拝啓、私の愛しい妹へ (つくねサンタ)
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プロローグ
これが覇王色の覇気か(違う
まだ日の上がりきっていない午前のこと。カルネ村の近くの森に一匹の魔獣が姿を現した。白銀の毛を血で赤黒く染めた大魔獣。知る人ぞ知るトブ大森林の南の覇者。森の賢王である。
しかし、森の賢王は縄張りから出て来ない魔獣だ。ここは森の賢王の縄張りの外であり、人間の生活圏のすぐそばだ。普通ならここに森の賢王がいることはあり得ない。
しかし、今森の賢王には普通ではない事情があった。数日前、自らの縄張りで巨大なトレントに似た生物が突然現れ、彼の縄張りの中で大暴れしたのだ。
もちろん森の賢王も必死に応戦した。しかしそのトレントは森の賢王よりもかなり強かった。もしも仮にだが東の巨人と西の魔蛇との三匹がかりであれば万が一もあったかもしれない。
しかしそんなことが起こるはずもなく、今森の賢王は身を大地に伏せ、傷が癒えるのをただじっと待っている。
そんな彼の探知範囲に一匹の生き物が入ってきた。足音、呼吸音などから察するにゴブリンよりも弱い。その上自分にも気が付いていないようだ。その証拠にその足音の持ち主はほとんど警戒もせずに森の賢王の方へと近づいてきた。
「うー、どこいっちゃったんだ…ろ」
藪をかきわけ、何かを探していた少女は森の賢王を見た途端絶句する。それはそうだろう。目の前にいるのは自分はおろか、王国最強の男でさえ勝てるか分からないほどの大魔獣なのだから。
少女は腰が抜けてしまったのだろう。その場に座り込んでしまう。その少女の様子を見て森の賢王は何かする気をなくした。どう見ても自分に危害を加えられる存在ではない。お互いが無言で黙り込む。とても静かな時間が流れた。森の賢王を恐れた生き物たちが別の場所に移動していて、他の物音さえも一切しなかった。
そしてしばらくすると少女の方も目の前の魔獣が自分を襲う気がないことに気が付いたのだろう。次第にその視線が森の賢王の様子をうかがうものに変わる。そして血で汚れた体を見て、なんとなくだが森の賢王がここにいる理由を察した。何かと戦って傷を負い、ここまで逃げてきたのだろう…と。少女はとりあえず村を襲うために来たわけではなさそうだとほっと息を吐く。目の前の大魔獣に傷を負わせられるようなのが近くにいるかもしれないのだが、さすがにただの村娘である少女はそこまで深くは考えられなかった。
少女はゆっくりとその場を後にして村に戻る。森の賢王はそのことを気にも留めなかった。
しばらくして森の賢王はまた何かが近づいて来る気配を感じた。足音から先ほどの娘がこちらに向かっていることに気づく。そして先ほど殺しておくべきだったかと少し後悔した。森の賢王は少女が増援を呼んできたと考えたのだ。しかし、聞こえてくる足音はいつまでたっても一人分だけ。他の人間はいないらしい。
妙だと森の賢王が首をかしげるのとほぼ同時に先ほどの少女が姿を現す。その手には青い液体が入った瓶が握られていた。
「あ、あの、怪我してるんでしたら、これどうぞ」
少女が瓶を差し出す。これには森の賢王も驚いた。少女の手に握られているのは昔人間が傷を癒すのに使っていた液体に酷似している。いや、怪我のことに触れていることを考えるに間違いなく傷を癒す液体、ポーションとやらだろう。
「って言っても分かりませんよね。ちょっと振りかけますね。おとなしくしていてください」
そう言って少女がはた目から見ても怪我をしていると分かる箇所にポーションを振りかける。森の賢王は少女の言う通り動かなかった。少女からは悪意を感じなかったし、瓶の中の液体の匂いはやはり昔自分の前で使われた治癒の薬と似ていたからだ。
青い液体が傷口―――魔樹にやられた場所だ―――に降りかかり、痛みが消えて行く。
「よかった、治りましたね」
森の賢王は傷口があった場所の匂いを嗅ぎ、舐め、本当に傷が癒えていることを確認する。そして少女に向き直った。もうすでに森の賢王はこの少女をただの人間とは考えていなかった。自分の傷を治してくれた、感謝すべき相手だととらえていた。
「かたじけのうござる。助かったでござるよ」
「…!しゃ、しゃべれたんですね…」
魔獣がしゃべれることに今度は少女が驚く。それを見て森の賢王は少しばかり面白くなった。有体に言えば森の賢王は目の前のこの少女を少し気にいったのだ。おもしろい人間だ…と。
「ええっと、もしかして森の賢王様でしょうか?」
「おおっ、確かにそう呼ばれたこともあるでござる」
「す、すごいです。本当にこんなにすごい大魔獣だなんて思ってもいませんでした」
森の賢王の中で少女に対する好感度がまた少し上がる。目の前の少女には格上のものに気に入られる特技があるのだろうか?
「お主名は何と言うでござるか?」
「え?ええと、エンリです。エンリ・エモット」
「そうか、エンリ殿。この借りは必ず返すでござる。何かしてほしいことはござらぬか?」
「してほしいこと、ですか?」
森の賢王はしばらくは元の縄張りには戻れない。それどころか新しい縄張りを作る必要があるかもしれないと考えていた。魔樹はかなり動きが遅かった。昨日の今日だおそらく大して移動していないだろう。そうなるとまだ縄張りにいるのだから縄張りを変えるのは当然だろう。
そして、ここから離れ、別の縄張りを探しに行く前に出来ることならやってやろうと考えていた。
森の賢王のその提案に焦ったのはエンリの方だった。ポーションをかけたのも傷が癒えればこの村に危害を加えずにどこか行ってくれるかもしれない、くらいの軽い考えしかなかったのだ。英知を感じる瞳をしているとは思ったが、まさかしゃべれるほどの高位魔獣だとは思ってなかった。そしてまさか恩返しをしてくれると提案されるとも思っていなかったのだ。
「え、ええっと…」
だからどもってしまったのも無理はない。頭の中で色々な案が浮かぶも、すぐに消えて行く。たかがポーション一本―――しかも友人が無償でくれた品だ―――で大それたことは頼めない。大混乱の末にエンリが導き出したのは村のためにも家族のためにもならないような提案だった。
「なら私とお友達になりませんか?あ、あの、色々おしゃべりとかできると楽しいと思うんです」
「なんと!友達でござるか!?それがしには今まで友と呼べるものなどいなかったから新鮮でござるな!」
どんな欲深い言葉が出るかと思ったらまさかの友達になろうという提案。友達という関係にかこつけて色々頼みごとをするつもりかもと思いもしたが、どうも目の前にいるこの少女は本気で言っているようだ。
森の賢王はエンリにさらなる興味を得た。
「では姫と呼ぶでござる。そちらもそれがしを様づけで呼ぶ必要はないでござるよ?」
「ええと、では賢王さんでって、姫ぇ!?」
「ふむ、そういえばそれがしには名前がなかったでござる。姫に名前を付けてほしいでござる」
「いや、それよりも姫ってなんです!?さっきまでは名前呼びだったじゃないですか!」
自分の付けたあだ名に思ったよりも面白い反応を返してくるエンリに森の賢王は自らも気づかぬうちに微笑んでいた。やはりこの少女は面白い。
「渾名でござるよ。女の子だから姫でござる。それよりも殿のほうがいいでござるか?」
「あ、いえ姫でお願いします」
「ふふ、では姫もそれがしに渾名を付けてほしいでござる」
「あ、渾名…渾名」
エンリは悩む。そもそも何かに名前を付けた経験などないのだ。必死に考えるが、あまり良いと思うものが浮かんでこない。うーん、うーんと思考をめぐらすエンリの頭の中に突如として天啓が訪れたかのように、一つの名前が浮かび上がった。
「では、ハムスケというのはどうでしょう?」
「うむ!気に行ったでござるよ。それがしはたった今からハムスケと名乗るでござる!」
ふぅ、とエンリが額の汗をぬぐう。ありがとう名前も知らぬ神様。なんか骨っぽかった気がするけどまあ幻覚だろう。彼女はそんなことを思いながら名前を得て喜ぶ魔獣を見る。ずいぶんと毛色の変わった友達ができたものだ。でも、それに喜びを感じている自分もいる。変な感覚だ。
「それではまずなにをするでござる?」
「あ、すいません。私洗濯の途中なんです」
「むむ、そうでござったか。ではそれがしも手伝うでござるよ」
「本当ですか?ありがとうございます」
エンリとハムスケは新しい友達と一緒に歩く。その姿は将来のエンリを暗示しているように見えた。
ただ、ハムスケを連れて帰ったカルネ村は大騒ぎになった。
エンリ・エモット lv2
大魔獣使いの少女
ファーマー lv1
ビーストテイマー lv1
ハムスケ lv33
森の賢王
種族スキル
ジャンガリアンハムスター lv33
この話の数ヵ月後のエンリとハムスケの会話
ハムスケ「そう言えば姫、何で姫がポーションなんて持っていたでござるか?結構お高いものなのでござろう?」
エンリ「何かよく分からないけど友人がくれたんです。真っ赤な顔して。風邪をひいて意識がもうろうとしていて間違えて渡してしまったんですよ」
ハムスケ「そうなのでござるか?」
エンリ「はい。ンフィーも必死に否定してたし間違いないと思います」
ハムスケ「(ああ、そういうことでござるか。がんばるでござるよンフィーレア殿)」
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絶望の復活
もう一方の方の筆がまっっっったく進まないのでこっちを先に書くことにしました。もう一方の更新はもう少し待ってください(土下座)
まだ日も昇っていない早朝、すでにカルネ村は起き始めていた。村の朝は早いのだ。そしてそれはエモット家も同じである。家族のご飯を作る母親よりも早く起きたエンリは台所で大量の食材を消費して料理を作っていた。肉や野菜がたっぷり使われているそれは以前までのカルネ村の食事に比べるとかなり豪華である。
「よし。こんなものかな」
エンリは大きな皿に山盛りになった御飯を持って家を出た。かなりの大きさなのだが、最近妙に力が強くなった彼女にとってはそこまでの重量ではない。
彼女が向かったのは家のすぐ隣に建てられたまだ新しい小屋。中からは大きないびき声が聞こえる。そのいびきはエンリが小屋の中に入っても途切れることは無い。野生動物としてこんなにのんきでいいのかと最初は思ったエンリだったがもう慣れてしまった。今は圧倒的実力を持つが故の余裕なのだと思うことにしている。
「ハムスケさん。朝ですよ」
エンリが小屋の中に入りその体をゆすることでようやくハムスケが目を覚ました。
「ふわぁ…。姫、おはようでござる」
「はい。おはようございます」
まだぼんやり様子のハムスケに笑顔であいさつするエンリ。そんなエンリにハムスケも思わず笑みを浮かべる。
「朝ごはん作ってきましたよ」
「おお!朝餉でござるか!姫の作った御飯はおいしいでござるからなあ」
「そんな大げさですよ」
エンリはハムスケの言葉に両手を振って謙遜するがそもそも今までハムスケは”料理”というものを食べたことがなかったのだ。エンリの料理の腕は高いと言うわけではないが、今まで料理を食べたことのないハムスケにとってはかなりの御馳走なのである。
ガツガツとエンリの作った大量の料理をすさまじい勢いで消費するハムスケ。エンリはそれを見ながら思う。大分この生活にも慣れて来たな、と。
「(最初はすごい騒ぎになったものね)」
エンリが初めてハムスケと出会ったのは今から三カ月前。最初カルネ村まで連れて行った時は本当に大変な騒ぎになったものだが、伝説に名高い森の賢王であるハムスケすら勝てないトレントの存在を聞かされた村人たちは恐れ多のいた。そして議論の結果そのようなモンスターがいるのならハムスケに村にいてもらった方が良いということになった。
トレントが森で暴れまわっている影響で森の生態系が多いに乱れている。そのせいでハムスケの元の縄張りを無視してこの村まで逃げてくるモンスターが一定数いる。なのでエンリの今の仕事は農作業ではなくハムスケと一緒にトブの大森林の調査と、モンスターたちの間引きをすることであった。
「姫?」
「いえ、なんでもありません」
いきなり頭を撫で始めたエンリにハムスケが食事を中断して理由を問うが、エンリは微笑みを浮かべてごまかした。
「さて、私も朝ご飯食べてこよう」
エンリは立ちあがるとハムスケに声をかけてから小屋を出る。すでに家ではエンリの母親が料理を作り始めているころだろう。すでに家からはいい匂いが漂っている。
「お母さんおはよう」
「おはようエンリ。ハムスケさんにご飯はあげたの?」
「うん。何か手伝うことある?」
「じゃあ手を洗ってからお皿を持ってきてくれる?」
「うん!」
エンリは家にある大きな甕から水を掬って手を洗う。そしてうきうきとした気分でお皿を用意する。エンリもそこそこ料理は出来るが、やはり母親の料理のような家庭の味というものは出せない。素朴ながらに優しい母親の料理がエンリは大好きだった。
「お姉ちゃんおはよう!」
「おはようエンリ」
「おはようネム。お父さん」
エンリとエンリの母が朝食を用意し終わる頃に妹のネムと父親が起きだしてくる。エンリは二人に顔を洗ってくるように言い、机の上に食事を並べる。数か月前までとは比べ物にならないくらい豪華になったメニューは見てるだけでもよだれが垂れてきそうだ。
「うわー!今日もすごい!」
「こらネム!椅子の上に立たないの!」
「えへへ、ごめんなさい」
エンリがネムのことをしかりつける。しかし内心ネムの態度に共感もしていた。何度も言うがほんの数か月前までとは食卓に乗ってる食材のレベルが違うのだ。特に変わったのは肉だ。それはエンリがハムスケと一緒にトブの大森林に行って様々な調査をするついでに狩った生き物の肉だ。ハムスケは伝説に名高い大魔獣だ。毎日大量の肉を確保することなど文字通り朝飯前にこなすこともできる。
「ふぅ、おいしかった」
ちゃっちゃとご飯を食べたエンリは母に感想を告げてから物置に移動する。ハムスケという護衛がいるとは言えトブの大森林はとても危険な場所である。なのでエンリも防具を身に付け、武器も持って行く。エンリが今使っている武器は短槍に分類されるもの。森の中では普通の槍の長さでは振り回せないので選んだものだ。ちなみに槍以外の武器はなぜか肌に合わなかった。
「これとこれ、あとポーションを入れて」
エンリは腰のポシェットに希少なポーションと解体用に使うナイフなどを入れていく。特にポーションは自分の命を守る重要かつ貴重な品である。割れることがないようにちゃんと固定しておく。
ちなみにただの村人でありお金のないエンリがなぜ高価なポーションを持っているかと言うと、一カ月ほど前に友人のンフィーレアがこの村にやってきた時に貰ったのだ。ンフィーレアはエンリが森の賢王を従えていることに驚いてはいたが、決して距離を取ったりせずに今まで通り接してくれた。ただハムスケと初めて出会った際にハムスケにポーションを使ったことを語ったら、失敗作だから貰ってくれとポーションを二本くれたのだ。
「(本当にンフィーレアは私にとって最高の友人だ)」
ただそう言った時ンフィーレアがとても微妙な顔をしてた理由だけはエンリには分からなかった。その時窓の外から一部始終を除いていたハムスケも似たような顔をしていたのだが、その理由もエンリには分からなかった。
エンリは超が付くほどの鈍感なのだ。
♦
太陽が昇っていても薄暗い森の中を人間の少女を乗せた強大な魔獣が走る。当然それはエンリとハムスケのことである。エンリが落ちないようにあまり速度を出さずに走るハムスケの上でエンリは乱れる髪をかきあげる。
「何度来ても森の中は気持ちが良いですね」
「村よりも涼しいでござるからな」
森は常に木々が生い茂っていて太陽の光をさえぎっている。そのおかげもあって村よりもはるかに快適な空間であった。それこそモンスターさえいなければ散歩やピクニックに最適である。
「姫、そろそろトレントが見えてくるでござる」
「はい」
しばらく穏やかな空気のまま進んでいた二人だったが、ハムスケの声かけによって急に緊張感が増す。そしてエンリの目にもその巨体が見えて来たあたりで二人は大きめの茂みに隠れ、トレントの様子を観察する。
トレントはこの三カ月ゆっくりと東に向かっており、それはカルネ村とは全く違う方向である。そのためトレントの位置はカルネ村からどんどん遠ざかっている。今のトレントのいる場所まではハムスケの足を持ってしてもかなりの時間がかかる。
「東にはあれに勝てるモンスターっていないんですか?」
「さあ?それがしは縄張りからは出たことがないでござるからなあ」
「そうですか」
ハムスケは全然役に立たなかったが、エンリ達もトブの大森林については今まで何も知ろうとはしなかったのだから責めることはできないだろう。トレントは問題なく東に向かっているし問題ない。そう判断したエンリはさっさとこの場から離脱することにした。
ちなみにエンリ達はすでにこのトレントのことをエ・ランテルの冒険者組合に報告している。それもエ・ランテルでは有名なンフィーレアを通して。しかし現状王国に向かってきていないことから特に冒険者が派遣されたりはされていなかった。カルネ村の村人はそんな組合の対応に怒りをあらわにしていたがエンリはまあ仕方ないなと思っていた。アダマンタイト級の冒険者をも超えるハムスケであっても逃げることしかできない怪物だ。ミスリル冒険者までしかいないエ・ランテルの冒険者組合じゃあどうしようもできないだろう。
「切り上げましょう。村に帰ります」
「合点でござる」
「あれから十分に慣れたらお昼にしましょうね」
「むほぉー!それは素晴らしい提案でござるよ姫!それがしお腹すいてしまったでござる」
エンリは現金なハムスケに微笑みを向けてからハムスケに飛び乗る。二人はしばらく走ってから布を敷いてお昼にした。お昼はお弁当であり、エンリが朝の内に作っておいたものだ。エンリの背負うバックの半分ほどを占めている。しかしそれはハムスケにとって多いとは言い難い量であった。
「お弁当おいしいでござるな!料理とは本当に偉大でござる!」
がつがつと食べるハムスケ。エンリは自分の分をつまみながら汚しまくっているハムスケの口を拭いてあげる。
「姫はそれだけで足りるでござるか?」
「ええ、全然足ります」
エンリの弁当はかなり少なく、ハムスケが心配してしまうほどだった。しかしカルネ村の様な開拓村の村人は一日二食が普通である。弁当を持ってきているだけ多いとも言えた。
「では行きましょうか」
「姫の作った料理を食べたから元気百倍でござる!」
「ふふ、大げさですよ」
後片付けをしているエンリにハムスケが元気いっぱいに答える。エンリはそれを大げさと笑ったが、それは大げさでも何でもなかった。エンリはこの数カ月でハムスケと一緒に探索を行うなかでレベルが上がっているのだ。その結果コックのレベルを得て料理に効果が付くようになったためなのだがハムスケもエンリもそれには気付かない。
「愛ですかね?」
「愛でござるか!それはいいものでござるな!」
そんな雑談をしながら二人は村へと帰る。帰り道に倒した獣や採集した薬草何かをいっぱい持って。それはまさしく優しくも幸せな日常であり、エンリにとっての全てだった。
しかしこの三日後、絶望はいともたやすく目を覚ました。
その日の朝は普段と何も変わらない平穏なものだった。しかし普段通り森へ向かったエンリとハムスケが見たのは変わり果てた森とそこで暴れ続けるとてつもなく巨大なトレントだった。
「な、何ですかあれ!?」
エンリはつい恐怖の悲鳴を上げてしまう。今まで観察していたトレントは何もかもが違い過ぎた。二人は知らなかったがそれはザイトルクワエという名前のモンスターの本体だった。今まで二人が観察していたトレントも13英雄が封印したものもすべて子機でしかなかったのだ。ここにザイトルクワエは完全覚醒を果たした。
そのザイトルクワエを見てハムスケはすぐさま獣の本能で実力差を感じ取った。当然だ。ハムスケの強さは難度で言うなら100程度。ザイトルクワエの難度は驚異の240を超える。
そしてさらに悪いことは重なる。ザイトルクワエの進行方向は間違いなくカルネ村の方向。動きは今までのトレント同様遅く見えるがそれは巨体だからそう見えるだけだ。あれはほんの数十分でカルネ村に到着する。
「―――っ」
エンリは絶句した。このままでは自分の生まれ育った村がいともたやすく粉砕され、消えてなくなることを悟ったのだ。それから逃れる方法はただ一つ。
「ハムスケさん!カルネ村まで全力でお願いします!みんなにこのことを知らせないと!」
「言われるまでもないでござる!」
ハムスケは全速力で村へと走る。エンリはそれに振り落とされないように身をかがめ、必死にへばりついた。さすがに足の速さだけではハムスケの方が上だったようだ。ザイトルクワエを引き離し二人はカルネ村へと到着した。そして村中に避難を要請する。村人たちもそのエンリのあまりの動揺にまずいことを察したのだろう。急いで村を離れようとした。
しかし、全ては遅すぎた。
「あ………来た」
「な、なんだあれは!?」
ついにザイトルクワエが村のまじかに迫っていた。エンリの隣にいる父が驚愕の声を漏らすのをどこか遠くで聞いていたエンリ。あまりにも、あまりにも目の前の光景は現実感がなかった。しかしエンリが呆然としている間にもザイトルクワエは決して足を止めたりはしない。
「ハムスケ殿!今すぐエンリを連れてこの村から離れてください!」
「しかし父上殿達はどうするでござる!?」
「もう間に合わない!ネムと母さんは家、あの怪物がいる方向だ!」
父は畑仕事の最中でたまたま村の中でも森から一番遠い場所にいた。そして父の言う通り今から村の中に行っても共倒れだ。なにせもうすでにザイトルクワエの触手が届く位置に村がある。あの触手の一撃を喰らえばさすがのハムスケも一撃で死ぬだろう。そして逃げるにあたってエンリの父を連れていくことも得策ではない。すでにエンリを乗せて走ることになれたハムスケもさらに男を一人抱えて走るとどうなるかは分からない。あまりにも懸けの部分が大きかった。だからこそエンリの父は自分を連れて行けとは言わなかった。
この土壇場でそのような合理的な判断ができるエンリの父をハムスケは見直した。そしてその頼みを聞くことに決めた。
「エンリ!しっかりしなさい!」
エンリの父は呆然とするエンリをハムスケの背中に乗せて渇を入れる。エンリはその父の言葉にようやく現実に戻ってきた。
「え?お父さん?」
「ハムスケ殿!」
「承知」
エンリの父の呼びかけにハムスケは勢いよく走りだす。エンリはついいつもの癖でハムスケにへばりついた。
「え、うそなんで、お父さん?」
徐々に遠くなっていく父の姿を呆然と見つめるエンリ。そのエンリにすでに声も届かないほど遠くなってしまった父が叫ぶ。
「エンリ!―――!―――――――――――!―――――!」
「お父さん!お父さん!!」
そしてその父と後ろに広がる彼女の生まれ育った故郷に無慈悲の一撃が繰り出される。300mにも及ぶ巨大な触手による攻撃である。
「いや、いやあああああああ!!!」
ゴシャ!!!
とてつもない轟音と共にその一撃は全てを、エンリにとっての全てを悉く粉砕した。
カルネ村壊滅。生存者一名。
エンリ・エモット lv9
カルネ村の少女
ビーストテイマー lv5
ライダー lv3
コック lv1
強さ表
ザイトルクワエ(80~85)>ザイトルクワエ子機(40~50)>ハムスケ(33)>平均的なアダマンタイト冒険者(28)>平均的なミスリル冒険者(18)>エンリ(9)>カルネ村で二番目に強い人(2)
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伝説の始まり
ネム「この私を殺してどうなっても知らんぞ!」
ザイトルクワエ「す、すいません」
カルネ村の消滅から二時間。カルネ村から遠く離れた丘の上でカルネ村の方向をじっと観察する生き物がいた。白銀の毛でおおわれた伝説の魔獣、森の賢王ハムスケである。そしてカルネ村を滅ぼしたザイトルクワエのことを警戒するハムスケの横でエンリはまるで抜け殻のように呆然と座り込んでいた。もうすでにそこには今までの活発な彼女の姿は無い。
ハムスケがこんな場所で立ち止まっているのには理由がある。つい先ほどカルネ村の方向から閃光と爆音がハムスケ達の元まで届いたのだ。そしてザイトルクワエの気配が
「姫、一旦村の方に戻ってみないでござらんか?」
「え……」
ハムスケはエンリに確認を取るがエンリはまだ茫然としていて使い物になりそうにない。自分の生まれ育った場所があっという間に消えてなくなったのだから当然だ。ハムスケもそう思ったようでそんなエンリに何も言わずに彼女を背中に乗せて走り出した。今の彼女に今のカルネ村を見せたら壊れてしまうと判断したのだろう。ハムスケはカルネ村には向かわずにそのままエ・ランテルへと走った。
◇ □ 〇 ☆ 〇 □ ◇
あれから一週間。今エンリとハムスケはエ・ランテルのンフィーレアの家に住まわせてもらっている。街に入る時にひと悶着あったがンフィーレアのおかげでどうにかなった。また、ザイトルクワエのことをンフィーレアが組合に報告しに行ったが、何も見つけられなかったらしい。残ったのはハムスケが回収しておいたトレントの葉っぱだけだ。
そしてエンリはあれからずっとふさぎこんでいる。ご飯は食べてくれるがいつも虚空を眺めているかのようでまるで抜け殻だ。バレアレ家のリィジーとンフィーレアはそんなエンリを悲愴感漂う目で見ている。
キレたのはハムスケだった。
「姫、いい加減にするでござる」
夜、ハムスケが停めてもらっている納屋に呼び出されたエンリにハムスケはそう言った。あまりにもいきなりのことでエンリは混乱する。
「ハムスケさん……?」
混乱した頭で何とか現状を理解しようとするエンリにハムスケはそのまま厳しい口調で話す。
「そんなんで父上殿が浮かばれるとでも思っているのでござるか!?」
「!……お…とうさん」
亡き父のことを上げられ、エンリは動揺する。それは一週間かけてもまだエンリの心が全く整理されていないことを表していた。
「そうでござる。自分の命を賭してでも姫の命を守った父上に恥ずかしくはござらんのか!」
「でも、だって…」
エンリも分かっている。ハムスケの言葉の正当性が。しかし人間と言うのは正しいからと言ってそれをすぐに認められる生き物ではないのだ。
「村人達の死を嘆くのは仕方ないことでござる!それを悲しむのも当然でござる!でもいつまでも引きずって前に進めないのでは村人達の死は完全に無駄になってしまうでござろう!いや、無駄どころではない完全な負の遺産でござる!」
「そ、そんな言い方しないでください!」
ハムスケの死んだカルネ村の人々に対する言い方にエンリは怒りをあらわにする。決してそんなわけがないと。しかしハムスケはエンリの激昂を意にも返さずに言葉を続けた。
「死んでいったものたちの死を生かすか殺すかは生きる者の特権であり義務でござる!カルネ村の村人達の死、ご両親の死、そしてネム殿の死を無駄にするかどうかは全て姫次第でござる!今の姫にはそれができてござらぬ!」
「―――――!?」
エンリはそんな考え方したことがなかった。死ねば人はそこまでである。そう思っていたのだ。しかしハムスケは違うと言う。みんなの死に意味を作るのはエンリの仕事であると言うのだ。
「どうするのでござるか?姫。いや、エンリ・エモット。全てはこれからのお前次第でござる」
エンリは目をつぶりハムスケの言葉を受け入れ、深く考える。自分がしたいことは何なのか、村人達の死を無駄にしないためにはどうすればいいのか、家族が喜ぶこれからの自分の生き方とは何なのか。エンリは目を開く。考えはまだ全くまとまっていなかったがそれでもよかった。なぜなら今のエンリは前を向いたから。もう閉じこもったりせず前に進むと決めたから。
「すいませんハムスケさん。励ましてくれたんですよね。もう大丈夫です。いや、大丈夫じゃないですけど少なくとも前は向けました」
「ふぅ、遅すぎるでござる。あまりレディを待たせるものではないでござるよ」
「ふふ、そうですねすいません」
エンリは笑った。それは一週間ぶりの彼女の本当の笑顔だった。しかし笑顔だけではない。今まで心の中にしまわれていた感情もあふれ出してきた。
「あれ?」
エンリの目から水が滴り落ちる。いや、それは涙だ。あの時からずっと流せなかった悲しみの涙。むき出しの感情。ただの村娘であったエンリが本当の意味で悲しみを抑えることなどできず、ずっと心の中に封じ込めていたものが決壊したのだ。
「ご、ごめんなさいハムスケさん。前に進むって言ったとたんこれで」
エンリは涙を服の裾でふき取ったが、涙の勢いは収まることを知らずどんどんあふれ出る。
「いいんでござる。それでいいんでござるよ姫」
「え?」
ハムスケは笑顔でそんなエンリを見守っていた。
「(泣いて一度区切りをつけないと先には進めない。それが人間っていう生き物なのでござろう)」
それはハムスケが人間の村で人間と一緒に村の一員として生活していたからこそ知ったこと。ハムスケは思う。自分も成長している。エンリも悲しみを乗り越えられた。ならきっと幸せな未来へとたどり着けるはずだ。
その日エンリはハムスケに守られながら夕方まで泣き続けた。そして泣きやんだ後は二人でこれからのことを話し合った。それはいまだ夢物語のことばっかだったけれど確かに二人にとっての希望だった。
次の日、エンリは再びカルネ村へ行く決意をした。どうしてもカルネ村のみんなに家族に報告しておきたいことがあったからだ。街を出た所でハムスケに荷物を括り付けるエンリに声をかけて来たものがいた。見送りに来ていたンフィーレアだ。
「気を付けてねエンリ。組合の調査ではもうトレントは見当たらないらしいけど」
「分かってるわンフィーレア。気を付けないといけないことは私とハムスケさんが一番よく分かってる」
ンフィーレアの忠告にそう言ってからエンリはハムスケに飛び乗った。その瞳には迷いなどなく恐怖もなくただ真の通った光が満ちあふれていた。
「もう大丈夫そうだね」
「うん。本当に心配かけてごめんねンフィーレア」
「い、いや全然気にしなくていいよ!当然のことだし……」
謝罪するエンリにンフィーレアは顔を真っ赤にして両手を振る。その様子はどう考えてもエンリに対して特別な感情があるのだろう。しかしエンリは全く気付かなかった。むしろ風邪なのかなと思ったくらいだ。
「そうだよね!私たち友達だもんね!」
「え!?あ、うんそうだね。あはははは、はは……はぁ」
「ンフィーレア殿」
ンフィーレアに対してエンリがそう言った途端ンフィーレアは急に元気がなくなってしまった。ハムスケもまるでかわいそうなものを見るかのようにンフィーレアを見ている。エンリはそんな二人に首をかしげ、気にしなくてもいいかと前を向いた。向く方向は当然カルネ村。
「では行きましょうハムスケさん」
「合点承知でござる」
こうしてンフィーレアに見送られながらエンリとハムスケは再びカルネ村へと向かった。
カルネ村跡地のクレーターに特に変わったところは無かった。ザイトルクワエがどこに行ったのかエンリには皆目見当つかなかったがこれ以上ザイトルクワエによる犠牲者が出なくてよかったと心の底から思っていた。
「地面にでも潜ったんですかね」
あの怪物が誰かに倒されたなんて欠片も思っていないエンリは一番ありえそうな考えを話す。トレントの化け物であるザイトルクワエが空を飛ぶわけがないのでエンリの考えもあり得なくはないだろう。
「このクレーター、すごい力でえぐられたかのようでござるな」
クレーターの端の方に盛りあがっている土を見てハムスケがそう述べる。それを聞いたエンリもハムスケから降りてクレーターの端の方の土を手に取る。たしかにハムスケの言うようにすごい力でえぐられたのだろう。そしてその一撃は火によるもののようだ。
「すごい高温で焼けたかのようですね」
「高温でござるか?トレントなのに?」
「え?」
そう言われると確かにおかしいとエンリは感じた。果たして火に弱そうなトレントの化け物がこんな痕跡を残せるだろうか?
「……はあ。駄目ですね。考えても分からなそうです」
「そうでござるな」
しばらくいろんな意見を出し合ったりして考えてみたが結局どれも想像の域を出ておらず、これ以上考えても仕方ないとエンリはため息をひとつ吐いて立ち上がった。元々この村に来た最大の目的はザイトルクワエが消えた原因の究明などではないのから。
「ではハムスケさん始めましょう」
「そうでござるな。まずは何から始めるでござる?」
「大きめの石を見つけましょうか」
そう、ここに来たのは死んだカルネ村の村人達、両親、そして自分よりも若くして亡くなってしまった幼いネムの墓を作るためである。エンリとハムスケはまず墓石にふさわしそうな石を探した。
「これなんてどうでござる?」
「え、これですか?運べます?」
「当然でござる!」
ハムスケが見つけたのは石と言うよりも岩だった。しかしハムスケはそれを器用に転がして運んで行く。そしてクレータの中に落として真ん中に設置した。
「運んだでござる!」
「ありがとうございます!」
エンリもその岩のところまで降りてくる。そして腰からナイフを取り出して文字を彫りだした。
『カルネ村共同墓地』
「これでよし。ハムスケさん屈んでもらってもいいですか?」
「どうぞでござる」
文字を掘り終え、手を軽くはたいて砂を払う。ハムスケはエンリの指示に従い地面にはいつくばる。そしてエンリは背中に固定されたバックから綺麗な花束を取りだした。そう、墓に添えるための花である。
エンリは自分が作った墓の前に立つ。そして花をその墓前に添え、目を閉じて祈る。
目を閉じると嫌でも思い出してしまう。この村での生活を。特に自分の可愛い妹を。
―――拝啓、私の愛しい妹へ
両親やカルネ村の人達の死はまだ乗り越えられるかもしれない。
―――聞こえてますか?ここにいますか?
でもやっぱり妹は、自分が守らなければいけなかったネムのことだけは。
―――私はしばらくそっちに行けないみたい
だから約束する。ここからの自分の人生は全て準備のためだ。
―――やりたいことができたんだ
ネムが大好きだった冒険譚。それをたくさん作ろう。
―――私がこの目で世界を見て回りたいんだ
いつか寿命を終えて彼女達の元へ行った時のために。
―――だから少しだけ待っていてくれますか?
どんな冒険譚よりもすごい冒険をしてきっと会いに行くから。
―――天国から私のことを見守ってくれますか?
エンリは目を開いて立ち上がる。そして自分自身に宣言するように口を開いた。
「私、冒険者になるよ」
伝説がいつ出来るものなのかなんて普通その時代の人には分からない。しかし彼女の場合はここだ。彼女の伝説はここから始まったのだ。
これはその命知りゆく時まで「冒険」をし続けた伝説の冒険者の物語。《冒険王》エンリ・エモットとその相棒《森の賢王》ハムスケの物語。
エンリちゃん覚醒イベント
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