新しい人生は新米ポケモントレーナー (とぅりりりり)
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序章
17歳にしてようやく思い出した


めちゃくちゃ勢いとノリでやりました。かなり適当なので大目に見てください。


 

 突然だけど俺は今ポケモンの世界に転生したらしい。

 

 ぼんやりとした記憶を思い返せば前を見てなかった子供が車に轢かれそうになったところを慌てて助けようとしてそれきりだ。

 多分あの時死んでしまったんだろう。

 俺はゲームのポケモンが大好きだった。子供の頃から当たり前のようにやっていたし、高校生にもなってもまだやってるのかと言われても楽しいから!と最新作が出るたびにワクワクしていた。

 そんな俺ことヒロは、今。

 

「ぶい?」

 

 目の前に本物の、イーブイがいて、それを撫でないでいられようか。嬉しそうにするイーブイを見て抱きしめたくなるに決まっていた。

「はああああ~!! イヴかわいいなお前~!!」

「ぶいー!」

 もふもふの毛並み。自分が死んだとか転生したとかそんな前世のこととか一気にどうでも良くなった。

 子供の頃は本気でポケモンの世界に行きたいと思っていたがこんな形で叶うなんて。

「よーしよしよしよしいい子でちゅね~」

「ぶい? ぶいー、ぶいっ!」

 はぁ、かわいい。最高。何? もうずっと撫でていたい。

 このメスのイーブイは俺の誕生日に姉が捕まえてきてくれたイヴだ。

 そうだ、この世界について再確認しよう。

 

 俺のゲームで知っている地方ではない。前世の記憶を思い出す前にテレビとかでカントー地方やイッシュ地方だのの話題は聞こえてきたがこの地方は「アマリト地方」なる俺の知らない場所だ。

 自然豊かな北側と開発の進んだ南側があり、俺の住んでいるこのコマリタウンはその北と南の中間くらいにある場所だ。つまりとっても都合のいい場所。

 そして、前世の記憶が戻る前の俺と今の俺は正直言うと大差がない。というかまあ、前世を思い出しただけでほぼ同一人物だし。

 家族構成は両親と姉が1人――が、その姉がとんでもなかったりする。

 イヴを抱きかかえてテレビの前に移動し、適当にチャンネルをつけると見知った姉の姿が映った。少し気の強そうな金髪のポニーテール。きちっとした派手すぎない衣装に身を包んだ18歳ほどの美人。

 

『カリスマコーディネーターでもあり、四天王の一人でもあるアリサさんの独占取材!』

 

 そう、この地方の四天王をやってる姉のアリサは最近あんまり家に帰ってこない。忙しいことはわかってるし仲は悪くないけどまあ……姉に勝てない弟とは世の常。

 それにまあ、前世の記憶を思い出す前は優秀な姉に多少なりともコンプレックスを抱えていたのもあって俺は旅立っていない。父の仕事であるきのみハウス兼毛並みサロンの手伝いをしている。

 まあ冷静に考えるとポケモントレーナーとして旅するのって結構アレだよな……収入とか諸々。

 だが今の俺は絶好調! 姉へのコンプレックス? 美人で実力もあるパーフェクトシスターに今更嫉妬とかめんどくせぇ! 実家に帰れば仕事はある!

 なにより今の俺はたくさんのポケモンを愛でるという使命がある! いや、もちろんイヴはかわいいんだけど元々図鑑をコンプして前世ではグッズもたくさん集めてた俺としては本物のポケモンをたくさん撫でたい。あわよくば抱きつきたいしバトルもしたいしコンテストもちょっと興味がある。

「よし、ちょっとそのへんで野生のポケモンとバトルしてみるか」

 ふぁとあくびをしていたイヴがこてんと首を傾げている。そういえば俺、イヴにバトルさせたことないんだよな……。ていうかこのままだとイヴエーフィになるんじゃね? 充分なついてるだろうし。

「あ、そうだ。かあさーん」

 仕事場の方へ顔を出すと年の割には若い顔をしている母がなーにー?と返してくる。

「かわらずのいしある? ちょっと貸してほしんだけど」

「えぇ? いいけどなににつかうの?」

「ちょっとそのへんでバトルしてくるわ」

「…………あ、あなたー! ヒロがついにトレーナーになるわよ!」

「なんだと!」

 慌てて店の外の鉢植えに水やりをしていた父が駆け寄ってきた。

「16歳のときみんなが旅立つっていうのにバトルしたくないっていって聞かなかったヒロが……」

「ついに……ついに……」

 まさか家業継ぐつもりだったのにこんなにトレーナーにならないことを心配されてるとは思わなかった。まあ通過儀礼みたいなものなんだろうな……。

 そういえばゲームとかアニメとかと比べてこの地方の旅立ちは16歳と少し遅い。まあ冷静に考えれば10代で一人旅とか正気の沙汰じゃないよな。

 ちなみに今俺は17なのでほかより1年遅れている。その分はまあ、前世のポケモン知識と店の手伝いで培った体力がある……はず。

「その辺散歩してくるだけだから! イヴにバトルさせたことないからちょっと試すだけだから! ……まあ、多分近いうちに旅に出てみようかな」

 後半小声で付け足すと母も父も慌てて色々持たせようと何か引っ張り出してきた。

「ほらカバン! 去年買っといたやつがあるわ! ボールと傷薬とええっと……」

「きのみ! きのみ持たせろ! オボンにラムにヒメリにあとチイラと――」

「散歩行くレベルで何もたせようとしてんだよ」

 チイラとか旅立ちに持たせるものじゃないだろ。

 ああ、そうだ……期待っていうかこういうのしんどくて旅に出るの嫌だったんだよな……前の俺。

 まあ素直にカバンをもらって上着を着て外に出る。ここは小さめの町だが隣町が結構大きいところできのみハウスも盛況だからか結構人がいる。

 近所付き合いでも顔が知れているし店番をしていたこともあって俺が明らかに旅衣装をしているからか視線が突き刺さった。

「はぁ……ちょっと散歩するだけでこれか……」

「ぶーいー……」

 イヴが大丈夫?と前足でつついてくる。くそ、かわいいなほんとお前。

「大丈夫大丈夫。さて、さっさと草むら行こうぜ」

 

 

 

 このへん何が出るんかなー! 楽しみだはっはっー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、聞いた? 例のナントカ団の噂」

「あの人のポケモンを奪ったりする組織のこと?」

「そうそれ! 黒い服でこの辺にも出たらしいわよ」

「物騒ね……ええっとたしかレグルス団、だったっけ?」

 

 

 

 



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ポケモン泥棒

 

 

 

 

 

 草むらにやってきたわけだけどトレーナーがいねぇ。

 まあ野生が何か出ればいいか。

 イヴは興味津々なのか小石とかつついて目をキラキラさせてる。はー、かわいいな。写真撮りたい。

 それにしても、俺の前世のゲーム知識はどれくらいアテになるんだろうか。まあ技とかポケモンの名前とか特性とかはだいたいわかるけどゲームと同じとも限らないしなぁ。

 そういえば俺図鑑とか持ってないからイヴのレベルとか技何が覚えてるかわかんねぇ。

 まあでも戦ったことないし、卵の時から覚えてる技なら使えるだろう。

「イヴ、しっぽをふる」

 イヴはぱたぱたと尻尾を振り、俺の心の防御力が下がった。かわいすぎる。

「えっとじゃあ、俺にたいあたり」

 冗談めかして言ってみたら結構とんでもない勢いでぶつかってきた。みぞおちにクリティカルヒットで急所に当たったポケモンの気持ちがよくわかった。

「マサラ人すげぇな……」

 前世でよく知るあいつはすごいんだと今更ながらに感動した。

 ふと、草むらが揺れクレッフィが顔を覗かせる。

「あれ、この辺クレッフィなんて出てくるのか」

 捕まえられるかな、と少し考えるが相性もあるしなぁ。

「まあいいか、イヴ、たいあた――」

 たいあたりをかます前にクレッフィのでんじはがイヴに直撃し、プルプルと痺れたのかその場から動けなくなる。

「げっ、麻痺!? 待ってろイヴ、今ラムの――」

 

「へぇ、新米トレーナーだと思っていましたがきのみは一人前に備えているんですね」

 

 背後からの女の声。それと同時に紫色の影が目の前を横切り、次の瞬間にはイヴがいなくなっていた。

「イヴ!? イヴどこだ!」

「ぶいー!!」

 鳴き声の方向を見るとそこにはグレーのシャツに黒いショートパンツの女が木の上でイヴを押さえつけていた。

「イヴ!」

「はあ。メスのイーブイなんて珍しいから土産にしようと思ったんですが弱いですねこれ」

 図鑑のような機械なのかなにかの端末でイヴをスキャンしている女の横にはグライオンがいた。イヴを連れ去った犯人はあいつか。

「クレフ。帰りますよ」

 女は俺のことを気にも留めず先程まで相対していたクレッフィへと声をかけた。最初からグルだったらしい。嵌められた。

「イヴを返せ!」

「……あ?」

 女はようやく顔を上げ、不機嫌そうな目つきで俺を睨む。濃い青色の髪に緑色の目をした女はイヴを押さえつけながらネクタイを緩める。緩く編まれた三つ編みが風に揺れている。

「うるさい人がいますねぇ……」

「返せ!」

 木の上にいるから俺が登るしかないのだが近くにいたクレッフィが妨害してくる。こいつら完全に慣れてやがる。

「ん? なんですかこれ。かわらずのいし……? 奇特なトレーナーもいるもんですね」

 呆れたようにイヴからかわらずのいしを取り上げて自分の懐にしまうとクレッフィをボールに戻して新しくネイティオをボールから出した。

 空を飛ぶのかそれともテレポートか!

 慌てて女の服を掴み体勢を崩そうとするが予想していたのか女は少し揺らぐだけで落ちる気配はない。

「みっともありませんよ? グライ、テレポートの邪魔になるのであれを追い払ってください」

 グライオンが頷くと俺を叩き落とそうと向かってくる。流石にグライオンの毒をうけたりハサミを使われたら致命傷だ。だがそれでも、イヴを諦めるわけには――

「ぶいー!」

 女に押さえつけられていたイヴは無理やり抜け出したかと思うと女へとたいあたりを繰り返す。

「うわ、ちょっと――危な――」

 繰り返される渾身のたいあたりによろめいた女に気づいたグライオンがはっとして俺を無視して助けようとする。

 しかし、そこに先ほどボールから出たネイティオが参戦し大混戦。

「ちょっ、ネネ! 今攻撃すると私も巻き込み――」

 ネイティオのエアスラッシュがイヴに向かって放たれるが回避したイヴは俺の頭へと飛び、エアスラッシュにより女と俺が乗っていた枝が見事に折れた。

「げっ――」

「ちょっ――」

 二人揃って(イヴも俺の髪の毛を掴んで)落ち、主人を落としたことに困惑したネイティオとグライオンが慌てている気配がする。

 そして、落ちたものの俺はあまり痛みはない。というかなにか下敷きになっている。

 

「――どきなさい」

 土煙が晴れると俺の下には不愉快そうに女が仰向けになっていた。俺よりあちこち擦り傷になっている。

「……」

 今の状況は俗に言うマウントポジション――というか押し倒してるみたいになっているのだがそう、俺の手がつまり、女の胸のあたりを触っていた。

「……聞いてるんですかボサ髪」

「いや……胸はそのうち成長すると思いますよ……」

 全然触ったのに気づかなかったくらい平らだった……。

 なんかこう、ラッキースケベしたのにまったく嬉しくない。というか、ちょっと泣けてきた。こんなに真っ平らな女いるんだぁ……。

 見た目こそいい感じで恐らく姉と同じくらいの年頃だと推測できる。姉はそこそこ胸があったが特別大きいわけでもなくいわゆる平均的なものだと思う。

 ……あれ、なんか微妙に顔に見覚えがあるような気がする。

 顔をじっと見ていると不愉快そうに女は顔を歪めた。

「……どうやら死にたいようですね?」

「い、いや! よく考えたらお前の方が人のポケモン取ろうとしたりしてるから俺はなんにも悪いことしてねぇよ!」

 責められるのはお門違いだ。しかもこの女、照れるとか全くない。かわいげがなさすぎる。こう、もっと可愛らしい反応してもいいと思うんだ。

 唐突に、殺伐とした空気の中、女の端末がピピピと機械音を鳴らし、女が舌打ちした。

「今日殺してやれないのが残念ですよ」

 低いドスのきいた声。俺を押しのけようとして腕を動かしたかと思うと俺の前から一瞬で消えた。

「次会ったらおとなしく奪われなかったことを後悔させてやりますから」

 ネイティオが引き寄せたのかグライオンとネイティオの隣でつばを吐くとまるで白昼夢のように消え去った。

 

 消える直前、含みのある笑みが見えた気がしたがそれがどんな意味を持つのかは俺にはわからない。

 

 



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姉の手土産

 

 

 

 家出に帰ったらボロボロになった俺を見て両親は絶句した。事情を説明すると更に慌て、過保護なくらい心配された。

「最近ポケモン泥棒がいるって噂があったけど本当なのね……」

「アリサも調べてるって言ってたもんな」

「え、姉さんまさか帰ってきてるのか?」

「ああ、さっき帰ってきて今――」

 

 

「ヒロ――!!」

 

 

 2階から嵐のように駆け下りてきたブロンド女こと姉のアリサはいきなり肩に腕を回してきてわしゃわしゃと頭を撫でてきた。胸が押し付けられ、先程の三つ編み女のことが嫌でも思い出される。あいつ本当にぺったんこだったな……。

「ひっさしぶりに帰ったらバトルしに行ってるって聞いたから姉ちゃんびっくりだよもー! で、どうだった? やっぱりバトルはいいよね~。そうそうお土産あるからあとで確認してよ!それ使って今からでも旅するのは遅くな――……ヒロ? なんかやけにボロボロじゃない?」

 テンションの上下が激しすぎる姉だがまあ、悪いやつではない。が、まあ、なんというか、いい年して弟に構いすぎだと思う。

「ああ、アリサ。ヒロったらね。例のポケモン泥棒にイヴを盗まれかけたんだって」

「――ヒロ? それマジ?」

「ん、ああ。噂はよく知らないけど……」

「黒っぽい服装してなかった?」

「あ、してた」

 アリサは突然深刻な顔をしたかと思うとリビングにかけてあった上着を取って真剣な表情で俺に言った。

「ヒロ、これからこの地方。ちょっとヤバイかもしれないから旅に出るときは気をつけなさい。最悪何かあったら姉ちゃんにすぐ電話かメールして。母さん父さんごめん。あたしちょっとリーグに戻るわ。急用ができた」

 そういって慌ただしくでていった姉をぽかんと三人で見送る。四天王ってそんな忙しいんだろうか。

「とりあえずヒロ、お風呂入って着替えてきちゃいなさい。怪我は大丈夫なの?」

「かすり傷くらいだからちょっと消毒だけしとく。母さん悪いけどイヴ頼んでいい?」

「いいわよー。イヴ、おいでー」

「ぶいー」

 イヴは泥まみれで母に擦り寄ろうとして避けられて布にくるまれた。まあ、擦り寄られたら汚れるしな……。

 今日のことで一つ反省したことがある。

 ゲームと違ってガチで生活にポケモンがいるとなるとああいう泥棒とかもっとえげつないことしてくるやつもいるんだろうなぁ……。

 思えば悪の組織とかも子供向けにマイルドなだけでもっとえぐいことしてても不思議じゃないし。

 イヴが奪われそうになったのは本気で焦ったし、旅に出るともっとやばいやつもいるかもなぁ。

 

 

 まあそれでも旅にやっぱ出るけどさ!

 

 

 なんとかなるだろうというポケモン世界だし大丈夫というお気楽思考である。

 そういえば……博士とかにポケモンもらったりしてないけどそのへんどうだったっけ。風呂上がったら母さんに聞くか。

 かすり傷にお湯が少し染みたがさっぱりして風呂からあがると夕飯の準備が整った食卓で父さんがテレビを見ていた。

『今日ご紹介するのはキスミ博士も開発協力したというポケモン図鑑! こちら先週発売して今ではどこも売り切れの――』

「ポケモン図鑑って売ってるんだ……」

 なんかゲームだと主人公とかライバルがもらってるイメージあっただけに急に特別感が消えたな。

「ほら、お前も去年旅立つ予定のときに博士に呼ばれただろ? 断ったけど」

「そうだっけ」

 覚えてないや。あんまり興味なかったんだろうな、思い出す前の俺。

「あのときに別の子が博士から図鑑を預かって、数人で旅したらデータが十分集まったとかで商品化したんだと」

「へー。すごいな。俺もあやかりたいね」

「さっきアリサがお土産だとかいってお前の部屋にあの図鑑置いてったぞ」

 待ってくれ。姉さんなにさらっと過程すっ飛ばしてるんだ。

 まあでも人気商品らしいしありがたいといえばありがたいんだけど俺、博士とであったりライバルができたりとかそういう過程……いや、別にそういうのしないで旅できるんなら全然いいなそれ。行く先々で喧嘩売ってくるライバルとかちょっと面白そうではあるけどゲームじゃなくて実際に目の前にいたら鬱陶しくなりそうだし。

 すると母さんがちょっと湿ったイヴと店のマスコットのツボツボのつぼきちを連れて食卓に戻ってきた。つぼきちとイヴは自分のエサをみるなり嬉しそうに駆け寄っていく。つぼきちは動くのめちゃくちゃ遅いけど。

「さあご飯食べちゃいましょ」

「いただきまーす」

 ポケモン世界の肉って……これ何肉なんだろう。ポケモンの肉とかだと俺今後どんな目で見ればいいかわからない。

 食べてみると普通に豚肉の味がする。ポカブ系かブーピッグ……いやオコリザルってぶたざるポケモンだったっけ。

「それでヒロ。旅はどうする? 今は特に物騒みたいだけど……」

「ん、いや俺旅に出るわ」

 元々前世の記憶の影響で今めちゃくちゃポジティブだから不安とかよりもワクワクのほうがでかい。

 ……にしても俺、なんで旅に出るの嫌がってたんだろう。コンプレックスとか親の期待とかだけではない気がするんだよな。

 なんか、思い出した代わりに忘れてるような――。

「いつごろ出る予定なの?」

「え、ああ……。うーん、別に早ければ早いほどいいかな」

「じゃあもう明日出る?」

「急すぎねぇかそれ」

 ゲームとかでもその日のうちに旅立ってたりするけどポケモンの世界ってどうしてこう急なんだろうか。

「思い立ったら仏滅よ」

「吉日な」

 にしてもイヴしかいないしなぁ。どうするか。別にイヴだけでもいいけどよくよく考えなくてもゲームとかアニメと違って都合よく旅立ち直後に同レベルの相手ばかりとも限らないんだよな。そう考えるとポケモンの世界ってすごい。

 元の人格とほとんど変わらないけど前よりポジティブになっているからか食事中父さんがしみじみと呟いた。

「ヒロもいつの間にか前向きになったな……」

「俺そんなに暗かった?」

 前世を思い出す前の自分の言動――ぱっと浮かぶ限りはまあどっちかというと根暗寄りな気がする。

「昔に戻ったみたいだよな」

「そうねぇ。仲良かった子が引っ越しちゃってそれ以来塞ぎ込んでたのよね」

 仲良かった子なんていたっけ。

 前世を思い出した途端微妙に子供の頃の記憶がおぼろげだ。まあ最近のこととかは普通に思い出せるし単純に忘れてるだけな気がする。

「あれ以来ほかにお友達を作らないし心配だったのよ」

「これでお前のポケフォンに家族の連絡先しかないってこともなくなるな」

 聞いてて悲しくなってきたから部屋に戻ろう。食器を片付け、満腹でうとうとしているイヴを抱えて2階の自室へと戻り、机の上に置かれた包みを見た。

「ポケモン図鑑これか」

 思ってより大きい箱だなと思って開けてみるとポケモン図鑑らしきものと、ボールが一つはいっていた。

「なんだこれ」

 空のボールではないため開けてみると中から飛びててきたのはチルットだった。

 くちばしで何やら便箋を咥えている。

「…………姉さんのか?」

 ずいっと便箋を俺に差し出したかと思うとチルットは俺の頭に乗っ――

「待って重い! 意外に重い!!」

 チルットそんなに重かったっけ!?と重量を感じながら図鑑を早速開くとこいつだいたい1.2kgらしい。見た目がふわっとしてるからすごい軽そうって思ってたけどちゃんと重いんだ……。まあ生き物としては軽いし慣れてきたらそうでもないが急に乗られるとびっくりする。

 チルットの持っていた便箋を開くと姉の丸文字が目に入る。

 

『びっくりした? そろそろ他の子が欲しいかな~って思って捕まえてきたよ。かわいがってね』

 

 びっくりしすぎて今すぐ連絡を入れたくなった。

 自分で捕まえたかったのもあるけどまあこの二匹いればなんとかなりそうだしいいか。

 ふと、もう一枚便箋があることに気づいてそっちにも目を通す。

 

『PS.その子そらをとぶを覚えてるからたまには家に帰りなよ』

 

 この世界の秘伝技の扱い軽いなぁ。ジムバッジなくても秘伝使えるのかよ。

 チルットはのんきに俺の頭に乗っかってまったりしている。こいつニックネームあるのかな。手紙に書いてないし多分ないよな。

「名前は明日にでも考えるか。とりあえずよろしくな」

「ちるー」

「ぶいー」

 ふわふわの綿毛に触れるとすごく気持ちがいい。心が和む。

 姉の趣味で可愛い系ばかりもらっているが俺としては可愛い系だけじゃなくてかっこいいのも好きなんだがそういうのは自分で捕まえて育てたいなー。

ベッドで横になりつつ図鑑の機能を確認するとポケモンの詳細やレベルとかがわかるようになった。便利だなぁこれ。

 イヴはレベル5で技はゲームと違って4つの制限はなく、公式大会などでは技の数に制限がかかるらしい。つまりまあ野生の戦闘やトレーナー戦はかなり自由ということだ。

 チルットのレベルは――20だった。姉さん自重しねぇなぁ。

 図鑑で二匹のことを確認しながらうとうととこれからの旅への期待と、僅かな引っ掛かりを覚えつつ二匹と一緒に眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 彼女は不機嫌そうな様子であちこちにできた擦り傷の手当を受けていた。

「随分とまあ」

「うるさいです。大した怪我でもないんですからさっさと終わらせてください」

 医者の男は彼女の悪態を軽く流し、おおよその傷の手当を済ませるとタバコを吹かし始めた。

「で、なんでそんな怪我した? らしくもない」

「ちょっと慢心していただけです。今日はラボの手伝いにうちの子を貸していたのでフルメンバーじゃありませんでしたし」

「そういうの言い訳って言うの知ってるか?」

「やかましいですよリュウタ」

 きつく睨むと医者――リュウタは苦笑して近くにいたチリーンを呼ぶ。ナース帽のようなものをかぶったチリーンが処方箋を持ってきて彼女へと手渡した。

「で、まだしばらくは泥棒の真似事か?」

「真似事じゃなくてそのものですよ」

 リュウタのチリーンと彼女のクレッフィが何やら会話している横で二人はあまりいいとは言えない空気で会話を続ける。

「我がレグルス団のためなら私はなんだってやりますよ」

「……お前はそんな玉じゃないと思うんだけどなぁ」

「馬鹿にしてるつもりですか?」

「いいや、お前は色んな意味で『真面目すぎる』んだよ、リジア」

 彼女――リジアは忌々しげに舌打ちするとクレッフィを連れて医務室を後にした。

 

 

 ここはレグルス団のアジト。

 

 いずれ来るアマリト地方の征服のために暗躍する『悪の組織』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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旅立ち

 

 

 

 

 

 

 ポケモンリーグの会議室。そこで渋い顔をしたアリサが他の四天王と議論を交わしていた。

「うちの弟にまで被害出たし、私が個人で調べた結果、結構な数の事件が発生してるのよ。さすがに野放しにしていいレベルじゃない」

「と、言われてもな」

 そう肩をすくめるのはラフな格好をした黒髪の青年。アリサの提示した資料をペラペラ捲りながら困ったように言った。

「だいたいの事件はジュンサーや各地のジムリーダーが対応してるって聞くし俺たちができることってあんまりないんだよな」

「牽制くらいにはなるでしょう?」

「……そもそも、レグルス団の目的も不明瞭じゃない」

 そう口を挟んだのは厚着をした白髪の女性。真冬かと思うほどの厚着をしているが別にここは寒くなどない。

「不明瞭だからって何もしないわけにもいかないでしょう」

「アリサの言いたいこともわかるけどね。ともかく今は情報が少ない」

 話をまとめるのは決まって四天王でも一際幼く見える人物。茶髪に青い目をしている彼はまるで子供のようだがその実この中でも年長者だ。

「……ところでフィル、あの馬鹿――じゃない、うちのチャンピオン様は?」

「……お察しの通り何処かに行ったよ。発信機も無駄だったみたいだ。今回は完全に撒かれたよ」

「このクッソ大変なときに何してるのよあの馬鹿……」

 アリサが頭を抱えていると苦笑いしながら黒髪の青年が言う。

「大方、『僕より強いやつに会いに行く』とかいってんじゃね」

「あのバトルマニアはおとなしくできないものね」

 白髪の女性も神妙に頷いたかと思うと寒そうに自分の腕をさする。

「はあ……」

「お互い苦労するね、アリサ」

「勘弁してよ……」

 ジムリーダーへの招集もかけてみたがそれぞれ様々な理由で拒否され結局集まれたのは四天王のみ。

 

『無理道場忙しい』

『ごめんね。今ちょっと海でホエルコが大量発生してて船とかの座礁に繋がる大事故に発展してるの。それの対処で忙しくて今回はお休みさせてください』

『ごめんなさぁい♥ どうも最近心霊現象が多くってぇ♥』

『今めっちゃ石掘ってる! すごいよめちゃくちゃ進化の石がザクザクだよ!また今度ね!』

『あー? 悪いが俺も依頼で忙しいんだぞ。他の奴らだけでやっといてくれ』

『申し訳ないけど次の撮影のスケジュールが詰まってて今手が放せないんだ』

『講演会が控えているから今回は難しいんだ。悪いね』

『今それどころじゃない』

 

 以上、ジムリーダー8人からの返信メール。

 一部忙しいの理由に納得がいかないがそれほど緊急の招集じゃないしこっちも急だったのでまあ全員は無理だろうと思ったがまさか一人もジムリーダーが来ないとは思わなかった。

「先行き不安ね……」

 まとまりのないアマリトジムリダーズとリーグ四天王のこれからを考えてアリサは深い溜め息をついた。

 

 四天王アリサ。ドラゴンタイプの使い手で四天王になって一番日が浅い。

 四天王リッカ。氷タイプの使い手。儚げな女性だが極度の寒がりで常に厚着をしている。

 四天王ランタ。炎タイプの使いでの青年。どこか軽い性格に見え、四天王でも現在最年少の16歳だ。

 四天王フィル。フェアリータイプを専門としており、一番の四天王古株であり、少年のような見た目をしている最年長。実年齢は不明だが落ち着いた男性だ。

 

 四天王同士の結束は固い。頻繁にやり取りするし、互いの関係性も悪くない。

 問題はあのジムリーダーズとチャンピオンだった。

 

 

 

 

 格闘タイプ、水タイプ、ゴーストタイプ、地面タイプ、鋼タイプ、草タイプ、エスパータイプ、電気タイプ。

 現在のジムリーダーはこれらのタイプのエキスパートでありリーグの規定による難関をクリアしたポケモンバトルの実力者だ。だが、他の地方と比べても“かなり”性格に問題がある者たちが多い。

(職人気質というか頑固っていうか……気まぐれなのもいるしホント困ったなぁ)

 いざという時に地方のために協力するはずのジムリーダーたちの協力する気のなさを痛感し、今日何度目かのため息をつくばかりだった。

 そして、自分たちのまとめ役でありこの地方のチャンピオンであるはずの人物は基本的にサボり魔だ。四天王全員がかりでようやくおとなしく仕事をさせられる程度には強いせいで労力も半端ない。今あれを探す暇もないしもうよほどのことがない限りほうっておくのが吉だった。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

『ヒロくん』

 誰かが俺を呼んでいる。

『ヒロくん、おとなになってもわたしの――』

 顔も思い出せない誰かに手を伸ばして、砂のように消えた彼女の影に未練がましく呼びかけようとして現実へと引き戻された。

 

 

 

 

 目が覚めると顔面にチルットが乗っていてすごく息苦しい。

「ちる……ちょっと、あの、どいて」

「ちるちっちー」

 鶏じゃあるまいし朝から人の顔面で鳴くんじゃない。

 躾がまだできてないので一度ビシっと言ってやらねばならない。

「いいかチルット。人の顔に――」

 顔から引き剥がして説教をしてやろうと思ったがチルットのうるうるした目で見られて怒る気力が失せた。というかかわいいなぁお前。

「次はするなよ~よしよしよしよし」

「ぶいー」

 自分も撫でろやと小突いてくるイヴもかわいい。最高かよ。

「っと、店の準備しねぇとな」

 時刻は6時半。いつもどおりの時間で馴染みのエプロンをつけて1階に降りる。母が朝食の準備をしている横を抜けて店のきのみの陳列と鉢植えの手入れをしてから三人揃って朝食。

 父が既に陳列を終わらせていたので俺は水やりをしにいくと収穫可能なオボンのみが朝露で輝いている。

「父さん。オボン収穫するけどこれ出荷分だっけ」

「ああ、そうそう。KINOMIカフェに納品するやつだ」

 うちも繁盛してるよなぁ。まあだいたい姉の影響で知名度上がったのもある気がするけど。

 販売できない形の悪いきのみをイヴとチルットにあげると喜んでもしゃもしゃと食べだす。どうでもいいけどオボンって結構硬いんだよな。よくもまあもしゃもしゃと食べれるな。ラムとかめちゃくちゃ硬いしあれ戦闘中によく食う余裕あるよな。

「そうだ。旅グッズ用意しておいたからもういつでも行けるぞ」

 父の脈絡のない発言にこの世界の未成年の旅への理解がありすぎてちょっと心配になる。というかなんでそんなに準備完璧なんだよ。追い出したいのかよ。

「旅出る前にこいつの名前決めないとなぁ」

 また頭の上に乗ってきたチルットにも慣れ、朝からきのみを食べてご満悦のこいつはそういえばメスらしい。

「んー……チル、でいいか」

「安直すぎやしないか」

 父から早速ダメ出しを食らったけど本人(チルット)が満更でもなさそうだしいいじゃないか。

「ちるきちとかどうだ」

「父さんのネーミングセンスもどうかとおもう」

 つぼきちのときも思ったけどその名前の付け方、メスでもやるんだよな。

 まあ元々前世でニックネームをつけるときは割りと安直だったりつけなかったりしたのでセンスを問われると痛い。イヴとかもイーブイだからイヴってつけたとかだし。

 朝食の準備ができたので父とポケモンたちと食卓へ向かい、ぼんやりと旅の話へと移行する。

「で、今日行くの?」

「母さん、俺にそんなに出ていってほしいのかよ」

「そうじゃないけど、旅は早いうちにしとかないと」

「大人になるとそうそうできないからなぁ」

 確かに仕事とかあると難しいよな。そう考えると若いうちに旅っていうのは間違ってはいないかもしれない。

「たまには帰ってきなさいよ。お姉ちゃんにチルットもらったんだから」

「ひとっ飛びで帰ってこれるな」

「家から出てほしいのかいてほしいのかはっきりしてくれよ」

 本当にわからない。

 朝食の後、母さんは店の準備をしながら旅グッズを俺に渡してくれた。寝袋や野宿用のキットまで様々だがすごいコンパクトである。すごいなー技術の進歩に感心するしかない。

「あんまりにもお金に困ったらさすがに連絡しなさいよ。行き倒れても困るし」

 その気持ちはありがたいんだけど過保護一歩手前だと思うよ母さん。

「どのルートで行くつもりなの?」

「隣町にジムがあるんだろ? そこから行くつもりだけど」

 隣のワコブシティにはジムがあるらしくそこをまず寄っていくつもりだ。手持ちが弱いけど道中で少しは成長するだろう。

「なら森を抜ける必要があるわね」

 おや? 普通に道があったはずだけど今通れないんだろうか。ゲームでもよくあったよなこういうの。

「昨日の夜、あそこで激しいバトルがあったらしくて今整備中らしいわよ。橋が壊れちゃったみたい」

「ふーん。まあ森通るのも楽しそうだし予定通り行くよ」

 レベル上げにもうってつけだし。森とかいかにもトレーナーとかいそうだし。

「よし」

 準備完了。相変わらず頭の上に乗ったチルとやる気充分のイヴを連れ家から出る。

「それじゃあ行ってくる」

「気をつけるのよ~」

「きのみがなくなったら連絡しろよ~送るからな~」

 両親の見送りを背に隣町へ向かうためのコマリの森へと向かった。

 天気も快晴、最高の気分で旅への一歩を踏み出す。まるで子供のようにたくさんポケモンを捕まえたい!と願う俺はわずかに残る記憶の欠落に気づかないままだった。

 

 

 

 

 




ヒロの手持ち
イーブイ(イヴ)Lv5
チルット(チル)Lv20


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1章
初トレーナー戦


 

 

 

「なあイヴ、進化するなら何になりたい?」

「ぶい?」

 イーブイの進化系は複数ある。なつき進化と石進化、場所による進化と条件は様々だ。

 どれもかわいいので悩むが一度進化したら戻れないため悩みどころだ。

「ブースターはもふもふしてあったかそうだよな~。シャワーズもすべすべしてそうだしサンダースはちょっとトゲトゲしてそうだけど痛いのかね、あれ」

「ぶーい」

「エーフィーとかブラッキーもいいよな~グレイシアとかリーフィアもかわいいし、ニンフィアの条件ってどうなんだろうな?」

 ゲームと全く同じ条件なんだろうか。フェアリータイプの技を覚えることは恐らく共通だろうけど。

 そんな他愛もない会話を手持ちとしていると目的地の森の入口にたどり着いていた。

 森の入り口の目の前まで来たはいいけどここまでにトレーナーと全然遭遇しなかった……。

 コマリの森は薄暗く、しっとりした空気と若葉の匂いが強い。イヴは初めて見る場所に喜んでいるのかぴょんぴょん飛び跳ねていた。

 トレーナーに一人も合わないのは誤算だったがまさか野生のポケモンすらまともに出てこないとか。

 意外と実際に草むらに入っても野生が出てこないことに驚くし、トレーナーとも森で出会う気配もない。ゲームと現実は違うんだなぁ。

「誰かいないかなー。でてこーい」

 あまりに何も出なさすぎてつい声をかけてみる。まあ当然返事なんてあるわけないと乾いた笑い声が漏れた。

 

「こっちにいるよー」

 

 驚いたことに少し離れたところから声が聞こえてくる。ちょっと本当に人がいると思ってなかったのでびっくりした。

 とりあえず進行方向とそう変わらないので

 大きめの苔生した岩の上に座っている眼鏡をかけた赤毛の青年。10代後半……同い年くらいだろうか。紺色で落ち着いたパーカーと肩掛けバッグのとても平凡な印象を与える人物。じっと見ていると不思議そうにもぐもぐと咀嚼しているものを飲み込んでから声をかけてきた。

「ん? 君も食う?」

 ひょいと差し出されたスタンダードなおにぎり。バトルする気はなさそうで隣にいるマリルリと遅めの昼食を取っているようだ。

「えーと……トレーナーだから目があったらバトルするもんかと」

「んな通り魔みたいなことしないって」

 だよなぁ。

「まあそりゃある程度お互いにするっていうのが主流だけどいきなりふっかけてくるやつもいるらしいね。バトルしたいの?」

 世紀末じゃないようで少し安心したようなゲームとの差異を感じて少しさみしいような。

 青年の横にいるマリルリは退屈そうにきのみをかじっている。こちらの視線に気づくとひらひらと手を振ってくれた。かわいい。

「マリルリさんも退屈そうだし俺は別にかまわないよ」

 自分の手持ちにさんづけなんて変わってるなぁと思いつつまあなんとなくマリルリから漂う貫禄というかオーラがさんづけさせても不思議じゃない感じはする。というか俺の知ってるマリルリってもっとこう、かわいい顔してた気がする。いや、このマリルリも可愛いんだけどなんていうか例えるならキリッとしすぎてる気がする。

「じゃ、じゃあせっかくなので」

 初めてのトレーナーバトルだ! あ、負けたらこれどうするんだろうか。やっぱり賞金支払うのか。

「ところで君、手持ちのレベルだいたいどれくらい?」

「えっ……20と5ですけど」

「あーじゃあ15……いや、10くらいでいいか」

 何やら腕時計のような機械をいじったかと思うとマリルリにそれを軽く当てた。

「ほい、じゃあ俺マリルリさんだけでやるから来なよ」

「今何したんですか?」

 マリルリが腕を回して肩慣らしでもしているような動きをする。赤毛の男は爽やかに笑いながら言った。

「いやだって俺の手持ちそのままで戦ったら君の手持ち即ポケセン行きだよ? 知らない? レベルダウンウォッチ」

 要するに公式戦とか一部の施設などでポケモンのレベル制限があるときに使うアイテムらしく、ジムリーダーもこれを使って挑戦者のレベルに合わせているらしい。

 これを舐められていると受け取るべきか初心者に優しいと受け取るべきか迷う。

「ほら、マリルリさんも張り切ってるし」

 シュッシュッとシャドーボクシングみたいなことをしているマリルリに思わず(マリルリって格闘タイプだっけ)なんて考えてしまう。なんかやたら好戦的なマリルリだなぁ。

「よーし、チル、やるぞ!」

「ちる~」

 チルは頭から降りてパタパタとマリルリと対峙する。レベルではこっちが今は上だ。

「チル! しぜんのめぐみ!」

 持たせていたオレンのみにより毒の攻撃になるはずだ。マリルリには効果抜群。が、マリルリは機敏な動き――っていうかあれアクアジェットじゃねぇか!?

 アクアジェットでしぜんのめぐみを回避したがこちらにアクアジェットをしてくるわけではない。回避手段にしてくるのはさすがに予想していなかっただけに驚くしかない。

 ゲームのようにただのターン制の打ち合いじゃない、自由な戦略ができると考えると楽しいような気もするがまだこちらに策は浮かばない。

 ていうかマリルリのアクアジェットって確かタマゴ技じゃん! 本当にゲームみたいにトレーナーが合わせてくるわけではないから実力差が浮き彫りになるのを実感する。この人はこっちのレベルに合わせてくれるだけまだマシだろうけど。

「マリルリさーん。あんまり新人いじめんなってばー」

 青年がマリルリに指示……というか注意を飛ばすとマリルリはあからさまに「チッ」といいたげな顔で耳を振った。

「ち、ちる~……」

 チルも当たらない攻撃に困惑してこちらをうるうると泣きそうな目で見てくる。ごめん、ごめんよ。でも大丈夫まだこっちにもチャンスはある。

「チル、チャームボイスだ!」

 チャームボイスは必中技。たとえアクアジェットで回避しようが避けられるものではない。

「おお、いいねいいね」

 青年は楽しそうにチャームボイスを受けたマリルリを見て笑う。

「んじゃそろそろこっちも殴りに行くか。マリルリさん?」

 マリルリは青年を見もせず突然丸くなったかと思うと恐ろしいほどの早さでこちらへと突撃してくる。

「チル避け――」

 指示を飛ばそうともスピードを付けて転がってきたマリルリをもろに食らう。

 まるくなるからのころがる、しかも効果抜群を受けたチルは目を回して戦闘不能になってしまった。

「マリルリさーん。たしかに攻撃しろって指示はしたけどそれでもだいぶきついからねー? もっと優しくしなよ」

 マリルリは青年の発言に「ケッ」とツバを吐くような態度だ。意思疎通は完璧なのになんであんなに仲が悪そうに見えるんだろう。

 それよりも一発でダウンしたためチルを一度ボールに入れ、レベルの低いイヴを前に出す。正直こっから勝てるビジョンが全く浮かばない。

「とりあえずすなかけだ!」

 レベルが低いため使える技も少ない。確実に攻撃が当たったらおしまいなので命中率をさげてみるがマリルリはまったく効いてないとばかりにふふんと胸を張る。

 マリルリのアクアテールがイヴを襲うが間一髪で避けて先程青年が座っていた岩へと逃げる。

「マリルリさーん? 優しくって言ってるじゃーん」

 困ったようにマリルリに声をかける青年とそれを嫌そうに聞き流すマリルリをイヴはじっと睨んでいる。

「イヴ……?」

 どこかイヴの様子がおかしい。

「ん……?」

 青年もイヴの違和感に気づいたのかマリルリから視線を外してイヴをじっと見つめる。その際に、眼鏡を少し下げて観察している。

「あ、もしかして」

 イヴの立つ足元の岩を見て納得がいったように指を鳴らすと同時にイヴは光りに包まれて姿を変えた。

「えっ!? リーフィア!?」

 一回り大きくなったイヴの姿はリーフィアへと変わり、マリルリを睨むと同時にはっぱカッターを繰り出す。それはアクアジェットで避けようにも範囲が広かったためか半数が直撃し、マリルリは目を回して倒れた。

「おっと」

 少しは驚いた様子だが特別取り乱すこともなくはっぱカッターが急所に当たったためかひんしになったマリルリの背中をさすってカバンからげんきのかけらを取り出した。

「まさか進化するとはなー。ほい、そっちのチルットにも使ってやりなよ」

 げんきのかけらをこちらに投げてくるので慌てて受け取ってチルに使ってやるとぐでっとしていたチルはだいぶ元気を取り戻したようだ。

「でもなんで進化して――」

 かわらずの石を持たせていたはずなのに……いや、待てよ?

 

『ん? なんですかこれ。かわらずのいし……? 奇特なトレーナーもいるもんですね』

 

 そういえばあの女がかわらずのいしパクったの忘れてた――!!

 

「ああぁぁ……」

 何に進化させようって考えてたのに選択の余地なくリーフィアになるなんて……。

 思わず膝をついて落ち込んでいるとリーフィアになったイヴが心配そうに擦り寄ってきた。

「ふぃー……?」

「がわ゛い゛い゛な゛ぁ゛!」

 かわいいから許した。進化してしまったものは仕方ない。

「ははは、仲がいいなぁ」

 面白そうに俺達を見ながらマリルリにげんきのかけらを与えていた男はむくりと起き上がったマリルリに両手を広げて満面の笑みで言う。

「マリルリさんも俺に甘えてみる? おいでおいで」

 へらっとした笑顔が崩れるのにそう時間はかからなかった。 

 マリルリの重い拳(?)が男のみぞおちにクリティカルヒット。更にそのままアクアジェットで追撃され男は近くの木へと吹っ飛んだ。

「ま、マリルリさん相変わらず厳しい……」

「だ、大丈夫ですか……?」

 もろに技を食らってるけど骨とか内蔵とか大丈夫なんだろうか……。

「ん? ああ、マリルリさんの愛情表現みたいなものだから」

「マ゛リッ」

「ひでふっ」

 マリルリに更に引っ叩かれても笑っている青年の将来が心配になる。なついていないんじゃないかそれ……。

「マリルリさんはちょっとプライド高いから負けると俺にやつあたりするんだ」

「やつあたりのレベル高すぎない?」

 まあ本来はもとレベルが高いのにまだまだレベルの低い俺らに負けたのが悔しいんだろう。わからなくもない。

「マリマリッ! マ゛ーッ!」

「マリルリさんちょっと、あの本気で痛い、痛いってあの聞いて、ねえ、マジで痛いから聞――頼むからやつあたりはその辺にしてくれマリー! アーッ! マリー様! じゃれつくはいけませんマリー様アーッ!」

 もはや一方的なリンチになっていてさすがに哀れを通り越して笑えてきた。

 数分後、ようやく開放された青年は息絶え絶えながらも賞金500円を渡してくれた。

「ごめんな、俺今それしか金ないんだ……」

「全財産が500円……?」

 なんか貰うのがすごく申し訳ないんだけど。

「いいよいいよ。ちゃんとバトルしてもらえるものはもらうのが礼儀ってもんだよ」

 すごく気まずいけどちゃんと受け取っておこう。悪い事したわけじゃないし。

「さて、改めまして俺はイオト。君は?」

「俺はヒロです。コマリタウンから来ました」

「あ、もしかしてつい最近旅に出たタイプ?」

「ていうか今日です」

 イオトは俺をまじまじと、全身を見回すと不思議そうな顔で呟く。

「16、7歳ってとこ? だいぶ遅い旅立ちだね?」

「あれ、16歳で旅立ちが普通って聞きましたけど」

「ん……? 普通は10代前半のはずだけど。あ、地域差かな。コマリタウンって旅立ちそんな遅いんだ」

 いやでもよく考えると姉さんって16より前に旅に出てた気がする。この辺どうなってんだろうか。

「まあいいや。せっかくの初日なのに野生のポケモンが全然でなくて驚いてるって感じ?」

「はあ、まあ」

「一応普段はもっと野生のポケモンがいるよ。トレーナーもいるはずだし。でもなんか今日は少し変っていうか――」

 

「新鮮なトレーナーみいいいいいいっけ!」

 

 話を遮るように元気な声と共に目の前に降ってきたのは受け身を取って綺麗に着地を決めた――少女……? いや少年……か? どっちだ?

 後ろで髪を一括りにしたオレンジ髪のその人物はだぼだぼの袖をはためかせ俺たちに向かって

 

 

 綺麗な土下座をした。

 

 

「食料分けてくだはい……」

 

 

 



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森に集いし少年少女

 

 

 まるでコジョンドみたいな袖をまくり、一心不乱で与えた携帯食料に食らいつくその人物はついでに与えたきのみを手持ちのウインディにも投げる。ウインディは今にもふらふら倒れそうだったがきのみを食べて少しはマシになったのかほっとした顔でその場に座った。

「た、たすかった……2日も何も食べれなくて……森からは出られないし死ぬかと思った……」

 水はあったのか自前の水筒の水を空にする勢いで飲み干すとまくっていた袖を元に戻して食いっぷりを見守っていた俺たちに向き直った。

「ありがとうございます本当に助かりました僕はエミ。見て分かる通り旅してるトレーナーだよ」

 深々と土下座をすると隣のウインディもぺこぺこ頭をさげ一人と一匹は虚ろな目で虚空を見た。

「3日も森で迷子になって遭難とかシャレにならねー……って思ってたけどついさっきまでマジ空腹で倒れる寸前だったから本当に助かった……」

「お、おう……」

「自前の食料1日分しかなかったのか?」

 イオトが不思議そうに聞くとエミは自分の腰につけたモンスターボールを示して言う。

「いやー、手持ちはせめてなんか与えてないといざってとき困ると思って自分の分我慢してたんだよね。すぐ出られると思ってたし。途中からこいつ……ウインディも我慢しはじめてこの有様ってわけ」

 手持ち優先してたら自分の食料がなくなったのか……。なんか悪いやつではなさそう。

「サバイバルは得意だから森で野草とか採れると思ったのに全然見つからないし、きのみもないしで本当に詰みかけてんだよね。この森ってそんなに不作だっけ?」

「いや、今ヒロにも説明しようとしてたんだけど……あ、俺はイオト。そしてこっちが新米のヒロ」

「ど、どうも」

 勝手に紹介されてしまった。そのままイオトは話を続ける。

「俺が今日この森に入ってからなんかおかしいなーっていうか野生のポケモンもトレーナーもいないし、多分だけど今なんか異常が起こってると思うんだよな」

 マリルリのどつきを手のひらで受けながらイオトは困ったような顔をする。

「おかげで俺も森から出れないし困ったもんだ」

「お前なんで出れなくて困ってたのにあんな呑気に飯食ってたの」

 まったく困ってるように見えなかったんだけど?

 確かに出会ったこの二人とその手持ちくらいしか人の気配を感じない。二人曰く森から出れないらしいしどうなっているんだろうか。

「多分だけど空間がねじ曲がってる……エスパー系のポケモンによる認識阻害だと思うんだよなー」

「そんなことできるんだ?」

 俺の知識はあくまでゲームとかのポケモンの技とか図鑑の説明をちょっと覚えてるくらいだ。でもたしかにエスパー少女とかいたしそういうことができても不思議じゃないよな。ていうか転送装置の時点でだいぶハイテクだしこの世界。

「訓練された……あるいはそういうのが得意なやつがいるんじゃねーかな。となると野生じゃないしトレーナーの指示だと思う」

「ふーん? なるほど? で、君たちはどうするの?」

 エミはすっかり調子が戻ったのかだぼだぼの袖を揺らしながら立ち上がる。

「そりゃー、犯人がいたらとっちめてさっさと森を出るよ」

 俺もそうしたい。まだ初日でこんなところで躓きたくないし。イヴはリーフィアになったからか森の居心地がよさそうだけど面倒なことに巻き込まれるのはごめんだ。

「じゃあ協力しようよ」

「俺は別にいいけどイオトは?」

「……うーん、まあ、いいんじゃね?」

 イオトはなぜかエミをあんまり快く思っていないのかどうも俺とバトルしたときのようなさっぱりした感じではない。

 どうでもいいけどさっきからウインディがすごく気になる。目の前に今、ウインディがいる。

 撫でたい。めちゃくちゃ撫で心地良さそう。生で見るとこんなに大きいんだなって感動する。

 ウインディをじっと見ていたからかエミがこちらに気づいてへらへらと袖を振った。

「撫でる?」

「いいのか!?」

「うんいいよー。僕はねー」

 遠慮なく撫でに行こうと手を伸ばすがウインディは俊敏な動きで俺の手を避ける。

「まっ、なんでしんそくまで使って避け」

「こいつはちょっとクールなやつでねー。ウインディ、ご飯もらったんだからちょっとくらい許してやりなよ。減るもんじゃあるまいし」

 食料のことを言われるとさすがにしょうがないとばかりに頭を差し出してくるウインディ。なんか弱みを握ってセクハラするみたいで嫌だな……。

 とか思ったけどふわふわの頭を撫でるとそんな気持ちは一瞬で消えた。ふわふわだが整えられた毛並みは撫でていてとても気持ちがいい。

「は~……」

 思わずため息が漏れるほど最高だった。ますます今後のポケモン捕獲にやる気が出た。ウインディの表情がとても嫌そうだったので早めに切り上げ、名残惜しいがイヴとチルを撫でて持て余した撫でたい欲を発散する。

 すると、これからどうしようか、と話そうとした途端、遠くで女の声が聞こえた。

「今聞こえた?」

 二人に確認してみると二人も頷き、声がしたであろう方へと三人で向かう。

 そういえば大事なこと確認するの忘れてた。

「そういえばエミ! お前ってさ」

「何―?」

 走りながら横にいるエミの顔を見て最初から気になっていたことを口にした。

「お前って男? 女?」

 エミはそれを聞いてにやっとした笑みを浮かべると意地の悪そうな顔で答えた。

「さあね?」

 

 

 

 

――――――――

 

 

 薄暗い森の奥で少女が息を切らせて走っている。ピンクブロンドのおさげの髪を揺らしながら時折後ろを確認している。ふりそでトレーナーのような着物っぽいスカートの衣服を着ており、一見してお嬢様のようでもある容姿をしていた。並ぶようにしてカモネギも飛んでいるが後ろからの追手にカモネギは険しい表情で少女へと危機を知らせる。

「ガー! カモー!」

「んなもの言われねぇでもわかってるですよ! ネギたろう、先に行って誰か助けを――」

「はっ、そんなものいるわけないでしょう?」

 追手の声が冷徹に逃げ道を阻む。アッシドボムで行動を阻害され、カモネギも反撃を試みるもサイコキネシスで地面へと叩き落された。

「まったく……手間を掛けさせないでくださいよ。私これでも忙しいんですよ」

 辟易した様子で現れたみつあみの女はネイティオとアギルダーを連れて少女の前へと立ち塞がる。

「安心してください。痛いことなんてしませんよ。おとなしいいい子なら、ですけど」

「あいにくといい子じゃねぇですので!」

 少女はボールからワカシャモとミミロップを繰り出すと腕を組んで仁王立ちしている女へと吐き捨てる。

「おめーみたいな悪党の言うことを聞くくらいならボクは悪い子でいいですよ! シャモすけ、つつく! ミミこ、かみなりパンチ!」

 ワカシャモはアギルダー、ミミロップはネイティオを狙うがどちらも攻撃は届くことはなかった。それよりも、アギルダーとネイティオの方が早く、動いたからだ。

 アギルダーのみずしゅりけんとネイティオのサイコキネシスがそれぞれワカシャモとミミロップを攻撃し、レベル差もあるのかすぐに二匹ともダウンしてしまった。

「虚しい抵抗は終わりました? 私が卑怯な手を使うまでもなく弱い貴女がどうにかできるわけないんですよ」

 少女の手持ちで動けるものはもういない。その場にへたり込んだ少女を見下ろし、女は少女の腕をつかもうとして振り払われた。

「トレーナーのボクが諦めたらカッコつかねぇですよ! ボクを連れて行くならボクを倒すがいいです!」

 近くにいたからか少女の回し蹴りを完全に避けきれず、忌々しげに舌打ちする女。アギルダーが慌てて支えて少女へと攻撃するが少女も機敏な動きでアギルダーの攻撃を避ける。元々、人間相手に本気で技を撃つと危険なことをわかっているのか、アギルダーの攻撃もどこか手を抜いているため少女も容易に避けられるのだろう。

「あー嫌ですねぇ……そうやってすぐ自分で戦おうとするトレーナー。お望み通りその四肢、使い物にならなくさせてやりましょうか?」

 苛立ちがありありと現れた女はアギルダーに目で合図をし、少女に突撃する。

 技であるならとんぼがえり。少女に攻撃したアギルダーはボールへと戻り、代わりにキノガッサが現れた。

「キヌガ、相手してやりなさい。遠慮はいりません。徹底的にやりなさい」

 こくりと頷いたキノガッサは少女へとマッハパンチを繰り出す。少女の顔をかすめたマッハパンチは少女が倒れ込んでいなければ頭を強く殴りつけていただろう。

 少女もキノガッサの足元を蹴りつけ、体勢を崩させたがほんの一時しのぎでしかなく、キノガッサの猛攻により木へと叩きつけられた。

「っ……」

「本当に手間を掛けさせやがって……」

 舌打ちすると同時に今度は警戒したのか、キノガッサに少女を運ばせようと指示する。

 その瞬間、蹲った少女を持ち上げようとしたキノガッサを攻撃する何者かが現れた。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 めっちゃ女の子がリアルファイトしてる――!?

 慌てて駆けつけたときには少女がみつあみ女の手持ちとやりあっていて衝撃を隠せなかった。

 多分先程の声の主はあの少女。そして、その敵対している相手がイヴを奪おうとしたみつあみ女だというのもすぐにわかった。

「イオト! エミ! あのみつあみ女悪いやつだから!」

「りょーかい!」

「はいはーい!」

 なぜかやたら嬉しそうに二人ともマリルリとウインディに指示を出し、アクアジェットとしんそくでキノガッサへと攻撃する。

 邪魔者が現れたことにより、みつあみ女が不愉快そうな表情でこちらを睨む。そして、俺と目があったことでみつあみ女がぎりっと歯ぎしりした。

「お前ですか……ふんっ。今日はお仲間を連れて賑やかなことで?」

「お前あのときのかわらずのいしふざけんなよ!」

「え……? ああ、あれですか……」

 あの一件に関しては一言言ってやらないと気がすまなかったのでここで言っておく。しかしみつあみ女の反応は忘れていたのか感慨もなく適当な返事だけだった。

「さすがに多勢に無勢ですね……3人も相手になんかしていられませんよ」

「俺らが逃がすとでも?」

 イオトがマリルリ以外にもポケモンを出そうとして腰に手をかける。

 しかし、みつあみ女は嘲笑するような声を上げると同時に周囲一帯が煙に覆われた。

「こと逃げるに関しては年季が違うんですよ! 覚えておきなさい、正義の味方気取りども!」

 みつあみ女の姿は煙が晴れる頃には掻き消え、残ったのは俺たちと少女だけだった。

「その子大丈夫なのか?」

 思いっきりキノガッサから攻撃されてたけど……。人間がポケモンの技を食らうってかなりのダメージになるはずだがどうなんだろう。どっかのマサラ人とかはともかく。

「ぱっと見た感じではひどくはなさそう。ただ消耗してるし手当てはしておこうか」

 イオトが荷物から救急セットを取り出し、治療しようと体を支えた途端、少女が目を覚まし、俺達を見るなり叫び声を上げた。

「きゃああああ!! そうやってボクにひどいことをするつもりなんだです! エロ同人みたいに!エロ同人みたいに! ボクが清純可憐な美少女なばっかりにこんな目に合うんですよ! 森で貧弱な男どもに乱暴されるなんてー!」

 

 

 三人揃って恐らく同じことを考えていた。

 

 ――うわめんどくせぇ……。

 

 

 

 




ヒロの手持ち
リーフィア(イヴ)Lv5
チルット(チル)Lv20

イオトの手持ち
マリルリ(マリー)Lv??
他不明

エミの手持ち
ウインディ Lv??
他不明


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コマリの森戦線

 

 

「助けてもらってありがとうございますです」

 誤解を解いた後、手持ちの回復と本人の手当てをするとちょこんと地面にハンカチを引いて座り込む少女。

「ボクはシアンというです。見ての通り超絶可憐な美少女ですよ」

「そういうのいいから」

 確かに顔はかわいいんだけど独特な口調といい自信過剰といい正直ムカつきの方が勝る。

 ……それにしても、シアンってなんか聞き覚えがあるような違うような。だめだ、記憶に霧がかってはっきりとわからない。

「それでヒロくんさんとイオトくんさん、エミくんちゃんはこれからどうされるんで」

 呼び方も独特というか、なんかよくわからない喋り方だ……。

「とりあえず元凶をまだどうにかしてないし、できれば君の話を聞きたいなぁ。シアンちゃん」

 なぜか満面の笑顔のイオトがマリルリさんにしばかれている。しばかれながらもイオトは人の良い笑顔でシアンを見ていた。

「はあ……ボクの話ですか。別に構いやしませんが」

 

 それから彼女は自分の身に起こったことをつらつらと語り始める。

 曰く、家出同然で飛び出したはいいけど目的地もなくフラフラ旅をしていたところ、この森に立ち寄り、黒服の集団と遭遇したらしい。

「さっきのみつあみ女以外にも仲間がいるってことか?」

 俺が前に遭遇したのは一人だったけど実は悪の組織的な集団だったりするんだろうか。

「4~5人いたんですがテレポートか何かでほとんどどこかへ消えやがってあのみつあみ女とあと……上司みたいにえばってる男の2人だけになりまして、人数が減った隙に逃げたですよ」

「そいつら、何してたの? こんな森の中で」

 エミがきょとんと首を傾げシアンは腕を組んでうーんと唸る。

「そこまでは知らねぇですよ。ただ、野生のポケモンと森にいたトレーナーを根こそぎ捕まえてどこかに連れ去ってたみてぇです。ボクより前に捕まった人らは消えた仲間と一緒にどっかいっちゃったんでわからねぇです」

「普通に誘拐事件なんだけど」

 思ったよりやばい事件に巻き込まれてない?

「トレーナーもポケモンもいなかったのはそいつらのせいか。外部からの侵入はできるけど内部から脱出できないようにしてどこかに連れ去ってると」

「そういえばそらをとぶとかで出れないのか?」

 試してないけど一応空は見えるしゲームでは定番の移動手段だ。

 しかし、イオトもエミも首を振った。

「俺もそう考えたけど飛ぼうとして森の外に出れるくらいの高さまでは飛べなかったんだよ」

「僕も手持ちに跳ねてもらったけどだめだったね。明らかになにかの影響で閉じ込められてる」

 それもそうか。エミとか散々脱出方法考えてるだろうし俺が思いついた案は軒並み実行済みだろう。

「やっぱり元凶を叩かないと駄目っぽいなー」

「さっきシアンちゃんとみつあみ女が来た方に進めばその上司とかもいるのかな」

 森から出られないように迷う仕掛けをしているかもしれないがそれだと仕掛けた側も迷ってしまうし、案外方向さえわかれば元凶にはたどりつけるかもしれない。

「シアンちゃん。案内頼める?」

「はいですよ! あのふざけた黒服どもをぎゃふんと言わせられるならお安い御用です! うちの子も回復してもらったしお手伝いするですよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

「テオ様。申し訳ありません」

「別に問題ない。元々人間の方は必要な分の数は確保できていたしな」

 野生のポケモンを捕らえた檻の前でみつあみ女――リジアが上司らしき人物に頭を下げていた。

「それにお前が戦闘苦手なことくらいは知っているし、3人もいたのなら退いた方が懸命だろう」

 テオと呼ばれたその男は長身で茶髪の怜悧そうな顔をしており、そこにいるだけで温度が一度さがりそうに涼やかだ。

「に、苦手だなんてそんな……! ちょっと普通にバトルするのが下手なだけですっ!」

「ムキになるなって。そろそろアジト側の受け入れ準備ができるまでの間、どうせそいつらはこっちに来る。この森から出るためにな」

 落ち着いた様子で子供をなだめるようにリジアの頭をぽんぽんと叩くとまるで優しい兄のように慈愛に満ちた目でリジアに言う。

「お前の本領はマルチバトル――もしくは徹底したサシだもんな。だが今は全員揃ってないんだろう?」

「はい……イリーナ様がニャースの手も借りたいと言って……。一応昨日少しは返してもらえたんですけど今度は別の子を持っていかれました……」

「……ったく。俺からもあとで言っておこう。それで、もしそいつらが来たら俺のサポートか、お前が絶対に勝てるやつだけと戦え。あとは俺がやろう」

 顔に似合わず部下に対しても穏やかな対応をするテオ。しかしながらその目はギラギラと敵対者が来るのを待ち望んでいた。

「せいぜい歓迎してやろうか」

 

 

――――――――

 

 

「めちゃくちゃ暗いな」

 進むに連れ、どんどん闇に包まれていく。時刻は夕方前なのでまだ日は沈んでいないはずなのに異様なまでに暗い。

 チルとイヴが迷子にならないようにボールへと戻し、ライトを頼りに4人で進んでいく。

 旅立ち初日で初っ端からひどい目に合っている気がする。

「先行き不安だぁ」

「ところでボクはあまり強くないのですが3人はバトルの腕はいかほどで?」

 シアンが足元が不安だからなのか俺の裾をちょっぴり掴みながら聞いてくる。

「俺は今日旅に出たばかりだからまだ全然」

「へぇ~。ボクもつい先日家出したから新米仲間ですよ!」

 家出と了承を得た旅立ちはまた違う気がするんだ。

「僕はまあ普通くらい? どっちかっていうと僕は自分で動くのも好きだしな~」

「自分で動くポケモンバトルって何」

 なんかシアンといいこの世界、ポケモンと生身で戦おうとする人ばっかりだったりするのか?

「んー? 知らないの? 正式なルールにもあるよ? トレーナーアクションルール」

「マジで!?」

 エミ曰く、トレーナーとポケモンが一緒になって協力するタイプのルールがあるらしく、とても危険なため双方の合意有りじゃないとできないルールのバトルらしい。

「まあといっても、手段を選ばないような悪党とかにはめちゃくちゃ有効だよ? だって直接トレーナー叩けば終わりだし」

「物騒すぎて俺にはまだ遠い領域かな……」

 多分俺にはできないルールだと思う。普通にゲームみたいなポケモンの世界だと思ってたのにだいぶ差異がある。まあでもポケモンなんて現実にいたらそんなものかもしれない。ていうかそういえばアニメとか漫画でもそういうのあったよな……。ああいうのもやるトレーナーとかいるのかな。ボール蹴ったりするの。

「ところでイオトくんさんは?」

 話を戻すようにシアンがイオトに尋ねる。イオトはなんでもない風に笑いながら返した。

「んー? 俺? 俺強いよー。これから強いトレーナー出てきても俺に任せてくれればいいよー」

「軽すぎて実感沸かねぇです」

「シアンちゃんがデートの約束とかしてくれたらめっちゃ誠実になるよー」

「申し訳ねぇですがボクの好みじゃないんでお断りするですよ。筋肉つけてから出直してこいです」

 もしかしてと思ったけどイオトって女好きなのかな。マリルリが相変わらず叩いてるけどこれもしかして女口説いてんじゃねぇみたいなやつだったりするんだろうか。鬼のような形相でマリルリが叩いているのに対してイオトは慣れたようにスルーを決め込んでいる。

「うぅ……野郎が3人もいるのに誰一人筋肉量が足りねぇですよ……どうして世界に筋肉が溢れてねぇですか……カイリキーと結婚してぇですよ……」

「シアンって、変な子って言われたことない?」

 思わず口にしてしまったけど絶対に言われたことあると思う。

「変な子? まあよく『シアンは個性的だよね』とは褒められますが」

「褒めてないよそれ絶対」

 なんか…………言った相手はとても言葉を選んだんだろうなってのが伝わってくる。悪いやつではないんだろうけどシアンはかなり変な子だと思う。

「ていうか男3人?」

 イオトのツッコミに俺も釣られてエミを見た。……こいつ男なのか。

「えー? どうだろうねー? まあそう思うならそれでイイんじゃないー?」

 本気でどうでもよさそうな声で適当な返事をされてこいつもムカつくな。声は割りと高い……けど別に中性的っていうか少年なら普通にこれくらいでもおかしくないなって範囲で判断がつかない。

「そろそろあいつらが拠点にしていた場所につくですよ」

 先を見るとたしかに少しここより明るい場所が見える。イオトを先頭に進んでいくと開けた場所にポケモンが入れられた檻が複数ある。しかし、人の気配はせずポケモンたちも鳴き声一つあげることない静かな空間がそこにあった。

「お、おかしいです。確かにここにさっきの野郎が――」

 裾を掴んでいたシアンが明るくなったからか前に出ると同時に異変は起こった。足元が激しく揺れ、バランスを崩した。俺もふらついたが踏みとどまり、次いで頭上に大量の岩が出現した。

「なっ――」

 目の前に転んだシアンがいて、咄嗟に体が動く。自分の手持ちにあれをどうにかできるのはいない。

「ゴドルフ!」

「サーナイト!」

 何もかもがスローモーションに見える中、イオトとエミがボールに手をかけるのが見える。咄嗟にシアンを庇おうとしたせいでその後の様子は見えない。激しい地鳴りと重い落下音息を呑むシアンの呼吸を感じて恐る恐る顔を上げるとボスゴドラとサーナイトによって落下してきたはずの岩が防がれていた。サーナイトの念力によって岩は宙で止まり、そのままゆっくりと害のない範囲で重々しい音を立てて落ちる。ボスゴドラは俺とシアンを守るように立っており、傷一つない様子で前方を睨んで唸っている。

「ほう、不意打ちで一人くらいは仕留めてやろうと思ったが全員無傷とはな」

 気のない拍手とともに現れたのは黒いコートを来た長身の男。ヨノワールとワルビアル、そして少し後ろにランクルスを連れたそれは悪どい笑みを浮かべ、イオトとその横にいるボスゴドラを見た。

「なるほど、これは確かにお前の手に余るな。あのメガネは俺が相手をしよう」

 横にいたみつあみ女に薄く笑いながら言う男はこちらに話しかけるより幾分か穏やかな声をしていた。

「メガネだけご指名とは、随分と舐められたものだね。僕もいるってのに」

 引きつった笑顔を浮かべるエミは全く楽しくなさそうに袖で口元を隠す。イオトはどこか冷めた顔で肩を竦めて男に言った。

「不意打ちしないと勝てないようなレベルで俺に喧嘩売るんだ? ま、別にいいけど正々堂々する義理もないし」

 チラリとエミに視線を送り、エミも無言でイオトの横に立つとコートの男はくつくつと声を殺して笑った。

「ふーん? こっち一応2対1だけど随分余裕じゃん」

「行儀よく相手してやるとでも?」

 男は自分の手持ち3匹に手を掲げると3匹がそれぞれ近くにあった檻を乱暴に破壊し始める。檻から解き放たれた野生のポケモンたちは先程まで鳴き声一つ上げなかったのに俺たちを取り囲むように凶暴な様子を見せた。

「この森のポケモンどもさ! いくら雑魚でも妨害程度にはなるだろう?」

「だから小物臭いんだってそういうの」

 小声でイオトがぼやくとまだ座り込んでいる俺とシアンの方を振り向いて言った。

「二人は無理はしないでできる範囲で手伝って。あれは思ってるよりは厄介な敵だから」

 怒涛の状況変化に取り残されまいと立ち上がり俺もイヴをボールから出す。

 シアンもそれに釣られるようにミミロップを繰り出すが俺たちの相手は別にいた。

 

「おや、私をお忘れですか?」

 

 俺達が来た道から何かが飛んでくる。イヴがそれをはっぱカッターで撃ち落とすが少しでも遅れていたらこちらの頭に激突していただろう。

「時間稼ぎ、というほどでもありませんが私の相手をしてもらいましょうか」

 いつの間にか移動していたみつあみ女は俺たちと向き合い、キノガッサとアギルダーを引き連れながら見下すような表情を浮かべる。

「ま、あの程度で腰を抜かしているような新米ちゃんが私に勝てると思えませんが」

「なっ……! なんですか生意気ですよ! やーいぺたんこ! そんな可愛げのない性格おブスよりボクの方が将来有望ですし!」

 よくわかんない張り合い方するなぁ。

「だいたいいい加減名を名乗れっていうんです! みつあみ女って呼びますよ!」

「別にそう呼んでいただいても構いませんが……まあいいでしょう」

 恭しく一礼した彼女は驚くほど様になっていて、思わず視線を釘付けにさせられる。

「我らが団の下っ端が一人、リジアと申します」

 にこりと微笑むその様子はなぜかどこかで見たことがあるような気がしたが、それよりも驚いたことがある。反射的にその驚きが口から出てしまった。

 

「お前下っ端なのかよ!!」

 

 あまりにもアクが強いから幹部か何かだと思っていた

 

 

 



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コマリの森大乱闘

「ミミこ! おんがえしです!」

「イヴ! はっぱカッター!」

「キヌガ!」

 キノガッサが素早いパンチでミミロップを狙う。冷や汗を流しながら紙一重でそのパンチを躱すミミロップは怯えるように後退した。

「随分とそちらのウサギさんは臆病なようで」

 イヴのはっぱカッターはレベルもあってか相手二匹に対して効果を発揮していないようだ。

 レベルの差。それはどうしても高い壁になっているようで俺とシアンの手持ちのレベルではリジアとやらの手持ちには敵わない。

「お前ワカシャモいたじゃん!」

 圧倒的に相性が悪い。シアンはワカシャモやカモネギの方がまだキノガッサ相手に有利だというのに入れ替えず不利な状況を維持している。

「今下げたらミミこが臆病者で終わっちゃうですよ! 跳びますよミミこ!」

 ミミロップのこうそくいどうで素早く退いたかと思うと限界まで跳ね、キノガッサに向かって急降下する。とびはねるは発動するまでに時間がかかる。ゲームでもパワフルハーブで溜めをなくす必要があるが高速移動で時間を短縮する荒業をやってのけた。

 が、キノガッサは寸でのところでまもるを使い、無傷でミミロップを押しやる。

「こっちだって忘れるなよ!」

 相手がミミロップに気を取られている間図鑑を使ってイヴの状態を確認するといつの間にかレベルが上っていた。先程のイオトとのバトルで上がったにしても異様に伸びている気がするがこの際それはどうでもいい。使えるものはなんでも使うしかない。

「イヴ! くさぶえ!」

 元々成功率の低い技だがなにもしないよりはマシだ。だが運の良いことにアギルダーもキノガッサもとろんとした目つきの後すぐに眠りに落ちる。

 くさぶえによる音色で周囲でこちらを威嚇してくる野生のポケモンやイオトたちの方に襲いかかろうとしてる野生のポケモンも一部眠っているようだがあちらの戦闘そのものに影響をあたえることはできない。

 勝機と見たシアンとミミロップは早速眠った二匹へと飛びかかろうとする。しかし、忌々しげに舌打ちするリジアによってそれは阻まれた。

「小賢しい!」

 リジアの手持ちが眠ったのを喜んだのも束の間、即座に手持ちを戻して飛び出てきたネイティオ。まだ続いていたくさぶえを聞いた瞬間無表情気味なネイティオがかすかに笑った。まずい、シンクロかはやおきの二択だがどっちにしろネイティオの特性とねむりは相性が悪い。

 くさぶえをやめさせようと考えると同時にイヴが糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。何かと思うとイヴは既に眠りに落ちていた。

「この私に状態異常で喧嘩を売る愚かしさを思い知らせてやりますよ!」

 ネイティオはぴんぴんしているのにイヴが眠ったということは浮かぶ原因はあれだ。

「マジックミラーかよ……!」

 隠れ特性、夢特性とも呼ばれていたそれは通常特性とは違う、希少な特性。ネイティオはなにもしていないのだから場に現れた瞬間にそれが発動しイヴに跳ね返ったということだろう。

「おや、物知りですね。隠れ特性なんて新人トレーナーが知っているものではないはずですが……」

 えっそうなのか。

 感心したような、胡乱げに睨むようなリジアの目。しかし隙は逃すまいとネイティオを俺へ差し向ける。慌ててチルを出したが追撃とばかりにクレッフィまで突撃しようとしてくる。

「隙ありですよ!」

 シアンがようやく出したワカシャモがチルと俺をチラりと見ると同時に口――くちばしの隙間から炎を覗かせた。

 あ、これ巻き込む気満々だ。

 俺とチルどころか周辺にいる野生のポケモン諸共巻き込む気配がして慌ててチルを掴み、近くで威嚇していたフシデとジグザグマを抱えてその場から飛び退いた。

「シャモすけ! ほのおのうず!」

 ギリギリのところで渦巻く炎に巻き込まれなかったものの、やや火の粉が飛んできて慌てて叩いて燃え移らないようにする。抱えられたフシデとジグザグマがぽかんとしているがお前ら結構重いんだぞ! 巻き込まれただけのポケモンをむやみに傷つけるのも憚られるし助けたはいいけどどっと疲れた。筋トレしよう。

 状況を見るとほのおのうずはどうやらネイティオには避けられたようだがクレッフィを閉じ込めることには成功したらしい。

 こちらまで火傷しそうな熱気の中心にいるクレッフィがガチャガチャと悶ているのが見えた。

「ひっ――! あぁっ、クレフ!」

 リジアが怯んだかと思うとクレッフィを心配するように駆け出し、それを見たネイティオが慌ててリジアを押さえつけていた。

「ネネ放しなさい! それができないならどうにかして炎を――」

 これは試合ではない。なら、今できることをするしかない。俺ができることは――

 ネイティオとのやりとりに気を取られているリジアの背後を取り、押さえつけるように飛びかかった。

 不意打ちをつかれ、驚愕に目を見開いたリジアと目が合う。ネイティオもぎょっとしているようだが主人と俺の距離が近すぎて迂闊に手が出せないらしい。

 まともにやりあう必要なんて最初からなく、指示者を押さえればいい。それが現状手持ちのレベルが低い俺でもできることだっ……あれ?

 

「――お前は人の胸を触らないと死ぬとでも言うんですか? 変態」

 

 なんでこう連日こいつの胸に触る事故してるんだろう。

 確かに腕を掴んで地面に押し付けたよ? マウント取ったよ? でも胸はわざとじゃない。そして本当に何もない平坦さ。

「じー……」

「……」

 視線を感じ、横を見るととても冷めた目をしたシアンがこちらを見ていた。炎も消えており、黒焦げになったクレッフィが倒れている。ワカシャモは気まずそうに視線をそらしており、ネイティオに至って本当にいつの間にかワカシャモとミミロップの二匹に挟まれて伸びている。まあでも今めちゃくちゃ隙しかなかったし不意打ちだったんだろう。

「ここが公の場だったら即おまわりしてたですよ。おまわりのお世話になるのは両方ですが」

 シアンの呆れたような困ったようなちょっと引いているような視線が痛い。そんなつもりじゃないんだ、偶然そうなっただけで。

「でぇじょうぶですよ。ボクだって野郎のおっぱい好きなのは理解あるですし」

「ちげぇ!! そもそも揉めるほどないのに……」

 いや別に俺は小さいのも大きいのも嫌いじゃないし好きだよ? でも今そういうのよりポケモンが大事っていうか、そもそもこいつ相手はちょっと問題しかないし、うん。

「体型は別に気にしていませんがお前はいつか必ず殺します」

 地を這うような低い声で凄まれても現状俺にしっかり押さえられてるせいで逃げられないのかリジアは苛立たしげに舌打ちした。

「放しなさい変態。それといつまで触ってる気ですか」

「ヒロくんさん放さねぇでください。ボクあなぬけのヒモあるんでそれで縛っときましょうや」

 あなぬけのヒモの使い方それでいいのか。ぐるぐるとあなぬけのヒモで縛っている間も往生際が悪く暴れるリジアは自由の効く指先で自分のボールをコツコツと叩いた。

「クレフとネネをボールに入れなさい。それくらいはする権利はあるでしょう」

 まあ、いつ復活するともわからないしボールにはいれるつもりだったが手持ちを腰につけておいてなにかされても困るのでホルダーから外してから二匹をボールにしまってやり、手の届かないところへと置いた。

 あれ、こいつ手持ちが4匹? この前のグライオンがいないしなんだか不自然だ。

「人の手持ちをじろじろ見やがって礼儀知らずですね」

「泥棒のお前に言われてもちっとも心が痛まないよ」

 人のポケモン観察して盗もうとするやつに比べれば俺なんて全然マシマシ。

「でもお前、ポケモン好きだよな」

「はぁ?」

「だってクレッフィ助けようとしただろ」

 手持ちが炎に巻かれて冷静でいられないなんて悪党として見るなら滑稽すぎる。ポケモンが嫌い、もしくは道具としてみるタイプではないのは明らかだ。

「――だから、なんだと言うんですか」

「いや、なんで悪党してるのかなって」

 俯いたリジアの表情は読めない。ただ小声で「お前なんかにわかってたまるか」という呟きがかすかに聞こえた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 襲い来る野生のポケモンはイオトのトドゼルガとエミのパチリスで足止めし、幹部の男の操るワルビアル、ヨノワールと競り合っていた。

 ボスゴドラVSワルビアル。サーナイトVSヨノワール。

 一見すると状況はあまりイオトたちが勝っているようには見えなかった。

「ゴドルフ!」

 ワルビアルと取っ組み合いになったボスゴドラは僅かにだが押され、地面を抉りながら後退する。しかしイオトはボスゴドラを下げることはない。

 今ボスゴドラを下げればワルビアルはイオトに直接攻撃をしてくるだろう。だからこそ、ボスゴドラも必死に踏ん張っていた。

 じわじわと体力を削られていくボスゴドラをにやりとワルビアルが笑い、更に押しのけようと力を込める。それを見てもイオトは恐ろしいくらい冷静に――いっそ淡々としていた。

「なるほどね。賢いと思ってたけど案外力押しな戦い方するんだ」

「ねぇー、余裕あるなら僕の方手伝ってくれなーい?」

 サーナイトでヨノワールと向き合い、妨害してくる野生のポケモンをパチリスで返り討ちにしているエミは呆れたようにイオトを見た。

「君、トドゼルガに指示出してないけどいいの?」

「あいつ頭いいから大丈夫」

「そういう問題じゃないんだけどなぁ」

 野生のポケモンを無力化しつつ遠くへやろうとしているが数が多い。しかも明らかにこちらに敵対してくるのが不自然だ。

「野生のポケモンに何かしたね?」

「何かというほどでもない。一時的に支配下においているに過ぎない。ま、付け焼き刃に過ぎないがな」

 男はくつくつと笑うとヨノワールにシャドーボールを命令する。ひかりのかべである程度おさえており、致命的な打撃は受けていないようだが僅かに疲労の色が見える。

 元々サーナイトは特防は高い。それに対してヨノワールの特攻は低い。が、致命的な問題は逆にある。

「ヨノワール、シャドーパンチ」

 避けられない拳がサーナイトを直撃する。サーナイトは打たれ弱く、ヨノワールは攻撃が高い。今にも倒れそうなサーナイトを見て男は嘲笑うように言う

「相性が悪い、なんて言い訳をする気じゃあるまいな?」

「さあ? そっちこそよく見てないんじゃない?」

 煽るような言い方に眉をしかめた男は異変に気づきエミを睨む。

「いつの間に――」

「ふういん――気に入ってもらえたかな」

 にやにやと笑いながら新たにコジョンドを繰り出すと馬鹿にするように一人と一匹は両手を広げてみせた。その直後、舞うように余裕を見せつけヨノワールを煽っている。

「ほーら、何かしてみれば? お得意のパンチでもしてみる? それとも貧弱なサイコキネシスかな? ハンデでこっちは”舞って”あげてるんだから」

 エミの煽りに怪訝そうに指示を出そうとするがその理由に気づいて自分の端末を凝視する。有効なエスパータイプの技はほぼ全滅。それどころかパンチはシャドーパンチ以外は封印されている。当然のようにシャドーボールなども封印されていた。

「ああ、そうそう! その顔がみたいからこんな回りくどいことしたんだよ!」

 興奮したようにまるで袖をコジョンドを真似るようにはためかせ甘く蕩けるような声でコジョンドに言った。

「コジョンド決めてこい!」

 素早くヨノワールに迫ったかと思うとまるで舞うように次々と攻撃を打ち込んでいく。格闘タイプの攻撃ではない。はたきおとすからのしっぺがえし、とどめとばかりにアクロバットを決め込んでつるぎのまいで増していた攻撃力の一方的な攻勢に為す術もなくヨノワールは倒れた。

「最っ高……!」

 長い袖で口元を隠しているがその表情には隠しきれない高揚が見られた。イオトはそれを見てやや引きつりながら自分の戦いを見守る。

 あちらとは違ってこちらはまだ取っ組み合いの真っ最中。ボスゴドラがどんどん疲弊していっている状況に変わりはない。

 が、息が荒くなり、限界に近いと思われたその瞬間、イオトは動く。

「ゴドルフ!」

 機は熟したとばかりに叫ぶイオトに応えるようにボスゴドラが雄叫びを上げ掴みかかっているワルビアルを逆に押さえ、反撃の思い一撃をお見舞いした。

「――きしかいせいか」

 一撃で沈んだワルビアルを一瞥し、無言でボールに戻すとかなり弱っていたヨノワールの方を見て舌打ちした。

「これだけの実力があるくせになぜこの森に足を運んだのかは知らないが……」

 何かいいかけた瞬間、ぎゃーぎゃーと何か騒いでいる声がそれをかき消してイオトは苦笑する。エミはこの状況だと言うのに呑気に様子を見てまるでサッカーボールのようにモンスターボールをリフティングしている。

 テオは視界の端に見えるリジアがヒロに縛られているのを見てはあ、と呆れたようなため息を漏らした。

「あっちは終わったみたいだけどそろそろこっちもケリつけようか」

「こちらを苛立たせるのが好きなガキだな」

 エミの意図を察したのかイオトは何も言わずボスゴドラを回復させている。ずっと後ろに控えながら時折妨害はしつつも未だに出てこないランクルスに視線を向け、ここからの距離に辟易しながらエミへと一任することに決めたイオトは無言で頷いた。

「バカ正直なのは結構だけどもうちょっと隠す努力はした方がいいよ――!」

 オーバヘッドキックで放たれたモンスターボールはランクルスの背後の木にぶつかると同時に現れたアブソルがランクルスを攻撃した。

 つじぎりは一瞬でランクルスを削りきり、ランクルスが倒れると同時に森の空気が一変した。それと同時に野生のポケモンも我に返ったかのように森へと散っていく。

「あったり~」

「おー、ナイスキック」

 イオトの呑気な反応にエミが得意げに腕を掲げる。イオトがそれを見て数秒置いた後に意味を理解してハイタッチで返した。長い袖越しでイオトはあまりハイタッチした気分になれなかったようだが。

「さて、元凶は取り除いたしあとはあんたをとっ捕まえてどこかに連れ去った人らの居場所を吐いてもらうだけなんだけど」

「ていうか何者? 明らかに小規模な組織ではないよね」

 質問攻めな二人を見下ろして再び深いため息をつくとタイを緩めて淡々と言った。

「なるほど。ここまでやったお前たちに敬意を表して名乗らせてもらおうか」

 リジアと同じように恭しく一礼し、まるで貴族然としたその動作には人を引き付けるなにかがあった。

「俺はテオ。いずれお前たちも俺らレグルス団の恐ろしさを理解するだろう」

 その名乗りと同時にテオの持った端末が携帯のコール音のように音を鳴らし、それに対応する。

「……ああ、すぐ戻る。予備のつもりだったやつらは今回は諦める」

 

 

――――――――

 

 

 向こうの戦いも区切りがついたようで縛ったリジアを俺とシアンの間に挟んで連行するとリジアは今にも卒倒しそうな青ざめた顔で男――テオへと謝罪した。

「て、テオ様……申し訳ありません……」

「お前の部下はこっちが押さえてるみたいだけど……どうする?」

 人質を取るみたいですごく悪いことをしている気分だけど向こうが先に悪事を働いているしこればかりは仕方ない。

 シアンの証言曰くどこかへ人を拉致したということもあり野放しにはできなかった。

「……リジア、使えないやつはどうなるか、わかってるだろ?」

 テオはネンドールをボールから出し、イオトとエミが警戒してポケモンを構えさせるが無意味に終わる。

 ネンドールは攻撃などせず、テレポートでその場から消え、完全にその場を静寂で包み込んだ。

「……に、逃げられた――!」

 まさか部下をあっさり見捨てるとは思わなかった。いやでも冷静に考えれば悪の組織の幹部が一下っ端をそんな重要視するわけがない。

 ネンドールのテレポートで消えたテオと、呆然と残されたリジア。気まずい中、恐る恐るリジアを見ると顔を歪めて虚勢を張るかのように喚き散らした。

「は、ははっ! そうですよ私は使い捨てにすぎませんから! 残念でしたね正義の味方気取りども!」

 悲痛な声にイオトもシアンも若干の哀れみを瞳に滲ませる。エミは大して興味なさそうに自分のポケモンをボールへ戻したり回復させたりしている。

「馬鹿ですね! 私なんかが交渉材料になるとでも!? 馬鹿馬鹿大馬鹿! お前らみたいな偽善者全員後で後悔するといい!」

 なんでだろう。見捨てられたこいつが少し……いやかなり哀れに見えてきた。僅かに涙が浮かんでいることもあって必死に自分に言い聞かせているようで見ていて痛々しい。

「ど、どうする……?」

「……うーん、正直俺らができる範囲は捕まえて然るべき場所に引き渡すこと、かな」

 イオトの提案はもっともで、ここで誘拐された人たちがどこに連れて行かれたのかわかっても事件に首を突っ込むのははばかられた。ジュンサーさんや治安維持のための組織が動くはず。

 ともかく異常は解決したので森を出ようと4人とあと捕まえたリジアを引っ張っていこうとするがその前に茂みから野生のポケモンが顔を覗かせた。

 フシデとジグザグマ、そしてクルマユがおずおずと近づいてくる。

「ん? あ、お前らさっきのか」

 ほのおのうずに巻き込まれないように助けたフシデとジグザグマが御礼とばかりにきのみを差し出してくれる。ジグザグマの方はよく見るとかわらずのいしもつけてくれる。ものひろいだろうなぁ。

「お、ありがとなー」

 クルマユの方はシアンの靴に近づいて擦り寄っている。気に入られているらしい。

「良かったじゃん。気に入られてるみたいで」

 イオトがその様子を見ながらけらけらと笑い、シアンはそーっとクルマユを抱えてみる。

「うちの子になるですか?」

「くるー」

 承諾なのか当然のように自分から空のモンスターボールに入ったクルマユを見てフシデとジグザグマは羨ましそうに俺を見る。

「……来る?」

「ふしー!」

「ぐー!」

 野生で捕獲するよりまず気に入られて空のボールが埋まった。げ、ゲットだぜでいいのかこれ。

 新しく手持ちが増えてのほほんとしている中、突風が俺たちの周辺に発生し、視界を奪うほどの強風にシアンとクルマユが飛ばされるのが一瞬だけ見えた。

 その中心にいたリジアを抱え、リジアの手持ちが入ったボールをいつの間にか全て手にし俺たちを冷めた目で見ていた。

「これで痛み分けだ」

 驚いた顔で脇に抱えられたリジアを見ていつかの記憶がリフレインする。

 

『返せ! 返せ返せ返せ!』

 

「待て――っ!」

 イオトがマリルリを差し向けるがテレポートのほうがわずかに早く、その場から完全に二人の気配は消え、テレポートによりリジアを抱えて消えたテオのいた場所を虚しく掴む。完全に気を抜いていた。まさか回収しに戻ってくるなんて。

 突風で吹き飛んだシアンがクルマユを抱えながら呟いた。

「や、やられたですよ……」

「わー、完全に見捨てたと思ったのにね」

 エミも予想外だったのか眉を寄せてむっとした表情を浮かべている。

「やられたな……。ていうかあの女が完全に素だったから……」

 リジアの反応がどう見ても捨てられたイワンコだったからてっきりマジで捨てられて絶望していると思ってしまった。あれで演技ならすごいので恐らくテオも何の指示も合図もなくやったのだろう。

「意外とあのコート野郎も身内の情はあるってことですかねぇ」

 しかし取り逃がしてしまったものは仕方ない。空を飛んだとかならまだ追えるがテレポートはどうしようもない。

 けれど、先程リフレインした何かが気になってどこかぼんやりと消えたリジアのことを思い浮かべる。

 とてもいけ好かない、でも本当に悪いやつなのかわからない彼女を見ると、何か忘れているような気がしてもやもやとした気分だけが残った。

 

 

――――――――

 

 

 テレポートで転移した先で下ろされたリジアは再び呆れたようなテオに縄を解いてもらい申し訳なさそうに言った。

「テオ様……お手を煩わせてしまい申し訳――」

「先に言うが勘違いするなよ。情報の漏洩防止と――イリーナに俺が文句をつけられるのが面倒だっただけだ」

 取り返した手持ちを投げ返すとリジアはホッとしたように手持ち達を見て頭を下げる。

「重ね重ねありがとうございます」

「……というか、今回の件は別に目的分は済んでいるからな。イリーナのやつがお前の手持ちを借りたのもあるしそんな気にするな」

 子供をあやすように頭をぽんぽんと叩くとテオは足早にその場から離れ、それと入れ違いで金髪の女性がリジアに近づいてくる。

「リジア~。テオのやつ見なかったかしら」

「あ、テオ様なら今あちらへ……」

「あら、なんで私を避けるのかしらあいつ」

 どうやらテオは彼女が来るのがわかったため早々に退室したらしい。その理由はわからないがリジアはまだ少し落ち込んだように声を沈ませながらイリーナに頭を下げた。

「イリーナ様、予備の方調達できなくて申し訳ありません」

「うぅん? ああ、予備の人間のこと? いいのよ、思ったより成果が早くでそうだしね」

 先程のテオと同じく頭を撫でるイリーナにリジアは少し照れたような表情で呟く。

「……ところでイリーナ様」

「なぁに?」

「……私ってそんなに……その、胸が小さいでしょうか。背も……高いし女らしくないというのは重々承知ですが」

「…………」

 無言に陥ったイリーナは改めてリジアを見る。女性としては比較的背が高く、だいたい167cmほどだ。しかしとても高いとも言えない高さではあるものの本人は気にしているようでトレードマークのみつあみを指先でいじっている。そして問題の胸は悲しいほどに絶壁だ。服の下を見てみないことには分からないが膨らみというものが感じられない。年齢を考慮すると成長の見込みはほぼないと言える。

 ぱちぱちと無表情でリジアを全身見渡したイリーナは優しい声で彼女の肩を叩いた。

「人それぞれよ。あとリジアはスレンダーだからいいと思うわ」

 そう言うイリーナの胸はかなり大きい方だ。揺れる双丘をじっと見つめるリジア。それを微笑ましそうにイリーナは見守っている。

「……どうしたら大きくなりますか?」

「えぇ? 牛乳でも飲んだらいいんじゃないかしら」

 半ばヤケクソ気味に答えるイリーナだがリジアは真剣に受け取ったらしく「牛乳……」と呟く。

「急にどうしたの。好きな男でもできたの?」

「そんなんじゃありませんよ。ただ……」

 

『ちげぇ!! そもそも揉めるほどないのに……』

 

 リジアは少し拗ねたようにある人物のことを思い出し、苛立ちと強い意志を灯しながら言った。

 

 

 

「ぎゃふんと言わせたい男がいるだけです」

 

 

 

 



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ワコブシティ

「遅い!」

 ポケモンリーグの会議室。席はたくさんあるというのに座っている人間はたったの3人。それぞれの手持ちがくつろいだり遊んだりしているほどに空間に余裕がある。

 今日は定例会議だというのに昨日に引き続き四天王しか揃っていない。アリサはイライラしながら机を指でトントンと叩き、隣りに座るリッカへと話しかけた。

「ジムリーダーたちの連絡は?」

「水の子以外全員無視、もしくはまだ気付いてないっぽい」

 リッカが割りと適当に返事をし、フィルがモニターを繋げると数秒して困り顔の少女が画面いっぱいに映し出された。

 水タイプのジムリーダー、ナギサ。水色の髪をサイドテールでまとめたセーラー服の少女だ。といっても水兵のセーラー服だが。

『ご、ごめんねっ! ようやくホエルコ問題片付いたと思ったら今度はなぜか海にヘイガニとシザリガーが大量発生して……そっちに直接行けないからテレビ電話でお話し聞くね』

 唯一の良心に涙が出そうになる。他なんて無視か気づかないかだというのに。

『あれ、ランタはいないの?』

「ああ、そういえば。リッカ、知らない?」

 四天王の一人、ランタがなぜか見当たらない。別に普段サボるタイプではないのに珍しいなと思いつつ不在の理由を聞いていないため会議の意味があるのかとこの人数にため息しか出ない。

「ランタなら今日は修行するって言って不在」

「ナギサが会議に出られるときに限ってあいつ……」

 ランタとナギサは双子の姉弟だがランタがナギサのことを大好きないわゆる――シスコンというやつでナギサからは少し鬱陶しがられている。決して仲は悪くないのだが。

『いいよ別に。ランタだし』

 姉の辛辣すぎる発言を聞いたら泣き出しそうな最年少に憐れみを向けながらアリサは自分の弟のことを思い出す。

「やっぱりちょっと様子見に行こうかなぁ……」

 昼に旅に出たという弟。チルットを与えたがそれでも少し不安だった。

(昔からいつの間にか変なことに巻き込まれるタイプだし)

 ブラコンと言われるのは重々承知だが会議の後、少しだけ会いに行こうと心に決め、今後に関する話を少なすぎる人数で話し合うのだった。

 

 

――――――――

 

 

 

 

「つっかれたああぁぁ……」

 4人で森を抜け、出口でへろへろに座り込むとエミが困惑した様子で俺とイオトを見た。

「シアンはともかくなんで男二人もへばってるんだよー」

「これだけ休み無しに歩き続けたら流石に疲れるよ……」

「ものすげぇ疲れるですよ……ちょっとした鍛錬になっちまったです……」

 イオトとかエミの手持ちに乗せてもらうという手も道中何度か思いついたりもしたが森の中で移動するとなると明らかに自然破壊とかいらない迷惑がかかりそうだったので止めた。シアンは時折「カイリキーにお姫様だっこされてぇですよぉ……」と弱音を吐きながら歩いていたけどカイリキーに運ばれるあれって喜ぶやついたんだな……。

 一人、疲れを知らないエミはやれやれと手を広げる。

「みんな若いんだから鍛えたほうがいいよー」

「若いって……俺より年下だろ……」

 エミは見た目からして14~15歳程度に見える。だいぶ幼い顔をしているがもしかしたら発言からして16くらいかもしれない。

「え。僕19歳だけど」

「えっ?」

「は?」

「ひょえ?」

 俺、イオト、シアンの間抜けな驚きの声にエミは怪訝そうに眉をハの字にさせる。

「……え、君たち何歳?」

「俺17……」

 2つも年上って、冗談だろ……?

 バトルの腕前は確かに高いかもしれないけどその顔でその歳は詐欺だと思う。

「ボクは16ですよ」

 シアンの年齢はまあ予想通り。特別驚くこともない。

 ふと見ると、なぜか今まで基本ヘラヘラしていたイオトの表情が暗い。具体的にはメガネを上げて顔を覆っている。

「い、イオト……? イオトさーん……?」

「……もしかして…………エミ、お前俺のこと自分より歳下に見えてたのか……?」

「え、イオト、君いくつなのさ。18歳くらいじゃないの?」

 イオトは17か18くらいに見える。シアンもクルマユを抱えながらうんうんと頷いていた。

「……に……」

『に?』

 3人の声が揃い、気まずそうにイオトが視線をそむけながら数秒置いてようやく言葉を絞り出した。

 

「に……にじゅうご……」

 

 沈黙。それはとてつもなく長いような、もしかしたら一瞬の出来事だったのかもしれない。

 

「はぁぁぁああ!? 25って……嘘だろ年齢詐欺も大概にしろ!」

「嘘です嘘です! 四捨五入したら30って顔じゃねぇですよ!」

「僕も相当童顔の自覚あるけど君のなんだよそれ!? 若作りしてんの!?」

 正直エミの年齢よりも驚いた。クルマユも驚きのあまり身を包む葉っぱが吹っ飛んでいる。

「だから歳の話するの嫌なんだよ……酒買おうとすると絶対止められるし身分証見せても疑われるし……」

 イヴが飛んでいったクルマユの葉っぱをかぶせてやったりと和む一コマもあるがそれよりも年齢の衝撃でなんともいえない空気を漂わせながらふらふらの足を立たせて目的地であるワコブシティへと向かう。が、その前に端末のコール音がして画面を見ると姉からの連絡だった。

「もしもし?」

『やっほー! 旅に出たんだって? 初日の感想はどう? ポケモン捕まえられた?』

 ムダに高いテンションの姉の声がスピーカーから溢れ3人の視線がこちらに向く。少し耳元から遠ざけながら返事をすると姉はしょんぼりしたような声を出す。

『姉ちゃんに冷たくない……? 姉ちゃんこんなにヒロのこと大好きなのに……』

「うん、わかってるから姉さん。用件あるなら早めに」

『用事がないと電話しちゃいけないかしら』

 こういうところが面倒なんだよなぁ……。

『ていうかもうワコブシティについてる?』

「色々あって今森を抜けたところだからあと少しかかる」

『あら、昼には出たのにまだなの? よっぽど森が楽しかった?』

「いや、なんか黒服のやつらがいてさ……ええと、レグルス団ってやつだけど姉さん知ってる?」

 レグルス団の話をすると急に静かになった姉は数秒して神妙な声で言った。

『ヒロ、姉ちゃん今からワコブシティ行くからポケモンセンターで待ち合わせしよ。それじゃ』

 半ば一方的に決められ、待てといいかけたところで通話が打ち切られる。強引な姉はいつものことだがいつにも増して今回は無理やりと言うか俺に拒否権がない。

「お姉さんがいるんです?」

「ああ、四天王やってるんだけど知らない? アリサって」

「四天王! へぇ~すごいじゃねぇですか」

 シアンが感心したように言うとついで目を輝かせて飛び跳ねる。

「ボクも会えますかね! サインほしいですよ!」

「ポケセンで待ち合わせって言われたから一緒に行けば多分会えると思うぞー」

「わーいですよ! アリサさんってことはドラゴンプロデューサーのアリサさんじゃねぇですか! バトルもコンテストも強くて美人とか憧れますですよ」

 姉はドラゴン使いとして四天王の一角に位置している。そして、コンテストでもその強さを発揮し、ついだ二つ名がドラゴンプロデューサー。略してドラP。

 はしゃぐシアンとは対照的になぜかイオトとエミは複雑そうな顔をしている。

「あれ、二人はバトル好きそうだから反応すると思ってたのに」

 二人の戦いもちらっと見たけど完全にバトル好きという印象が植え付けられた。素の実力も高そうだし四天王に反応するとばかり。

「いやー……ははは……まあ、うん……四天王……四天王かぁ」

「四天王アリサ……あー……うん……僕はちょっと……」

 なんだろう。二人とも顔色が良くない。

 まあとりあえずワコブシティへと4人で向かうとゲートをくぐった先は自然と調和した木造の建物が目立つ町並みにだった。

 トレーナーがいない野生のポケモンものびのびとその辺を歩いておりどこか穏やかな空気を漂わせている。

「えーっとポケモンセンターは……」

 見渡してみると赤い屋根の建物を遠目で見つけ、まだ表情の暗い二人とウキウキした様子のシアンを連れ、ポケモンセンターの扉を開いた。

「ヒロー!」

 開けた瞬間駆け寄ってきた姉に抱きしめられてみぞおちあたりに衝撃が走る。身長はこちらが高いとはいえ、姉に昔から慣らされたせいか無意識に姿勢が低くなる。

「姉さん……人前……視線痛いからやめてくれない……?」

「きゃー! ヒロったら思春期? 恥ずかしがることなんてなん、にも……?」

 俺の横にいたシアンの視線に気づいたのかゆるゆると顔を横へ向ける姉はキラキラした目のシアンを見て表情を変える。

「……ヒロ? 一日もしないうちに女の子をひっかけるなんてどういうこと……?」

「誤解だから。ていうか男もいるしもう一人はなんかよくわからない……あれ?」

 振り返ってみるとイオトとエミがいない。先程まで一緒だったのにどこにいったんだろうか。

「とにかく誤解だから。こいつはレグルス団の被害者でたまたま一緒になっただけだし」

「ああ、そういうこと。……ふーん」

 その間はなんだよ。

「ほ、本物ですよ……テレビとかで見るより美人さんです……」

 感激したような言い方に姉も悪い気はしないのかふふっと笑って腕を組みドヤ顔でシアンに声をかけた。

「あら、あたしのファン? しょうがないわねぇ、サインは普段はお断りしてるのだけれどヒロもいるし今回は特別よ」

「わーい! あ、色紙買ってから来ればよかった……」

「ふふ、色紙ならあたしが持ってるわ。5枚でいいかしら」

 なんで5枚もあるんだよ。

「1枚で大丈夫ですよ」

 ここだけまともな反応するなよ。

 姉とシアンの頭の悪そうなやりとりが終わるのを待ってポケモンセンターの談話スペースで森での出来事を姉に伝え、終始渋い顔をしていた姉は最後に困ったようにため息をつく。

「トレーナーの誘拐か……わかったわ。この件はあたしから警察とリーグに伝えておくわ。この街のジムリーダーも含めて各町での行方不明者の照合もしないと……」

「任せて大丈夫なのか?」

 元々ポケモンセンターで回復させたら警察に今回の件を伝えに行くつもりだったので手間が省けることになるが当人が行かなくていいんだろうか。

「姉ちゃんこう見えても偉いのよ? それに、今警察にいったらしばらく事情聴取とかで時間取られるし頼れることは頼っておきなさい。えーっとシアンちゃん、もそれでいい?」

「はいですよ! というかボク警察に行くと面倒なことになるですしありがてぇというかその……ごにょごにょ……」

 そういえばこいつ家出してたんだっけ。警察に連絡入ってるかもしれないしまあ嫌だろうな行くの。

「よくわからないけど……なによりヒロが無事でよかったわ。ヒロって町から出るとなぜかろくなことにならないからちょっと不安だったけれど」

「ろくなことってなんだよ」

「ほら、子供の頃に町の外で大怪我してたりとか」

「そんなことあったっけ?」

 記憶にない、というかやっぱり前世の記憶思い出してから記憶があやふやすぎる。

「まあ元々うちの町は16になるまで子供は町の外に出ないようにって迷信もあるしね」

「あ、もしかしてうちのところが旅立ち遅いのってそれが原因だったりするのか」

 16歳で旅立ちが遅いみたいなこと言われたしその迷信が原因でそんな風になってたりするのか。

「そうそう。で、あたしはそんなのめんどくせぇ!って家出同然に飛び出してこのとーり」

 そういえば姉も家出マンだった。なんだかなー。シアンが憧れるのも姉のそういうところなのかもしれない。

「ともかく、あたしがこの件は話しておくからヒロもシアンちゃんも今後変なやつと関わらないように! 一緒にいたっていう二人にまた会ったら伝えておいてね」

「はいはい……っていうかあいつら本当にどこにいったんだろうな」

 まあ気にしても仕方ないか。

「あ、そうだ。ヒロ、せっかくだからお小遣いあげる。疲れたでしょうし美味しいものでも食べなさい」

 そう言って財布から札を数枚抜き取って俺に手渡してくる。姉さんは俺のことなんだと思ってるんだろうか。でも5000円って結構な大金だし突き返す気になれない自分がいるから悔しい。

「じゃーねー! あ、そういえばここのジムリーダー、格闘タイプのやつだからチルットで挑むといいわよー」

 大きく手を振りながらポケモンセンターから去っていく姉を見送り、残された俺はサインを嬉しそうに抱いているシアンを見る。

「つーわけで……ここらでおさらばしとく?」

「そーいえば当たり前のように一緒にいましたが別に一緒に旅するわけでもねぇですしね」

「えー、せっかくだしこれからも一緒にいこうぜ」

「そうそう。面白そうだし」

 当然のように会話に入ってきた声に驚いて振り向くと平然と菓子パンを食っているイオトとエミがいた。いつの間に戻ってきてたんだ。

「どこ行ってたんだよ」

「は、腹が減ったから食料調達……」

「ぼ、僕もそんな感じ」

 なんかきょどってるし怪しい。いやそれよりも一緒に行くって何だよ。

「なんで一緒に行こうとしてんだよ」

「え? いや普通に面白そうだから?」

 イオトがきょとんとした顔で答える。隣でマリルリはどうでもよさそうに棒付きのキャンディーをちびちび舐めている。エミのコジョンドはいつの間にかお茶をすすりながらソファでくつろいでいた。

「旅は道連れっていうじゃん?」

「えぇー……」

 特別断る理由もないけど一緒に旅する理由もねぇよ。

 まあここまで一緒に来たんだし今すぐ解散するのも味気ない。せめてみんなで飯でもと考えていると地味な和服に身を包んだメガネの青年が声をかけてきた。隣にはルカリオを控えさせており、気だるげながらも隙のない立ち振舞をしている。

「そこのおま……君、四天王のアリサの弟で間違いないか?」

「あ、はい」

「そうか。先程アリサから連絡が来て直接話を聞き……あ?」

 男は俺の横にいたシアンを見て気だるそうな表情を一転させ、すっと真顔になる。

 そして、その男を見てシアンはぎょっとしたように立ち上がりきのみをかじっていたクルマユを抱えてポケモンセンターから脱兎のごとく逃げ去ろうとする。

 が、男の行動は早く、ルカリオに目で合図するとしんそくで移動したルカリオにシアンを持ち上げさせじたばたともがくシアンをルカリオがどうどうとなだめていた。

「うぎーっ! 馬鹿ケイ! 放すですよ!」

「馬鹿はお前だ馬鹿シアン! てめぇどれだけ周りに心配かけたと思ってやがる!」

 ポケモンセンターのど真ん中で迷惑行為すれすれな口喧嘩をしている二人にあんまり近づきたくなくて遠目で俺たちはその様子を見守っていた。

 しかし、ルカリオの胴体を容赦なく蹴り飛ばしてルカリオから解放されるとシアンは先制技よりも早く俺たちの後ろに隠れた。

「ヒロくんさんヘルプですよヘルプ! イオトくんさんでもエミくんちゃんでもいいですから!」

「やめてー俺を巻き込まないでー」

 本当にやめて欲しい。

 蹴られたルカリオをさすってやってる男はしばらくしてルカリオをボールにしまってゆっくりとこちらに近づいてくる。ていうかルカリオがガチで痛がる蹴りってシアンはなんなんだ。ゴリラかよ。

「そこのじゃじゃ馬はあとできっちりシメるとしてだな……」

 青筋を浮かべながら改めて俺たちに向き合った男は男は男にしては少し長めの黒髪をぐしゃぐしゃと掻き、ため息をついて言う。

「俺はケイ。このワコブシティのジムリーダーだ」

 目付きの悪い青年はシアンを見下ろしながらそう名乗った。

 

 

 

 




書き溜めしてないので更新めちゃくちゃ気まぐれです


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ワコブ道場での休息

 

 

 

 人目が気になるということで全員で移動した先はジムの近くにある道場だった。ジムとは別に道場をやっているらしく、夜だというのに中庭のような場所でポケモンたちが取っ組み合いをしていた。

 通された落ち着いた一室に適当に座布団を放り投げ、ケイは俺たちをそこに座らせ、シアンには座布団なしで座れと目で訴え険悪さが一層増したが話が進まないのでとりあえず俺とイオトが森での顛末を伝えた。

「……俺の管轄でそんなことをしてやがったのか。わかった、明日にでも調査を依頼しておこう。まあどうせあの勤勉なアリサのことだし先にやってそうだけどな」

 あんまり姉が好きじゃないのかめんどくさそうにため息をつくケイは元々不機嫌そうな顔を更に不機嫌そうに歪める。

「気づかなかった、なんて言い訳にもならねぇな。ともかく、馬鹿シアンを助けてくれたことは感謝する。こんな馬鹿でも妹弟子だしな」

 二人の関係は元々は門下生同士、まあつまり兄弟弟子の関係らしいが仲はよくないらしく家族間での接点もあるらしいが血縁ではないとのことだった。

 終始般若の形相でケイを睨むシアンの横でカモネギがオロオロしておりちょっとかわいそうだった。一方クルマユはのんきにきのみをかじっていた。

「馬鹿ケイに馬鹿って言われると腹が立つですよ……死んでほしいです……」

「家出して拉致されたとか馬鹿の極みのお前にだけは馬鹿って言われたくねぇな」

「ていうかそもそもなんで家出したんだ?」

 俺の疑問にシアンは言いたくなさそうに顔を背ける。カモネギもはぁ……と羽で頭を抑えるがクルマユは新入りということもあって頭に疑問符を浮かべている顔だ。すると、シアンではなくケイが淡々とした口調で説明してくれる。

「こいつはそこそこいいところのお嬢でな、まあ見合いをしろとせっつかれたわけだ」

 歳でいえば結婚しても問題ないしすぐにじゃなくても婚約者で数年待つとかあるだろう。この世界の適齢期とかよくわかってないけど。

「で、あまりにもあれは嫌だこれは嫌だと我儘放題だったこいつにとうとう親御さんがキレて勝手に婚約者を決めたわけ。で、一応見合いの体でやるから顔合わせをするって形になったんだ」

 ここまで聞くと正直シアンをあんまり擁護できなくなってくる。単に我儘言ってるだけにしか聞こえないし。

「で、この馬鹿は見合いが嫌だ婚約なんてごめんだと喚いて『運命の筋肉王子に出会うまで帰らねぇ』とかふざけた書き置きをして出奔したというわけだ」

「悪いこと言わないから帰れよ」

 婚約云々はまあかわいそうだとしてもその書き置きはちょっとふざけてると思われても仕方ない。

「嫌ですよ! 素敵な筋肉を持った美丈夫ならまだともかく相手があんな……」

 そんなに嫌な相手なんだろうか。まあ政略的とか家同士の、みたいな雰囲気なので自分より二回りくらい年上のやつとかそういうあれなのかも。でもまあすっぽかすのはよくないと思う。

「あんなヒョロガリの女なんて嫌ですよ!」

「俺もそれは家出しても仕方ないと思います」

 相手は女かぁ。うん、さすがにちょっと同情した。俺で例えるなら見合いに男連れてこられるようなもんだよな。うわぁ死んでも嫌だ。しかも筋肉が異常に好きなシアンにしてみれば地獄のような婚約なんだろう。

「ヒロくんさんもっと言ってやってくだせぇ! あんな一回りも年上でチビでヒョロガリなクソ女絶対嫌です! だいたいなんで同性婚なんですか! ボクはせめて相手が男ならこんなことしなかったですよ!」

「俺との見合いもあったのにお前全部却下して相手がいなくなったからあの人にお鉢が回ってきたんだって」

「きいいいいいい!! おめぇと結婚するくらいなら野生のカイリキーに抱かれたほうがマシですよ! このひょろひょろ男!」

「でもお前、俺に勝てないじゃん」

「うるせぇですよ!」

 また身内の喧嘩になってきた。

 エミが正座していて足が痺れてきたのかぷるぷると緩慢な動きで足を伸ばし始める。イオトははなからあぐらなので飽きてきたと言わんばかりにあくびをし始めた。

「ねえ僕お腹空いてきたんだけど」

「俺も疲れてそろそろ眠い……」

 俺、やっと気づいた。ここにまともなのは俺しかいないんだってこと。このマイペース集団でしっかりしてるのは俺だけなんだってこと。

「とにかく! お前は俺が責任持っておじさんとおばさんに引き渡す! お前の我儘でこっちまで振り回されるのはいい加減うんざりなんだよ! 文句言うならあの人かおじさんに言え!」

「ぜってぇ嫌です!」

「だいたいお前に一人旅とか無理に決まってるんだよ!」

「ひ、一人じゃねぇですし!」

 びしっとシアンが指差した先は俺たち3人。おい待て巻き込まないでくれ。完全に巻き込まれる流れだこれ。

「ほー……? 一人で平気とか抜かしたら問答無用でしょっぴくつもりだったけどそう来るか」

「あのー、こっち男二人とよくわかんないの一人なんですけどー」

 俺のささやかな抗議はあまり意味が無いのかケイは鼻で笑って顎でシアンを示す。

「お前らこれに手を出したいか?」

「あ、それは結構です」

「俺もご遠慮するかなー」

「手を出したらねじ切られそう」

 俺だけじゃなくイオトもエミも苦笑いでそう答えるしかできなかった。ちょっと、うん。仕方ないね。

「なんだかすごく馬鹿にされてる気がするですが今はよしとするですよ。これだけいれば不安はないはずですよ!」

「うーん……」

 俺をじろじろと見るケイは手持ちのボールにも視線を向け、少し困ったように言う。

「他二人はともかくアリサの弟は少し……。いや、新人だし頼りがいがないから数に含めるには」

「おめぇはジムリーダーでしょうが! 戦ってもないのに相手の実力判断して決めつけるとはなにごとじゃ!」

 うん? 話の流れがおかしいぞ? なんで俺の話になってるんだ。

 シアンとしばらく睨み合っていたケイはしばらくして諦めたように目を伏せ、あぐらに肘を立てそこで頭を支える。

「……はあ……わかった。とりあえず3日時間をやる。弟が俺とジム戦して実力を認めたら俺はお前のことを見逃すよシアン」

「よっしゃぁ! ヒロくん! 修行するですよ!」

「待って! 俺の意思!」

 いやジム戦はしに行くつもりだったけどさ、なんで人の喧嘩に巻き込まれてるんだ? 俺の自由はどこ?

「いいじゃん。ジムトレーナー戦省いてジムリーダーと直接なんて楽だし」

 他人事のようにエミが言うと俺に拒否権はないらしく完全に3日以内に挑む流れが確定していた。

 プラスに考えろ、プラスに……そう、面倒なことすっ飛ばしてジムリーダーに挑戦できるんだからいいじゃないか……。

 

 ――なんか、俺の旅の今後の未来がちょっと見えた気がしてどうも前向きに考えられなかった。

 

 気持ちを切り替えたのか先程よりもだいぶのんびりとした空気のケイが立ち上がり、肩を回す。

「んじゃ飯作るか。シアンお前手伝えよ」

「しゃーねぇですね。ボクの超絶ハイスペック美少女ぶりを発揮するときがきたですよ」

「あ、お前らもせっかくだから泊まってけ。飯準備してる間風呂使っていいから」

「なんでボクのこと無視するです? 死にたいです?」

 ポケモンセンターに泊まる予定だったがもう夜も遅いので道場で一泊することになり使っていいと言われた部屋に荷物を置いて風呂場へ向かうと一応施設とはいえ個人宅でもあるのに結構な広さな浴場に感心する。埃っぽいし汗臭い服をどうしようかと悩んでいると脱衣所に強面のサワムラーが現れて服をよこせと腕をくいくいとしてくるので恐る恐る服を渡すと無言で手早く洗濯機の中に放り込んでしまった。器用にボタンを操作し、洗濯機のスイッチを入れ、その代わりにと浴衣を人数分置いて無言で立ち去っていった。

「……これ着替えってことでいいんだよな……」

「よく躾けてあるなぁ」

 イオトも感心しておりタオル一枚でつい一連の流れをぽかんと見てしまった。

 ふと、イオトだけしかおらずエミがいない。

「あれ、エミは?」

「ん? さっきまでいた気がするんだけど……」

 どこにいったんだと考えそしてイオトと恐らく同じ思考にたどり着き同時に顔を見わせた。

 

 ――あいつの性別がわかるチャンスだ!

 

 

 

 

 

 

 ……30分後。

 

「……あいつなんで風呂来ないわけ?」

「さあ……」

 二人してエミが来るのを待っていた。が、一向に来る気配がなく、手持ち達が飽きて先に風呂に入り始めた。

「風呂で待つか」

「そうだなー。さすがに寒いし」

 風呂で待とうと脱衣所から中に入ると既に手持ちたちが濡れた体を震わせて水気を飛ばしていたりマリルリが湯船で泳いだりしている。イヴも小さめのポケモン湯船で気持ちよさそうにしていた。チルは泡と羽の区別がつかないくらいもこもこになっている。

 銭湯みたいだがポケモンも入れるからか湯船も広いしゆっくりできそうだ。まあさすがにボスゴドラは浸かれないみたいで布で自分をピカピカに磨くにとどまっている。トドゼルガもしょんぼりしながら桶にはったお湯にぴちゃぴちゃと前足を突っ込んでいる。

「イオト、手持ち全員出さないのか?」

「んー、今日はボールからでてないしなー。いいかなーって」

 そういうものなんだろうか。

 フシデとジグザグマの名前をそういえば決めていなかったことを思い出し、体を洗いながら二匹の名前について考える。

「ジグザグマは……グー。フシデはドーラでどうかな」

 二匹とも割りと喜んでいるように見えるので多分大丈夫、のはず。ペンドラーに進化するだろうしって名付けたけど気に入ってもらえてよかった。

「ヒロってポケモン知識はあるよな。何で勉強した?」

「え? これくらい普通じゃないのか?」

 多分ペンドラーからドーラって連想したからだと思うけど進化系くらいは別に特別な知識でもないはず。

「普通……まあ普通な場所もあるけどコマリタウンは田舎だからな~って思って。隠し特性とかもこの地方では大学での内容だし」

 嘘やん。

「更に、マリルリさんがアクアジェットで回避したことには驚いたけどマリルリさんがアクアジェットを使うこと事態には驚いていなかっただろ?」

「え? だってマリルリはアクアジェット使えるし……」

 あ、でもマリルリがアクアジェットを覚えるのはゲームだとタマゴ技だったっけ。それに気づくと同時にすっと自分の体温が下がっていくのがわかる。

 

「なんで、新人トレーナーが遺伝でしか覚えない技があることを知ってる?」

 

 メガネを外したイオトの目がすっと細められる。品定めするような強い視線に思わず息を呑む。

 自分の知識が前世での、ゲームでの知識で当たり前だった。が、この世界ではそれは新人トレーナーが知っているはずのないことだとすれば。

「異種配合による技の遺伝。稀に野生のポケモンもそういった技を覚えたやつもいるが、原則それは人間が異種で組み合わせたポケモン同士でなければ起こらないこと。四天王の姉から教わった? いいや違うね。なら君はそれをどこで知った?」

 詰問されているようで言葉がうまくでてこない。前世の記憶のことを話すか? いや、話したところで頭のおかしいやつ扱いで終わりだろう。でも本当にそうだからなんて言えば納得するんだ。

 しばらく無言でいたからか再びメガネを掛け直したイオトが楽しそうに笑いだし、マリルリが何笑ってんだこいつと変なものを見るような目を向けている。

「ごめんごめん。いや、そこまでびびるなって。ま、詳しいのはいいことだけどあんまり新人なのになんでも知ってる素振りだと変なやつに目をつけられるから気をつけなよ」

「お、おう……」

 今まさにそんな感じだった気がするけど。

 裸眼のイオトの目つきがかなり迫力があって完全に飲まれていた。今後は発言に気をつけよう。前世で例えると初めてポケモンに触れた子供が3値を知ってるようなもんだろうし。

「まー、そう知識があるなら将来有望だし? 俺は期待してるよ」

「期待って何を」

「俺は強いやつと楽しくバトルするのが人生での楽しみだから」

 少し意外だった。バトルは好きだと思っていたがトレーナーはたいていそんなものだしエミの方がそういう面が強いと思っていた。人生での楽しみとは随分と割合が大きい。

「そういえばイオトはジムとか挑戦しないのか?」

「あー……ジムはいいや」

「手っ取り早く強い相手と戦えるのに?」

 わかりやすく強い相手といえばジムリーダー、そして四天王とチャンピオンだろう。それなのにそれに挑戦はしないのか。

「うんまあ、俺はそういうのはしばらくいいやって感じ」

 あんまりそれ以上は話す気がないのかマリルリにちょっかいかけようとして叩かれる流れに移行したイオトを見ながら不思議に思う。

 実力があるけどジムに興味はない。そんなトレーナーがなんで俺との旅についていこうとするんだろうか。シアンもいるから、なんてのではないだろうし。

 イオトはよくわからないやつだけど、それでも、あの森でとっさにいわなだれから俺とシアンを守っていたことから悪いやつではないとは思う。でもそれ以上に不可解な点が多すぎる。

 ――こいつと本当に旅していいんだろうか。

 まあ難しく考えても仕方ないし明日以降考えればいいかといったん思考を打ち切り、その後もエミが入ってくるのを二人で待ち続けたのだが30分くらい経っても来る気配がない。イヴなんかのぼせてるしマリルリは先にあがっていった。チルは泡でタワーができていた。そこにグーが水をかけうず高く泡立った塔は流れ消えチルとグーが喧嘩を始めたりしてもう熱さで思考がぐだってきた。

「ふたりともー、いつまで入ってるですかー。もう夕飯の準備はできてるですよ。さっさとあがりやがれです」

 遠慮なく風呂場の扉がガラガラとあけられ顔をあげるとそこには少し怒ったような顔のシアンがたすき掛けの状態で風呂場にいる俺たちに声をかけた。

「エミが来るの待ってたんだけど……」

「は? えっちゃんならとっくにこっちで待ってるですよ。あとは二人だけです」

 は? あいついつの間に?

 風呂にきてないはず、と言いかけてシアンは乱暴に風呂場の扉を閉めて行ってしまう。イオトと顔を見合わせて無駄な時間を消費したことに気づいて無言で風呂から上がり、無言で渡された浴衣を着た。すごく虚しい。

 食卓へと向かうとエミは髪をおろしており、しかもしっかり濡れた髪に血色のいい顔色をしている。ちょっとしたホラーだ。

「エミ……いつ風呂入った?」

「え? 君らより先」

 ほぼ時差なかったはずなんだけどおかしい。めちゃくちゃ追求したい。でも多分様子からしてはぐらかされる気がするのでこれ以上はやめておこう。

 髪をおろしたエミは普段より少女っぽさが増している。普段はどっちかといえば少年寄りに思えたがこれでますますわからなくなった。

「はいはいごはんですよー。シャモすけ、落とさないよう気をつけるです」

 大皿に煮物やら煮魚やらを盛り付け、それを食卓のど真ん中に配置するとようやく食事が始まる。基本的に和食で優しい味だ。ポケモンたちもそれぞれの食事をとっており、結構賑やかな食卓になっている。

「えっちゃんはよく食べるですねぇ。太らねぇです?」

「僕は運動してるから」

「ボクも運動してるですよ。太りにくい体質なんです? 羨ましい限りですよ」

 そんな会話をしている二人だが多分現時点で俺の倍は食べている。量がやけに人数と比較しても多いと思ったけどこいつらがめちゃくちゃ食うのか……。

 ケイも無言で食べ進めているが成人男性より少し多いくらいでエミとシアンと比べると少ないがそこそこの量を食べている。

 その点で言えば俺とイオトは平均的な量だと思う。

「もっと食えよ。成長しないぞ」

 ケイが相変わらず不機嫌そうに食べる合間に言ってくる。え、なんで俺怒られてる?

「あの、俺何かした……?」

「は?」

「いや怒ってるから……」

「別に怒ってないけど」

 表情一つ変えずそう言うケイは酒に手を付け始める。酒を飲んでも表情が変わる気配がない。

「馬鹿ケイはいつもむすっとしてるから誤解を招くですよ。もっと愛想よくしたらどうです」

「別にこれで困ったことねぇし」

 どうやら地顔が不機嫌そうなだけで怒っているとかではないらしい。心臓に悪いのでやめてほしい。

「道場のポケモンたち、やけに楽しそうですねぇ」

 シアンも見知った顔がいるのか道場のポケモンたちを見て驚いた様子を見せる。ポケモンたちは俺達の手持ちも食事中でみな楽しそうにしている。

「客が久しぶりだからな」

 気がついたら一升分の酒を飲み干したケイはじっとイオトとエミを見て困ったようなため息をつく。

「実力的には申し分ねぇんだが人格面が不安なんだよなぁ」

 ケイのぼやきをイオトは聞こえなかったのか「ん?」と聞き返し、エミはそもそも聞いていないのかパチリスに里芋の煮っころがしを与えている。それ以上は何も言うつもりはないのか黙って食事が終わるのを見守っていた。

 その後、布団を借りてシアンだけ別室でそのまま就寝する流れになり、初日の疲れを柔らかい布団の中で忘れようと仰向けになる。イヴもその横にきてチルとグーは布団の端の方に陣取って眠ろうとする。ドーラは足元ですでに眠っていた。

 ふと、眠りに落ちる直前、目の回るような出会いと無性に気になる記憶の欠落、そして、あのみつあみ女ことリジアがやけに気になった。そして、リジアとはなぜかまたそのうち顔を合わせるような気がして複雑ながらもどこか少し安堵し、眠気に負けそのまま眠った。

 

 

 

 夢を見た。

 自分はまだ子供の姿でコマリタウンの一角にある公園である少女と遊んでいた。

『ヒロくん』

 少し自分より背が高い少女の手を引いて公園のはじっこにある秘密基地へと連れて行く。ダンボールや大きな葉で作ったそれを見て少女は楽しそうに中へと入り、狭いその秘密基地で肩を並べていた。

『ヒロくん、ありがとう!』

 こんなにも少女のことを恋しく思うのに顔も、声も、名前も思い出せない。ただ、漠然とそうだったと、かすれた記憶が夢として浮かんで消える。

 それなに、いつからか自分の記憶からは少女は存在しなくなり、公園に行くこともなくなった。あの秘密基地がどうなったのかも知らない。

 なのに今になってどうして、こんなにも気になってしまうのか。

 泡沫の夢の一端に、赤いリボンが映る。どこにでもある、他愛のないそれを俺は彼女へとたしかに渡したところで夢から現実へと引き戻される。

 

 イヴが俺の顔面で寝ていた。いや、ちょっとさすがに息苦しいのでどけさせてもらおう。寝相が悪いのは仕方ないけど窒息は勘弁して欲しい。

 上体を起こすと同じ部屋で寝ていたイオトとエミが布団にいない。手持ちは部屋で寝ているので恐らくトイレか何かだろう。

 昨日に続いて少女の夢を見ていた。それが偶然とも思えず、けれど決定的に思い出せるようなことがないため、もう一度夢で彼女に会えたらと再び眠りについた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 深夜、道場内でケイが戸締まりの確認をしているとある人物が向かいから歩いてくることに気づいて眉をひそめた。恐らく方向からしてトイレなのだが迷いのない足取りに思わず舌打ちをかました。

「隠す気あるのかお前」

 ケイの言葉に答えることなくその人はすっと横を通り過ぎ、暗闇に廊下を歩く木の軋みだけが響いた。

 よく知る人物。けれど、まるで初対面のような態度をとったその人にケイは呆れるばかりだった。

「で、新人にまとわりついて何が目的だ?」

 答える声はない。想定の範囲内だったがケイはこの人物のそういうところが嫌いだった。

 新人とシアンに害はないだろうが何を企んでいるのかがわからない以上、忠告まがいなことしか出てこない。

「あんまりふらふらしてどうなっても知らないぞ。特にアリサからの雷がな」

 ケイは通り過ぎた人物に独り言のように声をかける。その相手は暗闇の中薄く笑うと無言で立ち去った。

「……借りがあるから黙っておくけど、お前そのうち絶対後悔するぞ」

 立ち去る後ろ姿を見ることなくそう言うとケイは相変わらず不機嫌そうな顔をして自室へと戻っていった。

 

 

 

 



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裏庭修行

 

「ちるちっちー」

「もう少し……」

「ふしゃー」

「じぐじぐ」

 チルの顔乗りだけでなくグーとドーラの体当たりでさすがに寝ているわけにもいかず寝癖で跳ねた髪を乱暴にかきむしる。時刻は6時半。部屋を見るとイオトはまだ爆睡しており起きる気配がない。あんまりにも爆睡していてちょっとむかついたので揺すって起こしてみる。

「おーい、イオトー、朝だぞー」

 すると部屋にイオトのマリルリが手ぬぐい片手に入ってきたのでイヴがひと鳴きして前足を振る。多分朝の挨拶なんだろう。マリルリはジト目でイヴを見つつもこくりと頷いて手を振り返す。イオトのマリルリ、昨日から思ってたけどちょっと変わってるよな。

「おいイオトー、手持ちのが先に起きてるぞ」

「ん……うぅ……」

 揺さぶり続けていると不愉快そうにぐずるイオトの声が布団越しに聞こえる。

「起き、ろよ!」

 掛け布団を無理やり引っぺがすとむくりと上体を起こしたイオトがじっと俺を見る。メガネをかけていないためかやけに目付きが悪く人当たり良さそうな好青年どころかヤンキーっぽい顔で吐き捨てた。

「うっせぇ」

 あまりにも低い怒声に思わずびびり、再び布団をかぶったイオトを前にしばらくかたまっていた。こいつの寝起き超怖い。

 それを見ていたマリルリは呆れたようにイオトに近づき、無理やり布団をはがした後顔面にみずでっぽうをぶっかけて持ってきたてぬぐいでかなり強く顔面をこすり始めた。

「いだっ、いっでででえええええ」

 その様子を見ていたイヴとグーが震えながら抱き合っており、相当マリルリ……いやマリルリさんの迫力にびびりながら俺の後ろに隠れた。正直さっきのイオトより何倍もマリルリさんが怖い。

 仕上げとばかりに枕元にあったメガネをむりやり顔にはめるとマリルリさんはイオトを蹴っ飛ばし体を起こさせる。イオトはさっきとも普段とも打って変わってテンションの低い様子で声を発した。

「……おはよう」

「……寝起き悪いんだな」

 それしかとっさに出てこなかった。

「低血圧で……」

「なおそうぜ」

 寝起きの悪さが割りと洒落にならないからやめてほしい。

 エミの方は手持ちも全員いないので先に起きているのだろう。朝食には少し早いだろうかと部屋の外に出ようとして襖を開くと強面のサワムラーに出迎えられた。

「お、おはよう……?」

「……」

 サワムラーは無言で畳んである俺とイオトの服を差し出してくる。昨日洗濯してくれたやつだ。一応旅の着替えもあるがせっかくなので洗ってもらった方に着替えて縁側の方に出ると中庭の一角でエミの姿を見つけた。

 エミは集中しているのか目を伏せすうっと息を吸い相対するコジョンドに蹴りを打ち込むとコジョンドはそれを腕で受け止め逆に受け流すように放り投げられる。

「……いって……コジョンドもうちょっと手心を」

「コジョ」

 つんとそっぽを向いたコジョンドにやれやれと言いたげなパチリスがそれを横で見ており、朝の鍛錬をしているところに声をかけてみる。

「おはよ。朝から元気だな」

「ん? ああ、ヒロか。おはよう。軽く運動したくなってね」

 コジョンドはふんっと顔を背け道場のポケモンたちの輪に入っていく。マリルリもとてとてとやけに可愛らしい様子でポケモンの輪に混じっていった。

 前々から思ってたんだけどイオトのマリルリとかもそうなんだが手持ちがやけに当たりがキツイっていうか懐いてるように見えない。

「コジョンドと仲悪いのか?」

「いや? コジョンドはちょっとツンデレなだけだから。本当は僕に懐いてるのわかってるし」

「あーわかるわかる。マリルリさんもそうなんだよ。俺のこと好きなくせになー」

 二人して呑気な笑い声をあげる同時に遠くから何かが飛んできて的確に二人の頭に激突する。かなり勢いが強かったのかふたりともその場に倒れ、慌てて何が、と物が飛んできた方向を見ると殺意の高いオーラが漏れたコジョンドとマリルリがこちらを睨んでいた。犯人わかりやすい。

 大丈夫? 本当に懐かれてる?

 二人は一応気絶はしていないようだが頭にダメージを受けたせいか突っ伏したまま愚痴るようにぼやく。

「マリーのやつ……本当……手加減ってものを……」

「甘やかしてりゃつけあがりやがってコジョンドめ……」

「だ、大丈夫か……?」

「……流血してなければセーフ」

 そのセーフは本当にセーフなんだろうか。イオトの日常が心配だ。

 イオトが自分の頭を触って確認しながら起き上がると投げられたブツ、カゴのみを拾ってポケットにしまった。カゴのみめちゃくちゃ硬いもんな。一歩間違えると凶器になりかねない。

「自分の手持ちにあそこまで嫌われるもんなんだな」

「ん? いや、マリルリさんは俺の手持ちじゃないよ?」

 イオトの発言に「えっ」と俺もエミも思わず二度見する。その割にバトルでは息ピッタリだな。

「正確に言えば俺の……まあ、後輩……弟子……、うん。弟子と数年前に交換したポケモン。だから付き合いは長いんだけどなぜかたまに俺に厳しいんだよな。バトルは基本言う事聞いてくれるんだけど……」

 遠目で道場のポケモンとシャドーボクシングの動きで会話しているマリルリを見ながらどこか心ここにあらずと言わんばかりに乾いた笑いを漏らす。

「そういう性格かとも思ったけど弟子にはめちゃくちゃ甘えてたし多分俺のことが気に入らないんだろうなぁ……はは……」

「せ、性格の合う合わないってあるしな、ほら、人間でも」

 むしろ言う事聞いてくれるだけ優しいかもしれない。

「僕の場合コジョンドは卵から孵したんだけどねぇ……そういえばコジョフーの頃から僕にちょっと厳しいんだよな」

 なんかこの二人のせいで俺もいつか手持ちにそっぽ向かれるんじゃないかって心配になってきた。そりゃ個性があれば合う合わないはどうしてもあるだろうし。今の手持ち4匹は懐いてくれてるからまだ……。

「なーにしてるですか。朝ごはんできてるですよー」

 俺達が寝ていた部屋から縁側に現れたシアンはエプロンを着たエビワラーを連れて食卓へと戻っていく。なんかここのポケモン、やけに人間臭いよな。

食卓に行くと既にぐだっと座っているケイがいた。横にいるバルキーにぺちぺちと張り手をされている。朝から元気だなぁと思いつつバルキーの張り手は全然痛くないのかケイは特に表情を変えずあくびをしながら料理が食卓に並ぶのを待つ。

「痛くないのか……?」

「これくらいならまあ」

 バルキーはむぅ、と拗ねたように頬をふくらませるがケイは頭をぽんぽんと撫で朝食を運びに来たシアンが座ったことでようやく食事にありつける。

「ふふふ、ボクの圧倒的女子力に震えるですよ! 褒めてもいいですよ?」

「80点」

 ケイがぼそりと料理の点数を呟くとギャラドスみたいな顔でシアンがケイを睨んだ。

「いったいいつになったら100点になるですか! おめぇの採点は相変わらず厳しいんですよ!」

「和食に関しての妥協はしねぇ」

 シアン、イオトとかエミは点数とか気にせず美味しい美味しい言ってるから気にするなって。って言ってやりたいが多分それ言っても意味ない気がするので言葉を飲み込む。代わりに昨日もあった筑前煮を食べて少し強引に笑顔を作った。

「この筑前煮とかめっちゃ美味いよ! シアンいい嫁になれると思うよ!」

 するとシアンは苦虫を噛み潰したような表情で重々しく、吐き捨てるように言った。

 

「……それ、そこの馬鹿が作ったやつなんですよ」

 

 スッと部屋の温度が二度くらい下がった錯覚に陥る。イオトは聞こえなかった振りをして俺やシアンと目を合わせようとしなかった。エミは「あ、これ昨日も一番美味しいと思ったやつだ」と火に油を注いでくる。くっそ、ピンポイントに地雷を踏みぬいた。シアンの目から光が消えていくのを感じる。

 しかし突出して美味しいと感じるだけあってケイの料理の腕は高い。うん、最初に言ってくれたらこんなお通夜のような空気になんてならなかったのにな……。いい嫁になるとか言っちまった。最悪だ。

「まあ、嫁にはいかねーけど嫁をもらうなら俺より飯が美味いやつだな」

「結構ハードル高いんじゃねーかな」

 シアンのレベルでも中々上位だと思うのにそれ以上を求めてくるってそれは料理人とかそういうレベルになってくると思う。

「それか年上で背の低いおとなしい巨乳の女」

「おめーなんかむっつりだからどーせ誰かに恋しても取られちまうに決まってるですよ! ざまあみろです!」

「そこまで具体的に言われると本当にそうなりそうだからやめろ」

 早く朝食終わらせたい。無心でおかずを口に放り込み、ほぼ同時にイオトと食事を済ませ、自分の分の食器を片付けて「ごちそうさま!」と言い逃げて道場の裏庭に駆け込んだ。

 ジム戦まで道場で修行する許可は取ってある。裏庭がちょうどいいからと聞いていたのでやってきたがなんか、庭というよりちょっとした公園みたいな広さだった。よく見ると森と隣接していることもあって遠くの方は完全に草むらだらけだった。

「さて、修行……だけどどうする?」

 隣にいるイヴに話しかけるが「ふぃー……?」と首を傾げられた。そうだよなぁ、わかんないよなぁ。

「俺相手しようか?」

 イオトが自分を指差すとマリルリさんがげっと顔をしかめてそそくさと離れていく。そんなに俺たちと戦うの嫌なんですかマリルリ先輩……。

「マリルリさん負けるの嫌なだけだから気にしないで。んー、ケイは格闘タイプのジムリーダーだからなー。今の手持ちに俺格闘入れてないし、エミの方がいいか」

 でもエミってまだ飯食ってたしそもそも相手してくれるかわからないんだよな。

 道場のポケモンは相手してくれるのか、というかジム戦で戦うかもしれないから相手してくれない可能性もある。

「ヒロくん、イオくん、ここで修行するです?」

 クルマユを抱え、カモネギを連れたシアンが裏庭に入ってくる。それと入れ違うようにイオトが道場へと戻ろうとする。

「俺エミ呼んでくるわー」

 そういって裏庭から消えたイオトに気づいたのかマリルリさんはハッとしたようにきょろきょろとあたりを見渡し少しだけ、しょんぼりしたように耳を垂らした。なんだ、本当に嫌ってるわけではないんだ。

「ヒロくんががんばってくれねぇとボクは強制送還ですよ。だからめちゃくちゃ応援するですよ」

 

『ヒロくん』

 

 その響きがどうしても夢の誰かを思い出させてじっと背丈の低いシアンを見つめてしまう。

「なんですか? ボクの美少女ぶりに惚れちまったですか?」

「違うけどもっかいちょっと俺の名前呼んで」

「……はあ? ヒロくん」

 呼ぶ声は呆れたような少し間の抜けた声音。怪訝そうに首を傾げるシアンを見てうーんと唸る。

 なんか……こう、近いものは感じるけどもっとこう、夢だと可愛くておしとやかな感じだったなぁ。

「もっとこう……お嬢様っぽい感じで言ってみて」

「え……えっと、ヒロ、くん?」

 ぎこちないけどちょっと近くなってきた。あとはもっと甘えるように言ってたらいけそう。

「もっと甘えるように頼む!」

「ひ、ひろくぅん!」

「よっし! それ! それだ!」

 雰囲気は再現できてる。なんか知らないけどモチベーションが……うん?

 視線を感じて振り向くとこちらを棒立ちで見ているイオトとエミがいた。

「……」

「……」

 イオトとエミが俺を見る目が尋常じゃないほどドン引いてる。何を勘違いされたのかエミなんかは袖で口元を隠しながらも「やばいやばいやばいよ……」などと口走ってる。

「ひどい誤解してる気がするけど別にやましい気持ちはないから! ちょっと! ちょっと名前の呼び方に既視感があったから!」

「よくわかんねぇですけどヒロくんが無理やり言わせて……」

「誤解を! 助長させないで!」

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 とりあえず誤解はなんとかとけ、エミがバトルの相手をしてくれることになったのだが木製のベンチで足をぶらぶらさせながらシアンが聞いてくる。

「そーいやヒロくんってイオくんとのバトルとあのみつあみ女くらいしかトレーナー戦してねぇですか?」

「うん。ていうか俺まだ旅立って2日目だからな? トレーナー戦はおろか野生ともなんかタイミング悪くて遭遇してないし」

 俺はバトルをしてはいけないんだろうかってくらいめぐり合わせが悪い。

 そう考えると旅をはじめてほんの数日でジムリーダーとか結構無茶ぶりだよな。

「野生のポケモンならそこらじゅうにいるじゃねぇですか」

「え? あれ道場のポケモンだろ?」

 中庭と裏庭に格闘ポケモンが多く、自主練をしている姿が見られ、一部格闘タイプではないポケモンも見られるがみな仲良く遊んでいたりバトルし合ったりして平和的な光景だ。

「ああ、道場のポケモンはどっかに道場のマークが入ったバンダナとかタスキとか布とかつけてるですよ。それ以外は全部野生です」

「マジで!?」

 よく見てみるとたしかに腕とかにそういうバンダナをつけてるルカリオとかルチャブルとかがいる中、なにもつけていないワンリキーとかリオルがいる。

「ふーん、野生だったんだあれ」

 感心したようにエミがポケモンたちを眺め、リフティングしていたボールを急に高く蹴り上げ、長い袖から手を出して宙に投げたボールを掴み取る。

「ま、いいや。とりあえず相手するけど僕のポケモン、そこそこレベル高いから攻撃一発でも当たったら相性有利でも倒れると思うよ」

「エミお前レベルダウンアイテム持ってないのかよ」

 イオトが呆れたように自分のレベルダウンウォッチを袖をまくってエミに見せる。

「あー、持ってないんだよねそういうの」

「じゃあ俺の貸すから。さすがにレベル差がひどすぎるだろ。パワーレベリングにもならねぇ」

 操作方法を教えはじめるがエミの表情は優れない。むしろどんどん顔色が悪くなっていく。

「……え、これ触って大丈夫? 頑丈? 壊れない?」

「そこまでびびられると俺まで不安になってくるんだけど。自分のポケナビとかポケフォンとかそういう端末扱う感じでさ」

「……僕さぁ…………昔からなぜか機械に触るとよく機械が爆発したり動かなくなったりするんだよね……」

 目から完全に光が消えたエミに差し出していた腕をとっさに引っ込めたイオトを誰が責められようか。貸すだけでこんな大事になるなんて誰も想像できなかっただろう。

 一動作一動作に気を使いながらエミの手持ちのレベルを俺の手持ちに合わせることに成功し、その一連の流れだけで10分くらい時間を無駄にしてしまった。が、正直全員生きた心地がしなかっただろう。

「……明日にでもショップでレベルダウンアイテム買いに行こう……。俺、自分のが壊されるかもしれないって恐怖に耐えられねぇわ」

「なんか……ごめん…………ポケフォンとかもさ……触っただけでもう4つくらい壊してるからさ……」

 微妙にバトルもしてないのに疲れた様子のイオトを放置し、俺とエミが向かい合う。

 エミは今回コジョンドともう一匹使うとのことだが内緒だと言われバトルの準備に入る。1対1のスタンダードなルール。俺の手持ちは4匹使ってもいいということでバトルを開始する。

「チル!」

「コジョンド!」

 対面の相性は当然だが有利。が、レベルが下がってもそれは全体的なステータスが低下するだけで技や経験は消えない。

「ストーンエッジ!」

 開幕容赦ないストーンエッジによりチルは慌てふためきながら岩を回避する。元々命中率が低めだからか全て避けきることができたがこいつ修行する気があるのかというくらい殺意が高い。

「一瞬で終わらせる気かよ!」

「えー? 基本一手で終わらせられたらそれでいいじゃん。ていうかジムリーダーも絶対エッジ覚えてるポケモン持ってそうだし。格闘タイプの岩技習得なんてサブウェポンとして定番じゃん」

 ド正論に反論できない。

 ともかくチルのレベルをあげるためにも勝たなければ。チルが使える飛行技は――

「チル! そらをとぶ!」

 一度上空に飛んでからの溜め攻撃。当たるまでに時間はかかるが威力は覚えている技の中でも高い。

 が、コジョンドはみきりを使っていたのかなんなく避け、コジョンドはその後驚くチルットにそのままはっけいを繰り出して弾き飛ばした。

「チル!」

 一撃では倒れなかったものの、まひを食らったチルを一度ボールに戻してイヴを出す。

「イヴ、はっぱカッター!」

 イヴのはっぱカッターは急所に当たったのか思ったより効いたらしくコジョンドは顔をしかめ、再びはっけいを仕掛けてくる。が、イヴは麻痺にならずそのまま押し切って二度目のはっぱカッターでコジョンドは倒れた。

「お、運が良かったね。じゃあ僕の二匹目~」

 軽い声音からは想像もできない二匹目が繰り出され、思わずヒュッと変な声が出た。

「ローブシンとか参考になるわけねーだろバーカ!」

 イオトも同じことを思ったのかほとんど罵倒の野次が飛ぶ。もっと言って。ちなみにシアンはローブシンに見とれており恍惚とした、というか女が人前で浮かべちゃいけないレベルの蕩け顔をしていた。

「ローブシン……しゅごい……つよそう……」

 言語が怪しくなってるけどもうこいつは気にしたらだめだ。ていうか俺が勝たないとお前の強制送還なのわかってる?

 ローブシンは無表情でじっとイヴを見下ろし無言で頷くと戦闘態勢に入る。構えるイヴを見てローブシンのステータスを思い出す。確か特防の方が低かったはず。

「イヴ! マジカルリーフ!」

 マジカルリーフは効いているのか効いていないのかローブシンの様子からは窺い知れない。あいつめちゃくちゃ無表情だな。

 ローブシンは大ぶりな動きだが拳に冷気をまとわせ素早くイヴを叩き潰す。それはれいとうパンチでイヴはその攻撃の重さに耐えきれず目を回して戦闘不能となった。

「だから! 参考にならない!」

「冷パンも格闘タイプのサブウェポンとしてなら普通じゃない?」

 そういう意味じゃないんだよなぁ。

 気を取り直してチルを繰り出すとチルの麻痺はしぜんかいふくにより綺麗サッパリ消えていた。やる気を見せる後ろ姿に和みつつもローブシンへとつつくを指示する。一応、効いてはいるんだろうけど元々そこまで威力ある技じゃないのもあって少々物足りない。

 結局ローブシンが圧倒的すぎてチルも早々にダウンし、さすがに待ったをかけたイオトが割り込んでくる。

「ローブシンは無理! ヒロはあとフシデとジグザグマだしいくらレベルさげてようがお前ののその汎用性高いローブシンじゃ全員ベイビィポケモンだわ!」

「えー」

 不満そうにローブシンを下げるエミは先程倒れたコジョンドにげんきのかけらを与えながら言う。

「それなら野生のポケモン相手にしたほうがよくない?」

「いや、トレーナー戦と野生はまた別だし」

 腰に手を当てながらうーん、と唸るイオトは落ち込んだ様子のチルを見てぱちんと指を鳴らす。

「ヒロ、チルットに頼りすぎ。全体のレベルをあげよう。せめてジグザグマとフシデは進化させる」

「えっ、ジム戦までそんな時間あるか?」

 レベルをあげろというがそんな単純な問題でもないだろうし。

「いや、大丈夫。俺とエミの手持ち相手だし。少なくとも今のでどっちかレベル上がってるんじゃないか?」

 そんなまさか、と図鑑を開いてステータスを確認するとイヴとチルのレベルが上っている。イヴはコジョンドを倒したからともかくチルはなんで上がっているんだろう。

「そんな驚くことか? 負けても戦えば経験値はたまるし、何より俺たちのポケモンは元のレベルが高いから経験値が野生と比べて高いんだよ」

「そんな仕組みだったのか……」

 負けても経験値が入るって戦えば戦うだけ成長するんだなぁ。

「といっても、まだレベルが低いからってのもあるけどな。一定越えると全然レベル上がらなくなるし」

「僕も最近ほとんど手持ちのレベル伸びなくってねー」

 びよーんと手持ちのパチリスの頬を引っ張るとパチリスが鬱陶しそうに尻尾でエミを叩く。

「いいなー! ボクもあとで手合わせするですよ! シャモすけを早く進化させてバシャーモにしてぇです……」

 進化することがないカモネギが横でいじけたようにネギで地面に円を描き始める。がんばれカモネギ。強く生きろ。

「チルを進化させたほうが戦力的にはいいんじゃないか?」

 チルタリスになれば能力もあがるし、優位性も増す。

「ジムリーダーって挑戦者の手持ちに合わせて自分の手持ちも調整するからあんまりチルットだけあげてもそこに合わされたら悲惨だぞ」

「満遍なくレベルを上げたほうがいいってことかー……」

「僕はそこらへんにいる野生のポケモン捕まえて戦力補充するのもいいと思うなー」

 だぼだぼの袖で指差す先は裏庭に迷い込んでいる野生のポケモン。それもありっちゃありだけど。というかポケモン増えるのは目的としてはいいんだけど今はそれじゃない気がする。

 どちらの言うことも一理あるが、とりえずはレベルを全体的に上げる方針で行こう。やる気満々のチルには悪いがしばらく休憩だ。

「チル、悪いけどしばらくは他のメンバーのレベルあげるから裏庭で遊んでていいよ」

 そう言った瞬間、チルットはショックを受けたように「チルー!?」と鳴いて俺をつついてくる。痛い、割りと痛い。

 しかし、ずっとではなくふとした拍子にトボトボと離れ木の上に飛んでじっと見下ろしてくるようになる。な、なにを伝えたいんだろう。

フシデとジグザグマもやる気充分でイヴを二匹がかりで小突き始めたので慌てて止めに入り、その後、加減の下手なエミではなくイオトのマリルリさんと野生のポケモン相手に修行を再開した。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「あーあ、あいつら予想通りだな」

 二階の窓縁に腰掛け、双眼鏡で裏庭の様子を見ていたケイは淡々とした様子で4人の修行風景から目をそらす。

「まあ、近くに下手に実力者がいると案外そうなるのかもしれねぇけど……」

 そう呟いて起き上がりバルーンに蹴りをするバルキーを見て、困ったように頭を掻く。

「こりゃマジでお前が勝つかもしれないな」

 そう言われたバルキーは蹴りを止め、にやっと一笑する。この勝ち気なバルキーに自分が負けるという考えは毛頭なく、当然とばかりにトレーニングを再開し始めそれからも視線をそらしたケイはどこともなく空をぼんやりと眺める。

「俺の周り問題児しかいねぇな……」

 それが裏庭の4人に向けられたものだけではないとバルキーが気づくことはなかった。

 

 




活動報告でちょっと今後の内容についてプチアンケ(見る人がいるかは不明)してるのでもしお暇なら覗いてみてください。


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馬鹿騒ぎと不穏

 シアンが夕飯の準備のために早々に離脱した以外は特に劇的なことはなく、ドーラとグーはまだ進化していない。多分あと少しだと思うんだけど。

「まあまだ時間はあるし、バトル中に進化するかもしれないしな」

「バトル中に進化って結構よくあったりするのか?」

 イヴの例はまあ、苔むした岩が原因だから特殊っていえば特殊だけどレベルが進化に関係しているとなるとそのへんどうなんだろう。メガシンカみたいに戦闘中だけの特殊なものもあるしこの世界では戦闘中での進化はそう珍しくないんだろうか。

疲れたのか大の字で鳴いてるグーの腹を撫でながらイオトに聞くとへらへらと掴みどころのない顔でのたまう。

「んー、まあ、運かな!」

 こいつ殴りたい。

 意外と汗をかいたこともありエミは「あっづー」とぼやきながら長い袖をまくってすっぽりと首を隠す襟を引っ張っている。こうしてみるとエミは露出が少ない上に暑そうな服だから大変そうだ。

「お風呂はいろー……」

 しゃーねーなーとパチリスが肩に乗り、道場へと戻ろうとする後ろ姿を見ていると視線を感じてイオトと目が合う。

 恐らく考えていることは同じだった。

「エミ……昨日も思ったんだけどみんなで裸の付き合いしようぜ」

「そうそう。ノリが悪いって言われるぞ」

 一人去ろうとするエミの腕をそれぞれ両脇で捕まえて裏庭からそのまま道場の風呂場へと二人がかりで引きずっていく。エミもさすがに二人の力には抗えないのかずるずると引きずられているもののバタバタと抵抗はしていた。

「え、ちょ、ちょっとタンマ。なんで? なんでそういう流れになるわけ? その理屈ならシアンも呼べばいいじゃん」

「お前だけ性別不明瞭だからはっきりさせたいの!」

 イオトの笑ってない笑顔にうんうんと頷く。男、っぽいとは思ってるんだけどいまいちわからないし。

「えー、待って? さすがに強要はよくないと思うな? 僕が仮にも女だったらどうするのさ」

「そういうこともあるよね。以上」

「クッソ! このメガネ最低かよ! ヒロも何か言って!」

「正直エミだし女だったとしてもそんなに罪悪感はないかな……」

「クズ!」

 罵られても全然気になんない。どうせ旅にもついてくるんだろうしこういうのは早めにはっきりさせておきたい。

 脱衣所手前まで抵抗していたものの最終的にはエミのコジョンドも手伝ってくれたため脱衣所に引きずり込むことに成功し、なぜか協力的なコジョンドに両腕を抑えられたエミは半ギレになりながらコジョンドに怒声を浴びせる。

「コジョンドお前! 主人を売るのか! ていうかなんで僕じゃなくてこいつらの手伝いしてんの!?」

 相変わらずつーんとした表情でエミを押さえつけるコジョンドは羽交い締めで俺たちにエミを差し出してくる。

 コジョンドも何考えてるかわからないけどまあ、その、なんだ。そこまでノリノリで協力されるとちょっと俺らも冷静になる。

「……こう、脱がさなくてもわかるかな」

「いや――あのみつあみ女みたいにまな板胸の可能性もある」

 イオトの真剣な横顔はエミの胸部に向けられる。そしてみつあみ女――リジアのことを挙げられて俺は二度事故ったあれを思い出す。事故だってば。

 まったくこう、揉む揉まないとかいう話じゃなかった。男胸との差がわからなかった。女の胸というものはもっと柔らかくて夢のあるものだと思っていた。そのせいで胸だけで判断するということがどれだけ早計かということを実感する。

「そんなホイホイまな板が存在してたらかわいそうだろ……!」

「え、俺はまな板全然いいと思うけど」

 イオトがなんでもない表情で言うといつも通りの爽やかな笑顔とは少し違う、影のある横顔でボソボソと呟く。

「つーかさぁ……女は小さい方がいいって……背も胸も歳もさぁ……あのみつあみ女マジあり得ねぇ……背もでかいし……やっぱり若い子の方がいい……」

 どうしよう。俺今夜こいつら全員置いて一人旅に戻ろうかな。

「ヒロ! こいつ目がやばいよ! なあちょっと! ていうか僕は――」

 涙目になったエミにコジョンドは呆れたように息を吐いてパチリスに目で合図を送る。

 すると、動くつもりなどなかったのにパチリスの方へと引き寄せられた俺たちはパチリスの誘導に沿ってエミへと手が伸びる。

「え、何だこれ――」

「このゆびとまれだ!」

 イオトが気づいたときにはエミの下腹部――股間へとパチリスが誘導していることがはっきりとわかって三人揃って青ざめる。

「パッ――パチリス――!!」

 エミの絶叫にコジョンドは「ざまあみろ」と鼻で笑うとパチリスもにやりと悪人のような表情を浮かべもうそれに触れようとしていた。

「おいこれ腕が止まらない――」

 触れることを拒否できないその技の力は俺たちにそれを思い知らされた。

 

 自分たちにもついている息子がある。

 

 先程まで上がっていたテンションは急に氷点下まで落ちすっと冷静になってくる。俺たちなんで男の股間触ってんの?

 

「おい、お前ら今日の飯だけど――」

 無遠慮に開かれた脱衣所の扉。なぜかジャージ姿のケイは見事に目の当たりにしただろう。

 俺とイオトとコジョンドがエミを押さえて股間を触っている光景を。

「――邪魔したな」

 即座に閉められた脱衣所の扉をイオトは閉まる直前に手を差し込んでケイと力比べを始めた。

「ちょっと待って。誤解だから。そういうのじゃないからさ。話を聞こう」

「その……俺にはそういう趣味がないからわからないが……合意じゃないとどうかと思う……」

「まず俺もそういう趣味がねぇしお前エミの性別わかってるんならさっさと言えよ!」

「俺もないよ!!」

 さらっと自分だけ言い逃れようとするイオトに便乗して俺も否定しようと閉まる扉を無理やり開かせる。男二人だというのにケイはびくともせず、急に手を放したケイによって扉が開き、そのまま全力疾走で逃げられ、誤解がいまいち解けていないまま風呂場に虚しい野郎3人が取り残された。

 

 

 

 

 

 

「で、なんで性別ぼかしてたんだよ」

 風呂でグーの体を洗いながら開き直って風呂に入ったエミは自分の髪の泡を落とすと嘲笑うように言った。

「勘違い野郎が告白してきたらバラして振るため」

「お前に罪悪感を抱いた俺が間違ってたようで安心したよ」

 理由がしょうもなさすぎて無理やり触ったことへの罪悪感が消え失せた。

「え~だってさ~僕の顔ってかわいいじゃん?」

 それは否定しないけど自分で言ってるを見ると心底ムカつくな。自意識過剰じゃないあたりが更にイライラする。

 確かに顔はかわいいし、服を着ていれば少女と見られてもおかしくない。中性的な容姿は知らない人間から見れば魅力的に見えるだろう。

「まあおっさんとかがたまにナンパしてくるんだけど金だけ取ってバックレるの丁度いいから性別曖昧にしておくと便利なんだよねぇ」

「お前ってクズだな」

 イオトも呆れながら自分の体にシャワーをかけて泡を落とす。湯船にはマリルリさんやイヴたちが既に入っており、小さいポケモン用の湯船にはパチリスがいるせいか電気風呂みたいになっている。害はないんだろうが入るだけで電気風呂とか一歩間違えると感電しそうで怖いな。

「そう? 女って勝手に思い込んでくれるとやっぱり面倒もあるけど楽だよ? 女特有の特権とかね。映画のレディースデー、あれ僕だいたい身分証明なしで通るし」

 詐欺だぞそれ。

 これで男3人が確定したわけだがシアン1人女がいてこう、問題ではないんだろうか、改めて。

 といっても一人はロリコン、もう一人はナルシスト女男。そして俺……。

 なんか普通に大丈夫な気がするわ。間違いが起こる想像ができない。といっても、俺が勝たないといけないんだけどさ。

「ところで俺、勝てると思う?」

 ばしゃばしゃ泳ぎ始めたグーを横目に自分よりトレーナーとしては上の二人に問うとどちらも真顔で答えた。

「え、まああいつがどれだけ手加減するかじゃね」

「ジムリーダーの手の抜き方次第だよ」

 ジムリーダーの手抜き次第で決まる俺の勝敗って。

 ゲームとかだと進行に合わせてレベルがだいたい決まってたが今は相手が俺を見てどれくらいで相手をするか決めるもんだからどうなるかは未知数だ。

「ちなみにお前らは勝てる自信あるの?」

 二人はケイの判断では実力は十分とされていたが実際どれくらいなのかははっきりしない。実力が十分というからにはジム戦しても勝てるとは思っているが。

「んー……俺は多分普通に勝てると思うよ。あいつの手加減なしでも」

「僕も多分勝てるかなー」

 めっちゃ軽く言うけどこの二人どっちが強いんだろう。そこに触れたいけど触れたら最後な気がして口にできない。たぶんお互い自分の方が強いとか思ってそうだし。

「まあまあ、俺らが当日まで相手してやるし安心しろって」

「そうそう。別に負けてもシアンが実家帰るだけだしあんまり重く考えないほうがいいよ」

「お前らのその気楽さは見習いたいけど多分絶対マネできないわ」

 ふと、風呂に入っているメンバーでチルがいないことに気づき、呼びかけるように「チルー?」と声を出すが返事はない。

「チル、どこいったんだ?」

 

 

 

――――――――

 

 

 

 裏庭でチルは起き上がりバルーンに向かって何度もぶつかっていた。必死にぶつかっていく様子に野生のポケモンはそれをじっと見ているだけで近寄る者はいない。

 が、そこにケイのバルキーが現れる。バルキーに気づいたチルはぶつかるのをやめ、バルキーと睨み合った。

「チル!」

「バル……」

 両者の空気は険悪で、向かい合った瞬間戦闘となり、チルットのそらをとぶはバルキーにはなんなく避けられ、そのままローキックを食らい、次いでいわなだれでとどめを刺された。

 倒れたチルを意地悪く見下ろすバルキーの表情は当然、と言わんばかりの自信に満ち溢れており悔しそうに呻くチルは夕焼けを背にしたバルキーを睨む。

「おいエイラク」

 不機嫌そうなケイが裏庭に現れると同時にバルキーはまずいと思ったのかケイをすりぬけて道場へと戻っていった。その行動を不審に思ったのかケイはチルをじっと見る。そして、だいたい何があったのかを察したのか困った様子で息を吐く。

「……お前も大変だな」

 蹲っているチルは泣いていた。ぽろぽろと溢れる涙が地面に染み込みケイはしゃがんでチルの頭を撫でた。

「エイラク――バルキーのやつも悪気はねぇんだ。ただあいつは負けも礼儀も知らねぇまま自信だけが育っちまった馬鹿なんだ」

 だから、俺が代わりに謝るから許してくれと、ケイはチルに言った。

「……チル!」

 チルはしょうがないから許す!と言わんばかりに飛び上がりそのままどこにそんな元気があるのか池で水浴びをしてびしょ濡れのまま道場へと戻っていった。

「――ジム戦当日、どうなるかね」

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 ジム戦当日、わずかに緊張と、それ以上にジムリーダーとのバトルというワクワクが胸を踊らせ、道場からすぐ近くのジムへと4人で向かう。ジムの入り口で予め事情を聞いていたのか道着の男性がジムトレーナーを通さないで直接ジムリーダーの部屋へと案内してくれる。

 ジムの内装は道場のような木造と畳かと思いきやバトルコートは地面になっており、天井も高い。天井が高い理由を聞いてみると飛行タイプで挑む挑戦者が多いからだそうでコートが土なのもじめんタイプが困らないようにするためだとか。

 たどり着いたジムリーダーの部屋はジムトレーナーの部屋とそう大差ないが掛け軸に『不撓不屈』と書かれ、その前にジャージ姿のケイがあぐらで座っていた。

「ま、朝も会ったから特に言うことはねぇけど」

「……やっぱりなんか怒ってる?」

 むすっとした表情に思わずそう聞いてしまうとケイは「はぁ?」と呆れた声を上げた。

「前から疑問なんだが俺の顔はそんなに怒ってるようにみえるのか?」

 本人は別に不機嫌でも怒っているわけでもないらしい。

 イオトとエミ、そしてシアンは観客席で俺たちを見守っている。まだ始まらないというかケイが気だるげに立ち上がり、しばらく黙り込んだあと口を開いた。

「と、いうわけで定型文だが一応言うぞ。ようこそ未来ある挑戦者(チャレンジャー)。ワコブシティジムリーダーのケイだ」

 唐突の名乗りに混乱しているとケイは手のひらのカンペを見ながらえーっと、など呟きながらこちらに視線を戻す。やや棒読み気味の声はなんとなく覇気がない。

「格闘タイプ。シンプルに強く、たくましく、えー……」

 カンペに再び視線をやると何を思ったかそれをぐしゃぐしゃにつぶして頭をかきむしり鬱陶しそうに突然叫びだした。

「あー!! リーグの定型文めんっっどくせぇ! もういいわ。語るなんて俺ら武人には不要。拳と意思があれば人もポケモンも理解し合える。それだけだ。やるぞ」

「え、あ、はい」

 あ、もしかしてこれゲームで言うジムリーダーの紹介なのか……。

 ところで前々からたびたびジャージ姿なのを見かけていたがなんでジャージなんだろう。受付やジムトレーナーは道着だったし道場でも着物なのに。

「あ、あのさ……なんでジャージなんだ?」

「は? 動きやすいからだけど」

 にべもない。というかジムにいた人らに比べてケイはいささか格闘使いにしては細身だ。どちらかといえばゲームの印象もあってかケイはあまり格闘タイプ使いに見えない。カラテ王とかみたいな印象がどうも先行してしまう。

「話はあとでもできるだろ。ほら、挑戦者。定位置につけよ」

 追い払われるように挑戦者が立つ定位置に追いやられルールについての説明を受ける。

 

 

・挑戦者は手持ち(上限6匹)が全滅したら敗北。勝利条件はジムリーダーの手持ち(挑戦者の実力に応じて変動)を全滅させること。

・道具の使用は有り。トレーナーがバトルに乱入するのは禁止。

・故意にジムリーダーを傷つける行為など反則行為を行った場合は即刻失格となる。

 

 

「まあ、細けぇのは諸々あるが――シンプルなジム戦だ。レベルはお前の手持ちに合わせて俺の手持ちは一匹を除いて下がっている」

「一匹を除いて?」

 それはつまり一匹だけ本気ということだろうか。さすがに無茶じゃないかと、言いかけたところでケイは手で俺の言葉を制して言う。

「その一匹は俺が育成しているまだレベルの低い――お前の手持ちとそう変わらないやつだ」

 倒せない相手ではなさそうなので安心した。

 ちらりと観客席を見るとシアンがカモネギを抱えながら「がんばるですよー」と言っているのが見える。まあ、あいつのことはあんまり気負わずいこう。どうせ負けてもあいつしか困らないし……。

「準備はできたな?」

 ケイが目を細め確認を取り俺もそれに頷いた。

 すると、横のモニターが点灯し、俺の手持ち欄は4匹、ケイの手持ちは3匹と表示される。

「――純真と絆の象徴ワコブシティ、ジムリーダー。さあこい挑戦者(チャレンジャー)!」

 

 

 同時に放たれたボールはコートの上で開き、戦いは始まりを告げた。

 

 

 

 




●ヒロ
イヴ(リーフィア)♀
チル(チルット)♀
グー(ジグザグマ→マッスグマ)♂
ドーラ(フシデ→ホイーガ)♂


●ジムリーダー・ケイ
?? (レベルダウン)
?? (レベルダウン)
?? 


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VSジムリーダー・ケイ


【挿絵表示】
 (2017.12.28追加)


 初手で繰り出されたのはエビワラーだ。こちらが出したのはマッスグマに進化したグー。相性は当然ながら不利。格闘タイプのジムなんだから当然といえば当然だ。

 が、イオトとエミの予想通り初手はあまり早くない相手なのが幸いした。

「グー! じゃれつく!」

 フェアリータイプの技でも威力が高いそれは特別攻撃が高くないグーでもある程度効果を発揮し、エビワラーにダメージを与えることができた。出だしは上々。グーには悪いが最低限の働きで退場してもらうことになる。

 が、エビワラーはこちらを攻撃せず、こうそくいどうで自分の素早さをあげてくる。

 すぐにグーを倒しに来ると思っていたのに積み技をされ焦りつつももう一度じゃれつくを当てれば倒しきれるはず――そう考えもう一度じゃれつくを指示すると先に動いたエビワラーは更にビルドアップで自分を強化していく。この状況でまだ積むのかと驚くと同時に、グーのじゃれつくはエビワラーに直撃するも、まだエビワラーは立っている。といってもかなりギリギリの状態だが。ビルドアップで防御アップをしてきたのが効いているのかじゃれつく2回で落ちないあたりやはりよく鍛えられていた。

「ビワ、決めろ。マッハパンチだ」

 あまりも早く、俺はその動きを視認できなかった。エビワラーの拳はグーの胴体をえぐるようにめり込み、俺の後ろの壁までふっ飛ばされ土煙が舞い上がる。

「グー!」

 振り返ってグーを見ると瀕死になっており、先制技のたった一撃で倒れたことと、自分を強化したことを踏まえても明らかに威力が高いことから恐らくエビワラーの特性はてつのこぶしであろうと推測できた。

 それと同時に横のモニターが変化し、俺の手持ち部分の一つが戦闘不能を示すグレーに変わる。

 目を回したグーをボールに戻し、チルを繰り出す。先日から不機嫌そうだったチルも今日はやる気充分のようで「ちーるー!」と元気な声を上げた。

「……」

 ふと、ケイの表情が一瞬だけ変わったがそれが本当に一瞬で何を思ったのかまではわからない。ただ、漠然と『期待』という感情が頭をよぎる。

「チル! つつ――」

「ビワ! かみなりパンチ!」

 先に攻撃したのはエビワラー。効果は抜群。それでも一撃で倒れることはなかったがチルは指示したつつくを当てることはできず、それどころか痺れて動けなくなっていた。

「うっそ……!?」

 ゲームだとかみなりパンチで麻痺になる確立って確か10%くらいだったよな? いや、ゲームと今は必ずしも一致しない。それよりもここまで持っていかれるのは予想外だった。回復するか? そう考えたが恐らく回復してももう一発撃たれたらアウトだ。麻痺はしぜんかいふくで治る。となると――

「チル戻れ!」

 ボールに戻し、代わりにドーラを繰り出すとケイの表情は相変わらず不機嫌そうな様子だがどこか先程とは違って落胆したように見える。

「エビワラー、ほのおのパンチ」

「ドーラ! ポイズンテール!」

 エビワラーの攻撃は当然早い。しかし、ドーラはほのおのパンチで倒れることなく攻撃を当て、同時に両者が距離を取る。

 運がこちらに傾いたのか、エビワラーがそのまま膝をつき、瀕死になる。

「……ポイズンテール、じゃないな。どくのトゲの方か」

 納得したようにボールにエビワラーを戻し、軽くボールを下投げすると出てきたのは無言ながらも圧倒的な威圧感を放つサワムラーだった。ていうかここ数日やたら洗濯物関係で対面したやつだ。

 ――あの強面のサワムラー、ジムリーダーの手持ちかよ!

 隙のない構えのサワムラーはドーラと睨み合い、じりじりと互いの距離を見ていた。

 それにしてもどうする。戦法としては毒状態にした上でベノムショックで削ろうと思っていたのによりにもよって特防の高いサワムラーときた。しかし、エビワラーより防御は低い。

「ドーラ! まもる!」

 ジム戦に挑むにあたってイオトとエミとも話した、特性は何かという問題。エビワラーがてつのこぶしだったこともあって、サワムラーの特性は隠れ特性でなければじゅうなんかすてみ。ケイが選ぶなら恐らくすてみではないか。

 ならおそらくやってくるのはすてみのとびひざげり――

「読めるんだよ」

 守りの体勢に入ったドーラにサワムラーはフェイントで攻撃し、まもるは無意味なものへと成り果て、ドーラの体力を削る。しかもフェイントは接触技ではないためどくのトゲは見込めない。

『格闘タイプだから接触技ばっかだしへーきへーき』

『そうそう。毒になったところをベノムショックでやっちゃえばいいよ』

 昨日の夜そんな話をしたのにこれだ。聞かれていたのかと思うほどに、いや恐らくジムリーダーとしての実力だろうけどあまりに考えた戦略が通じないせいで思考がどんどん混乱していく。

 だめだ、今は目の前のことに集中しなければ。虫技は半減。岩も半減。となるとやはりポイズンテールしかない。

「ドーラ! ポイズンテール!」

 ゴリ押しみたいで嫌だがいやなおとで防御力を下げたところでこちらが攻撃できなければ意味がない。どくばりの方が毒になる確立が高いので毒を狙うのも有りだがそれよりも体力を削ったほうがいい。

 ポイズンテールが当たり、サワムラーが何もしない?と不審に思ったところでサワムラーがあえてポイズンテールを受けたことに気づく。

「サワ! リベンジ」

 後攻技、ダメージを受けると威力が2倍になるそれを食らってドーラは耐えることができず目を回してしまった。

 これでこちらは残り2匹。しかし、サワムラーもポイズンテールのダメージが意外と効いていてなんとかなりそうだ。

「イヴ!」

 チルの体力が危ないのと、相手の最後の一匹が何かわからない状態でチルを出す訳にはいかない。というかチルを回復させたいのに目を離す隙がない。道具を使うタイミングがつかめない。

 サワムラーをどうにか倒して、手持ちが交代する時に回復をするしかない。

「イヴ! はっぱカッター!」

 定番中の定番。サワムラーも動くが、運よく急所に当たり、サワムラーは膝をつき……あいつの膝ってどこだ……? ともかく、サワムラーも倒れ、相手は残り1匹。こちらは2匹。この隙にチルを回復させたためまだ余裕はある。

 いける。予定みたいな作戦や戦略はほぼだめだったが勝てる気がする。

 

 

――――――――

 

 

 

 

 予定した戦略とは違うけど上手いこと進んでいる。

 

(とーか考えてるんだろうなあいつ)

 ケイは内心不機嫌を極めていた。あまりにもお手本のようなそれこそ教科書通りの対応をされていること。そしてこちらもそうだと思われていることを。

(まあお前のその知識は評価するよ。ただし――勝ちはやれないな)

 知識があるということは素晴らしい。無知よりもよっぽど好感がもてる。だが、中身の伴わない知識に価値などない。

 ジムリーダーには数種類のタイプがいる。

 

 一つ、圧倒的実力で挑戦者を圧倒する者。

 二つ、挑戦者を教え導き、新たな実力者の育成を促す者。

 三つ、勝ち負けにこだわらず、総合的な観点で評価し、実力を認める者。

 

 一番目はとても厄介かつ、ケイとしてはあまり好ましいタイプではない。ジムリーダーの本質は『トレーナーの実力を高めるためのもの』なのだから。

 他の地方では負け続けるとジムリーダー資格を剥奪されることもあるがここではその限りではない。そもそもジムリーダーとしてもらえる給金なんてそれほど多くない。兼業をしている者も多くいる。そのため、負けることが決して悪いことではないのだがそう思わない人間も多くいるのだ。

 手を抜いていると思われるかもしれないが相手は自分たちジムリーダーと違ってまだ未熟なトレーナー。その芽を育てることが第一なのに徹底的に叩きのめしてどうする。先達が成長の境目を見抜き、勝ちを譲ることで成長や、勝つことの楽しさ、強敵との戦いでポケモンとの絆を深めることを目的としているというのに。

 なぜ勝てないのか、なぜ負けるのか。その理由を知るまでもなく叩き潰されたトレーナーは多い。それはジムリーダーの怠慢であり、ただ強いからというだけでジムリーダーを背負っているのがケイには許しがたいことだった。あの横暴で、傲慢な人物こそまさにその典型だ。

 そして、それ以上に彼には許せないことがある。

(サワがやられるのは想定の範囲内。大方、あれの入れ知恵だろうが……)

 ちらりと観客席を見る。目があうことはないが向こうも見られていることに気づいただろう。

(お前のそういうところが嫌いなんだよ。俺じゃなくてお前が真っ先に言うべきことだろ)

 深い深い、重苦しいため息を吐いて3匹目のポケモンを繰り出す。

(お前は強いよエイラク。だが、俺の指示を無視してその自信に溺れてるうちは……)

 

 問題児のバルキー、エイラクはボールから出てケイに背中を向けただけでもありありとわかる「自己陶酔」に浸っていた。

 

 

 

――――――――

 

 

 現れたポケモンはなんとバルキーだった。最後の一匹だからてっきり切り札かとおもっていたが進化前のポケモンとは。

 勝ち気な笑顔のバルキーは拳を見せびらかすように動き、攻撃する素振りは見せない。

「エイラク」

 たしなめるようなケイの言葉も無視し、イヴに殴りかかってくるがイヴはそれをギリギリで避け、逃げるイヴとバルキーの追いかけっこになりはじめる。

「イヴ! でんこうせっか!」

 追いかけっこをしても埒が明かない。そんなに強くないだろうしこちらから動いたほうが早いと見て指示を飛ばすがバルキーは素早いでんこうせっかをあっさりと避け、それどころかイヴに蹴りを何度も叩き込んでくる。なにかの技かと聞かれるとわからないが確実にダメージをイヴに蓄積させている。

「エイラク!」

 先程よりきつめの声のケイに一瞬反応したバルキーはバックステップでイヴから離れ、不敵な態度で腕を組む。

「こいつはまあ、強いことは強いんだがとんだ自信家かつ、理想の高いやつでな」

 呆れたように愚痴をこぼすケイ。イヴがバルキーを睨むがまだ両者動かぬままだ。

「進化するのは自分が決めたい。自分が切り札じゃないと嫌だ。進化するときは最高にかっこいい状況で、とかそんな我儘息子だ」

 目を伏せたかと思えば片目だけ開いてバルキーの方を見る。バルキーもケイを見て急かすように「ばるっ!」と叫ぶとケイは渋々と言った様子で頷き、言った。

「エイラク! お前のお望みどおり最高の舞台を作ってやったんだから男を見せろ!」

 それを聞くやいなやバルキーは自分に巻きつけていた包帯を外し、身につけていたかわらずのいしを投げ捨てる。

 バルキーは駆け出し、イヴに蹴りを入れる。イヴもそれを避けるが体を逆さにしたバルキーはそのまま連続で蹴りをうちこんできた。イヴが再び避けた瞬間、バルキーが輝き、一瞬のうちにバルキーに変化が現れた。

 そして、更にもう一撃、イヴへの蹴りが繰り出され、そこにいたのは勝ち気な表情を浮かべたカポエラーだった。

 このままだとまずい。イヴはまだ立っているが疲労してきている。

「イヴ! こうごうせい!」

 呼吸を整え、体力の回復を試みるがカポエラーは隙をつくこともせずそんなことをしても結果は変わらないとばかりに構えながら待っている。

 完全に舐められている。ケイの指示も聞かない。けれどバトルには好戦的で非常にいやらしい表情をするやつだった。

「ていうかジムリーダーのポケモンがなんで言う事聞かないんだよ!」

「卵からかえしたんだけどな。なぜかそいつだけやたら勝ち気だしわがままなくせしてほかより能力が高いもんだから俺も困ってるんだよ。しかも戦う相手をめちゃくちゃ選ぶときた」

 ケイの指示をほぼ無視するのは自分がなにより強いと感じているからなのか、ケイに懐きはすれど言うことはほとんど聞かない。かなりの問題児だ。

「ま、お前の手持ちでこいつの鼻っ柱へし折ってくれよ」

「他人事のように言うなよジムリーダー!」

 本当に他人事すぎる。

 はっぱカッターで応戦するもカポエラーは回転し、すべて撃ち落としたかと思うとそのままイヴを攻撃する。技ではなく翻弄するような動きでただ攻撃するその様子は嘲笑うようで、イヴも倒れはしないがきつそうだ。

 マジカルリーフを指示するも元々特防が高いこともあってかそれほど効いている様子はない。

 技ではなく個体としての能力がそもそも高く、技の撃ち合いでどうにかなる状況じゃない今の状況に勝てる見込みがなくて唖然とする。チルの攻撃もこれでは当たるはずがない。

 マジカルリーフが何度か当たり、少しは削れた、というところでイヴに限界がきた。

 戦闘不能になったイヴをボールに戻し、チルを出すべきところで手が止まる。負けるのがわかっている状況でこのまま続けて意味があるんだろうか。

 ぼんやりと、カポエラーを見ると本当に相変わらず不敵で、嫌な笑顔を浮かべている。自分が勝つことが当たり前と思っているんだろう。

 チルにこの状況を覆せるのはタイプ相性しかない。けれど、それでこいつに勝てるのか?

 ぐるぐると思考が回る。そして脳裏に浮かんだのは降参の二文字。無駄に怪我するよりは――

 

「しゃきっとしろ!」

 

 観客席の激励かと思ってはっとする。しかし、その声の主は対峙しているケイだった。

「辛気臭い! 挙句自分の手持ち信じねぇでどうするんだ! 新人のうちは難しい戦略考えねぇでタイプ相性だけ頭に入れとけ! 手持ちの方針も技も出揃わないうちからごちゃごちゃと……!」

 苛立たしげに頭をかきむしると腕を組んでダンッと強く床を踏みつけ大きな音を立てるとカポエラーも驚いて思わず振り返った。

「小賢しい戦略はせめて俺以外にやれ! 俺は誇り高きワコブシティがジムリーダー! 武に身を投じ、トレーナーとポケモンがともに戦う純真なる絆を司りし者! 小手先の付け焼き刃な戦略なんぞ通じると思うな!」

「は……え?」

 付け焼き刃な戦略って、まさか、俺のこのバトルでのあれ、全部気づかれていたんだろうか。

「ゴリ押し? 大いに結構! んなもん恥じることでもなんでもねぇ! やることやってから負けろ! ポケモンは生き物だぞ? データ上のステータスでお前手持ちのこと決めつけてるだろ?」

 その言葉がやけに胸に刺さって、思えば前世の記憶を思い出す前と今では思考に変化があることに気づいた。

 種族値や技のデータ。それらがどうしても先行してしまって目の前にいるポケモンが生き物であるはずなのにゲームの延長線上のようにとらえていることが何度もある。

 ボールの中のチルを見る。ボール越しに俺を見つめる目はまるで「信じて」と言っているようで、自分がなぜうだうだ悩んでいたのかと思うほど吹っ切れた。

「チル!」

 ボールから出たチルはカポエラーと対峙する。

 チルの覚えている飛行技はつつくとそらをとぶ。威力を見るなら後者だが溜め技だとみきりなどで避けられる可能性がある――とごちゃごちゃ考えていた思考を振り払い、眼の前にいるチルだけを見た。

「チル! いってこい!」

 高く飛び上がったチルを馬鹿にするように構え、みきりを使わないのか迎撃しようとするカポエラー。チルは急降下し、カポエラーに突っ込んでいく。

「ちーるううううううう!」

 攻撃が当たる直前、チルは輝き、バルキーが突然のことに驚いて目を覆う。そして、その一瞬が仇となったのかカポエラーにチルのそらをとぶは直撃することとなる。

 

 チルタリスへと進化したチルの攻撃は驚き、目を見開くカポエラーをふっ飛ばし、目を回したカポエラーをケイが確認したことで勝敗は決した。

 

 

 

 

 

 

 

「や、やりましたですよ!」

 ハラハラしながら見守っていたシアンが勝敗が決するとコートの方へと走り、俺に飛びついてくる。

「ヒロくんナイスですよ! 褒めてあげるですよ!」

 が、飛びつかれてもちょっと鬱陶しいのでそれを避け、進化したチルへと近づく。

「チル、ごめんな。ありがとう」

 二人の案に惑わされておざなりになっていたにも関わらずチルは俺の期待に応えようとしてくれた。ただ進化をするのは予想外だったし、レベルも進化前だったはずなのにどうしてだろうか。

 チルの頭を撫でていると先程の発破はなんだったのかというほどいつもどおりの不機嫌そうな普通の表情でケイが近づいてくる。

「そいつ、お前が見てないところで一人で修行してたんだぞ。風呂のときとか、夜もたまにやってたし」

「は!? そういえばチル、風呂のときいつもいなかったな!?」

 驚きの事実に思わずチルを振り向く。するとチルはまるで「頑張ったから褒めて」と言わんばかりに擦り寄ってくる。かわいい。

「んーかわいいからオールオッケー。でも今度は俺のいる時な。俺も気をつけるから」

「ちる~」

「か゛わ゛い゛い゛な゛ぁ゛!」

 本当に可愛い。しかももふもふ度もアップ。あ、くっついてると眠くなってくるなこれ……。

「んでほら、ジムバッジ」

 そうケイから軽い感じで渡されたのは拳と足がぶつかりあうようなマークのバッジ。ピカピカに磨かれたそれをどこにつけようかと悩んでいるとシアンに続いてイオトとエミも近づいてきた。

「おめでと~。いやぁ、これ途中で『あ、負けそう』って思ったけどいけるもんだね~」

 無責任すぎるエミの発言に思わずイラっとしたがエミの案を鵜呑みにした俺も俺なので人にとやかく言えない。イオトもニコニコと俺に肩を回してくるが鬱陶しいのでさりげなく手を払う。

「……で、シアン」

「なんですよ。ヒロくんが勝ったからボクを見逃してくれるんでしょう?」

 勝ったというのにややきついシアンに対してケイはなんと本当に少し、少しだが薄く笑う。

「止めはしないが気ぃつけろよ」

 その表情を見た瞬間、俺を含む全員が思った。

 

 ――やべぇ、普段笑わない分めちゃくちゃ怖い。

 

 別に笑顔そのものは怖くないのだがこう、何かあるんじゃないかと思ってしまう。それだけ普段笑わないせいで俺たちどころか見ていたジムトレーナーたちも嘘だろみたいな顔で見ている。

 その視線に気づいたのかケイはジムトレーナーたちにいつもの顔を向け「ほら、お前らは持ち場戻れよ」とたしなめる。そそくさと立ち去ったジムトレーナーたちを除いて俺ら4人とケイ、あと部屋の隅で蹲っているカポエラーとその近くに立つエビワラーとサワムラー。

 この後どうしようか、と考え、今から次の町に行ってもいいが1戦しかしていないのにどっと疲れた気がする。

「一応今日も泊まってけよ。今日は町の観光して明日にでも出れば?」

 ケイの提案にイオトがすぐさま乗り、エミもまんざらでもないのか町のどこ見に行く?と俺に声をかけ、やや不満そうに頬を膨らませるが拒否しないシアンとともにジムから出て、町でもそこそこ有名な食事処へと向かった。

 

 

――――――――

 

 

 隅で蹲るカポエラーを見て、エビワラーは呆れたように両手を広げる。サワムラーはあまり表情が変わらないがカポエラーをじっと見守っていた。

「敗北の味はどうだ?」

 誰もいなくなった部屋で、ケイは穏やかな声をカポエラーにかける。蹲ったカポエラーは体を震わせ、鳴き声のような、うめき声のようななにかを漏らす。

「悔しかっただろ?」

 視線を合わせるためしゃがみこんだケイが見たのはカポエラーの泣き顔だった。ぐしゃぐしゃになった顔は涙で濡れ、横にいたエビワラーがハンカチいる?と差し出すが受取を拒否した。

「それでいいんだよ。勝つことが全てじゃない。勝てると思った相手だろうと負けることはある」

 泣きじゃくるカポエラーの頭を撫でながら、他人が見ることはないであろう自然な笑顔をカポエラーに向ける。

「どーせあいつ、強くなったらまた来るだろうしそれまでにはお前も少しはマシになってるだろ? ほら、男ならそろそろ泣きやめ。今後はちゃんと俺の言うこと聞いて、修行もみんなと一緒にしろよ?」

 カポエラーは少し間を置いた後、こくんと頷いてサワムラーとエビワラーにもよしよしと撫でられる。狭い世界にいた蛙は少しだけ開けた世界に足を踏み出し、成長するきっかけとなる。

 ケイは自分の期待した通りにヒロも、カポエラーも踏み出してくれたことを嬉しく思いながら天井を見上げた。

「さて、ここからが大変だぞ」

 

 自分なんて、他のジムリーダーと比べたら優しい方だ。他はこんなに甘っちょろくない。

 

「特にあの人はな……」

 傲慢なとあるジムリーダーを思い出し、ヒロの今後を憂うと同時に自分にもそれが降りかかるであろうことにため息をつきながら3匹とともに部屋を後にした。

 

 

 



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4人旅のはじまり

 

 

 

「俺もうここに住みたい」

「わかる」

 ここで過ごす最後の夕飯を味わいながらイオトの呟きに思わず同意する。広い風呂、美味い飯、充実した修行のできる場所。しかもめちゃくちゃ静かだし町の飯屋も美味しかったし。というかここ飯屋充実しすぎだろ。ジム戦後色々食べ歩きしたせいで結構所持金が減った。

 所持金についてだが、旅に出る直前に両親からある衝撃の事実を伝えられ、この旅における資金は正直かなり余裕がある。そう、旅立つ前まで俺が家業を手伝っていた分の給料を両親がこっそり貯めておいてくれたのだ。最初のころ、子供だったこともあり別に小遣いだけでいいと言っていたのだが両親はそれでもと小遣いとは別に俺の口座を作ってそこにこっそり働いてくれた分だけ貯めていったらかなりの貯金になったそうな。まあここ6年くらいずっと使わず毎日手伝ってた分だと思えばそれくらい貯まりそうだし。これだけあるのに足りないなら連絡しろとかいうから母さんも過保護だよな。

 まあそれはいい。問題は3人揃って俺にたかってくるところだ。1回だけなら許したがその後も何度もたかろうとしやがった。カモじゃねないぞ。

 俺、本当にこいつらと旅すんの……?急に不安になってきた。

「なんでボクのときよりご飯に対する反応がいいですか」

「悪い……正直ケイの飯めっちゃ美味い」

 比べることがまず失礼なのはわかっているがシアンの味が100点だとしたらケイは120点レベルだ。なぜかわからないけどめちゃくちゃ美味い。シアンの味が家庭的な上手さだとすればケイのは料亭とかそういう系列だ。

「え、どっちも美味しいからいいんじゃない?」

 デリカシーがないというかあんまりそういうところにこだわらないのかエミがぱくぱくとすごい速さでおかずを消費していく。隣でパチリスもすごい速さでもぐもぐしているけどその体のサイズでよくそんな入るな……。てっきりナッツとかきのみをかじってるイメージがあったから目の前でどこかのピンクの丸い生き物よろしく一気に口に放り込んで頬を膨らませるとか誰が想像しただろう。個体差……なのかな……。

「まったく……急に今日は全部自分でやるとかいうからなにかと思ったですよ」

「他意はないぞ」

 酒をちびちび飲みながらジムで見せたあの笑顔はなんだったのかというほどむすっとした表情のケイをじっと見る。なんか、こうして見ると誰かに似ているような気がする。というかあの笑顔がちょっと誰かに似ていた気がする。

 ふと、視線をずらして見た先はアホ面でマリルリさんにおかずを奪われているイオト。そして、納得する。イオトと少し似ているんだということを。といっても髪色も目の色も違うしどこが似てると言われるとはっきりとは難しいがなんとなく雰囲気が少し似ているなと感じさせる。二人共フレームが違うけどメガネつけてるし。

「ん? 何?」

 こちらの視線に気づいたイオトがタレ気味の目をこちらに向ける。イオトの緑の瞳はケイの黒い目とは似ても似つかない。ケイはそもそもツリ目気味だし。

「いや、なんでもない」

 きっとメガネ属性のせいで似てると錯覚しただけだろう。そう思って誤魔化すと都合よく話題を切り出したエミが大皿からおかずを取りながら言う。

「ていうか格闘使いってわりには細いよね。格闘使いってどっちかというと自分も鍛えてるイメージだけど」

 俺の認識もそんな感じなのでうんうんと頷くとシアンが「ケッ」と悪態をつく。

「この野郎は昔っからどんだけ修行してもぱっと見筋肉がつかねぇですよ。お兄さんたちはがっしりしてるっていうのにこいつだけ見た目が全然変わんねぇです」

「ぱっと見ってことは実はすごいの?」

 エミがじっと品定めするようにケイを眺める。俺も思わずつられるけど正直俺らとそう体格は変わらないように見える。

「こいつ……貧弱なのは見た目だけで実際はアホみたいに馬鹿力ですよ……こいつ生身でガルーラの攻撃受けてそのまま投げ飛ばしやがったです」

「本当に人間?」

 新種のポケモンだったりしないだろうか。スーパーマサラ人も大概重いポケモン抱えてたりするしもしかしてこの世界はそういったトレーナーが案外多いのか?

「あ~、だからあれは子ガルを引き離した馬鹿がいて町にまで被害出かけたから仕方なくてだな」

「いや暴力云々じゃなくて生身でやったことが問題なんですよ。ボクも素手じゃ無理ですよ」

「まるで素手以外ならできるみたいな言い方やめろ」

 俺も鍛えたほうがいいのかな……不安になってきた。横にいるイヴが食卓にあるきのみを取ってと前足でつついて急かしてくるので取ってやると喜んで他のポケモンたちが食事をしているスペースへと向かった。チルとか体が大きくなったのでそこで食事を取っているのだが……

 

「ち~るちるちる~」

「カポー! カー!」

 

 なんかチルとケイのカポエラーが喧嘩してた。チルがすごい煽るような顔でにやついており、カポエラーは青筋が浮いていそうなキレる一歩手前と言った感じだ。ちなみになぜかシアンのカモネギが間に挟まれて白目をむいている。あれ大丈夫だろうか。

「まあお兄さんたちから次期ジムリーダーの座をぶんどったのは伊達じゃねぇですよ。兄弟弟子の中でもポケモンバトルはどっちかといえばブリーダーとかコーチタイプって言われてましたですし」

「まあコーチっていうのはなんとなくわかるけど」

 自分で戦うより他者を指導するのが向いているというかあのバトル中にも俺を叱咤したのとか完全にコーチのそれだし。

「兄弟弟子って他にもいるの?」

 イオトの質問にシアンはそっと目をそらす。ケイも何も言わず酒をあおった。

「…………まあ、その、いるっちゃいるですが……ボクは歳が近かったケイを除いては元々そこまで接点なかったですし……唯一接点あるやつはあれですし……」

 すごく渋い顔をしていらっしゃる。

 この話はやめよう。イオトとエミと目配せして話題を打ち切る。

「にしても次はムーファタウン経由してハマビシティに行くのが鉄板かな」

 地図を見ながら今後の行き先を考える。隣町のムーファタウンを経由しない道もあるが複雑なので迷うだろうし野宿が続くのも問題だ。遠回りでもないしムーファタウンもそこそこおもしろいものが見れそうなので悪くないだろう。

「ムーファはいいところだぞ」

 ケイの説明によると牧場のような施設があり、ムーファ産の食材は安心安全をモットーにした美味しいものばかりらしい。名産といえばやっぱりモーモーミルク。

 ハマビシティは海の街らしいがそこにもジムがあるしほかの島にいく船のある街でもあるため重要度は高い。というか、ポケモンリーグのあるところはこの島から離れたところにある離島であり、しかも空を飛ぶで行くのは条件を満たしたものだけらしい。姉は平気で飛んでいるらしいがバッジの有無か証明書がないと無理だとか。なんでも侵入者防止のためとからしいけどそこまでするのか。

 とにかく、ムーファを経由してハマビシティに行くのがほぼ決定。その後のことはまたその時考えよう。

 喧嘩しているポケモンたちと巻き込まれたポケモンをそれぞれ回収し、片付けをしたり風呂に入ったりして最後の夜を過ごす。修学旅行の最後の夜みたいな気持ちになってきた。

 イオトやエミはすっかり眠っているがなんとなく寝付けなくて縁側に出てみる。月がよく見え、ぼんやりと記憶を手繰る。前世の俺と今の俺の境界。前世と似た名前、容姿も特別差がない。生まれ変わったのは間違いないが前世を思い出す前の自分の記憶があの日を境に欠けていて不思議な感覚だった。

 夢で見るのは間違いなく欠けた記憶の出来事。忘れてはいけないと訴えるように夢に浮かぶそれを未だ掴めずにいる。

 なんとなく、大事なことを忘れているようでため息が漏れた。いつか思い出せるのだろうか。

 寝ぼけたイヴが布団から抜け出してこちらにやってくる。お前も早く寝ろと前足でせっついてくるので布団へと戻るとイヴがくさぶえを使って眠りをいざなってくる。トレーナーにも効くんだなぁこれ。

 そのままうとうとと音色を聞きながらゆっくりと眠りに落ちていき、最後の夜は終わった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 道場で過ごす最後の朝。身支度を整え朝食をいただき、相変わらず強面のサワムラーだったが最後はちょっと笑ってハンカチをくれた。こいつめちゃくちゃ良い奴だと思う。

 見送りに来た道場のポケモンとこちらの手持ちたちがバイバイと手を振っている中、着物姿のケイと別れの挨拶をする。

「お世話になりました、と」

 なんだかんだで道場での生活を満喫してしまった。ジムも勝ったし。

「あ、そういえばこれ渡すの素で忘れてたから、ほい」

 軽くぽんと渡されたのはディスクのような何かと封筒。

 一瞬なにかわからなかったがそれがわざマシンだと気づいてそういえばもらっていなかったことを思い出す。

「渡しそびれた賞金とかわらわりのわざマシン。説明いるか?」

 封筒の中身の賞金は結構な額だった。旅してると入用になるしこれくらい必要かもしれないけどすごい生々しい金額だ。

 説明はいらないと首を横に振るとそうか、と短く答え、息を吐く。

「あー、あと、そこの馬鹿シアンが何かしたら俺の番号に連絡してくれ」

 連絡先を交換することになり、横でシアンが「なんもしねぇですよ!」とぷんすか喚いている。眠そうにあくびをするイオトをマリルリさんが蹴り、エミは既に朝食を終えたと言うのにおにぎりをまだ食っていた。どんだけ食べるんだ。

「んじゃ、次来るときは俺の本気メンバーで待ってるからな」

 再戦するときはそれこそ姉さんに勝てるくらいのレベルになってからにしよう。後ろにいる強面のサワムラーを見て固く決心した。

 

 

 

――――――――

 

 

「やーっと自由に旅できるですよー!」

「つっても俺の旅だから行き先の決定権は俺だからな」

 シアンは「しょーがねぇですねぇ」とかほざいているので無視して地図を確認しながらムーファタウンへの道を確認する。それほど遠くないが野宿せずにたどり着くかは怪しい。

「てか改めて確認するけどお前ら本当についてくるの?」

「え? 当たり前じゃん。面白そうだし」

「人の旅路見るの楽しそうだし」

 イオトとエミは既に実力者なのに俺についてきて楽しいんだろうか。こいつら結局何なんだろう。

 旅をするのはいいが、こんな賑やかになるとは思っても見なかったので一抹の不安どころか一束くらいの不安しかない。

 まあいざとなったらこいつら見捨てて一人で旅しよう。

 そう決めてとりあえずは4人旅の始まりの一歩を踏みしめることとなった。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

「また静かになるな」

 4人が旅立ったのを見送り、少し寂しそうな手持ち達と道場に戻るとケイは唐突な悪寒に自分のテリトリーである道場へ入る足を止める。

 恐る恐る、道場の正門から修練場近くの縁側へと視線を向けると予想していた通りの人物がそこにいた。

 

「こんな朝からどこに行っていた?」

 

 尊大な態度。淡々とした声。ケイの方を一切見ようともしない視線は自分の手帳へと向けられており、横に控えているピカチュウが退屈そうにあくびをしていた。帽子のせいで顔はよく見えず、表情も窺い知れない。

「なんで、ここにいるんですか、あんた」

「俺様がどこにいようと勝手だろう? それよりもお前、俺様に隠し事してないだろうな?」

 パタン、と手帳を閉じると同時にケイに向けられたのは冷え切った瞳。立ち上がり、向き直ったその人物は一見すると小柄で少女のようにも少年のようにも見えた。中性的な容姿はかなり整っているが、その表情は不機嫌そうに歪められている。

 ケイは隠し事と言われ真っ先にシアンのことが浮かぶが、持ち前のポーカーフェイスでそれをみじんも表に出さずに答える。

「別に。隠すようなこと特にねぇし」

「ほう。そうだな……例えば、そう――家出した馬鹿娘のこととかだ」

 一瞬で距離を詰められ、ケイはとっさに後ろに下がる。容赦ない回し蹴りは避けていなければ顔面を直撃していただろう。だが、想定内だったのかその人物は小さく舌打ちするだけだ。

「ふん……。まあお前を信じて今回は引いてやる。あの馬鹿娘のせいで俺も余計な手間が増えたし早いところ家に戻ってもらわなきゃかなわん」

 苛立たしげに呟くその人物に対し、相当不機嫌になっていることを改めて実感するとケイはなぜここにきたのかを考える。

(有り得そうなのはこの人特有の無駄な勘の良さ……野生児並の勘だからな……)

 特に手がかりはないがなんとなくいるかもしれないという勘だけで様子を見に来たという可能性がある。下手に喋るとボロが出ると考えたケイは話題を微妙にそらしてみた。

「つーか、結局結婚するんですか」

「するわけないだろ。俺も知らないうちに勝手にまとまってたんだ。断ろうとしたらあの馬鹿娘、家出してやがるし」

 はあ、とため息をついたその人物は縁側で寝転んでいたピカチュウに声をかけるとボールからエアームドを出してケイに背を向けた。

「ったく……俺だって結婚するつもりあるわけないんだぞ。妹弟子だからって甘やかすとこれだ」

 

 『彼女』はヒナガリシティジムリーダー、ユーリ。

 

 ケイやシアンの兄弟弟子であり、おそらくこの地方で最強のジムリーダーだった。

 

 飛び去った彼女を見送り、ケイは嘆息する。幸いにも昨日とかに来なくてよかったという点はあるがギリギリニアミスだったこともあり心臓に悪い。

 シアンは確かに無謀な家出娘だが、ケイとしては内心、安全であれば旅に出すことに不満はないしなんだかんだ妹弟子を応援してやりたいという気はあった。

 都合よく一緒にいた3人がいなければさすがに引き渡していたがそれも彼女の運だろう。

「まあさすがにシアンもあの人のいるところには近づかねぇだろうし大丈夫だろ」

 ヒナガリシティに近づくような馬鹿な真似をしないと信じてケイは道場の中へと戻っていった。

 

 

 




●ヒロ
イヴ(リーフィア)♀ Lv34~
チル(チルタリス)♀ Lv3?~
グー(ジグザグマ→マッスグマ)♂ Lv32~
ドーラ(フシデ→ホイーガ)♂ Lv32~

●イオト
マリー(マリルリ)♀
ゴドルフ(ボスゴドラ)♂
??
??
??
??

●エミ
ウインディ ♂
コジョンド ♀
パチリス ♀
ローブシン ♂
サーナイト ♀
アブソル ♂

●シアン
ネギたろう(カモネギ) ♂
シャモすけ(ワカシャモ) ♂
ミミこ(ミミロップ) ♀
クルみ(クルマユ) ♀

こうして見るとイオトの手持ちほとんど出てないな。


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番外:マリルリさんのお話

【】はポケモンのセリフですが人間には鳴き声とかにしか聞こえてないので意思疎通はできてません。読まなくても大丈夫な超蛇足。


 

 

 吾輩はマリルリである。名前はまだない。

 嘘です。私はマリー。強く賢く美しいマリルリの中のマリルリとは私の事である。

 そんな私はご主人の元を離れてこの今のトレーナーであるクソメガネことイオトの手持ちをやっている。ご主人に会いたい。

 

『マリー。お師匠をよろしくね』

 

 ずっと昔にお別れしたご主人のことを思い出すと今でも無性に寂しくなる。仲が悪かったとかではない。むしろ仲がよくてご主人のことを一番に理解していた私だからこのクソメガネのお目付け役になったのだ。

 クソメガネと罵っているがイオトのことは嫌いではない。いや日常でほぼいらいらさせられるからそこは微妙なんだけど。

 トレーナーとしてはかなり実力高いしそこは素直に評価できる。私もご主人といた頃と比べて格段に強くなったし。まあ私は才能あるマリルだったから当たり前だけどね。

「……あー……」

 ぼけーっと森のちょうどよさそうな岩に座り込んだイオトはどこか心ここにあらずといったかんじで無意味に声を上げる。覇気がない。生気が薄い。要するに抜け殻。

「どうすっかなぁ……」

【ご主人に会いに行けよ】

 することないならそうしろと抗議するが私の言葉は人には伝わらない。人とポケモンの言語には大きな壁がある。だいたいは雰囲気とかで伝わるけど細かいニュアンスは伝えられない。

「マリルリさんどっか行きたいの?」

【ご主人のところ】

 マリマリと訴えても乾いた笑顔で「何言ってるかわからないや」と言われてしまう。なら聞くんじゃねぇよボケメガネ。

「……会いに行く資格ねぇしな」

 ぽつりと漏らす一言に私は何も言えなかった。

 ご主人とイオトはとても仲が良かった。でも、イオトはご主人のそばにいてはいけない男だった。ご主人のためにも離れるのが正解。ご主人は寂しくて、でもお互いのためだと割り切って、それでも互いの絆の証に私とあのデンリュウを交換した。

 よろしくね、と言われたものの、私は元々こいつのこと気に入らなかったし最初こそ喧嘩ばかりの毎日でイオトの生傷はほぼ私が作っていた。今は手加減を覚えた。反省はしている。

 何年経ったんだろう。ここ数年怒涛の出来事が有りすぎてご主人と別れてからどれくらいか忘れてしまった。

【ご主人に会いたいよ~! はぁ~なんで私はこんなクソメガネに付き合わされるんだ~! ご主人~】

「マリー、地味に俺のこと馬鹿にしてない? 気のせい?」

【気安く名前で呼ぶんじゃねぇ!】

 無駄に勘のいいイオトを一発叩くと「ごめんごめん」と軽く言われむっとする。ご主人につけてもらった名前をこいつに呼ばれるとどうもムカつくのだ。さんをつけろやメガネ野郎。

 ご主人に会いたい。でもこいつが今のままご主人に会うことは許されない。私も認められない。

 だから早く大人になってくれよイオト。そう願わずにはいられない。

 いい大人のくせしていつまでも子供のようなこいつは本当に救いようがない。何かとの出会いや経験で成長してくれないか。

 

「誰かいないかなー。でてこーい」

 

 ふと、人の気配がなかった森に声がこだまする。

 イオトは生気のなかった目からようやく人様に見せられるような顔へと変わった後にその声に応えるように声を上げた。

 

 

 

――――――――

 

 

 新米トレーナーにか弱いポケモン。普段の自分なら負ける要素とかこれっぽっちもないけどまあそこは先輩として弱体化するべきというかまあそこはいい。でもやっぱりあからさまに手を抜くのはこちらとしても向こうも癪だろうしと思ってしっかり相手にしてやったのに突然の進化にやられてしまった。急所に当たるとか自分が情けない。

 くそ……レベルダウンしてないなら負けないもん! イオトが悪いんだもん! 私強いもん!

 新人トレーナーとリーフィアがいちゃついてる。くっ……私は先輩……私は大人……これしきのことで怒ったりしない。

 元気のかけらを与えられて起き上がると視界に不愉快なイオトの満面の笑みが見える。

「マリルリさんも俺に甘えてみる? おいでおいで」

 

 こいつ殺す。

 

【イオト死ねぇ!! お前がしっかりしねーからだろうがぁ!】

 みぞおち狙い、アクアジェットの追撃。普段手加減した攻撃を一切躊躇なくぶっ放す。こいつホントふざけてる。絶対許さん。

「だ、大丈夫ですか……?」

 新人が心配そうな顔してイオトを見てる。そんくらいで死んでたらこいつとっくに死んでるからへーきだよ。

「ん? ああ、マリルリさんの愛情表現みたいなものだから」

【誰が愛情表現だボケェ!】

 ムカつくことしか言わないので更にひっぱたく。どうしてこいつは私をこんなにいらつかせるんだ。

 

 

「マリルリさんはちょっとプライド高いから負けると俺にやつあたりするんだ」

「やつあたりのレベル高すぎない?」

 やつあたりじゃねぇよ正当な怒りだよ。

【お前が本気出せば私は戦闘不能になんかならねぇよ! 自分が楽しみたいからって明確な指示放棄しやがってふざけんなよクソメガネエエエエエ】

「マリルリさんちょっと、あの本気で痛い、痛いってあの聞いて、ねえ、マジで痛いから聞――頼むからやつあたりはその辺にしてくれマリー! アーッ! マリー様! じゃれつくはいけませんマリー様アーッ!」

【名前で呼ぶなぁぁああ!!】

【あ、あの……それくらいにしておかないとトレーナーさん死んじゃう……死んじゃうよ……】

 おろおろと先程のリーフィアが声をかけてくる。しょうがねーな、新人に免じてこの辺にしといてあげよう。

 

 こうして、私たちは新人トレーナーのヒロって野郎と出会った。

 まあまさかイオトがこいつについていくと決めるとはこのときは全く想像してなかったんだけど。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 まあなんやかんやでワコブシティでなんやかんやあって道場に泊まることになったとさ。

 お風呂が広いと泳げるからいい。本能的に泳ぎたくなっちゃう。

 まあ朝なんだけど女男の……エミ、だっけ? あいつとその手持ち以外はまだ寝ており、私はそっと部屋を離れた。

 あんま変わってない。

 私のパーフェクトなお耳は音を聞き逃さない。どこにいるかなーサワくん。

 ぽてぽてと歩いていると相変わらず強面のサワくんを見つけ声をかける。

【サワくんー。なんかタオル貸して】

【マリーか。これでいいか?】

 洗濯物の山を抱えており、その中から適当なてぬぐいを渡してくれたサワくんは相変わらずデフォルトでこわいかおになっている。そんなだからメスにモテないんだぞ。

【ありがと。あとで返すね】

【洗濯機の中に放り込んでおいてくれ。私はこの後修行する】

【相変わらずストイックだね。ていうかうちのイオトの服とかあるなら持っていこうか?】

【問題ない。私が後で行く】

 会話を終えてぽてぽてと寝室へと戻るとヒロとその手持ちが起きていた。ちょうどイオトのことを起こしていたようでタイミングがいい。

【あ! マリーちゃんおはよー!】

 リーフィアのイヴが元気ににこにこと挨拶してきて思わずウッとなる。純粋な視線に弱い。とりあえず手を振り返すけどこうも短期間で懐かれるとむず痒いものがある。

 ヒロはイオトを起こしてみようとしたがこいつの寝起きの悪さに負けフリーズしている。

 ほんっとこいつ寝起き最悪だからごめんって言いたいけど伝わらないんだよな。この寝起きの悪さでご主人も大変だったし。

 力技が最適解だとわかっているので布団を引剥してみずでっぽうで顔を強制キレイキレイして借りてきた手ぬぐいでこれでもかと顔面を削る勢いでこする。

「いだっ、いっでででえええええ」

【そら起きろや! 人様に迷惑かけるんじゃない!】

【ひえっ……】

【痛そう……】

 イヴとジグザグマのグーが抱き合いながら私を見ている。お前ら覚えておけ。トレーナーがダメ人間だといずれ私みたいになるぞ。

 

 

 サワくんが服を持ってきたり着替えたりしてイオトとヒロが中庭にいったりしたのでついて行くと道場のポケモンたちがたくさんいたのでそっちに混ざりに行く。

 すると道場のマクノシタとゴーリキーが朝っぱらから大声で叫びだした。

【姐さんちーっす!】

【姉御! ご機嫌麗しゅう!】

【あんたらなんで舎弟みたいになってんの】

 なんで姉御になってるの。せめてお姉さまとお呼び。

【……ふぅん? 道場のポケモンと知り合いなのね】

【いや別に】

 エミのコジョンドが意味深な視線を向けてくる。いやこいつらは昨日知り合ったばかりだよマジで。なんでこんな舎弟になってるのかは知らない。

【ふんっ……強者を強者とわからないような者はケイの手持ちなんぞできないからな】

 ルカリオの……ルイ、だっけ? スカした顔で腕を組んでいるがお前自分はちょっと違うぜアピールしててどうかと思う。

「コジョンドと仲悪いのか?」

 ふと、トレーナーたちの声が聞こえてくる。私とコジョンドは反応こそしないけど聞き耳だけ立てておく。

「いや? コジョンドはちょっとツンデレなだけだから。本当は僕に懐いてるのわかってるし」

「あーわかるわかる。マリルリさんもそうなんだよ。俺のこと好きなくせになー」

 ほぼ同時にそこにあったきのみをなげつけたのは仕方のないことだ。あまりにもふざけたことをのたまうものだから殺意がオーバーした。

 同じ動きをしたコジョンドに初めて親近感を覚える。お互い無言で握手をし、その後ろでざわざわと道場のポケモンたちが怯えている。

【もー、マリーちゃんコジョンドちゃんだめだよー。トレーナーさんにそんな暴力振るったら痛い痛いだよ】

【あいつにはあれくらいしても問題ない】

【そうよ。あんなやつ、別に好きでもなんでもないんだから!】

 あ、コジョンド。あんたただのツンデレか。

【朝っぱらからツンデレ乙~】

 小馬鹿にするようなパチリスのセリフにコジョンドは睨みをきかせるが手は出さない。それを見てパチリスはケケケと笑う。底意地が悪い。

 なんだかんだで道場のやつらは面白い奴らばかりで楽しい。だが、どうしても気に入らないやつが一匹いる。

 それは中庭から食卓に向かうとそこにいた。

 バルキー。名前はエイラクというらしく、道場のポケモンたちからもあまり評判は良くない。

【あいつ生意気だしケイの言うことも全然聞かないんだよ】

【でもケイはあいつをどうにかしようと思ってるみたい】

 食事をしながら話を聞いているとどうも自分に自信が有りすぎる上に勝てる相手としか戦わない。勝ち星しか興味がないやつらしい。

【いっぺん負ければいいんだよあいつは】

 ルイが苛立たしげにむしゃむしゃとおにぎりを食べる。クールぶっているが熱血らしいので気に入らないんだろう。

【時間が解決してくれるよ。あんまり刺激を与えても悪い方向に行くかもだし】

 日和った発言をするのはエビワラーのビワ。まあ言いたいことはわかるんだけどさ。

【結局のところケイが決めることだ。私は何も言わん】

【サワくんも大変だね】

 古株ということもありサワくんはポケモンたちでも発言力のある立場。あんまり余計なことは言わないようにしているらしい。

【大変なのはむしろあの新人トレーナーだ。エイラクのやつ、あいつなら勝てるから自分をジム戦のトリにしろと言ってきた】

【はぁ!? サワどういうことだ! あいつがトリなんて俺は認めんぞ!】

 ルイが立ち上がって吠える。ビワがどうどうとなだめ、サワくんが淡々と答えた。

【認めないも何もケイはそれを了承した。当日は俺とビワ、そしてあいつだ】

【馬鹿な……! この俺が外されるなど……!】

【ルイくん落ち着いて。ぼ、僕でよければ変わろうか?】

【情けで手持ちを変わってもらおうなどとは思っていない! それよりもエイラクにはほとほと呆れ果てた! 冗談じゃない! 俺はあいつを絶対に認めんぞ】

 食べかけだった食事を即かきこんで乱暴に皿を片付けたルイはそのまま修練場へと一匹で向かう。ポケモン関係も大変だねぇ。

【あのー……私達これ、聞いても良かったのかな】

 困った顔でイヴたちが前足をあげる。そうだ、戦うのこいつらだわ。

【問題ない。どうせ主人には伝わらんだろうし】

 サワくんの発言にイヴは【そっかー】といい、チルはむふーっとドヤ顔になる。

【ということはわたちの時代! わたちのスーパー無双タイムのはじまりなの!】

 浮かれているチルを横目にコジョンドなんかは【果たしてそうかしらねぇ……】と呟く。

 食事も進み、さっさと修行に向かおうとするヒロとイオトについていくため道場のポケモンたちとの話を打ち切って裏庭へと私達も向かうのであった。

 

 

 

――――――――

 

 

 あージム戦終わったー。

 最後の夜。自分はまったく関係ないのになんか試合を見ていてやたらはらはらした。つーかあのエイラクが嫌われる理由が嫌ってほど理解できたわ。まあ今回のことで少しは心を入れ替えたようだしなるようになるんじゃない?

【あーはっははっ! くやちいでちゅね? 散々煽ってたわたちに負けるなんてねえどんな気持ち? ねえどんな気持ち?】

【うるせぇぇぇぇ!! 綿毛覚えてろ! 絶対次は倒すかんな!】

 チルとエイラクの喧嘩、めちゃくちゃうるせぇ。仲裁しようとしたシアンのカモネギことネギたろうが【た、助け】と今にも死にそうな顔になってる。だらしねぇなぁ。

 ネギたろうをワカシャモのシャモすけがひっぱって助け出し、憐れむような目でネギたろうを見る。

【お前さ……明らかに突っ込んだらやばいってわかるだろ?】

【いや……喧嘩は良くないっておもって……】

 シアンの手持ちは基本良い奴なんだけど実力でいえばまだまだだからな。仲裁するにはちょっと力不足だ。

 まあうるさいのは嫌いだけど賑やかなのは嫌いじゃない。

 ごくごくときのみジュースを飲みながらその様子を見ているとふと昔の記憶が蘇る。

 まだ、ご主人といた頃の記憶。イオトの手持ちと、ご主人の手持ちも揃ってささやかなパーティーをした。

 本当に楽しかったのに、ご主人に会えないんだと思うとじわりと涙がこぼれる。賑やかで明るい場所はだめだ。ご主人を思い出してしまう。

 寝る前にイオトにアレを借りよう。

 

 

 

 

 

 賑やかな食事のあと、イオトに近づいてあるものを出せとねだった。

【あれ貸してあれ。いつもの音楽聞くやつ】

 耳あてをするジェスチャーをするとイオトは3拍置いて「ああ、歌聞きたいのか」と気づいて荷物から音楽プレイヤーを取り出す。

「はい。壊さないでね。俺風呂いってくるから」

 渡された小さいそれをぽちぽちと押して聞きたい曲を選ぶ。表示された文字は『レモン1』という簡素なもの。

 イヤホンも借りたので耳にあてて再生ボタンを押す。

 

『お師匠? あれ、お師匠ちょっと。ってもうこれ録音してるんですか!? もー!』

 

 ご主人の声。怒ったような言い方だが声は優しい。数秒置いてご主人の歌が聞こえてくる。縁側で夜空を見上げながら遠くにいるご主人を思う。

 ポケモンとトレーナーの関係は千差万別だ。私とご主人のように信じてるからこそ大切な人に託すという選択をした者もいればあのヒロのようにとことん溺愛するやつもいる。

 どれが間違いでどれが正しいとかはないけれど、ヒロの手持ちを見ると少し羨ましくなる。けれど、今ご主人の元へ私一匹戻ってもきっとそれはそれで寂しく感じてしまうだろう。イオトもいなければ、意味がない。だから私はイオトのそばにいる。いつかイオトがちゃんと、ご主人に会いにいけるようになったその時を待っている。

【ご主人……ちゃんとイオトを真人間にしてみせるから、待っててね】

 そしたらみんなで一緒にいられるよね。

 

 夜空の下、一匹でご主人の歌声を聞きながら私はみんなといれた幸せな頃を思い出しながらイオトが風呂から戻るのを待った。

 

 

 

 

 

 



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ムーファタウン:前編

 

 

 

 

 まだ太陽も高い時間。穏やかな風を背に俺らはムーファタウンへと向かう。

草木生い茂る道を一歩一歩進んでいく。徐々に疲労が蓄積し、休憩を挟んでもなおどっと疲れがじわじわとこちらを蝕む。

「疲れた……」

「つかれたですよー……」

 ワコブシティから旅立って1日と半日。陽が傾き始め、もう少しでムーファタウンにつくというところで足に限界を感じてきた。シアンも同様らしくぜえぜえと息を切らしている。

 ちなみにイオトは無言で死にそうな顔をしている。最年長しっかりしてくれ。

 エミはそんな俺らを見て呆れたように口元を覆った。

「君たち体力つけなよ」

 一人疲れを知らないと言わんばかりのエミはぶらぶらと空いた片手の袖を揺らして言う。

「ほら、あとちょっとでつくよ。ここでもたもたしてると今日も野宿になるけどいいの?」

 とはいうもののこちらは死屍累々。やっぱり鍛えたほうがいいのかもしれない。力尽きそうなイオトにマリルリさんがオボンのみをあげているのが見えた。マリルリさん、人間はオボンで体力回復はしないんだよ。

「しょうがないなー、もー」

 渋々とウインディをボールから出し、屍寸前のイオトとシアン、俺を順番にくわえてから背中に乗せる。3人はややギリギリだがウインディは気にもせず歩きだす。

「せっかく旅するから移動するときは極力ポケモンに頼らないって言ってたのに」

 エミは一人ウインディと並んで歩いており、ウインディの毛並みに夢中のシアンを見て複雑そうな顔をする。

「そいつあんまりそういうの好きじゃないから程々にね」

「合点承知ですよ!」

 3人を乗せつつ平坦な道を進んでいくと建物が見えてくる。

風が吹けば少し離れたところで鳥ポケモンが木から飛び立ち、草むらから野生のポケモンが顔を覗かせる。

 さすがに3人は重いのか途中で回復した俺は降りてエミと並ぶと癖なのか長い袖で口元を隠したエミに声をかけられる。

「やっぱり少し鍛えたら?」

「そうしようかな……」

 旅路が想像以上に疲れる。いやその分楽しいこともあるんだけど先にダウンしそうだ。

「まあ最初は軽く筋トレからしよっか! いきなりたくさんしなくていいから少しづつ増やして……」

 なぜか嬉しそうなエミにウインディに乗せられたイオトがくぐもった声でぼやく。

「歩き疲れてそんな余裕ないんじゃない……?」

「君よりは体力ありそうだし大丈夫だよ。ていうかそんなだから体力つかないんだよ。ね、ヒロ」

「イオトはそもそも俺より旅してるはずなのになんでそんな体力ないんだよ」

 俺より一回り近く年上で、ベテラントレーナーといってもいいほどなのに俺よりも体力がない。ちょっとそれはどうなんだろうか。

「いやー……そもそも俺最初からいたポケモンがひこうタイプだったしあんまり歩かなかったから……」

 旅をする上でそれはどうなんだろう。いやまあ、人それぞれだけどさ。俺はできるだけ徒歩で行けるところは行こうと思ってるけど。

「そういやイオトの手持ちって全然出さないよね。マリルリとボスゴドラとあとトドゼルガくらい?」

 エミが名を上げた3匹は俺も見たことある。それ以外は確かに道場にいたときも全然顔を出していなかった気がする。

 ボールから全然出してないけどいいんだろうか。そういえばボールからずっと出ないって大丈夫なのか。

「手持ちの切り札ってもんはできるだけ出さないようにするのが俺の主義~。マリルリさんだけでだいたい対応できるし」

「出してやればいいのに」

 マリルリさんみたいに自由気ままに歩き回れないとストレス溜まるんじゃないんだろうか。

 ちなみにその当のマリルリさんは少し先を歩きながらウインディと何か会話しているようにみえる。相変わらず自由だ。ていうか多分イオトよりマリルリさんの方が上下関係の上に位置している気がする。

「……まあ、手持ちは出したくなったらそのうちな」

「おっかしいねぇ~? 手持ちを隠したい何かあるのかな~?」

 まるで煽るような小馬鹿にするような言い方をするエミにイオトは返事はしない。相変わらず死にそうな様子でウインディに体を預けている。

「イオくん、たまにはポケモン出してあげたほうがいいですよ」

「……あー、うん、まあ、今度。今度なー」

 あまり乗り気ではないもののシアンの言葉には返事をしてそのまましばらく無言で歩き続けているとムーファタウンの入り口が見えてくる。

「ようやくついたー!」

 木製の柵を越え「ここはムーファタウン」と書かれた看板を横目にどんどん進んでいく。

 ムーファタウンに足を踏み入れた途端感じたのは、干し草の匂いとどこか甘ったるい何かの香り。

 目立った施設は牧場や育て屋などで基本はのんびりとした人口の少ない町。広さだけは結構あるのが特徴で牧場や畑が各所に見られた。

「わぁ……!」

 牧場の一角にミルタンクやメリープが見え、シアンがぱあっと目を輝かせ、ウインディから飛び降りると柵の手前まで近づいて寝転んでいるメリープを見つめだす。

「おーい。置いてくよー」

「むう。またあとでもふもふしにくるのです」

 名残惜しそうに全員でポケモンセンターへと向かい、宿泊の手続きを行う。各地のポケモンセンターは宿やホテルとは別にトレーナーが無償で宿泊できるようになっている。もちろん最低限の設備なのでホテルを好む者もいるらしいが。食事は別途料金なため本当に泊まるだけである。

「とりあえず俺、夕飯まで休む……」

 そうそうにバテたイオトはベッドに倒れ込み、シアンはもう元気になったのか「メリープ見に行ってくるですよー!」と一人で行こうとしてエミも一応それについていった。残った俺はどうしようかとポケモンセンター内でぼーっと新聞とか雑誌に目を通し、自分も外に行くかと考えだした頃に、宿泊エリアからでてきた少女が目に止まった。

 遠目からでも美少女だとわかる。その腕には眠っているピチューがおり、その様子に釘付けになった。ピチューのとても愛らしいその様子と、憂いたような少女の様子が気になったからだ。

 まっすぐな亜麻色の髪をした少女はカチューシャをしており、こちらと目が合うとその赤い目がやけに印象に残った。エプロンドレスというのだろうか。所々にフリルのついた服装にどこか品のある雰囲気を漂わせた。

「旅の人……?」

 腕にすやすやと眠るピチューを抱えた少女はこちらを向いてか細い声をかけてくる。ぼそぼそとした喋り方、というよりたどたどしい喋り方の少女は腕の中のピチューをそっと俺に差し出す。

「抱っこしたいなら、どうぞ」

「え、いいの?」

「うん。でも、起こさないようにね」

 そっと受け取ったピチューを抱えるとぬくもりと寝息を感じられる。かわいい。これはかわいい。ベイビィポケモンのかわいさだけで世界救えるんじゃないか?

 かわいさを堪能しているとじっと少女に見られていることに気づいてはっとする。

「ふふ……ポケモン好きなんだね……」

 目を細めて笑う少女に少し照れくさくなるがこのかわいさを前にしたら仕方ないだろう。少女はどこか慈しむような目でピチューのことを話してくれる。

「その子ね……一昨日生まれたばかりなの」

「へぇ。まだ本当に赤ん坊なんだ」

 腕の中でピチューがもぞもぞと起きそうな気配があったので目覚めてすぐに知らない人間に抱かれてるのはいやだろうと少女に返すと大きくあくびしたピチューが目をごしごしこすって半分寝ぼけながら少女にしがみついている。

「でもこの子、さっき親のポケモンのトレーナーにいらないって言われちゃったから私が引き取ることにしたんだ」

 こんなかわいいピチューをいらないとか正気か。いやまああまりに当たり前になってるから忘れがちだがポケモンが増えるとそれだけ世話するためのエサ代とかもかかるしこれ以上は無理、というトレーナーも割りと普通のことかもしれない。

「あ……そうだ。私、シレネって言うの。この町で育て屋をしてるから……その、もしよければ……」

 唐突に恥ずかしそうに顔を赤らめてもごもごと肝心な部分が聞き取れずこちらが顔を近づけると更に赤くなって掻き消えそうなくらい小さな声で

「もし興味があるなら……来てくれると嬉しいな……」

 控えめに言っても美少女なのでその様子はぐっとくるのだがなぜだろう。背筋にすっと冷たいなにかを入れられたように悪寒が走る。けれど断る理由も特にないので「明日行けたら行ってみる」と曖昧な返事をするとピチューに頬をすり寄せて喜んだ。

「待ってるね……! あ、そうだ……名前……」

「あ、俺はヒロ。最近旅に出たばっかりだからまだトレーナーとしては未熟なんだ」

 するとシレネは「ヒロ君……ヒロ君……」と熱に浮かされたように俺の名を呼ぶ。

「楽しみに、してるね……」

 そう言い残してピチューとともにポケモンセンターから去ったシレネを見送り、自意識過剰かな、と感じつつも好意的に見られていたと受け取ってしまう。

「モテるなー」

 あまりに突然声をかけられたので慌てて振り向くとげっそりしているが手に飲み物を持ったイオトが半笑いで呟く。

「なになに、現地妻でも作んの?」

「しない」

 そういうからかいはやめてくれ。

 まあ、やっぱり傍目から見てもそういうのだと受け取っていいんだろうなぁ。とはいってもこちらから言うのも違っていたらみっともないので何も言わないけど。

「まあ現地妻を作るにしても……」

「作らねぇよ」

「執念深い女とか自分が一番じゃないと嫌だとか言う女とか思い込みの激しい女は本当にやめとけ。やばいから。地獄の底まで追いかけられるから。少しちょっかい出すだけで人生棒に振る危険性あるから」

 あまりに実感がこもりすぎてて笑えないんだけどこの話しはもうやめよう。

「ていうか休むんじゃなかったのか」

「喉乾いたから飲み物買いに来ただけだよ」

 手にしたボトルを示しながら疲れ切ったため息をはいて愚痴るように言う。

「つーか俺金欠だからさぁ……飯をヒロにたかろうと思ってたんだけど」

「飢え死んじまえ」

 なんで俺は年上にたかられるんだ? 逆だろせめて。

「頼む……とりあえず金を下ろすにしても今日はもう動くのしんどくて銀行に行く気力ない……」

「今回だけだからな」

 なんだかんだいって俺ってめちゃくちゃ優しいと思うんだ。優しさで賞をもらいたい。

 結局、シアンとエミが帰ってくるまで俺もだらだらと過ごし、町を見て回るのは明日にしようと心に決めた。4人で飯を食いに行って、シャワーを浴びたりして全員そのまますぐに就寝し、ムーファタウン一日目が終わった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 次の日、朝食を軽く4人でとりつつ、今日の予定について話し合った。

「シアンが昨日、ミルタンクの乳搾り体験申し込んでたから行くつもりらしいけど二人はどうする? 僕は一人で見て回るつもりだけど」

「絞ったやつは加工してモーモーミルクとしてお持ち帰りできるらしいですよ!」

 エミとシアンは昨日と同じく一緒に行動するらしい。イオトは「俺は適当にぶらぶらしようかなー」と言って眠そうにあくびをする。マリルリさんに脛を蹴られているが大丈夫か。

 イオトとどっか行く……でもいいけど俺も俺で見て回りたいし一人で散策することにした。今日の夕方くらいにはポケモンセンターに戻るように決め、それぞれ出かけるが、ポケモンセンターからそんなに離れていない場所に立っていたイオトがぼんやりと、メリープを見つめている。特になにかあるわけでもないのにと、気になって声をかけてみる。

「イオト、何見てんの」

「ん、ああ。ちょっと懐かしいなって」

 もしゃもしゃと草を咀嚼するメリープを見ながらため息をついてイオトは言う。

「マリルリさんの元トレーナーの話しただろ? 俺がそいつと交換で渡したのがデンリュウでさ」

「へぇ、デンリュウいたんだ」

 あんまりイオトっぽくないなぁと思ってしまった。マリルリさんを除いてボスゴドラといいトドゼルガといい、少しごついイメージの手持ちだからだろうか。

「まあ、メリープの頃からいたやつだからちょっと懐かしくなってな」

「たまには会いに行けばいいのに」

 ていうかマリルリさんあんまりなついてなさそうだし交換しなおせばいいんじゃねぇかな……。

「いやぁ……ちょっと会いにはいけないんだよな、今は」

 はあ……とまた重苦しいため息をついてそのあとは何も言わない。「じゃあ俺ほかのところ行くから」とだけ言うと「いってらー」と妙に軽い返事が帰ってくる。

 イオトも大概面倒なやつだよな。

 特に目的地もなく歩きながら手持ちを連れてきょろきょろと町並みを楽しんでいると、売店ののぼりが目に入る。

「名物のムーファソフトクリーム。ポケモン用アイスもあります……へぇ、そんなのあるんだ」

 新鮮なモーモーミルクを使ったものらしく、味の種類はそこまで豊富ではないものの雑誌とかで取り上げられるほどの有名なものらしい。

 せっかくだし食べてみようと思っているとグーが興味をいだいたのかズボンの裾を引っ張ってくる。

「グーも食べるか。つってもポケモン用の方になるけど」

 多分普通にソフトクリームも食べれなくはないんだろうけどそうなってくると持てないポケモンもいるからアイスとして売ってるんだろう。グー以外は食べるのかと視線を向けるとイヴは真っ青になって首を横に振った。氷タイプではないぞ。食べる分には平気だと思うんだけどまあいらないならいいか。ちなみにチルも似たような反応だ。

「じゃあグーの分だけでいいか、アイス。すいません、ムーファソフト一つとポケモン用のアイス一つ」

「は~い。すぐお作りしますね~」

 そういってすぐにソフトクリームを作り上げ、カップに入ったアイスクリームを同時に手渡された。会計を済ませてすぐそばのベンチでグーにアイスをあげ、自分もソフトクリームを口にすると濃厚な甘さが口いっぱいに広がった。しかし、しつこくないためあっという間になくなってしまいそうだ。

 グーはゆっくり食べ進め、時折冷たさでぶるっと体が逆立つも美味しいらしく笑顔で食べている。その横でイヴとチルが羨ましいけど口にするのに躊躇いがあるのでじっとその様子を見ていた。ちなみにドーラはあんまり興味がないらしい。

「すみません。モーモーミルク1ダースください」

「は~い。こちらですね。いつもありがとうございます~」

 別の客がダース買いしているのが聞こえ、なんとなしにそちらを見る。

「ん?」

 なんとなく見覚えがある姿が目に入る。青い髪のみつあみ。帽子をかぶり、メガネをかけていて一瞬気づかなかったがその横顔はとても覚えのあるもの。服も紺色などのいつもの黒服と異なっているが間違いなくそれは――

「リジア?」

「――げっ」

 こちらに気づいた瞬間、リジアはお釣りも受け取らず顔を歪めて荷物を抱えながら走り出す。

「あっ! 待て!」

 うっかり声をかけてしまったが失敗だった。慌てて追いかけるも既に結構距離ができている。このままじゃテレポートで逃げられる。それだけは阻止しようとチルにリジアを足止めするよう指示するとチルの綿羽に阻まれ包まれたリジアはバタバタともがいている。チルの羽便利だな。怪我させないし足止めはできるし。

「こう何度も遭遇するともう運命か作為的な何かを感じるなぁ」

「一人で勝手に勘違いしててください! 放しなさいこの失礼男!」

 後ろ手で動きを抑え、ボールを没収しようとして周囲の視線に気がつく。そうだ、今これこいつ何もしてないから俺がいきなり人のポケモン取ってるようにみえるんだ。

「とりあえず逃げるのやめようぜ?」

「放せって言ってるじゃありませんか」

 会話成立しねーや。とりあえずチルに押さえてもらいながらほかのやつらに連絡してみるがイオトは通話に出る気配がない。エミはそもそも電源が入っていない。シアンは乳搾り中だから当然反応がない。シアンくらいしかどこにいるかわからないしシアンをあてにするのもなぁ……。

 よし、諦めて一人でどうにかするか

「うーん、どうするか……警察が無難か……」

 半分抵抗するのを諦めたのかチルに包まれながら不機嫌そうにリジアは言う。

「だいたい、ここで何もしてない私をなんて言って引き渡すつもりか知りませんが」

「う、えっと、レグルス団の一員……」

「この格好で?」

 リジアの格好は身軽そうな紺色のシャツとホットパンツでレグルス団としての服装とは結びつかないだろう。そしてここで本当に何もしてないし強いて言うなら牛乳を買っていたくらいだ。

「姉さんに引き取ってもらうか」

 改めてチルと一緒になって逃げないようにしっかりと手に力を込めながら片手で姉へと電話をかける。少し長めの呼び出しのあとに『ごめんごめん』と姉の声が聞こえてきた。

『急にヒロどうしたの?』

「前に言ったレグルス団の下っ端捕まえたんだけど引き取ってくれないかな。今ムーファなんだけどこいつ、ここでは悪事働いてないから警察に相手されるか心配で」

『えっ、大丈夫? すぐに行きたいんだけどごめんちょっと今手が放せないから一、二時間くらい待てる?』

「それくらいなら余裕」

 電話が終わってあなぬけのヒモでリジアの片腕だけ結んで逃げないようにと自分と結ぶと拗ねたようにリジアが顔を背けた。

「はいはいわかりましたそうですね大人しくしますとも」

 あまりに投げやりな返答に思わず腹が立つ。なんでこうも上からな態度なんだ。

 手持ちもボールホルダーごと預かって適当なベンチで並んで座る。しかし、露骨に距離を取られて腕が少し引っ張られる。

「ミルク飲むくらいはいいでしょう?」

 一応聞いてはくるがこちらの言葉も聞かずに足元に置いておいたモーモーミルクのケースを開いて一本ぐっと飲み干す。その様子を見ていると露骨に舌打ちされた。

「じろじろ見て何なんですか。お金取りますよ。それか手持ち返せ」

「金も出さないし手持ちも返さないけどなんでそんなモーモーミルク買い込んでるんだよ」

 モーモーミルクって回復アイテムとしてはコスパがいいんだけど人間が飲むとなると何が目的なのかわからない。高級志向なんだろうか。

「牛乳飲むといいって言われたので」

「何が?」

「調べたらモーモーミルクが一番効果が高いらしいからここでまとめ買いしただけです」

「だから何が?」

 肝心な部分をはっきり言わないせいでなんのことかさっぱりわからない。まあたかが個人で買う分の牛乳になにか企みとかはあると思えないけど。

「胸……」

「……胸?」

 視線を少しだけ下げると相変わらず真っ平らな胸が悲しい。私服だというのにネクタイをつけているのだが男と錯覚しそうになるからもっと女らしい格好をしてほしい。手袋とかもそうだが服装がどこか男っぽいというか、例えるなら男役してる役者みたいな感じ。まあ顔とか体型で女なのがわかるんだけど。

「人の胸を散々馬鹿にしておいて白々しい……!」

 どうやら俺の発言を気にしていたらしく空いた手で死ねとジェスチャーしてくる。いや、うん、気にしてると思ってなかった。

 だってあの時の反応からして恥ずかしがる様子もないし仕方ないだろ。

「こう、年齢によってはまだ大きくかるかもしれないし、な?」

「私、19ですけど」

 絶望的だった。

 まあ背も高いし雰囲気からしてそんなに若いとは思ってなかったけど19かぁ。俺より二つ上とは。

 改めて拗ねたようなリジアの横顔をぼんやり見ていると強い風でみつあみが揺れる。歳に似合わない、一つにまとめたみつあみはくすんだ赤いリボンで結われており青い髪とあまり合っていない。そもそもリボンそのものがかなり擦り切れているため、やたら貧乏くさい。

「ダースで牛乳買うより髪留め買い換えろよ」

 まあこれから姉に引き渡すからあんまり意味ないことだがどうしても気になったので思わず口にした。すると、リジアはゆっくりとこちらに顔を向けて諦めたような、寂しそうな表情を浮かべた。

「これくらいしか、私には残ってないんです。放っておいてください」

 どうやら地雷だったらしい。淡々と諭すような言い方は怒ってはいないが失敗したと感じてしまう。キレられるよりも空気が重くなるのが耐えきれなくて視線をそらした。

「……なんで悪の組織なんかにいるのさ」

 話を変えたくて、何度も会ったからかそれともあまり悪人と思えないからか答えが返って来なさそうな話題を振ってみた。口に出してからまた失敗したと感じたが思いの外リジアは普通に答える。

「帰るところを忘れちゃったからですよ」

 漠然としたものだったがその様子に偽りはなく、事実を淡々と述べているようだった。

「そのポケモンを見たもの。一瞬にして記憶がなくなり、帰ることができなくなる……っていうシンオウ地方の神話をご存知ですか?」

「ユクシーのやつ?」

 ダイパ時代にそんな感じのものを見た気がする。ゲームでのフレーバー程度だと思ってるけど恐ろしい神話とか言われていたから印象には残っていた。

「博識なことで。そうです。私は昔、ユクシーの目を見ました」

 どこか遠く、懐かしむような声は物悲しい。

「と言っても、全て忘れたわけではありません。ほんの微かに残ったのは自分のことが少しと、忘れたくても忘れられなかった日々。本当の名前さえもう思い出せないですけど」

「だから行くところがなくてレグルス団に?」

「そうですね。といっても、レグルス団に入る前から盗みとかしてたのでそっちの罪状も調べれば出るかもしれませんねぇ。まああの頃は生きるのに必要最低限のものしか盗んでなかったので届け出が出てないかもしれませんが」

 聞けば聞くほど好き好んで悪事を働いていたように見えなくて少し同情する。当然、悪事を現在進行形でしてるし、昔も生きるためにやらかしてるのだから全面的に擁護できないのだけれど。

「思い出せないけれど、誰かに教えてもらった歌と、誰かにこのリボンをもらったことだけは曖昧に覚えてて、だからどんなに古くなってもこのリボンは手放せないんです」

 リボンの端をつまんでみせるがリボンそのものは特別なものではない。誰かにもらったものだからというその一点のみ。

 そう思うこと事態が彼女にとっては逆鱗かもしれないがかわいそうな女だと思った。思い出せない過去に縛られて、挙句悪事に手を染めて安寧の場所を手に入れた彼女の境遇が。

「レグルス団なんてやめていっそ俺の姉さんとかに保護してもらったほうが建設的だぜ? いやほんと、レグルス団のこと姉さんに情報提供すれば悪い扱いはしないって」

 憶測ではあるものの姉の性格上そのへんの融通は効くだろうしそもそも下っ端一人一人に重い刑罰とか現実的じゃないだろう。

「嫌です。レグルス団は今の私のすべてですから。恩も情も有り余るほどに返しきれないですし」

 強く否定され、こちらはもうなんにも言えない。そこまでなんの恩とやらがあるのかは知らないが機嫌を悪くしたのか先程より眉をしかめている。こいつの怒りポイントがわからない。盲目的なまでの狂信ぶりはいっそ心配にすらなる。

「レグルス団の目的って?」

「あれこれ聞いてばかりであなたは尋問官ですか」

「だって暇だし……」

 姉ができるだけ急ぐとは言っていたが取り込み中だったこともありまだ来る気配はない。警察に引き渡した方が早いんだろうけどなんだかなー。やけに放っておけないというか気になるというか。

「目的はたくさんありますよ。まあ私はすべてを知っているわけではありませんので自分の関わったことくらいですね」

「教えるつもりは……ないよなぁ」

「そうですね……」

 悩んだような素振りを見せたかと思うといきなり顔をこちらに近づけてきてじっとこちらを見つめてくる。背が高い方とはいえ俺よりは当然低いためわずかに上目遣いになりながら囁く。

「コレ、外してくれたら教えてもいいですよ?」

 そう言いながらきつめに結んだ縄を示す。顔が近いせいで吐息を感じて思わずドキッとした。そう、顔は悪くないからたちが悪い。

「それやったら逃げるだろ……」

 目を伏せてため息をつくとリジアはやたら軽い様子で言った。

「まあ、外してもらえなくても逃げますけどね」

 ふと、リジアを見ようとして違和感に気づく。

 

 ――縄が解かれている。

 

「あっ、お、お前!」

「バーカ! バーカ! お人好しバーカ! というかなーにちょっと同情してるんですかー? それで隙を作るとか恥ずかしくないんですかー? そもそも逃げることに関してはこちらが上と言ったでしょうが!」

 本当にいつ縄を解いたのか気づかないほどの早業で抜け出した挙句今も全力で走って逃げ出したリジアを追いかける。ていうか逃げながらめちゃくちゃ煽られて腹が立つ。あいつ一回殴っとけばよかった。

 いつの間にかリジアの手持ちの入ったボールのついたホルダーも盗られており急がないとテレポートで逃げられてしまう。

「チル! あいつの動きを止めろ!」

「ちるるるるるるー!」

 なんかやけに気合入ってるチルか飛んでリジアに追いついてあいつを両翼で捕まえようとするがリジアも黙ってやられるとつもりはないらしく手持ちを繰り出す。

 が、あまりの速さにボールから出た瞬間見失ってしまい、気づいた時にはチルは攻撃を食らっていた。

「なっ――」

 見えたのは氷の破片。それが冷凍パンチだと気づくのはそれから数秒のこと。

「そのまま追手が来たら迎撃しなさい!」

 走るリジアの周囲に素早く動く影が見えるがその正体がつかめない。青いポケモンだというのはわかるがそれだけでこちらが手を出さない今はなにもしてこない。

「待てやこらぁ!」

 倒れたチルをボールに戻して回収し、再び追いかけっこ状態になる。

 道中、町の人らに何を勘違いされたのか「仲良しねぇ」などと声が聞こえてきた。あははうふふ捕まえてご覧なさーいとかそんなふざけた状態だったらお互い罵倒しながら走ってないと思う。

 リジアが急に曲がったかと思うと見失うものかと更に加速して追いかけるが曲がり角で誰かと激突し尻もちをついた。

「っつ……すいません大丈夫で……」

 ぶつかった相手を確認すると昨日会った育て屋の少女シレネだった。

 彼女はきのみを抱えた籠を落としてしまったのか尻もちをついて「いたた……」と呟いている。近くにいたラッキーが落ちたきのみを拾って籠に一つ一つ戻しており、おそらく彼女の手持ちであることがわかる。

「こちらこそすいません……その、ちゃんと前を見てなかったので……」

 そう言いながら顔をあげると俺だということに気づいて「あっ」と嬉しそうに声をあげる。

「ヒロ君、来てくれたんだね……?」

「え、いや……」

 そういえばドタバタして忘れてたが育て屋を見に行く約束をしていた。

「今はその、やることがあって……。そうだ、青い髪のみつあみ女がこっちきたよな?」

「青い、みつあみの女の人……?」

 きょとんとした様子で首を傾げたかと思うとは後ろを向いてからシレネは言った。

「この先はうちの育て屋の敷地内だから……誰かが入ってきたらすぐわかるけどそんな人は見てないよ……。確認、する……?」

「あ、えっと、じゃあちょっとお邪魔します」

 もしかしたらテレポートで逃げられたのだろうか。ちょうど曲がり角だしそれが有り得そうだ。

「えっとね、普段は私、そんなにいつもお店にいないの……。今日はたまたま用があって……」

「へぇ。別の仕事かなにか?」

「うん……出張、みたいなものかな……ポケモンマッサージとか、アクセサリー作ったり色々してるから……」

 案内されながら育て屋というか店のことを詳しく教えてもらう。あくまで育て屋がメインらしいがオーダーメイドのアクセサリーとかも作ったり、マッサージや毛のカットなど色々やっているようで店内は結構繁盛しているようだ。

「やっぱり……サービスとか差別化していかないと、お客さん、来てくれないし……」

 切実な事情が垣間見えた気がするけどそこには触れないでおこう。

「ヒロ君も、預ける……?」

「俺? いや、まだ手持ち6匹すら揃ってないし今はいいかな」

「そっか……。あの…………その、もしよければなんだけど……」

 言いづらそうに口ごもったかと思うと小さな声で続きを口にする。

「そのうちね……預かりシステムを利用したネットでの育て屋申し込みサービスを考えててね……もし手持ちが増えたりとかしてボックスとかお家に預けるようだったら、考えてほしいなって」

「へぇー。それは便利そうだなー」

 詳しく聞くと、メールで申し込みとかをして転送システムで育て屋側に預けるポケモンを送ってメール等で状態を教えてもらえるサービスらしい。引き取りは店に来てもいいしメールで送ることも可能だとか。

「でも、こっちもまだそういうやりとりになれないだろうし、金銭絡むとテストっていうのも難しいから……ヒロ君どうかなって……。協力してくれるなら代金はいらないから……」

「んー。手持ち増えてそのときまだ協力してほしいっていうなら俺はいいよ」

 面白そうだし、基本が6匹だと多分増えたときとかに今の手持ちの誰かを実家に送る予定だったので無料で育ててもらえるならありがたい。どうしてもレベル差出ちゃうだろうし。

「うん……待ってる……。あの、これ、私の連絡先……」

 喋り方は相変わらずたどたどしいのにやたら積極的でびっくりする。正直言うと反応がわかりやすいからか好意的な感情を持たれているのはわかった。それがどんな分類かまではわからないけど、悪意はなさそうだ。

 ちょっと一日で距離を詰められた気がするけど大丈夫大丈夫。俺は簡単に勘違いしない男。

 結局、リジアがいる様子もないし逃げられただろうから姉に逃げられた事の報告をメールでしてポケモンセンターに戻ろう。

「どっと疲れた……」

 あまりにも無駄な体力の消費をしたし、この後姉に叱られるのが見えていて憂鬱でしかなかった。

 

 

 

 



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ムーファタウン:後編

 

 リジアに逃げられたヒロが疲れ果てている頃――。

 

 ポケモンリーグの会議室で山のような書類に囲まれた四天王たちは頭を抱えながらそれぞれの業務をすすめていた。

「ねえ! あたしヒロに呼ばれてるんだけど!」

「タイミングが悪いというかなんというか……」

 フィルが苦笑しながら書類にサインをしてランタへと手渡し、まとまった書類をランタが別室へと運ぶために離席する。電卓片手に何かの計算をしながらリッカが「問題なし」とアリサに流してそれにアリサがサインをする。コマリタウン周辺の橋の修理に関する修繕費と予算の案件だ。

「急に帰ってきたかと思ったら全部今日の18時までに処理しろとか馬鹿じゃないの!?」

 用事が全員なかったからいいもののいきなり現れたチャンピオンに書類を押し付けられた4人は不満や苛立ちを隠しきれていない。

「マジねーわ。でも俺がチャンピオンになるのはマジ勘弁」

 ランタが戻ってきて再び処理が終わった書類の束を運びに外へと向かう。ブツブツとぼやきながらも真面目に役割をこなすランタを見ながらリッカは舌打ちする。

「あの馬鹿チャンピオン……一度氷漬けにして湖に沈めないとわからないのかしら……!」

 基本ローテンションなリッカが露骨に怒りを露わにしているのは珍しくその様子にフィルは困った顔でたなしめた。

「仕方ないだろう。この地方で最強だからあれはチャンピオンなんだ。不満があるなら誰かが代わりに勝ってチャンピオンになるしかない」

「それができたら苦労してないでしょ」

 アリサが死んだ目で書類を数えながら「ワコブ……ハマビ、レンガノ……グルマ……よし、8枚ぜんぶ揃ってる」と自分に言い聞かせるように呟き、フィルに縋るような目を向けた。

「フィル~! 弟待たせてるしレグルス団の手がかりになるかもしれないから任せてもいい?」

「まあ、アリサががんばってくれたからギリギリ間に合いそうだしあとは私がやっておくよ。経理はリッカがやってくれるし、ランタも確認くらいならできるだろうから」

「つーかあの馬鹿は!? 押し付けるだけ押し付けてまたどっかいったの!?」

 気づいたときには既にリーグから消えていたチャンピオンに更なる怒りが募る。リッカはいつの間にか片手に藁人形を持ちながら「腹をくだせ……」と呪詛を呟きながら指で腹部を押しつぶしている。

「とりあえずできるだけ早くは戻るつもりだから! みんなごめん!」

 アリサは上着を急いで羽織って、窓から飛んだかと思うとボールからオンバーンを繰り出してそのままオンバーンに乗ってムーファタウンを目指した。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 シレネが嬉しそうに室内に入り、かわいらしい少女の顔からすっと無表情へと切り替わったかと思うと何の変哲もない壁をコンコンとノックし、強く押すと隠し扉が現れてその中へと無言で入り、そこにいた人物を見るなり吐き捨てた。

「で、今回のみっともない失態……どう言い訳するの……?」

 ヒロに向けていた顔とはかけ離れた軽蔑するような視線にリジアは気まずそうに頬を掻く。

「すみません……」

 心底申し訳なさそうに椅子に座った様子をシレネは不愉快そうにリジアを睨む。

「あまりに無様な無能っぷりを……晒すようなら……幹部の方々に報告するけど」

 袖で隠れた腕を捲るとそこにはレグルス団のシンボルが入ったリストバンド。

 それを身に着けているシレネが紛れもなくレグルス団だということを証明していた。

「気をつけるからそれは勘弁してください……」

 申し訳なさそうに頭を下げるがそれを見てますます不愉快そうに眉をしかめるシレネ。

「まあ、どうせあなたはお気に入りだもの……たいした罰なんてないでしょうね……」

 嫌味のつもりなのか、わずかに嘲笑気味に言うとリジアはなぜか真面目な顔で答える。

「そんなことはありません。確かに幹部の方にはよくしてもらっていますが、分不相応な扱いをされたとは思っていませんので」

 あまりにもまっすぐに、生真面目なまでの声音にシレネはこれ以上の嫌味は通じないと判断したのか目を細めてリジアを見下ろす。

「……前にも言ったかな。私、あなたのそういうところ大嫌い」

 心の底から嫌いとシレネは言う。けれど本気で嫌っているならばこうやって会話もしないだろうとリジアは考えていた。

「だいたい……私がジュンサーの変装までして……交番で待機してたのに……あなたはヒロ君と楽しそうにお話してるなんて……ふざけているの……?」

「その節は申し訳ないと思っていますがあれと話していただけで怒るのですか? あの失礼で迷惑な男のこと好きなんですか? ええっと、ヒロでしたっけ」

「……うん」

 照れながら言う様子に「本気ですか」と驚きながら目を見開くリジアはシレネの言葉の続きを待つ。

「ヒロ君、かわいいから好き。きっと……一目惚れっていうのね。ドキドキしちゃうの」

 リジアはシレネの言葉を胡乱げに横目で見ており反応がいまいち悪い。

「手足を封じて、ずっとお世話したくなる感じだよね……」

「バイオレンスなんですよあなた」

 シレネは普段こそ取り繕っているもののどちらかといえば過激で、しかも残虐行為に躊躇がない。素の実力もリジアより高く、目をつけられたヒロを少しだけリジアは哀れんだ。

「私だけのものにしたいなぁ……。リジア、今回のこと、悪いと思っているなら協力してくれるよね……?」

 シレネの言葉になぜかリジアは悩んだように自分の髪を弄りながら数秒置いてから答えた。

「まあ、協力の内容次第です」

「曖昧なのは嫌……リジアって、本当に……面倒くさい……」

 

 ――別にあいつがシレネに気に入られたところで私には関係ありません。でも、協力するのもなんだか気が乗らないんですよね。

 

 口にするとおそらく地雷だとわかっているためリジアは心の中だけに留め、隠し部屋をぐるりと見渡す。

「相変わらず大量の卵」

 孵化装置に入った卵は部屋に大量に並べられており、いっそ不気味なほどだとリジアは考える。しかし、シレネはくすくすと笑った。

「かわいいでしょう? どれも優秀な個体、それか貴重なポケモンの卵ですよ」

 孵化装置をよく見るとメモに詳細が記載されており、中にはトゲピーだのヒンバスだのの卵がある。他にも『両親ともに優秀個体』なども書かれていて、命を扱っているとは到底思えなかった。

「これだけの卵、どうするんですか?」

「一部はアジトに送って戦力の増強に。一部は金持ちに売ります」

 さらりとなんでもないように言ったシレネにリジアはかすかに眉を顰める。しかし、一応仲間だからか直接何かを言うわけではないがリジアとしては相容れない考えなのだろう。

「あなたもいる?」

「私は結構です。自分の手持ちで事足りますから」

 シレネの育て屋業はあくまで表の顔。裏では預かったポケモンとメタモンや別の種のポケモンをあわせて卵を作らせ、それを回収している。また、トレーナーの個人情報を利用して、優秀なトレーナーや強いポケモンを持つトレーナーを襲撃し、それ知るための情報先の一つでもある。

 評判が良ければ良いほどトレーナーが集まる母数は多く、儲かるため金銭面での組織への貢献もできる。極めて効率的だがその一方で非人道の極みでもあった。

 シレネのメタモンの一匹がシレネの方へと乗り、つまらなさそうなリジアにシレネは言った。

「……なぁに? 不満でも、あるの?」

「いいえ。私は組織のためなら文句などありませんよ」

 組織のためなら、と強調する裏には暴走して組織に被害が出ることだけはするなという意味でもあった。シレネは当然と言わんばかりに不敵に微笑む。

「だいたい……あなたポケモンのことどう思ってるんですか? 自分の手持ちにすらこんなことして思うところはないんですか」

 自分の手持ちであるメタモンを利用し、ここにはいないブーバーンも卵をあたためるために使っている。シレネ以外がしているのならばそれほど嫌悪感はないとリジアは考える。シレネだからこそ、おぞましいと感じてしまうのだと。

「ポケモン……? 好きですよ?」

 怪訝そうなリジアに満面の笑みでシレネは言う。

「だって教育のしがいがありますし、なによりお金になりますから」

 全く悪びれもせず言うシレネにリジアは「そうですか」とだけ答えて、これ以上会話をしても無駄だと悟ったのか早々に会話を打ち切った。

 

 

 

 

――――――――

 

「ヒ~ロ~?」

「姉さんごめん。謝るから、マジで悪かった。だからつねるのはやめてくれ」

 笑顔でキレられながら両頬を思い切りつねられ、イヴが足元でがんばれーと無責任に煽っている。助けてくれ。

「もう! すぐに来られなかったあたしも悪いからあんまり言えないけど抑えとくのが無理なら次は警察に預けたほうが良さそうね」

「あいつめちゃくちゃ逃げ足早いんだって……」

 言い訳がましく主張するも姉さんも呆れたように頭を抑えてため息をつく。

「つーか、用事はもう大丈夫なのかよ」

「え? ああ、うん……いきなり馬鹿が帰ってきたと思ったら溜まってた業務捌く羽目になっただけだし……しかもいつの間にかあたしらに全部押し付けてまたどっか行ってるんだもの……次は殴って椅子に縛り付けてでも逃さないわ……」

「は? まあ、急に呼んだのに逃して悪かったよ……」

 とりあえず思い切りつねられたものの姉さんも落ち着いたようで少しだけ会話でわかったことを伝えると「うーん……」難しい顔をされた。

「微妙に信憑性が増してきたわね……」

 何の話だろう。そういえば俺そもそもレグルス団の話ほとんど知らないんだよな。人のポケモンを奪うってくらいで。

「あくまで噂にすぎないから話半分だけど、レグルス団は一般人を洗脳して手駒を増やしてるっていうのよ。下っ端の実力も下手なトレーナーより高いし、ないとも言い切れないのよね」

 洗脳、という言葉に胸がざわついた。リジアのポケモン好きは紛れもないものだと思っている。とっさの行動であんなことをする奴がポケモンを道具と思ってるはずがない。

 だから、もしかしたら本当はいいやつなのかもしれないという期待がある。そして、その可能性を強める噂もあるときた。

 ――どうにか、正気に戻せないだろうか。

「ヒロ、顔に出てる」

 姉さんの言われて自分の顔に触れるがなんのことかよくわからない。すると呆れたように姉は続けた。

「助けてやりたいって見え見えよ。まあその子が本当はいい子かもしれないっていうのは話聞いても絶対にないとも言えないからいいとして、私が心配してるのはユクシーの話が本当ならそれすらレグルス団の仕込みじゃないかって不安なのよ」

「レグルス団がユクシーを操ってると?」

「だってあいつらシンオウのポケモンよ。理由もなしにここにいるとも思えないし、記憶を失ってる状態で優しく手を差し伸べられたら……って考えてもおかしくないじゃない」

 確かに辻褄は合う。というかそっちの方が自然だ。偶然ユクシーに出会ってその後行く宛がないなんて地元なら自分が記憶を失っても相手が自分を知っているのがいるだろうしおかしな話だ。シンオウに住んでたとしたらもっとおかしい。こことシンオウは遠く離れているため子供が着の身着のまま来れるはずもない。泥棒のようなことをしていたとは言っていたがそれでわざわざこの地方に来る理由もないし。

「一応そっちも調べておこうかしら……。数年前から行方不明者と照らし合わせたりして……うーん、やることが増えたわ」

「ユクシーが関連してるとは限らないんだし無理するなよ姉さん」

「まあ関係ないならそれでいいのよ。できること、やっとくにこしたことはないんだから」

 正論だ。あとになってやっておけばよかったとなるより調べて無駄だったの方が後悔は少ない気がする。

「……あんまり入れ込み過ぎないでよね。姉ちゃん心配してるんだから」

 本当は一般人トレーナーの俺を巻き込みたくはないと姉は言う。優しい姉の言いたいことはわかる。でも、ここまで関わり合いが続くと嫌でも気になるというもの。

「とりあえず……姉ちゃんは戻らないと。次は絶対早く来るけど無茶はしないでよね」

 ポケモンセンターも人が増えてきたのはもうすぐ夕方だからだろうか。姉が頭を掻いたかと思うと横にいるオンバーンがおろおろしながらチルと顔を合わせている。見知った相手が急激に変わって驚いてるような反応だ。

「チルット、進化してたのね」

「ああ、この前な」

「成長早いわねー。そんな強い相手と戦ったの?」

「一緒に旅してるやつが結構強くてさ」

 ジム戦するために特訓に付き合ってもらったイオトとエミはジムリーダーに勝てると断言するだけあって実力は確かだ。多分他の新人トレーナーと比べてもあの二人のせいもあって成長が早いのかもしれない。

「ふーん……まあまた今度、一緒に旅してる子も紹介しなさいよね。今日は急ぐからまた今度」

 そのまま姉さんはオンバーンを連れてムーファタウンをあとにした。急に呼んどいて悪いことをしたと反省し、3人が帰ってくるのを待つかと泊まってる部屋へと行くとベッドに蹲ったエミがいることに気がついた。

「あれ、戻ってたのか」

「あー……うん……」

 具合が悪そうな声を絞り出したかと思うと喋るのも億劫そうに寝返りをうつ。

「貰ったクッキーに当たっちゃってさー……」

 要するに腹痛らしい。机の上にチョコクッキーの箱が適当に置かれており、中身はまだたくさんあった。

「どうしたんだよこれ」

「貰った」

 貰ったとは言うがこの町での名物というわけでもなさそうだし誰からもらったのか。

 箱を手にとるとイオトが疲れたような顔をしながら部屋に入ってくる。

「あ~、疲れた」

「イオトも帰ってきたのか」

「何? クッキー食べてたのか。俺も一つ貰うわ」

「あ、待っ」

 静止も聞かず、一つクッキーを口にするともぐもぐと咀嚼している間、徐々に表情が変わっていく。笑顔からどんどん無表情へとなったそれを見てやばいと直感でわかった。

「……これ、何」

「エミがもらったらしいクッキー。そしたらエミが腹壊したから食べないほうがいいぞって言おうとしたら……」

「そういうこともっと早く言ってくれねぇ?」

 まだ腹痛には至っていないようだが顔色が悪い。口にした時点で違和感があったのだからそもそも美味しくないのかもしれない。

「たっでーまですよー! モーモーミルクいっぱいもらえたですー!」

 両手いっぱいに袋を抱えて帰ってきたシアンは本来は隣の部屋なのだが見せびらかしたいのかこちらへと入ってくる。

「あり? エっちゃんとイオくんどうしたです?」

「クッキー食べて腹壊したんだって」

 イオトとエミを置いて夕飯を食べに行くことにし、恨み言を背中にぶつけられながらシアンとポケモンセンターの内部にあるレストランへと入る。

 料理を食べながら今日の出来事をシアンにつらつらと話すときょとんとした顔をされた。

「ほあ。あのみつあみ女に同情するとかヒロくんも大概お人好しでいやがりますね」

「そ、そうか?」

「だって、生きるために悪いことをしたっていうの、そもそも言い訳ですよ」

 まあ、シアンの言いたいことはわかる。理解はできる。が、シアンはなぁ、お嬢様だからなぁ。そう考えるとちょっと向こうに肩入れしてしまう。

「みんながみんな、満たされた生活してないんだぜ?」

「詭弁ですよ。特に子供なら保護してもらうとかいくらでもあるでしょーに」

 うーん。シアンはどうもリジアに対して否定的らしい。考え方は千差万別だからシアンを否定することもできない。

「まあ別にボクには関係ねぇですけど。次会ったら叩きのめしてやるですよ!」

「お前バトルでアレに勝てんの?」

 初対面時ふっつーに負けてたのにどこから来るんだその自信。

「ボクも成長してるですよ! まだヒロくんの手持ちには及ばねーですがコツコツとレベルもあがってるです!」

 俺の知らないところでレベルが上ってたらしい。いつの間に。

 シアンのカモネギがネギを掲げて自己主張してくる。そうか、お前も強くなってるのか。がんばれカモネギ……えっとネギたろうだっけ?

「もーちょっとでシャモすけが進化しそうなんですけどねぇ」

 ワカシャモのシャモすけはもぐもぐと飯にがっついており、こちらの話を聞いていない。まああと一歩ってところなんだろう。

「ようやく憧れのバシャーモですよ! なんとか言いくるめてアチャモをもらったときを思い出すですよ」

 シアン曰く、女の子なんだからかわいいポケモンにしなさいと両親から言われ続け、ワンリキーだのドッコラーだのは即却下され、誕生日にもらえるポケモンを決めるので大揉めしたらしい。

 そして、アチャモかわいい!と訴え続け、両親もまあそれなら、と納得してしまった結果がこのワカシャモであった。進化させる気しか感じないのによく丸め込んだな。

「まあそれの一件に関してはあいつは感謝してるんですが……それ以外がどーしても……」

「あいつ?」

「家出する原因の婚約者ですよ。元々家族ぐるみで付き合いがあったのもあって、そいつに捕獲を頼んだらしーです」

 両親からアチャモをもらい、喜んでいたところ、その人物が捕まえてくれたということを聞き思わず真顔になったシアンは両親を不安にさせたとのこと。そんなに嫌いなのか、その婚約者になっちゃった女の人。

「なーにが『お前、どうせバシャーモがよかったんだろ。大事にするんだぞ』ですよ! 人のことわかってるみてーなこと言いやがって!」

「めちゃくちゃいい人じゃん」

 しかもめちゃくちゃわかられてるじゃねぇか。婚約のことはさておきなんでそこまで嫌うのか。

「……なんていうか……昔はまだよかったんですよ。あれも」

 懐かしむように頬杖をついて視線をレストランに設置されたテレビに向ける。

「3年前ですよ。あの事件のせいであいつは最低やろーになっちまったです」

「あの事件?」

「おぼえてねーですか? 突然チャンピオン交代したあれですよ」

 記憶をたどるとそれらしいニュースを思い出す。3年前だったかは忘れたがそういえば急にチャンピオンが負けたとかで新しいチャンピオンに代替わりしたっていう。

 だが、新チャンピオンはプロフィールの一切を非公開。表に出るのは四天王だけで未だにチャンピオンの顔も年齢も性別も不明。

 まあ俺は前チャンピオンにも詳しくないというか、当時の俺はあんまり興味がなかったのもあってその辺の知識には疎い。

「まあ、ぶっちゃけると現チャンピオンにボコボコにされてチャンピオンを降りることになって以来、めちゃくちゃ理不尽で横暴になっちまって、正直関わりたくないくらいには面倒なやつになっちまったですよ」

 ん? 話を聞いてるとどうも婚約者が元チャンピオンみたいな感じだけどマジか。ていうか俺の周りリーグ関係者多くね? イオトとエミもどっちかに四天王の身内とかいたりしねーだろうな。

「2年前まではチャンピオンとの再戦を何度もしてたみてーですが……結局勝てないままみてーですよ」

「今のチャンピオンそんなに強いのか……」

 この地方で最強の座を守り続けているチャンピオン。興味がないと言えば嘘になる。だが、まだジムバッジも1つの俺には遠い話だ。

「まあ、あんなやつの話はいいですよ。飯がまずくなるです」

「そんなに嫌ってやるなよ」

「ヒロ君はあいつと会ったことがないからそんなこと言えるですよ。会って会話したら……いやそもそも会話成立するかすら怪しいですけど…………まあ、こいつ最低だって思うですから」

 逆に気になってきた。まあ、会うことはないだろうけどもし会ったときはシアンの期待を裏切りたいなぁ。

 

 ぐだぐだと食事を終え、腹痛に苦しむ二人に薬局で薬を買って帰り、ムーファタウンでの二日目を終えて、明日の朝に備えて眠りにつくのであった。

 

 

 

――――――――

 

 

 また、夢で記憶を見ていると気づくのにそう時間はかからなかった。

『ヒロくんどうしたの?』

 いつも夢で見る少女は二つのみつあみを揺らしながらこちらをじっと見つめてくる。相変わらず顔は思い出せないが感情は伝わってきた。

 少女の手を握りながら、幼い自分は顔を背けながら小さな包を少女に押し付ける。

 怪訝そうに包を受け取り、中を確認した少女は「わあ!」と嬉しそうな声を上げた。

『くれるの?』

『たんじょうび……だって言ってただろ』

『こんな素敵なものをもらえると思ってなかったの! ありがとう!』

 プレゼントに渡したものは”赤いリボン”それだけ。それだけなのに少女は心の底から喜んでいた。

 本当はリボンを二つあげたかったのだが見栄を張っていいのを選んだ結果、一つだけしか小遣いで買えなかった。それが少し恥ずかしくてあまり少女を見れなかった。

『さっそくつけていい?』

『一つしかないのにどうするんだよ』

『ちょっとまってね』

 みつあみをほどくと長い髪が少し波打っているような癖がついており、それを一度一つにまとめ、それを三つにわけてどんどん編んでいく。編み終わったところでリボンを結ぶとにっこりと笑って俺に顔を近づけてくる。

『どう?』

『どうって、言われても』

 ゆるめに編まれたみつあみは少し右側に寄っている。編むときに右側で編んでいたからだろう。少し不格好で、なんて言えばいいかわからなかった。

『に、にあってる……』

 絞り出した言葉に少女ははにかむ。

『ありがとう、ヒロくん』

 古ぼけたフィルムのように世界が色あせていく。この先は思い出せない。鍵がかかった部屋のように閉ざされており、自分自身のことなのに掴めないでいた。

 

 

 

 

 

 

 寝苦しくて目が覚めるとグーにのしかかられていた。

 また記憶の夢を見た。

 こう、何度も見るとそろそろはっきり思い出してもいい頃だが相変わらず曖昧で、あと少しなのに、というところで記憶が欠けている。

「なーんか誰かと似てるような……」

 あれ、冷静に考えるとあの髪型ってリジアと同じだな。リボンの色も一致する。髪はうろ覚えだが似たような色だった、ような。特徴が一致しすぎてできすぎていると思ってしまうほどに。

「いやいやいや……まさかそんな……」

 自分に言い聞かせるようにブツブツと呟いているとイヴが寝ぼけて起きてしまう。もう一度寝なおそうとイヴと一緒に布団に入り、夢とリジアを照らし合わせる。

 似てるところは多い。が、少女の儚いふわふわとしたイメージとあのリジアが結びつかなくてどれだけ要素が似ていても打ち消してしまう。

 ただ、もしあの少女がリジアだとしたら。

「……あのリボン、まだ持ってるってことになるんだよな」

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 翌朝、着替えて町を出る準備をしながら、腹痛を起こした二人の様子を見る。回復したようだがまだ顔色はあまり良くない。

「大丈夫か? もう少し町に滞在するか?」

「いや……俺は平気……」

「僕も気にしないでー。昼頃には普通になってると思うし」

 あんまり無茶するなよと思うがまだ留まると言っても二人はいいってと言いそうだし朝食を済ませたら隣のハマビシティを目指すつもりだ。

 シアンが地味にモーモーミルクをいっぱい詰め込みながら荷物の整理に苦戦しているのを横目に、ポケモン世界の収納力はすげぇなと改めて感心する。重くて持てなくなりそうなくらい荷物があるのによくもまあこんなまとめられるな。

 ポケモンセンターを出て少し先の町の入口の方へと向かうと、きょろきょろと視線を動かすシレネがいた。

「あれ、シレネ?」

 こちらに気づいたシレネが手持ちのラッキーと一緒にぱたぱたと駆け寄ってくる。なにかと思い、足を止めるとシレネは気まずそうに言葉を選んでいるのか数秒してから口を開く。

「あの、厚かましいお願いなのはわかってるけど、この子をもらってくれないかな……?」

 そう差し出されたボールが開いたかと思うとあくびをしながらコリンクが飛び出してくる。

 コリンクは俺を見るなり前足で脛の当たりをこつこつして、きゃっきゃと楽しそうだ。

「前に……卵から、孵った子なんだけど、貰い手がいなくて……うちで預かるのも限度があるから、手持ち6匹いないって言ってたし、もしよかったらって……」

 育て屋に来るのはだいたい手持ちが揃っているトレーナーばかりだから今更コリンクに興味もないらしい。だから俺ならと、急いで旅に出る前に来たのか。

「俺はかまわないけど……いいのか?」

「……うん……コリンク、ちゃんとヒロ君の言うこと聞くのよ?」

 シレネがコリンクと目線を合わせようとしゃがむもコリンクはつんとシレネを無視した。あまり懐いていないらしい。

「その……押し付けるみたいでごめんね……?」

「いや、いいよ。俺ポケモン好きだし。よろしくなコリンク!」

 足元にいたコリンクを抱えるとシレネへの反応とは打って変わって楽しそうにはしゃぐ。あっかわいい。撫でたい。とりあえず名前をつけよう。

「何かあったら連絡してね……」

 その場で見送ってくれるシレネを背に俺たちはムーファタウンから去るのであった。

 

 

 

 

――――――――

 

 ヒロを見送ったシレネがニコニコと笑顔を浮かべながらスキップで育て屋に戻っていく。スカートをはためかせ、浮かれきった様子を見たらリジアあたりは「気持ち悪いですね」などと言いかねない。

 育て屋の隠し部屋でパソコンを開くと地図のようなものが表示され、ムーファタウンから少し先の位置に点滅する光があった。

「ヒロ君……見守ってるよ……」

 恍惚とした表情で画面を見つめ、手持ちであるブーバーンは卵を抱えながらシレネの様子を見て呆れたように鳴いた。すると、シレネは不愉快そうにブーバーンを睨む。

「何よ。いいから、さっさと卵温めなさい。全く……」

 ぶっきらぼうな言い方にブーバーンも適当に頷くとシレネから距離を取って抱えた卵とともに隠し部屋の奥へと引っ込んでいく。

 

 ――ヒロの知らないところで、少しずつ、何かが変わっていくのであった。

 

 

 

 




●シレネ
ブーバーン♀
メタモン
ラッキー♀
他不明


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閑話:揃わぬ会議とリーグ昔話

あんまり読まなくてもいいやつ。メインから少し外れた過去編みたいなもの。主人公は不在。


 ポケモンリーグの会議室。諦めが悪いとも言うべきか、ジムリーダーと四天王の会議をしようという試みを再度行ったアリサは隠しきれない青筋を額に浮かべながら会議室を見る。

「なんでっ! 全員呼んでくるのがあんただけなのよ!」

「知らね」

 気だるそうに椅子によりかかりながらポケフォンで何かを調べているケイはアリサの金切り声を無視して四天王のリッカに声をかけた。

「ところであの馬鹿は」

「いつも通り不参加、というより不在」

 エネココアを飲みながらリッカは答え、会議室の空席を見やる。ジムリーダー8人中、1人しかいない。

「一応集合時間はそろそろだけど――」

 フィルが急に立ち上がって窓を開けたかと思うともう少し遅ければ窓ガラスをぶち破って飛び込んできたであろう人影が会議室に降り立った。

「窓ガラスだってタダじゃないんだよ」

「はっ、知らないんだぞ。俺様のために開けておくくらいしろ」

 傲慢にそう言い切った人物はジムリーダーのユーリ。少女のような少年のようなその人物を見るなりリッカは眉をひそめ、アリサは顔をひきつらせた。ランタはユーリをみることすらせず、フィルが仕方ないと言わんばかりに席へとエスコートする。

「自分のため、なんて言うならリーグに戻ってきてもいいんじゃないかい?」

 その言葉に、ユーリが口を開きかけるが会議室の扉が勢い良く開かれ、全員がそちらに注目する。

「お、遅れてごめんなさい! 会議まだ始まってない? ご、ごめんね! できるだけ急いだんだけど……」

 走ってきたのか、乱れた髪を手で慌てて直すセーラー服の少女ことジムリーダーナギサを見て一気に空気が和やかになる。ジムリーダー唯一の良心と言われるほどの彼女に、ユーリもさすがにあまり乱暴なことは言えないのか舌打ちだけして何も言わずに席に座った。

 きょとんとしたナギサが席につくとほとんどジムリーダーが揃っていない。アリサが深く、深いため息をつきながら手当たり次第ジムリーダーへと電話をかける。

 数秒してから通話がつながり、元気な声がアリサの耳に突き刺さった。

『もしもしアリサ? ごっめーん! 今丁度化石が見つかってさー! かなり状態のいいやつだから手が離せなくって――』

「この発掘マニアがああああ!!」

 怒り半ばに通話を打ち切り、次の相手へとかけはじめる。

 割とすぐに応じたが、甘ったるい、どこか間延びした喋り方の女の声がアリサの胃を悪化させる。

『はぁい? あぁ、そういえば会議だったわねぇ~。ごめんなさぁい、忘れちゃってたわぁ』

「この根暗ゴス女さっさと来なさいよ!」

 次、と電話をかけようとしてケイが呆れた顔でアリサを止める。

「どうせこねぇんだから無駄にストレスためるようなことすんなよ」

「うるっさいわね! それでも一応やんないといけないのよ!」

 理不尽にキレられたにも関わらずケイは「へいへい」と適当な返事をすると頬杖をついて出されたお茶をすする。

 次の通話。

『もしもし、あれ、アリサ? 今日の会議は不参加ってメールしたはずじゃ……』

「いいから撮影の合間にちょっとくらい顔出しなさいよ! ていうかジムリーダー業と役者兼業できないならジムリーダー辞めちまえ!」

 後半はただの理不尽だがある意味正論でもあるので誰もツッコミ入れなかった。

 あと二人。まずは片方、エスパータイプのジムリーダーへと電話をかけ、かなり長い呼び出しのあとにようやく応答があった。

『もしもしアリサちゃん? 大学で講義があるから行けないって――』

「どいつもこいつもジムリーダー業務おろそかにするならジムリーダー引退しろって言ってるでしょうがぁ!」

 男の言葉を途中で遮りながら通話を打ち切り、最後の一人へと電話をかける。もうやめとけよという空気が会議室に流れるがアリサは半分意地になっていた。

 が、最後の一人は通話に応じることはなかった。

 

『留守番電話サービスです。ピーッという音のあとにご用件を――』

「死んじまえ! この引きこもりいいいいいいい!!」

とうとう携帯を投げ捨てたアリサに目を伏せながら首を振ったフィルは教師が場を収めるようにパンパンと手を叩いて注目を集めた。

「はい、まあご覧の通りだが会議を始めようか。リッカ、資料」

 リッカが資料の束を参加者全員へと配るとフィルの話が始まる。

「まず、レグルス団だが、どんどん激しくなっている。先日、コマリの森でのトレーナー誘拐事件もそうだが、被害どんどん拡大していっている。早めの処置が必要だ。ケイ君。ワコブシティでの調査は?」

 話を振られてケイは資料のある部分をノックするように叩いて示し、発言する。

「あー、調査したところ、うちの住人での行方不明者はそれほどいなかったって感じですね。だいたい旅トレーナーを狙ってるって見て間違いないと思いますよ」

 旅をしている人間なら行方不明などの届け出が遅くなる。当たり前だが確実な手段で悪事を働いているのは間違いない。

「こちらとしては現在旅に出ているであろう若者たちの旅を一時禁止にするというのも視野に入れている。具体的な数がまだ不明だがコマリだけとは思えない。用心するに越したことはないだろう」

 フィルの話を全員が真面目に聞いていると思いきや、鼻で笑ってそれを遮る人物がいた。

「必要ないぞ。少なくともヒナガリシティは俺様が管理している以上レグルス団とかいうふざけた連中をのさばらせることはない。だいたい地方全土の旅トレーナーの全帰還とか現実的じゃないんだぞ。それより大元を探す努力をしたらどうだ、伯父上?」

 フィルを馬鹿にするように言うユーリ。フィルはさほど気にした様子は見せず「君はそう思うんだね」と短く返す。が、フィルではなく別の人物がユーリを責めた。

「あなた、いつもそうやって驕ってるから負けたんでしょ」

 リッカの氷点下の瞳がユーリを射抜く。そして、その発言にケイがぎょっとして即座に手持ちをボールから出したかと思うと次の瞬間会議室の中心が爆発し、そこはもう部屋ではなく日差しで照らされる吹き抜けとなっていた。

「おい……今、俺を敗者と罵ったな……?」

 無傷のユーリは直ぐ側にメタグロスを控えさせており、爆発の中心点には戦闘不能になったジバコイルがいた。

 室内でだいばくはつを行うとかこいつ正気かとひっくり返ったアリサは惨状に頭を抱える。

 ケイは呆れながらまもるでポケモンにかばってもらったのか平然と椅子に座ったままボロボロの会議室を見渡した。

「あーあー、リッカさん煽るから」

 リッカもまた、ポケモンに守ってもらったのか堂々と座ったままユーリの視線を受け止める。

「敗者を蔑むようなことはしないわ。ただ今のユーリは最低だから。みっともない裸の王様よ」

 ひっくり返っていたナギサが起き上がり、伸びているランタを引っ張り上げて無理やり起こしているのがケイの視界の端に映る。フィンもある程度予想していたのか爆発に巻き込まれずに仁王立ちでユーリを見つめている。

「ユーリ……諸々の修理費用は後で全て君に請求する」

「好きにするといいんだぞ。それよりも今すぐにフィールドをあけろ。リッカ! 相手しろ!」

「嫌よ。受ける義理がないもの。それに、絶対自分が勝つってわかってる私だから喧嘩売るんでしょ?」

 一歩も引く様子を見せないリッカは激怒したユーリに視線を向けることすらやめ、愚痴るように言う。

「あれに勝てないからっていつまでも子供みたいに拗ねるんじゃないわよ」

 ギリ……とユーリが歯ぎしりするがフィルに腕を掴まれる。

「少し落ち着くんだ。あまりこんなことは言いたくないが君はもう少し大人になれ」

 少しだけ、ユーリの表情が叱られた子供のように表情を曇らせる。ここで終わっておけばまだ平和な方だった。しかし、フィルはユーリにとっての禁句を口にする。

 

「あの子が生きていたら君のことを軽蔑するよ」

 

 ユーリの目が見開かれ、震える唇で言葉を紡ぐ。

「……伯父上がそれを言うのか……? なあ、あんたが! 何もしなかったあんたが姉様の話をするのか! ふざけやがって!! どいつもこいつも! 俺様を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

 フィルの腕を無理やり振り払い、口笛で自分のポケモンを呼んでから叫ぶ。

「エアームド!」

 天井もない元会議室の上空にエアームドが飛んできてユーリを乗せてそのままリーグからどんどん離れていく。散々壊すだけ壊して帰った嵐のような存在に残された一同はほとんど同時にため息を漏らした。

「なんであの人呼ぶかなー。地雷だってわかるじゃん。アリサのそういう融通利かない堅物なところどうかと思うぜ?」

「しょーがないでしょ! あれでもあの人を味方につけたら有用だし……っていうかあんた! だいばくはつに気づいてたんなら止めなさいよ!」

 明らかに一人だけ反応が早かったのもあり、アリサがケイに詰め寄るがしれっとした顔でケイは言う。

「いや最初はニョロボンで不発にさせようと思ったんだけどな。それだと更に地雷だしと思って」

「不発で終わらせてよ!」

「やだよ、俺が大爆発阻止したらあの人俺に怒りの矛先向けるし、会議室どころかリーグの建物全壊しても困るだろ」

「それでもよ! どうするのよこの大惨事! 言い訳しないといけないのあたしとフィルなのよ!?」

「ご、ごめんなさ……私が気づいてたら……」

「ああ、もうナギサには言ってないの! だから泣きそうな顔しないでよ!」

 とりあえず全員気だるそうに会議室から別の部屋へ移動しようと立ち上がるが、ナギサの携帯がかわいらしい着信音で鳴り響き、慌てて通話に応じたナギサが少し恥ずかしそうに言った。

「もしもし今会議――えっ!? またぁ!? わかった急いで戻るね!」

 途中、驚いてスカートのホコリを払いながら、通話が終わると同時にペリッパーをボールから出す。

「ごめん! また町でトラブルがあったみたいで……。あとで詳細と資料お願いしまーす!」

「あ、ちょっとナギサ、待てよ――」

 ランタの制止も聞かず、ハマビシティへと飛び去ったナギサを見送り、四天王一同はため息をつく。

「アマリト地方の未来が不安……」

 その場にいた全員が思っているであろうこと。どうしてこうなってしまったのか。ユーリがチャンピオンだった時代にはこんな不安など一切なかったのだと古株は憂う。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

 ――3年前。

 

 

 チャンピオンユーリは少しだけ我儘で、少しだけ横暴だが周りから好かれる魅力があった。元々がリーダー気質なのか、催し事にも積極的に取り組み、根が真面目なため少なくともこの地方の歴代チャンピオンの中でもかなりまっとうな人物だった。見た目こそ幼いものの、実年齢は十分に大人で、この時点でも20歳はとっくに越えている。

 そしてチャンピオン就任期間も歴代で一番長い、実力もある言ってしまえばできすぎた存在だった。

 

『伯父上ー! 次のセレモニーだが売店の規模をもう少し増やすのはどうだ? アンケートでも予定の1.8倍の出店希望者がいることだし、一考の余地はあるぞ!』

『といってもね……スペースの問題もある。簡単に予定を変えるのも難しいよ』

『それでもだ! 盛り上げるのも当然だができるだけたくさんの人が喜ぶようにしたいんだぞ!』

『まったく……何か案はあるの?』

 呆れた様子でリッカが口元を抑える。が、呆れてはいるものの表情は楽しげだった。

『まだないぞ!』

『それじゃ決まるものも決まらないじゃない。私も考えるからちゃんとまとめなさいよ。予算は私が上手いことやるから』

『さすがリッカだぞ!』

『人が増えることで治安の悪化も懸念される。それについても課題だよ』

 フィルが暴走しすぎないようたしなめるとユーリは当然、と言わんばかりに真面目な顔で頷いた。

『そこは最重視するぞ。せっかくの楽しい祭りで怪我人が出たりしたらダメだ』

『……まあ、君はそういう子だからそこまで心配していないさ』

 四天王とチャンピオンの会議室はいつもユーリによって楽しそうに盛り上げられ、静かな日はなかったともいう。

 が、ある日突然それは終わった。 

 セレモニーの話をフィルとリッカ、そしてユーリがしていると内線が鳴り、フィルがそれに応じた。

『もしもし……何? そうか、わかった。こちらにはリッカとユーリがいる。二人にも定位置につくよう伝えるよ』

 内線を切ったフィルを見てユーリは嬉しそうな顔で立ち上がる。

『まさか挑戦者か!?』

『まーたイワンコみたいに喜んじゃって……』

 幼い見た目もあって子供がプレゼントをもらったようにはしゃぐユーリ。そんな様子を見て、フィルもリッカもどこか穏やかな気持ちだった。

『挑戦者が来ることは素晴らしいことだぞ! さあさあ! 俺のところまでやってくるんだぞ!』

『それだと私らが負けるってことなんだけど?』

『僕らも弱くないから。悪いけどユーリのところまで行けるかな? まあ、今日は挑戦者が複数いるようだし一人くらいはたどり着けるかもしれないね。ツバキとギフトもどうやら久しぶりの挑戦者でやる気のようだ』

 全員、当然のようにユーリが負けるということを想定していない口ぶりだった。他の四天王二人もきっと、ユーリを越える挑戦者が来るとは思っていない。

 専門タイプを持たないユーリはあらゆるポケモンを使いこなし、純粋にバトルを楽しむこの地方最強のトレーナーだった。

 高き壁であり、多くの憧れ。子供っぽいところもあるがそれを含めても最高のチャンピオンだと誰もが思っていた。

 

 ――数時間後、その時はやってくる。

 

 4番手であるフィルが突破されたと、報告があがってきたとき、ユーリは歓喜していた。久しぶりの挑戦者。どんな相手なのか、どんな楽しい戦いをしてくれるのか。未来ある若者とのバトルを心待ちにしていた。

 そして、チャンピオンの間に来た挑戦者を見るなりユーリは駆け寄って今にも飛び跳ねかねない勢いで名乗りを上げた。

『よく来たんだぞ! 俺様こそがアマリト地方のチャンピオン――』

『そういうのいいから』

 えっ、と名乗りを遮られ困惑したユーリは挑戦者の目を見る。虚ろなそれは自分に興味がないと見下ろしており、自信過剰なユーリが思わず言葉に詰まるほどだった。

『そ、そんなにバトルしたいのか! しょうがないんだぞ! さて、ルールの説明は不要だな? 楽しくやろうじゃないか!』

 あくまで笑顔のユーリに対し、挑戦者は死んだ目でボールを放り、戦いは始まった。

 

 

 

 始まった戦いの様子を四天王や、他の挑戦者が別室で見守る中、ユーリの表情は次第に曇っていった。

 今まで挫折を経験したことがない。そんなユーリが初めて挑戦者に屈するという現実に、四天王たちも、他の挑戦者も息を呑んで試合を見ていた。

『ユーリが押されてる……!?』

 リッカが驚いて部屋からと出そうとするのをフィルが止め、きつい声音で咎めた。

『挑戦者とのバトル中に他者が部屋に入ることは公平性を欠く。そんなことくらいわかっているだろう』

『で、でも――』

 圧倒的な実力差に叩きのめされるユーリは手持ちの数がどんどん減っていく。挑戦者の表情は以前冷めており、楽しんでいる様子が伺えない。

『何よあいつ……』

 他の挑戦者であるアリサが試合の様子を見ながら吐き捨てる。楽しくともないバトルを平然と行う挑戦者に嫌悪感を示しているのがはっきりとわかった。ただの蹂躙だと、アリサは後に語る。

四天王であるギフトが『ダメだ、負ける――』と呟いたその瞬間、勝敗は決した。

 

 

 

 

 

 完全敗北を喫したユーリは膝をついて最後に倒れたメタグロスをボールにしまうと悔しさと、初めての挫折で気持ちがぐちゃぐちゃになりながらも挑戦者を称え、座を譲らねばならないと僅かに滲む目をゴシゴシと袖で拭う。

『おめでとうなんだぞ! びっくりするほど強いじゃないか! これから――』

 

『この程度か』

 

 握手をしようと伸ばした手を無視して挑戦者――新しいチャンピオンはユーリがまるで存在しないかのように通り過ぎていった。

 奥には殿堂入りを行うチャンピオンルーム。案内するまでもなく、すたすたと進んでいく新しいチャンピオンに打ちのめされたユーリは再びその場に座り込んでしまった。

『この、程度……?』

 ユーリは自信家であるがその自信に見合うだけの実力が確かにあった。それは彼女がチャンピオンをしている間、誰もが彼女に敵わなかった証明もあり、紛れもない事実。

 それなのに、新しいチャンピオンはそれを『その程度』と吐き捨てたのだ。

 プライドが高いユーリはその発言が受け入れきれず、何度も頭で繰り返され、小さい体が震えだす。

『俺が……いったい……! どれだけ、努力したと――』

『ユーリ!』

 試合が終わったからかリッカが駆け込んでくる。座り込んだユーリを抱きしめたリッカだったがユーリの反応はどこかぼんやりとしており、ますます不安になったリッカは強く力を込める。

『ユーリ……君は四天王降格か……引退かの二択だが、どうする……?』

 気まずそうだが誰かが言わねばならないことをフィルが口にする。降格するならば四天王の誰かが引退することになるが、ユーリはぼんやりと口を開く。

『俺は……負けた……だから……』

 虚ろな目で自身の敗北を口にするユーリを気の毒そうに四天王の二人、ギフトとツバキは見つめるだけで何も言わない。

『――まだいたの?』

 奥の部屋から出てきた新しいチャンピオンはユーリを見るなり冷たい声を投げかける。敬意も何もこもらない声に、フィルも流石に気に障ったのか珍しく怒りを露わにする。

『言葉を選べ。君はこれからこの地方の新しいチャンピオン。多くのトレーナーの模範となる存在だ。ならば対戦者に敬意を払うべきだろう!』

『……別に、チャンピオンとかどうでもいいし』

 やる気の感じられないその様子に思わずフィルも唖然とする。ユーリはその言葉を聞いて更に視界が霞んでいく。

 ――そんなやる気のない相手に自分は負けたのか?

『別にそれがチャンピオン続けたいなら構わないけど』

 それ、と言われたユーリは我慢の限界か、リッカを振り払って怒声をあげた。

『貴様に情けをかけられるのも貴様の下につくのもごめんだぞ! 俺は出ていく! 絶対、絶対絶対絶対――! 貴様を引きずり下ろしてやるからな!』

 止めようとするリッカを乱暴に振り払ってユーリはチャンピオンの間から飛び出していく。リッカは悲しそうにその背を見送り、ギフトは毒を吐く。

『あーあ……新チャンピオンはこんなのかぁ……潮時かなぁ……』

 

 

 

 その後、ユーリが挑戦者に負け、チャンピオン交代が密かに行われたことがニュースになったが、プロフィールを一切明かさない新チャンピオンのことで人々は注目し、ユーリのことを口にする者もいたが、話題はそちらに塗り替えられていった。

 ほどなくして、四天王ギフトは『あいついないし』という理由で四天王を引退。ツバキもしばらくは四天王を続けていたが『続ける意義を感じませんので』と引退。その後ナギサがジムリーダー就任直後にランタが四天王に就任。更にランタに続いてアリサが就任となった。

 一方、ユーリは引退騒動から1年もしないうちにジムリーダー試験を受け、ヒナガリシティのジムリーダーに就任。

 が、ユーリが就任後、ヒナガリジムのジムバッジ獲得者は0となり、ポケモンリーグはすっかり挑戦者が訪れない日常が当たり前となった。

 あくまでアリサの推測だが「チャンピオンへの嫌がらせ」として、挑戦者を一人も寄越さないためにジムリーダーになったのではないかと考える。

 バトルマニアのチャンピオンへの報復。何度再戦しようとも自分を見下し、興味すら抱かないチャンピオンへの抗議のつもりなのかもしれない。巻き込まれた一般トレーナーはたまったものじゃないのだが。

 そのせいか、リッカとユーリの関係は悪くなり、会議などで顔を合わせる以外はほぼ絶縁となっている。フィルも連絡を取ろうにもあまり相手にされないと少し寂しそうに呟いていた。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 そんなこんなで現在、会議が有耶無耶のまま解散となり、ケイは疲れ果てたようなアリサに声をかける。

「あーのさー」

「何?」

 どこか機嫌が悪そうなアリサに眉間に皺を寄せつつもできるだけ冷静に問いを投げかける。

「あの馬鹿(チャンピオン)は戻ってきたのか?」

「ああ、馬鹿(チャンピオン)?」

 馬鹿で完全に会話が成立しているのは傍から見れば滑稽だろう。というかチャンピオンへの呼称だと誰が思うだろうか。

「三日前にいきなり戻ってきたかと思ったら仕事押し付けてさっさとトンズラしたわよ!」

「……まーじかぁ……」

 アリサに聞こえない程度の声量で「忠告してやったのに全然わかってねぇ……」と呟き、アリサは思い出しただけで腹立たしいのか髪をぐしゃぐしゃにして金切り声を上げた。

「もうやる気ないならさっさとジムリーダーもチャンピオンも降りろっての! 実力主義社会ってほんと不便! ていうかあんたあいつに挑戦してよ! あんた少なくとも四天王レベルはあるんだから!」

「無理無理。俺そもそもユーリさんに勝てねぇのにあいつには勝てない」

 取り付く島もない即答にアリサは「はぁ……」と重いため息をつく。ため息のつきすぎて幸せが遥か彼方まで飛んでいってそうだった。

「ああ、そういえば、うちのヒロが勝ったんだって?」

「さすがに新人に本気だすわけないだろ。つーか俺別にあの人みたいに叩き潰すようなことしねぇって」

「まあ、あんた相手だしヒロも負けるかもしれないとちょっと心配だったけど杞憂でよかったわ」

 こいつ、俺のことなんだと思ってるんだとケイは考えたが口にすると不機嫌な彼女が理不尽に怒りそうなので無言を貫く。

「……そろそろあいつらハマビシティじゃねぇの?」

 先程ナギサがトラブルがあったと言っていたのを思い出し、二人はヒロたちのことが少しだけ心配になる。

「まあ、さすがにそんな頻繁にトラブルに巻き込まれないでしょ」

 アリサの根拠のない楽観は見事に外れることとなるのだが建物の修理に追われていたアリサがそれを知るのは暫く先となる。

 

 

 

 

 




活動報告にて読んでくれた人にちょっとしたお礼絵とか載せてます
一部ややこしい部分があったので修正


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ハマビシティ大騒動1

 ムーファタウンから3日かけてようやくたどり着いた港町。

「ここがハマビシティかー」

 潮風を全身に感じ、イヴがちょっと嫌そうな顔をして背後に隠れてしまう。新しい手持ちであるコリンクことレンは初めて見る海に興奮して足元をぐるぐると回っていた。

「とりあえずまずポケモンセンターに行こうかねー」

 イオトが地図を見ながらポケモンセンターの位置を確認し、街の様子がおかしいことに気づいて騒ぎの大きい方へと全員視線が向く。

 どっこんばっこんやたら重い音が聞こえてくる。逃げているのか音がしない方へと逃げていく人々もおり、状況がつかめないままぼんやり音の方を眺めていると唐突に危険に気がつく。

「うわっ!」

 海の方から岩が飛んできて慌ててボールから手持ちを出そうとする前にマリルリさんがすべての岩をアクアジェットで叩き落とし、怪我人を出さずに被害を抑えることに成功する。マリルリさんに感心したように町の人らが拍手を送るがマリルリさんは海の方をじっと睨んでいる。

「マリルリさん、どうした?」

 イオトが珍しく真剣な顔でマリルリさんに視線を合わせるとマリルリさんも真面目に頷いて何かを伝えようとする。

「まり……まりまり、まー」

「あっはは、何言ってるかわからねぇ!」

 茶化したせいかマリルリさんがいつも通りキレてイオトへの腹パンをし、そのまま海の方へと一匹で向かった。

「マリルリさーん!?」

 ダウンしてるイオトを置いて俺とエミがマリルリさんについていくと船着き場や砂浜はひどいことになっていた。大量に岩が降り注ぎ、トゲのようなものもあちこちに突き刺さっている。野生のポケモンも逃げ惑っているのか町が大混乱だ。

「あー、原因あれだ」

 エミが長い袖で示した先には岩に大量に張り付いたサニーゴ。海に積み重なってこちらを攻撃しているのもいて、かなりの数だとわかる。

 サニーゴは近づくものすべてに敵意を示しており、事態を沈静化させようとした水夫やレンジャーたちも攻撃し、近くに停まっている船も船体がボロボロになっていた。だが数が多いのかなかなかうまく行っていないらしく、怪我人も出ている。

 マリルリさんは逃げてきたであろう野生のキャモメに飛んでくる岩を撃ち落としながらキャモメを物陰へと誘導している。マリルリさんは耳が良いらしいので助けを求める野生のポケモンの声が聞こえたのだろう。

「うっわ、ざっと見える範囲で20匹はいそうだね? もっといるかな」

「こんな状態だとポケモンセンターも大変なんじゃ……」

 というか海の近くにあるポケモンセンターなので既に屋根に岩が飛んできておりシャレにならない被害が出ていた。正直ここにいるのも危険だ。

「旅の人? ごめんね。とりあえず今日泊まるところくらいはなんとかするから」

 いつの間にか俺たちの横にいたセーラー服の少女が双眼鏡を片手に海を見ていおり、渋い表情を浮かべた後に腰につけたカバンから空のボールを取り出す。

 水色の髪をサイドテールにした少女は難しそうな顔をするも「よし」と自分に言い聞かせるように呟く。

「え、まさかゲットするつもりなのかい? さすがに危な――」

 エミが驚いたように少女を止めるが手すりを飛び越えた少女は砂浜に飛び降りながら俺たちに言った。

「ごめん! 話は後!」

 躊躇なく海への駆けていくと海の中から現れたサクラビスに乗って進んでいく。

「ジョーズ! らんらん!」

 掛け声とともに水中から飛び出したサメハダーとランターンはサクラビスと並んで泳ぎながら、ナギサに当たりそうな攻撃を撃ち落として守っている。

 サニーゴたちの攻撃の嵐を掻い潜り、目の前まで近づいたかと思うとボールを高く上空に放り、中からトリトドンが現れる。

「とんとん! どろばくだん!」

 空中でどろばくだんの雨をサニーゴたちに食らわせ、目を回したサニーゴたちにすかさず空のボールを投げ全て捕獲するとほかにサニーゴがいないか確認するためにぐるりとサクラビスに泳いでもらう。ランターンも周囲を確認し、異常なしと告げに少女の元へと戻っていく。サメハダーは取り残してるボールがないかを確認しているようだ。トリトドンをボールへと戻し、少女は安堵したようにふぅと息を吐く。

 その様子を一部始終見ていた町の人らは拍手とともに少女を称える。

「さすがナギサちゃん! 我らがジムリーダー!」

「ナギサおねえちゃんかっこいい!」

「こっち向いてくれー!」

 まるでアイドルか何かみたいだなと少し冷めた目で見ているとエミが近くにいた町の女性に声をかける。

「あの子、ジムリーダーなの?」

「そうだよ。我がハマビシティが誇るナギサちゃん! 強くて賢い真面目な子でね、町のために色んな手伝いもしてくれるいい子だよ。最近、海の様子がおかしいんだけどいつも解決のためにがんばってくれてるのさ」

 町の人からも好かれる、聞いてる限りはとても善良な人物らしい。最初に会ったジムリーダーがケイだからなんかそっちが先行してしまって本当にそんなよくできた子なのかと疑ってしまう。いやケイもいいやつだけどあんまり積極的に動くタイプではなかったようだし。

「ナギサちゃんかぁ。あともう少し若ければ……いや、でも有りだな」

「そこのロリコン黙ってくれ」

 遠くのナギサを観察するイオトが完全に不審者の顔だ。というかいつの間に来たんだこいつ。シアンもクルマユを抱えながらイオトの横にいつの間にかいて、どうやら海での様子を一部始終見ていたらしい。

「なんか大変なことになってたみたいだけど解決したようでよかったね」

「そうだなー。にしてもなんでサニーゴたち、あんなに怒ってたんだろう」

 野生のポケモンでもあんなに敵意をあらわにすることはない。よほど何かされない限り町に攻撃なんて、と考えていると、まだ海上でサクラビスと海を観察していた少女ことナギサが不審そうに海を見ていることに気づく。

「どうしたんだろ。戻ってこないけど」

「――全員伏せろ!」

 イオトが慌てて声をあげたかと思うと舗装されたアスファルトがジュッと焼けるような音を立てる。

 どこからか毒の雨が降り注ぎ、周囲一帯が溶けるような音とともに破壊されていくのをイオトのボスゴドラに守られながら見ているとイオトが舌打ちし轟音に負けない声量でエミを呼ぶ。

「エミお前、元をどうにかしろ!」

「もう任せてるっつーの!」

 エミの靴先が僅かに毒を浴びて溶けるもようやく毒の雨が止み、恐る恐るボスゴドラの影から様子をうかがうと、目を回したドヒドイデと、おろおろしたヒドイデが砂浜にたくさん現れており、ドヒドイデの近くにドヤ顔したエミのパチリスがいた。

 ドヒドイデが司令塔だったがそれがやられてヒドイデたちは困惑しているようだ。

「今のうちに――!」

 ほとんどの人は周辺から逃げ出しており、逃げ遅れた人たちも今攻撃が止んでいる隙に逃げていく。俺らも逃げるべきだろうがヒドイデたちを放置するとまた暴れる可能性がある。

「ヒドイデたちをせめて無力化しないと――」

 イオトとエミもそのつもりで立ち上がるが俺だけマリルリさんに裾をひっぱられ、半ば強引にイオトたちとは別の方へと引きずられる。

「マリルリさんどうし――」

 マリルリさんが示した先にはナギサと、黒い服の男二人。黒い服で異変といえば覚えがある。

「レグルス団……!」

 マリルリさんが乱暴に砂浜にあった円形の乗り物――水ポケモンに引っ張らせて水上を移動するやつで前世の映画で見た記憶がある。あれだ、水の都のレースのやつだ。

「え、これ使えってことだよな?」

 イオトじゃなくてなんで俺に言うんだろうと思いつつ早くしろと急かされたので乗ってみると恐ろしいほどの早さで海へと引っ張られる。

「マリルリさん!? 待って待て待て早い早い!!」

「ってヒロー!? マリルリさんも何勝手に、ってあーっ!?」

 ようやくこちらに気づいたイオトの声が遠くなっていく中、マリルリさんの全速力でナギサの元へと向かうのであった。

 

 

 

――――――――

 

 

「マリーもヒロもなにやってんだ!」

 イオトが半分キレながらボスゴドラに目で指示すると、ミミロップでヒドイデたちを少しずつ戦闘不能にしていくシアンにイオトは自分のパーカーを投げてトドゼルガを繰り出す。

「なんですか! いきなり投げるんじゃねぇですよ!」

「マリルリさんがヒロ連れてあっち行ったから俺も行ってくる。多分濡れるからそれ預かっといて」

 荷物もまとめてシアンに投げ渡すとトドゼルガとともに沖まで進んでいくイオトに頬を膨らませつつも仕方ないと無理やり納得させたシアン。それをちまちまヒドイデたちを麻痺させていくパチリスと蹴り飛ばしていくコジョンドを見るエミが苦笑いしながら呟く。

「まああっちのほうが面倒そうだし、僕らは水上移動するの厳しいメンバーしかいないからこっちがんばろうよ」

「わかってるですよ! えっちゃん、背中よろしくです!」

「はいはい。まあ、イオトのボスゴドラもいるし余裕でしょ」

 町の人間もそのうちくるだろうと考えつつ、まあその前に制圧できそうだとエミは笑う。沖でのやりとりに自分も混ざれたらとは思うものの、数の暴力に呆れながら淡々と手持ち総動員してヒドイデたちを気絶させていくのであった。

 

 

 

――――――――

 

 

 少しだけ時間は遡る。

 

 

 

 暴走サニーゴを全部捕獲できたものの、海に対する違和感にナギサは怪訝そうに周囲を観察していた。

(何か、いつもと違う)

 馴染みのある港の空気とは何かが違う、じっとりとした悪意を感じ取ってサメハダーとランターンにも何か異変がないか探らせているも特にそれらしい何かはない。

 気にしすぎか、とほんの僅かに気を抜いた瞬間、突然砂浜に大量のヒドイデの大群が出現し、まずいと思うと同時に足元のサクラビスが沈む――いや、海中に引きずり込まれた。

 予想外ではあったものの慌てることなく、海での活動に慣れているナギサはこちらに気づいたであろうランターンとサメハダーへのハンドサインで救援を求めつつ他の手持ちを出そうとボールへと手を伸ばすがその手は触手によって阻まれる。

(ドククラゲッ!?)

 ドククラゲ自体は珍しいポケモンではない。だが明らかに人の指示を受けている行動にこの一連のポケモンの大量発生や暴走が誰かの悪意によって引き起こされていることを確信する。

 サメハダーがドククラゲを引き剥がそうと突進してくるもドククラゲはナギサを盾にしてサメハダーとランターンの攻撃を防ごうとする。

 ナギサの息が限界になったところでドククラゲごと浮上してナギサが乱れた呼吸を整えていると呑気な声が聞こえてくる。

「あー、せっかくジムリーダー足止め成功したっつーのに一般トレーナーに邪魔されてるみてぇッスよパイセン」

「まあジムリーダーを捕らえることができただけマシだからね。キッド、周囲の状況」

 軽薄そうな男と丸メガネの大人しそうな男がそれぞれシザリガーとオクタンに引いてもらう形で小さなボートとともに現れる。どちらも黒い服装でナギサにはあまり興味がないのかナギサを見る様子はない。

「今んとこ出て来る気配はねーッス。どうします、パイセン?」

「う~ん、ここにいると危険だし、一旦この子連れて逃げ……」

「ジョーズ!」

 こちらを気にしていないと判断したナギサは男たちに襲撃を仕掛けるように叫ぶとサメハダーは猛スピードでオクタンに突撃する。が、逆にオクタンに動きを封じられたサメハダーとさめはだを物ともせず拘束し続けるオクタン。

「あんまり暴れないでもらえるとこちらとしては助かるんだけどなぁ、お嬢さん?」

「らんらん! 私に当たってもいいから!」

 メガネの男の苦言を無視してランターンに指示するがランターンはドククラゲの毒を食らったのか苦しそうにしている。水中で伸びているサクラビスも同様でトレーナーを盾にされて動きに制限がかかった手持ちたちは苦戦を強いられている。

 

 そんな中、第三者の絶叫が近づいてくる。

 

 

 

「ぁぁぁぁああああ!! マリルリさんストップ! ストーップ! レンーー! スパーック!」

 

 頭にコリンクを乗せた青年とマリルリがぶつかることを恐れない猛スピードで突っ込んできてぎょっとした男たちは回避しようとするがドククラゲにスパークをぶつけたコリンクはドククラゲに乗ったまま更に続ける。

「レン! ほえる!」

 強制的に手持ちを戻して交代させる技であるほえるでドククラゲとオクタン、シザリガーが男たちのボールへと戻り、別のポケモンが出現するもボートの上でひっくり返って二人揃って沈んでしまう。ドククラゲが消えたことで開放されたナギサをギリギリ受け止めた青年は真っ青な表情でナギサの顔を覗き込んだ。

「大丈夫か!?」

 突っ込んできた青年ことヒロは明らかに場違いな自分に困惑しつつも、ナギサの無事を確認し安堵する。

 あまりに突然の出来事にナギサがぽかんとしていたがそれは些細な事だった。

 

 

 

 




ヒロの手持ち
イヴ(リーフィア)♀
チル(チルタリス)♀
グー(マッスグマ)♂
ドーラ(フシデ)♀
レン(コリンク)♀


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ハマビシティ大騒動2

 

 

 マリルリさんのハイスピードでど真ん中に突っ込まれそうになって汗がどっと吹き出るほどに肝を冷やしたが直前で上手いこと回避してくれてレンの技だけどうにか成功させる。マリルリさんは単純に強いだけではなく度胸や頭もいい。自分の知る範囲でも相当優秀なポケモンだ。

 が、彼女ナギサと俺を連れて岸まで戻るのはさすがに厳しいらしい。

「よくも邪魔してくれましたね……」

 ずぶ濡れになりながらなんとか這い上がってきたメガネの男は穏やかそうな顔を引きつらせており相当お怒りのようだ。もう一人のチャラそうな男も髪が濡れてセットが崩れたことを気にしているのか「あーあー……」と呟いている。

「何者かは知りませんが、邪魔するようなら消えてもらうだけです」

「そーだそーだ! パイセンやっちまおうッス!」

 チャラい方は多分馬鹿だなと確信しつつ、ナギサの様子を見る。明らかに弱っている。俺の支えがないとまともに立てそうにない。

「ドククラゲの毒はよく効くでしょう? 早く解毒してあげたらどうですか?」

 からかうような言い方にかちんとくる。その隙にこちらを攻撃するつもりだろうにわざとらしい挑発だ。しかし、ナギサの衰弱ぶりからして早めになんとかしてやらないといけないのも事実。

 隙を作ることが相手二人に対してかなり難しいせいで動けずにいるとレンが唸るのをやめて俺の頭へと飛び乗った。

 

「ラーガ!」

 

 トドゼルガに乗って乱入してきたイオトがトドゼルガに大きな波を作らせたかと思うとそのままれいとうビームでその波を凍らせて男たちの動きを制限するような壁を作った。

「ヒロ! 今のうちに!」

「サンキュー、イオト!」

 荒くなった息をおさえようとするナギサにカバンからモモンのみを取り出して食べさせると少しだけ顔色がよくなっていく。が、すぐに復帰するのはやはり難しいのかまだ少しだけ顔色が悪い。

「ごめんなさい……助けてくれてありがとう……ええっと」

「俺はヒロ。とりあえずマリルリさんに引っ張られたのが理由だけどここまで関わったらさすがに最後まで協力するから」

 とりあえず今マリルリさんもイオトと合流すべく先程よりスピードは出ないももの引っ張って移動すると氷を突き破って男たちとその手持ちが現れる。

「次から次へと――! ドククラゲ、ヘドロウェーブ!」

「シザリガー! クラブハンマー!」

 マリルリさんに引かれてクラブハンマーを避けるも素直に逃がすつもりはないらしくこのまま戦闘になりそうだ。

「ヒロ! マリルリさん預けるからそっちの頑張って倒せよー。俺こっち相手する」

 イオトはやや気だるそうにメガネの男と対峙する。トドゼルガもドククラゲを睨んで臨戦態勢だ。水上戦は通常戦よりも足場の問題で制限がかかる。イオト一人に二人を押し付けるわけもにいかない。

 どうでもいいけどメガネ対決だなあっち……。

「らんらん! ジョーズ! さくら!」

 ナギサが自分の手持ちを呼び戻すもサクラビスはほぼ瀕死に近く、サメハダーも体力を消耗している。二匹をボールへ戻したナギサは少しだけふらつきながらもランターンへと乗った。

「今の私じゃたいしたことはできないけど戦うよ!」

「舐めたマネしてくれやがって……覚悟しろッス!」

 チャラい見た目の男はシザリガーをこちらに差し向けてくる。レンはまだ弱いためもう一匹、イヴを出して応戦する。

「イヴ、マジカルリーフ!」

 足場が悪い水上だがイヴ一匹くらい足場に出たところで沈むことはない。マジカルリーフはそこそこ効いているようでシザリガーが雄叫びを上げ突っ込んでくる。

 マリルリさんが咄嗟に回避してくれなければイヴがはさみで捕まっていただろう。

「らんらん!」

 ランターンのスパークがシザリガーに炸裂し、シザリガーがよろめくも血気盛んなシザリガーはまだ疲れを見せない。

「つーか! パンピーが俺らの邪魔すんじゃねぇッスよ! 俺らレグルス団のこと知らねーのか! 情弱かよ!」

 すごい。こいつ、ちょっと喋るだけで頭悪そうってわかる。俺も別に自分が頭いいとは思ってないけどこいつよりは絶対賢い自信ある。

「やっぱりレグルス団……」

 ナギサが怒りを隠しきれない目でチャラ男を睨む。

「何が目的! ここ最近の海の異変もあなたたちなんでしょう!」

「そーッスよ。あー、えっと、あれあれ、あれをずっと待ってるってーのに出てこねぇからちょいと強引な手段に出たってワケ」

 こっちまで知能下がりそうな喋り方してくるなあこいつ。言ってることが抽象的すぎて全然わかんねぇ。

 しかしナギサに心当たりがあったのかはっとしたように表情を変える。

「まさかあの子を――」

 そう呟いた瞬間、海に異変が起きた。

 凪いだ海が荒々しく波打ち、遠くからものすごい勢いで迫ってくる何か。

「まずい! 海を荒らされて怒ってる!」

 ランターンとともにその迫ってくる生き物に接近しようとするナギサはシザリガーによって阻まれる。なんとか振り払おうとするも、シザリガーのはさみでナギサが海に叩き落される。まだ本調子じゃなかったのか慌てて引き上げようと近づくと、接近してきた謎の生き物がナギサを掬い上げた。

 それは怒り狂ったエンペルトだった。だが、通常のポケモンと一緒にするには明らかにオーラが違う。王者の風格と、図鑑で確認するエンペルトの情報より体が一回り大きいことからこのエンペルトは明らかに特別だと察せられる。

 ナギサをランターンの元へ返すとナギサは申し訳なさそうにエンペルトに言う。

「ごめんなさい、エンペルト……あなたの海を守れなくて……」

 怒りに支配されたエンペルトにその言葉は届いているのかはわからない。

 その一方でレグルス団の二人は歓喜を隠しきれないでいた。

「パイセンパイセン! やっと本命ッスよ!」

「よかった~。最初からジムリーダー攻撃すればよかったんだね」

 こちらへの興味を失ったのか、応戦していたはずのイオトすら無視してエンペルトへと近づいていく。

 だが、エンペルトは激しく威嚇するように打ち上げた水を凍らせて男たちへと叩きつける。どちらも寸でのところで躱すも二人の様子は変わらず嬉しそうだった。

「知能も高い、おまけに想像以上に個体として優れている! 絶対に捕まえますよ、キッド!」

「いやぁ、わかってるッス……でも、これかなーりきつくないッスか? リジ姉呼んだ方が――」

「そんな時間あると思う?」

 ナギサとイオトの妨害が同時に入り、男たちの会話は打ち切られる。

 イオトはやや苛ついた様子でメガネの男へと怒声を浴びせる。

「人を無視して捕獲に走ろうなんていい度胸してるじゃねぇか!」

 水上戦闘では俺はマリルリさんに頼るしかできない。正直いってかなり足手まといだ。

 男たちを海から追い出そうと気が立っているエンペルトをチラりと見ると視線が合う。イオトとナギサが男たちとやりあっている隙にマリルリさんに頼んでエンペルトの近くまで移動するとエンペルトに声をかけた。

「エンペルト! あいつらはお前狙いなのわかってるだろ!」

 ぎろりと睨んでくるエンペルトだがここで怯んでたら本当に役立たずだ。

「あいつらの目的はお前を捕獲することだ! だから、一時的でいい! 俺のポケモンになってくれ!」

 他人のポケモンを捕獲することはできない。奪うことはできても捕獲という行為は行えない。野生のままよりずっと守りやすい。

「俺の言うことは聞かなくていいしあいつらをどうにかしたらお前はすぐに自由になっていい! だから、今だけ頼む!」

 エンペルトの視線は冷たい。こちらを品定めするような様子に、気圧されそうになる。

 が、マリルリさんがなぜか突然キレた。

「まりまりまーっ!」

 キレた勢いでかわらわりをエンペルトにおみまいし、驚いてる俺を差し置いて二匹だけでなんか会話し始めた。

「まりっ! まー! まりまりまりいいいい!」

「……ぺる」

「ま゛ぁ?」

 マリルリさん、全然何話してるかわからないけどキレないで。

 説得虚しく、エンペルトがこちらを向くことはなく、代わりにイオトたちの戦いの流れ弾がこちらへと向かってくる。

「マリルリさん回避回避――!」

 直撃こそしなかったものの、ぎりぎりのところで回避したためかバランスを崩して水中へと落ちてしまう。パニックになってはいけないとわかっているものの、咄嗟のことだったので息ができない。マリルリさんヘルプ、と思っているとそれよりも早くエンペルトに引っ張り上げられた。

「え、エンペルト――」

「ぺる」

「え?」

 エンペルトは俺の腰についたボールをこつこつと指して鬱陶しそうに何か伝えようとしている。空のボールを差し出してみると自分からボールに入り、再び海に落ちた俺を面倒そうにボールから出てエンペルトが助けてくれる。

「ん、え、うん? いいのか?」

 自分から言っておいてなんだが意外とあっさり……いやめちゃくちゃ嫌そうな顔してるけど一時的に俺のポケモンになってくれるとは思わなかった。

「あぁ!? サイクパイセン大変ッスよ! クソパンピーにエンペルト先に捕獲されちまったッス!」

 俺が一時的にとはいえ捕獲した(捕獲っていうか自分から入ってくれたんだけど)のに気づいたチャラ男がメガネの男に叫ぶと露骨な舌打ちをしたメガネ男はイオトに笑顔を向ける。

「というわけで、邪魔」

 ボールから出したナットレイがイオトとトドゼルガに絡みついて動きを封じる。

「しまっ――」

「ドククラゲ!」

 トドメとばかりにドククラゲの毒を食らったイオトとトドゼルガは顔色が悪くなっていく。即死するものではないが人間がポケモンの毒を放置していると最悪死亡する。

「こちらが捕獲できないのは残念だけど、力づくで奪えばいいだけのことだからね」

「らんらん! 10まんボルト!」

 シザリガーを相手にしていたナギサがイオトの異変に気づいて振り払おうとするもシザリガーは素早い動きでランターンに接近する。

「シザリガー! ハサミギロチン!」

 シザリガーのはさみがランターンを襲うが効果はなく、シザリガーがきょとんとしてる。

「キッド、君、ジムリーダーの手持ちよりレベルが高いわけないだろう」

「あっ、そーだった」

 やっぱりあいつ馬鹿だ。

「マリルリさん! イオトのところに行ってくれ! エンペルトは力を貸してくれ!」

 マリルリさんは言われるまでもないとアクアジェットを利用した高速移動でイオトたちの方まで泳いでいく。問題はこちら。ナギサとチャラ男、そしてメガネ男。

「エンペル――うわっ!?」

 エンペルトは俺を乗せたまま先程のマリルリさんよりも早く泳ぎ、チャラ男の背後を取る。

「げっ!?」

 あまりの速さに対処しきれなかったのかシザリガーは避けることができずエンペルトのドリルくちばしを食らい、これまでの疲労もあってか一発でダウンしてしまう。チャラ男もその衝撃で海へ落ちて一旦無力化できた。

「これは……エンペルト、想像以上に手強いようですね」

 チラりと、ナットレイとマリルリさんの様子を盗み見たメガネはマリルリさんがナットレイを倒すのを察したのだろう「多勢に無勢か」と呟いて頭をもたげる。

 いやそれよりもマリルリさんなんでナットレイに勝とうとしてるの。相性最悪なんだけど。

「うーん、やっぱり最初からリジアちゃん呼んでおけばよかったかぁ」

「リジア……!」

 知った名を口にされ、思わず動揺する。やはりレグルス団のメンバーだからか。

「キッドー。撤退できるかい?」

「できるように見えるッスか……?」

 さすがにすぐには毒が消えないものの解毒できたイオトと、ナギサ、俺はまああんまり必要ないけどエンペルトがいて逃げるのはかなり難しいはずだ。

「だねぇ。どうする? おとなしく投降する?」

 苦笑したメガネの男――サイクと呼ばれたそれはチャラ男のキッドを見下ろしてふと、何かに気づいた。

 次の瞬間、トロピウスがこの場に突っ込んで激しい水しぶきをあげ、視界が奪われる。危うく落ちそうになったがギリギリ踏みとどまって先程の二人がいた場所を見ると影も形もなくなっていることに気づき、周囲を見渡す。しかし、隠れているわけでもなく、一瞬で消えてしまったのか拍子抜けな結果へと終わってしまった。

「あいつら……」

 トロピウスに誰かトレーナーがいたのが最後にチラっとみえたことから別の仲間の手助けだろう。また、手がかりを失ってしまったことに少し落胆しつつも、とりあえず解毒したとはいえ毒を食らった二人をきちんと診察してもらわなければ。

 エンペルトも一緒に浜辺まで一旦戻って、ヒドイデと戦っていたはずのエミとシアンと合流することにした。

 

 

 

――――――――

 

 

「つっかれた~」

「疲れたですよ~」

 ヒドイデの大群をなんとか沈静化させることに成功したエミとシアンは背中を合わせて座り込んでいた。手持ちにもトレーナーにも大きな怪我はないが大勢を相手にした疲労の色が濃く見える。

 エミは沖の方を眺めながら、はっきりとはわからないもののそろそろ決着がつきそうだなとぼんやり考えていた。

「とりあえず向こう待ちかね。ヒドイデは町の人がなんとかしてくれるだろうし」

 避難がほぼ終わってあとはジュンサーも含めて町の人間が駆けつけてくる。

 が、その中で異質な存在がエミの目に留まる。

 全身を覆うローブのようなものを着込んでいるその人物は体型からしておそらく少女。トロピウスをボールから出したかと思うとそのままトロピウスに乗って飛び上がった。

 トロピウスに乗った少女の顔はフードで隠れて伺えない。だが、エミはその人物と目が合い、息を呑んだ。

 

 ――なんでここにいる?

 

 それはエミだけでなくフードの人物も同じことを考えていた。が、言葉を交わすことはせず、フードの人物は沖の方へと飛んでいってしまう。

「えっちゃんどうしたです……?」

 明らかに様子がおかしいエミを見て怪訝そうにシアンが顔を覗き込む。フードの人物と目があったのはエミだけらしく、シアンは気にも留めていなかった。

「いや……なんでも、ないよ」

 長い袖で口元を隠すと、エミは黙ったまま沖の様子を見つめる。男二人が忽然と姿を消し、トロピウスの少女も消えた。犯人たちを逃したのはあの少女で間違いない。

 胸に浮かび上がった不安を、奥へとしまい込み、エミは戻ってくるであろうヒロたちを待つことにした。

 

 

 

 



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スワンナレイク

 

 

 

 ハマビシティから少し離れた、人気のない場所でキッドとサイクは放り出される。

「無能」

 端的な罵倒にキッドは「あ゛?」とフードの少女を睨んだ。冬でもないのにやたらと厚着の少女はキッドもサイクも一応は知っているがさほど親しい相手ではない。

「てめー、ただの運び屋の分際で俺らにケチつけるッスか? メグリ、だっけ?」

「気安く呼ばないで。ったく……だから最初からリジア呼んでおけって言ったのに……」

 フードをはずした少女は顔に呆れを隠しきれていない様子で座り込むキッドを見下ろす。ゆるやかな白髪が揺れ、お世辞にも愛想がいいとは言えない表情で続けた。

「僕が助けてあげなかったらどうしてたか知らないけどジムリーダー相手にするのはやめときなって。さすがに幹部の人らも一部ジムリーダーとは敵対したがらないくらいだし」

 一部、と言われてサイクの頭に真っ先に浮かんだのはヒナガリシティのジムリーダーだ。ワコブシティやレンガノシティもとてもではないが相手にしたくないと心の中で呟く。

 一応、少し遠いがハマビシティが見える場所らしく、双眼鏡で浜辺の様子を見ながら白髪の少女はある人物を見つけ、動きを止める。

 視線の先には濡れたヒロとイオトにタオルを差し出すシアンと呆れているエミ。四人に声をかけるジムリーダーを確認すると「ふーん」と納得したように呟く。

「そういうこと」

「んだよ。一人で納得するなよ」

「別に。じゃ、僕はまだほかの任務あるから君たちだけで帰ってね。あ、でも君ら移動手段ろくになかったっけ。じゃあケーシィ一匹貸しとくからそれで帰りなよ。無様な失敗報告、しっかりね」

 少女はそれだけ言い残してケーシィの入ったボールをサイクへと投げるとさっさとその場からテレポートで消え、残されたキッドは濡れた自分の上着を地面に叩きつけた。

「なんスかあの女! ムカつくッスね!」

「言いたいことはわかるけどキッド君どうどう。僕らもまだまだ修行が足りないのは事実だしおとなしく帰ろう」

「はー……こんなことならリジ姉呼んどきゃよかったッスよ」

「捕獲はあの子の方が上手いからねぇ」

 同僚であるリジアを思い浮かべた二人は最近別の任務で忙しかったからと気を使ったのを後悔した。何事にも適材適所というものがある。

「僕は妨害や工作専門。君は鉄砲玉。まあ捕獲任務にはそもそも向いてるはずないよね」

「んなこと言っても先輩、幹部さんに口答えできねーじゃねぇッスか」

「そうだね、やれと言われたらやるしかないのが僕ら下っ端さ」

 世知辛い事実を再認識し、預かった眠そうなケーシィのテレポートで彼らのアジトまで向かった。

 

 

 

――――――――

 

 

「へっくし!」

 唐突なくしゃみに顔を背け口元を覆うとリジアは鼻を少しこすりながら首を傾げる。一本でまとめたみつあみは根本と先端を縛って輪にするようなまとめ方をしている。

「風邪ですかね……体調管理は気をつけないと」

 目の前にある大きい鍋にこれでもかとあるシチューをかき回し、火を止めて大きめの冷蔵庫からサラダに使う野菜を取り出す。アジトの厨房は今はリジアとその手持ちしかおらず静かだ。

 腕まくりをし、簡素なエプロンをつけたリジアはてきぱきと調理と盛り付けを進めていくがふと、手を止め考え事をする。

「そういえばサイク先輩とキッド君の分はどうしましょうか。いつ帰ってくるかわからないですしねぇ」

 手伝いをしていたネイティオに話しかけながら再び皿にシチューをよそっていくとじゃらじゃらとクレッフィの鍵の音が聞こえ、注意した。

「クレフー? あなたもお手伝いしてください。いつまでたくあんかじってるんですか」

 棚から勝手に一本漬けのたくあんを盗み、ばりぼりと食べ続けるクレッフィを見ながらネイティオは変なものを見るような目でリジアの裾をくいくいと掴む。それに気づいたリジアはぎょっとして慌ててたくあんとクレッフィを引き離そうとする。

「あ゛っ!? クレフあなた! またそうやって予備のたくあんを全部食べましたね!? 一日一本までって約束したでしょうが!! って五本も食べたんですか! さすがに怒りますよ!」

 もう半分ほどになったたくあんをどうにか引き剥がそうとクレッフィと格闘しているとその様子を微笑ましいものを見るような目でサイクが見守り、体と食べてる量がどう考えても釣り合わないことに戦慄するキッドが食堂から厨房を眺めていた。

「クレフも相変わらず好きだねー」

「あの、パイセン……クレッフィのサイズでどう考えても沢庵数本って入らないんじゃ……」

「あ、お二人とも帰ってきてたんですね」

 どうにかクレッフィからたくあんを奪い、無駄に息を切らしたリジアは泣きながらたくあんを取り返そうとするクレッフィを押さえながら二人に声をかける。

「夕飯はどうします?」

「もらおうかなー。流石に疲れた……」

 レグルス団は食事は自分で用意するか当番制で食事を用意してもらうかの二択だ。リジアは料理当番になることが多いため、二人が食堂で食事をすることもあるのを知っており、ネイティオに追加分の皿を取ってもらいながらシチューをよそる。

「今日は随分とボロボロですが何かありました?」

「あーほら、例のエンペルト。捕まえられなくてね」

「やっぱリジ姉呼んだ方がよかったって言ってるじゃん」

「ああ、あの優秀な個体のヌシですか」

 リジアにも覚えがあり、自分が参加する作戦の候補にそれがあったのもわかっている。が、別の作戦に割り振られたためその後の経過までは知らなかった。

「確かに捕獲系の任務なら私のほうが向いていたかもしれませんが……」

「つってもジムリーダーとパンピーに邪魔されたんでリジ姉一人だときつかったかもしれねぇっす」

 はあ、と曖昧な返事をし、一足先に二人に食事を出すと穏やかな様子で二人は食事にありつく。

「マジあり得ねえッスよ! 地味なパンピーにエンペルト横取りされて――」

「というか報告は済ませたんですか、お二人とも」

 ぎくり、と二人の肩が揺れた。リジアは(やっぱりまだか)と確信し、慈愛に満ちた表情で告げる。

「大丈夫ですよ。せいぜい謹慎くらいです」

「いやぁ……どうだろう……」

 サイクは幹部のお二人はリジアちゃんに甘いしなぁと心の中で呟く。口にするとその辺面倒なのがわかっていたからだ。

「まあーほら、結果は変わんねぇし飯食ってからでもいいかなーって」

「なるほどな。報告より飯とは随分といい身分だな」

 突然会話に割り込んできた声にキッドとサイクはさっと血の気が引き、慌てて振り返ると無表情のテオが立っていた。

「あ、テオ様お食事ですか?」

 唯一リジアだけが呑気に問いかけ、立ち上がる。テオは「大盛りでな」と告げ、キッドとサイクの向かいの席に腰掛けた。リジアはテオの分を取りに厨房まで行き、その間、重苦しい沈黙がその場を支配する。

「……さて、せっかくだ。この場で報告してもらおうか」

「あ、あの……」

「どうした? 報告より先に飯を食べに行くくらいだ。さぞかしいい結果だったんだろう?」

 圧力で胃がキリキリと締め上げられる感覚にキッドもサイクも顔面蒼白だった。教師に叱られる生徒みたいになっている。

「――まあ、メグリから報告は受けているから結果は知っているんだが」

 食堂の空気が2度くらい下がった感覚に陥る二人は早くリジアが戻ることだけを願って無言だ。

 しばらくの沈黙が面倒になったのかテオは「はあ」とわざとらしいためいきをついてリジアが戻る頃合いを見計らって言った。

「最近、失敗続きが目立つ。ので、ボスと他の幹部とも相談して試しにお前らは複数人で行動してもらう」

 複数人、と言われサイクが少し眉をしかめる。自分たちは下っ端なので団体行動は別におかしいことではない。わざわざそういったことを言うということは――

 

「下っ端の中でも優れた一芸特化――お前らのような奴らをまとめてチームにする」

 

 それを聞いた瞬間、リジアすらも表情が引きつり、あまり歓迎されない様子を見てテオも困ったように頭を掻くのであった。

 

 それがどういうことか、わかるのはもう少し先のこと。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 町へと戻り、ヒドイデや、ナギサの捕獲したサニーゴを一旦保護した後、然るべき場所へと返すことになったのだが、肝心のポケモンセンターがボロボロで今日の宿泊は難しく、どうしたものかと悩んでいると、ジムトレーナーらしき男が声をかけてきた。水兵のような格好でいい人オーラがにじみ出ている。

「あ、ヒロさんでよろしかったですか? ナギサちゃ……ジムリーダーの使いの者です」

 腰の低い男だなぁと思いつつはい、と頷くとよかったと安堵した様子を見せる。

「ジムリーダーが今回のお礼にとホテルにお連れしろと……宿泊費用はこちらで負担するのでご安心ください」

「あ、でも今俺たち連れが……」

 毒を食らったイオトが病院で念のため検査を受けているのでそれを待とうとしていたのだが、男は大丈夫ですと即答する。

「お連れ様の話も伺っています。というか、ジムリーダーも同じ検査を受けているので終わり次第一緒にホテルで合流するつもりらしいです」

 どうする?とエミとシアンに視線を向けると特に反対する要素もないのでそのままホテルへと向かうことになり、危うく忘れかけてたことを思い出して男に一旦待ったをかけた。

 浜辺は人が大勢後始末に奔走している。邪魔にならないようにエンペルトをボールから出すとむすっとしたエンペルトがこちらを見下ろしてくる。

「とりあえず解決したし、お前も帰りなよ。ありがとな」

 じっとしばらく見下されていたがのそのそと海へと歩きだし、一度こちらを振り返ったかと思うと高速泳ぎであっという間に離れていった。

「エンペルト、逃がしちゃってよかったんです?」

 事情をよく知らないシアンが首を傾げながら聞いてくる。

「あいつ捕獲したのは一時的な約束だし」

「もったいねぇですねぇ」

 やることもやったのでホテルまで案内されるが、その間、エミはあまり喋らなかった。どうかしたんだろうか。

「エミ、なんかあった?」

「……いや、なにも」

 テンションがやけに低い。どこか上の空だしヒドイデとのバトル、そんなに疲れたんだろうか。

「こちらになります」

 考え事をしていたらたどり着いたのはやたら綺麗な外観のホテル。白い。壁が真っ白だ。看板を見ると『ホテル・スワンナレイク』とあり、それ以外の情報が一切わからない。

「……なあ、ここ、普通のホテル……?」

「ヒロ君ヒロ君、これあれです。めっちゃ高いホテルですよ」

「だよなぁ!?」

 明らかに高級っぽい外観してるしオーラも気軽さが微塵も感じられない。少なくとも旅してる俺らがほいほい泊まれるようなホテルではないはずだ。

「ジムリーダーはここのオーナーに気に入られているので重用してるのです。少なくともハマビシティでは最高のサービスを提供しているかと」

 案内してる人がそう教えてくれるけど違うそうじゃない。すっげー気まずい。明らかにホテルのロビーにいる人も金持ちっていうか上流階級とかエリートのオーラがする。

 今更断ろうにもほかに泊まれるところ探すのも大変だろうし……とぐっと居心地の悪さをこらえてルームキーを手渡される。2部屋分らしいが3人部屋と1人部屋のようだ。極端な男女比だもんな、俺ら。

「最上階のお部屋ですね。自分はここまでですがもし何かありましたらルームサービスのコールでガンエに繋いでくれと伝えていただければお伺いします」

 案内してくれたガンエさんは丁寧なお辞儀をした後ホテルから出ていく。ルームキーを持ってぽつんとロビーに立った俺らはとりあえず部屋に行ってみるかとのろのろと歩みをすすめる。エレベーターの中までピカピカで洒落た細工が施されており、嫌味にならない上品さにおったまげた。マジモンの高級ホテルだこれ。

 俺だけがびびっているようで、エミはぼんやりと、シアンは通常運転だ。

「シアン……お前平気なのか?」

「え、いやぁ、実家にある調度品と似たようなもんですし」

 そうだったこいつお嬢様だったわ。

「エミは?」

「うーん。物を壊さないかだけが心配」

 お前のベクトルとは違うけど似たような感想でちょっと安心した。

 最上階までたどり着くと下に降りるのかエレベーターの前で待っていた金髪の男が顔を上げ、入れ違いのように出入りすると、声をかけられる。

「少年。恨みでも買ってるのか」

 なんのことかと振り返ってみるもすでにエレベーターは閉じており、その意味を探ることはできない。なんだったんだろうかとエレベーターをぼんやり眺めているとエミが急かすように声をかけてくる。

「気にしなくていいんじゃないの? さっさと部屋行こうよ」

 気にはなるものの真意を確かめることもできないのでルームキーの部屋番号を探して少し歩くと割りとすぐに見つけ、隣同士なのでシアンにも鍵を渡してそれぞれ部屋に入ってみる。

 中は3つベッドのある広い部屋で大型テレビもそうだがバスルームもでかい。ルームサービス用の電話に説明が載っており、夕飯時間以外にも食事を注文できたりするようだ。

「うわー、すごいねこれ。一泊いくらするんだろ」

「考えたくない」

 エミは呑気に言うけどこれナギサが出すって言ってたよな? 本当に大丈夫なんだろうかこれ。

 窓の外はハマビシティと海を一望でき、夜は絶景になりそうだ。夕焼けで町並みがオレンジ色に染まっていてこれはこれで綺麗だが。

「イオトいつ検査終わるんだろうな」

「念のためらしいし案外早いんじゃない?」

 エミが適当にリモコンを取ってテレビをつけようとし、電源ボタンを押してしばらく待つ。

 ――つかない。

「……あれ、押せてなかったかな?」

 もう一度押してみるが反応がない。さーっと血の気が引いていく感覚にエミからリモコンを取り上げて押してみるがうんともすんとも言わない。

「エミ! おま、お前ーっ! 機械壊すってこれもアウトなのか! この程度で!? うっそだろ!」

「は、はははは……そ、そういえば昔テレビつけようとしたら何も映らなくなったなぁ……」

「おま、これ弁償とかになったらどうするんだよ!」

「こういうのって叩けば直るって言うよね!?」

「絶対修復不可能になるくらい壊すからやるな!」

 俺たちの慌てふためきを手持ちたちがあくびをしながら見守っている。すると、コンコンとノックの音が聞こえてきて俺たち二人が壊れた人形のようにのろのろとドアの方に視線を向ける。

「やっほー! ナギサでーす。ちょっと早いけどご飯一緒にどお? メガネのお兄さんもいるよー」

「なんでこんなクソ高いホテルにいるわけ!?」

 ナギサとイオトの声。リモコンを最初に置いてあった位置に戻してドアへと向かうと元気そうなナギサと疲れ果てたイオトがそこにいた。

「検査の結果、後遺症もなくばっちり健康! お礼も兼ねて一緒にご飯しようと思って。ここのご飯美味しいよ!」

「あ、はい……」

 美味しいとかいう以前に高そうというコメントしか出ない気がする。

 隣の部屋のシアンにも声をかけ、1階のレストランへと全員で向かう途中、エミがナギサに言った。

「そ、ういえばさぁ……テレビ壊れてたよ。つかなかった」

「え? 珍しいなぁ、そんな不備があるなんて。私からホテルの人に伝えておくね」

「ウン、アリガトネ」

 さりげなく元から壊れていたみたいなことにしやがったこいつ。微妙に棒読み隠しきれてねぇ。

 エミの雑な責任なすりつけをまったく疑いもしないナギサの今後がとても心配になったが弁償させられるのも怖いので俺は余計なことを言えず、黙ってレストランへと向かうのであった。

 

 

 




活動報告でささやかなお礼絵とか置いてます。もしよければどうぞ


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寝物語

 

 

 レストランはいわゆるバイキング形式で豊富な料理が食べ放題となっている。ポケモン用ももちろんあり、イヴを筆頭に手持ちがあれがほしいこれがほしいとめちゃくちゃせがんでくる。順番に取るから落ち着いてくれみんな。

「えーっと、イブとドーラがサラダでグーがきのみのグリルでレンがハンバーグでチルが唐揚げ――」

 順番にみんながほしがるものを確認し渡していくところではっとする。

 チル、お前それ鶏肉……。

 ここ深く考えると泥沼化しそうだからやめておこう。

「ヒロ兄の手持ち、すっごい仲がよくてこっちまで嬉しくなるな! やっぱりトレーナーと手持ちは仲良しが一番よ」

 ナギサがホテルの人が泣きそうなくらいの量を持ってテーブルへとやってくる。ちなみにシアンとエミのせいで多分ホテルの人は卒倒しかけてる。二人の量を見て俺とイオトもちょっとドン引きした。

「あいつら、野宿の時あんな食ってたっけ……」

「そういえば道場出た後の食事は割と普通の量だったよな……」

 一応自重していたということなんだろうか。ていうか太らねぇのかよこいつら。

「まだまだいけるですよ」

「ここのご飯美味しいじゃん」

「ふふ、料理長さんもきっと喜ぶよ。私がお礼しにいくといつも泣いて喜んでくれるから!」

 それ多分別の意味で泣いてるんだと思うよ。

「改めて、せっかくきてくれたのに町のトラブルに巻き込んじゃってごめんね。とっても感謝してる」

 胸の前で手を組んで満足そうに微笑むナギサは年相応の少女らしさとしっかり者の顔を見せており、ジムリーダーとして真摯に対応しているのがわかった。

「宿泊施設も軒並み復旧に時間がかかるし、恩人に野宿させるわけにもいかないから滞在する間はここに泊まっていいからね。そういえば何か目的はあるの? 観光?」

「あ、一応ジム戦……かな」

 しようとは思ったけどその前にジムリーダーに出会ってしまったのでなんとも複雑な気分だ。ジムで初対面が普通のはずだと思っていたのにケイも含めてジム戦前に接点ができてしまっている。

 ジム戦と聞いたナギサの顔がきょとんとしたものから楽しそうにくすくすと笑いだして首を傾げていると、ナギサは年齢不相応な勝ち気な目でこちらを見つめてくる。

「へぇ、じゃあ待ってるね、挑戦者(チャレンジャー)さん?」

 彼女も間違いなくジムリーダーなんだろう。この一瞬で風格が違うと肌で伝わってきた。

「にしても君、レグルス団のやつに負けてたんでしょ? よかったねヒロ。余裕じゃん」

 失礼極まりないことをエミがもぐもぐとハンバーグを食べながら言い、こいつ黙ってくれねぇかなぁと口にする前にナギサが恥ずかしそうに言った。

「うん……私はジムリーダーの中では未熟だから……」

 少しだけ寂しそうに窓の外の海を見つめるナギサは年頃の少女という感じがとても伝わってくる。ジムリーダーといっても、あくまで少し普通のトレーナーより強いだけの少女。

「強くなることも当然だけど、町を盛り上げたりとか、みんなの生活を豊かにするとか、そういうことを私はがんばりたいなって思うの。本当はほかのジムリーダーさんみたいに強くなりたいんだけど……」

「いやあれと同レベルになろうとしなくていいですよ」

 ちゃんと咀嚼してから口に何も入れてない状態でシアンは言う。

「ナギサちゃんは十分頑張ってるですよ。見るですよ。あのケイの馬鹿を。道場でゴロゴロゴロンダしてたまーに町のことを手伝うくらいのめんどくさがり。あとはあいつも――」

 いいかけて「いや、あいつのは話はやめとくですよ」と口ごもり、なぜか自信満々にナギサに向かって親指を立てて励ました。

「無理してほかと並ぶ必要なんてねぇですよ! ナギサちゃんは独自路線で全然オッケーなんです!」

「そ、そうかな……?」

 照れくさそうに頬を掻いたナギサを横目に「まあ本人がいいならいんじゃないのー」とエミが茶々を入れ、おかわりとを取りに離席する。パチリスとコジョンドも同行し、また大量の食べ物を持って帰ってくるなと背筋が凍る。

「えっと、シアン、ちゃん? その、よければなんだけど、私とお友達にならない?」

「いいですよ! むしろこっちからお願いするですよ!」

 そういえば同い年なんだよなこの二人。16歳だっけ。

 俺らを放ってアドレス交換とかなんかやっている。イオトは飽きてきたのか自分の飯をマリルリさんに与えて暇をつぶしていた。マリルリさん、不満ながらもぱくぱく食べてるのがちょっとかわいい。

「そういえばさ、あのエンペルト、結局なんだったの?」

 思い出したようにイオトが言うとナギサは少し悲しい目で語る。

 あのエンペルトは元々トレーナーがいたけど海難事故で亡くなってしまい、二度とそんな不幸が起こらないようにとこの海のヌシとして港を守っているのだとか。

 先代ジムリーダーがいたころからずっといるらしいので正確にどれだけ居着いているかは不明だがあまり人と関わりたがらないため町でも実際に目撃したことある住人はそんなに多くないとのことだ。

「私は何度か会ったことあるんだけど……誰のポケモンにもなるつもりがないみたいで、先代ジムリーダーも捕獲できずじまいだったって聞いたかな」

「一時的とはいえよくボールに入ってくれたなあいつ……」

 マリルリさんがなぜかドヤ顔しながらジュースをごくごくと飲んでいる。そういえばマリルリさんなんかエンペルトと口論してたよな。それが原因だろうか。

「……本当は、エンペルトのためにも過去に縛られないで欲しいんだけどね……」

 ナギサとしても難しいところなんだろう。前の主人のこともあるから新しいトレーナーに捕まるというのも複雑だし、今回の一件は間違いなくエンペルトのせいで町に被害が出た。エンペルトが悪いわけではないがこの海にいる限り、再び何かあるかもしれない。

「さて! 私はそろそろ今日のことの報告したりするから帰るね! あ、ジム戦来るの楽しみにしてるけど観光とかもしていってね! じゃーねー!」

 嵐のように自分の分の食器を片付けて去っていくナギサを見送る。エミとシアンがまだ食べているのを生暖かい目で見守りつつ、明日以降のことについて考える。

「明日ジム戦行こうかね……」

「別に急がなくてもいいんじゃないか?」

 イオトはいつの間にかデザートを食べており、マリルリさんも器用に細長く巻かれたソフトクリームをちみちみ舐めながら楽しんでいる。すげぇ、あのソフトクリームマリルリさんの耳より長い。

「イオトはこの町でなにかしたいことあるか?」

「いやー、特に? エミとシアンは?」

「僕もなし~。まあてきとーに観光しようかね」

「ボクは市場とか見てみてぇですよ!」

 じゃあ、明日はその辺見て回るか。ジム戦は明日以降。ここにはどうせ3、4日くらいは滞在するつもりだったし。

 ふと、マリルリさんが何か窓の外を見てイオトに何も言わずにテラスへと出ようとする。

「マリルリさんどこ行くの」

「まりまり」

「わっかんねぇ! でもあんまりフラフラしてないで早めに戻ってきてね」

 やっぱりイオトとマリルリさんは仲良しだと思う。悪そうに見えるけどさ。

 マリルリさんはテラスから海の方へとぽてぽて歩いて行く。多分そのうち戻るだろうがどうしたんだろうか。

「ちなみに二人はまだ食べるのか?」

「今日はこの辺にしておくですよ」

「明日の朝楽しみだなー」

 厨房の人が怯えてるからやめてやれ。

 

 

 

――――――――

 

 

 夜も更け、マリルリさんもだらだらと雑誌かなにかを読みながらイオトのベッドを占領している。

 エミも風呂から上がってぐだっとベッドにうつ伏せになっており、俺ももう寝る準備をしているところだった。

 こんこんと控えめなノック。何かと思って見てみると寝間着のシアンが入り口に来ていた。

「シアン、どうした?」

「寝れねぇので遊びに来たです」

「帰って」

 一応ここ男3人いる部屋なんだけどやめようぜそういうの。

 しかしエミもイオトも気にしないのか入ればーと呑気に言うせいで当然のようにシアンがマリルリさんが占領しているイオトのベッドへとダイブした。イオトはソファから占領されたベッドを見て悲しそうに「あー……」と呟いている。

「なんか面白い話するですよ!」

「無茶振りが過ぎねぇか」

 抽象的すぎてぱっと浮かばない。というかイヴが眠そうに欠伸してるし静かにやってくれ。ちなみにレンは寝ている。

「ボク的には恋バナとかが嬉しいですよ!」

 難易度たけぇよ馬鹿。

「恋バナかぁ……」

「恋バナねぇ……」

 イオトとエミの表情は暗い。特にエミの顔は今までに見たことない陰鬱としたものだった。

「シアンこそどうなんだよ」

 人に求めるなら自分も何か言えと話をそらしてみるがシアンは真顔かつ早口で答える。

「ボクの初恋はカイリキーですよ。以上」

 だめだこいつの恋バナ5秒で終わる。

「イオくんとえっちゃんがだめならヒロくんですよ! なんかねぇですか!」

「え~……俺は……うーん」

 強いて言うならあの夢で見る少女が恐らく初恋なんだが、記憶曖昧だし、そもそもリジアを連想させてしまいそうで口にするのは憚られた。

「子供の頃近所にいた女の子が初恋だけどもう忘れちゃったよ」

 嘘は言ってない。できるだけ平静を装った声で言ったがシアンは疑わしいものを見るような目で見てくる。

「本当ですかぁ? 男の子なんだからもっとこう、面白い話の一つや二つねぇですか」

「そうそうないだろ」

 ていうか野郎3人に恋バナを求めるなよ。

「うー! イオくん何か!」

「……俺の恋愛の話すると後悔するかもしれないけど聞く?」

 やけに声が低い。ガチの雰囲気だこれ。

「ちょ、ちょっぴりだけ……」

 気圧されてかシアンの要求も控えめになっている。ここでチキンになるとかお前。

「いやまあ、俺の初恋は前々から言ってる弟子なんだけど」

「えっ! なんかめちゃくちゃロマンスの香りがするですよ!」

 ていうか例のマリルリさんの元トレーナーだっけ? 女だったことにも驚きだが更にそれが初恋ときた。シアンじゃないが意外な事実に俺もつい身を乗り出す。

「……いや……その……俺が悪いんだけどまあ、色々あってさ……」

 会いにいけないみたいなことを言っていた気がするが喧嘩でもしているんだろうか。マリルリさんもかわいそうに。

 ……ん? そういえば弟子ってことは歳下なんだろうか。あんまり歳上とか同い年に使うような関係ではないよな。こいつロリコンだしなぁ。

 ちなみにマリルリさんは終始微妙な表情で黙っている。マリルリさんが黙っているとなんか不安になってくるからいつもみたいに騒いでお願い。

「なんだ、うん……多分あいつに恨まれてるだろうし……あいつにいい相手ができてたらそれはそれでいいんだよ俺は」

 これ以上は口にするのは憚られるのか話題を打ち切ったイオトは「俺も言ったしエミも言うべきだろ」と話題をエミへと流すとシアンも「そーですよ!」と援護するとエミはすごく嫌そうな顔で枕を抱きしめた。

「僕の話なんて面白くないって」

「面白いかはボクが判断するですよ!」

「えぇ……」

 困惑したようなエミの横顔が一瞬だけすっと無表情になったような気がしたが、すぐにいつもの意地の悪い笑顔へと変わる。

「じゃあせっかくだし語ろうか。長くなるよ」

 そう言うとエミの声音がいつもより高くなり、まるで寝物語を聞かせるような穏やかな語りが部屋に染み込んでいく。

「昔々、とてもかわいい少年がいました」

 それ自分のことなのか。相変わらず自分でよくかわいいとか言えるな。

「悪い魔法使いが塔にお姫様を閉じ込めていると知った少年は塔に閉じ込められたお姫様のために毎日お姫様に会いに行きました。とても――とても美しく、賢くて、素敵なお姫様」

 愛おしむように、懐かしむように、穏やかだけどとても悲しい声。

「いつか二人で外に出ようと、約束します。けれど、悪い魔法使いは狡猾で、隙がありません。悪い魔法使いを欺くために少年は、お姫様だけを外へと逃し、自分は塔に残ります」

 シアンは話を黙って聞いている。イオトも、怪訝そうな顔で、語り続けるエミの顔を見ていた。

「悪い魔法使いは怒り狂って、少年は手足をもがれ、八つ裂きにされましたとさ。おしまい」

 ……少年になんの救いもない後味の悪い結末に、言葉が出てこない。

「……作り話、ですよね?」

 シアンが不安そうにエミのトレードマークであるだぼだぼの袖を見る。それに答えるようにエミは長い袖から腕を出してグーパーと動かし見せつけてくる。

「どこまで本当だろうね?」

 相変わらず本心を掴ませない言葉にイオトの表情は険しくなる。

「だとしても悪趣味すぎないか」

「またまたご冗談を」

 わざとらしく両腕を広げてエミはイオトに嫌な笑顔を向けた。

「哀れな少年は存在しない。いるのは僕だけ。それが答えだよ」

 微妙な空気になったところでシアンが眠くなってきたのか欠伸をしてイオトの使うはずのベッドでそのまま布団を被り始める。

「シアンー? 俺の寝るところだよそこはー」

「おやすみですよ」

「あっちょっ、せめて隣の部屋のルームキー! 待って寝る前にせめてそっち貸して!」

 イオトの訴え虚しくマリルリさんと一緒になってシアンは眠り、イオトの視線を無視して俺もエミも布団で眠りにつく。すっげぇふかふかのベッドだこれ。

「おやすみー」

「おやす」

「おいこら! 俺のベッド! なあおい!」

 マリルリさんにうるせぇとばかりにきのみを投げつけられたイオトは渋々ソファで眠り、慌ただしいハマビシティでの1日目は終了した。

 

 

 

――――――――

 

 静かなハマビシティの浜辺でエンペルトは佇んでいた。

 そして、何かを決意したように頷き、再び海へと戻っていく。

 彼が思い浮かべたのはマリルリと、一時とはいえトレーナーと手持ちになったヒロのことだった。

 

 

 



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市場の買い物と新たな戦力

 

 

 朝からグロテスクなほど大食いを発揮したシアンとエミをできるだけ見ないようにして町の地図を見ながら今日の予定を確認していた。

「とりあえず市場に行ってその後灯台でいいんだっけ?」

「はいですよ! えっちゃんとかイオ君はどっかいきてーところないですか?」

「僕はまあ適当に付き合うよ」

「俺も俺も」

 改めてこの二人って観光にあんまり興味ないというか、俺とかシアンについてくるだけで自分のしたいことがあんまりないよな。

 カロリー高い朝食を終えて、町へと繰り出すと昨日の事件の傷跡もなく、活気に満ちた市場へと足を踏み入れるとシアンが一人目を輝かせながらクルマユを頭に乗せて一人突っ走る。まあわかりやすい見た目してるし迷っても電話すればいいんだけどさ。

「すごい活気だな」

「ここ輸出入とかも盛んだから人の出入りが激しいんだろ」

 イオトが案内図のようなものを見ながらそう呟く。外国、というほどでもないがよその地方の特産品とかがプレートにかかれており、そこそこいい値段がする。

「割りと近いイドース地方の品とかも直輸入だって」

「どこだっけそれ」

「直通船とかも出てるとこだよ。自然豊かで食料とかそこから結構輸入することも多いみたい」

 エミの意外な知識披露。そういうことにあんまり興味なさそうなのに侮れないもんだな。

 シアンが変な置物とか見てきゃっきゃしている横でイオトがつまらなさそうにシアンの背中を見守っている。こういうのを見ているとシアンって人生楽しんでるよなって思う。

「エミ、なんか屋台あるけど食う?」

「フランクフルトがいいなぁ」

 ふぁ、とあくび混じりで立ち並ぶ店を見渡しながらエミはだぼだぼの袖から小銭を出して俺に渡してくる。買ってこいという意図を察し、仕方ないので買ってくるために少しだけ離れるとイオトとシアンだけしか元いた場所におらず、エミがいなくなっていた。

「あれ、エミは?」

「ん? さっきまでそこにいなかった?」

 きょろきょろとあたりを見てみるが小さい割に特徴的な見た目をしているためわかりやすいエミの姿は見当たらない。

「少し探してくるから二人共あんまり遠くにいかないでくれ」

「はいですよー。ボクまだここ見てますです」

 アクセサリー屋か。女はこういうの好きだよな。

 イオトはシアンについているだろうし大丈夫だろう。エミはあいつ、気を抜くと連絡手段壊しかねないしはぐれると一番厄介だ。早めに見つけよう。

 市場を抜け、通りの方へと出るとエミが手すりに腰掛け、不機嫌そうに電話をしていた。

「はあ、そっちのことはそっちでしてよ。第一、僕は――」

 何か言いかけるも俺に気づいてエミは口を閉ざし、苛立たしげに通話を切った。なんか邪魔したみたいで居心地が悪い。

「別に気にしなくていいよ。相手するの鬱陶しかったし」

「いいのか?」

「相手親だし」

 親かぁ。態度から見るに親とあまり良好な関係ではないのかもしれない。ただ家庭のことを聞くのも失礼だろうしあんまり何も言えない。買ってきたフランクフルトをとりあえず渡しとこう。

「……とりあえず、急に親が電話してきて機嫌悪いだけだからヒロは気にしなくていいよ」

「あ、ああ……」

「つーか僕もいい年だよ。それなのに自分が困ってたら都合よくこき使おうとするのってどう?」

「まあ、それは嫌だな」

「そーいうわけだから気にしなくていいの! 僕はね、割りと本気で今の状況気に入ってるし」

 4人旅が気に入っているねぇ。まあ俺も楽しくないかと聞かれたら嘘になる。それ以上に苦労もするけど。

 エミがむすっとした様子でフランクフルトを完食し、ゴミ箱へ串を捨てると「シアンたちのところ戻ろう」と立ち上がる。エミはなんというか、落ち着いてる雰囲気の方が似合っている気がした。普段のテンションよりよっぽどしっくりくるというか。

 特に喋ることもなくシアンたちに合流するとシアンがなぜかドヤ顔で待ち構えていた。

「むふふっむっふー! じゃーん、ですよ!」

 小さな袋で包装された何かを俺とエミに押し付けてきて二人揃って首をかしげるとイオトが少し呆れた様子で補足した。

「まあ、なんか、みんなで同じものが欲しかったんだって」

 何かと思ってあけてみると小さい石がついた革のブレスレットだ。よく見ると、石の色がそれぞれ違う。俺のは黒でエミのは紫だ。

「それぞれの瞳の色に合わせたですよ! どーです? ボクの完璧なおそろいアイテム!」

「うーん、ちゃちい」

 イオトが乾いた笑いとともに自分も渡されたのか緑色の石がついたそれを指でくるくると回している。

 どこにでもありそうなお土産のやすっぽい品。だけど、エミは満更でもないのか「まあせっかくだしね」と呟いて袖から腕を出してさっそく身につけた。

 シアンは青い石がついたものを自分の腕につけ満足した様子だ。イオトはまあ、やれやれという顔はしているが一応合わせてつけている。といっても袖で隠したけど。

 俺もつけないと空気読めてないし、と腕につける。まあ、悪いものではないからいいか。

「ボクはみんなと旅できて楽しいですよ! これはその感謝の気持ちってやつです!」

 上機嫌なシアンにイオトも「まあ俺も楽しいよ」と相槌を打つ。なんだかんだで全員楽しいと認識しているこの4人旅。

 ふと、でもいつかは終わるんだよなと考えてしまった。

 そんな思考を打ち消すようににわかにざわつく人々に釣られて港側へと視線を移す。少し遠いが人だかりができていた。

 昨日の今日で何かあったのかと気になって人をかき分けて4人で見に行くと昨日のエンペルトが浜辺でぽつんと座り込んでいた。

 そこに、ナギサが駆け寄ってきてエンペルトに視線を合わせるように屈んで何か話しているようだが詳しくは聞こえない。

 が、ナギサがこちらに気づいて大きく手を振って叫んだ。

「ヒロにーいー! ちょっと来てー!」

 一斉に視線がこちらに集まりどっと汗が吹き出た。なんだ、なんだこの状況。

 シアンが横で「ご指名ですよ」と言ってくる。腕の中のクルマユもずびしっと俺を示してくる。

 渋々前に出てナギサとエンペルトがいるところまで近づくとエンペルトはこちらを見てすっと立ち上がる。

「多分なんだけどね、エンペルト、新しい主人を求めてるようなの」

「新しい主人……で、なんで俺?」

「昨日気に入られたんじゃないかな? 私はダメみたいだから、ヒロ兄がんば!」

 エンペルトと向き直るとじぃっとこっちを見てくるエンペルトの考えが全く読めずこちらも棒立ちになる。これ……その、バトルしたほうがいいんだろうか。

 エンペルトが黙ったままかと思いきや、突然、俺の腰のボールを小突いてくる。これは空ではないのでカバンから空のボールを出すと無表情でうなずかれる。

 ボールを投げるとすぐさまカチッと捕獲完了の音が聞こえ、野次馬が沸き立った。

 この海に住まうヌシであり、有名な存在のエンペルトを捕獲したというのだから盛り上がるのも当然かも知れない。

 エンペルトの気持ちは正直全然理解できていないけど俺を認めて手持ちになってくれるってことでいいんだろうか。ボールを見るとエンペルトはこちらを向いてはくれない。

「よかった。どうかエンペルトを大事にしてあげてね」

 ナギサに声をかけられて「もちろん」と返すと花が咲いたような笑顔を向けられる。

「うん、エンペルトがヒロ兄を選んだ気持ちわかるよ」

「エンペルトの気持ち、俺全然わかんねぇよ……」

 ポケモンの言葉を理解できるようになりたい。そうしたらもっと楽しいだろうに。

「言葉はわからなくても一緒にいればきっと通じるよ! 大丈夫!」

 ボールのエンペルトを再び見る。こちらを一瞥し、無言で頷くエンペルトは少なくともこちらを嫌っている様子はない。

「これからよろしくな、エンペルト」

 エンペルトにニックネームをつけようかとも思ったが元々誰かのポケモンだったこともあって俺がニックネームをつけることは憚られた。いつか、つけるとしても今ではない気がした。

 

 

 

 

――――――――

 

 エンペルトは昨日のことを思い出していた。

 もう二度と、人間の手持ちになることはないと思っていたのに、自分という存在が町に迷惑をかけてしまったことへの罪悪感と、決心の付かない心に悩まされ日が沈みかけた海辺でぼんやりとしていた。

【辛気臭い】

 いきなり背後から叩かれ、驚いて振り返ると昼間にトレーナーと一緒にいたマリルリだった。

【なんだ】

【私が言ったことまーだわかってないわけ?】

 昼間、確かにマリルリに叱咤された。初対面であそこまで怒られたのは初めてだったので面食らってしまったものだ。

 

 

【なーに気取ってるんだか! あんた、自分が迷惑かけてるんだからちょっとは協力しろっての!】

 キレながらかわらわりしてくるマリルリになんだこいつはと思いつつ言葉は一応聞き、置いてけぼりのトレーナーは困惑しているのを視界に映した。

【だいたいなんなの? ヌシ気取って何がしたいわけ。海のポケモンが泣いて助けを求めてるのは誰のせい。あんたがあぐらかいてふんぞってるせいだっつーの!】

【……そんなつもりはない。それに、野生なら自分の身くらい自分で守るものだ】

【あ゛? 本来ありえない外敵を呼び寄せてるせいであんたのせいだっつーの!】

 

 

 マリルリらしからぬキレた顔は自分の生きてきた中でこいつくらいだ。

 が、今は呑気にソフトクリームを舐めながら自分の横に座ってくる。

【ま、解決したし、これ以上私が言うこともないんだけどさ】

【ああ】

【なんだかんだであんたも現状はよくないって思ってるんでしょ】

 この町のジムリーダーである少女もそうだ。自分が主人の死にとらわれてずっとこの海を守護していることをよしとしない。

 主人の好きだった海を守ろうとして、結果がここ最近の海荒らし。悪いのは当然の悪党であるが自分がここにいなければ来ることもなかった。

【すっぱり割り切って新しい主人見つけるってのも悪くないと思うけど】

【……そう簡単に割り切れるものか】

【まあ、私も前の主人に会いたいし思うことはあるけどさ】

 マリルリはソフトクリームのコーンをばりぼりと貪り、飲み込んでから続きを言う。

【別にあんたがいなくてもこの海は平穏だし、前の主人はあんたを薄情者だとか思うことはないよ】

 それだけ言い残してマリルリはトレーナーたちがいる建物へと戻っていった。

 新しい主人を持つこと。ずっと抵抗があった。

 先代ジムリーダーを無理やりはねのけ、心優しい現ジムリーダーの少女をも強引に振り払った。

 今更、俺を正しく導いてくれるトレーナーなんぞいるのだろうか。

 そう考えて浮かんだのは昼間のトレーナー。人の善性を信じているわけではないが、あの男は不快感を感じない人間だった。

 あの短い間で人となりなど判断できるわけもない。だが、よく考えれば大抵のポケモンはそうして人に捕獲される。

 トレーナーを選ぶという思考に陥っていた自分は本当に傲慢だと自嘲し、一つ決心する。

 

 もし、明日あの男に会えたなら――。

 

 

 

 




別のポケモン作品も始めたのでそっちもよければ。両方不定期更新ですがのんびりこっちメインでがんばります。


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ハマビジム

 

 

 

 それからというものの、エンペルトが仲間になり、さっそくジム戦に向けての修行を浜辺で短期で詰め込むとレンが進化した。やっぱりイオトやエミ相手だとレベルが低いうちはぐんぐんあがる。

 なお、エンペルトはなんか、多分俺の手持ちで一番レベルが高い。最大戦力になってしまったことでチルがちょっと拗ねた。イヴはエンペルトに懐いたのか結構いい感じだ。ただ、エンペルトは相変わらず何を考えてるかちょっとわかりづらい。

 レベルをあげるのもいいがどうせレベルこっちに合わせるだろうし埒が明かないからと方針を変えて修行は早めに切り上げて、結局エンペルトが仲間になった二日後、ジムを訪れていた。

 ハマビシティにきて4日目。これ以上あのホテルで長居するのもあれだし、できれば今日中に決着をつけたい。エミなんかはわりとホテル生活に馴染んでのんびりしよーよなどとほざいてるが。

 ジムの近くにくるとガンエさんがこちらに気づいて少々お待ちくださいと止められ、二分ほど待つと奥からナギサが駆け寄ってきた。

「ようこそ! 早かったね!」

 ワクワクしているような様子で建物の入り口に立つと元気な声で俺たちに言葉を向ける。

「と、言うわけで!」

 ぐるりと両手を広げながらその場でターンしたナギサはかわいいと言えばかわいい。別の言い方をするとあざといまでに無邪気さをアピールしてくる。だが彼女はおそらく素でやっている。これで計算なら相当だ。

「ハマビシティジムへようこそ! ここはアクアリウムにもなっていて水ポケモンのことを楽しく勉強できる素敵なところだよ!」

 自分のジムを素敵と臆面もなく言えるの、逆にすごいと思う。

「まあ、ここは普通のお客さんもくる場所だけど、あっちから奥がジムになってるから見て回った後にでも来てよ!」

「いや、すぐにジムに行こうと思ってるんだけど……」

 どうせあとでも見れるし、と水族館のような室内を見渡す。ジムと反対側にもアクアリウムは広がっているらしい。

「…………そっかー残念! じゃあ案内するね!」

 そのままジムへと移動すると水路が見え、入り口が3つに分かれている。

「ルールは簡単! かんたん・ふつう・むずかしい、の難易度を選んでその先の問題に答えてね! 正解すればジムトレーナーとのバトルはなし! 間違えたらどぼんしてバトルだよ! あと一定回数どぼんしたら失格だから気をつけてね!」

 どぼんって何。待って、そこを詳しく説明してくれ。

「難易度はどういう違いがあるですよ?」

「元々はねー、小さい子でもジム戦楽しめるようにって作ったんだけどむずかしいを選ぶとふつうよりちょっとお得なことがあるかもねーって感じかな。かんたんは単純に問題が簡単って感じだよ!」

 つまりむずかしいの方が得なのか。ポケモンの問題といっても俺は前世の知識もあってあまりハンデにならないと思うし、むずかしいを選んでみよう。多分、ゲームでいう○×クイズみたいなものだろうし。

「じゃあむずかしいで」

「おっ! それを選ぶ人ひっさしぶり~! がんばってクリアしてね!」

 ナギサが楽しそうに煽ってくる横でシアンがうずうずとかんたんの方の入口を見る。

「ぼ、ボクも挑戦してみていいですか?」

「いいよいいよー。楽しんでいってね! そっちのお兄さんと……お兄さん、かな? 二人もやってく? 一応見学室あるけど」

 後ろに控えてたイオトとエミにも声をかけるが二人は軽いテンションで答える。

「俺らは見学~。まあ、二人共がんばれよ」

「間違えたら盛大に笑ってあげるから~」

 絶対に間違えたくない理由ができた。

「あ、それから、図鑑とかネットで答えを調べるのは禁止! やったら退場だからね!」

 一通りのルールを把握したので、シアンとほぼ同時に、それぞれ中に入る。どぼんの意味だけわからないのが不安だが。

その先には小さな部屋になっており、先に進む扉は閉まっていた。正解すると開くのだろう。

 モニターが光ると、そこに問題文が映し出され、同時にナギサの声で読み上げられた。

 

 

●問題:サメハダーの泳ぐ速度は?

 

 

 

「…………は?」

 マルバツどころか選択肢すらない。こんなの知るわけない。もしかして図鑑に載ってるのかとひらきかけたところで図鑑やネットなどは使用禁止だったことを思い出す。

 

『むずかしいをクリアした人はまだいないんだー! がんばってねー!』

 

 館内の放送か何かでナギサの声が聞こえてくる。先に言ってくれよ!

 

「……ひゃ、100キロ……?」

 しーんと反応がないままの時間が数秒続く。が、沈黙を打ち破ったのは明らかに間違えたのがわかるブザー音。

『ぶっぶー! 正解は120キロ! というわけでどぼん!』

足元が急に開いたかと思うとウォータースライダーのように下に滑っていき、辿り着いた先で水兵の格好をした男性が待ち構えていた。

「どぼんルームへようこそ! 勝ったらクイズルームへのはしごが出現します!」

「この仕掛けいるか!? なあ!」

 ジムトレーナーとのバトルが始まり、イヴを繰り出すと向こうはブイゼルを繰り出してきてくる。そんなに強くはないが毎回こんな風に落ちるのはちょっと嫌なので次の問題からはなんとしてでも正解せねばと強く思った。

 

 

 

――――――――

 

 

●問題:水の石で進化しないポケモンは次のうちどれ?

 A、ヒヤップ

 B、ハスブレロ

 C、ヒトデマン

 D、パールル

 

 

 シアンは問題文を見つめながらうんうんと唸っていた。

「えーと、えーと……B! ハスブレロ!」

 3拍の間の後、不正解を告げる音が鳴り響き足元が抜けてシアンも滑り落ちていく。

『ちなみに正解はパールルだよー! 進化のアイテムはあるけど水の石じゃないよ! 残念どぼん!』

「これ滑る必要あるですかぁぁぁぁああああ!?」

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「はーなるほどねぇ。むずかしい、はともかくかんたんとふつうはアクアリウムを見てればある程度答えは把握できるってわけか」

 エミが感心したようにシアンが滑り落ちた瞬間をけらけら笑いながら見守る。イオトは呆れた顔でヒロの様子を見ていた。

「くっだらねー……」

「むぅ! くだらないとは失礼な! 意外と好評なんだよ!」

 頬を膨らませて抗議するナギサはマイクを掴みながらぷんぷんとイオトを睨む。

 実力が低くとも、きちんと勉強していればジムトレーナーと戦うことなくジムリーダーと戦える。むずかしいの特典は不明だがバトルよりも知識に重きを置いているらしく、アクアリウムが盛況なのもそのためなのが伺える。

「ていうかシアン、初っ端間違えるのはどうかと思うんだけど」

 エミが笑いつつもツッコミを入れ、とりあえずかんたん難易度だからかジムトレーナーとのバトルはあっさりと終わったらしい。二問目に挑戦するために濡れた袖や裾をぎゅっと絞っている後ろ姿が映るがなんだか哀愁が漂っている。

ヒロもトレーナー戦はあっさり終わったのかずぶ濡れの服を重たそうにはしごを登っていく姿が見え、今にも帰りたいオーラを隠しきれていない。

 そんなヒロを見ていたらいつの間にかシアンがまた不正解でどぼんルームへと落ちていく。イオトは「ちょっと頭が弱いと思ってたけどまさかそんな……」などと失礼極まりない発言をし、エミもうーんと微妙な顔をしていた。

「シアンちゃんはこのままだと失格になっちゃいそうだなー」

 ナギサが残念そうにモニターを見守っている。かんたん難易度なので結構ゆるいはずなのにシアンが残念すぎて話にならない。

「ヒロ兄はどうかなー」

 次の問題が出題され、ヒロは難しい顔をしつつも時間をかけて答えを出す。正解し、安堵したような様子で扉の先に進んでいく様子を見てナギサはウキウキと興奮を隠しきれていない。

「むずかしいの難易度はかなり厳しいから全然越えられる人いなかったんだけど……ヒロ兄期待通りいい感じで嬉しいなー!」

 が、そんなナギサとは対照的にヒロが正解した問題を見た二人は眉をひそめた。

 

●ケイコウオを餌として捕まえるポケモンは?

 

 選択肢もない、専門的な問題だ。少なくとも新人トレーナーでこれを知っている者はかなり限られる。ちなみに答えはキャモメ。

 次の問題もそうだった。

 

●ヒドイデ、ドヒドイデの好物は?

 

 これは比較的有名な方だが知らない人間は知らないような知識。明らかにトレーナーとしての一般常識ですらない。

 シアンのかんたん難易度はその点かなり初歩的だ。新人トレーナー向けとも言える。

「解かせる気ねーだろこれ……」

「問題は新人のはずのヒロがこれを解いてることなんだけど」

 エミの指摘にイオトはすっと真顔になる。エミも、イオトの方を見ないまま無表情だ。

「……イオト、ヒロも大概だけど君もなんか隠してない?」

「俺は自然体だけど?」

 微妙に腹の探り合いが行われる中、ナギサの「あーっ!」という声でそれは中断される。

「シアンちゃん不正解連発で失格でーす! またチャレンジしてね!」

 モニターに映るしょんぼりしたシアンが外につながる別の道へと誘導されしばらくするとびしょぬれのシアンが見学室にやってきた。

「ううっ……ひどいめにあったですよ……」

「楽しくなかった?」

 素で言ってるナギサに「こいつ濡れることに何の躊躇いもないやつだ」と確信したエミは少しだけシアンに同情した。

「シアンちゃんはアクアリウムでお勉強だねー。大丈夫! お勉強は楽しいよ!」

 少しズレた発言のナギサはモニターを見ながらヒロの様子を見つつ「そろそろかなー」と呟いてガンエに声をかけた。

「ガンエ! 私そろそろ定位置につくからあとよろしくね!」

「了解です。がんばってください」

 ジムリーダーの部屋へと向かったナギサを見送りながらずぶ濡れの髪をタオルで拭きながらシアンは椅子に腰掛け、床と椅子がびちゃびちゃになりながらもモニターのヒロを見て気の抜けたことを言う。

「ヒロ君はもうそんな進んだですか。すげぇですねぇ」

 すごさをいまいち理解しきれてないシアンは自分より少し賢いくらいにしか思っていないんだろう。

 

 ヒロに出されている問題はどんどん難易度があがっていっている。

 

 

●次のうち、パルシェンが覚えない技を答えよ

 A、ロックブラスト

 B、マッドショット

 C、みずしゅりけん

 D、からをやぶる

 

 

 遺伝技。新人トレーナーが知るはずのない、大学や研究者がまだ研究中のものを平気で出すのもひどいがそれを正解するヒロははっきり言って不自然すぎた。

 ナギサのように幼くしてそういったことを知っている人間がいるせいで周りはなんとも思っていないが、イオトとエミははっきりとヒロに対する疑惑を強める

 

(ヒロ、本当に新人トレーナーなのか?)

(なんだかなぁ、僕より弱いのにこんな知識あるの、新人っていうには苦しすぎるような)

 

 そんなことを考えていると、ヒロは最後の問題を解いてついにジムリーダーの部屋へと足を踏み入れていた。

 

 

 

――――――――

 

 

 最初以外濡れることなく慎重に問題をクリアしていき、ようやくジムリーダーの部屋、ナギサの元へとたどり着く。

「待ってたよー! ヒロ兄賢いんだね。まさか本当にむずかしいをクリアしてくれるなんて!」

 嬉しそうに言うナギサにいやあの問題は難易度鬼畜すぎるとツッコミたかったがなんだかんだ俺が答えられたし難易度に突っ込むのは野暮だろう。

「んー、本当はね、むずかしいの問題をクリアした時点で私としてはジムバッジあげてもいいんだけど」

 それはあんまり納得いかないでしょ?とまっすぐこちらを見られ、まあ消化不良ではあると頷く。

「だよね。うん、まあここからは延長戦! あんまり肩肘張らずにバトルそのものを楽しもう!」

 俺から一旦離れ、ナギサは指をパチンと鳴らす。照明が一層強くなり、バトルフィールドを照らし出した。

「というわけで! 改めましてようこそ挑戦者!」

 くるりと回ってにっこりと笑うナギサは自信たっぷりに腰に手を当て高らかに宣言する。

「ここまでたどり着いた賢いあなた! 知識は抱えるだけじゃ意味がないってことを実践で証明してあげる!」

 パチンと指を鳴らすとバトルフィールドが変化し、堀のよう囲いができたかと思うと堀というより細い水路のように水が流れ、落ちたら流されてしまいそうだった。そして、フィールドの半分が水場になり、かなりナギサというか水ポケモン有利なフィールドが完成した。

「さあ、ハマビシティジムリーダーのナギサがお相手しますっ! 全身全霊でかかっていらっしゃい!」

 無邪気な少女でありながら、凛としたジムリーダーとして、ナギサは俺の前に立ちふさがる。

 

 モニターに4対6と示され、ナギサがピンクのトリトドンを繰り出して戦いは始まりを告げた。

 

 




●ヒロ
イヴ(リーフィア)♀
チル(チルタリス)♀
グー(マッスグマ)♂
ドーラ(ホイーガ)♂
レン(ルクシオ)♀
エンペルト♂


●ジムリーダー・ナギサ
とんとん(トリトドン) (レベルダウン)
?? (レベルダウン)
?? (レベルダウン)
?? (レベルダウン)


ジムリーダー側の手持ち数は相手を見て変動します。フルメンバーはよほど強いトレーナーのみ。ただしこのフルメンバーを相手がそんなに強くなくてもやるジムリーダーもいます。



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VSジムリーダー・ナギサ


【挿絵表示】
 2017.12.28追加


 

 レンを繰り出すと「ありゃ」とナギサは気の抜けた声を出す。ほとんど同時にボールから出したためこちらが相性不利を引き、しまった、戻すべきかと考えているとナギサが叫ぶ。

「チェンジ!」

 トリトドンがほとんどなにもしないまま退場し、レンも「るくー?」と不思議そうに首を傾げた。

 同時にナギサが出してきたのはサクラビス。

 水路に入り込んだサクラビスは凄まじい早さで撹乱するように泳ぎ回り、レンが困惑したようにきょろきょろと目でサクラビスを追っている。

 そして、自分の失策に気づいた。レンはまだ電気技は近寄らないと当てられないものばかりだということに。フィールドがこちらに不利すぎる。せめてイヴに変えたいが――

「さくら! からをやぶる!」

 泳いでこちらを惑わしつつ、サクラビスは自分を強化していっている。交換している隙に更に能力を上げられたら厄介だ。

「レン! 大丈夫だ、合図したら跳べ!」

 困ったようなレンが一瞬こちら見て、きりっと顔を引き締めてサクラビスの動きを見極める。サクラビスが強化をするならこちらもと、レンはじゅうでんで次の威力を高めた。

 その様子を見たナギサは相変わらずの笑顔だが、少しだけいたずらっぽく微笑み、つま先で床をコツコツとつついた。

「さくら!」

 ナギサが叫ぶとサクラビスは水中から飛び出て、その瞬間を狙ってレンもスパークで突っ込む。

 回避なんてこの距離からできるはずが――

 

「5秒判断に迷ったらその瞬間、流れは決まるんだよ」

 

 もうすぐで当たる、と思ったその時、サクラビスは吸い込まれるようにナギサのボールへと戻っていく。ただ戻るだけでなく、入れ違うようにサメハダーとタッチして、猛スピードでレンへとつじぎりして水路へと突っ込む。激しく水しぶきが飛び、顔にかかるのを庇うように腕を出す。レンは水にぷかぷか浮いて戦闘不能になっており、水路にはサメハダーが捉えきれないスピードで動き回っていた。

「サメハダーのスピードはさっき出した問題でやったね? サクラビスのバトンタッチで能力上昇を引き継いだこの子を止められるかな!」

 まるで問題を出す教師のようにこちらを指差してくるナギサに次出すべきポケモンを思案する。イヴはきっとサメハダーに対応できない。

「いいよ、悩んで悩んで。ケイ兄とかはタイプ相性で殴ればいいって言ったんだろうけど……残念ながら私はそうはいかないよ!」

 おい、ケイ。お前の言ってること、次のジムで通用しなくなったぞどうしてくれんだ。

「バトルは基礎をしっかり、そして応用! これはお勉強だよヒロ兄!」

 冷静になって、考える。もちろん真剣にやるべきだが絶対に勝たないといけない瀬戸際でもない。

 どうせやるなら楽しく、だ。

 何度も考えていたことだが、バトルにおいてゲームのようなことは当然できるがそれにプラスして応用、ようするにポケモンそのものの特徴や訓練による動きをしている。ケイのときもそうだが相手は生き物なんだ。

 時速120キロで動くものが咄嗟に止まることはできるのか。その速度でぶつかってきたらどうなるか。

「ドーラ!」

 相性も、この状況での最適解はドーラだ。

「ペンドラー、ね」

 実は地味に修行で進化していたドーラだがここ数日出番がなかったこともあって張り切っている。

 サクラビスのからをやぶるは防御もダウンしている。サメハダーは元々それほど頑丈ではないので攻めてくると考えたのだろう。

「いいわよ! 乗ってあげる! ジョーズ、アクアジェット!」

「ドーラ!」

 出す前から意図を察してくれたドーラは何も言わずとも準備をしていた。

 フェイントでもない限り攻撃から身を守る技、まもる。

 どう防ぐのか、と聞かれると鉄壁の見えない壁を一瞬だけ発動できる。そんな防御壁に120キロ、いや今は能力上昇で更にスピードアップしているサメハダーが激突したらどうなるか。

 ぶつかった反動でのけぞったサメハダーがフィールドに一瞬倒れ、その隙を逃すまいとドーラに指示を出す。

「ドーラ、むしくい!」

 大技を使うべきか一瞬だけ悩んだがこれで外すと厳しいものがある。堅実にダメージを与えるのが一番だ。だが、やはり能力変化で下がった防御もあり、むしくい一発でサメハダーは目を回し、さめはだもあって少し傷ついたがドーラがほとんど消耗せず倒すことに成功する。

「よくできました! さあ、まだまだ行くよ!」

 サメハダーをボールに戻し、次に出てきたのは最初に出てきたピンクのトリトドン。

「なんでさっき戻したか気になってるんでしょ? いいよ、教えてあげる」

 トリトドンが「ぽあー」と鳴き、ドーラと対峙する。相性でいえば可もなく不可もなくだが――

「ケイ兄もそうだと思うけど、私達はただ勝つことが仕事じゃないの。教え、導く! だから絶対に突破できない難易度を”本来は”しないようにしているの」

 新人への気遣い、実力者だからこその思考と判断。

「あのままヒロ兄が交代させてトリトドンが居座っていたら最後の一匹を出すまでもなく終わっちゃうもん。だから私は問題を仕立て、どう攻略していくか、それが見たい」

 あくまで実力測定なのだ。ただ勝つだけでいいジム戦を工夫しているとナギサは言う。

「今回の1問目はサクラビスとサメハダーへの対応。さて2問目! 削りきれるかな?」

 トリトドンはすばやくない。こちらが変えるべきかドーラに攻撃させるか――いや、相手は変えてくるのも読んでいるかもしれない。一瞬の読み合いだがここまでくると運になる。俺は今は交換させない選択肢を取った。

「ドーラ、てっぺき!」

 トリトドンのがんせきふうじでドーラの動きが鈍るがてっぺきのおかげかさほど大きなダメージにはなっていない。

「む、じゃあこっちはどうかな!」

 続けてのねっとうも耐えるが明らかに変えるように誘導していることに気づいて、イヴを引っ張り出そうとしているのが読めた。だが、変えたら即刻冷凍ビームをしてくるに違いない。だから『あれ』パクるしかない。

「ドーラ! こうそくいどう!」

 ドーラは体を丸めながら素早く動き回り、トリトドンの攻撃を回避する。イオトもそうだが技を応用しての動きの一つで、まるくなるからのころがるを攻撃ではなく回避の手段として用いている。

「そんな逃げてばっかりじゃ勝てないよ! とんとん! 決め――」

「ドーラ! バトンタッチ!」

 近づいてきたトリトドンの目の前で交代し、すぐさま飛び出したイヴのはっぱカッターが直撃。トリトドンは一瞬で体力を持っていかれたのか一発で瀕死となって目を回すこととなった。

「さっそくバトンタッチを使ってくるとはね。これは本格的に気に入っちゃったかも」

 ナギサは驚く様子もなくボールを放ってトリトドンを戻すとサクラビスを繰り出した。

「といっても……さくらじゃそのリーフィアちゃんは厳しいかな」

 ドーラのすばやさと防御があがった状態でのバトンタッチ。能力上昇を引き継いだイヴは水タイプ相手に負ける気がしない。

 サクラビスと撃ち合うこともなく、素早く繰り出されたはっぱカッターでサクラビスも瀕死となり、こちらはレンが倒れた以外はまだ全員元気。これはもう勝ったも同然だろう。

「うんうん。やっぱり相性もあるけどヒロ兄いい感じ! 私は好きだよそういうの!」

 サクラビスを戻し、あと残る一匹がいるであろうボールを手にしたナギサは余裕の色をまだ残していた。イヴもやる気満々だし、こっちはまだ手持ちがほとんど揃っているのだから何が出てきても対応できるだろう。もちろん、最後の一匹だから当然切り札と見て間違いない。油断しなければ――

 

「みるるん!」

 

 ナギサのボールから出たそれは息を呑むような美しさ。そして、圧倒的な迫力がこちらを見下ろしていた。

 

 ――ミロカロス。

 

「み、ミロカロスとか初心者に使うポケモンじゃねーだろ!?」

 レベルを下げてるとはいえ、種族そのものがそもそも強いのだからハンデになっていないと思うんですがそれは。

「最後の問題だよー。この子は私の手持ちの中でも特に賢くて優秀でね。さあ、どうする!」

 ナギサが指示するとミロカロスの周囲に水が発生し、フィールド全体が水に包まれてしまい、足場もなくイヴが溺れてしまう。トレーナーのいる場所はフィールド外。完全に相手の独壇場だ。

 イヴを戻そうとするがその前に冷凍ビームで水ごと凍らされて戦闘不能になり、一番の水タイプへの切り札が封じられてしまう。

 残るはチルとグー、そしてドーラとエンペルト。グーとドーラはそもそも溺れるので無理。となると飛べるチルか泳げるエンペルト。

「チル!」

 飛び上がったチルはミロカロスへと突っ込んでいくがミロカロスはあの図体から想像もできないほどしなやかに動いてチルの攻撃をかわしたかと思うと、そのままチルの翼を冷凍ビームで凍らせて墜落したチルを尾で叩きつける。

 完全に場を持って行かれた。水場であと動けるのはエンペルトだがもうそれでどうにかしなければ勝ち目はない。

 瀕死になったチルをボールへ戻すと最高戦力であるエンペルトを繰り出すと明らかにミロカロスの目つきが変わった。先程までの余裕ある佇まいから一転して警戒するように身を低くしている。

「みるるん! その子には手加減抜き!」

「手加減してくれ!」

 エンペルトは確かに強いけど俺がトレーナーなので手を抜いて欲しい。俺に合わせてレベルを下げてるから気を抜くとやられてしまうのもあるんだろうが。

 エンペルトは一瞬だけ俺を見て仕方ないと言わんばかりの目を向けたかと思うと水中を凄まじい早さで進んでミロカロスも避けられないようにじわじわと追い詰めるようにすれ違いざまにダメージを与えていく。

「みるるん! 氷で動きを止めて!」

 冷凍ビームでエンペルトを捉えようとするがすべて外して、水面がところどころ凍るだけにとどまる。苦肉の策なのか氷の壁を作り出して防ごうとするもエンペルトは両翼でそれを粉砕し、ミロカロスに切迫する。

 取った、と身を乗り出した瞬間、異変に気づいてエンペルトに叫ぶ。

「下がれエンペルト!」

 だが、もう遅かった。

 エンペルトの体が浮き、巨大なたつまきに呑まれていた。

 しかも、たつまきは先程の氷を巻き込んでエンペルトを傷つけるつぶてとなっており、自力で抜け出せないエンペルトは疲弊していた。

「確かに一匹強ければ戦況を覆せるけど、それはトレーナーとポケモンの呼吸が合っていて初めて成立することだから」

 真剣なトーンでナギサは浮き上がったエンペルトを見て、たつまきが消えると同時にミロカロスが尾をしならせる。

「エンペルト。あなたももう野生じゃないんだからもっとトレーナーに頼ろうね。次までの課題」

 優しいが厳しいその言葉と同時にミロカロスのアクアテールで水面に叩きつけられたエンペルトは戦闘不能となり、事実上、俺のポケモンで水上ミロカロスにまともに挑める手持ちは皆無となった。

「こ、降参……」

 完全に詰んだ。溺れるとわかっていて他のメンバーを出すわけにもいかないし諦めよう。絶対に勝たないといけない戦いでもないし。

「はーい! お疲れ様でしたー! フィールドの排水ー!」

 ナギサの合図とともにパネルにLOSEの表示と、フィールドの水がごぽごぽと音を立てて水位が下がっていく。

 完全に水が引くとナギサが挑戦者側へと駆け寄ってきて嬉しそうに微笑んだ。

「よく頑張りました! そんなに落ち込まないでね? みるるん出すのは相当の実力者かむずかしいをクリアした人くらいだから!」

 むずかしいを選んだ時点で俺は詰んでいたのでは? 過ぎたことを言っても仕方ないがミロカロスが規格外なだけでそれ以外は手持ちも頑張ったし仕方ない。

「というわけではい、バッジとわざマシン」

「ああうん……うん?」

 ほい、と軽く渡されたのは錨をモチーフにしたバッジと青いわざマシン。

「……えっ、なんで?」

「あれ、言ってなかったっけ? 別に勝っても負けても私が実力を認めたらバッジ進呈するって」

 確かにバトルの前にむずかしいをクリアした時点であげてもいいみたいなことは言っていたがまさか本当に渡されると思ってなくて理解が追いつかない。

「それにエンペルトが認めたトレーナーさんだもの。さすがにこの海のヌシであるエンペルトが認めたのに私が認めないのは頭が硬すぎるよ! それに、残りの子が溺れないようにって配慮、私は好きだよ。諦めることが悪いみたいに言う人もいるけど状況しだいだもの、そんなの」

 瀕死だったがボールに入れて回復したエンペルトを見るとボールの中で少し拗ねているような気がした。確かに強かったし、エンペルトの動きも悪くなかった。今回は俺とエンペルトの連携がしっかりできてなかったのが敗因だろう。

「だからね、もっと強くなったらまた挑戦してね? その時は私も本気でやるから!」

 屈託のない笑顔は爽やかでとても眩しい。ケイとは違う意味で尊敬に値する人物だと思う。歳下とは思えないほどしっかりしたナギサは俺に手を差し伸べてくる。それを俺は特に何も考えずに手を伸ばすとそのまま肩を寄せてポケフォンをこちらに向ける。

「というわけで! 記念にSNSに写真アップしたいんだけど一緒に撮っていい?」

「え、SNSって……」

「ポケッターでしょー、ポケスタでしょー、まあどっちにもやるけどね! いえーいぴーす!」

 半ば強引にナギサの自撮りに巻き込まれ、自分が困惑したような顔で写っているのが見える。ナギサはそれを撮り直すことなく「久しぶりのジム突破者~」と楽しそうにポケフォンをいじっている。

「あ、そうだ。むずかしいクリアした記念にこれと、あと私の番号渡しとくね。何かあったら連絡してね~」

 そう言って渡されたのはアイテムが大量に入った袋とナギサの連絡先が書かれたメモ。

 アイテムの中身はネットボールとダイブボールが大量。あとはほしのすなとかかいがらのすず、あとなんかしんぴのしずくとか進化アイテムが見えるんだけどこれ結構貴重な代物では?

「あ、あのさー……これきれいなウロコ?」

「そーだよー。ふふふふー、水ポケモンが使う進化アイテムは一通り揃ってるからこれでヒロ兄もレッツ水ポケモン!」

 めちゃくちゃ水ポケモンを推されている。せっかくなのでしんぴのしずくはエンペルトに持たせよう。

「さーて、せっかくだしアクアリウム行くでしょ? 案内するからおいでおいでー!」

 半ば強引に部屋から引っ張り出され、試合を見ていたイオトたちとも合流し、そのままアクアリウムへと向かうこととなった。

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

 

 ――その頃、ポケモンリーグ、四天王たちの会議室。

 

 

「びゃあああああああああああああああ!? ごごぼっ!? ごぼぼぼっ!!」

 

 

「なーによもう、うるさいわよ」

 ポケフォン片手に顔面蒼白のランタが鬱陶しそうに、見てきたリッカの方へとのろのろと緩慢な動きで振り返る。

「……ナギサが……男と写真、撮って……距離が、近……」

「出たわねシスコン」

 アリサが呆れたようにオンバーンの羽を整えているとリッカがランタの画面を覗き込み「あ」と気の抜けた声をあげる。

「これアリサの弟じゃない」

「グギュグバァッ!?」

 アリサがランタに負けず劣らずの奇声をあげ、目にも留まらぬ早さでランタの端末を奪い画面を見るとポケッターの呟き画面を確認する。呟きには「今日の挑戦者さん! 難易度むずかしいをクリアしたんだよ! すごいね~」とツーショットの写真が添えられていた。

「……」

「……」

「あーあ。出会っちゃった」

 シスコンとブラコンの被害者二人が出会ったことにリッカは面白半分、哀れみ半分で二人の様子を見る。しばらく無言で微動だにしない二人だったが突然ゆらりと虚空を見つめて誰へと言うわけでもなく言葉を投げかける。

「今日でアリサは一人っ子になるみたいだけどよくあることだよな」

「知らなかったわ。ランタって実は一人っ子だったのね」

 ランタの目が完全に据わっており、いつの間に手にしたのかわからない包丁を手のひらでくるりと回転させ逆手持ちにし、部屋から出ていこうとする。アリサがそれを首根っこ掴んで阻止したかと思うと反対の手でいつの間にかスタンガンを持って焦点の合わない目でランタに問いかける。

「ねえ、その包丁を持ってどこ行くの? あたしも混ぜなさいよ」

「アリサこそ、そんな物騒なもん持ってどこいくつもりだよはっはー」

 あまりにも知能が低い会話をしている、とリッカは呆れながら優雅に紅茶を飲んでいるフィルへと助けを求める。

「フィル、あの二人どうにかしてよ」

「放っておきなさい。関わるだけ無駄な時間にしかならないよ」

 手持ちのエルフーンと一緒に茶菓子に手を伸ばすフィルは落ち着いており、二人のことがおそらく視界にすら入っていない。

「今日の菓子は美味しいね。リッカもどうだい?」

 リッカはちらりとアリサとランタの方を見る。サイコシスコン&ブラコンを本当に放置していいのだろうかと不安が拭えない。

「ナギサに男なんていらねぇんだよ……! 俺の百の項目に全部オーケーが出るようなやつじゃない限りぜってぇ認めねぇ!」

「ヒロに女の子なんて早いのよ……! ヒロに近づいていい女の子はあたしとあの子だけで十分なんだから!」

「うちの姉に魅力がねぇとでも!?」

「うちの弟の何が不満なのよ!?」

「めーんーどーくーさーいー」

 四天王たちは今日も元気である。ストレスの多い生活だからだろうか、たまにひどく暴走することもあるが。

「そういえば、来週の日程がやたら詰め込んであるようだけど」

 フィルが四天王の4人(と、ほとんど意味をなしていないチャンピオン)のスケジュール表を見ながら首を傾げ、リッカは暴れている二人を尻目にブラウニーをユキメノコと一緒に食べながら答えた。

「向こうのバトルフロンティアの開設記念にジムリーダー対抗戦をやるからこの期間はジムリーダー不在よ。その分こっちが忙しくなるけど前々から決まっていたことだし仕方ないわ」

「ああ、そういえばそうだったね」

 お隣ともいえる地方イドース地方に新しくバトルフロンティアが建設され、お披露目もかねてジムリーダー同士のバトルで客寄せ。普段は見れない別地方のジムリーダーを呼ぶということもあって向こうではそこそこ話題になっているとのことだった

「ジムリーダーたちがいない間は特に気をつけなければならないね」

 それぞれの町を守るジムリーダーが不在の間にレグルス団が何かしてきてもおかしくない。

「……あの子、ちゃんと出るの?」

 二人の間で浮かぶのは元チャンピオンの問題児。だが、フィルは落ち着いた様子で本から目を離さずに言う。

「公の場だからあの子もわきまえるだろうさ。まあ、出てやるから自分を満足させろとは思っているかもしれないけどね」

「何もしないといいわね」

 

 




活動報告にてメインキャラのラフ絵置いてます。なんでも大丈夫な人はもしよければ


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VSランタ

 

 

 アクアリウムに案内されたあとはひたすらナギサの講義つきでエリアで何度も立ち止まり、途中からエミなんかはうんざりした様子で聞き流していた。シアンは楽しそうに聞いていたがイオトも少し疲れた顔をしていたのを見逃さなかった。

 しかも、ナギサがSNSにあげたのを見たのか俺への視線もやたら集まるし正直居づらかった。

 それはそれとしてアクアリウムはとても楽しい施設で、なるほど、盛況なのも頷けると納得したものだ。子供から大人まで楽しめる、勉強にもなる。俺達はできなかったが水上でのバトル講座とかもやっていた。あれは便利そうだ。俺はマリルリさんに引っ張られてもう感覚で覚えたし。

 途中でシアンのクルマユが流されかけたりマリルリさんがショーのステージでアクアリウムのポケモンより目立ったりとちょっとしたトラブルはあったものの総合的に言えば楽しいまま終わり、明日には発つことをナギサに伝えると少しだけ寂しそうだが笑顔で「また来てね? 約束!」とかわいらしい様子で見送ってくれる。

 本音を言うとこのホテルを何日も利用するの申し訳ないのもあるのだがわざわざ宿泊先を変えるとそれはそれで気を使ってるみたいなのでまたの機会にしよう。

 

 

 

――――――――

 

 

 そして朝食を終え、出立の準備を整えている最中にシアンが部屋の扉をノックする。

「ヒロくーん。えっちゃんいますー?」

「あー、今いないけど?」

 エミとイオトはなんか回復薬とか旅の必需品を買い足しに行っており、今は俺しかこの部屋にいない。

「あちゃー。お買い物一緒にいこうと思ったですが先に行っちゃったですかー」

 部屋に入ってきたシアンはクルマユを頭に乗せて少し残念そうだが「まあたいしたものじゃないですしいいけどです」と呟く。

 すると、部屋の電話が鳴り響き、こんな時間になんだろうと取ってみると落ち着いたスタッフの声が聞こえてくる。

『失礼します。お客様をお探しの方がロビーにお見えになっています』

 言い方からしてナギサやガンエさんではなさそうだが少なくとも向こうはこちらを知っているので全く知らない相手でもなさそうだ。

 誰だろう、とシアンと二人で首を傾げながらロビーへと向かい、示された場所へと向かうと明らかに目立つ人物が壁に寄りかかって待っているような様子なのがわかる。

 ただ、その人物が異様に目立っているのには理由がある。

 まず、サングラスをかけており、口にこう、白い棒状の何かをくわえている。言ってしまえばガラが悪い。服装も今時の若者という感じで派手ではないが着崩したような印象である。

 このホテルに宿泊している人がそこそこ金持ちだったりいわゆる上流階級みたいなイメージがあるせいかものすごく浮いていた。

「あの人……です?」

「あれ……だろうなぁ……」

 柱の陰からシアンとその人物を観察していると気づいたのかこちらを向いたその人物が露骨に舌打ちし、早足で近づいてきた。

「おい、待たせてんじゃねぇ」

「ど、どちらさまでしょうか……」

 全く知らない人物なのに一方的に知られていることもあって不安しかない。その男はサングラスを外すと鬱陶しそうにそれを服の胸元にひっかける。

「顔見てもわかんねぇのか」

 改めて顔を見るとこう、特別特徴的というわけではないが平均より少し上くらいの顔立ちだが見覚えがあるようなないような……?

「し、四天王のランタさんです……?」

 シアンが控えめに聞くと「そうだよ」と不機嫌そうに返事し、四天王の顔をろくに覚えていない自分が非常識と思われてないか少し不安になった。

「あ、姉がいつもお世話になってます……?」

「あぁ?」

 なぜか睨まれるし、顔つきからして自分より幼いように見えるのに迫力があって少し怖い。

 顔立ちそのものはナギサととても良く似ているというかほとんど同じ顔だ。表情でだいぶ印象が違うためか最初は気づかなかったが。

というかタバコに見えた白い棒はよく見るとただの棒付き飴だ。紛らわしいことしないでほしい。

「いい加減じろじろ見てんじゃねーよ。蹴っ飛ばすぞ」

「あのー……どういったご用件で……」

「喧嘩売りに来たならボクも相手するですよ!」

 俺の後ろでシュッシュッとシャドーボクシングするのやめろシアン。せめてやるなら俺に隠れながらじゃなくてかばってくれ。

「てめー、人の姉貴にちょっかいかけてんじゃねーぞ!」

「身に覚えが全くない!」

 身に覚えのない罪で怒鳴られてる。イヴが威嚇するように足元で唸っているしシアンのクルマユも講義するようにぱたぱたと葉っぱをはためかせる。

「姉貴のことを覚えてないとかてめーはド低能かよ!」

「え、ていうか真面目に姉貴って……あ、いや、もしかして……」

 へらへらと笑うナギサが頭に浮かび、次いでこの人相の悪いチャラ男のランタがそれに並ぶ。こう、雰囲気はぜんぜん違うがよく似た二人はつまり――

「ナギサにちょっかいかける男は全員俺がぶっ飛ばす! ナギサの魅力がわからねぇ男もぶっ飛ばす!」

 この人理不尽すぎる。

 あれ、でもなんでだろう。初めてなのにすごく既視感ある。

「むきー! 黙って聞いてりゃいきなり出てきてなんです! ヒロくんは確かに地味だしまだ新米だし甲斐性もまだまだですが――」

 シアンの援護なんだか傷口をえぐってんだかよくわからないフォローに涙出てくる。うるせぇ地味って言うな。

「ナギサちゃんが彼氏できない理由はおめぇですね! ヒロ君に喧嘩売ってるついでですよ! ボクも相手になってやらぁ!」

「上等だ表出ろモモン頭!」

 イオト、エミ。助けて。

 しかし助けはくるはずもなく、ホテルの外のビーチで俺とシアンが並び、向かいにランタが経って2対1のバトルの構えだ。

「ヒロくん。四天王ランタって言えば炎使いですよ。エンペルトとかがおすすめですよ」

「お前どうすんの?」

 シアンの手持ちに水タイプや地面タイプはいない。相性はあまりよくないがどうするつもりなんだろうか。

「ゴリ押すですよ!」

「それはなんも考えてないってことなんだな。わかった」

「おい、さっさとはじめんぞ」

 若干苛立ったランタが急かし、非公式とはいえ四天王を相手にする緊張に生唾を飲み込む。

 少なくとも姉と同レベルの相手。緊張するなという方が無理だ。

 手持ちが互いに全滅すればその時点で負け。俺は6匹シアンは4匹。向こうは6匹なのでかなりこちらが有利だ。

 が、どうせうまくいかないことなんてわかりきっている。

 恐らく相手に攻撃する隙を与えた時点で負けだ。

「エンペル――」

「パルス」

 繰り出したエンペルトに指示を出そうとした時点で異変に気づき言葉が途切れる。

 バチバチと激しい電撃の後にエンペルトは倒れ、シアンの出したカモネギも倒れて目を回している。

 

「そら、やってみせろよ弟くん?」

 

 ランタの前にいたそれはバクーダとヒートロトムだった。

「ロトム!?」

「へぇー、ロトム知ってるとか博識だな」

 やべぇ、またボロ出しかけた。

「まあ、知ってたところで対応できるかは別だけどな?」

 つーかあれほぼ電気タイプだろ、ずるい。

 シアンは次にミミロップを繰り出して俺もグーを繰り出す。

「グー、どろあそび!」

「ミミこ、ピヨピヨパンチ!」

 先程のはおそらくほうでん。バクーダに効かないであろうから連発してくる可能性が高く、電気の威力を下げるておく。ミミロップがピヨピヨパンチを当てたはいいがこんらんにはなっておらず、勝ち誇った顔でランタは言う。

「ナギサに認められたって言うからどんなもんかと思ったらたいしたことねーのな。ジム巡りしてるらしいけど――」

 すっと、手を掲げたかと思うとナギサを彷彿させる穏やかな笑顔で呟いた。

 

「四天王じゃない俺に勝てねぇならあの人に勝てねぇよ」

 

 次の瞬間、バクーダが砂嵐を巻き起こしたかと思うと視界が覆われるほどの砂煙。風の音で聞こえづらいもののボールの音がして、ようやく収まったかと思うとロトムが消えてバクーダとすなあらしだけが残った。ビーチは平らではなく山のように砂が積もっていたり平坦ではなくなったが互いの位置は見えるような即席のバトルフィールドだ。

「お前ら俺のことを炎使いだと思ってるだろ? そうだな。四天王の俺はそうだ。だが今の俺はただのランタとしてここにいる。思い込みは敗北に片足突っ込んでるようなもんだ」

 かざした手を振り下ろすと警戒するグーとミミロップの足元が流砂のように渦巻いて慌てて下がろうとするももう遅く、そこにはシロデスナが二匹を捕らえていた。

 シロデスナはゴーストじめん。炎一切関係ねぇとかそんなこと考える前に二匹は目を回して即座に瀕死となる。

 ビーチでシロデスナとか独壇場でしかない。勝てる気が一切しないどころかマジで一匹も倒せないまま終わりかねなかった。

「ずりーですよ! 地形的にそっちが有利じゃねーですか!」

「はぁ? 自陣を有利にするなんてバトルの常識だろ?」

 シアンも言い返せないのかむぎぎぎと唸りながらクルマユを繰り出し、俺もイヴを出す。

 さすがに一回奇襲したのだから二回も同じことをするのは芸がない。

「イヴ、ギガドレイン!」

「クルみ、はっぱカッター!」

 俺とシアンどちらもシロデスナ狙い。はっぱカッターはバクーダにあたりそうだが距離的に怪しい。

「ははっ、痛い痛い。ザサンド、すなあつめ」

 多少なりとも削られたはずのシロデスナはすなあらしもあってか即座に回復し、もう勝てるビジョンが正直見えない。なんだこの無理ゲー。

「うぎぎぎぎぎぎぎぎ!」

 悔しそうに歯を食いしばるシアンを見てランタはけらけらと笑っている。余裕しかない態度に俺まで苛ついてきた。

「それにこっちはザサンドだけじゃないぜ? チャーリー」

 バクーダがふんかでこちらを徹底的に潰しに来る。攻守ともに遠慮も容赦もないランタは本当にナギサの弟なんだろうか。

 シアンにとっては最後の一匹であるワカシャモ。そして俺はチルを出して攻撃しようとしたその時――

「ひでぶぁっ!?」

 ランタが突如として横から突進してきたサメハダーにふっ飛ばされて俺達の視界から遠のいていく。えぇ、と呆れながらそれを見ているとフィールドにも乱入者が現れる。

 

「はいスト――――ップ!」

 

 両者の間に割って入ったミロカロスによって戦いは中断され、サメハダーに突進されたランタが焦ったように叫ぶ。

「まっ、なんでわかっ」

「私のテリトリーで派手にバトルすればすぐにわかるに決まってるでしょ!!」

 怒った様子のナギサがビーチに降り立ち、サメハダーに甘噛みされているランタに詰め寄る。

「いきなり帰ってきたと思ったら人様に何喧嘩売ってるの? ねえ、しかもあなた四天王なのにどうして力量差も考えず初心者狩りみたいなことしてるの? ねえ、なんで? 負けろとは言わないけど限度ってものがあるでしょう!?」

「ち、違うんだ! 俺はナギサに寄り付く悪い虫を退治しようと――」

 その瞬間、氷タイプでも出たのかと思うほどに寒気がし、ナギサの目が尋常じゃないほど虚無をたたえていた。

「……ねえ、ランタ。私ね、何度言ってもわかってくれないような、物分りが悪い子は嫌い」

 ぞっとするほど低い声。ナギサのかわいらしさは鳴りを潜め、恐ろしさしかなかった。

「ご、ごめんなさい……」

「ほら二人にも謝って! ごめんね二人共! うちの愚弟が……」

「あ、いや……別に……」

「なんかおごったら許してやるですよ」

 シアンに言われてナギサがランタのケツをひっぱたくと近くのトロピカルジュースを買いにいかされ、ビーチを元通りにしようとナギサのポケモンが数匹飛び出して砂を平らにしていく。

「本当にごめんね……ちょっとランタってアホだから……」

「いきなりびっくりしたけどまあ、いい経験だったよ……」

 四天王の強さ。ケイやナギサも強かったが二人はまだ本気ではないこともあって実力者の本気は初めて実感したのだ。レベルを上げるだけじゃ勝てない。そんな現実を改めて思い知る。

「つーか炎タイプ使いだと思ってたら思い切り裏切られたですよ」

「ランタはそもそも水タイプ使いだよ?」

 えっ、と屋台に並ぶランタを見るとまだサメハダーに甘噛みされている。

「というかジョーズ……ああ、あのサメハダーね。ランタのポケモンなのよ。私が今預かってるけど」

「あいつだけニックネームのつけかた違うもんな……」

 とんとんだのさくらだのに並んでジョーズとかだいぶ浮いていたので地味に気になっていたのだ。ランタの名付け方だとしっくりくる。

「昔はねー、遠くの地方にいる双子ジムリーダーに憧れて、私達も双子だしって理由で一緒に二人で一人のジムリーダーを目指したんだけど、試験受けたらどっちかだけって言われちゃって。それで、強かった方のランタがって流れだったんだけどランタ怒っちゃってね。辞退して私がそのままジムリーダーになったの」

 ダブルバトルのジムリーダーといえばフウとランみたいなのがゲームにもいたもんな。だがそれが駄目だったとは何かあるんだろうか。

「なんで二人じゃだめだったです?」

「予算の都合だって。大人になったらわかるけど昔はそんなの全然納得できなくてねー。ランタはそのまま四天王になって私はジムリーダー。それ以来あんまり帰ってこないしちょっと心配なんだけど……」

 さっきとは違う、純粋に弟を心配する姉の穏やかな目は帰ってきたランタによって再び曇る。

「お前、姉貴に変なこと言ってねぇだろうな!?」

 トロピカルジュース両手にキャンキャン吠えるランタからジュースを奪い、俺達に渡したナギサはそのままランタの肩を掴み、流れるようにアームロックを決めて「あだだだだだだだ!?」と叫ぶランタにナギサは言う。

「いい加減姉離れしてほしいんだよな~。帰ってこいとは言うけど人の付き合いにとやかく言うのはやめてほしいんだよね~。なんでわかってくれないのかなぁ~」

「ギブ! ギブギブギブ! 折れる! マジで折れるから!」

 微笑ましい姉弟喧嘩を見守りながらトロピカルジュースをちゅーっと吸い、残りはイヴにあげると喜んで飲み干していた。げふぅ、とイヴが満足したところでナギサのお仕置きも終わり、息絶え絶えのランタはよろよろと立ち上がって呟く。

「まったく……時間あるから潰しにきただけなのにとんだ目にあったぜ……」

「え? 他に用事あったの?」

「あるに決まってるだろ! 俺がただ喧嘩売りにきただけだと思ってんの?」

「うん」

 姉からの信頼0かよ。

 迷いなく言い切ったナギサに「俺そんなに信用ないの……?」と少しだけ落胆しつつも、どこからか封筒を取り出してナギサに手渡した。

「まずはこれ。今度のジムリーダー対抗戦での日程表の最新版。郵送でもよかったけど俺がついでに持ってくってことで、ほい」

「ああ、そういえばそうだったわね。ありがとう」

「ジムリーダー対抗戦?」

 なんか聞いたことあるようなないような。

「イドース地方で両地方のジムリーダーの対抗戦をするのよ。新しい施設のデモンストレーションか何かで。確かテレビ中継もあるんだよね」

「そーそー。で、俺らはこっちに残ってジムリーダー不在の間しっかり仕事するってことで……まあもう一つの案件」

 ランタは少しだけ言葉を濁し「あの馬鹿マジでどこにいやがる……ここにいるってタレコミはデマかよ……」と半分くらい聞こえない声で呟いて頭を掻く。

「あー……ナギサ、チャンピオン見てねぇか?」

「チャンピオンさん? 私そもそも会ったことないからなぁ……」

 ジムリーダーすら会ったことないのかよチャンピオン。

 シアンが飲み終わったトロピカルジュースの入れ物をぐしゃぐしゃと潰しながら「偉い人は大変ですねぇ」と俺に言い、ナギサとランタの会話を見守る。

「せめてチャンピオンさんの特徴教えてくれないの?」

「あー……口外厳禁って契約でさ……うーん……強いて言うならすっげー目つき悪い」

「うーん、それだけじゃわからないかなぁ。ごめん」

「いや、しょうがないよ。こっちも言えないのが悪いし。てか会ったことあるって勘違いしてたわ」

 さっきのノリとはかけ離れた穏やかなやり取りになんというか、喧嘩してもすぐに忘れるところが姉弟だなぁとしみじみ思う。

「とりあえずやることやったし俺は戻るわ。……ほんっとうにそいつ違う?」

 俺を指差したランタの指をへし折りかねない勢いで曲げようとするナギサは「いい加減にして」と威圧してランタを黙らせ、ファイアローで飛び去っていくのを見守りながら嵐のような突撃訪問は終わった。

「二人とも迷惑かけてごめんね」

「ナギサちゃんが謝ることじゃねぇですよ。ナギサちゃんも変な勘違いされてかわいそうに」

「俺は? 俺も勘違いされた側なんだけど」

 シアンってこういうとき俺に厳しい。

「え、あ……勘違いされてもいいかなーって……なんて」

 ちょっと照れたようなナギサの様子にうっかり調子に乗らない男とはホモだと思う。

 いや、嬉しいんだけどまあほら、それこそ勘違い野郎になりかねないので何も言えないがそれ以上に誰かを思い浮かべてしまってそういう対象としては見れない。

「じゃ、じゃあ私は戻るね! 今の気にしないでいいから!」

 顔をまだ少しだけ赤くしたナギサが去って、残された俺とシアンはぽつんと砂浜で取り残されてホテルに戻るかとため息をつく。

「モテる男はつらいです?」

「辛いっていうかなんか乗り気になれない自分が嫌だ」

 どうしてこんなにも何か引っかかったようにかわいい子を見ても惹かれないんだろうか。

 やっぱり夢のあの少女のせいなのかもしれない

 

 

 

 

――――――――

 

 ホテルに戻るとイオトとエミが戻ってきてもう旅立てる準備を済ませていた。

「あれ、どこいってたの?」

「いやーちょっと絡まれてた」

 間違ってない。

「で、次はレンガノシティだっけ?」

 次の目的地であるレンガノシティはそれほど遠くない。ここハマビシティとの間にほかの町もないので一直線で向かうつもりだった。

「じゃあ森を抜ける感じか」

 イオトが地図を確認しながらこことレンガノの間にある森を見て少し複雑そうな顔をする。

「どうかしたのか?」

「いや……なんかここあったような……気のせいか」

 煮え切らない様子だが思い出せそうにもないので放っておく。準備万端。

 次の目的地レンガノへどれくらいでたどり着くかはわからないがまあのんびりとレベル上げしつつ向かうとしよう。

 

 こうして、ハマビシティをあとにした俺たちはこのあとレンガノシティで起こる出来事が一つの節目になるということをまだ知らなかった。

 

 

 




ランタの手持ちは洋画にちなむニックネームが多いです。今更だけどホラー系(?)とかパニック系ばっかだなこの話のメンツ。カクレオンとかいたらインビジブルとかつけたかもしれない。インビジブル好きだよ。
・ジョーズ(そのまんま)
・パルス(パルスショック)
・ザサンド(ザ・サンド)


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お屋敷ラプソディ1

ちょっとだけホラー要素が数話続きます


 

 レンガノシティへと向かう途中、俺達は――完全に迷っていた。

 

「ここさっきも通ったよな……」

 木につけた印を見るのはもう3度目になる。

 疲れ果てた俺たちは進めど全く抜けられない森の中で頭を抱えていた。

「ていうかこの森、野生のポケモンが挑んでくるならともかく遠くからめっちゃ見張られてるみたいでこえーんだけど」

 そしてさっきからずっとシアンが黙っており、いつもならうるさいシアンが静かなのもあって心配になってくる。

「シアン、大丈夫か?」

「だっ、だいじょうぶれふよ!」

 もしかして怖いんだろうか。

「ぜんぜん! へいきでしゅが! 手をつないでほしいですよ!」

「平気じゃねえだろ」

 仕方なく手を繋いでやると反対側はエミの手っていうか袖をつかんで横一列で3人並ぶアホな光景ができあがる。イオトは苦笑しながらそれを後ろから見ていた。

「んー、これ本当にどうする? 空飛んで脱出したほうが早い?」

 できるとは思うけど木がやけに高いところまで伸びているどころか葉や枝が組み合って光を完全に遮断している。

 どうしたものかと悩んでいると激しい雨が降り始め、慌てて雨を凌げそうな場所を探すがちょうどいい洞窟とかは見当たらない。

「あれ、あそこ明るくない?」

 エミが何かに気づいて袖で示すと、そこにはオレンジ色の明かりが漏れた洋館だった。

「あそこで雨宿りさせてもらうか」

 シアンもさすがにずぶ濡れで嫌だとはいえないのかおとなしくうなずいで洋館へと駆け寄る。

 イオトが代表でノックするとしばらくして落ち着いた雰囲気の女性が顔を覗かせる。髪をアップにしてきちりと身だしなみを整えた女中さんといったところだろうか。

「どうかされましたか?」

「森を抜けてレンガノシティへ向かおうとしたら迷ってしまったんですけどこの雨で……。しばらく雨宿りさせてもらえませんか?」

 イオトの外面気持ち悪い。

 それはさておき女中さんは嫌な顔ひとつせず「それは大変でしたね……どうぞ」と中へ入れてくれる。

 中はそれほど華美ではないものの整えられた屋敷で、明かりも落ち着いた色で暖かみを感じた。

「ちなみにここの主人の方は……」

「旦那様は旅の方からお話を聞くのが大好きでして。恐らく問題ないかと。客室がございますのでまずそちらにご案内しますね。雨もしばらくは止まないでしょうし今日はお泊りになってください」

 二階の客室に案内され、全員別室を提案した女中さんだがシアンがなぜかびびって全員一緒がいいと言い出した。

「あら……年頃のお嬢さんですが……よろしいのですか?」

「絶対今夜は一緒がいいです! お願いしますですよぉ!」

 俺とエミの腕を放さないシアンに呆れつつもまあどうせ間違いとかあるはずないしいいかと開き直って「じゃあ全員一緒で」と答えると薄く微笑んだ女中さんが「かしこまりました。仲良しなのですね」と大部屋へと案内してくれる。

 通された大部屋にベッドが4つ。女中さんは旦那様とやらに報告とお風呂の準備をするとのことで一旦去っていった。

「シアン、今日は特に変だな」

 いつもうるさいしズレてるしわがままマイペースなことが多いが今日はやけに一緒部屋にこだわったしあからさまに変だと感じる。

「うぅ……なんか嫌な予感がするですよ……怖いですよ……こう、夜になったら一人一人消えていく系のホラー映画を思い出すですよ……」

「シアンってもしかして怖いの無理なのか?」

 ずぶ濡れで男性陣が着替える中、シアンは背を向けてベッドに体育座りで縮こまり「オバケはだめですよ……」と小さく呟いた。

「シアンもかわいいところあるんだな」

「うるせえですよ! オバケがちょっと苦手なだけでゴーストタイプは殴れるからオッケーですし!」

 お前の基準は殴れるか殴れないかの差なんだな。

「ボクも着替えてぇですからみんな後ろ向いててほしいですよ」

 誰も見たがらないので全員そっと背を向け、洋館のことについてぼそぼそと話し始める。

「ていうか地図にこんな洋館あるってあった?」

「個人邸宅とかなら別に載らないだろ」

「それもそうだけど結構でかい洋館なのになんもないってのも不思議だな」

 一種の名物みたいなものになっていてもおかしくない。といっても俺らだってこの辺に詳しくはないので勝手な憶測の域を出ない。

「着替えたで――」

 突如、シアンが言葉を失い直後に「びゃあああああああ!」と叫びながらエミにしがみついて半泣きで喚いた。

「窓に! 窓に!」

 落ち着け。

 示した窓にイオトが寄ってみるが「何もいないけど」と冷静に言われてシアンも少しだけ落ち着き「いや、でも……き、気のせいですか……?」と自信なさげに窓を見る。

 窓には雨が当たって水滴が流れ落ちている。

 雨風が強いせいでなにかと見間違えたのかもしれない。

「そんなびびんなよ」

 警戒の解けないシアンはエミにしがみついておりエミが「ちょっと動きづらいから離れて」と講義するがきいちゃいない。

「ぜっっっったい一人にしねぇでくれです!」

「はいはい……」

 そんなこんなしてると女中さんが風呂の準備ができたと案内してくれるがさすがに4人で入るわけにもいかないので風呂の外でシアンが一人待つことになり、ここでまた駄々をこねたシアンと格闘するハメになる。

「一人にしないでですぅぁあああああああ」

「ちょっとくらい我慢しろ!」

「せめて一人残ってですよぉおおおおお」

「風呂借りてんのにちんたらやるほうがもうしわけないだろ!」

 ものすごく嫌がっているがどうにかシアンを説き伏せてイオトがマリルリさんを、エミがウインディを、俺がイヴを残して先に風呂に入ることになった。少なくともマリルリさんがいるだけで過剰戦力だろうし。

「まったく……そんな怖がることか?」

「あれでも一応女の子ってことじゃない?」

 女の、子……? よくわかんねぇです口調の筋肉フェチが女の子かと言われると疑問符しか出ない。

 風呂場は公共の施設ほどではないが一邸宅としてならそこそこ広く、3人で入っても余裕がある。

 相変わらず外は大雨。窓に雨粒がぶつかる音がしてシアンではないが少々びくっとしてしまう。

「森が不気味だったしシアンがびびるのもわかるけど屋内でそんな――」

 

「ぴょあああああああああああああああああああああああああ」

 

 突如、シアンの絶叫が聞こえてきて慌てて風呂場の外で待つシアンの元へ駆けるとウインディにしがみついているシアンが物陰に隠れるように半泣きになっていた。

「ど、どうした?」

「絵がぁ……絵がぁ……」

 廊下に飾ってある絵を指差す。その絵は肖像画のようで男性が座っている様子が描かれている。

「目が……目が……」

 断片的な情報だけでさっぱりわからない。

 一応エミが絵を見てみるがなんの変哲もない絵画だ。

「目が動いてこっちを見てきたですよぉ!」

 ようやく喋れるようになったシアンが慌てて出てきたため半裸の俺にすがる。足元で首をかしげるイヴの様子から本当に動いたのかは怪しい。

「見間違いだろ」

「マリルリさん見た?」

 イオトもマリルリさんに尋ねるが「まーり?」と首を傾げており恐らくその現場を見ていないようだ。

「まったく……びびりすぎだって。もうちょっとであがるからおとなしく待ってろって」

 さすがにこう何度も勘違いで騒がれてはこちらも疲れる。

「ウインディ。シアンに優しくしてやって」

 エミはウインディにそう言って風呂へ戻っていく。ウインディは渋々だが頷いてシアンに肉球を差し出す。お前の優しくはそれなんだな。

 まだ半泣きのシアンを置いて風呂に戻り、とりあえずさっさと済ませて風呂から出て半泣きのシアンを風呂へと押し込めて風呂場の外でぼけっと待ちながらシアンを待つ。

 ポケモンたちと入ってるし身の危険はないだろう。ただし――

 

「みゃあああああああああああああああああ」

 

 あいつのびびりがなくなるとは限らないんだよな。

 とはいえさっきみたいに俺らが風呂に突入するわけにもいかないしなぁ。

 エミとイオトもどうする?と見てきて3人で見つめ合いながら考えていると「はやぐきてですよぉ゛!」と泣き叫ぶ声がしたので渋々中へと入る。

「湯船に何かいたですよぉ……」

 一応タオルを巻いているからセーフということにしておこう。

 水で濡れたウインディにしがみつきながらシアンが湯船を指差すが当たり前のように何もいない。

「あのなぁ……お前いい加減に」

 呆れてものも言えないと思ったその時、窓の外の何かと視線が合う。

 

 ぎょろりとこちらを見て窓に手をついてじっと見ている何か。俺以外は気づいていないのか蹲っているシアンを見ておりポケモンたちもわざわざ窓の方を見ていない。

 

「外――」

 声に出した途端、窓の外の何かは消え、ん?とイオトが窓の方を見るが当然何もいないそこを見て苦笑する。

「なんだお前までびびってんのかー?」

「いや……外になんか……」

「シアンじゃないんだからさー」

 エミもからかうように言い、とりあえずシアンを置いて外に出ることにするが先程の視線が気になって冷静でいられない。

「ヒロー?」

 エミが肩をたたいてくるだけで思わずびくりとしてしまい、からかわれるように笑われる。

「なんだほんとにびびってんの? シアンと仲良くビビリコンビ結成かな~?」

「やめろよそういうの」

 さっきの視線が人間とかでも恐ろしいがもし人間ではない何かだと思うとぞっとする。

 数分して、シアンが出て来るが風呂上がりだと思えないほどびびって震えている。シアンの気持ちが少しわかったのであまり雑に扱えなくなってきた。

「とりあえずご飯行こうか。女中さんが食堂で待ってるってさ」

 エミは既に腹が減ったと待っている間もぼやいていたので食事が待ち遠しいのだろう。

 シアンは今度は俺にしがみついて歩くがイヴもクルマユも大丈夫?と心配こそしても恐怖体験をしてないのでどこか他人事だ。

 食堂につくと古めかしい雰囲気の広めの部屋の中心に長いテーブルがあり、真っ白なテーブルクロスが敷かれ、その上に豪華な食事が並んでいた。

 テーブルの一番奥に座る細身の中年男性は俺達を見て鷹揚に笑う。

「おお、旅の方々。ささやかですがもてなしの席を用意させました。旅の疲れをどうか癒やしてください」

 人の良い笑顔で席へと誘導され、俺たち四人が並んで座ると女中さんがスープを運んできてくれる。

 ふと、窓にバンッと強く木の枝でも当たるような音がしてシアンがびびって頭を抱える。主人であろう男はおや、と不思議そうな顔をした。

「どうかされましたか?」

「いや、この子ちょっと怖がりなだけで」

 イオトが笑いながら茶化して主人に言うと顎に手をやったその人は上品な声で言った。

 

「では少し明るくなるような話をしましょうか」

 

 ――主人は語り始める。

 

 昔々、ジラーチのことを研究する男がいました。

 男はジラーチの願いを叶える力を人々のために利用できないかと考え、ジラーチを目覚めさせるために様々な地に赴き、ジラーチの居場所を探し求めます。

 男には妻と娘がおり、娘のことをたいそうかわいがっていました。しかし、研究にばかりかまけて娘に構うことがほとんどありません。

 ある日、ジラーチを目覚めさせるために必要な歌を知り、試してみますが効果はなく、諦めてこの地を去ろうとしましたが、娘が歌うとジラーチが繭から目覚め、娘と友達になったのです。

 男は悩みました。ジラーチを利用するつもりが娘と仲良くなり、彼の良心が研究をするべきだという気持ちを押さえ込んでしまいました。

 だが本来千年周期で目覚めるジラーチを中途半端に起こしてしまったのもあり、ジラーチは本来の力を発揮できず、娘はジラーチのためにもきちんと眠らせてあげるべきだと提案します。

 娘を何よりも大切にしていた男はジラーチの研究を諦め、ジラーチを再び眠らせることにします。

 

 そして、ジラーチは最後に自分の願いをテレパシーで告げたのです。

 

『君が幸せな人生を歩めますように。願われるだけのぼくが初めて願った、友情の証だよ』

 

 どうか幸せに。二度と会えないのがわかっているからこその願い。せめて幸せに過ごせるようにと願われる存在の願いは叶えられるかはわからないけれど、娘は笑顔でジラーチを見送ります。

 

『おやすみなさい』

 

 その後、男は研究を辞め、妻と娘とともに静かに、幸せに暮らすことにしましたとさ。

 

 

 

 

 言ってしまえば子供向けの絵本のような話だ。

 シアンはさっきまでびびっていたにも関わらず「おお……」とちょっと感動している。お前の感受性の高さは羨ましいよ。

「……なんで娘が歌ったらジラーチは目覚めたんだ?」

 エミが不思議そうに呟き、口元を袖で隠す。

「娘が歌ったのは男が知っている歌詞とは違ったんだよ。言い伝えにある歌詞が間違っていたのか、意図して間違った歌詞を伝えたのかはわからないが娘の間違いが偶然の出会いを引き起こしたってことだろう」

 その返しに、エミは「へぇ……」と呟いて食事を続ける。

 一方イオトは「ジラーチとかマジでいるのかねぇ」と他人事のように呟く。

「ジラーチがいたらボクは素敵なマッスルイケメンと出会えるようにって願いてぇですよ」

「お前のそこはブレないんだな」

 ちょっといつものシアンに戻って安心した。しかしジラーチかぁ。

 もしいたとして、願いが叶うと言われてもぱっと願いが浮かばない気がする。シアンみたいに出会いを求めるわけでもないし、自分の夢は自分で叶えたいし。

 少しだけ元気になったシアンはさっきよりそんなにびびらなくなったのか穏やかに食事を終え、さっさと寝てしまおうと部屋へと戻る。

 4つベッドがあるのだがシアンがそれを動かしてむりやり4つ繋げた形になり、シアンはその真ん中を陣取った。

「これで安心ですよ!」

「俺ら一応男なんだけどそれでいいのかお前は」

 俺らへの警戒心皆無かよ。

 まあ間にポケモンも挟むから間違いとか起こらないとは思うがこう、いいんだろうかという気持ちはある。

「今一人で寝るくらいなら開き直ってみんなで寝たほうがマシですよ!」

 まあ、うん……もういいや。

 結局、エミ、シアン、俺、イオトの順番で合体させたベッドで寝ることになり、マリルリさんやクルマユ、イヴとかグーとかパチリスなどの小さめのポケモンたちも交えて明かりを消して「おやすみ」と声をかけて目を閉じた。

 

 強い雨風の音が止まないまま、無防備に眠る俺たちを見つめる何かがいることに気づかないまま。

 

 

 

 




本当は夏のうちに書きたかった話なのは内緒だ。


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お屋敷ラプソディ2

 

「ヒロ君、ヒロ君」

 揺すられて無理やり起こされると不安そうなシアンがこちらを見下ろしていた。

「一緒にトイレにいってくれですよ……」

「エミにでも頼んで……」

 正直眠い。

 葉っぱの香りがするイヴを抱きながら寝ると落ち着く。イヴも「ふぃー……」と安らかな寝顔でたまに俺の腕にくっついてくる。

「えっちゃんがいないですよ。お願いですよ……」

「はー……」

 断りきれないのもあって渋々一緒に部屋を出ようとするがイヴとマリルリさんも今のやりとりで起きたのか一緒についてきてくれる。ちなみにシアンのカモネギは半ば無理やり連れ出されていた。

 この時、なぜエミがいないのかを二人して深く考えていなかったことがそもそもおかしいのだが気づかないままトイレへと向かう。

 トイレの外で眠気に襲われつつもシアンが用を足すのを待ち、眠そうにあくびするイヴを撫でているとシアンが声をかけてくる。

「絶対置いてかないでですよ!」

「わーってるって」

「大変だね」

 ねぎらいの言葉に「まあ仕方ねーけど」と返す。

 まったく、大変だと思うなら一人で頑張って欲しいものだ。

 

「……ヒロ君、誰と喋ってるですか?」

 

 シアンの声に眠気が一瞬で吹っ飛び振り返ると廊下の奥に人影が見えた。

 まるで果てのないように見える廊下。そこに浮かび上がるモヤのような人影。

 シアンが慌ててトイレから飛び出してきてもその人影は消えることなく、シアンが涙目で俺にくっついてくる。

「やっぱりなんかいるですよ! いるですよぉぉおおおお!」

 胸倉掴まれてがくがくと揺さぶられる。落ち着け。気持ちはわかるが落ち着け。

 イヴは困惑しているが敵意を見せていないのでどうすればいいのかわからないのもある。マリルリさんは「おっ、殺るか?」みたいに構えているが。マリルリさん一匹いるだけで安心感が違いすぎる。

 すると、俺とシアン、どちらとも背後から引っ張られたような感覚がして凍りつく。

 

 恐る恐るゆっくりと振り返るとそこには顔の皮膚が焼けただれた男がいた。

 

「うわあああああああああああ!?」

「びゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 俺もシアンもびっくりして男を振り払って逃げ出し、マリルリさんも俺たちを追いかけるように並走する。イヴは目をぐるぐるにしてびびっておりカモネギは気絶してシアンに抱かれていた。

 完全に泣きながら全力で逃げるシアンはカモネギの首が締まるほどに強く抱きかかえて1階へと降りる。部屋に戻るんじゃないのかと慌ててシアンを呼び戻そうとするがシアンはぴたりと立ち止まって玄関を指差す。

「そ、そそそそとに」

 玄関の扉を強く叩く音。明らかに雨風ではない何かが扉を叩く音。うめき声のような何かが聞こえ、背筋が凍る。

「外の方がこれあぶねぇから部屋戻るぞ!」

 凍りついたシアンの腕を引っ張って部屋へと戻るとなぜか寝ていたはずのイオトがいない。エミも戻ってきておらずもしかしてかなりやばい状況では?と今更ながらに気付かされる。

「ぶえええええええ……やっぱり一人一人消えて行くやつですううううああああ」

「落ち着け、落ち着くんだ。大丈夫ゴーストタイプの仕業なら倒せば大丈夫大丈夫大丈夫」

 自分に言い聞かせて手持ちのボールを強く掴みエンペルト先輩に頼るしかないとばかりにボールから出す。

「エンペルト先輩お願いします助けてください」

 恥とか外聞とかもうどうでもいい。安眠できる環境をください。

 エンペルト先輩は呆れた顔で窓の外を見る。

「ぺるぺる、ぺー?」

「まりまり。まり……まりー」

 エンペルト先輩とマリルリさんが何やら会話している。

 するとエンペルト先輩が突如泡を発生させたかと思うと部屋の隅へとそれを発射し、つまらなさそうに息を吐くとそこには瀕死になったゴースがいた。

「ぺる」

「先輩!!」

「エンペルト、抱いてですよ!」

 二人してエンペルトにしがみつくと鬱陶しそうな顔をされる。危ない。かっこよすぎる。人間だったらころっと落ちてた。

「そ、そういえば結局えっちゃんとイオ君は……?」

 いつの間にか消えた二人を心配するシアンだったがあれほど騒いだのに姿を表さない二人に不安しかない。

 出歩きたくはないが、二人の安否のためにも探さねば。

 部屋にあったランプ片手にポケモンたちに守られながら屋敷探索をすることにした。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 時は少し遡る――。

 

 エミは自分を呼ぶ声がした気がして目をこすりながら起き上がる。

 部屋を見渡すがシアンもおとなしく寝ており、イオトもヒロも少し身じろぎするが完全に眠っているようだ。

「サーナイト」

 念のためサーナイトを呼び出して部屋の外に出る。人の気配はない。気のせいかと思ったところで廊下の奥に人影を見る。

 

 それはここにいるはずのない人物。

 

 ゆっくりとエミの方に歩み寄ってくる人物は眼帯をした女。長い茶髪が歩くたびに揺れてそのたびにエミが唾を飲み込んだ。

「――なんで」

 いるはずがない、会いたい人。

 もう触れられるというところまで近づいてきた彼女は薄く微笑む。

 エミは女の頬へ手を伸ばそうとして、サーナイトに言った。

「サイコキネシス」

 女は声も上げずその場から消え、それを見たエミはつまらなさそうに吐き捨てる。

「会いたい相手で誘き寄せるのは悪くない手だけど、こんなところにいるわけないから不自然でしかないんだよ」

 舌打ちしながら周囲を見渡す。幻覚か、あるいは姿を変えた何かかはわからないが何かがこちらを見ているのだけは確かだ。雨のせいかどこか寒気を感じるので早く片付けたい。

「サーナイト――」

 突如として外の雷で自分の影が鮮明になり、違和感に気づく。

 影がこちらを見ている、と。

 

「ケケケケケケケケケケ」

 

 エミの姿をした影が笑いだしてサーナイトが影へと攻撃するがいつの間にか影は元通りになっており、サーナイトの背後へと移動する。

「サーナイトうしろ――」

 サーナイトに指示を出そうとするが後ろから口をふさがれサーナイトはもろに攻撃を食らう。視界に映るのは楽しそうに笑うゲンガー。

 そして、自分の動きを封じている何かが黒い手であることに気づいて見えずとも何か察した。

(なんでデスカーンがこんなところに――!)

 引きずられる感覚に全身が腕で掴まれ、ついには視界も覆われ助けを求める声も上げられぬままエミは暗闇へと消えた。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 イオトは扉の閉まる音で目を覚まし、枕元に置いてあったメガネをかけて周囲を見渡すと3人がいないことと、マリルリさんもいないことから多分トイレに行った音だろうと判断し二度寝を決め込もうと再び横になった。

 しかし、ざわざわと妙な胸騒ぎがし、残った手持ちのボールを持って部屋から出る。トイレのほうに向かおうとしてそれとは反対の方向に人影が見えてそちらに進んでいく。3人のうちの誰かか、主人か女中かと思って近づくと白いワンピースを着た女の後ろ姿だと気づいて尻込みする。あとわかるのは金髪の長い髪。素足だと気づいて余計に不審さが増す。

「だ、誰だ……?」

 警戒しつつ声をかけるとその人物はゆっくりと振り返る。

 イオトと同じ、緑の目。寂しそうな表情を見てイオトの思考は完全に停止する。警戒してボールに触れていた手も力なく滑り落ち、その女を見つめていた。

「レモン……?」

 にっこりと笑う女はイオトに抱きついてくる。体温を感じさせない冷え切った体にイオトは不信感すら抱かず、ただ戸惑いと僅かな興奮が女を抱きしめ返すに至らない。

「レモン……なのか……?」

 答えはない。それでも、イオトはぼんやりとしたまま抱きしめようと腕を動かし――

 

 

「うわあああああああああああ!?」

「びゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 突然の絶叫に驚いて振り返る。トイレの方向から聞こえたそれはヒロとシアンのもの。

「何――」

 慌ててそちらへ向かおうとしてイオトは腕を女に掴まれて動きを止められる。

 次の瞬間、イオトは体の力が抜けたようにその場に倒れ、女は姿を消し、イオトの姿もまた消えるのであった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 姿を消したイオトとエミを探しに警戒心マックスで廊下を歩く大所帯のヒロとシアンと手持ちたち。

「ウインディ、えっちゃんの匂いとかわからないです?」

「うぅ……がう……」

 探っている途中なのかあまりいい顔はしないウインディ。マリルリさんもイオトが心配なのか少しいつもよりおとなしめだ。

「ヒロ君のエンペルトがいれば何がきても怖くねーですよ!」

「そっれなー!」

 無理に明るさを取り繕う俺たちを憐れむような目で見つめてくるエンペルト。こう、かわいそうって思われてるなってのが一発でわかる。

 一階まで降りるとウインディがまるで地面を掘るような動作を始めたのでウインディの顔を覗き込む。

「下か?」

「がう」

 1階よりも下。地下があるんだろう。主人か女中さんに声をかけて調べさせてもらうという手もあるが起こすのも気が引けるしそもそもどこで彼らが寝ているのかわからない。

 どこかにあるであろう地下への入り口を見つけるために探索を始めるがここで分散するか効率を捨ててみんなで探すかという問題に直面する。

「なあ、二手に」

「嫌です」

 シアンが即答すぎて問題ですらなかった。

食堂を経由して厨房を覗くと床に扉のようなものが見え、警戒しつつ近寄ってみる。そこからなぜかすすり泣く声がしてぞっと恐怖心が煽られた。

「開きそうだ」

「慎重に! 慎重にですよ!」

 シアンが腕に捕まったまま念押ししてきて俺もちょっとだけ手を震わせながら扉を開く。

 そこは食料庫のようで下に降りることもできるようだがすすり泣きの正体がわからないままだと降りていいものかと悩む。

 そう考えているとすすり泣きが止まり、厨房の食器がカタカタと揺れ始める。

「あばばばばばばば」

「落ち着け。ゴーストタイプのいたずら――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ばぁ」

 

 

 

 

 地下から赤い瞳がこちらを見ていることに気づいた俺たちはその瞬間もう何も考えられなくなりただ絶叫した。

 

「おわああああああああああ!」

「うにゃあああああああああああああああ!!」

 

 怖いというより緊張していた中のドッキリまがいな登場にびっくりして思わずシアンと抱き合いながら後ずさる。シアンはまだ錯乱しており「にゃー! にゃーにゃーにゃー!!」ともはや言語が人間のものではなくなっている。

 が、俺もシアンもすっと恐怖が消えたように落ち着いてしんと静まり返った厨房で顔を見合わせる。

 ムウマは宙に浮きながら楽しそうに笑っており、ポケモン図鑑でムウマを確認する。

 

 ムウマ。いたずら好きですすり泣くような声で人を怖がらせる。怖がる心を赤い玉で吸収して栄養にするという。

 

 一瞬で恐怖が消えた理由がわかった。どうやらシアンのびびりがよほど美味しかったのか「むあー」と嬉しそうに満腹アピールをしている。

 何はともあれただのいたずらで安心したが本当に心臓に悪いのでやめてくれ。

「うごごごごご……」

 シアンの鳴き声豊富すぎて一周回って面白くなってきたな。

「怖いの消えたか?」

「消えた途端にまた湧いてくるですよ……」

「ムウマに目つけられるぞー」

 まあ見事に目をつけられてご愁傷様というべきか。地下に降りようとしたら笑顔でシアンについてくる。

「あっちいけですよぉ……」

「むあー?」

 食料庫のようなそこはほかに出れる部屋がなさそうで見渡した範囲でイオトとエミの姿がないか確認するも見当たらない。

「ヒロ君うしろー!」

 え、と気の抜けた声とともに振り返ると強烈な眠気に襲われて自分の足で立つこともままならなくなり、視界が閉じていくとともにぐらついた体は倒れていくのであった。

 

 

――――――――

 

 

 

 

 夢を見ていると自覚しているのは明晰夢とかだったっけ。

 ぼんやりと夢の中の地元の公園を歩いていると何故か懐かしい後ろ姿が見えた。

 あの夢の少女だと、せめてはっきりと顔を見たいと少女の肩をつかむ。そして少女はそのまま振り返って――

 

「残念! 私です!」

 

 ふーはははははと高笑いしながら俺を蹴っ飛ばしたその姿はリジアであり、少女の面影がどこにもない。自分の夢なのに自分の思い通りにいかねぇどころか自信満々のリジアのドヤ顔にイラっとした。

「悔しいですか? 悔しいでしょうねぇ! 残念ですがお前にいい思いなんて少しだってさせてやりませんとも! あなたの夢の相手は好きな子ではない! この私だっ!」

「せめてもっとかわいげのある感じで夢に出てこいよおおおお!!」

 

 

――――――――

 

 

 はっと夢から目覚めて冷たい床の感触と底冷えする寒さに飛び起きると食料庫が氷まみれになっていた。エンペルトの技のせいらしく、苛立ったエンペルトが何もいないところを睨んでいる。

「起きたー! ヒロ君、大丈夫ですか! ボクのことわかりますか!?」

「大丈夫……ていうか何が起こった……?」

 エンペルトが次々とあちこちに氷を発生させているが何が起こっているのかわからない。イヴやマリルリさんは俺たちを守ってその場から動いていないようだ。

「ヒロ君にさいみんじゅつかけた何かがまだここにいるみてぇです。エンペルトが捕まえきれないでイライラしてるですよ。ヒロ君は悪夢見てうなされるし……」

 やっぱあれ悪夢だったか……。

「エンペルト、しろいきり!」

 苛立っているエンペルトに指示を出すと素直にしろいきりを発動させてくれる。霧で視界が覆われる? 逆に霧があるからこそ動きが見えることもある。

「そこだ!」

 霧が不審にうごめいている部分をエンペルトが攻撃するとようやく正体を表したスリーパーが後ずさる。

 不気味に笑うスリーパーに更に追撃するエンペルトだがこのスリーパー、やたら強い。

 エンペルトが苦戦する野生のポケモンなんてしばらく出てこないと思っていたのだが少なくとも攻撃を当てられないという点で苦戦しまくっている。

 

 こちらを馬鹿にするスリーパーだったが、突如、背後から攻撃を受けて倒れ、あっけなく瀕死になり、再び食料庫に静寂をもたらした。

 エンペルトを見ると自分じゃないと首を振り、マリルリさんやイヴたちも同じようだ。

 恐る恐るスリーパーの背後、攻撃が飛んできたであろう場所を見ると物陰に隠れるように何かが動く。

シアンがびびって覗き込めないため俺が古ぼけたダンボールを持ち上げてその隙間を確認するとそこにいたのはミミッキュだった。

 

 目と目が合う。パーフェクトな愛らしさを醸し出すミミッキュは「きゅ……」と小さく鳴いて俺を見ている。

 

「第一印象から決めていました」

 欲しい。めっちゃかわいい欲しい。

 ミミッキュはおずおずと物陰から出てきて俺の差し出した手に布の下から出した手を伸ばす。なんだこのかわいい生き物。

「だ、大丈夫ですか? 攻撃してきたりしないですか?」

「こんなかわいい子がそんなことするはずないだろ!」

「ヒロ君の変なスイッチ久しぶりに入ったですね!?」

 イヴがげしげしと前足で蹴ってくる。なんだやきもちか? お前らホントかわいいなぁ。

「ミミッキュゲットー!」

 空のボールを投げるとミミッキュは恐ろしいほど滑らかな動きで横に避け、次のボールも反対側に避け、不思議そうに「きゅ?」とこちらを見てくる。

「ヒロ君、なんでダメージ与えないです?」

「いやこんなかわいいやつを攻撃するとか……」

「捕獲の大原則ゥ!」

 敵意はない相手なのに傷つけるなんてそんなひどいこと……俺にはできない。こんな無邪気に見つめてくるミミッキュを殴るなんて非道なこと、悪の組織かなんかだろできるの。

「ヒロ君って……もしかしなくても捕獲超下手なんです……?」

「下手じゃねーよ。捕まえるのに痛めつけるのに心が痛むだけだよ」

「ていうかそれよりもイオ君とえっちゃん探すですよ!」

「え? ていうかもうどうでもよくね? 俺今ちょっと捕獲に忙しいし」

「ポケモンのこととなるとヒロ君本当にぶっ飛びすぎですよ!?」

 

 




ミミッキュのぬいぐるみほしいけど置き場所がない。
活動報告でのアンケート早速ありがとございます。まだ受付中ですのでよろしくお願いします


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お屋敷ラプソディ3

 

 

 イオトはガタガタと揺れる音で目を覚まし、周囲を見渡すと埃っぽい物置にいることに気づいて体についた埃を払う。

 未だに物音は止まらない。少なくともこの部屋ではないどこかだと気づいて部屋から出るとろうそくの灯りで頼りなく照らされている廊下に出る。1階や2階とは違う装いからここが隠し通路か地下あたりだと推測し、とりあえず物音を頼りに進んでいく。途中、悪寒というか見られている気配を何度も感じたが手持ちたちがボール越しに威嚇しているためか襲ってくるものはいない。

 先程倒れていた部屋まで聞こえていた物音がする部屋までたどり着くと声もかすかにだが聞こえてくる。

「誰かー! だーれーかー!」

 聞き覚えしかなくてイオトは呆れた顔で部屋へ入ると部屋の隅で鎮座するデスカーンを見てあれかぁと無言になる。

 その間もガンガンと内側から蹴りつけるような音が響き、めちゃくちゃシュールな絵面になっていた。

「ヘルプ! ちょっとマジで誰かいない!? やばいってこれシャレにならないから! サーナイト! サーナイトいないの!?」

 こもったエミの声がデスカーンの内部から聞こえ、イオトは困惑しながらそれを見守る。

「今なんか聞こえた! 誰かいるだろ! なあ、おい!」

「……えーと……大丈夫か?」

「その声はイオトだよね!? 早く出してくれないかな! ちょっとこれネタじゃなくてガチでやばいから!」

 困惑しつつもイオトはボールからフシギバナを出してデスカーンの体をつるで引っ張ってエミを出そうとするがデスカーンも黙って開かれるつもりはなく、襲い掛かってくる。

「揺れ、めっちゃ揺れる!」

 中でグロッキーになっているエミを無視してフシギバナはギガドレインでデスカーンの体力を削っていく。さすがに実力差があるのかデスカーンはあっけなく倒され、つるで開いた体の中からエミが目を回した状態で出て来る。

「酔った……」

 四つん這いで息を荒くするエミを見てイオトはちょっと笑えてきて声を押し殺すように笑うと、それに気づいたエミがぶすっと拗ねたような表情を浮かべた。

「で、ここどこ」

「さあな。俺も気づいたら別の部屋にいたし。少なくとも寝る前に行った場所ではないっぽいぜ」

 エミは手持ちがおらず、イオトはマリルリを除いて揃っている状況。内心嫌だとは思いつつもエミはイオトに頼るしかない。

「僕はサーナイト見つけないと……」

「まあ、歩いてりゃそのうち見つかるだろ。出口も一緒に」

 不気味に揺れるろうそくのあかりを頼りにやけに長く感じる廊下を進む二人。普段ならヒロやシアンがいるため二人になると途端に話が途切れて妙に空気が重くなる。

「……あー」

「……何?」

 何か話そうと口を開くも特に浮かばなかったイオトに、エミは少し不愉快そうに言う。

 一緒に旅をしているというのに別段仲がいいというわけではないのが奇妙だ。

(やばい、気まずい……)

 イオトが内心エミへの対応に困っているとエミが口元を隠しながら聞いてくる。

「…………イオトってなんであんまりポケモン見せないの?」

 探るような声音にイオトは一瞬だけ返答に悩み、少し間を置いてから答える。

「不必要な力の誇示はよくないだろ」

「ふーん。つまり君はポケモンを力だと思ってるわけだ」

 棘のある言い方にイオトもむっとして再び無言が続く。イオトは初めてマリルリさんがそばにいないことをこんなに悔やんだことはないと心から思った。

 そんな無言を遮るように進む先から戦闘音と駆けてくる何かの足音が聞こえ、手持ちのいないエミの前にイオトが立つ。

 

「さなあああああああああああああああ」

 

 それは涙目で全力疾走しているエミのサーナイトだった。

 何かから逃げているのかとても怯えておりサーナイトに似つかわしくない健脚でエミたちすら横切ろうとする。

「サーナイト! どうしたんだそんな慌てて……」

「さなさなさなー! さぁ!」

 必死に走ってきた方向を指差すサーナイトを落ち着かせようとエミが頭を撫で「いや、テレパシーして」と冷静に突っ込む。

 すると、足音こそしないものの何かが近づいてくる気配。暗闇の中にぼうっと浮かぶ赤い光たち。

 それは楽しそうに迫ってくるゴーストポケモンの群れだった。

「さなあああああああああ!!」

 サーナイトがすがるようにエミに抱きついて、それをイオトが困惑しながら眺める。

「お前のサーナイト随分と気弱だな……」

「いや、単純にゴーストにあれだけ追い回されたらねぇ……」

「ああ、相性か……」

 完全に世紀末でヒャッハーしてる何かのノリでサーナイトを追いかけているゴーストタイプたちを見たらこうなっても仕方ないかもしれない。

「ごめんよ、今君しか手持ちがいないんだ。ちょっとがんばって」

「さなぁ……」

 怯えてはいるものの主人のためと前に立つサーナイトと並ぶようにイオトもアーケオスを繰り出す。

 イオトの初めて見せる手持ちにエミは少しだけ意外そうな顔をして言う。

「さっきのフシギバナもだけど今日はやけに手持ち見せるね?」

「見せないだけでうるさい誰かさんがいるからなー」

 嫌味を刺しながらアーケオスが一瞬のうちにゴーストたちの背後に回って目にも留まらぬ速さで打ち倒していく。アーケオスの足に何か輝くものが見えた気がしたがエミはそれを捉えきれない。

「アーク!」

 イオトが指で弾き飛ばしたそれは小さい宝石のようなもの。アーケオスはそれをキャッチしたかと思うとすぐさま消費するように素早く動く。それだけでゲンガーやゴースたちが次々と倒れていきサーナイトはほとんど何もせずに道が拓かれていく。

「へぇ、イッシュの特産のジュエルってやつ? アクロバットであんな威力出るんだね」

「これ結構たけーんだぞ」

 二つも使わせやがってとぼやくイオトだがもはや前ではなく後ろを見ている。

「まだ後ろから来るっぽいぞ」

「走るかい?」

「まあ下手したら挟み撃ちだし開けたところに出るのを願うしかないな」

 背後から迫ってくる気配を感じつつサーナイトがきた方向へと走るとホールのような広い場所に出る。こう、隅の方に骨のような何かが見えた気がしたが気のせいだと二人して目をそらす。部屋の真ん中には灯りのないシャンデリアが埃を被っており、不気味さを醸し出している。

 妙に、体が重くなる感覚と、3つに別れた道のせいでどうしようかと数秒悩んだ二人は同時にどっちへ行くか指で示すと見事に意見が割れてしまい笑顔で互いの顔を見合わせる。

「お前、今サーナイトしかいないんだから俺のほうについてくるよな?」

「え? 自分がちょっと優位だからって従わせるとかそういうのよくないと思うけど?」

 剣呑な雰囲気になっている間も背後から迫ってくる何かは徐々に距離を詰めてくる。サーナイトがエミの服の裾を引っ張って早く早くと焦っており、アーケオスに関しては呆れている。

 舌をのばして獲物を捕らえたと言わんばかりのゲンガーとヤミラミが襲い掛かってくる直前、言い争っていた二人はキレながら敵であるそれを見てセリフをハモらせる。

『今それどころじゃない!』

 イオトはボールからガブリアスを繰り出してゲンガーを叩きのめし、エミはもはやポケモンを使うことすらせずヤミラミを投げ飛ばして瀕死のゲンガーの方に叩きつけるという荒業を披露し、サーナイトがぽかんとしていると言い争いの終わらない二人は襲ってきたポケモンの存在などいないかのように話を続ける。

「だいたい君、前から思ってたんだけど僕らのこと見下してるだろ!」

「はぁー? 見下してねぇし。そういう思い込みマジで気持ち悪いしやめろよな」

「ちょっと年上だからって舐め腐ったその態度やめたらどうだい? だいたいいい歳して旅トレーナーだけとか将来無職まっしぐらだけど?」

「今それ関係なくないか!? 寄って集って俺のこと将来ニート有力だのなんだの言いやがって!」

 久しぶりにボールから出たというのに主人が他人と言い争いをしているのを目の当たりにしたガブリアスは困惑しながらアーケオスに声をかける。

「ガブ……ガブガ?」

「アークケケ、ケケ」

 どうすればいい? しーらね、と言わんばかりの対応。サーナイトも対応に困って言い争いが終わるのを待ちながら警戒するしかできなかった。

 

 

――――――――

 

 

 俺とシアンは地下につながる場所を探しながらマリルリさんとエンペルト、イヴとカモネギを連れての大所帯で歩いていた。そしてそこにムウマとミミッキュもついてきている。

 結局捕獲は叶わず諦めて泣く泣く離れたのだがムウマはともかくミミッキュは気に入ったのかついてきていたのだ。

 やっぱり捕まえるべきだと思って再度ボールを投げたら弾かれた。新手のツンデレかもしれない。

「ここは……倉庫か?」

 少し埃っぽいが整頓されている倉庫にはダンボールや脚立などが置かれており、部屋の奥の床に扉のようなものがあった。

「今度こそ当たりですかね……?」

 シアンが怪訝そうに見つめる。鍵と思われるツマミを回すと扉を引っ張り上げることに成功し、少し離れたところから灯りのようなものが見える。ここだろうか。

 どちらが先に降りるか確認するとシアンはあとがいいと言いたげな目をしていたので先に降り、シアンが降りてくる間に通路の先を見てみると一定間隔で蝋燭の灯のようなものが見え、ランプの灯りがなくとも十分に視界の確保はできそうだった。

 シアンに続いてマリルリさんやエンペルトも降りてきたので先に進もうとすると一瞬最悪の可能性が頭をよぎる。

 

 これ、扉閉められたら詰みじゃね?

 

 その思考を嘲笑うようにバタンッと扉が閉まる音。慌てて引き返して扉をあけようとしたその瞬間、カチッと鍵の閉まるような音がして体温が急激にさがっていく感覚に陥る。

 ヨマワルの鳴き声がしてそれが遠ざかっていく気配と、血の気が引いていく感覚にシアンは真っ青通り越して真っ白だった。

「ぎゃあああああああああああああああ」

「おち、落ち着け! 最悪壊したら出られるはずだ!」

「とじこめられたですよおおおああああびゃああああああ」

「シャラップ!」

 もう大惨事すぎてうるさい。

「いざとなったらマリルリさんかエンペルトが壊してくれるって」

「ほ、ほんとです……?」

「俺は信じなくてもいいからマリルリさんとエンペルトを信じろ」

 マリルリさんはグッと任せろのサインをしてエンペルトも頷いてくれる。この二匹は圧倒的に頼りになりすぎて出て来るゲーム間違えてないかと思ってしまう。いや、そもそもこれゲームじゃないけどさ。

 落ち着きを取り戻したシアンをつれて先に進むと時折ゴーストタイプの気配とともにエンペルトかマリルリさんが撃墜してくれて何もないまま終わる時間が続き、本当にここにイオトかエミがいるのか心配になってくる。

 すると、マリルリさんの耳がピクっと動いて後ろに控えていたにも関わらずすたすたと前に出る。

「マリルリさん?」

「まりまり」

 指差した先にイオトがいるのだろうか。マリルリさんに従ってついていくと時折ドーンという戦闘音が混じりつつも声が聞こえてくる。

「僕、君のそういうところ嫌いだわー!」

「俺もお前のそういうところ大っ嫌いだわー!」

 ……確認するまでもなくイオトとエミなのだが何してるんだろうあいつら。

 ひらけた場所に出ると、なぜかど真ん中で取っ組み合いの喧嘩をしているイオトとエミ。なぜか一つの通路の前に積み重なる戦闘不能のゴーストタイプの山。呆れたサーナイトと石で遊び始めるアーケオスとそれを見るガブリアス。

 どういう状況だこれ……。

「えっちゃん! イオくん!」

 俺の後ろに隠れていたシアンが声をかけると喧嘩していた二人はぴたりと争いをやめ、今更取り繕うように笑顔を浮かべた。

「わ、わぁー! 二人とも大丈夫? 僕ら気づいたらここにいてさー!」

「そうそう! いやー、合流できてよかった!」

 無理して取り繕わなくていいんだぞ。

「こっちに出口があるですがゴーストポケモンに鍵しめられちゃったですよ……」

「まあそれくらいならポケモンに頼んで扉ごとふっ飛ばせば大丈夫だと思うけど」

 俺とシアンがきた通路を確認した二人は「どっちも外れだったか……」と呟いて肩をまわす。

「あーじゃあさっさと出よう。僕なんか無駄に疲れた」

「俺もなんかやけにだるい……」

 エミはともかくイオトはやけに顔色が悪い。

 すると、エンペルトとマリルリさんがほぼ同時にその広場の灯りであるろうそくを消してしまい、灯りが俺の持つランプだけとなり一気に薄暗くなる。

「マリルリさん何――」

 イオトの背後にぼうっと青い炎が浮かび上がったかと思うとマリルリさんがイオトを蹴っ飛ばしてアクアジェットで炎を消そうとする。

 ゆらゆらと揺れながらその一室を満たすように青い炎が現れ、ようやく正体がわかったときには部屋の真ん中に鎮座するシャンデリアに明かりが灯った。

 

 シャンデラと大量のヒトモシ。今にも命を奪おうと爛々と燃える炎はこちらを襲おうと飛んでくる。

「マリルリさ――」

 すべて倒そうとするイオトだったが急激に下がった室温と違和感に気づいて大量のゴーストタイプの山を見る。

 

 そこには人がいた。

 

 顔こそ見えないもののぼんやりと、俺たちを引きずり込もうとする怨念。痩せこけた指が俺たちを指差して呪詛を紡ぐ。

 

 

 

 

 

『さ びし い    よ』

 

 

 

 

 

「うわあああああああああああ!?」

「ぎゃあああああああああああ!!」

「うえええええええええええええ!?」

「出たあああああああああああ!!」

 

 俺、シアン、エミ、イオトの絶叫四重奏。イオトとエミすら目の当たりにしてしまったからか珍しく慌てている。

 幽霊(仮)のひしゃがれた声に呼応するようにヒトモシとシャンデラたちが一斉に襲い掛かってくる。

 マリルリさんとエンペルト二匹が俺らを押し込むように出口につながる通路に押し込めると俺たちとポケモンはマリルリさんたちを殿に全力で走った。

「マジで出るとか聞いてないんだけど!」

 なぜかキレるエミと後ろを振り返ってぎょっとしたイオトが叫ぶ。

「つうかこれ幽霊追ってきてるのか!?」

 その発言に俺もエミも振り返るとなぜか走ってないのに一定の距離で追ってくる幽霊。シアンはもう叫ぶだけの何かになっている。

「もういやですううううあああああああ!!」

 あと少しで出口だがマリルリさんとエンペルトはヒトモシ軍団の相手で手一杯で破壊できそうにもない。

「早く! 早く誰か扉壊してですよぉ!」

「ガリア! 頼んだ!」

 イオトのガブリアスが扉を破壊しようと懇親のパワーで攻撃するがなぜか傷一つつかない事態にイオトも真っ青になる。

「はぁ!? 嘘だろ! ガリアもう一回!」

「にゃあああああああもうだめですううううああああ」

 扉があかない以上ここは行き止まり。シアンが俺に隠れるようになり、近づいてくる幽霊は俺とエミに迫る。伸ばされた手が俺とエミに伸びて早く扉が開けと念じていると悲しそうな声がした。

 

『あ どう し  て』

 

 幽霊は触れる前にぴたりと手を止める。

 俺かエミにかはわからないけど困惑しているようだった。

 

『あ    の こ』

 

 その瞬間、幽霊の姿が消え、ヒトモシたちも呼応するように消えていく。

 そして、連鎖するように扉が開いて、そこには寝間着姿の女中さんがいた。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 ランプ片手に心配そうな女中さんが俺達を見ており、それを期に長い夜の馬鹿騒ぎは終わりを告げた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 朝食の最中、全員死んだ目で並んでいる食事を口に詰め込む。眠気とか疲れとか生気を吸われて軽い鎮静状態だとかまあ色々だが女中さんはそれを見て申し訳なさそうな顔をする。

「起こしていただければ私どもでどうにかしましたのに……」

「いえ……泊めてもらったのに悪いですし……」

 変な気を使ったのがいけなかったのかものすごくだるい。一生分の恐怖体験を味わった。

 主人も申し訳なさそうな顔でため息をついた。

「普段はあまり暴れないのですが珍しい客人に恐らく浮かれてしまったのでしょう……すべて野生のポケモンたちなのですよ。普段はもう使っていない地下に住んでいるのですが……」

 普段はたまに顔を出す程度でここまで悪さはしないらしい。元々悪意のあるポケモンたちは主人と女中さんが追い払ったりしているのでまさか俺たちを襲うとは思っていなかったようだ。

「いたずら好きで特に悪さをするポケモンと人懐っこいポケモンがいましてね。その子らは後者です」

 さも当然のように一緒に朝食をとってるミミッキュとムウマ。女中さんはそれを見て苦笑する。

「随分と気に入られていらっしゃいますね」

「しっしっですよ!」

 シアンがムウマを追い払うようなジェスチャーをするも通じていないのかそれとも気にしていないのかムウマは楽しそうにシアンのまわりを浮遊する。

「お詫びに菓子の土産を用意させましたのでどうぞお持ち帰りください。今日は天気もよいのでレンガノシティにすぐつくと思いますよ」

「たびたびありがとうございます……」

 朝食の後、一刻も早く出たいシアンの要望ですぐの出立になり、女中さんから菓子の入った袋を受け取って見送られながら屋敷をあとにした。

「ひどい一日だったです……」

「まあ無事だったからまだマシだよね」

 エミがもらった菓子を早速口にしながら呑気なことをいい、イオトは一番生気を持っていかれたのかまだちょっと顔色が悪く、気だるげに言う。

「結局最後のあれなんだったんだろうな……」

 消えた幽霊(仮)の話を蒸し返したくないのか全員静まり返り、話を変えたくて俺は話題を振った。

「ていうかイオトとエミってあんな仲悪かったのか?」

 地下で手持ちを放置して喧嘩するのを見て何事かと思ったくらいだ。普段はそんな様子を見せないので意外というか。

「いやー、でもまあ、ちょっと本音で語り合ったから前よりはマシかな?」

「そうだなー。前よりは信用できるわ」

 よくわからない。きっと二人にしかわからない何かなんだろう。仲良くなったようだしそれは何よりだ。

 

「ところで……いつまでついてくるです!?」

 

 後ろにムウマとミミッキュがさも当然のようについてきており、俺は捕まえようとミミッキュにボールを投げるのになぜか捕まってくれない。本当に謎だ。

「シアンはムウマ捕まえないのか?」

「ゴーストタイプは嫌ですよぉ!」

「でも懐かれてるし……」

 懐かれているというか半分は食料みたいに思われてそうだけど。

 ムウマは楽しそうにシアンの頭上をくるくる浮遊している。シアンは心底嫌そうな顔をしているが気にされていない。

 そんなこんなをしているとレンガノシティが見えてきて、もう少しで新しい町の風景だと心を躍らせる。

 ミミッキュの真意はわからないけど女中さんにもらったお菓子を少し与えると喜んで相変わらず俺についてくる。

 かわいい。欲しい。

 そんな俺の気持ちを手玉に取るようにボールには入ってくれないミミッキュだった。

 

 

 

 レンガノシティはレンガ造りの古めかしい町並みが特徴的で、よく言えば静か。悪く言えばちょっと暗い雰囲気だ。

 早速ポケモンセンターへと向かい、今日の泊まる部屋をとってから手持ちを回復させにいった。

「はい、お預かりしますね。そちらのムウマちゃんとミミッキュちゃんはよろしいですか?」

「あ、こいつ野生なんですけどついてきちゃったので……」

「そうですか。それにしても昨日すごい雨だったのに……大丈夫でした?」

 こんな朝早くに旅トレーナーが来るということは野宿したと思われているのだろう。あの雨はたしかにひどかった。あれで野宿はさすがにハードルが高い。

「いえ、森にある屋敷に泊めてもらったので大丈夫です」

 俺の発言にジョーイさんがぴたりと笑顔を凍らせる。

「屋敷……ですか?」

「ああ、あの女中さんと男の人が二人の――」

 

 

 

 

「あそこの屋敷はもう随分前に住人が亡くなって今は無人のはずですが……」

 

 

 

 

 ジョーイさんの発言にシアンは卒倒し、ついてきたムウマは楽しそうにシアンからエネルギーを摂取していた。

 

 

 

 

 

 




活動報告でクッソくだらない落書き置いてあります


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捕獲の心得

アマリト地方の地図(仮)です

【挿絵表示】



 

 

 

 気絶したシアンを宿泊する部屋に寝かせ、俺たちは気を紛らわせようと町の中を探索していた。ムウマはシアンの近くに待機していたのでついてきていないがミミッキュはとことこ後ろをついてくる。

あの屋敷の話は誰も触れたがらない。これ以上は踏み込んではいけない。あそこで食べたものとかあの二人はなんだったとか考えたら闇でしかない。

「そういえばジムあるんだよなー。挑戦しに行くか」

 レンガノシティジムが近くにあることもあり、寄ってみると受付のジムトレーナーが青い唇をにっと三日月状に歪める。

「あ~すみませんねぇ~。ジムリーダーは今よその地方にお仕事でしばらく不在なんです~」

 そういえばジムリーダー対抗戦とかでしばらくジムリーダー全員いないんだっけ。

「いつ頃戻るんですか?」

「さぁ~。でも数日で戻ると思いますよ~」

 ジムトレーナーに「せっかくなのでジムリーダーが経営するお店に寄るのはいかがですか~」と地図をもらい、歩いて数分のところにアンティークショップ幽と書かれた看板が目に入る。

「どうする?」

「せっかくだし好きなところ見て回ろうか」

 エミの提案に頷いて結局3人バラバラで過ごすことになり、とりあえず俺はアンティークショップに入ってみる。ちなみにまだミミッキュは後ろをついてくる。

 アンティークショップは女性客が目立っており、少し場違い感がするものの、男もポケモン用のアクセサリーを見ているので安心する。

 目に止まったのはリボンで首につけるタイプのものだ。

 イヴがこれほしい!と足をつついてくるがそこそこ高いため悩む。一万……アクセサリーってやっぱり高いな。

「うーん……考えとくよ」

 するとイヴは床に転がって買って買ってと駄々をこねるように腹を見せてくる。その仕草が可愛すぎたので、はっとしたその時はもうすでにお買上げしていた。イヴ……なんという魔性のメス……。

 早速つけてやると喜んで擦り寄ってくる。うちのイヴは世界一かわいい。

 ふと、リボンコーナーを見ると模様などはほとんどないが質のいい髪を結ぶためのリボンが売っていた。だいたいがヘアゴムにリボン飾りがついているものだが、一部髪に編み込むためとか用にシンプルなリボンも置いてあるようだ。

 なぜか少女――そしてリジアのことを思い出してしまい、赤のリボンを二つ買って店を出る。値段はたいしたことなかったものの、この前の夢を思い出して複雑な気持ちだ。

 昔は高い壁だった買い物も、大人になるとあっさりと越えられる。けれど、きっと子供の頃の気持ちのほうが純粋だった気がしてリボンの入った包みをカバンに閉まって嘆息した。

「何考えてんだか……」

 そもそもリジアに会えるかすらわからないのに完全に無駄な買い物だ。

 そのまま町で色々な施設があるのは把握したもののどうにも見て回る気力が沸かなくて公園のような場所のベンチで休憩をとっていた。

「はー……ところでさー……」

 ずっとついてくるミミッキュに視線をやるときゅ?と首を傾げられる。そのままこてんと首が落ちそうだ。

「そんなに捕まりたくないのか?」

 ボールを放ってみるとやっぱりかわされる。どうしたいんだろうか全然わからない。

「よーし、捕まえるか」

 改めての捕獲チャレンジ。嫌がってはいないがボールが嫌いという可能性があるので多分捕獲されることそのものは大丈夫だと思う。

「あれか、ゴージャスボールがいいとかお前オシャボ勢か!」

「きゅ?」

 ゴージャスボールは持ってないのだがそういうわけではないらしい。となると単純にボール嫌いか。どこかのピカチュウか。

「そんなら避けられないボールさばきならどうだ!」

 前世知識総動員して華麗にフォームを決めるとイヴも真似するように前足を伸ばす。

「そぉい!」

「ふぃい!」

 狙いを定め、ミミッキュへとボールを投擲するもなぜかすっぽ抜けてしまい、あらぬ方向に飛んでいく。

 奥の茂みに飛んでいくと「あいたっ」と声がして誰かにぶつけてしまったかと思って慌てて様子を見に行く。

「すいません、手が滑って……」

「いえ……たいしたことじゃ――」

 手を差し伸べ、手をつなぐとぱっと目が合う。

 なぜかあぐらをかいて何かを縫っているリジアがそこにいた。

 

「捕獲じゃあああああ!!」

「はあああああああ!?」

 

 ミミッキュの捕獲中に更に優先度の高い捕獲対象であるリジアの肩を掴んで荷物から用意しておいたおもちゃの手錠をリジアにつけてもう片方を俺の手につける。心底嫌そうな顔をしたリジアが腕をぶんぶん振り回すが俺の腕もそれにつられて振り回される。

「このっ! このっ! 何度私につきまとう気ですか! 私のストーカーですか!?」

「行く先々でお前がいるだけだよバーカ! 今度こそ逃さねぇぞ!」

 ぎゃあぎゃあ騒いでいるとミミッキュが不思議そうにこちらを見守り、イヴはもはや警戒心ゼロであくびをしている。リジアの手持ちであろうクレッフィも呆れたように揺れていた。

「だいたいなんで手錠持ってるんですか!?」

「お前を次見つけた時用に買っといた!」

「本当になんなんですか!?」

 不毛な言い争いをしばらく続けたところで互いに叫びすぎたからかぜえぜえと息を切らして睨み合う。いや、俺は喧嘩売ってるつもりはないんだ。

「ほんっとうに私の邪魔しかしない男ですね……!」

「いやお前が悪いことしたからいけないんだよ!」

 とりあえずこれで逃げられないだろうしとりあえず落ち着いて余裕の態度を見せなければ。

「まあ、俺は先にやることあるから警察に突き出す前の僅かな時間をここで待ってるんだな」

 なんかすごい嫌な奴みたいな言い方になった。

 ミミッキュを捕まえるための作業に戻るが相変わらず機敏な動きでボールを回避したり叩き落としたりと容赦がない。

 リジアはその様子を見ているようで視線を感じる。

「ふーん……へぇ……」

 にやにやと俺が苦戦している様子を隣で眺めながら意地悪い顔で言う。

「代わりに捕獲してげましょうか?」

「えっ」

「ただし、これを外すことが条件です」

 手錠を示してにぃっと笑う。もう逃げる気満々だ。

「ダメだダメだ。それやったらお前どうせ逃げるじゃん」

「別に私だって騒ぎを起こしたくないので穏便に済むならそれに越したことはないのですが」

 ムーファタウンでもそうだがこいつ、ここでは別に悪いことしてないんだよな。

 捕まえておくべきという気持ちと、いやでもせっかくだしという邪心がせめぎあい、邪心の方が上回るもギリギリ留めたい気持ちも相まって無理難題をふっかけてみる。

「傷つけないで捕獲できるならいいよ」

 傷つけないという時点で難易度が高いのはわかっている。意地が悪いとは思うがリジアを逃がすつもりもないので仕方ない。

「誰にものを言ってるのですか? そんなの私からすれば朝飯前というやつです」

 マジかよ。そういえば前に遭遇した下っ端もリジアが捕獲どうこう言ってた気がする。

 ここで逃がすのもどうかと思うのだがぶっちゃけ途中で逃げられそうだし、実際そんなに自信満々だというのなら見てみたいという気持ちが湧いてくる。

「じゃあ……せめて約束守れよ」

「交渉成立ですね! ノロマなお前が哀れなのでサービスに捕獲のレクチャーをしてあげましょう」

 完全に上から目線のドヤ顔で自由になった腕をぷらぷらと振るとすぐに逃げることはなく、空のボールを手のひらの上で転がして思案する。

「えー、傷つけないように、でしたっけ」

「できるのか?」

「ええ、捕獲の大原則は確かに弱らせたり状態異常にすることですが――」

 首をかしげるミミッキュの近くに野生のオタチが現れ、警戒心の薄い顔でリジアを見る。

「ではなぜそうする必要があるか。答えは簡単、狙いを定めやすくすることとボール内での抵抗をさせないようにする。この二点です」

 リジアは自分は本来相手への妨害を得意としているため、そういった意味でも捕獲が得意らしいがダメージを与えられない格上でも捕獲できるようにちょっとしたコツを習得したそうだ。

 現れたオタチにボールを投げようと振りかぶると、オタチはびくっとして逃げようと動く。

「それっ!」

 逃げようとするオタチの腹部、丸い模様の中心へとボールを綺麗に命中させ、オタチが吸い込まれたボールは揺れることなくカチッという捕獲音とともに地面にボールが落ちた。

「ポケモンにはツボのような、いわゆる急所とは違いますが弱点のような部位があります。その部位に的確にボールを当てることでボール内での抵抗もなく捕獲できるのですよ」

 なんかめちゃくちゃ高度な話をされてる気がする。

「要するにダメージを与えずとも捕獲は可能ですが難易度が高いってことです。弱点部位を予測し、元気に動き回るポケモンの行動を予測してボールを投げる必要がありますから」

「お前なんでそんな詳しいの?」

 もはや専門家みたいなレベルじゃないのかそれ。

「ふふ、たゆまぬ努力の結果です。さて、本題ですが――」

 きゅ?と相変わらずかわいいミミッキュがリジアを見る。リジアへの警戒も薄いようだ。

「ミミッキュ……珍しいポケモンですし、1発で当てられるかはわかりませんが……」

 空のボールを3個取り出してリジアは余裕の笑みを浮かべながら周囲へチラりと視線を向ける。

「本体の大きさからいって3個あれば十分!」

 3つのボールが同時に放たれたかと思うと二つは近くの木や地面で跳ね返り3方向からミミッキュを狙う。

「一つは牽制! もう二つは本命! これなら避けられませんよ!」

 爪で叩き落された一つのボールは砕け散るが背後と正面から飛んでくるボールを躱しきれず、正面からのボールに吸い込まれたミミッキュは抵抗もせずカチッという音とともに捕獲された。

 素直にすごい手際に思わずぱちぱちと拍手を送ってしまう。イヴも感心したように前足でペチペチしている。

「ほら、お約束どおりミミッキュです」

 捕獲したボールを俺に寄越すとボールがやはり嫌いなのかミミッキュがすぐにボールから飛び出してきた。

「はぁ~~~~お前ほんっとかわいいなぁ~~~~」

「みみっきゅ?」

 きぐるみ部位は詰め物なので本体である胴体を撫でるとミミッキュは嬉しそうだ。

「ていうか、そんな腕前あるならまっとうに働けよ」

 捕獲代理業者みたいなのがいるって聞くし、そういう仕事すればいいと思うのだが。

「はぁ……余計なお世話ですよ。だいたいお前ががむしゃらに投げすぎなだけでちゃんとすればこんなの誰でもできますから」

「いやそれはない」

 リジアはボールのコントロールもそうだが普通のトレーナーとくらべても捕獲の腕が高いのは間違いない。

「素直に尊敬するよ」

 自分にはあんな頭を使って精密なコントロールは無理だ。だいたいポケモンごとに弱点部位の予測とか初見で見破っているあたりリジアは熟練の技だろう。

「…………まあ、褒められて悪い気はしませんので別に構いませんが」

 ちょっと照れているのか少しだけ赤くなった頬を隠すようにそっぽを向いたリジアはカバンから何かを取り出す。

「ほら、ミミッキュをちょっと貸しなさい」

「え、なんでだよ。やらないぞ」

「違いますよ。耳のところほつれてるから直してあげるって言ってるんです」

 確かによく見ると耳のところが少しだけほつれて綿が見えている。ミミッキュは本来自分できぐるみを修繕するらしいが……。

「大丈夫ですよ。これでも私、針仕事は得意なので」

 ミミッキュに了承を取ろうと下を向くといいよーといいたげに頷くミミッキュをリジアに渡すと膝の上で耳の部分を素早く縫っていく。

「……お前さぁ……本当になんで悪の組織なわけ?」

「関係ないって何度言えば理解するんですか」

 縫い目がほとんど目立たない綺麗な仕上がりを鏡でミミッキュにも見せるとミミッキュは嬉しそうに飛び跳ね、俺のところへ戻ってくる。

「いい子ですね」

 慈しむような穏やかな視線をミミッキュに向けるリジア。本当に、ポケモンが好きだとわかるその様子になぜ、という気持ちが湧いてくる。

「さて、私はこれで失礼します。もう二度と会うことがありませんように」

「待ってくれ」

 少しだけ鬱陶しそうな顔をしたリジアにさっき店で買ったリボンの入った包みを押し付けるように渡すと不思議そうな顔をされる。

「なんですかこれ」

「お前のリボン。いつまでたっても古臭いから新しいの使えよ」

 色は同じだが質のいいものだし色褪せていない。

 つけるかどうかはわからないがなんとなく、渡しておきたかった。

「……そう、ですか」

 あまり感情の読めない平坦な声。突き返されるかとも思ったが意外なことに受け取って包みをポケットにしまいこむ。

「まあ一応受け取っておきますよ。使うかは知りませんが」

 そのままクレッフィとともにどこかへ消えたリジアを見送り、やっぱり見逃すべきではなかったかと少し後悔しつつも近いうちにまた会いそうな気がして、今は正式に手持ちになったミミッキュにニックネームをつけることに決めた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 リジアはレンガノシティの郊外で俯いていた。

(なんなんですか……なんなんですか! あの男は!)

 他に誰もいないからいいものの、一人で顔を赤くしているという事実にリジアは増々羞恥を募らせる。

 クレッフィが隣で「大丈夫?」と言いたげに覗き込んでくるがリジアはそれどころではないのか覆うようにして手で顔を隠す。

(だいたい私が悪人だとわかってなんでリボンなんか……)

 本当なら捨ててやりたいところだが勿体無い精神とどんなものだろうともらったものを粗末に扱うことができない真面目な部分が邪魔して受け取ってしまったそれを改めて取り出す。

 身につけることは躊躇われたが、少しだけ、少しだけと揺らぐ心に負け、新しいリボンを身につける。元々持っていたリボンは綺麗に折りたたんで懐に仕舞い、自分の三つ編みを持ち上げて新しくなったリボンを見る。

「……えへへ」

「何一人でにやついてるんですか」

「うわっ!?」

 後ろから声をかけられると思っていなかったのか、リジアは驚きのあまりよろけてしまい、慌てて振り向くと不機嫌そうなシレネがいた。

「し、シレネですか! いきなり驚かせないでくださいよ!」

「……はあ? 普通に声かけただけ、なのに……」

 不愉快そうに眉をしかめるシレネはどうでもいいかと真面目な表情へと変えて声を潜めてリジアに問う。

「それより……作戦準備は……どうなってる……?」

「そちらの方は私はもう準備がおわっているのであとのみなさん待ちです。シレネは?」

「私も……やるべきこと、終わってるもの……今は自由時間」

「ああ、じゃあ自由時間ついでに一つ話が――」

「嫌……リジアと無駄な会話を、したくない、もの……」

 あまりにも無慈悲な即答にリジアも苦笑するしかない。けれど言葉の続きに必ず食いつくという確信があった。

「あなたが好きなヒロって男が町にいるって話なんですが」

「詳しく聞くわ」

 予想通りの食いつきにリジアは先程遭遇した場所や恐らくポケモンセンターに泊まっているだろうことなどを告げ、嬉しそうに頬を紅潮させるシレネを見ながら、どこか自分の奥底で複雑にもやもやとした気持ちが渦巻いていることに気づく。

 

(……鬱陶しいあいつをシレネに任せれば私に構うこともないはず……なのに、なんでこんなもやもやするんでしょうか)

 

 

 



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「かわいいなぁ~~~~」

「み!」

 公園でミミッキュのミックの写真をこれでもかと撮っていると元気になったのかぽてぽてと歩いてくるシアンが視界に入る。

「おーい、シアン。もう大丈夫なのかー?」

「……昨日は全部夢だったってことにするです」

「それがよさそうだな……」

 シアンの精神衛生上これ以上引きずるのはよくない。

「ムウマはどうしたんだ?」

「もー諦めてボール投げたらそっこー捕まったですよ……。まわりをふよふよされるよりはマシだです」

 ついに折れたか。見せられたボールにはムウマが嬉しそうな顔でこっちを見ているのがわかる。ミックもボール嫌いじゃなければなー。

 

「ていうか、ヒロ君手持ちどの子か外さねぇといけねぇじゃないですか」

 

 一瞬、シアンが何を言っているのかわからなくて柄にもなく小首を傾げてしまう。

 そして数秒の沈黙の後にその意味を理解して、駄々をこねる子供のように転がった。

「いやだああああああああああ!! 誰も外したくねぇ!」

「そんなこと言ったってレギュレーションだと6匹が基本ですよ」

 いや常識的な問題は重々承知しているんだけど俺のかっこかわいい6匹を一時期とはいえ俺の手元じゃない場所に預けるとかそんな非道なこと本当にしなければならないのか?

 足元のミックとイヴがじっとこちらを見てくる。つぶらなひとみで見つめられると俺はもう何も考えられない。

「どうしよう……世界の終わりだ……」

「大げさですねぇ……」

「……あれ、ヒロ君?」

 後ろから声をかけられたので振り向くときょとんとした顔のシレネがそこにいた。シレネは俺の顔を見た途端駆け寄ってくる。

「ヒロ君……!」

 ぱあっと頬を紅潮させるシレネが俺の腕に抱きついてくる。……無言でそっと引き離すと残念そうな顔をされた。

「ヒロ君、照れ屋さん、なんだね……」

 都合の良い解釈された気がするけど俺はそろそろフラグを建てない方針でいきたいんだ。

 いやここ最近シレネといいナギサといいちょくちょくフラグ立ってる気がするんだけどどうも手放しで喜べないというか、仮に告白されたとしても即オーケー出せるかというと多分ないなというか。

「ところでなんでここに?」

「お仕事でちょっと……でも今はすることないからお散歩してて……偶然ヒロ君見かけたから、つい……」

照れたように髪の毛をくるくると弄るシレネは見た目も相まって可愛らしいのだがこう、なんだろう……。異性として好意を持てるかと言われると微妙なラインだ。

「仕事……あっ、そうだシレネ。俺の手持ち一匹預けてもいいか?」

 俺の場合、実家に預けるか預かりシステムを利用するかの二択なのだがシレネという育て屋に預けるという選択肢を思い出し、前に言っていた話も交えて相談してみる。

「ほら、ネットでできるってやつ。今ちょうど7匹目手に入れたからどうしようかと思ってたんだ」

「うん、大丈夫、だよ。どの子に、する?」

 

 20分くらい悩んだ。その間もシレネは笑顔で待ってくれるがシアンは途中で飽きてカモネギと戯れていた。

 

「グー……必ず迎えに行くからな。ちゃんと飯食えよ。寂しくなったらシレネに言うんだぞ」

「ぐー……」

「たかだか預けるくらいで大げさですよ」

 涙の(一時的な)別れをしてシレネにグーを預ける。

「うん……大事な子、お預かりします……なんてね。連絡くれれば様子も送る、から……いつでも連絡してね……」

「それにしてもヒロ君はモテますねぇ」

 後ろでシアンが他人事のように呟くとシレネの目細められる。別にやましいことしていないのに恐怖でぞっとする。

「モテ……? それはどういう……?」

「いや、ホント全然モテないから。シアンも変なこと言うのやめ――」

 

「そこの君たち、あーぶなーいぞー!」

 

 後ろからの大声に振り向くとなぜかタマゲタケの大群が俺たちに迫ってきている。慌ててシアンとシレネの腕を引っ張って突撃してきそうなタマゲタケたちを回避するとエンペルトを出して指示をする。

「エンペルト! 凍らせて動きを止めろ!」

 一瞬のうちにタマゲタケたちが凍りついて動きが止まる。それを見て拍手を送ったのは先程俺たちに声をかけた人物だった。

「おーおー、やるねぇ。協力サンキュー。いやー、ちょっと目を離したら逃げちまってさ」

 紫色の髪を緩く結った女性はどこかのんびりしているようで隙のない動きでタマゲタケたちをボールに戻していく。

「ひ、ヒロ君! こ、この人!」

「え?」

 シアンが目を丸くして服を引っ張ってくる。伸びる伸びる。

 振り向いたその人は俺を見て手を差し出してくる。握手を求めているその手に応じるとにやぁと不気味な笑顔を浮かべた。

「あたしはギフト。ま、どこにでもいる薬屋さ。せっかくだし礼もしたいから店にくるといいよ」

 爽やかとは縁遠い粘ついた声。多分本人に悪気はない。というかこの町の人間かなりの確率でのんびりかねっとりした喋り方してるな。手渡された名刺の裏には店の地図があり、すぐそこにあるのがわかる。

 ギフトさんの背中を見送っているとシアンが口をぱくぱくさせて指をさす。

「あ、あの人! 元四天王のギフトさんですよ!」

「……は?」

 どうして俺はこうも四天王関係者と縁があるんだろうか。

「……四天王……」

 シレネがギフトの背中をじっと見たかと思うと俺に花がさくような笑みを浮かべ、預けたグーのボールを大事に持って言う。

「それじゃあヒロ君……グー、しっかりお世話するから、連絡して、ね……?」

「ああ、もう行くのか?」

「うん……私も、お仕事、しないと……だし」

 名残惜しそうに背を向けたシレネを見送る。最後、少しだけ違和感があるものの、引き止める理由もないのでさっきのギフトさんの店に向かうことにし、シアンとともにこの場を後にした。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 シレネは人気のない場所にたどり着くと通信機で連絡を取った。

 通話に応じたのは5人。自分を含めたチームの全メンバー。

 

 

『こちらリジアです。どうかしましたか、シレネ』

『んだよ。こちらキッド、根暗女が何の用だ』

『はい、こちらサイク。どうかしたかい?』

『んあー、こちらココナ。要件は手短に』

『こちらメグリ。何?』

 

 

「――連絡です。元四天王、毒舌女のギフトと接触しました。事前の打ち合わせ通り乱入が予想されます。各位、気を引き締めてください」

 

 

 レンガノシティに潜り込んだ6人の下っ端たちが密かに蠢いていた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 さっそくギフトさんの店につくと閉店中の札があり、どうしようかと悩んでいるとドーラが興奮したようにボールから飛び出して扉をカリカリしはじめる。

 それに気づいてかギフトさんが扉を開けて俺らを見た。

「あー、悪い悪い。さっき急いで店飛び出したときに閉店中にしてたの忘れてた。まあ入んなよ」

 中へと導かれると棚には薬やらが並んでいるがひときわ目立つのは漢方薬や薬草類だろうか。

 ドーラは店の中の雰囲気が落ち着くのかやけにリラックスしており、ギフトさんもドーラを見て目を輝かせる。

「あ~いい感じに育ってるペンドラーじゃん~。なあ、ちょっと触ってもいい?」

「俺はいいですけどドーラが……」

 確認の意味を込めてドーラを見ると「まあ、少しならいいよ」と視線を向けてくれる。

 それを見たギフトさんは恍惚とした表情でドーラのトゲに触れないように絶妙な触り方で撫でくり回す。

「はあ……やっぱ最高だな……毒タイプこそ究極の美……」

「ど……どらー」

 ドーラが若干困惑してるっていうか引いてる。

「まあヒロ君も大概ですがあの人の方がちょっときめぇですし」

「きめぇとか言うな」

 聞こえたらどうするんだよ。しかし、ギフトさんは全く気にしてないのか聞こえてないのか幸せそうにドーラを撫で続けている。

「自分で育てたポケモンがやっぱり一番だけど~他人のけづやの違うポケモンもたまんねぇ~……あ、やばい……体液欲しい……なあなあ、ペンドラー、体液ちょっと――」

 受け付けなかったのかドーラは素早く飛び退って俺の後ろに隠れてしまう。

 だが俺は気づいてしまった。この人、多分俺と同じタイプの人間だ。ポケモンへの愛情が時々暴走してしまうだけで悪人ではない。

「ちぇー。にしても随分といい感じに育ってるなぁ。君、トレーナー歴どんくらい?」

「まだそんなに経ってないですよ」

「でもボクより随分と強くなってきたですよ、ヒロ君」

 まあ主にイオトとエミのおかげで他の新人よりはずっとレベルあがるチャンスが多いのも確かだ。

「ふーん。ジムとか巡ってんの?」

「えっと、ワコブシティとハマビシティのジムバッジは手に入れました」

 バッジ収納ケースを見せると「おー」と感心したように手を叩き、何かに気づいたような顔で指を鳴らした。

「君、もしかしなくてもあのアリサの弟?」

 なんで俺、姉の関係者にめちゃくちゃ知られてるんだろうか。しかもこの人現役じゃなくて元なのに。

「前にリーグで引き継ぎ関連で出向いたときにアリサと話してたらしきりに弟の話されてさー」

「すいません、姉が本当にすいません」

 今度俺の話を外であんまりすんなって言っておこうと強く思った。恥ずかしい。

「まああれの弟なのにこの歳まで旅に出ないのは珍しいなー、地域柄があるにしても、とは思ってたから。滑り出しは順調って感じか」

 改めてバッジを見てギフトさんはしみじみと呟く。

「よかったな。最初のジムリーダーと2番目があいつらで」

 そういえばジムって本来順番とかないから好きなところから挑戦できるんだっけか。下手すればケイが最後のジムリーダーっていうトレーナーもいたりするんだろうか。

「他のジムリーダーはろくなのいないからなぁ」

 なんかちょくちょくチャンピオンがひどいって話は聞くけどジムリーダーも駄目なのか……。

「まあ何? 付き合いもあるから人柄とかもわかった上であえてジムリーダーとしての評価を下すならあいつらはどいつもこいつもジムリーダー失格レベルだよ。実力はそれこそ折り紙付きだけど」

「ちなみにどういった理由で……?」

「ケイとナギサ見たならわかると思うけど、あいつらは新人に対しては特に真摯な対応をするやつらなんだよ。育成に重きを置いてるからな。でも他のやつらは違う。あれらは自分たちが楽しければいい。新人だろうと教え導く気が限り低い。自分のことで手一杯やつらばっか」

 確かにそう考えると最初に当たったのがあの二人で幸運だったのかもしれない。ナギサには敵わなかったけどあれはもう仕方ないことだし。

「でも少なくともこの地方は実力至上主義だからな。強ければいい。そういう理由でこの町のジムリーダーは現ジムリーダーの中でも最長の記録を持ってる。あいつも大概面倒なやつだけど四天王に迫る強さを持ってるから許されてんだよ」

「実力至上主義かぁ……」

 そう考えるとポケモンバトルの強さが基準っていうのも厄介な気がしてきた。世の中にはただ可愛がりたいだけのトレーナーもいるだろうに。

「ま、その極地が今のチャンピオンだ。あたしはあれの下につくのが無理だったから四天王を引退したんだけど……」

 写真立てをチラりと見て少しだけ寂しそうな表情を浮かべたギフトさんは珍しく普通の微笑みを見せる。

「あいつがなー、ジムリーダーになった途端アレだもん。変に力なんて持つもんじゃないね、まったく」

 アレ、と言われてシアンは表情を曇らせた。前々から思っていたがシアンにもその一件で思うことがあるのだろうか。

 クロバットに頬ずりするギフトさんは「まあ辛気臭い話はやめとこうか」と話題を切り替え、店に並ぶ漢方薬やら薬やらを見せてくれる。

「さぁて、さっきの礼だ。本当はタダで、と言いたいところだけどこっちも一応商売してるからな。特別にここにあるやつは全品半額だ」

 ずらっと並んだものはかいふくのくすりやまんたんのくすりなどの高いものからなんでもなおしのようなものまで一式揃っており、漢方薬も当然だが並んでいる。よく見るとPP回復アイテムまである。これは半額だろうとめちゃくちゃ高額だが。

「漢方薬、気になるか?」

「効果はすごいですよね」

「まあなー。でもすっげぇ苦いからたいていは嫌がるんだよ」

 苦笑して「あたしは結構気に入ってるんだけど」と付け足し、俺が選ぶのを待つようにカウンターによりかかる。

 とりあえずせっかくなので高い回復薬と漢方薬を一通り選んで買い込んでおこう。げんきのかけらも安く抑えられたのは幸運だ。

 イヴが漢方薬をくんくんと嗅いで「ぶふぇぇ……」と嫌そうな顔をしている横でドーラはそういうのが好きなのかリラックスしてむしろおやつにしたい勢いで眺めている。買ったけどおやつ代わりにするにはちょっと贅沢品だから我慢して欲しい。

「お買上げありがとよ~。次からは定価だけどよーろしくー」

 ギフトさんに手を振られながら店を出て、シアンとともにポケモンセンターへと向かうと大型テレビである施設が中継されていた。

 

『イドース地方最大の施設、バトルフロンティアの開設を記念して行われる一大イベント! ジムリーダー対抗戦、前夜祭! ジムリーダーズの紹介及びデモンストレーションの解説を務めさせていただきますはこの私! 今をときめくメルティちゃんです!』

 

 露出過多な衣装の女性がテンションの高い様子で画面に映る施設を示す。

『それでは今宵、アマリト地方よりお越しになられたジムリーダーズをご紹介!』

 煙とともにステージが開いて8人の人影が現れる。

 

『クールな拳に込めるは熱い闘志! ワコブシティジムリーダー・ケイさん!』

 歓声が鬱陶しいのか気だるそうに立つ姿はよく知るケイだった。流石に公の場でジャージはまずいと判断したのか着物姿である。

 

『水も滴る浜辺のセーラー少女! ハマビシティジムリーダー・ナギサさん!』

 カメラに向かって屈託のない笑顔を向け美少女にのみ許される決めポーズをするナギサにケイのときより一際歓声があがる。主に野太い声だが。

 

『不気味に微笑むゴーストレディ! レンガノシティジムリーダー・リコリスさん!』

 黒いゴシックドレスを身にまとい、長い前髪で顔の半分を隠した女性が恭しく一礼し、帽子にについた顔を覆うヴェールが揺れる。その姿はまるで葬式にでも出るような姿で、その次に豊満な胸に目が行ったのは俺だけではないと思いたい。

 彼女が出るなりポケモンセンター中から「リコリス様だー!」と声が上がった。地元のジムリーダーが出るとテンションがあがるのだろう。

 この人が次に挑む予定のジムリーダーか。明日戦う姿が見られるらしいし、できれば観戦したいものだ。

 

『大地とともに生きる穴掘り名人! グルマシティジムリーダー・コハクさん!』

 ポニーテールの元気そうな女性が作業着を着崩した姿で現れカメラに向かって意気揚々とピースしている。肩にかけた上着が風で翻り、健康的な色気が醸し出されている。

 

『才色兼備、乙女の味方、花の貴公子! ラバノシティジムリーダー……キャアアアアアッ! アンリエッタ様ー!』

 紹介役のアナウンサーがつい素で叫ぶほどの美形がそこにいた。なんというか、整っているだけでなく立ち振舞いも気品溢れ、カメラへとウインクすると会場が女の歓声で一段と盛り上がる。ポケセン内も女性トレーナーたちがとても盛り上がっているようで女性人気は圧倒的なようだ。

 ……いやでも、この人女、だよな? 男物を身に着けているが胸はあるし。

 

『輝く叡智、ミスタージーニアス! アケビシティジムリーダー・オトギさん!』

 メガネをかけた大人しそうな男が控えめに登場し、言ってしまえばほかと比べて地味という印象だ。

 

『寡黙な電流、迸る職人魂! ロードネシティジムリーダー・イヅキさん!』

 ゴーグルを首から下げた男が無表情で立っており、さっさと終われという顔を隠しきれていないのが見て取れた。

 

『そして最後はこのお方! 元アマリトチャンピオンにして最強の代名詞とも謳われた鋼鉄の女傑、ユーリ様です!』

 最後に姿を表した人物は小柄な少女か少年にしか見えない人物。中性的だが目鼻立ちが整っており、幼い風貌でも謎の貫禄を漂わせている。不機嫌そうに帽子を深く被り直すと風でケープがはためいて風格さえ感じさせた。

 

「元チャンピオン……」

 画面に映るその人物に思わず釘付けになり、隣でシアンが複雑そうな顔をする。

「元っていうけどまだ子供じゃ――」

「あれはとっくにアラサースレスレですよ。昔っからほんと老けねぇやつです」

 アラサーと聞いて思わず二度見する。どう贔屓目に見ても俺より歳下にしか見えない。

「……もしかしてあの人?」

 シアンの同性婚約者云々を思い出し、知ったような言い方といいもうほぼ確定だろうが改めて確認すると顔芸一歩手前の嫌そうな表情で頷かれ、なんとも言えない気分になる。

 男とか女以前にそりゃシアンの好みにそぐわねぇな。筋肉もなければ背も小さいし。

「ボクの婚約者(仮)かつボクとケイの野郎の姉弟子で更に言えばさっきのジムリーダーにいたアンリエッタお姉の従姉妹でもあるですよ」

「濃すぎる」

 ゲームだったらめちゃくちゃシナリオに絡んでくるタイプの濃さだ。

「ていうかアンリお姉も一応兄弟弟子ですからねぇ。ボクはほとんど接点なかったですが。ジムリーダーに同門が多いから笑っちまうですよ」

「俺も道場に所属したいんだけど」

 なんかもう、ジンクスでもあるんじゃないかってくらい関係者多いな。

 テレビではイドース地方のジムリーダー紹介なんかをしているが、そちらに注目する前にイオトが戻ってくる。

「なーにみてんの」

「イオ君も見るですか? 明日のジムリーダー対抗戦」

 イオトもテレビを見ると「あー」と面倒そうな顔をする。

「俺はパス。こういうのってだいたい結果読めてるし」

 イオトは意外なことにこういうことにはあまり興味がない。

 シアンがつまらねぇですーとぼやいているとポケモンセンターの窓から見覚えのある姿が見えた。

 エミと、白衣の男が何やら会話している。エミの表情からしてあまり楽しい話ではなさそうだが――。

 様子を見に外へ出るとエミがぎょっとした顔で俺を見て、話していた男はそれに釣られるように振り返った。

「ン? 例のお友達かナ?」

 メガネをかけたおっさんは地味な外見に似合わずテンションが高い。

「うるさいなぁ。もういいだろ。帰れよ」

「エミ、その人は?」

 口調からして親しい間柄のように思えるがあまり接点を見出だせない。

 すると男は肩をすくめてわざとらしく言った。

 

「せーっかく息子に会いに来た父親を邪険にするだなんて……ひどい親不孝者だと思わないかネ?」

 

 父親、と聞いてエミと男を交互に見る。

 それこそ少女めいた童顔女顔のエミと、地味でこれといった特徴のない男。

 

 ――に、似てねぇ!

 

 

 




イドースジムリーダーの紹介含めたら長すぎるので省略しました。そもそもイドース組はこっちに出番ないので仕方ない。


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夜に手折る花

 

へらへらしたメガネ男の横でぶすっとした顔のエミを改めて見ると、よほど母親似なのか全然顔が似ていない。髪色は確かに同じだしよく見ると目の色も同じなのだがそれにしても顔が似ていない。

「小生はライア。愚息がお世話になってマース!」

「死ね」

 よほど嫌っているのかエミの声はかなりきつい。

 後ろからシアンとイオトもやってきて全員集まるとエミの父ことライアさんは「オー」と感心したような声を上げた。

「いやー、随分とお友達ができてるじゃないですカ! 小生びっくり」

「うるさい、喋るな、触るな」

 難しい年頃で済ませるにはエミの年齢は少々いい歳なのでなんとも言えない。

 微妙な距離を置いて並ぶ二人を見ていると、イオトが不審な目をライアさんに向けているのに気づく。するとライアさんがイオトを見て「おや」と小さく呟いた。

「これはこれは……久しぶりじゃないカ」

「……どうも」

 イオトの顔は険しい。まるで知り合いのようなやりとりにエミも不思議そうな顔をした。

「何、イオト。これと知り合いだったの?」

「これとはなんですカ、これとは」

 ライアさんの注意は無視してイオトに聞くエミ。イオトはばつが悪そうに頭を掻くと、ライアさんがやけに楽しそうに言った。

「彼は小生にとって甥っ子なんですヨ」

「へー……えっ?」

 エミが交互に二人を見る。俺も思わず見比べてみるとなんというか、正直顔だけならエミよりイオトの方がライアさんに似ている。ん、ということはもしかして――

「この人が俺の母親の弟で、ついでにケイの母親も俺の母親の姉妹だよ」

「世界が狭い……」

 イオトとケイにあった既視感の原因がわかったがそういえば道場にいるときのイオトって慣れてる感あったもんなぁ! なんで黙っていたのかとかそういうのはさておき、ここに血縁関係が発覚してしまったことによって恐ろしい真実が浮かび上がる。

 

「つまり……イオ君とえっちゃんはいとこです……?」

 

 その言葉にイオトもエミも真顔になり互いを睨む。

「ははは」

「ははは」

 乾いた笑い声が痛々しい。なんだろうな、この二人の微妙な関係。特別悪くもないけどよくもない。ライバルともいい難い。まあ基本的にはうまくやってるから俺には関係ないけど。

「いやー、懐かしいネ。姉貴の葬儀以来かナ?」

「そうですね」

 どこか他人行儀なイオトの声。いつにも増してちょっと棘のある言い方にライアはおどけたような口調だ。

「そういえば、あの時は小生一人で行ったからこれがいるって知らないよネー。いやー、意外なところでの出会いってやつ?」

「いいからもう帰れよ。やること終わったんだろ?」

 エミがげしげしと足蹴にするがライアさんはどこ吹く風。本気で嫌がってるエミには悪いがちょっと面白い光景だった。

「いやネー、愚息に久しぶりにプレゼントでもと思って」

 白衣の内側からごそごそと何か探すような仕草をしたかと思うとモンスターボールを二つ取り出して放る。ボールから出たのはラルトスとクチートだった。

「……えっ、何? 素で言ってんの? あんた僕のこと何歳児だと思ってんの? というか僕もうサーナイトいるんだけどなんで」

 エミのボールから飛び出したサーナイトがエミの後ろでおどおどとライアさんとラルトスを見ている。まあ、普通に考えたらエミには必要ないよな。手持ち6匹揃ってるし、俺と違ってたくさんのポケモンが欲しいわけでもないようだし。

「いや単純に余ったからいるかナーって」

「このクソ親父! 要するに押し付けに来たってことかよ!」

 シアンはそんな親子喧嘩をスルーしてあくびをするクチートに手を伸ばす。

「かわいいですねぇ~。おやつ食べるです?」

 シアンが両手のクッキーを持つとクチートが目を輝かせ、同時に放り投げられた二つを大顎と普通の口でそれぞれキャッチしてもぐもぐと咀嚼する。

「お利口さんですよ~」

「あ、じゃあ君いる?」

 シアンにターゲットが移った途端、エミがぎょっとして激しく首を横に振った。

「やめときなって。このクソ親父からもらったら不幸になるよ絶対」

「いいんですか!?」

「シアン聞いてー!」

 エミの忠告がそもそも耳に入っていないのかシアンはわーいとクチートを抱えてぐるんぐるん回り出す。どうでもいいけどクチートって11kgだからそこそこ重いはずなんだけどシアンって力はあるから平気なんだろうか。

 ふと、足元を見るとラルトスが俺をじっと見つめていた。

 俺は惑わされないぞ。強い心で誘惑に打ち勝つからな。そろそろ貰い物のポケモンばっかもどうかと思うし第一またポケモン増えたら手持ち減らさないといけないしで――

「らるぅ……」

「かわいいなお前~~~~~~~~」

 俺は弱い生き物だったようだ。なんかミックとイヴがげしげしと蹴ってくるけど俺にとっては癒やしでしかない。

 ふと、シアンをじっと見ていたライアさん。それに気づいたシアンも顔を上げてライアさんを見た。

「どうかしたです?」

「いや、昔にも別の子にポケモンあげたなーってちょっと思い出しただけサ」

「ほあ。ところで本当にいいですか?」

「いいヨー。どうせアテもなかったしネ」

 ピロロロと携帯端末の音が響くと、ライアさんがポケットから取り出したそれを見てすっと真面目な顔になる。

「さて、そろそろ小生はイドースに戻るから……ま、例の件はよろしく頼むヨ」

「――気が向いたらね」

 最後に少しだけ剣呑な雰囲気で別れたライアさんを見送り、何か頭から抜けている気がしてはっとした。

「あ、あのー! ラルトス!」

「あー、それも君にあげるからよろしくネー!」

 シアンの流れで完全に俺にも押し付けられ、抱き上げたラルトスが縋るような目で俺を見る。捨てられない。こんなかわいいやつを俺は捨てられない。

「でも俺はまた手持ちを誰か送らないといけないとおもうと……」

「とりあえずレギュレーションの問題だけだし編成決まるまで持つだけ持っとけば?」

 ずっと黙ってたイオトが声をかける。ラルトスはかわいいんだけど俺の手持ちは全員かわいいかかっこいいかなので増やすことでしばしの別れを経験するというデメリットが判明してしまった。

 辛い。グーですらしばらく会えないの辛いのにまた一匹入れ替えるとか無理すぎる。

「とりあえずお腹すいたですよ。ご飯に行くですよ」

「さんせーい。はぁ……クソ親父のせいで無駄に疲れた……」

 エミが口元を袖で覆いながらため息をつく。本気で嫌がっているのか、シアンのクチートと俺の抱えるラルトスを見て口元を歪める。

「それマジで世話すんの……? やめときなよ」

「別にポケモン何も悪くないしなー」

 野生に帰すという手もあるが二匹ともそういう素振りがない。ある程度二匹の意思を尊重するなら仕方ないと思うし何よりかわいい。

「僕は止めたからね? 知らないよ」

 エミはそもそもなぜ止めるんだろうか。シアンとともに首を傾げながら腕の中にるラルトスとクチートを見下ろした。

 

 

 

――――――――

 

 

 

夜も更け、ギフトは閉店作業をしながら店の奥である自宅に先に戻っていくベトベターやエンニュートたちを見送り、ふとレジに置いてある写真立てを見た。

 数年前、まだ四天王だった頃の写真は5人揃ってとても楽しげに笑っていた。

「ほんと……あいつさえ来なければ……」

 毒舌女と称された四天王ギフトはあの日あの時、親友が膝を折った瞬間から消えてしまった。それだけ、ギフトにとってかつてのチャンピオンの彼女は大きな存在だったのだ。

「さて、明日は巡回に行くかね」

 ジムリーダーの不在。よからぬことを企む者がいてもおかしくはない。特に、極秘に聞かされたレグルス団の話もある。

 ジムリーダーリコリスからも、不在の間町を頼むと言われ、柄にもなく真面目に頷いていた。

「あ、そういえばあれ渡すの忘れてたな」

 昼間に来た将来有望な青年。アリサの弟でもあるヒロに、わざマシンを渡しそびれていたことを思い出し苦笑する。

「まあいいか。まだ町に滞在してるだろうし」

 メモに「ヒロに渡す用」と書いてわざマシンを引き出しにしまう。すると、コンコンと控えめに店のドアをノックする音がした。

「こんな時間に何だよ~。もう閉店中だってのに」

 扉をあけたギフトは目の前にはフードを目深にかぶった人物が佇んでいた。その人物はゆっくりと店の中へと踏み入れ、ギフトの顔をじっと見ている。

「ん? お前――」

 ギフトが不審に思うと同時に、ギフトは腹部に熱を感じ、ぼんやりと自分の腹を見る。

 自分の腹を貫いているそれを理解できず、ワンテンポ遅れて声が出た。

「ニダンギ――」

 引き抜かれると同時に出血が激しく、床に鮮血が撒き散らされる。

「クロ、バット……!」

 助けを求めるようにクロバットを呼ぶが、店じまいということもあってポケモンをすぐそばに置いていなかったことをギフトは後悔した。

「ゆー……り……」

 ギフトは変わってしまった親友のことを思い出しながらフードの人物に攻撃するクロバットを虚ろな目で見つめる。

 直感でわかってしまった。クロバットだけでは負けてしまう。

 

(クロバット……でも、お前は人の言葉喋れないもんな……)

 

 手持ちがせめて無事ならと思う気持ちと、この犯人を誰にも伝えられない悔しさに歯噛みしながらギフトは意識を失った。

 

 

 

――――――――

 

 

 レグルス団の下っ端たちは町の郊外にて集う。

「明日の計画は以上です。頭に叩き込みましたね?」

「ばっちしッス! リジ姉とパイセン、よろしくッス!」

 リジアの確認に拳を鳴らしながらキッドは無駄にやる気に満ちた声で応じる。

「問題は乱入の恐れのある元四天王ですが――」

 サイクが盗撮写真であろうギフトの写真を改めて見て唸る。

「これが出てきた場合は最悪撤退、だね。というわけで後方支援組は誰か一人でもいいからやつを近づけさせないように妨害よろしく」

「……了解」

「たっく。うちまで引っ張り出したんだから絶対任務は成功させなよ?」

 改造白衣を着た少女が棒付きキャンディをガリガリと噛みながら悪態をつき、隣にいるメグリを見る。

「つーか後方支援3人もいらなくなない? 強襲組4人での方が成功率あがるんじゃないの?」

「――いいえ、私と、メグリは……顔が割れないよう普段動いているため、後方支援確定です……ココナ、あなたは、強襲部隊で動けます……?」

 シレネに指摘されココナと呼ばれた少女は露骨に舌打ちした。

「あーはいはい。無理無理。じゃあ3人3人で実行ね。んじゃまあせいぜい強襲部隊が成功することを願うよ」

 ココナの皮肉にキッドは「何様だてめー」とキレかけ、サイクがまあまあととりなし、夜の密会は過ぎていく。

 リジアは夜空を見上げてあることを憂いた。

 

(――なぜだろう。明日、私はあいつと戦うことになる。そんな気がする)

 

 腐れ縁か、因縁か。行く先々で出会う男のことを考えると胸がざわついた。

 その男から贈られたリボンに触れ、頭を振ると決意したように唇を引き結んだ。

 

(いいでしょう。もし向かってくるならば今度こそ叩きのめすまでです)

 

 

 

 




活動報告にて日頃の感謝に御礼絵置いてあります。みなさんお気に入りありがとうございます。


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毒の占拠地

 

 

 次の日、眠気をこらえながら朝食を取るとテレビは今日行われるジムリーダー対抗戦のことで特集が組まれている。ぼんやりと食堂の共同テレビを見上げながら映る人物について考える。

「ジムリーダー、ユーリかぁ……」

 一番印象的な人物でもあり、ジムリーダー最強と謳われる彼女はいずれ自分も相対するであろう事実。シアンのこともあるのでいつになるかはわからないもののバッジを集める以上は避けて通れない道だ。

 

『四天王じゃない俺に勝てねぇならあの人に勝てねぇよ』

 

 ランタの言葉を思い出す。恐らくあれはこの人のことを言っているんだろう。

 元チャンピオンであることを差し引いても彼女はやたら色んな人物に評価されている。

「こうして見るとかわいい女の子なんだけど――」

「何が?」

 ぼんやりテレビを眺めていたらエミが不思議そうな顔で覗き込んでくる。テレビを示すと「ああ」と関心の薄そうな返事が返ってくる。

「まあ顔はいいほうだよね」

 それだけだと言わんばかりの辛辣な評価に思わず苦笑いしか浮かばない。イオトもそうだがエミは割りと四天王やジムリーダーに対する反応が厳しい時がある。

「今日はなんか予定あるかい?」

「うーん、修行でもいいけどイオトがあんまり乗り気じゃないから今日も町巡りしようかな」

 シアンは今日はテレビで観戦する気満々らしいので恐らく出歩かないだろうし。

「そっかー。じゃあ僕ものんびりしてようかな」

「俺はまあ町を見てくるよ。昨日博物館とか行きそびれたし」

 共同スペースのソファにもたれかかったエミの肩でパチリスがおやつを食べながらテレビを見ている。朝食も終わったししばらくしたら散歩がてら出かけよう。

 最低限の荷物を持って外に出るとジュンサーさんの姿をちらほらみかける。何か事件でもあったのだろうか。

 喧騒から離れ、しばらく歩くとそこそこ人が入っている博物館らしき建物が目に入る。昨日は素通りしていたが入ってみよう。

 一人分の入館料を入り口で支払い、ポケモンはボールに戻すように言われて嫌がるミックをなんとかボールに戻し中に入る。

 入り口で取ったパンフレットを見るとここの目玉は幻のポケモンであるジラーチが眠る際に作り出す繭の欠片が展示されているという。

 厳重な透明のケースに入ったそれは紫色に輝いており、水晶のようなそれは不思議な魅力を醸し出している。

 相当貴重なものらしいためケースの周りにロープで囲いがされており、遠巻きからも眺めようとする客でいっぱいだった。

 ふと、嫌な予感がして周囲を見渡すとこの場に似合わない、見覚えのある人物がそこにいた。

 ハマビシティでナギサを襲撃した男二人の片割れ。ヤンキーめいた馬鹿そうな男は展示されているものに興味がない様子でガムをくちゃくちゃと噛みながら携帯端末で何かを確認している。こちらに気づいている様子はない。

 何かをしたわけではないがこれから何かするつもりではという嫌な直感で足音を立てず、男に近づき、あと数歩というところで肩を掴まれた。

 

「――ああ、本当に……目障りな邪魔者とは君のことですか」

 

 ハマビシティで遭遇したメガネの男。そして確信した。レグルス団はここで何かやらかす気だ。

「お前ら――!」

 何をするつもりだと言いかけた瞬間、館内が停電し、一帯が真っ暗になり、肩を掴んでいたメガネ男の姿も消えていることに気づいた。

 動こうとするやいなや、鼻につくきつい臭いと何かが溶けるような音に背筋が凍る。

 周りは半ばパニックになっており、慌てて逃げようとする人々が転倒したりするような音がする。時折俺にもぶつかる人がいて、動こうにも人の波に飲まれそうになる。

 

「はーい、みなさんお静かにー」

 

 やけに響く声がパニックになっている館内に行き渡る。この声はよく知っていた。

 

「ここは、我らがレグルス団が占拠させて頂きました。みなさんは人質です。おとなしくしていたほうが――身のためですよ?」

 リジアは爽やかな笑顔で言い、示した先には足にヘドロばくだんを受けて蹲る男性。その近くにはメガネ男とヤンキー男が通路を封鎖するように立つ。

「あまり長引くと毒が全身に回ってしまうよ?」

 笑顔で恐ろしいことを足元の一般客であろう男性に言い放ち、他の客たちも恐怖で言葉を失う。ここで戦えるトレーナーはどれだけいる。チラチラと腰のあたりを確認するがろくに戦えそうなトレーナーがそもそも少ない。いても下手に動けないというのが現状だ。

 

「声明を出しましょう。我々レグルス団は手始めにこの繭石を譲り受けたい、と。速やかにそれが叶わない場合――人質の皆さんがどうなるかはご想像のとおりです」

 

 足元には更に毒液が満ちていき、ろくに身動きが取れない。ポケモンならまだいいだろう。人間が浴びればどうなるかわからないそれを目の前にして動けるものは皆無だった。

 

「さあ、ポイズンパーティーの始まりです」

 

 リジアの宣言とともに、博物館は占拠され、後に毒沼の強奪事件と呼ばれる事件が幕を開けた。

 

 

 

――――――――

 

 

 イオトはマリルリとともに町を散歩していた。

「……出ない、か」

 電話をかけた相手はかつての弟子。露骨な拒絶にイオトは凹み、マリルリさんにべちべちと叱られる。

「うん……まあ、仕方ねぇけどさ」

 ふと、博物館の方に人だかりができており、ジュンサーが先程の倍以上に増えていることに気づいて野次馬根性で見に行ってみると、博物館内部で客を人質にした立てこもりが発生していることを知る。

 交渉に応じるか、責任者に連絡――まあとにかく対応が遅い。

(目的は――繭石か)

 この博物館であるとすればそれしかないとイオトは半ば確信していた。

 が、当然ながら入り口は封鎖されている。というか自分には関係ないし、と背を向けたところでこちらに駆け寄ってきたエミに気づく。

「イオト! ヒロ見たかい?」

「いや、見てないけど」

「……とりあえず落ち着いて聞いてほしいんだけど、ヒロ、博物館行くって言ってたんだよね」

 土気色のエミの顔にこっちまで顔色が悪くなる。

 それはつまり、渦中にいるということで、関係ないと言っている場合ではないということ。

 

「――しゃあねぇ、忍び込むか」

 

 あまりに思い切った発言にエミが思わず脱力し、肩に乗っていたパチリスも呆れ果てている。

「忍び込むって……どこからさ」

「んなもん下か上からだよ」

 アーケオスをボールから出したイオトはにやりと笑い、エミは思わず頭を抱えた。

 

 

――――――――

 

 

 要約するとリジアたちは強かった。

「警備員はこれだけですか」

 警備員たちは勇気を振り絞って行動したものの、完全に何手も先を読まれており毒沼に落とされた挙句、つるで縛られて毒のまま隅に放置された。俺を含む一般客もポケモンによる拘束かつるで縛って動きを封じてくる。特にトレーナーと思わしき者たちはポケモンによる拘束で完全に反抗させる気がない。

「どいつもこいつもやっぱり鍵は持ってねぇッスね」

「期待はしていませんけどね。外からの申し出もありませんしやはり破壊する方針でいきますか」

 繭石の入った頑丈なケースにチンピラ男のゴロンダ、リジアのキノガッサが攻撃するもヒビ一つ入らない。ポケモンのパワーすら防ぐ厳重さにリジアは舌打ちする。

「予想はしていましたが堅すぎますね……パルシェンの殻を再利用した素材でしょうか」

「リジアちゃんは預かった装置でロックの解除できないか試してみて」

「はい。ではあとはお任せします」

 一瞬だけ、リジアが俺を見る。

 

 ――ほらね、何もできない。

 

 口は動いていないもののそう言っている気がしてならなかった。

 動こうとして蔦が食い込むだけで抜け出せそうにはない。リジアが奥の繭石の展示場所へと行ってしまい、残った二人――キッドとサイクが外からの連絡待ちのついでに俺たちを監視する。

「侵入できる場所は正面と、裏からの侵入経路はあっちが潰しているでしょうし実質ここからしか邪魔者は入ってこないでしょう」

「うーっす。まああいつらがヘマした時のことを考えて一応後ろも警戒して――」

 

 その瞬間、キッドの真上の天井が落ちてきた。

 

「残念、上からきた」

 

 土埃を払ったイオトは天井を足場にして毒に触れずに着地し、ぐるりとあたりを見渡すと俺を見つけて「あーいたいた」と呑気な声をあげる。

「おまっ、何天井ぶち抜いてんだよ! 一般人巻き込んだらどうするつもりだ!」

「だーいじょうぶだいじょーぶ。エミのサーナイトに確認してもらってから飛び降りたから」

 足元で潰れているキッドはかなり重量があるはずの天井の一部を払い除けて立ち上がる。かすり傷は多々あれど実質行動不能にすらならない無傷っぷりに戦慄する。

「よーくーもーやってくれやがったッスねぇ! サイクパイセン、こいつぜってぇ殺す!」

「落ちつくんだ。僕も相手しよう。これは……君一人でどうにかできる相手ではないからね」

 イオトを見てサイクは渋い表情を浮かべる。それに対してイオトは嘲るように笑った。

「はっ、一人前に力量差をわかってますってか? なら二人でやっても勝てないことくらいわかってるだろ? 見通しが甘いんだよ」

 どこかいつもよりも過激な物言いのイオトに違和感を抱くが、その前にイオトのガブリアスによってウツボットの拘束が解かれて自由になり、イオトの近くに駆け寄った。

「イオト、俺も――」

 戦う、と言いかけてなぜか蹴っ飛ばされる。しかも繭石がある方向に。

「イオト!?」

「お前はあっちが相手だろ? ほら」

 足で背を押され、俺のしたいことを察したイオトに無言で頷く。

 イオトは強い。エミも参戦するかもしれないし大丈夫だと信じてリジアのもとへと向かう。

 

 会うたびにろくなことがないけど、本当は優しいはずの彼女を信じたかった。

 

 ケースの下部にあるセキュリティ部分をいじるリジアはコードを機会につなぎながらブツブツと独り言を漏らしている。

「あー、ココナから借りといて正解でしたね。パスワードの解析を――」

 

「リジア!」

 

 俺の声はリジアへと届いた瞬間、やけに響き渡ってリジアの独り言を止めた。

 鬱陶しそうに顔をあげたリジアと目が合う。その目はまっすぐ俺を見ているが、そこに灯るのは嫌悪そのものだ。

 

「――やっぱり、お前は私の邪魔をするんですね」

 

 わかっていたと、冷静な声が俺に降りかかる。俺もどこかで理解していた。けれど、リジアのほんの少しだけ垣間見える優しさにどこか期待していたのだ。

 だけど、それじゃだめだ。期待はしたところで返ってくるものではない。

 だからこそ、俺は自分のために、そしてリジアのためにもわがままを押し通そう。

「お前から手を放した俺が馬鹿だったよ! 今度こそお前を捕まえてやる! 更生させて、まっとうに生きていけるようにしてやる!」

 その言葉を聞いた瞬間、リジアの顔がわずかに歪んで、悲しそうな瞳が揺れた。

 が、それはほんの僅かな幻だったかのように、リジアはいつもどおりの表情へと切り替わる。

「は――、やれるものならやってみなさい! 本気の私に、お前みたいなニュービーが勝てるはずなどないんですよ!」

 手持ち6匹を一斉に出したリジアは酷薄な笑みを浮かべた。

 

「今までのおふざけとはわけが違います。私のフルメンバーでお相手してあげますとも!」

 

 

 

 

――――――――

 

 

 ――ずっと待っていたのに。

 

 心のどこかでそんな声が聞こえた気がした。

 

 

――――――――

 

 

 

 



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この気持ちは嘘じゃないけれど


【挿絵表示】
 2017.12.28追加


「ネネ! にほんばれ!」

 ネイティオにより室内だというのに強い日差しが照りつける。室内での天気すら一時的に操作する技はこうして現実でみると恐ろしい。

「オールド、ソーラビーム! アギル、アシッドボム! キヌガ、はっけい!」

 怒涛の攻撃をそれぞれ防ぎきろうと手持ちを総動員して相性のいいメンバーで受け切る。ソーラービームはチル、アシッドボムはエンペルト、はっけいはミック。だがそれすらもリジアにとっては想定の範囲内だろう。

「受けているだけでは私の独壇場を作る隙でしかありません!」

 そばにいるニャオニクスが次々とひかりのかべやリフレクターを展開していく。

 

リジアの手持ちはネイティオ、オーロット、アギルダー、キノガッサ、ニャオニクス、グライオン。

 

 全員、指示を聞きつつもある程度最初から決まっている自分の役割を理解しているような動きで次々とこちらの手持ちに攻撃してくる。受け切るのに精一杯で押し返す余力がない。

 というか、全員一度に詳細な指示を出すというのが、土台無理な話なのだ。指示をしている間に刻々と状況は変化する。相手は待ってなどくれない。

「その程度で私を止めるつもりだったと? 笑わせないでください! グライ!」

 グライオンの尾が俺に向けられる。幸いドーラが防いでくれるが向こうはトレーナー相手だろうと容赦しない。こちらが圧倒的に不利だ。

「エンペルト! ふぶ――」

「無駄です! 小手先大技全て潰してやります!」

 エンペルトの技を妨害したキノガッサ。そのせいであらぬ方向に冷気が向かい、オーロットに僅かに当たってしまう。だがオーロットは即座にきのみを食べて回復し、更にはまたきのみを増やしていた。

 リジアの手持ちの共通点、それは隠れ特性が多いということだ。

 オーロットは今のでほぼ間違いなくしゅうかくであることがわかる。ニャオニクスも恐らくいたずらごころ。ネイティオは元々マジックミラーなのがわかっているので残りはわからないがかなり強力な特性ばかり。

 

 ていうかリジアの手持ち、要するに害悪ばっかじゃねーか!

 

 その害悪みたいな戦法をもはやリジアが指示することなく全員が慣れたように襲ってくるのだから厄介でしかない。

 大量に壁を張られてこちらの攻撃はおろか行動まで制限され、どうすればいい、と焦ったところであることを思い出す。

「エンペルト、かわらわり!」

 ワコブシティでケイからもらったわざマシン。せっかくなのでとエンペルトに覚えさせたのがまさかこんなところで役に立つとは。

 見えない壁を破壊してエンペルトによって作られた道をイヴが駆け抜けてニャオニクスに向かっていく。

「イヴ! リーフブレード!」

「ニャオル、まもる!」

 攻撃が弾かれるのはある程度想定していたがこのままじゃ泥沼だ。そう考えていた矢先、イヴが飛んできたグライオンによってどくどくを食らってしまう。

 毒の影響がないエンペルトがまとめて凍らせようとするがそれよりも先にエンペルトに殴り掛かるキノガッサが連続で攻撃をしかけ、エンペルトが鬱陶しそうに冷凍ビームで迎え撃った。

 が、オーロットが背後からウッドハンマーでエンペルトを叩き潰し、戦闘不能となる。

 チルとレン、ミックは状態異常でダウン。ドーラも毒で応戦しようとするがグライオンはポイズンヒールで逆に回復している。イヴもそのまま毒で消耗し、こちらにまともに戦える手持ちがいなかった。

 だけど、ポケモンに集中してリジアは俺への注意を疎かにした。

 エンペルトが拓いた道を突っ切ってリジアに手を伸ばす。前と同じように、トレーナーそのものを抑えてしまえば――。

 

 ふと、リジアと目が合った瞬間、気づいてしまう。

 

 ずっと抱いていた違和感、それはリジアに届くという瞬間にようやく気づく。何もかもがスローに見えるその刹那、ようやく。

 ――クレッフィがいない。

 リジアが毎回といっていいほど連れていたクレッフィが6匹の中にいない。手持ちを入れ替えたと考えるのが普通だがなぜかリジアにしては不自然だと確信を抱く。

 瞬間、俺の腕に巻き付いた何かがリジアに触れる直前で止められ、強く引っ張られ転倒してしまう。

「はっ、手持ちが6匹なんてレギュレーションのことであって私がそれを守る義理があるとでも?」

 俺の腕に巻きついたピンクのそれは舌。その正体にようやく気づく。

「ゲッ、コウガ……」

 どこからともなく出現したゲッコウガは俺を見下ろしており、ムーファタウンでかつてリジアが使った正体不明のポケモンがこいつだと悟った。

 舌が離れる瞬間、立ち上がろうとして体が痺れて動けない。その理由を俺は嫌になるほどわかっていたはずだ。

「クレフ、コウガ、いい子ですね」

 ゲッコウガが前に立ち、リジアを守るようにこちらを見据えている。クレッフィも俺の背後からリジアの元へ向かう。

「気づくのが遅かったですね。だから言ってるのです。その程度では私に勝てません。お前みたいなお人好しの馬鹿は基本的には正しい人間ですから」

 だからこそ気に入らないと、リジアは俺を見下ろす。

「そうですね……本来は人質ですからよくないですが――いい加減目障りです」

 麻痺で動けないからと俺に近づいてナイフをチラつかせるとやけに穏やかな顔を浮かべる。

 ポケモンという存在がいるから忘れていた当たり前のことなのにどこか遠く感じていた刃物。ポケモン相手には無力だろうが同じ人間であれば息の根を止めることは難しくない。

「最後に言いたいことがあるならどうぞ」

 首に当たるナイフの冷たい感触。そして、その行動の意味を理解して俺は確信した。

 思うことはたくさんある。それでも、そうだと気づいた以上は言葉にするしかない。

 

「好きだ」

 

 時間が止まったかのようにリジアが硬直する。そして、リジアが見えないところで指を動かすと麻痺がとけてきたことを確認し、リジアに続きを告げた。

「ずっと気になってたんだ。俺、やっぱりお前のこと好きだ」

「――はい?」

 理解できないと、首を傾げたリジアは状況が状況だと言うのに震えていた。

「ばっ、ばばばばばば、馬鹿なことを!」

 動揺しているのもそうだが若干顔が赤いのは照れているのか怒っているのかいまいちわからない。

 まず大前提として人殺しは当然だがよくない。だが、リジアは手持ちにそれを命じないで自分の手で俺を殺そうとした。

 リジアのそういうところが、悪人だとしても好きだった。彼女はポケモンへの想いが人一倍強いのだと。だからこそ、リジアが悪事に手を染めているこの現状が不満だ。

 他人からすれば些細なこと。俺にとっては何よりも大事なこと。

「お前、ポケモン大好きだろ?」

 愛情に優劣などない。シアンだって、エミだって、イオトだって自分の手持ちを何よりもかわいがっているし、ほかのトレーナーだってそうだ。

 それでも、俺にとってリジアのポケモンへの愛情は特に印象が強かった。

「だから、俺はお前にまっとうに生きて欲しい」

「――っ!」

 リジアが口を引き結ぶと同時にナイフが離れる。やっぱり根が真面目なんだよなぁ。悪党ぶってるけど。

「だから――」

 もう一匹、隠し持っていたボールのスイッチを押す。

 ラルトスが出現した瞬間、リジアは目を見開いて咄嗟に下がるとゲッコウガが前に出た。

「チャームボイス!」

 ゲッコウガはチャームボイスを食らって少しだけ後ずさる。当然だがラルトスはまだ弱い。もらったばかりでリジアの手持ちと渡り合えるような力はない。

「お前がどんなに俺を拒絶しても! 俺はお前をそこから連れ出してやる!」

 まだわずかに残る痺れを振り払って立ち上がる。ラルトスに預けたげんきのかけら。それを一斉にあちこちで倒れる俺の手持ちたちへとラルトスの力で送りつけ、元気を取り戻した手持ちたちがリジアの手持ちたちに再び立ち向かった。

「俺が弱いのは重々承知の上だ! これから強くなって、お前が嫌がっても引っ張っていけるくらいになってやる!」

 顔を伏せたリジアをまっすぐ見る。リジアは震えていた。それは顔を上げた瞬間に怒りでだということがわかる。

「ああ、本当……本当に馬鹿だ。私が心底嫌いなタイプの馬鹿」

 敬語が消えたリジアの声は地を這うような低さ。光が消え、濁った目がこちらを睨む。

「もうわざわざ言うのも面倒。私はお前に救いなんて求めていない」

「わかってる」

「――嫌い。嫌い、嫌い嫌い……鬱陶しいんだよ!!」

 普段の口調からは想像もつかない声の荒げ方。それに呼応するようにゲッコウガが動く。

 ラルトスでも、俺の手持ちでもなく、まっすぐに俺を狙ってくる。

「嫌い! 大嫌い! 私の前から消えて!」

 

 ゲッコウガの攻撃に気づいたイヴやチルが俺の元へ来ようとする。だが、回避も防ぐのも間に合わない。

 襲いくる衝撃に備えてきつく目を閉じた。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 ――ほんの少しだけ前の出来事。

 

「ゴロンダ! トレーナーごとぶっ飛ばせぇ!」

 キッドのゴロンダの拳はボスゴドラによって受け止められ、弾かれた勢いでゴロンダは後退する。だが、イオトにドククラゲの触手が伸びて頬をかすめる。その際に衝撃でイオトのメガネが飛ばされて音を立てて床に落ちる。

「今だ!」

 メガネを失って視力落ちたとキッドは勝利を確信し、ゴロンダが突っ込む。しかし、イオトは呆れたようにボールからフシギバナを繰り出した。

 フシギバナの蔓でゴロンダは動きを封じられただけでなく、そのまま持ち上げてドククラゲの方へと投げ飛ばされ、サイクが顔をしかめた。

「貴様――!」

「悪いけど、俺視力超いいから」

 メガネのないイオトの顔はとても目つきが悪い。垂れ目気味の目が細められ、見下すような声で二人に言った。

「ま、人の大事なものをふっ飛ばしたんだから何されても文句はいえねぇと思え」

 毒液まみれの床に落ちたメガネは奇跡的に無事な床におちていたが、つるが一部溶けており、不愉快そうに吐き捨てた。

「あんまり調子に乗ってんじゃねぇぞ」

 イオトのボールからトドゼルガが出た瞬間、あたり一帯は氷に包まれて毒すら覆い、二人の足元を凍らせてしまう。

「俺も本当は人間に相手に技を使わせるのには抵抗があるんだが――まあこれだけの悪党どもに加減しても仕方ないだろ」

 嗜虐的に笑うイオトに足が動かない二人は焦るもポケモンを出したところで返り討ちだと悟ってしまう。絶対的な強者との差。人質を盾にする暇もない。どうすればこの男から逃げられるか、今はそれしか考えていない。

 

 一方でイオトは内心不審に思っていた。

(エミが遅い……裏口から来るって言ってたはずなのに)

 自分は上空からも地下からも侵入が難しいとぼやいてエミは裏口を探して侵入すると突入前に話していた。それなのにまだ来る気配がない。

(敵はまだいる、ってとこか?)

 

 

 

――――――――

 

 

 エミは裏口で敵と戦っていた。

 トロピウスのはっぱカッターがエミを襲うもウインディが全て焼き払う。

 

「随分とご挨拶だね」

 

 静かに言うエミはトロピウスの主人である女に視線を向ける。

「ココナ、中のメンバーが苦戦しています。応援を」

 エミを無視してココナに告げると、慌てて中へ駆け込んだココナの背を守るようにメグリは立った。

「何、なんでレグルス団の真似事してんの」

()()()()()には関係ありませんよ」

 両者感情の薄い声のやり取りは静寂をもたらすが中の喧騒に混じってエミは呟いた。

「そうか。今の僕には、ね」

 無表情でウインディをボールに収めると、エミはいつも通りに笑った。

「ま、君と戦うことに意味は無いよね」

 メグリもエミの様子を見てトロピウスを戻しはしないが自分の後ろに下げ感情のない目でエミを見た。

「――あなたは結局何がしたいの? ハマビシティのときもそう。ただのトレーナーに混じって、昔のあなたはどこへ行ったの?」

「うん? 僕は今は自由を謳歌してるだけだよ。君が知ってる僕と何も変わっちゃいない」

 警戒することもなく背を向けたエミにメグリは失望したように言い放つ。

「いい加減遊ぶのはやめて自分の立場と向き合いなさいよ」

「レグルス団の名前も知らない下っ端に説教されるようなことはしてないけど?」

 あくまで他人。知らないという姿勢にメグリも「そうね」と返した。

「少なくとも、あなたは正義の味方にはなれないよ」

 僕を見逃している時点でね、と呟いたメグリにエミは何も言わず、その場から離れる。

「さて、別の入口探すか~」

 まるで今の出来事がなかったかのようにエミは呟く。

 誰も見ていないのをいいことに小さな窓からパチリスを侵入させようとした瞬間、悪寒が走るような感覚に顔を上げる。

 建物の正面方向から聞こえるのは悲鳴とも歓声とも取れる声。

 

 

「うわ、戻ってきたのか」

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 ゲッコウガの攻撃がこない。目をつぶっていたのを恐る恐るひらくと、硬直したゲッコウガがそのまま宙に浮いて逆さ吊りになる。

 

「コウガ!」

 

 リジアが慌ててボールに戻そうとするもボールもなぜかリジアの腰から全て不自然に落ちてしまい、困惑したリジアがボールを回収しようと動くもゲッコウガと同じように硬直した。

 

「――そこまでよぉ」

 

 甘ったるい声。やけに響く靴音。敵意も殺意も感じないものの背筋が凍る感覚。

 

 レースで顔を覆い、更に長い前髪で目の隠れたゴシックドレスをまとった女性。

 つい最近、見た記憶がある。

 

 ――レンガのシティジムリーダー・リコリス。

 

 

 



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自分が正義とは限らない

 

 

 不在のはずのジムリーダーが登場し、人質たちを次々と解放して俺とリジアの方へと歩いてくる。

「はぁい~。みんなぁ、慌てず騒がず走らず避難してねぇ~」

 イオトの方はもう終わったんだろうか。そう思ってるとこちらにきたイオトが困ったような顔でリコリスさんを見た。

 解放された人々はジムリーダーが来たと言うのになぜかどよめいている。

「じ、ジムリーダー様!?」

「やべぇ逃げろ! 巻き込まれたら死ぬ!」

「呪われるぞ! 目を合わせるな!」

 悪の組織よりもジムリーダーに怯えている気がする住人たち。しかしジムリーダーの言うことに従って走らず、やや早足で逃げていく。なんかレグルス団の襲撃よりビビってないだろうか。

 イオトは肩を竦め「まああっちの野郎二人は動けないし大丈夫」と呟いた。

「そこの君ぃ、大丈夫かしらぁ? まあまあまあ……随分と散らかってるわねぇ」

 俺達の周りは戦闘のせいであちこち壊れたりひしゃげたり凹んだりしており、汚れなんて考えたくもない。

 リジアは「なぜジムリーダーが……」と呟きながら身構えており、既に俺は眼中外のようだ。

 

「あらあらあらやだ……おいたがすぎるわぁ」

 

 寒気がしたときにはもう既にジムリーダーの手のひらの上だったことに気づいてリジアは慌てて飛び退くも、追い詰めたと思っていたら自分が追い詰められていたという状況に陥っていた。

「私の管轄でこんな……ふざけたことをするなんてねぇ……よかったわねぇ、犯罪者にも人権があって。ちゃあんと取り調べもしないといけないし、命までは取らないわ」

 怖い怖い、ナチュラルに恐ろしいことしか言っていない。

「というかぁ――非常事態だし我慢するけどとても不愉快なのよぉ」

 室内の至る所がスモッグのような黒い霧に覆われていく。それはゴースのガスだ。

 リジアは顔を腕で覆って呼吸を止める。しかし、この状況で逃げ場はもうない。

 だが、ここで新手が登場した。

「ドクケイル、きりばらい!」

 どこからともなく白衣の少女が現れ、ゴースのガスを吹き飛ばし、繭石を見やる。

「リジア! 解析機は!」

「繋げてあります!」

「5秒稼げ!」

 繭石の方へと駆け寄った白衣の少女を止めようとリコリスさんが手持ちに指示しようとして背後からの攻撃を避ける。

「やっと抜け出せたァ!」

 そこにはイオトが止めたはずのキッドとサイク。ボロボロだがまだ動ける余裕はあるようだ。

 イオトが「は、なんで!?」と驚いてトドゼルガを出すがリコリスさんが「引っ込んでて!」と強くイオトに言い、イオトは黙ってリコリスさんの背を見る。

 ひとまず、ここで俺も下手に手を出したら邪魔になりかねないので手持ちを一旦集め、俺にできることを考える。

 白衣の少女が繭石のセキュリティを破ろうとしている。リコリスさんはリジアを相手にしながらキッドとサイクを再び封じるので手一杯だ。数が多すぎる。

「レン! スパーク!」

 白衣の少女に電撃を纏って駆け寄るレン。それを見た少女はヒッと声を上げてわたわたとボールを投げた。

「バクガメスぅ! うちを守って!」

攻撃に怯えながらも機械をいじるのを止めない。バクガメスは頑丈なのもあって主人を守りきり、ピーッという音とともに繭石を守るケースが開いた。

「獲った!」

 少女が繭石を掴んでユンゲラーにテレポートさせようとする。しかし、失敗に終わり、焦った少女の顔色が真っ青になる。

「なんで!?」

「逃がすつもりがないからよぉ」

 リコリスさんがキッドたちの相手をしていたのは逃さないという手があったということなんだろう。

 ――それは怪しく見開かれるゲンガーの目。

「テレポートで脱出? この子の目が黒い内は逃さないわ」

 文字通りくろいまなざしで脱出手段を封じていた。少女が慌てて繭石をしまおうとするとリコリスさんがヤミラミを繰り出した。それに気づいたリジアがハッとして慌てて少女の方を向く。

「ヤミラミ、トリックよぉ」

「ニャオル、トリック!」

 ほぼ同時に、繭石を引き寄せようと手持ちに命令するが競り勝ったのはリジアのニャオニクス。

「チッ、そっちもいたずらごころってわけ」

 リコリスさんが舌打ちするとリジアはニャオニクスから受け取った繭石をアギルダーにに渡す。

 再度トリックで繭石を奪い返そうとするリコリスさんだがトリックが失敗し、口元が引き結ばれる。

「ねんちゃく――小賢しいわねぇ!」

 優に15匹は超えそうなゴーストタイプの大群をボールから出すとレグルス団の3人組はダッシュで逃げ出した。

 逃すまいと追うリコリスさんだがリジアがけむりだまを放ったことにより視界が封じられ、同時にそれはけむりだまの効果でくろいまなざしの効果も失せたということ。

「キッド君、サイク先輩、ココナ。アギルと一緒に逃げてください。私は時間を稼ぎます」

「らじゃーッス!」

「了解! 君も撤退するように!」

「あーもー! ついてない!」

 リジアのアギルダーとともにイオトが破壊した天井から逃げようとする3人を追いかけようとするリコリスさんだったがリジアによって阻まれる。

「よそ見はいけませんよ」

 リコリスさんは忌々しげに強くヒールを床に打ち付け、カツンと大きく響かせた音に反応してゴーストポケモンたちがキッドに一斉に群がる。

「今です、ネネ!」

 何かしようとしていることに気づいたリコリスさんは慌てて「みんな下がって!」と叫ぶ。攻撃を警戒したリコリスさんだったがそれは違う。

 下っ端3人とアギルダーがネイティオに掴まれた瞬間テレポートでその場から掻き消えたのだ。消える直前、キッドが驚いたような顔をしていたことから恐らく予想打にしていなかったことだろう。

「おや、残念です。せっかくジムリーダーのポケモンをまとめてアジトに送るチャンスでしたが」

「――あなたぁ、自分が逃げることを捨てたわねぇ?」

 降伏するように両手を掲げたリジアを見てリコリスさんは爪を噛む。結果的にはポケモンをどこかに飛ばされるという惨事は避けられたが逃してしまったことを悔しがっているようだ。

 

「でも残念だったわね。あの繭石は偽物よぉ」

 

 その言葉を聞いてはさすがに驚いたのかリジアの目が揺れた。

「――は、だとしても、私の役目は果たしましたから」

「そう」

 リコリスさんによって、リジアは捕獲され、博物館襲撃事件は一旦幕を閉じた。

 

 そう思っていた。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

 

「改めてぇ、ジムリーダーのリコリスよぉ」

 ドタバタしていたもののリジアを捕縛し、一般人でありながら戦った俺らは事情聴取兼リコリスさんとの話をしていた。ジムのすぐ近くの建物でお茶を出されているがどうも気まずい。

「まあ、本当はぁ、危ないから無茶しちゃだめよぉ」

「はあ……」

 決して怒っているわけではないが暗に「余計なことするな」と言われている気がした。今回はよかったが下手に首を突っ込んで事態が悪化することもあるし仕方ない。今回は何もないからリコリスさんも控えめに注意するだけなのだろう。

 エミも裏から入ろうとしたらしいが失敗し、終わった後に合流してきたので今は一緒だ。というかシアンだけがいない。

「噂の新米君でしょ? ケイ君とナギサちゃんから聞いてるわぁ。あとアリサちゃん」

「すいません、姉が本当にすいません」

 下手したらジムリーダー全員俺の顔知っててもおかしくない。四天王は多分全員に知られてる気がする。知られて困ることはないがどうも恥ずかしい。どうせ姉のことだから自慢の弟だとか適当なことを言っているに違いない。

「やだぁ~かわいい~。うちに来てくれたのにこんな状況でごめんなさいねぇ」

「あの、ところでリジアは……」

 ほぼ無抵抗で捕まったリジアはここにはいない。警察とジムが協力体制で見張っているらしい。取り調べも予定しているそうだがリジアのことだし何も言わない気がする。

「ああ、アレ? とりあえず取り調べして折を見て刑務所行きかしらぁ。あ、でもレグルス団のことはデリケートだから普通の刑務所じゃないかもしれないわねぇ。今その件についてもリーグ側に問い合わせしてるし明日には今後が決まると思うわぁ」

「……面会とかってできますか」

 刑務所等に行ってしまったらもう会えないだろう。会いに行こうと思えば会えなくはないだろうがリコリスさんも言うとおりレグルス団のことはデリケートな問題で、面会そのものが許可されるかも怪しい。

「んん? よくわからないけどアレと話がしたいってことかしらぁ?」

 両隣でイオトもエミも「度胸あるなこいつ」という顔で俺を見る。なんだその目は。

「ちょっとだけでいいのでお願いできま――」

 

「それ以上調子に乗ってるとぉ……呪っちゃうわよぉ?」

 

 ドスのきいた声とともにリコリスさんの背後からシャンデラが出現する。先日の地下のこともあってか俺らは全員揃ってびくっと肩を揺らす。

「あのねぇ、あなたたちは一般人。今回は仕方ないけれど本来は首を突っ込むなんていけないことなの。話がしたい? して何をするのぉ? 尋問? それは警察や私達の仕事よぉ」

 ジムリーダーは自分の町での事件ならば警察とほぼ同等の権限を行使できるらしい。

 リコリスさんは目元が見えないのもあって低い声が不気味に浸透していく。

「身の程をわきまえなさい」

 俺だけでなくイオトとエミにも顔を向けると甘ったるい声は剣呑としており吐き捨てるように彼女は言う。

「こっちは危うく死人が出るところだったのよ。全く……アレが実行犯かもしれないしこっちだってピリピリしてるんだからぁ」

 死人と聞いて「えっ」と思わず身を乗り出す。博物館の人質は怪我はしたものの知る範囲で死ぬような怪我を負った人はいないと聞く。何か別のところであったのだろうか。

「ああ、そうそう。その件もあってヒロ君を呼んだのよぉ」

 リコリスさんが思い出したように指を鳴らす。なぜか懐からわざマシンを取り出して机に置いて更に写真を数枚取り出した。

 

「ギフトがね、何者かに襲われて意識不明の重体」

 

 写真は血溜まりで汚れたギフトさんの店の様子。本人は写っていないがその血の量にぞっとする。

「ヒロ君あなた、ギフトと知り合いでしょお?」

「昨日確かに会いましたけど……」

「これね、ギフトの店にあったんだけどあなた宛だったから渡しておこうと思って」

 先ほど机に置いたわざマシンにはメモが貼ってあり「ヒロに渡す用」と丸っこい字で書かれている。

「ギフトの字で間違いないしこれに事件と関係のあることはないから安心しなさぁい」

「……ギフトさん、大丈夫なんですか?」

「聞かないほうがいいわよ」

 お茶を飲み干したリコリスさんの声は暗い。恐らくよくないのが察せられた。

「教えて、もらえますか」

「出血がひどかったのもあるけど、恐らくゴーストポケモンによる呪いが付与されててひどい状態。治るかどうかはまだ未知数よぉ」

 昨日出会って、少し会話しただけの人だがとても苦しかった。自分の知ってる誰かが事件に巻き込まれるという恐怖もだが、ポケモンの力をそんな風に悪用する人間がいるという事実にも。

「ま、その辺はプロに任せるしかないわぁ。私もゴースト関連ならできることはあるしねぇ」

 お茶のおかわりをしているとリコリスさんの後ろのシャンデラはクッキーの箱を空にしており、リコリスさんが「こら」と叱りつける。

「一応話は以上かしらぁ。他になにかあるぅ?」

「あ、いえ、特には……」

「そう。じゃあその両隣の可燃ごみを連れてポケモンセンターに戻るといいわぁ」

 可燃ごみ。イオトとエミを見ると二人して気まずそうな顔で目をそらす。なんで初対面でそこまでボロクソ言われるんだお前ら。

「まったく……見たくもないツラ見せるんじゃないわよ」

 リコリスさんが小さくぼやく声はほとんど聞こえなかった。多分だが二人のことが気に入らないらしい。

 頭を下げて部屋から出ようとすると「あ、ちょっと待ってぇ」とリコリスさんが呼び止める。

 振り向くと吐息がかかる距離まで顔を近づけられていた。

「ていっ」

 可愛らしい掛け声に似つかわしくない重いデコピンを食らってよろめいてしまい、額を抑えながらリコリスさんを見た。

「なんですか!?」

「え? なんだか呪われてるっぽいから解いてみただけだけどぉ……」

 え、何、俺呪われてたの?

 別に不調とかを感じていなかったのでいつ呪われていたのかすらわからない。

「見る人間が見たらわかるレベルで他者からの干渉……記憶かしらぁ。頭のほうが何かよくないものついてたから取ってみたのよぉ。何か忘れっぽかったりしない?」

 忘れっぽいと言われるとあの日から前の記憶が曖昧なことしか心当たりがない。まさかそれが呪いのせいだというのか。

「まあ呪いって言い方も違うかもしれないけれどぉ、エスパーとかの力で影響受けてたりとかもあるからぁ、そっちかもしれないわねぇ。でも、恨みでも買ってるのぉ? 随分と執念を感じたわぁ」

 恨まれるようなことをしていなので全然わからない。そうえばハマビシティでもそんなこと誰かに言われた気がする。

「まあ、解いたばっかりだからぁ、そのうち徐々に思い出したりするんじゃないかしらぁ」

「はあ……ありがとうございます……?」

 実感がないので適当なこと言われただけかもしれないが一応礼は言って退出する。するとずっと黙っていたイオトとエミが「あ゛ー!」と叫びだした。

「つっかれた!」

「だから嫌なんだよなぁ……」

「ど、どうしたんだよ……」

 真っ青な顔をして足早に建物から出る二人を追う。寒さで震えるように自分の二の腕をつかむエミが早口でまくしたてた。

「あの女の圧がやばい。喋るなってオーラばりばりだった」

「一言でも声出したら殺すって勢いだったよな……」

 俺はそんなの全然感じなかったが二人には随分と圧力がかけられていたらしい。

「はー。いやだいやだ。さっさと帰ろ」

「災難だったよなー」

 ポケモンセンターまでの僅かな時間、俺はリジアのことを考えていた。

 もうこのまま会えないんだろうか。

 ようやく気づけたというのに、有耶無耶になってしまうのだけは避けたい。

 どうにかしてリコリスさんを説得できないだろうか。

 何かいい案はないかと考えているとあっという間にポケモンセンターにつき、共同スペースでだらだらとテレビを見ているシアンが目に入る。

 俺らが大変なときにこいつは何くつろいでやがる。

「あれ、お帰りです。なんか疲れてます?」

「めちゃくちゃ疲れてもう今日は何もしたくねぇ」

 陽も暮れてきたが早めに夕飯にしてさっさと寝たい。

「ジムリーダー対抗戦、面白かったですよー! 途中でアマリトのジムリーダーが一人いなくなって大変だったですが――」

「俺ら疲れてるんだってば……」

 放っといたら語り続けそうなので黙って欲しい。また余裕あるときにでも聞くから。

 シアンは「もう夕飯ですか」と少し不満げに食事に付き合い、これが終わったらさっさと寝ようとぼんやりと外を見る。

 明日、リジアのこれからが決まる。それまでに俺は何か行動に移したい。

 

 

 

 

 だが、俺に何ができるんだろうか。

 

 

――――――――

 

 

 

「――それで、偽物掴まされた挙句リジアが逃げそこねたと」

 レグルス団のアジトの一室。幹部のテオが下っ端5人が横一列に並んでるのを睨みながら机に置いた偽物の繭石をコンコンと叩いた。

 5人はそれぞれ表情が暗い。キッドは真っ青でサイクも悔しそうに表情を歪めている。一方でシレネは自分は悪くないとそっぽを向いており、ココナは今にも泣きそうだ。メグリは表情から感情を読み取ることができない。

「なぜよりにもよってリジアなんだ……」

 テオが頭を抱え、これからの行動について思案する。

「テオ様! お願いします、リジ姉を見捨てないでほしいッス! リジ姉は俺たちを助けてくれたんスよ!」

「わかっている。というかあいつのことだし、なんの算段もなく捕まったとは思っていない」

 テオはリジアのことをよく知っていた。付き合いの長さもあるが元々やり取りする機会も多かった。

「どうせ今夜あたりにでも逃げ出すだろうし念のために迎えに行くぞ。こいつはこっちだしな」

 リジアのネイティオとアギルダーがしょんぼりとうなだれる。主人の指示とはいえ置いていってしまったことに罪悪感があるのだろう。

 すると、シレネとココナの表情が曇る。

「ほら……そうやってリジアばっか」

「あーもーお気に入りはいやだいやだ……」

 リジアを助けることに乗り気じゃないのか二人のぼやきは上司でもあるテオに聞こえるように呟かれ、テオもそれを咎めはしない。テオも特別扱いをしている自覚はあった。だが、それ以上にテオにはそうしなければならない理由がある。

「シレネ、ココナ、メグリ。お前たちは本物の繭石を奪え」

「……ああ、リジア奪還を陽動にするつもりですか」

 メグリが納得し、一応は了承するもののシレネとココナの方が嫌そうな顔を隠さない。

「命令なら……仕方ありません……でも、やっぱりそういう贔屓は、よくないと、思います……」

「テオ様こんなこと言いたかないけどこれ、うちが逃げそこねたら助けてくれなかったでしょ」

「――そんなことはない」

 微妙な間にココナは「まあわかってますからうちは危ないことしませんし」と返事して3人で繭石強奪の作戦を練り始める。

「サイク、キッド。お前たちは俺の支援だ」

「……テオ様。前々から気になっていたのであえて聞きますが、なぜリジアちゃんに甘いのですか?」

 サイクの言葉にキッドが「パイセンまでなーに言ってるんスか」と不思議そうな顔をする。この中でリジアの扱いに疑問を抱いていないのはキッドだけだった。

「あれは今後重要になる。だから大事にしているだけだ」

 駒として、まだ失うわけにはいかないとテオは言う。サイクはそれを聞いてもう何も言わない。幹部たちには幹部たちの考えがあり、その全貌は下っ端には知る必要のないことだからと。

 ふと、テオの表情がまるで苦いものをくちにしたかのように難しい顔になる。

 

「あとリジアを見捨てると俺がイリーナに殺される」

 

 幹部であるイリーナはリジアを大層気に入っている。まあ、これがシレネやココナから嫌われる原因である依怙贔屓なわけだが――。

 もしかしなくても一番の理由がそれではとサイクが内心思うも口にはしない。イリーナを怒らせたときの危険さはよく理解していたからだ。

「だが今夜取り戻せないならばチャンスはないと思え。失敗は許されない」

「ですが、元四天王だけでなくジムリーダーが戻ってきています。そう簡単に……」

「何を言ってる? お前らがあのギフトを排除したんだろう?」

 サイクとテオが向かい合って首を傾げ合う。微妙に話が噛み合わない。

「……僕らは元四天王ギフトに一切関与してませんが」

「だがあいつは今意識不明だぞ」

 携帯端末のニュース一覧をテオが開いてサイクに見せる。

 

『元四天王ギフト氏、何者かに襲撃される』

 

 記事には同時期に起こった博物館襲撃を行ったレグルス団による犯行とみて捜査中とのこと。

 博物館襲撃のニュースは任務の目的の一つなので問題ないが覚えのないことにサイクだけならずキッドも首を傾げた。

「なんか俺らのせいになってるってことッスか」

「偶然、にしてはタイミングができすぎてますよねぇ……」

 サイクが考える素振りをしてチラりと女性陣三人を盗み見る。

(あの三人が独断で? だとしてもなぜ報告してない……?)

 テオが三人に確認するも全員知らないと答える。これでは堂々巡りだ。

「……まあ今はいい。それよりも今夜のことだ」

 もやもやと不可解なことを後回しにして目先のやるべきことに集中することとなった。

 

 

 

 

 




ジムリーダー対抗戦はそのうちポケ限の方で詳しく書きます


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それでも前を向いて

「はあ、もう……やんなっちゃう」

 リコリスは指先でつまんだ書類をピラピラと揺らして嘆息する。

 ひと仕事を終えて風呂上がり、寝間着姿のリコリスは普段さらされることのない前髪をわけて瞳を細めている。

「きな臭いのよ、警察ども」

 今回の案件では警察の動きが不審すぎる。ギフトの発見もだが異常に早かった。閉店後の店だというのに一人暮らしのギフトの異変にすぐ気づくなんて怪しいにも程がある。証言もほとんどない。これでよく警察も動いたものだ。

「リーグの意向はガン無視……信用したいけど、心象が悪すぎるのよ」

 リコリスはこの地方の警察を信用していない。過去の事件でもそうだが無能を通り越して不自然すぎるのだ。

「国際警察への連絡はしたけれどあれが動いてくれるかは未知数……リーグ側がレグルス団を手元に置いておきたいし、対立するのは間違いないのよねぇ」

 急ぎの確認で四天王たちへの意向を確認した時もリーグへの引き渡しという希望が出た。だが、警察側は有無を言わさず引き取ろうとしてきて増々不審さに拍車が掛かる。

「うーん……穿ちすぎかしらぁ……ぶっちゃけどこが信用できるかわからないのよねぇ。ああ、もうやだやだ」

 一番信用できるのはリーグ。ただ、犯罪行為が大きすぎてリーグ預かりにするには時間がかかる。できることなら早めにこの地から引っ張り出したいのだが、リコリスは慎重に、何が最善かを考える。

「明日は忙しくなりそうねぇ……」

 警察側とリーグ。上手い落とし所を見つけられるといいのだが。

「あー、もうっ! 負の遺産を押し付ける老害どもは死ぬ前に片付けなさいっての。汚職どころか乗っ取り疑惑なんて最悪よぉ」

 パラパラと今回の事件の調書を見る。リジアの持っていた携帯端末はデータが破損していた。修復できるか確認してみたところ予め条件付きで全データが抹消されるようになっていたらしく、難しいとのこと。ここから手がかりは得られない。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()5()()

 

「……警戒はさせているけど、今夜の内に動くかしらねぇ」

 リジアの手持ちが8匹で、通常より多いのは把握していた。だが、内2匹はテレポートで他の面々と逃亡している。ので、本来は6匹いないとおかしい。押収したポケモンは別室にいるがここで厳重に管理できないのがリコリスにとっては腹立たしい。

 ポケモン愛護団体が犯罪者の手持ちに対する扱いに抗議するのは昔から多々あること。ギリギリうるさくされないラインではあるが、今の管理方法だと下手したら隙をつかれる。

 しかも少なくとも今夜の見張りは警察たちが担当している。

「もういっそ周りの声とか気にしないでやっちゃったほうがいいかしらぁ……」

 立場や責任がある者は成功するのは当たり前。失敗すれば恐ろしいほど叩かれる。じゃあ失敗しないために無茶を通すとどうなるか。もちろんバッシングだ。

 特にリコリスは過激なので少しきつめのことをするだけで恐怖支配だなんだと言われてしまう。

 ポケモンは知能の高い生き物だ。人間の言葉を理解して動く、扱いを間違えれば危険な存在でもある。もちろん、大多数が正しく向き合えば彼らもまた善良で優しい生き物なのだが悪党が誤って扱うと犯罪者のいい道具でしかない。

 

 特に、リジアの手持ちで押収されなかった1匹は。

 

「クレッフィなんて厄介なものを逃がすなんて最悪よぉ……」

 けむりだまを使われたあの一瞬、逃げる下っ端に気を取られてクレッフィを見失ってしまったのは完全に失態だ。リジアはもうあの時点で自分は捕まることを想定していたのだろう。

 ――鍵を集める習性を持つクレッフィ。気性は穏やかだが盗みを平然と行うことでも有名だった。

 

 

 

――――――――

 

 

 リジアは独房で平然と休んでいた。その姿はもはや慣れを感じさせる風格で、少し眠そうに欠伸をする。

 見張りはいるもののこちらに一切関わってこようとしない警察官。

 正直、ジムリーダーが直々に見張るとかされなくてよかったと少しだけ安堵していた。

(甘いんですよ。どうせポケモンにはろくな見張りも拘束もしてないんですから。こればっかりは愛護団体様様ですね)

 刃物は凶器にもなるがだからといってその刃物を囚人より厳重に警戒することはしない。ポケモンもそうだ。使い方次第で凶器にもなる。

(どうせ警戒されているのはクレフだけ。まあさすがにわざとらしすぎましたから仕方ありませんが)

 実力で勝てない以上、相手がどう考えるかを先読みして事前に手を打つ。あの場で手持ちを全員押収されたとしてもやることは変わらないだろうが念には念をだ。

(さて、時間はわかりませんがそろそろですかね)

 二人いる警察官のうち一人をリジアは控えめな声で呼びつけた。

「ちょっと。寒いので毛布か何かいただけます? まさかなにもなしに寝ろと。刑務所でももっと扱いがマシでは?」

 嫌味たっぷりに独房を示す。毛布はおろかベッドもない地べた。元々一時的な収容スペースなので設置されていないようだ。

 警察官の一人は渋々だが毛布を取ってくるために一旦その場を離れる。

 一人になった警察官が警戒するようにリジアに注視していると、肩に白い何かが付着して振り返る。

「キノガッ――」

 警察の背後に立っていたキノガッサのキノコのほうしで崩れ落ちるように眠り、キノガッサと目を合わせると身を隠すようにキノガッサはもう一人が戻ってくるのを待つ。

「おい、今何か……」

 音に気づいたのか毛布を片手に戻ってきた警察が声をかけるがそれもすぐにほうしによって眠ってしまう。

「キヌガ、よくやりました」

 キノガッサは警察の懐をあさって鍵を見つけるとリジアの方へとよって鉄格子の鍵を開ける。

「いい子ですね。さて、逃げましょう」

 独房のエリアから抜けるとすぐ近くにポケモンを押収していたであろう部屋が見つかる。そこの見張りと見張りの手持ちも意識を失っており、そのうち目覚めるだろうと足早にその場から離れる。

 ほかの手持ちも見張りを潰すために先に動いていたのか逃げた先で合流し、クレッフィを除いて手持ちが揃った。

「はっ、いい気味です。ポケモンはボールに入れておけば大人しくなるわけでも、主人がそばにいなくても、自分で考えて動くんですよ」

 建物から抜け出して人目につかない裏路地を進むとクレッフィが音を立てないように近づいてくる。

「クレフ、町から抜けるルートは確認してくれましたか?」

「ふぃー!」

「さすがです。案内お願いできますね?」

 クレッフィそのものが警戒されるであろうことは察しがつく。その習性を知っていれば逃亡するために利用すると思われる。だが、クレッフィでなくともよく訓練してあるポケモンならその程度たやすく、厳重な管理もされないのは予想できた。

 もちろん、杜撰な逃亡なのですぐに気づかれる。早く逃げて、森などに身を隠そうとプランを練る。

 ふと、リボンがほどけかけていたのを結び直すと、そのリボンの送り主のことを思い出す。

 

「何をバカなことを……」

 

 もやもやとあの告白が頭に焼き付く。

 嬉しい嬉しくないという問題ではなく、単純に意味がわからない。

「嫌い……」

 ぽつりと呟いた言葉は闇に溶けて消え、リジアは駆け出すも、背後にいた何者かに気づくことはなかった。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 薄ぼんやりとした空間に立っている。

 明確に意識したのは視界に何か蠢くものが見えた瞬間。

 なぜか夢だとはっきり感じて異常なことも受け入れるような気持ちと、ここから早く離れないといけないという焦燥感がせり上がってくる。

 黒いもやが迫ってくる。それに近づいてはならないと本能でわかっているのに足がうまく動いてくれない。

 

【お前は何者だ?】

 

 問いかけの意味を測りかねている。

「俺は……安島弘樹(あじまひろき)――」

 自然と口から出た名前に違和感が生じた。あれ、自分のことなのになぜかよくわからない。

 自分の手のひらを見つめる。何者かなんて、考えたこともない。俺は、誰だ?

 両親は共働き。兄弟はいない。学校でも特別なことなんてない普通の――

 

「違う、それは()()()だ」

 

 今ここにいるのはそれじゃない。もう終わってしまったことだ。

「俺は……ヒロ……コマリタウンのヒロだ」

 言い聞かせるように呟くと黒いもやは離れていく。

 何がしたかったのだろう。忌避感は未だあるもののその行動に悪いものは感じない。

 ただ、この夢を見ていると自分を見失ってしまいそうで不安は消えない。前の俺の記憶が今の俺を覆い隠してしまいそうだ。

 のろのろと動く足を引きずって果ての見えない世界を彷徨う。

 時折、自分のように彷徨うような人影が見えたが互いに声をかけることもせず過ぎ去っていく。世界に一人きりになったような錯覚に、この不可解な状況に対する思考が削がれていく。

 

 

 

 ふと、後ろを向く。

 そこは教室だった。授業が終わり、部活に向かう者もいればすぐに帰ろうとする者、そして、委員会の仕事をする者。

 その様子を俺は幽霊にでもなったような視点で見ていた。

 そう、そこには俺がいた。正確には俺ではない。前世の俺だ。

 3DSの電源を入れ、すれちがい通信のためかそのまま閉じてカバンに放り込んでから教室を出る。偶然、廊下で知った顔を見つけて声をかけるために立ち止まった。

「あ、葉月(はつき)じゃん」

「げっ、安島(あじま)先輩……」

 露骨に嫌そうな顔をした後輩に前世の俺はヘラヘラと話を続けた。

「なー、新しくPT構築したから付き合ってくんね?」

「俺ガチ勢じゃないんで」

 学校内でゲームの話題をできる相手がこの後輩くらいだったのを思い出す。委員会つながりで知り合ったのだが、今思えばあまり好かれていなかったのかもしれないと、表情を見て思った。

「いやいや、全然ガチパじゃないから。サンムンポケモンオンリーで改めて組んでみた。」

「バンク解禁したばっかでよくやりますねあんた……。どーせカプかミミッキュ入れてるんでしょうが」

「カプは封印してみたからさー。やろうぜー」

「俺この後用事あるんで」

 このやり取りの後に起こることを、俺は知っている。

「んじゃまた今度なー」

 当たり前のように次があると思っている前世の俺を追いかける。夢というより、記憶を見せつけられているのだと、背筋を這う悪寒に手が震えた。

 学校を出て、帰りに本屋にでも寄ろうと駅前に向かう。その途中。小学生だろうか。男の子が母親にわがままを言って地団駄を踏んでいる姿が目に入る。

 母親が先に行ってしまい、男の子が泣きながらその場にとどまっている。よっぽど欲しいものでもあったのか、と呑気に見ていると母親を追いかけようとして赤信号を突っ切ろうとする。

 妙に世界がゆっくりとなったあの時の感覚を思い出す。危ない、と体が勝手に動いていた。

 

 やめろ、と今の俺が言っても無駄なのはわかっているのに、自分がこれからどうなるかを知っていると思わず自分を引き留めようと腕が伸びた。

 しかし、前世の俺の腕は霞のようにすり抜けてしまい、その直後に起こるあの瞬間を第三者の視点で見ることとなった。

 

 子供を庇って、車に轢かれる。

 

 そんな物語にありがちなことをやって前の俺は死ぬ。

 車と衝突した瞬間、俺自身の体が痛みを訴え、息が苦しくなる。まるで、死ぬ前の自分を追体験しているようで、その場にしゃがみこんだ。

 この瞬間、まだ俺は生きていた。

 周りの人間が交通事故ということでかざわついて救急車を呼んだり、通報したりする者や野次馬根性丸出しのものまで様々だ。飛ばされたカバンから3DSが飛び出しており、子供は泣きわめく。

 痛い、痛い、痛い――!

 もう終わった記憶。もうすぐ死ぬ、前世の俺。

 痛みも、死ぬ瞬間の後悔も、全部忘れていた。ただ漠然と死んだことしかわからなかったのは自分の身を守るためか。夢が現実を押し付けるようにかつて自分が死ぬ瞬間を見せつけてくる。

 自分でやったこととはいえ、見ず知らずの子供を助けてまで死ぬ必要が本当にあったのか?

 どうしようもないことなのにただただ後悔というドス黒い感情が湧いてくる。

 

 蹲って襲ってくる過去の痛みに耐えているとぷつりとその痛みが消える。

 楽になった呼吸を整えてあたりを見渡すと、そこは見覚えのある景色だった。

 今の俺が、生まれ育ったコマリタウンの小さな公園。そこに立つ俺はさっきの記憶と同じように幽霊のように第三者視点で見ているのだろう。

 

 横切ったのは青い髪をみつあみで束ねた少女。俺は何者にも見えない存在だから当たり前だが少女は真っ直ぐある場所へ向かう。

 思い出した。埋もれていた今の俺の過去。

 

「ひーろーくーん」

 

 少女が呼ぶのは幼い自分。そちらを見ると昔の俺は嬉しそうに手を振っていた。

 少女の後ろ姿に手を伸ばすがその手は届かない。これは、もう終わったこと。再生される記憶でしかない。

 

 

 忘れてはいけないことだった。

 

『ヒロくん』

 

 自分を呼ぶ、大切な少女のことを。

 

『ヒロくん。大人になっても私を忘れないでね』

 

 ――そんな約束すら守れない俺への罰なのかもしれない。

 

『昔の記憶がないんです』

 

()()()!」

 

 彼女の本当の名を叫ぶも夢に溶けて消えるだけで現実の彼女(リジア)には届かない。

 リジア――シオンがはにかむように笑う。

 11年前のあの時、何があったのか。

 

 

 




自分で決めたこととはいえ名前がすごくかぶってめんどくさい……。
お気に入り300件越えてたからお気に入り○○件越えお礼絵をまたやろうとしたのに急に増えてびっくりしてます。そのうち……そのうちやります。ここまで読んでる人なら察してそうですが基本的にこんな内容です。今後もっとツッコミどころとかオリキャラ増えたりとかしますが広い心で見てもらえると嬉しいです。


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Rapunzel(ラプンツェル):0

 

 出会いはまず今から12年前。5歳の俺は前世の記憶とか全くないものの、多分だがある程度影響はあって、ポケモンに関心が強い子供だった。

 突然、近所に引っ越してきた家族。そこの一人娘であるシオンはおしとやかな少女で、俺より2つ年上だがすぐに打ち解けて、年上だということを忘れてしまうほどに仲が良かった。あまりお姉さんぶるということもなく、どちらかといえばシオンが「ヒロくんヒロくん」と懐いていたのもあったのだろう。

 

 

「ひーろーくーん!」

「今いくー!」

 自分を呼ぶ声に大声で返事をして慌てて朝食のパンを詰め込んで家を出ようと走る。途中、姉にぶつかって止められてしまい、忙しない子供はバタバタと廊下で急かすように言った。

「急いでんだって! 姉ちゃんどけよ!」

「もー! ちょっと落ち着きなさいよ。シオンはそんなことで逃げないわよ」

 ボサボサの髪を手ぐしで整えてくれた姉は背中を押すと笑顔で見送ってくれる。

「ほら、行ってよし! まったくラブラブなんだから」

「ちげーよ! 姉ちゃんのバーカ!」

 からかうように笑う姉に悪態をついて家を出るとワンピースを着たみつあみの少女が待っている。

「ヒロ君!」

 花の咲くような笑顔。きっと人はこれを恋と呼ぶ。とても幼いその恋は単に身近にいる異性を意識したからなのか、少女の容姿や性格に惹かれたのかはわからない。

 ただ、漠然と手を繋いだときの幸福感に、これは恋だとはっきりと確信を抱いていた。

 幼い自分はそれを認めきれず口にする言葉は時折刺々しいものだったが。

 公園で語り合ったり、一緒に遊んだりする毎日が楽しくて、帰ってくるたびに姉はにやにやと笑っていた。

「もー、ヒロってばもうお嫁さん候補見つけちゃって~」

「やめろよ! そんなじゃないってば!」

「ん~、でもお姉ちゃん、シオンだったら許すわ~」

「ちげーってば!」

 姉からからかわれるものの、まんざらではない気持ちがたしかにあった。

 だから、当たり前のように明日も、来週も、来月も、来年もずっといつでも会えると思って穏やかな日常を謳歌する。

 

 穏やかにに日々が過ぎていく中で、11年前、その日は突然やってきた。

 両親も困惑するほど、突然の引っ越し。挨拶することもなく消えてしまったシオンとその親に対して拗ねるように町の外に出て遊んでいた。

 あんなに仲良くしていたのになんで何も言わずに引っ越したのか。連絡くらいしてくれてもいいじゃないか。こうなっては手紙のやり取りもできない、ただ近くに住んでいたというだけの繋がりはあっさりと途絶えてしまって幼いながらも苛立ちを感じていた。

 苛立ちを発散するがごとく、テッポウオのウォーターガンで遊んでいるとガサガサと草むらが揺れる音がし、野生のポケモンだと思って身構える。手持ちがいないので近寄らずに逃げるのが正解であり、徐々に後ろに下がりながら距離を取ろうとする。

「ヒロ、くん」

 か細い、不安げな声は聞き覚えのあるもの。そこには薄汚れた姿のシオンがいた。いつも身なりをきちんとしていただけに衝撃的で、そしてそれ以上に、引っ越しで忽然と姿を消したこともあって状況が飲み込めない。

「なんで――」

「助けて……」

 わけもわからないまま縋られて、戸惑いと、場違いながらも密着した状態に心臓の鼓動が早くなり、ひと呼吸置いて落ち着くとまずは事情を聞こうと向き直る。

「何があったんだ? おじさんとおばさんは?」

「お父さんたちは……」

 ざあっと強い風が吹いて木々が音を立てる。その音に怯えたようにシオンはおれの腕を強く掴んで泣きながら言った。

「よくわかんないの……パパもママも、悪い人から逃げろって、私を逃してくれたけど……」

「二人とも悪いやつに捕まってるのか?」

 こくこくと頷くシオンの手を引いて、まず町へと連れて行こうとする。

「とりあえずジュンサーさんに――」

「だめっ! 絶対だめっ!」

 声を荒げたシオンに思わず気圧されてしまい、困惑してしまう。すると、シオンもはっとしたように口元を抑えて周囲を伺った。

「パパが言ってたの……おまわりさんに保護してもらえって……でも、あの人は――」

「君たち、こんなところにいたら危ないよ」

 シオンの後ろに現れた男――ジュンサーはニコニコとお手本のような笑顔を浮かべて俺たちを見下ろす。緑色の髪は少し長めで癖があった。

「ほら、こっちにおいで」

 シオンへと手を伸ばす男だったが、シオンはそれを拒絶するように俺の後ろへと隠れる。

 ざわざわと得体の知れない恐怖が近づいてくる。それでも、シオンは俺が守らねばという使命感もあってかこの不審なジュンサーを睨みつける。

「いっしょに町に戻るから、だいじょうぶです」

 平静を装って言うものの、声が少し震えていた。ジュンサーは困ったように帽子を被り直す。

 

「そっかぁ……じゃあ、君には消えてもらおう」

 

 突如、風が舞ったかと思うと全身が切りつけられ、痛みでその場に倒れ込んでしまった俺は顔を上げるとストライクに見下されていた。

「無謀にも町の外に出た子供は不幸なことに野生のポケモンに襲われてしまう……ま、たまにある事故だ。仕方ない」

 安い筋書きを並べ立て、男はシオンを捕らえて俺を見下ろす。男の腕の中で抵抗するシオンだったが、敵うはずもなく、もがいて、泣きながら助けを求めていた。

 誰か、誰でもいいから通りかかってくれと願うも無情なことにこの場にいるのは俺達だけだ。

「返せ! 返せ返せ!」

 悔しくて、痛くて、怒りで真っ赤になった視界は多分自分の血もあっただろう。シオンへと伸ばした手は男に踏みつけられて地面に強く押し付けられる。

「やめて! ヒロくんにひどいことしないで!」

「ならおとなしくついてくるんだな。まったく……親が親なら子もわがままでやかましい」

 男の腕の中で暴れていたシオンはおとなしくなり、泣きながら俺に言った

「ごめんなさい、ヒロくん、ごめんなさい……!」

 謝るなよ、と言いたい口は突風によって遮られる。

 届かない、手を伸ばそうとも弱い自分では何もできない。

「絶対に……絶対助けるから!」

 悪あがきか、自分への戒めか、最後に見たシオンへと放った言葉は何の力もない決意だった。

 

 

 

 

 記憶の夢は移り変わる。病室で目を覚ました俺は両親と姉に心配され、叱られて、何が起こったのか聞くと、野生のポケモンに襲われて瀕死の重傷だったと言われた。

 あまりに現実味のないことのせいか、あのとき、シオンを助けられなかった出来事は夢だったようにも思えてしまう。

 が、両親たちが一旦退室して一人になって、ぼんやりしていると、あの出来事が現実だと思い知らされることとなる。

 病室の扉があいて、両親と姉が戻ってきたのかと顔をあげる。

 そこにはシオンを攫ったジュンサーがいた。

「やあ、怪我の具合はどうかな? 無事でよかった」

 爽やかな笑顔で近づいてくる男に思わず逃げようとするも動けないことに気づいて息を呑む。

「あれ、もしかして――」

 一気に距離を詰められて、首を抑えられ、低い声で囁かれる。

「びびってんのかなぁ? 怖いんだろ?」

 ここで叫べば誰か来てくれる。それがわかっているのに声が出ない。この男への恐怖か、別の何かかはわからない。

「はっ、運が良かったな。だけどこのままにしとくわけにはいかないんだ」

 男の背後からオーベムが現れ、俺をじっと見る。

「感謝しろよ? 忘れるだけで許してやるんだから」

 男が離れると、オーベムの力によってか、頭から何か大事なことが抜け落ちていき、数秒もすると目をぱちぱちとさせながら男を見た。

「えっと……?」

「ああ、覚えてないよな! 俺は君が野生のポケモンに襲われているところを助けたんだ。心配だったから様子を見に来たんだよ」

 第三者視点で見ているから言えることだが、なんと白々しい姿だろう。だが、記憶が抜け落ち、書き換えられた俺は目の前の男への警戒心を失い「ありがとう、ございます」と呟く。

 もう終わってしまったこと。だから意味はないのだが、この男が犯人だと叫びたい。誰か気づいてほしいと、虚しくも叶わず、両親と姉が戻ってくる。

「あら、ジュンサーさん! この度は本当にありがとうございます……!」

「いえ、自分は仕事をしただけですから」

 母が頭を何度も下げており、男は爽やかな笑顔で謙遜する。

 その薄ら寒い光景を見ているだけで夢だと言うのに吐き気がした。

 ぼんやりとしている俺に構う姉と、もう一人で町の外に出るなと叱る両親。男はそのまま退室し、何もなかったかのように病室から離れていく。

 

 出ていく瞬間、男の横顔がやけに邪悪に歪んだ気がして、ずっと、この男を野放しにしている事実に震えが止まらなかった。

 

 過去の再生が終わり、力なくその場に崩れ落ちる。何もない空間で、自己嫌悪と後悔に打ちのめされ、拳を握った。

「なんで、なんで――!」

 絶対に忘れてはいけなかったはずの言葉。あの時、強く誓ったはずの言葉を口にする。

「絶対に助ける……」

 そんなことを言って、結果がこれだ。

 一刻も早くリジアに会わないといけない。ちゃんと、真実を告げて、失った時間を取り戻すべきだ。

 けれど、夢から覚めない。過去の傷をえぐるだけえぐって何もない空間に一人だ。

「なんでだよ! 俺はあいつに会って、そしたら――」

 そうして、何ができる?

 あの時、何もできなかった自分と今の自分は違うのか。

 否、何も変わっていない。無力で、たった一人の女の子を助けることができない子供のままでしかない。

 前世の記憶があっても結局何の役にも立っていない。無力で、臆病なだけ。

 それに、俺はどっちが好きなんだ?

 幼い頃の初恋のシオン。今良く知るリジア。どちらも同じだが俺がリジアに惹かれたのは結局のところ、忘れていたシオンの面影を重ねていただけに過ぎなかったのか。

 この夢のせいか、うだうだと思考はどんどん渦を巻いて何が正しいのかわからなくなる。

 

「俺は――」

 

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

「ヒロ君!」

 夢はあまりにも唐突に幕を引き、目を覚ますと焦った様子で俺のことを覗き込んでくるシアンが映る。

「目を覚ましたですか! よかったですよ! ずっとうなされていたから心配してたですよ……!」

 体を起こすと全身汗でぐっしょりだった。あの夢のせいか頭痛もひどい。しかも泊まっていた部屋ではなく、どこか大きい病室のような場所でたくさんベッドに横たわる人々がいた。

「これを飲むといいわぁ」

 頭を抑えていると温かそうなハーブティーを差し出され、その人物を見ると凄まじい既視感と、全く知らない人物に混乱した。

「……どちら様ですか」

「何を言っているのかしらぁ。私よ、リコリスよぉ」

 5秒ほどじっと見つめていたと思う。一瞬、何を言ってるのか理解できなかった。

「顔ぉ!」

 前髪で覆われていた目があらわになり、意外とぱっちりした目が不思議そうにこちらを見ている。ミステリアスさが一瞬で消えた。なんか普通の顔というか、すごい美人というわけでもないが不細工というわけでもなく、言ってしまえば地味顔だ。昼の印象が一気に変わる。

「……その、案外親しみやすいですね」

「レディの顔の話を不用意にすると呪われるって知らないのかしらぁ」

 どうやら気にしていたらしい。

「急いで来たからすっぴんなだけよぉ。これでも恥ずかしいのよ」

「……つまり普段キャラ作ってるってことなんですか?」

 あ、これ踏み込んだらいけないやつだ。無言が怖い。

「これはどういう状況ですか……?」

 たくさんの人間がベッドでうなされている。俺のように目覚めている人もいるが大半は夢の中のようだ。

「急に住人の多くが悪夢に囚われたのよぉ。悪夢を払うためのみかづきのはねがあればいいんだけど、さすがにそんな貴重なものすぐには用意できないから夢に干渉できるポケモンを片っ端から集めてどうにか目を覚まさせようとしてるってわけ」

 よく見るとムンナやムシャーナ、スリープが何匹かいるがたくさんの夢を相手にしているからか疲労しているのがわかる。

「生活に支障がでるレベルよぉ。このまま目覚めない人間ばかりだと、明日のお店は大半が臨時休業ね」

 そんなにひどい状況だったのか。まだ目覚めない人も多いのでこれから大変そうだ。

「リコリスさんはなんでここに?」

「私の手持ちも夢から引っ張り出す手伝いしてるのよぉ。ゴーストタイプも夢に密接に関わるからねぇ」

 だから忙しくて寝る暇もないわぁとぼやくリコリスさんが別のベッドへと向かってゲンガーなんかに指示を飛ばしている。

 近くを見ても俺とシアンだけでイオトとエミがいない。二人は無事なんだろうか。

「イオトたちは?」

「二人共いつの間にかいなくなってたですよ。ヒロくんのうなされる声が聞こえてきたから見に行ったら一人ですし、あちこちおんなじようにうなされた人らが出てるっていうからボクが運んであげたですよ」

 シアンって俺一人なら余裕で運べるんだよな……こいつ力あるよな。

 ふと、シアンに抱いてた謎の既視感の原因がようやくわかった。名前めちゃくちゃ似てるんだよな、シオンと。一文字違うだけだし。

「なあ、シアン。今日から改名する気ないか?モモコとかどうだ」

「まだ寝ぼけてるですか。ふざけたこといいやがるですね」

 頭ピンク色(二重の意味で)だしぴったりだと思ったんだが流石に駄目だったようだ。

 起き上がって、置いてあった上着を羽織るとシアンが通せんぼするように道を塞ぐ。

「どーこ行く気ですか」

「え、いや、ちょっと」

 こっそりリジアの様子を見に、とか言ったら確実に怒られる。リコリスさんもいるし多分バレたら呪われかねない。

「だめですよ。悪夢のせいで体力消耗してるらしいですし無茶するんじゃねぇです」

 シアンの言っていることは最もで、気だるさが消えない。人為的に引き起こされた悪夢だというのなら趣味が悪すぎるだろう。忘れたいような記憶の再現。思い出せたという点でいえばちょうどよかったが普通ならこんなの苦しいだけだ。

「リコリス様ぁ!」

 オカルトマニアのような女が部屋の扉を勢い良くあけて駆け込んでくる。息を切らせて必死な様子の女にリコリスは「なぁに」と眉をしかめる。

 

「レグルス団の下っ端が逃亡しました!」

 

 女の報告に、リコリスさんは思わず怒鳴り散らす。

「こんのクソ忙しいときにぃ! 警察なんかにさせたのが間違いだったわぁ! ジムメンバーで動ける子集めなさい!」

 ブチギレながらリコリスさんが出ていき、シアンを振り切って俺も手持ちを連れて外へ向かう。

「ちょ、ちょっとヒロ君! もー!」

 シアンも渋々だがついてくる。イオトもエミもなぜか不在の状況で一人にするのも問題だったのでちょうどいい。

 リジアが遠のいてしまう。また手の届かないところにいってしまう。昔、あの誘拐犯の男がレグルス団なのかはわからないが、もし関係しているのだとしたら――

 

「あいつを、助けないと」

 

 絶対に、今度こそ。

 

 

 

 




長いプロローグだった……。
まだ先ですがこのレンガノシティ編が終わったらしばらく番外編とかを続ける予定なので何か気になる点や番外編で読んでみたい内容などありましたら活動報告などでコメントいただけると参考にします(内容次第では採用できない場合があります)。特にない場合は書きたいものだけやります。
アンケートですが最長でも今月(10月末)までの予定です。一応早まる場合は事前にまた活動報告かあとがきに記載します。投票してくださる方は活動報告からどうぞ。小話とかもあるので是非


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レンガノシティ大炎上

 

 

 リジアは必死に逃げていた。警察やジムリーダーの追手ではない。

 得体の知れない何者かから逃げようと必死に走る。

 もはや町のはずれ、木々が生い茂るような道なき道を必死に進む。

「何が――!」

 想定外の追手にリジアは焦っていた。相手の目的がわからない以上、油断したら危険だと本能が告げている。振り切らねばジムリーダーよりも厄介なことになる。

 声はなく、気配だけがついてくる不気味な感覚に鼓動が早まり、木に寄りかかって呼吸を整える。

「なん――」

 振り返って確認しようとした瞬間、音もなく自分のすぐ近くに現れた顔の見えない人影が手を伸ばしてくる。咄嗟にゲッコウガに身を守らせて再び逃げるがまた音もなく迫ってくるのがわかる。

 そして、人ではなくポケモンが駆けてくる音。目の前に立ったそれは低く唸りながらこちらを睨む。

「あ……あ……」

 口から漏れ出す炎。ゲッコウガに指示を出そうにも震えた体は言うことを聞かず、そのポケモンはトレーナーを狙ってくる。ゲッコウガが庇って事なきを得るが危機的状況だというのに震える子供のように動きやしない。

 目の前にいるのはヘルガーだった。

 ただその一匹で恐怖が蘇り、指示を待つゲッコウガすら舌打ちしかねないほどもたついていた。

「コウガ――!」

 指示を出そうと震える声を絞り出したその時、ヘルガーに飛びかかったポケモンがいた。

 それは見覚えのあるグラエナで、ヘルガーはさすがに不意打ちを食らって飛び退く。

 そして、見覚えのあるグラエナの主人ではない、人物が駆けてくるのがわかる。

 

 

「みつけたー!」

 

 

 なぜだろうか。疎ましい、あの男の声に、どこか安心してしまうなんて。

 

 

――――――――

 

 

 

 リコリスさんたちが見つける前にリジアを見つけようと宛もなく町を走り回る。町は悪夢事件のせいもあるかしっちゃかめっちゃかで他人を気にする余裕がある人間はいない。

 後ろからシアンが「待つですー!」と追いかけてくるが引き止められるのがわかっていて待つはずがない。

「ううううがああああ! 聞けって言ってるだろですー!」

 シアンの絶叫とともに何かが飛んでくる音がして振り返るとボールが飛んできて額にクリーンヒットし、中からカモネギが飛び出して着地に失敗して俺とぶつかりお互い崩れ落ちてしまう。

 シアンのカモネギ、前から思ってたけどちょっとどんくさいところがあるな。

「ほんっとヒロ君といいイオ君といいえっちゃんといい……いい加減ボクを放置して勝手に動き回るなですよ! 蚊帳の外にしやがって! ボクら仲間じゃないですか!」

 シアンの怒りももっともで、少し先走ってしまった自分を恥じる。確かに、リジアのことに関してシアンを無視しすぎた。

「別に……ボクが弱くて頼れないのは百も承知ですよ……。でも、やっぱり何にも言ってくれないのは寂しいですよ」

「悪かった。気をつけるからとりあえず怒らないでくれ」

 あとカモネギはマジでごめん。俺にぶつかって目を回しているカモネギを抱きかかえてシアンは言う。

「急ぎならそれでもいいですけど、何をしたいのかだけ教えてですよ。そしたら、ボクも協力できることが――」

 唐突に、風が吹き荒れ、思わず目をつぶる。次の瞬間、見覚えのある姿が目の前に現れた。

 一人は森で出会った幹部の男。もう一人は下っ端のキッドと呼ばれる男。

「キッド、お前ならグラエナで追えるな?」

「任せてほしいッスよ! グラエナ!」

 グラエナがキッドのボールから出現し、地面に鼻を当て匂いを探っている。すぐさま走り出したグラエナを追おうとするキッドだったがその前にシアンが立ちはだかった。

「あぁん? どけよピンク頭」

「笑止! ボクらを素通りしようなんてそうは問屋が卸さねぇです!」

 構えたシアンをキッドが鬱陶しそうに睨むと幹部の男――テオがため息をついた。

「まさかそんな小娘に手こずるなんて言わないだろうな」

「当たり前ッス!」

 手は貸さないと、テオは遠回しに言っているのだろう。

 この隙にグラエナを追ってリジアを探すというのも考えたがさすがにこの状況でシアンを置いてはいけない。そして、俺を見てテオは舌打ちをする。

「――ああ、だが念には念を入れなければな」

 ワルビアルを繰り出したテオに対してイヴを出そうと構えるが次の瞬間、タネばくだんが降り注ぎ、テオを妨害する。

「あらあらぁ! まさか、まさかまさか、ネズミ一匹のために仲間を引き連れて戻ってくるとはねぇ!」

 怒り心頭のリコリスさんが激情を露わにし、俺を庇うように立つ。リコリスさんのパンプジンも好戦的にテオを睨み、戦闘態勢に入る。

「行きなさい」

 小さく、急かすように俺を見ないで呟かれ「ありがとうございます」と返してグラエナを追った。リコリスさんがいるならシアンも大丈夫だろう。

 グラエナの足跡がかろうじて残っていてなんとか追いかけることはできる。暗くて見失ってしまいそうながらも、微かに聞こえる鳴き声を頼りに進むとようやく、見つけた。

 

「みつけたー!」

 

 俺の声に振り返ったリジアは今にも泣きそうで、俺を見て逃げる様子はない。

 というのも、キッドのグラエナがいるのもそうだがもう一匹俺の味方でもリジアの味方でもないポケモンがいたからだ。

「何――」

 ヘルガーは獰猛な唸り声を出して俺たちを威嚇する。エンペルトを出して警戒するもヘルガーは一歩も引く気配がない。

 一瞬、ジムトレーナーの手持ちかとも思ったがタイプ的にも違うだろうし警察だとしたらトレーナーの姿がないのも不自然だ。

「リジア、こいつは?」

「……わかりません。ただ、私を狙ってきているのは確かです」

 明確に狙いを定めてかつ、トレーナーが出てこない。野生だとしたら余計に謎が増える。

 すると、突然ヘルガーが遠吠えをしたかと思うと光り輝き、ヘルガーを包む。

 それは見覚えのある光景だった。ああ、何度も前世の対戦で目にしたことがある。

「メガシンカ!?」

 メガヘルガーとなり、かみなりのキバがゲッコウガを襲う。ついで炎が放たれ一瞬で燃え広がり、俺たちを囲む。

 れんごくの炎は燃え移ってしまいそうな勢いで広がっていく。エンペルトに消火してもらおうにも間に合わない速度だ。リジアのゲッコウガも火を消そうと水を放っているがキリがない。

 炎のせいか、震えが止まらないリジアの腕を掴んで半ば無理やり抱き寄せて、チルを出す。この炎ではチルもやけどを負うのはわかっていたがこの状況で悩んでいる暇はない。

「チル! 辛いだろうけど少しだけ我慢してくれ!」

 エンペルトを一旦ボールに戻し、リジアとゲッコウガ、グラエナも無理やり引き上げてチルに飛び上がってもらい、一旦抜け出すことに成功したがこのままでは町まで燃えてしまう。

 火の手から離れたところでチルを戻して再びエンペルトを出してできるだけ火の手を食い止めようと試みるが一部分だけでどうにもならない。なみのりも試すが焼け石に水とはまさにこのことと言わんばかりに火は止まらない。

「リジア、ゲッコウガを――」

 援助を頼もうとリジアを見る。しかし、リジアは青ざめながら俺にしがみついて震えているばかりでゲッコウガに指示を飛ばすどころか逃げる気配すらない。

「リジア……?」

 その怯え方はコマリの森のときにも見た記憶があった。あの時もほのおのうずに怯えていたが、今回はその比じゃない。

「いや、熱いの……もう許して……」

 縋るような声に、何があったのかは推し量れないが、それでも余計に守りきらなければと決意が強くなる。

「エンペルト! あまごい!」

 消火をしていたエンペルトに指示し、一旦水を放つのをやめて雨雲を呼んだエンペルトのおかげで範囲こそ狭いものの雨が降り、ほんの少しだが勢いを留められた気がした。

「ゲッコウガ、お前も――」

 リジアのゲッコウガに協力を仰ごうと振り返る。そしてその時ようやく気づいた。

 グラエナがいない。主人を呼びにいったか、どこか別の下っ端を呼んだか。どちらにせよこの場に留まっていればリジアを奪われる。

「ああっ! もうヘルガーの主人絶対許さねぇ!」

 余計な火事のせいでやることが増えて早く誰か来てくれと思わずにはいられない。

 

「へぇ、随分と盛り上がってますね」

 

 できれば聞きたくなかった声。振り返るとさっきのグラエナを連れたメガネ――下っ端のサイクが現れる。確かに誰か来てくれと思ったが敵を増やせとは思ってない。

「リジアちゃん」

 こちらにこいと穏やかな声をリジアに向けるがリジアは動かない。震えこそしていないものの、俺から離れる気配がない。

「リジアちゃん……?」

「先輩……火を、消すの、手伝ってもらえませんか」

「え? 何を言って……」

 この混乱に乗じて逃げるのが悪党としては正しい。俺だってそうするとばかり思っていた。

「先輩の手持ちならできるでしょう……!」

 リジアの声は必死すぎて痛々しいレベルでサイクに投げかけられる。その気迫に、サイクもよくはわからないが仕方ないと言わんばかりにボールからドククラゲとオクタンを繰り出した。

「ハイドロポンプ!」

 2匹とも水を放ち、ゲッコウガも消火活動に加わってエンペルトを含めた4匹の力で火はかなり抑えられ、あまごいの雨もあってか見える範囲の火は消火することができた。

「さて――」

 サイクがドククラゲをちらりと一瞥し、触手を伸ばしてくる。読めていた動きはエンペルトにも伝わったのだろう。庇うように触手をはね退ける。

「うちの後輩を返してもらえないかな」

「断る」

「……君が決めることじゃないだろう、そもそも」

 呆れたように肩をすくめるサイク。リジアの様子を見ると、無表情で俺にしがみついていた腕は力なくおろされる。

「私は……レグルス団のリジア……」

 リジアに突き飛ばされ、俺から離れていこうとするのを引き止めるために腕をつかむ。リジアは先程の弱った様子がまるで嘘のように睨んでくる。

「放しなさい! 先程の件については感謝しますがそれとこれとは別問題です! だいたい、お前に関係ないでしょうが!」

「違う! そもそもリジア、お前は――」

 本当の名前を口にしようとした刹那、強い風が吹き荒れて俺は吹き飛ばされた。

 

 

 

――――――――

 

 

 リコリスは意外にも苦戦していた。

「ふざけた真似をしてくれるわねぇ!」

「ふんっ。ジムリーダーが聞いて呆れる」

 テオが従えるポケモンに問題があった。

 この悪夢事件の元凶にして、リコリスの手持ちがことごとく眠らされる羽目になった相手――ダークライである。

「どんな汚い手を使ってそれを従えたのかしらぁ? さすがは悪党の幹部は小狡いことをするわぁ」

「お褒めに預かり光栄な事だ。礼の代わりに仕留めてやりたいが――俺たちの目的はそれではないのでな」

 突如として炎上したのを確認したテオは不愉快そうに目を細める。

「やはり出たか。忌々しい……!」

 

 

 

――――――――

 

 

 シアンはキッドと戦っていた。そう、ポケモンバトルでなく、トレーナー同士でだ。

「はっ!」

 しっかりと武を修めた動きにキッドは困惑しながらまともに喰らわないよう後退し、冷や汗をかく。手持ちたちも戦っているためこちらにきてシアンに攻撃しろと指示を出せない上にすぐ近くではテオとジムリーダーが戦っている。キッドにとっては想定外すぎて余裕がない。

「どうしたですか! 威勢がいいのは口だけみてぇですね! チンピラ風情がボクと素手でやり合おうとするのが間違いですよ!」

「このご時世にトレーナー本人が強いとか聞いてねーよ!」

 せめて隙を作れればと、キッドは舌打ちする。

 するとその瞬間、グラエナが向かった先が燃え上がり、あっという間に燃え広がっていくのが見えた。

「ヒロ君!?」

 シアンがぎょっとしたようにそちらを振り向き、その隙にキッドは飛び退いてワルビアルを繰り出した。

「ワルビアル! かみくだく!」

 シアンは反応が遅れ、ワルビアルと距離を取ることに失敗する。

「あ――」

 血の気が引いたシアンは、避けられぬ痛みに備えるようにきつく目をつぶる。

 しかし、いつまで経っても痛みは来ない。恐る恐る目を開けてみると、ワルビアルの動きを止めるように蔓が巻きついており、聞き慣れた声も聞こえてきた。

「コジョンド! とびひざげり!」

 フシギバナとコジョンド。そのトレーナーを、シアンはよく知っていた。

「イオ君! えっちゃん!」

 一撃で倒れたワルビアルに、キッドは怯みながら二人を見た。

 イオトは不機嫌そうに、エミは面倒そうにキッドを睨む。

「で、どういう状況だこれ」

 イオトが誰へともなく呟き、エミも答えになっていないような言葉を返す。

「急に火事とかびっくりなんだけど」

「ふ、二人ともどこいってたですか!」

 助けてくれた感謝と、この非常事態に不在だったことがせめぎあい、シアンは思わず怒るようなことをくちにしてしまう。

 視界に映る火事は徐々に弱まっているのが確認できる。あまごいで雨を降らせたのはヒロだろうかとシアンは考えたがエンペルト一匹であの規模の火を抑えられるのだろうか。

 そうしていると、テオがネンドールとダークライを連れてキッドを呼んだ。

「キッド! 引くぞ。サイクと合流して撤退だ」

「ラジャーッス!」

 ネンドールのテレポートでその場から姿を消した二人を追うため、リコリスが服の裾を持ち上げて怒り狂った声をあげた。

「絶対に許さないわぁ! だいたいダークライとか私にメタすぎるのよ!」

 まあ、相性は最悪だろうな、とイオトとエミは心の中で呟く。おまけに幻のポケモンだけあってそもそも強い能力を有しているのでリコリスに落ち度があるとすればダークライを手持ちにしていることを想定していなかった点だろう。

「ぼけっとしてる場合じゃなかったですよ! ヒロ君の援護に行かねぇとです!」

 

 

 

 

 




チルはボールに戻した時点でしぜんかいふくでやけどが治ってます。


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届かなかった手

 吹き荒れた風に視界を奪われる。吹き飛ばされた体は運良く咄嗟にボールから飛び出してくれたチルのおかげで緩和できたものの随分と引き離されていることに気づく。

「リジ姉! サイクパイセン!」

 キッドとテオが現れて二人に手を伸ばす。風でよろけたのか体勢を崩したリジアは慌てて立ち上がり、俺に背を向けてキッドに手を伸ばす。

 遠のいていく。放してはいけない手に縋るようにもう一度腕を伸ばす。

 

「リジア!」

 

 本当の名前を呼ぶべきかと、ほんの一瞬だけ考えたが今向き合っているのはあの日、最悪の出会いをしたリジアでしかない。彼女の覚えていない、本当の名前を口にしたところで見ているのは過去でしかないと。

 キッドの腕を掴んだリジアがテオの手持ちとともにテレポートでその場から消えようとする。

 その刹那、リジアは一瞬だけ俺を見た。

「――お人好し」

 声までは届かなかった。けれど、その口はたしかにそう呟いていたとわかる。

 消える直前、息を切らせて追いかけてきたリコリスさんが手持ちに攻撃させたりくろいまなざしを発動させようとするも遅く、レグルス団はそのまま姿をくらました。

「あ゛ああああああっ!! よくも! よくもよくもぉ!」

 激昂したリコリスさんが髪を引きちぎらんばかりの気迫で顔を覆い、その声の迫力にびっくりした手持ちたちがおろおろと慰めるように背中をさすり始める。

「許さないわぁ……ここまでコケにされるなんてぇ……!」

 

 結局、レグルス団の手がかりを失った夜の事件はリコリスさんの絶叫で幕を閉じた。

 

 

 

――――――――

 

 

 レグルス団のアジトでリジアは縮こまっていた。正確には一室で博物館襲撃を行った6人とテオが顔を突き合わせて重い空気でリジアを睨む。一人座るテオは死ぬほど機嫌が悪そうだった。

「言い訳は聞こう」

「も、申し訳ありません」

 第一に、味方を逃がそうとして自分が捕まったこと。

 第二に、逃亡中錯乱してしまったこと。

 第三に、これらのことで多大な迷惑をかけたこと。

 リジアはそれら全てに罪悪感を抱き、特に女性陣からの痛い視線に耐えながら口を開く。

「その……私のためにテオ様が……しかもダークライまで出させてしまい、大変ご迷惑をおかけしました……」

「はあ……もういい。シレネ。そちらは」

「ダークライの活躍もありまして……こちらはスムーズに。メグリが、すぐさま本物を探し当ててくれた、おかげで……はい」

 シレネが本物の繭石をテオに差し出すとテオは眉間の皺を少しだけ緩めて言う。

「ご苦労だった。今頃各地の作戦も滞りなく終わっていることだろう。お前らも休め」

 

 レンガノシティで派手に暴れている裏で、レグルス団は密かに、それぞれ別の目的で作戦を実行していた。そちらばかりに注目がいってまだ気づかれていないだろうとテオは考える。そのためにレンガノシティのメンバーは下っ端でも実力が高いメンバーを選んだのだ。

 

「ああ、リジアは残れ。ほかは下がっていい」

 怒りを隠そうとしない声にさすがにリジアは青ざめる。キッドが「そ、そんな怒らないでも……」と呟くがサイクに口をふさがれて半ば強引に退室させられる。シレネとココナはぶすっとした表情でリジアを一瞥するとどうでもよさそうに去っていった。メグリも、軽く頭を下げて退室すると静まり返った室内にリジアとテオが音も立てずにその場に残る。

 テオが立ち上がるとリジアがびくりと肩を揺らし、青ざめた顔が真っ白になる。

 伸ばされた手に殴られるのだろうかと目をつぶると、なぜか頭に手を置かれた感覚に、間の抜けた顔でリジアは顔を上げた。

「あまり心配かけるな」

 先程の不機嫌そうな顔から想像もできないほど穏やかな声。リジアは驚くと同時に泣きそうになる。

「ほら、言うことは?」

「ごめんなさい……」

「わかってるならいい。イリーナにどやされるのは俺なんだから無茶をするんじゃない」

 そう言って手を放したテオは「はあ」とため息をついてぼやいた。

「特別扱いしているつもりはないんだが……お前は特に妹みたいでやりづらい……」

 シレネとココナのことを言っているのだろうとリジアはすぐにわかった。確かに、下っ端なのにあまり幹部に馴れ馴れしかったり、特別扱いされるとどうも反感を買う。

 元々、テオとイリーナという幹部二人とは付き合いが長く、それこそ兄姉のように慕っていたリジアは久しぶりに優しいテオの声を聞いて不謹慎にも嬉しく思ってしまった。

「もう戻っていいぞ。ああ、あとイリーナには今回のことは黙って――」

 

「え、何? 何を黙ってろって?」

 

 いつの間にか、部屋の片隅に出現した女――イリーナにテオはぎょっとし、リジアも目を見張った。

「リジアただいま~! 大変だったみたいね。よしよし、かわいそうに。テオ、あとで覚えておいて」

 心底嫌そうに頭を抱えたテオをよそに、イリーナはリジアを抱きしめる。その際に、イリーナの豊満な胸がぶつかり、複雑そうなリジアはそっと離れるように声をかけた。

「イリーナ様、私は大丈夫ですので……」

「そうは言っても心配なんだから。リジア、やっぱり外に出る任務はやめない? 私の手伝いとか」

「いえ、せっかくですがイリーナ様のお役には立てませんので……」

 やたら距離の近いイリーナに、テオは呆れた視線を向け「よそでやれ……」と呟くとイリーナは「は?」と威圧する。

「だいたいあんた、リジアになにかあったらどうするつもり? 危険な任務はさせるなって何度言えばわかるのかしら」

「ボスの意向もあるから仕方ないだろ。お前こそ特別扱いやめろ。リジアが苦労するだけだ」

 幹部二人の喧嘩を横で困惑しつつ見守りながらリジアは考える。

 あの時、呼び止めたヒロの声を聞いて、あの場に残っていたらどうなっていたのだろうかと。

 こんな自分でも、少しはまっとうになれたのかもしれないと、夢を見る。

「……遅すぎますね」

 呆れ返るほどの無意味な感傷に、リジアは苦笑しつつ、幹部二人の喧嘩を止めるため間に入っていつもの笑顔を浮かべるのであった。

 

 

――――――――

 

 

 

 

 次の日、リコリスは目が隠れているのもあるがいつにも増して淡々と四天王たちと映像通信でやりとりしていた。

「今回の失態で私をジムリーダーから下ろすのかしらぁ。いいわよ、別に。私もそのほうが好きに動けるもの」

 拗ねたような言い方にフィルは頭痛をこらえるような反応を見せ呆れた声を絞り出す。

『リコリス……確かに落ち度はあるかもしれないが仕方のないことだ。それに、君以上に腕の立つトレーナーを新しくジムリーダーに据えるほうがこっちは大変だよ』

「そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 完全にひねくれているリコリスはあくまで淡々としている。だが、声にははっきりとわかるほど怒気が孕んでいた。

 あの夜、本物の繭石は厳重に保管していたにも関わらず盗まれてしまい、リコリスはついに一周回って落ち着いて怒り狂っていた。

 悪夢から目覚めない人間はまだ十数名。稀に見る事件に次ぐ事件でマスコミはうるさい上に、レグルス団への注目も高まっている。

 これまで以上にレグルス団は暴れることも予想されるが何より、目的が未だ不明瞭なことが不気味だ。

「別にいいのよ。私だって半ば惰性でしてるようなものだし。……あと、あの子との約束もあったけど、もう意味のないことだもの」

『君といい、ユーリといい、君たちはユーキのことを引きずりすぎだ。あまり言いたくないが、あの子を言い訳にしているだけに見えるよ』

「……ふん」

 反論できないのか、リコリスは鬱陶しそうに目をそらす。

『とにかく、ジムリーダーはこれからも継続してくれ。あと今回の一件に関するレポートを』

「わかったわよぉ。じゃあね、おじさま、みんな」

 半ば無理やり通話を切ったリコリスはふーっと息を吐いて嘆息する。

「向いてないのよねぇ……」

 

 自分自身を嘲ると、リコリスは出かける準備をするために立ち上がる。不安そうなジュペッタが袖を引っ張り、それを見たリコリスは「大丈夫」と小さく言ってジュペッタを撫でた。

 

 

――――――――

 

 

 昨夜の事件が落ち着いてきた昼頃、ポケモンセンターでおとなしく休んでいるとシアンがクルマユを抱えて部屋に入ってくる。

「ヒロ君。リコリスさんが呼んでるですよ」

「ん……ああ」

 あまりやる気のない返事をして起き上がる。イヴが心配そうに見てくるがあまりに気を使える余裕がなかった。

「……ヒロ君、あんまり落ち込みすぎるのもよくないですよ。まったく、こんなときに限ってイオ君もえっちゃんも外に遊びにいくなんて……」

 ぷんぷんですよ、とぼやくシアンに苦笑を浮かべつつ、一人でポケモンセンターの共同スペースに向かうと、リコリスさんが座りながら俺を待っているのが見えた。

「すいません。おまたせしたようで」

「ああ、いいのよぉ。こっちも急だったもの」

 向き合って座ると、ボトルに入った飲み物を差し出され「買ってきたからあげるわぁ」と半ば強引に押し付けられた。ミックスオレのようだがポケモンの回復アイテムの印象が強すぎて口にするか悩む。

「なんとなくねぇ……誰かと話したくて、ヒロ君に聞いてもらおうかなって」

「はあ」

 いまいちよくわからないが俺が聞いてもいいんだろうか。ボールから出たイヴが足元でリコリスさんのジュペッタとなんか遊びだしているのが目に入る。あれだ、アルプス一万尺的な動きだ。

「ヒロ君、あの下っ端と知り合いだったんでしょ」

「……ええ、まあ」

「余計なことされても困ると思ってきつく言っちゃったけど、こうなるくらいなら会わせてあげるべきだったなぁって、思っちゃって」

 妙に落ち着いた様子のリコリスさんは相変わらず表情が口元しかわからない。怒っていたり悲しんでいる様子は見受けられないがどこか寂しそうな感じだ。

「ちょっと長いけど聞いてくれる? 私ね、好きな子がいたのよ」

 

 

 

 リコリスさんは昔の話を俺に語ってくれた。

 

 幼い頃、気弱で人付き合いが苦手だったリコリスさんにはいつも導いてくれる親友がいたらしい。

 リコリスさんはその子に恋をして、ある日、思い切って告白したが、相手は申し訳なさそうに「ごめんね」と言った。

 言わなきゃよかったと後悔したリコリスさんはその親友に会いに行くのが怖くてしばらく閉じこもっていたが、勇気を出して会いに行った。

 だが、その親友は悪党に誘拐されて、未だに見つかっていないらしい。

 もう、ずっと何年も昔のことだと、リコリスさんは言う。

 

 

 

「私ねぇ、その子との最後の思い出があんな顔をさせちゃったことなのがずっとずうっと嫌で仕方ないの」

 遠くを見るように窓の外に視線をやったリコリスさんの声は物悲しい。

「だからね、私は強くなってあの子を助けようと思ったの。あの子とも、強くなってみせるって約束したしね」

「お、俺、そんな大事な話聞いちゃっていいんですか?」

「え、ああいいのよ。なんか誰でもいいけどあんまり身内だと話しづらいこともあるしねぇ。特に私、ジムの子には尊敬されてあんまりそういう話できないし」

 ジムリーダーの立場も大変なんだなぁ。足元のイヴとジュペッタを見ると飽きたのかぐてっと二匹とも寝転んでいる。

「ていうかねぇ……身内というかユーリには絶対に言えないし……うん、まあ、肩身が狭いわぁ」

「なんで言えないんですか?」

「いや、ほら、だって――うーん、引かない?」

 リコリスさんが珍しく困ったように照れており、なんだろうと気になって「引きませんよ」と答える。

 すると、リコリスさんはもじもじしながら小さな声で俺に囁いた。

 

「だって、その親友、女の子なんだもの」

 

 

 

 ――突然のレズカミングアウトに、俺は驚きというか困惑というか、意外すぎて思考が停止した。

 

 

 

「ああもう、ほら引いてるっ! 引いてるわ! ち、違うのよ! 好きになった子がたまたまそうだっただけでそんな節操ないわけじゃないんだから!」

 慌てているリコリスさんはキャラが崩れているのか思わず早口で俺の肩をつかむ。

「い、いや、引いてないんですけど……その、一途だなぁと」

 子供の頃振られた相手(しかも同性)を未だに好きでいるとか相当だと思う。異性だってそんなに想い続けるのは難しいだろうに。

「まあ、想うだけなら誰でもできるわぁ。問題はその先よ。行動に移すのはとても難しいことだもの」

 リコリスさんは自分の買った分の飲み物がなくなったのか空になったボトルを机の端に寄せて言う。

「君があの時、下っ端の名前を呼んだときね、わかったの。君も私と似たような報われない想いを持ってるって」

 あの時、リジアの名前を呼んだものの、過去のシオンへの想いも確かにこもっていた。そういう点では確かにリコリスさんと同類かもしれない。

「君は――どうしたいかしらぁ」

「俺は……」

 今までぼんやりと、ただ旅してポケモンをゲットできればいい。ジムはついでで、特に明確な目的もない旅をするつもりだった。

 でも、今は少し違う。

 

「強くなりたいです」

 

 リジアを引き止めるだけの力を。もう一度、あの時みたいに笑ってほしい。

「……ま、昔も一般人の少年が悪の組織壊滅させちゃった話とか聞くもの。本当は褒められたことではないけど、私に止める権利もないわぁ」

 足元にいたジュペッタを軽く揺すって、リコリスさんは微笑む。そのまま浮き上がったジュペッタがリコリスさんの隣で俺を見て笑う。

 

「それならせめて私を倒してみなさい。待ってるわ、ヒロ君(挑戦者)

 

 

 



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レンガノジム

 まだ早朝だがリコリスさんのジムに挑むために修行をしていた。しかし、いつも相手にしているイオトとエミがまだ起きないのでたまたま早くに起きていたシアンにバトルを付き合ってもらっており、珍しい組み合わせでの修行だ。

「レン! スパーク!」

「シャモすけ! にどげり!」

 互いにぶつかり合い、打ち合ったあとすぐさま二匹揃って後退するとぴくりと体に異変が起こる。

 バトル中だというのに二匹とも輝いたかと思うとほぼ同時に進化して自分の変わった姿に驚いているような様子だ。

「よっしゃーですよ! シャモすけ、とうとう念願のバシャーモです!」

 戦闘を中断して、バシャーモになったシャモすけに抱きつくシアンはこの上なく嬉しそうだ。

 レンも俺に擦り寄って変わった自分の姿を見せつけてくるがレンの頭を撫でるだけで前より気分が乗らない。

「……ヒロ君、なんか元気ねーですね」

「いや……なんか、まだまだだなぁって思ってさ」

 前世の知識でそれこそ他者よりアドバンテージがあると思っていたがそんなことは全然なく、まだ駆け出しもいいところ。

 咄嗟の判断とただ技を撃ち合うだけでは駄目なのだ。

 できるだけ早く成長したい。また何もできずにあの背中を見るのはもう嫌だ。

「ばっかじゃねーですか」

 顔を俯けているとシアンがアホでも見るような目でこっちを見ていた。

「誰だって弱いところかスタートするもんですよ。あの馬鹿ケイだって昔はお兄さんたちにしょっちゅういじめられてるようなやつでしたし」

「全然想像できねぇ……」

 ふてぶてしいというか、ケイっていじめられるタイプに見えないのでちょっとした衝撃だ。

「そりゃ、人にはそれぞれ限界はあるですが……誰でも最初から強かったら苦労しねーですよ。ボクはそんなやつ嫌いです」

「言いたいことはわかるけどさ」

「そもそも! 自分が弱いからって手持ちにうじうじした姿を見せるんじゃねーですよ! 一緒に成長するもんなのに主人がそんなじゃ手持ちも不安になるです」

 人差し指を俺の額にグリグリ押し付けてくるシアン。めちゃくちゃ痛い。えぐれそうだ。

「やりてぇことができたなら、前だけ見てりゃいいですよ。下と上は見てもろくなことにならねーです」

 シアンはアホだがこういうとき真っ直ぐなことを言うのはちょっとだけ尊敬する。シアンの言葉は良くも悪くもストレートできっぱりしている。

 自分の顔をパンッと両手で挟んで気つけすると気分が少し晴れた。

「はー、レンごめんな~。ちょっとモフらせてくれ……」

「あ、ちょっと調子戻ってきたですね」

 進化してレントラーになったレンに抱きつきながらゴロゴロしているとシアンが呆れたような声で言う。

「お腹すいたですしボクは先にポケモンセンターに戻りますですよ。ヒロ君も気が済んだら戻ってこいです」

「おう」

 シアンが離れていく足音を聞きながらレンの毛に顔を埋める。

「はあ……」

 とりあえずは目先の目標であるリコリスさんの打倒だ。

 

 

――――――――

 

 

 その後も、イオトとエミに付き合ってもらったりして修行を重ね、事件から三日後、町も落ち着きを取り戻した頃合いを見計らって一人でジムを訪ねた。

「すいません。ジム戦いいですか?」

 受付にいた女の人が「は~い、少々お待ちを~」とのんびりした声で返事をし、一旦その場から離れる。

「おーっす、未来のチャンピオン――なーんて」

 いつの間にか後ろにいたジムトレの男らしき人物が肩を組んできて焦る。妙に馴れ馴れしいのもそうだが気配がしなくてぞっとした。

「久しぶりの挑戦者。このジムにまだ初心者が来るとは恐れ入った」

「えっと、なんですか」

 いきなり芝居がかった口調で言い出すものだから不審すぎて警戒してしまう。足元でイヴも唸っている。

「いやね、気をつけなよって忠告さ。あ、俺はオズ。ま、見ての通りジムトレーナーだ。ジムで当たったときはよろしくな」

「あらぁ、オズってばサボりかしらぁ」

 甘ったるい声のリコリスさんがジムの奥から現れて俺を見てニタァと口元を三日月状に歪める。

「早く配置につきなさぁい」

「あいあい。んじゃなー、坊主」

 ジムの奥に消えていったオズを見送ると、リコリスさんがスカートをはためかせて楽しげに言った。

 

「いらっしゃあ~い。愛と恐怖のレンガノジムへよぉこそ~」

 

 なんだろう、この、リアクションに困るやつ。

 こんなことなら三人も連れてくれば良かったかとちょっとだけ後悔する。シアンあたりはなんか面白いこと言ってくれそうだし。

 一人できたのはちょっとした決心みたいなもので、見守られるのもいいが今回ばかりは一人で乗り越えてみようと思ったのだ。修行に付き合ってもらっておいてそれもどうかとは思うが。

「あらぁ、面白くないわねぇ。まあいいわぁ。それでは――ご案内」

 

 リコリスさんに導かれて入ったジムの内装は古城のホールをモチーフにしたかのような古めかしい造りになっており、灯りもまるでヒトモシの炎を模した青い灯りとなっている。

 つい最近、それで恐怖体験をしたものだから反射的に尻込みしてしまいそうになる。

「うちのジムは探索型よ。私がいる部屋に入るためには鍵が3つ必要だから頑張って探してねぇ~。うちのジムトレも何人かいるからバトルになったらその時は頑張って~」

 

 それだけ言い残してリコリスさんは幻のように消えてしまう。

 ――ぐるりと、辺りを見回すとどこからともなく不気味な笑い声。

 これ探索終わったあと疲れ果てそうだな……と考えてしまう。いやでも、あの洋館に比べたら所詮作り物だし大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせ進んでいく。

 足元でイヴが時折ビクビクしながら警戒しており、なんか嫌な予感しかしない。

「つっても人の気配すらな――」

 きょろきょろ鍵とやらを探していると廊下にある女性の絵画と目が合う。

 視線を絵画から逸らさぬまま後ろへ下がってみると視線が合ったまま。というか目が動いているようにしか見えない。

今度は前に進もうとするとやっぱり目が追ってくる。

 無視して通ろうか悩んでいるとバラエティのセットよろしく、額縁から女が這い出してくる。

「驚きなさいよおおおお!!」

「雑すぎませんか!?」

 問答無用でバトルが開始され、これジムとかホラーっていうかアミューズメント施設では、と思わずにはいられなかった。

「ゴース!」

 イヴは一旦戻してエンペルトで迎え撃つ。そこまで強くないのかエンペルトの攻撃一発でダウンし、ジムトレーナーはすかさず二匹目を繰り出してくる。

 次はヨマワルだ。こちらもエンペルトがねっとうで退け、ほとんど傷つくことなくバトルが終わった。

 ナギサのむずかしいクリア報酬で賞金と一緒に渡されたねっとうのわざマシン。やっぱり便利だなぁ、わざマシンって。もっと色んなのがほしいが帰る場所がこの辺にはなかったのでまだ我慢するしかない。

「うっ……ひっく……驚いてほしがっだ……だけなのに……」

 泣きべそかきながら絵画の中に戻っていく絵面がシュール過ぎて思わず目をそらした。

 まさかこんなのが続くんだろうかと気を張りながらしばらく歩くと封鎖されていない扉があったので警戒しつつ入ってみる。

 中はなんと大量に人――ではなく蝋人形がならんでおり、それぞれ思い思いのポーズをとって微動だにせず佇んでいる。

 部屋を見渡して何かないかと探っていると、蝋人形の一人――メイド服を着た女性の手に鍵束が握られており、そこに明らかに目立つ鍵があったのでこれだろうと蝋人形から鍵を取ろうとする。

 

 すると、なぜか蝋人形に手首を掴まれた。

 

 ぎぎぎ、となぜか不気味な音を立てながら目の前の蝋人形、否――人間が首を気持ち悪いほど傾けながら地を這うような低い声で呟き出す。

「貴様ごとき小僧がリコリスお姉様の元へ行けると思うな――この小童がああああああああああ!!」

 手首をねじ切らんばかりの握力。思わずのけぞるような気迫になんとか手を振り払うもバトル開始が告げられて逃げ場がなくなった。

「許さないわ……ああ、リコリスお姉様……あなたに歯向かう男の首を取ります……ふふ、ふふふふふ、あーはっはっはっ!」

「何この人怖い! これジム戦ですよね!? 私闘じゃないですよね!?」

 俺の叫びは聞いていないのかメイド姿のジムトレはランプラーを繰り出してくる。安定のエンペルトに任せ、しおみずでワンパンするとメイドジムトレはぶちぶちと自分のまつげを抜き始めた。

 やべぇよこの人正気じゃねぇよ。

 そのままジムトレはデスマスを繰り出し、直接攻撃しないように技を選ぶ。その間もなぜか虚ろな目でジムトレは自分の毛を抜いていて今までの仕掛けの中で一番ホラー気分を味あわせてくれる。勘弁してくれ。

 一応勝ったものの、鍵をもらうのがすごく怖い。というか素直にくれるんだろうかこの人。

 おずおずと近寄るとすっと鍵を差し出してきてちょっと安心したのも束の間、ぎょろりと目だけがこっちをむいており「呪ってやる」とだけ呟いて、ジムトレはすたすたと俺から距離を取って人形たちの中に戻っていった。

 

 このジム、思ったよりやばいかもしれない。

 

 

 

――――――――

 

 

 一方その頃、ポケモンセンター。

「あれ、ヒロ君どこいったですか?」

 買い物から戻ったシアンが共同スペースにて休憩しているイオトとエミに声をかける。

 二人とも適当に菓子をつまみながら映画放送を見ていた。

「多分一人でジム戦じゃない? ここ最近思い詰めてたし」

「まあそのうち帰ってくるだろ。俺たちが修行してやったんだから」

 二人の態度にシアンはムッとして頭に乗せたクルマユは「くる?」と不思議そうな顔でシアンを見下ろす。

「二人も……たまにいなくなるですけど、何してるですか」

「別に?」

「何も」

 はぐらかすような声。シアンは言いたいことはあるものの、これ以上追求しても無駄だと悟ったのか肩を竦める。

 ふと、シアンは嫌な予感がしてなんとなくポケモンセンターの入り口の方に視線を向ける。ヒロが戻ってきたのかと思ったのも束の間、ある人物が入ってきた。

「ひぎっ――」

 驚きのあまり変な声が出てだらだらしていたはずのイオトとエミが素早く身を隠すためににシアンを引っ張り、その人物に見えないように物陰に隠れる。

「な、なんで……」

「声出すな。バレるぞ」

「最悪……」

 物陰からエミが様子を伺い、動向を探る。

 

 ポケモンセンターに現れたその人物こそ、ヒナガリシティジムリーダー、ユーリだった。

 

 なんとかして三人はバレる前に逃げたいがどうやっても宿泊場所には彼女がいる場所を通らねばならない。ユーリはきょろきょろと何かを探すように視線を巡らせるが、舌打ちしてそのまま宿泊エリアへと向かう。

「ど、どどどどうしようです。あいつとうとうボクの居場所に気づいたですか!?」

「落ち着け。ていうか個室にはさすがに入れないはずだから俺らが見つからない限りバレないだろ」

「この隙に外に出――」

 エミが立ち上がろうとするが入り口付近にピカチュウがふんぞり返っている。シアンはあのピカチュウが何かよく知っていた。

「だめです! あれあの馬鹿の手持ちですよ! あそこ通ったら間違いなく気づかれるです!」

「じゃあどうするのさ! 裏口から――」

 

「ぴかぁ?」

 

 ピカチュウが物陰を覗き込み、何もいないことを確認し不思議そうに入り口の方へと戻っていく。

 慌てて別の物陰に移動した三人は早まる鼓動に冷や汗が止まらない。危うくバレるところだった。

「つーかなんで二人とも焦ってるですか!」

「お前と一緒にいたら共犯だと思われるからだよ!」

「間違いなくシメられるよね」

 ひそひそと話ながらピカチュウとユーリの動向を伺う三人は早く帰ってくれという気持ちを隠しきれず、このタイミングでヒロが帰ってこないことだけを願った。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「おお、ようやく来たかー。待ってたよ坊主」

「……あの」

「ああ、聞きたいこととか色々あるだろう。そりゃそうさ。今までのトレーナーたちとはまともに意思疎通できなかっただろうし」

「いや、それもあるんですけどそれより」

「いや怯えることは恥ずべきことじゃないさ。恐怖というものは誰しも抱く当たり前の――」

 

「いや、そうじゃなくて首吊り状態は心臓に悪いんで降りてから喋ってください」

 

 ジムの入り口で遭遇したオズという男。そんな彼が部屋の中心で首吊り死体みたいな状況なのに笑顔で話しかけてきて何事かとヒロは頭を抱えそうになった。

 オズは仕方ないなぁと言わんばかりに首から縄を外して普通に床に降り立つ。どういう仕掛けかわからないが本当に不謹慎なのでやめてほしい。

「で、話を戻すけど」

 オズはなんともないと言わんばかりに話を進めてくる。

「ま、要するにうちのジムは脱出ゲームみたいなもんでさ。全員ジムトレにも役割があるんよ。俺は解説を許されてる唯一のポジション」

「はあ……」

「設定的に言えば呪われた古城の幽霊たちから鍵を得てボスである魔女を撃破するってやつなんだけど」

「急にRPGになってませんか」

 脱出ゲームなのに何普通に戦闘させてんだよ。ツッコミどころは尽きないが今までのトレーナーたちがそういう設定でやっていたというならまだ納得はいく。

「よかった……いきなり呪ってやるとか言い出すメイドさんもブリッジしながら追いかけてくる女も設定だったのか……」

「……………………で、話の続きだけど」

「すいません、今の間なんですか。あの、ねえ、ちょっと」

 設定なんだよな? 設定だと言ってくれ。

「というわけで俺を倒して最後の鍵ゲットすればジムリーダーに挑戦できるよ。がんばって倒してくれ。まあ俺前座だから本気出すとリコリスに激おこされるから手抜きだけどはっはー!」

 この人の謎テンションついていけねぇ。このジムは躁か鬱かの極端な二択じゃないと所属できないんだろうか。

「ほい、ガラガラ!」

 出してきたのはアローラガラガラだ。この地方でもアローラの姿のポケモンを使っていることにも驚きだが彼はこの一匹しかいないようだ。

「いや、正直もうすぐジムリなのに連戦とか疲れるじゃん? 俺も別に邪魔したいわけじゃねーし」

 こんな適当でいいのかこの人。

 それはともかくエンペルトを繰り出すとオズのガラガラはかげぶんしんして多方向からホネブーメランを向けてくる。全ては当たらないものの、一部避けきれなかったエンペルトは体力が少し持っていかれる。

「ほい、おにび」

 すかさずおにびを放ってくるがエンペルトは躱して間合いに入る。

「エンペルトしおみ――」

「ガラガラ」

 エンペルトの方が早かったが恐らくコンボとして予め動きの用意はしていたのだろう。ガラガラが一瞬で間合いに入ってエンペルトにじだんだを叩き込んだ。

 当然威力が上がっているじだんだを食らってエンペルトが耐えきれるはずもなく、目を回してしまう。その様子を見たオズは苦笑した。

「まあ、一匹か道具の一つや二つは消費させたいなーってだけで」

 ここにきて急に強いのやめてほしい。

「ミック!」

 ミックを繰り出してすぐさま技を放つ。かげうちで先制攻撃。相手は少し硬いが削れなくもない。

「お、じゃあガラガラ、ボーンラッシュ」

 ばけのかわは複数攻撃は一度しか無効にできない。レベルは同じ程度か俺の手持ちより下かもしれないとはいえまともに食らいたくはない。

「ミック! こっちもかげぶんしん!」

 かげぶんしん対決だがこちらには手がある。

 攻撃が外れたガラガラが痺れを切らして間合いに入ってくるとミックは本体の目をぎらりと輝かせた。

「ミック! だましうち!」

 相手がかげぶんしんしてようがかならず命中させるだましうち。しかも向こうからこちらの間合いに入ってきた。

 もろに食らったガラガラは吹っ飛んで目を回し、戦闘不能となる。

「おー、おー、お疲れー。ガラガラもありがとな」

 むくりと起き上がるガラガラをボールにしまってオズは俺に鍵を投げてくる。

「つーわけでジムリーダー戦、がんば。回復しとけよ~」

 オズの呑気な声に見送られながら、中央にあるあからさまに怪しい扉へと向かいつつ、手持ちたちを回復させた。

 扉には露骨な鍵穴があり、手に入れたそれを使うとカチッと音がなる。

 

 

 中に入ると広いバトルフィールド。奥にリコリスさんが豪奢な椅子に座って待ち構えていた。

「随分とお疲れみたいねぇ~。うちの自慢のホラー体験、楽しんでもらったかしらぁ」

「いや、これただのお化け屋敷……」

「さぁて、お待ちかねの私との対決よぉ」

 話をはぐらかされた気がする。

 最高6匹、道具の使用有り、相手の手持ちを全て戦闘不能にしたほうが勝ち。いつも通りシンプルでポピュラーなルール。

「さぁて、恒例の前口上~。歓迎するわぁ、挑戦者」

 いつにも増して甘ったるく、こちらの思考が溶けそうな声。フィールドを挟んで対面しているので距離はあるが声ははっきり聞こえる。

「レンガノシティは勇気と節制を司る土地。あなたは恐怖に打ち克つことができるかしらぁ」

 ナギサのときのようにフィールドは大きく変化しない。が、リコリスさんの威圧感はケイやナギサの比ではない。

 

「さあ、本気で相手してあげる。かかってらっしゃい」

 

 

 




活動報告にてモブトレーナーの募集はじめました。まだ未登場のジムや登場済みのジムに出すモブの案を募集しております。複数受け付けていますのでお時間ある方や興味ある方は是非。



●ヒロ
イヴ(リーフィア)♀
チル(チルタリス)♀
ドーラ(ペンドラー)♂
レン(レントラー)♀
エンペルト♂
ミック(ミミッキュ)♀


●ジムリーダー・リコリス
?? (レベルダウン)
?? (レベルダウン)




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VSジムリーダー・リコリス

 

 一匹目。先手で繰り出してきたフワライドにこちらはレンを繰り出す。事件のときに見かけなかったポケモンなので少々意外だが驚くようなことでもない。

 相手の手持ちは2匹。ケイですら3匹だったのになぜそんな少ない手持ちで、と考えているとリコリスさんは妖艶な笑みを浮かべた。

「手を抜いているわけではないわぁ。君は2匹でちょうどよく相手できるって判断しただけよぉ。むしろ――数でやれば勝てるなんて愚の骨頂だわぁ」

それ、博物館で物量攻撃してたリコリスさんが言っちゃうのか。

 レンなら相性がいいし慎重にやれば余裕だろうが、フワライドはやけに隙だらけで、ふわふわ浮いているだけで何も仕掛けてこない。レンは唸っていかくするがどこ吹く風。

「レン! エレキフィールド!」

 先手必勝、かもしれないが突っ込んで返り討ちにされるのも怖いので場を作ることを選択する。不意のさいみんじゅつ対策でもあるがエレキフィールドの効果があれば電気技を当てれば倒すことは容易だろう。

「あらぁ、撃ってこないのねぇ。じゃあこっちが動きましょうか~。フワライド、からみつくぅ」

 フワライドの腕……腕というかひらひらした部位がレンに伸びてくる。しかしレンはそれを軽々回避し、後退する。

「レン! かみなりのきば!」

 フワライドのゆうばくが怖いが直接攻撃しかまだ覚えていないレンはこうするしかない。威力が増しているこの一撃を耐えられるか。

 

「ま、どのみちずっと私のターンってやつよぉ」

 

 レンの攻撃は外れ、フワライドの姿が見えなくなる。

 ――否、そこに確かにいる。しかし小さくなって捉えるのが難しいだけだ。

「確かに当てれば痛いでしょうけど――当たるかしらぁ?」

 小さくなったフワライドはおいかぜによる気流操作でフィールドのいたるところに風を発生させる。それに乗るようにフワライドが移動するものだから攻撃を当てようにも全て外してしまう。

「相手の出方を伺うとかぁ……先手を取るとかぁ、そういうのじゃないのよぉ」

 ねっとりと、声が甘く絡みついてくる。

「出したらどうやっても勝てるようにすればいいだけのこと。先手後手、私には関係ない。だって何しようとも流れを決めるのは私だもの。ねえ――フワライド」

 姿を見失ったフワライドへリコリスさんは呼びかける。

 困惑するレンはバチバチと電気を纏うもののフワライドは攻撃してこない。どこから攻撃してくるかもわからない緊張感にレンを一度戻すべきかと考えるが一歩遅い。

「シャドーボール」

 ほんの一瞬だった。風に流れ、通りすがるような一瞬でシャドーボールを放ったフワライドはレンのきゅうしょを的確に狙い、一撃で戦闘不能にした。

 威力が高すぎる。ジムリーダーが育てたということを差し引いてもレベルは同じ程度まで下がっているはずだから能力変化で特攻をあげたと見るべきか。急所に当てたのはきあいだめ。威力が上がっているのはめいそうか。

「だから言ったでしょう。先手だろうと後手だろうと私には関係ない」

 三日月状に釣り上げた唇がにやりとこちらを向く。

 

「闇に潜むは(かす)かな御霊(みたま)。あなたに捉えられるかしらぁ」

 

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 その頃、ポケモンセンターにて3人は息を潜めて悩んでいた。

 見張りのつもりかポケモンセンター前に陣取っているピカチュウは出入りするトレーナーにお菓子をもらったり撫でられているのが見えるが、それは恐らく顔を知らない相手だからこそ。シアンが出たら間違いなく妨害されるかユーリに知らせるかのどちらかである。

「いっそ倒す?」

 エミが面倒になったのか物騒発言を呟くとイオトが青ざめた顔で言った。

「いやあれは不意打ちや一撃でどうにかなるようなやつじゃない。一度やりあったら音でバレるから相手にするのはナシだ」

「例えるならイオ君のマリルリさんみてぇなやつですからねぇ……あのピカ公……」

 ボールの中からマリルリさんが「一緒にすんな」と訴えかけているような気がしたがイオトは無視して四つん這いで物陰から物陰へと移動する。

「とりあえずユーリの野郎がどうするつもりかわかんねぇですと……」

 シアンも這いずって移動すると動くなとエミがジェスチャーで告げる。幸い、全員物陰にいたからいいがあと一歩で見られていたかもしれない。

「いない、か……。いるような気がしたんだが……」

 独り言のようにぼやいてユーリはピカチュウの元へと向かう。

「まあいい。リコリスのところ行くぞ」

「ぴかぁ~」

 大きく伸びをしたピカチュウがユーリの後ろについてポケモンセンターから出ようとする。安堵したようにシアンが息を吐き、イオトとエミもほっとするがユーリは扉の前でぴたりと動きを止めた。

 

()()()()()、か?」

 

 その言葉はやけにセンター内に響いた。当然、3人にも聞こえておりさーっと血の気が引く。今の一瞬で何に気づいたというのか。

「ピケ。そこで待ってろ」

「ぴか!」

 かつかつと靴音が3人に近づいてくるのがわかる。

(な、なんでこっち来るですか!?)

(うっそだろ)

(やばいやばいやばい)

 シアンは叫びたい衝動をぐっとこらえ、イオトは顔を覆い、エミは冷や汗が止まらない。

 こつ……と靴音が止まると同時に何かを取り出すような物音。それを見てジョーイさんが困ったように駆け寄る。

「お客様、室内でこのようなものは――」

「ああ、すまない。だが――こそこそ隠れているものをあぶり出すにはこれくらいしないといけなくてな」

 イオトとエミは(何持ってやがるんだこいつ!?)と心の中で同じことを考える。シアンはその正体に気づいて、音を立てずにボールからポケモンを出現させる。それと見て、エミも真似するようにパチリスを繰り出した。

「そら、出てこい。出てこないなら――」

 物陰からクルマユ、パチリス、そしてムウマが出てくるのを見てユーリは肩の力が抜けたようにはあ、とため息をついた。

「シアンの手持ち、ではないな。あいつの趣味じゃないし。あいつがゴーストタイプを捕まえるはずもないか……」

 シアンは自分のことを把握されていることへの憤りと、ムウなを捕まえておいてよかったと過去の自分とムウなへの感謝が溢れ出す。

 エミのパチリスの存在もあってか、シアンとは無関係だと思ったユーリはそのままピカチュウと一緒にポケモンセンターを出ていく。

 しばらくして、物陰から幽鬼のように這い出てきた3人はセンターにいるトレーナーから不審な目で見られてたが当人たちはそれどころではなかった。

「よ、よがっだー! あいつ、一度決め込むと割りと思い込むですから……」

 シアンがどっと汗を吹き出しながらムウなを摩擦熱が起きそうな勢いで撫でまわす。ムウなは嬉しそうにふわふわ浮いており、よくわからないが褒められていると思っているようだ。

「まるで、子供の頃食べてたお菓子を今でも好きだと思ってるばーちゃんみてーなやつですよ」

「その例えはどうなんだ」

 顔色が悪いイオトも汗を拭いながらマリルリさんを出すと、マリルリさんはどこか複雑そうな表情でイオトを見上げた。

「何? 比べられたのが不満?」

「まり……」

「えー、マリルリさんが何言ってるかわかんねー」

 はは、と笑うイオトに珍しくマリルリさんは蹴ったり殴ったりせずじっと睨んでいるだけだ。

 一方、肩にパチリスを乗せたエミは口元を袖で隠しながら呟いた。

 

「ジムリーダーのところ行くって言ってたからヒロと鉢合うんじゃ……」

 

 その発言に、シアンもイオトもすっと真顔になって宿泊エリアへと駆け足で向かう。

「戻ってきたら即出発できるようにするですよ」

「急ぎで買い足すものあるか?」

「まとめてくれたら僕が全部代理で買ってくるから」

 3人は妙に息の合った様子でヒロ不在のまま荷物をまとめ始め、勝手にヒロの荷物もまとめだしてしまい、いつの間にか逃亡計画が着々と進んでいた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 相変わらずフワライドには苦戦を強いられていた。

「ミック! だましうち!」

「フワライド! のみこむ!」

 だましうちで攻撃を当ててもたくわえる、のみこむで回復されてしまう。たくわえるのせいで防御があがっているのが厄介だ。

「飽きてきちゃったわぁ」

 何に、と思ったのも束の間。フワライドの気配が完全に消え、背後から忍び寄るようにミックを狙う。ばけのかわで文字通り首の皮一枚繋がったものの危うくやられるところだった。

「ごめんなさいねぇ。私、手を抜くの苦手なの」

 くすくすと笑いながら指先でフワライドに何か指示し、ミックを落とそうとしてくる。

 ここにきてはっきりとスタンスの差を理解できた。ケイやナギサは確かに難しい問題を出す教師だが答えを出せるように誘導したり、あくまで答えそのものはきちんと用意するようなタイプだ。

 だがリコリスさんはまず答えさせるつもりを感じられない。まあわかればいいんじゃないの、とでも言いたげに無理難題を好き勝手放り投げてくる。

 トレーナーによってはこんなの詰むに決まっている。

「はい、つーぎぃ」

 ゴーストダイブによりミックは一撃で倒されて本体が涙目になりながら瀕死となる。手を抜くのが下手っていうか容赦がなさすぎる。

「ドーラ! ハードローラー!」

 ドーラを繰り出してすぐさまハードローラーを指示する。ドーラと相性が悪い相手だが小さくなっているフワライドを確実に当てられるであろうこの一撃で流れを止めたい。

「あらあら、当たっても痛くも痒くも――あらぁ?」

 ハードローラーが当たって、実際ダメージが倍になっていても大した傷にはならない。が、小さくなっていたフワライドが元の大きさに戻って怪訝そうにリコリスさんが首を傾げた。

「あー、どくどく……」

 納得したように呟いてリコリスさんはフワライドを自分のところに戻そうと指示するがここで回復されたり交換されるのは厄介だ。

「今だドーラ!」

 意図を察してくれたドーラは体を丸めて凄まじい勢いでフワライドにぶつかる。まるくなるからのころがる。

 そして、まだわずかに体力が残っているであろうフワライドにトドメをさすべく、ドーラへと叫んだ。

「ベノムショック!」

 どくどくで猛毒状態、かつベノムショックで最後に削ればどれだけ硬かろうがあとは毒で潰れる。ころがるではゆうばくの恐れがあるので微妙な相性ではあるものの、現状における最適解だった。

 倒れたフワライドを見てリコリスさんは「あらあらまあまあ」と面白そうに声を上げる。

「残念。でもちゃんと育ってるようで何より。さて、ここからは本気で行きましょうか」

 嘘だろ今まで本気じゃなかったのかよ。

「さあ肩慣らしは済んだかしらぁ! 行きなさいジュペッタ!」

 ボールから繰り出されたもう一匹は先日イヴとも遊んでいたジュペッタだ。楽しげにぴょんぴょんと跳ねてこちらを見て余裕をアピールする。

 こちらの方が早く動ける、とドーラに指示を出そうと声を出す。

「ドーラ、ころが――」

「させないわぁ!」

 ジュペッタのふいうちによる先制攻撃。からの姿を消したジュペッタをきょろきょろと探すドーラ。ドーラを戻すべきかとも考えるがここで戻してもただ攻撃されるだけになる。まもるで様子をみよう。

「ドーラ、まもるだ!」

「そうすると思ったわぁ」

 影から姿を表したジュペッタのゴーストダイブによりまもるの効果はないものとなり、一発でノックアウトされたドーラに心の中で自分の判断ミスを詫びる。

 そりゃ冷静に考えればそれくらいしか選択肢ないよな。なのになんで悠長に守りに入ろうとした。ちいさくなるのせいで少し感覚が麻痺していたのかもしれない。

「イヴ!」

 イヴなら多少物理に強いので打開策こそないものの泥試合でも相手できるかもしれない。

 すると、リコリスさんはまるで悪役の魔女のごとし邪悪な笑い声をあげてヴェールのついた帽子を取った。その時の動きで前髪の間からちらりと瞳が見える。

「お遊びはここまで! 見せてあげるわ!」

 突き出した手にはいつの間にか指輪がはまっており、よくみると輝いている。その意味を理解した瞬間、血の気が引く。

「見せてやりなさい、ジュペッタ!」

 ジュペッタが光り輝くと同時に弾けるように姿が変わり、それは前世の記憶がなければ驚いていたであろうメガジュペッタ。一層邪悪さを増した笑みがこちらを見つめてくる。

「あら、驚かないのねぇ」

 メガシンカに対する認知度はどうなっているか知らないがそれよりもこちらにメガシンカする手段がない上、手持ちが半分になっている状況でどう倒すかを考えていて取り繕うことすら忘れる。

 あの攻撃力と特性は厄介すぎる。こちらで対応できるのは――

「悩んでいる暇なんてあるのかしらぁ!」

 メガジュペッタが襲い掛かってくる。イヴにすなかけを指示して少しでも被弾する可能性を下げ、はっぱカッターで迎え撃つも全てかわされてしまう。

 メガシンカで単純に能力が上がっただけではない。このジュペッタ、相当に訓練されている。

「イヴ、もう一度――」

「だめよぉ」

 メガジュペッタは完全に間合いに入りシャドークローでイヴを完全に落としにくる。散り際、イヴのすなかけが至近距離にいたことからか当たって鬱陶しそうにメガジュペッタは顔をしかめる。

「ダメージを与えられないからこっちの命中率を下げに来ているのかしらぁ? それならこっちもみがわりよぉ!」

 イヴを戻して次に出すのはチル。ある程度方針は決まっていた。

「チル、すまない! ほろびのうた!」

 出てすぐ、ほろびのうたを発動する。みがわりを貫通するそれをジュペッタがきちんと受けたことを確認してチルにコットンガードを発動させた。

「なりふり構わなくなってきたじゃないのぉ! でもその程度、先に終わらせればいいだけの話よ!」

 

 

 

――――――――

 

 

 リコリスはほろびのうたで少々急くものの、ジュペッタの攻撃力を考えれば残り二匹はすぐに終わるだろうと考えていた。

「チル! しろいきり!」

 コットンガードで防御力をあげてしろいきり。飛び散る綿と霧の白さでヒロの姿が朧げだがこの状態で守りに入ったことから彼も焦っているのがリコリスにもわかった。

(さて、悪いけどさっさと終わらせましょうか)

 すなかけのせいで命中率が下がっているため、外した攻撃が綿を散らすばかり。だが、至近距離まで詰め寄れば当たらないものも当たるというものだった。

 防御があがっているとはいえ、メガシンカしたジュペッタの攻撃にそう何度も耐えられるはずもなく、チルタリスは倒れてしまう。

 あと一匹。残るポケモンはエンペルト。

「エンペルト! ねっとう!」

 ねっとうは躱せなかったジュペッタは不幸にもやけどを負ってしまい、ヒロが少しでも攻撃力をさげようとしていることを察して思わず可愛らしいわるあがきにクスクスと笑いが出てしまう。

 今のエンペルトのねっとうはそこそこダメージを食らったことからかなり優秀なポケモンであることもわかる。これはたしかに切り札だ、とリコリスは考える。

「でもね、一度で削りきれないのなら、もう終わりよ」

 ダメージを受けたことで後退したジュペッタに驚いた様子のヒロ。

 そして、リコリスは懐からそれを取り出した。

「トレーナーが道具を使うのは正式なルールだもの。仕方ないわねぇ」

 

 ()()()()()()()()

 

 体力と状態異常を一度に回復するそれを使った瞬間のヒロの顔を見てリコリスは笑いをこらえきれなかった。

「ごめんなさいねぇ! ジュペッタ! 終わらせなさいな!」

 エンペルトも攻撃してこようとするが無意味だ。速さの問題ではなく、ジュペッタの攻撃が当たればもうそれで終わり。

 シャドークローがエンペルトの急所に当たった瞬間、勝利を確信したリコリスはジムリーダーであるにも関わらず、ひどく意地の悪い笑顔を浮かべた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 シャドークローが命中し、エンペルトが倒れた瞬間、リコリスさんが勝ちを確信したように笑う。

 本来ならこれは確かに俺の負けだ。

 が、これはジムリーダー戦。いわゆる前世での公式戦と微妙にルールが違う。そう、リコリスさんもさっきそうだったようにトレーナーが道具を使うことがルールで認められている。

()()()()()

 

 きょとんとしたジュペッタの前に、全回復したドーラを繰り出す。

 

 すると身を乗り出さんばかりに驚いたリコリスさんがモニターを見上げて焦りだし、ジュペッタに指示を出した。

「じゅ、ジュジュ! だましうち!」

 ニックネームなのか、焦っているのがよくわかるその指示出し。しかし、ドーラにさせる技はもうまもるで決まっていた。

 

 先程のめくらましもかねたしろいきりとコットンガードは、どうやらリコリスさんは気づいていなかったようで俺の手持ちが一匹復活していることに動揺を隠しきれていない。別に不正はしていないし正規のルールに則った手段だ。ただし、ちょっと気づかれないように意図的に隠したのは事実だけど。モニターにはきちんと状態が出ていたのでモニターを確認していればリコリスさんも気づいただろう、がほろびのうたという時間制限もあって確認する余裕はなかったらしい。

 

「あ――」

 しまった、とリコリスさんの素で漏れた声が聞こえてくる。

 二度のすなかけで命中率は下がり、能力変化はしろいきりで防がれる。攻撃をしてくることは読めていた。しかし、発動に時間のかかるゴーストダイブはこの時間のない状態で使うのは無謀。となれば必中技を使ってくるはず。となると一番、ここで復活させるべきだったのはドーラになる。

 守りきると同時に、ジュペッタがほろびのうたによってその場で倒れ、しん……と静まり返った空間で俺はリコリスさんを見た。

 

「一匹でも生き残っていれば勝ち、ですよね――!」

 

「はぁ……旅立ち一年生に負けるなんてねぇ……」

 残念そうにジュペッタをボールに戻したリコリスさんに反応するように、画面にWINの文字が浮かんで俺の勝利を告げる。

 ギリギリだった。

 

 モニターに勝利を告げる表示が流れ、ギリギリの戦いに勝ったことに安堵して肩の力が抜けて柵により掛かる。

「あっぶねぇ……」

 念のためにふっかつそうを使っておいて正解だった。誰に使うか悩んで結局まもるを使えるドーラにしたのだが咄嗟の判断だったので正直大丈夫か心配だった。ギフトさんのところで買ったふっかつそうは強力だがポケモンはあんまり好まないし数にも限りがある。なぜかドーラはあんまり嫌がっていないように見えるがそれは置いておこう。

「はぁ……恥ずかしいわぁ……油断しすぎねぇ……」

 一人悶々としているリコリスさんは倒れたジュペッタにげんきのかけらを放り投げて復活させる。もう元の姿に戻っているので落ち込むリコリスさんの頭を撫でるジュペッタは妙にすっきりした顔をしている。

「こんなだからレグルス団にも無様を晒すのよぉ……ふふ……ふふふ……」

「あ、あの……なんかすいません」

「あー気にしないでいいよ。あと数分もすれば戻るから」

 部屋に入ってきた第三者の声に振り返ると先ほど会ったばかりのオズが呑気にガラガラと手を振ってくる。

「ほーら、リコリス。さっさと立ち直れ。いい歳してうじうじすんな」

「黙らっしゃいオズ! 本当に吊るすわよ!」

「ほら、戻った」

 オズに怒鳴ったリコリスさんは改めて複雑そうな様子を見せたかと思うと「まあ、いいか」と呟いて俺にバッジを手渡してくれる。

「みっともないところ見せたけど……改めてレンガノシティジム突破おめでとう。その証のバッジと賞金――あと私の一押しわざマシンよぉ」

 ドクロのようなバッジと賞金のはいった封筒。金額はあとで確認するとしてわざマシンはなんとシャドーボール。てっきりシャドークローが好きなのかと思っていた。

「で、オズ。何の用かしらぁ。わざわざここに来るってことは何かあるんでしょう」

「ああ、来客ですよーって伝えに。どうせバトル中に連絡するのもどうかと思って俺が直接来た次第だよ」

「ああそう。相手は?」

「お前のご友人」

「……へえ、そう。意外ねぇ」

 オズとリコリスさんのやりとりを横で聞きながらリコリスさん、もしかして友達少ないんだろうかという疑念が湧いてくる。友人が来たと言われてすぐに浮かぶ相手が一人しかいないって……。

「ヒロ君。顔に出てるわよぉ。友達は確かに少ないけれどレディに失礼だと思いなさい」

「あっ、すいませ――」

「ところで、ヒロ君は今後どこへ向かう予定かしらぁ」

 突然の質問に首を傾げそうになるが特に予定が変わらなければグルマシティを目指すつもりだったので素直にそれを口にする。

「道中他の町に寄り道はする予定ですけど、次の目的地はグルマシティです」

「あらぁ、そう……。あそこも強い子だからがんばってねぇ」

 妙に含みのある言い方が気になったものの、リコリスさんは俺から視線をそらしてオズへと向き直る。

「オズ。悪いけど、ヒロ君を裏口から外まで案内してあげなさい。それくらいはできるわよねぇ」

「はいはい。んじゃ行くかー」

「えっ、あ、その、ありがとうございました!」

 表から帰れば早いのだがなぜ裏口なんだろうと疑問に思いつつ、友人が来るからだろうかとオズについていってそのまま、明らかに関係者が使うような通路を通ってジムの外に出た。

「んじゃな~」

 オズとガラガラに見送られ、ポケモンセンターへ向かう途中、ちょっとだけジムの方から嫌な気配がしたが気のせいだろう。

 

 

 

――――――――

 

 

 ポケモンセンターの宿泊している部屋に向かうとなぜか今すぐにでも旅立てる用意をしている3人になぜ、と顔をしかめてしまい、3人から襟首、両腕をそれぞれ掴まれてポケモンセンターから引きずるように連れ出された。部屋に向かう前に手持ちは回復させたし俺の荷物もエミが持っているが急なことに全然状況がわからない。

「何! お前ら何なの!?」

「いいから急ぐですよ! グルマシティに行くんなら次経由するのはどこですか!」

「海沿い方面のラヅタウン!」

「オッケー! ほら、ヒロ荷物持って!」

 エミに投げ渡された荷物を受け取って早足気味の3人についていくが本当に状況がわからない。

「だからお前ら何なの!?」

「あとでちゃんと説明するから早く町から出るぞ!」

 イオトが切羽詰まった様子で町の出口へと駆け出してシアンもそれに続く。エミも嫌そうな顔をしながらそれに続いて、全くわけのわからない俺はイヴとともに顔を見合わせながら3人を追いかけるのであった。

 

 

 

 

――――――――

 

 

 

 

「あらぁ? どうしたのかしらぁ」

 突然の来客。そして友人とくればリコリスは一人しか浮かばない。

 

「ふん。親友が襲われたと聞いて見舞いもしない薄情者がいるか」

 

 不機嫌そうに腕を組んだままリコリスを睨んだユーリは眉根を寄せて言う。

「ギフトの容態は思ったより悪いそうだな」

「傷の具合もだけどぉ、ポケモンの呪いも受けたみたいでちょっと厄介なのよねぇ」

 昏睡状態から目覚める気配がなく、経過を見守るしかできない状態だ。

 タイミングからしてレグルス団の仕業だろうとリコリスは判断していた。状況的に、得をするのは彼らだけだ。

「呪いはお前の専門だろ。できないって言うのなら俺の知ってる病院に移すまでだが?」

「出来る限りやってみるわよぉ」

「ふん。ならいいんだぞ」

 苛立たしそうに、けれど少し安堵した様子を見せたユーリに、リコリスは一瞬だけ昔の面影を見る。

 すっかり変わってしまったものの、根は仲間思いの善人なのだ。

「で、一つ尋ねるが――」

 表情は再び厳しいものへと戻り、ユーリは睨むようにリコリスを見た。

「あらぁ? 他に何かあったかしら」

 本気で不思議がるリコリスにユーリは眉間の皺を深めて吐き捨てる。

「とぼけるな。お前、あの馬鹿娘を見ただろう? 脳内までピンク色の馬鹿シアンのことだ! なんで見たなら俺に伝えない? うちのジムトレが偶然この町で見かけたって報告してきたんだぞ!」

「えぇ~、私だって忙しかったしぃ~」

 口ではふざけつつ、リコリスも内心シアンの一件に関わるのは面倒だったことを伏せ、何より同行者の方に気が向いていて正直どうでも良かったなどと口にできないことを考える。

(正直あの馬鹿がなんで新人と一緒にいるのかと思ったけど……ユーリにそれが知られると大変なことになりそうだし)

 シアンよりもシアンの同行者に会わせたくないとリコリスは考えながら対ユーリ用の笑顔を作る。

「それでぇ?」

「あいつがどこへ行くかわかるか? 行き先とか聞いていないか」

「ああ、それならぁ、グルマシティの方に行くっていってたわねぇ」

 ヒロから聞いたことをわざとそのまま口にする。嘘ではなく、紛れもない真実だ。すると、ユーリは眉間の皺を深く刻んだままリコリスを睨む。

「お前の天邪鬼な嘘つきぶりにはもう何年も振り回されたからな。どうせそれも嘘だろう。反対、とすると……チッ……ヒナガリシティにくるならともかくハマビに向かわれたら面倒だな」

「ひどいわぁ。私、嘘なんて言ってないのにぃ」

 心底悲しげに言うリコリスに、ユーリは何言ってんだこいつと言いたげに目を細めた。

「お前、子供の頃俺に何度嘘をついた?」

「30回くらい?」

「108回だな。ミカルゲの亜種でもできてしまうんじゃないか」

 勝手に誤解してくれたユーリを面白そうに見ているリコリスは思わず笑ってしまわないかと口元を抑える。純粋なユーリをからかうのが楽しくてつい嘘を教えてしまったのだがここに来てオオカミ少年のように信じてもらえない。まあ、それをわかっていてリコリスはあえて言っているのだが。昔からある意味とても扱いやすい幼馴染は、野生児並の直感を持っているにも関わらず、肝心なところで嘘と真実を見破れない。

「まあいい。うちの町にくるならいくらでも捕まえる手立てはある。忙しいのにいつまでのあの馬鹿に構ってられん」

 勘違いしたまま去ろうとするユーリに「今度は会議で会いましょうね~」と声をかけ無視され、リコリスは全く気にした様子もなくにやにやとその後姿を見送った。

 

「は……別にユーリに恨みはないけど……シアンちゃんと会っちゃうと、あのクソ野郎と鉢合わせることになるからしょうがないのよ。ヒロ君にも悪いしねぇ」

 ヒロとシアンと一緒にいたあの男、とリコリスは吐き捨てる。

 断言できるほどに、あの男に会えばユーリは暴走するし、更に拗らせることが手に取るようにわかった。それに、このままリーグに戻らないでさっさと罷免されろという気持ちもわずかにある。

 

「だって私もあんなところでチャンピオン(あの馬鹿)が油売ってると思わなかったんだものぉ」

 

 リコリスの独り言にジュペッタは「じゅぺぇ?」と首を傾げ「なんでもないわぁ」とリコリスが呟くと、頷いて100%きのみジュースを飲み始めるのであった。

 

 

 




さっそくモブジムトレ案ありがとうございます。まだ募集は受付中ですが頂いた案は早速番外編や本編に使わせていただきます。今のところいただいた5人は全て採用です。活動報告にてまだ受付中ですのでよろしくおねがいします。
また、そろそろアンケの結果とそれを反映した番外編も書き始めるのでしばらく番外編が続く予定です。


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1章登場人物紹介(アンケ結果)(※11/27イラスト追加)

1章に出てきた名前のあるメイン&サブキャラまとめです。読まなくても大丈夫。初出の情報は手持ちの性格とか。
また、あとがきで先日行ったアンケートの結果を茶番形式で行っています。茶番に興味ない方はご注意ください。
また、一部作者のイラストがあります。イメージを壊したくない方はご注意ください

●11/27イラスト追加。
●5/10ちょっとフィルの年齢ミスってたので修正


○ヒロ 17歳

 主人公。割と馬鹿。基本的に善人だけどポケモン愛がちょっと激しい。基準が自分なので他人への理想が少し高め。鈍感ではないけどはっきり言われないと困るから相手の出方を伺うタイプ。ただし自分の好きになった相手にはわりとすぐに気持ちを伝える。

 髪がボサボサというか寝癖がつきやすく、よくそのままのせいでボサボサと言われてしまう。本人は一応努力している。

 姉や店の影響できのみへの知識が人よりちょっとだけある。特にポロックやポフィンなどのお菓子類のコツは姉と並ぶ。最近はコンパクトになってしまったポロックマシーンに嘆いており、店には昔ながらの複数人で作るポロックマシーンが常備されているとか。

 すごくどうでもいいことだが前世の頃から擬人化とか人化がものすごく苦手。曰く「え、そのままが最高なのになんで人の姿になるんだよ意味わかんねぇ」とのこと。だけどケモナーではない。そもそもポケモンを性的な目で見たことはない模様。でもポケモンと会話はしたい。将来は店を継ぐ予定なので旅の後のことも含めて一番勝ち組かもしれない。

 実は意外と実家の店への愛着は強いので店を馬鹿にされるのは許さないし、将来的に自分が更に発展させるつもりである。

 

 

 

・イヴ(リーフィア)♀/リーフガード

 むじゃきな性格。ヒロと一番付き合いが長いパートナー。良くも悪くも純粋。ヒロが大好き。ある意味ヒロインかもしれない。

 

・チル(チルタリス)♀/しぜんかいふく

 がんばりやな性格。目立ちたがりなところがある。朝の一鳴きは日課。

 

・ドーラ(ペンドラー)♂/どくのトゲ

 ずぶとい性格。ざっくりしてて仲間にもわりとズバズバ言うタイプ。イヴやチルみたいに遠慮なくヒロと触れ合えるのがちょっと羨ましい。

 

・レン(レントラー)♀/いかく

 やんちゃな性格。甘えたい盛りの子供。結構怖いもの知らずなところがある。

 

・エンペルト♂/げきりゅう

 ゆうかんな性格。いわゆるクーデレ。ヒロの今後に期待している先輩的な視点で見守っている。

 

・ミック(ミミッキュ)♀/ばけのかわ

 さみしがりな性格。実はとんでもない腹黒。虎視眈々とイヴの座を狙っている。

 

・ラルトス♂/シンクロ

 まじめな性格。ちょっと恥ずかしがり屋。ニックネームが早くほしいと密かに思ってる。

 

 

 

現在預け中

 

・グー(マッスグマ)♂/ものひろい

 うっかりやな性格。自分の活躍が少ないことを若干気にしてる。ドジっ子。

 

 

 

 

 

 

 

○リジア 19歳

 ヒロイン。悪党ムーブ全開のどうしたらヒロインになるんだ感がする年上女。ポケモンへの愛情は人一倍ではあるものの、基本的には「自分の手持ち」のみが対象だったりする。ただし根が真面目なので口調は丁寧だしポケモンにも優しい方。

 裏表というわけではないが人への対応が極端。気を許した相手には常に優しいし基本的に親切。逆に興味ない相手や敵にはとても辛辣で過激。

 人一倍純粋というか純情。もうすぐ20歳にもなるというのにポケモンは二匹いればいつの間にか卵がどこからか現れると思っているし、人間もキスしたら子供ができる程度の認識だったりする。多分そういうところがシレネとかココナみたいな一部の女性陣に嫌われる原因の一つでもあるが、誰もそれを指摘しないせいでだいぶこじらせている。

 料理と裁縫が得意。料理は洋食ばかり作っている。でも実は手持ちたちは和食のほうが好みなのだが和食を作るのが少し苦手。

 ついでに言うと手持ちたちはネネを除いてリジアの過保護者会状態だったりするが本人は気づいていない。

 

 

 

・クレフ(クレッフィ)♀/いたずらごころ

 おだやかな性格。リジアと一番付き合いが長い相棒。それを理由に手持ちたちに先輩ぶってる。たくあんが大好物。

 

・ニャオル(ニャオニクス)♂/いたずらごころ

 おくびょうな性格。仕事人気質。仲間以外とはろくに会話できないくらい人(?)見知り。羊羹が大好物。

 

・グライ(グライオン)♀/ポイズンヒール

 ようきな性格。楽しいことが好き。昔は荒れてたけど今は主人の影響か割りと真面目。梅干しおにぎりが大好物。

 

・キヌガ(キノガッサ)♂/テクニシャン

 てれやな性格。実は貴重なアタッカーなのでよく張り切ってるけど空回りする。コウガをライバル視してる。大福が大好物。

 

・オールド(オーロット)♀/しゅうかく

 おとなしい性格。実は戦うことが苦手で、静かに暮らしたい。リジアのために頑張ってる。おはぎが大好物。

 

・ネネ(ネイティオ)♂/マジックミラー

 せっかちな性格。好戦的なのに、だいたい移動手段とかに使われることを不満に思ってる。リジアに対して唯一あたりの強い手持ちだが嫌ってるわけではない。むしろ好きだからこそ厳しい。エクレアとかタルトが好物。

 

・アギル(アギルダー)♂/ねんちゃく

 きまぐれな性格。意外にも良識ポケなのでメンバーで一番貧乏くじを引く。煮物が好物。

 

・コウガ(ゲッコウガ)♂/へんげんじざい

 すなおな性格。自分が一番手持ちメンバーの中でまともだと思い込んでるトップクラスの過保護。抹茶味のものが大好物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○イオト 25歳

 赤毛メガネ。謎多き人物。都合よく消える。実力は高いのに底がしれない上にわりとよく手を抜いている。

 寝起きの悪さから手持ちから呆れられる始末。実はメガネに度は入っておらず、そもそもメガネは意図的に素を隠すために身につけている。メガネなしが素に近いため寝起きがだいたい素。

 かつての弟子とは微妙な関係らしく、時々そのことでアンニュイになることも。

 余談だがタレ目のせいで性格悪そうに見えることが原因で弟子に「おしゃれも兼ねてつけたらマシになるかも」と贈られたものである。

 

 

 

・マリー(マリルリさん)♀/ちからもち

 いじっぱりな性格。自称、最強のマリルリ。その自信に見合う強さと頭の良さを兼ね備えているが基本的にツッコミ&顔芸枠。元の主人に会いたがっている。真のヒロイン(大嘘)である。

 

・アーク(アーケオス)♂/よわき

 ようきな性格。実はイオトと一番付き合いが長い幼なじみ。ノリで生きてる。マリルリさんからは「馬鹿」と評されている。

 

・ナバフ(フシギバナ)♂/しんりょく

 ひかえめな性格、自己主張しないで一歩引いて見ている。マリルリさんに頭が上がらない。

 

・ガリア(ガブリアス)♂/さめはだ

 まじめな性格。メンバー1の苦労人。やるときはやるタイプだけどあまり出番がなくて寂しい。

 

・ゴドルフ(ボスゴドラ)♂/がんじょう

 ゆうかんな性格。頼りになる兄貴分。イオトのことを主人としては最高だと思っているが人としては駄目だと思ってる。

 

・ラーガ(トドゼルガ)♂/あついしぼう

 ずぶとい性格。基本的に深く考えていない。褒められるとすぐ喜ぶちょろいやつ。

 

 

 

 

 

○エミ 19歳

 顔だけかわいい青年。いわゆる男の娘だが口調も性格も男そのものの。わざと騙してやろうという気持ちは多々ある。実力は高いがどれほどかは不明。

 長い袖がトレードマーク。オレンジ髪を伸ばしているせいで余計女と間違えられる。

 極度の機械音痴というか天災で、触るだけで壊す体質。かつてご臨終した携帯端末は数知れず。体術にも優れており、リアルファイトでは恐らく4人で一番強い。

 父親と仲が悪く、今の旅をそこそこ気に入っている様子。

 

 

 

・ウインディ♂/いかく

 まじめな性格。エミにとって最初のポケモン。なんだかんだで付き合ってくれる幼馴染。気難しいので人に撫でられるのは苦手。

 

・ローブシン♂/てつこぶし

 やんちゃな性格。戦うの大好き。でも実はかわいいものも好きなので小さいポケモンに怯えられて悲しい。

 

・アブソル♂/プレッシャー

 きまぐれな性格。基本的に塩対応。ビジネスライクな関係を好む一匹狼。

 

・コジョンド♀/さいせいりょく

 いじっぱりな性格。ツンデレ。エミのことが結構好きなんだけどむかつくのでついつい手が出る。

 

・パチリス♀/ちくでん

 なまいきな性格。ゲス顔が似合うエミの手持ちランキング1位。他者をからかうのを生きがいとしている。ある意味主人とよく似ている。

 

・サーナイト♀/テレパシー

 おくびょうな性格。手持ち内でも引っ込み思案であまり思ったことを言えない。極度のビビリでゴーストタイプが苦手なのだが一向に気づいてもらえない。

 

 

 

 

 

 

 

○シアン 16歳

 絶賛家出中のお嬢様。言いところのお嬢様にも関わらず口調がどこか変。恋愛脳でアホの子。極度の筋肉フェチかつ格闘ポケモン好き。初恋はカイリキー。

 道場で護身術を学んでいたせいかリアルファイトはエミに次ぐのだが中々機会がない&ポケモン相手だとどうしても難しいという問題であまり活躍できない。棒術が本命なので武器があると強いらしい。

 昔はユーリに懐いていたときもあったがある時を境に毛嫌いするようになり、婚約者騒動で完全にブチ切れた。親とは会話したくもない。

 使用人の(悪)影響のせいでちょっとオタクな面がある。隠しきれていない。

 

 

 

・シャモすけ(バシャーモ)♂/もうか

 ゆうかんな性格。はじめてもらったポケモン。念願の格闘タイプになり溺愛された。ちなみに戦うのは好きなのでいいけど無茶はしないでほしいとどっちが主かわからない状態。

 

・ネギたろう(カモネギ)♂/するどいめ

 せっかちな性格。二匹目。家の近くで拾ったのをきっかけに手持ちになったポケモン。実は料理の手伝いが得意。たまにシアンに「鴨鍋……」と呟かれてビクビクしている。巻き込まれ体質。

 

・ミミこ(ミミロップ)♀/メロメロボディ

 さみしがりな性格。親にかわいいからほしいとねだった三匹目。ちなみに真意はメガシンカで格闘タイプが入るという目的だったがメガシンカは当然のごとくできないため膝から崩れ落ちた。結構甘えたがり。

 

・クルみ(クルマユ)♀/リーフガード

 おくびょうな性格。本当は進化できるけど意地でも進化したくなくてこっそりかわらずのいしの欠片を隠し持っている。戦わずして楽に暮らしてぇ。

 

・ムウな(ムウマ)♀/ふゆう

 むじゃきな性格。シアンのびびりっぷりが面白くてお気に入り。そのまま手持ちに。趣味は人を驚かせること。

 

・クチね(クチート)♀/ちからづく

 のうてんきな性格。まだ幼いため、好奇心旺盛でいろんなことに興味を持つ。

 

 

 

 

※左からイオト、ヒロ、シアン、エミの4人イラスト(作者絵)

 

【挿絵表示】

 

※リジア(作者絵)

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

ジムリーダー

 

 

 

○ケイ 20歳

 格闘タイプの使い手でめんどくさがりな青年。口では文句を言うが結構他人に優しく正義漢。

 性格は比較的まとも。ジムリーダーの中ではかなり良識のある方。

 新人育成に特に力を入れており、受け継いだ道場も開いているが若者受けが悪いのか全然人がこなくて密かに悩んでいる。

 組み手のときにメガネが邪魔なのでコンタクトにしようか悩んでいる。

 重度の酒好きでかなり強い。煙管は祖父からの贈り物。

 

 

 

・エイラク(カポエラー)♂/テクニシャン

 なまいきな性格。

 

・サワ(サワムラー)♂/すてみ

 まじめな性格。寡黙で道場のとりまとめ役。無意識による強面のせいで怖がられるのは少し悲しい。家庭的な面があり、家事の手伝いもしている。人にあまり懐かないらしく、ケイ以外の人間と交流しようとしない。

 

・ビワ(エビワラー)♂/てつのこぶし

 しんちょうな性格。基本的にみんなのお兄ちゃんポジションだが癖の強い後輩ポケモンたちにいつも押され気味。ことなかれ主義だがバトルに関しては人(?)一倍真剣に取り組んでいる。

 

 他たくさん。

 

 

 

 

○ナギサ 16歳

 水タイプ使いの真面目で純粋な少女。四天王に双子の弟ランタがいる。恋に恋するお年頃。ジムリーダーズの良心。町の人からも人気があり、ちょっとしたご当地アイドルみたいになっていたりするが本人にあまりその自覚はない。

 基本的に知識欲の塊。でも今時な女の子にもなりたいのでそこの境目でちょっと悩んでたりもする。

 割りと天然なのでジムトレたちは少し苦労しているらしい。

 趣味はSNSに写真をアップすること。ポケスタ映えのいい写真を目指している。

 彼氏はほしいが主に弟のせいでできる気がしない。人に暴力を振るうことはないのだがランタだけは特別であり、ケイに教わった関節技を駆使している。

 

 

 

・とんとん(トリトドン)♀/よびみず

 ずぶとい性格。西の海(ピンク)生まれで、ランタの手持ちに東の海のトリトドンの幼馴染がいるが最近会ってない。ナギサとも付き合いの長いおしゃまさん。

 

・らんらん(ランターン)♀/ちくでん

 れいせいな性格。電気タイプの相手が出るとほぼ必ず引っ張り出される。ナギサと一緒に泳いだり乗せたりするので出番は多め。

 

・さくら(サクラビス)♀/すいすい

 ひかえめな性格。弟のハンテールがいるがランタの手持ちなので最近寂しい。自分で戦うよりもバトンタッチで仲間任せの方が好き。

 

・みるるん(ミロカロス)♀/ふしぎなうろこ

 おくびょうな性格。美しい見た目だけど割りと卑屈。臆病ではあるが敵を全滅させれば怖くない理論でかなり好戦的。

 

・ジョーズ(サメハダー)♂/さめはだ

 せっかちな性格。元はランタの手持ちだが現在はナギサが預かっている。

 

 他たくさん

 

 

 

○リコリス 26歳

 ゴーストタイプ使い。甘ったるい話し方をする顔を隠したゴス女。超能力者的な能力があり、自分では霊能者と呼んでほしいとのこと。主に幽霊が見えたり祓ったり呪いを解いたりする専門。趣味で占いもするらしいがこっちのほうが評判もよく結構当たる。

 気まぐれで掴めない性格のように見えるが実は元々卑屈で自己評価の低いところがある。

 初恋相手が女の子だったが玉砕しており、もう恋はしないとのこと。だけどなぜかジムトレの一部女性陣から好意を抱かれており、毎回スルーしている。

 ユーリとは幼馴染。ちなみに初恋相手はユーリの姉である。

 

 

 

・ジュジュ(ジュペッタ)♂/のろわれボディ

 やんちゃな性格。リコリスの幼馴染でリコリスが猫かぶってるのが未だに解せない。割りとアホの子。

 

・フワライド♀/ゆうばく

 うっかりやな性格。よくリコリスを乗せて飛んでいるが風で飛ばされるので思うところにはなかなか行けない。リコリスも散歩気分なので気ままに流されている。

 

・シャンデラ♀/もらいび

 ひかえめな性格。おどかし要員みたいに扱われることが多くてちょっと悲しい。かなり実力が高いので挑戦者相手にはあまり使われない。

 

 他たくさん

 

 

 

○ユーリ 26歳

 アマリト最強のジムリーダー。鋼タイプの使い手。副業で探偵をしている元チャンピオン。尊大で横暴。昔はもっと素直でかわいげがあった。

 元はタイプ統一をしないチャンピオンであったが過去に現チャンピオンに敗れて以来荒れてしまい、ジム突破者を出さない難関ジムとして君臨している。

 いつの間にかシアンと婚約しそうになってて本人も驚いた。結婚する気はないのでシアンを早く実家に戻して話をまとめたいのに家出したせいで面倒なことになっている。そのせいかかなり不機嫌度が増している。

 大好きな姉がいた。

 

・ピケ(ピカチュウ)♂/???

 ユーリの手持ち。詳細は不明だがマリルリさんと並ぶ強者らしい。

 

 他たくさん

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

ジムリーダーの関係者

 

 

○ギフト 25歳

 元四天王。毒タイプ使いの女性で薬屋を開いている。

 毒舌女と言われるほど口が悪かったが今はマシになっているらしく、基本的にのんびり屋。ユーリに心酔しており、親友と言って憚らない。

 何者かに襲われて現在意識不明の重体。

 

 

○ガンエ 24歳

 ハマビジムのジムトレーナー。先代ジムリーダーの頃からいる男性。

 ハマビジムの古株であり常識人。腰の低い男でだいたい誰に対しても丁寧。

 

 

○オズ 27歳

 レンガノジムのジムトレーナー。リコリスと付き合いが長く、ジムの中でも古株。でもリコリスに雑に扱われるせいで首吊り死体の役だったりパシられたりそこそこ苦労しているのだが本人の態度もあってか全然かわいそうに見えない。

 

 

 

 

 

四天王

 

 

○アリサ 18歳

 ヒロの姉であり四天王の一人。

 通称ドラゴンプロデューサー。コンテストでもコーディネーターとして活躍しており、ポケモンのお菓子作りも得意。

 真面目なせいでだいたい気苦労を背負ってしまう。四天王の胃痛ポジション。ランタとは割りと仲良く喧嘩している。ケイはある意味同期みたいな感じで微妙な間柄。

 

 

○ランタ 16歳

 四天王の一人。ジムリーダー・ナギサの双子の弟。

 熱血少年と呼ばれる炎使いだが元々は水タイプ使い。それ以外も扱うが公式のバトルではなく個人戦でしか使わないよう切り替えている。

 どちらかと言えばチャラいタイプで服装の趣味も若者が好むようなもの。実は髪を染めており、地毛はナギサと同じだったりする。

 ナギサのことが大好きでこじらせているせいでナギサに近づく男を徹底的に排除している。そのためナギサに彼氏ができない元凶。

 

 

○リッカ 2×歳

 四天王の一人。着物姿の女性。

 通称雪女。極度の寒がりで常に厚着をしており、好物は鍋。それなのに氷タイプの使い手なのでバトルのたびに寒い思いをしている。

 四天王でもそこそこ古株。ユーリの時代から四天王をしており、結構いい歳だが結婚できなさそうでちょっと焦っている。

 

 

○フィル ??歳

 四天王の一人。少年のように見える男。

 通称妖精王。その名の通りフェアリータイプの使い手。

 四天王、更にはリーグの最古参。若い見た目をしているのはそういう血筋らしく、その顔のせいで婚期を逃したとたまに愚痴っている。

 穏やかで真面目な人物だが少し融通のきかないところがあり、良くも悪くも古い考えを持っている。

 

 

 

 

レグルス団

 

 

○キッド 17歳

 レグルス団の下っ端。ヤンキー臭を隠しきれない青年。

 基本的に物理主義の脳筋。殴ってれば勝てる。ので弱い。でもリジアよりはちょっと強い。リジアが本気でやると搦手にひっかかるので負ける。自分にはできない戦法ができるリジアを姉のように慕い、サイクを尊敬している。

 

・グラエナ

 多分主人より確実に頭がいい。

 

・シザリガー

 

・ゴロンダ

 

 他

 

 

○サイク 28歳

 レグルス団の下っ端。組織でも古株らしく、テオやイリーナとも見知った仲だが立場を弁えており基本的には上司と部下。先輩としてリジアやキッドから慕われているがシレネを筆頭に女性陣からは触手ポケモン趣味を気持ち悪がられている。

 手持ちは触手ポケモンばかり。基本的に相手の妨害や小細工を弄する担当。

 

・ドククラゲ

 サイクのお気に入り。結構気軽に毒をブスブスできて楽しい。

 

・ウツボット

 

・オクタン

 

 他

 

 

○シレネ 16歳

 レグルス団の下っ端。表向きは育て屋業をしており、そこから個人情報の入手や卵の横領をしている。資金稼ぎの一つであり、正体がバレないよう目立たないようにしている。

 ヒロに一目惚れし、いつか自分のものにしようと考えている。トレーナーとしての実力はかなり高く、育てることが得意だがあまりにもその執着気味な性質とレグルス団の目的への熱意があまりないことから幹部には至っていない。要するに信用されていない。

 余談だが姉が二人おり、一人とは仲が悪いため実家に帰ろうとしない。

 

 

・ブーバーン

 卵を温めたり戦闘したり結構忙しい。

 

・メタモン

 

 他

 

 

○ココナ 16歳

 レグルス団の下っ端。研究者が本業でレグルス団での研究を任されている。普段はイリーナ直属の部下。戦うことは苦手らしく前線には出たがらない。微妙に不幸体質。いい加減なところがあり、イリーナからあんまり信用されていない。

 

・バクガメス

 

 他

 

 

○メグリ 19歳

 レグルス団の下っ端。ポケモンにより移動しながら情報収集や物資の運搬を行っている。しかし何を考えているかわかりづらいせいで微妙に幹部から信用されていない。

 裏で色々やっているらしく、エミとも顔見知り。アケビシティによく出入りしているが詳細は不明。

 

・トロピウス

 

 他

 

 

○テオ 27歳

 レグルス団の幹部。外部の人間に冷徹で強力なトレーナーでもある。身内には甘く、特に子供には強く出れない。イリーナとは付き合いが長くある意味勝てない相手。

 ダークライを従えており、それ以外でも優秀なのだが、主にフリーダムな下っ端とボスや別幹部のせいで胃痛とも戦っている。

 

・ランクルス

 

・ワルビアル

 

・ヨノワール

 

・ダークライ

 

 他

 

 

 

○イリーナ 26歳

 レグルス団の幹部。妙齢の女性で、レグルス団の研究者統括でもある。

 リジアのことが大のお気に入り。そのためかなり贔屓しており、当人もその自覚はあるが改めるつもりはない。

 ヒロと面識はないもののヒロをすごく嫌っている。

 

 

 

○チャンピオン

 ただのバトルマニアをこじらせた人。自分を倒せるトレーナーを待ってる。

 

 




アンケート結果茶番
※アンケート結果を反映した番外編を挟みます。茶番は読まなくてもいいです。




ヒロ「こっちの作品、総計47票……途中経過を含めるとどんでん返しがあったりした今回のアンケート……発表する必要あるのか?となったのに結果が面白かったからという理由で発表茶番をすることになりました」
イオト「お前なんでそんなやる気なさそうなんだよ」
ヒロ「だって俺たちとレグルス団の発表別扱いだからリジアもいないし……」
シアン「いいからちゃっちゃとやるですよー」
エミ「巻いていこう巻いて」


ヒロ:4票


ヒロ「いや俺は全然面白みのない結果だからいいよ」
イオト「ホント多くも少なくもない数字で微妙だな……」
エミ「主人公なのに……」
シアン「地味ですよね」
ヒロ「お前らあとで覚えとけよ?」


シアン:6票


シアン「どやぁ……さすが真のヒロインですよ……」
ヒロ「シアン、途中からじわじわ伸びたよな」
シアン「それもこれも真のヒロインだからですよ」
ヒロ「はいはいそうだな。よかったな。飴やるから」
シアン「ヒロ君、最近ボクの扱い雑すぎません?」
エミ「ていうかこれもうアンケじゃなくな――」
ヒロ「次ちゃっちゃといくぞー」


イオト:3票


イオト「マジで!? 俺に入れてくれたやついんの!?」
ヒロ「お前途中まで票が入らないデッドレースしてたのによく票入ったよな」
シアン「途中『こいつら1票も入らなかったらネタにしよう』って思ってたのに普通に入ったから別方面でいじることにしたらしいですよ」
イオト「ははっ、票数0に比べたらどんないじりネタだろうと――」

ヒロ「別作品でお前の弟子、お前より票数少ないらしいぞ」

イオト「…………」(頭抱え)
マリルリさん「……まり……(訳:アカンやつだこれ)」


マリルリさん:6票


マリルリさん「まりぃ……(訳:ドヤァ……)」
イオト「マリルリさん。そのドヤ顔で俺を見下さないで」
ヒロ「とにかく安定枠。強かった」
エミ「主人の倍……」
シアン「この作品のポケモン枠1位らしいですねぇ」


イヴ:5票


ヒロ「マリルリさんと接戦だった……でも俺はいつだってイヴが一番だよ」
イヴ「ふぃー!(訳:やったのー!)」
シアン「ヒロ君、人気投票だったらイヴちゃんとか手持ちに組織票入れかねないからアンケで正解ですよ」
エミ「その基準もどうなの」


ナギサ:8票


ヒロ「ええええ……」(困惑)
ナギサ「なになに、呼んだ?」
シアン「ナギサちゃんおめでとうですよ!」
ナギサ「えっ? 何の話?」
ヒロ「メインキャラ以外で最多の票で途中まではダントツだったらしい……」
シアン「もうメインヒロインでよくないですか?」
ヒロ「番外編は途中で内定出てたレベルだったらしいな……」
ナギサ「よ、よくわからないけどありがとー?」

エミ「で、いつになったら僕の……」
ヒロ「あ、あとはほぼレグルス団組らしいから俺たちはこれで解散だな」
イヴ「ふぃー!(訳:おつかれさまー!)」
イオト「はー、この後嫌味の電話来たらどうしよ……」
マリルリさん「まりまり(訳:腹くくれ)」
シアン「ナギサちゃんお祝いにご飯食べに行こうですよ!」
ナギサ「あ、じゃあ美味しいパスタのお店知ってるからそこ行こっか!」






エミ「…………」←票なし


エミ「えっ?」



――――――――



キッド「パイセン! 大変ッス!」
サイク「え、何急に」
キッド「アンケートで俺らに票が入ったらしいッス!」


キッド:1票
サイク:1票


サイク「えっ、まさか」
シレネ「騒がしい、わね……」
キッド「あ、お前にも入ったらしいぞ」
シレネ「えっ」


シレネ:1票


サイク「あれ、シレネちゃんは確かアンケに名前なかったよね?」
キッド「シレネ好きがその他で名指ししてくれたらしいッスよ」
シレネ「……(ガッツポーズ)」
リジア「どうかしましたか」
シレネ「ふふ……私のよさがわかる人がいて何より――」
キッド「あ、リジ姉の票も」


リジア:12票


シレネ「」
サイク「……」(顔覆い)
リジア「えっ、あれっ!? なんでそんなにたくさん入ってるんですか?」
キッド「メタなこと言うと投票期間がリジ姉が出張ってたからじゃねぇッスか」
シレネ「ぶつぶつ……いいわよ……私は……ヒロ君と……その1票入れてくれた人を……大事にするもの……」
リジア「ええと、その、入れてくれた方、ありがとうございます……!」


投票ありがとうございました!


リジア:12票
ナギサ:8票
シアン:6票
マリルリさん:6票
イヴ:5票
ヒロ:4票
イオト:3票
シレネ:1票
サイク:1票
キッド:1票




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番外編1
レンガノシティ襲撃事件・裏話


リジア中心のレンガノシティでの話とちょっとその後


 

 

 

 それはレンガノシティの博物館襲撃事件より前の話――。

 

 任務を言い渡されたリジアは説明のためアジトの廊下を歩いていた。今いるこのアジトはいわゆる本拠地とは別の支部なのだがリジアは大半はここで過ごしていた。というものの、本拠地は遠いし不便な上、ジムリーダーや警察にバレないように一番大事な心臓部は組織の中でもほんの一握りしか知らない。リジアとサイクは元々古株なのもあって本拠地を知っているが他の下っ端はそれがどこにあるのかすら知らないのがほとんどだ。

 会ったことは数えるほどしかないボスも、その本拠地に隠れ潜んでいる。

(そろそろ一度本拠地に戻りたいですが……多分許可がおりないでしょうね)

 下っ端の中で信用できない者がいる。そうテオが言っているせいで気軽に本拠地に移動するのもままならない。敵に本拠地を知られるのは本意ではないので仕方ないが、リジアにとっては本拠地こそ帰るべき場所であった。

(まあ、ここも慣れてしまえば家みたいなものですが)

 昔より増えた家族――仲間のおかげかあまり悲しみはない。本拠地に私物があるわけでもなく、第二の拠点となったここで日々組織のために働くのがリジアにとっての幸せだった。

 呼び出された先ではサイクがすでに待機しており、更にテオが入室してきたリジアに視線を向ける。テオは座りながら顎で入れと促すとサイクとリジアが並んでテオを見た。

「それで、テオ様。任務と聞いたのですが……」

「ああ、前に言っていた下っ端でも実力のあるメンバーを揃えて……レンガノシティの博物館から繭石を奪ってもらう」

 パサ、と机の上に任務のメンバーと博物館のデータが書かれた書類が置かれ、ちらりと見やるとメンバーに思わずリジアは顔をしかめた。

 そして、その内容にサイクはぎょっとして思わず机に両手をついてテオに反論する。

「何無茶なことを! あの幽霊女を相手にしろと!?」

「サイク先輩。素、素が出てます」

 リジアが思わずたしなめるとサイクは嫌そうな顔は崩さないものの一旦離れて黙りこくる。

「何、元々予定していた各地での仕込みの陽動も兼ねている。成功できれば御の字といったところだ」

 テオが言うには地方の各地にある仕込みをするために、どこかの町で大掛かりな事件を起こしてそちらに注意をそらす作戦らしい。

 といっても、ジムリーダーの中でもトップレベルに危険なレンガノシティジムリーダーリコリスを相手に立ち回れというのも残酷な話だ。バタフリーでバンギラスに挑めと言っているようなものである。

「ああ、そもそも作戦実行のタイミングはジムリーダーどもが全員イドース地方に仕事で行っている間に行う予定だ。だから戻ってくる前にお前らが協力して、速やかに行動すれば問題なはずだろう?」

 

 信用しているであろうはっきりとした口調。たかが下っ端に、とも思われかねないが実際下っ端の中でもこの任務のメンバーは一芸特化なところがある。

 

 捕獲と妨害、味方支援専門のリジア。

 ポケモンもトレーナーも攻撃専門のキッド。

 リジアの師でもあり妨害と工作専門のサイク。

 裏方であり、下っ端でもトップクラスの実力者のシレネ。

 発明などの科学者面が強いのココナ。

 そして諜報と足、盗み担当のメグリ。

 

 下っ端にもそれぞれの得意分野があり、その一点のみにおいては幹部にも勝る場合がある。幹部は実力や総合的な立場で決められているため彼らは幹部に値しないものの下っ端の中でも特に実力があるとされていた。

 下っ端であるにも関わらず一般トレーナー程度になら脅威となる。唯一彼らに問題があるとすれば勝てない相手にぶつかってしまう不運なところだった。

 

 リジアも、ポケモンバトルだけなら弱いが捕獲や妨害支援ならば幹部に匹敵する。

 が、ここ最近は運が悪いのか捕獲の任務が回ってこない。

「ほ、本当にこのメンバーでやるのですか?」

「そうだ。メンバーはリーダーをサイクにリジア、キッド、シレネ、メグリ、ココナ。以上の人員で任務に当たれ」

 下っ端の中でも実力の高い六人の名。そのメンバーが揃って任務に当たることなど過去一度もなかった。よほど重要な任務らしい。

 

 だが一つ問題があった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

 一時間後、それぞれのやることを終えてようやく全員集まった今回の作戦メンバーは会議室を使って作戦の打ち合わせをすることになる。

 全員集まったはいいが空気が重い。というかピリピリしていて居心地が悪い。

「……あの、私……リジアとお仕事とか……嫌です……」

「はぁー? ウチもキッドと触手男とかやーよ」

「んだと白衣チビ!」

「しょ、触手男……」

「……はあ、ダル……」

 

 ――このメンバー、たいてい仲が良くないんだけど大丈夫だろうか。

 

 リジアの不安は見事に的中し、どの道やらねばならないという事実に胃がキリキリするのであった。

 

 そもそも、こういった任務で円満な関係を望むのは高望みかもしれないが、最低限のコミュニケーションをとりたいと思うのは間違いだろうか、とリジアは思う。

「リジ姉さんくらいしかまともな女いねぇしやる気なくすッスよ」

「はいはいリジアはお利口だもんね。偉い偉いすごいすごい」

「はあ……そうやって……リジアを甘やかす、男が……いるから……つけあがるのよ……ほんと……やになる……」

「すいません私をダシに喧嘩するのやめていただけます?」

 なぜかリジアはここの女性陣に嫌われている。ほかの下っ端からはあまり嫌われていないのだが。そのせいかシレネとココナとまともに打ち合わせが進まなくて頭痛がひどい。

「えーと、メグリ、でしたよね? 諜報活動されてるとかであまりお会いしたことはないですが噂は聞いています」

「あっそ」

 会話が打ち切られ、リジアの顔が引きつる。この協調性のなさがチームの乱れを加速させる不安しかない。

「と、ところで、メグリの手持ちはどんな子ですか? 作戦のためにも確認を――」

「他人に手持ちを明かすの嫌だから」

 リジアの笑顔も限界なのか引きつりすぎて保てなくなっている。部屋に帰って作りかけのぬいぐるみを仕上げたい。

「厚着女、リジ姉さんに迷惑かけんなよ」

「んあー? メグリの言ってること正論じゃん。やだやだこれだから脳ミソ筋肉でできてる男は。でもいいよねリジアは。庇ってくれるオトモダチがいて」

「ココナちゃん」

 サイクが咎めるようにココナの名を呼ぶがシレネも同意するように言う。

「いい子ぶってれば……男に助けてもらえるから……いいよね……」

「シレネちゃん」

 いい加減子供レベルの喧嘩をやめろと言いたいのかサイクのニコニコした様子にも陰りが見えてくる。というか、リーダーなのに雑に扱われてサイクはさすがに怒っても許されるのだが我慢強いのか強い声で言うだけでまだそこまで憤怒しているわけではない。

「ていうかさー、別に対して強いわけでもない触手男リーダーとか意味わかんない」

「白衣チビ、てめー先輩を馬鹿にすんのか!?」

「語彙力のない馬鹿みたいなチンピラ舎弟しかいないし程度が伺えるよね~。あ、そういえばリジアの師匠でもあるんだっけ? でも師匠の立場ないよね、聞いてる限りだと。はぁ~、歳だけ取って周りに追い抜かれるのかわいそー」

 ココナとキッドが一触即発の空気になったところでサイクが机をバンッと叩いて部屋を静かにさせる。目が笑っていない。

「次喧嘩したらモジャンボのくすぐり耐久を受けてもらいます」

「うわきもっ」

「変態……」

 ココナとシレネに蔑んだ目で睨まれるもそれを無視してサイクは話を続ける。ある意味すごい精神力にリジアは内心尊敬の意を向ける。

「では、博物館の襲撃計画についてまとめましょうか」

 

 レンガノシティの博物館。ジラーチが眠るときに生み出す繭――要するに鉱石の一種なのだがこれの欠片を繭石と呼び、貴重なものとして展示されている。

 繭石を強奪するのが目的だが、下っ端たちはこれを奪う理由を把握していない。

「つーかただの石じゃん。なんでこんなのほしがるんスかね、テオ様たちは」

 キッドの疑問に「これだから馬鹿は……」とココナが舌打ちする。

「進化の石のように、特殊な力がある鉱石なのでしょう。何かのエネルギーにするつもりかもしれません。テオ様曰く、成功しなくても大きく損失はないそうなのであればいい、といったレベルの存在のようですが……」

 リジアが軽く説明するとキッドは「ふむふむ」と口にするが多分絶対にわかっていないなというのを全員が感じる。手持ちのグラエナの方がきちんと理解してそうだった。

「――肝心の、理由がわからないんだけど」

 ずっと黙っていたメグリが呟く。確かに詳細は知らされていない。

「さあ……私達に説明がないということは知る必要がないことなのでしょう」

 ある意味思考停止とも言えるリジアの発言にメグリはわずかに目を細める。が、すぐに息を吐いて博物館の見取り図を示した。

「それで? できるだけ目立つように立ち回るっていうんなら立てこもりでもする?」

「ああ、いいですねそれ。人質いたらスムーズに交渉もできそうですし、それくらいなら」

 ジムリーダー不在でも警戒するべき存在はいる。だが、立てこもりならそう簡単に突っ込んでこないだろう。

 その後も、小さな言い争いがたびたび起こるも、とりあえずおおまかな作戦は決まって解散という流れになり、席を立つリジア。

 しかし、なぜか机にうつ伏せになるシレネを見て、さすがに心配になって声をかける。

「ど、どうしたんですか」

「ヒロ君から連絡が来ない……」

 ものすごくどうでもいいことだった、とリジアはがんばって顔に出さずにオブラートに包む。

「今は任務のほうが大事ではありませんか」

「任務中は……さすがに、発信機の……追っかけもしないわよ」

「まるで普段はしているという言い方に恐ろしさしかないんですが、何をしているのですかあなたは」

 同僚がストーカーをしていることもそうだがたかが連絡がない程度でここまで気落ちするものなのかとリジアは不思議に思う。恋というものは正直自分には難しくてわからないと意識すらしたことがない。

「恋を……知らないあなたには……わからないでしょうね」

 どこか見下すみたいな物言いに、少しむっとするリジアだが何か言い返す前にシレネは部屋から出ていく。

 

 ――恋なんて、自分ができるはずないじゃないか。

 

 シレネのように悪事を働いても平然と人に執着して幸せを求めるなんてこと、今の自分にはできないとリジアは自嘲する。

 部屋から出て作戦までに準備を整えようと必要なものを考える。倉庫の備蓄で賄えない道具もあるので一度町に出るべきかとも考えながら、自室へと戻る道を行く。

 

 そんなリジアの後ろ姿を、メグリはじっと見つめ、見えなくなったところでリジアとは反対の方へと去っていった。

 

 

――――――――

 

 

 レンガノシティでの下準備も終え、リジアは一人暇を持て余していた。

 他の下っ端と合流するわけにもいかないので、作りかけだったぬいぐるみの一部に手を付けるかと屋外にも関わらず裁縫道具を取り出してぼんやりとしっぽにあたる部分を形作っていく。

「あいたっ」

 すると、なぜか空のボールが飛んできて頭にぶつかる。この辺に野生のポケモンなんていないのになんだろう、と不思議に思っていると投げた主がこちらに近づいてきた。

「すいません、手が滑って……」

「いえ……たいしたことじゃ――」

 差し出された手に反射で手を伸ばしてしまい、なんか聞き覚えが、と顔をあげるとそこには見たくない男の姿があった。

 

 ――どうして、行く先々でこいつと顔を合わせないといけないんだろう。

 

 

 

 

 その後、色々あったがなんとか丸め込んで解放され、そのお人好しぶりに今だけは感謝しつつ、シレネに押し付けて今度こそ見つからないところで明日、作戦決行に備えつつも暇つぶしにぬいぐるみを作っていく。

 ヒロがいるということは、その同行者たちもいるわけで、迂闊に出歩くとまた面倒なことになる。

 夜に一度全員で落ち合うまで、ぼんやりとちくちく無心で縫っているとふと、先程のことを思い出してしまう。

 なんのつもりでリボンなんて。別に高い買い物じゃないだろうけどわざわざ自分に贈るとかなんのつもりだ。

「まさか……あれですか。俗に言うスケコマシってやつでしょうか」

 脳内で繰り広げられる女に次々ちょっかいをかけていくヒロのイメージ。自分もその中の一人なんだろう。イリーナの言葉を思い出しながらリジアはきっとそうに違いないと結論付ける。

『男なんて自分勝手で都合のいい女を好き勝手弄んで捨てるようなやつらばかりだから、リジアは騙されちゃ駄目よ。あ、団の男はまあ、ギリギリセーフだから』

 外の男はろくなのがいない。そのはず、なのだがリジアはリボンをもらったことがどうしてか嬉しくてつい、少しだけマシな部類かもしれないと考えてしまいそうになる。

 そう思って自分のみつあみをつまみあげ、ヒロから貰ったリボンをつけたそれを指先で弄びながら、ぼそりと意味のないことを呟いた。

 

「こんなことで喜んでるうちは、私も子供ですね……」

 

 

 

――――――――

 

 

 ――博物館襲撃、更には脱走事件から一夜明け、リジアは自室でうつ伏せになりながら死んだ目で明るい窓の外を見ていた。

「好きって……なんですかそれ……」

 一応算段があったとはいえ、間抜けにも捕まって更にはテオの手まで煩わせたことへの自己嫌悪タイムが終わり、ようやく昨日の出来事を振り返ってあの告白が頭の中でリフレインする。

「……何……な、なん……なんですかそれ……わけがわからない……頭おかしいよ……」

 冷静に考えれば考えるほど、口調が乱れるくらいに混乱する事実にリジアは呻いていた。

「え? 何、どういうこと?」

 もはや全部悪い夢でも見ていたんじゃないかと頬をつねってみるが変わらない。

 人より少ない記憶の中で、初めて異性に好きと言われたせいで、リジアは混乱のあまり壁に自分の頭をうちつけだす。傍から見たらかなり危ない光景に、思わず壁の出っ張りに引っかかって様子を見ていたクレフも困惑している。

「――よし、寝よう」

 寝て全部忘れてしまおう。幸い、任務はしばらくないし、当番も明日の朝食担当だしと切り替えて髪を解いてベッドに潜り込む。

 

 ――大丈夫。寝て、しばらくしたらきっと自分も落ち着いて考えられるだろう。

 

 心配するクレフをよそに、早朝から寝に入ったリジアは布団の中で、赤い顔を隠すように目を強くつぶって枕に顔を押し付けた。

 

 

 




クレフ【意識した時点で負け】


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リジアの暇な一日(※イラスト有)

前話とちょっと続いてます。まだリジアの話。


 

 

 

 ――今のリジアの状態を表すならば「とりあえず落ち着いた」という感じだろう。

 

 

 眠気はあるものの、洗面台の前で歯を磨きながら寝起き特有のボサついた髪の自分を見て目を細める。

 口を濯いで顔を洗うとコウガがタオルを手渡してくれる。隣でニャオルもうがいをしているのが目に入り、少しだけ微笑ましく思いながらブラシを手に取った。

 元々癖がつきやすいので寝癖を直すのに苦労する。髪の長さもあってからみやすいし身だしなみを整えるので毎朝時間を使うのが億劫だ。特に、ほぼ一日ベッドに潜って惰眠を貪っていただけあって髪がバサバサになっている。

 けれど、それくらい、最低限整えていないといつか自分が後悔する。

 ブラシで整えた髪をひとまとめにして編んでいく。見慣れた、馴染みの姿。昔から癖なのか無意識に右側に寄ってしまうせいで反対の髪が少しだけ結べていないが見苦しくないしいいだろうと済ませている。

「あ……リボン忘れてましたね」

 髪を抑えたままリボンを取りに振り返るとクレフが自分の輪にリボンを二つ引っ掛けて見せてくれる。どっち?と言いたげな様子にリジア「ありがとうクレフ」と言って新しい方のリボンを取った。

 元々持っていたリボンはなぜか捨てられなくて、古くなってもとっておいている。もう、昔の記憶に未練なんてないけれど、時折その唯一の縁は捨てきれない。

「これがあの男からのもらいものってことだけが不満ですけど」

 そう言いつつもリボンでまとめたみつあみを鏡で確認して「よし」と後ろへ払う。あとは着替えて厨房に向かうだけだった。

 

 時刻は午前6時前。まだ静かだが鳥ポケモンたちは朝を告げ始め、人間も目覚める兆しが伺える。

 リジアはアジトの自室から出て厨房へ向かうとまだ誰もいないそこで朝食の準備を始め、エプロンを身に着けた。

 今日は朝食当番の日なのでいつもより少し早めだ。予定通りスープとサラダを必要分用意しつつ、最低限必要なハムエッグを作っていく。これが人数分考えると憂鬱になる数なのでネネにも手伝ってもらっている。エスパーの力でうまいこと念力クッキングだ。

 自分で食事を用意するようなシレネやココナのような者を除いてもかなりの量だ。それでなくても、その日の気分によって今日は食堂で、という仲間もいるものだからその都度追加が入るし。

「相変わらず大変そうだな」

「あ、テオ様。お早いですね」

 声をかけられ、振り向くまでもなく上司であるテオだとわかって調理を続けたまま会話をする。

「準備はできてますのでお先に召し上がりますか?」

「いや、気にするな。何か手伝うことはあるか」

「テオ様に手伝わせるなんて恐れ多い! というか、私が他のみんなに怒られますって」

 苦笑しつつ、できあがったものを皿に乗せていく。テオは一瞬だけ笑って「それもそうだな」と呟いた。

「ところでテオ様。昨日の夕飯、ナスを残しましたよね」

「……それがどうした」

「子どもたちに悪影響なのでやめてください。少なくとも、見てる前で堂々と残さないでください」

 子どもたちというのは組織に所属しているか微妙なラインの、孤児のことだった。行く宛のない、リジアと似た境遇の子どもたちを組織のアジトで面倒見ている。家族も同然のように接するリジアにとっても、テオにとってもかわいい弟妹たちだ。

「悪党に悪影響を説くとはいい度胸だな」

「そういうのいいので」

 容赦なく真顔で切って捨てたリジアにテオは渋い顔を浮かべ「努力はする……」と苦々しい声で呟いた。

「お前……昔に比べて気が強くなったな」

「おかげさまで。イリーナ様とテオ様をすぐ近くで見て育ちましたので」

 楽しそうに言いながらリジアは決まった分の皿を机に乗せていく。特に、テオの座るであろう机にはサラダを多く盛る。

「おい。おい……なんで多くする」

「テオ様といいイリーナ様といい偏食がすぎるので。肉ばかり食べて野菜の好き嫌いが激しいとか子どもたちよりも子供舌ですよ。イリーナ様はご自分でお食事されるので時々差し入れして改善しようと思っていますが……お菓子ばかり食べて……本当に……二人とも子供じゃないんですから。キクジ様を見習って――」

 小言が続きそうになるのを予感して嫌そうな顔をしたテオはリジアの背後を見て何かに気づいたように指差した。

「お前のクレッフィ、何かゴソゴソしているが……」

「え? あ、クレフ! こらぁ!」

 勝手に備蓄のたくあんを盗ろうとしているクレフを引き剥がして封を切っていないたくあんを取り返すと、そそくさと離れていくテオにむっとする。しかしちょうどほかの団員が食堂に入ってきたので小言は中止して食事並べに再度取り掛かり、クレフはきっちりボールに戻して見慣れた団員たちに挨拶する。

「おはようございます、キッド君。今日は早いですね」

「グラエナに起こされて……」

 ぐしゃぐしゃの髪を掻きながら席に着く眠そうなキッドを見送り、同じく眠そうな子どもたちにも笑顔で手を振った。

「おはようございます。あ、リボンが解けてますよ、ユズコちゃん」

 目元を眠そうにこするまだ6歳ほどの少女。ユズコの頭についたリボンを直してやると欠伸をしつつもリジアにお礼を言う。

「ありがと……リジアお姉ちゃん……」

 ほかの子たちも眠そうだったり、逆に朝から元気だったりして面倒を見るのも大変だがリジアはなんとか全員分用意して、一通りが終わると自分も遅めの朝食を取る。

 手持ちたちも一緒に、人の少なくなった食堂で食事をしているとふと何かを思い出しそうになって頭痛がする。

 

 一人は寂しい。

 

 手持ちたちがいるのに、とわかってはいても人との繋がりを求めてしまうのは記憶が他人と比べて欠落しているからだろうか。記憶が人間を形成するならばきっと穴だらけの人間なんだろう。

「……もう、意味のないことなんですけどね」

 外の光が眩しくて、目を細めながらも窓の先を見る。

 生きる意味が欲しくて。誰かに必要とされたくて。そんな浅ましい願いは愚かにもこんなところにまできてしまった。

「私は地獄に落ちるんでしょうね」

 自嘲気味に呟いて食器を片付ける。洗い物の量も尋常じゃないのでさっさと終わらせようとネネやコウガに手伝ってもらって大量の洗い物を片付け終えるとその後の予定がないことに気づいてはっとする。

「最近任務であちこち出てましたからね……」

 外に出ない、休みの過ごし方というものがわからない。先日のモーモーミルクを買いに行った件で下手に外に出るのも怒られるし、アジト内で引きこもるくらいしかないのだが――

「……ほんっと、無趣味ですね、私」

 特技はあっても趣味ではないし、空虚な人間であることが改めて思い知らされて複雑だ。

 

 仕方がないので部屋に戻ってぼーっと裁縫箱を開きながら何をするか考える。子どもたちのためにぬいぐるみでも作るかと、適当なポケモンを思い浮かべる。子供が好きならピカチュウあたりが鉄板だが。

「……ピカチュウ……ピカチュウは……嫌だなぁ……」

 どこぞのジムリーダーの手持ちとしても有名だし、忌避感が強い。

「あー……そういえば、あいつミミッキュ……」

 なぜかしょっちゅう遭遇するいけ好かない男――ヒロのことを思い出し、ミミッキュを捕まえてやったことに思い至るとあれでいいかと姿形を思い出しながら型紙を作っていく。

「そういえばあいつ……リーフィアも連れてましたね……ああいうの、子供ウケしそうだしあれも作りますか……」

 次々と思い出すのはヒロの手持ち。妙にかわいいのが多い気がしてリジアは何とも言えない気持ちになる。

「チルタリス……もデフォルメすれば作れそうですね。あと……ルクシオは男の子が好きそうだしラルトスもかわいくていい――」

 ぼんやり考えていたせいかほとんどヒロの手持ち再現になることに気づいてリジアは奇声をあげながら型紙を床に叩きつけた。

「なんっで! あの男の! 手持ちを! 再現しないと! いけないんですか!」

 自分で自分の思考に逆ギレしながら型紙を踏みつける姿に、クレフが(色んな意味で)心配そうにリジアを見つめる。あなた疲れてるのよとでも言いたげな目にリジアははっとする。

「クレフ、大丈夫なのでその目で見るのはやめてくれませんか」

 心配そうなクレフは突然みがわりを出してそっと差し出してくる。ストレス発散でもしろと言いたいのだろう。そこまで気を使わせたことに申し訳なくなりながらリジアはいらないと手を振る。

「大丈夫ですから。あ、でも今度みがわりぬいぐるみは作りたいのでまた今度お願いします」

 クレッフィはぬいぐるみ向きではないし、リジアの手持ちはニャオルくらいしかモデルに適していない。というかぬいぐるみにしようと思っても全員難易度が高い。

 そのせいで毎回毎回みがわりぬいぐるみを作っていたがそろそろ子どもたちが「またこれか」という顔をしている気がしたので新しいものに挑戦しようとしていた。

 それなのに、思い出すのはヒロの手持ちばかり。それもこれもモデルに使えそうな手持ちばかりなヒロが悪いとばかりにリジアはイライラを増幅させていく。

「あいつのことばかり考えるのは癪ですし気分転換に散歩でもしましょうか」

 そう言って、型紙を放り出してアジトの外、といってもすぐそばの庭のような場所に出る。そう遠くない場所に砂浜が見える。そこからぼんやりと景色を見つめ、深いため息を吐いた。

 

 ようやく落ち着いたものの、ヒロの告白に対しての混乱は微妙にくすぶっている。

 趣味が悪いか頭がおかしいかの二択でしかない。

 そして、別に無視すればいいだけなのに妙に気になってしまう自分が嫌で、リジアは頭を掻き毟る。

「うぅ……だーかーらぁ!」

 地面にゴロゴロ転がりながら悶えるリジアの(頭を)心配するクレフ。しかしどうしようもできないのでクレフはその姿を見守るだけだ。

「違いますから! 告白されてちょっと印象が強いだけで好きとかそういうのじゃなくて!」

 自分に言い聞かせるようなクレフや手持ちたちに言い訳するような発言をじたばたと繰り返し、しばらくして静かになったかと思えば気落ちしたように呟く。

「……だいたい、私が応えられるはずないじゃないですか」

「それ、聞きようによっては応えたいってことになるけど」

「いやなんといいますか、立場の違いというものがです……ね……?」

 当たり前のように独り言に言葉が返ってきて不審に思ったリジアは恐る恐る振り返る。するとなぜかそこには無表情のメグリが立っていた。

「い、いつからいました!?」

「なんか、違う違う言いながらゴロゴロしてたあたり……かな」

「ほとんど最初からじゃないですか!」

 再度じたばたゴロゴロしはじめたリジアを見下ろすメグリは「面倒くさい」という顔を隠しきれていない。小さく「声かけなきゃよかった……」とぼやくメグリは嫌そうだがリジアの近くに座る。

「ていうか、独り言うるさいのなんなの?」

「癖といいますかなんといいますか……」

 手持ちに聞かせるのもあるが元々一人になることが多くて独り言ばかりの時期があったせいでついつい一人になると独り言が増えるリジア。悪い癖だという自覚はあったがほとんど無意識のせいでこういった失態を繰り返してしまう。

「で、誰の話」

「……他の団員には言わない約束してもらえますか」

 特にシレネには、と念押しすると呆れたように息を吐くメグリ。

「別に僕、仲のいい団員とかいないし。だいたい今日だって報告終えたらまた外回りだから」

「ああ、じゃあ……その、恥ずかしい話ですが」

 

 襲撃のときに妨害してきたヒロのこと。そしてその流れで告白されたこと。それをどうでもいいと無視できない自分の渦巻く感情のこと。

 それらをぐだぐだ語り終え、メグリがようやく終わったかとつまらなさそうな顔をあげ、しばらくの沈黙の後に言葉を発した。

「…………悩むくらいなら持ち帰って飼えば?」

「発想が斜め上すぎませんか!? ポケモンじゃあるまいし!」

「飽きるなり合わないなりでいらなくなったら始末すればいいし……」

「だからその発想が怖いんですよ! 人権って言葉知ってます!?」

「悪の組織の人間がそれを言うんだ……」

 最後の呟きだけ聞き取れなかったのかリジアは「今なんて?」と聞き返すもメグリは相変わらず真顔で別の言葉を発した。

「恋だの愛だのはよくわかんないけど……せいぜい、後悔しないように行動するのが一番だと思うよ」

 当たり障りのないことしか言えないメグリは隣のリジアを見て納得していない様子に困ったように眉を寄せた。

「そもそもシレネがあの男のこと好きなんですよ。これってどうなんでしょうか」

 リジアとしてはシレネに協力すると言った手前、まずヒロに告白されたことそのものが裏切りではないかとも思ってしまうのだ。

「……え? 今その話と告白されたことって関係なくない……? だってあんたが寝取ったわけでもないのに……」

「ねと……? まあそうなんですけど、気持ちの問題です」

「ていうか、あれと仲よくもないのに律儀なことだね……もうちょっと軽く考えれば? 頭堅いって言われるでしょ」

 割りと気を使ってくれている言い方に、メグリの方を改めて見る。表情が乏しいのでわかりづらいが――

「あなたのこと、誤解してました。メグリって、いい人ですね」

「……は?」

 ふと、頭痛がして一瞬だけ視界が霞む。時々、こういうことがあるのだが最近はその頻度が増えてきた。戻って診てもらおうと立ち上がってぽかんとしているメグリに笑顔を向ける。

「話を聞いてくれてありがとうございます。そろそろ戻りますね」

 そう言って、リジアはアジトの中へと戻っていく。置いていかれたメグリはリジアの言ったことを反芻し、呆れながらぼやいた。

 

「……悪の組織にいて何言ってんだか……」

 

 

 

――――――――

 

 

 

「すいませんイリーナ様。お忙しいのに……」

 医務室に向かったがリュウタが不在のせいで具合を見てもらえず、イリーナを頼る。研究者だが医学の心得もあるのかたまに診察してくれるイリーナに、リジアは尊敬の目を向ける。

「いいのよ。それより症状聞いてる限りいつものみたいだけど……」

 指示されたとおり診察用のベッドに横になって照明を遮るように腕で目を塞ぐ。

「最近、昔の記憶なのか断片的に思い出しそうで……そのたびに頭痛がひどいんです」

「前もそんなこと言ってたわね。具体的なことは思い出せた?」

「いえ……」

 特にここ最近ひどい。何かきっかけがあっただろうかと心当たりを探るが特に思い至らない。

「まあ、疲れもあるんでしょう。ちょっとリラックスするアロマ焚くから」

 そう言ったイリーナがごそごそと何かを探すように棚を見る。イリーナの手持ちであるフーディンが「これだろ」と手渡し、それに火をつけるとほんのり甘い香りが漂ってくる。

 よく寝たはずなのに、その香りのせいかうとうとと眠くなってくる。

「あなたは()()()()()()()()()……私のかわいいリジア……昔のことなんて必要ない、でしょ?」

「……はい……私は……」

 レグルス団に拾われて、その恩を返すために組織に貢献する下っ端リジア。

 

 ()()()()()()()()()

 

 何か引っかかる。ずっと違和感が消えなかったそれは、まるで記憶が忘れるな、思い出せと主張しているようで――

 

「さあ、少し休みなさい」

 

 眠りを誘うイリーナの優しい声に、記憶の声は掻き消され、そのまま流されるままに眠りに沈んでいった。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「……そろそろ危険かしら」

 眠りについたリジアを見下ろして、困ったように呟くイリーナはフーディンに向けて指を鳴らすとリジアに何かを浴びせる。

「思い出さない方が幸せなこともあるのよ、リジア。フーディン、しっかり、記憶を閉じておきなさい」

 フーディンが頷いて、安らかなリジアの寝顔を見てイリーナは微笑む。

「あの小僧にもしっかりかけておいたことだし、偶然出会ったりしない限り、記憶の心配は当面なさそうね」

 

 

 イリーナは知らなかった。既に二人が出会ってしまっているということを。

 

 

 

――――――――

 

 

 すっかりイリーナのところで昼寝をしてしまったリジアはスッキリした目覚めのあと、部屋に戻って人型のぬいぐるみを作っていく。慣れたもので、もうほとんどできあがってしまいそうだった。

 

『これから強くなって、お前が嫌がっても引っ張っていけるくらいになってやる!』

 

 作業に没頭していると、ついついあのときのことを思い出してしまい、それでも少しだけ落ち着いた影響か、鼻で笑える程度にはなった。

「馬鹿……ばーか……」

 好きとか嫌いとか、もはやその単調な分類では説明するのは難儀な感情。

 どこかで期待してしまっているのかもしれないし、余計なお世話だとも確かに感じている。

「ま、どうせ放っといてくれないでしょうし、せいぜい無駄な努力で時間を浪費すればいいんです」

 そう呟きながら出来上がった小さいぬいぐるみを軽く引っ張って子供のように笑ったリジアはそれを投げるように何もない机に置いて体を伸ばした。

「お風呂でも入りますか……」

 そう呟いて風呂に入る支度をするリジアを見ながら、浮いてぬいぐるみが雑に置かれた机を見るクレフ。クレフも何度も見たことのある男の姿を模したそれは、改めてリジアの面倒な感情を表していた。

「あ、クレフ。それは触っちゃ駄目ですよ」

 クレフはわかってはいるけど、それでも――素直になれない自分の主人に呆れたような顔を向ける。

「私のストレス発散用のみがわりみたいなものですから」

 

 

 

 





【挿絵表示】

活動報告にもやった作者イラスト。
リジアだけじゃなく番外編タイムがしばらく続くよ。次話はリジアじゃないけどリジアの話は多分まだやります。
本編はしばらくお待ち下さい。


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イオトとエミの話

少し短め。久しぶりのヒロ視点


 

 

「……エミって冷静に考えると謎すぎないか?」

 ふと、エミが不在の中、道中にあったポケモンセンターで休息を取っているとぱっと浮かんできた疑問を口にした。

「謎、です?」

「父親は研究者っぽくてあの歳で初めてフラフラ旅してる上に極度の機械音痴で触るだけで壊すレベルの天災って、今まで何してたんだよ」

 そんな有様じゃ父親を手伝うとかもできないだろうし、俺みたいに家業手伝うでもなければ旅もしてなかったとか引きこもりか何かとしか思えない。

「いうてイオ君も謎ですけどね。ボクらよりずっと歳上ですし。旅の経験はあるからえっちゃんよりはまだ納得いくですけどぶっちゃけるとニートですよニート」

 まあ25にもなって旅だけしてるってのもやっぱり珍しいらしく、本来は若いうちに旅をしてある程度経験を積んだら社会人になるのが割りと一般的らしい。ポケモンバトルの腕前は就職でも影響する場合があるので旅は結構重要だとか。あと旅でコネを作るとかも結構当たり前らしい。主にはジムリーダーとのコネで、将来的にジムトレになるとかいう話も聞く。

 旅なんてとっくに終えてるだろうに、25にもなって職なしのイオトも確かに謎だ。

「それで、今日一日二人を観察しようと思う」

「ほうほう?」

 シアンが興味深そうに頷いてくる。というのも、ポケモンセンターはあるが周りはなんもない。自然だけであとは次の町への案内板とかそれくらいだ。

 つまり、することが修行くらいしかない。

 まあ本当ならすぐにでも旅立てばいいのだが、せっかくの宿があるのだし、レンガノシティから急に飛び出したのもあって一度ゆっくりしたかったのだ。

「まあボクもあの二人には興味あるですしおもしろそーなんで一緒に生態観察するですよ」

「ていうか、あいつら目を離すといつの間にか消えるしな……」

 いったいどこにいってるんだか。いつの間にか戻ってきているし害はないとは思うが妙に気になる。

 ちなみにイオトはまだ熟睡中で、エミは食事を終えた後、外に運動しにいった。もう昼なのにイオトはいつ