR(・・・)であるが故にアルコールを出した客がそのまま勢いで少し値の張る手続きで猫達を貰っていってくれるが為に店の経営は安定していた。

 

 

まさに猫好きの聖地(エ デ ン)。そんなこの店に一人の珍客が訪れようとしていた。

 

 

チリンチリン。来客を知らせるベルが鳴った途端に、店内に勢い良く飛び込んできた女性。

 

 

表情の無い瞳に、ブラウンのショートカット。髪にはいつものカチューシャを装着。

 

 

服装はいつものアーミーファッションではなく、猫を模した黒いパーカーに同色のミニスカート、パーカーの内側にはデフォルメされた猫がプリントされた白いTシャツを着用。

 

 

更にスカートから下には黒と白のしましまニーソにグレーのショートブーツと、いつもの彼女からは想像出来ないキュートなコーディネートに身を包んでいる。

 

 

 

「わしじゃよ」

 

 

NAME:美月 レナ

 

NATIONALITY:日本

 

M.O.O:〝昆虫型〟

 

BASE:『マンディブラリスフタマタクワガタ』

 

EARTH RANKING:第三位

 

THE OTHERS: 20歳 ♀ 163cm 50kg

 

 

彼女は今の出で立ち(コーディネート)から容易に想像出来るように、熱狂的な猫愛好家である。

 

 

どれぐらい猫好きかと言うと、

 

 

Q,「〝ドラえもん〟は何ですか?」

 

 

と彼女に尋ねると、

 

 

A,「どらちゃんは〝にゃんこ〟だぞ」

 

 

とコンマ一秒も要せずに素早く返して来る程である。彼女の中でドラえもんは『青狸』でも『猫型ロボット』でもなく、(にゃんこ)なのである。

 

 

今の例では彼女が猫好きなのかちっとも伝わらなかったと思うが、要するに彼女は人並み以上に猫が好きだと思って貰っていい。

 

 

そんな彼女はここの常連、いや(あるじ)と呼べる程にこの店の深みにドップリとはまっていた。

 

 

その証拠に、その(レナ)が店の入り口から店の敷居に一歩足を踏み入れたその途端、店の中に散っていた猫達が一斉に集合し、レナの歩くその先の道を整列して囲った。その中央をレナが闊歩し、BARのカウンター席へと向かう。その様子はまるで真っ二つに裂かれた海の道を渡るモーゼの如し。

 

 

この現象はこの店の他の常連客から言わせればレナにのみ可能な『(ぬこ)ロード』と呼ばれる現象らしいが、何もレナは意図してこの現象を引き起こしている訳ではない。彼女が自然体でいるだけで、自ずと猫達は彼女の元へとすり寄ってくるのだ。

 

 

その彼女がカウンター席に腰掛けた途端に猫達は何かを待ちかねるかのようにうずうずとその身を悶え身構えた。

 

 

そして、

 

 

「 お ま た せ 」

 

 

レナがそう告げた瞬間、猫達は「みぃみぃ」と声を挙げて彼女の膝や肩に飛び乗った。あっという間にレナの衣服はネコの毛だらけになる。

 

 

「あらあら。みんなレナちゃんのことが大好きなのね~」

 

 

バーテンダーのベストに身を包んだ店主〝ほたる〟はその様子を見守りつつ、クスクスと鈴のように微笑んだ。

 

 

レナが来るといつもこうだ。店内の猫という猫はみんな()()の元へと吸い寄せられ、他の常連客はただ指をくわえてそれを見守るだけの状況になってしまう。

 

 

「はいはいみんな、お客さんの所に戻ってね。じゃなきゃにぼしはお預けよ~?」

 

 

ほたるがカウンター越しに手をパンパンと叩くと、猫達は蜘蛛の子を散らすように一目散に持ち場へと戻っていった。それを見送った後に、ほたるはレナに猫の写真一覧を差し出した。

 

 

「レナちゃんは今日どの()にするのかしら?」

 

 

「〝ますたー〟の おすすめ で たのむ」

 

 

「 マスターのオススメね?アナタ、

  お・ね・が・い 」

 

 

「……面白ェ」

 

 

ほたるがその言葉を放った途端、店の奥から鋭い目付きの店主〝ゴッド・リー〟が現れた。

 

 

このような強面ではあるが、リーはこの店の経営者(マスター)である。彼は鋭い目付きで仔猫の群れの中から一匹を見繕うと、抱き上げてレナへと差し出す。

 

 

「気を付けな、パワーガール。こいつはかなりの暴れ馬だぜ」

 

 

『にーにー』

 

 

リーが差し出してきたのは、暴れ馬(・ ・ ・)という比喩とは程遠い非常に愛らしい仔猫であった。

 

 

「こいつ の なまえはなんじゃ?」

 

 

「 ……クーガだ 」

 

 

「これでくーが も810ぴきめか」

 

 

リーは、ほたるの制止も聞かずに引き取る猫全てに息子と同じ名前の『クーガ』という名前を全ての猫に名付けていた。そのせいで、クーガと呼ぶと辺り一帯の猫が一斉に振り向く現象が発生してしまっている。

 

 

最も、ほたる自身もそんな隠れ子煩悩なリーの一面を見られることに対して満更でもなさそうではあるが。

 

 

「くーがまま、この(・ ・) くーが はなんて にゃんこにゃんだ?」

 

 

レナはほたるに向かって仔猫を突き出して尋ねた。耳がつぶけた、足の短い仔猫だ。

 

 

「ああ、その子?『マンチカン』って種類の猫ちゃんね」

 

 

まん(M E N)ちかん(痴 漢)?こいつ〝ほも(・ ・)〟かよぉ」

 

 

レナの独特の感性にリーとほたるは思わず同時にずっこけた。相変わらず息子(クーガ)の仲間は個性豊かなようだ。

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

「 だいなもかんかく

       だいなもかんかく

 

 YO(よー) 

            YO(よー)

 

    YO(よー)   YO(よー) 」

 

 

 

聞き手の心まで弾ませてくれる程に御機嫌な歌声が店内を反響する。歌声の主はすっかり酒が回ってしまったレナだ。彼女はかなり酒に強い方だが、飲んだ量が量なので少しばかり頬が赤く染まっている。

 

 

BARは本来、大人の社交場であるが故にそのような歌の類は控えるべきである。しかし、ここは猫BARであるが故に「にゃーにゃー」という鳴き声が飛び交っていることに加えて、レナのキャラクター自体が常連客から名物扱いされていた為に許されていた。

 

 

「くーがまま、もう いっぱいくんろ」

 

 

「ダーメ。114514杯は飲みすぎよ?」

 

 

「……何で途中で止めなかった、ほたる」

 

 

「やん。オコなのアナタ?」

 

 

凄まじい量をレナに飲ませたほたるに、流石にリーもお冠だ。最も、リーと他の客も砂漠の地に吸収される水の如くみるみるうちにアルコールを飲み干すレナに呆気に取られ、止めるどころではなかったが。

 

 

「のみたりん」

 

 

「ごめんねレナちゃん。さっきも言ったように今日はもう飲みすぎだし、店のお酒もスッカラカンなのよ……」

 

 

かんびーる(・ ・ ・ ・ ・)でもいいからほしー」

 

 

「もう。これで最後よ?」

 

 

レナのギブミーアルCALLは留まることを知らない。ほたるはこれを最後に、という約束の元にことで店の奥の私用冷蔵庫から缶ビールを取りだした。

 

 

それを猫の形をした小さなジョッキ〝ニャンコップ〟にコポコポと注いでレナに差し出した。

 

 

「くーがまま も のんでちょ」

 

 

「あら!いいのかしら?」

 

 

ほたるも食器棚からMy〝ニャンコップ〟に缶ビールの残り半分を注ぎ、るんるんと気持ちを弾ませて自分も一杯しけこもうとレナとグラスを合わせる準備を整えた。

 

 

「それじゃあレナちゃん、かんぱ~い」

 

 

ばん()か~い」

 

 

それぞれの乾杯の音頭とチン、というガラス音が響く音と共に、二人はゴキュゴキュとビールを飲み干した。

 

 

その様子を見たリーは文句も垂れずに一人黙々と客を帰し、店仕舞いの準備を始めた。店内のアルコールも切れたことだし今日はもう店仕舞いにするしかない。

 

 

後は、レナが帰れば完全に店仕舞いだ。

 

 

「……にゃんこ」

 

 

ほたる、リー、レナ、無数の猫以外いなくなった店内に、レナのその一言は響いた。たちまち、他の客を相手していた猫軍団がレナの足元に群がる。

 

 

しかし、レナの表情はどこか曇っている。表情の変化がない為に感情の起伏がわかりづらいレナではあるが、バイクのレーサーとして培った鋭い観察眼を持つほたるはそれを見抜いた。

 

 

「……レナちゃん、何か悩み事があるなら話してくれていいのよ?」

 

 

「うん」

 

 

ほたるが尋ねると、レナは少し固めに結んだ口を徐々にほどいて悩みを打ち明ける。

 

 

「にゃんこ と びーる はおなじだ」

 

 

レナは左に抱えた仔猫と右に持ったビールそれぞれに交互に目を移しながらポツリと呟いた。

 

 

「……どういうこった」

 

 

店内の片付けをしながら会話を小耳に挟んでいたリーは、ついレナに聞き返した。猫とビール。レナからすれば両者にどのような共通点があるというのだろうか。

 

 

「びーる が のめばのむほど のどがかわくのとおんなじだ」

 

 

そう言うと、レナは足元に群がっていた仔猫達を大量に掬い上げて頬擦りを始める。

 

 

「いくら にゃんこ を かわいがったところで、わたしのこころ(・ ・ ・)はよけいにむなしくなる」

 

 

『にゃーにゃー』

 

 

「わたしは にゃんこ をかえないからな」

 

 

ほたるとリーはレナの心中を察した。彼女の名義上・事実上の家族である『サンシャイン家』は、大手食品会社である。

 

 

会社の施設に入る前に一通りの除菌作業が行われるとはいえ、万が一のことを考えたら衛生上犬や猫等のペット類を飼う訳にはいかない。

 

 

菌類は除菌作業でなんとかなるかもしれないが、ペットの毛が髪の毛に紛れこみ、施設内にそのままそれを持ち込んでしまう。

 

 

そんな万が一のことも考慮しなければ、顧客の信頼を落としてしまうのだ。

 

 

「にゃんぱす……」

 

 

レナは猫をゆっくりと抱き締める。その瞳からは、どこか哀愁が漂っていた。

 

 

そんな寂しげなレナを見て、ほたるとリーはどうにか彼女の寂しさを紛らわす方法はないものかと模索した。

 

 

「あっ……」

 

 

「……そういや」

 

 

その時、夫婦の頭上でほぼ同時にアイディアの電球が輝いた。

 

 

「レナちゃん、新猫(しんじん)の調教をお願いしてもいいかしら?」

 

 

「今朝捕まえてきたんだがよ、まだ危なっかしくて客前には出せねぇんだ」

 

 

「ぬっ?」

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

──────────────

 

 

 

 

 

 

地下室の檻の中。丁度今、冷たい金属の柱をガリガリとプレッツェル菓子のように容易く噛み潰している最中の獣がいた。

 

 

「グルルルル!!」

 

 

生物学的分類(カテゴライズ)は猫科に違わないのだが、果たして本当に彼を百獣の王である『ライオン』や、密林の王である『トラ』と同格に扱っていいかは疑問が残る。

 

 

 

 

NAME:シーザー

 

NATIONALITY:アメリカ

 

M.O.O:〝昆虫型〟

 

BASE:『ブルドックアント』

 

THE OTHERS: 7歳 ♂

 

 

 

 

種族、ライガー。

 

 

彼は動物に『MO手術』を施すという異例の試みによって生まれた生物兵器である。戦闘力は並の『MO手術』を受けた人間を容易に凌駕すると予想された。

 

 

 

 

───────その通りであった。

 

 

 

 

シーザーは凄まじい力で『害虫の王(テラフォーマー)』を駆逐し、喰らい尽くした。

 

 

人間(ヒ ト)の手に余る程の力を、彼は有していると言い切っても間違いないだろう。人智など、彼の前では容易く噛み千切られるゴム製の玩具でしかない。

 

 

まさに敵無し。

 

 

と、言いたいとこだが、彼には顕著な弱点らしきものが存在した。それは『桜 嵐』が開発した『M.O.D』や『マーズレッドΔ』等のテクノロジーの結晶の類のものではない。

 

 

もっと原始的(アナログ)で、もっと本能に呼び掛ける単純(シンプル)なもの。それは『(ごはん)

 

 

唯一無二の弱点。『(ごはん)』をくれる人にはホイホイついていってしまうのだ。

 

 

何故彼がそこにいたのかはよくわからないが、住宅街を散歩していたところをその弱点につけこまれ、驚く程あっさりとリーに捕獲される羽目になった。

 

 

それに加えてシーザーにはもう一つ弱点があった。とは言っても、その弱点は何も彼に限定したものではない。それは、生けとし生けるもの全ての弱点。

 

 

未知(きょうふ)

 

 

全く訳のわからないものに遭遇した時、人も獣も無力となる。そんな『未知(きょうふ)』が、シーザーの元へと訪れる。

 

 

「おいそこの でかにゃんこ(・ ・ ・ ・ ・ ・)

 

 

地下牢に閉じ込められていたシーザーの前に現れたのは、『地球組』のパワー&カオス担当の美月レナ。その片手には、彼女の大好物である『さけるチーズ』。

 

 

それをシーザーの前へと放り投げて、食べるように促した。

 

 

「ガルルル……」

 

 

シーザーは生まれて初めて目にする『さけるチーズ』をギロリと睨み付け、視覚だけでなく嗅覚、触覚、舌で一舐めしての味覚をも用いて吟味する。

 

 

これは本当に食えるのか、どうか。どうやら塩分濃度は自分が食むにしては少し高い気もするが、食べても安全なようだ。

 

 

シーザーがそう判断し、目の前に出された『さけるチーズ』へとかぶりついた瞬間のこと。

 

 

         

         ──┐

        

         ば

 

         か

 

         も

 

         の

       

       └──

 

 

 

 

 

シーザー君(7)の鼻頭に

    

    

 レナお姉さん (20)の怒りの鉄拳がめり込む!!

 

 

 

 

「キ゛ニ゛ャア゛ア゛ア゛!!」

 

 

レナの拳が炸裂した瞬間、シーザーは先程までの「ガルルル」「グルルル」という咆哮はどこにいったんだと言いたくなる程に猫っぽい声をあげて激痛のあまり飛び上がった。

 

 

シーザーは『ライオン』と『トラ』を人工的に掛け合わせて作られた種、『ライガー』だ。

 

 

猫科全体に言えることだが、特に彼の片親である『ライオン』は人間の十万倍神経が鼻に集中している為にその箇所への刺激に極端に弱い。

 

 

考えてもみて欲しい。そんなところにクラッシャーガール レナの鉄拳が炸裂した痛みは、人間の男性で例えるならば『金的を百回蹴られる痛み』にも匹敵するのだ。

 

 

そんな激痛を不意に受けたでかにゃんこ シーザー君は、その肉球グニグニの掌で必死にグシグシとお鼻をこすって痛みを紛らわした。

 

 

「……グルル」

 

 

暫くして痛みを引いた後、シーザーは檻の前で佇むレナから距離を取り、彼女を威嚇した。

 

 

シーザーには理解出来なかった。目の前の人間は、何故激昂し自分に拳を振るったのか。しかし、その理由は意外にもあっさりと判明することになる。

 

 

「おまえは『さけるちーず(・ ・ ・ ・ ・ ・)』を さかずに(・ ・ ・ ・)たべるつもりか?」

 

 

レナはシーザーが一度はかぶりついた『さけるチーズ』を拾い上げると、器用に裂いた。

 

 

確かに、この製品は大昔からTVCMにて『さけーばさくほどおいしーぞー』と唄われる程に裂けば裂く程に味わい深くなる食品である。その食べ方が美味しいことに間違いはない。

 

 

ただ、シーザーは獣である。人間と違って食を楽しむ文化などない。その上、自分よりも弱い人間から食事の作法を習ってやる義理はない。

 

 

故に食事を邪魔した目の前の()()に対して憤慨した。その怒りたるや、怒髪天を衝くばかり。

 

 

「ガルアアアアアアァアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

シーザーの怒号と共に、彼に装備されていた装置から『薬』が身体へと注入された。みるみるうちに、彼の強靭な身体はより強力な肉体へと変貌していく。

 

 

彼自身の『特性(ベース)』は『ブルドックアント』。

 

 

中国暗殺班『(イン)』の構成員『(シャン) 黒獣(ヘイショウ)』と同じ『特性(ベース)』である、強力無比な昆虫。

 

 

シーザーは黒獣(ヘイショウ)と異なり多彩な技こそ持ち得ていないが、少なくともスピードやパワー等の身体能力は確実に彼を上回っている。レナにとって、かつてない強敵。

 

 

「『MO手術猫(もざいくおーにゃん)』か」

 

 

レナは身体の変異から彼が『MO手術』を受けたことを察したのか、そう独特の名前を付けた後に身構えた。

 

 

かと思いきや、とても大きなゴミ袋を取り出した。どうやらこれでシーザーを迎え撃つつもりのようだ。

 

 

それを見たシーザーは、自らの血管が続けざまにブチブチと千切れていく錯覚する程の怒りを覚えた。

 

 

お世辞にも武器とは呼び難い黒いビニール袋で()()はシーザーを迎え撃とうとしているのだ。それがシーザーに流れる二種の王者の血の誇り(プライド)に泥を塗ったのだろう。

 

 

次の瞬間、脆くなっていた檻を容易く体当たりで破壊し、シーザーは一直線に駆け出した。

 

 

「グルルルルルルルルガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

自分を侮辱した人間の柔肌を切り裂く為に。

 

 

「こいでか(・ ・)にゃんこ(・ ・ ・ ・)。おまえもにゃんこならこれ(・ ・)によわいはずだぞ」

 

 

刹那、レナは迫るシーザーに向かってゴミ袋の中身をぶちまけた。

 

 

 

 

 

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シーザーの鼻腔の中を、レナがゴミ袋の中から解き放った物質が支配した。彼は途端にそれこそ〝借りてきた猫〟のように大人しくなった。

 

 

「…………?」

 

 

シーザーは、自らを怒り狂わせた張本人であるレナが目の前で佇んでいるにも関わらず、彼女に構うことなくその肉球ハンドでゴミ袋を小突いた。

 

 

その後に、ゴミ袋の中に鼻を突っ込んでクンカクンカと中身を吟味する。一体自分の怒りを半ば強制的に鎮めたこの物質は一体なんなのだろうか。

 

 

シーザーは「なんなのこれ?」と言わんばかりにタンタンとゴミ袋を叩きつつ、レナを見上げて声なき疑問を呈した。

 

 

またたび(・ ・ ・ ・)だってばよ」

 

 

『またたび』

 

     『MATTABI』

 

 

 

木天蓼(またたび)。猫に対する最終兵器とも称される植物。

 

 

効能、猫科の生物に対する強い恍惚感。

 

 

体積に比例してその個体に見合っただけの量の『またたび』が必要になるが、シーザーの体積に対してはゴミ袋いっぱいの量で事足りたようだ。

 

 

(にゃんこ)好きであるレナだからこそ思い付いたエキセントリックな奇策。だがしかし、ここでレナは止まらない。さて、ここで少し話は脱線する。

 

 

レナは『ミッシェル・K・デイヴス』と同じくその自慢のパワーを活かしたパワーファイターではあるものの、彼女(ミッシェル)と比べると純粋な(パワー)という一つの側面においてどうしても見劣りする。

 

 

それは本人自身の身体能力的な意味でも、適合した『特性(ベース)』的な意味でも、どちらの意味でも言えることである。

 

 

『レナ』が『ミッシェル』にパワーで勝つことは叶わない。『クワガタ』が『アリ』を力だけで制することも叶わない。

 

 

しかし、『レナ』と『クワガタ』が『ミッシェル』と『アリ』を上回る点が存在した。

 

 

(パワー)の扱い方〟である。

 

 

その一点でのみ、(パワー)という側面において『レナ』と『クワガタ』は『ミッシェル』と『アリ』を凌駕していた。

 

 

レナは、自らの攻撃スピードが特筆する程素早くないことを十二分に理解している。故に、自らの(パワー)をぶちかます為の術を持ち得ている。

 

 

それは例えば、彼女自身が得意としている軍用格闘技全般で用いられるフェイントやカウンターであったり、民間護身術で用いられるような、物で相手の注意を逸らし反撃するという初歩的なものだったりする。

 

 

話は戻るがたった今シーザーに用いたのは、後者の術。つまり、(マタタビ)で注意を逸らすだけでとどまる筈がない。

 

 

おちろ(・ ・ ・)

 

 

いつの間にか『薬』によって変異を済ませたレナの腕が、まるで獲物を仕留めるアナコンダの如くシーザーの首回りに巻き付き、凄まじい力で締め上げた。

 

 

先程までの臨戦態勢のシーザーならば容易に避けられただろうが、マタタビに気が傾いていたシーザーではレナの絞め(ロック)を回避することは叶わなかった。

 

 

「ガッ!?」

 

 

シーザーは直ぐ様彼女を振りほどこうと狂ったように体全体を振り回しレナの絞め技(チョークスリーパー)からの脱出を試みるが、何故かレナをふりほどけない。

 

 

「ギャッ!!」

 

 

何度も。

 

 

「カッ゛!!」

 

 

何度も。

 

 

何度も、何度も。

 

 

力で上回る筈のシーザーが何度暴れても、レナは振りほどけない。それどころか、首回りを締め付ける力は秒を刻むごとに増幅する一方だった。

 

 

まるで、それこそ人間大の『クワガタ』に首を挟まれてるかのような錯覚にシーザーは襲われた後、その意識を闇に落とした。

 

 

おちたな(・:・ ・ ・)

 

 

シーザーの意識が落ちた(・ ・ ・)ことを確認すると、レナはシーザーの巨体をズルズルと引きずって固定具にその体を固定した。

 

 

 

 

 

 

 

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「ニ゛ャウ゛ウ゛……」

 

 

シーザーはまるで家猫のような鳴き声を上げて目を覚ました。辺りを見渡すと先程自分を気絶に追いやったレナと、暫く彼に餌を与えていた『ゴッド・リー』と『天城ほたる』夫婦が自分を見ながら何やら話し合っているのが視界に入った。

 

 

「まぁまぁ。レナちゃんってば喧嘩してあの子に勝っちゃったの?」

 

 

「ふっふっ。なしとげたぞ」

 

 

右腕を振り上げあたかも完全勝利したかのようなガッツポーズをキメるレナを見て、シーザーは歯軋りをした。

 

 

まともにやり合っていたらシーザーにも勝ちの目はあったのかもしれないのに、『マタタビ』なんていうリーサルウェポンを使われて勝利をあっさりともぎ取られたからだ。

 

 

故に、抗議の意をすぐさま唱えた。

 

 

「ニャウッ!ガウッ!!」

 

翻訳『ノーカンだよ!ノーカン!!』

 

 

しかし悲しいかな、彼は猫科動物。どれだけ「ニャンニャンガウガウ」言ってても人間にその意図を正しく伝えることは困難だ。

 

 

「あらあら。何か言ってるみたい」

 

 

「〝きょせい〟してくれっていってるぞ」

 

 

「ブニャアゴ!!」

 

翻訳『そんなこと言ってないもん!!』

 

 

シーザーは彼女達にガウガウ吠えて抗議する最中、自らの四肢が拘束されていることに漸く気付く。

   

 

そして、それに気付いた時には既にレナが何やら怪しい道具入りのバッグを携えてシーザーの側で佇んでいた。

 

 

「おまえを〝げーじゅ(・ ・ ・ ・)つひん(・ ・ ・)〟にしてやる」

 

 

そう言うとレナは、何かを取り出そうとスポーツバックの中をゴソゴソと探り始めた。四肢を拘束されている上に、横には何やら怪しい動きを見せるクレイジーサイコチーズ女であるレナ。

 

 

これからレナの手によって自らの身に起こることを想像したシーザーの野生の勘は、ドンドンと悪い方向に想像を膨らませていった。

 

 

想定ルート①

『本当に去勢される』

 

想定ルート②

『ゾイドに改造される(シールドライガー)』

 

想像ルート③

『お髭を抜かれる』

 

 

 

「ブニィイイイ……」

 

翻訳『お髭は嫌だよう……』

 

 

シーザーは頭を伏せて瞼をギュッと閉じながら、まるでYou Tube 動画で時折見掛ける子猫の声を出すチーターのようにか細い声でこの最悪の状況を嘆いた。

 

 

悪夢だ。『さけるチーズ』の食べ方ぐらいで自らの鼻頭をぶったレナならばどれもやりかねない。

 

 

そんな風にシーザーが自らの未来を憂いていた時、先程は変異したレナの剛腕が巻かれたシーザーの首回りに『とあるもの』が巻かれた。

 

 

「…………?」

 

 

首回りに巻かれた妙な感触に、シーザーは首を傾げて立ち上がった。すると、〝チリン〟という音色が彼の首元で鳴いた。

 

 

「ほれい」

 

 

レナがスポーツバックの中から取り出した鏡によって、シーザーは彼女に巻かれた首回りの妙な感触の正体を知ることになった。

 

 

それは鈴付きの『首輪』。鈴付きで、モコモコした素材で出来た『首輪』。シーザーが身体を揺らす度に、鈴はチリンと音を立てる。

 

 

「ふっ、似合ってるぜ猫公(にゃんこう)

 

 

「あらあら!とっても可愛い!」

 

 

リーとほたるからの誉め言葉に、シーザーはテレテレと頬を赤くした後に、その照れを隠すようにシペシペと拘束された腕の部分を舐めて毛繕いをした。

 

 

そんなシーザーの様子を見たレナは、先程までのデタラメに暴力的なボディタッチとはうってかわって、まるで家族に接するかのようにフランクな感じでシーザーの頭をポンポンと叩いた。

 

 

「きにいったか?『しざえもん』」

 

 

「ガルァ!?」

 

 

翻訳『なんだそのお名前!?』

 

 

シーザーは突如名付けられたキテレツな名前に目を白黒させた。

 

 

「『しざえもん』?」

 

 

「うん。こいつのなまえは『しーざー』だから『しざえもん』だぞ」

 

 

レナは首を傾げるほたるに、シーザーの装備品についていた鉄製のネームプレートを引きちぎって投げた。

 

 

ほたるがそれを掌に納めて掘られた文字を確認すると、確かに『シーザー』という名前がアルファベットのスペルで掘られていた。

 

 

もしここにリーとほたるの息子であるクーガが居合わせたならば「それなら『シザえもん』じゃなくて『シーザー』で良くね?(ド正論)」と突っ込んでいただろうが、何分彼は不在だ。

 

 

「なるほどね、『しざえもん』。いいお名前ね、アナタ」

 

 

「『クーガ811号』にしようかと思ってんだがそいつも乙かもな」

 

 

リー夫妻には恐ろしい程のスピードで受け入れられてしまった。そして当のシーザー本猫(ほんにゃん)も、『クーガ811号』になるぐらいなら『しざえもん』でいいですと言わんばかりにブンブンと首を振った。

 

 

こうして、彼の調教係を任されたレナと『しざえもん』ことシーザーの日々が半ば強制的に始まった。

 

 

 

 

 

 

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──────2週間後

 

 

 

レナとシーザーはスーパーマーケットの卵売り場にて、無数の無精卵のパックと向き合う。

 

 

「しざえもん、やせー(・ ・ ・)のかんをはたらかすのじゃ」

 

 

シーザーはその言葉にコクリと頷くと、無数の卵とにらめっこを始める。そして、その中から一つのパックに狙いを定めて肉球グニグニの猫ハンドでタッチした。

 

 

「ガニャ!!」

 

翻訳『これ!!』

 

 

「〝これ〟だな?」

 

 

レナはシーザーが狙いを定めた卵パックを手に取ると、彼へとまたがってレジに向かう。

 

 

利用客は皆一様にシーザーを見て度肝を抜かれたように恐怖し、中には気絶する者すらもいたが、レナとシーザーはそれを一切気に止める様子もなく会計を済ませて店を出た。

 

 

「しざえもん、わたしは ねる から よりみち(・ ・ ・ ・)しないでかえるんだぞ?」

 

 

レナはシーザーにそう告げると、彼の背中にバタリと倒れこんでクークーと眠り始めた。

 

 

そうするとシーザーは『猫バス』扱いされて溜め息をつきつつも、レナをふるい落とすことなくそのまま帰路についた。

 

 

上下関係をハッキリする為とはいえ彼を初対面時に全力で絞め上げたレナであったが、その後のシーザーに対する対応はまるで仔猫を可愛がるように暖かなものだった。

 

 

一日中公園で遊んだり、彼の為に手の込んだものを振る舞ったりと、どちらかというとペットというよりも家族としてレナはシーザーと接していた。

 

 

それが、シーザーには心地良かったのかもしれない。実験動物として生まれた彼は、家族の温もりに触れることがお世辞にも多いとは言えなかったからだ。

 

 

そのせいか、もしくはレナが猫科動物に好かれる性質故か、シーザーは彼女とのコミュニケーションを嫌がらなかった。

 

 

最も、『さけるチーズ』の食べ方になると人が変わったように鼻を殴ってくるのだけは勘弁だが。

 

 

「しざえもん、もふもふ」

 

 

寝ぼけながらわちゃわちゃと脇腹を撫でてくるレナの手つきに、シーザーはくすぐったそうにゴロゴロと喉笛を鳴らした。

 

 

そんな仲睦まじい一人と一匹の前に一人の人物が立ち塞がった。爪先から頭のてっぺんまでどこか品格と野心に溢れている人物だ。

 

 

 

「……おい。起きろ」

 

 

「もうたべられにゃいぞ」

 

 

「ベタな寝言言ってる場合じゃねぇ!!」

 

 

その人物がレナの目を覚まそうとチョップを放とうとした瞬間、

 

 

「グァルルルルルル!!」

 

 

シーザーはその人物を全力で威嚇した。

 

 

「ギャアアアア!!」

 

 

シーザーの咆哮を浴びたその人物は、腰を抜かしてひっくり返ってしまう。

 

 

「うるさいぞ、しざえもん」

 

 

同時に、シーザーの雄叫びでレナはグシグシと瞼をこすりながら目を覚ました。そんなレナの視界に、彼女の顔見知りがひっくり返ってる姿が映る。

 

 

いや、レナと彼は正確に言うと通信機越しに会話しただけなのだが、お互いの顔写真ぐらいは見たことがある。

 

 

「……おまえは」

 

 

「イテテテ……畜生、腰痛めちまった」

 

 

「 あなきん(・ ・ ・ ・) 」

 

 

「 ルーク(・ ・ ・)だ!! 」

 

 

顎髭を蓄えたスーツ姿の老紳士。彼の頭は物凄くキレるのだが、色々と残念なのは否めない。

 

 

 

『ローマ連邦首脳』

    『ルーク・スノーレソン』

 

 

何故一国の首脳である彼がこんなところにいるのか。事の起こりは一週間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

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火星に投入予定の生物兵器『シーザー』が逃げ出した。逃げ出した先は判明しているものの、U ーNASA に強い怨みを持っている『ゴッド・リー』が滞在しているのでそんな危険な場所に弟である『六嘉』や『七星』を行かせる訳にはいかない。

 

 

だからこの中の誰かが行って交渉し、シーザーを連れ返って欲しい。流石に一国の首脳が赴けば『ゴッド・リー』も折れてくれるだろうから。

 

 

そんな話題(トピック)が、首脳会議の場にて『日本国首脳』である『蛭間一郎』から放り投げられた。

 

 

「……真顔で弟を甘やかすな」

 

 

ルークが僅かに遅れてツッコんでも尚、蛭間一郎はそれを聞かなかったことにして話を続ける。

 

 

「誰かシーザー君を引き取りに行ってくれる殊勝(・ ・)首相(・ ・)はいますかね?」

 

 

一郎がそう発言した途端、ルーク以外の四カ国の首脳全員が一斉に挙手し、魔の一言を放つ。

 

 

 

「「「「じゃあ私がやりましょう」」」」

 

 

 

一聞すると、一国首脳が自ら雑務に飛び込みに行く愚かな行為に見える。しかし、ルークの頭の回転は速い。すぐさまこの状況を理解した。

 

 

(こいつらやりやがった畜生!!こいつはあれだろ!?最後に手を上げた奴が「どうぞどうぞ!!」って担がれて貧乏クジ引かされる奴だろ!?そんな大昔のジャパニーズコメディアンが使ってたテクニックこんな場所で使うなっての!!

 

しかし使われちまったもんは仕方ねぇ……どうする……!!残ってんのはオレと蛭間だけ!!先に手ェ上げなきゃデカネコ引き取りに行かされちまう!!

 

行く!行くしかねぇ……!!オレの肝っ玉を倍プッシュ!!手を!上げる!!蛭間一郎よりも先に!そいつがオレに唯一残された最善で最優で最良の勝利へのウイニングロード!!)

 

 

「じゃあ私がやりましょう!!」

 

 

ルークは天井を突き破らんばかりの勢いで挙手した。当然、一郎よりも先に。これで、最後に手を上げた一郎が「どうぞどうぞ」の餌食になる算段だ。

 

 

ドクン、ドクンと脈をうち、ルークの胸の奥で若かりし頃サッカーの試合中に自らのシュートでホイッスルと共に試合の勝敗を決めた時の感覚が甦る。

 

 

確かな勝利への手応え。完全勝利したルーク君UC。

 

 

しかし、掴んだ筈のその勝利の感覚は音も立てずにルークの掌の中で霧散することになる。

 

 

一郎の挙手を待たずして、いやそれどころか一郎も含めた首脳陣五人が声を揃えて

 

 

「「「「「 どうぞ どうぞ 」」」」」

 

 

とルークの挙手と共に言い放ったのである。

 

 

「ファッ!?」

 

 

お約束無視の大暴挙に、ルークはつい間抜けな声を発してしまった。そしてすぐさま頭脳をフル回転させ、結論へと瞬時にたどり着いた。

 

 

恐らく自分はハメられたのだ。最初から、そういう算段だったのだ。

 

 

ルークは自覚していた。この首脳陣の中で自分の役回りは間違いなく『いじられキャラ』であると。故に、雑務を押し付けられるのも当然と言えるだろう。

 

 

(チキショウ中国首脳の野郎……オカズノリみてぇな眉毛しやがって……日本の蛭間一郎、テメェその若さで首脳になるだけあってやること汚ねぇわ、うん。

 

 

アメリカのグッドマンさんよ、アンタも全然グッドじゃねえわ。バッド(・ ・ ・)マンに改名しろよ。そんでドイツのペトラ。二十年前だったらお前なんかベッドの上であんなことやこんなこと…………つうかロシアのスミレフ!!テメェ顔の掘り深すぎるんだよ!!お前はあれか!?

 

小学生の頃大して使いもしないのに買わされた彫刻刀セットもて余して自分の顔面の掘り深くしたのか!?でなけりゃその掘りの深さ説明出来ねぇよ!!

 

あーもー!!とにかくお前ら全員大嫌いだ!!ちったぁ年寄りを労りやがれってんだこのすっとこどっこい共が!!)

 

 

そんな風にルークが脳内で他の各国首脳を散々こき下ろし終えた時には、ルーク以外の首脳陣は全員退席を済ませていた。

 

 

「 チキショウ!! 」

 

 

ルークの叫びは虚しく空間に響き、秘書以外の誰の耳にも届くことなく空気に溶けてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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「るーくもたいへんだな」

 

 

「ガウニャウ」

 

 

「残念美人と猫科動物からの労いでも染みるぜうぅ……」

 

 

ルークがレナと共にシーザーの背中で揺られながらここに訪れるまでの経緯を話すと、彼等から労いの言葉をかけられた。気苦労が絶えないせいか、やけに彼等の言葉が心に響いた。

 

 

「オレのこと苦労人だと思うだろ?」

 

 

「うん。るーくえらい」

 

 

「って訳でよ、お嬢ちゃん。このデカネコをオレに」

 

 

「しざえもん はわたさないぞ」

 

 

「……取り付く島もねぇな」

 

 

ルークは要求をピシャリと断られて深い溜め息をついた。十中八九、レナはシーザーに愛着が湧いてしまったのではないだろうか。

 

 

「かせいはあぶないとこなんだろ?そんなとこにしざえもんはいかせないぞ。 しざえもんはこれからも おいしいもの をたくさんたべて まいにちあそぶんだ」

 

 

ルークの予想通り、レナとシーザーの間には絆に近いものが生まれてしまっているようだ。絆の芽生えた者同士を引き剥がすもの程、困難で後味の悪い仕事はない。

 

 

『ゴッド・リー』の説得も含めると、今回の件は相当難航しそうだ。

 

 

 

 

 

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数十分後、猫BAR『 ほたる 』にて。

 

 

 

「まあ。そういうことだったんですか……怒った時変身しちゃうから妙な猫ちゃんだとは思ってたんですが……」

 

 

「フン、そういうことなら仕方ねぇ。連れていきな、ジェダイナイト」

 

 

「だからスカイウォーカーじゃねえっての……」

 

 

『ゴッド・リー』と『天城 ほたる』夫妻に事情を説明すると、意外にもあっさりと提案を受け入れてくれた。

 

 

ゴッド・リーは火星で上顎をテラフォーマーに持ってかれて以来U -NASAを怨んでいると聞いていたのだが、そんな様子は見受けられなかった。

 

 

それどころか、

 

 

「U -NASAの連中に憤っちゃいるが怨んじゃいねぇぜ。あいつらに俺の息子は世話になったし、聞いたところによるとその息子の大恩人のサムライ(小 町 小 吉)はU -NASAのお偉方になってるそうじゃねぇか。これでU -NASA を責めたらそれこそまた息子に嫌われちまう」

 

 

という人格者的発言が彼の口から飛び出した時点で、ルークの中で

 

 

(あれ?これオレが来なくても説得出来たんじゃねぇの?)

 

 

という疑念が過るが、それに気付いてしまうと自暴自棄になってしまいそうなので彼は自分自身の思考に慌てて蓋をした。

 

 

「い、いやはやご理解頂けて非常に光栄です。しかしその……そちらのお嬢さんは納得して頂けないようで……」

 

 

ルークがチラリと覗いた先には、レナがシーザーに抱き付きながら感情のない迫力に欠ける瞳でこちらをキッ、と睨んでいる様子が映った。

 

 

「しざえもん は わたさないざます」

 

 

「そうよね……レナちゃんはしざえもんちゃんを弟みたいに可愛がってたから簡単には離れられないわよね……」

 

 

「……しかし元々は俺達の責任だ。俺達がネゴシエーションするしかねぇだろうが、ほたる」

 

 

リーとほたるは悩んだ。元々、猫を飼えないレナの為に自分達が彼等を引き合わせたのにその絆を引き裂くのはあまりに残酷だ。その残酷なことを、これから自分達は行わなければならない。

 

 

シーザーの事情を知らなかったとはいえ、責任は自分達夫婦にあるのだから。

 

 

「俺達がパワーガールを説得してくる。〝一時間で戻るぜ〟」

 

 

「こーら。アナタが〝それ〟を言ったら死亡フラグだから言わないの。ルークさんはお店の猫ちゃん達とご自由に遊んでいて下さい!」

 

 

「えっ、ちょ?奥さん?ご主人?」

 

 

リーとほたるはルークにそう言い残すと、レナとシーザーを連れて地下室へと入っていってしまった。

 

 

途端にルークのどこか憎めない人柄を見抜いたのか、『ニィニィ』と店中の仔猫が警戒心0の瞳を剥き出しにして集まり、あっという間に彼の全身を猫の毛だらけにしてしまった。

 

 

 

 

 

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広い地下室の空間にて、リーとほたるはレナと向き合った。ほたるはレナの手をゆっくりと包み込み、我が子に語りかけるように穏やかな口調で語りかけた。

 

 

「レナちゃん。色々言いたいこともあるかもしれないけど、これから私達がするお話を聞いて欲しいの」

 

 

「……うん」

 

 

レナはほたるの語り口から何かを察したのか、シーザーにチラリと目を配った後俯き気味にほたると向き合った。

 

 

ほたるの方もそんなレナの様子に忍びない様子でギュウと口を結んだ後、間を置いて口を開いた。

 

 

「……ごめんね、レナちゃん。私もしざえもんちゃん と貴女を引き離したくなんてない。でもね、いつか無理矢理離ればなれにされちゃう時が絶対に来ちゃうの。それも、そう遠くないうちに」

 

 

ほたるのレナの手を包み込む力が強まる。それに気付いたレナは俯いていた頭を上げてほたるの瞳をふと覗くと、彼女の瞳から涙がこぼれていることに気付いた。

 

 

いつも笑っていたほたるが涙を流していることに、レナは酷く動揺した。

 

 

「その時、貴女もシーザーちゃんもきっと心の準備なんか出来ないままお別れさせられちゃう。

 

そんなお別れの仕方がどんなに辛い想いをすることになるかわかってるからこそ、貴女達にはそんな想いをして欲しくないの」

 

 

「……あ」

 

 

レナはほたるが涙を流している理由に気付いた。ほたるはレース中の事故で命を落とし、彼女の息子であるクーガに別れも告げられぬまま命を落としてしまったのだ。

 

 

幼い息子を残して死んでしまった母親の悲しみは、計り知れない程深く悲壮なものだろう。それも、心の準備も出来ないまま去ってしまったのでは。

 

 

「勝手で無茶苦茶なお願いだけれど、貴女にはしざえもんちゃんにきちんと心の整理をつけてからお別れして欲しいの。……ごめんね、ごめんねレナちゃん」

 

 

ほたるは静かに涙を流しながらレナをそっと抱き締めた。もしかするとレナをクーガと重ね合わせているのかもしれない。

 

 

ほたるの気持ちを察したのか、レナは何も不満を漏らすことなく、どこか寂しげな瞳でシーザーを横目に納めた。

 

 

 

「ほたる、もういい。パワーガールにお前の気持ちは伝わった筈だぜ。向こうで休んでな」

 

 

「……ごめんなさいアナタ」

 

 

リーは妻であるほたるの頭をポンポンと叩くと、僅かに瞳を泣き腫らした彼女の手を引いた後、椅子へと座らせた。すると今度は、彼自身がレナへと語りかけた。

 

 

「パワーガール、当然まだ充分じゃねぇがほたるからの言葉で覚悟は決まったみてぇだな」

 

 

「……うん、くーがぱぱ」

 

 

レナは力無く悲しげに頷いた。そんなレナを見て、リーは深い溜め息をついた後に彼は口を開く。

 

 

「知ってると思うが、俺やほたるが息子(クーガ)にしてやれたことは少なかった。ほたるはともかく俺に関しちゃ何もしてやれなかったしな」

 

 

リーの口振りからも、表情にこそ出てないが僅かに悲しげな感情がレナに伝波したかと思いきや、次の瞬間リーの口から飛び出したのは非常に力強い言葉だった。

 

 

「だがな、パワーガール。〝何もしてやれなくても何かを託してやることならできる〟」

 

 

「なにかをたくす?」

 

 

「そうだ。嬢ちゃんが(にゃん)(こう)にくれてやった『鈴付きの首輪』みてぇな〝物〟もそうだし、もう一つだけあるぜ。何か解るか?」

 

 

レナがそれに首を傾げると、リーは自身の胸をトントンと叩きレナに答えを返した。

 

 

「嬢ちゃん自身の〝気持ち〟だ」

 

 

「……もちもちしたやつか?」

 

 

「そいつは〝おもち(・ ・ ・)〟だぜ。嬢ちゃんにだってあるだろ?誰かから言われたままずっと胸に残った一言が」

 

 

レナは、ふと自分の義理の姉であるアズサから言われた遠い日の一言を思い返す。

 

 

 

 

──────レナ、あたくしのこと本当のお姉ちゃんだと思って甘えてもよくってよ?

 

 

 

 

アズサからのあの一言は、身寄りのない自分からしたらとても嬉しい一言だった。ああいう胸に残る一言を、〝気持ちを託す〟と言うのだろうか。

 

 

「綺麗事なんて言われちまったらそれまでだがよ、真っ直ぐな気持ちってのはいくら時間が経っても錆びねぇでそいつの心の中に残るもんだ。

 

だからその(にゃん)(こう)にもお嬢ちゃんから何か託してやんな」

 

 

リーが告げた一言をレナは何度も反芻した後、シーザーの頭をクシャクシャと撫でる。シーザーは、不思議そうにレナを見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

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その晩のこと。

 

 

レナはシーザーとの思い出作りの為にリーとほたる、ルークも強制連行して星の見える広い河川敷で食事することになった。

 

 

アウトドアの食事なので簡素なものになるかと思われたが、元軍隊のレナのサバイバル術と(無駄に)高い料理の才能のお陰で豪華な食卓が展開された。

 

 

「しざえもんがすーぱーでえらんだ〝たまご〟、ぜんぶ ふたご(・ ・ ・)のたまごだったぞ」

 

 

レナがボウルの中の生卵を見せると、確かに全ての卵の卵黄が2つずつ結合していた。

 

 

「野生の勘すげぇなオイ!!」

 

 

「これで しざえもんも たべられる とくだいけーき(・ ・ ・)をつくります」

 

 

「ニャウ!!」

 

 

すっかり仔猫のような鳴き声で喜ぶようになってしまったシーザーを見て、ルークは苦笑した。本当にこれで火星にて活躍することなど出来るのだろうか。

 

 

「よーし、それじゃあ るーくもまじえて びーるでばんかい(・ ・ ・ ・)するぞ」

 

 

「えっ!?オレもか!?」

 

 

「それじゃあ ばん()かーい」

 

 

「「「乾杯!!」」」

 

 

レナの音頭に合わせてほたるとリー、なし崩し的にルークも缶ビールを重ね合わせ後、

 

 

「ガウガーウ!!」

 

 

翻訳『ばん()かーい!』

 

 

と、ミルクの皿を舐めていたシーザーまで乾杯に参戦したところで夜空の下の晩餐は開始された。

 

 

後はなるようになるもので、最初は無理矢理付き合わされていたルークも酒が入るに連れて段々と満更でもなさそうな面持ちになってきた。

 

 

「しざえもん、ごちそー たくさんよういしたからたんと(・ ・ ・)くえ」

 

 

そう言われるとシーザーは、たくさん並ぶ食材の中から一つの食品を肉球に挟んで手元に寄せた。選んだのは意外にも『さけるチーズ』だった。

 

 

「……さいて(・ ・ ・)食えんのか?それ」

 

 

酒で頬が僅かに染まったルークも、リーとほたるもシーザーの選択に首を傾げた。少なくとも彼の肉球グニグニの手では厳しいと思うが。

 

 

かと思われた丁度その時、シーザーは爪を一本 チキーンと出現させてチーズのパッケージを裂いた後に、チーズを爪で少しずつ削っていく。

 

 

すると、少しずつ『さけるチーズ』が枝分かれして裂けていく。その様子は、まるでカツオ節を削る日本の職人を連想させた。

 

 

数十秒後、シーザーの眼前には棒状のチーズとしての原型をなくした無数にさかれた『さけるチーズ』だけが残っていた。

 

 

「うちのしざえもんは てんさいざます」

 

 

レナがいつの間にか取り出したダテ眼鏡を得意気にクイッと鼻筋に沿って突き上げると、

 

 

「ガルォオオオオオオ!!」

 

 

シーザーは二週間前に自らを苦しめた食材、『さけるチーズ』 についに勝利出来た嬉しさのあまりに天高く雄叫びをあげた。

 

 

「すごい!すごいわ しざえもんちゃん!」

 

 

(にゃん)(こう)に仕込んだパワーガールも大したもんだぜ」

 

 

「『さけるチーズ』をきちんと裂いて喰うライガーとか初めて見たぜ…………」

 

 

パチパチとレナとシーザーへ暫く拍手が送られた後に晩餐は再開される。

 

 

暫く時間の経った宴もたけなわという頃にもなると、酒に異常に強いレナ以外は酔い潰れてしまった。

 

 

「……凄いわぁアナタ……過酸化水素+ハイドロキノン=ベンゾキノンなのねぇ……むにゃむにゃ」

 

 

「先手必勝……ヒック」

 

 

「ローマが利権を握るチャンス……ウエップ……」

 

 

三人がすっかり酔い潰れたことを確認すると、レナはご馳走にがっつくシーザーの隣へと腰を降ろし、彼の背中をツンツンとつついた。背中をつつかれたシーザーは、不思議そうにレナの方向に首を向けた。

 

 

不思議そうにこちらを見つめるシーザーをよそに、レナは夜空に輝く深緑の星、『火星』を指差した。

 

 

「しざえもん、おまえはあそこにいかなきゃならないんだ」

 

 

「ブニャ?」

 

 

シーザーは「何で?」と首を傾げた。

 

 

「わかんない」

 

 

レナはシーザーの声無き疑問に答えられずに、ただただ彼の頭を優しく、本当に優しく撫でた 。理由はわからないけれど、とにかくシーザーは連れていかれてしまう。それが余計にレナの胸を締め付けた。

 

 

チリン、チリンとシーザーにつけてやった首輪の鈴が夜風に吹かれて鳴る度に、その感情は増幅する。気付くと、滅多に涙を流すことのないレナの瞳から静かに涙が伝い、シーザーの頭にピチャンと垂れた。

 

 

「しざえもん かせいに いっちゃいやだ。かせいは こわいとこなんだぞ。ごきちゃん(・ ・ ・ ・ ・)みたいな やさしいごきぶり なんていないんだぞ」

 

 

ぎゅう、と力強く自らを抱き締めながらその涙で毛皮を濡らすレナを暫く見つめた後、シーザーはシペシペと彼女の頬を伝う涙を舌で舐めとった。

 

 

更にその後、レナに腹部を見せる形で倒れこみ、ゴロゴロと心地よさそうに唸りながら肉球グニグニの掌でレナの頬をペチペタと叩いてじゃれついた。まるで仔猫のようなその様子。きっと自身を元気付けようとしてくれているのだろう。レナはシーザーの行動をそう汲み取る。

 

 

「……しざえもん の あまえんぼ」

 

 

レナはシーザーの頭を自らの膝に乗せてその頭を暫く撫でた後、自らの気持ちを固めて口を開いた。

 

 

 

「もしかえってこれたら、わたしがめんどうみてやる。 しんじゃったら またにゃんこにうまれかわれ。 まいにち おいしーものたべながらあそぼ」

 

 

 

 

レナがシーザーに伝えた言葉は、なんだか稚拙で不恰好な言葉。しかし、つぎはぎでも真っ直ぐな言葉だからこそ、その真意は正しく相手に伝わるものだ。

シーザーはレナからの言葉にキョトンとした後、再びゴロゴロと嬉しそうに鳴き始めた。そんなシーザーをレナはこれでもかという程に強く暖かく抱き締めながら更なる言葉を紡いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずうっと ともだちだぞ、しざえもん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

 

 

「目を覚ましなさいレナ!!」

 

 

 

 

レナちゃん(20)のほっぺに

 

 アズサお姉ちゃん(20)のビンタがクリティカル!

 

 

 

 

「ぎゃふーん」

 

 

レナはアズサのビンタ受け、ごろごろと転がった後にパチリと目を開ける。そこには、正座で心配そうにこちらを見つめるアズサ、クーガと唯香、それに加えて『ゴキちゃん』と『ハゲゴキさん』の姿があった。

 

 

遠目には、アズサが毛嫌いしているユーリの姿も確認出来る。

 

 

そんな光景に、レナは首を傾げた。

 

 

「……? 『しざえもん』 は?」

 

 

「『しざえもん』?中国製のドラえもんか?」

 

 

「ちがうぞ。でっかいにゃんこだぞ。くーがぱぱ と くーがまま もいたんだぞ。ついでにるーく(・ ・ ・)も」

 

 

レナの言葉に皆一様に首を傾げた。それと同時に、レナ自身も自分がおかしなことを言っていることに気付いた。クーガの両親が生きている筈がないのだ。

 

 

レナが倒れていた方向にある仏壇に飾られている、クーガの両親『ゴッド・リー』及び『天城ほたる』の遺影がそれを物語っていた。それと同時に、段々と記憶も芋づる式に蘇ってきた。

 

 

テラフォーマー生態研究所『第四支部』で共同生活を送ることが決まり、自分とアズサの荷物を運び出している最中、つい小腹が減ったもので仏壇に供えられていた【唯香特製梅干し】をつい出来心でつまんでしまったのだ。

 

 

それがいけなかった。

 

 

【唯香特製梅干し】は不味いという次元を通り越して兵器にも匹敵するとクーガやゴキちゃん、ハゲゴキさんが豪語していた曰く付きの代物だ。

 

 

仕事も出来て料理も万能な唯香がそんな産業廃棄物を生み出す筈がないと高をくくってつまんだ結果、レナの口の中で味覚のアルマゲドンが起こったのだ。そのあまりのショックでレナは気絶、というのが事の顛末。

 

 

レナは、ようやく状況を掴んだ。

 

 

クーガの両親が生きてる筈もないし、 ましてやシーザーなんて実験動物も存在しないのだ。全ては所謂『夢落ち』、一時の夢。シーザーとの思い出は、全て夢の中で起きた架空の出来事。

 

 

シーザーはいないのだ。

 

 

「…………しざえもん」

 

 

 

「ふえっ!?レナちゃん!?」

 

 

シーザーとの記憶をなぞる度に一滴、また一滴とレナの瞳から涙がポロポロとこぼれた。それを見たユーリ以外の一同はアタフタアタフタ何事だ、何事だとパニックに陥った。

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

 

───────その夜

 

 

レナの『夢』の話を聞いた一同は、必死に泣きじゃくるレナを(なだ)める為に夜まで奮闘した。

 

 

唯香はレナの手を握りながらじっくりと話を聞いた上で慰め、クーガ、ゴキちゃん、ハゲゴキさんは『進撃の巨G』なる持ちネタを披露してレナを必死に笑わせようとしたものの失敗した。

 

 

夜になる頃には、5人は互いに疲れきってレナを囲む形でベッドで眠りこんでしまった。

 

泣き疲れたレナと4人の姿を確認すると、アズサは自室に戻りチクチクと針と糸を絶え間なく動かす。一心不乱に、何かを仕上げようと眠い瞼をこすってその手を絶え間なく動かし続ける。

 

 

チクチク、チクチクと布に糸を通し続け形あるものへと昇華させていく。

 

 

 

「……お姉ちゃんは~夜なべして~ぬいぐるみを編んだ~ですわ……ふわぁああああああ……」

 

 

いくらアズサが裁縫を得意としているといっても、精巧に作り込むにはそれなりの時間を要する。昼間から格闘してようやく仕上がりかけているのだ。

 

 

「うぅ……そろそろあたくしのお目目も限界でしてよ……」

 

 

「一体何をしているんだ君は?」

 

 

「それは勿論『しざえもん』とやらを……」

 

 

不意にかけられた言葉に返事を返した瞬間、アズサはメデューサと目でも合ったかのように固まってしまう。

 

 

迂闊だった。深夜で意識が朦朧としていたせいでつい返事を返してしまったが、アズサ自身の推測が正しければ彼女が返事を返したのは彼女が最も苦手としている人物だからだ。

 

 

振り向いてみれば、案の定だった。銀色の長髪に、グレーの瞳。人形のように整った顔立ちに、氷のように冷徹な表情。アズサが最も嫌いな天才狙撃手、ユーリ・レヴァテインだ。

 

 

その顔を見た途端、アズサの全身を寒気が襲い、ほぼ脊髄反射にも近い形で彼女を叫ばせた。

 

 

「 お 尻 触 り ふがもが!!」

 

 

その口をユーリをとっさに塞ぐ。疲れきったレナ達が起きてしまうからという理由なのだが、アズサは完全にユーリを性犯罪者を見るような目でキッと睨みつける。

 

 

ユーリは呆れ気味に溜め息を深くついて、その手を彼女の口から離した。

 

 

「その〝お尻触り魔〟という不愉快極まりない称号を撤回してくれないか」

 

 

「事実ですわ!」

 

 

アズサはカルメラ菓子のように頬を膨らまし、更にその頬をりんご飴のように赤く染めてプリプリと怒りだした。

 

 

そして、こうなればユーリなんぞ無視してやると言わんばかりに裁縫作業を再開した。

 

 

そんなアズサの手元をユーリは覗きこむ。すると、緑色の鈴付きの首輪をつけた(たてがみ)のないライオンのような生物が編み上がっていた。

 

 

「美月レナの夢に出てきた『しざえもん』とやらのぬいぐるみを編んでいるのか?」

 

 

「……ええ。そうでしてよ。フン」

 

 

アズサが仕上げたこのぬいぐるみが、果たしてレナの言う『しざえもん』にそっくりかはわからないが、恐らくそっくりなのだろう。レナの説明はやや抽象的だったが、アズサとレナは互いの伝えたいこと、思っていることを理解しあっている。2人は血が繋がっていなくても、姉妹だから。

 

 

「フェニッシュ!ですわ!!」

 

 

アズサは最後の仕上げの返し縫いと玉留めを終えると、針の本数を数えて片付けた後に大きく背伸びしてその場にバタリと倒れた。

 

 

しかし、この完成した『しざえもん』のぬいぐるみをレナに一刻も早く届けなければならない。姉として妹であるレナの悲しみを少しでもいいから、一刻も早く癒してやりたい。

 

 

「うぅ……ファイトーあたくし……」

 

 

猛烈な睡魔に襲われつつもアズサは立ち上がり、フラフラとレナの寝室へと向かおうとする。そんな時、アズサの身体はフワリと持ち上げられた。

 

 

「ん…………」

 

 

ぼんやりと目を開くと、アズサはユーリが自らを所謂『お姫様抱っこ』でベッドに運んでいることに気付いてしまう。再び、2人の視線は交差する。

 

 

アズサがぎょっと目を見開いても尚、ユーリは冷静な顔ばせを崩すことなくアズサを運ぶ。その行く先には『ベッド』。

 

 

ファンファンファン。テラフォポリスもびっくりなそんな警戒アラーム音が彼女の脳内で反響する。

 

 

このままではきっとユーリに犯されてしまう。

 

 

 

『口では拒んでても身体は正直だなぁ』

『悔しい……けど感じちゃう!』

『薬も入ってんぜ?』

『これが……ご褒美なの……!?』

『お前のことが、好きだったんだよ!!』

『見ろよこれぇ!!この無惨な姿をよぉ!!』

 

 

クーガの本棚にあった上記のエロマンガのように。

 

 

「私が彼女にそのぬいぐるみを渡しておく。だから君はもう寝ろ。身体を壊」

 

 

「エッチ すけっち ワンタッチ!!」

 

 

親切なユーリさん(23)のほっぺに 

 

 アズサちゃん(20)のビンタが以下略!!

 

 

 

 

 

──────────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

チリン、チリン。

 

 

どこか聞き慣れた鈴の音色が耳元で響き、元々朝が早いレナはパチリと目を覚ました。

 

 

目を開くと、自分を取り囲むようにグッタリと倒れるクーガ達四人。そして、自分のすぐ隣にはまるでシーザーのミニチュア版のようなぬいぐるみがポツンと枕元に置いてあった。

 

 

「……ちっこい しざえもん?」

 

 

わちゃわちゃとそのぬいぐるみを揉みしだき、レナはギュウとそれを抱き締めた。きっとアズサが作ってくれたのだろう。

 

 

シーザーとの思い出が全て夢であったという悲しみは癒えないが、彼を思い返せる物が出来てとても嬉しい。

 

 

是非ともお礼をしなければ。4人を起こさないように身体を静かに起こしたところで、アズサのぬいぐるみを枕元に置いておいてくれたであろうユーリと目が合った。

 

 

「おや。起こしてしまったか」

 

 

「ゆーり、ほっぺ(・ ・ ・)はどうしたのじゃ」

 

 

ユーリの片頬は、紅葉型に真っ赤に腫れていた。

 

 

「…………疲れていた君のお姉さんをベッドに運ぼうとしたらぶたれてしまってな」

 

 

「ふぉっ ふぉっ ふぉっ」

 

 

その事情を聞いたレナは、昨晩まで泣いていたのが嘘だったかのように、老紳士のような笑い方でユーリの不幸を笑った。

 

 

恋愛経験が自分同様に皆無だからベッド=エロという方程式が頭の中で組み上がってしまったのだろう。名探偵レナはそう推理した。

 

 

「今日は『エドワード・ルチフェロ』が正式に配備される日だ。君が空港まで迎えに行く予定だったが私が代わろうか?」

 

 

「そのほっぺ(・ ・ ・)でか?」

 

 

「……やはり君が頼む」

 

 

「ふっふっ。かしこまり」

 

 

ユーリの昨日泣きべそをかいていた自分に対する気遣いはありがたいが、ユーリの頬の赤みは昼までにはひくだろうが、今はあんな状態なので行かせる訳には行かない。それに、アズサが作ってくれたシーザーのぬいぐるみのおかげで悲しみもいくらか癒えた。

 

 

レナはそんな想いとともに、シーザーのぬいぐるみをだっこして力強い足取りで車へと向かった。

 

 

「しざえもん、またあおうな」

 

 

ぬいぐるみにそう話しかけた途端、玄関から吹き抜けた風がぬいぐるみの鈴を〝チリン、チリン〟と鳴らした。

 

 

まるで、彼女に返事を返したかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

 

 

 

これは、ローマ連邦の『エドワード・ルチフェロ』が凱旋直前に一人の人間と、一匹の獣が夢の中で出会った時のお話。

 

 

 

 

美月レナが車内にて、エドワードからローマ連邦首脳である『ルーク・スノーレソン』も全く同じような夢を見て(うな)されていたことを聞いたのは、また別のお話。

 

 

 

 

「しざえもん、おて」

 

 

 

 

「ブニャ!!」

 

 

 

 

 

 






シーザー君こんなに仔猫じゃねぇよな(自問自答)


何はともあれレナとゲストのシーザー君のコラボ、楽しんで頂けたでしょうか?


レナが好きです、って言って下さる方がそれなりにいたので彼女を主役にさせて頂きました。レナらしさを出せたかな?


ちなみにこの手のコラボものを描かせて頂いたのは初めてで、8000文字ぐらいでサクッと書けるかなと思ってたんですが、二万文字近くになってしまいました。 コラボ難しいですね。


『インペリアルマーズ』の方では逸輪さんが書いたコラボ小説が載っています。


逸環さん、企画のお誘いありがとうございました。



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Character③ キャラクタープロフィール③   【嵐・シルヴィア・冬木・ネロ】



キャラクタープロフィール第3弾

嵐・シルヴィア・冬木・ネロ


第2部の台風となるキャラクターを紹介させて頂きます。

絵師さんは常時(じょうじじょうじ)募集してます。お好きなキャラを描いて頂ければと思います。書いて下さる方はTwitterやメッセージにて相談にさせて下さい


◆このページのイラスト一覧


腐葉土さん(奏さん)
・『桜 嵐』
・『冬木 凩』


舞織さん
・『シルヴィア・ヘルシング』


田中たらさん
・『シルヴィア・ヘルシング※ラフ画』
・『シルヴィア・ヘルシング※本画』





 

 

 

▽キャラクター⑨

 

(サクラ) (アラシ)】♂

 

□日本 45歳 188cm 89kg

 

□手術ベース:無し

 

□好きな動物:狼

 

□好きな食べ物:牛乳プリン、娘の手料理

 

□嫌いな食べ物:娘の作った梅干し

 

□好きなもの:娘、煙草

 

□嫌いなもの:クーガ

 

□瞳の色:暗い金色

 

□血液型:A型

 

□誕生日:8月20日(獅子座)

 

□趣味:娘のアルバム整理、動物の世話

 

□『地球組』外部組織『掃除班(スイーパー)』の一員にして、『地球組』サポーター 桜 唯香の実の父親。そして、本多 晃 博士の教え子の1人。彼のことをクソじじいと呼んでいることから、それなりに慣れ親しんだ仲であることが見受けられる。

 

 

20年前、最愛の妻が当時まだ過少な『AEウィルス』に感染し、火星へとワクチンを採取しにいく為に『バグズ2号』計画に志願するが、適合する昆虫が地球上に存在しなかった為に候補から外される。結果、妻は自らと娘を残してこの世を去ることになってしまう。

 

 

妻を救えなかった無力感と、娘に母親を失う悲しみを背負わせてしまったことに対する無念が、生物学において非常に優秀だった彼に医学への道をも切り開いた。その結果、『MO手術』に関連の研究において大きな貢献を果たすこととなり、結果的にUーNASAにおいてそれなりの発言力を有している。

 

 

 

作・腐葉土さん(奏さん)

『 桜 嵐 』

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

▽キャラクター⑩

 

【シルヴィア・ヘルシング】♀

 

□ルーマニア 22歳 162cm 48kg

 

□『アース・ランキング』 圏外

 

□手術ベース:ウサギコウモリ

 

□好きな動物:コウモリ、スローロリスくん、カッパちゃん

 

□好きな食べ物:フルーツ、スイーツ

 

□嫌いな食べ物:ニンニク、濃いトマト飲料

 

□好きなもの:嵐、ジョーク

 

□嫌いなもの:お姫様抱っこ、カッパちゃんが強制労働を強いられていると噂のお寿司屋さん

 

□瞳の色:翡翠色

 

□血液型:O型

 

□誕生日:9月24日(天秤座)

 

□趣味:夜遊び、機械いじり、声優の副業

 

□『地球組』外部組織『掃除班(スイーパー)』の一員にして、桜 嵐の助手。専用装備を用いなければ戦闘力を有さないことから『アースランキング』圏外の認定を受ける。しかし、『MO手術』に頼らず様々な武器を用いる戦闘手法(スタイル)で葬ってきた敵は数知れず。

 

 

生まれはルーマニアの没落した名家の令嬢。幽霊でも出そうな屋敷に住んでいたこと、遺伝子異常が起因となっているピンク色の髪の毛と翡翠色の瞳という特異な外見という条件が重なり、街を出歩いただけで化け物扱いされ石を投げられていた。そのことが原因で長年引きこもることになるが、18歳の誕生日に彼女の診断を依頼された嵐にメカニックとしての才能を見出だされ、UーNASAにスカウトされる。

 

 

長年引きこもっていたせいか、連れ出されてから四年経過した今でも世間知らずな一面が目立ち、日本の低価格のお寿司屋さんに嵐と共に尋ねた際に彼がついた嘘を本気で信じている。また、夜遊びの為の小遣い稼ぎの為に声優のアルバイトをすることも。本人に拒まれてこそいるが、嵐に特別な感情を抱いている。Cカップ。

 

 

 

作・舞織さん

『シルヴィア・ヘルシング』

 

【挿絵表示】

 

 

 

作・田中たらさん

『シルヴィア・ヘルシング※ラフ画』

 

【挿絵表示】

 

 

 

作・田中たらさん

『シルヴィア・ヘルシング※本画』

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

▽キャラクター⑪

 

冬木( フ ユ キ) (コガラシ)】♂

 

□日本 45歳 179cm 71kg

 

□手術ベース: リニオグナータ・ヒルスティ

 

□好きな動物:人間、テラフォーマー

 

□好きな食べ物:アイスクリーム、嵐と飲む酒

 

□嫌いな食べ物:嵐の娘が作った梅干し

 

□好きなもの:実験、冷えピタ

 

□嫌いなもの:温度差により眼鏡が曇る瞬間

 

□瞳の色:黒

 

□血液型:B型

 

□誕生日:12月24日(山羊座)

 

□趣味:レポートを読み漁ること

 

□桜 嵐の学生時代からの友人であり、互いに切磋琢磨しつつ高め合った仲。また、本多 晃博士の教え子の一人でもあり、嵐と異なり彼のことは『先生』と呼び敬っている。

 

 

20年前、自らを『バグズ手術』の被験体とし、更なる知識の探求の為に『バグズ2号』計画に志願するが、適合する昆虫が地球上に存在しなかった為に選考から外される。その結果に不満を持った彼は、遺伝子工学の道を歩み自らの可能性を模索することとなる。

 

 

その結果、クローンテラフォーマーの製造及び、こちらは秘密裏にだが『MO(モザイクオーガン)』の量産において多大な貢献をもたらし、嵐同様にUーNASA内にて大きな発言権を有することとなった。しかし、数ヶ月前に非道な人体実験が発覚して以来、UーNASAを追われる身となっている。

 

 

 

作・腐葉土さん(奏さん)

『冬木 凩』

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

▽キャラクター⑫

 

【ネロ・ネクロフィア】♀

 

□アメリカ 17歳 157cm 44kg

 

□手術ベース:ブードゥワスプ

 

□好きな動物:ひよこ

 

□好きな食べ物:グラタン

 

□嫌いな食べ物:パセリ

 

□好きなもの:冬木

 

□嫌いなもの:冬木に危害を加える輩

 

□瞳の色:琥珀色

 

□血液型:B型

 

□誕生日:10月24日(蠍座)

 

□趣味:冬木の肩たたき

 

□冬木 凩の助手として拾われたナース姿の女子高生。基本的に善人であった両親が『ブードゥ教』の信者だという理由だけで両親は迫害され、更には殺害された過去を持つ。そのことにより道徳観や善悪の判断が崩壊し、精神病棟に入院することになった。

 

 

その病棟で精神不安定だったことをいいことに職員に無理矢理強姦されそうになっていたところを、たまたま人体実験の素体を探していた冬木に救われた過去を持つ。その時の冬木の姿に一目惚れし、生まれたてのヒヨコが初めて見た生き物についていくように、彼につきまとうこととなる。

 

 

たまたま希少な『ブードゥワスプ』の適合者であったことから、冬木も彼女を人体実験の対象ではなく助手として認知するようになる。肩たたきが自称特技だが、冬木以外からは不評。Gカップ。

 

 

 

 

 

 









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第二十九話 CRUEL_FATE 残酷な歯車




存在する筈のない小石を挟んだところで、呪われた物語は覆ることを知らない。


ページは力無くめくられ、歯車は廻り続ける。


だからこそ見せて欲しい。


君に託したのは、力だけではない。






 

 

 

 

「……ケホッ!ゲホッゲホッ!!」

 

 

海水を大量に飲み込んだせいで、燃えるように熱く火照った喉を冷ますかのように〝趙花琳〟は何度も何度も咳払いをする。何km泳いだかわからない。死に物狂いで辿り着いたこの場所がどこなのかすらもわからない。

 

 

花琳に出来るのは、自分が横たわっている白い砂浜とそれを照らす痛烈な朝日を瞳に焼き付けること。

 

 

そして、自らの身に一晩で降りかかった計算外(イレギュラー)な数々の出来事を反芻すること。

 

 

「……我ながらよく逃げて来られたわね」

 

 

花琳がそう深く安堵混じりの溜め息を吐き出してしまうのも仕方のないことであった。

 

 

UーNASA特殊部隊『掃除班(スイーパー)』。

 

 

中国暗殺部隊『(イン)』。

 

 

そして、冬木凩とその一派。

 

 

三つの勢力が花琳自身を巡って攻防を繰り広げた。『(イン)』は途中で脱落(リタイア)したものの、残る二勢力の激突は熾烈を極め、戦場となった豪華客船『ダンテマリーナ』は敢えなく沈んだ。

 

 

その混乱に乗じて、花琳自身は命からがら無事に逃げ出せたのだ。最も、この砂浜に泳ぎ着くまでの道のりは水泳選手でもない彼女からすれば困難を極めたが。

 

 

花琳は休息を求める身体に自ら鞭をいれ、重い腰をあげて背後に広がる森林へと歩みを進める。

 

 

自らが無事だということは、『掃除班(スイーパー)』と冬木凩とその一派も無事である可能性が高いということだ。彼らは自らを追ってすぐにでも追ってくるかもしれない。

 

 

花琳はそれを危惧し、安全な休息の場を求めて森林へと無理にでも進む。

 

 

「……計算通りに物事が進まないなんてね。ウッドお姉ちゃん、貴女の時もそうだったの?」

 

 

花琳は自嘲気味にクスリと笑みをこぼし、崩れ切った自らの逃走の算段を振り返る。

 

 

軍艦『ブラックホーク』を囮にした逃走プランは〝エドワード・ルチフェロ〟の手によって失敗に終わり、豪華客船『ダンテマリーナ』で国外に逃亡を試みるプランも、冬木一派の介入によりにより敢えなく潰えてしまった。

 

 

掃除班(スイーパー)』と『(イン)』だけなら対処出来たものだが、冬木一派は花琳からすれば計算外(イレギュラー)すぎたのだ。

 

 

冬木自身もさることながら、ナースの格好をした彼の助手『ネロ』に、『地球組』に対抗する為に集められたであろう五人組。その中には花琳が利用した〝シュバルツ・ヴァサーゴ〟も顔を揃えていた。

 

 

いや。本当に計算外(イレギュラー)だったのは彼等ではない。

 

 

 

 

──────────()()(とり) ()()()といっただろうか。

 

 

 

 

冬木達が囲っていた車椅子の少女。MO手術者から何らかの手段により遺伝子細胞を吸収することにより『特性(ベース)』を増やし続ける脅威的な能力を持つ。

 

 

あの少女により、客船の乗客ほぼ全員が殺害されてしまったのだ。あのような目撃されることをい問わない大胆なやり口で攻めてこられては、狭い船の上では対応しきれる訳がない。

 

 

()()(とり) ()()()

 

 

今後出会ったら最も警戒すべき対象だろう。

 

 

「……あの娘、見覚えあるわね」

 

 

ふと、花琳自身の朧気な記憶が彼女にそう呟かせた。いつだったか。UーNASAの職員として勤務していた時に『()()(とり) ()()()』を何処かで見かけた様な気がするのだ。

 

 

そんな風に彼女自身が自らの記憶の糸を手繰り寄せている最中のこと、彼女の網膜に最悪な光景が突き刺さり、鼓膜の通り道を今聞くにしては最悪な声が突き抜けた。

 

 

「『黒獣(ヘイショウ)』、あれ見てよ。濡れ濡れチャイナドレスだよ。正直オッキしちゃった」

 

 

軽口を叩きながらこちらに向かってくる白い太極拳服に身を包んだ青年は『(シャン) 白鳥(バイニィ)』。中国暗殺班『(イン)』の、実力(・ ・)における順位付け(ランキング)ではNO.2の青年だ。

 

 

「『白鳥(バイニィ)』、頼むからちょっと黙っててよ」

 

 

その軽口を咎める漆黒の太極拳服に身を包んだ青年の名は『(シャン) 黒獣(ヘイショウ)』。『(シャン) 白鳥(バイニィ)』の双子の弟で、実力における順位付け(ランキング)ではNo.3の実力を誇る。

 

 

そして、その二人を率いる中国暗殺班『(イン)』のリーダーの大男。結わえた弁髪の後ろ髪を風で揺らし、その眼力でこちらを射殺さんばかりに睨んでいる。

 

 

「……万が一に備えて撤退した後も待機していた甲斐があったぞ、女狐」

 

 

(ワン) 刺人(ツーレン)』。実力、立場共に『(イン)』の内においてNo.1の猛者。

 

 

花琳は疑問に思っていた。何故『ダンテマリーナ』内でこの三人が姿を見せなかったのか。部隊が壊滅していく最中においてもその影すら見せなかったことから『今回の任務にはそもそも参加していない』もしくは『別行動を取っている』と予想していたのだが、どうやら後者だったようだ。

 

 

最も刺人の台詞から推測するに、十中八九『掃除班(スイーパー)』とやり合うのは部が悪いと判断して撤退し、様子を伺っていたというのが正しいだろうが。

 

 

「……面倒なのが残ったわね」

 

 

なんにせよ、 この三人は厄介だ。きっと〝クーガ・リー〟以上の強さを誇るだろう。しかし、この数ならば対処出来ない訳でもない。

 

 

『エメラルドゴキブリバチ』の『特性(ベース)』を発現させて森に逃げ込めば、体色がカムフラージュとなってきっと自分を逃がしてくれる。

 

 

小隊一つを『ダンテマリーナ』で失ったことを耳にしたかは疑問だが、刺人(ツーレン)は慎重な男だ。

 

 

小隊と『ルカ・アリオー』を失ったことを知ってるにせよ、知らないにせよ、安易に戦力を動員するようなやり口ではないことは確かだ。故に、これ以上の援軍が来ることはないと考えていいだろう。

 

 

 

 

────────逃げ切れる。

 

 

 

 

花琳は確信した。この3人に闘いを挑めば勝ち目はないが、逃げおおせることならば自分には可能だ。

 

 

中国暗殺班『(イン)』には失うには痛手すぎる貴重な『紅式手術者』こそいるが、自分が操る『テラフォーマー』のようにいくらでも(・ ・ ・ ・ ・)替えの利く(・ ・ ・ ・ ・)大戦力など存在しない。

 

 

追っ手がこの3人だけならばいくらでもやりようが

 

 

刺人(ツーレン)隊長、死体回収終わりました」

 

 

 「やったネ!『僕』が一番乗りだ!」

 

 

「ってあれ?」

 

 

「花琳さんってあれ(・ ・)じゃ?」

 

 

「嘘でしょ?『僕』きちんと探したんだけど……」

 

 

海面からダイバースーツ姿の青年()が姿を現した。百人程の人数だ。いつも『計算通り』『想定内』という心情が滲み出ていた花琳の表情は、その光景を見た途端にまるで野球の白球が当たった衝撃で粉々に砕け散るガラスの如く、景気良く崩壊した。

 

 

花琳が驚いた点は【百人単位の戦力が湧いて出た】点ではなく、【目の前に現れた坊主頭に太眉の青年()の顔面が全く同じ】という点が1つ。

 

 

そして、2つ目の点は【この青年()は本来、火星(・ ・)へと任務に赴いている筈の『マーズ・ランキング50位』の『(バオ) 致嵐(ツーラン)』】だということ。

 

 

花琳は目の前の光景をスルリと呑み込むことが出来なかった。まさか『中国 四班』の『(バオ) 致嵐(ツーラン)』が実は百子(・ ・)でしたなんてことはあるまい。

 

 

「くくく、その様子だとやはり『(バオ) 致嵐(ツーラン)』のことは知らされていなかったようだな?」

 

 

刺人(ツーレン)は戸惑う花琳を嘲笑った。いつも余裕を見せていた花琳の表情から、目に見えてそれが失せたのが余程滑稽だったのだろう。小気味良く笑った後、刺人(ツーレン)は種を明かし始めた。

 

 

「『(バオ) 致嵐(ツーラン)』の『特性(ベース)』は『チャツ(・ ・ ・)ボボヤ(・ ・ ・)』だ。ここまで言えば生物学者のお前ならわかる筈だ」

 

 

花琳は、刺人(ツーレン)のその一言で目の前に広がる無数の『(バオ) 致嵐(ツーラン)』の本質を理解した。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

(バオ) 致嵐(ツーラン)

 

 

国籍、中国。『アネックス一号』搭乗員の、『マーズ・ランキング』50位の青年。

 

 

"火星に向かっている筈"の彼が何故ここにいて、何故"無数に(・ ・ ・)いるのか(・ ・ ・ ・)"。

 

 

その二つの疑問を一気に解決する『特性(こ た え)』を、彼は持ち得ていた。

 

 

特性(ベース)』:『殖える我が身(チ ャ ツ ボ ボ ヤ)

 

 

『出芽』と呼ばれる無性生殖を行うこの生物は、親と共生しつつ脳や内蔵を体内に構成し、体内の藻類の補助や自ら行う光合成により成長を遂げていく。

 

 

この生物を『特性(ベース)』に持つ(バオ)は、『出芽』を行うことにより自らの『分身』とも言える『子』を()やしていくことが出来る。

 

 

しかし、これにはいくつかの問題があった。

 

 

最初に、『出芽』を行う際に膨大な【エネルギー】を必要とする問題。次に成長に要する【時間】の問題。最後に分身である『子』がいかに『親』の【記憶】を共有するかの問題。

 

 

【エネルギー】【時間】【記憶】の三つの問題、全て機械的な補助を借りることにより解決。

 

 

しかし、まだ問題があった。(バオ)単体では『出芽』による増殖は行えない。故に【材料】が必要である。そして、その材料は『人』か『人の死体』であることが望ましい。

 

 

そしてその【材料】の問題は皮肉にも今まさに無数の(バオ)達によって包囲されつつある『(チョウ) 花琳(ファウリン)』自身の手によって解決したのである。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

「君は確かに依頼を受けて中国政府(ぼ く た ち)と『ロシア連邦』の目的(・ ・)を達成する為にその囮として地球で今まで散々暗躍してきた訳だけど、おかしいと思わなかったのかい?」

 

 

黒獣(ヘイショウ)は動揺を隠しきれない花琳に向かって冷たい刃を喉元に押し付けるかの如く、彼女に対して酷な真相を語り始めた。更に、それを傍らで聞いていた兄の白鳥(バイニィ)も会話に横槍(・ ・)を入れて捕捉した。

 

 

「手段は問わないとはいえさー、『バグズ二号』で起こった出来事をUーNASAの連中に思い出させてやる為にわざわざ「旧式で失敗リスクの高い『バグズ手術』を使って作戦遂行します~」なんて自己満足(オ ナ ニ ー)為だけに(・ ・ ・ ・)中国が資金援助する訳ないじゃん?」

 

 

その点に関しては花琳も常々疑問に思っていたところであった。『MO手術』の精度に関しては随一を誇る中国政府が、旧式の『バグズ手術』を用いた効率がいいとは言い難い計画(プラン)に許可を出したことには心底驚いたものだ。

 

 

当初は「技術の漏洩し特定されることを防ぐ為に敢えて『バグズ手術』を用いることにしたのだろうか?」と勘繰ったものだが、中国政府の真の狙いに気付いたところでどうすることも出来ない。その上UーNASAへの復讐という自らの計画(プラン)を達成出来るのであれば、と自らに言い聞かせ妥協したものだが、このザマだ。

 

 

とどのつまり、『バグズ手術』を用いた花琳のやり口は利用されていたのだ。

 

 

(バオ) 致嵐(ツーラン)』の【材料】作りに。

 

 

「……最初(ハ ナ)から利用してた訳ね、私を」

 

 

「そうそう!『バグズ手術』は失敗率が高いからその分死体も増えやすい!!」

 

 

「つまり僕達(・ ・)の材料も増える!」

 

 

「それに『MO手術』じゃないから手術の方法で中国の仕業だって漏洩することはない上に、技術も漏洩しない。花琳さんのやり口は効率が悪いようで中国政府には都合が良かったんです」

 

花琳が一言発した途端に、無数の(バオ)が返事を返す。その均一化された口調は、花琳に人と会話していると言うよりも、アンドロイド端末から返事が返ってきたかのような錯覚すら覚えさせた。

 

 

なるほど。この無数の(バオ)の軍隊は、身元が中国であるという情報が漏洩するリスクを除けば実に優秀だ。『MO手術』の失敗率を一切無視して、優秀な軍人かつ『紅式手術』の被験者である『(バオ) 致嵐(ツーラン)』を材料(・ ・)が尽きぬ限り生み出せるのであれば、採用しない手はない。

 

 

(バオ)達の言う通り花琳の『バグズ手術』を用いた計画は、花琳にとっても、中国政府にも都合の良い計画だったのだ。

 

 

 

①UーNASAに『バグズ二号』の出来事を思い出させるという花琳の思惑(オナニー)を満たすと同時に、中国政府の思惑(プ ラ ン)も同時に達成することが出来る。

 

 

②旧式であるが故にどこの国でも施術が可能。故に手術元が特定されない。

 

 

③失敗率が高い故に(バオ)達の材料となる人間の死体を大量に確保することが出来る。

 

 

中国政府からすれば、この3つを満たす一石三鳥の花琳の計画だ。利用しない手はなかったのだろう。

 

 

「真実を聞いた今の気分はどうだ、(チョウ) 花琳(ファウリン)。お前は全てを知り、全てを利用しているつもりで得意気になっていただろうが……お前自身も中国政府(わ れ わ れ)の駒の一つに過ぎなかった訳だ」

 

 

中国暗殺班『(イン)』の隊長、刺人(ツーレン)が距離を詰めてきても尚、花琳は一向に逃げようとしなかった。いや、逃げる気力が体の内から湧いてこないというのが正しいだろうか。

 

 

策を講じて外敵を翻弄してきた筈の自分が、いつの間にか道化(ピ エ ロ)の役を演じさせられ、利用されていたのだ。これ程惨めなことはないだろう。

 

 

「お前が敬愛して止まない『ヴィクトリアウッド』も……日本が軍事計画として『テラフォーマー』の卵を回収する計画の中で出し抜こうとしたものの、結局利用されて死んだそうだな。今のお前にとてもよく似ていると思わないか?」

 

 

自らと、唯一心を許せた人物(ウッド)を侮辱にされても、ただただ怒りがいたずらに湧いてくるだけで、一矢報いる策など何一つ浮かんでこなかった。

 

 

自分でも憎たらしいと思う程に回転する頭は、肝心なこんな時に真っ白になり、何一つ答えなど出してくれなかった。それが憎らしく、どうしようもなく悔しかった。

 

 

そんな渦巻く感情が知らずのうちに、花琳の瞳から一粒の涙をこぼさせた。その涙は女狐などと罵られても尚、様々な策を張り巡らせてきた女が最期に流す涙としてはあまりにも澄んでいて、美しい(しずく)であった。

 

 

「……私も年貢の納め時かしら、ね」

 

 

覚悟を決め、花琳がそっと目を閉じようとした時

 

 

「えー!?殺す前に一発()らせてよ!!」

 

 

「ハァ……」

 

 

双子の兄、白鳥(バイニィ)が彼女に向かって(けが)らわしい言葉を浴びせる。それを見て双子の弟である黒獣(ヘイショウ)は、兄の言葉に心底呆れたように溜め息をついた。

 

 

「いや、これでも中国政府に尽くしてくれた女だ。辱しめたりせず、苦しまないように葬ってやれ」

 

 

「チェッ。は~い……」

 

 

「……はい」

 

 

刺人(ツーレン)(シャン)兄弟に花琳を処刑する指示を出すと、兄の白鳥(バイニィ)は渋々従った。そして、双子の兄弟はそれぞれ色の異なるやや太めの金属の棒を懐から取り出すと、各々の金属棒に向かって一言囁く。

 

 

 

 

「音声認証『(シャン) 白鳥(バイニィ)』~」

 

 

白鳥が握っていた白色の棒は、彼の音声を認識した途端に長さを変え、純白の槍へと形状変化した。形状はいかにも標準的な槍だが、変異後の白鳥(バイニィ)が扱うことでとてつもない破壊力(・ ・ ・)を発揮する専用装備。

 

『破壊槍:(ヤン)』。

 

 

 

 

「音声認証『(シャン) 黒獣(ヘイショウ)』」

 

 

黒獣が握っていた黒色の棒も同様に、彼自身の音声を認識して漆黒の槍へと変化する。形状は禍々しく刺々しく、それをただの(・ ・ ・)槍と呼ぶには些か抵抗を覚えるものであった。変異後の黒獣(ヘイショウ)が扱うことで、凶悪な殺傷力(・ ・ ・)を発揮する専用装備。

 

『殺戮槍:(イン)』。

 

 

 

 

 

 

「おお、かっこいい」

 

 

「いかにも拳法使いそうな見た目なのに槍とか使っちゃうんですか?」

 

 

「『地球組』ですら専用装備持ってないのに」

 

 

2人のそれぞれの槍を見て、無数の(バオ)達は各々感想を述べた。爆の一人が言ったように、地球でのトラブルを処理するUーNASAの正式部隊『地球組』ですら専用装備を持っていないにも関わらず、中国暗殺部隊である『(イン)』である自分達は専用装備を持っているとは皮肉なものだ。

 

 

さぞかし、各々の個性をなぞった強力な武器なのだろう。何故ならここは地球(・ ・)だ。〝奴等(テラフォーマー)〟に技術を奪われる心配などせず、存分に強力な装備を仕上げることが出来るのだから。

 

 

(これ)は武器の王様だよ?使うのは当たり前さ。僕らが使ってる『八極拳(・ ・ ・)』は『六合大槍(・ ・ ・ ・)』を学ぶ準備段階に過ぎない、ってのを師匠(シィシェン)が尊敬してる昔の偉い人が力説してたみたいだしね。……誰だっけ?」

 

 

「『() 書文(ショブン)』だよ、白鳥(バイニィ)。そんな無駄口叩いてないで早く処刑しよう」

 

 

(シャン)兄弟は、互いの槍の刃の部分を交差するように花琳の首元に付き当てた。今度こそ、目の前の女狐(ファウリン)を始末する為に。

 

 

花琳は、自らの死を受け入れる為に今度こそ目を閉じた。馬鹿だらけのこの世界を支配するというウッドの意思を代わりに成し遂げるという願望も、ウッドの死を隠蔽したUーNASAに復讐を遂げるという野望すらも、まるで嘘だったかのように湧いてこない。

 

 

生きる意思はおろか、最後に悪足掻きをしてやろうという意思すらも、花琳からは消えかかっていた。

 

 

そんな時のこと。

 

 

「チュピピピピピピピ!」

 

まるでそんな花琳に目を覚ませと言わんばかりに、目覚ましアラームの如くけたましい鳴き声が鳴り響いた。それ(・ ・)が花琳が瞳を閉ざすことを阻み、

 

 

「うわっ!?なんだこいつ!?いてて!!」

 

 

「っ!?」

 

 

(シャン)兄弟が花琳を処刑することを妨げた。花琳は、その鳴き声の正体に目をこらす。それは、一匹の黒い羽毛の鳥だった。どこからともなく飛んできて、まるで雛鳥を守る親鳥の如く、双兄弟を激しくついばんでいる。

 

 

何故、この野鳥がこんな行動を起こしたのか花琳は理解に苦しんだ。別に目の前の彼等が住処を荒らした訳でもなかろうに、何故目の前の黒い鳥はこうも勇ましく強者に挑みかかっているのだろうか。

 

 

「ああもう!こいつうざい!!」

 

 

「同感だよ『白鳥(バイニィ)』……邪魔」

 

 

「ピッ……!!」

 

 

双兄弟の琴線に触れてしまった野鳥は、二人がほぼ同時に突き上げた槍が直撃し、首がへし折れて花琳の目の前に亡骸となってボタリと落ちてきた。

 

 

理解に苦しんだ。まるでこの黒い鳥は、自らを守る為に死んだようではないか。花琳は首を傾げて、両手でその野鳥を掬い上げるように手の中に納めると、閉じかけていた瞳でじっとその野鳥を観察した。

 

 

よく見ると、その黒い鳥には白いメッシュのような模様が入っていた。その特徴は、『ヴィクトリア・ウッド』をその鳥に花琳が重ね合わせてしまうには充分すぎる材料だった。

 

 

花琳自身は魂の生まれ変わりなどという非科学的なものを信じる(タチ)ではないし、この野鳥が目の前の彼等に襲いかかった理由も自分が漂流してくるポイントを探す最中に鳥の巣をうっかり落としてしまった、などという些細なことなのだろう。

 

 

しかし、花琳の抗う意思に火を灯すには充分すぎた。まるで、ウッドが「もうちょっとだけ頑張りな」と言ってくれたようだったから。

 

 

「……もう少しだけ、頑張ってみるわね私」

 

 

反撃の算段を自らの小賢しい頭で組み立てる。掌に納まっている鳥の名は『コウウチョウ』。カナダ南部からアメリカに生息する黒い羽毛が特徴の野鳥。

 

 

漂流位置は気候からして恐らくカナダ南部。限りなくアメリカとの国境に近い海岸ではないだろうか。

 

 

運のいいことに国境付近には逃亡時の万一に備えて、切り札(・ ・ ・)を用意している。

 

 

そして目の前には、『エメラルドゴキブリバチ』の甲皮ならばカムフラージュとなりそうな森林。

 

 

ならば、勝ちの目がある。止まらない。一度停止しかけていた花琳の頭脳は、一度塞き止めた反動であるかのように勢いよく反撃の算段が溢れ出してきた。

 

 

槍の切っ先が野鳥のおかげで自分の首筋から外れたことをいいことに、花琳はチャイナドレスのスリット部分に仕込んでおいた『薬』のうち二本を、自らの首筋へと突き刺した。たちまち、チキチキと彼女自身の『特性』が産声を上げてその身を『エメラルドゴキブリバチ』へと変えた。しかも、接種量が多かっただけに()付きだ。

 

 

すぐさま花琳は、全力で(はね)を羽ばたかせる。『エメラルドゴキブリバチ』は他の寄生蜂達と同様に飛行は得意としていない。しかし、砂浜の砂を巻き上げるには充分すぎる程に力強い羽ばたきだった。

 

 

「わっぷっ!!」

 

 

「ッ!?」

 

 

間近で砂煙を浴びた(シャン)兄弟は、視界を奪われ一瞬その身の動きを鈍らせたものの、素早く身を立て直し花琳の首が先ほどまであった場所に槍の刃先を振るった。

 

 

しかし、時既に遅し。二人の槍は空を裂き、辺り一面の砂煙が晴れた頃には花琳の翡翠色の甲皮を纏った身体は30m先の密林に既に足を踏み入れていた。

 

 

秒を刻むごとにその身体は周囲の木々と同化し、溶け込んでいく。保護色の甲皮を持つ『エメラルドゴキブリバチ』に、厄介な逃げ場を与えてしまったものだ。

 

 

「あーあ……」

 

 

呑気にその姿を見送る白鳥(バイニィ)に対して、弟の黒獣(ヘイショウ)は申し訳なさそうに刺人(ツーレン)に目を配る。

 

 

しかし、刺人(ツーレン)に全く焦りの表情は見られない。むしろ、ここで逃したのは予想外ではあったが、まだ計算内だと言わんばかりに、にんまりとその表情を歪ませた。

 

 

白鳥(バイニィ)黒獣(ヘイショウ)変態(・ ・)して奴を追え。お前達の機動力なら追い付くのは容易いだろう。見つけるには骨が折れるだろうが」

 

 

「……師匠(シィシェン)はどうするんですか?」

 

 

黒獣(ヘイショウ)が尋ねると、刺人(ツーレン)は無数の(バオ)達に目をやる。

 

 

「俺は奴等(・ ・)と一緒に包囲を広げつつゆっくりと後を追う。それに安心しろ。万が一逃したところで〝保険〟はかけてある」

 

そう告げてニタリとほくそ微笑む刺人(ツーレン)。そんな彼に白鳥(バィニィ)は首を傾げるだけだったが、黒獣(ヘイショウ)は何かを察したようにコクリと頷いた。二人は今度こそ()()に引導を渡さんと密林へと足を踏み入れ、やがて姿を消した。

 

 

その姿を見送ると、刺人(ツーレン)は間髪入れずに(バオ)達に口を開いた。

 

 

「俺達も続くぞ。 全員2m間隔で散開して俺に続け」

 

 

「はい」

 

 

「エェ……人遣い荒いなぁ」

 

 

(バオ)のみで構成された部隊は、多少のブーイングをこぼしつつも刺人(ツーレン)の指示通りに行動を開始する。乱れのない集団的な動きは、統率の取れた部隊というよりも、彼等が一つの共生体であるかのように錯覚させる均一的な動きであった。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

「ッ……………」

 

 

(サクラ) (アラシ)』は、かつての友が行った蛮行に激しい怒りを覚えた故か激しい頭痛と共に目を覚ます。頭がかち割れるように痛い。(はらわた)も煮えくり返っている。

 

 

「冬木ィ!!」

 

 

意識が覚醒したところで、飛び起きてリボルバーを構えようとした。しかし、その手は空を切った。腰に装備していた筈のリボルバーは何処へと消え、左手に握り締めた『感染(インフェクション)』もよく見たら水浸しだ。

 

 

秒を刻むごとに怒りは段々と冷めていき、自らの身を取り巻く状況も見えてきた。

 

 

「おや、ようやくお目覚めですか。寝坊助さん」

 

 

「シルヴィア。お前が運んだのか?」

 

 

「ええ。勿論です。飛行が得意じゃない私が博士を砂浜まで運ぶのは困難でした。ご褒美はよ、と露骨に催促してみます」

 

 

「……帰ったらくれてやる」

 

 

自らを沈没した船から救出してくれた有能な秘書に無愛想に礼を述べると、嵐は砂浜の砂を蹴り、おもむろに立ち上がって自らの専用装備を改めて握り締める。そして、恐らくアメリカ国境内であろうこの砂浜の向こうに広がる、海に向かって一歩を踏み出した。

 

 

「『冬木(フ ユ キ) (コガラシ)』と共謀者達なら既に離脱したものと思われます」

 

 

まるで自らの心を見透かしたかのようなシルヴィアの発言に、(アラシ)は足を止めた。仮に沈没した豪華客船『ダンテマリーナ』付近に冬木がまだ留まっているとしても、嵐自身は何の『特性(ベース)』も持たない自分が辿り着くことなど出来ないと、充分自覚していた。

 

 

それでも尚、嵐は足を向かわせずにはいられなかった。それほどまでに、冬木が一晩で引き起こした惨劇を許すことが出来なかった。そして、彼自身のただ一人の友人であるにも関わらず、それを止められなかった自分自身も。

 

 

「博士、心中お察ししますが今は感情を走らせる時ではないのでは?本来の任務は趙花琳の確保です。決してイレギュラーである冬木凩を追うことではない筈です」

 

 

シルヴィアは嵐に彼の右腕として、あくまで客観的に冷静な意見を述べた。彼女の意見はズバリその通りだ。正論しか述べていない。

 

 

「そして私達『掃除班(スイーパー)』は準備万端に揃えた上での短期決戦において初めて力を発揮することが出来ます。そしてその装備は全て海に流されてしまった。おやおや困りましたね。どうするべきでしょうか、博士?」

 

 

シルヴィアは芝居がかった口調で、大袈裟に現状を嘆き自分に問いかけてきた。ここまで言われれば、かつての友への怒りで熱くのぼせ上がった嵐の頭は急激に冷却され、成すべきことも見えてきた。

 

 

「……UーNASAに連絡した後に今すぐ撤退して『地球組』の連中に後の始末を任せりゃいい」

 

 

「ベリーグーです、博士。血を昇らせるのは男性器だけにしておくのが利口ですよ」

 

 

「オレはお前で股間固くした覚えはねぇぞ……」

 

 

「ふふ、ジョークです」

 

 

悪戯気味に笑う有能な秘書(シルヴィア)に嵐は鬱陶しいと言わんばかりに舌を打ちながらも、内心感謝していた。彼女がいなければ自分は血眼になって冬木を追いかけ、今の自分達が為すべきことを見失っていただろう。冬木の件はまた今度ケリをつければいい。多少不安を覚えるが、『地球組』に今回の件は後は任せればいいだけのこと。

 

 

最も、本当に今懸念すべきは『()()』での出来事ではない。『アネックス一号』内で起こっているであろう混乱の方が大きい筈だ。

 

 

今まで『地球組』とその水面下で密かに暗躍していた『掃除班(スイーパー)』は大きな困難にこそ直面してきたものの、〝失敗〟したことはなかった。しかし、今回予想外の事態が起こったとはいえ、初めて大勢の人々を救えず、下手をすれば『MO手術』の流出もあり得た、という形で〝失敗〟してしまった。

 

 

この知らせは火星に向かっている『アネックス一号』構成員の士気に大きく響くだろう。何故なら、地球で活動しているクーガ達『地球組』や自分達『掃除班』は、地球で起こり得るトラブルを排除し、火星に向かっている『アネックス一号』構成員の士気を高め、不安要素を排除するという目的を担っている。その自分達が失態を犯してしまったのだから、その影響を想像するのは容易だろう。

 

『今回は自分達の大切なものは巻き込まれなかったが、次は巻き込まれてしまうかもしれない』

 

 

いや、それだけではない。今まで任務を着実にこなしていた分、自分達に対する彼らの期待は大きかった筈だ。その自分達が任務に失敗した。『地球で手に負えない事態が起こっている』。そんな想いから、彼らの不安はますます膨らむ。

 

 

更には火星での命を懸けた任務が差し迫る中、『地球組』に抱いていた小さな不満が爆発するかもしれない。地球での任務は比較的安全であると心の底で思い込んでいる連中や、地球で大切な者の側に寄り添っていたいと思う者も当然いるだろう。

 

 

そんな心の内に秘めた想いが爆発すれば、『アネックス一号』の結束はほどけ、最悪の事態を招く。それだけは避けなくてはならない。

 

 

事態がどう転ぶかは『アネックス一号』と『地球組』のリーダー、『小町小吉』と『蛭間七星』、いや。『地球組』のリーダーには、娘に手を出そうとしてる憎き若僧(クーガ・リー)が就任することが決まっているのだった。

 

 

その両名の手腕に今後の『アネックス計画』の命運が左右される。今の嵐にはそれが上手くいくように祈ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

『ギャハハハハハハ!殺したぁ!死んだぁ!くたばったぁ!!ジョセフ・G・ニュートン!!あっけねぁなぁオイ!!』

 

 

エンジンから伝わる静かで僅かだが、確かな振動。そして、いつもの悪夢。ローマを率いる若き班長、マーズ・ランキング1位『ジョセフ・G・ニュートン』の浅い眠りはその2つの要因によって終わりを迎えた。

 

 

今でも脳裏に焼き付いたあの感覚が、彼の根幹を掴んで離さない。体が自分のものではなくなっていく、冷たい死の感覚。〝あの夢〟を見る度、トラウマとなったその感覚を思い出し、ジョセフの体に鞭打った。

 

 

「……エド、君を一生怨むよマジで」

 

 

今では友となった悪夢(トラウマ)に、ポツリとジョセフは呟く。『エドワード・ルチフェロ』と名乗っている男に、それが届く筈もないのだが。ここは火星に舵を切っている宇宙艦『アネックス1号』の中。

 

 

そして、その友は地球で今頃大暴れしているであろうところだからだ。さぞかし、多くの相手が彼の言葉に欺かれているところだろう。

 

 

「あ、あのー……ジョセフさーん……」

 

 

そんな時、ドア越しに控えめな声がジョセフに投げかけられた。その穏やかで人なつっこい声は、まだ悪夢の余韻を引きずるジョセフを現実に引き戻すには充分すぎる、人間味に溢れたものだった。

 

 

声の主を確認すべく解錠してドアを開くと、そこには自分にも勝るとも劣らない屈強な体型の青年がジョセフの前に立っていた日本出身、膝丸燈。『造られた子(ザ・セカンド)』にして、『マーズ・ランキング6位』の搭乗員だ。

 

 

 

幹部(オフィサー)居住区に一般搭乗員は侵入禁止の筈だけど?」

 

 

ジョセフは自らを呼びに来たであろう燈に尋ねた。アネックス艦内では各国の重要機密の保持といった点から、一般搭乗員の幹部(オフィサー)居住区への出入りは禁止されている。ジョセフの疑問も当然だ。

 

 

「あー……幹部(オフィサー)全員収集かけられたみたいなんすけど、ジョセフさんだけ来ないんでミッシェルさんに呼びに行かされて」

 

 

「で、他の幹部(オフィサー)は手が離せないからたまたま近くにいた君に白羽の矢が立った、って訳かな?」

 

 

燈はジョセフの問いにコクリと頷く。本当は彼に何らかの処分を下すべきなのだろうが、ジョセフはそれをしなかった。まず目の前の燈は彼が好意を寄せるミッシェルの部下であることに加えて、規則に厳しいそのミッシェルが多少の規則違反を彼に許した以上、洒落にならない何かが起きているという事だ。そんな小さなことをイチイチ気にしている場合ではない。

 

 

「ありがと。それじゃ集合場所に行こっか」

 

 

「あの~……ジョセフさん?」

 

 

部屋から踏み出そうとしたジョセフに、燈は苦い顔で指摘する。ジョセフは頭上に〝?〟マークを浮かばせ、キョトンとした表情を燈に向ける。すると燈は入れ歯老人の如く口をモゴモゴとさせた後、気まずそうに口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………服、着た方がいいっすよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

「ごめんごめん。悪い夢見たもんで汗かいてついつい半裸で寝ちゃってたこと忘れてたよ。教えてくれてありがと」

 

 

「は、はぁ……」

 

 

ジョセフと燈はアネックスの通路を歩く。居住区は意図的に低重力を作り出しているせいで、彼らのような大男の足が床を叩いてもそれほど大きな音は響かない。コツコツと無機質な音が反響するだけ。それが、特に面識のない両者間に漂う空気を更に気まずいものにする……と思われたが。

 

 

「ねぇ。『地球組』の『クーガ・リー』君と友達なんだよね、君?」

 

 

ジョセフは顔見知り以下の関係である燈に対して特に緊張意識も持ち合わせず、まるで会社の上司が部下に話しかけるようにフランクに、そんな質問を投げかけた。

 

 

「は、はい。そうっすけど……」

 

 

「おれの友人(・ ・)が」

 

 

ジョセフはここで言葉を区切った。果たしてあの人間を友人(・ ・)なんてちゃちな言葉でくくっていいものか。人類の到達点である自分を、初めて死の淵に追いやったあの男を。

 

 

「……ジョセフさんの友達がどうしたんすか?」

 

 

その友人(・ ・)の話題を、『地球組』のリーダーである『クーガ・リー』の人柄を知る膝丸燈に振ったのには訳がある。

 

 

「その友人が『地球組』に加入した。深くは言えないけどね、そいつはとんでもない奴だ。(クーガ君)はそいつと背中を合わせて戦っていけると思うかい?」

 

 

友人(エド)を、クーガは果たして仲間として受け入れられるのか、ということだ。

 

 

天使のように笑顔を振り撒き、悪魔のように嘘を吐き散らすエドは敵に回すと恐ろしいが味方にいても枕を高くして寝られなくなるような恐ろしい男だ。

 

 

クーガはそんなエドを仲間として信用し、背中を預けることが出来るだろうか。それをジョセフは燈に問いたかった。

 

 

「クーガが、ですか?」

 

 

燈はジョセフの問いに、腕を組んでウンウンと悩み始めた。境遇が似ていたせいか、クーガと過ごした時間自体は僅かだったが、豊かなものだった。その中で感じた彼の人柄は、真っ直ぐで芯の通った人物ということだ。

 

 

 

弱さを見せることもあったが、あれは悪い弱さではなかった。己の弱さを自覚し、油断や慢心などすることなく相手の強さを見抜く。幼少の頃よりイスラエルの戦場で培ったあの観察眼は、物事を先入観なく見定めることが出来る。

 

 

そして何より、

 

 

「あいつは自分が、人間が弱いことを自覚してる。一人じゃ『地球』を守るなんて大仕事を出来っこないってこともわかってる」

 

 

 

 

 

───────────だから。

 

 

 

 

 

「ジョセフさんのお友達がどんな奴だろうと、その人とだって仲間になれる筈です」

 

 

ジョセフは燈の言葉を僅かにだが頼もしく感じた。何せ、自分の見立てでもクーガは自分の友人であるエドを仲間として受け入れることが出来ると予想していたからだ。

 

 

『クーガ・リー』は自分達の(むれ)の長である『小町小吉』とどこか似ていたから。小町小吉が『アネックス一号』の中で蠢く隠謀に気付いているかは疑問だが、色物揃いの自分達搭乗員を束ねる人柄と度量はリーダーとしてこの上なく適任だ。

 

 

その小町小吉と似たクーガなら、エドのこともきっと受け入れることが出来るだろう。

 

 

ジョセフがそんな風に『地球』の友に思いを馳せた時には、もう幹部(オフィサー)達が集う会議室は目と鼻の先にあった。ドアのロックに手をかけ入室する前にジョセフは燈の方を振り返り口を開く。

 

 

「起こしてくれてありがと。本当に助かったよ」

 

 

「あっ、いえ!いいっすよこんぐらい(どうせ拒んだところでミッシェルさん)(には逆らえないし)

 

 

「この借りは火星で必ず返す。誓うよ。()とミッシェルさんと、『地球』で命懸けで戦ってるおれ達の友人にね」

 

 

そう告げると、ジョセフは会議室の中へと消えていった。燈はジョセフの後ろ姿を見届けると、居住区へと戻っていく。その途上で、艦内の窓から遥か遠くに見える『地球』をその瞳に映しながら、燈もまた同様に今は遠く離れた友に思いを馳せる。

 

 

「……クーガ、『地球(そっち)』でまたでかいこと起こったらしいな。前回U―NASA襲撃された時と同じぐらい艦内はパニックになっちまってる。でも俺はお前を信じてる」

 

 

かつての戦う理由だった、幼馴染みの『(みなもと)百合子(ゆ り こ)』に対する想いに整理をつける後押しをクーガはしてくれた。そして、今の戦う理由である『春風(はるかぜ)桜人(さくらと)』をクーガは命懸けで守ってくれた。

 

 

そんな自分が、彼の初めての友人である自分が彼を信じずして誰が彼を信じる。

 

 

「『地球』はお前に任せたぜ。こっちは任せろ」

 

 

 

 

 

 

────────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

「いやーお待たせしました」

 

 

「おせぇぞ」

 

 

会議に遅刻したにも関わらずへらへらと笑みを浮かべながら入室してきたジョセフに、眼鏡を光らせたミッシェル・K・デイヴスからの叱咤が突き刺さる。いつもであれば「心配かけて申し訳ないと思っていますよ、ミッシェルさん」などとキザな台詞を吐いて、手をそっと握り……なんていう彼女(ミッシェル)が青冷める事必死な、ある意味ルーチンにも近い日常的な行動をジョセフはとっていただろう。

 

 

しかし、今件の経過報告に関する書類と何時に無く真剣な面持ちで睨めっこする我らが(むれ)の長、小町小吉を見てそんな気は失せてしまった。いくら空気を読めないことに定評があるジョセフでも、今だけは黙って椅子に腰掛けなければならないと理解していた。

 

 

「……全員揃ったな」

 

 

ジョセフが腰掛けたのを確認すると同時に小吉は一呼吸整え、口を再び開いた。

 

 

「2時間前に報告した通り『地球』でテロが起こった。『MO手術』を用いたテロだ。そいつはいつもと変わりはしないが相違点が2つある」

 

 

小吉は、2本の指を立てる。

 

 

「1つは規模(・ ・)。2つ目は『地球組』はそのテロに結果だけで言うと対応(・ ・)出来なかったってことだ」

 

 

『地球』でほぼ同時に2件テロが起こった。今までのケースなど比較出来ない程の規模のものだった。それこそ軍隊を使わなければ鎮圧出来ない規模の。

 

 

それを大量に人員を失い、尚且つ連戦で疲労している『地球組』に完璧に抑えろなどと言うのは実に酷な話だ。むしろ少人数ではあるが今まで戦ってくれたものだと称賛すべきものである。

 

 

しかし、搭乗員への報告義務から各班長から『アネックス1号』各班員に伝達した結果、今件で死亡した遺族の中に家族や親類はいなかったものの不安の種を抱えてしまった班員が数多く見受けられた。

 

 

無理もない。今まで『地球組』は民間人への被害を最小限に抑えて戦ってきたにも関わらず、いきなり二隻の軍艦が沈み、多くの命が失われたなどという報告を受ければさぞかしショックと不安が胸中で渦巻いているだろう。

 

 

そのせいで、小さな綻びが生じ始めている。今件に対応出来なかった『地球組』に対して不満と不安をぶつける者と、それを擁護する者の間で。

 

 

命懸けの『火星』での任務が近付いていることも手伝い、『地球』で任務をこなしている者達への密かに抱いていた妬みまで顔を出してきた。『地球組』が本当に地球でヌクヌクとしている訳がないことは彼らも分かっている。『地球』での任務は『火星』での任務とはまた異質の危険性を秘めている。

 

 

現に過去にアマゾンで起きた事例(ケース)で、『バグズ手術』の中でも変わり種とも言える手術を受けた『金髪の男』とその仲間三人のうち、『勇敢な男』と『色男』は命を落としている。必ずしも地球が安全とは言い難い。

 

 

(わか)ってはいても言わずにはいられないということは、『アネックス1号』搭乗員の メンタルは相当追い詰められているとも言える。ここで何か手を打たなければ任務に支障をきたすことは必死だ。

 

 

「で、何かあんのかい艦長」

 

 

アシモフはどこかふてぶてしい態度で小吉に尋ねた。ミッシェルが「それを今から私たちで考えるんだろうが」なんて噛み付こうとした瞬間、小吉は口を開いた。

 

 

「取り敢えず各自班員を落ち着かせて居住区に戻らせておいてくれ。なるべく早めに話すことをまとめて艦内放送を流すよ。搭乗員の手前集めといてなんだけど、お前ら『幹部(オフィサー)』が側にいてやった方が心強いと思うから」

 

 

「何かっこつけてんだバカ」

 

 

「艦長本当にそりゃないぜ。腕相撲最下位だったことまーだ拗ねてんのか?ロシアの女より嫉妬深いなガッハッハッ」

 

 

「艦長がそう言うなら僕は構わないけど僕は艦長が行う対策に一切携わってないってことで。あ、勿論責任も艦長持ちで」

 

 

「……本当に呼び出した意味ないですね」

 

 

「艦長おれ一旦部屋に戻ります。ジャケット裸の上から着込んでましたしフフ。どうやらむき出しの男性フェロモンを艦内に散布してきちゃったようで」

 

 

たった一言告げた瞬間、妄言を喚いてるローマの伊達男以外の4人の『幹部(オフィサー)』からの集中攻撃を受け、小吉は一瞬挫けそうになり絞り出すような苦笑いを浮かべた。

 

 

自分はどれだけ信頼されていないんだろうとネガティブオーラを出しかけた時、不満を呟いていた四人とジョセフは立ち上がり、会議室のドアへと向かった。

 

 

小吉一人で考えを煮詰めることに不満を述べていたものの、小吉の性格上ワンマンプレイで今件を済ませようという独りよがりで傲慢な腹づもりではないことは分かっていた。頼るべきところでは虚勢など張らずに自分達『幹部(オフィサー)』に頼って来る筈だ。

 

 

「もし行き詰まったら呼べよ。艦長一人に責任を押し付けるつもりはねぇからな」

 

 

「おれも中に何か着たらちゃんと班員のとこに行って落ち着かせますよ。任せておいて下さい、艦長」

 

 

その小吉が一人で考えを練ろうということは、彼なりに何か想うところや考えがあるのだろう。故に、5人の『幹部(オフィサー)』は(むれ)(おさ)を信じその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

 

 

小町小吉は、自身の居住区にて小型のジェラルミンケースを静かに開けた。中には腕時計の器具が一つ。中には更に強化ガラスのロックが掛けられており、この機器の重要性並びに機密性の高さを露骨に示していた。

 

 

「音声認証、小町小吉」

 

 

音声を読み込んだ途端に次は指紋認証、網膜認証と次々に課されるセキュリティをクリアしてようやく、保護されていた機器を手に取ることが出来た。その機器にはこう刻み込まれていた。

 

 

 

 

『惑星間独立通信機 TERRA_FOR_MARS 』

 

 

 

 

万一の保険。『火星』から『地球』まで、電波が到達するまでは5分かかる。この器具で通信する場合、更に遅く15分程のタイムラグを生じさせる。これは、密かに(・ ・ ・)設置したいくつかの衛星を経由する為である。メリットは、妨害電波で通信を妨害されないこと。

 

 

裏切りを想定し、UーNASAが極秘に開発した破格の性能を持つ通信機。通信によると、もうすぐこの機器と相互通信出来る機器が『クーガ・リー』の手に渡るらしい。

 

 

別に、今回の件に関して彼から助言や答えを聞こうという訳ではない。ただ、誰よりも自分の背中を見てきた彼に問いたいのだ。自分は彼の目から見てどう映っていたのかを。

 

 

何故なら、不安を抱えた『アネックス1号』の面々に伝えようとしていることは自分が生きてきた足跡そのものだから。

 

 

 

 

 

 

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─────────────

 

 

 

 

 

テラフォーマー生態研究所第4支部に向かう山道を、護送などに使われる一台の輸送車が走り抜けていた。助手席には『蛭間七星』、 運転席にはターバンを巻いた彼の部下の『染矢』。荷台にはサングラスをかけた、同じく彼の部下である『日向』。

 

 

「荷台の乗り心地はどうよ?ドイツスケベ用語ペラペラ丸」

 

 

「だから七星さんの前で誤解されるようなこと言うなって龍っちゃん!!」

 

 

「何が誤解なんだよ。巨乳に惹かれるのは男の本能なんだろ?それでもお前は貧乳が好きなんだろ?」

 

 

日向をいじくり倒す染矢だったが、七星がなんとも形容し難い表情で自分達のやり取りに困惑していたので、話題を今まさに自分達がリアルタイムで輸送している荷物のことに切り替えた。

 

 

「しっかし極秘の『TERRA_FOR_MARS』はともかく随分と奮発しましたね七星さん。(俺らの給料何年分の予算むしり)(取ったんですか)

 

 

「『アネックス1号』の火星到着が近付いて『地球組』の面倒見てやれなくなるから餞別にプレゼント豪華にしちゃった感じですか?なんて……」

 

 

日向は冗談のつもりだったのだが、七星は誤魔化すようにゲホゲホとわかりやすく咳払いをしたことから図星だったことが判明してしまい、ドイツスケベ用語ペラペラ丸の話題以来の微妙な空気が車内に流れた。

 

 

「デリカシーはお母さんのお腹の中に置いてきたのか?多国語ペラペラM字型毛根太郎」

 

 

「毛根は放っとけ!!!!」

 

 

「……ゴホン」

 

 

七星が咳払ったお蔭で、染矢と日向の掛け合いにようやくピリオドが打たれた。再び沈黙が来訪したところで、七星が口火をきった。

 

 

「彼等は少人数でどんな任務もこなしてきてくれた。俺は彼等の指揮官ではなくなるが……その前にせめて出来うる限りのバックアップをしてやりたい」

 

 

「俺が『地球組(彼 等)』だったら大喜びしますけどね。各自(・ ・)に完全に合わせた最先端の装備一式なんてそうそう準備出来るもんじゃない。特にコイツ(・ ・ ・)

 

 

日向が荷台でコンコン、と巨大なコンテナを叩いた。この中には、特撮ヒーロー真っ青なモンスターバイクが入っている。更に周囲を見渡した。

 

 

『地球組』5人の専用兵装。六ヵ国(・ ・ ・)が予算と技術を惜しみ無く投入してこしらえた、彼等専用の一張羅と力を最大限引き出すであろう装備。

 

 

舞台が『地球』だからこそ実現した、技術の結晶。奴等(テラフォーマー)に奪われる心配などせず、(オレ)(たち)の力を存分に振るえる。

 

 

『火星』で起こる物語に手出し出来なくとも、125万種以上の生命の炎が燃え盛る、地球生物(オ レ た ち)のこの()()でこれ以上好き勝手させない。そんな明確な意思が、一介の戦闘員や工作員にすぎない5人の装備に込められていた。

 

「最初は使い捨てかもしれない戦闘員に馬鹿みたいな予算(コスト)かけてどうすんだってブーイングの嵐だったってのに……流石に今残ってる連中の実力は認められたみたいっすね」

 

 

そんな風にカラカラと笑う染矢の笑い声を横にしながら、七星は懐からリストを取り出した。既に配布をされたモノが2つ程あるが、この中のほとんどがこれから『地球組』の面々に配布されるものだ。

 

 

「待っていろ。こいつは正真正銘『地球生物(お れ た ち)』の『U―NASA(お れ た ち)』による『地球組(き み た ち)』の為の装備だ」

 

 

 

 

 

エドワード・ルチフェロ

 

▽『特性(ベース)

『エンジェルトランペット』

 

▽専用戦闘服

擬装用アンダーウェア『JOKER_CROCK』

 

▽専用装備

体内内蔵型アルカロイド散布装置『詐欺師の手口(アンジェロ・マルヴァゼタ)

 

 

 

 

ユーリ・レヴァテイン

 

▽『特性(ベース)

『アンボイナガイ』

 

▽専用戦闘服

光学迷彩搭載ギリースーツ『WHITE_DEATH』

 

▽専用装備

コンタクトレンズ型スコープ『死神の魔眼(シ モ ・ ヘ イ ヘ)

 

 

 

 

 

美月 レナ

 

▽『特性(ベース)

『マンディブラリスフタマタクワガタ』

 

▽専用戦闘服

重格闘戦用バトルジャケット『RED_BREAKER 』

 

▽専用装備

超摩擦係数グローブ『破壊者の処刑具(ギ ロ チ ン)

 

 

 

 

 

アズサ・S・サンシャイン

 

▽『特性(ベース)

『ヘラクレスオオカブト』

 

▽専用戦闘服

高速剣術用バトルジャケット『BLUE_LIGHTNING』

 

▽専用装備

無摩擦係数グローブ『剣聖の鞘( セ イ バ ー )

 

 

 

 

 

クーガ・リー

 

▽『特性(ベース)

『ミイデラゴミムシ』

『オオエンマハンミョウ』

 

▽専用戦闘服

耐過熱防護服『BLACK_HERO』

 

▽専用装備

化学物質出力安定・増幅装置『炎の導き手( ゴ ッ ド ・ リ ー )

 

▽専用車両

火力炉搭載型バイク『THE()EARTH(ア ー ス)_COUGAR( ク ー ガ )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






皆様お久しぶりです。私とこの作品を覚えて下さったでしょうか。覚えていて下さった方も今シがた思い出した方もお久しぶりです。Twitterでテラフォ仲間と暴走してました。

大変遅くなって申し訳ありません。テラフォ世界での火星~地球間の電波の速度と公式小説ロストミッションの設定がこの話に必要だったので、それが作中発表されるまで待っていました。

次回、地球組が本格始動します。

※この話で地球組の下りまでやると四万文字を越えてしまいますのでどうかご容赦下さい。予告していたにも関わらず大変申し訳ありません。


テラフォアニメ今月始まりますね。貴家先生と橘先生と編集さんは神。はっきりわかんだね。


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第三十話 TERRA_FOR_MARS 地球組




地球組【組織】

正式名称……terra,Terra

『アネックス1号』計画の外部組織。地球で起こり得る『MO手術』や『テラフォーマー』に関連するトラブルに対処する。

・小隊長1名
・副隊長 兼 狙撃手1名
・特化戦闘員2名
・特殊工作員1名
・サポーター1名

以上6名で構成される。





 

 

 

 

「……相変わらず凄まじい量のナチュラルグリーンに囲まれてんな、おい」

 

 

「テラフォーマーを通常じゃ考えられないぐらい緩い条件で管理するんだから人里から大分離れてて当然だろうよ。(つうかこれでも警備ガバガバなぐらいだし)

 

 

輸送車両から降りるなり、蛭間七星の部下である染谷と日向は『テラフォーマー生態研究所第4支部』のロケーションを見渡して感想を洩らした。テラフォーマーの管理体制上仕方ないとはいえ、こんな不便な場所に半ば隔離してしまった『地球組』の面々とそのサポーターである『桜唯香』には申し訳ない思いでいっぱいだ。ただ、

 

 

「じ、ぎぎぎ……」

 

翻訳『苔ジュースなまらうめぇ……』

 

 

実験体であるテラフォーマー達はこの自然の多い環境に満足しているようだ。事実、10メートル程先の茂みの近くで、スキンヘッドのテラフォーマー通称『ハゲゴキ』さんが自作の木の棍棒と石の皿の上でゴリゴリと苔を擂り潰し、ペースト状にした後に飲み干すという自由すぎる自給自足を行っていた。

 

 

「ひあっ!?駄目だよハゲゴキさん!!今度勝手に研究所の外に出てるとこ見られたら処分って!」

 

 

そこに、かなり慌てた様子でとっとこ、とっとこ、と駆け付けた小柄な女性こそがこの研究所の責任者である『桜 唯香』。無断で外に出たハゲゴキさんをグイグイと研究所の中に引き戻そうと必死になっている。何故なら、つい先日(・ ・)の事件で無断で実験体テラフォーマーを研究所から解き放ったことが原因で、次回実験用テラフォーマーを無断で研究所外に解き放ったことが確認された場合、彼らを処分することが検討されていた。

 

 

唯香が焦る気持ちも解る。ただ、七星達3人がその目に現場を納めてしまった以上それは意味をなさない。唯香は七星たちの視線と存在に気付いたのか、ハッとした表情を見せた後、おろおろとその場でパニックになり最終的にハゲゴキさんを庇うように彼の前に立った。

 

 

「あっ、あの!これは、その!!」

 

 

うるうると今にも大量に涙をこぼしそうな瞳を向け、ブルブルと体を震わせながらハゲゴキさんを守ろうとする姿は、もし第3者がこの場に居合わせたなら七星たちが大悪党に見えてしまう程に、人の情に訴えかけていた。

 

 

流石にこんな小動物のような姿を見せられて尚ブレることなく、「そのハゲ処分な」と言い放った日には、鬼畜という言葉がお似合いな冷徹な人間になってしまう。自分たちの業務は時に冷徹に、事務的にこなす必要があるが、今は断じてその時ではない。もし仮に自分たちが冷たい体の昆虫だったらそうしていただろうが、自分たちは人間だ。幸い優しさや寛大さなら、親兄弟からしっかりと授かっている。

 

 

「……桜博士、今のは見なかったことにしましょう。以後管理には気を付けて下さい。一定の区域に限定して再度テラフォーマーの外出を検討するように私の方から口添えしておきましょう」

 

 

「ふえっ!あ、ありがとうございますッ!!」

 

 

「やだ七星さんイケメン」

 

 

七星の懐の広さを伺わせる言葉に唯香はペコリと頭を下げ、染谷は思わず口元をゲイセクシャルの所謂『お姉キャラ』の人々がよく取る行動のようなポージングをしつつ、自らの上司に惜しみ無い称賛を浴びせた。さて、そもそも一連のドタバタ騒動の引き金となったハゲゴキさんはと言うと、

 

 

「じぎぎぎぎ!じょぎぎぎぎ!」

 

翻訳『これにて一件落着だな!ハッハッハッ!』

 

 

などと悪びれもなくあっけからんな高笑いを見せていた。その直後、ハゲゴキさんの顔面にどこからともなく飛んできたサッカーボールが勢いよく、物理法則を無視したサッカーアニメよろしくな感じで突き刺さった。

 

 

「アッチャ……痛そう……」

 

 

日向は苦笑いしつつ、そんな感想を洩らした。彼等テラフォーマーに痛覚は存在しないのだが、それを踏まえた上でも顔面にボール直撃は痛そうだ。事実ハゲゴキさんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、あんぐりと口を開けて周囲を見渡していた。その場にいた全員がボールが飛んできた方向に目を向けると、窓からノーマルタイプのテラフォーマーが顔を突きだしてハゲゴキさんに威圧感(プレッシャー)を放っていた。

 

 

「じょうじょうじじょう!!」

 

翻訳『早く戻ってこんかいこのハゲ!!』

 

 

彼の名前はゴキちゃん。ハゲゴキさんと同じくこの研究所で管理されているテラフォーマーの1体で、彼に比べるとこちらは意図的な素行不良等は見られず、どちらかと言うとハゲゴキさんの行動を咎める優等生タイプだ。

 

 

「……同じ種でもここまで違う、か」

 

 

七星はテラフォーマー達が繰り広げた一連のやり取りを見届けた後、意味ありげに自分の2人の部下を交互に見比べた。肉体派の染谷と頭脳派の日向を。

 

 

「七星さん、もしかして「テラフォーマーも人間も十人十色なんだな」的なこと思い浮かべてます?」

 

 

「そうだとしたら当たってますよ。俺は日向と違って食品にゴキブリが混入してても食いませんからネ」

 

 

「俺だって食わねぇよ!!」

 

 

ギャアギャアと喧嘩を始めてしまった2人の部下に溜め息をついた後、七星は唯香へと話を切り出す。先程までのどこか緩んでいた表情が急激に引き締まった七星の表情に、 唯香は思わず息を呑んだ。

 

 

 

 

「桜博士、この度私達は『地球組』の装備の支給と今回起きた一連の出来事に関する説明、そして『エドワード・ルチフェロ』の処分の件で参りました」

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

───────────

 

 

 

 

 

『テラフォーマー生態研究所第4支部』の客間は、張り詰めた空気で満ちていた。両脇に2人の部下を控えさせた七星を前に、5人の『地球組』構成員はそれぞれの想いを胸に七星の話に耳を傾けていた。これから今回の一連の出来事に関する処理が言い渡されるのだ。

 

 

「別動隊が担当した豪華客船『ダンテマリーナ』だが、結果的に作戦は失敗に終わった。正体不明の組織と衝突の最中、混乱に乗じた『(チョウ)花琳(ファウリン)』を取り逃がす結果になってしまった」

 

 

「別動隊と……船に乗っていた人達は?」

 

 

クーガが尋ねると、七星は顔を横に振る。彼の表情が引きつった瞬間をクーガは見逃さなかった。どうやら事態は悪い意味で自分の予想を裏切ったらしい。

 

 

「いや。その別動隊からの通信によると更に現れた第3勢力によって敵対勢力は壊滅。更に乗客や乗組員は全滅してしまった」

 

 

5人と唯香は驚愕の表情を浮かべた。今まで花琳の手によって引き起こされたであろう一連の『バグズ手術』を悪用したトラブルは、ひっそりと日常の水面下で行われてきた。民間人や一般研究員にはほぼ被害がなく、死傷したのは『地球組』や軍人など戦う覚悟ができている者達ばかりだ。

 

 

そこには花琳のポリシーもあるのだろうが、それは『MO手術』や『バグズ手術』の技術が漏洩するのを防ぐ目的も兼ねていたのだろう。しかし今回の事件に関与した第3勢力とやらは違う。民間人の被害や情報漏洩など全く考えることなく、何らかの目的の為に敵対勢力及び民間人を虐殺した訳だ。イカれている。あれだけ憎んでいた趙花琳が相対的にマシ(・ ・)に見えてしまうレベルでネジが飛んでいる。

 

 

「その別動隊が遭遇した敵対勢力と、その第3勢力も『MO手術』を受けていたのでしょうか」

 

 

ユーリはそう尋ねた。あくまで自分の憶測だが、こちらの別動隊は当然『MO手術』を受けていただろう。それを圧倒した上で民間人を大量虐殺できるもの。武器を持ち込めない艦内においては、『MO手術』ぐらいしか思い浮かばない。船のセキュリティをくぐり抜けることができる武器では、そのような惨事を望めないだろう。もう1つの敵対勢力はともかく、第3勢力力とやらが『MO手術』を受けたことは確実だろう。

 

 

「ああ。別動隊からの通信内容によると、両勢力ともに『MO手術者』が確認されたようだ」

 

 

「……状況はあまりよろしくないですわね」

 

 

アズサは冷静に盤面を分析した。花琳を除外してもUーNASAと敵対する組織が2つ存在し、少なくともその内の1つは頭のネジが外れた集団だ。どう足掻いても自分達が苦戦するのは必死だろう。そして何よりも、自分達は今組織として欠陥ともなり得る弱点を抱えている。

 

 

「あー大丈夫だってお嬢さん。こちとら最新のアンタ達専用の装備と一張羅をこしらえてるからさ」

 

 

「そうそう。各国の技術の集大成だぜ?」

 

 

「問題は戦力的なものではなくってよ」

 

 

アズサが2人の発言をバッサリ斬り捨てると、染谷と日向は顔を見合せた。では果たして何が問題なのか、という問題が彼等の中で芽生えかける前に2人は答えを導きだした。彼ら『地球組』の立場になれば、この答えを出すことはそう難しくない。

 

 

「『エドワード・ルチフェロ』のことですわ」

 

 

その名前をアズサが口にした時、場の空気は瞬時に凍結した。物々しい話題が続き、剣呑な空気へと変貌していた先程までの空気が、生暖かく感じる程に場の空気は冷ややかなものになった。その中でただ1人『エドワード・ルチフェロ』本人だけが、まるで人生の最期を穏やかに受け入れる死刑囚のような柔和な表情で、アズサの話を傾聴していた。自らは裁かれて当然と言わんばかりに。

 

 

「……エドワード・ルチフェロは君達が知っての通り、作戦実行の為とはいえ『UーNASA』のシステムを書き換え、その作戦内容を『地球組(き み た ち)』だけでなく『UーNASA(わ れ わ れ)』にも作戦内容を知らせることはなかった。重大な命令違反だ」

 

 

だが、と七星は一言付け加える。

 

 

「たった1人で1000人もの『バグズトルーパー』を殲滅し人質を救出、それを単独で実行した勇気が高く評価されたこと。ハッキングされた『UーNASA』のデータもアネックス準構成員の『トーヘイ=タチバナ』の手により修復に成功したこと。

 

 そして何よりローマ連邦首脳『ルーク・スノーレソン』からいくらかの謝礼金が支払われたことからこの件より生じる『エドワード・ルチフェロ』個人及び『地球組』へのペナルティーは一切不問にすることとなった」

 

 

エドの処分は、今回の彼の行いを総合して考えると破格の待遇とも言える『無罪(おとがめなし)』。だが、それを聞いたところで『地球組』の面々の表情が晴れることはなかった。どうやら彼等が気にかけている問題はそのような表面的な問題ではなく、もっと組織として根本的な問題らしい。

 

 

「今後も彼が今回(・ ・)と同じような行動を続けるようでしたら……あたくしはエドと戦場で背中を合わせて戦い抜くことなんて到底できませんわ」

 

 

やはり、『地球組』の面々が気にかけていたのは今回のエドが取った行動から生じる、彼への不信感

なのではないだろうか。アズサの口ぶりから染谷と日向はそう判断した。ことわざで『敵を欺くにはまず味方から』というフレーズがあるが、今回の事例はまさしくそれだろう。

 

 

エドは1000人の敵を欺く為に、『地球組』の面々すらも欺いた。外部の者から見ればエドは賞賛されるべきであれど、避難を浴びるいわれなどないと思うかもしれない。しかし、彼と共に命を賭ける『地球組』の面々から見ればそうとも言えない。

 

 

自らを欺く相手に自らの命を預ける行為は、相当の勇気を要する。今回彼が行った独断専攻撃はこちらが危険に遭う可能性が生じる上に、裏切られ刃を背中に突き立てられるかもしれないという疑心暗鬼にも繋がりかねない。そして、アズサ以上にそのような『裏切り』に敏感なこの男が、アズサの意見に賛同するのは無理のない話だろう。

 

 

「私もアズサ・S・サンシャインに同感です。彼が今回取った行動は目に余るものがある」

 

 

ユーリは1度、ロシアの同胞によって裏切られ両目を潰されている。今回のような、他者を欺く行為には人1倍敏感になって当然と言えば当然だろうか。

 

 

「おじょーさまも ゆーりもひどいぞ。しんじん(・ ・ ・ ・)はがんばっただろ」

 

 

対してレナはエドを擁護する。どうやらレナは今回のエドの行いは作戦遂行の為の仕方ない行いとして容認しているらしい。確かに彼女の意見にも一理あると言えばある。

 

 

「レナ、頑張ればなんでも許されるものではなくってよ?」

 

 

彼女(アズサ)に同調するのは(しゃく)だが全くだ。今回の彼の行いはチームとして許されるべきものではない 」

 

 

「あたくしに同意するのが(しゃく)とは随分なご挨拶ですこと、ほ、ほ、ほ」

 

 

「ユーリさんもアズサちゃんも落ち着いて!」

 

 

エドの今回の行いに反対派の中で更に仲間割れしそうになったところを、唯香とゴキちゃんが慌ててなだめた。この2人の関係の改善は『サポーター』の立場として今後行っていくとして、今優先すべき問題はこれではない。

 

 

「クーガ・リー、君はどう思う」

 

 

七星は静観し今回のエドの行いについて考えを巡らせていたクーガに問いを投げかけた。その瞬間言い争っていたユーリとアズサはピタリと口論を止め、その場にいた全員の視線がクーガへと集中した。

 

 

今後、クーガが小隊長として『地球組』を率いていくことは伝達済みだ。そのクーガがどのような判断を下すかによって、組織としてのあり方も変わってくるだろう。

 

 

 

「……オレは」

 

 

クーガはそこで区切った。言葉を発する唇に、重圧が顕著にのしかかる。今回の出来事は決して安易に感情論で済ませていい問題ではない。次に自らが発する言葉で組織としてのありかた、いわば(むれ)としてのありかたが大きく変化してくるのだ。

 

 

そうは言っても自分には小隊とはいえ組織を率いた経験など今までない。そんな自分が、何をどう受け止め、どう考え、どんな言葉で吐き出せばいいのかなど検討もつかない筈だった。

 

 

しかし、どうしても小町小吉の背中が頭に思い浮かんでしまう。そのようなお手本を長年追い続けてきた自分ならば、彼がどのように組織を率いて束ねていくかを想像するのは難しくない。その考えと自分を重ね、言葉を発することもその気になれば可能だ。

 

 

だがそれだけではいけない。それでは小町小吉の模造品にすぎない。これから組織を率いていくのは『クーガ・リー』だ。自分自身だ。自らの意思を強くこめた言葉を仲間に伝えなければ意味をなさない。す

 

 

「エド、オレはあんたが今回やったことを許すことなんて絶対できないよ。いや、オレ(・ ・)がオレ(・ ・ ・)である(・ ・ ・)以上(・ ・)許しちゃいけないと思う」

 

 

その言葉がクーガの口から発せられた瞬間、何も言い返すことなくエドは穏やかな笑顔で深く頭を下げた。その様子はやはり、自らは報いを受けて当然の人間であると言わんばかりの何かを悟りきった表情だった。

 

 

「申し訳ありません。クーガさん、レナさん、皆さん。UーNASAの職員の皆さん。やっぱり僕みたいな偽善者が皆さんみたいな本当の善人と肩を並べて戦える訳なんてないですよね」

 

 

笑顔ではあるものの、どこか寂しさを醸し出す表情でエドは言葉を紡いでいく。

 

 

「僕みたいな『嘘つき(フェイカー)』がいたら組織の足並みを乱してしまいますよね。UーNASAが許しても、皆さんが許さないのであればどうか僕を『地球組』から脱退させて下さい。更に罰を皆さんが望むなら……僕は甘んじて受け入れます」

 

 

エドの言葉を聞いた後、クーガ、アズサ、ユーリの3人は彼との間に起こった話のすれ違いを理解した。自分達3人が述べた言葉を、エドはどうも悪い方向に曲解してしまったようだ。

 

 

無理もない。理由を述べず、どちらにも受け取れる言い方だった故に、エドが悪い方向に話を傾けてしまっても彼を責めることなどできやしない。むしろ落ち度はこちらにある。補足説明をしなければならないだろう。

 

 

「あー、ごほん。エド、あたくし達が言いたいのはそういうことでは」

 

 

アズサがその先の言葉を並べようとしたまさにその時、エドの細腕をぐわしと掴んで話を遮った者がいた。この者も、クーガ達の言葉を歪んだ方向に解釈してしまったようだ。

 

 

「たしかにしんじん(・ ・ ・ ・)はわるいことしたけどいいすぎだ」

 

安定のレナである。完全にエドと同様に、クーガ達の言葉を誤解してしまっているようだ。その上エドに肩入れしているのか、いつもと同様に無表情ながらもどことなく憤っている様子も見受けられる。

 

 

「レ、レナさん。お気持ちは嬉しいですけど今回の責任は僕にある訳ですし……」

 

 

エドは困り顔でレナをなだめた。彼自身にも非があるものの、命の危険を冒してまで任務を達成した功績を仲間である彼等が一切触れないことに腹を立てているようだ。レナの怒りは依然として収まる様子がない。それどころか、

 

 

「こんなそしき(・ ・ ・)にいられるか。わたしはきょうで『ちきゅうぐみ』をだったいするざんす。 そうときまればしんじん、わたしとかけおち(・ ・ ・ ・)するぞ」

 

 

「えっ!?レナさん!?」

 

 

頭に血が昇りすぎたせいか、自分でも意味がわかっていない言葉を口走る始末。

 

 

「レナちゃんそれ意味違うよ!」

 

 

「エド?ア、アナタいつレナに手、手、手を出して?ふ、不潔ですわ!」

 

 

「えぇいとめてくれるなー」

 

 

「え、ちょ、わ、わわ!レナさん!?」

 

唯香のツッコミとアズサの勘違い指摘を受けても尚、暴走機関車レナは止まらない。エドの腕をガッシリと掴んだかと思えば、そのままドアから飛び出して移動用のワゴン車へと乗り込みどこかへと走り去ってしまった。あっという間の出来事であったが故に、一同は全員ポカーンと口を開けて見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

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(チョウ)花琳(ファウリン)はひたすらカナダとアメリカの国境付近の森林の中を駆け抜けた。もうすぐだ。もうすぐで、自分が非常事態用に密かに設けた避難用スポットへと辿り着くことができる。

 

 

そこには脱出用の小型ジェット機と、何匹かの特殊(・ ・)兵隊(テラフォーマー)を備えてある。脱出に失敗したとしても、最悪形勢をひっくり返すことは可能だ。自らの大切な者の、ヴィクトリアウッドの意思を成し遂げるまでは決して倒れる訳にはいかない。

 

 

ハイヒールの踵を折って泥を踏み、身に付けたドレスを樹木の枝に引き裂かれつつも必死に自らの生きる意思を証明するかのように進む花琳(ファウリン)。しかし、その思考を一瞬にして停止させるには充分すぎるものが目の前の樹木に突き刺さった。

 

 

対テラフォーマー受電式スタン手裏剣

『レイン・ハード』

 

 

本来であれば、この装備は火星で任務に赴いている筈のアドルフ・ラインハルトの専用武器だ。しかし、もう1人だけこの武器を用いる者がいた。それはかつて自分が手駒の1人としてクーガ・リーに差し向けた者であり、小町小吉とアドルフ・ラインハルトの模倣に長けた者であった。しかし、その者は死んだ筈だ。少なくともそう知らされていた。

 

 

「ヨォ。久しぶりじゃあねぇか」

 

 

聞き覚えのある意地の悪そうな声の方向に振り向くと、そこには死んだ筈の『(みかど)恐哉(きょうや)』であろう者が立っていた。『(みかど)恐哉(きょうや)』であると断定できないのは、その人物が全身をロボットスーツで身を包んでいるからだ。

 

 

このスーツには見覚えがある。かつてアドルフ・ラインハルト、いやUーNASAのドイツ支局が生体工学と機械工学の専門研究所『B(バイオ&)M(メカニクス)A(アーゲンター)』との競合(コンペ)の際に争うことになった代物。

 

 

M(モザイク)O(オーガン)H(ハイブリット)スーツ』

 

 

M(モザイク)O(オーガン)を用いた動物細胞により得た合成細胞から強靭な肉体を作り上げ、機械と融合させた戦闘用パワードスーツの総称。『MO手術』とは異なり安定した戦力の確保を目的としたものなのだが、戦闘以外の側面からも両者は評価され、最終的には『MO手術』に敗れた兵器だ。今となってはお払い箱となっていた筈だがそれを何故、『(みかど)恐哉(きょうや)』であろう人物が身に纏っているのか。

 

 

「クーガ・リーに雷で丸焼きにされた後……オレはかろうじて一命をとりとめた。だが見てみろよ。機械の補助がないと生きていけねぇ体になっちまった」

 

 

「なるほどね。あなたは私達の中国(スポンサー)に回収されて本当のお人形さんにされちゃったって訳?」

 

 

花琳は軽口を叩きながらも帝恐哉の一言から事情を察した。恐らくではあるが、彼が身に付けている『M.O.Hスーツ』は彼の生命活動を維持する役割も担っているようだ。落雷により損傷した臓器の一部を補っているのだろう。そして何より、

 

 

「相ッ変わらず口の減らねぇ女だな……」

 

 

帝恐哉は自分の駒としてではなく、自分を殺す中国の駒として帰ってきたのだ。それを察するのはそう難しくない。本能的に危険を察知して花琳がとっさに横に飛んだ次の瞬間、

 

 

「シャア!!!」

 

 

案の定『M.O.Hスーツ』を纏った帝恐哉の鋭い一撃が花琳がつい一瞬前までいた場所に突き刺さる。やはり、帝恐哉がどんな理由であるにしろ中国側についたことに疑いはないようだ。

 

 

「お前の『特性(ベース)』は手駒(テラフォーマー)がいなけりゃ戦闘向けじゃねぇ!諦めな!!」

 

 

「あら?そうかしら?」

 

 

強気な姿勢を見せたものの、花琳の『エメラルドゴキブリバチ』が戦闘向きでないことに疑いはない。ならば手段は限られてくる。花琳は静かに、忍ばせていた注射機型の『薬』4本を首筋に突き刺した。

 

 

「テメェ……まさか!!」

 

 

帝恐哉が殴りかかった時には、『過剰接種(オーバートーズ)』により更なる肉体改造を終えた花琳が(はね)を広げて飛び去った後だった。

 

 

「生憎私はやることがあるの。じゃあね」

 

 

花琳は不敵な笑みを必死に作りつつ、苦しそうに呼吸を整えてそのまま飛行を続けた。内心、もう既に限界を迎えていた。逃避の為にトライアスロン並に体力を消耗した後に、肉体に大きく負担をかける『過剰接種』を行ってしまったのだ。体が悲鳴をあげない方がおかしい。彼女の視界は、肉体的・精神的に磨耗しきったせいで、焼き切れたフィルムのように激しく霞んでいた。

 

 

「……おい刺人(ツーレン)のおっさん。あのクソ女は仕留め損なったが発信機はつけといたぜ」

 

 

必死に生きようと飛び去る彼女の後ろ姿を嘲笑うかのように、帝恐哉は今回の任務に同行した中国暗殺部隊『(イン)』の隊長である刺人(ツーレン)と連絡をとった。

 

 

以前花琳の手下として動いていた時から、彼女のしたたかさは作戦内容を聞かされる度に痛感させられていた。今の自分が『オリエントスズメバチ』と『M.O.Hスーツ』の力を合わせ持とうが、取り逃がしてしまうことぐらい予想できていた。

 

 

『クク……上出来だ。確かな仕事ぶりなようだな』

 

 

帝恐哉は、客観的に自分の力量を捉えることができる男だった。故に、自らが確実に遂行できる任務のみを確実に遂行して小金を稼いできた。ただ、1度だけ自らの力量を見誤ってしまったことがあった。いや、任務遂行中に相手が大きく自分を越えてきたと言うべきか。

 

 

「任務が成功した時の報酬は覚えてんだろうな」

 

 

『ああ、覚えているとも』

 

 

精神面(メンタル)を揺さぶる為に相手を必要以上に散々煽った結果、それが相手を逆に強くしてしまった。自らをこのような機械仕掛けの体にしたあの兵士(・ ・)

 

 

「クーガ・リーに復讐(リベンジ)させて貰うぜ……きっちりとなぁ……!!」

 

 

クーガ・リーに復讐したい。その一心だけで中国政府の駒にも喜んでなった。クーガによってズタズタにされた体と、誇り(プライド)にもう1度息を吹き込むには彼との再戦を避けて通ることは不可能だ。

 

 

それに、今の自分の力量であればクーガを下すことは恐らく訳ない。今度こそ確実に仕留めることができるだろう。

 

 

小町小吉の『武神(オオスズメバチ)』とアドルフ・ラインハルトの『闇を裂く雷神(デ ン キ ウ ナ ギ)』の力を併せ持つ自身の『オリエントスズメバチ』の特性と、『M(モザイク) O(オーガン) H(ハイブリッド)スーツ』の力をもってすれば敗ける道理などない。

 

 

 

 

 

 

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レナがエドを連れてこの場を去った後、場は騒然としていた。アズサはレナを連れ去られてパニックになり、そのアズサを唯香が手を握って必死に落ち着かせる。ユーリは先行きの不安を感じたのか、早速瓦解しかけている組織に溜め息をついていた。

 

 

「さてと。どうすんだ隊長さん。早速組織が崩壊しちまったみたいだけど?」

 

そんな様子を見守っていた七星の部下である染谷は、クーガににやけ顔で尋ねた。この若きリーダーは確かに人が不思議と寄り付くという点では、小町小吉とどことなく似た雰囲気を持っているしかし、リーダーとしてはかなり未熟だ。単純に小町小吉を真似ただけでは、色物揃いの『地球組』を束ねることはできないだろう。

 

 

かといって、ミッシェル・K・デイヴス達のような他の幹部(オフィサー)のような才覚やカリスマ性をこの青年が持ち合わせているようには見えない。彼のリーダーとしてのお手並み拝見といったところか。

 

 

「あっちゃ……小吉さん達みてぇに上手くはいかねぇよな、そりゃ。もうちょい分かりやすい言い方にしとくべきだったな」

 

 

クーガは自分の未熟さを痛感したかのように、深く息を吐いてドアノブに手をかけた。当然、エドとレナを連れ戻しにいくつもりだろう。

 

 

そんな矢先のこと、短期間とはいえ『地球組』の臨時指揮官を務めていた七星の口から思わぬ一言が飛び出した。

 

 

「本当に彼等を連れ戻しに行く必要はあるのか?」

 

 

その一言に、一同は耳を疑った。七星の部下である染谷と日向でさえもだ。そんな風に動揺する彼等をよそに、 七星は言葉を続けた。

 

 

「『エドワード・ルチフェロ』は君すら凌ぐ圧倒的な『特性(ちから)』を持っているが迂闊に信用できない。『美月レナ』は感情的になりやすい傾向があり戦力としての価値はともかく戦術的価値はやや低い」

 

 

「ごめんあそばせ。貴方が一体何が言いたいのかあたくしにはさっぱり伝わりませんわ。まさかレナが無能だとでも言いたくって?」

 

 

先程までレナがいなくなったことで狼狽えていたアズサは、まるで剣先のような鋭い視線と鋭い物言いで七星に尋ねた。七星の言い方だと、まるでレナが無能であるようにしか聞こえなかったからだ。

 

 

「無能とまでは言わないが……君達3人だけでも充分『地球組』は充分務まるとでも言っておこう。戦力的な問題は心配しなくていい。用意した新装備さえあれば君達の戦力は大幅に向上する。2人ぐらいの欠員など気にならない程にな」

 

 

「な……」

 

 

七星からのドライな言葉に、アズサは言葉を失った。指揮官の任を解かれたからといって、七星が道徳的な配慮に欠けることを言う人物でないことを知っていたからだ。だからこそ、彼の台詞の意図が読み取ることができなかった。更にそんなアズサに構わず、七星は彼らしくもない乾いた言葉を続けた。

 

 

「クーガ・リー。それでも君は行くのか?幼い頃から戦場を駆けてきた君ならわかっている筈だ。『エドワード・ルチフェロ』のような人物に背中を預けることがいかに危険か。『美月レナ』のように感情的に動く人物がいかに仲間を危険に晒すか。それを承知で彼等を引き留めにいくなら俺は君にこれ以上何も言うまい」

 

 

クーガは七星に問われた後、何か思うところがあったのか一瞬の間を挟んでそっと口を開いた。

 

 

「必要なんだ。エドもレナも。詳しいことはあいつら連れ戻してきた後に話すよ」

 

 

「……そうか」

 

 

クーガから返ってきた、飾り気がなくシンプルな答えに七星はどこか満足そうに微笑む。そして、威勢よく肩をポンと叩いた。まるで弟を送り出す兄のような、温もりすら見る者に感じさせた。それを見た瞬間、その場にいた全員が先程の七星の言葉の意図を各々理解し始めていた。

 

 

「行ってこい。君に必要な者を取り戻してこい」

 

 

「ああ。勿論さ」

 

 

「あー……ゴホン。それじゃ七星さんの御言葉も頂いたところで隊長さん。各種新装備と重要機器は全員揃ってから渡すとして、こいつは先に贈呈しとくとしようか。データじゃ大型2輪の免許取得済みってなってるから問題なさそうだし」

 

そう言うと、七星の部下である日向が車のキーのようなものをクーガに放り投げた。

 

 

「……ん?なんだこりゃ?」

 

 

「きっと驚くぜ。隊長さんがバイクレーサーのチャンピオン『天城ほたる』の息子さんで『MO手術者』って事情がなきゃ絶対乗せる訳にはいかない化け物マシンだからな」

 

 

クーガがキャッチした鍵を訝しげに眺めていると、染谷は悪戯気味にニヤニヤと笑みを浮かべて彼をそのコンテナに収容されたマシン(・ ・ ・ ・)の元へと案内した。

 

 

 

 

 

 

 

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「ぷんすこぷんすこー」

 

 

レナは、エドを乗せたワゴンで山道を走っていた。助手席に座ったエドは、相変わらず俯いている。

 

 

「どうしたしんじん(・ ・ ・ ・)。わたしとのかけおち(・ ・ ・ ・)がふまんか?」

 

 

「え、えーっと……」

 

 

エドは困り顔でポリポリと頭を掻いた。どうもレナには調子を狂わせられる。自分の唯一無二の友人である、『ジョセフ・G・ニュートン』とどっこいどっこいの独特の性格をしていると言えるだろう。

 

 

「くーが たちのことなんてきにしなくていいからな。うそんこ(・ ・ ・ ・)はいけないけど、おまえはよくがんばったぞ。ほんとーだぞ」

 

 

「……クーガさん達の言い分は最もですよ。『敵を欺くならまず味方から』なんて言葉がありますけど、僕が味方だったら自分を騙すような味方に背中は預けられない。そして僕は……善人に憧れる悪人に過ぎない。ここまで材料が揃ってたらアズサさんやユーリさんが僕を信じられないのは当然です」

 

 

「あくにん?なんかしたのか?」

 

 

レナからの問いに、あれだけ敵の前では饒舌さを発揮していたエドは言葉に詰まった。一瞬だけ表情に陰りを見せた後、口を開いた。

 

「ええ。たくさんしました。多分レナさんが思い付く限りの悪いことは全部をやりました。それでもレナさんは僕のことを信じてくれますか?戦場で僕に背中を最後まで預けられますか?」

 

まるで懺悔するように自らの罪の意識の断片を吐き出すエドを見て、レナは車両を道路脇に停止させた。そして、しっかり相手を見据えてこう告げた。

 

 

「しんじるぞ。なかま(・ ・ ・)だからな」

 

 

エドは、真っ直ぐな瞳と言葉で自らに向かってハッキリそう言い切ったレナに少なからず驚かされた。自らは他人を欺く癖に、他人の嘘には鈍感な自分だからこそ見抜けないだけかもしれないかもしれないが、レナが嘘をついてるように見えなかった。

 

「……そこまでわかっていてまだ僕のことを仲間って言ってくれるんですか?」

 

 

「しんじる、ってやくそくしただろ」

 

 

確かにエドはレナに「最後まで信じてくれますか」と尋ね、レナはそれに対して信じる、と応答した。 だが本当にそれだけだ。

 

 

「たったそれだけ、ですか?」

 

 

「そーだ」

 

 

レナは本当にそれだけの理由で、自らのことを仲間と思ってくれている。どこか申し訳ない気持ちもあるが、同時に心の底から嬉しく、笑みもこぼれた。

 

 

「……ありがとうございます、レナさん」

 

 

「ちょっとまてぃ」

 

 

レナは何かを思い出したのか、まるで江戸っ子のように言葉を区切った後、車を完全に停止させてシートベルトを外した後、エドにずいっと顔を近付けた。

 

 

「レ、レナさん!?」

 

 

しんじん(・ ・ ・ ・)。さくせんのとき たくさんうそをついたんだよな?」

 

 

「ええ。お伝えした通り……」

 

 

「わたしのことを『かわいい』っていってたな。あれもうそんこ(・ ・ ・ ・)か?」

 

 

エドの脳裏で、作戦決行時の記憶がフラッシュバックした。確かにエドは、レナを無茶させない為にかわいいなどと甘い言葉を囁いただけに留まらず、膝をついて手を握るなどといったキザな行動すらした記憶がある。

 

 

「じっさいのとこどーなんじゃ?」

 

 

「レッレナさんまずいですって!!」

 

 

レナはもっと間近で自分の顔を品定めしろと言わんばかりに、座席に座るエドの膝の上に座った。しかも互いに向かい合わせとなる形で。レナは男女の関係に恐ろしい程に疎い為に気付かなかったが、ハッキリ言うと傍から見ると男女のカップルがわざわざ車を道路脇に寄せて、車内でメイクラブしてるようにしか見えない訳だ。

 

 

「ごまかすなしんじん(・ ・ ・ ・)。めがねかけてなくてもかおはみえるんだろ?()()()()()

 

 

何時(い つ)までも返答しない相手にじれったくなったのか、レナはゆさゆさとエドの体を揺すった。レナの怪力のせいで、傍から見たらただでさえいかがわしい絵面の車両だったにも関わらず、完全に車内で公序良俗に反する性的な行為をしている男女にしか見えなくなってしまった。

 

 

「わかりました言いますから!車体をギシギシさせるのはやめて下さい!色々まずいです!」

 

 

「うむ」

 

 

「レナさんは可愛いですよ。僕が見てきた女性の中でもダントツです」

 

 

エドは女性に対して無意識に作るキラースマイルをレナに向け、にこやかに微笑んだ。額縁に入れたくなるような柔らかで、とても 心地よい笑みだった。それを見たレナはと言うと、表情1つ変えることなくエドの膝の上から運転席へと戻ると、エドの肩をポンと叩いて口を開いた。

 

 

「じゃあやっぱりしんじん(・ ・ ・ ・)はなかまだ」

 

 

相手の返答に満足したのか、レナは親指を立ててサムズアップを作りエドに向けた。どうやら、その1点のみが気になっていたようで、後は彼の良い点と悪い点を共に考慮した上でもエドのことを仲間として認めていたようだ。『かわいい』という一言が嘘であった場合はどうなっていたかわからないが。

 

 

「……レナさんは不思議な方ですね」

 

 

「ん?なんじゃ?」

 

 

「フフ。何でもありません」

 

「ちがう。しんじん(・ ・ ・ ・)のことじゃない。なんか(・ ・ ・)くる」

 

 

「え?……確かに何か(・ ・)近付いてきてますね」

 

 

レナに言われて耳を傾けてみると、遠くから鋭いモーター音が響いてきた。その音は秒を刻むごとに大きさが膨らんでいく。こちらに向かって恐ろしい程のスピードで接近してきているのだろう。そして、数秒も経たないうちに音の正体はレナとエドの前に現れ、激しく地面を引っ掻いて停止した。その正体は黒い大型バイク。それに跨がっているのは、クーガ・リー。

 

 

「よっ、エド」

 

 

「クーガさん……」

 

 

よっぽど急いで運転してきたのか、ヘルメットすら被っていなかった。恐らく、レナだけ(・ ・)を連れ戻しにきたのだろう。多大な迷惑をかけた上に、信用のできない自分などクーガからしてみれば無用だろうから。

 

 

「連れ戻しにきたぜ。2人とも(・ ・ ・ ・)、一旦戻って話を聞いてくれねーか?」

 

 

そんなエドの予想に反して、クーガはエドとレナ、両者を連れ戻しにきたのだった。

 

 

「……何故ですか?レナさんはともかく僕はもう『地球組』に必要のない人材の筈です」

 

 

エドは自嘲気味に自らに嫌気が差したかのように苦い笑顔を見せた後、続けざまに想いを吐き出す。

 

 

「クーガさん、貴方や皆さんを欺いたこの嘘つきを信じることができますか?……言っておきますが僕は生まれてから何度も他人を騙して、油断させておいて後ろから刺したことなんて何度もあります」

 

 

エドの口から出た言葉は、もしクーガがエドのことを僅かにでも疑っているならば、その心をグラつかせるには十分すぎる材料だった。 仲間だと偽って殺した。 真偽はともかくそんな不安材料が出てしまえば、クーガも自分を仲間として到底受け入ることはできないだろう。

 

 

そう踏んでいたエドの予想は、クーガのたった一言で覆されることになった。

 

 

「オレは信じるよ。アンタを信じる」

 

 

その言葉に、エドは自らの耳を疑った。思わず、今何と言いました、と聞き返すも答えは同じく「信じる」という言葉だった。クーガの言葉には、先程のレナの言葉と同じく真っ直ぐな意思がこもっていた。とても嘘には聞こえない。

 

 

「……何故僕を信じることができるんですか?得体の知れない僕を何故……」

 

 

エドにな問わずにいられなかった。自分で言うのもなんだが、 ただでさえ信用できない人間である自分を何故知り合って日の浅いクーガが信じることができるのか。疑問は強まる一方だ。そんなエドの疑問を吹き飛ばすかのように、クーガはあっけからんに口を開いた。

 

 

「決まってんだろ。アンタも同じように得体の知れないオレを信じてくれたからさ」

 

 

「……同じように?」

 

 

「忘れたとは言わせねーよ。シュバルツがUーNASAに攻めてきた時オレに任せてくれただろ?」

 

 

クーガは覚えていた。シュバルツが花琳の元から離れてUーNASAに襲撃した時、エドはほぼ面識のない自分を信じてシュバルツの単独での迎撃に賛成してくれたことを。それがどれだけ嬉しかったことか。

 

 

 

 

 

 

 

「だからオレは信じる。世界で一番嘘が上手いかもしれないアンタを信じるよ」

 

 

 

 

 

 

 

クーガが放ったその言葉はエドの胸に深く、そして熱く突き刺さった。彼と共に、クーガと共に戦っていきたいという想いが、今更芽生えてしまう程に。

 

 

「……クーガさん、ありがとうございます。できることなら貴方に背中を預けて戦いたかった。友達(ジョセフ)の助けになる為に、地球で暴れる輩を一緒にこらしめてやりたかったです」

 

 

エドは無理に笑顔を作り、言葉を続けた。

 

 

「クーガさんがそう言ってくれても……ユーリさんとアズサさんのことを考えると戻る訳にはいきません。誠実に任務に取り組む彼等の邪魔を僕がしちゃいけないと思うんです、絶対に」

 

 

「あー……エド、そのことなんだけどさ、多分勘違いしてる」

 

 

「……え?」

 

 

「とにかく一旦戻って話を聞いてくれねぇか!頼む!オレの言い方が悪かった!」

 

 

「えっ?えっ?」

 

 

クーガは申し訳なさそうに顔を歪ませ、掌を合わせてエドに頼み込んだ。それを見たエドの心情はグラリと揺らぐ。クーガの言う勘違いの正体も気になる上に、これ以上クーガに頭を下げさせる訳にもいかないからだ。

 

 

「頭を上げて下さいクーガさん!お話をお聞きしますから!」

 

 

第4支部に戻って話を聞いてくれることに承諾してくれたエドに侘びれば、今度はクーガはレナに向き直った。レナは相変わらず表情を顔に出してこそいないが、エドに対するクーガの言葉に何かを感じたのか、既に第4支部に引き返す準備をしていた。

 

 

「レナ、正直オレの言い方も言葉足らずだったし」

 

 

「ごめんくーが」

 

 

「……ん?」

 

 

「くーが がしんじん(・ ・ ・ ・)をゆるせない、っていったのはべつのりゆうだよな。うたがってごめん」

 

 

レナは俯いてクーガにポツリと侘びた。自分は言葉の真意を見抜けず、1人で先走ってしまった。自分やアズサが裏切った時ですら、自分達を責めなかったクーガが任務を達成する為に多少の命令違反をしたエドを責める筈もないのに。今回ばかりは責められても仕方ない。そんな風に俯いてるレナの頭に、クーガは手をポンと置いた。

 

 

「オレの言い方が悪かっただけだってのに何でお前がヘコんでんだよ。謎キャラかつパワー全振りな脳筋なのがお前のいいとこじゃねぇのかよ?」

 

 

「……だれがのうきん(・ ・ ・ ・)だおっぱいせいじん」

 

 

「こんな大自然の中で人の性癖暴露すんな!」

 

「フフフ……」

 

 

2人のやりとりを見守っていたエドは、つい笑顔をこぼした。憎まれ口を叩いたレナも、どこか嬉しそうだった。このリーダーは、自分達の長所と短所を全部引っくるめて必要としてくれている。そんな気がしたから。

 

 

「何笑ってんだよお前ら?」

 

「べつになんでもないぞや、むほほ」

 

「フフ。戻りましょうか、クーガさん。皆さん待ちくたびれてますよ、きっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

「惑星間通信装置『TERRA_FOR_MARS』……ですか?」

 

 

「ええ、そうです。15分程のタイムラグがある上に精度もさほど良くないが……ジャミングされる心配だけはない。万が一の命綱です。クーガ・リーと小町小吉を繋げる為のホットラインになるでしょう」

 

 

唯香は、レナがかけおち(・ ・ ・ ・)したと思い込みしくしく泣いてるアズサの頭を撫でながら七星から重要精密機器の説明を受けていた。惑星間通信装置『TERRA_FOR_MARS』。何らかの形で起こるかもしれない通信障害(・ ・ ・ ・)を見越しての極秘機器。

 

 

トラブルを見越しているとは言っているものの、恐らく地球、ないしは火星で起こる裏切りを見越してのことだろう。

 

 

「あの……そんな大事なものを何故クーガ君に?」

 

 

組織全体から見れば一介の戦闘員にすぎないクーガにそのような重要なものを託す理由が、唯香には理解できなかった。情報の漏洩等の観点から見れば、非常に危険な賭けではないだろうか。そう疑問に思っていると、染谷と日向が交互に口を開いた。

 

 

「最もクリーンな関係に賭けたまでのことっすよ。あまり大声では言えないんですけど、UーNASAに心から信用できる人間は少なくて。上層部で不穏な動きがありましてね……あ、これオフレコで」

 

 

「因みに隊長さん(ク ー ガ)の血圧とか脈拍数……つまりバイタルサインを感知してる間しか起動できないし、本人の声にしか反応しないようになってます。とにかくセキュリティガッチガチにして情報から生じるあらゆるリスクに対応できるようにしてますヨ」

 

 

もっとも、それでも危険な賭けですけどね、と染谷は付け加えた。思わず、慎重な性格のユーリは疑問を投げた。

 

 

「……そこまでしてそれを(クーガ)に託す理由は?」

 

「彼なら正しいことに使ってくれそうだから、なんていう返答ではいけないかな?」

 

 

ユーリは七星の言葉に少なからず驚いた。七星が告げた理由は倫理的ではあったが、論理的ではなかったからだ。だが、嫌いな答えではなかった。自分もまた同様に、クーガの人柄を信じているから。

 

 

「正しい判断だと思います、蛭間元司令」

 

 

「ふふ、君の()(すみ)()きなら自信を持ってもよさそうだな」

 

 

()(すみ)()きだろうがたこ()きだろうが関係ありませんわ!レナは!?レナはまだ戻りませんの!?」

 

 

七星とユーリは、レナが行方を眩ませたばかりに柄にもなく取り乱すアズサを見て同時に溜め息を吐く。それと同時に七星は、アズサとレナの為に用意した専用装備について思い返す。やはり、彼女た達の装備はああして正解だった。余計なお節介かもしれないが、アズサは特に戦闘面でも日常面でもレナに依存しているように見えたから。

 

 

おすみつき(・ ・ ・ ・ ・)ってなんだ。おこのみやき(・ ・ ・ ・ ・ ・)のなかまか?」

 

 

そんな風に思いを巡らせていた矢先、後ろからそんなトンチンカンな答えが玄関先から響いてきた。クルリと一同が振り向くと、そこにはクーガ、トンチンカンな回答をした声の主であるレナ、そしてエドが立っていた。

 

「2人ともばっちり連れ戻してき」

 

 

得意気な顔でレナとエドを連れ戻してきたことを知らせようとしたクーガの横を、音速を越えたスピードで何かが通り過ぎた。アズサだ。一直線にレナの元へと駆け寄り、包容する。

 

 

「レナ!!無事でして!?怪我はなくって!?」

 

 

「だいじょーぶだぞ、へーきだぞ?」

 

 

「ほっ……それはよかったですわ……」

 

 

相手が無事なことに胸を撫で下ろすアズサ。そこまでは過保護だが妹想いの姉……だったのだが。

 

 

「このお馬鹿!お馬鹿!もし何かあったらお父様に顔向けできなくってよ!?それに殿方と2人でか、か、かけおちなんて許せませんわ!!

お姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタお姉ちゃんビンタ!!!!」

 

 

アズサの嵐のごときビンタがレナの顔面を襲う!!

 

 

「ぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふんぎゃふん」

 

 

「怪我してる怪我してる!!現在進行形で怪我してる!!怪我の元凶お前!!!!落ち着けアズあぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ」

 

 

慌ててクーガが止めに入るも、ビンタの嵐に巻き込まれる。ようやくアズサが我に返って動きを止めた時にはレナの頬は大きく腫れており、クーガに関しては中性的な顔立ちが総崩れになる程に顔面全体が腫れ上がっていた。

 

 

「ほっぺがぱんぱんまん」

 

 

「ぎえええ!レナの顔にアンパン2つ!」

 

 

「前が見えねェ」

 

 

「ひあっ!?クーガ君大丈夫!?」

 

 

自分でやらかしておいてパンパンに頬が膨れ上がったレナに驚愕するアズサ、顔面が原型を留めない程にパンパン膨れ上がったクーガを心配する唯香、それを見て先ほどよりも深い溜め息を吐くユーリ。それを見ていたエドの口元は自然にほどけていく。

 

 

「フフフ……アハハ!!」

 

 

そして、ついつい自然に笑顔が溢れ出した。自分のせいで『地球組』全体に不信感を生んでしまった、という背徳感のせいで曇っていた先ほどの表情が嘘だったかのように。そんな風に微笑むエドに全員の視線が集まったことにエド本人は気付きハッとした表情を見せた。

 

 

「あ……すみません。僕のせいでトラブルが起きてしまったのに笑ってしまって……」

 

 

我に返って再び表情を曇らせるエドを見て、クーガは口元を緩めた後彼の肩を叩いて口を開いた。

 

 

「そろそろアンタがしてた勘違いの正体について説明するよ、エド」

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

────────────

 

 

 

 

先ほどのドタバタ劇が嘘だったかのように、『地球組』の面々はクーガの話を傾聴しようとしていた。七星と部下2人もそれを聞き漏らさんとばかりに耳を傾けている。

 

 

「エド、十中八九オレとアズサ、そんでユーリが今回の任務でアンタがしでかした『命令違反』とそこからオマケでついてくるゴタゴタ(・ ・ ・ ・)について批難してるって思い込んでるんじゃねぇか?レナもそう思ってたんだよな?」

 

 

「……その件じゃ、ないんですか」

 

 

レナは無言で頷き、エドは意外そうな声を上げた。染谷と日向もキョトンとした表情でその言葉を受け止めた。彼等3人が言っていた『エドワード・ルチフェロの許せない点』とは彼自身が冒した『命令違反』からくる不利益や、他の『地球組』の面々までをも欺いたことにより生じる組織としての不信感を除いて何があるのだろうか。

 

 

「なんかユーリの話だと相当危なかったらしいじゃねぇか。船はいつ爆発してもおかしくなかったって聞いてるぜ。下手すりゃ船ごと木っ端微塵だったんだろ?」

 

 

「……ええ。確かにそうです」

 

 

そこ(・ ・)だよ。オレとアズサ、そんでユーリが許せない、って言ったのは。だよな、2人とも?」

 

 

「ああ、間違いない。言い方が悪かったせいで誤解を生んでしまったようだな。すまない」

 

 

「……間違いなくってよ。(そもそも1度クーガを裏切ったあたくしが)(他人の命令違反にいちゃもんつけ)(られる訳ありませんわ)

 

 

アズサとユーリに問いかけると、特に異論もなしと言わんばかりに2名ともコクリと頷いた。それを聞いて、レナは気付いたのかハッとした表情を見せる。どうやらクーガ達の言葉の真意に気付いたようだ。しかし、エドの中ではますます謎がいたずらに肥大化するばかりだった。

 

 

「えっと……つまりそれは」

 

 

「オレやアズサ、ユーリが許せないって言ったのはアンタが自身の『命』を危険に晒したからだ」

 

 

予想もしなかった返答に、エドの思考は比喩でもなんでもなく一瞬停止した。そんなエドにクーガは更に言葉をかける。

 

 

「任務を達成してくれたことに対する感謝は変わらない。でも……単独で1000人の中に潜り込んで殲滅するなんて方法は危険すぎる。勿論アンタが疲弊したオレ達を気遣ってくれたことも、(ファウ)(リン)を捕まえる為に色々手を回してくれたことも全部わかってる。その上で言わせてくれ」

 

 

クーガはエドをしっかりと見据えた後、ありったけの熱を言葉にこめ、それを放った。

 

 

「オレ達は仲間(・ ・)だ。1つの(むれ)だ。少しでも危ないと思ったら頼ってくれ。オレには唯香さんにアズサにレナ、ユーリ、そしてアンタの力が必要なんだ。これ以上(・ ・ ・ ・)誰も失いたくない」

 

 

エドはようやく、クーガ達の真意を理解した。この男は、知り合ったばかりの自らのことを仲間(・ ・)として大切に想い必要としてくれていたのだ。だからこそ必要以上の危険を冒した自分の行いを咎めたのだ。決して、自らが任務達成の為に行った命令違反やそこから生じる不信感を咎めていた訳ではない。それをエドが理解したその時だった。

 

 

「オレ、正直なところ不安だったんだ」

 

 

先程のまるで炎のように熱のこもった言葉が嘘だったかのように、弱々しい独白がクーガの胸中からこぼれだした。しかし、『地球組』の面々はそんな弱々しい様子のリーダーを特に蔑む様子もなく、静かに彼の話に聞き入った。

 

 

「小吉さんやアドルフ兄ちゃん、そんで初めてできた膝丸燈(と も だ ち)や『アネックス』の仲間達の帰ってくるこの場所を……霊長類(オ レ た ち)地球(ふるさと)を守れるのかなって不安で不安で堪らなかった。

 

……100人いた筈の仲間が90人以上死んじまったしな。あん時は不安で不安で仕方なかったよ。オレ達は何と戦ってるんだろう、って。本当にこいつらに勝てるのかって」

 

 

クーガが今まで溜め込んできた″弱さ″が爆発する。あまりにも人間として当たり前の感情が1度溢れだすと止まらない。

 

 

「事実そうだ。オレは体こそ強くなったけど、心はまだ臆病だったり弱いところが残ってる。こんなんじゃいつかはやられんのは目に見えてる。今だって正直恐いさ。死ぬのが恐い」

 

 

止まらない。独りで抱え込むには、この不安はあまりにも大きすぎる代物だった。

 

 

「でもオレには仲間がいる」

 

 

しかし、独りではない。自らの周りには時に刃を交え、背中を合わせつつ認め合ってきた仲間がいる。

 

 

「オレより速い奴がいる」

 

 

″アズサ・S・サンシャイン″がいる。

 

 

「オレより力が強い奴がいる」

 

 

″美月レナ″がいる。

 

 

「オレより狙い(・ ・)が上手い奴がいる」

 

 

″ユーリ・レヴァテイン″がいる。

 

 

「オレより嘘が上手い奴がいる」

 

 

″エドワード・ルチフェロ″だって新たに加わった。

 

 

「そんで……オレより賢くて優しい人だっている」

 

 

″桜唯香″が常に側にいてくれた。

 

 

「それに何よりオレの中には……母さんと」

 

 

そして自分の中に流れる勇敢な2人の人間の血が、クーガの心に勇気の炎を再び灯す。それを確かめるように自らの胸に手を当てれば、心臓は絶え間なく鼓動し、元バイクレース世界チャンピオンであった『天城ほたる』の血を静かにだが、確かに全身へと循環させていた。

 

 

親父(ゴッド・リー)の熱い血が流れてる」

 

 

そして何より、自らに特性(ちから)を遺してくれた『ゴッド・リー』の血が熱くたぎるのも感じた。

 

 

「これだけ揃ってて地球を荒らすクソムシ(・ ・ ・ ・)共に負ける筈がねぇ。それにオレ達はただの組織じゃない」

 

 

これだけ備わっているのであれば、有象無象の烏合の衆に負ける道理などある筈もない。そして自分達はただの組織ではない。恩人である『小町小吉』の言葉を借りるのであれば。

 

 

(むれ)だ。刺し殺すような強い怒りを共に(たぎ)らす事の出来る()たちは血よりも固い(きずな)で結ばれた″(むれ)″だ」

 

 

(むれ)”。『アネックス』の100人と同じく、志を同じくする100人の(むれ)。恩人から借りた言葉で、仲間達と自分自身の士気を昂らせる。しかしここで言葉を終わらせては小町小吉の言葉を借りただけに過ぎない。

 

 

「ただしオレ達は熱い血がながれる人間だ。痛覚のない冷たい昆虫じゃない。痛みを感じれば体は()を流すし、誰かを失えば心は(なみだ)を流す」

 

 

紡ぐ。幼い頃から死と隣り合わせの生活を余儀なくされ、心に弱さを抱えたまま育ってきた自分自身の言葉で。

 

 

「一緒に地獄みたいな戦場で戦ってくれ。だけど絶対に死ぬな(・ ・ ・ ・ ・ ・)。なんていきなり無茶苦茶な命令を早速出しちまうような隊長(リーダー)だけど……みんな着いてきてくれるか?」

 

 

自らの弱さをどこか恥じるようには紡ぎ出した言葉は、確かに(むれ)の長としてはどこか弱々しく、どこか頼りなく聞こえてしまうような代物だった。だが、飾り気がなく自らの弱みをありのままに晒したその言葉は、真っ直ぐに仲間達の心に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

最初から答えなど決まっていた。1度は裏切り、傷つけた自分自身を仲間と呼び必要としてくれた。そんな彼を見捨てれば、自分は父親に顔向けできないばかりか一生胸を張って今後の人生を気高く歩んでいけないだろう。

 

「クーガ、あたくしの『速さ』貴方に預けますわ」

 

 

アズサ・S・サンシャシインは、まだ傷が癒えていないのか包帯を巻いたクーガの手を取り、その上から自らの手を重ねた。自らの(ちから)は、彼の為にある。

 

 

 

 

 

そんな姉の姿に呼応するように、また1人の仲間が上から手を重ねた。1度裏切った自分と姉を守ってくれただけでなく、彼の真意を見抜けなかった愚かな自分でも彼は必要としてくれた。ならば、それに応えるべく今度は自分が彼を守る番だ。

 

 

「くーがのためなら『ばかぢから』でどんなものでもぶっこわしてやる」

 

 

美月レナは決意した。彼によって救われたこの力を彼の為に奮うことを。彼の障害となるあらゆるモノを破壊しようと。

 

 

 

 

 

そんな彼女達の後から、銀髪を揺らして寡黙な射手が手を重ねた。貝のように殻に閉じ籠って人を信じることを避けていた自らに、再び人を信じるきっかけをくれた。そんな彼と歩んでいけば、人に対する信頼への答えが見つかる気がした。

 

 

「君が命じれば私はどんなモノでも『狙い撃つ』」

 

 

ユーリ・レヴァテインは引き金を引く相手と、誰が為に引くかをじっくりと吟味する。クーガには、彼と彼の目標の為に、彼の(ターゲット)に引き金を引かせるだけの価値は間違いなくあった。

 

 

 

 

そして、この場で最も信用ならない筈の最強の男も手を置いた。誰よりも咎められるべき自らを咎めずにそれどころか信じると言ってくれた、この身を案じてくれたクーガとその仲間達と共に戦場を駆けることを誓った。

 

 

「貴方が僕を必要としてくれているから……信じてくれているから。僕は何だって『騙して』みせます」

 

 

エドワード・ルチフェロは微笑みながら、静かに決意する。世界で最も嘘が達者な自分が、自分なりの方法で彼等の信頼に応えてみせようと。

 

 

 

 

 

最後に、小さな手が彼等の手の上に重なった。最も非力だが、最も優しい彼女は常にクーガを支えてきた。死を恐れるクーガと、生を慈しむ彼女。命を重んじる者同士の2人の間では、所謂”愛”という感情が芽生えていた。

 

 

「私はね、クーガ君。小さい頃から死と隣合わせの毎日を送ってきて、殺すことに慣れてしまって命に対して無頓着になってもおかしくないのに、それでも命を大切にできる君が大好きです。だからね、ずっと君の側にいるよ」

 

 

桜唯香ははにかんだ。そして約束した。これからも今までと同じ様に、彼に寄り添うことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……唯香さん、それクーガに対する告白ですの?」

 

 

「ふえっ!?」

 

 

「ブッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

──────────

 

 

 

 

クーガと唯香を『地球組』の面々が冷やかしている最中、七星と部下2人は外に出て空を仰ぎ見た。染谷は、大きく背伸びした後にそのうち口を開いた。

 

 

「……ああいう(・ ・ ・ ・)タイプ(・ ・ ・)のリーダーもいるんすね」

 

 

「驚いたか?」

 

 

「ええ。リーダーってのは大抵強さ(・ ・)を掲げるもんじゃないすか。それこそ『アネックス』の幹部(オフィサー)達みたいに」

 

 

組織におけるリーダーとは優れた者が着任し、その者固有の強さ(・ ・)を掲げることにより『組織』を率いていくものであることが一般的だ。しかし、クーガはそうじゃなかった。

 

 

「でも隊長さんって自分の弱さ(・ ・)を何もかも晒して信頼を集めてたじゃないすか。ああいうタイプのリーダーってケッコーレアっすよね」

 

 

クーガはリーダーとして隠すべき人として弱い部分を晒けだしていた。本人は恐らく意識していなかっただろうが、人に弱さを晒す行為はとても勇気がいる行為だ。しかし、それと同時に相手に対する信頼を示す行為でもあるのだ。そのように信頼を示した上で「お前達の力が必要だ」と言われたのであれば、相手も悪い気はしないだろう。

 

 

結果、それが功を奏して組織を一気にまとめあげたのだから。

 

 

「クーガ・リーには『アネックス』の幹部達のような強さ(・ ・)などない。彼にあるのは弱さ(・ ・)だけだ。だが、それは強さ(・ ・)にもなり得る弱さ(・ ・)だ」

 

 

「身体は強くなってんのに心は弱かった頃のまんま、か。彼の人間としての性格が単純な戦力としてだけじゃなくてリーダーとしても役に立つとは思いませんでしたよ。流石に七星さんとお兄さんが見立てただけありますね」

 

 

日向は感心したように頷くと、ふとあることを思い出した。

 

 

「……『地球組』の面子煽ったのは隊長(クーガ)さんの真意を確かめる為だけですか?」

 

 

昼間、『地球組』のメンバーのことを悪く言いわざとクーガの真意を聞き出したように見えた。決意を聞き出し意思を固めさせ、彼の背中を押した七星の不器用な愛情を感じた。しかし、なんとなくそれだけではない気がしたのだ。

 

 

「子が親から学ぶように、親も子から学ぶ。なら師が弟子から学ぶように、弟子も師から得るものがあるはずだ」

 

 

そう言うと七星は懐から超小型のボイスレコーダーを取り出した。この時点で染谷と日向はギョッとしたのだが、それを惑星間通信装置『TERRA_FOR_MARS』のメンテナンス用の端子と小型プラグを連結させた時点で目が500円玉大に膨れ上がった。

 

 

「七星さん外部デバイスはまずいでしょ」

 

 

「龍っちゃんの言う通りですよ。ただでさえ情報漏洩が問題視されてるんですから……」

 

 

「すまないな。発覚した際の君達の処遇を考慮すると軽率だった。優秀な部下(・ ・ ・ ・ ・)を持つとついつい気を緩め大胆に事を進めてしまうらしい」

 

 

「七星さんその言い方ズルいっす」

 

 

「ま、まぁ多少の命令違反なんてあってなんぼですよね。その外部デバイスは処分しとくんで後で渡して下さいね?」

 

 

上司から優秀な部下(・ ・ ・ ・ ・)と称されて気を良くしたのか、染谷と日向は照れ臭そうにポリポリと頬を掻いて彼の行いをあっさりと容認した。何故なら、七星の行いに無駄はないことをわかっていたからだ。

 

 

「『地球組(T E R R A)』の様子を『アネックス(M A R S)』の小町艦長に送って……ここ最近地球で起こった一連の事件のせいで浮き足立ってるアネックスクルーを落ち着けるとっかかりにして貰う、ってとこでしょ?」

 

 

「結果的にはそうだし間違ってはいないのだが……少し違うかもしれないな」

 

 

「って、言うと?」

 

 

日向が検討もつかないといった様子で尋ねると、

 

 

「クーガ・リーのように、小町艦長も少しでも荷をおろせたら楽だろうと思ってな。まぁ勝手な老婆心だと思ってくれればいい」

 

 

小町小吉は兄である蛭間一郎とともにバグズ2号で抱えたものを、誰にも明かさずにいると聞いていた。(むれ)(おさ)として強くあることは大切だが、1人で抱え込むには重すぎる過去だと思った。少しでも誰かと共有し支え合うことができれば、彼がどれだけ救われるだろうか、と。

 

 

「出過ぎた真似、って捉えられたらそれまでっすけど、それきっといい方向に向かうと思いますよ」

 

 

「贅沢言うなら地球(TERRA)から火星(MARS)だけじゃなくて、火星の『アネックス(M A R S)』チームからも『地球組(T E R R A)』になにかしら言ってやって欲しいっすけどね」

 

 

そんな時、七星の胸ポケットの緊急時用の携帯端末に通信がきた。僅かに緩んでいた3人の顔が一気に強張る。七星が応答すると、端末の向こうからはショッキングなニュースが飛び込んできた。

 

 

「……『掃除班(スイーパー)』の追跡から逃れた趙花琳がアメリカとカナダの国境近くで発見されたらしい。ちなみに彼等は装備の消耗により追跡は不可能」

 

 

「それじゃあ……」

 

 

「『地球組(T E R R A)』を出動させる。染谷君は『掃除組(スカベンジャーズ)』の召集を。日向君は移動手段の確保を頼む。なるべく速くて大きなやつだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

─────────────

 

 

 

 

 

「諸君、よく聞いて欲しい。『地球組』臨時司令として君達に下す最後の指令(ミッション)だ」

 

 

『地球組』の面々は緊張した面持ちで彼の話に聞き入る。このタイミングで出される任務(ミッション)と言えば1つしかない。

 

 

「趙花琳が発見された。君達にはこれから彼女の身柄の確保に向かって貰う。また、敵対勢力も彼女を追ってることを確認済みだ。現地での戦闘は覚悟しておいてくれ」

 

 

張り詰めた空気の中、各々七星から頼まれていた役割を終えた染谷と日向が小型のアタッシュケースを複数を抱えて入ってきた。それを『地球組』各員の前に置き、順に解放した。それぞれの個性を充分に活かせる特殊戦闘服に、内蔵型装備の者以外には、外装型の装備が同梱されていた。

 

 

「それはさっきも触れた通り君達の能力・個性・特性(ベース)を十二分に活かす戦闘服と装備だ。それがあれば君達が負けることはない。君達の戦いを間近で見てきた俺が言うんだから間違いない」

 

 

七星は緊迫したこの状況の中でフッ、と微笑んだ。思えば、臨時司令として着任して以来この面子には驚かされてばかりだった。

 

 

命令違反も幾度となくあったが、たったこれだけの数で今まで地球で起こったトラブルを解決してきたのだ。そんな風に間近で彼等『地球組』を見守ってきた七星だからこそ、胸を張り言えることがある。

 

「君達は最高のチームだ。『アネックス』の100人にも決して劣ることはない。そんな君達に大したことをしてやれなかった俺を許せ」

 

 

七星がそう自らを卑下した言い方をした言葉を言い終えた後に、ヘリコプターのジャイロ音が響いてきた。軍で使用される30人以上の輸送が可能なヘリコプターだ。

 

 

「中にクーガ・リー専用のバイクを搬入し終えた後、君達も乗り込んで現地に向かって貰う。今の内に戦闘服に着替えて各自装備を整えておけ」

 

 

そう言い捨てるように指令を下すと、七星は身を翻して彼等から離れようとした。その後ろ姿はまるで、役割を終えて寂しく舞台を降りる役者のようだった。そんな彼の後ろ姿を見て、クーガは半ば噛み付くように口を開いた。

 

 

「七星さん。さっさと着替えないとアンタに拳骨飛ばされそうだけど1つ言わせてくれ。アンタが指揮官だったからこそオレ達は戦ってこれたんだ」

 

 

七星自身が放ったクーガ達に大したことをしてやれなかった、という言葉を否定するかのようにクーガが七星に投げた言葉に呼応して、他の面子も次々に七星にそれぞれ言葉を投げていく。

 

 

「あたくしとレナの処罰が減免されたのはクーガだけじゃなく貴方の力添えもあったんではなくて?」

 

 

「こんびにべんとーのたべくらべ、つきあうぞい」

 

 

「貴方はトラブルにも迅速に対応して指揮にあたっていた。私の眼から見れば常に最善の手を打つ最高の指揮官だった」

 

 

「一国の首脳にも食ってかかる豪胆っぷり、僕でも無理です」

 

 

「私も同じです!七星さんはゴキちゃんやハゲゴキさんのことだって助けてくれたじゃないですか!」

 

 

 

 

 

 

先ほどまで、本当に自分は『地球組』の司令として上手くやれていたのか蛭間七星の中で疑念が生じていた。しかし、靄がかった心の迷いを彼等の言葉が吹き飛ばしてくれた。今となって、ようやく肩の荷を1つ降ろして胸を張れる気がした。

 

 

 

 

 

 

『一郎(あん)ちゃんは駄目なんかじゃないよ!立派な兄ちゃんだよ!!』

 

 

 

 

 

 

昔、幼い頃の自分が失意の兄に対して放った言葉も、こんな風に兄の心を軽くしていたのだろうか。そうだったのであれば幸いだ。

 

 

「……俺は兄弟でもかなり下の方なんだが、君達といた時は困った弟や妹がいっぺんにできた気分だったよ。悪くない気分だった」

 

 

そう『地球組』の面々に告げると、どことなく照れ臭そうに、その場を取り繕うように惑星間通信装置『TERRA_FOR_MARS』の取り扱い方法をクーガへと解説し始めた。緊急時であるにも関わらず、そんな七星の様子に呆気にとられた『地球組』の面子に染谷と日向が呼び掛ける。

 

 

「ハイハイ!七星さんの空前絶後のデレは見世物じゃないですよー」

 

「実験用テラフォーマーの監視は俺達がしとくから早く出撃する!とっとと着替えた着替えた!」

 

 

クーガを唯香を除いた『地球組』の面子は、その号令でようやくそれぞれ自室に駆け込んで各々準備を整え始めた。七星と、開発に携わった者達の想いがこもった装備に身を包みながら、決意を固める。

 

 

戦士として戦い抜くことを。

 

クーガの信頼に応えることを。

 

七星にいい結果を持ち帰ることを。

 

そして何より、自分達を信頼して地球を任せてくれた『アネックス1号』クルーの期待に応えることを。

 

 

 

「……専用装備(・ ・ ・ ・)の調子はどうだ?」

 

 

「昨日までスッゲーズキズキしてて痛かったけど大分痛みは引いてる」

 

 

七星がクーガに尋ねると、彼は無言で左右の手にまんべんなく巻いていた包帯をスルスルと外した。そして、掌を七星に(かざ)し指をワキワキと活発に動かしてみせた。彼の掌には、変態時でないにも関わらずボトルワインの飲み口大の風穴が空いており、その周辺には装飾が施されていた。

 

 

「君の父親『ゴッド・リー』に施した手術と大体同じものだ。ミイデラゴミムシの『特性(ベース)』が可能にする化学物質の噴出を更に安定・向上させる効果がある。だが……よく手術する気になったな」

 

 

クーガには以前、この手術をUーNASAの方から提案したことがあった。しかし、人としての外見を損ねる上に日常生活で支障をきたす恐れがあった為、なによりクーガ自身が父親と『ミイデラゴミムシ』の特性を嫌っていた為に手術は行われなかった。

 

 

しかし、今になってその手術を受けたのだ。

 

 

「親父から貰って、唯香さんが薬品で使えるようにしてくれた『特性(ちから)』をもっと上手く使えるようになんだろ?だったら手術しない手はねぇよ。これからの戦いで必要になるだろうしな。(それに唯香さんも掌に穴空けたって)(嫌いにならないって言ってくれたし)

 

 

キュッ、と手首を締めてどこか満足そうに満足そうに掌を眺めるクーガを見て唯香はクスリと微笑み、七星も頬を僅かに緩めた。よくぞここまで成長してくれたものだ。

 

 

地球(こ こ)を任せたぞ、クーガ・リー」

 

 

 

 

 

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趙花琳は生き抜く為に走り続けた。常に余裕があった彼女の姿はどこにもなく、服はズタボロ、『薬』は既に切れている。そんな風になりふり構わず逃亡したおかげでもうすぐ、避難用スポットに辿り着くことができる。肌を木々の小枝が引っ掻く苦痛にも構わず密林を抜けた先には、希望が絶望にまみれていた。

 

 

目標(ターゲット)視認、排除する」

 

 

避難用スポットまで後1kmというところで、中国暗殺部隊『(イン)』の別動隊と出くわした。

 

 

「チェー、師匠(シィシェン)が余裕だったのはこういうことか。信頼されてないのかなー僕達」

 

 

「いざっていう時の保険でしょ、白鳥(バィニィ)

 

 

(シャン)兄弟も後ろから追い付いてきた。前方からは、『(バオ)到嵐(ツーラン)』の大隊も見えてきた。そして、帝恐哉と(ワン)刺人(ツーレン)の姿も確認した。みるみるうちに自分の体から力が抜けていくのを、花琳は感じた。

 

 

今度こそ詰み(チェックメイト)だ。逃げ場などない。

 

 

「オイオイ、とうとうアンタもヤキが回ったな」

 

 

帝恐哉のゲラゲラという下品な笑いが辺り一面に(こだま)する。それがヤケに脳内で反響し、1秒がとてつもなく長く感じる。これが死を直前に控えた者の気分なのだろうか。まだ生きねばならないのに、生きる気力が湧いてこない。体へと伝達しない。

 

 

「遺言はあるか」

 

 

「……とっとと殺りなさい」

 

 

受け答えにそう返した花琳を見て、刺人(ツーレン)が崖の上に待機させていた『爆到嵐』の5人小隊に一斉射撃の合図を送ると、銃口が一斉に花琳へと向けられた。銃のレーザーサイトのポインターが、花琳の死に様を演出するスポットライトにも見える。

 

 

こんな風にあっさりと諦める自分をあの世でウッドはどう言うのだろうか。情けないと嘆くのか、それとも頭を撫でてよくやったと労ってくれるのか。

 

 

いずれにしろ、再会の時は近いようだ。

 

 

()れ」

 

 

刺人の合図と共に、銃を構えていた5人の爆到嵐の銃口から弾丸が放たれ、マズルフラッシュが日が沈みかけた辺り一面を眩く照らす筈だった。しかし、次の瞬間彼等の目に映ったのは、

 

 

「アアアアアアアアァアッアッアッアアアアアッァァアアアアアア!!」

 

我操(ファック)!!!(熱い)!!困苦(苦しい)!!」

 

 

一瞬のうちに炎のようなものに包まれ、苦痛にもがきながら倒れる爆到嵐達の姿だった。それを見合わせた全員が突如起こった謎の現象に釘付けになっている時、丁度夕日は沈んで辺りは闇に包まれる。しかし、その暗闇もそう長くは続かなかった。

 

 

夜のぬばたまは、徐々に昇る月の光によって晴れていく。数十秒の暗闇の後にぼんやりと照らされた崖の上に、5人組のシルエットが浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

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「作戦を伝達しとく。花琳の確保は『掃除組(スカベンジャーズ)』って別の人達がやってくれるらしい。 オレ達の仕事は」

 

 

「敵の殲滅、ですわね?」

 

 

「ああ。アズサとレナはあの強そうな白と黒の2人組の相手だ。2人同時に相手にするか分断してそれぞれ撃破するかはお前らに任せる」

 

 

「りょーかいだぞ」

 

 

色や形すら曖昧な程のぼんやりとした朧な月光の下、崖の上では声だけが確かに存在していた。

 

 

「ユーリ、30人ぐらいの大隊見えるか?」

 

 

「ああ、鮮明(・ ・)に見えている」

 

 

「全員仕留めなくていい。足留めできるか?」

 

 

「やれやれ……君は私に『コッラー河の奇跡』でも起こせというのか?」

 

 

「な、なんだそれ?」

 

 

「知らないならいい。とにかくあの大隊は私が引き受けよう」

 

 

先程、高温のガスが爆到嵐の身を包んだ時点でわかってはいた。しかし、タイミングが良すぎて確信できずにいたが、間違いなく彼等だ。会話は聞こえてこないが、身の動きでどことなくトンチンカンなリズムで会話しているであろうことが伺える。

 

 

「クーガさん、大量にいた同じ顔をしたこの人達……クローン?か何かわからないですけど、僕が1度に相手してしまっても構いませんか?」

 

 

「いけるか?」

 

 

「ええ、安心して下さい。無茶はしませんし勝算はあります。危なくなったら唯香さんが待機してるヘリに退避します」

 

 

「それじゃあ頼むぜ、エド」

 

 

崖の上に立つ、恐らくマントであろうものをたなびかせた影を、月明かりが照らした。正真正銘、クーガ・リーの顔が闇の中に浮かび上がった。ということは両脇に控える4人のメンバーも、『地球組』の面子で間違いないだろう。

 

 

「オレは一番ヤバそうなモンゴルマンみてぇなやつの相手したいとこだけど……あのロボットみてぇな奴が電撃バチバチ言わせながらこっちガン見してるからあいつの相手しとくか」

 

 

クーガは刺人(ツーレン)から『MOHスーツ』を着込んだ帝恐哉へと視線を移した。アドルフが以前交戦した経験があると言っていた、とんでもない欠陥が見つかった代物であるアレが何故ここにあるのか知らないが、現れた以上交戦せざるを得ない。

 

 

「んじゃ始めッか。クソムシ共の掃除をさ」

 

 

月明かりが彼等全員を照らすと同時に、『地球組』はクーガの号令で『薬』による変異を行おうとしていた。花琳の眼には、月明かりで映し出された『地球組』が以前とは異質なものとして映った。研ぎ澄まされた少数精鋭の個人の寄せ集め、ではなく。

 

 

「  ”人為”  」

 

 

背中を預け合い、

 

 

「  ”変態”  」

 

 

共通の敵を一丸となって刺し殺す、

 

 

「『 M(モザイク)O(オーガン)手術(オペレーション) 』 ! !!」

 

 

 怒 り の (むれ)

 

 

 

「……遅かったわね。ようやく真打ち登場、ってとこかしら?私の悪運もここまで続くと恐いわね」

 

 

何故かはわからないが、彼等を見ている内に不思議と立ち上がる力が湧き起こってきた。彼等ならば、どんな戦力差だろうとこの包囲網に穴を開けてくれるだろう。そんな気がした。

 

 

「悪いが……先手必勝でやらせて貰う!!!」

 

変異を終えたクーガ達は、敵対勢力の懐へと飛び込んでいった。『地球』を舞台にした物語の第2幕は、熾烈な戦火と共に真の幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 







皆さんお久し振りです。本当にとろとろ書いて申し訳ありません。その代わりと言ってはなんですが、Twitterの友人の方々に依頼しまして新規イラスト大量に追加しました。

・クーガ・リー×2
・桜唯香×2
・アズサ・S・サンシャイン×1
・美月レナ×3


本誌で『地球編』突入やらアニメの感想やら、原作の実写化やら色々言いたいことはありますが取り敢えず読者様に恥ずかしながら戻って参りましたということと、尊敬する貴家先生や橘先生、編集さんに本当におめでとうございますという一言をこの場をお借りして言わせて頂きます。本誌でアザラシは犠牲になったのだ。



クーガ
「ページ開いてくれたみんな、また見てくれてありがとな!いやマジで!よく覚えてくれたよなぁ……」


レナ
「わたしのいらすと(・ ・ ・ ・)かわいいだろ? 」ドヤァ


クーガ
「そういや本誌の読者インタビューコーナーでオレの親父がナイフ1本でテラフォーマー1匹ぶっ殺したって公式に発表されたらしいな。オレもナイフ1本で倒せるようになるかな」


リーさん
「フン……別に知られなくて良かったんだがな」

※ガチです




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