変身ヒロインが活躍する世界に場違いな装甲服着込んだ主人公をぶっこみたかった (卜部)
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1話
びゅうびゅうと生きのいい風は、雲海に沈みゆく太陽という絶景を見る贅沢を俺から奪った。
実践と頭のなかで何度も繰り返したチェックリストを消化して安全を確かめながら、その時をまって身構える。
そして決められた高度で、パラシュートがクラゲみたいに頭の上で広がるのを感じて安心した。
グッと体が後方へ引っ張られる感覚が、その証明だ。
間髪入れず速度を強制的に殺したことによって暴れる慣性を押さえつけながら、目標地点へと向かうように操作する。
感覚的に何となくわかってきた風の流れを、視界に投影される計器を見ながら読み忙しく体を動かす。
戦闘の余波によって赤茶けたハゲを持つ森林が広がり、渦巻く風の奔流をかき分け、
大地が、迫る。
「ぐっ……」
舌を噛まないように注意しつつ、体に染み付いた正しい着地姿勢を取る。
足先から全身への衝撃、それを各部が吸収してくれた。
自衛軍のおっちゃんたちと開発室に感謝だ。おかげで今日もまた死なずにすんだ。
バサリと遅れてパラシュートが降って、装具を外して、立ち上がり警戒する。
制御された墜落、という表現が用いられそうな着地だった。
重力が胃腸に掴みかかるようにズシンときて、おくれて食道が痙攣した。
堅牢な鋼と魔法の装甲を身に纏おうと、中身の俺は“彼女”たちと違って何処までも人間なので無理もない。
いくらかマシになったとは言え、付け焼き刃に鍛えただけじゃ、あの深々とした溝は埋められないものなのだ。
「……うっぷ」
『オイオイオイ、吐くなよ、全くおじやなんぞ食うから』
ついて行こうとするなら今みたいな苦痛も、時には味わなきゃならない。
最もこれは俺のただの我侭の結果だったが。
でも、もしかしたら死ぬかもしれないのだから許してほしいものだ。
こんな飽食の現代に飢えながら死ぬなんてレアな事象は作らないほうがいいと思ったんだから。
そんな俺の体調をチェックしていたのか担当官の響庭さんが呆れたような声を聴かせてくれた。
最近はどうも砕けてきてくれて、こっちもやりやすいことこの上ない。
『男子高校生としちゃ正しい食欲だがな、まあ敵ならいっぱいるんだ、そっちを食え』
「それじゃあ、お腹が膨れませんよ、帰ったらステーキセットおごってください」
食堂の料理、特に調理者である文さんの料理は重要な補給線の一つだ。
最大にして至高の味覚の補給線を失った俺にとっては特に。
『自然にたかりやがって、ほら、もう少しで影響下にはいるぞ、自衛軍のおかげで今回も一番乗りだ』
「わぁローンレンジャー……彼女たちは?」
『門の発達が早すぎたからな、大丈夫、必ず到着はさせる』
「ええ、頼みますよ、ステーキは!」
『そっちか! しつこいぞ、大盛りにし…………』
響庭担当官の声が、放送中に大往生したラジオみたいに唐突に途切れた。
それは俺が奴らの場へと踏み込んだこと意味する。気持ちを切り替えた。
日はいつの間にか沈み、人を食いそうな暗闇を湛えた森が俺を出迎えてくれる。
今の俺を見守ってくれるのは空のお月さまだけになったが、それも雲に隠れがちだった。
暗視装置を立ち上げ、ぼんやりと浮んだ森林の隙間へと目を走らせながら口を開く。
「現時刻をもって侵入した」
独り言ではない。
もし俺が死んだ際にそれは有用な記録になるはずだった。
それにして最期に交わした会話がステーキだとは笑い話にできそうだ。
そして右手にマウントされたM2機関砲を何時でも撃てるようにしながら、踏み出す。
火器の点検と試射は済んでいたため、その点は安心だった。
孤独な行軍のお供になるものは、身を包む装甲と人工筋肉と銃器だけだった。
森に存在したであろうあらゆる声やざわめきは、静寂に喰われて沈黙に伏している。
ノリの良いBGMでも流したいところだったが、耳を使わなきゃいけない局面に流すほど命知らずでもない。
そして腐った木の破片を森の土に返すのを手伝いながら、中心点の奥を見ようとして鳥肌が立つ。
背筋を走ったのは電撃を思わせるような悪寒。
唐突に素面に戻るようなおかしな感覚が体を痺れさせ、同時に随分と遠いところに来たもんだと感じる。
警戒を続けつつ前進しながら、頭の何処かの、酷く冷静な部分が記憶を反芻し始めていた。
それは走馬灯と呼ばれ、砂糖を入れ忘れたチョコレートみたいに苦いことこの上なかった
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