陰陽師ハオ(偽) (ふんばり温泉卵)
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プロローグ 日記風

 

訳がわからない。

見知らぬ女性が僕をハオと呼ぶ。

 

しかも、幽霊や妖怪などの化け物が見える。

もちろん僕はハオなんて名前ではない。

 

仕事の失敗を忘れる為に居酒屋でヤケ酒を飲んでグデングデンになった後、目が覚めたら着物姿の美女がいた。

ここまでだったら狂喜乱舞していたであろう。

モテない童貞サラリーマンの僕が記憶がない居酒屋の帰りにナンパに成功して連れ込んだ美女であると。

しかし、現実は残酷な物であり、僕は彼女の息子でシャーマンだという。

 

聞き覚えのある…というよりも小学生の時にテレビにかじりつくように見ていたのでシャーマンとハオという単語はよく覚えている。

シャーマンキングという物語があった。

 

今の僕はまさしくその登場人物にしてラスボス。

 

後のシャーマンキングとなる男。

 

とりあえず……。

 

陰陽師になるか?

 

この身は大陰陽師に至る才能を持つ。

ならばそれを利用してハオ様らしくビッグに成り上がってやるさ。

 

そして素敵なヒロインをお嫁さんにするんだ……。

 

 

☆10年後☆

 

 

 

心を読める能力を手に入れる事以外、彼の人生をなぞっていた僕であったが、童貞で巨乳スキーな僕は本来のハオの様にハーレムを築く事が出来なかった。

縁談の申し込みは沢山あれど、平安時代の価値観での美女とはみんな尻のデカいデ……ぽっちゃり体型だ。

故に結婚して子供を沢山作る代わりに、貧困にあえぐ孤児達を引き取って養子兼弟子として育てている。

 

弟子を育成しながらも原作ハオの名に恥じない大陰陽師となった僕は強欲な貴族たちとの闘争に明け暮れた。

前鬼後鬼を使い、全てに勝利した僕は一匹の動物と出会った。

 

黄色い毛並みとふさふさな尻尾を持つ可愛らしい子狐だ。

 

狐はこちらをじっと見ていた。

まるで僕が従えている鬼が見えているようだ。

 

「おいで」

 

心を読む能力を手に入れなかったからか?

それともハーレムを築かなかった為なのか?

僕にはマタムネとの出会いはなかった。

 

故にマタムネの代わりに僕はこの狐を拾ってコンチと名付けた。

 

 

☆5年後☆

 

 

泰山府君の祭を会得し、死ぬ思いで陰陽道の力を頂点まで極めた。

シャーマンファイトの噂が全く耳に入ってこない。

 

僕は子供達に麻倉を任せてシャーマンファイトの開催日と会場を知る為に旅に出た。

行く先々で困った人を救いながら旅を続けた僕であったが、シャーマンファイトの存在を見つける事は出来なかった。

 

だが、四国にて霊能力を持つ死にかけのタヌキを拾った僕は、そのタヌキにポンチと名付けた。

 

 

 

☆30年後☆

 

 

『ハオ様…逝くのですね』

 

『ああ…ハオ様』

 

御霊となったポンチとコンチに自由を与え、養子の中で最も強い者に自身の全てを託した僕は天寿を全うした。

人々に惜しまれながら、あの世へと旅立った僕は……閻魔大王との契約により、五百年の時を経て海外に存在する精霊を使役する一族に転生した。

 

彼らが持っていると思われるスピリットオブファイアを手に入れる為に……。

 

 

☆510年後☆

 

 

シャーマンの一族に生まれた僕は、10歳で一族最強の称号を得た。

それはそうだろう。

 

巫力は転生すれば、飛躍的に上昇する。

力を数値化する術を持たないが、僕と彼らの間には大きな力の差があった。

 

そして、肝心のスピリットオブファイア。

彼は一族が誰一人扱えなかった精霊として封印されていた。

 

スピリットオブファイア

 

伝承によると原初の時代に生まれた最初の炎の精霊。

彼を怒らせた事により沢山の人々が紅蓮の炎に呑まれたとか……。

 

グレートスピリッツのグの字も出てこないが、スピリットオブファイアである事は変わらない。

 

僕は、彼を手に入れる為にさらなる修行に励んだ

 

 

☆520年後☆

 

 

一族の長となった僕は、周囲の反対を押し切って封印されたスピリットオブファイアを覚醒させ、原作通りに使役する事に成功した。

またしても原作とは異なるが問題なく自身の持ち霊を手に入れた僕は、シャーマンファイトの存在を確認する為に旅に出た。

 

しかし、僕はこの時に気づくべきだったんだ。

グレートスピリッツを崇め、精霊を操る一族……つまりシャーマンファイトを開催するパッチ族に転生していたことに………。

 

この設定を思い出したのは、次の転生を行った後だった。

 

 

 

プロローグ

 

 

第二次世界大戦の敗戦から著しい経済成長を遂げ、先進国となった日本。

ここまで順調に成長した日本の裏では、麻倉が未来を占い、世界経済の流れや事件などを予測し、助言していたという。

そんな日本の出雲にて、当代麻倉の最高クラスである霊能力者が占いでとんでもない情報を読み取った。

 

これより数年後、麻倉本家にて麻倉ハオが復活する。

 

伝説の陰陽師にして愚かで醜い心を持つ人間には厄災を、慈しむ心を持つ人間には奇跡を起こす神獣と呼ばれる九尾の狐の主。

霊能力者の世界では英雄と呼ばれる麻倉の始祖の復活。

当代の麻倉の当主である麻倉葉明はこの情報を一部の者と共に秘匿した。

 

そして数年後に運命の時が訪れる……。

 

葉明の娘と入り婿の青年の間に一人の男児が生まれた。

この子供こそが運命の子。

始祖の魂を持つ赤子は麻倉ハオと名付けられた

 

 

 

 

僕は麻倉家に転生し、早数年。

主人公である麻倉葉が双子として生まれなかった事により、この世界がシャーマンキングの世界でないことを確信した。

 

この事実に気づくまでに百年も費やしてしまった……なんてこったい。

 

 

僕がよく知る車が走り、サラリーマンが社畜として活躍する現代の日本。

僕の祖父に当たる今の麻倉の当主に現代について話を聞くと、この現代日本では僕は安倍晴明レベルの有名人だと判明。

 

人々を救い、悪しき魑魅魍魎を祓う。

 

コミックやライトノベルでも陰陽術が関わるものなら必ず安倍晴明とセットで名前が出て来るらしい。

そして、僕が死んだ後、平安時代の人々が感謝の祈りを捧げる為に麻倉本家の近くに葉王神社なる社を建てたらしい。

 

僕はいつの間にか神様になっていたようだ。

 

 

シャーマンファイトもないグレートスピリッツも存在しない。

そんな世界で僕はどう生きればいいのだろうか?どんな人生を歩めば良いのだろうか?

 

麻倉 葉とその仲間達の軌跡を近くで見たかったが……。

仕方がない。

 

随分遅くなってしまったが、僕の新たな人生を始めるとしよう。

 

とりあえず………。

 

「さー!!元気よく、すくぽん体操をしましょーー!!」

 

『はーい!』

 

「は、はーい……」

 

早く大きくなりたいな。

 

麻倉ハオ…4歳。

 

職業…幼稚園児とシャーマン

 

持ち霊……スピリットオブファイア

 

僕の人生は本当の意味でこれから始まる。

 

 

 



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一話 イタコとハオ様

僕が健康に成長し15歳となりのんびりと縁側で茶をすすっていた時……。

麻倉の分家の一つである葉月家に不幸があったと祖父から知らせが来た。

 

葉月家の祖先は陰陽術の適性がなかったためにシャーマンとしての能力を鍛えた一族。

コンチの眷属であるクダ狐を与え、鍛えていたが、どうやらイタコとして現代まで活躍しているらしい。

 

その葉月家の当主の娘である女性が5歳の一人娘を残して交通事故で死亡。

夫は離婚して海外にいるそうだ……。

 

なんという複雑な家庭環境だろうか。

葬式とは、中々に気が重くなるものであるが……こんなにも気の重い葬式は初めてだ。

 

重くなった足を動かし、喪服に着替えた僕は僕の正体を知る麻倉のご隠居衆と呼ばれる重役たちと共に葉月家の屋敷へ向かった。

 

屋敷にたどり着くと、他の家の人間や葉月家の世話になった人々が集まっていた。

葬式でここまで人が集まるのはアイドルか俳優が亡くなった時ぐらいだろう。

僕らは泣き止まない幼女と、小柄であるが祖父と肩を並べるほどの霊力を感じる老女の元へ歩み寄る。

 

「突然の出来事で、さぞかしお嘆きのことでしょう。

お悔やみの申し上げようもございません」

 

「ハオ様……本日は娘の為に足を運んで頂き、誠にありがとうございます」

 

葉月家の当主であり、ご隠居衆の一人である老女。

葉月 尾古女、通称『オババ』と孫娘にお悔やみの言葉を述べる

 

シャーマンの一族という事だけあって丁重に進められる葉月家の葬式はとても心が痛む。

5歳の幼女がずっと涙を流しているのだ。

 

何とかしてあげたいが、こればっかりは何ともならない。

僕に出来るのは冥福を祈る事だけだ……。

 

葬式が終わるころ…幼女である葉月いずなちゃんの処遇についてご隠居衆と話す事となったので、いずなちゃんの事が気になった僕はご隠居衆に話を通して、話し合いに参加する事にした。

 

和室に通され、それぞれが座布団を敷いて座ると同時にオババが口を開いた。

 

「いずなはワシが引き取り、明日から立派なイタコにする為に修行を始める。

異論は認めん」

 

おいおい、5歳でイタコの修行はキツ過ぎるだろう!!

下手したら死んでしまう可能性もある。

誰か反論しないのか?

周りの老人たちを見るが、反論をする様子はない。

それどころか、どこかの当主の老人はとんでもないことを口にした。

 

「…イタコの若い血はもう、あの子のみ。

心苦しいが仕方あるまい」

 

「そうですな。

それに、修行に励めば気が紛れるでしょう」

 

確かに気は紛れるだろうが、本人が望まないのにそれはダメだろう!!

僕は、結論を出そうとする老人たちに待ったをかける。

 

「無理に修行をさせるのは良くないと思うよ。

あの子の将来はあの子が決めるべきだ」

 

「ハオ様!それでは葉月の家が終わってしまいますぞ!!」

 

「貴方様が残した秘術の一つが消えてしまうのですよ!!」

 

「だったら、霊力の強い人間を養子にして術の継承をすればいい。

別に葉月の血を引いている必要はないんだから」

 

かつての僕の様にすればいいと老人達に反論するが、彼らは耳を貸さない。

彼らの様子を見る限り、彼らの中に流れる先祖の血を尊重しての言動である事は良く分かる。

だけど、秘術以上に大事な物があるだろう……。

 

「では、間を取ってこういうのはどうですかな?」

 

終わらない平行線の話し合いの中、祖父が折衷案を提示した。

 

「葉月家の修行を小学生まで続けさせる。

そして、本人に選ばせればいい。

イタコになるか、普通の社会人として人生を過ごすか……。

やる気のない人間をイタコにしたところで不幸が起こるだけじゃ」

 

「……まあ、いいだろう」

 

「オババ、しっかり教育するんだぞ?」

 

「イタコを絶やさせないようにせいよ」

 

祖父の提案により、いずなちゃんの教育方針が決定された。

オババに釘をさす老人たち同様に僕も正直納得しきれていないが、彼女が将来自分で道を選べるというのならこれ以上は何も言うまい。

 

だが…僕が彼女に手を貸すのはいいだろう?

 

麻倉家への帰り道。

僕は祖父に頼みごとをした。

 

 

―――翌日―――

 

 

「よくぞいらっしゃいました。

汚いところですが、貴方の気が済むまでご滞在ください」

 

「ああ、世話になるよオババ」

 

屋敷の前にて、にこやかに僕を歓迎するオババ。

いずなちゃんの姿が見えないが修行中なのだろうか?

 

「オババ。いずなちゃんはどうしたんだい?」

 

「ああ、いずなですか?あの娘なら今は貴方が使う事になる部屋の掃除をしておりますじゃ」

 

「この家で世話になるんだ。

僕も手伝うよ」

 

「そうですか?では付いてきてください」

 

オババと共に屋敷に入り、オババの案内で長い廊下を歩く。

スタスタと目の前を歩く老女に、僕は疑問に思っていたいずなちゃんの修行について尋ねる事にした。

 

「あの子は今後どんな修行をするんだい?」

 

「ふむ…ハオ様はあの子の事をどうしてそこまでお気になされるのですか?」

 

「質問を質問で返さないでもらえるかな?

ただ、あの子がどんな修行をさせられているのか気になってね。

子供が泣くのが好きではないんだよ」

 

「……そうですか。

ちなみに修行内容は、ワシの身の回りの世話を全部してもらいながら、しばらくは精神修養ですな。

いきなり無茶はさせないのでご安心くだされ」

 

「そうか」

 

そんな会話をしていると一室の扉の前に辿り着いた。

扉の中からガサゴソと音も聞こえるし、どうやらこの部屋が僕の部屋になるようだ。

 

「ここが、ハオ様の部屋ですじゃ」

 

「へぇ…中々いい部屋じゃないか」

 

部屋に入ると、十畳ほどの空間が広がっていた。

客間として使っていたのだろうか?

机やテレビなどの家電と家財道具が最低限置いてあった。

そして、この中々に広いこの部屋でいずなちゃんが畳の掃き掃除をしている姿が目に映る。

 

「案内をありがとう。

後は僕の方で何とかするからさがっていいよ」

 

「では、ワシはこれで失礼します。

いずな!手を抜くんじゃないよ!!」

 

「!?…う、うん」

 

オババの声に驚きながらも掃除を続けるいずなちゃん。

オババはいずなに釘を刺すとスタスタとどこかに行ってしまった。

…さて、僕も手伝うとしよう。

この子に余計な掃除をさせているのは僕だからな。

少しでも早く終わらせてあげないと……。

 

「いずなちゃん。この部屋でまだ掃除していない場所ってどこかな?」

 

いずなちゃんを怖がらせないように少し距離を離して声を掛ける。

するといずなちゃんは迷いながらも遠慮するように襖を指さした。

 

「襖の中がまだなのかい?」

 

「はい…ハオ様」

 

床の畳を見ながら暗い表情で返事をするいずなちゃん。

まあ、怖いオババが敬語を使っている人間と二人っきりだもんな……。

しかも昨日の今日じゃあ、いずなちゃんも辛いだろうに……。

よし!!ここはいい物を見せて元気になって貰おう!!

 

「いずなちゃん。ちょっと面白い物を見せてあげるよ」

 

「……?」

 

僕は彼女にそう言って、来た道を戻って外に出る。

この周辺は自然豊かな田舎だ。

土地の精霊も多い。

僕はそこらへんに落ちている葉を8枚ほど広い、再びいずなちゃんの待つ、部屋へと戻る。

 

「おまたせ。今から面白い物を見せてあげるから見てて」

 

「……はっぱ?」

 

疑問を口にする彼女に微笑み、テーブルに葉を並べる。

そして、霊力を使い葉を媒体に精霊をオーバーソウルさせる。

すると、葉っぱが手足の付いた丸い物へと変化して浮き上がる。

 

「え…?」

 

「おどろいた?

これは小鬼と言って、土地の精霊を葉っぱに入れたんだ」

 

「せい…れい?」

 

「そして、彼らはこんなことも出来るんだ。

小鬼…この部屋を綺麗にしろ」

 

驚くいずなちゃんをそのままに、小鬼に命令する。

命令を受諾した彼らは、小さな手を使って敬礼し、まだ出しっぱなしの掃除道具を使って部屋を綺麗にしていく。

 

「すごい……」

 

「どうだい?面白いだろう?」

 

「うん、じゃなかった……はい」

 

「いいよ、敬語なんて。

呼び方もハオ様じゃなくていいから」

 

「うん」

 

暗い顔から少しだけ元気になった様子の彼女を見て、ここに来てよかったと思う。

この後、彼女にどうやったら自分も小鬼を作る事が出来るのかとか。

距離を測りかねている彼女の質問に優しく答えるのであった。

 

 

 



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二話 ハオ様とオババの愛情

僕が葉月の家に居候して、一か月。

いずなちゃんは精神修養を重ね、霊能力を順調に成長させている。

さすがは葉月家の直系だ。

 

しかし、霊能力は成長しても心は幼稚園児。

なかなか修行が進まず、オババの価値観ではまだまだ成長が遅いと感じているようだ。

 

大事な孫娘を一人前にしたいと思う気持ちと、自分の後継者なのだからと必要以上に求めているのかもしれない。

 

「めいかいのとびらのうちに何があるや、なむあみだぶつのおもいがあるや……」

 

「もっと言霊に霊力を込めんか!!」

 

「いたーーーい!!?」

 

「そんな事では、台所のゴキブリすら成仏させることは出来んぞ!!」

 

霊力をそれなりに成長させたいずなちゃんはオババにハリセンで叩(はた)かれながら、庭で死んだアリや蛾などの魂を供養している。

虫相手に供養をするなんておかしいと思うかもしれないが、これはイタコの基本である『祓い』を覚える為の修行である。

これが出来なければ、浮遊霊はもちろん悪霊も祓えない上に悪霊に対する抵抗も出来ない。

 

故に、全ての霊能力者は例外なく一番初めに『祓い』を覚えさせられるのが基本だ。

 

「虫一匹の魂を成仏させることが出来なければ、立派なイタコにはなれんぞ!!」

 

「う~~……」

 

オババの厳しい指導に涙目になり、プルプルと体を揺らすいずなちゃん。

ああ……これは不味いぞ。

あの状態のいずなちゃんはもう我慢の限界であるサインだ。

 

このままだと……。

 

「もう嫌だ!!修行なんてやってらんないよ!!」

 

「甘いわ!!」

 

怒りの叫びと共に逃走を図るいずなちゃん。

しかし、自分の孫の事を熟知しているオババはカウボーイの様に数珠を巧みに操り、いずなちゃんをぐるぐる巻きにして拘束する。

動けなくなってしまった、いずなちゃんはその場で地面に転がってしまう。

 

「は、放せ!!この鬼婆ぁああ!!」

 

「だれが鬼婆じゃ!度重なる逃亡に師匠に対してその態度……これはお山でお仕置きが必要じゃな……」

 

「ぴぃいいいい!!?」」

 

身動きが出来ない状態で、オババを罵倒するいずなちゃんの態度にオババが切れた。

妖怪のように恐ろしい顔をいずなちゃんに近づけ、恐怖を与える。

いずなちゃんはオババの顔にガチ泣きだ。

 

正直僕も怖い。

オババが妖怪だったらスピリットオブファイアでこんがり焼いていたかもしれない。

さて…そろそろ助け船を出してあげるかな。

 

「…駄目ですぞ?」

 

僕の動きを察知したオババが牽制する。

 

「ここで甘やかしたらいずなの為になりませぬ」

 

「いやいや…お山でお仕置きはやめないか?

下手したら獣に襲われるかもしれないよ?」

 

「なに、獣と霊よけの風車等の道具がありますので身の安全は保障されますぞ」

 

「でも、トラウマになったら大変だと思うんだ。

せめて、僕がついて行くのはダメかな?」

 

「駄目です!!もうワシの堪忍袋の緒が切れました!!」

 

そう言い残し、オババはグルグル巻きのいずなちゃんを担いでお山に行ってしまった。

あんな小柄な体のどこから子供を抱えるパワーが……。

 

オババの身体能力に驚きつつも、僕は隠形を使って二人の後をコッソリつける事にした

 

……。

 

葉月家の近所を抜け、山道に入り、どんどん山を上っていくオババ。

ほどほどに整備された山道を上り詰めるとそこには地面一杯に水子供養の風車が刺さっている光景が広がっていた。

 

ここはイタコの修行場。

主に瞑想と口寄せの修行の為に使われている場所なのであるが……。

 

「置いて行かないで~~~~!!!」

 

「そこでしばらく反省するがよい!!」

 

近くの丸太にいずなちゃんを括り付けたオババは振り返ることなくその場を去って行く。

置き去りにされたいずなちゃんは大号泣だ。

 

伝統ある修行場がお仕置きに使われるなんて前代未聞の光景ではなかろうか?

 

そんな事を思いながらオババの姿が見えなくなった事を確認した僕は、いずなちゃんの元へ行こうと歩き出す。

すると、いずなちゃんが括り付けられている丸太を起点に結界が張られる。

 

なるほど。

確かにオババの言う通り身の安全は保障されているな……。

 

霊視で見た限り、かなり強力な結界だ。

恐らく、修行中のイタコが妖怪に襲われないようにするための結界なのだろう。

 

「やはり、ここにおられましたか……」

 

「おわっ!?」

 

いずなちゃんの安全が保障された事に安堵していると、後ろからミイラ…じゃなかったオババに声を掛けられ心臓が飛び出すのではないかというくらい驚く。

僕の隠形に気づくとは……オババは中々に優秀なイタコの様だ。

 

「よく、僕の隠形を見破れたね」

 

「はぁ…見破ってなどおりませんよ。

あの場所を監視するにはここが一番ですからな」

 

「監視?」

 

「ええ、ハオ様の時代と違って、現代ではイタコは絶滅寸前。

貴重なイタコを守る為に師匠は弟子の安全を守らなくてはならぬのです。

まあ、弟子には内緒なのですがね」

 

「なるほど」

 

確かにオババの言う通りだ。

貴重なイタコを修行で失うのは愚の骨頂。

秘術の伝承の為にも大事に育てなくてはならない。

弟子に内緒なのは、修行にどうせ師匠が守ってくれるからという、心のゆるみを生み出させないための処置。

 

故に、命の危険がある修行は弟子に内緒でサポートをしているのだろう。

オババの言葉に納得していると、オババが一度も見せた事がない優しい表情で僕に語り、頭を下げる。

 

「…1、2時間ほどで結界が消えます。

その時はどうか、あの子をお願いします。

ワシではまた、ケンカになってしまいそうなので……」

 

葉月家当主といずなの師匠としての顔ではなく、たった一人の孫を愛する祖母の顔。

その表情を見ただけでも、オババがどれほどいずなちゃんを大事に思っているかが伝わってくる。

まだ、5歳なんだから修行以外ではそんな感じで接してあげればいいのでは?

と口に出そうになったが思うだけに留めた。

オババにはオババなりの教育方針がある。

厳しいがそれに愛情が伴っているのなら、僕も今後は口出しを自粛しよう。

 

「オババ…いつか、いずなちゃんもオババの愛情に気づいてくれるよ」

 

「……」

 

オババは僕の言葉に返事をする事無く屋敷へと帰っていく。

見送ったオババの背中はたとえ、愛する孫に嫌われようとも立派に育てようとする優しくもたくましいものに見えた。

 

オババの背中を見送った僕はオババに頼まれた通り、結界が消えるのを確認した後で、いずなちゃんを救出し、泣き疲れたいずなちゃんを背負って屋敷に帰った。

 

帰り道ではずっと、オババの悪口を言ういずなちゃんだったけど、成長していつかオババの愛情を知ってくれることを楽しみにしつつ、僕は心の中で願った。

 

 

 



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三話 ハオ様、四国に行く ①

葉月家の生活に違和感がなくなって来たと思った僕だったが、最近寝起きがよろしくない。

何かに呪われたかの様に肩が重いのだ。

 

「疲れているのかな…?」

 

気になって霊視をしても呪いの痕跡は見当たらない。

僕の体はいたって正常である。

思わず口に漏れてしまった通り、疲れているのだろうか?

 

「お兄ちゃん!朝ごはん出来たよ!!」

 

「ああ、今行くよ」

 

閉じた部屋の扉の向こうからいずなちゃんに声を掛けてもらった僕は、寝間着から普段着に着替えて食卓へと足を進めた。

長い廊下を歩いて食卓のある居間にたどり着くと、そこにはオババといずなちゃんがちゃぶ台を囲って待っている姿が目に入る。

どうやら二人とも食べないで待っていてくれたようだ。

 

「おはよう。そして、待たせてごめんね」

 

「おはようございます。いつもより遅いとは珍しいですね。

顔色もあまりよろしくないようですし、気分でも悪いのですか?」

 

「お兄ちゃん大丈夫?病院に行く?」

 

心配そうに声を掛けてくれる二人。

そんなにも疲れが顔に出ているのだろうか?

そんな事を思いつつ、自分の定位置である席に座った僕は、二人に疲れているだけだと説明する。

 

「そうですか?体調がおかしかったら遠慮なく言って下され。

このオババが心霊治療をして差し上げます」

 

「オババじゃなくて私に言ってね。一生懸命看病するから!」

 

「はは、二人ともありがと」

 

二人に礼を言った後、僕らは朝食を食べる事にした。

 

「…そういえば、昨日の夜にタヌキの妖怪が本家にやって来たとの知らせがありましたな」

 

「タヌキの妖怪?」

 

オババが思い出したように胸元から一枚の手紙を取り出して僕に渡す。

うっ…生暖かい。

オババに渡された手紙は人肌で温まっており若干湿っていた。

正直、気持ち悪くて破り捨てたい衝動にかられるが、気持ちを落ち着けて手紙の内容を読む。

 

内容は四国や九州を縄張りにしているポンチのSOSであった。

なんでも、四国のE県のT村にポンチの直系に当たる子供が住んでいるらしいのだが、人間たちが建てた工場から出される汚染物質により、

子供たちだけでなく、自然にも多大なる影響を与えているらしい。

 

今はポンチのお蔭で怒った妖怪たちが工場の人間たちを襲わないでいるが、何時怒りが爆発して人間を襲うか分からない状況らしい。

そんな事になったら工場が事態を収拾する為に雇った霊能力者達と妖怪たちの戦争が勃発する。

そんな事になったら様々な所に影響が出て来るのは容易に想像できる。

 

とりあえず、そのタヌキに会ってみるか……。

 

食事を終えた僕は、本家にやって来たというタヌキに会いに向かった。

 

 

―麻倉本家―

 

 

麻倉家に久しぶりに戻って来た僕は、さっそく本家にやって来たタヌキと客間で面談する事となった。

 

「お初にお目にかかります!あっし、生まれは四国!隠神刑部様の直系にして、名を玉木!!

麻倉ハオ様とご対面に与り、恐悦至極でございます!!」

 

座っていたソファーから飛び降り、一昔前の極道のような自己紹介をするオムツを穿いた目の前のタヌキ。

自己紹介の事よりも彼の口から飛び出た、とある名称のインパクトが強すぎて彼の名前が聞こえなかった。

お、落ち着け、目の前に居るのはポンチの子孫だ。

礼儀は正しかったが何時までもコンチとお揃いのオムツが中々外せなかったポンチの子孫だ。

それがなんだって?

かの有名な九州の神通力を操る化け狸の隠神刑部?僕はそんな大妖怪と知り合った覚えなんて一ミクロンもない。

 

「き、君はポンチの使いだろ?」

 

「へイ」

 

冷静に問いかける僕に即答するタヌキ。

 

「隠神刑部の使いじゃあないよね?」

 

「……ああ!そういう事ですかい!!

ハオ様、あのお方は現在は貴方に授けられた名ではなく、隠神刑部と名乗られておられます」

 

「本当に!?」

 

あのポンチが?

あの豆狸が?

 

日本三大狸話の主役?

 

「そこまで驚かれる事ですかい?」

 

「……うん、正直想像が出来ない」

 

まさかの衝撃の事実に頭の処理が追い付かない僕は、目の前のテーブルに置いてあるお茶を口に含む。

すると……。

 

「では、コンチ様が玉藻の前……九尾の狐と呼ばれている事もご存じでない?」

 

「ぶふぉ!?」

 

目の前のタヌキから衝撃の事実が再び。

僕の口に含まれたお茶は虹のアーチを描き、タヌキに直撃した。

 

「……」

 

「ごめん」

 

タヌキは黙ってオムツの中に手を突っ込みハンカチを取り出して顔を拭き始める。

本人はハンカチを持つ事はエチケットのつもりかもしれないが金〇とち〇こに接触していたハンカチで顔を拭う行為は余計に自分の顔を汚しているようにしか見えない。

現在のタヌキではこれが普通なのだろうか?

 

「いえ、ハオ様は1000年前のお方。

現代の情報に疎いのは仕方がない事でありやす」

 

「そう言ってくれると助かるよ」

 

何事もなかったかの様に振舞って許してくれるタヌキ。

いい奴だ。

〇玉で汚れたハンカチで顔を拭かなければ、もっといい奴だ。

 

「あっしの使ったハンカチで申し訳ありやせんが、これで口を拭いますかい?」

 

「いいよ、その気持ちだけ受け取っておく」

 

訂正。いい奴であるが、若干おかしい奴のようだ。

僕は急いで口を袖で拭い、タヌキに目的を聞く。

 

「それで、君が来た目的……自然を守る為に、僕たち麻倉に何をして欲しいんだい?」

 

「奴らを追い出す為に呪いの行使をお願いしたいのです。

工場の連中は妖怪達の怒りを買い過ぎた……。

例え説得に成功して奴らが出て行ったとしても、住処を破壊された妖怪は奴らを地の果てまで追いかけて殺すでしょう」

 

僕はタヌキ達妖怪の言い分に納得する。

確かに妖怪だけが傷ついて、傷つけた連中だけ無傷で帰るのは虫が良すぎる。

それは、報復したいと思う妖怪たちが出てきてもおかしくない。

 

「そんなわけで……ハオ様。

あっしと共に四国に行って貰えませんか?

もちろん、呪いを行使できるのなら当主殿でも構いやせんが……」

 

「この話は当主にはしてあるのかい?」

 

「ヘイ。当主殿は貴方様の意思に従うと……」

 

タヌキから僕に最終決定の権利があると知った僕は……。

 

「僕が行こう」

 

躊躇することなく、即答した。

話を聞いていたら大妖怪となったポンチにも会いに行ってみたくなったし、ちょうどいい。

 

「ありがとうございやす!!さっそく四国へ行きやしょう!!」

 

僕たち一人と一匹は四国へ向かう事になった。

 

 

おまけ。

 

タイトル『いずなちゃんの朝』

 

 

美幼女いずなちゃんの朝は早い。

朝早くに行水を行い、ハオの朝食を作るついでにオババの朝食も作る。

 

そんなある朝。

朝食の準備をする時に付けていたテレビから興味深い話が幼い彼女の耳に入る。

 

それは朝のニュースでよくやるミニコーナーだった。

このミニコーナーは世界の超常現象からオカルトまで手当たり次第に面白そうな物をピックアップして紹介するコーナーである。

 

この時、いずなちゃんが見ていたのは催眠術と暗示の紹介である。

 

『ヘイ、キャシー!今日は大事な人と一緒になれるかもしれない暗示をしょうかいするよ』

 

『ワァオ!?それは素晴らしい暗示ね、マイケル』

 

大げさなリアクションと共に、コーナーを担当している外国人の怪しい紹介が始まった。

 

『では、キャシー。そこのベッドに横になってくれないかい?』

 

『OK!』

 

コーナーの為のセットに用意されていたベッドに寝転がるキャシー。

 

『いいかい?まずは暗示を掛けたい相手が眠っていることを確認しよう!!』

 

ベッドに寝転がっているキャシーが眠っているかを彼女の目の前で手を振って、確かめる動作をするマイケル。

 

『眠っている事を確認したら、耳元にその相手にして欲しいこと、お願いしたいことを言ってみよう!!』

 

元気よく、宣言したマイケルはキャシーの耳元で暗示を始めた。

その姿は、眠っている女性にイケない悪戯をしようとしている変質者にしか見えないが、純粋ないずなちゃんは気にせずテレビを見続ける。

 

『キャシーはマイケルとデートする。キャシーはマイケルとデートする。キャシーはマイケルとデートする。キャシーはマイケルとデートする。キャシーはマイケルとデートする。キャシーはマイケルとデートする』

 

まるで呪詛を吐いているかの様なおぞましい光景が全国配信された。

沢山の視聴者を不快にさせる光景だったが、台所のGの死体やクモなどのゲテモノの死体を見慣れているいずなちゃんは気にする事は無かった。

 

ただ、ここで彼女がもう少しだけ心が成長していたらテレビの事を気にする事無く、朝食の準備に戻っていただろう。

しかし、彼女はまだまだ、好奇心旺盛な幼い子供であり、テレビで知った怪しい知識を試したいという思いを抑える事は出来なかった。

 

故に彼女は、本当の家族よりも自分を大事にしてくれる優しい兄の様な人の寝室に向かう。

そして、彼の部屋に入って眠っている事を確認した彼女は……。

 

「お兄ちゃんはずっといずなと一緒なの。お兄ちゃんはずっといずなと一緒なの。お兄ちゃんはずっといずなと一緒なの。お兄ちゃんはずっといずなと一緒なの。お兄ちゃんはずっといずなと一緒なの。お兄ちゃんはずっといずなと一緒なの」

 

家族愛なのか恋愛感情なのかは分からないが、大好きな人の耳元で呪い?を囁く。

この日からいずなちゃんの大好きな人は、体に様々な不調をきたす事になるのだろうが、幼女の儚い願いの為に頑張って欲しいと思う。

 

 

 

ちなみにこの翌日、様々な所からの苦情によってこのコーナーは無くなり、クビを切られて無職になったマイケルは追い打ちを掛けられるようにキャシーに振られた。

 

南無阿弥陀仏。

 

 

 

 



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四話 ハオ様、四国に行く ②

四国へと向かう事を決意したハオ。

彼は今、四国へと向かう電車の個室で人間に変化したタヌキ妖怪の玉木と共に、テーブルに置いてある麻倉が取り寄せた製薬会社の資料と現在の工場付近の自然などの情報を見て話し合っていた。

 

―――

 

「なるほど……大体想像通りだね。

県はセイント製薬の工場から多額の寄付金という名の賄賂を受け取り、工場反対派の地域住民の声を無視。

無理矢理、工場を設立した挙句に垂れながされた大量の汚染物質による健康被害と自然破壊。

激化する住民達の反対運動。

そして、反対運動を起こされても無視を続ける県とセイント製薬。

本当に…権力を持った醜い人間は何処までも醜い」

 

「本当に…仰る通りで。

全ての人間がハオ様や反対運動をする人間達の様であってくれたらと思わずにはいられやせん」

 

「でも、この段階で玉木が知らせてくれてよかったよ」

 

「…どういうことでしょうか?」

 

手に持っていた資料を目の前のテーブルに置き、向かい合うように座っているスーツを着た極道のような風貌の男。

玉木を見て僕の考えを口にする。

 

「反対運動がこのまま続けば、どこかのマスコミが嗅ぎ付けて記事にするだろう」

 

「確かに……人間社会では娯楽や金の為に悪をつるし上げ、大勢で叩く習慣がありましたな。

…しかし、それは歓迎すべきことなのでは?」

 

「確かにマスコミが、セイント製薬の対応や汚染物質の垂れ流しを世間に暴露すれば、工場と本社は契約を切られてどんどん衰退していくはずだ。

自然破壊や隠蔽の為に賄賂を贈る会社の製品だと知られたら客や患者は薬を買おうとは思わないからね。

…でも、そんな事を予想できないほどのバカではないと思うよ。

業界では数多ある製薬会社の上位に君臨しているんだ。

きっと何かしらの手を打ってくる。

地域住民達への賄賂か……何らかの方法による口封じかな?」

 

「……実に汚れ切った人間らしい方法ですな」

 

怒気の孕んだ言葉を吐き捨てた玉木はそのまま、何も語ることなく、ソファーの近くに設置されているベッドに寝転がった。

もう、心根が綺麗な彼にはこれ以上聞くに堪えられないのだろう。

 

個室の窓の外に広がる星空を眺めて思う。

知っていた事だけど人間は千年前とちっとも変わらない。

 

権力の為に他者を罠に嵌めては蹴落とし、金の為に人を殺す。

食の為に人の物を奪っては餓死させる。

 

社会が大きければ大きい程、地位が高ければ高い程、こんな嫌な話を聞かされて本当に嫌になる。

 

故にパッチ村で過ごした人生は素晴らしいと実感できる。

人間と自然が共存し、恵みを貰えば自然に返す。

精霊と戯れ、一族の平穏を祈る。

もちろん争いやケンカはあったが人が死ぬような事はない。

 

ケンカの決着が付けばそれで終了。

遺恨を残さない事を精霊に誓い、酒を飲んで忘れる。

 

本当に平和で眩しい日々……。

 

僕はパッチ村での人生を振り返りながら、玉木とは別のベッドで眠りについた。

 

 

―翌日―

 

 

 

ベッドで目を覚まし、電車のサービスで出された朝食を食べ終えた僕たちは、ついに四国へとやって来た。

 

……。

 

乗って来た電車を降りた僕たちは、セイント製薬の工場へと向かって歩き出した。

駅を出ると、そこは自然豊かな土地が広がっており、風に乗ってやって来る新鮮な空気が僕の肺を満たす。

 

「車の通りも少ないし、本当にいいところだ」

 

「そうでしょう、そうでしょう。

ここは隠神刑部様が治める我々、四国妖怪の楽園の一つなのです」

 

生い茂った緑を見ながら感想を述べると、嬉しそうに語る玉木。

よかった。

昨日の様子から嫌われたと思ってたけど、大丈夫みたいだな。

 

「それじゃあ、工場までの案内を頼むよ」

 

「へい!それと、工場を見た後にハオ様が泊まれそうな場所があるので案内いたしやす」

 

「気を使ってくれてありがとう。

正直助かるよ」

 

途中でタヌキの姿に戻った玉木に案内されて進む、田舎道とショートカットで人間がやっと通れる獣道。

野を超え山を越え、お昼になるころに異臭のする方向へ行くと僕らは工場へとたどり着いた。

 

これは……ひどい。

 

体に悪そうな異臭の煙がモクモクと立ち上り、汚染された土壌には精霊の存在が感じられない。

それなりに離れているのに、マスクがないと呼吸が苦しいと感じる。

中に居る人間は肺の病気になるのではなかろうか?

 

「行け、スピリットオブファイア」

 

素霊状態のスピリットオブファイアを工場へ侵入させた後、視覚と聴覚を共有して中の様子を窺う。

 

『ゲホッ!ちくちょう…咳が止まらねぇ』

 

『給料は安いし、工場長のジジイは空気清浄機の置いてある部屋から出て来やしねぇ』

 

『ゲホ…しょうがねぇよ。俺達前科者を雇ってくれる職場なんて、こんなブラック企業だけだ』

 

『ゲホッ!!オエッ!!……知ってるか?佐々木のおやっさんは肺癌になった挙句に首をきられたって噂だ』

 

ぼくは彼らの言葉とスピリットオブファイアが見ている光景に絶句した。

働く従業員は作業着は着ているが、マスクをしている者は誰も居ない。

そのせいで、肺の異常をきたしており、咳込む者や吐き気と戦いながら仕事をしている男達が奴隷のように働かされていた。

 

確かに世間は前科ものに厳しい。

そして、ろくな職業に就けないのは彼らの責任でもある。

 

だが、こんな地獄のような場所で働かせていいわけではない。

こんなのブラック企業を飛び越えたデス企業だ。

 

工場で働く人間に情けを掛けるつもりはなかったが、彼らは今ここで助けなければ命に関わる。

僕はスピリットオブファイアに工場長の爺さんの居る部屋を探させ、総務室という部屋に入る。

すると……。

 

『あ~~~気持ちぃぃいいい……』

 

タヌキのような腹をした爺さんがビール缶を片手に全裸でマッサージチェアを使用している姿が目の前に映し出された。

 

「うげっ!?」

 

「どうしましたハオ様!?何かあったのですか!?」

 

「な……何でもない」

 

あまりにも開放的でおぞましい光景が広がっていた為に気持ち悪くなってしまった僕だったが、何とか気を持ち直す。

ジジイのいる部屋は豪華な家具が揃えられ、エアコンや大きな空気清浄機、さらにはテレビゲームなどが完備されていた。

 

まちがいない、コイツが従業員の話していた工場長だ。

 

周りが苦しんでいる中、のびのびと贅沢な日々を送っていたんだ。

四国の妖怪達と前科持ちの社員と地域住民の為に道化になって貰おう。

 

スピリットオブファイアに残り少ないジジイの毛髪を採取させて呼び戻す。

さあ、今から平安時代にもっとも忌み嫌われた呪いをお前に行使してやるぞ。

 

僕はスピリットオブファイアから毛髪を受け取り、死なない程度に呪いを行使した。

 

「オンキリキリアビラウンケンソワカ!」

 

ジジイの白髪を媒体に呪いが行使される。

 

「さて、呪いは完了したから宿に案内してよ」

 

「あの…何をされたんで?」

 

「ん?平安時代にもっとも忌み嫌われた精神と体調を崩す呪術を使ったんだよ。

三日もすれば、工場長は逃げ出して工場の稼働は止まるんじゃないかな?」

 

これから起こるであろう工場長の訴えにセイント製薬が耳を傾けて撤退するならよし。

もし、そうでなければ……残念なことにこちらも本気で動かなければならない。

 

セイント製薬が動かなければ工場の従業員と地域住民の命が危険となる可能性が高いのだから。

 

僕ら一人と一匹は玉木が用意してくれている宿へと向かった。

 

 

おまけ。

 

タイトル『進撃の工場長』 

 

群れを好み、権威に媚び、お金が大好き。

ブラック企業で叩き上げられた同期を蹴落とし、どんな罵倒にも屈しないメンタルが彼の唯一の武器だ。

 

そして、地域住民を黙らせ、工場を稼働させ続けて本社の利益を上げるのが彼の仕事だ。

 

彼の朝は早い。

 

総務室という名の自室に完備されているシャワーを浴びて、ドラク〇をプレイする。

彼は勇者となってドー〇姫の救出に精を出す。

 

そして、その片手間に現場に電話して適当な指示を出す。

もちろん部屋からは出ない。

 

一息ついたら再びシャワーを浴びる。

ただ、この時は彼の習慣により全裸のままでマッサージチェアで仕事の疲れを癒しながらビールを飲む。

 

勤務時間にビールを飲むことは彼にとって至福の時間だ。

 

しかし、いつもの様にぐうたらしている彼に異変が起こった。

 

苦しくなる呼吸。

腹部に襲ってくる激痛と吐き気。

 

彼はトイレに直行した。

 

上と下からありとあらゆるものを吐き出す地獄を経験した。

ビールが古くなっていたとか、そんな理由ではない。

彼は直感した。

 

これは工場による汚染物質が原因であると。

彼の脳裏に浮かぶのは肺癌となりやせ細った前科持ちの従業員だった。

 

自分もああなるのか?死にたくない!!死にたくない!!

腹を抑え、命の危機を感じてトイレから出てきた彼は会社のトップに電話を繋ぐ。

 

「社長!この工場は危険です!!従業員の半数が肺に異常が確認できました!!

私もこのままでは……」

 

いままで黙認して来た事実を自分の命の為に訴える工場長。

しかし……

 

『それがどうしたというのだね?』

 

返って来たのは耳を疑う言葉だった。

だが、ショックは少なかった。

そうだ、この会社はいつもそうだった。

つい最近も佐々木という社員に自分も似たような事を言っていたはずだ。

 

『お前がこの会社に入る事を望んだんだろう?なら本望じゃないか』

 

リフレインする自分の言葉。

自分もこの腐った社長と変わりない。

 

『まあ、君の貢献次第では見舞金を贈ろう。

動けるうちは、会社に心臓を捧げたまえ』

 

心臓を捧げろと吐き捨てた後、社長は電話を切った。

まさに使い捨ての道具。

自分の人生は何だったのだろうか?

 

一人、トイレに引きこもった50歳の男は虚無感に襲われていた。

そして、自身を客観的に見た時。

分かってしまったのだ。

 

ああ……そうか、私は転職はできない。

あの会社しかないと会社に囚われていたんだ。

 

こうなってしまったのは自業自得。

前科者の彼らと変わりない、辞める選択肢があったのに出勤し続けた自分の責任である。

 

しかし、今からでも遅くはない!!

 

この事を世間に暴露してやる!!

自分の悪事もばれて制裁が下るだろう。

 

だがセイント製薬社長!!貴様も道連れだ!!

 

 

呪術により体調を崩し、精神攻撃を受けた工場長。

 

彼は猫に追いつめられたネズミの如く製薬業界の巨人の一人に牙を剥いた。

 

 

 




地獄先生でもセーラームー〇のパロなどをやっていたので色々ぶっこんでみました。

※この作品を評価し、応援してくださる皆様に感謝です。


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五話 ハオ様、四国へ行く ③

※②と連続投稿になります。


工場から離れると村があり、タヌキ妖怪の玉木はハオを宿屋に案内する。

そう、四国妖怪が営む宿屋……『ぽんぽこ亭』へ。

 

―――

 

タヌキ妖怪と妖狐は人化の術を覚え、人間社会に潜りこむ。

悪しき人間には災いを…心の清い人間には神通力にて救いを。

この宿は若いタヌキ妖怪達が人間を学ぶための施設であり、人間社会に潜り込む為の実習施設でもある。

 

「と、こんな理由で百年ほど前に建設された宿なのです」

 

「へぇ……妖怪の学校か、中々面白い発想だね」

 

石造りの塀に囲まれ、正面には木造の巨大な門。

玉木に宿の説明を受けながら門を潜ると二階建ての大きな屋敷が姿を現す。

玄関の上には『ぽんぽこ亭』の屋号が掲げられている。

 

中庭に見える見事な松の木といい、中々に風情がある屋敷だ。

 

「麻倉本家のお屋敷並みに広いので、あっしから離れず付いてきてください」

 

宿の中に入ると広々とした玄関と宿屋の受付嬢と布団などを運んでいる従業員たちが目に入る。

一瞬人間の様に見えたが、霊視をしてみると微かに妖気が漂っているのが見える。

中々に練度の高い変身をしている。

 

「へぇ…みんなうまく化けているね」

 

「へい、ここの連中は人間社会を知らない半人前ではありますが、人化の術を覚えたタヌキたち。

ハオ様クラスの霊能力者でなければ、気づかれない自信がありやす。

実際にオカルトマニアな学生や、霊能力者が修行の為に宿泊いたしやすが、ばれた事は一度もございません」

 

「それはすごいね」

 

これだけのタヌキ妖怪に囲まれて気づかれないというのは凄い。

妖怪が一か所に集中すると残留妖気の様な物が必ず出る物なのだが……。

おそらく、漏れる妖気が微弱な為に何処にでも現れる雑鬼と勘違いされているのかもしれない。

 

視線をキョロキョロと動かしながら、玉木について行くと大きな和室へと案内された。

 

「突然で申し訳ありやせんが、この中に四国と九州の全ての妖怪に畏れられる隠神刑部様……ポンチ様が貴方をお待ちしております。

あの方は…貴方様が復活してから再会できる今日まで首を長くして待っておられました。

どうか…どうか、隠神刑部様と面会していただけやせんでしょうか?」

 

「いいさ、この後に会いに行くつもりだったしね。

問題ないよ」

 

「有難うございやす。

では、あっしはこれにて失礼いたしやす」

 

タヌキの姿で一礼した玉木はそのまま廊下をスタスタと歩いて行く。

彼の茶色い小さな背中を見送った後、僕は襖を開けた。

 

すると、目の前には巨大なタヌキが膝を突いて下げていた頭を上げる。

 

「ハオ様……お久しぶりでございます。

貴方様の持ち霊として、こちらから馳せ参じるのが筋でありましたが、今の私は四国と九州を治める身。

会いに行けず申し訳ございません。

そして、遅くなりましたが…ご復活おめでとうございます」

 

「いいさ。

それよりも大きくなったね……色々と」

 

巨大な体躯はもちろん、オムツの取れたポンチの下半身には巨大な金〇袋が装備されていた。

もはやポンチの霊力の感覚を覚えていなければ、分からないレベルで成長を遂げている。

そして、霊視しないと見えないが、妖力もかなり大きくなっている上にポンチは神性も纏っていた。

その力は原初の精霊であるスピリットオブファイアには劣るものの、大妖怪の名に恥じない力を内包している。

力を抑えている状態をみると今、目の前の姿は本来の姿とは違うのかもしれない。

 

「貴方様のお蔭でございます。

貴方様の持ち霊であった事で、我らは人々から感謝と信仰を集められました。

信仰心を集めた我らは貴方様が亡くなってから数年ほどで神通力を体得。

姿もこのように変わり。コンチは九尾、私は刑部狸と呼ばれるようになりました」

 

なるほど…僕の予想通り、コンチとポンチの成長速度の秘密は信仰心か。

本来、妖狐とタヌキ妖怪は百年ごとに一段、また一段と成長していく。

妖狐は尻尾が増え、タヌキは体を大きくさせる。

しかし、信仰心という人の思いによって力を得たポンチとコンチは段階をすっ飛ばし、平安末期で大妖怪へと格を上げられたのだ。

人間の畏れや信仰は神を生み出し、妖怪を生み出す。

人間の心こそが神と妖怪の力の源なのだ。

 

「人の思いは時々凄いと感じさせられるね。

後、君の事で色々と聞きたいのだけれど……」

 

「?」

 

「昔の姿にはなれないか?あの姿で昔のように色々と語り合いたいのだけれど……」

 

僕の言葉を聞いて不思議そうにした後、にっこりと微笑む。

 

「…貴方様が望むのなら」

 

ボフンと音を立てて、姿を変えたポンチ。

目の前の彼は僕と共に過ごした懐かしいオムツ姿で立っていた。

 

「くくく……そのオムツは懐かしいね」

 

「ええ、まだ霊獣として未熟だった頃、ハオ様にいただいた霊力を安定させる品でしたな。

今でも思い出の品として大事に仕舞わせて頂いております」

 

「じゃあ、懐かしい姿になってくれたし、昔話としゃれこもうじゃないか」

 

「はい。ついでにハオ様が居なくなった後の我々の活躍話も披露してしんぜましょう」

 

この後、僕たちは昔話に花を咲かせて笑いながら夜を過ごす。

麻倉家を養子の弟子たちに任せ、一人と二匹が自由気ままに旅をしていた……懐かしいあの頃の様に。

 

 

 

 

―セイント製薬工場―

 

 

 

「お前たち!今すぐ工場のラインを止めろ!!」

 

体の中の物を全て出し切った事でゲッソリとした工場長が現場で声を張り上げ、薬品の製造を止めるように指示を出す。

普段の従業員たちなら、工場長の命令に嫌々従うのであるが、この時は工場長の気迫に飲まれて手を止めて命令に関係なく作業の手を止めてしまう。

 

「このままでは会社の利益の為に我々は死ぬ!!遅い選択ではあったが、まだ間に合う!!

辞表を書いて、今すぐここから出ていくぞ!!」

 

工場長の言葉に耳を傾けた従業員たちだったが彼らの心に灯ったのは怒りの炎だった。

 

「ふざけるな!!」

 

「今更何を言ってやがる!!」

 

「俺達みたいなのを雇ってくれるのはもう、こんな所しかないんだぞ!!」

 

「そうだ!!どうせ、地獄が変わるだけで何も変わらない!!」

 

「自分が死にそうになってから言っても遅すぎるんだよ!!」

 

彼らの叫びはもっともだった。

前科のある人間は使い捨てられる。

何処にいっても扱いは変わらない。

全てが遅すぎる。

 

「ああ…確かに遅い。

遅すぎたと言われても仕方がない!!

しかし、お前たちはまだ間に合う!!

そこのお前は幾つだ!?」

 

「は?いきなり何を……」

 

「幾つだと聞いている!!」

 

「2…29だ」

 

「もうすぐ……34だ」

 

「俺は…26だ」

 

まるで軍人のような工場長の気迫に飲まれ、自身の年齢を答えていく従業員たち。

何人かの従業員の年齢を聞いた工場長は、弱った体にムチを打って声を張り上げる。

 

「私は今年で51になる!!

再就職をする勇気が持てず、再出発出来る年齢を通り過ぎた!!

しかし、お前たちにはまだ、未来がある!!

歳をとって、バイトすら出来るか怪しい私よりもお前たちは数倍マシだ!!」

 

長年ブラック企業に勤め、工場長に上った男の言葉には説得力があふれていた。

 

「全員、辞表を書け!!こんな腐った会社に命を捧げる事はない!!」

 

工場長の演説により、一人、また一人と工場の隣にある宿舎に移動し、既に書かれていた辞表を取り出す。

何時だそうかと考えては出す事が出来なかった従業員全員の辞表は、今。

 

工場長の手に渡され、元従業員達は無言で去って行く。

 

入社して初めて会社に逆らってしまったが……これでよかったのだ。

長い奴隷の様な社畜人生に自分の手で幕を下ろした。

 

後は、ファックスなどでセイント製薬の闇を暴露するだけだ。

 

会社に反撃の狼煙を上げた、工場長。

しかし、彼の人生最大の大博打を闇の住民が、一部始終を覗いていた。

 

工場長と元従業員。

そして、地域住民たちに恐ろしき夜がやって来る。

 

 

 

おまけ

 

タイトル 『大妖怪の軌跡(タヌキ編)』

 

 

麻倉ハオ。

安倍晴明が作り上げた占事略决を超える、超・占事略决を作り上げた希代の大陰陽師。

 

彼に命を拾われた一匹のタヌキは彼と共に日本を巡った。

貧しい人々を救い、時には邪悪な妖怪と人間を懲らしめる。

当時の麻倉ハオは探し物をしていたようで、権力や金。

さらには貴族としての地位にも興味はなく、自由奔放に生きていた。

 

タヌキと狐は主の探し物は理解できなかったが、主との旅を続ける日々を大切にしつつ、人間の汚い心や綺麗な心を知っていく。

 

そして、寿命によって麻倉ハオの亡き後。

彼を神と崇める人々の信仰を集めてタヌキは短い期間で大妖怪へと姿を変えた。

彼は同じ持ち霊であった狐と別れ、生まれ故郷へと舞い戻り、人間にあだなす妖怪達との戦いに明け暮れた。

 

妖怪と人間の両方から畏れと信仰を集め、有象無象の魑魅魍魎を束ねるには時間は掛からなかった。

 

四国の恐ろしい大妖怪にして、神通力を操る神獣として君臨したタヌキ。

彼は主人の様に人間を愛し、人間社会に紛れては時に救いの手を差し伸べ、時に災いを持って人間と妖怪の暴挙を止めてきた。

 

故に、彼の経歴を知る麻倉の人間や妖怪達は狸の事をこう呼んだ。

 

麻倉葉王の忠臣・隠神刑部狸……と。

 

そして、千年の時を超えて再び主人と巡り合ったタヌキは千年前と同様に語り合う。

 

再会したその日の夜は四国の大妖怪、隠神刑部狸ではなく。

 

オムツが中々取れなかった幼い霊獣のタヌキ…ポンチとして彼の前で笑っていた。

 

 

 

 

 




皆様の評価が嬉しくてノリノリで書けましたので連続投稿しました。
これからも応援よろしくお願いします。

そして、なんかゴールド見たいに輝くセイントの工場長。

次回もお楽しみに。


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六話 ハオ様、四国へ行く  ④

セイント製薬の社長は工場長の電話の後、飛行機を手配して契約している陰陽師と共に四国へやって来た。

そして、社長と陰陽師は金の為に罪のない人々に呪いを行使する。

 

「クライアントであるアンタの指示には従うが、本当に良かったのか?

このままだと、村人たちと共に社員も呪殺してしまうが……」

 

「構いません。

犯罪者を社会復帰させる為の補助金目的で雇った連中と無能なポンコツ社員一人くらい死んだところで、痛くも痒くもありません。

それよりも……」

 

「安心しろ、絶対に証拠は残らん」

 

陰陽師はクライアントである社長に不敵な笑みを見せ、呪いの媒体となる藁人形を焚火の中へとくべていく。

藁人形が燃え始めると、反対住民が住んでいる村から悲鳴が一つまた一つと増えていく。

 

ヒィー!!

 

ギャーーー!!

 

女子供の入り混じる悲鳴を聞いても陰陽師の手は止まらない。

 

「オンキリキリ 村人どもは一人残らず腫れ血吹き、はじけさせたまえ」

 

人間の皮膚を腫れさせ、血が噴き出すエボラのような恐ろしい呪いを振りまく陰陽師。

そんなおぞましい光景を、家族を救う為に村を出た一人の幼い少女が目撃する。

 

 

 

―宿屋ぽんぽこ亭―

 

 

 

昔話に花を咲かせていた僕とポンチは呪いの発現を察知した。

 

「なるほど……どうやらセイント製薬は呪いによる強行手段に出たようだね」

 

「なんと愚かな……」

 

あきれ果てるポンチを尻目に神経を集中させて力の発生源を探る。

力の発生源は……この近くか?

 

「ポンチ。

僕は、すぐに発生源に向かうけど…どうする?」

 

「無論、お供させていただきます」

 

オムツを穿いた腰を上げたポンチを共に引き連れて、旅をしていたあの頃の様に目的地へと向かった。

 

「さあ、久々に暴れようか」

 

「はい」

 

………。

 

宿を出て、森へと向かった僕らは程なくして呪いの現場にたどり着く。

現場には着物を着た陰陽師の男とスーツをきた依頼人だと思われる男。

そして…地面に倒れ、顔を腫らして頭から血を流している少女を発見した。

 

「な、なんという惨い事を……」

 

ポンチのつぶやきが隣から聞こえてくるが、言葉が頭に入らない。

背格好や性別が同じせいだろうか?

僕の目には、少女といずなちゃんの姿がダブって見えていたのだ。

 

そして…僕は少女の目を見た瞬間。

男達に対する明確で純粋な殺意が膨れ上がった。

 

「は、ハオ様!?」

 

辺りの木々を破壊して顕現する二体の鬼と巨大な精霊。

荒々しく顕現した精霊の自然エネルギーによって散らされた村人たちの呪い。

 

「今度は誰だ!?俺の仕事の邪魔をしてタダで済む……二体の鬼…だと?」

 

「厳山先生…こ、これは…この化け物達は、一体何なのですか!!?」

 

狼狽する社長と疑惑の視線を送ってくる陰陽師を無視して、血まみれの少女を抱きしめてヒーリングによる心霊治療を始める。

 

「もう、大丈夫だからね」

 

「う…あ…?」

 

暖かい霊力の光によって、彼女の傷は塞がり、痛々しい腫れがゆっくりと引いて行く。

ヒーリングによる暖かな光と感覚によって少女は安心したのだろう。

不思議そうな目で、僕を見た後に気を失ってしまった。

 

呼吸も安定しているし、大丈夫だろうけど念のためにすぐに病院に連れて行った方がいいだろう。

 

「……その赤い鬼と青い鬼。

まさか……前鬼と後鬼か?

つまり貴様は……麻倉のジジイの孫か?」

 

「…うちの祖父と知り合いなのかい?」

 

「知ってるも何も、麻倉は我が一族の敵なんだよ!!」

 

呪いが消された事による代償により血にまみれた片腕を押さえている陰陽師の言葉と共に投げられる数枚の呪符。

描かれた方陣をみると金縛りの呪符のようだが…。

 

「ちっちぇなぁ…」

 

投げ込まれた呪符は僕に届く事なく、空中で燃えカスとなって消えた。

込めた霊力が弱すぎる。

この程度の呪いなら、麻倉のご隠居衆でも掛からないだろう。

さっさと気絶させて、二度と陰陽術を行使できない体にしてやる。

 

「この化け物一族め!!貴様らのせいで我が蘆屋(あしや)家が衰退したのだ!!」

 

「芦屋?」

 

芦屋…懐かしい姓を聞いた事でスピリットオブファイアと鬼達の動きを止める。

まさかコイツは……。

 

「そうだ!!我が祖先は蘆屋道満(どうまん)!!俺は貴様ら麻倉と安倍に大陰陽師としての地位を奪われた男の子孫だ!!」

 

「へぇ…あの極悪じいさんの子孫か……道理で陰湿で気味の悪い呪いだと思ったよ」

 

蘆屋道満。

かつて僕と安倍晴明のライバルであったが、呪いの深淵を覗いた事で呪いに取り憑かれ、魔道に堕ちた陰陽師の名前。

彼は呪いで悪鬼羅刹へと自身の体を改造し、鬼となって僕と晴明に戦いを挑んだ事で祓われた。

正直、その事で子々孫々まで恨まれても困る。

 

先祖も先祖なら子孫も子孫で、本当に粘着質でめんどくさい家系だ……。

 

「ちっちゃい家系のちっちゃい逆恨み……。

聞くに堪えないね」

 

「ふざけるなよ小僧!!我が一族の恨みを思い知れ!!」

 

両手いっぱいに呪符を持ち、大規模な陰陽術の行使を行う陰陽師。

呪符によってこの場に居る全員を囲いこむように展開される三重の結界と空中に出現する方陣。

あれは……。

 

「貴様も道連れだ!!ヒャハァァァアア!!!」

 

「爆符か……まさか、奥の手が自爆?」

 

「くたばれぇええええええ!!」」

 

陰陽師によって発動された爆符は視界を奪う閃光と炎を生み出す。

まあ、炎の精霊を持っている僕に爆発は無駄なんだけどね。

スピリットオブファイアによって、すぐさま僕とポンチと少女を守るようにして展開される結界。

凄まじい爆発音と煙に包まれ、舞い上がった粉塵が消える頃には僕たちを中心としたクレーターが出来ており、陰陽師と社長の肉体は消滅。

二人は霊魂となって空中を漂っていた。

スピリットオブファイアに食わせてもいいが、蘆屋道満の血を引く人間の魂を与えたらスピリットオブファイアが呪われそうだ。

そこで僕はニヤリと笑い、鬼である前鬼に鬼門を開けさせ…。

 

「地獄で閻魔によろしく」

 

鬼門から地獄へと叩き落とした。

地上から地獄に落とされた事により、彼らは一気に無限地獄へと落とされる。

あそこは地獄の最下層。

閻魔の加護なしに落ちれば、二度と這い出る事は出来ない。

無限地獄に落ちた魂は二度と転生は出来ず、いずれ完全に自壊するだろう。

 

それにしても最後のあの瞬間。

一瞬だけ、陰陽師の額から自身の扱っていた霊力とは違う、重く質の高い霊力を感じた。

 

誰かに憑依されたのか?それとも洗脳か?

分からないが、この事件の裏には麻倉以外の陰陽師、もしくはそれに近い霊能力者が関わっているのかもしれない。

 

「相も変わらず、ハオ様による無双で終わり。

…私は完全に傍観者でしたな」

 

「はは、僕としては傍にいてくれるだけで十分だよ」

 

謎の霊能力者の存在を頭の片隅に追いやった僕は、平安の時と似たような会話を楽しみながら、少女を背負ってポンチと共に村へと向かった。

 

 

おまけ

 

タイトル 『もう一人の傍観者』

 

厳山が自爆し、ハオの無事を見届けていた老人が居た。

 

「ふぇふぇふぇ。相も変わらず麻倉は化け物じゃな」

 

水晶で映し出されたハオを見ながら懐かしそうに笑う老人。

 

「……法師。

一族の者を爆殺しておいて、言う事はそれだけでございますか?」

 

「あのような金の亡者は役に立たん。

だったら、麻倉の小僧の実力を見る試金石にしたほうがよっぽど役に立つわい」

 

「……」

 

「ふぇふぇふぇ。鬼と原初の精霊を操りながら少女を治療する。

本当に面白い」

 

ほの暗い部屋の中、嬉しそうに笑う老人の声はしばらく止むことはなかった。

 

 

 

 




※内容の変更はありませんが、誤字脱字や表現の変更等がございます。


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七話 ハオ様、四国へ行く ⑤

少女の住む村に辿り着いたハオとポンチ(人間形態)は、村人たちに残留する呪いがないかを確認していた。

 

――。

 

家の中で倒れている村人たちを霊視する為に一軒一軒回った僕らは、目を覚ました少女の案内で彼女の自宅へと案内される。

 

「いや~わざわざ助けに来ていただいたのにすみません。

初めは体中から凄い激痛を感じていたんですが、突然治ってしまったんですよ」

 

「しかも、気絶した娘まで運んでもらっちゃって……」

 

「たぶん、工場の奴らが危険なガスを村に流し込んだんだ!!」

 

彼らは僕が助けた少女の家族であり、この村の代表。

三人を含めて村の人間は呪いだとは思っておらず、工場の連中がまき散らしたガスが原因だと思っているようだ。

ふむ……。

この件に関しては工場の人間は無実であり、彼らも本社の人間から奴隷のように扱われている被害者。

ここは死んだ社長にすべての泥を被ってもらおう。

 

「お三方。今日の件に関しては工場の人間は無実です。

犯人は本社の社長が強力な感染力を持つ細菌を散布した事が原因です」

 

「なんだと!?」

 

「やっぱりか!!畜生!!」

 

「許せない!!」

 

僕の言葉で怒りに燃える家族たち。

呪いをあーだこーだと説明するよりも、呪いを細菌として説明した方が早い。

それに、呪いの話を信じてもらえるとは限らない。

下手をすれば、異常者と思われて警察のお世話になるか、最悪の場合は僕が犯人にされる可能性がある。

 

ついでに言わせてもらうと呪いの事については嘘であるが、それ以外は真実だ。

あの社長は、村人を全滅させる目的で呪いを実行させていたし、僕とポンチが間に合わなかったら村は全滅していただろう。

 

「失礼!我々はこれから新聞社に連絡を取ってきます!!信治、家とお客さんの事は頼んだぞ!!」

 

「おうよ!!」

 

脱兎のごとく、家を飛び出した少女の両親はそのまま村人たちを集め、集団で新聞社へと向かった。

 

「じゃあ、お客さん。俺はちょっとお客さんの布団の準備をしているから、寛いで待っていてくれよ」

 

長男の青年は僕たちの為に客間の準備をする為に部屋を出て行ってしまった。

居るのは僕とポンチ。

そして…今だに眠ったままの少女が一人。

 

「…あえて聞きますが、本当の事を話さなくてよろしいのですか?」

 

「…分かっているだろうけど君は納得させられるのかい?今回の出来事は社長が雇った陰陽術の呪いが原因なんだって。」

 

「……無理ですよね…やっぱり」

 

「それにだ、この子の事はどう説明するんだい?霊視したけど、この子は中々の霊力を持っている。

願わくば、霊能力も呪いも知らずに人生を過ごしてもらいたいよ」

 

「おや?てっきり弟子にして、お引き取りになるのかと思ったのですが?」

 

「そんな事はしないよ。」

 

意外そうに僕を見てくるポンチに否定の言葉で切り返す僕。

背負って連れて来た時の家族の反応で目の前の少女が愛されている事は知っている。

霊能力があったところで捨てられるとは思えないし、身寄りがないわけでもない。

連れて行く理由なんてこれっぽっちもない。

 

まあ、育ててみたくないと言ったら嘘になる。

あの子は僕から麻倉を引き継いだ葉堅並みの霊力を宿している。

 

麻倉の秘術を学ばせたら、数年でひとかどの霊能力者になれるだろう。

 

「まあ、この子が霊能力者になりたいと言うのなら協力はしてあげたいかな?」

 

「ははは、本当に相変わらずの子供好きですな……。」

 

「子供は純真無垢で汚い大人とは違うからね。

泣き顔は見たくないし、願いは出来るだけ叶えてあげたいと思っちゃうんだよ」

 

「お兄さん、霊能力者になればあの巨人さんみたいなの出せるの?」

 

僕とポンチが話していると後ろから聞こえる少女の声。

それに僕たち二人はゆっくりと振り向くと、いつの間にか目を覚ましていた少女が瞳をキラキラさせて、後ろに立っていた。

 

「ねぇ。あの赤い巨人さんみたいなのが出せるの?」

 

「いやぁ、修行も厳しいし分からないなぁ?」

 

「うそ。さっき私に才能があるって言ってた」

 

この少女、まさか最初から聞いていたのか?

 

「それに、お兄さん子供が好きなんだよね?」

 

「え?まぁ…ね?」

 

「お父さんとお母さんが帰ったらセクハラされたって言うよ」

 

「ちょっと待とうか。」

 

少女の追及に歯切れの悪い回答をしていたら、天使のような笑顔で脅迫をして来た。

前言撤回。

純真無垢な子供なんてこの時代には居ないんだ!!

 

これには隣のポンチも恐ろしい物を見るような目で幼女を見ていた。

おい、妖怪の癖に幼女に怖がっているんじゃない。

 

と、とりあえず理由を聞こう。

理由を聞いて納得のできる事であったら彼女に協力しよう。

玩具が欲しいという感覚で言っているのだったら、ロリコンの汚名を被って、ポンチと共に大脱出だ。

 

「その前に理由を聞かせてもらえないかい?

もし、まともな理由だったら協力してあげるよ」

 

気を取り直して、真剣に問いかけると少女は僕の目を見つめて口を開く。

 

「お父さんとお母さん…それにお兄ちゃんを呪いから守りたいの」

 

「いいよ」

 

即決だった。

彼女の健気なお願いに即決で協力することにした。

 

「ありがとう!お兄さん!!」

 

「おっと…。あ」

 

自分のお願いが叶うと分かった彼女は感極まって、僕に抱き着いた。

そう、僕とポンチを呼びに来たであろう実のお兄さんの目の前で。

 

「もしもし、警察ですか?」

 

「ちょっと待って!?」

 

流れるような動作で警察に電話するお兄さんにポンチの正体などを明かしながら事情を詳しく説明した。

もし、村と外部の連絡手段を絶つ為に社長と陰陽師が電話線を切断していなかったら、僕の手には冷たい手錠が掛けられていただろう。

 

翌日、僕とポンチは少女の両親に対し、お兄さんにしたように呪いの存在や妖怪の存在をすべて白状した。

霊能力者としての修行をする上での危険性についても話した上で少女の要望もすべてだ。

 

勿論、両親と少女の兄はその願いの理由を聞いて嬉しそうにしていたが、命の危険があるという霊能力者の修行は今は許しはしなかった。

ただ、彼女が13歳になった時。

 

彼女が今の様に霊能力者になりたいと願うのであれば、家族は彼女が修行を行う事を許すらしい。

 

こうして、事件を解決した事で僕の四国での旅は終わりを告げた。

 

 

セイント製薬は工場長の告発によって契約していた病院が次々と解約された後に株が大暴落。

社長不在の状況で押し寄せるマスコミの群れと事務に鳴り響く一般のいたずらと取材の電話。

地獄の様な時間が会社に流れた後、程なくしてセイント製薬は倒産した。

 

さらに、行方不明になった社長の自宅や通帳は強制的に差し押さえられた。

 

そして、工場の稼働も完全停止した事で村に平和が訪れたと同時に汚染物質の除染作業のための募金も集まっており。

ゆっくりだが、確実に元の村へと戻りつつある。

 

後、これは余談なのであるが、この一か月後に少女……安西 千佳がオムツが取れない小さなタヌキの霊獣を持ち霊にしたとポンチから近況報告の手紙で連絡が来ることとなる。

 

麻倉家に挨拶した後、葉月家に帰って来た僕の日常が再び始まる。

 




ハオ様、四国へ行くはこれにて終了。
次回からは再び日常に戻り、学校での物語が始まります。

文才のない作者ですが、これからも応援していただけると嬉しいです。


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八話 ハオ様と学校①

麻倉ハオ。

最強の陰陽師であり、シャーマン能力を持った規格外の霊能力者。

そんな彼でも現代では15歳の中学生であり、当然学校に通っている……。

 

そう、霊能力を持たない子供や霊能力を持つ子供たちが通う…麻倉中学校に。

 

―――

 

数日ぶりに帰って来た僕は麻倉が経営する私立麻倉中学校の教室で北海道からやって来た友人に声を掛けられた。

 

「よう!!四国に行ってきたんだって?お土産は?何か面白い話を聞かせてくれよ!」

 

ハイテンションでバンダナがトレードマークである彼の名前はホロホロ。

数少ないアイヌ民族であり、夢を叶える為に北海道からわざわざ仙台にあるこの中学校に通う為にやって来た少年であり、『麻倉』の人間である僕に話しかけて来るフレンドリーな性格をしている。

 

「土産はないよ。話も特に面白い事はなかったかな?」

 

「なんだよ、つまんねぇな。

四国って言ったらお前の家で有名な刑部狸が実質的な支配をしている地域だろ?

自然と人間が共存している数少ない理想郷…なのに何もなかっただと?

歓迎はされなかったのかよ?」

 

「歓迎はされたけど……それだけだよ?」

 

僕の話をつまらないと判断した彼はニヤリと笑い。

僕が居なかった時の学校の話へと切り替える。

 

「そうか、そうか。

だったら、俺がお前の為にビッグニュースを聞かせてやるよ」

 

「ビッグニュース?」

 

「そう、なんと今日は転校生がやって来るのだ!!」

 

「へぇ…」

 

「なんだよ、その低いテンションは!?花の中学生男子だろ?

もっと反応した方がいいぞ。

それに、ハオにとっては俺以外にも友達が出来るチャンスだろう?」

 

中学生なら喜ぶ一大イベントを楽しんでいる彼だったが同時に麻倉の名を持つ事で友達が少ない僕の事も心配してくれているようだ。

本当に良い少年で良い友人である。

 

この学校は麻倉が運営する私立中学であり、霊能力を持つ子供たちが通う学校でもある。

目の前の彼、ホロホロもアイヌのシャーマン能力を持つ霊能力者であり、クラスメイト達も何らかの霊能力を持つ一族の子供達なのだ。

故に、霊能力者の世界での首領(ドン)である麻倉に畏怖して声を掛けられることはない。

接触も最低限。

麻倉とのコネを作る為に来ている生徒もいるらしいのだが霊能力以外は15歳の普通の少年少女。

社交的に未熟な彼らにパイプ作りは中々難しいようだ。

 

逆に霊能力を持たない一般生と呼ばれる生徒からの声掛けは止まらない。

僕に声を掛けてくる大半は政治家の子供や将来自分の企業を占ったりライバル企業の呪いから身を守る為の霊能力者を探す為に通っている大企業の御曹司と令嬢だ。

 

もちろんそんなものはお断りだ。

しかも、彼らが望んでいるのは単発の依頼ではなく長期の雇用契約。

 

簡単に説明すると芦屋の爺さんの子孫のような事をしろと言っているに等しい。

だから僕は、一般生の彼らとの接触は可能な限り避けているのだ。

 

「それじゃあ、そろそろ先生が来る頃だから俺は席に戻るぜ」

 

伝えたいことを言いきったホロホロは自分の席へと帰っていく。

そして、ホロホロが席に戻ると同時に他の生徒たちも自分たちの席に座る。

 

数分の時が過ぎると予鈴がなり、教室の入り口から白いスーツと青いネクタイを締め、眼鏡を掛けた金髪の外国人が入って来た。

ん?担任の倉橋先生はどうしたんだ?

何で特別講師である彼がHRに出てきているのだろうか?

 

「あれ?何でマルコ先生が朝からいるんだ?

会社はどうしたんだよ」

 

「私語は慎みなさいと言いたいが、質問に答えよう。

倉橋先生はケガの為に一週間休みとなった為、私が代わりに一週間だけ教鞭をとる事になった。

安心しなさい。私はオックスフォードを卒業する時に教員免許も取得している」

 

『スゲェ!!』

 

クラス中がマルコ先生の学歴に驚愕する。

 

マルコ・ラッソ。

 

イタリア出身の男性。

スポーツカー等の車が好きで日本の自動車技術を学ぼうと来日。

順風満帆な生活を送っていたが悪霊に憑りつかれたせいで大きな仕事に失敗。

 

クビになった彼は、夜の酒場を飲み歩いては川の魚に餌をぶちまける仕事に専念する事に……。

そんな生活が続いていた頃に仕事で豊田市に訪れていた我が祖父である葉明に救われるついでにシャーマン能力が覚醒した彼は葉明の下で修行を行い、数年後には悪霊のみを退治する正義の執行者として霊能業界から噂されるようになる。

 

霊能力である程度の金を稼いだ彼は、そのままイタリアへ帰国。

除霊で稼いだ金を使って、車の製造販売会社を設立。

日本で学んだ技術とイタリアのスポーツカーのデザインを融合させた新しい車は世界に注目され、彼の有限会社『スーパーマルコ』は世界で有名な大企業の一つとして数えられている。

 

そして、裏では『X-LAWS(エックス・ロウズ)』と呼ばれる霊能力者で構成された組織を作り、霊能力を持つ子供たちの保護や悪霊の除霊などを行っている。

噂ではイタリア政府に存在する霊能力専門の部署から日本…いや、麻倉に対抗する為にお誘いが来ているのだとか……。

 

「さて、私の事はもういいだろう。

今日から、君たちのクラスメイトになるニューヨークから来た転校生を紹介しよう。

入って来たまえ」

 

『ニューヨーク!?』

 

ニューヨークという単語に再び驚愕と転校生への期待が上昇するクラスに一人の少年が意気揚々と入ってくる。

 

「ニューヨークから日本の風呂ににゅうよーく(入浴)しに来た。

チョコラブ・マクダネルだ……よろしく!!!」

 

『……』

 

「ぷっ…くくく」

 

教壇の隣で桶と手ぬぐいを持った褐色肌でアフロの少年は一瞬にして僕らの体温とテンションと八分の一の純情な感情を奪い去った。

一人だけ、爆笑をしているクラスメイトが居るが、誰もが感情の宿っていない瞳で転校生……チョコラブを見ている。

 

「ふっ…どうやら俺のギャグはレベルが高すぎて一人にしか理解出来なかったようだ」

 

一人と転校生を除いた、教室に居る全員が思った。

コイツは色々な意味でやべぇと。

 

「あー…マクダネル。

とりあえず、あの席に座りなさい」

 

「オッケー牧場!!」

 

「ぶふっ!!」

 

突如として氷河期を迎えた教室の空気を微塵も感じ取れない彼は、意気揚々とギャグをかまして一番後ろの席へと座った。

すっかり冷え込んでしまった先生はすぐに教室から脱出。

体をさすって温めているクラスメイトを尻目に、僕はスピリットオブファイアの能力で体を温めた。

 

こんなことで僕にスピリットオブファイアを使用させたのは後にも先にも彼だけだろう。

 

クラスを凍えさせた本人は先生が教室を出たと同時に、唯一ギャグに反応した少年の元へ移動する。

 

「ヘイ!楽しんでくれたみたいで良かったぜ!!

さっき、自己紹介したばかりだが俺はチョコラブ。

いずれ、世界一のコメディアンになる男だぜ!!」

 

「ぶっ!?ははははははっ!!」

 

改めて行われる自己紹介と共にポケットから米を取り出し、少年を笑わせようとするドヤ顔のチョコラブ。

そして、そんな彼のギャグを心の底から楽しむ彼もチョコラブに自己紹介をする。

 

「ぶふっ…お、俺は鵺野(ぬえの) 鳴介(めいすけ)

よろしくな」

 

 

 

 

 

 



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九話 ハオ様と学校②

第10話

 

 

 

「あ~ああ~!!悪霊ターザン(退散)!!」

 

「おお!!さすが鳴介、ハイセンスだぜ!!」

 

あれから休み時間の度に氷河期を迎える事になる我がクラス。

初めはニューヨークの話やチョコラブの霊能力について知りたがっていたクラスメイト達であったが、楽しそうに寒いギャグを連発する二人の間に誰も入る事が出来ず聞けないでいた。

 

そんな中に一人の勇者が現れる。

 

「よう!二人とも盛り上がってるな」

 

「オウ!鳴介は日本で初めて出来た友人であり、俺のファンだからな!!

テンションも鰻登りよ!!」

 

「ぶふっ!!」

 

「お…おお、とりあえず楽しそうで何よりだ」

 

ファンと言った瞬間にポケットからパンを出したチョコラブに笑う鵺野と引きつった笑いを浮かべる勇者ホロホロ。

クラスメイト達は三人の会話を聞いてこれ以上耳を冷やさないように塞いだり、寒さを我慢してチョコラブの能力を探ろうと必死だ。

 

まあ、必死になっているクラスメイト達の目標は芸能界で活躍する霊能力者だからな……。

コメディアンになると言っているチョコラブをそれなりに意識しているのだろう。

ギャグが壊滅的でも、霊能力が高ければ心霊番組で使ってもらえるからね。

 

「へぇ。将来は芸能界に行くって事はホロホロも俺と同じようにコメディアンになるのか?」

 

「ちげぇよ!!いいか…俺の夢はコメディアンになる事じゃない。

俺の夢は時空先生のように芸能界で活躍し、貯まった貯金で故郷の周りに東京ドーム3個分のふき畑を作る事だ!!」

 

クラスメイト達に意識を向けていると三人の話題は夢の話になり、ホロホロは入学当初から言っている自身の夢を誇らしげに語る。

そんな彼の姿を見て、ふき畑が何なのかわかっていないが大事な夢なのであろうと感心するチョコラブと、時空の名前を聞いて席を立つ鵺野。

 

「ん?どうしたんだ鳴介?」

 

「ごめん。ちょっとトイレに行ってくる」

 

「?」

 

時空の話題を避けるように教室を出ていく鵺野とやっちまったと後悔するホロホロ。

事情を知らないチョコラブは不思議がっている。

 

「鳴介のヤツはどうしたんだ?トイレって割には表情がよろしくない感じだったが……ウン〇か?」

 

「あ~。アイツは時空先生が苦手っつうか好きじゃないっつうか……。

まあ、何があったかは俺も知らないんだけど……なんか、避けてるんだよ。

忙しいからたまにだけど、時空先生がやって来る授業は毎回欠席だしな。」

 

「へ?でも無限界時空ってこの学校の特別講師で日本で活躍する人気の霊能力者だろ?

ファンなら分かるけど…もしかして何かあるのか?テレビでは依頼者に優しい除霊料で悪霊に取り憑かれた依頼者にも気を遣える人格者だと思っていたんだが……。

なに?もしかして生徒には厳しいの?裏と表があるの?」

 

「いや、そんな事はないぞ?霊能力を悪用するなときつく言われているけど注意のレベルだし、指導はそれなりに厳しいが、霊能力の扱い方を間違わない為の必要最低限の厳しさだと思うぞ?

それに、学校でのあの人はテレビ以上にフレンドリーで生徒にも人気なんだよ」

 

「じゃあ、何で鳴介は避けるんだ?」

 

「さぁな。入学当初からの謎なんだよ。

噂じゃあ、時空と鵺野の実家が何か関係あるんじゃないかとか言われているが……」

 

鵺野の事情に頭を悩ます二人を尻目に、僕は何とも言えない気持ちになっていた。

彼が時空を避けるようになったのは麻倉と僕が少なからず関係している。

 

今から10年以上も昔。

麻倉家の分家『鵺野』の長男が、除霊の依頼を受け報酬を受け取る一族に嫌気がさして家出した。

もちろん鵺野の家は、モグリの霊能力者のように法外な値段設定はしていない。

依頼者が貰っている給料や生活状況などを考慮し、生活に問題のない範囲で請求している。

 

ただ、彼は正義の味方に憧れており、困っている人すべてを無償で救いたかったのだ。

そう…かつて全国を渡り歩き、平安時代にて活躍した大陰陽師、麻倉葉王のように……。

 

僕としては正直勘弁してほしい話であるのだが、現代において平安時代の僕は神やヒーローの類のように認識されている。

つまり、鵺野の長男は僕の影響を受け、正義の味方になる為に家出をしたのだ。

 

それから数年。

かつての僕のように、全国を旅して困った人々を助けていた彼は、助けた女性と恋をして結婚。

旅をやめて、女性と共に小さな村で生活するようになる。

 

子供も生まれ、村のヒーローとなった彼は、村人から感謝の印として食料をもらいながら、貧しくも順風満帆な生活を送っていた。

だが……。

 

妻が病気で倒れてしまったのだ。

 

治療の為に大金が必要になり、村人たちに助けを求めたが、手のひらを返されるように裏切られてしまう。

日々、弱っていく妻を見ながら絶望を感じていた彼に、救いの手が差し伸べられた。

 

彼の父親で鵺野家当主である鵺野 一心(いっしん)と、麻倉家当主の妻である麻倉 キリコが、麻倉家の分家が運営する病院の特別医療チームを連れてやって来たのだ。

なんと息子に訪れる不幸を霊水晶で感知した鵺野家当主は、麻倉家当主に土下座で頼みこみ、世界最高の占い師であり心霊治療を行えるキリコと分家が運営する病院の医療チームを動かしてくれたのだ。

医療チームによって行われる心霊治療と現代医療を合わせた、患者に負担のない治療によって妻を救ってもらった彼は、父親と麻倉に感謝したと同時に、家族を守る為にはお金が必要である事を痛感した。

彼は父親に謝罪し、妻と子供を鵺野家に雇われている侍女達に任せ、父親と麻倉家当主に感謝の言葉を述べた。

 

その後、彼は鵺野家に戻り、妻の治療費の返済と共に麻倉と父と家族の為に芸能界で働く事を決意した。

芸能界に入れば、麻倉が経営する学校のPRが出来る。

そして、活躍すれば困っている人々が助けを求めてテレビ局に連絡してくれる。

 

こうして、生活に支障をきたさないレベルの報酬で人々を助ける良心的な霊能力者『無限界時空』が誕生した。

 

ただ……その息子はテレビで活躍し報酬をもらうようになった父親に戸惑いを覚えているのだろうか?

 

それとも……小学生の頃テレビの仕事にかまけて自分の恩師が自分のせいで苦しんでいる時や、その恩師が亡くなって辛い思いをしていた時に傍に居てくれなかった事に何か思う所があるのかもしれない。

 

僕自身、祖父に聞いただけであり、本人の話を一度も聞いたことがないので想像にしかすぎない。

 

ただ、息子…鵺野鳴介の夢はかつての父の様に弱い人を無償で助け、村の近くの小学校に通っていた時にいじめられたり悪霊に取り憑かれたりする度に助けてくれた恩師のようになりたいと語っている。

そのことから父親である時空を嫌っているわけではないと思うのだが……。

 

正直僕は関係ないとも思えるし、根底的な部分で僕の名前が出ている以上は無関係とも言えない彼との関係に複雑な感情を抱きつつ。

とりあえず、今まで通り親子間には深入りせずに静観する事を決めるヘタレな僕であった。

 

 




どうやらエラーが治ったようです。

誤字脱字が目立つと思いますが、これからも応援よろしくお願いします。


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