風飛に降り立つは (晴貴)
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プロローグ

 

 

 走馬灯を見たことがある人間ってのがどれだけいるかは知らないが、恐らくは少数派だろう。

 しかもその走馬灯が前世の記憶だったりする奴となればもっと珍しい。さらにはその記憶が複数人のものだったりする奴はそれこそ世界に一人くらいしかいないかもしれない。

 そしてその一人とは俺のことだ。

 

 きっかけはミスティック――通称霧の魔物と遭遇したことだった。本来人の生活圏外に現れることがほとんどである魔物が突如として街中に出現し、その結果俺はマジでくたばる5秒前まで追い込まれた。

 襲い来る気色悪い怪物を前に「あ、これ死んだわ……」と諦めた瞬間、俺の脳内を様々な記憶が駆け巡った。

 断片的な記憶群。そしてそれは一人の人間のものじゃなかった。

 

 

 

 退魔を生業とする家系に産まれ、殺人衝動を抱えながらも人を殺めず苛烈な生を駆け抜けた記憶。

 

 

 正義の味方を目指して多くの人間を救ったにもかかわらず、最後は自らが救った人間に殺された英霊の記憶。

 

 

 不屈の心を宿し、管理局の白い悪魔と畏怖されながら魔導師として己の信念を貫き通した記憶。

 

 

 500年以上の歳月を生き、尊大でありながら吸血鬼の矜持を掲げて戦った夜の帝王としての記憶。

 

 

 終わりなき悪夢に囚われてもなお獣を狩り続け、月の魔物さえ屠り上位者に至った狩人(ハンター)の記憶。

 

 

 

 それ以外にも数多の、誰かが送っただろう生の記憶が俺の脳になだれ込んできた。

 時間にすればほんの一瞬。けど俺はその一瞬で彼らの人生を追体験した。そこに不思議と苦痛はなく、むしろ彼らの胸の内に触れられその強さと悲しみ、葛藤を知った。

 

 そしてその追体験が終わるのと同時に、俺の視界にいくつもの赤白い線が走っていることに気付く。

 その線は周囲の空間や道路、建物といった人工物、そして魔物にも刻まれていた。それが何なのか、この時の俺はすでに“知っていた”。

 

 考えるよりも先に体が反射的に動く。

 手にはいつ握ったのか分からないナイフ。魔物に立ち向かうにはあまりにも頼りないそれを、俺は躊躇うことなく赤白い線に沿うようにして振るった。

 俺がしたのは本当にそれだけ。そしてそれだけで人類にとって最大の脅威である魔物は切断されて息絶えた。

 しばらくその死体を眺めながら自分の身に起きている事態について考える。そして1つの結論に至ったところで握ったままだったナイフでひしゃげた道路標識の線をなぞる。

 すると標識はその線の部分から切断されて真っ二つになった。

 それを見て俺はこう呟いた。

 

 ――ああ、これが直死の魔眼か……と。

 

 

 



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1話 転校前日

 

 

 目の前にウサギがいる。しかもただのウサギじゃない。なんと人間の言葉を喋るのだ。

 さらにまるで二足歩行が可能なように立ち上がっており、おまけにそんな姿勢で宙に浮いている。

 こいつもうウサギじゃなくね?もしかしたら霧の魔物の仲間なんじゃねーの?

 

「おーい、聞いてるかー?」

 

「……ああ、悪い。ちょっと考え事してた」

 

 主に目の前の不思議生物について。

 まあここにいるくらいだからこのウサギもどきが魔物の類いってことはないんだろう。……たぶん。

 

「おいおい、しっかりしてくれよ『人類の希望』」

 

「その小っ恥ずかしい名で呼ぶな」

 

「えー、かっこいいじゃーん」

 

 よくねーよ。ただでさえ直死の魔眼という中二全開の能力に目覚めたってのに、そこに人類の希望なんて呼び名が追加されるとか今すぐベッドの上で悶え回るぞ。

 

「……鍋で煮込んで鳥の餌にしてやろうか?」

 

「こわっ!鍋にしたならせめて食べてくれよ」

 

「やだよ。なんか不味そうだし」

 

 このウサギ、名前を兎ノ助(うのすけ)というらしいが、こいつはここグリモワール魔法学園の進路指導官だという。それを聞いて思わず「うっそだろお前」と口にしてしまった俺は悪くない。

 で、なんで俺がウサギの指導官と駄弁っているのかといえば、俺は明日からこの学園に転校することになっているからだ。

 なのでこうして兎ノ助から学園についての事前説明を受けている真っ最中というわけだ。

 

「まったく、人類の希望様は中々に鬼畜な男だな」

 

「その名前を受け入れるつもりはないし断じて鬼畜じゃないが、そうだとしてもなよなよしてるよりは頼りになるだろ」

 

「物は言い様だねぇ。まあいい、これで学園についての説明は一通り終わりだ。細かいところは学校生活を送りながら学んでいけばいい」

 

「そうするよ」

 

 どっちみち俺はここから逃げる術を持たない。直死の魔眼の発現は、同時に魔法使いへの覚醒でもあった。

 魔法使いとして覚醒した人間は世界に6ヵ所あるいずれかの魔法学園への転入を余儀なくされる。余程の理由がない限りこれは強制だ。

 

 魔法学園の生徒になるということは魔法使いとして魔物と戦わなくてはならない。学生でも割りと死ぬ。そして無事卒業すれば国軍や国際魔法師団(IMF)に所属することになり魔物との戦いの最前線に送り込まれて大抵死ぬ。

 あらゆる職種の中でトップクラスの致死率を誇る超危険な進路選択しか待ち受けていないのに強制とはひどい話だが、魔物が現れてから300有余年の間に幾度も侵攻され生活圏を後退させ続られけてきた人類に貴重な戦力を遊ばせておく余裕なんてないのである。

 

「それで俺はこれからどうしたらいいんだ?」

 

「ちょっと待っててくれ。案内役がそろそろ来るはずだ」

 

 案内役ね。そいつがまた化生の類いでも驚かんぞ。

 そんな風に心の準備をしていると、パタパタと廊下を駆ける音が近づいてくる。そして教室の扉が勢いよく開かれた。

 

「すいませ~ん!遅れちゃいました!」

 

 栗色の髪を振り乱すように頭を下げる少女。年は大体15~16ってところか。

 学園の生徒ということは当然彼女も魔法使いだろう。魔法少女と名乗るに相応しい美少女だ、とかどうでもいいことを考える。

 

「智花が時間に遅れるなんて珍しいな」

 

「ちょ、ちょっと色々あって……あ!あなたが転校生さん?」

 

「ああ、そうだけど」

 

「はじめまして、(みなみ)智花(ともか)です!」

 

 そう言ってニコッと笑う南。

 笑顔が眩しい。

 

桐原(きりはら)修二(しゅうじ)だ。よろしく」

 

「はい、こちらこそ」

 

 右手を差し出して握手を求めると、南は笑顔で握り返してきた。

 拒否られなくて良かった。

 

「それで智花、結局なんで遅れたんだ?」

 

「実はクエストが発令されちゃって」

 

「え、マジで?」

 

「はい。なので今から魔物退治に行かないといけないんですが……」

 

「ふーん、ならちょうどいい。クエスト案内がてら転校生も連れてけよ」

 

「ええっ!?そんな、危険ですよ!まだ魔法の使い方も知らないのに……」

 

「まあまあ。そんな強い魔物じゃないんだろ?それに……」

 

 兎ノ助がこっちを見る。それに釣られて南の視線も俺の方を向いた。

 可愛い。いや、今はんなこと言ってる場合じゃないが。

 

「転校生……修二はもう魔法を使えるらしいからな」

 

「え、そうなんですか?」

 

「……まあそれなりに」

 

 直死の魔眼を魔法と定義付けるなら、だけども。

 仮に魔法が使えなくても死を見る目と、魔法使いとして覚醒したことでその力を存分に発揮できる身体能力は得たので問題はない。

 霧の魔物を殺せることはすでに実証済みだし、大して強くもない魔物相手に南とのツーマンセルで挑むなら危険も少なかろう。

 

「クエストも早い内に経験しておいた方がいいしな。そういうわけで……」

 

 兎ノ助は空中をふよふよと漂って窓際まで移動する。その窓から差し込む太陽の光を背に浴び、いい感じに影を作りながら振り返った。

 

「さあ!君の魔法使いとしての人生はここから始まる!」

 

 ムダにいい声で、ゆるキャラみたいな顔を精一杯キリッとさせてそう言い放つ。たぶん決めゼリフのつもりなんだろうが……。

 

「その前にデバイスくれよ。クエスト受注するのに必要なんだろ?」

 

 さっきの説明でそう聞いたぞ。正式に受注しないで魔物倒してもお金が出ないどころか違反で罰則食らうらしいじゃん。

 さすがにタダ働きする気はないぞ。

 

「……」

 

 兎ノ助が固まった。

 まああんだけ決めたのに水を差されれば恥ずかしいよな。

 

「というか俺がここの生徒になるのは明日からなんだけどクエスト参加していいのか?」

 

 問題その2である。明日付けで転校予定の俺は、書類上まだ未所属の魔物使いに分類されているはずだ。

 その状態で学園のクエストに参加しても平気なんだろうか。

 

「それについては心配要らない」

 

 俺の疑問に対する答えが即座に返ってくる。声がした方を振り向けば、教室の入り口にメガネをかけた少女が立っていた。

 

「あなたは事実上すでにグリモワール魔法学園の一員。そしてこれがあなたのデバイス」

 

 メガネの少女が薄い長方形の端末を差し出す。

 持った感じはなんの変哲もない機械だな。これでクエストの受注はまだしも衣装チェンジまでできるとかどうなってんだ。

 まあ魔法だからと言ってしまえばそれまでなんだけど。

 

「クエストの受注は済ませておいた。それが終わったら私のところに来て」

 

「あんたのところって?」

 

「私は研究室にいる」

 

 それじゃ、とだけ言い残してメガネ少女は立ち去っていく。

 無愛想というか、必要最低限のことしか喋らない奴みたいだな。白衣を羽織った背中を見送るのもそこそこにデバイスへと視線を落とす。

 これこそが魔法使いの要と言える代物。それを見て思うことは1つ。

 

 魔法使いなのに杖じゃねぇんだなぁ。

 

 

 




プロローグで出た人達についてちょっと解説。


退魔を生業とする家系に産まれ~~
【両儀式】『空の境界』
直死の魔眼の持ち主。根源接続者。
ある状態になるとちょっとシャレにならないくらい強い。


正義の味方を目指して~~
【英霊エミヤ】『Fate/stay night』
たぶん説明要らないくらいの人気と知名度を誇るサーヴァント。
無限の剣製という中二心をくすぐる必殺技を持つ。


不屈の心を宿し~~
【高町なのは】『魔法少女リリカルなのは』
『管理局の白い悪魔』の異名を誇る武闘派魔法少女。
どんな困難にも決して屈しない強靭な心と絶大なる魔力を持っていかなる敵も討ち滅ぼす。


500年以上の歳月を生き~~
【レミリア・スカーレット】『東方』シリーズ
見た目は幼い少女だが500歳を超える本物の吸血鬼。
大妖怪やら億年単位で生きている月人がいるなど魑魅魍魎が跋扈する幻想郷においてパワーバランスの一角を担う。


終わりなき悪夢に囚われてもなお~~
【狩人】『Bloodborne』
常人なら目にしただけで発狂して死に至るような獣を始めとした怪物達を、視界に入れるなり全てなぶり殺しにする強者。
次元を超越した『上位者』と呼ばれる者の領域に足を踏み入れる。


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2話 初クエスト

 

 

「桐原さんはどこから来たんですか?」

 

「神奈川。この間鎌倉に霧の魔物が出たのは知ってる?」

 

「はい」

 

「それがきっかけで覚醒してさ。あれよあれよという間に転校することになった」

 

 クエストへと向かう道中。改めての自己紹介がてら南と会話しながら進む。

 学園から近い場所で出現が観測されたので山道をえっちらおっちら歩いている最中だ。早く魔物出てきてくんねーかな。

 

「でもすごいですね!あの事件からまだ2週間もしてないのにもうクエストに参加できるくらい魔法が使えるなんて!」

 

 南の目がキラキラと輝く。魔法少女然としたコスチュームと相まって中々直視しづらい。

 ちなみに俺のコスチュームは学ランだった。学園指定のブレザー制服から学ランに着替えただけである。

 まあこれでもミストファイバー製だから防御力はかなりのものらしいが、この格好で俺のテンションが上がるかと言われれば甚だ疑問である。まあコズミックシューターみたいな全身ぴっちりタイツよりはましだからいいけど。

 

「魔法……魔法なぁ」

 

「どうかしたんですか?」

 

「ちょっと思うところがあるんだ」

 

 それはこの世界で一般的に魔法と言われている力を俺が本当に使えるのか、という疑問。

 俺には史上類を見ないほど莫大な魔力が宿っているらしいので魔法自体が使えないってことはないだろうが、この世界の魔法と走馬灯で見た世界の魔法は恐らく別物だ。そもそも直死の魔眼はたぶん魔法じゃないしな。

 だから俺が魔法を使った時、発現するのがこの世界で言われる魔法なのか走馬灯の世界で見た魔法なのかは分からない。

 

 まあこれも直感みたいなもんなのでそう考えるはっきりとした理由があるわけじゃないが。とりあえずこのクエストの中で少しくらい検証する暇はあるだろう。

 危なくなりそうなら直死の魔眼で細切れにしてやりゃいいし。

 

「突然だけど南はどうやって魔法使ってる?」

 

「え?そうですねぇ、命令式に魔力を流し込んで、あとはドンッ!て放つ感じです」

 

 流し込んでドンッ!ね。感覚的過ぎていまいちよく分からんな。

 まあ感覚で力を使ってる俺も人のことは言えないが。

 理論的にはデバイスに登録されてる命令式で自分の魔力――魔素を魔法へと変換すればいいんだから間違ったことは言ってないしな。ただ魔素を変換する感覚ってのがさっぱりだ。

 

「き、桐原さん、魔物が出ました!ミノタウロスです!」

 

 考え込んでいると南が少し興奮したような口調で俺を呼ぶ。

 顔を上げれば南が指さした先に、でっかい鼻輪をつけた全身の質感がツルツルしてる魔物が立っていた。大きさは2メートルあるかどうか。腕……ミノタウロスだから前足か?とりあえず極太のそれが特徴的だ。しかしそんなことより体型的に馬要素のないあいつをミノタウロス呼ばわりするのはどうかと思う。

 それらしいのは鼻輪と角くらいのもんで、むしろ姿勢的にはオラウータンを彷彿とさせるが。

 

「ここはわたしに任せて!たあっ!」

 

 可愛らしい掛け声とともに南が両手を突き出して魔法を放つ。腕の先から火球のようなものが放たれ、ミノタウロスに直撃。すると魔物は苦しげな声を上げた。

 

「おお、効いてる効いてる」

 

「えへへ」

 

 俺の声援を受けて南がはにかむ。

 我ながら緊張感ねぇな。

 

「これで止めです。行きますよー!」

 

 さっきよりも少々長い溜め時間。その分魔力を込めたのか、2回りほど大きい火球がミノタウロスに向けて放たれる。大きくなった分火力が上がったのか、直撃したミノタウロスは塵も残さず消し飛んだ。

 なるほど、魔法ってのは結構な力なんだな。充分兵器としての役割を果たせる威力がある。これがIMFやヒーロー、果ては始祖十家ともなればその脅威は推して知るべしってか。

 コズミックシューターとか地球破壊できるらしいからな。分身できるようになればあいつ一人で事足りるのに。

 

「お見事」

 

「そ、それほどでも……私なんかまだまだで、怜ちゃんの方がもっとすごいですよ!」

 

 恐縮ですとばかりに謙遜する南。

 そして怜ちゃんとは誰のことなんだ。友達か何かだろうか。

 まあそれはさて置き。

 

「しかし魔物ってのは1匹ずつ現れてはくれないんだな」

 

「え?……あっ!」

 

 爆発四散したミノタウロスの後方からさらに2体のミノタウロスが現れた。

 こいつら倒したら次は4匹出るとかいう倍々ゲームになったりしないよな?

 

「桐原さん、下がって!」

 

「いや、ここは俺にやらせてくれ。南に任せっきりじゃついてきた意味ないし」

 

「で、でも……」

 

「危なくなったら助けてくれればいいよ」

 

 不安そうな南にそう言葉をかけてミノタウロスの方に歩み寄る。無防備に距離を詰める俺を警戒する素振りも見せず、2匹揃って吶喊してきた。

 さっきの南を見習って腕を突き出して力む。しかし魔法は発動しない。

 

「……まあ何でもかんでもそう上手くはいかないか」

 

 自然とため息が出る。

 仕方ない、切り替えるか。これでもダメなら直死の魔眼を使おう。

 そう思いながら命令式に魔力を流すのを止め、デバイスを介さず体から直接魔力を放出する。

“あの少女”はこれをけん制程度に使っていたが、南の魔法でもダメージが通る強度ならこれでも充分ダメージソースにはなるだろう。

 

「『アクセルシューター』」

 

 その名を口にした瞬間、空中に数十に及ぶ桜色の光弾が出現しミノタウロスに襲いかかる。

 アクセルシューターは誘導制御系射撃魔法で、本来ならそれぞれの光弾を個別に操作しながら攻撃したり防空に充てたりするのが主な使い方だ。しかし知能のかけらもないらしいミノタウロスは直進してくる上に遠距離の攻撃も持っていないようなので直線的に撃ち込むだけで事足りる。

 片方に50発ずつ、計100発のアクセルシューターをお見舞いする。それらを放ち終わった時、ミノタウロスの姿はすでになかった。砲撃の雨の中に沈んだらしい。

 

 結果は上々。どうやら俺は最低でも走馬灯で見た世界の魔法は使えるし、この魔法も霧の魔物には有効らしいな。

 これが効かなきゃ延々直死の魔眼で倒さなきゃならないところだった。魔法を使わず近接戦闘で戦うってそれもう魔法使いじゃねーけど。

 

「なあ南、クエストってこれでおしま――」

 

「す、すごいです!」

 

 振り返ったら南がすごい勢いで距離を詰めてきた。らんらんと光る双眸に上気した頬。分かりやすく興奮状態だ。

 

「あんな数の魔法を一気に、しかもすごい速さで撃てるなんて!弾幕を張れるだけでも頼もしいのに威力も強いですし、桐原さんがいたら百人力です!」

 

「お、おお……ありがとう……」

 

 そこまで強力な魔法を使ったわけじゃないのにここまで喜ばれるのは予想外だ。

 まあでもアクセルシューター自体、稀代の魔導師が使ってたものだからな。数十の光弾をマルチタスクで個別に操作してそれぞれに役割を与えるとか普通に考えてみれば狂人の発想と言える。

 俺も記憶に残るあの少女ほど自由に操れないしな。修練が必要だろう。幸いにもそれを行う時間はある。

 

 その後、ミノタウロスが倍々ゲーム感覚で増殖することもなく無事にクエストを終え、興奮する南をなんとか落ち着かせながら俺は帰路についた。

 

 

 



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3話 直死の魔眼

 

 

 学園にクエスト完了の報告を終えた俺は、そのまま南に案内してもらって研究室へと向かった。

 何用かは分からないがメガネ少女に呼ばれてるからな。

 道すがら学園についての説明を受けながら研究室へと到着する。厚さ数十センチはある重厚な扉がプシューと音を立てながら開く。これ本当に学校の設備なのか。

 

「明日から転校予定の桐原だ。呼ばれた通りに来たぞ」

 

「待っていたわ」

 

 中にはメガネ少女が待ち構えていた。他にもなんか全体的に色素が薄い感じの少女や金髪で指ぬきグローブをはめた少女、黒髪ポニーテールでいかにも清楚系な少女がいた。

 しかし外観から想像できたとは言え内部は完全にSF映画の世界だな。コンピューターやら巨大な装置が並んでいる。

 

「おお、早かったな。初クエストに出かけたと聞いていたからもっと時間がかかると思っていたが」

 

「まあ南がサポートしてくれたんで。それであんたらは?」

 

「おっと失礼した。アタシはこの学園の生徒会長、武田(たけだ)虎千代(とらちよ)だ。歓迎しよう、桐原」

 

「生徒会副会長を務めております水瀬(みなせ)薫子(かおるこ)ですわ。以後お見知りおきを」

 

宍戸(ししど)結希(ゆき)。彼女は立華(たちばな)卯衣(うい)

 

 宍戸に促されて立華がぺこりと頭を下げる。

 金髪なのが武田、清楚なのが水瀬、メガネが宍戸で色素薄い系が立華、と。

 しかし南も含めてまあ美少女揃いだことで。兎ノ助が男女比2:8を押してただけはあるな。

 

「ご丁寧にどうも。俺は桐原修二だ」

 

「み、南智花です!」

 

 いや、南は必要なくない?案の定全員南のことは知っていた。

 まあそれはどうでもいいとして。

 

「それで俺が呼ばれた理由は何なんだ?」

 

「まずはこれ」

 

 宍戸がよく分からん装置に1枚のフィルム敷く。

 

「なにこれ?」

 

「キルリアン法という、体内にどれだけの魔力が充実しているかを計測する装置。アナログだし少し正確性には欠けるけど結果はすぐに分かるし大体を把握するには適している」

 

「ふーん」

 

「事前の報告で貴方の魔力量は桁外れだと聞いている。どの程度か調べたいからこのフィルムの上に手を乗せて」

 

 宍戸に言われた通りフィルムに手を置く。撮影はすぐに終わった。

 そして手を離すとフィルムには真っ白な俺の手のひらが写っていた。

 

「白いな」

 

「白いね」

 

「ああ、白い」

 

「白いですね」

 

 俺、南、武田、水瀬がフィルムを覗き込みながら分かり切った感想をこぼした。

 この流れで南に下着の色を聞いたらぽろっと言っちゃったりしないだろうか。成否にかかわらずチャレンジした時点で俺は社会的に死ぬけども。

 女の園でそんな命知らずなことやる度胸はない。

 

「で、これはどうなんだ?」

 

「……測定不能よ」

 

「なんだと?」

 

「この白く写っているのは粒状の【魔素】と呼ばれる魔力の源。本来はその濃さや分布具合で魔力量を測定するのだけれど……」

 

 宍戸が言い淀む。

 まあその理由は一目瞭然だ。

 

「濃さも分布もありゃしねぇな」

 

「ええ、影も薄いところもないほど隙間なくあなたの体内は密集した魔素で塗り潰されている」

 

「とはいえ全く指標が出せないわけではないんだろう?おおよそでいいから分からないか?」

 

「魔素は質量を持たない。だから理論上は1センチ四方内に無限に存在できる。一定以上の魔力量になると、この方法でも魔力量の測定は不可能ね……ただ」

 

 宍戸の無感情な瞳が俺を射抜く。

 

「この結果から言えることは1つ。あなたの魔力は並みの魔法使い1000人分。それが下限で、上限は計り知れないわ」

 

「最低でも、並みの魔法使い1000人分……こんなこと言いたくはないけれど、よく科研が見逃したものね」

 

 水瀬がポツリとそんな言葉を漏らす。

 

「科研?」

 

「魔導科学研究所のことよ。基本的に魔導科学発展のためなら人権は無視する人達が揃っているわ」

 

 マジで?そんなやべぇ施設があるのかよ。

 そんなとこに放り込まれてたら俺は実験体にされてるな。最悪解剖されてそう。

 

「確かに科研もあなたを確保しようとしていた。だから手を回してなんとかこちらに引き入れた」

 

「……つまり宍戸は俺の命の恩人か」

 

「そこまで恩着せがましく言うつもりはない。私にも打算はある」

 

 宍戸はそう言いながら白衣の懐から数枚の写真を取り出して机の上に置いた。

 その写真には見覚えのある魔物が写っていた。俺が魔法使いとして覚醒した日、直死の魔眼で解体した魔物の死体が。

 だから何なんだ?

 写真の意味するところが分からずに頭を傾げる俺と南。だが武田と水瀬はその写真を見て色めき立つ。

 

「これは……!」

 

「……どういうこと?」

 

「……なあ、この写真がどうかしたのか?」

 

「え?う、うーん……」

 

 小声で南に尋ねてみたが答えは返ってこなかった。

 ただ武田と水瀬の表情が怖いくらいに強張っているところを見るとただ事じゃないんだろうな。

 

「南さん、霧の魔物は倒されたら通常はどうなるかしら?」

 

「それはまた霧に戻って……あれ?」

 

「そう、霧の魔物は倒しても霧に戻ってまた現れる。だから魔物の死体は残らない(・・・・・・・・・・)

 

 ああ、そういえばそんなこと聞いた覚えがあるな。それが公になった時は全世界で軽いパニックや暴動が起きたとか何とか。

 いくら倒してもまた現れる。でも倒さなけりゃ殺される。ゴールの見えないマラソンをやってるようなもんだ。恐慌の1つや2つ起きて当然だろう。

 

「けれどこの魔物は霧にならず死体として残った。そしてそれを成したのは桐原修二、あなただと私は確信している」

 

 宍戸の目が、順を追って全員の目が俺に突き刺さる。

 まだ隠しておこうかと思ったけど、ここでしらばっくれたら不信感を買うだけだよなぁ。

 走馬灯の記憶は別にしても、直死の魔眼については白状するしかないなこれは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その報告を聞いた時は最初何を言われているのか分からなかった。そして報告の内容を理解して映像を見た時は自分の目を疑った。

 そこに映し出されていたのは霧の魔物の死体。あり得ないはずの物が世界に落ちていた。

 それに衝撃を受け、魔物の死体をサンプリングし、骨の髄まで研究し尽くしたいと思った研究者はきっと私を含めてかなりの数に上る。当然科研も行動を起こしていた。

 

 でも私がより興味を引かれたのは魔物の死体を生み出した張本人。調べればその日、その場所で魔法使いに覚醒した少年がいた。確保するべきは魔物の死体よりもその少年。

 そう判断した私は他の研究者達が魔物の死体に注意を引かれている内に桐原修二という少年をグリモワール魔法学園へ引き込むことに成功した。その対価として失った実験データや研究の成果、魔導科学技術の価値は数億に上る。

 けれどそんなことはどうでもいい。本当の意味で魔物を殺す手段を手に入れられるならばはした金にもなりはしない。

 

 私は彼の目を見ながら、柄でもないことに祈るような気持ちで尋ねた。

 

「けれどこの魔物は霧にならず死体として残った。そしてそれを成したのは桐原修二、あなただと私は確信している」

 

 そう、確信だ。最近、ようやく当時のまともな証言が収集され始めた。その中にあった。

 高校生くらいの少年が霧の魔物を倒していたという目撃証言が。

 一般人にそんな芸当は到底できない。可能にするならば魔法使いか、それに準ずる何かでなければ。

 私が……世界が知り得ない何か。彼がそれを知っている。そして桐原修二がその口を開く。

 

「あー……確かにそれについては思い当たる節がある」

 

「本当か!?どうやるんだ!?」

 

 武田虎千代が彼の両肩を掴んでガクガクと揺さぶる。あまりに激しい。

 

「落ち着いて。脳にダメージを与えるかもしれない。その心当たりを聞く前に死なれては困るわ」

 

「む、す、すまない……」

 

「まるで心当たりさえ聞ければ俺が死んでもいいかのような言い方は止めてくれ……」

 

 彼は俯きながら大きなため息を吐く。そして顔を上げると私にこう尋ねた。

 

「なあ、ここに壊れてもいい物ってあるか?できれば硬くて到底壊れそうにないものが良いんだけど」

 

 真意が読めない発言。けれどこの研究室の片隅には廃棄処分予定の失敗作がいくつか転がっている。

 その中から最も強度の高いものを見繕う。

 差し出したのはミストファイバー技術を転用した金属。かなりの硬度だがそのせいで加工がほぼ不可能になってしまっている。

 

「これでいいかしら?」

 

「ああ、充分だ。さて、ここで質問だが魔法を使わず、ナイフ1本でこれを解体するにはどうしたらいいと思う?」

 

 この場の全員に投げかけるように彼はそう尋ねた。魔法を使っても達成は難しそうな条件。

 ナイフの解釈をどうとるかにもよるけど、彼が言いたいのはたぶんそういうことじゃない。本当にただのナイフでこの素材を解体する方法を尋ねている。

 ……けれどそんなものは存在しない。それこそ魔法による肉体強化なしで霧の魔物に負けないほどの怪力を発揮できるような人間であったとしても。

 だから私はこう答えを出す。

 

「それは不可能。少なくとも私の知り得る知識ではできないわ」

 

 その答えに全員が納得するように頷く。

 それを受けても彼は泰然としている。彼にはあるのだ。不可能を可能にする、魔法ではない未知の手段が。

 

「まあそうだよな。だが――」

 

 彼の右腕が高く振り上げられる。その右手には銀色に輝くナイフ。

 いつの間に?制服に仕込んでいた?

 そんな疑問が駆け巡る私を尻目に、彼はナイフを振り下ろした。

 

 キン、という甲高い音。その余韻が引いて研究室には沈黙が降りる。

 それを破ったのは桐原修二。

 

「残念、不正解だ」

 

 机の上に置かれた金属の塊が徐々にその形を変える。そしてゴロンと音を立てて左右に広がるように転がった。

 魔法を使った形跡はない。それでいて断面は明らかにナイフの刀身よりも長い。振り下ろしたナイフの速度も速いけれどなんとか目で追えるほどだった。

 それらの要素から鑑みてもただのナイフでこれを両断できるわけがない。

 

「……あなたは何をしたの?」

 

「正直俺にもまだ分からないことが多い。けど覚醒と同時に俺の目にはおかしな能力が宿ったみたいでさ」

 

 目におかしな能力?それは風槍ミナのような……?

 

「ろくに検証もできてないが、俺の考えが正しければ死線が見えるってところだ」

 

「死線?」

 

「ああ、それは人にも、物にも、空間にも、そして霧の魔物にも存在する。俺の目にはその死線がしっかりと見えてるんだ。そしてそれをなぞってやれば……」

 

 今度はひどくゆっくりと、言葉の通りただなぞるようにナイフを走らせる。

 それだけでかなりの硬度を誇るはずの金属がまるで豆腐のように切り裂かれた。

 その現実離れした光景に誰もが言葉を失う。

 

「ご覧の通りなんだって切れる。なんだって壊せる。――なんだって殺せる。たとえそれが霧の魔物であっても」

 

 幕引きとばかりに桐原修二はナイフを突き立てた。

 あり得ないことにそれで金属は粉々に砕け散る。頭を埋め尽くすのは『理解不能』の4文字。

 けれどそれは私にとって興味であり、何よりも希望だった。

 桐原修二が「名づけるとするなら」と笑う。そして彼は自身の力をこう呼称した。

 

 

 

 ――直死の魔眼……と。

 

 

 



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4話 嵐の前の

 

 

「……なんて大見得を切ってみたけど、さっきも言った通りまだ分からないことが多くてな。有言実行できるかは定かじゃない」

 

「でもあなたが殺したことで魔物が実体化したまま死んだのは事実」

 

「まあそこはほぼ確定だろうな。あの時は直死の魔眼しか使わなかったし」

 

 クエストでアクセルシューターを使った時は死体なんて残らず霧散していったからな。あれが霧の状態に戻るってことなんだろう。

 先々のことを考えると直死の魔眼で殺しておいた方がよかったな。

 

「焦点は大型の魔物……タイコンデロガ級やムサシ級にも通用するかどうか」

 

「ムサシ級ってあれだろ?江戸城くらいデカかったって奴。さすがにそこまでになると無理かもな」

 

「仮にそうだとしても落胆することはない。今まで不可能だった真の意味での魔物討伐に光明が差したんだ。それだけでも人類にとっては大きな一歩だ!」

 

 武田がそう熱弁を振るう。やっぱり長年霧の魔物と戦ってきた人間からすればたとえ雑魚狩りだったとしてもあいつらを殺せるって事実は励みになるんだろう。

 延々と走り続けてきたマラソンにゴールが見えれば希望も湧くか。

 

「ただその力はあまり公にできそうにないですわね」

 

「ええ、少なくとも今はまだ。もし直死の魔眼で本当に霧の魔物を完全に殺せるのだとしたらあなたは世界中の組織から狙われる身になる。膨大な魔力を持っているだけでも希少な存在なのに、そんな力まで持っているとなればその価値は計り知れない」

 

「科研、国連軍、IMF……引き抜きに手段は選ばないだろうな。ノーマルマンズといった反魔法団体からは命を狙われかねない」

 

「それだけじゃない。魔物を殺すなんて始祖十家(しそじゅっけ)でもできないこと。彼らの中から十家の権威を守るため強硬策に乗り出す者が出るかもしれない」

 

「こんな状況でも、か……」

 

「人類にとって共通の敵が出現したとしても全ての人間が手を取り合うなんてことは起こり得ない」

 

「……悲しいことですわ」

 

 研究室の空気がどんよりと重くなる。

 そんな中で話の内容についてこれずオロオロしてる南は癒しになるな。

 

「ええっと、話が難しくって何がなんだか……」

 

「簡単に言うと俺の力は秘密ってことだ」

 

 バレると俺が誘拐されるか暗殺される危険性が高まるらしいからな。

 

「わ、分かりました!」

 

 ほんとに?いやまあ南って嘘つくのとか隠し事するの下手そうだしあんまり詳しく理解できないまま肝心なところだけ承知しておいてもらった方が得策かもしれない。

 

「それで、できるならあなたの力を検証したいのだけど」

 

「その申し出は俺にとっても願ったり叶ったりだな。できることとできないことを早めに見極めておきたい」

 

「アタシも興味がある。時間の都合が合えば同行させてくれ」

 

「俺は構わないけど」

 

「なら準備を整える間に検証に参加してもいたいメンバーを決めておくわ。あまり大人数にはしないから」

 

 そんなわけで後日、俺の能力検証が開催されることが決定して、ひとまずその場は解散となった。

 これでようやく学園をしっかり案内してもらえる。

 

 明日から転入する教室の場所や図書館、プール、訓練場に対抗戦というものを行うコロシアム等々の施設。普通の学校にはないものが多くて新鮮だった。

 一通り見て回ってから休憩を兼ねて食堂までやって来る。そこで一休みしている時のことだった。

 

「あ、転校生発見!」

 

 そんな声が耳に届いた。そして声の方を向くまでもなく一人の少女が俺の前に姿を現した。身長は150センチもないような小さな体躯に、口元から覗く八重歯、そして首から下げている年代物っぽいカメラが特徴的。

 

「夏海ちゃん」

 

「やっほー智花。この転校生の案内中でしょ?少し取材させてちょうだい」

 

「そ、それは桐原君に聞いてもらわないと……」

 

「休憩中だしちょっとくらいいいけど、取材ってなんのだ?」

 

「あたし報道部なのよ。だから話題の転校性の独占インタビューをいただきに来たの」

 

「話題の?」

 

「とある情報筋から聞くところによるとものすごい魔力を持ってるって聞いたわよ。本当なの?」

 

「ああ、まあ。その辺は俺より宍戸に聞いた方が信憑性あると思うけどな」

 

 とりあえず最低でも並みの魔法使い1000人分の魔力は持ってるらしいが。

 でもこれを自分から言うのって自慢してるみたいで恥ずかしくない?なんてことを思ったり。

 

「あとでそっちにも聞き込みに行かなきゃいけないわね。ちなみに魔法使いに覚醒したきっかけは?」

 

「それはこの間鎌倉で起きた――」

 

 取材の最中に知ったが岸田は南と同じ時期に学園に転入して以来の親友らしい。

 そんな岸田は報道部の肩書きに相応しく俺について根掘り葉掘り聞き出そうと質問を重ねてきた。

 答えられるものは答えたけど、好みの女の子のタイプとか聞く必要あるか?

 結局岸田の取材が終わるまで30分近くかかった。岸田は満足そうな顔で帰ってったけど、果たしてどんな記事になるのか。

 少々の興味と不安を抱きつつ跳ねるように行く小さな背を見送った。

 

「じゃあ私達もそろそろ行きましょうか!」

 

 南が元気よく立ち上がる。

 小休止にしては大幅に時間を食ってしまったが、しかし残すところは学生寮のみだ。

 食堂を出て夏の日差しを浴びながら広い敷地内を歩く。

 

「暑いね~」

 

「まあ夏だからな」

 

 今は8月、夏真っ盛りだ。一応世間の学生は夏休みだが、この学園は関係ないらしい。

 学園と銘打ってはいるが純粋な学校法人じゃない。国防のための人員を育成する軍事学校としての側面もある。

 日本の場合は魔法学園の中で唯一の私立学校ってのも関係してるとかなんとか。

 その辺の事情はよく分からないが、知らなくてもまあ問題はないだろう。要するに普通の学校とは色々違うってことだ。

 

 汗をかきながら南と他愛もない会話をしながら歩くほど数分。視界の先にこれまでとは違った雰囲気の建物が見えてくる。

 その入り口まで到着すると前を歩いていた南がこっちを振り返って両手を広げる。

 

「じゃーん!ここが私達のお家、学生寮です!」

 

 校舎なんかはレンガ造りで中世っぽい建物だったが、こっちは近代的な外観だな。

 しかし思ったよりも小さい。

 

 まあ生徒数を考えるとこの辺が妥当なのかね。魔法学園は魔法使いとして覚醒した奴しか入れないし、その数は決して多いわけじゃない。

 

「残念だけど私が案内できるのはここまでかな」

 

「いや、充分だったよ」

 

 寮内は玄関とホール以外、男女は完全別になっている。共有スペースの奥、右手側が女子棟、左手側が男子棟だという。

 当たり前だけど男女の建物は別か。間違いを起こすのは難しい……もとい、起きたら大変だからな。

 

「えっと、それじゃあ……」

 

「ああ、今日はありがとな。助かったよ」

 

「こちらこそ。明日からよろしくお願いしますね!」

 

 明日からクラスメイトになる南は屈託のない笑顔を浮かべてそう言った。

 それを見て忘れそうになるが、ここは魔法学園。人類の脅威、霧の魔物と戦う魔法使いを養成する、国防の要と言える施設である。

 

 ……本当にそうだよな?南を見てるとついつい穏やかな気持ちになって、命の危険がある状況だっつーのが頭から抜けそうになる。

 数時間前にクエストで霧の魔物と戦ったばかりにもかかわらず、俺はそんなことを考えていた。

 その思考に、違和感を覚えることもなく――。

 

 

 



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5話 夢と現実

 

 

 夢を見ている。

 そう自覚するのを明晰夢(めいせきむ)というらしいが、俺が見ているこれはまた別物だ。なんでそう言い切れるのかって?俺が体験しているこの夢は、そんな生易しいものじゃねーからだ。

 

 眼下に広がるのは無秩序に建設・増築されたような高層ビル群。それらはすでに廃墟と化した巨大なスラム街に成り果てている。

 これだけでも相当不気味な光景ではあるが、空には暗雲が立ち込め、まるで威嚇するように雷がゴロゴロと鳴り響く。思わずため息が出た。ついでに泣きたい。

 

「今日はここか……」

 

 この場所の名前を俺は知らない。分かるのはたぶん俺が生きてる世界にある場所じゃない、ってことくらいだ。

 一際大きな雷鳴が響き、目も眩むような雷がビル群の一角に落ちる。一瞬、白に染まる世界。その中に一つだけの黒、人影が見えた。

 位置的にはさっきの落雷が直撃しているはずなのに、その人影は倒れず、むしろ体からバチバチと雷を放電しながら俺の方に向かってゆっくりと迫って来る。その威圧感たるや霧の魔物に殺されかけた恐怖なんて鼻で笑えるレベル。要するに今すぐ逃げ出したい。

 

 が、そんなことしてもムダだ。この夢なのか何なのかよく分からない世界には逃げる場所なんぞない。

 俺にできること。それは目の前の相手と戦うことだけだ。

 

 身長は俺とほぼ同じ。やや逆立った金髪と二十歳前後っぽい見た目からして今時の若者らしい青年だが、その瞳は冷たく、何となくだが俺じゃ想像もできないようなヤバい世界で生きてるんだろうってことは感じられる。

 そんな相手と戦うんだ。夢だから死にはしないけど怖いもんは怖い。

 

「……俺は雷帝。この無限城ロウアータウンの支配者」

 

「……かっこいい名前っすね」

 

 少なくとも『人類の希望』よりはセンスあるあだ名だと思う。つーかあんた喋るのね。

 雷帝さんいわく無限城という場所みたいだが、夢でここを訪れるのは3回目だ。過去2回、俺はこの雷帝さんと戦ってボロクソにやられている。夢じゃなきゃ当然死んでるがな。

 これまでは無言で殴ったり蹴ったり雷撃してきたりだったが、今回初めて言葉を発したな。もしかして和解フラグが立ったんじゃ……?そんな一縷の希望を抱いて会話を試みる。

 

「あ、それでですね、今日は――」

 

 次の瞬間、俺は消し炭になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……容赦ねぇな、雷帝」

 

 起き抜けにそんな言葉が漏れる。下手に出る暇すらなく瞬殺されたぜ。

 消し炭になっては復活してボコられ、ボコられては復活して串刺しになり、串刺しになっては復活して消し炭になり、ボコられて串刺しにされてから消し炭になること幾星霜(いくせいそう)、ようやく俺は無限城から帰還した。

 あーあ、寝汗びっしょりで気持ちわりぃ。

 魔法使いに覚醒してからというもの、俺の目覚めは大抵こんな感じだ。眠りにつけば週5のペースで夢の世界で誰かと戦っている。

 

 そしてその誰かっていうのは俺が走馬灯で見た記憶にある人達だ。そこに何の因果関係があるのかはいまいち不明だが無関係ってことはないだろう。

 それにアクセルシューターをいきなり実戦で使えたりしたのはあの夢の世界での経験が大きい。どういう仕組みなのか、あの世界で戦っては死んで、強制復活をくり返している内に俺の体に変化が表れ始めた。

 

 標準的だった体格は徐々に筋肉質になり、魔法使いに覚醒して強靭になった肉体はさらに磨きがかかり、動体視力や反射神経はそれこそ銃弾でも見切れそうなほどにまでなっている。そして魔法を扱う技術やその威力まで向上しているのだ。

 彼らと戦って死ぬ度に現実の俺の戦闘能力、ひいては生存能力は高まっていく。非常にスパルタな教師陣だがその効果は覿面(てきめん)でありかなりありがたい。

 そろそろ俺も雷とか撃てるようになるんじゃねーか?そんな期待に胸を膨らませつつ、俺は制服に袖を通した。

 

 晴れて正式に学園生になって早1週間。ようやく新生活も落ち着き始めた。

 俺が編入したのはリリィクラスってところで、名前の通り百合百合した連中の巣窟かと思ったがそういうわけじゃないらしい。

 しかし代わりにと言ってはなんだが、かなり特殊なクラスだった。

 

 そもそもこの学園におけるリリィ、ローズ、サンフラワーというクラス分けは学級というより縦割りとしての意味が強いらしい。いわゆる授業を受けるためのクラス割りってのはあって無いようなもんだ。

 なんでかっつーとこの学園に入学してくる連中は年齢がバラバラだからだ。最低6年の在籍期間と18歳以上という2つの条件を満たさないと学園は卒業できないわけだが、入学に関しては年齢の縛りは一切ないと言っていい。

 そのために学園は系列に乳幼児の教育施設まで完備している。まだ言葉も話せない子どもを親元から引き離すのは様々な問題があるという話題は定期的に世間を賑わせたりするが、逆に反魔法使い思想の親を持つ子が覚醒したばかりに虐待されたり殺されたりという事件もあってそういった子達を保護できるというメリットもある。

 まあその辺は人の考え方によりけりなんだろう。

 

 話が逸れたが、じゃあついこの間編入したばかりの俺(17歳)が、在学7年の海老名(17歳)と同じ授業を受けられるか?ってことだ。ここで学ぶのは普通の高校じゃ1ミリも習わない内容だから一般的な転校とはまるで意味が違う。

 そういった年齢と在籍年数の違いからクラス分けなんてしようもんならかなり細分化される。なので学園ではカリキュラムをいっそ個人ごとに決定することにしたんだとか。大学みたいなもんだな。

 一方で魔法学園には集団訓練なんかもあるしある程度まとまった区分けも必要である。それがリリィやローズといった縦割り学級の形になった、とは兎ノ助の言。

 

 そんなわけで俺は同時期に入学・編入してきた奴らと初歩の初歩から勉強中だ。

 ちなみにそいつらも結構濃いメンツだったりする。まず海外勢が多い。アメディック、ウィリアムズ、ブルームフィールド、()(ちゅえ)と5人もいる。おまけにアメディックとウィリアムズは数ヵ月前まで国連軍に所属していた軍人だと聞いた。

 しかもこいつら揃いも揃って日本語マジ上手い。頭の出来の差を痛感するぜ。

 

「あー、頭がパンクしそう……」

 

 場所は昼時の食堂。席を確保した俺は料理に箸を伸ばすよりも先にイスの背もたれに寄りかかって高い天井を仰いだ。授業の内容が特殊すぎる上に専門用語ばっかりで言ってること理解するのに時間がかかりすぎる。事前知識ゼロってのがキツイわ。

 

「やっぱり最初は大変だよね」

 

「あたしにもあったなー、そんな時期」

 

「授業について行けないなら勉強をみてやろうか?」

 

 同席している南、岸田、神凪(かんなぎ)がそれぞれ言葉をかけてくる。南繋がりで友達になった3人だ。いつぞや南が言っていた怜ちゃんってのはこの神凪のことだ。

 先週全員とクエストに行ったりしたこともあってそこそこ親しくなった。

 

「ありがとよ。無理そうになったら頼むわ……」

 

 はあ、体動かしてストレス発散したい。夢の世界での成果も確かめたいし訓練場で……ああ、でも守谷に遭遇すると勝負勝負うるさいから面倒だな。精鋭部隊(あいつら)、いつも訓練してるし。

 となるとやっぱクエストか。魔物ぶっ殺したい(八つ当たり)。

 なんてこと考えながら注文したラーメンをずるずるとすする。至るところに金をかけてるだけあって味はかなり美味い。これを6年間味わえるのはありがたいな。

 

「すいません、ちょいといーですか?」

 

 半分ほど食べ進めたところでそんな声がかけられた。声がした方を振り向けば岸田とそう変わらない背丈の少女が立っていた。

 

「食事中に失礼。アンタさんが噂の転校生ですね?」

 

「ああ、そうだけど。あんたは?」

 

「ウチは水無月(みなづき)風子(ふうこ)。こんなナリしてますが風紀委員長なんてものをやってます。どーぞよろしく」

 

「げ……」

 

 岸田が露骨に嫌そうな声を出す。そういやお前報道部のゴシップ担当って言ってたもんな。

 そりゃ水無月とは折り合い悪いか。なのに風紀委員の神凪と親友なのは何でなんだ?

 

「委員長、どうかされたのですか?」

 

「転校生さんにご用がありまして。少しお付き合いいただけねーかと」

 

「風紀に反することをやった覚えはねぇんだけどな……」

 

「ああ、別にそーゆーことじゃねーですよ。ご安心くだせー」

 

 なんか独特な喋り方をするな。気だるげというか、無気力そうというか……。本当に風紀委員の長なの?

 そんな疑問を感じつつもわざわざ反抗する意味もないので残りのラーメンを1分で流し込んだ。どうでもいいがスープは飲み干さない派だ。

 

「悪いな、待ってもらって」

 

「いえいえ、むしろ急がせてしまったよーで」

 

 その喋り方もあってか、水無月はどこか掴みどころのない印象を受ける。つーか服装も緩い。へそチラしてるし、スカートも短いし。

 実は風紀乱してるのお前じゃね?

 

「……なんです?」

 

 俺の視線を感じ取ったのか水無月がそう尋ねてきた。

 

「水無月ってマジで風紀委員なの?なんつーか、それっぽくないような感じが」

 

「ああ、これは演技なんですよ。こうやってダラーッとしとけば油断するでしょう?『あ、やる気なさそう』みたいな。みんなすぐに騙されるんですよね」

 

 この無気力さが演技なら相当の女優だな。右腕に『風紀委員』の腕章をつけてるにもかかわらず、特に根拠もないのに見逃してくれそう感がすごいある。

 

「念のため、会った人には全員この話をするんですが……」

 

「ですが?」

 

「なぜかウチの態度を見続けていると、みんな油断するんです」

 

 分かるわー。その気持ち超分かるわー。

 

「……アンタさんはどーでしょね?ま、品行方正な生徒であればですね、仲良くお付き合いできると思うんで。これからよろしくお願いしますね」

 

「ああ、まあお手柔らかに頼むよ」

 

「おやおや、何か違反をする予定でも?そーいえば先ほどは両手に花の状況だったよーですし、これは厳戒態勢が必要ですかね」

 

「言葉の綾だよ。勘弁してくれ」

 

「ふふ、じょーだんです」

 

 語尾に「今のところは」とか聞こえてきそうな雰囲気だが。緩そうに見えてもやっぱり風紀委員なんだな。

 まあ反体制だとか若気の至りで反骨精神あふれてるわけでもないし、積極的に風紀委員と対立する気はない。穏便に行きたいところだ。

 で、それはそれとして。

 

「そういや俺に用ってなんなの?」

 

「ウチも詳しくは聞かされてねーんですが、アンタさんの力に関してお話があると宍戸結希から連絡が入りましてね。ついでにアンタさんを研究室まで連れてきてほしいと」

 

「あー……」

 

 俺の力――直死の魔眼の検証に関してか?宍戸がメンバーを選抜する的なこと言ってたな。水無月もその一員ってことか。

 つまりそれだけ有能ってわけだ。言動の緩さと内面のギャップがもはや詐欺レベル。

 

「その様子だと心当たりがあるよーですね」

 

「一応な」

 

 とりあえず溜まった鬱憤を霧の魔物にぶつける機会がありそうだ。やったぜ。

 まるで大学生がカラオケに行くかのような軽い心持で、水無月と共に宍戸の研究室へと向かうのだった。

 

 

 




「……俺は雷帝。~~」
【天野銀次】『GetBackers-奪還屋-』
多くの作品に登場する電気・雷属性のキャラの中でも最強格と思われる。創生の王。世界を作った神の子。善悪の判断なく世界の調律を行う守護者。
周囲の人間の血液を沸騰させる。無限のエネルギーさえ飲み込んで無に帰すレベルの攻撃を食らってもかすり傷。バビロン時間という特殊な時間軸に棲息しているのでそもそも攻撃も干渉もできないとかいうむちゃくちゃな存在。


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6話 転校生の実力

 

 

「それにしても錚々たるメンバーだね。これから何が見れるのか楽しみで仕方ないよ」

 

 声を弾ませながらそう言うのは遊佐(ゆさ)鳴子(なるこ)と名乗った報道部の部長、つまり岸田の部活の先輩だ。俺と水無月が招集された奴らの中では最後の到着だったようで、研究室には宍戸、武田、遊佐、そして小学生と思わしき銀髪の少女がいた。

 遊佐が錚々たるメンバーというくらいだからただの子どもじゃねーんだろうけど。

 しかし気になるのは俺の右隣。ついさっきまでゆる~い空気を醸し出していた水無月が、研究室に入ってからというもの妙にピリピリしてる……気がする。

 

「そういや立華と水瀬は?」

 

「卯衣は不参加よ」

 

「薫子も留守番だ。会長と副会長が不用意に学園から離れるのはよくないからな」

 

 生徒会とは一体……って、ここの生徒会は学園の自治を任されてるんだったっけ。生徒にそんな権限を与えてるってやべーよな。それだけ生徒会に選ばれる人間は能力的に優秀かつ人間性にも優れてるってことだろうけど。

 まあそれはさて置き。

 

「それでこれからどうすんだ?」

 

「ここにいるメンバーで魔物の討伐に向かう」

 

「クエストの発令ではなくあくまでも討伐……討伐強化期間の宣言でもするのかな?」

 

「そうでもしないと会長や東雲アイラを同時に出動させる理由がない」

 

「それでも大げさすぎると思うけれど」

 

「面倒なことじゃの……だがまあ新しい転校生の力が気になるのは確かじゃ」

 

 ……え、誰もあの銀髪少女の喋り方に突っ込まないの?

 たまらず小声で水無月に話しかける。

 

「なあ水無月、あの女の子は何者なんだ?」

 

「ああ、東雲(しののめ)さんですか」

 

「ふっふっふっ、妾のことが気になるのか?少年よ」

 

 聞こえていたのか東雲というらしい少女が会話に割り込んできた。

 見た目に反する大仰な話し方だが、なかなか堂に入っている。

 

「妾は東雲アイラ。300年以上の時を生きる悪の吸血鬼じゃ。この愛らしい容姿に騙されて近付いてくればちゅーちゅーと血を吸うてしまうぞ?」

 

 吸血鬼、ね。言われてみれば雰囲気がなんとなく“彼女”に似ているような気がしないでもない。あの吸血鬼も幼い見た目に反して尊大な態度だったけど、それに相応しい実力を有していたな。

 東雲もあんな感じなんだろうか。

 

「なるほど。『愛らしい』から『アイラ』、と……」

 

「おい待てい、妾の名前をそんな駄洒落チックに曲解するな!」

 

「そんなに恥ずかしがるなよしのの……アイラちゃん」

 

「今妾のことを子ども扱いしたな?絶対子ども扱いしただろう!?」

 

 ぷんすかと怒る様は見た目通りの幼さ。彼女をこんな風にからかったら次の瞬間にはズタズタに切り裂かれるだろうな。そういう意味じゃ東雲は優しいのかもしれない。

 ……殺されないから優しいって感覚が当たり前になってるのはちょいとヤバい気もするが。そして何より、どうして俺は意味もなく危ない橋を渡ってんだろう。

 

 しかしようやく面子が分かってきたな。

 魔導研究の権威である宍戸に、学園の生徒会長を務める武田、風紀委員長の水無月に報道部の部長、つまりは学園内に流れる情報をある程度コントロールできる遊佐。

 この中に入ってるくらいだから東雲が吸血鬼だっていうのもただの自称ってことはなさそうだ。

 

「よし、では行くか!」

 

 武田の号令をきっかけに6人で学園を出る。向かったのは初クエストで訪れた山道のさらに奥だった。

 一応本当に霧が濃くなっている場所らしく、普段より多めの魔物が出現する可能性があるらしい。霧が濃くなるという現象は不定期ながらあるようで、そうなると学園は討伐強化期間を宣言し、学園生総出で魔物討伐が行われるのだとか。

 不謹慎な言い方だが、今回は検証にちょうどいいタイミングで霧が濃くなってくれてよかったな。

 

「……それにしても」

 

 周囲を警戒しつつ魔物を捜索していると、不意に遊佐が言葉を漏らした。

 ついでにさっきから俺をずっと凝視してくるので結構居心地が悪かったりする。

 

「君の衣装はあまりにも普通だね」

 

「この学ランか?俺もそう思うが、勝手にこれになったしな」

 

「何か思い入れが?」

 

「全くない」

 

 前の高校もブレザーだったし。かといって中学時代の学ランに似ているわけでもない。

 他のみんなが結構派手な衣装だけに、コスプレ集団の中にいる一般人みたいな浮き方してるんだが。

 あとやっぱ水無月は露出多くね?ミニスカガーターはまだいいとして、脇から背中にかけてほぼ布なし。杖は持ってるから1番魔法少女らしいっちゃらしいけど。

 

「水無月君に熱い視線を飛ばしてどうしたんだい?」

 

「なんか水無月の様子がおかしいような気がしてな」

 

 まあ今日初めて会った相手なのであれが普通なのかもしれないが、研究室に入る前と後じゃ明らかに雰囲気が違う。感じるのは緩さじゃなく鋭さだ。

 

「それは僕のせいかもしれないね」

 

「遊佐の?」

 

「……ウチと遊佐鳴子は敵対関係ですからねー」

 

「……ああ、そういうこと」

 

 俺と遊佐の会話を聞いていたらしく、水無月がそんな言葉をこぼした。

 岸田も苦手そうにしてたし風紀委員と報道部って仲悪いんだな。

 

「さらに言うと生徒会も報道部や風紀委員に因縁がある」

 

「そして遊佐鳴子、お主自身は妾や宍戸ともあまり良好な関係にあるとは言えんしのう」

 

「人間関係ギスギスしまくりじゃねーか」

 

 能力の検証だと思ってたらとんだ修羅場に放り込まれてるっていうね。勘弁してくれ。

 

「思うところは多いかもしれないけれど今回に関しては協力してほしい。もしかすると霧の魔物との戦いに大きな革命が起きるかもしれない」

 

「まあその件はすでに了承済みだから構わないけど」

 

「しかしそれほどの力をこの少年が持っている、とな?」

 

「それを確かめるための検証よ。私もまだこの目で見たわけじゃない」

 

「だが実証できれば魔物との戦いにおける切り札ができる」

 

 全員の視線が俺に集中する。

 これだけ期待させておいてダメでしたー、なんてなったら目も当てられないな。

 

「もったいぶらずに言え。この少年に何ができる?」

 

「……彼は魔物を殺せる。文字通り、霧に戻すこともなく」

 

「なんじゃと?」

 

「……確かにそれが本当なら革命と言って差し支えねーですね」

 

「そして同時に危険でもある。それだけの力を有していると知られれば彼を狙う人間も現れるだろうね」

 

「だからこそ魔法学園が誇る最大戦力で彼を守る必要がある。彼の情報と命を」

 

 改めて言葉にされると女子達に守られる男って情けない構図だよな。まあ女子というか魔法学園って組織に守られるってことだけど。組織の主要人物が女子揃いだったってだけで。

 

「まあそれも俺の力が本当に有効ならの話だけどな」

 

「何を言う。そうでなくとも桐原はすでに魔法学園の生徒だ。そうである以上アタシが全力を賭して守ってみせるぞ」

 

「かっこよすぎるだろ。男の立つ瀬がねーわ」

 

「ははは!それが嫌なら桐原も強くなれ!」

 

 武田が豪快に笑う。

 幸い、強くなるだけのアテはあるしそうするしかないな。強くなるまで安眠とはおさらばだが、厳しい環境で生き抜いていくにはそれが1番手っ取り早い。

 ああでも2日連続で雷帝はやだな。

 

「……静かに。魔物がいるわ」

 

 俺が今夜の夢を憂いていると、宍戸のその一言で全員の空気が一変した。この切り替えの速さはさすが学園屈指の実力者ってところだな。

 さて、肝心の魔物とやらはどこだ?

 

「あれは……人面樹だっけか」

 

 この前神凪とのクエストで戦ったな。不用意に直死の魔眼を使うのは宍戸に止められてるからデバイスで魔法を使う練習がてら倒したけど。

 でもクエストの時と比べてデカいような?

 

「周囲に他の魔物の気配はない。ここにいるのはあれだけね」

 

「ということらしいが行けるか?桐原」

 

「それはアイツを“殺してこい”ってことでいいんだよな?」

 

「そう。あなたの力を証明してみせて」

 

 意識を集中させる。そうすると視界に死線が浮かび上がってきた。

 それは人面樹にもしっかりと刻まれている。これならまあ大丈夫だろう。

 

「了解。行ってくる」

 

「1人で平気か?怖いなら妾がついて行ってやってもよいぞ?」

 

「心配ご無用。ここで魔物の解体ショーを鑑賞しててくれ」

 

 むしろちゃんと見ててもらわないと困るしな。どうせすぐ終わる。

 右手にトレースしたナイフを握り、俺は瞬時に魔物との距離を詰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドン、という地響きと共に転校生――桐原修二の姿が消える。一瞬遅れてそれが彼の踏み込みによるものだと理解すると同時に、魔法使いに覚醒した自分の目でも追うことができなかった事実に驚嘆するしかなかった。

 自分の実力を過信するわけじゃねーですが、ウチは魔法学園に在籍して6年目。それなり以上に経験は積んでます。

 虎や生天目(なばため)つかさ、そして恐らく東雲さんには及ばないでしょーが、それでも学園内でならトップクラスの強さを誇ってる自負はあります。

 そんなウチが、攻撃ならまだしも移動する姿すら捉えられなかった。とーぜん、そんなことは初めてですよ。

 

「何!?」

 

「速い……!」

 

 学園内どころか学外の魔法使いと比較しても突出した戦闘能力を誇るでしょー虎と東雲さんが驚愕の声を上げる。それだけで桐原の実力が知れるってもんです。

 確かに魔法使いとして覚醒した人間はその身体能力が格段に上昇する。ウチのよーなか弱い乙女でも、プロの格闘家程度なら軽く制圧できるくらいには。魔法使いとそーではない人間にはそれほどまで隔絶した力の差がある。

 ならそんな魔法使いでさえ見失ってしまうよーな桐原は一体……。

 

 思わずそんなことを考えてしまいましたが、人面樹の上げた悍ましい悲鳴によって思考に沈みかけた意識が現実へと引っ張り戻される。

 見れば人面樹は左右の枝を全て切り落とされ、残るは顔のある幹だけ。その人面樹と対峙する桐原の右手には小さなナイフが1つ。

 

「……まさか魔法を使わず、ナイフ1本であんな芸当をやってのけたってゆーんですか?」

 

「速すぎて攻撃をした瞬間が分からなかったから断言はできないけれど」

 

「いいや、桐原は間違いなくあのナイフで切りつけていた」

 

「ほう、お主も見えていたか」

 

「……辛うじて、な。戦った時に反応できるかといえば別の話になる」

 

 学園生最強と名高い、近接戦闘において類い稀なる力を発揮する虎が、彼女の土俵において敗北する可能性を示唆する。魔法を用いず単純な身体能力とナイフ1本で虎を追い詰めるなんて信じ難いことですが。

 その桐原は激昂しているだろう人面樹に、今度はゆっくりと歩み寄る。そんな彼に噛みつこうとした人面樹が桐原に向かって突進し、次の瞬間にはバラバラになって朽ち落ちた。

 今度こそ本当に何が起きたのか分かりません。まるで途中のページが抜け落ちた漫画のよーに、中間がなく突然結果だけが現れたんじゃないかと錯覚してしまうほどの早業。桐原はいつ人面樹を攻撃したんでしょーかね。

 

「……会長、今のは見えたかい?」

 

「……分かって聞いてるだろう、遊佐。攻撃の起点も終了も全く見えなかった」

 

「うぐぐ……」

 

 虎が白旗を上げ、東雲さんは悔しそうに唸っている。たぶん彼女の目にもウチが見たのと似たよーな光景が映ったんでしょーね。

 はっきり言って異常です。いくら身体能力が向上したといってもあんな動きがそう簡単にできるはずねーですし、ましてや魔法を使わず接近戦で魔物を倒すには相応の技術や経験が求められる。

 桐原はそれを高い水準で備えてるとしか思えません。ついこの間まで一般人だったはずの桐原がどこでそんなものを身に付けたんでしょーかね?

 

「……やはり死体は霧に戻らない。彼の力は本物。あの能力のメカニズムを解明できれば……」

 

 宍戸結希にしては珍しく力のこもった声。

 まああれだけのものを見せられれば研究者としての血が疼くってのも分からなくはねーんですけど。

 魔物を殺せる能力に、それを行使できるだけの力を培った実力。ウチは風紀委員ですからね。性善説で人を信用できません。だってもし彼が学園に牙を剥けば、虎や東雲さんすら凌駕しかねないわけですから。

 桐原修二……ちょーっと、危険、ですね?

 

 

 



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7話 秘密

 

 

 結果から言うと検証はおおむね成功した。あの後も何体か魔物を解体し、直死の魔眼で完全に殺せることはほぼ確定したと言っていい。

 肩の荷も降りたってなもんである。

 

 しかしそんな感じでウキウキの俺とは正反対に、他の5人は口数が減り、それぞれがなにかを考え込んでいるのか空気が重い。まさか俺が気付かない内に人間関係の爆弾が爆発したのか?

 この先待ち受けているかもしれない泥沼展開を想像して戦々恐々としながら、それでもなんとか学園に生還する。

 魔物との戦いよりも仲間との集団行動の方が精神削れるってどういうことだよ。

 

 学園に到着し一刻もその場を離れたいがそうは問屋が卸さなかった。

 場所を宍戸の研究室に移し、とりあえず本日の苦労を武田が労う。

 

「みんな、ご苦労だった。だがその分得られたものは大きい。今回の検証は大成功だったと言えるだろう」

 

 腕組みをし、ウムウムと頷く武田。それによりむにゅりと形を変える豊満な胸部装甲に思わず目が行きそうになるのを堪える。

 水無月に連行されかねないからな。

 

「それであの力は一体何なんじゃ?」

 

 東雲がそう切り出し、今日何度目かの視線集中。それに応えるように俺は直死の魔眼について説明する。

 といっても前回宍戸達に話した内容の焼き増しだが。すでに魔物を殺して能力は証明してるのでデモンストレーションは省いた。

 

「如何なる者でも殺す力、『直死の魔眼』か……にわかには信じがたい話だけど」

 

「あれを見せられたからには信じるしかねーですよ」

 

「まあそうだね」

 

「して、少年のそれは魔法なのか?」

 

「魔法使いに覚醒した時に目覚めた力だから無関係ってことはないと思うけど」

 

「その辺りも能力を調べながら解析していくわ」

 

「しかし宍戸の判断は正解だったな。大当たりを引いた」

 

 大当たりかはともかく手を回して俺を科研から救ってくれたって言ってたもんな。

 その恩を返すならこれくらい軽い軽い。

 

「ええ、結果として魔物の死体のサンプルも手に入った。あなたの能力と魔物の構造、どちらとも詳しく調べることができる」

 

「確かにあれなら魔物の死体なんぞいくらでも用意できそうじゃな」

 

「けど普段のクエストではあまりしない方がいーでしょーね。誰がどこから見てるか分かりませんし」

 

「つまり他の学園生にも内緒、と」

 

「それが賢明ね。科研にその能力が露見すればどんな強硬手段に出るか分からないわ」

 

 こえーな。どんだけ危ない組織なんだよ科研って。

 魔物が霧に戻って復活するってんなら直死の魔眼で完全に殺した方がいいんだろうけど、それで俺自身が危険な目に遭うのは避けたいな。いやまあ魔物と戦うこと自体かなり危険ではあるけど。

 でも夢の世界に出てくる連中の方が遥かに恐ろしすぎてこっちでの恐怖や危機感が麻痺ってきてるんだよなぁ。

 

「ちょっといいかい?」

 

 話も一段落しようかという頃合いを見計らって、遊佐が声を上げた。

 

「桐原君の能力がどういったもので、これからの方針も承知した。そこでもう1つ明らかにしておきたいことがある」

 

「なんだ?」

 

「すばり君の強さの秘密さ。魔物をナイフで倒した際の体術は普通じゃなかった。魔法使いに覚醒したというだけじゃ説明ができないほどにね」

 

 遊佐のその言葉で研究室が静まり返る。この反応……もしかして全員がそれについて不思議に思ってたってことか?

 つーか俺までこうして押し黙ってたら何かあるって言ってるようなもんだよな。おまけに魔法使いに覚醒したからって言い訳は潰されてるし、なんて答えりゃいいんだよ……。

 

「……珍しいな、遊佐。お前がそこまで単刀直入に聞くとは」

 

「僕としても自力で尻尾を掴みたいんだけどね。白状するけど、桐原君が転入してくる前から君が何をしたのかは僕も見当がついていた」

 

 マジかよ……。

 宍戸の話ぶりからするに結構なトップシークレット感あったけどな。それをどうして一学園生の遊佐が知ってたんだ?もしかして現場にいたとか?

 なんて驚きつつ周囲を窺ってみれば、誰も遊佐の発言に反応していなかった。それがさも当然であるかのように次の言葉を待っている。

 

「だからすぐ調べ始めたよ。君がどんな人間で、どんな人生を歩んできたのか」

 

「俺のプライバシー……」

 

「遊佐鳴子にそんなものを期待するのは無意味です。目をつけられたことを恨んでくだせー」

 

「やれやれ、ひどい言われようだ」

 

 まあ言い返せないんだけど、と肩をすくめる遊佐。

 言い返せないんかい。せめて漏洩だけはしてくれるなよ。

 

「というわけで君の経歴を徹底的に洗った。その上で僕が出したのは『何の変哲もない一般的な学生』という結論さ……だけど実際は違った」

 

 そりゃそうだろう。遊佐の答えは本来なら正解だ。俺はあの日、魔物に襲われるまではごく普通の、どこにでもいる高校生だったわけだからな。

 それが魔法使いに覚醒した途端、夢の世界でスパルタを超えた鬼教官達に死んでも(・・・・)扱かれ続け、短期間でありえないくらい戦闘能力が上昇したわけで。

 

 いかに遊佐が凄腕の報道ウーマンだったとしても俺の夢を覗き見れるわけでもないし、ましてや発想を飛躍させてもこの答えにはたどり着けないだろう。

 それができたら魔法使いでも記者でもなく、超能力者にカテゴリされるべきだな。

 

「そんなはずはないと分かっているのに、揃えた材料から導き出される答えはそれしかなかった。どう考えてもアンバランスだ。君の強さのは秘密は何なんだい?桐原君」

 

 ……えーっと、これ、釈明しなきゃいけない感じ?

 いや、遊佐を始め、この場のみんなが俺の強さに不信感を覚えてるのは納得できる。納得できるんだけどさ……。

 

『魔法使いに覚醒したら毎晩夢に魔物より強い人達が出てきて彼らと戦っている内に俺も強くなりました』

 

 ……ないな。この説明はないって。

 明らかな嘘で誤魔化そうとしてるって思われるか、絶賛中二病の痛い奴だと憐れまれるのがオチだ。

 今さら秘密なんて何もないとはぐらかすのはムリ、かと言って正直に話すのも気が引ける。

 だから俺が出した答えは――

 

「悪い。それは言えねぇわ」

 

 嘘をつくわけでもなく、白状するわけでもない。真っ向からの拒否だった。

 その答えに研究室の空気がさらにピリつく。

 ……そりゃこうなるよな。ああ空気が重い、視線が痛い。針の(むしろ)ってのはこのことか。

 

「言えない……というのはつまり、アタシ達に隠さなければいけない理由があると?」

 

「ああ、そうだな。そしてそれを打ち明けることはできない……今はまだ」

 

 せめて俺の覚悟が決まるまでは時間がほしいところである。

 

「それで『はい分かりました』と言える内容ではないんだがな……」

 

「承知の上だ。何もずっと隠してるつもりはない。もう少し時間をくれってことだよ」

 

 俺の言葉をどう受け取っているのかは分からない。

 ただ今の内に思ってることを全部吐き出してしまおうと口を動かす。

 

「頼むよ、パーソナルな問題なんだ。お前らだってまだ親しくない相手に何でもかんでも個人的な話を打ち明けられないだろ?」

 

 あくまでも一般論を叩きつける。せめてもの抵抗だ。

 こいつらは俺の抱えてる秘密が学園に害を成すかどうかを疑ってんだろうし、そこまで大袈裟なもんじゃないって印象付けをするしかない。

 まあそれだけで信じてくれるとは思わんが。

 

「ま、少年に一理ありじゃな。疑わしきを罰するというなら話は変わってくるがの」

 

 そう言って俺に味方してくれたのは東雲だった。俺が言えたことじゃないが良心を呵責させる言葉選びだな。

 そして次に俺の側に立ってくれたのは、意外なことに言い出しっぺの遊佐だった。

 

「そういうことならしかたない。無理に聞き出すのは野暮ってものだ」

 

「遊佐がそれを言うのか……」

 

「意外かい?僕は君の謎を知りたいだけで疑ってたり敵対しようってわけじゃないからね。いずれ話してくれるというなら無理強いはしないよ」

 

 飄々としてるというか、なんというか……。毒気を抜かれる言動だった。

 タイプは違えど緩さで相手の油断を誘う水無月と似てるかもしれん。

 

「はあ、しかたない……桐原」

 

「なんだ?」

 

「これだけは教えてくれ。お前が抱えている秘密……それは学園に脅威をもたらすものか?」

 

「いいや、それはない」

 

 そこに関してはきっぱりと言い切れる。何かあるとすれば俺の身に、だろうしな。

 寝起きが悪いとか、寝不足になるとか、トラウマができるとか、そんな感じの。

 

「そうか……ならば生徒会長としてアタシはその言葉を信じることにしよう」

 

「……助かる」

 

 たとえ暫定的だったとしても武田の判断はありがたい。

 水無月は少し不満そうだが、ここで口を挟む様子はなかった。まあ風紀委員だし気にはなるんだろうけど。

 

「ところで桐原君。君はさっき『親密な仲じゃないからまだ話せない』と言ったね?」

 

 話が落ち着こうとしたところで再び遊佐が、今度はニヤニヤしながら話しかけてきた。

 なんとなーく嫌な予感がする。

 

「まあ意訳すればそんなところだけど」

 

「つまり親密に、仲良くなれば話してくれるということだ。さあ君はこの中の誰と仲良くなりたいかな?僕を選んでくれると嬉しいんだけどね」

 

 とんでもないこと言い出したぞこいつ。

 そもそもなんでここのメンツ限定……ああ、そうか。あれを説明するには直死の魔眼について知ってる奴じゃないとダメだから話せる人間は絞られるんだった。

 一応南、水瀬、立華も当てはまるけど、この場にいない人間の名前を上げても向こうが困るか。

 

「面白そうな話じゃのう。少年よ、妾を見初めたなら素直に申してよいぞ?なに、これでも300年は生きとるからロリコン呼ばわりされる心配はいらんしの」

 

「実年齢関係ない見た目してなに言ってやがる」

 

 お前どこ行っても小学生料金で通用するぞ。本当に300歳だとしても端から見たらロリコン確定だろ。

 つーか見初めるとか話変わってない?絶対面白がってるだけじゃねーか。

 

「話はもう終わりね。私は採取したサンプルの解析に入るわ」

 

「宍戸は辞退か。ではアタシはどうだ?ちょうど手合わせを願いたかったところだ」

 

 我関せずで席を立つ宍戸と、右の拳で左の手のひらをバシバシと叩く武田。

 なにがちょうどなのか分からん。手合わせすれば親密になれるってどんなバトル脳だよ。

 

「……助けて水無月。こいつらちょっと怖いんだけど」

 

「はあ、しかたねーですね……」

 

 俺は善良な生徒の味方である風紀委員の水無月に助けを求める。

 やれやれとため息を吐きながら、それでも武田達を鎮めてくれたその背中は、小さいが頼もしく見えた。

 

 

 



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8話 未来の大軍師

 

 

 ふよふよと頼りなく漂う桜色の光弾。その数は8つ。

 授業の合間をぬって絶賛アクセルシューターの練習中なのだが、マルチタスクでの個別操作はなかなか上達しない。あの少女は32個を手足のように扱ってたのになぁ。

 

 俺も数を減らせばだいたい思い通りの速さと軌道で操作できるようにはなってきたが、目標はその数倍だと考えると途方もねぇ。

 なにも考えず直線的に撃つだけなら100でも200でも簡単なんだけど、弾幕として考えるなら吸血鬼幼女が使ってくるスペルカードなるものを習得する方が早いし効果も高い気がする。

 

「アンタ、さっきから何やってんの?」

 

「魔法の練習」

 

 背後からかけられた声に振り返ることもなく返答する。

 顔を見なくても誰か分かる。声の主は守谷(もりや)月詠(つくよ)だ。

 ほとんど毎日訓練所に来てるから顔を出せば確実に対面せざるを得ない。事あるごとに勝負だ勝負だとうるさいのが致命的にめんどくさい少女である。

 

「数を出せてもそんなに遅かったら意味ないわよ。魔物だって避けたりするんだから」

 

「……まあ実戦じゃ使えないわな」

 

 しかもこれ、魔物より対人戦の方が向いてる気がすんだよな。魔物と戦う場合そこまで細やかな指示は必要ないし、迎撃・防空能力なんてなくても戦うのには困らない。

 じゃあなんでわざわざアクセルシューターを練習してるのかと言えば、単に魔法そのものに慣れるためだ。

 夢の世界で学ぶ技の数々の中ではあの少女が1番魔法使いに近いからな。

 

 昨日の夢なんて執事服を着た金髪のおっさんにジェノサイドカッターとかいう蹴り技でボコボコにされた挙げ句画面端に叩きつけられたし。

 ……いや、画面端とか自分で言っててもおかしいとは思うんだけど本当に叩きつけられたんだからしかたない。もう何でもありかよ、あの世界。

 つーか『気を纏って戦え』とか言ってたし完全に魔法じゃねぇじゃん。

 

「って、そんなことより今日こそツクと勝負しなさい!」

 

「またか……なんでそこまで俺と勝負したいんだ?」

 

「アンタ、『人類の希望』って呼ばれてるんでしょ?ツクは精鋭部隊の一員としてアンタを倒して強さを証明したいの!」

 

 迷惑千万なんだけど。そしてその名で俺を呼ぶんじゃない。背筋がゾワゾワするだろうが。

 

「俺に勝っても箔はつかねぇぞ」

 

 アホみたいな魔力量のせいで人類の希望なんて呼ばれてるが、たぶん喧伝目的(プロパガンダ)としての意味合いの方が強い。

 だって俺、覚醒してまだ1ヶ月かそこらだぞ?魔法使いとしての実力なんてカスみたいなもんだ。

 

「いいから勝負しなさい!」

 

 ええい、このわがままっ子め。周囲を見回してもいつもなら止めてくれるアメディックの姿もない。

 俺が言っても聞かないだろうし、このまま勝負勝負と粘られるのも疲れるだけだ。

 

「ああもう分かったよ。勝負してやるから騒ぐなって」

 

 結局俺は折れた。守谷は喜色満面で「覚悟しなさい!」とか言ってるが、やるとなったら簡単に負けてやる気もない。

 

「で、勝負ってなにをするんだ?」

 

「もちろん対抗戦よ!……って言いたいけどメンバー足りないし模擬戦でいいわ」

 

「模擬戦?」

 

「対抗戦の練習みたいなもの。5対5のチームを作らないでもできるのよ」

 

 そういうものがあるらしく、今回は俺と守谷の1対1で戦うことになった。気絶または降参した方が負けとのこと。

 ……気絶って結構エグい決着のつけ方だな。

 そんなことを考えながら、訓練所に隣接されている屋外の模擬戦場までやって来る。

 

「さあ、行くわよ!」

 

 勝ち気な顔の守谷は余計な言葉もなく、準備が整うと早速仕掛けてきた。

 守谷の周囲の風が逆巻く。お、スカートがきわどい。

 ……なんて不埒な視線を送る間もなく、竜巻が唸りを上げて襲いかかってきた。とりあえず後退して回避。そんな動きを2度、3度と繰り返す。

 

「避けるのは得意みたいね!」

 

「当たったら痛そうだしな」

 

 果たして直撃した場合、痛いだけで済むのか?いくら回復魔法があるとはいえ血を流すのは嫌だ。

 だからといって竜巻を直死の魔眼で破壊するのは難しい。少数の学園生とはいえ、周囲の目がある状況ってことに変わりはないからな。

 さてどうしようか。

 

「今よ!」

 

 何度目かの回避の直後、守谷が羽扇(うせん)を振り上げた。その動きに連動するように、俺の足元から竜巻が立ち昇る。

 思わず「あぶね!」という声が漏れた。すんでのところで避けたが、それこそが守谷の狙いだったらしい。

 そう理解したのは俺の回避地点めがけて、圧縮された空気の衝撃砲が放たれていたからだ。どうやら動きを誘導されてたみたいだな。

 

 さすが軍師を志しているだけはある。元軍人(アメディック)に指導を受けてるのも影響してんのかもしれない。

 模擬戦中だってのに妙なことに納得する俺の眼前で、絶対に逃がさんとばかりに風弾が炸裂し、周囲もろとも飲み込まんと衝撃波をばら撒いた。

 

 その余波で土煙が舞い上がり視界が塞がる。

 ……これが模擬戦で使う魔法の威力かよ。もし“直撃したら”どうすんだっつーの。

 

「勝負ありかしら」

 

 姿は見えないが声だけでも勝ち誇っている顔が目に浮かぶな。ふふん、とか笑ってそう。

 だが残念。俺は未だ健在、かすり傷ひとつ負ってない。こっちもそろそろ反撃といくか。

 

 土煙を払うように右手を無造作に振るう。それだけで土煙は一気晴れた。

 もちろん腕を振った風圧で……というわけではなく、単に魔力を放出して一掃しただけだ。

 

「え……な、なんで!?」

 

「なんでもなにも、防いだだけだ」

 

「くっ……!」

 

 顔をしかめ、再び攻撃を仕掛けてくる守谷。それに対し俺は右手を突き出す。

 

「『プロテクション』」

 

 迫る竜巻を弾き返す。弾かれたそれは他の竜巻と衝突して相殺された。

 狙ったわけじゃないがきれいに片付いたな。

 

「ちょっと、なにそれ……!?」

 

「バリア」

 

 守谷の問いかけに至極端的に答える。

 触れたものに反応し、対象を弾き飛ばすという性質を持つ優れものだ。魔法だけじゃなくて物理攻撃も防げる。

 ……これのおかげで俺の攻撃は夢の少女にさっぱり通らないわけだけれども。あの子のプロテクションとかラウンドシールド硬すぎんよ。

 

「そんじゃまあ、次は俺の番だ」

 

 アクセルシューター……だと少し威力が高すぎるので、その代わりにディバインシューターを展開する。

 数は8つ。今の俺が操作できる最大数だ。アクセルシューターと比べて威力は劣るが、動きながらの射出と制御が可能なので操作性には優れている。

 

 攻撃と牽制を混ぜつつ、その合間にディバインシューターを守谷が逃げるところに先回りさせて動きを制限する。さっきの意趣返しだ。

 時たま反撃してくるが操作性に優れるディバインシューターなら守谷の攻撃をすいすいと躱して肉薄していく。俺に向かってくるやつは避けるか、余ってるディバインシューターで撃墜して近寄らせない。

 

「何よこの魔法!さっきは全然遅かったのに……!」

 

「あれとは別物だよ。こっちはそう避けられないだろ?」

 

 見た目似てるから勘違いするのもしかたない。

 まあアクセルシューターも4つまでなら同じくらい制御はできるんだけど、その数じゃ固定砲台化するには心許ないからなぁ。

 それにしても……。

 

「きゃあ!」

 

「……」

 

「わっ、ひゃう!」

 

「………」

 

「うぅぅぅ……」

 

「…………」

 

 わたわたと逃げ惑う守谷が非常に愛らしい。小動物を彷彿とさせる。

 しかしアイツ、頭は切れるのかもしれないけど運動神経はねぇな。鈍重とまでは言わないが体の動かし方が(つたな)い。完全に指揮官向きなのか?

 なんて眺めながら守谷を逃げ場のない模擬戦場のコーナーまで追い込む。

 

「もう逃げられねぇぞ」

 

「うぅ~……!」

 

 唸ってると小型犬に見えてくる。精一杯敵対心を露にしてるチワワ的な。

 対して俺は余裕の笑みを浮かべている。気分はさながら獲物を追い詰めた捕食者だった。

 

「……とはいえ無抵抗の相手を攻撃するのは気が引ける。降参してくんない?」

 

「……嫌」

 

「そう言わずに」

 

「嫌ったら嫌なの!」

 

 負けず嫌いめ……。まあディバインシューターをはじめあの子の魔法には『非殺傷設定』なるものがあって、今の俺もその設定だから万が一にも怪我することはないだろうけど。

 だからってなぁ、さすがに涙目の女の子を攻撃するのは……。

 

「……ツクは精鋭部隊の一員なの。まだ新米で弱いかもしれないけど……」

 

 守谷は涙を目の端に湛えながら、それでも気丈に俺をキッと睨みつけた。

 いい目だな、と素直にそう思う。

 

「でもだからこそ勝つのを諦めるなんて嫌!ツクは1人でも戦況をひっくり返せるような、そんな軍師になりたいの!」

 

 精鋭部隊がどんなものなのか俺には分からないが、守谷にとっちゃこれほど真剣になれるくらい誇れるもんなんだろう。

 なにを言っても降参してくれそうにない。

 

 意地っ張りめ。

 はあ、とため息をひとつ吐き出す。頭をガシガシと掻いてから、俺は展開していたディバインシューターを消した。

 そして両手を上げる。

 

「降参」

 

「……はあ!?」

 

 なに言ってんだこいつ、みたいな顔をされる。

 圧倒的に有利な立場の方が降参したらそりゃそんな顔にもなるわな。

 

「なんでアンタが降参するのよ……情けでもかけたつもり?」

 

「ちげーよ」

 

「じゃあなんで!」

 

「俺は負けた。お前の心の強さにな」

 

「……ツクの、心の強さ?」

 

「ああ」

 

 陳腐な言葉かもしれないが、諦めない気持ちとかそういうやつだ。

 それはあの日の走馬灯で垣間見た彼らの記憶、そして胸の内に強く灯ってた光でもある。

 さっきの目を見て、俺には彼らと守谷の姿がダブったような気がした。

 

「……俺もさ、もっと強くなりたいと思ってんだ」

 

 守谷がどうかは分からないが、俺は自分本意、強制される霧の魔物との戦いに生き残るために強さを目指している。

 その最終目標は夢の世界の彼らに勝てるくらいの強さ……だった。

 

「でも世の中上には上がいる。呆れるくらいの高みにいて挑むのもアホらしくなるような奴らがさ」

 

「それは……」

 

 守谷にも思い当たる節があるのか、なにか言葉を出しかけて押し黙る。

 もしかしたらお互いに高い目標を抱えてるのかもしれない。

 

「そんで、最近の俺はどっかで諦めてたような気がするんだよ。そこまで強くなれるわけがない、強くなる必要はないってさ」

 

 週5のペースで手も足も出ずにボコボコにされてりゃ気付かない内に気持ちが下を向くなんて当たり前っちゃそうかもしれんが。

 ただ、そうなってることを自覚できないでいれば成長なんてすぐ頭打ちになるはずだ。

 

「けどさっきの守谷の目を見て強くなろうって決意した時のこと思い出したよ。その気持ちは俺が失いかけてたもので、それをお前が思い出させてくれた」

 

 だから俺の負けだ。

 そう言って変身を解除し、守谷の頭をポンポンと軽く叩いた。なんでか知らんが泣きそうな顔してたからな。

 しかし守谷は俯いたまま無反応だった。ちょーっとばかし気まずい。

 痺れを切らして今度は少し乱暴に守谷の頭を撫で回した。

 

「わわっ!な、何するのよ?」

 

「……納得できないならまた勝負しにこい」

 

「え……?」

 

「俺も強くなるからさ。一緒にがんばってこーぜ」

 

 俺もまだまだ発展途上の魔法使いだからな。

 実力だけじゃなく知識だって足りてないんだから守谷以上に努力せにゃならん立場だ。

 

「……ふ、ふん!今日はそういうことにしといてあげる!」

 

 守谷は拗ねたようにそっぽを向く。まあ元気そうになったからいいか。

 

「俺はそろそろ行くわ。じゃあな、守谷」

 

「え、もう……?」

 

「このあとまだ授業が残ってるからな」

 

 守谷の熱意に押されて模擬戦したけど、最初は授業の間に軽く訓練するだけのつもりだったわけで。

 そろそろ切り上げないと次の授業に遅れそうな時間なんだよ。

 

「ね、ねえ!」

 

「ん?」

 

「明日も来る?訓練所」

 

「まあ気が向いたら」

 

 魔物相手に試したいこともあるからクエストも捨てがたい。

 クエストは基本的に人気がない場所だから、油断こそできないけど気持ちは楽なんだよな。

 

「そう……つ、次は負けないからね!絶対勝つんだから!」

 

「はいはい」

 

 つーか今日は引き分けってことでいいと思うんだけど。

 俺と守谷の始めての模擬戦はお互いが自分の負けを認めるという、なんとも言えない結果で終わったのだった。

 

 

 




執事服を着た金髪のおっさんに~
【ヒューム・ヘルシング】『真剣で私に恋しなさい!』シリーズ
√によってはラスボスとなる九鬼従者部隊の零番。
生身で宇宙空間に飛び出して戦闘可能。そのまま大気圏に突入し燃え尽きることもなく地表に墜落するも、体が丈夫すぎて死ねなかった。
某格闘ゲームのキャラと類似点が非常に多い。


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9話 犯人

 

 

 グリモワール魔法学園は魔法使い養成所であると同時に、本来なら義務教育や高校の授業を受けている年齢の生徒のために通常授業の時間も設けてある。

 一般的な学校に比べればその時間数は半分にも満たない程度だが、魔法と魔物のことしか知らないまま社会に出るよりはいいと思う。

 

 さて、通常授業があるということはつまり体育の授業もあるってことだ。そして今は8月、真夏だ。

 そんな時期の体育といったら?そう、プールである。

 

 守谷との模擬戦を終えた俺は汗を流すために備え付けのシャワールームへ向かった。当然だがこのシャワールームは男子専用であり女子とは別だ。

 そんな男子用シャワールームへと続く通路の途中には緊急時の避難用階段へと続く扉がある。やや奥まった場所で普段立ち入り禁止の札が下げられているのだが、そこに侵入し窓を開け、窓と柵の間のわずかなスペースに体をねじ込んでいる奴らがいた。

 

 男子が少ない学校ってのもあってすでに全員既知の仲なので声をかける。

 これを気にするなって方がムリだった。

 

「お前らなにやってんの?」

 

「おお修二。お前にも教えてやるよ」

 

「実はこのベランダの柵の隙間からプールが見えるんだ」

 

「距離はあるけど双眼鏡装備してるから問題ないぜ」

 

 いい顔でそう言うが単なる覗きだった。このクソ暑い日に直射日光を浴びながら男と密着してまで覗く執念に感心するわ。

 

「へー。今入ってんのは何年?」

 

「自由ちゃんがいるから16歳のクラスだな」

 

「お前も見るか?」

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

 双眼鏡を拝借し、ブラインドの合間からプールの方を見る。すげー見にくいが、確かにプールでキャッキャしてる女子の姿を拝見できる。

 南や小鳥遊といった同じクラスの面々もちらほら。

 

「……おー」

 

「どうした?お気に入りの女子がいたか?」

 

「いや、みんな中々よく育ってるなと」

 

「だよなー!」

 

 俺の言葉に3人も同調して盛り上がる。

 濃紺のスクール水着からすらりと伸びた四肢。瑞々しい肌は水と太陽の光を浴びて白く輝き、スクール水着とのコントラストは一種の芸術品のようにも思える。

 女性らしい膨らみと丸みを帯びたボディラインはほどよくエロく、そして眩いばかりの健康美を見せつけてくれていた。

 

「サンキュ。堪能したぜ」

 

「あれ、もういいのか?」

 

「このあと授業あるからその前にシャワー浴びたいんだよ。それと覗きもほどほどにしといた方がいいぜ。見つかったらこえーからな」

 

「分かってるよ」

 

 そう言いつつすぐさま覗きを再開する辺り業が深い。いやまあ健全に不健全してると言えなくもないんだが。

 正直俺としても後ろ髪が引かれる思いがないと言えば嘘になるしな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、翌日。

 俺と覗きをしていた男子3人の姿は懲罰房の中にあった。無事に御用である。

 

「どうしてこうなった……」

 

「それは数分しか見てない俺のセリフだけどな」

 

「数分間だろうと覗きは覗きですからねー」

 

 時計がないから正確なところは分からないが、懲罰房に放り込まれて……たぶん2時間近く。

 俺達はお説教を食らってから反省文を書かされていた。

 説教を見舞いされ、こうして反省文を書いてるところを監視しているのは他ならぬ水無月風紀委員長その人である。

 

 ちなみにツープラトン説教の一角、氷川は水無月の隣でその名の通り氷のような冷たい視線で男子4人を見下している。

 あのプール授業、2人とも受けてたもんなぁ。そりゃそうなるわ。

 むしろいつも通り飄々としてる水無月の方がおかしい。

 

「とりあえず反省文は書き終わったんだが」

 

「そーですか」

 

「ではあとはそのまま2時間ほどそこで反省していてください」

 

 瞳だけじゃなく声まで冷たい氷川さん。

 出かかった「長くね?」という言葉は飲み込むことにした。んなこと言ったら確実に逆鱗に触れるからな。

 そんなこんなで俺達が解放されたのは2時間後。都合4時間も拘束されることになった。

 凝り固まった体をほぐすように背伸びをして、大きく息を吐く。

 

「覗きの罪は重いんだなぁ」

 

「アンタさんは廊下でなにをしみじみと呟いてんですか?」

 

「……人生の教訓?」

 

「バカなこと言ってねーでちょっと来てください」

 

 解放直後、水無月に声をかけられて大人しくついていく。

 連れてこられたのは風紀委員の部屋だった。

 

「な、なんであなたがここに!また覗きでもする気ですか!?」

 

 過剰な反応を見せる氷川。

 こいつの中で【俺=覗き】の方程式が出来上がってるらしい。()もありなん。

 

「真正面から来る覗きとか斬新だな」

 

「友人のよしみで言わせてもらうが、その……桐原、覗きは良くない」

 

 神凪が申し訳なさそうに言うが、それくらい知っとるわ。

 つーか覗きじゃないから。

 

「まーまー、2人とも落ち着いて」

 

「し、しかし……」

 

「とりあえず座ってください。1から説明しますんで」

 

 怒れる氷川と沈痛な神凪を宥めすかして水無月が事の経緯を説明し始める。

 と言っても大したことじゃない。今回匿名でたれ込みがあった男子生徒による覗き行為。その情報を持ち込んだのが俺だというだけの話だ。

 

「……すみません、話がよく分からないんですが……」

 

「そーか?」「そーですか?」

 

 俺と水無月のセリフが被る。

 

「そうです!」「そうですよ!」

 

 それに対する氷川と神凪のレスポンスも被った。

 

「彼が匿名で情報を持ち込んだのにどうして一緒に懲罰房行きだったんですか!?」

 

「だってそうしないと風紀委員にチクったの俺だってアイツらにバレるかもしれないじゃん」

 

「そーゆーことです。桐原さんは昨日、初めて現場に居合わせて彼らが覗き行為をしてるって知ったんです」

 

「……なるほど。その翌日に覗きがバレたとなれば……」

 

「真っ先に疑われるのは俺だわな」

 

 だからそうならないように水無月にお願いしてアイツらと一緒になって懲罰房に入った、というわけだ。

 ただでさえ男が少ない学園で同性にハブられたり恨みを買うとかはしたくない。

 しかしまさか4時間コースとは思わなかったけどな。容赦ないぜ。

 

「じゃあ今回罪状を伏せたのは……」

 

「さすがにかわいそーでしょ。無実なのに覗きのレッテルが貼られるのは」

 

「学園は生徒の8割が女性ですからね」

 

 女子全員に変態認定されて敵視された日には魔物との戦い以上に過酷な日々が待ち受けてるの間違いなしだ。

 

「マジで助かるその配慮」

 

「まーその代償としてキツめの懲罰になったのは勘弁してくだせー」

 

 ……ああ、4時間コースはそういうわけか。

 俺を気遣って罪状を明らかにしないとなると、他3人に対する懲罰が甘くなると判断した。だからその分、普段より重い懲罰になった、と。

 容赦ないどころか慈愛に満ちた采配だった。

 

「いや、むしろ感謝するところだ」

 

「そー言っていただけると。とゆーわけでですね、氷川と神凪も誤解を解いて今回のことは他言無用でおねげーしますよ」

 

「承知しました」

 

「……はい。その……桐原さん」

 

「あー……謝罪ならいらないからな」

 

「しかしそういうわけには……」

 

 怒っていた氷川が一転してしおらしくなる。

 俺を責めたことを気にしてるんだろうが、男子からの疑いの視線を逸らすためにこっちとしてもその反応をしてもらいたかった。

 

「氷川や神凪に非はないだろ。それに真偽を確かめるためとはいえ俺が覗いたのも事実ではあるし」

 

「そーいえば聞いてませんでしたが」

 

「なにをだ?」

 

「あの授業、ウチと氷川も出席してたんですが、見ました?」

 

「……」

 

 部屋の中の空気が一瞬停止した。会話の流れをぶった切っていきなりとんでもないこと聞いてくるんじゃねぇよ。

 だいたいそんな確認を取ってどうする気だ。

 

「いや、見てない」

 

「ほんとーですか?答えるのに少し間があったよーな……」

 

「見てないって。16歳組だっていうから同じクラスの奴がいるか確認しただけで……」

 

「リリィクラスの16歳というと智花もいるが」

 

 そーですね、いましたね。そして実際見ましたね。

 3人からの視線が痛い。

 

「……南本人にはどうか内密に」

 

「そ、そうか……いやまあ最初から告げ口する気はないから安心してくれ」

 

 感謝するところなのかもしれないが、逆に弱味を握られたように思っちゃうのは俺の心が汚れてるからか?

 まあ神凪ならそんなひどいことしないとは思うけど。巫女だし。

 

「おや、もうこんな時間ですか。そろそろ夕飯ですね」

 

「んじゃ俺は先に行くわ。こってり絞られたあとに風紀委員と一緒にいちゃ意味ないし」

 

「それもそーですね。ではまた」

 

「おー」

 

 水無月に負けず劣らずのおざなりな返答を残してそそくさと退出する。

 あー、疲れた。しかし余計なお世話だったかねぇ。

 覗きに遭遇したあの時、確かに誰かの視線を感じた。その正体は分からないが、そいつが風紀委員にタレコミしたら俺も含めてもっとキツい目に遭っていた可能性もなくはない。

 ……まああの視線が俺だけを監視してたなら話は変わってくるけど。

 

「さっさと飯食って寝よ」

 

 小難しいことを考えるのは止めだ。

 ちゃんと脳裏に焼き付いている水無月や南の水着姿を思い出すことで疲れを吹き飛ばしながら、学食に向けて歩き出した。

 

 

 



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10話 行方不明

 

 

「もう一度お願い」

 

 宍戸の指示に従って目の前の対象物にナイフを突き立てる。金属として相当の硬度を誇るはずのそれは、しかし容易くナイフの侵入を受け入れ、まるでバターでも切るかのように抵抗なくその形を変える。

 

 場所は宍戸の研究室。本日は直死の魔眼のメカニズムを解析中だ。

 目には半透明のゴーグル、頭にはヘルメット型の機器を取りつけ、なにかしらの反応を記録しているらしい。ちょろっと聞いてみたが専門用語が多い上に小難しい原理の説明をされたので理解は諦めた。

 なんかこんな感じ、というかなりアバウトな把握のしかたである。

 

 まあ俺が理解したところで結果が変わるわけでもないし、そういうのは専門の人間に任せてた方がいいだろう。

 俺は宍戸の言いなりと化す所存だ。

 

 時間にすれば30分ほど。何度か能力を使用し、その際の脳内の反応や眼球運動、魔素の働きなんかを計測していった。

 

「……今日はここまでね。お疲れさま」

 

「言うほど疲れてはないから大丈夫だ」

 

「能力の連続使用は負担になっていない、ということ?」

 

「少なくともこれくらいなら平気みたいだな」

 

「そう。確かに脳波や眼球の反応を見ても乱れは出ていないようね」

 

 ディスプレイに映し出された心電図のようなグラフを見ながら宍戸がそう納得を示す。

 あれが脳波かなんかのグラフか?

 

「それで何か分かったことはあったか?」

 

「それはこれから」

 

「まあさすがにそんな簡単な話じゃないか」

 

 そもそも直死の魔眼は魔導科学って面からのアプローチでどうにかなるもんなんだろうか。走馬灯での記憶によれば超能力寄りの力っぽいんだけど。

 この辺の話ができるようになったら教えた方がいいのかもしれない。

 

「失礼するぞー」

 

 そんな声と共に研究室の扉が開かれる。そこから入ってきたのは中学生くらいのデコ出し少女だった。

 その少女は宍戸を見るなりこんなことを言い出した。

 

「あ、いたいた宍戸。なんでも討伐隊が崩落で分断されたらしいぜ」

 

「……討伐隊が分断?どういうこと?」

 

「知らねーよ、アタシも。でもあの新しい生徒会のヤツが言ってたぜ。崩落で分断されたって」

 

「そんな情報はどこからも……待って」

 

 言いかけて宍戸は端末を取り出す。

 それを操作すると再び顔を上げて話し始めた。

 

「……今、エレンから連絡があったわ。洞窟内で大規模な振動。連絡は取れたけど虎千代が行方不明……崩落した岩盤の向こう側に取り残されている可能性があるわ」

 

「エレンって軍人だろ?なんでいるんだ?」

 

「国軍の手がいっぱいだからクエストの進行を監視しているの。だから彼女からの情報が1番早いはず。でも、朱鷺坂(ときさか)チトセはより早い……」

 

 討伐隊が岩盤の崩落により洞窟内で分断されて、生きてはいるものの武田が行方不明。その情報が1番早いはずのルートとは違うところからもたらされたってことか。

 2人の話を聞きながら現状を把握していく。したからって何か動くわけでもないが。

 あからさまに朱鷺坂ってやつが怪しいけど、事態が事態だけにそれを詮索するよりも先にすることがある。

 

「それはひとまず置いとこうぜ」

 

「……そうね、まず彼女を助けないと。今、武田虎千代を失うのはまずい」

 

「じゃ、アタシもレスキュー要請しとくか。沙那ーっ!聞いてたなー!?」

 

 少女がいきなり叫ぶ。

 するとどこからともなくメイドさんが現れた。

 

「承知しております。今、初音様の権限で要請を済ませたところです」

 

「私も執行部にかけあってくるわ。桐原君、問診は後回しになってしまうけど」

 

「いいよ別に。それより俺は助けに行った方がいいのか?」

 

「……現場には学園外の目が多すぎる。あなたをあまり目立たせなくない」

 

 つまり出番はないってことね。

 まあ岩盤崩落した洞窟で人命救助とか経験ないし、行っても足手まといにしかならない可能性もある。なら武田の生還を祈って大人しくしとくわ。

 宍戸はそう言い残して研究室から出て行った。残っててもすることないし俺も帰るか。

 

「なあなあ、アンタって噂の転校生だろ?魔力がめっちゃあるっていう」

 

 と、思ったら少女が話しかけてきた。

 

「ああ。桐原修二だ、よろしく」

 

「アタシは神宮寺(じんぐうじ)初音(はつね)ってんだ。こっちはメイドの沙那」

 

月宮(つきみや)沙那(さな)と申します。お見知りおきを」

 

「あ、こちらこそ」

 

 月宮さんが深々と頭を下げたので思わず俺も同じようにお辞儀をする。

 ナチュラルにさん付けしてしまうほど月宮さんは大人っぽい女性だった。っていうか多分年上だよな?

 あとめっちゃ美人。

 

「桐原はここで何してたんだ?」

 

「宍戸が俺の魔法に興味あるみたいでさ。どうも俺の魔法は普通の魔法とは違うらしい」

 

「どういうこと?」

 

「さあ?説明されたけど専門用語だらけでさっぱりだった」

 

「あー……」

 

 なんとなく想像がついたのか神宮寺は納得したような声を出した。

 こう言っておけばあれこれ詮索されることもないだろう。

 

「っていうかさっきレスキューの要請とか神宮寺の権限とか言ってけど何者なんだ?」

 

「あれ、知らない?これでもアタシJGJインダストリーのお嬢様なんだけど」

 

「JGJ……え、あのJGJ?家電とか魔導機とか作ってる?」

 

「そーそー。うちはグリモアのスポンサーだし軍事複合体企業でもあるからさ、こういう学園の緊急事態の時とかはレスキューを派遣したりするんだよ」

 

 なるほどな。でかい会社だってのは知ってるけどそんなことまでやってるのか。

 っていうか神宮寺ってマジのお嬢様じゃん。通りでメイドさんなんてものが付いてるわけだ。

 

「それに今回はお姉さまも討伐隊に入ってるからな。ってなわけでアタシ達も行くか!生徒会として!」

 

「レスキューチームに任せましょう。タイコンデロガが相手であれば……」

 

「大丈夫だって!副会長補佐としてただ見てるってわけには……」

 

 神宮寺と月宮さんはそんな会話をしながら出て行った。そして研究室に1人取り残される俺。

 ……あれ、これ俺まで帰ったらここ無人になるけど平気なのか?宍戸のことだからそれなりのセキュリティーはしてるだろうけど、万が一があると俺にも責任が生まれたりしない?

 気にし過ぎかもしれないが、俺はため息を吐いてソファーに横たわり、そのまま目を閉じた。

 

 その後、研究室に戻ってきた宍戸になぜここで寝ているのかと問われ事情を説明したところ、別にそのまま無人になっても問題はないので大丈夫だと言われた。

 それが昼寝を始めておよそ2時間後の出来事である。

 

 

 

 

 

 

 で、明けて翌日。

 昼間にたっぷり寝ても夜は悪夢にうなされるいつものルーティーンをこなした俺は、授業を終えて一層重くなったまぶたを擦りながら飲み物を買いに行くために中庭を歩いていた。

 その途中、見知った後姿を発見する。

 

「もう1日経っちゃったじゃない……どうすんのよ……!」

 

 その正体は往来で頭を抱えながら何事か呟く岸田だった。

 割と挙動の変人感がすごい。眠気覚ましにちょうど良さそうだから絡むけど。

 

「よう岸田。どうしたんだ?」

 

「ぎゃーっ!ま、まだ何も言ってないわよ!言ってないからね!」

 

「なんだ?何かあったのか?」

 

「な、なんでもないなんでもない……言えないわよ、こんなの……」

 

 その様子から岸田が挙動不審な理由に見当がつく。

 周囲に聞こえないように声をひそめて聞いてみた。

 

「武田の件か?」

 

「な、なんでアンタがそれを!?」

 

「ちょうど研究室にいた時に宍戸に報告が入ってな」

 

 岸田の方こそどこから情報を仕入れたのか分からないが、考えてみれば遊佐と同じ部活だ。あいつから岸田に情報が降りてきたんだろう。

 遊佐が極秘情報を握っていたとしても「まあ遊佐だし」で終わる話でもある。

 

「2人とも、ちょっといいか?」

 

「あ、怜」

 

「どうかしたのか?」

 

「いきなりで済まないんだが冬樹(ふゆき)を見なかったか?」

 

「ノエル?イヴ?どっち?」

 

 冬樹っていうのは2人いるのか。俺はどっちの冬樹も知らんけど。

 

「イヴだ。これから風紀委員のミーティングでな」

 

 神凪によるとデバイスにも反応がなく、しかし外出許可は出ていないから学園内にいるはずだ、ということらしい。

 それたぶんサボりじゃねーかな。

 

「さあ、見てないわね。というか風紀委員でミーティング?中休みよね、今」

 

「緊急だ。次の彼女の授業は……ノエルに聞いてみるか」

 

「イヴのことノエルに聞いてもしょーがないでしょ。萌木(もえぎ)に聞くのがいいわよ。イヴはよく図書館で本読んでるから知ってるならあの子でしょ」

 

「なるほど、ではそうしよう。助かった」

 

 そう言って歩き出した神凪は数歩で足を止め、再びこっちに戻ってくる。

 

霧塚(きりづか)の次の授業はなんだろうか?居場所が分からん」

 

「えーと、それはリナちゃんに……リナちゃんの授業は……」

 

 ぐっだぐだじゃねぇか。

 

「霧塚なら訓練室で実技の授業だぞ」

 

「なんでアンタが知ってんのよ?」

 

「俺、霧塚と同じクラス。というか俺もその授業出るから」

 

 なんて話しつつ、俺はデバイスを取り出して霧塚本人に電話をかける。

 相手はスリーコールで出た。

 

『も、もしもし。あの、何か……?』

 

「ちょっと人探ししててさ。冬樹イヴ?って子が今どこにいるか知らないか?」

 

『イヴさん、ですか?今の時間ならもしかすると図書室にいるかもしれません』

 

「図書室ね。サンキュー……ということらしいが」

 

「済まない、何から何まで」

 

「気にしない気にしない。緊急らしいし急いで探してきた方がいいんじゃないか?」

 

「そうしよう。ありがとう桐原」

 

 今度こそ立ち去っていく神凪の背中を岸田と見送る。

 

「……アンタ、もしかして手が早い?」

 

「んなことねぇよ。クラスの女子で番号交換してるの南と霧塚、海老名に、あとは……」

 

「いや充分でしょそれ。アタシや怜とも交換してるし」

 

「そもそもここは男子が少ないんだからしょうがないだろ」

 

 なんせ男女比が2:8だ。どうしたって女子の知り合いの方が多くなるんだよ。

 そんなたらし疑惑をかけられるという一悶着もありつつ、岸田と別れて目的の飲み物を購入した俺は、まだ授業までの時間があったので一度教室に戻る。

 そこで聞き捨てならない会話が耳に届いた。

 

千佳(ちか)、千佳!なんか会長が行方不明だって!」

 

「会長って武田虎千代の会長?」

 

「そうそう。クエスト中にいきなりドガガガガって!」

 

「なにが起きたか全然分かんないじゃん。つーか会長が行方不明ってあり得ないっしょ。あの人世界で何番目に強いとか言ってたじゃん」

 

 マジかよ。武田ってそんなレベルで強いのか。

 

「いやまあそうなんだけど、あたしも聞いただけだからなぁ……でももう2日目の午後だぜ?クエストが成功しても失敗しても普通は昨日の内に戻ってくるじゃんか」

 

 そんな話をしているのはクラスメイトの間宮(まみや)と、ギターケースを背負った少女だった。どこからか情報が漏れたのか、それともギター少女が言うように武田が戻らないことを不審に思った人物が憶測で語った話が噂になって広がりでもしてるのか。

 洞窟が崩れたような話をしてることを考えると前者かね。普通なら魔物に負けたとか苦戦してるって発想の方が出そうなところだし。

 

 でも今回の件に緘口令が敷かれてるっぽい理由が少し見えてきた。

 武田は多分、この学園の象徴なんだろう。それは会長としてって意味だけじゃなく、その強さこそが何より学園にとって、学園生にとっての精神的な支柱なのかもしれない。

 魔法使いは魔物との戦いを強制されるからな。生き死にが身近な分だけ、自分達を守ろうとしてくれる生徒会長がワールドクラスに強いってことは大きな支えになる。

 

 そんな武田が行方不明となれば不安を感じる学生も増えるだろうな。それを避けたいのかもしれない。

 なら武田が行方不明だって知ってる俺が取るべき行動は普段と変わらず過ごすことだ。「武田?大丈夫でしょ、強いし」とか言っとけばすぐにひょっこり帰ってくるさ。

 

 実際、そんな感じで帰ってくると俺は本気で思っていた。

 この時は、まだ。

 

 

 



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11話 迫る危機

 

 

 武田がいない学園はどことなく活気がないというか、不安感に包まれているような空気が漂っていた。事情を知っているからそう感じるだけなのかもしれんけど。

 ただ時間を追うごとに武田が行方不明になっているという噂話がどんどん広まってきている。

 人の口に戸は立てられないってやつだな。

 

 そんな中で1日を終えて部屋に帰ってきた俺は特に何をするでもなくベッドの上でゴロゴロしていた。

 あまり心配はしていないとはいえこんな事態の最中に惰眠を貪るのも気が引ける。かといって今から訓練する気分にもならない。

 どーすっかなー、とうだうだしていた時だった。俺のデバイスが着信を報せる。

 

「風紀は乱してないけど」

 

『別にそんなことでいちいち電話したりしねーですから』

 

「んじゃなんのご用で?」

 

『今から生徒会室まで来てもらいてーんですけど』

 

「了解」

 

『……理由とか聞かねーんですか?』

 

「着いたら聞くわ」

 

 デバイスを切り、もう一度制服に袖を通して部屋を出る。

 このタイミングで生徒会室に呼び出しとは。なんとなく嫌な予感がしてきた。

 寮から生徒会室までは歩いておよそ10分。知らず知らずに足が早くなる。

 その程度で息が切れることはないが、夕暮れになっても未だ衰えない夏の暑さにジトッとした汗が滲み出る。それがまた不快だった。

 

 しかしそれに構うことなく生徒会室を目指す。流れる汗をワイシャツの袖口で大雑把に拭ってから扉をノックした。

 

「どーぞ」

 

 水無月の声を聞きながら扉を開く。

 中にいたのは水無月に宍戸、東雲と水瀬、そして……

 

「武田帰ってきてんじゃん」

 

 我らが生徒会長、武田虎千代の姿があった。

 いやまあ、あったのはいいんだが……。

 

「ああ、ついさっきな。心配をかけた」

 

「それはいいけどさ。無事だって生徒に伝えたらどうだ?」

 

 不安がっている生徒は多い。なのでそう提案したんだが、ただでさえ重かった空気がさらに重くなる。

 ああ、やっぱりそういう感じなのか。

 

「そーしたいところなんですがね。ちょっとそれどころではねーんですよ」

 

「俺がここに呼ばれたのもなんか関係あんの?」

 

「そーゆーことです」

 

「時間がない、手短に話そう。宍戸」

 

「小鯛山に多数のミスティックの出現が確認されたわ」

 

 武田に話を振られた宍戸がいつもの淡々とした口調でそう告げた。

 ミスティック――つまり霧の魔物だ。それが一気に、多数出現したとのこと。

 

「国軍が対応してくれるけど発生規模を考えるとどうしても漏れる。学園に出動要請が来るのは確実。生徒会も精鋭部隊も疲労している最悪のタイミングでね」

 

「それはつまり……」

 

「あなたが考えている通りよ。第7次侵攻が開始されるわ。おそらく今日の深夜から未明にかけて」

 

 今は午後4時を回ったところだ。

 早ければ時間にして約8時間後には霧の魔物との戦争に突入するわけだな。

 

「……なるほど、緊急事態だってことは分かった。それでどうして俺はここに呼ばれたんだ?」

 

「単刀直入に言おう。桐原、お前の強さを見込んで頼みがある。この第7次侵攻でアタシの代わりを務めて前線に立ってもらいたい」

 

「いいぞ。具体的には何をすればいい?」

 

 そう答えると生徒会室の空気が止まった。

 数秒の沈黙。それを破ったのは東雲だった。

 

「くっくっくっ、まさかそこまで即答するとはのう。なかなかに男らしいではないか」

 

「……ああ、さすがに驚いた」

 

「いやいやいや、待ってくだせー。あんたさん状況をちゃんと理解してます?」

 

「武田の代わりに霧の魔物を倒しまくれってことだろ。直死の魔眼は使えないんだよな?」

 

「ええ。この戦いでは誰がどこから見ているか分からない」

 

「つまり普通の魔法しか使えねーってことです。下手を打てば死にますよ」

 

「水無月は反対なのか?」

 

「当たり前です。魔法使いに覚醒してたった1ヵ月のあんたさんを死地に送り込むなんてとーてい賛成できません」

 

「この場に呼ぶのも反対しておったしな。強制させないために自分が話をするとまで言い張って電話したのにのう」

 

「即断即決してすまん」

 

「もー少し考えてから物を言うことをおすすめしますよ」

 

「ですが生徒会も精鋭部隊も満足に働けない今、風紀委員の皆さんには戦場を広くカバーしてもらわなければいけません。当然貴女にも。遊撃に戦力を割く余裕はないのでしょう?」

 

「それは分かっちゃいるんですがね。ウチには無理でも学園にはまだ生天目つかさも、東雲さんも、雪白(ゆきしろ)ましろもいます。わざわざ桐原を命の危険に晒す必要性はねーはずです」

 

「第7次侵攻が開始されればグリモアの生徒は総動員せざるを得ない。命の危険も、学外の組織に目をつけられる可能性も等しくある」

 

「その可能性をより高める必要はねーでしょうって話です」

 

 ……なんだろうこの構図。水無月が必死に俺が前線に出ることに反対してくれてるのか。

 それ自体は嬉しいんだが、それよりもずっと気になっていることがある。ぶっちゃけそっちの方が気になって話があんまり耳に入ってこないんだけど。

 

「なあ、ちょっといいか?」

 

「なんだ?」

 

「武田、お前何があった?」

 

「ずいぶんと抽象的な物の尋ね方だな」

 

「ならはっきり言うぞ。お前死にかけてるだろ」

 

「……どうしてそう思う?」

 

「死の線が濃い。どう見ても普通じゃねぇ」

 

 生徒会室に入って武田の姿を見た瞬間、直死の魔眼を発動していないにもかかわらずその体に色濃い死線と点が見て取れた。特に胸の辺りがほぼどす黒く染まっている。

 

「そうか。お前の目にはそういう使い方もあるのか」

 

「感心してる場合かよ。なんなんだそれ?」

 

「霧に侵された。それだけの話だよ」

 

 聞けば洞窟内に閉じ込められたままタイコンデロガ級という、通常よりもデカくて強い魔物と遭遇。それ自体は武田の敵ではなかったが、それを倒すために魔力を使い、倒した魔物が霧になって体内に侵入を許した、とのことだった。

 限られた空間内に霧が充満し、呼吸をする度にそれを取り込まざるを得ない。そして漂う霧から再び魔物が出現してそれを倒すためにまた魔力を使い、霧を取り込んでしまう。

 その結果がコレらしい。

 

「崩れた岩盤ごと吹っ飛ばせなかったのか?」

 

「可能だったが、討伐隊のメンバーの状況が分からなかったからな。あの状況で威力の高い魔法は使えなかった」

 

 どこまでも生徒想いな会長だった。

 その結果死にかけてるわけだが。

 

「……治るのか?」

 

「治すさ」

 

 ニッと笑って武田は言う。

 だがその傍に控える水瀬の沈痛な表情を見る限り助かる可能性が高いとは思えない。

 つまり状況的には生徒会長の、文字通り最期の頼み事というわけだ。転校してきたばかりの俺にずいぶんと重い使命を背負わせてくれるじゃねーの。

 

「1つだけ聞かせてくれ」

 

「なんだ?」

 

「さっき水無月が言ってたように学園には強い魔法使いが他にもいるんだろ?なのにどうして俺にそんな大役を任せようと思ったんだ?」

 

「……グリモアの生徒会長は総合的に見て最も強い者が選ばれる。だからアタシが退けば水無月が、と思っていた。桐原、お前と出会うまではな」

 

「俺に次の生徒会長になれっての?」

 

「いきなりとは言わないさ。まずは水無月が務めることになるだろう。だがアタシはお前の強さにグリモア学園の未来を見た。勝手な話なのは承知だがそれを託されてはくれないか?」

 

 確かになんとも身勝手な話だ。何が1番身勝手ってかって武田自身が生徒会長を辞める前提で話を進めているところだよ。

 

「答えは保留ってことで。今はとりあえず第7次侵攻をどうにかすることを考えようぜ」

 

「ふっ……それもそうだな」

 

「武田の代わりって言うけどさ、俺は指揮を取ったりはできないぞ?」

 

「その辺は風紀委員や精鋭部隊がやってくれる」

 

「というかやっぱり桐原は出るつもりなんですね」

 

「生徒会長から直々に頼まれたんだ。断れないだろ?」

 

 俺の身を案じて水無月が反対してくれたことは素直に感謝している。

 だがこの場の流れ的に、命短い武田が後進として俺を指名した形である。

 そこで「嫌っす」とは言えない。まあ元から言うつもりなんてないんだが。

 

 武田の命がかかっている。学園生の命がかかっている。市民の命がかかっている。

 俺の記憶の中の住人はそれを見逃せるほど他人に対して無関心にはなれない。魔法少女や正義の味方を名乗る英霊、超能力者の女子中学生が俺をしごきまくってるのは、こういう時に戦うためなんだろう。

 今も胸の内には正義感の炎がメラメラと燃え盛っている。俺、ちょっと前まではこんなキャラじゃなかったんだけどなぁ……。

 

 まあいいさ。まだまだ未熟とはいえ毎日毎晩夢の中でアホみたいにやられまくったおかげで霧の魔物と戦うだけの力はある。武田の命を救う為の手段にも心当たりがないわけじゃない。

 だったらやるしかない。今こそ睡眠不足の真価を発揮する時である。

 

「この学園で1番強いのが武田なら2番目は誰だ?」

 

「それは生天目つかさでしょーね」

 

「ああ、タイマンならアタシと互角だ。戦いに飢えていて単独でも魔物の大軍に突っ込んで行くから連携を取るのはほぼ不可能だが」

 

「それは大丈夫なのか?1人で突っ込んで死んだりしない?」

 

「対魔物で負けることはないだろう。魔力が切れても生還するだけの実力もあるし、優秀なサポートもついている。ただスタイルが近接戦闘だから物量のある相手だと抜かれやすいし防衛には向かないな。ヤツの気質的にも遊撃向きだ」

 

「何それ。No2なのに役割ほぼ固定じゃん」

 

「そこで高い実力と豊富な経験を持つ東雲さんや雪白さん、そして風紀委員の皆さんの出番ですわ」

 

「精鋭部隊も消耗はしているけど現場で前線指揮を取る程度なら問題ないと聞いている。エレンやメアリーは充分に戦えると言っていたわ」

 

「こうして聞いてると余裕そうな気がしてくるな。当然んなことはないんだろうけど」

 

「さすがに数が数じゃ。国連軍の働きにもよるが学園生のみで受け切るのは骨が折れる。死人を出さないことにこだわるならなおさらの」

 

「それでもやるしかねーんですけどね」

 

「……ちなみに今挙げた戦力と学園生だけでも余裕を持って受け切れる魔物の数は何割だ?」

 

「6割程度かしら。国軍が魔物を2割削り、こちらの連携と作戦が十全に決まってようやく互角ね」

 

 分かっちゃいたけどなかなかにシビアな数字だ。宍戸の言葉は高い確率で死人が出るって言ってるようなもんである。

 でもそれは、裏を返せば5割削ればなんとかなるってことだ。

 悪目立ちせずに、大量発生した魔物の半数を俺が倒せばいい。なあ、そうだろ?

 

 

 

 ――皮肉屋の英霊さんよ。

 

 

 



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