幻想郷異人伝~異世界から舞い戻った(?)少年~ (赤辻康太郎)
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前編
ふぁ〜あ」
穏やかな午後の陽射しに欠伸がでた。釣竿から伸びる糸は川の流れにそってゆっくりと上下するものの当たりがくる気配は感じ取れない。
俺の名前は津浦樹。しがない不良高校生だ。一学期の終業式が終わったあと、いつもの神社の御神木の下で昼寝をしていたら突如地震と頭痛に襲われ、気がついたら『ルミナシア』という世界にいた。ひょんなことからギルド『アドリビドム』に入った俺はカノンノやレインといった仲間達とともに『ラザリス』との世界の命運を賭けた戦いに勝利し、ルミナシアに平和が戻った。そして俺は無事に地球に−−
「帰ってくるはずだったんだけどなあ〜」
思わずため息がでてしまう。まったくどうしてこうなったんだ……。
「調子はどう?」
と、いきなり背後から声をかけられた。まあこのやり取りにもなれたもんだ。声の主も分かっていた。
振り返るとメイド服を着た一人の少女が立っていた。
「咲夜か。そこのバケツ見てくれ」
彼女の名前は『十六夜咲夜』。服装に違わず彼女はとあるお屋敷でメイド長をしている。まあ俺もそのお屋敷で厄介になってるんだが。銀髪に青い眼をした中々の美少女だ。彼女はスカートが地面につかない様に屈み込んで魚籠代わりに持ってきたバケツを覗き込んだ。
「結構釣れてるわね」
「ああ。上々だな」
バケツの中では川魚が5匹程窮屈そうに泳いでいた。岩魚が1匹に山女と虹鱒が2匹ずつ。2時間足らずでこれだけ釣れれば上等だ。
「んで、何か用か?」
「そうそう。パチュリー様が呼んでるの」
「パチュリーが?」
パチュリーとは俺が厄介になっているお屋敷に住んでいる少女の名前だ。普段から部屋に引きこもり気味で余り……というかほぼ外に出ない。
「ええ。本の整理を手伝って欲しいそうよ」
「ん、了解。もう今日は釣れそうにないしな」
俺はバケツを持つと咲夜と一緒にお屋敷に戻った。
「しかし、いつ見てもでかい屋敷だな」
お屋敷に続く林道を歩きながらそう呟いた。まだ玄関どころか門すらろくに見えてないのに館の姿はクッキリと見えていた。
「そうね。幻想郷広しと言えども紅魔館程のお屋敷はそうないし」
『紅魔館』、それが俺が今厄介になっているお屋敷の名前。そして『幻想郷』、それが今俺がいる世界の名前だ。
人と妖怪と神々が暮らす理想郷。それが幻想郷だ。何でもその昔、『八雲紫』と言う大妖怪が『博霊神社』と言う神社の巫女とともに神社一帯の地域を結界で現世と隔離したのが幻想郷の起こりらしい。目的は不明。ただし幻想郷には『忘れ去られたモノ達』が住まうらしい。詳しくは良く分からんが、ともかく幻想郷では人と人ならざる者とが各々の領分で好き勝手に暮らしている。紅魔館もその一つだ。
紅魔館、その名の如く血の様に紅い館、紅魔館はある時、館の主が湖ごと幻想郷に持ってきた館らしい。まったくどうやったんだか。今度パチュリーにでも聞いてみるか。
「っと。やっと見えてきた。おーい、メイリーン」
門がやっと見えてきた所で門番に声をかけた。門の傍らに一人の少女が立っていた。『紅美鈴(ホン・メイリン)』。それが門番である少女名前だ。華人服とチャイナドレスを足して2で割ったような緑色の服を着て中央に「龍」とかかれた星のついた帽子を被っている。紅いロングヘアーのこちらも中々の美少女だ。
「あれ?返事がねえな」
美鈴は聞こえていなかったのか何の反応も示さなかった。……何か軽くへこむな。
「まさか……またあの娘」
「ああ、何だ。またか」
門に近づくにつれ屋敷の姿が大きくなりそれにつれて美鈴の姿もクッキリとしてきた。気持ち良さそうに船を漕いでいる彼女の姿が。
「……やっぱり」
咲夜はハアとため息をついて呆れていた。そして呆れられている当の本人は俺達が文字通り目と鼻の先にいると言うのに一向に起きる気配がない。……さっきのへこんだ気持ちを返せ。
「毎度のことだが、良く門番が勤まるな」
「勤まるわけないでしょ。さっきも白黒に侵入されたわ」
「また魔理沙か。じゃあ本の整理ってのは」
「ええ。彼女が暴れていった後片付けよ」
「ったく。毎度毎度……」
『霧雨魔理沙』。人里から離れた『魔法の森』に住む『普通の魔法使い』を名乗る少女。世紀の大魔法使いになるのが夢らしく日々研究と修練に励んでいる。とは本人談で実際やっていることは泥棒と大差なかった。良く紅魔館の大図書館に侵入しては魔導書を盗んで行く。本人曰く、「盗むんじゃない。死ぬまで借りるだけだゼ☆」だそうだが盗むのとどう違うのか一度ご教授願いたいものだ。因みに白黒とは魔理沙がいつも白黒の服を着ているからだそうだ。
「……にしても、相変わらず全然起きないな」
「……まったく……」
美鈴はこんな近くで俺達が話しているというのに身じろぎ一つしないで眠っていた。よく立ったままそこまで爆睡できるものだ。
「……zzz……ムニャムニャ……ダメですよぅ樹さん。そんな所触っちゃあ……」
どんな夢見てんだこいつは。
「ああん。ダメですってば。そういうのはまず順番がぁ……」
まじでどんな夢見てんだ。ったく。そろそろ起こすか。
「おい美鈴起き−−」
「ッシ!」
−−グサッ−−
俺が美鈴を起こす前に咲夜が美鈴の眉間にナイフを突き刺した。っておい。
「んぎゃあああっ!さ、刺さった!ナイフが刺さったあ!」
流石に刺された痛みから美鈴は眉間から噴水の様に鮮血を撒き散らしながら飛び起きた。まったく咲夜のやつ……。
「おい咲夜、止めろよな」
「た、樹さん……」
美鈴が血を流したまま俺に羨望の眼差しを向けてきた。どうやら俺が美鈴の為に咲夜に注意したと思ったらしい。
「服に血が付くだろ。血の染み抜きは大変なんだからな」
勿論、俺にそんな意図があるわけない。因みに言い忘れていたが今の俺の服装は執事服だ。この服、生地とか仕立てとかがすげえ高級っぽいからな。なるべく汚したくないんだよな。
「そうね。次からは気をつけるわ」
「頼む」
「……うう。樹さんと咲夜さんの意地悪ぅ……」
美鈴は両手の人差し指をつけたり離したりしていじけていた。ナイフは刺さったままだし血もドクドクと流れて何とも異様な光景だな。
「冗談だよ。冗談」
「なーんだ。冗談ですかー」
「半分な」
「……やっぱり樹さんは意地悪です……」
コロコロと表情の変わる美鈴は弄ってて面白いなやっぱり。どうでもいいが何時までナイフは刺さったままなんだ?
「にしても、眉間にナイフが刺さったままでよくそんなピンピンしてられるな」
「まあ私妖怪ですから」
そう。実は美鈴は妖怪なんだ。
妖怪って言うともっとオドロオドロしたものをイメージしていたが、幻想郷では人間と変わらない見た目をしてる奴が多いらしい。勿論、角とか羽とか妖怪らしい体つきをしてるのもいる。
因み美鈴は『虹(こう)』という龍の眷属にあたる妖怪らしい。龍ともなると妖怪より神獣って感じだな。扱いはかなり酷いが。
「だからって……丈夫すぎるにも程があるだろ」
「……まあいいや。それより、これを調理場まで持っていってくれないか?」
俺は持っていた釣竿とバケツを美鈴に渡した。
「これは?」
「さっき釣った川魚。今日の晩飯だよ」
「ということは今日の晩御飯は樹さんの手料理。いやったー!」
両手を上げて喜ぶとは思わなかった。てか魚がこぼれるからヤメロ。
「あら?美鈴は私の料理はお気に召さないみたいね?」
厭らしい顔をして美鈴をおちょくる咲夜。まあ咲夜もかなり料理が得意だからな。多少気に障ったんだろう。
「そ、そんなことないですよ!咲夜の料理も大好きですってば!」
慌てて美鈴がフォローを入れた。まあさもないとまたナイフが飛んでくるからな。
「分かってるわよ。貴女にとっては重要なのは料理じゃなくて樹……」
「わー!わー!わー!」
咲夜の台詞を美鈴が慌てて遮った、が時既に遅く殆ど聞こえたな。ていうか必死すぎるだろ。あと何で俺が重要なんだ?
「ほらほら暴れんな。魚がビックリするだろ」
「あ、すみません」
「咲夜も。あんまり美鈴を弄ってやるなよ。気持ちは分かるけど」
「そうね。善処するわ」
する気ねえな絶対。っと忘れるとこだった。
「話し過ぎたな。早くパチュリーんとこ行くか」
「あら本当。急ぎましょうか」
俺と咲夜は美鈴と別れてパチュリーのいる大図書館へ向かった。
−−ヴワル大図書館−−
「おーい、パチュリー!居るか〜?」
ここは紅魔館の地下にある『ヴワル大図書館』。実用書や図鑑から魔導書まで古今東西のありとあらゆる書物が保管されている。
「五月蝿いわね。居るわよ。」
近くにあった本の山から一人の少女が出てきた。彼女がパチュリー、『パチュリー・ノーリッジ』だ。紫と薄紫の縦縞の入った寝巻きの様な服を着て月の飾りを付けたナイトキャップをしている。
「何だ。そこにいたのか」
「あら樹じゃない。何か用?」
紫色のロングヘアーをかき揚げながらパチュリーが聞いてきた。何か用かって……。
「お前が呼んだんだろう?本の整理を手伝って欲しいって」
「あら?そうだったかしら?」
こいつ完全に忘れてやがったな。
「まあ、いいわ。じゃあ取り敢えずここをお願い」
「へいへい。場所は?」
「小悪魔に聞いてちょうだい。今私忙しいから」
と言うとパチュリーは本を開いて読みはじめた。まったく。自分から呼び出しておいてこれとは。
「じゃあ私はお嬢様のお茶の支度があるから。パチュリー様、失礼します」
「あいよ」
「ん」
咲夜は一礼すると図書館を出ていった。……さてと、やりますか。
「よっと。おーい、小悪魔。手伝ってくれ」
「はーい」
俺が呼び掛けると、赤いロングヘアーの少女がやって来た。彼女が『小悪魔』。名前の通り悪魔でその証拠に頭と背中に蝙蝠の様な膜翼がついている。彼女はパチュリーの使い魔で、図書館の司書の仕事をしている。
「取り敢えず何処に運べばいい?」
「あ、はい。この本は……」
その後暫く、小悪魔に手伝ってもらいながら本を片付けていった。
「お茶の用意ができました」
「あら咲夜ありがとう」
暫くして、咲夜がティーセットを乗せたカートを持ってきた。
「俺にも一杯くれないか?」
「そう言う思って、コーヒーを持ってきたわ」
「サンキュー」
流石は咲夜だ。
「小悪魔もどうだ?」
「あ、私は大丈夫ですからお気になさらずに」
「そうか。あとで何か差し入れるよ」
「ありがとうございます」
小悪魔はよく働いてるからな。少しは労ってやらないと。
「貴方ってホントにお人よしよね」
コーヒーを受け取っているとパチュリーがそう言ってきた。
「そうか?別に普通だと思うが?」
ルミナシア(向こう)に居るときはそんなこと気にもしなかったしな。
「ええ。貴方のお人よしさは筋金入りね」
俺の疑問に答えたのはパチュリーでも咲夜でもなかった。
「レミリアか」
声のした方に目を向けると、図書館の入り口に一人の少女が立っていた。青みがかった銀髪に真紅の瞳、そして蝙蝠の様な翼。薄いピンク色の服とナイトキャップを被り、威風堂々と佇んでいる。彼女の名は『レミリア・スカーレット』。ここ紅魔館の主、即ち咲夜と美鈴の主人である。また彼女は吸血鬼であり『ツェペリの末裔』を名乗っている。
「何せ私が客人扱いしてやろうと言うのに、アッサリと断ったんだから」
ユックリと優雅に歩きながらレミリアはそう言ってきた。レミリアの言う通り、俺は最初客人として紅魔館に招かれていたが、俺はそれを断った。
「何もせずにいるのは性に合わないんでな。何かしら仕事をしてた方がまだマシさ」
ルミナシアにいた頃はいつも依頼をこなしたりしていたからな。
「まあ私としても使える従者が増えて嬉しいところではあるわ。咲夜、私にもお茶を頂戴」
「畏まりました」
テーブルに座ると、レミリアは咲夜にお茶を入れさせた。
「まだ飲んでなかったのか?」
この時間帯ならレミリアはもうティータイムを済ませたと思ってたが。
「もう済ませたわよ。けど別に何度飲んでもいいでしょう?それに、咲夜の入れるお茶は美味しいし」
「恐れ入ります」
レミリアの言葉に、咲夜は畏まってお辞儀した。まあ確かに咲夜の入れるお茶やコーヒーは美味いからな。何度も飲みたくなるのも分かる。
「そういえば、アレの調子はどう?」
コーヒーを飲んでいるとパチュリーが思い出したかの様に聞いてきた。
「ん?……ああ、アレか。別に何ともないな」
「そう。ならいいわ。けど、ちゃんと忠告は守りなさい」
「分かってるよ」
まあ便利だし今まで使った事がなかったからたまに使いたい衝動にかられるが……。
「お、お嬢様ー!たた、大変ですー!」
といきなりメイド妖精が慌ただしく乱入してきた。慌てようから何やら問題が発生したようだ。
「何事?」
「お、表に道場破りが!」
「道場破りって……」
呆れ顔を隠そうともしないレミリア。いつから紅魔館は道場になったんだ?
「と、ともかく外に!今美鈴様が応戦していますが……」
「難しいの?」
「はい……相手が『鬼』ですので……」
『鬼』。昔話でもお馴染みの妖怪の代名詞とも言える存在。幻想郷でもその存在感は健在で、多くの人、妖怪から畏れられている。
「鬼?またあの酔いどれかしら?それとも旧地獄の方?」
「いいえ。伊吹様でも星熊様でもありません」
どうやら闖入者はレミリアの知り合いではないらしい。
「新手の鬼?……咲夜」
「はっ。美鈴の加勢に行って参ります」
「うむ。まだ日が高いし、任せるわ。」
咲夜は一礼すると次の瞬間にはいなくなっていた。……さてと。
「んじゃ、俺も行って来るわ」
「あら?咲夜に任せておけばいいんじゃないの?」
「いくら咲夜の能力がチート気味だとは言え何が起こるか分からないからな。念のためだよ」
それに鬼も見てみたいしな。
「……訂正するわ。貴方、お人よしじゃなくて物好きね」
「そっちは良く言われる。んじゃな」
俺は咲夜を追って外へと駆け出した。
続きます。
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中編
−−紅魔館・正門前−−
「……くっ。強い……」
「何じゃあ?紅魔館の門番言うから期待しちょったが、全然歯ごたえねえがや!」
「美鈴、大丈夫?」
咲夜が現場に着くと、美鈴が擦り傷だらけで呼吸を荒くしていた。美鈴の前には半裸の巨体の化け物。額には歪んだ一本角に獲物は大鉈。紛れも無く、メイド妖精が言っていた鬼だった。
「おい美鈴、大丈夫か?」
咲夜に遅れること数秒。俺も現場に駆け付けた。
「咲夜さん!それに樹さんまで!」
「どうやら無事の様ね」
「お、あれが例の鬼か。随分とデカイな」
流石に鬼と言うだけあって体格差は歴然だな。
「ああん?何じゃあ貴様(きさん)ら?」
鬼は俺と咲夜を見るとギロリと睨みつけてきた。おお。やっぱ迫力はスゲエな。口調も相まって想像より怖えな。
「私は十六夜咲夜。こちらでメイド長をしております」
「俺は津浦樹。雇われ執事さ」
「ワシの名は『御領八岩(ごりょうはちがん)』備後の鬼じゃ」
美鈴の相手をしていた鬼は御領八岩と名乗った。
「備後ってことは広島か?」
「そうじゃ。ワシは備後の、そして広島唯一の鬼じゃった」
と感傷に浸る様に話す御領。ん?「じゃった」?
「何で過去形なんだ?」
「……広島には、もう鬼はおらんけえのう」
「は?」
悲しげに話す御領。だが俺はその意味をよく理解していなかった。
「……兄やんは現代人か?」
「あ、ああ」
「そうか。なら知らんわな。なら教えちゃるわ」
御領はユックリと語りだした。
「兄やんは神様(かみさん)が存在できる(おられる)理由を知っちょるか?」
「神様が?うーん……やっぱし信仰、とかか?」
「それで合っている(おおちょる)。それと同じで、ワシら鬼や妖怪も、現代で力振るうんのに『畏れ』がいるんよ」
『畏れ』。畏敬という熟語があるように単なる恐怖だけでなく敬う気持ちが入った感情。それが存在理由だと御領は言った。
「昔は、人は皆自然を愛し、天候や災害を神、或は鬼や妖怪の所業だと信じていた(ちょった)。じゃが何時しか科学が発達し、人々は自然に感謝し、畏れることを忘れていった」
「……だから鬼や妖怪も存在できなくなった」
「そういう事じゃ。まあ神社とかに奉られる様な輩は別じゃが、ワシの様な奴はもうダメじゃな」
幻想郷に流れつくモノは現代で忘れ去られたモノ。つまり御領は既に現代では本来の力を発揮できない程にまで忘れられていたのだ。目を臥せてそう締め括った御領に、最初に見た時の様な威圧感はもうなかった。
「では、紅魔館には……」
「勿論、畏れを取り戻すためじゃ。紅魔館(ここ)の主を倒せば人以外からも畏れられるしの」
つまり御領が紅魔館に来た理由は、ある意味メイド妖精が言った様に道場破りの意味合いが強かったわけだ。
「しかし良く美鈴とここまで戦えたな」
「ふん。いくら力が出せんいうたって虹ゴトキに遅れはとらん」
「すみません。久々の実戦だったので感覚が……」
幻想郷の住民は基本的に『弾膜ごっこ』という模擬戦の様な戦闘で揉め事に対処していたので古参の者を除いたら実戦経験は乏しかった。
「『スペルカード』は?」
「というか貴女の『能力』ならいくら鬼とはいえそこまで苦戦することはなかったんじゃない?」
『スペルカード』とは弾膜ごっこの時に使用する所謂『必殺技』の様なものだ。ただし使用時に使用を宣言する必要がある。
『能力』とは幻想郷の一部の人や妖怪、神、妖精がもつ特殊能力の事だ。基本的に同じ能力者はおらず能力のバリエーションもかなりある。例えば紅魔館で言えば、レミリアは『運命を操る程度の能力』、パチュリーは『月火水木金土日を操る程度の能力』、咲夜は『時を操る程度の能力』そして美鈴は『気を操る程度の能力』をそれぞれ持っている。
「使ったんですが、殆ど効果がなくて……」
「岩投げで鍛えたワシの身体に小細工なんぞ通用せんわい」
「小細工って……」
美鈴のスペルカードも能力も小細工ってレベルじゃないはずだが。流石は鬼と言ったところか。
「もういいわ。美鈴は下がってて。私が出るわ」
「いや、俺が行く」
俺は咲夜を遮って前に出た。
「何言ってるの!」
「無茶ですよ!」
口々に俺を止める咲夜と美鈴。けど、もう俺は腹決めたんだ。
「無茶なのは承知。それに、咲夜が戦っても結果は同じだろ?」
「だからって……」
「それに、女が戦ってるのに後ろで指くわえて待ってたんじゃ男が廃るってもんだ」
俺は二人の制止も聞かずに御領と対峙した。
「ほう。次は兄やんが相手か?」
「ああ。ま、お手柔らかに頼むよ」
「それは出来んのう。何事にも本気で挑むんが鬼の矜持じゃけえ」
と笑いながら御領は大鉈を構えた。
「なら仕方ない。死なない程度にしてくれ」
「それは約束しちゃる。安心せい。鬼は嘘つかんけえな」
「ガハハ」と御領は豪快に笑った。
「なら安心だ」
俺は両の掌を胸の前でパンッと合わせた。そしてスウーッと離すと、左の掌から一振りの日本刀が出てきた。
「兄やん、本気に人間か?」
「人間だよ。ま、プチ整形ならぬプチ魔改造はしたけどな」
俺は刀の鞘を左手で握り、抜刀した。この刀が出てくるのはパチュリーに施して貰った術式だ。使いすぎると術式に侵されて『人間』でいられなくなるらしいが、便利だからついつい使っちまうんだよな。まあ直ぐに害があるわけじゃないから気にしてないが。
「んじゃ、始めようか」
「おう!」
俺と御領は、ほぼ同時に相手に向かって駆け出した。御領の奴、見かけによらず結構速え。
「どうりゃあああっ!」
「っ!」
御領が雄叫びと共に振り下ろした大鉈を、何とか刀でいなした。
「樹さん!危ない!」
「せいやあああっ!」
美鈴が叫んだ瞬間、目の前から御領の蹴りが迫ってきた。だが、
「ぬ?」
御領の蹴りは俺に命中することなく、空気を薙いだ。
「こっちだ」
寸前のところで、俺が御領から見て5、6歩先に移動していたからだ。
「それも魔改造の成果かいのう?」
「『ある意味』半分正解。半分ハズレだ」
「ある意味?まあええ。戦ようたら分かるわなあ!」
御領は大鉈を振りかぶるとそのまま突進してきた。
「ふんっ!」
「そいつは−−」
俺は御領が横薙に振るった大鉈を軽く避けると、
「はあっ!」
「どうかなっと」
続けざまに振り下ろされた拳骨もかわした。しかも宙返りのおまけつきだ。我ながら上出来、上出来。
「そりゃそりゃそりゃそりゃそりゃそりゃあ!」
「よっ、ほっ、はっ、たっ、おっ、せっ、と」
御領は大鉈、拳、蹴り、頭突きなどを豪快に、とめどなく繰り出してきたが、俺はその悉くを避けて、いなし、かわしていった。
「おどりゃナメとんのか!キサンはワレェ!」
と、ついに御領がキレた。まあ攻撃が全く当たらなかったんだから仕方ないか。
「ナメてねえよ」
「ならなんして(何故)反撃してこん!?」
大鉈で俺を指して叫ぶ御領。そういや、前にもあったなこういうの。まああん時とは相手も、相手の性格も全然違うけど。あと俺の目的も。
「深い理由はないさ。ただお前が正解を導き出せる様に反撃しなかっただけさ」
「そないな (そんな )モンはもうどうでもええ(いい)わ!男なら男らしゅうかかって来んかい!」
口から唾を撒き散らし怒号する御領。しょうがないな。
「じゃあ今度はこっちから仕掛けるが……覚悟はいいか?」
俺は御領を睨みつけると、刀を右手で構えた。俺の雰囲気が変わったのを察したのか、御領の顔が嬉々とした表情になった。
「そうじゃ。それでええ。さあ!ワシを殺す気で来いやあ!」
「じゃあ遠慮なく」
−−ドンッ−−
小さな爆発音の数瞬後、俺は御領の後ろに飛んでいた。
「はあっ!」
そして刀で御領の首を斬りつける……筈だった。
−−ギィン−−
だが俺の刀は鈍い金属音をだしただけで御領に傷一つ負わすことは出来なかった。
「ふんっ!」
空中での一旦停止。御領はその隙をついて拳骨を放ってきた。
「ちっ!」
俺はその『放たれた拳』を踏み台にして避け、御領から数歩程離れた場所に着地した。
「それが理由じゃな?」
「ああ」
流石にバレるか。
「キサン、何か移動術を使っているな(よるな)」
「瞬間的に脚に気を溜め動く時に爆発させて高速で移動する。俺はこれを『縮地』って呼んでいる」
まあ本当は縮地だけじゃなんだけど。
「縮地か。仙人共が使うんとちごう (違っ)てかなり ぶちえらそうじゃの(辛そうだな)」
ぶち……何だって?
「かなり負担がかかるのうと言うたんよ」
察してか御領が幾分か分かりやすく言い直してくれた。こいつ意外と優しいな。
「まあな。常に使い続けるのはしんどいな」
けど……
「テメエを倒す為だ。出し惜しみはしねえ!」
俺はまた縮地を使い、御領の死角に潜り込んだ。
「だああっ!」
今度は刺突。斬るのがダメなら一点突破だ。
−−ギィン−−
「ぐっ!」
だが又しても御領の堅い表皮に阻まれてしまった。それどころか、攻撃した俺の腕がダメージを受けちまった。
「そりゃあ!」
一瞬の隙をついて、今度は横薙ぎに大鉈を振ってきた。
「っ!」
だが俺はそれを鞘でいなし、難を逃れた。そしてそのまま一時離脱して態勢を整えた。
「……どうもまだ種があるようやな」
「どうかな?」
御領も縮地だけでない事に気づきはじめた。
「惚けんなや。キサン、まるでワシの拳や鉈が来るのが分ちょった (かっていた)様にかわしよるが」
「御明答。それが俺の能力さ」
御領は「やはりな」という風に頷いた。
「成る程のう。兄やんは予知能力者じゃったか」
「いや。予知能力じゃねえよ」
そんな大それたものじゃあない。
「俺の能力は『流れを読み取る能力』だ」
俺が幻想郷に来てから変化したものが幾つかあるが、この能力の修得がその一つだ。パチュリー曰く、『身体が幻想郷に適応するために変化している』とのことだった。まあルミナシアにいた時も、地球に存在しない『マナ』の存在にも適応出来たんだし、この変化は当然って言えば当然だな。
「流れを読み取る……」
「そ。俺はありとあらゆる『流れ』を読み取ることが出来る。風の流れ、人の流れ、そして……動きの流れ」
「それで合点がいったわい。兄やんはワシの動きが既に読 ちょった(めていた)わけか。道理で、すばしっこいだけじゃなかったんじゃな」
御領も納得した様だった。
「んでどうすんだ?まだ続けるのか?」
「当たり前じゃい。鬼が一度受けた勝負を途中で放り出すわけにはいかん」
受けたのは俺だけどな
「けど、俺の攻撃はお前には当たらないぜ?」
「それは兄やんとて同じじゃろうが。兄やんの刀じゃワシん(の)身体に傷一つつけることは出来ん」
御領の言うことも尤もだ。
「なら、決着の基準を変えてみたらいかが?」
と、いきなり頭上から声をかけられた。犯人は当然、
「レミリアか」
そう。レミリアが日傘を挿して俺と御領の丁度中間辺りの上空を浮遊していた。てか日光は大丈夫なのか?
「もうすぐ日没だし、日傘があるから平気よ」
「さいですか」
つくづく難儀で出鱈目な身体だな。
「キサンが紅魔館の主か?」
「あら、私を知ってるの。そうよ。私が紅魔館の主、レミリア・スカーレット。始祖ツェペリの末裔。誇り高き吸血鬼よ」
「ワシは御領八岩。備後の鬼じゃ」
上空から、地上から。大小二体の鬼は互いに睨み合い対峙した。あれ?俺空気?
「言っておくけど、うちの執事を倒さないと私とは戦えないわよ」
「そりゃあ心得ちょる」
「ならいいわ」
「で、決着を決めるってのは?」
鬼同士で盛り上がってるのはいいがこれ以上空気になりたくないので口を挟ませてもらった。
「そうね。どちらかが『参った』て言うまでとか?」
「それじゃあ今までと変わらんがな」
「いや、そもそも最初に勝敗の条件を決めてませんよ?」
咲夜の一言でその場にいた全員がポカーンとなった。ああ、そう言やそうだった。
「戦う事に夢中でルール決めるの忘れてたな」
「……貴方達ねえ……」
レミリアが額に手を当てて呆れた。いやあ面目ない。
「それじゃあ今からルールを決めるわよ。勝敗は先に『参った』と言ったら、若しくは戦闘不能になったら負け」
「おう」
「うむ」
勝敗の条件はまあそうなるな。
「それから攻撃手段だけど……」
「そんなもん。『何でもあり』でええじゃろ」
ほう。『何でもあり』か。
「本当に『何でも』あり、なんだな?」
「ああ。ワシはそれでええ。」
うし。言質は取った!
「咲夜達も聞いたな?」
「ええ」
「はい」
地固めもOK。
「双方異論はないようね。……では」
レミリアがユックリと右手を頭上まで上げ、
「始め!」
振り下ろした。
次で最後です。
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後編
「始め!」
「どりゃあああっ!」
「はあああっ!」
−−ガギィン−−
激突。レミリアが手を振り下ろした瞬間、俺の刀と御領の大鉈が激突し、轟音を上げた。
「しゃあああああっ!」
「やあああああっ!」
刀と大鉈の応酬。だが元々の力量が違うから俺の方が圧されだした。
「……ちっ!」
このままでは圧し負けると判断し距離をとろうとしたが、
「甘いわあ!」
−−ヒュバッ−−
御領は大鉈を上段から振り抜き、斬撃を飛ばしてきた。
「んなもん当たるっ!」
避けようとしたが、斬撃の軌道上には美鈴達がいることに気づいた。危ねえ!
「くそがあつ!」
−−ギャィン−−
俺は斬撃を刀で受け止める事で最悪の事態は回避した。
「……こんにゃろめ。味な真似してくれるじゃねえか」
「何でもあり、じゃけえの。こいつがワシの奥の手、『鎌鼬』じゃ」
見た目に似合わず老獪な奴め。
「樹。今は私達よりも戦いに集中して」
「そうです!私達なら大丈夫ですから!」
咲夜、美鈴……。
「……わーったよ。お前らも気をつけろよ。特に美鈴はこの後一仕事あるからな」
「はい?」
「……そういう事ね。分かったわ。ほら美鈴、行くわよ」
「え?あの、どういう……」
「いいから!」
イマイチ飲み込めていない美鈴を無理矢理咲夜が引っ張って行った。
「戦中に女子とお喋りとは余裕じゃのう?」
御領があからさまな挑発をかましてきた。
「まなあ。負ける気がしねえし」
だったら挑発でお返しするしかねえよな。
「……ふん。余裕こいちょられるのも今の内じゃ」
明らかに不機嫌な顔をして御領は大鉈を構え直した。どうやら舌戦は俺が征したようだな。
「そいつはどうかな?」
俺は刀を納刀し、刀を両手で握り水平に保った。
「何をする気じゃ?」
訝しげに首を傾ける御領。まあ見てな。
「奥の手って奴だよ。……『Set The Spellcard』」
キーワードを宣言すると、刀が淡く輝きだした。
「成る程。スペルカードか。じゃがワシには効かんぞ?」
「そいつは、やってみないと分かんねえだろ!」
抜刀。すると一気に刀の輝きは増し、光が俺の全身を包み込んだ。
「ぬ?あの小娘と違う?」
「俺のは特別製だからな。……行くぜ!」
俺は御領に向かって一目散に駆け出した。
「その勢いや良し!じゃが甘いわ!」
御領は再び鎌鼬を放ってきた。しかも今度は連発で。
「斬撃を飛ばせるのがテメエだけだと思うなよ!衝波『魔神剣・双牙』!」
俺は刀と拳を交互に振るうと、地を這う衝撃波を出し御領の放った鎌鼬にぶつけて相殺した。魔神剣・双牙はルミナシアにいた時に使用していた特技の一つで、何故か幻想郷に来た時に術技は全てスペルカード化していた。もう術技は使えないと思っていた俺にとっては嬉しい誤算だった。
「ほう。そうくるか。なら、これでどうじゃ!」
御領は今度は大鉈を水平に振るい鎌鼬を飛ばしてきた。確かにこれなら魔神剣での相殺は無理だ。
「んなもん!」
俺は飛んでかわしたが、
「そうじゃろうな!」
御領はさらに上から俺を真っ二つにしようと大鉈を振り下そうとしていた。
「甘いな」
俺は刀を頭上で刃が大鉈に対して丁度垂直、鉈の刃と刀の刃が上下から見て十字になるように構える。
−−スゥ−−
刀と大鉈がぶつかる瞬間、俺は刀を大鉈のスピードに合わせて引いた。
「ぬ?」
そして、丁度顔の位置で大鉈のスピードが零になったのを見計らっ――。
「だあああっ!」
着地のタイミングと同時に一気に刀を押し上げた。
「ぬおおおっ!」
御領はまるで鞠の様に飛んでいき、地面に激突して轟音を立てた。
「ぬうう。今のは……」
「『寸打』の応用さ。相手の攻撃を利用する返し技だ。」
首を軽く振りながら起き上がる御領に種明かしをした。
「ふん。小細工が効かんのは兄やんの方じゃったか」
「まあ能力のお陰もあるけどな」
元々この手の奇襲奇策は得意だしな。
「ならばこっからは小細工なしじゃ!」
「だな!」
そこからは、二度目の剣劇の応酬だった。今度はこっちも遅れを取らねえぞ。
「連閃『瞬連刃』!」
「ぐうっ!」
高速の四連続斬り『瞬連刃』を繰り出し、御領の大鉈を弾いた。
「双閃『双旋牙』!豪衝『剛断牙』!」
俺はその隙を逃さず、鞘と刀を横薙ぎに払い、更に軽く跳躍し宙返りして刀を御領に叩きつけ衝撃波で追撃した。
「ぐおおおっ!」
止めどなく繰り出した連続攻撃に、ついに御領は片膝をついた。それだけではない。
「な、何故じゃ!何故ワシの身体から、血が!?」
そう。今まで傷つけることの出来なかった御領の身体を、俺は斬り裂いた。
「……その刀か!」
「御明察。こいつはかつて、かの源頼政が鵺を退場した時に用いた刀、銘を『妖刀・禍太刀(まがつたち)』」
『源頼政』。平安時代後期に活躍した武将。また宮中に現れた妖怪『鵺』を射落とした事でも有名。禍太刀はその鵺の首を斬り落とした際、鵺の血を吸って妖刀となった、らしい。ぶっちゃけこの話はパチュリーに刀を貰った時に聞いた話だから俺は知らなかったんだけどな。
「禍太刀!頼政公の御剣(みつるぎ)か!」
あれ?有名だった?
「くっ、ならワシの身体を傷つけたカラクリも納得がいく。じゃが何故最初から使わんかった?」
「まあ事情があるんだよ」
禍太刀は最初力を封印されていて、見た目はただの刀だった。俺がパチュリーに「スペルカードをカード無しで使いたい」と相談したら、「禍太刀に組み合わせれば可能」と言われた。ただしその弊害として、スペルカード宣言する度に封印が解かれる様になってしまったんだ。そしてその状態のまま使い続けると刀に魂を喰われて妖怪化してしまう可能性があるそうだ。つまり、技の使用=妖怪化のリスクを背負ってしまったわけだ。
「悪いが時間が惜しい。直ぐにケリをつけさせてもらうぜ!」
「吐かせえ!」
−−ガギィン−−
鍔ぜり合い。だが、今度の鍔ぜり合いは勝手が違った。
「なんと!」
禍太刀の刀身が、大鉈に食い込んでいた。
「はあああっ!」
−−バキャ−−
俺は刀を走らせ、大鉈を叩き斬った。
「わ、ワシの大鉈が」
武器を破壊されたショックからか、御領は今までにない動揺を見せた。
「今だ、美鈴!」
「はい!」
俺の呼び掛けに応えて、美鈴が木立の陰から飛び出してきた。そして、俺と美鈴を光の線が結んでいた。
「斬閃『刹華瞬光』!」
「極彩『彩光乱舞』!」
俺は高速の連続斬りからすり抜け様に斬り裂き、美鈴は虹色のオーラを纏い回転しながら上昇し攻撃した。
−−共鳴術技発動!−−
「風刃の檻にて」
「極光と散れ」
「「風刃封縛殺!」」
俺が御領を斬りつけ鎌鼬の檻で動きを封じ、美鈴が上空蹴り飛ばし、さらに落下のタイミングに合わせて二人で挟撃した。
共鳴術技(リンクアーツ)もルミナシアにいた時に稀に使用していた特殊術技だ。光の線で繋がった二人が同時に術技を使用した時に発動する。まさか幻想郷で、しかもスペルカードでも使えるとは思わなかった。
「があああああっ!」
とうとう御領が地に伏した。これで決着がついただろうな。
「ぐ……ま、ま、だ……」
だが御領は無理矢理立ち上がろうとしていた。
「もう止めておけ。立ち上がったところで、お前に勝ち目はねえよ」
「わ、ワシは……まだ……」
「言ったでしょう。『戦闘不能になったら負け』と。それとも、鬼が一度交わした取り決めを反故にするのかしら?」
「……」
レミリアに指摘され、御領は口を閉じ、半身を起こした状態で止まった。この瞬間、勝敗が完全に決した。
−−その日の夕餉−−
「何で!何で起こしてくれなかったの!?」
俺と咲夜が夕食の支度をしていると、濃い黄色の髪に真紅の眼をした少女がそう叫んだ。少女の名前は『フランドール・スカーレット』、通称フランまたは妹様。スカーレットの名の通り、レミリアの妹だ。妹と言っても性格は勿論、髪の色も羽の形も姉は膜翼で妹は七色の結晶とまるで違う。共通点と言えば被っているナイトキャップくらいか。フランは情緒不安定なとこがあり、そのためか何百年間かレミリアによって幽閉されていた。これはフランの性格と『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を危険と判断したレミリアによる苦情の決断だった。だがそれはフランにとってストレスとなりその『狂気』を増大させる要因となっていた。まあそれをレミリアに指摘したらブチギレられて死にかけたけど。今はフランも以前より大人しくなったので結果オーライだろう。
「しょうがないだろ。そんな暇なかったんだから」
「むー。じゃあ今度と樹が遊んでよ」
そして何故か俺に懐く様になり、遊んでとせがんでくる。ただしフランの遊びは殺し合に等しい。
「お前が手加減できる様になったらな」
でないと妖怪化がマッハで進んじまう。
「じゃあ美鈴でいいや」
「い、妹様。私も勘弁して欲しいなあって」
「ダーメ♡」
「ですよね〜……ハア」
がっくりとうなだれる美鈴。まあ普段居眠りしてるからいい罰だろう。
「お食事の準備が整いました」
「そう。咲夜、樹。貴女達も席に着きなさい」
「畏まりました」
「了解」
レミリアの令で俺と咲夜も席に着いた。席順は上座に当主であるレミリア。レミリア側からフラン、その向かいにパチュリーその隣に咲夜、その向かいに美鈴で美鈴の隣が俺の席だ。
「私ここ〜」
席だったんだが、何故か俺の膝にフランがチョコンと座った。
「……フラン、一応聞いておくわ。何しているの?」
レミリアが片方の眉をピクピクとさせながらフランに聞いた。
「だって皆して楽しいことしてたんでしょう?それも私抜きで」
「楽しいって。あれは紅魔館の従者として当然の仕事であって遊びではないのよ」
「そんなの私には関係ないよ。ともかく、私はここで食べるの」
レミリアにそっぽを向くフラン。どうやら相当拗ねているようだ。
「フラン、よく聞きなさい。貴女も誇り高きスカーレット家の一員なの。だから淑女たる者が簡単に殿方の膝の上に座るなんて−−」
「樹、『あーん』して」
「フラン!」
ついにレミリアがテーブルを叩いて怒鳴った。
「はいはいそこまで。レミィ、そんなに怒鳴っては逆効果よ。フランもふざけないの」
「……分かってるわよ」
「はーい」
パチュリーが手を叩いて注意し、レミリアとフランは渋々頷いた。フランは相変わらず俺の膝の上だが。
「樹も。あまりフランを甘やかさないの」
「分かってるよ。よっと」
「わっ!」
俺はフランを両脇から抱え上げ、フランを自分の席に座らせた。
「ぶー」
「我慢、我慢」
俺はふて腐れるフランの頭を撫でると自分の席に戻った。
「それじゃあ……あら?樹、貴方のお魚は?」
食事の号令をかけようとしたレミリアが俺の皿に魚がないことに気がついた。
「ああ。数が足りなかったんでな。俺のをなしにした」
「そう。なら仕方ないわね。じゃあ頂きましょうか」
レミリアの号令で食事が始まった。今日のメニューはパンとサラダ、シチューとメインの川魚のムニエル。ただし、さっき言ったように、数の都合上俺の魚はなしだ。
「た、樹さん。私のを半分どうぞ」
と美鈴が自分の魚を半分に切り分けて寄越してきた。
「いや気にするな。美鈴が食べればいいよ」
「でも……」
「なら皆で少しずつ交換しようよ」
俺と美鈴が押し問答をしていると、それを見かねてかフランがそんな提案をしてきた。
「あら、いい案ね。私もフランや咲夜のを食べてみたいわ」
「私も異論はないわよ」
「なら私が取り分けますね」
あれよあれよと言う間に咲夜がテキパキと魚を切り分けて分配していった。
「いいのか?」
「別に構わないわよ。よく考えたら、当主が従者に冷遇させるのは貴族のやることではないわ。勿論、失態を犯した時の罰は別だけど」
俺の質問にレミリアは妖しく笑って答えた。
「それに皆で同じもの食べた方が楽しいよ」
フランも無邪気に笑ってそう言った。
「そっか。ありがとな」
「えへへ」
「何で美鈴が照れるのよ」
「え?いや、その……」
「じゃあ樹、『あーん』して」
「フラン、いい加減にしなさい」
「えー」
「私が先よ」
「おい」
「い、妹様の次は私で」
「美鈴もかよ!」
「諦めなさい」
その日の夕餉の席は、俺が幻想郷に来てから一番賑やかな席だった。
−−とある空間−−
「……まったく。相変わらず暢気なものだな」
樹達の様子を、九本の尻尾を生やした少女がスキマに映った映像から監視していた。
「藍、調子はどう?」
「あ、紫様」
少女の元に、妙齢の女性が現れた。女性の名は『八雲紫』。幻想郷創成に携わった妖怪の大賢者である。自分の名前と同じ紫色のドレスを身に纏い日傘をさしていた。
「はい。今のところは大丈夫なようです」
藍と呼ばれた少女の名前は『八雲藍(やくもらん)』。紫の式である大妖『九尾の狐』だ。道着の様な服を着て二山のある帽子で耳を被っている。
「そう。なら引き続き監視をお願い」
「はあ。しかし、何故監視を続けるのですか?自分で幻想郷に連れて来たのに」
藍の言葉通り、樹をルミナシアから現世ではなく幻想郷に連れて来たはのは紫だった。そして紫はその真意を樹本人にも、部下の藍にも教えていなかった。樹にいたってはまだ直接会ってすらいない。
「監視は彼を死なせないためよ。貴女にもいってあるでしょう?」
「はい。『津浦樹が死なない様に監視し、場合によっては保護せよ』でしたね」
「覚えているならいいわ。連れて来た理由は、そうねえ……『借りを返して貰うため』かしら」
「はあ」
藍は納得していないが頷いた。八雲紫に理由を尋ねて明確な返答が返ってくることがないのは、藍だけでなく八雲紫を知る幻想郷の住民の共通意識だった。
「とにかく、彼の存在は重要なのよ。それだけは理解して頂戴」
「分かりました。ところで、彼が重要なのは幻想郷にとってですか?それとも、『八雲紫』にとってですか?」
「両方よ。じゃあ私はもう寝るから。お休み」
紫は藍の質問に一言で答えると返事も待たずにスキマに消えていった。藍は「お休みなさい」と紫の消えた空間に一礼すると、再び樹の監視に戻った。映像から見える樹の顔は自分の置かれている境遇などまったく知る由もなく、ただ楽しそうに笑っていた。
今回初めて1人称に挑戦してみましたが如何だったでしょうか?
ご意見・ご指摘・ご感想お待ちしております。
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