ロクでなし魔術講師と超電磁砲 (RAILGUN)
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ロクでなし魔術講師と超電磁砲
RAIL 1


 突然だが、俺ことラクス・フォーミュラには魔術の才能がない。

 というか、どう頑張っても理論が不明なもんで暗記ゲーなわけで、クソゲー確定。

 大まかなルーティンとしてはルーン語を翻訳して書き取りして覚えて、発動。

 そしてまさかの発動に付きまとうリスク不明と来たからね。よくこの学校の生徒はドヤ顔で魔術を披露できる。とてもじゃないが真似できない。

 

 というのが、俺みたいな落第ギリギリの生徒の考え。ハイハイ、勉強不足ですよーだ。

 そんな俺が2年に上がれたのは同級生の天使がお情けで勉強を教えてくれた上で、先生方にゴマ擦ったのがでかい。

 そこまでなら学校やめろよとか思われるかもだけど、この世界じゃ魔術が使えるだけで生涯年収が違う。

 俺の夢はできるだけ早く隠居して(目標は30歳)、ギャンブルでもして老後を満喫することだ。

 つまり、魔術は俺の夢の足がかり。

 まぁ、こんなんだから天使のお付き人であるシスティーナ=フィーベルには会うたびに睨まれたりしてる。

 こんな欲望まみれな夢を持つには色々と理由があったりするのだが、やっぱり1番大きな理由はこれが二度目(・・・)だからだと思う。

 あっ、転生だからと言って神に会ったわけとかじゃない。だから格闘実はチョーできますとかいった展開は期待してはいけない。

 ただ、使い勝手の悪い雷を扱える能力が少しばかりあるだけだ。

 

「にしても新任の先生はぶっ飛んでんなー」

 

 朝の出来事だ。

 珍しくアルフォネア先生(大陸随一のスゲー人)がHR中に教室に来てまで宣伝したレーダス先生だがこれまたぶっ飛んでいた。

 一ヶ月前にやめた先生(おそらく学院の中で最もお世話になった人)の代替えできたレーダス先生は栄えあるアルザーノ帝国魔術学院の卒業生で、着任一日で体調不良でもないのに黒板に自習と書いて寝る始末。

 やることもないので俺はマジで自習していた。

 

「ラクス君、わからないところはない?」

「あぁ、うん。多分大丈夫だと思う」

 

 そんなこんなでレーダス先生が来てから1週間。

 先生が来るまでの間にうちのクラスの天使であるルミアが話しかけてきた。ちなみに彼女は俺の勉学の師だ。

 俺の単位を握ってるといっても過言じゃない。

 なにを隠そう昨年俺が進級できたのはルミア大先生のおかげなのだ。

 

「レーダス先生が自習を繰り返すおかげで他の教科はばっちし。ただ、あの人ってばテストどうするのかな?」

「はは……ラクス君は講義よりも点数が取れれば良いって感じだね」

 

 もちろんだ。

 俺は成績がよけりゃ後はなんでも良い。

 わかんなければルミア大先生の猿でもわかる講義を受けて納得すればいい。

 

「ご迷惑おかけします」

「ううん、好きでやってることだからラクス君が気にすることじゃないよ」

「……天使か」

「うん?」

「いいや、なんでもない。いつもありがとね」

「どういたしまして」

 

 それからルミアと二、三程度の話をして席に戻る。

 今日もこれからレーダス先生とシスティの喧嘩が始まるだろう。

 それまで自習、自習。

 と、そこまで考えて卒業研究のことを考えた。

 本当にふと、という感じでちらついたものだ。

 俺は成績だけが取り柄で実際理解しているかと聞かれるとそうでもない。

 なので実力が問われる卒業研究については今の時期から考えてないと単位が死ぬ。

 一応、電気系統の魔術を使った研究をできればいざという時に誤魔化せそうなのでそっち方面でいこうかなー、とか考えている。

 電気だろ? 転生者だろ? なら超電磁砲やりたいやんけ?

 実際にはコインを打ち出すときに生じる熱が莫大すぎてまずはそっちをどうにかしないといけない。

 超電磁砲には熱遮断(既存のものより強力なやつ)にコインを打ち出す強力な電気の魔術が必要となる。ぶっちゃけ、熱遮断さえどうにかしてしまえば、あとは使い勝手の悪い俺の能力でどうにかできたりする。

 

「いい加減にしてください!」

 

 教室中に響いたシスティの声で俺は卒業研究(仮)をやめた。

 隣のやつに聞けばどうやらシスティの怒りメーターが上限を振り切ったらしい。

 流れで勢いそのままシスティは手袋をレーダス先生に投げつけた。

 

「いやいや、おいおいおい。マジかよ」

 

 システィは魔術の名門一家の生まれで誇りがあるのは分かるが、相手は仮にも先生だ。

 ぶーたれようが、やる気がないロクでなしでもレーダス先生が積み上げた経験がなくなるわけじゃない。

 案の上、ルミアがシスティを全力で止めるが無視。

 レーダス先生が勝てば今後のお説教を禁止、システィが勝てばレーダス先生が態度を改めるそうだ。

 

 クラス全員が中庭に移動する中で俺は一人で教室に残った。

 めんどくさいのが九割であとは試してたいことが一つ。

 俺は中庭の方に手を銃の形にして意識を集中する。

 

「へぇ……」

 

 俺の使い勝手の悪い雷の能力は細かい操作ができない代わりに出力だけなら馬鹿でかい。

 体に電気を流して肉体強化しようものなら30秒で筋肉が焼き切れて動けなくなる。劣化版のラウザルなんちゃらだ。

 今は電磁波を飛ばして離れた中庭の映像を目ではなく脳で見ている。

 

「これは、先生は手を抜いているのか?」

 

 状況はまさかのシスティの優勢。

 どうやら先生はネタかマジか、一詠唱でショック・ボルトを放てないようだ。

 映像は拾えるが音声は拾えないので大凡のことはでっち上げだがまぁ、だいたいの察しはつくというものだ。

 正直なところ、拍子抜けだ。仮にも先生なんだろうに。

 

『違う』

 

「あ?」

 

 そうだ。違う。

 頭の中によぎった言葉でレーダス先生の実力をもう一度検討する。

 妙に既視感があるこの感覚は時たま訪れるお告げみたいなもんだ。

 転生前にこの世界について書かれた本でも読んでいたのかもしれない。なにせ、電気を操る体だ。細かいことはショートするたびに吹っ飛んでいたりする。

 

「まぁ、いいか。俺には関係のないことだし。雨降って地固まる的なサムシングがあるだろ」

 

 俺は中庭の観察をやめて研究についてまとめたノートに色々書いていく。

 それは少しして顔を真っ赤にして憤慨するシスティが教室に入ってくるまで続けた。

 当然授業は休講。課題はなし。やったぜ。

 

 ◇

 

 放課後になって俺は特にやることもなく、外をぶらついていた。

 図書館で勉強するのもいいものだが、毎日やるのは流石に辛い。一緒にぶらつく友達? いるかよ、んなもん。

 とはいえ、街遊びには慣れてないので行くところの検討もつかない。家に帰っても寝るだけだし。

 ダラダラと、街を歩き続ければいつの間にか街の中心部まで歩いてきてしまっていた。

 ここら辺はショッピングモールを始め多くの小店が立ち並んでいる。その中に魔術に使う触媒や教科書など一風変わった専門店も多くある。

 制服を着た熱心な魔術学院生もちらほらと見かける。

 そんな中で俺は数少ない見知った顔を一つ見かけた。

 

「あっ、ヒューイ先生!」

「ッ!? あぁ、ラクス君ですか。お久しぶりですね。元気にしていましたか?」

「めっちゃ久しぶりですね。学校を急にやめちゃうから、俺の単位が悲鳴をあげてましたよ……それで、先生?」

「はい?」

「俺が声をかけた時に見せた焦りよう。もしかして―――」

「……」

 

 俺と先生の間に流れる緊張。

 大丈夫だぜ、先生。俺は全部わかってるから!

 

「援助○際とかですか?」

「ゲホッ!? な、なにを言っているですか、ラクス君!」

「違うんですか!?」

「なんでそこで真剣に疑えるんですか、君は」

「でも、先生は良い歳で」

「余計なお世話です」

「給料も良くて」

「否定はしません」

「家に帰っても迎えは誰もいない」

「……残念ながらそうですね」

「なら援助○際ですね」

「先生、そろそろ怒りますよ?」

「調子に乗りましたごめんなさい」

 

 ショッピングモールで援助○際とか言ってると注目を集めるので俺と先生は近くのカフェ―――オシャレすぎて俺一人では到底入れない―――に入った。

 私生活がオシャレすぎてヒューイ先生マジリスペクト。

 

「学院はどうですか?」

「先生がいた頃よりかは酷いもんですね」

「というと?」

「先生の後任できたレーダスっていう先生がこれまた適当に授業するんですよね。この間はシスティと決闘して負けてたし」

「生徒と決闘? いえ、システィーナ君の性格からしてそうなるのは当然ですね」

「あ、やっぱりそう思いますか」

 

 あいつは普段はめっちゃ良いやつなんだが、いざっていう時には暴走機関車みたいに暴れるからな。

 芯が強いって意味じゃいいことなんだろうけど。

 

「でもあの先生はきっと強いですよ」

「いつもの第六感(シックス・センス)ですか。ラクス君のそれは未来予測のレベルで当たりますからねぇ。気をつけておきます」

「気をつける? なににですか?」

「僕の講義の人気を抜かれないようにです」

「つーことは先生はしばらくしたら学院に帰って来るんですか?」

「どうですかねぇ。どうも長い旅路になりそうですから、当面の間はどうとも」

「先生いないと俺の単位が消し飛ぶじゃないですか!」

「怒るところはそこですか」

 

 そうだよ(便乗)

 ヒューイ先生はマジで極めるっていうよりは多方面に箸を伸ばした感じでパーフェクト学生の味方マンだったからね。

 放課後は先生の研究室に入り浸った。

 そんで、今日みたいにコーヒーご馳走になるわけだ。

 

「先生」

「なんでしょうか」

「最近はコーヒーを淹れることが趣味になりまして。まだまだ、豆の挽き方もなってないモンですが、今度ご馳走しますよ」

「……毒味ですか?」

「今先生が生徒の成長に感動するシーンですよねぇ!?」

「はっはっ、ラクス君と話しているとつい子供っぽくなってしまいます」

「会話のレベルを合わせるっていう遠回しのディスりですかね?」

「はっはっは」

「なんとか言ってくださいよ!?」

 

 この後めちゃめちゃ話した。

 

 ◆

 

 ヒューイ=ルイセンは然るべきときに自らの意思で動く人間爆弾だ。

 彼の教師生活と呼べるものはとある少女の秘密の発覚と同時に崩れ去った。

 崩れ去った日常というのは思いの外、新鮮だった。普段ではチョークを握って本を開いている時間に街に繰り出し準備を行う。

 夕日が出るまでそれは続き、普段では研究をする時間に床につく。

 存外に悪くないかもしれない。

 

 それは少しばかりの違和感を感じながらも過ごしていたある日のこと。

 学院を失踪という形で辞めてからしばらく経ち、()()をしていた際のことだ。

 

「先生!」

「ラクス君……」

 

 遠くから声をかけてきたのはかつての生徒。学院を辞めた今でも先生と呼ぶ印象深い生徒の一人だ。

 おそらくヒューイの研究室に最も長く居たであろう人物だ。

 彼は成績は良いのだが実技は致命的に出来が悪い。

 放課後特別教習と称して、多方面からの質問に答えていた。ラクスからの質問は的外れなものがほとんどだが、中にはヒューイにも即答できない鋭い質問もあった。

 

「援助○際ですか?」

「ゲホッ!?」

 

 今のは紛れもなく的外れな質問だ。

 まぁ、知らない仲ではない。テロリスト(・・・・・)となった今だが、無碍に扱うのはそれで怪しく見えてしまうだろう。

 ヒューイは先生時代によく通っていたコーヒーショップにラクスを案内した。この隠れた名店は学院の中でもヒューイくらいしか知らないとっておきの場所だった。

 ラクスに紹介したことに特に深い意味はない。

 コーヒーを啜りながらラクスが話すのはヒューイが居なくなったあとの学院のこと。

 新任の先生はどうやら生徒と決闘をおこない負ける三流魔術師のようだ。

 が、ラクスによればそれは手を抜いているとのこと。

 

「いつもの第六感(シックス・センス)ですか。ラクス君のそれは未来予測のレベルで当たりますからねぇ。気をつけておきます」

「気をつける? なににですか?」

「僕の講義の人気を抜かれないようにです」

 

 うっかりボロが出てしまったが、うまく誤魔化せた。

 動揺を表に出さないようにコーヒーをまた啜る。

 

「つーことは先生はしばらくしたら学院に帰って来るんですか?」

 

 パリパリとどこかからかガラスにひび割れる音が聞こえた。

 

(あぁ、なるほどずっと感じてた違和感、それは―――)

 

「どうですかねぇ。どうも長い旅路になりそうですから、当面の間はどうとも」

 

 気がつけばコーヒーはすでになくなっていた。

 

「先生いないと俺の単位が消し飛ぶじゃないですか!」

「怒るところはそこですか」

 

 だが心配は杞憂だ。

 ラクス・フォーミュラとはこういう生徒だ。他人の浅瀬に入ったり入らなかったりするものの沖までには絶対に入ることはない。

 意図してなのかそうでないのかはヒューイにはわからないが、それがラクスを放ってはおけない理由なのかもしれない。

 

 ―――もしだ。

 テロリストによる自爆テロがあったとしても。

 熱を遮断することに特化した生徒が偶然にも魔法の効率をあげる触媒を持っていれば、幸いにもそこにいる人達には最悪の事態は訪れないかもしれない。

 甘い考えだろう。これではテロリスト失格だ。

 そう自重気味に笑いながらもヒューイは切り出した。

 

「そういえばラクス君は熱に関する魔法に興味がありましたよね?」

「はい?」

 

 

 ◇

 

 今日も学院で筆を取る。

 昨日とは違い右手でジャグリングするように弄ぶのは赤い宝石。

 ヒューイ先生がくれた熱遮断の魔術を使う触媒の一つだ。

 既存のものより効果をあげるにはなんらかの手段を用いる必要がある。

 二重詠唱とか時差を使った詠唱よりも触媒を使った方が手っ取り早いし実現が容易だとのこと。ヒューイ先生はやっぱり天才だった。

 これには初期設定として熱遮断の魔法がデフォルトで封印されてるらしい。砕けば発動するそんな感じで。

 宝石砕くとかいう種族ゴリラじゃないのでそこらへんは魔法のマジカルパワーでどうにかなるんだろう。ヒューイ先生が粗悪品を渡すわけないからな!

 

「なんだかラクス君、嬉しそうだね」

「昨日は偶然、ヒューイ先生に会ってな。ちょっぴりイイもんを貰っちまった」

「綺麗な宝石だね。ヒューイ先生って急に退職しちゃったから心配だったけど、元気そうだった?」

「ショッピングモールで財布(が入ったカバン)片手に(男子)学生を待つくらいには元気だったよ」

「そ、それってもしかして―――」

「さぁ? 真相は闇の中、ホテルの中ってね」

「うわわわわわ」

 

 やばい引くに引けなくなったわ。ヒューイ先生ごめん。

 ま、人の噂も75日とか言うし。しばらくすれば忘れるだろう。

 

「ど、どうしたのルミア。顔が真っ赤よ?」

「シ、システィ!? なんでもない。なんでもないから」

 

 いや、確実になんかあった時の対処だから、それ。

 現にシスティは俺のことをガン睨みである。

 

「睨むなよ。ただの世間話だ。昨日はラッキーデイだったんだ」

「それがどうしてルミアの顔を真っ赤にするのよ」

「音楽性の違い?」

「バカなの?」

「あうぐっ!?」

 

 辛口システィの素直な感想はガラスハートを容易く砕いていく。

 とりあえずヒューイ先生と会ったんだって話を噛み砕いてシスティにした。するとマジで羨ましがられて話題の転換に成功した。ま、ルミアが真っ赤な理由は誤魔化せた。

 今日も楽しく授業、授業!

 

「魔術ってそんな崇高なもんかねぇ?」

 

 ……レーダスェ。

 

 システィ曰く、魔術は世界の理を突き詰めていくもので。

 レーダス先生曰く、魔術はめっちゃ役に立ってるらしい。ただし、人殺しに限るもよう。

 生徒と先生の喧嘩を見て思ったことはあーうん、そうだねって感じだった。

 まぁ、勉強熱心のシスティはともかく先生に形がどうであれ理念を持ってるのは驚いた。きっと昔に何かあったのだろう。

 曲がりなりにも学院を卒業した人だ。学生時代とかは大きな夢でも持っていて挫折したのだろうか。だとすれば、これはシスティに対する八つ当たりとも取れる。

 ……真偽不明なので大きくは出れないが。

 結局、システィがレーダス先生の頬を叩いて退室。授業もいつも通りお流れとなった。

 すると、俺がやることっーのは。

 

「リン、別にお前のせいじゃねぇーから。気に病むなよ」

「あっ……うん、ありがとう」

「おう、どういたしまして」

 

 こういうときに一番精神的に来るのはリンみたいな気が弱くて、キッカケを作ってしまったと誤解するやつだ。

 ソース? 昔の俺だよ。

 さぁ、今日も素敵な放課後ライフだ。実験室でも借りて熱遮断すっか。

 

「まさか許可が下りるとはなぁ。さすがはアルフォネア教授、話が分かる人だぜ」

 

 まぁ許可が下りなくてもやったんですけどね!

 

 実験室にはいろんな設備があるが、ただひたすら頑丈なところは最も評価できるポイントだと思うね。

 さて、問題の熱遮断魔法だが。これは普通の火を操るものとは異なる。

 系統では運動とエネルギーを扱う黒魔術なのだがそこらへんの理解は大切だ。

 

「遮るよりも超電磁砲にエネルギーを譲渡すれば更に高威力になるんじゃね?」

 

 圧倒的閃きだ。俺は天才かっ!?

 ただし、そんな魔術はないので俺の固有魔術の製作から始まるわけだ。

 一応候補はヒューイ先生に教えてもらっているが、それは遮断であってエネルギー変換じゃない。

 遮断でも超電磁砲のエネルギーは消しきれないし。俺の腕どころか体が消し飛ぶ計算だ。

 

「《炎の精霊よ 来れ 我らを祝福せし偉大な万象よ 閉じよ》」

 

 って寒っ!?

 うぉぉぉぉなんか熱遮断してるっぽい。けど、マナがごっそり持ってかれた気がする。

 とりあえず解除っと。

 

「これでも超電磁砲の余熱を消しきれないとか効率わるすぎぃ!」

 

 厳しいものがある。

 と、そこで扉の開く音が。

 

「あ、あれ? 放課後の実験室の無断使用は禁止だよ?」

「お前も同じクチじゃねぇか、おい」

「てへっ」

 

 ルミアはとても可愛いので許す。

 勉強熱心だなー。なんでも錬金術の復習に実験室を使いたいらしい。

 どうぞ、どうぞ。俺はやること終わったし。

 

「たまにはラクス君が勉強を教えてくれてもいいんだよ?」

「……まぁ、見てるだけなら」

 

 だからルミア先生が分からないのに俺が分かるわけないだろ、いい加減にしろ!

 とか思いながらもルミアの描く魔法陣は綺麗なもので文句のつけようがない。が、発動しない錬金術。

 はえー、やっぱり魔術はゴミやわ。

 

「おいお前ら。放課後の実験室の使用は禁止だぞ」

「あっ、レーダス先生。許可なら取ってますよ、アルフォネア教授に」

「アルフォネア? あぁ、セリカか。よく出したな」

「なんか面白そうだから出したって感じでしたね。レポートの提出を要求されました。悪魔ですね」

「同感だ」

 

 と、アルフォネア教授の陰口で意気投合してしまった。意外と馬は合うのかもしれない。

 先生は俺と少し話すと水銀の入った瓶を片手にルミアの錬成陣に継ぎ足し始めた。

 どういう風の吹き回しだろうか。

 

「詠唱は省略するなよ」

「はい、わかりました」

 

 そしてルミアが詠唱をした錬金術は光輝く粒子となって実験室を満たした。

 

「……ファンタスティック」

 

 ルミアは水銀を継ぎ足してくれた先生に礼を言い、先生は9割はお前が描いたんだから誇れと先生らしいことを言う。

 先生ってば若干だけど目が楽しそうにしてるぜ。

 言うだけ野暮ってもんかな。

 

「ところでラクス。お前は何の練習をしてたんだ?」

「軽い熱遮断の魔術を」

「熱遮断か……授業ではやってないはずだが?」

「趣味の一環です。今のうちに卒研に向けて動かないと完成しないんで」

「たしか成績は悪くないだろ」

「そうなんですよ。ラクス君は成績は悪くないんだから自信持てばいいのに」

「いやー【ショック・ボルト】を省略詠唱とかできないし。実技が全然ダメで。つか怖いですね」

「怖い? 略式詠唱センスとかじゃないな、そりゃ。どういうことだ?」

 

 俺は素直に日頃から感じている魔術への不満について話した。

 ついで【ショック・ボルト】の詠唱の仕方で生じる失敗が何らかの規則性を持っていることも。俺が間違えてやったときは左に曲がったが、180度ターン決めてきたらマジで魔術恐怖症になるところだった。

 

「……まっ、そこそこには分かってるみたいだな」

「はい?」

「なんでもねぇよ」

 

 はぐらかされてしまった。一体、今の会話で先生は何を掴んだんだろうか。やはり、底の知れない先生だ。

 

「ともあれ、錬金術の復習は終わったんだ。学生は学生らしく、家に帰って飯食って寝な」

 

 しっし、と手で邪険に扱われる俺とルミア。

 なんだか近所のメンドクセー親父みたいですね。

 しかし、先生のいうことも一理ある。今日はさっさと帰りたい気分だ。

 

 そして部屋の片付けをして帰る準備をしていた時だ。

 ルミアは突拍子もないことを言い出した。

 

「先生も一緒に帰りましょうよ」

「……いやだ」

 

 ゔぉおいい。

 この場面でそりゃないだろうが。

 と、内心で罵倒しまくっていると。

 

「ついてくるのは勝手だけどな」

 

 ツンデレさんのようだ。

 全く需要がない。

 

 ともあれ、その言葉ですっかり機嫌をよくしたルミアはせっせと後片付けをして下校準備しゅうりょー。

 どういう因果か美少女&教師と下校中な訳だ。

 ま、話の内容と言ってもルミアが魔術をどう思ってるーとか、明日システィにどうとかっていう話だ。

 え、俺が魔術をどう思ってるかって?

 そりゃ、道具ですよ。先生。つーと、面白いもんでも見てるような顔をされた。

 俺は見世物じゃねーよ。

 なんて言えるわけもなく、自然解散。

 ルミアのアドバイスはレーダス先生の次の日の行動に現れた。

 

「その、なんつーか。いろいろ言いすぎたつーか、まぁ、なんだ。人それぞれ価値観はある。悪かった」

 

 マジで誰だこいつ状態だ。

 挙句の果てには―――

 

「授業を始める」

 

 なんつーもんだから。

 

「ちょっと待てや、誰だ。あんた!」

「グレン=レーダス大先生だよ。なんだ、ラクス、トイレか? 全く、そういうのは授業開始前に済ませておけって。まぁ、行っていいぞ、早くしろよ」

 

 あぁ、このわかってて煽る感じはレーダス先生だわ。

 

「あんたこそ熱があんのか、どうした? 授業なんてらしくないですよ。レーダス先生!?」

「なんでキレてるのお前!? 授業してもしなくても文句言われるとか魔術講師ブラックすぎない? つーわけで、遊びは終わりだ。授業を始める……最初に言っておくが、お前らバカだよな」

「ふがっ!?」

 

 同時に教科書が顔面に飛んできた。

 

 それからのレーダス先生は、なんつーか。圧巻だった。

 今までの講師とはスタイルの違う講義。

 教科書を読むのではなく、放棄した斬新なやり方。

 その実、中身は実に計算されていて、完成されていた。

 マジでリスペクト。すげぇ。

 

 中でも心に残る言葉は―――

 

「魔術ってのは世界の真理を突き詰めるもんじゃなく、人の心理を突き詰めるもんなんだよ」

 

 あぁ、これだと感じた。

 ビビっときたね。間違いなく、自分の頭の中にあるピースがはまった。

 

「ねぇ、ちょっとラクス? さっきからニヤニヤしてどうしたの?」

「システィか……東方は赤く燃えているな」

「意味不明なんですけど」

「いや、なに。レーダス先生の授業を受けてからアイデアが湯水のように湧き出したんだ」

「そんな湯水枯れちゃえばいいのに」

「俺、何かしましたっけ!?」

「ふふっ」

 

 おかしい、システィが辛辣すぎる……いつものことか。

 隣で微笑むルミアは今日も天使です。

 




アニメ版のルミアが可愛すぎてつい書き始めた作品。
これからもっとオリ主を変態にしていくんだ(迫真


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RAIL 2

 ―――その日は唐突に訪れた。

 

 朝気持ちよく目覚めて、補講日だということもあっていつもより気が滅入りながらも登校準備をする。

 守衛さんに挨拶をして階段登っていく。2年のそれもII組しかいない寂しげな校舎はちょっとだけ不気味に感じたので早足でだ。

 教室に入って目に入る特徴的な金髪と銀髪のクラスメイト。

 

「おっす、おはよー」

「おはよう、ラクス君」

「おはようラクス。いつもより二割り増しで覇気がないわよ?」

「そりゃ、補講日っていえば家で寝るもんだろ?」

「自習よ、じ・しゅ・う」

「真面目かぁ?」

「少なくともあなたよりはね」

「それな。わかる」

「はははっ」

 

 こんな感じで他にもカッシュやリンと話をして授業開始前にトイレに行った。

 レーダス先生の授業中に抜け出すとか考えられないからな。

 用を足して手を洗う。ハンカチで手を拭いて対面する鏡に写る自分の顔を見たときだ。

 

 また、電撃が走った。

 

『校舎を貫く紫電の閃光』

『血を流し魔方陣に横たわるグレン・レーダス』

『廊下を埋め尽くす無限の骸達』

『剣を6本浮遊させる男とヘッドバンドを巻いた男』

 

 そして―――

 

『ルミアを拘束し自らを人間爆弾だと語るヒューイ・ルイセン』

 

「ああっ!?」

 

 金属バットで頭を殴られたような痛みに思わず膝をつく。

 

「くそったれ、一体なんなんだよ今のは!?」

 

 洗面台を支えにしてなんとか立ち上がる。

 今までは軽い直感に近しいもので、さっきのような鮮明なビジョンが見えたのは初めてだ。

 なにかトリガーのようなものがあるのか、もしくは―――

 

「訳がわからねぇ」

 

 が、今のビジョンが事実起こり得るものだとするのであれば、俺にできることは……

 

「何もねぇな」

 

 テロリストっぽい人達に一介の高校生が挑むとか殺してくださいお願いしますと言っているようなものだ。

 それに、今の光景は俺の作り出した白昼夢の可能性の方が大きい。

 結局、突飛なことが起きる確率なんて極めて低いものだ。

 

「確認だけ……あぁ、確認だけしよう。まずは警備室だ。なんかあればあそこに話がいくだろ」

 

 息を殺して、存在を殺して。誰も気がつかないようにと最小の動きで最速を。

 ()()()()()廊下を歩き続ける。

 

「……くそっ」

 

 こんな状況では悪態しかつくことができない。

 冷や汗がずっと止まらない。

 起きるかどうかもわからないことになんでこんなに神経質になってるんだと頭ではわかっている。

 

 しかしだ。今日は幸運なことに先生達は遠くに催しがあるとかで出かけている。

 そう、あのアルフォネア教授もだ。

 俺がテロリストであるならば、実行するのは間違いなく今日。

 

「はっ、さすがは天下の魔術学院。警備ザルすぎでしょ!」

 

 そしてあのビジョンが正しかったと知る。

 俺が隠れる壁の向こうで喋る二人組の男。

 隠れる前に見えた横たわる男性は警備員の人だ。

 傷の程度はわからなかったけど、あの様子ではもう……。

 

「早くどっかに行ってくれよ……」

 

 それからテロリストはどーでもいい話を続けて、最後にヘッドバンドをつけた男が警備員さんを足蹴にして校舎の方に歩いて行った。

 

「いないな……よし」

 

 念入りに電磁波をあたりに放出して安全領域を確認する。

 同時に警備員さんの脈を測って……!?

 

「大丈夫だ。まだ、息はある!」

 

 傷口は一つ、右の肺に開く穴だけ。

 テロリストは強力な貫通系の魔法が使えるようだ。

 

『校舎を貫く紫電の閃光』

 

「そうか、そういうことか。なるほど」

 

 俺にできる応急処置は体にできたトンネルをどうにか塞ぐこと。

 ライフ・アップで肉体を急造して峠は超えさせるしかない。

 

「《彼の者に安らぎを》」

 

 レーダス先生の授業を受ける前の俺ではできなかったであろう【ライフ・アップ】の一小節詠唱。

 みるみるうちに警備員さんの傷が塞がっていく。

 紫電の閃光とやらは致命傷足り得るが傷の大きさが小さいらしい。

 射程を長めにして本来なら頭部を狙った一撃必殺の魔術なのかもしれない。

 

 と、そこまで考えてテロリストが使った魔術に心あたりがあった。

 

 軍用魔術だ。

 

 あの魔術はあまりにも殺しに特化し過ぎている。

 ヘッドバンドの男がこの状況を楽しんで慢心していることが救いか。

 この状況は思ったよりも不味いらしい。

 

「うぅ……学生か」

 

 そこで警備員さんが呻きながら意識を取り戻した。

 

「とりあえず、傷の手当てはしました。今の状況を把握されてますか?」

「傷の手当てを……ありがとう。今の状況だったね。あの二人組はなんらかの手段で学園のセキュリティを突破し、改竄。今は出るのは自由だが、入ることはとても難しくなっている」

 

 思ったよりどころじゃない。最悪だ。

 学院のセキュリティが突破されることはしょうがないとして改竄まで行うとか、相手にはこと特定の分野には滅法強い相手がいるみたいだ。

 出ることしかできない一方通行のゲート。

 

 嫌な汗が背中で流れるのを感じる。そうだ。

 

 そこをくぐれば、俺は助かる。

 

 代償はあまりに大きく、かけがえのないモノばかり。

 あぁ、きっとそうだ。こうやって考えるあたりで答えは出てるんだ。

 けど、足が動かない。前にでない。進むことができない。

 

「くっ……警備の応援を呼ぼうにもこの状況じゃ……」

 

 警備員さんが辛そうな声を出した。

 

 本当に泣きそうだ。実際はもう泣いてるのかもしれない。

 汗か涙か唾液か。流れてるものの判断ができないくらいに俺は逃げ出したかった。

 

「やるしかねぇよなぁ……」

 

 何を?

 

 クラスメイトの救出。

 

 どうやって?

 

 電気の能力を体が焼きつくまで使う。

 

 できるのか?

 

 やらないといけない。

 

 どうして、俺が?

 

 そこに居たからだ。誰でもハマるポジションにたまたま俺が居ただけのこと。

 特別な意味なんてない。もとめちゃいけない。

 今から俺がするのは正義の味方が行う救済じゃない。

 他の誰でもできることを俺がやるだけの作業だ。

 

「警備員さん、外に出たら応援をすぐに呼んでください」

「君、一体何をするつもりだ!?」

 

 警備員さんを台車に乗せて校門にむけて力任せに思いっきり押した。

 台車を通る瞬間に魔術は起動しなかったものの、慌てた警備員さんがどうにか体を起こして俺を呼んで門に触れそうになったとき起動した。

 一方通行の魔術だ。解除は無理。その魔法陣は驚くほどに完成されていた。

 構成、系統、系譜、術式の一切不明。

 でも、積み重ねられた何かが俺に感動という感想を与えた。

 

「まじで何やってんだよ」

 

 見覚えのある魔法陣に悪態をつきたくなる。

 

 泣きそうになる心に喝を入れて警備員さんに挨拶。

 俺は駆け足で校舎に向かった。

 

 ◇

 

「《この拳に光在れ!》」

 

 校舎内はゴーレムであふれかえっていた。

 どれも俊敏性が高くひと昔前のゾンビ映画を見習って欲しいものだ。

 一つずつ丁寧に相手をする時間も体力もないので進行を邪魔する奴を限定に破壊ではなく除去を目的とし対処をしている。

 

「《大いなる風よ!》」

 

 めんどくさいので前方のゴーレムをまとめて吹き飛ばす。

 もう少しで2年の教室だ。

 あと少しで―――

 

「ラクス君!?」

「ルミア!?」

 

 2年の教室に行くまでの最後の階段で俺はルミアと遭遇した。

 しかも剣を携えたテロリスト付きで。

 

「ほう、一介の学生にしてはやるようだな。ゴーレムへの対処も正解だ。存外に魔術学院というのは馬鹿にできないようだ」

「だったら荷物まとめてさっさと失せな。ここはお前みたいな血生臭い奴がいる場所じゃねぇし、ルミアはお前が触れていいような奴じゃない」

「口が達者じゃないか、学院生」

「うちのお姫様は指名料が高くつくぜ、迷惑客(クレーマー)

 

 ジリジリと俺は距離を詰める。

 俺が使える最強の身体能力付加魔術でルミアを救出してあの剣男を殴りとばす。

 ルミアのことだ。大方、クラスメイトを庇って人質にでもなったのだろう。

 

「だめ、逃げて! ラクス君!」

「そりゃ、できねぇ相談だ。なにせもう覚悟は決めたんだ。俺が勝手に救ってやるからお前はそこで勝手に救われとけ」

「威勢のいい学院生だ。だが、子供が覚悟を決めたところで何ができる?」

「それを今から見せるんだよ」

「私が人質になれば他に人には手を出さないと約束しましたよね!?」

「残念だが、身を守るときは別だよ。王女殿下」

 

 王女殿下? ルミアはハッとした表情で俺の顔を見た。

 王女殿下といえば既に他界なさってるはずだ。それが王国の発表であり、真実。

 だが、テロリストがこんなところで変な冗談をつくとも思えない。

 

 ―――女王陛下は綺麗な金髪だった。

 

 あぁ、くそ、そういうことかよクソッタレ。

 

「細かいことは後だ、目をつぶっとけルミア!」

「時間がない。すぐに終わらせる」

 

 

 ◆

 

 

 先に動いたのはラクスだった。

 最初の思惑通り、彼の持つ身体能力付加魔術を最速で起動した。

 

「《ラウザルク!!》」

 

 これはラクスの記憶の一端に宿る優しい王様の術。

 制限付きで身体能力を爆発的に増加させる単純明解な術。

 

 それは15段ある階段を一息で詰めて警戒していた武人の虚を突くくらいは容易の術。

 

「なっ!?」

 

 しかしテロリスト━━━レイクもまた訓練された兵士であった。歴戦の勘が警鐘を鳴らす己の感覚を信じ遠隔の剣を自身の最大同時展開できる6本を出し、ラクスの迎撃を行う。

 ラクスは当然のようにそれに反応する。

 ルミアを左手に抱えながら驚くべき反応速度で右手を使い剣を弾く。

 

「《大いなる風よ!》」

 

 ラクスはルミアを抱えたままでは危険と判断して下の踊り場に魔法を使って下ろした。

 

「随分と余裕だな魔術学院生!」

「ああああああぁぁぁぁ!!!」

 

 ラクスに返答する余裕などない。

 【ラウザルク】の制限時間は30秒。ラクスの備わっていた電気の力を魔術のように見せかけてはいるが、現実は魔術より使い勝手が悪い。

 ラクスの電気の能力はONかOFF。

 最大出力を出すか、電源を落とすかだ。

 今はどうにか放電し続け凌いでいるが、30秒もそんな無理をすれば体中の筋肉や骨が焼け付く。

 かの王様が使ったように何度も使える代物じゃない。

 残り15秒。

 この間にラクスは目の前のテロリストを戦闘不能にしなければいけない。

 

「《猛き雷帝よ》」

 

 6本の剣を操りながらレイクは軍用魔術【ライトニング・ピアス】を発動した。

 正面に数瞬で迫る殺意。ラクスはそれを左手を翳すことで跳ね除けた。

 

「なに!?」

「俺に電気で喧嘩売るなんざ、10年早ぇ!」

 

 ラクスは距離をとるレイクに迫る。

 剣を剣で壊し、拳で破壊する。

 全ては力とスピード任せの一撃。

 3本破壊できたのは奇跡だ。

 

「届けぇ!」

「くっ!?」

 

 レイクはラクスのことを一介の学院生ではなく、雷の化け物として対処した。

 限界が近いのか辺りが見えていないラクスの裏を突くのは簡単で()()()()()()()()

 その先にいるには当然―――ルミアだ。

 

 レイクはルミアを片腕で拘束して今もなお、踊り場と階段を驚異的な速度で破壊し続けるラクスへの盾とする。

 

「ああがあああぁぁぁあ!!」

 

 既にラクスの理性と呼べるものは消し飛びかけていた。

 術の反動が今もなお、蝕んでいるのだ。

 全身を回る熱い泥が脳をも掴む。

 脱水症状一歩手前。視界は定まらずに音は絶たれた。

 それでも、おおよそ敵と呼べる何かと戦っていたことだけを覚えていた。ならば、突き進むのみだ。

 階段を飛び降りて不可解な動作をする敵に反応した。

 

「ラクス君!」

 

 そしてラクスはわずかな瞬間で距離を詰めて右手を突き出した。

 

 

 ◇

 

 

 まどろっこしい話は飛ばそう。

 俺は負けた。体の感覚があまりなく、背中のひんやり具合で床に寝そべってると分かる。

 もちろんテロリストに喧嘩を売ってそれで済むわけがない。今も感覚の薄れた左手で腹圧で臓物が出ないように、出血を止めるように押さえている。

 【ライフ・アップ】なんてできない。マナの問題じゃなく集中力の問題だ。

 今やれば確実に失敗する。それがどんな失敗か分からない以上は現状維持が一番だ。

 

 俺の右手はあの時にテロリストではなく、ルミアを捉えかけた。

 あの時にルミアが俺の名前を呼ばなかったらどうなっていただろうか。考えるだけでゾッとした。

 けど、俺の右手はルミアの寸前で止まった。無理に止めた雷撃が行き場をなくし、放電。戦果はテロリストの頬を切るのみだった。

 それでタイムオーバー。時間いっぱい。試合終了。

 俺はテロリストの剣を腹部に受けてそのまま倒れた。

 ルミアの泣き顔がまだ思い出せる。

 

「かふっ!? ったく、やることなすこと全部無駄だな」

 

 だんだんと腹が立ってきた。

 ルミアは前から精神的に強すぎた。

 システィとは違う曲がらない芯があった。

 まさか、それが死ぬ覚悟だったとはな。

 本当に腹が立ってきた。

 

「こっちがせっかく動いてやってるのに当の本人は死ぬ覚悟だと……ふざけんな」

 

 ルミア大先生にはいつもお世話になってるがそれでも許せないものがある。

 一度ガツンといわねぇと気が済まない。

 

 そこまで考えて俺はようやく前向きになっていた事に気付いた。

 やる前はあーだこーだ考えていたが、やってみると案外怒りの力ってのは馬鹿にできないものらしい。

 

 ふーっと一息ついて喉に溜まった血を吐き出す。

 そしたら校舎内に響く爆音と瓦礫が崩れるような音が聞こえた。

 おまけに廊下をうろつくゴーレムも慌ただしくなってきた。

 いつまでも踊り場で寝てるわけにもいかないようだ。

 電磁波で簡易レーダーを作ると役者が揃ったのがわかった。

 

「重役出勤かよロクでなし魔術講師」

 

 レーダス先生はあの剣のテロリストと戦っている。

 そして何故か、システィもその戦場に向かっている。

 離れた塔にルミアはいた。近くにいるのは恐らくヒューイ先生。

 システィにはきっと何か秘策があるのだろう。なによりクラスメイトが無事で安心した。

 

 ズタズタに裂かれた筋肉に無理やり力をいれた。

 血が流れている。下半身が吹き飛びそうだ。

 いつもなら気楽に行ける距離なのに今は無限の彼方にあるように感じる。

 あちらに着く頃にはどれだけ筋肉が使い物にならなくなってるだろうか?

 

「覚悟決めたんだろ、ラクス・フォーミュラ!」

 

 男に二言はない。

 前に進む足が残ってる。やるべきことがある。

 ならば俺は足を進めるだけだ。

 




レイク微強化。
ラクスのちゃっかり改変魔術。


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RAIL 3

 ◆

 

 システィーナ=フィーベルは全力で階段を駆け上がっていた。

 どこぞの魔術講師がわかりにくい伝言をしたせいで3階から放り出された時は呆然としたが、今は違う。

 時間をかければ恐らくグレンの劣勢は決定的なものとなるはずだ。

 こちらに敗北の天秤が傾く前に敵の剣にかけられた魔術作用を不意打ちで打ち消す。

 そのためにグレンはシスティを3階から放り出した。

 

「本当っ、いつか殴り飛ばしてやるんだから!」

 

 グレンが【イクスティンクション・レイ】で大方のゴーレムを吹き飛ばしたとはいえ、残党はいる。

 システィはどうにか接敵を避けて、尽きそうになる体力に諦めたらグレンの嫌味が死ぬほど嫌という意地で階段を駆け上がっていた。

 そうして辿りついた。

 

 辿りついた時にグレンの体に3本の剣が刺さっていたことに悲鳴をあげそうになるが、アイコンタクトを受け取るとすぐに魔術を発動した。

 

「《力よ無に帰せ》」

「小癪な!」

 

 そしてグレンは体に刺さる剣を引き抜き、全身全霊をかけて目の前のテロリストに斬りかかった。

 互いに限界。ボロ雑巾のようなレイクにグレンのお遊戯の

ような剣筋を拒むことはできない。

 

 だがしかし、グレンは魔術講師だ。生徒に危険が迫ればそちらの安全を優先する。

 

「なっ、てめぇ!?」

 

 レイクは隠していた最後の剣―――6本目の剣でシスティを狙った。

 グレンはレイクへの追撃を諦め、システィを守ろうとする。

 が、あまりにも遠い。その距離は致命的すぎた。

 敵のエースとも呼べるレイクの魔術作用を【ディスペル・フォース】で3つ無効化したシスティに防御用の魔術は発動できないし、同様に回避も不可能。

 グレンの顔が悲痛に歪む。

 彼の持ち得る経験がもう自分では間に合わないと言っている。

 

 ―――そう、グレンでは間に合わない。

 

「いけっ、レーダス先生!」

「お前っ……うぉぉぉおおお!!!」

 

 システィに向かう剣を受け止めたのはラクス・フォーミュラだった。

 そして【ウェポン・エンチャント】で強化された拳がレイクの最後の剣を砕いた。それと同時にグレンはレイクにとどめを刺した。

 

「ふっ、聞いたことがある。帝国には最近まで凄腕の魔術師殺しがいたと」

「そうかよ、あいにくと人違いだ」

「そうか……それにしてもあの青年は強いな。俺も最初から本気で6本目を抜かされた」

「あいつが? どういうこと……っ!」

 

 グレンが答えを聞く前にレイクは事切れた。

 残るは満身創痍のグレンと床に座り込むシスティに腹を押さえて佇むラクスだけだ。

 

「ラクス、どうしてお前が……」

「授業開始前にトイレに行ってたらいつの間にかテロが起きてそのまま巻き込まれました。先生が殺ったそのテロリストといるルミアを助けようと思ったんですがね、この始末ですよ」

「ちょっと!? ラク━━━この傷!?」

「白猫! 【ライフ・アップ】だ!」

「はいっ!」

 

 システィはすぐさまラクスの治療を開始する。

 そしてグレンも限界だった。

 

「先生!?」

 

 唯一、怪我をしていないシスティだけが残された状況で焦りが襲う。

 

「システィ、先生は顔色が悪いがマナ欠乏症なのか?」

「うん、さっきゴーレムをまとめて吹き飛ばす時に神殺しの魔術を使ったの。って、ラクス動かないで!」

「これを使え、システィ。魔術触媒だが多少のマナは確保できる。使い方はわかるな?」

「これって……使いかたは大丈夫。だから、横になってなさい! 本当に死んじゃうわよ!?」

「はっはは、簡単にくたばりはしない。ルミアのやつに一発ガツンと言うまではな」

「ルミアに?」

「あぁ、あいつもいい感じに馬鹿だったもんで少し切れてんだわ、俺。そんであいつの目を覚まさせるために頑張ってここまできた。あともう少しだ。起きたらグレン先生に塔に来いと伝えてくれ、ルミアはそこにいる」

「はぁ!? まだ動ける体じゃないでしょ!」

「十分だ。あっ……あと、伝言追加だ。早くこないといいとこ全部持ってくぞって言っといてくれ。じゃあな、頼むぜ」

「ラクス!」

 

 ラクスは校舎から離れた塔に向かって走り出した。

 残されたシスティはというと。

 

「まったく、どいつもこいつも好き勝手して! いいわよ、やってやるわよ。こうなったらヤケよ!」

 

 ラクスから貰った触媒を遠慮なく砕きグレンに【ライフ・アップ】をかけ始めるシスティ。

 底をつきかけていたシスティの魔力も本当になくなりつつある。

 意識を保っていられるのはやはり、意地。

 グレンは命をかけた。ラクスは勇気を振り絞った。

 なら、自分はどうだ?

 1から最後までを介護されて事件を乗り切るつもりか?

 

「本当っ、いつか殴り飛ばしてやるんだから!」

 

 そのために生きて帰ろう。

 システィーナ・フィーベルは指を咥えて見ている性分じゃなかった。

 

 ◇

 

 学院生ですらあまり出入りしない塔。

 校舎から繋がる連絡通路には思ったよりもゴーレムはいなかった。

 が、塔の内部には溢れかえるほどゴーレムがいた。

 これが廊下を埋め尽くす無限の骸達ってやつか。

 まぁ、それが塔になってるわけだが、細かいとこはどーでもいい。

 今の俺にあれを全部吹き飛ばすだけの力なんて残っちゃいない。システィのライフ・アップがなければ死んでたかもしれないし。

 

「よっし、いくか」

 

 一旦、連絡通路に避難した俺は足を伸ばしたりして準備運動を終えた。

 この長い塔。所詮は人工物で基礎には鉄を使っている。

 だったら、あとはこっちのものだ。

 俺の足に磁力をまとわせて……

 

「一気に駆け上がる!」

 

 途中で力が抜けて転けそうなるのを必死で耐えて、腹筋が壊れそうになり背筋で耐える。体はすでにガタガタだ。

 本当っ、今の俺は泣いてるに違いない。

 痛くて痛くて、たまらない。

 今にも逃げ出したくて足元に力を入れるのをやめたらどれだけ楽なんだろうか?

 そこまで考えて更に足元に力を入れた。

 ガラスの窓を突き破り、俺は塔の内部へと侵入した。

 部屋にいるメンツは予想通り。

 ルミアとヒューイ先生だ。

 

「ラクス君!?」

「よ、待たせたな」

「どうしてこんなところに来たの!? 私のことなんていいから早く逃げて!」

 

 ルミアは今までに聞いたことのない大声で俺に警告をした。

 ヒューイ先生が人間爆弾だとか、転送魔方陣が起動すると同時に学院が吹き飛ぶとか言ってたような気がする。

 けどよ、そうじゃねぇだろうがよ。

 

「お前はどうするんだよ?」

「……私は天の智慧研究会ってところに転送されるから大丈夫だよ」

「大丈夫じゃねぇよ。そこで何をされるか分かったもんじゃねぇ」

「いいの、それで。私はこうなる運命だったんだよ」

「はぁ……筋金入りだな。おい」

 

 俺はルミアに向けていた視線をヒューイ先生に移した。

 

「先生さ、この魔方陣を解いてよ。仮にも先生でしょ?」

「元、ですよ。ラクス君。今はテロリストをしています」

「したくてしてるんですか?」

「……はい」

「嘘つけ」

 

 二人とも本当に馬鹿野郎だ。

 こうもイラつくのは初めてかもしれない。

 

「なんでだよ、なにを簡単に諦めてるんだよ! ルミア、お前を救うためにシスティは魔術の即興改変をした。グレン先生は体中に剣を刺されて、ゴーレムを壊滅させるためにマナ欠乏症になってる。それでもまだ動けるからって助けることを諦めてない」

「システィ……先生……」

「そうまでして助けたい理由なんざただ一つだろう。お前と一緒にいたいからだ。笑いたいからだ。泣きたいからだ。ルミア、お前は死ぬ覚悟は確かにできてるんだろうよ。だけどな、そんなの俺にもできる。大切なのは生きる覚悟だろ?」

「生きる覚悟……」

「自分の人生を他人任せにするな。自分で考えて自分で決めて未来を摑み取ろうぜ。隣には俺だけじゃないシスティにグレン先生もクラスメイトのやつらだっている。俺たちが学ぶべきことは楽な生き方じゃなくて険しい道の歩き方なんだと思う」

 

 多分、これで俺の伝えたいことは全てだ。ちゃんと言葉にできたと思う。

 半ば説教になったが、悪いなんて思っちゃいけない。

 ルミアにはこれくらいでちょうどいい薬になる。

 

「さ、ルミア。お前はどうしたい?」

「私は……」

 

 ルミアは伏せていた顔をあげて、吹っ切れたように声をあげた。

 

「まだみんなと一緒にいたい! だから、助けてラクス君!」

「言うのが遅い! だけど、委細承知ってやつだ! 全力で助けてみせる!」

「無駄ですよ。ラクス君。学院生では五層からなるその魔方陣の一層すら解除できない」

「無駄じゃない。言っときますけど、さっきの言葉はまんまヒューイ先生にも向けてますからね?」

「……まだ、君は私を先生と呼ぶのですね」

 

 ……らしくないぜ。ヒューイ先生。

 それと俺の限界はあんたじゃない。俺が決める。

 

「《原初の力よ・我が血潮に通いて・道を為せ》」

 

 流れてる血を触媒に解除を試みる。

 魔方陣に書かれてることはさっぱりだが、俺でもわかることは一つだけ。一度でも失敗すれば強制起動するみたいだ。

 ったく、趣味が悪い。製作者は相当にひねくれてるみたいだ。

 

「こ、これは!」

 

 だから俺も奥の手だ。

 解析はできないが、答えは知ってる。

 あのビジョンが俺に最初の答えを示した。

 言うなれば今の俺はテストの正答表を持ってる状態だ。

 

 黒魔儀【イレイズ】を唱えて、一層と二層を続けて解除した。

 

「どういうカラクリですか。この魔方陣は学院の先生でも解くのに時間がかかるもの。それを立て続けに二層も」

「タネと仕掛しかないですよ。ネタバラシはなしで。つーか、これ以降は俺じゃムリ。マジで訳がわからねぇ」

 

 記憶が途切れた。

 カンニングもここまでらしい。

 ルミアが不安そうに俺を見上げるが、まだ手はある。

 

「というわけでルミア。全力で防御魔術展開しとけ」

「それって、もしかして」

「この魔方陣を物理で破壊する」

「それはさすがに無理ですよ。その魔方陣はいわば結界だ。物理的に破壊するとしても神殺しの術式を用いないことには話になりません」

「先生は俺が熱遮断の魔術を研究していたことを知ってましたよね」

「……えぇ、もちろんです」

 

 残り二つとなった触媒の一つを右手で掴み術式の準備を始める。

 ルミアは既に防御魔術を展開した。

 当てる気はないし、おそらくこの魔方陣は優秀なので五層を残してしまい爆風は伝わらないだろう。が、念には念をだ。

 左手で銃の形を作り、狙いを定める。

 三層、四層に対して上から45度の角度で叩き込む計算だ。

 

「俺が熱遮断をするのは今からみせる最終超奥の手固有魔術の副作用軽減のためです。あまりの威力でね。そのまま使うとこっちの体が塵も残さずに吹き飛ぶんですわ」

 

 驚愕といった先生の顔をよそに俺は触媒を砕いた。

 そして途端にあたりの温度が急激に低くなる。

 大丈夫、これならいける。

 

「ラクス君、信じてるから」

「任せろ」

 

 そして俺は超電磁砲の魔術的な詠唱を始めた。

 

「《駆け抜けろ・紫電の流星よ・遍く障害の全てを・無に返せ・その威光を以って―――」

 

 本来なら魔術的な詠唱は必要ない。

 だが、それではあまりにも威力が高すぎてしまうのだ。

 そう、この詠唱は威力調整(・・・・)の魔術。俺の体から出力された電撃を整形するもの。

 

「―――果てへと至れ》」

 

 黒魔【超電磁砲(レールガン)

 

 この国の通貨である銀でできたメダルを弾丸に超電磁砲は放たれた。

 瞬間、打ち出した右手だけでなく右腕を灼熱の業火が襲うがコントロールは続けないといけない。

 体は残っている。熱遮断の魔術はうまく作用しているようだ。

 

「届けぇぇ!!!」

 

 三層を一瞬でぶち抜き、四層を3秒程度の拮抗で破壊。

 そのまま床を貫き、塔に大穴を開けた。

 思ったより塔に開いた穴が小さい。これは欲をかいて五層破壊を挑まなくて正解だった。

 にしてもうまくいった。

 これで限界だ。この結果に満足した。納得した。

 俺はその場に膝から崩れおちた。

 

「ラクス君!? しっかりしてラクス君!」

「きついけど、大丈夫だよ。あとは正義の味方に任せる」

「正義の味方?」

「あぁ、とびっきり捻くれてるけど頼れる人さ」

 

 俺がそこまで言うと塔に開いた穴から一つの人影が飛び出した。

 

「超ウルトラミラクル頼れるグレン先生は認めるが、捻くれてるは余計だ」

「そこまで言ってねぇ……」

 

 全く、締まらない人だ。

 俺は先生にサムズアップをして眠気に身を任せた。

 眠るまえに先生の任せろという声が聞こえた気がした。

 

 

 

 目覚めればそこは桃源郷だった。否、ルミアの膝枕であった。

 どうやら俺は即身成仏したらしい。

 

「俺は死んだのか……」

「死んでないよ!?」

 

 天国にいるのにどうやら俺は死んでいない。

 なるほど、わざわざ天使は空から降ってきたのか。

 

 んんっ!? どうやらテンションが振り切ってマックス風速スカイハイ。

 深呼吸して落ち着こう。

 すーはーすーはー。

 その時、無防備な俺をルミアの甘い香りが襲ってきた。

 

「やばい。鼻が孕む」

「えーと、もう一度気絶してみる?」

「目が笑ってないから、許して」

 

 と、そこで右腕に力が入らないことに気づく。

 視線を向ければなるほどそういや超電磁砲決めたんだった。

 ところで頭を動かしたときにルミアの『んっ』っていう声が聞こえたんですが、再びTRYしていいでしょうか?

 

「お前、実は元気だったりする?」

「おぉーグレン先生。お互いにいい身分ですなー」

 

 すると左にはグレン先生がシスティに膝枕されていた。

 システィの顔は真っ赤だ。

 

「あぁ、白猫は生意気だが太ももの感触はそこらの高級店の枕じゃ真似できない。現存する素材じゃ、この感触は出せないだろうがっ!?」

「先生の馬鹿っ! あと、生意気じゃないし白猫言うな!」

「だからって床に落とすことないだろうが、こっちはマナごっそり持ってかれて重症なんだからな!」

「知らない! 馬鹿っ!」

 

 なんて痴話喧嘩してるのを見るにこの事件は先生があっさりと解決してくれたっぽい。

 非常勤講師が優秀すぎる件について。

 

「あ、あのラクス君?」

 

 無限に眠気がやばいのでDX安眠ルミアマクラで寝ようかとすれると何やら話があるらしい。

 

「大丈夫だ。ルミアの膝枕も最高です」

「落とすよ?」

「散りそーす」

 

 無限にふざけるのはよくないみたいだ。

 ガチめな話っぽい。

 

「今日の事件は私のせいで起きたことなんだ」

「そうか」

「私は身分を偽っていたの。私の本名は―――」

「ルミア・ティンジェルだ」

「え?」

「俺が知ってるお前はルミア=ティンジェルだ。金髪で優しくて、あまりの優しさに全校生徒の間じゃ聖母なんて呼ばれてて、俺の勉学の師でそんなお前はどうしようもなくルミア=ティンジェルだ」

 

 大方、事件に巻き込んでしまった俺に対する負い目でも感じてるんだろう。

 

「あの剣を使うテロリストとの会話なんざ忘れた。なんせ、電気を扱う体だからな。細かいことはよく吹き飛ぶ。ま、忘れるってことは大した話じゃないんだろうさ」

 

 そこまで言ったところで頬に水が流れた。

 

 あぁ、そうか。

 泣かせちまったか。情けねぇな、俺。

 どんな理由があっても女を泣かせたときは男が悪い。

 

「……ありがとう、ラクス君。私、生きる……覚悟を決めたから。ラクス君のおかげだよ? 今こうして泣いているのがとても楽しいの。変……かな?」

「変じゃないよ。これからもっともっと楽しくなる。楽しくしていこう。改めてよろしく、ルミア」

「こちらこそよろしく。ありがとう、ラクス君!」

 

 涙で顔をぐしゃぐしゃにして泣くルミア。

 その顔は普段見せるどんな表情よりも輝いていて、今までで一番の笑顔だった。

 そうだ。

 俺はこの笑顔を見るために立ち上がれたんだと思う。

 逃げたくなって、本当に情けなく痛みで泣いて。

 身体中を電撃でズタボロにして右腕はしばらく使いものにならなくて。

 報酬はただ一つの女神の笑顔。その小さな背中がこれ以上悲しみで震えることはなくなった。

 あぁ……なんてもったいない。俺には過ぎた報酬だ。

 これなら体を張った甲斐があるってもんだ。

 

 第1部完。ハッピーエンドってやつだな。

 




次回、後日談。


そしてこの場を借りて誤字報告の感謝を申し上げます。
消音様、ありがとうございます。


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RAIL AFTER 1

 それからあれから。

 

 夢と現実に右往左往してるとどっかの憲兵隊とかがやってきた。

 ルミアとシスティは女性のメンタリストっぽい人に保護され、俺は治療を受けながら先生と一緒にむさい男を相手に事情聴取。

 病院に搬送する準備が整い、むさい男がどこかに行くと同時にため息。やっぱりグレン先生とは気が合うみたいだ。

 ヒューイ先生はすでに護送されたみたいだった。

 ルミアとの会話で忘れてたけど、グレン先生がワンパンで沈めたらしい。

 やはり、肉弾戦系魔術師だったかグレン先生。

 アレンジを加えたていこくしきカクトージュツを使うらしい。よくわからん。

 俺? フィジカルブーストでごり押しですが、なにか?

 ともあれ、しばらくすれば面会もできるようになるらしい。コーヒーの約束を忘れてなければいいのだが。

 

 病院では苦労することが多かった。

 疲労のピークは二日目。マジで寝返りすらうてなかった。

 なにせ全身の筋肉を損傷。腕も含めて全治二ヶ月。

 魔術の恩恵を受けてなおこの期間である。

 その痛み押して図るべし。

 入院期間は1ヶ月。勉強は時たまきてくれるグレン先生や毎日きてくれたルミアにシスティが教えてくれた。

 そんなわけで毎日飽きがなかったわけだが、クラスメイトにはグレン先生が適当に説明したのか盛大なヘマを踏んだことになってる。

 時折かわいそうな子を見る目が背中に突き刺さる。

 そんな中で私はちゃんと味方だよとアピールしてくれるルミアはやはり天使だ。グレン先生が懇切丁寧に教える根拠を完全に理解した。

 そういえば、アルフォネア教授がグレン先生同伴でやってきた時はその場にいたルミアとシスティと一緒に驚いたものだ。それでまた肋骨が逝きかけた。

 

「階段の踊り場で使った魔術、塔に大穴を開けた魔術。あれはなんだ? 後者は【ライトニング・ピアス】など比じゃなかった。もしかして、お前は異能者か?」

「あれ、言ってませんでしたっけ?」

 

「「「はぁぁぁぁぁぁ!?」」」

 

 嘘つく必要もないのでここでネタバラシ。

 ルミア、システィ、グレン先生の声が病院中に響き、注意された。

 マジですいません。本当に。

 

「今年は厄年だったか?」

 

 アルフォネア教授のため息が突き刺さる。

 なんか、ごめんなさい。余計な仕事を増やしたみたいだった。

 あっ、そうだ。そういえば。

 

「えっと……」

「これかな?」

「おおっ、さすがだぜルミア」

「うん、このタイミングなら渡すと思ってた」

 

 ルミアは俺の思考を読んでか、阿吽の呼吸で俺がまとめたレポートを渡してくれた。

 ちなみに途中から俺が異能者であることを全面に押し出した内容に書き換えたので半分くらいは書き直した。

 アルフォネア教授にレポートをすっと渡して、そこで気づくグレン先生とシスティの視線。

 

「なんですか?」

「いやぁ、今のやりとりが完全に夫婦のソレだった」

「ニヤニヤしてんじゃねぇよ、黒髭先生」

「割とブラックジョークだな!?」

「ハリネズミ先生のが良かったですかねぇ?」

「そこに直れ、【イクスティンクション・レイ】だ。五素に返してやる」

「上等だ。表でな。【超電磁砲】で果てまで飛ばしてやるぜ」

「いい加減にしろ、馬鹿ども」

 

「「あぐっ!?」」

 

 ばちばち火花を飛ばしてるとアルフォネア教授に拳骨を落とされた。

 くっ、BBAめ。

 

「ああん!?」

 

「「ひぃっ!?」」

 

 鬼のような形相で睨まれ、グレン先生共々萎縮する。

 美人が怒るとこわい。はっきりわかんだね。

 

「まぁいい。これは受け取っておく。ただし、事態が事態だ。このレポートはそのまま捜査資料として提出するかもしれないが、構わないな?」

「捜査資料ですか? まぁ、構わないですけど学院生が書いたもんなんて役に立つんですか?」

「普通はならないが、このレポートは出来がいい。私が少し手直しするだけで活用できるさ」

 

 手直しとか言っちゃってるけど捏造する気満々じゃないですかぁ、やだぁ。

 悪巧みしてる時の顔がどっかのハリネズミ先生と似ている。

 

「心配するな。これからは大人の仕事だ、養生しろラクス・フォーミュラ。それと、学院を代表して礼を言う。学院を……学院生を助けてくれてありがとう」

 

 学院生のあたりでルミアをみるアルフォネア教授。

 んー、なんかただの学院生に向ける顔じゃないなー。

 

「だが、こんな無茶はもうやめろ。わかっているな?」

「はい。こんなの何回もしてたら体が持ちませんよ。次は教室の隅でおとなしく丸まってます」

「はぁ……」

 

 あい? なんだ、アルフォネア教授がため息ついたぞ?

 

「おい、ラクス」

「なんすか、グレン先生?」

「そんな笑顔で言うと次起きたらまた無茶しますって言ってるようなもんだぞ?」

「そんなつもりはないですけど……」

「それじゃ、ルミアがまた攫われたら?」

「悪・即・斬!」

「ダメだ、こりゃ」

 

 たーじわかる。

 

「おい、グレン。生徒が無茶しないようにしっかり見張っておけよ?」

「こいつがおとなしくハウスするようなやつかねぇ?」

「俺は先生の犬じゃない!」

「めんどくせー!? 噛みついてくんな!」

 

 ま、こんな感じで入院生活も悪くない。

 が、さっさとこの体を治して魔術競技祭に備えなければ。

 今年はグレン先生がいるから面白いことになりそうだ。

 

 

 

「ラクス。荷物はこれで全部か?」

「うぃっす。ありがとうございます」

 

 退院当日。荷物をまとめて色々してるとグレン先生が手伝いにきた。

 いや、普通に焦った。あんたそういうキャラじゃないでしょ?

 

「白猫がうるさくてな。あとセリカもな」

「心中お察しします。申し訳ない」

「やめろ。男に察せられても嬉しくねー」

「あんだと、こら? 人がせっかく心配してやってんのによぉ?」

「んだぁ、こら? んなこと頼んでねーし!」

「おん?」

「あぁ?」

 

 こんな感じでピーチクパーチクして退院準備完了。

 グレン先生との絆レベルがどんどん上がってく。

 あとでシスティにルミア、男手でカッシュがきてくれるそうだ。ギイブル? こねぇだろ。

 

「あー、うん。そうだなー」

「どうしたんすか?」

「いやー、うんそれがな。あーっとな?」

 

 なんだ歯切れがクソ悪い。まるでシスティに謝ったときみたいだ。

 なにかを気にしてるのか?

 

「えっと、ルミアのことですか?」

「……ったく、人がせっかく茶を濁してるのによ」

「濁し方が下手くそすぎる」

「慣れてねぇんだよ、察しろ」

「超ウルトラミラクル頼れるぼっち」

「ぐはっ!?」

 

 なんだこのノリのいい先生は!?

 やはり絆レベルが上がりすぎて好感度メーターは振り切りこのままグレンルートに突入してしまうのだろうか?

 

「くっ……俺のことはとりあえずおいとけ。ラクス、お前はどうしてあんときにルミアのことを聞かなかった?」

「はぁ……どうと言われましても」

「どうも引っかかるんだよ。疑ってるわけじゃないが、お前は今回そこまで命を張る必要はなかったろ? あぁ、クラスメイトだからって理由は禁止だ。それはあまりにも常軌を逸してる」

 

 それな。クラスメイトだからって命かけるほど俺はお人好しじゃないし。

 好感度MAXのやつもいれば、ギイブルみたいに時折ガン飛ばしあうやつもいる。カッシュ? あいつはいい奴だったよ。

 

「だから、何かしら褒美とかを期待してるのかなって思ったわけだ」

「人が迂回してるのに直進してくるなよな……あれ、もしかして、今の俺って超絶に教師っぽい?」

「あー、っぽいっぽい」

 

 最後の方がなければ割と完璧だったかもしれない。

 勢い余ってグレン大先生と言ってしまうかもしれない。

 あ、わかる人にはわかるがグレン先生は先生で、ルミアは大先生だ。そこんとこ間違えないように。テストでっから。

 

「確かに下宿先のシスティの家は名家だからなー。報酬とか貰えるでしょうね」

「なるほど、結局はそこか」

「ま、断りましたけど」

 

 システィの両親は過保護だからな。当然、ルミアに対してもシスティ同様に過保護。

 実は二人は入院して痛みがピークの二日目に来た。ルミアとシスティが来た時間をずらすようにして。

 内容はグレン先生が言うように報酬の話。娘を助けていただきありがとうございますと言った内容の。

 つか、ルミア補正で話に尾ひれがつき過ぎてた。内容の飛びかたがマグロ並みに速かった。

 ともあれ、話の顛末はさっき言ったように断った。

 

「はぁ!?」

「世の中には金じゃ解決できないことあると思うんです。給料日から1週間でギャンブルで使い果たしそうな先生にそれがわかりますかねぇ?」

「そっ、そっ、そ、そんなアホみたいなことしたことねぇし!? 百戦百勝だし。練磨だし!」

「あんたマジかよ」

「今はんなことはどうでもいい!」

 

 かっこいい言葉だけど内容がなぁ。

 

「どうして断った? 目的はなんだったんだよ?」

「断った理由としてはダッセーからかなぁ?」

「あー、筋金入りの馬鹿だわ。青春って感じで」

「10代の特権ですから。そーっすね、目的としてはシスティにも言ったんですけど、ルミアの覚悟が気に入らなかったからなぁ」

「ルミアの覚悟は大したもんだぞ? おそらく、メンタルだけならクラスどころか学内随一だ。下手したら、俺を越えてるぞ?」

「強けりゃいいってもんでもないと思うんです。ルミアは死ぬ覚悟を決めていた。それを生きる覚悟に変えて欲しかったんですよ」

「そりゃ、どうしてだ? あいつがどんな覚悟してようがお前には関係のない話だろ?」

「話の流れで察っせませんかねぇ? 男が女のために命を張る理由なんて一つでしょう?」

「はぁ? そりゃ、小説の中とか舞台の上くらいのもんだろ……って、え? お前マジで?」

「言っときますけど、バラしたら解体(バラ)しますからね?」

「パワーワードすぎんだろ、それ。まぁ、わかった。本当に青春してるわ」

「ありがとうございます?」

 

 本当にニヤニヤすんのやめれ。

 そういやシスティ、ルミアにカッシュってこの後来るんだよなぁ? 聞かれてないよな?

 

「あ、それと。ルミアの素性、本当に知らなくていいのか? あいつをそう想うならこれから120%巻き込まれるぞ? ちなみに20%はお前が巻き込まれに行くのを計算に入れてる」

「いいっすよ知らなくて。あんな苦しそうな顔で自己紹介なんてされても気分良いもんじゃないですし。なにより、ぽっと出の俺がそこらへんに口を挟むのもおかしな話ですよ」

「お前、実はタラシだったりする?」

「生まれてこのかた、彼女できたことないです」

「すまん」

「許さん」

 

 お互いに肩に手を置いて慰め合う。

 さぁ、俺とグレン先生の明日はどっちだ?

 

 ん? なんか扉の外で物音がしたような……まっ、どうでもいいか。

 

 

 ◆

 

 

 心臓が高鳴る。

 この心音が大きすぎて周りにまで聞こえてしまうのじゃないだろうか?

 あぁ、そうか。彼はそんなことのために命をかけてくれたのか。

 互いに鈍感だなぁと想う。

 そうだ。別段、何も想わないたかがクラスメイトに乞われもせず自ら勉強を教えに行くだろうか?

 

 白状しよう。

 

 ―――あのノートを一緒に眺める時間が

 ―――図書室で資料を集める時間が

 ―――いっしょに過ごす時間が

 

 今思えばそういうことなのかもしれない。

 芽吹いていたのはずっと前からで今回の件でようやく気づいた。気づけた。

 あぁ、だめだ。心臓が高鳴りすぎて病室の外からでも聞こえてしまう。

 足早に去ろう。

 するとしばらくして角でカバンを家に置いて身軽となったシスティにあった。

 

「あれ、ルミアどうしたの?」

「うん、みんな力仕事で疲れると思うからジュースを買いに」

「結構な量があると思うけど手伝いましょうか?」

「ううん、大丈夫だよ」

「そう、でもルミアってば顔が―――」

「もう行くね。肝心な時に水分補給しないと、ラクス君とかは特に脱水症状になっちゃうから!」

 

 そしてルミア何かを思い出したかのように小走りでその場を後にした。

 

「ルミア、顔が真っ赤だったけど。大丈夫なのかしら?」

 

 そこでシスティは納得した。

 ルミア自身がなぜかは不明だが脱水症状になりかけていたのだと。

 体調管理が優れるルミアには珍しいが、たまにはあることだろう。

 優れた人ほど、難があるものだ。

 グレンはそれが顕著である。

 

「〜っ!? どうしてあんな講師のこと!」

 

 一人で悶絶する姿はまさに白猫である。

 ちなみにシスティがこのことを病室で取っ組みあいをしていたグレンとラクスに話すと、ラクスは崩れ落ち、グレンは大爆笑するという彼女にとっては謎の構図が出来上がった。




とりあえず王女様救出まで書き上げたら投稿します。
このお話まで見ていただきありがとうございます。
首を長くしてお待ち下さい


そしてこの場を借りて誤字報告の感謝を申し上げます。
エクスプローラ様、ありがとうございます。


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RAIL TERMINAL 1

 体が熱い。

 視界は無茶な身体強化を行なった時のように暗く、狭い。

 この身に掛かる重力がこれほどまでの力だったのかと思い知らされる。

 呼吸がしにくい。

 あぁ、いつからだろうこの世に執着をし始めたのは。

 死ぬことが怖い。もっと生きていたい。

 彼女と約束したんだ。この身はすでに一人のものじゃなく―――

 

「はっくしょい!」

「風邪ですね」

「あざます」

 

 病院から退院してから次の日、速攻で風邪をひいた。

 最近の流行りのもので運悪く、ウイルスに感染してしまったみたいだ。

 こんな流行りに乗りたくなかった。

 冒頭の無駄な過剰表現もそこらへんに対する行き場のない怒りの表れだったりする。

 

 それに……なんだ。ルミアとも顔をあわせづらいし。

 見事な手際で伏線回収したのはアレっきりにしてほしい、頼むぞ俺。

 しばらく休んだ学院をもう少し休んだところで微少量Xだ。さして問題はない……はずだ。

 

 そんなこんなで、マスクをしながらりんごとかを買っている。新鮮な水も常備しておかないといけない。

 割と真面目に歩くのもきついが。

 超きついが。

 案の定、足がふらつき近くの歩行者とぶつかる。

 

「気をつけろてめぇ!」

「……すいませ……ん」

「ったく、これで勘弁してやるよ」

「……?」

 

 何で勘弁してくれたんだろうか、とくと検討がつかない。

 まぁ、面倒な絡みがなくて僥倖だ。はやくかえろう。

 マジで厳しい。

 

「あれ、ラクス君? どうしたのこんなところで?」

「さっき、大きな声が聞こえたけど大丈夫?」

「あ……? どちらさまですか?」

「え?」

 

 金髪と銀髪の美少女。

 輪郭がぼやけていてもわかる顔立ちのよさ。

 貴族さんだろうか。そんな知り合い……いたような、いなかったような。

 

「あー、お嬢さん達知り合い?」

「えっと、まぁ。そんなところです」

「そこのお兄ちゃんさっきからずっと徘徊しててね。さっきの怒声なんか足をもたつかせた兄ちゃんがガラの悪い兄いちゃんにぶつかって揉めたときのもんだよ」

「ごめん、ラクス君。おでこ触るね?」

「へぇ?」

 

 ピタッ、ヒヤァ。

 あー、気持ちいい。金髪の美少女の手はか細いなぁ。

 

「それで勘弁してやる代わりにとか言って、りんごをごっそりもっていきやがった。ふてぇやろうだ。兄ちゃんもそのことわかってねぇみたいだし。知り合いならさっさと連れ帰ってやってくれ」

「すいませんご迷惑おかけしました」

「全然、こっちこそ力になれなくて悪かったって兄ちゃんに伝えておいてくれ」

 

 ヒヤァ。

 

「ラクス君、家の場所わかる?」

「あー、うん。多分あっちだ」

「た、多分? ちゃんと連れ添ってあげるからゆっくり歩いてね?」

 

 おー別嬪さん優しいなー。まるで天使みたいだわ。

 

「天使と帰れるなんてバチ当たらんか心配だわ」

「もうっ、ラクス君ったら! 変なこと言ってないで行くよ!」

「満更でもないルミアなんてレアね」

「システィまで!」

 

 はー、本当にありがたいわー。

 

 ◆

 

 ラクス・フォーミュラの私生活。

 なんてことはない、誰も、何も知らない。

 学院内では社交性があるものが多いが、その中でも比較的に高い社交性をもつのがラクス・フォーミュラという男だ。

 一年間学校生活を共にすればクラスメイトが休日にやってることなどは大体は聞いたりするものだが、ラクスにいたってはそれがない。

 それはラクスが聞きに徹していたりするから起きた訳だが、ともかく同年代のそれも異性の家ということもありルミア、システィの両名は玄関前で萎縮していた。

 既に気を失っているのか、力尽きたのかだらしがなくルミアに寄りかかるラクスから既に鍵は受け取った。

 女性がいつまでも男性を支え続けるのは無理があるのだが、未知の領域に踏み込む決心をするよりかは幾分か容易だった。

 

「ど、どうするシスティ?」

「どうもこうも……や、やるしかないじゃない」

「そうだよね……うん、覚悟決めなきゃ」

 

 システィが鍵を入れて回す。

 それだけなのに悠久の時が流れる錯覚さえ覚えた。

 

 がちゃ、ぎぃぃいい。

 

 乙女達が期待していた初の異性の家。

 ラクスの家はなんというか、その―――

 

「割と普通ね」

「うん、一般的な家庭って感じだね。ご両親は留守にしてるのかな?」

「そうじゃなかったら、病人が買い出しに行く理由もないし……どうなのかしら」

 

 とりあえず―――

 

「「お邪魔しまーす」」

 

 育ちの良い二人は丁寧にお辞儀(ルミアは軽く)をした。

 

 二階建ての一軒家。

 部屋は多く、使われてないような部屋もいくつか見受けられた。

 ルミアが見つけたラクスの部屋は二階の一番奥の部屋。その部屋だけ生活感があることに加えて、ラクスの匂いがした。

 ベッドに寝かせて、体温を軽く測る。

 すごい熱だ。退院したばかりだというのに、彼は不幸の星の下に生まれたのだろうか?

 

「台所借りるね。すぐに戻ってくるから待ってて」

 

 一階にいるシスティは食材を冷蔵庫に詰めているはずだ。量が多そうだったから手伝わないと。

 そうして、ラクスに踵を返したときに腕を掴まれた。

 

「もう……おいてかないで……」

「え?」

 

 弱い声で呻くようにして出た声はルミアを動揺させるには十分であった。

 その姿はどこかで、そう昔に鏡の前で見たことがある姿だったからだ。

 だからこそ、ルミアにはどうすればいいか検討がついた。

 それに顔を合わせれば目の焦点があっていない。夢と現実を行き来しているのだろう。

 

「大丈夫だよ。私がいつでもそばにいるから安心して。誰もあなたを置いて行ったりしない」

「……あぁ、あぁ……ありがとう」

 

 ルミアの言葉に安心したラクスはそのまま眠りに落ちた。

 腕は離され、ルミアは自由になるがしばらく留まった。

 理由は簡単だ。

 盗み聞きではあるが、ラクスがルミアに対して好意というか明確に好きであるということは知っている。

 聞き様によれば今の言葉、プロポーズと取れないだろうか?

 

「今のはなし、今のはなし……わわわわわ」

「ルミア?」

「今のはなし、今のはなし―――」

「これは重症ね」

 

 壊れたラジオのように同じことを繰り返すルミアにまたかとシスティは呆れる。

 最近、ラクスの絡む案件に対してはルミアは滅法弱くなった。

 そのままくっついちゃえばというのがシスティ心の内。これをグレンとシスティに置換するとどういう訳かルミアの心の内と同じになる。

 

 してルミアはようやく正気に戻る。

 こういうときのシスティは強かった。

 ルミアが正気に戻るまでガン無視しておしぼりの用意からお粥の用意までとありとあらゆる看病のテクニックを惜しげもなく披露した。

 

「これは……」

「ちょっと、勝手に見るのよくないってば」

 

 ひと通りのことを終えて、やることは物色となんともまぁ世紀末なシスティである。ここらへんの厳かさはロクでなし魔術講師に似たのかもしれない。

 システィが手に取ったのは『俺の考えた最強の魔術』と書かれた厨二MAXのラクスにとっての魔本だ。

 

「……うそ」

 

 システィがそう漏らすのは自然なことだった。

 題目こそ巫山戯てはいるが、中身は研究書そのもの。

 起動する魔方陣に取り扱いの注意点や一言コメントなど事細かに記されていた。

 ほとんどが失敗作のものばかりだが、妙に完成された魔術もちらほらとある。

 それだけは他の魔術と違い、予めできたものをラクスが弄った。そういう印象を受けた。

 そういえば、言っていたような気がする。

 

『アイデアが湯水のように湧くんだ』

 

 それにシスティはそんな湯水枯れちゃえばいいのにと返した。

 その時はグレンの行う講義の熱が抜けてないからと誤解していたが、こういうことだったのか。

 

「これって……」

 

 もちろんそのノートには超電磁砲のことも記されていた。

 どうすれば汎用魔術化できるかなど、記された内容は他のものよりも濃かった。

 

「あなたいろいろ考えてたのね。いつもは将来のためだとかいう割には熱心じゃない」

 

 システィのつぶやきが部屋に響いた。

 ルミアもシスティと同じ気持ちだ。

 

「あー、れ? ここ俺の家だよな?」

 

 それからしばらくしてラクスは目を覚ましたのだった。

 

 ◇

 

 目が覚めたら美少女2名が俺の禁忌教典を所持していた件について。

 だから、やめろってそんな目で見ないで!?

 題目とか完全に勢いで書いたものだから他意はないから。本当にっ!

 

「その……これ返すね」

 

 ルミアが申し訳なさそうに返してくる俺の禁忌教典。

 いや、こちらこそ申し訳ないよ。

 こんな汚いもんで天使の純粋な目を汚してしまった。

 

「すごいわね、ラクス。こんなものを見たのは初めてよ?」

 

 CRITICAL STRIKE!!

 バスターブレードが俺のガラスハートを粉々に砕いた。

 もうやめて、ラクスのライフはゼロよ!

 

「二人はどうして?」

「覚えてないの? 市場で意識が朦朧として徘徊してるあなたを私とルミアで保護したの」

「どちら様ですかって言われた時は困っちゃった」

「その節は大変お世話になりました」

 

 オフトゥンから起きるほど気力は回復してないので、座りながら会釈。

 

「いいわよ。おかげでいいもの見れたし」

 

 ぐはっごはっぶはっ!?

 笑顔で殺しにくるなし。

 

「私も同じようなことをしてるし正直関心したわ。私と一緒にメルガリウスの謎を解きましょう!」

「あははは、なんか噛み合ってない?」

 

 全く持って噛み合ってない。

 なぜ俺の禁忌教典がメルガリにつながるだろうか。まぁ、深く追求して自滅するのは病体にわるいので避けておこう。決して、チキったわけじゃない。

 本当だ。

 

「とりあえず二人はもう家に帰った方がいいぞ? 明日も学校だろ?」

「はぁ……」

「ラクス君、明日は休みだよ。明後日も」

「これは本格的にヤキがまわってきたな」

 

 曜日感覚も曖昧とかまじやべぇわ。

 

「ご両親はいつ帰ってくるの? それまでは待ってるよ」

 

 あー、ご両親ねー。

 帰ってくるまで待ってるとか、この家に永住することになるんだけどなー。

 

「うーんと、そのな? 気を悪くしないでほしんだが、実は俺、孤児だったりするわけだ」

「ッ!? ごめんなさい、私知らなくて」

「いやいや、全然気にするなって。親がいなくても家族はいるし」

「どういうこと?」

「ちょっと待ってくれ……っと」

 

 金属の取っ手がついてる引き出しを電気の魔術であけて、アルバムを取り出す。

 

「相変わらず便利ね、その能力」

「システィも風の魔術使えばできそうだけどな」

「そんな繊細なコントロールは無理よ……今は、ね」

 

 今はとか、意識高スギィ!

 将来はぺっぺーとやってしまいそうだ。システィは大天才だし。

 

「えーっと、これだ」

「アルザーノ帝国立ヨクシャー孤児院?」

「そう。孤児院にしては割とデカイ方で、卒院後のアフターケアから進路相談までお任せあれってところ」

 

 思い出すなぁ。この世界で目が覚めて親がいないとかいうハードモードだったしな。少年兵になっててもおかしくなかった。

 

「アイデ、マイク、カランコエ、メイライ……親がいなくても慕ってくれる家族がいたんだ」

 

 元気にしてっかなー、あいつら。

 

「ラクスは昔からやんちゃだったのね」

「若気の至りだ」

 

 システィは俺が木登りをしていて偶然足を滑らせたところを激写した写真を眺めていた。

 待ってくれ、そういう写真だけ見るな。

 

「でも、うん……慕われてるってわかるよ。どの写真もラクス君の周りには笑顔が溢れてるから」

「……お、おう」

 

 ルミアが見ているのは集合写真なのにみんなで俺の体を引っ張っている写真だ。口は左右に開き、服も伸びきって涙目の俺。

 撮影が終わったら俺は『おまんら許さんぜよ』って言って追いかけ回した。それは少年鉄仮面闘争伝説の一部だ。

 本当に懐かしい。今度、顔を出してみようか。

 

「あっ、孤児院にいく時には私も連れていってね」

 

 そんなに顔に出やすいか、俺。

 

「別に構わないけど、どうした?」

「私の恩人さんのこと少しでも知りたいからだよ」

「……ルミア=エンジェル」

 

 バッキューン。

 俺のハートを今度は弓矢が撃ち抜いた。矢尻はもちろん、ハートの形。

 あざとい、実にあざとい……だが、それがいい!

 

「もうくっ付いちゃえばいいのに」

「ん? なにか言ったシスティ?」

「ううん、なにも」

 

 ルミアは聞こえなくても俺は聞こえてるからな。

 ただ、一つ言っておきたいことがある。

 

「俺は絶対に姉さんとは呼ばない!」

「鳥になってみる?」

「さーせんしたっ!」

 

 【ゲイル・ブロウ】脅迫やめろー。

 ただ、これだけは譲れない。システィ、お前は先生に白猫と呼ばれるあたりで姉系ではなく、妹系で責めるしかないのだ。

 

「はぁ、それじゃお粥を温めておくから10分したら呼ぶわね」

「システィ、お前料理できたのか!?」

「その驚きかた失礼だと思うんですけど!?」

「だって、お前魔術に才能取られてるってくらいに普段ポンコツだし」

「練習すれば料理くらいできるようになるわよ!」

 

 そこでルミアが耳打ちをしてきた。

 ひゃう!? くすぐったい。

 それと同時に天使の香りが漂ってきた。

 んーGood Smell!

 

「システィ、先生に食べて欲しくて1ヶ月前から練習始めたんだよ」

「ちょっと、そこ。変な情報を教え込まない」

「健気かー」

「ちょ、ルミア!? なにを吹き込んだの!?」

「なーんにも」

 

 あーだこーだ言いながらもシスティはやっぱりいいやつなんだよなー。怒らせると怖いが。

 俺の部屋を出ていくときにニヤリとシスティが笑った気がした。なにを企んでるんだ、あいつ。

 お粥に毒物とか仕込まないよな、そんなに嫌われてないよな、俺……なんか、心配になってきたぞ。

 つか、なぜ病人を一階に降ろそうとする。あいつの気配りは超一流だ。そんなこと―――

 

「二人っきりになっちゃったね」

「そ、そっ、そうですね」

 

 おのれ謀ったな、システィーナ=フィーベルゥゥゥゥゥ!!!

 

 あいつ完全に俺とルミアをはめやがった。

 そうだ。下に来いとか温めるとかは完全に言い訳だ。ヤツはこの空間を作り出すことが目的だったんだ!

 

「熱は大丈夫?」

「あぁ、二人のおかげで今は大分楽だよ」

「もうっ、言ってくれれば買い出しくらい行ったのに」

「なんつーか頭が回ってなくてな。本能で行動してた」

「少しは周りも頼ってね? みんな心配しちゃうよ?」

「悪かった。次からは気をつける」

「ならば、よしっ……ふふっ」

 

 なんだこの天使は!? 別の意味で体温が上がりそうなんじゃが!?

 照れ死させる気なのだろうか。これが無自覚系天使の最終奥義なのかっ!?

 

「……そのっ、今日は泊まっていこうか?」

「……もう一度お願いしてもいいですか? 熱で耳が弱ってるみたいだ」

「だから今日は泊まっていこうかって」

「うんうん、なるほどね。今日はルミアが泊まっていっ、なんですと!?」

「べ、別に深い意味はないよ!? ラクス君は一人じゃまたふらふらとどこかに行きそうだなって思っただけで忘れてください!」

「俺は世話の焼ける飼い猫か!?」

「?」

「その当たり前でしょみたいな顔をやめろ!」

 

 急に爆弾投下するの心臓に悪いので勘弁してほしい。

 俺的にはルミアが泊まるとか昇天しそうになるくらいは嬉しいのだが、倫理的にOUTやんけ。

 

「その気持ちはとーっても、具体的には年に数回しかないアルフォネア教授の講習会が当たったとき、いや、それ以上にうれしいのだけどもね!?」

 

 あの講習会人気すぎて抽選から外れるのは当然で、過去に当たった時には値段に目がくらみチケットを転売した。

 しばらく遊んで暮らせる金だったのを覚えている。

 

「あんまし、困らせないでくれ」

「……ううん、私が勝手に言い出したことだから気にしないで」

「悪りぃ、気の利いたことが言えなくて」

「嬉しかったよ。ちゃんと私のことを考えてくれるんだって」

 

 あばばばばば!?

 だからその言い方はツァーリボンバー級の破壊力やって!

 

「でも、ちゃんと約束してね。一人で無茶しちゃダメだよ?」

「約束する。ルミアに心配はかけないよ」

「うん、その言葉しっかりと覚えておくからね!」

 

 おん? なんかトンデモない約束交わしちゃったか?

 まぁ、それでもいいか。

 きっと、その約束があればどんなことがあってもまた帰ってこれる気がする。

 いや、本当ならなにも起こらないのは最善なんだが……きっと、そう世界は優しくないだろう。

 ルミアの力はきっとどの勢力も欲しがる一級品のものだ。テロ組織だけでなく、いずれは国も軍事協力を要求するかもしれない。

 そんな時に彼女の側に立つ事ができるのはグレン先生のような力があって勘に優れた人物だろう。

 俺にはまだその資格がない。立つことはできても足手まといになっては意味がない。俺は彼女の重荷になることは死んでもしたくないんだ。

 うん、強くなろう。いつの日か後悔しないためにも。

 

 決心を固めた俺に一階にいるシスティから声がかかるのはすぐのことだった。

 

「ど、どうかしら。おいしい?」

「ふつーに美味しいぞ? もっと自信もてよ」

 

 システィ作のお粥はふつーにうまい。

 というかこの世界にお粥あったのか。主食がパンに代わって早16年。食でこんなに感動したのは人生初だ。

 

「ふつーってなによ。ふつーって。具体的にこうした方がいいとかないの? 男の人の目線で」

 

 いざっていう時にグレン先生を看病する気満々かよ。

 ……いや、待てよ。俺は天才か?

 

「味が薄い」

「え、でも体が弱ってるから味が濃いと逆に―――」

「いいや、違うね。体が弱ってるからこそ味付けを濃くして栄養をつけさせるんだ。病人ってのは感覚が麻痺して味覚も鈍感になってる。なに食ってもわかりゃしねぇんだ」

「へ、へぇ。そうなんだ」

「分ったなら繰り返せ! コショウ、塩、ハバネロ、オリーブオイル!」

「コショウ、塩、ハバネロ、オリーブオイル!」

「嗚呼、小麦粉のダマもいいかもしれないなぁ?」

 

 フハハハハハハ。恨みはないが、なんとなく死ねグレン先生。その方が絵的に面白いからなぁ。

 天ぷら粉もいってみようか。

 

「ラクス君?」

「システィさん、今の嘘っす。味付は薄めの方がいいです。調味料はシスティさんの愛とかでいいんじゃないでしょうか?」

「私の愛っ!?」

「もうっ、システィはグレン先生のことになるとなんでも信じちゃうんだよ?」

「マジですいません。調子にのりました」

 

 だから可愛い声して表情をなくすのやめてください。

 アルカイックスマイルは日本人の特技じゃなかったのか!?

 

「だめだよ。風邪が治ったら私と一緒に学院の清掃ね?」

「むしろそれはご褒美では?」

「じゃ、一人で」

「あんなだだっ広いところを一人でとかいい加減にしろ!」

「なにか言ったかな?」

「イエ、ナニモアリマセン」

 

 アレ、俺ってば病人だよね?

 割と元気に振舞ってるけど熱まだあるからね?

 調子に乗ったけどもさ!?

 

 結局、次の日にはまた熱が上がって死にかけた。




評価がついた記念とルーキー9位記念ですぐに書きあげたやっつけ仕事ですが、ルミアを照れさせられたのでデイリーミッション達成。読者の皆様、ありがとう!
アニメ放送同時に投稿するミーハーの鑑ことRAILGUNです。
ラクスの過去とか生い立ちとか重要っぽい話があったようだがそれはルミアの恥じらいに比べれば微少量X。無視可能。
原作で描かれた巻と巻の間は今後はTERMINAL、休憩地点として表記します。よろしくお願いします


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Dance with iron sand
RAIL 1


 年に三回しかない魔術競技祭の季節がやってきた。

 そうだ。俺たち学院生はこの日のために日頃から切磋琢磨してきた力を蓄えてきたのだっ!

 おまけに大会開催1週間前は何かと練習時間や大会準備時間として授業が休講になることも多い。

 それでいいのか魔術学院……いや、いいんですッ!

 

 ガバガバ授業日程アルザーノ万歳!

 

 ぶっちゃけ、家で寝てるといつのまにか大会終わってることが俺の理想的な学院生活だ。

 ちなみに昨年はミッションフルコンプ。俺の安寧は保たれた。

 つーか、これはお祭りというか成績上位者のためのイベントだ。有能なやつの使い回しは当たり前。

 今しがた黒板の前でグレン先生に指示されたのか、各競技の出場者を決めてるシスティとルミアには悪いが徒労に終わるだろう。全員は出場できない。

 それにさっきもギイブルが言ってたが今年は女王陛下殿が視察に来る。皆が例年以上に気後れするのも無理はない。

 

「というわけでラクス君。どれか出てみない?」

「何がというわけなんですかねぇ?」

「優秀な成績を残せば、将来安泰だと思うけど?」

「それとこれとは話が別だと思うんですわ。俺みたいなお馬鹿さんが決闘戦出るなんて言ったらクラス中から反対が巻き起こるだろうし」

「えー、いい線行けると思うけどなー」

「いやー今日もいい天気っすね、ルミアさん!?」

 

 だからな。ニヤニヤすんのやめろって。

 なんで無限の眠りに入れる日にラウザルクなんて使わなきゃならん。過労死させる気か?

 クラス中の怪訝な視線が突き刺さる。

 だが、俺の全身の筋肉のために今回はしょうもなし。

 先日、退院したばかりなんですマジで勘弁してください。右腕は無事に見えて治療中です。

 

「そうか、そうよね。ラクスは攻勢魔術を使う競技ならいい線行けると思うわ」

「いや、なぜにそう思うんですかねぇ、システィさん」

「え? グレン先生が言ってたからに決まってるじゃない」

「あの駄目教師ぃぃぃぃぃ!!」

 

 全力で殴り合うしかない。

 いや、ていこくしきカクトージュツでフルボッコにされるのは俺の方なのだが。食らいつくくらいはできる……はずだ(甘く見積もった上に不備あり)。多分。

 と、グレン抹殺計画を立てていたところで教師の扉がパンッと開け放たれた。

 

「話は聞かせてもらった! ここは俺に任せろ。このグレン=レーダス大先生になっ!」

「しねえぃ!」

 

 得意技は飛び膝蹴りです。

 

「うわっ、てめぇなにしやがるラクス!」

「てめぇこそシスティに何を吹き込んでやがる!? おかげで俺の休日が台無しだボケェ!」

「何言ってんだ、知るかこの馬鹿野郎!」

「一目見たときから殺意を覚えてました、死んでください!」

「まさかの計画的犯行!?」

 

 と同時に俺の体は宙に舞って教室の壁に叩き込まれた。

 さすがだぜ、ていこくしきカクトージュツ!

 

「お前が強いんじゃねぇ。俺が弱いんだ」

「バカ言ってないで早く席戻れ」

「辛辣!?」

 

 つか、壁に叩きこんでおいてそれは厳しい。

 いや、なんか立てるけどもさ。テイコクマジカルパワーが背中に働いたのか……。

 

 そして話はトントン拍子に進む。

 流石はグレン先生だ。俺たちに意識の差はなんだとのいい、カリスマ講師的超英断力スキルFを発動。

 なんかテロリストに立ち向かった時並みの眼光で勝ちにいくらしい。

 

「それでラクス。お前は『闘乱戦』な」

 

 闘乱戦……それは各クラスから2名を選出して行われるタッグマッチバトルロワイヤル形式。

 ぶっちゃけ死ぬ。終わりない悪夢だあれは。

 マジで競技終了後には人間不信になる。去年は事前に協定を組んでいたのに一番最初に潰したとかで酷かったし。

 具体的には場外乱闘。当然のように飛び火した。

 

「殺す気か!? それならナーブレスとか優秀なやついるだろ!? ギイブルあたりと組ませてやれば勝てるだろ」

「そうですわ! なぜ、そこで私じゃないのですか?」

「えー、お前は呪文の数も知識もすごいけどどんくさい上に不器用だからな。たまに呪文噛むし」

 

 それはまずい。非常にまずいぞ、ナーブレス!

 あの地獄でそのミスはあまりにも致命的すぎる。

 

「というわけでラクスだ」

「なぜですの?」

「そーだ。そーだ」

「ぶっちゃけ、同じ呪文しか使えない奴が集まったところで勝てる奴なんて最初から決まってるんだよ。わかるか、ラクス?」

「……運のいい奴」

「大正解だ。だから、状況に臨機応変に対応できるように多くの呪文と知識を持ってる堅実な奴がいい。そうすりゃ、勝手に勝ちは拾える」

 

 理に適ってるわ。だとしても、どうしてって……まさか、このクソ講師!?

 

 俺は疑念を確認するためにグレン先生の肩を取り、隅で作戦会議を始めた。

 

「この駄目講師、俺に『ラウザルク』使わせる気か? 右腕もまだ完治してないんだぞ!?」

「任せろ、使い方は教えてやる」

「はぁ!? どうしてあんたがアレの使い方がわかるんだよ?」

「経験則だ。言っただろ、グレン=レーダス大先生に任せろってな」

 

 うわっ、マジで怪しすぎるぞ魔術講師。

 本来ならこういう催しは先生が苦手とするはず。

 

「ま、どちらにせよお前には前から稽古をつけると決めてた。ちなみに白猫は祭が終わったらトレーニングを始める。ルミアを守るだけの強さが欲しいんだと」

「……それはなんつーか、ずりぃよ」

「ま、休日は俺も返上してんだ。巻き込まれろ」

「それが本音か……いや、ちげぇな」

「ぎくっ!?」

 

 ぎくっなんて言うやつ初めてみたぞ。

 あーなるほど。頭が冴えてきたぞ。優秀な学生を育てる教師には報酬が必要ですもんね。

 

「祭で優秀な成績を残したクラスの先生には報奨金?」

「……大正解だ。勘のいいガキは嫌いだよ」

「それって俺がこの後、思いっきりぶっ飛ばしていいフラグになるんですが」

 

 ふざけてはいるがこの講師、実は超有能。

 動機は不純だが提案自体は俺の糧になる。はっきり言ってコールだ。

 

「ところでラクス。使い回しはいいのか? このままじゃ人数が足りない」

「当たり前じゃないですか。他のクラスは成績上位者使い回してますよ」

「な、なにっ!? それは本当なのか!? よしっ、それじゃ今から……」

 

 にやぁ。

 そん時の俺は邪悪な笑顔を浮かべてたに違いない。

 

 ギイブルがクラス優秀を考えるなら成績上位者を固めて勝ちに行こうとシスティに言ってるあたりで割り込む。

 

「システィ、全員で勝ちを掴みに行こう」

「そうよ、ギイブル! 先生が皆の得意不得意を考えてくれた編成にケチをつけないの! 皆も、先生がこんなにも考えてくれてるのに、尻込みするなんてそれこそ無様よ!」

「ソーダ、ソーダ!」

「ね、先生?」

「お、おう」

 

 システィの啖呵に全員の火がついたみたいだ。

 ざまぁみやがれクソ野郎。俺の使い潰される筋肉の怨念を受け取れッ!

 

「おい、ラクス。これじゃ、勝てるもんも勝てねぇぞ。賞与、俺の賞与を返せ!」

「しるか、精々頑張ってくださいね。頼りになるグレン=レーダス大先生」

「クソぉぉぉぉ」

 

 以上、小言のやりとり終了。

 

「勝ちにいきましょう、先生!」

「当たり前だ! 全員、黙って俺についてこい!」

 

 ふははははは、愉悦!

 

「うーん、なんだか微妙に噛み合ってるような噛み合ってないような……」

 

 それな、さすがはルミア。よくわかってる。

 

 ◇

 

 というわけで練習なう。

 いや、授業が減るっていいね! 即行で帰りたい気分だけど。

 

「ほらラクス、次行くわよ!」

「殺す気か、てめぇ!?」

 

 フィジカルブーストを使えるからってシスティとギイブルそれにカッシュの魔術を片っ端から相殺ないし避けてく。

 一応、バトルロワイヤル形式だと避ける技術ってのも重要なわけだが、それにしても限度がある。

 調整期間なのにここまでのことをしてるやつがいれば呼んでほしい。そいつとはうまい飯が食えそうだ。

 

「《凍てつけ氷雪》」

「《雷精の紫電よ》」

「《霧散せよ》!」

 

 やっべ、【トライ・バニッシュ】が優秀すぎるぞ。

 カッシュとシスティの魔術を正面から打ち消し、俺が距離をつめる。

 

「足元には気をつけた方がいい」

「マジかよ!?」

 

 ギイブルが仕掛けたのは【バーン・フロア】だ。

 あいつは錬金術が得意だが、他の科目もやはり優秀。

 一応、グレン先生が防御魔法をかけているので直撃しても熱いかなーってくらい。なのでやつらは一切の手加減をしないようだ。

 踏み込んだ足を止めるより前に魔術罠が発動する。

 

「《飛べっ》!」

 

 即興改変した【グラビティ・コントロール】で空中に飛んで大きく後退し炎熱の罠をなんとか凌ぐ。

 代わりに魔力はごっそり持ってかれた。即興改変センスはゼロのようだ。

 

「ほらーラクス、甘いぞー。しっかり罠は確認してけー」

「無理言うな!」

「《雷精の紫電よ》」

「あばばばばば!!」

 

 無茶な要求をしてくるグレン先生にブチ切れているとシスティの【ショック・ボルト】がヒット。

 痛んでいる()()をして俺は倒れた。

 もう無理立てない。つーこともない。

 いや、だってほら。俺ってば電気系の異能力者だし。自分だろうが、相手だろうが単純な電気エネルギーのみなら常に俺の味方なわけよ。

 それでも俺が倒れるのは純粋に厳しいから。成人男性なら下手な【ショック・ボルト】だと5、6発は耐えれるらしい……。

 が、システィは天才。俺は疲れた。

 なるほどWin-Winじゃないか。この際だグレン先生の視線なんて気にしない。

 

「だ、大丈夫?」

「全身がビリビリするだけだ。問題ない」

「大問題よね、それ!?」

 

 詰め寄ってくるシスティは相変わらずツッコミ役か。

 カッシュとかゲラゲラ笑ってやがる悪魔か。

 ギイブル? やつは既に本の世界だよ。

 

 近くのベンチに横になる。

 すぐ隣のベンチではうちの女性陣が魔術式の確認などをしていた。

 で、はたまた近くの木には魔術の練習のためかガンガン【ショック・ボルト】を撃ち込んだりしてる男性陣。

 あぁー平和だなー。

 この前テロが起きた学校と思えない。

 表向きには爆発事故とそこらへんしてもみ消したらしいので実際にテロが起きたことを知っているのは一握りだ。

 

「あー眠いなぁ」

 

 クラス上位のやつらを相手にしてだいぶ神経を使った。体にも頑張ってくれた褒美が必要だと思うんだ。

 だから、ちょっとだけほんのちょっとだけ眠気に身をまかせることにした。

 

 

「勝つ気のないクラスが使えない雑魚どもを集めて場所を占領するなど笑止千万! 自らを省みて思慮の浅さを自覚したのなら場所を明け渡したまえ!」

 

 目が覚めたらI組の先生が全力でウチのクラスに喧嘩を吹っかけていた件について。

 最近、寝落ちが多いような気がするが気にしない。

 というかいいのかハーレイ先生。II組でもI組でも魔術学院の生徒だぞ、PTAが怖くないのか。

 実はルミアよりもメンタル優れてる疑惑のあるハーレイ先生は言葉を続けながらベンチで寝ていた俺を指してピンポイントで攻めてきた。

 

「その証拠にベンチで寝ている生徒までいる始末! これで統制が取れているとでも言うつもりか? 全員で優勝するとまだ言えるか、グレン=レーダス!」

 

 大げさだなぁ。

 ちょっと休憩していたぐらいでなんでそこまでまくしたてるんですかねぇ?

 ひょっとしてこれが新人のグレン先生を先輩のハーレイ先生が虐めるというパワハラ現場なのだろうか。

 

 盛り上がっていたクラスの雰囲気が悪くなっているので仕方がなくベンチから立ち上がる。

 背中のポキポキが心地いい。

 で、グレン先生とハーレイ先生のところまでDASH。

 

「あーと、グレン先生。めんどくさいから体育館とかでいいんじゃね?」

「いや、そういう問題じゃねぇんだよ。自分の生徒が悪く言われて黙ってる講師なんているわけねぇだろ?」

「いやだ、情熱的。惚れちゃいそう」

「殴るぞ」

「冗談だ。本気にするな蹴るぞ」

「おん?」

「あん?」

「私を無視するな!」

 

 っせーぞ!? と言いかけるのを喉で留める俺と先生。

 インテリ先生はいつでもいじられ役になる運命なのか。

 

「悲しいな」

「貴様、人の頭を見て言っているのか……ッ!」

 

 は?

 あー、いや。そういうことか。年の割には後退してるよね。生え際。

 大丈夫、苦労してる証拠だって。優秀な魔術師さんだからね、尊敬尊敬。

 

「給料三カ月分だっ! 俺はこいつら優勝するのに給料三カ月分を賭ける!」

「正気か、グレン=レーダス!?」

 

 おっとここにきて更に熱い展開。

 だが、新人のグレン先生の月収と先輩のハーレイ先生の月収は同額じゃないだろうに。

 ここはグレン先生のよく回る舌に期待です。

 

「グレン先生……そこまで俺たちのことを」

「普段はだらしないけど頼りになる人ですわ」

 

 カッシュ、ナーブレス、違う。違うんや。

 グレン先生は勢いで後に引けなくなっただけなんや。

 額に玉水のような汗をかきまくってるし。

 

「ぐっ……!」

 

 相対するハーレイ先生もなぜか冷や汗が止まっていない。

 彼の担当するI組の前だからだろうか。

 先生というか生徒同士で煽れば勝手に賭けが成立しそうな予感。学内での賭博行為とか学院手帳には何も書かれていないのでセーフ。

 

「い、いいだろう! 私も自分のクラスが優勝するのに給料三カ月分だ!」

「ハーレイ先生さすがだぜ!」

「やっぱり担任がハーレイ先生でよかった!」

「ハーレイ先生カッコいいい!!」

 

 I組は煽りの天才しかいないのか。

 

「ふっ、そうこなくっちゃ。勝負っすよ、先輩!」

「望むところだグレン=レーダス! 無様に負けて吠えづらをかくなよ! 恥をかきたくなかったら尻尾を巻いて逃げ出すことだ!」

 

 なんだこいつら実は仲が良いのか。

 さっきから新喜劇の舞台を見てるみたいだ。

 

「いい加減にしてください!」

 

 そこでシスティが声を荒げた。

 

「先ほどからハーレイ先生の練習場所に関する主張にはどこにも正当性が見られません! グレン先生や二組に対する侮辱行為も不当です! これ以上続けるというなら講師として人格的に相応しくない人物がいることを学院上層部で問題にしますがよろしいですか?」

 

 すげぇ、システィ。そんなセリフをよく噛まずに。

 呪文噛みまくりのナーブレスも尊敬の眼差しだ。

 

「ぐっ……親の七光りめ」

 

 おう? ハーレイ先生、それは言っちゃダメなやつだ。

 当のシスティはどこ吹く風だが、状況がそうさせるなら殴り飛ばしてたところだ。

 ま、生え際がいくら後退していても第五階梯なので返り討ちだろうが。

 

「それに、グレン先生は逃げも隠れもしません。私達は先生の教えで正々堂々、優勝します。ね、先生!」

「お、おう! 覚悟していてくださいよ、先輩!」

「貴様こそ覚悟しておけ、1週間後が楽しみだ! 首を洗って待っていろ、はっはっはっはは!!」

 

 もうやだこの学校。まともなの少なスギィ!

 

「さっすが、先生。スカッとしました!」

「私達を信じてあんな賭けまで……見直しました!」

 

 グレン先生は力なくそれに答える。

 しょうがないね。ペース配分とか言ったところで地力ではやはりハーレイ先生のクラスは優秀だ。

 せめてグレン先生の指導期間がもう少しだけ長ければ杞憂なく挑めたとおもう。

 

「やっぱり……噛み合ってない?」

 

 そう、実にその通りだよルミア。

 

 ◇

 

 というわけで俺とグレン先生のパーフェクト魔術教室が始まる。

 まさかの朝練である。くそ眠い。

 右手? まぁ、動くんじゃね! 医者に許可もらってないけど。

 

「そうだ、お前のその術は常に力を流すからすぐにキャパシティを超える。つまりは筋肉等の異常発熱だな」

「なる、ほどっ、なっ!」

「そのデメリットを無くすには術のON、OFFを身につけろ。ほら、集中集中!」

「くっ、そ! 生半可にっ、先生っぽ、いな!」

「だって頼れるグレン=レーダス大先生だし」

 

 うがぁぁぁぁぁ!!

 傍目で腕立てしてる先生の隣で俺は木人を叩く。

 アクション映画でよく酔拳の人が叩いてるやつだ。

 しかも無駄に可動式。初心者に打たせていいもんじゃない。

 それでもそれなりに俺が打てるのはやっぱり元中二病患者だからだろう。基礎の打ち方は知ってた。

 帝国では木人は割とマイナーらしく、久しぶりに先生に泡を吹かせてやったぜ。

 

「どうらっ、しゃっ、そらっ、ぐへっ、どうだ、ゔぉいぃ、がはっ、どはっ、ちょ、とめ、あべし!?」

「あーあ、自分の力で吹き飛びやがった」

 

 俺の力で回転するものを俺の力で止める。

 当然のことだが、術の制御がうまく行かなければ地面に突っ伏すことになる。

 

「先生、助けてと小一時間」

「いや、あんな馬鹿みたいに動く木人に近づく馬鹿いねぇから」

「誰が馬鹿だこのやろう!」

「いつも以上にめんどくせぇ!」

 

 疲れてるんだ察せ。

 このグレン式木人魔術制御を始めて既に3日。祭りまであと少し。

 ラウザルクが使えればI組とかフルボッコなのだが。この調子では困ったときに一瞬だけ使える緊急お助け装置としてみた方が良いだろう。

 ちなみに全力戦闘はグレン先生からしばらく禁じられた。

 それよりもとっておきの新作でどうにかしていきたい。

 もちろん異能ではなく魔術だ。

 

「あ、ラクス」

「あい?」

「相方決めたのか?」

 

 そう闘乱戦は2人1組おこなうバディ・ファイト。

 グレン先生の神的采配も虚しく1人は使い回しが確定なのだ。

 問題はその1人をどうするか。

 俺がどっかの競技に割り込む選択肢はなし。既にこれ以上ない均整のとれた布陣だ。自分達から崩すなんて笑い話にもならない。

 そこでグレン先生は判断を俺に投げた。

 『決闘戦』に参加するシスティ、ギイブル、カッシュ以外なら誰でもいいと。

 

「いやーまじでアテがなくて」

「へー、それは意外だ。ルミアあたりを選ぶと思ったんだけどな」

「ルミアは慈悲を与える天使だけど弓を番えるキューピッドじゃないんですよ」

「言っている意味がさっぱりわからん。公用語で頼む」

「ルミアは天使だろ!? あんたは本当にアルザーノ帝国民か!?」

「なぜそこで戸籍を疑われる!?」

 

 つまりだ。ルミアはサポート系でありアタック系じゃない。あんな泥試合にルミアが出れば真っ先に狙わるだろう。

 それを庇えるほど俺は強くない。

 

「ぶっちゃけ、システィが安牌」

「けど白猫は後が控えてるからなー」

「それな」

 

 八方塞がりだ。

 このままでは当日まで相方を用意できずに1人でバトル可能性が……。

 

「ごくごくプハー……ともかくメンバー締め切りは今日まで。適当に的役でも引っ掛けるか……」

「なにげに物騒なこと言うのなお前……というか、とりあえず空白で出して当日に人を出せばいいんじゃねぇの? 別にそこまで悩むことじゃ……ど、どうしたラクス?」

「どうもこうもありませんよ!」

 

 何を言ってるんだこの人は!?

 それが去年一番最初に狙われた組の直接的な原因の一つじゃないか!

 

「メンバー提出というのはクラス同士の情報戦の開始でもあります! 故に直前のメンバー替え等は学生同士の情熱を損なうとして今年から原則禁止! おーけー?」

「お、おーけー。めんどくさくなったなアルザーノ魔術学院」

「激しく同意」

 

 ちなみに去年最初に狙われた組は直前のメンバー替えで非難殺到。しぶしぶ出場した2人は両方とも足に怪我をしていて、開幕【ショック・ボルト】で退場という流れだった。

 こういった地味にめんどくせぇなアルザーノ魔術学院といった理由から決闘戦や乱闘戦などの直接対決をおこなう競技でのメンバー替えは認められていない。

 人数が揃わなかったらそのまま不戦敗だ。

 

「とりあえず、昼間に飯食ってからだなー」

 

 というわけで食堂で飯を食べる。

 うん、おいしい。

 グレン先生はこの時期のキルア豆は美味しいだの言ってたが、俺はそんな繊細な舌はしていない。

 腹に入れば一緒ってところまではなくとも、美味いか不味いか、苦いか辛いか、熱いか冷たいかで十二分だ。

 ただ一つ、そんな俺でも無条件に美味しいと言える食事がある。

 

「相席いい?」

「おう、システィか。あぁ、座るとこもないようだし、どうぞ」

「ごめんね。ラクス君」

「寧ろ一緒に食事をして頂ける至高の時間を頂けて不肖、このラクス胸が張り裂けそうです。さっ、椅子をお引きいたします」

「えっ……その、うん。ありがとう」

「もったいなきお言葉」

「なんなのよ、あんたもグレン先生も!」

「?」

「こいつ何言ってるんだって顔、止めてもらっていい!?」

 

 ルミア大天使との食事は無条件でおいしい。つか色々と美味い。

 ただでさえ馬鹿な舌が歓喜狂乱で感受性が豊かになりすぎてぶっ壊れてるのかもしれない。

 今日も学校に来てよかったとおもいます。

 

 あーこのキルア豆美味しいなー。たぶん。

 

「そういえば、ラクス」

「ん?」

「『闘乱戦』の相方決めたの?」

「あーうん、いやまだ。ぶっちゃけ、お前が入れば問答無用で勝ちに行けて楽が出来るんだがそのあとに支障出るからなー。八方塞がり」

「しれっと舐めたこと言ってくれるじゃない」

「こら、お嬢様がそんな言葉遣いをしてはいけません!」

「誰がさせてんのよ!」

 

 これ以上は【ゲイル・ブロウ】、略してゲルブロによる制裁が来るので加減、加減。

 ちったぁ異能の扱いがまともになったとはいえ実戦で使えるはずもない。新開発の魔術でどうにかしたいもんだが、そう問屋が卸すわけもなし。

 となればハイエンドオールラウンダーのシスティがいてくれた方がいいですよねぇ。無論それは贅沢なのだが。

 

 そう思案していた時にルミアがスプーンを止めた。

 

「空いた席におさまるのは意外に身近な人かもしれないね」

「そりゃ、クラスの誰かだからな。だろうさ」

「……はぁ」

 

 なぜかシスティがため息をするが、どうしたのか。恋煩いか。

 にしてもルミアは急に当たり前のことを言いだしてどうした?

 

「たとえば、ラクス君と一緒に下校したりとか! お昼を食べたりする人とか!」

「……うーん、システィとかカッシュだな。二人ともダメだ」

「ねぇ、ラクス?」

 

 するとシスティがしびれを切らしたかのように切り出した。なんだろう、ツテでもあるのか?

 あれ、ルミア。落ち込んでる?

 

「今、ラクスと一緒に食事してるのは?」

「システィとルミアだ」

「仲が良くないわけじゃないわよね?」

「おう、仲はいいと思う……いいよね?」

 

 俺の勘違いじゃなければ。

 つか二人が陰でラクスちょーキモいとか言ってるのであれば俺は今からキルア豆の肥料になりにいこうと思う。

 最期くらいは誰かの役に立とう、俺。

 

「いいわよ。だから、変に勘ぐって落ち込まないで」

「今日も生きてける」

「チョロい」

 

 ん、なんだって?

 

「まぁ、私はともかくいるじゃない。仲が良くてあなたの『相棒』に一番向いてる適任が」

 

 言わんとしてることはわかる。グレン先生にも言われたし。

 そこでルミアもキラキラして目で見つめてこない。お兄さん、意思が揺らいじゃうでしょ。

 

「相棒に選ぶときに真っ先にリストから外したのはルミアだ」

「……理由を聞いてもいいかな?」

 

 ルミアのテンションメーターが振れまくってる。

 まじでごめんなさい。いじめる気はないんです。

 

 俺はシスティとルミアに1から説明をした。

 あのクソッタレなバトルロワイヤルじゃ、ペアのどっちかが圧倒的な破壊力を有するかお互いにそれなりの破壊力を持たないと押しつぶされる。

 俺じゃルミアの持たない破壊力をカバーできる自信はない。

 ただ、ルミアの得意な補助魔法や白魔法は魅力的だ。

 根性もある。実戦じゃ化けるタイプだろう。

 しかし、それを差し引いてもダメだ。

 

 一通り説明し終えたらルミアとシスティは納得したように笑顔になった。

 とてつもなく、嫌な予感。

 

「システィ、提出用紙にラクス君の隣に私の名前を書いておいて」

「任せて」

「おいおいおい!? お二人さんは耳に詰め物でもしてるんですか!?」

「え、だって……ねぇ、ルミア?」

「うん。ラクス君、クラスで『相棒』に採用するとしたら私は誰の次かな?」

「ぐっ!?」

 

 そうきたか。

 いや、確かにね。今の話を聞いてたら察しつくけどさぁ!

 

「嘘はダメだよ?」

「システィの次です」

 

 つまり第二候補。

 

「なら決まりだね」

「いや、俺じゃルミアを庇いきれ━━━」

「庇う必要なんてないよ」

 

 マジかよ。おいおい。

 ルミアの目は本気の本気。前とは違う正真正銘の生きる奴の覚悟が宿ってた。

 生きる覚悟なんて見たことないけど、この覇気。きっとこれが前を向いたやつのオーラなんだろう。システィも目を丸くしてるし。

 

「自分の身は自分で守るから。ラクス君の邪魔はしないよ……それに」

「ん?」

「楽しくしてくれるんだよね?」

「……こりゃ、一本取られたな」

 

 そこでそう言われたら引くに引けないだろう。

 システィもルミアも顔を合わせて笑ってるし。これは事前に打ち合わせでもしてたな。

 

「負けたよ、全く。悪い女だよルミアは」

「全部、システィのお母さんのおかげだよ」

 

 あぁ、あの人か。

 流水のように腕を回して鶏を〆るみたいに夫の意識を落とす人か。

 納得だ。

 

「落ちるところに落ちたってところね」

 

 あぁ、全くその通りだよシスティ。

 これは新作も完璧にしなきゃな。

 




オイオイオイ、来週でロクアカ最後とかまじかよ。
もっと動くルミアちゃんみたいぞ。つか、シルクハットのおじさんと会ってぶっ飛ばすの一話でやるとか危ない感じがするのですが。期待してます。
あ、エンドカード毎回毎回神ですよね。眼福です。

ちなみに二巻の内容は書き終えているのでこれから3話は1日おきに定期更新します。
AFTERを書かねば。


そしてこの場を借りて誤字報告の感謝を申し上げます。
ランドマーク様、Neuron様、舟屋 三途集様。ありがとうございました。


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RAIL 2

 ◇

 

 魔術競技祭当日。

 俺は例年とは違い朝から元気に登校していた。

 なぜに休日に制服の袖を通さなきゃいけないんだろう。

 まぁ、それはエリート組にはカンケーないようで、他のクラスは熱血万歳なわけだが。

 はぁ、若いっていいな。

 

「というわけでグレン先生。俺たちが予想を裏切って優勝を射程圏内に入れてるわけですが……なぜにそんなに痩せこけてるんですか?」

 

 しかも咥えてるのって校庭に生えてるシロッテの木の枝だよな。

 アルザーノ魔術学院は無人島か。一人だけサバイバル生活をしてる人がいるんですけども。

 

「金がなくてな」

「磨ったんですか?」

「……お給金が少ないのがいけないと思うんだよ、俺はね」

「……肝臓って1/3あれば無限に再生するらしいですよ?」

「臓器売買に手を染めろと!?」

「背に腹は変えられませんけど、肝臓を金には変えられるんですよ」

「上手いこと言ってんじゃねぇ。同情するなら飯をくれ」

「先生に分けるほど同情も飯も余ってないぜ☆」

「慈悲とかないの、お前!?」

「関係ないね!」

 

 どうせ昼になれば深刻な食糧不足(グレン先生のみ)は解消されるから。システィの荷物、今日多かったもん。

 味付けはシスティの愛なんだろうか、それが問題だ。

 

 つかすげぇな。うちのクラス。

 大躍進じゃん。実況もまさかのII組かー、って意外性を強調してるし。

 しかも女王陛下の前だし。祭前は後ろ髪引く思いだった要因が今は追い風となってる。

 だから、さ。

 

「そんな緊張することないでしょ?」

「ううん、緊張はしてないけど。負けたときのことを考えたら震えが止まらなくて」

「それを緊張って言うんだよ」

「そ、そうかな? あはは」

 

 システィはグレン先生からルミアのメンタルが如何に優れているかを説明してもらったみたいだ。

 二人して俺にどうにかしろって目線で訴えてくる。

 うん、ルミアは変な緊張に弱いな。

 本番にいつもどおりのことをいつもどおりにやれば、勝てないわけがないのに。

 

「不安か?」

「ちょっと」

 

 遠慮してるのか本当なのかルミアのメンタルが強いのでどっちかはわからない。

 

「不安を隠すな。それは大事なもんだ。みんな目を逸らすことはできても直視はできない。不安を乗りこなせ。それが険しい道ってやつの歩き方その一だ」

「……もう、ラクス君には元気づけられてもらってばっかだなぁ」

 

 やだなぁ、ルミアさんにはこの前看病してもらった恩がありますから。

 おあいこってわけじゃないけど、今ので元気が出てくれたならよかった。実を言うと受け売りだったりする。

 すると、ルミアはよしっと意気込んで俺の手を両手で握りしめた。

 ……正直にいいます。柔らかいです。役得です。

 

「険しい道の歩き方、やってみるから見ててね!」

「……あ、あぁ。応援してるから決めてこい」

 

 惚けた。天使すぎて俺まで昇天しかけた。

 あ、鼻から愛が……ふきふき。

 

「うんっ! 行ってきます!」

「……行ってらっしゃい。気をつけて」

 

 ……勝てなくてもいい、無事に帰ってくるんだぞ?

 

 という俺の心配も杞憂で。

 ジャイロとかいうやばいジョーカーもいたが、それを上回るメンタルでルミアは攻略。精神防御はII組は一位だ。

 それなりに堪えたようだが、顔色は悪くない。

 やっぱり大天使ルミアは格が違ったぜ。

 

 俺は試合場の真ん中でグレン先生も含めクラスで笑いあってる皆を見て加わろうとした。

 試合場に駆け足で上がり、ふと観覧席に目が行った。

 女王陛下とアルフォネア教授。それにメイドの人がいる。メイドなんて初めてみた。さすがは女王陛下だ。

 

 ━━━メイドが俺を見て舌なめずりをした。

 

 厳密に言えば俺じゃなかったのかもしれない。

 ルミアだろうか、グレン先生だろうか。

 どっちでもいい。試合場を見ておおよそ女王陛下のお付きがするような表情ではない顔で見下すメイドに背筋から凍りついた。

 あれは人ができる表情じゃない。

 得体のしれないものをごちゃ混ぜにして煮込んで凝縮した悪魔のそれ。

 そして━━━

 

『帝国騎士団に剣を突きつけられるルミア=ティンジェル』

『顔に傷をつけた騎士に立ち向かうグレン=レーダス』

『試合場に展開される結界』

『リィエル=レイフォードとアルベルト=フレイザーは女王陛下のメイドを挟み撃ちにする』

『女王陛下の首飾りが破壊される』

 

「あ……うぐっ!?」

 

 まただ。テロのときと一緒。

 肝心な結末を見せない不確定の未来が写った。

 なんだ、これは。またルミアを狙っているのか。

 しかも今度は王国が。

 訳がわからない。異能者をそこまで排斥したいのか。

 でも、ルミアと女王陛下は……。

 いや、俺の常識がどこまでも通用する訳じゃない。

 とりあえずグレン先生が健在の今、ルミアの身の安全は保証されている。

 グレン先生はふざけてはいるがスイッチがはいると滅法強い。おまけに今回はアルフォネア教授もいることだし。

 テロのときよりは楽観できる。でも、ルミアに対していつもより気を配ろう。

 事が起きてからじゃ、俺は役に立てないから。

 

 ◆

 

 魔術競技祭昼休み。

 グレンがルミアに変身してシスティと一悶着あったり、その際に食べたサンドウィッチが実はラクスの分もあったりと濃い時間が過ぎていく。

 そんな中でラクスは森の中を歩いていた。

 なんてことはない。()()()なのだ。

 システィにゲルブロ制裁されたグレンを追って早10分。

 着地……訂正、不時着点であろう場所は見つけたが、グレンの姿はない。

 ラクスは代わりといっては難があるが、割とビッグな人を見つけた。

 

「それでルミアはそんなことを……」

「優しいっすからね。美徳です」

 

 アリシア7世。

 アルザーノ帝国の女王だ。

 つい先ほどまで愛娘と束の間の再会をしたが、ルミアは今更、娘と名乗り出ることもなく別れた。

 悲しい話だ。

 周囲の状況を把握し理解できる力が人並み以上にあるルミアだからこそ取った手段だろう。

 傷心のアリシアと偶然に出会ったラクスはもちろん、無視することはできずにこういった構図となった。

 

「ラクスはこれから競技に参加するのですか?」

「えぇ、ルミアと一緒に『闘乱戦』に」

「……」

「いやね、アリシアさん。そんな可哀想な子を見る目で見ないで!?」

「ごめんなさい……ルミアは攻勢魔法は得意ではないとグレンから聞いていましたので」

 

 謝り方にも気品しかない。

 しかし相手は女王陛下。騎士団の連中が見たらラクスの首は即行で飛ぶ。それだけ女王陛下の謝罪は重い。

 

「俺も最初は反対したんですけどね……芯が通ってますから。押し切られました」

「見かけによらず強情なところがありますからねぇ、ルミアってば。迷惑をかけてませんか?」

「それこそないです。ルミアはクラスの陽だまりみたいなやつです。アリシアさんが帝国の陽だまりであるようにね?」

「あらまぁ、お上手ね」

「本心ですよ。ルミアのおかげで留年回避できましたし」

「……元気をだしてください」

「ありがとうございます」

 

 そんな感じでたわいもない話をしていた。

 学院生が女王陛下を案内してるように見えたのか街中でも大して目立ちはしなかった。

 

「それではこのあたりで……競技、頑張ってください」

「ありがとうございます。飽きさせませんから、見ててください!」

 

 事実、種はたくさんある。

 これまで練習してきたモノを久しぶりに魅せる時だ。

 たまたま巡りあった女王陛下に期待されては応えないわけにはいかないだろう。

 ラクスはいつもよりちょっとだけ意気込んでいる。

 

「ルミアのこと━━━」

 

 女王陛下がラクスになにかを告げようとした時だ。

 王国騎士団の正装を羽織った者たちがラクスとアリシアを取り囲んだ。

 ハプニングでも、ドッキリでもない。彼らの目は本気だ。

 

「女王陛下、御無礼失礼いたします。緊急を要するため、直ちに同行願いたい」

「なにごとですか?」

「いまここではなんとも言えません」

 

 アリシアの目に合わせようともせず、淡々と答える騎士。

 ラクスはアリシアを庇うように前に出た。

 

「騎士さんよ、それはいくらなんでもないんじゃないですか?」

「学院生には関係ないことだ。下がっていろ」

「そうは言いましてもねぇ……正気を疑う奴らにハイどうぞって下がるわけにもいかんでしょ」

「うるさい、下がっていろ!」

「ぐっ!?」

「ラクス!」

 

 ラクスは騎士の携える剣の柄で腹を殴られる。

 不意の一撃で急所に入ったもので息が吸いにくくなる。

 アリシアは駆けよろうとするが、それを剣で遮られる。

 

「罪もない一般人に手をあげるなど言語道断。騎士の誇りはどこにいきましたか?」

「私の誇りなど女王陛下のお命に比べれば軽いもの。どうか、どうか。陛下、ご同行をお願いします」

「誰の指示ですか?」

「騎士団長ゼーロス=ドラグハートから」

「……そうですか、分かりました」

「ありがとうございます」

 

 ラクスは酸素が足りない頭で必死に考える。

 今の話を聞くならば間違いなく、アリシアの命が危機に晒されている。

 自分はどうすればいい? 下手に動き回って、場を荒らすことだけは愚策だ。

 しかし、考えてる時間は多くなかった。

 騎士がアリシアを連れて、立ち去ろうとする。

 

「ア、アリシアさんっ……」

「貴様、陛下の名を軽々しく……ッ!」

「良いのです。私が許しました……ラクス、ルミアを頼みます」

 

 アリシアはこの状況に関わらず冷静沈着だ。

 しかし、今の願いに込められた想いをしっかりとラクスは受け取った。

 ならば、ラクスはこう答えるしかないだろう。

 

「委細承知、任せてください」

 

 ラクスの言葉に嬉しそうにアリシアは答えて、騎士達と共に学院の方へと向かった。

 残されたラクスは近くの椅子になんとか腰掛け、服の埃を払う。

 そうだ。まずは━━━

 

「ルミアだな」

 

 ラクスは彼の持つ魔術の中でも十八番である電磁波レーダーを起動した。

 

 ◇

 

 電磁波レーダーでルミアを捕捉するとなんと絶賛、剣を向けられていた。しかも、割と近くで。

 

「《ラウザルク》!」

 

 この距離ならまだ間に合う。

 なぜかグレン先生が気絶させられたけど、これなら……!

 

「ルミア!」

「ラクス君!」

 

 騎士団の連中がルミアの手を乱暴に掴み上げて、連れて行こうとしてた。

 

「なんだ貴様は。邪魔だ、この者は女王陛下暗殺を企てた者だ。処刑する」

「は?」

「抵抗、妨害するなら貴様も同罪だ」

「面白い遺言だな」

「なっ━━━」

「ラクス君!」

「くっ!?」

 

 俺は騎士団のやつの鼻っ柱をぶっ飛ばそうとしたのを間一髪で止めた。

 代わりに騎士団の2名に首元に剣を押し当てられた。

 

「やめてください! 私は素直に投降したはずです」

「てめぇ、ルミアァ! またそれかァ!」

 

 暴れる俺を騎士団が押さえる。

 邪魔だこいつら……。

 暗い顔をしたルミアが近寄ってくる。

 

「ゴメンね、ラクス君。でも、私が大人しくすれば済むことだから」

「ざけんな、おい! 生きる覚悟を決めたんじゃなかったのか!?」

「ふふふ、そうだね。でも、私はやっぱりこういう運命なんだよ。だからね━━━」

 

 ルミアは騎士団には聞こえないように耳元で囁いた。

 

「━━━━━━」

「おまっ━━━」

「《雷精の紫電よ》」

「あぐっ!?」

 

 俺はルミアの【ショック・ボルト】を受けて沈んだ。

 

 あぁ、そうかそうかよ。ルミア。

 そういうことならしょうがない俺も本気出すしかないよなぁ。

 ルミアがこの場所を離れてからしばらくしてグレン先生が意識を取り戻したが、俺に注意を割く間もなく行ってしまった。

 

「おい、しょっと」

 

 知っての通り、俺に雷撃は効かない。

 俺はルミアに助けられたのだ。

 この機を逃すバカはいない。ゆっくりと情報収集を始めよう。

 電磁波レーダーでルミアを再捕捉したが、ひとまずは安心した。グレン先生が近くにいるみたいだ。

 とりあえず暇そうにしてる騎士を不意打ちして軽くボコって情報を吐かせた。私怨とかない。ないったらない。

 所詮は警らの下っ端だったので大した情報はなかったが、現在ルミアとグレン先生は騎士団から指名手配をかけられてるらしい。

 ほんと話題に事欠かないなぁ。

 いや、ルミアの意思じゃないのでしょうがないが、なんだ。ルミアは不幸の星の下に生まれたのか。

 

「さ、行きますかっ!」

 

 とりあえずはグレン先生に指示を仰ぐ。

 味方は多い方がいいだろう……って、おい。

 屋根からグレン先生とルミアを捕捉したが、珍妙な客に絡まれてるみたいだった。

 

 控え目にいってグレン先生とルミアは絶対絶命だ。

 祭りをほったらかしにした俺だが、その判断は間違えてはなかったか。

 グレンに襲いかかろうとしてるのは宮廷魔道士だ。

 訳あって面識のある2人。

 リィエル=レイフォードにアルベルト=フレイザー。

 出張ってくるのが宮廷魔道士とはいよいよきな臭くなってきた。

 とりあえず【ウェポン・エンチャント】。

 

「《この拳に光在れ》」

 

 リィエルがグレンに向かって剣を向けてアルベルトさんが狙撃の体勢に移る。

 今のグレン先生の立ち位地からではルミアを守りながらの回避は無理だし、この距離からも通常では間に合わない。

 

「《ラウザルク》」

 

 というわけで今こそ誓いを破る時。

 ON、OFFを無視したやり方で屋根の上から一気に空中に浮かぶリィエルの隣に踊りでる。

 

「ッ!?」

「そらっ!」

 

 剣で防御体勢をとるリィエルだが、それは甘い。

 俺は思いっきり剣の上から後ろ回し蹴りをぶち込んだ。

 剣は砕けリィエルは民家にめり込んだ。恐るべき耐久性だ。全力でやって正解だった。

 ま、【ラウザルク】に【ウェポン・エンチャント】。当然の結果だろ。

 だが、安心するのはまだ早い。

 この場で一番危険なのは間違いなくアルベルトさんだ。

 どういうわけで敵対してるのかは知らないが、仕事と割り切った彼は友人だろうが敵だろうが一緒だろう。

 

 傍目で初動に遅れているグレン先生とルミアを見て焦燥にかられるが、意識を割いてる暇はない。

 指を向けるアルベルトさんに向かって全力加速。

 その魔術式は【ライトニング・ピアス】。アルベルトさんの得意魔術であり俺に最も相性が悪い魔術だ。

 

「冷静になれ、ラクス・フォーミュラ」

 

 ガクンと俺は止まり、拳がアルベルトさんの顔面すれすれで止まった。

 アルベルトさんの言葉はなんつーか。下手な魔術よりも効果がある。

 貫禄つーか。なんつーか。意外と教師に向いてんじゃねーの?

 

 俺はそのあとアルベルトさんに経緯を説明され、激しく後悔した。

 

 ◇

 

「そういうわけだが、ラクス。1人でいけるか」

 

 無理に決まってるだろバカヤロー。

 『闘乱戦』最初から1人とか死ぬわ。狙い撃ち。

 グレン先生の指示は簡単で、グレン先生がいない状況で優勝すること。

 なんでも優勝すればアリシアさんと対面できるのでその機会を活かして事態を収束させるらしい。

 ただし、ルミアは指名手配中なので参加不可。

 七面倒な理由から代替えも用意できない。

 

 しかしだ。

 俺が勝たないとグレン先生とルミアは指名手配され、限界が来て……処刑される。

 

「気後れする必要はないだろう? 学生同士の打ち合いでお前が負ける道理があるのか?」

「……ちょっとまて、アルベルト。お前、どうしてラクスと面識がある?」

「知らんのか? ラクス・フォーミュラは過去に軍へ多大な貢献をしている。ラクスがもたらした恩恵は強行突入時の隊員死亡率を80%も落とした」

「80%!? どういうことだ」

 

 まぁ、そういうことだ。偶然だよ、偶然の産物。

 そのおかげでしばらくは遊んで暮らせる。

 

「その話はまたいつかしようグレン先生」

「ちっ……忘れるなよ」

「そっちは死ぬなよ」

「当たり前だ。今月のお給金もハーなんとか先生の給料3ヶ月分もまだもらってねぇ」

「ブレないねぇ」

 

 しかしそれでこそグレン=レーダス先生。

 俺も気合を入れなきゃな。

 

「そのっ、ラクス君。ごめんね。あんなに一緒に闘うって言ったのに……」

「お前のせいじゃないだろう? 気負うなよ、ルミアは『精神防御』で活躍したから後はボーナスステージだ」

「それでも、私はあなたの隣で闘いたかった」

 

 そっか……。

 深く考えすぎってわけじゃないな。俺もルミアの立場だったらそう思う。

 俺はそんな立場にかける上手い言葉は持ってない。

 

「俺もだ。ルミアと一緒ならもっともっと高く翔べる。けど、今回はおあずけっぽいな。なに、生きてりゃまた魔術競技祭なんてできる。その時には背中を預けてもいいか?」

「……うん、こちらこそ私の背中をお願いするね。それじゃラクス君、膝をついて」

「は、はい?」

 

 俺は言われるがまま膝をつく。

 なんか気恥ずかしいな。グレン先生、ニヤニヤすんな。

 アルベルトさんは空気読んでリィエルの頭を掴んで顔をそらしてるぞ。

 つか、なにやんのさルミアさん。

 

「アクシデントとか、不慮の事故で怪我をしないように今から幸運を渡すね」

「幸運? なんだそりゃ」

「絶対に帰ってこれるようにする約束だよ……チュッ」

 

 頬にキスをされた。

 して頂いた。

 

「ラクス君がいつも言う天使のキスだよ……嫌だった?」

「あ、あのっ、嫌じゃないです……ありがとう、帰ってきます。グレン先生もルミアも気をつけて……」

 

 ……

 

「おい、ラクス。顔が真っ赤だぞー!」

「グレン先生、ルミアをよろしくお願い申し上げます」

「お、おう。なんか気持ち悪いな、まぁ。任せられた」

「死んだら殺す」

「……目がガチだぞ」

「ガチで言ってますから……それじゃ、また逢いましょう」

 

 俺はルミアの顔を直視することをできずに『ラウザルク』を一瞬だけ使って、学院の方に向かった。

 今の俺は無敵だ。

 望まれれば月さえも割ってみせよう。

 太陽を落としてみせよう。

 宇宙を創造してみせよう。

 

「いやっふふふうぅぅうぅうう!!!!」

 

 比喩、誇張は一切ない。

 宣言しよう。

 

 今のラクス・フォーミュラは最強だぞ!!!



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RAIL 3

 ◇

 

 学院に到着した俺はまだまだ競技まで時間があることにホッとした。

 システィがなにやらオロオロしてるが、ルミアのことだろう。加えてグレン先生いないし、クラスの雰囲気は盛り下がる。

 が、俺達は負ける訳にはいかないのだ。

 グレン先生のためにルミアのために。

 

「しかしなぁ」

 

 ハイパー無敵のラクスさんでも盛り上げるのは無理だ。そんなことは急に得意になったりしない。

 俺は競技開始まで暇を持て余した。

 そろそろ昼休みも終わる。

 午後の部最初の競技は『闘乱戦』、つまりは俺の出番だ。

 さっき、運営の人にII組は都合により1人しか出場できない旨を伝えた。同情するような目を向けられたが、生憎と今の俺は天使の加護がある。

 負けないというよりは、負けれない。

 

「勝つか」

「その調子だ。ラクス」

「アルベルトさん!?」

 

 意気込んでいるとアルベルトさんがなぜか堂々と試合場袖にいた。

 後ろからひょっこりと顔を出すリィエルはなぜか顔が赤い。

 アルベルトさん曰く、グレン先生は急用で最後まで見ることはできないが応援してるとのこと。

 代わりにアルベルトさんが俺らの戦術顧問となってくれるらしい。

 

 ……んー、あーそういうことね。

 

 アルベルトさんはらしくなくクラスを煽り、士気をガンガン高めていく。

 どっちかっていうとやり方がグレン先生っぽい。つか本人だ。

 意気投合したのかアルベルトさん、それにリィエルと握手をするシスティも気づいたみたいだ。

 まちがいない、あれはグレン先生とルミアだ。

 変身でもしてるんだろう。

 なにをしたいのかはわからないが、俺は俺のやることをするだけだ。

 

『午後の部最初の競技は『闘乱戦』だ! えー各クラスのメンバーはーっと! おっと、II組はラクス・フォーミュラ君、1人で参加だ! 相方のルミア=ティンジェルは急用につき出場不可! 他のクラスをどう捌くのかが注目ポイントだ!』

 

 盛り上がる実況を他所に会場はあいつ、死んだなって目を向けてくれる。馬鹿め。

 さぁ、行くか。

 俺は壁から少しだけ体を出していた()()()()の頭を撫でる。

 

「心配するな。俺は天使の加護を貰ったんだぜ?」

 

 頬を指しながら言うとリィエルは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 やり返したぜ! ()()()

 

「うん、頑張って!」

 

 俺は背中で天使の声を聞いて腕をあげることで答えた。

 

 足を踏み入れた試合場は砂漠のフィールドに変化。

 それに少しだけ広くなった。

 しかし、都合10クラスでII組以外は全員二人一組(ツーマンセル)で合計19人もいれば手狭に感じる。

 しかも、全員が俺に対する敵意を隠さない。

 これは開幕【ショック・ボルト】が飛んできますね。

 うわー怖い怖い。全力で応戦しますか!

 

『それでは各員準備完了したようなので、試合開始!』

 

「「「「《雷精の紫電よ》!」」」」

「「「《大いなる風よ》」」」

「「「「《白き冬の嵐よ》」」」」

 

 大丈夫だこの距離なら三節でも間に合う。

 

「《我が名は雷電・身に纏いて・盾となれ》」

 

 実況がなにか言ってるが、俺の体を覆う黒い竜巻(砂鉄)が煩くてよく聞こえない。

 天使のおかげで俺の【砂鉄操作(マグネッティク・コントロール)】も調子がいい。

 さ、どっちが狩る側か教えてあげようか?

 天使の加護を受けた俺はお前らなんかに撃ち抜かれはしない。

 

 ◆

 

 そこからは一方的だった。

 

『おーっとラクス選手、またまた撃破だ! 【ショック・ボルト】を物ともしない黒い壁に黒い鞭、一体どうなってるんだラクス・フォーミュラ!』

 

 雷撃の魔術以外は黒い壁で防いで、【ショック・ボルト】などの雷撃は身を使って受けて攻勢に出る。

 あまりの強さに残るI組とIII組とⅤ組は手を組んだ。

 しかしそれも津波へ挑むイカダのようなものだ。

 

「あいつやべぇな」

 

 思わず変身したグレンも舌を巻くほどだ。

 これが去年は留年の危機だったのだから信じられないだろう。ラクスの本気を知らないクラスメイトは動揺を隠せない。

 

「なんなんですの、あの黒い壁は?」

「魔力じゃないな……使ってる魔術式は電気系だとすると、なるほど砂鉄か」

 

 冷静に分析するギイブルの予測は核心をついていた。

 

『邪魔だコラァ! 俺を倒したいなら天使の矢を持ってこい!』

 

 スピーカーから流れるラクスの喋る言葉の意味が分かるのはルミアかグレンぐらいのものだろう。

 それから5分。

 一気に逆転を狙った残りの4人が砂漠の中央でラクスに十字砲火を浴びせるが黒い壁を崩すことはできずにまとめて吹き飛ばした。

 

『圧倒的! 一人というハンデをものともせずに『闘乱戦』を制したのはII組のラクス・フォーミュラだぁぁ!!』

 

 会場の興奮は冷めやらない。

 実況のアース・カメンターは息を切らすラクスにマイクを向けた。

 

「ラクスさん大活躍でしたね! 差し支えなければ競技中に使用していた魔術についてお伺いしても?」

「あー、多分固有魔術です。電気を飛ばして出来る磁力を操って砂鉄を操作してます」

「えーっと電気を操るということでよろしいですか?」

「えぇ、詳しくは右ねじの法則とかフレミングの法則とかポインティング・ベクトルなんかを調べてもらえれば誰でもできると思います」

「なにやら難しい単語が並んでいますが……勝利した感想は?」

 

 原理が想像以上に難しいのでアースは話題を変えた。

 

「敬愛する女王陛下の前で勝利を重ねられて嬉しいです」

「へぇ、それでは敬愛する女王陛下に一言!」

 

 これこそがラクスの狙いだった。

 こう言えばきっとこう質問してくれるだろうと踏んでいた。

 

「女王陛下、今日も相変わらずお美しい」

「ら、ラクスさん?」

「それに……首元に輝くネックレス、いいご趣味ですね!」

 

 会場がざわつく。

 こいつは女王陛下に向かってなんて口を利いてるのかと。

 アースもそれは同じことだ。マイクを向けた以上、ラクスの失言も多かれ少なかれ責任は問われる。

 しかし、その空気を割いたのは他ならぬ女王陛下だ。

 

「ありがとうございます。このネックレスはこの競技祭のために選んでいただいたものです」

「はー、お選びになった方は類い稀なるセンスの持ち主なんでしょう」

「えぇ、信頼できるメイドの一人です」

「なるほど、ありがとうございます! 今日の競技祭、まだまだ盛り上げるんで、最後までお楽しみください」

 

 ラクスの言葉に微笑むと女王陛下は元の席に戻った。

 

「というわけで勝利者インタビューでしたー! これからもどんどん盛り上がっていきますよー!」

 

 先ほどまでの微妙な間はアースの名司会によって有耶無耶のされた。

 人は長いものに巻かれやすいということだろう。

 

「うぃーつかれたぁ」

「お疲れ、ラクス。やるじゃない。私、驚いちゃったわ」

「そうだぜ、ラクス。お前、あんな魔術使えたのかよ!」

 

 舞台袖に帰るとシスティとカッシュを始め、多くのクラスメイトが駆け寄った。それだけ先の試合が印象に残ったのだ。

 多くのクラスメイトがラクスに対する評価を改めた。

 

「はっはー、天使の寵愛を受けたラクスさんは激強なのさ!」

「また訳がわからないことを……って、もしかしてルミアに何かしたの!?」

「システィの中での俺はケダモノか!? 俺はなにもしてないぞ!」

 

 俺は、である。

 

「そうよね、ラクスってばヘタレだし」

「言い返したいけどマナが足りない……」

「って、ラクス。ちょっと!? もしかしてマナ欠乏症!?」

 

 そのままベンチに倒れこむラクス。

 あの魔術がそう簡単にホイホイ使えるほど完成されてはいないのだ。

 システィの隣からアルベルトがやってきて、それっぽい処理を始める。

 

「フィーベル、後は俺に任せておけ。お前はお前のやるべきことがあるだろう?」

「わかりました。よろしくお願いします……らしくない」

 

 システィは選手用の休憩所に向かい、舞台袖にはラクスとアルベルトにリィエルだけになった。

 

「ラクス、あの質問の意図はなんだ?」

「おい、グレン先生。あんたの変装は俺とシスティはお見通しだからな?」

「なっ……お前!?」

「まぁ、いいや。多分、アリシアさんの首飾り、アレがキーポイントだ」

「……お前、どこまで見抜いてる?」

「先生みたいに大局までは読めてないけど、部分的になら多少は」

「そうか、首飾りが呪殺具か」

「あー、そうか。そういうことか、だからグレン先生とルミアは変装してんのか」

「ま、そういうことだ。『闘乱戦』を勝ち抜いてくれたおかげでだいぶ、後が楽になった。これは勝ち確だな」

 

 少なくとも『決闘戦』勝利が最低条件だがシスティにカッシュ、ギイブルが負けるほど強い奴は他のクラスにはいない。

 問題は相性だが、それこそシスティの独壇場だろう。

 

「そうか、安心した。『優勝』したら、起こしてください……もう、キツくて……」

 

 すぅすぅと音を立ててラクスは眠りについた。

 

「あとは任せろ」

「だから、安心して眠ってて」

 

 微笑むリィエルを見てアルベルトはありえねぇと呟くが、リィエルは意味がわからずに首を傾げるしかない。

 同刻、屋根の上を駆け回るルミアはくしゃみをしたとかしてないとか。

 

 ◇

 

 目を覚ましたらII組は優勝していた。

 いや、さすがだわ皆。どんだけ、グレン先生にバカにされるの嫌なんだよ。

 しかし安心するのはまだ早い。

 こっからが本番だ。

 試合場にはアルベルトさんにリィエルにアルフォネア教授と予測で見た傷のおっさんにアリシアさん。

 状況は整った。

 そろそろ動く時間だろうか。

 そう思っていたらアルベルトさんとリィエルは変装を解いていつものグレン先生とルミアに戻った。

 同時に俺は全力で試合場に踏み出した。

 

「邪魔をするな!」

 

 間一髪、アルフォネア教授の張る結界に潜り込めた。

 

「やれやれ、フォーミュラ。割り込んだ以上は最後まで付き合えよ?」

「もちろんですよ、アルフォネア教授」

 

 大丈夫だ。すでに種は割れている。

 グレン先生とのアイコンタクトでやることは決まった。

 

「廃棄王女、今ここで帝国の為に倒れてもらう」

「あ?」

 

 あのおっさん、いまなんつった?

 ったく、ハーレイ先生といい、こいつといい人の事を考えられないんですかねぇ?

 あの気丈なルミアが珍しく小さくなってる。

 あぁ、普通の人にはわからないかもしれない。ただ、こっちは長い付き合いなんだ。それくらいの機微には敏感だ。

 おっさんはルミアに向かって剣を向けて走りだす。

 凄まじい速さだ。グレン先生が迎撃の構えに入るが、おそらくそれでは対処しきれない。

 俺なんて以ての外だ。

 斬り合う段階にすら至れてない。

 そんな俺でも無謀と分かってても拳を握らずにはいられなかった。

 ただ今回の場合は大分、せこいがあのおっさんと渡り合う方法が一つだけある。

 特例だ。おそらく騎士が相手なら俺は高確率で負けることはない。

 

 俺はまずおっさんの()を誘引してグレン先生の安全を確保して()を無理やり引き寄せた。

 あとは進行方向に拳を添えるだけ。

 さすがは歴戦の勇者殿だ。空中で姿勢を整えるが、こっちの出力をなめるな。

 

「口の利き方に気をつけろォ!」

「ぐはっ!?」

「行けっ、グレン先生!」

「くそっ、死ぬなよ!」

 

 当たり前だ。こんなところで散らすほど俺の命は安くない。

 おっさんが俺ではなくグレン先生に標的を切り替えるが、そうはさせない。

 無理やり電気で拘束する。

 おっさんも気づいたみたいだ。一瞬で鎧を自由の利かない剣で外しーーー

 

 ーーー二本目を抜いた。

 

 それもこれも一瞬だった。

 全身の汗腺が開き、視界が狭くなる。

 命の危機に対する反射が俺の命を間一髪で救った。

 【ラウザルク】と【砂鉄操作】。俺ができる最大の守りでおっさんの全力を受け止める。

 が、全てを防ぎきるのは不可能。

 

「ラクス君!」

 

 ルミアの声が血で染まる視界の外から聞こえる。

 ダメだ。まだ沈んじゃいけない。

 頸動脈と右鎖骨を斬られた。

 【砂鉄操作】で左太腿と右脇腹はガードした。俺が気づかないだけでもっと斬られてるのかもしれない。

 血が面白いくらいに吹き出す。

 一瞬で血が足りないことを知覚する。

 それでもまだある。

 おっさんもルミアもグレン先生も女王陛下もまだ諦めてない。

 根性で張り合うチキンレースにここで降りるなんてダサすぎるぜ。

 

「《猛き雷帝よ》!」

「学生が軍用魔術だと!?」

 

 【ライトニング・ピアス】で迎撃してやるが、ふざけた野郎だ。驚く割にゼロ距離で剣をつかい弾きやがった。

 けど、体勢は崩せた。

 決まるとは思えないが、時間稼ぎくらいさせてもらおうか!

 

「《砂鉄よ・舞い踊れ》」

「小癪な!」

 

 二刀で構えるおっさん相手に稼いだ時間は10秒足らず。

 十分だろうさ。

 苦虫をかみつぶした表情をするおっさんが竜巻に飲み込まれる姿を最後に俺は意識が切れていくのを感じた。

 後頭部に感じる痛みとともに見た景色は最高に綺麗な青空だった。

 これはまた入院生活か。壊れるなぁ。

 

 ◆

 

 セリカの展開した魔術によって事の大筋は誤魔化せたもののあらすじは説明しなければならない。

 てんやわんやする中で美味い誤魔化し方は学院長に全て丸投げされた。

 今もクレーターが残る舞台の上で湧き出る汗を拭きながら必死に誤魔化し続けてる学院長にはご愁傷様としか言えない。

 現在進行形で事の主犯であるエレノアと戦闘中のリィエルやアルベルトに比べればわずかにマシ程度のものだ。

 そして舞台袖。

 舞台上で殴りあった者たちは治療が行われてるラクスの周りに立っていた。

 応急処置だが血は止まった。

 死に至ることはない。とりあえず女王陛下は胸を撫で下ろした。

 ゼーロスを責める気はない。彼は忠誠を誓いいつものように仕事をこなしただけ。ただ、若い芽が目の前で摘まれそうになったことに胸を痛めた。

 

「つーわけで女王陛下、こいつのことは俺らが預かるんでお下がりください。まだ残党も残ってるかもしれないですし」

「ですが、グレン。彼は今回の件に関して貴方と同様の働きをしてくれました。ラクスがグレンの手助けをしなければ、私はすでにこの世にはいなかったでしょう」

 

 だから最後まで見届ける義務が私にはある。

 そう女王陛下は言外に告げた。

 

「それに不謹慎ではありますが、嬉しくもあります」

「あ……そりゃ、まぁ。そういうことになりますね」

 

 女王陛下ーーーアリシアはラクスの左手を掴んで祈るように膝をつくルミアを見て微笑む。

 アリシアはどういう関係なのかとニヤニヤしながらグレンを見る。

 

「末長く爆発してくださいってところですね」

「あらまぁ」

 

 基本的にこの二人は軽い。

 事件も終わりラクスに命に別状はないと分かった今、気を張り詰める必要もないのだ。

 

「……おいおい、また全部終わったあとかよ」

「ラクス君!?」

「……おそるべき回復力だ」

 

 ラクスは医者が席を外すと唐突に目を覚ました。

 これには頬にガーゼを当てているゼーロスも驚愕した。

 

「おはようルミア」

「おそようございます。また私のためにこんなに傷ついて……ありがとう」

「どういたしまして。だから魔術競技祭は一日中、寝てるべきだったんだよなぁ」

「そしたら私、どうなってたか分からないよ?」

「朝から起きて正解……いやぁ、安い買い物でした」

 

 豪胆だ。

 しばらく見ない間にルミアはラクスに対しては無条件で寄り添うことをやめた。

 我が出るとでも言うのだろうか。ルミアは我儘のような本音を包み隠すことをやめたのだ。

 そしてそれはいいことだとラクスはもちろんのこと、グレンも思う。

 遠慮の多いルミアが少しずつだが変わってきた。

 それは成長。

 教え子の成長を嬉しく感じるのは教師の性だ。

 

「おい、おっさん」

「なんだ、学院生?」

 

 しかし、和みのある雰囲気はゼーロスとラクスの睨み合いによって一瞬で霧散する。

 戸惑うルミアと困惑するアリシア、止めようとするグレンを他所にラクスは立ち上がり、ゼーロスに額を当ててメンチを切る。

 

「あんたが今回、女王陛下を守るためにルミアの命を狙ったことに文句はない。俺が怒ることじゃないからな……ただ、ルミアを『ああいう風に』評したことには我慢ならねぇ」

 

 いうまでもなくルミアを廃棄王女と称したことだ。

 

「あんたらがルミアをどう思ってんのかしらねぇけどな。本人の前で口にするんじゃねえよ。死地に立たされて疲れてるのに人の看病をする優しい子が怒れるわけないだろう。それとも分かってやってんのかよ、おい」

「ラクス君、もう良いって! 私なら大丈夫だから、傷口が広がっちゃうよ!」

「……お前がそういうなら」

 

 ラクスはルミアの言葉を聞き渋々引き下がろうとする。

 グレンはホッと胸をなでおろすが、それを止めたのは意外にもゼーロスだった。

 

「確かにそこの青年の言う通りだ。王国騎士団である前に一人の大人として謝罪しよう。ルミ……いや、エルミアナ殿、此度の一件とそれにまつわる失言、謝罪する。申し訳なかった」

 

 ゼーロスの態度急変に面を喰らうルミアだったが、アリシアが頷くのを見てルミアも頷いた。

 

「謝罪を受け入れます。この謝罪が真ならゼーロス=ドラグハート、今後とも私の母をお願いします」

「元よりそのつもり。しかし、確かにその任を承ります。この双剣は女王陛下に」

 

 それっぽい光景に内心でマジでルミアすげぇと思うのがラクス。

 ラクスはそのままベンチに座り込んだ。

 ルミアの言う通り、気づかずに斬られていた脇腹の傷口が広がっている。

 するとゼーロスはラクスに近づき、新しい包帯を巻き始めた。

 

「学生の身でありながらあそこまでの力をつけているとは……正直に言って感服した」

「本気出さずに人の身体をみじん切りしたあんたが言うことか」

「いやいや、最後の黒い竜巻。アレは本気で対処した」

「どうだか」

 

 包帯が巻き終わりゼーロスは立ち上がるとラクスに手を差し伸べた。

 ラクスはその手を握る。

 

「ゼーロス=ドラグハートだ。おっさんではない」

「こんな格好で申し訳ない。ラクス・フォーミュラだ」

 

 戦場で刃と拳を交わした二人に変な敬いなどはなく当然、敬語もない。

 長年付き添ってきた友人のように二人は手を握りながら笑いあった。

 

「ふははははは」

「はっはははは……脇腹がっ!?」

 

 やれやれ、最後まで締まらないやつだと呆れるグレン。

 そんな光景を見ながら笑うルミアの肩にアリシアは手を置いた。

 びくっと跳ねたルミアだったが、その手がアリシアのものだと気づくと自分の手を重ねて寄り添った。

 顔を見なくてもわかることは一つ。

 久しぶりに取った親と子の手は何よりも暖かくて冷めた体を癒してくれる。

 肩が揺れてるのはつまり、そういうことなのだろう。

 



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RAIL AFTER 1

 我がクラスは優勝記念に打ち上げをするらしい。

 

「寝てる場合じゃねぇ!」

 

 そうだ。

 マナ欠乏症になってまで競技で勝利したんだ。美味しいモノでも食わないと割に合わない。

 お医者さん、ごめん。でも俺には行かないといけない場所があるんだ。

 

「はい、ラクスさん養生してくださいねー」

「脇腹、脇腹っ! 傷口ダイレクトに触ってるから!!」

「ははっ、面白いわねラクスさん。気のせいですよ、気のせい」

「気のせいで痛みはでるかぁぁぁ!!」

 

 恐怖、顔なじみと化した看護師さん。

 

 割と容赦なく押さえつけてくるし、脇腹をガツガツ触ってくる。すなわち抵抗は死を意味する。

 つか、グレン先生が絶対に何かを吹き込んだ。間違いない。

 だって、二人が内緒話してるの見たもの。

 

「グレン先生ってかっこいいわよねー!」

「見てくれ良くても中身がなぁ」

 

 何を隠そうロクでなしだ。最近はナリを潜めてるが、奴はお目付役が手綱を握らないとどこまでも暴走するクソヤロウだ。

 そういう意味ではシスティとの相性はバツグンだな。

 人のことを言えた義理ではないけども。

 

「金を握らされた?」

「……」

「おい露骨に目をそらすなよ、嘘だと言ってくれ頼むから」

「嘘だ」

「はっきり分かった。今必要な治療は俺の脇腹じゃなくあんたの頭だ」

「ひどーい、合コンにも先立つ物は必要なの」

「どけ……俺はいかなきゃならないんだ……っ!」

「えいっ☆」

「あぐうああやあぁぁぁ!!!??」

 

 ピクッピクッ。

 あまりの衝撃に未だに震える手足。

 

「殺される……ッ!」

「殺さないわ、癒してあげる。全力で」

「万力の間違いだろ?」

「えいっ☆」

「ふぁががへっはははっぇぇ!!!」

 

 余計なことは言わない方が身のため。

 冗談抜きで入院期間が長引く。

 

「頼む、騒げる日は今日、この日しかないんだ!」

「自業自得よー。もう、右腕を三度熱傷したばかりなのに全身に真皮到達レベルの切り傷が何箇所も……ひょっとしてスパイさん?」

「んな訳ありますか。こっちはフツーに祭りをしてただけなんですから」

「じゃ、呪いね。残念」

「人ごとだからってね、軽く流していいもんじゃないと思うですよ!」

 

 だから……最終奥義!

 

「そういやバッグの中に封筒が入ってたようなー気がするなー!」

 

 気がするだけだ。入ってるとは言ってない。

 

「車椅子の場所はわかるかしら」

「この病院、大丈夫か?」

 

 ちょろすぎて怖い。

 ま、車椅子の場所くらい分かればあとは大丈夫だ。

 下手に体を動かすと傷口が開くので魔術で動かそうか、そのための【磁気操作】だし。

 

「そういえばグレンさんは金髪の可愛い子と一緒にいたわね。夜道で襲っちゃうのかしら、きゃー肉食系大胆、ステキ!」

「……」

「ら、ラクスさーん。目が据わってますよー?」

「車椅子でも時速60くらい出せば殺せるだろ」

「あら、私ってば余計なことを言っちゃうドジっ子!」

「キャラ、立ちすぎなんだよ!」

 

 この看護師はキャラが濃すぎる。

 これ以上一緒に過ごせばツッコミすぎで過呼吸になるかもしれない。

 俺は車椅子に乗って【磁気操作】を軽く使って窓から脱出。着地する前に【グラビティ・コントロール】で衝撃緩和。

 そして加速、加速、右ブレーキ!

 

「ラクス選手の華麗な車椅子ドリフトぉ!」

 

 ギィィィィイイ!

 フレームがヤバめの音を出すが、俺の峠最速伝説に些事を気にする必要はなし!

 待っていろ、グレン=レーダスッ!

 あんたは俺が轢き殺す!

 

 ◆

 

 ほどなくしてラクスは直線コースに入った。

 馬力だけなら自信があるラクス。夜道に人がいないので安心して爆走する。運転適性は下限側に未知数だ。

 そしてレーダーを使いルミアとグレンを捕捉したラクス。次の十字路を右に曲がってすぐだ。

 

「おっ!?」

 

 が、十字路には珍しく人がいた。

 レーダーに映らなかったのは気が散りすぎていたからか。ラクスは人影を目視した瞬間に急ブレーキ。

 車椅子のフレームは若干歪んで、転倒した。

 

「せわしない人ね。怪我はないかしら?」

「あぁ……大丈夫です。怖い思いをさせてすい……ま、せん……」

 

 言葉が詰まるとはそういうことだろう。

 盛大にすっ転んだ病院にいるはずのラクスに気付いたグレンとルミアが駆け寄ってくるが、そんなことはどうでもいい。

 車椅子を立てて、ラクスを座らせるのは金髪に碧眼の女性。佇まいは人形のように儚くなく美しい。

 しかしラクスは完成された美に対して言葉が詰まった訳じゃない。

 

「ニ……コラ?」

「うん、久しぶりね。ラクス。あなたはいつもそそっかしいわ」

 

 その女性とは知り合いだった。

 名をニコラ・アヴェーン。

 ラクスが孤児院の時にお世話になった先輩であり、恩人。

 

「なっ……どうして?」

「うんうん。質問はたくさんあると思うけど、それはまた今度。今日は我儘で抜け出して来ちゃったけど、あまり長くは居られないの」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! お前は……」

「またね、()()()()

 

 茶目っ気を出してウインクしながら曲がり角に消えるニコラ。

 

「おい、ラクス。お前は病院で絶対安静だろ?」

「凄い勢いだったけど、怪我してない?」

 

 やれやれと言って頭に手を当てるグレンに膝を擦りむいてないかを確認するルミア。

 しかし、当のラクスは車椅子に座ったまま虚空を見つめている。

 

「ニ……コラ」

「あ? あの美人さんと知り合いか?」

 

 ラクスはニコラが消えた曲がり角に向けてレーダーの指向性を向けるが、反応はない。

 そしてようやくラクスは口を開いた。

 

「なぁ、ルミア、グレン先生」

「ん、どうした?」

「なにかな?」

「……幽霊、初めて見たわ」

 

 ギョッとするルミアとグレン。

 ニコラ・アヴェーン。ラクスが孤児院の時にお世話になった先輩であり恩人であり━━━

 

 死人だ。

 

 ◇

 

 幽霊の存在は魔術的に証明されているらしい。

 どんな理屈だとか、どうやってとかは知らないが幽霊は存在する。

 だとしたらあいつ……ニコラは死んでも死に切れなかったのだろう。あいつはまだ若かった。

 歳は俺とそう変わらずに二、三、上くらいで、あんなにクール気取ってるが実はポンコツ。

 無理をして背伸びしていつか盛大にひっくり返るタイプの人間だ。

 ……あいつは俺を恨んでるのだろうか?

 

「ラクス君、ダメだよ。それ以上は」

「……すまん、ありがとう」

 

 本当にありがとう。

 考えずにはいられなかったことだ。

 それをルミアは俺の顔を見ただけで察したのだろう。

 ありがとうルミア、お前のおかげで帰ってこれた。

 

「いろいろあると思うけど今日はどんちゃん騒ぎを楽しもっ、ねっ?」

「そうだな、今日はそのために抜け出してきたわけだし」

「あ、それは別ね。後でお話しがあります」

「うそーん」

 

 嘘じゃないらしい。

 パーティ会場は学院近くのいいとこの店屋。

 俺は皿の上にあった野菜をヒョイっと一口。うまい。

 なんだかんだでみんなも騒ぐ口実ってのが欲しかったみたいで、会場荒れまくっている。

 まず、酒。アウト。

 てめーら、歳はいくつだボケェ。

 いや、倫理語るほど俺もできちゃいないのだけども。

 ということで駆けつけ一杯。

 

「ダメだよ、体に障るから」

 

 いい酒がタダで呑める機会をルミアに阻止された。

 

「……ねぇ、俺ってば今日は何を口にしていいの?」

「野菜、お肉、水くらいかな」

「ですよねー」

「あっ」

「どうした?」

 

 俺は仕方なく酒を置いて、水を飲む。

 あれ……これって焼酎?

 

「コショウ、塩、ハバネロ、オーリブオイル!」

「ぶふっ!?」

「あーもう、汚いなぁ」

 

 お茶目で可愛くこの前の俺の馬鹿の真似をするルミア。

 美しく手をあげてなんつーか天使って感じだ。俺がやると汚く見えるのになぁ、違いはなんだろうか。

 俺は人で……ルミアは天使だからか、なるほどそれは自然の摂理。

 しかし、焼酎を吹くと唇がヒリヒリするなぁ。

 

「……この匂い、もしかしてお酒?」

「飲んで気付いた。悪気はないんだ」

 

 そして匂いでバレる俺氏。

 必死の弁明で極刑は免れた。

 

「置いてある飲み物は触れない方がいいな」

「そうみたいだね」

 

 ルミアと一緒にカウンターに座る。

 マスターっぽい人に新しくコーヒーを頼んだ。

 

「あいよ」

 

 うーん、うまい。

 やっぱ普通の飲み物は美味しいね。

 量を考えないと俺とルミアの後ろで広がる地獄絵図となる。

 グレン先生、システィが酔っ払うと素直になるからって照れんなって。

 あ、いや。あれはマジでめんどくさがってるわ。

 システィが残せたのは二日酔いと黒歴史と。

 

「ねぇ、ラクス君。聞いてもいいかな?」

「いいけど、どうしたよ。あらたまって」

「こういうときじゃないと聞けないことだから」

「そんなもんか」

「うん、そんなもの」

 

 それじゃ、と姿勢を正すルミアに俺も釣られる。

 紳士的にいこうか。

 

「問一、私とラクス君は幼い頃に出会っている?」

「いいや、アルザーノ帝国魔術学院が初対面だ」

 

 なぜこんな質問するのかと聞けば、ルミアとグレン先生は昔に会ったことがあるとのこと。

 詳しく経緯も話してくれた。

 本当に昔のこと。ルミアがシスティの家に下宿を始めた頃。ルミアは拐われたらしい。

 

「拐われ属性でもついてるの?」

「自分でもわからない……けど、そういう事が続くと運命って思っちゃうよね」

「ごめん」

「いいよ、気にしなくて。今はそう思ってないから」

 

 ほんのからかいがルミアにとっては重いことだったみたいだ。自分の思慮浅さにヘドが出る。

 ルミアの笑顔が見てたくて、駆け回ったのに俺が曇らせるとかなにごとだよ、くそ。

 

「ラクス君風に言えばね。運命の一つくらい殺してみせるって思えるようになったから」

「ぐあほええぇぇっぇ!?」

 

 それは俺の所有する禁忌教典に書かれていた【超電磁砲】のキャッチコピーじゃないですか!

 ったく、天使のような顔をして小悪魔のようなことをするんじゃありません。ただの天使だから。

 

「あはは……それじゃ、問二。ここからが本題かな。ラクス君は本当に助けが必要な時に必ずやってきて私を助けてくれます。もしかして……未来がみえますか?」

「それは……」

 

 俺にもよくわからない。

 あれは未来なのだろうか。にしては局所的で結末は見せずに内容が変わることもある。

 神託というには仰々しいが、わざわざそんなことをするのだろうか。

 ()()()はあるが、奴らはそこまでの親切心はない。アフターケアなど御構い無しだ。

 だとすれば、原因はなんだろうかと聞かれ答えに詰まるのが現状。俺の能力、というか異能は【電気操作】これで間違いない。

 仮にだ。俺の本当の能力が別のもので副作用として扱うのが【電気操作】なのであれば説明はつくのだろうが、本当の能力とはなんだ? 電気を副次的に扱う能力など存在するのか?

 

「あのね。ラクス君には黙秘権があるんだよ」

「いや、ルミアにはどこまでも誠実でいたい。答えるよ、少しまとめるから待って」

「急にそんなの……」

 

 ルミアが耳を真っ赤にしてコーヒーを飲む。

 ……無意識だったが、よく考えればどんだけこっぱずかしいことを口にしてんだよ。

 

「答えは多分YES。未確定の未来が俺には見える時がある」

「やっぱり……」

「俺の行動がそのビジョンにどんな影響を与えるか分からないけど、大筋はそのまま現実になる」

 

 トリガーは……多分、俺の命の危機。

 このままいけば確実に死ぬという未来を避けるために俺の生存本能が働いたときにだけ未来が見える。

 今日もおそらくルミアを助ける動きをしなければあのメイドになんらかの手段で接触され、殺されていたんだろう。

 最初のテロもそうだ。

 俺が動かなければ学院はまとめて吹き飛んでいたかもしれない。

 けど、それももうダメだ。

 未来予知という大それた力と【電気操作】という大層な力を持ったとしても俺はただの一般人。

 泣きたくなって、それでも諦めたくなくて。

 捨てないように大切に抱えてきたものは既に両手一杯になりそうだ。

 

「ルミア、正直に言う」

「……うん」

 

 そうか、やっぱりルミアは分かっていたか。

 

「俺はもう、闘えないかもしれない。もって二回。あと、二回だけなら死の恐怖と戦える。けど、それ以上はもう━━━」

 

 きっとこれが挫折ってやつなんだろう。

 テロリストと戦っていた時を思い出す。

 あの時は頭に血が昇って何も考えていなかったが、今なんて思い出しただけで手が震える。

 今日もそうだ。

 ルミアのキスでアドレナリンがドバドバでどうにかって感じだったが、ゼーロスの目が忘れられない。

 あいつらの人を殺す目が忘れられない。

 

 それを考えてあと二回。

 本当だったらもう戦いたくなんてない。

 でも、ルミア=ティンジェルという子は闘争を宿命づけられている。

 それがなんとなくわかってしまう。

 他人の俺がそうなんだ。本人はずっと昔からその奇妙な感覚に悩まされてるはずなんだ。

 

「ごめん。本当にごめん……あんだけ偉そうなことを言ってたのになぁ……」

 

 体が震える。

 手足の感覚が薄くなっていく。

 背中が寒い……寒い。

 そしてなにより俺が諦めたことでルミアが遠くに行ってしまうことが怖い。

 

「大丈夫だよ。私はどこにもいかない。あなたを置いて行ったりしない」

「……あっ……あ……ありがとう」

 

 ルミアが俺の肩を抱いてくれている。

 背中の寒さはいつの間にか消えていた。

 手足の感覚も戻っている。

 体の震えはおさまった。

 

「私こそごめん。ラクス君の思いを知らなくて……知ろうとして。裏目に出ちゃったなぁ。本当に嫌になっちゃうよ」

「なんだか謝ってばっかだよなぁ俺たちって」

「変なところが似てるんだよ。謝ってばかりだからもう謝らなくて済むようにって意気込んで、つまずいて」

「勢いよく立ち上がれば、辺りは真っ暗で帰り道しか照らされてない」

「うんうん。でも戻ることはできなくて手探りで進むしかないの」

「精一杯悩んで進んできた結果は合ってるかも間違ってるかも分からないし、もう手遅れなのかもしれない」

「それでも私達は悩み続けるしかないんだよ。その時間はまだたくさんあるんだから」

 

 あぁ、その通りだ。

 俺は暗闇をルミアという松明で照らすことで進んできた。けど、松明は光り続けても支える俺の腕が限界なんだ。

 ルミアはこれから誰を杖にして歩いていくのだろう。

 絶望を打ち砕くのはいつだって英雄だ。

 ルミアを支えて支えられるのは英雄しかいない。

 そして、俺は英雄足り得ない。

 悔しいが、そういうことなんだろう。

 

「今日もありがとうラクス君。私を助けてくれて……」

「あぁ、あん時に助けてって言われたからな」

 

 それはルミアが初めて口にしてくれたわがままだ。

 俺を頼ってくれたことが嬉しかった。

 

「アリシアさんも騎士団に連れてかれた時にルミアを頼むって言ってたよ」

「うん、私とお母さんって結構似てるんだよ」

「幸せそうだな。見てて俺も嬉しくなってくる」

「ありがとう。これからももっと幸せになっちゃうからね」

「そうか。それは楽しみだな」

 

 ところでそろそろルミアさん。

 

「離れた方が良くないですか?」

 

 ルミアさんは未だに俺に抱きついたままだ。

 大半が酔っ払いの連中とはいえ、グレン先生とかは正気なわけだし恥ずかしいというか。

 

「大丈夫? 震えはおさまった?」

「あぁ、おかげさまで」

「それじゃ名残惜しいけど離れるね」

「そうしてくれ、精神衛生的によろしくない」

「精神衛生的って……ッ!」

 

 やっと分かったのか離れてくれるルミア。

 これは散々言われてることだが、ルミアはプロポーションがとてもよく、出てるとこは出て引っ込んでるとこは引っ込んでる。

 夢のボッキュボンだ。

 

「えっち」

「……すみませんでした」

 

 なにこの超可愛い生き物。

 胸を覆うようにするから更に強調されるし、赤く染める頬とか心に訴えるものがある。

 ルミアは顔の熱を冷ますように近く水に手を伸ばす。

 

「ごくごく……うー? ぷはぁ」

「おいおい、嘘だと言ってくれよ」

 

 ルミアが一気飲みしたのは焼酎。

 あーシスティと似たようなもんか。

 

「らくひゅきゅん。今日もかっこいいよー、ひっく」

 

 酔いが秒で回り、俺に絡むルミア。

 指で胸をグリグリしながら上目遣いとか、男が狼であることを忘れてないだろうか。

 ウルフラクスさんになっちゃいそうだ。

 

「あいあい、ありがとさん」

「あー、またそうひゃってうけながすーっ」

「メンドクセー」

「めんどきゅさくないもん! らきゅひゅんくんのいじわるー」

 

 らきゅひゅんってもう誰だよ。

 俺の名前が原型をとどめてないくらいに分解されたんじゃが。

 

「きょうはのむからねー、らきゅひゅくんものむぞー」

「おー!」

 

 体に障るとか言ってたのは忘却の彼方らしい。

 ちなみに俺は【電気操作】のせいでアルコールを摂取したそばから自動分解してしまうので酔えない。

 

「マスター、水道水を」

「学生も大変だねぇ」

 

 すっと出てくる水。

 用意がいい。

 酔っ払いの基準として水と酒の違いがわからないというのは十分に機能すると思う。

 ルミアは水を呑んでどんどん酔っ払っていく。

 偶にはこういうのもいいだろう。

 システィとかルミアはこういう時のガスを抜いてやらないといつか自爆してしまいそうで危ういし。

 

「えへへー」

「もうまじなんなの俺を照れ死させる気なのそうなんだな?」

 

 来週からは酔いどれ女に恋をして〜酒と女に御用心〜をお送りします。枠は火曜夜9時のサスペンスだな。

 主人公は開始1分で謎の変死を遂げる。

 つまりは照れ死。関わる人が天使に対する耐性がないのでアナフィラキシー的なサムシングで死んでいくのだ。

 嘘だ。つかアナフィラキシーってそういうもんじゃないし。

 

「撫でて」

 

 撫 で て

 

 それはつまり頭を。

 天使の黄金の糸に手を触れる権利が与えられたと!?

 今日はどうしたんだ、俺。やけに幸運が過ぎないか!

 えぇ、えぇそれではルミア=エンジ……ティンジェルさん失礼します。

 

「んっ……らくひゅきゅんは撫でるのが上手だー」

「俺は萌えキャラかなにかか」

 

 受け答えをしながらも俺は着実に天使の感触を覚えておく。この情報はメモリの最上級、一番大事なところに保管しておかねば。

 トップシークレットだ。軍事機密よりも大事なところに保管する。

 

「すぅ……すぅ」

「やっぱり疲れが溜まってたか。お疲れさん、そしておかえり」

 

 可愛いらしい寝息を立ててカウンターに突っ伏したルミア。

 俺はマスターからタオルケットを貸してもらい、体を冷やさないように掛けた。

 

 そしてようやく事件が終わったと思った。

 事件は犯人を捕まえてハッピーエンドなんじゃない。無事に平穏を取り戻して初めてエンディングなんだ。

 そういう意味じゃ間違いなく今回はハッピーエンド。

 グレン先生もルミアもアルベルトさんもリィエルも……俺も。誰もが等しく傷つき、膝をおりかけた。

 けど、誰も死んじゃいない。

 死ななければ後は続く。残せるんだ。

 逃げることも、立ち向かうことも生きてなければならない。

 

「ったく、これ誰が片付けるんだよ」

 

 俺はクラス全員が酔いつぶれ、グレン先生までもが目を回してる状況に頭を痛めつつ笑った。

 望んでていた状況とは大分異なるが、これも一つの結末だ。

 なにはともあれ、第2部完ってところか。

 

 ◆

 

 

 これは一人の少女が少年へと向けた一つのわがまま。

 過去の少女であれば諦めて流されていただろう。

 しかし、少年は助けると口にした。

 もっと楽しくなると。

 そうだ。少女は心に決めていた。

 こんなところでつまずいてる場合じゃない。

 ならば声を上げなければ。

 これは少年へと向けるSOS。

 

「ふふふ、そうだね。でも、私はやっぱりこういう運命なんだよ。だからね━━━」

 

 運命という言葉に少女は顔に影を落とす。

 逆に少年は怒りを顔にだす。

 少女が諦めたと勘違いしてるのだろう。

 そう、それでいい。少女は思った。

 周りの目を欺いて少年を守れるのならば喜んで、汚れ役を引き受けよう。

 たとえ、少年が怒りを向けたとしても。少女は知っている、それが自分のためであることを。

 だから口にしよう。

 これから始めよう。

 

 私とあなたの逆転劇を。

 

「私とお母さんを助けて」

「おまっ━━━」

「《雷精の紫電よ》」

 

 少女の魔術で少年は倒れこむ。

 しかし、それは演技である。

 少女の知る少年はそんなことで倒れたりはしない。

 少女は願いを口にした。

 少年はそれを聞き届けた。

 ならば奇跡はなる。どんな絶望的な状況でも少年は少女を助けにくる。しかし、それが間に合うかは別問題ではある。

 ただ、付け加えるなら少年の魔術特性は【調和の逆転・転化】。

 気にくわないちゃぶ台をひっくり返すことが性に合っている。

 

 そう始まるのだ。

 ここを起点に。

 未来の改編はなされる。

 

 さぁ、始めよう。

 

 少年と少女の逆転劇を。

 




さぁ、やってまいりましたAfter。
お察しの通り、ニコラの存在感が3、4巻で大きくなります。
半分くらいはオリジナルになるかもしれないです。
つーかプロット書いてるとルミアが全然出てこなくて萎える。いいし、少ない登場でもルミアは天使だから存在感あるよね。
その内容は既に2万文字超えてたりする。
ま、3巻と4巻の内容だしね!
しょうがないね!
投稿はまたまた2週間くらいお待ちを。
その間に頑張っちゃいますので。

それとUAとお気に入りがとんでもないことになってました。
みなさんありがとうございます。やる気出ちゃいます。
感想も書いていただいて……本当、作者冥利につきます。

あ、来週でロクアカ終わっちゃうんですよね。悲しい。
しかし、言い聞かせろ諸君、ロクアカが来週終わりだとしてもまだ俺らにはOVAがあるじゃないか。


そしてこの場を借りて誤字報告の感謝を申し上げます。
英国紳士?様 矛盾無数様 ありがとうございます。


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願わくばどうか、月の光に導かれるまま安らかに
RAIL 1


 

 退屈な病院生活とはすぐにおさらばすることができた。

 あばよ、看護師さん!

 なんでも医者が驚くくらいに治りがとても早かったらしい。

 主人公の隠された力が覚醒……とかじゃない。

 【ライフ・アップ】と電磁波治療を併用した結果だ。

 え、病院にいる意味無いって?

 そんなことないですよぉ〜。事実、入院したての頃は加減が分からずに悪化させたし。

 【ライフ・アップ】もやり過ぎは良くないみたいだ。細胞が死んでるとか言われた時には死ぬかと思った。

 しかし、どうしても休日を挟んで学校が始まる前に退院して起きたかった。

 

 このままじゃ、単位がやばい。

 

 出席日数的に各科目、あと一回休むと死ぬかもしれないところまで来ている。

 留年は嫌だ。俺はルミアと一緒に進級して明日を掴むんだ! 

 願わくば、俺とルミア以外は全員留年しろ。フハハハハ。

 

「じー」

 

 システィがいるから無理だよなーとか考えて公園のベンチで休憩してると視線を感じた。

 

「じー」

「……アホがおる」

 

 おいアホのことをリィエルって呼ぶのやめろよ!

 

 ってくらいにお間抜けな画が俺の前には広がっていた。

 公園の隅にダンボールで家を建てている家主、リィエル。

 宮廷魔道師をクビになったのか。

 残念だな、憐れリィエル。そんな目で見つめられても施しも慰めもやらん。

 だからハトみたいに群がってくるな、お前の近くは爆心地になるんだよ!

 

「家がない……」

「知るか、この野郎! どうせ、家があっても更地にするだろてめぇ!?」

「アルベルトがそう言えばラクスがどうにかするって」

「あの青髪クソイケメンスカし野郎がぁぁっぁぁ!!!」

 

 面倒事を俺に全部押し付けやがった。

 

「そんな義理も人情も俺には無いの!? 分かる?」

「うーん……あっ」

「やめろ、お前はきっと良くないことを言おうとしている」

「《万象に希う・我が腕手に・剛毅なる刃を》」

「だぁーくそぉ、やっぱりそうなるのか!」

 

 俺はリィエルの武器を高速錬成されている途中で叩き折る。

 

「あっ、なにをするのラクス」

「それはこっちの台詞だ、この脳筋娘が。つか、てめぇマジでなにをしてるんだよ。キャンプしに来た訳じゃないだろう」

「グレンを守りに来た。ついでにラクスも」

「意味不明なんだが。誰か翻訳機を貸してくれ」

 

 俺とグレン先生に宮廷魔道士の護衛なんざ必要ない。

 狙われる筋合いも、宮廷魔道士に借りを作った覚えもないし。

 

「護衛対象の名前は?」

「グレンとラクス」

「ルミアって子はいなかったか?」

「……分からないけど、私はグレンとラクスを守りたい」

「お前の気持ちをいつ聞いた!? 嬉しいけど!? その優しさにラクスさんやられちゃいそうだけど!」

「迷ったら自分の直感を信じるべき」

「それはアルベルトさんみたいな頭脳派がやっていいことで、お前はダメだ」

「なんで?」

「……もう疲れたよ、アルラッシュ」

 

 これまじで時給発生しねぇかな。

 リィエルの翻訳係とか一カ月も保たずにノイローゼになるだろ。

 アルベルトさんはすげぇな。再確認。だが、殴る。

 

「あっ……そういえば、思い出した」

「ん、なになに?」

 

 リィエルは珍しく使ってない脳細胞を駆使して物を思い出したらしい。くしゃくしゃになった紙を渡してきた。

 細かい要項がびっしり書いてあるが、くしゃくしゃでよく読めないが、目立つところが一つ。

 

「ねぇ、これ鷹の紋がついてるんだけど」

「なにそれ」

「お前んとこの人事異動の文章だよ。軍の最重要機密だよ!」

「?」

「え、なに。これ、キレていいよね?」

 

 なんで俺がこんなことを知ってるかといえば、一度経験しているからだ。

 肩書き的には外部協力者的なやつ。オブザーバーだ。

 アルベルトさんが言っていた『貢献』ってやつが関係してくるがそれはまた今度でいいだろう。

 今はこのバカをどうにかしなければ。

 えー、なになに。

 

 ……。

 

 以下の者をアルザーノ帝国魔術学院に編入させる。

 尚、目的はルミア=ティンジェルの護衛である。

 

 リィエル=レイフォード

 

「ねぇ、リィエル。お前まじで護衛に来たの?」

「最初からそう言ってる」

「うん、でもね。人には信じられることとそうじゃないことがあるんだよ」

「じゃあ、はやく私を信じて」

「お前の過去を振り返れぇぇぇえええ!!」

 

 頭に全力チョップを叩き込む。

 俺の手が痛い。

 頑丈なやつめ。

 つかなんで、リィエルはこれを俺に渡した?

 

 と思って下の方を見ればなぜか俺の名前が。

 

 現地補佐としてアルベルト=フレイザーの推薦により以下の者を任命する。

 

 ラクス・フォーミュラ

 

「うあぁぁるぅぅうべぇぇるとぉぉぉぉおお!!!」

 

 自然と呼び捨てにしてしまったが許してほしい。

 これはあのイケメンスカし野郎が全て悪い。

 助けてグレン先生。あんたがまともに見えてきたとか世界が終わってるわ。

 

「リィエル、家は?」

「無い」

「……まじかよ。特務分室、滅びろ」

 

 これはアレか。俺の家に住まわせろということか。

 いつ爆発するかわからない爆弾と同じ屋根の下で寝ろと。

 いや、ルミアとシスティが仲良くなればワンチャン押し付けられる……ダメだ! システィはともかく天使様になにかあったら大変だ。

 

「よし、お手」

「わんっ」

 

 リィエルは俺の右手に左手を乗せる。

 よし、しっかり覚えているな。

 

「一回転」

「わんわんっ」

「お座り」

「わんっ」

 

 しゃがむリィエルの頭を撫でる。

 

「よし、いい子だ」

「ねぇ、ラクス。これはなにか意味があるの?」

「重要な儀式だ。このせいで俺は貧乏くじを引く羽目になった」

 

 ほんの思いつきだったんだ。

 が、やってみれば案外、簡単にできるもので。

 戦闘時以外ならリィエルの行動を強制的に止める事ができる。戦闘の時とか人の話を聞かないし。

 これを披露したらアルベルトさんとか強そうなおじさんとか若いクソイケメンに神を見る目で見られた。ちょっとドヤ顔を披露。

 ちなみに察しはついてるだろうが、俺と軍との繋がりは意外と薄い。宮廷魔道士の知り合いなんてリィエルとアルベルトさんくらいしかしらないし、イグナイト室長をチラッと見たくらいだ。

 

「よし俺の家に泊めてやる。扉の開け方から教えてやるから覚悟しとけ」

「なにを言ってるのラクス。扉の開け方くらい分かる。馬鹿にしないで」

「じゃ、鍵がかかってたら?」

「マスターキーで切り刻む」

 

 切り刻むあたりで察した。

 初心者講習から始めなくては。

 

「ちなみに着替えとかは?」

「学生服と制服と下着が1セット」

「金やるから速攻で見繕って買ってこい」

「ん、分かった」

 

 妹のようなリィエルが下着だの口にしても全く恥ずかしくないが売り場に行くのは別だ。

 あそこは聖域。入場券がないと入れないのだ。

 

「適当な作法は俺が教えるが、乙女の作法はルミアとかシスティに教われ」

「乙女の作法?」

「そう。例えば、ご飯はダイエット中だから摂生してるのーとか」

 

 俺も乙女の作法は知らないので適当にっぽいことを真似してる。世界中の女子学生に頭を下げる準備はできてる。

 

「ダイエット? それはよく分からないけど3日間は食べなくても平気」

「レベル違うから。基準を軍レベルにしないで、それは絶食って言うの」

「でも、ラクスは言ってた。飯なんて適当に食えばいいって」

「極端すぎないですかねぇ?」

 

 まぁ、食事を軍の支給品で済ませてしまうくらいに興味がないリィエルと俺の味覚は大体、似通ってる。

 腹に入ればいいのだ。高級でも低級でも味の違いなんて庶民の舌には分からない。

 

「とにかく、今日はしっかりと飯を食わしてやる。どうせ、お前のことだ碌に飯を食ってないんだろ?」

「うん、支給品は来る前に全部食べたから」

「アホか」

 

 俺は自信満々に馬鹿なことを口にするリィエルの頭を撫でてやる。

 まぁ、そのなんだ。

 口ではうるさいとかやかましいとは言うが、リィエルは妹分みたいなもので……そうだよ。

 俺はこれからの生活が少し楽しみだったりする。

 

 ◇

 

 そして運命のリィエルを伴っての久しぶりの登校日。

 グレン先生を見つけ次第、襲いかからないように神経を張り巡らせている。

 つーか、あれだなグレン先生ってば特務分室出身か。

 リィエルに話を聞けば、私とグレンが組めば敵なしらしい。

 はっ、ふーんって感じだ。

 特務分室のエース様が言うことだから本当のことなんだろうが、やっぱアルベルトさんの万能さと言ったらもう。

 特務分室最強ペアの話とかになれば絶対にアルベルトさんが入ってるに違いない。

 

 ってな脳内ランキングを作成してるとルミアが見えた。システィもだ。

 あれ、リィエルは?

 

「お座り!」

「わんっ!」

 

 俺は反射的に口にしていた。

 さすがはリィエルの高速錬成。既にグレン先生が白刃取りを行なっていたとは。

 リィエルは先生の腹の上でお座りしている。剣を振り下ろしながら。

 

 これ、間に合わねぇなぁ。

 

 少なくとも俺の反射神経が足りない。

 リィエルはグレン先生に会えたのが嬉しいようで楽しくシェイクされたりしてる。

 

「楽しそうですね。グレン先生」

「オススメの眼科を紹介してやるよ。現地補佐殿」

「《駆け抜けろ・紫電の流星よーーー」

「ちょっと、それは洒落にならないぞ!?」

「えいっ」

「いだいっ!?」

 

 詠唱は【超電磁砲】、実態は【ショック・ボルト】のパーティ魔術を披露しようとしたら後ろから何者かに抑え付けられた。

 つか、声と背中に当たる……うん、雰囲気で分かった。

 

「グレン先生に護身術を少しだけ教えてもらったの。ダメだよ、ラクス君。そんな危ないものを使っちゃ」

 

 な……に……!?

 

「グレン……貴様、こんな恐ろしい技を教えたのかぁぁ!!??」

 

 常人なら昇天してしまうぞ!? 一度経験してる俺でも鼻血が出そうなのに。

 

「言わんとしてることは分かるけどな、基礎しか教えちゃいねぇよ。そんなことしたら落雷がピンポイントで降ってきそうだからな」

「任せてください」

「任せぇねぇよ。あと、先生だ」

「ルミア先生、グレンがちょーしくれてます」

「ラクス君?」

「いだいだだいいい!? グレン先生、今日もかっこいいですね! 博打で決めようとして磨った男って分かります。面構えがちがう!」

 

 事実、また痩せこけてるし。

 あのパーチーが想像以上の出費でしたか。

 

「こっちはこの前のパーティで失った取り分どうにかしようと躍起になってんの! お馬さんがいいかなとか、お船もいいなとか……くそっ、そこに直れ、【イクスティンクション・レイ】だ」

「その熱意を仕事に向けてくださいってば……リィエル、GO!」

「わんっ!」

「てめぇ、ラクス、それはズルいぞ!」

 

 はははっ勝てばいいのだよ、勝てば。

 リィエルとグレン先生が追いかけっこしながらシスティもそれを追う。

 俺はというとルミアの天使のような感触を……雰囲気を感じた拘束が解かれ、ゆっくりと並んで歩いている。

 

「にしても、どうして護身術なんか? グレン先生の口ぶりじゃセンスはあるみたいだけど、急に始めたには理由があるんだろ?」

 

 ルミアは俺の言葉を聞くと、少しだけ微笑み走ってくるりとその場で一回転。

 

「私、待っているだけの女の子にはなりたくないの!」

 

 花の天使だった。

 まじで天使だった。

 いい女過ぎるよルミア。

 これは天の智慧じゃなくても狙いますわ。把握。

 あれか、奴らの目的は感応増幅者じゃなくて天使の確保か。

 あぁ、真の目的に気づいてしまった俺は早々に組織に消されてしまうのか!

 

「なんかまたお馬鹿さんなことを考えてる顔だ」

「酔っ払いよかマシだろ?」

「えっ……もーっ! あれは忘れてって言ったのにぃ!」

「はっはー、電気を扱う体だからな。細かいことはよく吹き飛びやすい。それでも忘れてないのは大事なことだからじゃね?」

「確か関節を押さえて……こうっ!」

「暴力に訴える系ヒロインは嫌われると思うんだ」

 

 肩がミシミシ言ってる……ちょっとルミアさん聞いてます!? つか、効いてます!

 

「わ、私がラクス君のヒ、ヒロイン……」

「妙なところでショートするなぁぁぁ!?」

 

 そのあと、ルミアが正気を取り戻すまでに肩が二、三度外れかけたのは言うまでもない。

 しょんぼりとするルミアの肩に手を置いて慰めたら、二度としないことを誓ってくれた。ええ子や。

 

 つか、始業時間もう少しやんけ。

 

「いっけなーい、遅刻ぅ遅刻ぅ!」

「て、てっを繋いで……ッ!?」

 

 ふざけながらもルミアの手を取り、全力疾走した。

 無意識に手を取ったルミアの手から感じる体温はとても高かった。

 

 んで、学校に着いて早々に手は離した。

 名残惜しかったが。えぇ、とても。

 しかし、しょうがない。眼鏡とかソフトモヒカンに煽られるのも面倒だし。何より女性同士の方がめんどくさいだろうし。よくわかんないけど。

 

「グレンはわたしの全て。わたしはグレンのために生きると決めた」

 

 リィエルが自己紹介でさっそく、爆弾を投下してくれた。

 グレン先生も頭を抱えているが、しょうがない。そいつはそういうやつだってわかってただろう?

 

「あと、ラクスも」

 

「「「殺す」」」

 

「ちょっと、待て待てぇ! 取って付けたように言ってるから! きっとなにかの誤解だからぁ!?」

「……ラクスは私のこと嫌い?」

「グレン先生は何を吹き込んでるじゃボケェ!!」

 

 リィエルは耳元で囁かれた言葉を再生するアンプと化してた。しかも音源は大魔王グレン先生だ。

 

「お前、割と役に立つからこういうときじゃないと、虐めれないし」

「てめぇ、それでも教師か!?」

「えぇー、ラクス君ってば誰のおかげで単位取れてるか知らないのぉ?」

「ぐぬぅぅぅぅ」

 

 そうだグレン先生はめんどくさいからという理由で定期テストをしない。授業態度、課題をグレン先生の独断で評価をされる訳だ。

 

「まぁまぁ、ラクス君。私は信じてるよ」

「ルミアぁ……」

 

「「「ちっ、死ね」」」

 

 まさしく大天使である。

 敵意と殺意を隠さないクラスメイトなぞどうでもいい。

 

「でも、リィエルのこと。あとで聞くからね? 詳しく」

「信じてないよね!?」

 

 クラスには敵しかいなかった。

 ことの顛末はうるさいとかでハーレイ先生が乱入して本日の授業予定が大幅に狂ったと叫ぶグレン先生といういつものやつ。二人とも仲が良いな。

 やけくそになったグレン先生は次の授業を急遽、実技魔術演習とした。

 あ、いや。リィエルのことを馴染めるようにしてるのか。うわー先生っぽい。

 

「《雷精よ・紫電の衝撃以て・撃ち払え》」

「おぉ、さすがだな白猫。六分の六。全弾命中だ」

 

 今日の演習は200メトラ離れたターゲットを6回のチャンスで撃ち抜くというもの。

 勝った。雷撃系なら下手くそでも上手く異能を使えば誤魔化せ……ないわ。監督、グレン先生だし。一瞬でバレる。

 にしてもシスティはすげぇな。

 最近、グレン先生と一緒にトレーニングを始めたらしいがここまで急激に成長するとか泣きそう。

 俺? グレン先生曰く、専門外過ぎて教えられないから暇になったら格闘訓練だけはしてくれるとのこと。

 うん、もともとそういうスタンスの方が合ってるし、それを見抜かれたんだと思う。グレン先生が専門外とか嘘くせぇし。

 

 このクラスはフツーにすげぇな。

 システィ、ギイブルは全弾命中。

 次点でナーブレス。でも、こいつは撃つ直前にくしゃみをしたからで実質は全弾命中と言っていいだろう。

 問題はリンだな。全弾外したカッシュはたまたまだとしてリンは撃つときに目を瞑るから当たるもんも当たらない。

 これは個人指導だなーとかグレン先生が呟いていた。

 

「よし、次はリィエルだ」

 

 なんか嫌な予感がする。

 

「リラックス、リラックス!」

「固くなりすぎですわ。もっとこう、しなやかに手を伸ばして」

 

 そうだね。予想通りだね。

 リィエルは時に空へと、ある時は地面へと何処を狙ったらそうなるのかと言われる狙撃を披露してくれた。

 残りは一回。

 すると、リィエルはグレン先生と話し込み、十字剣を錬成した。

 

 十字剣を錬成した。

 

「て、ちょっと待てぇ!? おすわーーー」

「いやああぁぁああああ!!!」

 

 ヒュンヒュン、グサってなってドカーン。

 うわー、ガチガチの戦闘魔術(物理)じゃないですか、嫌だー。

 

「ん……六分の六」

 

 ドヤ顔しながら言い切るリィエル。

 俺は困り果てるグレン先生にリィエルの頭を撫でながら近づいた。

 

「どうするんですか、クラスの奴らびっくりっていうかドン引きですよ?」

「素の力が常人とは比べ物にならないからな。あいつらにはリィエルが怪物に見えてるんだろうよ。どうしたもんか」

「俺にルミアが天使に見えるようなもんですかね?」

「あいつらは正常。おまえは頭がおかしい。ここ、違うから。試験に出すから覚えとけ」

「試験やらねぇくせにディスってんじゃねぇよ」

「……俺らが喧嘩してる場合じゃないな」

「なっ……」

 

 グレン先生が珍しく俺より先に大人しくなった。

 しかし、確かに俺らが喧嘩をしてる場合じゃない。

 傍目でルミアは俺に手を合わせてどうにかしてってお願いしてきた。

 さすがは学内メンタルランキング1位。肝が据わってるな。これくらいじゃ驚かないか。

 

「お前を最後にしたのも保険だったしな。どうにかしろ、多少は目を瞑ってやる」

 

 つまりは異能の使用許可だ。

 確かに全力でやるのは構わないが、午後の授業は全身筋肉痛で受けないといけない。

 

「評価は最大にしてやる」

「くっ……背に腹は変えられないがーーー」

 

 俺がまだ躊躇っているとルミアが大きく手を振りながら声援を飛ばしてきた。

 

「ラクス君! 頑張ってー!」

「任せろ、とっておきを見せてやるぜ!!」

「お前の扱い方は完全に把握したわ」

 

 俺は未だにぼーっとしていたリィエルの頭を撫でるのをやめて、ターゲットから200メトラ離れた位置に立つ。

 カッコつけた手前、ダサいのはいけない。

 軍用魔術も一部の人間はトラウマなのでアウト。

 なので、リィエルが使った十字剣を拝借する。

 

「重いっ」

 

 こんなもんを振り回された方はたまったもんじゃないないな。グレン先生、少しだけ同情します。

 決して俺が軟弱なわけじゃないから!

 

 よし。それじゃ行きますか。

 心の中で【ラウザルク】!

 

「おい、ラクス。体がバチバチ言ってるぞ。詠唱を間違えたのか?」

「いいや、これが正解だよ、カッシュ」

 

 ルミアとかシスティは何度か見たことがあるので異能を使ってると気づいただろう。

 ギイブルあたりなんかはこの前の【砂鉄操作】の延長線上だとか思うだろう。無駄に頭が回るし。

 

「よっしゃ、行くぞ!! 《雷精よ・紫電の足技以て・蹴り飛ばせ》!」

 

 俺はそのまま十字剣の柄を蹴り飛ばした。

 超電磁砲のスーパー下位互換だ。つまり物理で殴り、少しだけ雷撃で強化する。

 ちなみにこの合わせ技は俺の【超電磁砲】に次ぐ破壊力。さすがに威力差があるが、200メトラ先にある壊れかけのターゲットを粉々にして学校の塀を破壊するぐらいは簡単だ。

 

「ふっ……先生、六分の粉々ですよ」

「やり過ぎだ馬鹿野郎!? 修繕費を誰が出すんだよ!」

「痛いっ!? 生徒を叩くなんてPTAに行くぞこの野郎! つか修繕費は学校に出させろ! そのための書類諸々だろうが!」

「お前は天才かっ!?」

「褒め過ぎだぞ、先生!」

「一緒に書類をでっちあげるぞ!」

「望むところですとも!」

 

 俺と先生はガシッと握手を交わして、事務をどうやって騙そうかを考えていた。

 

 えぇ、もちろん。グレン先生はシスティに俺はルミアにたしなめられました。

 

 




ロクアカが終わってしまったショックがでかすぎるぅ……更新遅れてすいません、ロクアカ成分をどうやって補給できるか考えてました。
まだ、途中を描ききれていないのでまばらな更新になると思いますが、ご容赦ください。
それとルミアを可愛く描く為に描いている途中で思ったことがあります。
作者が登場人物にセクハラをするつもりで描けばいいと。
これから頑張ってルミアにセクハラしまくります。よろしくお願いします!


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RAIL 2

 頑張って暴走を演出してみたが、やっぱりリィエルに対する恐怖心というのは消えなかった。

 まぁ、あれだけ印象が強ければ忘れもしないだろう。

 俺がやったことに興味を示すのはギイブルぐらいだった。やはり向上心オバケは釣りやすい。

 ギイブルの場合は得意の錬金術で実力の差を見せつけられたのが大きいってのもあるだろうけど。

 

「つーわけで先生。どうするんですか?」

「どうもこうも。適宜テコ入れするしかないだろ。つーかそこらへんはお前の仕事じゃね、現地補佐殿?」

「いやー、ぶっちゃけその通りなんだが先生としてどうよ。そこらへん」

「仕事はないに越したことはないだろ。高い給料で最低限の労働を。できれば働かずに金が欲しい。ネオニートになりたい」

「割と共感する部分はあるわ」

 

 とか言ってる割にはリィエルの様子を気にするグレン先生。なんだかんだで心配なんだろうね。

 親子みたいだ。

 

 そんなこんなでリィエルの天然さからくる暴走はしばらく続いた。ハーレイ先生をグレン先生の敵として斬りかかろうとしたりとか(お座り成功)、実技演習でまたまた高速錬成を披露してくれたりとか。

 いや、可愛いのだけどもね。無表情で剣を振り回すと怖いのよ。

 まだ一日。それも午前だぞ?(絶望)

 ようやくリィエルのイメージを払拭しようと動いたのはやはりというか当然というかルミアとシスティだった。

 そうだよな。俺の【超電磁砲】を至近距離で見てるわけだし、遠目の十字剣投擲くらいじゃ足が竦むわけもないか。

 これには俺とは別位置で見守っていたグレン先生もガッツポーズだ。

 ルミアとシスティはリィエルを言葉巧みに(失礼)食堂へと誘い出した。

 

「ラクス、あいつの好物とか知ってるか?」

「いや、知らないですね。リィエルって支給品しか食べてないんじゃないですか?」

「あるな。それ……うまいもんを食わせてやってくれよ」

「はぁ?」

「はーはははっ! それでリィエルのご機嫌が取れるならお安いというか懐痛むのはラクスさんなわけですしぃ? 俺ってば実質、タダで面倒ごとを解決できんじゃん!」

「うわー、ルミアが時折、弟を見る目なのが分かる気がする」

「なんのことかさぱーりわかりまーせん!」

 

 本人がそう言うのでそういうことにしておこう。

 素直じゃねぇな。可愛くねぇ。

 先生に可愛さを求めるのも酷か……俺、うっかりグレンルート入ったらどうしよう。

 

「というわけでラクス君も一緒にご飯食べよ?」

「あれ、この展開は前にも?」

 

 具体的には競技祭の種目決めの時だ。

 ほんとに何がというわけなんだろうか。

 いや、断る理由もないんですけどね。むしろウェルカムなんですけどね! 

 

「お誘い、ありがとうございます! 喜んで相席させて頂きます!」

「う、うん。どうぞ」

「ラクス、変」

「そんなことはないぞリィエル。俺はいつものーーー」

「家じゃそんなことーーー」

「お手っ!」

「わんっ」

 

 ふっ、間一髪って感じだ。

 俺とリィエルが仕事とはいえ同棲してるなんて知れてみろ。

 

「ラクス君、どういうことかな?」

「これには深い……そう、学院のダンジョンより深く、メルガリウスの天空城よりも高い理由がありまして」

「メルガリウスの天空城より高いわけないじゃない! バカにしないで!」

「メルガリアンめんどくせぇ!? つかシスティの方がバカにしてない、そうでしょ!?」

「?」

「だからその当たり前でしょみたいな顔やめろ!?」

 

 デイリーミッション達成。

 今回は俺が弄られる側だったようだ。

 

「いや、そのルミアさん?」

「……なに?」

「怒ってらっしゃる?」

「別に。ラクス君がお家に女の子を連れ込むような人でも、ましてや芸を教え込む変態さんだとしても私には関係のないことだよ。怒る理由がないと思うんだけど?」

「なんか色々すいませんでした! 今後はルミアさんにご報告を逐一しますんで、そのアルカイックなスマイルは止めて頂けませんか!? 体の震えが止まりません!」

「そこまでしなくていいかな」

 

 一瞬でいつもの花が咲いたような笑みに戻るルミアさん。

 そこで固まるリィエル君とシスティ君。俺はそのプレッシャーを至近距離でうけてるんだからな。もっと尊敬の眼差しで見てもいいんだぞ。

 

「顔が調子に乗ってるわよ、ラクス」

「システィさん、最近俺の弄りが雑すぎない!?」

 

 顔が調子に乗ってるってなにさ。

 生まれつきこの顔なんですど。

 

 とりあえず俺はリィエルのことを包み隠さずに話した。

 二人なら事情は知ってるし、問題ないだろうって判断だ。誰かに聞かれる心配なんてこの時間食堂じゃ考えなくていいだろうし。

 

「つーわけでしばらくはリィエルは俺の家に住まわせることになったんだ」

「えっと、大丈夫なの。ラクス君?」

「頼むから乙女の作法を教えてやってくれ」

「任せなさい」

「いや、システィじゃなくてルミアに」

「私がガサツって言いたいわけ!?」

「自分で言ってるじゃん」

「《大いなーーー》」

「ゲルブロストップ! さーせんしたっ、ちょーしのってやしたぁ!」

 

 俺の周りの女性やけに強ない? おかない?

 俺が弱いだけぇ? 違うよね。お願いそーだと言って。

 

「……くっ!」

 

 だから影で指立てるんだったらこっちこいよグレン先生!!

 ただでさえ、男女比が1:3でもれなく女性陣が強い。しかも単体で強いのでどうしようもなく俺はヒエラルキーで最下位なんです。

 魔術、メンタル、物理。

 この学院の属性別最強ランキング一位の方々だ。

 

「……おい、そこでチラチラ様子を伺うノーコン、じゃなくてカッシュ。おいでー」

「おうバチバチ野郎。それは喧嘩売ってるってことでいいのかよ?」

「そんなわけないじゃないですかー、ソフトモヒカン先輩に口利けて、ラクス幸せ」

「馬鹿は死なないと治らないらしいな」

「誰が馬鹿だこのやろう!?」

「その馬鹿って言葉に異常反応するラクスちゃん、マジで馬鹿じゃん」

 

 ぐぬぬぬ。最近、レベルの高い切り返しでラクスさん言い返せないよ。

 し、しかしだな。俺の身を削ることでリィエルが馴染めるのだったら安いものだろう。

 俺がドジを晒しただけとかそういうことはない。

 カッシュはクラスの中心メンバーだし。

 案の定、後ろから遅れてセシル、ナーブレスにリン、テレサがやってきた。

 

「朝の高速錬成凄かったなー。どうやってんだアレ。今度俺にも教えてくれよ」

 

 カッシュ君社交性高すぎぃ!

 急に質問されて戸惑うリィエルだが、ルミアが優しく頷くといちごタルトを食べながら頷いた。

 

「……うん」

「よっしゃ、ついでにデートとかどう?」

「それはダメ」

「ルミアの言う通りじゃ、毛根燃やすぞ」

 

 がくしと項垂れるカッシュに追い打ちをかけるルミアと俺。

 その間にシスティがいちごタルトは誰にも奪われないことを教えていた。うん、尊い。

 するとナーブレスとセシルが俺の使った魔術について聞いてきたので、六分の五と四君じゃ理解できませんよぉ〜と答えたらルミアが底冷えするような声で名前を呼ばれたので素直に答えた。

 

「【ショック・ボルト】(のような異能)で身体強化をかけた」

 

 ってね。嘘じゃない。

 珍しく優秀なナーブレス殿を感嘆させることができたようだ。何より。

 ただ、真似してみるとか言い出した時は全力で止めた。

 システィとルミアも珍しく血相を変えてだ。

 

「あれは、この電気バカだからできることだから! 体の中から破裂しちゃうわよ!?」

「は、破裂!? そ、そこまで言うならやめておきますわ」

「私もそれがいいと思うよ」

 

 うん、俺も。

 

 さ、リィエルもクラスの輪に入ったところで今日はこれから遠征学修のガイダンスだ。

 ……確か行くところは白金魔導研究所。

 あー、そっか。あそこか。なんつーか、因縁つーか、巡り合わせってのを感じるなぁ。

 

 ◆

 

 白金魔導研究所。

 これがグレン率いる二年II組が遠征学修で向かうところになった場所だ。

 しかし、名目は大層であっても実態は男子と女子が泊りがけで遊びにくお出かけのようなもの。

 クラス中が浮き足立つのも仕方がないことだろう。

 慣れない学校生活の更にイレギュラーな事態にリィエルはついていけてないのでルミアやシスティ、それにカッシュやウェンディが補足説明をする。

 するとリィエルはなんだかよくわかってないようなわかった表情をするものだから、説明は難航を極めた。

 普段ならグレンに代わりラクスが割って入るのだが、今は白金魔導研究所のパンフレットを何故か念入りに読んでいる。

 グレンの講義は終わり、心配になったルミアは荷物をまとめるラクスに話しかけた。

 

「ラクス君は将来は研究所で働きたいの?」

「うーん、いいや。俺には合ってないかなーと思って」

「そんなことないよ。ラクス君が研究者気質だったから私は大助かりしたんだよ?」

 

 一応、他の者の目もあるのでぼかして伝えるルミア。

 一方のラクスは何故か要領の得ない曖昧な返事を繰り返すばかりだ。

 しばらくそんなことを繰り返してるとリィエルがラクスに寄ってきた。

 

「……ラクス、今日はいちごタルトがいい」

「あいよ。デザートは食後にな。今日は肉メインの料理だ」

「いちごタルトがいい」

「栄養偏るぞ、偏食家め」

「頭を使うから糖分が必要。グレンも言ってた」

「ならいちごタルト、必要ねぇーじゃん」

「……生きてけない」

「いちごタルトは麻薬じゃないよね!? どんだけ気に入ったんだよ……まぁ、いいよ。お前が何かを欲しがるなんて滅多にないからな。先に帰っとけ、俺はルミアと話して帰るから」

「楽しみにしてる……ルミア、また……明日」

「うん、気をつけて帰るんだよ」

 

 慣れない動作で手を振るリィエルにルミアとラクスは自然と笑みがこぼれた。

 今日一日で随分と馴染んだものだ。

 それもこれも甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたルミアやシスティ、それに受け入れたクラスのおかげだろう。

 

「ありがとな、ルミア」

「えっ。どうしたの、急に」

「いいや……グレン先生はともかく俺が言うのは筋違いだな」

「そうかなぁ。私はラクス君とリィエルを見てて兄妹って感じがしたけど、違うかな?」

「目端がきくなぁ。その通りだよ、俺はあいつを勝手ながら妹みたいに扱ってるんだよなぁ。本人は傍迷惑に感じてるかも」

「それはないと思うよ。リィエル、グレン先生と同じくらいにラクス君のことが凄く好きみたいだし。妬けちゃうなぁ」

「恋の到来!? ルミアの心に吹く春風、ラクス・フォーミュラですっ!」

「調子に乗らないの」

「おうす」

 

 少し高い位置にあるラクスの頭を小突くルミア。

 ルミアはそろそろだろうかと感じて、本題を切り出した。

 ラクスに感じた言い知れぬ不安感だ。

 それを一言で形容するなら揺らぎ。

 今のラクスはどうも、か細い線のように見えてしまってルミアはいつ折れるのか気が気じゃなかった。

 

「ラクス君は遠征学修、行きたくないの?」

 

 それは眠いだとか、だるいだとかいつものふざける理由ではないことは明らかだった。

 ルミアがラクスの調子がおかしいと感じ始めたのはグレンの講義からであったので恐らくは遠征学修について。

 ラクスは隠し事が面白いくらいに下手くそなので、人一倍に鋭いルミアが見抜くことは造作もないことだった。

 ラクスは一言、流石だなぁと呟いて続けた。

 

「遠征学修というより白金魔導研究所かな」

「なにか嫌なことでも……もしかして、()()()見えたの?」

 

 未来予知のことだ。

 ルミアはまだラクスがどういう理由で見えるのかまでは聞かされていない。

 意図的に誤魔化されていることはわかっていたが、本人が言わないのだから無理に聞くつもりもない。

 ラクス・フォーミュラという人間は本当にそこらへんが仕方がなく、手のつけようがない。

 ルミアは大人しくいつか話してくれるだろうと待つことにしたのだ。

 しかし、ラクスは驚いたように手を振って未来予知を否定した。

 

「ないない。そこまで大袈裟なものじゃなくてさ……そうだなぁ」

 

 ラクスはひとしきりに考えたあと、とんでもないことを口にした。

 

「今週末にデートしよっか?」

「ふぇっ? 私が? ラクス君と?」

「他に誰がいるのさ。嫌?」

「い、嫌じゃないです! けどっ」

「けど?」

「あうぅぅ……よ、よろしくお願いします」

 

「「「えぇぇぇぇぇぇ!!!??」」」

 

 ここにラクスとルミアのデートが取り付けられた。

 日程と待ち合わせ場所は後日、ただ遠出になるので足が棒になることは覚悟してほしいと残し、ラクスは教室を出た。

 残されたクラスメイトは騒然としている。

 如何に仲が良かったとはいえ、急すぎるだろう。

 

「で、デート。私とラクス君が? あわわわ」

 

 騒動の中心のルミアはこんな調子で顔を赤くして、ラクスの席を見つめては悶えている。

 

 そして、そういうゴシップを好むのがII組の担任のグレンだ。

 

「これは楽しくなってきたなぁ、白猫!」

「もうっ、先生! 面白がらないでください! 確かにラクスがルミアをデートに誘ったのはアレですけど」

「つまりは関心があると」

「だ、だれもそんなこと!」

「皆まで言うな。俺は全部わかってるから」

「先生……!」

 

 システィはグレンがルミアを心配してるんだよなと続けると思った。

 

「ミーハーだな。お前も……よし、このグレン=レーダス大先生が尾行のテクニックを授けてやろう。今度のトレーニングはそれで決まりだ」

「少しでも信じた私が馬鹿でした」

 

 週末はルミアとラクスのデートを尾行するグレンとシスティという奇妙な構図が出来上がることが決まった。

 

 ◇

 

 なんで俺はあんなことを口走ったんだろうか。

 思いっきり良すぎないか、過去の俺。頭のネジが飛んでいったか。

 さ、さーて、過去のことは後悔しても仕方がないので馬車の中でルミアと二人っきりという状況についてどうにかしていこうと思う。

 

「きょ、今日もいい天気ですね」

「う、うん、そうだね」

 

 ダメでした。

 俺もルミアも緊張のしすぎで話が続かない。

 デートっていう名目が俺にもルミアにも効きすぎたっぽい。

 

「そのーなんだ。今日は孤児院に行こうと思ってな。この前に約束したろ、次行く時は一緒にって」

「覚えててくれたんだ」

 

 当たり前だ。

 ルミアとする約束はどれも大事なものばかりで大切なものだ。俺をこっち側に引き止めておいてくれる鎖とか錨のようなもの。それを忘れるなんてとんでもない。

 

「今日は少しだけ長くなるし重くなるかもだけど、ルミアにはキチンと俺の自己紹介をしようと思ったんだ。付き合ってくれるか?」

「もちろん! 私からもお願いします」

 

 朝からこの笑顔を見れるとは早起きした甲斐があったぜ。さ、目指すは孤児院。空いた時間で少しだけ話しておくか。

 

「この前の幽霊を覚えてるか?」

「綺麗な金髪の人だよね。不思議な人だった。惹きつける魅力を感じたかな」

 

 王家の血筋であるルミアがそういうのだからニコラのカリスマは相当なものなのだろう。

 俺からしたらただのポンコツでも他人から見るとこうも違うとは。世の中は不思議で溢れてる。

 

「うん、ニコラ・アヴェーンって名前でな。一応は俺よりも先に孤児院にいた先輩だ」

「ラクス君の先輩なんだ……うん、納得」

「するな、するな。最終的には俺があいつの面倒を見たんだぞ?」

「えっ、どうして?」

「人は見た目に寄らないんだよ。アレはカッコつけて盛大にずっこけるタイプだから、必然的に後からくるガキ共も共同で面倒を見たんだ」

 

 いやー大変だった。

 アルバムの写真から俺の苦労を押して図るべし。

 

「そのせいで俺は『お父さん』、ニコラは『お母さん』なんて言われてな……って、なんで不機嫌になる?」

「……別にー」

「? じゃ、話を続けるぞ」

 

 お父さんお母さんのくだりで急に不機嫌になったルミアだが、理由はよくわからないので放置。

 長い話なのでちゃっちゃと済ませよう。

 

「でなー、ニコラは死んじまっんたんだよ自分の異能のせいで」

「え……そんな、急に」

「……割と珍しくないのかもな。異能者ってのは。ちなみにニコラの能力は俺と同じの【電気操作】。俺よりも出力は下がるけど応用の幅が効くもんだった」

 

 ニコラは最初は隠していたが、ある日を境に教えてくれた。そんときに俺もネタバラシ。

 あん時は、大変だったな。

 

「【電気操作】の能力が暴走すると周辺の建物や人に無差別に放電するようになる。当然、暴走なので人の定格電圧ってやつにすぐに到達。熱と電気が能力者の体を吹き飛ばす……ニコラは即死だった。死体のない葬儀は寂しかったよ」

 

 ニコラは死体も残さずに爆発したのだ。

 

「ニコラは若くして研究所にスカウトされて、そこで起きた事件だった」

「それって……」

「そう。それが白金魔導研究所」

 

 これが俺の行きたくなかった理由だ。

 未だに行くのが躊躇われる場所だし。

 つかあの研究所は再建がすげー早かった。そういえば、再建で忙しい中、所長を名乗る人は葬儀に参加してくれて嬉しかった。

 

「さて、到着だ」

 

 空気を悪くしてしまったな。

 これはホラ。孤児院にいるガキどもに癒してもらわないと。

 

「ここがラクス君のいた……」

「そう。名前が昔と変わって帝国立になったけど、実態はなにひとつ変わらない俺の故郷だよ」

 

 アルザーノ帝国立ヨクシャー孤児院。

 今も昔も、金があるくせに卒院生のサインがあるからって門すら建て替えない、そんなところだ。

 

 ◆

 

 ラクスとルミアは来院早々にこの孤児院の院長であるセルゲイ=カリリウスに応接室に通された。

 しかし、実際に応接室にいるのはルミアとセルゲイのみ。途中でラクスは孤児院の子供にすごい勢いで拉致された。

 

「ラクス君はすごい人気なんですね」

「えぇ、彼らもいずれはラクスのようになりたいと常日頃から言っています」

 

 応接室の窓から見える校庭ではラクスが腕を曲げて、そこに子供をぶら下げて回転している。

 頭に一人を乗っけて左右の腕に二人づつを抱えて人体メリーゴーランドをしていた。

 教師が向いてるのかもしれない。ルミアはそう感じた。

 

「ラクスはね。ほんの一年前まではあんなに社交的じゃなかったんですよ」

「確かに……ラクス君は少しだけ捻くれていた時期がありました」

 

 当初は勉学と釣り合わない実技の結果に悩んでいるのかとクラスメイトが総出でメンタルケアの真似事をしていたが、突っぱねるラクスに次第に声をかけるものは少なくなって行った。

 そんなときに意外と熱くなるのがシスティであった。

 連日、連日。来る日も来る日も説教を根気強く続けて、ラクスも観念したように謝罪。次の日にはクラスメイト全員に一人ずつ丁寧に謝罪をしていった。

 システィが熱くなるということは近くにストッパーであるルミアがいるのもごく自然なことで、説教というより諭すのがルミアの役割だった。

 

「それもこれも、どうやら金色の天使がどうとかで」

「あはははっ、学院にはいろんな人がいますからね」

 

 もちろんルミアのことだ。

 ルミア自身、ラクスがそういう風に呼んでいることは知っているので顔を赤くするのまた、ごく自然なことだ。

 

「感謝しています、本当に。彼は将来が有望な若者です。過去を忘れろとは言いませんが、囚われてはいけない。どんなに辛くても前を向いて歩かないといけないのです」

「ラクス君にぴったりな前向きな言葉ですね」

「ははっ、お恥ずかしながら子供達の受け売りです。聞いているでしょう、ニコラのこと」

「はい。とても聡明な方だったとお聞きしています」

 

 実際に見たとは言えない。

 

「彼女はラクスの前だけでは子供のようでしたが、教員や子供達の前だと大人になるんです。そのときの言動は人生を経験してきた者でも舌を巻くほどでした」

 

 大人ぶるのではなく、大人になる。

 それがどれだけ難しいか、帝国の教育を受けていたルミアには痛いほどわかるし、それができたというニコラに敬意を抱いた。

 

「親バカに聞こえるかもしれませんがニコラとラクス、この2人がそのまま大きくなっていれば帝国の技術に貢献できたと思っています」

「なんか、羨ましいなぁ」

「おや、まさかラクスに懸想を」

「けっ、懸想!? そ、そんなこと……」

 

 ある。

 しかし、それを素直に口にするのは憚られた。

 理由はない。システィはいつもこんな感じなのかとルミアは初めて体験した。

 

「ははははっ、なんだかんだでラクスも上手くやってるようで安心しました」

「もうっ、からかわないでください!」

「いや、失敬。歳を取ると楽しみが少なくなって」

 

 だからって年端もいかない少女をいじめていいわけではない。

 もしかしてラクスは院長に似たのかとルミアは疑うが、ここで考えても答えがでるはずもなく。

 しょうがないので、出されたお茶を飲んで話題を濁して煙にまいた。

 

 ほんのちょっとだけ時間が流れて、急に()()()()()()()()小窓が開く。

 顔を乗り出してきたのはラクスだ。

 きっと、見えない小窓の下の壁の向こうには子供達が集まっているのだろう。応接室に元気な子供達の声が響く。

 

「ラクス、鍵は魔術で開けるなとあれほど」

「いや、悪りぃなセル爺。魔術が使えると人間って堕落するんだよ」

「うーん、システィが怒りそうだなぁ」

 

 もちろん、魔術ではなく異能なのだがそれは些事だろう。

 というか学院の外では無闇に魔術は使用するなと言われているのにとルミアは若干、ため息が出る。

 大道の前に瑣末なことは放っておけと言わんばかりだ。

 まぁ、そんなところがグレンと相性が良い理由なのだろう。

 先日も喧嘩しながら仲良く事務室に提出する書類を作成していた。

 なんでもお詫びとしてグレン自らが修理を行うらしい。

 ちなみに経費の水増しで得た金を得る魂胆はラクスの入れ知恵だ。それは残念なことにシスティーナに阻止されたが。

 

「んなことより、ガキ共の人数が多すぎて遊びきれない! 帝国立になってから職員、増えたんじゃないのか?」

「流行り病で休んでいてね。人手が足りないんだ」

「うわー、思ったより深刻な理由じゃんか……なぁ、ルミアーーー」

「いいよ、時間もあることだし」

「いや、俺まだ何も言ってないんだけど」

「分かるよ、言わなくても。休日にこんなことを頼んで申し訳ないって気持ちも……ラクス君は顔に出過ぎなんだよ」

「ま、まぁ、ありがとうな」

「……ラクス、絶対に手を離してはいけませんよ」

「うるせー」

 

 セルゲイの言葉に顔を赤くしながら答えて、小窓を閉めた。

 

「それじゃ、私はラクス君を手伝ってきます。ラクス君の昔話を聞けて感謝してます。ありがとうございました」

「えぇ、こんな話でよければまたいつでも」

「はいっ!」

 

 ルミアはセルゲイに一礼して、応接室を出た。

 応接室に残されたセルゲイはコップの片付けを行いながら呟く。

 

「あんな2人を見てると、心が痛みますねぇ」

 

 セルゲイはどの口が言うんだと自嘲気味にさらに呟いた。

 今日も孤児院は子供達の元気で溢れていた。

 

 ◇

 

 結局だ。

 今日は丸一日、ガキ共の相手をしてしまった。

 午後3時のおやつ的な物まで用意してくれたルミア大先生には頭が上がることは一生ないだろう。

 セル爺の配慮で臨時で働いた給料も頂いた。日雇いにしては割といい額だ。

 ルミアは最初は受け取るのを頑なに拒否していたが、俺が説得をしてなんとか受け取ってもらった。ルミアらしい。

 今はルミアと一緒に馬車の中で雑談している。

 ニコラの墓参りもしようかと考えたが、ルミアもいるし時間も時間だし。こんな可愛い天使を夜遅くまで連れまわすのはいけないだろう。

 あのハイスペック親バカさんに殺される。

 

「ラクス君は昔からやんちゃだったんだね。セルゲイさんから聞いたよ」

「待て、あの爺はなにを言っていた?」

「うーん、あんまし覚えてないかなー」

「ルミアちゃんのイジワル! もう遊んであげないっ!」

「私は別に構わないよ?」

「ちょ、まじで勘弁してください」

「あはは、冗談だよ」

「世界は救われた」

 

 焦ったー。マジで世界の終わりを感じちゃったわ。

 ルミアが相手をしてくれないならば、ルヴァフォース相手に全面戦争を挑むことも辞さない。

 

 そんなこんなで楽しい時間はすぐに経つものだ。

 馬車を降りて俺はルミアを丁重に家まで送る。

 さすがに親バカといえども玄関で待機はしてなかったようだ。安心した。これで安心して贈り物ができる。

 

「ルミア、今日は一日中付き合ってもらってありがとな。日頃のお礼と感謝を込めて贈り物だ」

 

 それと小さじ一杯程度の親愛を、ってな。

 

「えっ、私はなにも用意してなくて、その」

「交換会じゃないんだ。気に入らなければ捨てて構わないから開けてみてくれ」

「捨てない! 捨てないよ……こんなに嬉しい贈り物」

 

 お、おぅ。破壊力があるな。

 素直な感想にラクスさんはとても弱いの。

 ルミアはゆっくりと丁寧に梱包を外していき、俺の贈り物を取り出した。

 

「これって……」

 

 俺がルミアに贈ったのはアルザーノ魔術学院女子制服の右手のリストバンドのアレンジ版。

 事前にシスティや女子力高そうなナーブレスとかテレサに聞いた結果のものだ。

 

「それってペンのインクが移るんだって?」

「うん、いろいろと手が加えられてるらしいんだけどインクの問題はまだまだで。女の子は週末にしっかりと洗うんだよ?」

「おう、だから。【ショック・ボルト】を付与しといた」

「……ん?」

 

 こびりついたインクに対して微弱な電流を流すことで付着する色素を分解してーとかやればいんじゃねーとか思ってたらなんかできた。

 やっぱり電気系統の魔術は相性がいいなー。

 それもこれもグレン先生の講義のおかげでもある。

 出力を落とす詠唱を応用した。

 

「細かいことは省くけど、インクはこれで移らない。移っても水でさっと流せば完璧さ」

「いや……いやいや、こんな高価なもの受け取れないよ!」

 

 ルミアはそう言ってリストバンドに付けられた宝石を指差す。

 

「魔力充填用のラピスラズリだな。それ、あれだぞ。適当な粗悪品を磨いただけだから実質タダだぞ?」

 

 砂鉄のチェーンソーで少々削ればすぐに光る。

 

「ラクス君ってなにを目指してるんだっけ?」

「……いうな。電気が万能過ぎるからいけないんや」

 

 それにラピスラズリにした理由はまだある。

 

「トーマの月の7日」

「それって」

「おう、ルミアの誕生日だろ? ラピスラズリは誕生石なんだよ。あと魔除けの意味もあるとかないとか」

「……ふふっ、なにそれ」

「俺もよくわかんないだよ。本に書いてあっただけで、実際のとことかどうとか」

「急にロマンチックじゃなくなったね」

 

 ロマンじゃ魔除けはできないし。

 

「ありがと、大切にするね」

「是非とも大切に使ってやってくれ。できれば、感想とかも頂けると嬉しいかなって」

「もうっ、抜け目ないなぁ」

「面目ない」

「ううん……構わないよ。辛口の採点をするから覚悟してね」

「こりゃ、手厳しくなりそうだ」

 

 俺とルミアは笑い合って玄関まで見送った。

 ルミアがやけに大きい声でまたね言うもんだから親バカさんに見つからないか心配だったが、杞憂だったようだ。

 俺は手を上げて別れを告げた。さぁ、帰る時間だ。

 と、その前に。

 

「《あっ・雷精が急に・滑ったー》」

「うおっ!? てめぇ、ラクス! んなところで【ショック・ボルト】なんてなに考えてるんだ!」

「ちょっと、先生! 今出たら!」

「あっ、やっべ!」

「うん? 今出たらどうなるんだシスティ? 俺が本気で雷系の軍用魔術使っちゃうとか?」

「じょ、冗談よね? それにしてはタチが悪いわ」

「冗談に聞こえるか?」

「あ、あはははは。そうなるわよねー、ちょっと先生! だから私は止めよって言ったのに!」

「あっれー白猫ちゃんってば『そこよ、ラクス!』とか『ルミア、ナイス』とかっていってませんでしたっけー?」

「あ、あれは! そのなんというか……ごめんなさいラクス」

「ならん、ビリビリ行くぞ」

 

 俺がちょっと異能で威嚇すると同時にグレン先生はシスティを抱き抱えた。

 

「ほぉー、監視の目があるなかで自制していた俺に対する当てつけか、ソレは?」

「監視の目がなかったらルミアになにかしてたの!」

「天使に不貞を働くわけないだろ! 怒るぞ!」

「もう怒ってるじゃない!」

「取り合うな、逃げるぞ、白猫! あぁなったラクスはもう……誰にも止められない」

 

 いや、グレン先生? カッコつけてもダメなもんはダメやで。

 

「俺たちはラクスの屍をこえていかないといけない……ッ!」

「よーし、全開で追っかけるから覚悟しろよ先生ー」

 

「「ひっ!」」

 

「お前ら、仲が良いな!?」

「そ、そんなことはないわ! 私と先生が仲が良いなんて、そんなこと」

「喋るな白猫、舌を噛むぞ!」

「う、うわわーーー!!??」

「腹一杯満足です。ムカムカしてきたので八つ当たりしたいです」

 

 なぜ休日に先生とシスティのイチャイチャを見せつけられなければいけない!?

 ったく、仲が良いな全く!?

 

 こうして俺とグレン先生とシスティの夜の鬼ごっこが開始された。

 次の日の学校? 俺もグレン先生も足がガクガクしてたよ。

 まぁ、先生は教員なので立って授業しなきゃだしぃ?

 対する俺はずっと座ってられる。

 要するに、この勝負は俺の勝ちだ。ざまぁみろストーカーどもめ。どこから見てたか知らんが、人の恋路を覗き見るなんていけません。

 

 え、なに、システィ? ……うん、そうか。なるほどね、って最初から!?

 丁寧に馬車で追っかけててたの!? お前らのその熱意はどこか他の場所に向けてやれよな!?

 

 

 

 




3、4巻の内容を最後まで描き切ったぞ!ってなわけで投稿です。
AFTER? それはまだです、さーせん。
これからは数日に分けて連続投稿しますね。よろしくお願いします。

この場を借りて誤字報告の感謝を申し上げます。
団栗504号様、ヒビキ(hibikilv)様、teemo様、ハインツ・ベルゲ様、ありがとうございました。


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RAIL 3

 そんなこんなで『遠征学修』の日がやってきた。

 こんな朝から馬車を使って出発だというのに到着は次の日の正午ときた。目安なんだから更に萎える。

 馬車のゴトンゴトンという不定期な揺れの所為で、極限まで眠くならないと俺は眠ることができないことに気づいて、無事死亡のお知らせ。

 カードゲームやる奴とかいないし、雑談とかは以ての外だ。勉強とかしたくないし。

 研究? コツコツやってますよ。えぇ、卒業するときにグレン先生が腰抜かすくらいにビッグなやつ、やってやりますよ。

 

「足が痺れたぁ」

 

 なんてことはない。リィエルが俺の膝を勝手に使いやがってくれてるからだ。

 一応は女子と男子で別の荷車なのだが、リィエルにこの程度の距離じゃないものと同じ。

 俺の膝で寝るのは信頼の証として大目に見るか。

 俺は激しく暇なのでレーダーを使って、クラスメイトに集ろうとしている虫達を電磁波で片っ端から妨害して遊んでる。そろそろマナが厳しいので止めておくが、とうとう手持ち無沙汰の状況が訪れてしまった。

 ガタンゴトン。

 ケツが跳ねて頭が荷台に衝突する。

 しかし、誰一人として起きる者はいない。

 こいつら、図太すぎねぇかぁ!?

 

「お前、寝方が下手すぎねぇか?」

「お、グレン先生も俺と同じクチですか?」

「んなわけあるか。目が冴えちまったんだよ」

 

 グレン先生が指でこっちこいと合図してきたのでリィエルを離そうとして……離れない。

 服を掴む力が強すぎませんかぁ!?

 仕方がないので、リィエルをそのままお姫様抱っこしてグレン先生の隣に腰を下ろす。さすがは教員席、ちょっとだけ広い。

 ガタンゴトン。

 馬車が揺れて、また頭をうった。

 

「体に力を入れすぎだ」

 

 そういうグレン先生は頭をうった様子はなく、ケロッとしている。

 ていこくしきカクトージュツは馬車の乗り方までマスターできるのか。

 俺はグレン先生に寝方を教わり、安眠の術を手に入れた。さ、寝るか。

 

「ちょっと待て、ラクス。この前の話だ」

 

 軍とどういう関係なのかってことか。

 

「……個人的に誰かに聞かれるのは嫌かなーって」

「安心しろ、そのカーテンには【エア・スクリーン】が永続付与されてる。防音対策はバッチリだ」

「逃げ場なしか」

 

 別に隠すということもないのだけどもね。

 変に反感を買って居場所をなくすのはバカみたいだし。

 これから話すことは人に恨まれるぐらいの幸運にたまたま恵まれただけの話なのだから。

 

「端的に言うと、軍用魔術を作ったんです」

「……悪りぃな、ラクス。耳が悪くなったみたいだ」

「軍用魔術を作ったんですよ。たまたま」

「軍用魔術をたまたま作るとかセリカ並みの大天才かよ。経緯を聞いてもいいか?」

 

 ってもなー。

 電気の魔術を研究してて、パッと思いついた魔術式を書いていたら今ほどじゃない未来予知っていうか第六感が働いて、完成した。超、幸運だった。

 適当に引いた設計図が市販品になっちまったんだから。

 白魔【アクティブ・レーダー】。

 俺が異能でよく使うものを魔術にしたもの。

 普段使う異能では大変便利だが、魔術では魔力消費が多く、使用者の脳に負担をかける。

 一見すると、軍用魔術に採用されるとは思えないが軍とは集団で動くもの。

 隊の中で一人使えるやつがいれば、その部隊は壁の向こうを見通せる。

 座標を指定しないといけない【アキュレイト・スコープ】と違い、全範囲をカバーできるので罠や隠し扉などは全てお見通し。

 これがアルベルトさんが言ってた突入時の死亡率の話だ。

 グレン先生には未来予知の話をぼかして伝える。

 

「俺が知らない軍用魔術ねぇ……だいたい、一年前とかの話か?」

「そうっすよ。別に誤魔化さなくても先生が元特務分室ってくらい分かってますよ?」

「やっぱりか……俺が怖いか?」

「うわっ、過去に汚れ仕事してたから俺には陽が当たらないところがお似合いだわーとか思ってます?」

「お前はそういうやつだったわ」

 

 んー、こういうのはシスティとかの仕事だろうにさ。

 

「……先生はもう俺たちII組の担任じゃないっすか。大昔にやったことなんて少なくとも俺は興味がないですね」

「……」

 

 グレン先生は表情を変えずに俺の言葉を待つ。

 

「俺は先生に感謝してるんですよ。グレン先生がいなきゃ、馬車にいる何人かはいなくなってた」

「たまたまだろ、それこそ」

「たまたまだろうが、なんだろうが、俺たちを助けてくれたのも導いてくれてるのも他の誰でもなくグレン先生なんですよ。もう少し自信を持ってくださいよ、らしくない。II組はとっくに先生が居るべき場所なんですよ」

 

 俺が言い終わると同時にグレン先生は、驚くような顔をした後に大笑いし始めた。

 防音対策が万全だからって遠慮がないぜ。

 だからこそ、だ。

 先生がいつものように捻くれモードに入ったことが分かる。

 

「なにを当たり前のこと言ってんだよ。II組は俺の寝床だぞ? 学院は楽に授業できるし、サボれるし、授業内容も勝手に替えてオーケー。たまに旅行と称して水着の可愛い子ちゃんを合法で見れるオマケ付きときた。頼まれても辞めてやらないね」

「……やべぇ、魔術講師最高か!?」

「だろっ?」

 

 先生にうまく乗って捻くれに乗ってやろうかと思ったが、ちょっと羨ましすぎて本音が出た。

 魔術講師、楽そうで悪くない。

 もっとも俺にグレン先生並みの講義ができるとは思っていないんで、楽ではないだろう。

 授業の準備とか大変そう。

 

「な、先生」

「なんだ?」

「これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

「……なんだぁ? 白猫みたいなこと言いやがって。海に入る日に雨になったらどうしてくれんだ?」

「てるてる坊主でもぶら下げといてください」

 

 俺はそう言って教員席を立った。

 リィエルを抱えてカーテンを閉めようとした時に先生がありがとうとか言ってたが、聞かないフリをした。

 先生もきっとその方がいいだろう。ツンデレだし。

 俺にも先生にもその方がいいのだ。

 俺と先生はこういう関係が一番しっくりくる。

 悪友、みたいで。

 

 ◇

 

 そしてやってきたぜ、サイネリア島。

 港でアルベルトさんっぽい人を見かけたがきっと見間違いだし、リィエルが船酔いするグレン先生を見て船を沈めようとしたとかはカット。

 ただ、グレン先生の船酔いを【グラビティ・コントロール】で緩和したら神を見る目で見られた。とても気持ち悪くなった。

 俺はその魔術を教えてと頼みこんできた先生に軽く講義をした。人間の三半規管を誤魔化すーとかそこらへんのだ。

 いつのまにかクラスの皆が集まってたのでそれっぽい感じになってしまったが、内容はガバガバだ。

 

「例えここが三ヶ国の紛争境界だとしても俺はここを選んださ」

 

「「「先生!!」」」

 

「このクラス、先生が来てからおかしくない!?」

 

 船着場でなにやってんだ。

 うちのクラスの男子はアホしかおらんのか。システィに激しく同感だ。

 

「いや、あんたもその一味でしょうが。なに、俺は関係ないなって顔してんのよ」

「まじで!? 俺ってそんな目で見られてたの!?」

 

「「「え???」」」

 

「女性陣、それはさすがに傷つくよぉ」

 

 こいつ気づいてなかったのかみたいな目で見るんじゃねぇ!

 泣くぞ、本当に泣いちゃうからな!

 

「あはは……よしよし」

「……天使」

 

「「「ちっ」」」

 

 頭を撫でてくれるルミアは慈愛の女神。

 ふはは、そこで羨ましそうにしてるカッシュ君。この感触は至高だぞ。

 俺っ、もう帰っていいですか!

 

 そんなこんなで遊びながら俺たちは旅籠へと到着した。

 観光客向けの街だけあって活気があるなぁ。

 内装も無駄に豪華だ。ワルトリなんちゃらとサーサン朝とか言ってたな。

 まぁ、俺は寝られればーーー

 

「ヤベェ、なんだこれベッドふかふかじゃねぇか!」

 

 3秒で寝られる。

 うおっ、沈み込む。なんだこれ、サイネリア島独自の魔術が発達してるのか!

 

「おい、ラクス。はしゃぐのはいいが、夜は勘弁してくれよ」

「……質問いいですか?」

「……部屋が一緒の理由は聞くな。今は観光シーズンでちょっと手続きが遅れたんだ」

「じゃ、質問ないでーす」

 

 まさかのグレン先生と部屋が一緒。

 なるほど、先生のものぐさで俺にしわ寄せが来たか。

 いや、まぁ、知らない仲じゃないし構わないんだけどね。

 

「なぁ、先生」

「あいつらが女子部屋に潜入しようとしてることか?」

「うわっ、カッシュどんまい」

「意外だな。ルミアんとこに行きたいとか思わないのか」

「思うに決まってんだろ、ブレンバスター決めんぞ!?」

「相変わらず、ルミアのことになると沸点ひくいな!?」

「沸点2℃です」

「寒い地域じゃないと冷静保てないの、お前!?」

 

 失礼な。比喩表現ですよ。

 そんなヤク中みたいに言わないでください。

 

「はぁ、とにかく見回り行ってくるから。大人しくしてろよ。クラスの男連中に加えてお前を沈めんのは無理だし」

「え、それってフリですか?」

「ちげぇよ、バカ」

 

 頭をコツンと優しく叩かれ、グレン先生は部屋を出た。

 なるほど……作戦開始。

 

 窓を開けて身体強化をして木々を飛び移る。

 目的はルミアんとこに行くのが2割くらいで、8割はグレン先生の目をどれだけ欺けるかの挑戦。

 比率は逆じゃない。本当だ。

 裏からはカッシュ達が行くそうで、すでに戦闘音が聞こえる。表からもカッシュ離反組が突入してたみたいだが、グレン先生謹製の罠でジ・エンド。

 やっぱね。建物には鉄骨を使うと強度が上がると考えた奴は天才だと思うんですよ。

 俺は外壁に足の裏を吸着させるように【磁気操作】を使う。

 おぉー、初めてやるがスイスイくっつくな。

 

「つーわけで、よっ、ルミア、システィ、リィエル!」

「よっ、じゃないわよ! 女子寮は男子禁制よ!」

「ラクスなら来ると思ってた」

「グレン先生に怒られちゃうよ?」

 

 ベランダの上からこんばんは。

 シュタッと手を上げて挨拶するが、システィには不評だったみたいだ。

 下で先生とカッシュ達がどんぱちしてる。

 

「グレン、楽しそう」

「だな。無駄のない動きで無駄なことしてるな」

「本当、こういうときだけは本気なんだから」

「あはは、先生らしいね」

 

 システィはリィエルに暴れちゃダメだと言おうするが、俺が目でそれを制した。

 大丈夫だろうさ。リィエルは天然かもしれないが勘は鋭い。カッシュ達が遊びでやってることは直感で分かるはずだ。

 グレン先生に敵意を抱かなければリィエルは襲わない。

 

「あんな楽しそうなグレン、初めて見た」

「そうか? 学校じゃだいたいあんな感じだぞ。大っきい子供だな」

「それに付き合うアンタも十分に子供じゃない」

「システィ、そこは言わないであげるのが華だよ?」

「ルミアさん、棘がきつくない!?」

 

 俺とシスティとルミアはいつもの流れに笑うが、リィエルはそうじゃない。

 グレン先生の昔を思い出してるみたいだ。

 私が側にとか、守るとか呟いてた。

 システィがなにか良くないモノを感じたようだが、大丈夫だ。その時のための現地補佐(ストッパー)が俺なのだから。

 さ、俺は帰るか。グレン先生もボロボロになりながら全員、打倒したみたいだし。すげぇな。

 俺は3人に別れを言って部屋に戻った。

 帰って来たグレン先生の湿布貼りとか介抱するのはとても面倒くさかった。

 

 そして旅籠の裏で行われたどんぱちの次の日。

 海だ。水着だ。美少女だぁ!!!

 悪りぃな、皆。バカとか言って。

 この光景楽しめるなら俺は一生バカでいい!!

 ふへへへ、お嬢さん方、写真いいですか?

 

「おーい、ギイブルさんよ。制服暑くないのー?」

「ふんっ、パーカーを着てる君に言われたくないさ」

「勉強とかだるくなーい?」

「鬱陶しいな!? 暇ならビーチバレーでもしに行けばいいだろう?」

「てめぇ、あのバインバインの中でバレーなんざできるわけねぇだろ!? 側から見てた方が楽でじっくり見れるしな!」

「世の為に今のうちに憲兵を呼んだ方がいいか」

「ストーップ! 冗談です!」

 

 ギイブルさん冗談きついなー。

 すると先生がこっちにやってきた。

 

「お前ら、遊ばないのか?」

「当たり前でしょう。僕らは遊びに来たわけじゃなんですから」

「体動かすの怠いでーす。元気に遊ぶみんなは若いなー」

「一年前の俺を見てるようで既視感を覚えるな」

 

 クソニートってことか、さすがは俺。

 グレン先生のお墨付きだからな。老後のシミュレーションは完璧だったか。

 しばらくしてシスティとリィエルと天使がやってきた。

 

 天使だ。

 俺は思わず顔をそらす。愛という名の鼻血が出そうだった。ふっ、危ない危ない。

 なんかビーチバレーの人が足りないみたいだな。グレン先生が昨日ので体が痛いとか言ってるが、審判だけでも、と天使が頼んでる。

 

「白猫、お前もなかなかいいセンスしてんじゃねーか。気に入ったわ」

「う、うるさいわねぇ。別に貴方にみせるわけで買ったわけじゃないからっ!」

 

 グレン先生はビーチバレー参加決定で、お題は水着のことに。

 ぶっちゃけ、それどころじゃない。

 

「ラクス君、どうかな? グレン先生は眼福だっていってくれたんだけど」

「はいっ、この日限りで光を失ってもいいかなって思いました! つか、美しすぎて目が潰れそうです!」

 

 Dynamite!!

 最大級のワガママボディ。

 後光がっ……後光がさしてますっ。

 

「そ、そこまで言われると恥ずかしいけど……ちゃんと選んだ甲斐があったかな」

「恐縮です!」

 

 俺ができるだけルミアの顔に視線を合わせてるとリィエルが沈んだ様子でやってきた。

 つか学院指定のスク水とかマニアックすぎんよ。

 

「どうした、リィエル?」

「……別に」

 

 するとルミアが耳打ちでグレン先生との会話を教えてくれた。

 なるほど、グレン先生。あなたのような人でも分からない美があるのですね。

 

「リィエル、その水着とても良く似合っている」

「……ありがとう」

「ふむぅ」

 

 グレン先生から褒められなかったのをかなり引きずっているようだ。

 仕方がない。ここは俺の本気見せますか。

 

「一見して学院指定の水着は貧相に見えるが、そんなことはない。逆だと俺は提唱しよう。学院指定水着、略してスク水は素材の性質上、体のラインがくっきりと出てしまう。はっきりと断言しようリィエルは素晴らしい。じつにマーベラスだ。主食がいちごタルトとは思えない腰のブリッジアーチ。健康的な白い柔肌に食い込む生地がーーー」

「ラクス君、夏みたいな陽気にやられちゃった?」

「いいや、俺はいたって正気なんーーー」

「ラクス君?」

 

 俺はルミアの凍えるような声で正気取り戻した。

 パーカー着てるのに寒いなぁ!?

 しかし、リィエルは機嫌を少しだけ直したみたいだ。

 わずかだが感情が揺れたように見える。あとは、保母さんスキルEXのルミア大先生に任せよう。

 俺は木陰の下でゆっくりと寝るか。

 

 ……。

 

「かかってこいや! グレン=レーダス先生よぉ! 【ショック・ボルト】でも【ライトニング・ピアス】でも構わないぜ!」

「言ったな、ラクス」

 

 グレン先生がポケットから出すのは愚者のアルカナ。

 

「ちょ、タロットカードはセコイって」

「冗談だ。生徒相手に本気にゃあ、ならねーよ。まぁ、先生だしぃ? 勝てて当然と言いますか?」

「なんて、大人気ないの」

 

 システィが全力で呆れる中で最終特別マッチ。

 グレン先生&システィ&リィエルVS俺&ルミア&テレサ。

 完全に負ける。

 しかし、俺と先生は一つだけルールを追加した。

 魔術はなんでもあり。

 本当、なんで乗り気なんだ俺……っ!!

 

「ラクス君のちょっと格好いいところ見てみたい!」

「任せろ!!」

 

 あっ、そうだ。ルミアにはめられたんだ。

 

「テレサ、レシーブは全部任せるがまだ行けるか?」

「はいっ、勝ちにいきましょう」

「ルミア、いつでも【ショック・ボルト】の準備を」

「任せて! この勝負、勝とうね」

 

 気概は十二分。

 残り2得点で勝ちの俺たちに対して向こうはあと1点。

 デュースもなんども続いた。長引きすぎた為にこれで最後のデュース。

 圧倒的不利だ。

 だが、俺たちは勝つ!

 

「遠泳はやだ。遠泳はやだ。遠泳はやだ」

 

 これが俺が本気の理由で。

 

「これ以上疲れたくない。筋肉痛で遠泳とか帰ってこれない」

 

 これがグレン先生が本気の理由。

 

 罰ゲーム:負けたチームの代表は遠泳を1km往復。

 誰がこんな悪魔的な罰ゲームを考えたのだろうか。

 それはさっぱり謎だが、いつの間にかこうなっていた。

 

 考えごとをしてる場合じゃない。

 テレサがサーブを決めた。

 なんなく受け止めるシスティ。

 

「なにぃ!?」

 

 ボレーを上げたのはグレン先生!

 試合をとって、勝負を捨てたか!

 

「来るぞ、殺人スパイクだっ!」

「……ルミア、ごめん」

「《大気の壁よ・誘導する道を成して・届けたまえ》」

 

 リィエルが殺人スパイクを決めて、システィの改変魔術がコートの中央にしか刺さらないはずのボールをピンポイントでルミアに誘導する。

 くっ、うまい。これじゃテレサのサイコキネシスもルミアを巻き込んでしまうから発動できない。

 卑怯なり、グレン=レーダス。

 リィエルもシスティもルミアに申し訳なさMAXじゃないか!

 ルミアは殺人スパイクに持ち前の胆力で腰を引くことなく構えるが、運動神経はいい方じゃない。

 そのコースじゃ、受け止めれないぞ!?

 

「……あっ!」

 

「「「おおう!!」」」

 

 跳ねた。

 ルミアは殺人スパイクを跳ね返した。

 ただし、腕ではない。胸でだ。

 バインって跳ねたぞ。

 バインって。

 それは白魔だわ。さすが、ルミアは白魔が得意だったもんね!

 

「ラクスさん!」

「……お、おうっ!」

 

 テレサの呼び声で正気に戻る。

 そうだ。ここからが俺の番だ。

 ルミアは受け止め、テレサは上げた。

 ならば俺は相手のコートに叩き込むだけ。

 

「《駆け抜けろ・紫電の流星よ・遍く障害の全てを・無に返せ・その威光を以ってーーー」

「おまっ、そりゃ、ヤバいやつ!」

「ーーービーチに君臨せよ》!」

 

 黒魔改【超弾性砲(バレーキャノン)】。

 本当にお遊びですっ。ありがとうございました。

 

「いやぁぁっぁぁあああああ!!!」

 

 リィエルが高速錬成した十字剣で跳ね上げようとするが、甘いわ。

 いちごタルトのように甘いぞ。

 十字剣を一瞬の均衡でバレーボールが競り勝ち、コートへと突き刺さる。

 当然、バレーボールは破裂。再使用不可。

 

「ラクスチーム、備品損傷のため反則負け!」

 

 達成感の余韻に浸る中で審判のカッシュが容赦のない宣告をしてきた。

 

「うそぉ」

 

 俺は泣きながら設置されたブイまで身体強化全開で遠泳した。途中で着ていたパーカーが重すぎて脱ごうかと思ったが、下手に捨てるわけにはいかないだろう。

 もう、海はいいや。イベントは側で見ているのが一番楽しいと分かった一日だった。



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RAIL 4

 遠泳して死にかけたそんな日の夜。

 旅籠は昨日とは打って変わって静寂に包まれていた。

 みんな昼間のビーチバレーで疲れたんだろうな。

 俺は旅籠の中央広間で水を飲みながら背筋を伸ばした。

 こういう時は決まって誰かの部屋に集まって恋バナするのが基本だろうに。お約束がわからん奴らだ。

 まぁ、ぶっちゃけ俺も眠いので人のことは言えないが。

 今しがた、グレン先生が旅籠から出て行くのを見た。

 外で気持ちよく酔って寝る算段なのだろうか。

 くっ、大人っていいなぁ!

 つーか、あれじゃね。今、女子部屋行けばいいんじゃね? 昨日の突撃は無駄だったんじゃね?

 しかしなぁ。カッシュとか男メンツが揃ってくたばってる以上、女子連中も同様とみるべきだ。

 肉体的っていうよりは魔力的に。システィとかテレサは特に頑張ってた。

 はずだ。なのに……

 

「ちょっと、ルミア。バレたら……」

「大丈夫、大丈夫。ほら、リィエルも」

「ん……」

 

 システィは元気だなぁ。無尽蔵の魔力でもあんのか。

 つか、ルミアが一番ワルぽかったぞ。麻薬の売人ばりのゴリ押しだ。

 俺はニュース雑誌を大きく広げてバレないように顔を隠した。

 三人が行ったのをチラッと見で確認しつつ思う。

 

「隠れる必要あったか?」

 

 反射的にやってしまったが、やっぱり必要なかったと思う。

 いやでも、ルミアのことだから気付けば無理して誘ってきたかもしれないな。そういう意味じゃ俺の判断は良かったのだろう。

 三人娘の夜の女子会に男が紛れるとかどんなクソゲーだよ。俺ならディスクをへし折るわ。

 

 グレン先生、ルミア、システィにリィエル。

 以上の4名が旅籠を出た以上、俺も飛び出さなくてはいけないような気がしてきた。

 折角の旅行だ。いろんなところに顔を出してみたい。

 やばい、知識欲が刺激されてきた。

 

「さ、行くか」

 

 気付けば俺は最低限の防寒具を着て、水筒を片手に旅籠を飛び出していた。

 夜のサイネリア島観光街は、昼間よりも隆盛なものだった。オイル式のランプが道を照らして、エキゾチックな趣きを演出している。

 俺は露店に売られてた揚げジャガを食べながら、歩く。

 たまには一人で冒険してみるのも悪くない。

 旅行に来て、本当に良かった。この外観を見れただけで充分な手土産になる。

 つっても、孤児院にいる一部のクソガキは口じゃなくて金を出せと言うのは目に見えてるので、気をひくようなそれっぽい土産をいくつか購入。

 爺用にホットワインでも購入してくか。

 

「お土産用ならこれがいいんじゃないかしら?」

 

 俺がビンテージ調のそれっぽい店で悩んでいたら、不意に女性がアドバイスをしてくれた。

 つか、ニコラだった。

 

「うるせぇ、遊んでる暇があったらさっさと成仏しろ」

「ひどーい、実は嬉しいくせにー」

「……寄るな、触るな、胸を押しつけんな!?」

「良いではないかー、良いではないかー」

 

 時代劇の悪漢のようなことを言ってくれるな。襲われてるのは俺だ。普通は立場、逆だよなぁ!?

 とりあえず店主に中指立てられる前にニコラおすすめのホットワインを購入。店を出る。

 

「ねぇねぇ、久しぶりのニコラちゃんの感想は?」

「眠い」

「私を見てない!?」

 

 こっちは遠泳で疲れるてるんじゃ。

 まぁ、話くらいは聞いてやるけどさ。

 

「金は?」

「ないよー」

「……外は冷えるから、何処かで飯を食べるぞ。幽霊って飯食えるのか?」

「他は知らないけど、私は食べれるよ!」

「そっか、じゃ。いくぞ」

「うん!」

「って、腕組むな!? 歩きにくい!」

 

 昔から押しが強いニコラに俺が勝てるはずもなく。

 観光街でいちゃつくカップルにジョブチェンジしてしまった。

 とりあえず、適当な店に入りジュースと野菜セットを二つずつ頼む。

 

「あ、私はホットワインで」

「ちょっと待て。ニコラは酔いやすいとか無いよな?」

「むしろ強い方だと思うけど? どうして?」

「いいや、それならいいんだ」

 

 思い出されるのはルミアの泥酔状態。

 それにシスティみたいに暴れられたら困る。

 こっちは旅行中なのだ。下手な問題を起こして、帰れとか洒落にならない。

 俺とニコラはワインとジュース---お米のやつじゃない---で乾杯した。

 

「んで、どうして幽霊なんかになっちまったんだ?」

 

 俺は眠気で若干に回らない頭で本題を切り出した。

 

「ん? 未練があるからよ」

「その未練ってのがなんなのかを聞いてる」

「んー、それを聞いたらきっとラクスは私は手伝っちゃうよ。だから、言わない」

「はぁ? なんだ、そりゃ。俺が問答無用で手伝う便利な奴だと思ってんのか?」

「思ってるよ。ラクスは家族のためなら体を張れる……ルミアちゃんもそうやってタラし込んだんでしょ?」

「タラし込んでねぇ!? つか、なんでルミアを知ってんだよ」

 

 なんてことを言うんだ。

 ルミアをタラし込むとかそんな恐れ多羨ましいことできるか。いい加減にしろ。

 

「この前に競技祭を見に行ったからに決まってるじゃない」

「この幽霊、自由すぎない!?」

 

 普通は土地に縛られたりーとか、未練の原因となるものからは離れられないんじゃないだろうか?

 

「少しだけ魔術を勉強したから分かるけど普通は無理なんじゃない? 私は特別よ。特別」

「へぇー、ニコラさんまじすげぇわー」

「棒読みって意外とイラっとするわね」

「どうどう」

「私は馬かー!」

「お客様、店内ではお静かに」

「ラクスが原因でしょうが!」

 

 ふぅ、ようやく化けの皮を剥がせたようでなにより。

 そら、店内でニコラを狙ってる男供よ、こいつはこういう奴だ諦めろって……ドジっ子属性萌えか、こいつら。

 背中を刺す視線が更に刺々しいものになった。

 

「それに……今回は私が来たってよりはあなたが来たんじゃない」

「……そうだったな」

 

 白金魔導研究所。

 今は綺麗な最先端の研究所っぽいところになってパンフに載ってた。

 

「……」

「……ごくごく」

 

 無言の空白に耐えきれなくなって俺はジュースを飲み干した。とりあえず、店員さんにコーヒーを頼んむ。

 

「ねぇ、ラクス。白金魔導研究所に見学に来るんだよね?」

「あぁ、それが今回の目的だからな」

「ダメ。腹痛でも、サボりでも、太陽が落ちたとかでもいいから研究所に来ちゃダメ」

 

 なんだよ急に。

 研究所にはなにか都合の悪いことでもあるのか?

 にしてはニコラの鬼気迫る感じに違和感を感じる。

 

「理由は?」

「……言えない」

 

 だよなぁ。

 つーことはだ。これはニコラの未練と関連があると見ていいだろう。

 さっき、言えないとか言ってたし。

 俺としては知り合いってか……まぁ、それなりに仲が良かった奴が死にきれなくて現世をフヨフヨしてるんなら手を差し伸べてやりたい。

 多少のことは我慢して手伝ってやりたい。

 

「ラクス……研究所に行くならあなたは地獄を聞くことになる」

「おいおい、大袈裟だ……なってことじゃないんだよな?」

「うん」

 

 ニコラはそれきり黙してしまった。

 こいつが言った地獄。それは間違いなく俺を苦しめるだろう。

 大袈裟じゃなく、比喩でもなく、ニコラが見て感じたものが俺にとって地獄と形容できるものであるならば、それは俺に悪夢を、容赦のない現実を叩きつけてくるだろう。

 しかし、それだけのことで俺が退がるとでも思っているのだろうか?

 

「明日は白金魔導研究所に行く。旅のしおりにも書いてあるんだ」

「……そう。それじゃ、私は止められないね」

「おう、学校が決めたことだからな。しょうがない」

 

 俺の言葉にニコラは力なく笑った。

 

「もう、全く。ラクスはそうやっていつも無理をするんだから……私は心配だよ」

「奇遇だな。俺もニコラにはいつもそう思ってたよ」

 

 俺とニコラは顔を見合わせてくすりと笑った。

 そうだ。俺もニコラも芯の部分はよく似ている。

 だから、ニコラが話せないって言ったこともしょうがないと感じているし、聞き出すことは既に諦めている。

 地獄を聞く、ってのは流石に意味深だが聞いてもニコラは教えてくれないだろう。

 それでも知りたいなら自分から首を突っ込むしかない。

 俺もニコラに対してそうしてきたし、逆もまた然りだ。

 

「金は置いて行くから、気をつけて帰れよ」

「えー、女の子を家まで送ってくのが常識でしょ?」

「幽霊が何を言ってんだ……つーか、家はないだろ?」

「そうでした、てへっ」

 

 なにが、てへっだ。こいつ。

 俺はニコラの頭をポンポンと昔みたいに撫でて店を出た。大分、時間を食った。

 グレン先生が部屋に帰って来るまでに帰らないとな。

 俺は旅籠に急いで帰る為に【身体強化】と【磁気操作】を使って屋根の上を走った。

 店の中で熱くなった体を冷やすにはちょうどいい風だ。

 

 ◇

 

 そして次の日。

 俺は珍妙というか、世の中は複雑怪奇だなと思える事態に遭遇していた。

 

 リィエルがルミアとシスティを拒絶した。

 これにはクラス中が何事だと騒いだ。

 そりゃ、学園きっての仲良し三人組だ。手を差し伸べたルミアに触らないでというリィエルとかとうとう毒キノコでも食したのかと疑ったね。

 リィエルに訳を聞こうとしてグイッと引っ張られる襟首。

 顔を向けるとグレン先生がすまなそうに顔を顰めていた。

 

「……なんつーか、今のあいつの近くにお前が居るのはまずいんだよ」

「原因はあんたかよ」

「あぁ、気付かない内に針でパンパンに膨れた風船を突いてたみたいだ」

「それなんてチキンレース?」

 

 こと、リィエルに限っては不発弾に蹴りを入れてるようなものだろう。

 そりゃ、仲良し三人組の間にも亀裂が入る。

 あいつにとっては全てが未経験なのだ。グレン先生がなにを言ったのか、したのかは知らないがその感情をどうしようかと持て余してる。

 その気持ちをどう扱えばいいのか分からないのだ。

 剣のように粗雑に扱えば壊れるが、リィエルは剣の振り方しかしらない。

 迷うことは大事なことだ。結末がどうであれ、悩んだ軌跡が糧になる。

 俺とグレン先生は見守るしかないのだ。

 これはリィエルにとっての初めての試練。ここでつまずいているようでは先に進めない。

 

「ま、暖かく見守っていこうってことで……面倒ごとはごめんだし!」

「先生、言葉の割にはめっちゃリィエルのこと心配してるよね」

「そんなことねーよ……ただ、あいつにはこっちの方が似合ってると思ってってあーーー!」

 

 途端に叫び出す先生。大丈夫、本音はしっかりと伝わったから。

 

「つーわけで先生。なんか声が聞こえないですか? そろそろ目的地ですよね?」

「そうだな。そろそろ着くはずだが……おい、ラクス顔色悪いぞ? 真っ青だ。そんな荷物が多かったのか?」

「いや、なんつーか。こりゃ、体の芯から冷えていく感じで」

 

 背筋というか頭から背中に向けて一本の氷塊を刺されてるみたいだ。

 気持ち悪い。なんだ、これ?

 

『あははははは!!』

『こっちだよ、こっち!』

『おにぃちゃん! 遊ぼ!』

 

『『『さぁ、一緒に来て?』』』

 

「ッ!??」

「おい、ラクス!? どうした!?」

 

 意識が持ってかれそうになる。

 意味不明だ。

 どっからともなく頭に響く声。レーダーで観測を試みるも敵影なし。

 寒い、痛い、辛い、消えそうになる、吸い込まれそうだ。

 訳もなく湧き上がる嫌悪感。俺はとうとう、膝をついた。

 これがニコラが言っていた地獄を聞く(・・)ということか。

 

「お前、もしかして……霊障か!?」

「さ……すが、グレン先生だぜっ……」

「いくら合成獣の研究をしてるからって感受性が強いにも程があるぞ」

「ちがっ……獣じゃなくて、人の……人の声がきこえるッ!」

「なに?」

 

 頭が痛い。

 これは俺が異能者だからだろうか。

 無意識に広げられた無駄に鋭い探知網が何かを拾っているのか?

 意図的に狭めても症状は治らない。

 くそっ、どうする。

 

「ラクス君、とりあえずお水を」

「ルミッ、アか? ありがとっ」

 

 俺はルミアがくれた水筒を溢れることをいとわずにがぶ飲みする。

 ちょっとは楽になった。気がする。

 それでも、まだ。気持ち悪い。

 

「ようこそ、アルザーノ魔術学園の皆さん……おや、急病人かな? 人を手配しましょう」

「あんたがバークスさんか? うちの生徒が強い霊障持ちだったみたいでな。霊草と洗礼詠唱された部屋はあるか?」

「えぇ、職員の中にも時折、体調を崩す者もいますからな。すぐに」

「助かる。生徒達の受け入れといい迷惑をかけるな」

「いやいや、若い生徒さん達はこれからの帝国の未来を担う方々だ。そんな人達の血となり糧となるならば、喜んで引き受けましょう」

「あんたが人格者で助かった」

 

 グレン先生と偉いおじさんっぽい人が話している。

 内容は俺の手当てとか処置のことだろう。

 あ……そうか、思い出したぞ。

 あのおじさんはニコラの葬式の時に居た。

 

「おや、どこかで……あぁ、ニコラの友人の」

 

 そうだ。バークス=ブラウモン。

 あん時のおじさんだ。

 けど、どうして気付かなかったんだよ、俺。

 ニコラのことを口に出した瞬間にわずかに漏れる狂気。

 対面する俺にしかわからないであろう、わずかなものだ。

 俺を心配するフリをしながら傍目でずっとルミアを見ている。

 間違いない、こいつはーーー

 

 敵だ。

 

 ◆

 

 ラクスが気を失うのはバークスとグレンがトントン拍子に話を進めている最中であった。

 ルミアを除いたクラスの皆はラクスを心配しながらも、疲れもあってか研究所のホールで休憩している。

 グレンは失神する前のラクスを思い出して、違和感を拭い去れなかった。

 ラクスはなぜか、地面に向かって倒れるまえにバークスが怯えるくらいの形相で睨みつけたのだ。

 それに人の声が聞こえると言ったラクスの言葉は気になる。が、こんな山中だ。浮遊する霊は多かれ少なかれいるだろう。

 ともかく、ラクスが強い霊障を持つことは間違いない。

 グレンはラクスの体を触って状態を確認する。

 

「随分と深刻だな」

「先生、ラクス君は大丈夫なんでしょうか?」

 

 ルミアがラクスの手を取りながらグレンに問う。

 そこでルミアはラクスの関節が異常に硬いことに気付く。

 

「心配すんな。全身がかなり強く硬直してるが、これなら俺でも処置できる。あとは然るべき場所で休ませとけばケロッと起き上がるさ」

 

 グレンは出力をかなり落とした【ショック・ボルト】でラクスの治療を始めた。

 ビリビリと指先で腕の皮膚を撫でていくグレン。

 時折、過敏に反応するラクスにルミアは顔をしかめるが目をそらすことはしなかった。

 

「はっ、なるほど。反応が少し弱いと思ったら……ラクスは電撃が効かないのか」

「それって……」

「異能者ゆえの祝福だな。時と場合によっちゃ呪いにもなんのかよ。めんどくせぇ」

 

 そうして処置を軽い【身体強化】によるマッサージに切り替えて右腕と左腕を処置し終えた頃だ。

 グレンは思いついたかのようにルミアに告げた。

 

「下肢の筋肉緊張を緩和してみろ。できるな?」

「えぇ!? そんなこと私がしていいんでしょうか?」

「俺はできない奴にやらせねーよ。こういう実際に人体に施術をするときに必要なのは技術よりも思いきりの良さだ。経験を積めばどうとでもなるが、大抵は経験を積む必要がないからな。そこらへんは疎かになる」

 

 そこでルミアという人選なわけだ。

 グレンは白猫でもいいかと考えていたのだが、治療するのがラクスであるならばこちらの方が都合がいい。

 

「万が一に失敗してもご褒美ですとか言いそうだからな、こいつ」

「どういう意味ですか?」

「分からなくていい。頼むからそのままでいてくれ」

 

 きょとんとするルミアだが、すぐに気持ちを切り替えラクスの治療を始めた。

 施術する箇所とコツはその都度にグレンが教え、ルミアは臆することなくグレンの指示を実行する。

 指を筋肉の間に差し込むような、普通の人であれば躊躇する行為もだ。

 

(この度胸、さすがとしか言えないな)

 

 グレンは心の内でルミアを素直に賞賛する。

 心の内で言うことが素直なのかはさておき、ルミアの治療は大きなミスなく終了した。

 あとは背中などの服を脱がさないといけない場所のみだ。

 ルミアはそこも治療する気でいたが、グレンは待ったをかけた。

 

「ほら、ルミア。実習は終了だ。お前は先に行ってクラスのやつらにもう少し待っとけって伝えといてくれ」

「で、でも、まだ治療は」

「いいーんだよ。細かいことは。ラクスならそのうちにケロッと見学に混ざるさ。俺が保証する」

 

 ルミアは中途半端な結末に納得がいかない様子だが、グレンのどうしてもという言葉に渋々、頷いた。

 

「ラクス君のことよろしくお願いします」

「クソ生意気だが言われなくても、こいつは俺の生徒だ。クソ生意気だけどな」

「ふふっ」

「……ほらっ、さっさと行けっての」

 

 グレンはどうもルミアの優しい微笑みが苦手だ。

 それは悪い意味ではなく、単に見透かされてることに対しての気恥ずかしさのようなものであるのだが、認めるグレンではない。

 故にこうして早々に追っ払うのが吉なのだ。

 ルミアが研究所内に入ったのを確認すると同時に洗礼詠唱済みの部屋の手配が完了したようで職員が駆け寄ってきた。

 グレンは案内役の職員に誘導されるままにラクスを背負い着いて行く。

 

「ったく、つい最近までニートだった俺に肉体労働を強いるなよ」

 

 ぐーすか眠りこけるラクスに若干の憤りを感じて落としてやろうかと思うグレンであったが、そこまでは鬼じゃない。

 ただ、部屋に到着するなりベッドにラクスを放り投げるくらいには畜生だった。

 

「ま、お前のメンツは守ってやったんだ。感謝しとけ」

 

 言うまでもなく、先ほどの不自然なまでの拒絶である。

 これには訳あってグレンしか知らないラクスの秘密が関係している。

 大したことはない。男のちっちゃくて譲れない意地だ。

 グレンは面倒くさいと感じながらもラクスの抱いた思いには少なからず共感する部分があったのでこうしてフォローをしている。

 

 グレンはそうやって愚痴りながらも滞りなく全身の治療を終えて、II組の元へと戻った。

 

 ◇

 

 見渡す限りの赤いようで黒い沼のような場所に俺は立っていた。

 常識ではありえない事態に俺は夢だと悟った。

 しかし、どうやって目を覚ませばいいのだろうか。検討もつかないので、とりあえずはこの気味の悪い沼を歩いてみることにした。

 ぴちゃ、ぴちゃ。

 自分以外の音のない世界はこれほどまでに不気味に感じるのか。

 

『ねぇ、お兄ちゃん。遊ぼ』

「うるさい……」

 

 不意に頭に響く声に心をかき乱される。

 あぁ、確かにコレは現実の続きで地獄だ。

 

「……あ?」

 

 現実ってなんだ?

 というかなんで俺はこんな場所にいる?

 どうして、どうやって、なぜ?

 そしてなによりもーーー

 

「そういえば俺は……誰だ?」

 

 わからない。ワカrなあい。

 どうしている。んアイが? あ。!?

 んnー、sりーnが大りない……。

 

「うあぁぁぁぁっっぁあああああ!!!」

 

 頭を掻き毟る俺の頬を誰かが勢いよく叩いた感覚と共に視界は反転した。

 

「……手荒い目覚ましだな」

「おかげで気持ちよく目覚めたでしょ?」

 

 なぜ、ここにニコラがなんて聞く必要はない。

 ただ、あれで気持ちよく目覚めたというなら常識の欠如は疑いようがないだろう。

 確認しよう。

 俺は……俺はラクス・フォーミュラだ。

 アルザーノ魔術学園に通う二年生。

 電撃の異能を使うことができる。

 理由はおそらく神様転生ってやつをしたから。

 それは俺がラクス・フォーミュラではなく、『●●●●●』であった時の記憶。

 

「ちゃんと自我はある? なにも置いてきてないわよね?」

「……あぁ、しっかりと持ってる。お仲間にはちゃんと教育をしておけよ」

「本当にごめんなさい……彼らは無邪気だからようやく声が届いた人が来て、舞い上がっちゃったのよ」

 

 無邪気だからこそ感じる恐怖だったのか、アレは?

 にしては、言葉の節々に込められた嫌な感じは説明がつかないと思うんだが……?

 

「来るなって言った意味は分かったわね?」

「来たら最後だからだな」

「そう。ここ、白金魔導研究所には私を含めた異能者達……計128人の魂が未だに成仏できずに留まっているわ」

「128!?」

 

 そりゃ、ちょっとしたパワースポットとか幽霊スポットになる数だろう。そりゃ、俺のレーダーも過敏に反応する。

 霊的な力が強すぎるんだ。けど、そんな状態が放置されてるとはとても思えない。

 

「言っておくけど、この惨状を感知できるのはラクスみたいな感知系だけよ。普段はちゃんと私が手綱を握ってるんだから」

 

 プンスカと怒るニコラ。

 なるほど、犬の散歩中に急に暴れだして制御が効かない状況だったのか……って、おーい。

 巻き込まれた方は堪ったもんじゃないぞ。

 

「……んっ!?」

 

 俺が考えているとニコラが急に顔を抑えて苦悶の声をあげた。

 

「おい、どうした?」

「な……なんでもないわ。とにかく、また後で来るから。ルミアちゃんと一緒に表向きの研究を楽しみなさいな」

「ちょっと、どうしたいきなり!?」

 

 ニコラは俺の話を聞かずに体の中心から消えるように去ってしまった。

 体調が悪そうだったが、本当にどうしたのだろうか。

 しかし、あいつは答えずに行ってしまったのでモヤモヤしている感覚だけが残る。

 ふーん。

 

「戻るか……」

 

 迷惑をかけてしまった。

 グレン先生とかはこれみよがしに煽ってくるに違いない。

 研究所内を散策しながら展示されている様々な作品を見ていく。確かに表向きは真っ当な魔導研究所だ。

 かくいう俺もその完成度に心を惹かれ、躍っている。

 俺が評するのも失礼だが、ブラウモンの才能は間違いなく一級品だろう。

 

「ーーー犠牲者の問題は解決したとして」

「ほう、あの絶対不可能の烙印を押された計画に挑みますか?」

「あ、いや、そうではなくただの興味本位で」

 

 魔術学園御一行を見つけたらシスティとブラウモンがなにやら話あっていた。

 近くにはルミアとグレン先生がいる。リィエルは……うん、端っこでボーッとしてるね。

 まだ、先生が助言してないことを見るに解決には至ってないみたいだ。これはシスティとグレン先生の時のように荒療治が必要かもしれないな。

 システィとブラウモンは『Project:Revive Life』について意見を交わしてるようだった。

 ひと昔前に流行った埃がついた計画だが、俺は鮮明に覚えている。なにせ、死者蘇生の法だからな。

 俺の出自に関しては興味はないが、研究に関してなにかプラスがあればと思って個人的に調べていた時がある。

 結局はどれもこれも実現不可だと諦めた文献しかなかったし、俺もそこで熱意が薄れた。

 死者蘇生の法なんてポピュラーな話題は別にそれじゃなくても多くあるものだ。要は神様の御業の再現。

 意識の海に手を突っ込んで、第8世界とやらに干渉して、自然を操れるなら死者蘇生の法はなる。

 まぁ、無理なんですけね!

 それはやっぱりモノホンの神様しかできない。

 そうだなぁ……噛み砕いて言うなら手の数が足りないってところかな。

 複雑な術式を同時に100個展開して調整するようなものだ。物理的に不可能なのは明白だろう。

 東洋には儀式的に転生を行なった化け物もいるそうだが、次元が違うのでNG。たいざんふくんさいって美味しいらしいね。

 

 システィ達の話題は結局、固有魔術かルーン語以外の言語を使用することで解決したみたいだ。

 固有魔術って便利な言葉だよねぇ。

 

 それにしても側から見てるとブラウモンのルミアを見る冷たい目線ってやつが気にくわないな。

 ルミア自身もそれは薄々に気づいているだろう。

 俺はブラウモンのやつが急に色目を使いだしそうだったので庇うようにルミアの前に出る。

 

「ら、ラクス君!」

「よっす。心配かけたな」

「あっれー、義理堅いで有名なラクスは先生にお礼の一つっていうか具体的には感謝の金一封とかは用意してないのかなぁ?」

「生徒に金銭要求するなよロクでなしで有名なグレン先生」

「あ?」

「お?」

 

 額をぶつけ啖呵をきる俺と先生。

 そしてシスティが振り下ろす弱めのゲルブロ。

 

「「いでっ!?」」

 

 ここまでがテンプレってやつだ。

 

「二人とも、所長さんの前なんだから! 栄えある魔術学園の生徒としてこれ以上の失態は許容できかねるわ」

「うわ、出た白猫のリーダー気質」

「システィ先輩、こんちゃす!」

「二人して喧嘩売ってるの!? 相変わらず仲がよろしいことで!」

 

 やめろ、グレンルートに突入したとか言うな気色悪い。

 

「すいませんねぇ、到着早々迷惑をおかけしました」

「いえいえ……それにしても、大きくなられた」

「……ん? なんだラクスは所長さんと知り合いだったのか」

「はい、昔に少しだけ」

 

 きっとブラウモンは既に俺の素性を理解しただろう。

 目つきが他の人に向けるものとは一線を画している。

 俺とブラウモンは旧知の親友のように握手して抱き合う。

 

「ルミアに手ぇ、出してみろ……殺すぞ」

「ならばその矮小な身で精々守ってみろ、ガキが」

 

 互いに耳元で呪い殺すように囁く。

 それがあんたの本性ってわけか……なら、遠慮は要らないな。

 それに俺の覚悟も今、決まったところだ。

 大切な選択だと思う。

 リィエルが不安定なこの時期にこの選択をすること。

 ゲームでいうならルート分岐の選択肢だろう。

 ここで残留すればリィエルルートに、離れればまたどこかのルートに。

 そんな感じがする。なんとなくだが。

 もしかしたら弱い未来予知でも働いてるのかもしれない。

 

 ……ゲーム感覚はここまでだ。

 俺が観測してる世界は原子の羅列だ。電子じゃない。

 意識を切り替えろ。

 万人に都合のいい夢物語などない。

 後悔はするだろう。

 ならばせめて、己の後悔が少しでも軽い方を選ぼう。

 大切なものは最後まで抱えていよう。

 取りこぼすなんて死にきれない。

 

 俺は今だにルミアをチラチラと見ているブラウモンを時折睨みつけながら施設見学をしていった。

 

「あの、ラクス君?」

「ん? どうした?」

 

 施設見学を終えて、ホールで休憩しているときにルミアが話しかけてきた。

 過酷な道を来たということは戻らないといけないのだ。

 だから、みんな休んでるというのに……ったく、底なしの優しさだ。

 

「バークスさんとなにかあったの?」

「……いや、あいつと直接的にはなにも」

「間接的にはあったんだね。聞いてもいい?」

 

 返答の仕方をまずったな。

 ルミアのことだ。こうなることは予測できただろうに。

 こんな私用にルミアを巻き込むわけにはいかないからな……はぐらかすか。

 

「その前にルミアはどう感じた? バークス=ブラウモンという人物を」

「……ちょっと、怖いかな。目がね? 私を見る目がちょっとだけ冷たく感じるの」

 

 全くもってその通りだろう。

 しかしなぁ、自分をそういう風に見る相手に対しても優しいとかただの天使やんけ。

 

「それにね。今のラクス君もそんな目をしてる。バークスさんみたいに特定の誰かじゃなくて、もっと大きな相手に対してかな? だから、心配になって声をかけたの」

「……ははっ」

 

 俺は思わず顔を覆った。

 そうか。目先のことを追い求めるあまりに手元が見えていなかったのか。しかも、指摘が的確。

 本当っ、ルミアには頭が上がらないなぁ。

 きっとここでルミアが声をかけてくれなかったら、闇落ちでもしてたんじゃないだろうか?

 だから、こそ。

 こんな優しい子を巻き込むわけにはいかないだろうが、ラクス・フォーミュラ?

 

 俺はぐっと握りこぶしを作って、自分に気合を入れ直す。

 大丈夫だ。ルミアが教えてくれたことを忘れない限り、俺は帰ってこれる。

 

「ありがとうな。どう? 少しはマシになった?」

 

 できるだけのイケメンスマイルを浮かべてみる。

 するとルミアは俺の顔をグニグニと弄り始めた。

 

「うん、顔色は悪いけど……いつもの優しいラクス君だね」

「おっと、カッコ良すぎて惚れちゃいけないぜ?」

「そんな今更だよ」

 

 ……え?

 

「……あっ」

 

 どうやらルミアも言葉の意味に気付いたみたいだ。

 やめてくれよなぁ、ちょっと脈ありみたいに見せるの。

 

「そ、そのっ、今のは言葉のあやで! でもっ、すごくカッコ良いのは本当だよっ!?」

「おう、分かったから落ち着いてくれ」

「あ……あぅ」

 

 男ってのは勘違いしやすいの!

 ルミアみたいに絶世の美少女だったら気分の高揚も普通じゃない。

 

「……ルミア、これを先生に後で渡してくれないか?」

「手紙? ちょっと待って。どこに行く気なの?」

 

 そうだよなぁ、明らかに俺は失踪しますって言ってるようなモンだもんなぁ。

 ルミアに掴まれた右手首が結構、痛い。

 引き止めようとしてくれてんだ。こんな俺を。

 

「私も行く」

「ダメだ。認められない」

 

 予想より斜め上の回答だったが、即答できた。

 

「あなたの隣で一緒に闘いたいって思ったの」

「まだ、その時じゃない」

「それじゃ、いつラクス君の言う時は訪れるの?」

「それは……」

「いつも私を見ててくれて、守ってくれる。嬉しいよ、本当に。でも、待ってるだけじゃ苦しいよ」

 

 分かるよ、俺も。

 ずっと昔の俺はそうだった。

 周りがどれだけ恵まれるかも気付かずに与えられてるだけの豚だった。

 愚かな俺は失って初めて気付いたんだ。

 家族を失う喪失感の辛さに。

 きっとルミアも同じだ。

 周りの誰かが知らない内に消えて行くことが怖いんだ。

 

「なら約束をしよう」

「約束?」

「あぁ、俺が絶対に帰ってくるようにする約束だ。そうだなぁ……流星は好きか? 流星を見せるよ、約束する」

「そんなの……」

「東方じゃ流れる流星に願いを伝えると叶うっていうジンクスがあってな。願わくはどうかってやつだな」

「違う、そうじゃないの。私は、ラクス君にどこにも行って欲しくないの……傷ついて……欲しくないの」

「じゃあ、それを流星に願ってくれないか? 俺はルミアが知ってる通り、わがままで勝手にどっか行っちまうような不幸者だ」

 

 身勝手だ。言ってる自分が一番のクズだとはっきり分かってる。

 ルミアの優しさに甘えて、つけあがって、利用してる。

 

「そんな俺がこうして旅行できてるのは、ルミア=ティンジェルさん、あなたのおかげです。あなたが居たから、俺は地に足をつけていられる」

「ラクス君……それは私もだよ。あなたが、ラクス・フォーミュラが居たから私はこうしてお喋りできてるの……気持ちを改める気は無いんだね?」

「あぁ」

 

 よかった。どうやらルミアは無理やりに納得してくれたみたいだ。

 ごめんな。それでも、やらないといけないことが俺にはあるんだ。

 

「うん、じゃあ約束をしよう。きっと綺麗な流星を見せてくれるんだよね?」

「約束する。流星も見せるし、絶対に帰ってくる」

「絶対に……帰ってきてね?」

 

 俺は短く『おう』と答えてルミアに手紙を渡した。

 

「確かに受け取りました……帰ってきたら、お説教だからね?」

「帰りに湿布を買って帰ってくる」

「うん、それだけ余裕があれば安心かな」

 

 あぁ、任せてくれ。全てをどうにかして丸く収める。

 この笑顔を守りたいってのはカッコつけ過ぎだけどさ。

 不思議と力が湧いてくるんだよな。

 絶対に帰ってこなきゃな。どこかで野垂れ死ぬなんて俺の末路として相応しくねぇ。

 死ぬ時はベッドの上で綺麗な奥さんと子供に囲まれて笑って死ぬって決めてんだ。

 そんな壮絶な死に方は御断りだ。

 

 俺は先生に気付かれないように研究所を後にした。

 

 ◆

 

 グレン=レーダスは憤慨していた。

 

「ラクスのやろう……絶対にぶっ飛ばしてやる」

 

 旅籠の部屋。ラクスが消えた部屋でグレンは手紙を握りしめていた。

 内容を要約すると失踪します、心配しないでください、バークスには気をつけてください。

 以上の3点だ。

 だが、内容はどうでもいい。昼間のラクスの様子からなにかしらのアクションを起こすことぐらいはグレンはお見通しだった。

 許せないのはただ一つ。

 

『私、ラクス君を止められませんでした……なんだか、自信、無くしちゃうなぁ』

 

 手紙を渡してきたルミアは笑いながら泣いていた。

 

「違うだろうがよ。えぇ、ラクス? お前はルミアの笑顔が好きで体を張ったんじゃねぇのか。本末転倒だろうが、それじゃ」

 

 グレンは手紙を丸めてゴミ箱に投げ入れた。

 試しに【アキュレイト・スコープ】で旅籠の周囲を見回すもラクスの姿はなし。

 完全に手詰まりだ。

 グレンはベッドに倒れこみ一息つく。

 仕方がないので今はラクスの問題は後回しだ。良くないことはよく続けて起きるもの。

 グレンは次なる問題に頭を抱えた。

 

「リィエルだな……」

 

 グレンは盛大にため息をついて、ベッドから起き上がった。

 この高級ベッドもあまり使うことなく、旅行が終わりそうである。

 仕方がないか、そう諦めてグレンは部屋を出た。

 

 ーーーこれは、リィエルがグレンを刺し貫く、ほんの一時間前の話である。




【IF】リィエルルート条件
 ◇グレンとの口論のあとに接触、もしくは研究所内で行動を共にする。

 ◇バークスに対して二重スパイとして協力を行う。

 ◇リィエルに真正面から挑み、敗北する。

 一番最後が難易度極高。
 敗北することでリィエルの罪悪感を利用し、話を聞かせて諭します。
 名誉も矜持も捨てた上で試合に負けて勝負に勝つことがリィエルルートの条件です。


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RAIL 5

 譲れないものがあった。

 たとえ世界の全てを敵に回したとしても譲れないものが。

 逆に言えば、俺にはそれしか残されていなかった。

 空っぽの()に入った僅かな中身(家族)

 幸せだった。それさえあれば何も望まなかった。

 約束した。

 いつかまた帰ってくると。

 バイトして、金を稼いで、都会の美味いものを土産に買っていくって。

 

 ーーー俺が孤児院に戻ったのはニコラの葬式の時だった。

 

 ニコラ・アヴェーン。

 金髪で吸い込まれそうな碧眼をした人形みたいに綺麗な姉貴分。

 年齢は彼女の方が上なのだが、おっちょこちょいなところがあり年齢はアドバンテージ足りえなかった。

 最初は少しでも威厳のあるところを見せようと躍起になっていたが、すぐにボロが出まくり泣き出したときは焦った。

 そういうところが子供っぽいって言ったら更に泣き出した。先生が来るまで泣き止まずに結局、俺が悪者にされてしまった。

 次の日から彼女はもじもじしながら壁から様子を伺ってくることを始めた。ストーカーだった。

 

「ストーカーじゃないよ!」

「うるせぇ、事実だ」

 

 1週間もそれが続けば精神的に参ってしまう。

 意を決してコミュ症が本気を出した。

 なるほど、腹を割って話せばわかることもたくさんあるものだ。

 曰く、悪者にしてごめんなさい。

 そんなことのために1週間無駄にしてたのかって笑ってしまった。

 当然、ニコラは涙目。宥めるのにどれくらい時間がかかっただろうか。覚えてない。

 そんな彼女と出会ってから孤児院は急に人が増え始めた。

 当初はニコラが年長組とか先輩組として張り切ってたものだがやっぱり限界があった。

 なし崩し的にガキどもを俺が面倒みることになった。

 そんな訳で俺とニコラは当時のガキどもから父さんとお母さんと言われる訳だが、恥ずかしいのでここで切り上げよう。

 ニコラとガキども、俺はあいつらと遊んで勉強して寝て、食事を作って、叱って、なぐさめて、起きて、歯磨きして、そんな日常が楽しかったんだと思う。

 俺が孤児院の連中を家族と認識したのはクリスマスの夜だ。

 ニコラに日頃のお礼として渡したロケットペンダントの後にニコラとガキどもが結託してクリスマスカードを渡してきた。

 今でも内容は思い出せる。

 

 ーーーどいつもこいつもありがとうお父さんだの。

 

 家族になってくれてありがとうだのと、ぬかしやがった。

 俺はみっともなく声を殺して涙を流した。

 ふざけんな、こっちこそありがとうって。

 クリスマスの夜、俺は最高のプレゼントをもらった。

 大切にしていこうと決めた。

 何を引き換えにしても守っていこうと。

 こいつらが世界のどこかで苦しんでいるなら全てを投げ出してでも救おうと。俺は聖夜の夜に誓いをたてた。

 

「ねぇ、ラクス。今から私の秘密教えるね?」

「興味ない。他所でやれ」

「ぶーっ! ラクスの意地悪ぅ、コショコショ!」

「うわっ、ちょやめっ、わかりました見ますっ! 拝見しますさせてください!」

 

 家族と初めて過ごした聖夜の夜から少ししてニコラはそんなことを切り出した。

 彼女は魔法でもなく、手品でもく、タネもなしに電気を放った。

 モロ被りの能力だった。俺だけかと思っていた。

 彼女がいうこの能力は『異能』。

 この国じゃ悪魔の力として伝わっているらしい。

 すぐさま俺もネタバラシした。すると彼女は泣きながら抱きしめてきた。

 

「ずっと一人だと思ってた。こんな能力いらないって、迷惑だって!」

 

 俺はどうしようもなくニコラの話を聞くことしかできなかった。

 

「でも、この能力がラクスと同じなら少しだけ向き合える。ありがとう、お父さん」

 

 俺は微笑む彼女に見惚れて、目をそらした。

 からかわれたので頭を撫でてやったら大人しくなったのでそうして相手をすることに決めた。

 しばらくしてニコラは孤児院を出た。

 今ではアルザーノ帝国立を名乗っているが、当時は民営の孤児院。

 たまたま訪れたどこかの研究機関のお偉いさんがニコラに目をつけてそのまま研究職として若干14の若さで就職を決めたそうだった。

 孤児院を出てもちょくちょく帰ってくるが、その顔は次第にやつれていった。

 訳もなく突然泣き出したときは抱きしめてやるくらいしかできなかった。

 今思えばそうだ。彼女は死ぬ気で孤児院に金を落としていたのだとおもう。

 当時の俺はまだまだ子供だった。前世があるとはいえ、世界のことを知らずに生きてきた空っぽの人間。

 そこでニコラの異変に首を突っ込めたのなら世界は少し輝いてたのかもしれない。

 

 ある日だ。急に民営の孤児院が国立になったらどう思うだろうか?

 ラッキーだなぐらいにしか思わないだろう。

 そうだ。俺もそうだった。ラッキーと、これで急に就職する必要はないと。

 14の時、すぐに俺はアルザーノ帝国立魔術学院に入学を決めた。

 当時の俺は魔術に対して興味があった。なにせ知らない異世界の技術だ。触れてみたくなった。

 反面、習得はそう上手くいかなかった。

 入学をしたことを大きく後悔した。

 それでもやっぱり優しい奴はいる訳だ。

 ルミア、システィ、カッシュ、ギイブル、ナーブレス。いろんな仲間が俺を進級させようと躍起になってくれた。

 嬉しかった。

 俺が魔術に四苦八苦して半年。借りぐらしの家のポストに1通の手紙が届いた。

 訃報だ。ニコラ・アヴェーンの死を知らせる便りだった。

 

 俺はしばらく息をするのを忘れた。

 死にかけてようやく、呼吸を荒く繰り返した。

 何が起きてるのかわからないままに学校に1週間の休学届けを出して孤児院に向かった。

 葬式は粛々と行われた。

 遺体は無かった。

 死因は研究所でのニコラの異能の暴走。

 死体はあとかたもなく吹き飛んでいたそうだ。

 今度は泣かなかった。ガキどもがみてる前でみっともなく泣いてみろ、あいつらが頼れるのは俺しかいないんだ。

 言い聞かせて、立ち上がるしかない。

 俺は泣きじゃくるガキどもを力一杯に抱きしめた。

 ごめん、ニコラ。今までありがとう。あとは任せてくれって。

 そっから俺は転生前の知識を総動員して魔術の研鑽に勤めた。

 その結果の集大成が黒魔【超電磁砲】だ。

 他にも【砂鉄剣】や【ラウザルク】は半ば異能者専用だがいずれは汎用性に富んだものにしてみせる。

 その過程でたまたまできた電磁波レーダーの魔術は軍に高く売れた。最初は門前払いだったが、守衛を実力行使で黙らせたら嫌でも話を聞いてくれた。

 そんときはアルフォネア教授のチケット転売もあり、久しぶりにガキどもにいいものを買ってやれたとおもう。

 ただ、そのときにいたガキどもの中に最年長組の姿は無かった。

 あの若さで就職を決めたらしい。今は亡き母の姿を追って。

 ったく、俺にはもったいない家族だ。妬んでくれて構わない。

 

 そんなこんなで魔術学院に入学してから一年が過ぎた。

 無事に進級することもできて万々歳だ。

 あとは、今まで語ったとおり。

 一人の少女に恋をして、テロリストとどんぱちして、挙句の果てには王女暗殺計画の阻止まで。

 いろんなことをやったなー、うん。

 

 そうだ。俺()いろんなことができた。

 

 けどさ。あいつらはどうなんだ。

 ニコラは大きな培養槽の中に入れられて、最年長組は脳みそだけにされてしまった。

 俺の家族を研究資料と断じた。

 知らないネームタグのやつらをみるに各地の孤児から選りすぐり異能者を集めたのだろう。

 あぁ、全く、クソ。

 

「クソクソクソクソ……くそったれがぁぁぁぁぁ!!!」

 

 資料室の壁に思いっきり拳を打ちつけた。

 この痛みが俺に現実を突きつける。

 

「それでもあなたは進まなきゃいけない」

「あぁ、分かってる。それでも、どうしようもない怒りがあるんだよ、ニコラ」

「うん、わかるよ。ラクスは人のために怒れる優しい人だから」

「ごめーーー」

「謝らないで、それはここに眠る128人に対する侮辱だよ」

「そうだな。今にも気が動転しそうで……ほんと、クソ」

 

 事実、ルミアとの約束と霊体としてのニコラがいなければ俺は殺人容疑で指名手配されてただろう。

 俺はあいつをーーーブラウモンを殺してやりたい。

 この世で考えられる限りの最も無残なやり方で。

 

「ダメだよ、ラクス」

 

 俺の拳を治療しながらニコラは優しく諭してくる。

 

「おまえは、おまえらは優しすぎる」

「ううん、そんなことないよ。自分達の目的のためにラクスを巻き込んだ」

「俺らは家族だ」

「……もうっ、そういうとこ変わらないなぁ」

 

 すでにニコラとは契約を交わした。

 彼女が条件を示す前に俺は返事をした。

 俺ができるのはそれくらいだから。

 体を貸すことでも、なんでもいい。ただ、力になりたかった。ただ、帰ると約束したから命を差し出すことは断ったけどな。

 

「ラクス。あなたの体にこれから宿る私以外の127の魂はあなたを傷つけることは決してない。けど、けどね? 術式の都合上、これからラクスは128の地獄をみることになるんだよ」

「構わない、俺の家族と家族が世話になった奴らの記憶だ。呑気に過ごしていた頃の俺に冷水をぶっかけるつもりで来てくれ」

「身構えないー。卑下しないで、ラクスは何も知らなかっただけ。なにも悪くないんだから」

「……無知は罪だ」

「頑固者」

「お互い様だろ?」

「……加えて卑怯者だ」

「よく言われる」

 

 お互いに笑いあう。

 この瞬間が永劫に続けばいいと思ってしまう。

 だけど、それは無理なんだ。俺よりもあいつらの方が分かってる。

 彼らにとってのラストチャンスなんだ。俺のわがままで潰させるわけにはいかない。

 

 ーーーさぁ、始めよう128の迷える魂達よ。俺の体を存分に使え。

 

 ◆

 

 しかして世界はまだ回る。

 善がなくとも、悪しかなくとも、愛があろうとなかろうと世界は回る。

 127の霊体の魂達は恙無く、ラクスと同化した。

 あとは本人の目覚めを待つのみ。魂は彼らの目的達成まで再び眠りにつくだろう。

 ニコラはうなされるラクスの頬を優しく撫でる。

 

「ごめんごめんねラクス。こんな思いを抱くのは私だけでよかった」

 

 共犯者にしてしまった。

 そして結末もおそらく、彼の望むものではない。

 128の地獄を見せる代わりの対価も相応ではない。

 ラクスの家族の愛を求めた心を利用した。

 ニコラは思う、きっとラクスはこちらの魂胆などお見通しだ。

 正直に利用したことを言えばこう言うだろう。

 

『知ってた』

 

 全くの大馬鹿野郎だ。

 だが、それがニコラが彼に惹かれたところでもある。

 身内には甘いくらいに優しく、その身内の定義も広すぎる。

 しかし、ニコラの体は破滅へとつながっている。

 死神の鎌に捕まった状態を停滞させているだけだ。

 半分死んでいるからこそ霊体として動くことができる。

 それが唯一、ブラウモンに感謝することだろうか。

 そんな死者が生者の生涯を暗闇に縛り付けてはいけない。

 

「きたわね」

 

 研究所内に動きがあった。

 リィエル=レイフォードとその兄がルミア=ティンジェルを抱えてやって来た。

 遅れて、エレノア=シャーレットも到着するだろう。

 さて、どうするか。

 確定事項としてグレン=レーダスの参戦は決定している。

 なにせラクスが慕う講師。おそらく、同様に根は優しい。

 生徒が二人消えれば血眼になるだろう。

 あと、アルベルト=フレイザー。彼はルミアの護衛だ。

 まず間違いない。

 システィーナ=フィーベルはおそらく、参戦不可。

 胆力がまだ足りない。

 

「ラクス、行って来ます。『次世代の英雄達』を導いてあげないとね」

 

 ならば、早々に終わらせてしまおう。

 侵入の手引きから全てをエスコートしてみせよう。

 バークス=ブラウモン以外は全てが邪魔である。

 異能モドキを使うブラウモンと全力戦闘を行うラクスでは周囲の人間は邪魔だ。まとめて吹き飛ばしてしまうだろう。

 これはそういう戦いだ。

 無限の再生を利用して味わわせる無限の地獄だ。

 

 ◆

 

 グレンとアルベルトが屠った合成魔獣は優に10を超えた。

 一つ一つがピーキーな性能を持ち、倒すというよりは時間稼ぎに使われているようだ。

 グレンは歯噛みする。

 リィエルを止められなかったこと、そのせいでルミアも連れ去られたこと。

 そして、昼間から姿を消したラクスのこと。

 なにをやっているのだろうか。

 失態どころの騒ぎじゃない。

 

「グレン、急ぐな。ペースを守れ」

「……悪い」

 

 アルベルトに咎められ、冷静に努めようとするグレン。

 二人はお互いをカバーできる圏内で再び移動を始めた。

 失態ならいいのだ。それはグレン一人で責任を取れば済む話なのだから。

 だが、連れ去られた者や敵になった者、ましてや姿を消した者は帰ってくる保証はどこにもない。

 あるのはぽっかりと空いた空白のみだ。

 急げ、そんな思いはもう二度とごめんだ。

 だから落ち着け、アルベルトと行動し敵を確実に排除していくことが最速なのだ。

 再び、気配がする。

 グレンとアルベルトは同時に身構える。

 

「構えろ、グレン」

「言われなくても」

 

 グレンが前衛に立ち、アルベルトが後衛でグレンを援護する。

 これが現役時代からの最強の布陣。

 どんな敵でもこの布陣ならば大抵は対処可能だ。

 しかし、予想に反して二人の前に出て来たのは金髪の女性だった。未だに身構える二人に女性はその碧眼で見つめ続ける。

 値踏みをしているのだ。グレンとアルベルトという男達を。自らの望みに比肩できるかどうかを。

 

「随分とお早い到着ですね。グレン=レーダス、アルベルト=フレイザー」

「たしか、ニコラ・アヴェーンだったな?」

「知ってるのか?」

「あぁ、ラクスの知り合いで幽霊だ」

「そう、私はニコラ・アヴェーン。ここで行われた実験の被験者よ。話はあと、リィエル、ルミアを助けたいのならついてきなさい」

 

 ニコラは有無を言わさず歩き出した。

 しかし、これは罠である確率のほうが高い。

 初対面であるのに関わらずこちらの情報は完全に掌握されていた。

 

「いくぞ、グレン」

「……はっ、お前はそういうやつだったな」

 

 だからどうしたのであろうか。

 アルベルトはそれが罠であろうとなかろうと進む。

 もし捉えるようなものであれば、踏み潰し進む。

 搦め手、奇策、この男に一切通じず。

 それがアルベルト=フレイザーという男なのだ。

 

 対してニコラは戸惑いなく後を追ってくる二人に相応の評価をつける。

 

 予想よりもずっと速い。

 現役のアルベルトはともかく、グレンは手負いだ。

 とはいえさすがに元宮廷魔道士。持ち前の胆力で限界以上のパフォーマンスを発揮しているのか。

 加えて、罠にでも乗っかってやるという豪気。

 精神、肉体、経験、相性、全てがハイエンドでまとまっている。

 ラクスは魔術を学ぶ場所としてさぞ、恵まれた環境に置かれてるのだろう。

 

「……ふふっ」

 

 思わず溢れる笑みにアルベルトが怪訝な顔をするが、それもこれも全ては『あの部屋』に案内してからだ。

 全ての始まりの場所に。

 遠回りになるが、魔獣との接敵を無くすルートになっている。

 二人は急に止んだ強襲に臆することなく、ぬかりなく戦闘態勢だ。

 そうだ。それでいい。

 その調子であるならばーーー

 

「着いたわ。これがこの研究所の……バークス=ブラウモンの研究成果よ」

「……これほどとはな、下衆が」

「んだよ、これ……」

 

 そしてニコラはアルベルトに研究所の不正の記録をした魔導結晶を投げ渡す。

 

「ここはバークスが世界各地から選りすぐりの異能を持つ者を集め、研究を行っていた場所よ」

「お前もその一人だってのか?」

「そうよ、グレン。そこの培養槽をみてみなさい」

「……どうなってんだ、これ」

 

 培養槽には目の前でにこやかにはにかむ碧眼の女性と瓜二つの女性が入っている。

 わけがわからない状況だが、グレンは過去に似たような経験をしていた。

 

「Project:Revive Lifeか!?」

「へぇ……そこでその名前が出るなんて相当な経験してるのね。でも、残念ハズレよ」

「ならば貴様の存在はなんだ。そもそもなぜ、私達に協力をする?」

 

 なるほど、それは最もな質問だ。

 

「協力する理由は利害の一致。それと私の存在の話だったわね……私は研究所で最も力が強く完成された被験者の残滓。幽霊よ」

「待て、ニコラ・アヴェーン。それでは培養槽に入っている女性の説明がつかん」

「その培養槽にいる私は半分、死にかけてる。死神の鎌に捕まっている状態を無理に長引かせてる。その霊的な状態を少しだけ傾けてやれば、この通りよ」

 

 ニコラは楽しそうにその場で一回転する。

 

「さて、私はあなた方の質問に答えたわ。次はそちらが答える番では?」

「よかろう、なにを聞く」

「あなた達の対処範囲の分界点」

「俺は聞き分けの悪い生徒とそのお目付役を連れ帰る」

「私はある人物の護衛だ」

「エルミアナ王女でしょ。隠さなくてもいいわ」

「……なるほど、確かに人を値踏みするだけのことはあるようだ」

「値踏みだなんて人聞きが悪いわ、アルベルト」

 

 アルベルトはどこまでも食えない女だとニコラに対する警戒レベルをあげる。

 それはグレンも同様で、秘匿されているはずのルミアのことを出されてから明らかに敵意を出していた。

 それもこれも研究所に監禁に近い状態であったニコラが知り得ることではないのだ。

 対して、ニコラはめんどくさいことになってきたなと感じる。若干、やりすぎたのかもしれない。

 いや、かもしれなくじゃない。やりすぎた。

 なにせ、久しぶりのネゴシエーションだ。やり方なんて期待しても無駄だろう。

 

 そこで第三者が部屋に入ってきた。

 

「おい、ニコラ。らしくねぇことしてっからそうなるんだよ」

「ラクス!?」

 

 ラクスだ。

 髪の色が一部抜け落ちて、頬もやつれているが、間違いないラクスだ。

 グレンは思わぬ再会に殴ることを忘れて声を大にした。

 

「おう、ラクス・フォーミュラに相成りまっせ。というか、先生少しうるせぇ」

「お、おう。元気そうでなによりだ」

「これが元気に見えるなら眼科いけよ」

 

 これはいつかの意趣返しか。

 ラクスとグレンは互いに口角をあげて、拳と拳をぶつけた。

 

 ◇

 

 助けてという声が聞こえる。

 痛いという助けを求める声も聞こえる。

 たったいま、命を失った叫びが反響している。

 砕けそうだ。己の自我が少しずつ削れていく。

 このまま消えて無くなってしまった方が楽なんじゃーーー

 

 ダメだ。

 

 それは許容できない。

 約束を反故にするのか。それは最高にダサいぜ。

 

『絶対にーーー』

 

 光が。

 

『絶対にーーー』

 

 光が。

 

『帰ってきてね?』

 

 ーーー光が。ーーー眩い光が。ーーー光輝な光が。

 

『約束をしよう。きっと綺麗な流星を見せてくれるんだよね?』

 

 光が、絢爛な光が周囲を覆うように辺りを照らして。

 ぐっと引き寄せられるように俺の意識が浮上していくのを感じた。

 

「助けられちまったな……ありがとう」

 

 まだ頭の中を悲鳴が反響してるが。

 誰のものか分からない。分からないくらいに多くの怨嗟の声が頭の中で鳴り響いている。

 頭が痛い。痛いけど……

 

「まだ、マシな方か」

 

 慣れてる痛みだった。

 時たまみる未来予知的なものに似た痛みだ。

 だから耐えられる。ガキどもはもっと苦しい思いをしてきたはずだ。

 ……大丈夫だ。まだ、なにも置いてきていない。思い出せる。俺はラクス・フォーミュラだ。

 時間はかかったが、ニコラ以外の127人全員と対話を終えた。

 純粋ゆえに一癖も二癖もある連中だったが、話せば下手に育った大人よりも賢く、優しいやつらだったな。

 ニコラも案外、教育には向いてるのかもしれない。

 ルミアが言っていたかりすまーとかいうやつがニコラにはあるんだろう。にわかには信じがたいが。

 

「そうだ、ニコラっ」

 

 俺は慌ててニコラの姿を探す。

 なんだかんだであいつも結構ヤバい。下手したら俺以上のガタがきてる。

 

「あの、頑張り屋めっ!」

 

 ベッドから飛び降りて部屋を出た。

 すると慣れない演技をしてるニコラとグレン先生、それにアルベルトさんがいた。

 思わず、ニコラにダメ出ししてしまう。全く、不慣れのことはしないべきだ。特にニコラのようなやつは。

 それからグレン先生と再会のゲンコツンコ。心配をかけた詫びも入れた。

 ルミアからのお説教は確定みたいだ。

 

「……ニコラ、大丈夫か?」

「今は大丈夫よ。心配症ね」

「心配くらいさせてくれ、お前の体はもう……」

 

 ニコラの頬に手を当てて正気かどうか確認する。

 それが誤魔化しで隠されているのであろうと長年付き添った俺の目は誤魔化せない。

 ……動揺はなし。正常だな。

 

「あーラクス? 状況を説明してくれるか?」

 

 しびれを切らしたグレン先生が状況の詳細求めてきた。

 

「はぁ。思わせぶりな態度を取るからだ。先生とアルベルトを敵に回して勝てるわけないだろ?」

「だってぇ! 久しぶりに話すのよ!? しかもそれが戦闘に長けた2人とかもうどうしようもないでしょ!」

「ダメです。ニコラ、ギルティ」

「うわわわーーん」

 

「「……」」

 

 アルベルトさんにグレン先生、絶句である。

 大丈夫、俺も最初はそんな感じだった。

 女性の皮が剥がれる瞬間の衝撃はすごい。

 

「見ての通り空回りしやすいタイプの天然娘です」

「ラクス。貴様も大概、大変なんだな」

 

 珍しくアルベルトさんが同情してきた。

 なるほど、ニコラのコレはそういうレベルの案件かよ。

 

「つーわけでこっからは俺が仕切らせて頂きます。異論はありますか、アルベルトさん?」

「ない。この場で最も適している」

「なんでグレン大先生には聞かないんだ?」

「死ねカス」

「……俺、泣いてもいいかな?」

「自業自得だ。普段の行動を見直せ、グレン」

 

 だらけつつも俺たちは作戦会議を始めた。

 と、言っても先生達のやることは完璧に把握してるので俺とニコラは自分達の希望を伝えて獲物をいただくだけだ。

 

 バークス=ブラウモンは俺とニコラ。

 リィエルの対処とルミアの救出はグレン先生。

 エレノアの相手はアルベルトさんだ。

 おそらくこのまま奥に進んだ部屋に全員で固まっているのでアルベルトさんとエレノアは速攻で外に行ってもらう。

 ぶっちゃけ、エレノアは引き際の判断力がバケモノじみているのですぐに撤退するだろう。

 アルベルトさんとタイマンとかなんつー悪夢だと。

 問題はリィエルだ。

 あいつもあいつで闇を抱えてるからグレン先生の舌先で転がせるかが大きな争点。

 自称兄はカスなので論外。

 ルミアを俺が救出してもいいんだが、ブラウモンもバケモノになれるらしいので厳しい。

 グレン先生がどれだけ速くカタつけられるかだな。

 

『いやいやいやいあ嫌嫌ーーー』

『ししし死死ね死ね死死ーーー』

『痛いよう痛い痛痛い痛ーーー』

 

「あぐぅ!?」

「ラクス!?」

 

 思わず寄りかかった棚を転がながら膝をつく。

 声が急に強くなるのはさすがに耐えられないか。

 介抱するニコルに礼を言って、目で説明しろと言うグレン先生に渋々、説明した。

 俺とニコラと127の魂達の話を。

 

「にわかには信じ難いな……」

「あぁ、全くだ。一つの器に127もの魂をぶち込むなんてありえねぇ。正確にはわからないが、普通は10人くらいを入れたあたりで爆発するんじゃねぇか?」

「それは俺が特異体質であることと異能でどうにかしました」

「ラクスが特異体質? 異能と関係が?」

 

 ニコラによれば俺は普通の人間の9倍くらい魂を入れる容量があるらしい。第2の異能かもと言われたが、俺の転生は魂を起点にしたものなのだろう。

 タマシイイズメイドインゴッドなのでそれくらいは納得。

 使った異能は『容量軽減』。なんでも重さとか密度を任意で弄れてしまうらしい。

 魂の記憶と人格を保ったままに軽減してぶち込んだ俺はハイパーラクスさん。つまり、今の俺は最強無敵フォームって訳だ。

 ぶっちゃけ、これならアルベルトさんとグレン先生を敵に回しても完封できる。

 これはそういう術なのだ。虐げられてきた者たちが編み出した必殺の刃だ。そう脆いはずも鈍いはずもない。

 

「それじゃ、行きますかお三方」

 

 全員が言葉なく頷く。

 俺は頭の中で暴れ続ける声を無視して部屋を出た。

 

 ◆

 

 グレンが地下研究所の最奥。その扉を乱暴に蹴りあけた。

 大きな広場にいるのは服を破かれ、最低限の衣服が残され拘束されたルミアとリィエルに青髪の青年。

 そして驚いた顔をするエレノアが呟いた。

 

「予想より大分速いですわね」

「はんっ、なにせこっちには施設を知り尽くしてるチーターがいるんでね。ルミア、今すぐに助けてやる待ってろ」

「先生!」

 

 しかし、グレンが動くよりも速くにバークスは動いた。

 

「動くな、聡明なる魔術講師殿。下手に動けば軍用魔術が生徒の体を貫くぞ」

「てめぇ……くそ外道が」

 

 バークスはルミアに向かって指を向けた。

 この距離では《愚者の世界》も効果範囲内にない。

 頼みの綱であるアルベルトにグレンは何か策を促すが、首を振る。機が熟すのを待つしかないということか。

 

電気操作(ニコラ)、お前の存在はイレギュラーだ。なぜ、霊体として動いている?」

「その説明は三度目よ。めんどくさいからパスで。三下でも研究者なんだから自分で考えなさいな」

「三下? ……貴様、誰が面倒を見てやったか覚えてないようだな」

「あれは資金援助であって面倒を見たとは言えないわ。馬鹿なの?」

 

 明らかに不機嫌になるバークス。

 当然のように底が知れた。

 典型的な自信家だ。自らの価値を絶対と信じて侮辱する者は排除する。

 グレンはニコラの煽りには見習うところがあると感じた。

 

「どいつも……こいつもーーー」

「おい、おっさん」

「喧しいわ! 人が喋ってる時に横槍を入れるな劣等!」

 

 ここで口を閉ざしていたラクスが動いた。

 真っ先に動きそうなラクスだが、事態の重さを見る目だけは一流だ。

 

「あんたの頭に芝刈り機をかけた話はどーでもいいんだ」

「しとらんわ、そんな話!」

 

 しかし、ラクスもニコラも煽りすぎた。

 バークスの指先に魔術が集う。

 グレンとアルベルトが動くがもう遅い。

 

「ルミア、前と同じだ」

「……分かった。信じるよ」

「……ありがとう」

「《雷槍よ》!」

 

 ルミアは目を閉じた。

 グレンとアルベルトは術を発動する前にバークスを倒そうとしたが間に合わなかった。

 魔術は放たれた。

 エレノアは人質を殺してどうするんだと呆れるが、ラクスの動きを見て、カウンター魔術を止める。

 ラクスは放たれた雷槍を見てから一歩踏み出し、姿を消した。

 雷槍はルミアを真っ直ぐ目指してーーー

 直撃寸前で何かにぶつかり煙が充満する。

 

「わっはははは!」

 

 リィエルとグレンは悲鳴をあげそうになるがおかしいことに気づく。

 【ライトニング・ピアス】は貫く魔術であり、間違っても直撃時に煙を巻き上げるものじゃない。

 煙が晴れると同時、二つの人影が姿をあらわす。

 ルミアの前に手を翳しながら佇むラクス。

 

「遅くなった。すまん、ルミア……けど、今回は間に合った」

「ううん、怪我はない?」

「……ったく、怪我してるのはルミアの方じゃないか」

 

 高出力の魔術に部品として使われたルミアの体はボロボロだった。

 ラクスは手を振るだけでルミアの拘束を全て外してお姫様抱っこ。呪文を紡ぐと緑色の光がルミアを癒し始めた。

 

「この格好はさすがに恥ずかしいよ……」

「怪我人がなにを言ってるんだよ」

 

 あわわと顔を手で隠すルミアを見てラクスは微笑み、グレンの隣に一瞬で移動する。

 アルベルトはその能力をすぐに看破した。

 

「【瞬間移動】か。信じられん」

 

 アルベルトの言葉にラクスは答えながらルミアを降ろした。

 

「でも現実ですよ。くそったれなこれが。グレン先生、ルミアを頼みます」

「それは、かまわないけどなぁ……」

 

 降ろされたルミアは我慢ならないといった感じだ。

 どうしようかとラクスは途方にくれるが、助け船はニコラが出した。

 

「はいはい、ルミアちゃんはグレンくんについて行きなさい」

「……私だって戦えます!」

「その覚悟は結構。でもね、ラクスは今日限定で私がダンスの相手として予約を入れたの。割り込みは横暴じゃなくて? ひょっとしてルミアちゃんがなりたいのは不粋な女性?」

「おい、ニコラ」

「あら、ごめんなさい。でもね、ルミアちゃん。これから私とラクスが向かう場所にあなたの場所はない。邪魔なのよ、はっきり言って」

 

 ラクスの制止を無視してニコラは続けた。

 

「ニコラ!!」

 

 ラクスが大きな声を出したことでようやくニコラは口を噤んだ。

 しかし、戦場で喋り合う時間はない。

 バークスと青髪の青年が【ライトニング・ピアス】を放つ。

 

「ちっ、お喋りは後にしろ。ラクス・フォーミュラ!」

 

 片方をアルベルトが防ぎ、もう片方をラクスが弾く。

 エレノアも攻撃が止むと同時に動こうとするが、ここで一つ目の作戦が始まった。

 

「飛ばせ、ラクス!」

「これはっ!?」

 

 アルベルトの合図と同時にラクスが右拳を左手の上に置くと、アルベルトとエレノアは研究所から遠くに吹き飛ばされた。

 突如に発生した竜巻が人を運ぶのはあり得ない。

 つまりは人為的な竜巻。

 ラクスは動作一つでそれをやってのけたのだ。

 

「ラクス君……その力」

「ルミア、グレン先生についていけ。今の俺の近くにいると巻き込んじゃうから」

「ラクス君はまだ待っていろと言うの!?」

「あぁ……そうだ」

「ひどいよ……そんなの。待つのがどれだけ寂しいか、怖いのか。ラクス君はなにも分かってない!」

 

 ラクスはいつの間にか出てきた魔獣の息吹からグレンとルミアを庇いながら答える。

 

「それでも俺はルミアが帰ってこれる場所になってくれているから闘える。膝をついてもまた立ち上がれる。泣いても、諦めないことができる」

「……そんなの答えになってないよ」

 

 ルミアは知っている。ラクスの限界を。

 この闘争が終われば、ラクスが命の恐怖と耐えれるのは残り一回になることを。

 その数字がどれだけ具体的かはわからない。

 しかし、それが限度であると口にした以上、ここでルミアが引き下がらなければその数字はどうなるのか。

 帰ってくる場所をなくしたラクスはどうなるんのだろうか。

 

「ずるいよ、ラクス君」

「ごめん、ルミア」

「……信じるのも疲れるんだからね?」

「知ってるさ。だからいつもルミアが眩しく見える」

「本当にずるい人……好きになる相手、間違えたかなぁ」

「ん、なんだって? 獣が煩くてよく聞こえん!」

「ばーか、ばーか!」

「なっ、急にガキか!?」

「ふーんだ」

 

 そっぽをむいたルミアにラクスは戸惑う。

 怒っている。完全に。

 しかし、ルミアには悪いが、今はそれどころじゃないのだ。

 リィエルと青髪の青年が広場から脱出しようとしている。

 グレンはそれを追おうとして躊躇っているのだ。

 

「ルミア! 話は後でいくらでも聞く、説教も正座しながら……望むなら逆立ちしながらでも聞くから! 今はグレン先生についていけ!」

「分かってるよ。ラクス君がその目をした時は何を言っても聞かないこと……だから、今回だけは大人しく待ってる。でも、次はあなたの隣で戦うから」

「……ははっ、それは心強いな」

「今回もちゃんと帰ってきてくれるよね」

「約束する。天地がひっくり返っても帰ってくる」

 

 魔獣達の息吹は更に勢いを増す。

 そろそろ防ぎきるのも限界だ。

 ラクスは空から火炎と竜巻を巻き起こして一掃。

 グレンとルミアの進路を作る。

 

「いけっ!」

「死ぬなよ、ラクス!」

「言われるまでもないですよっと!」

 

 グレンに手を引かれルミアはラクスの側を離れた。

 去り際にルミアの唇が動いたのを見逃さなかった。

 

「ふふっ、愛される男は辛いわねぇ?」

「人ごとだからって面白そうに……でも、そうだな。帰った後を想像するのは悪くない」

「駄犬共がぁぁぁっ!!!」

 

 ラクスは散らばる獣を一掃して、ニコラの隣で構える。

 吠えるバークス相手に露骨に眉を潜めるラクスとニコラ。

 しかし、バークスは急に冷静さを取り戻して首筋に注射を打った。

 

「なにをしたか分かるか? 貴様ら、戦争屋に?」

「しらん、興味もない」

「小物が上から目線でモノを語ると面白いわよね。滑稽で」

「どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのだぁぁぁ!!」

 

「「こっちの台詞だぁっぁぁぁぁあああ!!!」」

 

 ラクスとニコラの怒りの雷撃が重なりバークスの腕を弾き飛ばす。

 だが、注射の影響か体が大きく変容し至るところの筋肉が隆起したバークスが涼しい顔のままで腕を炎と共に再生させた。

 

「私はな生命の神秘を解き明かすためーーー」

「カスが、外道が神秘を語るな。格が落ちるだろうが」

「知ってるわよ、異能力者達の能力を中途半端に抽出したって」

「ちゅ、中途半端だとぉ!? 言うに事欠いて私の研究を中途半端だとぉ!?」

「繰り返すな。出し物にしては上々だ」

「そうね。出し物にしては上々ね。滑稽で」

 

 ラクスとニコラは不敵に笑いながら、バークスを拳打で吹き飛ばした。

 見事な連携だ。

 ラクスは内心でニコラの才能に驚かされていた。

 こいつはこういうことも出来たのか、と。

 

「あれぇ、もしかしてその程度で第三団(ヘブンズ)天位(オーダー)》に行けるとか思ってる? なら、ラクスは神様にでもなっちゃうわよ?」

「なに!? 戦争犬が私の才能を超えるなどありえるはずがない。取り消せぇっ、生ゴミどもめ!」

 

 ラクスは未だによく回る舌にイラつく。

 短く舌打ちをして『瞬間移動』でバークスの後ろに転移。『火炎操作』で炎を纏ったパンチをバークスの振りまきざまにお見舞いして、吹き飛ばす前に首元を掴んだ。

 

「き、貴様。それは私の研究……」

「人聞きが悪いな。お前みたいに無理やり奪ったんじゃねぇよ」

 

 ラクスは『水分操作』と『火炎操作』で水蒸気爆発を起こして距離をとった。

 バークスは爛れた皮膚をすぐさま回復させていくが、その目には焦燥が浮き出ていた。

 

「ぜぇはぁ……ぜぇ……16番、67番、89番、108番……戦争犬め、なにをしたか知らんが、異能を全て扱えるとでも言うのか……」

「言うさ。これはお前を裁定するために研がれた刃だ。なまくらと思ってるとスパッといくぜ」

「調子に乗るなよ……ゴミがぁ!」

 

 バークスは更に注射を打ち、怪物のような姿に成り果てた。

 ニコラは思わず顔を歪めるが、それも一瞬。

 すぐに雷撃をかまして挑発をする。

 

「あら、前より男前じゃない?」

「ニコラぁぁぁぁぁああああ!!!」

 

 バークスはニコラに向かって様々な元素を持つ魔力球を投げつけた。

 ニコラはある程度は迎撃出来たものの床に当たった魔力球の余波を受けて吹き飛んだ。

 

「きゃぁ!?」

「ニコラ!」

 

 ラクスはすかさずニコラのフォローに入り、『回復円陣』を組んだ。

 緑色の淡い光が二人を包む。

 攻撃を仕掛けないバークスは余裕のつもりなのだろう。

 なにせ、先ほどまでは手も足も出ずに煽られ続けたのだから。

 

「これこそが真の研究というものだ、幼稚なガキどもめ! ふははは、私って凄い!」

 

 ラクスはそんな言葉に反応せずに治療を続ける。

 

「ラクス、アレは……」

「大丈夫だ。もう、()()()

「……そう、なのね」

 

 ニコラはラクスの未来予知のことを知っている。

 ラクスは知らないが、記憶を共有したのだ。

 本人が忘れた些細な記憶や飛んだ記憶もくまなく全てだ。

 

「まずは血を抜こう。その頃にはガキ共もいい塩梅に憂さ晴らしできてるだろうさ」

 

 『回復円陣』を発動させたままバークスに向き合うラクスの目は青色に淡く輝いていた。

 

 



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RAIL 6

 例えるならそうだな。大怪獣決戦というのがぴったりと当てはまる。

 ブラウモンは薬を使った結果が命を縮めるものだとは分かっていないのだろう。それはそういうものであり、ブラウモンは自身に都合の悪いことには盲目的だ。

 

「くそがっ!」

「がはっ!?」

 

 なりふり構わない一撃を良いところに貰ってしまったな。

 ブラウモンはここぞと言わんばかりにグロテスクな羽を広げて天井に穴を開けて飛び立った。まるで、自分が見下ろすのは当然であるかのように。

 すかさず俺は『水分操作』と『火炎操作』、そして自身の持つ『電気操作』で大きな水の翼を形成してブラウモンを叩きつけた。

 

「ぐぅ、このっ!」

 

 空気中に浮かぶ水蒸気を繊細にコントロールすることは平時の俺じゃ絶対に真似できない。

 処理を並列分散して、扱う異能を分けているからこそできる芸当だ。

 空から見渡せば、アルベルトさんは既に戦闘を終えているようだった。驚きながらもこっちを見ているが、走りは止めない。グレン先生の手助けをしに行くのだろう。

 ただ、グレン先生ももうじき片をつけるだろう。

 『アクティブ・レーダー』に映る映像でグレン先生が青髪のクソ野郎に銃を突きつけて、殴り飛ばす鬼畜な所業を見た。

 

「俺らも決着をつけようか?」

「なんの話をしている。トチ狂ったか!?」

 

 はっ、会話にならねぇ……な!

 

「うあぁぁぁぁ!!!?」

 

 俺はブラウモンを元いた場所に蹴り返してやる。

 今度は俺が見下ろしてやる。

 案の定、ブラウモンは怒鳴り散らすがそれこそ無視というものだ。聞いてやる価値もない。

 ブラウモンはそのまま後ろに迫るニコラに気付かずに殴り飛ばされる。

 

「そ、そもそもだ。電気操作(ニコラ)、貴様は霊体であるのに関わらずなぜ現世に干渉できる!?」

 

 確かにその疑問はもっともだな。

 俺も彼女の記憶を覗くまでは分からなかった。

 

「簡単なことよ。あなたの生ゴミ(四肢)の始末が杜撰だっただけ」

「なっ……貴様は正気か!?」

「少なくとも128人の体を好き勝手に弄りまくるあなたよりは正気よ」

 

 そう、ニコラは霊体でありながら自身の体の四肢を取り込んだのだ。

 不安定な状況だからこそできる力技だが、憎い相手をぶっ飛ばすにはこれ以上ない策だ。

 ニコラは今日、この日のためだけに未来を捨てたのだ。

 だからこそ、俺は乗った。

 霊達の首領であるニコラを失えば白金魔導研究所はまず間違いなく、ダンジョンと化すだろう。

 渦巻く怨念は彷徨い続け、永劫の闇に囚われる。

 タイムリミットは今日。

 ニコラが完全に消滅する今日だ。

 それを俺が知れば必ず手助けすると分かっていたからニコラは協力を拒んだのだ。

 命がけというフィルターを通さずに俺の目で感じて決めて欲しかったのだろう。

 それは一流の復讐者なりの矜持だ。

 忘れれば、今までの行いはただの獣がしたことに堕ちるのだ。

 血を流し続けたブラウモンの体が急速にしぼんでいく。

 どうやら自分に何が起きているか分かっていないようだが、それは俺や128の魂達には関係のないことだ。

 

 決めよう。

 俺たちなりのケジメをつけるんだ。

 

 ◆

 

 ラクスは圧倒的な余裕から生まれた驕りを失い、尻餅をついたバークスの真正面に立つ。

 紡ぐ呪文はバークスでも聞いたことがないもので、固有魔術であることは明白だった。

 加えてバークスは外道ではあるが優秀だ。故に、これから繰り出される魔術が超級の攻性魔術であることを一瞬で看破した。

 

「《空を駆け抜けるは・紫電の流星ーーー」

 

 触媒を砕くこともなく紡がれる言葉はニコラ達からの贈り物。この一件に関しての僅かばかりのお礼だ。

 

「願いを抱えて・全てを砕く・その威光は破魔の雷槍が如し」

 

 コインを取り出して宙に投げた。

 右手を大きく引き、腰を落として打ち出す構えを終えた。

 狙いはバークス=ブラウモン。

 ラクスの家族を奪った男だ。

 

 生かす価値などない。

 

「果てへと至れ!》」

 

 ーーー研究所から紫電の流星が飛び立った。

 

 ルミアは確信した。全てが終わったのだと。

 しかし、流星に願わずにはいられなかった。

 光帯が狭まる前にルミアは両手を合わせてお祈りをする。

 それが偽りの流星だとしても、どうか届いて欲しい。

 

「無事に帰ってきて、ラクス君」

 

 そう願わずにはいられなかった。

 

 願いを込めた流星が空へ飛び立つ。

 今、正しく超電磁砲が完成された。

 

 空を紫電の流星が駆け抜け、果てまで飛んでいく。

 

「はっ、はっ……くっう」

「ああああ、な、なぜだ。私は生きて……?」

 

 黒魔完【超電磁砲】がブラウモンを消滅させることはなかった。

 研究所は8割吹き飛んでいたが、紫電の流星はバークスの横を通るようにして軌跡を残していた。

 

「それがニコラの願いだ。マイク、メイライ、トニー、ブラウス……それにあいつらの友達の願いだからだ」

 

 彼らは最初の契約の時にラクスに告げた。

 未来に生きる者が死者に誑かされてはいけない。

 救うべきに振るわれる手が血濡れではいけないと。

 

「お前なんか殺す価値もない」

「な、なにをっ!!」

 

 ブラウモンが最後の力を振り絞って人の身としてラクスに殴りかかる。

 ラクスもそれに全力で応える。

 

 彼らは言った。

 ブラウモンに突きつける絶望は既に決めてある。

 落として、落として、勝ち逃げしてやると。

 最初から行われていたニコラとラクスの必要以上の煽りも最後への布石。

 

「ぶはっ!?」

 

 ラクスの拳がブラウモンの顔を捉える。

 陥没した鼻が今までのように回復することはない。

 ラクスの目が青く淡く光る。

 だらりと伸びた腕から突きつける指先が複数の意思をもつ。

 淡い青色の粒子がラクスを中心に渦巻き、強烈な光となり現出した。

 

「こ、これは……」

 

 ブラウモンが驚くのも無理はない。

 出現したのは127の魂達。

 力を失いかけて存在が希薄となった霊達。

 瓦礫に腰をかける者。子供達の肩を支えている兄貴分。天井に足をつく者。

 それぞれがブラウモンに向けて指を指していた。

 これから紡ぐ言葉は実験動物として見下し続けたブラウモンへの逆襲。

 一生の最期を切り取り反逆する。

 お前なんかに利用されていたものかと。

 お前のような下衆に選択権なんてない。

 

「「「お前なんか殺してやらない!」」」

 

「お前を裁くのは人じゃなく法だ!」

「だれもお前を助けない!」

「天から見下し続けてやる!」

 

 幽霊達が矢継ぎ早にブラウモンをまくし立てる。

 対するブラウモンは顔を青くさせ、震えるだけだ。

 

「私達はあなたに勝った!」

 

 声帯をはちきれんばかりの勢いでニコラが吠えた。

 

「だそうだブラウモン(負け犬)。お前は結局、見下し続けた者に追い越されるのが嫌だっただけだ。異能を嫌いながらも研究するうちにお前はお前の存在価値を疑った!」

「だまれ、だまれ、だまれだまれだまれ……ッ!」

 

 顔をとうとう白くさせたブラウモンが立ち上がった。

 ラクスに額をぶつけて叫ぶように言葉をつないだ。

 

「天才だ。バークス=ブラウモンは天才だ。万象の真理を解き明かし、世界を切り開くのだ。戦いだのとくだらない遊戯に使う貴様ら野犬とは違う。違うのだ!」

「違わねぇよ。結局、異能の力を使って俺とやりあったじゃねぇか。なんにも変わらねーよ」

「低俗な貴ーーー」

「ガキどもが寝る時間だ。静かにしてくれよ」

 

 ラクスは腹部を【ショック・ボルト】をまとった腕で殴りつけた。限界だったのだろう、ブラウモンはあっさりと床に伏せた。

 

「続きは地獄で聞いてやる……聞けたら、だけどな」

 

 こうしてラクスと128の迷える魂達の戦いは幕を閉じた。

 

 ◇

 

 ブラウモンを【スペル・シール】で丁寧に拘束して俺は一息つく。

 残りは後始末だ。

 と言っても、そんなものはほとんどないのだが。

 大体はもう吹き飛ばした。

 頭の中に響く声も途絶えた。怨嗟は潰えたのだ。

 それは目の前で次々に消えていく子供達の笑顔が証明してる。

 

「ありがと、お兄ちゃん!」

「お礼を申し上げます。さよなら、雷撃の人」

「またな。いずれの空でまた会おうぜ!」

「おうおう、達者でな。風邪に気をつけるんだぞ?」

 

 妙に変な言葉を使うやつらが多いが、外に出ない影響だろう。暇つぶしで本を読んでそれが普通だと思ってしまったやつも多いみたいだ。

 

「おう、お父さんお母さん!」

「マイク、メイライ、ブラウス、トニー……」

 

 霊達も続々と消えていき、見知った顔がやってきた。

 ニコラも溢れでる涙が止まらないみたいだ。

 あぁ、俺も止まらないよ。

 

「最後はぁ……笑って見送ってやる……って、決めたんだけどな……っ!」

 

 俺はたまらずにニコラを巻き込んで四人を抱きしめた。

 家族の温かみだ。こんな時だってのに安心する。そんな温度だ。

 

「お父さん、すぐにこっちくんなよ?」

「バカマイク。ガキが親の心配するなんて100年早いわ親不孝者め」

「心配だなぁ」

「……全く生意気な子供達だよ」

「俺らはお母さんがいるからな! お父さん1人で大丈夫か?」

 

 あぁー正直なところ厳しいな。

 

「大丈夫よ。お父さんは妾さんがいるから」

「ちょ、ニコラ!?」

「うわーお父さんやるぅ! ひゅーひゅーだぜ」

 

 随分と古いネタを使って煽りをかましてくるマイク。

 誰に似たんだか。いい加減にしてほしいぜ。

 

 ……もう時間か。

 マイクやメイライにブラウス、トニーの体は半分以上が透けてしまっている。

 本当に目を背けたくなるくらいに残酷な現実だ。

 でも、子供達の旅立ちを親が見届けないわけにはいかない。こいつらは今よりも大きな空で羽ばたくんだ。

 こんな汚い世界で閉じ込められたような檻の中でなく、綺麗な青空の下で。

 だから、俺は精一杯の笑顔で送り出さなきゃいけない。

 それがこの子達の親の義務で、俺がやりたいことなのだから。

 

「行ってらっしゃい。道中気をつけるんだぞ?」

 

「「「「うん。行ってきます、お父さん!」」」」

 

 それがあいつらの最期の言葉だ。

 大きな穴が開けられた研究所から飛び立って行く。ようやく、あいつらは解放されたんだ。

 

 願わくばどうか、月の光に導かれるまま安らかに。

 

「みんな行っちゃったね」

「あぁ、置いてけぼりにされちまった」

 

 残る霊体はニコラのみ。

 ニコラは体が残っている分、現世にしがみつく力が強いのだとおもう。けど、それも……時間の問題。

 

「俺は……無力だ」

「ううん、そんなことないよ。久しぶりに必死なラクスをみたら昔を思い出したよ」

「……どんなことを?」

「木登りに夢中になって降りれなくなったトニーを助けたりとか」

「あんときは俺も怖かった。あいつ暴れやがるもんだから、マジで死にかけた」

「ふふっ、今も昔も子供達のために必死になる『お父さん』はカッコいいよ」

 

 そうか。

 ありがとう。

 

「……あーもう! ラクス・フォーミュラ!」

「は、はいっ!?」

 

 急にニコラが俺の頬をパチンと挟んだ。

 しかもフルネーム呼びとかいう懐かしいやり方で。

 

「うじうじしない! 無い物はない、ある物はある! 私達は研究所にずっといて不自由だったけど不幸じゃなかった! ラクスは不幸を理由に不自由になるつもりなの!?」

「そんなつもりは……」

「異論は認めませーん! もうっ、そんなんじゃお母さん心配だよ。いい? 昔から言ってるはずだよ、未練とご飯は残さないって」

「初めて聞いたんだが」

「知りませーん! もうっ、そんな……んじゃお……母さん心配……だよ」

「ニコラ……」

 

 ったく、慌てん坊の癖に無理をして今まで頑張ってきたんだな。

 俺はニコラをたまらず抱きしめた。

 

「よく頑張ったな」

「うん……うん」

 

 変なところに頑張り屋なところがあるからニコラはなんでも背負っちまう。

 昔の俺じゃ、わからなかったけど今は違う。

 ニコラが経験してきたものを記憶として持っている。

 ()()()()()と異能を駆使して自身の存在を死へと傾けた。

 その代償はあまりにも大きいものだった。

 

 俺が見たニコラの視界は時たまにぐちゃぐちゃだった。

 人は人として認識できずに無数の触手で構成されてた。

 そういうときは声だけで誰かを判断していたのだ。

 不定期に訪れるその代償は激しくニコラの精神を磨耗させていただろう。

 

「子供達に情けない姿は見せられないだろ。今は俺の胸を貸すから思いっきり泣いていけ。これなら誰もニコラの泣き顔を見ることはない」

「うっ……うん……ラクスの……ばかぁ」

 

 今回限りだ。馬鹿呼ばわりは多めに見てやろう。

 

「私だって……生きたいよぉ……もっと、みんなと一緒に……笑って、泣いて生きたいっ!」

「あぁ! あぁ……ッ!」

「ふざけないでよ……なんで、私達だったのよ! 他の誰でもよかったじゃない……わああんんん!!!」

 

 ここに来て初めて聞いたニコラの本音。

 つまりニコラはどこまでの平凡を求めただけだったんだ。それは俺も同じこと。

 だよなぁっ……もっともっと生きていたかったよな。

 

「……俺がっ……ニコラの分も家族の分も生きていく」

「大丈夫なの……お父さん?」

「正直言うと厳しい。今にも消えてなくなりそうだ」

「マイクが言ってた通りね。すごく心配」

「それでもニコラの言う通りに不幸であることで不自由になっちゃいけないんだ」

「……うん、少しはまともになったかな」

 

 次第点は頂けたようだ。

 

「約束する。俺は幸せになってみせる」

「それでこそだよ。言わなくても分かってるみたいで安心した」

「お前の記憶も見たからな」

「以心伝心だね。実は私も見たからね?」

「……嘘だろ?」

「ホント……ルミアちゃん大切にしなよ?」

 

 ……あぁ、さすがだ。いつまでたってもーーー

 

ニコラ(お母さん)には敵わないなぁ」

「ふふっ、大勝ー利!」

 

 昔みたいにおどけてみせてVサイン。

 大敗北だよ。俺は。

 

「……時間だね」

「そうだな」

 

 ニコラの体はあいつらみたいに半分以上が消えかけてた。

 本当に時間ってやつは俺らのことを無視して勝手に進んでいきやがる。

 

「やることがまだ残ってるの。少し早いけど、行くね」

「あぁ。ニコラは前後不注意だからな道中気をつけて」

「もーまた子供扱いして!」

「あはは、ごめんごめん」

 

 大丈夫だ。ニコラが俺を勇気づけてくれた。

 もう、涙はーーー大丈夫だ。

 

「大丈夫、お父さん? 困ったら周りを頼るんだよ?」

「それ俺のセリフだから。ほら、心配しなくていいから。もう十分に元気はもらった。老後までは走り抜くさ」

「うん、それじゃ……ね」

 

 ニコラは月の光に寄り添うように飛び立って行く。

 と、思ったら引き返して来た。

 

「ティッシュ持った? ハンカチは? お弁当は漬物が入ってても我慢して食べるんだよ?」

「遠足に行く子供か、俺は!?」

「だってー!」

「あーもう」

 

 色々と台無しだ。

 この能天気娘は空気を読めないのか。

 

「しばらくしたらそっち行くから。そんときはまた孤児院を案内した時みたいに案内してくれ」

「……うん、うんっ。任せて!」

 

 それじゃ、本当に本当に最期のお別れだ。

 

「行ってらっしゃい、お母さん」

「行ってきます、お父さん」

 

 そしてニコラは今度こそ、月の光に寄り添い姿を消した。

 多くの霊が散って生じた霊子が研究所を幻想的に彩る。

 俺は研究所を後にしようとした。用はない。あとは縛ったブラウモンをアルベルトさんに渡して、研究所を跡形もなく吹き飛ばす。

 なのだがーーー

 

「うん? ……っ!?」

 

 首元に違和感を覚えて触った。

 首から掛けられていたのはルミアが着けているような金のロケットペンダント。

 コレは。アレだ。クリスマスの夜に俺がニコラに日頃のお礼って渡した記念の品。

 ロケットペンダントを開いて中身の写真を確認した。

 

「ああ……あぁ、ああああ……」

 

 納められていた写真は孤児院で撮ったみんなで笑いあう集合写真だった。

 もう限界だった。堪えた涙は決壊したダムのように溢れ出した。塞きとめることなんてできない。させやしない。

 

「……ありがとう……みんなっ……こんあ俺がけど頑張っていぎでくから……」

 

 ごめんグレン先生、リィエル、ルミア。

 もうちょっと帰るのは遅くなりそうだ。

 




まさかまさかの日刊ランキング1位を頂きました。本当にありがとうございます。

これからもルミア大天使をセクハラし続け、ラクスを苛めると誓います。
それはそうと、昨日はルミアの誕生日だったんでした。記念の話とか書いてなくて、期待されてた方申し訳ないです。ほ、ほら、また来年あるから。


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RAIL AFTER 1

「全てがおじゃんになっちゃったな」

 

 旅行の計画とか、なんやらとか色々だ。

 後悔してるわけじゃない。

 ただ、心に出来たささくれみたいなものでこう……引っかかるって言うのかなぁ。

 結局は全てが……丸く、うん。収まったと思う。

 その、なんだ。学生が行く旅行ってイベントみたいなもんがあるだろ? 肝試しとかさ……告白とか。

 ニコラに大事にしろって言われた手前、今からでも遅くはないのかもしれない。

 けど、それじゃなんかずるい感じがする。

 もちろん、ルミアが優しさで頷くとは思えないが、今の俺は客観的に見れば同じ家族を2度も失った悲劇の人。

 補正とかは少なからず入るのかもってのは俺の考えすぎなんだろうが、告白は真正面からあとグサれなくだ。

 研究所の外で物言わずに反応も無くなったあいつらを丁寧に処置し終えて、その場に腰掛けながらそんなことを考えていた。

 

「……体調が悪いか?」

「お気遣い痛み入ります。けど、そんなんじゃないですよ。一人の男の夢が破れた……それだけです」

「そうか……」

 

 処置を手伝ってくれたアルベルトさんが気を回してくれる。つーか、この人は神父だったらしくなんかお見送りの言葉とかをやってくれていた。

 ハイスペック神父だな。ちょっぴり憧れる。

 

「先輩としてさ。これからは孤児院でガキどもを見守ってくれ」

 

 四肢を擬似的に取り戻させたニコラの遺体に語りかける。まったく、綺麗な寝顔だな。死んでるなんてわからねぇや。

 

 それとこれから死体袋に入れて軍の方々が運んでくれるようにアルベルトさんが手配してくれたようだ。細心の注意を払うようにキツく言ってもらおう。

 

「ラクス、孤児院のことだが」

「えぇ、分かっていますよ」

 

 考えないようにしていたが、まだまだ問題は残っている。

 俺が見てきた状況とアルベルトさんが調べた証拠から疑念は確信へと変わった。

 つまりは孤児院院長、セルゲイ=カリリウスとブラウモンの共謀。

 セル爺はニコラやガキ共が研究材料になると分かっていて送り出した可能性がある。

 院長という立場だ。どの生徒が異能者であるかは筒抜けだろう。ひた隠しにする俺とは違い、純粋なガキどもはすぐに自慢をしたくなるものだから。

 考えないようにするってのは今更、都合が良すぎるよな。

 

「傲慢かもしれないですけど……ガキどもにセル爺が逮捕される瞬間を見せたくないです」

「同感だな。多感な時期にその光景を見せるには些か不安が残る」

 

 驚いたな……まさか、いや。

 これが本当のアルベルトさんなのだろう。

 

「当事者のお前たちには悪いが、これは特務分室が担当するには小さすぎる問題だ。故に室長は首を突っ込まないだろう」

「あぁ、あの赤毛の……」

 

 イヴ=イグナイトだっただろうか?

 アルベルトさんの様子を見るに相当に性格が悪いのだろうか。実際に話したことがないのでわからないが、いざという時のために警戒ぐらいはしておこうか。

 

「孤児院の件は俺が始末をつける。悪いようにはしない」

「……ッ!? ありがとう……ございますっ」

 

 あぁ、本当っ良い人と出会った。

 アルベルトさんは事件の後始末の総指揮を取ってくれるようだ。天の智慧研究会の調べがあるのに関わらず、ガキどもを傷つけないように全力で配慮をすると。

 俺はアルベルトさんにこの人生でまだ一度もしたことない最敬礼を俺が持てる限りの最高位の敬意を伴ってした。

 そんな俺にアルベルトさんは黙って肩に手を置く。

 

 俺とアルベルトさんは軍の人が到着した明け方まで居心地の悪くない無言の時を過ごした。

 

 研究所から帰る頃にはすっかり日は登り始めていた。

 きっと、リィエルはシスティにビンタされて抱きしめられてるだろう。クラスの奴らも野暮だとか言って、その光景を微笑ましく見てるに違いない。

 俺のすることは簡単だ。

 まずは湿布を買って、ルミアの前で正座。

 これだけの簡単なことだ。迷惑をかけたし、心配もさせた。こればっかりは俺の頭一つでどうにかできる問題じゃないだろう。

 ルミアの少しばかりのわがままを聞かねば許してもらえないだろう。もっとも、ルミアがわがままを言えるのかどうかは別問題だが。

 

 憂鬱になりながらも俺は旅籠についた。

 玄関先にいたのはグレン先生だ。

 

「ただいま戻りました」

「……ラクス、今回の勝手な行動に対して言い訳は?」

「ありません」

「そうか……目が腫れてるぞ。飯の時間までにこれで冷やしとけよ」

「うおっ!? ……え?」

 

 グレン先生は冷やされたタオルを投げて、部屋に戻っていった。

 いやいや、それだけですかい。もっと、さぁ?

 覚悟しろよ、馬鹿野郎とか言ってぶっ飛ばされるぐらいは覚悟していたのだが。

 なんかグレン先生ってば殴りたくても殴れないみたいな顔をしてたな。

 とりあえず先生の言う通りにベンチに腰掛けて目を冷やす。冷えたタオルを当てて初めて分かったが、相当に泣き腫らしてるみたいだ。すごい熱を持ってる。

 と、そこで気配を感じて目に当てるタオルを取った。

 気配の主はリィエルだ。

 

「ラクス……」

 

 申し訳なさそうに人の名前を呼ぶもんだから割り込んで、座らせる。

 

「思ったより良い顔してんな。ほら、こっちこい」

「……ん」

 

 ルミアとシスティは思っていた通り、リィエルを見捨てずに抱きしめたようだ。

 リィエルの顔は今まで見てきた中で一番良い顔だと思う。花があるってのかな。

 

「グレンが……未来に生きろって言った」

 

 少ししたらリィエルはポツポツと俺がいなかった時の話を始めた。

 グレン先生……あの人はたまに、本当にたまにだけどいい事を言うよな。

 

「わたしはルミアとシスティーナを守る。それにグレンの剣になる。わたしは今一番やりたいと感じているのがそれ……ダメかな?」

「ダメなもんか。まずはリィエルの好きにやってみろ。結果は後からついてくる。大切なのはその結果から目を逸らさないことだ……できるか?」

「難しいけど……やってみる」

「その意気だ」

 

 お前はもう特務分室の《戦車》じゃない。アルザーノ魔術学院のリィエル=レイフォードだ。

 その名を以ってして、やりたいと思ったことに挑戦していってほしい。それが今回の一連の騒動で出したリィエルの答えだというならば俺はそれを応援しよう。

 つまずけば、俺たちが支えよう。

 立ち上がるための勇気を授けよう。

 進むための助言を施そう。

 俺たちはそうやって学んでいく学友なのだから。

 

「そうだ……ルミアが呼んでた」

「うっ……だろうな」

 

 うーん、ちょっとっていうか大分、気が重いなぁ。

 俺はリィエルにルミアが待っている場所を聞いて、ベンチを立った。もちろん、リィエルを撫でることは忘れない。

 

 旅籠の近くに森があると、室内に虫が入ってきそうで怖いよね。

 俺はルミアが待っているであろう場所に行くまで適当な事を考えて、気を紛らわせていた。

 森の中を少しだけ進んだところだ。木々が生えずに光が射し込んでいる場所があった。

 その光の中央にいるのはルミアだ。

 

「あっ……」

 

 俺は思わず漏れるような声を出した。

 これは幻想的だ。普段から天使だのなんだのを言っていたが、比喩抜きにしてこの光景は神話の再現のように感じられた。

 

「やっと帰ってきたね。ラクス君」

「……おう、ただいま。待たせたな」

 

 俺は顔をうつむかせてルミアに歩み寄った。

 

「グレン先生に挨拶はした?」

「したよ。玄関先で……なんつーか、妙に優しくて驚いたな」

「ニコラさんが気を回してくれたからだよ」

「へぇ……ニコラが……ん!? ちょっと、待て。ニコラが来たのか!?」

「うん、これからもラクス君をよろしくお願いしますって」

「……そっか」

 

 ニコラが去り際に言っていた用事とかなんとかはそういう事だったのかよ。

 いやー、なんと言いますかーーー

 

「愛されてるね」

 

 だな。

 本当っ、俺にはもったいない家族だ。

 

「ねぇ、ラクス君?」

「なんだ?」

 

 ルミアは怒る様子もなく、いつものように会話を続けてる。だからこそ、次に来た言葉には頭をハンマーで殴られたような衝撃を感じた。

 

「今回の一件、ハッピーエンドだって思ってる?」

「そりゃ、お前ーーー」

 

 どうだろうな。

 ニコラや俺の家族は犠牲になった。

 けど、リィエルは無事に帰ってきておおよそ感情と呼べるものを学び始めた。

 想像したくもないが、ルミアも脳みそだけにされるのを未然に防ぐことができた。

 また、今回の一件という話に限るならニコラ達は既に死んでいて霊としての怨念を広げることがなかったので実質的なマイナスはなく、彼らに取ってはプラスとなったはずだ。

 ……したくもない打算だが、これは事実だ。

 俺はルミアに今回の結末の感想を伝える。

 

「間違いなく……ハッピーエンーーー」

「そんなわけないよ!!」

「……へ?」

 

 俺はルミアに胸ぐらをつかまれて、近くの木に押し付けられた。

 初めて見たルミアの激昂に俺は言葉を無くす。

 なにが違うのだろうか。

 今回の件もいつもと変わらずにみんな帰ってこれただろう? それならハッピーエンドに間違いない。

 

「ラクス君の計算には、あなたの心に残された傷は入ってるの!?」

「……なに言ってんだよ。そんなこと」

「どうでもいいなんて言わせないよ?」

 

 俺はルミアの腕に更に力が入るのを感じて、なにも言えなくなる。

 俺の心の傷? そんなのみんなも受けたじゃないか?

 

「リィエルもシスティもみんながみんな、傷ついた。私だってバークスさんに向けられた目を忘れられないし、怖いよ」

 

 そうだ。

 俺もそうやって背負ってきた。

 だから抱えきれない。

 だから膝が折れそうになる。

 

「でもね。みんな大切なものは奪われてない」

「……」

 

 ルミアの力が弱まっていく。

 そして、俺もようやくルミアの言葉の意味を理解した。

 

「ラクス君は家族を奪われたんだよ? お世話になった人や、世話がやけるけど煩わしいとは感じなかった人を奪われたんだよ? そんな人は人生に何人会えるか分からないんだよ? なのに、どうしてハッピーエンドだなんて言えるの?」

 

 そんなの……。

 

「ハッピーエンドって言うしかないだろ……? そうじゃなかったら俺はどうして拳を握ったんだ? なんで、血反吐を吐きながら歩き続けたんだ? 俺はなんのために命を賭けたんだ?」

「分からないよ! 言ってくれなくちゃ分からない! どうして、心に鍵をかけちゃうの!?」

 

 俺はルミアの優しくて、甘い言葉にーーー腹が立った。

 だったら言ってやるよ。全部。

 

「言ったところでどうなるんだよ!? お前に俺の抱えてることを話せば、この意味不明な重圧から逃れられんのか!?」

 

 いつもの重責にブラウモンの怯える目が増えた。

 そうだ。間違いなく、次は耐えきれない。

 

「『なんでだよ、なにを簡単に諦めてるんだよ!』」

 

 それは……その言葉は俺があん時に。

 ルミアが魔方陣に囚われる時に俺がかけた言葉だ。

 あん時のルミアは死ぬ覚悟しかしていなかった。

 だから、俺はそれを生きる覚悟にして欲しくて。

 

「ラクス君は周りを見てない。差し出された手を見ないフリをしてる。分かるよ、その気持ちは少しだけ。また、失うのが怖いんだよね? 近くにいれば巻き込んじゃうから。だから、有事の時には決まって遠ざける」

 

 どこまで見抜いてるんだよ。

 そんなの俺だって言われるまで気付かなかった。

 確かに言われてみればそうだ。

 危ないからって。俺の近くにいれば守れないかもしれないからって。

 遠ざけるか、守りに徹させるか、俺よりも遥かに頼れる人に託すか。

 それはどうしてかって、聞かれればーーー

 

「自分に自信がないから、だよね?」

「……そうだ」

 

 間違えれば、謝る。

 けど、それが取り返しのつかないものであるならばとてもじゃないが耐えきれない。

 それは一生、尾を引くものだ。

 足枷のようにつきまとうものだ。

 蜘蛛の糸のように絡まるものだ。

 

「きっとね。ラクス君は誰よりも前向きなんだと思う。だからこそ、左右が見えないんだよ」

 

 そりゃ、言い得て妙だな。

 言葉遊びが上手いな。ルミアは。

 

「私の思うハッピーエンドはね。みんなが肩を組んで心の底から笑いあえることだと思うの。だから言える。今はまだハッピーエンドじゃない」

「……理由を聞かせてもらってもいいか?」

()()()()()()()()だよ、ラクス君。今のラクス君を見てるとすごく、心が痛いの」

 

 ……似てるなぁ。

 そうだよな。そうだった。

 ルミアが言う俺の部分をまんまルミアに置き換えれば、テロリストの時や競技祭の時の俺の心情になる。

 だからこそ、次に続く言葉がわかってしまう。

 

「私が勝手にあなたを救うから、あなたは勝手に救われてよ……こうまでして私がラクス君を助けたい理由、分かる?」

「一緒にいたいからだ。笑いたいからだ。泣きたいからだ」

「うん。1割正解」

「ん? なんか足りないか?」

 

 驚いたな。あん時の言葉を間違いなく再現できたと思うのだが、なんかショートして吹き飛んでたか?

 

「私がラクス君を好きだから、だよ?」

「……は?」

 

 ……え?

 って、え?

 マジで、は!? ってえぇぇぇぇえええ!?

 理解が追いつくけど、気持ち追いつかないってか、マジで、ん!? 聞き間違えでなく!?

 

「ふふっ、意外かな? でもね、私から見たラクス君は夢物語に出てくるヒーローみたいな人なんだよ。こんなの誰でも恋に落ちちゃうと思うんだよね……ううん、私の場合は違うかも。だって、あなたがあの魔方陣から攫ってくれた時よりも前からーーー」

「おいおいおい!? ちょっと待てぇ!? どうした、なにがあった!? いや、告白はすげぇ嬉しいのだけど! 垂直跳びでメルガリに到達できそうだけども!?」

 

 魔道具専門フリーマーケット『メルガリ』。

 

 ……って、違う!? 俺はなにを困惑してるんだ!?

 さっきまでクソシリアスだったと思うのだが!?

 

「こう見えてもかなり勇気を振り絞ってたり……」

「ですよね! わかります……でもさ、どうして急に?」

「……ニコラさんがね、言ってたの。きっとラクス君は放っておくとどっかに行っちゃうって」

「だから、俺を引き止めるためにそんなことを?」

「そんなこと?」

「いや、言葉のあやです許して」

「ふふっ、冗談だよ。ラクス君が土壇場以外じゃ、口下手なの知ってるから」

 

 理想の嫁か!?

 なんか細かいことどーでも良くなってきたな。

 

「ニコラさんの言葉はキッカケだよ。私のこの気持ちはずっと燻ってて、火がついちゃった」

「ついちゃった、って……お前」

 

 俺はこの告白をどう受け止めるべきなんだろうか?

 ルミアの想い、とても嬉しい。

 でもそれは本当に純粋な想いか?

 俺が遠くにいかないようにルミアは鎖をつけたいのか。

 

 ーーーいや、ちょっと待てよ俺。

 

 どうしてそう思うんだよ。

 嬉しいんだろ? じゃ、どうして疑うんだよ!?

 

「……答えを聞かせて欲しいな」

 

 これは俺の傲慢だ。

 でも、俺は疑ってしまった。彼女のことを。

 なんでだろうか?

 本当に……なんでだろうか?

 

『くはっ』

『ははははははは!』

『あひゃひゃひゃ!』

 

 ……そっか、もうここまで来てたか。

 そうだな。ルミア、君の言う通りだ。

 俺は自分の心を勘定にいれてなかった。

 

『死ね、ここで死ね』

『生きる価値などない。こちらへこい』

『『『さっさと、死ね』』』

 

 視界がぐにゃりと歪んでいく。

 ルミアが何かを言っているような声がする。体を激しく揺さぶられてるような気がする。

 感覚がひどく曖昧だ。

 温度を感じない。

 気持ち悪い。

 なぜだろうか、ルミアがこんなにも愛してくれているのに。こんなにも嬉しいのに。

 どうして俺はこんなにも満たされないのだろう。

 気持ち悪い。

 

『『『死ね、死ね、死ね、死ね』』』

 

『『『なぜ、お前だけが残っている? 死人のくせに』』』

 

『『『運に恵まれただけの豚が』』』

 

 気持ち悪い。

 うるさいぃぃぃぃぃ!!!

 なんなんだよ、コレ!?

 これじゃ、まるで、魔術を使ってるときのニコラのような視界じゃない……か。

 

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い。

 

「ら、ラクス君? 顔色が悪いよ……そんなに嫌だった?」

「ち……がうんだ。ちょっと疲れが残っててな」

 

 悪夢を振り払う。

 大丈夫だ。まだ立っていられる。

 この気持ちを伝えなくては。

 

「ルミア……その告白、めっちゃ嬉しい」

「うん」

「けど、ごめん。まだ、その気持ちには答えられない」

 

 ルミアの顔が一瞬だけ悲壮に染まり。いつもの花が咲いたような笑顔になる。

 

「……理由を聞いてもいいかな?」

 

 痛い。

 鋭いナニカが心に刺さる。

 俺が望んだことだが、耐えきれないな。コレは。

 だけどな。ラクス・フォーミュラ、決めたなのら最後まで貫き通せ。

 周りのことを無視して貫きたい信念があるんだろ?

 ここで通さなきゃ俺の気持ちは嘘になる。

 たとえば、それがルミアを不幸にするものでも。

 

 言え、言えよ! ラクス……ラクス・フォーミュラァァァァ!!!

 

「俺はお前が嫌いだからだよ」

「……ッ!?」

 

 あーぁ、言っちまったよ。クソが。

 

「天使とか、嬉しいとか全部嘘に決まってんじゃん。なにを勘違いしてんだよ」

「……ウソつき」

「はぁ? 声が小さくて聞こえないよ?」

 

 ひび割れる音がする。

 ナニカかが。俺が言葉を……ルミアを突き放すための言葉が口から出るたびにひび割れる音がする。

 

 俺はそれからルミアを突き放し続けた。

 対してルミアは俯いたままだ。

 俺の言葉はどこまで効いたのだろうか。

 

 疑問はすぐに解決される。

 俺はルミア=ティンジェルという女性を舐めていたのだ。

 

「バカ」

「……むぐっ!? どうしてそうなる(どうひへひぇひょうなる)!?」

 

 ルミアは俺の顔を強引に胸に押しつけた。

 息苦しい。

 

「ラクス君がグレン先生の真似をしてることなんてお見通しだからね。もっと、早くこうしてあげればよかった」

 

 くそ、くそ、くそ。

 やめろ。やめてくれよ……頼むからぁ。

 俺を甘やかすな。優しすぎるだろ。

 

「……どうして、ルミアはそんなに人を信じられる? 俺はお前のそういうところが、ちょっと怖い」

「やっと鍵を開けてくれたね」

「……」

 

 俺はハッとしてすぐに口を閉じる。

 

「答えは簡単だよ。私は人を信じれなくなる自分が怖いから……システィにグレン先生、クラスのみんなやラクス君を信じない私は私じゃない。それは別の生き方を選んだルミアという名前の別人」

「……その生き方は強いな。芯が伴ってる」

「グラグラだけどね……ラクス君の言葉がいくら嘘だと分かってても、怖かった。本心だったらどうしようって」

「ルミア……」

 

 俺を抱く両手が震えてる。

 なんだよ。結局は俺が一人で暴走してルミアが傷ついちまったってことかよ。

 一人の少女が泣く背中を作っちまったってことかよ。

 

 ダメだ。

 せき止めてた言葉が溢れる。

 一度、開けばしばらくは閉じない。そんな門が開きかけてる。

 

「もう一度返事を聞いてもいいかな?」

 

 ルミアのその言葉をキッカケとして、俺は溜め込んでいたものが流れでいくのを感じた。

 

「好きだよ! 大好きだよ! 全世界を敵にしても守りたいって、思ったんだ! 君の為に生きたい! 君だけの剣となり盾になりたい。二人で肩を並んで歩けたら

どれだけ幸せなんだろうって!」

 

 こんなじゃ、止まらない。

 どんだけ我慢してきたと思ってんだ!

 

「でも、くだらない悪意が邪魔で。俺には変な力があって、ルミアも俺が想像できないくらい色んなことを抱えてて……きっと、このままじゃ俺かルミアが死ぬまで争いは終わらない」

 

 感じるんだ。

 ずっと感じてた違和感が。ようやく分かったんだ。

 アルザーノ魔術学院は大きな儀式場と化してる。

 薄い、とても薄い因果を引きつけるような結界が。

 術者は強力な力を持つ者、強力な運命を持つ者、色々だ。恩恵というか呪いがかかってる。

 力は力を惹きつける。力は更に力を呼ぶ。

 昔から言い伝えられてる鉄則だ。だから、実話でもラノベでも強力な敵が次々やってくる。

 俺がこの世界を第三者視点から見たからこそ得た解答だ。この違和感はきっと、感じることも理解されることもないだろう。あのアルフォネア教授でさえも、この世界に縛られてる限り、だ。

 原則としての俺の存在が異常なんだ。

 皆が生きる一本線から少しだけはみ出したのが、俺。

 いや、言い換えた方がしっくり来る。

 この世界の一本線に俺が乗っかろうとしているのだ。

 異世界から来たのだから、その方が的確だろう。

 

「ごめんね、気付いてあげられなくて。ずっと苦しかったんだよね? 辛かったんだよね?」

「……あぁ……あああ」

 

 言葉にならない。

 ルミアの優しさが俺の心に入ったひび割れに浸透していく。

 ずっと、こうしていたい。甘い甘美な時間を永劫に過ごしていきたい。

 

「その重さを少しだけでいいから分けて。遠慮なんて要らないから。あなたの惚れた女性がその程度で潰れる女性だなんて思ってないよね?」

「ーーーッ! ありが……とうッ」

 

 俺はそのまま泣きまくった。

 ルミアの胸でみっともなく、高校生が声を上げて。

 この『遠征学修』は生涯で一番泣いた旅行になるだろう。

 俺はこの旅行で家族に別れを告げた。

 抱えてた生半可な覚悟を分け合うことでより強固なものにできた。

 そして、なによりルミア=ティンジェルという彼女ができた。

 

「な、ルミア。今なら言っていいか?」

「うん。私もそう思うよ」

「そうか。だよな」

 

 ーーー第三部、完。ハッピーエンドってな。




ラクス君、グレン先生の真似をしてロクでなしを演じるも速攻で大天使に見抜かれるの巻。
AFTER 続くかも、もしかしたらそのまま5巻突入かも?
どっちに転ぶかはサイコロで決めます。ただし、そのサイコロは私の気分で何回か投げられる模様。



この場を借りて誤字報告の感謝を申し上げます。

通りすがりの読む人様、団栗504号様、アシマ様、黒狐 玄狐様。ありがとうございました。


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RAIL AFTER 2

 やぁ、年齢=彼女いない歴史の諸君!

 ルミア=エンジェル……おっと、あまりの天使っぷりに間違えてしまったよ。ともかく、ルミアの彼氏のラクス・フォーミュラという者です。おっす、おっす。

 今は馬車に揺られて絶賛、学院に戻ってる最中なのだが、女性がいる荷台とは別で寂しいなぁ。

 

「おい、ラクス」

「どうしたカッシュ(童貞)?」

「殺すぞ、てめぇ!?」

 

 弄りやすくて大変よろしい。

 こんな感じでなんだか女性陣の荷台も騒がしい。

 愛しいな、俺の平穏。明日からルミアファンクラブの連中に命を狙われっかもしんねぇからな!

 

「ま、それも愛し、愛されてるからってことで!」

 

「「「……う、うぜぇ」」」

 

 FUHAHAHAHAHA!!!

 モテない諸君の妬みはやめてくれ。ほら、人の不幸は蜜の味というだろ?

 嬉しくなってしまうのさ、君達が羨ましいと感じるほどにねぇ!

 

「……すげぇ変わり身早いな、お前」

「おやおや、グレン先生ではないですか。ご機嫌よう」

「ご機嫌すぎるんで一発、ぶっ飛ばしていいか?」

「やんのか、この世帯持ちの俺を相手に?」

「てめぇ、やっぱりネジが吹き飛んでるな。いいぞ、放課後特別授業だ、構えな」

 

 馬車の上で激しく燃え盛るオーラ。

 先生は空気の流れに逆らわず、流水のような動きで右腕を出した。俺もそれに応じる。

 グレン先生に売られた喧嘩は買う主義だ。

 俺と先生の燃えるような熱が偶像となり、男性陣は目を覆う。

 

「レディ……ファイ!」

 

 カッシュが審判役として開戦のゴングを鳴らした。

 

「人様が血ぃ流して、四苦八苦してる最中に女とイチャコラとはどういう了見だ、テメー!?」

「それが先生の仕事ってやつだよなぁ!? つか、こっちだって色々大変だったんだからな、先生こそアルベルトさんとイチャコラしてたじゃねぇか!」

「薄ら寒いこと言ってんじゃねよ!? はっ倒すぞ!?」

 

 試合形式:腕相撲。

 俺とグレン先生は頭突きしあいながら、汚い言葉を吐き続ける。

 

「しかも、ルミアに手ェ出したとか命知らずか!」

 

「「「何ぃ!?」」」

 

「手ェ出してねぇから!?」

 

 グレン先生は言ってしまった。その禁断の語句を。

 ちなみにまだである。予定はしっかりとあります。なんなら赤線で二重枠になってると言っておいた方がいいか?

 

 アレ、クラスの男性陣ってばつぶらな瞳に殺意宿してんじゃん!?

 俺はグレン先生がニヤニヤするのを見て、覚悟を決める。どうやら先生も同じ気持ちだったようだ。

 

「「《その剣に光在れ》」」

 

 重なる詠唱。

 軋むテーブル。お互いの腕が悲鳴をあげてる。

 

「うぉぉぉぉぉおおお!! 先生ぇぇぇぇぇ!!」

「おらぁぁぁぁぁぁぁ!! ラクスぅぅぅう!!」

 

 魔術師式腕相撲。

 ラストスパートだ。己の全てをここで出し切れ。

 魔力を全てつぎ込め。ここで負ければ明日は無いと思え。

 俺は先生とは賭ける思いが違うんだよぉぉぉ!!

 

「ラクス……今、賭ける思いが違うと思ってたな?」

「な、なんでそれを!?」

「はーはははっ! 全く同じことを俺も考えてたからだ! 《まぁ・とりあえず・負けとけ》」

 

 うぉっ!? グレン先生の腕力が急に強くなる。

 なんだ、先生の腕が放電してる……まさか!?

 

「ラウザルクを模倣したってのか!?」

「学生の技を先生ができないわけないよねぇ、ラクス君? オラァァァァ!!」

「ぬおぉぉぉぉおお!!?」

 

 こんなところで負けるのか……?

 俺は、俺は……まだ。

 

 ーーーラウ……ザルクッ!

 

「ぜぇ、はぁ、や、やるじゃねぇか」

「はぁ、はぁ、せ、先生こそ」

「あっ、ルミアが手ェ振ってるぞ?」

「なんですと!?」

「おらっ!」

「うぉ!?」

 

 グレン先生は俺の気を引いて、一気に勝負を決めた。

 ルミアが手を振ってないぞ、この野郎!?

 

「はいっ、俺の勝ちー。偉大なるグレン大先生の神様的超頭脳プレー」

「おのれ、グレン=レーダスッ!」

「ハーなんとか先輩みたいになってるぞ」

 

 そんなこんなしながら、俺たちは帰路についた。

 

「はーい、それじゃ各自、今回の旅行で思い出に残ったことを感想文にして提出しろよー」

「ちょっと、先生! 旅行じゃなくて『遠征学修』、立派な授業なんですよ。それに感想文だなんてーーー」

「ほぅ、白猫。俺は魔術は人の心を突き詰めるもんだって言ったよな?」

「は、はい。言いましたけど、それとこれは」

「関係あるんだな、これが」

 

 解散間際にはシスティがいつものようにたしなめる。

 しかし、今日の先生は一味違うようだ。感想文にしたのは魔術の訓練だとほざく。

 

「いいか? 自分の気持ちを素直に表現できないのに、心を突き詰めたなんて言っちゃいけないな。それは突き詰めた気になってるだけで、俺から言わせると一番危ない状態だ」

「素直に……表現」

 

 ……すげぇ、っぽいこと言ってるけどさ。感想文と魔術は絶対に関係ないと思うんだ。

 

「だから心のままを綴れよーーーそうッ、女生徒諸君! 誠に眼福でしたっ、ありがとうございます!」

 

「「「ありがとうございましたっ!」」」

 

「《このっ・お馬鹿》!」

 

 ひゅーう、どかん。グレン先生に加担した男性陣は飛ばされた。

 システィのゲルブロはどんどん強くなってくなぁ。即興改変も今じゃ、クラスどころか学院でもぶっちぎりのスキルを持ってる。

 感想文……かー。適当にぴゃーって書けば、終わるだろ。さっ、勉強、勉強。

 

「だぁー、くそ。書けねぇ」

 

 家に帰って早速、取り掛かるのだが書けない。

 いや、俺ってさビーチバレー以外、まともに旅行してないやん? 施設見学も適当だし、夜の街に出歩くとかいう完全にOUTなこともしてるわけだし。

 

「リィエル、単位落とすぞ?」

「単位? それは美味しい?」

「おいしい、おいしい。だから、感想文書け。留年は心に来るぞ」

「ん……ラクスがそういうなら書く」

 

 リィエルが筆をとって30分。

 一向に書く気配がない。

 

「ZZZ」

「寝てんじゃねぇか!?」

 

 天に昇る龍のように背筋を綺麗に伸ばして寝てた。おそるべし、特務分室エース。

 どうすっかーと割と本気で頭を抱えていたら、家の呼び鈴がなった。

 誰だろうか、こんな時間に?

 

「えへへ、来ちゃった」

「ずきゅーん!」

 

 我が愛しのマイスゥイートハニィーじゃないか。

 

「私もいるから」

「私もですわ!」

「よっ、ラクス」

 

 システィ、ナーブレス、カッシュが居た。

 

「お前ら、帰れ。ルミア以外は帰れ」

「相変わらずの温度差ね。ま、いいわ。上がるわねー」

「おっす、お邪魔ー」

「失礼いたしますわ」

「ごめんね。でもね、実を言うとシスティがーーー」

「あぁ! もうっ、ルミア! その話はなし!」

 

 なんだ騒がしい奴め。

 グレン先生絡みでなんかあったのか?

 ま……いっか、とにかくお茶を用意してっと。

 

「おい、リィエル。お客様だぞ、起きろ」

「……システィーナ? ルミアにウェンディも……それに」

「カッスだ」

「そう、カッス」

「カッシュだ! カッシュ=ウィンガーだ!」

「ウィンガーだって、かっこいいねー」

「ん、多分グッドネーム、だと思う」

「うわぁぁぁぁ!!」

 

 泣き真似のカッシュ。

 うん、天然ボケはやっぱり強かったね。リィエルは可能性の獣だ。

 はい、みなさんどうぞー。

 

「口じゃ、ああ言う割に気が利くじゃない」

「えぇ、毒物が入ってないか心配ですが」

「ねぇ、お前ら遠慮って言葉知らないの? 叩き出すよ、ねぇ?」

 

 ルミアにどうどうと落ち着かされて、俺は椅子に腰掛ける。

 さ、リィエルがまたスリープモードに入る前に話を聞こうか?

 

「んで、どうした急に。ただ、世間話をしに来たってわけじゃないんだろ?」

「えぇ、そうね」

 

 システィは重苦しくティーカップを置いた。

 なんだ、本当にヤバイ案件なのか?

 

「ラクス、あなたーーー」

 

 ごくっ。俺は緊張に当てられ、生唾を飲み込んだ。

 

「学修をサボりすぎて感想文書けないでしょ?」

「はぁい、その通りでぇす!!」

 

 俺は全力でシスティに頭を下げた。

 話を聞けばルミアがどうにかしようとシスティに持ちかけ、どうせなら頭数が多い方がいいってことでカッシュとナーブレスが参加してくれたらしい。

 スィートハニー、マジで天使だった。

 

「あっ、でもシスティもすごく心配してたみたいだよ?」

「る、ルミア!」

「システィ先輩、本当にありがとうございます! 影でゲルブロヤクザとか言ってスンマセンシタ!」

「《噂の元は・アンタかぁぁぁぁ!》」

 

 家の内壁に激突する俺。

 壁が壊れないような威力調整まで完璧なシスティ、すげぇ。

 

「とにかく、ありがとうルミア!」

「うん、どういたしまして」

 

 ひしっと抱きつく俺の頭を優しく撫でてくれるルミア。あぁー癒されるんじゃぁ。

 

「コーヒー貰うわ。とびきり苦いやつ淹れる」

「おう、そこらへんにあるから適当に」

 

 急にコーヒーを欲したカッシュにコーヒー豆の保管場所を教える。

 リィエルは俺がルミアの膝を占拠しているのを見ると、システィの膝を凝視し始めた。

 

「だーめ、リィエルはこれから感想文を書くの」

「……それは厳しい。糖分が足りない」

「お前、糖分が必要なほど頭使ってるか?」

「ラクス、それはわたしにとても失礼」

「お、おう、すまん」

「頭の中でいつも次の食事のことを考えている」

「うん、予想通りで安心した」

 

 俺はリィエルにいちごタルトを頑張ったあかつきには提供することを誓い、作業を始める。

 さすがはシスティにナーブレスだ。理解度が違う。

 ただ、ルミアもシスティも頑なにProject:Revive Lifeの話はしなかった。

 そう、ナーブレスとカッシュが爆弾を投下するまでは。

 

「そういばシスティ達は所長さんとなんか小難しい話をしてたよな?」

「Project:Revive Lifeですわね」

「そ、それは……」

 

 システィはリィエルに視線を配る。

 うん、わかる。俺もめっちゃ心配だ。

 この空気を察したのか、ナーブレスとカッシュは冷や汗を流す。

 

「もしかして罠でも踏んでる?」

「うーん、リィエルはその計画に一家言あったんだよ。だから、バークスさんの意見と対立しちゃったの」

「あぁーそれで」

 

 カッシュはおずおずとした様子で質問してルミアがナイスフォローを入れるが、リィエルに一家言とかそれこそいちごタルトの製法くらいだぞ。

 ちょっと、どうにかしてぇシスティ!

 

「……ん? どうしたの、みんな暗い」

「いいのか、Project:Revive Lifeを題材にして?」

「問題ない。それよりも早くマスを埋めていちごタルト」

 

 ふんすっ、と意気込むリィエルに俺はもちろん、ルミアにシスティも毒気を抜かれてしまった。

 そっか、俺らが気にしすぎていたんだな。反省。

 

「「「あはははっ!!」」」

「「「?」」」

 

 話を知らないカッシュにナーブレスはハテナマークだが、俺らは自然と笑っていた。

 そっか、リィエルはそういう奴だったな。身構えすぎてんだよ、俺たちは。

 

 俺は計画について感じた私見を感想文に書くことで感想文を埋めることにした。元々、知っていた研究だ。勝手がいいし。

 おぉ、おお! 進む、ペンが進むぞぉ!

 なんだろう、この自分の領域に引きづりこめた感。気持ちいい。

 

 Project:Revive Life……ずっと昔から研究されていた死者蘇生の方法の一つ。この場合は難しいので要約すると、姿形は同じだが、中身は本体の記憶を受け継いだ全く別の誰かが生まれる。

 真の意味で死者蘇生が成されたとは言えないが、それはまごうことなく生命の創造だ。

 ぶっちゃけ言うと、人が手を出していい領域じゃない。嬉しいのはその束の間だけで、終わりには悲劇が待ち構えてる悪趣味なものだろう。

 ブラウモンは天の智慧研究会ーーーめんどくさいな、オカルトサークルでそれを成そうとした。

 成功する方法は二つ。

 一つ、既存のルーン言語では機能が足りないために龍言語や天使言語を扱うこと。

 二つ、この計画のために生まれてきたと言っても過言じゃない魔術特性を持った者が固有魔法で成功させること。

 結局、前者は発音できないし、後者はそんな人物が存在する確率が天文学的数字になるということだ。

 

 事件の当事者としてグレン先生から話は聞いたのだが、どうやらリィエルはその実験の成功例のようだ。

 方法は後者にあった天文学的な確率で存在する固有魔術の持ち主が成功させたらしい。しかし、固有魔術の持ち主は既に他界されていて、計画は陽の目を見ることはなくなったはずだった。

 

 ここからは俺の勝手な推測だ。

 ルミアの持つ異能は感応増幅じゃない。

 これは今回の事件で明白になった。マナの譲渡や増幅如きでなる魔術ではないのだ。コレは。

 ここで前者の方法について注目してみよう。ルーン語の機能限界という奴だ。

 俺の予想ではルミアの異能はここら辺に関わるもんだと睨んでる。

 ブラウモンがいくら天才といえ、竜言語や天使言語は使えない。人にはルーン語しか扱えないことを前提にして考えるとルミアの異能はルーン語の機能拡張……もしくは()()()()()()()()()()()()()()異能なんじゃないだろうか。

 最早、異能と呼ぶことすら疑問に思われるが簡単な話だ。

 広く普及されたものは開発者の意思によって恣意的なバグ、もしくは欠陥を残すことがある。

 これは単に悪用されたときの最後のセキュリティーのようなものなのだが、ルーン語にそれが施されてるとなるとちょっとマズイかもしれない。

 歴史上、それに気づいた人間は俺だけじゃないはずだ。

 末路はDEAD END?

 

「よっしゃ、終わり」

 

 やめだ。全て仮定の話だ。

 

「ラクス君、急に水を得た魚みたいに生き生きとしてたね」

「お前、意外と頭いいのな。テストだけかと思ってたぜ」

「ま、まぁ? 成績上位者ならそれくらい出来て当然のことでしてよ」

「……いちごタルト食べたい」

「ラクスは自分が得意なことになると人が変わるわね」

 

 今はこの光景を見ていられることに満足だ。

 実りのない話は無粋。

 ルミアがいつの間にか机の下で手を握ってくれていた。

 

「ふふっ」

 

 顔を見合わせれば、いつものように微笑みかけてくれる。

 俺はこの光景を見るために拳を握った。だれ一人欠けることなく帰ってくるために。

 

「よっしゃ、今日はラクス大先生の奢りで鍋パーティーだ!」

 

 女性陣が露骨に嫌な顔をするのでコラーゲンの話をして、承諾させる。

 調理中にリィエルの感想文の語尾が、途中から『いちごタルト』になっていたために書き直したとかは面白い話だ。

 研究所は研究された資料や貴重な合成獣を見ることが出来ていちごタルト食べたい、ってなんだよ。

 

「んー! 美味しい! これでお肌が潤うなんて2度美味しいね、システィ!」

「え、栄養が然るべきとこにいけばだけどね……ああっ、もう、いっぱい食べてやるんだからー!」

「貴族ともあろうものがはしたないですわ……で、でもっ、肌が潤うのはちょっとだけ、ほんのちょっとだけ興味がありますわ……美味しい!」

「ビネガー、いちごタルトをあげる。鍋と一緒に」

「ウィンガー! 西洋酢じゃない! いちごタルトをくれるのすごい嬉しいけど、それって闇鍋だよね!? というかリィエルちゃんもやってないよね!?」

 

 みんなで騒ぎながら鍋をつつくの見て、自分でも気づかない内に笑みが溢れた。

 そうだ。これから先もこんな風景を見ていたい。

 オカルトサークルなんかにこんな幸せをくれてやるものか。

 俺は追加の具材を鍋に突っ込みながら、自分に喝を入れ直した。

 さっ、明日からシャキシャキと学生すんぞ!

 

 そういや、グラムド先生が倒れたって話だが代わりの先生は誰なんだろうな。グレン先生だといいな。ロクでなしだけど分かりやすいし。

 




カッシュ君、弄りやす過ぎんよぉ!
なお、途中にあったルミアの異能考察はラクス君の仮定の話のため、今後の話には活きてきません。
最近は戦闘続きだったのでラクス君はちゃんと勉強してるんだぞってところを表現したかったんです(ただし、実技は雷系の魔術以外はお察し


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やがて届けよ今は小さき龍の翼
RAIL 1


 どうしてこうなったのだろうか、と。俺は頭を激しく揺られる感覚と喉元に迫り上がる()()()()()を堪えながら思う。

 

 俺は重なるように回る教会の天井を見上げていた。

 倒れてるんだと気づくのに時間はかからなかったが、感覚がないってのは大問題だろう。

 自信満々に行動しておいてコレか……。

 なぁにが、未来は変えられるだよクソッタレ。

 自分の未来を変えられてないじゃんか。

 あぁ、泣いてる声が聞こえる。

 視界は既に閉ざされた。

 血が足りないとか、体の細胞が生きることを諦めたとかそこらへんの死ぬくらいに充分すぎる理由だろう。

 

 俺はこのまま死ぬんだろうって、思った。

 すると、なんつーかな。とにかく不意に出てきた言葉で自分に問いかけると胸にストンと落ちるときた。こりゃ、やばい。

 

 グレン先生は今頃、『正義』相手にシスティと上手くやってるだろうか。

 リィエルはいちごタルトを食い過ぎて体調を崩さないか心配だ。

 クラスの奴らはそうだな……先立つ不孝をお許しくださいとか? ま、気に病まないでってのは俺の勝手過ぎるだろうが、なにせ死に行く者の願いだ。必ず、聞き届けてほしい。

 

 最後にルミア。

 俺は罪な男だ。こんな未来のある素敵な女性を縛り付けてしまった。ここで死ねばルミアは俺という偶像に縋り続けるだろう。

 こんな優しい子で俺の彼女なんだ。それくらい分かるさ。

 けどな。お前の周りには多くの頼れる人が居る。

 怖かったら、逃げ出してもいい。疲れたら、止まってもいい。だけど、また前に進んでくれ。

 それは生きる者の特権だ。

 なん、だか……意識が遠くなってきた。

 

 あぁ、そうか。コレが走馬灯ってやつか。

 俺の人生のプレゼンを俺が行う寂しい上映会だが、逝きかけの駄賃というやつだ。最後くらいは悪くないだろう。

 

 始めようか、再上映をーーー。

 

 ◇

 

 鍋パーティからの一ヶ月間、大きな騒動もなく穏やかな日々が続いていた。

 グレン先生と行った賭博場で俺が大損して先生が大勝ちしたとかは些細なことだろう。

 

 ……アルザーノ帝国立ヨクシャー孤児院の院長は当然の解任、後任は他の孤児院で院長だった人物に任された。

 今はまだ調査を受けていて、おって罪状が確定するそうだ。拉致誘拐では死刑にはならないが重罪だ。厳しい罰が待っているだろう。

 俺がガキだったからだろうか……今となっては栓なきことだが、こうすればああすればってのが頭の中をグルグルしている。

 ルミアが相談に乗ってくれなければ、また潰れていただろう。俺はちっぽけな一般人なのだ。勘弁してくれ。

 

 ーーーあ、そうそう。

 

 ルミアとの日常はそれはもう甘々で、俺は老後の生活を想像してニヤニヤする危ない人になってる。

 オカルトサークルも最近は活動を自粛してるみたいだ。

 アルベルトさんが、秘密裏に処理しているのもあるんだろうが、ルミアが実際に危機に遭遇した場面はない。優秀だ。

 そんなこんなの日常を過ごしながら、俺はつい先日にルミアの勧めで病院に行った。

 いやさ?

 

「目に見えない傷は魔術じゃ治せないんだよ?」

 

 と言われたら大人しく従うしかないだろう?

 

 結果は予想通りだった。

 戦闘ストレス反応有り。俗にいうPTSDという奴だ。

 戦闘による後遺症のようなものだな。

 俺の場合は幻聴と幻覚。悪夢を見始めたら、入院をして本格的な治療に入らないといけないらしい。

 それはごめんだ。ルミアと一緒に登校できない。

 いや、看病シチュも悪くないってか最高なんだけどね。ナース服のルミアを想像してみよう。

 ……ふむ、控えめに言って最高だ。目が孕む。

 

 さて、本題はこれからだ。

 時折見える幻覚と聞こえる幻聴のせいで、俺は命の危機を感じるようになる時がある。

 そう。未来予知がバンバン発動しまくってるのだ。

 なんなの、俺の体は? ピンチにならないと力を発揮できないとかいう甘えた体してんじゃねぇよ。

 主人公じゃねぇんだぞ。最初から本気でやれ。

 おかげで、これから起こる騒動は全て把握済みだ。

 

 ……当事者には悪いけど、こういうのつまらないよなぁ。

 

 今回の騒動は珍しく、発端はルミアじゃない。

 だが、無関係だからと言って巻き込まれないわけじゃない。つか、クラス全員がガンガン巻き込まれる。それはもう、トラウマレベルで。

 

『偽りの婚約』

『月の下で模造天使に痛ぶられるグレン=レーダス』

『リィエル=レイフォードは十字剣を教会で振り回す』

『アルカナ持ちの闘争の決着』

『正義は愚者へと挑戦する』

『グレン=レーダスの失踪』

『システィーナ=フィーベルは逃げることを拒絶した』

『黒に染まる映像』

 

 こんな感じで色々。それとーーー

 

『 』

 

 とてもじゃないが思い出したくない。

 

 まぁ、おかげで仕込みも間に合う。ついさっき、リィエルにウーツ鋼を錬成してもらった。

 これで『正義』の拳闘と渡り合う予定。

 摘まみ取るようにして読んだ筋書きは最悪。

 カス以下だ。こんな最低脚本、俺は見たことがない。

 

 『調和の逆転・転化』。

 これは俺の得た平穏をかき乱すものなのか。

 今という未来と過去の調和が取れたものを否定する性質なのだろうか。

 答えは出ない……が、俺が今まで足を進めた原動力なのかもしれない。

 だが、肝心なことは忘れちゃいない。

 切欠は愛だ。黒幕が正義のために闘うというなら俺は愛のために闘おう。

 チープだけど使い古された常套句で物語の終盤はこう締め括ろうと思う。

 

 ーーー最後に愛は勝つ、ってな。

 

 ◆

 

 システィの許嫁騒動。

 それは韋駄天のような速度で学院中を駆け抜けて広まった。

 なにせ相手は魔術の名門として有名なクライトス家の息子で臨時だがアルザーノ魔術学院で教鞭を取ることになった男。

 帝国を代表するフィーベル家とクライトス家のビッグカップル誕生疑惑に浮き足立つのは当然の帰結か。

 システィーナ=フィーベルはクラスの隅でため息をつく。すぐにその様子を気遣い声をかけたのはルミアだ。ぬいぐるみのように抱きしめられているリィエルは半分は夢の中である。

 

「まったく、もう少し場所ってものを……」

「グレン先生の前だったもんね」

「そ、そういうことじゃないなくて! だいたい、なんで私が先生の前だからってレオスとの許嫁の約束をーーー」

 

 云々と。

 ルミアはシスティの照れ隠しをにこやかに聞き続ける。

 似たようなやり取りは既に二回繰り返した。

 次の授業は渦中の人物であるレオスが担当する軍用魔術概論。

 立ち見にきた生徒もしきりにシスティをちらほらと見ていた。

 

「恋の一つや二つで浮つくなんて栄ある学院の生徒として恥ずべきことだわ。嘆かわしい」

「うわー特大のブーメランじゃん。それ」

「あ、ラクス君。おはよ」

「おう、おはよ。今日も一段と美しいよ。大地に咲く太陽は眩しいな」

「もうっ、ラクス君ってば……みんなの前だよ?」

 

「「「う、羨ましい」」」

 

 凄まじいほどの惚気にクラス中が苦いものを欲する。

 最近は食堂での苦い物の売り上げが3割増しになったとかなってないとか。

 ともかく、先ほどの授業まで体調不良という形で休んでいたラクスの登校にシスティは眉を顰める。

 

「ズル休みしてたの?」

「体調不良だって。今日はオトコノコの日なの」

「キモい」

「え、ついに直接罵倒を始めちゃう!?」

 

 ラクスの斜め上の回答にシスティが割とマジで嫌悪感を露わにする。

 ルミアは目の前で繰り広げられるコメディに力が抜けたように笑う。

 

「それじゃ、次の授業までラクス君が休んでたところの勉強をしよう。そんなに大変じゃないからすぐに終わると思うし」

「そうしましょうか。そうしましょう」

 

 席についてノートを広げるルミアとラクス。

 システィは気合を入れ直して、復習がてらにラクスの勉強を手伝おうとするが、ラクスの顔色が変わったことに気づく。

 

「どうしたの、ラクス? 顔色が悪いわよ?」

「あ、いや。大丈夫だ……そっか、そうだよね。さっきまでグレン先生の講義だったもんね」

「本当にどうしちゃったの、ラクス君? グレン先生の講義はクライトス先生の講義のための予備知識として軍用魔術の種類を説明されたけど……」

 

 グレンの講義では攻撃系の代表としてとして『ブレイズ・バースト』が取り上げられて、補助系として『アクティブ・レーダー』が題材にされていた。

 そう、あの『アクティブ・レーダー』だ。

 ラクスの頭の中ではグレンがなにかしらを企んで、悪魔のように笑っている。ラクスきゅん、どうしたの機嫌悪そうだよ?

 事情を知っているのが更にタチが悪い、とラクスは疑うがなんのことはないグレンなりの配慮だ。

 午前来ないのか、へぇー、なら少しは融通利かせて……おっ、あいつそういや軍用魔術つくったとか言ってたじゃん! というような具合である。

 文献を少し漁っただけで本質を理解するグレンの有能さが滲み出ている悲しい行き違いだ。

 

 ラクスはとりあえず『ブレイズ・バースト』の概要を聞いて休み時間を過ごし、レオスの講義を受けた。

 

「完璧だな……」

「完璧ですね」

 

 講義終了後、いつの間にか席に座っていたグレンとラクスの意見が重なる。

 

「軍の半分のやつらが理解してない物理作用力理論(マテリアル・フォース)をペーペーの学生に噛み砕かせた」

「おい、帝国それで大丈夫かよ」

 

 ラクスの最もな指摘にグレンは回答する。

 曰く、使えればいいのだ。結局はそこに集約される。

 包丁を見て野菜を切るか、はたまた人を傷つけるかは誰かが使っていたという経験則を以ってして決定される。

 とはいえ、理論を抑えていれば応用が効く。

 その最もたる例がグレンの適当な詠唱で発動される魔術だろう。即興改変をするものは基礎を抑えておかないといけない。

 

「察しいいやつなら『ショック・ボルト』で人を殺せることに気づくだろう」

「理論値と実測値には多少の差異がありますってやつっすね」

「そうだ。知識としては知ってても実感が伴ってない……あいつくらいの講師なら弁えてるはずだが……」

「えぇ、気をつけないといけませんよね。大きな力には。先生は常日頃から自分の持つ力の意味を考えろって口を酸っぱくして言ってましたから」

「……ん? どうしたよルミア、っていひゃいよ!」

 

 ルミアは自分の頬を膨らませながらラクスの頬を引っ張る。

 

「じゃないとラクス君みたいになんでもかんでも首を突っ込むようになっちゃいますから」

「ラクス。お前もう尻にしかれてんの?」

「そんな甘美なご褒美頂いてないです」

「前から思ってたけど、やっぱり処置不能だよな、お前って。手遅れだわ、症状が進行し過ぎて俺にはもう……」

「安心してください先生。ルミア限定ですから」

「あぁ、希少価値高そうで安心した。俺の生徒から変質者を出すわけにもいかんし。生徒にお縄をかけるとかなんの冗句かと」

 

 ルミアとグレンとラクス。この3名が漫才をしてる間にシスティは件の男ーーーレオスに授業の意見を求められていた。

 将来の伴侶を満足させられない授業をするわけにも行かないということらしい。もちろんだが、レオスの授業はシスティに好評だった。

 確かに講師泣かせで有名なシスティでさえもあの講義は文句の付けようがないだろう。

 

「……なぁ、ルミア。貴族同士の婚約ってさ、愛とか感情とかないもんなのかなぁ?」

「ううん、そんなことないよ。例え、始まりが義務でも一緒に歩いてる内に愛が芽生えるなんて話もよく聞くよ?」

「お前ら、よくそんな歯が浮くような台詞を……」

「先生、気持ちは言葉にしないと魔術も恋も上手く行かないんですよ?」

 

 ぱちこーん、とルミアのウインクでクラスの半分は撃墜された。なるほど、確かにルミアの言うことは最もだ。グレンはお腹一杯だと言って、手を振る。おかわりはいらないということである。

 

「クライトス先生はシスティが好きなのか?」

「うん、少なくともシスティから話を聞いた感じは……けど、なんて言ったらいいんだろう。システィには申し訳ないんだけど、ちょっと怖い感じがする」

「……さすがだな、ルミア。鋭いよ。ありゃ、ダメだ。システィを見てねぇ」

 

 これは未来予知で得たものではなく、ラクスが感じたことだ。言うなれば、そう、バークスのような視線だ。

 一個人ではなくその者が持つ付加機能(オプション)に用があるという下衆の視線。

 心底、反吐がでる。ラクスと同じようにルミアもそれは感じ取っていたようだ。

 

「グレン先生……守ってやれよ。白銀のお姫様を救う魔術講師。脚本でも書いて印税生活を目指せばいいんじゃねぇか? キャッチコピーは、そうだなぁ……完全実話のノーフィクション。フェイントなしのストレートとか?」

「ラクス君、不謹慎だよ。 まだ、そうなるって決まったわけじゃないでしょ?」

「印税生活……その手があったか、さすが、砂鉄。金の無駄知識はアルザーノ魔術学院随一だな!」

「ったりめぇよ!」

 

 砂鉄のフォーミュラ。

 競技祭の暴れっぷりからついた二つ名がようやく定着したものだ。板についてきた今では広範囲殲滅の専門として下級生や上級生からよく、話しかけられるようになった。

 また、女性が話かけるその度にルミアはラクスの袖を引くという可愛いらしい嫉妬を見せるもんだから、ラクスは饒舌になる。

 それがどういうわけか、社交性が高く魔術に対して一風変わった切り口を持つものとして学院内での評価がすこぶる上昇中なわけだ。ただし、ロクでなしにつきご注意を。

 ちなみに砂鉄とは戦闘の様子から来たものであり、断じて金に狡いからきたへんちくりんなものじゃない。

 図に乗らせると砂鉄から黄金を作るとかを平気でやってしまうようなロクでなしなのだ。

 もちろん、そうならないようにルミアがしっかりと手綱を引いている。

 そして、休憩時間の中庭でーーー

 

「決闘だ。お前にこの手袋が拾えるか?」

 

 レオスに対してグレンが手袋を投げつけた。

 

 ◇

 

 ルミアの心配もごもっともだ。

 普通に怪しすぎるだろ。未来予知なくてもあっ、こいつ(察し)ってなる。

 要は臭いのだ。悪役っていうか、ダセェことを考えてる輩ってのは。見ていて、鼻に付く。

 俺はルミアのお願いでグレン先生とリィエルを伴い、システィの恋路を覗き見ることに。

 いやぁ、先生が急にぷっちーんして決闘を申し込んだ時は、いいぞ、もっとやれって感じだった。

 あいつ、たまに無意識か知らんけどルミアに気味の悪い視線向けるしね。『正義』の奴隷だからって許されることと許されないことがある。

 ギルティ、人の女に手ェ出すなってわけだ。

 つーわけで魔導戦の講義中なわけだ。

 基本は三人一組(スリーマンセル)だが、俺たちは二人一組(ツーマンセル)

 役割を攻撃、補助、防御でなく攻撃と防御に分けるわけだ。

 軍の戦闘エリートが長期間のトレーニングをして習得するものを学生の身分で真似するとかないしね。とはいえ、言われるまでは気づかないわけで。

 結局、言いたいことはグレン先生、マジで有能すぎぃ。

 

「なぁ、ラクス。レポートの提出で単位出してやっからお前は出るな」

 

 だから、先生が放課後に呼び出してをかけてまで放った一言は衝撃だった。

 

「……はい? ごめんなさい、先生。耳が腐ったみたいです」

「聞き間違いじゃねーよ……お前、下手に戦闘を重ねると壊れるぞ? そういう人間を俺はたくさん見てきた……一歩手前、崖っぷちってところだろ?」

「……」

 

 くそ。

 これが俺の未来予知の欠点だ。大局は読めるが、細かいところはどうしても疎かになる。

 この展開、俺は知らなかった。

 いや、しかし。グレン先生ならいつか必ず見抜いてくると予測できたはずだ。

 俺は参加すべきか、控えるべきか。

 それで結果はどう変わるんだ?

 

 ーーーあの結末を覆せるか?

 

「ラクス君、私からもお願い。もう、下手に戦っちゃダメ」

「ルミア……そっか、そういうことか」

 

 グレン先生にルミアが相談したのだろう。

 優しいつーか、俺の彼女さんは本当に気配りのお手本みたいな人だもんな。

 

「たまには休んでてよ。治療が終わってからでも遅くないよ」

「戦士の休養ってのも必要なもんだ。走り続けるのは疲れるだろう」

 

 ……それじゃ、ダメなんだよ。

 俺は今回も引けない。逃げられない。

 そういう運命つーか、宿命っていうかなんていうか闘いに引き寄せられちゃうんだろうな。

 だから、血が流れる。

 ならばその血はできるだけ少ない方が良く、原因である俺のものである方がいい。

 

「……了解です。大人しく、紅茶でも飲んでますよ」

「うん、それでよし! 私がラクス君の分まで頑張っちゃうからね」

「それは頼もしいな」

 

 けど、できるならばルミアのお願いは聞いてあげたい。俺の為に言ってくれているのにも関わらず、傲慢な物言いだが、これが俺の本心だ。

 ルミアの笑顔なくしてハッピーエンドなし。

 うん、グレン先生とルミアがハイタッチするのを見て嵌められたと再認識した。

 物理で解決ファンタジックルミア☆エンジェルが見れることを楽しみにしよう。

 

『死ね、殺す。消えろ。お前は俺が!』

『掻き消えろ』

 

 で、いつものだ。

 最近になって頻繁に訪れる不定期な幻聴。酷い時には幻覚までプラスされる。うん、控えめに言って末期症状。

 俺は手短にじゃっ、とグレン先生とルミアに別れを告げて、トイレに駆け込んだ。

 

「《マインド・アップ》」

 

 これは心的ストレスからくるもので、詰まるところは心の弱さからくるものだ。

 だったら、無理やりにでも心の強さというか耐性をつけることで緩和される。

 やり方が正しいとかじゃないんだ。今はこれで凌げればいい。

 ここで踏ん張らないと、俺はーーー

 

「はい、失礼ー。ルミアに聞いた以上に割とヤバそうじゃねぇか、お前」

「グレン先生……」

 

 トイレの扉を蹴飛ばしたのは先ほど別れた先生だ。

 やっぱそういう機微には聡いよな。

 

「ルミアは帰らせた。単刀直入に聴く、ラクス。お前は何を知った?」

「なにって」

「誤魔化すなよ。俺の目が節穴じゃなけりゃお前は今すぐ入院して療養すべきだ。心が半分以上、割れてる」

「……」

「それを一番に分かってるのはお前自身だろう、ラクス? だから俺は聞いてるんだよ。お前を動かす何かってなんだ?」

 

 そりゃ、グレン先生。

 

「言わねぇよ。言ったところでどうにもなんねぇし」

「……ルミアが泣くぞ?」

「あの結末を覆せるのなら、俺は構わないんですよ」

「あの結末?」

 

 ……ちっ、口が滑ったな。

 仰々しくあの結末だなんて言えば、悟られる。

 

「……なぁ、俺の元職場にそういうことを言う奴が居たんだよーーー」

「『正義』ですか?」

「ッ!? お前、どうしてそれを!?」

 

 朝令暮改になるがめんどくせぇな。全部、話すか。

 狂いまくる俺の予定だが、先生の知恵は借りるメリットの方が大きい。

 先生がその時に立ち会うことがなくても、その知恵は必ず俺の助けになるはずだ。

 俺は話した。不完全な未来予知のことを。

 そして、俺が見た最悪の結末を。

 

「……なぁ、おい。その予知が外れたことは?」

「ある……けど、重要なポイントは必ず通ります。俺はそれを覆したいんです」

 

 妙な感覚だ。

 例えば、その結末が最悪重要なポイントであることが分かるし、先生にレオスの正体を告げれば大きく事象は改変されることが分かる。

 手詰まりだ。どうにかして俺は未来予知で見えなかった場所で行動を起こすしかない。

 

「それに今回は二つの事象が同時並行で起きます。俺とルミアの物語と先生とシスティの物語だ」

「つまり、俺はお前の物語に首を突っ込めないと?」

「クロスオーバーできるなら別ですけど、先生はきっとそんな余裕はない。今回の山場はそう容易くないんですよ」

 

 俺は堪らず、ガラスを素手で叩き割った。

 破片で出血するが、血の気を抜くには役に立つ。

 

 最悪の結末。それはーーー

 

『教会を紅く染める牙』

『化物の足元で倒れ血だまりをつくるーーー』

 

 込み上げてきた吐き気を抑えて、俺は再び『マインド・アップ』を発動した。





今回のお話は難産過ぎて遅れました申し訳ない。
知らぬ間にこの小説のお気に入りは増えてること、評価して頂いてることに感謝。頑張ります。


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RAIL 2

 

 俺はあの後、グレン先生から逃げるようにして下校した。なにか引き止めようとした声が聞こえた気がしたが、無理やり聞かないフリをした。

 ()()()()()()()()

 ただでさえ、俺の精度の悪い予知が()()()()んだ。

 本当に取り返しのつかないことになる。

 

「っても、どうすりゃいいんだよ」

 

 正直、町のどこかに潜伏しているであろう『正義』をグレン先生と接触する前に暗殺できればいいのだが、俺にそんな技術はない。

 ただ、使い勝手の悪い電気の能力があるのみ。

 だから、家に帰るついでに魔術の触媒などを用意して備えてる訳だが、こんなもの通用するはずもない。

 せめて高速召喚(フラッシュ)でも使えればいいのだが、ここ最近は特に電気系以外の魔術が発動しにくくなっている。

 未来予知が邪魔してると考えるのが筋だが、ないものを嘆いてる暇はないのだ。雷撃しかないのなら雷撃だけでどうにかするしかない。

 

「ただいまー」

 

「「「おかえりー」」」

 

「……は?」

 

 考え事をして家の扉を開けると帰ってきた返事は3つ。

 リィエルは当然としてルミアとシスティはなぜいる?

 

「……ん。おかえり、ラクス」

「うん、ただいまってちがーう! なぜ、システィにルミアがここにいる!?」

「私はラクス君の彼女だよ?」

「ずっきゅーん、今が一番幸せだ」

 

 心に『ショック・ボルト』。

 しかし、システィ、てめぇはなぜだ?

 大体、読めるけどもさ。

 

「私達って、ほら。仲が良いじゃない?」

「……至極当然のこと。システィが苺タルトをくれた。一緒に食べよう?」

「うん、リィエルが一人で食べていいよ……システィ、釣りやがったな。合鍵とか勝手に作ってないよな?」

 

 キラキラした神を見るかのような目で見つめないでリィエル。自分の心がどれだけ汚いか自覚させられるからぁ!

 

「そんなグレン先生みたいなことをするわけないじゃない」

「分かった、分かった信じるよ。リィエルー、明日は鍵業者呼ぶから外で飯食おうなー」

「信じてないじゃない!?」

 

 というか、ルミアさん。俺の鍵を見つめて一体、どうしたんですか?

 

「ね、ねぇ、ラクス君? 合鍵、貰ってもいい?」

「おう、いいぜ構わないぜ何本でも持っていけ」

「うん、ありがと」

 

 ハイタッチするシスティとルミア。

 うん、嵌められた。最近はルミアに良く遊ばれるなぁ。

 あまりにあまりな俺だが惚れた弱みだろうか。なんでも許せてしまう。

 

「で、あれか。今日はリィエルのことで来たのか?」

「……ちょっと、察しが良すぎない?」

「予感がしてたんだよ」

「……」

 

 お茶を用意して早速、本題を切り出した俺にシスティは怪訝な表情を浮かべる。タネと仕掛けを知ってるルミアはおでこに手を当てて困ったような様子だ。

 なんでもいい……できれば、早々にこの家から離れてほしい。この家はいつか戦場になるから。

 

「なんだ。ご両親にリィエルの話をしたら気に入られたか?」

「その通りよ。なんかラクスのことは大層、信用してたようだけど男と屋根の下よりは居候って形で学友と一緒の方がいいだろうって……ラクス、私の両親になにしたの? 普通、あり得ないわよ」

「ずっと前に話す機会があってな。そんときに気があっただけだ」

 

 主にルミアって最高だよな、とか。

 天使が地上にいるぞ、なにごとだ!? 天界は今頃大騒ぎだ、とかだ。

 あのひとは養父としてはどうかと思うが、友人として持つなら最高だ。

 気が合うし、話も合うし、馬が合う。

 

「俺としてはどっちでも……よくはないけど。決めるのはリィエルだからな」

 

 マスコットだし。平時なら癒しだし。

 困ったときの錬金術だし。ちなみに俺は錬金術はできないが、錬チン術ならできる。まぁ、出力高すぎて爆発するけど。

 

 しかし、今の状況でシスティーーー正確にはそのご両親かーーーの申し出はありがたい。

 俺もそろそろ動かないといけない。一連の騒動のことも、俺のことも含めて。

 

「で、どうするよ。リィエル」

「……わたしはこのままでいい」

「……どうしてだ?」

 

 リィエルはその眠そうな目を少しだけ開いた。

 

「どう言っていいか分からないけど、今のラクス……変……んー、砕けそう?」

「あ、やっぱりリィエルもそう思う?」

「……なっ!?」

 

 ルミアはともかくこの天然は直感だけでそこまで見抜くのかよ。

 システィは言わずもがな、そういうことには疎いのでハテナ顔だがそれでいい。お前は不器用だから、グレン先生(気づくべき人)のことだけ気にしとけ。

 

「だから、わたしが側に居てあげる。この前のお返し」

 

 研究所の一件のことだろう。

 リィエルはリィエルなりに考えてどうしようかと悩んでいたのか。

 

「いや、俺はお前の側に居なかったろ?」

「ずっと心配してるのは分かってた。グレンも」

「ふふっ、ラクス君の負けだね。妬けちゃうけど」

「惨敗だな。俺の周りはいい女が多すぎて幸せだ……あっ、一番はルミアだぜ?」

「分かってるならよろしい」

 

 こんな他愛のない話が俺を現実に引き止めてくれてる。

 セラピーみたいなもんだろう。周りにこいつらがいてくれるだけで心が安らぐ。

 言葉を交わすたびに毒が抜けてく。疲れが取れてく。

 

 ーーーだからこそ、こんな日常を失いたくない。

 

 詰み将棋だ。勝っても負けてもナニカを失う。

 だったらせめても失うものが少ない方がいい。

 俺はなにも失わないなんて器用な生き方はできないから。

 

「……ん、ラクス」

「さっすが、リィエル。気づいたな、囲まれてるわ。コレ。控えめに言って絶対絶命、はぁ。飽きねぇな」

「ちょ、ちょっとラクス? なにを言って?」

「ほら、なんつーか。俺ってば軍人さんみたいに勘は鋭くないけど、電気を操れるからレーダーみたいなもんがつかえるのよ。やったろ?」

「『アクティブ・レーダー』……」

「そうそう。理解が早くて助かるわ。そんな俺のレーダーが反応してるわけ。敵がきたぞー、って」

 

 屋上に刃物持って立つとか間違っても友好的じゃないし。

 4、5……7だな。この中に『正義』がいる。

 アルベルトさんは丁度、オカルトサークルを相手取ってるわけか。

 俺は青くなったルミアの頭に手を置いた。

 

「心配すんなって、お前のお客さんじゃないから」

「……そんな、ウソ」

「ウソじゃないよ。こりゃ……俺の客だな」

 

 システィをこのタイミングで襲う意味ないし。

 リィエルはそもそも理由がない。秘密はアルベルトさんとグレン先生が隠蔽してる。

 おうおうおう、丁寧に人払いまでしちゃってまぁ。

 

「奴さんも本気ってわけか……システィとルミアを頼むぞ、リィエル」

「ちょ、待ちなさいよラクス! 私も闘えるわ!」

「膝が震えてるぞ、立てるかよ?」

「……こ、これは」

 

 システィが弱いんじゃない。これが普通の反応だ。

 次の行動を、生きるために起こす行動を考え始めてるリィエルと俺が異常なだけだ。

 慣れと言ってしまえばそれだけだ。

 

 俺は床下を思いっきりぶち抜いて、『ウーツ鋼』で拳骨の部分を覆ったグローブと足の甲に同じく『ウーツ鋼』を敷き詰めた靴に履き替える。

 突然の音にシスティとルミアは驚くが、丁度いい。いつまでも呆然とされていては動けない。

 

「リィエル、机をどかして」

「ん」

 

 緊急時だ。机を叩き割るのは大目にみる。

 俺はそのままカーペットを引き剥がして、床にあった扉を開ける。出てきたのは地下へと繋がる階段だ。

 

「ラクス君、これ」

「おう、東洋の忍者屋敷みたいだろ」

「ラクスは最近、ずっとこれを作ってた」

「……また、抱え込んでたの?」

「いや。そんなことをすりゃ、愛想尽かされそうだからな。この展開は視えてなかった。切り札は多けりゃ切れるタイミングが多くなるってだけのことだ。たまたま当たった」

 

 他にもたくさん用意したのだが、まさかこのタイミングで来るとはな。

 半分くらいがおじゃんになった。くそ、人の嫌がることが好きな野郎だ。

 

「ねぇ、ラクス、ルミア。さっきから何を言ってるの……?」

 

 そうだ。この展開に一番、置いてかれて理解できてないのはシスティだ。

 

「話は全員が生き残ってからだ」

「生き残るってーーー」

「そういう状況なんだよ、コレは。この階段は先生つーかアルフォネア教授の家の近くまで無断で繋がってる。出口はまだ作れてないが……リィエル、行き止まりになったら上を()()()()

「わたしが残る。ラクスじゃダメ」

「防衛戦じゃ俺の方が優れてる。階段を看破されて後ろからバッサリとかごめんだぞ」

「……納得できない」

「二人を抱えてグレン先生のとこに行くんだ。お前の方が早いし、それくらいなら俺も時間を稼げる……まぁ、はっ倒すつもりではいるんだが」

 

 俺はようやく立てる状態になったシスティを階段下に放り込む。可愛い声が聞こえたが、状況が状況なだけに軽口を叩けない。

 

「ラクス君……」

「安心してくれ、コレは最後の戦いじゃない」

 

 ぶっちゃけ、『正義』以外はカス。

 俺にとっちゃ喧嘩にすらならないような奴らだ。

 認めたくないが『正義』は強い。だから格が違いすぎて他の奴らの気配が霞んでるのだ。

 

「なんかもうイロイロとごめん。でも、頃合い見て俺も尻尾巻いて逃げっからさ。痛いのヤダし」

「……もうっ、いつになったら私に背中を預けてくれるの?」

「……ワリとすぐに」

「え……きゃっ」

 

 俺はルミアをシスティと同じように階段の下に放り投げる。時間がない、許してほしい。

 

「リィエル、頼むぞ」

 

 リィエルは言葉もなく、頷いてくれた。

 去り際に腹を軽くーーーリィエルの価値観でーーー殴られ悶絶するが、それもこれも全て呑み込もう。

 甲高い音がなる。二階の窓ガラスが割られたな。弁償してもらおう。

 俺は心配そうに見てくるリィエルも階段の下に放り投げて扉を閉めた。

 カーペットをかけて俺が上に立って、迎撃準備を終えた。

 

「さ、来いよ……ったく、人の日常を無音で壊しやがって。苛々するんだよ、クソ野郎共が。ミッドガルドから叩きだしてやる」

 

 俺が啖呵を切ると同時に黒いローブを着て両手の煌めく銀の殺意を隠すことなく、左右から切りかかってきた。

 

 俺は雷撃を放ちながら妙な感覚に襲われていた。

 いつものように手足からではなく、体の中心ーーー脳から別のモノに擦り変わっていくような……。

 なんだ、コレ。未来予知の副作用なのか。

 膨大な意識に押しつぶされそうだ……こんなとこで躓いてる暇はないんだ。

 

 ーーーライフ・アップ。

 

 襲撃者はここに来て俺が精神魔法をかけることに妙な違和感を覚えたらしく一歩下がるが、すぐに攻撃を再開した。

 ナイフによる突き、払い。

 魔法による撹乱に補助。

 オマケに銃器まで取り出して、俺の家はズタボロだ。

 

 死ぬ覚悟は当然できているものと仮定しよう。

 

 ーーー違う、その考えは俺のモノじゃーーー

 

 問題は痛ぶる方法だ。

 殺しはしない。ニコラとの約束があるからな。感謝しろよ、ウジ虫どもが。

 だが、手足の一本や二本はなくても不自由だが生きてはいける。まぁ、俺の平穏を奪おうとしたんだその程度で済ますわけはないが。

 くはっ、くはははっはははっ!!

 オラ、鳴けよ。生きたきゃ俺を楽しませろよぉ!

 お前らはそのための楽器だろうがっ!!

 

「くはっ、くはははははっ!! てめぇらそれでも暗殺者か!? つまんないな、弱いな、そらねじ切れちまうぞいいのかオイ! もっと俺を楽しませろよぉ!」

 

 完全にハイになっていた。

 さっきから自制が効かない。襲撃者の肩を外したり、四肢を動かなくしたり、床に埋めて頭を蹴り飛ばしたり。

 完全に鬼畜というか自分でも吐き気を催す。

 それでも最後の一線は超えてない。

 だからなんだって話で、俺のやったことが肯定できるようになるわけもないが、自分に言い聞かせる。お前は無力化するために仕方なくと。

 都合、六人こんな調子で丁寧にぶちのめした。

 俺は力を制御するための『ギア』のようなものを落としていく。同時に心を支配していたナニカもすっかりナリを潜める。

 

 ーーーそして、『正義』の名を借りた悪魔は何の冗談か死刑執行人のように二階の階段から静かに降りてきた。

 

「ジャティス=ロウファン……」

「やっぱり、自己紹介は要らないみたいだね。初めまして、ラクス・フォーミュラ。僕が今回のイベントを企画した主催者であり君の敵だ」

 

 ねっとりしたような殺意が俺の体にまとわりついて離れない。やっぱり、こいつはさっきまでの格下共とはレベルが違う。

 俺の最後の闘いを務める相手に足り得てしまう。

 

「やっぱりってのはどういうことだよ?」

「おやおや惚けるのかい? それとも本当に気づいてないだけかな? ま、どちらにせよ僕のやることはただ一つ。君、邪魔だから舞台袖に捌けていてはくれないか?」

「おいおい、誰もお前の脚本に乗った覚えはないぜ。むしろ、てめぇが邪魔だろう」

「わかってないなぁ……これは僕と! グレンの! 2年前の続きなんだよ! 正義を示すための聖戦さ! 僕が知らない間に黒子とモブが増えたようだけど、昔から『掃除』は得意なんだ」

 

 だとしてもなぜ俺を最初に狙った?

 俺の存在がそんなに不都合か?

 

「君がいるとね、ラクス・フォーミュラ。僕の脚本が9通りに拡散するんだよ。さすがに僕でもその数は処理しきれない」

「9……?」

 

 また、どこかで聞いたことがある中途半端な数字だ。どこだ、思い出せ。

 それが俺の根源に関わる鍵だ。

 

「だったら、君の動きを殺そうかと思ったのだけど。僕とは違う未来予知の形、捨てるには惜しい……どうだ、僕の手足になる気はないか?」

「断る……ルミアを殺そうとしてる野郎に手を貸すわけないだろうがッ!」

 

 それが俺が見た最悪の形。

 つまりは教会で何らかの障害によってルミアは命を奪われる。

 歴史に名を残すことは確信していたので、道半ばに倒れることはないと思っていたが楽観をしていたみたいだ。

 

「はははははっ! そこまで視えてるとはね。さすがは僕とは違う未来予知……否、未来経験の持ち主だ!」

「未来……経験?」

 

 どういうことだ。その単語。

 まるで俺が未来に行ってきたみたいじゃーーー

 

「ああああっ!!?」

「わずかでも思い出そうとすれば、特定の電気信号が切欠になって増幅し身を喰い散らかす。繰り返す度に精度は限りなく高くなるけど、欠陥だね」

 

 なんだよ、これ。頭が割れるみたいだ。

 俺のは未来予知じゃなく、経験……くそっ、なるほどそういうことか。

 電磁波ってのは転生前の世界じゃ情報のやりとりに使われていた万能ツールだ。

 文明の発展を支えた電気。

 携帯電話にネットワーク、無線通信を行うなら電磁波の存在は欠かせない。

 俺の能力を知覚した瞬間にロウファンの残像のようなものが8つになる。

 それがあり得る未来。俺が経験した未来であり過去であり現実。

 9……そうだ。思い出した。俺の魂の容量だ。

 ニコラは気づいていたのだろう。俺が9回目のやり直しをしてる馬鹿野郎ってことに。

 膨大な記憶にわずかばかりの魂が宿っていたのか。

 それは本来、俺の器に溜まるはずが同一人物のモノであるために器の拡張に繋がったんだと思う。

 

 未来から過去に送る記憶の伝送。

 それが俺の未来予知の正体。

 ロウファンの言葉が引き金になり全てを思い出した。

 命をかけて過去へと送るSOS。送信側も膨大な電力を要するし、受信側も相当な負荷がかかる。

 そりゃ、ショートの一つや二つするわ。

 8人の俺は理論的には不可能だがどうにかして時間を逆行し記憶を伝送する術を習得したのだ。

 なるほど、精度が高くないのはそういう訳か。

 だから些事には弱い。なぜならばそれらは未知だからだ。

 ロウファンは俺にノートを投げつける。

 

「その研究書モドキを見て確信したよ。書き方があまりにも変だ。僕の未来予知も同じようなものだけど、君のは違和感があった。疑ってみた可能性の一つだけど僕は運がいいみたいだね。最初からアタリを引いた」

 

 ルミアやシスティにもみられていない本物の研究書。

 未来予知のことまで書いた正真正銘、俺の切り札リスト。

 ロウファンは未だに視界の揺れる俺の頭を蹴り飛ばす。

 

「君が自制が効かないと思っているのは正しいよ。性格というのは環境によって形成される。計9人のうちの君の存在なんて僅かなものだろう」

 

 確かに。

 ここに至るまでに天才な俺は何人か存在した。

 

 電撃は継承される。

 最初の一人は微弱だが制御に長けた電撃を扱う俺。

 それ以降はどんどんと電撃の威力が上がっていく反面、制御が効かなくなっていき、9代目の俺が最高の出力。

 【超電磁砲】は俺にしか使えてない。

 精神力に長けた5人目はその出力と制御のバランスを活かしルミアを守り抜いて、手を赤く染めて壊れた。

 俺が先ほどまで襲撃者を嬲っていたのはその人格に引っ張られたってことか。

 それに最近になって雷撃系以外の魔術が発動しにくくなってたのもそこらへんが原因だろう。

 記憶を完全に取り戻した今、雷撃系以外の魔術は使えないと思った方がいいか。

 

「くははははっ」

「おや、直視できない現実を前に壊れたかい?」

「いいや、さすがは俺だわ。これが笑わずにはいられるかっての」

 

 9人もいて一括して行動原理がルミアを愛してるからとか。

 どんだけ惹き合ってんだよ羨ましいだろ妬ましいだろめっちゃ幸せ感じてるからな、この幸せを壊させないし、やらねぇよ!

 

「正義とかいう見えない偶像に縋ってるよりはマシかなと」

「……僕の正義を馬鹿にするなよ、カスが」

「はっ、ダセェ。が、自己回帰に付き合わせて悪かったな。こっからが俺の正念場だ。見せてみろよ、安っすい心情を披露して悦に浸る露出狂が」

「僕は……僕の! 僕だけの正義のために闘っている! 虫ケラ如きが馬鹿にしていい陳腐なものじゃないんだよォ!」

「なら、俺は愛の為に闘おう!」

 

 俺とロウファンの口上が述べられた同時にクロスカウンターが俺に決まった。

 はっ、まだまだだぜ。

 

 勝てる未来はないが、わざわざ負けてやる道理もない。

 その為の仕掛け云々だ。想い出は焼け焦げてしまうけど、これから作っていこう。そのために俺は脚を前に出すのだから。

 

「おぉぉぉぉロウファンンンンン!!!!」

 

 【ラウザルク】を発動して、一瞬でも気を抜いたロウファンの顔面に右拳がクリーンヒット。

 開幕戦は痛み分けか。まだまだ、これからだ。

 俺は勝ちはできねぇけど、無理やりに負けに持ってくことならできんだよ。

 魔術特性上、調和に至る展開(引き分け)に持ってくのはできないが、生憎と諦めの悪さで生き残ってるようなもんなんですわ。

 

「覚悟しろよ。ジャティス=ロウファン! 俺がお前の敵だ!」

 

 ◆

 

「いつだってラクス君は自分以外は蚊帳の外に出したがるんだよ」

「本当っ、ちょっと電気の扱いが上手いからって調子にのって」

「ラクスは……しなくてもいいことをして、傷ついてる」

 

 脱出組はあるところまで来てリィエルが完全に錬金術(物理)で道を塞いでから、走りながらラクスについての文句の言い合いになっていた。

 無論、事態は切迫しているので走るのを最優先だが袖にされた恨みは忘れるほど優しくはない。

 もちろんだが、彼女達は巻き込みたくないというラクスの要らないお世話については好ましく思っているが、同時に舐めてるんじゃねーという怒りもあるわけだ。

 

「彼女……失格かなー」

「そ、そんなことはないわよ。ね、リィエル?」

「うん、ルミアはラクスの彼氏。ちゃんと躾けてあげて」

「リィエルってば、ラクスの隣にいるからだんだんと毒されてるわよね」

 

 本来なら彼女であるのだが、尻に敷かれるとか押しに弱いところを見るになるほど、ラクスはどちらかと言えば攻略される側だ。つまりはヒロインであり、彼女だ。

 というぶっ飛んだ思考はシスティの言う通りリィエルがラクスの隣にいて毒された証拠。言葉遣いが洒落を伴いながらふざけている。

 

「……弱気になってる場合じゃないよね」

 

 実は、リィエルが道を塞ぐ前にルミアは一旦、踵を返そうとした。止めたのは他ならぬリィエルである。

 彼氏なら彼女の言うことは信じろ。言葉にできなくてもリィエルの思いは伝わった。

 ルミアは目の前を走る青髪の少女を見て思う。

 小さな背中だ。その小さな背中に抱えたものはきっと私なんかじゃ計りきれないんだと。

 隣を走る銀髪の少女を見て思う。

 勇ましい目だ。友人として誇りに思う。

 訳も分からず巻き込まれて一緒に逃げて、きっと一番の被害者はシスティだ。だって、何も関係ないのだから。

 ただ、近くにいただけ。それだけなのに。

 しかし、システィに言えばそれは否とはっきり断ずるだろう。

 ルミアのことは自分のこと。ルミアの抱えるものは一緒に背負うのだと。

 

『……だから、バカラクスのことお願いできる?』

 

 ルミアは既に託された。

 そうだ。彼氏が彼女の言う事を信じなくてどうする。

 彼には彼の戦場があり。私には私の戦場がある。

 ルミアが決意を再び固めると同時にリィエルは行き止まりの天井をブチ抜いた。

 

 ーーー結論から言えばである。

 脱出に成功した3人は帰宅途中であったグレンを捕まえて、憲兵隊と共にラクスの家に向おうとした。

 ラクスの家は閑静な住宅街だが、誰一人として近づこうとするものはなく不審がられていたために憲兵隊の対応は早かった。

 人払いとはそういうものだ。流れに強制的に穴を空けるのだから長時間の隠蔽には向かない。

 グレンがリィエルに人払いの破壊を頼んで、結界をこじ開けた刹那、ラクスの家から大きな音ともに煙が上がった。

 消火活動のあとで発見された丸焦げになって原形を留めていない死体が6。

 すぐにラクスの死体は無かったと断定された。

 

 それならば、ラクスはどこに消えたか。

 そこまで考えてグレンはある可能性に思い至る。

 

『正義ですか?』

 

 なぜラクスはその名を知っていたのか。

 同時にされた未来予知の話。つまりは招かれざる客の示唆だったのかと。

 が、その可能性をグレンはすぐに否定した。

 仮に『正義』が生きていたとしてもラクスは捕まるような男ではない。ラクスはグレンが知る限りで最も()()()ことに優れた人物である。

 決して拳を握って踏み止まるような人物ではないのだ。

 むしろ、今まで逃げない選択を選んでいたことがイレギュラーだったのだ。

 

 グレンは角が焦げたラクスの研究ノートをまるでラクス本人であるかのように抱くルミアを見て、どうしようもなく剥き出しになった柱を殴りつけた。

 膝をつくルミアの隣にはリィエルとシスティもいるが、最もいるべき人間が居ないことがグレンを腹立たせた。

 

「彼女を泣かせたんだ。そうまでするならしっかりと覆せよ……バカ問題児」

 

 グレンの呟きは崩れる柱によって揉み消された。

 



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RAIL 3

 ……夢を見た。

 

 風車の回る広大な草原で俺は牛や馬と一緒に走り回る。

 羊の毛刈りなんてコツを覚えるまでに時間がかかって手は傷だらけだ。

 うっかり出荷用の家畜に名前を付けちまって、別れる時には柄にもなく泣いてしまって。

 そんな俺の隣には絹のような金髪で花が咲くように微笑むルミアが居てくれる。

 家から出て来たのはルミアによく似た金髪の男の子と女の子。

 勢いよくルミアに抱きついて青空の下に転がる。

 俺はいつものように机と椅子を用意して麦茶を淹れるんだ。

 

「泣いてるのラクス君?」

「……雑草が目に入ったんだ、気にしないでくれ」

 

 底を突き抜けて優しいルミアの左薬指にはめられた指輪が、俺に彼女とどうなったかを教えてくれる。

 さっ、午後からは月一の畜舎の清掃だ。休憩するぞー。

 

「ほらっ、ルミアの膝は俺のもんだ。どけぇい!」

「いい歳して大人気ねぇぞ、オヤジ!」

「パパ、優しくない」

「ラクス君? この子達の言う通りだよ? お願いだから、ねっ?」

 

 ニュアンス的には夜に俺が満足するまで膝枕ということだろう。お掃除にやる気しか出ない。ラクス・フォーミュラ、頑張ります!

 

 ーーー景色が変わるのは一瞬だった。

 

 地獄と言われれば俺はそう認識するだろうよ。

 枯れ果てる、燃え落ち、腐れ広がる。

 緑の住処は紅い墓場になった。

 色づいていた世界は無色になる。

 

 ルミアはガキ供の手を繋いで炎の中心に居た。

 俺を呼ぶ声が聞こえる。

 届け、届け、届けーーー届けぇ!

 身体が動かしても一向に距離は縮まらない。

 俺は右腕を伸ばして、ルミアは俺に気づいてくれた。

 

「ラクス君!」

「ルミア!」

 

 あと少し。

 俺は分かっていた。この手が届くことはないと。

 この届きそうで届かない距離が俺の力不足の表れ。

 それでも俺は手を伸ばす。都合の良い展開はなく、祈れば力が与えられるわけもないのは知ってる。

 それでも諦めきれるわけがないじゃないか。

 好きな女のために身体一つを張れない男なんていないのだから。

 

 そして俺とルミアの間に炎の壁が現れ、どうしようもなく目を覚ました。

 

「気がついたか」

「アルベルトさん……」

 

 見覚えのある天井だ。

 そっか、俺はロウファンにフルボッコにされて間一髪ってところをアルベルトさんに救われたわけだ。

 ほんと、頭がどんどん上がらなくなってく。

 

 ……なるほど、右の第一から第六までの肋骨が骨折。左もだいたいそんな感じでオマケで罅がはいってる。

 右腕も【超電磁砲】を使ってもないのに包帯がぐるぐる巻き。

 漫画とかなら絶好調とか言って、自己退院の皮を被った脱走をするのだろうが……動けないなぁ、コレは。

 

「グレンにはこれから連絡を入れる。伝えておくべきことはあるか?」

「……連絡は入れないでください。その方が都合がいい」

「なに?」

「ラクス・フォーミュラは死んだ。予め、計算の項に入っていないのならロウファンの未来予知を越えられるはずです」

「やはり、あの天使はあいつのモノだったか……しかし、ロウファンの未来予知がその程度の小細工で誤魔化せるとは思えん」

「誤魔化せるんですよ。俺なら」

 

 俺が生きていたとしても、あいつにはそれが伝わらない。

 ヤツの能力は膨大な処理能力を用いた算数だ。

 周囲の取り巻く因子を数式化して答えを算出する。複数回シミュレートを繰り返せば、確かにロウファンにとって、文字通りの不測の事態は起こり得ない。

 だが、俺は既にその計算から除外されている。

 既にないものとして消去されたからだ。路傍の石ころを気にするようなやつじゃない。グレン先生に意識が割かれてるからこそ誤魔化せる。

 

「……話を詳しく聞かせろ」

 

 俺は万が一のことを考えて未来予知のことを伏せた。

 アルベルトさんは一番重要な場所を隠して説明を行なったので要領を得ない顔をしているが、結局はグレン先生に連絡を入れるか入れないのか些細な話だ。

 

「その作戦をグレンが聞けばなぜ容認したのかと殴られそうだな」

「すんません迷惑かけますね。でも、どうあっても結末は訪れる。なんの冗談か、アルベルトさんもグレン先生もそこには()()()()()()()()……どうしようもない力が働いてるような気がするんですよ。世界がルミアを殺したがってる」

「……フォーミュラ。前から感じていたがお前の視点はどこか遠くにあるように感じる。なにを隠している? 話せ。味方に隠し事をするような者に背中を預けることも預かることもできん」

 

 だろうね。

 俺が呑気に寝てる間に魔導戦は終わってしまったようだし。グレン先生は打倒正義に向けて準備中ってわけか。

 どうせ、時間を持て余してるんだ。ならアルベルトさんの信頼を勝ち取る有意義なことに割こう。

 

「神様に魅入られちまったんすよ、俺」

「……貴様、正気か?」

 

 ま、最初の爆弾としてはこんなもんか。

 そっから俺は昔に神とあってとかー大事な部分を隠蔽してアルベルトさんに話した。嘘は言っていない。

 だから見抜かれるとかいう俺にとってマイナスな状況にはなり得ない。だが、アルベルトさんのことだーーー

 

「それが全部というわけではなさそうだが……よかろう。貴様の根源に触れた以上、こちらも一定以上の協力をする……一人で無理はするなよ。その体は既にお前のものだけというわけではなかろう」

 

 違和感には当然、気づくと思った。

 ボロが出るかもしれない説明を重ねないといけないと危惧していたが器量の大きいところを見せてもらった。

 アルベルトさんと意見交換を続ければ、どうやらレオスは既に他界していたようだ。

 天使の塵(エンジェル・ダスト)……なんか強そうな技を放てそうな麻薬の副作用らしい。

 それと俺宛の結婚式の招待状も来ていた。なんとともまぁ、性格の悪いことで。

 

 ーーーあ? ちょっと待て。

 

「アルベルトさん! 結婚式はいつから!?」

「今日の午後からだが、それがどうした?」

 

 くそッ、なにを勘違いしてるんだよ!?

 どんだけ俺は寝ていたんだ!?

 ()()()()()()()()()()()()

 これは物語のトリガーだ。既に物語は佳境に入っている。

 

「……なに?」

 

 アルベルトさんにも連絡が来たようだ。

 魔道具で連絡を取る表情は芳しくない。

 ……くそっ、こりゃしばらく超激筋肉痛待った無しだぞ。

 

 ーーースイッチを入れろ。

 

 記憶を引き継いだ俺ならそれくらいはできるはずだ。

 全身の神経に微細な電気を流せ。自分の体を操れ。

 俺が雷系の魔術以外に適性がないのは既に魔力容量が占有されているからと感じることができている。

 バッググランドで稼働し続ける魔術のような異能が俺の魔術行使を阻害しているわけだ。

 ならば、その待機状態の異能を少しだけ流れ出させる。

 これがギアを上げてくこと……1速だ。

 

「……ッ!? ぉおおっ!」

「なにをしている。まだ立てる状態ではないだろう」

「座ってる状況でもないでしょうよ」

「……まさか、脳から出されている電気信号を自らが作って騙しているのか?」

「理解早すぎでしょ……ま、とりあえず行きましょうか。街中で天使の贈り物が暴れてるんでしょ?」

「……すぐに終わらせる。それまでに死ぬなよ」

「お互いにですね」

 

 掛けてある上着を手にとって俺は気合を入れ直す。

 準備していた仕掛けは自宅で灰になってしまったが、小細工は不要。

 結末を覆す方法とやり方は既に分かっているのだから。

 死地へさらなる死地へ。

 なんというか、物語の英雄みたいでガラじゃないんだが。恥ずかしがってる場合じゃない。

 それにほら。ルミアだけの英雄ってんなら悪くない。

 俺は外に停めてあった馬車の馬を無理やり借りて教会に駆け出した。

 書き置きには『すいませんお借りします。帝国宮廷魔導師団アルベルト=フレイザー』。

 アルベルトさんは無言で指を構えたが、二頭引っ張ってきたのでセーフ。家畜よりも人命だ。そんなこんなで俺とアルベルトさんは真反対に駆け出したというわけだ。

 病院から教会まではそう時間は掛からなかった。

 教会の外には予定通りに学院の正装に身を包んだグレン先生が居た。

 

「……やっぱり生きてやがったな」

「地獄はうるさくてね。帰ってきました」

 

 俺は馬を降りて、いつでも掛け出せるように外に停めておく。

 これはグレン先生とシスティの逃走用だ。

 

「……なぁ、ラクス。ここまで読んでたのか?」

「えぇ、視えてました」

「……覆せるのかよ?」

「覆してみせますよ。終わればしばらくは休養します」

「そうかよ……問題児が一人減って、先生は大助かりだ」

 

 なーに、寂しい顔してんだよ。

 まだ、なんにも終わってないでしょうよ。

 一生の別れってわけじゃないんですよ。

 

「俺はルミアを先生はシスティを……お互いにお姫様を救って乾杯でもしましょう」

「……任せてもいいんだな?」

「あったりまえですよ。これでもルミアの彼氏ですからね」

「その言葉を忘れるなよ。お前はクラスの奴らにも俺にも心配をさせすぎだ。よって、説教と罰が待ってるからな! 全部終わったら馬車のようにコキ使ってやる」

「うへぇ、それは困るなぁ」

 

 俺とグレン先生は拳の裏をコツンと合わせる。

 目を合わせる必要はない。

 やる事は決まってる。

 

 教会の扉を蹴っ飛ばして啖呵を切る。

 

「「その婚約、異議ありだボケぇぇぇぇぇ!!!」」

 

 ◆

 

 ルミア=ティンジェルは激怒していた。

 教会に甲高い音が響く。

 呆気にとられるクラス一同だが、グレンはご愁傷様だなと小言で漏らしシスティを攫っていった。

 

「どこに行ってたの! ちゃんと尻尾巻いて逃げるって言ったよね!」

「予想外に奴さんが強くて……実は目を覚ましたのもついさっきで、病院を抜け出した……とか言ったら怒る?」

「なっ……!? 本当におバカさん!」

 

 今度はグーでラクスの胸を叩く。

 グレンとの修行の成果は着実に出ているようでラクスはうめき声をあげた。

 

「本当に心配したんだからね……バカ」

「悪いな……未来を変えるにはこれしか方法がなかったんだわ」

「え……?」

 

 ラクスは涙を浮かべるルミアの目元を拭い。口元を歪に歪めたクライトスに向き合う。

 

「やはり、君は此処に来た。素晴らしい……君はグレンと僕の聖戦を彩る最高級のスパイスだ」

「そこまで本性出てるなら変装を解けよ。元帝国宮廷魔導師団特務分室No.11『正義』のジャティス=ロウファン」

 

 クライトス、否、ロウファンは指を鳴らすとシルクハットにコートを着込んだ紳士然とした姿に戻った。

 ラクスはポケットから『ペネトレイター』と呼ばれるグレンも愛用するリボルバーを取り出し構えた。

 弾丸はラクス謹製の特別仕様。

 

「ラクス君、ダメ! そんなことしたら()()()これなくなっちゃうよ!?」

 

 ルミアは目に殺意を宿すラクスを見てリボルバーを持つ手を抑え込もうとするがビクともしない。

 まるで鋼鉄の柱を相手にしているようだとルミアは感じた。

 

「分かってるさ。だけど、譲れない。俺はその選択肢を選ぶ可能性も飲み込んだ。後には引けないんだよ、ルミア」

「そうさ、君の能力も興味深いけど今はグレンの方が優先だ。さぁ、僕が仕込んだ最高級のスパイスよ芳醇の時だ。美しく散るといい」

「はっ、ごめんだね! リィエル、避難を!」

「ん」

 

 ロウファンは擬似霊素粒子(パラ・エテリオン)を撒き天使を具現化させる。

 人工精霊(タルパ)の出現にラクスは一瞬だけ気圧されるが照準を定めて引き金を引く。

 銃口からは硝煙と同時に()()()()()が放たれ天使を粉砕する。

 

「くはっ、くはははは。そうこなくちゃね!」

 

 弾丸に【ライトニング・ピアス】を仕込んだものだ。

 原料は魔石にヒューイから譲り受けた最後の触媒だ。

 弾丸を放つ際に銃身に生じる熱を遮断することで耐久性の問題をクリアしている。

 前回の時のようにグローブとブーツはない。

 無いなら無いで工夫するしかないのだ。

 一方、クラスのメンバーはリィエルの誘導で教会の端に移動したが事態は飲み込めていない。

 なにせシスティの婚約者で学院の先生であった人物が全く別の誰かであり同級生と殺し合いをしているのだ。

 

「君が自ら死地に飛び込んで来てくれたからね。泳がせた甲斐がある」

「黙れよ!」

 

 天使は黒の暴風により消し飛ばされるがロウファンは涼しい顔をしたままだ。

 

「ーーーあぁ、安心したよ。おかげで余計な手間が省けた。僕も無抵抗の少女を殺すのは心が痛むからね」

「ッ!! 黙れ黙れ黙れっ、クソがぁ!!!」

 

 突如、激昂したラクスにロウファンは冷静に対処し拳闘の勝負となるが、土台が違う。

 技量の違いは目に見えて明らかだ。ラクスは都合7度の撃ち合いで壁まで吹き飛ばされた。

 

「ラクス君!」

「だめ、ルミア」

「どうして!?」

「わたしの側を離れればすぐに殺される……ずっとこっちを狙ってるから」

「そ、そんなっ」

 

 ラクスの側に駆けよろうとするルミアをリィエルが止める。

 リィエルの言葉を肯定するようにロウファンは天使を創造、ルミア達へと差し向ける。

 リィエルはすぐさま大剣を構えるが、襲いかかる寸前で黒の嵐に天使は呑み込まれた。

 

「ラクス君……」

「怪我はないか……安心しろ、すぐに終わらせるから」

「……また、何かを隠してる。分かるよ」

「……今は関係ないだろ」

「おやおや、言ってなかったのかい? 罪な男だな、僕達のスパイスは」

「黙れと言ったはずだ」

「いいや、黙らない。その方が面白そうだ。ルミア=ティンジェル、その男、ラクス・フォーミュラはねーーー」

「黙れっ!」

 

 ラクスがロウファンの口を閉ざそうと動くが遅い。

 二の句を告げさせまいとする行動を嘲笑うかのようにロウファンが次の一句を口に出す方が速かった。

 

「ーーー君の死を覆そうとしているのだよ」

 

 ルミアは心臓を掴まれたような息苦しさで膝をついた。



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RAIL 4

ちょっとだけグロいかもです。
描写は甘いですが(力量不足とも言う)食人描写があります。
閲覧注意。


「違う! やつの言うことはでまかせだ。信じるな」

「……じゃ、どうしてそんなに必死なの?」

「━━━それはっ」

 

 ルミアの核心を突いた言葉にラクスは返す言葉がなくなってしまった。

 そうだ。でまかせであるならば取り乱す必要などなかったのだ。

 

「……イイ。実にイイ。あと何人の心を折ればグレンは本気になってくれるだろうか、ラクス・フォーミュラ?」

「《猛き雷帝よ》」

「おっと、抜け目ないね。さすがはグレンの教え子だ」

「《二重複製・五重構成(ペア・ペンタクル)》」

 

 先の魔術の詠唱を簡略化して五重にして並列起動。

 合計10の雷閃がロウファンに襲いかかる。

 

「いつの間に連続詠唱なんて……」

「よくわかんねぇけど、すげぇ」

 

 カッシュやウェンディは圧巻の一言に尽きた。

 競技祭までは実技においてクラスの最底辺を争っていたような男だ。

 それが今では軍用魔術の連続詠唱を行なっている。

 ラクスが遠くに行ってしまった。そんな気がして堪らなく悔しくなる。

 

「お前がいると……ルミアが笑えない」

 

 指先だけじゃなく全身に雷を回す。

 紡ぐ言葉は【超電磁砲】に次ぐ破壊力だ。

 

「《我が腕に・荘厳なる・真なる槍を》」

 

 雷撃が槍の形を成す。

 それは近接戦闘の破壊力とリーチを補うもの。

 触れれば感電だけでは済まない。

 

「━━━【猿王討り取りし雷の牙(リベラルボイド・ヴァジュランダ)】……だから、ルヴァフォースから消えてくれ」

 

 その名はラクスが◼️◼️◼️◼️◼️であった頃の神話。

 インドと呼ばれる国に伝わる討滅武装。

 内包する電気が漏れ出し教会の床を容赦無く抉る。

 リィエルすらもその剣を見て、一歩下がる。

 これが記憶を取り返したラクスの近接武器だ。しかし、ロウファンは自らを狩るかもしれない死神の刃に笑みすら浮かべる。

 

「大層なものを出したけど、すまないね。時間切れだ」

「逃すか、バカ」

「おっと、さすがにそれはマズイね」

 

 ロウファンはラクスから必要以上に距離を取る。

 

「つまらぬものだけど、新作の置き土産だよ」

 

 指を鳴らせば教会の扉を無造作に壊しながら入場する招かれざる客。

 形容するならば忠実なゾンビ。

 ロウファンの一言でラクスへと襲いかかる。

 

「……俺は、もう……迷わない!」

 

 いくら意識がなくとも、姿形は人のソレ。

 ラクスは苦悶の表情を隠すことなく雷の牙で消滅させた。

 ラクスはクラスメイト達が息を呑んでいるのがわかった。だが、そんなことに引きずられていては死ぬだけだ。

 戦場に情けは無用。自分に甘えれば手痛い仕返しが待っている。

 その仕返しが最愛の人にまで向けられるなんて考えられない。

 

「僕とグレンの終幕までそこで遊んでいてくれ。スパイスがないのは残念だが、それも味というものだろうね……また、会おう。ラクス・フォーミュラ。正真正銘の化け物もそろそろ到着するからね。精々、頑張ってくれよ僕達のスパイス」

「言いたいことだけ言って逃げんじゃねぇ!」

 

 苦し紛れに【ライトニング・ピアス】を放つが顔を逸らされ避けられる。

 ラクスは制御を失ったゾンビ達をまとめて消滅させる。

 後ろに控えるリィエルがラクスの前に急に躍り出た。

 

「ルミアを」

「……ごめん、ここは任せた」

「ん、わかった」

 

 雷の牙を消して膝をつくルミアに近づくラクス。

 意気消沈した姿にラクスは不甲斐ない自分自身に怒りが湧いた。ルミアを守りたい一心で一番大切なことを忘れていた。

 

「……立てるか?」

「……どうだろ」

「本当にごめん。俺は何も分かっちゃいなかった。あんだけ叱責されたのに、何もかも」

 

 ルミアを大切にしすぎるあまりに遠ざけた。

 それがラクスの罪だ。

 

「……それでも、俺は自分のやったことに後悔はしてない……できれば許して欲しいけど」

「……怒ってるんじゃないの。ただ、また私のせいかって思ったら急に力が抜けちゃって……私って此処にいるべきじゃないかな?」

 

 力なく笑うルミアにラクスは力強く肩を掴み、抱きしめた。

 これはほんのわずかな恩返しだ。

 旅籠の森で救ってくれたルミアに対するほんのわずかなお返しである。

 

「お前がいなくなったら俺は困る。生きて、俺の隣にいて欲しい」

「……きっと、これから迷惑かけちゃうよ?」

「薙ぎ払うさ。そのために手に入れた力だ」

「もっともっとだよ? ラクス君、これからもっと傷ついちゃうんだよ?」

「お前のため……あぁ、そっか違うな。俺はそんないい奴じゃない」

 

 それは対外的に説明するための美化された理由だ。

 ラクスはそこまでのお人好しじゃない。

 此処にきて口にすることで初めて気づいた。

 

「いつか言ったろ。勝手に救ってやるから勝手に救われろって。無意識だったけどさそれって、結構自分勝手な理由だと今更ながら思うんだよ」

 

 だからラクスは本当に自分のしたかったことを口にする。

 

「俺は俺の為にルミアを救う。どこまでも陽だまりを感じていたいから。俺は俺の為に戦う……だから、救われたら儲けもんだとでも思ってくれ」

「……卑怯だなぁ。でも、そうだね。ラクス君らしいや。私は儲けすぎてる気がするけど」

「当たり前だろ。可愛い子や好きな子にはサービスだ」

「うーん? 浮気かな?」

「痛いっ、抓らないで! 肉がちぎれる!?」

 

 ルミアは抓るのをやめてラクスに向き合う。

 思わず2人は破顔した。

 

「もう、立てるな?」

「うん、でも手を引いてくれると嬉しいな」

「喜んで。私のお姫様(マイロード)

 

 此処にいるのは2人の挑戦者。

 降りかかる大きな災厄の粉を振り払おうと模索する者達。

 リィエルがゾンビを斬り伏せる先で一際大きな生物が地を踏み固めるように歩いてくる。

 それは既に人の形すら捨てていた。動くものは全て邪魔。四つん這いで歩みながら尾で群がるゾンビを吹きとばす。

 

 ルミアが震えるラクスの手を握る。

 

「私はなにをすればいいの?」

「魔力円環陣を頼む。ゾンビどもは魔力に反応するから」

「最初の共同作業が囮なんだね」

「うっ……ごめんなさい」

「ふふっ、冗談だよ。どんな些細なことでもラクス君の役に立てるなら、これ以上ないくらいに嬉しくなるよ。それに、私の騎士様はちゃんと守り通してくれるって信じてるから」

「騎士って柄でもないんだけどお姫様が望むなら頑張って挑戦してみますか……演技は苦手だけど!」

 

 ラクスはルミアに携帯していた水銀入りのカプセルを渡す。

 まとめて消滅させて化け物との多対一の状況を作ることが目的だ。

 凄まじい勢いで陣を書き始めるルミアの前にはラクスとリィエルが立ち塞がる。

 超えられるものなら超えてみろ。

 お前達が相手にするのは力の象徴である戦車と雷撃の化身。

 五体満足で進めるという幻想は今すぐに捨てろ。

 

 譲れないものがあるから人は修羅になれるんだ。

 

 ◇

 

 ━━━これが最後になるだろう。

 

 ずっと感じていた俺の限界はもう近い。

 けど、それがどうしたのだと言うのだろうか。

 背中には俺の愛する人が居て、級友もいる。

 先生にも慣れない後押しをしてもらった。

 足の震えも、胸の鼓動も、背中の怯えも全て乗り切った。

 俺の魔術特性は『調和の逆転・転化』。

 俺が思うマイナス(弱気)をゼロではなく、プラス(強気)へと変えるものだ。限りなく平穏(調和)を否定するものだ。

 だったら、全てを乗り切った俺の心は不退転。

 退くことも目を背けることもしない。

 

「ぐぅぅうががががが!!!」

 

 俺は目の前の化け物に両手の拳を握り、構えた。

 正義厨が残した実験の産物。

 人の名残りすら捨てたソレは生きる者に生理的な嫌悪感を与える。

 あの時に見たブラウモンよりも化け物らしい。

 

『し━━━』

 

「《マインド・アップ》」

 

 鳴り響く音を精神力で封殺する。

 きっとこのやり方は正しいものではない。

 本来ならば、ゆっくりと時間をかけて向き合うものだろう。

 だが、それでは時間が足りない。俺が寝てる間に誰かが死ぬなんて嫌だ。そんな思いはもうこりごりだ。

 だからこそ、俺は手を伸ばす。

 不相応でも諦めることなんてしたくない。

 これは俺の自己満足だ。

 ただ、報いがあるとするならば……それは未来の灯火に薪を()べること。

 ニコラが時折口にしていたんだ。

 グレン先生やアルベルトさんを『次世代の英雄』と。

 ならば、おそらく……いや、確定でシスティとルミアは時代に名を刻むだろう。グレン先生が受け持つとはそういうことなんだと思う。

 ロクでなし魔術講師の英雄授業。

 戦場に英雄はいないと言ったグレン先生の講義はまさしく英雄教育。基礎を蔑ろにせずに、実践的なことを教えていくこと。

 それが堅実な英雄の教育方法。

 世界から解離した第三の視点を持つ俺が言うのだ間違いない。俺の背にいる誰かは必ず、未来を切り拓いていく。

 ならば、それまでの道筋。俺が案内しよう。

 今は雛のような小さな羽根でもやがてはメルガリウスの天空城まで届く龍の翼となることを願う。

 

「クラスの全員を逃す余裕はない。背中を見せればすぐに襲いかかってくる。リィエル、いつでもサポートに入れるようにしておいてくれ。慣れない後衛だが、いけるな?」

「……ん。お茶の子さいさい」

 

 表情が死滅したと言われた少女はここまで感情を豊かに表現できるようになった。

 

「おい、ラクス。俺らだって戦えるぞ!」

「そうですわ、ここで背中を向けたらお父様とお母様に顔向けできません」

「ふん……一人じゃそのデカブツの相手は無理だろう」

 

 カッシュ、ナーブレス、ギイブル。

 それにみんなも志高く、魔力を練り始める。

 ははっ、強くなるぞ、こいつらは。

 

「ラクス君……ようやく一緒に闘えるね」

「あぁ、思えばこんな時を待ち望んでたんだ」

「私は少し嫌だったかも」

「状況が状況だしな。そういう方向性ってことで頼む」

「……仕方ないなぁ。もうっ」

 

 ルミアは俺の状況を知っている。

 これが最後の戦いになることを。

 だからこそ、ルミアはそうならないように配慮をしてくれていた。

 俺をできるだけ戦闘と呼べるものから排してきた。

 だから、そんな顔するなって。

 

 俺はルミアの頬に手を当てる。

 

「笑っていてくれ。いつものように花を散らすように、太陽が咲き誇るように。そうすれば俺は限界を踏みこえることができる。勝手なお願いだって分かってる。許してくれ」

「ううん、ラクス君がいつも私のためにそうやって無理をしてくれてるんだもん。笑うよ。これかも、ずっと。それに、ラクス君が勝手だなんて知ってるよ。そういうところも含めて、好きになったんだから」

「……これはいつまでたっても勝てないねぇ」

「ふふっ」

 

 とうとうしびれを切らしたデカブツ、仮称『タイラント』が家の支柱みたいな巨大な爪を伴い、突進してきた。

 ったく、空気が読めないやつだ。

 

「「「《大いなる風よ》!!」」」

 

 俺が【磁力操作】で受け止める前にカッシュが中心となり巨大な空気の壁が生成してタイラントを吹き飛ばした。

 

「ったく、見せつけるようにイチャイチャしやがって! 羨ましいぞ、この野郎!」

「攻撃は僕らが受け止める。だからお前はその無鉄砲な火力でどうにかしろ!」

 

 あぁ、任せろ!

 

「ルミア、お前は中衛だ。集中して、しかし霧散するように建物を見渡せ。クラスの奴らに指示をだして、リィエルの使いどころを見誤るな。できるか?」

「……任せて!」

「よし、いくぞ。ここからが最終局面だ!」

 

『あぁ、クラスメイトだからって理由は禁止だ。それはあまりにも常軌を逸してる』

 

 いつか、グレン先生に言われたことを思い出した。

 そうだな。俺もそう思ってるよ、今でも。

 なんでベッドの上で震えなきゃならないんだろうか。

 どうして俺はそんな悪路を進もうとしているのか。

 もっと簡単な方法は? 俺が見落としてるだけで裏技のようなものはあるんじゃないのか?

 簡単な話だ。

 俺が馬鹿だからだ。守りたいし、なにも落とす気はないし、死ぬ気もない。

 余計な騒動はできるだけで避けて、起きたら穏便に対処する。それでもダメなら障害は全て排除するしかないだろうよ。

 解決方法は拳を握ること、ただ一つ。

 俺はどれだけ頭をひねってもそれ以上は出てこなかった。

 なら、開き直るしかない。これでいいじゃねぇかと。

 欲しいもんは全部、手に入れる。

 救いたければ拳を握れ、牙を立てろ、喉を震わせろ。

 己という存在が此処にいるのだと知らしめろ。

 力で圧しようとする相手には力でねじ伏せるしか解決策はない。

 別に相手が悪で俺が正義だなんて思っちゃいない。

 よくあるような闘いとは己の正義と相手の正義のぶつかり合いだなんて大層なことも思っちゃいない。

 相手が殺したいから殺すなら俺も救いたいから救うだけだ。

 

 俺は俺がしたいと思ったことを成す。

 結果が吉とでるか凶とでるかはわからないけど。確かに俺の切り拓いた道ができる。

 世が是とするならば、俺の屍を超えて発展しろ。

 世が否とするならば、俺の通る道の手前で分岐点を作れ。

 

 俺はつくづくそういう人間のようだ。

 分かっちまう。そういうモンだって。俺のチンケな常識とか経験が通用する領域じゃない所で神様とやらはほくそ笑んでるのだろう。

 はっ、笑わせんな。

 舐めてんじゃねぇよ。

 

 ()()()()()()()()()()はその程度じゃ諦めない。

 

 凌駕しろ。

 一瞬前の過去を。

 一寸先の未来を。

 己を振り返る必要などない。そんなものは不要だ。

 今足りない全てのものをここで引き寄せろ。

 それが出来なければ奴には勝てない。

 未来を塗り替えろ。奴の思い通りに確定させるな。

 揺らせ。遥か彼方から自分が望む一粒の欠片を無数に集めてみせろ。

 ここからは━━━

 

 全 力 戦 闘 だ。

 

 ◆

 

 体制を立て直したタイラントは焦点の合わない眼で、ラクスを睨みつけた。

 まずはあいつを潰すべき。本能だけで動く怪物がそう判断したのだ。

 伸縮する尻尾を剣のようにしてラクスに繰り出す。

 

「《この思いに未来在れ》」

「《ラウザルク》ッ!!!」

 

 ルミアの即興改変された【ウェポン・エンチャント】でラクスの拳が加速され、タイラントの尻尾を真正面から殴りつけた。

 ラクスはルミアの可能性を信じた。

 強化された拳でも練度が低ければ、今の衝突でラクスの手は無くなってた。

 しかしラクスはどこからか大丈夫だという自信があった。

 なるほど、これは悪くない。

 ラクスは信頼できる仲間と共に戦える高揚を感じた。

 

 タイラントは未だに群がる中毒者達を吹き飛ばし、天井に張り付く。

 

「リィエル、天井から襲いかかるところを迎え撃って!」

「分かった!」

「ギイブル君とカッシュ君とセシルで尻尾を拘束して! ウェンディはクラスのみんなを攻撃、拘束、防御の三チームに分けて!」

「了解しましたわ!」

 

 カッシュとギイブルとセシルはタイラントの尻尾を【サイ・テレキネシス】で拘束することで応える。

 タイラントは形振り構わずに天井からラクスではなく、

カッシュ達に襲いかかるがリィエルがそれを空中ではたき落とした。

 

「わたしがいる限り、みんなに手は出させない」

 

 リィエルが十字剣を構えて、タイラントを挑発する。

 

「ラクス君、砂鉄を使って残った中毒者の人達を退けて! ウェンディ、編成は終わった?」

「あいよ……そらっ!」

「今、完了したところですわ……ですが、練度は」

「そのための私だよ」

 

 前衛一人に中衛一人、後衛の隊長にリィエルを置いて、迎え討つ。

 オールラウンダーな前衛と個々の能力が優れる後衛を、指揮能力に優れたルミアが管轄する。

 元々、ルミアは気遣いをよくするタイプだ。場の空気には敏感である。

 逐一状況が変わる戦場において、ルミアのような能力は指揮官に要求される希少性の高いものだ。

 現にこうして拮抗どころか押している。

 

「ラクス君、砂鉄で尻尾を落とせる?」

「ルミアが望むなら龍の首でも落とすさ、任せろ」

 

 ルミアは指示を飛ばす。

 今しがた、ラクスがタイラントの尻尾を切り落とした。

 クラスの皆もこれなら勝てると感じた。

 

 一瞬の隙だ。心に開いた小さな余裕。

 それがタイラントの次の行動を効果的なものにした。

 

「……ぎしゃあぁっぁ、がぐぅ、ぼきっ」

 

 タイラントは()()()()()()()()()ことで尻尾の再生を行なった。

 タンパク質を失ったのだから補充すれば良い。

 タイラントは本能で動く。

 その行動は生きることに集約され、次にするのはルミアの排除だ。

 タイラントはようやく気づいた。この戦局で一番の敵はルミアだと。

 

「おいっ、しっかりしろ!」

 

 ラクスが声を荒げるがもう遅い。

 食人という一生かかっても経験しないであろう光景を前にルミアでさえ、腰を抜かした。

 クラスの者も嘔吐するか、膝を折るかのどちらかに分かれた。

 ラクスも128の地獄を経験していなければ、どうなっていただろうか。

 協会で立つのはリィエルとラクス、そしてタイラントだけだ。

 

 タイラントは偶然か必然かラクスに向けて、口角をあげた笑みを浮かべた。

 

「てめっ━━━させるかっ!」

「ぎしゃああああああ!!!」

「いやぁぁああああ!!」

 

 タイラントはルミアに向けて急突進した。

 リィエルが持ち前の怪力で一瞬、食い止めるが薙ぎ払われた尻尾の一撃で吹き飛ばされる。

 ラクスはその一瞬で尻尾の先と両足に砂鉄の杭を打ち込み、電気誘引で減速させる。

 

「ぎしゃ、ぎしゃ、しゃしゃ!!」

「うるせぇんだよ。このっ!」

 

 タイラントは尻尾の拘束を二又にすることで無理やり解き、貫こうとする。

 ラクスはいつか夢で見たような状況に舌打ちをして、足を前に踏み出した。

 

 炎の壁、踏破したり。

 彼我との力量差は既になく。ラクス・フォーミュラの手は届く。

 これが過去、そして未来との決別。

 我、思う故に我あり。

 ラクス・フォーミュラは9人目としての解をここに示した。

 世界からの祝福(呪い)を今を以ってして撃ち破る。

 ルミア=ティンジェルの死の運命は覆された。

 

 協会に流れる血。

 ラクスは頬を切った尻尾を掴み取り、電気の異能を使って焼き切り、ルミアの前に立ちふさがる。

 

「お前なんかにくれてやるか。ルミアは俺の奥さんだぞ?」

「ぎしやしゃさしゃ!!!」

「……その動き、()()()()()()()。」

 

 ラクスはルミアを庇う圧倒的に不利な状況で尻尾を的確に対処していく。巨大な爪も、必要最小限の力で受け止めてとうとう顔にストレートを叩き込んだ。

 タイラントは教会の内壁にめり込んだ。

 ラクスの会心の一撃だ。これで踏みとどまられたら死んでいた。

 

「……さすがだな」

 

 ラクスは肩に添えられた手に思わず呟く。

 ルミアは立ち上がっていた。顔を苦痛に歪めながら、それでも尚、立ち上がってみせた。

 ラクスは砂鉄を杭にしてタイラントの全身を固定する。

 これで身動きはできない。

 

「私も力を貸すから」

「……あぁ、ありがとう」

 

 クラスの者は皆、戦意喪失をしている。

 ルミアが異能を使ったところで気づく者はいないが、リィエルが十字剣を使って、視界を隠した。

 ラクスは本当に成長したなと呟いて、コインを高く上げて己の持つ最高最強の魔術を起動する。

 

「《拝謁せよ・紫電の流星を・これは俺たちが紡いだ奇跡の証━━━」

 

 研究所の時とはスペックが違う。

 故に呪文も変更せざるを得ない。だが、ニコラ達から受け継いだ贈り物は呪文ではなく、本質を捉える言葉だった。

 マナ残量、テンション、ギア、周囲の状況。

 全てを加味してラクスは【超電磁砲】を極めた。

 故にラクスは黒魔改とは言わない。

 

「物語を始めよう・紫電の号砲よ火を上げろ・俺たちの旅路に祝福あれ━━━」

 

 ルミアの感応増幅がラクスの魔術に乗る。

 これが今までの【超電磁砲】だと思うべからず。

 

「━━━果てに願いを》!!!」

 

 黒魔極【超電磁砲】。

 

 紫電の号砲は放たれた。

 中毒者達もタイラントも教会も━━━。

 ラクスの目の前に存在していたもの全てが消し飛んだ。

 場に残留した電気が放電する。ところどころに熱が残っている。

 

「俺らの住む陽だまりに、てめぇら悪に生きる者たちの居場所はねぇよ……」

 

 ラクスは満足気にうなづいて、背中から倒れた。

 

 ◇

 

 俺の体はルミアに受け止められた。

 それと同時に気付かれちまったみたいだ。

 

「え……これっ、どうして、なんで……」

「ドジったわ……痛みも感じない」

 

 俺の頬を切った尻尾と、腹を穿った尻尾。

 ちょっと遠くにある俺の血はその二つが原因でできたものだ。

 

「あああっ、ああっ! 《慈愛の天使よ・彼の者に安らぎを・救いの御手を》!!」

 

 無駄だよ。ルミア。これが代償だ。

 お前の命との引換券だったんだから。

 俺が一番、分かってる。内臓、いくつ持ってかれてんだよ、これ。

 

「行かないで……お願いだから……行かないで」

 

 口に血が溜まってうまく喋れない。

 あぁークソ。ごめんなぁ、ルミア。

 

「まだ始まったばっかりなんだよ。これからだよ。私とラクス君はこれから……なのにっ、どうして!? 先に行かないでよぉ……」

「かはっ!?」

 

 せり上がってきた血で口から血を全て追い出す。

 

「学院の近くに遊園地が出来たらしいな……」

「うんっ、うん……なんでもじぇっとこーすたー? って言うのが人気らしくて」

 

 魔導エンジンとかついてる最先端のものらしいな。

 魔術が人に貢献するテーマパークだ。グレン先生も連れていくか。

 

「遊びに行きたいなぁ」

「うんっ、だから行こっ。だめ、目を閉じないで!」

「暖かいなぁ」

 

 どうしてだろうか。

 目の前が暗いな。しっかりとまぶたを開いてるはずなのに。

 

「今日は……曇りだったのか……ルミアの顔がよく見えないなぁ」

「……ひくっ、ラクス君……だめ」

「でも、ルミアが俺にとっての太陽だから俺の心は快晴だぜ?」

 

 喀血する。

 手足とか末端の部分から感覚がなくなっていく。

 不思議と寒くない……いや、全然不思議じゃないな。

 ルミアがこんなに近くにいてくれるからだ。

 死ぬときはベットの上で美人の奥さんと子供に囲まれてと思ってたが……なるほど、美人の奥さんが隣にいてくれれば俺は十分だ。

 俺は十分、報われた。

 この結果に満足してる。

 これはルミアであっても文句は言わせないさ。

 俺は薄れる記憶と意識をなんとか繋ぎ止めて、ルミアの頬に手を当てる。

 濡れてるな……今日は雨だったのだろうか。

 つか、俺は今どこにいるんだ。

 なんでルミアは泣いてるんだ?

 

 まーどうでもいいかそこらへん。

 ルミアが泣いてるなら俺がすることは一つだけだから。

 

「泣かないで。君はいつでも美しいから」

 

 ぷっつんとそこで糸が切れるように映像は映らなくなった。

 

 ◆

 

「俺はいつでも━━━」

「……うそ、だよね?」

 

 その言葉が言い切られる前にラクスの手は力を失った。

 そう、これこそが真のエンディング。

 未来経験はラクスが観測者として観測してきたものだ。

 世界がどうのこうのというより比重が置かれるのは観測者の体験が物を言うのである。

 つまり、ルミアの死という運命に己の死を割り込ませたのだ。

 だが、ここで一つの疑問が浮上する。

 歴史に名を刻む者の死を無名の者の死で上書きできるかという疑問だ。

 端的に解を与えよう。

 

 世界が殺したがったのはルミアではなくラクスであった。

 

 この状況が何よりの証拠である。

 ()()()()()()()()()特殊な雷撃の異能程度で時間逆行などできるはずもないのだ。

 だから、ここを終点に定め力を与えた。

 そうなるように運命を仕組んだ。

 転生者という異分子を排除するための防衛措置。

 

 さぁ、物語の幕を閉じよう。

 少年と少女の逆転劇はここまでだ━━━

 

「認めないッ!」

 

 少年と少女の逆転劇は━━━

 

「絶対に認めないッ! こんなのおかしいよッ! なんで、こんなに頑張れる人が死んでしまうの! 誰よりも逃げたくて、痛いのが嫌いで、怖がりで……それでも立ち向かった勇気のある人を私は失いたくないからっ!」

 

 少年と━━━

 

「帰ってきてラクス君! 私は此処にいるよっ! あなたが進む暗闇の道を照らして見せるからっ!」

 

 ルミアの魔術で全ての傷口は塞がれた。

 粉砕骨折、肉離れ、内出血、全身打撲。

 依然として危険な状態であることに変わりはないが、出血死という選択肢は消しさられた。

 

 少━━━物語を再び始めよう。

 

 STOP……NO。

 REVERSE(調和を否定)……ACTIVE RAIL。

 RE……START。

 

 ━━━教会の瓦礫が踏み砕かれる。

 

「ルミア、待たせたな。あとは先生に任せとけ」

「フィーベル、【リヴァイヴァー】の準備を始めろ」

「はいっ……大丈夫よ、ルミア。彼女泣かせのバカにビンタを入れるのだけ準備しててね」

「先生、システィ……アルベルトさんも」

 

 グレン、システィ、アルベルト。

 それに初めて見る顔だがアルベルトと同じ服を着た者が二人いる。

 

「これは酷い……ですが、なんとかしてみましょう」

「ったく、こんな別嬪さんを泣かせおってからに。罪な男じゃのう」

「翁、グレンの教え子達を」

「任せろぃ。だってワシ治療の邪魔だしぃ、てへっ」

 

 気の抜けたおじさんに対して険しい顔の若人。纏う雰囲気は強者のソレだ。

 ルミアは確信した。ラクスは救われると。

 

 元も含め帝国の最高峰の戦力である特務分室所属が5名。

 加えてシスティという、いずれはアルベルトを超える才を持つ者までいる。

 これで救えないのなら世界は死で溢れかえっている。

 

「ルミア……ラクスはわたしたちが連れ帰るから今は休んで」

「リィエル……ごめん、私もなんだか疲れちゃって……ラクス君が起きるまで頑張らないとって思っ……て」

「目を覚ませば全部、解決。ラクスよりも早く起きればいい」

「そ……っか。リィエルは頭がいい……ね……お願い、ラクス君を助けて……」

 

 ルミアはそこで意識を手放した。

 慣れない戦場でクラスメイト全員の命を預かる大役を任されたのだ。耐えられる疲労は既に限界をむかえていた。

 

 そして少女は口にした。自らの願いを。

 だから、これから始めよう。

 これは少年が少女の願いを聞き届ける物語。

 ならば途中退場など許されるはずはない。

 ここに奇跡はなる。

 

 【調和の逆転・転化】

 

 世界が望んだ平穏を少年も少女も受け入れるはずなどないのだから。

 気にくわないちゃぶ台をひっくり返せ。

 ここから始めよう。また、新しく。

 この基点は終点にして始点。

 未来を始めよう。

 

 ━━━物語は始まったばかりなのだから。




ラクス君、記憶を取り戻したことで強化入りましたー。
後々、説明を入れますがこれが本来の力です。
取り扱い説明書を読んで正しい使い方を覚えたというかんじですね。
けどまぁ、猛威を振るう機会はしばらくお預けですけどね(慈悲なし


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RAIL AFTER 1

 目を覚ませばそこは暗闇だった。

 なんでこんなところにいるのだろうか。俺はそこまで度が過ぎた酔っ払いだったのか。

 俺が立つ細い道は道と呼ぶにはあまりに狭すぎる。

 反対側から誰かが来たら先に進むことはできなくなるくらい狭い。

 そして俺は気付いた。

 何も思い出せない。

 全て、何もかも。名前もだ。

 大切にしていた……ような気がする。

 覚えてない今では判断のしようがないが、とても大切なものだったと思う。

 こうやって触れようとするだけで心が暖かくなる。

 

「進むか……」

 

 記憶を失う前の俺ならこうしていたのだろうか。

 分からないが止まっていても答えは見つからない。

 なら進もう。本当は逃げたくなるくらいどうしようもない俺だが後ろの道はない。

 ご丁寧に退路まで絶って、俺を進まそうとするわけだ。

 

 本当に……どうしようもない。

 

 ◆

 

 『正義』の起こした騒動から一週間の月日が経とうとしていた。

 しかし、ラクス・フォーミュラは目覚めない。

 外傷は完全に癒され、主治医も完璧な手術を行なった。

 それでも尚、目覚めない。

 

「……ラクス君、こんなに傷ついてたんだね。知らなかったよ」

 

 ルミアはラクスの上半身の汗を拭きながら話しかける。

 こうしてるとふと目を覚まして、飄々と言葉を返してくれる感じがするのだ。

 そんな様子のルミアを見てシスティは壁に寄りかかるグレンを見る。

 グレンは目を閉じたままで何かを考えているようだった。

 

 ━━━精神が目覚めを拒絶してる……か。

 

 数日前にセリカが病室に訪れ、魔術的な切り口で診断した。それしか考えられないと。

 理由はラクスの内にのみ存在するものだ。目覚めはラクス次第。

 精神的な理由を解決しない限りラクスは一生、目覚めることはない。

 グレンはすることがない歯痒さに自然と組む腕に力が入る。元はと言えばグレンの蒔いた種だ。

 過去の因縁に生徒を巻き込み、一度は死へと追いやった。

 

「先生……」

 

 システィがグレンの腕を無理やり解く。

 爪が食い込んでシャツの上から出血していた。

 

「《救いの御手よ》」

「わりぃ、白猫」

「いえ……」

 

 無理をしているのはグレンだけではない。

 土壇場で逃げることを拒絶したシスティだが彼女もロウファンに闘うことなく敗北している。

 誰しもがありもしないIFを想像しては傷つく。

 二年II組の生徒は記憶消去が施された。あれだけの光景だ。残せば心に残る。

 

 それに、だ。

 

 グレンはラクスの()()()()の上半身を見て、目を伏せる。

 切り傷、刺し傷、火傷、裂傷。

 わずかな期間であれだけの傷を負うなんて特務分室時代でも考えられなかった。

 遠征学修の際に常にパーカーを羽織っていたのはその傷を晒し、周りを不快にさせない配慮だった。

 事前にラクスはグレンに了承を得ていたし、グレンもそれに合わせてそれとなく知らないフリをしていたわけだ。

 だからこそ、ルミアに知られるわけにはいかなかった。

 大半がルミアが原因で起きた騒動の傷だ。見れば悲しむ。分かりきっていたことだ。

 それがちっぽけな男の意地。

 ラクスが霊障で倒れたときの処置も服を脱がさないといけない範囲の手前で止めたのもそれが理由である。

 

『誰も知らなきゃ、それが真実だと思うんですよ』

 

 確かにそうだ。グレンもそういう気持ちになったことはある。

 特務分室時代に正義の味方の夢を折られ、それでも足掻いていたとき、自分はどうしてこんなことをしてるのかと疑問に思ったことがあった。

 それが先の解答だ。

 一般人の知らない間で極悪非道が行われても日の目を見る前に自分達が始末すれば世の中は平和で流れる。

 誰も知らなきゃ、それが真実。なるほど、言い得て妙だ。だが━━━

 

「その真実も霞んでるじゃねぇか」

「先生?」

「……気にするな。大きめの独り言だ。さ、行くぞ。明日も学校だ……ルミア、まだ残るのか?」

「はい……暗くなる前には帰りますから心配しないでください。システィも先に帰っていいよ」

「私も━━━」

 

 残ると言いかけて。

 

「おう、それじゃ学校でな」

「さようなら、先生」

「ちょっと、先生!?」

 

 システィの腕を引っ張りグレンは病室から退出した。

 

「今は一人にしてやれ。整理する時間ってのが必要なんだよ、ルミアにも白猫にもだ」

「……私、不安なんです。ルミアがこのまま塞ぎ込んじゃったらどうしようって」

「白猫……」

「先生、どうしよう!? きっと、ルミアが塞ぎ込んじゃったら私のせいだ! 私がもっとレオスのことに気付けてたら。ラクスのことを見抜けてたら! どうしよう、私のせいだ……」

「それは……」

 

 自分の胸で泣くシスティを見て不用意に違うだなんて無責任なことは言えない。

 グレンはシスティが泣き止むまで胸を貸すことしかできなかった。

 

 一方、病室では。

 

「グレン先生が気を使ってくれたみたいだよ。私、そんなに辛そうに見えるかな……?」

 

 ラクスの前髪を整えて手を握る。

 確かにその姿は献身的な聖母だ。何も知らない人であるならば間違いなく天使と呼ぶだろう。

 が、同時に。

 ラクスならばこう言うであろう。

 どうかしたのか?と。

 ルミアはとても我慢強く忍耐力が優れている。

 だから太陽に少しでも陰りがあれば見逃してはいけない。それが隠しきれなかったSOSなのだから。

 

「……最近はね。グレン先生が改変呪文の集中講義を始めたんだよ。みんな、悩みながら自分だけの魔術を完成させるのが課題でね。システィはもうできてるみたいだけど、私はセンスがないから……どうしよう?」

 

 問いかけるが当然、答えは返ってこない。

 しかし、虚しくなることはない。

 主治医が言っていた。話しかけ続けることが唯一にして最も効果的な治療法だと。

 ならば、話しかけ続けよう。いつか目を覚ますと信じて。

 それが例え、一週間でも一ヶ月でも一年でも十年でも。

 

 ━━━死ぬまでも。

 

「そんなの嫌だなぁ……」

 

 テーマパークに行くと約束したじゃないか。

 ずっと隣で笑ってくれと言ったあなたが目を閉じていてどうするんだ。

 私を泣かせてどうするんだ……ばか。

 

「お願い……早く目を覚ましてよぉ。もう、置いていかれるのは嫌だよぅ……ぐすっ……怖いの……寒いよぉ、ラクス君」

 

 ラクス・フォーミュラは目覚めない。




少なめですいません。次回から原作6巻の内容に入っていきます。全ての片をつけていきます。
書いてて辛いなぁ。ルミア大天使泣かせ続きですいません。

しかし、約束しましょう。物語とはハッピーエンドで締めくくられるものであると。


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未だ明日を知らない世界に
RAIL 1


待っていてくださった皆さんすごくお待たせしました!
久しぶりの更新です。
つい先日ファンタジア文庫大感謝祭行ってきたんですけどロクアカ人気ですね。サイン本すぐに売れ切れてました。
かくいう私もサイン会応募も漏れて踏んだり蹴ったり。ただB2タペは手に入れたぜ……尊い。
本日中にもう一度更新します。お楽しみに!


 どのくらい歩いただろうか。

 手元には時間が分かるような物はなく、ただひたすらに飽きてきた。

 俺はとうとうその場に座り込んだ。元々、景色も変わらないような一本道。眠気は無くとも意識が飛びかける。

 実はついさっきまで意識が飛んでた。

 気がついたらかなり進んでる感じがしたので無意識にも関わらず歩き続ける俺の体は根からの働き者なのかもしれない。

 

「はぁ……くそ、貧乏くじを引いた記憶を失う前の俺、くたばれ」

 

 過去の俺に悪態をつきながら俺は歩き始めた。

 ついでに全力疾走。で、またまたあることに気がついた。

 

「息切れつーか、疲れないな」

 

 結構な量を歩いたはずだ。走ったはずだ。

 しかし眠気も疲れも痛みもない。

 導き出される答えは一つだろう。

 

「え、俺って死んだの?」

 

 それは厳しい。

 霊体だから何も感じないのは便利かもしれないけど、こっちはついさっき産まれたみたいな感覚なんですよ。

 何もしてないのに既にゲームオーバーとか斬新すぎてキレそう。

 

「はぁ、道案内してくれる人とかいないのかよ」

『欲しい?』

「は!?」

 

 気味の悪い空間に響く、どこか楽しそうな弾むような声。俺はようやく暇つぶしの相手が来たと思ってテンションが上がって来た。

 

『で、どうなの。いるのかな? いらないのかな?』

「いる! いります! まじで孤独死しそうなので助けて!」

『うん、覗いて正解だったわね。もー、人が意識の海を気持ちよく漂ってたら波打ち際で見知った顔が遊んでるんだもの。あせっちゃったわ』

「見知った顔……? じゃ、俺とアンタは知り合いなのか?」

『あれ、記憶失ってる? ふーん、あっ、そうかそうか。だよねー、まぁいいか。ともかく話はそこを抜けてからよ。そんな不安定なところにいたら文字通り攫われちゃうから』

 

 意識の海とかよくわからん単語を話す人だが、どうやら顔見知りさんが居たようで安心した。

 ともかく、口ぶりからするに声からして女性の彼女はこのつまらないマラソンの終わらせ方を知ってるみたいだ。

 

『じゃ、目を閉じて。その道は虚構のもの。あなたをそこに繋ぎとめてる空想に過ぎないわ』

 

 俺は言われるがままに目を閉じる。

 不安はあるが、この声を聞いてるとどこか安心する。

 ……あと、ドジらないか心配になるのは何故だろうか?

 

『踏み出すのよその空間から。イメージしなくても手を伸ばせば私が引っ張ってあげるから、安心して』

 

 目を閉じたまま一歩を踏み出す。ついでに手を伸ばした。今までと変わらない動作だが結果は違った。

 俺を襲う浮遊感。そう、俺は———

 

 浮いていた。

 というか絶賛、落下中だった。

 

「のぉぉぉぉおおおお!!?」

『はい、騒がない。次に目が覚めたらそこが天国だから』

「ふざけんな! 殺す気かてめぇ!?」

『もう半分死んでるからセーフ……あれ、アウト?』

 

 くそっ、他人事だからって楽しそうに。

 俺は落下するなかでどうにか姿勢を整えて、下から風圧に顔を腕で覆う。

 永遠に着地しない落下で俺はどうしようかと思案する。

 謎の声の言う通りならきっとこの状態も意味はない。

 俺がまだこの空間に繋ぎ止めらてるのが証拠だ。

 そこで俺は考えるのをやめた。

 短い付き合いだがこの体のことは分かっている。

 ごちゃごちゃ考えてるのは性分じゃない。

 

『うん、それでこそ———』

 

 謎の声が何かを言ったが風で聞こえない。

 加速し続ける体をさらに加速させる。

 手を伸ばせ。

 声の主はきっとポンコツだが嘘は言わない。

 ならばきっと引き上げてくれるはずだ。

 なぁ、そうだろ———

 

「ニコラ!」

 

 この永久に続く道を終わらせよう。

 僅かだが記憶を取り戻した。全てではなくてもどかしいが、今はこれで十二分だ。

 さぁ、虚構を打ち破れ。頸木を外せ!

 俺は目を閉じて思いっきり手を伸ばした。

 

「土壇場で私の名前を思い出してくれて嬉しいよ。久しぶりだね、おとーさん」

 

 手がしっかりと握られたのを感じて、目を開けば草原の中で涙を零しながら笑う家族と再会した。

 

 ◆

 

 さて、アルザーノ魔術学院二年II組の教室では。

 

「まぁまぁ、気を落とさないでシスティ」

「でもー」

 

 和気藹々とした一角でルミアとシスティは遺跡調査の落選(・・)について話していた。

 なんのことはない。階梯が低いとか生意気とか学年次が低いからとかetc……。

 あれこれ難癖つけられて学院の魔術師が指揮をとる魔術遺跡調査隊のメンバー選考から漏れたのである。

 ちなみにリィエルは階梯の話になった辺りで寝た。

 

「……ふぅ、やぁ諸君!! おはよう」

 

 そんなこんなで予鈴が鳴ると同時にいつもの100倍くらいはマトモそうなグレンが入室してきた。

 システィは正直に言って嫌な予感しかしなかった。

 

 曰く———タウム天文神殿に行くぞ、先着8名!

 曰く———実は先生ってば提出用の論文書いてなくて免職されるかもてへっ……ってのは噂だから! 信じて。トラスト・ミー!

 曰く———っしゃ! そんなわけで9人目はお前だ白猫!

 

 である。

 ルミアは入院中のラクスのことが気がかりであったが、グレンのどうしようもない八方ふさがりな状況に持ち前の優しさと無意識な慈悲によって真っ先に志願した。

 それに、だ。

 

「……ずっと、うじうじしてたら怒られちゃいそうだし」

 

 グレンはようやく調子を取り戻してきたルミアに一安心。正直、精神状況によってはプロの法医師並みの技量を持っていようがメンバーから外れてもらう選択肢もあったわけだ。

 

「んなわけで、綿密な計画を立てるのは後日! 俺の給料の———じゃなくて、諸君の魔導に光在れ!」

「それっぽいこと言っても誤魔化せませんからね?」

「はっはー、なんのことかサパーリ。期待してるぞ、白猫?」

「な、なんですか、急に……ま、まぁ、先生がどうしてもっていうなら———」

 

 果てしなくめんどくさいシスティに、クラス一丸となって同じ感想を抱く。

 一人欠けても、いつも通りの光景だ。

 ルミアはほんのすこしだけ違和感を覚えたが流すことにした。なにせ、グレンの授業である。

 聞き流すのは宝石をドブに捨てるようなもの。

 ルミア自身、頓着はしないがそのくらい重要だということだ。

 右リストバンド(・・・・・・・)を触って、ペンを握る。

 特殊な措置をされたリストバンドでペンの汚れを除去する優れものだ。

 使い勝手は悪くない。というか週末の面倒な洗濯が減ったので大助かりである。

 

 (———今日も一日、よろしくね)

 

 リストバンドを握れば、繋がりを感じれる。

 ルミアは今日も前を向いて歩いて行く。

 

 ◇

 

「だから結局、何が言いたいんだ?」

 

 中途半端に記憶を取り戻した俺は目の前にいる死んだはずの家族に対して疑問を投げかけた。

 

「あなたは意識の海に溶ける寸前ってわけ」

「なるほど、さっぱりわからん」

「だよねー、知ってた」

 

 専門用語が謎すぎる。

 どうやら俺はオカルティックな知識が豊富だったらしい。話を聞けば魔術を使えるとも。

 なんじゃ、そりゃ。絵本の話でもしてるのだろうか?

 俺の肉体は此処以外のどこかの場所にあるそうで今の俺は精神と魂のみの存在らしい。エーテル体だとかアストラル体だとか言ってたな。

 

「ま、分からなくてもいいわ。要はこのままじゃ消えちゃうぞ? ってこと」

「へぇ、ふーん……って、は!?」

 

 衝撃の事実……でないにしろ、現状で最も状況を理解しているニコラがそう言うのならばそうなるんだろう。

 すこしばかり肝が冷えた。

 

「というか俺が意識の海とやらに溶けるとして、なんでニコラは平気そうなんだよ」

「秘密ー。でも、自我を強く持てば案外行けるんじゃない?」

「いや、そりゃお前だけだろ。他の奴とかいないし」

 

 改めて実は規格外のポンコツニコラちゃんに驚かされた。あんなことを経験した———ん? あんなことってなんだ?

 

「あ、なにか思い出そうとしても無駄よ。肉体は向こう(ハードディスクは別売り)だから。記憶を保持できないのよ。おとーさんが記憶を取り戻したように見えるのもそれは魂と精神に残った残滓を辿ってるだけ。細かいことまで思い出せないはずよ」

「……そうだな」

 

 確かに言う通りだな。

 ニコラという人物は分かっても彼女との出会いと過ごした日々は思い出せずに、別れと『おとーさん』と呼ばれていることだけが思い出せる。

 

「けどよぉ、妙に靄がかかる場所があるんだ」

「自分の名前でしょ?」

「おいおい、ニコラさんや。優秀すぎやしませんかねぇ?」

「……それが私の役割(ロール)みたいだからね」

「ロール? どういうことだ?」

「まぁ、詳しい話は紅茶でも飲みながら———えいっ」

 

 ニコラが指を鳴らすと煙と共に草原の丘の上に家が現れた。

 すげぇな。なんでもありかよ。

 聞けばこの草原もニコラがデザインしたものらしい。本来はもっと別の姿をしてるとか。

 

「お邪魔しまーす」

「おかえりなさい。あ・な・た。ご飯にする? お風呂にする? それとも?」

 

 くふっ、と小悪魔的に笑うニコラを見て俺は———

 

「風呂でニコラの入った飯を頂くわ。一緒に入るか?」

「へっ? え、ちょっ、ちょっ!」

「記憶ないけど、きっと昔は一緒に入ったんだろー、遠慮するなって」

「遠慮するわ! 昔の話するの禁止ー!」

「叩くな、叩くな。はっはっはー」

 

 性的な感情とかは一切湧かずに、むしろいじり倒してやろうという気になった。

 バカめ、ベースがポンコツなのに無理をするからそうなんだよ。

 

「まぁ、実際は風呂も飯も要らないよ。きっと、長居は良くないんだろ?」

「それくらいは変わらないけど、そうね。無闇な長居は無用ね。ニコラ悲しい」

「ほら早く飲み物。俺は客だぞ」

「無視!? その上、圧倒的亭主関白クズ発言! お母さんはそんな風に育てた覚えはありません!」

「亭主じゃねぇし、育てられた記憶もねぇ」

「記憶ないの知ってるー。可哀想にねー、クスクス」

「……ほぉ?」

「……へぇ?」

 

 両手を組んで額を当ててガチンコファイト一歩手前。

 そういやこんなことをやってたような気がする。確か『有刺鉄線爆発マッチ』とかいう不穏な銘をうってた覚えが。

 しばらくして睨み合いに疲れた俺らは椅子に大きな音を立てて座り込んだ。茶の用意をするのは俺だ。

 

「はい、どうぞ」

「あーありがとー」

 

 ずずっとお茶を啜る。うん、美味い。

 こうさ。ゆっくりとしながらまったりとするのって最高だよな。そんなことしてる場合じゃないけど。

 

「んじゃ、どうぞ」

「……その前にあなたは覚悟できてる? これからする話はあなたの根幹に関わる話。記憶が無くて実感が湧かないと思うけど、優しい世界の話なんてできないわ」

「はぁ?」

 

 何を言ってるんだコイツは。

 どこかおかしくなっちまったのか?

 

「……そう、それじゃーーー」

おとーさん()おかーさん(ニコラ)の会話に覚悟なんて必要ないだろ? いつも通りに話してくれよ。戦争しに来た訳じゃないんだから」

「もう、まったくあなたはいつもそうなのね。いいわ、話をしましょう。あーあ、覚悟したけど無駄になっちゃった」

 

 そりゃ残念なことに、ご愁傷様。

 んで、ニコラは瞳に覚悟と慈愛を宿し口を開いた。

 

「あなたの謎解きをしましょう」

 

 ニコラは言った。

 謎解き。響きはとてもいいが、いかんせん証拠(記憶)がない。

 それでは犯人を追求すること(真実に迫ること)追い詰めること(嘘を見破ること)もできやしない。

 

「大丈夫よ。おのずと思い出すはず。神様は人の前に平等ではないけれども、あなたは例外なのよ。ラクス」

「例外?」

「そう、それもこれも(つい)には分かるわ」

 

 言ってることが無茶苦茶だ。

 思い出せないとか思い出せるとか、どういうことなんだ。ニコラはハードディスクは別売りだとか言ってなかったか?

 いや、けど……。

 

「ご都合主義って言葉は便利よね」

「どうした、急に」

「ほら、謎解きだから一番最初にはっきりさせとこうかと思って」

「なにをさ」

「———誰にとってのご都合(・・・・・・・・・)か」

 

 俺は息苦しさを感じてようやく自分が知らずの内に呼吸を止めていたことに気づく。

 他愛のない言葉であるはずが、俺には深く鋭く突き刺さる。底なし沼のように沈んで行きそうになる。

 そうだ。この感覚は間違いない。

 ニコラの言葉の意味をようやく理解した。

 

 これは俺に隠された最後の真実を明かす謎解きだ。

 名前を思い出せなくても、魂に刻まれた震えが告げている。これが最後の領域だと。

 

「神様ってやつじゃないか?」

「そう。その通り。じゃ、その神様の名前は? そも、世界を管理するのに一柱で足りるのか? 複数で管理している可能性は?」

「全知全能なんだろ? 世界程度(・・)、一人で管理するだろうさ」

「……やっぱりね」

 

 なにがやっぱりなんだろうか?

 たかが世界だ。神様なら管理してしまうだろうに。

 変なことを言っただろうか?

 

「全知全能のパラドクスを聞いたことは?」

「ある」

 

 神様は全知全能。

 壊れない石ころを作れるし。全てを壊す鎚も生み出せる。

 ならばその両者をぶつけてみればどうか。

 結果がどう転ぶにせよ神様の全知全能を否定することなるわけだ。

 

「そのパラドクスが存在するせいで神様の神格って言うのはだいぶ格落ちしてるのよね。世界は矛盾を嫌う。必ず一つの事象へと集結する。それは神様であっても強いられる絶対のルール。神様だからこそ、自己否定はできない」

「自分で作った世界に縛られてるのか?」

「半分正解。ルールが神様を縛ってるじゃなくて神様がルールを縛ってるの。もっと細く言うと守ってるのよ。その気になれば既存の法則なんてぐちゃぐちゃにできるんじゃない?」

「……」

 

 で、結局のところ。ニコラはなにが言いたいんだろうか。神様とか突拍子もないこと言われてその……なんつーか、困る。

 

「そう難しそうな顔をしないの。幸せ逃げちゃうぞー」

「うっせぇ、余計なお世話だ」

「んじゃ、お待ちかねの本題。さて、この世界の神様はだーれだ?」

「知るか、タコ」

「ちょ、ちょっと!? 真面目に言ってるんだけど!? 私、頑張ってるんだけど!?」

「だって、マジでしらねぇし。興味もねぇ」

 

 俺に関係ないのならどーでもいい。

 面倒ごとは俺の知らないところで勝手にやってくれ。巻き込まないで欲しい。俺はそんなスタンスだ。

 

「はい! わかりました! 答えはいませんでした!」

「ふーん、そーなんだー」

「うがー!!」

「どうどうニコラ」

 

 こういうのは神の不在というのだったな。

 別にそんなことはどーでもいい。小説とかじゃよくある話だろう。ただでさえ、邪神が降臨しちまう世界なんだし。

 問題はそこじゃない。

 

「んじゃ、誰がどうやって管理してるんだよ。つか、そもそも管理ってなんだよ」

「現在の世界の運営は前の神様が行った行為の慣性が続いてるわ」

「慣性? それじゃいつか止まるのか?」

「えぇ、近い内に必ず。宇宙は虹彩を失い、地球は灰色となり……人は土に還る」

「ッ!?」

 

 俺は得体の知れない嫌悪感を感じてニコラから距離を取る。

 そうだ。俺の知るニコラは神だのどーのと語る奴じゃない。たとえ、それが俺の為だとしてもその知識はどこから引っ張ってきたというのだ。

 

「ニコラ、誰に何を吹き込まれた? 俺は俺のことがわからない……けど、することはただ一つだって体が教えてくれる」

「さっすが、おとーさん。気配り上手は点数高いよ? あっ、吹き込まれたというより同化しちゃったのよねー、人気者は辛い」

「……誰と?」

「話の流れでわかるでしょう。あなたには必要最低限の情報しかあげてないんだから」

 

 そうと分かっていても口にすることで認めてしまうようで出来なかった。俺の予想はきっと当たってる。最悪な部類だ。

 ニコラの目の色が金色へと変わり、纏う雰囲気も人のソレではなくなる。相対するだけで身体中の毛穴が開いて汗が止まらない。

 暴風雨に挑む蟻で済めば可愛い方だろう。

 

 神が———顕現した。

 

「まずは粗雑な対応を詫びよう。すまないな、力なき故こうして降ろしてもらう他に手段はなかった。改めて2度目ましてだ、雷撃の人よ」

 

 もちろん、俺はこんなやつを知らない。

 記憶を失う前の俺はこんなヤベーやつと知り合いだったのかよ、ふざけんな。おかげでいい迷惑だっての。

 

「と言っても、度重なる旅路の果てを繰り返した貴君は私との出会いを擦れて、忘却してしまったようだったが」

「……どういうことだよ」

「進撃のキッカケを与えられるのを是とするか? そうではないはずだ。私の目に狂いはない」

「大した自信だな。買いかぶりにもほどがある」

 

 俺はようやく慣れて来た呼吸に合わせて存在の質量がアホみたいにでかい神様とやらに睨みを利かせる。

 つか降ろしてもらうとか、ニコラには巫女さんの才能でもあったのかよ。

 

「ニコラを返してくれよ。よく仕組みはわかんないけど、あんたみたいな居るだけで周囲の環境を整える(・・・・・・・・・・・・・・)奴を身に降ろして無事なはずがない」

「私をそう形容するとは存外に慧眼だな。魔術に触れて本質を見抜く術を知ったか。しかし、その申し出は棄却する」

「どうして!?」

 

 怒りに身を任せてはいけない。

 なにせ目の前に居る神様は目を合わせただけで呼吸をも止めてくるかもと思わせる圧力がある。

 そうなれば、もう何もできない。

 

「ニコラ・アヴェーンとの契約であるからだ。私は矮小ながらも神の一端として役目を果たすと誓った。あの願い、実に輝くものであった。幾星霜の時を経ても人の輝きは目に止まる」

「ニコラが望んだってのかよ……」

「そうだ。私は願いを叶えた。なればこそ、ここで対価を遂行しなれば不義理というものだ」

 

 俺はニコラがそうまでして叶えたかった願いに皆目、見当もつかない。

 自分の体を明け渡してまで、そうまでして叶えたかった願いがあったのかよ。

 らしくねぇ。全然らしくねぇよ。

 お前はいつでも飄々としてて何処か抜けていて、そんでもって最後には綺麗サッパリ片付けちまうような……俺の憧れだったんだから。

 

「馬鹿野郎が……」

 

 俺はどうしようもなく呟くことしかできなかった。

 

 ◆

 

 『タウムの天文神殿』にグレン一行が出発してから少し経ってからのこと、ラクスが眠る病室に二人の影があった。

 宮廷魔道師団所属『星』のアルベルト。

 王室親衛総隊長『双紫電』のゼーロス。

 競技祭の一件から繋がりを持ち、今もこうして所属は違えど目的を共にしている。

 

「公務がひと段落ついたところで耳を傾ければ、この少年。また面倒に巻き込まれてると聞いた」

「フォーミュラの場合は巻き込まれてるというより首を突っ込んでいる、という方が正しいだろう」

 

 ゼーロスは現女王陛下の護衛の任を休息のために一次的に解かれていた。

 戦士には休息も必要だ。必要な時に必要以上の力を要求されるために公私の区別をつけるゼーロスにとって安息日を誰かの見舞いに使うことはそれなりに稀なことだった。

ㅤ稀な時間を無駄に使う馬鹿はいない。ゼーロスは口を開いた。

 

「さて、だ。『星』よ。この少年———ラクスは何者だ?」

「……脈絡がないな。それに、だ。そう言った類いは本人に直接聞くのが筋だろう?」

「言って答えればこんな真似はしない……そうだな、端的に言おう。できることならば私はラクスに力を貸したいと思う。王室親衛総隊長としてではなく、友人であるゼーロス=ドラグハートとして」

「無駄だ」

「滑らしたな『星』」

「……ちっ」

 

ㅤアルベルトが無駄だと答えたという多少なりともラクスの出自を抑えているということに他ならない。

ㅤ都合が悪いとは言えないが良いとも言い切れない状況にアルベルトは隠すことなく舌打ちをした。

 

「そう苛立ってくれるな。無理強いはせん」

「どうだかな」

「嫌われたものだ」

 

ㅤやれやれと芝居がかったように手を上げるゼーロス。

ㅤアルベルトは一人思案した。

 

(一学生が保有していい人脈を超えているな)

 

ㅤゼーロスにそこまで入れ込まさせるラクスの人柄は大したものだ。もちろん交友関係に文句はつけるつもりはない。

ㅤただ、少しばかりメンツが問題である。事と次第によってはラクスを巡った戦争まではいかなくとも闘争は起きるかもしれない。

ㅤそして更に問題なのは本人が自らの価値を理解していないところにある。

ㅤむしろ、自ら価値を貶めているようにも感じる。こればかりは本人の生きようなのでどうしようもないが、どうにかならないだろうか。

ㅤそうアルベルトは思う。

 

「……そろそろ、か」

 

 アルベルトは一度、考えを区切り呟いた。

 ラクス・フォーミュラには目覚めてもらわないと困るのだ。特務分室の人手が足りない昨今の現状で元王女に何人も護衛を割くわけにいかない。

 いかにエースと言えども護衛がリィエルだけでは心許ない。リィエルは兵士だ。指揮官がいなくては強力な大砲もあらぬ方向へと向けられる。

 精神的な成長を遂げて昔に比べるのも烏滸がましくなるくらいに強くはなったが、それでも発展途上。

 いい意味では純粋。悪い意味では馬鹿。そこが美点でもあるのだが。ラクスが入れば全て解決する。

 ラクスは弱者だ。恐怖を隠し、拳を握ることで誤魔化した者。在り方は脆いがただ一点、ルミアの為となれば修羅にでも神にでも悪魔にでもなる可能性の塊。

 どうなるかは賽を投げなければわからない。

 どう転ぶにせよこの状況は芳しくない。

 アルベルトは時事を見て、アルザーノ魔術学院に落ち着いて腰を下ろすことができるのも僅かだと悟っている。

 ならば叩き起こしてでもルミアの護衛に戻さなければ危うい。

 

「フレイザーさん、準備が出来ました」

「そうか、入室を許可する」

「おい『星』。何を考えている?」

「要らぬ詮索はするな。出るぞ」

 

 ゼーロスを冷たく切り捨て部下によって連行されてきた罪人に全てを任せる。

 これがアルベルトの出来る最高の手段であり切り札だ。

 逆にだ。これで目覚めないのなら元王女に明日は保証されない。

 アルベルトはそこまで考えて———

 

「……ふっ。貴様はそこまで臆病には成り切れないだろう」

 

 入室した罪人を傍目で送り、ここまでお膳立てする必要もなかったかと自重気味に呟いた。

 



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RAIL 2

ㅤ◇

 

ㅤ星々の輝きを放つ海のような空間で俺とヤツは相対していた。

ㅤ地に足をつける俺と宙に浮くヤツ。見下されるような視線のその実何も思っていない虚無の瞳。

ㅤ対照的に見えても明らかに劣っているのは俺だ。

ㅤ全てを俯瞰するかのような悠然とした佇まい。

ㅤ何事が起きても数瞬すら用いる必要なく片付ける余裕。

ㅤヤツにその気がなくても経験してきた物量が俺に語り掛ける、なんて生易しいものじゃなく殴りつけてくる。

ㅤ俺はそれでも声を出す。ニコラを返せと。

 

「……死の狭間にいる影響か記憶が飛んでいるのか?ㅤ契約だと伝えたはずだが?」

「記憶はしっかりある。だが、契約だのどーだのと俺には関係ないな。ニコラを返せ。死後まで彼女を縛り付けるな」

「ならば差し出せ。この器に代わる器を」

 

ㅤ神と名乗るヤツの口元がわずかに綻んだ。

ㅤニコラに代わる神の魂を受けとめる器。

ㅤそれがヤツの狙いだろう。看破するのに時間は掛からなかった。

ㅤこの場に条件を満たすのは俺だけだ。恐らく神の魂さえも受け止めきれるだろう。そういうように造られたはずだ。それに加えて俺の器は9度に渡り拡張(・・・・・・・・・・・)されている。

 

ㅤだが、指を咥えて状況に流されるのはきっと俺の性質じゃない。

 

「拳を握るか?」

「……」

 

ㅤその決意はあっさりと神に見抜かれ、抜きかけた刀の柄を抑えられた気分だ。

ㅤ実力差は歴然。拳を握っても勝てはしない。

「人、それを盲目と呼ぶ」

「うっせぇよ。男に拳を握らなきゃいけない時があるんだ。負けると分かっていても……それが今なんだろうよ」

「勇敢だが建設的な判断とは呼べず。だがしかし、それが人の輝く瞬間でもある。よい、よいぞ」

 

ㅤ気圧される。神の太陽のような黄金の髪が揺れて、腕を抱き止めるかのように左右に広げる姿に。

「止まるな、立ち上がれ、前に進め、足掻け、生き抜いてみせよ。人の僅かな一生で煌めくその一瞬は神の目にとまる光を放つということを忘れるな……できれば、この身に届くかもしれんぞ?」

「……あ……くっ……はぁ……ぁぁぁぁああああ!!!!」

 

ㅤ震えを誤魔化して走り出した俺に神の右手が前に出される。気弾とかマジカルな力とかじゃない。

ㅤ犬猫にやるような『待て』のサイン。俺はそれだけで膝を屈した。勝てない負けるの次元じゃない。

ㅤ立ってる土俵が違う。俺がライトミドル級だとしたらヤツはなんだ。スペース級か?ㅤゴッド級か?

ㅤ既存の枠に当てはめてるのが間違いなのだろう。ヤツはそういう存在なんだ。

 

「……なんでどうして……今なんだよ。転生させたやつの体を乗っ取る神とか聞いたことねぇぞ。ふざけんなよ」

「……ふむ、どうやら貴君は『神様転生』の意味を履き違えているようだ」

「な……に?」

 

 神様転生の意味?

 神様に転生させてもらって異世界でわーいやったーじゃないのか?

 原因はなんでもいいがトラックに轢かれたとか通り魔に殺されたとかそんなもんだろうさ。

 

「受動的に捉えては本質を見失う。能動的に捉え見つめ返せば自ずと答えは見えて来るだろう。私が言う神様転生とは……魔道の極致———『神域』に至るための儀式を指す」

「『神域』だぁ?」

「神様による転生ではなく貴君が神様となるのだ」

「はぁ!?」

 

 訳わかんねぇよ。なんじゃそりゃ。

 確かにそりゃ受動じゃなく能動的だが。

 

「人の身を捨て神へと転生する魔儀。それが神様転生。貴君が世界を動かす主となるのだよ」

 

 絶句だ。

 それからも神は懇切丁寧に講義をかましてくれたが、話を纏めると簡単だ。

 俺は神になる資格をなんらかの事情で得た。

 だが資格だけでは神に至ることはできずに形を失う。

 そこに目をつけたクソ神が現在進行形で儀式を行い俺を神に祭り上げると。ざけんじゃねぇ。

 

「ニコラが縛り付けられたのは」

「行使された儀式のせいであろう」

ルミア(・・・)を殺そうと世界が動いたのは」

「行使された儀式のせいであろう」

「———殺す」

「良い目だ」

 

 怒りに呼応して雷撃が迸る。

 呼び名などどうでもいい。これは俺の雷だ。

 破邪の聖槍の具現。原理、理屈は一切不明だが記憶が戻りかけてる。

 口をついて出たルミア(・・・)という名。太陽のような響きで俺の心を浸していくその名を俺は知らない。

 だが、その名を持つ子が汚されたという事実があると分かった瞬間に漲る力が具現した。

 身勝手なクソ儀式に巻き込まれた怒り。

 なによりそれは俺を強化し祭り上げるためにときた。

 情けねぇ自分に1番腹がたつ。

 さっきの圧倒的な存在感は大分薄れてる。

 奴が萎縮した訳じゃないだろう。俺が近づいて(・・・・)るんだ。

 

「良い……良いぞ……ッ! 至れ『神域』に雷撃の子よ!」

「くそぉぉぉぉぉぉおおお!!!!」

 

 届かない。

 あと数歩及ばない。

 だが『加速』すれば届き———殺せる。

 

 

 ———『■■■君!』

 

 

 ウルセェ、ジャマダ。

 

 研ぎ澄ませた殺意を刃に乗せて太陽を振り払う。

 クソ神のいう通りになるのは癪だが良いぜ、なってやるよ神様に。代償にあのスカシ顔を変形させてやる。

 俺の腕に乗った雷撃は槍となり神と切り結ぶ。

 手刀で裁く奴の動きは卓越された武人のように鋭く太古の鬼人のように豪快だ。

 卓越された武人なんて知らない。太古の鬼人なんて知らない。

 けど知識が流れてくる。あぁ、これは戻れない。

 

 『加速』する。何人よりも速く。

 

「良い、良い、良い!」

「黙れ、黙れ、黙れぇぇぇ!!!」

 

 『加速』する。誰よりも先へ。

 

 ———『■ク■君!』

 

 取り戻しかけている記憶に宿る太陽は必死に何かを伝えて来る。

 

 ジャマダ、オマエモ、ダマレ。

 

 『加速』する。全てを置き去りにして。

 

「私の悲願がようやく叶う。この願い背水の陣でこそ叶うものであったか!」

「■■■■■■■■■■———!」

 

 声にならない声で唸りを上げる。

 空間が悲鳴をあげてる。

 ニコラに憑依する神も限界だ。大海のようなエネルギーがあろうと出力は蛇口なのだ。無理すれば壊れるのは明白。

 俺は腕がガラスが割れるようにひび割れてるのに気付き、奴はニコラの顔にひびを入れていた。

 互いに限界。だが、俺のステージを一つ上げるだけで戦況はひっくり返り元に戻ることはなくなる。

 同時に俺は人の身を捨てることになるだろう。

 が、この魔儀の術者が居なくなればニコラや太陽の光が陰ることはなくなる。

 それはとても甘美な報酬でなにより報われている。

 

 『ラク■君!』

 

 イラナイ、ソノナハ、イラナイ。

 

 『加速』する。領域の手前、人では超えられない線引きを資格と覚悟を以ってして踏破する———ッ!

 

 『ラクス君!』

 

 そうして俺は奴の手刀を跳ね上げて無防備となったニコラの首に槍を突き出した。

 

 ◆

 

 ラクス・フォーミュラは目を覚ます。

 試験は終了。精神を捉えていた牢獄を破壊したのだから目覚めない理由はない。

 錆びついた体に喝を入れて起こす。すると目に入った病室に居るラクスにとって予想外の人物。

 

「ヒューイ先生!?」

「おや、目が覚めましたか。まだ熱い口上とか述べてないのに……少しばかり残念ですね。あと、もう私は先生ではなく犯罪者なのですが」

「なんつーかツッコミどころ満載っすけど先生はいつまでも俺の先生ですよ……あと、タガが外れるとぶっ飛ぶタイプだったんですね」

「えぇ、獄中生活も悪くない」

 

 アルベルトの切り札とはヒューイ=ルイセンとの面会だった。ただし通常とは仕様は異なり面会をしに来るのは犯罪者側だ。

 アルベルトが惜しげも無く権力を振りかざしてようやくこぎつけたものだ。

 実はゼーロスはこのことでラクスの事情を嗅ぎつけ密かに協力したのは闇に隠された事実。

 ゼーロスとアルベルトは病室の外で待機している。まさかヒューイを置いて数分と経たずに自力(・・)で目を覚ましたとは予想できないだろう。

 

「……ラクス君、君が夢の中で何を経験してきたかわかりません。ですが長い眠りから覚めたとは思えないほどに精悍な顔つきです。よほど良い経験してきたのでしょうね」

「まぁ……ソコソコにスリリングでしたけど……得難いものでした」

 

 『意識の海に軽く溶けてきたぜ☆』とは言えまい。

 ラクスは誤魔化すことを選んだ。

 

「さて、この局面で君が目覚めるということは何か良くないことが起きるのでしょうね」

「人を死神みたいに言わないでくださいよ!?」

「!?」

「だから、そのこいつ気づいてなかったかって目をやめて!?」

 

 事実なのだから仕方がない。

 ラクスはおもむろにベッドを立つ。

 

「ヒューイ先生……コーヒーのことなんですけど」

「……あの約束をまだ覚えていたのですね」

「忘れないっすよ。大事な約束です」

「えぇ、お気持ちは嬉しいですが君にはもうそのコーヒーを作るべき人が居る。そしてその人は危険な目にあっている……違いますか?」

「……」

 

 ラクスは無言の肯首で応えた。

 ヒューイとの面会もそう易々と行えるものじゃない。

 ラクスはすでに何回も面会申請を行なっているのだ。結果は事件後に初めて顔を合わせたというこの状況が示している。つまりこの機を逃せばチャンスは巡ってこないかもしれない。

 無論、それはヒューイも分かっていた。

 だがしかしラクスにはやるべきことが別にある。

 ヒューイはそれをしっかりと汲み取り、かつてのように生徒を送り出す。

 

「ならば行きなさい。行って全てを掴み取りなさい」

 

 ヒューイには実際何が起きてるかさっぱりだった。だが己の直感が告げている。生徒が覚悟を決めたのだと。

 

「決めたのなら最後までやり通しなさい。無茶をしなさい。男の子なんですから誰かを護るために力を使いなさい……さぁ、行きなさい。君が至るべき場所はきっとそこにある」

「ヒューイ先生……行ってきます。それとお世話になりました!」

「こちらこそ」

 

 ヒューイがラクスの最敬礼ににこやかに答えるとラクスは顔を腕で拭って、数瞬。雷となって病室から姿を消した。

 開いた窓から入る風でカーテンが揺れる。

 ヒューイは病室の椅子に腰掛けながらシミのない天井を見つめた。

 

「巣立ちの時期はどうも涙脆くなる」

 

 それは教え子の成長か。はたまた罪に浸ったこの身を先生と仰いでくれる喜びか。

 どちらにせよヒューイの頬に伝う涙は罪人とは思えないほどに透き通っていた。

 

 ◆

 

 星の輝きを放つ海のような空間。

 意識の海。人の死後、誰しもが通る海で名もなき神とニコラは漂っていた。

 

「振られちゃったねー神様。望み薄だったけど、まぁラクスだし。惚れ直したっ!」

「呑気な事だ。おかげでこちらは奴が死ぬまでお預けをくらった」

「あっ、口調が砕けた。そっちの方が私好きだなー」

「……尊敬に値するラクス・フォーミュラ」

 

 快活なニコラと対照的に疲れた様子の名もなき神。

 降ろされた神は憑依したニコラの体から湧き出て権威をスケールダウンし実像を得ていた。

 

 ———結局、あの雷撃の槍が首を飛ばすことはなかった。

 

「うーん、やっぱりルミアちゃんは正妻だね。記憶がないのに体が覚えてる慈愛で暴走止めちゃうんだもん。おとぎ話みたいに。おかーさん安心」

「それは現世に居た時も言っただろう。にも関わらずたまたま捕まえた神にもう一度合わせてと魂を輝かせて来たのはどこのどいつだ。長い歴史を重ねてこれほど後悔したことはない」

「あれ、私ってば超偉大?」

「超不遜だ」

 

 出会いは偶然。だが引き合うのは偶然じゃなく。

 その特異性故にか意識の海に溶けずに漂うニコラとラクスを求める神が出会ったのは奇跡ではなく必然。

 覗いた万華鏡に面白いモノがあったわけだから暇をしていた神は手を貸した。

 

「そう言えば、なんだかんだ言っておとーさんの権利は剥奪してないし、神気もそれとなく譲渡してるし……ツンデレ? キャラ合ってないよ?」

「現世は危険が多い。在り方を自覚し己を見つめ直そうと運命力が足りないあのままではいずれ死に至る。機が熟してないままで強制転生などさせては水の泡だ」

「あーそうかぁ。おとーさんってばそこらへん弱いもんねー。単純に運が悪い? うーんなんか違うなぁ」

「アレは単に周りの運命力が強すぎるだけだ。幅寄せを食らってるだけでラクス・フォーミュラは普通に生きる分には何ら不自由はないだろう」

 

 ニコラは納得ーと得心がいった様に頷いた。

 と同時に神様も可愛いところあるじゃんと勝手に納得をした。逆にこういう時のニコラの表情は名もなき神は苦手である。

 

「おとーさんも大変だぁ」

「茨の道だな。実に見応えがある英雄譚だ」

「うわっ、性格悪っ!」

「人の感性で神を計るな。経た年月が違う」

 

 それもそうかとさっぱり切り捨てるニコラ。ここら辺が神と上手く付き合うコツ。

 感性が違うのだからどちらかが折れないとまともに会話が成立しないのだ。

 

「これからもラクス・フォーミュラは茨の道を進むだろう。自身の出自と異なる()()()()()世界に乗っかろうとする魂。誰かに認識され続けなければ奴の存在は確実に弾かれる」

「そこらへんは大丈夫でしょ。ルミアちゃんいるし」

「……それもそうか。これ以上口を挟むのも無粋であるな」

「で、神様。まだ退屈?」

「まだ語らせるか……あぁ、そうだな。これから先にラクス・フォーミュラが神に至るまでのわずかな時間さえ惜しい」

 

 ニコラの願いが再会だとするならば神の願いは終焉。

 終わりなき世界を運行するために果てのない体を得て、すでに出自は灰色の記憶となった。

 たとえ僅かな時間でもこれ以上時間を食うことは苛立ちを覚えるには十分だった。

 

「の割には嬉しそう。なに出会うべくして出会った宿命の強敵に口角がつり上がっちゃう? ちゃう?」

「喧しいぞニコラ・アヴェーン。私が嬉しいのは人の輝きは不滅だということを示したからだ。太古より争い、奪い、憎しみ合い、殺し合い———」

 

 それでも諦めずに発展したその輝きは真なるもの。

 人は100年を耐えきれないがそのわずかに生きる刹那でこそ輝いての人だ。

 変わらない。が、それでいい。それこそが名もなき神が強制された宿命の中でも愛した世界だ。

 

「えっと、確か『脚本が用意されても俺はそれを読む気はないしなぞる気もない。何故かって聞かれればそれは簡単だ。俺達は既に自分だけの脚本を持っている。押し付けがましい近所の世界(知り合い)なんて放っておくに限る

関わりたくないので、全力でハブってやる。ざまぁみろ、バカめ。俺達は自分の未来を掴み取れる。道案内は不要だ。お前のそれは地獄行き。退屈はしなさそうだが、愛がない。故に不要だ』だっけ、痺れたなぁ」

「癪に触る無駄に渋い声をするな」

「ヤダァ」

「……」

 

 名もなき神は久しぶりに殺意を覚えたが当のニコラはどこ吹く風。やはり大物は身構えが違うのだ。肝が据わってる。

 ニコラは雷撃の槍が首に迫ったときのことを思い出していた。怒りに囚われ正気を失っていたラクスは何かを思い出したかのように急に持ち直した。

 

 きっとラクスは神になってから後悔する

 

 そんな状況に歯噛みしていたニコラにとっては吉報だが意味が分からなかった。

 が、心当たりはあった。間違いなくルミア=ティンジェルであると。

 

「ちょっぴり羨ましいかな」

 

 ニコラはブンブンと想いを断ち切るように首を振った。

 

「心残りがあるのか?」

「ないと言ったら嘘になるかな。ないわけないじゃん」

「……」

「でも、私はもう十分に救われたからいいの」

 

 ニコラは意識の海を神に背を向けながら歩く。

 

「そりゃ生きてるときは大変だったし、挙げ句の果てにはそれは神様が仕組んだ出来レースの弊害なんて知っちゃたしもう最悪ーって感じだったけどさ」

 

 ニコラは腰あたりで組んだ手をそのままに振り返る。

 

「おとーさんに会えた。想いは通じなくてもその事実があっただけで私は幸せなの。まぁ、ルミアちゃんから寝取りたい邪な想いはあれど今は良き乙女として身を引きましょう……かぁー、私はなんていい女!」

 

 ニコラは海に散らばる星々と同じような心を奪われる笑顔で言った。

 神は一瞬だけ言葉をなくし、心の中で思う。

 

(そうか。それもまた……一興か)

 

「私に死者蘇生の法はなせん」

「頼まないよ。そんなこと。けど、体が溶けるまで退屈だなー」

「……だが、暇人の相手くらいはできよう」

「———はっ!? え、何言ってんの神様! 管理とか色々あるでしょ?」

「ない。その力も失われた」

「あっ、そうだった」

 

 神であろうが衰退はする。失っていく能力を前に世界の破滅を危惧したからこそラクスを祭り上げたのだ。この呪われた身を全快で引き継ぐように。

 幸いにも慣性で管理される世界にまだまだ猶予はある。

 ならばラクス・フォーミュラが死んで神へとの強制転生するまでの期間、このポンコツ快活姫といれば少しは気が紛れるだろうと思ったわけだ。

 

「退屈させるなよニコラ・アヴェーン」

「ふっ、望むところよ。神だろうが、竜だろうがラスボスだろうが引っ張りまわしてやるわ!」

 

 神とニコラは死後の世界で歩み始める。

 彼女達の物語もまた、終わらない。

 

「あっ、ところでなーちゃんって呼んでいい? 名無しの神だから、なーちゃん!」

「……好きに呼ぶといい」

 

 前途多難の旅路に神、否、なーちゃんは顔をしかめつつも楽しんでいた。ついでに願わくばこの少女に祝福あれと。



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RAIL 3

 ◇

 

 流れ込んだ知識。現世の隅々までを覗いてしまった俺はルミア達の危機にいち早く気がついた。残り香のような力がまだ蝕んでるが、今は僥倖。すぐにこの状態も安定してしまうだろう。

 ったく、なんで天文神殿が学園地下ダンジョンと繋がってんだよ。

 アレか? メルガリを目指す奴らへの当てつけか?

 空ばかり見ていてはたどり着けない。

 地に足をつけろって感じの。ダンジョンを踏破したらメルガリまでワープできたりしそうだな。

 うわぁ、まじでありそう。これ以上はやめとこ。うん。明日は晴れになーれ!

 

 と、雷と化した俺の体でどーでもいいことを考えていた。燃料は魔力じゃない。神様の権利を行使した変な力だ。

 雷と化した俺は壁の計算も含めれば透過なんてお茶の子さいさいなのだが、なんせ古代魔法(エンシェント)の領域。学園地下に直接行くよりは天文神殿に行き、こじ開けた方が早いと思った。

 が、その工程も無駄になった。

 

『お願いラクス君……身勝手だって分かってる』

 

 ルミアが両手を合わせてお祈りをするように囁くのが分かった。

 残り香の影響で俺の左の視界は遠く離れたダンジョンと繋がっている。

 身勝手なんかじゃないさ。きっと、君は再び死地に立たせることに強い不快感を覚えているのだろう。

 けどね、ルミア。男ってのは頼られるだけで嬉しい簡単な生き物なんだよ。それもルミアくらいのとびっきりの美人の彼女ならその思いは格別だ。

 

「さぁ、呼べルミア! 俺の名前を!」

 

『来て、ラクス君!』

 

 ルミアは右リストバンドに付けられていたラピスラズリを床に叩きつけた。

 あぁ、そうだ。そのラピスラズリは本来ならば護身用に黒魔【フラッシュライト】を砕けた瞬間に発動するようになってる。

 けどそれはルミアには伝えてはいない。必要ないからだ。おそらくはアルフォネア教授の入れ知恵だろう。

 ナイスアシストだ。

 これから行われるのは即席の転送魔術。本来ならあの宝石にそんな力はない。

 けど、この瞬間を俺が知覚し割り込めたなら運命は塗り替えれる!

 

 今度こそ完全に———届く!

 

 瞬間、俺の体は引っ張られて視界は反転した。

 

 ◆

 

 ———閃光が走る。

 

 同時にその場にいた全員に等しく圧力がかかった。

 空間自体に直接加わる膨大な力を前に膝を折るものこそいないが、あの魔刃皇将と呼ばれたものでさえ顔をしかめた。

 グレンとアール=カーンの前に立ち塞がる様にして佇む槍の形をした雷撃。

 セリカの助言により床に叩きつけられたラピスラズリは光を放ちそこからは雷撃の槍が顕現した。

 銘を猿王討ち取りし雷の槍(リベラルヴォイド・ヴァジュランダ)。ラクス・フォーミュラが昏睡する前に至った雷撃の極致である。

 そしてそのことを知る者は二人。ルミアとリィエルである。

 二人は雷撃が投擲された方向に顔を向けた。

 一方は笑みの上に涙を浮かべ。

 一方は無表情の中に安堵を浮かべ。

 視線を向けられた雷撃の化身は瞳に琥珀を灯して笑いながら口上を述べた。

 

「攻め手に欠けると見た。ならば安心すると良い。万物を穿つ護りの矛、これ以上ない晴れ舞台だ。その手で栄えさせてみろ———ってなわけで、さっさと立ってくれよ先生。俺に魔術を説いた人はそんな柔な人じゃない」

「急に出てきて好き勝手言ってくれるなっと!」

 

 圧力を薄めながら口上を述べたのはラクス・フォーミュラ。グレンはセリカを抱えて後ろに下がる。

 ラクスは悠然と存在を魅せつけながら歩き、とうとうルミアの隣に立った。そこが在るべき場所で、至るべき場所。

 アール=カーンはすぐにラクスの正体を看破した。

 

『神々の力を簒奪したのか……真に愚者なり。そうまでして力を求めるか』

「簒奪じゃねぇよ。譲渡だ。予定調和なんでそこんところよろしく」

 

 余裕のある表情は魔王の配下の威圧を受けても尚、崩れない。

 ラクスは気を張りながらグレンとセリカを退かせる。

 槍の先へと進めば容赦はしない。そう、睨みに込めた。

 アール=カーンは動かない。否、動けない。

 所詮は分体である影の身ではどうしても限界がある。

 が、ここまで絶望的な差があるとは想定していなかった。

 しかし、英雄の気質を持つアール=カーンは撤退を拒絶した。

 

「ラクス君……」

 

 ルミアがラクスの手を握るとラクスはしっかりと握り返した。

 もうどこへも行かないと示すように。

 

「心配かけたな」

「本当だよっ。いつもいつも!」

「いや、割とガチで事件後に眠るのは恒例といいますか、通過儀礼といいますか、なんつーか呪い地味てるよなぁー」

「急に遠い目をしても許さないよ?」

「はいっ深く反省をしております故、何卒寛大な処遇を」

「ダメです。許しません」

「神はいなかった……つーか、俺が神様だったわ。HAHAHAHAっでぇ!?」

 

ㅤスパンっと一閃。

ㅤラクスの後頭部にシスティのゲルブロで威力強化されたルミアの平手が炸裂する。

 

「ちょっと、ラクス!ㅤ色々聞きたいことあるんだけど!」

「はしゃぐなよ、システィ」

「はしゃいでないわよ!?」

 

 ラクスはグレンが応急処置をしているセリカを見て、大体の状況を把握した。

「それじゃ、ルミアとシスティはアルフォネア教授の処置を。それでリィエルと先生はその護衛を頼むわ」

 

ㅤそれであの魔刃皇将に勝てる訳が……無いとは言い切れない。先ほどの重圧や自身の存在を神と称した口ぶり。

ㅤそう言い切るだけの力量を確かにラクスは持っていると全員に納得させることができていた。

ㅤそれにだ。無理な魔術行使で傷ついているセリカの処理を急いだ方が良いのも事実だ。

ㅤしかし、その判断に口を出す、否、意見をしたのはセリカだ。

 

「ラクス・フォーミュラ……傲慢はいずれ身を滅ぼすぞ?」

「いやぁ、アルフォネア教授の心配もごもっともですけど、神格っても。擬似ですから大丈夫ですよぉー。それに元になる神様はぶっ飛ばして来たんで」

「お前、なにしてんの!?」

「グレン先生に常識語られるとか、辛い」

「よしよし、腐れ神格万引き神ラクス。喧嘩売ってんだな、よし、そーなんだな?」

「ゴミクズロクでなし魔術講師(愚者)グレンちぇんちぇーこそイキってんなぁ、おい」

「はぁ?」

「おん?」

「あとにしなさいよ、バカども!」

 

「「いでっ!?」」

ㅤゲルブロ制裁。ここまでがテンプレートであり、ラクスが愛した日常だ。

 

「あっ……」

 

 ラクスは心配そうに見つめるルミアをそっと抱きしめた。魔刃も下手に動けば無事では済まないことを悟り、数歩下がって呼吸やバイオリズムを万全に整える。

 言いたいことも、話さないといけないこともたくさんある。けど、今はコレで十分だ。

 言葉よりも行動で示す。ラクスが抱きしめたルミアは恐怖よりも嬉しさで震えていた。

 

「……ごめんねラクス君。プレゼントの宝石を割っちゃった」

「んなもんはいくらでも創り直せるさ……あぁ、本当に———」

 

ㅤ無事で良かった。

ㅤラクスはその言葉を口にしてルミアを離した。

ㅤ名残惜しそうにするのはルミアだけじゃなくラクスもだ。しばらく見つめ合う二人。

ㅤただ言ってくれればいい。罪悪感なんて感じる必要はない。

ㅤ命じてくれ、そうじゃなくてもいい。なんでもいいから。

 

「頼ってくれ」

 

ㅤラクスはそう言って魔刃に立ち塞がるようにルミアに背を向けた。

ㅤその背中は言葉よりも雄弁に全てを語る。

ㅤ男というのは単純な生き物だ。

ㅤ好きな女の子の前じゃ格好をつけたくなってしまう。

ㅤルミアは目尻に涙を浮かべて嗚咽を両手で隠す。

ㅤどうしてなんて聞く必要はない。

ㅤ既に答えは何度も聞いてしまったから。

 

『お前と一緒にいたいからだ。笑いたいからだ。泣きたいからだ』

 

ㅤルミアは涙を振り払う。

 

ㅤ———泥のついた運命になんて用はない。

 

「絶対に勝って。私に示したあの光をもう一度見せて。大丈夫だよ。貴方の心臓は絶望した程度じゃ止まってくれない」

「……そうまで言われちゃったら負けられねぇ。ウチのお姫様は人をその気にさせるのが得意だってのを忘れてた」

 

ㅤ瞳に更なる琥珀を灯す。

ㅤいつの間にかその立ち姿には焔の匂いが染みついていた。

 

「待たせたな……さぁ、魔刃皇将殿。ここからは俺の領域だ。侵す代償は高く付くぜ?」

『抜かせ、神の力を簒奪した愚者の王。その翼を焼いてやろう。神妙に往ね』

「お断りだ。つか、貰ったって言ってるだろタコ」

『信じるに能わず』

「くはっ……なら、直接聞いてこい。すぐに送ってやるよ!」

 

ㅤラクスはペネトレイターにお手製の弾丸を込めて。

ㅤアール=カーンは双刀を構えて。

 

ㅤ———神と魔刃は激突した。

 

ㅤ ◇

 

ㅤあんだけ見栄をきった手前で恥ずかしいのだが、アール=カーンは強い。

 本来ならアルフォネア教授の未来を賭けた一撃で片がつくはずだったのだろうが、どこからかもう一個の命を引っ張って来やがった。

ㅤまぁ、伝承を超える伝承ってのは古今東西どこにでもあるし、人気な訳でぶっちゃけ俺も好きだ。

ㅤでもこのタイミングで敵方に回るとなると出てくるのは愚痴ばかり。しかも本体じゃないとか辛いわ。

ㅤんで、だ。本題に入るとこの擬似神格モードもあまり長くは保たない。

 それはそうだわな。人の入れ物で神様の力を扱おうとすれば容器が耐えれるわけがない。自壊するのは目に見えている。ニコラが規格外ってのを身をもって知った。

 

「《四重複製・七重構成(カルテット・ヘキサゴン)》」

『温い!』

「うおっ!?」

 

 左手に魔術を打ち消すことができる赤き魔刀『魔術師殺し(ウィ・ザイヤ)』、右手には“霊体そのもの”を傷つけられる黒き魔刀『魂喰らい(ソ・ルート)』だったっけか。厄介だな、これは。

 俺の魔術は全部無効化ってわけだな。愚者の世界を内包した剣か……俺も大概だがチートだな、おい。

 アルフォネア教授を治療するシスティとルミアが心配そうにしているのが傍目に見えた。

 

『さぁ、どうした。先ほどまでの者達の手を借りなくて良いのか?』

「大きなお世話だ。鎧オバケ」

 

 が、確かに奴のいう通りだ。このままでは消耗戦。そうなったら分が悪いのは俺だ。

 

 決めさせてもらうぞ、魔刃。全力で!

 

「《鋼鉄の剣は災禍を断ち・暗闇を照らすは我が権能・刹那にて煌く》———【終末へと向かう一分間(ラグナロク・イブ)】」

『ぬっ!?』

 

 俺の神格を支える力をすべて注ぎ込む。原理も効果も『ラウザルク』と同じだ。

 流石に危険と判断した魔刃殿が右手の剣を突き出すがそれは悪手だ。詠唱は魔術だが実態は別物。

 肉体は万物を弾く盾となり、拳は一点を貫く砲弾だ。剣を手刀で捌き顔を穿つ。

 

『愚者の王、これほどか……!』

「まだまだぁ!」

 

 殴られた反動で後退しようとした奴の右足を踏みつけ、左足を猿王討ち取りし雷の槍(リベラルヴォイド・ヴァジュランダ)で固定する。

 古代魔法(エンシェント)でコーティングされた床を問答無用でぶち抜く俺の魔術は既に通常のものじゃない。

 権利を振りかざして効果を無効化してるわけだ。

 つまり俺の前に跪けと。

 超至近距離。互いに殺傷圏域に入った状態でのデスマッチの開始だ。

 

『よかろう! その武功に免じ死に合おうぞ!』

「てめぇが一人で逝け!」

魂喰らい(ソ・ルート)!』

 

 ちっ、神格を直接狙ってくるか! 

 どうにか物理的に防ぐがどうにも()()()()()()がある。どう引っ張っても短期決戦にする必要があったわけか。

 ……残り30秒ってところか。まじで光明すら見えない。

 俺がこの力に振るわれてる証拠だ。が、諦めるわけにはいかない。

 力を十全に振るえなくても。

 制御が雑で漏れ出した力が俺の体を傷つけようとも。

 後、15秒ってところで右の視界が途絶えようが。

 さらに出力を上げる。これから先は危険領域(レッド・ゾーン)だ。試運転でこんなことする俺は馬鹿だな。

 右手の剣を弾き飛ばされた奴は俺の拘束を振り切り腰を下ろし、左の剣を引くように構えた。

 

「ラクス君! 絶対に負けちゃダメ! 私は信じてるからっ。あなたがどんなに自分を諦めようとも私はあなたを信じてる!」

「……男冥利に尽きるな」

 

 口角が釣り上がる。あぁ、そうだな。もう絶望は十分だ。

 至れり。この身を粉にする必要はない。

 そんなことしたらルミアが悲しむってわかってるから。

 等価交換はノーサンキュー。俺が神の権利を得て行使できるならばそれぐらいの不条理は通るはずだ。いや、通させる。

 最だ。更に。この胸に闘志がある限り。

 景色を置き去りにするほど。風が鳴き出すほど。体が軽くなるほど。三つある拘束を緩める。

 

「第一術式解禁……【果てなき最速への挑戦(ファーブル・オブ・ラクス・フォーミュラ)】」

 

 俺はラクス・フォーミュラ。性は伊達じゃない。

 前世で聞いた時速300kmを超えた車体から出る天使の絶叫を俺の体で再現する。

 俺も奴もありもしない最後の力を掬い上げて右拳と左の剣をぶつけた。

 

 一瞬の硬直。再び動き出し剣を構えようとしたのは魔刃だ。

 覚悟した俺だが、遺跡に響き渡る二人の少女の気高き詠唱を耳にして安心した。

 

「「《我は射手・原初の力よ・我が指先に集え》」」

 

 ルミアとシスティの【マジック・バレット】だ。銃を模倣したように構える手が震えている。

 無理しすぎだ。けど、ありがとな。

 

 魔刃の剣は切っ先から砕け始めた。と、同時にだ。俺の右腕が切り裂かれたように傷口が開き血が噴き出す。

 俺と奴は膝こそつかないが、勝敗は明らかだ。

 

『見事なり……』

「そりゃ、どうも。うれしくて涙が出てきそうだ」

『ふっ……真に奇なり。汝、名は?』

「ラクス・フォーミュラだ」

『覚えておこう。いずれは互いに本気で』

「厳格な物言いして実は戦闘狂とか厄介な奴に目をつけられちまったな」

『汝も我と同類であろう』

「命の取り合いは勘弁だ。やめてくれ」

『ならば、そういうことにしておこう……(セリカ)の手を借りたとはいえ、見事耐えた。最大の賛辞を贈ろう。では貴き《門》の向こうで待つ』

「すこし待ってください!」

 

 後ろから大きな声がしたと思ったら俺はルミアに抱き寄せられていた。 

 え、なにこの役得。あー柔らかいなー。

 ルミアは魔刃殿を呼び止めて何を言うのであろうか?

 

「言っておきますけど、ラクス君は戦闘狂なんかじゃありませんから! あなたと一緒にしないでください!」

 

 いー、と歯茎を出してまで威嚇するルミア。かわいい。

 というかもっと大層なことでも言うと思ったのだが、これは……くくっ。

 うちの子は渡しません的なシチュエーションだな。

 

「「『あはははははっ!』」」

 

「えっ?」

『いと可笑し!』

 

 俺と魔刃殿とアルフォネア教授は大笑いだ。

 傷口に響くあははっ!

 

「え、なんで笑って?」

「いいや、やっぱルミアは大した女だよ。俺、お前の彼氏で誇らしい」

「えっと、うん。私もラクス君の彼女で誇らしいけど、なんで笑ってるのかな?」

「いひゃい!?」

 

 頬を引っ張られて制裁を食らう俺。

 魔刃殿はさらばっとかなんとか言って夢幻のように消えてしまった。

 満身創痍だった俺がしっかり覚えているのはこれまで。

 ルミアが二人いたような気がするが気のせいだろう。ブラックルミアなんて幻覚だ。

 今は帰りの馬車にルミアに膝枕されながら揺られて夢心地だ。

 応急処置は施されているが、傷はそこまでひどくない。

 去り際に二コラの言ったとおりだ。体を挿げ替えるっていうか強化ソースを神様の力である仮称、神気にするとここまでアフターケアが楽なのか。 

 グレン先生に挨拶をと思ったが、アルフォネア教授とイチャイチャしているので後にしよう。

 嫉妬するシスティをルミアとニコニコしながら見ているのもまた一興というものだろう。

 とりあえず皆が寝静まった頃合いを見て俺は屋根に飛び乗って馬を引く先生に声をかけた。

 

「ういっす先生。代わりましょうか……ってのは野暮ですね」

「おい、ちょっと待てなんか勘違いしてるだろ」

 

 アルフォネア教授が嬉しそうにグレンと呟きながらよだれ垂らして幸せそうに寄りかかってるだけですね。

 

「えー? 本当にぃ?」

「馬引いてなかったら、【イクスティンクション・レイ】だったんだがな」

 

 いつもならここで言い争いなんだが俺と先生は笑いあった。

 まぁ居心地の良い言い合いもあるってことだ。

 帰ってきた。

 俺は帰ってきた。屋根の上から身を乗り出してスヤスヤと眠るルミアを見て微笑んだ。

 

「なぁ、ラクス。お前は……」

「大丈夫っすよ。今はまだ神様になる可能性があるってだけの人間です。そりゃグレン先生を平伏させるのも面白いと思いますけど」

「ったく、人が心配してやってるのにこの問題児ちゃんは……それと俺が神を信仰するキャラに見えるか?」

「……あはは、そうっすね!」

 

 つまりだ。

 もし、神になればルミアを悲しませるだけじゃなくグレン先生が俺のレリーフに頭から酒をぶっかけてイクスティンクション・レイをかますわけだ。

 じゃ、神になるわけにはいかないな。理由もメリットもない。

 なに、元々俺は逃げる専門だ。街中で隠れんぼしたら一日は見つからない自信がある。追いかけてくる影の形をした責任なんて振り切るさ。

 まっ、権利を主張するには義務を果たしてから。

 しばらくは神の権能を振るうのはやめよう。いくら権利があるとはいえ、責務を果たす気はないのだから。

 俺はグレン先生に馬引きを任せてルミアの隣に戻る。

 リィエルが夢現のままで俺の足の間にすぽっと入ったので受け入れる。

 役得だぁ。

 

「浮気者ー」

「いたいっす」

 

 寝ているルミアに叱責されてしまった。かわいい。

 当然のように尻に敷かれている俺だが問題はない。つか、これでいい。

 

 明けない夜はない。必ず明日はやってくる。望む望まないに関わらず等しく平等に太陽は照らす。

 俺はどんな明日が訪れようと忘れたくないものがある。

 未だ明日を知らない世界にどうか祝福あれ。

 ありがとう俺をルミアと出会わせてくれて。

 

 ———今度こそさようならニコラ。もう迷うなよ。俺も迷わないから。

 心配される俺じゃなく頼れる俺になってからまた会おう。

 

 意識の海で去り際に言った言葉を思い出して、涙が溢れる。

 神様転生の儀式を壊した今。ニコラの翼を縛る鎖は壊れた。彼女は今度こそ自由だ。

 2度あることは3度あるって言うけど、そんなことはない。なによりニコラには奴の加護が付いてる。おいそれと手を出せば世界とて無事では済まないだろう。

 

 第四部じゃ死にかけて言えなかったので少しばかり気合いを入れていこうか。

 首に下げていた金のロケットペンダントをしっかりと握りしめて俺は呟く。

 ニコラ、きっとお前にとってはこっちの方が合ってる。

 

「第5部、完。今回ばっかりはトゥルーエンドってな」





さ、一日で5章を終了させてしましたRAILGUNです。今回は神様転生を主に扱ってみました。
なんか違和感あるよなーって考えた結果がコレです。つまり、お前が神になるんだよぉ!
さてラクス君に隠された秘密はもうほとんどありません。なーちゃんの設定も掘り下げたいんですけどそれやろうとしたら一章分になっちゃいそうでボツ。
ルミアの出番がニコラに食われたけど大事なところはすべて掻っ攫っていくスタイルの大天使。
AFTERはルミア推しなので堪忍してください。

あっ、あとどーでもいいと思いますけどIFルートリィエル編を書いてたり(現在3000文字くらい



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RAIL IF Re:Road

お待たせしましたルートIFリィエル編です。
長いゼェ、1万文字越えだってよ
あとリィエルの口調難しスギィ。

あとがきに解説のようなネタバレがあります
ネタバレが気になる方は見ないように一応に注意喚起。

あっ、ロクでなし10巻のルミアが構えてるブレードみたいな杖みたいなやつのなんなんですかね。凛々しくてかっこいいですね。天使って感じだ。


 学院を優秀な学友達のおかげで卒業した俺はどういう因果か帝国宮廷魔導師団特務分室所属となり、今日も切磋琢磨、都会のゴミを大掃除している。

 最近じゃ心がいちいち荒むことなく機械的に仕事に当たれるようになって来た。と思う。多分、メイビー。

 グレン先生は俺の就職先に文句が5000兆個ぐらいありそうな目をしていたが俺の選んだ道なんですと説得したら納得してくれた。

 まさか、酒を一緒に呑んで特務分室のイロハを教えてくれるとは思わなかったぜ。

 

 自慢になるが奇跡と呼ばれる俺らの世代でも特務分室所属に入れる者は俺くらいのものだった。

 突出した性能を持ったオールラウンダー。

 これが特務分室に所属する者たちの共通点である。

 リィエルが遠距離戦できないと思ってたら十字剣が飛んでくるから。舐めてたら命日なるから。

 

 今日は久しぶりの休日だ。

 最近は仕事続きだったから一日中、ゆっくりしたいぜ。

 

「ラクス、起きて」

「ぐはああっ!? 起こすのに腹に拳骨落とす必要はないのでは!?」

「朝食を取らないとせいかつしゅーかんが乱れる」

「朝昼晩、いちごタルトを食う奴が言う言葉とは思えなぁ!?」

 

 食後に一日3回。なるほど、いちごタルトはお薬だったか。

 つかなぜそんな不安定な食生活でプロポーションが乱れない。

 最近になって少しづつ背が伸びて来たせいか、学生時代のようなあどけなさは影すらない。グレン先生の言ってた言葉も納得だ。うちのクラスは美人が多い。

 そんなほやほやカップルの俺とリィエルだが———卒業式の日に俺が告白したんだよ。言わせんな、恥ずかしい———今日は二人して休日。

 なるほど、寝てる場合じゃない。

 そういやシスティの魔導考古学のお手伝いを依頼されてた。用意しなくては。

 

「ラクス。顔を早く洗ってきて、ご飯が冷める」

「……いや、聞き捨てならん。朝食をリィエルが作ったのか?」

「ダメ、だった?」

「今日も朝から元気が出てきましたぁ!」

 

 なんと。暇なときにルミアとかシスティにでも教わったのだろうか。

 やばい。それは楽しみだ。

 俺は【ラウザルク】を使って高速移動。当社比3倍で席に着いた。

 

「……リィエル、料理名をどうぞ」

「ん……いちごタルトの盛り合わせにいちごタルトのサラダ、いちごタルトの踊り食いもある」

「全部いちごタルトじゃねぇか!? タンパク質どこ行った!? つか残った砂糖、使いきりやがったな!?」

 

 というか踊り食いってなんだ。全部同じ料理にしか見えんぞ。

 

「名付けていちごタルトの満漢全席」

「ドヤ顔すんな、アホか」

「いちごタルトのフルコース?」

「……ちがう、ちがうんや。料理名やないんや」

 

 俺的には嘆きのフルコーラスだ。

 

「……迷惑だった?」

 

 リィエルはどこか申し訳なさそうに聞いてくる。

 ったく、心配性なやつだ。

 俺はリィエルを引いて、足の間に座らせて後ろから抱きしめた。

 

「あっ……」

「迷惑なんかじゃないさ。ぶっちゃけ、朝食作ってもらうなんて久しぶりだったからさ、超嬉しいよ」

 

 かれこれ5年はそんな生活だっただろう。

 おかげでヒモ生活の準備には余念がない。

 

「……ただ、朝からいちごタルトは重い。パンを焼くだけでいいさ」

「え……?」

「それで生きてけるのって目はやめて。生きてけるから」

「わたしの朝は一つのいちごタルトから始まる」

「カッコつけんな」

「いひゃい!」

 

 とりあえずチョップを入れておく、治るとは思えんが。

 

「それにさ、言ったろ。俺たちはまだまだ半人前。だから二人で一人前。互いの足りないところを補い合える関係を築いていきませんか、リィエル=レイフォードさん……ってな?」

「……今でもすこし、恥ずかしい」

「はっはっは、犬に噛まれたとでも思って忘れろ」

「むっ、それはできない。ラクスとの思い出はどれも大切。わたしはバカだけどそれは忘れられない」

「……お、おう。そうだな、すまん」

 

 きゅん。

 男らしい物言いにラクスちゃん惚れちゃいそう……いや、惚れてたわ。HAHAHAHA!

 

「そんじゃ……」

「ん」

 

「「いただきます」」

 

 でも、いちごタルトはしばらく見たくないです。

 

 ◇

 

 んで、休みを何故か山の中でハイキングという重労働で棒に振る俺。

 システィの魔道考古学は山奥に行かないと調査できないらしい。システィは解析に集中しないといけないので道中の魔物は俺が一掃。リィエル? 俺の背中で寝てるよ。ちょーカワイイ。お持ち帰りしていい? って、いつもしてるわHAHAHAHAHA!

 んで野営をしたくないのでシスティが目的とする遺跡まで雷を使って高速移動。速攻で資料集めして帰ってきた。

 俺ってば超有能。

 今は俺とシスティとリィエルで遅めの昼ごはん。代金はシスティ持ちだ。さすが、学者兼()()は羽振りが良い。

 

「前から聞きたかったんだど」

「ん、なんだ?」

 

 飯を食ったら午後3時。リィエルは案の定、眠りに入った。そこでシスティはどーでも良さそうに俺に質問をしてきた。わかってる。そういう時のシスティってめっちゃ気にしてるんだよね!

 

「どうしてルミアじゃなくリィエルを選んだの? あ、いや別にリィエルがどーとかルミアがどうってわけじゃなくて!」

「あー、不思議ってか?」

「うん、まぁ。私はずっとルミアとくっ付くものだと思ってたから」

 

 そこらへんはまぁー。

 

「ぶっちゃけ俺にもわからん」

「はぁ?」

 

 選択肢とかルート的なアレだろう。多分。星座の導き的な?

 つか、俺が大天使ルミアと付き合うだって? ないない。俺が陸に上げられた小魚ならルミアは相変わらず大天使ってぐらいに釣り合わないだろうさ。

 

「でもあえて理由付けするならなんつーか、ほっとけなかったんだよなー。そんでいつの間にかこんな関係よ。超幸せだ」

「あーはいはい。ノロケ話は結構。スイーツ食べたばかりなんだから」

「すまんすまん、つい」

 

 そうそう。俺は今も昔もリィエルに心をぎゅっとされて(物理じゃない)虜のままなんですよ。

 だからさ。

 

「———リィエル、寝たフリしてないで彼氏がなんか頭に花が咲いてるから伐採してあげて」

「ラクス、途中から私が起きてるって気づいてた」

「すまん、すまんなんか久しぶりのクラスメートとの再会に盛り上がってるみたいだ」

 

 顔を紅く染めて、弱々しく呟くように喋るリィエル。カワイイ。

 

「お手」

「……ヮン」

「よしよし」

 

 ついやってしまったが、リィエルのこのクセのようなものはまだ抜けないらしい。抗うが、従ってしまうのだとか。

 なにそのくっころ仕様って感じだが、俺に催眠とかは使えない。エロ同人誌みたいな展開は期待しないでくれ。

 システィ、額に手を当てて空を見上げるのはやめてくれ。まるで、俺たちがバカップルみたいじゃないか!

 

 ◇

 

 闇に紛れて悪を討つ。

 響きは14の子供が聞けばカッコいいだろうがやってることは人殺し。良いも悪いもない。

 達成感はなく残るのは罪悪感のみ。こんなんだからイグナイト室長には向いてないとか言われるのだ。

 本日は単独任務で速やかに帰投しよう。

 ()()()に潜入したどこぞのスパイさんを丁寧に遺体を処理する。はぁ、情報を取られたのはまずったがどっかの国とか組織に渡る前に潰せて安心した。

 アリシアさんが存命のうちは国家転覆は許さない。その日から食う飯が不味くなるからな。

 さて、撤退撤退。

 ところで魔道省の官僚は魔道保安官と呼ばれるのだがうちのクラスメートでそこに就職を決めた大天使じゃなかった大天才が居た。なんでこんな話をするかって?

 

「うそっ、ラクス君! 久しぶり!」

「……おぅ、ルミアなんで残ってるんだよ」

「うーん、国家レベルのプロジェクトのお話だから察してくれると嬉しいかなって?」

「あーはいはい。大人の世界って大変だよなー」

 

 つまりはトップシークレットで残業してまで煮詰めないといけないみたいだ。

 というか情報部しっかり仕事しろ。聞いてねぇぞ。

 つーことはルミアの独断っていうか無理なんだろうな。

 魔術を真の意味で人の力にする夢が叶う仕事だから熱が入るのは分かるけどよ。

 

「仕事マンもいいけど頑張りすぎんなよ。家まで送ろう」

「それはラクス君もだよ。その……今日もお仕事だったんだよね」

「……まぁ、そんなところだ」

 

 互いに無言になる。

 俺はとりあえず特務分室コートをルミアにかける。

 

「外は冷える。羽織っておけ」

「あっ、これじゃラクス君が」

「問題ないよ。冷え性じゃないし」

「……うん、それじゃ借りるね」

「……あぁ」

 

 俺とルミアは微妙な距離を保ち街道を行く。

 明日は休日ということもありこんな夜中にも関わず、人は多い方だと思う。あのスパイ逃してたらヤバかったな。紛れられて終わりだった。

 それに学院の時からすでに美人のルミアはさらに美人さんになって酔っ払いやイケイケのお兄さんが絡んでくる。

 

「失せろ」

 

 なので俺はさながら騎士というわけだ。

 というかよくルミア相手にナンパとかできるな。器量良し、見た目良し、全てが良しなルミアに彼氏がいないわけないだろうに。まぁ、実際いないけど。

 ルミアに聞くと仕事終わりのナンパは週に3度はあるらしい。仕事が忙しいと言って撒くそうだが、なるほどルミアらしい。

 そんなこんなしてるうちのルミア宅というかフィーベル宅に到着。

 俺は入り口の前で別れを告げて帰ろうとする。

 

「ねぇ、ラクス君?」

「ん、なんだ?」

 

 ルミアが俺の裾を引っ張って呼び止めた。

 なんだろうか?

 

「本当に……終わったんだよね?」

「心配し過ぎだ。終わったよ。それにもう2度と始まらない」

 

 きっと自身の体質の話だろう。

 今日、俺が魔道省で()()してるのを目の当たりにして異能っぽいソレを狙って来たとでも勘違いしているのだろう。

 慈愛の性質からくる過度な心配性だ。

 

「そう……だよね」

「おう。またおっぱじめるんだったら、システィを始めにグレン先生にセリカ教授にイグナイト室長、俺を真正面から下さないといけないな」

 

 そんなことがもし起きれば世界は終わる。

 実はこの上に隠しルートのアルベルトさんも追加される。

 

「ルミアの能力にはセリカ教授が直々に『鍵』をかけたんだ。術式に穴はない……今日は第三国のスパイの処理で来たんだ」

「えっ、それって———」

「もちろん、聞かなかったことにして」

「……ふふっ、リィエルは幸せそうだね」

「何を急に?」

「ラクス君って細かい所に敏感だよね。グレン先生もだけど、そういう人ってなんか憧れちゃうな」

 

 何を言ってるんだろうか?

 

「ルミアには敵わないさ。俺は学生時代に世話になったルミアの真似事をしてるだけでそう見えるだけ」

「そうかな?」

「そうそう。実際、リィエルに告るときも心臓バクバクだったし」

「あー、懐かしいな」

 

 実際は相思相愛なので気負う必要はなかったと。

 ケラケラ笑うシスティとグレン先生、それに申し訳無さそうに笑うルミアの顔を思い出した。

 俺とルミアはそれから思い出話で盛り上がった。

 俺たちにとって学生時代というのは予想以上に輝かしい思い出だったみたいだ。

 しかし、夜も更けて寒くなって来た。ルミアの体調も鑑みて切り上げよう。また、いつでも会えるさ。

 俺はそう言ってフィーベル宅を後にした。

 これから仕事もある。

 

「つーわけで空気読んで、こそこそ隠れてるオカルトサークル諸君、始めようか」

「……隠密を得意とする我らに気づくとはな」

 

 オカルトサークルの残党だ。

 焦った。ルミアって本当に鋭いのな。

 未だに俺がフェジテの街を離れるような任務がないのはこの為だ。

 フェジテにいる鍵を持つ人はグレン先生にセリカ教授にシスティに俺。

 システィは今やアルベルトさんを追い抜く素質を発揮して学院が鼻を伸ばすほどの逸材。

 そりゃ殺しやすそうな俺が第一の標的に選ばれるわけだ。

 

「それ、井の中の蛙って言うんだけど知ってる?」

「……我らの矜持を侮辱したこと地獄で後悔しろ」

 

 暗殺屋が6人、姿を現した。

 見事な隠密だが、レーダーではっきり捉えてる。

 

「矜持じゃ人は救えねぇ。地獄じゃルミアは守れねぇ。なによりリィエルの隣にまだ居てぇ」

 

 あまーいスィートライフはこれからだ。

 手短に済まさせてもらう。

 

「……死ね」

「お前がな」

 

 暗殺屋の短刀が怪しく輝く。

 6人の暗殺屋が一糸乱れないコンビネーションで襲いかかってくる。

 仔細は省く。とりあえず、数分後に立ってるのは俺だけだった。

 暗殺屋が姿を現しちゃダメだろ。それとも直接、戦闘で御せるとでも思われたか? 甘く見られらものだ。

 ま、言うだけのことはある。

 言葉を交わしたやつは普通に強かった。

 脇腹を深めに斬られちまった。致命傷じゃないが、俺の未熟が現れてるようで思わず舌打ち。精進しないと。

 

「それにコレは趣味だからな。労災下りねぇ」

「……ラクス、遅いと思った」

「……リィエル。どうして?」

「砂糖と血の匂いは逃さない」

「いい鼻してる」

 

 路地裏で座り込む俺を華奢な体で支えてくれてようやく立ち上がれる。帰りの遅い旦那を迎えに来てくれたみたいだ。嬉しい。

 俺の奥様はパワー系だからなこれくらい余裕だろう。

 と内心で思ってたら脇腹を軽く頭突きされた。血が出そう。

 

「心配した。もう帰ってこないかと思った」

「……悪りぃな。礼のなってない割り込み予約の相手に戸惑った」

「ラクスは接近戦、グレン以下。気をつけるべき」

「へーい、肝に命じまーす」

「……ん」

 

 魔力フル動員でグレン先生とトントン。パワーはあるのだが、いかんせん経験と技術が足りてないわけだ。

 自分で言うのは難だが割と修羅場を潜ってきて磨かれたものなので一流とは言わないがそれなりだと自負してる。

 それでもリィエルに敵わないのは女は強しとのことで。

 俺の本気は超遠距離からの超電磁砲や砂鉄錬成に重火器での()()。図体に穴を開ける程度なんて優しい殺し方はできないのだ。

 俺に有利な状況でならアルベルトさん本人から負けるとの言葉を頂き、特務分室でも肩身を狭くすることなくやってる。

 室長? あれは飾りだろ。あんな儀式なんて魔力放出全開で破壊できるし。

 裏の情報板じゃ特務分室最強ランキングがあるが、アテにならん。ぶっちゃけ隠者のおっさん最強なんじゃね的な疑惑が俺のなかで燻ってる。

 

「そんな傷で式に参加できるの?」

「あー、多分。大丈夫だろ、ヨユー」

「……忘れてた?」

「そ、そんなことないよー」

「……」

「いだぃ、いだぃ。さーせんっす。すっかり忘れてたごめんねごめんなさい。頼むから傷口触らないでくださいぃぃぃぃい!!」

 

 式———そう、俺達。ラクス・フォーミュラとリィエル=レイフォードは結婚します。

 

 式場の予約もOK。指輪も買ったし、ご両親への挨拶は既に済ませてる。

 関係各所への招待状も送った。完璧だ。

 システィパパが俺より強い奴じゃなきゃ云々と言ったので殴り合いをした。システィママが介入しようとしたが阻止。男と男の殴り合いである。

 もちろん、フルボッコにした。自分、特務分室所属です。

 そのあと、やり過ぎとのことでシスティとリィエルにフルボッコにされた。システィパパが俺のためにとか言って涙を流しててカオスでした。

 

 さぁて、傷口を治すぞー。具体的には【ライフ・アップ】とかでズルする。やらなきゃいけないことは山盛りだ。

 俺とリィエルは世に言う幸せを掴むために歩き出し始めたのだ。

 

 ◇

 

 結婚式というのは特別だ。

 月並みな言葉で申し訳ないが、これくらいの感想しか出てこない。

 先ほどまで準備やなんやらで騒がしかった新郎控え室で椅子にかけながら思う。

 思った以上の緊張がある。謎の緊張感だ。

 

「肩の力抜けよ。これから殴り合いするわけじゃねぇんだぞ?」

「リィエルと殴り合いとかなんて罰ゲームですか?」

「ちがいねぇ」

 

 殴り合いにすらならないだろう。俺は動く血袋だ。

 式まで時間があるので俺はグレン先生と控え室で駄弁る。

 俺の緊張を察してくれたらしい。先生してるなぁ。

 

「こんな時に話題ねぇから言うけど、お前とも長い付き合いになったなぁ」

「そうっすね。気づけば青春を先生と過ごしてました」

「……流したのは汗じゃなくて血だけどな」

「くはっ、言い得て妙ですね。結婚式にする話題じゃないですけど」

「あー、なんつーかすまん。口をついて出ちまった」

「気にしないでくださいよ。俺が誰かの顔面を殴りつけたのはこういうときに笑って話題にするためっすから」

 

 俺とグレン先生の会話だ。宗教のような高潔なモンになるわけがない。泥臭くて、血生臭い。けど、何処まで行っても笑い話なのだ。

 そうなるように頑張った。俺だけの力じゃないことはもちろんだけど、とにかく頑張ったのだ。

 今日招待した人達がその証明。誰かが欠けていたら笑い話になんてできやしない。

 俺は息を吐いて、頭を空っぽにした。すると、ふっと降って来た。

 

「そういや先生」

「どうした?」

「システィとはどこまで?」

「ぶっ!? 急に何を言ってやがんだてめぇ!?」

「何って……そりゃナニですよ。Aですか? それもB……いや、Cまで!?」

「邪推すんなコノヤロウ! ()()()()()()とはお前が期待するようなことはなんもねぇよ」

「はっ、ふーん」

「執念深い奴はレイするぞ?」

「あー、ケーキ入刀が楽しみだなぁ!」

 

 もー、システィもグレン先生も奥手だなぁ。

 

「あっ、リィエルに言っとくんでブーケトスは先生とシスティどっちがいいですかねぇ? 結果は変わらないんで俺としてはどちらでも———」

「《其は摂理の円環へと帰還せよ———」

「ちょ、洒落になって……すとぉーーぷ!」

 

 この後、異常な魔力を検知したセリカ教授とシスティ先生に仲良く折檻された。

 

 ◇

 

 新婦入場。

 フェジテには多くの結婚式スタイルがあるが、俺達は教会を使って行う西洋スタイルだ。

 ステンドグラスに彩られる礼拝堂。青空にそびえるようなカテドラル。パイプオルガンから流れる旋律は安らぎと幸福を与えてくれる。

 バージンロードを歩くのは床まで付いた長いベールが特徴的なウェディング衣装を着たリィエル。エスコートするのはシスティパパだ。

 ここら辺はかなり揉めたね。何故かって……そりゃ。

 あぁ、今グレン先生がエスコートを代わった。最初はね。システィパパでいいと思ってたんだけど、リィエルがグレンが良いと言ったのだ。

 まぁ、そりゃ当然だわな。俺も配慮が足りてなかった。後にシスティに聞けば招待状が来た時から学校でもかなりソワソワしてたとか。

 俺が目を瞑って回想してるといつの間にかリィエルとグレン先生がすぐそこまで来ていた。

 短い様で長い距離。ようやくここまで辿り着いた。

 感極まって泣きそうだ。唇を少し噛んで堪える。

 グレン先生がエスコートを止めるとリィエルは少しずつ歩いてくる。

 グレン先生から口パクで頼んだぞと力強く目の芯に強い意志を込めて託してもらった。

 俺はもちろんウィンク付きで了解した。

 その時だった。リィエルが前に倒れこむように足をもつれさせたのは。

 礼拝堂に響く悲痛の声。それはルミアだったか、システィだったか。ただ、リィエル本人からはそんな声はもれなかった。期待に応えますよ、俺のお姫様。

 俺も世界が止まるように感じた。リィエルがこの晴れ舞台で嫌な思いなんてして欲しくはない。

 思って体が動いたのは刹那。実際に届いたのは一秒も掛かってない。

 

「この衣装、歩きにくい」

「衣裳合わせで一目惚れして暫く固まってたのはリィエルだろう?」

「もう少し機能性を考えるべきだった」

「いいや、リィエルはもう普通の女の子していいんだよ……綺麗だ」

「……ありがとう」

 

 腰を支える俺の右手とそれに体を預けるリィエル。

 場面だけ切り取ればダンス会場と間違われるだろう。

 礼拝堂には冷やかすような口笛と黄色い悲鳴が響き渡っていた。

 リィエルは少しだけ頬を赤らめ恥ずかしそうにする。

 ポニテじゃなく、全ての髪を流したリィエルは新鮮だなぁ。美しいと素直に感じる。

 

「……ラクス、リィエル。式を進行するぞ」

「アルベルトはせっかち」

「こらやめなさい」

 

 リィエルが顔だけ向けてぶーたれるが無理言って神父役を頼んだ。文句は言えない。

 俺とリィエルは姿勢を正してアルベルトさんの前に立つ……ウェディングドレスを何度も踏みかけたのは内緒だ。

 アルベルトさんは俺が最初に頼んだときは断られた。

 なんか色々言ってたが、祝福を捧げる言葉は黒く淀んでいて十字を切る指先は紅く濡れているからと。

 まぁ、関係ないんですけどね。

 世の中には探そうと思えば硝煙の匂いがする神父さんも神様を信仰してない神父もいるわけだ。

 俺は神父さんだから依頼するんじゃなくアルベルトさんだからお願いした。土下座で。

 何度も頭を下げると安くなると言われるが、俺の頭でナニカが解決するなら価格低下くらいは優しいものだ。

 

「リィエル。汝はラクスを夫とし、神の導きによって夫婦になろうとしている。汝、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓えるか?」

 

 時折、文言とは違う自が出るアルベルトさんだがやっぱり彼も彼なりに気にしていたのだろう。リィエルの出自を誤魔化したのも一役買ってるわけだし。

 

「誓う。ラクスは生涯、わたしが支え続ける。それがわたしが見つけた———わたしだけの答え」

「そうか……大きくなったなリィエル」

「ん」

 

 アルベルトさんはリィエルの頭を撫でる。

 ちょっとばかしどよめきが走るが、事情を知る者は涙を浮かべていた。アルベルトさんの目にも少しだけ輝くものがある。指摘するのは野暮だ。

 それに涙を浮かべるのは俺も同じこと。

 それと、あまりに男前な見得にドキッとした。

 

「ラクス……誓え」

「えっ、えっと———」

 

 アルベルトさんはいつものような鷹のような鋭い眼光で俺を見ると誓いを強制してきた。

 

「リィエルを妻とするラクス。おまえは神の導きによってリィエルと夫婦になろうとしている。汝、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くす———これは当然のことだ」

「アッ、ハイ」

 

 誓いの言葉じゃねぇ!?

 この神父さん暴走してます! いや、リィエルさんみんなに愛されてますね!

 

「泣いてもいい、笑えなくてもいい、貧しくてもいい……だが、不幸にはするな」

「誓います。俺の生涯を賭けてリィエル=レイ……フォーミュラはルヴァフォース中を探しても比肩する奴が居ないくらい幸せにします」

「良いだろう。その言葉に偽りがあれば俺が責任を取る」

「へ?」

「指輪の交換を」

「え、いや。ちょ、あの。凄く気になる言葉が」

「指輪の交換を」

「……分かりました」

 

 暴走アルベルトさんの強引な進行に俺は従う他ない。

 もとより先の言葉に嘘偽り虚偽詐称は一切ない。

 全て事実にする予定だ。

 俺はリングガールその一であるシスティから指輪を受け取る。

 

「しっかりしなさいよ。オープニングは良かったけど、アルベルトさんにタジタジじゃない。今日のメインはリィエルよ? しっかり見てあげなさい」

「サンキュー、調子が戻って来た。指向性の持ったブーケトス、期待しとけ」

「は、はぁ!? べっ、別にグレン先生と———」

 

 沸騰するシスティを放置して俺はリィエルに向き合う。

 確かに今日のメインはリィエルだ。アルベルトさんに気圧されてる場合じゃなかったな。

 俺はリィエルの左手薬指にそっと指輪をはめた。

 手を取って改めて思ったが、柔らかな小さい手だ。

 昔のような細かい傷はなく、シミひとつない綺麗な肌。手入れしてないらしいのでたまげる。

 リングガールその二はルミアだ。

 彼女もリィエルに何かを告げて指輪を渡し、去っていく。なにを言ったのかすごい気になる。ヴェールに包まれるので顔色はうまく伺えないが、ルミアが此方を見て一瞬だけ微笑んだ。

 うん、悪寒。何を吹き込んだというのだ。

 そんなこんなでリィエルが俺の手を取り指輪をはめる。あれ、さっきよりも手が熱い?

 まぁ、いいや。うす、なんか嬉しいっす!

 

「それではヴェールアップと新郎によるティアラの贈呈を」

 

 言われるがままに俺はリィエルの顔を覆っていたヴェールを上げた。その……なんつーか、割と恥ずかしそうにしててこっちまで恥ずかしくなった。

 巷じゃ誓いのキスが流行りだが、俺は愛する人からティアラを贈られると幸せになる伝説を信じてこっちにした。

 ()()じゃ俺もリィエルも恥ずかしい。

 俺はリィエルにティアラを載せる。なんの装飾もなく小さなティアラ。

 意味はもちろんある。

 これから二人で作っていく宝石(思い出)でティアラを彩っていこうってな具合に。

 俺はドギマギしながら載せ終えるとリィエルはアルベルトさんに耳打ちを始めた。

 時折、こっちを見ながら頬を赤らめるんじゃない。何を企んでる。

 話が終わるとアルベルトさんはやれやれと言った具合だった。さて、残りは退場だ。二次会でケーキ入刀なんかもあるが、別に挨拶とかないし。いつもの集まりみたいなもんだ。

 

「それでは誓いのキスを」

「!?」

 

 アルベルトさんはトンデモナイことを口にした。

 えっ、つまりどういうこと?

 視界の端で笑うルミア。

 

 おのれ謀ったな、ルミア=ティンジェルゥゥゥゥ!!!

 

 あいつ完全に俺とリィエルをはめやがった。

 そうだ。さっきの指輪渡しの時だ。違いない。

 ヤツはこのどよめきを作り出すことが目的だったんだ!

 

 んー、まぁ。人前じゃってだけで別にやろうと思えばいくらでも……。

 

「ラクス、早く」

「お、おう」

 

 ダメだ。厳しい。

 そこで沸騰しそうなくらい顔を真っ赤にしないでぇ!?

 いやー、しかし男。ラクス・フォーミュラ気合い入れてこ。じゃないと、ほらぁ!

 

「……」

 

 すっと指を構えるアルベルトさん。

 

 ちょっと待てぇ!? やっぱり強制だよね!

 分かった分かりましたよコンチキショウ!

 俺はリィエルの肩を優しく抱いた。

 

「あっ……」

「ったく、ルミアに吹き込まれたからって恥ずかしいならやんなよ」

「……唇なら誓いの言葉を封じ込める。額なら親愛を。ルミアは身長差が少しだけあるからおでこでも絵になるって。手の甲は敬愛。場所はラクスに任せる」

「マジぃ?」

「まじ」

 

 任せるとか言いながら目を閉じて唇を差し出すなって。

 選択肢は三つあるよに見せかけて二つ。肩を抱いてるので今更、跪くの変だろう。

 あー、はいはい。実質一つの一本道ですよ。

 リィエルが望んだんだ。なら、俺はそれに答えるだけ。

 

「「「ひゅうーーーー!!」

「「「やるじゃねぇか!」」」

「「リィエル!!」」

「男だぜ、ラクス!」

 

 照れで体が熱い。

 ぼーっと、礼拝堂に響く声が聞こえるがどーでもいい。

 俺のおでこに触れてるヴェールが少しだけくすぐったかった。

 

 そっからはもう。しっちゃかめっちゃかだ。

 フラワーシャワーで当然のようにグレン先生が悪ノリ。セリカ教授と連携して花の竜巻が出来ていた。さすが大陸最強の魔術師。もう訳ワカンねぇな。

 肝心の二次会で行われたブーケトス———フラワータイフーンのせい———だがリィエルは事前に打ち合わせをしていたのにも関わらずガン無視。フィジカルブースト全開でブーケをグレン先生に全力で投げつけた。

 先生は門まで吹き飛ばされて腕を痙攣させながらもしっかりと受け止めていた。そこで顔を赤くするシスティさん、決まったわけじゃないですよ。精進して。

 なんか、見知らぬ同年代っぽい赤髪の子も赤くしてるがどういうことだろうか?

 なんか新聞で見た商会の会長さんっぽい人もいる。

 リィエルは俺の元を離れて剣を下げてる子と一緒に笑ってる。とりあえず、この式場すげぇな。

 

 なんつーかさ。いいよなこういうの。

 

『おめでと、おとーさん』

 

「……あぁ、ありがとな」

 

 俺も俺で顔見知りに挨拶しとく。

 久しぶりに見た顔も相変わらずでなによりだ。

 

 俺は少しだけ疲れてのでベンチに座った。

 するとすぐにリィエルが隣に腰かけた。

 動きやすそうな和装だ。聞けば、さっきの女剣士のオススメらしい。東洋の国って感じだったもんな。納得。

 

「……ねぇ、ラクス」

「ん?」

「なんでもない」

「そっか」

 

 頷くと同時に頭を預けてきた。

 リィエルの暖かさが直で伝わって安心する。

 時折、こっちを見る視線があるが手を振ると居心地悪そうに頭を下げて去っていく。コレが夫婦の雰囲気というヤツだ甘ちゃんどもめ。

 

「リィエル、俺さ」

「うん」

「まだまだ仕事も半人前で心持ちも中途半端だけどこれからもっと……もっと頑張るからさ。幸せにしてみせる」

「……うん、一緒に幸せになろう」

「これからもよろしくな。リィエル」

「うん!」

 

 出会った頃のようなあどけない笑顔を浮かべるリィエル。最近じゃ大人びてクールなリィエルさんだったので思わず頭を撫でる。照れ隠しみたいなもんだ。

 さ、日が落ちてまいりました。幸せな今日も終わりが近い。

 

 明日も幸せになーれ!

 

 ◇

 

 あぁ、本当に幸せだ。

 リィエルはどこまで一途で、幼くて、優しくて、変なところが察し良くて。

 パワーが強いし、放っておけばいちごタルトしか食べない偏食家だけどそんなところも含めて俺はリィエルが大好きだ。

 リィエルが過去になにを抱えていたのかも知ってる。

 

 悲しかったと思う。

 辛かったと思う。

 涙を流したと思う。

 

 それでも前を向いてやってきた。

 だから、だからこそ。

 リィエル=レイフォードは報われなきゃいけない。幸せになるべき人間だと思う。

 もし、もしだ。その過程を俺が手伝うことで更に幸せになれるなら俺も同時に報われる。

 こんな俺たちだからこそ同じ方向を見ていける。

 お互いの痛みを分け合うことができる。

 一緒に歩いていける。

 

「だからラクス。これからもわたしの側で———」

「喜んで」

 

 二の句は告げさせない本日も晴天幸せ。

 明日以降は曇りがあるかもしれませんが幸せが訪れることでしょう、ってな。









ネタバレ1
ルミアの異能っぽいナニカは封印したと見せかけているだけ。

ネタバレ2
このラクス君は10人目。
つまり本編でジャティスに敗北したうえでようやくルート突入する可能性。攻略難易度高そう(小並感
タイトルのRe:Roadとは本編を基準として再びやり直すという意味を込めました。

ネタバレ3
どの世界線でもニコラの死は必定。

ネタバレ4
セリカ教授呼びなのは弟子入りしたせい。
本編で名前呼びがデフォのラクスが苗字で呼ぶ人間は先代ラクス・フォーミュラ達のせいで潜在意識に敬意を払わなければいけないという思いから。
グレンは別。弟子入りしても、してなくても悪友のような関係のせいで敬意とかいう感情はなし

ネタバレ5
神様討伐済み。が、世界を動かす主はラクスではなくなーちゃん。ラクスが神様になった瞬間でなーちゃんを蘇生。また枠を押し付けた。鬼畜。
よって実力的には
IF編ラクスの本気>>>>>本編ラクスの本気
リィエルが咎めたように接近戦はグレン以下。が、条件が揃った遠距離戦ならセリカすら爆殺。
セリカ教授の弟子は格が違うぜ!


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RAIL AFTER 1

ㅤタウムの天文神殿の調査から数日。

ㅤグレン以下参加したメンバーはアクシデントもあったが、良い経験を積んだと言ってレポートの作成などを行なっていた。

ㅤ当然のようにシスティは帰ったその日に終わらせてしまうが、対照的にカッシュは頭を抱えて必死に語彙などを絞り出していた。

ㅤ平和な日々だとルミアは感じた。

 

「ねぇ、システィ?ㅤこの壁画の時代考証についてなんだけど……」

「えーっと、そこね。えぇ、確かにそこはあやふやな所が多いけど———」

 

ㅤ放課後の教室。ルミアはシスティのサポートを受けて居残りでレポートを作成していた。

ㅤと言ってもだ。既に8割方は完成し、残りは自身の挙げた例や定説に間違いがないかの所謂、推敲の段階だ。

ㅤ博識のシスティがいれば一時間もかからずに終わってしまうだろう。

ㅤシスティに寄りかかって寝ているリィエルにとっては良い昼寝の時間だ。いつも昼寝しているとかは言ってはいけない。眉間に十字剣が飛んでくるかもしれないからだ。

 

「けど、タウムの天文神殿に裏技で学園地下のダンジョンに行ける方法があるなんて……不思議なこともあるものね」

「えーっと、魔刃皇将さんだったけ?ㅤ怖かったね」

「……の割には堂の入った啖呵を切ったじゃない。さすがはルミアね」

「あ、あれはラクス君にあることないこと言ったからで……」

 

ㅤごにょごにょ。つまりは———。

 

「愛ゆえにって訳ね?」

「えっ!?ㅤちがっ……くはないけど」

「あーごちそうさま。仕掛けた私が馬鹿でした」

「もうっ、システィったら!」

「ごめん、ごめん」

 

ㅤ余談ではあるが、タウムの天文神殿が学園地下に繋がっていることはグレンから箝口令のお達しが来た。

ㅤ曰く、ルミアの異能がバレる危険性があるからだそうだ。システィは世紀の大発見を自分達がしたものだと息巻いていたが冷静になると、なるほどそれはいけない。

ㅤ名誉よりも友を優先する決断ができるシスティはキッパリと歴史に名を残すチャンスを手放した。

ㅤまぁ、キッパリと言っても影ながら苦悶していた。ルミアの方が名誉よりも大切だ。それは当然だ。

ㅤが、割り切れないものだってこの世にはある訳で。

 

「というか、何が『どうせ、死ぬまでには名はどっかに刻まれんだから心配する必要はねぇだろ』よ!ㅤ無責任なこと言ってくれちゃって、ラクスのやつ」

「あははは、ラクス君のことだから何か確証があってのことだと思うよ?」

「ダメよ、ルミア。ラクスに無条件に優しくしてるとダメ男になっちゃうわよ?ㅤまぁ、それがルミアの美点でもあるんだけど、ビシッと厳しくしてあげないと」

「ビシッと厳しく?」

「そうよ。ラクスは根っからって訳じゃないけどロクでなしよ。先生と息が合うところを見て間違いないわ」

「ふふっ、私とシスティって似てるね」

「な、何が?」

「好きな人が」

「ちょ、ちょっと!?ㅤからかわないでよ、別に先生のことなんて」

「あれー?ㅤ私は好きな人が似てるって言っただけで先生のことなんて何も言ってないよー?」

「こ、言葉の綾よ。そうっ、言葉の綾!」

「システィったら可愛いなぁ」

 

ㅤすると、姦しい会話に起こされたリィエルが寝ぼけながらに。

 

「……可愛いは正義」

 

ㅤ親指をぐっと立てたものだから、システィはまたラクスが余計なことを吹き込んだと頭を抱えて、ルミアは母性本能をくすぐられて抱きしめた。

 

ㅤして、すぐにまたまたイベントが発生した。

ㅤ最近、背中に厄介ごとを背負ってるんじゃないかと一部の関係者の間で噂されている疫病神ことラクス・フォーミュラ———洒落にならないのが洒落———が教室の扉を勢いよく開けて言い放つ。

 

「ルミア!ㅤ俺と結婚してくれぇ!!」

 

「「えっ?」」

 

「……は、はい、喜んで」

「ええぇぇぇぇぇえええ!!??」

 

ㅤはてさて、どう転がるか。

ㅤたまたま教室の外にいたグレンは口元を綻ばせて、取らぬ狸の皮算用を始めるロクでなしっぷりを影で見せていた。

 

ㅤ◇

 

ㅤラクス・フォーミュラは駆けていた。割と全力で。

 

ㅤ客観的に自分の状況を述べてみた。理由はない。

ㅤ先日の()()から少し経って、神化術式の調整や考察をしていたところでふと、思い立った。

ㅤそう、F1だ(唐突)。

ㅤ超最強滅殺級切り札の果てなき最速への挑戦(ファーブル・オブ・ラクス・フォーミュラ)は擬似神格を宿して俺の体を神様仕様に作り変えないと自壊するヤバイ代物。一般実用化は不可能に近い。リィエルならワンチャンあるかもしれない。

ㅤモチーフは前世であった車の中でも特に速さに秀でたモンスターマシン同士が鎬を削るレースからだ。

ㅤ効果も全身の身体強化と魔力と神気っぽいのを練り練りして爆発的な加速力を全身で得るアホみたいなもの。あっ、神気使えないからリィエル無理じゃん。うーん、何かで代用できればなぁ……それは追々、考えてくか。

ㅤ話が逸れたが、クソ正義の時とか今回の時とか思い返せば移動に時間と魔力を食われる。

ㅤ無駄を嫌うスマァトなラクスさん(誇張)的にはそれは省きたいというか、ルミアと俺を取り巻く環境を考えれば一番の課題だろう。

ㅤと言ってもだ。車じゃ場所食うし小回り効かんしとのことで選択するならバイクという決断に至った。

ㅤ幸い、この世界は中世ファンタジーにも関わらず蒸気機関があるとかいう学者も古文書を燃やしそうな世界だ。

ㅤ俺の幅広いワールドワイドな人脈(アルベルトさん頼み)を使えばバイクの調達くらい容易いのだよ。ワトソン君。

 

「なに?ㅤ二輪の乗り物だと?ㅤ確かに軍がそんなものを作っていたが、どこで知った?」

「わぁーお」

 

ㅤ軍の機械化が進んでいるようでなによりだ。

ㅤなにかと頻繁に会うようになったアルベルトさんから渡された通信術式を使って連絡を取れば、一台譲渡してくれるとのこと。ルミアの護衛だと察してくれたらしい。

ㅤ前世じゃ一応、中型と車の免許を持っていたがいかんせんブランク酷い。乗れるかなぁとワクワクしながら軍の施設に向かっているので候ってのが現在。

ㅤで、着いて。アルベルトさんと少し世間話して技術者の方から簡単な説明を受ける。

ㅤアルベルトさんは既に乗りまわせるくらいに上手いらしい。器用な人だ。

 

「ってぉおお!?ㅤじゃじゃ馬だな、っゔぉいい!?」

「自分の落ち度を機械のせいにするな。ラクス」

「ちょっと口角が上がってドヤ顔するアルベルトさん珍しい!」

 

ㅤ巫山戯てもバイクは上手くならない。

ㅤって、アレ。アルベルトさん、俺のこと今名前で———

 

「うぉぉぉぉおお!?ㅤウィリーしてると思ったらジャックナイフぅ!?」

「ほう、少しはやるようだなラクス」

「アルベルトさんってグレン先生とは違うベクトルでズレてるよねっ」

 

ㅤで、少し休憩して技術者の方に再度説明を受ける。

ㅤ排気量は50〜750ccまで理論上は可能だが、現行の技術では500ccが精々。俺が譲渡されたのは250ccのアメリカンと呼ばれるタイプ。ハーレーとかが有名かな。

ㅤ積んでる魔導エンジンはストックしておける魔力結晶により動き、万人共通とのこと。

ㅤ言っていいか?ㅤ軍有能過ぎね?

ㅤ世の中じゃ石炭燃やして動かしてわーいわーいしてるってのに。

ㅤまぁ、蒸気機関が世に出てからしばらく経ってるから不思議ではないけどもね。軍って最新技術の塊だし。

 

「よっしゃ、ルミアとタンデムしてキャッキャウフフするぜ!」

「……」

 

ㅤアルベルトさんに白い目で見られるが、俺のガソリンはルミアへの愛なのさ!

ㅤんで、休みを全部使って俺はバイクの技能を習得した。

ㅤメンテナンス等は軍がしてくれるとのこと、ついでに使用した感想も言ってくれるとありがたいと。

ㅤお安い御用である。レポートにして提出しますと言ったら喜んでいた。一般ピーポーのモルモットもといテスターが居なかったらしい。

 

ㅤそんな訳で足を手に入れた俺はデートプランを考案中。

ㅤヘルメット?ㅤ二人分あるに決まってるんだろ!ㅤ安全第一だ馬鹿野郎。安全運転とかじゃなくて、こういうのは万が一に備えるべきで云々。

ㅤとりあえず魔術を使ったテーマパークに行きたいと思います。魔導エンジンを積んだジェットコースターって……あっ、これか。軍が先んじて運用してるけど一般にも使われてるのかー。

ㅤなら、やっぱりココだな。ルミアとの約束もあるし。

ㅤグレン先生?ㅤアルフォネア教授とかシスティと一緒に行けば?

ㅤと、そんなこんなでデートのお誘いを放課後に決行したわけだな。

 

「ルミア!ㅤ俺と結婚してくれぇ!!」

 

ㅤな?ㅤデートのお誘いだろ?

 

「お前に必要なのは教科書じゃなくて辞書だろ」

「どちらにせよ黒板に打ち付ける癖に」

「ラクス……」

「な、なんですか?」

「お前、よく分かってんじゃねぇか!」

「お褒めに預かり光栄です」

 

ㅤルミアから喜んでと言われて逆に照れた俺は日時を伝えてすぐに退散。その日の夜にグレン先生はプレハブと化した俺の家に家庭訪問と称してやってきた。

ㅤ保険が下りるので新居の心配はしていない。プレハブも意外と便利なモノだ。

ㅤそれと、これを機にリィエルはフィーベル家に移ってもらった。

ㅤリィエルも()()()ならと二つ返事で移ってくれた。気の合う同級生の家にホームステイというもあるだろうが、なんだかんだで迷惑をかけた。あざし、リィエル。

ㅤ余計なお世話だが、ホームステイを切欠にして常識等を学んでください。

ㅤ菓子折り付きで挨拶した日にはシスティパパと再び意気投合して二人してシスティママに〆られた。母は強し(物理)

ㅤ全部、ロウファンって奴のせいなんだ。

 

「おのれ、ロウファン!!!」

「落ち着けって、あーれ?ㅤなんかコレジャティスを庇うみたいでイライラしてきたな?」

「でしょ?ㅤ次会った時には眼鏡をカチ割って」

「透かした手袋を軍手にして」

「シルクハットどうしますかね?」

「ばっか、お前そりゃ決まったんだろ。あの見た目だぞ?」

「はっ!ㅤさすがは先生だ」

 

「「鳩を詰める。なお、白だと更によし……うぇーい!」」

 

ㅤ酒?ㅤ入ってない。入ってない。

ㅤあのプラスチックボトルは貯蓄してる水だから。俺が飲んでるのもジュース。

ㅤ水味だし。つか、アルコールは電気分解するから酔いたくても酔えないの!

ㅤ先生?ㅤ元々、酒強いから大丈夫じゃね?

「というより先生。家庭訪問ってタダ酒飲める免罪符じゃないんですけど」

「ぶっちゃけ、お前の場合は生存確認の意味合いが強い」

「ご迷惑お掛けします先生ェ……」

「変わり身早くて先生びっくり」

 

ㅤこの後も夜明けるまでくだらないことやつまらないことを話して、プレハブから学校に向かう俺と先生を目撃した貴婦人の方が学校であることないこと噂したので砂鉄の餌食になってもらった。誤解を生まないように言うけども殺してない。

ㅤ先生に頼んでカリキュラム弄って模擬試合しただけだ。蹂躙は楽しいなぁ!ㅤちょ、戦闘狂じゃないし。生きてくために仕方がない闘争だからね。しょうがないね。

ㅤそんでもってデート当日。

「お待たせラクス君!」

「い、いやっ。今来たところだから」

「ふふっ、約束の一時間前なのに合流できちゃったね。考えてることが一緒だ」

「そうっすねーーー相思相愛って感じだぁ」

「え、えっ!?ㅤた、確かにそうなんだけど。面と向かってと言いますか、改めて言われると……嬉しいな」

「……私、死んでもいいわ」

「ダメだよ!?」

 

ㅤ相思相愛ってのは心の中で思ってたことなんだけど、口から出てたみたいだ。

ㅤ一つ言わせて下さいね。

 

ㅤルミアタイム確定!

ㅤ超天使チャンス!ㅤ残り1001人。

 

ㅤすまん、わかる人は少ないかもだけど個人的にネタとして扱いたかったんや。

ㅤ激アツってことが分かってくれればええんや。

ㅤ……おい、ルミアの尊さをスロットと一緒にしてんじゃねよ、誰だよそんなこと言い出したやつ死ねよ(俺だよ)

 

ㅤそんな天使と比べるには烏滸がましい話題をかき消すように俺はルミアにピンク色のヘルメット(軍制作)を渡す。

ㅤこの時代にバイクは珍しく目を点にしていたが、着用の仕方を教えて絹のような金髪とピンク色のヘルメットが合わさって、もう最強だ。

ㅤそれとタンデムの醍醐味。そう二つの至福が背中に触れるのだ。もう神。

「しっかり腰に捕まっててくれ、馬より速いからコレ」

「えっ、そんなに速いの!?」

「おう。安全運転で行くけど遊園地まで一時間掛からないし、何より風が気持ちいい」

「え、え、えっ?」

 

ㅤ理解が追いつかないようだがそれが普通だろう。

ㅤ混乱しながらも腰にしっかり捕まっているので俺はエンジンを掛ける。独特の振動にルミアがビクッと反応する。

ㅤ俺はとりあえず、アクセルを開けて走り出した。

ㅤ最初は馬が出せる全力の40km/hで走っていたが、道が開けると60Km/hまで加速。もっと風を感じて欲しいが、タンデムであることや俺がまだまだ初心者であるのでここら辺が今の最高速といことになるだろう。

ㅤそれと当のルミアは怖がるどころかーーー

 

「ラクス君、風が気持ちいいー!」

「あぁ、だろ?ㅤ腰から手を離すのもいいけど落ちるなよ」

「その時はラクス君が助けてくれるよね?」

「……ははっ、そうだな。ルミアの御肌には傷一つつけさせないよ」

「うんっ、ありがと!」

 

ㅤそう言うルミアの顔を体をずらしてミラー越しで確認すると、晴れ渡るくらいの笑顔だった。

ㅤ日頃の鬱憤の解消になれば何よりだ。俺がそれの手助けを出来たという事実が堪らなく嬉しい。

ㅤありがとうアルベルトさん。ありがとう軍。そしてまだ名も付けられてないバイク。

ㅤ折角だから愛称を付けようか……やっぱ止めよう、センスないし。

ㅤ魔術名とか異能技の名前は思いつくんだけど、こういうのはダメだ。インスピレーションがなぁ。

 

「と言うわけでやって来ました楽しいパーク!」

「遊園地でする気楽なトーク!」

「そういやルミアさん今日は素敵なチーク!」

 

ㅤラップ調で情報報告。

ㅤ俺の彼女はとてもノリが良くて素敵です。

ㅤさぁて、楽しむぞぉ!

 

「ラクス君、ラクス君!」

「ん、どうした?」

「早速、あれ乗ろうよ」

「……えぇ」

 

ㅤそう言ってルミアが指差したのはジェットコースター。

ㅤ魔力で動くらしい。最高時速は驚異の80km。

ㅤファンタジー中世怖いなぁ。この速度おかしくない?

ㅤいや、アルフォネア教授とかアルベルトさんにグレン先生も生身で出せそうだけどさ。

 

「うわー、楽しいよ。速いね、ラクス君!」

「あああああぁぁぁぁあああ!!」

 

ㅤこの日が俺の命日となった。

 

ㅤ◇

 

ㅤ死を覚悟した10分後。俺は情けなくベンチにもたれかかっていた。

 

「ぜぇ、はぁ……くそぅ。あれくらいの速度は経験済みなのに」

「しょうがないよ。生身と乗り物任せじゃ勝手が違うと思うし。はい、お水だよ」

「ありがと」

 

ㅤ確かにルミアの言うことは最もだ。

ㅤなんか身動きできないからか怖く感じた。万が一の時の受け身をずっと考えてた。

ㅤ俺とは対照的にルミアはピンピンしていて、ジェットコースター乗る前よりも活気を感じる。天使って感じだ。

 

「なんでそんなに元気なんだ……ッ!」

「んー、ラクス君はもう少し楽しめばイケると思うけど」

「やっぱりルミアって度胸あるよね。その場を楽しもうとする……刹那主義つーか、快楽主義?」

「か、快楽!?ㅤ大袈裟だよぉ!ㅤ私はただ、ラクス君といる一瞬を大切にしたいだけ。ラクス君がいればどこでも楽しめると思う」

「……おし、ジェットコースタートライアゲインだ」

「え、大丈夫かなぁ?」

「平気平気、ヨユーのよっちゃんイカ墨付きぃ!」

 

ㅤルミアの手を引っ張ってジェットコースターに再び挑む。意気込みは魔王討伐直前の勇者だ。

ㅤかかって来いよ……オイィ!

 

「やっぱり、ジェットコースターは気持ちいい!」

「わぁぁぁぁぁああああ死ぬぅぅぅう!!」

 

ㅤふっ、なんとでも言えよ。

 

「笑え、笑えよ」

「よしよし」

「彼女の優しさが痛いくらいに染みる」

 

ㅤルミアの膝枕はとても良いです。鼻が孕む。

「つ、次はコーヒーカップにしよう」

「回していい?」

「勘弁してくれぇ……」

 

ㅤワンハンドレッドアクセルなんて絶対吐く。

ㅤ俺はこの後もルミアと一瞬に遊園地を満喫した。

ㅤお化け屋敷で男らしいところを見せようとしたら、案外ケロッとしててなんか泣いた。

ㅤなんでも魔術的に証明されてるから怖がる必要はないとのこと。キュンとした。

 

「ねぇねぇ、最後に観覧車乗ろうよ」

「おっしゃ、安全な乗り物キタァ!」

 

ㅤ小部屋のような観覧車内で夕陽が照らすルミアの金髪。反射して煌めく光の粒子はどうしようもなく神々しい。

ㅤはぁ、好き。

ㅤメンヘラのようになってしまったが、実際にこんな光景を見ちゃうとなー。髪をあげる動作とか綺麗通り越して……ぶっちゃけエロい。酒を二、三杯入れたような女性の雰囲気がずっと出てる。

 

「ラクス君が寝てる間ね。色んなことがあったんだ」

「またグレン先生が爆発でも起こしたのか?」

「ううん、魔道書絡みの事件が起きたの」

「へぇ……え?ㅤ魔道書?」

「昔にセリカ教授が倒した邪神のお仲間さんだったんだって」

「すまん、理解が追いつかない」

「だよねー。当事者だった私も未だによく分からないし」

 

ㅤどうやら俺が寝てる間にルミアに危機が迫っていたようだ。

ㅤ不覚。このラクス、一生の不覚だ。

ㅤというか邪神とかかなりヤベー奴だよね?

ㅤどうやって撃退したのさ?

 

「最後はセリカ教授が神殺しの魔術でドバーッと助けてくれたの」

「なるほど。やっぱり規格外だな」

 

ㅤアルフォネア教授は神殺しを成功させた経緯があるとはいえ、そういう魔道書って封印とかするもので単独撃破するもんじゃないだろうに。

 

「あっ、でもね。魔道書自体を壊したのは私とシスティとラクス君が知らない転校生の子なんだよ。運が良かったんだけどね。魔道書食い(グリモアイーター)を召喚したんだ!」

「いつの間に召喚魔術を……よく勉強してたな」

「たまたま授業があったの、それでね」

 

ㅤ俺はルミアの頭をとりあえず撫でておく。

ㅤ気持ち良さそうにしてるので続けよ。

 

「……じゃなくて!ㅤ大切なのはそうじゃなくて!」

「うん、どうした?」

「魔道書が悪魔をたくさん召喚したんだけど、それを助けてくれたのがラクス君なの!」

「ごめん、ちょっとなに言ってるかわからない」

 

ㅤ俺が寝てたときに起きたことだろう?

ㅤなんでも急に魔道書絡みで転校してきたアンナちゃんとやらが召喚魔術を発動。

ㅤ俺にとても似た人物を二人、召喚したらしい。

ㅤアンナちゃんとやらの証言では声が聞こえたのでそのまま指示の従った結果だとか。

ㅤ詳しい容姿としてはローブを着た杖を構えた俺にターバンを巻いた短刀を構える俺。

ㅤうん、それ俺だわ。

ㅤ三人目と五人目の俺だわ。

ㅤだが、どうしてそんなことが?

 

「やっぱり記憶にはないの?」

「あぁ、俺が無意識にそんな芸当できるわけがないしな」

「そうなんだ。いかにも魔術師って感じのラクス君は二度とない奇跡だって言ってたからもう召喚はないと思うけど、一応伝えておこうと思って。アルベルトさんは反対だったけど、グレン先生は私に任せるって言ってくれたから」

「アルベルトさんは心配性だなぁ。ともかくありがとな、ルミア」

「うん、どういたしまして。なにか役にたつかな?」

「さぁ?」

「だよねー。二度とない奇跡だもんね」

「奇跡はそんなに安くないしな」

「あっ、神様っぽい」

「茶化さないでくれ、ルミアにそう言われると照れる」

 

ㅤ神様も悪くないとか思っちゃう。

 

「……心配しないでも大丈夫だよ。ラクス君が神様になったら私も神様になって隣に居るから」

「おいおい、死んでからも無理に付き合う必要はないんだぜ?」

「無理じゃないよ。私が付き合いたいから付き合うの。神様の成り方は知らないから、ラクス君が上手くやってね?」

「……あーあ、こりゃ一生勝てそうにないな」

「うん、負けないよ!」

 

ㅤ観覧車を照らす夕陽に染まるルミアの笑顔は、掛け値無しに最高で、守ってみて良かったと思えるそんな素敵な笑顔だった。

ㅤあぁ、これは後回しにするべきじゃないな。ルミアを守るために手に入れた力で死後まで付き合わせるのは本末転倒。

ㅤ俺はルミアを強く、強く抱き締めて自分に誓いを立てた。

ㅤなんのために人である事にこだわり、人ならざる存在を目指したのか。

ㅤごちゃごちゃしたのは得意じゃない。過ぎた道は振り返らない。ただ、ゴールまで一直線に。

 

「痛いよ、ラクス君」

「あぁ、すまん。つい」

「もー、お返しだ!」

「おぉおう!?」

 

ㅤ頬を膨らませたルミアが抱き締め返してきた。リア充って感じだ!

ㅤ至福。至福なり遊園地。やっぱ、遊園地って最高だな!

 

ㅤあっ、蛇足になるが今回も案の定、グレン先生とシスティが付いてきて三つ後ろのカゴにいる。

ㅤ俺とルミアが観覧車を降りた後で手すりを使って電気を流して、安全的に緊急停止。システィとグレン先生には気まずい空間を10分程度過ごしてもらった。

 

「観覧車、止まっちゃったの!?」

「ねー、怖いねー」

 

ㅤ願わくば、どちらかが踏み込んで進展があることを望むばかりだ。

ㅤえっ、本心?ㅤざまぁみろ、ばかやろーってところです。

 




明日、ロクでなし10巻発売だぁ。
速攻で書店行きます。ルミアの秘密とかもう俺得すぎて、やばい(衝撃のあまりの語彙力低下


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SIDE RAIL 1

あとがきに設定を書き起こしました
興味があればご覧ください……本文の半分くらいあるっていうね


ㅤㅤ———これは一人の青年が死後をも明け渡して、いつか恋した少女を救った話。

 

 とある男の話をしよう。

ㅤ出身は不明。生い立ちは周りに難あれど本人は至って純粋に過ごしていた。

ㅤ彼はある事情により深い眠りについていた。

ㅤ目覚めさせる方法はなく、自発的に目覚めるのを待つしかない。

ㅤそれは永遠の呪いに至る試練。乗り越えられなければ彼の未来には墨が撒かれる。

ㅤ彼はルミア=ティンジェルという少女を好いている。それはもう彼女が槍に刺される運命なら身を呈してでも。

ㅤしかし、それはきっと彼女が悲しむから槍を構える人間をはっ倒すという考えに至る深き愛情を抱くくらいに。

ㅤ———世界のやり直しをしよう。

 

ㅤ言い忘れていたが眠る男には記憶がない。

ㅤそれは夢の中だから変な話なのだけれども、男の事情は特殊で一般認識の下で成り立つものではない。

ㅤ故に記憶がないという言葉は今現在の事実を説明するのに最も適している。

 

ㅤ———永遠の愛を捧げよう。

 

ㅤ男が眠るこの状況で普段通う学び舎では問題が起きていた。

ㅤ未回収の魔道書の写本を用いた事件である。

ㅤただし、魔道書を扱う少女に事件を起こしたという認識はない。

ㅤ夕焼けの色をした赤髪の少女———アンナ=ホルスフッドの願いはただ一つ。幸せに生きること。

 

ㅤ———次に託します。

 

ㅤ魔術を扱う素養のないアンナはたまたま手に入れてしまった魔道書でアルザーノ魔術学院の中でも活気に溢れたクラスの様子を覗き見た。

ㅤアンナは自分自身の勝手な思い込みで魔術の授業はジメジメしたものとか、ひたすら呪文を捧げるものだと思っていた。

ㅤたまたま覗いた楽園。アンナはそれから何時ものようにクラスを覗き込んだ。

 

ㅤ———智慧を蓄えましょう。

 

ㅤその日々はまるで万華鏡。

ㅤ移りゆく季節に変わりゆく心模様。

ㅤただ、遠くで見ているだけで良かった。

 

ㅤ本当に?

 

ㅤ魔道書はそう呟いた。甘く、甘く、甘く。

 

ㅤ———要は単純な話で後ろから殺りゃいいんだろ?

 

ㅤアンナの願いは歪んだ。否、歪ませられた。

ㅤ古来より意識を持つ魔道書に善意などない。

ㅤどういう形にせよ自分の益になるように働きかけるのだ。

 

ㅤ———■■■■■■■■■■ッ!

 

ㅤアンナは気がつけば学院で()()()()()才能ある者として有名なシスティーナよりも優秀になっていた。

ㅤいや、そう認識させていたと言った方がよいだろうか。

ㅤ魔道書の願いのために……アンナから真なる願いを口に出させて魂を掴むために。

ㅤ魔道書は願いを叶え続けた。

 

ㅤ灰色の舞台に偽りの演者を置くことで。

 

ㅤ———生涯に曇りながら剣を振るった事実はない。

 

ㅤアンナの願いは加速していく。

ㅤクラスで教鞭を取るグレンを見て。実際に講義を受けて見て、その想いはより一層強くなっていく。

ㅤそれはポケットの中に隠し持っていた小さな夢だった。

ㅤ年相応の淡く儚い夢。

ㅤ届かないと思っていた日常。あり得ないと思った風景が目の前にあって手が届くというなら……。

ㅤ手を伸ばしてみたいじゃないか。

ㅤ抑圧されていた悲しみは溢れ、自分の感情は既に制御不能になっていた。

 

ㅤ———不器用だから(コレ)でしか解決できないんだ。

 

ㅤしかし、アンナと魔道書が築き上げた砂上の楼閣はアルベルトの洗礼詠唱された聖水により泥となった。

ㅤアンナは言葉を失う。

ㅤもっと、もっと。もっと……。

ㅤみんなと一緒にいたい。

 

ㅤそしてアンナ=ホルスフッドは魂を掴まれた。

 

ㅤ◆

 

ㅤそこは今は眠る男の『器』の中だった。

ㅤついこの間までは多くの子供達が宿り、圧迫されていた世界。今はもう、面影はない。少しばかりの残滓が漂うだけだ。

ㅤほんの僅かな恩恵はあれど現世に現出させるほどのモノではない。

ㅤこの世界には8つの席がある。

ㅤ男の名前が■■■■■だったときにあった伝記である『アーサー王物語』を模して作られた円卓。

ㅤそれを囲うようにして8つの席があるのだ。

ㅤ意味は並列。この席に並ぶ者達に上下関係はない。

 

ㅤ厳格な雰囲気を纏う者達だが、席に座する者達の顔は全て同じ。

ㅤ雷撃の異能者、ラクス・フォーミュラだった。

ㅤこうして顔を合わせて会議をするのは珍しい。開幕を宣言するように席に座する者達の中で最も9人目に近しい風貌をした始まりの雷撃(アイン)が口を開いた。

 

「9人目の俺すごいね。ルミア救ちゃったよ。流石は俺だ」

 

ㅤ戯けた風に言う彼だがそれは席に座する者達も同様だ。

ㅤローマ数字のⅤの席に座るターバンを巻いた紫電の夜(フュンフ)は退屈そうに円卓に足をかけて応える。

 

「甘甘の甘ちゃんだけどな。つかなにかぁ、ヤローが出来たってことは俺たちは全員、ヤローより無能ってことを証明したってことか?ㅤはっ、揃いも揃って情けねぇな、オイ」

 

ㅤ不遜な態度に眉を顰めた一同だが、いち早く反論したのはローマ数字のⅢの席に座する大賢者(ドライ)だ。

 

「この円卓とは並列を意味するけど、俺たちの役割は継承。直列に繋ぐことだフュンフ。悲観的に捉えるのいいけど悪癖だな、ソレは」

「なんだ?ㅤ歩んできた道のりは無駄じゃないってか!?ㅤかーっ、流石は大陸最強の魔術師の弟子は違いますねぇ……で、戦うことを放棄しての隠居生活はどうだった?」

「……ッ!ㅤ貴様ッ……!」

 

大賢者(ドライ)紫電の夜(フュンフ)の相性はすこぶるよくない。

ㅤそれもこれも彼らが対極の生き方を選択したからである。

ㅤドライは記憶の継承をいち早く気づき自分の回では救えないことを確信して大陸最強の魔術師であるセリカ=アルフォネアに弟子入りをして、研鑽を積んで次代に託した。

ㅤフュンフは記憶の継承が死ぬ間際まで行われずに特務分室所属の執行官No.12『刑死者』として精神が擦り切れるほどまでに外敵を排除し続けた。

 

ㅤ生き方も考え方も違う二人は同一の存在にして正反対の在り方であった。

ㅤ正反対の属性を持つことができる。それがラクス・フォーミュラの可能性であり無数の欠片を引き寄せられた秘密だ。

ㅤ険悪な二人に水を指すようにこの中で最も歳をとったⅦの席にいる瞬剣(ズィーベン)は口を挟む。

「二人ともよさんか。今はめでたい時だ。お主らが言い争うのもあの大天使のため。道筋違えど、目的は同じ。当代(ノイン)には悪いが、コレは彼奴だけの成果ではない。全員が等しく血を流した」

「■■■■■■■■ッ!」

「ほら、ゼックスも『そうだそうだ』って言ってる」

 

ㅤ同意したという風にⅥの席に座る最果ての踏破者(ゼックス)は唸り、アインが通訳する。適当だが、割と正鵠を射ているのでゼックスは怒らない。

 

「あっ、そういや。アインさん、質問いいっすか?」

「はーい、どうぞ。アハト」

 

ㅤ険悪な空気も少しだけ薄れた所で黒の道着を着るⅧの席に座る崩雷拳(アハト)が手を上げて質問をする。

 

「なんでゼックスさんって理性失ってるんですか?ㅤそれにゼックスさんの記憶がないですし。聞いたんですけど、先輩方はともかく俺とかズィーベンさんにすらないっておかしくないですか?」

「確かにそれは私も気になっていました。その失い方は普通じゃない」

 

ㅤ30代くらいの白髪の真銀の錬士(フィーア)片眼鏡(モノクル)を直しながら同様に問う。

 

「うーん、いいかなゼックス?」

「■■ッ!」

「いいみたいだね。ゼックスはね。この中で唯一、禁忌教典(アカーシック・レコード)にたどり着いたんだ」

 

ㅤこれには全員が息を飲んだ。

ㅤアインはそれからゼックスに起きたことを話した。

ㅤドライほどではないが早い段階で記憶の継承をしたゼックスは力を求め禁忌教典にたどり着いたが故に精神性を損なった。

ㅤある程度の力は得たがそれでもルミアは救えず。その身を蝕んでいく禁忌教典の呪いに敗れ、息を引き取った訳だ。

 

「あれは人の身に余るモノ。多くの者が求め、渇望したその正体は実にくだらないものさ。ただ、毒だけは本物だ。記憶の継承だけでヤバイんでね。ゼックスの記憶は俺とゼックスしか持ってない」

「うむ、それが最善じゃな」

 

ㅤ心底嫌そうに語るアインに同意するズィーベン。

ㅤさりげなく禁忌教典の毒すら凌駕すると言ったアインにアハトを含めた全員が驚愕するが、何せ始まりの男。神と直接会って、時すらも超えた術式を編み出した男だ。なんら不自然はない。

 

「ところで皆さん、この状況どうするんですか?」

 

ㅤ長年の謎が解けたところで鎧を着けた騎士の男……閃紫電(ツヴァイ)が状況看破のために切り出した。

ㅤ確かに、だ。ルミアは死の運命を乗り越えた。

ㅤだが、死なない訳じゃない。これから先でクソつまらないことで死んで貰っては死んでも死に切れない。

ㅤだからこそ、当代が意識の海———正確にはそれまでの道筋で一悶着している間に魔道書が好き勝手やってるのは鼻に付く。

 

「うーん、方法はあるね。すんごい運がいいから出来る代物だけど」

「アイン、それは如何に?」

「まてまてツヴァイよ。そうカッカしては物事は見切れん」

「……失礼した」

「分かればよい。胸に秘めたる想いは全員同じ。ならば、悪魔程度、アインの策略で一捻りじゃろうて」

「策略って……そんな上等じゃないんだけどなぁ」

 

ㅤズィーベンは焦るツヴァイを宥める。

ㅤツヴァイは忠義の騎士。ルミアの騎士として天命を全うできなかったことに深い悲しみと後悔があるのは汲み取っているズィーベンは出来るだけ優しい言葉をかける。

「ま、グレン先生にいつか教えて貰ったことの応用さ」

 

ㅤ本来ならば器に過ぎない彼らは現世に対し干渉手段を持たない。それが神様転生の儀式中ならば尚更、抵抗力が強まり成功しない。

ㅤが、当代のラクス・フォーミュラは神様転生の儀式中ではあるがルミアを救うことで運命に争い、勝ちをもぎ取った。

ㅤそれにより世界の抵抗力は落ちている。

ㅤならば始まりの男の領域だ。負けられない。

ㅤ後の世に任すだけが能じゃない。器に残るラクス・フォーミュラはそれぞれが一騎当千の英傑。

ㅤあるかもしれないIFを極限まで突き詰めた存在。

 

「先生は召喚場で本を食らう魔獣を召喚するつもりなんだろうね。でも、きっとその前に追いつかれる」

 

ㅤ魔道書は一直線にアンナのみを狙う。

ㅤ魂を掴んだ彼女をまず始めに食らうつもりなのだ。

ㅤ魔道書は既に8体の悪魔を召喚した。

ㅤ2体はアルベルトが受け持ったが、それも劣勢だ。

 

「悪魔が使った召喚ルートを使わせて貰おうか。呼び出す為に必要な真の名は問題ないしね」

「おい、アイン。その真の名は誰に呼ばせるんだ?ㅤ都合良く名前を呼んで貰わないと逆手にとることすら出来んぞ」

「心配ないよフュンフ。世界の抵抗力が弱い今なら軽いテレパシー位は使える」

「……それが出来るのはお主くらいのものじゃろうて」

「褒め言葉ありがとうねズィーベン。俺の魔術特性は連鎖の始点・原素。ここを起点として反旗を翻そうか」

 

ㅤそれが始まりの男の魔術特性。

ㅤ連鎖にはいつでも始まりがある。

ㅤ始まりが無ければ何も繋がらない。

ㅤアインに強い力などない。彼に出来ることはただ、始まりを生み出すこと。

ㅤ席に座する者の口元から笑みが溢れる。

「なぁ、アハト。しばらくぶりの闘争だ。どっちが悪魔を速攻でぶっ殺せるか勝負しようぜ」

「フュンフ先輩の誘いなら喜んで……なんすっけど」

「どうした。なんか心残りでもあんのか?ㅤくだらない理由だったらまずてめぇから殺すぞ?」

 

ㅤアハトはマジで殺す目をしているフュンフに慄きながら席に座るメンバーを見る。

ㅤ敵は確かに悪魔だ。

ㅤが、魂を掴んでようやく受肉する程度。

ㅤもしそれがアハト自身だとして魂を掴んだなら速攻で干渉して御し易い操り人形にする。

ㅤそれをしない……出来ないということはそこまでの相手。誰か二人出れば事が足りる。

「全員で行く必要ないって言うか……あの場所が更地になっちゃいますよ?」

「関係ねぇな。むしろ、開墾し易くしてやってんだ謝礼出せ」

「いや、フュンフ。アハトの意見は正しい」

「あぁ?ㅤ水を指すなよフィーア。俺はよぉ、楽しみてぇんだよ。世界各地回ってウジ虫どもの首を飛ばし続けた挙句に目覚めれば闘争もねぇ、天国よりも退屈なところにおしこめられてよぉ……甘ちゃんの映像を見る度に殺してぇんだよ。ルミアを狙う奴はよ……地獄よりも冷たい夜を見せてやるよ」

 

ㅤフィーアとフュンフの殺意が研ぎ澄まされる。

ㅤストップを掛けたのは大賢者だ。

 

「フュンフ、アインの能力にも限界がある。魔術は便利だけど万能じゃない。ならば尚更、現世に出る人間は選ばないといけない」

「あぁ!?ㅤ……あぁ、いやそうか。そうだなぁ。おい、アイン!ㅤで、誰を出すんだ!」

 

ㅤ一瞬、怪訝な顔をするフュンフだが彼もまた一流。

ㅤ相性が悪いとはいえドライの言葉が正しいと受け取ると即座に次の段階に移るが、アインの言葉は速かった。

 

「うん、ドライとフュンフだね」

「おぉおおおうう!ㅤそうか、そうかよぉ!ㅤ分かってんじゃねぇかよ!ㅤ引きこもりと一緒にってのは癪だが、腐っても大賢者……こいつがいねぇと行けねぇからな」

「言ってくれるな……隠れんぼが取り柄の擬態マニア。背中に気をつけた方が良い。太陽が落ちてくるかもなぁ?」

「てめぇもな。夜に太陽は輝かねぇんだよ」

 

ㅤ口で()()罵りあうも意識は既に別のところにあった。あぁ、またルミアに逢えるのかと。

ㅤそれは自分達が知るルミアとは違うのかもしれない。

ㅤけど、それもまたルミアなのだ。この気持ちは分かって貰う必要なんてない。

ㅤこれは円卓に座する全員の泥。誰にもくれてやらない。

 

ㅤアインが区切りを付けるように手を叩く。

ㅤそして凍えるような笑顔で言った。

 

「んじゃ、俺たちの敵を潰そうか?」

 

ㅤ◆

 

ㅤ物語の顛末は語るまでもない。

ㅤ悪魔の使い魔は二名の亡霊により滅されて、魔道書も食い潰された。

ㅤ暗殺者はルミアを大賢者はセリカを。

ㅤ一瞥して何かを語ろうとするが、目を伏せた。死人に口はない。

ㅤ今はノインの時代だ。これから何かを為すのも、こなすのも全てはノインだ。

ㅤこれっきりの奇跡。ちっぽけな奇跡かもしれないが、ちっぽけだからこそ守れたものがある。

ㅤこれにて、円卓の幕は落ちる。

ㅤラクス・フォーミュラは長い旅路の果てでようやく幸せを世界から奪いとった。

ㅤ意識は統合される。器に残る魂達は在るべき姿に戻る。

ㅤ神となる試練の結末がどうであれ、これ以上の未来はないと全員が納得した。

ㅤだからこそ、全てを託すことができる。

 

「さぁ、あとは任せたよ。やりたいようにやってみて。その道筋が光となり、結末を照らす。成功と同じように間違いもあるだろう。だけど、失敗じゃない。だって、ルミアを救っているのだからね」

 

ㅤ神に挑むのは忘却された記憶で戸惑う九代目。

 

「俺たちはそれだけで報われたんだよ。たとえ、それが俺の知るルミア=ティンジェルじゃなくとも、ね」

 

ㅤどうにか、自我を保っているようだが状況は芳しくない。ならば、散り際の悪あがきを亡霊の手でしてみせよう。

 

「ここで大人しく消えたらいい所無しだからね。それはあまりに俺達らしくない。見せてやれよ、人類代表。神様に人の可能性ってやつを———」

 

ㅤそして、ラクスの器から八人の残滓は消え去った。

ㅤ同時に。神と対峙するラクスが記憶を取り戻す。

ㅤ偶然ではないだろう。

ㅤ連鎖の始点・元素は確かに反逆の切欠を生み出したのだ。

 

ㅤ———これは一人の青年が死後をも明け渡して、いつか恋した少女を救った話。




ㅤ物語の主人公らしく中肉中背。
ㅤ身長はグレンよりも少しだけ低い程度。165くらいかな。
ㅤ参考までにだが、システィが157でルミアが158。グレンは不明だが、170-180程度はあるように思える。
ㅤ僅かにつり目でちょっぴりだけ怖いお兄さんフェイス。イケイケな見た目。見た目だけの虚仮威し。
ㅤグレンと同じように黒髪に黒目。『Project:Revive Life』を巡る騒動の裏で起きたラクスとニコラの騒動を得てから僅かに白髪が目立つようになる。
ㅤストレスから来る心的なもので本人は少しだけ気にしていて、染めたりしている。
ㅤが、高出力の電気を使うので直ぐに色素が分解され、元どおりになるのが悩み。
ㅤ神域に到達する神様モードでは目に琥珀が灯る。
ㅤ128人の魂を宿した時は碧を宿した。
ㅤ力のソースで瞳の色が変わるタイプ。

ㅤ努力は一応程度にはする。授業で名指しされたときに答えられない時が一度あり、教師にため息を吐かれたことに腹を立てた経緯がある。
ㅤ教師側に悪意などはなく、場の空気が悪くなったので大袈裟な演技をしただけだがラクスにとっては裏目に出た。
ㅤいや、その頃から成績は右肩上がりを始めたので良かったのかもしれない。典型的な負けず嫌いだが、厳しいとか、辛いのは嫌な人間。いわゆるダメ人間。

ㅤ魔術特性は【調和の逆転・転化】。
ㅤ名もなき神様から賜った身体らしく、魔力は多い。
ㅤしかし、内に留める力が弱く漏れ出しやすい。自然回復力が強いため差し引きゼロ。
ㅤが、魔術特性が乗った魔力が漏れ出してるために平穏は遠い。現状維持を壊しやすい体質。
ㅤ神様モードになれるようになり、留める力が人並みになった。やったね、ラクス君。

ㅤ異能は電撃操作能力。
ㅤあらゆる雷系統の力がラクスの味方をする。
ㅤ自然災害の雷無効。スタンガン無効。雷系魔術無効。
ㅤ吸収はできない。
ㅤ増幅、操作に長けており砂鉄を用いた攻撃や空気中の水分を含んだ翼の形成が可能。
ㅤルミアを救うためになんどもラクス・フォーミュラとして繰り返しをした雷撃は継承、そのために出力が異常。
ㅤ例えるなら大きな水槽と大きな蛇口。許容する量も出力する量も大きい。
ㅤ異能でレーダー使うが、最低索敵範囲は1km。異能として行使するならこれ以上は小さくできない。頭にかかる負荷が莫大で一時間も使えば脳がチンされる。
ㅤ細かい操作は全て魔術任せ。中間は存在しない。
ㅤ大出力の異能。器用の魔術。使い分けをしている。
ㅤ魔力容量が異能に占有されてるために雷系の魔術しか適正がないのではなく、他の魔術が極端に使いにくい。
ㅤ他の魔術は大きな水槽をこじ開けて行使するようなもので魔力を通常の5倍は使う模様。ただし、雷系は1/10程度とお買い得。
ㅤラクスが【グラビティ・コントロール】や【トライ・バニッシュ】を使う時は相当、切迫された状況。

ㅤ魂の器に刻まれた127人の子供達は成仏したが、残滓として残る異能は僅かに顕在。あらゆる耐性を持つ程度と本人は語るが十分に人間を辞めてる。
ㅤそして魂に刻まれたといえば、先代のラクス・フォーミュラ達。

ㅤ初代ラクス・フォーミュラ。アイン。
ㅤ物語の始まり。つか、元凶。ルミアが大好きすぎて時越えの魔術を編み出した。
ㅤ白魔儀【願いを叶えるまで(リンカーネション)】。
ㅤ自身をオートマチックピストルの弾倉に見立てて、繰り返しを行う。究極のトライ&エラー。
ㅤ弾丸数は自身を入れて十発。当代、【超電磁砲】でルミアを救えなければ結構やばかった。
ㅤ現在のラクス・フォーミュラが死ぬか、リタイアをするとアインが術式を起動。記憶や経験を全て弾丸に込めて、新たに放つ。
ㅤ禁忌教典の毒や神様に相対し物怖じをしない、飄々としながら実力隠す系。力が強いどうこうではなく、単純に強い。グレンタイプ。
ㅤ先見を切り拓く始まりの雷撃。

ㅤ二代目。ツヴァイ。双紫電。
ㅤ察しの通りにゼーロスに弟子入りしたラクス。基本的にはラクス・フォーミュラとは思えないほど丸い性格をしている。
ㅤ全パラメータこそ晩年の瞬剣には及ばないないが、その真骨頂は魔法剣士と称されるほどの均整の取れた戦闘スタイル。手数が多く、切り札の数は最多。ただし、鬼札と呼べるようなものは少なく、そのために日頃の鍛錬は欠かさなかった。
ㅤ先頭で闘うタイプではなく後方で指揮を行い、いざという時に出陣する大将ポジション。
ㅤ奔る双頭の紫銀、影さえも追い越す。

ㅤ三代目。ドライ。大賢者。
ㅤ魔術戦最強。
ㅤそれもそのはず、セリカの弟子だからね。
ㅤ最速で記憶の継承を行なった大賢者はすぐにセリカへと弟子入り。ごねられたが、使える手札を全て切った。
ㅤルミアを助けらなかった後は究極の引きこもりとなり魔術の研鑽に勤めた。
ㅤ新しい軍用攻撃呪文の開発など軍に多大な協力行なった。グレンは人殺しの術を増やすことに反対したが、大賢者はいずれ来る未来の為と本人にしかわからない言葉で説明した。
ㅤ擬似太陽の生成。一定領域での重力崩壊など師匠譲りの大火力を武器にする。
ㅤ天界の理を以って爪痕を残す者。

ㅤ四代目。フィーア。真銀の練士。
ㅤリィエルの《隠す爪》に驚嘆して、錬金術の可能性を探り続けた。
ㅤ師匠にリィエル?ㅤないない。
ㅤ記憶の継承も速く、二代目と三代目を足して2で割った人生を歩む。
ㅤ世渡りが上手く学院卒業後は軍部に所属。最終階級は大佐。焔を使えそう。
ㅤルミアを守れずとも残されたものを残そうと奮起した。
ㅤ異名通りに扱いずらい真銀を粘土のように扱う職人泣かせ。
ㅤ戦闘スキルは高くない。どちらかと言うと支援職。
ㅤリィエルが前線で闘う光景を人間辞めてるなと遠目で呟いたという記録が残っている。
ㅤ真銀は滅びない。

ㅤ五代目。フュンフ。紫電の夜。
ㅤツンデレ。口調こそ荒々しいものの、心の内ではやはりルミア第一。他?ㅤゴミ。
ㅤルミアを目の前で殺害された経験から闇落ち。誰の師事も仰ぐことなくオカルトサークルを独自に潰していった。故にジャティスは顔を合わせることがしばしばあった。
ㅤ最期はグレンを狙っていたエレノアと相討ち。学院に侵入する前に片をつける。
ㅤ誰の目にもつかずに暗殺者としての責務を全うした。
ㅤ紫電の夜は尚も明けず。

ㅤ六代目。ゼックス。最果ての踏破者。
ㅤレイクやズドンさんといったテロリストにルミアを殺された世界。始まりの試験すら超えられなかった最弱。
ㅤ想いを打ち明けることもできずに力は方向性を見失い、グレンやセリカの目にかけられるが禁忌教典を誰よりも目指した。
ㅤ性格は臆病で内気。にも関わらずに禁忌教典を手に入れるためならどんな悪逆も良しとした。
ㅤ禁忌教典に求めたものはルミアの完全な蘇生。
ㅤが、ゼックスは膨大な呪いや信念、恨み、愛情、喜び、嫉妬。あらゆる感情に呑み込まれ御することができなかった。
ㅤ死ぬ間際の間一髪でシスティが助けに来るが、体だけでなく精神にまで亀裂を入れられたラクスは3年で息を引き取った。
ㅤラクスは死ぬまでの3年間でオカルトサークルを壊滅直前まで追い込んだ。サークル会長に辿りつけなかったが、第三団は一人残さず地獄に送った。
ㅤ手際こそフュンフに劣るが、全ラクス・フォーミュラの中で最多の殺害数を誇る殺しのプロ。
ㅤ慟哭の獣、牙は既に研ぎ澄まされた。

ㅤ七代目。ズィーベン。瞬剣。
ㅤ異能に頼らず、只ひたすらに剣の技量を磨いた。
ㅤ魔術はそこそこ。100メトラ先の人形の的を狙う実技では当代と同じ様にバラバラにしてグレンの顔を真っ青にさせた。学生時代から並外れた力を手にしていたが、ルミアを助けるには至らず。というか、ラクスだけならまだしもグレンもいるので分断させられた。敵も馬鹿じゃない。
ㅤその思いから剣の腕は昇華。同時に魔術と異能を余すことなく使い、視界に入ればどんな敵にも届く刃を手に入れた。本人は魔術である【エア・ブレード】を刃に載せただけと語るが、そんなちゃちなものではない。
ㅤ【斬撃瞬間移動(ディメンション・ブレード)】。剣の長さや当たる条理など完全無視。視界に入った場所ならば斬撃を置くことができる。剣撃と異能と魔術を合わせたハイブリッドの極致。
ㅤ老剣、未だ果てを知らず。

ㅤ八代目。アハト。崩雷拳。
ㅤ異名の通りに拳をメインに闘うスタイル。非常勤講師としてグレンがやってきた直後にテロリストが攻めてきた事件でグレンの拳闘に一目惚れ。
ㅤ以降はグレンを師匠と呼び、バーナードに血闘術を伝授してもらい独自に進化。
ㅤ至近距離の破壊力では超電磁砲にも劣らない。
ㅤその拳、空を裂く紫電。


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RAIL AFTER 2

超お久しぶりです。待っていてくださった方々ありがとう、そしてありがとう。
意欲はあるのだけれども、構想が浮かばなくようやく捻り出した閑話。ダンスとか編入とか難しいよぉ!?
銀の鍵編みたいなところはやりたいことが多すぎて収拾がつかなくなってしまう始末。
次の更新も不定期ですが、今年中には投稿します(甘え


ㅤ幸せな気持ちだった。

 

「ねぇ、ラクスくん。今日はどこに行こっか?」

「どこに行くってもなー。フェジテの有名どころはあらかた行っちまったしな」

「そうだね。それじゃ、お家デートみたいな?」

「俺もルミアもそんなインドア気質じゃないだろ。最悪、寝て1日終了ってのもあり得る。いや、いいんだけどさ」

「じゃ、フェジテ出ちゃう?」

「出ちゃうか」

 

ㅤ切っ掛けはそんな些細な思い付きだった。

ㅤ友達というか知り合いに恵まれてるので移動手段はあるし、時期的にもちょうど暖かくなり出した頃で風が気持ちいいだろう。

ㅤフェジテ出るし泊まりがけになるかなー。ルミアは親御さんに許可は取ったのか?

ㅤ家の中で準備をするルミアを心配しながらバイクの暖気を始めて、荷物の確認。跨って待ってると頬に指が触れた。

 

「ふふっ、お待たせ」

「……お、おう」

 

ㅤなんだこの天使は最高か。無自覚なのか。天然なのか。天使なんだな!ㅤよし、そうだな。

 

ㅤ失礼、取り乱したようだ。

 

ㅤ後ろに跨ったルミアが俺の腰に手を回す。

ㅤそこでルミアは急に声色を変えて俺に言ってきた。

 

「いつまで寝てるんだよ、バカが」

「はっ!?」

 

ㅤ明らかにルミアの声じゃない。ルミアの綺麗なソプラノ声じゃない。男のものだ。

ㅤつか、この声どこかで……?

 

「起きろ、バカラクス!」

「がぁっ!?」

 

ㅤ頭部に衝撃を受けて俺はガバッと起き上がった。

ㅤ起き上がった……?ㅤ

 

「俺ってバイクに乗ってたよな?」

「何寝ぼけてんだ。学院のお泊りは禁止だぞ。俺じゃなかったら奉仕活動一週間だったかもだぞ。感謝しろ」

「グレン先生?」

「おう、偉大なるグレート先生グレン・レーダス大先生だ。GGGだ。G3だ」

 

ㅤなんだ、その青い警察所属の仮面ライダーみたいな名前は。グレートを二回言ってる辺りがバカくさい。

 

ㅤんな、事言ってる場合じゃねぇ。

ㅤそういや、俺って学院にサイレントでお泊りしてたんか。錬金部屋に忍び込むとはさすが、俺。グレン先生の講義で出された宿題の魔術制作が煮詰まってたからなー。期間はかなり設けられてんだけどさ。

ㅤ呪文改変することでシスティのようなゲルブロ改変呪文を生み出せれば100店満点とのことらしい。俺は【超電磁砲】があるんだが、どうせならまた新しい魔術の挑戦を行いたい。こういうのはなんか好きだ。

 

「とりあえず、先生」

「ん?ㅤなんだ?」

 

ㅤ俺は毛布を丁寧に片付けてグレン先生の前に立つ。

 

「幸せな夢を返せー!」

「まだ寝ぼけてんのか!?」

 

ㅤ朝イチの運動は騒ぎを嗅ぎつけたシスティがゲルブロ決めるまで続いた。

 

ㅤ◇

 

「で、グレン先生とラクス君は傷がたくさんあるんだね」

「いや、俺のは白猫にやられただけなんだが……?」

「俺が傷だらけで先生無傷ってのは割に合わなくないっすか?」

「仕掛けてきたのお前だよねぇ!?ㅤ都合よく記憶の改竄してるだろ!?」

「?」

「しっかりと覚えてますけどみたいな顔してんじゃねぇ!ㅤ第2ラウンド所望してんのか。そーなんだな!?」

「もうっ、二人ともいい加減にして。いつまでも子供なんだから」

 

ㅤシスティに恫喝……じゃなくて、恐喝……でもなくて説得されて俺は拳ではなくおにぎりを握る。海苔とご飯は別々に用意しておくと海苔のパリパリが楽しめるアイデア料理だ。

ㅤシスティとルミアは学食をグレン先生はなんと弁当だ。

ㅤアルフォネア教授が気分で作ってくれたものらしい。

 

「オムライスにハートねぇ……グレン、ちゅき?」

「張り倒すぞ」

「……ははは」

 

ㅤ俺とグレン先生の煽り合いにルミアは苦笑する。システィは怪訝な顔をしているが、それを嫉妬と理解するにはまだ経験が足りないみたいだな。ルミアが言ってたよ。システィはまだ自分の気持ちに気づけてないって。

 

「そういやラクス、魔術制作に戸惑ってるみたいだな。俺としては白猫より先に完成させるもんだと思ってたわ」

「ラクスがですか?」

 

ㅤシスティがこいつが……?ㅤみたいな顔をしてるがぶっちゃけシスティの感想は正しい。というより、土壇場でのシスティの改変スキルが神がかってる。

 

「あぁ、ぶっちゃけ改変スキルは白猫の方が上だがラクスは色々と隠してるだろうしな。それでもいいんだぜ、俺は」

 

ㅤまぁ、ボツネタなら沢山あるしそれを提出したっていいんだけどさ。

 

「なんかズリぃだろ、ソレ。クラスのみんなが必死こいてる中で俺だけ事前に準備してましたってのは、なんか……よくないだろ」

「ラクス君はみんなと一緒に魔術を学びたいんだもんね」

「真面目だな。ラクスちゃんは」

「別に……そんなんじゃねぇよ」

「はい、嘘つかないー」

「もぐっ!?」

 

ㅤルミアの言葉が自分でも分からなかった真意を突いてきたので抵抗してみたものの、唐揚げを口に突っ込まれて無駄になった。

 

「あむあむ……ごくっ。ところで、先生」

「ん?」

「魔術制作って二人でやっちゃダメですか?」

「ダメってことはないが、その場合は2つ作るんだぞ?」

「じゃ、二人で魔術を起動するタイプは?」

「儀式魔術でもやるのか?ㅤまぁ、それなら1つでもいいか。なにをするんだ?」

「合体魔術……ユニゾンレイドをやろうかなーとか考えてます」

合体魔術(ユニゾンレイド)?」

 

 合体魔術ーーーユニゾンレイドを一言で言い表すとなると難しい。なにせ、俺が不用意に言い表してしまえば時代の先駆者様達に対してとても失礼となるからだ。

 俺の知る限りでは理論や論文などは一切なく恐らくはこの世界で初めての試みなんだろうが、俺の記憶には異界の教本として生き続けている。

 俺はおにぎりと一緒に用意したおかずのウインナーにフォークを回しながら突き刺して、ドヤ顔で決めた。

 合体魔術(ユニゾンレイド)とは、それつまりーーー

 

「男のロマンですよ」

「こら、行儀が悪いよラクス君」

「あい」

 

 オイラが悪かったよ。

 

ㅤ◆

 

ㅤさっそくとばかりにラクスはルミアの手を引いて食堂を出て行く。

ㅤこの頃は魔人やら神やら手品師もどきやらのイベント続きで気を抜く暇がなかったが、ここでようやく笑顔の展開を迎えたと言ってもいい。

 

「まぁ、お前は迷惑かけ過ぎだがな。問題児め」

「の割には嬉しそうですね、先生」

「うおっ、白猫!?ㅤてめぇ、まだ残ってたのか!」

「システィーナです……いい加減白猫呼びも慣れてきましたけど」

 

ㅤシスティは校庭へと向かうラクスとルミアを見て、頷きながら再びグレンの対面に座り直した。

 

「いや、行ってやれよ。お前がいないとまだ教えてないとこの問題点とか指摘できねぇだろ」

「……ルミアのあんな嬉しそうな顔、久し振りにみました」

「……」

 

ㅤグレンは脈絡のないシスティの独白に違和感を覚えたが、同時に聞いてやるかという気持ちになった。なぜかは分からない。ただ、そうしなければという気持ちになったのだ。

 

「学校に対するテロ。王女様を狙った呪殺事件。リィエルの秘密にラクスの過去。ラクスはその後もレオス先生に化けたジャティス=ロウファンとの決闘で生死を行き来しました」

 

ㅤグレンは黙ってシスティの独白を頷くことなく聞き続ける。遮音する【エア・スクリーン】は既に展開済みだ。

 

「……ねぇ、先生。こんなことがまだ続くんですか?」

 

ㅤそう来るだろうとグレンは予想していた。

ㅤ予想していた。だからこそ、答えは既に用意していた。

ㅤしかし、その答えは即席で用意された軽いものではない。

ㅤずっと貫いてきた軸のぶれない意志だ。

「続くだろうな。そんな流れが出来ちまってる。ルミアもラクスもそれに白猫もなんとなく感じ取ってんだろ?ㅤ平穏はまだまだ未来の向こう側って」

「……ッ!」

「あーあ、俺の計画した完璧な教員バラ生活はどこに行っちまったんだ」

 

ㅤグレンは頭をかいて椅子から立ち上がる。

ㅤここで、グレン=レーダスという男の性格を改めて紹介しよう。

ㅤロクでなし?ㅤ違くはないけど、今の場では置いておこう。

ㅤ穀粒し?ㅤ否定はできない。

ㅤ回りくどくなったが、要するにツンデレなのだ。

ㅤそんなグレンが悲観的な意見で場を流すわけがない。

 

ㅤーーー我ながら情に流されやすくなったもんだ。

 

「まーあれだ、あれ。巨大兵器が来ようが、最近流行りのアカシックなんちゃらが絡んでようがなんとかしてやる」

「……先生」

「ーーーセリカがな」

 

ㅤ最後の一言で台無しである。

ㅤが、そんなところも含めてグレン=レーダス。システィやルミア、2年Ⅱ組のいざという時に頼れる担当教員なのだ。

 

「……ルミアのところに行ってきます!ㅤ巨大兵器なんて先生じゃ倒せそうにないですし、新作魔術でラクスにどうにかしてもらわないと!」

「いや、俺じゃなくてセリカがーーー」

「でも、一番最初に矢面に立ってくれるのは先生ですよね?」

「……はっ、んなことするか。一番最初に地下シェルターに籠るからな」

「はいはい、そういうことにしておきますね。それじゃ、失礼します!」

 

ㅤグレンは引き攣りながらもシスティは対照的に満面の笑みで去って行く。

ㅤどうも居心地が悪い。いい意味でというのは変かもしれないけど、居ても立っても居られないというのはきっとこういう状況なんだろう。

「……ほんと、情に流されやすくなったな」

 

ㅤグレンはトレイを抱えながら困ったように、しかし、どこか嬉しそうに呟くのであった。

 

 ◇

 

ㅤ新しい魔術の作成。

ㅤ聞こえは良いが、やってることは単純明解である。

 

「システィパイセン、ここの魔術回路簡略化できねぇかな。うざったらしくてしょうがねぇ」

「あんたねぇ……まぁ、そこを削除できればパス周りのマナが循環してーーー」

「ココとココにバイパスを繋げればどうかな?」

「頂き。名案っぽいなソレ。んじゃ、試すか」

 

ㅤ試して、試して、試し尽くす。

ㅤ研究とはそういうものである。

ㅤ一を知り二を知る。二を知れば三を知ることができる。

ㅤ三を知り二を知らなかったことを知るのだ。

 

「おう、ラクス。グレン先生の課題か。気合い入ってんなー」

「お、身体強化で課題受理されたカッシュパイセンじゃん。とりあえず、リィエルと殴り合いしてこいよ」

「殺す気かテメェ!?ㅤリィエルちゃんのパワーは身体能力とかいうちゃちなんもんじゃねぇんだよ!」

「でなー、ここの経路が一定確率で飽和しちゃうから上手く動作しないんじゃね?」

「聞いてねぇし!?」

 

ㅤ校庭で魔術の作成を行う三人組は学院内ではよく目立つ。カッシュも風の噂を聞きつけて興味本位で覗きに来た一人だろう。

「あっ、ラクスくんにルミアちゃん。それにシスティも」

「あら、リンじゃない。どうしたのよこんなゴミ溜めに」

「おい、システィパイセン。ゴミ溜めとはどういう意味じゃボケ。綺麗な銀髪を血染めにすんぞ」

「あら、野蛮。私とルミアはゴミじゃないわよ?」

「俺とラクスがゴミってことですよね!ㅤ分かってましたよコンチクショウ!」

「もう、システィってば……」

 

ㅤカッシュに加えてリンが加わることで喧騒は一気に拡大して行く。

ㅤ気づけば放課後であるのにも関わらず二年Ⅱ組の生徒が全員集合していた。

「お前まで来るとはなギイブル。明日はメルガリが落ちてくるんじゃねぇか?」

「別に僕はただ新種の魔術とやらを批判しに来ただけだ。まぁ、形すら出来上がっていないんだ。正直言って落胆したよ」

「はい、ツンデレー。男のツンデレ頂きましタァ!」

 

「「「「ご馳走さまです!!」」」」

 

「なんだそのテンションは気持ち悪いぞ!?」

 

ㅤギイブルも暇そうだったので拉致軟禁。

ㅤもともと足りない脳みそを振り絞っているので男性陣は暴走気味というか壊れてる。テンションが高いのはそのせいだ。

ㅤつーか、なんじゃこりゃ。合体魔法。思った以上に難しい。

ㅤなんで攻撃魔法に体を構成する要素のジーンコードが必要になるんだよ気づくかよ。ばーか、ばーか。システィさんあざっす。

ㅤなんかこれ、必要最低限の起動条件揃えれば完成な気がする。

ㅤ大事なのは発動するパートナーの相性だし。その点、俺とルミアだぜ?ㅤ学院中探してもこれ以上のパートナーはないつーか。え、俺たち以外で誰かできるんですか?

ㅤ怖いものなんてない。つか、怖いってなに?ㅤだれか、俺に怖いという感情教えて?

 

「《(あまね)く星々・我らを照らせーーー」

 

ㅤまずは試作品でテストプレイだ。やってみようそうしようということでルミアの詠唱からスタート。

ㅤこの際、俺は左手をルミアは右手を突き出し重ね合う。それとなく手を腰に回して、抱き合う形だ。双丘がたまらないぜ。

 

「《その広大なる慈悲を分け与え給えーーー」

 

「「《命の輝き・眩く先に光をさしたまえーーー》」」

 

ㅤ俺とルミアの頭上に巨大な黄色と薄緑の魔方陣が二重に形成される。

「「《ユニゾンレイド!》」」

 

ㅤ詠唱を終えると同時に黄色と薄緑の粒子が魔法陣から降り注ぎ……爆発した。

 

「不発!?」

「そんなことよりも避難ですわ!」

「まったく、世話のやける!」

 

ㅤカッシュとウェンデイが薄情にも尻尾巻いてトンズラしようとするが、ギイブルの錬金術が発動し爆発から俺らを守る。

ㅤ一応、ルミアは俺が庇う形で砂鉄も発動していた。ついでに防御手段に疎そうなリンも。

 

「えっと、失敗だったんだよね?」

「だな。回復魔法だったんだが、とんだクラスター爆弾の出来上がりだ」

「く、くらす……?」

「あー、覚えなくていいから」

 

ㅤそれにしても……。

 

「そうか、俺とルミア相性は思ったほど良くないのか……」

「おい、ラクスがよつんゔぁいんになって鬱モードだぞ!」

「ちょっと、ラクス。しっかりしなさいってば」

 

ㅤうるさいぞカッシュ。なんそのダンバイゲフンゲフンみたいな姿勢は。

ㅤそれとシスティ、しばらくそっとしておいてくれ。怖いという感情は知ったから。

ㅤはー、鬱だ。もうむリィ。

 

「おいぃぃぃぃ!?ㅤラクスちゃん校庭を穴だらけにしちゃってなにしちゃってくれてんの!?」

 

ㅤハイテンションなダメ講師の声が聞こえる。いや、ダメなのは俺の方か。すいません、生きててすいません、ホント。

 

「え、なにこの抜け殻みたいな殊勝なラクス。一周して不気味なんだけど」

「あっ、先生。ラクス君がユニゾンレイド失敗してから鬱モード?ㅤに入っちゃったみたいで」

「はっ?ㅤこいつからポジティブ抜いちまったらダメ人間だろ。見た目コーヒーでも中身泥水みたいなもんだろ」

「生徒相手に容赦ないわね、ほんと」

 

ㅤシスティ。そう言うな、その通りなんだ。

「あー、そういうことかー。なるほどな。おい、ラクス!」

「なんですか、このダメ生徒にーーーむぐっ!?」

 

ㅤグレン先生に口になにかを押し込まれた。

ㅤあれ?ㅤなんで今までこんな弱気だったんだ?

 

「つか、いてぇだろコラぁ!?ㅤ口に突っ込むのに掌底にするバカがいるかぁ!」

「そうでもしねぇと弱気ダメ男はくわねぇだろうが!?ㅤ口に固定して蹴りでぶちこまなかっただけ感謝しろドアホ!」

「口開くたびに喧嘩しないと気が済まないのかしら!?」

 

ㅤあいあい、ゲルブロ制裁。

ㅤというより、なんで俺は先まで弱気に?ㅤつか、何食わせたコイツ。毒か?ㅤぺっぺっ。

 

「吐き出すな、魔力を少しだけ補充する兵糧丸みたいなもんだ。眠気覚ましにも使える」

「エナジードリンクの丸薬版?ㅤ翼を授けるのか?」

「授けねぇよ。お前、魔力の使いすぎで欠乏症じゃなくてメンタルに来たみたいだな。そう珍しい話じゃねぇし、何よりあの二重魔法陣はラクスの魔力が多すぎだ。パートナーと半々が理想なんじゃねぇのか?」

「たしかに私もラクス君の魔力に拮抗しようと思ったんだけど、最後の方は飲まれちゃってましたし」

 

ㅤなん……だと!?

ㅤ神様体験ツアーのせいで魔力容量が上がって制御が効かなくなってるのか?

ㅤだとしたら、よくない。ユニゾンレイドは何より調和が必要とされて……あ。

 

ㅤ俺の魔術特性に完全不向きやんけ。

 

ㅤ◇

 

「そんなわけで合体魔法は無しの方向で。ごめんルミア、巻き込んで挙句に成果なしとか。笑ってくれ……」

「よしよし、頑張ったねラクスくん」

「……よし、もう少しがんばるかァ!」

「ちょろい上にルミアがダメ男製造機過ぎて、心配になってきた」

 

ㅤほんまそれな。わかるでー。おぎゃる丸になるところだった危ねぇぜ。さすがは天使。

ㅤ災難を食うのはごめんだと二組の生徒はみんな帰ってしまった。薄情なやつらだぜ。代わりにリィエルが来た。爆発で飛び起きたらしい。戦力的にはマイナスだな。リィエルは実務担当なんです。

 

「……その改変呪文?ㅤはそんなに難しい?」

「そういや、リィエル。お前は課題出したのか?」

「ん。確か、【ショック・ボルト】を改変したと思う」

「は!?」

 

ㅤいや、驚きである。リィエルが改変とか明日は空からウーツ鋼が降り注いでくるんじゃねぇか?

ㅤ試しに実演させる。

 

「《万象に希うーーー」

 

ㅤ呪文は聞かないことにしておこう。どうせ、知ってるんだ。

 

「ショック・ボルト」

「いや、どう見てもいつもの大剣なんですが」

「ショック・ボルト」

「よくそれで通したなグレン先生よォ!?」

 

ㅤ詳しく聞けば脅迫紛いのことをしたらしい。システィが苦笑いしながら教えてくれた。

 

「いちごタルト当面禁止な」

「……!?」

「そんな驚いた顔した後に悲しそうな顔してもダメだから。反省して。お願い、切り刻んでもいちごタルトはドロップしないのよ。剣を下げなさい、スティィィイイイイ!?」

 

ㅤリィエルは強い。が、砂鉄は完璧なのだ。拘束、拘束。

 

「では、改めて俺とルミアの改変呪文について考えていこう」

「んー!ㅤむー!」

「あんたよくこの状態で会話始めようと思ったわね!?」

「ラクス君。リィエルも反省してるみたいだし離してあげて。ね?」

「いえすまいろーど」

 

ㅤ解放されたリィエルはすぐにルミアの抱き枕にされた。くぅ、羨ましいぜ。

ㅤ某脳退散。ラクス君本気だしちゃうぞー。

ㅤまず改変についてだが、ある程度の方向性は決めてある。俺なら攻勢しかも雷系のやつ。ルミアなら支援系の光系だな。順当だろう。

 

「うーむ……」

「どうしたのよラクス?ㅤ知恵熱なら気のせいよ」

「手袋叩きつけんぞコラ……雷系の攻勢魔術を考えてみたんだが、思い浮かばなくてな。ほら、俺ってそこそこに気合の入った雷魔術使うだろ?」

「超電磁砲よね?ㅤたしかにあれを上回る攻勢魔術は数える程度でしょうね」

「しかも、まだ全力で撃ったことねぇし」

「……は?」

 

ㅤシスティが間抜け顔を晒す。というか、超電磁砲見たことないやろ……と思ったが研究所絡みの事件で愛は勝つよろしく夜空に流星を掲げちゃってたのを思い出す。

ㅤ全力で撃つんなら射出する弾丸からこだわんねぇとな。コインじゃ誘電率が悪いし、熱を持つわでいいことなし。ウーツ鋼は万能。

 

「んじゃ、俺のは置いといて……ルミアのからだな」

「私?ㅤんー、ラクス君の方優先でいいんじゃないかな。元々、これは個人に課せられた宿題ーーー」

 

ㅤ俺は控えめになってるルミアの両頬を掴んで目を合わせる。システィがお腹いっぱいみたいな顔してるけど無視しておこう。

 

「それをみんなでやるから学友なんだろう?ㅤそれに俺達、カップルだし。細かいことが言いっこなしで。んじゃ、決めてこ。案が決まれば3日で終わるだろ」

「ーーーありがとう、ラクス君」

 

ㅤそして提出期限にかなりの余裕を持って提出された俺とルミアの改変呪文。

ㅤルミアは光系支援魔術【エンチャント・クロー】。【ウェポン・エンチャント】改変で両手に鉤爪の形をした魔力武装を展開する。魔力効率は最悪だが、破壊力は一級品。グレン先生が使えば化けるだろう。

ㅤさて、お気づきだろうがルミアらしくない魔術だ。

ㅤが、それを制作した理由はとてもルミアらしい。

ㅤ曰く、俺とグレン先生が素手で戦うシーンが多いからだそうだ。切り札は多いに越したことはない。サークル撲滅のため遠慮なく頼らせてもらうとする。

ㅤちなみに俺は雷系魔術【マイクロウェーブ】。読んで字の如く、只の電子レンジだ。しかし、驚くことなかれ中世ファンタジーだぞ!ㅤ昼に食べる弁当は冷めてるし、買い置きとかは話にならん!

ㅤそこでこの魔術ですよ奥さん。こちら温めますか?ㅤ今年の流行語大賞は頂きだね!

ㅤちなみにグレン先生からはもっと過激なやつを期待していたのか不評だったが、アルフォネア教授からはとても好評でした。

ㅤ……グレン先生、この魔術を砂鉄で覆った空間内で人に放つのはやめて下さいね。なんかムカついたので先生に声色を変えて言うと、容易に想像ができたのか顔を真っ青にしていた。

 

ㅤ俺の現代物理学知識(ガバガバ)を舐めんな。

 

「ねぇ、ラクス君?」

「お、なんだ?」

 

ㅤ魔術提出後、俺とルミアは屋上で風を一緒に感じていた。

ㅤ理由は至極簡単。約束を果たすためにな。

ㅤいつか一緒に流星を見よう。

 

ㅤ俺がバカで向う見ずな時に約束した大切な約束だ。

ㅤ満点の星空。排ガスがない夜空というはのは綺麗だな。

「呼んでみただけだよ、ごめんね」

「可愛い許す」

 

「「はははっ!」」

 

ㅤお互いに簡易式の組み立て椅子に座りながら顔を見せて笑い合う。

ㅤ陳腐な表現が許されるなら、ルミアの笑顔は夜空に負けないくらい綺麗だ。

ㅤこうしてゆっくりと夜空を見たことなんてなかったな。

ㅤ余裕がなかった。そう思う。

ㅤ今の今まで血反吐を吐きながら続けてきたマラソンみたいなもんだ。ゴールは見えなく、どこを走ってるからすらわからねぇ。

ㅤルミアっつう松明がなきゃ、走ってるコースが合ってるかさえも分からなかった。答えが欲しかったんだ。

 

ㅤ流星が空を駆けていく。

 

「ねっ!ㅤねっ!ㅤラクス君、ほしっ、星がっ!」

「あぁ、綺麗なもんだなぁ」

 

ㅤルミアが興奮した様子で袖をぐいぐいと引っ張って空に指を指す。

ㅤ俺はそんなルミアを見て少し笑ってしまった。

 

「むっ、どうして笑ってるの?」

「いやいや、あまりにもルミアが子供っぽくはしゃぐから、今夜は流星よりもイイもんが見れたなってな」

「あー、少しバカにしてるでしょ?」

「してないって……多分」

「もう、そんなことを言うラクス君はこうだ!」

「いひゃい、いひゃいぞー。ほほをひっはるなー」

「あははは、変な顔。ふふふ」

 

ㅤけど、答えなんていらなかったんだ。

ㅤそんな俺が感じていた空虚を埋める必要なんてない。

ㅤなんでかなんて気がついてみれば愚問だった。どうして、んなことにも気づかねぇのかって。

ㅤルミアは頬を引っ張っていた手をようやく離してくれたので、お返しに恋人繋ぎをする。驚いた様子はなく、すんなりと受け入れてくれる。

 

「……俺は最初から満たされていたんだ」

「え、何か言った?」

「気にしないでくれ、独り言だ」

「えぇ、気になーーーんっ!?」

 

ㅤそう。

 

ㅤなんつーか、ほら?ㅤ雰囲気出てたじゃん?

ㅤ俺は悪くなくない?

ㅤルミアも嫌がっては無いみたいだし!?

「これからもよろしくなルミア」

「……不意打ちは卑怯だよ、ラクス君」

 

ㅤいつぞやの祭りの時の仕返しだ。

ㅤお前の彼氏はやられっぱなしが捨て置けない。そんな生来のへそまがりなんだよ。

 



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