魔剣物語外伝 語られざる物語 (一般貧弱魔剣)
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1

戦乱が続くドラグナール大陸は、いつ終わるとも知れぬ平和ならざる時を刻み続けていた。『乾いた戦争』などと揶揄されるこの戦争が続いてもう60と余年、既に平和を知るもの少なく、当たり前に生きるということが難しい時代となってしまった。

 

だが、それでも比較的という文言はつくが、平穏な風景を残す国もあった。

 

ここ、『学院』もその一つである。

 

「うん、中々にいい書き出しになりそうだ」

 

会心の出来と言わんばかりに、笑みを浮かべる老婆がいた。背は一般的な成人女性に比べて少し高いぐらいだろうか。見た目は老齢であるが背はピシッと伸び、不潔さを感じさせない程度には身だしなみに気を使っていると印象づけられる。羽織っている外套はくすんでいるが、女の持つ独特の雰囲気に妙に調和していた。

 

そして手には、紙とペンを携えており何やらガリガリと書きなぐっている。

 

「天候にも恵まれた。旅立ちの日はやはり、陽気な心持ちであるべきさね」

 

空には雲一つない、まさに快晴というべきだろう。洗濯物を干す女性の姿や、元気に駆け回る子供の姿がチラホラとある。

 

「うん、うん。旅立ちには良き日だね」

 

「なーにが良き日だ馬鹿が」

 

ふと、彼の隣りに座るものがいた。金の髪、幼い容貌ながら人形のように整った顔立ち。正しく美少女といえる少女がそこにはあった。

 

「おや、これはこれは学院長殿。本日もご機嫌麗しゅうお過ごしで御座いますかな?」

 

「お前がろくでもないこと考えてなきゃな」

 

「ホホホ、心外ですな。私が悪だくみでもしているとお思いで?」

 

「ハッハッハッ、お前が悪だくみしてないときなんてあったか?」

 

一見して、和気藹々としているかのようにも見える二人であるが、その実彼らを知るものであればその視線に火花が飛び散る剣呑な雰囲気であると分かるだろう。

 

「毎年の予算案での手回し、不自然な資金流出、その他諸々……忘れたとは言わせねぇぞクソババア」

 

「さあて、何のことやら。それから、私はまだまだ若いつもりであります故ババア扱いは納得できませぬな。年齢という点であればそちらの方が余程ババアで御座いましょう?」

 

「蜂の巣にするぞコノヤロウ」

 

「おお怖い、『開闢の錬金術師』の脅しなど、私には恐ろしすぎて心の臓腑が止まってしまいますぞ?」

 

「お前がその程度でくたばるタマかよ」

 

そう言って、少女ことカリオストロは胡座をかいて片肘をついた。女性にしては行儀の悪い格好であるが、彼女にとってはそんなものは気にするべくもないこと。それに、隣の老婆に対して、今更取り繕うほどの仲でもなかったからでもあった。

 

「行くのか?」

 

「ええ」

 

「考え直す気は?」

 

「こればかりは、どうにも」

 

溜息を一つ。彼女は老婆とそれなりに長い付き合いではあったが、今日ほどこの女が頑なに見えた日はなかった。

 

「全く。このオレ様に挨拶もなしに出ていこうなんて何考えてやがる」

 

「お互い、立場というものがあります故」

 

「とっくに隠居してるだろうが」

 

「未だ私を頼る者も多いのですよ。特に評議会の連中はね」

 

彼女らはこの学院において敵同士である。それも、政治上ではそれぞれ派閥のトップとも言うべき立場だ。

 

「面倒なもんだ、積み上げてきたもので縛られるってのは」

 

「ですが、それもまた貴女の成果が齎したものでしょう」

 

「あー、いい加減その敬語やめろ。どうせここにはオレ様とお前しかいないんだからな」

 

「……それも、そうさね」

 

「こうして私的に話すのも、随分と久々だ。お前が研究者をやめて飛び出してったとき以来か?」

 

かつて、二人は同志であった。世界の秘奥を覗かんとし、互いに切磋琢磨して情熱を注ぎ込んだ。その熱量はやがて、この学問の総本山たる学院さえも揺るがすものへと発展していった。研究は加速し、目覚ましい速度で新たな理論が確立されていった。

 

やがて、一人は大陸最高の錬金術師となった。

 

「その日からだったな。お前がオレ様から離れていったのは」

 

「……私は届かなかった。世の神秘の深奥、それを解き明かすのが私の一番の夢だった。そして、あれほど焦がれたものにあんたが到達した時は嫉妬で狂いそうだったよ」

 

「だろうな、お前が羨望の眼差しでオレ様を見てたのは知ってるよ」

 

「研究で見返そうともした、だがダメだった。あんたを超えることはついぞ、できなかった。だから、私は妥協してしまったのさ。せめて、何か一つでもお前に勝ちたいと」

 

「その果てが、政治の中枢を握ることだったわけかよ」

 

かつて同志であった二人は、政治の場で敵対者となった。研究をより発展させるために研究者の上へ立った彼女と、学園の運営のため、文官の上へ立った彼女。そして、魔物が跋扈する政治の舞台裏を渡ってきた女に、彼女はさんざん煮え湯を飲まされてきた。

 

「情けねぇ、かつてこのオレ様に唯一追いすがった女の成れの果てがこれとはな。お前が一番、学問の徒にとっての辛いことが分かってたはずじゃねぇかよ」

 

「それだけ、私にはあの敗北が堪えたのさ。皆があんたを賞賛した、『開闢の錬金術師』とね。今じゃ私があんたの対抗馬と目されてたなんて、知ってるやつは殆どいないだろうさ」

 

老いた彼女には、最早立ち上がれるだけの力がなかった。されどその妄執はどうしようもなく、誰よりも研究者の辛さを分かっていた女を、その辛さを強いる立場の者へと変えてしまった。意見を交えより高みを目指そうとしていたはずの二人が、今や予算の奪い合いで言い争うばかり。

 

「私にはあんたが最大の友であり、同時に最大の敵だった。それだけは、誰にも譲りたくはなかった。あんたの好敵手たる立場だけは、ね」

 

「ハッ。だったらせめて、同じ土俵でやれってんだよ。比較における同一条件なんてのは、研究の基礎の基礎だろ。そんなことまで忘れやがったのか?」

 

「……ああ、そうだな。私も、それだけ耄碌したということだろう。所詮、全て私の自己満足、一人芝居に過ぎなかったんだ」

 

ふと、彼女は女の横顔を見た。もう随分とシワが増え、骨ばった姿になってしまった。頭も白髪で覆われ、かつての凛々しい女の姿は見るべくもない。寂しげな眼差しをした老婆が、そこにはいた。

 

女は立ち上がり、脇に置かれていたトランクを拾い上げ、幅広の帽子を目深に被ると。

 

「それじゃあね、老害は静かに去るとしようか」

 

そう言って、その場をあとにしようとする。

 

「待て」

 

だが、彼女はそれを認めない。このまま別れるのは、認められるはずがない。

 

「……悪いが、これ以上は引き止めないでくれ。余計に惨めだ」

 

「まあ聞けよ。お前はオレ様が歯牙にもかけてないとでも思ってたんだろうが、オレ様にとっちゃ、お前は最高の同志であり――」

 

――大嫌いな好敵手でもあったんだぜ?

 

「……っ!」

 

「忘れるなよ」

 

「……ああ、……忘れないさ」

 

女は、振り向くこと無く去っていった。街路に一滴の雨を残して。

 

 

 

 

 

学院の出口が近づいてくると、見知った顔があった。彼女が後進として育てた若手の青年政治家だ。大方、既に引き払った屋敷の使用人から事情を聞いて、急ぎ足でこちらへやってきたのだろうと看破する。少々息があがっているのが見て取れた。

 

「先生、本当に行かれるのですか?」

 

「権力も手にした、家庭ももった、富も積み上げた。これ以上は望むべくもないさ」

 

「だからって、全部置いていく必要なんて……」

 

「どうせ死ねば持ってゆけぬものばかりだ。夫も逝ってしまった、最早未練はないよ」

 

最後の楔とも言えた男が没した今、彼女を縛るものは、もうこの学院には存在しない。最後の未練も、先程精算してしまった。

 

「私はもう、あらゆるものを手にした。ならば最後は全てを手放し、身一つでの冒険こそが相応しいと思わないかい?」

 

そう言って笑みを浮かべてウインクする老婆が、彼にはまるで若々しい少女に見えた。それは、双肩にかかった全てを手放す気楽さ故か。或いは長らく欲していたものを期せずして手に入れたが故か。

 

「……ご意思を曲げるおつもりはない、ということですか……」

 

「まあ、長年の夢でもあったからね。叡智を積み上げた後に世界に繰り出し、様々なものを見聞し解明する。大分歳を食ってしまったが、まだまだやれると思ってるさ」

 

生来の負けず嫌いな気質が、今更になって表へと出てしまったらしい。愉快そうに語る師の姿を見るのは、彼も初めてであった。評議会の者らでさえ、きっと見たことのないものだろう。

 

(ま、どうせならあの大馬鹿者たる我が孫が、どこまでやれるかは見てみたくはあったがねぇ)

 

思い浮かべるのは、家を出ていった孫のことだ。政治の道に進むのを嫌い、身一つで錬金術の研究者になると飛び出していった時は愚か者めと思ったものだが、いつの間にやらカリオストロに信頼される立場となっていた時は驚いたものだった。

 

カリオストロはかつての同志の孫だからといって、手元に置くような人物ではない。それこそ、彼女から信頼を得るに足りる成果を出せねばならないのだ。そして、それを彼は成し遂げたということだろう。相変わらず資金難で喘いでるようだったが。

 

(大した才はないが、あれは面白いやつだ。若輩の身ながら私を出し抜いたのはあいつぐらいだろうさ)

 

お人好しなところが少々問題ではあるが、と内心で付け加える。夢破れた先達としては、彼がどこまでいけるのか興味はあったが、それを見届けるにはもう老いが過ぎた。

 

「……さて、そろそろ行くとしようか」

 

名残惜しみながら、学院の街並みを見やる。人生の大半を過ごした街を離れるのだ、寂しくないはずもなし。何より、かつての最大の好敵手に敗れたまま去ることが、今更ながら口惜しくもあった。

 

(……いや。どうせなら最後にあいつに意趣返しの一つでもしてやるか)

 

このまま負けたまま引き下がるのも、なんだか悔しい。そう思った彼は、急に紙とペンを取り出し、紙上にペンを走らせてゆく。そして書き終わったそれを、丁寧に折りたたんだ。

 

「最後に一つ、頼みたいことがある」

 

「何でしょう?」

 

「この手紙を、あいつに届けて欲しい」

 

 

 

 

 

学院から一人の老婆が去った翌日。

 

「で、オレ様に届けに来たってわけか」

 

カリオストロは、執務室で受け取った手紙をひらひらと弄んでいた。

 

「何だってんだ? 今更くだらないことを書いてくるとは思えねぇけど」

 

頭に疑問符を浮かべつつ、手紙を開いて内容に目を通す。

 

「……は、ハハハハハハハ! こいつは傑作だ! あの野郎やっぱ根っこは変わっちゃいねぇ!」

 

誰も居ないことをいいことに、部屋中に響くほど大笑いする。それ程、手紙の内容は愉快だった。

 

書かれていたのは、ただ一文。

 

『私は、お前より先に世界の果てを見に行くとしよう』

 

「あーくそ、先を越された! こんだけ悔しい思いをしたのはいつぶりだ!?」

 

かつて、二人で夜が更けるまで論じあった、世界の果てとはどんなものかという下らないもの。だが、探求という命題に取り憑かれた二人にとってはそれもまた未知への挑戦だ。

 

そしてそれを先んじられたのだ、悔しくないはずがない。

 

「まあ、いいさ。先を越されちまったのは癪だが、追いつけないわけじゃねぇ」

 

彼女が自由に振る舞うには、今の世界情勢は窮屈にすぎる。そしてそれを打ち崩す算段は、すでにできている。ならば、焦らずゆっくりとやればいい。それからでも、遅くはないはずだ。

 

(待ってろよ、全部片付けたらすぐに追いついてやる。それまで、くたばるんじゃないぜ?)

 

これからのことを考えながら、カリオストロは一人、笑みを浮かべた。




ダイスによる各ステータス
武勇:46 魔力:83 統率:39
政治:66 財力:88 天運:36
年齢:76

時間軸:リプレイより少し前ぐらい、あるいは平行世界

人物背景:カリオストロとかつて研究者として競い合っていた人物。活動していた期間はそれほど長くはないが、腹を割って話せる程度には互いを認めていた。


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2

商人の男がいた。旅商人であった父に育てられ、諸国を回りながら大人になった。人よりは力もあったしそこそこ頭も回った。一流ではないが二流でなんとか食いつないでいけるだけの才覚はあり、他者の機微ぐらいは目端が利いたため商人としては成功を収めることができた。

 

「は、放してくれ! 私はやっていない!」

 

「黙れ! 大人しく縄につけ!」

 

「な、何故私が捕まらなければならないんだ……!」

 

「貴様が犯行現場にいたという証言と、現場に貴様の財布が残されていたのだ!」

 

「そ、そんな馬鹿な……」

 

「よし、連れて行け!」

 

だが、時々どうしようもなくツキがない男でもあった。

 

 

 

 

 

(どうして、どうしてこうなってしまったんだ……!)

 

牢の中で頭を抱え、男はこの三日間を思い返す。まず、殺人犯として警備隊に捕まった。その後取り調べを受け、現場付近で何をしていたか、被害者とはどんな関係があったのかを聞かれ、あれよあれよというまに牢へとぶち込まれた。

 

(なんだってんだ、俺が何をしたってんだよ畜生……)

 

とにかく質問攻めをされ、それに何とか答えるのが精一杯の、怒涛の流れであった。殺人なんてした覚えはとんとない。そもそも、殺された相手が誰かも知らないし、自分がやるメリットというものがまるでない。

 

(というか、俺はその事件が起きた当日は宿で酒を飲んでたはずだぞ……)

 

事件発生時の頃。酒を飲みながら宿で休んでいたところまでは覚えている。そこから先は思い出せないが、どうせ酔いつぶれて眠っていただけだろうと判断した。

 

(当日はナザリックに入国した後、街で荷降ろしをしてから商談をして、終わったあとに酒場で一杯やって……)

 

ふらつきながら宿へと戻り、飲みなおしにと酒をかっくらっていたはずだと男は思い返す。

 

(いや待て、そういや帰り道になんか見かけたような……)

 

酔っ払っていたせいで判断能力が低下していたが、何かあったことを男は覚えていた。そう、遠目にだが何か真っ赤なものが石畳に広がっていたような。

 

(…………まさか。あれ血痕だったのか!?)

 

てっきりどこかの酔っぱらいが吐き出した、赤茄子のスープぐらいに思っていた。だが、よくよく思い出してみればなんか鉄臭さが漂っていたような気もした。

 

(心当たりありまくりじゃないか! じゃあ俺は犯行現場に居合わせてたってことか?!)

 

掘り起こせた記憶を統合してみて、自分が犯人と疑われる要素があったことに愕然とする。

 

(クソッ、どうして俺はこうも間が悪いことばかり起こるんだ……!)

 

男は内心で歯噛みする思いだった。幼少期から、彼はどうにもツキがないときというのがあった。お使いを任されたら商品が運悪くどこも品切れ、告白しようとした女性が直前で別の男の告白を受けて了承し、初めて単独で行商をしたら活動拠点を移動していた盗賊団と遭遇。細かいものまで挙げていけばキリがない。

 

(マズイマズイマズイ……! 俺は旅の商人でしかないから俺を擁護してくれるやつなんていないぞ!?)

 

今まで、命の危機は何度も経験してはいたがなんとか切り抜けることはできた。だがそれは最悪の中でマシなものを掴んできただけであって、それがいつもあるとは限らない。まして、このナザリックは魔族の国であり、人間はアウェーである。

 

ふと、足音が聞こえてきた。足音は自分の牢の前で止まり、顔をあげると黒い制服に身を包んだ看守たちがいた。男の一人が鍵を取り出し、牢屋の戸を開く。

 

「出ろ」

 

促されるまま、牢を出る。手錠を再度かけられ、縄が通される。男に逃げられないようにするためか、看守が3人で周囲を固めてから歩き出す。5分ほど歩くと、大きな扉が見えてきた。

 

「失礼致します! 被疑者を連れてまいりました!」

 

「お入りなさい」

 

扉が開かれ、部屋へ入る。部屋はかなり広く、扉に近いあたりに簡素な椅子が一つ、部屋の奥には重厚な作りの執務机が置かれており、そこに誰かが座って書類を目に通していた。そして男には、その相手が何者であるかすぐに分かった。分かってしまったのだ。

 

(で、デミウルゴス・オードル!? ナザリックの『守護者』の一人、大物じゃないか……!)

 

ナザリックであれば知らぬものはいない、最高幹部達。その実力は準英雄から英雄級にまで匹敵すると言われる怪物たちだ。

 

「ご苦労、二人は部屋の外で待機なさい。一人は扉の前で待機です」

 

「「「はっ!」」」

 

看守らが、男の周りから離れていく。

 

「お掛けなさい」

 

「は、はい……」

 

促されるままに、椅子へと腰掛ける。ギシリと、木の軋む音がした。

 

「さて。貴方はなぜ、自身が拘留されたのかは分かりますか?」

 

「そ、それは殺人の罪とかで……でも俺はそんなこと!」

 

「落ち着きなさい。まず、貴方が冤罪であることは既に承知していますよ」

 

「へ?」

 

そう言うと、デミウルゴスは机の上に置かれているベルを指差した。男は、それが取り調べを受けたときにも見かけたものであることを思い出す。

 

「これは『真実の鐘』と呼ばれる魔道具で、近くにいるものが嘘をつくと音が鳴ります」

 

「そ、そんなものがあったのですか……」

 

「知らないのも無理はありません。これは我が偉大なる主が近年作成されたものでして、ナザリックの司法関係でのみ使うことを許されています」

 

尤も、"はい"か"いいえ"となる質問に答えたときだけですがね、とデミウルゴスは付け加える。

 

偉大なる主、と聞いて男が思い浮かべたのは、ナザリックの支配者にして絶対者である、アインズ・ウール・ゴウンであった。『闇の帝王』と恐れられるかの人物であれば、それぐらい作成できるのであろうと納得した。

 

「取り調べの最中、貴方はすべての質問に対し誠実に答えていた。それはこの真実の鐘が証明してくれました。よって、貴方が犯人ではないことは決定的と言えましょう」

 

デミウルゴスの言葉に、ひとまずはホッとする男。だが、続いて一つの疑問が湧く。

 

「あの、でしたらなんで俺は拘留されてたんですか?」

 

「……それについても、説明させていただきましょう」

 

そして語られたのは、男の想像以上に大事となっていた事件のこと。被害者はウィング公国の貴族令嬢であり、ナザリックへ外交のためにやって来ていたらしい。そんな重要人物が殺害されたとあれば、相手国は黙っておけない。すぐにでも犯人を逮捕し、こちらへ引き渡せと言ってきたらしいのだ。

 

「困ったことに、こちらが取り調べをした結果白でしたと報告したのですが、それを相手は納得出来ないと言ってきましてねぇ」

 

「えっと、それはまたどうして……」

 

「大方、向こうで調べるという腹づもりなのでしょうが……それをすれば間違いなく貴方は罪人として処されるでしょうね」

 

「なっ!?」

 

「こちらが犯人でないと見逃そうとした貴方を犯人に仕立て上げることで、交渉事を有利に進める腹づもりなのでしょう。言いがかりに近いものになるでしょうが、こちらが不利になる可能性は否めない」

 

男は、デミウルゴスの額に青筋が立っているのが見えた。怒り心頭と言った様子だ。人を取り締まる側は、とかく民衆から嫌われやすい。特に冤罪や犯人取り逃しなどの失態となれば、より顕著に敵意を向けてくるものだ。

 

(まったく、いくら他国にはない魔道具で判断したとはいえ、我が主の生み出されたものを"おもちゃ"呼ばわりなど、よくも……!)

 

『守護者』らはアインズ・ウール・ゴウンへ並々ならぬ忠誠心をもっている。その主が作成した魔道具によって白であると判断された者を疑われるのは、屈辱以外の何物でもない。男は気付かなかったが、むしろデミウルゴスの怒りはそれが主であった。

 

「今回の事件、私は謀殺であると考えているのですよ。現場には争った形跡はなく、背中からナイフで一突き。護衛の二人も同様の有様。顔見知りによって行われた犯行の可能性が高い」

 

「じゃあ、俺はそれに巻き込まれたってわけですか……」

 

「ええ、残念なことに。そして現状での最善手は、貴方を我が国で犯人として裁くこと」

 

男は目の前がぐにゃぐにゃと歪んだような気がした。ツイてないとは思っていたが、ここまで酷い巻き込まれ方は初めてだ。殺人は重罪、それも国家間の軋轢を助長するようなものであれば、まず死刑は免れないだろう。

 

「ただ、一つだけ手があります」

 

「えっ!?」

 

デミウルゴスの言葉に、彼は思わず顔を上げる。

 

「決闘裁判を行うのですよ。あれは国同士で合意の元行われれば、覆すことのできないものです。互いの名誉をかけたものですからね」

 

「で、ですがあれは事実上の公開処刑では……」

 

貴族間での遊びから始まったそれは、まさしく公開処刑に等しい。生きていられれば儲けもの、最悪死刑よりむごたらしい死に様を見せることにもなりうる。

 

「ええ、大筋は間違っていませんよ。ですが、これは貴方にとっての最終手段なのですよ。それ以外に最早生き延びる手段がない」

 

ゴクリ、男は唾を嚥下した。デミウルゴスの言うそれが、容赦のない現実感を叩きつけてきた。死ぬような思いはしてきたが、いざそれが目の前にあると震えてしまう。

 

「無理強いはしません。あくまでも貴方の意志を尊重しましょう。ですが、返答は明日までにお願いしますよ」

 

 

 

 

 

牢へと戻され、男は虚空を眺めていた。

 

「死ぬ、のか……」

 

いつかは死ぬのだろうと、漠然に考えていた。だが、それはもっと先だと思っていた。それがいきなり鎌首をもたげ、こちらを睨んでいるのだ。まさしく蛇に睨まれた蛙のようだと、男は内心で毒づいた。

 

「死にたくねぇ……死にたくねぇよ……」

 

嗚咽が漏れる。いいこともあったし悪いこともあった、それがこの男の人生だった。だが、満足できるせいであったかと問われれば否と答えるだろう。まだ、自分は自分を生ききっていない。こんなところで死ぬのはゴメンだと。

 

『なんでぇ、妙に湿っぽい野郎がいるな』

 

不意に、隣の牢から声が聞こえた。酒とタバコで焼けたのであろうしわがれた声だった。

 

『メソメソすんねぇ、やらかしちまったことはきちんと飲み込まねぇといつまでも引きずることになるぜ?』

 

「放っておいてくれ! こっちは冤罪なのに死ぬことが決まって気が滅入っているんだ……!」

 

八つ当たりのように、男は怒鳴り散らしてしまう。情けなくはあったが、一度爆発したそれを止めることは、男にはできなかった。

 

「畜生、畜生! 俺だってな、これでも誠実に生きてきたつもりだったんだぞ! それが、なんで、こんな……うう、クソッ、クソゥ……!」

 

『…………』

 

やがて、ひとしきり泣き喚いた後。急激に頭が冷えて落ち着きが戻ってくる。

 

「すまない、当たり散らすような真似をして」

 

『こっちこそすまん。こんなとこにいるからって、決めつけるのはよくねぇよな』

 

隣から聞こえてくる声色が、少し柔らかくなった。こちらを心配してくれているのだろうか、と男は思った。

 

『どうせなら、ちと話してみちゃあくれんか? 少しぐらいなら力になれるかも知れねぇぞ?』

 

藁をもすがる思い、だったのだろう。男は絞り出すように話し始めた。隣の男は、うんうんと声で相槌を打ちつつ、話を聞き続けた。

 

「……そういうわけで、俺は死ぬかもしれない」

 

『……許せねぇな』

 

「は?」

 

『許せねぇ。あんたが本当に罪を犯してないってんなら、そいつぁ通しちゃならねぇだろ。何より"義"にもとる』

 

隣の男は、自分のために憤ってくれているらしい。それだけで、少しだけ心が軽くなった気がした。

 

「ありがとう、話を聞いてくれて」

 

『無理に話を聞いたのはこっちだ、感謝を受け取れるほど俺はできてねぇよ』

 

「……それでも、感謝ぐらいはしたかったんだ」

 

『そうかい』

 

ふと、隣の男はなぜ牢にいるのだろうかと気になり、問いかけてみる。

 

「あんたは、どうして牢にいるんだ?」

 

『俺の友人を馬鹿にしやがったやつをぶん殴った、それだけだ』

 

「はは! なんだそりゃ、馬鹿だな! 最高に馬鹿だな!」

 

『うるせぇ、とにかく許せなかったんだよ!』

 

そうして、段々と会話が弾んでいき、いつの間にか二人は打ち解けていった。この微かな交流は、夜が更けるまで続いた。

 

 

 

 

 

「それで、返事はいかがでしょうか?」

 

翌日。再びデミウルゴスの元へと通された彼は。

 

「受けましょう」

 

「ほう。どういった心境の変化ですか?」

 

「大したことじゃないですよ。ただ、不義に憤ってくれる人がいた。それだけで十分だと思っただけです」

 

「……ふむ、分かりました。では、決闘裁判をするにあたっての諸々をご説明しましょう」

 

そして、デミウルゴスによる決闘裁判の簡易的説明がなされる。今回指定されたのは、『やきう』と呼ばれる決闘方式で、ルールは非常にシンプルなものだ。20~30球の石や金属でできた球を執行人が投げ、罪人は持たされた棒きれでそれを打ち返す。これを生き延びれば罪人の勝ちだ。

 

「執行人はウィング公国から出されることになります。恐らくは、かなりの手練をよこしてくることでしょう」

 

決闘裁判である以上は、執行人には並々ならぬ猛者が充てがわれることが常である。それ故無残な屍を晒す罪人も多いのだ。罪人が自棄になって棒切れを振り回す様から、元々は"自棄打(やけう)ち"と呼ばれていたものが訛って『やきう』になったと言われている。

 

「私としては、代理人を立てるのがよろしいかと」

 

「代理人、ですか」

 

決闘裁判は、代理人を立てることが可能である。それは『やきう』でも例外ではない。罪人によっては非力な者もいるため、代理人を立てるものはそれなりにいるのだという。

 

ただし、代理人を立てるにはそれ相応の金がいる。当然だ、なにせ彼らも命がけで臨むのだから。

 

「幸い、貴方の財産はこちらで預かっています。代理人を立てるぐらいのことはできるますよ。君、"彼"を連れてきなさい」

 

デミウルゴスに促され、看守が部屋を出る。決闘代理人だけあって、ここに常駐しているのだろうかと男はなんとなしに思った。

 

(代理人か……一蓮托生になる相手だし、信頼できる相手だといいけど……)

 

代理を頼む以上は誠意を持って接するつもりだが、男はうまくやっていけるか不安であった。

 

「連れてまいりました」

 

「あ、あんたはまさか……!」

 

「よう、昨日ぶりだな。決闘代理の栄誉、請け負わせてもらおうじゃねぇか」

 

十数分後、看守によって連れてこられた男によって、その懸念は吹き飛ぶのであるが。

 

 

 

 

 

後年、決闘裁判『やきう』における伝説的人物を挙げろと言われれば真っ先に名が挙がる者が四人いる。

 

一人は、決闘代理人史上最強と謳われる"100エーカーの森"ことプー。

 

一人は、同じく歴代最強の執行人との呼び声も高いクリストファー・ロビン。

 

一人は、代々最高峰の執行人の代名詞としてその名が継がれるに至った超人ロビン・マスク。

 

そしてもう一人。存在自体が幻とも言われ、実在さえ疑われる男。生涯ただ一度、ロビン・マスクを敗北させたとされるその男は、今となっては名前すら分からない。

 

ただ一つ分かっているのは、男が熊のごとき姿をしていたらしいということだけ。彼が何者だったのか、どんな人物だったのかは謎に包まれたままである。

 

 

 

 

 

日差しの眩しい日であった。街道を、一台の馬車が進んでゆく。乗っているのは、男が二人。一人は人間、一人は魔族である。

 

「いいのか、決闘代理人の仕事があったのに。今の俺は一文無しの貧乏商人だぞ?」

 

「ヘッ、どうせ俺ぁ粗野な男だ。そのうち問題でも起こして首になってたに違ぇねえだろうよ。それに、あれだけ白熱した真剣勝負ができたんだ。俺はもう十分満足した」

 

「だからって、俺についてくる義理なんて……」

 

「ばっかお前ぇ、ありゃいくらなんでも貰いすぎだぜ。おかげで重病だったダチが治る目処が立ったけど、それでハイサヨナラじゃ不義理ってもんだろうがよ」

 

「そうか。まあ、これ以上言うのも野暮ってもんか」

 

「んで、次に行くのはどこなんだよ? ナザリックから出るのは初めてでなぁ」

 

人間の男が地図を広げ、指をさす。魔族の男が、それを覗き込む。

 

「候補はいくつかあるが、『アビス公国』辺りに行ってみようと思う。小耳に挟んだ程度だが、商売になりそうな噂があるんだ。遺跡とかもあるらしいから、屈強な冒険者と立ち合えるかもしれんぞ?」

 

「そりゃあいい、腕比べってのはいつだって心躍るもんだからなぁ!」

 

空は相変わらず、変わり映えのしない青空が広がっている。それを、人間の男はなんとなしに見上げる。

 

(俺は、ツキがない男だった。トラブルにはよく巻き込まれ、命の危機だってあった。だが……)

 

――無二の親友と出会えるだけの幸運は、あったらしい。




ダイスによる各ステータス
行商人の男
武勇:53 魔力:46 統率:24
政治:41 財力:84 天運:06
年齢:33

魔族の男
武勇:77 魔力:35 統率:67
政治:28 財力:08 天運:23
年齢:37

時間軸:本編またはリプレイでアーサー・ペンドラゴンが生まれる前ぐらい、或いは平行世界

人物背景
行商人の男:各国を渡る旅の商人。時々どうしようもないほどツキに見放される。それ以外は平凡な男。父から商人のいろはと戦う術を仕込まれた。財産の半分は父から相続したもの。

魔族の男:決闘代理人として働いていた。喧嘩っ早く、義理人情に厚い。重病の友人のために金を稼ぐ必要があり決闘代理人をしていたのだが、友人を侮辱した相手をボコボコにして牢に入れられていた。見た目が熊っぽい。


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3(前編)

「ははははは! できたぞ、ついに完成だ!」

 

薄暗い部屋の中。男の狂喜する声が響いていた。実際、彼は狂っていたのだろう。その目は爛々と輝き、笑みを浮かべる顔は歪んでいる。両手にはボロボロになった包帯が巻かれ、指の一部が欠損していた。爪でかきむしったのか、頬には無数の引っかき傷がある。

 

彼の目の前にあるのは、円筒状の巨大なガラス試験管。中に入っているのは、緑色の発光する液体と、それ以外の何か(・・)

 

「これで、これで全てが終わるのだ! 世界は変革される! やったぞ!」

 

男が、手元にあるレバーを引いた。試験管から液体が排出されてゆき、中に入っていたものが顕となってゆく。中にいたのは、何本ものチューブでつながれた一人の少女。

 

「さあ、誕生のときだ! 新たな担い手よ!」

 

男が機械を操作し、ガラス管がゆっくりと上ってゆく。つながれていたチューブが外され、少女は生まれたままの姿で静止している。男は機械の操作をやめると、彼女の前へと立った。布に包まれた何かを携えて。

 

「おはよう。目覚めはどうかね、A-666」

 

それは、彼女の名前ではなく識別番号。おびたただしいまでの繰り返しの証明であり、ともすればこの男が気にもとめなかったかもしれないもの。だが、彼女はそうならなかった。

 

彼女は男の言葉に反応して、ゆっくりとその瞼を開いた。

 

「…………」

 

「調整は十分に行った、君は間違いなく私の最高傑作となるだろう。さあ、受け取り給え」

 

そして、彼の手にあった何かがその姿を露わにする。包まれた布が取り払われた先にあったのは、一本の剣。それが薄暗い部屋の中で、僅かな明かりを鈍く反射していた。

 

「私が用意しうる中で最高の業物だ。君の()となった素材を用いているから、頑丈さと切れ味は折り紙付きだ」

 

彼女は黙したまま、その剣を受け取った。

 

「だがそれは君が担うべき本当の剣ではない」

 

「…………」

 

「君が手にするべきものは別にある。そして君こそが担うべきなのだ、あの『魔剣』を」

 

それは、世界を幾度となく荒廃させてきた災厄。千年の憎悪を繰り返す最悪。十二もの魔王を生み出してきた魔性の剣。彼が指す『魔剣』、人の世の桎梏たる代物だ。

 

「さあ、君に名を授けよう。魔剣を担うに相応しい君の名前を。あの聖王アルトリアすらも成し得なかった、魔剣を人の手より永遠に奪い去る者よ! 君こそは始まりとなった聖王を継ぐ者にして、終わりを担うアルトリア・ペンドラゴン! アルトリア・オルタだ!」

 

「ああ、感謝する。そして……」

 

――死ぬがいい。

 

「ガッ!?」

 

一瞬。男の腹部に赤い染みが広がっていく。そしてそこには、彼が手渡した剣が深々と突き刺さっている。

 

「私に例外はない。人間よ、その生命を以て私へ言葉を投げかけた対価とするがいい」

 

「は、ははは……! それ、で、いい……君は、間違い、なく……しめ、い……を……」

 

ズルリと、剣が引き抜かれる。男はそれでも笑みを浮かべたまま、ゆっくりと地べたへ倒れ伏し、その体温を失っていった。

 

「心配せずともいい。私は使命を全うしよう、それが私の生まれいでた理由なのだから」

 

 

 

 

 

黒を基調としたドレスアーマーを着込んだアルトリア・オルタは、部屋の中に積み上がっていた書類に目を通す。書かれていたのは、魔剣に関する考察や解釈。あるいはアルトリア・オルタが生み出される元となった研究の実験結果や経過観察、各種データ。この研究室の主である男が書き残した資料であった。

 

「ふむ……」

 

ペラリ、とページを捲りながら資料を流し読みしていく。彼女はつい先程生まれたばかりであるが、その書かれている内容について正しく理解し、読み進めていく。

 

『魔王が誕生して既に900年、未だかの魔剣が破壊される目処は立っていない。いや、厳密にはその研究自体は進んでいると言っていい。恐らく、私の研究の一部が盟友『赤薔薇』によって活かされるはずだ』

 

(なるほど、彼奴は当初魔剣を破壊することを試みていたわけか)

 

『願わくば、魔剣が破壊され、友がようやく眠りにつくことができることを祈りたい。

だが、万が一ということもある。故に私は、もう一つ別の対抗策を構築することにする』

 

記されていたのは、膨大な数の魔剣の処遇に対するアプローチと、それらを廃案とすることを決定する旨が書かれたもの。そして、最終的に彼が選択したのは、魔剣を手にしてなお何者の手にも渡さない新たな魔王を造り上げることだった。

 

『魔剣は人の手に渡ってはならない。あれはあらゆる者を魅了し惹きつけ、その力を振るわせようとする。最早、人の手に負えるものではない。ならば人ならざるもの、心なきものに持たせる必要がある。それも、何者にも属さない抑止力として』

 

(だろうな。私の記憶の限りでは、あの剣を手にしてなお理性的であったのは聖王か、或いは二代目魔王ぐらいだろう)

 

彼女には知識があった。それは彼女を生み出した男が、そういった記憶を予め植え付けていたからだ。彼女が資料に目を通しているのは、実は知識を得るためではない。自分に植え付けられた記憶に齟齬がないかの確認をするためであった。

 

『幸い、素材にはうってつけのものがある。友には黙っていたが、研究のためこっそりと手に入れた"邪竜の骸"だ。量は少ないが、培養することは可能だろう。そして偶然にも、かの聖王に連なる者の細胞組織が混ざっていることが分かった』

 

(魔王が生み出した邪竜の死骸を、密かに回収していたわけか。成る程、私を製造する際にどうやって手に入れたのかは知らなかったが、そういうことか)

 

彼女は再び記憶をたどる。歴代の魔王の中には、魔剣の力を使って邪竜を生み出すという者もいた。数は少ないが、英雄級でも手こずるそれを使役し、人を狩っていたという。その魔王は『赤薔薇』によって打倒され、骸は消失したらしい。

 

だが、この研究者の男はその骸を密かに手に入れ、保存していたようだ。そして、自分を作成するための材料に用いた。

 

『邪竜の細胞を素体とし、人型のクローンを生み出す。うまくいけば、強大な力を持った人ならざるクローンが生み出せるはずだ。しかし、それでは普通のクローンより強いものを生み出すだけにすぎない』

 

故に、彼はクローンへと魔剣に関する知識を植え付ける学習装置を完成させた。それはまた、あるものも植え付けるための装置であった。それは、クローンの倫理観である。

 

『情はいらない、愛もいらない。憎悪も、悲哀も、悦楽も、憐憫も、善意悪意も、全ていらない。それらは尊ばれるべきものであるが、それらによって魔剣は振るわれた。ならば、不要である』

 

(然り。魔剣を持つものはただの暴力装置でなければならない。自分から動き出す人間たちでは、魔剣は喜々として振るわれようと手を貸す。それを阻むならば、人の手より取り上げる他ない)

 

『ただし、取り上げた後も魔剣を奪おうとする馬鹿者が出るだろう。故に、魔剣を扱えるだけの強者であり、いかなる言葉にも惑わされぬものが必要だ』

 

魔剣は、使用者に強大な力を齎す。ただし、それが一般人かそこらでは英雄級で対処できる。そして、その英雄級が魔剣を手にしたのが魔王の大半である。魔王を目指すならば、力ある者であることは必須であった。

 

『目標は、伝説に謳われる聖王だ。彼女は唯一、魔剣を完璧に"制御"してみせた。大破壊を生み出した初代魔王や、100年の支配を実現した二代目魔王でさえ、完全にコントロールすることはできていないのだから』

 

一通り目を通し、これ以上得るものもないと判断した彼女は、資料に目を通すのをやめて本棚に収納されていた一冊の本へと手を伸ばす。

 

「これは、やつの日記か」

 

『ああ、私は馬鹿だ。ローズレッドへ二度と顔向けできないことをやらかそうとしている。人の倫理を超えたこの実験は、人類への裏切りと言っていいだろう。すまない、すまない』

 

ページの前半は、所々皺が寄っておりページがくっついているものもある。染みの跡から、水滴が落ちたことが原因のようだ。文字も書き出しと書き終わりで大分違い、書き殴るかのような末尾となっている。

 

『私は盟友に謝らねばなるまい、彼に黙って邪竜の骸を手に入れ、隠していたことを。ああ、私は地獄の底で串刺しにされるだろう。それを受け入れなければならないほどの罪過を、私はこれから犯す。だが、これは私がやらねばならない。あの魔剣による悲劇など、もう十分だ』

 

アルトリア・オルタは、それを瑣末なものとしてページをどんどんと捲っていく。大半がただの悔恨からくる懺悔であったが、一つだけ目を引くものがあった。

 

『一つ、懸念がある。あれは幾万幾億もの魂と憎悪を啜ってきた代物だ。それらが、その剣の内より爆ぜる可能性もあるのではないか。ならば、友が剣を破壊した時は……いや、それを実現させないためにも私の研究を完成させねばなるまい』

 

(魔剣より這い出すものか、どうでもいいことだな)

 

自分が所有することとなれば、その心配もない。悪戯に振るうこともなく、誰も手に入れられないものとなるのだから。そうして半分まで読み進めてきたところで、少しずつ内容に変化が見え始めた。

 

『A-291の廃棄を決定。あれは私に懐いた、装置の欠陥によるものとみて間違いない。半年という時間と素材が無駄になった。ただし、前回よりも出来はよかったため研究は順調に前進しているといえるだろう』

 

日記の後半は、別人に変わったかのような淡々とした文体。まるで対象を道具としてみているかのようだ。

 

『A-475の再調整、脳を多少弄る必要があるが候補としては残るだろう。A-411から続けてきたノウハウは生かされていると見ていい』

 

それは、彼自身を狂気へと堕とした実験の数々。大陸の片隅にある秘密の実験室で、彼は魔王に相応しいクローンを製造する研究をひたすらに続けた。100年にも及ぶそれは、善良な研究者であった男の精神をすり減らし、正気を違わせたのだ。

 

『この体も随分使い古した、面倒だが体を換えるとしよう。失敗作ではあるが、健康体であるA-538に乗り換えるとしよう。幸い、あれは男性体だ。拒否反応も少ないだろう』

 

研究を続けるため、生み出された研究対象の中から失敗作を用いて体を乗り換えていたようだ。恐らくは、これによって魂もすり減っていったのだろう。男の指先が欠けていたのは、魂の定着が上手くいかず腐敗して落ちたためだった。

 

『素晴らしい! A-642は私の求めていたスペックに極めて近い。更に細かい調整もかけて実験を繰り返せば、いずれは魔剣を手にするに相応しいものが出来上がる!』

 

それでも、彼は目標だけは見失わなかった。事実、ここにアルトリア・オルタは生まれている。

 

「さて、もういいか」

 

彼女という完成品がいる以上、この研究室は不要である。魔術を使って火を灯すと、それを資料の束へと投げた。火は瞬く間に燃え広がり、全てを焼き尽くさんと熱量を上げる。そのまま踵を返し、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

「感じるな、魔剣の波長を」

 

外に出ると、彼女はある方向を見てそうつぶやいた。その先から感じるのは、自身から感じるものと同じ力。魔剣の放つものであった。どうやら、未だ魔剣は破壊されていないようだ。

 

(記憶の限りでは、『赤薔薇』は私を遥かに上回る戦闘能力を持っている。だが、それでも魔剣さえ手に入れてしまえば蹴散らすのは容易い)

 

彼女を構成しているのは、魔剣を操る魔王が生み出した邪竜の細胞だ。それらは元々魔剣の力によって誕生したもの。ある意味で、彼女は魔剣と本質を同じとしている。

 

(私と共鳴さえ起こしてしまえば、自然と魔剣は私の元へとやってくる。存在としては同位体のようなものだからな)

 

魔剣には無数の怨念や憎悪の染み付いた魂が封じられている。それらはこの100年を経て更に増えて活性化しており、あらゆる者を発狂させる呪詛を撒き散らしているようだ。最早、誰も振るうことができない災害のようなものとなっているらしい。

 

ならば、同位体であり邪悪な魂を持つアルトリア・オルタに惹かれるはずだ。魔剣は振るわれるためにこそ人を魅了し、持ち主から持ち主へと渡るのだから。

 

「聖剣とやらの残滓で辛うじて力を減じているようだが……」

 

どうやら、過去に製造された聖剣の力の残滓を使って力を削いでいるらしい。魔剣の近くから、本来であれば呪詛に耐えられるはずもない脆弱な者の魂を感じた。

 

「無駄なことを。いずれは食い破られるだけだろう、下らん延命処置だ」

 

そんな言葉を吐き捨てて、彼女は魔剣へと向かう。

 

(人間どもよ、待っていろ。私こそ、お前たちから魔剣を取り上げる者である)

 

日の光の中を歩く彼女の姿は、かつての聖王によく似ていた。



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3(後編)

魔剣のある国へと到達するには、いくつかの国を経由する必要がある。どうやら現在は、巨大な7つの国家が同盟を築いているらしく、国家間の移動は楽であった。

 

最初の国は、見渡す限りの平原が広がっていた。軍事訓練を行っているようで、一糸乱れぬ行軍はアルトリア・オルタも感心した。

 

「兵力は少ないが、その分質が高いと見える。特にあの獣人、奴は私より強いか」

 

彼女が興味を抱いたのは先頭に立つ獣人だ、どうやら女王であるらしい。笑顔を浮かべて天真爛漫にブンブンと手を振っているが、その一挙一動には隙が見当たらない。

 

(この国自体は大した脅威ではないが、あの女王には気をつけるべきだな)

 

平原国家を越えると、今度はかなりの発展を見せる国へ入った。

 

「ほう、この国には名君がいるらしいな」

 

商業、工業ともに高水準、治安に至っては他の国から抜きん出ていると言っていい。為政者が敏腕を振るっていると見て間違いないだろう。遠目に、民衆へと手を振っている姫君が見えた。

 

(ふん、才気はあるが夢見がちな女か。魔剣の呪いには耐えられんだろうな)

 

あれは本当の穢というものを知らない、本当に姫君でしかない女だと彼女は断じた。

 

(軍備は相当なものだが、頭抜けた英傑がいない。それさえ現れれば変わるかもしれんが、そんなものはお伽噺の中だけだ)

 

文化的な国だけあり、食事も非常に美味であったことが、彼女を多少満足させた。が、最終的に最も彼女の口にあったのは大衆向け屋台で買った味付けの濃い料理であった。

 

「農業地帯が多いな、魔剣による被害で空白になったためか?」

 

次に通ったのは、肥沃な穀倉地帯と思しき国。街を歩けば、国王と息子の話題が聞こえてくる。

 

「うちの王様はこう、どうにも威厳がないのがねぇ……」

 

「王子様も戦うのは得意みたいだけど、(まつりごと)は不得手らしいし」

 

「まあ頑張り屋なお人らだってのは分かるんだが、他の国の王様方と比べると、ねぇ」

 

「なんであれ国が治まってるんだし、それでもいい気がするけどねぇ……」

 

どうやら、凡人に毛が生えた程度。どちらも大した器ではなさそうだ。事実、町中を駆けていった軍隊の先頭にいた男が王子だったようだが、あれはただのボンボンだろうと判断した。

 

(魔剣を扱えるだけの大器はいないようだ。優先して警戒するほどのものではないな)

 

国境を目指し、歩みを続ける。だが、ここで一つ問題が発生した。

 

「む、この先は山岳地帯か」

 

猛々しい岩峰の連なる山脈は、まさに峻嶺。他者を寄せ付けぬ絶対的な大壁であった。この山の向こうが魔剣のある国のようだが、これを越えるのは時間がかかる。

 

「やむを得ん、三国を経由して大回りする他あるまい」

 

山を切り崩して進んでもいいが、それでは目をつけられる。いかにアルトリア・オルタが強者とはいえ、さすがに今の彼女ではかの赤薔薇には勝てないのだから。

 

隣国へと足を向けると、再びの農業国家。こちらも治安は悪くなく、長閑である。

 

(小国が寄り集まってできた国か。それぞれの都市が同等の地位を有しているらしいな)

 

七十二の都市国家群から代表者を選出し、それらが各々の意見を出し合い協議するという形態は、人間は大昔からいがみ合いを続けてきたという彼女の認識からすれば、少々興味がある。

 

(そんなものを纏め上げられる手腕か、凄まじいな。政ではこの国の王が最も優れて……ん?)

 

「この街路は手狭過ぎる、馬車の往来を考えると非効率的だ。拡張工事を具申するとしよう」

 

街の通りを見ながら何かを書き込んでいる男をみて、民衆がひそひそと話しているのが聞こえた。

 

「またゼパル様の視察か……」

 

「あのお人、凄い賢者様だってのにどうしてこう人間味がないんかねぇ」

 

「七十二臣のお一人だし、俺もお世話になってる頭痛薬の開発者なんだがなぁ……」

 

「あっ、マシュ王女が駆け寄っていったぞ。相変わらずお美しい……」

 

黙々と作業を続ける男へ、駆け寄っていく少女がいた。この国の王女であるようだ。身のこなしは素人ではない、一流以上の戦士だろう。実力は自分をしのぎ、かの平原国家の女王をも超えると見ていい。

 

(だが、余りにも無垢だ。魔剣など持てばたちどころに憎悪で染め上げられるだろうよ)

 

立ち寄った喫茶店は、食事は平凡であったが甘味が中々のものであった。男にも人気があるのか、後ろのテーブルにはくせ毛の優男と眼鏡を掛けた小太りの男がワイワイ言いながらケーキを食べている。

 

「いいのかね、後で彼らにどやされても私は知らんぞ?」

 

「たまには息抜きもしないとね。それに、新作のケーキが出るとなれば行くしかないじゃないか!」

 

「ああ、そうだな!」

 

「見つけたぞ兄者! また城を抜け出してこんなところにおって!」

 

「「げぇっ! ゲーティア!?」」

 

(騒がしい奴らだ……)

 

次の国家は、商業と工業の盛んな国であった。その活気は、二つ前の国以上だろう。

 

「ほう、魔術の施された武具に、錬金術が応用された大筒か。中々の業物も多い」

 

他国から商人が集まり、市場は人で溢れかえらんばかりだ。人の数が鬱陶しいが、なんとかそれをかき分けながら進んでいく。

 

(治安はいいが、軍備はほとんどしていない。魔剣を抑止としていたためか?)

 

かすかに残る魔剣の瘴気から、魔剣が安置されていたのはこの国だったと考えていい。ならば、あの脆弱な魂の持ち主こそが当代魔王でありこの国の頂点だったのだろう。

 

(フン、惰弱な魔王などいらん。魔剣は私の手にあって然るべきだ)

 

途中、何度か食事を摂りつつ隣国へと向かう。そこは、彼女の最も警戒する人物が治める国だ。

 

「……ローズレッド・ストラウス、まさしくこの時代最強の存在だろう。だが、奴は今魔剣の近くにいる。この国を留守にしているはずだ」

 

魔剣の近くから感じる魂に、強大なものを感じていた。間違いなく、赤薔薇のものである。彼女にはそう断じられるだけのものがあった。

 

(奴も私と同じ、ペンドラゴンの血族。聖王、そして初代魔王と大きく関わっている血筋である以上、私には容易に感知できる)

 

誰も知らない、それこそローズレッド・ストラウスのみが胸のうちに秘めるもの。かの『薔薇の皇帝』にして『暴君』と呼ばれた者の異母兄弟、そこから生まれたのが彼である。アルトリア・オルタの素材となった邪竜にも、そのペンドラゴンに連なる者の細胞が含まれている。彼女が彼を感知することができるのは、そのためだ。

 

「待っているがいい、千年の守護者よ。貴様の負債を、私が請け負ってやろう」

 

 

 

 

 

赤薔薇の国を通り過ぎ、いよいよ国境に差し掛かった。

 

「この先が、魔剣のある国というわけか」

 

七星国家(セブンスターズ)最後の一国。奴隷を用いての農地運営によって発展を遂げ、七星国家入りを果たした国だという。当時、各国の民衆は難色を示したらしい。

 

「治安は相当に悪いらしいと聞いたが、私を殺せるだけの英雄もいない国。何も警戒するものはないな」

 

そうして、彼女は領内へと踏み込もうとした。その時。

 

"ドクン"

 

「がぁっ!?」

 

彼女の心臓が、突如大きく脈動したのだ。その痛みで、彼女は足を止めた。

 

「な、何が……うぐっ!」

 

再びの鼓動。それはゆっくりと早鳴りはじめ、ドクドクと間隔を短くしていく。

 

(私の肉体は、未完成な部分などないはず……!?)

 

肉体の不調か、あるいは生まれた時に何らかの病を患ったかと思ったが、それはない。そんな不完全品を、あの狂気に取り憑かれた男が完成品と認めるはずがなかった。

 

(なん、だ……魔剣の波長が……?)

 

魔剣から感じる波長が、自分の心臓と同じように昂ぶっていたのだ。まるで、彼女と共鳴を起こしているようであった。

 

(馬鹿な、私はまだ魔剣からかなり離れているのに……!?)

 

彼女は一つだけ見落としていた。彼女から魔剣を辿れるということは、魔剣からも彼女を辿れたということを。そして、彼女がやってくるのを待っていたのだ。

 

(!? 魔剣に、罅が……?!)

 

魔剣の刀身に、罅が入るのを感じ取り、驚愕する。何をしても折れることのなかった魔剣に罅が入るなど、有り得ないことだった。だが、それは魔剣という強大な魔具を打ち破れるものがなかったためであり。

 

今の魔剣の力そのものに、耐えられるとは限らなかった。

 

(そう、か……奴の記述……溜め込んでいた呪詛と憎悪、魂が……!)

 

千年にも及ぶ負の連鎖、憎悪と魂を啜り呪詛を振りまいた魔剣は、ついに内より暴発する寸前まで来ていたのだ。そして、その最後の引き金となったのは、彼女。

 

魔剣の同位体との共鳴により、魔剣は内より外へと飛び出すきっかけを手に入れたのだ。

 

「ア、ガアアアアアアァァァァァ!?」

 

共鳴する、魂がその繋がりを以て魔剣という殻を破る。

 

共振する、内より這い出たものが彼女のように姿を取った。

 

震撼する、生まれいでし者の息吹で世界は灼熱に包まれる。

 

「はぁ、はぁ……」

 

鼓動が弱まる、痛みが引いてゆき頭が冷えてゆく。だが、呼吸はまだ荒く、彼女は震えていた。遠目には、夜空が燃え盛る炎で赤く染まる光景が見えた。

 

「なん、だ……あれは……」

 

共鳴していた魂の先から見えたもの、それは歴代の魔王を容易く超えるものだった。それが、三つの姿を持って顕現した。そして、都市一つを溜息代わりに吐き出したブレスで焼き尽くした。

 

「あんな、あんなものが生まれるなんて……」

 

大魔王、まさしく魔王を超える魔王だ。勝てない、勝ち目などない。彼女には分かってしまった、あれは世界を滅ぼせる。魔剣のようなただ破壊と殺戮を行うものではない、この星そのものを鏖殺できるものが生まれてしまったのだと。

 

「う、ぁ……おえ゛ぇっ」

 

吐き気がする。胃から内容物全てが逆流して吐き出された。ビチャビチャと水音を立てながら、地面を広がっていく。全てを吐き出し終えてもなお、吐き気が治まらない。

 

「ひ、ぃ……」

 

最早、そこに魔王を完遂する人形の姿はない。彼女は確かに強かった、確かに冷徹な思考で、一切の情はなかった。だが、心がないわけではなかったのだ。

 

生まれたばかりの少女には、経験も、誇りも、意地も、勇気も、強固な意志もなかった。心が折れてしまうのは必然である。一人の哀れな小娘がそこにはいた。

 

そして、彼女は背を向けて逃げ出した。あの邪悪から少しでも遠くに逃げたくて。

 

 

 

 

 

一年後。彼女は諸国を彷徨い続けていた。最早その目に生気はなく、小さく縮こまりながら世界を放浪し続けていた。肉体はエネルギーを効率的にコントロールしていたらしく、この一年間飲まず食わずでも死ななかった。

 

(私は、何のために生きている……)

 

魔剣も手に入れられず、心は折れ、挙句魔剣より生まれたものに怯えて逃げ出した。使命を果たせず、失ったのだ。自らが生まれた唯一の理由が消し飛んだ。生きる意味を失った。

 

人間は、それでもなお三大魔王へ抵抗した。大国一つが滅びても、彼らは逞しく生きていた。生み出される邪竜たちにも屈せず、最後の生存圏を死守しながら必死に歯を食いしばっていた。

 

彼女には、それができなかった。

 

(あの王子は、どうして対峙できたのだろう……)

 

先日あった事を思い出す。魔剣との繋がりがあった彼女は、必然三大魔王との繋がりも残っていた。そして、見たのだ。父親を裏切り、三大魔王の一人、ジャンヌ・ダルク・オルタに降伏を申し出たのだ。自国民の安全を保証することと引き換えに。

 

三大魔王の一人と、唯一取引をした者。怖かったろう、恐ろしかったろう。自分を遥かに上回り、気紛れで国を滅ぼせる相手を前にして、それでも彼は取り引きを持ちかけ、成功させた。逃げ出した自分とは大違いだと、彼女は自嘲する。

 

(ああ、ああ……私は、塵芥にも等しいじゃないか……)

 

赤薔薇は、最前線に防衛を敷いて生存圏を守護し、人々を庇護している。

 

最後の魔王は、その赤薔薇を補佐しながら、必死に打開策を考え続けている。

 

儚き王女は、誰かの為に役立ちたいと奮い立ち、前線で戦い続けている。

 

善良な姫君は、強く頼もしき英雄を迎え、成長しうる可能性を得ている。

 

平原の長は、数少ない精鋭たちとともに邪竜を撃退し、平和を願っている。

 

凡俗な王子は、人類と父を裏切ってまで、弱き人々のための国を治めている。

 

(私は、その誰一人にも届かなかった……)

 

赤薔薇の如き強さも、魔王の如き知恵も、王女の如き心も、姫君の如き才気も、長の如き優しさも、王子の如き意地もない。

 

(何も、私には何もなかった……)

 

パタリと、彼女は倒れ込む。最早、気力が尽きた。蓄えられていたエネルギーも底をついてしまった。

 

(……もう、どうでもいい。このまま朽ちてしまいたい……)

 

目をゆっくりと閉じる。何の意味もない生だった。その生涯もたったの一年、余りに惨めが過ぎる。だが、生き恥をさらし続けるよりはいいかと、受け入れる。

 

最後に聞こえたのは、誰かが呼びかける声だった。

 

 

 

 

「……あ、れ」

 

もう開かれることはないと思っていた目が、再び開かれた。最後に倒れていたのは土の上だったはずだが、今はベッドに横たわっている。上半身を起こし、彼女は周囲を見渡す。

 

(どこだ、ここは……)

 

「あっ、やっと目を覚ましたんだね!」

 

「ヒッ!?」

 

急に扉が開かれ、誰かが飛び込んでくる。思わず悲鳴が漏れ、ビクリと体が動いた。

 

「あ、ごめんね? 驚かせちゃったかな?」

 

「だ、だいじょう、ぶ……」

 

耳をしょんぼりと倒しているのは、見覚えのある獣人。平原の広がる国の女王が目の前にいた。名前は確か、サーバルだったかと彼女は思い出す。

 

「びっくりしたんだよー? 国境の近くで、貴女が倒れてるのを見つけたの」

 

「え、あ……え、と」

 

「いいのいいの、無理に理由なんて言わないで。きっと何か事情があるんでしょ?」

 

そう言いながら差し出されたのは、器と匙。中には野菜と干し肉の入ったスープだ。

 

「お腹すいてるでしょ? いっぱい食べて、元気にならなきゃね!」

 

「――――っ!」

 

手渡された食器を受け取り、スープをかき込んだ。温かいスープはじんわりと胃を、体を温め、活力を体へ供給する。無心だった、無心にスープを飲み干した。少ししょっぱいスープ、それが今の彼女には涙を流すほどのご馳走だった。

 

あっという間に飲み干し、涙としゃっくりでせぐりあげてしまう。

 

(温かい……)

 

こんな気持は初めてだった。彼女は試験管から生まれたものだ、創造主である父はいても母はいない。彼女は温もりを知らなかった。

 

「うぅ、ひっく……」

 

「よしよし、辛かったんだね。いっぱい泣いて、全部発散しちゃおっか」

 

頭を優しく撫でられる。その温もりに、彼女の心は決壊した。

 

「うああああぁぁぁぁぁ……!」

 

サーバルに抱きしめられながら、彼女は暫し泣き腫らした。

 

 

 

 

 

彼女はひとしきり泣いた後、すべてを話した。自らの成り立ちも、製造目的も、そして逃げ出したことも。

 

「私は、アルトリア・ペンドラゴンにはなれなかった……私は、作られた目的を失ったんだ」

 

「そっかー……」

 

「……幻滅しただろう? 私は数多の命を犠牲とし、その屍の上で生まれたのに、使命すら果たせなかった。あまつさえ、力を持っていながらより強大なものに怯えて逃げ出したんだ」

 

彼女の顔が暗くなる。辛かった、胸の内を全て吐露して楽になりたかった。だが、こんなことを知られれば幻滅されることぐらい分かっていた。

 

「ううん、そんなことないよ!」

 

しかし、サーバルが返した言葉は彼女が予想もしていなかったものだった。

 

「な、なん、で……」

 

「だって、オルタちゃんはまだ生まれたばかりなんでしょ? 辛いことも悲しいことも、全然知らなかったんだから。逃げ出しちゃっても仕方ないなって思うな」

 

彼女はまだ、何も知らない。人生の酸いも甘いもまだまだ知らないことばかり。赤ん坊と一緒なのだ。

 

「それが悪いことだと思ったなら、反省して次に繋げていけばいいんだよ。オルタちゃんの人生はこれからなんだから!」

 

「でも、次に倒れた時はどうする……その次だって……!」

 

「その時は、嫌なことを全部吐き出して、美味しいものをたっくさん食べよ! それから――」

 

――答えが出るまで、一緒に考えてみよっか!

 

「一緒、に……」

 

「一人じゃわかんないことも、何とかなるかもしれないよ!」

 

それは、彼女が本当に誕生した日。誰かに想われ、誰かに認められた日。それが、彼女にとって初めて世界へ迎え入れられた本当の日だった。

 

 

 

 

 

そして、更に数年の月日が流れた。

 

「なんとしても食い止めろ!」

 

「負傷したやつは下がれ! 動けるやつは動けないやつを担いでいってやるんだ!」

 

「飛んでいる司祭級(ビショップクラス)を優先して撃ち落とせ! 奴らさえいなくなれば兵士級(ポーンクラス)は大きく鈍る!」

 

相変わらず三大魔王は健在で、邪竜にその生存圏を脅かされ続けていた。文字通り無尽蔵の量を誇る邪竜達は、前線各国へと流入し、踏み荒らそうとしていた。それはこの平原国家、ジャパリパークも例外ではない。

 

国境付近、鉱山地方の谷間に建てられた砦を、突如大規模な邪竜の群れが襲いかかったのだ。何とか粘っていたが、如何ともしがたい数の差によってジリジリと迫られてしまい、巨大な邪竜を止められないままでいた。

 

「隊長! 城砦級(ルーククラス)の接近を止められません!」

 

「マズイ、このままじゃ砦ごと……!?」

 

城塞へと一直線に向かってくるのは、城砦級の巨大な邪竜。その巨大な顎が開かれ、今まさに砦を丸ごと噛み砕かんとしていた、その時であった。

 

「ギュオオオオオオオ!」

 

邪竜が、突如悲鳴を上げながら大きくのけぞった。見れば、その前両足は寸断されており、収納していた邪竜たちを吐き出している。

 

「なっ、一体何が……!」

 

「隊長! 外壁の下に誰かいます!」

 

城壁から身を乗り出して下を覗く。そこには先程まではいなかったはずの、青い衣を身にまとった何者かがいた。

 

「あの姿、もしやエックス殿!? 戻られていたのか!」

 

「せやぁっ!」

 

マフラーと帽子で顔を隠した女性、エックスは手に持った剣を大きく振り下ろした。その一刀は、巨大な魔力刃を生み出して邪竜へと飛来し。巨大な城砦級を一撃で両断してのけた。いや、その中に含まれていた邪竜や、射線上にいた邪竜も巻き添えにしていった。

 

「す、すげぇ……」

 

「城砦級が真っ二つとは……」

 

兵士たちは、感嘆の声を漏らして目の前の光景を見つめていた。

 

(ふぅ、何とか間に合ったか……)

 

一方でエックス、かつてアルトリア・オルタと名乗っていた少女は内心で一息つく。彼女は名を改め、各国の前線を渡り歩きながらこの数年戦いを続けていたのだが、久々にジャパリパークへと戻ってきたところで邪竜の群れに襲われる砦を見かけたのだ。

 

(ええい、里帰りぐらい楽にさせろ邪竜共め!)

 

エックスはご立腹だった。何せ久々の帰国だったのだ、戦い詰めで友の顔を見たくなったから戻ってきたのに、なんでまた奴ら邪竜の顔なんぞを見なければならんのだと。

 

「全く、私以外の邪竜ホント死ね。……む、生き残りがいたか」

 

横たわる邪竜の中から、一体の異質な邪竜が這い出てきた。全身が無骨な殻で覆われ、突起からは火が噴き出している。

 

騎士級(ナイトクラス)か、面倒な」

 

邪竜を統率していた前線指揮官は、他の邪竜が盾になったことで先程の一撃を躱したらしい。邪竜は唸り声をあげると、その図体に似合わない速さでエックスへと肉薄する。頑健な殻は、鱗を遥かに上回る強固さを持っているだろう。

 

「だが生憎だな、お前の弱点は分かっている(・・・・・・)

 

彼女は襲いかかる邪竜へと駆け出していき、その交差する一瞬に首筋へと深々と剣を突き立てた。そして剣は、両者の勢いのままに邪竜の体組織を切り離していく。あとに残ったのは、哀れな骸をさらけ出す邪竜の姿と、剣を振って血糊を落とす少女だけだった。

 

「知能があるというのも問題だな。固有能力と高い知能こそ騎士級の真髄だが、そのせいで私には手に取るように弱点が分かる」

 

邪竜もまた、三大魔王の一人から生み出されたものであり、その血肉はある意味でエックスと同じもので構成されている。ならば、彼女がその魂を通じて思考を感じ取るなど容易い。

 

「騎士級を一瞬で……!」

 

「さすがは、『邪竜必殺(グラム)』の剣士だ……!」

 

兵士たちの声が聞こえてくる。邪竜も今ので最後らしく、襲い掛かってくるものはない。エックスは兵士たちから御礼の言葉を受け取ると、その場を後にして首都への旅路を再開した。

 

(さて、サーバルは元気だろうか。前に会ったのは一年前だったか?)

 

久しく会えていない友人を思う。人の温もりを教えてくれた、生きる目的を一緒になって考えてくれた偉大な友人だ。

 

『新しい名前?』

 

『ああ、私はもうアルトリアを継ぐ者でもなければ魔王を目指すものでもない。だから、心を新たにするため名前を捨てようと思う』

 

『そっかー……でも、新しい名前はどうするの?』

 

『私は、エックス(無銘)でいい。不明なもので、いい。私はもう誰でもない、誰にもなれないものだから』

 

過去の自分と訣別するため、名を改めた。そして未熟な自分のままではいたくないと、各国前線へと飛び出していき助太刀をするようになった。初めは恐怖もあったが、様々な経験は確実に少女を成長させていった。

 

(サーバル、私はまだ生きる目的を見つけられていない。だが、なぜかそれでいいと思っている自分がいる)

 

これから先、自分自身へとずっと問いかけることになるだろうと彼女は思っている。でも、今はそれが苦痛じゃない。相変わらず分からないことばかりで、辛いこともたくさんあるが、今は不思議とそれらを受け入れられる。

 

「……お腹がすいたな」

 

大立ち回りを演じたせいか、空腹を感じる。とりあえず、帰ったらあの塩辛いスープが飲みたいなと、エックスは思いを馳せた。




ダイスによるステータス
武勇:95(邪竜素体クローン+30(大天才ダイス)により125)
魔力:87(邪竜素体クローン+30(大天才ダイス)により117)
統率:13
政治:42
財力:32
天運:82
年齢:01

時間軸:魔剣物語AM(アフターモードレッド)の大魔王誕生少し前辺り、あるいは平行世界

人物背景
史上唯一、魔剣を完璧に制御しきった聖王アルトリアを目指して作成されたクローン。過去に魔王が生成した邪竜の肉を利用したことにより、偶然にもアルトリアの家系の細胞を取り込みアルトリアと似た姿を形成した。
ただし、完成したのは劣化版アルトリアであり性格も全くの別人。生まれたばかりであるため精神も未熟である。
後に名前をエックスと改め、諸国を渡りながら邪竜と戦い続けている。ジャパリパーク女王のサーバルとは友人であり、唯一頭の上がらない相手でもある。


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4

遠く語り継がれる、古の時代。かつて古竜と呼ばれていた者たちによって支配されていた大陸に今、彼らの姿はない。強大な力を有し、永遠不滅の魂を持っていた彼らがなぜ消え去ったのかと問われれば、それは子供でも知っている話だと笑われてしまうかもしれない。

 

古竜戦争、それは大陸全土を巻き込んだ凶悪なる謀略より始まった大戦争だ。古竜最古にして最強、最悪とも呼ばれたニコル・ボーラスによって引き金を引かれたそれは、多くの戦いと悲劇を生み出した。

 

だが、それを終結させた者がいた。善なる竜王バハムートの祝福を受け、その手に『聖剣』を携えて、狂乱する古竜を尽く打ち倒した伝説的人物、『聖王』である。清廉にして潔白、崇高にして最優。才色兼備とはまさにこれ、黄金とはまさにそれであると彼女は謳われた。

 

ドラグナール大陸がいかにして人間の手に落ちたかと問われれば、それは『聖王』によるものであると、人々は言うだろう。

 

「まあ、後世の評価は凡そこんなものであろうよ」

 

「美化されすぎじゃないですか!?」

 

「戯け、言ったはずだ。強すぎる光は多くのものを照らすが、それ以上にその目を眩ませる。貴様はそういうものとなったのだ、これも避け得ぬことよ」

 

「いやいやいや、私はそこまで言われるような人間じゃないですし……」

 

「オイラはいいと思うけどなぁ」

 

ある国、とある場所。貴賓客を饗すために用意された屋敷、その部屋の一角に一組の男女と亜人らしき者がいた。

 

「吾輩の見解は大体そのようなものだ。よかったな、お伽噺の英雄殿?」

 

「むむむ……」

 

「アルトリアは十分頑張ったんだし、少しは報われてもいいと思うぞ」

 

「然り。苦難の旅路の果てにあるものは、それ相応の報酬であるべきだ」

 

難しい顔をしている彼女はアルトリア・ペンドラゴン。史上最大の戦い、古竜戦争を終結させた英雄にして勇者。何者にも語られぬ"星の剣士"すら打ち破った、人類の最高峰である。

 

「何が不満だ、貴様の選んだ道であろう?」

 

「それは、そうですけど……」

 

「ならば胸を張るがいい、貴様は確かに偉業を成した。お前がよく思おうが悪く思おうが、誰も否定はできぬ。貴様自身でさえもだ」

 

「アルトリアは、もうちょっと自信を持っていいと思うぞ?」

 

彼女を諭すのは、灰色のローブに身を包んだ老人。体格はやや背が高く、痩せぎすな印象を受ける。横にいる亜人種のように見える者は、子供ぐらいの背丈をしていた。

 

「謙遜は美徳であるが、過ぎれば醜悪よ。貴様の誇りは虚飾ではないだろう?」

 

「……分かりました、これ以上は駄々をこねる赤子と同じ。私が討った者たちへの侮辱でしょう」

 

「その素直さは美点だ、努々忘れるなかれ。諫言に耳を傾けぬ王は国を傾ける」

 

「……やはり、ここにきて正解でした。私はまだまだ学ぶことが多い」

 

アルトリアがここへとやって来たのは、彼に意見を求めるためだった。彼女は王となり、政を行うようになったのだが、それが正しくできているか不安であった。また、自分が王として民草からどのように思われているかも気になった。

 

それを確かめるべく、彼女はそういったことで相談できる相手の元へとやって来たのだ。即ち、彼女の眼の前にいる男の元へ。

 

「師よ、有難う御座いました。マーリンに王としての教育は施されましたが、治めるための心得ごとはやはり貴方に聞くべきですね」

 

「……頭を下げなかったのは及第点だ」

 

「あ、そこも見てたんですねやっぱり」

 

前回訪れたとき、お礼とともに頭を下げたときに怒られたことを思い出す。王たるものがたかだかその程度で頭を下げるなと、さんざんお説教をされたのだ。それを覚えていてよかったと、アルトリアは心中で胸をなでおろした。

 

「今は王で、優れた教育を施されたとはいえ、貴様もかつてはただの小娘。それが偶然にも資質があったに過ぎぬ」

 

「……はい」

 

「だが、貴様は民より求められた。ならば存分に王権として奴らを使ってやれ。貴様も彼奴らも同じ人間、利用しあってこそよ」

 

「そこはせめて信頼し合うとか言うべきだとオイラ思うぞー」

 

さて、既に民衆から尊崇の念を受ける大英雄アルトリアと忌憚なく話をするこの男は何者であるか。彼はアルトリアの政治における師であり、彼女とともに大陸を旅した同行者の一人でもあった。

 

隣りに座って菓子を貪っているのは、今となっては最後の古竜であり善なる竜王、バハムートの変身体。アルトリアを見出し祝福を与え、共にニコル・ボーラスを討ち取った彼は、戦争の終わった今余計な力は必要ないと力を抑えており、それによって今の姿となっている。

 

「旅でも散々見てきただろう、人とは業を背負った生き物だ。清濁双方が揃ってこその人よ」

 

「ジジイは汚れ過ぎなんだよ、人はきれいなものだって確かにある。それを見せてくれたのがアルトリアだったしなー」

 

「……そうだな。国すら失った我輩に場所を与えてくれたことに、感謝はしている」

 

男はかつて、この王国があった場所にて政治屋をしていた者であった。古竜の一体が暴れたおかげで国が滅び、国土は荒廃した。奉仕する国がなくなった彼は、賢者の真似事をしながら放浪していたが、それを聞きつけた魔術師マーリンによって拉致されたのだ。

 

最初は教えるのを嫌ったのだが、最後には根負けしてしまい、結果的には彼女に同行することとなってしまった。どうにも、アルトリアは押しの強い娘であった。

 

(あの小娘が、よくぞここまで賢しくなったものよ)

 

馬鹿ではないが、まだまだ精神的には幼さの残っていた彼女がこうして王らしい顔つきになっていることに、男は感慨深いものを感じていた。

 

「ところで、食事と運動はしっかりされているんですか? また痩せたように見受けられますが」

 

「食事は吾輩の数少ない娯楽よ、言われずともだ。それから運動なぞこの歳でやる必要もなかろう、既に老いた身だ」

 

「もう、貴方はひ弱なんですからせめて体を動かすぐらいはしないとダメじゃないですか。旅路でもすぐにバテていましたし、私達程とはいいませんがもっと鍛えるべきではないですか?」

 

「舐めるなよ、吾輩は元々貴様らどころか一般兵相手ですら瞬殺されるクソ雑魚だ。今更鍛えても一分も強くなることはない自信がある」

 

「それ誇らしげに言うことじゃないですよね?」

 

理知に富んではいるが、アルトリアは割りと直線的だ。嫌味のない真っ直ぐさは稀有なものだが、どうにもパワフルが過ぎるのは困ったものだと彼は内心で嘆息した。

 

「少しは体を厭うようにしてください、私にはまだまだ貴方が必要なんです」

 

「最近は寒さも厳しくなってきたからな、せめて体は温めるようにしとけよー」

 

「……ああ、そうだな」

 

 

 

 

 

二人が屋敷を出た後、男は椅子の背もたれに寄りかかりながら深呼吸を一つした。

 

「まだ必要、か。アルトリアよ、お前は既に我輩を超えたであろうに」

 

政治屋として、必要なものは全て叩き込んだ。もう勘弁してくれと泣き喚こうが机に縛り付け、詰め込めるまで詰め込んでやったなと男は回顧する。今となっては、善政を敷く彼女に負けたと正直に言えるだろう。

 

(時代はもう新たな兆しを見せ始めている、老いし者にはついてゆけぬであろう)

 

この大陸に訪れた、久方ぶりの平和。もう十分に享受し、十分に働いた。

 

(……無駄に生き延びたかと思ったが、我輩にとっての天命とはこれであったのかも知れぬな)

 

まぶたを閉じれば、今も鮮明に思い出せるあの日の悲劇。古竜が襲いかかった恐怖の夜。天は赤く燃え盛り、空が厚い雲に覆われていたのを覚えている。

 

逃げまどう民、地獄のような光景。城壁が砕かれ、住家が焼かれ、夥しい人々が死んでいった。ブレスに巻き込まれ、悲鳴を上げる間もなく焼かれてゆき。その中に、彼の妻や息子もいた。

 

夜が明け、目を覚ましたときに残っていたのは自分と幾ばくか生き残った市民、そして瓦礫となった街であった。王城も崩れ去り、王族は全て息絶えてしまった。聡明な王も、将来を期待した王子も、儚くも気丈であった王女も。

 

(生きがいなどとっくに失ったと思っていたのだがな……)

 

残された住民をなんとか隣国へと避難させた後、彼は瓦礫の街で一人何をすることもなく佇んでいた。幸いにも貯蔵していた保存食があったため生きるのに苦労はなかったが、生きることそのものが苦痛になり始めていた。

 

だがこのまま死ぬのだけは納得できなかった。生き残ったのであれば、その生命をやすやすと捨てることはできない。それが、生き残った者の務めだと。彼は街を離れ、放浪しながら人々へ助言をするようになった。それらは噂となって広まり、やがて彼は賢者と呼ばれるようになった。

 

 

 

 

 

「やあ、君が噂の賢者くんだね?」

 

ある日、花の匂いを纏った男が現れた。普段やってくる農民や騎士、或いは魔術師のどれとも違う雰囲気をしていた。

 

「……世間ではそう呼ばれているらしいな。して何用か、我輩に知恵でも借りに来たかね、『花の魔術師』殿?」

 

「おや、僕のことを知っているんだね」

 

「伊達に長生きはしておらんよ、我輩の耳は遠く千里先の情報とて聞き逃さぬ」

 

政治家として、世間の情報は敏感に察知し、どれほど微かな情報であれ逃さぬようにしていた。染み付いた癖というものは、早々簡単に抜けるものではなかったらしい。

 

「お察しの通り、僕はマーリンその人だよ。君が人々へと助言をしながら彷徨っていると聞いて、興味を抱いてね。ちょっと話でもしようかと思って来たんだ」

 

「話、だと?」

 

「ああ、質問と言うべきだったかな。君はなぜ、人々を教え導くんだい?」

 

「……それが我輩の成すべきことだからだ。生き残った我輩の務めであるとな」

 

彼の回答に、マーリンは期待はずれだったかと内心で肩を落とす。彼には目の前の老人が、国を失ったために生きる目的をただ無理やり自分に言い聞かせているのだろうと思えたからだ。

 

「成すべきこととはなんだい? もう君の国は滅んでしまったというのに」

 

「我輩は確かに国を失った。だが民へと奉仕する身であったことまで忘れたつもりはない。我輩が助言をするのは、人の営みの中で苦悩する者の問題を解きほぐし、より良き方へと導くためだ。それこそが成すべきことよ」

 

「それが徒労に終わるものだとしてもかい?」

 

「そうなるかもしれぬ。我輩など、人間全体から見れば小さな波紋を起こすだけの小石よ。だが、それがやがては大きな波へと変ずるかも知れぬ。次の悲劇を防ぎ、次の痛みを乗り越える一助となるかも知れぬ。それだけで、十分な理由となる」

 

成る程、とマーリンは感心する。思っていたよりもこの男は面白いかもしれない。ならば、次の質問にどう答えるか試してみることにした。

 

「では、今の悲劇をどうする? そんな小さなことを積み重ねてもどうにもならないと思うけどね」

 

「前提からして違うな。人は小さくか弱い、誰もが強くあることはできぬ。できうることなど、それこそどれも小さなことばかりよ。だが、それら小さきことこそが大切なのだ」

 

「へぇ……」

 

「人は思いやる心がある、一方で人を貶める悪意がある。どちらも必要で欠けてはならぬし、どちらも尊ばれるべきものだ。それらすべてを以て人々は歴史を積み重ねたのだからな」

 

思いやる心は誰かを救い、悪意は害を見出す。生きるうえで無くてはならないものだ。善に寄り過ぎず、悪に傾き過ぎず。人間はそれらに苦悩しながら戦い、勝利しては敗北した。

 

「人はどうしようもないほどに愚かではあるが、学び反省し、信頼することができるものと我輩は信じよう。そして我輩の起こす小さきことが、やがて誰かを救うと信じよう」

 

薄れていた興味が、沸々と戻ってくる。奇しくも、その回答は彼が見出した少女のそれと似ているところがあった。マーリンはこの男を彼女へ引き合わせればどうなるかが気になった。

 

「……ふぅむ、これは想像していた以上の当たりを引いたかもしれないな」

 

「何?」

 

「君、ちょっと私についてきてくれないかい? 是非会って欲しい人がいるんだ」

 

「……断る。我輩は道楽に付き合うほど酔狂ではない」

 

男は花の魔術師が、一人の少女を弟子にしたという情報を掴んでいた。恐らくはそれに引き合わせる腹づもりなのだろう。他者へと知恵を貸すのは構わない、だが下らない道楽に付き合ってやるほど暇ではない。だから彼は断った。

 

「成る程、じゃあ仕方ないな」

 

「ああ、それ以外の用がないならば早く……」

 

「ちょっと強引な方法を取らせてもらおう」

 

瞬間。マーリンの展開した魔術が男を絡め取り、一瞬で拘束を完了する。そしてマーリンが何らかの呪文を唱えると同時に、二人は高速で空を駆けていった。

 

 

 

 

 

「というわけで、君の師となれる人物を連れてきたよ」

 

「いやいやいや、これどう見ても拉致じゃないですか! というか死にかけてるじゃないですか!? お爺さん、しっかりしてください!」

 

超高速の空の旅から十分程。目的地に着いた彼は低温と疲労で虚ろな目になっていた。少女はマーリンに拳骨をかまして彼に回復魔術をかけるように言った。

 

「酷い目にあった……」

 

「すみません、マーリンには私からよく言って聞かせますんで……!」

 

「あたた、最近僕の扱いが雑じゃないかなアルトリア?」

 

「貴方が問題ばかり起こすからですよ、ご老人をあんな方法で拉致するなどよくないことです」

 

アルトリアと呼ばれた目の前の少女を、男は観察する。彼女が、恐らくは噂に出てきた魔術師の弟子なのだろう。性根は真っ直ぐなタイプと見え、凛とした佇まいは独特のオーラすら感じる。

 

「しかしだね、彼に一度断られてしまった以上はこうする他なかったんだ」

 

「むしろそこで諦めるべきでしょう!?」

 

「いいや、そうもいかないんだ。彼は君に高度な政治や交渉事、そして心構えを教えられるだろう人間だ。この大陸を見渡しても彼ほどの人物はそういないんじゃないかな?」

 

「……貴様が教えればいいことだろう、花の魔術師」

 

「生憎、僕は魔術や戦い方、或いは知恵を貸すことはできても、人間の感情を理解して察したり、その機微を見て交渉するといったことは不得手でね。かといってそれらをおざなりにすることは、僕らの目的上できないわけだ」

 

意外な答えだ、と男は思った。正しく真の賢者と言うに相応しいだろうこの魔術師が、そういったことが苦手であるなど。

 

「一応別の宛もあるにはあるんだけど……」

 

「ならばそちらにすればよいではないか」

 

「彼は今忙しくてね、とてもではないが頼るのは躊躇われるんだ。何せ『黒衣の大賢者』様だからね」

 

想像以上の大物が出てきたことに、男は驚いた。ナザリック大地下墳墓の長、恐らくは魔術師でも最強の一人でありまさに大賢者と呼ばれるに相応しい智謀の持ち主。交渉事で一度だけ会ったことはあったが、その威容は彼でさえ圧倒された。

 

「尚更、我輩を選んだ理由が分からん。それだけの伝手があれば、もっと協力的な相手を見つけることなど容易であろうに」

 

「君ぐらいなんだよ、私情を挟まずに彼女を教育できるのは。こう言っては何だが、君は既に亡国の民だからね。下らない政治闘争や国への奉仕を強制するなんてこともないだろう?」

 

「……成る程な」

 

しかし、だからといってそれで納得できるかといえば話は違う。

 

「そこの少女は、正しく大器であろうよ。だが、彼女は導き手である。自ら壁を打ち砕き、先頭を征く者である。我輩の助言など必要としない王の気質を持つ者である」

 

彼女は未完の大器であるが、しかしその完成には手助けなど必要ない。彼の見立て通りならば、彼が手を貸す理由がないのだ。

 

「完成の見えるものなど詰まらぬだけだ、手を貸すというだけ無駄というものだ。ならば市井の人々へと教え導くほうが余程有意義というもの」

 

「では君の見立で、将来彼女は古竜を屠るに足る者と成りうるかな?」

 

その言葉に、男は目を見開いた。無謀、最初に頭をよぎったのはその言葉。古竜は人知の及ばぬ領域に座すある種の極点だ。それに挑むのは正しく無謀といえる。だが、男はアルトリアを一瞥して顎に手を当てた後。

 

「……できるかもしれんな」

 

肯定の意を述べた。

 

「おや、意外な回答だね。てっきり矮小な小娘には無謀なことだとでも言うと思ったけど」

 

「彼女を直接見ていなければ、そう言ったかも知れぬ。彼女はその無謀へ挑むに足る気質を有している」

 

「気質、ですか?」

 

彼らの話を聞いていたアルトリアが、老人へと尋ねる。

 

「貴様には意志がある、己の挑戦を以てこの悲劇に終止符を打つという意志がその瞳に見える。ただの小娘にそのような目はできん」

 

「ですが、やはり無謀であることには変わりないのでしょう?」

 

「然り。古竜とは即ち災害、打倒など不可能も同然。だがな、不可能に挑むのもまた人の業よ。それが例え億千万の果てだろうとも挑戦するのが人よ。そして、その奇跡を引き寄せる者とている」

 

「私は、その奇跡を掴むことができるでしょうか?」

 

「知らん。だが、貴様にはその資格がある。ならば思うままにやってみるのもいいだろうよ」

 

知らぬ間に助言をしてしまったことに、内心で後悔した。どうにも、年を取ると若い者に講釈を垂れてしまうのは悪い癖であると反省する。兎に角、これ以上彼らに付き合わされるのはごめんだと、踵を返して早々に立ち去ろうとする。

 

「……離してくれないか?」

 

「すみません、このまま別れるわけにはいかなくなりました」

 

裾を引いて手を振り払おうにも、彼女の細腕からは信じられないような力がそれを阻む。むしろ貧弱な老人である彼の方が、逆に引き摺られてしまう始末であった。

 

「貴方だけなんです、私達の無謀を笑わなかったのは! 旅を初めたばかりではありますが、仲間を求めても皆、私達を笑うか恐れて去ってゆくばかりだったんです! まして貴方のような賢人を逃がすわけには……!」

 

「ええい、知るか離せ!」

 

「はーなーしーまーせーんー!」

 

「やれやれ、強情だね君たちは」

 

その後。アルトリアがついに泣き落としまでしてきた辺りで老人のほうが折れ、彼女の師となる事を了承した。加えて、何故か彼も旅に同行する羽目になったが。

 

 

 

 

 

「……眠っていたか」

 

懐かしい、というにはまだ新しい数年前程度の記憶。その旅路は険しいものだったが、彼女は不屈の意志でそれらを踏破し、時に仲間らに助けられながら、ついにはあの最強の古竜を討ち取った。まさに、輝かしいまでの旅路である。

 

「年甲斐もなく、心躍る旅であった……」

 

男はいくつになろうとも冒険心を忘れないものだと、かつて仲間の一人が言っていたのを思い出す。あの弓の名手は今、何をしているだろうか。

 

「……フ、もう死ぬのも悪くはないと思ったのだがな」

 

全力で駆け抜けていった彼らを思い出してしまっては、仕方ない。後もう少しだけ、頑張ってみるのもいいかもしれないと、彼は腰を上げる。外は、もう夜を過ぎて空が白み始めている。

 

「まあ、とりあえずまずは……」

 

――運動でも、するか。

 

竜の時代の終わりに、二人の賢人があった。一人は『花の魔術師』、もう一人は『黒衣の大賢者』。いずれも『聖王』を助成しその旅路を守ったとされている。だが、後年一つの疑問が大きな波紋を生んだ。それは、『聖王』に政治を教えたのはどちらの人物であるかということだ。

 

『花の魔術師』は政治を苦手とする人物であったとされ、『黒衣の大賢者』が『聖王』と出会ったのは後々のことである。しかし、彼女は旅を始めた当初から交渉事を上手く纏め、仲間の意見をよく取り仕切ったという。ただの村娘であった彼女がそういった才に溢れる人物だったのか、或いは誰か別の師がいたのか。今なお判然とはしていない。




ダイスによるステータス
武勇:10 魔力:14 統率:12
政治:93 財力:28 天運:94
年齢:84

時間軸
本編時空より遥か以前、古竜戦争終結から数年程、あるいは平行世界

人物背景:古竜戦争で滅した国の生き残り。元は政治家だったが国が滅んでしまい流浪の身となり、民草へ知恵を授ける賢者紛いのことをしながら放浪していたが、花の魔術師に目をつけられてしまい強制的にアルトリアの政治における師となって同行。国家との政治的取り引きや交渉事などで活躍し、一般兵にも劣る弱さなのに何故か最後まで生き延びた老人。

彼の功績は、後年書物の焼失などで詳しい記述が消えてしまい、マーリンのものとして統合された。


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5

ギムレー。七星国家(セブンスターズ)の一つであり巨大な農業地帯を有する群体国家。様々な小国が寄り集まってできたこの国は、"新たなる熾火"と呼ばれ他国からも一目を置かれている。特に当代の王、ソロモンのその政治手腕は見事としか言う他無く、彼と同等の権限を持つ代表者達である『賢老七十二臣』は彼でなければ実現不可能だっただろうと言われている。

 

「いーい天気だ。のんびりしたくなっちゃうねぇ」

 

風が草木を掠め、葉鳴りが聞こえてくる。一本だけ生えた小さな木、その木陰ができている傾斜した地面に、一人の女性が寝転がっていた。空は青く、鳥たちが羽ばたいている。彼女の眼前に広がるは長閑な風景。大柄な男が土地を耕し、汗を拭う。その後ろに続きながら、小柄な女性が種を蒔いている。

 

「あーあー、ほんともう全てを投げ出してしまいたいよ」

 

「ここにいたか、怠け者め」

 

声をかけられ、首を後ろへそらしてみれば男がいた。ガッシリとした体つきは、相応に鍛えた者である証。風貌は厳つく、纏っている静かな怒気がそれを際立たせている。

 

「おーや、珍しい。堅物の貴方が私をわざわざ迎えに来るなんて」

 

「フン、再三言っても聞かんから出向いたまでだ。貴様の怠惰は目に余る」

 

「あー、しまった君に対する好感度のリスク管理をミスったか」

 

固いものがぶつかった音がした。男が女へ拳骨をかました音である。

 

「いたーい……」

 

「冗談はもう少し時と場所を選んでから言うべきだったな」

 

「でも拳骨一発で済ませてくれたのは割りと温情だね、わーい好感度は下がってないぞ」

 

再びの硬い音。今度は彼女の頭に肘鉄が落とされた音である。

 

「ぐおぉ……」

 

「馬鹿め、下がりきっているのであればそもそもそれ以上は下がるまい」

 

「おお、盲点だったー」

 

「……お前は時々バカなのか賢いのか本気でわからなくなるな」

 

「そりゃー、多分どっちもだと思うぜ!」

 

親指を立ててしたり顔をする女性を見て、男は顔に手を当て、二、三度首を振る。男は彼女とそこそこの付き合いはあるが、未だにこの怠惰さと不真面目さが改善されないことに頭を痛めていた。

 

「まあいい、さっさとこい。あと2時間で定例会だ」

 

「うぇっ、マジで!? しまった時間を忘れてたー!」

 

「時計ぐらい定期的に見ろと言っただろう馬鹿者が!」

 

「次からはちゃんとするよー!」

 

急ぎ足で駆けていく女、男はそれを追っていく。足の速さだけは一端のものだなと、男は内心で嘆息した。

 

「ほらほら、早く行くよバルバトスー!」

 

「急ぐのはいいが足元には気をつけろ、グシオン」

 

「げぇっ! 犬のを踏んじまったー!?」

 

「……言わんこっちゃないな」

 

 

 

 

 

「というわけでー、『管制塔』は前線への支援を強化すると共に警戒網をより強固にしていくことを提案しまーす」

 

「『兵装舎』より賛成の意を示す。最近は邪竜の攻勢が激しい、ガタが来る前に強化を

行いたい」

 

「『生命院』より意見。前線の強化をするにしてもどう行うつもりぃ? ただ兵力の増強をするだけでは兵士に負担がかかる分能率は悪化するわよぉ?」

 

「『覗覚星』より同意しマース。闇雲な兵力増強はストレスの増大によって瓦解しかねまセーン。ただし、警戒網の強化については私に腹案がありマース」

 

「『議長』ゲーティアより、『覗覚星』アモンの腹案についての説明を求める」

 

「了解デース。警戒網についてなのですが、作成していた感知術式の完成の目処が立ち始め、これらを国境を中心に張り巡らせようという計画を立てていマース」

 

「『情報室』より疑問。情報を収集する手段が増えるのはいいことだが、その術式を配置するにあたってのコストとかかる時間はどれぐらいの見込みだ?」

 

「『観測所』より補足。この術式に関しては以前話した通り我々の一部も技術協力をしている。こちらに資料を用意したので目を通して欲しい」

 

「『管制塔』より賛意。常識的な予算内に収められている、これは有意義な結果を齎すだろう」

 

「『兵装舎』より追従。かかる時間や人足も無理のない範囲だ」

 

「『情報室』より同意。これで情報の精度はよりよいものとなると予想できる材料が揃っている」

 

「『議長』ゲーティアより、『覗覚星』アモンの計画を可決とみなす。早急な計画立案書の提出を求める」

 

 

 

 

 

「つーわけで本題いきましょうかー」

 

「ソロモン! マシュ王女が風邪をひかれたと聞いたが無事なのか!?」

 

「御見舞の品はかさばらず押し付けがましくないものがいいか!」

 

「風邪によく効く薬なら私の方から提供できるわよ!」

 

「いやいやいや、ちょっと熱っぽくなっただけだから! 三日もあれば完治するってお医者様も言ってたから!」

 

「それで王女に万が一があったらどうするのだソロモン!」

 

「せめて看病ぐらいはしてやったらどうだソロモン! お前も親だろう!?」

 

「ちゃんと顔を出してるよ! あと、看病なら例の子がやってくれてるから!」

 

「何? つまりマシュ王女と二人きりであんなことやこんなことを!?」

 

「おかゆをあーんとかしちゃうのか!?」

 

「額をあてっこして熱とか測っちゃうのねん!?」

 

「なんで君たちそんな想像力豊かなの!?」

 

「兄者、それはもう今更なことであろうよ」

 

「そういえばゲーティア、オルガマリーちゃんをマシュの部屋に近づけてないよね?」

 

「無論だ。あやつは衣食住全てが壊滅的だからな……」

 

「黒焦げのクッキー、薬品みたいな匂いがするカレー……」

 

「うっ、頭が……」

 

「やめよう、もうその話はやめよう……」

 

「話題を変えよう! あのトラウマを掘り起こすのはよくないことだ……!」

 

「ソロモン! 今月ピンチなのお金貸して!」

 

「それは君の管理能力の甘さが招いた結果なんで僕の関知するところじゃないよね?」

 

「ゼパル氏はやはり廃棄すべきなのでは?」

 

「残当」

 

「残当」

 

「ゼパルお前少しは自重しろよ!」

 

 

 

 

 

「だー! やっぱアモンの奴は苦手だー、こっちの意見を利用して流れを全部持ってかれたー!」

 

「今回は完全に主導権を握られたな。奴の感知術式による警戒網の話へ流れを移した後に前線支援の計画を説明していくつもりだったが……次回改めて防衛線強化の提案をするべきか」

 

会議室を後にし、廊下を歩く二人。

 

「あの野郎ホント私の天敵だわ、ぜーんぜん流れをとりもどせなかった」

 

「正しく機を見るに敏、だからな。無闇に読心術を使わないのが幸いだが」

 

「それであの手管なんだから油断ならねー」

 

七十二臣には派閥は存在せず、各々の思想や理想、信条を優先している。ある意味ではそれぞれが独立した派閥と言っていいかもしれない。ただし、それぞれに求められる機能を発揮するに当たって、より効率よくするためにいくつかのグループに分かれている。

 

ギムレーの軍事全般を司り、前線を支える『兵装舎』。

 

大陸の各所へと網を張り、目となり耳となる『観測所』。

 

論理を編み昇華し、公平を以て裁く『覗覚星』。

 

様々な情報を蓄積し、精査する『情報室』。

 

魔道具の作成支援、娯楽や文化を奨励する『溶鉱炉』。

 

他の柱や議長を補佐仲介し、或いは否定する『管制塔』。

 

生命を尊び紡ぎ、医療を発展させる『生命院』。

 

不要となったものを排斥し、悪性を断つ『廃棄孔』。

 

グシオンとバルバトスは『管制塔』の所属であり、グシオンは『管制塔』における政治担当者だ。『管制塔は』その特性上各所とのすり合わせを慎重に行わなければならないのだが、彼女はその政治手腕で過不足無く『管制塔』の機能を回す一助となっている。

 

「まー各々がよりよい国家のためにやってるんだし、折衝するのは当然だよねー」

 

「そのためのお前だろう。お前は不真面目ではあるが各機能の折り合いをつけるのが上手いからな」

 

「陛下ほどじゃないけどねー」

 

「あのレベルを求めるほうが酷だ、我らが王は恐らく古今でも随一の政治手腕の持ち主だからな」

 

「すごいよねー、正直最初に賢老七十二臣の制度を設立するって聞いた時は気でも狂ったのかと本気で思ったよ」

 

疑いようもなく、ソロモンという人物は政治的怪物だ。グシオンはそう思っているし、実際その通りなのだろう。ただ彼自身は善良な人柄の持ち主だし、人の血の通った政治をしている。それがまた、相当な離れ業であるのだが。

 

「あれで父親があれだってんだから生命の神秘だよねー」

 

「……否定はできんな」

 

「というかあのバカ今何してんの? 流石に前の雇用主だからって勝手に引退して雲隠れとかキレそうなんだけどー」

 

「最後に噂が聞こえたのは赤薔薇の国だったはずだな、どうせ軽薄に女でも口説いているのだろうよ」

 

「お陰でよーやく職務から解放されると思ってたらこれだからホントキレそうだわ……」

 

グシオンとバルバトスは元々、前王であった男に仕えている文官だった。それが王の交代にあたり賢老七十二臣に抜擢されたという経緯がある。グシオンは前王の引退時に職を辞そうとしたのだが、仕事の引き継ぎをしているうちにいつの間にか役職が変わっていたという怪奇現象に見舞われてしまい逃げ場を失った。

 

「貴様はもう少し勤勉さを身につけるべきだ、現状邪竜の脅威に喘ぐ民がいる中で、なんとかやっていかねばならんのだからな」

 

「へいへーい、私だってこの国を愛する臣民だからね。やるべきことはやるさー」

 

「それから不摂生な食事と夜更かしをやめろ、仮にも女だろう貴様」

 

「あらやだー、お母さんかな?」

 

「こんなだらしのない娘など御免こうむる」

 

「やだ辛辣! お母さん辛辣ー!」

 

 

 

 

 

議事堂の前でバルバトスと別れ、帰路へつく。向かう先は自身の仕事場である。基本的に不真面目ではあるが、彼女は自分の仕事に対しての責任感はあるし自身の立場の重要性をよく理解している。

 

そのギリギリ許されるラインを見極めて部下に投げているし、やばかったら全責任を自分が負って自ら処理に向かう。実績もあるしやる時はちゃんとやるのだからある意味困ったものである。

 

「……んー?」

 

背後から、何者かがつけている気配がした。ただ、それがどこからなのかは明確にはわからない。つまり、気配をわざと漏らして気づかせているということだ。

 

「……成る程ねー」

 

その誘いに応じるように、彼女は路地の裏側へと足を運んでいく。表通りと違ってひんやりとした空気が立ち込め、少しカビ臭い。

 

「出てきていいよー、今ここにいるのはあんたと私だけだろうし」

 

「こちらの誘いに応じていただき、感謝しますよ」

 

現れたのは、白い肌をした男性。いかにも真面目そうな顔つきをした人物だった。

 

「さて、貴女とこうして二人きりになる機会を伺っていた理由は分かりますね?」

 

「まーね。お仕事ご苦労様としか言えないかな、『廃棄孔』の」

 

彼の人物の名はアンドロマリウス。ギムレー国内における不穏分子の抹消や監査を行う、いわゆる裏仕事を担当している人物であり、そのトップでもある。普段はデキルオという偽名を用いて、冒険者などと交渉や渡りをつける仕事も行っている人物であった。

 

「ご想像の通り、今日は警告のために参りました」

 

「うん、そりゃそうだよねー。国のトップと同等の権限を任されてるやつがこうだと示しがつかないってわけだ」

 

「ええ。貴女の不真面目さは、少々目に余る」

 

たとえ同じ賢老七十二臣であっても、彼ら『廃棄孔』は容赦をしない。いや、してはいけないのだ。彼らは国家という生き物を健全であり続けるために必要な自浄機関なのだから。

 

「でもゼパルちゃんの方が正直アレだと思うけどなー」

 

「その点についてはご心配なく。既に警告を通達済みです」

 

「わお、仕事がはやーい」

 

「貴女はその次、というわけです。ご自身の置かれる状況が深刻であると、ご自覚いただければ」

 

「うわ、あいつの次に目をつけられるとかすっげー不名誉だわ」

 

憮然とした面持ちとなるグシオン。普段真っ先にゼパルを弄る一人だけあって彼女のことは好ましく思っているし実力も認めているのだが、あの情けなさの次点という不名誉を賜るのはそれはそれで納得いかなかった。

 

「正直、貴女を相手にするのはあまりしたくないのですがねぇ……」

 

「まぁ、私は君たちにとってはいちばーん排除に困るやつだろうからねぇ」

 

「ええ。貴女の敵意を好意へと反転させる能力は我々のような排斥者には厄介この上ない」

 

グシオンは敵意や害意を持つ相手を、好意へ反転させる特殊な能力を生まれつき持っていた。それで若い頃は苦労したりもしたのだが、これは今語るべきことではない。とにかく、排除を主とする『廃棄孔』にとっては相手しづらい力であることは確かだ。

 

「んー……」

 

「何か?」

 

「いやさ、ほんとに私を排斥しようって気持ち、ある? 手を緩めてくれるとかない?」

 

「ご安心を。私は仕事に関しては基本、妥協をしませんので」

 

彼の目は本気であった。やると言ったらやる、そういった覚悟を伺わせる目であった。

 

「……おっけー。君の覚悟は分かった、じゃあこいつを君に預けるとしようか」

 

そう言って懐から何かを取り出すと、彼へと放り投げた。アンドロマリウスはそれを苦もなく掴み取ることに成功する。手を開いてみると、そこには高さ7cm程度の青色をした箱型の物体と小さな鍵があった。蓋を開くと、中には赤いボタンと鍵穴がある。

 

「これは?」

 

「そいつは私の命綱さ、鍵を差し込んで捻ってから押せばボカンと私の頭が吹き飛ぶよー」

 

「……どういうことですかね?」

 

「頭に仕込んだ爆弾が起爆するってこと。私を不適格だと感じたら躊躇なくそのスイッチ押してぶっ殺せってことだよー」

 

率直に言って、意味がわからない。アンドロマリウスはそう思った。自分を容易に殺せる手段を用意して、それを起動させる装置を他人へと、何の躊躇いもなく渡すなど正気の沙汰ではない。

 

彼の背を、一筋の冷たい汗が伝う。

 

「なぜ、私にこれを……」

 

「君が職務に忠実で好ましいと思ったから」

 

「そんな理由で……?」

 

「君が職務に忠実だということは、須らく悪性は排除されるとういうことだ。それは私にとって喜ばしいことであり歓迎すべきことでもある」

 

彼女の口調が変わった。普段の脳天気な風ではない、年齢相応の経験を積んだ老獪なる女がそこにはいた。寒気を覚える雰囲気を纏っていたが、アンドロマリウスは表情一つ変えない。彼も彼女と同等の地位にいる男であり、それ相応の修羅場をくぐってきたのだから。

 

「いいかい、私は同胞を認めてるし王女を尊いと思っているし、陛下を尊敬してる。何より、私はこの国を愛してるんだ。それを汚すことだけは私には許せない」

 

彼女は国家への奉仕者であり、その理念を曲げたことは一度とてなかった。彼女は自身が実力ある人物であると把握しているし、それ相応の仕事をこなせる力量があると自負している。だが、彼女は既に60歳近くであり本来であれば一線をそろそろ退くことも視野に入れる頃だ。

 

「私は緩く楽しくが信条だけど、国家に対する利益は妥協しちゃいない。国家に不利益を齎すのは罪深いことで、許しがたい反逆だからね。本音を言えば、さっさと私は降りたいんだよ。こんな老害がいつまでも七十二臣の席にふんぞり返ってるんじゃなく、若く国家の利益に寄与する者に就いて貰いたい」

 

「普段の不真面目な言動は、それが理由ですか」

 

「そうさ。私は、私を切り崩せる奴をずっと待ってる。力はあるけど不真面目なやつより、より力があって真面目なヤツのほうが支持されるし好ましい」

 

全ては国家の利益のために。彼女を突き動かしているのはそれであり、彼女が仕事に勤しむのもそのためだ。

 

「まーそんなわけで。私が本当に救いようのない老害になったら、遠慮なくぶっ殺してちょうだいよ」

 

口調がいつもの調子が戻っていた。

 

「……はぁ。承知しましたよ、貴女は確かに陛下が選ぶだけのお人だ」

 

「あ、爆弾のことについては陛下にも通達してあるから遠慮なくやっていいよー」

 

彼女の言葉に、背を向けたまま手を一度振って返事した彼は、そのまま雑踏の中に消えていった。

 

「嬉しいねぇ、国家のために滅私できるやつがいるってのは。この国はまだまだ安泰だが、後世に続くようにしないと」

 

――若い奴らのためにも、もうちょっと頑張らないといけないね。

 

グシオンは彼の背中が消えるまで見送ると、再び職場に向けて歩き出した。




ダイスによるステータス
武勇:30 魔力:20 統率:97
政治:86 財力:30 天運:41
年齢:58
素質:凡人により補正なし
七十二臣:序列十一柱グシオン(管制塔所属)

各好感度ダイス
バルバトス:75(付き合いの長い友人)
ゼパル:91(結果的にだが命をかけて国を守ったのが好感触か)
ソロモン:58(付き従うに十分な王様)
例の彼:28(補正+30により58、これからに期待)

時間軸:魔剣物語AM、あるいは平行世界

人物背景:賢老七十二臣の一人にして『管制塔』バルバトスの同期であり友人。奔放な性格で緩く楽しくが信条の女性。既に還暦近いが、それを感じさせない若い姿、というか見た目はちんちくりんで絶壁の幼い少女同然である。敵意を持つ相手を友好的な意識に反転させる特殊能力を持つ。その本性は、国家に対する絶対的な奉仕者であり、普段の不真面目さもとっとと若くて有能なやつに自分を蹴落としてほしいから。

おまけ
オルガマリー王女の女子力(きっと剪定事象)
衣:22 食:17 住:17

衣:自分で着替えぐらいはできる程度。基本はお付きの侍女にやらせてるようだ。
食:かろうじておにぎりができる程度。大半が失敗するしアレンジが加わって悲惨になる。
住:なんとか寝る場所が確保できる程度。放置すると魔境と化すので片付け係は必須。


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6

「リテイクだ!」

 

若々しい姿をした金髪の男が、鬼気迫る顔でそう言った。舞台上に立つ男女がそそくさとカーテンの奥へと引っ込んでいく。

 

「いいかね、これは女王と伴侶殿ご夫妻の馴れ初めを描くものだ、半端は許されん!」

 

「ですが座長、既に日が沈む前です。回数を重ねればその分疲労も溜まり演技にキレがなくなってしまいますよ」

 

「む、もうそのような時間だったか」

 

周囲を見渡せば、薄闇が世界を溶かし始めている。

 

「いかんな、少々熱が入りすぎたか。今日はここまで! 続きは明日だ!」

 

「「「お疲れ様でした!」」」

 

「改めて台本の読み込みはきちんとしておくように。大根の誹りは受けたくなかろう?」

 

「「「はい!」」」

 

大急ぎで舞台上の小道具や大道具を片付け、それぞれが帰路につく。最後に、全員が帰ったことを確認した男は夜の街へと繰り出していく。

 

(今日は魚の気分か。となれば店はあそこしかあるまい)

 

男の名はズェピア・エルトナム・オベローン。錬金術師にして劇団を経営する座長であった。

 

 

 

 

 

「ご馳走様。やはり魚料理はここに限るな店主よ」

 

「そりゃあどうも、冥利に尽きるってもんでさぁ」

 

食事を終え、ワイングラスを傾ける。やや渋みがあるが、それが甘みを引き立たせるいい塩梅の熟成具合であった。

 

「んで座長さんよ、新しい劇の方はどうなんで?」

 

「可もなく不可もなく、というのが正直なところだ。このままでは女王夫妻をご満足させるだけの劇が成り立つとは思えん」

 

「へぇ、そりゃまた随分と難儀してるようで」

 

店主はこの常連である男の性格をよく把握していた。並であるなら落第、上等であってもまだ不足。最上を以てよしとするのがこの男だった。

 

「あんま求めるレベルが高すぎてもついてこれなくなりやすぜ?」

 

「それは分かっている。だが、今回ばかりは妥協を許されん」

 

「まあ、女王陛下の恋話となれば迂闊なもんは出せないってなぁ分かりますがね」

 

この国の女王の恋愛といえば、まさしく世の女性が羨むような大恋愛の末の結婚である。当時国民は皆狂喜したし、祝福の言葉がこれでもかと投げられたものだと、感慨深げにズェピアは思い起こす。

 

「陛下を題材にした作品はこの国でも初めてとなる。後世の創作者達の恥とならぬよう、自己満足で終わらぬ劇にしなければ」

 

「はー、芸術家ってのは大変なもんすねぇ」

 

「幸い期限はまだ先だ、演技指導をする時間はある」

 

差し出されたワイングラスに、店主は黙ってワインを注ぐ。時間が遅いのもあってか、店には彼ら二人しかいない。給仕の従業員も休憩中か既に帰宅済みだ。

 

「ま、座長さんもあんまり飲みすぎないようにしなせぇ。明日も仕事なんでしょう?」

 

「ああ、この一杯で終わるとしよう。酒は好きだが、過度に飲むのは好かないのでね」

 

 

 

 

 

「カット、カットカット! 何だその無様は、君は主演女優の自覚がないのかね? 今の場面は儚さと精一杯の気丈さを表現したまえ!」

 

「は、はい!」

 

女優へと喝を入れ、どのように演技すべきかを説明する。女優はそれに応え、彼の合格が出るまでリテイクを重ねた。

 

「カットだ! やる気はあるのかねそれでは三文芝居にも劣る!」

 

「指導お願いします!」

 

「役は君だ役になりきれ役を飲み干せ役と共にあれ! 女王陛下を口説き落とすに相応しい男を演じてみせたまえ! 仕草一つで大きく変わるものだ例えば……!」

 

相手役の男にダメ出しをして、よりよくするためにはどうすべきか指導する。男優はそれを聞いて、より熱がこもるように声を出す。

 

「今日の座長、いつも以上に鬼だぜ」

 

「ああ、ありゃ久々のマジモードだ」

 

傍からそれを見ている劇団員たちは、座長の鬼気迫る演技指導に気圧されていた。かれこれ十数年続く劇団だが、彼がここまで熱の入った指導をするのは稀である。いや、普段から彼は厳しくもためになる指導を心がけているが、それを軽く上回るなど滅多なことではない。

 

「大道具! 切り替えは手早くきちんとしたまえ場が白ける!」

 

「うす!」

 

「メイク係! ライトのあたり具合で陰影が際立っているもう少しフラットなメイクに!」

 

「あいよ!」

 

「何だこの脚本は愚図にも劣る! 我ながら最悪の出来だツマラナイツマラナイツマラナイ!」

 

「「「座長! 少し休んでください!」」」

 

ついには自分にもダメ出しを始めたところで、劇団員たちが彼へとストップをかけた。

 

 

 

 

 

「んで、熱が入りすぎて今日は早めのお開きと」

 

「フー、自己嫌悪に陥る直前だった。止められたのは私の落ち度という他あるまい」

 

「ガッハッハ! あんたは自分に厳しすぎんだよ、いい薬だと思いねぇ!」

 

「……諫言痛み入る」

 

昨日と同じ店へ足を運び、ブランデーを口の中で転がす。彼は酒好きだが、酒に逃げるのは嫌いである。だが、時には感傷に浸るのもそれはそれでいいものだと、歳を重ねて思うようになっていた。

 

「いらっしゃい」

 

店の出入り口である扉が開かれ、鈴の音が鳴った。少し首をひねって後ろを見やれば、黒髪の美しい女性がそこにいた。女性はそのままカウンター席へとやってきて、ズェピアの隣に腰掛けた。

 

「メニューは黒板のやつから選んでくれ、酒はどうする?」

 

「……ええと」

 

なんとなしに、彼女は隣りに座っている男の酒が目に入り。

 

「では、彼と同じものを」

 

「……いいのかい? 度数が結構高い酒だが」

 

「大丈夫です、酒はそれなりに嗜んでますので。あと……」

 

黒板を見ながら、軽食とつまみを注文する。

 

「あいよ、食事はちょいと時間が掛かるがいいかい?」

 

「はい」

 

店主はブランデーをグラスに注いで渡すと、店の奥へと消えていった。

 

「こういう店は初めてかね?」

 

ズェピアは女性へと話しかける。彼女は少し驚いたような顔をしたあと、小さく頷く。

 

「そんなに、分かりやすかったですか?」

 

「初々しいまでの一挙手一投足であったよ、演技ではそうできるものではない」

 

カラン、とグラスの氷が鳴いた。静かな雰囲気と、夜の涼しげな空気もあって落ち着いた空間がそこにはあった。

 

「君は、旅の人のようだが何用でこの国へ?」

 

「え……どうして私が旅行者だと」

 

「この国の女性であれば、ヒールなどの洒落たのを履く者が多い。だというのに、君はいかにも靴底の厚いフラットシューズだ。フラットシューズを履く女性自体は珍しくないが、靴底の厚い種類を好む人は稀だ。旅行などで長距離をゆくなら別だがね」

 

バレエシューズの一種でもあるフラットシューズは、底の面積が広く歩きやすい。しかし、底が薄いゆえに長距離を歩くと疲労が溜まりやすいという難点がある。彼女が履いているのは靴底が通常よりも厚いものであることから、長距離を歩く必要が有ることが伺える。

 

「加えて髪飾りは確か、ガトリング王国で流行している品だと記憶しているが、相違ないかね?」

 

「……合っています。たしかに私はガトリング王国の出身で、こちらにやってきた者です。凄いですね……」

 

「何、これでも観察にかけては多少心得があるのでね。せっかくだから、旅行者である君から何か話でも聞ければと思い話しかけたまでだ」

 

「話、ですか? 面白い話なんてできないと思いますが……」

 

「構わない、誰であれ異なる物語を持つものだ。私はそれに興味があって聞くだけなのだから」

 

「ええと……それなら、友人の話でも……」

 

そして語られたのは、七転八起の物語。国が滅びかけ、それを商人として支えた男の話。一人の少女と出会い、その誇りに絆されて手を取った男のお話。それを聞いて、ズェピアは。

 

(……あれ、これうちの女王のご伴侶の話なのでは?)

 

内心、そんな疑惑が生まれて冷や汗を流す。これは確かめておかねばなるまいと思ったズェピアは、彼女に問う。

 

「ぶ、不躾ながらお聞きしたいのだが……そのご友人の名前は?」

 

「武田観柳と申します」

 

「……そ、そうか。十二英傑の一人と同じ名前のようだね?」

 

「はい、かつての戦争ではそうとも呼ばれていましたね」

 

ズェピアの瞼が痙攣したようにひくつく。思わぬ大物が出てきてしまったことに、彼は冷や汗が止まらなかった。

 

「……つまり、貴女はその、彼の人物のご友人ということでよろしいかな?」

 

「そうですね。かつては従者として彼の下で働いてもいました」

 

(従者とか出てしまったよ当時の彼の人となりをよく知る人物だよこれ)

 

ガトリング王国の救世主とも言われる男は、その私情面における詳しい素性を知られていない。いや、正確には商人や英雄としての話ばかりで私事に関してはあまり注目もされなかったと言うべきか。

 

その後もいくつかの話が続き、時々ズェピアが問いを投げながら会話は弾んだ。

 

(……思いがけず、劇の参考となる話を聞けてしまったか)

 

これは、帰ったら早速脚本に修正を加えねばなるまいと内心で決意する。

 

「ふう……、話し続けたせいか少しだけ疲れました」

 

「ああ、すまなかったね。旅の疲れもあっただろうに、もう少し配慮すべきだった」

 

「いえ、私も話していて楽しかったですから……」

 

「ん、話が終わったんなら是非ともこいつで疲れを癒やしてくれ」

 

いつの間にかカウンターへと戻っていた店主が、料理を手渡す。表面がカリカリになるまで焼かれたグラタンは、まだアツアツであることが予想できる湯気を立ち上らせていた。

 

「おいしそう、ですね……」

 

「うちの自慢のレシピだからな、味は保証しとくぜ」

 

サクリとフォークを沈ませれば、ドロリとしたホワイトソースとマカロニが顔を覗かせる。女性は髪をかきあげてフォークを口元へ近づけ、吐息で冷ましてから口へ運ぶ。

 

「座長さんよお……美人の食事ってのは、やっぱ映えるもんだな」

 

こっそりと小さな声で、常連客へと耳打ちする店主。彼は、それに頷きながら同意した。

 

「ああ、全くだ。……さて、私はそろそろ御暇するとしよう」

 

温くなってしまったブランデーを飲み干し、代金を払って席を立つ。明日も朝早いし、何より今の情熱をこれでもかと脚本に叩きつけたい気分なのだ。

 

「お嬢さん、最後にお名前と滞在期間を伺ってもよろしいかな?」

 

「雪代巴、です。こちらには、3ヶ月ほどの予定ですが……」

 

「雪代さん、貴女のご友人にはこの国の皆が感謝している。当時傾きかけていたこの国と蜜月の関係を結んでくれた御仁など、彼ぐらいだったからね。そんな人物を支えてくれた君には、是非ともこの国を満喫してほしいと私は思う」

 

マントを羽織り、芝居がかったような動作で話す。

 

「いえ、私はそんな大したことは……」

 

「ああ、別段気負う必要はない。これは私が個人的に感謝を述べたかっただけだからね。一夜のよい話を聞かせてくれた君への礼だ」

 

彼は懐から一枚の紙切れを取り出すと、彼女へと差し出した。

 

「これは……?」

 

「私が座長を務めている劇団のチケットだ。この国の芸術や文化は大変素晴らしいが、殊更舞台劇は最上と言っていい。自慢になるが、私の劇団はこの国でも三本の指に入ると自負している。そこに、君を招待したい」

 

「はぁ……」

 

突如、店主が何故か大笑いしだした。それを見て、困惑気味の顔をする巴。ズェピアも同様であった。

 

「グハハハハ! 座長さんよぉ、傍から見たら女を誘う色男だぜ?」

 

「失敬な。私は真剣に彼女への感謝を示しているだけだ。それに、私は妻も娘もいるのだ。軟派な真似などするわけがなかろう」

 

心外だと言わんばかりにムッとした顔になる。一方で、ようやく理解した彼女は仄かに顔を紅潮させて俯いた。恥ずかしがっているようだ。

 

「ええい、ご婦人に恥をかかせるなど私の本意ではない! 1ヶ月後の公演でこの失態を取り戻させてもらうとしよう!」

 

「あ、あの……楽しみにさせていただきますね……」

 

「無論、最高のものをお見せできることを約束しよう」

 

ズェピアは一礼すると、店の扉を開けて外へ出る。空を見上げれば、煌々と輝く星が夜空によく映えていた。




ダイスによるステータス
武勇:66 魔力:61 統率:53
政治:74 財力:43 天運:53
年齢:63

時間軸:魔剣物語リプレイ世界(?)より十年後、あるいは魔王ルートに入らなかった平行世界の十年後。

人物背景:ハーフヴァンパイアであり、ナイトロードの出身であった母と共に学院へと入る。その才能でメキメキと頭角を現していったが、芸術に触れていたく感銘を受け研究を放り出す。以後、国を渡り歩いたが最終的にマテリアル王国で劇団を開いた。主に監督と脚本を担当しているが、たまに自分も役として出ることがあり、悪役がとにかく怖いと評判である。愛称は座長で、主に劇団員や友人、行きつけの店の店員などから呼ばれている。


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7

風邪が冷たさを増し始めた季節。ズェピアは本日もまた演劇の準備に勤しんでいた。

 

「カットだ。諸君、以前より格段によくなっていることが伺える。だがそれで満足はしないように。努々、精進を忘れるな」

 

「「「ありがとうございました!」」」

 

「最近は夜が更けるのも徐々にではあるが早くなり始めた。気をつけて帰ることだ」

 

セットを片付け、衣装室へと戻っていく劇団員達。ズェピアは一人、椅子へと腰掛けて脚本を眺める。

 

(彼女には感謝せねばならんな、より彩り豊かな作品へと昇華することができた)

 

先日出会った女性から聞いた話のお陰で、脚本はより素晴らしいものになったと彼は確信している。ともすれば、この作品こそが自分の舞台劇作品では最高傑作になりうるかもしれないと思うほどだ。

 

(しかし、急な脚本の訂正で劇団員達に迷惑をかけてしまったのは反省せねばなるまい)

 

急な変更にも関わらず、文句を言いつつも従ってくれた彼らには頭の下がる思いだ。公演が終わったら宴会でも開いてやるかと考える。

 

「そうなると、店を考えておかねばならないか」

 

ズェピアの劇団は王国でもトップクラスである。当然、志望者は数多くそれに比例して劇団員も増えていったためかなりの大所帯となっている。その全員が入れる店となると、必然大きな店になるのだが、大抵の場合そういった店は値が張ることが多い。

 

「……仕方ない、多少の出費は目を瞑るとしよう」

 

予算では賄えないだろうと踏んだ彼は、ポケットマネーから補填することを決めた。妻は元々あまり金銭には興味を持たない性格であるため自由にできるし、娘は既に学院で研究者として独立し、自分で稼ぎを得ているため問題ない。

 

「ああそうだ、以前予約していた書籍の支払いもあったな」

 

内容は聖王の時代に執り行われていた劇について考察するといったもので、シリーズの最新刊でもある。作者がかなり研究熱心な人物のようで、劇への応用の参考になると愛読してるのだ。

 

「兎角、芸術というものは金食い虫であることだ」

 

一つ、大きなため息が漏れた。

 

 

 

 

 

「公演まで半月を切ったが、予定には十分間に合うことだろう」

 

「そいつぁよかった。座長さんが売れれば、座長さん目当てでの客が増えるってもんよ」

 

「生憎だが、私がここを誰かに口外したことはない。私は静かに食事や酒を楽しみたいのでね。知っているのはここの従業員と先日のレディぐらいだろうさ」

 

「ちぇっ、もう少し売上に貢献してくれてもいいでしょうに」

 

「こうして店へ来て金を落としているのだ、それで我慢したまえ」

 

ショットグラスを傾けて、琥珀色の液体を流し込む。喉を通して胃へと滑り落ちたウイスキーが、カッと熱さを主張する。続けてチェイサー、酒の後に飲む冷水を一口含めばウイスキーの芳醇な香りが口の中に広がる。

 

「これは、随分といいものだね?」

 

「なんでも、ナイトロードから仕入れたもんらしいでさぁ。あそこは葡萄酒もいいが蒸留酒もいいものが揃ってるってんで、旅の商人から買い付けたんで」

 

「ほぅ……」

 

ハーフヴァンパイアである彼には縁深い代物である。ある種の感慨深さを、彼は感じていた。

 

「だが少々味が強いのと玄妙な複雑さ、そしてスモーキーさが厄介ではないかね? あわせるつまみが難しいと思うが」

 

「仰る通りで。ナッツだと味気ねぇし、ドライフルーツだと甘さが邪魔。かといってうち自慢の魚でもそのままだと味に負けちまう。だからこいつの出番といきやしょう」

 

彼がカウンター下の冷却魔道具から取り出したのは、大ぶりの川魚。それも、スモークされた代物だった。

 

「こいつでよりスモークさを味わうってのも乙なもんでしょう? ちょいと値は張りますがね」

 

「なんともバッドニュースだ、是非とも試してみたくなってしまったじゃないか店主」

 

「まいど。すぐに切り分けるんでお待ちを」

 

そんな風に穏やかな時間が過ぎていたその時。店のドアが開かれ、鈴の音が聞こえてくる。店主がいらっしゃいと挨拶をし、来客は暫し佇んだ後に、川魚の燻製を肴にウイスキーを楽しんでいたズェピアの左隣へと座る。

 

「なんにします?」

 

「……ワインを、少し甘めのものが欲しい。それから、チーズを使った料理はあるだろうか」

 

「へぇ、でしたらこちらがおすすめですが」

 

「なら、それを」

 

注文を受け、店主はワインのコルクを抜いてワイングラスへと注いだ。来客はそれを受け取り、香りを楽しんだあとに口へと運んだ。一連の動作が、非常に様になっていること。そしてそれがごく自然な動きであることを、観察していたズェピアは確信し、そして気づいた。まるで、この客の様子は王侯貴族のそれではないかと。

 

「……もしや、貴方は」

 

そう言いかけて、手が人差し指が立てられた状態で差し出された。どうやら、相手はあまり素性を言いふらされるようなことは避けたいらしい。ズェピアが無言で頷くと、相手の男は手を下げた。

 

(これはこれは……また随分と大物が)

 

青い髪に、黒いローブ。整った顔立ちは人形のよう。その顔に、彼は見覚えがあった。ただそれは、だいぶ昔のことであったため気づくのが遅れたのだ。

 

「本日は、どのような用件でこちらに?」

 

「ああ、あまり畏まらなくていい。今の私はお忍びなのでね、あまり肩肘張った物言いはしたくないんだ」

 

「承知したよ、『赤薔薇』殿」

 

夜の国と呼ばれ、ズェピアの故郷でもあるナイトロードを治める吸血鬼が、そこにいた。

 

 

 

 

 

「して、如何用でこちらへと参られたのかな?」

 

「ああ、仕事が一段落ついたところで、部下に無理やり連れ出されてしまってね……」

 

苦笑を浮かべながらそう話す彼は、どことなく覇気がなさ気であった。とても、十二英傑と謳われた一人とは思えないほどに。

 

「なんでも、部下に言わせれば貴方は働きすぎです、とのことなんだ」

 

「私には察せられないが、そう言われてしまったということはそうなのではないかね?」

 

「そう、なのかもしれないね。私はそうと思っていなかったんだが、部下の顔が鬼のような形相だったせいで、言い出せなかったよ」

 

そして彼の部下は、国内にいたら顔を知られているから気を抜くこともできないだろうと気を回し、お付の者を数人手配して彼を外交用の馬車に押し込んだらしい。

 

「……普通に外交問題ではないかね?」

 

「いや、それがどうもマテリアル王国への視察という仕事をいつの間にかでっち上げられていてね……一週間はこちらで過ごしても問題なくなってしまったんだ」

 

マテリアル王国側も、外交で彼がくることは既に了承していたらしい。有能な部下というのはとても助けになる得難いものだが、時として自分とは違った思惑で動くのだなと、ローズレッドはこの歳で学ぶこととなったのだった。

 

「ついでになんか趣味でも見つけてこい、なんてこともと言われてしまったよ」

 

(そういえば私が国内にいたときも、評価は真面目で優秀といった感じだったな)

 

昔から堅物気味であった彼は、それが変わることなく為政者となったらしい。

 

「……100年以上生きているというのに、趣味や色恋の一つもないのはさすがにどうかと私も思ってね。幸いマテリアル王国は娯楽にかけては有数の国でもあるし、色々と探してみてはいるんだが……」

 

「ふむ、成る程。赤薔薇殿はその人生に彩りを添えるものを探しているが、それを未だ見つけられていないというわけか」

 

「そうなるかな……ん、私の料理が来たか」

 

ローズレッドは一旦話を止めると、店主が運んできたチーズがたっぷりと載った小型のピザを受け取る。彼の上品な佇まいとは裏腹に、手で直接取って口へと運んだ。熱々でとろけるチーズとトマトソースの酸味、ガーリックとアンチョビのアクセントがなんともいえぬ味わいを口いっぱいに広げた。

 

(ああ、いいな。普段こういうのは食べられないから新鮮だ)

 

王という立場上、こうした酒場で供されるつまみなどは口にする機会がない。ならばあえてこういったものに楽しみを見出してみるのも面白いかもしれないと思い、この店へと入ったのだが。これは中々の当たりを引いたかもしれないと、ローズレッドは思った。

 

「この店は私もお気に入りでね、特に魚料理にかけてはこの街一番だと思っているよ」

 

「それは、残念だ。この料理でお腹がいっぱいになってしまったからね。次に来た時は是非頼んでみたいものだ。ああだが、この料理もまた味わいたいな……」

 

「ガッハッハ! そんなら今後もご贔屓にしてくれ。自慢のメニューはたっぷりあるんでな!」

 

 

 

 

 

「ところで、私に語らせるばかりで君が聞き手に徹するというのは、些か不公平ではないかい?」

 

「それはつまり、私の趣味について話して欲しいということかね?」

 

「ああ。参考までに聞かせてもらいたいんだ」

 

「ふむ、一理ある。ならば僭越ながら、私の趣味嗜好に関して少しお話しさせていただこう。これは私の過去も含めてのものであるから、少々話が長くなってしまうのはご愛嬌とさせていただきたい」

 

やや仰々しく、そして態とらしいまでの手振りを交えながら、彼はそう言った。

 

「あーあ知らね。座長さんはこうなると話がなげぇぞ」

 

店主がやや苦い顔をする。ズェピアは基本的に相手の話を聞きたがるが、自分の話は聞かれない限りはしない。それは、彼が情熱を注ぐものについて熱く語りすぎるからであった。普段は自重するのだが、強い酒が入ったせいで箍が外れたようだ。

 

「まず、今現在私が最も情熱を注いでいるのは舞台劇であり、そしてこれからも変わることのないだろうものだ。ただこれは、長い道のりの果てに手に入れたものでもあるのだ」

 

昔の彼は、今と違って情熱を燻らせていた。何かをやりたいはずなのに、そのやりたいことが分からない。それを察した母によって、彼は学院へと連れてこられた。ここであれば、見つけられるかもしれないと。彼は母の計らいを喜び、研究にのめり込んだ。様々な者を分析し、論理立て、解析せんとした。

 

「知らないことを知るのはとても快楽的で、とても魅力的だった。嗚呼、嗚呼。当時の私は研究という知らざるものへの狂気に取り憑かれていたと言ってもいい」

 

それなりの成果は出した、だがもっともっと深淵へと。智の研鑽は甘露であり蠱惑的、そしてそれに狂ったようにむしゃぶりつく様はまさしく狂人のそれ。

 

「そんな中、母が亡くなった。その時の私といったら、なんと女々しく情けない有様であっただろうか。滂沱の涙を流しその一滴までも枯らさんほどに泣き喚いた」

 

あれほど楽しかったはずの研究への情熱は失せ、残ったのは無機質な数字や文字の羅列のみ。

 

「これが私の遺すものなのかと思うと、酷い虚無感が私を襲った」

 

そうして1ヶ月、特に何かをすることもなく過ごした。さながら死人のようであったと、当時の研究者仲間から言われてしまったほどだ。

 

「そんなある日だった、見かねた友人が私をある場所へと連れて行ったのだ。そして出会ったのだよ、我が生涯を捧げようと誓ったものと」

 

友人に連れられて、彼は当時人気を博していた劇団へと足を運んだ。演目は、当時最も主流であった聖王の英雄譚を舞台劇としたものだ。

 

初めは、虚ろなガラス玉越しに眺めていただけだった。しかし徐々にそれは目で見て、肌で感じて、やがては繰り広げられる世界へとのめり込んでいった。

 

「それは衝撃であった。感動であった、白熱であった、運命であった! 鬼気迫る演者に滑らかなるシナリオ! 繰り広げられる世界はそれこそお伽噺の英雄譚、愛と勇気の物語!」

 

興奮のあまり立ち上がり、舞台上に立つ役者のように動きを交えながら興奮気味に、されど朗々と紡がれる言葉は真に迫り、引き込まれるかのよう。まるでその情景を思い浮かべる事ができそうなほどの熱量だった。

 

「目の前にあったのは本物の物語だった! 確かに私はこの目で伝説を見たのだ! 気づけば愉快痛快拍手喝采、虚無など荼毘に付していた!」

 

その日はあまりの衝撃と興奮で眠ることができなかった。それほど、劇が彼に与えたものは大きかったのだ。結局その日は一睡もできず、そのまま朝を迎えた。

 

「……私は劇を見た翌朝、何となしに学院の高い塔の上から朝日を眺めたんだ」

 

いつもと何も変わることなく登ってきた朝日を見て、しかし彼は初めて朝日に感想を抱いた。暗い夜の帳を上げる様はとてもワクワクした。今日はどんなことが起こるのか、どんな嬉しい出来事が、悲しい出来事が、平和な、意外な、様々な出来事が起こるのだろうと。

 

「そして思ったのだ、私もまたあの劇のように、そしてあの太陽のように。世界という舞台の幕をあげる者になりたいと!」

 

その時、ズェピアは感じたのだ。己の中で轟々と音を立てて燃え上がるものがあることを。そしてそれが、彼が失っていたはずの情熱であったことを。これこそが自分が求めていたものだったと。

 

「その後は、研究を放り出して劇作家として国を転々とし、最終的にはここへと流れ着いたというわけだ。これが、私が如何にして劇を愛するに至ったかの道程。ご清聴いただき感謝する」

 

恭しくお辞儀をし、話を締める。ようやく終わったか、と呆れ気味の店主が声をかけた。

 

「座長さんよ、俺の店をミュージカル舞台にしないでくだせぇ。塵や埃が飛ぶ」

 

店主の言葉で、軽くトリップしていたズェピアは現世へと意識を引き戻されたようだった。

 

「む、すまんな店主よ。長く情熱を燃やし尽くしてもなお、やはり劇や芝居には心血を注いでしまう」

 

「次から気をつけてくれよ。しかしまあ、王国でも大人気の劇団の座長が自分自身を演じた舞台なんて、こりゃ大層な贅沢ってもんだぜ」

 

そう言って豪快に笑う店主。それに釣られて、ローズレッドも口元に手を当て小さく笑った。ズェピアは席につき、店主が渡してくれた冷水で興奮を冷ます。

 

「まあ、長々と話してしまったがどこにでもあるような話だよ。私にとっては重大でも、聞き手にとっては退屈極まりないものだ」

 

「……いや、感謝するよ。君の熱演はぐっとくるものがあった」

 

「一助となれたのであれば、劇団員として冥利に尽きる」

 

「しかし劇か、母と幼いころに一度見たきりだったな……」

 

母に連れられて見に行ったその時は、初めて母と出かけたということもあって胸を高鳴らせたものだった。劇そのものの内容は覚えていなかったが、母が楽しそうにしていたという朧気な記憶は残っている。そして今のズェピアの熱弁は、ローズレッドに面白いという感情を抱かせた。

 

「……案外、私の血筋なのかもしれないな……」

 

「ほう、赤薔薇殿の血縁には演劇を好む方がおいでだったか」

 

「ああ、母がそうだった。そして母方の人に、とびきり派手好きで文化全般を好む人がいたと聞いているよ」

 

それは、ローズレッドだけが知る秘密の血筋。誰にも言うことはなく、きっと誰も知ることなく墓までもっていくだろうものだ。その原点たる人物は、芸術文化をこよなく愛していたと後世には伝えられており、とりわけ演劇には並々ならぬ情熱を注いでいたという。

 

「演劇に興味があるのならば、是非マテリアル王国のものを見て欲しい。この国の劇団はレベルが高い、きっと君を満足させることだろう」

 

「そうさせてもらおう。ああだが、そうなるといずれは君の率いる劇団へ伺うかもしれないな」

 

「よかろう、その時は最高の劇をご覧に入れることを約束しよう」

 

期待している、そう言い残して彼は店をあとにした。満月の夜を、月明かりに照らされながら夜の国の王は一人歩いてゆく。その顔は、どこか楽しみを待つ少年のようであった。




時間軸:魔剣物語リプレイ世界(?)より十年後、あるいは魔王ルートに入らなかった平行世界の十年後。

赤薔薇がネロの子孫なら娯楽文化を好んでもいいじゃない、という発想から飛躍した。あと、彼はヴァンパイアの血をもつが多分大蒜は平気だと思う(剪定事象)


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番外編

かつて。一つの魔剣と呼ばれるものがあった。

 

曰く、破滅を呼ぶ。

 

曰く、破壊を生み出す。

 

曰く、死を撒き散らす。

 

曰く、手に入れたものは魔王と成り果てる。

 

ドラグナール大陸を長い戦乱と混沌の中へと落としたそれを巡り、人々は争い、傷つけあった。やがて、蓄積された憎悪と悲劇は世界を終末へと向かわせるべく三つの巨悪を生み出した。しかし、人類絶滅の危機を人々は跳ね除けた。大魔王は打倒され、千五百年にも及ぶ魔剣の呪縛から解き放たれた。

 

これは、それより遥か先で始まる物語である。

 

 

 

 

 

季節は夏に差し掛かったばかり。神話は終わり、三千年の時を経て魔法と錬金術はその全盛期から大きく劣化した。

 

「な、なんだぁ!?」

 

「ふぁ~……誰だぁ、オイラを起こしたのは?」

 

平凡な毎日を謳歌していた女子高生のモードレッドはある日、倉庫に仕舞われていた本の封印を解いてしまい、伝説の竜を名乗る精霊ビィと出会う。

 

「つまり、俺がその封じてたもんを砕いちまったってことなのか?」

 

「オイラの見立てではそうだな! んで、モードレッドには欠片の回収を手伝って欲しい。オイラの祝福を受けて魔法少女になって欲しいんだ!」

 

「えぇー……オレそういうのは小学校で卒業してたってのに……」

 

封印を解いてしまった反動で、本の中にビィと共に封じられていたあるもの(・・・・)が砕け散り、欠片が飛び散ってしまった。ビィは、その欠片を集めてほしいとモードレッドに懇願し、封印を破ってしまった申し訳無さからモードレッドはそれに了承し、魔法少女となった。

 

 

 

「お、おい! このフリフリしたのは何なんだ!?」

 

「ちゃんと鎧もついててかっこいいだろ? 由緒正しい戦闘装束なんだぜ!」

 

「いやそうじゃなくてだな!? すっげー落ち着かないんだけどこれ!?」

 

「それより来るぞモードレッド! クラレントを構えるんだ!」

 

始まったのは、非日常の連続。欠片を取り込んだものとの戦い。それはかつて、魔法と錬金術が全盛であった時代を再現するような、現実離れした現象の数々。しかし彼女はそれをものともせず、欠片を回収していく。

 

 

 

「その欠片は私が回収します、貴女には渡しません」

 

「お、オレとそっくりな顔……!?」

 

「うふふ、面白くなってきたわねぇ……」

 

しかし、彼女の前に立ちふさがる者がいた。モードレッドとそっくりな顔をした謎の魔法少女、Xオルタ。そして彼女を支援する謎多き少女、沙条愛歌。モードレッドは食らいつくも、Xオルタに敗れ欠片を奪われてしまう。

 

 

 

「全く、どうして外れて欲しい予測ばかり当たってしまうんですかねぇ……!」

 

「は、ハザマ兄ちゃん!?」

 

「彼女には指一本手出しはさせませんよ!」

 

次第に明らかになっていく、親しい人々の正体。幼馴染の一人で、兄のように慕っていたお隣さん、ハザマ。彼が大学で研究していたのは、モードレッドたちが追っていた欠片と同じものであった。

 

 

 

「はやく……にげなさ、い……」

 

「嫌だ! ハザマ兄ちゃんを見捨てるなんてオレは、オレは絶対に嫌だ!」

 

「モードレッド! それはダメだ、モードレッドまで飲まれちまうぞ!」

 

「力を貸しやがれ、クラレントォォォォ!」

 

ハザマは彼女を欠片の魔獣からかばい、重症を負ってしまう。その時、彼女の心のなかで何かの鍵が外れる音がした。クラレントは開放され、今までとは別人のように変貌するモードレッド。

 

 

 

「そうか、知ってしまったんだねモードレッド」

 

「父さん、オレは……オレは一体何なんだよ……!?」

 

「知る必要がある。モードレッド、君の先祖が何者であったのかを。そして君が何者なのかを」

 

父から語られる、衝撃の事実。かつて魔法少女であった曾祖母が封じたというものの正体。そしてモードレッドの秘密。古の時代に巻き起こされた戦争の戦端を開いた者。初代魔王にまつわる魂の流転。

 

 

 

「オレはオレだ、他の誰でもないモードレッド自身だ!」

 

「よく言った! なら俺もとことん付き合ってやるぜ!」

 

「ハザマさん、あんちきしょう付き合ってる相手がいるのに別の娘口説いてますぜ」

 

「ちょっと体育館裏に来てくださいエド」

 

「いやそういう意味じゃねぇから!?」

 

内から湧き上がる闇を制するべく、ハザマが研究をしている大学へとやって来たモードレッド。ハザマの研究仲間であるエドワード・エルリックにその覚悟を問われ、己は己であると答えを得た。そして、力に飲まれないよう試行錯誤が始まった。

 

 

 

「今度は負けねぇ!」

 

「くっ、以前よりも強いっ……!」

 

「あらあら、これはひょっとしてひょっとするかも?」

 

Xオルタとの再戦。以前は歯が立たなかった相手に善戦するモードレッド。

 

「やべぇ、このままだとこの街が跡形もなく消し飛んじまうぞ!?」

 

「こりゃ、ヤバイな。争っている場合じゃねぇ」

 

「ええ、少しだけ手を貸してあげましょう」

 

「へっ、オレが手を貸すんだよ!」

 

しかし、激戦は欠片へ目覚めるための衝撃を与えてしまった。暴走する魔力、街そのものが消し飛んでしまいかねないそれを止めるべく、二人は一時休戦し共闘する。

 

 

 

「「海に行きましょう(行くとしよう)」」

 

「玲とハゴロモは突発的すぎんだよ!」

 

「どうだエド、オレ様の水着姿は可愛いだろ?」

 

「クッソ悔しいけど超かわいいですはい!」

 

「孫は結構早く見れるかもしれんのぅ」

 

「ジャンヌ、もっとこっちを向きなさい! 顔が写りませんよ!?」

 

「お父さん写真を撮るのやめてください! 恥ずかしいです!」

 

「は、ハザマ兄ちゃん……その……オレの水着、どう、かな?」

 

「おーいハザマー、戻ってこーい。……ダメだ立ったまま気絶してやがる」

 

とある休日。幼馴染二人の突発的な思いつきから仲の良い友達や幼馴染、そしてその関係者らと共に海へとやって来たモードレッド。束の間の平和な日常を謳歌し、改めて大事なものを再認識する。

 

 

 

「この森には昔、処刑場があってのう。今でも首を探した罪人の魂が……」

 

「ピィィィィッ!?」

 

「こらこら、子供を必要以上に怖がらせるのはやめなさい。そしてディアーチェはどさくさに紛れて私のポケットに手紙をねじ込まない」

 

「チッ、バレておったか。だがドッキリラブレター作戦以外にもまだ手は残っている……!」

 

「お化けなんてぶん殴ればいいんですよ!」

 

「いやいやいやジャンヌ、普通幽霊に物理は通用しねぇって」

 

「俺の炎が鬼火代わりかよ……もっとこう、かっこよく派手にだな……!」

 

「ルークさん森が焼けるのでやめてください、というか先生が火傷したら木刀で頭かち割りますよ?」

 

「いや待てアリーシャよ、何故木刀を常備しておるのだ。というか何故俺の腕に当たり前のように腕を絡めておるのだ」

 

肝試しで森の中を散策するモードレッドとハザマ。ただ手を繋いでいるだけなのに、何故かドキドキが止まらない。しかし欠片の怪物は空気など読んではくれないのだ。

 

「あれは幽霊じゃねぇ、あの爺さんに欠片が宿って操られてるんだ!」

 

「くぁwせdrftgyふじこlp」

 

「……爺さんが呼び出した骸骨の群れに錯乱しながら突っ込んでったぞオイ」

 

「モードレッドはおばけが大の苦手なものでして……」

 

幽霊の正体は、脅かし役として待機していた老人モモンガであった。彼は欠片の力に操られ、モードレッドの大嫌いなゾンビや骸骨を次々と呼び覚ます。モードレッド、ある意味大ピンチ。

 

 

 

「貴様がモードレッドか、さっそくだが死ね」

 

「なんなんだ、こいつ……!」

 

「モードレッド! あの弓はヤバイ、絶対に撃たせちゃダメだ!」

 

そして。現れた3人目の魔法少女、アルタイル。

 

「お前にあの人を殺させはしない! ここで消え果てろ!」

 

「オレは決められた運命なんて認めねぇ、オレはオレが行きたい道を行くんだッ!」

 

繰り広げられる大魔法戦。かつてこの大陸より失われた、神秘の再演。苦戦を強いられる中、現れたのは好敵手Xオルタだった。

 

「個人的に恨みもありますので、ちょっとボコられてください」

 

「邪魔立て、するなァ!」

 

「モードレッド、今だ!」

 

「行くぜ、オレのありったけをぶち込んでやる!」

 

 

 

欠片が全て集った時。待ち受けていたのは、討ち果たされたはずの絶望。

 

「もっとだ。もっと、私を楽しませてみせろ!」

 

「ハゴロモ! 正気に戻れ!」

 

欠片の力に囚われ、享楽のために暴れまわる従姉。

 

「イライラするのよ、当然のようにあの人の隣りにいる貴女を見てるとね……!」

 

「じゃ、ジャンヌ!? どうしちまったんだよ!?」

 

欠片の力で、己のうちに秘めていたものを憎悪とともに吐き出す親友。

 

そして。

 

「汝の使命を果たせ。我は大悪、討ち果たされるべき者である」

 

「いいや、オレは諦めない! 必ずお前を正気に戻してやるぞ、ビィ!」

 

ドラグナール大陸に三千年の時を超え、今再び伝説が幕を開ける。

 

 

 

 

 

「え? 私は黒幕じゃないわよ?」

 

「嘘つけ触手ロリ」

 

「どう考えてもラスボス」

 

「オイラもそう思う」

 

「ひどいわ~、こんな可憐な少女を捕まえてラスボスだなんて」

 

「貫禄ありすぎじゃねぇか」

 

「同感ですね」

 

「残当アンド残当」

 

「……ユウキちゃんにバラしちゃおっかなぁ、机の引き出しの奥に隠してる……」

 

「やめてくださいしんでしまいます」

 

「??? なあハザマ兄ちゃん、えっちゃんはなんで急に震えだしてんだ?」

 

「……貴女は知らなくてもいいことですよ」

 

 

 

――魔剣少女プラズマ☆モードレッド、開幕。








     *      *
  *     +  うそです
     n ∧_∧ n
 + (ヨ(* ´∀`)E)
      Y     Y    *


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8(前編)

いつの時代も、人が人を恨み、妬み、憎むことは変容しない。しかし、法のもとに人のそういった感情を抑制する人の輪では、誰もがその感情を燻らせたままに過ごすことが多い。まれに、そんな火種がある日大火となって燃え上がり、人を殺めることがあるが、大抵の場合は逮捕されて監獄行きとなり、縛り首となるのが落ちである。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

「さア、残りは貴方のミ」

 

だからこそ、そういった人間のために働く輩がいるのは別段珍しい話ではない。金さえ積めばどんな殺しでも請け負う碌でなし共。

 

「くそっ、何で俺がこんな目に……!」

 

「単純な話ダ。やり過ぎたのだ貴方ハ、私が動く程の恨みを育みすぎタ」

 

それは、恐らく人が最初の殺人を犯した時から、生まれることを必然づけられたであろう稼業。

 

「やめろ、くるな……!」

 

「聞く耳は持たヌ、私も仕事故」

 

「か、金なら払う! 依頼された倍額でどうだ!?」

 

「こちらも信用第一、そういうのは無しダ」

 

「た、たすけ……!」

 

闇に紛れ、雨に紛れ、霧のように病のように、音もなく光もなく実態もなく。善も悪も意味もなし。影に潜み、闇を渡る者共。故にこそ、彼らは『暗殺者』と呼ばれる。

 

「命乞いをするほど惜しいなラ、政治家としてまともに生きていれバ、少なくともこんな最後を迎えることにはならなかっただろウ。自業自得ダ」

 

手を変え品を変え、時代が移り変わりながら様々な技術を取り入れていく彼らは、世に出ぬ神秘さえも獲得し、より手段を増やし、巧妙化していく。

 

(さて、戻るとしよう。人も来たようだ)

 

そんな者共の中に同じ闇の住人たちからさえ恐れられ、或いは敬意を向けられる者がいる。

 

「うわ、ひっでぇなこりゃ……これって最近噂になってたあの議員だよな?」

 

「だな、周りの死体は護衛だろう、名の知れた傭兵までいやがる」

 

「この死体の感じ、こりゃあもしかすると……」

 

「ああ、間違いねぇ……」

 

その確かな実績と、高い実力を誇る彼を、人々はこう呼んだ。

 

「『百貌』だ」

 

 

 

 

 

ヴォルラス帝国が勃興して数年、帝国は急激に肥大化し周辺諸国への圧力を強めていた。初代皇帝ネロ・クラディウスによって始められたこの外交政策は、各国からの非難をものともせず、ドラグナール大陸に覇を唱える破竹の如き勢いがあった。

 

「そう、彼女はまた頭痛で動けないの……」

 

「はい、ご容態も芳しくなく……」

 

「……分かった、面会は日を改めることとします。陛下のご容態については、常に気をつけるよう」

 

「承知しました」

 

帝国中央、宮殿のとある建築物の廊下を歩く女性が一人。彼女こそ、このヴォルラス帝国の重鎮にして要石。帝国宰相であるハクノ・キシナミである。彼女はこの日、皇帝でありまた血縁者でもあるネロの面会に来たのだが、ネロの体調がすぐれないためそれが叶わなかった。

 

(日に日に、彼女の様子がおかしくなっていく……)

 

かつて、才気に満ち溢れ幼くも美しき理想を語り合った少女は、今や血で血を洗う戦争の戦端を開いた鮮血の女帝となった。国を、そして民を心より愛した彼女が日に日に薄れていく様を、ハクノは歯痒い思いで見てきた。

 

(このままでは、いずれ彼女は……)

 

既に狂気すら振りまき始めている。彼女は着実に狂っていっている。親友としてなんとかしてやりたいが、その根本的治療方法がわからない。最近は敵対派閥の妨害もあって評定や会議の場ぐらいでしか会うことができていない。何より、ネロがハクノと会うことを拒絶しているのだ。

 

(祖王の剣を手に入れてから、順風満帆だったはずなのに……)

 

彼女が封印を解いた祖王の遺品、それはかつて祖王が振るっていたと言われる絶大な力を持つ剣であった。初めは、彼女はそれを使って未開の地を切り分け、この国の領土を拡大し人々の安寧と安らぎを与えるために。次第にその矛先は変わり、周辺諸国へと向かっていった。

 

(戦争は国家と人民を最も疲弊させる、彼女がそれを分かっていないはずがないのに何故……)

 

最近では仕事に追われ、ネロへの面会を訴えることも少なくなってしまった。このままいけば、必ず何処かで破綻する。彼女はそれをどこかで確信していた。

 

「はぁ……また明日改めて、ネロに会ってみよう……」

 

既に日も傾いている。今日やるべき執務も済ませているため、そのまま家へと戻った。

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

長いとも短いとも言えない家路を辿り、自宅へと到着する。玄関を開け、使用人に荷物を預けて自室へと向かう。夕食にはまだ時間があるため、少し仮眠でも取ろうかとベッドへ寝転がる。

 

「……本当にどうしちゃったの、ネロ」

 

思い出すのはやはり、無二の親友とも呼べる少女のことだ。彼女の豹変ぶりは、ハクノでさえ目を背けたくなるほどのものだった。かつて人民の幸福のため、理想に燃えた彼女はどこにもいない。

 

「暴君に対する憂いカ」

 

「っ!?」

 

唐突に、部屋の中から聞こえた声。ベッドから上半身を起こして辺りを見回すも、声の主は姿も形もない。警戒を強め、彼女はゆっくりとベッドから降りて立ち上がる。

 

「動くナ」

 

先ほどと同じ声。それも、今度は背後から聞こえてきた。まるで気配を感じさせることなく背後をとった相手に、ハクノは内心舌打ちする思いだった。

 

「一体何者……!?」

 

「喋るナ。助けを呼ぼうとすれば殺ス、少しでも動けば殺ス、こちらを振り返ろうとすれば殺ス」

 

背後から首に手をかけられる。彼女のか細い首をへし折るに十分だろう腕は、しかし力むことなく添えられる程度の力加減だった。特徴的な訛り声をしているが、帝国宰相として様々な人物と面会するハクノでさえ知らない訛りだ。

 

(……成る程、暗殺者ってわけか……!)

 

それも、恐らくは裏でも最高峰の手練。ハクノは帝国宰相という立場上、その周辺警護は厚く家にいる使用人も優秀なガードを兼任している。並の刺客など、入り込むことはおろか付け入る隙さえ与えないはずなのだ。

 

(参った……)

 

冷や汗が背筋を滑り落ちる。恐らくは、部屋に入ったときから既に潜んでいたのだろうが、それを全く感じさせないのは舌を巻くほどだ。今でさえ、背後にいることは分かるが気配が非常に希薄なのだから。はっきりいって、絶体絶命と言っていい。

 

(冗談じゃない……私はまだ、ここで死ぬ訳にはいかない……!)

 

それでも、ハクノは諦める気はサラサラなかった。生来、彼女はとかく肝の据わった女である。命の危機だろうが、僅かでも可能性があるなら彼女に諦めるという選択肢はない。

 

(少なくとも、相手は私に気取られることなく私を殺せるだけの技量がある。そして、それを実行するチャンスはあったはず)

 

にもかかわらず、態々姿を現したということは自分に何か用があるはずだと彼女は考えた。人体の急所を抑えられている危機的状況下でも、彼女の頭脳は驚くほど冷静に冴え渡っていた。

 

「……私に何の用?」

 

「喋るなと言ったはずだガ」

 

腕に込められる力が、ほんの少し強くなる。少々の苦しさはあるが、それでも彼女は言葉を紡ぐ。こんなところで死んでたまるかと、覚悟を決めて。

 

「刺客がわざわざ姿を現すなんて、私に用があると暗に言ってるようなものでしょ?」

 

「……少なくとも愚かではないカ」

 

背後から感じていた人の気配が霧散し、首筋にあった感覚が消える。同時に、ハクノは大きく深呼吸をした。少なくとも話の通じる相手であるとは予想していたが、半ば賭けであったのだ。それに勝てたとあれば充足感も生の実感もひとしおであった。

 

「落ち着いているところ悪いガ、まだ命の危機が去ったわけではないゾ?」

 

再度の声。今度は、彼女の眼前にいつの間にか立っていた。全身を黒い装束で覆い、顔は髑髏の仮面で隠している。異質で異様な姿と雰囲気に、しかしハクノは一歩も引くことはない。

 

「いいえ、去った。貴方は私が想定したとおり理性的な人物で、私には貴方を説き伏せるチャンスが有るもの。そしてそれだけあるなら、私には十分」

 

「……豪胆な女性ダ」

 

「ええ、よく言われる。それで、もう一度聞くけど私に何の用?」

 

「汚職をしているかの真実を問いニ」

 

ハクノは彼の言葉に眉をひそめた。これでも国家を愛する気持ちはネロにも負けないという自負があるのだ、それが国を食い荒らす輩と同列に扱われるのはいい気持ちではなかった。

 

「やっていない、と言っても簡単に納得などしてくれないでしょうね。その噂の出処は、根拠は何?」

 

「世間での噂、というよりは帝国内での貴族間での噂ダ。予算のいくらかをくすねているト。既に貴方の書類には目を通したが、不自然な点は見受けられなかっタ。故ニ、こうして直接確かめに来タ」

 

「で、貴方の目で見た感想は?」

 

「噂の信憑性は皆無と判断しタ」

 

「そう、それは何より」

 

それでも、ハクノは警戒は解かない。そもそも、暗殺者ならば依頼者がいるはずなのだ。今の問答が、相手の真意であるとは到底思えない。何より、彼女は相手の言葉の裏から何らかの意図を感じていた。

 

(自分の仕事内容を明かしたということは、それに何らかの関係がある。噂の出処は貴族、恐らくは私に恨みを持つ貴族の誰か。そして仕事の内容に不満がある……?)

 

暗殺者にとって雇い主を明かすことは、自らの首を絞めることと同義だ。半端者であれば調子に乗って明かすこともあるだろうが、相手は超がつくであろう一流。尋ねるなど自殺行為に等しい。

 

しかしここで明らかにしておかなければ、確実に次がある。その時また、こうしてチャンスがあるとは限らないのだから。

 

「私の雇い主について考えているのだろウ?」

 

(っ! しまった、没頭しすぎて気取られた……!?)

 

「生憎だガ、私の雇い主は教えられなイ。いや、そもそも教える人物などいなイ」

 

「……どういうこと?」

 

「私ハ、自らの意志で貴方を見極めにきたのダ」

 

 

 

 

 

見極める、言葉の通りであれば自身を測りにきたのであろうとハクノは考える。しかしそれは何故で、どうして自分なのか。

 

「さっきまでのは演技だったと?」

 

「いヤ、本気で殺すつもりだっタ。本気の私を相手にしてなお駆け引きができるぐらいでなけれバ、そのまま首をへし折ってやるつもりだっタ。私は貴方という人物を見ていタ、能力、判断力、胆力諸々ヲ。ついでに私の実力を見せるためでもあっタ。私を雇って貰うためニ」

 

「つまりさっきまでの一連の流れは、私を試すと同時にその実力を見せることによる売り込みも兼ねていたってことか……」

 

暗殺者は日陰者だ。表の人間、まして宰相であるハクノに会うなど不可能である。こういった強引な手段でなければ、目通りするなどできなかっただろう。

 

「貴方が人物的に本当に信用できる相手かを慎重に見定める必要もあっタ。ならば直接会っテ、互いを見極める他あるまイ」

 

「……正直、信用できない。今までの話はあくまで貴方が真実だとする言葉だけ。これだけで貴方を信用すると思う?」

 

「思わヌ。しかしこちらも引き下がる気はない故、私を実力で貴女に買わせル」

 

「っ! これって……!」

 

差し出されたのは、一枚の羊皮紙。書かれている内容は、帝国内部で不穏な動きを見せる貴族閥の悪行の数々。奇しくも、それはハクノが以前から部下に命じて追わせていた者達だった。

 

「全て私が調べ上げたもノ、偽りなく真実であると誓っていイ。この程度であれバ、私には造作もなイ」

 

「……どうして、わざわざこんなことを?」

 

「『大命』を果たすためニ」

 

「大命……それは一体どんな?」

 

「『大いなる厄災』を阻止するこト」

 

今一、要領を得ない答えにハクノは少しだけ苦い顔になる。恐らくは、その目的の詳細を語るつもりはないのだろう。依然として信用できない相手だが、それでもこれは破格の好機でもある。

 

これだけの仕事を苦もなく全うできる裏の人材は、喉から手が出るほど欲しいもの。そんな人物が、真偽はともかく直接売り込みに来るなど滅多なことではない。

 

(今は少しでも手元で動かせる人材が欲しい……恐らく彼はそれも見越している)

 

それはつまり、政治的な駆け引きもできるということだ。こちらの意を汲める程の隠密など、一から育てでもしない限り手に入るものではない。冷静にメリットとデメリットを分析し、彼女は腹を決めた。

 

「分かった、貴方を雇う」

 

「それは重畳」

 

「けど、私は貴方を信頼も信用もしない。貴方個人の持つ能力だけを欲する」

 

「それで構わヌ、元より我ら影の者との契約などその程度で十分」

 

こうして、ハクノは不気味な暗殺者と奇妙な関係を築くこととなった。

 

「とりあえず、その妙な訛りぐらいは直してくれないかしら。どうせ、本当の話し方はそんなではないのでしょう? そんな訛り方する人間、この大陸にいる覚えがないもの」

 

「やはり、貴女は聡いな」

 

奇妙な発音ではなく、帝国内で一般的に使われる話し方に変わる。恐らくは、自身を声や言葉遣いから特定させないための技法なのだろう。

 

「それで、貴方の得意とすることは?」

 

「暗殺、諜報、破壊工作。裏仕事であれば多少の無茶でも熟してみせよう。それから、暗殺のために磨いた技術諸々もある」

 

「へー、例えばどんな?」

 

「実際に見てもらったほうが早いか」

 

そう言うと、彼の姿が一瞬ぼやける。まるで、影と一体化しその輪郭があやふやになったかのようであった。それが数秒で収まると、そこには先程とはまるで別の人物がいた。

 

「え……」

 

「驚いていただけましたか?」

 

驚愕、というほかなかった。先程までの痩せぎすで大柄な男性的体つきではなく、小柄で肉付きのよい褐色肌の別人へと変貌していたのだから。しかし何より驚きなのは。

 

「お、女の子になった……!?」

 

可憐な少女の姿になったことであった。少女は膝をつき、ハクノへと頭を垂れる。

 

「我は姿を定めぬ影、あらゆる顔を持ち本当の顔は誰も知らず。故に、『百貌』のハサンと呼ばれております。これからどうぞよろしく、我が仮初の主人(マスター)よ」

 

(これ、もしかして私早まった……?)

 

ハクノは内心、頭を抱えるのだった。



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8(後編)

ハサンを雇ってから一月、彼は驚く程の成果を挙げていた。後手に回りがちであった裏工作に対する牽制に始まり、諜報活動を行う間者の特定や尾行、証拠の盗み出しなど多岐にわたった。普段は少女の姿で、給仕に紛れて周辺警護を陰ながら行っている。

 

(ここまでの逸材とは……)

 

どうしてこれ程の人物が自分に仕えてくれるのかは未だ謎だが、少なくとも表面上の関係は良好。指示にはよく従ってくれ、過不足なく成果を出している。時にはこちらの意図を読み解き、余計なことにならない程度の超過任務を果たすことさえある。

 

(まあ、未だにあの変幻自在さには驚かされるけど……)

 

彼曰く、自らの暗殺者としての手段を増やすために会得した秘術らしいが、骨格や性別までまるきり別の姿になり、百もの姿に分裂した時は流石に目眩がする思いだった。何をどうやればそんなことが実現できるのだと。

 

「分身使うとか反則でしょ、ほんとに暗殺者なの……」

 

万が一裏切られた場合、確実にハクノの命はない。それを嫌というほど理解させられたが、それでも現状はそういった素振りもないのがかえって不気味だった。

 

「戻りました」

 

「ご苦労様、防諜の強化は上手くいってる?」

 

「はい、多少粗は目立ちますが教育は十分かと」

 

「そう、"竜の住処は竜に訊け"と言うしそこら辺は貴方に任せる」

 

今日は、やや筋肉質ながらも細身の女性の姿だ。長い髪をポニーテールにして纏め、褐色の肢体は女豹を思わせる靭やかさだ。ハサンはハクノに仕えて以降は、基本この姿が多い。曰く、一緒にいる時は同じ女性としての姿のほうが何かと効率がいいためとのことだ。

 

「とりあえず、ガタガタだった裏関係の方は何とか形になってきた。これなら、本格的に帝国の暗部を切り崩せるかもしれない」

 

「それは構いませんが、増長することは避けるべきでしょう。裏仕事はそう甘くはない」

 

「分かってる、貴方のような者が潜んでいた以上警戒に越したことはない」

 

情報は武器だが、それに頼り切るのはいざという時に足元をすくわれかねない。実際に、ハサンという全く情報もなかった人物が現れたのだから。

 

「さて、次の任務を言い渡します」

 

「何なりと」

 

「……ここ一ヶ月で、貴方が害意を抱いている人物ではないと判断したうえで命じます。皇帝ネロ・クラディウスにこの書状を届けなさい」

 

 

 

 

 

「ぐああああああああああああああ!」

 

叫び、嗚咽、破壊音。部屋の中で聞こえるのはそんな雑音ばかりであった。場所は寝室、部屋の主はネロ・クラディウス。ヴォルラス帝国初代皇帝である。

 

「はぁ……はぁ……頭が、割れそうだ……」

 

ネロは、ここ最近深刻な頭痛に悩まされていた。初めは軽く、ただの体調不良だと無視した。しかし日に日にそれは強さを増し、ついには暴れ狂うほどにズキズキとした痛みとなった。

 

「嫌だ、余はそんなことをしたくない! やめてくれ、やめろおおおおおおお!」

 

頭のなかに響く不気味な声。殺せ殺せと語りかける、怨嗟の声。怨嗟の声が望むのは、いつも一人の少女だ。

 

「ぐ、がぁ……おぇ……」

 

吐き気がこみ上げ、蹲る。ここ数日ろくな食事もしていないせいか、吐瀉物さえ出てこない。代わりに胃酸がせり上がり、喉を焼いて咽る。普段の公務で抑えている分、一人きりになった途端その反動も大きくなっていく。それが、たまらなく怖かった。

 

「は、はは……これが、力を求めた者の末路ということか……」

 

自らの醜悪さを自嘲し、ネロは力なく笑う。狂い始めたのは、祖王の伝説を頼りに見出した剣を手に入れてから。最初はその力で未開地を切り開き、竜殺しの名誉さえ手に入れた。しかし、次第に剣の囁きに惑わされ周辺国家へと侵略をするようになった。

 

「所詮、余は祖王に習うことはできても祖王の後塵すら拝せぬ愚物であったのだな……」

 

自信家で、輝きに満ち溢れていたはずの彼女はいまや、ボロ布のように心をすり減らしていた。彼女は祖王の封じていた剣を暴き出したことにより、封じられていた悪霊に取り憑かれたのだと思い込んでいた。

 

「失礼、ネロ・クラディウス様に届け物です」

 

「っ、誰だ!?」

 

突然の声。しかしそれはありえないはずのこと、ネロは自身のこの惨状を誰にも見られまいと公務以外では人を近づけさせていないのだから。扉の前にいたのは、小柄な姿をした褐色肌の少女であった。

 

「余は誰も近づけるなと命じておる……貴様は何者だ」

 

「そう警戒しないでください、私は貴女の友人から手紙を渡しに来ただけです」

 

そう言って、彼女はネロへと近づき一通の手紙を差し出した。差出人の名前は、ハクノである。

 

「ハクノの使いの者か……?」

 

「無闇な詮索はお断り願います、雇い主を詮索されるのは職業柄忌避しております故」

 

そう言って手渡された手紙を、ネロはじっと見つめる。ここ最近は満足に話をすることさえできていない彼女は、親友との対話に餓えていたと言っていいだろう。魔法式が埋め込まれているかもしれないというのに警戒すら忘れ手紙を開き、その内容に目を通した。

 

「ハクノ……」

 

書かれていたのは、ネロに会えないことへの寂しさや身を案じる言葉ばかり。その言葉の一つ一つが彼女の心に染み渡っていく。気づけば、ネロはボロボロと涙を流していた。

 

「うう、うううう……ひっぐ……ぐす……」

 

声を押し殺し、泣くまいと口元を引き結ぶ。それでも、涙は止まってくれない。最後には崩れ落ち、手紙を握りしめたまま彼女は泣き続けた。

 

「すまぬ、みっともない姿を見せたな……」

 

「気にしてはおりません」

 

落ち着いた所作、そして薄弱な気配。そして何より警護の厚いネロの寝室へ忍び込む力量。どれをとっても並のものではないとネロは感じていた。信用できる相手ではないが、ハクノの使いである以上無碍な態度をとるわけにもいかない。

 

それに、手紙を渡すという任務を果たしてもなおここにいるということは、返事の手紙を受け取るのを待っているのだろうと察した。

 

「……暫し待て、返事の手紙を書く故」

 

そう言ってネロは机に向かうと、羽ペンとインク瓶を取り出し手紙を書き始める。ほんの五分ほどで、彼女はそれを仕上げると丁寧に折りたたんで封をした。

 

「これを、ハクノに届けてほしい」

 

「……承りました」

 

 

 

 

 

「どういうこと、ネロ……!」

 

ハサンより渡された手紙に、ハクノは怒りをにじませてた。内容は大雑把に言えば、もうプライベートで関わるなというものだ。自分は悪霊に憑かれ、どうしようもなくなってしまったと。

 

(予想以上に深刻になってる……錯乱状態かもしれない)

 

彼女の手紙から分析し、ネロが精神的に相当疲弊していると判断した。このままでは、ネロの心は押し潰れてしまう。ただでさえネロの方針を快く思っていない輩と、更なる帝国領土の拡大を求める者共とで対立が激しいのだ。ネロをなんとかしなければ、帝国は分裂してしまいかねない。

 

「ハサン、貴方から見て彼女の様子はどうだった?」

 

「相当参っていましたね、重い頭痛に耐えるかのように頭を振り乱して叫んでおりました」

 

「そう、やはり病気によって精神的疲労による幻覚を見てると考えるべきか……」

 

以前診断した医者からは、特に肉体的異常は見受けられないと言われたため呪いの線も疑ったが、それらしい痕跡は見つからなかった。そもそも、祖王の剣を持つ彼女に呪いが通じるとは思えない。

 

「……最悪、彼女を強制的に退位させる必要さえあるか」

 

「それは難しいのではありませんか? あの剣を有している以上強硬策など通じないでしょう。ある程度のお膳立ては必要かと」

 

「そうね、問題は……待ちなさい、貴方はあの剣の力を知っているの?」

 

祖王の剣については、別段彼が知っていてもおかしくはなかった。どんな場所にでも忍び込める規格外なのだ、それぐらいの情報は持っていても不思議ではない。

 

しかし、剣の威力を知っているのは前線にいる兵士たちぐらいだが、暗殺者がわざわざ戦場に出る理由がない。王都にも情報は上がってきてはいるだろうが、その力を正確に知っている者は、ネロとハクノ以外にはいないはずだった。

 

「貴方……あの剣について何か知っているでしょう……!」

 

「……何のことでしょうか」

 

「言いなさい、貴方は何を知っている……!」

 

「……聡いお方だ、本当に」

 

彼女の問いただすような目に、ハサンはこれ以上隠し立ては不可能であると判断した。

 

「……仕方ない、か。今更貴方から離れるわけにはいかない。お話ししましょう、例の剣について。そして我が果たすべき『大命』について」

 

そして、語られたのは歴史に葬られた闇の事実。『聖王』アルトリア・ペンドラゴンが所有した剣は、かつて全ての元凶たるニコル・ボーラスによって生み出された魔剣であり、持つものに強大な力を与えるが、その運命を狂わせる魔性の剣であること。アルトリアはその剣が悪用されることを恐れて封印を施したこと。

 

そして、彼の『大命』とは暴かれた魔剣を再び封じること。『大いなる厄災』とは、魔剣によって大陸中が火の海になることだったのだ。下手をすれば、大陸そのものが消滅する可能性すらあるという。

 

「最初は皇帝を暗殺して成すことも考えましたが、それは取りやめました。今の帝国は、あまりにも巨大になりすぎた。帝国が瓦解すれば、共通的としてある程度協調していた国家間でも争いが発生しうる。大陸中を巻き込む大戦争など、私は望んではおりません故」

 

剣を盗み出すことも考えたらしいが、さすがに魔剣そのものが持つ魔性に危険を感じてやめたらしい。そうなれば、あとは間接的に何とかする他なかった。

 

「それで、私に近づいたわけか」

 

「ええ。従姉妹であり国家を纏められるだけの力を有する貴女であれば、狂乱したネロ帝を廃して新たに帝位に就くだろうと考えて」

 

剣を捨てさせようにも、この国を富ませた剣を再度封じるなど頷かれるはずがなかった。まして、彼は実力は買われても信用はされない立場であり聞き入れられるはずがない。ネロは既に魔剣の呪いに蝕まれ、魔剣を捨てることなどできないだろう。

 

だから、ネロ帝が限界を迎え廃されてから魔剣の真実を明かし、封じるよう誘導するつもりだったのだ。ネロに悲劇を齎した剣となったならば、彼女は頷くだろうと考えて。

 

「そのために、ネロが苦しんでいる原因を知っていながら話さなかったの!?」

 

「全ては魔剣を再び封じるため。あの剣は大陸そのものに厄災を招く」

 

確かに、彼の言うことが本当であるならばとんでもないことになるだろう。しかし、ネロはハクノにとって無二の親友であり血を分けた家族なのだ。それを、見殺しにさせるように誘導されていたなど怒りに震えるのは当然であった。

 

「どこへ行かれる」

 

「ネロのところに行く!」

 

「無駄な真似はやめなされ、行けば殺されます」

 

魔剣は未だ、真の力を開放してはいない。魔剣を完全に開放するためには、所有者の最も親しき者を三人殺す必要があるからだ。そして、ハクノはその条件にピタリと当てはまる。魔剣に蝕まれたネロは、間違いなくハクノを殺しに来るだろう。

 

「いいえ、それだけは聞けない。たとえ殺されるとしても、私はネロを助けたい」

 

「……既に彼女は限界に近いと言ったはず。助かるなど万に一つもない」

 

「それでも、たとえそれが億千万の彼方でも……私は諦めない」

 

彼女の決意は固く、そして諦めさえ踏破するといった顔であった。それを見て、ハサンは小さく息を吐き出した。

 

「……決意を曲げる気はないのですね。分かりました、貴方が行かれるというのであれば私も同行しましょう。今、貴方に死なれては困る」

 

 

 

 

 

ネロのいる宮殿の寝室へと向かった二人。そこには、目を背けたくなるほどの惨状が広がっていた。警備の兵は皆体を分かたれて絶命しており、侍女は柱の影で縮こまって怯えていた。

 

「これは一体……」

 

「……推測ですが、主人(マスター)の手紙で心の箍が緩んだのかもしれませぬ。抑えがきかなくなったと言うべきか」

 

「そんな……」

 

彼女を励ますために送った手紙が、彼女の狂気を悪化させてしまうなど考えてもみなかった。ハサンも、このタイミングで暴走に陥るなど予測できなかったのだ。

 

「……! ネロっ!」

 

「うううううううがあああああああああああああああああああ!」

 

奥から現れたのは、返り血で真っ赤に染まったネロ。完全に狂乱状態であり、まるで獣のような咆哮をあげている。ハサンはハクノを庇うように前に出て、暗器を構える。

 

「ぐがあああああああああああああああ!」

 

「チッ!」

 

襲いかかる赤い暴風に、ハサンはハクノを抱えて即座に飛び退く。振り下ろされた魔剣は空振り、地面をその圧倒的暴威で陥没させた。

 

「ネロ、正気に戻って!」

 

「……恐らく、声はもう届きますまい。魔剣に飲まれる寸前です」

 

「いいえ、まだ……まだ彼女は戻れる、戻してみせる……!」

 

ネロの再度の攻撃を、今度は壁を走りながら天井を蹴り、彼女を飛び越える。轟音が響き、壁が崩れ落ちた。それに連鎖するように、天井も崩れ去る。

 

「マズイですね、退路が塞がれた」

 

「どちらにせよ、彼女を何とかしなければいけないのだから同じこと……!」

 

「そうなりますか……『妄想幻像(ザバーニーヤ)』!」

 

こうなればもう、戦うほかないとハサンは判断した。幾人もの姿に分身、いや分裂(・・)して対峙する。これこそが、彼の変身能力の正体。百の魂を体内に宿し、それを肉体を依代に顕現させる理外の魔術。魂を分割化して維持するという、反則的な能力であった。

 

「暗殺者が真っ向勝負など愚の骨頂だが……我が妙技、とくと味わうがいい!」

 

一斉に襲いかかるハサン達。その連携は凄まじく、フェイントをかけながら背後を突き、あるいは羽交い締めにして打撃を加えた。何せ、全てが他人であっても自分なのだ。目配せして互いの意思疎通を取る必要すらない。

 

「ぐうっ!?」

 

「が、ああああああああ!」

 

それでも、暴走状態のネロは強大だ。分身体の何人かはその余波で吹き飛ばされ、消滅する。徐々に、ネロの力がハサン達を上回り始めていた。

 

(何か……何か方法は……!)

 

ハクノは現状を打破する方法を必死になって考えた。そして、一つだけ思い当たるものがあった。それは、ネロが暴走するに至った原因。彼女の心が緩んだ理由。だが、それはただの希望的観測。実行するとなれば命を懸けるしかない。

 

(それぐらい、なんだ……!)

 

親友さえも助けられずに、命を惜しみたくなどない。意を決した彼女は、荒れ狂うネロへと一歩ずつ近づいていく。

 

「主人よ、危険だ! ぐぁっ!?」

 

ネロを押さえ込んでいたハサンが吹き飛ばされる。もう、ネロとハクノの間に遮るものはない。

 

「っ、ネロ!」

 

「ぐ、ぐ、ぎあああああああああああああああ!」

 

ハクノは、ネロへと呼びかける。それに呼応するかのように、ネロは彼女の元へと一目散にかけていく。

 

「逃げろ! 殺されるぞ!」

 

「逃げない、私は親友から逃げたりするもんか!」

 

ネロは剣を刺突するために構え、勢いよくそれを振り抜き。

 

「…………!」

 

「なんと……!」

 

彼女の髪を撫ぜるだけで、その横顔を通り過ぎた。

 

「ネロ……ごめん……貴女一人に無理させて……」

 

ハクノはネロの背中に手を回し、ぎゅっと抱き寄せた。すると、ネロは彼女へと体を預けて体から力を抜いた。

 

「ハクノ……ありがとう……」

 

「っ! ネロ、意識が……!?」

 

先程までの狂気の形相をした薔薇の皇帝ではなく、穏やかな顔をしネロがそこにはいた。

 

「ごめん、ごめんね……もっと早く、そばにいてあげられたら、もっと早く貴女の異変の原因に気づけていたら……!」

 

「何を言う……そなたは余を助けてくれたではないか……それだけで、十分だ……。余が、この剣を持ち出さなければよかったのだ……」

 

互いに涙を流し、謝り合う。お互いの心のなかで思っていたことを吐き出し合った。

 

(……美しき友情か……本当にあるものなのだな、こんな世界でも)

 

ハサンはそんな彼女たちの友情を見て、それを美しいものだと感じていた。これほどまでに、心を揺さぶられるものなど生涯になかった。

 

だが、そんな儚くも美しき少女らを魔剣はいとも容易く引き裂く。

 

「う、ぐ……!」

 

「ネロ? どうした……きゃっ!?」

 

ネロに突き飛ばされ、尻餅をつく。見れば、ネロは頭を抱えてフラフラと立ち上がる。その手には、やはり魔剣があった。

 

「ハク、ノ……私を、殺して、くれ……!」

 

「そんなこと……!」

 

「頼む……余が、余でなくなる前に……!」

 

吐き出すような言葉に、ハクノは悲壮の表情を浮かべた。もう、彼女が持たないことを悟ってしまったのだ。もう次は、彼女の人格が戻るかすら分からない。

 

「はや、く……」

 

祈るような、縋るようなネロの願いを、ハクノは無碍にできなかった。諦めたくなかった、失いたくなかった。だが、それで彼女を怪物にするのは嫌だった。

 

「……ハサン」

 

「承知」

 

ハサンはハクノの命を受諾し、ネロの心の臓へ暗器を突き立てた。急激に体に力が入らなくなり、ネロは仰向けに倒れる。

 

「大義、で、ある……感謝、を……」

 

「……御身に敬意を。貴殿の友情、確かに見届けました」

 

「は、はは……愚か者、の、余にも……一つだけ成し遂げ、られた、か……余は……最後まで、友だけ、は……斬ら、なか……た……ぞ……」

 

そう言って笑いながら、彼女は事切れた。後に残ったのは、少女の啜り泣く声が響くのみであった。

 

 

 

 

 

「……これから大変になるわ」

 

「でしょうな、政情は大きく変わることでしょう」

 

ネロの国葬が終わって数日。執務室で、机越しにハサンと向かい合う。

 

「魔剣は封じ、最早誰も手にすることはないわ。あれは、暴かれてはならないものだから」

 

「数年もすれば、あれを知るものはいなくなりましょう」

 

魔剣は再度封印され、信頼できるものの一族へ監視役を任せた。魔剣についての世間の記憶が風化しても、彼らがいればそれを暴こうとする者を取り締まることができるだろう。

 

「彼女の子は、無事送り届けた?」

 

「無論、傷の一つもなく送り届けました」

 

ネロが亡くなった以上、血縁として次の皇帝になるのはハクノだ。ネロの子はまだ幼い上、狂乱した彼女の子では反発も強い。幸いにも、彼女の子はまだ世間にはお披露目される前。これ以上彼女の血縁に悲劇を強いることはしたくないと、ハクノは密かに吸血鬼の治める国であるナイトロードへ送り届けた。

 

だが、問題はまだまだ山積みである。

 

「……彼女の愛した国を盤石にするために、私はどんなことでもする。彼女の死を、絶対に無駄にはさせない」

 

「何なりとお命じを。我らは一蓮托生の身です故」

 

「ええ、貴方と私は共犯者。とことんまで付き合ってもらうから」

 

 

 

 

 

ヴォルラス帝国は、ネロ帝没後にその従姉妹であるハクノが第二代皇帝へと就く。先帝とは異なり、その内政的な手腕が評され堅実帝と呼ばれるようになった。特に、ヴォルラス帝国を問題なく運用するために作り上げた政治システムは当時から革命的とされた。

 

「無事、再封印は果たされました。『森の王』よ」

 

『……忠勤、大義也。約定通り、褒美を言うがよい』

 

しかし、彼女の治世には謎が多い。政治システムの構築に関して、当時彼女に反発していた者は多数おり、それが実現するには少なくとも五十年はかかると言われていたのだが、彼女はそれをわずか十年も経たずに成し遂げた。それは、彼女の障害となる人物らが病死したり、急に賛意を示すなどあったためだ。

 

「暇を頂きたく」

 

『ほぅ……?』

 

「今の主人に仕えるため、森を去ることを許していただきたい」

 

彼女がそれらに対して根回しを上手く行ったゆえだというのが通説だが、一つ与太話じみた伝説がある。それは、当時の裏社会で最も恐れられた暗殺者が、彼女の片腕となって政治家らを脅していたという話だ。というのも、その暗殺者が暗躍していた時期が堅実帝の治世の時期とピタリと当てはまるからだ。

 

『情が湧いたか?』

 

「そうでもあり、そうでもありませぬ。情はあります、しかし何よりその眩さに惹かれました」

 

『数十年、森の暗闇を好んだ貴様がか?』

 

「闇に生きる故、かもしれませぬな」

 

『……往くがいい、ハサン。『森の翁』よ』

 

これは偶然なのか、或いは裏付けなのか。後世の歴史家の間で議論は絶えない。




武勇:97
魔力:62
統率:89
政治:88
財力:27
天運:82
年齢:564(94×06)

時間軸:魔剣物語本編から100年以上前、或いは平行世界

人物背景:ハサン・サッバーハ、通称『百貌』のハサンとして堅実帝の時代に裏社会で恐れられた。様々な姿に変身でき裏仕事をやらせれば超一流の暗殺者。その正体は、エルフの伝説にある古き森に住むエルフであり、森の王に仕えた『森の翁』。しかしハクノの輝きを見て、彼女の行く末をみてみたいと思い森を出た。ハクノが政治を掌握するために重用し、その最後を看取った後は何処かへと消えた。


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番外編2

カツカツと、石造りの城壁上部を歩く足音が響く。日も落ちた薄闇の黄昏時、足音の主の目的は城壁外部の見廻りだ。

 

(異常はなし、か)

 

本来、こういったことは下っ端である兵士がやるべきことであるし実際いつもはそうしている。今回のこれは、彼女が自ら志願したことである。曰く、一兵卒として働いていた時を思い出すためなのだという。

 

(……相応の地位に就くというのは、やはり柵が大きいな)

 

彼女はこの国でも、頂点から数えたほうが早い程の地位にある。元々、大貴族の生まれであったためそれ自体は苦ではないが、自らを高めるためにあえて一兵卒に身を落として駆け上がった身としては少々複雑でもあった。

 

(かつての同僚は未だ付き合いがあるが……もうあの頃のような気安さは望めんのだな)

 

彼女はあまり感情的な部分を表に出さない質ではあるが、それでも同僚とワイワイとやるのは嫌いではないし互いの腹を探り合うような真似をする必要もない。だが、もうそういった気安い関係というものは望むべくもないものなのだと考えると、少々寂しいものがあった。

 

(そして、求めた地位に就いたとしても儘ならない、か)

 

「おーっすペル子くん、遅くまで勤務ご苦労様!」

 

不意に、背後から声をかけられる。思考を阻害したその声の主を彼女はすぐに察し、溜息をつく。

 

「愛称で呼ぶのはやめろと言っているだろう、潰すぞ」

 

「辛辣ッ!? というか潰すって何を!?」

 

呼びかけられた女性、完全者は振り返って相手を睨む。相手の男を、彼女はよく知っている。それこそ嫌になるぐらいには。

 

「俺に対して容赦なさすぎない?」

 

「普段の職務態度から考えろ、クーガー。書類の束を友奈に押し付けてトンズラしたことを忘れたとは言わせんぞ」

 

「アッハイ、すみません……」

 

小刻みに震えだした相手、ストレイト・クーガーを見て、完全者は再び嘆息する。これでもこのペルフェクティオ王国屈指の実力者なのだから、世の中というものはよく分からないと彼女は内心思った。

 

「というか、お前は今日後方支援が主だろう? なぜこんな夜中にここへ来ている」

 

「暑くて眠れなくてねぇ、風に当たりにきたというわけさ」

 

「……そうか」

 

憮然とした顔で、完全者は一言だけ返すと再び城壁外へと目を光らせる。それは、酷いものになっているであろう自分の顔を見られたくないからでもあった。

 

「不満かい?」

 

「……何がだ」

 

「アーラシュ将軍に全部を任せてもらえなかったことが」

 

「……ああ」

 

「しゃあねぇさ、お前は実力は十分だが将軍の下についてまだ日が浅い。まだ全てを任せてもらえるほど信頼を積み上げられてないからな」

 

「……理屈では分かっている。だが、あの人は私の目標だった。私はあの人を目指し、そしてようやくその側までこれた。なのに、まだあの人は遠くにいる」

 

彼女にしては珍しく、内心を吐露した。彼女が最も敬愛する、いや国中の人間から尊敬を集める大将軍に前線を任された時は、内心で狂喜したものだった。だが、こうしてクーガーが同行しているということは、万が一を考えたから。つまりは全幅の信頼を、置いてもらえなかったということ。

 

手を握りしめ、奥歯を噛みしめる。悔しさではない、これは自分の情けなさへの怒り。そんな彼女に、クーガーは溜息を一つくと後ろから帽子をとると、頭に手を置いてワシャワシャと撫でた。

 

「な、何を……」

 

突然のことに思わず顔をクーガーへと向ける。そこには、少しだけ申し訳無さそうな顔で笑むクーガーの表情があった。思わず彼女は再び顔を背けてしまう、今度は少々の気恥ずかしさから。

 

「ま、いずれはあの人もお前を認めてくれるさ。何せこの俺すら信頼してくれる人だからな!」

 

「……そう、ありたいものだ」

 

髪が乱れてしまうが、完全者はそれを甘んじて受けた。彼なりに励ましてくれているのだ、余計な言葉は無粋だろうと考えて。

 

「大丈夫大丈夫、お前は情熱も思想も理念も頭脳も気品も優雅さも勤勉さもある。足りないのは速さぐらいさ」

 

「……毎度思うが、お前のその速さに対するこだわりは何なんだ?」

 

完全者の帽子を被るクーガーを見ながら、彼女は彼のこだわりについて聞いた。

 

「んんー? ペル子くんもついに速さに興味を抱いたというわけだな? いいだろうそもそも時間の短縮はそれだけ余った時間の有効活用へとつながるそれはつまり人生をより豊かにするための機会を増やすことにほかならない即ち文化的なものに触れるチャンスがいくらでも増やせるということで……」

 

「待て待て待て、私はお前のこだわりを持つに至った理由が知りたいんだ」

 

凄まじい早口で彼独自の理念や考え方をまくし立てるクーガーに、完全者は少々圧倒されながらも聞きたいことについて訂正する。クーガーはそれを聞くと残念そうな顔をし、肩をすくめた。

 

「といったところでなぁ、俺は元々速いことが大好きだったってだけだし話したところで大した面白みもないぞ?」

 

「いいや、お前は飄々としているようで一本芯の通ったやつだ。それに、ただ好きなだけでここまで登ってこれるはずもないだろう?」

 

「……本当に、面白くもなんともない話だからな?」

 

そう前置いて、彼は自身の過去について話し始めた。

 

「知ってるとは思うが、俺は元々小さな村の出身でな。まあそれなりに幸せな暮らしをしてたと思う。親父は兵士として働いてたせいであまり家にいなかったが、よく顔を出しては土産を買ってくれたし母さんとの仲もよかった」

 

しがない農家ではあったが、収入もある程度あり食うに困るほどでもなかった。ただ、父の駆る馬の速さに惚れ込んで自分も速くなりたいと走ることが多かったぐらいだった。まだまだ遊びたい盛りだったこともあり、その足の速さは大抵いたずらをした際に逃げるために使っていたが。

 

「まーよく村長さんや母さんには怒られてなぁ、今思えば大分わんぱくな少年時代だった」

 

(……今も大して変わっていないと思うが)

 

「走ってばっかだったから村一番の足の速さになっててな、村でのかけっこで負けたことはなかった。速さはいつの間にか俺の誇りであり自信になっていたのさ」

 

そんな折、彼の母が流行り病に罹った。悪いことは重なるもので、病状の進行が早く迅速な治療が必要だったのだが、新種の病だったため治療ができる薬を持つ医者が王都にしかいなかったのだ。

 

「俺は医者から薬を手に入れるため、王都まで全力で走った。無我夢中だった、それでも俺なら間に合えるはずだって自信もあった――」

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……!」

 

走る、走る、走る。力の続く限り走り続ける、止まればそのまま動けなくなてしまいそうだった。その速さは駿馬を凌ぎ、疾風さえも置き去りしにするのではと錯覚させる程だ。

 

(待ってろ母さん、今薬を持っていくから……!)

 

既に足は熱を帯び、足の裏は擦り剥けているだろう。限界ギリギリで走り続けているのだ、足が悲鳴を上げるのは当然だった。

 

(ここで倒れてたまるか……ここで俺が立ち止まったら、母さんが……!)

 

本当はもっと速く走りたい。だが、大人顔負けの速さで走れる彼も所詮は子供。速さにも限界があるし、その限界を超えてしまえば走れなくなるだろうことは分かっていた。一刻も早く村にたどり着きたいという焦燥と、もっと速く走れればという思いが綯い交ぜになる。

 

(! 村の立て看板だ……!)

 

村への案内を示す立て看板が見えた、村まで後もう少し。彼は奮起し、なおも一直線で村へと急ぐ。やがて、村外れの櫓が見えた。心配してくれていたのだろう、何人かの村人が手を振っていた。クーガーはそれすらも一瞬で通り過ぎ、一目散に母の元へと向かう。

 

「母さん! 薬を、持ってきたよ……!」

 

家につき、床についていた母へ息を整えながら近づいていく。だが、返事がない。

 

「母さん、寝てるのか……?」

 

母が横になっている布団へと近づき、手をおいて母を揺する。返事はない、目を覚ましもしない。

 

「はは、寝ぼけるなんてらしくないぜ母さん……なあ、起きてくれよ……母さん!」

 

何度も声をかける。だが、母は目を覚まさない。最悪な答えが脳裏に浮かぶ。だが、頭を振ってそれを必死に否定した。きっと、いつものように母は目を覚ましてくれると信じて。

 

「息……してない……」

 

しかし、残酷なまでの結果がそこにはあった。柔らかで温かかった母の手は冷たく、呼吸音すらなかった。顔を触ってみれば、嘘のように冷えていた。

 

「う、嘘だろ……こんなの嘘だ……母さん、目を覚ましてくれよ母さんッ!」

 

何度も呼びかける、それが頭の片隅で無意味なことだと理解していても。理性は否定し、されど感情はどうしても納得してくれない。気がつけば、家へとやって来た村人たちに抑え込まれながら母を力いっぱい揺さぶっていた。

 

「おいやめろクーガー! お前のお袋さんはもう死んじまってる!」

 

その言葉が、クーガーを支えていた最後の柱を圧し折った。

 

「嘘だ、嘘だ……!」

 

喉がひくつく、鼻がツンとして視界がぐしゃぐしゃに歪んでいく。

 

「嘘だああああああああああああああああああああ!」

 

悲しい咆哮が、村の中に響いた。

 

 

 

 

 

それから一週間ほどの時が過ぎた。クーガーは塞ぎ込み、ろくに食事も取らずにいた。母との思い出が蘇るのが辛くて、家にすらいなかった。

 

「母さん……ごめん、ごめんよ……」

 

間に合うと思っていた、過剰なまでの自信に満ち溢れていた。どうにかなると、母は助かると信じ切っていた。だが、現実はどうだ。自慢の足は母が死ぬのに間に合わず。根拠のない自信は木っ端微塵に消し飛んでしまった。

 

「おう、こんなところにおったかクーガー」

 

「村長さん……」

 

村の外れにある廃屋の中で泣きじゃくっていたクーガーの背後から、年老いた男性の声がした。彼はこの村の村長であり、いたずらをしてはよく怒られたものだった。彼はクーガーの隣にどっかりと座った。

 

「お母さんのことは、残念じゃったと思う」

 

「……なぐさめならいいです、俺は母さんを助けたかっただけだ……」

 

今の彼には、どんな言葉も慰めにしか思えなかった。とても空虚な気持ちだった。それを見て、村長は片眉を吊り上げながら顎髭を触る。そして、彼の頭に手を置くと、優しく撫でた。

 

「クーガー、お前が持ってきてくれた薬はな、儂の孫娘を治してくれたよ」

 

「えっ、ハナちゃんも病気にかかってたんですか……?」

 

「お前が王都に行っている間にな、まだ罹り始めだったからよかったものの、あの病は進行が早い。いつ死んでもおかしくないと思っておった」

 

だが、クーガーが母の分も含めた特効薬を手に入れてくれたおかげで、彼の娘は一命をとりとめた。それは他の村人にも言えることで、間に合わなかった者もいたが助かった命も確かにあるのだ。もしクーガーが薬を取りに向かわなければ、村は全滅していた可能性すらあった。

 

「お前はよくやってくれたよ、あれだけ重い荷物も持って、王都までの長距離を往復した。辛かったろうに、お前は確かにやり遂げたんじゃ。お陰で村は救われた」

 

「でも、俺は一番助けたかった母さんを助けられなかった……!」

 

「そうじゃな……だがそれは仕方なかったことじゃ。お前のお母さんは既に重体じゃった、お前がいくら速くても間に合わなかったじゃろう」

 

優しげな顔をしていた村長の目が、急に真剣なものになる。

 

「よいかクーガー、人の生き死には必ず訪れるもの、それを全部自分のせいにしてはいかん。それは傲慢というものじゃ」

 

「……はい」

 

「お前はまだ子供で、納得することはできんかもしれん。だからせめて、次に繋げることを考えるんじゃ。お前が母を助けられなかった無念をバネにせい、そうすれば今度は、本当に助けたい人を助けることができるかもしれんぞ」

 

「……っ、はい!」

 

まだまだ、母を失った未練は断ち切れない。それでも、村長の言葉は確かにクーガーの心を再起させた。今度はもう、間に合わないなんてことがないように頑張ろうと。

 

「ん、少しは元気が戻ったかのう。ほれ、腹も減っとるじゃろう? うちにきて飯でも食ってけ」

 

 

 

 

 

「んで、それ以来俺は自分の速さを磨くことを誓ったんだ。早ければそれだけ時間ができるし、間に合うことだってできる。全部を救うなんて大それたことは考えちゃいないが、一人でも多く助けられる機会ができるのは確かだからな」

 

「……そうか」

 

「しかし、ただ足が速いだけじゃ人の役に立つなんてできないからな。親父の伝手を借りて王都で兵士になって、そこから駆け抜けてったらいつの間にかこんなとこまできちまった」

 

完全者はクーガーの横顔を見る。少しだけ、悲しそうな顔。彼女には分からないが、きっと色々なことがあったのだろうということぐらいは、察することぐらいはできた。助けることができた人も、できなかった人もいたのだろう。

 

「……少し、見直したぞ。お前はお前なりに、将軍に見いだされるだけのものがあったんだと」

 

「へっ、そんなんじゃねぇさ。俺はただ、とことんまで突っ走ってやろうと思ってここまできただけだよ。おかげでいつの間にか、守りたいものがいっぱいできちまったが」

 

振り返れば、様々なことがあったとクーガーは思った。走り抜けてきた景色全てが、今では全てよき思い出。それがたとえ、辛いものだったとしてもだ。

 

「……俺は結局、俺の味方でしかない。俺がやりたいようにやって、俺が助けたい人を守る。国家のために滅私奉公できるお前のほうがよほど立派だと思うさ。お前はアーラシュ将軍に、将来一番信頼されるかもしれんなぁ!」

 

「フッ、世辞でも有難く受け取っておこうか」

 

「俺の曇りなき本心で言ったんだが……ま、いいか」

 

夜空を、クーガーは何となしに見上げる。鋭い三日月が、星空の中で細々と輝いていた。

 

 

 

 

 

(……おいおい、走馬灯ってやつか?)

 

朦朧としていた意識が回復する。彼は今、地べたに這いつくばっていた。霞んでいた目の焦点を合わせれば、祖国を侵略しにきた軍神の配下、六人の将の一人である紫電を纏った男が見える。

 

「ニコラ・テスラァ……!」

 

「……やめておけ、せっかく落とさなかった命。ここで無駄に散らせる必要もあるまい」

 

「生憎、そうやって後生大事に抱えて、後悔するような生き方はしたくないんでねぇ……!」

 

足に鞭を打つ。もう限界だと悲鳴をあげようが、骨が軋もうが関係ない。散々にうちのめされた体を無理矢理に起こす。最早、気力だけが彼を支えていた。

 

(母さん、俺を強く産んでくれてありがとう。俺はまだ立ち上がれた……!)

 

女の子でさえ命を懸けて戦っているのに、ここで寝そべるなんてかっこ悪すぎるだろう。無茶は承知、だが意地を通さなければいけない。守りたい人々が、自分の後ろにいるのだから。何より共に戦ってくれる人が、いるのだから。

 

(そして、ごめんよ)

 

だから。両親から貰ったこの体を、命を、全てを燃やし尽くさなければならない。限界を、打ち破らなければならない。そうでなければ倒せない相手が、ここにいる。

 

「ならば容赦はしない、これで終わりだ!」

 

雷光が伸びる。この一撃は間違いなく致命となるだろう、だが止まれない。

 

いや、止まり(・・・)たくない(・・・・)

 

(燃やせ、俺の持つ全てを総動員して!)

 

足を踏ん張り、勢いよくスタートする。迫る雷撃を紙一重でかわし、テスラへと肉薄する。

 

(もっと、もっと速く……雷なんて目じゃねぇ、それこそ閃光のように……!)

 

「馬鹿な、さっきよりも疾いっ……!?」

 

駆け抜ける閃光は、目も眩むほどの雷光すらもかき消して疾走する。足りない、まだ力が、重さが、何より速さが足りない。

 

「瞬殺のおぉぉぉぉぉぉ! ファイナルブリッドオオオオオオオォォォォォォォォォ!」

 

繰り出すのは、正真正銘全霊の一撃。回転を加えてより一瞬の力と速度を増幅。当然、体の限界など考えていない。その後のことなんて、考える暇もない。一瞬でも速く、こいつに叩き込むことだけを考えろ。

 

「『電位雷帝の剣斧(ヴァジュラ・ブレード)』!」

 

雷電王は、雷より白銀に煌めく斧を形成し、これを迎え撃つ。あとは、激突するのみ。

 

「ぐ、う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

「はあああああああああああああああああああああああ!」

 

火花が散る。視界が塗りつぶされ、絶叫さえもかき消された。それでもなお、眼の前にいる相手を互いに見失いはしない。己の信ずるもののために、引き下がる訳にはいかない。

 

「せりゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

「な、にっ!?」

 

そして。競り勝ったのは雷光すら踏み越える速度の地平を往く者。駆け抜けたあとに残るのは、二人の男の姿だけ。

 

「み、ごと……だ……」

 

(ああ、畜生……)

 

背後からの声。それを、振り返るほどの力も残っていない。倒せなかった、それが結果だった。全身から力が抜け、膝をついて倒れ伏す。だが、この場に限っては敗者は彼ではない。

 

「お前、は……たし、かに、雷よりも、速かったぞ……」

 

「そいつ、は……どうも……」

 

あれだけの一撃を食らったテスラも無事ではなかった、腹に大穴が空き出血も激しい。恐らくこのまま前線で戦い続けるのは不可能だろう。彼は成し遂げたのだ、帝国の誇る六将軍を足止めするという大仕事を。

 

(へへ、いい土産話が、できた、ぜ……)

 

薄れ行く意識の中。彼は上司を、同僚たちを、今までに出会った人々を。そして、笑いながら手を振る母の姿を、確かに見ていた。

 

(……ここは戦場、生き残ったのは俺で、お前は死者、それだけだ。だが……)

 

事切れたクーガーを見下ろすテスラ。しかし、その目は憐憫でも、勝利に酔うものでもなく。

 

(この場に限り。俺はお前の勝利を賛美しよう、ストレイト・クーガー)

 

敗北を悔しがる、男の目だった。




番外編なのは彼が英雄だから。
ネロ帝時代や聖王時代、モーさん世代近辺の二次もっと増えろ(祈願)


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9

今回は、他の二次創作様のキャラを一部お借りしております。


草原の広がる国、ここはドラグナール大陸でも大国の一つであり七星国家(セブンスターズ)と呼ばれる大国郡の一つでもある。

 

「……そうか、そんなことが」

 

「うん、けどかばんちゃんのお陰で助かったんだー」

 

「かばんが?」

 

「すっごく頑張ったんだよ! でも凄く無茶しちゃって、一緒に怒られちゃった!」

 

広大な草原の一角、この国の首都に聳える城砦の一室で、二人の少女が話している。一方はこの国の女王である獣人サーバル、もう一人はかつて魔王を目指した少女、エックス。

 

「口惜しいものだな、邪竜が押し寄せることを理解して国境で待機していたというのに、むしろ内部のほうが激戦になっていたとは」

 

「ううん、エックスちゃんが数を減らしてくれてなかったらもっと大変だったかもしれない。エックスちゃんはとっても頑張ったと思うよ?」

 

「そう言って貰えるとありがたいが……まさか多方面から攻め込んでくるとはな。おまけに、私を避けるようにして城砦級(ルーククラス)騎士級(ナイトクラス)を送り込んでくるとは」

 

「それから、咎人(ネフィリム)っていう邪竜の新種も一緒にいたの」

 

サーバル曰く、騎士級との連携で手傷を負わされたのだという。少なくとも、考えるだけの知恵がある可能性が高いとエックスは判断し、サーバルもそれに同意した。

 

(おまけに輪をかけて巨大な城砦級か、随分と本格的なことだ)

 

城砦級を個人で相手どれる者は少ない。それはその巨大な図体が原因だからだ。単純な質量は、いかに個人の武勇が優れていようと覆し難い。だからこそ、エックスやサーバルのような英雄級という例外が相手取るべきなのだが、その7倍の大きさとなれば最早手に負えない。無事だったのは奇跡としか言い様がないだろう。

 

「それで、かばんはどうしている?」

 

「えっとね、今日は左近ちゃん達のところに差し入れ!」

 

「む、そうか。ならば稽古を見るついでに会いに行ってこよう」

 

「あんまり厳しくするのはダメだからね? 左近ちゃん達がへばっちゃったら、狩りごっこをする人がいなくなっちゃうんだから」

 

「分かってる分かってる、加減はするさ」

 

 

 

 

 

(……邪竜のあの組織だっての行動、いよいよ奴も本格的に動かすようになってきたか)

 

城を出て、左近達が訓練をしている練兵所へと足を運ぶエックスは、内心で思案していた。ここまで複雑な指揮系統を構築することができるのは、文字通り邪竜の総統括者である三大魔王の一角ぐらいだろう。つまり、あれはその上位者からの指示によるものに違いない。

 

気づけば、自分の指先が若干震えていることに気づき溜息をこぼす。

 

(……情けないことだ、友人の助けになるため己を叩き直したというのに)

 

逃げ出した自らを乗り越えるため、何よりサーバルの助けになってやりたいと思い、自らを鍛えるため各国の前線を渡り歩いたが、未だ同位体たる存在に対して薄ら寒いものを感じてしまう。

 

(いや、否定しても仕方がないな。私は一度逃げ出した敗走者だ、この弱さと付き合っていく必要がある)

 

それでも、以前に比べれば随分とマシな心構えを持てるようになったとエックスは考えている。あの傲慢でちっぽけな自分のままだったなら、恐怖で縮こまったままに違いない。

 

(本当に、私はいい出会いをしたものだ)

 

こうして前向きになれたのは、偏にサーバルとの出会いがあってこそだろう。初めての挫折、それに絶望していた自分に手を差し伸べてくれた彼女。そして、再び挫折する怖さを払拭し、一緒に考えてくれると言ってくれた大切な友人。

 

(だが、いつまでも彼女に甘え続けるのも考えものか……)

 

数年の戦いは自分に自信をつけたが、相変わらず彼女によりかかり気味であるという自覚もある。支えるのであれば、まず自分が自立するべきだ。それはただ力があればいいだけではない、心の強さが必要となるものだ。

 

「……まだまだ未熟、だな」

 

反省すべき点は多い、だがだからこそ改善していけるものも多い。それは、知能のない兵士級の邪竜や、知能があっても元々が強い騎士級にはできないことだ。結局のところ、邪竜の全ては三大魔王の実力へと帰結しているのだから。

 

「……よし、偶には己を鍛え直すとしよう」

 

 

 

 

 

「ひぃ、ひぃ……もう一歩も動けん……!」

 

「だから言ったのだ左近、エックスちゃんの鍛錬に付き合うのはやめておけと」

 

荒い息をなんとか整えようとする左近。その原因は、エックスの並ならぬ鍛錬に付き合ったせいだった。

 

「おい達と稽古した後にぶっ続けで自分の鍛錬をすうとは、おっそろしか密度じゃ……」

 

最初は彼も余裕があったのだが、さすがに5時間ぶっ続けのそれについていこうとしたせいで完全に息が上がってしまった。

 

「あれはサーバルちゃん考案の超ハードトレーニングだからな。前回はサーバルちゃん指導の元全員参加したが、ついていけたのは俺かエックスちゃんぐらいだぞ」

 

一方で、先輩の狩人である男はそれほど疲れたわけではないといった風だ。ただ、やはり彼もその額に多くの汗をかいている。彼がまだ余裕を持てているのは、ひとえに彼女と共に鍛錬をやった経験が生きたからだ。ようはペース配分が分かっていたから、ということである。

 

「うむ、こうして鍛錬を積むのはやはりいいものだな。あとでもう1セットやっておこう」

 

「恐ろしかちゅうこつをゆうちょる……」

 

「あれでまだ追加する余裕があるのか……」

 

「皆さーん! 差し入れの果実水です!」

 

エックスの発言に戦々恐々とする面々に、かばんは水差しを持って回る。注がれた水はよく冷えており、火照った体をよく冷やした。

 

「ふぅ……」

 

「心地よか冷たさにごわす」

 

それぞれが一息ついている中、エックスは岩に腰掛けて目を瞑っていた。これは鍛錬後の精神統一をするためのもので、邪竜との戦いでシェオールの前線に赴いた際、鎧の騎士に教わったものだった。

 

(少し振り幅に乱れがあった、いざ戦場で硬いやつと当たったら致命的だな。癖になる前に矯正するべきか……)

 

力は大きくとも経験の少ない彼女にとっては、敬意を払うべき先達からの教え。冷静に自分の鍛錬や戦闘を見つめ返せるこれを、彼女は欠かさず行っている。それはかつて、人間全てを見下していた彼女が大きく成長した証左であった。

 

暫し瞑想を行ったあと、目を開けると目の前にはかばんの姿が。

 

「はい、エックスさんもどうぞ」

 

「む、かたじけない」

 

どうやら、彼女はエックスが精神統一を終えるまで待っていてくれたらしい。気の利く少女だと、エックスは渡された水を嚥下しながら思う。

 

「ありがとう、私の邪魔にならないよう話しかけないでくれたのだな」

 

「ええと、すごく真剣そうな雰囲気でしたから……」

 

「気を使わせてすまない」

 

少しおろおろとしつつ、返却されたコップを受け取るかばん。彼女はどうにも、エックスのことが少しだけ苦手であった。雰囲気的に近寄りがたい印象があるのもそうだが、この国に来てまだ日の浅いかばんは、エックスのことをあまりよく知らないのだ。

 

(サーバルちゃんのお友達だから、悪い人ではないんだろうけど……)

 

知っているのはサーバルの友人であること、大食らいであること、そして恐ろしく強いということだけだ。そしてそれは、大抵の草原の国の民が知っていることでもある。

 

「? どうした?」

 

「あ、いえ。ぼく、エックスさんとあまりお話したことがなかったなぁって」

 

「……そういえばそうだな」

 

顔を合わせることは割とあったのだが、大抵は間にサーバルが入っているかそれぞれの用で話しかけたりした程度だ。

 

「丁度いい、ここに来たのはお前に会うためでもあったのだ。少し話でもするか」

 

「は、はい」

 

とはいえ、いざ何か話をしようとすると話題などないことにエックスは気づく。思えば、戦場で仲を深めた者はいても銃後の者達とはまともに話したことがない。草原の国ではその限りではないが、それでもやはり会話は少ない。

 

「かばん」

 

「は、はい」

 

「話題をくれ」

 

「えぇ……」

 

話をしようと言いだした当人が、まさか話題すら考えていなかったことにかばんは困惑した。少々気まずい沈黙が二人を包む。

 

「えっと、エックスさんは諸国の前線で戦ってたんですよね?」

 

「そうだが、それがどうかしたか?」

 

「あの、その時のお話を聞かせてほしいです」

 

「別にいいが、そんなことでいいのか?」

 

「ぼくはこの国の外へ出たことがないんで、興味があるんです。それに、エックスさんのこと、ぼくはまだ全然知らないですから」

 

「……分かった。まずはそうだな……ギムレーで、妙な笑い方をする世話焼きな男に会った話でもするとしよう」

 

彼女は自身の数年間の軌跡を、かばんに話し始めた。ギムレーで出会った、王女に仕える妙な笑い方が特徴的な魔道士の青年や、個性的が過ぎる七十二臣。特徴的な黒い外套を纏った規格外の英雄と、その攻撃に巻き込まれながら生還する白長の男。

 

シェオールの前線では、自身が師事した鎧の騎士に、男なのか女なのか分からない顔つきの騎士。そして体を鉄や油に置き換えて、なおも戦い続ける者たちなどもいた。恐らく、エックスが最も影響を受けた者達ばかりだっただろう。

 

ほかにも船乗りを名乗っていながら船を持たず、前線に迷い込んでいた変人やら、冒険者を名乗る一党などとも共同戦線を張ったこともあった。あと、邪竜相手に突撃する伸び縮みする黄色いナマモノや、クマっぽい見た目で邪竜のブレスを打ち返すよくわからないものもいた。

 

そうして日が傾くまでの間、エックスは話をした。

 

 

 

 

 

「まあ、私から話せるのは大体こんなところか」

 

「す、すごいですね……」

 

「文字通り死線を越えてきたわけだからな、嫌でも希少な体験はするものだ」

 

(各国の食事の話が度々挟まってたのは、お腹が減ってたからなのかな……?)

 

時にはかばんの質問に答え、自身が出会った人々について、また巡った国々について彼女は語った。妙に力が入っていたのが各国の食事について話していたときだったのが、なんとも彼女らしいと言えるだろう。

 

「……いい顔をするようになったな、かばん」

 

「えっ?」

 

「以前のお前であれば、力を持ち戦功を立ててきた私を羨んでいたかもしれん。だが、今のお前は純粋に私や戦友の戦いに敬意を持ってくれている」

 

「そう、なんでしょうか」

 

恐らくは、先日の一件が大きく関わっているのだろうとエックスは当たりをつけた。こうして話をできてるのもそうだ。あの臆病だった彼女が、自分へ積極的に話しかけるなど、以前ではあり得なかったかもしれない。

 

「かばん、お前は強いな」

 

「え? でもぼくは、サーバルちゃんたちみたいに力もないし……」

 

「そうではない、お前の心の強さを賞賛しているのだ」

 

「心の強さ、ですか?」

 

「そうだ。お前は力は弱くとも、それを恥じていない。だが弱いままでいたくないとも思っている。お前からは、乗り越えようという意志と勇気が感じられる」

 

力が強いだけでは意味がない。それを、エックスはかつて嫌というほど思い知らされた。真の強さというものは、その心のあり方にこそ宿るのだと、戦友たちの背中を見て理解した。

 

「それは、人の強さだ。弱いからこそ向上心があり、乗り越えようと努力する。弱いままでいたくないから勇気を以て一歩を踏み出せる。私には、それがとても好ましく思う」

 

「人の強さ……」

 

「生きることは戦いだ。この一千年人は戦い続けた、過ちも繰り返したしそれを改めることだってあっただろう。そしてそれら全ては、人が生き続けた証でもあると私は思う。かばん、お前もまたフレンズ達やサーバル、あるいは私と同じように戦い続けている」

 

共に生きているのならば、それは等しく生存という戦いだ。力でも、知恵でも、悪あがきでも。戦場は違えど、戦っているのだ。そして、そのために尽力するかばんがエックスには眩しく見えた。きっと、彼女もまたサーバルのように輝きを持つ者なのだろう。

 

「だからかばん、お前はサーバルを支えてやって欲しい。私はまだまだ、彼女に支えられる側だからな。お前なら、きっと彼女と支え合いながら戦っていける」

 

「……はい!」

 

かばんの力強い返答を聞くと、エックスは満足そうな顔をして立ち上がり、その場を去ろうとする。

 

「あの!」

 

そして、かばんはその背に待ったをかけた。

 

「どうした?」

 

「ぼくはエックスさんとも、フレンズのみんなとも一緒に支え合っていきたいです!」

 

「……!」

 

「きっと辛いことだって、悲しいことだってある。けど、貴女をのけものになんてしたくない。それはきっと、みんなが思ってることだと思うから――」

 

――だから、ぼくは貴女とお友達(フレンズ)になりたい。

 

「……ああ。こんな私でよければ、よろしくな。かばん」

 

振り返りながらそう言った彼女は、微笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 

「……友達、か。サーバルや戦友以外では、初めてだな」

 

きっと、戸惑うようなことだってあるだろう。喧嘩をするようなことだってあるだろう。だがそれは、決して嫌なことでも、悪いことでもない。もっと心を温かくしてくれるものであるはずだ。

 

「本当に、私はいい出会いに恵まれた」

 

善き人々がいる。こんな自分を友だと言ってくれる人がいる。それを害する邪竜が、いる。だからこそエックスは、自分以外の邪竜を許せない。だからこそ、絶対に絶滅させてやると誓ったのだ。

 

「人の今日を守るのは人であるべきだ、そして明日を紡ぐのもまた、人であるべきだ」

 

きっと、その未来に自分は必要ないだろう。最後に自分が残った暁には、自らを葬り去る覚悟もある。だがせめて、この微かな灯火の行く末ぐらいは見届けたい。遠く空に輝く星を見上げながら、エックスはそう願った。

 

 

 

 

 

「おかわりだ」

 

「もう食べないでください!?」

 

「かれぇの鍋が空っぽにごつ……」

 

「エックスちゃん、明日の朝飯は抜きだ」

 

「そうか、ならば食いだめするべきだな。おかわりを要求する」

 

「……サーバルちゃんに言うぞ」

 

「片付けの時間だな、皿洗いぐらいは手伝おう」

 

「はぁ……」

 

「あ、あはは……」

 

翌日。朝食を抜かれてぐだぐだになった彼女に、サンドイッチを差し入れる帽子の女の子がいたようだが、それはまた別のお話。




かばんちゃんの話を衝動的に書きたくなったので。他の方のキャラを使うというのは、毎度のことながら緊張する。


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10

「……久方ぶりに来たかと思えば、随分と苛立ちを募らせているようだな?」

 

「ええ、そこは認めましょう。あの度し難い存在によって私の苛立ちは今までにないほど膨れ上がっているわ」

 

「あまりその炎を撒き散らさないで貰いたい、『我々』の総量が減ってしまう」

 

ある場所。邪竜神殿、その最奥部が一角。一人の男と堕ちた聖女が対話をしている。男の背後からは、絶えず不気味な不定形たる影が蠢き、あるいは消えていく。

 

「ああ、『我々』も見ていた(・・・・)ぞ。人間とはあれほど悍ましくなれるものかとな」

 

「……そう、お前にさえそう写ったのね。やはりあれは度し難いほどに醜悪だわ」

 

「できれば『我々』に迎え入れるのも吝かではないが……その憎悪の炎で焼かれるのには釣り合わんな」

 

堕ちた聖女の見せた一瞬の怒気が、男へ即座に撤回の言葉を吐かせた。男が想定していたよりも、怒りの原因に対する殺意は高かったようだ。

 

「しかし歴代開闢の抹殺とは、随分と労力のいるオーダーだな。確かに手数はいくらでも増やせるとはいえ、面倒極まりない。『我々』は便利屋扱いか?」

 

「あら、不満? けどお生憎様ね、お前はアルカナの中で最も使いやすい手駒とさえ思っているわ。無駄な叛意もなく下らない策謀も持ち合わせない。お前を支えるのはただ純粋な弱肉強食のみなのだから」

 

嘲るかのような笑みを浮かべる。いや、実際に彼女は彼を嘲笑しているのだろう。

 

「……それを言われては、立つ瀬がない。嗚呼確かに、『我々』が下なのだから、強者に従うのが道理だろう」

 

「分かればいいのよ。無駄な問答は端から不要、号令の通り動きなさいな『運命の輪』」

 

 

 

 

 

交わりの故郷、ティルノ・ナグ。この国には、邪竜神殿でも特級の危険領域にして未踏破領域である『万魔神殿(パンデモニウム)』が存在する。人類が未だ攻略の糸口さえ見いだせない禁域にして、あらゆるものが弱肉強食のもとに成り立つ伏魔殿。

 

異変は、その禁域付近を巡回していた狩人達によってまず認知された。超大型の邪竜である『巨魔(マリード)』が闊歩するそこは、地鳴りや唸り声の絶えない場所であった。しかし、その日はいつもよりざわめきのない、不気味なほど静かな森。

 

(なんだ、この胸騒ぎは……)

 

胸に去来する嫌な予感は、果たして現実のものとなった。森の奥から、黒い液状の何かが流れ出してきたのだ。それは森から出ると同時に、液体から固体へと変化した。

 

「っ、総員構えろ!」

 

歴戦の戦士であった狩人達は、その培われた勘に従い戦闘行動を開始する。ある者は自慢の脚力で、ある者は特異な翼で。それぞれが自らの持つ特異性を十全に発揮し、距離をとる。

 

多くの迫害されし者達によって形成されたこの国家は、人種のるつぼと言っても過言ではないほどに多様性が豊かな国である。それは、女王の寛容さや国の自由な方針の現れでもあるのだろう。

 

だが、今この国へと現れたのは他者を害する悪辣な多様性であった。

 

「っ! 何だ、あれは……!?」

 

それは黒き奔流。大小様々、姿形も統一性のない数多の邪竜(・・・・・)。それらはひたすらに、無差別かつ無慈悲に命あるものへと一斉に襲いかかる。小動物であろうと躊躇なく飲み干し、豊かな緑は一瞬にして枯れ落ちていく。まさしく狂奔であった。

 

「総員、一時退避!」

 

質では他国にも引けを取らない彼らだが、如何せん数の不利とは覆し難いものであることもよく知っていた。故にこそ、このまま衝突するのはまずいと判断したのである。

 

だが。

 

(このままでは、追いつかれる……!)

 

類を見ないほどに統一性のない邪竜の群れから、足の速い種が抜き出てくる。このままではそれらに足止めを食らって、あの群れに飲み込まれるだろう。ただでさえ戦力が不足している状態で、この隊が全滅することだけはあってはならない。

 

(ならば、ここで被害を最小限に食い止めることこそ必定……!)

 

そう考え、狩人達のリーダーは足を止めて邪竜の群れを一人食い止めようとした。

 

その時である。

 

『皆さん、伏せてください!』

 

上空からの声。機械によって拡散されたそれは、瞬時に狩人らへと届き次の行動を迅速なものとした。

 

「エックス……カリバアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

上空を飛ぶ飛行空母から、エックスの黒い極光が吹き荒れた。邪竜の群れは一瞬の内に飲み込まれ、跡形もなく鏖殺されていく。だが、巨大な個体は肉体を欠損しようとも構うことなく進撃を続け、森の中からはなおも邪竜の群れが絶え間なく溢れ出てくる。

 

「チッ、鬱陶しい邪竜共だ。雑魚は私がやる、お前たちはでかい方を頼むぞ」

 

『『合点承知ばい!』』

 

空母から降りてきたエックスは比較的小さめな個体を、イェーガーに搭乗した二人が巨大な邪竜を相手取る。振るわれた豪腕が、邪竜の顎を粉砕し、追撃の振り下ろしで大地へ還す。エックスもイェーガーでは相手しづらい小型の邪竜の群れを相手に、大立ち回りを演じていた。

 

「我々も続くぞ」

 

「「「応!」」」

 

退避行動をしていた狩人達も反転して攻撃に参加し、邪竜を駆逐していく。やがて、森から溢れてきた邪竜の流れも終息したところで、ようやく彼らは一息をつけたのであった。

 

 

 

 

 

「しかし、今回のこれは何だったのだ?」

 

「確かに、いつもの邪竜の襲撃にしては随分と変てこなものであるな」

 

「黒い液体……邪竜の元となるようなものだろうか?」

 

邪竜の襲撃が止み、発生していた現象を狩人達から通信で聞かされた研究者たちは、各々の見識を述べつつ原因を探る。

 

「何にせよ、イェーガーは大型の邪竜相手でも十分な力を発揮できることが証明されたのは大きな進歩です! 今までは実戦が足りなかったこともありますが、今の戦闘記録があればより対策を講じる事は容易になることでしょう! 一刻もはやく戻って再調整を……!」

 

「気持ちはわかるが落ち着け」

 

「何にせよ、本格稼働まであと少しと言った段階だな。次は予備の武装をどうするかだが……」

 

一方、イェーガーの対大型邪竜との戦いを終始興奮気味に見ていたエルネスティは、恍惚の表情を浮かべながらイェーガーへの更なる改造に思いを馳せていた。他の研究畑の者達も、戦闘が終了したことで早くも新たな課題に向けて頭を切り替え始めていた。

 

『安堵するのはまだ早い。森から何かがくるぞ』

 

「え?」

 

だが、地上の者達はそうではなかった。長年この国を守り続けてきた戦士たる狩人達。彼らは、油断なく森の奥からやってくる何かを感じ取っていたのだ。

 

「……人間だと?」

 

姿を見せたのは、先程のような邪竜の群れではない。人間の姿をした、何か。

 

「な、え、あ……?」

 

その姿に、飛行空母からモニタしていた一人が言いよどむ。そう、何かとしか表現できなかったのだ。形容し難き人のような何か、それは体が常に不定であった。もぞもぞと全身が蠕動し、形を変え続けている。そして、その歩いた後に残っているのは先ほどの黒い液体。

 

「多少の数減らしはできると思ったが、存外やるな。一人の犠牲者もなく『我々』を残らず始末しきるとは」

 

男が口を開き、最初に発したのは、意外にも賞賛の言葉であった。口の端を歪め、品定めでもするかのように地上の彼らを見回している。

 

「『咎人(ネフィリム)』……!」

 

それは人の姿を取った、人の知能を有する邪竜という新たなる脅威。先日のヒオクリの儀でも確認された厄介極まりないであろうもの。

 

「貴様が先程の現象を引き起こした張本人か」

 

「いかにも」

 

剣を構えるエックスに対し、現れたものは鷹揚とした様であった。それは余裕の現れか、或いは脅威と感じていない裏返しであるか。観察していた男は、エックスを見て何かを察したかのように表情を変化させた。

 

「ほう、成り立ちは異なるが同類か」

 

「貴様のようなヘドロに同類呼ばわりされるのはひどく不快だ、死ね」

 

邪竜嫌いの彼女の地雷を踏んでから一瞬。瞬きの間に彼女は咎人へ肉薄して逆袈裟斬りの一撃を見舞う。回避不能の速攻、それで終わるはずだった。

 

「何とも、気の短い同輩だ。『我々』でなければ死んでいたぞ?」

 

それは異常な光景だった。邪竜であれ咎人であれ、肉体が生存機能を果たせなくなれば沈黙するのが必定である。しかし、斬られたはずの男はまるで意にも介さぬかのように平然と立っていた。真っ二つになった体を、即座に結合(・・・・・)させて。

 

「単純な物理的攻撃など、『我々』には通用しない。それこそやるならば徹底的な質量を用意することをおすすめしよう」

 

言うが早いか、男の右腕が一瞬で膨れ上がりエックスを殴りつけた。

 

「カハッ……!?」

 

体をくの字にさせ、体内の空気すべてを持っていかれるほどの衝撃。仮にも英雄級の力を有し、頑健な肉体を有するはずの彼女の意識を一撃で刈り取り、飛行空母まで吹き飛ばした。

 

「エックスさん!?」

 

鋼鉄の外壁を破壊し、船内に叩きつけられた彼女を見て、かばんは思わず駆け寄る。医術の心得があるマミゾウも、彼女の容態を見るために急ぎ駆け寄って彼女の体を調べる。出血は少々多いが、肉体に大きな損傷がなかったのは幸いというべきだろう。

 

「うむ、安心せい。見た目は酷いが気絶しているだけじゃ」

 

「よかった……」

 

(それにしても……なんというでたらめな奴じゃ……)

 

モニタに映し出されている男を見て、マミゾウは内心で肝の冷える思いであった。小柄な少女とはいえ、ただの腕の一振りで彼女を意識不明に追い込み、宙に浮かぶ鉄の要塞の外壁を突き破るなど。

 

(長く生きてきたことから理不尽にはもう大分慣れたつもりではあったが、ここまででたらめなのを見るのは久方ぶりじゃわい)

 

かばんに拡声器を渡すよう促し、それを受け取ると、マミゾウは男へと質問を飛ばす。

 

『貴様、一体何者じゃ?』

 

「自己紹介を忘れていたな、失敬した。『我々』はネロ・カオス、貴様らが察している通り咎人であり、『アルカナの兄弟(ブラザーフッド)』である」

 

『アルカナの兄弟、じゃと?』

 

初めて聞く単語に、マミゾウは片眉を釣り上げて怪訝な顔をする。どうやら少なくとも、ただの咎人とは異なる輩であるようだと警戒のレベルを上げる。地上の狩人達も同様に、ネロ・カオスへと警戒を強めた。

 

「三大魔王が一角、ジャンヌ・オルタの直属の配下にして、上位の咎人から構成されるものだ。現在、我々には歴代の『開闢』を抹殺せよとの命が下っている」

 

『……よいのかのう? そのような情報をホイホイと喋って』

 

「何、構わんさ。どうせ一切合財を食い散らかすのだからな」

 

そう言って、ネロの体積が急激に膨張した。そこから現れたのは、獣や小動物、鳥類など様々な姿をした黒く悍ましき群れの具現。その全てが、先ほどと同じ邪竜であった。

 

「歴代開闢を殺せと命じられたのだが、一々それらを探すのも面倒だろう? 加えて、新たな開闢が誕生する可能性があるのも面倒だ。ならば、開闢候補が多く集まるここを磨り潰せば後々が楽になる。最後には元開闢が残るだけならば、それらは他に任せればよい」

 

「物凄く雑であるな!?」

 

大雑把という他ない。ドクター・ウェストの言葉に他の研究者たちも同意した。まさか面倒だからなどという理由でこちらの命が狙われるなど思ってもいなかったのだから当然だ。

 

「有象無象、その全てを分け隔てなく『我々』は咀嚼しよう。歓迎するぞ、新たなる来訪者達よ。この身の内は魔剣の泥という混沌そのもの、混じり溶け合い迎合するがいい」

 

蹂躙が始まった。

 

 

 

 

 

『『おおおおおお!』』

 

最初に動いたのは、イェーガーであった。アームを振りかぶり、ネロ・カオスへと叩きつける。

 

「悪くはない質量だが、しかしまだ足りんな」

 

イェーガーに比べ遥かに小さいはずのネロ・カオスは、しかしそれを容易く受け止めた。質量差から吹き飛ばされるどころか、微塵もその場から動いていない。

 

「喰らい尽くせ」

 

体内から溢れた泥が邪竜の巨大な口へと変貌し、イェーガーの左腕を噛み破った。バランスが崩れ、イェーガーは倒れ込む。片腕をもがれたせいで、うまく姿勢制御ができずに起き上がれない。

 

「ふむ、歯ごたえのない餌だ」

 

ネロ・カオスは鋼鉄でできたアームを、口内で咀嚼して吐き出す。吐き出されたそれは無残にも丸く折り曲げられ、されど変わらぬ重量を以て狩人達を吹き飛ばす。狩人の一人が起き上がる間もなく、変形した邪竜の一体に絡みつかれ、ネロ・カオスの元へと引き寄せられた。

 

「ようこそ、貴様は記念すべき最初の来訪者だ」

 

ネロ・カオスの腹が開き、真っ赤な口腔を覗かせる。そのまま、彼は相手の頭から一気に食らいついた。クチャクチャと咀嚼し、真っ赤な血を滴らせる凄惨な様は、まさに獣の食事であった。

 

「よき歯ごたえと味だ、さすがに強者は違う」

 

笑みを浮かべ、肉体を震わせる。それはまるで、全身で歓喜を現しているかのようだ。その震えが収まると、彼の肉体から新たに泥がこぼれ落ちる。そして形を成したそれは。

 

「ア゛ア゛ァ゛……」

 

「馬鹿な……」

 

ネロ・カオスが食らった狩人と、同じ姿であった。

 

「言っただろう、歓迎するとな」

 

狩人は生前と同様に剣を構え、しかし新たに邪竜の力を得て強大となった膂力で襲いかかる。その目に理性の光はなく、ただ本能のままに暴れていた。

 

(イェーガーでの攻撃に微塵も揺るず、絶えず邪竜を吐き出し、食した相手を取り込む……まさか!?)

 

一方で、エルネスティはネロ・カオスの正体について、ある一つのことに思い当たっていた。それは、この世界を物語として描いていたかつての世界で、設定としてほんの少しだけ語られたある存在。

 

身の毛もよだつそれを思い出した彼は、急ぎ拡声器を手にして大声で言い放った。

 

『地上の皆さん、全員急いで逃げてください! そいつは食らった相手を自らに取り込む能力を持っています! そして、そいつは多分今の僕達じゃ殺しきれない(・・・・・・)!』

 

「ほう?」

 

エルの言葉に反応して、ネロ・カオスは飛行空母を見やる。

 

『そいつは恐らく、邪竜の魂の集合体です! 見かけは人間大でも、質量は『巨魔』に匹敵するかもしれない! 魂それぞれが結びついてるから、殺しても殺しきれない!』

 

かつて明かされた設定、それはティルノ・ナグの奥底に佇むという理不尽の権化。邪竜よりも遥かに矮躯ながら、巨魔すらも凌ぐ質量を持ち無数の魂が結合した存在があるというもの。取り込まれれば構成要素の一部となり、二度と抜け出すことは叶わない。それを、エルは思い出したのだ。

 

「左様、この身は擬似的な神殿のようなもの。あらゆる生命を取り込み、材料さえあればそれこそ無限に吐き出せる」

 

そして、ネロ・カオスが語ったのはもう一つの恐るべき事実。

 

「貴様らの言う『破局』とは、『我々』から分離した実験結果だ」

 

この国を幾度となく危機に陥れた『破局』、その元凶は自らだと宣った。

 

「『我々』は混沌という性質故に、永遠に未完成のままだ。だが、だからこそより高めることが可能という裏返しでもある。その一環として、『巨魔』を食らって実験的な個体を作った」

 

それは、あらゆる可能性を取り込む混沌としての特性故。絶えず不定であり、絶えず進化し、絶えず退化する。連綿と続く終わりなき蠱毒。それこそが、ネロ・カオスの本質である。

 

「この意識も、所詮は因子の欠片の集合体。始まりからして既に混沌であり、個にして群。『我々』の末端一つ一つには本能のみが存在している。そこに、一個人の人格など存在し得ない」

 

全て、その全てが集合体の結果であるネロ・カオスを形成するための糧でしかない。あらゆる人格も、意識も、記憶さえ踏みにじられる。

 

「だが、それはもはや憎悪も悲哀も存在しない、全ての人が混ざりあった終焉である。喜ばしいことだ、人々はようやく争いと憎しみから解き放たれるのだから」

 

再びネロ・カオスが膨張し、体を蠕動させる。

 

「貴様らも全て『我々』に加えてやろう。同一と相成れば、争う必要などあるまい?」

 

体表から先程よりも多数の邪竜が、顔を覗かせる。これらが一気に開放されれば、地上の狩人達はひとたまりもないだろう。止めようにも、下手に近づけば取り込まれてしまう。もはや詰みかと思われたそんな時。

 

『いや、そげんこたあさせん!』

 

それを阻止せんと、倒れていたイェーガーが起き上がりネロ・カオスへと覆いかぶさる。

 

「邪魔だてする気か、貴様」

 

『おう、勿論そんつもりじゃ!』

 

ネロ・カオスは確かにあらゆる生命を飲み込むが、逆に言えばそうでないものは飲み込めない。先程イェーガーの腕を吐き出したのがその証左である。搭乗していた二人はそれを分かっていた。加えて単純な重量は、この場においてはネロ・カオスに対する最も適した拘束具となっていた。

 

『おい達も、以前は功名心ばかい逸らせちょった!』

 

『自分たちのこっばっかい考えとった!』

 

『じゃっどん、そげん粗忽者のおい達を思いやってくうっちゅう人がおった!』

 

二人の脳裏に浮かんだのは、あの忘れがたき記憶。情けなくも逃げ出し、見殺しにしてしまった彼女。自らの命も顧みず、逃げる時間を稼いでくれた恩人の姿。

 

二人はそれに報いるため、そしてその手助けをしてくれた人のために戦っている。

 

『『きさんのそれには、思いやいがなか!』』

 

しかし、現実は非情である。思いだけで倒せるほどに、目の前の理不尽は甘くなかった。

 

「下らん、そんなものは所詮気まぐれとまやかしだ」

 

ネロ・カオスは再び体を蠕動させて巨大な口を形成し、機体を食い破ろうとしている。一方のイェーガー、『クレマンティーヌ』は片腕のうえに機体は限界寸前、このままでは負荷がかかりすぎて崩壊してしまう。

 

「誰にも逃げ場などない、ここが貴様らの終焉だ」

 

獰猛な笑みを浮かべ、大口を開けて食らいつく。

 

"勝手に決めつけてんじゃねーよ、バーカ"

 

『『!?』』

 

それは、いかなる幻聴か。あるいは、本当に聞こえたものだったのか。

 

『『うおっ!?』』

 

壊れかけていたからなのか、イェーガーに搭載されている脱出装置が勝手に作動し、二人は椅子ごとイェーガーの外へと放り出された。

 

「! これはっ!?」

 

一方で、イェーガーと組み付いていたネロ・カオスは急激な魔力反応を感じ、初めて驚愕を顕にした。負荷のかかったイェーガー内部では、エネルギー源であるアイゼンストーンが魔力崩壊を始めていたのだ。

 

回避しようにも、既に食らいついた状態からでは間に合うはずもなく。ついに臨海に達したアイゼンストーンが、ネロ・カオスを巻き込んで大爆発を引き起こした。

 

 

 

 

 

煙が晴れると、そこには爆発の凄まじさを物語る巨大なクレーターが形成されていた。

 

「な、なんちゅう爆発じゃ……」

 

「生きた心地がせんかったばい……」

 

爆心地には、かろうじて形を保っているイェーガーの姿と、ネロ・カオスから湧き出ていた黒い泥のみ。ネロ・カオスは、跡形もなく爆散してしまったようである。

 

「……? なんかあれ、動いちょらんか?」

 

よく見ると、その泥はもぞりと動いている。そしてよく見れば、それらはあちらこちらに散らばっている。

 

「二人共、それ以上は近寄るな。あれも恐らくは奴の一部だ」

 

おっかなびっくり近づこうとする二人を、狩人の一人が制止する。固唾を呑んでクレーターを見ていると、泥が次々と中心に向かって集まっていくではないか。

 

「ま、まさか……!?」

 

「おいおい、冗談だろ……!?」

 

泥はやがてすべて集まり、立体へと変化する。そして形を整え、ヒトガタへと成った。そう、ネロ・カオスの姿をとって。

 

「驚いたぞ、『我々』を一度殺すなどそうできることではない」

 

「……目の前で復活されて言われるのも複雑だが」

 

「賞賛は素直に受け取るがいい。あそこまでバラバラにされてしまったお陰で、前の人格が死んでしまったではないか」

 

「人格が、死んだ?」

 

もぞりと、体を揺らすネロ・カオス。結合させた体の調子を見ているかのようだ。

 

「『我々』は元々集合から生まれた意識だ。故に不死性は高いが一度でも細かく爆散してしまうと人格が消滅してしまう。再結集した後でも同一のそれは発現しない。今の『我々』は、先程のネロ・カオスとは別人だ」

 

『別の人格って、つくづくわけがわからん生態であるな!?』

 

一人に一つの意識が存在し、その生を全うする人間側からすれば、それは理解の追いつかない話であった。しかも、ネロ・カオスはそれをよしとしているようにも見える。根本からして、人間とは異なる生態なのである。

 

「どこへ行くつもりだ」

 

踵を返し、こちらへ背を向けて歩きだすネロ・カオスに向けて言い放つ。

 

「何、別段何もしはしない。森へ帰るだけだ」

 

「……どういうことだ?」

 

「前の『我々』であれば貴様らに容赦なく襲いかかっただろう。しかし今回の『我々』は些か命令を尊重するようになったのでな、歴代開闢を殺しに行くつもりだ」

 

「おい達を見逃す、ちゅうこっか?」

 

「それを、我々が信用するとでも思うか?」

 

「では戦うかね? 生憎だが、やる以上は全て飲み干すまでやるか」

 

ティルノ・ナグ側は、既に満身創痍の様相である。これ以上の戦いは継続するなど不可能だろう。相手が退くというならば、これ以上は不要であると判断し、狩人は押し黙った。

 

「ああ、開闢の抹殺が完了した暁には、開闢候補であるお前たちを殺しにまたくるとしよう。その時には今度こそ、お前たちを『我々』に迎え入れる」

 

そう言うと、ネロ・カオスは後ろ手を振りながら『万魔神殿』のある森へ去っていった。かくして、ティルノ・ナグの激動の一日は幕を下ろす。しかし、それは新たなる怪物との再戦を予感させるものでもあった。




戦闘能力:常に変動している混沌故に強弱のムラが激しく、基本強大ではあるが物凄いクソ雑魚が生まれることもある。『死神』とは相性が悪そうだが、彼の場合は元々の生態であるため影響がない。

アルカナダイス:10(運命の輪。その暗示は正位置で転換点、変化、定められた運命。逆位置で情勢の急激な悪化、別れ、アクシデントの到来。彼は己の内側で全てを完結させる閉じた輪である)
フェイスレス好感度ダイス:88(かなり興味を惹かれている、というか縛りさえなければ自らに取り込みたいとさえ思っているようだ)

時間軸:魔剣物語AM、或いは平行世界

人物背景
ネロ・カオス。ザナドゥの禁域『地獄(ゲヘナ)』最下層にあったケイオスタイドを、光が暇つぶしでティルノ・ナグの禁域『万魔神殿』にぶちまけ、たまたま転がっていた死体と馴染んだことで誕生した。

普段は万魔神殿の奥におり、邪竜の取り込みや吐き出しを行っていたのだが、ジャンヌ・オルタの号令によって腰を上げた。現状、彼は取り込んだ魂全てと結びついている個にして群であり、殺しきる方法が物理的にまとめて抹殺するか魂ごと消滅させるぐらいしかないのだが、彼の総量故に純粋な大質量が必須である。

ただでさえ疑似神殿のような存在であり、このままいくと女王級すらも取り込んで『万魔殿』と完全に一体化しかねなかったのだが、開闢を狙いに外へ出たのでリミットが伸びた。『破局』の主原因はこいつだが、女王個体も関わっていると思われる。
原作のネロ・カオスは一人称が『私』だが、この世界の彼は群から生まれいでるという成り立ちが異なる存在であるため『我々』と称している。


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