Pの日常SS (天河 龍汰楼)
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さけられない関係 (高垣 楓)

デレフェス限定楓さんが欲しかった


日が暮れるのが遅くなってきたせいか、時間の感覚がずれているらしい。

何となく時間を確認してみたら、6時を過ぎていた。

流石に少し休憩しよう。デスクワークばかりで疲れたし。

ぐっと背筋を伸ばして、凝り固まった体をほぐす。

 

「あ、終わりましたか?」

 

不意に、声がかけられる。

声の方を向けば、彼女のオッドアイと目があった。

高垣楓、トップアイドルの一人で、数少ない俺の担当アイドルだ。

 

「どうしました? もう仕事は無いでしょう?」

「はい。だから、プロデューサーと飲もうと思って、来ちゃいました」

「そうですか……」

 

ニッコリと笑って、飲みに誘うアイドル。

少し呆れながら窓を見ると、太陽がやっと姿を隠しきった。

残りの仕事は今日終わらせる必要は無いので、特に断る理由は無い。

 

「ま、いいでしょう。久しぶりですし、ね」

「ふふ、そう言ってくれると信じてました」

 

少し意味深な笑みを浮かべるちひろさんに会釈しつつ、帰りの支度をする。

楽しそうに飲みたいお酒を挙げる楓さんと一緒に街を歩く。

 

「このひさしをくぐるのも久しぶりですね、ふふ」

「忙しかったですからね」

 

トップアイドルは多忙で、俺もそこまで暇なわけじゃない。

他のアイドルの都合もあるし、こうやって飲みに来る機会は少ない。

それでもまあ、ひと月に1度は来ているのだが。

 

「プロデューサーはいつものでいいですよね」

「ええ、いいですよ」

 

いつもの店で、いつものように一杯。この関係も、長く続いている。

何気なく、仕事の話をしたり、世間話をしたり。

 

「そういえば、もうエイプリルフールですね」

「もうそんな季節ですか、またちひろさんが踊るのでしょうか」

「次はプロデューサーの番かもしれませんよ?」

 

それは無いですね、と二人で笑う。

いつの間にか飲み干した杯に、酒を注ぐ。

 

「あ、お酌しましょうか?」

「トップアイドルの酌とは、ファンにばれたらどうなるやら」

 

軽口を言いつつも、激したところは無く、静かに飲み続ける。

 

「プロデューサー……」

 

夜もたけなわ、流石の俺たちにも酔いが回ってきたころ。

楓さんが口を開いて、言いづらそうに言葉を濁す。

珍しい彼女の様子に、唇を濡らす程度の酒を飲んで次の言葉を待つ。

 

「こんな場で言うのもあれですけど……私、感謝しています」

 

その言葉に、薄く笑んで応える。

どう受け取ったのか、目をそらして拗ねたようにグラスをあおる。

 

「私もですよ、楓さん」

「どういう、意味でしょうか?」

「高垣楓というアイドルを、プロデュースできていることにいつも感謝しています」

 

かなり、酔いが回っているらしい。

俺らしくもなく饒舌な口の端を釣り上げて、グラスを干す。

 

「時々思います。俺が担当していいのか、なんて」

「私は、プロデューサーでよかったと思っています」

「はは、ありがとうございます」

 

平行線らしい。そういうことで、この場は終わらせるのがいいだろう。

 

「まぁ、他の奴に渡す気もありませんが」

 

間に合わなかったらしい。いやはや、節操のない口だ。

目をぱちくりとする楓さんは可愛いが、それとは話が別だ。

 

「忘れてください」

「……いいえ、忘れません」

「困ったな……」

 

嬉しそうな彼女には悪いが、失言である。

プロデューサーがそんな発言をしたとばれたら……特に何もないが。

むしろ昨今のアイドルはプロデューサーと結婚が当然である。

 

「恥ずかしいんですってば」

「いいえ、忘れません」

 

子供のような頑固さと、大人らしい強かさを持った楓さんは強敵だ。

ため息をついて、助けを求めるように新しいビンを開ける。

……いけるか? 試してみるか。

 

「楓さん」

「何でしょう?」

「少し早めの、エイプリルフールということにしましょう」

 

不思議そうに首をかしげる楓さん。

自分でネタを解説するのも嫌だが、背に腹は代えられない。

人差し指を立てて、唇に寄せる。

 

「ですから、人には言いふらさないでください」

「……ふふっ。はい、わかりました」

 

何とか説得に成功したらしい。

これで酒の席で口を滑らせたことを知るのは、俺と楓さんだけ。

まぁ、それも悪くないだろう。

 

「もう一本いきましょうか」

「そうですね、飲まないとやってられません」

 

嬉しそうにお酒を飲む楓さんと目を合わせると、どちらともなく笑みがこぼれた。

もう少しだけ、この距離が惜しいと思っているだけだから。

いつか関係が変わったとしても、それはなるようになるだろう。

 




限定奏が出ました


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凛と咲く花のように (渋谷 凛)

ブライダル限定凛が欲しかった


じっとりと濡れたような特有の空気が車内に充満している。

ぼけっと時間をつぶしているうちに、かなり経ってしまっていた。

時計を見れば、およそ5時間ほど。珍しいものだ。

あの凛がこんなに時間をかけるとは、明日は雨かな。

と思いつつも、理由なんぞ分かり切っている。

送り出した時の少し拗ねた表情を思い出して、罪悪感にかられる。

 

「ただいま」

 

懺悔をする間もなく、ロングの黒髪をなびかせた美少女が助手席に乗り込んできた。

渋谷凛、3代目シンデレラガールで、俺の担当アイドルだ。

いつものクールな雰囲気はそのままに、蒼いドレスが彼女を大人びて見せている。

ピッキリ固まって、まるで石化したように動けなくなる。

 

「どうしたの、プロデューサー」

 

イタズラの成功した子供のように薄く笑いながら首をかしげる凛。

 

「……どうして」

「買い取ったんだ。交渉には手間取ったけど、お金って偉大だね」

 

そりゃあ、シンデレラガールの収入なら買えないことは無いだろうが。

というか時間がかかってたのはそれが理由か。

ウェディングドレスをイメージした衣装。ジューンブライド特集のもの。

そのデザインは事務所総出で関わったし、俺も例外ではない。

 

「プロデューサー、これのために頑張ったんでしょ」

 

担当アイドルのことだ。そりゃあ熱くもなる。

それ以上に、この美少女のウェディングドレスをデザインできるのだ。

これで頑張らないやつは男じゃない。たとえ見たら理性的にヤバいとなっても。

 

「アー……気に入った、のか?」

「うん。ちょっとびっくりしたよ。プロデューサーもセンスあるね」

 

一言多い奴である。こんな仕事をしてる以上、嫌でも目は肥える。

そんな俺の目からしても、今の凛は魅力的だった。

年相応の未成熟さを拭う蒼いドレスは、これ以上ないほどに花嫁に似合っている。

彼女の生来の涼やかさを引き立てる様に落ち着いた色合いが憎らしい。

より蠱惑的に、弧を描く口元には、薄いルージュが光る。

 

「ふふ、嬉しいな」

「すまん、そんなつもりじゃなかった」

 

15歳らしい笑みに我に返る。全霊をかけて視線を外し、キーを回す。

ニコニコした凛が視界の片隅に入って、ごくりと喉が鳴った。

 

「ねぇ、プロデューサー」

「なんだ」

 

車を発進させて、しばらくしてから凛が口を開いた。

 

「もしもさ、プロデューサーを好きって言ったら、困る?」

 

ハンドルに動揺が伝わらないようにするのが精いっぱいだった。

とっさに答えることができず、その沈黙は返答に等しいだろうことは明白だ。

 

「プロデューサーはさ、私のこと……どう思ってるのかな」

「それは……」

 

言うのはためらわれた。

プロデューサーとアイドルの結婚が認められて久しいが、それでも。

凛が15歳だから? まだアイドルとして全盛だから?

 

「俺は、怖いんだ」

「……」

 

じっと、凛が俺の横顔を見つめているのを感じる。

俺は、凛が好きだ。まっすぐな瞳にいつも元気づけられる。

でも今だけは、目をそらしてほしかったかもしれない。

 

「俺が、お前を好きでいられるのか。お前が、俺を好きでいてくれるのか」

 

ある意味では、詭弁か、杞憂なのだろうが。

それでも確かに、俺はそう恐れている。

 

「いつか、花が色あせる様に。移ろっていくんじゃないかって」

「……そっか」

 

凛が目を閉じる気配がした。

もしかすると、明日から他のアイドルを担当しなくちゃいけないかもな。

 

「だったら、プロデューサーが不安にならないくらい、強く咲いてみせるよ」

 

ただ、目をひかれた。

名は体を表す。なるほど、そのようだ。

 

窓ガラス越しの街灯に照らされて、凛と咲く花のように笑う彼女。

 

それは、俺があまりにも阿呆だった頃の話。

 




限定歌鈴が出ました


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ゆるふわといっしょ (高森 藍子)

宝くじでスカチケ当たったらほしいアイドル①


 

チックタックチックタックと、腕時計が音を立てている。

少女が、僕の肩に頭をのせて、スヤスヤと眠っている。

どうにも、この少女は、一緒に居ると時間の感覚が狂うと言われている。

僕はそう感じたことは無いのだけれど。

まぁ、彼女と一緒ならどれだけでも過ごせそうだとは思う。

夏も半ば過ぎ去り、木漏れ日が柔らかくなってきたこんな季節には、特に。

中庭の陽気は丁度良く、こんなゆっくりとした時間は、とても惜しい。

だけれども、時間とは人を待たずに過ぎるものだ。

 

「撮影の時間だよ、藍子。ほら、起きて」

「……むにゅ、あれ。……私、寝ちゃってましたか?」

「うん」

 

そう言って、彼女の頭を持ち上げる。

そうでもしないとキミはなかなか起きないんだから、そうむくれないで。

言葉に出すことは無く、さっさと立ち上がる。

もしかしたら、こんな人間だから、彼女とゆっくりできないのかな。

 

「ほら、行くよ」

「あ、ちょっと待ってくださいぃ」

 

まだ寝ぼけている彼女の手を引いて、スタジオまで歩いた。

ゆっくりできる時間をとっている分、スケジュールは過密気味だ。

移動時間までゆっくりしている暇はない。

スタッフと直前の打ち合わせをして、撮影に入る。

彼女らしい、自然体の姿にピントを合わせて、フィルムに焼き付けられていく。

成長したな。なんて、年寄りみたいに思う。

彼女らしさは、アイドルらしさに。アイドルらしさが、彼女らしさに。

アイドルの藍子と、いつもの藍子に、隔たりはもうほとんど無い。

高森藍子というアイドルは、ほぼ完成していると言っていいだろう。

だが、まだ足りない。人気が、ではなく、何かパーツが足りない。

まるでピカソがキュビズムを使っていないような、そんな違和感。

彼女の魅力を、僕は完全に引き出せていない。

……いっそ、担当をおりてみようか?

考えるまでもなく、馬鹿らしい。他に誰がやれるというのか。

首を振って思考をリセットして、撮影の終わった藍子に近寄る。

 

「次は、ポジパでラジオだから」

「あ、はい。じゃあ、ありがとうございました!」

 

スタッフ一人一人に挨拶していくから、その分もスケジュールには入っている。

放っておくと会話を始めるので、その前に連れて行かないと。

次のスタジオからはユニットでの行動になるから、僕はいったん離脱。

あとは本田Pに任せて、僕は事務所に戻ってスケジュールの調整をする。

できる限り藍子と一緒に行動してるから、スキマ時間で仮組みしている。

藍子のスケジュールは1週間単位で微調整を繰り返している。

実際にスタジオ入りの時間などを変えているわけじゃないけど。

僕が藍子と一緒に行動できる時間を主に調整している。

他の人に任せると、俗に言うゆるふわ空間に取り込まれてしまうから。

僕自身の事務仕事もあるので、結構大事なことなのだ。

 

「プロデューサーさん、藍子ちゃんが帰ってきましたよ」

「ん、ありがとう」

 

ちひろさんに言われて、モニターから目線を上げる。

時間は予定よりちょっと遅いくらい。

これから仕事は入れてないし、予想内なので問題は無し。

 

「おかえり」

「はい、ただいまです。プロデューサーさん」

 

ニコッと笑いながら、返事をする藍子。

 

「帰りだよね。送ろうか」

「……プロデューサーさん。一緒に、散歩に行きませんか?」

 

突然の申し出に、少し驚く。

脳内で事務仕事の進捗を確認。うん、問題ないかな。

いいよ、と返すと嬉しそうにトイカメラを取り出して、僕の手を取った。

 

「さっきそこの公園に可愛いネコちゃんがいたんです。早く行きましょう♪」

 

返事する間もなく、僕はなされるがままに彼女についていく。

こんなに急いでいる彼女は初めてだ。そんなに撮りたかったのなら帰り道に……。

そう思っていると、彼女が急に止まった。

 

「……?」

「プロデューサーさん、何か悩んでますよね」

 

僕も足を止めると、彼女は振り返ってそう言った。

悩み……? どういう事だろうか。

 

「今日の撮影の時、難しそうな顔をしてませんでした? 私が力になれるなら、何でも言ってくださいね」

 

手を腰に当てて、どこか怒ったようにそんなことを言う。

これは参った。撮影しながら他のことに気をとられていたのか。

少し呆れながら、気にしなくていいと首を振る。

 

「きっと、大丈夫」

「そう、ですか? ううん、プロデューサーさんが言うなら、そうですよね♪」

 

ニッコリと笑って、恥ずかしいことを言ってくれる。

信頼されているのは嬉しいけれども、流石に無条件すぎやしないだろうか。

 

「藍子」

「何でしょう?」

「どうしたい?」

 

藍子は顎をつまんで考え込む素振りを見せ、すぐにやめた。

困ったように笑って、もう一度僕の手を取りなおした。

 

「いつかも言いましたけど……私、プロデューサーさんの手が好きです」

 

僕は身長が低いせいか、体温が高い。

年中を通して温かい僕の手を、藍子は陽だまりのようだと言ったことがある。

 

「温かいのはもちろんですけど。なにより、私をどこへだって連れて行ってくれるんです。アイドルの世界に、ステージの上に、仲間たちの所に、私の知らない所に」

 

確かに、僕は良く彼女の手を引いて連れていく。

いつぞや渋谷Pに「犬の散歩じゃあるまいし」などと言われたが。

そういえば、初めての時もそうだった。

事務所の色んなものに興味を示す藍子の手を握って、中庭に連れ出した。

 

「だから、プロデューサーさんのしたいようにして、良いんですよ♪」

 

その時も、とても嬉しそうな顔で、僕の手を握り締めていた。

 

「藍子」

「どうしました?」

「今度の撮影、中庭でやろう」

 

僕の唐突な提案に、彼女は眼を大きく見開いて驚いた。

と思ったら、すぐに笑顔になって、嬉しそうに「はい」と言った。

 

「連れて行って、くれるんですね」

「うん、きっと」

 

何となくわかった。

僕は、彼女のゆるふわ空間に頭まで浸っていたらしい。

彼女の一番魅力的な姿に気づくのが、あまりに遅すぎるのだから、間違いない。

 




当たらないかなー
いつかは買うけど、当たったら嬉しい


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恋の花を咲かせよう (相葉 夕美)

宝くじでスカチケ当たったらほしいアイドル②


 

「バラにヒマワリ、カサブランカもいるだろ。あと……」

 

ピコピコと片手でスマホをいじりながら、企画書に書き加えていく。

結構な大仕事だし、それに相応しいものにしてやりたいが……。

 

「あれ、プロデューサーさん? まだ残ってたんだ」

「んぁ? なんだ夕美か」

「なんだ、とは何かなー。もう」

 

怒ってますと言わんばかりに頬を膨らませるが、いつものことなので放っておく。

それより、丁度いいや。

 

「お前って、結婚式にはどんな花が良いんだ? なんか希望あるか?」

「へ……? 結婚式、のお花って……ふぇっ」

 

あ、赤くなった。こりゃ勘違いさせたかな。

面白そうだけど仕事が長引くのは嫌だし、さっさと解かないとな。

 

「ほれ、資料きてっから。目通しとけよ? ブライダル特集♪」

「え、あ。えっと! もー! からかわないでよー!」

 

勘違いするほうが悪い。っつうのも変な話か。

そうでなくとも人気のアイドルが電撃結婚なぞ流石にシャレにならん。

いや、したくもねーし。……まだはえーし。

 

「まぁ……こういうのは新婦の意見も聞かないとな?」

「茶化さないでって言ってるのに……もう」

 

資料を手渡すと、すぐに目を通し始める。

その間に俺はスマホのページを進める。

結婚式で定番の花を調べてみたが、どうにもイメージが浮かばん。

 

「……文香と、ナナちゃんかぁ……」

「珍しく全員結婚できる年齢だな。別枠の方はダメだったらしいが」

 

このロリコンどもめ。などと言いつつ、少し浮かない顔の夕美に視線を向ける。

 

「不安か?」

「うーん……そういうのじゃ、ないと思う」

「おう、そんな顔して何を抜かす。大方、力不足だと思ってるのか?」

「そう、かなぁ? そうかも」

 

確かに、阿部も鷺沢もそこそこ人気だ。

と言っても、夕美も十分に遜色ない人気を誇っているのも事実。

 

「気にするだけ無駄だろ。お前を待ってるヤツも多いんだし」

「ふふっ、そうだね。私は私らしく、頑張らなくちゃ!」

 

ん、やる気を出したようで結構。

……いっそ誕生花でも混ぜてやろうか。

 

「バラ、ヒマワリ、カサブランカ……定番だねっ」

「それが一番いいかと思ったんだが……なんか、いい案有るか?」

 

二人して顔を合わせて悩む。

一応、手がないわけじゃない。

いつものように、彼女を花として仕立てるのも、一つの案だと思っている。

 

「……ガーベラ」

 

彼女がぼそっとつぶやいた名前を企画書に書き入れる。

また顔が真っ赤になってるが、恥ずかしいんなら気をつけろよ。

ぽかぽかと頬を膨らませて叩かれたので、とりあえず消しておく。

 

「別に良いだろうに」

「私が恥ずかしいの! そういえば、今回はお花のドレスは無しなんだね」

 

気づきやがったか。資料にも載ってないはずだが。

 

「だって、いつものプロデューサーさんなら『お前を飾り立ててやる』って言うから」

「言わねーよ」

 

そんな痛いセリフを日常的に使ってたまるか。

そうでなくとも男が花屋に行くのは恥ずかしいってのに。

渋谷の店が使えるようになってからマシにはなったが……。

 

「今回は、お前は女の子だ。アイドルとしての相葉夕美である以上に、女の子の夢としての相葉夕美。つまり、お嫁さんなんだよ」

 

アイドルと花。この組み合わせで言うなら、夕美の隣に並ぶ者はいない。

だけど、それだけじゃない。相葉夕美も、恋して、憧れる女の子だから。

 

「だから、今回は……大切な人と結婚するイメージを大切にしたいんだ」

「大切な人と……」

 

相葉夕美は、花で飾らなくたって、綺麗で可愛いアイドルだってわからせてやりたい。

ぼくの担当しているアイドルは、世界一だ。そう信じているから。

 

「……そうだ、プロデューサーさんっ」

「なんかいい案でも思いついたか?」

「”私”がいいなっ」

 

ぱぁっと眩しい笑顔で、彼女はそう言い放った。

私、わたし、ワタシ。はて、そんな花があっただろうか。

 

「私、大切な人のために、咲く花を知ってるんだ」

 

慈しむように、目を閉じて、彼女はかみしめる様に言う。

 

「大切な人の隣にいるときに咲くのは、”恋の花”だよっ」

 

顔を真っ赤にしながら、まっすぐに俺を見つめて微笑む。

 

「……わかったよ。思いっきり咲いてこい」

「うんっ!」

 




ちなみに、タグにある通りデレステPなので[祝福の花]については調べました。
一応シリーズとしてはあと一人です。5人も決められない。
楓さんに恒常があればなぁ……。


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もうげんかい?(高垣 楓 ②)

無償10連でフェス限楓さんが来てくれたので、喜びにまかせて書きました
ギャグセンスが欲しい(切実)


 

いつの間にやらみんな酔いつぶれていた。

3本目のウォッカを開けながら、少し辺りを見回す。

くすくすと嬉しそうに揺れながら笑っている楓さんが少しホラーだ。

一緒に飲んでいた川島Pや三船Pも完全につぶれて眠っている。

一応この宴会場は貸し切りなので、明日まで眠っていても構わないだろう。

二日酔いに苦しむかもしれないが、収録はほとんど終わっている。

ごくん、と一口。流石にうつ伏せはまずいだろうと、回復体位を取らせておく。

寝ゲロするほどわきまえないアホはおらんと思うが、万が一もある。

 

「楓さん、部屋に戻りますよ」

 

いまだに揺れている楓さんに声をかける。

彼女もかなり強いはずなのだが、浮かれて飲み過ぎたらしい。

 

「ぷろでゅーさ~?」

「ハイ、これ飲んでください」

 

酔い止めの漢方薬を水に溶かして手渡す。

酒と勘違いしたのか、一気にあおってむせた。

 

「ごほっ。これ、お酒じゃないですね」

「私は知ってます」

 

アイドルらしからぬ音が聞こえたが、少しは気付けになったらしい。

意識がはっきりしたらしく、ちびちびと顔をしかめながら飲み干した。

すっごい苦いらしい。俺は飲んだことないけど。

 

「ひどいです」

「あんなに飲む楓さんが悪いですよ。ちょっととはいえ明日も撮影あるんですから」

「むー……あ、そうだ♪」

 

何やらいたずらな笑顔をこぼしたと思ったら、いきなり両腕を伸ばしてきた。

見つめてもニコニコとするだけ。こうなると楓さんは譲らない。

 

「一応私も飲んでますから、危険なんですよ?」

「プロデューサーなら、大丈夫ですよ」

 

ため息を一つついて、そっと腰と首に手を回す。

いわゆる、お姫様抱っこだ。楓さんは嬉しそうに俺の首に手を回して身をゆだねた。

 

「ふふ、なんだかお姫様みたいですね」

「……実際、そういう役柄多いですよねぇ」

 

高垣楓というアイドルは、ミステリアスだ。

女神だとか、お姫様だとか。そういう、手の届かない者だ。

それが、世間一般における高垣楓。

実際には、ファンの間で25歳児などと言われる程度の人柄である。

親父ギャグが好きで、お酒が好きで、綺麗な衣装が好きな、普通の女性ともいえる。

 

「プロデューサーは、どう思ってますか?」

「何をですか?」

 

部屋でおろすと、彼女はそう問いかけてきた。

 

「私は、高嶺の花……でしょうか」

 

あんまり疑問に思ってなさそうな、答えの分かった問い。

はてさて、それは。

 

「酔っているんですか?」

「どうでしょう? 私でも、大胆だなぁ、とは思います。だって、プロデューサーはいつだって、私の隣にいますからね」

「だったら、聞く必要もないでしょう」

 

くすりと、彼女は一つ笑って、いつも通りの口調で続ける。

 

「妄言かい? なんて、もう限界♪ ふふっ」

 




イベントを走っているので、短めでごめんなさい


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酸いも甘いも一片に (白菊 ほたる)

宝くじでスカチケ当たったらほしいアイドル ③


 

不幸、と言っても人それぞれ。

 

「それでも、不幸か?」

 

遣らずの雨に降られて、二人で事務所のソファーに陣取っていた。

いつでも眉をハの字して、所在なさげにしている儚げな少女。

白菊ほたるの黒髪を撫でながら、なんとなく聞いてみた。

 

「……すぅ」

 

答えは返ってこなかった。

そりゃそうか。さっきまでレッスンだったもんな。

不幸な人生だったと、聞いているが。

さっきまでの彼女を見れば、それだけではなかったこともわかる。

 

「なぁ、ほたる?」

 

不謹慎だろうか。

努力しても報われなければ、不幸だろうか。

成功しなければ、不幸だろうか。

何もなければ、不幸だろうか。

 

「……んぅ? あ、すみません……寝ちゃってましたか……?」

「気にするな。あれだけ頑張ってたんだ、当然だろう」

 

寝ぼけながら、俺の肩から頭をはなす。

もう一度聞いてみようか、やめておこう。

 

「ほたる、今のところは幸せか?」

「ふぇ? は、はい。幸せ……です。……とても」

「どうして?」

「……プロデューサーさん?」

 

ほたるがコテンと首をかしげて覗き込んできた。

怪訝そうな顔に我に返る。

デリカシーが足りんな、まったく。

 

「すまん、別にお前を責めるわけじゃなくてな。もちろん、事務所が倒産することも無いぞ? 心配かけさせたか?」

「いえ、プロデューサーさんは……不幸を気にしないですから」

「そんなことはないさ。俺だってツイてないと思うことくらいある」

 

レジで1円玉が足りなかったり、仮眠室のベッドが空いてなかったり。

そんな些細なことでも、人は不幸だ。

 

「俺が気にしないのは……ただ、自信があるからだ」

「自信、ですか?」

 

あぁ、と静かにうなずく。

 

「そんな不幸くらい、俺なら吹き飛ばせる」

 

いつだって自信がある。

それだけの努力もしてきた自信がある。

どんな時でも大丈夫だと自信を持っている。

だから、不幸があっても気にしない。

 

「……すごい、です」

「お前もだよ、ほたる。ほら、もっとシャキッとしろ」

 

初めて会った時のように。

あの時のように強い意志を、また見せてほしい。

そんな思いを込めて、彼女の頭を少し強く撫ぜた。

 

「あぅ。でも、私なんか……」

「幸せも、不幸せも、大して変わらん。心の持ちようだろう? だったら、一片に片づけた方が得だ。トップアイドルになりたいってんなら、後ろ向いてる暇はもったいないしな」

 

そして、不幸を不幸のままにさせないのがプロデューサーの役目だ。

 

「ありがとうございます……。とってもとっても、嬉しいです……」

 

またウトウトとし始めた彼女の髪をとかしながら、少しばかり微笑む。

すこし、いや。かなり不幸だとして、何が問題だろうか。

この諦めの悪い少女一人、トップまで連れていけなくて、何が自信家か。

酸いも甘いも、花弁の一片ごとく蹴散らしてみせよう。

かつてないほどの自信をもって言える。

彼女は……俺の担当は、絶対トップになれる。と。

 




調べている最中に見つけた 神よ、足だけは引っ張らないで というセリフに痺れました。薄幸に見えて芯の強いほたるちゃん可愛い。
(ヴォヤージュ・ブレイバーが来るまでクールだと思ってました)


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書で架かる縁 (鷺沢 文香 ①)

アニバーサリー限定文香が欲しかった。
お祈りするまでもなく267回目で来てくれました。


 

べったりと、デスクに突っ伏しながら唸る。

いや、実際には唸る気力もなく、ほぼ死に体である。

 

「まぁ、そう気を落とさないで下さい。他のプロデューサーさんも、スカウトには苦労してましたから」

 

コトリと、お茶を置かれた音がしたので、顔を上げて礼を言う。

ちひろさんにそうやって慰めてもらうのも何度目だろうか。

 

「やっぱり、僕みたいな暗い人間にスカウトは無理でしょう」

「私はそんなに暗いとは思わないですよ?」

 

そうだろうか? この本ばかり読んで生きてきた人間が暗くないはずがないと思う。

そう反論しようとも、別に自分の評価を下げなくてもいだろうとも思う。

結局、どっちつかずの曖昧な返事をすることになる。

 

「そうでしょうか……」

「はい。きっと、すぐに良い子が見つかりますよ」

 

きっと、ときたか。

そこまで言われてくすぶっているのも、なんだか悪い気がする。

 

「昼から、また行ってきます」

「その意気ですよ」

 

ズズ、とお茶をすすって、一息つくのだった。

 

夏も終わり、風に冷たさの混じる中で歩き回る。

ぶっちゃけて言うと、まずピンとくる子がいない。

一応これからのパートナーなのだし、もっと良い子を……と思ってしまう。

自分でも夢見すぎだとは思うけれども、事務所の子たちを見てるとなぁ。

 

「……あほらし」

 

ここでスカウトは無理と判断して切り上げる。

可愛いとか、綺麗とかじゃなくて、もっとこう……。

そう、高森のような穏やかさと、高垣さんのような美しさを兼ね備えたような……。

まるで、『ぼくのかんがえたさいきょうのアイドル』。

いや、そうまで言わなくとも素晴らしい原石がどこかに居ないかなぁ。

ただ、僕がそれを見抜けるとも思わないけど。

 

「やっぱり、僕にスカウトは無理だよねぇ……」

 

ネガティブなのかポジティブなのか。

少なくとも、スカウトは難しい。どこかで妥協も必要だろうか。

無期限とはいえ、あまりちひろさん達を待たせるわけにもいかないし。

 

「どのあたりで妥協するのかが問題だよねぇ」

 

ぼそぼそと独り言を言いつつ、あてもなくさまよっていると、それを見つけた。

……本屋だ。しかも個人経営の古本屋かな。

この電子書籍の時代に、珍しいものだ。……ちょっとくらい、いいかな。

 

「……失礼しまーす」

 

小声で挨拶しつつ、中へ入っていく。

カウンターに人がいない? 不用心だけど、まあ有ることか。

息を吸えば、古本の醸しだす独特の匂いが、心地よく感じられる。

僕にとっては、懐かしい匂いで、落ち着くことこの上ない。

 

「わぁ、すごい。古いのばっかりでもないし、いい蔵書量だなぁ」

 

やばい、心が躍る。

事務所からそんなに遠くもないし、最高かよ。

人も少なくて、静かな雰囲気。こんなにいい場所があるなんて。

書架を挟んで人の気配がして、いい場所を見つけた仲間に不思議な親近感。

と言っても、今の僕は仕事中だし、長居はできない。

ちょっと惜しみつつ、3冊ほど手に取ってカウンターに向かう。

 

「あ、これお願いします」

「……? あ、はい」

 

はてさて、この瞬間に僕を襲った衝撃については、筆舌にしがたい。

カウンターには、髪の長い女性が座っていた。

ストールを肩にかけ、一心に本を読んでいた。

その人が顔を上げたとき、僕の心臓は鷲掴みにされた。

長い前髪の隙間から覗いた蒼い瞳に、魂が吸い取られたような錯覚。

 

「……あの?」

「へぁ。あ、すいません! えっ、あはい。お金……」

 

完全に放心していた僕に、いぶかし気な顔をする彼女。

急いで財布を取り出そうとして、手を滑らせてポケットの中身を落としてしまう。

名刺入れが衝撃で開いて、中身がばらまかれる。

ふと、冷静になる。そうだ、この人をスカウトしよう。そうしよう。

 

「あぁ、ほんとすみません。取り乱してしまって」

「いえ……構いませんが」

 

あれ、スカウトってどうすればいいんだ?

財布からお金を取り出しつつ、そんなことをふと思う。

なんかこれまで言い訳ばっかりでまともにスカウトしてない気が……。

さりげなく取り出そうとした名刺をそそくさとしまって、本を受け取る。

 

「あの、えっと。また、ここに来れば……会えるかな?」

「……? 講義のない時は、ここに居ますが……?」

「そっか、それならよかった。また来るよ」

「はい……? またのご来店、お待ちしております……?」

 

彼女を困惑させる言動をして店を出る。

ナンパのような何かだと思い至って悶え苦しむのは後の話。

今はただ、スカウトのコツを教えてもらうことを心に決めるのだった。

 




途中で限定志希にゃん、恒常ほたるも来てくれて幸せ。
せっかくなので天井できらりもいただきました。やったぜ。


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空想いを真に実らす(鷺沢 文香 ②)

今回は独自解釈注意です。ふみふみおめでとう。


新人プロデューサーは悩んでいた。

やっとの思いでアイドルをスカウトして、やっと1年は経とうかという時期のことだ。

スカウトしたアイドルを担当し、この一年間がむしゃらに頑張ってきた。

自分の担当が世界一だと思えなくてなにがプロデューサーか。

などと先輩に言われるまでもなく、彼は彼女が最高のアイドルだと思っている。

現状のところ活躍は順調。ちょっとどころではない人気アイドルになった。

当たり前だが、1年でこれは破格と言っていい。

なにより、話題性だけでは終わらない魅力が彼女にはあるのだから。

デビューしたての物珍しさだけではない。それは彼も十分理解していた。

このままいけば順当にトップまで行けるだろう。

 

では、なぜプロデューサーは頭を抱えているのか?

簡単だ。

 

彼が思う世界一のアイドルに対して、最も熱心なファンの一人だと自称する彼は、誕生日プレゼントの一つも用意していないのである。

しかし、彼を責めることはできないだろう。

何より彼女がここまで有名になったのは彼の手腕によるものが大きい。

多くを語らずとも、多忙を極めたのは想像にがたくない。

そして、そのことを誰よりも理解しているのは担当アイドルだった。

 

話は変わるが、彼女には自信がなかった。

書架に囲まれた、どうしようもなく古びた紙の匂いが染みついた女性であった。

彼女自身が、それを理解していた。むしろ、そうあることを求めていた。

本がある限り、彼女は独りではなかった。そして、万能だった。

それが仮初めであると知っていても、平凡を自称する彼女にとってひと時の自由。

誰かの投影、感情移入、追体験だとしても、それは文字を通した真実。

あるいは、そう押し隠して、書架の殻に閉じこもっていた女性であった。

殻を破ったのが彼であることは、言うまでもない。

そして、彼女のアイドルという名の旅路の道案内は、彼が務めている。

 

”ファンタジー”を”現実”に変えてくれたことに、彼女は例えようもないほどの感謝を抱いている。

それにさえ多大な労力がかかっているというのに、その上に誕生日プレゼントなど貰った日には、彼女には返せるものが無くなってしまうと思っている。

 

こうして、彼と彼女は少々のすれ違いをそのままに10月27日を迎えた。

 

「おはよう、文香」

「おはよう、ございます」

 

朝の挨拶もどこかぎこちないままに、彼は機会をうかがっていた。

なんとか用意できたのは、一日のオフ。そして、古本市のポスターだった。

 

「アー、文香って今日誕生日だったよな。そういうわけで今日のレッスンはオフにしておいたからこれに行ってみたらどうだ」

「はい……?」

 

結局何も思いつかなかった彼は直球に言った。早口になりながら。

唐突な言葉に、彼女は困惑しながらもポスターを受け取る。

 

「ほら、あれだ。いつも行きたいって言ってたろ。アイドルになってから趣味の本屋巡りも満足にできてなかっただろうし、今日は羽を伸ばしてこい」

 

今更ながら、これを誕生日プレゼントと言い張るのは苦しいだろうか。

などとという彼の思考はあまり意味がなく、彼女はしっかりと受け取っていた。

彼女は、黙り込んで考え込んだ。これを受け取っていいものか。

 

「では、一緒に……?」

「あ、あぁ。そうだな、それ……でぇ?」

 

彼女は、決して鈍いわけではない。

彼から向けられている恋慕の情にも、もちろん気づいている。

つまるところ、考え込んだ末に、彼への恩返しも兼ねようと思い至ったのだ。

もちろん、彼女自身が彼と共に行きたいという感情は多分に含んでいる。

ただその感情が恋愛に発展するものかどうかは、彼女には判断がつかない。

彼の方はと言えば、奇声を上げたかと思うと、そのままフリーズしていた。

予想もしなかったわけではない、思った以上にうまくいっていることが問題だった。

同時に、これは悪くないチャンスだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

言うやいなやパソコンに向かいシャットダウンを済ませる。

今日の分の仕事は昨日、明日に分割してある。抜かりはなかった。

 

「よし……じゃぁ、行こうか」

「はい。楽しみですね」

 

無意識にネクタイを締めなおし、彼は彼女と共に古本市に向かった。

 

日中の出来事に関しては、特筆することは無い。

本の虫二人が古本市に行ったとして、会話が弾むことがあろうか。いや、ない。

 

真っ暗になった道の上を、二人は大きな紙袋を持って歩いていた。

充実した一日を過ごした二人は、どこか気分よさげに肩を並べていた。

 

「今日は……ありがとうございます」

「気にすんな、俺もかなり買い込んだことだしな」

 

言葉を交わして、また沈黙。今度はまるで、探るような。

彼は、瞳に影を落とした彼女にかける言葉を持っていなかった。

彼女は、この一瞬すらも仮初めであるような気がしていた。

ただ、二人して時間を踏みしめるようにゆっくりと歩いた。

 

「なあ、文香」

 

沈黙を破ったのは彼だった。彼女に呼び掛けて、足を止めた。

どうしようもなく気がかりで、いつかは解決するべきことだった。

 

「俺はプロデューサーだ。新米だ。スカウトもへたくそで、正直なところ、お前のことを今担当できていることが不思議でならない。だから、聞かせてくれ――」

「プロデューサーさん……」

 

彼の言葉を遮って、彼女はぽつりとつぶやいた。

彼女にとっては一大事で、彼にとってはおかしなことを今は確かめなければならなかったから。

 

「もしかすると、私は今でも……ファンタジーの中にいるのではないでしょうか」

 

彼女は珍しく、空を仰いだ。青空はそこに無く。

 

「……んなわけないだろ」

 

彼女の青い瞳には、銀色に輝く月が映りこんだ。

 

「お前、まだ自分が何もできない。だなんて思ってるんじゃないだろうね」

 

さっきまで言おうとしていたことはどうでもよくなった。

しかし、彼には言わなければならないことができた。

彼の目に映る彼女は、そんな女性では無いのだから。

 

「お前はアイドルだ。アイドルになった。それは、お前が選んで、決然と歩いてきた、間違いのない真実だ。俺は、何よりもその強さを知っている。お前はもう、明日への切符を持ってるんだ」

 

鷺沢文香という女性の魅力を語りつくすことなど、彼にはできない。

変わりたいと思うことが、一歩踏み出すことが、どれだけ難しいかを彼は知っている。

だからこそ、彼は強く彼女に惹かれ、熱情を注いでいた。

 

「俺は、お前をプロデュースしたい。他の誰でもない、鷺沢文香を」

「……私は」

 

彼女には、実感がなかったのだと彼女自身が気付く。

アイドルになって1年。彼や、周りに流されるがままのような気がしていた。

自分は何も変わっていないと、心の片隅にわだかまっていた。

それを、どうすればよいのか。彼女は、よくよく知っていた。

 

彼女は、決して鈍いわけではない。

だからこそ、彼女の中に生まれた”本物”を見逃すことは無かった。

 




Pは担当に似る。なるほど、真理だ。
決して文香がポエミィというわけではないですが。
ただ、まあ。君に会えてよかったと、デレステに会えてよかったと。
それだけ思って書きました。

せっかくの記念なので、裏話。
このシリーズは基本一発殴り書きです。実は推敲すらしてないのです。
もともとお祈り用だったからね、仕方ないね。


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幸せモノ探し(複数人)

フレちゃんもよしのんも欲しいけどジュエルが足りないのでムリポ。



ここは110プロダクション。

9階建てのビルを丸々使っている、ちょっと大きめのプロダクションです。

何よりの特徴は、所属しているアイドルの多さ、と言われています。

が、わたしとしてはプロデューサーの多さを挙げたいところです。

サラサラと書類に目を通して、気になるところにチェックを入れ、付箋を付けます。

 

183人のアイドルとそれと同数のプロデューサー。

それだけの人間がいれば、ある程度の仕事の量は何とかなります。

しかしながら、質についてはどうにもならず、事務員だよりです。

全員分の書類を見終えて一息つけば、昼下がりも過ぎていました。

 

「フンフン……あ、ただいまー♪」

 

後ろで楽し気に鼻歌を歌いながら揺れていた担当アイドルが、何事もなかったかのように言葉をかけてきます。

がり、と真っ白な髪で覆われた頭皮をひとかきして、彼女に向き直りました。

 

「おかえり、フレデリカ」

 

そう言うと、明るい金髪にも負けないほどの笑顔で、もう一度「ただいまー♪」と言いました。底抜けに明るい笑顔に、わたしも頬が緩みます。

 

「今日は、どうしたんだい? 良いことがあったのかな」

「うん! あったあったー♪ 今日に限らないけど、いっぱいあったんだー」

 

ともすれば親子のように見える会話ですが、実際には孫ほど年が離れています。

彼女の話を聞きながら、ほんの少しだけ寄る年波に思いをめぐらせました。

 

「それでねー、いまから芳乃ちゃんと幸せ物探しに行くんだー♪」

「依田さんと? そういえば、彼女は失せ物探しが得意と聞いたことがあるね」

「ノンノンノン、失せ物探しならぬ、幸せ者探しー♪」

 

ふむ、幸せモノ探しですか。

なんとも、フレデリカらしい発案ですね。

 

「はっはっは、それは良い。きっと、すぐに見つかるよ」

「だよねだよねー! プロデューサーもそう思うよねー。だってこのフレちゃんがもう世界一の幸せ者だし!」

 

にこやかに笑顔で話す彼女はまったく恥じる気配もありません。

とても真っすぐで、器用なのに不器用に生きている彼女が世界一の幸せ者だと言えるのは、それは例えようもなく尊いことのように思えます。

 

「あ、もうそろそろ時間みたい! 行ってくるねー」

「はい、いってらっしゃい」

 

ぱたぱたと手を振って、彼女はCu事務所を出ていきました。

依田さんはPaですから、4階に行くのでしょう。

どういう経緯かは語りませんでしたが、彼女には彼女なりのポリシーがあります。

彼女が何を思っているにせよ、その成功を願わずにはいられませんでした。

 

__________

 

 

「やっほー! パッションデリカの討ち入りだー!」

「Cuの事務所は2階だぞ」「よくいらっしゃいましてー」

 

相変わらず宮本がキュート属性なの信じられない。

私の担当がパッションにしては大人しいのを差し引いても、属性詐欺だと思うが……。

 

「フフーン、今のフレちゃんは情熱でファンファンしているから大丈夫なのだー! 元気印のフレデリカー♪ 芳乃ちゃんもおひとついかがー?」

「ふむー、わたくしには持ち前のあふれ出る情熱がありますゆえー」

「ちょっと待て、待ってください。お前だけは味方だと信じていたのに」

 

私をこのパッションの渦中に置かないでください。

周りの娘たちが段々と集まってきたのを、ニコニコと対応していくフレデリカは流石だなー、と思いつつ、その間に芳乃に事情を聴くことにした。

 

「どゆことでしょう?」

「幸せ者探し、とのことですー。わたくしもー、楽しみでしてー」

 

このマイペースをPaとは思えないとぬかす奴は出てこい。

もっと細かい説明が欲しいところだったが、芳乃が楽しそうだし、それでいいか。

 

「それじゃあ早速!」

「れっつ、ごー。でしてー」

「まぁ……いってらっしゃい」

 

あわただしく、嵐のように過ぎ去っていったフレデリカもすごいと思うが。

やっぱ、あのエネルギーは真似できないなぁ……。

 

「あ、宮本担当Pさん、知ってるのかなこのこと」

 

一応確認に行くか、書類も受け取らないといけないし。

 

__________

 

 

「あぁ、知っているよ」

「あ、それならいいんです。あの様子だと外まで行きそうなんで、一応」

 

初老の男性と大学生ほどの青年が、事務所で話している。

二人ともプロデューサーだが、今日は仕事が少ないらしい。

 

「はいこれ、PaPくんたちの分ね」

「いつもありがとうございます。ほんと、事務員には頭が上がらないですね」

「はっはっは、事務員の仕事があるからいいのさ」

 

がさがさと書類を受け取りながら、軽い世間話を交わす。

「そういえば」と、書類に目を通していた青年が口を開いた。

 

「芳乃と宮本ってどこで会ったんでしょう? 一緒の仕事ってありましたっけ?」

「ふむ? どうもここ最近物忘れが激しくてね、わたしはあてにならないよ」

「いやいや、まだまだお若いですよ」

 

真っ白な髪を撫でつけながらボケたような返事を返す男性。

こうなると強情なのは担当アイドルとよく似ている。

青年も答えを期待していた訳ではなさそうだ。

二人で朗らかに笑い合った後、青年が申し訳なさそうな顔をする。

 

「なんていうか、ありがとうございます」

「はっはっは。私は何もしていないさ、あの子に言ってやりなさい」

「そうは言いますが……宮本は受け取らないでしょうから――」

 

貴方と同じように、という言葉を飲み込んで、青年はそれだけ告げた。

男性はまた特徴的な笑い声を漏らすと、目じりのしわを深めて青年を見つめた。

 

「それでもいいのさ。彼女が選んだ道だろう?」

「それも、そうですね」

 

どこか嬉しそうに微笑む男性と対照的に、青年は悲しそうな笑みを浮かべた。

 

__________

 

 

「今日も、楽しかったかい? フレデリカ」

「もっちろん! アタシが楽しくない日は存在しえないのだー。あったとしたらー? 地球最後の日かも! ワォ、フレちゃん大役ー♪」

「はっはっは。そうだ、フレデリカ。依田Pからね、お礼の言葉を言われたよ」

「ワォ! さっすがフレちゃん、何もしてないのにもちの下の力モチー♪ かもちーじゃないよ、ちからもちー♪」

「…………あぁ、本当に。いつもありがとう、フレデリカ」

 

 




110プロダクションの初お披露目です。346じゃないです、別の世界です。
読みは【いっとう】。ひゃくとーばんじゃないですよ。
なんとアイドル一人にプロデューサー一人という大所帯。
もちろんと言っては何ですが、全員は出せません。
183人もキャラ考えてたら絶対キャラ被りが出ますからね。デレマスってすごい。
一応設定集も作ってますよ、基本後付けですけど。


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幸運の女神(鷹富士 茄子)

正月限定茄子が欲しかった


 

平凡で、特筆するほど幸運でも、不幸でもない。

プロデューサーになるまで、いや彼女に出会うまでは、そんな人生だった。

大学受験に落ちたことは、人並み以上の不幸だと自負するほどのことじゃないだろう。

まぁ、それ以来こうやって神社に来ることは無くなったが……。

 

「プロデューサー? どうかしましたか?」

「ん……なに、久しぶりに来ると変な気分になってな」

「あら、プロデューサーは神頼みしないんですか?」

「まーなぁ……経験上、困った時の神頼みは役に立たんからな」

 

なるほど~、と独特の間延びした口調で納得した言葉を漏らす。

物思いを首を振ってかき消す。

ニコニコとした彼女と目を合わせると、彼女はコテンと首を傾げた。

つややかな黒髪のボブショート、神秘的な琥珀色の瞳。

何よりも彼女の特徴と言えば、その幸運。

 

「カコさーん、もうそろそろ撮影はじめますよー!」

「は~い。じゃあ、行ってきますね。プロデューサー♪」

「おう、がんばってこい」

 

今年も幸運の女神としての仕事が多くなるだろうなぁ。

正月早々からお疲れさまなことだが、逆にこれ以上の稼ぎ時もない。

茄子には悪いが、頑張ってもらわないとな。

 

__________

 

 

特に何事もなく撮影は終わった。

今日の仕事はこれで終わり。

昼下がりのやることの無い時間帯なこともあり、茄子の提案で初詣をする。

 

「おみくじも引いていきましょうか」

「別に良いが、お前さん大吉しか出ないだろう」

「いえいえ、恋愛運とかの細かいところは結構違うんですよ~」

 

やっぱ出るのは確定なんだなぁ。相変わらずなんでも楽しむ奴だ。

いつも通りニコニコしながらおみくじを買ってわたしにも手渡してくる。

特に何気なく、おみくじを開く。

 

「ほら見てください、大吉ですよ♪」

「おーぅ。俺も大吉だったよ」

「願望、願い続けるべし。待人、来たり。あ、恋愛にこの人を逃すなって書いてありますよ、プロデューサー♪」

 

自分のおみくじを読むふりをして、茄子の危ない発言はさらっとスルー。

もう、なんて言って膨れた後、ぴょこぴょこと後ろに回り込んでくる。

 

「プロデューサーの恋愛は……素直に災いなし、ですかー。ん~?」

 

願望、叶いがたけれどいつかは成就す、ねぇ……。

叶うに越したことは無いだろうけども、意味深なことで。

にしても、恋愛のところが的確すぎる。これも茄子の幸運パワーだろうか。

 

「プロデューサーって好きな人がいるんですか?」

「はぁ? なんでそうなるんだよ」

 

積極的にアプローチしてるのはお前だろうに。

 

「プロデューサーは、誠実な人ですから。素直じゃないプロデューサーっていうのはあんまり想像がつかないんですよね~」

「誠実と素直は違うと思うがなぁ」

「つまり、いつものプロデューサーは素直じゃないんですね?」

「いや、そういうわけでもないが」

 

コロコロと表情を変えながら質問を続ける彼女。

相変わらず好意というか、気持ちを隠さないやつだ。

それが彼女の魅力でもあるんだがな、うん。

二人で参拝を済ませ、参道で甘酒を貰う。

 

「プロデューサーは何をお願いしましたか? 私は去年と同じです♪」

「いや、神頼みはしないし。特に何も願ってないが」

「……何のための参拝だったんでしょう?」

「ほら、新年のご挨拶だよ」

 

軽口を叩きつつ、少しぬるくなった甘酒をすする。

まだちょっと熱い。体があったまるのは良いが、猫舌にはきつい。

しばらく甘酒をすすっていると、茄子が唐突に口を開く。

 

「今日の夜って空いてますか?」

「んぁ? 別に予定は無いが……なんか用か?」

「ふふ、久しぶりに一緒に飲みませんか?」

 

あー、そういうことね。

アルコール無しじゃなくて普通に酒が飲みたいと。

別に問題は無いだろうが、茄子は酔うと理性に悪いんだよなぁ。

高垣Pぐらいのうわばみならいいんだがなぁ。間違いが起きないようにしないと。

 

「どこで飲むんだ?」

「私の家、なんていかがですか?」

 

間違いが起きそうな場所ナンバーワンだな。

 

「アイドルの家にプロデューサーが出入りとかスキャンダラスだわぁ……」

「ふふっ。大丈夫ですよ、なんてったって「幸運ですから」」

 

いつものセリフにかぶせて言う。

嬉しそうに笑う彼女に渋々と肯定を返しておく。

はてさて、初夜がダブルミーニングにならなければいいが。

 




限定かな子が当たりました


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White night(一ノ瀬 志希)

ポキポキ

 

深夜に鳴った音に目を覚ます。

もともと眠りは浅い。こうやって起こされてもどうこう言うことは無いが、まぁ人としては非常識に当たるだろう。

そして、オレにはそんな非常識な知り合いがいるわけで。

 

一ノ瀬志希。

非常識と言えば非常識な、あるいは非常に知識深い、オレの担当アイドル。

内容としては、暇だから会話しよう。とのこと。

研究でもしてたのかと思えば、失踪した先でなんとなく眠れないから。だと。

 

「あほか、お前は」

「にゃははー、そう言いながら電話してくれるキミのことが大好きだよー」

 

疲れた声でふざけたことをぬかす。

 

「とりあえず、今は何も考えなくていいだろ。明日はオフにしといてやる」

「いやいや、明日には帰るつもりだよ?」

「知らんな」

 

不服そうにぶーたれる志希を無視して予定を立て直す。

そういや、パッションとこの高森Pは毎日予定見直してるんだっけ、たいへんだなぁ。

 

「んで、今どこに居んの」

「んー……和歌山のどっか?」

 

昼まで仕事してたくせに、なぁ。

金持ちが羨ましいというほど俗ではないが、好きなことができる金があるのは良いものだ。アイツの好きなことかどうかは、考える理由がないが。

 

「プロデューサーは何してたの?」

「午前2時に眠らないのは幽霊か、気まぐれな猫ちゃんぐらいだろうな」

「にゃははー、謝った方が良いかなー?」

 

謝る空気には聞こえんな。

黙殺すると、それっきり志希は黙ってしまった。

窓を開けて、窓枠に腰掛ける。

 

「……こっちじゃ星は見えんな」

「……こっちは良く見えるよ」

「未来は見えるかー?」

「にゃははー、お先真っ暗ー♪」

 

おどけたやり取りで間を持たせつつ、すこしだけ考えをまとめる。

 

「ま、心配すんな。信じろとまでは言わん、それでも、理解を放棄するようなアホではあるまい? だからこそ悩むかもしれんが……お前さんはオレとは違うしな」

「……んー、70点?」

「赤点は回避だな」

 

俺なりに他人のことに興味を持ってみたというに。

一応は、担当しているアイドルのことだ。赤点回避ができれば重畳というわけにもいかない。プライドとは関係なく、興味がある。

 

「どうしたいんだ?」

「うーん。とりあえず、待っててくれる?」

「おいおい、オレを誰だと思ってる?」

「杏ちゃんにも負けない引きこもり、でファイナルアンサー!」

「100点だ、褒めてやろう」

 

わーい、と本気かどうかわからない喜びの声を上げる志希。

最近じゃあんまり引きこもってないが、双葉も似たようなもんだしな。

ケラケラと笑って窓枠から降りる。

 

「よし、担当からのお願いくらい快く聞いてやるよ」

「にゃふふ。ありがとね」

「さっさと帰ってこい。もうそろそろ夜もあけるからな」

「White nightってやつだねー」

「北極圏ロケか、考えとく」

 

特に意味もなく、笑った気配がした。

 

「眠れない夜に、夜もすがら。ギフテッドな志希にゃんも人だったってことかにゃー」

 

電話を切る直前に、そんな声が聞こえた。

 



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雨の日には(高森 藍子 ②)

雨というのはあまり好きではない。

気分が落ち込むだとか、そういうのではなく、ただ単に色々な面倒が増える。

例えば、担当の送り迎えにも気を使わなくてはならないし、スケジュールも同様。

特に僕の担当は天気が悪いと少し落ち込む。

いつものように散歩に出かけようとして、雨が降っていることに気づいてしょんぼりとしているところを何度も見かける。

なんといっても6月、梅雨の季節なのだから当然だろう。

この間、かわいらしいカッパを買ったと報告してくれた。

数時間後にカメラを使えないことに気づいてしょんぼりしていた。

かわいいねって褒めたら、なぜかむくれられた。

そんなこんなで、ここ最近は藍子に元気がない。

何とかしてあげたいな、とも思うが、天気を変えるような力は僕にはない。

堀さんに頼めばどうにかしてくれるかな?

そんなことを同僚にこぼしたら、微妙な顔をされた。

思い悩んでも、何か思い浮かぶわけでもなく、早く梅雨が終わることを祈っていたある日。

珍しく、仕事が早く終わったので事務所に戻ります、というメールが届いた。

打ち合わせをサクッと終わらせて、僕も事務所に戻る。

自分の席を見てみると、藍子が座って……眠っていた。

 

「藍子?」

「すぅ……すぅ……」

 

呼びかけても規則正しい呼吸の音が返ってくるばかり。

同僚に聞いたところ、事務所に戻ってきたときには眠そうにしていた、とのこと。

全ての階には仮眠室がついているのだが、僕を待っている間に眠ってしまったそうだ。

ぷにぷにと頬をつついてみると、くすくすと笑う。

頭をなでれば、さらさらとした髪が気持ちいい。

湿気が強いと髪の手入れが大変だと、城ヶ崎さんが愚痴っていたが、藍子もそうなのだろうか。

普段から自然と触れ合っている彼女は自然パワーとか、ありそうだけど。

植物みたいにいっぱい水をあげすぎたらだめなのかな?

ふにゃふにゃと頬を緩めた藍子の髪をずっと撫でて、なでて、なでつづけて。

つい熱中してしまったのか、終業時刻まで藍子の頭をなでていた。

仕事は無いし、藍子を起こして家に送らないと。

 

「藍子、起きて」

「むぅ……? あれ、プロデューサーさん?」

「おはよう」

「な、なんでプロデューサーさんが……って、私の部屋じゃない?」

「事務所だよ」

「あ……ご、ごめんなさい。プロデューサーさんの椅子で寝ちゃって。その、お仕事大丈夫でしたか?」

「うん、一日は平気」

 

いつもオーバーワークだって怒られるくらいには仕事してるし。

直近にはライブなんかもない。一日ぐらいは平気だろう。

ぺこぺことする藍子を愛でて、家まで送ることを伝える。

 

「ありがとうございます。でも、一緒に行きたいところがあるんです」

「ん、いこっか」

「はい!」

 

嬉しそうに満開の笑みを浮かべる藍子。

藍子たってのお願いにより、2人で傘をさして歩く。

雨の音は思ったよりも大きくて、でも邪魔にはならない。

 

「どこ行くの?」

「この間、小さなカフェを見つけたんですけど、そこにいる猫ちゃんが可愛くて、ついずっと居てしまったんです。プロデューサーさんも、猫好きでしたよね?」

「うん」

 

ニコニコと笑いながら話す藍子につられて頬が緩む。

こうやって傘をさして歩くのも、いつもと違う距離感だ。

話しながら歩けば、すぐに目的のカフェに着いた。

路地の途中にポツンとたたずみ、看板も無い。

 

「ここです」

「よく見つけたね」

「えへへ、猫ちゃんが教えてくれたんですよ」

 

ペロのようにお話しできる猫が他にもいるんだ。

猫とお話しする藍子も見てみたいけど、今はカフェに入ろう。

 

「良い、所だね」

「はい、最近のお気に入りなんです」

 

小さな店内にはテーブルが2つ、明かりは過不足なく雰囲気を演出している。

なにより、とても綺麗で静かなカフェだった。

他に人はおらず、とても静かで、どこか別の世界に誘われたようにも感じる。

調度品は木造が多いが、変わったものがあるわけではない。

 

「あ、こんにちは」

「この子?」

 

いつの間にか、足元に白猫が寄ってきていた。

少し鼻を動かして、僕を見上げる。

抱き上げるても、じっと僕と目線を合わせ続けた。

 

「オッドアイ、だね」

「とっても気品のある子ですよね。なでてあげると、気持ちよさそうな顔をするのが可愛いんです」

 

音符が付きそうなほど楽しそうに話す藍子に、余計なことを言うなと言わんばかりに鳴く猫。

なんだかおかしくて、くすくすと笑みがこぼれる。

藍子も一緒にクスクス笑うと、するりと猫が僕の手を抜ける。

歩いていく先を見れば、若い女性が立っていた。

 

「あ、マスターさん」

「いらっしゃいませ。すみません、遅くなってしまって」

「いえ、いいですよ。ちーちゃんが居てくれましたから」

「ふふ、ありがとね。ちーさん」

「ちーちゃん、ちーさん」

 

おそらく猫の名前だろうが、どちらが正しいのだろう。

猫を見ると、今度はテーブルの上で丸くなっていた。

意外とマイペースな奴だな、と思いつつテーブルに近づく。

 

「ちーちゃん? ちーさん?」

 

聞いてみると、俺に聞くなと言わんばかりの顔を向けてきた。

じっと見つめていると、なーおと一鳴きする。

すると、気づいたマスターと藍子が近寄ってきた。

2人に向き直って、手持ちぶさたに猫をなでる。

 

「どうかしたの?」

「ふふ、すっかり仲良しですね」

 

マスターは猫に話しかけ、藍子は嬉しそうに笑う。

今日の藍子は、とっても楽しそうだ。

楽しそうな藍子は、僕にとっても元気の源。

ぐしぐしと猫をなでても、猫は目を閉じてされるがままだ。

 

「あぁ、なるほど。猫の名前はちー、ですよ」

「ちー」

「はい。それにしても、猫に聞きに行くなんて、藍子さんの彼氏さんは変わった人ですね」

「ふえっ、彼氏さんじゃないですよ! この人は私のプロデューサーさんで……あっ」

「いえ、藍子さんがアイドルなのは知ってますよ。ふふ、かわいい人だなぁ」

「藍子は可愛い」

 

マスターが真理を得ていたので、それに同意する。

我が意を得たりとうなずけば、マスターが面白そうに笑った。

藍子がふくれてしまったので、ご機嫌取りにパフェを注文する。

 

「もう、プロデューサーさんったら」

「ごめん?」

「別にいいですけど……あ、おいしい」

 

パフェを一口食べると、パッと顔を輝かせる。

そういうところも可愛いなぁ、と思って見ていた。

 

「プロデューサーさんも、一口食べますか?」

「ん、もらう」

 

欲しがっていると思われたのか、スプーンを差し出された。

藍子からのあーんを断る理由もないので、口に入れる。

クリームほわほわ、優しい甘み。

 

「美味しい」

「ふふ、おいしいですね」

 

優しい笑みを浮かべて、俺の言葉を繰り返す藍子。

雨の音はまだ続いていた、それでも僕の心は晴れ晴れとしていた。

猫をなでながら、藍子を眺める。

雨の日には、雨の日なりに。楽しめることを見つけた僕の担当を誇らしく思った。

 




いつもと環境が変わったので、見づらくなったかもしれません。
これからはこちらで書くつもりですが、また微調整するかもです。


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Smell of love(一ノ瀬 志希 ②)

 

匂いは本能と直結する。

嗅覚は視床を通らないとか、そういう小難しい話ではなく。

シキ・イチノセいわく

 

「私たちは匂いに逆らえない」

 

ということらしい。

はてさて、それがどれほどか、オレは試す立場にいるようだ。

 

「うーん、おっかしいなー」

「そう言われても、なぁ」

 

珍しく、失踪する前に俺に連絡を入れてきた志希に、お願いを聞くことを条件に出して数週間。

失踪することなくライブを終え、数日。

オレは志希の研究所に呼ばれていた。

一軒家のガレージを改造しただけの粗末な施設だが、中身はなかなかすばらしい。

なんといっても、設備の一つであるヒトが、最高クラスでそろえてあるのだから当然である。

 

「むー、じゃあこっちを嗅いでみて」

「いや、もう3種類目だから、いったん休みだろ」

 

オレの役目は助手という名の実験体だ。

志希の作った香水をいくつか嗅がされて、その様子をモニタリングされる。

オレも人並み以上に優秀だとは自負しているが、志希の研究を補佐できるほどではない。

というわけで、志希の香水にどんな効用があるのかについては全く知らないのだが。

彼女の様子を見るに、実験はうまくいっていないようだ。

 

「んで、どうしたんだ? 苦戦しているようだが」

「それを言ったら実験にならないからねー。ふー、志希ちゃんお疲れー」

「……まーたクマ作ってからに。トレーナーに怒られるのはお前な……聞いてねぇな」

 

まったく聞く耳持たずにごろっとオレの膝に頭をのせる志希。

仕方なく話を切り上げて、志希の頭を乱暴に撫でる。

楽しそうに笑い声をあげる志希を黙って撫で続ける。

うとうとと眠り始めた志希を見て、ゆったりと髪をすくように手を動かす。

 

「まったく。何してるのやら」

 

静かに寝息を立てる志希と、生活感ばっちりの研究室。

ほとんどここで暮らしているらしいとは聞いているが、思った以上らしい。

ここまでくると、事務所に研究室作ってもらったほうがよさそうだが、あの事務所にこれ以上わけのわからんものが増えるのは嫌だな。

都内に一軒家を持っていながら、ほとんど使ってないというのも贅沢な話だが。

 

「んぅ、ふぁー」

「お早いことで」

 

少し物思いをするうちに、志希が目を覚ました。

志希の寝つきも寝覚めも普通くらいだが、にしても起きるまでが早い。

 

「実験も途中だしねー。さ、続きしよっか」

「へいへい」

 

そう言われては助手からは何も言えない。

差し出された試験管を手で仰いで匂いを嗅ぐ。

ぴくりと、自分の眉が動いたのが分かった。

どこかで嗅いだ覚えのある匂い。だけど、何の匂いかを説明できない。

例えるなら、都会の雑踏、焼けたアスファルト、高い空と太陽……そこに居るのは?

 

「お、当たりっぽい?」

「ん、そうらしい」

 

この匂いは、志希と初めて会った時の匂いだ。

暑い夏の日に、アイドルのスカウトという難事をこなしている時だった。

すべての記憶が鮮明に思い出される。

たしか、こんな現象には名前があった気がする。

 

「んーっと、ぷ……プロースト?」

「プルースト・エフェクト。特定の匂いを嗅いだ時に、特定の記憶が思い出される現象のことだよ」

 

香りが専門の志希としてはやはり気になる分野なのだろうか。

いつもよりも真面目な声と顔で、説明する志希。

話し終わると、メモ用紙を引っ張り出して一心に何かを書き始める。

専門の知識はあまりないにせよ、志希と付き合いの長くなった俺は、それが化学式の一種であることが分かる。

本当に匂いのせいで思い出したんだなー、と感慨深く思うと同時に、疑問もある。

 

「えらく、執着して作ったんだな。お前さんの興味が不満なわけじゃないが、何の意味があるんだ?」

「いやいやー、研究成果がいつだって誰かの役に立つわけじゃないー♪ で、も。私にだけ、意味があるー♪」

 

上機嫌でメモを取りながら、答える志希。

気分屋な彼女でも、ここまで機嫌がいいのは珍しい。

理由については、全くわからないのが、少し癪だが。

 

「どんな意味があるんだ?」

 

考えてもわかるものではないだろうと諦めて、素直に志希に聞く。

 

「キミは、恋の匂いって嗅いだことがあるかにゃ?」

「恋の匂い? いや、無いと思うが」

「にゃははー。私はね、私にとってはね。これこそが恋の匂いなんだ」

「……そうか」

 

彼女がオレに特別な感情を抱いているのは知らない話ではない。

だからこそ、わからない。

オレの匂いじゃなくて、オレと出会った時の匂い。

少しばかりの焦燥を、かき消すように

 

「……いつか、私が居なくなっても。キミのいない世界に行っても。この匂いだけは、忘れたくないの」

 

そう言って、彼女は優しく微笑んだ。

 

 




PROUST EFFECTほんとすきです。


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飾らない物語(鷺沢 文香 ③)

文香ソロ2曲目おめでとう!


ステージに立つと変わる人は結構いる。

俺の担当もその類で、普段とのギャップがあると評判だったりする。

ステージの上で、青空を思わせる瞳を輝かせながら、大海のごとく黒髪を波打たせ、太陽のごとく輝く笑顔で踊る彼女の姿に心奪われてファンになった者は少なくない。

しかしながら、プロデューサーとしては売り出せるところは全部売り出していきたいわけで。

 

「何が言いたいかというとだな、文香のオフショットを撮りたいと思う」

「……なるほど」

 

怪訝な顔をしながらも、おずおずとうなずく俺の担当アイドル。

鷺沢文香の日常を写真集にして売り出そうという企画を大真面目に検討している最中である。

まだ企画段階だが、とりあえず何枚か撮ってみれば、確実に通るだろう。

俺がそう思っていても、文香はあまり乗り気ではないようで。

 

「私の日常など……面白い、ものでしょうか?」

「別に面白いとかじゃないんだよ。ただ、文香の魅力をより広く知ってほしいだけだから」

「私の、魅力……」

 

困ったような顔で考え込む文香。

そういう顔も魅力的なんだよなぁ。

 

「あるの、でしょうか……?」

「ある。俺が保証するし、文香はいつも通りでいいよ」

「いつも通り……ですか。プロデューサーさんがそう言うのであれば……自信はありませんが、やってみます」

「うし! ありがとう! じゃあ、さっそく撮っていこうか」

「はい。ところで、カメラは……?」

「ん、これ。池袋特製のタイピン型超小型カメラだ」

 

オフショットをより自然に撮れるようにと、池袋Pが提案したらしい。いい仕事だ。

ちなみにこのカメラ、盗撮禁止用のプロテクトがかかっており、しようとすると爆発する。

文香の驚いた顔を、さっそくパシャリ。データは俺のパソコンに転送される。

パソコンの画面を見せると、今度は赤くなったのでもう一度パシャリ。

無音設計だが、よく見ると色が変わってシャッターが切られたのを知らせている。

それに気づいたのか、本を顔を隠し始めた。

 

「んー。画質も文句ないし、いい仕事してるなぁ」

「ぷ、プロデューサーさん……!」

「いや、一応許可はとったし……て、いたい。いや、痛くはないけど、ぽかぽかしないで」

 

恥ずかしさが限界を超えたのか、からかわれた相葉のように手が出はじめた。

そんな姿も可愛いけれども、さすがにこれを写真で伝えるのももったいない。

どうどう、と落ち着けると、馬じゃありません、と返ってくる。

 

「いや、一眼レフ構えられて、自然にしてくださいっても、できないでしょ?」

「それは、そうですが。もう少し、心の準備を……」

「その心の準備はいつ終わる?」

「……せめて、メイクを」

「だめだって。そういう出来上がった文香を見せたいんじゃないの。いつも通りの、飾らない文香を見せたいんだから。メイクしてたらオフショットの意味がないでしょ」

「それは……わかっているのですが……」

 

歯切り悪く視線をさまよわせて話す文香。

少し待つと、目線が床を向いて止まる。

考えているときの癖を見て、小さく息を吐く。

しばらくして、考えがまとまったのか、視線を上げた。

 

「んで、どうする?」

「私は……どうすればよいのでしょうか?」

「いつも通りに、本読んで、皆とお喋りして、日記書いて……なにも特別なことはいらないよ」

「それで、いいのでしょうか」

「……文香。君はね、君には本が似合う。地味で、本に埋もれているのがお似合いの、紙魚のような存在だと、キミは言った。それで、いい。そんな君を皆に知ってもらいたいんだ」

 

どうしてでしょう。何も言わずとも、瞳が語っていた。

吸い込まれそうな、どこまでも飛んでいきそうな、綺麗な青い瞳。

俺も、魅入られているけれど。

 

「そんな君が、美しいからだよ。着飾らなくたって、君には最高の、ベストな組み合わせのアクセサリーがあるってことじゃないか。それを活かさなくて、どうするんだ」

 

少し冗談めかして言えば、口元を少し上げて、文香がほほ笑んだ。

本当なら、本もいらないのだけれど。それを言うのはもう少し後かな。

 

「……では、本に埋もれていることにしましょうか」

「あはは、できればカメラには映ってほしいかな。うん、でも……いいんだよ何でもかんでも変わらなくたって。君には、君の魅力があるんだから」

 

パシャリと、一枚撮って。

変わらなければ綺麗じゃない、なんて言えないよなぁ。

静謐な、その魅力はステージの上では見られない。

 

「思いついた」

「……? どうか、しましたか?」

「んーん、写真集のタイトルをね。飾らない物語、なんてどうかな?」

 

我ながら、臭いネーミングだとは思うが、彼女は何も言わずに微笑んだ。

 

後日、そのままのタイトルで出版された写真集が月間のベストセラーになり、同僚からからかわれるのは、また別のお話。

 



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本屋めぐり(鷺沢 文香 ④)

ちょっと昼寝してたら限定文香来てるじゃないですかヤダー!
ジュエルのためにコミュを見ていたのでデレ風味。


落ち着いた時間だった。

もともと、オフの日なのにやり残した仕事をしに来ただけなので、昼前には暇になってしまった。

なんとなく帰る気にもならず、文香から借りた本を読みながら過ごしていた。

 

「プロデューサーさん……?」

 

そんなところに、文香がやってきた。

今日は文香もオフのはずだが……。

 

「私……ですか? 私は、皆さんに本を渡しに来ました」

 

あぁ、デレぽのあれか。

皆から頼られて嬉しそうな文香はとても可愛かったが。

 

「それは……忘れてください。いえ、あの時は助けていただきましたが……それとこれとは、話が別です。写真? あぁっ、消して……消してください」

 

スマホを奪おうとする文香と戯れた。

さすがにアイドルの体力にはかなわず、写真は消されてしまった。

ぷんすこと聞こえてきそうな文香の機嫌を取るために、外出を提案する。

 

「外に……ですか。どこに、でしょうか?」

 

警戒心をあらわに聞き返してくるが、別に悪いところじゃない。

文香の趣味に付き合うだけだ。

 

「なるほど、本屋めぐりですか。それなら、いいでしょう」

 

さすがに徒歩だと暑いので、自動車で遠出をすることにした。

郊外に出て、大きめの本屋を訪れた。

 

「やはり……品ぞろえが素晴らしいですね」

 

最近はオンライン書店のほうが強いけれど、思わぬ出会いを期待するなら、やはり本屋が良い。

というわけで、まずは一回りしてみるか。

 

「はい、まずはレイアウトの確認をしましょう」

 

本屋によって何がどこに置いてあるのかは違う。

おおよその傾向のようなものはあるが……まぁ、当てにはならない。

なんとなく見て回るだけでも、時間がどんどん過ぎていく。

 

「雑誌売り場は、どこでしょうか……? あっち、ですか。行ってみましょう」

 

何をするわけでもなく、あっちへフラフラこっちへフラフラ。

文香がアイドル雑誌を見ている間に、ラノベの新刊を確認する。

そういえば、文香はケータイ小説にうといのだったか。

よく考えたら、文香も相当のアナログ人間だなぁ。

デジタル派の自分としては、それはそれでもったいないと思うが。

 

「……はい? ネット小説、ですか? 興味は、あるのですが……いかんせん、アナログな人間なもので。ページをめくる感覚がないと、落ち着かないのです」

 

気持ちはわかる。

というか、文香にネット小説を与えたら、寝食を惜しんで耽りそうだ。

それは俺としても困るので、これ以上の提案はしないでおこう。

 

「プロデューサーさんは、詳しいのですか? でしたら、少しご教授願いたいのですが」

 

電子書籍と同じで際限なくなるからダメ。

 

「そこを、なんとか」

 

今でも寝不足なのに、徹夜になったらどうするの。

 

「……プロデューサーさん」

 

なんと言おうとダメなものはダメ。

 

「パソコンにもデータが残っていましたね」

 

何でも教えてあげよう。

まぁ、結局のところ。担当に勝てるプロデューサーはほとんどいないのである。

嬉しそうな文香の顔を見て、そんなことをしみじみと思った。

 

 




すべてを捨ててガシャっ……
美玲ちゃんが来てくれました。


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本との気持ち(鷺沢 文香 ⑤)

メイド文香が欲しかった。


「ぷ、プロデューサーさん……」

 

珍しく、切羽詰まった文香の声に、慌てて振り向く。

走ってきたのか、息の上がった彼女の元に駆け寄って、どうしたのかと問う。

 

「ゆ、床が……」

 

返ってきたのは、不思議な答えだった。

 

***

 

事情を聞いてみれば、ある意味文香らしい事件であった。

 

文香は本が好きなことで有名である。

実際にプロデュースをしている身としては、本好きという言葉でも足りないのではないだろうかと思ってしまうほどに。

なんと言っても、気付けば本を読んでいる、少し目を話せば本を読んでいる、何は無くとも本を読んでいる。

もはや呼吸のごとく、ライフワークのごとく、ひたすらに本を読んでいる。

当然ながら、その蔵書は非常に多い……訳ではない。

ほとんどは読み終わった後、叔父さんの古書店に還元されるために意外と少ないのだ。

 

そのはずなのだが……。

 

「最近は忙しくて、あまり読めずにいましたので……」

 

……ということらしく、見事に床を陥没させた本棚には、ぎっしりと本が詰め込まれていた。

忙しくて読めないのに、キープをし続けた結果、こうなったと。

 

「お恥ずかしながら……」

 

うっすらと頬を染めながら、申し訳なさそうに目を伏せる文香。

忙しいのに関しては、こちらのスケジュール調整のせいでもあるし、あまり気にしなくても良いとは思うが。

それにしても、寮の床を陥没させたとなると、ちひろさんに連絡しておかないと。

 

「本当に、すみません」

 

文香の手を煩わせるような事でもない。

割と手慣れた様子のちひろさんと、ささっと連絡が終わる。

数日以内に修繕が来るので、一応本棚はどかしておいて欲しい、と言われたことを伝える。

 

「そう、ですね。整理もかねて本を全部出してしまいましょうか」

 

手伝うよ。

 

「はい。よろしくお願いします」

 

少し嬉しそうに微笑んで、頷きながら返す文香。

二人で力を合わせて、膨大な量の本を分類し始めた。

 

***

 

それにしても。

 

「なにか、気になることでも?」

 

どの本も、非常に状態が良い。

よく見てみれば、カーテンには遮光性の高い物が使われているし、本棚の近くには除湿剤と防虫剤が置かれている。

ブックエンドもちゃんと置かれているし、栞を挟んだままの本も無い、本棚の前面にはとても薄い布がかかっている。

本を大切にしていることを感じられる。

 

「ありがとう、ございます」

 

気恥ずかしそうな様子で、同時に嬉しそうな様子で言葉を紡ぐ文香。

 

「忙しい中でも、本に対して不義理なことは、できませんから」

 

文香は少し誇らしげに、口角を上げる。

本当に、本が好きなのだな、とこちらも嬉しい気持ちになる。

こんなにも大切にされている本たちも、きっと嬉しいことだろう。

 

「そう、でしょうか。そうであればよいのですが」

 

そっと愛おしそうに本を撫でる。

想いを乗せた手つきは、いつもよりも細く繊細に見える。

……ふむ、ティンときた。

文香、イギリスに行こう。

 

「……その、急なところは慣れませんが」

 

しれっと、棘のある声色で一言呟いた後、一拍置いてため息を吐く。

 

「どこへでも。色々な場所に行けることが、私は好きですから」

 

もう一度、本を撫でて。

柔らかく、艶のある笑みを浮かべ、優しい声で首肯する。

少しばかり見惚れて、慌てて首を振ると、彼女はクスリと悪戯が成功した子供のように笑うのだった。




100連でプレミアムカットが当たりました。


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