「雲水、ライブ行かね?」
「ライブ?」
「そう。ライブ。赤羽にチケットもらったんだけどよ、それが今日なんだ。二枚あるのに一人で行ってもあれだし、付き合ってくれねぇか?」
突然そう言って俺をライブに誘ったのはコータローだった。
「どうして俺なんだ?水町とか雷門とかは誘ったのか?」
「それが水町は筧と飯食いに行くんだってよ。今、アメリカ帰省してるらしい。モン太とセナは課題が終わってなくて今日は缶詰めだとよ。頼むよ雲水~。」
そう言われても音楽なんてほとんど聞かないし、ましてライブなんて行こうと思ったこともなかった。
「そんなこと突然言われてもな」
「そこをなんとか頼む!飯奢るからさ!」
両手を合わせて頼むコータローにため息をついて応える。
「分かった。今日はこの後何もないしな。」
「サンキュー、雲水!!助かるぜ!」
俺はこの時想像もしてなかった。
「で?なんのライブなんだ?」
「Roseliaっていう最っ高にクールなガールズバンドだぜ!!!」
俺はその日、運命に出会う事になる。
あまりにも俺にそっくりな、しかし俺なんかよりもずっとずっと強い女の子に。
一言で言えばライブは最高だった。
これまで特に興味のなかった俺でも分かるくらい演奏のレベルは高く、初めて聴いたのにファンになってしまうくらいに最高だった。
「どうよ?雲水?最高にクールだっただろ?」
「ああ。また来たいと思ったよ。」
とある路地にあった自動販売機の前で缶コーヒーを飲みながらライブのことをコータローと話す。
今日のライブが良かったこととコータローが金欠だったことで飯ではなく缶コーヒーで手を打ったのである。
「おお。あの堅物雲水がライブにまた来たいとは。皆には悪いが用があってくれて良かったな。お前最近難しい顔ばかりだったし。」
「む。そんな難しい顔をしていたか?」
どうやら気を使わせていたらしい。
「おう。一週間前に最京大との練習試合に負けてからだな。」
「そうか。すまん。気を使わせたな。」
「そんな事ないさ。あれはお前ひとりで悩むものじゃないだろ。」
「そうは言ってもな…。俺がもっと司令官としてしっかりしていればヒル魔の奇策に騙される事もなかったかもしれないのに。」
途中までは追いつき追いつかれでいい試合だったものの、ヒル魔の奇策で流れを持っていかれ、じわじわと点差を開かれてしまい、最終的にはかなりの差で負けてしまったのである。
「あ~もう。やめやめ!楽しいライブの後に辛気臭い顔はなしだぜ!」
続けようとしたもしもの話を打ち切られてしまう。
「…そうだな。今日、話すことではないか。反省はまたいつでも出来るしな。」
「そうそう!!息抜きも大切だからな。」
全くもってその通り。また気を使わせてしまうところだった。
「ところで雲水、あの子たちの中でどの子が一番かわいかった?」
「は?」
あまりに突然の問いかけに固まる。
「あの子たち皆かわいかっただろ?あの子たちのなかだったらどの子が雲水の好み?」
「突然何を言ってるんだ…」
呆れながら応える。
が、その時すでに頭の中ではギターの女の子が浮かんでいた。
「ま、聞かなくても分かってんだけどよ。ギターの子だろ?」
「な!?」
「「どうして分かった?」て顔だな。お前、結構顔に出るからな。ライブ中ギターの子しか見てなかったぞ。」
全く自分では気づいてなかったがずいぶん分かりやすかったらしい。
「で?あの子のどこが良かったんだよ?」
もうこれは隠せないらしいかった。
観念して応えることにする。
「何故かと言われてもよく分からないんだ。あの子がギターを弾いてる姿がどこかで見たことがある気がして…」
「?会ったことがあったのか?」
「いや、そういうことじゃないんだが…」
言葉に出来ないことがもどかしい。
あの子がギターを弾いてる姿は俺には必死にもがいているように見えていた。
それを何時も見ていたような不思議な感覚。
どう言葉にしたらいいのか分からなかった。
「ふーん。よく分からんがあの堅物雲水に春が来たと思えばいいことだな。今度話しかけてみようぜ?」
「なっ!?いや俺は…」
「キャー!」
否定しようとしたところで突然悲鳴が聞こえた。
コータローと顔を見合わせ、声の聞こえた方へ走る。
そう遠くない。
路地を曲がった所で女の子たちが数人の男に囲まれていた。
「悲鳴上げることないじゃん。今から俺たちと遊ぼうってだけだぜ?」
そう言って男が女の子の肩を抱こうとする。
「止めなさい!」
後ろに他の子たちをかばいながら髪の長い女の子が手を払いのける。
死角になっており女の子たちの顔は分からない。
「このっ!!」
男が手を振り上げるのが見えた。
俺は咄嗟に持っていた缶コーヒーを男に投げつける。
隣を走っていたコータローも缶を蹴り男にぶつけた。
「スマートだぜ!!」
そう叫んだコータローと共に女の子たちを隠すように前に立つ。
それだけで男たちは怯んだ様子だった。
当然かもしれない。
俺たちはアメフト選手だ。
ラインの選手に比べれば大したことないかもしれないが筋肉質だ。
「これ以上遊んでほしいなら俺らが相手してやるよ。なあ?」
そう言って俺をみるコータローに短く応える。
「ああ。」
男たちはこちらを睨みつけていたが、しばらくして舌打ちをしながら去って行く。
「大丈夫だったか?」
そう言って振り返ると驚いた。
「金剛雲水?」
呆然と俺を見ながら呟くギターの女の子がいたからだ。
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きっかけ~紗夜~
「アメフトの練習試合ですか?」
「ええ。ハーフタイムにギターを弾く選手がいるそうなの。その技術がとんでもないらしいわ。聴いてみる価値はあるから行って見なと言われたの。」
ある日の練習の後、私は湊さんにアメフトの練習試合に誘われた。
音楽と関係ない話しを湊さんがするのは変だと思ったらそういうことか。
「突然何を言うのかと思いました。しかし、アメフト選手がギターですか…。疑うわけではありませんが練習時間を削ってまで聴く必要があるのでしょうか?」
「私もそう言ったのだけれど、店長が聴いた方がいいと言うの。」
スタジオの店長と話し込んでいたのはそのことか。
「店長がそこまでそう言うのなら聴く価値があるのでしょうね。それで何時なんですか?」
「今週末よ。せっかくだからRoselia全員に声をかけてみましょうか?」
そうして声をかけた結果、人混みの苦手な白金さんは渋っていたものの結局全員で行くことになった。
「友希那~、紗夜~、こっちこっち!!」
練習試合当日、今井さんが待ち合わせ場所に向かっていた私と湊さんに大きく手を振っていた。私たちが最後だったようで、他の皆さんは揃っている。
「おはようございます。皆さん早いですね。」
「まぁ、ね。今日はちょっと早起きしたのよね~。」
今井さんがニヤニヤしながら後ろで隠していたバスケットを突き出した。
「じゃーん!!!客席で食べていいみたいだからお弁当作って来たの!あこや燐子も手伝ってくれたのよ!!」
その言葉に私と湊さんは驚き、顔を見合わせてから言った。
「本当に?ありがとう。」
「ありがとうございます。でも言ってくれれば、私たちも手伝いましたのに。」
「いいのいいの!サンドイッチだからそんなに難しくないしね。」
「私たちも具材を挟んだくらいなんです。ね、あこちゃん?」
「そうそう。友希那さんたちに驚いてもらいたかったの!」
私たちの言葉に今井さんだけでなく白金さんと宇田川さんも続けた。
「ま、そういうわけだから楽しみにしててね!」
「ええ。ありがとう。」
今井さんの言葉に湊さんが応え、私も頷いた。
今日の練習試合は炎馬大学と最京大とのものらしい。
私たちが見たかったのは最京大の選手が弾くハーフタイムのギターだった。
しかし、ハーフタイムだけ見に行くのは選手に申し訳ないという今井さんの意見があり、試合開始前から競技場に来ていた。
試合開始は13時であり、ちょうど昼時だった。
「はい、これ。あ、にんじん入ってないから安心してね?」
「あ、ありがとう。」
皆さんにサンドイッチを配っていた今井さんが私にも渡してくれる。
こうやってお弁当を作って来たり、さらっと皆に配ったり出来る今井さんは本当に女子力が高いと思う。
「所で皆、アメフトのルールって知ってる?」
今井さんの質問に白金さんが応える。
「昨日、調べたんですけど、野球みたいに攻守交代しながらボールを運んでいくみたいです。10ヤード進めたら連続攻撃出来て、進めなかったら交代です。」
「へ~。点数はあれでしょ?トライ!みたいなので入るんだよね?」
白金さんに宇田川さんが訪ねている。
「そ、それはラグビーだよ、あこちゃん。アメフトはタッチダウンっていうんだよ。一度に6点入るんだって。タッチダウンしたらボーナス攻撃がゴールの近くから出来てもう一回タッチダウン出来たら2点、キックなら1点入るの。基本は入りやすいキックを狙うみたい。後、タッチダウンじゃなくて直接キックでゴールに入れたら3点だって。」
「そう。1点ずつじゃないのね。」
白金さんの説明に湊さんが感心している。
そんな話をしていると開始時間が来たようで、アナウンスが始まった。
『これから最京大:最京大WIZARDSVS炎馬大学:炎馬FIERSの練習試合を始めたいと思います。それでは、選手の入場です。』
それぞれの選手が交互に入場し、紹介アナウンスされる。
「練習試合でアナウンスまであるなんて凄いわね…。」
「そうですね…。」
湊さんの感想に同意している時、次の選手の紹介で息が止まった。
『さぁ、次に登場しますは敵味方に別れた宿命の双子、金剛雲水、金剛阿含だ~!凡才の兄は天才の弟に勝つことは出来るのか!?』
双子、凡才、天才。どこかで聞いた事がある話だった。
まるで自分の事をアナウンスされたかの様だった。
凍りついた私に気づかず、皆始まった試合に目を奪われている。
私は金剛雲水から目を離すことが出来なかった。
帰って来た自分の部屋でため息をつく。
結局、金剛雲水のいた、炎馬大学は負けてしまった。
目的だったギターも聴けたが、正直上の空だったためほとんど覚えていない。
もっとも、湊さん含めメンバー全員がそんな感じであったが。
それほど迫力があり、引き込まれるものがあった。
皆は最京大の選手のトリックプレーに目を奪われた様であった。確かに予想も出来ない作戦は見応えがあったのだろう。
しかし、私は金剛雲水から目を離せなかった。
これまでアメフトというものを見たことがない私でも分かる安定した動き。
どれだけの努力をしたのだろうか。
しかし、それでも弟である金剛阿含の荒々しい暴力的なプレーに圧されていた。
どうしてもその姿が私と日菜に重なってしょうがなかった。
着替えもせず、ベッドに横になりスマホで金剛雲水と検索する。
出てくる情報はほとんどが金剛阿含に関する事であり、分かったことは高校時代は同じチームだった事くらいである。
ため息をつき検索画面を消し目を閉じる。
金剛雲水はどう思い、どう感じているのだろうか…。
自分の事、弟の事、アメフトの事を。
私が自分や、日菜、ギターに関して感じていることと同じなのだろうか?
聞いてみたい。
叶わない事であると分かっていながらそんな事を思った。
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運命~紗夜~
一週間後、私たちはあるライブハウスにいた。
今日はRoseliaのライブがある。
集中しなければならなかった。
でも今週の私は自分から見ても集中出来ているとは言い難い。
この一週間、インターネットやアメフト雑誌などで金剛雲水について調べた。
でも、分かった事はほとんどない。
あの日調べ、分かっていたことばかりだった。
「紗夜、今日のライブ大丈夫なの?ここしばらく集中出来てないみたいだけど…」
湊さんに心配されてしまう。
「いえ、大丈夫です。すいません、心配かけて。」
「なら、いいのだけど…。でも珍しいわね。紗夜が集中出来てないなんて。」
確かにここしばらくの私はおかしかっただろう。
自分でも驚くくらい私らしくない。
「アメフト見に行ってからだよね~。紗夜の様子がおかしいのって!」
「!?」
今井さんにはバレていたらしい。
思わず反応してしまった。
その反応を見た今井さんはニヤニヤとして質問してくる。
「なに~?あの時一目惚れでもしちゃった?」
「ち、違います!そんなんじゃないですから!」
こういう会話には慣れておらずしどろもどろになる。
ますます笑顔が深まる今井さんだがそこでちょうど係員の人が私たちを呼びに来た。
「Roseliaの皆さん準備お願いします!」
「「「「「分かりました!!」」」」」
声を合わせ全員で応えた後、湊さんは私に向かって言いステージに向かう。
「恋愛は好きにしたらいいけれど、ちゃんと集中してちょうだい。出来なければ抜けてもらうわ。」
そんな湊さんの様子にため息をつきながら今井さんは私にウインクして言ってから湊さんを追いかける。
「後で聞かせてもらうからね!」
違うんです。という私のつぶやきはもう聞いていなかった。
宇田川さんはキラキラした目でこちらを見ていたがすぐに湊さん達を追いかけた。
「大変ですね…」
苦笑して私に言ってからステージに向かう白金さんだけがまともに聞いてくれそうだ。
ため息をつき、私もステージに向かう。
切り替えなければ。
ライブで失敗するわけにはいかない。
ライブが終わり、私達は夜道をあるいていた。
もちろんライブは大成功だった。
1週間集中出来ていなかったのは確かであるが、それで調子を崩すようなことはない。
そんな自信がつくほどの練習はしている。
問題はライブではなく、今現在であった。
「紗夜~、そろそろ言っちゃいなよ~?」
今井さんが私に詰め寄る。
何度否定してもこの繰り返しである。
「だから、何度も言っているでしょう!そんな色恋じゃありません!」
「またまた~。じゃあなんでいつもと違うかったの?」
「そ、それは…」
湊さんは我関せずだし、宇田川さんは興味あります!と顔に書いているようだ。
白金さんは苦笑しながらこちらを見ているが止める気はない様子。
つまり私は孤立無援なのである。
「今日は逃がさないからね、紗夜!明日休みだしこれから私の家に行くよ!あこ!凛子!逃がしちゃダメだからね!私は友希那とお菓子とか買ってくるから!」
「ちょっと、リサ!そんな勝手に…!」
「まあまあ、今日くらいはいいでしょ。ライブも成功したんだし打ち上げみたいな感じでお泊まり会しよ!さあさあ行くよ!」
文句を言いながらも今井さんに引きずられて行く湊さん。
私が口を挟む間もなかった。
「へへっ!頼まれちゃったね~、りんりん!」
「そうだね、あこちゃん…。」
そう言いながら私の両隣を陣取る二人。
私に逃げ場はないようである。
「…はぁ。」
私はため息をついて今井さん達を待つことにする。
言い訳を考えながら。
「こんな時間に女の子達だけだと危ないじゃーん!俺たちと一緒に遊ぼうぜ?」
しばらく宇田川さん達と待っているとそんなふうに話しかけられた。
ニヤニヤとしながら近づいてくる男達。
チャラチャラしている大学生という言葉がそのまま当てはまるようである。
返事を聞く前に固まっている白金さんに手を伸ばそうとする。
「キャー!」
悲鳴を上げた白金さんとまだ固まっている宇田川さんを背中にかばい、男達を精一杯睨む。
「悲鳴上げることないじゃん。今から俺たちと遊ぼうってだけだぜ?」
ニヤニヤをさらに深くしながらさらに手を伸ばす男。
「止めなさい!」
そう言いながら男の手を払いのける。
自分でも分かっていた。
精一杯の強がりだった。
「このっ!!」
手を振り上げる男を見ながら歯を食いしばる。
目をそらすことだけはしないと相手をにらみつけた。
その時、突然すごいスピードで二つの缶が飛んで来て男に当たり動きが止まる。
まだ二つとも中身が入っていたようでかなり痛そうである。
「スマートだぜ!!」
一人がそう叫びながら私達をかばうように立つ二人の男性。
それだけで相手が怯むのがわかった。
割って入った二人はかなり体格が良かったのだ。
「これ以上遊んでほしいなら俺らが相手してやるよ。なあ?」
「ああ。」
叫んだ方の人が隣に立つ腕を組んで睨んで睨んでいる人に問いかけ、それに短く応えている。
短いやり取りなのに威圧感がすごい。
男たちはしばらくこちらを睨みつけていたが、舌打ちをしながら去って行った。
「大丈夫だったか?」
そう言いながらこちらを振り向く人を見て驚き呆然としてしまう。
この一週間、穴が空くほど見た写真のその人だったのだ。
その人の名前が口からこぼれた。
「金剛雲水?」
その人、金剛雲水さんも驚いているようであった。
「君は…」
「紗夜!皆!大丈夫!?」
私に話しかけようとした金剛雲水さんをさえぎって叫びながら近づく今井さん。
その後ろからは湊さんも走って来ている。
「遠くで絡まれてるのが見えて慌てて走って来たの!!大丈夫!?何もされてない!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて今井さん。私達は大丈夫ですから。この人達が助けてくれたんです。」
矢継ぎ早に問いかける今井さんを落ち着かせるように説明する。
見えていたのなら助けてくれたのも分かるはずだが、かなりパニック状態のようだ。
仲間思いの彼女らしい。
それが嬉しい。
「あぁ!!そうだよね!!あの、ありがとうございました!」
パニック状態のまま二人にお礼を言う今井さん。
「いいって、いいって。まず落ち着きなよ。友達が心配だったのはわかるけど。」
髪をくしで整えながら言う男性。
口元には苦笑が見える。
「いい友達を持ったな。」
私に向かって言う笑顔の金剛雲水さん。
私はそれにうなずく。
私にも笑顔が浮かんでいただろう。
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相似~雲水~
しばらくしてベースの子が落ち着いた後、お互いに自己紹介を行った。
ボーカルは湊さん、ベースは今井さん、ドラムは宇田川さん、キーボードは白金さん。
そしてギターは氷川さんというそうだ。
俺たちも名前を言おうとしたのだが、なんと彼女たちはこちらのことを知っていた。
「えーと、正確なキックが特徴の佐々木コータローさんと…」
「常に冷静な視点と正確なパス、過酷なトレーニングに自身を追い込みつづける不屈の男、金剛雲水。」
今井さんがコタローのことを思い出した後、ポツリとつぶやくように俺のことを言ったのは氷川さんだった。
氷川さんとしては無意識だったようでハッとし、うつむいてしまったが。
「驚いたな。なぜ俺たちのことを?」
「この前、試合を見に行ったんです。炎馬対最京の練習試合。その時の選手紹介で聞いたので!」
俺の質問に笑顔で応えてくれるのは今井さんだった。
横目で氷川さんを見ながら笑みが深くなっている。
何というか、イタズラ好きな猫のようだ。
彼女たちの仲を円滑に取り持っているのは彼女なのだろう。
リーダーではないようだが俺の質問に応えながらも上手く全員の様子を見ている。
彼女がいなければこうして会話にはならなかっただろう。
クォーターバックをしているとどこが相手の中心かなんてことを無意識に考えてしまうことがある。
これが俗に言う職業病という物なのだろう。
「あ~、そりゃカッコ悪いところを見られちまったな。」
コータローが苦笑しながらこちらを見る。
俺の顔にも苦笑が浮かんでいただろう。
練習試合だったとはいえ負けた試合だ。
今後の糧になるとはいえ悔しいものは悔しい。
「そ、そんなことないですよ!」
今井さんが慌てたように言う。
顔には失敗した!と書いてあるようだ。
宇田川さんや白金さんもコクコクと頷いている。
「大丈夫だ。気にしないでくれ。次は勝つ。それだけだからな。」
俺の言葉にコータローが頷いている。
その時に見えたうつむいた氷川さんが歯を食いしばったように見えたのが少し気になった。
そうしてしばらく歩いていると今井さんが思い出したように言う。
「あ、飲み物買うの忘れてた!紗夜、悪いんだけどジュース適当に買って来てもらえない?」
「え?ええ、いいですけど…。」
突然振られた氷川さんは驚いたようだ。
「え?リサ、さっき…」
「ありがとう!じゃあお願いね!私達は先行ってるけど私の家分かるよね?」
「ええ。」
何かを言いかけた湊さんをさえぎって今井さんが言う。
短く応えて踵を返そうとする氷川さんに慌てて俺は言った。
「この時間に女の子一人は危ない。またやつらみたいなのがいるかもしれないし俺も行くよ。」
「え?さすがにそれは…」
「いいんですか!?ありがとうございます。」
断ろうとする氷川さんにかぶせるように今井さんが言った。
「ああ。大丈夫だ。コータロー、お前は皆をそのまま送って行け。」
「分かってるよ!今日はそのまま解散ってことでいいよな?」
「ああ、それでいい。じゃあまた明日。」
「おう。じゃあな。」
そうコータローと話をつけてから氷川さんの方を向くと申しわけなさそうに頭を下げた。
飲み物は近くの小さな公園の自動販売機で買うことにした。
自動販売機の他にはブランコとベンチしかないような公園だった。
そこまで俺達の間に会話はなかった。
少し気まずい。
よくよく考えれば俺だってよく知らない男なわけで警戒されているのかもしれない。
そんなことを考えていると突然コーヒーを差し出される。
俺が好んで飲んでいる物だ。
「あの、お礼です。付き合ってくれてありがとうございます。」
「気を使わせてすまない。でもよく俺が飲むコーヒーがわかったな。」
少し驚いていると彼女はクスリと笑って種明かしをしてくれた。
「さっき助けてくれた時に見ましたから。」
その言葉に納得していると彼女は言う。
「コーヒーを飲み終わるまででいいんです。少しお話出来ませんか?」
意を決したように真剣な顔で言う彼女に応える。
「ああ。大丈夫だよ。」
彼女はブランコに、俺はその前にある鉄のバーに座る。
「………。」
「………。」
彼女はしばらく話し始めなかった。
街灯と自動販売機の光で小さな公園だけが浮かび上がっているようだ。
人通りはなく、俯く彼女がスクリーンに映っているようで、映画みたいだな。と、どこか他人事のように思う。
「私には妹がいるんです。」
しばらくしてからポツリと言う。
俺は黙ったまま続きを促す。
「双子の妹です。その妹は世間で言うところの天才です。」
双子、天才。ああ、あの時どこかで見たことがあるような気がした訳が分かった。
いつも、いつも。鏡で見ていた姿だったからか。
彼女ではなく、その追い詰められているような、必死なその表情が。
昔の自分に重なっていた。
そういう事だったのだ。
「妹は何でも出来てしまう。見ただけ、聞いただけで。私が必死に練習して出来るようなことも何でもないような顔で。」
彼女の独白は続く。
彼女は理解者を求めている。
「私はそれが悔しい。悲しい。憎い。」
ああ。そうだろう。
彼女が感じている全てはかつての俺が感じていた事だ。
彼女には相談すれば応えてくれる、一緒に悩んでくれる仲間が、友人がいるのだろう。
でも、真に理解出来るのは俺だけだ。
「だから、貴方はどうなのか聞いてみたかった。私達とよく似ている貴方に。」
でも、それでも俺と彼女は違う。
「さっきもそう。あの練習試合。負けた原因は相手の奇策かもしれない。でもあれは貴方の考えを金剛阿含が読める事が前提の作戦。そうでしょう?」
そう。その通りだ。
あの試合、こちらの攻撃を封じたのは阿含だった。
QBスパイ。
ラン、パス。攻撃がどちらであるか。それを阿含は俺の動きを見ることで思考をトレースしことごとくを止められた。
見てから神速のインパルスで無理矢理止めたのではない。
それではランは止めれても全てのパスを止めるのはさすがに無理だ。
本来、QBスパイはパスの可能性を犠牲にしてランを止めるためのプレイだ。
つまり、俺は考えを読まれていた。
普通のQBスパイよりも数段上のことを阿含はやって見せたのである。
「どうして貴方はそれでも次は勝つと言えるんですか?何故諦めないんですか?教えて下さい!どうしたら貴方のように強くなれるんですか!?妹を憎まずにいられるんですか!?」
彼女の瞳から涙がこぼれる。
やっぱり俺達は似ている。
でも、やっぱり俺達は違う。
重い口を開き応えた。
「俺は強くなんてない。君の方がずっとずっと強いよ。」
「え?」
彼女は何を言われたか分からない。そんな表情をしていた。
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未来~紗夜~
「俺は強くなんてない。君の方がずっとずっと強いよ。」
「え?」
何を言われたのか分からない。
私の方が強い?
「そんな、そんなはずない!私は弱い!妹を憎く思うような姉なの!それのどこが強いのよ!」
彼は悪くないのに自分を抑えられない。
気付けば立ち上がり、声を荒げてしまう。
彼は困ったように苦笑している。
「そこだ。」
「え?」
何を言われているのか分からない。
「君は妹を憎んでいられるんだろう?」
何を言っているのか理解が出来ない。
ただ呆然と、唖然としてしまう。
「それは君が妹に負けたくない、勝ちたいと思っている証拠だ。」
その通りだ。
私は妹に、ヒナに負けたくないのだ。
特にギターだけは。
もう私に残っているのはギターだけだから。
「俺は一度何もかもを諦めたんだよ。」
私は言葉に出来ない。
そんなはずはないと叫んでしまいたい。
あの試合で彼は諦めてなどいなかった。
どんなにやられても彼はすぐに立ち上がっていた。
表情に出てしまったのか彼は苦笑して続ける。
「ああ、もちろん今はそんなことない。正確に言えば諦めたつもりになったの方が正しいかったんだ。」
苦笑ではあるが晴れやかな表情だった。
「つまらない話だ。それでも聞いてくれるか?」
そういう問いかけに私はブランコに再び座り、黙って頷いた。
「俺の弟は君も知っているように天才だ。」
そう言った彼に負の感情は見えなかった。
「初めて乗った自転車でガードレールを走るようなやつだった。俺は乗れずに転んでいた横でな。」
彼の表情は明るくはないが、暗くもない。
どこか隠していた物が見つかったかのような苦笑。
「あいつは俺の前を走ってた。俺はあいつに勝てなかった。努力なんて全くしていないあいつに。ただの一度も。何千回も思った。どうして阿含なんだ。俺じゃないんだって。」
どうしてそれを負の感情なく言えるのだろうか。
私には出来ない。
「高校受験を控えていた頃だ。」
それまで私を見ながら話していた彼が自分の組んだ手に目線を落としながら言う。
「ある高校からスポーツ推薦の案内状が来た。」
私は彼から目が離せず、声もかけられない。
それは彼の独白であり、私が入り込むスペースなんてなかった。
「素直に嬉しかったよ。ずっと行きたかった学校だったし、より恵まれた環境でトレーニングが出来ると思った。俺の努力が認められたようにも感じた。あまりにも嬉しかったから雨の中、推薦状を握り締めて事務所まで走って行ったんだ。」
そんな。
これは彼が諦めてしまった話だ。
なら、この続きは…
「事務所で言われたのは『君じゃない』だった。」
言葉が出ない。
「『間違えた』と、『我々が望むのは阿含くんの方だ』と。そう言われた。」
何も言えない。
「その時に思った。凡人は天才に勝てない。何をしても、どう努力しても圧倒的な才能で潰されるだけ。阿含本人にも言った。『才能無い者を振り返るな。実力の世界で同情は誰も救わない。凡人は踏み潰して進め。暴力的なまでの自分の才能だけを信じろ。そうしてこそ、俺が救われる』と。阿含は『当たり前だ』と答えた。実際、あいつはその通りに振る舞った。」
私の目から涙がこぼれる。
彼は泣いてない。
「俺を、凡人を顧みない阿含の振る舞いは当時の俺にとって救いだった。」
当然だろう。
彼にとってはもう終わった話だ。
私には未来の話かもしれないけれど。
「それからは阿含を最強の選手にするために過ごした。
素行の悪いあいつの起こす問題を俺が起こした事にしたりとかな。監督や選手も協力してくれていたし上手くいっていたと思う。俺は凡人として天才を支えることにしたんだ。そうやって俺は何もかも諦めた。」
私は怖いのだ。
自分が諦める事も。
ヒナに振り返られなくなることも。
彼は一呼吸置いてから話を続ける。
「凡人の俺にはトップ選手にはなれない。天才である阿含を支える事こそが俺の役目である。凡人がトップを目指すなど醜いだけだと。そうやって自分を慰めた。」
それは私には認められない。
私が必死に目をそらしていることだ。
努力して、努力して、努力して。
ギターだけは負けられない、と。
盲目的に耳を塞いで見ないようにしている。
「そうして過ごしていたある日、ある試合で俺達は負けた。」
その試合は知っている。
神龍寺ナーガ対泥門デビルバッツ。
その年、弱小であった泥門が起こした奇跡のひとつ。
「その試合から阿含は少し変わった。素行は悪いままだったが練習を始めたんだ。俺は嬉しかったよ。先輩たちも悔しがっていた。『もう一年遅く生まれていれば本気になった阿含と神龍寺ナーガをやれたのに』とな。阿含は怖がられてはいたけど、どこか惹きつける物があったから。」
ヒナにもそんな所はある。
どんなに空気の読めない発言をしても周りから人がいなくならないのはそういうことなんだろう。
「それからまたしばらくしてワールドカップが開かれる事になった。選抜メンバーを選んでの世界戦。阿含は当然選ばれた。俺はトライアウトすら受けに行かなかったよ。今思えばどこか意固地にもなっていたんだろう。当時はそれが正しいと思ったんだ。」
彼は組んだ手を見つめたまま話す。
どこかそれは懺悔しているようにも見える。
「いろいろあったようだが、まぁ最終的に決勝は日本対アメリカになった。試合が進んでいくなかで一人の選手が負傷した。エースの一人でその選手が抜ければ試合には負ける。進清十郎。天才と呼ばれる選手の一人だった。その選手の代わりに入ったのは葉柱ルイ。俺と同じ、凡人だった。」
賊学カメレオンズの主将。
不良たちを束ねる暴君。
そんな風に書いてある雑誌を読んだことがある。
「はっきり言ってしまえば、まるで相手になっていなかった。進が回復するための数分間をどうにかもたせている。ギリギリの泥くさいプレーだった。俺はそれを見てやはり凡人は足掻いてはいけない。天才には勝てない。俺は正しいと思っていた。」
涙が止まらない。
今日だけで私の涙は枯れてしまうかもしれない。
「その時、阿含がサングラスなんかを外した。俺達は双子だ。同じ髪型なんかにすればそっくりになる。阿含は俺に無言でメッセージを送っていたんだ。『テメーはそこでなにやってんだ?』って。そこまで一度も振り返らなかった阿含が凡人である俺に向かって。葉柱と阿含、二人を見て俺は後悔した。どうして俺はこんな処にいるんだ。どうしてあのフィールドで闘っていないんだ。俺は諦めきれて無かった。諦めたフリをして物わかりのいい自分になったつもりだった。」
彼は憑きものが取れたかのような顔で続ける。
「諦める事を諦めたんだ、俺は。今はがむしゃらにやってる所だ。天才、阿含を倒すために別の大学に進学までしてる。まぁ、今回はやられてしまったが。」
彼が苦笑してこちらを見て顔を歪めた。
「しまったな、泣かせるつもりは無かったんだが。すまない。」
謝らないでほしい。
そう言いたかったが、どうも言葉にならない。
しばらく一人泣き続けた。
「落ち着いたか?」
彼は静かにただ待っていてくれた。
私は恥ずかしくなってしまう。
泣き顔を男の人に見られるなんて初めてのことだ。
顔が赤くなっているのが自分でも分かる。
「ええ、ありがとうございます。」
私の返答を聞いて彼は少し安堵したようだ。
「そうか。すまなかった。泣かせるつもりは無かった。」
再度謝る彼に私が少し焦ってしまう。
「謝らないで下さい。私は大丈夫です。それより、話づらいことを話させてしまってすいません。」
「いや、俺は大丈夫だ。今ではもう気にしてないことだしな。」
彼は穏やかな様子だ。
ここまで強くなるにはどれだけの葛藤があるのだろう。
今、聞いた話だけではない、苦悩がもっとあったのだろう。
「俺の話はこんなところだ。何か君のためになればいいのだが。」
「ありがとうございます。おかげでこれから私も頑張っていけそうです。」
彼の話はこれからの私を見ているかの様だった。
その彼が立ち向かっている、というのは私にとって救いである。
私も同じように頑張れるという証拠が彼なのだ。
「なら良かった。」
そう言って笑う彼に少し欲が出てしまう。
「あの…良ければ連絡先を教えていただけませんか?」
「え?」
キョトンとする彼に私が焦ってしまう。
「良ければ話を聞いていただけませんか?それに今度ライブにも招待いたしますので!」
早口でまくし立てるように言ってしまう。
頬が赤くなっているのが自分でも分かる。
私の顔色は今日はとても忙しいようだ。
「俺で良ければ。またライブに招待してくれるのなら、俺は試合に招待するよ。今度は不甲斐ない結果でないようにしないとな。」
そうして私の携帯に初めて父親以外男性の連絡先が登録された。
その後、メンバーと合流したのだが、私としたことが飲み物は買い忘れるし、泣き後を見られ大騒ぎされるなど大変であった。
何故か飲み物は今井さんの家にあったのであるが。
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