Outsider of Wizard (joker BISHOP )
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第一章 ミッション

一人の17歳の少年は、学校近くの公園に立ち寄っていた。

誰もいない、ずいぶん静かな所だ。

しかし静かな所は好きだから、こんな所はかえって居心地が良いのだ。

 

その少年、マックス・レボットはブランコの一つに腰かけ、曇り空を見上げていた。

「つまらない。どうせ学校にはうるさいガキのような奴らばかりだ。あいつらを除いては。」

マックスはとある人物たちを頭に思い浮かべていた。

 

彼には三人の友達がいる。とは言ってもいつも一緒にいるわけではない。同じような考えを持つ者同士として、色々行動する協力者達といったところだ。

そんな友達と行動する事以外、いつも学校はつまらないと思っている。

だからといって帰りがけに盗みなどをして遊んだりもしない。

マックスは今までに万引きしている学生、大人を見ている。

その時は必ず、「つまらんことをするものだ。」と呟いて通りすがるのである。

だが少くとも明日は楽しい日になると確信している。

マックスはそのあと、学校の寮へ帰ったのだった。

 

そして翌日、マックスはある所に到着していた。

教室ではない。裏庭の人目のつかないような木陰にいるのだ。

その他に二人の男子と一人の女子がいる。彼らがマックスの友人だ。

 

「揃ったな。さあ、この時が来た。どんなに面白いことになるか。」

マックスが話しはじめた。

「では最後にもう一度作戦をおさらいだ。いいか、俺が空にスモークを打ち上げる。周りがそれに気をとられている隙に、ジャック、お前は職員室へ行き、『学校内全システム書記』を奪うんだ。」

マックスは、彼と背格好の似た、長身で細身の男子、ジャックに言った。

 

「OK 、そして図書室に毎日来ている真面目男たちは、ジェイリーズ……」

ジャックは四人の中で唯一の女子を向いて言う。

「わかってるわ。あの一年の男子達はあたしが引き付けておく。」

 

美形でスタイルもいい女子、ジェイリーズは言った。

「任せたぞ。職員室へは図書室を横切らなければ行けないからな。きっと図書室にいる奴らもみとれることだろう。」

 

マックスは他の生徒とあまり接しはしないため、他の大勢の生徒のことは知らないが、ジェイリーズはかなり上位の美人であるという自信がある。

 

「そして最後にディル、お前は生徒達が近づいて作戦の妨げになりそうな場所にマグル避け呪文を頼む。」

マックスは体格のいい男子、ディルに言った。

「任せておけ。よりスムーズに作戦を行えるようにする。」

「ようし、今から俺はグラウンドへ行く。ジェイリーズとディルはさっそく動いてくれ。ジャックは職員室へ忍び込むスタンバイだ。では、これより『学校内全システム書記』強奪作戦開始だ。幸運を。」

 

マックスの言葉を最後に、4人はそれぞれ動きだした。

彼らはグループを組んで行動しているのだ。マックスがリーダーに立ち、作戦を考える。

 

今回の作戦は、職員室から『学校内全システム書記』という本を手に入れることだ。これには校内のあらゆる事が書き示された本だ。

これははっきりいって、盗みである。

 

マックスは裏庭からグラウンドの端のほうに動いた。

木の裏に隠れるなり、ズボンのポケットから30センチばかりの細長い棒を取りだし、胸元でそれを上に向けて構えると、ある呪文を唱える。

 

「インビジビリアス。」

すると、足先から徐々に消えていく……

そのまま頭のてっぺんまで背景が透けて見え、やがて彼の体は完全に透明になった。

 

そう、彼は魔法使いである。そしてジャック、ディル、ジェイリーズもだ。

彼が手に持つ棒は魔法の杖なのだ。

 

間もなくグラウンド中にチャイムが鳴り響き、生徒達はどんどん学校に入っていく。

しばらくし、門が閉ざされた。もうすぐ一時間目の授業までの自習時間が始まるのだ。

ここで、今や透明と化したマックスはグラウンド中央へ歩き、そこで杖を高々と上げた。

 

「サンクタス・フューマス。」

とたんに杖先から黄色い光が放たれ、一直線に空高く上がって……

 

マックスは杖をしまった。

校内からはざわめき声が聞こえてくるのがわかった。

見るとグラウンドの真上には黄色い煙が渦を巻いて漂い、次に赤へと色が変わった。

マックスが杖を振ると、その方向に煙は移動する。

 

「そっちもうまくやってくれよ。」

マックスはその場で虹色に変わる煙を操り続けた。

教室では生徒達が窓から空を見上げて騒いでいる。

その頃……

 

「やっぱりあの真面目3人組はいたな。騒ぎになど全く気づいてないらしい。いや、興味がないだけなのか。」

ディルとジェイリーズは6階、図書室前の廊下の角に隠れていた。

 

「じゃあ、行ってくるわ。」

「うまくやれよ。万が一職員室から出てきた教師がここら辺に来ないようにマグルシールドを張る。」

「その呼び方、ほんと好きね。」

ジェイリーズはややあきれたように言う。

「いいだろ。マグル避けよりこっちの方がかっこいい。」

「好きに言ってればいいわ。」

そう言うとジェイリーズは静かに図書室へ向かって歩く。

そしてディルはその場に隠れた。

 

ジェイリーズが図書室入り口に来ると、杖を取りだし、杖先をスカートの裾に当てて小声で呪文を言った。

 

「レデューシオ。」

そして杖先をゆっくり上へと上げていく。それにともないスカートの裾も上がっていき、どんどん短くなっていくのだ。

 

「なかなかやるなあ……」

ディルが廊下の角から顔を出して図書室入り口を見ていた。

 

ジェイリーズは、短くなりすぎたスカートのポケットに収まらない杖を首からシャツの中に入れると、入り口から姿を現し図書室へ入った。

 

目線の先には長机の一角で、椅子に座り本を読む3人の男子生徒の姿があった。

ジェイリーズは3人へ近づきながら声をかける。

 

「ねぇ、ちょっといいかな?」

優しげな声が聞こえ、3人は同時に振り返る。そしてゆっくり近づいてくるジェイリーズの姿を見ると同時に動揺した。

 

「君たち、外で起きてることは知らないの?」

ジェイリーズは3人の目を見つめながら徐々に迫った。

「窓から見えたから知ってるけど、ぼ、僕たちにはどうでもいいことさ。た、ただ調べものをしてるだけで・・」

「そう。ぼ、僕も。」「僕たちは騒ぎなんか興味なくて……」

 

学校でこれほどの美人と話したことがないと、3人とも思っているに違いない表情であった。

ジェイリーズは話に乗っかった。

 

「あたしも、騒ぎには興味ないわ。」

そう言いながら1年の真面目3人組の真横まで迫った。

3人は本を向くが、思わずすぐ近くの彼女に目が移る。

 

「あたしも調べものは好きよ。だからあの煙は何なのかって、気になって見てるのよ。」

ジェイリーズは3人の横側に面した広い窓ガラスの前まで歩いた。

 

窓の縁に手を置いき、スカートの中が見えそうなぐらいに前のめりになって窓の外を眺めはじめた。

3人は完全に本から目を離し、ジェイリーズの後ろ姿を見ていた。彼女には後ろの3人は見えないが、そろってこっちを見ているという確信があるのだった。

 

「君たちは煙の正体には興味ないんだね。」

そう言ってちらりと後ろを向く。

3人は焦って目を反らす。

「あれ?興味なかったんじゃなくて?」

彼女は尚も追い込んだ。

「え、ああ、無いけども、ええと……」

彼らは固まったのであった。

 

今や3人が図書室前の廊下を振り向く危険性はゼロとなった。ジェイリーズは携帯電話を取りだし、メールを打った。

 

「おっ、いよいよ俺の出番か。ドキドキしてきた。」

ジャックがジェイリーズからの合図のメールを受け取り、動き出した。

ディルがかけたマグル避け呪文のお陰で生徒と教師は近くに全くいないため、足早に図書室前の廊下に来ることができた。

 

少し先にはディルの姿が見えた。

「ディル、お前のマグル避け呪文の効果はよく効いてるようだ。おい。」

ディルはこっちに気づいてないらしい。

ジャックは静かに走ってディルの側に寄った。

「俺だ。今からが本番だぞ。」

「おっ!誰かと思った。ビックリしたじゃないか。」

「お前が全然気づかないからだろ。じっとして何してたんだ。」

ジャックは図書室の中を覗いてみた。

 

「なるほどな、そういうことか。」

「誰だって見てしまうだろ。」

「そんなこと言ってる場合か。ジェイリーズが頑張ってる間にさっさと作戦を終わらせるぞ。」

「ああ、そんなことわかってる。」ディルがむきになって言う。

 

「おれが本を取ってくる。その間にこの廊下に誰も入れないように頼む。更にマグル避け呪文をかけておいたほうがいいかもな。」

「了解だ。だがちょっと待て。」

「どうした?」

「マグルシールドな。」

「勝手に呼んでろ。」そう言い残し、ジャックは図書室前を素早く通り抜け、その先の職員室へ急ぐ。

 

ジャックはまず入り口のドアにくっつき、耳をすます。話し声はほとんど聞こえない。職員室にいた教師はほとんど外の件で出ていったのだろう。

ジャックはポケットから杖を取りだし、呪文を唱える。

 

「インビジビリアス。」

みるみるジャックの身体が透けていく。自分の体が完全に見えなくなると、ドアの窓から職員室をのぞきこんだ。

 

数人の教師がデスクに向かっている。各自の作業に集中しているようだった。これはついている。

ジャックは教師たちから遠い、奥のドアから侵入することにした。

 

足音を立てず、職員室前を小走りでかける。

その後ろをディルがついていく。

「レペロ・マグルタム。」

ディルが奥の階段に向けて杖を振る。

「気が利くじゃないか。マグルシールド名人。」

「やっぱりその名が好きなんじゃないか。」

「言ってやっただけだ。」

 

気を取り直し、ジャックは職員室後ろのドアをゆっくりと開けていく。

ディルはその斜め後ろの階段から降りていき、付近に人が近づいていないか見張る。

辺りに緊張感が漂った。

 

ドアの隙間から職員室が見えた。誰もこちらに気づいていない。

ここで呼び寄せ呪文を使えば飛んでくる本を見られる危険性が大だ。そのままスーっとドアをスライドさせ、職員室に侵入した。

ここからは一切声を発してはいけない。つまり呪文は使えない。

 

ジャックは考えた。重要な本だ・・・ずっと昔からある古い本だ……となると表に置いてあるわけはない。きっと奥にしまってあるはず……

 

ざっと職員室全体を見渡したところ、本が並べられてある棚が3ヶ所。その一つがすぐ目の前にある。

ジャックはまずガラス張りの巨大なケースを調べることにした。

 

教師はこっちを向いていない。音をたてない限りまず気づかれることはないだろう。

ジャックは足音を消して歩み寄った。

 

下段が物置、上段が本棚になった巨大なケースのガラスの扉ごしに中の本の名前を一冊ずつ見ていく。

どれも違うものだらけだ。

次に下段の扉を静かに開き、中を確かめるが、本は一冊も無いようだった。

 

となると、残り二つの戸棚を調べるしかない。

その頃、グラウンドでは……

 

マックスが杖を振り、色が変わる煙を上空で操り続けている。

ふと、学校正面入り口を見た。教師がぞろぞろと出てくるのだった。

しかし、いくらグラウンドを調べたところでマックスの姿を見破ることはできないが。

 

マックスは一旦呪文を切り、携帯電話を取り出す。

「ディル、そっちの状況はどうなってる?」

マックスはディルと話し始めた。

 

「さっきジャックが職員室に入った。まだ見つけられてないようだ。」

ディルが小声で言った。

「そうか。こっちは教師たちがグラウンドに集まってきている。目くらましの呪文で見つかることはないが、この呪文の効果を長く持たせるのは難しいから、もうすぐ校内へ向かうぞ。」

「わかった。気を付けろよ。」

「そっちもな。」

そしてマックスは電話を切った。

 

「呪文が切れるのが先か、逃げ切れるのが先か。おもしろくなってきた。」

彼は空の煙を操りながら自身の目くらまし術も維持し続けているのだった。

煙は呪文を切ってもしばらく浮遊している。マックスは杖をポケットにしまい、目くらまし術が効いてる間に校内へ逃げ込むことにした。

 

5人の教師がグラウンドまで来て上を見ている。背景と同化したマックスはグラウンドを遠回りで走る。

誰も気づくことはなく、教師たちは上を見ながら会話している。

 

無事グラウンドから出て、正面入り口に走り込んだ。まだ気を抜いてはいけない。校内から煙を操り、ジャック達が戻るまで人の気を引いていなければならない。

まだ姿を消したまま彼は上の階へと向かった。

そして職員室では……

 

デスクで作業していた教師たちが立ち上がり、職員室から出ていこうとしていた。やはり皆、外が気になるのだ。図書室の3人を除いては。

 

ジャックは心が踊った。これはいける!

すぐさま動こうとしたが、何かに気づいて急いで携帯電話をとりだした。

 

今、職員室前の廊下は両サイド共にマグル避け呪文がかかっている。このままでは教師たちがこの廊下から出ていくことはできないのだ。

ジャックはメールを高速で送り、返事を待つ。

職員室から出た教師を遠くへ追い出すため、一時図書室から反対側の階段のマグル避け呪文を解除しろとの内容だ。

 

教師たちが次々職員室から出ていく。ディルがメールに気づくかどうか……

一瞬不安な空気が漂ったが、直後メールが帰ってきた。

 

「よくやった。さて、今しかない。」

職員室にいた教師は皆出ていった。そしてその後ろから、誰かが声をかけて歩いてくるのがわかった。

校長だ。

 

これはしめた。このまま校長まで外に行けばこの廊下には、他にジェイリーズと一年の3人組しかいなくなる。校長室に入ることも可能だ。校長室……

ジャックはひらめいた。

 

「ずっと昔からある、この学校全体のことを記載した本だ。なぜ校長室にある可能性を考えていなかった。」

 

教師たちと校長が階段を下りていったのを確認するとジャックはすぐに後ろのドアから飛びだして、その隣にある校長室の扉を開こうとした。

鍵はかかってない。思いきり扉を開いて中に踏み込んだ。

やはり誰も居ない。そしてその場で杖を構え、その呪文を唱えるのだった。

 

「アクシオ『学校内全システム書記』」

予想は当たった。一つの引き出しがバン!と開いて、中から一冊の古びた本が高速で飛んできた。

ジャックはキャッチし、手に触れると同時に本が透明になった。

 

開いたひきだしの中を簡単に整理し、戸を閉めるとすぐに校長室から出て辺りを見渡す。

誰にも見られていない。作戦は成功したのだ。

 

ジャックは走りながら作戦完了のメールをジェイリーズ、ディル、マックスに送った。

図書室ではジェイリーズが3人組を相手にし続けている最中、メールを確認する。

 

「あっ、そろそろ時間だから、もういくわね。」

彼女は微笑み、優雅に図書室を出るとすぐさま杖をシャツの中から引っ張り出してスカートに一振りした。

「エンゴージオ」

スカートの長さは元の膝上まで伸びたのだった。

「まったく、皆お好きなこと。」

ジェイリーズは足早にその場を去った。

図書室では3人がまだ緊張して固まったままだった。

 

一方ディルはマグル避け呪文を解除しながらマックス達のもとへと向かった。

マックスはというと、既に教室の机に座っていた。もう外の煙は薄く、消えかかっていた。

メールを確認すると、すぐにジャックが教室へ入ってきた。

 

「よくやったな。」

「そっちも、大したマジックだな。皆騒いでるぞ。」

「なんせタネも仕掛けもない極上のマジックだからな。」

 

すると後ろからディルとジェイリーズが現れた。

「なかなか楽しかったぞ今度の作戦は。こんな興奮今まではなかった。」

ディルが満足げに言う。

「そうでしょうね。あたしの足をずっと見られたからね、スケベさん。」

「そんな言い方は……俺だってちゃんと活躍したんだ!」

ディルがむきになった。

「よせ、ともあれこれを入手できた。」

マックスはジャックから本を受け取り、パラパラとめくった。

 

「ついに手に入れた。これで校内のことはよくわかるだろう。より行動を起こせやすくなるんだ。」

その後は各自、散らばって授業が始まったのだった。

そしてこの日も夜を向かえる。

ここ、イギリス・バースシティーに建つ巨大な城のような外観のセントロールス高校は寮の暮らし心地が良いということで有名だ。多くの生徒が寮に入り、ここで寝泊まりしている。

マックス達も同じく、ここが家のようなものだ。

 

セントロールスにはAからFまで6つのクラスがあり、1クラスごとに寮室という広間と、その奥に生徒の個室が設けられており、生徒数はかなり多い。

そして今、マックスとジャックは本校舎の隣に建っている寮塔と呼ばれる、これまたでかい校舎にいるのだった。

 

ここはマックスの所属するBクラスの寮室。寮室は同クラスの全学年の寮生達が共有する広場ということで自由時間にはかなりうるさくなる。

 

広々とした部屋のいたるところに様々な形とサイズのテーブルがあり、椅子が囲んでいる。その椅子に座る生徒達は皆、今日あった事件の話をしている。

 

今日の放課後行われた全校集会では、現段階では煙が出現した原因は解っていないが、もし生徒によるイタズラであったならば、実行した生徒は名乗ること。なかなか申し出ない場合は大きな罰を下す。という校長の話があった。

しかし例の本のことは教師の誰もが口にしなかった事を考えると、今のところはあの本が無くなっていることは誰一人気づいていないらしい。

いずれ気づいたとしたら、また集会が開かれて生徒は騒ぎだすのだろうか。今ここにいるキーキー騒いでいる生徒たちのように。

 

そんな生徒達とは離れて、寮室の片隅で、彼らは椅子に腰かけていた。

 

「そう言えばディルはどこだ?」

マックスは向かい合って座るジャックに言った。

「さあな。またどこかでイタズラでもしてるんだろう。」

ジャックは窓の縁にひじをついて外を見ながら言った。

「いつものことだな。」

マックスは缶ジュースを飲みながら呟く。

 

「そうだ、ジェイリーズは今夜の行動には参加するのか?」

「まだ何も聞いてないな。ディルは参加したいと言ってたが。」

「そうか。ジェイリーズと言えば、あの3人への影響はすごかったぞ。」

「図書室の事か。」

「ああ。少ししか見てないが、あれはかなり動揺してたな。」

ジャックは今日の作戦中の事を思い出した。

 

「まあ誰だって振り向くだろうな。」

「振り向くなんてレベルじゃなかったよ。ディルも例外ではなさそうだったしな。」

「あいつが気を取られてどうするんだよ。」

マックスも小窓から外を眺める。

 

「まったく、面白いやつだ。それで、本題に入ろうか。」

「その事だが、話がある。」

マックスはジャックを連れて部屋の奥にある扉から部屋を出た。

その奥は横長い通路があり、壁には端から端までいくつものドアが並んでいた。ここから先が寮生の個室ということになる。

 

二人は奥へと歩いていき、ひとつのドアの鍵を開けて入った。ここがマックスの個室だ。

 

中は、一人が暮らすには十分なほどのスペースがあり、壁沿いにはベッドが、反対側には小さな棚と机があった。

棚には教科書類と数冊の本以外何もなかった。

 

ドアを閉めると、マックスはベッドの下に手を突っ込んで、隠された本を取り出した。

マックスが持つ古びた紺色の本は『学校内全システム書記』だ。

 

「もう読んでみたか?」

「地図のページをな。そこで少し気になる所を発見した。」

「何だ?」ジャックはさっそくわくわくしてきた。

 

「ここからが俺が見たページだ。」

マックスはとあるページを開き、ジャックに渡す。

「これは、学校全体の地図だな。」

「さらにページをめくってみろ。」

ジャックは1枚ページをめくった。次は一階を詳しく書き示した地図があった。

このページは一階の半分で、更にページをめくるともう半分の一階の地図が書いてあった。

 

ここで、一ヵ所に小さく赤ペンで印がつけられていることに気づく。

 

「この×印は?」

「俺が書いた。実はそこを見てほしいんだ。よく考えてみろ、そんな場所あったか?」

そう言われ、ジャックは地図と自分の記憶を参照しながら考える。

 

この学校は広すぎるぐらい広い。隅々まで完璧に覚えようとするならば、どれだけ学校をうろつき回らなければならないことか。

そんな校内の至るところを訪れた時の事を思い出した。しかし、答えは出てこない。

 

「はっきり言って、あるかないかわからんな。」

「同じだ。はっきり言えない。これには、立入禁止、重要物保管所と書いてある。調べてみたいとは思わないか?」

「思うよ。さっそく今夜かな?」

「もちろんだ。この本があれば校内は把握できる。たとえ夜の暗さだろうが関係ない。走ってどこへでも行ける。まあ走ったら足音でばれるがな。」

マックスは一旦本をベッドの下に入れた。

 

「ディルとジェイリーズには伝えておく。行動は皆が個室に入った頃だ。」

「OK。それまではおとなしくしていよう。」

そしてジャックは出ていった。マックスはディルとジェイリーズに今夜の行動内容をメールで伝えると、棚から一冊の小さな本を引き抜いた。

『魔術ワード集』と書いてあるそれを開くと、ベッドに腰かけたまま個室を出ることはなかった。

 

それからしばらくして、寮からの外出禁止の放送が学校中に流れた。

少しずつ本校舎内が静かになっていく。それと同時に寮塔にぞろぞろと生徒が移動してくる。

 

個室のなかでマックスはうずうずしていた。動くときは近づいている。

制服を脱いで私服に着替え、机の上の杖を取ってズボンのポケットに押し込む。

 

一方、ジャックも既に着替え、個室の窓から夜景を静かに眺めていた。

ディルはというと、自宅から持ち込んだスナック菓子の袋を開けているところだ。

ジェイリーズも着替え、波打つ髪を後ろで結んでいるところだ。

 

個室の外から話し声がどんどん聞こえてきた。生徒が自分の個室に入っている。

 

更に待つ。通路からほとんど会話がなくなるまで待つ……

そしてその時がいよいよ来た。

 

マックスは行動開始の合図のメールを送り、携帯電話をしまう。そしてベッド下からあの本を引きずり出して抱える。

そして静かにドアを開けた。

 

通路に出ると、個室から生徒の話し声が聞こえてきた。友達を連れ込んで遊んでいるのだ。

だがそんな他の連中とは比べ物にならないほど楽しい遊びがこのあと待っているのだ。他ならぬ優越感を感じながらマックスはドアを閉め、鍵をかける。

 

振り返ると、通路の先からジャックが歩いてきているのがわかった。

 

「今行く。」

マックスは通路を小走りで進んだ。

「待ち遠しかったよ。」

「俺もだ。こんなわくわくする行動は初めてだからな。」

ジャックと合流して二人で寮室の方向へ歩いた。

途中、数人の生徒とすれ違う。

 

「まだ生徒はうろついている。十分注意しよう。」

「恐らく寮室にはまだ人がいるだろう。」

 

通路の左側に大きな扉が見えてきた。

近づくにつれ話し声がわずかに聞こえてくる。

そして一人の生徒が扉から出てくる。やはりまだうろついている生徒はいるようだ。

 

二人は扉を開け、寮室に入ると、

部屋に点々と生徒たちのグループがあった。

皆、楽しそうに話しているだけで、こっちには見向きもしない。

そして部屋の片隅の椅子に腰かける見馴れた顔に気づいた。

 

「ディル、もう来てたか。」

「待ちくたびれたぜ。」

ディルは立ち上がった。マックスとジャックはディルの所に行く。

 

「あとはジェイリーズだな。」

マックスが言う。すると、すぐ近くから姿なき声が……

「もう来てるわ。」

 

「驚いたな。どこだよ。」

「あなたたちの目の前よ。マックス達の後ろからずっとつけてきたのよ。」

それはジェイリーズの声だった。

 

「出ていくところを人に見られないほうがいいでしょ。男子が皆見てくるから。」

「どうもすみませんね、男が皆美人好きで。」ディルが皮肉そうに言う。

 

「まあジェイリーズの言う通り、人に見られないほうがいい。早速行くとするか。俺達も透明になってここから出るぞ。」

そしてマックス、ジャック、ディルはソファの後ろに隠れた。

 

「寮室を出た先で誰もいなければ呪文を解除しろ。それが出来ない状況だったら本校舎に移ってからだ。」

「じゃあ、行こうか。」

 

そしてマックスとジャックは杖を取り、目眩まし術をかけた。そしてマックスはディルにも杖を向けて呪文をかけた。

 

「ディルも早く出来るようになれよ。」

そして3人とも徐々に体が透けていき、完全に見えなくなった。

 

マックスはそっとソファの裏から立ち上がって歩き出した。

誰一人彼らの存在に気づくものはいない。

スムーズに寮室を進み、出口の扉に近づく。

 

ここから生徒達がいる広間は死角になっているため、誰かが扉を開閉するのを見ることはできない。

マックスは音を出さずに扉をさっと開け、急ぎ足で寮室から出た。すぐ後に扉が見えない誰かによって閉められた。

同時にマックスら4人は姿を現した。

 

「まずは成功。まあ、当然だな。」

マックスは片手に持った本を見せた。

 

「ディルとジェイリーズにも見てもらいたい。」

「地図のことだな。」

ディルが本を受け取って開いた。

 

「ああ。メールの通り、今からは地図を見て気になった所を調べに行く。印を付けておいたから一度見ておいてくれ。」

ディルはしおりが挟まれたページを開き、そこに書かれた×印を見つけた。

 

「立入禁止、重要物保管所なんて書いてあるわ。」

ディルの後ろからジェイリーズが本を見る。

「ご覧の通り、気になるだろ。」

「ああ、楽しくなってきやがったぜ。」

四人は杖を片手に薄暗い通路の先に見える橋に向かって歩いた。

この橋を渡った先が本校舎となっている。マックスはわくわくと緊張が同時に沸き上がってくるのを感じた。

 

四人は寮塔を出て橋にさしかかった。

橋の両側には窓はなく、外の景色がしっかりと見える。

 

「それにしても、ここからの夜の眺めはいいものよね……」

独り言のようにジェイリーズが呟いた。

 

月光がほのかに床を照らし、四人の人影を映し出す。

風が静かに吹きつけ、少し肌寒くなる。

 

「だが、不気味でもある。」

ジャックが言った。

「だからこそ、また面白い。」

マックスが続けた。

 

4人は橋を渡りきり、突き当たりの扉を開いた。

太い廊下が横一直線に延びている。

所々に小さな電気がついている以外、光は一切無かった。

 

この不気味さはいつになってもなじめない。薄暗い廊下はいつもより長く感じられ、まるで別の場所のように見える。

 

4人は廊下を歩いた先に、階段の分かれ道があるのを確認した。

「例の場所は地下だ。下へ行こう。」

 

ここは四階だ。ここからひたすら階段を下りて一階を目指す。

そして一階への階段を下りている時、下から突然明かりがさしてきたのだった。

 

「まずい、見回りの教師だ。」

光の中から自分たちより背の高い人影が見えた。

おしまいか……と思った瞬間、光はいきなり下へと走って行った。

 

「あれ、どういうことだ?」

「教師ではない。」

4人は一旦立ち止まる。

 

「どうやら俺たち以外の抜け出した生徒のようだ。」

マックスが言った。

「いずれにせよ、俺たちが魔法使いだということを知られてはならない。」

マックス達は再び静かに歩きだした。

 

一段一段、暗い階段を下りていく。無事、一階もクリアだ。さっきの生徒はそこにはいなかった。

 

「地図を見せてくれ。」

マックスはディルから本をもらった。

 

「一階には基本となる廊下が三本ある。そのうち地下へ行けるのは一本だけ、それがこの廊下のようだ。この廊下の反対側に唯一の地下への階段がある。ここには長く行ってないな。」

 

この廊下には授業で使用する教室は無いため、生徒がこの廊下に来る用事はほとんどない。廊下の両側にはあらゆる物品が置かれたりする倉庫のような部屋しかなかった。

しかし夜の薄暗い廊下からは、部屋の様子はほぼわからなかった。

 

足音に気を付けながら4人は早歩きで廊下の突き当たりを目指す。今のところ見回りの教師には出くわしていない。

 

マックスは胸が高鳴るのがわかった。

さっきまでよりも暗さに目が慣れてきた所で、地下へと通じる階段があるのを確認できた。

 

「気味が悪すぎるな。」ディルが後ろから小声で言った。

「古い城なんだ。幽霊の一体でも出ておかしくはないぞ。」

ジャックがあえて真顔で言う。

「こんなときに冗談言うなよ。」

「冗談は言ってないよ。」

 

そしていよいよ地下への階段まで到着した。

「答えはすぐそこだ。行くぞ。」

再び緊張感が戻る。

 

4人は階段を下りていく……その時、またしても前方に明かりが。

マックス達は瞬間に立ち止まる。

明かりはそのまま地下へと歩き去っていく。

 

「これは厄介だな。ここからは姿を消して行くしかなくなった。」

マックスが静かに言う。

「それにしてもあいつは一人でなんで地下に?」

ジャックが言った。

「俺たちと同じく、日頃の学校には退屈してるやつかもな。」

 

マックスは続けた。

「地図によると目的の部屋は廊下を曲がった突き当たりの左側だ。そこの扉までは各自で透明になって行くんだ。」

マックス、ジャック、ジェイリーズは各自、目眩まし呪文をかけ、透明になった。

 

「そうだ、せっかくだから、ジェイリーズにお願いしようか。」

「お安い御用。」

そしてジェイリーズはディルに目眩まし呪文をかけた。こんなときでもディルは女好きらしい。

 

透明になった4人は地下廊下に下り立ち、一直線の短い廊下を進んだ。

 

地下は更に暗さが増した。両わきの壁にはいくつかの扉が並んでいる。さまざまな道具が収納されているのだろう。そして明かりとともに人影は先の角を曲がって行った。

 

そっと音を殺して歩き、マックスも突き当たりの曲がり角に来た。さっきの生徒はこの先にいる。自分達の目的地もそこにあるのだ。まず生徒を何とかしなければ……

 

そしてマックスは角を曲がった。その先はまたしても廊下がまっすぐ伸びていた。

マックスは暗がりの中、辺りをよく見渡しながら先を急ぐ。両側の壁にはまだ何の部屋も扉も見えない。

ドキドキする・・・もう突き当たりはすぐそこだ。

そしてついに地下廊下の終わりの壁までたどり着いた。

 

無い……部屋など一つも無いぞ。いや待て、その前に……

 

マックスは目眩まし呪文を解いて姿を現す。それにともない3人の姿も現れた。

 

「確かに本にはここだと書いてあった。でも壁だ。」ディルが言った。

「無いのは目的地だけじゃない。さっきの生徒の姿もだ。」

 

マックスが言った言葉の後、話は一旦途切れた。そして……

 

「まさか、あたしたちの他にも……」

ジェイリーズが口を開いた。

「俺達以外にもこの学校に魔法使いが?」ジャックが言った。

「あり得ないとは言えない。そうだとして、どこに。」

「あたしが調べる。感知の魔術は一番得意なの。」ジェイリーズは杖を取ってその腕をつき出す。

 

「ホメナムレベリオ」

マックスは辺りの空気がかすかに振動した感覚がした。そして何事もなく空気の揺れはおさまる。

 

「いないわ。どこにも隠れてない。」

「ならば目眩ましをして俺達がここに来るのと同時にあいつは出ていったのか。」ジャックが言った。

「それはそうと、地図は嘘っぱちじゃないか。ここには何もない。」

ディルが言った。

 

マックスは今一度本の地図のページを開く。

「確かにここで合ってる。今は取り壊された部屋なのかもしれない。何せこの本は昔からあるものだと生徒手帳には書いてあったからな。」

「なんだ。がっかりだな。」ディルが残念そうに言った。

 

探検の結果は、地図に書かれた立入禁止部屋は今は無く、埋められて壁になっているということになった。

 

そして新たに発見したことがある。それはこの学校にもう一人、魔法使いがいたことだ。その事実だけでも収穫になったと4人は思った。

だが、マックスはまだ何か引っかかる。

 

「なあ、思い出してみるんだ、あの魔法使いが地下廊下へ行く時、あいつは俺達に気づいていたように見えたか?」

「慌てている様子はなかったと思うが、よくわからないな。」

ディルは言う。

「正直、俺も同じだな。ほとんど光しかわからなかった。」「あたしもだわ。」

「そうだな。何とも言えないな。」

 

マックスは続ける。

「あいつは何の用も無しにここへ来て、そして偶然俺達と入れ違いですぐに出ていったのか……それはおかしくないか?」

「言われてみればそうだな。じゃあ俺達に気づいていて、逃げていったということか。」ディルが言う。

「そうかもしれない。でも、リスクがありすぎる。さほど広くないこの廊下で見えない人間が4人の見えない人間とぶつからずにすれ違わなければいけないんだぞ。もし気づいていたならわざわざここまで来るだろうか?」

マックスのこの意見は的確だった。これには誰もが納得していた。

 

「確かにね。物置にも隠れず、確かに角を曲がって行くのを見たわ。」

ジェイリーズが言う。

「隠れようとしない。ということはやっぱり俺達に気づいてなかったようだ。そして俺達みたいに目的地へ向かっていたような……」

ジャックが言った。

 

「そうだ。目的地、それだ。」

マックスはピンときた。

「今俺達が探していた場所へ行こうとしていた。そして行ったんだ。どこにも逃げてはいない。」

「ちょっと待て、ここには何もないんだぞ。あの生徒がどこに消えたっていうんだ?」

ディルが言った。

 

ここでジャックがマックスの考えを読んで言った。

「つまり、どこかに隠し部屋があるって言いたいんだなマックス。」

「さすがは、さっしがいいな。」

「そんなバカな。ここは魔法学校なんかじゃないんだぞ。」ディルは言った。

 

マックスは少し考えた。

「まあな、考えが行きすぎてるかもしれない。だとしたら後は……姿くらましは無いだろうな。」

「姿くらまし?」ディルが言った。

 

「俗に言う瞬間移動のことだが、これは高度な術だ。訓練しなければ絶対に出来ない。ましてやマグルの学校にいる生徒ができるとは考えにくいんだ。」

 

考えはまとまらなかった。

この夜はここで行動をやめ、寮に戻ることにした。

暗い廊下を歩きながら、まだ疑問の答えを考える。しかし前方からの足音で我に帰った。

 

足音はどんどん近づいている。見回りの教師だ。

四人は歩く足を止めて杖を構えた。だがこっちに姿を現すことはなく、階段を上って行ったようだった。

ほっとして皆再び歩きだした。

 

それ以降も誰にも遭遇することなく、四階の寮塔へと戻ってきた。

 

「それじゃあ、今夜はもうおやすみね。」

ジェイリーズはやや眠そうに言った。

「ああ。明日、行ければまたあの場所に行くつもりだ。詳しいことはまた連絡する。」

マックスが言った。

 

「それじゃ、明日も早いしとっとと寝るとしよう。」

ディルが言った。

「よし、じゃあ解散だ。」

マックスの言葉で四人は散った。

 

マックスはそのあとの事はよく覚えていない。今日ほど魔力を行使したのは久々で、ベッドに横たわった瞬間に眠気が襲い、自然と閉じた目は朝まで開くことはなかったのだった。

 

四人とも、本を手にいれたことを純粋に喜んでいる。

だが、これからイギリスの、いや世界の魔法界の歴史を揺るがすかもしれない事に足を踏み入れたという事実には、まだ気づくはずもないままに朝をむかえるのだ……

 

 

 

 

 




マックス・レボット肖像


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マックス専用杖


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サンクタス・フューマス

作中オリジナル呪文で、勝手に色が変わっていくスモークを発生させる呪文。
由来はラテン語で、虹の煙を意味する(sanctus fumus)


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第二章 場違いな四人、近づく一人

時計を見た時にはすでに午前6時を過ぎていた。ベッドに寝てからあっという間に数時間が経っていた。

 

いつもはまだ寝ている時間だが今日は自然と目が覚めた。そしてもう眠くはない。

とりあえず制服に着替え、杖をポケットに忍ばせて部屋を出た。

 

廊下を歩いている生徒は少なく、いつもと比べると早朝は静かなものだった。それは寮室もそうだった。

昨日の夕方とは真逆の状況だ。人が少なく、落ち着いた部屋はいつもより更に広く見える。

 

そんな広々としたした部屋の窓際に座り、外を眺めている見馴れた男子が一人いた。

マックスはそっと近づき、肩を叩いた。

 

「早いな。」

「マックスか、びっくりした。」

 

一瞬飛び上がりそうになって振り向いた彼はジャック・メイリール。マックスと一番親しい人物だ。

物静かで落ち着いている性格が合うのだ。だが秘密の活動を共にする時は目が輝き、すばしっこくなるやつだ。

 

「いつもこんな早く起きてるのか?」

マックスが言う。

「朝は早いほうだが、今日はいつもより早く起きてな。お前こそ早かったな。」

「俺も同じだ。勝手に早く目が覚めてしまった。それにしても早朝はここまで静かなんだな。」

マックスはテーブル周りで本を読んだり勉強している生徒達を見ながら言った。

 

「この時間帯は基本こんな感じだ。何かに集中したいやつらしか居ないから静かだ。でもあと一時間すると人が増えてざわつき始めるぞ。」

ジャックが言った。

 

「食堂もそうなるだろうな。俺はそうなる前に飯を食いに行くが、お前はまだか?」

「ああ、でも食う気しないから朝は食わないつもりだ。」

「そうか。じゃあまた後でな。」

そしてマックスは一人で寮室を出ていった。

 

吊り橋を渡った先の扉を開け、本校舎の廊下に出た。

夜に歩いた廊下と同じ場所とは思えないほど雰囲気が違った。

大きく開いた窓から光が差し込み、古城の廊下を端から端まで明るく照らしている。

だが、ほとんど人気のない早朝の廊下はどこか寂しさを感じさせた。

 

マックスは一階まで階段をのろのろと下り、食堂を目指した。

周りには、同じく食堂に向かっているであろう生徒が複数人いるだけで、大勢で固まってバカみたいに騒いでいる日頃の連中は全く見ない。

マックスは常にこれほど静かな環境であるならどれだけありがたいかと思った。

 

そして歩いているうちに、これまた広い長方形の空間が見えてきた。食堂だ。

新しく建築された食堂の白いコンクリートの壁が古い城壁に囲まれ、浮き出て目立つ。

 

そんな食堂内に足を踏み入れ見渡すと、早速二人目の見馴れた顔と体型がそこにあった。

近づいていくが相手はまだ気づかないようだ。だがジャックみたいにボーッとしているわけではなかった。

マックスは、プレートを持って急ぎ足で食器置き場を歩いているその男の肩を強めに叩いて声をかけた。

 

「おはようディル。」

彼はジャックの時より明らかに驚いたようだ。

「おい!お前かマックス。心臓に悪いぜ。」

天然パーマ気味の短髪に小太りな体型の彼はディル・グレイクだ。

 

マックス達の中で誰よりも陽気で魔法を使ったイタズラが大好きな憎めない性格のやつで、チームのムードメーカー的な存在でもあるのだ。

 

「今日はずいぶん早起きしたな。さてはお前もスープが欲しくなったか?」

ディルがプレートに食器を乗せながら言う。

「お前じゃないんだからスープ目的ではないよ。今日は勝手に早く目が覚めただけだ。眠くもないし、飯でも食っとくかと思って来たんだ。」

「ならばついてるな。まだスープは沢山あるみたいだからお前もいっぺん飲んでみろ。まさに美味の極みだ。」

 

ディルの言う特製スープは生徒達の大人気のメニューで、すぐに無くなってしまうのだ。たっぷり味わいたければ朝早くに食堂を訪れる必要がある。

ディルはスープを欲張るために毎朝早く食堂に通っている。

恐らくこの学校の人間の誰よりもこのスープが気に入っているのだろう。

 

料理人が生徒の早起きをうながすために考えたメニューであるならば、彼は見事に作戦にはまっていると言える。

もっとも、マックスとジャックには興味がないし、マックスに至ってはこの高校生活2年間で一度も食したことがない。

 

「せっかくだから、今回は味見するか。」

マックスもプレートを取ってそれに皿を一枚起き、ディルの後ろに並んだ。

 

その前には既に何人かの生徒がスープをなみなみについでいるのが見えた。更にマックスの後ろにも次々とプレートを持ってくる生徒が現れだした。

 

「この学校の特製スープの影響力は伊達では無いかもな。」

「今更か。」

いよいよスープの大鍋に手が届く距離まできた。

マックスは妥当な量を注いだ。ディルは思った通りなみなみだ。

 

スープの後はパンとサラダを多少皿に取り、テーブルに向かった。

ディルはまだ色々とプレートに取っているようだ。バイキング方式は食欲旺盛なディルにとっては有り難いことこの上無いのだ。

 

しばらくするとディルが隣のイスに座った。プレートには肉類も盛られていた。

「よく朝から食えるな。」

マックスが言った。

「なにもせずとも腹は減るさ。そうだ、スープの感想は?」

「ああ、確かにうまいのはわかったよ。」

「だろうが。」

「ただこれのために毎朝早起きする気にはなれんな。」

マックスは率直に言った。

「まだお前は始めて飲んだからわからんのだろうな。」

 

ディルは続けた。

「なぁ、ところで今夜もまた行くのか?」

「そのつもりだ。やっぱりかなり気になるからな。一人でも行きたいところだよ。」

「俺はいくぞ。こんなわくわくするのは始めてだ。きっとジャックもそうだ。」

「ジェイリーズはどうかな?最近俺達と夜中行動することが続いているせいか、くまができてるだろ。」

「ああ、そうだな。でもくまが有ろうが無かろうが美人に変わりはなしだがな。」

「そういうことじゃない。本人が気にするかもしれないってことだよ。」

「それもそうか、女子だしな……」

「一応誘いはするさ。ただ俺らは危険なこともやってきてる。女子を無理やりは引き込めない。」

 

マックスは朝食を食べ終わると空の皿を乗せたプレートを持って立ち上がった。

「動くときはまた連絡する。それまでは魔法が使えるからってあんまり騒ぐなよ。」

「わかってるって。」

 

その後、校内は徐々に生徒達で溢れることとなった。

マックスは今個室にいる。バッグに教材を詰めているのだった。

 

「授業かぁ、つまらんな。」

マックスは自然とため息がもれる。

「少し時間があるな……」

授業の用意が終わると、ベッドの下から一冊の小さな本を取り出して開いた。

「本来ならこっちをまともに学習すべきなのに。」

 

その本の表紙にはかすれた文字で『魔術ワード集』と書いてある。

それを読み始めて三十分たった頃だろうか、生徒達の授業に向かう足音が響いてきてマックスは本を閉じた。

「そろそろか。」

 

再びため息を軽くつくとバッグを持って立ち上がり個室を出た。

そのままゆっくりとマックスが選択している一時間目の理科の教室へと歩いている時だった。

 

「あら、マックス。」

不意に後ろから声をかけられ立ち止まる。

「ジェイリーズか。廊下を歩いていて出くわすとは珍しいな。」

 

後ろから歩いてくる茶色いウェーブのきいた髪、スタイルは抜群、しかし目の下のくまが少し気になる容姿端麗な彼女はジェイリーズ・ローアン。マックスのチーム中、唯一の女子生徒だ。

 

「朝から冴えない表情ね。」

「これでも眠くはないんだけどね。君こそ、近頃連日夜更かしでろくに眠てないんじゃないか?」

マックスはうっすらくまのできた顔を見て言った。

「まあね。でも楽しいからいいじゃない。学校にいる全員の人間をあざむいて本を盗むとか。」

 

可愛い顔して恐ろしいことを言う彼女は、いつになっても本性が見えないものだ。

ただ、寝不足でもマックス達の危険なミッションに参加する彼女の性格は普通ではないことは間違いないだろう。特に昨日のミッションはなかなかヤバい内容だったから、正直彼女が参加するとは思ってなかったが。

本人は、実はかなりやる気だったというのだから……

 

「そう言えば、前からちょっと気になってたんだけど……」

「何だ?」

「マックスの呪文の本、あれどこで手に入れたの?なかなかの年代物みたいだけど。」

「『魔術ワード集』か。あれは俺が幼いときに親から与えられた物だ。あれで魔術について勉強しなさいと言われていた……」

そしてマックスは独り言のように続ける。

 

「その肝心な親はもう居ない……」

「えっ?……ああ、悪いことを聞いてしまった……」

ジェイリーズは一瞬驚き、そして申し訳なさそうに言った。

 

「いや、気にすることはない。」

「実は、あたしも両親を失っているの。」

これには驚くことしかできなかった。

「初耳だ。そうだったのか……」

「父親は事故で死んで、母親は行方不明だと聞いてるの。」

「俺の親は両方とも何者かに殺されたんだ。その時に誰かが俺の前に立って、守ってくれたことを覚えている。」

マックスは今から14年前の三歳の頃の記憶をたどった。

 

燃える部屋に一人、屋根は崩れ落ち、壁は砕かれていた……両親は見渡してもどこにも見えない。ただ熱く、何かと周りが騒がしかった。

その時に突然、自分の前に立ちはだかって必死で何かから守ってくれていたような人物は何者なのか。

今となっては永遠の謎だ……

 

「この話は終わりだ。早く授業に行かないと。」

マックスはそう言うと、他の生徒達の波に乗るように理科の教室の方へ歩きだした。

 

しかし数歩歩いたところで再び立ち止まる。

「あれ、ジェイリーズもこっちだったのか?」

「あたしも理科を受けてるんだけど、今まで気づいてなかったの?」

 

マックスは前を向いたまま言った。

「ああ、全然知らなかった……いつも教室で君の姿は見えなかったからかな……」

「あなたって友達のことも関心がないのね。」

ジェイリーズは信じられないという表情だった。

 

「関心がないは言いすぎだよ。」

そして二人は並んで歩きだした。

 

「そうだ、丁度会ったから聞いておくが、今夜も俺とディルは地下へ行って色々調べることが決まっている。君はどうする?」

「あなたはどうしてほしいの?」

ジェイリーズは逆に聞いてきた。

 

「ん?俺が決めるのか?」

「あなたがリーダーよ。まずリーダーの意思を聞かせて。」

「ああ、なるほどな。まあ俺としては、できるだけ仲間は集まってほしいが……あくまで個人的にだ。」

「なんかはっきりしない感じ。人がほしい時は来いって言っていいんじゃない?それとも、あたしの睡眠を気づかってる?」

 

彼女はいつも穏やかに、そして鋭く人の心を見抜いたようなしゃべり方をする。

 

「全部お見通しか。わかってるなら何も言わないよ。」

「じゃあ、今日の行動にも参加させてもらうわ。」

 

軽く微笑むと、その先の理科教室へ入っていったのだった。

 

間も無くチャイムが鳴り、授業は始まったのだった。

マックスは窓際の席に座り、外を眺めながら考えていた。

 

昨夜見た魔法使いと思われる生徒が気になる……

ほとんど見えなかったが、シルエットからは高身長であることがわかる。

俺達より上級な魔法を使えたら、チームに取り込むことができれば……いや、危険でもあるな。

 

奴が俺達より上手なら、俺達の魔力の気配に気づいていたかもしれない。それを言うなら、俺達が魔法使いであることをとっくに知ってた可能性も……

 

そもそも、なぜこのセントロールス高校に魔法使いが五人も……

 

考えれば答えの出ない疑問ばかりが浮かぶ。

マックスは一旦、強制的に思考を授業に向けた。

 

一時間目の授業後はジェイリーズとは分かれ、別の教室へ移動し、それから午前中の授業まで誰とも会話することなく時は経過した。

そして昼休みになり……

 

「ようし、集まったな。」

マックスら四人は寮室にいた。角の目立たない所で、丸テーブルを囲むように椅子に座っている。

 

「今後、例の魔法使いについても調べることにした。人影のサイズからして、まず一年ではないと思う。同学年、もしくは三年か教師……いや、教師はないか。」

マックスが言った。

 

「わからないぞ。そもそもこれだけの数の魔法使いがマグルの学校に、それもセントロールスに集まっていること事態、既に異常だと思うからね。」

 

ジャックが言ったことは確かにうなずけることであった。

 

「そうだな。万が一あの魔法使いが大人だとしたら、間違いなく俺達の魔力を越えている。呪文も知ってることだろう。だから俺達の敵にまわったら厄介でしかない。」

「だな。俺達の行動もバレちまうぜ。校長にチクるのも時間の問題かもよ。」

ディルが言った。

 

「その前にこっちが手を打たなければ。そうだな……襲ってきたら確保しないと。そして奴の弱味を握ったら勝ちだ。上手くいけばチームの新メンバーにという考えもある。」

マックスは立ち上がった。

 

「必要なら襲えということだ。」

「でも、なるべくそれは避けたいな。」

ディルが言う。

 

「わかっている。そのためにも今後はより、周りに警戒して動かないといけない。地下の件がある以上、今後は今までより共に行動することが増えそうだ。一人一人、十分注意するんだ。」

 

ここで昼休みは終了し、皆は散らばった。

 

マックスは次の世界史の授業が最後だ。そしてジャックもまた世界史を受けている。

 

「今日は魔法界について学べるならありがたいな。」

窓際の席についたジャックが言う。

 

「マグルの学校で言うなよ。」

マックスはジャックの後ろの席に座りなが言った。

この二人は実に窓際が好きらしい。

 

「しかし俺達は変だな。魔法学校とかいう所に行ったたことすらないとは。」

ジャックが後ろを振り向いて言う。

 

「魔法界にだってほとんど居たことはない。三歳の時の事件の後は、親戚に引き取られて一緒にこのバースシティーに来たから。あれから一度も魔法界に戻ってない。」

「俺も同じくあの時の被害者だから、家族ですぐにここへ引っ越した。」

ジャックが言う。

 

「そうか、確かあの時に兄弟を亡くしたんだったな。両親も辛かっただろう。」

「だろうね。まあ、今はあのうるさい兄たちがいないから、ずいぶん静かでいいさ。」

「ジャック……」

 

彼の涼しげな物言いは男版ジェイリーズと言ったところだ。いつも感情をあまり表に出さない彼は人にクールな印象を植え付けてきた。

 

しかしマックスにはわかる。そんな彼の瞳の奥には、今でも兄弟を失った事への悲しさ、寂しさそして得体の知れない憎しみの感情が隠れていることが……

 

「あの事件が何だったのかはわからないな。」

「大災害としか言いようがないな。さあ、授業が始まる。」

ジャックはそう言い、前を向いた。

教室の前の扉から教師が入ってきたのだった。

 

それから世界史の授業は開始され、マックスは今夜の行動のことを考えながらこの時間をのりきった。

 

授業終了後、生徒達は一斉に立ち上がった。

マックスはジャックに話しかける。

 

「そうだ、放課後に旧校舎のあの場所に来てくれないか。用がある。」

「わかったよ。じゃあ、俺はあと一時間授業があるから待っててくれ。」

 

そう言ったあと彼は一人、別の教室へと向かったのだった。

 

世界史の教室を出た後、マックスは生徒達の波から外れ、一人廊下を歩いていた。

 

綺麗な床のタイルは徐々に灰色になり、壁の汚れも目立つような廊下をひたすら行く……

ここから先は旧校舎だ。今は授業ではほとんど使われなくなった部屋ばかりで、普段ほとんど人は来ない。

 

マックスは旧校舎への、少々さびついた入口をくぐった。

 

「やはり今日も誰もいないな。」

 

誰の声も聞こえず、古びた床を歩く足音がコツコツと響くだけだ。

 

マックスは旧校舎の廊下を歩き進む。

そこにある光景といえば、薄汚れた灰色の壁に、ドアがない教室の数々だった。

中は机や椅子が積み上げられていたり、何も無かったり、あらゆる物の物置場になっている教室ばかりが連なっている。

 

マックスは尚も奥へ進んでいった。

 

時刻は午後6時近くになった。本校舎では最後の授業を終えた生徒達が食堂や寮塔へと足を運ばせている頃だろう。

 

そんな中、一人の男子がマックスの元へと近づいていた。

 

マックスはこちらへ近づく足音を聞いて振り向く。

 

「待たせたなマックス。それで、用というのは?」

「来たかジャック。丁度いいタイミングだったな。」

 

そこにはジャックが一人、薄暗い旧校舎の廊下を歩いてくる姿があった。

 

「素晴らしいと思わないか。この光景は。」

マックスは廊下の窓をスライドさせて、そこから先の景色を眺めているのだった。

 

それは夕焼けの始まりだった。

夕日が少しずつ空をオレンジに染めていく……

ジャックはマックスの隣に立ち、同じく外を見た。

 

「ああ、そんなことはとっくに知ってるよ。何せ俺が先にこの場所を見つけたんだからな。」

「そうだったかな?」

 

やがて夕日は旧校舎全体を光り照した。

暗い、薄気味悪い廊下が深いオレンジ色に変わり、二人の長い影を床に写す。

 

「確かにここからの夕日は見ものだ……それで、用というのはこの事ではないだろ?」

 

「そうだとも。こいつを見てくれ。」

マックスはポケットから何かを掴んで手を出した。

 

「これは・・・そういうことなのか。」

ジャックはマックスの手に握られた物を見るなり言った。

「そういうことだ。誰かが俺達に接触しようとしている。そして誰かは検討がついている。」

マックスは小声で言うのだった。

 

マックスはすぐさま手に持つ物をポケットにしまい、夕焼けの空を見たまま話した。

 

「さっそく動こうと思う。二人にも伝える。これはディルとジェイリーズにも付き合ってもらわざるを得ないことだ。」

「だな。こうなると、昨夜見た魔法使いの仕業だということに間違いなさそうだね。」

ジャックも外を眺めながら言う。

 

「さてと、どうする。まだここで夕日を味わうか?」

「それもいいな。趣味の合うもの同士、楽しもう。」

 

二人はそのまま、夕日に照らされながら旧校舎の廊下に立っているのだった。

 

その光景を、何者かが見ていることには気づきもせずに……

 

 

 




ジェイリーズ・ローアン肖像


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第三章 運命の兆し





周りからは生徒達の声がやむことなく聞こえてくる。頭にはうるさいの一言しか浮かばない……

 

マックスとジャックは今、食堂の入口に立っている。

中は大勢の生徒でうまっていた。

こんな状態の中からディルとジェイリーズの姿を探していた。

 

「まあいいや、とりあえず何か食べるぞ。」

マックスはジャックを連れてプレート置き場へ歩いた。

「で、今夜の行動は予定通りやるのかい?」

ジャックがプレートを取って言う。

 

「ああ、やるよ。その時に例の魔法使いに出会えれば好都合だし。いや、むしろ奴のほうから会いに来ることが考えられる。」

「そうだな。何せあんなものお前に拾わせたんだからな。」

 

二人は適当に皿をプレートに乗せ、パンやシチューやらのコーナーに向かった。

 

「この事はあとの二人に直接会って話したいんだが……今のところ見あたらないんだよな。」

マックスはシチューの大鍋の前にできた生徒の列にならび、食堂全体を見渡す。

 

「まあ時間はまだある。夜中の行動までには一度会うだろうからその時にでも。」

「ああ、だな。」

 

二人は食べ物を取り終えると、やはり奥のテーブルへ歩いていく。

食堂には窓は無いため窓際から外を眺めることはできないが、それでもすみっこを好むのがこの二人である。

 

「夜中の行動というと、本に書いてある地下の部屋も気になるな。」

ジャックが言った。

 

「気になりすぎるよ。地図に嘘を書いてあるはずがない。それに、そこには重要物保管所なんて書かれてるんだぞ。何か変だろ。」

マックスは昨日強奪した『学校内全システム書記』の地図のページを思い浮かべた。

 

「今夜あの魔法使いに出会えるなら、その部屋のことを聞きだせるかもしれない。俺はあの時にあいつがその重要物保管所へ向かっていたとしか思えない。あいつはそこへの行き方を知ってる。何故だかわからないけど、あの時に行ったんだ。」

 

「わからないのは目的もだ。そしてそんな隠し部屋なんてのがある理由も。もっとも、君の仮説通りだとしたらだが。」

ジャックが言った。

 

「そうだな。答えに飛びつくのはまだ早い。全ては今夜だ。今夜、奴の誘いにのってからの話だ。」

マックスはポケットに突っ込んだ、あるものの事を考えながら言った。

 

そして二人が食事を開始した時だった。

 

「あっ、ジェイリーズが来てるぞ。」

 

二人の所に、ジェイリーズが食べ物を乗せたプレートを持って歩いてきているのだった。

 

「ご一緒してもいいかしら?」

「どうぞ。こっちも話したいことがあったんだ。」

彼女はマックスの隣に座った。

 

「何?今夜の事?」

「それもだが、まず先に知らせないといけないことがある。例の魔法使いについてだ。そうだ、ディルを見てないか?」

「彼なら夕食済ませて一人で個室に向かったと思うけど。」

「そうか。じゃああいつには後で伝えるとして、まず君に話そう。」

 

マックスはポケットに手を入れ、何かを掴んでジェイリーズに渡した。

 

「何これ、まさか……」

「ああ、恐らくあの時の魔法使いが書いたものだ。」

 

それは文字が書かれた紙切れだった。

それにはこう書かれてある。

 

「君と、君の仲間たちへ告げる。私は君達の事を知っている者であり、また君達の仲間でもある。時期に君達に直接会い、伝える時に備えよ……これ、いつどこで手に入れたの?」

ジェイリーズが文章を読んで言った。

 

「今日の昼休みが終わった後だ。皆で集まった後、俺はいらない教科書を置きに個室に行ったんだけど、その時にドアの下の隙間からその紙が顔を出してたんだ。書いたのはあの魔法使いに違いない。そして俺のいない間に俺の個室のドア下に忍ばせたんだ。俺の個室まで知っていたんだよあいつは。」

 

「まさかそこまで知ってるとはね……」

ジェイリーズは再び紙切れを見る。

 

「これ、あたしたちの仲間だって書いてあるわよ。」

「ああ、だがまだ信じてはいけない。まずは会って何を企んでいるか暴かないと。」

「少なくとも会いたがってるのは間違いないわね。そこで何か言いたいことがあるみたいだし……」

「俺は今夜の行動で奴に会えるんじゃないかと思ってる。俺達が動けば奴も動くはず。」

 

ここで食事を早々と済ませたジャックが立ち上がった。

 

「それじゃあ、俺は明日に備えてとっとと溜まってた宿題を終わらせるとするよ。マックス、動くときには連絡頼む。」

「わかった。じゃあまたその時に。」

 

そしてジャックは一人でプレートを片付けに行った。

 

「後はディルに知らせるだけか。あいつのことだ、なおさらワクワクするだろうな。」

「本当に、陽気な人よね。」

ジェイリーズは食事しながら言った。

 

「ああ。あいつがいればチームの活気もわいてくる。」

「彼以外、静かなメンバーしかいないからね。」

「そこが重要さ。こうして今もうるさく騒いでいる生徒達と同じになるのだけはごめんだ。」

マックスは生徒のしゃべり声があちこちで響く食堂を見渡す。

 

「相変わらずね。何か皆に恨みでもあるみたいな言い方。」

「別に何の恨みもないさ。ただ、ガキとうるさいのが苦手なだけだ。君こそ、うんざりしてることがあるんじゃなかったか?」

 

ジェイリーズは周りで騒いでいる男子生徒達を見ながら言った。

「ええ、そうね。少なくともここにいるうるさい男子たちとは付き合いたくないわね。」

 

彼女は今はまでに数々の告白をされてきている。だが、ことごとく彼女は断ってきたのだ。

結果、誰とも付き合ってはいない。

 

「モテすぎるとは、ずいぶんと贅沢な悩みをお持ちなことだ。」

マックスは言う。

 

「大変なのよ、その気は無いんだから。それとも、告白されたら何か不満?」

ジェイリーズは、また得意な微笑みでマックスを向いた。

 

「何も無いよ。たまには誰かと遊んでみるのもいいんじゃないか。気分転換にでも。」

マックスは食事を続けながら言った。

 

「その気は無いって言ったでしょ。気分転換と言うならば、むしろこのチームの活動がそうなるわね。」

「変わってるな。」

「あなたには言われたくないわね。」

「確かにな。」

 

やがて二人は夕食を終え、食堂を出ていた。

窓の外はもう暗くなっていた。

 

二人は寮塔へと向かいながら話をした。

 

「なあ、君はなんでセントロールスに入学したんだ?」

マックスが聞く。

「言わなかったっけ?今の親のお陰よ。」

「ああ、そういえば、何かしらの魔法で君を入学させたんだっけ。」

「親がそう言ったわけではないのよ。でも、そうとしか思えない。受験受けてないのに受かるわけないわ。」

「そりゃそうだ。」

 

二人は階段を上り、四階を目指す。

 

「特に行きたい学校なんて無かったし、それに他の魔法使いの生徒と出会って楽しい事もできてるから、ここに来て正解だわ。あなたも引き取ってくれた親戚の薦めで来たって言ったわね。」

 

「そうだ。ただ、家から近いし、寮の評判も気になっていたから俺はここに入学しようとは何となく思ってたかな。まあ俺も希望の進学先なんて無かったよ。」

 

四階の廊下に到着し、寮塔の方面へと歩く……

 

やけに静かだ……そういえばさっきから周りに生徒が一人も見当たらない。もう寮生は皆寮塔へ移動したと言うのか……後からはまだ食堂にいた生徒が来るはずだが。

 

二人はしばらく静かに歩いた。

 

まだ辺りに人の気配が無い。

 

「ジェイリーズ、何かおかしくないか。」

「あなたも思ってたのね。」

 

その時、二人は何かを感じた。

空気がわずかに震動したような、何か変な感覚をかすかに感じた。

 

二人は同時に顔を見合わせる。

「今のは……」

「ええ、何かしらの結界に入った感じだわ。」

 

二人は一旦足を止め、辺りを警戒する……

 

「生徒が誰も来ない……もしやこれは、マグル避け呪文か。」

「あたしたちじゃない。ジャックかディル、もしくは……」

 

マックスは確信していた。

「こんなにも早くお出ましか。いるなら出てきてくれ!」

マックスはズボンのポケットから杖を取りだし、構えた。

 

ジェイリーズもスカートから杖を引き抜く。

 

「ジェイリーズ、感知の魔法を。」

「ええ。」

彼女は杖を廊下の先に突きだし、呪文を唱えた。

 

「ホメナムレベリオ……」

杖先の空気が震動し、徐々に前方へ広がってゆく…………

 

空気はまだ震え続けて…………

 

「誰かいるわ。この先よ!」

二人は杖を構えたまま再び歩きだした。

「目眩まし術をかけてここへ来たな。」

 

二人は更に警戒する。

 

「気配がする。近いわよ。」

「いい加減姿を見せろ。話があるなら早いとこ済ませてもらおうか!」

 

その直後だった。

 

「なかなかやるものだな。足音も消している空間で私の存在を感じるとは。まあ、通常の魔法使いならばこの異変に気づかないほうがおかしいが……」

 

二人の足が再び止まる。その声は確かにそう遠くない廊下の前方から聞こえたのだ。

 

「どこにいる……」

 

そしてすぐにその者は動いた。

マックスはかすかに床に人影が写っているのを見つけた。姿は背景と同化できても影は消せない。

その姿なき影は近くの扉を開け、中へ入っていったようだった。

 

「来いということか。」

マックスは開いた扉のほうにゆっくり歩いた。

ジェイリーズも後に続く。

 

緊張感がより高まる。しかし、同時にマックスはこれまでには感じたことの無い興奮を覚えた。

 

扉を掴み、そっと中を覗きこむ……

 

そこは倉庫のようだった。

物はさほど置かれてない。人、三人分が入るには十分なほどのスペースが中央にあり、それを避けるように物が左右の壁にきっちり寄せ集められている。

あたかも、ここへ連れ込む事を予定していたとでも言わんばかりに。

 

そして電気がついている。ライトに照されて姿なき人影が部屋の角にかすかに見えた。

 

「フィニート」

マックスは杖を影に向けて振る。

 

するとみるみる人の形がそこに現れ、やがて顔が確認できた。

 

「合格だ。」

 

そこには黒スーツ姿の、ぶしょうひげを生やし髪をきっちりとセットした40代ぐらいの男が立っているのだった。

 

「あんたは誰だ。」

マックスは尚も杖を構えたまま言う。

 

「仲間からは"サイレント"と呼ばれている。言っても知らんはず。」

それはそうだった。

 

「これを書いたのはあんただな。」

マックスは紙切れを出した。

 

「そうだ。ずっとこの機会をうかがっていたのだよ。そろそろ声をかけようと思っていた。」

 

サイレントなる男は続ける。

「私が君達を監視してきて、そして今夜会った理由はただ一つ。君達に運命を選んでもらうためだ。」

「何を言ってるんだ?」

マックスはわけがわからなかった。

 

「そもそもなぜ俺達の事を知っている?少なくとも俺の個室がわかったということは、俺の名前も知ってることになる。」

「それは我々のリストに名前がのっているからだよマックス・レボット、それにジェイリーズ・ローアン。」

 

なんとこの男はジェイリーズの名前まで知っていたということがわかった。

 

「リスト?」

「そうだ。14年前の騒動の犠牲者リストにだ。」

 

これには二人とも驚きを隠せなかった。こいつは家族の事情まで知ってるというのか……

 

「二人とも親を亡くしているはずだ。」

「確かにな……」

「それはグロリアの一団のせいだ。」

「グロリア?」

 

マックスはこの男の顔をずっとうかがっている。その表情はずっと真剣で、てきとうな事を言っているようには思えない。

 

「グロリアは、もとはイギリス魔法界の宗教的団体だったものが今や恐ろしく成長した軍隊だ。もちろん政府が公認している組織ではない。」

 

彼は二人の方へ近づく。

 

「14年前に、イギリスの魔法界でグロリアの大規模侵攻があった。その時に多くの人間が彼らの犠牲になっている。君達の家族も彼らの犠牲者だったようだな。」

 

「グロリアの、犠牲者……」

マックスは今、14年前の事実を突然聞かされた衝撃に圧倒された。

それはジェイリーズも同じだろう。

 

「そして私は、そのグロリアと戦っている言わばレジスタンス組織の一員だ。」

 

この男が言っている事は理解はできた。だが、まだ信じるわけには……いや、嘘とも思いがたい……

 

サイレントは再び話し始める。

「今言えることは、君達は人生の岐路に立っているということだ。言おうとしている事はわかるはず。」

「ああ、だいたいな。」

 

マックスは考えた。今まで何もわからなかったあの日の……家族と家を失った日の事実がようやくわかったのだ。

 

周りでは誰かに殺されたとか、あれは大火事だったとか言われていただけで、何一つ情報はなかった・・・

この男が言うことが正しければ、殺されたというのが正解だったのだ。そしてその集団の事をこの男は知っている。そして戦っている……

 

ジェイリーズも同じく、何らかの決断をしようとする眼差しだ。

 

「ここで立ち話もなんだ、一緒に来てもらいたい所がある。」

「俺達をどうする気だ。」

「どうもしない。さっきも言ったように、人生の分かれ道に来ているのだよ君達は。決断をする時だ。」

 

決断せねばならない。そして答えは既に決まりかけている……

 

「そのために詳しく話が出来る所へ行くのだ。あとの二人同様。」

「それはどういう事だ?!」

 

マックスはジャックとディルを思い浮かべる。

 

「既に彼らは私の仲間によってこれから向かう所へ移動したことだろう。今この学校内にはいない。」

 

マックスは頭を整理する。

「ならば、あいつらまで14年前のグロリアの被害者……」

 

確かにジャックは二人の兄を亡くしたという話を聞いてる。だが、ディルの家族のことは聞いたことがない。

まさかあいつの家族まで・・・・そんなことが本当に……

 

情報量が多すぎて混乱してしまう。

 

「わかったよ。とりあえず行こうじゃないか。」

マックスは、まずは興味の分野で踏み込もうと決めた。今までもそうやって色々やってきたのだ。

何かトラブルが起こったらその時だ。楽しんで対応すればいい。

 

「君はどうする?」

マックスはジェイリーズを向いて言った。

 

「行くわよ、もちろん。チームですからね。それに何だかワクワクするわ。」

やはりこの女も伊達にチームの一人ではないようだ。

 

「決まりだな。では、私の腕に掴まれ。」

サイレントはそう言うと、左腕を前に突き出した。

「力を入れていろ。少々きついかもしれん。」

 

言われた通りに二人はその腕に触れた。

 

「行くぞ。」

 

次の瞬間、急に視界がかすみ、猛烈な勢いで吹き飛ばされているかのような感覚に襲われた。

二人とも目を閉じ、必死でそこにある腕にしがみつく。

 

何がどうなっているのかわからない。と思った時だった。

確かに地面に足がついた。マックスはそっと目を開ける……

 

まだ体を振り回されてるかのような感覚が残っているが、確かに地面に立っていた。そしてここは……

 

「始めてにしては大したものだ。よく耐えたな。」

「今のは、姿現しか。」

マックスは今、その名を思い出した。

 

横を見ると、ジェイリーズがきつそうにしていた。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫よ。少し頭がふらふらするだけ。」

 

「始めての姿現しならそれが当たり前だ。それにしても、君の方は相性がよかったようだな。」

サイレントはマックスを向いた。

 

「たまたま体に馴染んだのだろう。」

とは言ったものの、本気でどうなるかと心配したものだ。

そしてマックスは辺りを見渡す。

 

「ここはどこだ?」

 

そこは見慣れない、古っぽい部屋だった。

あまり広くはなく、壁には大小様々な棚でうめつくされ、見たこと無いような数々の物品が置いてある。

そんな部屋を天井の電球一つが、ほのかに光り照らしていた。

 

「ここは私達、ナイトフィストが使っている活動拠点の一つだ。今はそれだけしか言えないな。」

「ナイトフィスト?」

マックスは部屋全体を眺めながら言った。

 

「そうだ。騎士の拳(ナイトフィスト)。それが、グロリアと戦う私達の組織だ。君達同様にグロリアの被害者で復讐を誓っている者や、そんな者達の意思に共感して共に戦うことを誓った者達が集まっている。」

 

その時、前方の木製のドアがきしんで開いた。

 

「マックス、ジェイリーズ!」

 

そこには、サイレント同様スーツ姿の男と共に出てくるあの二人の姿があった。

 

「ジャック、ディルも。話は聞いたぞ。」

「こっちも聞いたぜ。マックス達もあの事件の被害者だったってな。」

ディルが言った。

 

「さて、そろったところで早速本題だ。」

マックス達四人はサイレントと向かい合った。

 

「学校でも言った通り、私達は昔からグロリアと戦ってきた抵抗組織だ。そして私が君達の同行を監視してきた。それは君達の安全の確保、および組織への誘いのために他ならない。」

 

彼は続ける。

 

「君達は、少ない魔法の知識を実に巧みに利用して学校であらゆる事をやっていたようだね。私は君達のその行動力を評価し、正式にナイトフィストに誘うことに決めたのだ。」

 

ここでマックスが割り込んだ。

「それは予想した通りだった。だが一つ聞きたい。俺達の安全の確保とは具体的にどういう事だ?」

 

サイレントは話した。

「仲間を増やそうとしているのは私達だけではない。グロリアも同じこと。14年前の戦いでお互い酷い損害を被った。グロリアも私達同様、組織力の再構築を謀っているのは言うまでもないことだ。」

 

そして彼は少しの間を経て、再び口を開く。

 

「実は、目的ははっきりしていないが近ごろグロリアの構成員と思われる人物がこの町でうろついているという報告があった。」

「なんだって……」

 

まさかこんなイギリスの郊外にあるバースシティーに、あの事件を起こした連中が来ているというのか……

 

「この、イギリスの魔法界からほど遠い町で奴らは密かに何かを企んでいる可能性がある。それが人員集めである可能性も否定はできない。だから万が一グロリア関連の人間が君達の存在に気づき、組織への従属の提案、もしくはそれを拒めば君達が処分される危険性を考えたのだ。」

 

「そうだったのか。」

「次は君達の答えが聞きたい。今まで通りの学校生活を続け、卒業した後は一般社会で生きていくか。組織に入り、将来私達と共にグロリアと戦うか。」

 

マックスら四人は考え、顔を見合わせる。

 

「よく考えろ。ナイトフィストに入れば必ず命の危険が伴う。ここから先は遊びではないからな。」

 

マックスは過去を振り返った。

突然にして最大の損失……当時の微かな記憶と謎だけが残り続け、全ての希望を失っていた。

 

一人、退屈な人生はスタートし、やがてセントロールスでの学校生活が始まる。

ここで思いがけない仲間と出会った。皆、どこか似た者同士だった。

 

そして今、俺達は同じ運命を共にしていたことを知った。

知った上で、何もしないというのか……

知っただけで、何も始まらないというのか……

 

今、マックスは心に決めた。

 

「何を今更怖じ気づく必要があるか。俺達があの、14年前の出来事を経て、ここで出合い、そして組織からの迎えが来た。これは全て運命だ。だったらもうその運命に俺はとことん乗るだけだ。」

 

「本当にそれでいいんだな?」

サイレントが言った。

 

「あんた達もこの結果を聞きたくて連れてきたんだろう。何も文句は無いはずだな。」

「だがあくまで君の意思に従う。」

「これは俺の意思だ。」

そしてマックスは他の三人に向き直った。

 

「これは俺の決断だ。彼の言う通り、ここから先は遊びとは違う。無理して着いてくることはない。自分の意思に従ってくれ。」

 

するとディルが。

 

「まあ、大変そうだよなぁ。でも、退屈な人生を終わるまで続けろってのはもっと大変だろうよ。ってことで、俺も乗らせてもらおう。その運命に。」

 

「ディル。」

「これは俺の意思だぜ。俺だって、親戚一家を失ったんだ。そこには当時一番仲がよかった友達もいた。グロリアは絶対に許さない。」

 

こんなディルは始めてだった。

 

「俺も、嫌でも退屈しなさそうだしな。それに兄弟を失った。これだけでも参加条件は満たしてるだろ。」

 

ジャックは心の底で固く決意し、穏やかにそう言った。

 

「あたしもチームの一人ですから。皆と同じ気持ちよ。それにジャックの言葉を借りるなら、あたしも家族を失ったんだから参加条件は満たしてるわね。」

 

これで彼らの未来は決まった。

たった今、彼らは自分達の過去からの敵と向き合うことが約束されたのだ。

 

「そうか、そうなれば私達は全力でサポートしよう。では、君達にはこれから魔法の知識をもっと学んでもらわなくてはいけない。材料はこっちで用意する。近いうちに届けるつもりだ。」

 

そしてサイレントは腕を伸ばす。

「さて、そろそろ戻ったほうがいいだろう。」

 

マックスとジェイリーズは彼の腕につかまった。

ジャックとディルはもう一人の男の腕に触れる。

するとまたあの感覚が体を覆った。

 

そして数秒後には、マックスの目の前はほこりっぽい物置部屋になっていた。

 

マックスとジェイリーズは呼吸を整える。

 

「最後に一つ言っておくが、私達がやっているのはグロリア討伐であり、決して平和な団体ではないぞ。」

サイレントが言った。

 

「大丈夫だ。俺達は既に平和とかけ離れた事をやってきてるのは知ってるだろう。」

 

マックスは更に聞いた。

「そうだ、昨日の夜中に地下に行ったのはあんただろ。いったい何の用があったんだ?」

「地下だと?何の事だ?」

「違うのか?」

 

マックスのあては外れた。

 

「もう一人の彼も含め、私達は深夜にここへ入ったことはないが。」

「そんな……じゃあ、あれは……」

「何か気になる人物がいるのであれば、調査を頼もう。ナイトフィスト新入りの成果を見せてくれ。」

「ああ、そのつもりだ。」

 

その後すぐにサイレントは去ったのだった。

二人が物置から出ると、生徒達が一斉に廊下を歩いて来てた。

マグル避け呪文が解除されてるようだ。

 

「とりあえずあの二人と会わない?」

「そうだな。」

 

マックスは携帯電話を取り出して開いてみた。

早速メールがきている。ジャックだ。

 

「寮室に向かってるそうだ。行こう。」

マックスは寮塔への廊下を歩きながら考える。

 

今日一日でチームは大きく変化した。今までわからなかった14年前の出来事が判明し、二つの魔法使いの組織の存在を知る。

更にはその片方の組織に入って14年前の親の仇を打つことになるとは夢にも思わない。

 

マックスは何も変わらない日々に光が射し込んだのを心の底から感じ取った。

これから退屈とはもうお別れだ。

 

ここでサイレントのある言葉を思い出した。

 

深夜に彼らが行動したことはない……それはすなわち、昨夜の魔法使いと思われる人物がサイレント達には該当しないことを証明していた…………

 

 




ジャック・メイリール


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ジャック専用杖


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第四章 チェイス

外は完全に日が落ちて暗くなった。

寮生は全員、寮塔に移動して本校舎が静かになる。

そして寮塔全域が騒がしくなるのだ。

 

マックスは自分のBクラスの寮室の窓際の椅子に座り、一人静かに夜景を眺めていた。

 

彼の耳にはイヤホンが装着され、音楽を流して周りの数十人分の話し声を遮断する。

そして考え事に集中するのだった。

 

ナイトフィストかぁ……明日から、いや、たった今からでも楽しくなってきた。これでつまらない日々には終止符が打たれただろう。

しかしまだ組織についてはわからない事だらけだ。

今日話しただけの彼らを完全に信用するのはまだ早いというもの……

 

それより今からのことだ。

今夜の行動目的は二つ……地下室と正体不明の魔法使い。

おそらくこの二つはセットで考えていいはずだ。

奴が何らかの目的で地下に行った・・・・重要物保管所とやらへの行き方を知ってる可能性がある。

 

そこへ、音楽しか聞こえないマックスの背中に迫る生徒が現れた。

 

彼はマックスの肩を軽く叩く。

 

「おお、ジャックだったか。」

マックスはイヤホンを急いではずした。

 

「ジェイリーズはどこだ?一緒じゃなかったのか。」

「さっきまでそこにいたけどな。すぐ戻ると言ってどこかへ行った。お前のほうこそ、ディルはどうした?」

マックスは言った。

 

「自販機だよ。何か買ってすぐ来るはずだ。」

「そうか、じゃあもうすぐ皆そろうだろう。そうだ、さっきのことだが。」

「ナイトフィストの二人か。なかなか興味深いことを言ってたな。まぁ、少々胡散臭い感じもするが。」

「その彼らのことで気になったが、お前とディルを連れていったあの男はどんな話をしていた?」

 

それはサイレントの仲間で、共にマックス達を姿現しで連れ出したもう一人の男のことだ。

 

「俺達が14年前の事件の被害者だってことと、ずっと監視してたってことの説明がほとんどだ。」

「そうか。やっぱりサイレントと似たような事を話したようだな。その他に何か気になることは言ってなかったか?」

マックスは再び質問した。

 

「いや、ないな。重要なことはサイレントが話すと言っていた。ちなみにその男はテンペストとか名乗ったかな。」

 

「テンペスト?またコードネームか。それはいいとして、俺は気になることがあるんだ。それはお前も同じく気になるはず。」

 

マックスは言った。

「そろいもそろって14年前のグロリアの被害者がここにいる。これは普通ではないよな。」

「それは思ったよ。その前に、魔法使いの同級生が四人も、同じマグルの学校にいることが既に奇妙だよ。」

「いや、地下で見た奴が生徒だとするなら合わせて五人だ。」

 

ジャックはどういうことかわからなかった。

「それはサイレントじゃないか。俺達の行動を監視してたって言ってただろ。」

「違ったんだ。地下の事はさっき聞いたが知らなかった。サイレント達は深夜に校内で動いてはいなかったらしい。」

 

「本当かなそれは?」

ジャックは信用しないようだった。

「そこで嘘をつく理由もないはずだ。まあ、本当だとしたらそいつを調べなくちゃならない。例の正体、行動目的共に不明の魔法使いを調べろとサイレントに言われた。」

「早速任務というわけか。確かにあの男が何か隠しても意味ないか。」

 

その時、会話している二人の間に別の声が割って入る。

「待たせたわ。ちょっと忘れていた事があってね。」

 

ジェイリーズが二人のところに足早に向かって来ていた。

「ジェイリーズが戻ってきたようだ。あとは、あのお調子者だけか。」

 

ジェイリーズはジャックの隣の椅子に腰かけて言った。

「ディルはまだなの?」

「途中まで一緒に来ていたけど、自販機の前から俺一人でマックスに会いに来たんだ。飲み物買うだけなら、もう来るはずだ……」

ジャックがまさにそう言った直後だった。

 

マックス達のいる寮室の角に向けて小走りでやって来る男の姿が見えた。

 

「皆合流してたようだな。ちょっと遅くなったかな。」

ディルが陽気な感じで言った。

「異常に甘いものが欲しくてミルクティー飲んでたら、急激に炭酸が欲しくなってな。」

「何かを欲した時のお前のバキューム力は相変わらずで何よりだ。さてと、早速さっきの事についてだが……皆、正直どこまで彼らの言葉を信じているか聞きたい。」

マックスは全員そろうと早くも本題に入る。

 

「サイレントの言葉が、今夜からの俺達の行動目的に関わってきたりする。まず今の段階で彼らをどこまで信頼するのか、彼らの言葉をどこまであてにするのかを決める必要があると思うんだ。」

マックスは皆と向かい合って言った。

 

「俺は、まずは疑ってかかったほうが身のためかと思うな。」

ジャックが最初に言った。

 

「あえて近づいてきたのは、あたし達を利用しようとしているってことは確かよ。でも、サイレントが他に何か重要なことを隠していなければ言うことを聞いてもいいと思うわ。」

ジェイリーズが言う。

 

「俺は……まだ何言われてもピンとこない。たったさっき色々な事を言われたばっかだ。まだ何もわかんないな。」

最後にディルが言った。

 

確かにディルの言い分は正しい。ついさっき自分達の過去を知らされ、二つの組織の事情を知らされ、更に自分達も組織に属することを約束した。

おまけに現れた二人の魔法使いは、昨夜地下へ向かった人物とは関係ないと言う。

 

思えば昨日の『学校内全システム書記』入手作戦の後から、色んな事が実にたたみかけて訪れたのだ。

今、状況を冷静に判断できるほうが無理というものだった。

 

「少なくとも、今は彼らの事は半信半疑が妥当だな。また彼らは必ず俺達の所へ現れるはず。聞きたいことはその時に聞こう。例えば、俺達魔法使いをここへ集合させる何らかの企てがあったとか。」

 

「でもそれは俺達が選んだからここにいるんじゃないのか?マックス、お前の場合はどうなんだ?」

ディルが言った。

 

「俺は14年前の事件以降、引き取って今まで育ててくれた親戚の薦めが一つと、自分の、何となくな感じで来たってのが理由かな。」

 

「俺も同じようなもんだぜ。親とか、例の事件の被害者である親戚が薦めたんだ。試しに受験してみたら俺の頭でも通ったから来たんだ。」

ディルが言った。

 

「あたしも、引き取ってもらった今の両親に薦められた。ちなみに私の場合は受験無しで通ったわ。」

「それっておい、何か魔法で……」

「そうよ。」

ジェイリーズがキッパリ言う。

 

ここでジャックが話はじめた。

「俺は自分の選択だったな。マックスがここに行くかもしれないって言っていたから、せっかくなら仲間の魔法使いが一人はいたほうがましかと思って俺もここに来た。」

 

「そう言えば、あなた達は中学三年の時から知り合いだったわね。」

 

実は、ジャックとマックスはセントロールスに来る前から知り合っていたのだった。

しかし彼らは同じ中学にいたがクラスは違い、互いに魔法使いだと知って話すようになっただけで、今ほど仲がいい友達というわけではなかったが……

 

「それにしても俺以外、皆身内の推薦で来たというのは変な話だよな。」

「ジャックの言う通りだ。偶然で有り得ることではないと思う。もしこの事もサイレント、もしくは彼の仲間が知っていたら聞かせてもらう必要がある。」

マックスが言った。

 

「待てよ、さすがにそれは考えすぎてないか。サイレント達が俺達をどうやってここへ導いたと言うんだよ。」

ディルは言った。

 

「あたしも、今答えを出すのは早いと思うわ。まずはサイレントの助言通りに行動していればいいと思うけど。」

「ああ、最もな意見だと思うよ。俺は考えすぎてしまう癖があるな。」

マックスは続ける。

 

「というわけで今夜の行動は考えすぎず、サイレントが俺達に与えたナイトフィストとしての最初の任務を実行する。それは俺達以外の魔法使いの調査だ。」

 

その時から、マックスは何らかの視線を感じだしていた。

それはジェイリーズも、彼女の様子から同様であることがマックスにはわかった。

 

「どうした?急に黙って……」

 

マックスはディルの言葉を無視し、横目でチラチラと周囲を確認した。

ジェイリーズも同じく周りが気になっている。

マックスは状況がわかった。

 

「男達が数人、こっちを見て何やらこそこそ言ってる。」

マックスは小声で言った。

「いったいあいつらは何なんだ?」

「あたしにはどういうことかわかってるわ。」

ジェイリーズが小声で言う。

 

「何人かはあたしと目があってすぐに背けたわ。」

 

そう彼女が言うと、だんだん意味がわかってきた。

「まさかあいつら、君の話をしてるんじゃないのか。」

「多分ね。ちなみにそこにいるグループの一人、彼はこの前近づいてきた男子だわ。」

 

マックス達はこっちを気にして話をしている男子生徒グループの中の一人を見る。

 

「やっぱりそういうことか。どうやらあいつらはジェイリーズファンとでも言ったところかな。」

 

その容姿故に、彼女を狙う男子生徒は多い。実際、相手を惹き付けさせるような彼女の対応がそういう結果を招いている原因かもしれないが、彼女自身は適当にあしらっているだけである。

 

「こんな事が続いたら、俺達がよく集まってることを多くに知られてしまうぞ。まともに話し合う機会すら奪われる。」

 

「なんか、ごめんなさい。」

「君が謝ってどうするんだよ。しかしモテるってのは実に辛いものだねー。そんな不便な毎日を送らなければいけないなら、俺はモテなくてよかったね。」

ディルがそっぽを向いて言った。

 

「嫌味っぽいわね。」

「ともあれ、少しでも俺達の噂話が広がったら命取りになりかねない。昨日の本の事件もあるし、今後はより周囲を気にする必要がある。とりあえず今は解散しよう。動くときに連絡する。」

 

そうマックスが言い、何事もなかったかのように四人はそれぞれ散らばっていくのだった。

それからというもの、次第に寮室にいた生徒は個室に移動し、やがて寮室からの外出禁止の放送が流れた。

 

マックスはこの時までは個室で一人、ずっと『魔術ワード集』を読んでいたのだった。

 

「魔法使いを相手にするならもっと魔法を知らなければ。」

 

集中すると時はあっという間に過ぎるものだった。

時計を見ると、今は午後11時を過ぎていた。

個室に入ってから3時間は経とうかとしているのだった。

 

マックスは机の上から携帯電話を取った。

見るとメールが一件きているのがわかった。ディルからだ。

「待ちくたびれてるらしいな。」

 

彼は今にも動きたくてうずうずしているらしく、マックスは今から動くことに決めたのだ。

行動開始を全員に知らせ、『学校内全システム書記』と杖を手に取ると自身に魔法をかける。

 

「インビジビリアス」

全身をカモフラージュさせ、個室を出た。姿のない影がうすく床に写り、動きだす。

皆にも姿を消して寮室の外へ集合するよう連絡しているため、歩く姿を見ることは出来ない。

 

個室が並ぶ廊下を進み、寮室を目指す。

ここまでは他の生徒とは誰にも会ってない。そして寮室への扉の前まで静かにたどり着いた。

 

壁に張りつき、そっと取っ手を掴んで音がしないようゆっくりと開く……

わずかに開いた扉の隙間から寮室全体の様子をうかがった。

遠くに少数の生徒を確認した。

椅子に座っている。極めて静かだ。

勉強でもしているのだろう。お偉いもんで。

 

マックスは更に扉を開け、隙間からすり抜けるように寮室へ侵入する。扉はあえて開けておく。

 

生徒は幸いこっちに背を向けているために全く見られる事はなかった。夜中勝手に寮室の扉が開くなんて学校怪談ができても困る。

 

マックスは足音をたてずに早足で出口へ歩いた。

見ると、そこにいたのは例の一年の真面目三人組プラス見知らぬ二人だった。やはり勉強会だ。

そんな彼ら以外の生徒は誰もいない。皆個室の中、もしくは自分達みたいに抜け出しているのだろうか。

 

今や真面目五人組となった彼らを後にし、寮室の出口の扉を静かに開けて出ていった。

出口は死角になっていて、扉が開くのを彼らの位置から見ることは出来ないが、今の勉強への集中力を察するに死角でなくとも気づかないことだろう。

 

マックスは寮室を出て少し離れた所で立ち止まる。

相変わらず暗い廊下だ。だがここで電気をつけるわけにはいかない。誰にも自分達の存在を知られてはいけないのだ。

 

マックスは小さい電球の下で目くらまし術を解いて、姿を現した。まだ誰も来ていないようだ。

 

それから一分も経たないうちにディルが目の前に姿を現した。

「早いな。」

「ずっと待ってたからな。」

「あたしも来たわよ。」

ディルの隣でジェイリーズも姿を現す。

まだ目くらまし術が出来ない彼は、またジェイリーズにかけてもらって来たようだ。

 

「あとはあいつか。」

マックスがそう言ってすぐだった。暗い廊下の先から誰かが歩いてきているのが見えた。

 

「奥から誰かが来るぞ。」

ディルが小声で言う。

「まずい。いったん姿を消すぞ。」

マックスとジェイリーズが杖を構えたその時だ。

 

「もう皆集まってたか。」

前方から歩いて来る生徒はそう言い、徐々に顔が見えてきた。

「ジャック。お前先に行ってたのか?」

「俺はずっと外にいたよ。橋にずっと立って夜を感じていたんだ。」

 

彼は三人と合流した。

「お前も本当に好きだなそういうの。」

「ああ好きだね。」

 

四人がそろい、マックスが話しはじめた。

「では早速、昨日行った地下にまた行く。そして俺が考えている仮説を確かめる。」

「隠し部屋のことだな。」

ディルが言った。

 

「ああ。知っている呪文をぶつけて何か起きないか試したいんだ。それと、運が良ければあの時の魔法使いに出会えるかもしれない。あの時地下で、それも地図に書かれた立入禁止の場所付近で突如姿を消したんだ。あいつが壁の向こう側に行ったという仮説が正しければ、あいつは行き方を知ってることになる。行く瞬間を見ることができるかもしれない。」

マックスが今夜の行動目的を話した。

 

「これまたずいぶんと危ない事だな。」

「嫌かな?」

「大満足だ。」

ディルは笑顔で言った。

 

「これはサイレントが与えた、ナイトフィスト最初の任務だ。今後組織で公式に活動するようになった時のための、テストだと思って行くぞ。」

「授業のテストよりずっと危険で、はるかに面白そうだな。」

ジャックが言った。

 

「なんだか興奮してきたわ。ますます寝れなくなるわね。」

 

そして四人は行動開始した。

薄暗い廊下を黙々歩き、寮塔から出ていく……

その先の長い橋にさしかかり、夜風に吹かれながら歩く。

ジャックはずっとここで夜景を眺めていたのだ。

確かに四階の高さで、遠くの街まで一望できる場所だ。風当たりも良い。今夜も月光がよく際立っている……

 

「ところで、お前だけなんで制服なんだ?まさかシャワーも浴びてないのか?」

ディルが何気なく言った。

確かにマックスだけが制服のままで、あとの三人は皆、私服だった。

 

ジェイリーズはモノクロの花柄ワンピース姿で、ディルはTシャツにパーカーを羽織っている。

ジャックは白シャツに黒ズボンで、制服と大差無い見た目だ。

 

「清潔にしとかないと、女子に嫌われるわよ。」

「別にどうでもいいさ。それにこれが終わったらシャワー浴びるつもりだ。」

 

そんなことを話しているうちに四人は橋を渡りきり、太い扉を押し開けた。

その先にはいつもながらの暗闇廊下が出迎えてくれた。

まだ見回りの教師には出くわしてない。いいスタートだ。

 

その後もスムーズに一階まで下り、地下へと続く一本の廊下に立った。

 

「やっぱり夜中の学校はぞくぞくするわね。」

「ああ。この何とも言えない雰囲気には慣れることはないだろうな。」

マックスが先頭を歩きながら言う。

 

「あの魔法使いは一人で行動するなんて、大した肝の持ち主なんだろうな。」

ディルが言った。

 

「そうだな。そこまでして動かなくてはいけない事って、何なんだ……」

 

夜中の太い、一本の廊下を一人で歩く恐怖感がどれだけのものかは容易に想像できる。ただの好奇心でそんなことやるはずがない。この廊下は普段使われないから、見回りの教師もほとんど来ないはずなのに……あの時はこの事には気づかなかった。

 

マックスは自分の仮説に自信が湧く。

やっぱりあいつは地下で何かをやろうとしていた。それなりの何かを……答えは地下だ。

 

そしてしばらく廊下を歩いた先に、地下への階段が見えてきた。

昨日の光景がよみがえる。だがまだ魔法使いは見ていない。

 

地下に近づくにつれ緊張感とわくわくが高まる。

 

マックスが階段を下りはじめた。

後ろの三人も続く。

誰も一言も言葉を発することはない……

 

マックスは全ての感覚が鋭くなるのを実感した。

まだ奴は現れてない。両サイドの扉は全部ちゃんと閉まっている。昨日との変化はない。

 

歩いているうちに曲がり角に到達した。そこから曲がったらそこが答えだ。

 

マックスは心が踊った。 今日は奴が来ていない。もしくは既に行ったのだろうか。幻の部屋へ…………

 

マックスの想像は膨らむ。

皆、より慎重に歩いた。もう突き当たりが見えている。

やっぱり誰もいなかった。

マックスは徐々に歩くスピードを上げて突き当たりの壁へ迫る。

 

「今のうちだ。何か試そうじゃないか。」

突き当たりで立ち止まり、本の地図のページを急いで開いた。

「ルーモス」

杖先に明かりを灯し、本へ近づける。

「確かにここなんだ。突き当たりの左側の壁。だがどう見てもただの壁だ。」

皆もルーモスで辺りを照らす。

 

「さぁて、まずは……フィニート」

マックスは壁に杖を向けてそう唱えた。しかし、何も起こらない。

「魔法で細工されてるかと思ってやったが駄目か。」

早速次を試す。

「パーティス・テンポラス」

マックスが小声で唱えた。しかしまたしても何事も起こらない。

 

「駄目か。ならば、確か真実を暴くのは……」

マックスは必死で『魔術ワード集』を思い出す。

「そうだ、レベリオ」

これにはある程度の自信があった。だが、またもや外れた。

 

「これも効かないのか。本当に何もないのかここには……」

 

壁に手を触れてみる。

だが特に気になるところはない。ただの冷たい石壁だ。

 

「何か出来ることは無いのか……」

マックスは自分に問う。

「なあ、やっぱり考えすぎだったって事はないか?そもそもここはあくまでマグルの学校だ。こんな所に何で魔法の仕掛けがあるんだよ。」

ディルが言った。

 

「あたしも、ちょっと自信無くなってきたわね。」

「そうなのかもしれないな。ならば、あの時に奴はどうやって……いや、まずどこへ消えたと言うんだ。姿くらましで去ったのか? いや、俺達に気づいた様子はやっぱり無かったと思う。」

マックスは段々と自分の仮説への自信が薄れていくのを感じてきた。

 

「何か隠されているものを暴く、あるいは呪文を無効にするような魔法を知らないか?」

三人と向かい合って言った。

 

「俺は思いつかないな。あんまり呪文知らないしなぁ。」

ディルが言った。

 

「俺も、お前が今使った呪文しか思い当たらない。」

ジャックも同じだった。

「あたしも知らないけど、ひとつ思いついたことはあるわ。おすすめは出来ないけれど。」

ジェイリーズはこう言った。

 

「なんだっていい。言ってくれ。」

「破壊系の呪文よ。この壁の奥に部屋が隠されていると考えてるんでしょ。空間転移の仕掛けが無ければ、物理的に壁を壊して中に入れるわ。」

 

「確かにそうだな。言われてみれば……極めて合理的だ。」

「でも壁は壊れるし、音は響くわ。まさか本当に試す気はないでしょうね?」

「その気だよ。」

マックスは考えだした。

 

「冗談でしょ、夜中に爆音出してどうするつもり

よ。」

「それだが、サイレントが現れた時の事を覚えてるか?」

マックスは言った。

「ええ。マグル避け呪文をかけて余計な邪魔が入らないようにして、目くらまし術をかけて近づいたわね。」

「その時だよ。彼は俺達にこう言った。足音を消しているのによくわかったなと。」

 

ジェイリーズは思い出した。

「言ったわね。確かに足音は全く聞こえなかったわ。」

「ああそうだよ。あの時サイレントはマグル避け呪文だけじゃなく、音を消す魔法もかけていたんだ。」

マックスはまた自信を取り戻し始めた。

 

「俺は『魔術ワード集』の空間魔法のジャンルでそれっぽい呪文が書いてあるのを見たんだ。」

更に続ける。

「壊れた壁は修復魔法で片付く。これは試す価値がありそうだと思うな。」

マックスは皆の反応をうかがった。

 

「なるほどな。俺は賛成だな。」

ディルが言った。

「まあ、俺もどうなるか気になるね。」

ジャックも同じく。

「わかったわ。やってみたら。」

 

これで決まった。マックスは再び心が踊った。

 

「ようし。じゃあまずはテストだ。消音の魔法は使ったことがないから、今から俺の周りに消音の結界を張る。皆はそのフィールドの外に出て、中の俺の声が聞こえるか試してもらいたい。」

「なるほどな。了解だ。」

 

ディル達はマックスから少し離れた。そしてマックスが杖を空中に構え、大きく振りかざした。

「マフリアート」

すると空気の膜ができ、天井から床まで広がった。

そこに結界があることは見た目では全くわからない。

 

するとマックスは何かを話しだしたのがわかった。

 

ディル達には彼の口が動いているのは見えるが、声は微かも聞こえていない。

「成功だな。これはいけるぞ。」

ディルのこの声は、消音空間内部のマックスには聞こえた。

 

結果がわかったところで彼は透明の空気の膜から出てきた。

「本当に聞こえなかったか?」

「ああ、全くだ。本当にしゃべってたんだろうな?」

「もちろんだ。ちなみに内側へはちゃんとお前の声は聞こえた。」

 

いよいよだ。この壁の向こうが自分達を呼んでいる気がした。

 

マックスは三人と共にその場から更に下がった。

「これぐらいでいいだろう。では、いくぞ。」

マックスは離れた所から杖を壁に向けて構える。そして呪文を唱えたのだった。

 

「ボンバーダ・マキシマ」

杖先に火花が散ったと思った途端、周りの空気を巻き込んで勢いよく風圧が壁に向かって突進した。

それは目標に命中したかに見えた。音は当然しない。

 

辺りにほこりが巻き上がる……

そして壁の様子を見に近づいたマックスは衝撃を覚えた。

 

「そんな、まさか……」

 

他の皆も明かりを灯した杖を壁に向けて近づく。

「おい、どういうことだよこれは。」

「確かに呪文は発動した。ということは、これは……」

「マックスの考えが正しかったようね。」

 

確かに爆破の呪文は発動したのだった。しかも威力を増幅させて放ったはず。

しかし命中したはずの壁の状態は、これまでと何一つ変わっていなかったのだ。

 

「どんな厚い壁だろうと、あの呪文を受けてかすり傷ひとつつかないなんて有り得ないよな。これでひとつわかった。やっぱりここには何らかの魔法の仕掛けがある。」

 

マックスの仮説は事実へと変わった。しかし、それがわかってもその先は打つ手が無いままだ。びくともしない壁を目の前に、なす術を思いつかない…………

 

「魔法で守られていて物理的に突破することはできないか……今は方法を思いつかない。ここは次の目的に移ったほうがいいな。」

マックスはやむ無くその場を後にすることにした。

「例の魔法使いが今夜も出歩いていないか探ることにしよう。見つけたら後を追って何を考えているのか突き止めようじゃないか。」

 

マックスは杖を一振りして消音呪文を消すと、向きを変えて来た道を戻った。

 

「まずはこの廊下から出る必要があるな。恐らく奴はここにはいない。」

マックスは本の地図のページを開いて、歩きながら行き先を考える。

 

「せっかく一階まで下りたんだ。残りの二本の基本廊下をあたってみるか。」

 

一階の基本となる三本の太い廊下の、残る二つへ行くことにした。

地下へと通じるこの廊下は城の中央を通っている。

あとは表側と裏側の二本で、この二本の廊下沿いに様々な教室が並んでいるのだ。

 

この中央の廊下には使われない部屋や、物置と化した古い教室しかなく、ほとんど用途としては旧校舎扱いに等しい。

そんなほとんど人の来る用の無い部屋の中を確認しながら歩く。やはり誰もいそうにない。

 

「今時刻は11時半を過ぎた。あと30分も経てば見回りの教師もほとんどいなくなるはず。俺達と同じく、奴にとっても行動を起こせやすくなるわけだ。その時こそ発見のチャンスだ。」

 

マックスが地図を見ながら先頭を歩き、あとの三人は左右、後ろに目を光らせて続く。

 

「まずは一階表側廊下に行こう。」

 

ここから表側廊下へ行くには、まず二階に上がる必要がある。

四人は来た道をとにかく戻る。

 

「まるで肝試しやってるみないだよ。」

ディルが小声で言う。

「でも俺達は魔法使いだ。むしろ俺達が驚かせる側だろ。」

ジャックが返した。

「確かにな。でもやっぱり夜の城なんて怖いぜ。これがまた癖になるけどな。」

「あたしも好きだわ。この恐怖と何か得体の知れない沸き上がる好奇心の融合。こんな気持ちにさせるのは、まさに今この瞬間だけよ。」

 

ジェイリーズは、ジャックとディルとはベクトルの大きさが少し違うようだ。

「階段まで来たぞ。これから一旦二階だ。廊下は更に長く、部屋数は多い。重ねて注意だ。」

 

マックスが二階への階段を上り始めた。なるべく軽やかに、音がしないように足を運ぶ。

そして二階に踏み込もうとしたその時だ……

 

四人は同時に立ち止まって顔を見合わせる。

足音が二階廊下の奥からどんどん聞こえてきたのだった。

音は確かにこっちに近づいている。見回りの教師か・・・・

マックスは黙って上を指差し、杖の明かりを消してそのまま更に階段を上がっていく。

皆も明かりを消してマックスの後に続く……

 

足音はだんだん近くなり、それにつれ光がこちらへと向かってきている。

マックスは三階への階段の途中で立ち止まって様子を見る。

 

二階の階段付近に光が強く射し込んできた。恐らく教師のライトだろう。

皆、階段で息を殺して固まる……

そして足音はすぐそこまで迫り、二階廊下の階段ゾーンへの壁の死角から姿が現れた。

 

やはり教師だ。その男教師は階段付近に到着すると、一回立ち止まって下に行こうか上に行こうか考えているようだった。

 

マックスはこの隙に静かに動きだし、三階廊下へと上がった。三人も後に続く。

 

直後に足音が三階へと近づいていた。

ついてないことに教師も階段を上がってきているのだ。

マックスは更にゆっくりと階段を上り、四階の廊下で止まった。

三人も体勢を低くして動く。

 

ここでディルが暗い階段につまずきそうになって……

 

「誰だ!」

 

ディルの足音が静寂を破り、教師に人の存在をばらしてしまった。

下から階段を書け上がる音が響く。それと共にあっという間にライトの光がそこまで迫った。

 

こうなればまず距離をとらなければいけない。

「ついて来るんだ。」

マックスは全速力で階段をかけ上り、六階の廊下までたどり着いた時、立ち止まって後ろを振り返る。

三人も六階へ到達する。

 

「レペロ・マグルタム」

 

マックスは杖を階段下に向けて呪文を発動した。

「これでここから人は来ない。魔法使いは別だがな。」

四人はそこから六階の廊下を歩きだした。

もう後ろから足音は聞こえない。

 

「それにしてもどうなるかと思ったわ。気をつけなさいよ。」

ジェイリーズが若干息を切らしながら言った。

 

「本当にごめんよ。ただ、暗いからついやっちまったんだ。気をつけるよ。」

ディルが申し訳なさそうに言う。

「まぁいいさ。ピンチを乗り切る力も必要だ。お前をかばってる訳じゃないぞ。」

マックスは突っ込まれる前にそう言う。

 

「最上階まで来てしまったな。こうなればこの階をうろうろするしかないな。」

ジャックが言った。

「そうだな。まずは六階を時間の許す限り見て回るか。」

四人はとりあえず、今いる六階裏側廊下を歩く。

 

窓からは校舎の裏側の景色が見える。ここからだと外の明かりが入ってくる事はなく、実に暗いものだ。

反対には数メートルの間隔を空けて小さな部屋がいくつか並んでいる。どれも必要そうには思えない、すっからかんな部屋だ。

 

「突き当たりが近くなってきた。ここからは左の階段を下りるか、右に曲がって表側廊下へ行くかの選択になる。」

 

彼らは廊下の終りまで歩いた。ここから右へ曲がれば、ジェイリーズが一年の真面目三人組を誘惑した図書室や、ジャックが本を手に入れた校長室がある表側廊下へと繋がっている。

ちなみに、左の階段から五階へ下りれば、ここへ来た階段から五階へ出た場合とはまた違った廊下に出るのだ。

セントロールスは今までこんな迷路のような城の構造を取り壊すことなく、そのまま学校として活用されてきたのである。

 

「よし、まず表側廊下へ行こうか。」

「ああ。しかし面白いな。本を盗んだ犯人たちが、盗んだ物を持って戻ってくるなんてな。」

「確かに、変な感じだな。」

 

四人が角を曲がろうとしたその時だった。

「また教師か。」

 

マックスは階段下から明かりがちらつくのを見た。

やがて階段の踊場へと上がってくる人影がちらりと見えた。

マックスは三人を連れてコソコソとその場を離れ、杖を振ると同時に走りだした。

「レペロ・マグルタム」

 

少し距離をとると再びゆっくり歩く。

「これで六階への二ヶ所の入り口を防いだことになるな。あとはここに誰かいない限り六階へ人が来ることは出来ない。落ち着いて魔法使い探しをしよう。」

 

「しかし今日はついてないぜ。続けざまに二人も出会うなんてよ。」

 

マグル避け呪文はマグルに対してとても便利な呪文だ。

これがかけられたエリアにマグルが近づけば、何か急用を思い出したようにして遠ざかり、その場所には来ないように暗示がかかる。

さっきの教師同様、今度も来た道を意味もなく戻ることになるだろう。そう思っていたが……

 

マックス達は聞いた。後ろから確かに足音がする。教師も生徒も来ることは出来ないはずなのに。

 

四人が同時に顔を見合わせる……

 

 

「まずい。とりあえず図書室だ。」

四人は走ってすぐ隣の図書室に入った。運良く扉は開いていた。

しかしマックスは図書室に入る際、誰かがこっちへ歩いてきているのが一瞬見えたのだった。

これはバレたはずだ。

 

マックスは三人を連れて、奥の巨大な本棚の裏に身を隠す。

夜中の図書室とは最悪だ。窓から見える月光以外、明かりとなるものは何も無い。

 

「確かに人が来ていたぞ。でもそれは有り得ない。」

「マグルだったらな。」

そしてその何者かはすぐに図書室の入口に現れた。

 

「後ろの出口から出るぞ。」

マックスは本棚から本棚の裏へと移り、後方へ向かう。

三人もそのあとを静かに追う。

 

入り口から明かりが入り、こっちへと近づく。見つかれば終わりだ……

 

緊張感が一気にこみ上げる。

ここでマックスが後ろのドアに着いた。急いで取っ手をつかみ押し開けようとする。

 

「やめてくれ。そんなの……」

なんと、後ろのドアには鍵がかけられていることがわかったのだ。

もはや出口は前しかない。しかし光は去ろうとしない。

 

四人はとにかく一番後ろの本棚の裏に隠れる。

 

徐々に迫り来る人の姿が見えてくる……

 

やはり見回りの教師ではない。それはマグル避け呪文を破って来ていることと、この光がライトではなく魔法の杖先で光っているのを見れば明らかだった。

 

こいつが昨日見た魔法使いだ。

まずはここを脱出しなくては……鍵を開ける呪文を見たことがある。確か……

 

マックスは高速で呪文の本の紙面を思い出した。

 

本棚の裏から杖を伸ばし、ドアにむける。

「アロホモーラ」

 

ロックが解除される音が静寂を破る。

 

「誰だ!いるのはわかってるぞ!」

魔法使いは杖先をすかさずこちらに向ける。

 

「急げ!」

マックスはドアを開け、三人と共に図書室から駆け出した。

もはや見回りの教師に見つからないようになど考えている場合ではない。今はとにかく姿を明かすわけにはいかない。

四人は必死で走った。

 

走りながらマックスは後ろを振り向くと、光が追って来ているのが見えた。今は姿を消す暇もない。

 

四人は奴が来た階段から駆け下り、四階まで来ると廊下へ出て走った。

走る途中でジャックが後ろを向き、呪文を発動する。

 

「マフリアート」

「ナイスだジャック。」

 

これで後ろから足音を聞くことは出来ない。

四人は更に走り続けた。

しかしジェイリーズが足を止める。

 

「ちょっと待って、もう無理よ……」

彼女は手を膝について息切れしているようだった。

マックス達も足を止め、彼女の所に近寄った。

「一旦この教室に隠れよう。皆も疲れただろう。」

 

廊下や階段を全力で走ってきたのだ。

女子なら尚更疲れるのは言うまでもない。

 

「アロホモーラ」

マックスは隣の教室の鍵を解除し、ドアを開けて入った。

最後にディルがドアを閉めたところでやっと一息ついた。

 

「こんな走ったのは久々だ。流石にきついぜ。」

ディルは壁に寄りかかった。

「これはいい運動になったね。明日の体育は休むと決めたよ。」

ジャックがその場にしゃがんで言う。

 

マックスは教室のドアを少し開け、顔を出した。

「今のところ奴は追って来てはいないな。ここまでは来ないだろう。」

 

四人はひとまずここで休憩することにしたのだった。

 

そのまま5分は経ったことか。皆、だいぶん息が整ってきたようだ。

 

「もう1時を過ぎた。そろそろ動こう。」

マックスが言った。

「ねえ、今夜はここまでにしない。疲れたわ。」

座り込んだジェイリーズが言った。

 

「そうだな。地下には秘密があることと、例の魔法使いは教師ではない。生徒の一人だということがわかった。これだけでも収穫だ。寝て明日に備えるとするか。」

「その事についてたけど、ひとつ提案があるわ。」

ジェイリーズは続けた。

「今回行動してわかったことがもうひとつあるはずよ。」

 

マックスは何が言いたいのかすぐにわかった。

「ああ、俺も思うよ。俺達はもっと魔法の知識をつけないといけない。いざという時に対応できなければ終わりだからな。」

「その通りよ。だから、今からマックスの個室に行っていいかな?皆であなたの呪文の本を読まない?」

 

マックスは、この提案は正解だと思った。

「それは必要かもな。サイレントも言っていたことだ。そう言えば魔法に関する勉強材料を用意すると言ってたな。」

「それが届くまではマックスの呪文の本が役に立ちそうだ。」

ジャックが立ち上がった。

 

「勉強は嫌いだけど、これは仕方ないことだな。」

ディルが言った。

 

「決まりだ。今から俺の個室に行く。そこで俺の父親の形見が役に立つぞ。」

 

マックスはドアを開け、杖を構えて左右を見た。

誰もいない。足音もしない。

 

四人は教室から出て寮塔を目指した。

 

その後はさすがに見回りの教師も寝たのか。一人も出会わずにBクラスの寮室へと戻ることが出来たのだった。

 

 

マックスは三人を自分の個室へと迎え入れた。

四人入ると少し狭く感じる。

 

「意外と片付いてるのね。」

「意外かな?」

マックスはベッドに腰かけ、ベッド下に『学校内全システム書記』を押し込むと同時に別の、小さなこれまた古い本を取り出した。

 

「さあ、お好きにどうぞ。」

 

マックスはその手に持った『魔術ワード集』を差し出した。

 

 

まずはオーケーだ。あの魔法使いが夜中に一人で何かをやっている。そして地下の事といい、仮説は当たっていたのだ。

ただ、こうなるとますます謎は深まるばかりだ。

 

マグルの学校に、どうして魔法が仕掛けられているのか……

そして、その場所がなぜあの本に書き記されているんだ……

 

ひとつの事が判明すれば、また謎は増える。

彼らはまだ事のほんの入口に立ったばかりだ。そして、間もなくかつて無い危険が訪れようとしているなど、知るよしもない…………

 

 

 

 




ディル・グレイク


【挿絵表示】


ディル専用杖


【挿絵表示】


インビジビリアス

ハリーポッター原作に出た目くらまし術のことだが、原作には呪文は出てこなかった為にオリジナル呪文を設定。
由来はラテン語で、見えない(invisibilia)


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第五章 Danger Red

マックスは今、個室のシャワールームから出てきた。

 

皆は深夜3時までここにいた。しかしマックスはいつしか寝ており、気がつけば朝だったのだ。

 

「結局また制服か。」

予備の制服を着て今日の授業の用意をした。

 

また一日が始まった……

将来ナイトフィストとしてグロリアと戦う決意をした今、学校の授業が尚更無駄に感じる。

 

騎士の拳になるには、もっと魔法の勉強が必要なことはわかっている。そしていつかは並みの魔法使いのように、いや、それ以上の存在になりたい。

その日に近づくには自分で努力するしかない。ひたすら……

 

今日の午前中の教材を準備し終えると個室から出た。

 

今日の寮室は既ににぎやかになっている。昨日と一時間起きる時間が違うと、こうも変わる…

ジャックがいつも早く起きて寮室にいる訳だ。

 

ジャックは静かに景色を眺めるのが大好きな奴だ。少なくとも今の状態の寮室は、風景観察するには最悪だ。

そういうわけか、彼の姿が見当たらない。

飯を食いに行ったか、もしくは個室に戻ってるのか…まぁどうでもいい……

 

まだ完全に目が覚めきれないまま食堂へ向かう…

 

何だか頭が重い……あまり気分が良くない。

マックスは階段を下りながら感じる。

 

睡眠時間はいつも通りだ。だが昨日はいろんな事がありすぎた。

体も動かしたし魔法も使った。だから疲れているのだろう…

 

そう思いながらのろのろと食堂まで歩いた。

 

来る手前からわかっていたことだが、やはり食堂内も人は多く、騒がしい雰囲気だった。

ますます気分が悪くなりそうだ…そう思いながらプレート置き場へ歩く。

 

ふと、テーブルの方を見るとジェイリーズが食事しているのを発見した。

 

適当に食べ物を取り、プレートを持ってジェイリーズの隣に近づいた。

「おはよう。もう来ていたのか。」

マックスは隣の椅子に座った。

 

「あら、おはようマックス。夜はよく寝れた?」

「そのはずだけど…」

「相変わらず朝から冴えない顔。本当に寝たの?」

ジェイリーズがマックスを向いて言った。

 

「もちろん。君も知ってるはずだろ。俺は皆が本を見ている間に寝たんだ。」

「もちろん。知ってるわよ。でもよく寝た後の顔色には見えないわ。具合悪いんじゃない?」

ジェイリーズは再び食事を開始した。

 

「ああ、実はちょっとだけな。たぶん疲れが残っているのだろう。でも特に問題はない。」

マックスも食事を開始する。

 

「そうだ、お願いしたいことがあるわ。」

ジェイリーズが思い出したように言った。

「これから『学校内全システム書記』を皆で借りていいかしら? 昼間のうちは、四人がそろうことはほとんど無いわ。だから個人的に調べたいことがあればチームで本を借り合って使うといいかと思ったのよ。何かしら手助けになると思うわ。」

 

「なるほど、いい考えだと思うよ。じゃあ早速君に渡すとしよう。そう思いついたのならば早速やりたい事があるんじゃないのか?」

 

「その通りよ。眠そうな顔して名推理ね。」

「もう顔のことはいいよ。」

 

ジェイリーズは話を戻した。

「あたしの受けている数学応用の授業で一緒のCクラスの女子がいるんだけど、日頃何をしてるかわからないのよ。周りの子達に聞いてみたんだけど、いつも一人で何かしてるらしいわ。誰とも話さないし、気にならない?」

 

「一人が好きなだけかもしれんな、俺やジャックみたいに。でも調べたいのか?」

「うん。いい?」

「ああ。」

 

そしてジェイリーズは食事を終え、プレートをカウンターに戻しに行った。

 

マックスはまだ食べていた。

あまり食欲がない。そして、さっきから不思議に何かへの不安を感じていた。

朝起きてからの、何かと気が乗らない感覚といい、今日は何か変だ。

そして何か嫌な予感がする。何か……

 

それから時は経ち、生徒達は授業を受けていた。

 

「ジャック、次は同じ科目だったな。そろそろ教室行っとくか。」

 

ディルはジャックと一緒にいた。この時間は二人とも選択している教科が無かったらしい。

 

「なあ、今日マックスを見たか?」

ジャックが言った。

「いいや、そういえば見てないな。食堂にもいなかった。」

「まあ、お前はスープ目当てで朝早くから食堂行ってるから会う可能性は低いな。」

二人は廊下を歩きながら話す。

 

「まぁそうだな。でも、後でマックスに会いに個室に行ったんだけど、その時には部屋に居ないみたいだったぞ。俺が飯を食い終わってから2時間後ぐらいだから、多分8時頃だったかな。」

ディルは言った。

 

「そうか。俺は昨日の疲れのせいか、起きたのが8時前だった。そしてお前がマックスの個室に行ったのも8時頃となると、それまでにマックスが何してたか二人とも知らないということか。ジェイリーズはどうだろうか?」

 

ジャックは続ける。

「そういえば彼女もまだ見てないな。」

「俺もだ。こいつはまさか…」

ディルは何か思いついたらしい。

 

「何だ?」

「二人そろって朝からデートって訳かもしれんぞ。」

「まさか。あいつが何かしてるとすれば、一人で気になること調べたり魔法の勉強でもやってるんだよ。」

ジャックが言いきった。

 

「わからんぞ。なんせジェイリーズは超絶美人だ。誰だって一目見ただけで気に入るほどな。」

「それじゃあ、お前もそうなんだな。」

ジャックは言った。

 

「当たり前だろ。今更か?」

ディルは言った。

 

「思ったよりはっきり認めたな。まぁお前らしいか。」

「じゃあお前は違うって言うのか?今更だけどな。」

そしてわずかな間があり…

 

「…さぁ、どうかな。考えたことがないよ、そういう事は。」

「冗談だろうがよ。」

「冗談じゃないよ。そんなこと考えても、俺には無駄だからさ…」

 

軽々とした口調でそう言ったジャックだが、ディルには何かを思いつめて発言しているように思えたのだった。

 

それから次の授業も終了し、休み時間が始まった時の事だ……

 

ジェイリーズが数学応用の授業を終え、机から立ち上がった。

そして教室を出ていこうとする一人の生徒の肩を軽く叩いて話しかけたのだった。

「ねぇ、ちょっといいかな。」

「えっ…」

立ち止まったその生徒は、サラサラなストレートヘアの女子だった。

振り返った時、前髪をはさむヘアピンがキラリと光る。

 

「あなたと話すのは初めてね。」

「そうね。」

「もし暇があれば、お喋りしない? あたしは話し相手がいないし、うるさいのが嫌いだからあなたみたいに落ちついた人と話をしたかったのよ。駄目かな?」

 

話し相手は、彼女の言っていた例のCクラスの女子生徒だった。

 

「そう…いいわ。じゃあ、次も授業あるから昼休みにでも。」

「ありがとう。じゃあ寮塔の橋で待ってるわ。名前何ていうの? あたしはローアンよ。」

「アリスタよ。じゃあ…」

 

そう言うと、彼女は去っていった。

「何か気になるわね…」

そしてジェイリーズも歩きだした。

 

生徒達が行き交う大廊下を一人歩きながら人目を気にする。

前からも後ろからも、次々に生徒が現れる。そして行き交う人の波から外れ、廊下の角で立ち止まった。

 

そこでひたすら時を待った。

 

だんだんと人の数が減ってくる。生徒の多くが次の授業の教室へ移動し終えたのだろう。

更にその場で携帯電話をいじって待つ……

 

ついにチャイムが鳴り始め、廊下にはほとんど生徒の姿は無かった。

これを待っていたかのように彼女は携帯電話をスカートのポケットにしまって、代わりにバッグから『学校内全システム書記』を取り出した。

朝食の後、マックスから貸してもらっていたのだ。

 

ジェイリーズはバッグをからい本を開いて、人気が無くなった廊下を歩きだした。

 

授業は既に始まっている。この時間は自分の受ける授業は無かったのだろう。これからどこかの教室に行くことはなく、本と前方を交互に見ながら廊下を歩き続けたのだった。

 

しばらく動いたところで、一度立ち止まった。

 

「ここの学校探検は面白いわね。」

ジェイリーズは本の地図のページを開く。

「設備のコントロールまで書いてあるわ…」

地図には細かく電気の配電図まで記されてあるのがわかった。

まさにこの本があれば、校内の事は完全に把握できると改めて実感すると共に、更に校内を動き回りたくなるのだった。

 

「一人でこそこそ動くのは初めてね。興奮する…」

行先を決め、彼女は再び歩きだした。

 

そして六階への階段を上っている時だった……

 

「あれっ? この感覚は…」

ジェイリーズが空気の変化を感じた。

「何かの結界に入った? …そういえばここは…」

彼女は昨夜、六階の廊下を走った時の事を思い出した。

それは教師にディルの足音を聞かれ、階段で教師とチェイスした後、マックスが六階への入口をマグル避け呪文で封鎖した事だ。

彼女が今感じた感覚は、間違いなく昨夜マックスがかけたマグル避け呪文の残存効果であった。

 

並の魔法使いではないが故に一度かけた結界の魔力は長くは持たないが、魔術の感知に長けたジェイリーズには、まだうっすらマグル避け呪文の効果が継続していることに気づけたようだ。

 

「ちょうどいいわね。これで邪魔は入らない。」

 

さっきまでより周囲の警戒心を緩めて六階の廊下にさしかかった。

 

しかし角を曲がった瞬間、むしろ警戒を緩めてはならないことをすぐさま思い知った。

 

「あれは、まさか…」

 

ジェイリーズは足を止めてとっさに曲がり角に隠れた。

曲がった先の廊下には、確かに一人の生徒の姿があったのだった。

 

壁から顔をそっとつき出す……

一人の男子生徒が歩いている。こちらには気づいていない様子だった。

 

思えば、昨夜マックスは六階を完全に封鎖したはずだ。そして四人の誰もが呪文を解除しなかった。

ということは、この廊下の先の階段付近にかけた、もうひとつのマグル避け呪文が例の魔法使いによって解除されていなければ、今前方を歩いている生徒がその魔法使い本人だということになるのだ。

 

マグルがこの空間へ自分から入ることはまず不可能。

ジェイリーズは今いる生徒がもう一人の魔法使いだとほぼ確信した。

 

「インビジビリアス」

ジェイリーズは目くらまし呪文で透明化して後をつけることにした。

「色仕掛けで何でも聞き出そうかしら。」

 

ジェイリーズは角から出て廊下を歩き進む。

 

一定間隔を保ち、静かにつける……ここで誰かが前方の階段から上ってくるのが見えた。

それは教師の一人だった。

生徒は教師と挨拶し、すれ違う。

 

違ったのか…マグルの教師が入って来られたということは、その階段にかけたマグル避け呪文は解除されていたようだ。前を歩く生徒もそこから来たマグルかもしれない……

そう彼女が思って歩いている時だった。

 

教師の後に続き、一人の女子生徒が階段を上がってくる…それは例のCクラスのアリスタだった。

 

彼女は廊下で立ち止まり、前を歩く男子生徒と二人で、来た階段を戻るのだった。

「彼女…授業のはずなのに。デートの雰囲気でもないわね。」

ジェイリーズはすかさず彼女の後を追った。

 

そんな時に、彼は今……

 

周りには誰もいない。人の声も聞こえない。

彼は一人、杖を持って立っている。

 

「サーペンソーティア」

彼、マックスは杖を少し離れた草地の上に向けて呪文を唱えた。

 

杖先が一瞬小さく光り、そこから灰色の細い蛇が投げ出されるようにして召喚されたのだった。

 

地に着いた小型の蛇がマックスを向く。

「さて、まずその場をぐるぐる回って見せろ…」

マックスは蛇に杖を向けて集中した。

 

蛇が暗示にかかったかのように、ゆっくりと草地の上を円形にはい回りだした。

 

「いいぞ。ここまでは順調だ。ならば来い、俺を攻撃してみろ。魔法で具現化した作り物が攻撃出来るかな?」

マックスは杖を構えた。

そして蛇がマックスに再び向き直ると同時に、その口を大きく開けて飛び上がるのだった。

 

マックスは飛んでくる蛇を杖で払い避ける。

「プロテゴ!」

ガードはうまくいったようだ。蛇が見えないバリアに当たり、後方へ弾き飛ぶ。そしてその反動で蛇は勝手に灰と化し、やがて消え失せたのだ。

 

「まだこんな弱い奴しか出せんか。まだまだだな…」

マックスは再び杖を振る。

「サーペンソーティア」

 

マックスは再び蛇と対峙するのだった……

 

更に時は過ぎ、昼休み始まりのチャイムが鳴った。

 

この時、ジャックはマックスの個室にいた。

 

「プロテゴ…防御と反転の術。放たれた呪文を防ぐ、もくしは術の行使者に弾き返すことが可能。また、物理攻撃にも有効。空間魔術としても使用可能で、プロテゴ・トタラム、プロテゴ・ホリビリス、プロテゴ・マキシマがあり……」

 

彼はマックスが父親から授かった呪文の専門書『魔術ワード集』をずっと読んでいるのだった。

 

「術と術が繋がる場合もあり、この際はより強い魔力を注いだ魔術が押し勝つ…」

彼は更に読み続けた。

 

マックスと同じく、彼ももっと魔法を学びたい一心なのだろう…

 

将来、魔法界で戦うことが決まったのだ。今までのようなのんびりした遊び感覚の魔法では到底通用しないことは誰に言われなくてもわかる。

グロリア……あの男は魔法使いの軍隊と言っていた。

かつてどれ程の力を持っていたのか、そして今、どこまで組織の再構築が進んでいるのか全くわからない。

 

それはナイトフィストだってそうだ。まだ何も知らないのだ。今は…

 

彼は、これからいかなる覚悟で魔法そのものと向き合っていかなければならないかを考え始めていた。

そして知識が無いが為に、力が足りないが故に生きるか死ぬかが決まる。そういう世界に足を踏み入れたのだという現実を実感しきれないでいた。

 

実質、魔法で戦ったことなどありもしない。今はまだ、これまでと同じ事しかやっていない。ナイトフィストの一員だということを実感するには、具体的な活動をしなければいけない……この考えがまた、自分を焦らせることも理解できた。

 

それでも魔法の知識を少しでも頭に入れたいという衝動を押さえることは出来ない。それほどに、今は自分の魔法使いとしての無力さを認めざるを得ないジャックだった。

 

わかっている。はっきり言えば、不安なのだ。

 

突如突きつけられた現実と選択……自分の意思で受け入れたが、こういうのは時間が経つほどに実感がわいてくるものだ。

 

更に経験を積めば、より色々な事を実感できるようになるだろう。例え嫌でも……

しかし今は何もわからない。それが余計に不安を呼ぶのだということを、わかっている。

 

彼がマックスの個室にこもっている時、あの食いしん坊もまた、行動を起こしたがっているようだった。

 

「皆何してるんだろうなぁ……今日はあんまり会ってないなぁ。」

 

ディルは早速昼食を済ませ、食堂から出るところだった。

 

「ジャックはまだ腹減ってないと言うし、マックスとジェイリーズはどこに居るかもわかんないや。寮室にも来ないで、いったいどこで何してんだろうなー……」

 

ディルがのろのろと廊下を歩いている時に…

 

「よおディルじゃないか、久しぶりにゲームしようぜ。リックが新しいやつ家から持って来たんだ。」

 

後ろから一人の男子生徒が走ってきたのだった。

 

「バートンか。悪いが今日は遠慮しとくわ。やることがあるんだ。」

「またかよ。最近俺達の家にも来ねぇで、何かあったか?」

彼は残念そうに言った。

 

「別に何もないよ。最近勉強が忙しくてな。」

「お前が言うことかよ。そういや、お前あのジェイリーズ・ローアンとかいう美人と知り合いだったらしいな。なんで隠してたんだよ。」

「隠してたわけじゃない。ジェイリーズって本当に人気なんだな。」

ディルは歩きながら喋った。

 

「ああ。男子の間ではけっこう名が知られてるぜ。学年問わずな。先輩はセントロールスの美人ベスト5には入るんじゃないかって言ってたなぁ。それに、彼氏はまだいないという噂も聞いてるぜ。」

バートンという生徒はディルについて来ながら言う。

 

「まあ、そうだろうなぁ。しかし凄いや……」

「そうだ、お前知り合いなら紹介しといてくれないか? せめてちゃんと話したいな。」

「ああ。会ったら言っとくよ。」

 

ディルは適当に返事した。

 

「じゃあな。たまには俺らのゲーム会にまた来いよ。」

そして彼は別れて行った。

 

「まあ、ジェイリーズがお前と付き合う気はないね。」

ディルは独り言をつぶやいて歩いた。

 

「そういえば、透明になる時いつもジェイリーズに世話になってるな。まだ自分で出来ないのは足手まといだしダサい。旧校舎でも行って真面目に練習してみるか。」

 

ディルはそれから旧校舎へと向かったのだった。

 

チーム中、目くらまし術が使えないのは彼だけだ。

その為チームの行動で姿を隠さなければならない時に、必ず誰かにかけてもらう必要があるのだ。

 

一人の魔力の負担も大きくなり、確かに足手まといとなる。

ディルはこれからの事を考え、今ようやく本気で目くらまし術を習得するために動きだしたのだ。

 

ディルは人気が一気に無くなる旧校舎と本校舎とを繋ぐ通路に到着した。

 

この時、彼は確かに魔法の壁を感じとった。

 

「ん? これは、俺の得意なマグルシールドか。誰が仕掛けた…?」

 

マグル避け呪文はディルが自信を持っている魔法だ。

大好きなチームと周りの万人とは一緒にしたくない、されたくないというチームへの強い思いからこの魔法が得意になったと思われる。

故にこの術の感覚は良くわかるのである。

 

そのマグル避け呪文が何故にここに、そして誰が仕掛けたというのか……

 

ディルは杖を取りだし、慎重に進んだ。

旧校舎は相変わらず人の気配が無く、静かだ。物音ひとつしない。

 

「マックスかジェイリーズか、それとももう一人の…」

 

ディルは携帯電話を確認する…

何の連絡もなしだ。

彼はとにかくこの事をジャックにメールで知らせた。

「あいつなら今すぐ気づくはずだ。」

 

昼間だというにも関わらず薄暗い廊下をゆっくり歩き、ドアが外れた教室を見ながら進む…

誰もいない。しかし、魔法使いがここに術を仕掛けたのは間違いないことだ。もし例の魔法使いが透明化して潜んでいるとすれば、目では当然わからない。

 

廊下の奥まで来たが、この階には人の姿はなかった。

階段を下り、更に進む…

 

杖を構えて左右の部屋を見ていくが、誰かいる様子はなかった。

「ここで幽霊は勘弁してくれよ。」

ディルは徐々に緊張感が増してくるのを確かに感じた。

 

そして次の部屋を覗いた時、ディルはその光景に心臓が止まりそうになった。

 

「うあぁぁぁ!!」

あまりの想定外の事態に杖を取り落としそうになる…

そこで見たのは、床に座りこみ、額から血を流した女子生徒の姿があったのだ。

 

そして本当に驚くのは、彼女が誰かわかってからだった。

 

「ジェイリーズ……ジェイリーズだろ!!」

 

その顔を見間違えるはずはない。そこにいるのは確かにジェイリーズなのだ。

 

ディルは慌てて駆け寄った。

「おい!!」

 

彼女はぐったり座りこんだままびくともしない。

顔は血まみれで、頭から首まで垂れ流れている。

 

「こんなことが……」

 

ディルは震える手で彼女の腕を持ち上げ、手首を触った。

「脈はある!」

 

しかし全身の力は抜け、体を揺さぶってもその目を開くことはない。

 

「どうすれば…どうすれば!!」

あまりの光景にショックを抑えきれない……

 

その時!

 

「ディルか?」

「ジャック!!」

後ろにはジャックが立っているのだった。

 

「ジェイリーズ…どういうことだ!」

「わからない! 見つけた時にはこうなってた。意識が無いんだ! でもまだ生きてる!」

 

ジャックはディルの隣に駆けつけ、そこに力無く座るジェイリーズの肩を揺さぶった。

 

「固まってるみたいだ…」

ジャックは頭の中をあらゆる記憶が駆け巡った。

「まさか…」

そして杖をジェイリーズに向け、呪文を口にした。

 

「フィニート!」

 

判断は正しかった。とたんに彼女は目を開いたのだ。

 

「やったぞ。動いた!」

ジェイリーズは痛そうに頭を押さえる。

 

「そうだ、確か…エピスキー」

ジャックが杖をジェイリーズの額に向けて呪文を唱えた。

 

「これで傷は治った。もう大丈夫だ。たぶん…」

「あ、ありがとう…」

彼女はその場からふらつきながら立ち上がろうとした。

ジャックは直ぐに腕を支える。

 

「あなたが来てくれなければ、死んでいたかもしれないわ。ありがとう。」

「礼はこっちにも言うべきだよ。第一発見者だ。そして俺を呼んだんだ。」

ジャックはディルを見た。

 

「動けない時でもわずかに意識はあったわ。誰かが必死に呼ぶのが聞こえて、起こそうとしていた…」

ジェイリーズはディルの方を向いた。

 

「心配してくれてありがとね。」

「当然だろ。」

そう言うと、ディルはポケットからハンカチを取り出した。

 

「まずは顔を拭いてくれ。そんな血まみれじゃ、まともに見れない。」

「そうね。」

ジェイリーズはハンカチを受け取った。

「明日、ちゃんと洗って返すわ。」

「別に洗わなくても、俺は問題ないけど…」

 

「それはどういう意味かい?」

横からジャックが言った。

 

「ところでジェイリーズ、ここで何があったんだ?」

 

すると突然、何か思い出したように慌てた。

「そうよ! 彼女がグルだわ。」

「ちょっと待て、落ち着け。」

「あたしは一人の女子をつけてここにきたのよ。その時に男子生徒も一緒にいた。」

 

彼女は続ける。

「ここに来るまでは目くらまし術で上手く尾行できたんだけど、その男子が周囲に、人の存在を暴く呪文をかけてあたしの術が強制解除されたのよ。そして魔法で頭を怪我して、もう一度男が何か呪文を言った時には、動けなくなってたわ。」

 

ここでジャックが話しだした。

「ペトリフィカス・トタルスか。」

「それよ!」

「マックスの呪文の本に書いてあった。全身金縛り呪文だとな。だから全く動かない君を見た時にそれがかけられているのかと思ったんだ。」

 

「そうだったのか。」

ディルが言った。

 

「それで、追っていた女子はどうなった?」

ジャックが続ける。

 

「魔法使いの男子と一緒に去ったと思うわ。」

「なるほど。よくやったなジェイリーズ。例の魔法使いは俺達の敵ということがわかった。そして奴に仲間がいたことも。その女子は魔女なのか?」

「恐らく。ここに来るときにジャックとディルも感じたはずよ、マグル避け呪文。それは男子がかけたものよ。」

 

ジャック達はうなずいた。

「そうか。となるとますますやっかいだ。敵が二人というわけだ。」

 

その時、ジェイリーズが壁に手をついて…

「少し休みたいわ。頭がふらふらする…」

「ああ、寝るんだ。今日はもう休んだほうがいい。」

 

その後、三人は旧校舎を離れた……

 

ジェイリーズは今、自分の個室でぐっすり眠っている。

 

ジャックはディルと寮室にいた。

 

「俺はやっぱり無力だ…」

ディルが唐突に言った。

 

「どうした?」

「ジェイリーズのことだよ。お前が来なければどうなっていたことか…俺では解決できなかったよ。俺は役立たずだ。」

 

「何言ってる。お前の連絡があったから俺は来れたんだ。それに、暇だったからずっとマックスの本を読んでいたせいで呪文を知った。たまたまだ。」

ジャックは寮室の角に座って言った。

 

「俺はちっともそんな良い所見せられない…俺は駄目だ。」

ディルが隣の椅子に腰かけた。

 

「お前が思ってるだけだ。ジェイリーズは本当に感謝しているよ。」

「ならいいけどさ…」

 

その時、二人は同時に同じ方向を見た。

「マックス、来たか。」

「今までどこで何してたんだ? デートか?」

そこにはマックスが立っていた。

 

「デート?」

「それは無視していい。」

 

ジャックは本題に入った。

「早く言いたいことがあるから呼んだんだ。実は、ジェイリーズがさっき襲われた。」

「襲われただと! 誰にだ?」

 

マックスは二人と向き合って椅子に座った。

 

「例の魔法使いだ。それに、奴の仲間がいたこともジェイリーズの調べでわかっている。」

 

マックスは察した。ジェイリーズは朝から言っていた…気になる女子がいると。そして早速調べたんだ。その結果が早くも出たということだ。

 

「奴は俺達の味方になる気は無さそうだ。何せジェイリーズに怪我を負わせ、全身金縛り呪文で拘束していたんだから。」

「何だと、そんなことがあったのか…ジャック、よくその名を知ってるな。」

「お前の呪文の本が早速役に立ったということだね。」

 

「そうか。ずいぶん勉強になったらしいな。それでジェイリーズは…」

マックスは彼女の姿が無いことに不安を抱いた。

 

「心配いらない。個室で寝てるよ。でも、俺達が見つけていなかったら命の危険さえあった。ちなみに奴の仲間は女子だ。たぶん魔女だよ。」

 

「俺の知らない所で皆活躍していたようだな。そして体をはって新たな情報をつかんでくれたジェイリーズに感謝だ。」

 

マックスは思った。朝から感じていた不吉な予感はこの事を暗示していたのか…

 

「とにかくジェイリーズが無事で何よりだ。二人ともよくやったな。」

 

「でも焦ったぜ。どうしていいかわからなかったよ。」

「俺も、こういうことは始めてだった。あんなジェイリーズはもう見たくない…」

 

マックスは二人の表情を見れば、どれだけ恐ろしい光景を目の当たりにしたのかがわかった。

「酷かったのか。」

「ああ。頭を魔法で傷つけられて、顔は血まみれのまま動けなくされていたんだ。」

 

ジャックの表情に怒りが感じられた。

 

「こんなことされて、俺は悔しいよ。絶対にやり返してやろうぜ。」

ディルも同じくだ。

 

そんな二人にマックスは話しかけた。

「なあ、どうしてもこの後の授業に出ないと駄目か?」

「いや、そういうことはないけど。どうした?」

ジャックが言った。

 

「実は、俺は朝から授業には行ってない。ずっと訓練していたんだ。戦術の訓練を。」

「そうだったのか。それで見なかったのか。」

「と言うのも、朝から胸騒ぎがしてならなかったんだ。嫌な一日が始まる気がした。そして嫌な予感は当たった。」

 

マックスは続ける。

「まだ不安は消えない。また俺達を襲ってくるかもしれない。ここで提案だ。今から俺と戦術の訓練に付き合わないか。」

 

「それは極めて合理的な意見だ。やろうじゃないか。あんな事が起こったんだし。」

ジャックがすぐに応えた。

 

「もちろんだ。俺ももっと活躍したいぜ。」

ディルが言った。

 

「よし。ジェイリーズは今日は休ませて、俺達三人でやる。例の魔法使いに加えてもう一人、魔女がこの学校にいるという可能性が高まった。彼らが何をやっていて、何故ジェイリーズを襲ったのかはわからないが、ひとつはっきりした。奴が本気を出して攻撃すれば相手を殺しかねないほどの覚悟がある。ならばこっちにも立ち向かう覚悟と力がいるんだ。実際に戦うとはそういうことだ。」

 

彼らはまだ、戦闘に対抗する術をほとんど知らない。

しかし既に生徒の何者かによる攻撃をジェイリーズが食らっているのが現状だ。

更にはここにもう一人、魔女と思われる生徒の存在も明らかになり、探していた魔法使いの行動に協力していることが確定された。

 

アリスタと名乗るその女子と名の知れぬ魔法使いの男子との関係は何なのか……旧校舎で何をしようとしていたのか……

 

マックス達は、まだ答えを出すことは出来ない。

 

 

 



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第六章 ターニングポイント 前編

食堂は思いのほか人が少ない。まぁ時間的に考えて、ほとんどの生徒は既に食べ終わったということか……

 

マックスは静かな食堂に入る。その後にジャックとディルも続いた。

 

三人とも食器プレートを取って、食べ物のコーナーに行く。

人が少ないために並ぶ必要は全く無く、ストレートに食べ物を取ることが出来るのはどれだけ楽なことかとマックスは思った。

 

しかし三人ともあまり食欲が無いのか、少ししか取らなかったのだ。

 

特に、食いしん坊のディルがパンひとつと、豆のスープを少量だけというのは普段あり得ないことだった。

 

「少しでも食っておけ。魔力を消費すれば体力も削られる。」

 

マックスが二人にそう言って食堂に誘って来ているのだが、実際はマックス本人も腹はさほど減っていなかったのだ。

 

マックスはともかく、ジャックとディルは血で赤く染まった顔のジェイリーズを目の前にしたのだ。

その姿はまだ脳裏にはっきり焼き付けられ、彼女は無事であってもあの光景を目の当たりにした時のショックを忘れることは出来ず、食欲などあるわけがなかった……

 

三人はできるだけ角の席に座り、長テーブルにプレートを置いた。

 

「もう犠牲者を出さない為にも体力をつけて、魔力を成長させないと。」

マックスが言った。

 

「ああ、その通りだな。」

ジャックがいつも以上にテンション低めで言った。

それはディルも同じようだった。

 

「ジェイリーズがあんなことになって、始めて自覚したよ。これから先、俺達はそういう世界で誰かと相手していくんだってなぁ……」

 

「そうだな。俺も、遊びとの違いをはっきり感じるているよ。」

ジャックが言った。

 

マックスは二人の様子を見て……

「しかしお前達が対応した。そしてジェイリーズは結果として助かったんだ。その事を忘れたか?」

 

二人はマックスの方を向く。

 

「相手は俺達をなめているかもしれない。俺達だって同じ魔法使いだ。あり得ない不思議を起こしてみせる魔法使いだ。なめられたままでは終わらないということを必ず思い知らせる必要がある。そしてナイトフィストとしての最初の任務を果たす必要がある。」

 

「そうだな。大事なことを忘れるところだったよ。」

ディルが言った。

 

「つまりは、自信持てってことだな。」

「そういうことだジャック。このチームは終わらない。」

 

三人は昼食を済ませると、校内からは姿を消したのだった。

 

昼休みはあとわずかで終了しようとしていた。

外に出ていた生徒達は校舎に戻り、午後の授業の準備に取りかかっている頃だろう。

それとは逆に、彼らは外を歩いていた。

 

草が生い茂り、木陰で日が遮られるここはというと、学校の裏側だ。

 

でかいのは校舎だけでなく、敷地もだ。

表側のグラウンドと、それに隣接して屋内のプール施設があり、さらに学校裏側には庭もある。

その庭の奥は草木が生い茂り、誰も近づこうとはしないフィールドが潜んでいた。

 

マックスはここに目をつけ、戦闘訓練場として使うことにしたのだ。

 

「お前はこんな所で一人で練習していたのか。」

ディルはマックスに連れられて草木の間を通った。

「もうすぐ着くぞ。訓練場に。」

 

背の高い草をかき分けて進んだその先の光景は……

 

「おお、こんな広場があったのか。」

 

そこは草木に囲まれた空き地となっていた。

これまで生え放題だった草は短くカットされていている。

 

「あったんじゃない、作ったんだ。魔法で草を焼き払ったぐらいだけどな。」

 

「一人で頑張ったじゃないか。」

ジャックもディルに続いて訓練場となった空き地に足を踏み入れた。

 

「さて、今夜もジェイリーズを襲った魔法使いの動向を探る。それに加えて新たに発覚した仲間の女子の動きもだ。だから今回は軽めの訓練だ。俺が今知っている最も有効だと思う呪文を練習するぞ。」

 

マックスは二人と向き合うように立った。

 

「まずは防御からだ。プロテゴは知ってるか?」

「ああ、お前の本で見た。」

「俺も読んだぜ。」

ジャックとディルは言った。

 

「ならば話は早いな。今回やるのは対人用の一般的な使い方だ。ポイントはタイミング。」

 

そしてマックスは杖を取りだした。

 

「俺が放つ術を弾いてみろ。」

彼はディルに杖を向ける。

 

「まずはディルからだ。コツは、俺が呪文を唱え終わるのと同時に発動することだ。いくぞ。」

そう言って杖を軽く振った。

 

「ブラキアビンド」

マックスの杖先が一瞬光る。

「プロテゴ!」

ディルは思いきり杖を振った。その直後……

 

「うぁっ、なんだこれは。」

ディルの腕が勝手に動き、見えない手錠がかけられているかのように両手首を合わせていた。

 

「これは腕縛りの呪文だ。タイミングが悪かったようだな。もっと早くだ。それと、プロテゴは戦闘呪文じゃないからそんなに振りかぶっても意味はないよ。」

 

マックスはディルの手首に杖を向けた。

「エマンシパレ」

すると彼は腕を動かせるようになったようだ。

 

「ああ、覚えておくよ。その腕縛りと一緒にな。」

ディルは少々悔しそうだった。自信があったのだろうか。

 

「さあ、次はジャックだ。お前も俺の呪文の餌食になるかな?」

「試してみろ。」

 

彼らはお互い杖を構える。そしてわずかな間があり……

 

「ロコモーター」

「プロテゴ」

二人は素早く呪文を口にする。そしてほぼ同時に術が発動したかに思えた。

 

ジャックの様子はというと……

 

「俺の勝ちかな。」

彼の身には何も起きていないようだ。

「やるなぁ。良いタイミングだった。」

 

「やっぱ俺だけ駄目なんだよ。」

ディルは尚、悔しがる。

 

「これは慣れれば出来るようになる。さて、次は攻撃される前に相手の武器を取り去る術だ。これは、例えばライフルを持った人間にも有効だ。」

 

「超使えるじゃないか。」

ディルが言った。

 

「そういうことだ。上手く当てれば相手の武器を飛ばして自分が奪うことも出来るみたいだ。早速やってみよう。」

 

マックスはディルに杖を構えた。

「杖を向けてみろ。」

 

ディルが杖を持った手を伸ばした。その杖を狙いマックスは呪文を発動した。

「エクスペリアームス」

 

するとディルの手から杖が勝手に飛び上がり、数メートル先に転がり落ちたのだった。

 

「これで相手の武器を取り落とせるが、奪い取るとなればコツがいるようだな。」

「なるほどな。これは使えるぜ。」

 

ディルは地面に転がった杖を取り、ジャックと向き合った。

 

「今度は俺がお前にかけてみていいか。」

「ああ、どうぞ。」

そしてディルが杖を上げ、呪文を口にした時だ。

 

「エクスペリアームス!」

「プロテゴ」

ジャックが素早く杖を振り、ディルの呪文と同時に効果は発動した。

ディルの術は弾かれたのだった。

 

「うまいもんだな。」

マックスは彼の狙い定める素早さを見ていた。

 

「ルールが違うぞ!」

「ルールって何だ。」

ジャックが杖をディルに返す。

 

「わかったよ。俺の杖を奪ってみろ。」

マックスはディルに杖を向けた。

 

「何もするなよ。エクスペリアームス」

彼は杖を一振りした。するとマックスの杖に命中し、空中で回転した。

 

「おおっ。俺にも出来ただろ。」

「本番ではご丁寧に杖を固定してくれる奴はいないが……」

マックスが落ちてくる杖を掴み取って言った。

 

「本番はここからだ。」

「戦闘か。」

ジャックが言った。

 

「そうだ。中でも最も基本的で、そして効果的なやつの感覚を今日は覚えよう。俺も今日初めて戦闘呪文を使ったばっかりだ。ここからは皆が知らない領域だ。」

 

そう言ってディルに再び杖を向ける……

 

「今から俺が攻撃する。もし当たったら受け身とれよ。」

「受け身?何をするんだよ。」

ディルは心配そうに言う。

 

「少し吹っ飛ぶかもしれん。ステューピファイ!」

そう言い、マックスは杖を軽く振った。

直後、杖先が青く瞬き、光線が高速でディルの胴体へ走った。

 

「プ、プロテゴ!」

 

しかし言った時には既に体がわずかに宙に浮き、後ろに押し倒されるかのように地面に倒れたのだった。

 

「術の感想は?」

「速いよ。そしてすごい力の奴にプロレス技かけられたみたいだ。何も出来ないぞ。」

ディルは地面にあお向けになっていた。

 

「良い情報だった。これは失神呪文というらしい。でも今のはこの呪文の本気ではない。ただ体勢を崩させただけだ。」

 

ディルはゆっくり起き上がった。

「なんだと……確かに体に力が入らない感じはしたが、失神だと!」

 

「魔力の個人差はあるが、本気で使えばそこまで出来るということだ。ステューピファイの使い道は多い。上手くコントロールすることで相手の動きの妨害から本格的戦闘にまでも使える。」

 

「じゃあ今度は俺だ。」

「さあ、こい。」

 

ディルとジャックは向かい合い、互いに呪文を発動するタイミングをうかがう……

 

そして、ディルが杖を振ろうとする動作が見え……

 

「ステューピファイ!」

「プロテゴ!」

 

両者はほぼ同タイミングで呪文を発動させ、ジャックは高速で迫り来る青の光線のガードに成功した。

ディルの方は、術の反動で手から杖を取り落としそうになっていた。

 

「いいガードだったジャック。それと、ディルはもっと杖の扱いに気をつけた方がいいな。」

 

「ああ。戦闘呪文になるとこうも杖がぶれるのか。」

「確かに、この感覚には慣れが必要だ。反動を上手く利用することが出来ればこっちのものだ。」

 

マックスはジャックの方を向いた。

「今度は逆だ。ジャックがディルを攻撃だ。」

 

その後は、防御、攻撃、武装解除の特訓を三人でやり合ったのだった。

 

三人とも少し疲れが見え始めてきた頃、学校からチャイムが聞こえてきた。

 

「もう授業二時間分経ったのか。早かったな。」

ディルが言った。

 

「意味のあることをすると時間なんかあっという間なんだよ。」

マックスは携帯電話を取り出して時間を確認しようとした。

 

「ジェイリーズからメールだ。」

一件のメールが届いていることに気づいた。

「皆来てほしいとの事だ。今日はここで終わりだ。行くぞ。」

 

そして三人は訓練場を去った。

 

グラウンドを歩いていると、寮生以外の生徒達が校内から出てきて校門へとぞろぞろ歩いているのが見えた。

「俺達、一週間は家に帰ってないんじゃないかな。」

ディルが学校敷地から出ていく数々の生徒を見て言った。

 

「言われてみれば、もうそんなもんか。そういえばマックス、お前の家にはレマスさん一人だろ。たまには帰ってやったらどうだ?」

ジャックが言った。

 

「そうだな。近々そうしよう。だが今は忙しい……」

 

彼らは出ていく生徒とは反対に、校内へと戻った。

 

本校舎入口付近の廊下はいつもとは真逆の静かな空間になり、寮塔に近づくにつれて人の声が聞こえだした。

今日も家に帰ってない生徒は多いようだ。

 

マックスは寮塔に移った時、ふと考えが浮かんだ。

 

「そうだ。もう一人の魔法使いも夜中動いてるということは寮生の可能性があるな。」

 

だとしたら、奴は今も校内にいるかもしれない。寮室にでも居るのなら、この時間帯に突き止めることが出来るかもしれない。いや、他の生徒が多すぎるか……

 

それに、同時にこっちの正体も探られるかもしれない。

こっちは四人。その内ジェイリーズは顔を知られた。むしろ奴の方が探りを入れるには有利なのではないか……

 

マックスはまた不吉な感覚を覚える。

 

「なぁ、ジェイリーズは何も食べてないんじゃないのか?」

「ん?ああ、そうかもな。」

マックスはディルの声で我に返った。

 

「あんな事があったんだ。とてもすぐに食べる気にはならなかったはずだ。」

ディルが言った。

 

「そうなると、今夜の行動で無理するのは良くないな。今夜は俺達だけで動くとするか。」

マックスはそれが正解だと思った。

 

そして三人がBクラスの寮室前の廊下にたどり着いた時だった。

 

「おっ、ジェイリーズ。」

 

彼女はそこに立っていた。

「心配かけたわね。もう大丈夫よ。」

「それならよかった。ジャック達から聞いた時にはびっくりしたぞ。」

マックスが駆け寄った。

 

「あたしがもっとしっかりしていればねぇ。」

「いや、よくやったじゃないか。例の魔法使いの生徒について新たな情報を掴んでくれた。」

 

ジャック、ディルもうなずいた。

 

「そうだ、昼から何も食べてないだろ。もし腹減ってたら、食堂行かないか?」

ディルが言った。

 

「そうね。食べておいたほうがいいわね。今夜も動くんでしょ?」

「おい、今夜も参加するのか?」

マックスが言った。

 

「いけないかしら?あたしをチームの一員として見てないのかな?」

「そうじゃないだろ。俺は心配して……」

「あたしの事なら大丈夫よ。ぐっすり寝たし、あとは食べるだけ。」

ジェイリーズがマックスの話に割って入った。

 

「わかったよ。君がそう言うなら、俺達は無理に引き止めることは出来ない……」

 

その後、四人そろって食堂に行った。

 

テーブルにはマックスとジャックが座っていた。

 

「ジェイリーズもなかなかタフな心の持ち主だな。」

マックスはポテトサラダをつまみながら言った。

 

「ああ、実に頼もしい女子だね。チームに無くてはならないよ。そうだ……」

 

彼は続けた。

 

「彼女をどう思う?」

「どう思う?」

マックスは唐突な質問の意図がわからなかった。

 

「今も言った通り、タフだ。」

「それだけか。」

「それだけって何だ?」

 

マックスはジャックが何を言っているのかわからない。

 

「ディルは……いや、なんでもないよ。お前は相変わらず変わってないってことか。」

「急に何を言ってるんだ。変だぞ。」

「もとからだよ。」

 

そこへディルとジェイリーズが食器プレートを持ってやって来た。

ディルの食器の量を見るに、食欲が回復したらしい。

ジェイリーズの元気な姿を再び見たからだろう。

 

「皆そろったから、ここで今夜の事を軽く説明しよう。」

 

四人が椅子に座った所で、彼は話し始めた。

 

「例の生徒が何を考えて何をしようとしているのかはわからない。だがわかっていることがある。奴が地下に用がある事と、ジェイリーズが目をつけた女子が協力している事だ。」

 

「彼女はアリスタと言ったわ。」

ジェイリーズが言った。

 

「名前までわかっているのか。じゃあそのアリスタの事もふまえて、今夜は観察に重点を置きたい。」

 

「観察?」

ディルが言った。

 

「奴が夜中何をやっているのか探るには、まず観察するしかない。そして奴は必ず、また地下に行くと思っている。あの地下の行き止まりの秘密を知るためにも、気づかれずに見ることだ。」

 

「OKだ。ドキドキするぜ。」

ディルが肉を頬張りながら言った。

 

「ところで、これまで二夜とも奴は一人で動いていたようだが、今日の昼はアリスタと二人、旧校舎で何をしようとしていたんだろうな。」

ジャックが言った。

 

「それは気になる事だけど、あたしが失敗したからわからないわね……」

 

「自分を責めるな。十分よくやった。今は昼の事は考えてもわからないさ。まずは今夜の事だ……」

 

食事を済ませた後、人に見られないよう四人は離れて行動した。

 

早いことにもう夕方だ。

 

こうしている時にも、奴は何か企んでいるのかもしれない。だが人が大勢出歩いている間は行動しにくいはず。

だから夜に、必ず動きだすはず……

 

マックスの胸騒ぎは消えない。

寮室の壁沿いのソファに腰掛け、彼は一人で窓の外の夕日を見ていた。

 

すると、ここへ……

 

「マックス?」

「ああ、ジェイリーズか。」

 

振り向けばそこにジェイリーズが立っていた。

 

「アリスタを探しにCクラスの寮室に行ってきたんだけど、いないみたいだったわ。」

「そうか……」

マックスは窓を向き、話した。

 

「なぁ、外にでも行かないか?気分転換にでも。」

「いいわ。行こう。」

 

マックスは立ち上がった。

 

彼に特に用は無かった。普段、用も無しに人を誘ったりはしないが、今は誰かと居たい気分だったのだ。

そしてそれはジェイリーズもそうだった。

 

二人は学校を出て、グラウンド前のベンチのひとつに腰掛けた。

 

「急にどうしたの?こんなことしない人でしょ。」

ジェイリーズが言う。

 

「思えば、今朝から何だか嫌な空気を感じるんだ。一人で考え事しているとますます落ち着かなくなる……」

 

すると、ジェイリーズが遠くを見ながら静かに話し始めた。

 

「あたしね、初めて自分は死ぬんだと思った……本当に怖かった……」

 

マックスには、彼女の気持ちはわかっていた。

全身金縛りの呪文をかけられ、傷を負わされたのだ。

そのまま出欠多量で死ぬ確率のほうが高かったはず……

ディルとジャックが来なかったらと思うと恐ろしくなる。それは誰よりジェイリーズ自信がそう思っただろう。

自分の身にこんな事が起きて、恐怖を感じない訳がないのだ。

 

マックスには、皆の前では平然を装って心配させまいとしていたこともわかった。

 

「……だから、こういうこと言うのは苦手だけど、あたしも一人で居たくない。一人だと、また襲われるんじゃないかって不安で仕方ないわ。だから今夜も、皆と動きたいのよ。」

 

「ああわかるよ。今の俺には尚更わかる。でも、今夜行動することそのものが、俺が感じている胸騒ぎの答えだとしたら……そうも思ってしまう。」

 

マックスはこれまでには無い感覚を体感し続ける。

 

「はっきりしないことを考えても答えは出ないわ。あたし達はチームよ。何か起きても、チームでなら解決出来るわよきっと。今までも色々やってきたじゃない。あたしも危ないところをあの二人に救われたばかりよ。」

 

マックスは彼女の言葉で自信が戻って来るような気がした。

 

「そうだ。俺は大事なことを忘れていたな。チームの力を信じるべきだ。俺がリーダーにはならないほうが良かったのかもしれない。」

 

「安心して。あたし達は完璧なリーダーを求めてはいないわよ。」

 

「不完全で悪かったな。」

 

少しの間、二人はそのままのんびりと時が過ぎるのを感じていた。

 

やがて大陽は低く沈み、今日も夜を迎えようとしていた……

 

「おいジャック、今暇か?」

「いつも暇だよ。」

本校舎と寮塔を繋ぐ橋の上で、ディルがジャックに声をかけた。

彼は今夜も橋からの景色を楽しんでいたのだろう。

 

「こんな所でよくじっとしてられるな。」

「お前も風景観察してみたらどうだ?今よりは芸術心が高まるだろう。」

ジャックは適当に返した。

 

「俺にだって美しいものは美しいとわかるぞ。例えばジェイリーズとかな。」

ディルは言った。

 

「そういや、ジェイリーズとマックスはよく二人でいる気がするが、まさか本当に隠れてデートしてるんじゃないのかな?」

「それを俺に聞いてどうする?」

「もしそうだとしたら、お前はどんな気持ちだ?どう思う?」

ディルはジャックに質問で返す。

 

「それは……人の勝手だ。」

「答えになってねえよ。」

「じゃあディルはどう思う?」

ジャックも質問で返した。

 

「正直、なんか嫌だな。」

ディルはテンション低めで言った。

 

「彼女が好きだからとか言うんだろ。」

「俺の勝手な思いだってのはわかってるよ。でも、チームなのに、近くに居るのに誰かに取られるってのは嫌だな。彼女はずっとフリーでいて、俺達男子のアイドルでいてほしい。そのままでいてほしい……」

 

ジャックは、ディルが冗談で言っているのではないと感じた。

 

「お前、そんなこと考えていたのか。」

「まぁ、忘れてくれ。ただの俺の勝手な考えだ。」

 

ディルはそう言うと、話題を変えた。

 

「あの魔法使いは今もこの校内で何か考えているんだろうな。」

 

「だろうなぁ。そうだ、思っていることがある。奴がとんでもない事やろうとしてるのなら俺達は奴をどうすべきかな?」

「どうすべき、かぁ……とんでもない事って例えば?」

「殺人、この学校の占拠とか。現にジェイリーズに手を出している。殺していた可能性もあった。」

 

ジャックは言った。

 

「確かにそうだな。実際にヤバイことやってる。あいつが何かやろうとしてたら、それは間違いなく悪いことだ。俺達の遊びなんか比じゃないぜ、恐らく。」

 

「ああ、間違いないだろう。相手は魔法使い。ここはマグル界。ここで奴を監視することも捕らえることも出来るのは俺達しかいないということだ。だから、俺達が奴をどうにかしないといけないだろ。」

 

ジャックの考えはすぐにその通りだと理解できた。

 

「本当だ。マグル界で奴が何かやらかしても誰も何も出来やしないや。俺達だっていろんなミッションをやってこれたんだしなぁ。となると、俺達が奴の行動を止めないといけないだろうな。」

ディルが言った。

 

「やっぱり……それしかないよな。これまたずいぶんと面倒な役回りになりそうだねぇ。」

 

ジャックは続ける。

「でも、これがナイトフィスト最初の任務の中身なんだろう。」

 

サイレントと名乗る男……マックスは、彼から正体不明の魔法使いの調査をすることが最初の任務だと言われたらしい。

 

もしその魔法使いの目的が危険なものであるのならば、俺達がどう考えてどう動くかを試そうと思っているのだろう。俺達の実力を知ろうというわけなのだろう……

 

ジャックは考えた。

 

「俺達の行動力が試される時だ。」

「チームの活動もえらいことになってきたもんだな……」

 

更に時間は過ぎ去り、今夜も彼らの動きだす時が来た。

 

マックスはシャワーも既に済ませ、部屋着に着替えて『学校内全システム書記』を適当に見ていた。

 

思えばジェイリーズが襲われた時に、これを相手に奪われなくてよかったものだ。もしこれが奴の目に入っていたなら、今頃はこの本が自分達の手元には無かったかもしれない……

 

想像すれば色々と危ない出来事だったのだと後になるほど実感した。

 

これをまた誰かに貸すべきではないのかもしれない。

ジェイリーズを一人で動かせたのは危険すぎることだったのだ。

少なくともチーム全体が今より強くならないと、奴と一対一の勝負は避けるべきだ……

 

マックスは携帯電話を開いた。

 

「そろそろかな。」

 

彼は『学校内全システム書記』と『魔術ワード集』を抱え、杖を取った。

 

自身を透明化して個室から抜け出す……

 

この時のドキドキ感はいつになっても良いものだった。

 

そのまま寮室を出て寮塔の橋の手前に着くまでの間、かつてないほどに人が居なかったお陰でスピーディーに歩けた。むしろ透明化する必要も全く無いほどに……

 

橋の手前で止まると、続けてチームのメンバーは現れた。

 

「今日は人が全く居なかったわね。逆に不自然に感じたわ。」

「確かに。俺が来るときは個室の廊下でも誰ともすれ違わなかったぞ。」

ジェイリーズとディルが言う。

 

「ラッキーということで、さっさと行こうか。」

ジャックが言った。

 

「それじゃ、今日は俺の呪文の本も持ってきたから誰か持っててくれないか?本日の呪文アドバイザーとなってもらう。」

マックスは『魔術ワード集』を三人に見せる。

 

「ならば俺が引き受けようか。」

「頼んだジャック。」

マックスはジャックに本を一冊渡し、歩きだした。

 

これまではいつも通り順調だ。変わった点といえばいつも夜中まで起きている生徒の姿が、寮室だけでなく個室ゾーンの廊下ですら見なかったことだ。

 

きっと皆個室の中で遊んでいるのだろう……

今は四人ともその程度しか考えていない……

 

だが彼らが本校舎の廊下に出た時、それ以上にいつもとは明らかに状況が違っているのだった。

 

「電気が全て消えている。」

 

窓から射し込む外の明かり以外光は一切無く、いつもついている小さな電球まで全て消されているのだった。

 

「これはどういうことだ?暗すぎるぞ。」

ディルが後ろの方で言ったのが聞こえた。

「何かおかしいぞ。今夜はいつもと違う。」

マックスは胸騒ぎが一気によみがえる。

 

「ルーモス」

マックスは小声で言った。

「見え辛いだろうが、皆は光をつけないほうがいいだろう。奴に居場所を知らせることになる。」

 

彼は『学校内全システム書記』を開き、光る杖先を本に押し当ててなるべく明かりが本から漏れないようにする。

 

「もう一度地下に行こう。そこで今夜は一時張り込もうじゃないか。奴が現れるのが先か、俺達が諦めるのが先か、我慢比べだ。」

 

四人はいつも以上に暗闇と化した大廊下を歩き続けた。

今のところ見回りの教師の気配も感じない……

 

マックスは思った。

教師達が見回る時の為にも完全に電気を消すことはないはず。実際に今までこんなことは一度もなかったのだから・・・・

 

生徒のいたずらとするなら、今日の見回りの教師達がすぐに気づいて電気をつけないはずが無い。

いたずらや教師の意図でないとしたら……まさか奴が・・・・いや、理由がわからない。

 

考えはまとまらないが、いつもとは違う緊張感を確かに感じている。今夜は何かありそうだ……

良い事か、悪いことか……

 

彼らは一階へ下りた。

一階廊下も同じく電気は完全に消えている。本校舎だけ停電したとでも言うのか。

 

そのまま真っ直ぐ地下へと向かって歩いていた時だ。

 

マックスは急いで杖明かりを消した。

突然、地下の方から光が漏れ、そこに人が立っているのが見えたのだ。

 

四人は立ち止まり、息を殺す……

前方の光の中に立つ人影をよく見ると、その手には魔法の杖があるのがわかった。

 

その場の緊張感は増す……

マックスの読みは早速当たった。奴が地下へ向かっているのだ。

 

マックスは緊張感と同時に胸が踊った。これは地下の秘密を解き明かす最大のチャンスだ。

 

彼は再び歩き始める。歩くスピードが徐々に上がる。

三人も彼に続いた。

ここで奴を見逃せば話は始まらない。

マックスはどんどん距離を縮めた。

 

そして地下への階段が目の前に迫った。奴は地下の奥へ進んでいる。やはりここに用があるのだ。

 

階段を下りると、何故か地下だけはいつも以上に電気が明々とついていた。

どう考えてもおかしい。今から何か始めようというのか……

 

マックスの興奮は止まらなかった。

 

「透明化だ。」

彼は静かに言うと、四人とも目くらまし術をかけて姿を消した。

ひとつ気になるのは、電気がついていることで影が出来てしまうことだ。

 

奴が角をまがってから、一気に距離をつめるしかない……

 

マックスは頭が冴え渡るのを感じた。

 

そして前方を歩く魔法使いが曲がり角から見えなくなった瞬間、マックス達は足音をたてずになるべく急いで迫った。

ここでマフリアートの壁を作ってしまえば奴に魔力を感じとられてバレる恐れがある。なるべく空間魔術は避けたい……

 

魔法使いは四人の存在に気づいていないようだ。

そしていよいよ、奴は問題のあの場所へたどり着いた。

 

マックスは壁に張り付き、前方に目をこらし、耳をすました。

 

奴は杖を下げ、片手を壁に当てた。そして……

 

「フィニート・レイヴ・カッシュ」

 

その男は確かにそう言ったように聞こえた。

そして次の瞬間、その光景にマックス達は息をのんだ…………

 

 

 

 



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第七章 ターニングポイント 後編

「フィニート・レイヴ・カッシュ」

 

一人の男子生徒が壁に手を当ててそう言った。

 

そしてその光景を、マックス達がずっと見ている。

 

今にも動きだしてあいつを捕らえたいが、まだ待て……

 

マックスはあせる気持ちを感じつつじっとして見る……

 

男はその手を壁から離し、一歩下がった。

直後、壁の一部に異変が生じる。

 

四人とも息をのんで見つめる。

 

奴が立つ目の前の壁は徐々に何かを形作る。

うっすらと四角く縁取り、それは壁から押し出されて更に細かく形作る。

 

そして最後には黒く変色し、ただの壁だった所にはひとつの扉が現れていたのだ。

 

そして男が周囲を見渡しながら扉の取っ手に触れようとした時、杖を揺らめかせて……

 

「誰だお前達は!」

奴は杖をこちらに向けて構える。

見ると、マックス達の透明呪文は解除されているのだった。

 

「目くらましがっ。くそっ!」

そう上手くもいかないか……

「皆、捕らえるぞ!」

マックス達も男に杖を向ける。

 

すかさず相手は無言で杖を一振りし、杖先が光って呪文が発動した。

 

マックスは飛んでくる光線をギリギリの所で避けかわした。

「無言呪文というやつか。面倒だ。」

 

奴は更に何かの呪文を発動する。

そして迫る光線をジャックがガードした。

 

しかし相手が術を繰り出すスピードは早い。すぐに次の術が飛来し、ジャックの体に命中した。

 

「わぁーっ!!」

ジャックは後方に激しく吹き飛んだ。

 

無言呪文の発動スピードは明らかに早い。呪文を口にしているこっちが間違いなく不利になる……

 

「全員でたたみかけろ。数の強さを見せてやる!」

 

「ペトリフィカス・トタルス!」

ジェイリーズが術を飛ばす。

「ステューピファイ!」

ディルも直後に言い、二つの光線は高速で奴に向かうが、杖を一振りして弾かれてしまう。

 

「インペディメンタ!」

マックスも応戦するが、また防がれる。

次は奴が術を放った。

 

「クルーシオ!」

それはディルにかかったようで……

 

「うぁぁぁぁ!!」

彼は杖を取り落とし、その場に倒れてもがいた。

 

マックスはにらんだ。

奴は許されざる呪文も知っているか……

「サーペンソーティア!」

マックスは杖に力を込めて言った。

 

光った杖先から蛇が放たれる。それは黒くテカり、練習で出した時より太い蛇だった。

 

ジェイリーズは、マックスの杖から生まれた蛇を見て驚いた。

それは、蛇がにらむ先に立つ魔法使いも例外ではないようだ。

 

マックスは杖を蛇に向けて念じる。全神経を集中させた。

 

すると、蛇は素早く床を這いずり迷い無く目の前の男へ飛びついた。

「やめろ!」

蛇が体にぐるぐる巻き付き押し倒される。これで一時的に体勢は崩せた。

 

「今だジェイリーズ。同じものを奴に返してやれ……」

マックスはジェイリーズに言った。

 

彼女は、床に倒れて蛇に巻き付かれる男に杖を向けて・・・

「ペトリフィカス・トタルス!」

 

彼女の放った光線は男と蛇に当たり、同時に固まった。

 

辺りは再び静かになる……

 

マックスは倒れて蛇とともに固まった男子生徒の元へ近寄った。

「良い様だ。」

マックスは杖を蛇に向ける。

 

「ヴィペラ・イヴァネスカ」

蛇は尾から灰になり、やがて頭まで消え去った。

そこには動かない男子生徒のみが横たわる。

 

「さてと、その顔はよく覚えておこう。」

 

後ろからジェイリーズ、ジャック、ディルもやって来た。

 

「ジャック、マグル避け呪文とマフリアートを頼む。邪魔が入るわけにはいかない。」

「了解だ。」

 

ジャックは後ろを向き、空中で杖を振った。

マックスは再び男に杖を向ける。

 

「ブラキアビンド。ロコモーター・モルティス……」

二つの呪文が男にかかった。

「フィニート」

 

マックスは全身金縛り呪文を解除した。

 

「貴様、ただじゃ済まさん!」

男は途端に喋りだした。

 

「その状況で何を言うかと思えば。」

 

男の手足は見えないロープに縛られたかのように動かないようだった。

 

「少しでも逆らおうとすれば四本の杖がお前を狙うぞ。」

マックス達は横たわる生徒に杖を向ける。

 

「そもそも何で魔法使いがこんなにいるんだ!」

彼は言った。

「知るもんか!こっちが聞きたい。」

マックスが言った。

 

「まずは質問に答えてもらおう。お前はここで何をしていた?」

マックスは杖を近づけて問う。

 

「お前らには理解できん事だ。」

「それは何だ!」

「言っても理解できん。」

マックスは杖に力を込める。

 

「クルーシオ!」

「ぬぁぁぁぁ!!」

彼は床で震えた。

 

「名前は?」

「ゴルト・ストレッド。」

マックスは更に聞く。

 

「お前の目的を全て話せ。」

「崇高な目的が待っている。もはや時間の問題。」

「何を言っているんだ。はっきり言え!」

 

マックスは彼の顔に杖を突き付けた。

 

「崇高な目的が待っている!時間の問題だ!」

「何なんだこいつは……」

 

男は天井を一点に見たまま、視点は動かない。

 

「気でも狂ったか。」

「マックス、とりあえずその扉の奥へ行ってみないか?拉致があかない。」

ジャックが言った。

 

「だな。こいつは後回しだ。」

マックス達は現れた黒い扉の元へ近寄った。

 

「まさか、本当に隠し扉が……信じられないぜ。」

ディルがきつそうに言った。

 

「大丈夫か。苦しかったろ。」

「ああ、あれか。あの呪文はいったい何なんだ?胸が張り裂けそうだった。」

「あれはおそらく磔(はりつけ)の呪いだ。本には許されざる呪文と書いてあるだけで呪文は書かれてない。」

 

マックスは呪文の本の文字を覚えていた。

 

「磔の呪いは許されざる呪文のひとつで、拷問の際に使われた。術者の魔力や感情により、効果の幅は大きく変わる。」

 

「そんなもんあるのかよ。」

「ああ。そしてこいつはその呪文を知っていた。幸いこいつが呪文を口にしてくれたお陰で知ることが出来た。」

 

マックスは後ろを見た。

 

「まだ何か独り言言ってるのか。訳がわからん。」

そして目の前の扉の取っ手を触った。

 

「鉄の扉が石に化けていたのか。信じられん……」

 

ゆっくり取っ手を回し、引き開ける。

 

「さぁて、重要物保管所とはどんな所かな。」

マックスは好奇心と緊張感が同時に押し寄せた。

 

電気がついた地下廊下とは反対に、そこはあまりにも暗くて中が見えなかった。

 

「ルーモス」

皆、杖を光らせて扉の奥へ進んだ。

扉を閉めると、再び石壁へと戻っていく……

 

「ルーモス・マキシマ」

マックスは更に光を大きくし、杖を天井に向けて振った。

光は杖先を離れて天井に上がっていった。

三人も光を奥に飛ばし、部屋中を明々と照らし始めた。

そうして見えてくる光景は…………

 

「何なんだここは……」

 

そこは円形の広間だということがわかった。

光照らした天井はドーム状になっている。見た感じ、全体の壁は学校の壁と比べると、それほど古くないように思える。

 

奥にはアーチがあり、その先に更に部屋があるように見えた。

 

何とも不思議な空間だが、一番不思議なのは部屋の中央に設置された物だった。

 

「これ何に見える?」

ディルが中央部に近づく。

 

そこには直径60センチばかりの円形の台があった。

その上に透明のカバーが被さり、中にはクリスタルが保管されているのだった。

 

「でかいダイヤモンドみたいだ。」

ジャックも間近で見た。

「隠し部屋に、それもこんな感じで保管するなんてことはとても大事な物に違いない。壁の奥には確かに重要物保管所があったわけだ。」

 

四人は更に奥のアーチの先に踏み込んだ。

 

ここも円形で似たような造りだ。だが前の部屋より広く、中央には何もない。

その代わりに、壁にはにいくつも黒い扉が並んでいるのだった。

 

どの扉も、鎖と錠前であからさまにロックされているとわかる。

 

「いったい何なんだ?ここは本当にマグルの学校なのか、疑いたくなるよ。」

 

マックスはとりあえず一番右の扉に向かって杖を振った。

「アロホモーラ」

 

しかし錠前はびくともしないようだ。

 

「これじゃ効かない。ジャック、他にロック解除系の呪文あったかな?」

「今調べてるよ。」

ジャックはマックスから預かった呪文の本を開いていた。

「扉を開ける呪文ならポート・アベルトがある。アベルトに省略してもいいらしい。」

「それだ。アベルト。」

 

しかし結果は同じだ。

 

「これも駄目だ。他に無いかな。」

 

ジャックはまたページをパラパラめくる……

 

「これはどうだ。レラシオ、対象を引き離す呪文だとさ。」

「鎖を取り払うというわけか。レラシオ!」

マックスが再度呪文をかける。

 

だがこれも効果は無いようだった。

 

「レダクト!」

杖先が赤く光り、振動が手に伝わる。

術は発動した。だが、錠前に一瞬火花が散っただけで、傷もついていないようだった。

 

「入口の扉と同じく、何か強い保護魔法がかかっている。ならば、フィニート・レイヴ・カッシュ!」

 

しかし答えは違っていた。

 

「今開けるのは無理みたいだ。」

 

彼らは他の扉も試してみたが、どれもびくともしなかったのだった。

 

「現段階ではこれ以上進めない。それにしてもここに何の意味があるのか……」

「それにあのクリスタル。学校の地下にしてはどう考えたって不自然だ。誰がこんな所を造ったんだろうか。」

ジャックが部屋全体を見渡しながら言う。

 

皆、前の部屋に戻って再び中央の台に集まった。

 

「綺麗ね。そしてなんか不思議な感じがするわ。」

ジェイリーズがドーム型の透明ケースに触れて見ていた。

 

「女子を惹き付けるものがあるのかね。」

ディルは、クリスタルを夢中で見る彼女を見ているようだ。

 

皆が部屋を見て回っている時、マックスは部屋の壁に触れていた。

「校舎の城壁とは違う感じだ。新しいのか。」

 

壁に手を触れていたその時、彼は急に思い出した。

「この感覚……何か、嫌な感じだ。まだ終わってない……」

「マックス、どうした?」

 

ジャックは彼の異変に気づく。

 

「ここを一回出よう。悪い予感がしてきた。急ぐぞ。」

マックスは素早くその場から動きだした。

 

「おい、いきなりどうした?」

 

そしてそれは起こった。

「おい見ろよ!こいつが光りだしたぞ!」

マックスはディルの言葉で立ち止まった。

 

振り返って見てみると、部屋の中央から青い光が漏れているのが目に入った。

クリスタルが不自然に青く輝き、ケース中で乱反射しているようだ。

 

「俺は何もしてないぞ。」

ディルが中央から後ずさる。

 

「待て、何か感じないか?」

異変は更に重なるのだった。

 

「……地震か?」

マックスは、床が小刻みに振動しているのを足で感じ取った。

 

間も無く揺れは激しさをまし、部屋全体が明らかに揺れているとわかった。

 

「出るんだ!」

四人は走った。

マックスが入口の壁に手を当てて呪文を唱える。

「フィニート・レイヴ・カッシュ!」

 

瞬く間に扉が出現し、押し開けて外へ飛び出した。

 

皆が部屋を出た後、扉を閉めると勝手に壁へと戻っていく・・・・

 

「おい、ゴルト・ストレッドが居ないぞ!」

 

そこに横たわっていた魔法使いの生徒の姿は消えているのだった。

 

「くそっ!今はここを離れるのが先だ。」

 

地下廊下に出てからも揺れは確かに感じる。むしろひどくなっていくようだ。

 

「これは地震の揺れとは違う。間違いなくあのクリスタルが関係している。」

マックスは三人を連れて地下を走った。

この揺れが校内全域に及んでいれば見回りの教師が間違いなく動く。生徒の安全確保のために避難させに寮室へ来るかもしれない。

その時に自分達が居ないことがわかればまずいことになる。

今はとにかく急いで個室に戻ったほうがいい。

 

マックスはこれまでにない胸騒ぎと恐怖を実感した。

この揺れは何を意味する……どうなるんだ…………

 

そして四人が地下を出て一階中央廊下を走っている時だった。

 

「まずいぞ、教師達だ。」

 

前方の階段の上から複数人の声と足音が聞こえてきたのだ。こんな時に限ってうまくはいかないものだった。

 

「このまま寮塔へは行けない。真っ直ぐ突っ切るぞ。」

彼らは透明呪文をかけると、そのまま階段を横切り、廊下を真っ直ぐ走り抜けた。

 

走りながらマックスは『学校内全システム書記』の一階地図のページを高速で開く。

 

「ルーモス」

明かりを灯した杖を本に押し当てる。

後ろからは声が近づいている。

 

「ここから一番近い物置部屋に行く。ついて来るんだ。」

そしてすぐに杖明かりを消して、暗闇の廊下に目をこらしてひたすら走る。

 

その先の角を曲がり、透明化を維持しながら更に走る。

他の方角でも教師達と思われる足音や声が微かに聞こえてくる。

 

心臓が止まりそうだ……

 

ここで、前から一人の教師がライトを片手に現れ、こっちに向かって来ているのが見えた。

 

四人は瞬時に立ち止まり、廊下の壁に張り付いた。

 

教師は早歩きでこちらへ迫る。息切れした今、思う存分呼吸したいところだが音で存在がバレ兼ねない。

 

四人はそのまま必死で固まった。

ライトがそこまで近づく。そして目の前を教師が通り過ぎ、地下の方へと去っていくのだった。

 

マックス達は一気に深呼吸した。しかし気を抜いてはいられない。

「行こう。もうすぐ着くはずだ。」

マックスがそう言った時、徐々に体の透明化が薄れてきているのがわかった。

よく見ると、既に三人も効果がほとんど消えかけているようだった。

 

さんざん魔法を行使して走った今の状況下で、さすがにこれ以上目くらまし術を完璧に保つのは現在の彼らには難しかった。

 

こうなれば誰にも見つかる前に物置部屋に隠れるしかない。

マックス達は半透明の体のまま必死で足を動かした。

 

少しは揺れが収まったように感じる。

 

そしてゴールが目前に迫った時、彼らは再び足を急停止させた。

 

「彼女よ、アリスタ!」

 

ジェイリーズが前を見て言った。

彼らの目の前には、ゴルトの協力者と思われる女子生徒が倒れていたのだった。

彼女の手元には魔法の杖らしきものが転がっている。

 

マックスが駆け寄り、しゃがんで肩を揺すった。

既に彼の体は透明化が切れている。

 

「君、意識はあるか!」

 

マックスは何度か揺さぶった。そして目が開き……

 

「あなたは?あれ……ここは?あたしは何を……?」

彼女は少し混乱気味に思えた。

 

「とにかく来るんだ。こんなとこで教師に見つかるわけにはいかない。」

マックスは彼女の腕をつかんで立ち上がらせた。

 

そこから少し進んだ先に目的地の扉が見えてきた。

 

「マグルシールド張っとくよ。」

入口にてディルが言った。

 

「頼んだ。」

マックスは物置部屋の扉を開いた。

「五人入るには問題ない広さだ。早く隠れよう。」

 

マックス達は急いで入り、アリスタも連れ込む。

電気をつけて、ディルがマグル避け呪文を仕掛けてから扉を閉めた。

 

この時にはもう地揺れは消えていた。

 

「あなた達、魔法使いですね。」

部屋に入ってから最初に喋ったのはアリスタだった。

 

「そして君もだな。」

マックスはアリスタと向き合う。

 

「この学校にこんなに魔法使いが居たなんて……最近まではずっと一人だと思っていました。」

「もう一人居ることを知ってるな。そしてその男、ゴルト・ストレッドと何をやっている?なぜ協力する?」

 

マックスは杖をアリスタに向けて言った。

「全て話してもらおう。俺達の仲間が奴に襲われた時の事も含めてな。抵抗はしないほうがいい。」

 

マックスは力強く言う。

 

彼女はあわてて杖をスカートのポケットに入れ、両手を上げて口を開いた。

「……よくわからないんです。ストレッドと知り合ってから、彼と会う時、行動する時、そして何で廊下で寝ていたのかも。記憶がはっきりしない……」

 

「そんなことよく言えるわね。あたしが旧校舎で襲われた時の事も覚えてないとでも言うつもり?」

マックス達はジェイリーズがいつもより怖く見えた。

 

「ごめんなさい!でも、本当にわからない。あたしはただ、彼と行動しなきゃいけないって思ってただけで、自分がどこで何してたかあたしが知りたいわ……」

 

彼女は縮こまってうつ向いた。

 

これは演技なのか……俺達を騙しているだけなのか……

マックスはまだ様子を見る。

 

「君とゴルト・ストレッドの接点が知りたい。」

「突然彼から近づいてきて、魔女だということを言い当てられたんです。あたしは彼を知りませんでした。」

 

マックスは杖を突き付け続ける。

 

「本当なんですよ!そして彼は、崇高な目的の為に手伝ってくれないかと言って……」

 

マックスは地下での事を思い出した。

確かに奴はそんなこと言ってたかな……

 

「それで、その崇高な目的とは何なんだ?」

マックスは奴の言葉の意味を知ることが出来るかもしれないと思った。

 

「それもわからないわ。」

「わからない?じゃあなぜ君は奴の言いなりになった?」

マックスは答えにたどり着こうと焦る。

 

「なぜか、気がつけばやらなきゃいけないって思ってたのよ。あたしにもよくわからない!」

 

マックスは、彼女がおびえているように見えた。

 

そしてこの光景を見ているディルは、彼女がかわいそうに思えてきたようだった。

 

「なぁ、今のところよくわかんないけどさ。わからないからこそ敵だと決めつけるのは早くないか?」

 

「でも確かに奴に協力していたんだ。それにジェイリーズが襲われた時に助けなかったんだぞ。」

ジャックが言った。

 

「確かに、あの時の光景はうっすら覚えている。でも、何を考えてたのか、何をしに行ったのか全く覚えてないんですよ……」

アリスタが言った。

 

「それじゃあ、君はあいつに操られていたとでも言うのか……」

マックスはそう言った瞬間、あるワードが頭に閃いた。

 

「服従……」

彼は途端に彼女から離れた。

「ジャック、本を見せてくれ。」

「ああ、わかった。」

ジャックは、とりあえずマックスに呪文の本を渡した。

 

マックスは高速でページをめくる……

 

「やっぱりあった。服従の呪文。」

「服従の呪文?」

ジャックが言った。

 

「ああ。地下で奴が使った磔の呪いと同じく許されざる呪文のひとつで、相手の心を思い通りに操る術だ。いわゆるマインドトリックの効果だ。」

 

「じゃあ、奴が服従の呪文を使って彼女を手伝わせていたと言うのか。」

「もしアリスタの言うことが本当なら、そう考えれば納得はいく。」

 

そして再びアリスタに杖を向けた。

 

彼女はすぐさま手を上げて震えた。

 

「だが今はなんとも言えない。だから……」

マックスは杖を突き付けたまはま、三人を見た。

 

「彼女をどうするか、皆の意見を聞きたい。」

 

ジャック、ディル、ジェイリーズは顔を見合わせる。

 

ディルはアリスタの様子を見ると、答えはすぐに決まったようだった。

 

「とりあえず、俺達と一緒に行動してもらうのはどうかな?ストレッドが操ってたんなら、俺達の近くにいればそれも出来ないだろう。もしスパイだったとしても、こっちは四人いるんだ。明らかに有利だろ。」

 

「そんなことだと思ったよ。」

ジャックが言う。

「そして、俺も同じような事考えてた。奴と共に行動してジェイリーズが危険な目に遭ったんだから、今度は俺達と行動してもらって奴を危険な目に遭わせてやればいい。」

 

そしてマックスはジェイリーズを向いた。

 

「あたしは、近くにいたらこの子に襲われるんじゃないかと思うわ。でも、その時にはあたしが容赦しないから覚悟しときなさいね。」

彼女は無表情で、アリスタを一直線に見た。

 

「そ、そんなことしませんから……」

思わず目を背ける。

 

「まあ、そういうことだから。今後一緒に居ていいわよ。」

 

「答えは決まった。皆、俺と同じ考えだったようだ。」

そしてマックスは杖を下ろしたのだった。

 

彼女はやっと息をつく。

 

「名前は何だ?」

「レイチェルです。レイチェル・アリスタ。」

「マックス・レボットだ。」

 

「ディル・グレイク。よろしく。」

入口付近に立つディルが言った。

 

「ジャック・メイリール。」

その隣で彼は言った。

 

「あたしとは一度話したわね。ジェイリーズ・ローアンよ。」

 

「さて、俺達と行動することに反対は?」

マックスがレイチェルに言った。

 

「えっと、無いです。危険なことじゃなければ……」

「わかった。なるべく危険な目に遭わないようにはする。そして約束してもらうことがある。俺達の情報や俺達との行動を、他の誰にも言わないということと、ゴルト・ストレッドに関する情報があればすぐに俺達に報告すること。これだけだ。」

 

「は、はい!」

彼女は緊張気味に言った。

 

「あたりは静かになった。皆今夜は疲れただろう。個室に戻ろうか。」

 

そして彼らは動きだした。

「そうだわ、あなたは目くらまし術は出来る?」

「で、出来ます!」

「じゃあ問題ないわね。それにしても、そんなに肩に力入れてたら、この先あたしたちの行動についていけないわよ。」

そう言うと、ジェイリーズは謎に微笑んだ。

 

「あんまり怖がらせるなよ。」

ディルがマグル避け呪文を解きながら言った。

 

五人は物置部屋を出ると姿を消し、その場から去ったのだった。

 

レイチェルは一人Cクラスの寮室へ行き、マックス達はBクラスの寮室へ戻ってきた。

 

寮室には誰も居なかった。そしてその光景を見ると、マックスは今夜ここから抜け出した時のことを思い出した。

 

それにしてもおかしな様子だった。

個室の廊下にも、寮室にも、生徒が一人も出ていなかった。話し声すら聞こえず……

 

緊張が解けて一気に疲れが込み上げてきたのか、寮室に戻ってから眠くて仕方がない。

 

「悪いが、今日の勉強会には参加できそうにない。今にも寝てしまいそうだ。」

「俺もだよ。急に眠くなってきた。」

ジャックが言った。

 

「同じく。今日はもう寝るか。」

「そうしたいわ。」

ディルとジェイリーズも同様だった。

 

「ああ。今日は解散だ。」

その言葉を最後に、マックス達は自分の個室へ戻ったのだった。

 

マックスは本を机に置くとベッドに横たわり、杖をベッドに転がしたまま気がつけば意識は無かった……

 

それから何時間経ったか。

今は何時なのか……

朝なのか、夜か……

 

意識が戻り、ふと目を開けた。

 

ここはどこだ?

声は出ない。そして自分の周り一面が夜の草原だったのだ。

 

見慣れない光景だ。

 

そこから歩こうと一歩足を動かそうとした時だった。

 

前方から人影が現れた。それは少しずつこっちに近づいて来るではないか。

 

そして次に周囲を見渡した時、自分を囲むように人影があちこちに現れていることがわかった。

 

それらが近づくにつれ、何かこちらに話しかけているのもわかった。

 

何を言っている……

そして姿がよくわからない彼らは何だ?ここはどこだ……?

 

そして人影の手には魔法の杖があることがわかった。

その時!

 

「わあっ!!」

 

マックスは目をこすって周囲を見渡す。

「……夢か。」

彼は大量に汗をかいていた。

 

「変だ。昨日から変だぞ……」

 

ベッドから起き上がって時計を見た。

「7時半か。よく寝たもんだ。」

 

それから気が落ち着くまで深呼吸し、ゆっくり立ち上がった。

 

マックスは床に落ちた杖を取り上げて机に置く。それと同時に『学校内全システム書記』が目に入った。

 

何でこの本に地下の秘密が書かれているんだろうか……

 

マックスは頭の中を整理した。

 

ここはマグルの学校だ。そもそもここに魔法で隠された部屋があること自体おかしい。そしてその部屋の事を、この本を書いた人物は知っていた事になる。

 

いや待て、おかしいと言えば自分達だって十分おかしな要素なんだ。自分達魔法使いが四人もここへ集まったことだって……

 

マックスは昨夜の出来事を振り返る。

 

魔法使いは四人だけではなかった。

ゴルト・ストレッドに加えレイチェル・アリスタも含めて六人いたのだ。

 

ゴルトは無言呪文と許されざる呪文まで使える。魔法のレベルは明らかに自分達より上だ。

どこで訓練した?魔法学校にも行ってると言うのか?

 

考えればわからない事だらけで頭が混乱する。

しかし昨夜考えて行動した結果は良いものだった。

 

昨夜の行動で事はかなり進展した。四人係りで何とかゴルトを拘束し、地下の壁の秘密を解き明かすことができた。

 

その結果新たな謎は生まれ、ゴルトには逃げられたが代わりにレイチェルという仲間が増えた。

 

まだ完全に信じる訳にはいかないが、何かしらチームの救いになってくれるだろう。

 

考え事をしながらマックスは『学校内全システム書記』の最後のページを開き、著者名の部分を見てみた。

 

そこには、誰の名前も書かれてなかったのだった。

 

 

 

 



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小章 A Window to The Past

1995年6月11日……

新たなナイトフィスト本部、サウスコールドリバー支部が設立されるにあたり、この都市全体で仲間集めが始まり、全員の警戒体制が強化された。

 

若いナイトフィスト構成員達は、栄光の名をかかげる宿敵グロリアに関するあらゆる情報収集のための調査に明け暮れていた。

そんなナイトフィスト達の中、グロリアの組織員の行動を主に調査する、とあるグループがあった。

 

それはイギリスの魔法使いが住む都市、サウスコールドリバーにナイトフィスト本部が設立されると同時に作られた調査グループで、メンバーには各地のナイトフィストの有力な人間が選ばれ、割り当てられていた。

 

これは、そのグループがサウスコールドリバー支部設立以降、調査してきた中で最も興味深い件を本部に報告してからの話だ…………

 

「大いなる力を手にする可能性だと?」

「さぁわからん。何せあのグループが言い出しただけだ。他の人間は誰一人として聞いたことない情報だからな。」

 

ここはナイトフィスト、サウスコールドリバー支部の中。

構成員達は何やら同じ話題の会話をしている。

 

「だが彼らの噂は知ってる。ナイトフィスト全体の中でもかなりのやり手ばっかりだそうだぞ。」

「グループの評判は俺も知ってる。だからと言ってあいつらの言うことを全部信用していいことにはならない。いったいどこであんな情報を掴んだ?聞いたことない。」

 

何人かが話している所へ、一人の男が歩いてきていた。

 

「あれは、グループの一人だ。」

会話していた一人の若いナイトフィストは歩いてくる男に話しかける。

「あの、あなたは例の調査グループのメンバーだな。」

 

男はうなずいた。

「そうだが、どうかしたか?」

「なあ教えてくれ。あの情報はどこで得た?本当だと言えるのか?」

若いナイトフィストが言った。

 

「疑っているのか。だったらはっきり言っておくが、それは本当だと信じている。」

「根拠は?」

「俺が目をつけて、ずっと調べ続けてきたことだからだ。ここがまだ出来る前からな。」

男はキッパリと言った。

 

「だから、これからは時間との勝負だ。早い者勝ちだよ。」

 

そして彼はまた歩きだし、奥へと去っていくのだった。

 

「だったら俺達はどうしろって言うんだよ。偵察しかしたことのない俺達新入りは……」

 

その後、奥の部屋へ歩いた男は仲間達と会っていたようだ。

 

「ザッカス、続報は?」

「今のところ、まだだ。」

彼は一人の男に話しかける。

 

「ところでギルマーシス、皆の反応はどうなんだよ。」

ザッカスという男は言った。

 

「彼らはの信頼はまだ得られんようだな。」

その男、ギルマーシスが答える。

 

「仕方ないな。彼らはここに集められた若者だ。まだナイトフィストになってから一年も経たん。我々の戦いの規模をまだ知らんのだからな。」

「それもそうだ。まったく、ここの防衛魔法も大したものではなさそうだし。若者の雑な寄せ集めと言い、ここの設立計画者は何を考えてるんだか……」

 

そこへ部屋の片隅から別の男が二人の方に近づいてきた。

「ちょっと二人ともいいか。今、気になる報告があった。」

彼は言った。

 

「何だマルス。」

「最近、隣のウエストコールドリバー支部所属の一人が行方不明になっているとの事だ。」

「隣の支部の者が。それで、何でここに報告があった?」

ギルマーシスは聞いた。

 

「その人物がここの設立計画の発案者だからだ。」

「本当かそれは。名前は何だ?」

「それが、誰も名前を知らないらしい。ただ、ここを設立する計画を出した人間だということしか知らされてない。」

 

ギルマーシスはこの件を放ってはおけないと思った。

「何かおかしな話だな……」

 

それから時は過ぎ、夜も遅い時間になった。

 

今ギルマーシスは自宅に居るようだった。

 

「今日も平和でよかったわ。」

一人の女性が部屋から出てきた。

 

「そうだな。だが俺達がこの戦いから身を引く訳にはいかない。それが償いでもあるからな……」

彼はソファに座り、コーヒーを一口飲んだ。

女性も彼の隣に座った。

 

「わかってるわよ。でも、あの子は絶対に守らないと。あたし達の唯一の希望なんだから。」

彼女は深く思いつめた表情で言った。

「もちろんだ。そしてあいつは強くなる。俺に似ているからな。」

彼は続ける。

 

「それまでは俺が密かに抗えるだけ抗う。奴ら、グロリアに……」

 

それから日々は過ぎ去り…………

 

「また一つ位置を把握しました。間も無く動いてもよろしいかと。」

 

一人の黒衣の男は薄暗い教会のような建物の中で、同じく黒衣の人物と話していた。

 

「よくやったな。そろそろその時だ。我らが先人達の長年の願望……それが叶う第一歩となるだろう。」

 

彼らの他にも、複数の黒衣の人影が広い教会の至る所に立っている。

 

「任せてください。先人の願いは現在のグロリアである私達全員の理想。必ず叶えましょう。」

「無論だ。ではその時には腕利きの者達を参加させよう。」

黒服のフードを被った男は言った。

 

「腕利きと言うと、あの狩り師も……」

「もちろん。グロリア随一の剣士にも活躍してもらおうではないか。」

 

一方、ナイトフィスト、サウスコールドリバー支部では……

 

「ギルマーシス、やはり私達の予想は当たっていたようだ。」

「今更言うことかな?」

ザッカスとギルマーシスが、彼らグループの部屋にいた。

 

「メンバーからの新たな報告が入ったんだ。この都市付近にグロリアの駐屯施設を発見したとな。一時的な滞在場所のようだがかなり協力な防衛魔法が広域に張ってあるらしいとの事だ。」

ザッカスが言った。

 

「すると、その施設にいる奴らは短期間で絶対に目的を完了させる気なのだろう。そしてその目的は……」

「ああ。恐らく君が考えた通りだとしたら、大いなる力の根源を占領することだ。」

「その根源の一つがこのサウスコールドリバーのどこかにあるということになるな。そしてそれを占領するにはここが邪魔になるはずだ。」

ギルマーシスは一つの推論を出す。

 

「ここを攻撃しに来るのは時間の問題だ。その前に手を打たないと。」

「だが待て、肝心のここの管理者の行方がわからないままだぞ。」

 

このアジト設立計画及び、管理者でもある人物は突如行方不明となり、いまだに見つかっていないらしい。

 

「連絡もつかないのか。グロリアに殺されたのか?しかしタイミングがおかしい。まるでここに基地が設立されることを奴らが知ってたみたいだ。そしてその管理者が誰かも……」

 

この瞬間、二人は顔を見合わせる。

「全て奴らが知ってたとしたら……」

「ナイトフィストに裏切りが居るかもしれない。」

 

 

1995年11月11日…………

 

どこかに複数人の黒衣の人物達が集まっている。

 

「ついに動く時が来た。サウスコールドリバー支部設立と同じ日に陥落する事になるとは、皮肉な運命だな。」

一人の男が言った。

 

「しかしこれも含めての設立計画だ。彼らは考えもしなかっただろう。初めから壊すために設立されたなど。」

彼は整列する黒衣の人物達を向く。

「今日、我々グロリアは偉大な一歩を踏み出す。我々の栄光の理想が叶う日も近い。あの狩り師も既にこの都市に来ている。」

ここへフードを被った男が歩いてきた。

 

「準備は整ったようだな。」

「はい。いつでも出動出来ますよ。」

男は答えた。

 

「では紹介しよう。彼が狩り師だ。」

フードの男がそう言い、後ろを向いた。

そこには黒いトレンチコート姿で、首に白いスカーフを巻いて、頭には鉄の仮面を被った者が立っているのだった。

 

黒衣の人物達が彼の方を見た。

その仮面の人物は黒い鞘を手にしている。

 

「剣士でもある君の力を、存分に見せてもらおう。」

 

その後、彼らはその場から姿をくらますのだった……

 

それから一時間も経たないうちに、悲劇は開始された。

 

結果ははっきりしたものだった。最初から負けるように仕組まれた計画通りに事は運び、計画通りにサウスコールドリバー支部は壊滅したのだった。

 

手抜きの防衛魔法は簡単に破られ、グロリアの構成員相手に戦闘経験の少ない若者のナイトフィストは、圧倒的な実力の差を見せつけられて倒れる。

これも全て、ナイトフィストを裏切った計画者の意図であった事に、ギルマーシスの調査グループが気づいた時は既に遅かったのだった。

 

しかし何のためにこんな手の込んだ計画をしたのか、それがこの都市のナイトフィストをまとめて消す目的とは別の、もう一つの真意があることに気づくのは早かった。

 

ギルマーシス一行は既に、次にグロリアが打つ手を予測していた。

彼らは今、箒で空を飛んでいる。

 

「奴らを追う。君の考えが正しければ、きっとそこに奴らが探している物があるはずだ。」

ザッカスが隣のギルマーシスに言う。

 

「間違いないだろう。急ぐぞ!」

そうギルマーシスが言った時だった。

「いや、君は来ては駄目だ。」

ザッカスが言った。

 

「どうしてだ?俺も協力する!」

「君は自宅に戻って、家族と遠くへ逃げろ!」

ザッカスは続ける。

 

「奴らの狙う物がこの都市にあるということは、奴らの大きな目的はこのサウスコールドリバー自体を占領することだ。一般市民にもどれだけ被害が及ぶことか・・・・そして君には家族がいる。」

 

ギルマーシスは彼の言いたいことを理解した。

 

「俺だけ戦いを投げ出して家族と逃げろと……」

「君が得た唯一の希望だ。絶対に失ってはいけない!後の事は俺達に任せろ。君の分まで俺がきっちり償うよ。」

「本当に、それで……」

 

彼は思い悩み、そして家族の姿を思い浮かべると答えは出た。

 

「すまない。本当に君にはすまないと思う!」

「気にするな。幸せを守り抜け。」

ザッカスが言った。

「そうさせてもらうよ。」

その言葉を最後に、彼はグループのメンバーとは永遠に会えないこととなった……

 

この日の夜、その時は訪れる。

 

グロリアはこの都市のとある地区を占領し始め、そこへ救援要請を受けた隣のウエストコールドリバー支部のナイトフィストが次々に到着して戦うこととなった。

 

町は火に油を注いだような状態と化し、市民の家々は戦いに巻き込まれて崩壊していく……

戦いが激化するにつれ町の至るところで炎が上がり、夜空を赤く染めた。

 

「まさかここへ奴らが来るとは!急ぐぞ!」

ギルマーシスは部屋の窓から外の光景を見た。

 

もはや昨日までの町はそこには無く、術と術がぶつかり合う音と家が崩壊する音、それに人々の悲鳴が混ざって聞こえる戦場だった。

 

「すぐそこまで誰か来てるわ!」

「くそっ!ジーン、あいつを頼む。俺は様子を見てくる。」

彼は杖を握り、部屋を出ていこうとする。

 

「待って!」

「君が守ってくれ。やっぱり俺は、ここから逃げることは許されない。ザッカスも戦ってるんだ!」

 

その時だった。

二人の立つ後ろの壁が大きな音と共に崩れ落ちた。

 

ジーンは壁の残骸に押し倒されたのだった。

「おい!大丈夫か!」

「平気よ。それより、あの子を……」

彼女は体に大きな切り傷を負い、やがて出血し始めた。

 

「じっとしてろ、今治してやる!」

ギルマーシスが彼女に杖を向けて呪文を唱えようとした。しかし……

 

「うあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

更なる爆発で壁は完全に崩壊し、彼は爆風で、残骸と共に家の外へ吹き飛ばされていた。

 

地面に叩きつけられ、体の骨の数ヵ所が砕ける感覚を感じた。

痛みをこらえながら必死で家を見上げる……

 

そこには、壁に巨大な穴が空き、燃えながら天井ががらがらと崩れ落ちる変わり果てた家が見えた。

 

そして視線を横に移すと、地面に転がりびくともしないジーンの姿も見えた。

 

「そんな……」

 

後ろからは数人の杖を構えた人影が近づいている。

 

もう終わりなのか……希望は壊されるのか…………

 

彼が目を閉じ、最後の時を悟ったその時だった。

 

突然目の前に剣が飛来し、横たわるギルマーシスの上を高速で通過して、彼を狙う魔法使い達の一人の体を貫いたのだった。

 

「この剣は……」

 

直後に一人の人物が目の前に立っていた。

 

「……カーネル。」

ギルマーシスはそこに立つ人物に話しかけようとしたが、血を吐き出して言葉がつまる。

どうやら内臓も損傷していたらしい。

 

そこに立つ者はギルマーシスに近寄る。

見ると、その人物は銀に輝く仮面をつけているのだった。

 

そこでギルマーシスは、最後の言葉を仮面の人物に語った。

 

「償いにはちょうどいい。だがせめて、子どもを……マックスを守ってくれ…………」

そして彼の目は閉じたのだった。

 

仮面の人物は静かに立ち上がり、数人の魔法使い達と向き合った。

 

彼らが杖を一斉に構えたその時、仮面の魔法使いは瞬間に消え、そして一人の魔法使いの背後に現れて手を振りかざす。

 

同時に魔法使いは吹き飛ばされ、彼らが狙った時には仮面の魔法使いの姿は無かった。

 

次に現れたのは燃える部屋の中だった。

 

彼はあたりを見回し、子供部屋らしき部屋に入る。

 

そこで彼は見つけた。小さな机と椅子の間に挟まれて動けない子どもを見つけたのだ。

 

彼は走り寄った。だがそれを狙うかのごとく複数の呪文が彼を襲った。

 

瞬時に振り返り、片手を大きく振りかざす。

術は弾かれて壁に当たり、更に家は崩れた。

 

壁はなくなり外が丸見えになった先に、杖をこっちに向けた魔法使い達の姿があった。

 

仮面の魔法使いは子どもの前に立ちはだかり、片手には黒い剣を構えて攻撃を防ぐのだった…………

 

 

それから14年後……

 

2009年、マックスがセントロールス高校に入学した。

 

 

 

 




仮面の魔法使い(狩り師)


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第八章 感情

毎朝目が覚めた後すぐにまた眠くなる……

 

それは、また授業を一時間目からやり直さなければならない事へのだるさが原因なのか……

 

学校生活の繰り返しとは、翌日、また授業が一時間目から始まりそれが終われば、また翌日には一時間目にリセットされているという時のリピートで出来ているものだから。

 

やっと山頂まで登ったかと思えば、目を閉じて次に開けた瞬間には地上に戻されているような気分を何日も何日も繰り返してきた。

 

それだけだと思っていた……

 

マックスはベッドに座り、これまでの学校生活を振り返っていた。

 

怠惰な日々の羅列の中で、唯一の心踊る場と言えば似た者同士が集まったチームだけだ。それは今も変わらないが、今のチームにはこれまでには無かった何かがある。

今は、以前のチームとは何か違う。

言うならば……より団結力と友情が増した。

 

そんな自分のチームの関係がより好転し、より質の高いチームプレイを楽しむことができるようになっている。

そんな今は、もはやただの退屈な日々からかなり遠ざかっているかもしれない。

 

マックスはベッドから立ち上がり、窓の外を覗いた。

 

「思えば、家に帰るのがこんな久しぶりになるなんて初めてかな。」

 

彼の今朝の目覚めはいつもとは違っていた。

それはここが他ならぬ彼の自宅の部屋だからだろう。

 

昨日の夕方に帰ってきてからというもの、一気に肩の力が抜けて久しぶりにリラックス出来ていると実感している。

それもそのはず、学校にいればチームプレイを忘れるわけにはいかない。そして何より、学校には訳のわからない敵がいることが最近確定したのだから。

 

しかしながら、あの大事な『学校内全システム書記』はしっかり自宅に持ってきている。これを手放すことは出来ない。

 

作者不詳でもあるこの本の事が、実は今抱える物事の中で最も謎多きものかもしれないと、彼は思っていた。

 

今抱える物事と言えば、レイチェルの事も重要だ。

 

これはレイチェルと出会った夜、彼女を仮のチームメンバーにした後マックスが悪夢と共に目覚めてからの事だ…………

 

 

マックスは朝早々から悪い気分で個室を飛び出した。

 

まだ寝癖がついたままの状態で寮室に入り、見渡すとすぐに友達の一人が視界に入った。

 

「ジャック、俺がお前より早く起きることは不可能なんだろうな。」

マックスは広々とした寮室の角のソファに座るジャックの所に行った。

 

「ああ、マックスか。」

彼はただ、窓の外をぼーっと眺めているようだったが……

 

「相変わらず朝から好きだな。ここから外見るの。」

「今はそういうつもりで外眺めてるんじゃないよ。気づけば無意識に見ていたようだ……」

 

マックスは彼の隣に座った。

 

「何かあったか?」

「いいや、何もないさ。ただ、今の状況を考えていただけだよ。何となくだけどね。」

彼の表情はいつも通り、穏やかそうに見えた。

 

「今の状況?」

「そうさ。今のチームのね。実に面白いと思わないか?」

 

彼が考えているのは、どうやら悪いことではなさそうだ。

 

「俺達が最初に出会ったのは中学三年の時だったね。」

「ああ、覚えているぞ。あの時にはお互い気を許していなかったかな。」

マックスは初めてジャックと知り合って話すようになった時の記憶をたどった。

 

「そうだったかもしれないな。でも、魔法使い同士だという事だけじゃなく、お互いどこか似た者同士だって事がわかってからは変わったね。」

 

「時間があるときには会う機会も増えていったからな。そしてお前も俺と一緒にここへ入学した。」

 

「そうだ。それからというもの、信じられない事の連続だ。似た者同士が更に二人いて、気づいたらチームが出来て、気づいたら危険な遊びをやってて、そして気づいたら危険な組織に……」

 

ジャックは続けた。

「更に昨日、チームの仲間が増えた。俺達が仲良くなって、そしてチームが出来てから2年足らずでここまでの事が起こった。こんな面白い話がどこにあるんだ。」

 

「言われてみれば、確かに色々あったな。時に過去を振り返るのは面白いことかもな。」

 

彼は、いや彼らはあまり良い過去を持っていない。何せ皆グロリアの被害者だ。無意識にも過去を振り返りたくないという思いはあるはずだ。

だが、そう悪い過去ばかりではなくなったことを今、ジャックは感じ始めているのだろう。

 

「そうだ、朝飯はまだだろ。行くか?」

マックスが言った。

 

「面倒だから俺はいいや。なんて、いつも言ってきたが、今日はご一緒させてもらうとしようかな。」

「それでいい。」

 

そして彼らは食堂へ向かった。

 

その頃、ジェイリーズは既に食堂にいるのだった。

 

これから食べ物を取る所だったが、一人の生徒が話しかけてきて立ち止まった。

 

「あの……ローアンさん。」

「えっ?あら、あなたは。」

そこにいた、ロングストレートヘアの女子生徒はレイチェルだった。

 

「おはようございます。」

「おはよう。昨日は良く寝れた?」

「まあ、それなりに……」

 

そして少し遠慮気味に。

「あの……もしよかったら、一緒に食べませんか?」

「いいわよ。あなたも一応チームのメンバーですからね。」

ジェイリーズは微笑みながら言った。

 

「よかった。あなたと一緒に食事なんて。」

彼女は少し嬉しそうな様子だった。

 

「あなた面白いわね。まるで男子みたいな反応ね。」

ジェイリーズはレイチェルにどんどん興味をもってきたようだ。

 

「知ってますよ、あなたの噂。男子にすごく人気なんでしょ?」

「クラスが違うあなたも知ってるの?」

「あなたの名前は有名ですから。」

 

彼女は続けた。

 

「だからあたし、ちょっとあなたに憧れてて……」

ジェイリーズは驚いた。

 

「あたしを襲った男といた人間に言われると物凄く不自然ね。」

「ですから、その時は自覚が無くて……」

レイチェルは慌てた。

 

「冗談よ。そういえば、あの日初めてあなたと話した時も様子が変だったわ。覚えてる?」

「はっきりとは……」

「やっぱり、あの時から既に操られていたのね。心ここにあらずって感じだったから。」

 

ジェイリーズは付け加えた。

「安心して。また操られた時には容赦しないわ。」

「ああ、わかってます!!」

「だから冗談だってば。」

 

二人が食器プレートに食べ物を乗せてテーブルに向かっている時、あの二人も食堂に到着した。

 

「いつもよりは人は少ないな。食べ物取るのに並ぶ必要はないみたいだ。」

マックスはジャックを連れて食堂の入口をくぐった。

 

ここで彼は気づく。

「おい、新鮮な光景だぞ。」

「ああ、だな。」

ジャックもすぐに見た。

 

「さっそく打ち解けたのか。いつの間に仲良くなった?」

 

彼らは食べ物を適当に取り、テーブルの一角に向かった。

 

「ジェイリーズ、良い後輩が出来たようだな。」

マックスがジェイリーズ達二人と向き合うように座った。

 

「気分はどうかな?」

ジャックも彼の隣に座る。

 

「寝たらだいぶん落ち着きました。色々ありがとうございます。」

レイチェルがジャックに頭を下げて言った。

 

「いいってことさ。こっちも仲間が多い方が力強い。ストレッドもこの展開は予想しなかっただろうよ。」

 

ジャックがそう言った後、ジェイリーズが話し始めた。

「そのストレッドの事だけど、また絶対この子に近づくはずよ。あたし達が監視してないといけないと思うわ。」

 

「そうだな。本当に操られていたとしたら、奴は今後もアリスタを使って何かしようとするのは間違いない。昨夜俺達と奴は完全に対立した。また会えばきっと攻撃する。君の時のように、怪我人が出る可能性も十分あるわけだ。」

 

マックスが言った。

 

「もっと力をつけないといけない。ひたすら魔法の学習と実践だ。」

「実践?」

ジェイリーズが言った。

 

「君はまだ知らなかったな。昨日の昼休みに、君が寝ている間に俺達は魔法の実践訓練をしていたんだ。」

 

「もっとも、マックスは朝から一人でずっとやってたらしいがな。」

ジャックがスープを一口飲んで言う。

 

「グラウンドに簡単な訓練場を作ったんだ。ジェイリーズと、よければアリスタにも使ってもらいたい。」

マックスが女子二人を見て言う。

 

「そんな具体的な事を始めていたのね。では、是非あたし達も参加させてもらうわ。」

 

ジェイリーズがそう言った隣で、レイチェルが反応した。

「魔法の実践訓練……って言うと、戦闘とかも?」

 

「むしろ俺達は戦闘呪文を主にマスターしたいと考えている。」

マックスは言った。

 

「あたしも戦うんですか?」

 

すると隣のジェイリーズが。

「ストレッドはあなたがあたし達の側についたと知れば、絶対に攻撃を仕掛けてくるわ。あなたも護身術は心得ておいたほうがいいわ。」

 

「彼女の言う通りだ。奴は自分達の行動が知られそうになっただけでジェイリーズを怪我させたんだ。対応が遅ければ死んでいたかもしれないほどな。」

 

マックスがそう言うと、レイチェルは表情が暗くなっていくのを感じた。

 

「もちろん、俺達が君をそんな危険な目には遭わせないがな。」

彼はレイチェルの気持ちを察してすぐに付け加えた。

 

「こっちは五人、奴は一人になったんだ。皆でかかれば絶対に勝つ。そして奴をもう一度捕らえて行動目的を話してもらう。」

 

食事の後は、一時間目が始まるまでの少しの時間を各自で過ごした。

ジェイリーズはレイチェルと共に寮室に入っていったが、その後の事はマックスは知らない。

 

そしてジャックはマックスと共に、彼の個室にいた。

 

「今こそこの本の力を発揮するときだな。」

ジャックはマックスの呪文の本を片手に持って読んでいる。

 

「まったくだ。それをもらって本当に良かったよ。それだけが頼りだ。」

 

マックスはベッドに座って『学校内全システム書記』を開いていた。

 

「そういえば、この本の著者名が書いてあるはずの所に何も無いんだ。これはどういうことだと思う?」

 

「どういうことって言われてもなぁ……書きたくなかったんじゃないか。知らないけど。」

ジャックは適当に言った。だが、マックスは彼の言葉を聞き捨てはしない。

 

「書きたくない……かぁ。確かに一理あるな。何かその名前を知られては困ることでもあったというのか……」

 

深く考え込む癖のあるマックスは、また考えだした。

 

地下の事が書いてある以上、この本を書いたのは魔法使いでほぼ間違いないだろう。しかしなぜ地下の秘密を知っていたのか、そしてその事を学校の資料本に書いた?

 

自分の名前は書けなくても地下の事は書いた。それもマグルの為の本に。

どう考えてもおかしい。著者の意図を考えよう……

 

 

マックスは本を眺めながらじっとして考えを巡らせる。

 

合理的に考えれば、地図に場所を記すのは人に位置情報を伝えるためだ。

地下重要物保管所をあえて書いたということは、あの場所へ人を導こうという意図があったはず。

 

あそこへは魔法使いでなければ行くことは出来ない。ということは、地図にあの場所の名前を書いたのは魔法使いへ伝えるためだということになるが……

 

「だめだ。頭がおかしくなる。」

マックスは本をベッドに置いた。

 

「今、考えても答えが出なければ考えるのは無駄というものだよ。魔法の勉強に頭を使ってればいいさ。」

ジャックが呪文の本を読みながら言った。

 

「お前は相変わらず冷静で的確な意見を言えるな。お前の方がリーダー向きだな。」

 

マックスは正直な思いを言った。

 

「それは違うな。俺は考えるのが得意じゃないだけだ。直感型人間なもんでね。」

 

「どうかな?以外と考えてるだろうよ。」

「何をかな?」

「何でもだ。」

 

二人は少しの間黙り、そして同時に笑った。

 

「話しはさておき、やっぱりお前との会話は面白いね。相変わらずのやり取りだ。」

ジャックが言った。

 

「同感だ。ここまで喋るのが楽しいと思える相手は他にいないだろう。」

「やっぱりリーダーはお前だマックス。お前じゃなきゃチームじゃない。」

「さほど立派な者じゃないぞ、俺は。」

「いや、お前には皆に無い何かがある。何か、特別なものを感じるんだよ。」

 

彼らは会話を続ける。

 

「何かって何だよ。確かに直感型人間だな。」

「皆も思っているはずだ。皆もお前を頼ってる。頼れるんだよ。」

ジャックは本心を語った。

そしてマックスにも彼の心がわかっていた。

 

「わかったよ。これからもきっちりリーダーを真っ当する。」

この時、彼は皆から頼られているという言葉に少々不安感を感じたのだった。

 

何か嫌な事が起こり得れば、それを知らせるかの如く気分が悪くなり、今朝は妙な夢にうなされた……

 

最近の自分の良からぬ変化を感じているマックスだったが、それを皆に打ち明ける気にもなれない。

 

何せ、チームのリーダーだから。

リーダーは頼られるもの。自分がしっかりしなければチームを危険にさらしてしまうのだ。

 

今までは考えたこともないような事が小さな悩みの種になったことを感じながら、親友であるジャックに対しても自分の不安な事は表に出さないマックスだった。

 

「さてと、俺はそろそろいくよ。授業が始まる。」

ジャックはそう言い、呪文の本を置くと立ち上がった。

「確か、マックスは一時間目は受けてる教科は無かったかな?」

「ああ。俺はまた一人で魔法の訓練でもするよ。」

マックスが言った。

 

「いいなぁ。俺も授業なんかサボりたいけど、さすがに今日の一時間目に出とかないとまずいことになるから、仕方ないかな。」

 

そして彼はマックスの個室を出ていったのだった。

 

それから数分後に授業開始のチャイムが部屋の外から聞こえてきた。

彼は少しゆっくりした後、今日の授業の教科書類と呪文の本をバッグに詰めた。

マックスは今一度自分の感覚を確かめた。

 

今朝は悪夢で目が覚めたが、今のところ悪い予感を感じはしない。とりあえず安心だ。

 

そう心の中で言い聞かせ、彼はバッグを持って立ち上がった。

 

部屋を出てからはどこへも寄り道せずにグラウンドへ直行した。

暇さえあれば魔法の実践訓練をしたいのだ。

それが心を落ち着かせる為にもなる。

 

そう思いながらグラウンド内へ足を踏み入れようとした時、少し離れた所にあるベンチに目が行った。

 

「あれは、彼女だ。」

 

マックスはそのベンチに座り、本を読んでいる一人の生徒の元に足を向けた。

 

近づいても、まだこっちに気づいていないようだ。

 

マックスはそこに座る女子の横に座り、同時に話しかけた。

 

「周りの人間の動きには注意しないと危ないぞ、アリスタ。」

 

彼女は一瞬びくっとして振り向いた。

「ああ、あなたは確かレボットさん。気がつきませんでした。つい夢中になってて……」

 

そこにいたのはレイチェルだった。彼は本を閉じて横に置かれたバッグに入れた。

 

「数学の教科書か?」

「ええ。選択している数学応用の教科書です。あの授業は1年のあたしでも受けられるから選択してみたんですが、1年が受けるにはレベルが高かったようなので、ついていくのに必死なんです。」

 

彼女が言った。

 

「君、数学好きなんだな。」

「はい。考えていると退屈を忘れられるんです。あたしには友達はいないし。暇だから。」

「一緒だな、俺と。俺もチームの皆と行動している時だけが楽しみなんだ。チームができる前は友達はいなかったから、毎日がつまらなくてどうしようも無かった……」

 

マックスは自分の事と重ね合わせた。

 

「ところで君、1年だったんだな。それでもって目くらまし術を扱えるとは大したものだ。俺達は皆2年だけど、まだうまく出来ない奴が一人いる。」

「親に教えてもらったらすぐに出来るようになって。あたしは存在感が無いから、姿を消す事と相性が良かったんでしょうね。」

 

マックスはなぜか、彼女のその言葉が異常に心に響いたのだった。

 

「そんな悲しいこと自分で言うものじゃない……」

 

マックスがそう言い、少し黙った後に彼女は話した。

 

「……ありがとうございます。」

「えっと、何で礼を言うんだ?」

マックスはよくわからなかった。

 

「そんな事、初めて言われたから……」

 

マックスは、彼女が初めて微笑んだ顔を見た。

 

「そうか。でも、俺も似たようなもんだ。存在感の無さには自信があった。」

「さっきの言葉、そのままお返ししますよ。」

レイチェルは少し笑ってそう言った。

 

「まあ、そう来るか。」

マックスも微笑んだ。

 

「あっ、でもレボットさんがチームを引っ張ってるように見えますけど、それで存在感が無いわけないですよね?」

 

彼女は昨夜の物置部屋での事を思い出しながら言った。

 

「確かに、一応俺がリーダーということになってる。でもそれは関係無いことだ。俺は基本一人なんだよ。」

 

マックスは率直な本心を言った。

 

「あの三人がいるからリーダーを何となくやってこれただけだ。でも、俺はチームが出来た今でも一人でいる癖がとれていなんだ。そんな奴にリーダーは似合わないだろ。なぜか、気がつけば一人になっている……」

 

「それ、あたしにもわかります。その……何か似てますね。」

 

この時、二人は互いにどこか近い存在だと確信し、同時に他の誰にもない親しさを感じたのだった。

 

「そう言えば、三日前の虹の煙事件って、レボットさん達がやったんじゃないんですか?」

「ああそうだ。あれは作戦の一部だった。」

「やっぱりそうでしたか。魔法にしか見えなかったので。」

 

彼女も大勢の生徒達と同じく、勝手に発生する色が変わるスモーク事件の目撃者だったようだ。

それは当然だ。あの騒ぎに誰も気づかないわけがない。

 

もっとも、図書室の真面目1年三人組はジェイリーズに目線を奪われていたが……

 

「あの時は何をやろうとしてたんですか?」

 

レイチェルはマックスのチームに興味が湧いてきたようだった。

 

「俺達が欲していたある物を手に入れるためで……」

 

ここでマックスは言葉が途切れた。

あの本の事を言うべきなのか、言わない方がいいのか……

 

もし彼女がストレッドのスパイだったら、あの本の事を知ったらどうするか。

 

油断させるために寂しい役を演じて近づいているのだとしたら……

 

マックスは急に不安感を思い出した。しかし彼女の言葉が、表情が、どうしても嘘とは思えなかった。

そして思いたくない……

 

俺達と居ればいずれ本の事は知ることになるだろう。

 

マックスは考えるのを止めて話した。

 

「俺達は、この学校に関する全ての事が記載された本『学校内全システム書記』を手に入れる作戦を考えたんだ。」

「それって、盗むって事ですよね。」

「まあ言い方を変えればそうなる。そして盗んだんだ。今、チームには欠かせない宝だよ。」

マックスははっきりと言った。

 

「そんな事をチームでやってるんですか。凄いですね。」

「それまではほんの遊び程度の事しかやってなかったよ。ただ夜中に寮塔を抜け出して誰にも見つからずにうろうろするだけでも面白いからな。」

マックスは本を手に入れる以前のチームの活動を思い出して言った。

「そんなチームにあたしなんかが入っていいんですか?」

「似た者同士だということがわかったんだ。むしろ歓迎する。」

これはマックスの本心だった。

 

「レボットさん達に出会って本当に良かったです。もっと早く出会っていたら、毎日楽しかったかもしれない。」

「今からそうなるさ。そして、マックスでいい。」

彼は言った。

 

「えっと……わかりました、マックス……」

彼女は照れながら言った。

 

「あんまり、人を名前で呼ぶの慣れてないもので。」

「これから慣れるさ。皆もそう呼んでる。さてと、もし気が進めば、今から魔法の訓練をやるからアリスタも一緒にどうかな?」

マックスは彼女を訓練に誘うことにした。

 

「それじゃあ、やってみようかな。」

 

そう言って彼女は目をそらして……

 

「あの……レイチェルでいいですよ。」

 

「そうか。じゃあ、レイチェル。俺達の訓練場へ案内する。」

 

そして二人は立ち上がり、グラウンドへ静かに歩きだしたのだった。

 

それから裏庭の訓練場に着くまでの間は、二人ともほとんど会話することはなかった。

 

特に話すことも思いつかない。そして二人とも、共に歩いているだけで何も不足はなかったのだ。

 

マックスは裏庭の草をかき分けて広場に到着したときに、そこに居るとは思いもしなかった男を見て声を発した。

 

「ディル!一人でここに居たのか。」

 

そこに一人、杖を片手に立っているのはディルだった。

 

「よお、マックスか。それと、君はアリスタだったな。」

彼は後ろを振り向き、歩いてきた。

 

「改めて、ディル・グレイクだ。よろしく。」

小太りの男は笑顔でレイチェルに言った。

 

「改めて、レイチェル・アリスタです。これからチームの活動に参加させていただきます。」

彼女も笑顔でそう言い、軽く頭を下げた。

 

「礼儀正しいんだな。ずいぶんまともなメンバーを獲得したもんだぜ。そして美人で可愛い。問題なしだ。」

彼は何かに納得した様子だった。

 

「そんな、あたしはそこまで言われるほどの出来では……」

「そう遠慮する必要はないよ。俺が言うのだから事実だ。」

そして彼はマックスの方を見た。

 

「それで、今から何の魔法を実践するのかな?その為に彼女も連れてきたんだろ。」

「もちろんだが、その前にお前は一人で何をやってたんだ?」

マックスが言った。

 

「まぁ、見てろ。」

そしてディルは杖を自身に向けて呪文を口にしたのだった。

 

「インビジビリアス」

直後、彼の体は背景と同化して見えなくなった。

「どうだ。俺も一人で出来るようになったぞ!」

 

姿無き声がそこから聞こえた。

 

「そういうことか。よくやったディル。これでジェイリーズの負担も無くなったわけだ。」

「そうだとも。チームの為にも、これ以上迷惑かけたくなかったんだ。だから朝からここで訓練してたんだよ。」

 

その後すぐに彼の体は現れた。

「ただ、まだそんなに長続き出来ないけどな。」

「最初はそんなもんさ。だが既に1年の彼女には負けてるけどな。」

マックスはレイチェルを指差した。

 

「1年だったのか!なんで俺はまだこんなレベルなんだよ。」

「負けてられないぞ2年。」

マックスは言った。

 

それから一時間目の授業が終わるまで、彼らは武装解除の呪文や防衛呪文など簡単な術の練習を繰り返したのだった。

 

レイチェルの魔法を扱うセンスはなかなか良いものだった。そしてディルも杖の扱いが確実に上達したようだ。

 

その後、マックスは二人と別れて二時間目の授業に向かった。

 

彼は一人で廊下を歩いているときに、ふと思った。

 

もっとレイチェルと一緒に居たい。

もっとチームの活動に参加させたい……

 

彼女はきっと今までずっと一人だったのだ。

そして今やっと、共に話し、楽しめる仲間が出来たんだ。

彼女は自分と似ている。だからチームが出来て一緒に行動するようになった時の気持ちを考えればわかるのだ。

 

彼女は今、心を開きかけている。ゴルト・ストレッドに無理矢理動かされていた事もあるし、もっと元気になってもらいたい。そしてもっと仲良くしたい……

 

それは初めて感じる純粋な彼の気持ちであった。

 

しかし今、また一人だ。

 

つい昨日までは何も思わなかった。だが今はどうだ?

なぜか一人でいることにわずかな違和感を感じる。

 

マックスはよくわからない、しかし明らかに初めての、何らかの感覚を覚えたのだった。

 

そのまま彼は教室へ行き、授業は始まった……

 

それから時は過ぎ、とある休み時間の事だ。

 

ジャックとマックスが寮塔の裏側出口から外に出た。

他の生徒同様、二人ともいつもとは違う大きなバッグを持っていた。

 

「水泳かぁ……勉強よりやる気でないな。」

ジャックがのろのろ歩きながら言う。

 

「同感だ。だが、体力をつけることは魔力の増幅につながる。そういう意味では他の授業より俺達の為になるよ。」

「まあ、正論だな。だがやっぱり水泳の授業は好きじゃないな。」

「彼とは真逆だな。泳げないというのに水泳の授業となると張り切っている。」

 

マックス達が話していると、後ろから誰かが走って来たのがわかった。

 

「その彼だよ。」

マックスが歩きながら後ろを見た。

 

「もう移動してたのか。お前達も張り切ってるな。」

それはディルだった。

 

「お前がそうだという話をしてたんだよ。」

「俺が何だって?」

「まあいいさ。さっさとこの時間を乗り切ろう。そうすれば昼休みだ。」

ジャックはいつも以上にテンションが低くかった。

 

三人は他のBクラスの生徒達と共に、グラウンド横の屋内プールの中に入った。

 

そこの更衣室にて、ディルがジャックと何やら話をしている。

 

「アリスタの事だけどさ、お前はどう思う?」

いち早く水着に着替えたディルが言った。

 

「今の印象だと、大人しくて礼儀正しい感じだな。」

ジャックが何となく言った。

 

「それは俺も同じだ。でもそういう事じゃないんだよ。」

「どういうことだよ。」

「わかるだろ。我ら男から見て、女子的にどうだってことさ。」

ディルは何やら必死に見えた。

 

「ああ、またそういう事か。良いほうだと思うが。」

「またお前は冷めた感じで。でも確かにそうだ。ジェイリーズとは全く違うタイプの良さだな。」

ディルは一人でうなずきながら喋った。

 

「彼女もBクラスだったら一緒に水泳受けれるのになぁ。おしいもんだ運命とは。」

「何言ってるんだか。泳ぐの苦手なのに何で楽しめるんだ。」

ジャックが言った。

 

「もちろん、女子達の輝かしい水着姿を拝める他にない時間だからさ。」

「まあ言うことはわかっていたが。それでもこの一時間泳がなくてはいけないんだ。怠くないか?」

ジャックは自分の中の正論を言った。

 

「だから、そんな時にちょっと周りを見渡してみろ。水着の美女達が嫌な思いを吹き飛ばしてくれる。その為に居るのだからな。」

「それは違うだろ。そうだとして、それで水泳が嫌にならないお前は幸せだな。」

ジャックは制服を詰めたバッグをロッカーに入れた。

 

「今年も始まるぞ。嫌な授業が。」

「そう言ってるが、この時間はジェイリーズの水着姿も見られる貴重な時間だということを忘れていないかな?」

ディルは言った。

 

「学校トップクラスの水着姿だぞ。誰もが見たいはずだ。」

「まぁ、それはそうだろうな。」

ジャックは何気なく言う。

 

「お前は興味が無いのか、本心を隠しているのか、本当にわかんないな。」

「それは人の想像に任せるよ。さて、行くか。」

 

そして授業は始まった。

 

相変わらずの広いプール。これを見るだけでやる気を無くす。

やがて生徒は整列し、黙々と泳がせられるのだ。

 

ジャックはマックスとプールサイドを歩いていた。

 

「俺も何とか魔力を鍛える為だと思ってみるよ。」

「それがいい。実際その為になる。まず魔力が低いと話にならない。」

「俺もマックスほどストイックだったら良かったと初めて思ったよ。」

 

そしてBクラスの生徒が全員集まり、整列し始めた時だった。

 

ジャックは一人の女子とすれ違おうとした。

 

「もうちょっと体鍛えた方がいいわね。」

 

聞き覚えのあるその声は、一瞬でジェイリーズだとわかった。

 

声だけではない。その身体を目の前にすると、他の女子とは違うことがはっきりわかった。

 

「どこ見てるの?目が泳いでるわよ。体を泳がせたらもっと筋肉もつくはずよ。」

彼女はいつもの得意の微笑みと話し方で言った。

 

「今から泳ぐんだから、問題ないだろ・・・」

ジャックにはわかった。ジェイリーズが相手の反応を試す時のやり方だ。

今までこうやって何人の生徒をとりこにしてきたことか……

しかしそうやって冷静に分析できる自分には効かないものだと、今までは思ってきた。今までは……

 

ジャックは目線を反らしたが、改めて意識的にジェイリーズの方を見た。

 

ここで初めて水泳の時の彼女の姿をはっきり見たのだった。

 

ジャックは景色を眺めている時の感覚に似たものを感じた。

 

それは言葉に表すならば……美、そのものだ。

 

「あらあら、あなたも男子ってことね。」

 

そう言ってジェイリーズは微笑みながらジャックを見ていた。

 

ジャックはジェイリーズをまともに見ることが出来なかった。

 

彼女はジャックの動揺を全てお見通しなのだ。ジャックはそれもわかっている。

それでもピッチリとしたスクール水着姿のジェイリーズを目の前にして、なぜか緊張が止まらない。

 

そんな彼の気持ちを察したのか。

「友達なんだから、気を使わなくていいわよ。」

そう言うと肩を軽く叩いて離れて行く。

 

ジャックはその感触を忘れることは出来なかった。

 

「今回ばかりは、ディルの考えを完全に否定は出来ないかな……」

 

 

水泳の授業が終わると、今日も昼休みを迎えた。

 

ジャックは今、一人で寮室のいつものソファに座っている。

何をすることもなく、ただいつもの風景を眺めて心を落ち着かせようとした。

 

多くの生徒が食堂に行っている為、今の寮室に人は少なく静かであった。

 

そこへ彼女は現れた。

「ジャック、隣に良い?」

 

ジャックはソファの近くに立つジェイリーズを見上げた。

「ああ、君か。良いよ。」

 

ジェイリーズは彼の隣に座り、話し始める。

「ぼーっとしてたみたいだけど、もし良かったら話し相手になるわよ?」

「君の用があるわけじゃないのか?」

ジャックは外を見たまま言った。

 

「そういう言い方は止めて。暇でしょ?それともあたしが話し相手じゃ嫌?」

 

ジャックはこの言葉に反応し、すぐに彼女の方を見た。

「違う!そんなつもりじゃ……」

 

ジェイリーズはむきになる彼の反応を待っていた。

 

「じゃあ素直になって、あの時みたいに。」

「あの時?」

 

それが、彼女が襲われた時だとすぐにわかった。

 

「あなたが必死で助けようとしてくれているのがわかった。あの時に初めて本当のジャックが見れた気がするわ。」

 

ジェイリーズは言った。

「あたし達が知り合ってから、もう2年目も終わろうとしている。でも、あなたはまだ何か隠してるわ。あの時みたいに、常に本当のあなたでいてほしい。マックスとディルとは仲良くやってるみたいだけど、あなたが直接あたしに話しかけることはあんまり無いでしょ?何か気に入らない事があったら何でも言ってほしいわ。さっきも言ったけど、気を使わないで。」

 

ジャックは彼女がこんな事を言ってくるとは思いもしなかった。

見ると、その表情は真剣だった。

 

「あなたは命の恩人でもあるわ。何かあるのなら、何でも力になってあげるわよ。」

 

そう言われた瞬間、彼は再び窓の方を向いたのだった。

 

「ちょっと、何でまたそうなるの!?」

「勘違いしないでくれよ。嫌いなんかじゃない……」

 

ジャックは涙をこらえてクールを保った。

しかしジェイリーズにはわかっていた。

 

「本当に素直じゃないわね。無理に格好つけなくていいわよ。」

そしてジェイリーズはジャックに近寄る。

 

「いいからこっち向いて。」

 

ジャックは言われた通り、ゆっくり彼女を見る……

 

そんな彼をジェイリーズは黙って見続ける。

ジャックは彼女の輝く瞳を見つめると、勝手に胸の鼓動が激しくなり、顔を赤くして思わず目をそらしてしまった。

 

これまでも、そしてまさに今も、ジャックは彼女の眼差しを直視できなかったのだ。

 

「……そういう事だったのね。ずっと近くに居たのに。気づかなかった……」

ジェイリーズは独り言のように静かに言った。

 

「何だよ、急に……」

「いや、気にしなくていいわ。勘違いしてごめんなさい。あたしが嫌いなんじゃないってことがわかった。」

彼女は立ち上がった。

 

「一緒に夕食食べに行く?」

「……いや、まだ腹減ってないから。」

ジャックは言った。

 

「じゃあ、また後で。」

 

そして彼女は寮室を出て言った。

 

ジャックはまだ緊張状態のまま外を眺めるのだった。

「彼女は……全てが反則だ……」

 

一方で、マックスは個室で一人、呪文の本を開いて考え事をしていた。

 

レイチェルにナイトフィストの事はまだ誰も話してないはず。

言うべきなのだろうか……

いや、ナイトフィスト関連の事にまで彼女を招く訳にはいかない。

危険な目には遭わせないと約束したのだ。黙っておこう。

 

その時だった。

突然、窓の外からガタンという物音が聞こえた。

 

マックスは瞬時に振り向き、警戒した。

 

見ると、窓の外に何かが置いてあるのがわかった。

さっきまでは何も無かった。あるはずがない。

ここは四階だ。誰がどうやって窓の外に物を置ける?

 

マックスは恐る恐る近づき、窓をそっと押し上げた。

 

窓の淵には厚みのある小包が置いてあった。

包みの紐には一枚の紙切れが挟まれている。

 

マックスは手に取ると、想像以上に重いことがわかった。

そして紙切れに書かれた文字を読むなり、中身の察しがついた。

 

「ついに来たな。」

 

 

 

 

 




レイチェル・アリスタ


【挿絵表示】


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第九章 現れては消える……

「マックス、朝食出来たわよ。」

一階から自分を呼ぶ女性の声が聞こえた。

 

「ああ、今行く。」

マックスは自分の部屋のベッドから立ち上がって言った。

 

今、下で彼を呼んだのは魔女のテイル・レマス。14年前、マックスを引き取って育ててきた、現在の彼の母親だ。

14年前のグロリアによるサウスコールドリバー襲撃の際、彼女は家族を失った。その時に親戚のレボット家も戦いに巻き込まれてマックスだけが生き残ったのを知って、彼を引き取って育てることを決意したのだった。

 

その際に、彼女の元にマックスを運び、レボット家の現状を伝えに来た男が居たそうだが、それが誰だったのかは今もわからない……

 

マックスは一階に下りて、食卓に並べられたテイルの料理を目にした。

 

以前はもっと頻繁に家に帰って彼女の手料理を食べていたのだが、最近になるに連れてチームでの活動機会が多くなってきたから、つい寮での生活が続いていた。

 

しかし、その寮にもしばらくは戻ることはない。

 

これは、ジェイリーズがジャックの気持ちを察した後からマックスが家へ帰るまでの出来事である…………

 

 

今、ジャック、ディル、ジェイリーズの三人はマックスの個室へ来ている。

マックスが彼らへ、暇ならばすぐに来て欲しいと伝えて呼んだのだ。

ちなみに何の用かは三人とも知らない。

 

「それにしても集まるの早かったな。」

マックスは三人に向けて言った。

 

「当たり前だろ。基本的に俺達は暇なんだから。」

ディルの言葉は確かにうなずけた。

 

「じゃあ早速これを見てもらおう。」

そう言って、マックスは机の上に置かれた分厚い小包を指差した。

 

「さっきこれが俺の部屋に届いた。」

「お前に贈り物とは珍しいな。どんな奴だった?」

ディルが言った。

 

「サイレントだ。」

マックスの言葉で三人とも気が引き締まる。

 

「いつの間に忍び込んでたんだあの男は。」

「いや、たぶん彼本人が持ってきたわけではない。突然、窓を叩くような音が外からして、見てみたら淵に置いてあった。その時に飛んでいく鳥みたいな影が微かに見えたから、たぶんそいつが運んできたんだろう。」

マックスは言った。

 

「鳥を宅配便代わりに使ったと言うのか?」

ディルが信じられないという顔で言う。

 

「魔法使いは、動物を使い魔として操るという話を聞いたことはないか?」

「あたし、それ聞いたことあるわよ。」

ジェイリーズが答えた。

 

「サイレントからの贈り物ということは、あのことかしら?」

「そうだ。」

そしてマックスは小包を抱えて皆に見せる。

 

ジェイリーズが、その包みの紐に挟まれた紙切れを読んだ。

「新入りのナイトフィストへ、これで魔法界の知識をつけるように。呪文に関しては最適な物をマックスが持っているはずだ。では君達の今後に期待している。"サイレント"。」

 

「そういうことだ。そして早速気になる点があるな。」

マックスは言った。

 

「君が呪文の専門書を持っていることを、彼は知っている。だね?」

ジャックが言った。

 

「ああ。知るはずないんだが……まぁそれはいいとして、中身を見ようじゃないか。俺もまだ見てないんだ。」

そう言って、彼は包みの紐をほどいた。

そして紐をゴミ箱に投げ捨て、包み紙を開くと……

 

「なるほどな。確かに想像した通り、合理的な物だった。」

それは、三冊の本だった。

一冊ずつそこそこの厚みがある。かなり分厚かった訳だ。

 

「これはまるで学校の教科書だな。見るだけで頭が痛くなりそうだ。」

誰よりも勉強嫌いなディルが言った。

 

「魔法学校ではこういう物で教師が教えてるんだろう。」

マックスは机の上にドサリと置き、一番上の本を取った。

「『魔法全史』か。」

 

続けてジャックとジェイリーズも順番に取る。

 

「『魔法薬調合法基礎』だってさ。」

「あたしのは『魔法戦術』よ。」

 

彼らはそれぞれに手に取った本をパラパラとめくってみた。

「専門的な雰囲気満載って感じだな。すごいや。」

ディルがジャックの隣で覗き見た。

 

「それと俺の『魔術ワード集』も合わせて、これら四冊の専門書で魔法界に関する基礎知識を詰め込めということだ。いよいよ知識がつくぞ。」

マックスは、学校の授業とは比べ物にならないやる気の差を感じた。

 

「それじゃ、これから四人で四冊を貸し合って読んでいこう。とりあえず好きなのを選んでくれ。」

マックスは言った。

 

「ならば俺は『魔法全史』が興味深いかな。」

ジャックが言った。

 

「じゃあ俺はジャックが持ってるその魔法薬とかいうやつでいいや。」

続いてディルが言った。

 

「それじゃあ、あたしは戦術で。」

「女子が戦術なのか。」

「悪いかしら?」

 

そして残ったのはマックスの『魔術ワード集』となった。

 

「俺は今まで通り、この本でもっと呪文の知識をつけるよ。借りたい時にはいつでも言ってくれ。」

 

これから本格的に魔法の勉強が出来るようになった。

ますますチームは強くなる。そしてまずは奴を、ゴルト・ストレッドの力を越えて、レイチェルが危険な目に遭わないように守るんだ。

 

マックスは目の前の目標を決めたのだった。

 

「今夜の行動目的が決まった。今夜もまたストレッドが動きだすかもしれない。そこで、俺達は奴を見つけ次第攻撃する。」

「また大胆な作戦だな。」

ディルが言った。

 

「奴はレイチェル含め、俺達チームにとって危険でしかない。更にあいつは地下の秘密を知っていて、何かしようとしている。となれば俺達が次にやる事はゴルト・ストレッドを捕まえて、ひたすら喋らせるだけだ。」

マックスはズバリ言った。

 

「その為に今から俺は早速特訓をする。皆、時間はあるか?」

 

そこでディルは言った。

「さっきも言った通り、俺達は基本暇だ。それに、リーダーのお前がしたい事なんだろ。俺はそれだけで乗る気満々だぜ。」

 

ジャックとジェイリーズはうなずいた。

 

「よし。それじゃあ、訓練場へ行くぞ。」

「そうだ、アリスタはどうする。」

ディルが言った。

 

「そうだな。一応レイチェルも誘うか。」

「じゃあ、あたしが連絡するわ。」

そう言うとジェイリーズは携帯電話を取り出した。

 

「頼んだ。実は今朝、俺とディルと彼女が偶然出会って三人で少し特訓したんだけど、彼女の腕はなかなか良かった。練習を続ければ立派になるだろう。」

「妙な組み合わせだな。そういえば今朝ディルはどこにいたんだ?」

ジャックが言った。

 

「一人で訓練場に行ってたんだよ。目くらまし術を習得したくてな。皆が知らない間に出来るようになってたら驚くだろうと思ってたんだけど、まさかマックス達にバレるなんてな。」

 

「なるほど。それで、出来るようになったのか?」

 

「一応は出来るが彼女の方が既に上手だ。」

マックスが言った。

「事実だが、お前が答えるなよ。」

 

それからすぐに、ジェイリーズの携帯電話に一件のメールが来た。

「彼女も参加するそうよ。」

 

「決まったな。じゃあ早速動こう。今夜、奴に勝負を挑むんだからな。」

 

そしてマックスは呪文の本を入れたバッグを持ち、彼に続いて三人とも個室を出た。

 

寮室を通る時に、そこにいた大勢の男子達が歩き去るジェイリーズに目を奪われるのだった。

それがジャックにはわかった。

 

「本当に、好かれてるな……」

ジャックは誰に言うわけでもなくつぶやいた。

 

「どうせ彼らは見た目だけで判断してるのよ。まさか嫉妬ですか?」

「もういいよ。」

 

四人は寮塔の橋に到着し、後はレイチェルが来るのを待つだけとなった。

 

「ジャック、気がついたか?」

橋から風景を眺めるジャックにディルが近寄り、小声で言った。

 

「急に何だ?」

「マックスはさっき、レイチェルと名前で呼んだんだよ。昨夜知り合って、まだ完全に仲間だと信用してなかったあいつがだ、次の日さっそく名前で呼ぶと思うか?特にあいつなら考えられないと思わないか?」

「ああ、確かに今朝まではアリスタと言ってたかな。それがどうかしたか?」

ジャックは静かに言った。

 

「相変わらず鈍いな。考えてみろ。今日一日で彼女とこっそり仲良くなってるって事だよ。さっき言った通り、俺が朝訓練場で一人練習してた時にマックスが彼女を連れて来たんだ。その理由はちょっと考えればわかるだろ。」

ディルは言う。

 

「わかるさ。でもそんな事どうでもいいじゃないか。何かアリスタと気が合う部分があったのだろう。」

ジャックの予想は当たっていた。

 

「相変わらずこういう話には冷めてんな。」

 

その時、ジェイリーズが後ろを指差した。

「あの子が来たわよ。」

 

Cクラスの寮室への廊下からレイチェルが小走りで現れたのだ。

「お待たせしました。」

「全然待ってないよ。」

ディルが明るい表情で言った。

 

「君には朝の続きをやってもらおうと思う。護身術は必要不可欠だ。」

マックスが言った。

 

「訓練の相手はあたしがやるわ。手加減はしないわよ。」

「あっ、はい!お願いします。」

 

そして五人は橋を歩きだした。

「あんまり怖がらせるなって。」

「だって、彼女の反応面白いんだもん。」

ジェイリーズは笑顔で言う。

 

「皆のアイドルは、実はドSてことか。」

ディルが残念そうに言った。

「ドは言い過ぎよ。」

 

彼らが寮塔を出て本校舎の廊下を歩いている時だった。

 

五人はその場で立ち止まる。

「外出禁止の放送だ。ここからは姿を隠して行くしかない。皆、各自で訓練場に行くんだ。」

 

「それじゃあ、あなたがあたしの手を引いて連れていってくれるかしら?」

ジェイリーズが言った。

「あたしですか?!」

 

「ディル、早速習得した技の実践というわけだ。」

マックスがディルに言う。

「おう、なんか本番というと緊張してきたな。」

 

皆、杖を取り出して一斉に呪文を唱えた。

レイチェルはジェイリーズの手を握ったまま体を透明化し、ディルも皆と同じく姿が見えなくなった。

 

ここにいた五人の姿は完全に消え、夜のグラウンドへ出ていった事など誰も知ることはない。

 

裏庭には完全に光が当たらず、夜の暗闇に吸い込まれそうな奇妙な感覚がする。

暗さに伴い草木の量も増し、視界をどんどん自然が覆う。

 

それを抜けた先には、誰も居ない広場が現れるのだ。

 

マックスが一番早く到着して目くらまし術を解除した。

 

次にジャックとディルがほぼ同時に姿を現し、それから少し遅れてから草木が揺れて、二人分の人影が微かに見えたのだった。

 

ここに、再び五人の姿が集まった。

 

「あなたの手、汗で濡れすぎだけど、緊張してるのかしら?」

「それは……あのローアンさんの手を、あたしが握って連れてくるなんて事考えたこともないですから。」

「あなた本当に女子?」

 

ジェイリーズ達が話している一方で、マックスも話し始めた。

 

「今からやるのは基本的な防御と攻撃の練習だ。それと、まだ知らない呪文を覚えてそれに対抗する術も知らないといけない。今夜は本を見ながら少し踏み込んだ事もやってみるつもりだ。」

 

それから五人はグループを組んだ。

 

「あたしも全力でいきますよ、ローアンさん。」

「上等な1年生ね。」

ジェイリーズはレイチェルと向かい合って杖を構えている。

 

「俺も昨日から上達したぜ。お手合わせ願おう。」

「お前が上達したなら、俺もしてるってことだよ。」

 

ディルがジャックと向き合う。

 

その二つのグループの中央にマックスが立って言った。

「攻撃する際は、相手に当たっても傷つかない呪文のみ使うんだ。二人とも満足したら、次は二人がかりで俺と対決だ。では始めよう。」

 

その言葉の直後、同時に二つのグループの間で光線が飛び交った。

 

「エクスペリアームス」

「プロテゴ、ブラキアビンド!」

ディルの攻撃にジャックが呪文を次々にぶつける。

「プロテゴ!」

ディルも呪文の防御が確実に上手くなっていた。

 

一方で、女子グループも彼らに負けず劣らずのやり合いをしていた。

 

「ペトリフィカス・トタルス」

レイチェルが呪文を発動する。

「プロテゴ!あたしにその術を使うとはねぇ。」

ジェイリーズが高速で迫る光線を弾いて言った。

 

「あの、すみません。」

「いいのよ。インカーセラス!」

すると杖先からロープが飛び出し、レイチェルへと向かった。

 

「プロテゴ!」

レイチェルはロープが体に着く寸前で防ぎ、ロープは地面に放り投げられて消滅したのだった。

「面白い。なかなかやるじゃない。」

 

彼らは術特有の、癖のある杖の反動にもどんどん慣れてきて、連続して的確な位置に術を放つ事も出来るようになってきた。

 

しばらく二人一組で同じ事をやり合った後、ジャックがマックスに歩き寄った。

 

「では、そろそろ俺達と相手してもらえるかな?」

「来たな。やろうじゃないか。」

 

ジャックとディルが並んで立ち、マックスと対峙した。

 

マックスは杖を下げたまま、まだ動かない。

「好きなタイミングでかかってこい。」

彼は二人をじっと見ている。

 

ジャックとディルは杖をマックスに向けたまま、動かない。

 

両方ともタイミングを見計らっている。

 

そしてディルが杖を振ろうと、腕を動かした瞬間をマックスは見逃さずに同時に攻撃を仕掛けた。

「ステューピファイ」

 

しかしその直後、ジャックが杖をそのまま動かさずに。

「エクスペリアームス」

 

マックスは高速で迫る空気の振動を肌で感じ、とっさに杖を横に振った。

「プロテゴ!」

 

更に立て続けにディルが攻撃する。

「ステューピファイ!」

「プロテゴ!」

マックスはこれにもなんとか対応したのだった。

 

「コンビプレイか。面白い。」

「お前も隙のない奴だな。」

 

その後も攻撃と防御の練習は続き、皆疲れが見え始めてきた。

 

「よし、一端休憩にしよう。続きは5分後だ。今度はまだ使った事のない魔法を試そう。」

マックスがそう言い、皆は杖を下げた。

 

改めて周りを見渡してみると、暗い森林に囲まれて実に気味が悪いということが実感できる。

皆、休憩と言えども心はちっとも落ち着かなかった。

 

それでもジャックは一人、夜空を見上げてぼーっとしているのだった。

 

「自然を眺めるの、本当に好きね。」

 

ジャックは隣を見ると、同じく夜空を見るジェイリーズがいた。

「そうだな。心が一番落ち着く事なんだ。」

彼は再び空を見上げて言った。

 

「ロマンチストなのね。女子ウケけはいいと思うわよ。」

彼女は言った。

 

ジャックは横を見てみると……

 

「またあの時みたいに視点が定まってないわよ~。」

 

彼女はあの微笑みでこっちを見つめている。

またこの表情だ。また反応を楽しもうとしている。

それはわかっている。そして対抗したいが、出来ない。心臓の鼓動が早まり、ずっと見ていられなくなってしまう……

 

ここで、彼女は黙っているジャックから目線をずらして話題を変えた。

 

「そうだ、夏休みには皆で集まらない?皆で魔法の勉強会しようよ。」

「ああ、いい考えだ。そうしようじゃないか。」

「じゃあマックスに相談しておくわね。」

 

そして彼女は離れていった。

その時ジャックはわずかにほっとし、同時に大きな寂しさに包まれた……

 

やがて休憩が終わり、マックスは呪文の本を片手に持って、皆と一緒に知らない呪文の使用を試したのだった。

 

 

それから一時間後、時刻は10時を過ぎていた。

「これぐらいで今日の訓練は終わろう。では解散だ。皆、自分の個室に入るまでは姿を消して移動するんだ。」

マックスはそう言い、皆が杖を自身に向けて呪文を唱えた。

 

五人は透明化し、各自で寮塔へと向かった…………

かのように思えたが。

 

その後一階の廊下にて、四人が姿を現した。

 

「彼女を今夜の行動に参加させるわけにはいかない。」

マックスが言った。

 

「そうよね。あの子はなるべく戦いから避けないとね。」

 

マックスはバッグに呪文の本をしまうと、次は別の本を取り出すのだった。

 

「一応『学校内全システム書記』も持ってきてある。校内の迷路は俺達のものだ。」

 

レイチェルだけを帰らせた四人は廊下を歩きだした。

目標はゴルト・ストレッドだ。

奴を見つけて、昨日よりもこっちの力が確実に上がっている事を見せつけてやるんだ。そしてまた捕まえて今度こそ知ってる全てを話させるのだ。

 

短い間でのこの結果をサイレントが知ったらさぞ驚くことだろう。自分達を組織へ招いた事を、必ず正解だったと思わせてやる。

 

マックスはこの先の展開を想像し、力がみなぎってくる感覚を感じた。

 

「まず奴が現れそうな地下周辺で見張ってみよう。奴も俺達の動きを知ったんだ。前にも増して警戒しているはずだから十分に注意するんだ。」

マックスは小声で言って、暗い廊下を突き進んだ。

 

まずはこの表側廊下から、地下へ繋がる中央廊下に行く必要がある。

彼は今夜もかなり足を使う予感がした。

 

廊下の上を見ると、いつも通り小さな電球が端までずっとついている。思えば昨日は四階から一階中央廊下まで全ての電気が消えていたが、何のためだったのだろうか?

 

そしてそれとは裏腹、地下は逆に電気がきっちりついていた。

 

その事も含め、全てはストレッドを捕らえたら聞けばいい。

 

彼は黙々と歩き続ける。

 

「既に透明化して動いている可能性もある。足音や物音、わずかに写る影にはよく気をつけるんだ。」

「ちなみに、今日は何か悪い予感はするのか?」

ディルが言った。

 

「いや、今のところ特に……」

 

マックスは立ち止まった。

「誰か来てるな。」

「上からだ。」

 

四人は杖を自分に向け、目くらまし術をかけて静かに進んだ。

 

階段の上から足音が少しずつ大きくなって聞こえる。

彼らは階段の周りで杖を構えて待機した。

 

徐々に光が下りてきた。その中に動く人の姿が見える。

 

そして一階に下り立った人物が誰かわかると、透明の四人は杖を下ろしたのだった。

見回りの教師だ。

 

教師はそのまま四人が来た道へと去っていった。

 

呪文を解除したマックス達は再び先へ進んだ。

 

その後も数回、教師の姿を遠目に確認しただけで標的は未だに現れていない。

姿を消して動いているのだとしても、絶対にこのチームに攻撃を仕掛けるはずだ。

 

そして今夜も、マックス達は地下への階段の手前まで到着した。

 

「この先の重要物保管所に行ってるのかもしれない。」

「一応マグルシールド張っとくか。」

「頼んだディル。そして、ジェイリーズは人間感知の術の担当をお願いする。」

「任せて。」

 

「そしてジャック、また呪文のアドバイザーとなってもらおうか。」

「OKだ。じゃあ貸してもらおう。」

そう言い、ジャックはマックスから呪文の本を受け取った。

 

「よし、踏み込むぞ。」

 

ディルは地下入口にマグル避け呪文を張り巡らし、ジェイリーズが地下廊下に杖を向ける。

「ホメナムレベリオ」

四人とも、体の間を冷たい空気が通り抜けていくような感覚がした。

それからしばらくして空気の振動が消える。

 

「誰もいないみたい。あいつが地下に来ているとすれば壁の奥よ。」

「そうか。昨日もここへ来てあの部屋へ行こうとしていたんだ。そして俺達が本を手に入れた夜もそうだった。あそこで何かやろうとしている事は確実だ。今日も行った可能性が高い。」

 

マックスは心が踊りだすのを感じた。

ここに教師が来る事はない。奴は少なくとも地下廊下にはいない。

 

四人は一気に一番奥まで進み、今夜も偽物の壁の前に立った。

 

「今日は俺がやってみていいか?」

「どうぞ。」

 

ディルが石壁に手を当てて、呪文を言った。

「フィニート・レイヴ・カッシュ……」

手を離すと、壁が滑らかに変形し、色も変わっていく。

 

「やっぱ魔法はすごいな。」

「魔法使いが言う台詞ではないが、同感だ。」

 

四人は現れた黒い扉を引き開けて足を踏み入れる。

辺りは真っ暗だ。奴が暗闇から狙っているのか……

 

「ホメナムレベリオ」

そこへジェイリーズが前に出て、感知の術を発動した。

 

また独特な空気が辺りに広がる。その結果は……

 

「誰もいないわよ。」

「本当か?」

マックスは杖を天井に向けて振った。

「ルーモス・マキシマ」

 

三人も同時に光を灯し、杖を振って光の球体を天井へ飛ばす。

 

円形の広間は相変わらずで、今は中央のクリスタルは光ってない。

 

マックスは奥の部屋へ走り、見渡す。

 

「いない。まだ来てなかったのか。」

 

マックスの元へ三人も駆けつけた。

「見込み違いだったかな。少し待ってみるか?」

ディルが疲れた様子で床にしゃがんだ。

 

「そうするつもりだ。奴が来たら必ず壁が入口に変わるからすぐにわかる。そこを狙うんだ。今まで扉からここへ来ていたようだから、恐らく姿現しは出来ないのだろう。いずれにしろ勝算はこっちにあるんだ。」

 

ここで彼らは休憩しながら、ゴルトが現れるのを待つことにした。

 

しかし、しばらく経っても人が現れる気配はなかったのだった……

 

「マックス、どうする?」

ジャックが部屋をうろうろしながら言う。

「このままここに居てもどうしようもないな……」

 

予想は外れたのか……

今どこで何をしている?全く別の場所で何かしてるのか?

 

「ひとまず出ることにする。」

四人は再び地下廊下へと戻った。

この後はどうするか……

奴と出会うまで、あてもなく学校をうろつくか。それはとことん足を使うことになる。

 

「あいつが何したいのかわからない以上、どこにいるのか特定するのは難しいな。」

マックスは今からの行動に悩んだ。

 

「ストレッドが次に手を打つとすれば、邪魔者の排除。つまり俺達の行動を止めることだろう。そうなれば、奴の方こそ俺達を探していると思うけどね。」

そうジャックが言い、マックスは考えた。

 

「そうだな。そうなるのが自然かもしれない。もしくは怖じ気づいたのか。」

 

マックスは昨夜、ストレッドを拘束した時の事を思い出した。

奴に行動目的を問いつめたら、崇高な目的が待っている……という言葉をただ繰り返すだけだった。

あれはどういう事だったのか……

 

考えてもわかるわけない。本人にもう一度聞かなければ。

 

「なぁ、俺は今日はもう疲れちまった。後は部屋で本でも読まないか?」

ディルが言った。

 

「あたしも同感。特訓ではりきり過ぎたわ。」

続けてジェイリーズが言う。

 

確かに皆、今日の訓練には力を入れていた。奴が現れないならば、学校をさまよってもきりがない。

 

「ああ、そうするよ。今回はがっかりな結果になってしまった。俺の考えが間違っていたかもしれない。」

「気にするな。今夜は特訓で満足してるよ。」

「それに、何事も無くて良かったじゃない。」

ジャックとジェイリーズがフォローする。

 

「そういうことだ。じゃあ、寮に戻って各自で選んだ本を見ようぜ。」

 

この日の行動はこれで終了することになった。

四人がマックスの個室に戻ってからは、ジャックが『魔法全史』、ディルが『魔法薬調合基礎』、そしてジェイリーズは『魔法戦術』の専門書を手にして各自の個室に向かったのだった。

 

個室で一人になったマックスは自分の『魔術ワード集』を開いて眺めていた。しかしそれもつかの間、気付けば本を持ったまま寝ているのだった。

 

何も考えていない…………無の空間が自分を包み込む。

 

音もなく、何の感覚もない。

 

しかし、ふと誰かの声が頭の奥から聞こえて意識が戻った。

 

「この学校には何か秘密がある…………奴はそれを知っている……」

 

それは自分の声だ。

マックスはもっと耳をすます。

 

「レイチェルを守らなければ…………ナイトフィストの事は知らせないほうがいいだろう…………」

 

そして頭の別の方向から、別の声が聞こえてくる。

 

「お前がリーダーだ。お前じゃないと駄目だ…………」

 

この声は、ジャックか。

更に声の数は増し、複雑に頭の中を駆け回った。

 

「14年前の出来事は知っているだろう…………」

「今夜は特訓で満足してるよ…………」

 

崇高な目的が待っている…………

それはグロリアの大規模侵攻による被害だった…………我々のリストに名前が載っていたからだ、マックス・レボット…………彼女を危険な目に遭わせてはいけないわ…………崇高な目的が…………元は宗教的団体だったものが…………レイチェルでいいですよ…………もっと苦しみたいか、クルーシオ!…………崇高な目的が待っている…………それがナイトフィストとしての最初の任務だ…………崇高な目的…………それはグロリアによる被害だ…………崇高な目的…………服従の呪文で操られていたのだろう…………崇高な目的…………それはグロリア…………操られていた…………お前は誰だ…………誰だ!

 

「誰だ!」

マックスは叫びながらベッドから飛び起きた。

 

心臓のドキドキが止まらない。またこの感じだ。

 

恐怖心なのか?

何か得体の知れない緊張感が胸を締め付ける。

 

「俺はいったいどうなってるんだ……」

ただの夢だ。そう思い込んで一刻も早く気分の悪さを忘れようとした。

 

しかし、まだ微かに声の羅列が頭に残っていた。誰が何を言っていたかははっきり覚えていない。

 

マックスはまだベッドから立ち上がる気にはなれなかった。

 

これまでは悪夢なんて見たこともなかったというのに、最近は明らかにおかしい。

 

全てはあの本を手にしてからだ……

 

マックスはバッグの中からあの本を取り出した。

「まったく、こいつは呪われてるのか。」

 

彼は『学校内全システム書記』の地図のページを開いてぼーっと眺めた。

 

確かに重要物保管所と書いてある。呪文の本にも載ってない呪文で隠された部屋の事が、確かにそこに書いてある。

 

「訳がわからないことだらけだ。この学校は何なんだ?」

 

少し考えるのをやたら気が落ち着いて、彼はベッドから離れた。

 

その日は何かとやる気が出ず、ずっと悪夢の感覚を引きずっているかのようだった。

そんな時に、彼はレイチェルを見かけたのだった。

 

マックスが近づくと、彼女はチラッと横目で確認し、それが誰だかわかったようだ。

 

「マックスさん。」

「早速、周囲を注意する癖がついようだな。」

マックスは、グラウンド横のベンチに座って本を読む彼女の隣にいた。

 

「マックスさんに言われたので、周りの人の動きを警戒するようにしました。」

「それがいい。それと、もっと気軽に喋っていいぞ。」

マックスは隣に座った。

 

「ああ、うん。じゃあ、マックス……」

レイチェルは照れながら言う。

 

「マックス達は何でゴルト・ストレッドと敵対してるの?」

「あいつがジェイリーズに攻撃したのが始まりかな。それまでは、チームの新しいメンバーに出来るかと考えていたんだ。君みたいにな。」

 

「あたしが、しっかりしていればあの時に止められたかもしれないのに。」

「もうその話はいいよ。君は何も悪くない。悪いのは全てゴルト・ストレッドだ。自分を責めるなよ。それにしても、奴がまだ君を攻撃しに来てなくて良かった。」

 

マックスの言葉に、レイチェルは少し笑った。

「良いリーダーね。」

「ジャックも似たような事言ってたかな……」

彼はその言葉通り、良いリーダーであるという自覚はなかったが。

 

「俺は本当に良いリーダーかな?」

「あたしは、人の事はよくわからないけど、マックスは良い人に見える。」

「君にそう言われると、何だか元気が出るよ。」

マックスは、彼女と話すと自然な心でいられる事が自分でわかった。

 

「あたしも、あなた達と出会ってから学校が少し楽しく思えるようになったわ。」

 

マックスは朝の悪い感覚が一気に晴れる感じがした。

「やっぱりどこか似てるよ、君は。」

「こんな冴えないあたしに似ても良いことないかも……」

彼女は控えめに言う。

 

「既に今、良い気分だ……」

 

その時、校舎からチャイムが鳴り響いた。

「じゃあ、次授業があるから。」

「そうか、じゃあまた……」

 

そしてレイチェルは立ち上がり、本校舎入口に向かった。

 

一人になると途端にいつもの感覚が戻ってくる。

それは当たり前の感覚だが、今は違和感を感じる。

 

もっとレイチェルと居たい。何もしなくても、ただ居るだけでいいんだ……

 

それから今日も時間はすぐに過ぎ去り、日は沈むのだった。

 

マックスは今、ゴルト・ストレッドの顔を思い出しながら寮塔の廊下を歩いている。

どこかですれ違う可能性は大いにあり得る。

恐らく奴も寮生だ。そしてこれから先の時間は寮生しか居なくなる。

 

とは言っても、この学校の寮生は多い。手当たり次第で出会う生徒の中から見つけ出すのは難しいことだ。

 

マックスはBクラスの寮室に入り、そこにいる生徒達の顔も確認する。

すると見覚えのある顔が視界に入った。

 

「おい、どうしたんだ突っ立って。」

ジャックが歩いてこっちへ来ていた。

「ああ、何でもない。お前を探していただけだ。」

「ならばちょうどいい。今から食堂に行くところだったんだ。」

 

そしてマックスはジャックと再び寮室を出ていくことになった…………

 

この日の夜も当然行動を起こした。だが、昨日に続いて進展はなかったのだった。

 

ゴルト・ストレッドの現状が気になりつつも、この日も何事も無く終わったのだ…………

 

しかし穏やかな日は続かない。

 

マックスは翌朝、ディルからのメールで飛び起きたのだった。

急いで個室を出ると、寮室へと向かうジェイリーズがいた。

「ジェイリーズ!」

「マックス、まさかあなたも……」

彼女は立ち止まって後ろを振り向いた。

 

「ああ。ディルからメールが来た。」

二人はとにかく寮塔を出て食堂へ急ぐ。

 

「まさか、あいつ本当なのか。」

「ジャックも一緒にいるみたいよ。」

 

そして彼らが食堂の近くまで来たときに、明らかにいつもとは状況が違っていた。

早朝だというにも関わらず、食堂は既に大勢の生徒が集まっている。そして騒がしい。

 

二人が入口から入ると、すぐにあの二人がこっちへ来た。

 

「マックス、ジェイリーズ!」

「本当なのか。」

「この通りだ。とにかくあれを見ろ。」

ジャック、ディルと合流して、彼らは生徒達が集っている所へ走った。

 

大勢の生徒は何かを囲むように立っている。そして皆、床を見ているのだ。

見ている所は一ヶ所。

 

マックス達は生徒達の間を通って中心へと近づく。

そこでマックスは見た。

 

「本当だ……どういう事だ。」

 

そこには、床に仰向けに倒れてびくともしないゴルト・ストレッドの姿があったのだ。

目を見開いたまま、恐怖の表情で固まっているようだった。

 

「誰が金縛り呪文をかけたんだ。」

マックスが言った。

 

「いや違う。金縛り呪文じゃない。」

ディルは言った。

「既に生徒が何人も脈をみたようだが、皆、死んでると言っていた。誰かに殺されたんだよ。」

 

マックスは訳がわからなくなった。

「あいつが、殺された……?」

彼はゴルトの状態をよく見てみた。

 

目を見開いたまま、表情は固まっている。首を閉められた痕は見当たらない。傷もなし。

 

ここで一つの結論が浮かんだ。

「魔法で殺された可能性が高い。死の呪文だ。」

 

それからすぐに教師達が来て脈をはかるが、やはり死んでいるようだった。

今日のセントロールスは早朝から騒がしい一日となった。

 

外を見れば救急車とパトカーが来ている。

この後、食堂にいた生徒達の簡単な事情聴取が始まるのだ…………

 

 

そして今現在、マックスは自宅にいる。

 

当然、警察はゴルトの死因を断定することは出来ず、現状では薬物による殺人、もしくは自殺と予想されている。

あの後全生徒が体育館に集められて、急きょ明日から少し早い夏休みになるという説明があった。

 

卒業式は後日行われるようで、無事3年は卒業し、マックス達は3年になるのだ。

 

話しによればゴルトは3年だったらしい。後少しのところで卒業することができなかったということだ。

だがゴルトの事はどうでも良かった。むしろチームにとって、そしてレイチェルにとって危険な人物が消えたのは都合がいい。

 

だがまさか、再び姿を現したかと思えば死んでいた……

チームの中に犯人はいない。レイチェルがやったはずもない。

 

死の呪文は許されざる呪文の中でも最も許されない、生き物を一瞬で殺す呪文なのだ。

それ故に、十分な魔力がなければ発動することすら出来ない高レベルの魔法でもある。

 

つまり、まだ知らない強力な魔法使いの仕業だと断定していいだろう。

 

これで奴から話しを聞くことは出来なくなった。

まるで口封じのようだ。ゴルト・ストレッドには他にも仲間がいたということなのか……

 

マックスは色々と考えたが、この日の夜は久しぶりの自宅のベッドでリラックスして寝ることが出来た。

 

そして翌朝…………

 

「マックス、朝食出来たわよ。」

一階からテイル・レマスが呼ぶ声が聞こえたのだった。

 

 

 

 

 



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第十章 再起動

急きょ夏休みになってなから二日が過ぎ去った。

 

マックスは、この二日間は特に何をすることもなく家で過ごした。

こんなに体を休めるのは久しぶりだったために、思わず思考が完全に停止してしまうのではないかという感覚が今はある。

 

それでもやはり、あの日までに起こった出来事が脳の表面に浮き出てくるのは避けられなかった。

 

マックスは自分の部屋の机に座り、そこに置かれた一冊の本と向き合っていた。

 

思えば、この『学校内全システム書記』を手に入れたあの日からというもの、想像もしていなかった展開が続いた・・・・

 

セントロールスで今のチームのメンバーと出会い、そしてこの本を入手する作戦を思いついた時点で、既に運命は決まっていたのだろう。何かしらの運命が・・・

 

彼は机の上の杖を取り、磨きながらこれまでに起きた事を思いだしながら考えた。

 

思い返せば、セントロールスに自分以外にも魔法使い達がいるのは今も謎のまま。だが、これを自分が今考えたところで解決できる事ではないのだ・・・

 

更にはチームのメンバーときたら、皆が14年前に起きたナイトフィストとグロリアの戦争の被害者だという共通点がある。

これは、チームの四人がセントロールスで出会ったことが偶然ではないと考えさせる決定的な事実だ。

しかしそう考えたところで、やっぱり何も答えは出せないのだ・・・

 

ナイトフィストとグロリアと言えば、これも例の本を手に入れた直後に知ることになったことだ。

 

それは翌日、見知らぬ魔法使いが自分達の前に姿を現した事から始まった。

その男の名は"サイレント"・・・スーツ姿の男が学校に現れたかと思えばコードネームを名乗るとは、何とも胡散臭い感じだったが、話を聞けば、彼との出会いもまた運命だったと思わされる・・・・

 

その昔、ここイギリスの魔法界にひとつの宗教的団体が存在していた。

その名はグロリア。

栄光の名で呼ばれるその団体がかつて、何を目的としてどんな活動をしていたのかは全くわからないが、ひとつ確実な事をサイレントは教えてくれた。

 

それは、チーム四人の共通する敵だという事だ。

 

今から14年前に、組織力が拡大して魔法使いの軍隊となったグロリアが魔法界の都市で戦争を始め、その際に自分の両親が犠牲になったのだ。

その戦いで両親を奪われたのはジェイリーズも同じで、ジャックは兄弟を、ディルは仲の良かった親戚一家を失った。

 

そんな戦いを仕掛けたグロリアに対抗するのがナイトフィスト。騎士の拳だ。

サイレントは自分達をナイトフィストに誘うために声をかけたのだった。聞けば、これまでにチームで魔法を駆使した遊びをやってきた事を少し知っているようだった。

彼は影ながら見ていたのだ。そしてチームのその行動力を知った上で、組織への勧誘をしたとのことだった・・・・

 

マックスは今のチームの状況を考える・・・

 

それからはもう一人の魔法使いの生徒、ゴルト・ストレッドに関して探りを入れた。そしてジェイリーズの体を張った調査で、更にもう一人、魔女が生徒の中にいることがわかったのだ。

 

レイチェル・アリスタ・・・・一時は敵かと思ったが、今やチームの新たな仲間だ。そして、何やら自分と近いものを感じる珍しい女子だ。

二人で話していると自然と心が落ち着き、悪い気分も忘れさせてくれる。

こんな感情を感じることは今までには無かった。

思えば、ここ一週間で様々な出来事に直面したことにより、チームの皆との仲や絆が急激に深まったことは間違いないことだ。

 

そこへレイチェルが加わり、以前の自分には無かった・・・いや、14年前の惨劇から欠落していた感情が戻ってきているのかもしれない。

これが仲間への友情や愛情といったものか・・・・

 

しかし、せっかく仲間達との関係が向上した矢先、突然のゴルト・ストレッドの死により予定よりも夏休みが早まった為に、学校でレイチェルやチームの三人と会うことが出来なくなってしまったのだ。

彼らとは連絡を取り合い、この夏休みの間に会える機会を作らなければならない。

何せ、学校にはゴルトを殺した、まだ知らない魔法使いがいた事が判明したのだから・・・・

 

マックスは正体不明の殺人犯及び、ゴルトの地下での行動目的や、地下重要物保管所の秘密を暴きたい気持ちが込み上げてくるのを感じていた。

 

まだだ、まだ何も解決していない。むしろ、事は訳がわからない方向に向かっている・・・

 

「マックス、朝食いいわよ!」

 

マックスは下から聞こえたテイルの声で我に返った。

「ああ、行くよ。」

そう言って彼は机から離れた。

 

14年前の被害者と言えば、マックスの育ての親であるテイル・レマスもそうだ。

レボット家の親戚だった彼女がマックスを引き取って、今まで一人で育ててきたのだ。

 

「そう言えば、学校で起きた不可解なスモーク事件、あれはあんたが関わってるんでしょ?」

 

一階に行くと、テイルが図星な事を言った。

 

「お見通しか。確かに、ニュースで言ってるそれは俺達のやった事だ。でも生徒を殺したりなんかするわけない。」

「それはわかってるわよ。ただ、あんまり大勢の前で魔法を使わないように。実際ニュースにもなってるんだから。」

「もうわかったよ。それより、今後の学校生活がどうなるのかが問題だ。魔法使いを殺した犯人は、同じく魔法使いだと思う。まだ俺達が知らない魔法使いが生徒の中に居たってことだ。」

 

二人はテーブルの椅子に腰かけた。

 

二日前に起こったゴルト殺人事件は早速ニュースになり、バースシティー中に知れ渡っている。

更にマックスのスモーク作戦の事も報道されており、ニュースでは、ゴルトの不可解な死と謎のスモーク事件は何かしらの関係があるのではないかという意見も出ているようだ。

しかしながら実際のところは何の関係も無いが、唯一、どちらも魔法が関わっているという共通点はある。

 

マグルの学校で、魔法に関する事件が立て続けに起こり、現在ニュースにもなっている・・・こんな事がこの町で起こったことは間違いなく初めてだろう。

 

最近起こった驚くべき出来事の数から考えても、近いうちに何かとてつもない事がバースシティーで起こるような予感がしてならないマックスだった。

 

「そうだ、彼女できた?」

テイルの突然の言葉で茶を吹き出しそうになった。

 

「今度は急に何だよ。」

「急じゃないでしょ。友達にジェイリーズだっているのに。彼女とはもうそろそろ良い関係になってきたんじゃない?」

「それに違いはないが、関係性が違う。俺にはあくまで行動仲間しかいない。」

「いつもこれだわ。」

「余計なお世話だ・・・」

 

マックスはテイルと話しながら朝食を済ませ、その後は二階の部屋にこもっていた。

 

学校にいる時は授業だの敵だので頭がいっぱいだった。せいぜい今は休みたい・・・

 

マックスはベッドに横たわったまま、頭のエンジンを止めてゆっくりと流れる時間を味わった。

 

どれぐらいぼーっとしていたことか、窓の外からは夕日の光が射し込んでいるのが見える。

 

しばらく思考を完全停止させていると頭のなかがスッキリした気がして、何かしたい思いがつのってきた。

 

マックスは起き上がり、机の上の古びた本を手に取った。

思えば『学校内全システム書記』の中身のほとんどをまだ見ていない。サイレントからの贈り物の本は、ジャック達がそれぞれ一冊ずつ持って帰った。暇潰しにはこれが今一番良い読み物だ。

 

最初の学校の歴史的な内容が書かれたページは軽く読んだが、特に何の役にもたたない。

その次の地図のページは一番見てきた・・・

 

マックスはまだ読んだことのない、この本の言わばメインコンテンツである校内の全システム管理に関する部分を読みたくなってきた。

 

しかしそれを知った所で、こっちは魔法使いだ。システムの操作をせずとも魔法でどうにか出来てしまうのが事実だ。どれだけ役にたつ内容があるか、既にあまり期待はしていない・・・

 

1ページずつ流し読みしていたマックスだったが、ある項目をさらっと読んだ直後、そのあまりにもあり得ない文字に一瞬固まった。

 

「魔光力源の扱い方・・・・だと?」

マックスはページをめくろうとする手を止め、詳しく内容を読む。

 

「医務室隣のコントロール室、校舎裏側第一コントロール室及び本校舎図書室・・・・」

文字はここで終わっている。

 

「不自然な終わり方だ。そして魔光力源て何のことだ・・・」

 

ここでピンときた。

「まさか、地下と関係あるかもしれない。するとあのクリスタルが怪しい・・・いや、それしか考えられない。マグルの学校のシステム関係で魔光力源なんてあるわけないだろ。」

 

マックスは自分の考察を元に、更に考える・・・

 

地図に書かれた地下の重要物保管所、それに、そこに保管されているクリスタルが魔光力源とするならば、その扱い方までも書いたという著者の意図は何だ?

少なくとも今断定出来るのは、この著者は魔光力源について何か知っている。そしてセントロールス初代校長の時代にいた、相当古い魔法使いだということだ。

 

「誰なんだ。」

ますます著者が気になるが、肝心の名前は書いていない。正体を知られるのは都合が悪かったのか・・・

 

ちょっと待て、そもそもなぜマグルの学校の本にこんな事が書かれている。そして書かれた通りの部屋が存在するんだ?

その事が既に奇妙すぎる・・・・しかし事実であることは確認済みだ・・・

 

マックスは地下の隠し部屋に最初に足を踏み入れた時の事を思い出した。

 

フィニート・レイヴ・カッシュ・・・・この呪文すら謎だ。一般的に使われている公式呪文ではないようだが、そんな特殊な呪文でしか開けられない隠し扉を作ってまで封印した魔光力源とは一体何なんだ・・・

 

 

初めてクリスタルを目にした時、それは勝手に光りだした。そしてあのクリスタルから波動のようなものが発せられて床が揺れだしたのだった・・・・

 

マックスは次のページをめくって読んだが、不自然に終わった文字の続きはなく、部屋や廊下の電力の調整についての項目が並んでいるだけだった。

ここでマックスはあることを思い出した。

 

「そう言えば、あの夜、地下までの廊下の電気が全て消えていた。代わりに地下は電気がついていたんだったな・・・」

 

それと同時に、その夜初めてレイチェルと出会った時の事も思い出した。

 

せっかくあれだけ親しくなれる仲間と出会ったのに、早速会える機会が無くなった。連絡先も知らない為に何も話すことも出来ない・・・

 

だからどうした。と、今までなら思っていることだろうが、今の自分は何かが違う。チームの仲間との関係が向上した事に加え、何よりレイチェルと出会って話してからというもの、自分の中に急激な変化が起きたのだ。

それを実感出来ないほど急激に。

 

だが今わかった。

それは、初めて人を好きになれたということである。

 

高校に入学してから早くも2年が経ち、この夏休みが終われば3年になる。

これまでの高校生活で初めて仲間と呼べる人間を持ち、共に遊ぶことで彼らの心は少しずつ変化してきた。

そして最近になり、マックスは更に皆を心から仲間だと実感するようになった。

 

しかし心は変われど、彼らと出会った当時の思いは変わらない。魔法使いの危険な領域に足を踏み入れてから、その思いは増して強くなった。

 

チームを作ったときの思い・・・自分達にしか出来ないことをする。どんな事だろうとチームでなら成し遂げられる・・・・

 

マックスはこれからやる事を思い付き、本を閉じる。

 

「動こう・・・」

 

チームと、何よりレイチェルにとっての危険人物はゴルト・ストレッドのみだと思っていたが、まさかの更に危険性のある人物がいたことが判明した今、部屋で一人じっとしてはいられない。

ゴルトが殺されたタイミングから考えると、ゴルトの行動仲間、もしくは奴に動くよう指示していた黒幕的人物による口封じだと考えられる。

レイチェルの服従は解け、ゴルトは消えた。となると残ったのはその何者かだけ・・・少なくとも今判明しているのは一人だけだ。

 

そうなると、一人で行動を起こすのには今が最高の状況だ。きっとゴルトを消した奴はすぐに学校へ現れる。そこへこっちのチームも乗り込んで一気に方をつけるんだ。

そして自分達にとって危険な存在を、学校から完全に抹消するのだ・・・

 

だが決して甘くはない。敵は死の呪いを使える。

あるのは力だけでなく、口封じの為に人を殺せる精神を持ち合わせる奴ということだ。

ゴルトとは比べのもにならないぐらい危険な人物だと予想できる。そんな奴と対面して、果たして今の自分達がどこまで対応できるのか・・・

 

気を抜けば、確実に死の危険が伴うことは間違いない。チームをここで終わらせてしまうのは断じて許されない・・・・他にない最高のチームなんだ。

 

マックスは今、自分達の前に突然壁が立ちはだかった事を確実に悟った。正体不明の殺人犯が、今後のチームの活動の脅威となることは認めるしかなかった。

 

それでも怖じ気づいて手を引く訳にはいかない。

なんと言っても、自分達は将来ナイトフィストの戦士として生きていく道を選んだのだから。

 

そしてサイレントから与えられた最初のミッションは、学校にいる正体不明の魔法使いの行動を探ることだ。

最初のターゲットのゴルトが口封じされた以上、そうしたもう一人の誰かを突き止めて今度こそ行動目的を聞き出さなければいけなくなったのだ。

これが出来なければ、いつまで経っても一人前のナイトフィストになれないという思いが、マックスの頭の片隅で常に泳いでいた。

 

その思いが自分を焦らせ、突き動かす・・・

 

「・・・やるしかない。」

 

サイレントが、今まで空っぽだった自分にたったひとつの未来の希望を与えてくれた。

これからは、正式にナイトフィストの戦士となるその日までに必要な事は全て試そう。

 

考えると今度は行動したくなるもので、彼は携帯電話を取り出した。

 

「出来れば全員揃いたいが、例え誰も集まれなくても、一人で出来る事をしよう・・・」

 

マックスはチームメンバーに、明日、学校でのチームの活動に参加出来るか一斉に呼びかけたのだった。

 

そしてその答えは、待っていたかのように返ってきた。

「決まったな。」

 

返事は三人ともOKだった。皆もこれを待っていたに違いない。

 

今から体がうずうずしてきたが、今日の所は落ち着いて明日に備えなければ・・・

 

それから夜まで、彼は呪文の本を読みながら部屋で静かに過ごしたのだった。

 

いつしか眠っていたマックスだったが、何処かで誰かが呼ぶ声が聞こえ、突然目を開ける・・・

 

「ここは・・・」

マックスは辺りを見渡す。

 

「夜だ。俺はさっきまで何をしていた・・・」

 

マックスは一人、夜の草原に立っている。

再び前を向いた時、そこには人影が一人、そしてまた一人と現れていた。

 

彼らはこっちへ歩いてくる・・・

「誰だ?」

姿がはっきり見えない。しかし、何だか知らない他人とは思えない不思議な感覚を感じる・・・

 

マックスは顔を必死で確認しようとする、その時・・・

 

「・・・違う・・・・」

彼らの一人が言葉を発した。

 

「・・・違ったんだ・・・」

「全ての考えは・・・」

他の人影も喋りだした。しかしはっきりと聞き取ることが出来ない。

何なんだ・・・誰が何を語りかけている・・・

 

四人いる・・・そのうち二人が女に見える。まさか・・・

 

ここでマックスは飛び起きた。

「まただ。前にも似た夢を見た・・・」

 

悪夢にうなされ目を覚ましたマックスは、部屋のカーテンを開け、部屋に光を入れて気分転換しようとした。

 

もう朝だ。自宅でも悪夢と共に朝を迎えることになるとは・・・・

 

窓を開けて外の空気を入れ、深く息を吸う。だが、気分はまだ晴れない。

 

何かわからない。わからないが、あの夢からは得体の知れない恐怖を感じる・・・

 

マックスは、そのまま窓際で早朝の空を眺めた。

 

せっかく今日、活動を開始するというのに何だか嫌な風を感じる・・・

 

あの時と同じ感じだ・・・レイチェルと出会ったあの夜のただならない感じは当たった。ならば、今回も何かが起こるのか・・・・

 

朝から落ち着かず、すぐに一階へ下りる。

 

「珍しく早く起きてきたわね。」

テイルが一階で動いていた。

 

「ああ。今日は何か落ち着かない。」

「そういうのやめてよ。昔から悪い予感は当たるんだから。」

「やっぱりそうだよな。」

 

マックスはパンを一枚取って椅子に座った。

今日も何かが起こる。だが逃げる気はない。

 

簡単に朝食を済ませるとすぐに部屋へ戻り、携帯電話を手にしていた。

 

「早いとこ動こう。出来ればゴルトを殺した奴より先に学校へ侵入したい。」

マックスはチーム集合の合図を出した。

 

すると、続けて三人から了解の連絡が到着する。

「今日からまた行動開始だ。」

 

たった三日間魔法を使わなかっただけでも、魔力が衰えていないか心配になっていたところだ。今日はとことん張り切る・・・

 

着替えて、バッグには『学校内全システム書記』と呪文の本、そして炭色の魔法の杖を入れて準備は完了だ。

 

マックスは、チームの皆には一旦ある場所に集合するよう連絡をしていた。それはバースシティーの中心部に位置する、バース中央広場という所だ。

彼は今、広場へ向けて自転車を走らせている。

 

急行する最中も心が落ち着かない。

この夏の暑さもだるさも、今朝からほとんど実感することはないほどに。

 

しかし不安感だけではなく、今回の行動に対してのやる気がかなりあるのも確かだった。

あらゆる気分の高まりが自転車を走らせる足にパワーを与える・・・

 

そして広場に着いたのはマックスが一番早かった。

 

とりあえず、広場の中心にある噴水の囲い沿いに並んだ長椅子に座って待つことにした。

 

少し経って、次に現れたのはジャックだった。

 

「やっぱりお前が来たな。こういう時は行動が早い奴だ。」

「こういう時のために日頃じっとしてるんだよ。」

自転車から降りて歩いてくるジャックは、いつもながらの黒ズボンに白シャツで制服のような格好だった。

 

続けてジェイリーズ、ディルが到着して今チームは揃った。

 

「今日の服も相変わらずイケてるな。合格だ。」

ディルの第一声は、ジェイリーズのワンピース姿を見て言った言葉だった。

 

「ありがとう。あなたに人の服装を評価する才能があったとはね。」

ジェイリーズはさらっと言う。

「それは褒めてるのか?」

 

「それより、全員来れてよかった。」

マックスが話を遮る。

「当然さ。この時を待ってたよ。」

ジャックが言った。

 

「リーダーも元気そうで何よりだな。今日も頼りにしてるぜ。」

 

この時、マックスは今朝の悪夢の事と、また不吉な予感がしている事を言うべきか迷ったが、言う気にはならなかった。

 

「伝えた通り、これから学校に行くんだがその前に見てもらいたいものがある。」

マックスは自転車のかごから学校のバッグを引っ張りだし、中から本を一冊取り出す。

 

「あの本じゃないか。」

「ああ。これに有り得ないことが書いてあったんだよ。」

 

マックスは栞を挟んだページを開き、皆に見せるのだった。

 

「魔光力源の扱い方?」

「それだよ。俺は、おそらく地下にあったクリスタルだと考えた。」

「あの光りだしたやつか。なるほどな・・・」

ディルが本を手に取って言った。

 

ジャックが続きを読む。

「医務室隣のコントロール室、校舎裏側第一コントロール室及び本校舎図書室。これで終わりだ。」

「らしいが、明らかに変な説明だと思わないか?」

「もちろん。何か、重要な事が書かれていないような・・・」

ジャックが言った。

 

「そうだ。この説明は不完全としか思えん。」

 

「こんな事が書いてあるなんて、書いた人間は100パーセント魔法使いで確定だろ。」

ディルが言った。

 

「そうなるな。そして誰かがセントロールスの地下に魔光力源なる物を封印した事を著者は知っていたということになる。そしてなぜかこれに記した。あるいは、著者本人が魔光力源を封印したのかも・・・」

 

マックスは更に考えを言う。

「簡単に扱われては困るのだろう。全てを書かずにヒントだけを教えているように思える。」

 

「でも一体誰に向けて、そして何の為に記したんだろうか。実際、誰も読まずにこの本は校長室にずっとしまってあった。俺達が本を手に入れるまで誰も魔光力源に関する記述を見た者はいないんじゃないのかな?」

ジャックが言った。

 

「誰も本が盗まれた事にも気づいてないっぽいしな。」

ディルが言った。

 

「それはわからないな。でもちょっと待て、ゴルトも地下の事は知っていた。そして部屋に行くための呪文まで知っていたんだぞ。どうやって知ったんだ・・・?」

 

マックスは今までに起こった事をまとめて考えを導き出す。

 

「そうか・・・全てはもう一人だ。」

「もう一人?」

ジェイリーズが言った。

 

「ああ。ゴルトを口封じした奴だ。全てはそいつが指示を出していたとしたら、ゴルトすら駒だったという可能性が高い。」

 

マックスは今、何者かがゴルトを動かし、ゴルトがレイチェルを操っていたという考えが浮かんだ。

 

ここでジャックが話し始めた。

 

「そうだとして、その黒幕はどうやって地下の秘密を知ったんだろうか?少なくともこの本からは呪文までは知ることが出来ない。何か他にも、学校の中に地下に関するヒントが隠されているとは思えないかな?」

 

マックスは彼の言葉を元にもう一度魔光力源の扱い方の内容を読み、考えを巡らせた。

 

「コントロール室というと、学校の電力を操作する場所だろう。これに書いてあることが正しいとすると、魔光力源の扱いには学校の電力が影響するということになるな・・・だとすれば、図書室ってのはおかしくないかな?」

 

「それもそうだ。電力のコントロールとは一切関係無い部屋だ。とすると、これが何かのヒントになるかもしれないと考えるんだな?」

ジャックが言った。

 

「ああ、もしかしたら図書室に魔光力源に関する秘密があるのかも・・・いや、ただ考えただけだが・・・」

マックスは、初めて地下の隠し部屋に行った時の記憶をたどった。

 

「そう言えば、地下に行ったあの夜、廊下の電気が消えてたわね。あの時だけよ。」

マックスも気になっていた事をジェイリーズが言ったのだった。

 

「そうだ、それだよ。あの夜、魔光力源は起動したんじゃないのか?本に書かれたコントロール室で電気の調整をしたからいつもと電気の様子が違っていた。そして魔光力源が起動した。そう考えれば全て納得がいく。」

 

「まず医務室隣のコントロール室について調べるか。」

ジャックが本を持ち、ページをパラパラめくった。

 

「これだ。医務室隣のコントロール室からは、本校舎の寮党へと繋がる扉の前の廊下から平行して、一階ホールや地下に繋がる一階中央廊下までの電力を操作できるようだ。」

 

「やっぱりそうだ。あの夜、誰かがこのコントロール室に行って電力をいじったから電気が消えていたんだ。」

 

マックスは、自分の考えが徐々にまとまっていくのがわかった。

 

その時、ジェイリーズが。

「それって、レイチェルじゃないかな?」

 

「レイチェル・・・確かに。あの時まではゴルトに操られていた。おそらく間違いない。」

マックスは言った。

 

そしてジャックがまた本を見ながら言った。

「ならばここも彼女の仕業かな。校舎裏側第一コントロール室。」

「魔光力源の扱い方に書いてあるから、そうなるはずだな。でもだ、校舎裏側のコントロール室と言うと、旧校舎の電力制御室のことだ。だったら今では使われていない。作動しないはずなんだ。」

 

マックスがそう言った直後、ジェイリーズが口を開いた。

 

「それなら解決よ。あたしが旧校舎で襲われたとき、その本を読んでいたんだけど、確か旧校舎の電力調整は第三配電室からもできるみたいよ。」

 

ジャックはすぐに調べる。

「あったぞ、第三配電室。確かにこれを見る限りだとそうらしい。」

「第三配電室の場所は?」

マックスは一つの仮説を思い付いていた。

 

ジャックは地図のページで確認する。

 

「一階中央廊下、物置部屋の近くだ。」

「やっぱりか。」

マックスは確信した。

 

「レイチェルは医務室隣のコントロール室で電力を操作した後、第三配電室に行った。そしてそこでも電力の調整をして地下の魔光力源が起動したんだよ。そして近くの物置部屋へ向かう俺達と出会ったんだ。全てが繋がる。」

 

「なるほどな。ばっちりじゃないか!」

ディルがテンション高めで言った。

 

「問題は、第三配電室で何があったかよね。彼女、廊下に倒れてたじゃない。」

 

少し考えてマックスは言った。

「呪文の効果が切れたのかもしれないな・・・」

彼は『魔術ワード集』の、許されざる呪文の記述を覚えている。

 

「許されざる呪文は全て高度な術だ。ストレッドはマグルの学校の生徒だったんだ。例え許されざる呪文のひとつ、服従の呪文でレイチェルを操ることが出来たとしても、効果を一度に長持ちさせることは困難だろう。彼女の記憶が曖昧だったことからしても、第三配電室から出てきた所で呪文の効果が切れ、廊下に倒れていたと考えるのが自然かもしれない。」

 

マックスの意見には皆が納得出来た。

更に、ディルが珍しく考えを口にするのだった。

「なあ、思うんだけどさ。ストレッドがそこまで出来るのなら、あいつを殺した黒幕的な奴はもっと力があるはずだろ。だったらゴルトにも服従の呪文てやつを使って操っていた。なんてことはないかな?」

 

「ストレッドすら操られていたと言うのか?確かに黒幕は死の呪文も使えるし、力があるのは間違いなさそうだが。」

 

ここでマックスは、ゴルト・ストレッドを捕らえた時の事を思い出した。

 

全く会話にならなかった。ただ同じ事を繰り返し言っていた・・・その時の奴の様子はどうだった・・・?

 

「そうだな・・・その可能性もあるかもしれない。」

マックスは、一人で同じ言葉を口にして、目も合わせなくなったゴルト・ストレッドの姿を鮮明に思い出した。

 

「狂ったようだった。崇高な目的が待っている・・・俺が行動目的を聞いた途端にそれしか言わなくなった。まるで一つの芸を教え込まれた犬のようにな。」

 

「要するに、犬にその芸を仕込んだ飼い主が黒幕。というわけだね。」

ジャックが言った。

 

「ああ。ディルの考えは当たっているかもしれない。情報が漏れないように、核心部に迫ろうとすると同じ言葉しか口にしないよう、魔法で操られていた可能性はあると思う。すると、あいつは俺達に捕まってしまったが為に・・・用済みで・・・」

 

マックスはこれから対決していくことになる敵の恐ろしさを改めて知った。

皆も同じだろう。

 

だが予想できるのは悪いことばかりではない。

地下の秘密について、今までの出来事や本の記述からあらゆる考察が出来た。そして自分達なりに筋の通った結論を出すことが出来たのだ。

 

チームでならどんな事も成し遂げられる・・・マックスの抱き続けた思いはまだまだこらから強くなる。

 

彼らは、今の自分達の敵が如何なる者かをよく考えた所で、チームが次に打つ手を考えるのだった。

 

「黒幕の情報が一切無いのが痛いな。肝心のストレッドはいないし・・・」

「まるで相手はこっちの動きを読んでるみたいね。」

 

黒幕は俺達の存在に早くから気づいていた。だからこそ情報を一切渡さないよう心がけているのだ。

このタイミングでゴルト・ストレッドを殺したのも、そういう意味だ・・・・

 

「くそっ。してやられた。」

 

この件にレイチェルを関わらせてはいけない。何としてでも守らなければいけない。

唯一の救いは、黒幕が直接レイチェルを操っていた訳ではなさそうなことだ。もしかしたら彼女の事は知らないかもしれない・・・

ならば、知られないうちに敵を暴いて全てを喋らせるしかない。地下に関して知っている全てを・・・・

 

「さて、そろそろ学校に乗り込むか。まずは図書室を徹底的に調べよう。」

 

これから彼らは、地下に隠されたあらゆる謎に近づくことになる・・・・

 

 

 

 

 



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第十一章 図書室

バース中央広場からセントロールス高校に向かって走る四台の自転車がある。

 

当たり前のようにその自転車に乗る人物達の姿を誰もが目にすることが出来る。しかし特に目を向けるものは誰もいない。

 

行き交う住人は皆、彼らもまた自分達と同じ住人だとしか思っていないのは当然だ。

見た目は普通の人間と何も変わりはない。ただの学生にしか見えないからだ。

 

まさか普通の町中を普通の自転車に乗って走る彼らが魔法使いだなんて思うものは、ただの一人も居やしない。

更には、彼らがこれから命をかけた行動に出ようとしている人間の姿には到底見えない。

 

このマグル界だからこそ、誰にも気づかれることなくあらゆる行動が起こせるのは非常に好都合だ。だが自分達が追う相手も同じく魔法使いとなると、話は別だ。

 

相手にとってもまた都合が良い。そしてその相手は殺人犯だ。皮肉なことに、ここは殺人犯にとっても動きやすい世界だというわけだ・・・・

 

目的地が近づくに連れて、マックス達四人の緊張感が高まる。そして見慣れた光景が見えてくるはずの場所に到着した時、今のセントロールスの状態を直接その目で確認できたのだった。

 

「ニュースで流れていた映像通りだな。」

マックスはセントロールスの門の手前で自転車から降りた。

他の皆も自転車を停止させる。

 

「門の外には警官が立っている。敷地の中にはもっと居るだろう。」

マックスは言った。

「ここからは姿を消して各自で侵入だ。集合場所は俺達の訓練場だ。」

 

四人は家と家の間に入り、杖を出して人目を気にしながら目くらまし呪文をかけた。いよいよ行動開始だ。

 

ここからは集中だ。絶対に警官に侵入した所を見られてはならない。全て台無しだ。

透明化したマックスは、まず校門の前に立つ二人の警官の間を通り抜けて難なく敷地内に侵入した。

 

魔法使いの前では警察もどんなに無力なものか・・・

 

グラウンド側へ歩いてみると、数人の警官が遠くをうろうろしているのが見えた。

マックスはグラウンドに入り、訓練場がある裏庭へ急ぐ。

 

学校を離れて見てみると、全域に及んで黄色のテープが張り巡らされているのがよくわかった。

テープには立入禁止と書いてあるのだ。

 

こういうのは刑事ドラマでしか見たことがない。ましてやこんな規模の建物での光景は初めてだ。

 

裏庭の草木が生い茂った領域に入ると誰も居なかった。

当然、その奥の広場にも警察は来てないようで、一番早く到着したマックスはひとまず目くらまし術を解除した。

 

それから少しも待たずして、ほぼ四人全員が揃ったのだった。

「何かすごい事になってるな。」

ディルが言った。

 

「もう何が起こっても不思議には思わないことにするよ。」

ジャックは言った。

 

「そうだ。この学校は異常だ。ここで起こった事と、俺達アウトサイダーがいることも。」

マックスは続ける。

「さて、まずはクリアだ。ここからは揃って動いたほうがいいだろう。敵が今敷地内にいる可能性もあるからな。校舎への侵入は寮塔の裏側入口からにする。そして本校舎に移ってからは、まず図書室だ。行こうか。」

 

マックスが先頭に立ち、四人揃って訓練場を出て行く。

出た先の草木に隠れて動くことができ、スムーズに裏庭を移動できた。

 

そして四人がプール施設の横に来た時、その先の裏側入口の前には一人の警官が見張っているのがかわった。

 

彼らは壁に隠れ、マックスが杖先を警官に向けて呪文を発動した。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」

直後、警官の帽子が静かに浮き上がった。

マックスは杖を思いきり振った。すると宙に浮かぶ帽子が遠くに吹き飛んだのだった。

 

警官が慌てて走って行く姿を見届けると、マックス達はプール施設の壁から飛び出して一気に裏側入口へ走った。

 

「またこの感覚を思い出すぜ。このハラハラする感じを。」

「今のうちに楽しんでおけ。俺達の本当の相手は警察じゃない。魔法使いだ。それに今度の相手は相当手強いと思って間違いないぞ。」

 

四人は裏側入口から寮塔への侵入に成功した。

そこからは本校舎に移り、一気に六階の図書室に向かう。

 

「中は思ったより静かでよかった。まだ警官とも出会してない。あとは魔法使いを警戒するのみだ。」

階段をひたすら上がりながらマックスは言う。

「ストレッドを消した奴がどういう奴かはわからないが、相手も俺達の顔を知らないという保証はない。校内で教師と警察以外の人間が居たら、まず警戒するんだ。」

 

四人はさらに階段を上る。

 

「俺はもう疲れてきたぜ。階段を使わなくていい魔法とか欲しいな。」

ディルは既に息切れ気味だった。

 

そして六階にたどり着いた時には、四人とも階段で体力を消耗されていたようだった。しかし敵がどこから現れるかわからない。一時も気は抜けない。

 

杖を構えて一直線の廊下を歩き進み、いよいよ図書室が見えてきた。

 

「ここまでは順調だ。これからが本番だぞ。」

図書室の前方の入口まで到着したマックスは、ドアが開かないことを確めると杖を向けた。

 

「アロホモーラ」

ロック解除の音が静かな廊下に鳴り渡った。

静かにドアを押し開け、足音に気をつけながら図書室内に侵入する。

 

「ディル、図書室周辺にマグル避け呪文を頼む。」

「了解だ。」

ディルが入口前に立って杖を持った手を上げた。

 

「あたしは人間感知の担当ね。」

そう言うと、ジェイリーズは杖を図書室内に向けて呪文を唱えた。

「ホメナムレベリオ」

 

少し待ってから・・・

「誰も隠れてないわ。思う存分好きなこと出来るわよ。」

「よし、ありがとう。これでマグルは一切俺達の邪魔は出来ない。何か魔光力源に関わるような記述がないか、徹底的に調べよう。」

 

マックスはますますやる気が湧いてきた。

しかし調べるとは言っても、どう調べればいいか・・・

 

「ここにあるどれかの本に、魔光力源の説明の続きが書いてあるのかもしれない。」

「でもだ、全部の本を一冊ずつ読んでいたらいつ終るか知れたもんじゃないぞ。」

それはディルの言う通りだった。手当たり次第で全ての本の文字を読んで答えを見つけるなんて、先が思いやられる・・・

 

だったらどうしたらいいのか。どこから手をつけていいかわからない。

 

「まず、どの分野の本に隠されていると思う?」

そうマックスは言ったが、すぐに分野から本を探すのも無駄だと思えてきた。

 

「そもそもそんな簡単に見つけられるような隠し方はしないと思うわ・・・」

「だと思うな。ここの本は誰でも見ることが出来る。だから普通に本棚には置いてないんじゃないかな?」

 

ジェイリーズとジャックの考えはうなずける。

 

「人目につかないような所に隠されているのだろう。地下の事を考えると、ここにも何か魔法の仕掛けがあるのかもしれないな。」

 

彼らは本棚だけでなく、図書室全体を見ることにした。

 

何か怪しい物は・・・不自然な場所は無いかと見るが、探しているものが本だという確証は無くどういう物かもわからない故、解決に近づいているのかすらわからない。

あるいは、そもそも図書室に魔光力源の秘密を知るためのヒントがあるというのは考えすぎなのか・・・

 

マックスはわからなくなってきた。

「あの説明文は絶対に途中で切れている。図書室が何だって言うんだ・・・」

 

マックスは考えつかない頭に腹をたてた。

 

「ここにヒントがある気がする。どうしてもそう思うんだ。」

「しかし難しい問題だぞこれは。何せ探している物が本とも限らないだろ。」

ディルが言った。

 

「何かが隠されてるとして、どういうヒントかがわからない・・・」

 

あえてヒントを与えるのならば、何か見つける手掛かりを残しているはずだ・・・

こうなれば、図書室を隅から隅まで見てみるしかない。

 

「観察だ。本当にここにヒントが隠されているならば、そこへたどり着くための方法があるはずだ。この部屋をとことん観察するんだ。」

「はいよ。」

ディルは面倒くさそうに言った。

 

ここから必ず魔光力源に関する何かが出てくるという根拠は無いが、だったら出来ることは尚更調べるだけだ。

 

四人は手分けして、広い図書室の四つ角から至る所を見ていく・・・

ドアから壁に、壁から天井へ目を動かす。

何も気になる所は無い。普通の部屋の壁に天井だ。

 

更に床、テーブルやその裏側まで細部を観察する。

 

マックスとジャックはグラウンド側の窓際を、ジェイリーズとディルは廊下側の壁を見始めた。

ここでマックスが少し気になるものを目にした。

 

「これは・・・ただの落書きか?」

マックスは壁に書かれた文字を発見したが、すぐに関係ないと判断する。

 

地下と同じく、図書室から別の部屋へ行くための隠し扉があるとするならば何か印があるはず。しかし地図には何も書かれていない・・・

 

ヒントを見つける手掛かりは完全に無しというわけだった・・・・

 

「ちょっといいか?」

それはジャックだった。何の進展も無い状況の中で、マックスは声に振り返り期待が高まる。

「何かわかったのか?」

マックスは戸棚の一部を見ているジャックの元に駆けつけた。

 

「ただの落書きかもしれないけど、一応見てもらえるか。」

ジャックは調べていた棚の側面の一部を見せた。

 

「何だ?引っかいたような傷跡だな。」

 

見ると、そこには引っかき傷のようないくつかの曲線やばつ印のようなものがあるのがわかった。

 

「正直、これがヒントなのかどうか検討もつかない・・・」

マックスは徐々に希望を失いかけてきた。

 

「おい、一応こっちもいいか?」

今度は別の方向からディルの声が聞こえた。

 

マックスはとりあえず駆けつける。

「また落書きでもあったのか?」

「それは・・・まあそうなんだけどさ。」

「今、ジャックの方でもあったよ。そして俺も見つけた。」

 

マックスはディルの立つ目の前の壁を見てみた。

 

「まただ。似たような引っかき傷。」

気になるものと言えば壁の傷しか無いというのか・・・これでは何も話が進まない。

 

一目壁を見てすぐに立ち去ろうとした。しかしもう一度後ろを振り向く・・・

 

「同じような傷かぁ・・・偶然同じ傷跡が点在するのはおかしいな。意図的となると、この傷の形に何か意味が・・・」

 

よく見るとわかる何本かの線とばつ印・・・・その落書きと思われる壁の傷は、ジャックが見つけたものとよく似ていた。

 

マックスは再びジャックの元へ戻った。

「何だ、やっぱり気になるのか?」

「ちょっとだけな。ディルも同じような傷を見つけたんだ。」

 

そこへジェイリーズも現れる。

「それだったらあたしも似たようなのを見たわ。」

「またか。それぞれ位置は離れている。それなのに・・・」

マックスはジャックがいる所の傷跡を再度確認して、ジェイリーズが見つけたという落書きも見に行った。

 

「ここだけど・・・何か役に立つの?」

マックスはジェイリーズが指す場所を必死で見た。それは床の目立たない所にあった。

「こんな所にも・・・・明らかに同じパターンだ。待てよ、もしかしたら・・・」

マックスは何かを思いついて走っていくのだった。

 

「ちょっと、話聞いてるの!」

ジェイリーズはただ一直線に走るマックスについて行くしかなかった。

そして彼が立ち止まった所は、ついさっき自分が見つけた壁の落書きの場所だった。

 

今一度見る・・・こんなに誰かの落書きを集中して見たことはない。

 

「ただの落書きだと思ったが、もしかしたらこれらが手掛かりかもしれない。」

 

壁には Eと tと cのアルファベットがそれぞれ間隔を空けて書かれ、それとここにも線が数本うっすら彫られているのがわかる。

もしこれが仮に探しているヒントと関係あるとしたら、E t cとはどういう意味なのか・・・

 

「皆、来てくれないか。」

マックスは三人を呼んだ。

 

「ここにも似たような傷がある。それとここにはE t cの文字も。これがヒントかもしれない。どういう意味だと思うか?」

 

「俺は謎解きは苦手なんだよな。」

ディルはあてになりそうにない。

 

「文字のサイズが関係しているかもしれないな。Eだけ大文字だ。繋げて読むとすると、これは何かの言葉、もしくは単語の略だと思うぞ。」

ジャックの考えは良く理解できた。

「あと、英語だとは限らないかもね。」

ジェイリーズが付け足した。

 

たんなる落書きでE t cと書くとも考えにくい。何か意図があるはずだ。そしてジャックとジェイリーズの考えを元に想像すると、早速ひとつの言葉が閃いたのだった。

 

「二人の意見をどっちも取り入れるなら、エトセトラがあるな。」

何かの説明文で、要点だけを書いて詳細を省略する際にエトセトラという文字で終わらせる方法がしばしば使われる。

 

Et cetera(エトセトラ)はラテン語で、などなど、その他、という意味があり、文章を省略する時にはEtc.と表記する。

 

「エトセトラか・・・」

「これが何を意味するのかわからない。だが、ポイントはラテン語だ。」

「確かに考えたな。呪文の主な語源もラテン語。魔法に関するヒントがラテン語とは、有り得そうだ。」

ジャックが言った。

 

「でも、それが何だって言うの?魔光力源には何も繋がらないわ。」

 

マックスは考えた。

まだ足りない。何か抜けている気がする・・・そもそもエトセトラが何を指すのか・・・・

 

彼は文字の周囲の観察を始めた。

 

近くには戸棚がいくつか並んでいる。そして小さな本棚がそれを挟む。 何も気にならない・・・

 

再び文字を見る・・・・E t c・・・

文字の間隔が気になる。こんなに文字を離して書いたのはわざとなのか?

特にEはtcから離れている気がする。変な書き方だ。

 

じっと見ていると、そのEtcに重なるように、数本の細い線の引っかき傷が下へと伸びているのが気になった。

 

他の三ヶ所の壁にもある線がここにもある。これは重要なポイントかもしれない。そしてEの上を通っている・・・・

 

まだまだ考えは閃かない。マックスはとりあえず線がどこまで続いているかを目で追うことにした。

 

「まだ何もわからないが、皆も三ヶ所の壁にもあった複数の線がどこまで続くのか調べてくれ。これには意味があると思う。」

 

三人も各自で散らばって、壁に彫られた線に集中した。

 

マックスは、途中で途切れそうになる細い線の先を見ていくと、数本の線が大きくカーブしていってるのがわかった。線は小さな戸棚の後ろに続き、床へと伸びていた。

 

ここでひとつ気になる点が見つかった。よく見ると一本の線だけ、他の線からはぐれて別の方向へ向かっているのだ。

 

今度はその一本をずっと見ていくと、壁に掛けられた時計の裏へと続いて終わっていたのだった。

 

マックスは杖を時計に向けて呪文を唱えた。

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ」

時計が壁から外れて裏側の壁が見えるようになる・・・

 

マックスは時計で隠れていた壁に目をこらすと、心が再び踊りだした。

 

「あったぞ。次の手掛かりだ。」

 

三人は彼の声を聞き、集まった。

 

「何だ、何を見つけた?」

ディルが言う。

「以外と近場に隠れていたぞ。壁を見てみろ。」

 

マックスは時計を棚に置き、掛けられていた場所を指差した。

 

そこには、小さくastの文字が書かれているのだった。

 

「Etcの近くから始まった線がここへ繋がっている。これでひとつの手掛かりが完成したんだよ。」

 

「本当にただの落書きじゃなかったのか。」

ディルが言った。

「でもEtc とastってどういうことかわかる?」

ジェイリーズは壁の文字を見上げながら言った。

 

「マックスの言う通り、Etcとは線で繋がっているから絶対に意味も繋がっているのだろう。」

ジャックが言った。

 

「意味が繋がっている・・・・エトセトラの指すものがastか・・・」

 

これも何かの略なのか・・・しかしastから始まる言葉を探したところで、何が正解かなんて判断は出来ない。またわからなくなってきた・・・

 

「俺はもう何が何だかさっぱりだよ。」

ディルは、やはりあてにならないようだ。

 

エトセトラとどんな繋がりがあると言うんだ・・・

あせれば答えは遠くなる。マックスは一旦考えを止めて観察する。

 

一本の線がastとEtcを結んでいるように見える。

 

細く、所々で途切れそうになる線の引っかき傷をもう一度見てみよう。

 

astに繋がった線は下の方で、床に向かう数本の線と合流してEtcの方に集まっている。

この時点で、床へ向かう線とも関係があると思われる。そしてそれらの線の元がEtcだ・・・

 

「そうか、この線こそがエトセトラの指すものなのかもしれない。」

「線達がその他・・・と言うのか?」

ジャックが言った。

 

「Etcから伸びてるんだ。Etcがエトセトラという意味ならばそういう風に思ったんだが、いまいちスッキリしないな。」

「とりあえず、astの意味を考えない?これがEtcと何より関係がありそうでしょ?」

ジェイリーズが言った。

 

「astから始まる単語はいくつも思いつく。でも答えはわからない。」

「それは、そうね・・・・単純ではないわね。」

 

皆は考え、その場は静かになった。

 

エトセトラ・・・その他が指すのはastから始まる、もしくは含む単語であることはわかった。だがその答えが出ない。

 

いや待て、闇雲に考えても答えを出せるわけないじゃないか。これを解くにもヒントがあるはず・・・

 

マックスは観察を重ねる。

何か見落としていないかと壁の文字の書き方や線を注意深く見る。

そして彼と同じく、壁を黙って眺めているジャックが口を開いたのだった。

 

「Eastじゃないかな?」

 

マックスはそれを聞いてピンときた。

「それだ。それだよ!」

 

「よく見ると、astに繋がった線だけEtcのEから伸びてるんだ。そしてEだけ大文字でtcから離れている。エトセトラが線を指しているという君の考えも含めると、Eと結ばれたast、つまりEastというもうひとつの単語がエトセトラの指すものじゃないかと思った。」

 

皆はジャックの答えに納得した。

 

「俺もEtcの書き方には違和感を感じていたんだ。それに間違いないよ。答えは書いてあったんだ・・・」

 

「なかなか素晴らしい推理だわ。でも、東のその他って?」

ジェイリーズが言った直後、一気に考えが閃いたマックスは答えた。

 

「東の他と言えば、西、南、北だ。そして壁の線のことを考えてみろ。あと三ヶ所に同じような線の傷があるじゃないか。」

 

ここでジェイリーズも閃く。

「エトセトラは、他に三方位が残ってるって意味ね。ならば残りの落書きの場所の近くにも、方位を現す言葉が隠れているかもしれないわね。」

 

ジェイリーズは早速自分が見つけた落書きがある場所へ急いだ。

 

「皆、何かすごいな・・・」

ディルは後について行くことしか出来なかった。

 

問題の場所へ来たジェイリーズは辺りを見渡し、落書きの線の位置関係を考えた。

「たぶん、あっちが東ならばここが西になるはずよ。」

 

駆けつけたマックスとジャックにも、同じ考えがあった。

 

「だな。でも落書きの位置はバラバラだ。四ヶ所ともはっきりと四方位に当てはまらないな。」

マックスが言った。

 

「だったら、他がどの方位になるのか普通に考えても答えは出せないわけだ。ならばここが西でない可能性もあるなぁ。」

それはジャックの言う通りだった。

 

「ああ。太陽の位置から考えると、外側の窓の方が東になる。でも違う方位に東と書いてあるからな。そもそも実際の方位とは違うことは明らかだ。また推理して答えを出せというわけかな。」

マックスは言った。

 

となるとまたここにも、そして後の二ヶ所にも手掛かりが隠されているということだろう。こんな仕掛けを誰が仕込んだ・・・

 

彼らは床の複数の細い線とばつ印の傷跡の周辺の観察を始めた。

 

「ここの線はどこへ繋がっているのか?」

マックスは線一本一本を目で追う。

 

数本はそれぞれ違う方向へ離れていって、何も無い所で消えていた。

 

「文字はどこにもない。今度はどう考えればいいんだ・・・」

 

マックスは線とばつ印のみの手掛かりから何かを思いつかないか考える。

 

「文字のヒントを与えたのは東だけ。後の三つは代わりにばつのようなマークが必ずひとつある。この印がポイントなのは確かだが、それが何を現すのかは自分で考えろということだな。」

 

「各ばつ印の傷の場所には西、南、北のどれかがそれぞれ当てはまると考えるなら、まずそれを片付けないと話は進まないだろうね。」

ジャックが言った。

 

文字で判明出来なければ何をあてにすればいいか・・・あるのは線だけだ。これらの線の傷から方位を決めろということなのか。

 

ここにも線が数本あるが、どれも途切れている。

 

マックスは線の途切れた辺りをよく見てみる。

やはり文字は書かれてない。テーブルの裏や壁、床の隅も再度確認するがヒントになりそうなものは何一つ無かった。

 

「これはどうやって答えろというんだ。」

「俺もまだ閃かないな。」

ジャックも考えが止まっていた。

 

「あたしも、わからないわ。」

皆、また壁にぶつかった。そんな時にアイデアを出したのはディルだった。

 

「なあ、理論的に考えたらあっちが東ならここは西かもしれないんだろ?じゃあまずここが西ということにして他の所を見てみないか?ここにいてもわからないんだ。まあ、俺は全部わからないだろうけど。」

 

マックスは、確かにディルの意見は正しいと思った。

 

「だな。とりあえずここは後回しにするか。いい指示だと思うぞ。」

「まあ、たまにはな。」

ディルが少しやる気を出した所で、四人は一旦ここから離れることにした。

そして次に向かったのはディルが見つけた落書きがある壁だ。

 

「ここにも似た傷跡だ。似ているが、四ヶ所全ての線は違う形をしている。この線の形にも意味があるんだろうな。」

 

マックスは早速傷跡の観察を始めた。

ここにもばつ印の傷があって、それに重なるように細い数本の線が走っている。

線はまっすぐ伸びていたり、途中で曲がっていたりしているのがわかる。

ここの線の形は他の三ヶ所よりも曲がり角がはっきりしているようだった。

 

だが、わかったのはそれだけだ。重要なヒントは無いように思える・・・・

 

「ここにもヒントは無いのか。線はまた途切れたものばかりだ。」

マックスは頭をかいた。

 

「これは思ったより難題だな。東がわかったところで、そうスムーズにはいかないようだ。」

ジャックが言った。

 

どれが手掛かりなんだ?・・・どこかに手掛かりは無いのか・・・まだ見落としているというのか?

 

今一度細かく観察する。

見ることは大事だ。当たり前に見えているものでも注意深く探れ・・・何か重要な点を見逃している気がする・・・・

 

マックスは尚も集中する。

それに習って三人も辺りを観察し始めた。

 

線を一本ずつ、確認出来る限り見ていく。

 

ここも線はバラけている。そして途中で消えている所を調べる。

 

その数々の線のうち一本がひとつの本棚の手前で止まっていることがわかった。

マックスはその本棚を調べだした。

 

「線はここを探れという意味なのか?」

本棚は他にもいくつもあるが、それらと全く同じ形に見える。いたって普通の見た目だ。

 

詰まっている本はどんな内容か・・・

その本棚のジャンルが書かれたプレートを見上げると、Scienceと書かれてあった。

 

普段ここには全く来ないから、どこにどんなジャンルがあるのかすら知らなかったのだ。

 

ここには科学に関する本しかないというわけだ。

「科学からヒントを見つけ出せってか?」

「どうした?そこに何かあるのか?」

ディルが近づいてきた。

 

「いや、全く確証は無い。一本の線がここに来てるから本棚が怪しいと思っただけだ。」

 

「有り得るんじゃないか?さっきだって考えが当たった。」

ディルも本棚を調べる気になったようだ。

 

「ここは科学か。よりによって苦手だぜ。」

やっぱり彼はあてにならないということか・・・

 

「この中のどれかの本にヒントの文字が隠されているならば、見つけるのは骨が折れるな・・・」

 

ここへ二人も来たのだった。

「何やら気になるところが見つかったみたいね。」

ジェイリーズが言った。

 

「一応気になると言えば、この科学の本棚だ。線がここに来てる。理由はそれだけだよ。」

「珍しく自信無い感じね。」

「自信なんてあるわけ無い。まったくこんなややこしい事、一体誰が仕掛けたんだ。」

 

マックスはため息をついてもう一度本棚全体を眺めた。

「一回本棚を調べとくか。」

 

彼はぐるりと本棚を一周した。

ヒントになるような文字は何も書かれていない。本棚には手は加えられてないのか・・・

 

マックスは本棚に杖を向けて、真実を暴く魔法をかけてみた。

「レベリオ・・・」

しかし呪文を言った後、何も変わらなかった。

 

ますますわからなくなってきた。ここも方位を確定できないのか・・・もっと頭が働いてくれれば・・・・

 

マックスはまた自分の頭に腹をたてる。

 

こういう時は考え方を変えなければいけない・・・

「わからない。俺は四ヶ所目を見てみる。何かわかったら教えてくれ。」

そう言ってマックスは一人、最後に残った傷跡の場所に行ったのだった。

 

「ここもまた妙な所に書いたもんだ。」

ここはジャックが見つけた落書きの場所で、それは戸棚の側面に書いてあった。

ここにもばつ印のようなものがあり、その近くに線が数本走っているのがわかる。

 

マックスはまた線の行き先を追う作業を始めた。

戸棚から一旦途切れて、後ろの壁に続きが書かれているようだ。一本はそこですぐに途切れ、他の線を見ていくと、またしても壁沿いに立つ本棚に繋がる線があった。

 

「やっぱり線の先がヒントだ。ここも本棚か?」

その本棚のジャンルを見てみると、Writersと書いてある。

 

「作者・・・有名な著作者ごとに別けられた小説とかか。」

 

科学の次は作者・・・どうしろと言う・・・

 

また本棚自体を調べるも、何も気になる点は無い。

他の線をよく見ても、全て途切れている。

 

「もう全部見てしまったぞ。どうしたものか・・・」

 

マックスは更に謎を解く自信を無くす。

これからどうやって魔光力源の秘密に近づけばいいんだ・・・ここで止まったら何もわからない。

 

そこへ、ジャックが隣に歩いて来るのがわかった。

 

「その様子だと、どうやらお手上げ状態だな。」

「まったくだ。答えまであとわずかな予感はするんだが、これ以上は点でわからん。頭がもやもやするよ。」

「一人で考えるな。俺達はチームだ。チームでならどんなことも成し遂げる・・・だったな。」

 

それはマックスがチーム結成の時に言った言葉だ。

 

「そうだな。大事な事を忘れていた。ここは仲間の知恵をちょうだいすべき所だ。」

「では早速、俺の意見を言ってやろう。まあ、お前も気づいているかもしれないが、本のジャンルが重要な手掛かりだと思う。あえてその本棚に線が引かれているからね。だから、俺は本の中身は重要ではない気がするんだ。」

 

これはマックスとは逆の発想だった。

 

「本ではない・・・ジャンルに意味があると言うのなら、本棚のジャンルから方位を連想させるという考えだな。それは思いつかなかったよ。お前はこういうのに向いてるようだ。」

「直感型人間なのに?」

「だからかもな。」

 

今、マックスの中に新たな考えが加わり再びやる気が上がってきた。

 

「あっちは科学、ここは作者だ。何か思いつくか?」

マックスは言った。

「考えてみるよ。いや、俺は直感に頼った方がいいかな。」

 

マックスも推理した。

科学の中で、方向に関することは何か無かったか・・・

フレミング、コイル・・・しかしこれらから方位は割り出せないだろ・・・

 

では作者はどうだ?

作者から方向に関することは・・・全く連想できない。

 

新たな考え方で考えてもそう簡単ではないようだ。

 

ジャックのような直感の鋭さが欠けている。直感力が有れば・・・

 

マックスは全ての考えを止め、じっと観察を始めた。

 

目で見えているものから何らかの発想を期待しよう。

考えているだけでは見えてこない。EtcやEastの例から察すると、これを仕掛けた人物は視覚的なヒントを変わった形で教えているはずだ。

きっとこの一連の謎を全て解く鍵は、ずばり発想力だ・・・

 

決めつけた考え方を捨て、観察から新たな閃きを導こうとするマックスは、ジャンルのプレートの文字を見た時に、その目が止まった。

 

「まさか・・・そうか。」

マックスは一気に閃いた考えを頭でまとめた。

「そうだ。たぶん間違いない。やっとわかった。」

「その自信、確かだな。どんな考えだ?」

ジャックが言った。

 

「俺は考えすぎていた為に閃かなかったのかもしれない。お前の発想は正しかったようだ。」

「すると、やっぱり本のジャンルが・・・」

「ああ。だが具体的に言えば、ジャンルすら関係ない。」

 

ジャックは訳がわからなくなった。

「どういうことだ?」

「大事なのは頭文字だ。Etcでも頭文字がポイントだっただろ。他も同じだったんだ。」

 

マックスは本棚に取り付けられたジャンルプレートの文字を指差して言った。

「ここはWriters。頭文字は大文字のW。そしてあっちはScience。当然、頭文字は大文字でSだ。そしてEastはE。もうわかっただろ。」

 

ジャックは気がついた。

「これは俺も考えつかなかったよ。つまりここはWest。あっちがSouthと言いたいんだな。」

「となると、残る一ヶ所はヒントが無くても答えは出せる。」

「Northだ。」

 

二人はジェイリーズとディルの元へ戻り、急いでこれまでの彼らの考えを説明したのだった。

 

「よく二人で答えを出したわね。これで四方位の位置は当てはまった。でも、早速次に何をすればいいかわからないわ。」

 

それはジェイリーズの言う通りだった。

四方位を確定させはしたものの、これを魔光力源とどう関連付けられるのか。またしても検討もつかない。

 

「そうだよなぁ。せっかくここまで来たのに、肝心の魔光力源の秘密にはまだ到着してないな。」

ディルは更に訳がわからなくなったようだ。

 

「なぜ四方位を確定させたのか・・・絶対に理由がる。そしてそれが次にするべき事のヒントだろう。」

マックスは言った。

「答えまでは近い気がする。これが魔光力源の秘密への謎解きだとするなら、あの地下の部屋の事が四方位と関係しているはず。」

マックスも、ジャックの意見と同じことを考えていた。

 

四方位・・・そこにばつ印と、異なるいろんな線・・・これには大きな意味があるだろう。

ばつ印と線の位置は実際の方角とは違う・・・これもわざとに違いない。それと地下の魔光力源の部屋が関連していると考えると・・・・

 

マックスは何かが閃きそうなのを感じていた。

 

 

この時には、今朝、彼は悪夢と共に目覚めて不穏な予感がしていた事など完全に忘れていた。

 

図書室の謎が解明される時、果たしてどのような結果が待っているのか・・・・

そして悪い予感は・・・・

 

 

 

 

 




マックス(私服)

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ジェイリーズ(私服)

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ジャック(私服)

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第十二章 再会~再来

四方位に線の形・・・それに地下の隠し部屋が関係しているということは・・・

 

マックスはそろそろ答えにたどり着けそうな予感がした。

 

「マックス、地図を見てみないか?」

四人が黙って考えを巡らせている最中、ジャックが口を開いた。

「俺も同じことを考えていたんだ。」

マックスはバッグから『学校内全システム書記』を引っ張り出した。

 

「ここの仕掛けを考えた奴は視覚的な謎を仕掛けている。そしてここに謎がある事がこの本に記されている・・・これもまた視覚的なヒントだ。ということは仕掛けた奴と本の著者が同一、もしくは協力者だということは間違いないだろう。ならばこの本にも他に視覚的ヒントがあるかもしれないという訳だ。」

 

彼は地下重要物保管所が書かれた地図のページを開いた。

 

「地図から何か読み取れるか?」

皆にも本の地図のページを見せる。

 

「今までで判明していることは四ヶ所の線とばつ印、そしてそれらの場所に当てはまる方位。それだけよ。それを踏まえても、この地図から何を読み取れっていうの?」

ジェイリーズが言った。

 

「明確なことは何も言えない。でも、きっと見抜くことが重要なんだ。何かを・・・何かに気づくことが・・・・」

 

地図上の光景はいつも見ている時と何ら変わりはない。それは当然だ・・・

 

誰しも、答えを当たり前に見せはしない。本に隠されているとすれば、書き消されている可能性は?

 

マックスは地図上の地下を見た。その時に初めて気づいた。

 

「この地図には壁の奥に部屋があることは書いてあるが、その部屋の見取図は書かれていない。」

「言われてみれば、確かにね。」

 

壁の向こう側に魔光力源があることは示唆しているが、あの円形の二つの広間が書かれていないとはどういうことだろうか・・・

 

ここでマックスはひとつ閃いた。

「壁の横にはある程度スペースがある。ここに書こうと思えば書けるとは思わないか?本当に書いてないのか・・・?」

そして杖を地図の地下の部分に向けて、その呪文を言ったのだった。

 

「スペシアリスレベリオ・・・」

その考えは当たっていた。

何も書かれていなかった壁の隣に、徐々に線が描かれていく・・・・

 

マックスは胸が高鳴った。

「やっぱりそうだったか。この本には一部透明インクが使われていたんだ!」

「透明インク?」

ディルが言った。

 

「俺もそれについて詳しくは知らない。呪文の本に、透明インクで書かれた文字を見えるようにする呪文が載っていたんだ。人に知られずに文字を伝える手段なのだろう。それにしても、どこまで俺達を楽しませてくれる著者なんだ。」

 

見ると、さっきまでは無かった二つの円形の見取図がそこに現れていたのだった。

そして名前も変わっていた。

 

「第一魔光力源保管所だとよ。」

ディルが言った。

 

「少なくとも今二つの事が確定した。やっぱりあのクリスタルが魔光力源と呼ばれる物であり、第一ということは第二魔光力源が存在するかもしれないという事だ。」

 

マックスは新たな発見に自信が戻ってきたが、まだ図書室の謎が残っていることに変わりはない。今、地図の隠された表記を見えるようにしたことで、図書室の手掛かりとどう結びつくのか・・・・

 

「次にする事は・・・ここの四ヶ所の線とばつ印の意味を片付けることか?」

マックスは再び図書室の各部分に刻まれた線とばつ印を見ながら考える。

 

ばつ印は何かの目印だろう。わからないのは線の意味だ。一本は方位を確定させるためのヒントの線だった。だがどこにも繋がってない残りの数本は何を意味している?

 

一つ解ければまた一つ、問題が邪魔をする。

 

「わかっていることを整理してみよう。」

再び考え込むマックスを見たジャックは言った。

「・・・そうだな。今わかっているのは四方位が落書きの四ヶ所に当てはまること。しかし実際の方角とは違う。落書きは四ヶ所とも似ている。しかし線の形が全て違う・・・」

マックスは言いながら頭の中を整理した。

 

「これらのヒントが魔光力源の秘密を解くことに繋がる。そしてヒントは本にも隠されていた。」

ジャックが続きを言った。

 

「四ヶ所が実際の方角と違うのは、たまたまには思えないわよね。」

「それだな。ポイントはその四方位だという気はしている。でもその手掛かりの使い方がわからない。」

 

「もう俺はついて行けないや。」

そう言うディルだったが、彼は最初からついて行けてなかったように思えるのだが・・・

 

「このいくつかの線の形は適当には見えない。見れば見るほど何かを描こうとする途中にしか見えなくなる。何かの絵か・・・」

ずっと壁の傷を見ているマックスに、突然ある考えが浮かんだ。

 

「今度はいきなりどうしたの?」

 

彼は黙ったまま別の方角の落書きの元へ走ったのだった。

 

皆が後を追うと、本を見ながらまた別の場所へ急ぎ、そして四ヶ所全ての線の傷を高速で見て回った。

 

「まさか、この方位は・・・」

彼の元に三人が集まった時には、マックスは再び本の地図のページを開いていた。

 

「おい、何がわかったんだよ。説明してくれ。」

ディルが言った。

 

「この図書室の落書きの意味だよ。」

マックスは自分の考えを確かめながら、地図のページと落書きの線を交互に見る・・・

 

「やっぱりそうだ。やっとわかった!全ては地図だ!」

「もっと具体的に言ってよ!」

一人で興奮するマックスに、ジェイリーズがじれったそうに言う。

 

「線の方位は地図上の方角と対応している。そして線は第一魔光力源保管所を現していることがわかった。とにかく見てもらうのが早い。」

そう言い、マックスは本をジェイリーズに渡した。

横からジャックとディルも覗き見る。

 

「まずは東の壁の線を見に行こう。」

マックスはそう言い、四人はEtcと書かれた壁へ移動した。

 

「ここで地図の地下と見比べるんだ。」

皆は壁の線と地図を交互に見る。すると、早速ジャックが理解したようだ。

 

「なるほど。わかったよ俺も。これを仕掛けた人と、そしてお前もよく思いついたな。」

「ここまで来れたのは、お前のアドバイスがあったからだ。」

 

マックスは説明を続ける。

「この地図上での地下周辺を東西南北の四つに分割するとして、東にあたる部分と、この壁の線の形を見比べてみたらわかる。」

 

ジェイリーズとディルは、地図と目の前の壁の線をよく見ると納得した。

 

「この線は地図だったなんて、誰がわかるんだ。」

「これはあたしだけなら絶対にわからなかったわ。」

 

皆の立つ前の壁から床にかけて、長く伸びる数本の線は、地図上の第一魔光力源保管所の入り口付近の見取図をそっくりに形作っていたのだ。

 

四人は次にWritersの本棚の横、すなわち西の落書きの場所へ向かう。

ここもわりと広範囲に線が描かれているが、数はさっきよりも少ない。

 

ジェイリーズは皆に地図を見せながら言った。

「地下の西にあたる部分を見ると、確かに同じ形になってるわ。面白い仕掛けね。」

彼女はどんどんテンションが上がってきたようだ。

 

ここには、地図上の第一魔光力源保管所の一番奥の部屋の一部が書かれていることがわかった。

 

早速次の場所へ向かう。Scienceの本棚付近で、地図上の南に当てはまるであろう所だ。

 

「ここは地図の南だ。ならばもう予想できる。」

マックスはジェイリーズが開いている地図のページをチラッと見ると、すぐにわかった。

「ここは例の広間の下の方の壁だ。曲線があるのは広間が円形になっているからか。」

 

そして残る北の部分の落書きを確認すると、第一魔光力源保管所の見取図が完成するのだった。

 

「図書室の落書きを集めると、あの部屋の見取図が出来上がるのはわかった。それでどうするんだ・・・?」

ディルが言った。

 

「見ての通り、地図上の見取図にばつ印はない。ここに書かれたばつ印が答えへ導く鍵だろう。印を地図に当てはめてみよう。」

 

マックスはバッグに入っていたペンを取り出して、図書室の線の上に彫られたばつ印の位置と同じように、地図の第一魔光力源保管所に×を書き込んだ。

 

「書いてみるとこうなる。3つの目印のように見えるな。」

「この三ヶ所を実際の部屋で調べてみる価値がありそうだな。」

マックスとジャックの考えは一致し、彼らは図書室の落書きから導きだした3つの×の場所を実際の地下に見に行くことにしたのだった。

 

ディルがマグル避け呪文を解除し、図書室を後にする。

これから地下へ向かうまでの間、また警戒心を高めなければならない。ここで気を抜いて誰かに見つかったらおしまいなのだ。

 

足音に気を付けながらひたすら一階を目指す。

 

やはり校内に人はほとんどいないようだ。誰の声も聞こえない。この上ない静けさだ。

そして静かというとこは、宿敵も近くにはいないということでもある。

 

地下まではスムーズに進み、警官にも出会わずに目的を果たせそうだった。

「よし、ここにまたアレを頼む。」

「OK、マグルシールドな。」

ディルが地下の入口にマグル避け呪文を張り巡らし、再びマグルの邪魔は入らない空間が出来た。

更にマフリアートで音もかき消す。

 

辺りにわずかな安心感が戻った。

 

しかし気は完全に抜けない。

ここに現れるとしたら魔法使いのみというわけだ。つまり、四人の他に人がいれば、正体不明の敵である可能性はほぼ100%だ。

 

それに、この先は敵にとっても最も用のある場所のはず。現れる確率はぐんと上がる。

 

だが、それがわかっているからこそこっちも構えることが出きる。

 

マックスは三人を率いて迷い無い足取りで第一魔光力源保管所を目指す。

「俺とジャックは常に杖を前に構えて歩く。ジェイリーズとディルは後方を注意してくれ。誰かが現れたら、そいつがストレッドを消した奴に間違いないだろう。見つけたら容赦なく捕らえろ。そして知ってる全てを聞き出してやるんだ。」

 

マックスはわずかな緊張感と溢れる好奇心を同時に感じた。

 

答えはもうすぐだ。チームでここまでやったんだ。もはや無理な事など考えられない。

 

好奇心が足を急がせ、地下廊下をどんどん進む。

リーダーの自信が戻ったことが、皆のやる気も沸き上がらせる。

 

そしてその場所を目の前にした。

 

「フィニート・レイヴ・カッシュ」

今回はジェイリーズが壁に手をあてて言った。

 

壁はすぐに言葉に反応した。

「これ、気持ちいいわね。」

彼女は一歩下がり、そこに黒い扉が出来上がると、取っ手に手を触れた。

 

「まず人が居ないか確かめるわ。」

ジェイリーズが扉を引き開け、杖をその先の暗闇に突き出して・・・

 

「ホメナムレベリオ」

彼女の澄んだ声が暗闇に反響する・・・・

 

「行って大丈夫みたい。」

 

これはついてる。敵は今ここには居ない。

マックスは更に心が踊った。

「今のうちだ。好きなだけ調べるぞ!」

思いきり扉の奥に突入し、杖を振り上げた。

 

「ルーモス・マキシマ!」

その杖明かりはいつもより明るく感じた。

皆も杖先に明かりを灯し、それを天井に向かって投げた。

 

四つの光が天井に走り、床から徐々に広間が明るくなる・・・・

 

「もうここに来るのも四回目になるか。まさかここにヒントが隠されているとは・・・」

まだ謎を解いたわけではないが、マックスには解ける自信があった。

 

「さて、まず近い所から見ていこう。」

マックスはジェイリーズから本を受け取り、地図のページを開いた。

 

「まずは東。入口のすぐ左だ。」

彼らは今立っているすぐ横の壁に注目した。

 

「図書室の落書きではこのへんにばつ印があった。調べるぞ。」

まずは壁に手を触れてみた。

最初に思った通り、やはり学校の壁とは造りが違う。明らかに綺麗で新しさを感じる壁だ。

だがそれ以外に気になることはない。

 

「目で見てわからないとなると、ここも魔法仕掛けだな。」

マックスは真実を暴く呪文を試した。

「レベリオ!」

 

少し待ったが、反応は無しだ。

 

「これじゃない・・・スペシアリスレベリオ」

 

また透明インクとやらが使われていないかと考えたが、何も浮き出てはこない。

 

「違う・・・ならば、フィニート・レイヴ・カッシュ・・・・」

 

ある程度自信があったが、それでも呪文を唱えた先に変化は無かったのだった。

 

「何だ・・・何をすればいいのか?」

マックスは必死で考える。そしてバッグから『魔術ワード集』を取り出した。

 

呪文が答えをひも解く鍵なら、この中にその呪文があるはずだ・・・・

 

焦りながらページをめくり、それらしい呪文を探す・・・・

 

「わからないな。真実を暴く呪文でも駄目だった。見えない文字も書かれてない・・・・じゃあどういう仕掛けなんだ。」

 

マックスは再び壁にぶつかったのを感じた。

 

また謎か・・・いったいどこまで謎解きにつき合わされればいいんだ・・・

 

焦りは気分を害し、余計に答えから遠ざかる。

 

そんな時にジャックが一人、そこから歩きだした。

 

「俺達は良い所まで来ているのは間違いない。後は発想次第だ。答えは近い。」

そしてある所で立ち止まり、マックス同様壁に触れたりしている。

 

「ここは地図上の西にあたる部分だが、ここにも同じく目で見て気になる点は無いようだ。」

そう言うとジャックは杖を壁に向け、呪文を試した。

 

「レベリオ・・・」

しかし変化は起こらず・・・そしてそれはジャックの予想通りでもあった。

 

「ここにも仕掛けは無い。ばつ印に何か隠されている訳ではなさそうだね。」

 

そこで、地図を見ながらジェイリーズが別の方角へ移動し、壁に杖を向けて呪文を唱える。

 

「ここも同じ結果ね。」

 

つまり、地図上に当てはめたばつ印の場所には何の仕掛けも無かったということだった。

 

「ここまで来てまた謎だよ。」

ディルは座り込んだ。

 

「また立ち止まったな。何か発見できると思ったが。」

ジャックは腕を組んでうろうろしている。

「これまでの推測は間違ってないはずなのに。でなければここまでたどり着いてない・・・」

「きっと壁のばつ印がヒントよ。考え方が違うのかも・・・」

ジェイリーズがじっと天井を見上げたまま言った。

 

「考え方が違うか・・・・ばつ印の他の捉え方を考えないと・・・」

マックスは誰に言うわけでもなく静かに喋り、新たな発想を絞り出そうとする。

 

ジェイリーズも言った通り、ばつ印が何かのポイントだ。それはわかっている。だが3つの×をどう捉える?

 

考えながら地図と実際の部屋を交互に見る・・・

 

図書室の壁の線は、地図上の四方位に当てはめるとここの見取図が完成した。だから考えは間違っていなかった。じゃあばつ印は何だ・・・何の為に書いた・・・?

 

そう言えば、なぜ四方位中三ヶ所だけなのか?

東にあたる部分には線だけしかなかった。代わりにEtcの文字があったのだった。

 

文字の意味はエトセトラで合っているだろう。だとすると、そこに×が無かった理由にもエトセトラが関わってるということは・・・?

 

マックスはいきなり答えが閃いた気がした。

 

4つの方角に3つの印・・・なぜか一つ無い。そしてそれがエトセトラ・・・つまり他にもばつ印があるという意味だと考えると、残り一つを東の方角に書けば何か見えてくるのか?

 

マックスは再びペンを手にし、地図上の第一魔光力源保管所の東の位置にばつ印を書きこんだ。

 

4つの×が揃った。そして丁度その中央にクリスタルが位置しているではないか。

つまり、対面している×を線で結ぶと中央で交差して、そこに魔光力源が位置していることになる。

 

マックスの想像は加速し始める。

 

やっぱりばつ印が秘密を解く鍵だ。足りない×を書き足した結果、交差点が出きた。そしてそこが魔光力源の位置する場所・・・地図上ではそうなっている。ならば実際でもそうなるはず。エトセトラの最後の意味は、有るものを探すのではなく、無いものを加えろという事だったのか!

 

マックスは地図上の東に位置する、入口のすぐ近くの壁と再び向かい合う。

 

「何だマックス、何か思い付いたな!」

ディルが立ち上がって走ってきた。

ジェイリーズとジャックも彼に集まった。

 

「これが俺の思いついた最後の考えだ。これが違っていたらさすがに参る。」

そして恐る恐る杖を上げて、『魔術ワード集』で目にした、ある呪文を口にしたのだ。

 

「フラグレート・・・」

直後、杖先が燃えるように赤く揺めき、壁にばつ印が刻まれるのだった。

 

フラグレートはばつ印の焼き印を刻む呪文である。

目の前の壁には黒く焦げた×がしっかりと刻まれ、わずかに焼け焦げた臭いが漂った。

 

「頼む。これで何か起こってくれ・・・」

 

そんな彼の祈りに応えるように、石が擦れるゴリゴリという音が広間に響いた。

 

四人は同時に後ろを振り返った。何が起きたのか・・・

 

そして変化点はすぐに目についた。

 

「見ろ、魔光力源の所だ!」

マックスは中央に設置された魔光力源の元へ走った。

見ると、魔光力源の円形の台座部分のタイルが一部開き、その中に何かが入っているのが確認できた。

 

皆駆けつけてしゃがんだ。

 

「やったな。ついに全ての謎を解いたんだ!」

ディルが今日一番のテンションの高まりを見せた。

「でも何でわかったの?さっきやったのは何?」

ジェイリーズがまだ理解できずにいる。それはディルとジャックもそうだった。

 

「一ヶ所だけばつ印が無かっただろ。だからそこに書き足せばどうなるかと思っただけだよ。さぁ、詳しい説明は後だ。まずは見てみようじゃないか。」

 

マックスは台座の開いたスペースに手を入れて、隠された物を取り出そうとした。

 

「ん?これは紙だな。」

薄っぺらい物を引き抜き、しわを伸ばして皆に見せた。

それは確かに古そうな一枚の紙だった。サイズからすると、ノートを切り取った一枚のように思える。

 

「何か書かれてるぞ。これが魔光力源の説明の続きか・・・」

マックスは紙に書かれた文字を素早く読んだ。

 

「対になった魔光力源は、どちらか片方だけではその力を発揮できない。第一魔光力源の起動方法は既に記述済み。第二魔光力源は、長くその時を待つ者によって再び扉が開かれる時に、運命の役割を担う子に託せ・・・」

 

マックスは唖然とした。

 

「まずわかった事、それは魔光力源は二つあり、片方だけ起動しても意味が無いということだけ。そしてわからないことがまた増えた。第二魔光力源についての全てだ。」

 

「書いてある事の意味がわからない。これまでの明確な説明文とは一変して、何と言うか・・・説明としては抽象的過ぎる。」

ジャックの言う通りだ。

これでは秘密に近づく所か、逆に謎を与えられたようなものだった。

 

「静かにその時を待つ者・・・再び扉が開かれる?」

「そして運命の子も登場しないといけないわね。」

ディルとジェイリーズが少し期待外れな感じだった。

 

「これはさすがに今はわからないぞ。いや、こんな説明で第二魔光力源についてわかるのか?」

 

彼らはさっきまでの希望が半減し、代わりに新たな謎を得たのだった。

 

「扉と言えば、奥の部屋にいくつか開かない扉があったな。」

ジャックが言った。

 

「だったな。だがどの扉にもいくつか呪文を試したが開かなかった。もしこの紙に書かれた事が正しければ、長くその時を待つ者とやらに開けてもらわないといけないらしい。これから先が思いやられるな。」

 

マックスは、今日はやる気を使い果たしてもう何も考えたくなくなっていた。

 

「とりあえず今日の所は上出来だ。一旦外に出てこれからどうするか考えよう。」

「そうしよう。疲れたし、休まないか?」

ディルが言った。

 

「これ以上わからないことを考えても切り無いわ。頭も休ませるべきね。」

ジェイリーズの意見には皆同感だった。

 

マックスが紙を本に挟みバッグにしまった後、彼らはその場を立ち去るのだった。

 

何事もなく地下を後にし、一階中央廊下に出てきた四人はこのまま順調に進む・・・

 

人の足音も聞こえない。マックスは、実に静かで普段の学校とは比べ物にならないほど落ち着いた雰囲気を身体中で感じていた。

 

「なんだか開放的でいいな。」

ディルがぼそっと呟く。

 

「まったくだ。これを常に望んでいたよ。」

静寂が好きなジャックが、一番今の校内の状態を好むのは間違いない。

 

そして警官の一人も出てこない静かな状況で、彼らの警戒心が自然と緩んできていることも間違いなかった。

そんな時こそ何かが起こるものだ・・・

 

たった今まで無音だった廊下に、突然足音が聞こえてきた。

 

マックスの全神経が一瞬で鋭くなり、立ち止まる。

足音は前方の曲がり角から聞こえる。なぜ急に近場から聞こえるんだ・・・

 

考えてる場合ではない。とにかく急いで姿を消さねば、ここは一本道の廊下で隠れられると言えば数メートル先の教室しかない。

更には全ての部屋のドアは鍵でロックされている。今からロックを解除してドアを開けたら間違いなく音が丸聞こえだ。マフリアートを周囲に張る時間も無い・・・

 

その足音は駆けるように廊下へ近づくのがわかる。そしてすぐさまその人物は角から姿を現すのだった。

 

四人とも目くらまし術をかける暇もなかった。

マックスはすぐにでも走って警官から逃げる気でいた。しかし前方に立ってこっちを見ているその人物をよく見ると、それは教師でも警官でもないようだ。

 

やがてゆっくり歩いて来るその男は、誰も想像していなかった意外な人物だった。

 

「・・・サイレント?」

マックスはスーツ姿でぶしょうひげの男を見て誰だかわかった。

 

「君達・・・そうか、君達の仕業だったのか。」

そう言い、何やら安心した様子でこちらに近づいて来る男はサイレントであった。

 

「俺達の仕業って、どういう事だ?」

マックスが言った。

 

「私は、ここの生徒が殺された事件を知って調査に来ていたんだが、校内のあらゆる階の至るところに魔法の痕跡が残っているのがわかってな。誰か魔法使いが結界でも張り巡らせたんじゃないかと思って調べ回っていた所だった。だが、今その犯人が君達だとわかった。マグルが多くいる場所であまり派手にやらかすと危険だぞ。」

 

マックスは、そんなサイレントの言葉に違和感を感じた。

 

「ちょっと待ってくれ、確かに俺達は今日ここで魔法を使った。でも、図書室と地下で少しだけだぞ。今地下から戻ってきたところだ。それ以外の場所には行ってすらいない。」

 

マックスの言葉を聞いて、サイレントの表情が変わった。

「本当か?・・・だとすれば、今ここにいるのは危険かもしれない。」

「危険だって?俺達の他にも誰かいるってことなのか、魔法使いが・・・」

この時にマックスは嫌な事を想像した。と同時に朝の悪夢と悪い予感を一気に思い出す。

 

「わりと強い魔力が至るところに残っていたのは確かだ。それが君達の仕業でなければそういうことになる。そしてその何者かには注意したほうがいい。」

「何を知ってるんだ?」

「詳しくは場所を変えてからだ。今はまずここから離れる。とりあえず安全そうな所へ案内してくれるかな?」

 

マックスはここから一番近い、わりと広い物置部屋を思いついた。

 

「俺について来てくれ。」

 

彼らは廊下を少し走り、ひとつの扉を見つけるとその中に入った。

 

ここはレイチェルと初めて出会ったあの物置部屋だ。

 

扉を閉めると、サイレントは早速話し始めた。

「突然だが、以前君達と会った時に連れていった場所へこれから向かうことにした。」

「ナイトフィストの活動拠点・・・」

マックスは初めてサイレントと出会い、姿現しを体験した時の事を思い浮かべた。

 

「そうだ。いずれもう一度連れて行こうと思っていた。今日こうする予定は無かったがせっかく君達と出会したからな。」

 

「すると、また姿現しで?」

ディルが嫌そうに言った。

 

「いいや、今回は別の方法で行ってみよう。姿現しよりずっと楽だ。」

サイレントの言葉に皆はほっとした。

 

「他に空間転移の方法があるのか?」

「あるんだ。ポートキーがな。」

そしてサイレントは、適当に物置部屋に置いてある一本の古いバットを指差して言った。

「これがポートキーだ。」

 

「いやいや、それはここにあったバットだろ。」

ディルは訳がわからないようだった。

それは皆も同じだ。

 

「正確には、今からポートキーとなる物だ。」

サイレントは続ける。

「ポートキーは何でもいい。どんな物でもキーにすることができて、ポートキーとなった物に触れた瞬間、姿現しと同じ現象が起こる。魔法による空間転移だ。」

 

「マジかよ・・・そんなお手軽な方法があったのか。」

ディルが真面目な表情で言う。

 

マックスもポートキーについて知らなかった。

「ポートキーにする、ということはそのバットに魔法をかけるという事かな?」

「そうだ。そしてその呪文が・・・」

サイレントはスーツの裏から杖を取りだして、立て掛けられたバットに向けて言った。

 

「ポータス」

そのまま彼は集中し続けているように見えた。

少し待った後に、サイレントは杖をしまってマックス達の方を向いたのだった。

 

「たった今からこれがポートキーだ。これを使って一度だけ移動して帰ってくることが出来る。多少の手間はかかるが、姿現しが出来ない今の君達にはこれが最適だ。」

 

そして彼はバットと向き合った。

「皆、同時にバットを掴むんだ。遅れれば一人取り残されるぞ。」

 

四人ともバットの近くに揃い立つ。

 

「準備はいいぞ。」

「よし。では、一斉に掴め。」

サイレントがそう言って手を触れた。

 

マックス達もバットをしっかり掴んだ。その瞬間、体が竜巻に飲み込まれるような感覚がして、辺りには光と霧の渦しか見えなかった。

 

マックスは必死で手に力を入れてバットから離れないように頑張った。

しかしそれもつかの間、浮いた足が硬い地面に着いたのがわかった。

見ると、辺り一面を包む光が消え、渦巻く霧も晴れて周囲の環境が確認できた。

 

その手には冷たい床の感触がある。

 

マックスは今、前にも行ったナイトフィストの活動拠点なる部屋の床に横たわっているのだった。

 

すぐに起き上がって他の皆を確認すると、サイレントがたたずむ近くで同じように転がっているのがわかった。

 

「うまく着地するには慣れるしかないな。」

ジャックが起き上がりながら言う。

 

「しかし姿現しよりずいぶん楽なもんだぞ。これは使えるな。」

ディルの言葉には皆、同感だった。

 

「だが簡単にポートキーを作り出せる訳ではないがな。それについては君達自信で学んでもらおう。」

そして彼は本題に入る。

「それじゃあ、早速話すとするか。今、君達の近くに危険が迫っているかもしれない事を。」

 

マックス達は色々と当てはまることを思い浮かべた。

 

「グロリアの人間がこの町に来ていることは以前話したと思うが、それについて新たな情報を得たのだ。奴らはこの町で何やら調査を始めたようだ。」

「調査?」

マックスは言った。

 

「ああ。具体的にはわからないが、この町に何かの狙いがあるのは確実だと考えている。そして時期を同じくしてここの生徒が殺された。これは奇妙だと思わざるを得ない・・・」

 

ここでマックスは、直接自分達が目で見た光景を話しだした。

「俺達は現場を見た。目は開いたまま、恐怖の表情で固まっていた。俺達の考えでは、たぶん死の呪いだ。」

「やっぱりか。魔法使いの仕業のようだな。」

「そしてその殺された生徒も魔法使いだった。」

 

マックスは、これまでに自分達がしてきた事を話そうと思った。

 

「それは初耳だな。」

「正体不明の魔法使いを探れ・・・そう言ったよな。」

「もちろん覚えている。私が君達に与えた課題だからな。まさか、それが殺された生徒というわけか。」

「そうだ。そしてその魔法使いを探るうちに、俺達はセントロールスの信じられないような事実をいくつも知ることになったんだ。その全てに魔法が関わっている。」

 

サイレントはより真剣な眼差しになり、そしてどこか誇らしげな表情をしているように感じた。

 

「どうやら、色々やっていたようだな。」

「ああ、色々な・・・」

 

サイレントは静かに歩きだし、部屋の中心に置かれた長方形の木のテーブルの奥に移動した。

 

「まあ座るんだ。学校で起こった事を詳しく聞かせてくれ。もしかしたら、我々にとって重要な内容かもしれない。」

彼は、テーブルを囲む椅子の一つに腰かけた。

 

「ナイトフィストにとって重要な事?まさか、それは言い過ぎだ。」

マックスの他、三人ともそう思ったに違いないが、サイレントは更に言った。

 

「さっき言った、君達に危険が迫っているかもしれないという意味は、この町にグロリアが居るという事だけじゃない。あのセントロールスにグロリアの危険が迫っているかもしれないという事でもあるんだ。」

 

これを聞いたマックス達四人は同時に顔を見合せ、驚きを隠しきれなかった。

 

「どういう事だ・・・・説明してくれ。」

「もちろん、その為にもここへ連れてきた。では私の方から話しを始めようか・・・」

 

この後、彼らは自分達がどれだけ危険な事をやってきたのか、改めて知ることになる。

 

そして、今この瞬間にも良からぬ事が刻一刻と近づいているなど誰も知らない・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 




"サイレント"

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サイレント専用杖

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第十三章 スパイラル

ほこり被った大小様々な棚がコンパクトな部屋の壁を囲む。
中央には長テーブル・・・見た目からして、ずいぶん前からここに置かれているのだろう。

そんな部屋のテーブルを囲む一人の男に三人の男子、それに、この場に似合わない花柄ワンピースの女子が一人・・・
四人の子供は運命的に出会い、一人の男は必然的に彼らと接触した。

そして男と再び出会った時、彼らがここへ戻ってくるのもまた必然だった・・・・





マックス達は彼の言葉に集中した。

 

「では、まず君達のセントロールスでの行動を監視するに到るまでの事を話そう。」

 

サイレントが話を始めた。

 

「ナイトフィストは、14年前のサウスコールドリバーでの惨劇で家族や友人を失った者達がグロリアに復讐したいと願った時に、出来るだけ早くその願望を叶えるため、そしてナイトフィストの組織復興のためにも彼らの名前をリストアップしていた。そしてリスト中の人間の八割がすぐにナイトフィストに所属した。しかしリストにはほんの数歳の子供の名前もあった。」

 

「俺達というわけだ。」

ディルが言った。

 

「そう。そんな子供までも組織に誘うことは出来ない。だからまずは待つ事にした。そして現在、君達の居場所を突き止めて成長の程を確めることに成功した。この四人が同じ場所で揃って行動していると知った時は運命を感じたよ。やがて君達の行動力と魔法の扱いを評価した現在、ナイトフィストに招いたというわけだ。」

 

彼は一旦話し終えた。

 

「これまでの流れはわかった。それで、気になっているグロリアの危険性の話だが・・・」

マックスが先を急ぐ。

 

「慌てるな、話は繋がっている。前にも言ったな、人を集めているのは我々だけではないと。今まさに、グロリアも新たな時代を担う構成員を獲得しようとしているのだ。そして既に、魔法界の各地で数人の新構成員の姿が確認されている。」

 

四人は嫌な未来を想像した・・・

 

「考えてもみれば、14年前の被害者はナイトフィストだけではない。あの一件から奴らもまた我々に更なる敵意をもった事だろう。要は、あの事件を経て我々がやり続けている事を奴らもやっているという現状を頭に入れてほしかったんだ。そしてナイトフィストを恨む子供達も当然いるはず。丁度君達と同じぐらいの歳の子供が・・・」

 

この時、マックスは一つの最悪な考えが浮かんだのだった。

 

セントロールスには他にも魔法使いがいる・・・レイチェル、ストレッド・・・今は彼いないが、代わりに彼を殺した謎の生徒がいる。少なくともわかっているだけで二人だ。

そして今のサイレントの言葉から考えると、想像できることが一つあるではないか・・・

 

「待ってくれよ・・・つまり言いたいのは、14年前にナイトフィストによって被害を受けた子供が学校にいるかもしれないということ・・・」

 

「察しが良いな。」

サイレントは続ける。

 

「君が言った通り、セントロールスには他にも魔法使いがいるようだ。そしてグロリアの人間がこの町に現れるようになった時期と学校での殺人事件のタイミングを考えるに、今君が予想した事の可能性は極めて高い。」

 

「それじゃあ、俺達が追っていた生徒を殺した奴が・・・」

 

「14年前のもう一人の被害者で、君達とは逆の立場の人間かもしれない。もうグロリアに誘われている可能性も十分考えられる。」

サイレントが言った。

 

グロリアもナイトフィストと似たような状況であれば、それは有り得る話だった。

 

それが正しければ、自分達は知らないうちにグロリアに近づいていたということになる。将来戦うと誓った相手に・・・

 

「なぜ君達が追っていた魔法使いを殺したのかは定かではないが、グロリアに何らかの考えがあることに違いないだろう。」

サイレントは言った。

 

「口封じをしたのも地下を調べさせていたことも、全てはグロリアからの指令だった可能性も考えられる訳か。俺達がサイレントから任務を与えられたように・・・」

 

「口封じ・・・それはどういう事かな?」

サイレントはマックスの言葉に引っ掛かった。

 

「それに関してもだが、次は俺達の話をする番のようだ。」

マックスは今までチームでやってきた事、そして自分なりの考察を話すことにした。

 

「俺達は一週間ぐらい前に、セントロールスの地下に魔法の細工がされていることを知った。」

 

サイレントは知らない情報に興味を示す・・・

 

「その地下の周辺をうろうろしていたのが、殺された魔法使いの生徒、ゴルト・ストレッドだった。名前は簡単に聞き出せたが地下での目的は結局言わなかった。いや、きっと言えなかったんだ。」

 

「どういう意味だ?」

 

「恐らく、彼を殺した奴が服従の呪文で操っていた。目的を明確に言えないような暗示もかけていたのだろうと思う。更に俺の仲間が頑張ってくれたお陰で、ストレッドが一人の魔女の生徒を操って協力させていた事も判明した。」

 

「魔女?まだマグル以外の生徒がいたことにも驚くが、問題は彼らがマグルの学校で許されざる呪文を使い、何かを企んでいたという事だな。」

 

マックスはそれについて、一気に話して聞かせた。

「あの学校は異常だよ。結論から言うと、地下には魔法で隠された部屋がある。奴らはなぜかそれを知っていた。部屋へ行く手段までも。そしてその隠し部屋の中にある物こそが、奴らの狙いだ。」

 

「普通の学校なら信じがたい話だな。それで、君達はどうやってそこまで突き止めた?」

サイレントは冷静さを保ったまま言った。

 

「これまた信じられない話だが、学校に関する全ての事が書かれた本があって、それに気になる事が書いてあったから調べようと思ったのが全ての始まりだよ。」

 

そう言って、彼はバッグからあの本を出した。

 

「これがその本だ。」

彼は『学校内全システム書記』のとあるページを開いて、古びたテーブルの上に置く。

「もちろん、これはマグルの学校にあった本だ。だからこそこの記述は信じられないはずだ。」

 

マックスは地図の地下の部分を指差してサイレントに見せる。

そこに書かれた文字を読んだとき、彼の表情が変わったように見えた。

 

「ああ、確かに信じられん。第一魔光力源という表記、どう考えてもこちら側の世界に関係性が有りそうだな・・・・」

 

「あったんだ。」

マックスは再び話し始める。

 

「実は、この第一魔光力源保管所という表記とその見取図はたったさっき現れたんだ。そこだけ透明インクで書かれてあったから、元々は地図上にそんな部屋は見えなかった。そのかわり、地下に隠し部屋があることを示唆するような表記が書いてあったんだ。」

 

「マグル界の本に魔法の仕掛けが・・・・」

 

「その通り。学校だけじゃない。この本にも魔法の仕掛けがあった。」

そして彼は再び本をめくり、別のページでその手を止めた。

 

「それにこんな事も書いてあった。ここから俺達は魔光力源の名を知って、さっきまで謎解きをやっていたって訳だ。」

 

サイレントはまず、そこに挟まれた古そうな紙切れを手に取った。

 

「ああ、それを見る前に、本の記述を読んでもらいたい。」

マックスが言い、サイレントは開かれたページの中間に書かれた、魔光力源の扱い方の部分を読み始める。

 

続けて紙切れに目を移し、最後にマックス達の方を向いたのだった。

 

「この紙は・・・どこから・・・?」

彼は静かに言った。

 

「地下の第一魔光力源保管所だ。俺達は、その意味不明な説明文から図書室が怪しいとにらんでさっき調べていた。その結果、図書室にはその紙の在処を示すヒントが隠されていることがわかった。そして謎を解き、手に入れた。全部俺達だけでやった結果だ。」

 

マックスは自信を持って言った。

 

「あなたが言うように、ストレッドを操っていた生徒がナイトフィストによる被害者だとしたら、グロリアがそいつに接触し、魔光力源を調べるように指示したという考えが浮かぶ。」

 

「だとしたら、奴らは既に魔光力源について少なからず情報を持っていたということだ。今ここにある情報からは魔光力源がいかなる物で、二つ起動した時に何が起こるのかわからないが、グロリアが欲している物となると放ってはおけないな。君達が動いてくれたお陰で我々にとって貴重な情報を得ることが出来た。君達を招いたのは本当に正解だったな。」

 

マックス達は心の中で純粋に喜ぶのだった。

 

「早速組織の役に立てるとは思わなかった。でも、運が良かったんだ。たまたまセントロールスにいたから。」

 

「だとしても、これは君達の手柄だぞ。この件は仲間に報告しておく。まだグロリアが第二魔光力源の場所と起動法を知らないことを祈って、我々は全力で第二魔光力源の調査を行って奴らより先に確保しなければならない事がわかった。君達も引続き、出来る範囲で調べてほしい。」

 

「言われなくても、もちろんそうするさ。」

マックスは力強く応える。

 

「期待してるぞ。だが忘れてはならないぞ、この件にはグロリアが関わっている可能性を。出来る範囲で挑むんだ。無理は絶対にするなよ。」

彼は真剣な眼差しでマックスに言った。

 

「わかってるよ。俺もチームが大事だ。皆を出来るだけ危険な目には会わせたくない。だから魔法の勉強も忘れてないさ。」

 

「ようし。では、頑張ってる君達にこの隠れ家をプレゼントだ。」

 

四人は顔を見合わせる。

 

「本当に良いのか?俺達に・・・」

マックスは心がウキウキしてきた。

 

「バースシティーにはあらゆる場所に、隠れ家という6の活動拠点がある。その一つを使っても問題はない。それに、君達には活動拠点が必要だろ。好きに使ってくれ。」

 

マックス達は心から喜んだ。

 

「すげーよ。俺達に秘密基地が出来たぜ!」

ディルが一番嬉しそうだ。

 

「では、私はそろそろセントロールスに戻って魔法の痕跡の調査を続ける。今、ゴルト・ストレッド殺しの犯人が学校で何かやらかそうとしている可能性もある。君達は来ない方が良いだろう。」

 

マックスは考えた。

今ここで無茶をするより、ひとまず落ち着いた方が良いかもしれない。皆も今は休みたいはずだ。

 

そして、悪い予感がまだ残っている・・・・

 

「そうだな。俺達は控えておこう。」

 

「それがいい。ここから出る時はポートキーを使うのもいいが、一旦学校へ戻ることになるから危険だ。そこの天井の扉から出るのをおすすめする。ここはセントロールスから近い場所にある地下だ。外に出て辺りを見渡したら位置がつかめるだろう。」

 

「地下かぁ・・・じゃあ、もし地上に出てみたら人が居たってことにはならないか?。」

ディルが言った。

 

「心配無用。この一帯にはマグル避け呪文が張り巡らされている。マグルは近寄れないさ。」

 

 

その後、サイレントが姿くらましで消えてからは、四人はしばらく隠れ家にいるのだった。

 

皆は見慣れない小道具が棚に置いてあるのを眺めたり、椅子に腰かけてくつろいだりしている。

 

「今日であたし達は大きな一歩を踏み出せたようね。」

ジェイリーズは壁越しに置かれた、一人分のソファに座っている。

 

「間違いないな。俺達がやってきた事は正しかったんだ。ナイトフィストとして活躍できたんだ。そして今後の課題も決まった。魔法を勉強しつつ、魔光力源の調査も続けること。」

マックスがそう言った後、壁沿いの棚に並んだ物品を、ディルが珍しげに観察しながら続きを言う。

 

「魔光力源について調べるということは、ストレッドを殺した奴とも向き合っていく。という事だよな。」

 

「そういうことだな。そいつがグロリアの人間から直接指示を受けている可能性が高い。だから魔光力源に関する情報も知っていて当然だ。そして俺達が今一番用のある奴って訳だ。」

マックスが言った。

 

「捕まえて色々と聞きたいことはある。だが、今度の相手はかなり危険な感じがする。まず俺達はひたすら魔法の知識と力をつけるのが先決だろう。」

 

ジャックが三人と向かい合って言った。

 

「ジャックの言う通り、俺達はまだまだ勉強不足だ。正体もわからない敵と相手をする前にしっかり準備する必要がある。たった今からここが俺達の基地となったことだし、サイレントからもらった本をここに持ってきて、ここに来たら誰でもいつでも読めるようにしたら便利だと思わないか?人に見られる心配もないだろう。」

 

マックスがそう言うと、皆納得しているようだった。

 

「それはいいな。じゃあ大事な物は何でもここに持ってくればいいってことだ。」

ディルが言った。

 

「決まりだ。それじゃあ、今日のチームの活動はここまでにするか。次にここに来る時に、各自持ち帰った本を持ってきてもらいたい。」

 

そしてマックスは天井を見上げた。

奥の角の方に階段がかかっており、その先の天井には扉と思われる四角い溝と取っ手が見えた。

 

「そう言えば、ここは学校から近いって言ってたわね。どこに出るのか楽しみね。」

 

「様子を見てみるよ。」

マックスはテーブルから離れて、天井まで斜めに続く簡単な木の階段を掴んだ。

足をかけて一段上ると、木のきしむ音が聞こえた。

 

天井はさほど高くなく、三段上った所で取っ手に手が届いた。

それをつかんで力を入れると、天井の四角く亀裂が入った部分が上に押し上がり、太陽の光が一気に射し込む。

サイレントの言った通り、ここは地下だった。

 

マックスは顔を出して様子をうかがう・・・

 

「確かにマグル避け呪文が効いてるようだ。誰もいない。そしてすごく静かだな・・・」

そして少し視点を変えた時、彼にはここがどこなのかはっきりとわかったのだった。

 

「まさか、ここか!」

 

マックスは一気に階段を上りきり、地面に立って辺りを見渡した。

 

続いてジャック、ディル、ジェイリーズが地面から姿を現した。

 

「なんだここは・・・想像してたのと違う光景だな。」

ディルが言った。そしてマックスが・・・

 

「俺は知ってるぞ。よく知ってる。」

 

彼には見慣れた光景だった。ここは昔から、暇な時に一人でやって来てはブランコに腰かけて、誰もいない静かな空間で気分を落ち着かせていた、あの荒れ果てた廃公園だったのだ。

 

マックスは今やっとわかった。なぜ誰も居ないのか・・・それはこの公園が寂れているからではなかった。マグル避け呪文で護られたナイトフィストのテリトリーだったからだ。

自分は魔法使い故に当たり前にこの公園の出入りが出来ていたのだ。

 

「マックス、本当にこんな所知ってるのか?」

 

「もちろんだ。」

マックスは所々さびたブランコの一つに座った。

つい最近、『学校内全システム書記』入手ミッションを決行する直前にも、ここに座り空を見上げてリラックスしていた。

 

「ここは、まだ皆と出会う前から放課後とか授業をサボった時なんかによく来ていたお気に入りの空間だ。ここでこうして座ってると、なんだか不思議と落ち着くんだ。まさか、ここの地下にナイトフィストが集まる部屋があったなんて驚きだ。」

 

「この場所をよく知った人間がいて助かったな。」

ジャックが言った。

 

「ここから大通りまでは案内する。すぐに着くぞ。」

 

そして四人は公園の穴だらけのフェンス内から出ていくのだった。

 

 

その日の夜・・・・

 

マックスは自分の部屋で考え事をしていた。

 

グロリアになった生徒は、何の意味もなくゴルト・ストレッドを手下にしようと思ったのか・・・?

ならば、もしその生徒と出会っていたなら自分も含め、チームの誰かが服従させられていてもおかしくなかった訳だ・・・・

 

誰が先にその生徒と出会っていたか、それによって今の状況は大きく変わっていた可能性が考えられる。

結果、ゴルト・ストレッドは見限られて口封じされた。もしあの時に、ストレッドを捕らえなければ死なずにすんだかもしれない。もし、彼が何の悪気もなく、ただ操られていただけだとしたら・・・自分達がゴルト・ストレッドを死に追いやったも同じだ・・・・

 

マックスはあらゆる可能性を考えると、あの時の行動のせいで一人の無実の生徒を死なせてしまったのではないかという思いにさいなまれた。

 

確かにストレッドはジェイリーズを傷つけた。だが、それも既に服従させられていたからだとしたら、何もわからないままストレッドは殺されてしまったのではないか・・・・

 

そう考えると、取り返しのつかない事をしたという罪の意識があふれて止まない。

 

あの時、ストレッドを捕らえた時の事と、彼の様子を今一度細かく思い出してみる・・・・

 

確か、全身金縛りの呪文をかけて動きを封じた後に手足を魔法で縛ったのだった。その後、任意で金縛り呪文の効果だけをフィニートして喋れるようにしたのだ。

 

つまり、あの時既に服従の呪文がかけられていたとしたら、その効果は消えてなかったことになる。

 

そしてストレッドの意味深な台詞の繰返し・・・これはやはり服従の呪文で言わされていという訳か。

 

すると、やっぱり彼は黒幕の生徒の操り人形だったというのが正解だろう。

更にその彼がレイチェルを見つけて操った。

 

子供が服従の呪文を使いこなすのは容易ではない。

だから自分は一人だけを操り、その人物にまた別の誰かを服従させて最も効率良く手下を増やそうと考えたのだろう。

そしてしくじれば消される・・・・ならば、やはり今一番危険なのはレイチェルと考えるのが当然だ。

 

不安な感情は消えることはなく、まだ彼に覆い被さる。

 

そして間もなく、自分達の知らない間に事が起こっていたと知る・・・

 

「マックス、下りてきて!」

 

いつもと同じく、テイル・レマスに呼ばれて夕食の時間が始まるのだが、今回の彼女の呼び方は何だか違った。

 

「ん?どうかしたか?」

急いで一階に来たマックスは、早速テレビ画面に目がいった。

 

「これは・・・セントロールスじゃないか。」

 

それはニュース番組だった。

画面には全域に黄色いロープが張られたセントロールスに、警官が敷地内をうろうろしている光景が映っていたが、その警官の数が明らかに多い。

 

そして驚くべきはニュースの内容だ。

 

「本当にそんなことが・・・」

「あたしもびっくりしたわ。こんな事件初めてよ。」

 

それは今日の午後3時頃、セントロールス高校で一人の警官が死亡し、二人が怪我をしたというニュースだった。

 

その時セントロールスには複数の警官がいたが、犯人らしき人物を見た者は一人もいないらしい。

殺された警官は校舎沿いの外に倒れていて、六階の窓ガラスが割れていたことから突き落とされたと考えられているが、直接の死因が落下による衝撃かどうかはまだわからないとのことだった。

 

おかしいのはこの後だ。

 

なんと、その場に居合わせ傷を負った二人の警官が後ほど行方不明になったという。

更にその二人と殺された一人の警官も含め、同じ警察署の人間は誰一人として、三人の顔を知らないということだった。

 

しかしこの事件が起こる前までは、三人とも他の警官達と共に行動していたはずで、知らない警官が居るなどの報告も無かったということだった。

 

この事件は間違いなく、これから警察を悩ませることになるだろう。

 

だがマックスには犯人の心当りがあった。

 

今日の午後3時と言えば、サイレントが学校に現れてから隠れ家に移動した頃だ。

サイレントはあの時、学校の至る所に魔法の痕跡があると言っていた。まず間違いなく、あの時に学校には魔法使いがもう一人いたことになる。

それが誰なのかは想像できる。そしてそいつこそこの事件の犯人だと彼はにらんだ。

 

丁度俺達が学校から消えて、邪魔が入らなくなった時に事を起こしたのだろう。だが目的が謎だ。

あの時学校で何をしていたのか、なぜ警官を殺さなくてはいけなかった?

 

じっと考えているマックスの隣でテイルが口を開いた。

 

「これは、魔法使いが関わってると思わない?」

「おれもそう思っていた所だ。学校には多くの警官がいるんだ。誰にも見つからずにこんな事できるわけながない。」

 

ニュースはまだ続いた。

 

割れた窓ガラス以外にも校内のあちこちに破損したヶ所があったらしい。

この事から犯人と警官は激しく争ったことも考えられるが、銃声や破損する物音を聞いた者はいない。

 

こんな内容がこの後も繰り返された。

 

「魔法使いなら音を消すことも出来るわけだ。」

マックスはほぼ断定した。ゴルト・ストレッドを殺した奴が犯人だと。

 

「この町も物騒になったわね。これじゃあ新学期は延期かもね・・・」

 

夕食の後は、マックスは自分の部屋で事件のことを考えていた。

 

今日の不吉な予感も当たった。今回は三人が犠牲になった。一人は死亡、二人は連れ去られたとでも言うのだろうか・・・・

 

次はどんなことが起こる・・・?また誰かが犠牲に?

 

この時、レイチェルの姿が思い浮かんだ。

彼女は一番狙われる危険がある。敵に直接操られてはいなかったが、一応魔光力源の一件に関わった人物だ。敵は口封じの為には殺しもする相手だ。レイチェルもターゲットになりかねないと考えざるを得ない・・・

 

考えれば考えるほど悪い事しか思いつかなくなる。

マックスはそんな思考を一回リセットして、別の事に意識を向けようとした。

 

でなければたちまち不安な感情に飲み込まれて眠れなくなるだけだ。

 

「そうだ、敵はどうやって魔光力源の存在を知った・・・?」

 

ふと、とある疑問が頭の表面に出てきたのだった。

レイチェルはストレッドに操られて第一魔光力源を起動した可能性が極めて高い。ストレッドはもう一人の魔法使いの生徒に操られて動いていた。

そしてその正体不明の生徒はグロリアから直接指示を受けていると考えられる。ならば、グロリアは第一魔光力源の存在やその場所、起動法を一体どこで知ったのだろうか・・・・?

 

考えてみれば、自分達が本を手にしてその存在にたどり着くより先に、奴らは知っていたということになるのだ。これは大きな疑問だ。

 

「本以外にも情報があるのか・・・・?」

 

そう思うのが自然だった。魔法界のどこかには、魔光力源の事を知る人間や、記された書物が存在するのかもしれない。

だとしたら、第二魔光力源の位置を知っていてもおかしくないかもしれない・・・・

 

だがサイレントは、ナイトフィストがそれを知っているような事は言わなかった。となると、既に今の時点でグロリアの方が一歩先を行っているのではないか・・・そんな考えも浮かんだ。

 

マックスはため息をついてベッドに横になった。

 

「結局良からぬ方向に物事を考えてしまう・・・・今日、チームでやった事を考えると、もっと自信が持てていいはずなのに・・・・」

 

これは、早速次の悲劇を直感が知らせているからか・・・それともたんなる未来への不安からか・・・

今はそれもわからなかった。

 

だが、確かにナイトフィストの為になった。チームで魔光力源の謎に一段と迫ったのは間違いない。

その結果が評価されて自分達の基地まで手に入った。

今日一日だけでチームは大きく進歩した。それだけでもまずは良しとすべきだ。

 

マックスはそう言い聞かせ、今日は頭を休めることにした・・・・

 

 

幸い、今回は悪夢にうなされることはなく朝を迎えることができた。

 

マックスはいつ寝たのか、どれだけ寝ていたのかもわからないが、ただひとつわかるのはとても頭がスッキリしているということだ。

 

すぐにベッドから起き上がり、机の上に置かれた小さな時計を見た。

「8時か。ずいぶん寝たもんだ。」

 

今まで何の夢も見ることなくぐっすり眠っていたようだ。これだけでほっとした。

 

今日の予定は特に用意してなかったが、珍しく体を動かしたい気分になってきたマックスは、朝食の後で家を出ていったのだった。

 

自転車を走らせ、向かう先は大通りから外れ、人の少なくなる狭い道の先だ。

 

そのまま進むと人が完全に消え、徐々に町の騒音もしなくなってくる・・・・

 

そしてマックスは自転車を止め、道の端に立て掛けた。

かごからバッグを取り、手に持つとそこから離れてさびついたフェンスの中に入って行く・・・

 

そこは誰も来ない、例の廃公園だった。

 

しかし彼が公園内に足を踏み入れようとした時、前方を見たままその足は止まった。

 

「レイチェル・・・・?!」

 

マックスは予想外すぎる光景に、一瞬訳がわからなくなった。

 

目線の先には、なんとベンチに座っているレイチェルの姿があったのだ。

そして声を聞いた彼女もマックスの存在に気づき、振り向いた。

 

「えっ・・・マックス?」

 

彼女も彼と同じような表情をした。

 

マックスはとにかくレイチェルの所へ急いで向かった。

「君とここで会うなんて思いもしなかった。」

「あたしこそ・・・もしかして、あなたもここが好きなの?」

レイチェルは相変わらず大人しい感じで喋った。

 

「ああ、そうだ。ここには何度訪れたことか・・・何だかここの雰囲気は俺に合うんだ。」

「あたしも一緒よ。誰にも邪魔されないから、ここで勉強したりするの。」

彼女は本を片手にそう言った。

 

「じゃあ、今俺がここにいたら読書の邪魔になるな。」

「いや、そんなことないから・・・」

レイチェルはやや焦るように言った。

 

「なら良かったよ。隣にいいか?」

「うん。」

 

マックスはバッグをベンチに置き、レイチェルの横に並んで座った。

 

彼女は本を置いたが、何を話そうか戸惑っている様子がわかったマックスは、自分から話し始めようと思った。

 

「そんな感じの服が好きなのか・・・似合うと思うよ。」

それは本音だった。

薄い空色のワンピースを着た彼女は、ジェイリーズとはまた違った雰囲気で、落ち着いたレイチェルのイメージとよく合っている格好だと感じた。

 

「特に、好きなわけではないけど・・・似合ってるかな?」

レイチェルは照れながら言う。

 

「ああ。俺は服には詳しくないが、良い感じだと思うよ。」

 

すると彼女は微笑んでくれた。

 

「ありがとう・・・そんなこと、誰にも言われたことなかったな。」

 

マックスは、彼女の控え目な笑顔がとても心地よいものに感じた。

そしてその笑顔を守りたい。何としても失ってはならないと強く思うのだった。

 

「昨日のセントロールスの事件、君も知ってるな?」

「うん、ニュースで見たわ。」

「ここは学校から近いし、君は今ここにいては危険だ。」

マックスは結論から言った。

 

「それって・・・あたしと学校の事件と、何か関係あるの?」

「はっきり言うと、そういうことだ。俺達は警官を襲った犯人は、ゴルト・ストレッドを殺した人物と同じだと考えている。今も学校で何か企んでいるかもしれない。そんな奴が、君を次の口封じの対象にする危険が高まっているんだ。だから一人でここへ来るのは危なすぎる。」

 

「・・・わかったわ。言う通りにする。」

 

マックスはとりあえず安心した。偶然にも、今日ここでレイチェルの無事な姿を見ることが出来て良かった。

 

そして次に考えることはレイチェルの安全な居場所だ。

既にひとつ、一番良い場所を思いついている。しかしそこを紹介するということは、あの事も説明しなくてはならなくなる・・・・

 

マックスは悩んだ。

この下には自分達チームの為の秘密基地があるが、それを明かすということは、ナイトフィストとグロリアの事も全て知られるかもしれないという事でもあるのだ。

知りすぎたらますます身の危険が高まる。この事には関わらせたくないが・・・・

 

その時、誰かの声に二人とも振り返った。

 

「あれ?マックスに・・・君まで?まさか彼女を組織に誘うつもりか?!」

 

「ディル!このタイミングでか・・・・」

 

なんと、草が被さる地面の一部が開き、中からディルが顔を出していたのだった。

 

「グレイクさん?!・・・・びっくりした。」

 

なんということだ。これで地下の事はバレてしまった。

もう後には引けない。こうなれば、隠さず話せるだけ話すか・・・・

 

「実は、最初から隠していた事があるんだ。」

 

レイチェルは訳がわからない様子だった。

 

「君はもう仲間だ。だからもうチームでの隠し事は無しだ。」

 

そしてマックスは彼女を地下へと招いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




レイチェル(私服)

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第十四章 迎える

静かな部屋で、椅子が揺れる音と、本のページをめくる音だけが聞こえる・・・・

 

「どうした、もう飽きたかい?」

ジャックが言った。

 

「何言ってんだよ。休憩さ。」

ディルは本を棚に置き、部屋のソファに腰かけて退屈そうに体を揺すっていた。

 

「息抜きは重要だろ。また集中出来るようにな。」

「確かに。だがそれはもっと勉強した人間の言う台詞だがな。」

 

本を読みながらジャックが言った。

 

「お前はまだ本を開いて30分も経ってない気がするが、早く疲労する魔法でもかけたのかな?」

 

「わかったよ。本読むのは慣れてないからちょっと疲れただけだ。」

ディルは渋々本を取り、読みかけのページを開いたのだった。

 

そこで、ソファのひとつに座り本を読んでいるジェイリーズが口を開いた。

「ねぇ、何か部活動みたいな感じよね。」

 

「似たようなもんだろうな。敵に殺されないように魔法の知識をつけ、技を研く。他の部活動より超ハードだぜ。」

 

「それをわかってるならもっと集中して読め。」

ジャックがディルに言った。

 

現在ここ、隠れ家には彼ら三人がいる。

皆、サイレントからもらった魔法に関する本を持ち込みここで読んでいた。

 

ディルは早速この状況に飽きてきたようだった。

実際、チームで大人しく本を読むという活動はほとんど無かった故に、確かにこのチームらしくはない光景なのだ。

 

しかし今はこの活動が重要である。敵に近づくほどに死の危険も高まる。既に今回の相手は二人の人間の命を奪っている。恐らく自分の計画の邪魔になったからという理由だ。

それに人を操る事も出来る。一瞬でも油断出来ない相手だ。

 

そんな人間が学生だなんて信じがたいことだ・・・・

 

「なぁ、一回交換してみないか?」

「まぁいいが、魔法史なら集中して読めるのか?」

ジャックがディルに、『魔法全史』を渡した。

 

「当然だ。魔法界を全く知らない俺達には、全員が興味ある内容だろうからな。それに、魔法薬ってのは早速苦手だとわかった。やっぱどの世界でも科学は苦手だ。」

ディルが『魔法薬調合法基礎』を差し出して言った。

 

「それを言うならもらった本は全部興味深いだろ。どれも魔法に関するものばかりだ。」

「正論ね。」

ジャックに続けてジェイリーズが言う。

 

「わかったから、ちゃんと集中する。」

ディルが『魔法全史』を受け取って開こうとした時、天井の扉がガタッと揺れ、それに続けて足音のような音が微かに聞こえた。

 

「ん?さてはマックスか。ちょと見に行って来るぜ。」

そしてディルは本をすぐ置き、地上への階段へと走って行った。

 

「まったく都合の良い奴だ。それにしてもマックスまで来たとなると、結局チームの全員がそろったわけだ。何も言わずとも勝手に集まるようだな、このチームは。」

 

そうジャックが言った直後、上の方から三人の声が聞こえたのだった。

 

「何か様子がおかしいな。」

「マックスだけじゃないみたい・・・・誰を連れてきたのかしら?」

 

そして階段からディルが戻ってきた。

「驚いたぜ。客が一人いるぞ!」

 

彼の後、マックスに連れられて現れたのはレイチェルだった。

彼女は戸惑いながら階段を下りてくる。

 

「あなたは!何でここにいるの?!まさかマックス・・・」

「俺が連れてきたわけじゃないぞ。この上で偶然会ったんだ。」

マックスは言った。

 

「じゃあ君は、マックスが来る前に自分一人でここに来てたと言うのか?」

ジャックが言う。

 

「そうなんです。ここは前から何度も来ているお気に入りの場所だから。」

そう言ってレイチェルは、この見慣れない部屋をキョロキョロ見渡した。

 

「まさかのマックスと同じパターンか・・・となると、この秘密基地の事は知らなかったわけか。」

「秘密基地・・・ですか?」

レイチェルは、ここにいる四人が日頃何をやっている者達なのか、ますます謎に思ったことだろう。

 

「お前がせっかく顔を出してくれたからなぁディル。彼女に話していない事全てを教えてやろうと思った訳だよ。」

マックスが言った。

 

「俺、出てこなかった方が良かった感じか・・・」

「いや、これはむしろ良い機会だ。この先ずっと隠して動くことは出来ないだろう。それに、彼女にも知っておく権利がある。」

彼はジャック、ジェイリーズとも向き合って言った。

 

「彼女も俺達の仲間。もうチームで隠し事は無しだ。」

 

部屋に五人がそろった所で、彼らはレイチェルに14年前の事、ナイトフィストとグロリアの事、そしてそれにチームのメンバーと正体不明の生徒が関わっている事など、知っている全てを話して聞かせるのだった・・・・

 

 

「では、あたしを操っていたゴルト・ストレッドも、あたしと同じ状況だったと言うの?」

レイチェルは四人が明かした事をゆっくり整理する。

 

「それはほぼ断定している。ストレッドが全くグロリアと関わりがなく、単なる犠牲者なのかは今ではわからない。でも、彼を操っていた黒幕がいるのは間違いないんだ。グロリアからの指令を実行させていたのは、その黒幕の生徒だ。」

しかし実のところは、ストレッドがただ巻き込まれただけの生徒だったのではないかという考えが大きくなっていた。

 

「それで、その生徒とあなた達が14年前に起こった戦いの被害者・・・そこにあたしが巻き込まれたということ・・・・」

全てを聞いた所で、実感するにはまだ無理があるのは当然だった。

 

「そういうことなんだ。信じられないような話だが、全て事実なんだ。恐ろしい人間がセントロールスにいて、恐ろしい計画が進んでいたんだよ。」

 

「俺達もはっきりとわからない。だから敵を探しているんだ。」

ジャックが言った。

 

「あたし達もまだわからないことだらけなのよ。ほとんど手探りで行動してきただけだし、今あなたに言った事のほとんどはナイトフィストの人から教えてもらった事よ。」

 

「それに、いまだに大きな謎はある。それは君もずっと思っていたはずの事だ。」

ジェイリーズに続き、ディルが話し始める。

「つい最近までは、セントロールスに俺達四人の魔法使いがいるのは偶然かと思っていたよ。でも四人だけじゃなかった。それにほとんどが14年前の戦争と関係しているとわかったら、もう偶然や奇跡だなんて思えないよな。」

 

「それは確かに、あたしもそう思います。」

 

レイチェルは、ゴルト・ストレッドと出会うまでは自分だけがマグルではないと思っていた。だが、更に四人の魔法使いと出会い、その彼らから今、更にもう一人の正体不明の魔法使いの存在が明かされたのだ。

彼女にも、これが偶然の織り成す結果だとは到底思えなかった。

 

「その事については、サイレントも何も言ってなかったな。まあさすがにそんな事わかるかわけないか。」

マックスが言った。

 

サイレント・・・彼は、俺達が14年前の被害者だからという理由と、俺達がチームを組んで秘密の活動をしていることを知り、チームの行動力を知った上で組織に招いたのだった。

ならばもし、自分達が知り合っていなかったらどうなっていたか・・・・

結局、サイレントは四人とも見つけて声をかけていたのだろうか。

 

ここでひとつ疑問が浮かんだ。

 

「そうだ。何で、サイレントは俺達以外にも魔法使いがにいることに気づかなかったんだろう?」

 

「確かに、昨日の彼の話からすると知らなかったのは間違いないな。」

ジャックは言う。

 

「俺達ばっかり観察していたんだろ。だから気づかなかったんじゃないか?」

「かもね。それに夜は学校にいなかったと言ってたでしょ?ストレッドを操っていた生徒は夜に行動していた。昼間目立った事をしていなかったのならば、ここの生徒数の多さから考えても気づかないのは不思議じゃないわ。」

 

ジェイリーズとディルの言った事は、確かに納得させられるものだった。

しかしマックスは、まだ色々と考えた。

 

「レイチェルも気づかれなかった。大勢の生徒の中から、顔もわからない俺達四人は見つけ出せたのにか・・・・」

 

「そう言われてみるとなぁ・・・・俺達も昼間は四人集まってる時はあんまりなかったし、見つけ出すのは簡単じゃないぜ。」

ディルが言った。

 

「でも、魔法使いなんだ。俺達の名前はわかってるから、魔法を駆使して個人を判明させるのは時間の問題なんじゃないかな。」

 

ジャックの言うこともうなずける・・・

 

「気になるなら、次会ったときに本人に聞いてみればいいわ。その他にも知りたいことがあれば全部。」

 

マックスは一旦疑問から離れ、目の前を見た。

「ともあれ、レイチェルにとってもここは安全な場所だ。この町のナイトフィストと俺達しか知らない。何か危険な事が起こればここに隠れていればいいだろう。」

 

レイチェルはマックスを、そして後ろの三人を順番に見て・・・

「あたしが、ここにいていいんですかね?」

 

「もちろんだ。ここはもう俺達の基地だ。誰が使おうとも俺達が許せば良いって話だ。」

 

「それに君もチームの仲間じゃないか。遠慮は無しでいこうぜ。」

彼に続けてディルもフォローする。

 

「ちなみに俺達はここで魔法の勉強をしてたんだけど、君もどうかな?今後どんな事があるかわからない。知識をつけておくに越したことはないと思うな。」

 

「ジャックの言う通りだ。残念ながら、敵は俺達より上手だと思われる。そんな奴に対応するには、まずは俺達個人の魔法のレベルを上げないと話にならない。公園にはマグルは近寄らないから実践訓練もここで出来る。君も本格的に魔法の勉強に参加しないか?」

 

ジャックとマックスの言葉に、レイチェルは迷わず答えるのだった。

 

「あたしもやるわ。もっと強くなりたいし、もっと魔法を知りたい。」

 

マックスは、彼女の眼差しから本気だと感じた。

「決まったな。それじゃあ、これから君も自由にここを使っていいぞ。たとえ用が無くても、自由に来て良いんだ。」

 

その後、レイチェルはここで四人と共にいた。

マックス達の本を隣で見たり、学校の宿題をしたりしているようだ。

 

ジャック、ジェイリーズも引き続き読書に専念している。

マックスは呪文の本から目を離して、周りの様子を見てみた。

 

見慣れない奇妙な光景だ。

このチームが黙って本を読むなんて光景は考えたこともない。これは、まるで図書室の真面目三人組みたいな光景だ。

 

チームごと、大きく変化したことは言うまでもない。そしてチームの変化と言えば、新たなメンバーが一人加わったことだ・・・

 

彼は次に、テーブルの一角で勉強しているレイチェルに目を向けた。

彼女のこの姿は実に自然に見える。こんな大人しくて純粋な子がこのチームの一員だなんて、面白い組み合わせだ。

 

突然の物音が静寂を破り、マックスは視線を移した。

他の皆も同時に本から目を離す。

 

「悪いな。ちょっと落としちまった。」

「わかってるわよディル。さっきから寝ようとしてたでしょ?」

 

ディルが本を落としたようだった。どうやら彼に長い読書は無理らしい。

 

「俺だって頑張ってるんだ。でも急に眠くなって仕方ないんだよ。」

「わかったから、ちょっと寝てろ。」

ジャックが言った。

 

「じゃあすまんが、俺は休憩させてもらうよ。」

「好きにしろ。俺達はルールが嫌いだろ?これは自由なチームだ。」

 

そしてマックスはディルの読んでいた『魔法全史』を拾い上げた。

「魔法界の歴史か。確か、最初にジャックが読んでいたな。」

「面白い事だらけだぞ。なんの事だかさっぱりわからないが。」

本を持って椅子に戻る彼を見るなり、ジャックが言った。

 

「俺達は魔法界について知らなすぎるから当然だな。」

マックスが腰掛け、本を開く頃にはディルは既に意識が無かったのだった。

 

こんな彼らの状態は更に続いた。

 

こんなに落ち着いた時間の流れを感じるのは珍しい・・・

何事もない時がこれほど心地よく思うのは初めてだ。今だからわかる。それは平和だという証だからだ。

 

チームが今向き合っている事はかなりヤバイ事だ。

こんなことになろうとは思いもしなかった。

マックスは今一度心に言い聞かせる・・・

 

もう遊びは終わったんだ・・・・

 

 

この日は特に計画があったわけではないため、各自の判断でこの場を去って行った。

一番最後まで残っていたのはマックスだった。

 

時間を忘れ、地下にこもり本を読み続けて数時間が経っている。

今の外の様子もわからない。

 

これほど学習に打ち込めたことがあっただろうか・・・

それははっきりとノーだと言える。

今まで、自分には勉強は究極的に似合わないと思い込んでいたが、それは自分の将来にとって何の役にも立たないと感じていたからなのだろう。

 

だが今はどうだ?

この集中力と沸き続ける探究心は何だ?

 

もはや時の流れすらわからない。ひたすら必要な知識を頭が欲しているではないか・・・・

 

彼の本をめくる手が止まったのは、携帯電話がテーブルの上で振動し始めた時だった。

 

「・・・・誰だ?」

とりあえず本を置いて携帯電話の画面を目にした時、やっと頭が本の中身から離れたのだった。

「レイチェル・・・何でだ?」

 

それはレイチェルからのメールの知らせだった。

とにかく内容を確認してみる・・・

 

「なるほど。ジェイリーズも気が利いてるな。」

どうやらジェイリーズがマックスのアドレスを教えたらしく、これは確認のメールだったようだ。

そして文章の最後には、明日もここに来ると書いてあった。

 

「結果、ここがバレたのは良かったな。」

ついでに時間を見ると、今が夕方だと初めて知った。

「もうそんなに経ったか・・・続きは明日だな。」

 

マックスは他の三冊と同じく、『魔法全史』を棚に置いて隠れ家を出たのだった。

 

家に帰り着いた時には、テイル・レマスが夕食の準備をしていた。

 

「お帰り。まさかとは思うけど、学校に忍び込んだりしてないわよね?」

 

相変わらずテイルは的を得た考えをするものだった。

「冗談言わないでくれよ。ジャックの家だよ。」

今日は学校に行ってないが、事実を言うことも出来ない。

しかしこの時、本当にジャックの家に遊びに行きたいと思ったのだ。

 

そう言えばほとんど遊びに行ったことがない。そもそも、他の二人の家は知りもしない。

近くにいる友達の事でさえ、まだわかってない事はある・・・・

 

マックスは、今までどれだけ仲間と向き合ってこなかったかを思い知った。

 

ディルとジェイリーズの家族の事も、つい最近知ったばっかりだった。それも、過去の事はほとんどサイレントから教えられて知ったのだ。

最近まで、似たような境遇だということにすら自分で気づきもしなかった・・・・リーダーなのにか・・・

 

こんなリーダーがこれからどれだけチームの役に立てるか・・・・

彼は自分自身に聞いた。

 

考え事をすれば、不安や恐怖、疑問が頭のあちこちから浮き出て止まない。

この不安定な感情を忘れさせるためにも、ひたすら自分を磨かなくてはならない。

 

あらゆる感情は焦りを生み出し、その焦りがまた彼を突き動かせる・・・

だが、焦るままに動いた結果が必ず正しいとは決して言えないことを、今の彼がわかる余裕はないのだった・・・・

 

そんな感情の渦とシンクロするように、彼の頭は幻を見せるのだった。

 

耳をすますと、遠くで誰かが喋っているのがわかる。

誰かと話しているのか・・・自分に話しかけているのか?

 

「・・・・待ってきた。」

 

声がだんだん聞き取れるようになってきた。

「ずっと待ってきたんだ・・・・」

「誰かいるのか・・・?」

マックスは暗闇の中から聞こえてくる姿なき声に話しかける。

 

「全ては自身の判断しだい・・・」

声は語り続ける。

 

「自身の判断にゆだねろ。そして全てを動かせ・・・」

「聞こえているのか!」

マックスは再び話しかける。

 

「そして覚醒しろ・・・・」

声は徐々に小さくなって聞こえなくなった。

 

「何を言ってるんだ・・・・誰なんだ?」

そして次の瞬間、目の前には草地が広がっていた。

辺りを一周見渡すとすぐに、そこが安心できる場所だとわかった。

 

「ここは・・・公園じゃないか。」

マックスは声の事など忘れ去り、一気に落ち着く感覚に満たされてきた。

いつも座る古ぼけたブランコに目がいくと、真っ先にそこへ向かうが・・・・

 

何の迷いもなく歩く先の草地が、突然音をあげて燃え始めたのだった。

 

反射的に足を止め、一歩後ずさる・・・

 

炎は有り得ない早さで燃え広がり、公園は火の海となっていく。

後ろを向くと、出口も炎で塞がれているのがわかった。

 

マックスは完全に炎に囲まれているのだ。

 

どうすればいい・・・・どうすれば・・・!!

 

「覚醒しろ・・・・」

その言葉が頭によみがえってきて・・・・

 

ふと目を開けると、そこには部屋の天井が見えていた。

 

マックスは急いで起き上がり、周囲を確認する・・・

 

「・・・またか。今度は今までと何か違ったな・・・」

 

そこは確かに自分の部屋だった。

朝日が顔を照らして安心感が溢れたが、まだ心臓の鼓動は激しい。

 

「まったく、勘弁してくれ。」

自分の頭に本気で頼んだ。

 

回数を重ねる毎に感覚がはっきりしてくる。そしてただ事とは思えない意味深な内容ばかりだ・・・・

 

「いったいあの声は誰なんだ・・・」

 

はっきりとは思い出せないが、前にも複数人の声が聞こえる夢を見た。

あの時はよく知っている人物たちの声だとわかるものが多かったが、今回は明らかに知らない誰かが自分に語りかけていたように思える。

 

だが姿は見えないし、こっちの声は届かなかった・・・これには何か意味があるのか?

 

更にはよく知っている場所まで出た。問題はその後の展開だ・・・

 

「この夢にどんな意味があるんだ・・・」

 

今までの経験からすると、悪夢をただの夢だと無視してはいけない。きっとまた何かを示唆しているに違いないが、今回は今までの感覚とは少し違う・・・

 

「単なる不吉な予感ではない。何だかわからない感覚だ・・・そしてすぐにでも魔力を鍛えたい気分だ。」

 

もっと強くなりたい・・・ならなければいけないという思いが朝から早速加速する。

全く良い目覚めではないが、頑張りたい気分が増すのは嬉しいことだ。

 

「今日は実践も兼ねて特訓だな。」

では他の皆を集めた方がいいか・・・・いや、勝手に集まるだろう。

 

マックスはチームのメンバーの気持ちを察し、あえて連絡はしなかった。

恐らく皆来る。それに、今日無理して集まってもらおうとも思わない。

自分だけでも特訓したい気分だからだ。

 

今日も朝から隠れ家に向かう為に、テイルにはまた誰かの家に遊びに行くなんて言わなければいけない。

感覚の鋭い彼女のことなら、同じことを何度も言っていたらそのうち嘘がバレるかもしれない。

うまくごまかして活動し続けるのも課題のひとつとなってくることだろう・・・

 

とりあえず急ぎ過ぎず、今はまだ部屋で大人しくその時を待つことにした。

 

「そうだ、地図を出来るだけインプットするか。」

マックスは、今唯一手元にある『学校内全システム書記』を取った。

 

敵がどれほど校内の構造を把握しているかはわからないが、こっちには全てがわかる手段があるのだ。

この点でははっきり言ってこっちが有利だ。

 

この本のお陰で魔光力源の存在まで知ることが出来た。これ無しでは絶対にここまでたどり着けてはいなかっただろう。

全てはこの『学校内全システム書記』を手にしてから日々は変わったのだ・・・

 

彼は、朝食の時間まではそのまま本を開いて部屋で大人しくしているのだった。

 

 

それから数時間が過ぎ去った時の事だ・・・

 

マックスはというと、あの公園のベンチに座っていた。

 

片手には杖を持っている。

「しばらく休憩するか・・・」

彼の目の前にはジェイリーズとレイチェルが向かい合い、杖を構えて立つ姿があった。

 

「あたしはまだいいわ。この子と特訓中だから。」

ジェイリーズは横目でマックスの方を見て言う。

 

「あたしだって、まだやれます。」

レイチェルも負けずと杖を構えたままだった。

「いいわねぇ。だいぶん根性もついてきたのかしら。」

 

「挑発癖は相変わらずって感じだ・・・」

マックスは独り言を呟き、背伸びをした。

 

そんな時、地下の隠れ家では・・・

 

「そろそろ俺達も特訓に加わるか?」

ディルが、近くで本を黙々と読んでいるジャックに話しかける。

 

「今は待て・・・」

ジャックは魔法薬の本に集中しているようだった。

「本日二度目だよそれ。」

ディルは、今日の読書はもう飽きたらしい。上で実践訓練をしたがっていた。

 

「ジェイリーズとレイチェルは女子同士で盛り上がってるし、マックスは何だか自分の特訓をやり始めたしさ。今は俺の相手はお前だけなんだよ。」

 

「ああ・・・後でな。」

ジャックは本に目を向けたまま言う。

「それもさっき聞いた。」

 

仕方なく、ディルも再び魔法の勉強を始めた。

それから間もなく、ディルがまた口を開いたのだった。

 

「おい、ちょっとこれ見てみろ・・・」

彼は読んでいた『魔法全史』のあるページを開いたまま、ジャックの方を向いて言った。

 

「今度はどうした?」

ジャックは変わらず読書に集中している。

「いいから一回来てみろ。すごい発見かもしれない!」

ディルは立ち上がって興奮気味に言った。

 

ジャックは本から目を離して、ディルの様子を察すると彼も立ち上がった。

「何を見つけたんだ?」

ディルの横へ行き、指し示す記述を見たとき、ジャックもその驚きを隠しきれなかった。

 

「やったじゃないか・・・これは大きな発見だ!」

 

ジャックは急いで階段を駆け上がって地上に出ていった。

 

そこに呪文をぶつけ合う女子二人と、一人離れてベンチに座るマックスがいる。

 

「皆、来てくれ!」

ジャックの声に三人が振り向いた。

「ディルが相当興味深い記述を発見した。」

 

 

この時、セントロールスでも何かが起きようとしているのだった・・・・

 

二日前のセントロールスでの事件から警官の人数が倍増し、校内も動き回っている現在、その警官達から姿を隠すかのようにこそこそ走る二人の人影があった。

それはまるでマックス達のように・・・・

 

「噂通りだ。こんな警備が大げさじゃ、さすがに動き辛いな。誰か知らないが面倒起こしやがって。」

「あたし達は魔法が使える。いくらマグルが出た所で何も変わらない。」

 

そして二人は校内の奥へと入り込んだのだった。

 

 

これから四人に更なる因果が絡みつく・・・・

 

 

 

 



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第十五章 WIZARDS

今日は久しぶりに魔法の実践訓練が出来て、何だか気分が良くなってきた感じがする。

 

このところ嫌な感じの夢が頻繁に自分を苦しめていたせいで、負の感情が頭を覆い尽くそうとしていたのだ。そんな時に何を考えても良い事は思いつかないだろう・・・・

 

だが、今日は少し無理してでも特訓をして正解だった・・・・

 

マックスは公園のベンチに座ってそんなことを思いながら、また次にやる特訓を考えていたところだった。

 

「皆、来てくれ!」

 

マックスはすぐさま声に反応し、目線を空から声の方向に移した。

そこで戦闘訓練をしていたジェイリーズとレイチェルも同時に後ろを振り返る。

 

そこには地下から出てきたジャックの姿があった。

 

マックスは彼の表情から、ただ事ではないことは容易にわかった。

 

「ディルが相当興味深い記述を発見した。」

「すぐ行こう。」

マックスは立ち上がり、期待の高まりと共に駆け出した。

 

ジェイリーズとレイチェルも杖を下げ、マックス達に続いた。

 

彼らが地下隠れ家の階段を駆け下りて来ると、ディルが待ってましたとばかりにこっちを向いて立っていた。

その自慢気な顔は今まであまり見たことがない。

 

「どうした?何やら見つけたそうだが。」

マックスが一番に彼の元へ駆け寄った。

 

「皆、絶対に驚くぞ。ああ、レイチェルにはわからない事だけど。これで謎が一つは解けるはずだ。」

「もったいぶらずに本を見せろ。」

マックスがディルの手から『魔法全史』を取り上げて、開かれたそのページを見た。

 

「ここだよ。この名前。」

ディルが指で文字を指し示す・・・・

その人名を読んだとき、確かにその驚きは隠しきれなかった。

 

「レイヴ・カッシュ!!・・・発明家だと・・・」

マックスは一気に心が騒いだ。

まさか呪文のワードを歴史書で見ることになるとは・・・

 

内容を詳しく読んでいくと・・・・

 

「イギリス魔法界での謎の事件・・・・19世紀後半、イギリス魔法界の小さな町で、発明家として公式に活動を始めたばかりのレイヴ・カッシュが行方不明となる。以前から少数の人間からは評価されていたものの、彼の活動が目立つことは無かった。故に、長い年月をかけて支持を得た末の彼の消失は不可解な事件となった・・・・」

 

マックスはゆっくり本を置いて、顔を上げる。

「これを読む限り、間違いなくレイヴ・カッシュという名の人物がいたようだ。そして行方不明になった。」

 

「でも、そんな発明家の名前がなんで呪文に使われている?フィニート・レイヴ・カッシュ・・・どういうことかな?」

ディルが言った。

 

「残念ながら、それについてはまだ解決出来なそうだな。そして肝心の消失事件の結果が書かれてない。結局そのレイヴ・カッシュとかいう発明家が見つかったのかもわからない。」

ジャックの言う通り、本に書かれた内容だけではあまりに事件の詳細が少ない。

 

「彼の活動は目立つことは無かったと書かれているから、あまり有名ではなかったのだろう。そしてやっと名が知られてきた時に行方不明だ。それまではレイヴ・カッシュの存在自体多くの人には知られてなかったとなれば、彼の身に何が起きたのか知る人も居なかったんだろうな。歴史書にはこの程度しか書かれないぐらいだから。」

 

「レイヴ・カッシュというのが人の名前だったというのは大した発見ね。でも、それ以上の事は結局わからないのかしら・・・」

 

だがマックスは早速、ひとつの推測が思い浮かんでいた。

「だが俺達には、少なくとも一つはわかることがあるはずだ。」

マックスはそう言い、皆を見た。

 

「その名の知れ渡ってない発明家が魔光力源に関係している可能性がある。ってことだな。」

ジャックがすぐに応えた。

 

「そうだよ。あの隠し扉をくぐる為の呪文にレイヴ・カッシュの名が使われているということは、その発明家があれと何らかの関わりがあるのは、ほぼ確定と言っていいと思う。魔光力源を発明した可能性も有り得るかもな。」

 

「そうなると、その呪文をつくった奴がますます気になるなぁ。もしかして自分でつくったとか?」

ディルが言った。

 

「それは何とも言えないな。でも、もしそうだとしたら引っ掛かる事がある。」

マックスは続けた。

「これは19世紀の話だ。セントロールスはまだ学校じゃなく、完全に城として機能していたはず。そんな時代にあの部屋と魔光力源を造り上げて封印したのなら、今現在ではボロボロのはずだ。でも思い出してみろ、あの部屋の感じを。」

 

いまだ話についていけてないレイチェルを除き、皆は地下の円形の部屋を想像するなりすぐに違和感に気づくのだった。

「なるほど。確かに引っ掛かる。」

「そんなに古くは見えない部屋だったな。て言うか、むしろあの部屋は新しく見える。」

ジャック、ディルが言った。

 

「それだ。セントロールスは学校として至る部分が改築されている。まさにあの部屋も後で整備されたようにしか見えないだろ。」

マックスはこれまでに数回訪れた時の、第一魔光力源保管所の光景と、そこの壁に触れた感触を確かに覚えている。

その時から、城の他の部分より新しい感覚がしたことに多少の違和感はあったのだ。

 

「となると、レイヴ・カッシュがあの部屋に直接関わっていない。もしくは、後から誰かがあの部屋に手をつけたと考えることが出来る。今はまだこれだけしか考えられないが。」

 

「でも、レイヴ・カッシュという人は魔法の発明家でしょ?魔光力源を造った可能性は高いわ。」

ジェイリーズが言った。

 

「この事は一応、サイレントに報告しよう。何かわかるかもしれない。それにしてもよくやったなディル。これは確かに大きな発見だ。」

「たまには役に立つさ。」

 

その後、ジェイリーズとレイチェルと入れ替わるようにして、ディルとジャックが公園にて戦闘訓練を始めた。

 

しかしマックスは自分の特訓を再開せず、ますます『魔法全史』に興味を持ち、地下隠れ家で本を読み進めることに専念していたのだった。

 

読んでいくと、魔法界がいかに未知の領域かを思い知らされる。

そしてそう感じている自分も、他ならぬ魔法使いだというのは、まったくおかしな話だ。

 

魔法使いなのに魔法界についてはほぼ無知だ。というのはこれから先、自分達にとってかなり不利になってくると思わざるを得ない。

魔法使いの知り合いも居ないのでは、現在の魔法界の情報を知る手段も無いということだ。

それは今後グロリアと戦っていく中で、どれだけの影響を与えることか・・・・

 

今自分達に課せられた課題は、魔法を研き、ただ強くなることだけではない。魔法界そのものについて、"知る"ことも重要な課題であることがよくわかった。

 

ならば早速知りたい事は山のように出てくるものだ。だがすぐに知る手段はない。

今はここにある本と、サイレントの存在だけが頼みの綱だった。

 

「サイレントが与えてくれた本だ。とりあえず必要な知識は得られるはずだ。」

 

部屋の片隅ではジェイリーズがレイチェルと話をしている。

学校の地下の事について説明しているのだ。

 

今日の特訓でこの二人の親しみはずっと深まったようだ。これでチームは更に強くなる。

 

マックスは本から、ジェイリーズと話すレイチェルに視線を移した。

 

レイチェルを自分達の、ナイトフィストとグロリアの戦いに参加させるわけにはいかない・・・

もし彼女を失ったらと思えば、自分の中の大切な何かまで消えてしまうような、よくわからない恐れを感じる・・・

 

マックスにわずかな不安や焦りが生まれれば黙ってはいられないもので、また魔力の強化に力を入れたくなってくる。

そしてまた一人で、何かしらの実践訓練を開始するのだった。

 

この日のチームの活動はこんな感じで続けられた・・・

 

昨日と同様各自バラバラで帰る予定だったが、今日は皆ずっとここにいた。

 

地上で二人一組になって特訓したり、休憩しながら話したり読書したりして、また誰かと特訓する。

マグルの世界で人目を気にせず、こんな事を堂々と出来るのはここだけで、皆思う存分集中出来るのだ。

 

そして何より、今日もまたこのチームのメンバーと活動出来るのが嬉しいのだ。

そして皆が帰った後も、マックスは密かに地下隠れ家に残って少しの間本を読んでいたのだった。

 

驚いたのは、帰ろうとして地上に上がった時だった。

 

「あれ・・・レイチェル。」

公園のベンチで横たわるレイチェルの姿が視界に入った。

急いで駆けつけてみると、どうやら本を開いたまま寝ているようだった。

 

今起こそうと肩に触れようとしたが、しばらくそのままそっとしておきたい思いがよぎる。

それはとても心地よさそうな彼女の寝顔が見えたからだろう。

 

こんな廃公園には似合わない純粋な心を持った子が、ベンチで横になっているその姿はとても綺麗で、美しかった・・・

マックスには彼女が天使のように見えて、気付けば彼の心はとても穏やかに、そして暖かくなっているのだった・・・

 

しかしずっとそのままにしておくわけにはいかない。

しばらくしてマックスは肩を揺すって、レイチェルの目を覚まさせた。

 

「・・・あれ、マックス?」

彼女はまだ状況がわかっていないようだった。

 

「そんなことではいつ襲われるかわからないぞ。」

寝ぼけたような顔のレイチェルを見て言った。

「ここで寝ていたんだよ。誰もいなかったらどうするんだ。」

「ああ、そうだった。勉強してたんだ。いつの間にか寝てたのね。」

彼女は慌てて起きあがって目をこすった。

 

「誰も起こさなかったら、そのまま夜まで寝ていたかもしれないな。」

「・・・気をつけます。」

「そうかしこまらなくて良いよ。チームのメンバーとは気楽にしてくれ。そうだ、皆とは馴染んできたか?」

「うん。快く迎えてもらって、良い人達だと思う。」

レイチェルは、初めて出会った時とはまるで違う明るい表情で言った。

 

「良い人達かぁ・・・皆学校では問題児だぞ。」

マックスは笑った。

「それは、そうかもしれないけど・・・・」

「これまた素直な発言だな。」

マックスは思った。こんな純粋そのものの彼女をわずかでも敵の仲間だと疑ったことが、どれだけ間違いだったか。

 

「あの時は、本当にすまなかったな。」

「えっ?」

突然謝るマックスを見て、レイチェルには何の事だかわからなかった。

「最初は皆、君を敵としか思ってなかっただろ。そして君をチームに迎え入れてもわずかに疑っていた。俺達をスパイするために捕まったんじゃないかと・・・・」

 

これを聞いて、レイチェルは優しい表情で言った。

「あの状況では誰だってそう思って当然だから。だから全然気にしてないよ。」

 

彼女の言葉がどれほど心の救いになることか・・・マックスは素直に嬉しかった。

「そうか。ならば良かった・・・もう完全に仲間だ。誰もがそう思ってる。」

 

 

その日の夜は、落ち着いて寝ることができたのだった・・・・

 

それから一週間の時が過ぎた。

 

今日も相変わらずの朝だ。

毎日各自で公園に行っては魔法に関する勉強を続けた。

特に変わった事がないというのは決して悪いことではない。今が平和な証だ。

だがそれに慣れれば退屈と感じてくるものだが、今の彼らはこの平穏な時間がとてもありがたく感じた。

 

ニュースも度々見ているが、セントロールス関連の事件はあれから起こっていないようだ。

そしてここ一週間、マックスも悪夢を見ていない。

 

たまには息抜きにジャックの家にでも顔を見せたいところだが、結局廃公園に皆集まるのだ。

 

マックス以外の皆も、あの場所が居心地よくなってきているのだろう。だがジェイリーズだけは、せめて綺麗な光景がいいと言っているようだ・・・

 

「さて、今日は今から何をしようか・・・」

マックスは自分の部屋のベッドに座り、今日一日のやる事を考える。

そして思いつくことは今日も同じ。まずは公園に行くことだ。

 

そしてそれまでの時間は、『学校内全システム書記』を眺める。という習慣が出来ているのだ。

 

朝食の後、今日も本を開いて地図のページを何気なく眺めていたが、その時に珍しい展開になった。

 

突如、机の上の携帯電話が揺れだした。久しぶりに電話がかかってきたのだ。

マックスは本を置いて立ち上がった。

 

「ジェイリーズか・・・」

マックスは携帯電話を取った。

 

「ああ、俺だ。どうしたんだ?」

「ねぇ、今日暇?」

聞こえたのは確かにジェイリーズの声だった。

「いつも暇だが、何かあるのか?」

「ちょっと気になる事があるのよ。あなた次第では学校に行くことになるかもしれない。」

 

マックスは早速話の続きが気になった。

「何だ、気になるってのは?」

「家の近くに警察署があるんだけど、そこの警官達がセントロールスの警備に関わる事になったらしいの。」

「それがどうしたんだ?」

「まぁ最後まで聞いて。問題はそこの偉い警察官の一人が、学校の"ある所"だけは避けて警備と事件の調査に協力するように・・・って指示してるみたいなのよ。」

 

これはまた凄く興味深い話だった。

「ある所って、まさか・・・」

「地下よ。」

「いったいどこでその情報を手に入れた?」

マックスは聞いた。

 

「親がそこの警察署の人間と知り合いだから、昨日久しぶりに飲みに行った時にその話を聞いたそうよ。」

「なるほどな。良い情報を提供してくれた。」

「これって考えられることとしては、地下の秘密を知られたくない生徒が、指示を出してる警官を操っている。そう思わない?」

ジェイリーズが言った。

 

「確かにまずその可能性が浮かぶ。でも、あまりにも大胆だな。生徒が一人で警察の動きを操ることが出来るかな・・・」

「大胆って言われると、確かにね・・・・」

「その話が事実ならかなり気になるな。行こうじゃないか、学校へ。」

「そうなると思ったわ。じゃあ、レイチェルは来させないほうがいいわね。どんな危険が待ってるかわからないから。」

「当然だ。じゃあ昼に、バース中央広場で会おう。二人には連絡しておく。」

「了解。じゃあ、後で。」

 

そして電話は切れた。

「何か・・・事が動く予感がするな・・・・」

 

彼はすぐさまディルとジャックに今日の活動についてのメールを送った。

 

それから数時間後、昼食を軽く済ませたマックスはバース中央広場に向けて自転車を走らせていた。

 

中央広場に集合するのは学校に乗り込んだ日以来だ。

あの時サイレントと再会し、その後で事件は起こったのだった。

あの時の記憶がよみがえってくる・・・・今日も何かが起こるのか・・・・

 

今は何もわからない。だが少なくとも悪い予感は感じていない。

全ての結果は学校に行けばわかることだ。そう思いながらひたすらペダルを漕ぐ・・・・

 

徐々にバースシティーの中心部に近づき、人も車も多くなってきた所で、前方に大きく目立つ噴水が視界に入ってきた。

 

マックスが中央広場の入口に自転車を停めて噴水の方に歩いていると、噴水横のベンチから立ち上がって彼女はやって来た。

「早かったわね。」

「そっちこそ、一番早いじゃないか。」

 

そこにはモノクロの花柄ワンピースを着たジェイリーズの姿あった。相変わらず大人びた格好だ。

 

「あとは二人の到着を待つだけだ。それから色々と決めよう。」

 

すると、二人の後ろから別の二人が並んで歩いて来て・・・

「待たせたか?」

「全然だディル、それにジャック。一緒に来たのか?」

マックスは振り返って、近づいてくる彼らに言った。

 

「ディルが俺の家に来たんだよ。どうせ待ちきれなくて仕方なかったんだろうな。」

ジャックが言った。

 

「どうせとは余計なワードだな。それより、今日の服も良いなジェイリーズ。」

「毎度ありがと。」

 

マックスの予想通り、すぐに四人はそろったのだった。

 

「今から何をするかはメールでも簡単に伝えた通り、警官の話が本当かどうか確かめに学校へ乗り込む。もし出来れば、地下を避けるよう指示を出してる奴を見つけて行動を観察したいな。」

マックスが今回の主な行動目的を話し始める。

 

「警察の人間が地下の秘密を知るわけがない。そしてその秘密に誰も近づかせたくない奴といえば、俺達の宿敵しか思い当たらない。その生徒が今回は警察を操っているとなれば、何やら事を起こそうと企んでいる可能性がある。今回も気が抜けないぞ。」

 

「だがこっちの実力も上がってる。もし敵を見つけたら、今こそ特訓の成果を見せる良い機会だ。」

ジャックが言った。

 

「そうだな。今の俺達はまた一段と強くなったはずだ。敵とは積極的に戦おうじゃないか。相手だって同じ生徒だ。」

「敵の黒幕と操られた警官かぁ。面白くなってきたぜ。」

 

それから四人は自転車でセントロールス高校へと急いだ・・・

 

厄介なことに、校門が見えてくるはずの所までたどり着くと、最初に視界に入ったのはガードマンだった。

 

四人は自転車をその場で停止させる。

「ガードマンか。完全に誰も学校の周囲に入れさせない気だな。ここからは自転車を置いて、姿を消して突破するしかない。」

 

近くのマンションの駐輪場に自転車を置いて、四人は建物の影に隠れて杖を取り出した。

「集合場所は裏庭の訓練場。警備はより堅くなっているはずだから十分注意するんだ。じゃあ、行動開始といくか。」

 

マックスの合図で皆一斉に目くらまし呪文をかけて動きだした。

周りの誰にも彼らの姿をとらえることは出来ない。もちろん、ガードマンも何も気づかず立ったままだ。

 

透明になったマックスは二人のガードマンの間をスルリと通り抜け、あっさり校門へ近づくことが出来た。

校門には黄色い立入禁止のテープが貼ってあり、

それをまたいで越えた時に、早速敷地内の状況は見てとれた。

 

ニュースで見た通り、警備体制は上がっている。

そして更に調査班も動いているようだ。

マックスは歩きまわる警官達をかわし、なるべく遠ざけながらグラウンドに回り込む。

そこから校舎の表側が一望出来るが、相変わらず校舎全域に黄色いテープが張り巡らされている光景には違和感しか感じない。

 

誰にも気づかれることなく裏庭に入り、そこから先はこっちのものだった。

 

誰もいない草の生い茂った領域を豪快に歩き、やがて立ち止まると、術への気の集中を切った。

そこで徐々に姿が現れるマックスを見た三人も、立ち止まって術を解いたのだった。

 

「揃ったな。これ以上奥に隠れる必要もないようだ。まず侵入成功だ。」

「当然だな。でも警察の数には驚いたな。」

最後に姿を現したディルが言った。

 

「よし、まずは地下に向かう。警官が本当に地下を避けているか、周辺確認だ。」

 

揃ったチームは再び動き出す。

「今回は、ここから近い旧校舎の入口から入るか。」

彼らはここから近くの、今はほとんど使われない旧校舎にある入口から本校舎に移るルートを選んで歩いた。

 

幸い、ここには誰もいなかった。

「アロホモーラ。」

マックスがロックを解除し、スムーズに旧校舎に忍び込むことができた。

 

校内は本当に静かだった。歩きながら、その静けさが緊張感を呼ぶ。

そして旧校舎は、たとえ昼でも相変わらずの不気味さが漂う。

 

「入っていきなり警察と出会わなくて良かったな。」

廊下を歩きながらジャックが静かに言う。

「まったくだな。近くから足音も聞こえないし、今は旧校舎に警官は居ないかもしれない。少なくとも多くはないだろう。」

隣を歩くマックスはそう言うと、バッグから『学校内全システム書記』を取り出して地図を見た。

 

「ここから地下へは・・・・そう面倒なルートではないな。」

マックスが地図上のルートを確認していたその時だった・・・

 

「おい!」

 

突然のジャックの声に慌てて前を向く。

「あっ!誰だ今の?」

マックスは、前方の階段を誰かが駆け上がって行ったのを目にした。

 

「女だったな。こっちの存在に気づいたっぽかったぞ。」

ジャックが言った。

「もしや今のが俺達の敵か?」

後ろからディルが言う。

「かもしれないが・・・ただひとつ言える事は、あの女子はここの生徒じゃない。」

マックスは、一瞬こちらを振り返りって急いで駆け出して行った女子生徒を見たときに、明らかにセントロールスの制服ではないと確認できたのだった。

 

「とにかく急いで後を追ってみよう。」

彼らはすぐさま階段に駆け寄り、足音に気をつけて二階へと上がり始めた。

 

するとその時を待っていたかのように・・・

 

「エクスペリアームス!」

「伏せろっ・・・」

とっさにマックスはジャックをかばい、しゃがんだ彼の頭上を何者かが放った術の光線が通りすぎた。

 

すぐに顔を上げたマックスは、二階の廊下へ走り去って行く一人の女子の姿を見たのだった。

「あいつは魔女だ。あの女が黒幕だ!」

皆は杖を構え、二階廊下に足を踏み入れた。

 

さびた壁にドア無しの教室が並ぶだけだ。

「どこかに隠れているぞ。」

「ああ。三階には行かなかったから確実だな。二階にいる。」

マックスとジャックがゆっくりと歩きだし、後方を注意しながらディルとジェイリーズが後に続いた。

 

まずは最初の教室をあたる・・・

 

ぱっと杖を前に向けて入った。そこは少しヒビが入った黒板に、ボロボロの木の机がすみに置かれているだけだった。

 

次は隣だ。

しかし、入ったと同時にここも同じような光景だとわかった。

そしてまた隣も恐る恐る確認する。

だがここにも居ない。

「ジェイリーズ、何か感じないか?」

廊下に出てマックスが言うと、彼女は術を発動させた。

「ホメナムレベリオ」

空気が振動し、二階の廊下の先へと広がっていく・・・

 

「よくわからないわ。誰か居る気配はしないけど。」

「そうか・・・足音もしない。姿を消して逃げたわけでもないようだ。」

「マフリアートを使ったのか?」

ディルが言った。

「ならばそのゾーンに触れたら感覚でわかることだ。どんどん調べるぞ。追いつめろ。」

 

マックスは先を急いだ。

そして二階の端へと迫っていくが、まださっきの女子とは遭遇しない。

 

そして残る教室はあと二つとなった・・・・

 

「俺は右を見る。」

マックスが言った。

「じゃあ俺が左だ。」

続けてジャックが言う。

 

二人は杖を構えて左右の教室の入口に身を潜める。

その後ろにディルとジェイリーズがつく・・・

 

マックスとジャックは目で合図を送り、同時に両方の教室に突入した。

 

しかし、その結果はどちらも同じだった。

「いない。」

「こっちもだ。そんな・・・」

 

そこにディルとジェイリーズも来た。

「いないのか?」

「ああ、でも確かに・・・・いや待て、しまった!まさか姿くらましか!」

マックスの言葉で、今皆も姿くらましの可能性を思い出した。

「あの生徒が姿くらましが出来るとしたら、とっくにここにはいないぞ!」

ジャックが言った。

「でも高難易度の魔法だ。校内の構造は複雑だし、場所をちゃんと把握できていないと移動は出来ない。遠くへは行ってないかもしれない。とりあえず上へ行こう。」

 

マックスは走って廊下を戻った。皆も彼に続く。

 

階段を駆け上がって三階の廊下に立つ。

「いないな。また上だ。」

すぐさま階段に向き直って上を目指した。

 

そして四階に到着した時、マックスの勘は見事に当たった。

 

「いたぞ!」

廊下の先に、その者はいた。

「何っ!魔法使い・・・」

四人の杖が向けられた先に立つのは、長髪でブロンドの女子生徒だった。

制服は確かにセントロールスのものではない。

 

マックスは近づきながら話した。

「お前は誰なんだ?」

「お前達が知る必要はない。」

彼女は強気な口調で言った。

 

「言わせてやる。ステューピファイ!」

しかし彼女は杖を上げ、それを無言で跳ね返した。

それをマックスは避け、再度杖を向ける。

 

「待て!!」

マックスは走っていく彼女を追った。

それに続いて三人も走る。

マックスは走りながら呪文で攻撃を仕掛けた。

 

「エクスペリアームス!」

しかしまたもや防がれ、更に無言呪文の光線が放たれた。

 

マックスは必死で避け、その度に体勢を立て直して走り続ける。

「インペディメンタ!」

「ペトリフィカストタルス!」

皆も続けて攻撃した。

しかしその度に無言呪文で対応し、彼女は逃げ続ける。

 

だが角を曲がった先に逃げ道はなかった。

 

「追い詰めたぞ。」

マックスは何とか追いつき、行き止まりの壁に手をついて息を切らす彼女に迫った。

「姿くらましをしようとした瞬間、俺達はお前を狙う。だがどこまで逃げようと追い続ける。言うんだ、お前がどこから来て何を企んでいるのか。」

 

ジャックに続いてディル、ジェイリーズも追いつき、きつさをこらえながら杖を構えて立ち並んだ。

特にジェイリーズは疲れたようだ。

立ちはだかる四人を目の前にして、女子生徒は少し経ってから杖を下げて、口を開いた。

 

「あたしはW.M.C.から来た。」

「W.M.C.?何だそれは。」

マックスには全く聞き覚えがなかった。

 

「魔法学校を知らないの?一体今まで何してきたんだ。」

「それはこっちの台詞だ。魔法学校の生徒がなぜここに用がある。そしてなぜ俺達を襲った。」

マックスは一直線ににらんだ。

 

それから少し黙った後に再び話し始めた。

「それが・・・・あたし達の大事な役目だから・・・」

 

マックスは、その言葉を聞いてから頭に浮かんだ事を言うのだった。

「だろうな。グロリアからの大事な指令というわけだな。」

 

それを聞いた彼女が驚いたのがわかった。

「なぜ、それを・・・!」

「色々と話は聞いてるんだよ。お前も知ってるはずの、ナイトフィストからな。俺達を襲う魔女がここにいるとなれば、グロリアの新入りとしか考えられない。」

「ナイトフィスト・・・まさかお前達が!」

彼女は更に驚いた。

 

「そういうことだ。それで、そっちの詳しい話を聞かせてもらおうか。地下の事やゴルト・ストレッドの事もな。」

「何の事だ・・・何を言ってる。」

「ここでとぼけても無駄だ。お前がやった事は全てわかってるんだぞ!」

マックスは杖に力を込めた。

 

「マグルの町にいるお前達に、あたし達の何を知ってるって言うんだ?これ以上話している暇はない!」

瞬時に彼女は杖を振った。

 

何らかの術が発動し、マックスは即座に対応した。

「プロテゴ!」

間一髪、呪文を弾くことが出来た。それと同時にジャックが呪文を放っていた。

「コンファンダス!」

 

術はブロンドの魔女に命中し、ふらつきながら床に倒れたのだった。

「よくやった。」

マックスは彼女に近づいた。

 

「インカーセラス」

マックスは床で横になる彼女に杖を向けて言うと、杖先からロープが出現して体にきつく巻きついた。

 

「もう逆らうことは出来ない。さあ、グロリアから何を言われたのか。全てを話せ!」

 

ジャックの錯乱の呪文の効果が切れると、彼女は喋りだした。

「それは言えないわ!学校の仲間の為にも。」

「ならば喋らせてやろう・・・」

「出来るかな・・・」

 

マックスは杖に力を入れて、あの呪文を口にしようとした。

 

「クルーシ・・・」

「エクスペリアームス!」

その時、何者かが放った呪文でマックスの杖は手から離れ、廊下に転がった。

 

「誰だ・・・」

今の呪文は明らかに自分達の後ろから放たれたものだった。

 

「お前達か、噂の魔法使いは。」

マックス達は後ろを振り向く。

そこには、知らない男子生徒が杖を向けて立っていたのだった。

 

「また同じ制服・・・お前もW.M.C.とかいう魔法学校の生徒のようだな。」

マックスは、床に倒れる魔女と似た制服を見て確信した。

 

「そうさ。そしてお前達は俺達の敵のようだ。フィニート!」

男は床に転がる魔女に杖を向け、拘束の呪文を解除した。

 

「リザラ、しっかりしろ。こいつらを捕らえるぞ。」

体に巻きつくロープが消失し、彼女は急いで立ち上がる。

 

今ここに、六人の魔法使い達が杖を構えて向かい合った・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 




ジェイリーズ(バース中央広場)


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第十六章 UNION

マックスら四人、そして突如現れた魔法学校の生徒二人は向き合い、互いの出方をうかがっている・・・・

 

誰が先に攻撃を仕掛けるか・・・相手は二人、こっちは四人だ。まぁ負ける気はしない。

マックスは横目でジャック、ジェイリーズ、ディルの立ち位置を確認し、再び謎の女と男を交互に見た。

 

女のほうはディルとジェイリーズ側に、男は廊下の中央に立ち、マックスとジャックと向かい合う。

女の後ろは壁で行き止まりだ。この場から脱出するには前方の男の先へ突っ切るしかない・・・

 

マックスが思案していたその時、最初の攻撃が始まった。

壁際の女が無言で杖を振ろうとした瞬間を、マックスは見逃さなかった。

「させるか!エクスペリアームス!」

力を込めて杖を突きだした杖先からは、緑の波動が発生した。

 

同時にブロンドの魔女の杖からも光が放たれ、二つの光線がぶつかり合って火花を散らした。

「デイヴィック!」

女は杖を握りしめて支えながら、廊下の先に立つ男に向かって叫んだ。

 

「ああ、わかってる!」

デイヴィックと呼ばれた男に、ジャックが呪文を発動しようとしていた。

男は無言呪文で素早く連続攻撃を繰り出し、光線がジャックに立て続けに迫る。

 

「プロテゴ・・・!」

素早く静かな攻撃に圧倒されながらも、ジャックの持ち前のタイミング力で二発の術を弾き飛ばした。

そこで男は視点を変え、ジャックの隣に静かに杖を振ったのだった。

高速で飛来する光は隣のディルに直撃し、彼は瞬時に固まってその場に倒れた。

 

「ディル!卑怯な奴だ・・・」

ジャックが言った。

「次は誰が石になる・・・」

男は杖を突きだしたまま近づく。

 

「誰もならない。」

マックスは杖を大きく横の壁の方に振り、ぶつかり合う光線が歪んで火花が女に降り注いだ。

この瞬間に術を切り、杖を上に向けて新たな呪文を発動した。

「エイビス!」

 

すると天井に向けられたマックスの杖先が白く光り、鳥の羽が舞い上がると共に数羽の灰色の小鳥が出現したのだった。

更にマックスは男の方を振り向いて・・・

「オパグノ・・・」

 

途端に、小鳥達は男めがけて一斉に飛んでいったのだった。

 

「何だこの小細工は!・・・」

猛スピードで飛んでいく鳥達は男の周りを囲み、くちばしで突っつき始めた。

 

「ペトリフィカストタルス!」

一方でジェイリーズが女の動きを封じたようだ。

 

「フィニート・・・ディル、急ぐぞ。」

ジャックが床で固まったディルを助け、手を取って立ち上がらせた。

 

「今のうちだ。とりあえず外に出るぞ!」

マックス達は来た廊下を突っ切り、走ってその場を離れることに成功した。

今、目くらまし術をかけながら逃げる余裕はない。とにかくその足を止めずに廊下を駆け戻り、階段を下りて一階を目指す。

 

心臓が止まりそうだ・・・奴らに追いつかれれば、その時にはもう戦える力が残っているかわからない。

 

既に息が上がりながら、四人は旧校舎一階までたどり着き、そこで一旦立ち止まった。

 

足音は聞こえない・・・追って来てはいないようだ。

「奴らは来てない。ここで姿を消してから、本来の目的の警官の件を調べるか。」

マックスが言った。

 

「よし、やろうか。こっちが警官の近くに行けば、あいつらも近づきにくくなるだろうしな。それにしても何だったんだろうか・・・」

ジャックが言った。

 

「W.M.C.とかいう魔法学校の生徒で、あの二人がグロリアの手先だということは確かだ。でも、ゴルトを操っていた黒幕があの二人だとすると、それはしっくりこない。」

マックスは続ける。

「なぜ魔法学校の生徒なんだ・・・ここに潜入していたと考えれば、すくなくとも同じクラスの生徒及びセントロールスの教師達の記憶を操らなければいけなくなる。そんな大掛かりな事もやっていたと思うか?」

 

「引っ掛かるのはそれだけじゃない。あの二人の話しからすると、どうも俺達の事をほとんど知らない様子だった。つまり、奴らは前からここに潜入していた訳じゃないってことだろう。」

ジャックが付け足した。

 

「じゃあ、ゴルト・ストレッドを操って、地下で何かをやらせていた黒幕がますます謎だわ。」

 

今まで自分達が対抗してきた姿の見えない黒幕・・・・

更に、突然現れた二人の魔法学校の生徒・・・・

厄介なことに、わからない事がまたひとつ追加されたのだ。

 

「とりあえず休憩だ。いきなりきついぜ・・・」

「だな。あの二人は俺達より確実に上手だった。まぁ魔法学校の生徒なら当然だな。本校舎に行って、近場の物置にでも隠れて休もう。」

と言いながらマックスは、いつしか物置部屋がチームの臨時休憩所になっていると感じた。

 

本校舎に移ってからは、旧校舎の廃校のような雰囲気は一変する。

 

彼らは一番近い物置部屋に入って、ひとまず落ち着いた。

 

ここから先は、さすがに警官に出会すこともあるだろう。魔法使いだけでなく全警官にも注意を払う必要があるのは、これまた面倒な事になったものだ。

せっかくの休校で、誰もいない状態の校舎内を思う存分動き回れるかと思っていたのもつかの間。誰かが事件を起こしてくれたせいで今や警察が集っているのが現状だ。

だがそれは、同時に敵にとっても動きにくくなったはず。

なぜ何者かは警官を攻撃して騒ぎを起こしたのか・・・

犯人はバカなのか・・・・だったら黒幕が務まるか?

あるいは、今回の事件の犯人はゴルト・ストレッドを消した黒幕とは違うというのか・・・・

そしてさっきの二人は関係しているのか?

 

台に腰かけて、マックスは三人の警官が何者かに襲われた事件の事を考えていた。

 

「警官を殺した犯人は、俺達が探してる黒幕だと思うか?」

マックスは皆に向けて言った。

 

「だと思っていた。ついさっきまではな。」

ジャックが答える。

「ここは魔法学校からも魔法使いが来るような所だ。警官殺しの犯人も含めて、俺達以外の魔法使いが黒幕だと決めつけることは出来ないな。」

 

「でも、少なくともさっきの二人もグロリアの手先よ。あたし達の敵であることに変わりはないわ。」

ジェイリーズが言った。

 

「そう言えばあの金髪の魔女、ゴルト・ストレッドや地下の事を聞いた時に知らないような反応をしたな。それが本当なら、黒幕の指令で動いてるんじゃなさそうだな。」

ディルが珍しく推理する。

 

「確かにそこは俺も気になるところだ。となると、グロリアの動きは二手に分かれているということか・・・・」

「二手に・・・つまり、ここセントロールスと魔法学校の生徒がってことか?」

ジャックがマックスの考えを読み取る。

 

「ああ、だから互いの指令内容が違う。でも奴らがセントロールスに来た理由は何となくわかる。」

「俺もだよ。魔光力源しか思いつかない。」

 

「やっぱりグロリアは魔光力源を起動して何かしようとしているのは間違いなかったわね。問題は二つの魔光力源が起動された時、どうなるのか・・・」

 

「今は手掛かりが何もない。ただ、奴らに先を越される前に阻止しないといけない・・・それだけは確かだ。」

 

数分間ここに留まり、体力が回復してきた頃にまた行動を開始した。

目指すは地下周辺。警備代表の警官が地下を避けるよう指示を出しているのならば、近くにその本人がいる可能性は高い。

 

そしてマックス達が物置部屋から出て廊下を歩き出してから、早速話し声と足音が近くから聞こえてくるのだった。

マックスは三人と目で合図し、皆立ち止まって杖を胸元に構えた。

 

「インビジビリアス・・・」

小声で素早く呪文を唱え、四人の姿が薄れていく。

「たぶん警官だな。様子をうかがってみるか。」

マックスの声だけがその場で聞こえた。

 

足音をたてず得意な忍び動きで前へ進んでいると、すぐに前から二人組の警官がゆっくりと歩いて来た。

 

四人は壁に張りつくようにして警官が迫るのを待った。

 

マックスは、近づいてくる警官の話を聞いていたが、どうも内容は地下の事とは何の関係もなさそうだ。

そのまま見えない四人に気づきもせずに、二人は会話を続けながら通り過ぎて行った。

 

マックスから姿を現し、四人はまた歩きだした。

「使える情報はなかったな。特に操られている様子はない。」

 

そのまま一階廊下を静かに進み続けたが、その間も魔法使いの二人は現れることはなく、誰かに襲われるような気配はしなかった。

しかし本校舎内には、複数人の警官達がうろうろしているややこしさに変わりはない。

奥へ進むにつれて、その事を四人とも痛感することになった。

 

「おい、これじゃ全く落ち着かないぞ。どこから警察が現れるか警戒しっぱなしだ。」

度々現れる警官達との遭遇で、ディルの神経はもう限界を迎えたらしい。

 

「だから言ったろ、気は抜けないと。」

マックスが前を向いたまま言った。

「でもジェイリーズの話からすると、地下の近くには誰もいないはずだ。もう少しの辛抱だな。」

 

やがて彼らは地下へと通じる一階中央廊下までやって来た。

 

突然のハプニングはあったが、二人の魔法使いから逃れた後は順調だ。このまま厄介な人物に出会すことなく当初の目的が果たされればオーケーだ。

 

そして、地下へと一直線に伸びる廊下を歩き出したとき、またしても予想外の事は起こった。

 

四人が歩いている目の前に、突然何者かが姿を現したのだ。

あまりに突然のことで、マックスは杖を構える暇すらなかった。だが目の前に立つ人物を確認した途端、一気に安心感に包まれた。

 

「サイレントか・・・」

「君達の驚いた顔を写真に残せたらよかったのにな。」

 

それは間違いなく"彼"だった。

「その登場は勘弁してくれ。心臓に悪いよ・・・」

ディルが本気で驚いたことは、その表情から察することが出来る。

 

「では次は肩でも叩くか。」

「それも怖いな。」

 

「それで、今日は何をしてるんだ?この展開は前回会った時を思い出させる。何か嫌な感じがするが。」

マックスが二人の会話に割って入った。

 

「嫌な感じは私も一緒だ。だから近頃こまめにセントロールスで偵察をしてるんだよ。」

サイレントは続ける。

「君達が揃って動いているということは、何か目的があるんだろうな。」

「そうさ。ジェイリーズからの情報が本当か、それを確めるのが今日のメインミッションだ。」

マックスが言う。

 

「情報とは?」

「はっきり言うと、地下の魔光力源保管所に人を近づけたくない誰かが警察を操って、地下の警備をさせないように企んでいる。と言った所だ。」

マックスは要約して言った。

 

「なるほど。興味深い情報だ。やはり、グロリアは確実に魔光力源に関わる何らかの計画を進めているようだ。気をつけて行動するんだぞ。」

「ああ、わかったよ。」

ここでマックスは、彼にいくつかの質問をしなければいけない事を思い出した。

 

「そうだ、聞きたいことがある。」

「何かな?」

「まずはW.M.C.について、簡単に教えてほしい。 」

これを聞いたサイレントは、歴史の本からその名を知ったのかとでも言うような表情だった。

 

「ワールド・マジック・センチュリーズ。あらゆる国の魔法使いが在学しているイギリス最大規模の魔法学校だ。本で見つけたのならば説明は書いてあるはずだが。」

「本じゃないんだ。さっきそこの生徒から名を聞いて知った。」

 

サイレントは彼らに会うたびに驚かされているような気がした。

 

「魔法学校の生徒に会ったのか?さっきと言うと・・・?」

「ここでだよ。二人いた。そして俺達を攻撃した。」

マックスが言った。

 

「なるほどな。とうとう他のグロリアの新入りが現れたという事か・・・事態は意外と早いかもしれん。」

サイレントが真剣な眼差しになる。

「どうやらグロリア側にも、魔光力源に近づいた君達の存在は知れ渡ったらしい。それで魔法学校からも手先を送ったのだろう。既に魔法学校の生徒がグロリアに引き入れられている事はわかっている。今は二人しか現れていないが、本気になれば何人送り込むかわからん。」

 

「ただでさえ警官に注意して大変だってのに、これから何人襲ってくるかわからないなんて参るな・・・」

ディルが言った。

 

「そうなればこの学校は危険だ。いや、もう既に危ないな。君達は今まで以上に警戒するんだ。そして我々の仲間にセントロールスのパトロールをさせる。相手が魔法学校の生徒となれば、甘く見てはいけないからな。」

「さっき少し戦ったから、それはよくわかるよ。」

ジャックが言った。

 

「問題は、現在のグロリアの団員が直接乗り込んで来た時だ。子供以外の相手と決して戦おうとしないことだ。決してな。」

「了解した・・・」

マックスは今の自分達の力を思い知りながら答えた。

 

「それから、次に聞きたいことだが。」

彼は続けた。

「レイヴ・カッシュという人物を知ってるか?」

「レイヴ・カッシュ・・・・残念ながら聞いたことがないな。その人物がどうした?」

サイレントはその名を知らなかったようだ。

 

「『魔法全史』に書いてあったんだけど、この名前が魔光力源保管所に入るための呪文に使われてるんだ。」

「これはまた聞き流せない事だな。魔光力源の事に加えて、その人物の事をこっちでも調査しておくとしよう。もっと詳しくわかるか?」

「ああ。でもレイヴ・カッシュが19世紀に生きていた冴えない発明家って事と、行方不明になったって事だけだ。」

「覚えておくよ。」

 

サイレントはうなずき、そしてまた話し続けた。

 

「今度は私から質問だ。」

「ああ、何だ?」

「一度、第一魔光力源の所へ案内してほしい。」

 

それから、サイレントを連れて地下へと歩き始めたのだった。

 

 

その頃、セントロールスの屋上では・・・・

 

「それにしても、来てみたらまさかこんな事になってるとはなぁ。誰だか知らんが、よくも面倒な事件を起こしてくれたもんだ。」

W.M.C.の生徒の男が、屋上のふちから下を眺めていた。

そしてそこへもう一人の生徒が近づく。

「一体どこのバカの仕業なんだか・・・・」

それは長髪でブロンドの女子だった。

 

「なぁ、リザラ・・・・」

隣の男が敷地内の様子を眺めながら話し始める。

「俺達は、本当にこれでいいんだろうか・・・」

「デイヴィック・・・今更何言ってるんだ。」

女が言う。

 

「俺達の信じたグロリアという連中・・・・彼らに協力して俺達がやろうとしている事は、本当に最善なのかということだ。」

「何か引っかかるのか?」

「・・・いや、何かよくわかんなくなってなぁ。」

デイヴィックは下を見下ろしたまま言った。

 

その後ろでリザラが・・・

「少なくとも、あたしはあの人達の仲間になれば悪いことはないと思う。あたし達の親だって・・・」

「それ以上言わなくていい。わかってるさ。俺達が後を継ぐことになる可能性は最初からあったんだ。それが運命ならば、俺は迷わない・・・」

 

その後、彼らは屋上にしばらくいた。

 

「なぁ、あいつらの事をどう思う?」

デイヴィックは段差に腰掛けて、近くをうろうろするリザラに言った。

 

「あの四人か。マグル界で育ったわりにはなかなかの腕ね。それにしても、何でマグルの学校にいるんだ・・・惜しいことだね。同じ学校にいたらあたしらの仲間になっていたかもしれないのに・・・」

リザラは呟いた。

 

そして少し二人の会話が途切れた後、リザラが口を開く。

「ミッション、再開しなくていいのか?」

「そうだな。やらなきゃならない。でも俺達には何の手掛かりもない。他の魔法学校の仲間に会って聞いてみるしかないか。」

「もしくは、あの四人を利用できるかもしれないわね。」

 

そしてデイヴィックが立ち上がった。

「よし。あいつらの腕はわかった。四対二では同じ結果になるだけだ。仲間を集めて再び来るぞ。」

「今日は帰るのか?」

「そうする。お前が残りたいと言うならそうするが。」

「・・・いや、帰ろう。」

 

そして二人は、屋上から姿をくらましたのだった。

 

 

それから数日が過ぎ去ったある日の事・・・

 

誰もいない公園に一人、彼は杖を振り回し、連続で魔術を行使していた。

 

一発発動する度に向きを変え、違う方向に呪文を放つ。

杖先からは次々と光が飛び、地面の草に当たって弾ける。

そこへ誰かの影が現れた。

「マックス・・・今日はまたずいぶんとはりきってんな。」

 

声に気づいて彼は振り向く。

 

「ディルか。早いな。」

「俺の登場は意外だったかな?」

ディルが自転車を置いて公園内に入ってきたのだ。そして彼の先には杖を片手にしたマックスが立っている。

 

「すごいな。無言呪文ってやつか。」

「ああ。戦うにはどうしても必要なスキルだから。W.M.C.の二人の動きを見てすぐに思ったんだ。」

「俺も思ったよ。俺達とはレベルが違う。」

ディルがマックスの横に並んだ。

 

「あの時に、俺は何も出来ずに攻撃を食らっただけだった。それが悔しい。そして怖かった・・・」

彼はいつになく真剣な表情で、マックスは彼の思いを察した。

 

「とことん特訓しようじゃないか。そして強くなろう。」

「おう!早速頼む、ご指導をな。」

「よし。無言呪文は相手に何の魔法か知られずに、かつスピーディーに呪文を発動することができる。使うには呪文とその効果をしっかり把握しておく必要がある。強い魔法になるほど成功するのは難しいだろう。とにかく、やってみるか。」

 

その後ジャックとジェイリーズも現れて、皆で魔法の勉強と実戦訓練に明け暮れる事となった。

 

そんな時に、別の場所でも別の人間達が動き出していた。

 

「俺達の任務だが、結構面倒な事になってる。これからは協力して動く必要がありそうだ。」

それはデイヴィックだった。

 

「確か、お前達の任務はマグルの学校にある魔光力源の確保だったな。状況はあまり良くないようだな。」

そこにはもう一人、男子生徒がいる。

「それに、ナイトフィストの手先になったという奴らがいたらしいな。」

「だから頼んでんだよ。何か情報はないか?」

「あの学校の生徒の話では、お前達が探すものは地下にあるらしい。でも詳しい事は知らん。何せ会ったこともない。」

男は言った。

 

「そうか。わかった。」

「アカデミーの仲間も連れていくのか?」

「ああ。エメリア達にはリザラが話をつけている。準備が整い次第行くぞ。俺の予定では明日だ。」

 

 

またある所では・・・

「あんたの仲間から話は聞いたわよ。早速、ナイトフィストに協力するマグル校の生徒に会ったらしいね。」

「なかなかやる相手だったよ。素人にしてはね。」

とある女子とリザラが話していた。

 

「リザラ達、例のアレを守ることが任務でしょ?大変なのはわかってるわ。だから次はあたし達も任務に参加するわよ。」

「話が早くて助かるよ。」

「じゃあエレナにはあたしが話しておくから、その時はよろしく。」

 

二人の女子はどこかの門の前で話を続ける。

「そうだ、リザラはもう会ってるのかい?例のマグル校にいるグロリアの仲間と。」

「いいや。君は?」

「あたしもエレナも見てないよ。どんな奴なんだろうねぇ。なんか学校でヤバい事件起こしたんでしょ?」

彼女は興味ある感じで言った。

 

「たぶんそいつが犯人だろうね。」

リザラはクールに言った。

「それに、その生徒が魔光力源を見つけたんでしょ?魔法学校の生徒じゃないのになかなかやるわよね。見てみたいわ。」

「あたしは興味ないね。」

そしてリザラは姿をくらまし、もう一人は門の内側へと消えたのだった。

 

 

そして翌日、彼らはセントロールスに来ていた。

 

「今回も警官の動きを観察する。それをやりながら魔法学校の生徒の出現も警戒するんだ。また必ず現れる。その時に、更に成長した俺達を見せてやろう。」

裏庭で、マックスがジャック、ディル、ジェイリーズと向かい合っている。

 

「奴らの狙っている物はわかっている。だから必ず地下にたどり着くはずだ。先に行って待機出来れば一番良いパターンだな。」

「あの時に魔女は旧校舎にいた。そして男はどこかへ行っていた・・・恐らく二手に分かれて魔光力源を探していたのだろう。だからまだ奴らが位置を知らないかもしれない。その点ではこっちが確実に有利な立場にある。」

ジャックが言った。

 

「ならばいいがな・・・とりあえず地下へ行こう。それと、グロリアの手先といえども、ここにいる警備担当の警官全員を操るのはまず無理だ。学校のどこかで操られた警官が指揮をとっているはず。その警官を見つけて服従の呪文を解除することも目的だ。」

そしてマックス達は旧校舎の入口から校内に侵入した。

 

そこから本校舎へ移る・・・

 

マックスはバッグから『学校内全システム書記』を取り出して、一階地図のページを開いた。

何度地図のページを開くことか・・・

 

「一階の表側廊下には隠れられそうな小部屋は少ないな。一旦二階に上がったほうが良さそうだ。二階には部屋が多い。」

 

彼らは本校舎に移ってからすぐに階段を上がり、二階廊下から地下へ繋がる一階中央廊下へ下りるルートを選んだ。

 

少し歩くと、様々な教科の教室や物置部屋が連なって見えてきた。

各部屋に誰かいないかと、窓から部屋の中を除きながら静かに進む。

 

そのまま歩いていると、廊下の先から足音が聞こえてくるのがわかった。

いつも通りのやり方で、皆は姿を消してその場をやり過ごそうとした。

少し待つと、それは一人の警官だった。

もちろんマックス達の存在に気づくことはなく通り過ぎる。

 

魔法使い相手では警察もどんなに頼りないか・・・マックスはそう思いながら、目くらまし呪文を解除した。

 

「警官は行ったな。」

マックスが姿を現してから静かに言った。

「いつでも全力で戦えるように、なるべく透明の魔術は避けたいけど、やっぱり警察が邪魔で仕方無いな。」

ジャックが言った。

 

「まあな。だが同じく敵側にとっても動きにくいのは好都合だ。」

 

それから二階表側廊下の突き当たりまで、何事もなく進むことができた。

二階も広く入り組んだ構造になっていて、突き当たりの角を曲がると、更に二方向の廊下へと繋がっている。

 

マックスは二階中央の廊下を選んだ。

「このまま進んで一階に下りたら一階の中央廊下だ。」

 

その時だった。

廊下の先に、明らかに警官ではない人間がいるのを発見した。

四人はすぐそれが、リザラとデイヴィックだとわかった。

 

マックスは気づかれずに近づこうかと考えたが、相手も周りを警戒しているのは当然だ。リザラが後方を確認し、マックス達の存在はすぐに知られてしまう。

 

「デイヴィック!」

「来たかっ・・・」

彼らは即座に杖を向ける。

無言で発せられた光がマックスとジャックに高速で迫った。

二人は訓練したばかりの無言呪文で、術をガードした。

 

「練習の成果はあったな。」

マックスが言った。

 

しかし相手の攻撃は止むことはない。

二人の術が交互に飛来し、容赦なくマックスとジャックを襲った。

 

「ターゲットをしぼって一人ずつ倒す気か・・・」

必死でガードすることしか出来ないマックスとジャックの横に、ディルとジェイリーズが並んで攻撃を開始する。

 

その瞬間を待っていたかのように、デイヴィックがディルに杖を向けた。

 

「しまった!」

マックスが気づいたときには遅かった。

何らかの呪文が発動され、光線がディルに迫り来る・・・

「モビリコーパス!」

その時、ジェイリーズが瞬時にディルに杖を向けて言った。

同時にディルの体がわずかに浮き、壁の方へ大きく移動したのだった。

間一髪、光線は当たらずに飛んで行った。

 

「ナイスだジェイリーズ。」

マックスが言った。

 

ディルは何が起きたかよくわからず、その場でほっとしていた。

しかし落ち着く暇はない。デイヴィックとリザラは呪文を次々に発動してくる。

 

マックスは必死でかわし、無言呪文でガードする。

その隣でジャック、ジェイリーズが攻撃を仕掛け、相手に隙を与えようとする。

 

空中を光線が飛び交い、壁のあちこちに当たっては火花が散る。

 

その時だった。

廊下の後ろから、こちらへ走り来る足音が聞こえてきた。

物音を聞いた警官が向かってきているのだろう。

 

彼らは同時に攻撃を止め、その場は一気に静かになった。

すると複数の足音がはっきり聞こえてくる。

 

リザラとデイヴィックは顔を見合わせ、そして走り出した。

 

「まずい!」

「俺に任せろ!」

ディルが廊下の後ろを振り向き、杖を上げた。

「レペロ・マグルタム」

杖から目には見えない結界が広がっていく・・・

 

「お前達は先に行ってあいつらを追うんだ。俺もすぐに後を追う。」

「よし、じゃあここは頼んだぞ。」

「任せとけ。」

そしてマックスはジャックとジェイリーズを連れて、走り行くリザラとデイヴィックへ迫った。

 

走りながら二人へ攻撃する。それを交互に後ろを向いて跳ね返し、またマックス達に攻撃を仕掛ける。

 

彼らの走る後ろではディルがマグル避け呪文をかけ終わったようだ。もう後ろから警官が来ることはなくなった。

彼は急いでマックス達の後を追った。

 

マックス達は攻撃と防御を繰り返し、先を行く二人もしぶとく対応する。そして廊下の突き当たりを曲がり、姿が見えなくなってしまった。

 

「逃がすか!まだ足音は聞こえる。すぐそこを走っている!」

マックス達は走り続ける。

だが、逃げる二人を追い廊下の突き当たりに近づくにつれ、彼らの遠退く足音がまただんだんと近づいているように聞こえてきた。何かおかしい・・・

 

聞こえる足音は増え、近くでピタリと止まる。

そして、マックス達が突き当たりの角を曲がりきった先に・・・・

 

「・・・何だと。」

三人はその場で走る足を止めた。

 

目の前には、リザラとデイヴィックも含めて五人の人間が立ちはだかっていた。

その全員の手には魔法の杖がある。

 

彼らのうちリザラとデイヴィック、そして知らない男は同じ制服を着ているが、残り二人の女子は知らない制服だ。

 

そして五人はマックス達に杖を向ける。

「杖を上げるなよ。」

五人の中心に立つデイヴィックが言った。

 

これには従うしかなかった・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十七章 少年少女の歩む先は……

マックス、ジャック、ジェイリーズの前には五人の魔法使いが立ちはだかり、全員の杖先が三人に向けられている。

 

そこへ、後ろからディルが追いついたのだった。

「おい、後ろはもう大丈夫・・・・」

その場の光景を目の当たりにした彼は、言葉もなかった。

 

ディルも揃った所で、デイヴィックの隣にいる、短髪でがたいのいい男子が話しだした。

「聞くところ、お前達がずいぶん邪魔をしてくれたようだな。お前達だな、ナイトフィストの仲間になったという生徒は。」

 

「そうだ。そして邪魔をしていると言えば、お前達もだろ。グロリアの手先だからな。」

マックスは言った。

 

そして次に、見たことのない校章がついた、グレーのワンピースの制服の女子が口を開く。

「下手な真似をすれば、相手が素人でも手は抜かないわよ。」

「でも、必要な情報を提供してくれたら、あんたらの事は忘れてやっても良いけど。ナイトフィストは何をさせてるの?魔光力源とかいうものを知らない?」

同じ制服を着た隣の女子が続きを話した。

 

「知ってて言うと思うかい?」

ジャックが言った。

「あたし達はどうしても、それを見つける必要があるんだ。力ずくでも聞き出すよ。」

 

その時マックスが杖を上げた。だが、あえて何もしない。

攻撃させるかと、すかさずデイヴィックが杖を振った。

「エクスペリアームス」

 

これを狙っていたのだ。

「今だ!」

マックスの一声でジャックが素早く攻撃を仕掛けた。

ジャックの無言の魔術はデイヴィックに迫り、ガードを予期していない彼に命中して後方に倒れた。

 

「よくも素人が!」

グレーの制服の女子が前に出た。

そこにディルが立ち向かう・・・

「素人ねぇ。結構美人なんだけどなぁ・・・言葉には気をつけてもらいたい。」

その彼女の顔立ちや髪型、どこかジェイリーズに似ているように見えた。

 

「それはどうも。で、あんたは誰だ。」

しかしその喋り方はまるで違うようだ。

「ディル・グレイクだ。覚えておくと良いだろう。」

「はぁ?あたしが覚えているといいけどな。エクスペリアームス!」

「プロテゴ!ペトリフィカストタルス!」

 

ディルはとっさに反応し、続けて動きを封じようとしたがそう簡単にはいかない。

彼女はガードしてすかさず反撃する。

「コンファンダス!」

 

だがディルはよけて、杖をすぐに向け直す。

「ステューピファイ!」

彼は必死で攻撃に繋げた。

 

しかし相手は身軽な足取りでよけて、またすぐ術を放った。

無言呪文での攻撃にディルは対応する余裕がなく、光があっという間に目の前に訪れて命中した。

 

瞬間にディルは固まり、その場で仰向けになった。

 

身動きも、声も出せない彼の近くに女が歩いて来るのが見えた。

「ついさっきまでの元気はどうしたのかな?あたしはロザーナ・エメリア。覚えておくと良いだろう。」

そう言い残し、ジェイリーズのように茶髪で波打つ髪の彼女は、他の皆の戦いに参戦した。

 

そしてジャックの方では・・・

 

「マグルの生活をしてきたあんたに、魔法界で生きてきたあたしと戦えますかね。」

頭の後ろで髪を結んだ、もう一人のワンピース制服姿の女子が向かい合っていた。

 

「そっちがその気なら、容赦無くな。」

そしてジャックは杖を軽く振り、無言呪文を放った。

しかし彼女は難なくガードして、直後に呪文を放った。

 

ジャックはこれを当然だと思い・・・

「エクスペリアームス!」

ほぼ同時に発動した二つの呪文がぶつかり、光線が繋がった。

ジャックは呪文が繋がったのを見ると、杖に魔力を込めながら左右に大きく振った。

杖から発せられる光線が壁に当たり、左右で火花が飛び散る・・・・

 

更に杖を大きく揺さぶり、相手の戦闘態勢を崩そうとする。

しかし相手は魔法界で育った、魔法学校の生徒だ。

マグルの学校にいるジャックには魔法で負けるわけにはいかないというプライドが高まり、より自分の術に力を入れるのだった。

 

しかしそこまでがジャックの思惑だ。

向きになって対抗する彼女の術が更に激しい火花を散らす。

 

彼が大きく杖を横に振ると同時に呪文を切り、相手の光線だけが勢いよく壁に直撃した。

壁の破壊音と共に、目の前に火花と煙が発生する。

マックスやデイヴィック達全員が振り向いた。そしてこの隙にジャックはその場を離れようとようとした。だが・・・

 

「なにっ!」

煙の向こうから彼女が走って接近し、ジャックの腕を掴んで行かせなかった。

腕をしっかり掴んだまま、彼女はジャックに杖を構える。

彼はその手を掴んで彼女の背中に回して固めた。

彼女は痛みで杖を取り落としたが、同時に後ろ蹴りで彼を突き放させる。

 

「しぶといな・・・」

 

しかし今、相手は無防備だ。ここでジャックは拳を握り、パンチをしようとかかった。

だが、打てなかった・・・・

 

ジャックには女子を殴ることは出来ない。

 

その隙に、彼女は床に転がった杖を取ろうと急いだ。

ジャックは杖を持ち直して呪文を唱えた。

「オブスクーロ」

 

杖先が一瞬光り、アイマスクのような黒い目隠しが彼女の目を覆った。

前が見えなくなった状態で、必死で外そうとするが、これは取れないのだ。

 

今のうちに動きを封じようと、ジャックは呪文を口にしようとしたその時だった。

「エスクペリアームス!」

どこからか呪文が発動し、ジャックの杖は手から離れて廊下の先に吹き飛んだ。

 

見ると、それはリザラの仕業だとわかった。

その瞬間に次の呪文が放たれ、ジャックは対応することが出来ずに食らった。

彼は瞬時に固まり、ゆっくり床に横たわった。

 

その近くではマックス、ジェイリーズがデイヴィックともう一人の男子、それに合流したグレーの制服の女子と共に対戦している。

そこにリザラも加わり、ここで二対四となったのだ。

 

これでは明らかに勝ち目はない・・・・

マックスは相手の数と戦力に押されながら打開策を考えた。

 

デイヴィック達にも、マックスとジェイリーズの焦りは伝わった。もはや二人など脅威でも何でもなくなっている。

 

激しく飛び交う光線が度々ぶち当たっては火花が散る。

四人の攻撃は容赦無くマックスとジェイリーズを襲い、ガードし続けるのがやっとだった。

 

そしてついに、ジェイリーズの杖がリザラの放った武装解除呪文で吹き飛んだ。

リザラは飛んでくる杖をキャッチする。

 

マックスは、とっさにジェイリーズの前に出て集中攻撃をガードした。

 

「マックス、もう無理よ!この場は降参して!」

ジェイリーズは叫んだ。

 

「やめろ!」

デイヴィックの一声で彼らは一旦攻撃を止めた。

辺りは途端に静まり返る。

 

「そうだ。言うことを聞けばいいんだ。大人しくしていればこんな無駄な戦いは避けられる。」

 

マックスは自分の周囲を見渡した。

周りにはジャック、ディルが倒れて動かなくなっている姿がある。そしてすぐ後ろでは、杖を奪われたジェイリーズがなすすべもなく震えている。

 

ここまで追い込まれた事はなかった・・・・

この状況で、どうやってもたった一人で勝てるとは思えない。

 

だが、これは何だ・・・何だこの感覚は・・・?

 

仲間が傷つき、悲しくもあり悔しさもある。

しかしそれだけではない。これだけしてやられて、この状況を覆すことの出来ない自分の無力さへの悔しさ、怒り・・・

 

そうだ、怒りだ。

これまでにここまで明確な怒りを特定の相手に感じる事はなかった。

敵が憎い。だが、今はそれ以上に何も出来ない自らが許せない・・・・

 

「大人しく杖をしまえ。そうすればこれ以上戦うことはない。」

デイヴィックが言った。

だが、マックスは何も答えず、目を閉じている。

 

「マックス!」

すぐ後ろからはジェイリーズの声が聞こえた気がした。

だがこの時、別の声が頭の中を占領していた。

 

なぜかはわからない。この時から意識がもうろうとしてきた。そしてなぜ、今あの声が聞こえるのかも、わからない・・・・

だが、そんなことはどうでもいい。今必要なのは力だ。力さえあれば・・・・

 

「自信の判断にゆだねろ。そして全てを動かせ・・・」

 

またこの台詞だ。だが、今はただ頭の中に響き渡る声に従うだけだ。全てを動かす力があれば・・・!

 

「そして覚醒しろ・・・・」

 

その言葉を最後に、身体中が熱くなる感覚がした。

マックスの手から杖が落ちる・・・

 

「マックス・・・・?」

ジェイリーズが声をかけるが、その声は完全にわからなかった。

 

全身からエネルギーが沸くのを感じる・・・

そして次の瞬間、彼の体から赤黒いオーラのような光を放ちだしたのだ。

 

ジェイリーズは思わず後退る。

 

「何だ、この魔法は・・・」

デイヴィックも状況がわからなかった。

 

そこへリザラが杖を上げる。

「インペディメンタ!」

 

光線はマックスに確実に飛んだ。しかしそれをよける気にはならずに片腕を前へ突き出した。

光線はマックスを覆う赤いオーラによって弾かれて消えた。

 

この時、マックスはほとんど無意識の状態だった。

 

その場に立ったまま、突き出した手から光の波動が発し、デイヴィック達の方に向かう・・・

 

「まずい!よけろ!」

高速で迫る波動は慌ててよけるデイヴィック達をかすめ、かわしきれなかったリザラに当たり、彼女を吹き飛ばした後に消失していた。

そのまはま壁に叩きつけられ、リザラは気を失って床に倒れた。

 

同じく、マックスもその場でぐったりと横たわっていた。

もう彼を囲むオーラは消えている。

 

ジェイリーズは目の前で倒れたマックスを起こそうと必死になった。

「マックス!大丈夫?!」

 

デイヴィック達も、倒れたリザラのそばに駆けつけた。

 

するとその時、廊下の先から足音が複数聞こえてきたのだった。

「急ぐぞ!警察だ!」

デイヴィックともう一人の男がリザラを立たせ、彼女の腕を肩に回す。

茶髪の女子は、同じ制服の女子の目隠し呪文を解いた。

 

五人が揃った所で、彼らは順番に姿をくらまし、あっという間にその場から消え去ったのだった。

 

ジェイリーズは急いでジャックとディルの金縛り呪文を解除する。

「二人とも、早く来て。」

立ち上がったジャックが自分の杖を拾い、ディルと共にマックスの所へ駆けつける。

彼はまだ起きない。

 

「いったい何があったんだ?」

ディルが言った。

「説明は後よ。こういう時にどうしたらいいのよ・・・」

「落ち着け、ひとつ方法がある。」

焦るジェイリーズの横で、ジャックがマックスに杖を向ける。

 

「エネルベート」

すると杖先から淡い光が発生し、マックスの体に広がった。

「エネルベート!起きてくれ!」

再び魔法をかける。

「エネルベート!・・・」

「やばいぞ。」

 

警官と思われる足音は近づく。

 

「エネルベート・・・・」

 

その時、マックスはパッと目を開いて慌てて起き上がった。

「あいつらは・・・?俺は何してたんだ?」

「とにかく早くここを離れるんだ。足音が聞こえるだろ。」

 

マックスは我に返り、急いで杖とバッグを取った。

「姿を消して来た廊下を戻るんだ。後の事はそれから考える。」

 

そして四人の姿がその場から消えた。

 

廊下を歩きながら、ジェイリーズ達はまだマックスの身に起きたことに驚きを隠しきれないでいた。

 

 

一方、驚いているのはこっちも同じだ。

「大丈夫か、リザラ。」

デイヴィックが言った。

 

「ああ・・・何とか。何なんだあいつは・・・」

「さあなぁ。見たことがない魔法だった。」

デイヴィックはリザラの体を支えながら、屋上を歩いていた。

 

「もういいよ。」

「まだ体痺れるんじゃなかったのか?」

「これぐらい大したことない。」

リザラは無理矢理自分で歩きだした。

 

そこに髪を結んだ女子がやって来た。

「大丈夫かい?あたし、正直言ってナメてたよ、あいつらを。」

 

そして彼女と同じ、ワンピースの制服を着た茶髪の女が一人、屋上の縁に立っていた。

「変な奴がいたな。ディルだったか・・・あの不思議な力を放った奴は別として、本当にあいつら全員がナイトフィストに・・・・ならば、何か特別な理由でもあるはずよねぇ。」

 

「理由・・・かぁ。まあそれだったら俺達にだって色々あるだろ。ただ、今日ひとつわかったのは、あのマックスとかいう奴は危険だってことだ。」

そこに来たデイヴィックが言った。

 

「確かにあの時にはどうなるかと思ったけど、でも、あの力は自分でもコントロール出来てないみたいだったわ。」

「ああ、今はな。でも、何かあいつからはとてつもなくデカい気配を感じた。」

デイヴィックは真剣な表情になって言った。

 

「何かって?」

「わからないが、何かだよ。」

そしてデイヴィックは何気なく周りを見渡した。

 

「そう言えば、ロドリュークはまだ来てないのか?」

「ああ、周りの警察の様子を見に行ってるんだっけ?もう帰って来るんじゃないの。」

「だなぁ。それにしても、俺達のミッションはどうなるんだろうなぁ・・・・」

 

その後も、彼らはしばらくここで静かにしていた。

 

 

時は刻々と過ぎ、太陽は早々と沈んだ・・・

 

今、彼は落ち着いている。

しかし今日一日でとんでもない疑問と恐怖が生まれた。

それは他でもない、自分自身にだ。

 

マックスは寝室で一人、今日起こった事を思い出していた。

まずは敵が五人いたことだ。

三人はW.M.C.(ワールド・マジック・センチュリーズ)の生徒だった。あと二人の女はまた別の魔法学校の生徒のようだ。

 

恐らく俺達に対抗する為に皆が集まったのだろう。そしてはっきりした事がある。

それは、やはりあいつらの目当ては魔光力源で、五人ともその場所を知らないということだ。

 

何としてでも見つけ出さなければいけないのだろう。焦っているような感じだった・・・・

 

ということは、俺達以外に魔光力源の位置を知り、そこに近づいたのは、ゴルト・ストレッドを操りそして殺した黒幕だけというわけか。

 

探している黒幕が誰なのかは、自分達で判明出来なければ奴らから聞き出すしかない。

しかし今のままでは、また負けてしまうだろう。何せ人数もあっちのほうが多い・・・

 

こちらにももう一人仲間はいる。でも彼女を・・・レイチェルを戦いに参加させるのは絶対に避けたい。

人数で負けている分は実力でカバーするしかないんだ。まだまだ力不足だ・・・

 

敵に抗えるだけの力・・・・というと、今日起こった奇跡はいったい何だったんだ。

 

確かにあれは現実だった。後でジェイリーズから話を聞いた所によると、赤いオーラをまとっていたそうだが・・・正直自分がどうなって何をしていたのか、全く覚えていない。

 

ただ、最近夢でも聞いた声がしてから意識が無くなるまでの間、体に今までにはない感覚が伝わって、怒りと得体の知れない力を感じた。それからの事はわからない・・・

 

どちらかと言えば、今は魔法学校の連中の事より自分の事が気になる。

それにしても、あの声は何なのか・・・

 

ただベッドで仰向けになっていても何の解決にもならない。

 

マックスは、今日はもう寝ることにした。

寝て、また明日気分を入れかえて何をするか考えればいい。そう思って目を閉じるが、途端に悪夢の感覚を思い出す。

 

「気楽に寝ることも出来なくなったのか俺は・・・」

 

いつしか寝ることに恐怖を覚えたマックスは、また目を開いて起き上がった。

 

「こんな気分では眠くもならない。疲れるまで何かするしかないか。」

そしてそれからはいつものように、本を開くのだった。

何もしないよりはましだからだ。

 

彼は結局、それから数時間は寝ることはなかった・・・・

 

そして翌日。

「あいつらがナイトフィストから、どんな役割を与えられているのかを知りたいな。俺達に与えられた任務と何か関係がありそうだと思わないか?」

 

それはデイヴィックだった。

彼は、一人の男子生徒とどこかの廊下を歩きながら話している。

その廊下はセントロールスより更に幅広く、天上は高い。そして壁は、より豪華な造形だ。

 

「あの四人が活動しているタイミングを考えてみても、確かにそれは言えてるかもな。学校があんな状況だというのに、校内をうろうろしているのはおかしいからなぁ。」

デイヴィックの横を歩く、がたいの良い男子が言った。

 

「そうだろ。だとすると、あいつらの狙いも俺達と同じかもしれんなぁ・・・」

「ナイトフィストも魔光力源に目をつけたと言うのか?」

「ああ。そして、見つけて所有するためにあいつら生徒を使っている・・・そう考えた。」

デイヴィック達は、正面の巨大な扉へと向かって歩く。

 

「でも、マグルの学校に通う生徒だぞ。ナイトフィストは本当に使えると思ったのか?そりゃ、現地の人間を使ったほうが調査させやすいかもしれないが。」

 

「でもお前も見ただろ、あの男の力を。あのマックスという男の魔力は伊達ではない気がするんだよ。ちゃんと知識を学べば、今後あいつは脅威になるかもしれない。むしろ、あいつらをスカウトした人間はマックスに可能性を感じたんじゃないかな・・・」

 

そして二人は正面の扉を押し開け、その先へと入っていった。

 

そこは、とてつもなく広い空間だった。

広間の中央には数メートルに及ぶ長さのテーブルがいくつもあり、大勢の生徒達がそれらを囲んでいる。

 

そんな彼らは全員が魔法使いなのだ。そしてここはW.M.C.(ワールド・マジック・センチュリーズ)の校内である。

 

「リザラはまだ来てないのか?」

デイヴィックの隣の男が言った。

 

「みたいだな。朝食までには来るはずだが、まぁアカデミーの仲間とのやり取りで忙しいんだろ。」

「そうか。ウィルクス・ウィッチクラフトアカデミーへの連絡は、全部リザラがやってるんだったな。今からはロザーナとエレナにも協力してもらう事が増えるな。」

「それだけ事が本格的に動き始めたってことだ。」

 

そして二人は生徒達の中へ溶け込んでいった・・・・

 

 

そしてここから遠く離れた地には、辺り一面の草原に囲まれてそびえ立つ別の魔法学校、ウィルクス・ウィッチクラフトアカデミーがある。

 

アカデミーへの一本道の先にある、巨大な校門の前にて、三人の魔女達は会話をしていた。

 

「そっちの任務はどう?」

長いブロンドの女、リザラが言った。

「まずまずね。一応仲間は増えたわよ。」

アカデミーの校章がついたグレーのワンピースの女子が言う。

 

「とは言っても、本当の仲間は今のあたし達だけよ。後は言われた通りに人数集めしてるだけ。」

隣で、同じ制服を着た茶髪の女子が付け足した。

 

「今はグロリアからの任務に従っていればいいわよ。」

 

そしてリザラは続ける。

「それで、魔光力源の事だけど・・・」

「デイヴィック達とは話し合った?」

「詳しくはこれからだよ。でも、まず魔光力源を発見した生徒と会って話をすべきだと思うんだ。」

 

アカデミーの二人はうなずいた。

「その通りだね。そんな凄腕の仲間と会ったこともないなんて、ダメだよね。でも、なんでグロリアの人はあたし達とその生徒を会わせなかったんだろうね?」

 

「ロザーナの言う通りよ。学校が違うからと言っても、魔光力源を発見したのよ。そんな生徒をなんで一人で行動させてるのか謎だわ。スカウトした人も、あたし達の時とは違う人だって聞いてるし・・・・グロリアの考えてること、よくわからないわ。」

隣の女子が言う。

 

「ロザーナとエレナも同じこと思ってたんだな。正直、あたしもよくわからないんだ。与えられた任務の意味が・・・・」

 

そして少し黙った後に・・・

「ああ、もう行かなくちゃいけない。」

「それじゃあ、また動く時にはいつでも呼んでよ。」

「ああ、悪いけど力を借りるよ。」

 

そう言い残し、リザラは手にしていた箒に股がり、空高くへと消えていったのだった・・・・

 

 

一方、マグル界でも魔法を独自に鍛える少年達がいる。

 

じっとして、何かを思い悩む時はとことん体を動かして忘れさせればいい。そう思いながら、マックスは今日も廃公園へと足を運ばせていた。

 

そして昨日の戦いで、自分達と相手側の実力の差を知ったジャック、ディル、ジェイリーズも現れ、これまでに増して魔法の勉強に取りかかるのだった。

 

マックスは、無言で術を連発出来るようにひたすら特訓している。

狙う相手はジャック、ディル、ジェイリーズの三人だ。

三人は、マックスが動きながら次々に放つ術に集中し、自分に飛んできた光線や波動をプロテゴでガードする。

 

これを、攻撃役を交代しながら四人で続けた。

 

「よし、一回休憩だ。次は読書で魔法の勉強といこうか。」

マックスがその場で杖を下ろした。

 

「ああ疲れたぜ。勉強だったら、今はマックスの呪文の本とサイレントからもらった戦術の本が一番役に立つかな。」

小太りのディルには良い運動になったようだ。

 

マックス達は地面の一部を開け、地下へと通じる階段を下りていった。

 

地下隠れ家に入ってから、皆休憩しているときに・・・・

「あのさぁ、昨日の事だけど・・・」

マックスはジェイリーズに話しかける。

 

「あの事ね・・・」

「ああ。もっと詳しく教えてほしい。どんな感じだった?俺が魔法を使った時に、何か呪文は唱えてなかったのか?」

マックスは、唯一昨日の自分の姿を見ているジェイリーズの言葉が何より重要だと思った。

 

「昨日も言った通りよ。突然黙ったと思ったら、赤いオーラを放ってあいつらを攻撃した。その時に呪文も何も言ってないわ。」

「それじゃあ、その場にいて何か感じなかったか?君は魔法の感知能力が高いだろ。」

「そうねぇ・・・強い魔力は感じたわ。そして威圧感も。そうだ、サイレントからもらった資料で調べてみたら、何か為になる記述があるかもしれないわね。」

 

そう言って、ジェイリーズは本棚から『魔法戦術』と『魔法全史』を取って戻ってきた。

 

「役に立ちそうなのはこの二冊と、あなたの『魔術ワード集』かな。」

「調べてみるよ。」

 

そこへジャックが近づいた。

「体は大丈夫なのか?昨日のあの時に、かなりの魔力を一気に放出しているはずだ。その後で早速ハードな特訓をしたわけだが、何か違和感とかないか?」

「その点は心配する必要は無い。全くいつもと変わらないな。」

 

更にディルが口を開く。

「それならいいや。あの場で石になってた俺も、ただならない殺気をマックスから感じた。でもあんだけ力使っても平気って言うんだったら、もうあいつらは敵じゃないかもな。」

 

「あれは、自分でもわからないうちに起こった事だ。いくら強い力があるとしても、自分でコントロール出来なければ意味がない。自分の意思で扱えるまでは、あの力に頼ることは出来ない。」

 

マックスは続けた。

「だからひたすら訓練だ。そして魔法の知識をもっとつけないと・・・だが、まずはこれから俺達があいつらと、そして魔光力源の秘密の解明にどう向き合っていくべきかを考えようか。」

 

そして四人は、テーブルを囲むように向かい合った。

 

グロリアに招かれた魔法学校の生徒五人と、ナイトフィストに招かれたマグル界の四人・・・・

 

魔光力源へと迫る彼らは互いに出会い、互いに課題を課せられる。

 

マックスの身に起きた事の意味は・・・・そして、誰より先に魔光力源の元へとたどり着いた、セントロールスに潜むグロリアの生徒は今、どこで何を企んでいるのか・・・・

 

次に彼らが動く時、物語は新たな展開を迎える・・・・

 

 

 

 



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第十八章 search eyes

『学校内全システム書記』を手にしてからというもの、あらゆる物事が一気に起こり、それまでの学校生活とは大きく変わった。

 

そして急きょ夏休みになってから、更に色々な事が起こったものだ。それに伴い、解決すべき謎も増える一方だ・・・・

 

マックスは今までに巻き起こった物事を、順番に思い出していた。

思い出せば恐怖がよみがえる出来事もあった。しかし忘れるわけにはいかない。

これまで、自分達の前に訪れた数々の出来事のどれもが何かを意味し、あらゆる謎を解明させるための手がかりとなるのだ。

 

それに、恐れていては何の解決にもならない。

もう既に敵サイドも動きだしている。そして、今から自分達がやらなければならない事は、グロリアに協力する魔法学校の生徒五人の邪魔をして、奴らの狙いであろう魔光力源の元へたどり着かせない事だ。

 

今、グロリアの団員達が何をしようとしているのかはわからない。だが少なくとも、セントロールスに眠る第一魔光力源を狙っていることは確実だ。

とりあえず自分達が出来ることは、魔光力源が敵の手に渡らないようにする事だけだ。

後の事はナイトフィストに任せるとしよう・・・・

 

「マックス、聞いてるか?」

「ん・・・?」

マックスは急にディルの声に気づいて振り向いた。

 

「やっと気づいたか。さっきから目開けて寝てたのか?」

「いや、ちょっと考えてただけだ。で、どうかしたか?」

「その魔法史の本、読まないなら俺に貸してくれないか?」

 

ディルが、マックスの手元で開かれた本を指して言った。

 

「ああ、いいぞ。自分から読みたがるとは、成長したものだな。」

マックスはそれまで読んでいて、いつしか考え事をして途中で放置していた『魔法全史』をディルに渡す。

 

「なんだかぼーっとした感じだな。」

本を手に取りながら、ディルがマックスの顔を見て言った。

 

「それをお前に言われるとはな。これまであった出来事を頭で整理してただけさ。」

 

これより一時間ほど前、彼らは今後のチーム活動についての話をまとめて、それからは各自勉強をしていたのだった。

ジェイリーズから言われた通り、マックスは早速、自分の身に起こった異変について本で調べ続けていた。

だがあの時の、異変が起こった時の事を思い出すうちにどんどん他の考え事までして、本を開いたまま気がどこか遠くへ行っていたようだ。

 

考えなければならないことは、これからも増え続けるのだろう・・・

 

その時だった・・・・

 

マックスはとっさに天井を見る。

他の三人も同時に天井の入り口を見上げた。

突然ここ、地下隠れ家への入り口の扉を誰かがノックしたのだった。

 

「レイチェルかな?」

「多分な。じゃないとしたら・・・」

 

そして扉は開かれ、黒い靴が階段を下りてくるのが見えたのだった・・・・

 

「お邪魔だったかな?」

階段からは聞きなれた声がした。

「サイレントだったのか。」

彼らは少し身構えていたが、肩の力はすぐに抜けた。

 

「自転車が四台あったから、君達が来ているとすぐにわかった。あれからW.M.C.の生徒を見たか?」

「ああ、つい昨日だ。それも五人も。」

マックスが言った。

 

「思った通り、仲間を集めてきたか。」

「そういうことだな。そして詳しく言えば、そのうち二人は別の学校の生徒だ。制服が全く違った。」

「グロリアはW.M.C.以外にも現れて仲間を集めているということだ。その生徒達が集まって動きだしているということは、奴らが大きな一手を打とうとしているのかもしれんな。」

 

そしてサイレントはその場から歩きだして、壁ぎわで止まった。

 

「そろそろこれが必要になってくるだろう。」

彼はマックス達にある物を見せる。

 

「鏡みたいだけど・・・」

ジェイリーズが言った。

それは、壁に掛けられた丸い鏡だった。

縁には黒い飾りつけが施されている。

 

「そうだ。だがもちろん、ただの鏡ではない。そしてこいつを起動させるには下準備をする必要があるんだ。」

 

するとサイレントはそこから離れて、棚に置かれた小さな布袋をつかんで戻ってきた

 

「これらを学校に設置するんだ。」

彼は袋に手を入れて、中の物をつかんで取り出した。

それはビー玉ほどの大きさの玉で、ダイヤモンドのようにキラキラしている。

 

「これは?」

「我々はボーラーと呼んでいる。こいつの役割は、マグル界で言えば監視カメラだ。これに映った光景をあの鏡で見ることができるという仕組みだ。」

「なるほど。ここで学校の様子が見れるというわけか。」

マックスは、このボーラーという物に興味がわいてきた。

 

「今日こいつらを取りにここへ来たんだが、せっかくだ。ボーラーの扱いはここで君達に任せるとしよう。」

「任せてくれ。学校は俺達がきっちり監視する。」

そしてマックスはボーラーが入った小さな布袋を受け取った。

 

「頼んだぞ。そいつらを学校のあらゆる場所に設置するんだ。壁に触れればボーラーが勝手に固定されて透明になる。まず見つかることはないだろう。ありったけ使って構わん。」

「でも、この袋のサイズならボーラーの数は少ないんじゃないか?」

マックスはそう言って小袋の中に手を突っ込んでみた。

 

だがその時、袋のサイズからは想像できないほど大量のボーラーが入っていることがわかった。

 

「そうか。この袋、空間魔法で中を広げてあるのか。」

「魔法ってのは便利なものでな。」

「つくづく思い知らされるよ。」

ディルが言った。

 

「絶対に設置する必要がある場所は、言うまでもなく地下だ。あとは君達の判断に任せる。」

そしてサイレントは話題を変える・・・・

 

「それから、君達が言っていたレイヴ・カッシュなる人物についてだが・・・」

 

「何かわかったのか?」

マックスが言った。

 

「魔法界にも資料は少なく、どれも大した記録ではなかったが、一つだけ確認できた事がある。」

 

マックス達は調査結果に期待を寄せる。

 

「どうやらレイヴ・カッシュが失踪する直前まで、何らかの魔導装置の開発にひたすら没頭し続けていたらしい。そしてその装置を完成させたようだ。」

 

ここでマックス達の仮定が真実に近づいた。

「その開発した魔導装置って・・・」

ジェイリーズが言った。

 

「ああ。恐らく魔光力源のことだろうな。」

サイレントは続ける。

「彼の装置の発明はそこそこの人数の錬金術師達に知れ渡ったようだ。その時に彼の才能が評価され、レイヴ・カッシュの名が徐々に明るみに出てきた。このタイミングで彼は謎の失踪・・・というわけだ。」

 

この事件、マックス達には真相が予想出来た。

「せっかく発明家として名が知られ始めたんだ。そんな時に姿を消すなんてどう考えてもおかしい。」

「まぁ、そういうことだな。」

サイレントは既に、マックスが何を言いたいのかわかっていた。

 

「この事件、明らかにグロリアが関わっているな。」

マックスが言った。

 

「私もすぐにそう思った。グロリアは魔光力源を発明したレイヴ・カッシュの力を欲して、彼を仲間にしようとしたに違いない。彼の失踪事件は19世紀後半に起こった。そしてグロリアが軍隊的組織力を振るい始めたのも19世紀頃と言われている。つまり、当時宗教団体だったグロリアがレイヴ・カッシュの発明によって力を手にした。という仮説ができる。」

 

「なるほどな。レイヴ・カッシュはグロリアに引き込まれて世間から姿を消したという考えか。」

ジャックが言った。

 

「で、結局その後レイヴ・カッシュはどうなったんだろうなぁ。」

隣のディルが言った。

 

「さぁな。何せ資料が無さすぎるから、これ以上明確な事は何もわからない。グロリアによって証拠となるものは消されたのだろう。今となっては当時のレイヴ・カッシュを知る人物もいない・・・」

 

彼の調査で一つはっきりした。それは、レイヴ・カッシュが魔導装置を発明したという事だけだ。

だが、更にそこからグロリアの陰謀を予想する事が出来た。

 

恐らくサイレントの予想はほぼ当たっているだろう。

しかし、まだレイヴ・カッシュに関する大きな謎が残っている。

 

なぜ彼の魔光力源の一つが、マグルの学校の地下に隠されているのか。そしてフィニート・レイヴ・カッシュという謎の呪文はいったい・・・・

そしてその呪文を、どうして黒幕の生徒は知っていた?

そもそも、自分達が『学校内全システム書記』で地下の秘密を知る以前から魔光力源の事を知っていたことになるのだ。なぜなんだ・・・・

 

まだ根本的な謎は解明できそうにない。

だが、とりあえず今は与えられる任務を真っ当することだ・・・

 

そしてサイレントが去った後、彼らは早速動いた。

 

「今日も校内の行動は慎重にだ。また魔法学校の奴らがいてもおかしくない。今回、戦いは最小限に抑えるんだ。」

彼らは今、セントロールスの裏庭にいる。

「目的はボーラーの設置だけ。用が済んだらとっとと立ち去ろう。後は隠れ家の鏡でいくらでも監視できる。例の警官の件もこれでわかるかもしれない。」

マックスが三人に向かって言う。

 

「今後は隠れ家にいながら、校内での敵の様子も見れるようになるわけだ。」

ジャックが言った。

「任務が無事完了したらな。さぁ、行くか。」

そしてマックス達は校舎へ侵入するのだった。

 

今回も旧校舎から侵入した彼らは、早速旧校舎内からボーラーを設置することにしたようだ。

 

「まずは入口に一つ仕掛けるか。」

マックスは肩にかけたバッグから小袋を引っ張り出して、中からボーラーを一個手に取った。

それに向けて杖を一振りして、ボーラーを宙に浮かせた。

 

マックスは杖でボーラーを操る。

そして入口の天井の角にボーラーを持っていった所で、ボーラーが天井で固定され、やがて透明になった。

 

「まず一個終了。さぁどんどんやるぞ。」

 

四人は旧校舎廊下を歩きだした。

「ボーラーは数十個ある。各階の全ての廊下の両端に仕掛けられるだろうな。」

「じゃあ、この辺で一個設置しとくか。」

そう言ってディルが袋からボーラーを一個つまみ、杖で天井へと持ち上げた。

 

そして四人はまた歩きだした。

まずは順調だと思われたが、ここで早速足音が前から響いてくるのだった。

 

四人とも立ち止まり、その場で目くらまし呪文を発動する。

 

じっとしていると、前方から話し声と共に二人の男が現れた。

よく見ると、それはガードマンと警官だった。

 

「まったく、どうなるんでしょうかね・・・・仲間が一人殺されて、見知らぬ警官三人が連れ去られた。犯人らしき人物を確認した者は一人もいない。市民の不安もつのる一方ですよ。」

警官の男が言った。

 

「私たちはずいぶん厄介な事件に関わりましたな。」

「まったくです。そうだ、事件の数日前ここの生徒さんが亡くなったのは知ってますね?」

「もちろんですよ。」

ガードマンとの会話は続いた。

 

「実はその日の夜、この旧校舎の六階の一番奥の部屋の明かりがついていたという話が出てるんですよ。」

 

マックスは警官の話に驚いた。

まさかこんな所で、それも警官から情報を聞けるとは・・・・

 

「旧校舎は今では使われないと聞きますがね。」

「そうなんですよ。殺された時刻と、旧校舎に明かりがついていた時刻は重なる・・・そこで犯人と何かしらの出来事があったのでしょうかね・・・」

 

そして二人はそのまま廊下をまっすぐ歩き、外へと出て行ったのだった。

 

マックス達はすぐに姿を現す。

「今の話聞いたな?」

「ああ。あれが本当ならあの夜、ゴルト・ストレッドと黒幕の生徒がここにいた可能性が極めて高い。普通の生徒が寮から脱け出して、見回りの教師の目をあざむきながら、わざわざ旧校舎に行く理由はない。」

マックスとジャックが言った。

 

「あたしがストレッドに襲われたのも旧校舎。奴ら、この旧校舎に集まって作戦会議でもしてたのかしら。」

それは、ジェイリーズがストレッドとレイチェルの後を尾行した矢先に起こった事だった。

あの時、二人は確かにこの旧校舎の寂れた部屋に来ていた。

 

「わかったぞ。黒幕がここへストレッドを呼んで、定期的に服従の呪文とやらをかけていたんだろうよ。」

ディルが言った。

 

「ほぼ決まりだな。人がほとんど来ないのを良い理由に、黒幕はストレッドを、そしてストレッドがレイチェルに定期的に服従の呪文の効果を与えていたのだろう。」

「そうなると、ますますこの旧校舎にボーラーを置いておく必要があるな。今後も黒幕の生徒がここに現れる可能性はあるってことだ。」

 

その後、四人がそれぞれボーラーを取って、各自気になった所へ設置していった。

 

マックスは廊下を歩きながら、あることを考えていた。

 

ゴルト・ストレッドが死んでいたのは食堂だった・・・

それは朝、食堂でストレッドが死体となって転がっていた時の事だ。

 

なぜ食堂なのか・・・これはまるで、あえて人目にさらしているとしか思えない。

食堂で殺して放置したのか。あるいは別の場所で殺した後、わざわざ移動したのか・・・いずれにしても意味がわからない。

 

いや、まさか・・・ストレッドの死を俺達に見せつけることで、警告したということなのかもしれない。

これ以上関わるなという意味か・・・そういう訳にはいかない。

 

マックスはまた一つボーラーを取り、旧校舎の部屋の入口に設置する。

 

「こっちは終わったぞ。」

ディルが別の部屋から出て来た。

「よし。この階はこんなもんだろう。上に行くぞ。」

そして四人は階段を上がった。

 

だが上の階に到着しようといた時、話し声が聞こえてきたのだった。

マックスが瞬間に立ち止まり、三人もその場で息を潜める・・・

 

「シャーフ、もういいぞ。ここから先は私に任せて、お前は本校舎に移れ。」

「私一人で離れていいのですか?」

 

二人いるようだ。恐らく警官だ。

 

「ここは私の担当だ。それに、本校舎は広い。警備の加勢をしてやるのだ。」

「わかりました。では・・・」

そして、一人の警官がこっちへ向かっている足音が聞こえてきた。

 

「来るぞ。姿を消せ。」

マックス達は、早速本日二度目の目くらまし呪文をかけた。

 

足音はすぐそこまで迫り、警官の姿が上から現れた。

そのまま何も気づかずに、透明の四人の前を通過していった。

 

だが、もう一人の警官は来る気配がない。

マックスはゆっくり階段を上がり、廊下の角から先の様子を見る。

どうやら、一人で先へ進んでいるようだ。

 

マックスは目くらまし呪文を解除した。

「あと一人いる。気をつけて進もう。そしてここらでマグル避け呪文をかけておこうか。」

「待ってたぜ。俺に任せろ。」

そしてディルがその呪文を唱える。

「レペロ・マグルタム」

 

「これで後ろからは誰も来ない。マグルはな。」

マックスは、前方を歩く一人の警官が角を曲がって見えなくなってから、再び動いた。

 

「それにしても、昼間からこんな旧校舎の奥へ、それも一人で見回りとはどうもおかしい。」

マックスはこの警官を怪しんだ。

「もしかしたらジェイリーズの言っていた件、ここで確かめられるかもしれないな。」

 

四人は警官に気づかれないように後を追った。その最中も、ボーラー設置を繰り返す。

 

そして前を歩く警官は、いよいよ最上階の六階へ上がったのだった。

扉のない、数々の汚れた教室の方を見ることもなく、ただ一直線に歩く・・・

 

明らかにこの警官は変だ。それは確信した。

 

そして廊下の角を曲がった所で、警官は急に立ち止まり、くるりとこっちを振り向いたのだった。

 

四人とも、一時は気づかれたと思って焦ったが、こっちを見ているはずの警官は全く動じない。

 

マックス達は恐る恐る警官へと近づいた。

すると、彼は反応した。

 

「どうぞ、お通りを・・・・」

警官は確かにそう言い、歩いてくるマックス達に道を開けたのだった。

 

マックスは何も言わずに、警官の横を通った。

 

「これは驚いたぜ。本当に警察の人間かって話だ。」

ディルが小声で言った。

「まったくだな。しかし魔法使いに操られると、誰だろうがこうなるってことだ。やはりあの警官は魔法使いによって服従させられている。俺達が杖を持っていたから、術者の仲間だとでも思って通したのだろうか。」

マックスは警官を後にして、そのまま進んだ。

 

「待てよ、ジェイリーズの話だと、警備担当のリーダーは地下に人を入れないようにしてるはずじゃないのか?」

ディルが言った。

「ここも、敵にとって近づかれては困る場所ってことになるな。そもそも、操られている警官が一人とも限らないだろう。」

 

確かにジャックの言う通りだった。

ついさっき、黒幕達はこの旧校舎を活動拠点としていたであろう可能性がわかったのだ。だとすると、奴らにとってここへ人を近づかせたくはないはずだ。

あの警官は、この廊下を見張っているようだ。ならば、ここから先に黒幕の活動拠点があるのかもしれない・・・

 

「とにかく、警官の様子がわかるようにボーラーを仕掛けておこう。そしてこの先は更に念入りにだ。」

 

前方を見ると、この廊下で行き止まりであることがわかる。つまり、ここが六階の一番奥なのだ。

 

「ジェイリーズ、人間感知の術を。」

「わかったわ。」

ジェイリーズが一歩前へ出て、杖を前方に突き出した。

「ホメナムレベリオ・・・」

 

空気の振動が廊下の先まで広がり、じわじわと消える。

「この先には誰もいないみたい。」

「今は黒幕は不在というわけだな。行くぞ。」

 

マックス達は早速最初の部屋に入った。

そこは何の変てつもない、すっからかんの空き部屋だった。

だがマックスは、一応ボーラーを一個仕掛けて部屋を後にした。

 

更にどんどん部屋をあたる。

だが、特に怪しそうな物も無い。どの部屋も廃墟と化した部屋にしか見えない。

 

この廊下沿いに部屋は少なく、最後の部屋を訪れる時はすぐにきた。

 

マックスが杖を構えて、そっと中を覗いた。

見たところ、これまで見てきた旧校舎の部屋の中では一番広く、そして机や椅子がわずかに置かれていることがわかった。

そしてその机と椅子は、他の部屋の物と同様に使い古された物のようだが、乱雑にではなく整えて置かれているように見えた。

 

マックスは部屋へと足を踏み入れる。

奥には暖炉があることもわかった。それに長テーブルが2つ、それに、壁に沿っていくつかの椅子が並んでいる。

 

部屋全体の様子は、窓ガラスにヒビが入り、壁には所々穴が空いていたりと、他の部屋と似たような状態だった。

だが、確かにここに頻繁に人が来ていたような雰囲気が感じられる・・・・

 

マックスは部屋の入口付近の天井に、ボーラーを一個仕掛けて廊下に戻った。

 

「あの警官は、他の警備の人間がここへ来ないように見張りをさせられているようだ。ということは、今も黒幕はこの部屋を活動拠点に使っているということだ。」

「つまり、ここを監視していれば黒幕の正体がわかる。」

ジャックが言った。

 

「いよいよだな。まさか俺達がここまでやるとは思ってなかっただろうなぁ。」

「まだ気を抜くなよディル。結果を得るには詰めが大事だ。さっきの警官が俺達の事を報告でもしたら台無しになりかねない。忘却術とやらを試す時がきた・・・」

来た廊下を戻りながらマックスが言った。

 

忘却術・・・それは人の記憶を自在に操ることのできる魔法だ。

物理攻撃呪文とは裏腹、人の内側に影響し、かつ他者からは術にかけられたということを察知されない。

これは実に静かで、しかしかなり恐ろしい魔法であると言えるだろう。

 

突っ立っている警官の背後にそっと近寄り、マックスは杖を彼の頭に向ける・・・

 

集中だ・・・・消したい記憶だけを想像し、相手の脳内から的確に処理する。

『魔術ワード集』には、うまく出来なければ最悪の場合、脳傷害が発生したという例もあると書いてあった・・・・

 

ここで罪もない、ただ職務を真っ当しようとしていただけの人間の脳をいじるのは気が進まないが、これは重要な事だ。敵をあざむく為なのだ。

 

マックスは自分に言い聞かせてから一呼吸し、杖先に気を集中した。

 

「オブリビエイト・・・俺達のことは忘れよ。」

 

その後は本校舎に移り、各階の廊下が一望できるような位置にボーラーを設置しながら、一階中央廊下を目指した。

つまり、目的地は地下の魔光力源保管室だ。

 

警官の記憶操作がうまくいったかどうかは誰にもわからない。今はとにかく自分の力を信じるしかない・・・

 

幸運なことに、一階へと直行する間は、警官にも魔法学校の生徒にも遭遇することなくスムーズに動くことができて、余計な神経を使うことなく済んだ。

 

そして目的地は目線の先にまで迫った。

 

「さぁて、いよいよ今日のメインだな。」

マックスが小袋からボーラーを一個掴み出した。

「まずは地下の入口に設置だ。そしてディル、ジェイリーズ・・・」

「わかってるよ。」

そう言いって、ディルが地下への階段前でマグル避け呪文をかけた。

続けてジェイリーズが人間感知の術を、地下へ向けて発動する。

 

「異常なしね。」

「ようし。どんどん進もう。」

 

マックス達は地下へ下り、その先の突き当たりの壁へ急いだ。

そして、またあの場所へ足を踏み入れる時が来た。

 

「フィニート・レイヴ・カッシュ・・・・やっぱり意味がわからん。」

マックスが壁に手を当てて呪文を口にすると、いつも同様、そこに真っ黒な扉が現れるのだった。

 

「ホメナムレベリオ」

ジェイリーズはここでもこの呪文を試す・・・

「誰も来てないわ。」

「そうか。まだ奴らはこの場所を知らないのか・・・本当にここの黒幕の生徒とは一切関わってなさそうだな。意味がわからん。」

 

ここにも一つボーラーを仕掛け、四人は杖先で明かりを灯しながら扉をくぐった。

 

「相変わらず不思議な部屋だ。」

ディルが円形の部屋へ到着して言った。

「ここにひとつ。そして奥の6つの扉がある部屋にひとつ設置だ。それで今日のミッションは終わり。」

 

マックスはその場で、ドーム状の天井にボーラーを浮かばせ、もうひとつをジャックが奥の部屋に設置した。

 

今日の任務はなかなかスムーズに終わったのだった。

いつもこんな気持ちよく行動出来れば良いのだが・・・

 

そんなことを思いながら、彼らは地下を後にする。

だが、今回もこのまま何事もなく終わる事はなかったのだ・・・・

 

「おい、あそこに誰か座ってるぞ。」

 

それは一階の廊下を戻っている時だった。

遠くで、廊下の壁に背をもたれるようにして床に座りこんでいる少女を発見したのだ。

うつ向いていて顔ははっきり見えない。だが、その服装から何者か当てることは出来た。

 

「間違いない。あれは魔法学校の制服だ・・・・」

 

マックスは杖を構えたまま、恐る恐る近づく。

そんな彼に気づいたのか、彼女はこっちを振り向いた。

 

「お前、やっぱりあいつらの仲間・・・!」

彼女は昨日戦った五人のうちの一人。つまりグロリアの手先になった生徒であった。

 

だが、彼女はその場で座りこんだまま、攻撃を仕掛けてはこない。

そればかりか、わずかに泣いているように見えたのだった・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十九章 集う、似た者同士

マックス、ジャック、ディル、ジェイリーズの四人に囲まれて、一人の女子生徒は廊下に腰を落としたまま何をする気配もない。

そして四人を見上げるその瞳からは、一滴の涙が流れ落ちた。

 

その理由となる出来事は、マックス達がセントロールスに到着するほんのちょっと前に起こっていたのだった・・・・

 

 

「それにしても、いったいどこにあるんだ・・・本当にこんな所にあるのかよ。」

それはデイヴィックだった。

彼はセントロールスのどこかの廊下を歩いている。そして彼の後ろには四人の仲間が続いた。

 

「今日はまだあいつらも見てないわ。」

リザラが言った。

 

「それに、例のもう一人の仲間も。一度も会ったことないけど、今どこで何をやってるんだろうね?」

グレーの制服を着た、髪をくくっている女子、エレナが言った。

「それは俺達皆が思ってることだ。そいつがここで魔光力源を発見したという事だけは聞いてるが、あくまで作戦は共有させないようだ。まったく、何を考えているのやら・・・・」

彼女の隣を歩く、短髪でがたいのいい男子、ロドリュークが言う。

 

「その生徒がこの学校の生徒だなんて、偶然とは思えないわ。」

リザラは言った。

「それを言うなら、あの四人だってそうよ。魔法使いだってのに、揃いも揃って何でこの学校に・・・」

エレナと同じ制服の茶髪の女子、エメリアが付け足す。

 

そして先頭を歩くデイヴィックが廊下の角を曲がろうとしたときに・・・

「待て・・・」

 

彼は急に足を止めて、今曲がろうとした角の壁に隠れた。

 

「警察が三人いる。」

 

五人は壁に身を隠し、目くらまし呪文で体を透明化してから再び動いた。

 

廊下を曲がった先には、警官三人が横に並んでゆっくり歩いていた。

五人は静かに廊下を歩いて行く・・・

だが、先頭のデイヴィックが次の一歩を踏み出そうとしたその時だった・・・

 

まるで、空気が足をつかんで行かせまいとしているかのようにその一歩が踏み出せない。

そしてその後、前へ進もうとする体全体が何かに跳ね返されたのだった。

 

デイヴィックは廊下にドサリと倒れた。その時にはどうしたことか、目くらまし呪文の効果が完全に消えていたのだ。

 

他の四人も同じく、姿が見えている。

 

瞬時に三人の警官は後ろを振り返って、上着の内側に手を突っ込むと何かを取り出した。

 

「杖だ!あいつらは警察じゃないぞ!」

デイヴィックは確かに、警官が持つ物が魔法の杖に見えた。

警官の格好をした三人の魔法使いは、廊下に転がる五人に杖を向けた。

 

「くそっ!結界を張っていたのか・・・」

デイヴィックは急いで立ち上がり、杖を構える。

四人も彼のサイドに並んだ。

 

次の瞬間、たちまち光弾がデイヴィックらを襲った。

彼らは防ぐのがやっとで、相手の絶え間ない攻撃の隙を見計らうことは出来なかった。

そして突然、三人のうち一人が消えたかと思うと、ほぼ同時に光線が後ろから飛来し、エレナに命中したのだった。

 

彼女は瞬間に固まり、その場に倒れた。

 

「後ろだ!」

デイヴィックはくるりと振り返り、すかさず呪文を飛ばして反撃した。

しかし相手はそれを払い除ける。

前方では、四人が二人の警官服の魔法使いと対戦し続ける。

 

しかし、攻撃しても相手はプロテゴで完全にガードし、術はそのまま跳ね返される。

そしてまた一人倒れるのも時間の問題だった。

 

跳ね返された呪文がロドリュークに当たり、杖が彼の手から吹き飛ぶ。

そこを金縛り呪文が襲い、ロドリュークに命中した。

 

後方で一対一で戦っていたデイヴィックも同じく身動きを封じられ、残ったのはリザラとエメリア二人となった。

 

敵は前方に二人と、後方に一人・・・

今の戦闘力を見せられた後では、この状況をくつがえせるとは到底思えない。

 

ここで、相手の一人が口を開いたのだった。

「さぁ、おとなしくしろ。君達が最近グロリアの手先になったということはわかっている。」

 

次に、隣の警官服の男が話した。

「悪いことは言わん。グロリアにはなるな。」

 

「あんた達、ナイトフィストの者だな。」

リザラが杖を向けたまま言う。

 

「グロリアは平和主義の同盟ではない。彼らのせいで、どれほどの犠牲が出たと思う?」

「それはこっちも同じよ!」

エメリアが言った。

 

「こっちだって、あんたらから被害を受けている!あたし達にはあたし達の正義があるんだよ。こっちから見れば、あんたらだって平和主義とは思えないわね!」

 

「それは一理ある台詞だな。」

警官服の魔法使いは続けた。

「それじゃあ、君達はグロリアの人間から何と言われた?最初に出会ったとき、何と言って誘われた?」

 

「それを聞いてどうする?」

リザラは言った。

 

「ずばり、君達の心境を当てようじゃないか。そして本当の気持ちが知りたい。」

 

リザラとエメリアは黙った。

 

「おそらく、君達は周囲の環境が気に入らないでいるな?周りの者達も気に入らないか?」

「なぜそう思う!」

リザラはむきになって言う。

 

「そして周りになじむことを拒んでいるようだ。だからこそ、そこへグロリアは現れたんだ。」

「関係ないでしょ!あたし達の事は・・・」

エメリアが言った。

 

「それが大有りなんだなぁ。俺達もまた似たような者だからな。」

 

そしてまた二人は黙った。

 

「俺達も周囲の人間となじめなかった。そして、そんな者達はナイトフィストに多くいる。要するに、立場ってのは一緒なわけだ。問題は、どっちの道を選ぶかだな。グロリアのやり方か、俺達か・・・」

 

今度は別の男が・・・

「君達がグロリアの事をどこまで知り、理解しているかはわからんが、これだけは言っておく。彼らの理念は放っておくわけにはいかないほど危険なものだ。忠告を聞いても考え直さないと言うのであれば、私達は止めはしない。彼が言った通り、私達も似た者同士だ。思想ややり方の違いがあるだけだ・・・」

 

リザラとエメリアは、もう杖を上げてはいなかった。

 

「君達はまだ若い。まだいくらでも道を選び直すことはできる。まぁ、よく考えとくことだな。」

そしてその男は仲間の方を向いた。

 

「今日の所はこれでよしておくか。」

「いいのか?彼女達を帰して・・・」

「ああ、この子らはまだ手遅れじゃないだろう。」

 

そう言って、彼は倒れているデイヴィック、ロドリューク、エレナに杖を振って呪文を解いたのだった。

「それに、次に敵として会ったら容赦はしないさ。」

そしてまたリザラ達に向き直った。

 

「答えを出す時間はそう長くもない。奴らはこれからも次々と指令を下すだろう。答えを出すのは君達自身だ。よく考えて未来を決めろ。」

 

その言葉を最後に、彼らはここから姿をくらましたのだった。

 

倒れているデイヴィック達は起き上がって、リザラ達と顔を見合わせる・・・

 

「ねぇ・・・・どうするの?」

最初に口を開いたのはエレナだった。

 

「どうするって言ったって、もうグロリアに入っちまったんだ。今さら・・・戻ることはできないだろうよ。もう・・・・」

デイヴィックが静かに言った。

 

「そうだ。俺達は決めただろ、グロリアについていくと。そして今こそ、周りの奴らとの力の差を見せつけてやるんだ。」

後ろからロドリュークが言った。

 

「でも、さっきの男が言ってたことも気になる・・・」

エレナは言う。

「確かにさっきの人達が言ったことは当たってる。そして、ナイトフィストもあたし達みたいな人が集まってるって・・・・もし、今のあたし達の感情を平和に向けることが出来たら・・・」

 

「エレナ、何を言ってるんだ。グロリアだって彼らの正義の名の元に動いているんだ。あの男だって言ったじゃないか、どちらも似たようなものだと。だが俺達とは思想が違う。奴らに惑わされるなよ。あれがナイトフィストの仲間の増やし方なんだ。そしてグロリアと敵対させるんだ。そんな奴らが平和を語るなんて、偽善者の集まりとしか思えないんだよ!昔からな。」

ロドリュークは力強く言った。

 

「でも・・・・」

「そんなにナイトフィストの言葉に騙されたければ好きにすればいい。奴らに味方するならばグロリアとは敵対することになるが。そして、俺達ともな。」

 

「ちょっと待った。」

ここでデイヴィックが口をはさんだ。

 

「仲間がそうなっても、お前はいいわけか?」

「俺達の仲間ならば、グロリアに何の疑念も持つべきではないからな。お前は何か引っかかるのか?」

ロドリュークはデイヴィックを向く。

 

「まず、これまで行動を共にした仲間を簡単に見捨てる奴は、どんなチームに入っても居場所はない。だから、今のお前は間違ってるぞ。」

デイヴィックは自分の意思を突き通す。

 

「俺は俺のやり方でやっている。そしてそれはグロリアのやり方でもある。文句があるならお前も仲間から外れればいい。正真正銘、グロリアとして迎え入れられるのはどんな人間かな?・・・それはいつも心が曲がらず、最初に抱いた思いを忘れない強い精神と意識を持っている者だけだ。俺は正式にグロリアの構成員として認められたいんだよ。」

ロドリュークも負けずに考えを貫いた。

 

「それがお前の本当の思いなら、勝手にしろ。悪いが、俺はこんなチーム抜けさせてもらう。お前はそんな奴だったかロドリューク。そんなことでチームはうまく成り立たない。」

「リーダーだからと偉そうな口だな!」

 

そしてロドリュークは杖を取り、デイヴィックの背後を狙った。

この展開を全く予想していなかったデイヴィックは、彼の放った光線を食らって廊下に転がった。

 

「何してんの!」

リザラがロドリュークに詰め寄った。

ロドリュークはその杖先を彼女に向ける。

「気に入らないならお前も仲間外れだぞ。」

 

リザラはにらんだ。

「いいわ。あたしもチームを抜ける。」

そして倒れるデイヴィックの元へ歩いた。

 

「さぁ、ロザーナ。お前はどうするか?」

次にロドリュークはエメリアを見た。

 

「あたしは・・・・あたしもデイヴィックについていく。」

「お前もか・・・まったく残念な仲間達だ。だがそうはさせない!」

瞬時に、彼はエメリアに杖を向け、その呪文を唱えたのだった。

 

「インペリオ!」

エメリアは防ぐことができず、見えない呪いの効果は発動したのだった。

「行くぞ・・・」

ロドリュークが静かに言うと、エメリアは何も言わずに彼の元へゆっくり歩きだした。

 

「お前・・・!」

「それじゃあ、せいぜいお前達の判断が報われることを祈ろう。」

この時、デイヴィック達にはこの言葉の本当の意味を理解してはいなかった。

 

ロドリュークはエメリアの腕を掴むと、姿くらましで一瞬にしてどこかへ消え去ったのだった・・・

 

「あいつ、ロザーナに服従の呪文をかけた・・・もはや味方じゃない。」

リザラが廊下を歩きながら言った。

「ああ。彼女を解放してやりたい。こうなったら、俺達だけで行動を起こそう。例のもう一人の仲間が俺達に力を貸してくれればいいが・・・探してみるか。」

隣を歩くデイヴィックが言った。

 

すると、エレナが立ち止まって・・・

 

「・・・ねぇ、これからどうするの?・・・・」

「迷ってるんだろ、グロリアについていくか。」

デイヴィックが足を止めて振り向いた。

 

「あたしは・・・やっぱり・・・」

「決めるのはお前だ。俺達は止めはしない。だが、もしグロリアから離れるとなると、彼らは口封じとしてお前を消そうとするだろう。それは覚悟しないといけないぞ。」

「そうなれば、あたし達とも一緒にいられなくなる。でも、ナイトフィストになるならばあの四人組が助けてくれるかもね。」

デイヴィックに続いてリザラが言った。

 

「ああ。グロリアに反対するならそれが一番安全だ。」

 

エレナは下を向いたまま、黙った。

 

「ついてくるならば嬉しいが、離れるならばあの四人を探すんだ。俺達はこの事をグロリアの人間に報告はしない。俺達はもう行く。考えがまとまったら来るんだ。判断は自由だ・・・」

 

デイヴィックはそう言い残し、リザラと共に再び歩きだした。

 

彼らの姿はどんどん遠ざかっていく・・・・だが、エレナはいまだどうすべきか迷っていた。

 

彼女はそのまま壁沿いの床に座りこんだ。

たった今からどうすればいいか、そしてどうなるのか・・・・そしてたったさっきまで一緒だった仲間は、こうも簡単に崩れてしまった事への悲しさ・・・

 

ある日突如として現れたグロリアの人間は、自分達のつまらない生活を終らせ、つまらない周りの人間からも引き離してくれた・・・そしてそこで完成したチームは本当の気持ちを共有し合える唯一の場だと思っていた・・・・

 

確かにそうだった。チームが出来る以前は、気の合う友達は誰もいなかった。でもグロリアの人間と出会ってからは、やっと自分と同じような仲間が出来て、それまでの日々が嘘のように楽しくなったのに・・・・

 

「やっぱり、あたしはずっとこうなのか・・・・」

 

突如として起こった出来事のせいで、あらゆる感情が激しく入り交じり、やがてまともに考えることも出来なくなった。

 

そのまま、彼らがここへ現れるまでは動くことはなかった・・・・

 

そして今・・・・

 

「お前はあの時の、魔法学校の生徒の一人だな。」

マックスがエレナを見下ろして言う。

 

「そうだね・・・」

エレナは廊下の遠くを見たまま言った。

 

「仲間はどうした?一人で来たわけではないだろう。あいつらは何をしている。」

マックスは迫った。

 

「デイヴィック達はいたよ。今はどこで何してるのかな・・・」

沈んだ気持ちで、エレナは続けた。

「ああ・・・・もう仲間じゃないや。」

 

「何だと?」

マックスは訳がわからなかった。

 

「マックス、様子が明らかに変だ。俺達が知らない間に何かあったんだろうか。」

ジャックは、以前戦った時との彼女の雰囲気が全く違っているのがわかった。

 

そして、エレナがようやくマックスと目を合わせた。

「ねぇ、ナイトフィストに入れば本当に助けてくれるの?」

「何を言うかと思えば・・・」

 

この時ジャックは、話し方が急に変わったことに違和感を感じた。

「マックス、やっぱり何かあったんだ。今戦う気は全く感じられない・・・」

「敵だぞ。どうせ演技だ。」

 

「やっぱり・・・ナイトフィストは偽善者なのね。信じるんじゃなかった!」

エレナは本気の表情をようやく見せた。

 

「偽善者だと・・・なぜ俺達がグロリアのお前を助ける必要がある?敵だろう!」

「もうわからないわ!」

 

彼女は確かに本音で喋っているように思える。だがさっきから、何を言っているのか・・・何があったんだ・・・

 

「仲間割れでもしたと言うのか?」

マックスは話の筋を聞き出す。

 

「仲間割れ・・・そうね。全てはここで警察の格好をしたナイトフィストの三人に出会ってから・・・・」

「警察の格好をしてるだと?」

マックスは言った。同時に、数日前にニュースで聞いた、セントロールスから見知らぬ警官が消えたという事件を思い出した。

 

その時の警官達も三人だった。警察署内の人間は、誰一人として顔を知らない三人だった・・・・

では、もしその三人が警察ではなかったとしたら・・・・

 

消えた三人が、警官に扮するナイトフィストの人間だったとすると、ニュースの内容から考えても納得がいく。

だがその件は後だ。今はこっちをはっきりさせないと・・・

 

一瞬黙ったマックスは、再びエレナを見て話しだす。

「それで、そのナイトフィストの者と何かあったのか?」

「グロリアから手を引けと・・・・」

「それでやめたと?」

マックスは話の筋が読めた。

 

「そうよ・・・」

「そんな、あり得ない。」

「本当なの!」

その時の彼女の表情を見て、ジャックは察していた。

 

「待った。」

ジャックは二人の会話を止めた。

「もし、君が言うことが本当だとしたら、何か・・・それなりに説得されたんじゃないかと思うが?その警官姿のナイトフィストから。」

 

エレナはジャックのほうを向いた。

「あなたは信じてくれるのね。そうよ。」

そして、起こったことをゆっくり話し始めた。

 

「まず、あたし達は戦った。でも全く敵わなかった。そして戦った後で、あたし達が周囲になじめなくて浮いていたってことを言い当てた・・・そんな、心に闇を抱えたあたし達にグロリアが目をつけたということも。」

彼女は続ける。

「次は、自分達ナイトフィストも似たような人の集まりだって・・・あたし達とは似た者同士なんだって言ってた。だからあたしは、今までの考えは間違ってたんじゃないかと思って・・・・」

そう言う彼女の表情と眼差しからは、本気の気持ちが感じ取れた。

 

ジャックはだいたいの事はわかった。

 

「なるほど。少なくとも君はまともだったようだ。」

「本当に信じるの・・・」

エレナは、わずかに希望が見えた気がしたのだった。

 

「とりあえず今は信じよう。俺達も似たようなものだ。」

 

「いや、信じてはいけない。俺達をスパイしろと言われたかもしれない。嘘に騙されるなよ。」

マックスはエレナに杖を向ける。

「本当のことを話せ。もしくは開心術を受けるか?そうすれば思い出したくない過去までも、全て鮮明に思い出させる事になるが・・・・嫌ならば今すぐ本当のことを話すんだ。言わないなら戦え。」

 

「その必要はなさそうだ。」

ジャックが言った。

 

「なぜだ。俺達を襲ったグロリア側の人間だぞ。そんな簡単に信じられるか?」

「わかってる。俺はあの時、彼女と直接戦った。だからこそわかる、今はあの時とは違う。それは目を見ればわかる。」

「だから信じると・・・」

 

「そうだな。」

ディルが答えたのだった。

「俺も、確かに本気で言ってるように見えるよ。」

 

「あなた達、一度襲われた相手に甘いんじゃない?」

ここでジェイリーズが口を挟んだ。

「マックスの言う通り、もっと警戒すべきかもね。でも、あまりこうは言いたくないけど・・・・あたしも、この子が根っからの悪人には見えなくなってきたわ。」

 

「君もか・・・」

マックスが言った。

 

「まあ聞いて。だから、疑いが晴れるまで近くで見ていればどう?レイチェルの時みたいに。」

 

ジェイリーズのその意見は正しいかもしれないと、マックスは思った。

そしてあらためて、床に体育座りするエレナを見下ろす。

 

みじめそうな役を演じているだけかもしれない・・・

だが確かにこれから暴れだそうとする気配は全く感じられない。

代わりに見上げるその顔からは、悲しげで疲れたような表情が見てとれた。

 

「正直、俺はまだわからない。だが俺の仲間が君を信じようとしている・・・俺はそんな仲間を信じることにする。」

 

マックスの言葉で、エレナの心にわずかな光が射し始めた。

 

「だが俺は確実に信じることはまだ出来ない。それは君の今後次第だ。」

「わかってる。」

彼女はひとまず落ち着いた。

 

「名前は?」

「エレナ・クライン。」

「マックス・レボットだ。」

 

そして三人も・・・

「ジャック・メイリール。」

「俺はディル・グレイクだ。」

「ジェイリーズ・ローアンよ。」

 

そして再びマックスが話し始める。

「さぁ、次は君の仲間の事を教えてもらおう。どういうことかわかるな?もうグロリアの仲間でなければ言えるはず。」

 

エレナは少し黙ったが、口を開いた。

「皆を仕切っていたのはデイヴィック・シグラル。そしてリザラ・クリストローナ、ロドリューク・ライバン。三人は同じ魔法学校、W.M.C.の生徒・・・」

 

「ああ、あいつらか。」

 

「あとはロザーナ・エメリア。彼女はあたしと同じ、ウィルクス・ウィッチクラフトアカデミーの生徒よ。」

 

この時、ディルが反応した。

「ロザーナの名は覚えてる。あの時に一対一で戦って負けちまったんだ。」

「彼女はあたしの一番の友達・・・・でも、今無事かわからない。」

「どういうことだ?」

ディルが言った。

 

「連れ去られたのよ、ロドリュークに。」

「連れ去られた?!」

彼はわけがわからなくなった。

 

「さっき仲間割れだと言ったな。ここで三人のナイトフィストに会ってから今までの事を詳しく話してくれ。他の仲間が今どこにいるのかも。だがまずは場所を変える。」

マックスが言った。

 

「マックス、どうするんだ?」

「隠れ家に連れていく。そしてそこで、俺達の行動の手伝いもしてもらおう。疑いが晴れるのはその後だ。」

そしてエレナの方に向き直って話した。

 

「君、ポートキーは知ってるな?」

「うん。もちろんよ。」

「じゃあ話しは早い。今から俺達の活動拠点に連れていく。そこで色々と聞かせてもらう。余計な事はしようと思うな。容赦はしない。」

「・・・わかったわ。」

「よし。」

 

マックスは肩に掛けたバッグを床に起き、それに杖を向けた。

 

「ポートキー作成のいい機会だな。」

そして目を閉じ、集中した・・・

「ポータス・・・」

 

目的地の光景を、脳内に出来るだけ鮮明に展開させる・・・・

これでおそらく、目の前に置かれたバッグは今、ポートキーになったと思われる。

もっとも、外見ではどう判断することも出来ない。

 

「それじゃあ、俺の合図で皆同時に触れるんだ。」

マックスがバッグの前に腰を落とし、三人も囲むように集まる。

エレナもバッグの近くへ動いた。

 

「行くぞ。3・・・2・・・1・・・掴め。」

マックスがそう言って、彼らは同時にバッグに手を伸ばした。

 

そしてバッグに触れるととたんに、周囲は一瞬にして霧に包まれてバッグが光を放った。

 

それはほんの数秒間で消え、霧が晴れた時には、マックスは薄暗い地下隠れ家の床に投げ出されていたのだった。

 

「これもコツがいるな。」

起き上がって小さな電球に明かりをつけると、あとの四人も同じような状態だとわかった。

 

「ここが・・・」

エレナが立ち上がろうとしながら言った。

「俺達の秘密基地といったところだ。」

 

そしてディルが背中を叩きながら起き上がった。

「ポートキー、成功じゃないか。姿現しよりずいぶんいい。」

 

「あなた達、魔法よく知ってるわね。」

エレナが言った。

「これでも頑張ってるのさ。俺達なりに。」

 

そしてマックスがエレナの元に近づく。

「では聞かせてもらおう。警官に扮したナイトフィストに遭遇してから、君達のチームがどうなったのかを・・・」

 

それからエレナはマックスの質問に答えていくことになる。

 

そんな時にも、また新たな出来事が次々と起ころうとしているなど、まだ彼らは知るよしもない。

 

そして学校に現れた、警官に扮するナイトフィストの三人とは・・・・

 

エメリアを連れ去ったロドリュークは何を企んでいるのか・・・・

 

これより、物語は次のステップへと動く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エレナ・クライン


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第二十章 "TEMPEST " (前編)

誰もいない静かな廊下に一人、窓から射す夕日の明かりに照らされた生徒の姿があった・・・

 

「どうやら彼らは相応しくないかもしれません。もはや今後に期待は出来ないかと思われます。」

彼は一人で喋っている。

 

「しかし何も問題はありません。これからも俺とエメリアで任務は続行します。エメリアだけでも従わせます。」

 

彼は、片手に持った手鏡に向けて喋っているようだった。

そしてその手鏡から、何者かの声が返ってきた。

 

「状況はわかった、ロドリューク・ライバン。彼ら、そして君とエメリアとでチームが二つに分かれたとなぁ。しかし彼らが期待できるかどうかは私がこれから決める。」

「では、どうするつもりです?放っておけば任務の邪魔になりかねない。」

 

その生徒、ロドリュークはまた鏡に言った。

 

「そうだな・・・どんな事をしようとするか、一応見張るとしよう。」

また鏡から声が聞こえた。

 

「ならば俺とエメリアで・・・」

「頼もう。だがまずは、私が直接彼らと話して、正式にグロリアになる価値があるかどうか確認しようではないか。それまでは、君とエメリアには特別な任務を実行してもらいたい。」

「ありがとうございます、テンペスト。何であろうと任せてください。」

ロドリュークが言った。

 

「よし。では、君にはこれよりある人物のサポートを頼みたい。」

 

「わかりました。詳しく聞きましょう。」

 

その後も、彼はしばらく手鏡に向かって会話を続けていた・・・・

 

そんな時に、夕日が全く当たらない所で・・・・

 

「ウィルクス・ウィッチクラフトアカデミー・・・・なかなかなの名門校のようだな。」

 

マックスが『魔法全史』を開いて見ていた。そして彼と向い合うようにエレナが座っている。

彼女をこの地下隠れ家に連れてきてから、マックス達の知らない間に何があったのかを一通り聞いたところだった。

 

「良い学校へ入学して、どうしてグロリアなんかに気が傾いたんだ・・・話を聞いた所、俺達とほとんど似通った生き方をしてきた事がわかったが、選択が全くもって逆になるとは・・・何か特別な理由があるのか?」

 

「あたしにはないわ。ただ、あなた達とは逆の組織の人間が近づいて来たからこうなったのだろうね。デイヴィック達は違うみたいだけど。」

 

エレナは続ける。

「デイヴィックとリザラ、そしてロドリューク三人の親は、もともとグロリアだったと聞いたわ。」

 

「そうか。グロリアに招待されるわけだ。そして親の後を継ぐってわけか・・・」

マックスは本から目を離した。

「じゃあ、君とロザーナ・エメリアはグロリアとナイトフィストの戦いに何も関係してなかったわけか。」

 

エレナは静かにうなずいた。

 

「それじゃ、俺達が学校の皆にバレないように遊んでいた感じでグロリアの任務をやっていたと?」

マックスの近くに立つディルが言った。

 

「話が本当なら、そういうことになるわね。」

ソファに座るジェイリーズが言った。

すると、ジャックが・・・

「俺はわからなくもない。俺達のような周囲に溶け込めない人間は、とことんアウトサイダーな運命に巻き込まれるんだ。実際、俺達だってナイトフィストという謎の団体の仲間になっている。」

 

彼の言葉を否定することは誰もしなかった。

 

思えば、ナイトフィストについてはサイレントから説明された事しか知らない。

詳しく知りもせずに自分達は組織の仲間入りをしたわけだが、実際に他のナイトフィストの人間と会って話をしたこともない。どんな事をやってきたのかもわからない・・・・

 

「考えてもみれば、俺達も君と何も変わらないのかもな。」

マックスはエレナに対する不信感が薄れていくのを実感した。同時に、さっきまでの不信感は同情へと変わっていく。

 

だが、まだ話していることが全部嘘であるという可能性は無視できない。されど警戒はし続ける必要があるとマックスは考えていた。

 

「ようし。とりあえず今は、君と俺達とは敵対していないということで決まりだ。もし今後、君がわずかでもグロリアに心が傾き、俺達を裏切るような事があれば・・・わかっているな。」

 

マックスはエレナを一直線に見て言う。

 

「わかってるわよ。」

エレナは少々向きになって言った。

 

「だが、俺達に協力することで君への疑心を消していくことができる。そうすればあるいは、君が完全に俺達の仲間として認めることもできるかもしれない。」

 

マックスは続けた。

「これから君には、色々なチャンスをやる。裏切らなければ、望むならばナイトフィストの味方にもしてやれるかもしれん。」

 

「本当だったのね・・・」

エレナが初めてわずかに微笑んだ。

「リザラ達が言ってたことは当たっていた。あなた達に出会えば助けてくれるだろうって・・・」

 

「俺達は悪魔じゃないからな。理由があればとりあえず聞くさ。」

ディルが言った。

 

「そうだ、早速教えてほしいことがある。」

そう言って、マックスは椅子から立ち上がって壁の方に歩いていくのだった。

 

そして壁に掛けられた黒縁の丸い鏡を取り外すと、それを片手に戻って来る。

「これで確認してもらいたいことがある。」

 

マックスは鏡に手を触れて、とある見たい場所の光景を想像した。すると・・・

 

「鏡が・・・鏡じゃなくなるぞ。」

後ろでディルが興味深げに見ていた。マックスも同じく心が踊った。

 

見ると、鏡に写るのはこの部屋とマックス達の姿ではなくなり、全く別の光景がそこに写し出されているのだった。

 

「確かにこれは使えるな。」

 

それは、セントロールス旧校舎の六階廊下に設置した、ボーラーが見ている光景だった。

廊下の端には、あの操られた警官が一人立っている。

 

マックスはエレナにも鏡面を見せて言った。

 

「これであの学校のいたる所を監視できるわけだが、ここに一人で立っている警官がいるだろ。」

 

エレナは、この光景を初めて見るような様子だった。

 

「この警官、どうも正気じゃないらしい。彼に関して何か知らないか?」

マックスは、何らかの情報が聞き出せるのではないかと期待した。

だが・・・

 

「ちょっと待って、どういう事?」

 

「実は、この警官は何者かに服従の呪文で操られているんだよ。そしてその術者は、どうやらここから先のエリアに人が入らないよう見張らせているみたいだ。

俺達は、これにはグロリアが関わっていると考えている。もしかしたら、君の仲間の誰かの仕業じゃないかともね。」

 

マックスは迫った。

 

「知らないわ。警官の事なんか何も知らない。デイヴィック達も何も言ってなかったわ。」

「そんな・・・本当だろうな?」

「嘘じゃない!」

彼女はむきになった。

 

「わかった、落ち着け。となると・・・・やっぱり黒幕・・・」

「黒幕・・・?」

エレナは、呟いたマックスの言葉が気になった。

 

「ああ。俺達がそう呼んでる、グロリアに入ったセントロールスの生徒だ。俺達と初めて敵対した人物でもある。でもその姿を現したことが今まで一度もない。ずっと他人を駒として使っている奴だよ。そいつがどんな奴かも君に聞かないといけないな。」

 

すると、エレナは誰の事かピンときたようだ。

「それってまさか、初めて魔光力源の場所を発見した生徒・・・」

 

「やっぱり知ってるのか!詳しく教えてくれ!」

マックスは再び心が踊った。しかし・・・

 

「それが、あたし達も会ったことがないのよ。」

「何だって?・・・・」

マックスはまたがっかりする。

 

「話だけしか聞いたことないから、正直あたしは、そんな人物が本当にいるのか疑ってたわ。でも、まさかあなた達も知ってたなんて・・・」

 

ということは、その生徒とエレナ達とは全くの別行動だったと確定した・・・・

 

マックスは考えた。

どういうことか・・・なぜそんな事になっている?

一緒に作戦を実行させた方が、絶対に効率が良いはずだが。

そもそもなぜ黒幕は一人、単独行動しているのか?

指令を出している人物は必ずいるはずだ。指令先もエレナ達とは違うということなのか・・・

 

「君達に任務を与えている人物は何も言ってなかったのか?」

 

「魔光力源を発見した生徒がいるらしい、とだけ言っていた。だから、もしその生徒と出会ったらサポートしてやるようにと言われたわ。」

エレナは言った。

 

「そうか。黒幕の指令先は違うということか。ちなみに、君達に任務を与えている奴の名前は?」

マックスは質問を続ける。

 

「本名はわからない。テンペストと名乗ってるわ。」

「コードネームというやつか。」

 

操られた警官も、黒幕の事もわからない。マックスは次に何を聞こうかと考えようかしたその時、急にディルが口を開いたのだった。

 

「ちょっと待った、今テンペストって言ったな?」

 

「どうしたんだディル?」

マックスは後ろを振り返って言った。

 

「テンペストって名前、近頃どこかで聞いた覚えがある。」

 

そしてディルがそう言った直後に・・・

「思い出したぞ。」

「ジャック、お前まで何だ?」

 

マックスは、テンペストがどうしたのか全くわからなかった。

だが、ディルとジャックはそのコードネームを知っていて当然なのだ。

 

「マックスとジェイリーズもその人物に会っている。でも二人は名前を知らなくても不思議じゃない。」

しかし、実はマックスはその名をジャックから聞いていた。

 

「君達が初めてサイレントと出会って、ここへ連れてこられた時の事を思い出すんだ。あの時に、俺とディルは別の男に連れてこられた。その時に、君達もここでその人物を見ているはずだ。」

 

マックスは初めてサイレントと出会い、ここでナイトフィストやグロリアに関する事を聞かされた記憶をたどると、ここにサイレントともう一人の男がいた光景を思い出すのは容易だった。

 

「ああ、もう一人いたのは知ってるが、それが・・・」

 

「俺とディルの前に現れたときに、確かにテンペストと言った。」

「そうだ!その時に聞いたんだった。間違いない。」

ディルもそう言う。

 

これはどういうことか・・・

 

「そう言えば、あの後でお前からそんな話を聞いた気もするが・・・だとしたらどうなってるんだ。お前とディルをここへ連れてきた男はサイレントと同じ、ナイトフィストの人間のはず。それが、魔法学校の生徒をグロリアに招いた人物と同じだっていうのか・・・」

マックスが言った。

 

「偶然コードネームが被ったと考えられなくもないが、可能性は低いだろ。」

ジャックが言った。

 

「誰か、そのテンペストって男の顔を覚えてない?あたしもいたのは覚えてるけど、顔までははっきり見てないのよ。」

ジェイリーズが言うように、マックスも全く同じだった。

 

「俺は、また見れば思い出すだろう。でも会う機会がない。そもそも、俺達に任務を与えて何度か会っているのはサイレントだけだ。あの男は俺達といっさい関わってないじゃないか。」

 

「ジャックの言う通りだ。俺達のサポート担当はサイレントがやっている。すると、テンペストはこっそりグロリアの活動をしていると考えることができるな。」

マックスは言った。

 

「じゃあ、テンペストがあの後ナイトフィストを裏切ったと言うのか?」

ディルが言った。

 

「現に、デイヴィック・シグラル達に指令を出しているのはテンペストと名乗る人物だ。その可能性は十分にある。今度サイレントに会ったときは、テンペストに関する事を聞かないといけないな。」

 

そして、鏡の中の光景が変化したことに気づいたのはこの時だ。

 

「おい、見ろ!誰か来てるぞ!」

ディルが机上の鏡を指差して言った。

皆は鏡面を同時に見て、最初に反応したのはエレナだった。

 

「デイヴィックとリザラ!」

 

この展開は全く予想していなかった。

見ると、さっきまで警官一人が立っていた廊下にデイヴィックとリザラが現れているではないか・・・

 

「あの二人が警官と接触している・・・」

マックスは鏡を持った。

すると、鏡面から微かに声が聞こえたのがわかった。

 

「ボーラーは音も拾うのか。優秀だ。」

更に観察を続ける。

 

 

そしてその現場では・・・

 

「何なんだあの警官は・・・誰が何の目的でここに立たせてたんだろうか。」

デイヴィックが警官の横を通過しながら、小声で言う。

 

「ロドリュークか、魔光力源を発見したもう一人の仲間が服従の呪文をかけたのか・・・もしくはあの四人。いずれにしても、この先には警備員を入れたくない理由があったということね。」

隣を歩くリザラが言った。

 

「まさかエレナではないだろうし・・・待てよ、魔光力源があるって可能性は?」

「あり得るわ。確かめるよ。」

二人はそのまま、旧校舎六階の廊下を進む。

 

その途中でデイヴィックが再び話しだす。

「出来れば来てほしいけどな・・・・」

 

リザラは何の事なのか、すぐに察した。

「エレナが決めることよ。人の人生を邪魔してはいけない。ロドリュークみたいに。」

「わかってるよ。ただ、仲間が減ったもんだなぁと思って・・・」

「まあね・・・」

 

そして二人が一番奥の部屋に近づいた時、驚くべき偶然が起こった。

 

「君達、こんな所に来ていたか・・・」

 

その声は突如として、二人の背後から聞こえたのだった。

二人は瞬間に立ち止まり、くるりと振り向いて杖を構える。

 

「あなたは・・・何でここに・・・」

デイヴィックは、杖を持った手を下げて言った。

 

「その素早い反射神経はさすがだな、デイヴィック・シグラル。」

 

一方マックス達も、この光景を鏡ごしで目の当たりにしている。

そして二人と向かい合う男の顔を見るなり、エレナが真っ先に反応した。

 

「この人よ!これがテンペストだわ。」

続けてジャックが・・・

「ああ、間違いない。俺が知るテンペストもこの男だ。まさか今確認できるなんて・・・」

 

なんと、デイヴィックとリザラの元へ現れたのはテンペストと名乗る男であった。

ここで早速、ジャック達とエレナ達が知るテンペストが同一人物であるということが判明したのだ。

 

「そうか。やっぱりこいつは裏切りだ。」

マックスは更に鏡面に集中した・・・

 

"テンペスト"・・・・歳はサイレントと同じぐらいで、長い髪をオールバックにしている。

 

「実は、今日は用事があってここへ来たのだが、偶然君達と出会ったついでに、色々と話したいことがある・・・」

 

彼は二人に近づきながら言った。

 

「ああ、何の事かはだいたいわかっている・・・」

デイヴィックが言った。

 

「察したようだな。君達に何があったのかは彼から聞いた。」

「ロドリュークの奴か・・・」

デイヴィックが呟いた。

 

「だがその事について私は特に問題視してはいない。私が気にするのは今後の事だ。」

 

彼は続ける。

「君達が今後、どれ程の行動を起こしてくれるか。それから、もう一人の仲間の姿が無い事も気になる。」

 

デイヴィックは言葉を選んだ。

 

「エレナは・・・今は別の場所にいる。魔光力源を探したり、他にナイトフィストの人間が潜入してないか確かめてるのだろう。」

 

「一人だけでか・・・どういう意図でそうしている?」

 

テンペストの言葉に、デイヴィックとリザラは返す言葉が思いつかなかった。

 

「まぁいい。だがひとつ言っておくと、君達が魔光力源を探す必要はもうない。」

 

「どういうことだ?」

デイヴィックが言った。

 

「知っての通り、仲間の一人によって魔光力源は既に発見されている。今後は、魔光力源に関する任務はその人物に任せることとした。」

 

鏡の向こうの会話は続いた。

 

「君達には別の任務を与える。まずひとつが、ナイトフィストに味方するこの学校の生徒を排除することだ。見つけ次第、容赦するな。」

 

「ああ、それなら既にわかっている事だ。」

デイヴィックが言う。

 

「加えて言うならば、彼らに味方する者も攻撃対照だ。無論、君達の仲間が裏切ったとして、彼らの側につこうものなら同じくだ。」

 

それは、今のデイヴィック達の状況を見透かしたような言い方だった。

 

「ああ。わかっている・・・・」

デイヴィックは答える。

 

「ようし。では次に、この階に近づく者は例え誰だろうと見逃すな。」

テンペストは言った。

 

「ということは、あの警官を操って見張らせているのはあなただったのか。」

 

「いいや、やったのは私と共に行動しているパートナーだ。だがそう指示したのは私だがな。そのパートナーが、この先の部屋を時たま使うことがあるのだ。だから誰にも邪魔させるわけにはいかん。もちろん、君達もここから先に行かせることは出来ない。」

 

「同じグロリアの仲間なのに?」

ここでリザラが口を開いた。

 

「そうだ。誰かがこの廊下に近づけばすぐにわかるよう仕掛けを施してある。どこからでもこの場所を監視できるのだ。今も私のパートナーがこの状況を見ているかもしれない。」

 

彼は天井付近を見上げてそう言ったのだった。

 

そしてこの言葉を鏡ごしで聞いたマックスは、ジャック、ディル、ジェイリーズと顔を見合わせた。

 

「今あいつが言ったこと、ボーラーを意味してるように聞こえたのは俺だけか?」

 

「いや、俺も同じく。」

「あたしもよ。それに上を見渡していたわ。」

どうやらディル以外の二人もピンときていたらしい。

 

「すると俺達が仕掛ける前に、既にこの廊下にはボーラーがあったということになる。それもテンペストの仲間が仕掛けて、監視している・・・待てよ!」

 

この時、マックスは重大な事に気づいたのだった。

「俺達がボーラーを仕掛けに来た時に、見られていた可能性がある!」

 

「もしそうだったら、テンペストが言う行動仲間とやらが俺達を消そうとしてくるのは間違いないぞ。これから学校に入るのも難しくなるんじゃないか?」

 

確かにディルの言う通りだ。

テンペストは例えグロリアの仲間だろうと、あの旧校舎六階廊下に近づかせたくないようだ。

ならば、ナイトフィスト側の俺達があの場所を探っていた事を知ったら絶対に俺達を消したいはず・・・

テンペストの耳に入るのも時間の問題だろう。

 

マックスは色々と嫌な展開を想像した。

 

鏡の中から再び声が聞こえる・・・

 

「では、今後の活躍に期待しているよ。もしどこかでライバン達と出会ったならば、まぁ仲良くしてやってくれ。」

そう言って、テンペストは二人の横を通って廊下を進んだ。

 

廊下を歩きながら、彼は言う。

「言った通り、君達もここから先へは立入禁止だ。是非とも守ってくれよ・・・」

 

 

夕日はだいぶん沈み、空が深く暗いオレンジ色に染まってきた頃・・・

 

デイヴィックとリザラは二人、セントロールスの屋上にいるのだった。

 

「あの男は何を考えてるのか・・・・」

デイヴィックが呟く。

 

「ただ、ひとつだけわかった。彼はあたし達に重要な事を隠しているわ。」

リザラが言った。

 

「だなぁ。それにエレナの事もある・・・・今度の指示には、完全には従えないな。」

 

オレンジの光が二人を照らし、床に長い影をつくる・・・

その影を見下ろしながら、デイヴィックは考えた。

 

「テンペストが何をしているのか、俺達は知る必要がある。任務を実行するのはその後だ・・・」

 

 

一方、テンペストはというと・・・・

 

「あとはあの四人が邪魔をしなければ・・・なぜ魔光力源に近づいた。マグル界で育ち、マグルの学校にいる人間が、どうやってあれを知った・・・・?」

 

薄暗いどこかの部屋で、誰かと一緒にいるようだ。

 

「まぁいい。私達の計画をサイレントは知らない。あの四人・・・マックス・レボット達は駒が何とかしてくれると期待しよう。私達の、長年の計画は必ず成し遂げられるさ。」

 

「そうね・・・」

部屋の椅子に座る誰かは、静かに言った。

 

「あとひとつだ。あとひとつの魔光力源さえ見つかれば、私達の時代が始まる。」

 

 

 

 

 

 




リザラ・クリストローナ

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デイヴィック・シグラル

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第二十一章 "TEMPEST " (後編)

マックスは窓のカーテンを閉めると、電気を消してベッドにあお向けになった。

 

時刻は深夜2時を迎えようとしている。だが、まだ眠くはない。

昨日あった事に関して、頭が考えるのを止めようとしない・・・

 

つい昨日までは完全に敵だった人間が一人、こちら側にいる。

そして彼女、エレナ・クレイン達のチームはデイヴィックとロドリュークの意見が合わずに、二つに分かれたと言っていた。

更に、ロドリュークが仲間のロザーナを連れ去った。

 

そしてこうなった原因は昨日、学校に潜入していた三人のナイトフィストと出会ってしまったからという訳だが・・・

 

エレナの話を聞いて、まず気になったのがその三人だ。

警官の格好をして、他の警察の人間達に紛れながらグロリアの警戒をしていたらしい。

そんな警官服の三人の人物が、どうしても犠牲になった警官三人と関係しているのではないかと思えてならない。

だが、一人は死んだとニュースで言っていた。

後の二人は、そもそも誰が行方不明だと決めつけたんだ?

警察署内の誰一人として、彼ら三人の顔を知らなかったと言っているのに・・・・

 

マックスの頭は思考し続けた。

 

警官の件も気になるが、今気にすべきはデイヴィック達の現状だ。

まだエレナの言うことを100パーセント信じきってはいないが、嘘まみれでもなさそうだった。

 

彼らのチームが崩れたのは間違いない。それは鏡で見た光景が証明している。

そしてその光景と言えば・・・・テンペスト・・・

 

考えるほどに眠気は遠ざかるものだった。だがマックスの頭の中には、気になって仕方がない事実だらけで埋め尽くされていた。

レイチェルからメールが届いていることにも気づかずに・・・

 

急に、彼はまた起き上がって寝室の窓のカーテンを開けた。

そして窓も開くと、気持ちの良い風が優しく入り込んでくる。

夜風に当たりながら本でも読もうというのだった。

 

そこで彼は一冊の小説に手をつけた。

その他にも、棚には何冊も小説が並べられている。それらは、マックスが昔から読書を好んでいた事の何よりの証なのだ。

 

マックスは一旦頭を空っぽにするために、手に取った本を開いた。

やがて読み進めるうちに、過去の自分の記憶が呼び起こされるのだった。

 

「懐かしい話だな・・・こんな事に憧れた頃もあったか・・・・」

 

彼が持つその本の表紙に刻まれたタイトルは『Knight of Wizard』。

急に何かを思い出したように手に取った一冊だが、この時マックスの頭の中で、彼が昔抱いたある思いが蘇ろうとしているのだった・・・

 

「全て小説のようになればいいんだが。何せ現実の問題だ・・・」

 

ふとした瞬間、彼は小台の上に放っておいた携帯電話が視界に入った。

ここでようやく誰かからメールが届いていることに気がついたのだ。

 

本を開いたまま机に置いて、身を乗り出して台の上に手を伸ばした。

 

「今日はほとんど見てなかったな。」

見てみると、それが何時間も前に届いたレイチェルからのメールだとわかった。

 

「レイチェル・・・全く気づかなかった。無視したと思ってるかな・・・・」

 

メールの内容はそれほど長くはなかった。それは、特に大した内容ではなく、時間があれば会って、話したり魔法の練習をしたりしたい。といったものだった。

 

「そういえば、ここ何日かは会ってないな。」

また会いたいのはマックスも同じだった。

彼女と肩を並べて何でもない会話をしている時こそ、一番気持ちが落ち着く時なのではないかと思うマックスは、早速明日、レイチェルを地下隠れ家に呼ぶことに決めたのだった。

 

だがすぐに、不安を感じる・・・・

 

テンペストは敵側の人間だ。そしてあの地下隠れ家の事を知っている。

これはつまり、奴がいつあの地下隠れ家に現れるかわからないということなのだ。

サイレントがテンペストに、あの隠れ家が俺達の活動拠点になったという事を言っていなければいいのだが・・・

もしそれを知られれば、俺達を消しに現れる。間違いなく・・・・

 

そして奴が現れたとき、レイチェルがいたらと思うと、その後の展開を考えたくもない。

 

「もはや、あの場所は安全じゃない・・・早くサイレントに奴の事を知らせないと。」

 

焦りは更に眠気を遠ざけた。

その後しぼらくは本を読み続けたのだった・・・

 

そして朝はいつも通り訪れて、開いたカーテンから光が射し込む。

 

朝日は、机に置かれた読みかけの本と、椅子に座ったまま寝ているマックスの顔を激しく照らす。

だが彼は全く起きる気配はなく、後からテイルに起こされるまで寝続けるのだった・・・・

 

 

この日の昼の事だ。

 

あの二人はW.M.C.(ワールド・マジック・センチュリーズ)にいた。

 

「どうする?・・・また行く気はあるか?」

教室と思われる、生徒達が複数人いる部屋にてデイヴィックが話をしている。

 

「あの廊下の監視が任務だから。でも・・・正直、気は進まないね。」

デイヴィックの横で、腕を組んで窓の外を向いたままリザラが言った。

「それに、エレナとロザーナの事も気になる・・・」

 

「だな。今日はロドリュークを見てないから、きっとロザーナを従わせて何やらやってるのだろう。でもエレナの事は何もわからない・・・」

 

少し黙った後、デイヴィックは続ける。

「俺達は自分達で正しいと思う任務を考えるべきだ。これからはテンペストの言うことを全て受け入れないつもりだ。」

「じゃあ、まずどうするつもり?」

リザラが振り向いて言う。

 

「まずロザーナを奴のもとから引き離させて、彼女を俺達の側に連れ戻そう。本人もそう望むだろう。その為にロドリュークを見つけるぞ。」

「それには賛成。でも、見つけるって言ってもどこを探す?」

「奴がしそうな事と、与えられるであろう任務の内容を予測しよう。少し考える時間が必要だな。」

 

 

場所は変わり、廃公園の地下隠れ家にも、集まって話し合いをする若い魔法使い達がいる。

 

「よし、今日もよく来てくれた。」

マックスは、いつもながら呼びかけに応じたジャック、ディルを順に見て言った。

そして昨日に引き続き、ここにエレナの姿もある。

 

「君も、昨日の約束通り来てくれたな。君次第で、これからやる事が決定するかもしれないから、ありがたい。」

「あたし次第で?」

エレナが首をかしげた様子で言った。

 

「ああそうだ。そして・・・」

マックスは、今度は別の人物を向いて話を続けた。

「レイチェルも、よく来てくれたな。君にも話しておきたい事があって呼んだ。」

 

そこには、数日ぶりに顔を出すレイチェルの姿があった。

「まずは、隣の彼女を紹介しないとな。」

そしてマックスはエレナを見た。

 

「あたしはエレナ・クレイン。よろしく・・・」

彼女がおとなしくそう言った後、控えめにレイチェルも挨拶した。

「レイチェル・アリスタです・・・」

 

二人の様子を見ながら、マックスはまた話し始める。

「では率直に言おう。彼女、エレナ・クレインはつい昨日の昼まではグロリアの味方だったんだ。」

 

これを聞いて、レイチェルが驚くのは当然だった。

 

「だがもう違う。俺達はそう思っている。詳しい事の成り行きは本人から話してもらおうか。」

マックスがそう言った後、エレナはレイチェルのほうを見て、自分の事をゆっくりと話し始めるのだった。

 

エレナがレイチェルに話をしている最中、マックスはジャックとディルのそばにいた。

「ジェイリーズにも呼びかけたけど、今日は用事でどうしても来られないみたいだ。」

「それでいないのか。残念だが、仕方ないな。」

ディルが本当に残念そうに言った。

 

「それで、ジェイリーズの埋め合わせはクレインを使う気か?」

ジャックが言った。

 

「むしろ彼女が主役だ。さっき言ったように、これから俺がやろうと思ってる事は、全てエレナ・クレイン次第なんだ。そして動くとなった時、彼女も俺達に同行してもらわないといけない。」

 

「今日はいったい何を企んでる?」

ディルは、マックスがいつにも増した真剣な表情だと感じたようだ。

 

「肝心の彼女も揃った所で話すよ。まずはレイチェルと仲良くなってもらいたい。どこか彼女の性格と似ている気がするんだ。」

「それを言うなら、ここにいる皆、似た者同士だろうよ。」

ディルの言ったことは、概ねうなずけた。

 

「もしかしたら、デイヴィック達の方も何か事情を抱えてるのかもな。」

ジャックが言った。

「だなぁ。俺達は皆、過去にデカいものを背負ってるんだ。そしてレイチェルは、そんな俺達のいざこざに巻き込まれてしまったということだな・・・」

 

マックスはエレナと話しているレイチェルを見た。

「でも、これ以上は関わらせない。その為にもこれから動くんだ。」

 

一方、レイチェルとエレナも会話が進んでいるようだ。

 

「あたしはグロリアとナイトフィストの事は何も知らなかった。だから、グロリア側の人間でいることに未練はないわ。今は新しい居場所があるから。」

 

エレナが本心を語っていた。そして彼女が喋る言葉に、レイチェルも同感するかのように・・・

「あたしも、全く知らなかった世界なんです。ただ知らないうちに関わってしまってただけだから、あなたの言ってることはよくわかります。それに、あたしもずっと一人だったから・・・あなたの気持ち、よくわかります。」

 

レイチェルの言葉に、エレナは少しずつ親近感を感じた。

 

「やっぱり、皆似てるんだ。あたしだけじゃなかった。」

彼女の緊張した表情は消え、もはやマックスのチームこそ、自分にとって最善の居場所だと思い始めたのだった。

 

「さて、話は終わったかな。」

マックスが二人に近づいた。

 

「うん。本題に入るのね。」

エレナが言う。

「ああ。今日、俺が考えた事だ。そして君の決意が鍵になる。」

 

マックスは皆を見渡し、ここへ皆を集めた本題を話し始める。

「じゃあ、まず俺が思った事を言うと、ここはもう安全とは言えないかもしれないってことだ。」

「いきなりどういう事だよ。」

ディルが言った。

 

「昨日わかっただろ、俺達の知るテンペストがグロリア側にいると。あいつはここを知ってる。だから来ようと思えばいつでも来れるんだよ。」

「ああ、俺もそれが気になったんだ。」

ジャックが言った。

 

「えっと、テンペスト・・・?」

レイチェルは、マックス達が昨日ここで新事実を知ったことを知らない。

 

「レイチェルにも話しておこう。テンペストって奴はナイトフィストだと思っていた、俺達をここに招いた人間だ。そしてつい昨日、俺達が学校に仕掛けた魔法の監視カメラに、ある決定的な映像が映ってな。」

「それがなんと、テンペストがグロリアの仲間だったっていう証拠映像なんだよ。」

ディルが続きを言った。

 

「つまり、そのテンペストという男が、俺達を襲いにここへ来ることが可能というわけだ。」

マックスは、その表情からレイチェルの驚きようがよくわかった。

 

「これを伝えたかった。レイチェルにな。」

「あたしに・・・」

「ああ。何せ、君は俺達の戦いには何の関係もない、ただの被害者だ。これ以上危険な世界に引き込むわけにはいかない。だから安全だと確定できるまでは、ここと公園には近づかないほうがいい。今日は話を聞いてもらう為に来てもらったが、今日以降は敵の手の届かない所にいてもらいたい。」

マックスの言葉に、ジャックとディルがうなずく。

 

「君はこれ以上こっちの世界に関わってはいけない。」

「でも、君と俺達はずっと仲間だ。それは変わることはないから心配はいらないぞ。」

ジャックに続いてディルが言った。

 

レイチェルは彼らの顔を見つつ、口を開いた。

「・・・ありがとう。気持ちは嬉しいわ。でも、あなた達はどうするの?」

 

「テンペストを拘束するつもりだ。奴が行動できなければ、ここにグロリアの人間は現れない。それまではテンペストに注意しながらここを護る。」

 

「ならばあたしも一緒に護る。ここはあたしのお気に入りの場所でもあるんだから。」

レイチェルが真剣な眼差しで言う。

 

「君まで危険を冒す必要はない。ここは俺達に任せるんだ。あくまで、君はグロリアの生徒に操られていた身なんだから、君が一番狙われる危険性が高い。」

 

マックスが必死に説得すると、続けて二人も・・・

「俺もマックスと同じ意見だな。君が俺達と同じ領域に肩を並べて、同じく危ない目にあうのをスルーするわけにはいかないよ。」

「そういうことだ。だから、君の気持ちだけありがたく受け取っとくよ。大丈夫だ。ここは俺達が必ず護る。俺もここが気に入ったからな。」

 

ジャック、ディルがそう言うと、再びマックスが話しだした。

「それに今後、俺達に仲間が増えるかもしれない。」

「おい、本当かよ!」

ディルがいち早く反応する。

 

「それについてが、今日一番話したい事だ。」

すると今度はエレナの方を向いて・・・

「デイヴィックとリザラ、そしてロドリューク達の事を詳しく教えてくれ。それと君達に与えられていた任務についても、全てだ。俺達はこれから君の言葉を信用するしかない。それが現状を大きく動かす鍵になると、俺は思っている。」

 

マックスの言葉を聞いている周りの皆は、彼が今、何を考えているのかよくわからなかった。

 

「だから本当の事を話してほしい。君を悪いようにはしない。お互い、裏切りはなしだ。」

 

彼の言葉に、エレナは何かを決意したように言った。

「・・・わかったわ。あたしは、あなた達はもう仲間だと確信した。お互い、隠し事は無しね。」

 

「ああ、わかった。じゃあ、まずデイヴィック・シグラル達がどういう人間か、教えてくれ。君が一緒にいて思った事でもいい。どんな感じだ?」

マックスが言った。

 

「デイヴィックはリーダーらしく、うまく皆をまとめてたと思うわ。優しくて、任務にも忠実だった。あたしには良い人に見えるけど・・・」

「なるほど。根は良い奴か・・・そういえば、親は元グロリアと言ったな。元ってことは・・・」

マックスは昨日のエレナの話を思い出す。

 

「今はいないわ。昔、とある任務で父親が亡くなったとだけ聞いたわ。リザラの親も同じよ。ロドリュークの親はグロリアを裏切って逃げ出したと聞いてる。」

「そうだったのか。それでグロリアの味方になったわけだ。俺達と同じようなもんだ。」

 

「それじゃ、あなた達も・・・」

エレナが聞きにくそうに言う。

 

「まあ、そういうことだな。彼らと俺達とは、組織に入ろうとする理由が同じようだ。それで、デイヴィックとリザラ・クリストローナは今でも本気でグロリアになるつもりなのか?君と最後に会った時、何か言ってなかったか?」

マックスは何かを探ろうとしている。

 

「正直、よくわからないわ。ただグロリアに反対するなら、あなた達と出会えば助けてくれるだろうって言われた。」

「どっちとも言えないか・・・まぁ、少なくとも仲間想いだということはわかった。昨日、鏡で聞いた会話からも、君の事をかばおうとしているのは伝わった。そしてクリストローナの方も、シグラルと考えは似ているのだろう。」

マックスは、気が強そうなブロンドの魔女の姿を思い浮かべた。

 

「口数が少なくて、感情を表に出さない人だから最初はちょっと近づきにくいと思ってたけど、彼女も仲間を大切にする人だと思うわ。」

「わかった。そして君とロザーナ・エメリアはこの世界に関係が無かったと・・・・すると問題は、彼女を連れ去ったロドリューク・ライバンだな。」

 

すると、エレナが彼について話し始めた。

「ロドリュークは強さに憧れているだけよ。力と権力を手にするためなら仲間も見捨てるような男だとわかったわ。皆彼から離れたから、ロザーナだけでも服従の呪文で従わせようというのね・・・・」

 

「服従の呪文だと?」

マックスは、探している黒幕がゴルト・ストレッドを服従させていた件を連想した。

 

手口といい、エレナの言うロドリュークのイメージから考えると、黒幕の正体が彼ではないのかという思いが出てきた。

ならば、ロドリュークは魔光力源の場所を知ってることになるのだが・・・・

 

「あいつも魔光力源の場所を知らないんだったな?」

「そうね。間違いなく皆知らないわ。」

「そうか・・・嘘をついているということはないかな。」

マックスはロドリュークが黒幕だという可能性を無視できないようだ。

 

「それはわからないけど。何でそんな嘘をつく必要があるの?」

「もしかしたら、君達も会ったことがないという、魔光力源を発見した例の生徒の正体じゃないかと思ったんだ。」

これにはジャック達も反応する。

 

「なるほどね。確かに人物像が重なるような気もするが・・・となると、ライバンが以前からセントロールスに潜入していたということになるぞ。」

ジャックの言う通り、その部分を解決しないといけない。

 

「彼が噂の生徒の正体っていうのはないと思うけど。」

エレナは言った。

「ロドリュークが一人でマグルの町に出て行ってた様子はないわ。それに、あたし達に隠す理由がないわ。あたし達はテンペストから、魔光力源の確保を指示されていたから、むしろ一人で隠れて動くのはありえないわ。」

 

「それは、確かにそうなるな・・・・あいつは関係ないか・・・」

マックスは話を戻すことにした。

「よし、この件は後回しだ。じゃあ次は、君達に与えられた魔光力源探しの任務についてだ。テンペストは、具体的に何をする為だとか言わなかったかな?」

 

「グロリアが昔から求めている物・・・とだけ言ってたわ。あたし達も、それがどんな物なのか知らないわ。」

エレナは答える。

 

「なるほど。探させるにも与えた情報が少なすぎだな。あの男は何を考えているんだ?」

「それはむしろこっちが聞きたいぐらいよ。最近では、デイヴィック達もテンペストの指示に疑念を感じていたように思うわ。」

「そうか。君達五人とも、あの男には何かしら理解できないものを感じていたか。」

 

彼女の話から察するに、テンペストはエレナ達に指令を出して、駒として使っていただけではないかと思われた。

 

「彼らの事はこのぐらいで良いだろう。君の話からすると、どうもテンペストは君達を道具としてしか見ていなかったように思える。このまま奴に良いように使われ続けた最後は、何が待っているかな・・・正式にグロリアの団員として迎え入れられる?それとも捨て駒か?」

マックスはエレナの本音を引き出させようと迫る。

 

「そんな・・・あたし達は、最初から使い捨ての道具だったって言うの?」

 

「君も薄々感じてはいなかったか?君達のリーダーが感じているように。」

そして彼は最後の質問をする。

「そこで、君の本当の気持ちを知りたい。」

「あたしの・・・気持ち?」

「ああ。君の意思次第でこれから俺達が何をするかが決まるんだ。」

 

エレナを一直線に見て、彼は続けた。

「ずばり、君は彼らをどうしたい?」

 

一瞬その場は静まり、またすぐにエレナが口を開いた。

「どうしたい・・・・それは・・・」

「正直な気持ちだ。君がデイヴィック達、そして仲のよかったロザーナ・エメリアをどうしてやりたいんだ?」

 

そしてエレナは迷わず答えた。

「それは、危険な状況から救ってやりたい。あたしの仲間だから。」

 

彼女のその言葉を聞いて、マックスは安心したのだった。

「決まったな。じゃあテンペストの手中から引き離してやろうじゃないか。」

「でも、そんな簡単に決めていいの?デイヴィック達と出会えば、きっと攻撃してくるわよ。」

「言っただろ、これからやる事には君の決意が鍵だと。君が彼らを大切に想っているように、シグラル達も君の事を想っているはずだ。だから、君が交渉人になってほしい。俺達と協力してテンペストをねじ伏せる為に。」

マックスが、いよいよ自分の考えた事を話しだした。

 

「君の心からの言葉ならば、彼らに届くはずだと思うんだ。」

「あたしに出来るかな、そんな大役。」

「君にしか出来ないだろ。彼らが君が思っている通りの人間なら、絶対に無視できないはず。そうすればシグラルとクリストローナと協力し、エメリアを救うことも出来る。仲間が多くいれば、出来る事も増える。」

マックスはエレナの決意を促す。

 

そして彼女はというと、もう答えは決まっているようだった。

「わかった。やるわ。そして皆でロザーナを救うと約束して。」

「ああ。必ずロドリューク・ライバンの元から引き離そう。その為にも、まずはシグラル達と会って、しっかり話さないと。うまくいけば、皆が救われると信じる・・・」

 

その後も、マックス達の会話はしばらく続いた・・・・

 

 

そして夕方、事は起こる。

 

相変わらず、警官隊しかうろついてないセントロールスの校内にて、あの二人が動きだしていた。

 

「 しかし、本当にデカい建物だよな。最初来たときは魔法学校かと思ったもんだ。」

「そんなこと、今は関係ないわ。」

デイヴィックとリザラが廊下を歩きながら、小声で話していた。

 

「いつも通り、クールだなお前は。」

「やるべき事に集中してるだけよ。」

 

彼らが歩いている所は旧校舎の廊下だ。そして目的の場所はおそらく六階・・・立入禁止を命じられた廊下だ。

 

旧校舎の警備が皆無なのは、テンペストにより警備責任者がマインドコントロールされているせいだろう。

お陰で彼らもまた行動しやすいようだ。

 

そんな順調に目的地へ進んでいる二人の様子を、マックス達が仕掛けたボーラーが高くから見下ろしているのだ。

 

そしてマックスは今・・・

 

隠れ家の片隅のソファに座り、携帯電話を手にしていた。

「というわけだ。何かあったら詳しくは後で伝える。じゃあ、また・・・」

彼は会話を終え、電話をしまった。

 

「ここでした話の内容を簡単にジェイリーズにも伝えておいた。」

「了解だ。それにしても、彼女が俺達の作戦に参加しないってのは、今となっては珍しいよな。」

ディルがテーブルの椅子に座って、鏡を見ながら言った。

 

「ジェイリーズにも外せない用事はあるさ。無理に付き合わせる事はない。そもそも、今日の作戦は俺の思いつきだしな。」

「でもなかなか良い考えだと思うけどね、俺は。ずいぶん思いきった事だけど、成功すれば確かに現状は変わるな。」

ジャックがこちらに歩いて来ながら言った。

 

「これは賭けだ。結果が俺達にとって良いものになればいいんだが・・・そうでなければ困る。」

そう言いながら、自宅から持ってきたバッグの中から読みかけの本を引っ張り出した。

 

「ん?それは懐かしいな。」

ジャックは、マックスが開いた本のタイトルを見てそう言った。

 

それは『Knight of Wizard』だった。

「俺も昔読んだな。まさかお前も持ってたとは知らなかった。」

「なんだか急に思い出してな。そしてこれを読み返してるうちに思いついたんだ。今回のミッションを。」

「まさか、お前があの主人公に憧れてるのか・・・」

ジャックがそう言った時、鏡を触っていたディルが飛び上がった。

 

「おい、皆!二人がいたぞ!」

「早速現れたか!」

マックスは本を持ったまま、急いでディルが持つ鏡を見に行った。

ジャック、エレナ、レイチェルも近寄った。

 

するとそこには、旧校舎の廊下を歩くデイヴィックとリザラの姿が映っていたのだった。

「また必ず旧校舎に現れるとは思っていたが、早かったな。」

そしてマックスはエレナを見て・・・

「その時が来た。準備はいいか?」

 

エレナは力強くうなずく。

「うん。行くわ。」

「よし。悪いが、レイチェルは連れて行くことは出来ない。」

「わかってるわ。気をつけて・・・」

レイチェルがそう言った後、彼らは行動を起こすのだった。

 

だがデイヴィック達の行動を見ているのは彼らだけではなかった。

 

デイヴィックとリザラが旧校舎六階の、立入禁止区域に近づいたとき、"彼"のボーラーにもこの光景は映っている。

そして今まさに、その光景を鏡越しで彼は見ていた。

 

「あの少年達、現れるとは思っていたがこうも早いとは・・・自我だけは大したものだな。」

その男、テンペストは二人が六階廊下を歩いている光景を見ている。

 

突如、彼の背後から静かに現れる何者かが一人・・・

「彼ら、デイヴィック・シグラル達が現れたようね。」

 

その声に反応し、テンペストは振り向いた。

「君だったか。ああ。どうやらあの二人には、もう使い道はなさそうだ。警告を無視して来たのならば、まとめて片付けるとするか。」

 

そして鏡の前から離れようとした時に。

「そうだ、マックス・レボット達の事はあたしに任せてもらえるかしら?」

「いいだろう。だが、なぜ今言う?」

テンペストが言った。

 

「彼ら、もうそろそろ大きな事をやるかもしれないから。」

「そうか。ならばその件、君に任せた。」

そう言い残して、テンペストは部屋から出て行くのだった。

 

その暗い部屋には一人の少女だけが残っている。

 

「そろそろ、黒幕と呼ばれるのも終わりかしら・・・」

 

 

 

 

 




次話
第二十二章 正体 (予告)

デイヴィックとリザラの前に現れるテンペスト。
更にその場に到着するマックス一行・・・

彼らがこのタイミングで出会したのは幸か不幸か。

そして今回、ついに黒幕と呼んでいた人物の正体が明らかになる。





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第二十二章 正体

セントロールスの静かな旧校舎の廊下にて、突風が発生すると同時に四人の人物がその場に現れた。

 

「今回はなんとか立てたか・・・」

その中の一人、マックスは倒れそうになるのをなんとか踏ん張っていた。

同じくジャック、エレナも廊下に立って現れていた。

そしてマックスは、一人廊下に転がった男を見下ろして言った。

 

「早く行くぞ。何だか急に嫌な予感がしてきた。」

「ちょっと待てよ。何で皆そんなに上手く出てこられるんだ?エレナはわかるけど、俺達は同じレベルのはずだろ。」

ディルが慌てて起き上がりながら言う。

 

「ポートキーの移動に魔力消費は無い。単純にお前のバランス感覚の問題だろう。」

「そうはっきりと言わんでもよ・・・」

 

そして彼らは廊下を走った。

とにかく六階のデイヴィック達を目指して・・・・

 

そしてそのデイヴィック達二人の状況は、決して良い展開とは言えないものだった。

 

六階の一番奥の部屋に向かってゆっくりと歩くデイヴィックとリザラの前方に、突如として彼は現れるのだった。

 

「指令の聞き間違いかな?この廊下を警戒せよとは言ったが、奥へ立ち入ることは禁じたはず。」

黒いスーツ姿の長身の男、テンペストがどっしりとその身を構えて立ちはだかる。

 

「いいや、指令の内容はちゃんと聞いている。ここに来た目的は指令とは関係ない。」

デイヴィックがその場で力強く言った。

 

「ほう。では、どうしたものかな。」

テンペストは手を後ろで組んで立ったまま、ゆっくりと喋る。

 

「俺達が指示に従うには、ちっと確認しなきゃならない事がある。」

デイヴィックは続ける。

「ここに来ればあんたが登場するかもしれないってことは予想していた。ならばそこで質問すればいい。俺達の手間もはぶける。」

 

「では聞こう・・・」

テンペストが静かに言った。

 

「ずばり、俺達の元仲間の現状を教えてもらう。知っているはずだ。」

デイヴィックがそう言った後、テンペストはうなずきながら、またゆっくり話し始める。

 

「ああ、やはりそう来たか。何とも君らが考えそうな事だ。知りたいのは彼、ロドリューク・ライバンの事だろう。もっと言うと、彼と共にいるもう一人の事か・・」

 

「質問に答えてもらおう。」

デイヴィックが言う。

 

「いいだろう。彼には私が特別な任務を与えている。いや、正確には、特別な駒として役目を果たしてもらう任務と言ったところか。」

「特別な駒・・・?」

リザラが言った。

 

「ああそうとも。君達と違って、彼には駒として動かす価値がまだ残っているからな。だから私の仲間の行動をサポートしてもらう任務を与えた。今頃どこかで忠実に動いていることだろうな。そして君達も、もう気づいてもいい頃だと思っていたがな。最初から事を上手く運ぶ為の駒だったのだと。」

 

「最近あんたの考えてることがわからないとは思っていた。まさか、最初から道具だったとはな!」

デイヴィックが言った。

 

「だが君達を選んだのはどうやら間違いだったようだ。君達は、道具になるには感情が豊かすぎた。道具は常に、使用者に忠実であらねばならないものだ。そうだ、まさしくロドリューク・ライバンには道具として相応しい。」

彼は続ける。

 

「彼は純粋だ。最初からあの男は最も役に立つだろうと思っていたよ。あの、ただひたすら地位や力に魅せられた思いこそ、扱いやすい。君達もかつてはああだったはずだろう。道具諸君には彼を見習って欲しいものだ・・・」

 

「ああそうかい・・・言うことはそれだけか・・・」

デイヴィックはテンペストをにらんだ。

 

「欲しかった情報とは違った様子に見えるな。だがこれが事実だ。そして・・・言うことはもうひとつ。」

テンペストの表情が変わった。

「これまで御苦労。仕事は終わりだ。」

 

次の瞬間、彼が右手を前に差し出し、手から光の波動が発せられた。

 

それは鈍く光る緑色で、それが何の呪文か判断したデイヴィックはとっさに杖を振り、瞬間的に全力の魔力を込めた。

 

「プロテゴ・トタラム!」

 

杖先が光り、デイヴィックとリザラの正面に透明な膜が張られて、テンペストと二人の間の空間を完全に仕切った。

 

直後に、緑の波動は魔法の壁にぶち当たって散ったのだった。

 

「瞬時に空間防御をやって見せるか。相変わらずの鋭い神経だ。では今度は力量を見せてみろ。」

テンペストはそう言うと、再び右手を突き出して構えた。

 

リザラも杖を取り、力を入れて構える。

 

そしてまたテンペストは術を発動しだした。

一撃、更に一撃と、次々襲い来る魔法の衝撃で透明な膜が歪む・・・

 

そして護りはすぐに破られた。

 

魔法の膜は割れるように散り、更に容赦なく呪文が連発される。

デイヴィックは素早くかわして攻撃に転じる。

リザラも負けずと拘束系呪文を発動した。

 

だがどちらの攻撃も防ぎ、全て当たらない。

すると右手で魔法をガードしながら、彼は左手で杖を持ち構えた。

 

「ウィス・エレクトリカ」

途端に杖先が瞬き、青い稲妻が空中を走った。

 

呪文を放ち続ける二人は対応に間に合わず、電撃は彼らを一撃でねじ伏せたのだった。

 

叫んで廊下に倒れるデイヴィックとリザラの所へ、テンペストが歩いて来る。

「君達の実力はそんなものか。まだ楽しませてくれると思ったんだがな・・・」

 

彼は右手を上げると、二人の手から杖が離れ、二本ともテンペストの方へ飛んでいった。

 

それをキャッチして、彼は言う。

「これは・・・どちらも強い意思が染み渡った杖だな。頑固なまでに真っ直ぐな意思を持つ所有者であることに違いは無かったが、残念ながら私が期待した意思とはベクトルが違っていたようだ。まったく、私の見込み違いだ。笑い話にもならん・・・」

 

「・・・見込み違いは・・・こっちのほうだ。」

デイヴィックが食らった電撃の痛みに耐えながら立ち上がろうとする。

 

「あんたは俺達を救ってくれた・・・居場所を、仲間を与えてくれたと思っていた。だが、グロリアの道具になるぐらいなら、とことん反対してやる。あんたが与えた俺のチームでな!」

 

「仲間という存在を与えてしまったのが失敗だったようだ。だが私の失敗は私が落とし前をつける。私達の崇高な目的の邪魔は、誰だろうと許さん。」

テンペストは杖を失った二人に迫り、再び攻撃を開始しようとした。

 

その時だった。

突如、廊下の一部が光ったかと思うと、そこから一筋の閃光が高速で迫った。

それはデイヴィックの横をかすめ、テンペストに命中したのだった。

 

彼の身体は後方に吹き飛ばされ、手から三本の杖が落ちて廊下に転がった。

 

デイヴィックとリザラは唖然として後ろを振り向く。

 

間髪入れずして、第二の術がどこからか発動され、床に落ちているデイヴィックとリザラ、そしてテンペストの杖が動きだした。

三本の杖は空中に浮いて加速し、やがて術者の手元へと引き寄せられるのだった。

 

「何者だ!」

遠くの廊下に倒れたテンペストが叫ぶ。

 

「久しぶりだな。俺達だよ。」

そう言いながら、徐々に姿を現すのはマックスだった。

彼に続いてジャック、ディル、最後にエレナも目くらまし術を解いていく。

 

「こんな事になってるとはな・・・」

マックスはデイヴィックとリザラの近くへ歩きだした。

 

「これはこれは・・・ここで君達が登場するとはな。そして見たところ、エレナ・クレインの姿もあるではないか。ずいぶんと興じさせる展開だ。」

起き上がりながらテンペストが言う。

 

一方、デイヴィックとリザラもこの展開には驚いていた。特に、エレナがマックス達と共に立っている事に・・・

 

「エレナ!無事だったのか。」

デイヴィックが彼女を見て言い、続けてこちらへ近づくマックスに視線を移す。

「おい、どういう事なんだ・・・何でこのタイミングで・・・」

 

「詳しい話は後だ。とにかく、今は奴を捕らえるために協力だ。」

そしてマックスは、奪った三本の杖をデイヴィックに差し出した。

 

「この状況だ。言われるまでもない。」

するとデイヴィックが二本の杖を取り、一本をリザラに渡したのだった。

 

リザラは立ち上がって杖を受け取ると、デイヴィックと共にマックス達と並び立った。

そして前方に杖を向ける・・・

 

「なるほど。彼女が言っていたのはこの事か。」

六本の杖と対峙し、テンペストは静かに言った。

 

「何を言ってる。」

マックスが言う。

 

「さっき、お前達が何かしらの動きをみせるかもしれない事を私のパートナーが示唆していた。」

「パートナー?」

「そうだ。私達の崇高な目的の為に、ずっと共に動いてきたパートナーだ。しかしながら、こうも早速出てくるとは。それも、都合よくこの二人と同じタイミングでここに現れてくれるとは手間がはぶける・・・」

 

マックスはこの時、何かに引っ掛かっていた。

 

「お前達が何をしようとも、パートナーはお見通しだ。この作戦は大したものだったが、残念ながら失敗だ。」

 

その言葉を最後に、杖を奪われたテンペストは両手を前に構えて・・・

「キュムロニンバス」

 

マックス達はいつでも防御出来る用意をしていたが、術が飛んでくることはなく、彼らの周囲に灰色のもやが現れ始めた。

それは瞬く間に膨れ上がり、彼らの視界を奪い去った。

 

「まずいぞ!離れろ!」

デイヴィックの一声に反応した皆は、即座に雨雲のようなもやから出ようとした。

マックスも走りだそうと、足を一歩動かした。しかしその瞬間、目の前に激しく光る稲妻が横切ったのだった。

 

「プロテゴ!」

瞬間的に身の危機を感じて、防衛呪文を発動できたのは幸いだった。

稲妻は雷鳴を轟かせてマックス達を襲った。

他の皆も、雷撃を食らわないようガードに徹するしかないようだ。

 

「気象呪い崩しなら知ってるんだが・・・内側に居てはどうにも出来ない!・・・」

雷撃を必死で払い除けながらデイヴィックが言った。

 

「あたしに任せて。」

そうリザラが言った後、周囲を走る雷の隙を見てその場から姿をくらました。

しかしマックス達は雷雲に囲まれて、彼女の様子を知ることは誰も出来ない。そもそも周りを見回す余裕がない。

 

この時、リザラは気象呪いの輪から脱け出して、テンペストの背後に姿現ししていた。

 

「君が来たか。」

誰かがこう来ると予測していたはテンペストは、すぐにもう片方の手を後方へ向け、防衛呪文を発動したのだった。

 

そしてそこに、彼の筋書き通りにリザラが呪文を放った。

 

その金縛り呪文はテンペストのガードで彼女自身に跳ね返り、言葉を発する間もなく固まってその場に横たわるのだった。

 

「ワンダウン。まだまだつまらん・・・」

テンペストは再び前を向く。

 

その時、雷鳴に混じってどこからか誰かの声が響き渡った。

 

「メテオロジンクス・レカント!・・・」

 

直後、荒れ狂う稲妻は消え、やがてマックス達を取り囲む雷雲も薄れていったのだった。

 

一瞬、廊下に静寂が戻る・・・・

 

そこへ、こちらに歩いてくる足音が聞こえてきた。

 

「今日はずいぶんと来客が多いな・・・」

テンペストの目線はマックス達のずっと後ろに向けられていた。

 

「これはこれは。騒々しいと思って来てみれば、お前に出会うとはなぁ・・・オーメット。」

 

マックス達は状況がよくわからない中、声の方を振り向く。

すると後方には、なんと警官服の男が三人歩いて来ているのだった。

 

「あれは・・・昨日のナイトフィスト。」

デイヴィックが彼ら三人を見て言った。

 

すると、テンペストが三人のうち真ん中の男に向かって言った。

「その名で呼ぶな。今はテンペストの名で知られている。」

 

「いいじゃないか本名なんだから。」

するとその男は、テンペストの背後で倒れるリザラに杖を一振りして呪文を解除した。

そして別の男がマックス達に近づき、小声で話しかけた。

「さあ行け、今のうちだ。あの変わり者は我々に任せるんだ。」

 

「助かった。ではそうさせてもらう。」

マックスが言った。

そこにリザラも駆けつけると、彼らは男達の横を通ってその場を後にするのだった。

 

残った三人の男達は、テンペストと向き合う。

 

「それで、お前はまだグロリアにいるみたいだな。」

真ん中の男は言った。

 

「ライマン・・・それにザッカス、マルス。こういう形で再会するとはな。お前達は相変わらず、今も固まって同じ事をしているようだが、一人足りないな。そうだ、マックス・レボットの父親の姿が無いな。」

テンペストは不適な笑みを浮かべた。

 

「ギルマーシスの事ならお前も知っているはずだ。彼をあざ笑うことは許さん。」

そして彼らはテンペストに杖を構えた。

 

 

この時、難を逃れたマックス達は、一旦物置部屋に身を隠した所だった。

 

早速、デイヴィックが口を開く。

「何で助けたんだ?お前達は何がしたいんだ。」

「それが正しい事だと思ったからだ。彼女から話を聞いてな。」

マックスはエレナを指差した。

「彼女はお前達をずっと大事な仲間だと思っている。そしてお前達だって、彼女を心配していたはずだ。」

 

「ああそうさ。でも、エレナは今でも俺達を仲間だと思ってくれるのか・・・」

 

そこで彼女が話しだした。

「もちろんでしょ。デイヴィックもリザラも、やっとできた仲間・・・」

エレナは続ける。

「あたし達、似た者同士でしょ?そしてそれはこの人達だって一緒だった。もうあたし達は敵じゃないわ。」

 

「そうか・・・お前の選択は正しかったな。俺達について来なくて正解だ。」

デイヴィックはそう言って、次にマックスを見た。

「エレナを救ってやって感謝する。そして俺達がずっと、間違った人間に従っていたとわかった。これからは俺達と代わって、エレナと仲良くしてくれ。お前達なら間違った方には進まないだろう・・・」

 

そしてマックスが・・・

「ああ。確かに君達は間違っていた。でももう違う。」

「お前達にも迷惑をかけた俺達に、これからどうしろと言う・・・」

デイヴィックが言う。

 

「まずはここを離れないと。話はそれからだ。」

 

その後マックス達は、エレナの時同様デイヴィックとリザラを地下隠れ家に連れて行ったのだった。

 

ポートキーにした椅子と共に六人が出現すると、部屋にいたレイチェルがびっくりして後ずさった。

 

「レイチェル、まだいたのか。」

マックスが言った。

「まあいいや。ここの安全が早くも確保出来るかもしれないからな。」

 

「ということは、テンペストは・・・?」

レイチェルが言った。

 

「ナイトフィストの大人三人が相手をしている。ここで取り押さえることができたら、ここはもはや安全だ。」

と言いつつ、彼はある事を心配していたが・・・

 

「ここは俺達の活動拠点だ。ここに君達を連れてきたのは、君達がもう敵ではないと確信したからだ。」

マックスはデイヴィックの方を向く。

 

「さて、改めて話をしようか。デイヴィック・シグラル。」

そして会話は始まった。

 

「テンペストは本性をあらわした。これでもう君達が奴についていく事はできない。それに、もう従う気はないだろ?」

「無論だ。それで、何が言いたいんだ。」

デイヴィックが言う。

 

「わかっているんじゃないのか?」

マックスは彼の表情から察した。

 

「大体予想はできるさ。そして俺達はもう君らと戦う理由も無くなった。」

「ならば・・・」

「いや、君達の仲間になることは出来ない。」

デイヴィックはマックスをさえぎった。

 

「エレナと色々話はしたんだろ?だったら俺とリザラの事も少しは知ってるだろ・・・」

「ああ。知った上で頼んでるんだ。」

マックスは強い眼差しで言葉を返す。

 

「意味がわからん。俺達の親が・・・」

「元グロリアだったって言うんだろ?聞いたよ。」

今度はマックスが言葉をさえぎる。

 

「じゃあなんで・・・」

「聞いたのはそれだけじゃないからだ。君達がチームの皆とどう関わり合ってきたのか、どんな人間だったかを彼女は話してくれた。それを聞いたら、君達はとても悪人なんかには思えなくなった。いや、むしろ俺達も同類なんだ!」

 

この時、彼の言葉にこもった強い気持ちを、デイヴィック含め、周りを囲む皆も感じとった。

そして二人の間にエレナが入る。

 

「彼が言ってる事は間違ってない。詳しく話を聞くと、マックス達もあたし達と全く同じだったってわかった。孤独で、周りに馴染めなかったあたし達とね。」

 

デイヴィックは彼女の言葉を聞くと、少し黙ってからマックスの方に向き直った。

 

「こんな真剣なエレナは初めて見た。マックス・レボット・・・お前が彼女の本心を引き出させたのか。まだ出会って間もないというのに・・・・俺にはそんなこと出来なかったのに・・・」

リーダーとしての自覚が、彼自信を追い込む。

 

「それは、彼女が本気で思ったからだ。君達を救ってほしいとな。」

マックスが言った。

 

「エレナが?・・・俺達が置いて行ったのに・・・」

 

うつ向く彼に、エレナが近寄った。

「自分を責めないで。あなたは常に正しいと思うことをやってきた。それだけなんだから。」

 

彼女に続いてマックスも言う。

「俺達も、君達チームと同じく正しいと信じた行動をしている。だから俺は君を、例えグロリアの為に動いていたとしても責めることは出来ない。でもグロリアが正しい連中だとは決して思ってない・・・」

 

マックスは自分と、そしてチームの仲間達の事を思い浮かべながら話を続けた。

 

「でもそれは、単に俺達の家族がグロリアの攻撃の犠牲になったから・・・グロリアを憎んでいるからそう思うだけかもしれない。そして君達がナイトフィストを敵視する理由も同じだろう。立場が反対だったから、お互い敵対するしかない・・・どっちも正しいと信じて動いただけなのに。」

 

「・・・お前の言う通りだな。確かに俺はナイトフィストを憎んだ。父親を死に追いやった原因はナイトフィストだからな。でも、逆の立場の事は全く考えたことはなかったな。俺はただ憎んだだけだった・・・お前達の事も、ナイトフィストの仲間というだけで怒りの対象にした。そうやって自分を強くしようとしていた・・・」

 

「もういいんだ。俺達は君らを悪くは思わない。そしてこんな関係はもう終わらせよう。俺達の仲間になってくれないか?それでナイトフィストを恨むのを止めろとは言わない。ただ、俺達はグロリアが正しいとだけは思えない。それはさっき君達もわかったはずだ。」

 

そして彼に続いて、エレナも頼むのだった。

「あたしからもお願いする。グロリアから手を引いて。過去に縛られてグロリアに入っても、自分を苦しめ続けるだけ。そんな仲間を放ってはおけない。」

 

デイヴィックは二人の言葉を後に、少しのため息をついてゆっくり口を開いた。

「ここまで人から説教されるなんてな・・・俺にこんな説教される価値があるなんて思ってもみなかったぜ。」

 

そして軽く微笑みながら、彼は本心を語る。

「俺も少しは立ち止まって、何が本当に正しいのか考えるべきだなぁ。正に今が丁度良い時だ。これからどうすべきか・・・はっきりとはわからないな。でも、少なくともお前達はもう敵じゃない。いや、仲間だ。」

 

そしてマックスも微笑んだ。

「その言葉、やっと出たな。」

 

それから会話はしばらく続いたのだった・・・・

 

 

そして、間もなく太陽が沈もうとする頃。

 

マックスのチームとデイヴィック達は、更に互の距離が縮まってきた様子で喋っていて・・・

 

「なぁ、どうしたボーッとして?」

ディルがマックスに話しかけた。

 

「ずっと気になってるんだ。あいつが言ってたパートナーという存在がな。」

 

彼は、テンペストが言った言葉を思い返していたのだった。

 

彼は度々パートナーの事を口にしていたが、デイヴィックとリザラはそのような存在がいることを今まで知らなかったようだ。

例えテンペストが動かないとしても、今後はそのパートナーという者に十分注意する必要がありそうだ。

 

「確かに言ってたなぁ。どこで何をやってるのやら・・・テンペストの加勢にも出て来なかったし、完全に謎だな。」

ディルが言った。

 

「そして気になる事はまだあるんだ。俺は、それがとてつもなく嫌な予感がしてならない。」

 

今日、テンペストが喋った言葉から考えつく事がひとつある。

それは自分達にとって最悪な事実かもしれない事なのだ・・・・

 

「何だよ、また嫌な予感か?お前の予感は本当に当たるからなぁ。」

「今はまだはっきり言えない。確証もない事だ。」

そう言い残して、マックスは一人、公園への階段を上って行くのだった。

 

「ん?マックス、帰るのか?」

背後からジャックの声が聞こえた。

 

「ああ。今日はなんだか疲れてな。また明日集まろう。ジェイリーズも一緒にな。」

「ああ。わかった・・・」

ジャックは様子がおかしく思いながらも、地上へ上がっていくマックスをそのまま見送った。

 

マックス自身、今日の行動で得られた成果には大満足していた。

エレナの願い通りにもなったわけで、マックスのチームに仲間が増えるのも喜ばしいことだ。

 

だが同時に、マックスの頭の中で最悪な仮定が出来上がっていた・・・・

 

「ジェイリーズ・・・まさかな・・・」

 

独り言をつぶやいて公園を歩いていると、ベンチに腰かけたレイチェルの姿が目に入った。

 

「すまない。居心地悪かったか・・・」

マックスは彼女に近寄った。

 

「いいや、そんな事はないわ。あの人たち、マックス達に似てる気がするし。」

「ああ、同じさ。そしてやっぱり、似た者は集まるんだと思ったよ。」

 

そして彼女は夕空を見上げたまま、唐突に言う。

「今日のマックスの言葉、何だかすごかったなぁ・・・」

「えっ?すごいって?」

「あたし感動した。あんなこと言えるのってすごいと思う・・・」

レイチェルは、デイヴィックを説得していた時のマックスの言葉を思い出していたようだ。

 

「あの時は必死だったからさ。でも、言った事は全て本音だ。デイヴィックには俺の本音が届くと思ったんだ。」

「あたしも、これからの事とか、過去の事とか・・・考える必要があるのかな・・・なんて思ったりね。」

そしてレイチェルは立ち上がった。

 

「もう帰らないと。明日も来るの?」

「ああ。あれからテンペストが俺達を襲いに来なかったし、ここはもう安全だと思うからな。」

「そう。じゃあ、またね。」

 

彼女が公園を去った後、マックスは少しの間ブランコに座って、考え事をしていた。

 

テンペストは言った・・・・何をしようとも、私のパートナーがお見通しだと。

そして、今回の行動がパートナーとやらに知られていたという事実・・・

 

奴は、俺達がそろそろ動くかもしれないとパートナーが示唆した・・・そう言った。

そして今回の計画が完成したのは、行動するわずか数時間前のことだ。

この事を知る人間は限られている。

なのに奴のパートナーがこれを知っていたという事はつまり・・・

 

俺達の中に裏切り者がいる。

 

更に推測は出来る。

今日、チームの一人が姿を見せていない。しかし、電話で計画の内容を簡単に伝えたのだった。

 

彼女は・・・ジェイリーズはあの時点で計画の事を知っていたということだ・・・・

 

 

翌日。

この日は彼にとって忘れられない日となるだろう。

 

昨日の予定通り、この日も地下隠れ家に集まることにした。

そしてマックスは一足先に到着していたのだった。

 

彼は決意していた。

裏切りの件はここではっきりさせないといけない・・・

 

そして待つこと数分後、最初に現れたのはデイヴィック、リザラ、エレナの三人だった。

 

「揃って早いな。昨日約束した時間にはほど遠いはずだが。」

「すぐに伝えたいことがあってな。」

デイヴィックは何やら慌ただしい感じで言った。

 

「急だな。とにかく聞こう。」

マックスは三人に近寄った。

 

「ついさっき、俺に手紙が届いたんだ。これを見てくれ。」

そう言って、デイヴィックはポケットから折り畳まれた一枚の紙を取り出した。

 

マックスは受け取って、内容を読んだ。

「デイヴィック・シグラルに告げる。ロザーナ・エメリアを助けたければ、リザラ・クリストローナとエレナ・クレインと共に、セントロールスの旧校舎六階廊下に集まれ。私はセントロールスに眠る魔光力源を発見した者だ。言う通りにすれば、魔光力源発見の手柄を渡してもいい。そうすればグロリアでの功績に大きく影響するだろう・・・・」

 

マックスは顔を上げた。

「こいつは・・・」

「間違いなくセントロールスの生徒だ。魔光力源を発見した生徒がセントロールスにいるとだけ聞いてるんだ。」

デイヴィックが言った。

 

「その話はエレナから聞いてる。そして俺達も前から探してる奴だ。」

そしてマックスはエレナを見た。

「とにかく、ロザーナ・エメリアを助け出そう。約束だったからな。」

 

それからしばらくして、ジャック、ディル、レイチェルが到着するのだった。

 

今日もジェイリーズがいないことが気になるが、マックスは早速皆にも手紙を見せて、これから何をするかを素早く決めるのだった。

 

「この通りだ。皆には悪いが、今日も動く事になる。こいつはデイヴィック達の仲間のロザーナ・エメリアと引き替えに何かを企んでいる。危険だが、これは彼女を助けるチャンスでもある。」

 

「皆には重ねて迷惑な話だな。これは俺達の問題なのに。」

デイヴィックがマックス達に言った。

 

「もう仲間だろ。こういう時に遠慮するなよ。」

マックスは皆に向き直って話を続ける。

 

「手紙には三人で来いと書いてあるから、俺達は姿を隠したまま動くしかない。そしてタイミングを見計らってエメリアを連れ出す。」

 

「ロザーナがいるということは、ロドリュークも一緒に来てると考えられるな。もし奴が攻撃してきたら対応は俺達に任せろ。」

デイヴィックが言った。

 

「ちょっと待った。」

ここでジャックが割り込んだ。

「俺には何かの罠のような気もする。昨日の今日でセントロールスに呼び出すなんて・・・それもデイヴィック達だけだぞ。」

 

「もちろん俺も思ったよ。テンペストが絡んでいる可能性をな。でも奴が呼び出したと考えるには大胆すぎる。」

マックスが言った後にジャックが。

「パートナーか。」

 

「やっぱりそこまで思いついてたか。」

マックスが言った。

 

「もっとわかるぞ。お前はロザーナ・エメリアを助ける裏で、パートナーの正体もつかもうとしているな。そして昨日・・・お前の様子がおかしかった。」

 

ジャックは、昨日一人で出て行くマックスの光景を思いながら語る。

「俺には、お前が何か思い悩んでいる様子はすぐにわかる。そしてディルから聞いたよ。パートナーがどうとか言ってたらしいな。それから俺はずっと考えた。そうしたらわかったよ。お前が考えてること・・・」

 

マックス以外の皆は、彼が何を言ってるのかわからないようだった。

 

「そうか、お前もある結論に行き着いたか。本当に察しが良いなお前は。」

「だが考え直そう。俺達は今までずっと一緒に行動してきただろ?」

「俺も信じたくはないさ。でもお前も気づいてるんだろ。昨日の作戦は俺達仲間内しか知り得ない情報だ。そして彼女も知ってるがここにはいなかった。」

「それ以上は止めろ!」

 

ここでディルが前に出てきて。

「おい、二人ともどうした?ジャックも、らしくないぞ今日は。皆にもわかるように言ってくれ。」

 

そしてマックスは彼を向いて言った。

「それはすぐにわかるだろうな。セントロールスで・・・」

 

その後、レイチェルを残して彼らはセントロールスに向かった。

 

デイヴィック、リザラ、エレナの三人は廊下を堂々と歩き、マックス、ジャック、ディルの三人が、目くらまし呪文で姿を消して後ろを歩く。

 

移動しながらも、マックスは考えていた。

 

手紙の文から、書いた人物は自分が地下魔光力源保管室を発見した者・・・つまり探していた黒幕であると明かしている。

そしてなぜその黒幕がデイヴィック達を誘き出す必要があるのか。それも、昨日テンペストから逃れたこのタイミングでだ・・・・

 

それは、奴のパートナーが代わりに始末しようとでも考えたからではないのか?

 

ということはつまり、奴のパートナーと探していた黒幕が同一人物、もしくは協力者であるという結論に達するのだ。

 

更にそのパートナーの正体も予想は出来てしまった・・・

 

テンペストの言葉、そして昨日に続き今日も彼女がいない事を考えると・・・・もう答えはひとつしか考えられない。

 

そうすると、彼女が黒幕だったということにもなってしまうわけか・・・

 

いずれにせよ、全ては今日ここで答えがわかるはず・・・

 

前方のデイヴィック達がいよいよ旧校舎六階の廊下に足を踏み入れた時、後方のマックス達三人も同様に緊張感が増す。

皆、昨日ここであった事を思い出していた。

 

この場所へ来るよう指定したということは、やはり昨日のテンペストの一件と関係してないなどとは思えない。

この先にパートナーとやらが待ち構えているとでもいうのだろうか・・・

そしてロザーナと、彼女を従えているロドリュークの姿はまだない。

 

六人とも警戒心を高めて進み続ける。

 

気づけばデイヴィック達は、例の一番奥の部屋の入口手前までたどり着こうとしていた。

 

「もう突き当たりだ。立入禁止区域にいるのにテンペストは現れない。あのままナイトフィストに捕らえられたのか?」

デイヴィックは一度進むのを止めて言った。

 

リザラとエレナも立ち止まる。

 

「ロザーナもいない。この部屋に入れということ?」

リザラが入口の扉の前に近づく。

 

そしてこの光景を後ろで見ているマックスは、とっさにおかしな事に気づいたのだった。

 

一度、あの突き当たりの部屋に入ったとき、確かに扉は無かったはずだ・・・

 

これは何らかの仕掛けがあるとにらんだマックスは、急いで三人の元へ向かう。

 

そしてリザラが扉に手を触れようとした、その時だった。

 

扉のほうが勝手に動きだし、ゆっくりとこちら側に開く。

 

「俺達を招いてるな・・・」

デイヴィックがリザラの前に出て、恐る恐る中に入って行く。

やがて三人を部屋へ入れた扉は、また勝手に閉まる。

 

その場へ到着したマックスも、確かにしっかりした黒い扉が閉まってるのを目の当たりにした。

 

急いで取っ手をひねり、扉を引き開けて中に踏み込む・・・

 

するとどういうわけだろうか。以前来た時とはまるで別の部屋の光景が広がっていたのだった。

 

部屋の形や天井の高さは全く違い、窓は黒いカーテンで閉めきられて、部屋全体が薄暗い。

 

はっきりとはわからないが、壁のいたる所にあったはずの汚れや傷は無く、細かい模様の壁紙が張られているように見える。

中央にはテーブルやソファが置かれていて、見たところ同じ学校の部屋とはとても思えない雰囲気だった。

 

そして何よりおかしいのは、たった今入ったばかりの三人がどこにもいないことだ・・・

 

それに、後からジャックとディルが入ってくることもない。

「明かに様子がおかしい・・・」

 

マックスは目くらまし呪文を解き、部屋を今一度見渡した。

 

「どういうつもりだ!俺だけ隔離するのが目的か!」

誰もいない暗い部屋に、彼の声が響いた。

 

すると、言葉に答えるように・・・

「いいえ、急きょ用意した展開よ。」

 

その声は確かに部屋の中から聞こえたのだった。

 

マックスは反射的に声のした方を振り向くと、暗がりに誰かが立っているのがわかった。

だがはっきり姿を確認できない・・・

 

「面白いでしょ?ここには空間転移の魔法がかかってるのよ。」

「ジェイリーズ・・・じゃないな・・・」

 

そして彼女はこちらに近づき・・・

 

「・・・何で・・・何でここにいるんだ・・・」

彼女の顔を見て誰だかわかった瞬間、マックスは訳がわからなくなった。

 

「あなた達は最初から正しかったのよ。初めて会ったあの夜、あなた達は皆怖い顔で問い詰めたわね。特にジェイリーズは怖かったわね。」

 

「何を言ってるんだ・・・」

 

「でも今では、すっかり警戒しなくなった。あたしを見張るんじゃなかったの?」

 

この時、マックスの頭はやっと答えを出したのだった。

「そうか・・・君だったんだ。テンペストのパートナー、そして黒幕の正体は・・・」

 

今一度、過去に起きた全ての出来事を思い出してみた。

そうすると、何て単純な事だったのか・・・そう思ってしまう。

 

「黒幕?あなた達が勝手にそう言いだしただけでしょ。」

 

「ああ、そうだな。俺達は最初から君に騙されていた訳だ。だから君達を操った黒幕が別にいると、勝手に決めつけていた・・・・全部君がやっていたのか。あの夜も、自作自演か・・・レイチェル!」

 

マックスは今まで、これほど悲痛な声をあげたことはなかった・・・・

 

 

 

 

 




ウィス・エレクトリカ
ファンタスティックビーストでグリンデルバルドが使用したが、呪文を口にしていなかった為に作中でオリジナル呪文を設定。
由来はラテン語で、電気(vis electrica)

キュムロニンバス
作中オリジナル呪文だが、原作にも天気を操る気象呪いという魔法の存在はある。
由来は英語で積乱雲(cumulonimbus)


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第二十三章 乱れる

嘘だと言ってくれ・・・これは何かの間違いであってくれ・・・

 

事実を知っても、マックスはまだそう願い続ける。

そして彼の目の前には、地下隠れ家に残したはずのレイチェルが立っているのだった・・・・

 

 

「俺達がずっと探していた黒幕・・・何故なんだ・・・何でよりによって、君が・・・」

マックスは彼女の目を一直線に見て言う。

 

「簡単なことよ。あたしも被害者だから・・・14年前のサウスコールドリバーの事件の。」

レイチェルの先ほどまでの不適な笑みは消え、一気に真顔になって喋った。

「あの事件で家族を失ったのは、あなた達だけじゃない。」

 

この瞬間、マックスはだいたいの事がわかった。

「君の親はグロリアの兵士としてナイトフィストと戦った。そして亡くなったんだな。」

 

「そうよ。だからナイトフィストは宿敵・・・・」

彼女は、普段とはまるで違う、沈んだ低い声で言った。

 

「君が黒幕なのはわかった。でもまだわからないことはある。君がテンペストと協力して魔光力源探しをしていた理由はなんだ?君らは何をしようとしてるんだ?そもそも、なぜ魔光力源の場所を知っていた?」

マックスは沸き上がる疑問を問い詰める。

 

「君が黒幕だとわかった今、聞きたいことは山ほどある。今から俺の質問に全て答えてもらおうか。」

 

二人の強い眼差しが双方を見つめあった。

これからマックスはあらゆる事実を聞かされる事となるだろう・・・

 

そしてこの時、姿を消したデイヴィック、リザラ、エレナの三人の状況は・・・・

 

 

「やはり、お前達は道を踏み外したままか。」

男は言った。

 

「それはこっちの台詞だ。それで、何が目的だ?俺達をここへ招いた本人はどこだ?」

デイヴィックが男と向き合って言った。

 

ここは、見たところ窓がひとつもなく、何本かの丸い柱が点々と立っている古びた広間だった。

見たこともない広間だが、間違いなくセントロールス旧校舎の教室であるとは思えない。

 

前方の男から視線を少しずらすと、隣には一人の女子の姿もあった。

見えないロープで縛られているかのように、彼女の手足は一切動かない。

声を出そうともしないようだが、黙らせ呪文でもかけられているのだろうか。

 

「残念だがここにはいない。そしてお前達を呼んだ理由はひとつ。お前達にもう一度グロリアに戻るチャンスを与えるためだ。答え次第でこの女の運命も決まる。」

男は隣の女子に杖を突き付けながら言った。

 

「そんな事だろうとは思った。最初に言っておくが、ロザーナは必ず連れて帰る。」

デイヴィックは目線の先にいる男、ロドリューク・ライバンを一直線ににらんで言った。

 

「じゃあ答えは決まったな。ロザーナ・エメリアを救う道はただひとつ。お前達はグロリアに従うしかないんだ。」

ロドリュークは隣のロザーナからデイヴィック達三人に向き直る。

 

「違うな。」

デイヴィックが言った。

 

「何だと?」

「俺達はもうグロリアには戻らない。そしてお前を打ち倒して、力ずくで彼女を連れ戻してやる!」

 

デイヴィックの力強い言葉に合わせるように、彼の左右に並び立つリザラとエレナが杖を上げる。

 

「やはりそう来るか。」

ロドリュークは鼻で笑い、杖をデイヴィック達の方へゆっくり向けた。

「どうせそんな事だろうとは思っていたさ。その時のために、彼らが来ているんだからなぁ・・・」

 

そう言ったと同時に彼の背後の空気がゆらめき、やがていくつかの足音も聞こえた。

 

デイヴィックにはどういう展開かがわかった。

見ているうちに、ロドリュークの後方には一人、また一人と人間が現れるのだった。

 

最後に姿を現した人物を含め、計四人の何者かがそこに黙って立ち並んでいる。

その皆が同じ黒衣に身を包み、深くフードを被って顔を隠している・・・

 

「返事など関係無しに、最初からこうなる予定だったな。」

一瞬にして不利な状況となったデイヴィックはロドリュークをにらみ、そして静かに言った。

 

彼らが何者かは想像できる。そして実力差も・・・

さすがにリザラとエレナも自信をなくす。

 

しかしデイヴィックは歯を噛み締めたまま、まだその上げた杖を下ろしはしない・・・

 

何か・・・何でもいいから突破口はないか・・・

 

デイヴィックは必死で辺りに目を走らせる。

 

まずここがどこかはわからないが、見える範囲だとロドリューク達の後方には壁がある。

左右に多少の奥行きがあるようだが、道が開けるのか行き止まりかはわからない・・・

 

自分達が来た方にはセントロールスへと通じる扉のみ。

しかしあの扉には空間転移の魔法がかかっていることは明らかだ。また後ろの扉をくぐった先がセントロールスに繋がるとは限らない・・・

 

デイヴィックはとにかく回避行動を模索する。

 

「どうした?もう怖じ気づいたか?」

ロドリュークがにやけながら言うも、デイヴィックの耳には全く届いてはいない・・・・

 

隠れられる場所もない。正々堂々、戦って全員に勝つしかないのか・・・

 

デイヴィック達がその場で手出し出来ずにいると、ロドリュークの背後に並ぶグロリアの魔術師達が杖を握り、前へと進みだした・・・・

 

 

同じ時、依然としてこちらの二人も向かい合っている状況だ。

 

「質問の全てに答えることは出来ないわ。でも気になっている事はいくつか教えてあげる。その為にもあなたをここへ招いたんだから。」

レイチェルが言った。

 

「そもそも、ここはどこだ?」

レイチェルに続いて、マックスの声が暗い部屋に反響する。

 

「あたし達の活動拠点と言ったところね。あなた達の基地にあたしを招いたから、今度はお返ししたまでよ。」

「ありがたいな。おかげで誰にも邪魔されずにいろんな事が聞ける。」

 

マックスは続けた。

「では最初の質問だ。ずばり、君が俺達より先に地下の秘密を知っていたのは何故だ?どうやって知った?」

 

「簡単よ。テンペスト・・・いや、バスクがあたしに教えたからよ。」

「バスク。それが奴の本名か。名まで知っている間柄だったか。」

「そうね。むしろ、パートナーと言うより親に近いわ。」

 

これを聞いたマックスは、更に衝撃を味わった。

「親・・・そうか。だいたいわかった。14年前、家族が死んでから奴が君を育てた。そうだろ。」

 

「察しの通り。あたしの父親とバスクがよく共に行動する仲だったらしいから。そして父親が死んだ後、彼が果たせなかった願いをバスクとあたしが受け継いだのよ。」

レイチェルは言った。

 

「君の父親が果たせなかった願い、それが・・・」

マックスは、これまでの彼女の行動理念が読めてきたのだった。

 

「それが魔光力源の発見、および起動。」

レイチェルは彼の言葉の後を言った。

更に続ける。

 

「バスクは昔から、セントロールスにひとつの魔光力源がある事は知っていたわ。だから時が経って、あたし達はバースシティーに移り住んだ。全ては魔光力源のためにセントロールスの生徒になったのよ。」

 

「君も、結局は復讐のために戦う道を選んだ人間だったわけだ。そして、その復讐心がゴルト・ストレッドという生徒を動かし、そして最後は殺しまでしたというのか!」

マックスの声に怒りと失望が混ざりあう。そして拳を強く握り締めていた。

 

「それは違うわ。彼を殺したのは彼自信。」

「自殺だと?」

マックスには予想していなかった答えだった。

 

「あたしは最後まで服従の呪文で操っていたのよ。彼はずっと使うつもりだったけど、色々と情報がバレそうになったから自害させたのよ。だから、あたしは傷ひとつ付けてないわ。」

 

「傷ひとつ付けてないだと・・・ただ自分の手を直接汚していないだけだ。実際に彼の運命を操ったのは他でもない、君だろ!」

 

「それを言うならあなた達だって大いに関係してるわ!彼を襲って情報を聞き出そうとしたからこうなったのよ!」

 

彼女のその口調と台詞から、昨日までの純粋な少女とはまるで別人のように思えた。

そしてこの瞬間、もはやマックスの中のレイチェルは完全にいなくなったのだった。

 

「そうやって、ジェイリーズもストレッドに襲わせて傷付けたんだな。それも、あくまで自分の手ではなく・・・」

 

「聞きたいことはそれだけ?色々質問があるんじゃなかったの?」

レイチェルがさえぎる。

 

「どうせ、魔光力源について詳しくは喋らんのだろ。」

「まぁ、もちろんそうだけど。でも・・・」

彼女は急に、言葉をつまらせた。

 

「もし、これからあたしに協力してくれたら・・・知ってる事、そしてあなたが知りたい事全てを話してもいい。」

レイチェルは少し目線を反らしてそう言った。

 

「わかったよ・・・」

マックスが、ぼそっとつぶやく。

 

「えっ?じゃあ・・・」

「君が、完全にグロリアの人間だということがよくわかった。今度は俺を利用するつもりなのは考えなくてもわかる。その為にもここへ俺を招いた!」

 

「違うわ!これはそういう意味で言ってるんじゃなくて・・・」

「じゃあ何が狙いだと言うんだ?そして今更、俺に何を頼んで受け入れられると思ってる・・・」

マックスは彼女を強くにらみ、そして杖を握った手をゆっくりと彼女に向ける。

 

「全ては嘘だった。今まで一緒にいる時に見せた笑顔も、言った言葉も、気持ちも・・・・全て演じていたのか・・・」

彼の強い眼差しからは、自然と涙が流れ落ちる。

 

「ストレッドの次は、俺を道具にするために仲良くなったのか・・・そして使えなくなれば、彼同様に・・・」

 

「違う!!」

レイチェルが下を向いたまま叫んだ。

 

「何が違うんだ・・・」

「最初はそんな事も考えていたわ。だからスパイとしてあなた達のチームに入ろうと思った。」

「やっぱりそうじゃないか。」

「でも変わってきたのよ!あなた達と接するうちに、使命に迷いが生まれた。特に、マックスにはあたしと近いものを感じた。だから本当に仲良くなれるんじゃないかって・・・・だから、全てが嘘じゃない・・・」

 

二人の会話は一瞬途切れ、そしてすぐにマックスが口を開いた。

 

「・・・今更、何を信じられる。もう君が何を言ったって信じられないぞ。」

マックスはまだ杖を突きつける。

 

「それは・・・まぁ当然ね・・・」

そう言ってうつ向く彼女の瞳は、微かに涙を浮かべているようにも見えた。

 

「じゃあ、あたし達はもう会えないわ。お互い、信念に従って動くしかない・・・・」

 

「ああ。もうチームに招くことは出来ない。これからは敵として見るしかない・・・」

しかし、マックスの杖先から何の呪文も発動されることはなく・・・

 

「今回は帰してあげる。でも、もし次に会ったら・・・」

「ああ、わかってる。」

 

そして次の瞬間、入り口の扉からとてつもない光が射し込み、目を閉じて再び開いた時にはもう暗い部屋ではなくなっていた。

 

古びた旧校舎の部屋には、当然レイチェルの姿は無く、代わりにジャックとディルの驚く姿が見えた。

 

「おいっ!どこ行ってたんだ?て言うか、今のは姿現しか?!」

ディルが早速口を開いた。

 

「レイチェルだ・・・」

マックスが唐突に言う。

 

「はっ・・・?」

「黒幕は、レイチェルだった・・・」

 

空間転移が解除されて、強制的に戻されたマックスから出た発言にジャックとディルが唖然としている最中、彼らの状況も一変する・・・・

 

 

デイヴィック、リザラ、エレナは四人のグロリアの魔法使いとロドリュークによって、周囲を完全に取り囲まれていた。

 

五本の杖が四方から向けられ、デイヴィック達三人は語る言葉も無くなっている。

状況が覆ったのはこの時だ。

 

誰も術を放っていないはずのこの場に、突然眩い閃光がほとばしったのだった。

直後、閃光の数は二筋、三筋と増えてグロリアの魔法使い達に直撃していった。

 

デイヴィック達含め、この場にいる皆が混乱し始める。

魔法の閃光は乱反射するかのごとく、広間の天井や壁に当たると跳ね返り、より加速して慌てている魔法使い達に命中していったのだった。

 

術をくらった魔法使い達は一人ずつ姿くらましで消えていき、その結果攻撃が止んだ時、攻撃をくらわずにその場に立っていたのはデイヴィック、リザラ、エレナ、そしてロザーナの四人だけであった。

 

辺りが静まり返った直後、この展開を起こした人物は彼らの前に姿を現した。

 

「どうやら、もう君達は自分の判断で未来を切り開いたようだな。」

前から一人の男の姿が声と共に出現する。

 

その次は横から・・・

「私達の思いが伝わったようで何よりだ。」

人のシルエットが現れ、最後に反対側からも・・・

 

「さてと、格好は違えど私達の事はもちろんわかるだろう?」

 

そこには三人の男が現れ、デイヴィック達に近寄ってくるのだった。

 

デイヴィック達は彼らの顔を見るなり、何者かはすぐにわかった。

「当然だ。最初に出会った時からあんた達には助けられたんだ。そして今回も、本当に助かったよ。」

 

この危機を救った彼らは、警官に扮したナイトフィストを名乗る男達三人だった。

 

一人の男がロザーナに杖を振って、彼女にかけられていた呪文を解いた。

 

「あれ・・・あたしは、何を・・・?」

ロザーナは、たった今までの事を覚えていないらしい。

 

そこへエレナがいち早く駆けつけた。

「良かった。本当に良かったわ!」

 

しかし、今まで服従の呪文をかけられていたロザーナは何が何だか、状況を理解できずにいるのだ。

 

デイヴィックは改めて三人の男達と向き合った。

「本当にありがとう。俺達はこれからナイトフィストの一員として生きていく事を誓った。だから今度は俺達が組織の役に立つ番だ。」

 

続けてエレナが言う。

「あたし達を助けてくれてありがとう。お礼として、あたし達が知ってるグロリアについての情報を全て話すわ。」

 

デイヴィックに続いてリザラがうなずいた。

 

「それはありがたいな。是非とも聞かせてもらおうではないか。だがその前に、まだ私達の事をよくは知らないだろ?」

一人の男が言った。

 

「それは、まぁな。」

デイヴィックが答える。

 

「ならばまず私達の事について、軽く教えておかないとな。ここで君達を助けたからと言っても、本当に信頼するには早いぞ。」

そして彼は続けた。

 

「そうすると、まずはこの場所についてだ。ここは14年前の惨劇の始まりの場所。元々はナイトフィスト・サウスコールドリバー支部だった所だ。」

 

「ここが惨劇の始まりの場所・・・」

デイヴィックが言った。

 

「14年前、私達はグロリアの情報収集グループとしてここで活動していた者だ。そして、今はテンペストと名乗っているあの男、バスク・オーメットもグループの中にいた。」

別の男が言った。

 

「それじゃ、あの男は元々はナイトフィストだったと言うのか?」

「いいや。おそらく奴はグロリアのスパイだったんだ。そして奴こそ、サウスコールドリバーのナイトフィストを殲滅させる作戦の計画者なのだと思っている。」

男は言った。

 

「ここは、私達が今でもたまに集まっている場所でもある。だからこの辺には一応、魔法の仕掛けを施してあった。今日、私達以外の誰かが近寄った反応があったから来てみたんだが、正直こんなことになっていたとは驚いたよ。」

 

すると、今度は彼の隣の男が話しだした。

「とりあえずここを離れよう。またいつ奴らが戻るかわからん。それにもうひとつ危険視することがあってだな。残念ながら昨日、オーメットを逃がしてしまった。」

 

「そうだったのか。」

デイヴィックは、テンペストがこの三人を相手に逃げきれたのかと、内心驚きながら言った。

 

「オーメットは当時からかなりの腕利きだった。そんな奴の考えることなら、奴もまたここへ訪れることも考えられる。なぜ君達がここにいたのかも、場所を変えて色々話しをしよう。」

 

「わかった。ただ、それならあの後ろの扉には気を付けた方がいい。ここへはあの扉にかけられた空間転移の魔法で来てしまったんだ。」

デイヴィックが言った。

 

「なるほど、そういうことか。では安全のために姿くらましで移動しよう。」

 

その後、彼らはこの古びた広間から姿を消すのだった・・・・

 

 

それから数時間が経過した今、マックスはというと、地下の隠れ家に戻っていた。

 

椅子に腰かけて、中央のテーブルに向かっている。

その隣の椅子にジャックが座り、更に横にはディルがいた。

そして向かい合う椅子に座るジェイリーズの姿があった。

 

全員が暗い表情をしている。

その理由は、あれからデイヴィック達が旧校舎に現れるのを待っていたが、結局帰ってこなかった事。それに極めつけは、マックスからあの話を聞かされたからに他ならなかった。

 

「仲良くなってきたと思ったのに・・・まさかあの子がね・・・・」

ジェイリーズがつぶやいた。

 

「それにしても、何でお前だけに話したんだ?」

ディルがマックスに言った後、その答えはジャックがすぐに言うのだった。

 

「レイチェルは、マックスと一番早く打ち解けていた気がしていた。その事は少なからず関係しているはずだ。」

 

「ああ。ゴルト・ストレッドの次の道具にするつもりだったらしい。俺をな・・・・」

マックスは誰とも目を合わせず、ただ壁の一点を見たまま言った。

 

「ゴルト・ストレッドは彼女の道具だった。どこの誰かまでは言っていなかったから、彼がナイトフィスト側の人間か、グロリアか、もしくは全くの無関係者だったのかはわからない。でも・・・犠牲になった事に変わりはない・・・」

 

「まさか、口を封じたのも・・・」

ジャックが言う。

 

「そうだ。レイチェルが彼を操って自害させたらしい。レイチェルが彼の命を切り捨てたんだ。」

「そうか。すると、俺達の最初からの敵はテンペストとレイチェルだった・・・それで間違いないな。」

「ああ・・・そうだ。それから・・・」

 

マックスはジェイリーズの方を向いて話を続けた。

「一時でも、君が裏切者なんじゃないかなんて怪しんだことを後悔している。その場に居合わせなかったという理由だけで・・・すまなかった・・・」

「俺も同じくだ。ごめん・・・」

ジャックも続けて頭を下げる。

 

「もうその話しはさっき終わったはずよ。もういいわ。」

続けてジェイリーズは言った。

「でも、よりによってあたしが用事でいない時に、こんな事になってるなんて・・・あたしが一番驚いてるわ。」

 

彼らは今、自分達がずっと対抗してきた相手の正体をはっきりと認識したのだった。

 

それからマックスは、更に詳しい説明を話して聞かせるのだった・・・

 

その夜、彼は自宅の寝室にて一人、ずっと思い悩んでいた。

 

今となって考えてみると、自分達がゴルト・ストレッドを拘束して情報を聞き出そうとしたことが、後に彼を死なせる結末への引き金となった・・・

レイチェルがそう言ったことは、確かに否定することは出来ない。

 

いずれは殺されていたかもしれないが、それを考えても無意味だし、自分達の言い訳にもなってしまう・・・

 

そして今日まで自分達の間違った推理を信じ続けてきた事への腹立たしさ・・・

敵だとはっきりわかったにもかかわらず、あの場でレイチェルを攻撃できなかった自身の心の弱さ・・・

 

そして一番心配な事がある。

デイヴィック達はいったいどうなってしまったのか。ロザーナ・エメリアと出会うことは出来たのか・・・

 

連絡のしようもなく、ただ幸運を祈ることしか出来ない。魔法使いなのに、これ以上どうすることも出来ない・・・・

 

今日一日で状況が大きく変わってしまった事実を、まだ受け入れきれない・・・・

 

今日という日が夢ならば・・・・

 

 

彼の頭の中で今、今日起こった出来事、特にレイチェルの件が冷静な思考の邪魔をし続けているのだった。

 

黒幕の正体、そして同時にテンペスト関連の事実も明らかになったことで、今後のナイトフィストの為になった事もまた事実。

冷静なマックスならばそう考えることも出来たかもしれないが・・・

 

そして翌日、事態は本当の急展開を迎えることになる・・・

 

 

 

 



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新章-第一幕 Dark descent ~ Depression

イギリス・ロンドンの街中・・・・

 

今日も人間達はいつも通りの行動を繰り返している。

 

いつも通り学校へ向かい、いつも通りの道を歩き、仕事や買い物、遊びに出かける・・・

 

行き交う無数の車と人で街中は満たされ、ロンドンの中心部はどんどん騒がしくなってくる。

そんな所にそびえたつ高層ビルのひとつに、今だかつてない危機が迫っているなど、ここにいる誰もが思いもしない・・・・

 

ガラス張りのビルの壁から太陽の光が射し込み、オフィスの廊下を明るく照らす。

その先には他のビル同様、スーツを着た複数の人間がうろうろしている何ら変哲の無い光景が広がっていた。

 

だがこのビルは決して普通ではない。最も、マグルにとっては・・・

 

一階二階、そして三階からずっと上の階までは同じような働く人々がいる光景が続いた。だが最上階だけは、そこにいる人間も場の雰囲気も、全く違っていた。

 

そしてその最上階へは、それ以下の階層の人間が誰一人として近づこうとはしないのだった。

 

そんなビルの最上階の一部屋にて、スーツ姿ではない人物が数人、机に向かい本を開いて文字をつづっている光景があった。

それも、ここで作業をしている皆が羽ペンを使っているのだった。

 

「今日も本部からは、これといった報告は無しだな。」

「グロリアの活動報告がないのは残念だけど、まぁそれだけ平和ってことで何よりね。」

 

二人の男女が会話を交わしながら、本の白紙のページに羽ペンで文字をつづる。

 

「必ずしも本部から送られてくる情報だけが頼りじゃないさ。」

ここで別の男が話した。

 

「各地の隠れ家で密かに活動している捜査員の情報が本部に送られ、そこからこの情報管理所に届けられるんだ。だから本部からの情報はどうしても遅れるし、本部に送られた情報が役にたたないと判断されたら、ここへ届けられない事もある。本当に頼るは現場で地道に捜査してる者達だよ。」

 

そして彼はまた羽ペンを動かした。

 

「だなぁ。まあ、ここでデータをまとめてる俺らも偉いことは言えんがな。」

また別の机で作業をしていた男がそう言い残して、羽ペンを置いて立ち上がった。

 

「じゃあ、先に行ってるぞ。」

そして彼は本を手にしてここを退室したのだった。

 

廊下に出た彼は、突き当たりのドアまでまっすぐ歩いた。

 

幅広い廊下のサイドにも、いくつかのドアが一定間隔を空けて列なっている。

これらの部屋にも同じように、本に文字を記述している者達がいるのだろうか。

 

やがて突き当たりまで来た男は、ドアを軽くノックして中へ入った。

そこはとても広く横長のオフィスで、様々な服装をした男女が複数人動いていた。

 

「今朝届いた報告、簡単にまとめ終わりましたよ。」

オフィスに入った彼はそう言って、中央に立つスーツ姿の男の方へ向かった。

 

「おお、早速出来たか。いつも仕事が早いな。」

オフィス中央に立つ男は彼を振り向いて口を開いた。

そのスーツ姿でぶしょうひげの男は他でもない、サイレントであった。

 

サイレントは男から本を受け取って、更に話した。

「お礼と言っては何だが、君達はまだ知らないであろう大きな情報を教えよう。」

 

「大きな情報?」

 

「ああ。昨日、私達の新たな同志を獲得したとの報告があった。それと、俺達の中に裏切り者がいたという事もな。」

 

「そんな!・・・いったい・・・」

男は驚きの表情を見せた。

 

「わかっている。テンペストというコードネームの男だ。今までずっと強力な仲間だと思っていた男だ。」

 

「テンペストという名は聞いたことはあります。でも会ったことは一度もない。」

 

「気をつけろ。本当に彼が裏切り者ならば強力な敵となる。テンペストの魔術センスは段違いだ。本気を出せば私でも敵うかどうか・・・」

 

そう言いながら、ふと、一面ガラス張りの壁の外に目が向いた時だった。

 

「チーフ?・・・どうしました?」

男は、遠くを見たまま固まったサイレントに話しかける。

 

「あれは・・・・まさか、これはまずいかもしれん。」

すると突然その場から動きだし、早歩きでガラス張りの壁の近くへ向かったのだった。

 

そしてガラス越しに見える、遠くの何かを察した彼はくるりと振り返った。

「皆、資料を護れ!敵が来るぞ!!」

 

突然叫ぶサイレントに反応し、その場にいた魔法使い達は慌てる。

しかし、事態に気づくにはもう遅かった。

 

遠くの空から、複数の箒に股がった者達が横一列に編隊を組み、とてつもないスピードでこちらへ向かって来ているのだった。

 

これを見た彼らはすぐに、これから起こり得る状況を察して一斉に杖を手にした。

 

そしてサイレントの速やかな指示の元、各々が動きだした。

 

ある者は棚に並べられた本を取りだし、仲間と手分けして持てるだけ持ち抱え、ある者はガラス張りの壁に向かって杖を構え立つ。

 

「重要なデータから持ち出せるだけ本部へ持って行くんだ!誰か一人は本部に状況を報告しろ!」

サイレントがそう叫んでいる間に、その時は訪れた。

 

猛スピードでビルに接近していた彼らは箒ごと姿を消してゆき、その一秒後に一人ずつオフィス内に姿を現すのだった。

 

黒い光をまといながら一人、また一人とオフィスのあちこちに出現する黒衣の魔法使い達は、現れると同時に容赦ない呪文攻撃を乱射する。

 

不意をついた突然の襲撃に圧倒されるナイトフィストの仲間達は迎え撃てず、ことごとく術の的となった。

 

そんな呪文の嵐を巻き起こす彼らは皆、それが制服であるかのように全く同じ服を着ている。

 

足元まで垂れた黒のローブを羽織り、黒のフードを深く被って、その影に素顔を隠す。

そして顔の見えない首元には、独特のエンブレムが彫られた金のネックレスがぶら下がるのが微かに見えた。

 

そのエンブレムこそ他でもない、グロリアの正統な構成員であるという証なのだ。

 

呪文の光線がオフィス中に被弾し、床や壁のガラスが音をたてて破損する。

そんな中、ナイトフィストの数人が重要データを記載した本を寄せ集め、飛び交う光線を避けながら脱出を試みる。

 

それを邪魔させないよう、サイレント率いる残りの仲間が必死で妨害に急ぐ。

 

間もなく、この騒ぎに気づいた他のメンバーも、別のオフィスから駆けつけた。

 

「くそっ、なんでここがバレた・・・!」

「どういう事だよこれ!」

サイレント達がグロリアの魔法使いと戦っている光景を見た彼らは、当然困惑した。

 

「お前達もデータを運べ!奴らの狙いはここにある情報の何かだ!」

サイレントがグロリアに応戦しながら叫んだ。

 

この瞬間、一筋の光線がサイレントの顔すれすれを横切り、到着した仲間一人に命中したのだった。

彼は言葉もなくドアの向こう側へと吹き飛ばされる。

 

見回すと、状況は圧倒的にこちらが押されていることがわかる。

 

人手が足りないのも原因だが、そもそもマグルの町に隠れたここ、ナイトフィストの情報管理所に集団規模の急襲が起こるなど想定外の事態だった。

更には、ここでデータの管理をやっている者達の中に戦闘のプロは少ない。

 

基本的に戦いが得意な者達は皆、グロリアの情報をかき集める行動班に選ばれるのは当然の事。

 

十人を超えるグロリアの兵士は次々とナイトフィストを戦闘不能状態に追い込み、いよいよサイレント一人を複数の敵が囲むような状態になってきた。

 

サイレントは全方位に神経を集中させる・・・

 

四方から仲間達の叫び声が鳴り響く・・・

 

時に呪文と呪文がぶつかり、火花がオフィスの天井の高さまで吹き上がる・・・

 

グロリアの攻撃でオフィス内の机や椅子が吹き飛び、破損した残骸が戦闘の邪魔をする・・・

 

そして今、敵の何人かが放った緑色の閃光が数人の仲間に命中する光景が見えた・・・・

 

そしてその直後、自分へと飛んでくる三筋の光線を瞳がとらえたのだった。

 

この時、サイレントの表情が一瞬にして変わった。

その目は殺意をむき出しにした恐ろしい眼差しとなり、同時に彼の身体の周りの空気が震動し始めた。

 

そして三つの光線が間近に迫った時、彼の身体から一瞬紺色の波動が発生し、敵の光線を勢いよく弾いたのだった。

 

サイレントを取り囲むグロリアは目を奪われ、初めて一歩後ずさる。

 

この時、一時的に戦闘が途切れる。

 

物はめちゃくちゃに壊れ、割れて無くなったガラス壁の外から風が吹き付け、粉々になったガラスの破片を舞い上がらせる。

 

倒れたままびくともしない仲間達があちこちに点在している・・・

 

悲惨なオフィスに群がる十数人の黒衣の魔法使いは、全員がサイレントの方を向き、杖を構えて一斉攻撃のタイミングを待った。

 

本を抱えた者達は姿くらましで脱出に成功していた。

今この場に残った仲間はたった四人、サイレントから離れた場所に立ち尽くしている。

この状況を前に動くことが出来なくなっている・・・

 

「ここは俺に任せろ。お前達は行け。」

サイレントが四人に向けて言った。

 

四人は互いに顔を見合わせると、静かにうなずいてその場を後にするのだった。

 

彼らが姿をくらましたのを確認した後、サイレントは再び向き直る。

 

取り囲むグロリアの兵士をぐるりと見渡して位置を把握すると、彼は自分の杖をスーツのポケットにしまった。

 

「また剣を使う時が来るとは・・・」

 

これから、サイレントと名乗る男の本当の実力を行使することになるのだった・・・・

 

 

それから数日が経過した、今現在・・・・

 

 

空一面暗い雲に覆われて、太陽の光は町を照すことはない。その代わりに、今日は朝からずっと雨が降りやまない。

そんな一日の昼下がりの事だ。

 

少年は今、一人で地下の隠れ家を訪れていた。

 

誰もいない。そしてとても静かだ・・・

 

天井上から微かに聞こえる雨音以外、音という音は全くない。

それがより一層、自分を寂しく感じさせる・・・

 

彼、マックスはのろのろと歩き、中央のテーブルに近づいた。

 

古っぽい木のテーブルの上には、ボーラーの目線を映し出す丸い黒縁の鏡が仰向けになっていた。

 

彼は何気なくその鏡面に手を触れてみる。

 

「やっぱりだめか・・・」

手を当てボーラーを起動させようと念じるも、もうその鏡がセントロールス内の光景を映し出すことはなかったのだった。

 

ボーラーで校内を監視していた事はレイチェルも知っている。

つまり、彼女がボーラーを探しだして撤去するのは時間の問題だった。

 

おそらく、彼女が自身の正体を告白したあの日の後に、校内のボーラーを捜索したのだろう。

 

だが、正直ボーラーなどどうでもいい。

もう黒幕はわかった。他にも色々と・・・

 

マックスはそのままテーブルの椅子に座った。

 

今日何か明確な目的があってここへ来たわけではない。

あの日の後、皆と何か作戦を考えたり行動もしていない。

皆とまともに話しもしていない。

 

だが、なんだろうか・・・

今日は、無意識にここへ体が向いてしまった。と言うのが一番妥当かもしれない。

 

しかし今から何をしようかと考えてみたところで、これという答えは出ない。

いや、そもそも何をすればいい・・・何をしたい・・・?

 

マックスの意識はどんどん遠ざかり、そのままぼーっとすることしか出来なかった。

 

そんな彼の目を覚ましに来たのは以外な人物だった。

 

雨音に混じって、天井の扉が持ち上げられる音が聞こえた気がした。

そしてマックスがそれに反応して振り向く前に、相手が話しかけるほうが早かった。

 

「やっと来たか!一人なのか?」

一人の男が階段を下りながら言う。

 

「・・・デイヴィック・・・無事だったのか!」

マックスは一瞬状況が理解できなかったが、今やっと、彼が無事戻ってきていたのだという事実を知ったのだ。

 

「いったいどこにいたんだ?待てよ、他の皆はどうした?」

停滞していた思考が徐々に活動を再開する。

 

「まあ落ち着け、皆無事だ。もちろん、バカ者に捕らわれていたロザーナ・エメリアも連れ戻した。」

デイヴィックは嬉しそうな表情でそう言った。

 

「そうか。それを聞いて安心した。」

マックスが言った。

 

「それより、あれからずっとお前達に知らせたかった事があるんだ。」

 

「ああ、聞こう。まあ座れよ。」

マックスが隣の椅子を動かした。

 

そしてその椅子に腰かけると、デイヴィックは順を追って語り始めた。

 

「まず良い話からすると、俺達に心強い仲間ができた。ナイトフィストのな。」

 

「ナイトフィストの仲間?」

 

「そうだ。俺達がグロリアから抜け出すきっかけを与えてくれた人達でもある。お前も知ってるだろ、テンペストと戦った時に助けてくれた、あの三人がそうだ。」

 

マックスは誰の事かすぐにわかった。同時にその三人が、いつの日かニュースで言っていた行方不明の警官なのではないかという可能性も思い出した。

 

「そして彼らからテンペストに関わる情報を聞いた。」

 

「テンペストの事を知ったのか?」

マックスは言った。

 

「そうだ。あの三人とは古い付き合いらしくてなぁ。かつて、テンペスト・・・いや、バスク・オーメットはナイトフィストにいたらしい。」

 

「かつてはナイトフィストだと?!俺の知ってる話と違う・・・」

マックスは、レイチェルから聞かされたテンペストの話との違和感を感じた。

 

「と言うことは、まさかお前もあいつの事を誰かから聞かされたか?」

デイヴィックは言った。

 

「まあな。その事についてはお前の話の後だ。」

 

「いいだろう。じゃあそのバスク・オーメットに関して、まだ情報はある。」

デイヴィックは続ける。

 

「三人のナイトフィストとオーメットは同じ行動グループの仲間だったらしい。でもある時奴は裏切った。そして同じタイミングで、あの14年前の事件が起きたんだとさ。」

 

「待てよ・・・それって・・・」

マックスは話の流れがわかった。

 

「ああ。おそらく、サウスコールドリバーの惨劇を計画したのはバスク・オーメットだろう。」

デイヴィックが言い切った。

 

「あいつが・・・あの男が全ての元凶か・・・」

 

徐々にマックスの怒りの感情が高まるのを感じながらも、デイヴィックは話の続きを急ぐ。

 

「次は悪い報せだ。俺達がエメリア救出作戦を実行したあの日の翌日、ナイトフィストの情報管理所にグロリアの一部隊が襲撃したらしい。」

 

「そんな事があったのか・・・とうとう本格的に動き出したわけか。それで、その情報管理所とやらは無事なのか?」

マックスが静かに言った。

 

「三人の話では、幸い重要データをまとめた本は奪われなかったようだ。その代わりに、そこで戦った仲間のほとんどが犠牲になったと聞いた。」

 

「・・・わかった。情報をありがとな。」

マックスは、部屋の遠くを見つめながらそう呟いた。

 

「そうだ。あの日、俺達に何があったのかを簡単に話そう。実はあの部屋の入り口には空間転移魔法が仕掛けられていたんだ。そのせいで他の場所に出て・・・」

 

「ああ、それは知ってる。」

マックスは彼の話をさえぎる。

 

「そうか、じゃあお前達もあの部屋に入ろうとして別の場所に・・・」

「俺だけだ。特別招待されたからな・・・」

マックスの心が再び締め付けられる。

 

「どういうことだ?お前、何かあったのか。」

「ジャックみたいな台詞だな。」

マックスは微笑し、またすぐ真顔に戻ってあの事を語り始めた。

 

「これはバスク・オーメットのパートナーの話だ。そいつは俺達が今まで探していた敵。魔光力源を誰よりも早く見つけた生徒・・・つまりお前達も探していた人物。」

 

「ああ。それは知ってる。」

 

「結果を話す。そいつが俺の前に現れた。そして自分の事を打ち明けたんだ。」

マックスはあの瞬間の衝撃を思い出しながら言う。

 

「それはまた急な話だな。それも、何でお前だけに・・・?」

 

「俺が一番騙されていたから。仲良くなったと思われたからだろうな。今までさぞかし面白かった事だろうよ・・・」

 

デイヴィックはマックスの言葉の意味をすぐに察した。

「そんなまさか・・・お前達のチームに・・・」

 

「・・・レイチェル・アリスタ。一番、らしくないだろ・・・・」

マックスは今まで見てきた、よく知っている彼女の姿や雰囲気と、つい最近露にした彼女の変貌を交互に思い出しながら言葉をつまらせた。

 

デイヴィックは、そんな露骨に落ち込んだマックスの姿を見るなり、どんな言葉を返そうかと答えに悩んだのだった。

 

「・・・まぁ、確かに、彼女が誰よりも先に魔光力源を発見して、かつ君達を欺いていた人物には見えないな。でもどういう事なんだ・・・オーメットとどこで繋がっていたんだ?」

 

デイヴィックは、テンペストとレイチェル、そしてこの二人と魔光力源との結び付きを考えた。

 

「奴がレイチェルを育てた。14年前の事件で親を失ったからな。」

マックスは続けた。

 

「レイチェルの親はグロリアだった。そしてオーメットは父親と仲が良かったらしい。」

 

「そういうことか。14年前、引き取った時からパートナーだったわけだ。じゃあ、魔光力源とはどういう関係がある・・・その事は言ってなかったのか?」

 

「レイチェルの父親が探していた物らしいが、それについてはほとんど教えなかった。当然だな・・・」

 

「そうか・・・でもまさか、こんな事になってるとは・・・そうだ!あの三人に聞けばいい。」

デイヴィックは思いついた。

 

「オーメットがレイチェル・アリスタの父親と親しかったのなら、もしかしたら同じグループにいた三人が何か知ってるかもしれない。」

 

「そうだな・・・」

 

「何か新事実がわかったらすぐに伝える。そして近いうちに彼らを紹介しておかないとな。ジャック達も呼んで、ちゃんと会って話そうじゃないか。」

デイヴィックは、より仲間が団結していく未来を想像した。

 

しかし・・・

 

「ああ。ただ、俺抜きでな。」

マックスは依然として、部屋の奥をぼーっと見つめたまま呟いた。

 

「何を言ってるんだ?お前のチームのリーダーはお前だろ。なぜリーダーだけ抜きにするんだ?」

 

「もう、俺はリーダーじゃない・・・」

 

「何だと・・・?」

デイヴィックは話がわからなくなった。

 

「そして・・・もうここにも来ないだろう。お前達も身のためだ。もうこんな事には・・・」

 

「許さないぞ。その考えだけは。」

デイヴィックは、彼がそれから何を言おうとするのかわかったのだった。

 

「俺達を・・・本来グロリアに属するはずだった俺達を説得し、道を正してくれた。それは悲しんでいたエレナをお前達が助けてくれたことから始まったんだ。更にはエメリアの事まで気をかけてくれた。敵対していた人間なのにだ。」

 

デイヴィックは力強くマックスに言う。

 

「お前達は俺のチームを見事に守った。それは、リーダーであるお前が正しかったからだ。だからお前に付いて行く仲間も正しくあれるんだ。そんなお前が、ここでグロリアとの戦いを放棄しろだと?今もどこかで傷付いているかもしれないナイトフィストを無視しろと言うのか?つい最近、多くの仲間が信念を持って戦って、犠牲になったというのに・・・ここで裏切るような真似をする気か?がっかりさせること言わないでくれ・・・」

 

デイヴィックは次々と浮かんでくる本心をぶつけた。

 

すると、マックスはゆっくり彼に背を向け、静かにこう言った。

 

「裏切られたのは俺だ。もう、仲間を・・・やっとできたと思った大切な人を失いたくない・・・・」

 

デイヴィックは、そのままうつ向く彼の背中から今まで抱えていたであろうあらゆる辛さ、悲しさ、寂しさを感じ取れたような気がした。

 

そしてそんな彼の小さくなった背中越しに、何も言い返す事が出来なかった・・・・

 

再び静寂が訪れ、また天井上から雨音が聞こえるようになる。

 

バースシティーの雨は、まだ降り止みそうにない・・・・

 

 

 

 

 



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新章-第二幕 思惑たち

これから語られる話は、小章 A Window to The Past と関係する内容になり、また小章同様に、現段階では謎が多々残る内容ともなっている・・・





特に理由があるわけではない。

ただ、さっきからなんとなく不安が消えない・・・

 

それは部屋の電気が消えていて暗いからではない。

ただ、幼いながらも何かしらの感覚を感じる。

これは初めて味わう感覚だ・・・

 

訳のわからない不安感を抱えている時、遠くの方から安心感のある声が聞こえた気がした。

 

何を言っているかはわからないが、すごく落ち着く・・・そうだ、あれは母の声だな。

 

更にその声に混って、別の声も聞こえてきた。

これは父だ。

 

聞きなれた声を聞いたからか、さっきから感じている不安な感情は少し薄れたように思った。

そう思ったのもつかの間だった。

 

突然の事で何がなんだかわからない・・・

ただ、騒音と一緒にあっという間に自分の視界が塞がれたのだった。

 

意味不明すぎる状況な故か、泣きわめくことはなかった。ただ、混乱するしかない。

だがこのままこうしていても何もわからないのは当然だ。

 

とにかく必死で自分の前にある何かを退かし、周りがどんな状況なのかを確認しようと力をふりしぼる・・・

 

嫌な予感は急速に増していく・・・・

 

そして更なる異変に気がついたのは、目の前の物体を退かそうと小さな腕に力を込めている最中だった。

 

物体の隙間から、微かに赤っぽい明かりが暗い部屋を照らしているのがわかったのだ。

その明かりの出現と同時に湯気のようなものも徐々に現れる。

 

外から騒がしい音も聞こえてくる。とても大きな音だ。

 

それもそのはずだ。

なんとか視界を邪魔する物体を退かしきったときに今の部屋の状態がわかった。

 

目の前には壁の至る所が穴ぼこになり、そこから吹き流れる風が部屋中の炎を揺らしている光景が広がっていたのだ。

 

この時に初めて命の危機を感じた。

このまま火が燃え続ければ、確実に死ぬ・・・

待てよ、両親は無事なのか・・・?

 

声の限りに二人を呼ぶが、幼い声は部屋を飲み込もうとする炎の音にかき消される。

圧迫する熱風に体力も奪われ、自分を囲む煙も増して声が出せなくなってくる・・・

 

とにかくここから動きたいが、足が何かに挟まって動かない。

 

魔法が使えたら・・・魔法でなんとかできたら・・・・

 

ひたすらそう願うも叶いはしない。やがて意識もだんだんと遠退いていくのだった。

そんなときに、四方で人の声が聞こえた気がした。

同時に、大きく崩れた壁の向こう側から黒い影がこっちに近づいてくる・・・

 

消え行く意識のなかで目の当たりにしたのは、銀色に輝く仮面をつけた黒衣の人物だった。

 

その何者かは自分を見つけるなり近寄って、その手に持つ長い棒状のものを振って瓦礫を一瞬で退かし去ったのだった。

そうだ、これは紛れもない魔法だ・・・

 

これから自分はどうなるのか・・・助かったのか?

意識はこれ以上保つことができず、まぶたは閉じ、徐々に視界が暗くなる。

 

そして何かに気づいたかのようにパッと目を開けると・・・・

 

マックスは一瞬、訳がわからなかった。

だが周囲をぐるりと見回し、そこが見馴れた光景だと認識したとき、自分が夢から現実に引き戻されたのだとすぐに理解した。

 

「そうか・・・まさか、あの時の夢をみたのか・・・・」

 

そして夢のお陰で思い出した。あの時の、自分を助けに来てくれた何者かの姿・・・・

 

「そうだった。顔は仮面で見えなかったんだ。あの不思議なシルエット・・・思い出した。いったい何者だったんだ・・・・」

 

彼は、たった今まで見ていた夢の光景を頭に刻み込んだ。

だが現実に戻れば他にも思い返すことは嫌でもある。

 

昨日・・・あの後すぐにデイヴィックは立ち去った。

 

いつ帰ったかは明確にはわからない。

後ろを振り返って、気づいた時にはもう地下にはいなかったのだった。

 

愛想をつかしたのだろうか・・・それは無理もない事だろう・・・・

 

リーダーがこれなら、チームもうまく機能しなくなるだろう・・・・

 

マックスは昨日に引き続き、また落ち込み始めるのだった。

 

 

一方では、より行動的になっている少年がいた。

 

「やっぱりロドリュークの奴は来てないみたいだな。」

自分達の正しくあるべき未来を決意した少年は足早に歩いている。

その隣に肩を並べて、長いブロンドの髪を揺らしながら歩いている女子もいた。

 

「当然よね。あいつの仲間はもうここには居ない。ロドリュークが学校に来る理由は無くなったわ。」

「まぁ、俺達もこれからはあまり学校に顔を出す暇は無くなるかもな。」

 

二人は幅広い大理石の廊下をコツコツと歩き続ける。

 

「アカデミーのエレナ達の都合が合えばいいんだがな。皆で彼らとしっかり作戦を立てる必要がある。」

その少年、デイヴィック・シグラルは真剣な表情でそう言い、歩くスピードが少し上がった気がした。

 

「焦ってる感じがするけど、どうかした?」

横を歩く女子、リザラ・クリストローナが彼の様子を見て言った。

「ん?いや、焦ってるつもりはなかったが・・・でも、そうなのかもしれない。」

この時、デイヴィックは昨日の地下隠れ家でのマックスを思い浮かべたのだった。

 

「今度は俺達ががんばるんだ。あいつらの分まで・・・」

ほぼ自分に言い聞かせるかのように、彼は静かにそう言った。

 

間違った方向へ進んでいた自分達を正してくれた・・・

自分だけではなく、数少ない友達も救ってくれたのだ。

それがマックス・レボットと彼の仲間のやったことだ。

宿敵であったはずなのにだ・・・・

 

デイヴィックは、マックスと彼のチームと出会ってから昨日までの出来事を思い返しながら考えた。

 

今、マックスが機動力を失っているのは言うまでもない。

ならばそのカバーは自分達がやるべきだ。

彼が立ち直り、彼のチームの力が戻るまで、自分のチームが代わりに動く。

 

ロドリュークはグロリアの指令通りに動き続けるだろう。

ならばこっちも早くナイトフィストの為になる行動を起こさなければいけないんだ・・・

 

デイヴィックは今一度、リザラが言ったことに脳内で答えた。

俺は、確かに焦りだしている・・・焦りは危険だ。

 

その時、デイヴィックが何かに気づいたようにポケットをあさった。

そしてすぐにズボンのポケットから小さな手鏡を引っ張り出した。

 

ふたをカパッと開けると、早速彼は口を開く。

「早かったな。今日いけるか?」

鏡に向かって喋りかけると、次は鏡の中から聞き慣れた声が返ってきた。

「ロザーナも大丈夫そうよ。奴らに早く仕返ししてやりたいって言ってた。」

 

デイヴィックは歩く足を止めることなく喋った。

「じゃあ決まりだな。俺達は今、例の場所に向かってる所だ。そっちも準備できしだい向かってくれ。早速チームの活動開始だ。」

 

そして手鏡のふたを閉じると、リザラの方を向いた。

「行けるそうだ。早速今日からあの場所を使えるぞ。」

 

そうしてこの後すぐ、二人はこの廊下から姿をくらますのだった。

 

 

場所は大きく変わり、ロンドンの中心街から外れた人気の少ない地区にて・・・・

 

レトロな雰囲気の二階建ての建物の中で、二人の人物が向かい合っていた。

 

「今日の情報は無しか?」

一人のスーツ姿の男が言った。

 

「俺は鼻が利くからよ。事件の臭いがしたらすぐわかんだよ。あんたも知ってるだろ?俺の洞察力をよ。」

この男はスーツの男より若く、独特な柄のシャツを着て全体的にラフな格好だ。

 

「ああわかってるとも。私が捜査助手として雇ったんだからな。」

「まぁ、今日のところは異常無しってわけだ。平和で何よりじゃねえか。」

男は足を組みながら言った。

 

「それも今のうちさ。」

「またあのグロリアってやつの事かい?あんたに会うまではそんな組織聞いたこともなかったよ。」

「知らんほうがいいさ。さてと、これから考える事がある。今日のお前の仕事は終わりだ。」

そう言って彼は立ち上がった。

彼が片手を玄関の方に伸ばすと、ガチャリと玄関の扉が勝手に開いた。

 

「そんじゃ、また俺の力が必要になったらお願いしますわ。」

そして彼も立ち上がり、この建物から出ていったのだった。

 

出ていった後に再び閉まった玄関の外側には、探偵事務所と書かれたプレートが貼り付いている。

そしてこの事務所にいるスーツの男はサイレントであった。

 

さっきまでの男がいなくってからは、彼はずっと二階の個室にこもって机と向き合っていた。

 

「第二魔光力源の起動法・・・・長くその時を待つ者によって扉が開かれ、運命を担う子に託せ・・・か。」

サイレントは、広げた手帳に走り書きした文字を読み上げながら色んな事を考えていた。

 

どういうことだ・・・何故こんな書き方を?誰が何を意図して・・・・

 

彼は推理を更に働かせていく。

 

一度マックス達に第一魔光力源の部屋を案内してもらった時に見た感じからすると、あの部屋は元からの設備とは思えない。

あのチャンバーだけは、後から取って付けたような構造だった。

それは奥の六枚の開かずの扉からも想像できる・・・・

 

それから、あのチャンバーへの到達および、更なる魔光力源へのヒントを本や図書室に残したことも引っ掛かる。ヒントの隠し方もおかしなものだ。

 

何故か学校の本に魔光力源に関する事が記されてあり、魔法で文字が細工されてあったり・・・

本だけでなく、わざわざ図書室にも小細工を・・・

こんな綿密にヒントへの謎解きを用意した者は、いったい何を考えていた?いつの時代の人間の仕業だ・・・?

 

彼は、以前マックスから色々と聞かされた事を参考に考える。

 

フィニート・レイヴ・カッシュなる独自の呪文と、それでしか開けられない第一魔光力源への扉・・・・

ヒントを残した者とこれらの仕掛けは同一者か、あるいは密接な関係者で間違いはない。

 

彼は手帳を閉じ、机に置かれたコーヒーカップを手に取った。

「敵か味方か・・・」

そしてコーヒーを一口すすった。

「過去に起きたあらゆる事件を探ってみるか。」

 

それからは、部屋に設置された棚に並んだ、数多くのファイルを一冊ずつ手に取って見ていくのだった。

 

サイレントが一人、調べものをしている間に、あのチームも早々と行動していた。

 

一人ずつ姿現しで目的地へと到着するデイヴィック、リザラ、それにエレナとロザーナ・・・・

 

「すぐにここを活用できて嬉しいことだ。それも全員揃ってな。」

デイヴィックが言った。

 

「でもまさか、あたし達にナイトフィストの隠れ家の一つを紹介してくれるなんて思いもしなかった。」

エレナが彼に続いて歩きながら言った。

 

「それはつまり、あの三人はあたし達を信用しているって事よね。」

リザラが言った。

 

暗くほこりっぽい空間で、床をきしませながら歩いていると、突き当たりに扉が見えてきた。

 

迷いなく扉を押し開け、デイヴィックから先に奥へと足を踏み入れる。

 

そこは先ほど同様の雰囲気で、全体が薄暗く、窓ガラスから外の光が微かに照らすだけだ。

更に天井を見上げれば木の骨組みが何本も組まれ、三角形の高い屋根だということがわかる。

そしてここがどこなのかを証明する極めつけは、正面の壁に面して設置された巨大な円形の文字盤と、いくつかの歯車だ。

 

そう、ここは時計塔最上部の内側だった。

だが巨大な時計の設備の裏側にあるこの空間には、普通では絶対に必要のないいくつかの椅子やテーブル、そして棚とそこに置かれた数々の小道具が存在している。

 

それは、ここが他ならぬナイトフィストの隠れ家の一つだということである。

 

デイヴィックら四人は、とりあえずそこに置かれた椅子に腰かけた。

時計の歯車の音がコツコツと鳴り続ける部屋をぐるりと見渡して、エレナが話し始めた。

 

「面白いわよね。公園の下とかこんな所に活動拠点を造るなんて。ナイトフィストは上手くマグルの世界に紛れて動いてきたのがわかるわ。」

 

「それはナイトフィスト情報管理所の一つだってそうだな。」

デイヴィックが話だした。

「でもそこをピンポイントでグロリアが襲撃した。ロンドンのビルの最上階をだ。何でだと思う?」

 

「裏切りだね。」

それにはリザラがいち早く答えた。

 

「同じ考えだ。いくら隠れられていても、それを知る誰かが口を開けば意味は無い。全て失うことになるんだ。」

 

話しをしていると、落ち着いた空間に突如空気の歪みが起き、風で床のホコリが舞った。

 

「ザッカスか。一瞬驚いたぜ。」

デイヴィックはその場に現れた一人の人物を見て言った。

彼らの目先には、一人の40代ぐらいの男が立っているのだった。

 

「君達のほうが早かったか。待ったかな?」

男はゆっくり歩きながら言う。

 

「俺達もたった今来たところだ。今日は三人じゃないんだな?」

デイヴィックが男に言った。

「いつもいつも三人組じゃないよ。それに今日は、あの二人はサイレントとやることがあるみたいでな。」

そう言いながら一つの丸椅子に腰かけた彼の名はザッカス。サイレントの指示でセントロールスを見張っていた、警官に扮したナイトフィストの三人のうち一人である。

 

ザッカス達はデイヴィックと仲間をグロリアから引き離した人達であるが故に、彼らを正式なナイトフィストへとしっかり導くことを約束したのだった。

 

「さて、君達全員が揃ったのは嬉しいことだ。時間の許す限り互いの情報交換と、これから先の行動をプランしようじゃないか。」

ザッカスが早速話しを進めた。

 

「まず気になるのは、サイレントに導かれた彼らの現状だな。何でも魔光力源とやらに近づいたそうじゃないか。」

「ああ、マックス・レボットのチームのことか。」

何気なく言ったデイヴィックだったが、この時ザッカスの表情が変わった。

 

「何?!マックス・レボット・・・だと・・・」

「あいつを知ってるのか?」

デイヴィックが言った。

 

「名前だけはな。忘れはしない・・・ギルマーシスの息子だからな・・・・」

「あいつの親と知り合いだったのか?」

 

ザッカスは過去の記憶を思い起こしながら話すのだった。

「マックスの父、ギルマーシス・レボットは俺達のグループの一人だったんだ。俺とライマンとマルスは知っての通り、今も三人組でよく動いてるが、もしギルマーシスが今も生きていればなぁ・・・四人で昔のように活動出来るのにな・・・」

 

「ということは、やっぱりマックスの父親はグロリアに・・・」

エレナが口を開いた。

 

「はっきりとはわからないが、たぶんな。殺されたのは間違いないことだ。サイレントから報告を受けて駆けつけた時にはもう誰もいなかったから犯人は定かではない。」

 

「ちょっと待ってくれ。サイレントって、あのサイレントのことか?」

デイヴィックが突っ込む。

 

「そうだ。当時同じグループのメンバーではなかったが、彼とギルマーシスが仲が良かったと聞いている。」

 

「ならばサイレントは、マックスがギルマーシスの子供だと知ってたわけだ。」

デイヴィックはそのまま質問につなげる。

「そうだ、サイレントからマックス達の事を何か聞いてないか?俺達はまだあいつらがやってきたことを詳しく知らない。マックス達が魔光力源の在処にたどり着いたんだ。何かしら魔光力源に関する情報も持っているかもしれない。」

 

「その事に関しては私も詳しく知りたいよ。ただ、サイレントから少しは話を聞いている。」

ザッカスの言葉にデイヴィックは関心をよせる。

 

「最近、マックス達の活躍で第二魔光力源の存在がわかったそうだ。なんでも、二つの魔光力源が起動しないと意味が無いとかな。」

「二つ・・・初耳だな。」

デイヴィックは言った。

 

「魔光力源をもっと知りたいのなら、少し情報を付け足そうか。」

ザッカスがデイヴィックの熱心さを読みとった。

「14年前、ナイトフィストサウスコールドリバー支部で、私達のグループは主にグロリアの人間の行動を探るのが仕事だった。それで調査を進めた結果、奴らが何かを探し続けている可能性を掴んだんだ。更にギルマーシスは、今までには無かった何か強大な力を獲ようとしているとにらんだ。つまり、サウスコールドリバーではナイトフィスト撲滅の裏で、もう一つ大きな計画が動いていたということだ。」

 

ザッカスは続ける。

「今となってはわかる。あの時サウスコールドリバーで奴らが探していた物・・・・さすがはギルマーシスの息子だ。子供達だけでその一つを見つけ出すとはな。」

 

「そういうことか。14年前、グロリアはサウスコールドリバーで魔光力源を探していたわけだ。」

デイヴィックは頭の中で一つの結論に結びついたのがわかった。

「二つあるって言ったな。もし本当にサウスコールドリバーに魔光力源があるならば、セントロールスにあるやつとで二つ揃うじゃないか!」

 

「そういうことになる。だがもし奴らが見つけているならば、後はセントロールスに強襲を仕掛ければそれで終わる。奴らが圧倒的に有利な立場なわけだ。」

 

ザッカスが言うことは最もだった。

 

「だがグロリアはまだ本格的にセントロールスに襲撃しに来ない。それどころか情報管理所を団体で襲った。」

彼はデイヴィックを見て言う。

 

「情報を欲している・・・セントロールスの魔光力源の事を知らないとでも言うのか?」

「同じことを考えたよ。考えてみろ。セントロールスにグロリア側の人間が侵入したのは、オーメットの指示で動いた君達と、奴自身だけじゃないか。」

 

「そうだな。何か変だな・・・」

 

確かに考えてもみれば、これまでセントロールスで行動していたのはテンペストことバスク・オーメットと彼に従って動いた子供達だけだった。

すでにもう一つの魔光力源を占拠しているのならば、セントロールスにあと一つがあるとわかれば喉から手が出るほど欲しいはずだ・・・・

 

オーメットはグロリアの仲間にセントロールスの事を報告していないとでもいうのか?

知らないとなれば、情報管理所を襲撃したのもうなずける。

 

一体バスク・オーメットという奴は何を考えている・・・・

 

デイヴィックが色々と考えていると、ザッカスが話しだした。

 

「それにしても不思議だ。ギルマーシスの子が当時の彼のようにチームを組み行動して、彼が目をつけた魔光力源を見つけるとはなぁ・・・運命というものはあるのだな。」

 

「俺達も、あいつらともっと話をしたいと思っていたところだ。でも、今はマックスが話し相手になるかどうか・・・」

「と、言うと?」

「マックスの、個人的に辛い出来事があったんだ・・・」

 

 

ナイトフィストの時計塔隠れ家にて、デイヴィックのチームとザッカスとの会話が行われている最中、別の場所であの二人の会話が始まろうとしていた・・・・

 

「来たわよ。」

黒いワンピースを着た少女が部屋の暗がりから姿を現した。

 

「ようし。早速ではあるが、今から行う計画を立てた。その説明をする。まあ掛けるんだ。」

重低音な渋い声が薄暗い部屋中に渡る。

その男、バスク・オーメットは部屋の奥の窓際に立っていた。

 

そしてそこへと近づく黒服の少女はレイチェルだ。

 

彼女は部屋の中央に置かれたテーブルまで歩き、オーメットもまたこちらへ近づく。

二人が同時にテーブルの椅子に腰掛けた時、彼は話し始めた。

 

「我々の目的は大詰めに入る時だ。だがどうしても最後の一手が打てないのが現状だ。意味はわかるな?」

「ええ。最初からそれは気がかりだったでしょ?」

「ああ。だからこそ部下に奴らの情報管理所の事を教え、大胆に襲撃させたのだからな。だが結果、我々が欲していた情報は手に入らなかった。」

 

彼はテーブルの上で腕を組んだ。

「襲撃の際、いくつかの資料は奴らが持ち去ったと聞いている。持ち去られたのは間違いなく重要データだろう。そこに我々がやるべき最後のピースに関する情報も含まれている可能性は無視できん。そこでだ・・・」

 

オーメットはレイチェルをまっすぐ見て続ける。

 

「単刀直入に言おう。マックス・レボットを私の所へ連れて来るのだ。」

「マックスを・・・何で?」

「これから彼には人質となってもらうからだよ。」

 

この時から、バスク・オーメットの新たな計画は始まるのだった・・・・

 

 

 

 

 



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新章-第三幕 因果

夕日・・・それはいつも変わらずいい光景を見せてくれる。

 

窓の外からは、車の行き交う音が微かに聞こえてくる。それ以外はいたって静か。

 

部屋の片隅から徐々に薄暗いオレンジ色に染まり、夕日は更に落ちていく。

 

この光景をずっと見てきたんだ。まだ誰も仲間がいなかった時からずっと変わらず好きだ。

だからこの光景を味わっていると、同時に過去の事も思い出してくるものだ・・・・

 

ああ・・・今まで一体、何のために何をしてきたのだろうか・・・・

 

またか・・・またこの感覚。そう、この感覚だ。

絶望だ。これで何度目なのか・・・・

 

まず一度目は考える必要もない。それは14年前に訪れた。自分に与えられた大きな運命・・・

 

そして次は何だ?

ずっと一人だった。仲間はいなかった。

誰も仲間がいなかったから、誰とも何も話さなかったっけな・・・・

 

だから毎日、毎年、ちっとも面白い事なんて無かった。それが次の絶望か・・・?

 

ただ友達がいなかっただけか?

違う。自分だけ違ったからだ。この世界では自分ははぐれ者だから・・・

 

何故だ?何故この世界に、何故ここに自分はいるんだ?

ずっと同じ疑問を、ただ抱き続けた。それしか出来なかった・・・

残念なことだ・・・・

 

だがある日、似た人間を見つけた。

似た者同士を見付けるということは、希望が生まれるということだとその時知った。

 

更に仲を深め、話を聞けば聞くほど同じ境遇にあるということもわかった。

これでどれだけ自分の心が救われたか・・・・

死んでいた感情が蘇り始めた瞬間だった。

 

自分に始めての仲間ができてからというもの、少しずつではあるが今までの生活が消え、楽しみというものが生まれた。

 

希望が生まれ、生きていく楽しみが生まれる。

時々仲間とチームを組んで遊ぶ、という生活もやがて当たり前の日常となってきた頃だった・・・

突然、その時は訪れた。

 

もう頭の中から消えかけていた14年前の事・・・

それと直接向き合う出来事があの日起こった。

サイレントという男が、自分の知りたかった事実を持ってきた。それから人生は大きく変わったんだ・・・・

 

何となくで生きてきた毎日は一変した。

仲間と時々遊ぶだけでいいと思っていた毎日は消えた。

 

運命が動きだす感覚を覚えた・・・

 

更に仲間も増えた。

より多くの似た者同士と接し、言葉を交えることで、自分に欠落していたあらゆる感情が出来上がってきた。

 

このままこの流れを信じ、頑張れば良い将来が形作られると思った・・・

 

しかし今はどうだ?

自分は今どういう状態だ・・・?

 

自分が信じて頑張った結果、事実に裏切られて台無しだ・・・

 

事実・・・それは特別な感情を抱かせてくれた人間が敵だった事だ。

 

今でも忘れていない。あの顔・・・雰囲気・・・一緒にいる空気・・・・

彼女と二人でいる時は、ジャックとも、ジェイリーズともディルとも違う。特別な感じだった。

 

よく覚えているあの表情も言葉も・・・全て嘘だったんだ。

まんまと騙されていた・・・・

 

これが現実だ。

信じて頑張った結果がこれなんだ。

これからどうすればいい・・・どうしろと言う・・・

 

「結局、俺の行き着く先は絶望だ・・・」

 

マックスは一人、沈み行く太陽に照らされた部屋でため息をついた。

 

あらゆる感情を抱き自分の気持ちに正直になれるようになった彼は、負の感情もかつてより感じやすくなっていた。

改めてレイチェルの件を思い返し、それと同時に過去の不幸も思い出した結果、負の感情を抱き続けるループへと陥ってしまったのだ。

 

そして何も出来ずにこの日も夜を迎えた・・・

 

 

日が上ってからの事だ。

 

マックスは今、沈んだ気分のままベッドに転がっている。

別に眠いわけではない。当然、ぐっすり眠れたわけでもないが。

 

ここで目線がベッドの斜め下に向いた時に、何かが目に入った。

よく見ると、そこに置いていたバッグの開いた口から微かに光が点滅しているのが見えたのだった。

 

マックスはのろのろと起き上がり、床に置いていたバッグの中をあさった。

そして中に入れたままにしていた携帯電話を掴み上げた。

 

携帯電話を開いた瞬間、何が起こっていたかに気づいたのだ。

 

「ジャック・・・ディルにジェイリーズも・・・」

 

バッグの底に沈んだままになっていた携帯電話には、何件もの着信がたまっているのだった。

 

負の記憶の渦から一瞬我に返った彼は、急いで一件ずつ調べてみた。

中にはいくつかのメールも届いている。内容はどれも、マックスを心配したり今後の活動に関するものがほとんどだ。

 

だが最後に届いていたジャックからのメールの内容は少し違っていた。

 

「よし、早速招かないと。」

メールを確認したマックスは、すぐさまジャックに電話をかけるのだった。

「家に来ようとは・・・本気で心配させてしまったな。」

 

時を同じくして、彼の家から遠く離れた所で・・・・

 

静かで広々とした空間。

そこらじゅうには物の残骸が散らばっている。

それら残骸の上を、じゃりっ、じゃりっという足音を立てながら移動する一人の男がいる。

 

横を見ると、大きくガラス壁が割れていて、外から風がもろに入ってきていた。

 

そんなこの場所は、最近グロリアの奇襲を受けたロンドンのビルの最上階、ナイトフィスト情報管理所である。

 

そしてあの事件後、今日再びこの場を訪れている男はサイレントだ。

 

彼は立ち止まると、辺りをキョロキョロ見渡した。

手には杖を常に持ち構えている。

 

何かを確認したのか、またゆっくり足を動かす。

歩きながら彼の視線は下の方を向いている。

 

しばらく歩くと、残骸が重なり積もった所でまた立ち止まった。

下を向いたまま、ゆっくりとその場を見渡す。

その動きは、まさしく何かを探しているような動作に見える。

 

同じような事をしていると、別の方向から足音が近づいてきた。

 

音に気づいたサイレントは一旦作業を止め、振り向いて口を開いた。

 

「そっちはどうだった?何か取り漏れは無いか?」

 

サイレントが言う先には、外れたドアからこのオフィスに入ってくる若い男の姿があった。

 

「最近の調査報告の記載途中の本が数冊転がってました。それだけです。」

 

「そうか。重要な内容か?」

サイレントが言葉を返す。

 

「いえ、最近これといった情報は無かったんで。」

「ならば放っておいて構わん。他の部屋は?」

「三人がかりで全ての部屋を捜索中です。他の部屋でも今のところ回収すべき重要な書類は無いみたいです。」

「了解だ。引き続き頼む。」

 

会話は手短に終わり、男はオフィスから出て行った。

 

どうやら、サイレントとその他数名のナイトフィストの人間が、このフロア全部の部屋で同じ作業をしているということらしい。

 

サイレント自身も書類関係の物を探しているのだろうか・・・

 

その時、彼のスーツの裏から小さくアラーム音のような音が鳴りだした。

彼は左手をスーツの内ポケットに突っ込んで、その音の鳴る物を取り出した。

 

手のひらサイズのそれは、楕円形の手鏡だった。

杖をスーツにしまうと、右手を手鏡の鏡面に軽くかざした。

すると音は止まり、同時に鏡に写る自分の姿が消えて、全く違う背景と人物の姿が写し出された。

 

「ザッカスか。」

サイレントは手鏡に写る人物に言った。

 

「今から時間あるか?」

鏡の中から声が聞こえた。

 

「情報管理所に取り残した重要なデータが無いか調べている最中だが。」

「それが終わってからでもいい。後で私達ととある隠れ家に集合してもらいたいんだ。」

「詳しく聞こう。」

「新しい行動仲間とちゃんと話し合いたいんだよ。君も含めて、互いの情報交換も踏まえてな。」

「なるほどな。例の魔法学校の生徒達の事か。もうすぐ引き上げるとしよう。」

「話が早いな。では時計塔の隠れ家で待ってるぞ。」

「わかった。私も彼らとは会って話をしたかったところだ。」

 

そして話し終えた時、手鏡は普通の鏡へと戻っていた。

 

「さて、噂に聞くグロリアになるはずだった子供達は如何なる働きをしてくれるだろうか。」

 

彼は手鏡をポケットに戻すと、がっぽりと空いたガラス壁から空を眺め、独り言を呟くのだった。

 

「もっとも、マックス以上の逸材はおらんだろうが。なにせ彼の息子だ。なぁ・・・ギルマーシス・・・」

 

それから間もなくして、彼はこの場を立ち去るのだった。

 

サイレントがザッカス達の待つ時計塔へ動いている時、マックスの家には一人の客が到着する頃だった・・・・

 

 

二階の寝室の入り口から、玄関のチャイムの音が聞こえた。

 

マックスははっとして、今まで仰向けになっていた体を飛び起こさせる。

 

今はテイルは買い物に出かけていてる為、玄関を開けに行くのは自分しかいない。

だが面倒くさそうに嫌々ながら歩いていく必要は一切無いのだ。

今、チャイムを鳴らしに来たのが誰かはわかっているからだ。

 

マックスは自分の部屋から駆け出して階段を高速で駆け下り、玄関へ一直線に走って行く。

こんなに階段を急いで下りたのはいつ以来だろうか。

 

鍵をカチャリと外して取っ手をひねり、玄関を押し開けてみると、やはりそこには彼がいたのだった。

 

「悪いな。返事遅くなった。」

マックスがドアを支えながら言う。

「出てきた第一声がそれか。面白い出迎えだ。」

マックスの顔を見ると微笑み、少年は言った。

 

「とりあえず上がれよ。」

そう言ってマックスは彼を部屋に案内したのだった。

 

軽く床の足場を片付けて、マックスは自分のベッドに腰かける。

 

「この椅子にでも座ってくれ。」

マックスは彼に机の椅子を向けた。

 

「ああ。」

ベッド横の机の椅子に腰かけると、彼は話し始めた。

「最後に来たのはいつだったかな?少なくとも、今年はまだか。」

「だな。高校に入学してからは一回しか来てないはずだ。そして久しぶりに家に来た理由はわかってる。」

 

マックスの言葉の後、椅子に座る少年は本題へ入った。

「ここ一週間ぐらい、皆心配していたぞ。電話も出ないってな。」

 

マックスはうつ向き、少し経ってから静かに喋りだした。

「すまなかった・・・・皆には悪いことをしたと思ってる。それも、肝心のリーダーが・・・」

 

「俺にはお前が何を考えているのか、大体の事はわかる。だから深く責めるようなことは出来ない。」

その少年、ジャックは真剣な眼差しで言葉を続けた。

「だがこれだけはわかっていてもらいたい。俺達は単にチームで、お前が単にチームリーダーというだけの関係じゃないことをね。」

 

これにマックスは何と返していいか思いつかなかった。

 

ジャックは彼の気持ちを読んで再び話し始める。

 

「信じていたのはお前だけじゃない。俺達全員が彼女を信じていたんだ。皆、残念な思いをしている。」

「でも、俺にとっては・・・」

「ああ知ってる。特別な存在だったんだろ。」

ジャックはマックスの言葉の続きをすかさず言った。

 

「まったく・・・お前は本当に察しがいいな。」

「それなりの付き合いだからな。だからお前の気持ちは俺達の場合とは違うんだとわかってるよ。だがさっきの話の続きだ。俺達にとってはお前が特別な存在なんだよ。だから聞く。お前にとって、俺達チームのメンバーはどんな存在なんだ・・・」

 

こんな事をジャックに言われたことは初めてだ。

 

マックスは彼の予想外の質問に、一瞬戸惑いを感じた。だが彼の言葉を改めて自分に問いただすと、こんな簡単な答え・・・もちろんとっくに決まっていた。

 

「今さら考えるまでもない。俺は・・・お前達がいたから・・・お前達と出会ったから救われたんだ。チームがあるから俺は過去の辛さも乗り越えてきた。チームがあるから楽しめた。チームだけが俺の居場所だったからな・・・・」

 

マックスの暗く沈んでいた気分に、少しずつ光が戻ってくる。

 

「チームでなら、どんな事でも成し遂げられる・・・そんな事を言ったのも俺だったっけなぁ。まったく、俺はまだまだ駄目リーダーだ。」

 

「かもな。普通なら・・・」

ジャックは続ける。

「でも・・・俺達のチームではやっぱりリーダーはお前じゃないと、しっくりこないんだなぁ。お前がいないとチームは完成しない。これは俺達が甘えているだけの事かもしれないけど・・・・でも、いつも通りのお前がいないと、皆寂しい思いをするし自信も保てない。特に・・・俺はな。」

それは、彼のずっと思っていた本当の気持ちだった。

「俺はこの一週間くらいで、そう感じた。」

 

普段、あまり自分の感情を見せずクールな彼がなかなか言わないような事を聞き、マックスは思わず心が熱くなってきて・・・

 

「やれやれだ。俺はバカなんだろうなぁ・・・」

「ん・・・?」

「ここまでリーダーの事を考えてくれる仲間がいるってのに、俺は自分の目の前の感情にだけしか目が向かず、ただ悪い事しか考えられない頭になってたからだよ。」

「理論思考のお前がねぇ。」

「言われてもしかたないな。」

 

二人の顔には、同時に笑みが浮かんだ。

 

「俺にはチームの仲間がいる。俺は一人じゃないということを忘れてはいけないな。でも、俺にとってレイチェルが特別な存在だったのは間違いない。初めて知った感覚だったんだ。だから・・・よく説明できないけど、とても悲しくなって・・・」

 

「言いたいことはわかるさ。俺にも、そういう対象が居るからな。」

ジャックが言った。

 

「初耳だな。まさかお前が認めるような女子があの学校にいると言うのか?」

 

マックスが真顔でそう言うと、ジャックは笑いながら言った。

「そうか、ピンとこないってことは今まで気づいてなかったのか。」

「だから初耳だと言ったろ。まあお前が気に入るということは悪い人間じゃないんだろうけど。」

 

「さぁ、どうだろう。少なくとも普通ではないってことさ。」

そしてジャックは本題へ切り替える。

「その話はまた今度ということで・・・もしお前にその気があるなら、そろそろチーム活動を再開しないか?これからすぐにという訳じゃないが、まぁ全てはリーダーであるマックス次第だ。」

 

マックスは自分自身と彼、そしてディルとジェイリーズ、更に今や協力仲間となったデイヴィックと彼のチームメンバーの事まで思い浮かべた後、考えはすぐに決まった。

 

「動こうじゃないか。仲間達が可能なら今からでもな。ここで一人もじもじしてるのは終わりだ。大事な魔力が付かなければカッコウも付きやしない。」

 

彼のその台詞を聞いたジャックは、彼がいつものマックスに戻ったのだと確信したのだった。

 

「うちのリーダーは戻ったようだな。そうなると俺もやる気が戻ってくるもんだ。早速あとの御二方に連絡しよう。それで、何をするつもりなのかな?」

「とりあえず皆で集まりたい。話はそれからだ。」

 

そんな会話を交わす二人の姿は、まるでまだナイトフィストとグロリアの存在を知らなかった頃、暇潰しに魔法でイタズラをして遊んでいた時に戻ったかのような雰囲気だった・・・・

 

マックスの心が再び立ち直ってきたその頃、もう一つのチームも良い雰囲気のやり取りを行っていた・・・

 

 

「なるほど。君達がこうなるに至った経緯は良く理解した。」

それはサイレントだった。

彼と、ナイトフィストのザッカス、それに仲間のライマンとマルスの四人は、四人の子供と向かい合って椅子に座っている。

 

そして四人の大人と四人の子供が集うここは、イギリスに数多く点在するナイトフィストの隠れ家の一つ、ロンドンの時計塔裏である。

 

サイレントはザッカス達とここに集まり、少年達と会話している所だった。

 

「だから、俺達を救ってくれたザッカス達とマックス達に恩返しをする為にも、俺達はナイトフィストとしてグロリアと戦う道を選んだんだ。少なくとも、俺は考えを変える気はない。」

 

少年、デイヴィック・シグラルはサイレントを一直線に見て力強く言った。

 

「その目、マックスに似てるな。いいだろう。君達が本気でナイトフィストの道を選びたいと言うのなら、もう誰にも止められんよ。これからに期待するとしよう。」

サイレントはデイヴィックと、彼の横に列なるリザラ、エレナ、ロザーナを順に見ながら言った。

 

「ありがとう。そう言われると助かるぜ。」

デイヴィックが誰よりも嬉しそうな表情で言った。

 

そしてサイレントが再び話す。

「では信頼の証として、君達の今後の活動の為にもなるよう私達が大きな情報を掴んだ時にはそれを提供しよう。そしてもし君達が何か情報を掴んだときは、私達にも共有させて欲しい。」

 

「ああ、もちろんだとも。」

「交渉成立だな。」

 

すると、デイヴィックが早速質問した。

 

「サイレント、あなたにずっと聞きたかった事があるんだ。」

「何かな?」

「ずばり、マックス達が今まで何をしてきたのか。特にマックス・レボットの事が気になるんだ。」

「ほう、彼の事がねぇ。なかなか勘が良いな。」

 

サイレントはデイヴィックに何かしらのセンスを感じ取りつつ、彼の要望に切実に答えるのだった。

 

「元々私はマックスの事を知っていた。だから時が来れば声をかける事はとっくに決めていたんだ。」

「そう言えば、ザッカスからマックスの親父さんと仲が良かったって聞いた。やっぱり、親父さんは14年前グロリアに・・・」

デイヴィックが言った。

 

「ああそうだ。私は救うことが出来なかった事を今でも悔やんでいる。だから、マックスだけは・・・彼の子だけは救ってやると14年前のあの日に決心して以来、私はずっとあの子を見守ってきたんだ。」

 

「えっ?14年前からずっと・・・」

デイヴィックがやや驚きの顔を見せた。

 

「そうさ。セントロールスに入学するよう仕向けたのは私だからな。」

 

それを聞いたデイヴィック達全員が驚きを隠せなかった。

驚くのは、サイレントの隣にいるザッカス達も例外では無さそうで・・・

 

「そうか・・・そういう事だったのか!ギルマーシスと仲の良かった君があの子を・・・」

それはザッカスだった。

 

「君らも知らなかったか。あの子をセントロールスに導いた者を。」

 

するとデイヴィックが口を挟んだ。

「ちょっと待ってくれ!セントロールスに導いたとか、話についていけてない。いったいどういう事なんだ?」

 

そう言った直後、ザッカスが口を開いた。

「この際だ。この子達には教えてもいいだろう。」

 

「そうだな。実際、マックスにも時が来れば伝えようと思っていた事だ。」

サイレントはそう言って、次にデイヴィック達を向いた。

 

「君達も不思議に思ったことだろう、なぜ魔法使いがマグルの学校にいるのか・・・」

「ああ。だいぶ謎だな。」

「答えよう・・・ナイトフィストは、14年前の被害者の子供を秘密裏にグロリアから護る為、そして出来れば我々の組織に招き仲間を増やす為の活動を、あらゆる都市でやってきたのだ。魔法学校もその活動対象の場だ。だがそんな場所は魔法界だけではない。マグル界でもいくつかの学校を被害者の子供の保護施設として選んで、あらゆる手を使って特定の学校に入学させ、ナイトフィストの人間が密かに見守ることにした。その内の一つがバースシティーのセントロールス高校なのだ。」

 

「・・・そんなカラクリが・・・」

デイヴィックは予想もしていなかった事実に衝撃を隠しきれなかった。

 

「じゃあ、マックスの仲間もナイトフィストの誰かに・・・」

今度はリザラが口を開いた。

 

「だろうな。私以外のナイトフィストの者があの手この手でセントロールスへ入学させたということだ。しかし不思議な縁があるな。彼ら四人の被害者がバースシティーに揃い、セントロールスに入学させられ、そのセントロールスには魔光力源なる物が隠されていたんだからなぁ。」

 

更に、話は深いところへと展開する・・・・

 

 

 

 



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新章-第四幕 推測者たちの談話

デイヴィック、リザラ、エレナ、ロザーナの四人は今、時計塔の裏にてサイレントとザッカス達と向かい合っている。

 

そして彼らの言葉で一つの事実が明らかとなった瞬間だった・・・・

 

「あのサウスコールドリバーの事件から今まで、ナイトフィストは被害を受けた子供達を監視してきたとは・・・」

デイヴィックが言った。

 

「それも、魔法界だけじゃない。あのマックス達がマグル界にいる訳だね。」

続いてエレナが言った。

 

「いずれはグロリアが勢力を拡大させることはわかっていた。だから我々も入念に計画を練って将来に備えなければと思ったんだよ。」

ザッカスの隣に腰かけている男、マルスが話し始めた。

 

「サイレントは特に、当時から仲の良かったギルマーシスの息子の事を気にしていた。だから、彼がマックスを見守っているのではないかとは思っていたんだ。やはりそうだったな。」

彼はサイレントを見て言った。

 

「もちろんだ。ギルマーシスと約束したからな。彼を護ると。」

 

すると、デイヴィックが思いついたように口を開いた。

「そうだ、父親とあなたが旧友だってことをマックスは知ってるのか?」

 

次に、サイレントは若干ためらった言い方をした。

「いや・・・知らないはずだ。まだおしえてないなからな・・・」

 

「ならば言ってやるべきだろう。あいつも、自分の親と親しかった人が生きていて、しかもあの惨劇の後からずっと気にしてくれていたと知れば喜ぶはずだ。」

デイヴィックは、最近落ち込んでいたマックスが元気になる姿を想像して言った。

 

「そうだろうな・・・彼らはナイトフィストによってあの学校へ導かれた事に関してはいずれ伝える。だがマックスの親と私の関わりについては、言う気になれないんだ。訳は言えんが・・・」

 

「さぁ、この話はこの辺で終ろう。それより大事な話はまだある。今後の連携活動を考えていきたいと思っていてな。」

横からザッカスが割り込んだ。

 

「連携・・・と言うと、俺達も正式にナイトフィストの活動を?」

デイヴィックが身を乗り出して言う。

 

「そういうことだ。君らのやる気はもうわかった。ならば早速実践させていいだろう。魔光力源の事もある。そこで、共に調査してもらいたいんだよ。」

 

これにデイヴィックは即答だった。

「もちろんだとも。そういうのを待っていたんだ!」

 

「決まりだな。では早速、最初の作戦会議を行うかな?]

 

ザッカス達とデイヴィックのチームがより団結していく最中、一方では再び気を取り直したチームリーダーが活動を再開したのだった・・・・

 

 

その少年、マックスは今隠れ家にいる。

そしてジャック、ディル、ジェイリーズと共にテーブルを囲んで座っていた。

 

こんな風に、公園下の小さな空間に四人が集うのは久しぶりの光景だった。

 

「急な呼び出しに応じてくれてありがとう。まずは言いたい事がある。」

マックスが話を始めた。

 

「俺達が探していた黒幕がレイチェルだとわかって以来、俺はチームの活動を・・・皆を放っていた。リーダーの俺が、情けないことだ・・・本当にすまない。」

 

彼は他の三人をそれぞれ見て、切実に謝るのだった。

そしてそんなマックスの姿を見ながら、ディルが最初に言葉を返した。

 

「別に、俺達の事は大して気にしなくていいぜ。チームの事は全てお前が決めていいんだ。そうだろ、リーダーはお前だからな。」

 

「そうねぇ。それに、あなたが悩みこむ体質だってことは皆が知ってるわ。だからそれで怒るほど、あたし達は仲の浅い関係ではないでしょ?」

次にジェイリーズが口を開いた。

「だからせめて、無視はしてほしくないわね。」

 

「それは同感だな。俺が言うのも何だけどさ、もっと俺達に頼っていいんだぜ。何かあったら遠慮はいらん。何でも言ってくれ。」

ディルが言った事にジャックとジェイリーズがうなずいた。

 

「また俺の悪い所が出ていたようだな。でもそれはこれで終わりだ。もう皆を忘れないぞ。もう俺は一人じゃない。既に最高の仲間達がいるということをしっかり自覚したぞ。」

そう言うマックスの表情は、もういつも通りの鋭い眼差しに戻っていた。

「そこでだ。早速チーム活動を再開したくて集まってもらった。」

 

「それでこそリーダーだ。やっといつものチームらしくなってきた!」

ディルの嬉しさは、あからさまに伝わった。

 

「でもこれと言ってやる事が決まってるわけじゃないんだ。だから皆で決めようと思う。」

 

「ならば提案がひとつある。」

すぐに口を開いたのはジャックだった。

「まず今までに起こった事や俺達がやってきた事に関して、わかっている事とわからない事を整理しないか?」

「いい考えだ。一度、頭を整理しておこうじゃないか。」

 

そしてマックスは、三人の顔を順番に見た。

「じゃあ、今俺達の身にふりかかっている事の始まりから順におさらいしていこう。」

 

それから彼らは、自分達が魔法使いの二大秘密組織の紛争に関わることとなったあらゆる出来事を思い出しながら、一時の間語り合ったのだった・・・・

 

14年前、サウスコールドリバーで起こった戦争の被害を受けた同級生四人がセントロールスに集まり、そして仲間となって時々遊んでいた頃の事・・・

やがて高校二年目の夏に、長らく計画していた『学校内全システム書記』強奪作戦を実行してから運命が急加速し始めてからの事・・・

 

これら一連の出来事を軽く振り返っただけでも、いまだにいくつかの謎が残されていることを再認識できた。

 

「やっぱり、まずは俺達がそろってセントロールスに入学してるってのが奇妙だよな。」

ディルが言った。

 

「まずそこだな。前にも一度聞いたと思うが、今一度セントロールスに入学した動機を確認したい。ちなみに俺は、引き取って育ててくれた親戚のテイルからの軽い提案にのったのが理由だ。本音を言うと、行きたい高校なんて考えてはいなかった。」

 

マックスに続けてジャックが・・・

「俺も同じく。で、どうせならマックスと同じ所に行きたいと思った。理由はこれが全てだな。」

 

「俺もまた同じく。高校受験の事を考えてなかった俺に、親がセントロールスが良いって言ったんだよ。それでダメ元で受験して受かっちまったんだな。」

 

「あたしも同じ。でもあたしの場合は受験さえせずに入学してる。」

 

そしてまたマックスが話を進める。

「そういう事だな。特にジェイリーズの場合は有り得ない事が起こっている。そうなるともしかしたら・・・いや、恐らく俺たちの受験そのものにトリックが仕掛けられていたのかもしれない。」

 

「俺も、そろそろこれには第三者の介入があると思わざるを得ないと思うね。そしておおよその推理は出来ると思わないか?」

ジャックの言うことがマックスにはピンときていた。

 

「それについて、今から言いたかったんだよ。皆、なんとなく想像出来るんじゃないのかと思う。俺達がグロリアの宿敵となる側につく可能性を大いに持っていて、かつそんな俺達がマグル界に移り住んだ。そもそもこの時点で何かしら意図が動いていたんだろうと・・・」

 

「あたしも、一つ答えは出てるわ。」

「俺もだぜ。多分。」

ジェイリーズとディルが言った。

 

「まず、共通する過去を持つ魔法使いが同じマグルの街、バースシティーにやって来ている事実から考えるべきだった。意図は14年前の戦争直後から動いていたと考えられる。」

マックスの頭は、久々に論理思考を活発化させる。

 

「そうすると同じ学校に集まっている理由と、そうであることで得する者達も自然とわかってくるな。」

マックスが話した後、他の三人は互いに見合ってうなずいた。

 

「もうわかったな。こんな事、答えは一つしか思いつかない。セントロールスに入学した事、そもそもこの街にいる事も、全てナイトフィストが仕向けたと考えることで納得がいく。」

「同じこと考えたわ。でもそうなると、一つ疑問が浮かぶわ。」

ジェイリーズの言葉に、ジャックがいち早く答えた。

 

「ナイトフィストが親や親戚を操って、俺達をこの街に連れて来させたりセントロールスに入学させたりしたのか・・・そんなところかな?」

「そう・・・よ。」

ジェイリーズが言葉をつまらせながら言うと、マックスがすぐに別の意見を言った。

 

「あるいは操られてなかったとするなら、俺達の身内もナイトフィストの仲間だと考えることができる。信じられないがな。」

「おい、そんなことがあったら驚きだぞ。」

ディルはそう言ったが・・・

 

「いや、その可能性はあっておかしくないかも。確かに驚きの事実かもしれないけど、逆に親からしてみれば、俺達の今の状況を知ればそれこそ驚きの事実だろう?」

ジャックの言い分は、確かに正解だった。

 

「その通りだ。俺はむしろその可能性が一番なんじゃないかと思えてきた。身内は皆グロリアから被害を受けたんだ。ナイトフィストに協力する理由はあるし、このイギリスの一番端にあるバースシティーに逃げて身を隠し、時が来たらセントロールスに集めて実際に組織の人間と接触させた。」

 

「なるほど。それがサイレントって訳だな。」

ディルもマックスの考えに追いついたようだ。

 

「とにかく、次にサイレントに会った時にはっきり聞いてみるべきね。事実を話さないかもしれないけど。」

 

「問い詰めるさ。お互い、もう隠し事をしてる場合ではない。何の為にもならないから。」

マックスはそう言って、この話題から離れることにした。

この時自分が言った言葉が、とある気になる事に引っ掛かったのだった。

 

もう隠し事はなしだ。気になる事は、仲間ならば全て言うべきだ・・・

 

ある事を思いついたマックスはさっそく話し始めた。

 

「そうだ。ちょっと聞いてほしい事があるんだ。」

「なんだ?何か最新情報でもあるのか?」

ディルが早速興味を示した。

 

「いや、これはあくまで個人的に気になっていた事だ・・・そして最近、ひとつわかったんだ。」

「遠慮せずに言ってみろよ。個人的な話をするのはお前としては珍しい事だからな。」

「かもな。じゃあ聞いてもらおうか、俺の見た夢の話を。」

「夢・・・?」

「夢だけど、たぶん事実だ。そんな気がする・・・」

 

マックスはつい最近見た、自分にとって最初で最大の悲劇の光景を鮮明に覚えていた。

これまでほとんど忘れていた記憶も、なぜだか夢の中で思い出した。

これが真実だという確かな根拠があるわけではない。

しかしマックスの予感は、もはや能力。

故に日頃の悪い予感も実際に起こる確率は高い。それはチームの皆が知っていることだ。

 

ともあれ今は特に何の役に立つかはわからないが、気になる夢の事は伝えておいたほうが良いと感じたのだった。

 

「それは、俺が家族を失ったあの日の夢だった。やけにリアルな感覚だった・・・」

「それって、14年前の・・・」

ジェイリーズが言った。

 

「なぜだかな、今になって夢で思い出すことになるとは・・・でも思い出したのは嫌な記憶だけじゃないんだ。」

 

マックスは夢の終わりに見た、自分の前に立つ人物のシルエットを頭に思い浮かべながら続ける。

 

「あの時、俺を救ってくれた人間がいたことを微かに覚えていたんだけど、その姿を夢で確認することができた。」

「誰かが前に立っていた・・・って話は前に聞いてるわ。」

ジェイリーズが言った。

 

「その人物の事だよ。夢でも鮮明には見えなかったけど、大体わかる。黒い服を着て長い棒状の物を持っていた。それは魔法の杖より太くてはるかに長い。そして肝心の顔は、仮面で全くわからなかった。」

 

「ちょっと待てよ、その黒衣に仮面の人物はあくまで夢に出てきたってだけだろ?本当に夢で見た通りの人間じゃない可能性のほうが考えられないか?」

ディルは確かに最もな事を言ったが、すぐ後にジャックは付け加えた。

「普通ならば・・・な?」

 

「まぁ、マックスには俺達に無い、ちょっとした余地能力的なのはあると思うぜ。でも今回は自分でもよく覚えてない過去の光景だぞ。」

「その光景を今のタイミングで見た、ということ自体にも意味がありそうだと思わないか?」

ジャックが言った。

 

「じゃあ意味があるとしたら、どういうことなんだ?」

「例えば、近いうちにその謎の人物が現れる。それを予期して見た夢という考え方もある。」

 

「ジャックの言う通りの事が起こるかはわからん。ただ、これは無視できない重要な夢のように思えるんだ。」

マックスが言った。

 

「とにかく、今は断定できる手段はないわ。でもマックス本人がここまで言うからには、あたしもただの夢とは思えない。マックスの予感がよく当たるのは皆知ってるでしょ?」

 

「他にも、最近になってから不思議な力を発揮したことは忘れてないだろうな?」

ジャックが何の事を意味しているのかは、皆すぐにわかったようだった。

 

「ああ、あの時のなぁ・・・何の魔法か結局わからないままだろ。」

ディルが言う。

 

「俺もよくわからない。自分なりにサイレントからもらった本を調べたけどな。そもそも使おうと思って出た力でもない。」

マックスが言うその力とは、まだデイヴィック達と敵対していた頃、ピンチになった時に突然発動した、あの赤いオーラをまとった魔力のことである。

 

マックスの強い感情による影響だと思われるが、自発的ではなく記憶も無いあの魔法が何なのか全くわかっていない。

それもあの時一回発動したきり、現在に至るまで再発はしていない・・・

 

マックスは今一度、当時の感覚を思い出してみた。

 

あの時はどんな状況だったか・・・その時感じた感情は・・・?

 

相手の方が圧倒的に有利な状況・・・一方こっちは、俺以外は戦闘不能だったっけな。

正直、それまでに感じたことのない危機を感じた。

仲間が失われるかとも思った・・・

 

だが一番は、自分の無力さへの怒りか。

そして今、重要な事を思い出した・・・・

 

「そうだ。あの時に声が聞こえたんだ。まだ皆には言ってなかったかもしれない。」

「初耳だな。声って、誰のだ?」

ディルが言った。

 

「わからないんだ。ただその声と台詞は夢で聞いたことがある。あの力が発動した日の一週間前ぐらいに見た夢だったな。」

 

ジャック、ジェイリーズ、ディルは顔を見合わせた。

「おい本当かよ・・・その時も夢が関係してたのか。」

「それでその声は何と言ってた?」

ジャックとディルが立て続けに喋った。

 

「たしか・・・自分の判断にゆだね、全てを動かせ。そして覚醒しろ。みたいな感じだ。」

「いかにもな台詞ね。その夢で聞いた声が、あの力が発動した時にも聞こえたというわけね。」

「確かに頭の中で響いていた。その時から周りの事は何もわからなくなった。前にも言った通り、力を使っている時の記憶もない。ジャックから起こされるまでな。」

 

この他にも、これまでの出来事をちょっと思い返せばわからないことはいくつも出てくるものだ。

 

道具として使われて消されたゴルト・ストレッドの正体は・・・そもそも、ナイトフィスト側に関係する子供だったか?あるいは本当にグロリア側か?

それともどちらでもないのか・・・?

これは本人がいない今、なかなか確認できそうにない事だ。

 

だが確認できることもある。

それはサイレントが魔法関連の教材を贈ってくれた時の謎だ。

 

本とともに添えられた紙切れのメッセージの内容には引っかかる点が一つあった。

メッセージを読めば、サイレントは『魔術ワード集』をマックスが持っていたことを知ってるようだったが、それは一体いつどこで知ることが出来た・・・?

 

これは今度サイレントに会った時に聞くといい。

そして自分の正体不明の魔法についても、隠し事は無しで伝えるべきだろう。

 

あとは、わりと最近になって起こった三人の警官の事件は大きな謎だ。

 

セントロールスにて、ゴルト殺人の調査を行っていた警察官の一人が死亡。更に二人が何者かの攻撃を受けて怪我を負い、その後行方不明となる。

そしてこの三人とも、その場にいた他の警官や警察署の人間から全く知られていない、身元不明の人間だったという。

なんともおかしな事件だ・・・・

 

そして極めつけは、何と言っても魔光力源関連の謎だ。

 

第一魔光力源がセントロールスの地下にあるという事実はもちろん、学校の本や図書室にヒントを残した人物とその意図。

 

あとは魔光力源とレイヴカッシュなる発明家の関係性と、フィニート・レイヴカッシュという呪文の出所。

 

まだまだ謎は多いということだ・・・

 

マックス達の会話はその後も続いた。

そして一区切りが付いた後の事だった・・・・

 

とりあえず、久々に魔法の学習をすることに決めて、各自本を読んでいるところだ。

こうして彼らが大人しく本を読むという光景も、今や様になっていた。

 

マックスが『魔法全史』を読んでいると、彼の座るソファーの近くにジェイリーズが歩いてくるのがわかった。

 

「ああ、これを貸してほしいのか?」

マックスは自然にそう言って、読んでいた本を差し出した。

 

「いいや、そういうことじゃないわ。」

ジェイリーズの反応を見てマックスは首をかしげた。

 

「どうかしたのか?」

「別に何もないわ。ただ、元のマックスに戻って、チームもまた復活して良かったなぁ・・・なんてこと思ってね。」

 

その言葉を聞いて、マックスは彼女の今の心境を察したのだった。

彼女もまた、自分達と同じアウトサイダー仲間なのだから、このチームがどれだけ自身の支えになっていたかなど、今さら考えるまでもないことだ。

 

「ああ、なるほどなぁ・・・俺も、今日動いてみて良かったと思ってるよ。ジャックのおかげだ。」

「ジャックのおかげ?」

ジェイリーズが言った。

 

「そうさ。ジャックが家に来て俺を突き動かしてくれたんだ。だから俺は今日、立ち直ることができた。あいつはつくづくすごい奴だと思うよ。あいつはサブリーダーに決まりだ。むしろリーダーでいいと思うけど。」

 

「そうだったのね。ジャックというと、このチームができて最初の頃は、彼はいつもクールで言葉が少ないから感情が薄くて冷たい人だと思っていたわ。」

ジェイリーズは、窓際の椅子に腰かけて本を読んでいるジャックの後ろ姿を見ながら言った。

 

「でも今ではわかるわ。彼がチームの中で、一番感情が豊かで仲間思いの良い人だってね。きっと誰よりあなたの事を大切に思ってるわよ。」

「自分で言うのも何だが、かもな。」

マックスは小声で言った。

 

「でも、やっぱりリーダーはマックスじゃないとしっくりこないわ。」

「皆同じ事を言うんだな。」

「同じ思いなんでしょうね。」

「だったら、期待に応えないとな。」

 

すると、ジェイリーズとマックスが話している光景に気づいたジャックがやって来るのがわかった。

 

「お二人さんとも、良い雰囲気でなによりだな。」

「何?やきもちかしら?」

ジェイリーズは、にやけながらジャックに言った。

「いや、ただ素直に嬉しく思っただけで・・・マックスだって、またこうして今まで通りの感じで話してたからさ。」

「何をむきになってるんだ?」

マックスが普通に質問した。

 

「いや、むきにはなってないさ。」

 

するとジェイリーズがマックスの元を離れながら言った。

「せっかくチームが復活したんだし、一番仲良しのあなた達でたっぷりお話を楽しむといいわ。」

 

それからマックスとジャックは、何気なく同じソファーに座って言葉を交わすのだった。

 

「何だか、こういうのは久しぶりな気がするな。こうやって何気ない話をしてるのって。」

ジャックが唐突につぶやいたのだった。

 

「まぁな。最近余裕がなくなってたからだろうなぁ。気がつけば色んな事が起きて、どんどんグロリアと戦ってるという感覚が増してきたから、前みたいに楽しくのんびり会話するってのもなくなってた。」

マックスも、同じく落ち着いたテンションだ。

 

「今となって思うことがある。あの頃・・・魔法を使って時々夜中抜け出したり、イタズラしたり、暇な学校生活を何とか楽しくできないかと考えていた頃は、本当に平和だったんだなぁ・・・」

そのジャックの言葉は、まさにマックスも感じていた事だった。

 

そしてこの時、突然の携帯電話の着信音がこの場の静けさを破ったのだった。

 

「ん?皆そろってるのに・・・珍しくテイルからか?」

それはマックスの携帯電話の着信だった。

とにかくポケットから取り出して確認するなり、その名を再び見ることになるとは思ってもみなかった。

 

「レイチェルからだ・・・」

 

マックスは途端に、何かが起こる予感を感じたのだった。

 

そして同じ頃、ロンドンのとある場所で・・・・

 

 

遠くから車や人のざわめく音が聞こえるだけで、人の気配が全く無い場所に建つ二階建ての建物がある。

そしてその建物の玄関前に、今一人の人影が到着したところだった。

 

中の住人はすぐに気づいて扉を開いたようだ。

開かれた扉の中から顔を見せたのは、他でもないサイレントだった。

 

彼は目の前に立つ相手を見ると、迷いなく家へ招いたのだった。

 

「こうして会うのは久しいのぅ。」

その人物は老人のようだ。

 

「そうですね。わざわざお越しいただいて助かります、詩山(しざん)導師。」

サイレントがそう言うと、その老人はフードをとって顔を見せたのだった。

 

「詩山で結構。もうとっくに導師ではあるまい。」

その老人は日本人で、白髪と白ひげをたしなんでいた。

 

「いいや、私にとってはいつになっても導師ですから。」

「好きにするといい。それで、剣は?」

「ついて来てください。」

そして二人は歩きだした。

 

彼らは歩きながらも会話を続ける。

「それにしても変わっとるわなぁ。話には聞いておったが、ロンドンの辺境地で探偵をやっとるとは・・・それに、"騎士の拳"とやらに関してもなぁ。」

詩山という老人が言った。

 

「目覚めたということです。それにここは魔法使い専用。」

サイレントが言った。

 

「それも聞いておる。今の時代、魔法探偵業は世界各地に広がっておるらしいからのぅ。それもお前さんの影響か・・・」

「世間の情報をいち早く入手出来る効率のいい仕事ですよ。騎士の拳(ナイトフィスト)にとって重要な情報も。」

「そこにお前さんが求めている答えがあることを祈っとる。」

 

そして二人はとある扉の前で止まった。

「この部屋は長い間開けてない。あの時以来です・・・」

サイレントがスーツから鍵を取り出しながら言う。

 

「ならば、剣の使用は・・・」

「ええ、先日一度使っただけです。その時にうまく剣に魔力が届かなかった。」

サイレントは鍵を扉に差し込み回転した。

 

「魔導剣は術者と親密な関係になればなるほど強くなる。お前さんが剣を手放してから14年じゃ。剣の力が衰えてもおかしくはない。とりあえず見てみるとするかな・・・」

そして詩山はサイレントに連れられて、その開かれた扉の奥に入るのだった・・・・

 

 

 

 



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新章-第五幕 connect

静寂という静寂・・・・

 

自分以外誰もいない。そして自分は今、何をやっているわけでもない。

 

ただ、ここで待つよう言われて待っているだけ・・・

 

だからとりあえず今出来る事をしようと、何となく頭の表面に思い浮かぶ考えに触れて整理しようとしている所だ。

 

だが、なかなか考え事に集中することが出来ない・・・

 

本当に静かな状況というのは、微かな音があちこちから聞こえてきて逆に耳障りになるものだ。

壁に掛かった時計の針が一定リズムで音を放ち、その針の音がする瞬間だけ、耳に覆い被さるかのような真空音が途切れる。

 

この、時計の針と空間の音が交互に自分の思考を邪魔するのだ。

 

だからこんな静寂は昔から好きじゃない。

こんな空間に一人でたたずんでいると、また嫌な記憶と複雑な感情がわいて出てくるだけだから・・・

 

暗い部屋の電気をつける気にもならず、窓からの光だけが部屋の角を少し明るくする。

そしてその明かりに照らされる壁に掛かった鏡の前に歩いた。

 

鏡に写る自分の姿・・・黒い薔薇の花飾りの装飾が施された全身黒のワンピースに身を包む自分・・・・

 

これが本当の自分の姿なのか?

それとも学校の制服を着ている時か・・・?

それも今でははっきりわからなくなってしまった。

 

わからなくなってきたのはずっと抱き続けてきた思いもだ。

 

これは全て、学校で彼らに出会ってしまったせいなのだろう・・・・

 

 

「待ったか?」

 

突然の彼の声が静寂を破った。

 

「バスク・・・」

 

暗がりからバスク・オーメットが歩いて来るのがわかった。

 

「会議が長引いてな。だが準備は整ったぞ。」

彼は鏡の前にたたずむ少女、レイチェルのそばに近づいた。

 

「さぁ、また君の出番だ。マックス・レボットを使う時がきた。私達の長年の計画を完了させようじゃないか。」

 

「うん、もちろん・・・」

そしてレイチェルは携帯電話を取り出した。

 

「まず君がうまく彼をおびき寄せる。それからは私の仕事だ。」

バスクが言った。

 

レイチェルはゆっくりと携帯電話のボタンを押す・・・

 

そして最後に通話ボタンに指を置いた。

ここで、心に何かしらの戸惑いがあらわれたのだった。

 

しかしバスクが見ているところで変な戸惑いを見せるわけにはいかない。

彼女はすぐに感情を無視してボタンを押した。

 

電話の呼び出し音が、静かな部屋に広まる・・・

 

「あとは・・・私の読みが正しければ、サイレント・・・あの男の過去を知れば、事は大きく進む。」

 

レイチェルの電話の呼び出し音はなかなか止まらない。

「警戒するのは無理ないな。待つんだ。」

彼らはそのまま相手の反応を待った。

 

そしてその呼び出し先では今・・・・

 

 

「マックス、わかっているだろうが絶対何かの企みだ。」

前に座っていたディルが立ち上がって言った。

 

「もちろん。当たり前だ。」

マックスは携帯電話を片手に言った。

電話からは、レイチェルからの着信音が発せられている。

 

「でもこれは現状を動かすチャンスでもある。敵が動いたということは、俺達に何かを求めているということだろう。」

マックスの隣に座るジャックが言う。

 

「かもな・・・」

そして携帯電話の通話ボタンに指を置いた。

「まずは話を聞いてみよう。それから内容にそった計画を考えようじゃないか。」

彼は通話ボタンを押して、ゆっくりと電話を耳に近づけた。

 

「俺だ。今さら何の用だ。」

マックスは力強く言った。

 

すると、久々のあの声が返ってきた。

「久しぶりに話すわね。そっちの調子はどう?」

その声を久々に聞いた瞬間、二人で仲良く過ごした少ない日々の記憶がフラッシュバックした。

 

「無駄話をしてる暇はないと言ったところだ。だから早く用件を言ってもらおうか。」

彼は感情を無視し、あくまで冷たく対応する。

 

「そうね。まぁこっちも暇ではないし・・・それに、これからあなた達に良くない事が起こるってことも伝える必要があるしね。」

レイチェルも同じ調子で喋った。

 

「何だと?はっきり言え。」

「そう焦らない。良くない事を阻止する方法を教えるためにも電話したんだから。」

彼女は続けた。

 

「今からセントロールス旧校舎六階に、あなた一人で来てもらうわ。無視したり仲間を連れてきた場合は、良くない事になるとだけ言っておくわ。」

 

「なぜはっきり言わない。」

「気になるならば約束を破ればわかるわよ。別にあたしはかまわない。」

 

マックスは次に言う言葉を考えた。

 

「なるほど・・・それで、俺一人を呼んで何をする気か?」

「ちょっと手助けをしてほしいだけよ。あたし達の大きな計画を成し遂げるための。」

「お前達の計画に加勢しろと・・・そんなことを頼むためにわざわざ電話をなぁ。」

「決めるのはあなたの自由。ただ、あなたの判断次第で仲間の未来が決まるから、賢い選択をすることね。とにかく、全ては来てくれたらわかるわ。それじゃあ、待ってるから・・・」

 

そして電話は切れたのだった。

 

マックスはゆっくりと携帯電話の画面を閉じて、皆の方を向いた。

「指定した場所に来いという話だった。」

 

「前にもこういう事あったわね。そしてデイヴィック達が襲われた。」

ジェイリーズが言った。

 

「そうだ。レイチェルはまた同じような手で、今度はお前を誘きだして何かやらかすのはわかっている。絶対に乗るんじゃないな。」

「ああ、俺も同じくだ。」

ジャック、ディルが順番に言った。

 

「でも、そうすると危険な事が起こると言ってきた。何をするつもりかわからないけど、約束を破れば良くない事が起こるってな・・・」

マックスは続けた。

「また前回みたいにグロリアの仲間が待ち伏せしている可能性は大だ。バスク・オーメットが絡んでいることも十分考えられる。そうなったら俺達ががんばって攻撃的な手に出ても太刀打ち出来ない。」

 

「それは認めざるを得ないな。自分達より確かに魔法を学んでいるデイヴィック達でもグロリアの大人には敵わなかったんだから・・・・」

ジャックがそう言った時、ディルが口を開いたのだった。

 

「こんなときにサイレントとかに知らせることができれば、何とかなるかもしれないんだけどなぁ。」

 

「そうだな。それができれば・・・いや、できるかもしれないな。」

マックスはある事に気がついた。

「両面鏡だ・・・」

 

「現代魔法使いの主な連絡手段か。サイレントからもらった教材で読んだ。」

ジャックが言った。

 

「それだよ。別の人間が持つ両面鏡に写る光景が自分の鏡にも写し出され、そして音も聞き取ることができる・・・・これに似た物が俺達の近くにも無いか?」

マックスがそう言った時、皆がすぐに察した。

 

「そうか、それだ!」

ジャックが真っ先にテーブルの上を指差して言った。

 

それは、この地下隠れ家に元からあった鏡のことだ。

マックス達はセントロールスを監視するためにこれを使っていた。

 

この鏡の機能は、ボーラーの視界に入る光景を鏡面に写し出し、更にその場所の音も拾う。

つまり両面鏡と同じようなものだ。

 

「もしこれが普通の両面鏡としての機能も備わっているなら、サイレントやデイヴィック達と連絡がとれる。もっと早く気づくべきだった。」

 

四人はテーブルの周りに近寄った。

「とりあえずサイレントと話せるか試そう。彼が自分の鏡を持ってないってことはないだろう。」

 

 

 

一方、その頃・・・・

 

ロンドン辺境の地にて、丘の上に構える砦のような巨大な城の周辺がざわつき始めていた。

 

城の正門から、子供達がどんどん出て来ては丘を下り、平地に並んだ六台のバスの元へと歩いていく。

 

そんな子供達に紛れるようにして、デイヴィックとリザラも門から出てきたのだった。

 

「今年の夏休みは特別なものになりそうだな。」

「なるわ。もう去年までのあたし達とは違うからね。」

二人も他の生徒達同様、丘の下へと伸びる舗装された道の上を歩いていく。

 

「この休暇期間、授業を気にすることなく堂々と動ける今こそナイトフィストと連携して活動する時だ。」

デイヴィックが言った。

 

「そうだ、マックスのチームはどうしてるかな?あんたからマックスの調子が悪いって話聞いて一週間は過ぎたと思うけど、もしチームの活動が再開してるなら彼らとも連携して動きたいとは思わない?」

リザラが言った。

 

「もちろん、思ってるさ。俺達はあいつらに借りがある。だからあいつらの信じたナイトフィストの為にも出来るだけ力を貸したいところだ。だけど今のあいつらの状況がわかんないからなぁ・・・・」

 

デイヴィックは、マックスが立ち直り彼のチームも活動を再開したことはまだ知らない。

故にグロリアの事を気にする一方では、同時にマックス達の事も気にしているのだった。

 

「まぁここで考えてもどうにもならないな。またマックス達の隠れ家に行ってみると会えるかもしれない。それよりまず一番気にすべきはオーメットが今何を考えているかだ。現状、ナイトフィストとグロリアのどちらが先に魔光力源に近づけるのかが重要なポイントになってる上で、あいつは一番魔光力源に近づいてる人物なんじゃないかと思う。何か恐ろしいことを企んでる気がするんだよな・・・」

彼は言った。

 

「魔光力源が何をもたらすのかも知っている可能性は高いし、残念だけどグロリアが今は有利な立場になってるって感じなのかな?」

リザラが言った。

 

二人が話しながら歩いてる先を見ると、生徒を乗せたバスが一台、また一台と発進しだしたのがわかった。

 

それら全ての車体に描かれた校章と思われるシンボルマーク以外、ただのレトロなバスと言った感じの外見だ。

だが徐々にスピードを上げていくと、ついには前輪からゆっくりと地面を離れ、大きなバスの車体は空に向かって飛んでいくのだった。

 

しかしデイヴィックとリザラは、残りのバスの待つ広場までは行かず途中で立ち止まった。

 

「早速連絡だ。話が早いな。」

デイヴィックはポケットから丸い手鏡を取り出した。

ふたを開け、そこに写る人物に話しかける。

 

「ザッカスか。今、学校を出た所だったんだ。」

「だろうと思った。そして君らは早速私達の活動に参加したがるだろうとも思っていた。」

「大正解さ。」

 

話す相手はナイトフィストのザッカスのようだ。

 

「都合がよければ今からでも作戦会議できるが、どうかな?」

彼の言葉の後、デイヴィックはリザラを見た。

そしてうなずく彼女を確認するなり、すぐに鏡に目を移した。

 

「俺達はOKだ。あとの二人には今から聞いてみる。」

するとリザラが口を開いた。

「あたしが聞いてみる。」

そしてバッグから、ひし形の装飾が施された手鏡を取り出したのだった。

 

鏡に向かって手短に話を済ませると、再び彼女はデイヴィックに向き直った。

「全員OK。」

「決まりだ。」

 

それからすぐに、二人はその場で姿をくらましたのだった。

 

その後は生徒達が次々とバスに乗り込み、六台のバスが飛び立ってバラバラの方向へ消えていった。

 

人が城の敷地内から消えると、大きな校門が勝手に閉まり、静まり返った辺りに重い鉄の音が響き渡った。

すると直後、地面からツタのようなものが何本も現れ、門に絡み付くようにしてどんどん伸びていった。

 

ツタは巨大な門全体を張り巡らすと、最後に石化して門を堅く閉ざしたのだった。

 

魔法学校、WMCの夏休みが始まったのだ。

 

 

 

そして今のこちらの状況はというと・・・・

 

「それにしても考えたな。この鏡を使って連絡しようとは。そろそろ両面鏡について話そうと思っていたんだ。」

サイレントがテーブルの上に置かれた鏡を持って言った。

 

「両面鏡の事は本で読んでいたから、もしかしてと思ったんだ。」

マックスが言った。

 

どうやら予想した通り、ここ地下隠れ家にあったあの鏡は両面鏡としての機能が備わっていたようだ。

そして鏡でサイレントと連絡を取った後、彼はここへ訪れていた。

 

「まぁ、その考えに至ったのはディルのお陰でもある。」

マックスはサイレントにそう言ったが、ディルはよくわかっていない感じだった。

 

「俺が何したって?」

「こんなときに知らせることができたらなぁって言ったのはお前だろ。」

「ああ・・・そうだったかな。」

 

するとサイレントが話しだした。

「いずれにしても、君達は確実に成長しているのは言うまでもないようだ。マグル界で育ったというのに、立派なものだよ君達は。」

 

「ありがたい言葉だ。でもさっき言った通り、俺達だけでは心細い問題と直面した。だからどうか力を貸してほしい。」

マックスはサイレントに向き直り、率直に本題に入る。

 

「もちろんだとも。君達が本気で助けを欲しているならば、力を貸すのが我々大人の役目だ。」

 

「その言葉だけでも安心するぜ。」

ディルが言った。

 

「ではその期待を裏切らないような働きをしないとなぁ。早速作戦を説明しよう。」

彼は続けた。

 

「大まかな話しはさっき鏡で聞いて理解している。まず一番注意すべきは相手の人数だ。君たちも予想している通り、これにはバスク・オーメットが絡んでいるのはほぼ間違いないだろう。そうなると、あいつは入念な奴だ。今回も手下を用意しているかもしれん。」

 

「そこまでは俺達も同じことを考えている。」

ジャックが言った。

 

「そこで、私にアイデアがある。」

すると、サイレントはスーツの裏から楕円形の手鏡を取り出して、マックスに差し出した。

 

「私の鏡だ。これを君に持って行ってもらう。」

「どういうことだ?」

マックスはサイレントの両面鏡を受け取りながら言った。

 

「電話で君一人で来ることを指定したのなら、仲間の存在を絶対に悟られてはいけない。私の存在は尚更だ。その為に一番良い方法は、当たり前に君一人で登場することだ。だが例え君が空間転移の部屋の先に行ったとしても、私がそこの光景を認識できれば姿現しで助けに行けるだろ。」

 

これを聞いて、マックスはピンときた。

しかし彼より先にジャックが口を開いたのだった。

「なるほど。両面鏡に風景を写せばいいのか。」

 

「いい推理だ。両面鏡の特性は、相手の鏡に写る光景が自分の鏡でも見れるというものだ。ならば助けが必要な時、鏡に周囲を写せば鏡面越しに私も状況を確認することができる。その場所に姿を現すことができるという意味だ。」

そしてマックスを見て続けた。

 

「君には少々心細いかもしれないが、念のためだ。下手に複数で動くのは避けた方がいいだろう。私はここに残ってこの鏡の前で待機しておく。助けが必要な時はその鏡とこの鏡の鏡面をリンクさせた状態で、密かに周りを写してくれ。場所の光景が把握できれば姿現しを使ってすぐに参上する。だがこの隠れ家みたいに姿現し防止魔法がかけられている場合がある。その時は私が判断してポートキーによる移動を行うから心配無用だ。」

 

「了解した。自分の役目に集中する。」

マックスはサイレントの手鏡をポケットにしまった。

 

「それからジャック、ディル、ジェイリーズには、それぞれ別の場所で遠くからマックスのサポートを頼む。固まって動かないことが重要だ。だから一人一人がしっかり周囲を警戒して動くこと。いいな。」

 

サイレントからの説明が終わると、彼らは早速作戦を実行に移したのだった。

 

サイレントは地下隠れ家に残り、マックス達三人がセントロールスへ向かう。

その際には、魔法の訓練のためにもポートキーを使っての移動を行った。

 

その結果、瞬時に校内の物置部屋に現れることに成功した。

ここまでは実にスムーズな流れだった。

 

ここからが重要だ。

 

物置から出る時には姿を消して、三人ともバラバラの方向に散って行った。

 

マックスは校内を見回る警備員に見つからないよう注意を払いながらも、目くらまし呪文の効果を切らさないよう集中し続ける。

 

そうして今日、再びあの場所を訪れる時がきた。

 

マックスは今、旧校舎六階の最後の廊下の上に立った。

目的地は目線の先に見えている。

背後にはマグル避け呪文を張り、もう目くらまし呪文を解いて姿を現している。

 

ここから先に歩く足取りが徐々に重くなっていく・・・

 

まるで体が何らかの危険を察知しているかのようだ・・・

 

一歩一歩、廊下の突き当たりが確実に近づく。

次第にあの日の記憶も脳の表面に浮き出てくるのだった。

 

相手は今回何を考えているのか・・・俺を仲間に取り込むというのか・・・

俺がそれに従うなどという安易な考えを、今更になってするはずはないと思うが・・・・

 

マックスは突き当たりに近づきながら考えを巡らせる。

 

しかし今回あきらかに違うのは、サイレントのサポートがついているという所だ。

 

何か起きたら、その時は彼に任せることで最悪の事態は防げるだろう・・・・

 

緊張感が高まるのを感じながら神経を尖らせる。

そしていよいよ、あの時と同じ扉が目の前にやって来た。

 

あるはずのない扉が部屋の入り口を仕切っている・・・それは、今回も空間転移の魔法が仕掛けられているという事を意味している。

 

マックスは扉の前で立ち止まった。

「またあそこに行かせるのか・・・」

 

ヒビの入った壁やさびついた廊下には相応しくない扉に近寄り、そっとドアノブに手を触れた。

金属の冷たい感触が、一層緊張感を高める。

 

そのままガチャリとひねり、一息つくと思いきりドアを押し開けて中へ足を踏み入れた。

 

「何だ?どうなってる・・・」

その瞬間、マックスは訳がわからなくなった。

 

扉をくぐった先にあった光景は、まさかの外だった。

辺りを見渡しても学校はどこにも見えない。しかしここが見馴れた場所であることがマックスにはすぐにわかった。

 

目の前の道を挟み、すぐそこに見えるのはなんとあの地下隠れ家がある廃公園だったのだ。

 

彼が扉から離れると、扉はスーッと消えて無くなり、扉があった所はただの家の壁になっていた。

 

見馴れた狭い路地、そして見馴れたフェンス・・・

 

とりあえず彼は公園の入り口まで歩き始めた。

 

「出発地点に戻されるだと・・・いったい何が起こったんだ?」

 

「何もおかしくないわよ。」

その声は彼の言葉に答えるように近くから聞こえたのだった。

 

マックスははっとして、公園の中へ走った。

そして確かに、彼女がベンチに腰かけている姿が目に入った。

 

「あたしがここへ連れてきたのよ。」

「レイチェルか・・・」

 

それは、マックスが見たことのない黒のワンピースに身を包むレイチェルだった。

 

「本当はここに連れてくる予定じゃなかったけど・・・急きょ思いついたのがここだったから。」

彼女はマックスの顔をはっきり見ることなく、座ったまま喋った。

 

マックスはレイチェルの方へ歩く。

「それで、用件は何だ?」

感情がわずかに揺さぶられるのを感じ始めたが、とにかく無視して近づく。

 

「あなたを人質にすること。」

彼女は視線をそのままにして続ける。

「そしてナイトフィストをコントロールしようというのがバスクの考えよ。」

 

「なるほど。でもここで俺を人質にしてどうするんだ?ここはナイトフィストのテリトリーだぞ。」

ある程度の距離をとり、マックスは立ち止まった。

 

「あたしがその計画をやる気が無くなったからよ。」

彼女の言葉にマックスは訳がわからなくなった。

 

「何だって?じゃあ一体何がしたくて・・・」

「わからないのよ!あたしはどうしたらいいか・・・」

彼女はマックスが話し終わる前に言った。

 

「どうしたらいいかなんて、明確じゃないか。」

「あなたは明確にわかる?これから何をやっていくべきか、何をしたいか?」

彼女は立ち上がって、今日会って初めてマックスの方を見ながらそう言った。

そしてマックスは唐突の質問に、何らかの意図があるのではないかと考えながらも質問の答えも考えた。

 

「今更言うまでもないことだ。俺はサイレントと出会ってからやるべき事がはっきりした。そしてやりたいこともな。俺はナイトフィストとして、同じ過去を持つ仲間と一緒にグロリアと戦うだけだ。そう決めている。」

 

彼は自分の言葉に力を込めて、レイチェルを一直線に見て言った。

しかしこれが本当にずっと決めていた事なのか、それとも今決めたことなのか、それははっきりとはわからないが・・・・

 

「へぇ・・・それがあなたにとっての生きる意味・・・というのね。」

「さっきから何が言いたいんだ。」

マックスは力強く言う。

 

「あたしは自分が本当にやるべき事も、やりたい事もよくわからなくなってきた。」

そう言うと、彼女はややうつ向いた。

 

「言った通り明確なはずだ。お前は14年前、グロリアだった親をナイトフィストとの戦いで失った。だからその復讐と、親代わりのバスク・オーメットと協力して親の計画を実行する。今までそうしてきたはずだろ?」

「確かにそうね。でもそれは人から与えられた役目・・・」

「では自分の意思ではないとでも言うのか?」

「そうだと思って任務を真っ当してきたわ。でも今、わからなくなってきた。あなた達と接するようになってから・・・特に、あなたと親しくなってからは・・・・」

 

彼女はどんどんと元気が無くなってくるように感じた。

だがマックスは気を抜かない。

 

「俺達と接触し、親しくなる。それはバスクからの重要な任務だった。それで何が変わったって言うんだ?ずっと俺達を騙して黒幕の被害者を演じていたじゃないか。」

その頃の記憶がマックスの脳裏を走った。

 

「もちろん最初は任務のためだった。全ては計画を成し遂げるために・・・・でも、他に誰もいない今だから正直に言える。あなた達と接してから、それまでずっと死んでいた感情が戻って来るのを確かに感じた。」

 

マックスは彼女の話を黙って聞いた。

 

「自分と似た者がこんなにいて、でも自分とは違って仲間と楽しく、仲良く接して頑張っていた。あたしは・・・本当はこんな仲間が欲しかっただけなんじゃないかって思えてきた・・・」

 

マックスは少しの間黙り、そして静かに口を開く。

 

「それは・・・演技なのか・・・・また騙しているのか・・・・?」

それは切実なる質問だった。

 

「いいや。と言っても、もう信じられるわけないのはわかってる。ただ、一度本当の気持ちを聞いてもらいたかっただけよ・・・・」

 

マックスは、そう言うレイチェルの表情から辛さを押し隠しているのが伝わるような気がしたのだった。

なぜなら、その感覚を自分も知っているからだ。

 

だが、仲間だと思っていた矢先に裏切られた時の記憶が純粋な思考の邪魔をする。

 

また繰り返そうとしているのか・・・また信じた者にまんまと裏切られるのか・・・・

 

もう二度とそんな事を繰り返したくはない。しかし、今目の前の彼女がまた騙しているとはっきり決めつけることが出来ない。

これが自分の弱さなのか・・・まだまだ判断が甘いと言うことなのか・・・・

 

その時だった。

ふと、自分達がエレナ・クラインを仲間に迎え入れた時の事を思い出した。

 

あの時、エレナはセントロールスの廊下に一人で座りこんでいた。

自分はあの時、彼女の言うことを全く信じなかった。

だがジャックは違った。

 

あの時ジャックが彼女を信じてやらなければどうなっていただろうか・・・・

 

あの時、ジャックは迷い無く彼女の話を信じてやった。

そしてジャックが俺に言ったことは・・・

 

「目を見ればわかる。」

 

マックスは改めてレイチェルの瞳をしっかりと見た。

そして余計な考えを取り払い、自分の感覚に頼った。

 

「相変わらず鋭い目つき・・・あたしの事が、さぞかし憎いでしょう・・・」

 

マックスの視線に彼女は再び目線を背けた。

そんなレイチェルに、マックスは近寄りながら言った。

 

「今度は俺の番だ。」

「・・・えっ?」

「今度は俺が本心を語る番だと言ってるんだ。これを聞いてどうするかは自由だ。」

そしてマックスは、彼女が座っていたベンチに腰掛けた。

 

「今は、君を信じる信じないは考えないことにした。ただ、今から話すことは俺の正直な気持ちだ。」

 

これから彼の、そして彼女の本音が繋がる・・・・

 

 

 

 

 

 



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新章-第六幕 二人

寂れた公園に二人・・・・

 

まだ警戒心は解いてはいけない。

しかし自身の心ににそう言い聞かせながらも、同時に懐かしさと何だかよくわからない感情も若干感じていることは、正直なところ認めざるを得ない。

 

それは二人ともがそうであった。

 

マックスはベンチの片隅に腰を落としている。

そのすぐ隣にはレイチェルが静かに立っている。

 

「お前をチームの新しい仲間にしたとき、俺は正直少し不安だった。それは、お前が仲間になったことで今までのチームらしさが崩れないだろうかという事と、俺のチームにうまく馴染めるだろうかという二点だ。」

 

レイチェルはまだそのまま立って聞く。

 

「でもそんな不安感はすぐに消し飛んだ。話を聞き、一緒にいる時が増えるほど、いろんな点で君は俺達とかなり似ているんだとわかった。そして俺は、君にこの上ない親密感も感じだした。これは・・・今まで生きてきて初めての感覚だったかもしれない・・・」

 

マックスは少し前の過去を振り返りながら話しているうちに、先程からの警戒心がどんどんと解けていくのを感じた。

 

「今正直に言う。俺はジャック達への友情とは別に、初めて人に特別な感情を抱いたんだ。それが君だった。だからだ・・・だから、そんな君が宿敵だったとわかった瞬間、俺はたまらなく絶望した・・・・」

 

この時に、レイチェルが何か言いたそうな表情を浮かべてマックスを見下ろした。

だが彼の視線はレイチェルを向かず、そのまま話を続ける。

 

「これは俺の勝手な想像かもしれないけど、過去が原因で君がどんな思いを抱いて、どんな気持ちで今まで生きてきたのかが俺にはよくわかった。少なくともわかったつもりだった。だって俺もほぼ同じような過去を生きていたんだからなぁ・・・」

 

レイチェルは同じ表情でマックスを見つめ続けた。

 

「改めて冷静に思い返してみれば・・・ああ、確かに色んな場面で辛い思いを味わったかなぁ。何せ、周りの人間のほとんどが俺とは違う生活をしているのが嫌でも見えるからなぁ。人には大勢の仲間がいて、同じ感覚を共有できる場所があって、元気で、そして何より・・・平和そうに見えるんだ・・・」

 

マックスは今まで心の深い部分にしまっていた全ての感情を引き出した。

 

「良いことなんて何もなかった。考えたこともなかったな。そうすると辛いことしかないさ。だから、自分の居場所を確保するためにも自分を正当化する必要があったんだろうなぁ。俺は自分以外を全て否定的に考えるようになったんだ。だがやがてジャックと出会い、高校で更に似た者同士を見つけると少しは心が落ち着いた。わずかながら仲間ができ、同じものを共有できる場所が手に入ったからだ。」

 

彼がそう言った直後、レイチェルが急いで口を開いた。

「あたしもあなた達と関わるまでは全く一緒だった。あたしには14年前から親の代わりに育ててくれたバスクしか仲間はいなかったから、彼の考え、彼の言うことが全てだった・・・」

 

彼女もマックスの隣に座り、話しを続ける。

 

「あたしには何もなかったわ。だから唯一の仲間のバスクが言うことを信じ、バスクが与える役割を真っ当することがあたしの全てだった。」

 

「ナイトフィストをさぞかし憎んだことだろう・・・無理もない。」

マックスが静かに言った。

 

「今でも、過去を考えるとナイトフィストさえいなければって思うわ。でも、それはあなたからしてみれば逆なのよね・・・」

レイチェルも静かに言う。

 

「だな。結局同じなんだよ。ただ違うのは一つだけだ。」

「立場が逆なだけ・・・それだけの違いで敵対しなければいけない。だから・・・」

 

「そこで言いたい事がある。」

今度はマックスが急に口を挟む。

「話の続きにもなるが、俺は仲間を得て、一緒に話したり行動したりするうちにどんどん前の自分とは変わってくるのを確かに感じた。それが仲間の力だ。仲間がいて、自分の生活に良い影響を与えてくれる・・・これがどれだけ自分の助けになるか、今の君にはわかるはずだ。」

 

レイチェルはマックスを向いて静かに聞いた。

 

「だからとは言わないが、これはあくまで俺の勝手な願いだと思ってもかまわない。だが正直な気持ちを言う。レイチェル、もう終わりにしないか?そしてまた戻ってきて欲しい・・・」

マックスは言葉に強い願いを込めて言ったのだった。

それは初めて人にする真剣な告白でもあった。

 

レイチェルは目を閉じて、何かを考えているような様子で黙っていた。

 

「君の本心は何だ?君がここで喋ったことは嘘だとは思えない。ならば、今君がいる道を進んでも良いことなんか何も無いぞ!」

 

すると彼女は目を閉じたまま、囁くような小声で言った。

「もう戻れないわよ。ここまできて・・・それにバスクを裏切ったりなんかしたら・・・今度こそ本当に居場所が無くなる。もう後には戻れないのよ・・・」

 

この時、マックスは彼女が今まで抱き続けてきた心理を察したのだった。

 

レイチェルは恐れている。

彼女は自分の身を取り巻く全てを恐れてきた。だから導いてくれる強い誰かを必要とした。指示を出してくれる強い誰かを必要とした。自分の居場所を守れる強い力を必要としたのだ。

故に、今まで本当に自分のやりたい事を考えて動いた事が無いのだろう。そんなこと、考える余裕も無かっただろう・・・・

 

そうだ。やはり以前の俺と同じだ。

 

しかし今の彼女は昔とは違うはず。俺達チームに関わったことで彼女の死んでいた心が息を吹き返したに違いない。

だから自分自身の気持ちと葛藤しているんだ・・・・

 

マックスはこれから自分がするべきであろう事を考え、そしてちゃんと素直な気持ちをふまえて言葉を選んだ。

 

「俺は許す。」

「・・・え?」

レイチェルはポカンとした表情で言った。

 

「君はオーメットを裏切りたくなかった。だから指示に従って俺達をスパイしたんだ。お俺達を騙している間、本心では辛かったのだろう。君は悪人には見えない。君も犠牲者なんだ。14年前の惨劇のせいで悪人に仕立てあげられてしまった犠牲者だ。だから、俺は君を許す。」

 

マックスはレイチェルを一直線に見て力強く言う。

 

「そして君を悪人のままにはしておかない。誰が何と言おうと、俺は君を見放さない。」

 

彼女は何も言わず、自然と涙した。

 

「だからもう終わりにしよう。悲しい過去に囚われるな。これからの幸せを考えよう。今の君には仲間になってくれる人間がいる。俺と、俺のチームの皆。それに今やナイトフィストの味方になったデイヴィック達もいるじゃないか。」

 

マックスはレイチェルの小さな肩に手を当てた。

「もう怖いものはない。俺達仲間が力を合わせて君を守る。君の居場所も。だからもう一度聞く・・・戻って来ないか?」

 

するとレイチェルは、手で涙を拭きながら口を開いた。

「・・・ありがとう。本当に嬉しい。こんな気持ちは初めてだから・・・ちょっと待って・・・・」

 

彼女は涙が止まらなくなり、声をつまらせるのだった。

 

少し息を整えると、彼女は続ける。

「あなたの本心はよくわかった・・・だけど・・・あたしはあなたが考えてるほど心が綺麗な人じゃない。」

 

「いや違うな。君は自分の過去のせいで、そして君の周りの人間のせいでそう思えているだけだ。本来は純粋で優しい人間なんだよ!」

 

今なら言える。レイチェルは本当は純粋な心の持ち主なんだと。だから迷い、辛さを感じる。決して根っからの悪人なんかじゃない。

全てはオーメットの・・・いや、グロリアのせいなのだ!!

 

マックスは強く心に言い聞かせたのだった。

 

 

 

二人が廃公園のベンチに腰を落とす光景が続いている最中、新たな行動を起こそうと考える者がいるのだった。

 

「まだ来ないか・・・予定通りならばそろそろ連れてきても良い頃だ。」

 

薄暗く広い部屋に、重低音な男の声が響いた。

 

縦長の部屋の片側だけ、派手な四角い縁取りのガラス窓がずらりと並び、それらから日の光が斜めに差し込み床を照らす。

 

反対側の壁には大小様々の絵画が複数枚、壁の一番端まで貼り付いている。

しかし絵が飾られた位置には光は当たらず、どんな絵なのかはっきりとはわからない。

 

そしてそんな細長い部屋の床に並んだいくつかの長テーブルの先、部屋の一番奥にバスク・オーメットは立っているのだった。

 

「この所、彼女の様子がおかしかったが・・・まさか・・・今になって情が変わったとでも・・・・」

 

すると彼はスーツの内側に手を入れて、ブロンズに煌めく手鏡を取り出した。

 

「私だ。ひとつ頼まれてくれんかな?」

彼は鏡で誰かと話し始めた。

 

「何でしょうかマスター?」

「セントロールス旧校舎六階にレイチェルとマックスの姿があるか確認してもらいたい。もしいなければ二人が行きそうな場所を徹底して捜索しろ。見つけ次第報告だ。」

「了解です。では直ちに部隊を整えます。」

「頼んだぞ。」

 

その言葉を最後に彼は鏡をテーブルに置いた。

 

「さて・・・もう、あっちの準備も始めていいか。」

 

バスク・オーメットは次のプランに移る・・・・

 

 

 

その頃、今日夏休みを迎えたデイヴィック達は、アカデミーのエレナとロザーナの二人と合流してロンドンに来ていた。

 

四人は通りを行き交う人目を気にしながら、とある路地裏に入り込み、更に奥へ進んだ。

 

「よし。ここまで来たら安心だな。マグルは入ってこれない。」

デイヴィックが歩きながら言った。

 

「密かにここに来るのももう何度目になるかな?」

後をついて来るエレナが言った。

 

「さぁなぁ。まぁ、ナイトフィストのこそこそ行動も馴染んできたってことで何よりじゃねえか。」

するとデイヴィックがその場から姿をくらました。

彼に続いて他の皆も瞬間に姿を消す。

 

直後、彼らが現れたのは暗くて狭い、埃っぽい屋内だった。

 

目の前に伸びる一直線の通路の先にはドアがあり、その奥の方からは歯車が噛み合って動く音が聞こえている。

 

「俺はこの秘密基地みたいな雰囲気が気に入った。」

デイヴィックが歩きだした。

 

そして彼がドアを開けた先、最初に目に入ったものは正面に構える裏返った巨大な時計の文字版と、その針を動かしている大きな装置だった。

 

見たところ誰もいない。

 

四人は時計塔裏隠れ家に入ると、すぐにリザラが言った。

「あたし達が早かったようだね。」

 

「だなぁ。あっちはまだ準備が整ってなかったのか?」

デイヴィックが椅子に腰掛けながら言った。

 

「じゃあザッカスが来るまでは俺達で考えられる事を考えておくか。」

 

皆が椅子に座り、落ち着いた所でデイヴィックが話を進めた。

 

「俺はずっと気になってるんだよ。あのセントロールスの警官殺人事件がなぁ。」

 

それは、ゴルト・ストレッドの死によって急きょ早まった夏休み開始から、そう日にちが経たずして起こったセントロールスでの第二の殺人事件の事だ。

 

争いに巻き込まれたであろう警官二人が行方不明で一人が転落死している。

更にはこの三人とも、同じ警察の人間から誰一人として顔を知られていないという不可解な事件・・・

これに関してはマックス達だけではなく、デイヴィックにも関心があったようだ。

 

「事件の詳細はマックス達に聞いてみないとわからないけど、少なくとも魔法使いが犯人だということは確かだ。俺はてっきりグロリアとナイトフィストの人間が戦った結果だとしか思っていなかったけど、今になってバスク・オーメット、そして奴と行動を共にしていたレイチェル・アリスタは犯人ではなさそうだとわかった。

そうなると犯人と動機がよくわからない。ただ、あの頃警官の格好をしてセントロールスをうろうろしていた人間はちょうど三人いるんだよなぁ・・・」

 

彼もマックスと同じく、犠牲になった三人が、警官の服装でセントロールスを監視していたザッカス、マルス、ライマンの三人と重ね合わせた。

 

そしてそんな時に、彼らは突然現れた。

目の前に、風圧で床のほこりを巻き上げながら二人の人物が姿を現したのだった。

 

デイヴィック、リザラ、エレナ、ロザーナは瞬間に二人の男に振り向いた。

 

「すまんな、ちょっと遅れた。三人で来るはずだったんだが、突然マルスが別の仕事でどうしても来れないと言うからなぁ。だから今日は俺とライマンで作戦会議だ。よろしくたのむ。」

「ああ。それはいいけどさ・・・その登場の仕方は毎回ちょっとびっくりするんだよなぁ。」

デイヴィックは思わず立ち上がり、そこに現れたザッカスとライマンに向かって言った。

 

「これからグロリアと戦う者がこの程度で驚いてもらっちゃ困るな。」

「て言うか、そもそも全ての隠れ家には姿現し防止魔法がかけられてるんじゃなかったのか?」

 

「そうだが、私達は特別というわけだ。」

ライマンが言った。

 

「俺達はサイレントと一緒に隠れ家の管理をしているから特別に出来るようになってる。さぁて、そんなことより、早速俺達が思い付いた考えがあるんだ。それについて話をしようじゃないか。」

ザッカスはそう言って、デイヴィック達と向かい合う椅子に腰かけた。

 

デイヴィック達も改めて椅子に座り、落ち着いた。

 

「これは君達が夏休み期間に入ったから出来る作戦だ。学校内に人がいなくなるのは、探りを入れるには好都合だからな。」

「探りだって?」

 

ザッカスは今回の作戦の説明を始めた。

「内容は単純だ。俺達が休校中の学校に乗り込んで、魔光力源やグロリア関連の事が記された書物がないか探索するんだよ。」

 

「それって、まさか禁書が収められた部屋へ入るってこと?」

リザラがいち早く反応した。

 

「その通りだ。当然、可能性があるのは禁書の棚ゾーンだろう。だからこそ誰もいない今忍び込むのが一番だ。」

「それはわかった。でも忍び込むって言ったって、まずどうやって閉めきられた校内に入ればいいんだよ。門の魔法のツタはどうやっても破れないし、姿現しはおろか、空から箒で近づこうとしても警報魔術に引っ掛かってしまうだろ?静かに忍び込むのは無理だ。」

 

ここでライマンが口を挟んだ。

「その方法がひとつだけあるのだよ。」

彼は説明を続けるのだった・・・

 

 

 

 

そしてその頃、この二人はまだ同じ場所にいる・・・

 

「・・・これからどうする気だ?」

マックスが唐突に言った。

 

「それは考えてなかった。だって、ここに来る事は急に決めたことだから・・・彼は不信に思ってるでしょうね・・・・」

レイチェルは落ち着きを取り戻し、ボーッと地面を見つめたまま言った。

その瞳にはもう涙のあとは無く、虚ろな目をしている。

 

「それに・・・正直、バスクを裏切るのは心苦しい・・・・彼は親を失った幼いあたしをこれまで育ててくれた人でもあるから。」

 

「でも、あの男は・・・」

マックスは途中で言葉がつまった。

 

考えてみれば、レイチェル視点では奴は親の代りだ。

すなわち、自分にとってのテイル・レマスと同じ存在なわけだから、そんな人間を14年後の今に裏切るのは、気が進まないのが当然と言えるだろう・・・

 

「ああ。まぁ・・・そうだろうな。辛い立場だ。本当に・・・」

 

「それはあなたもでしょう。あたしと同じなんだから・・・」

そして彼女は顔を上げて、マックスの方を見た。

 

「ねぇ。あなたこそ、あたしと手を組まない?あたしとグロリアに属すれば、バスクが悪いようにはしないわ。」

今度はレイチェルがマックスを説得にかかった。

 

「さっきの話の答えを出すわ。あたしはあなたとは争いたくない。仲間でいて欲しい・・・だからあたしとグロリアの仲間になってもらいたいわ。」

「何だって・・・俺に、今のチームを裏切れと言うのか!」

「そうじゃないわ!チームの皆も歓迎する。あなたの言うことは何でも従うと約束する!」

 

この時、マックスはがっかりすると同時に、彼女の心境を否定することも出来ない事への苛立ちも感じた。

 

「そうか・・・それが答えというわけだ。あくまでグロリアを離れはしないと・・・」

「あなたこそ。あなたがナイトフィストに固執する理由はあたしと同じでしょ?何も意外ではないはずよ。」

「ああ、わかってるさ。やっぱり俺達はどこまでも一緒だなぁ。なのに何で敵なんだ・・・・」

「本当に・・・同じ側の人間であれば・・・」

 

二人は少しの間何も喋らなかった。

 

マックスは考えた。

今、自分達が立っているこの地面の下にはサイレントがいる。

ここでレイチェルを差し出して捕らえることが出来るんだ。

 

自分がナイトフィストの為にすべき事はそうすることだ。

そんなことはわかっている・・・しかしすぐに決断することが出来ない・・・

 

結局まだレイチェルのことを引きずっているんだ。過去に囚われるのは自分も同じじゃないか・・・・!

 

同時に、同じくレイチェルも考えていた・・・

 

マックスはどうしてもグロリアには来ない。

やっぱり素直にバスクに差し出すべきだったのか・・・

 

でも・・・それであたし達の目的のために彼が人質になるのは嫌だった。今でも・・・・

 

敵なのに・・・バスクの指令なのに・・・でもマックスは助けたい・・・・

 

その時、公園付近へ近づく数人の人影が二人の悩みを強制的に終わらせた。

 

「なんだ?ここに来れるってことは・・・」

「マグルではないわね。」

 

人の話し声とともに数人の人影が公園の敷地の外に揺らめくのがわかった。

 

マグル避け呪文がかけられたここへ近寄れるということは、魔法使いということは間違いない。

 

そしてこの場所に用がある魔法使いと言えば、どんな人間かは限られてくる・・・

 

二人はとっさにそう考え、ずぐにレイチェルがマックスの腕をしっかりと掴んだ。

 

「姿をくらますわ。踏ん張ってて。」

 

そう言った直後、二人はベンチから消え、代りに風圧が瞬間的に辺りへ解き放たれた。

 

姿くらましの音を聞き取ったのか、何者か達は急いで公園の敷地内に入ってきたのだった。

 

「今、何か聞こえなかったか?」

「ああ、そんな気はしたが・・・」

男達は、つい今までマックスとレイチェルがいた付近に集まり、周りを見渡している。

 

そしてこの光景を、二人はすぐ近くの家の屋根の上から見下ろしていた。

 

「ん?あの顔は確か・・・サイレントの指示でセントロールスを監視していた、警察に紛れたナイトフィストの一人じゃないか。」

マックスが小声で言った。

 

「てことは、彼らはナイトフィストなのね。どうりでここへ。」

「でも隠れ家には入る気配がない。一体何をしている・・・?」

 

二人はそのまま待機する。

 

公園に来た男達は少しの間うろうろすると、また集まって話を始めた。

「まあ見たところ誰もいないし、問題ないだろう。」

「ああ、だといいがな。何せ、マックス・レボットが裏切った可能性もある事だからなぁ。」

「一応地下も見てみるぞ。女をかくまっているかもしれん。」

 

そして彼らは地面を探り、地下隠れ家への扉を開いて階段を降りていったのだった。

 

それを見ていたマックスとレイチェルは訳がわからなくなっていた。

 

「何だって、俺が裏切っただと?!どういう事だ。」

「それに女をかくまってるかもって・・・それって、もしかしてあたしの事?」

「だとしたら、何で彼らが俺達が一緒にいる事を知ってるんだ?」

 

すると、彼らはすぐに地上へ戻ってきたのだった。

 

「ここには来てないようだ。他をあたろう。」

そして彼らはそのまま姿をくらまし、消え去ったのだった。

 

マックスは急いでサイレントの手鏡を取り出し、連絡しようとした。

しかし様子がおかしい。

 

「あれっ?出ないぞ。地下にいないのか?」

マックスは今の状況がますますわからなくなった。

 

 

 

 

そして、サイレントは今・・・・

 

「テンペスト。やはりお前がいたな。」

サイレントは扉を開き、広く縦長の部屋に足を踏み入れた。

 

「ほう。やっとあの二人が来たかと思えば、驚いた。そっちから来てもらえるとは手間が省ける。それも一人でな。」

そう言い、腰掛けていた椅子からゆっくり立ち上がるのはバスク・オーメットだ。

 

「サイレント・・・沈黙・・・この呼び名にはどんな意味が込められているやらなぁ。」

「そのままの意味さ。」

「そうか?まぁ今はどうでもいい。」

そしてバスクはソファーから離れ、ゆっくり歩いた。

 

「単刀直入に言おう。私はお前と話す必要があった。そしてお前もまた私と話したかった。だから現れた・・・そうだな?」

彼は静かに部屋を歩き回った。

 

「話が早くて助かるな。お前には聞きたいことがいくつか浮かんだもんでな。」

サイレントはその場に立ったまま相手の動きを見続ける。

 

「同じくだ・・・」

 

二人は共に警戒し、腹を探り合う。

 

「まあ立ち話もなんだ・・・座るか?」

バスクがひとつの椅子の前で立ち止まって言う。

 

「必要ないさ。」

「好きにするといい。」

 

バスクは椅子から離れて、その後ろの窓際へ歩いた。

 

「せっかくの客人だ。そっちから話を聞こうか。」

「ではそうさせてもらおう。」

サイレントは変わらず同じ場所に立っている。

 

「私からは、お前がどうも組織とは違った動きをしているように見えてならない。魔光力源に関しての事実も、組織全体と共有していないんじゃないのか?」

 

サイレントはバスクの背中をじっと見つめたまま言った。

 

「ほう。やはりお前は鋭い男だな。」

バスクは窓の外を向いたまま言った。

 

「確かに、私には個人的な計画がある。それは認めよう。だが、お前がそれを知っても何の足しにもならんだろうなぁ。」

 

「そう言いきれるかな?まあ、直接お前の過去に興味があるわけではないが。テンペスト・・・いや、バスク・オーメットだったな。」

 

「私の名を知っていたか。わりと興味がありそうではないか?サイレント。私はお前の過去には興味がある。」

そう言い、バスクはこっちを振り返った。

 

「私が知りたい事実にたどり着くためにお前の過去も知る必要があるみたいだからな。ちなみに私の過去を知ってお前がどう得する?」

サイレントは一歩も動かず、一時も彼から目を離さない。

 

「ずばり、私の14年前からの計画を完了させるための鍵となるのではと考えているからだよ。お前が知る事全てが、私の為になるのだとなぁ。」

「だから教えろと・・・私の過去を。」

「そうだ・・・だがまずはお前の番だったな。言ってみろ。私の何が知りたい?」

バスクは後ろで腕を組んだ。

 

「聞くところによると、ずいぶん魔光力源に関して熱心だそうじゃないか。そもそもなぜそんなに詳しい?私も魔光力源については調べてまわったが、大した書物も無くてなぁ。いつ、どこから情報を得た?」

 

バスクは、だいたい想定内の質問だったと言わんばかりに余裕そうな表情で言った。

「そんな事だろうとは思っていた。せっかくだから少しは答えてやる。我々グロリアは遥か昔から魔光力源には関心があった。そして我々が魔光力源にぐんと近づいたのが14年前の事だ・・・」

 

彼は一旦話しを区切り、その場から動き出した。

 

「さて、お前のターンはひとまずここまでだ。次は私の番だ。」

別の窓際に移ると、立ち止まって話を続けた。

 

「実は、私が知りたいのはお前の過去だけではなくてな。別の男についても知る必要がある。ギルマーシス・レボットについてな。」

 

「どうしてそれを私に聞く?」

サイレントは強い眼差しのままで言った。

 

「君の事は彼から少し聞いていてな。コンビを組んでいた時期があったそうじゃないか。」

「ああ、そうか。お前はギルマーシスのグループにいたんだったな。スパイとして。」

「ほう・・・それを知ってるとは素晴らしい。その通りだ。だからこそわかることだが、お前はギルマーシスのグループにはいなかった。それどころか、あのサウスコールドリバーでお前の姿を一度も見たことがない。だが確実にお前はギルマーシス・レボットと面識があった。」

 

バスクも鋭い目つきで言った。

「では、まずはお前の過去についてだサイレント・・・14年前、お前はどこで何をしていた?お前は何者なんだ・・・?」

 

サイレントは少し間を空けてから、言葉を選んだ。

「それは、私の質問にもう少し答えてもらってから語るとしよう。また私のターンだ。」

 

「いいや、そうはいかん。」

そう言うと、バスクはスーツの裏から手鏡を出すのだった。

 

「言ってなかったが、実は今、とある場所がかなりピンチの状態でな。今から私の連絡ひとつでそれを回避することも出来るのだが・・・それはお前の態度次第と言ったところだ。」

 

「ならば尚更もったいぶらずに言え。」

 

「でははっきりと言おう。私のゴーサインですぐさまW.M.C.とウィルクス・ウィッチクラフトアカデミーの二校が、グロリアの強襲部隊によって同時に陥落する。」

 

「何だと!」

サイレントはたまらず焦りを見せた。

 

「だが、お前が素直に言うことを聞けば、これを防ぐことが出来る。賢い判断をしろ。」

バスクは勝ち誇ったように言った。

 

 

 

マックスとレイチェル、サイレントとバスク・・・

 

彼ら敵対する者達が同時に対面し、会話を交わすことで事態は大きく変わっていくことになる・・・・

 

 

 

 

 

 



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新章-第七幕 Emergency!!

彼は訳がわからなくなっていた。

 

部屋はひとつしかないし、広くもない。

地下隠れ家に誰もいないことは一目でわかる。

 

「サイレントはここにいるとしか言わなかったんだ。いったいどこへ行った?」

「わからないのはさっきのナイトフィストの連中もよ。あきらかにあたし達の事を探していた。」

 

地下隠れ家の中で、二人は現状を整理しているところだ。

 

「話からすると、少なくともさっきの連中は、あなたがナイトフィストを裏切ってあたしをかくまっているって考えているようだけど。」

 

「ああ、状況が読めない。そもそも君が俺をここへ連れてきた。それも急きょこの場所に変更したんだ。なのにさっきのグループは俺達が一緒にいることをもう知っていた。しかも俺が裏切った?何を勘違いしてるんだか。」

 

マックスとレイチェルは、とりあえず地下室の椅子で落ち着いて話を続けた。

 

「それにさっきのグループの中の一人は顔を知ってる。サイレントと共に俺達チームの為に活動をしてくれていた。そしてそのサイレントはここにいるはずなのに・・・まさか、サイレントが俺を裏切りだと思ってナイトフィストに捜索させた?それは考えにくい・・・・」

 

「とにかく、よくわからない事が起こっているのは確かよ。そこで提案があるんだけど。」

レイチェルは続けた。

 

「今からあたし達、一時休戦にしない?」

「一時休戦?君がそれを言うとはね。」

マックスが言った。

 

「仕方ないでしょ。まず今起こってる問題を解決しないと、お互い不利な状態だと思うわよ。」

「言われなくてもわかってる。俺も同じ考えだ。チームの皆とも協力して調査してみようと思う。」

マックスが言った。

 

「いや、この件を他の皆と共有するのはやめてほしい・・・」

「どうしてだ?協力したほうが調査がはかどるだろ。」

「いい?少なくともさっきの連中はあなたを裏切りかもしれないと思って探しているのよ。グロリアとナイトフィスト、どっちに勘づかれても駄目。あなたも、あたしも身が危なくなるでしょ?それに大人数で動くほどバレやすくもなる。」

 

それは間違ってなかった。

 

「俺はジャック達が誰かに漏らすようなことはないと思っている。でも・・・確かにこの件は、より隠密に行動したほうが身のためかもしれないな。」

マックスは冷静に考えて言った。

 

「じゃあ、これからこの件に関しての活動は俺達だけのコンビで行い、他の誰かには一切喋らない。それでいいんだな?」

「うん。約束よ。」

 

そう言ったレイチェルは、どこか嬉しそうな表情をしているように見えたのだった。

 

「それにしても、サイレントも気になるな・・・」

 

そしてそのサイレントは今、重大な判断を強いられているのだった・・・・

 

 

 

 

薄暗く縦長い広間に男が二人・・・

 

グレーのシャツに黒ネクタイのスーツ姿の男はサイレント。

そして彼が睨む先に立つのが、首元から裾まで伸びた金のラインが目立つ、襟無しのスーツ姿の男、バスクだ。

 

「さあ、決めてもらおう。決めるのはお前の自由だ。」

バスクがブロンズに煌めく両面鏡を片手に言う。

 

「とは言え、私は二校がどうなろうが構わないが、お前が得する判断は一つしかないはずだ。お前が真に正義の味方であるならば・・・」

 

サイレントはぶしょう髭を擦り、黙ったまま打つ手を必死で考える。

同時に、バスクもこの後の展開を読んでいた。

 

奴が抱えている情報と魔法学校二校・・・そのうちウィルクス・ウィッチクラフトアカデミーは今現在、授業の真っ只中。大勢の人間がいる。

自身の情報か、大勢の罪無き人間の命か・・・奴が天秤をどちらに傾けるかで奴の抱える情報の重要性が明らかになる。

 

すると、ようやくサイレントが口を開いたのだった。

 

「なるほど。それがお前が用意していたもてなしってわけか。W.M.C.とアカデミーを同時に占拠とは大した準備だ。用意周到だなバスク・オーメット。非情な男だ。」

彼はズボンのポケットに手を入れて、そう言ったのだった。

 

「御託はいらん。そんな事を言っている場合か?今にもイギリスの誇る二大魔法学校が壊滅の危機にさらされているのだぞ。どちらか選べ。私の質問に答えるか、学校とそこにいる人間全員を見捨てるか・・・」

バスクが迫った。

 

「確かに、二校がおたくらに襲撃されるのは痛手だ。それも同時にな。夏休みに入ったW.M.C.だけならまだしも、アカデミーには多くの生徒と教師がいる。そこをグロリアの集団奇襲にあわれてはどうなることか・・・・しかしナイトフィストの情報をお前が手にすれば、それこそこの先学校だけの騒動ではすまなくなるだろうなぁ?」

彼はポケットに手を入れたまま続ける。

 

「だがグロリアによる被害は、ナイトフィストが絶対に許さない。」

 

「わかっているなら素直に降参しろ。」

バスクは強く迫る。

「私はお前から情報が聞ければそれで良いのだ。それで学校の大勢の人間は全員救われる。お前に選択の余地はなかろう。」

 

そして少しの間、会話が途切れた。

 

お互い、無言でにらみ合う・・・

 

そしてサイレントが、ズボンのポケットから手を取り出した後に口を開いたのだった。

 

「無論だ・・・」

 

「いいだろう。では早速話の続きといこうか。これから私の全ての質問に答えてもらおう。」

バスクは、やっぱりかという表情で喋った。

 

すると、今までとはサイレントの様子が変わった。

「そうか。だが、あいにく私はグロリアに降参する気はない。後にも先にもなぁ。」

 

「何だと?お前、状況はわかっているだろう。気でも狂ったか?」

バスクの顔が険しくなった。

 

「違うな。私は真面目さ、いつだってな。」

「ほう。それがお前の本当の答えならば構わん。後悔はするなよ・・・」

そしてバスクは両面鏡に向かって合図を出したのだった。

 

「私だ。実行せよ。」

 

彼は静かに鏡をしまった。

 

「さて、次はお前だ。」

バスクはスーツの裏から杖を引き抜いた。

「情報はきっちり頂く。ただし、力ずくになってしまうがな。」

 

サイレントも杖を握る。

「悪いが、力ずくで情報を頂くのはこっちの方だ。」

 

「ここで私とやり合うつもりか。学校を犠牲にしてまでなぁ。」

バスクはゆっくり杖をサイレントに向けた。

 

「それなら手は打ったさ。気づいてないだろうがな。」

「何だと・・・」

 

するとサイレントは、ズボンのポケットから両面鏡を取り出して見せたのだった。

 

「お前が私に選択を迫ったとき、私はポケットの中でこれを使って、仲間と連絡を取っていたのだ。」

 

彼は鏡を見せたまま続ける。

「仲間には私とお前の会話がしっかり聞こえていたことだろう。今頃、私の優秀な仲間達が学校を防衛しに向かっているだろうな。私は決して魔法学校を見捨ててはいないぞ。」

 

そしてサイレントも杖先をバスクに向けた。

 

「ああ、なるほど・・・・あの会話と間は、仲間に準備をさせる為の時間稼ぎだったという訳か。まったく、面白い男だ・・・」

彼は続ける。

「これから本気で戦いを楽しめそうだ!」

 

そう言った直後、バスクは素早く杖を一振りした。

 

バチン!と閃光が煌めいてサイレントへ迫る。

だがサイレントは当然のごとく無言でかわし、同時に魔術を発動させた。

 

しかしサイレントの瞬間の反撃をバスクは姿くらましで避け、一秒後にサイレントの背後に現れた。

 

恐ろしい気配を察したサイレントは瞬時にくるりと振り返る。

しかし奴はあまりにも近くに立っていた。

 

振り向き杖を向けようとするサイレントの胴体を狙い、バスクは左手の拳を突き出したのだった。

 

あろう事か、サイレントの身体はそのまま数メートルは吹き飛んだ。

 

宙を飛び、床にドサリと倒れるサイレントにバスクは容赦せず、間髪入れぬうちに彼の構えた杖先が青く光った。

 

サイレントは殺気を力に変えて、床に倒れたままで即座に姿くらましを行う。

 

バスクの杖からは、消える彼を追いかけるかのように一本の稲妻が床めがけて走った。

 

辺りに爆音と突風が巻き起こる・・・

 

その時サイレントはある程度距離を離した所に現れていた。

 

「なかなか良い動きだ。」

バスクが言った。

 

「さっきのは・・・拳に魔力をまとわせる格闘術。まさかお前が日本独自の技をたしなむとは驚いた。」

サイレントは言った。

 

「ほう・・・日本の魔法格闘術を知るとは・・・お前、やはりただ者ではないな。」

バスクが眉をひそめる。

「部屋が傷つくのは後が面倒だ。場所を変えよう。」

 

そしてバスクは左手を上げて、指を一回パチンと鳴らした。

 

すると扉が光りだし、一瞬で部屋中が眩い光りに包まれたかと思いきや、光はすぐに消えて状況が確認できた。

 

そこはだだっ広い平原で、遠くを見渡す限り周りは森に囲まれているようだった。

 

「そうか。空間転移の魔法がかかっていたんだったな。」

 

「ああ。ここは我々が戦闘訓練場として使っている場所だ。ここでなら私も心置き無く力を振る舞える。」

そしてバスクが早速先手を打って出た。

 

「キュムロニンバス」

 

直後、雨雲のようなものがサイレントの周りに現れた。

 

「気象呪い・・・」

サイレントは杖を頭上に上げた。

「プロテゴ・トタラム」

すると、杖から放たれた光りがドーム状に広がり、彼を完全に覆う透明の膜が完成した。

 

その時、彼をぐるりと囲む灰色の雲から次々と稲妻が発生し、サイレントを集中攻撃した。

 

雷鳴を轟かせて、激しい雷撃がサイレントを包むドームのバリアに衝突する・・・

 

ここからどう反撃に出るか、サイレントはバリアの力を維持しながらも流れを考える。

 

両者とも杖に気を集中する。

自ずと杖を握る手にも力が入る・・・

 

雲は更に厚みを増して、外からサイレントの様子はほぼ見えなくなった。

 

バスクも気を抜くことはなく、杖を前方に構えたまま術に力を込め続けた。

 

雷撃も激しさを増し、バリアの内側に地響きが伝わる。

 

見れば、バリアが少しずつ赤く変色してくるのがわかった。

「破るというのか・・・相当な力だ・・・」

 

それからみるみるうちにバリアは砕かれ、サイレントはタイミングを見計らって術を切り、雲の外に姿を現したのだった。

同時に杖を軽く振る。

 

「それぐらい読めていたさ。」

サイレントの杖先が光った時、バスクは身体の周りに黒煙を発生させ、煙と一体となって空中へ飛び立つのだった。

 

サイレントが放った閃光は煙をかすめ、遠くへと消えていく。

 

バスクは黒煙をまとって空中を高速移動しながら、サイレントめがけて次々と閃光を放った。

 

サイレントは上空を見上げ、色々な方向から飛来する術を杖で弾き飛ばす。

そして煙の動きを読んだところで、一筋の閃光が目の前に迫った瞬間に姿をくらました。

 

同時にサイレントは空中に現れ、すぐ下を通過する黒煙に杖を向けて呪文を発動させたのだった。

 

「フィニート!」

 

光りは煙の中に吸い込まれ、パッと晴れるように黒煙は消失した。

 

身体がぐるぐる回転しながら落下するバスクとサイレント・・・

二人は空中で姿をくらまし、直後、地面付近に現れて着地したのだった。

 

サイレントはバスクと対峙し、辺りには再び静寂が戻る・・・

 

「このままの戦い方ではおそらく決着はつかん。こうなれば・・・」

 

サイレントはそう言いながら、杖をスーツの裏にしまったのだった。

 

「やむを得ん。私も、自分の戦い方を振る舞うしかないようだ。」

 

「なるほど。隠し種があるようだな。」

バスクはすかさず、杖を持たない左手を振り下ろした。

するとたちまち竜巻のように渦巻く風がサイレントの周りに巻き起こる。

 

この時サイレントは目を閉じ、腕を後ろで組んで何かに集中しているようだった。

 

円を描いて彼の周りを走る風は強さを増す。

そして彼は目を開けた。

今、サイレントの真の姿が明らかになる・・・

 

「何?!どうなっている・・・」

バスクは全く予期していなかった光景を見た。

 

それは、サイレントの全身から紺色のオーラのような輝きが揺らめく姿だった。

 

「アクシオ・・・サイレンサー」

そして右手を真横に突き出した。

 

次の瞬間、空中が一瞬光り、そこから細長い何かが勢いよくサイレントの方へ飛んでいった。

 

長い棒状のそれはブーメランのように回転し、サイレントの周りを囲む風を切り裂く。

そして横へ向けた彼の手元へとたどり着いたのだった。

 

「その剣は・・・いや、まさかお前が・・・」

バスクは明らかな動揺を見せた。

 

サイレントが持つそれは、日本刀のような剣だった。

彼は剣を両手で持ち構えると、瞳を青く光らせる。

 

直後、目にも留まらぬ早さでその場を離れ、一直線にバスクの元に迫った。

 

「何!」

瞬間に反応したバスクは後方へジャンプすると同時に魔法を発動した。

 

「カストルム!」

 

すると、彼の前に城壁のようなものが出現した。

高さ三メートルほどの壁は横一列にずらりと並び、バスクを防衛する。

 

しかし、現れるサイレントが剣を振りかざし、防壁は十字に叩き切られた・・・

 

「分が悪いな・・・」

バスクは指をパチンと鳴らし、その場は一瞬にして激しい光りに包まれた。

 

サイレントは思わず目をつぶり、次に開けたときには古びたセントロールス旧校舎の教室に立っているのだった。

 

「はぁ・・・今回ばかしは、少々力を出しすぎたか・・・」

サイレントは息を切らし、その場に崩れるように座り込んだのだった。

その身体からは、もう光りは発していない。

 

一方のバスクは、薄暗く縦長の広間の椅子に腰掛けていた。

「あの光り・・・まさかあの男もネクストレベルだったとは。しかもあの剣・・・あれには確かな見覚えがある。間違いないとすれば、もしやサイレントとは・・・・」

 

 

 

 

二人の男の戦いが終わった頃、廃公園下の状況は・・・・

 

「表向きは、手を組んで活動をしていることを一切悟られないように振る舞うよう気を付けるんだ。」

「もちろん。わかってるわよそんなこと。そっちこそへまをしないでよ。」

「その台詞、そのまま返すよ。」

 

赤い服に黒いズボン姿のマックスと、薔薇飾りがついた真っ黒なワンピースに身を包むレイチェルが会話をしていた。

 

そんなある時だった。

 

話を止め、マックスは急いで携帯電話を手に取った。

「ジャックからメールだ。」

 

「じゃあ、あたしは行くわね。」

そう言ってレイチェルは地下を去ろうとした。

 

「行くって、バスクの元へ帰るのか?」

「そうだけど・・・」

レイチェルは地上への階段で立ち止まって振り向く。

 

「もしバスク・オーメットが君の様子を不審に思ったら、どうなってしまうか・・・俺はその後の展開が怖い。」

 

マックスは、バスクの元へ自分を連れてこなかったレイチェルが裏切ったと考えられ、最悪の場合ゴルト・ストレッドのように処分されてしまうといった展開を想像した。

 

全然確定している未来ではないのは言うまでもないことだ。しかしマックスは自分の嫌な予感がよく当たるというジンクス故に、不意に思い浮かんだ不安を無視できなかったのだ。

 

「心配してくれるんだ。敵同士なのに?」

レイチェルは、やや笑みを浮かべて言った。

 

「今は休戦だろ?それに、君が活動不能になってしまっては俺が困るというものだ。」

マックスは急いで理由を作った。

 

「そうね。でも大丈夫よ。あたしが何とかバスクに悟られないよう振る舞う。」

そしてまた階段を上った。

 

「じゃあ、またね・・・」

その言葉を後に、彼女は地上へ出て地下の扉を閉めたのだった。

 

マックスは手にしている携帯電話を開いた。

内容は、連絡が出来る状況ならば連絡してくれ。といったものだった。

 

「まだジャック達はセントロールスで警戒してるんだ。」

すぐにジャックへ電話をかける・・・

 

「マックス、今どうなってるんだ?無事なのか?」

ジャックが瞬時に応答した。

 

「俺は大丈夫だ。そっちは何も問題は起きてないか?」

「ああ。一旦三人で集まった所だ。よくすぐに連絡出来たな。」

「今は俺一人だからな。それに、実は今、地下隠れ家にいるんだ。」

 

この後のジャックの反応まで、少し間が空いた。

 

「・・・ん?地下隠れ家って・・・あの?」

「ああ、俺達の基地だ。いいか、起こった事を最初から説明する。俺が例の空間転移が仕掛けられた扉をくぐった先は、なぜか公園の近くに通じていて・・・それでレイチェルもそこにいた。」

 

彼はレイチェルに導かれてからの事を説明した。

 

しかしそれは、ナイトフィストの男達が現れる手前までの内容で、そこからは少し話を作った。

 

「彼女が去ってから、俺はまずサイレントに知らせようと思って地下に入った。でも何故だかいなかったんだよ。」

「確かに今はお前一人って言ったな。サイレントの事は俺達も何も知らないぞ。」

ジャックが言った。

 

「そうか。状況がよくわからん。」

「それはそうと、レイチェルの気が変わってお前が人質にならなくて幸いだ。彼女が何を考えてるのかわからないけどな。」

「とりあえず、今回の作戦はこれで終わりということで良さそうだ。それよりサイレントが気になる。俺は引き続き連絡取れるか試してるよ。」

「よし、じゃあこっちも引き上げだ。すぐ隠れ家に戻る。」

 

そして電話は切れたのだった。

 

マックスは携帯電話をしまうと、反対のポケットからサイレントからもらった両面鏡を取り出した。

 

鏡面に指を触れて、サイレントへの連絡を試みる・・・

 

「何も変化はない。気づいていないのか?それとも今鏡を持ってないというのか・・・・」

 

ひとまず鏡をテーブルに置いた。

 

「仕方ない。今は本でも読みながら皆の帰りを待つか・・・」

 

マックスは、近くに置いてあった『魔法戦術』を手元に引き寄せたのだった・・・・

 

 

 

少年が静かに本を読む光景が続く地下から、遠く離れたイギリスの上空にて・・・・

 

 

 

天気は良く、日光が透き通るぐらいの薄い雲が漂う青空・・・

 

ある所で、その雲の流れが突然乱れ、左右に分かれて消えていく。

そこに現れるのは、猛スピードで雲をかき分けて飛ぶ十数本の箒だった。

 

微妙にサイズと形の違う様々な箒には、いずれもゴーグルを着け、右手には杖を握った男女が股がっていた。

 

彼らは互いに一定感覚の距離を保ち、トライアングル形になるよう編隊を組んで雲を突き抜けて、徐々に高度を下げていく。

 

「気を付けろ!学校は近い。もう敵がいてもおかしくないぞ!」

先頭を飛びながら、周りの仲間に大声で伝えるのはザッカスだ。

 

そのままのスピードで、編隊を崩すことなく目的地へ急行するナイトフィスト一行・・・

 

箒が風を切る音だけが耳に入り、今日は実に穏やかな空模様だ。

辺りはそんな晴天の空が無限に、下には山と森林が広がる光景が続く・・・

 

そして異変は突然始まった。

 

先頭を駆け抜けるザッカスは、前方に雨雲のような黒い雲が現れ、驚く早さで膨らみ、広がっていく様が目に入った。

 

皆、箒の上で互いに顔を見合わせる。

 

「備えておけ!」

 

彼らは周囲に気を配りつつ高速で飛行を続ける。

 

空はみるみるうちに暗くなっていく。

気づけば頭上は曇天と化し、一気に太陽の光は遮られた。

 

ザッカス達の緊張感は更に高まる。同時に雲も恐ろしくうねりながら範囲が拡大する・・・

 

見渡すと、黒い雲は高速で進むザッカス達を見ているかのように、360度完全に覆い囲ったことが視認できた。

 

「気象呪い・・・いや、雲隠れか・・・」

ザッカスは、これが間違いなくグロリアの魔術であると確信した。

その時だ。

 

ザッカスは一瞬、壁に当たるかのごとく何かしらの強い魔力を肌で感じた。

 

「今のは・・・結界か!?」

 

直後、周囲を囲う黒雲のいたる方位から、黒い箒に股がった黒衣の人間が一斉に出現したのだった。

 

なびく黒いローブ、深く被ったフード、そして首元には金の大きなエンブレムがあしらわれたネックレス。

そんな姿の彼らは間違いなくグロリアだ。

 

人数はこちらと同等かそれ以上。

 

彼らは四方八方からザッカス達の所へ迫り、同時に杖の攻撃を放つ。

 

それら呪文の光線がザッカス達の背中や頭の横をかすめて飛んでいった。

 

「これでは蜂の巣だ!一旦バラけて一人づつ当たれ!!」

ザッカスは叫びながら箒をぐるりと旋回させた。

他のナイトフィストも別方角へ散らかる。

 

周囲はあっという間に、飛び交う大量の箒と無数の閃光で入り乱れる光景と化したのだった。

 

ザッカス達は、前から横からと飛来するグロリアに神経を集中し、敵の閃光をぎりぎりで交わしながら一人ずつ狙いを定める。

しかし敵も上等な箒のハンドリングで攻撃を交わす。

彼らはお互い引けを取らない素早い動きで空を舞った。

 

 

上空で彼らナイトフィストとグロリアの一部隊が戦闘を開始した今、ザッカス達が目指していた目的地の近くでは、既に別の人物達が行動を起こしているのだった・・・・

 

 

 

「今頃どうなってるかな?グロリアがまだ到着してなければいいけど・・・」

少年の声が辺りに反響した。

 

「それにあたし達のアカデミーはまだ夏休みじゃない。当たり前に授業をやってるわ。」

「そうよ。大変な事になりそう・・・」

背後から、グレーのワンピースの制服姿の二人の少女の声が聞こえた。

 

「心配なのはわかるわ。でもザッカス達だって戦いのプロよ。今はうちらの作戦に集中しないと。彼らの為にもね。」

続いて、少年と同じ制服姿で、ブロンドの長い髪の少女の声が響き渡る。

 

彼らは前に二人、後ろに二人で前方と背後を警戒しつつ歩いていた。

 

少年デイヴィックと彼のチームは今、ザッカスとライマンのとある指示を受けて行動を開始していたのだった。

 

そんなデイヴィックのチームが今歩いているのは、杖に灯した明かりがなければ普通に歩くことすら困難であろう暗闇に包まれた場所だ。

 

歩く足音が石の壁や天井に反響し、時々空間を通る隙間風の音が静かに聞こえる。

 

「それにしても驚いたな。学校にこんな秘密の抜け道なんかあったなんて・・・」

デイヴィックが杖で辺りをぐるりと照らしながら言った。

 

「ザッカス達もやるよなぁ。学生の時にこんなもの造って、いつでも自由に学校への出入りができるようにするなんて。ひっそり行動が好きな俺でも考えもしなかったぜ。」

 

「お陰で、閉めきられた学校に隠密に忍び込むという作戦も実行できるわけだもんね。」

後ろを歩くエレナが言った。

 

彼らは今、ロンドンの時計塔裏隠れ家でのザッカスとライマンの作戦を実行しているところだった。

 

作戦の内容は、夏休みに入ったW.M.C.に忍び込み、禁書が保管されたエリアとやらで魔光力源に関する情報が手に入らないだろうかといったものだ。

 

しかし学校周辺には警報の結界が張られ、校門にはいかなる術も受け付けない魔法のツタが絡みつき、敷地内には姿現し及びポートキー使用防止魔法がかけられている。

その為、ザッカス達が発案した方法が実行されているようだ。

 

彼らは歩いていると、徐々に地面が上へと向かっているのを感じた。

 

「出口は近いかもな。いや、入り口か。」

デイヴィックの歩く足取りが早くなる。

それにつられて皆の気持ちも高まった。

 

更にしばらく歩いた先に、杖明かりに照らされて何かが見えてきたのだった。

 

「階段だ。」

 

そこには取って付けたように、螺旋を描いて緩やかに上へ続く鉄の階段があった。

そして道はここで終わっていた。

 

「いったいどこに通じているかだ・・・」

デイヴィックから恐る恐る階段を上り始めた。

 

今自分達が歩いてきたトンネルの暗闇へ、カツカツと鉄の階段を踏む足音が吸い込まれるように響き渡る。

その音が耳に入る度、好奇心と緊張感が同時に押し寄せる・・・

 

彼に続いてリザラが、そしてエレナ、ロザーナと皆が円形の階段を上がる。

 

やがて、デイヴィックが天井に手が届きそうな高さまで上った所で、天井に取っ手が付いているのを確認した。

更に光をよく当てると、取っ手が付いた所だけ石壁ではなく木造であることがはっきりわかり、四角く溝が切られているのも見えた。

 

後ろに三人の少女達が追いつくと、彼は天井から飛び出ている取っ手を掴み、押し開けようと試した。

 

長い間使われなかったのだろう。最初、ギシギシと不安な音を立てながらなかなか動かなかったが、徐々に力を入れていくと一気に押し上がったのだった。

 

「やったぞ。本当に侵入出来る。」

デイヴィックは、早速開いた入り口から校内の床に上り立った。

 

「暗くてよくわらないな。ザッカスの話では、学校裏側の一番小さな塔の物置ということらしいが・・・正直ピンとこない。」

 

彼に続けて後の三人も床から出てくる。

 

「ひとつわかることは、床一面が木だということ。それもかなり古そう。」

リザラが、ぼそりとつぶやいた。

 

「まずはここの場所を把握することからだ。辺りを見回ろうか。」

 

彼らは、まずは学校に忍び込むことに成功したのだった・・・・

 

 

 

一方で、もうひとつのチームの間でも進展があった。

 

バースシティーの地下隠れ家にて・・・

 

今現在、マックスとチームの皆がそろっていた。

彼らは、今回のレイチェルの件について話をしているところだったが・・・

 

突然、テーブルに仰向けになった手鏡が鈴の音のような音を発しだしたのだった。

 

「まさかサイレントからか!」

マックスは手元に鏡を引き寄せ、その鏡面に手を触れた。

そこに写し出される顔を確認するなり、彼は食い気味に喋り始めた。

 

「一体どこに行ってたんだ?何があった?」

小さな手鏡に写るのは間違いなくサイレントだった。

ただひとつ気になるのは、今まで見てきた彼の堂々たる姿とは一変し、あきらかに疲れているように見えたのだった。

 

「ああ、マックス・・・無事か・・・」

鏡の向こうの彼は、若干息切れしながらそう言いった。

 

「ああ、全員無事だ。」

「そうか。ならば良かった・・・」

「今回の敵の作戦には少々変更があったようだから、大した事にはならなかった。でもその話の前に、サイレントがいついなくなって、そしてどこへ行っていたのか教えてくれ。見たところ、けっこう疲れているようだけど・・・」

 

マックスは早速聞いた。

 

「・・・そうだな。ちゃんと説明をしないとな。」

サイレントは少し呼吸を整えて続けた。

 

「まずは、作戦と違うことを独断でやった事を謝る。不思議に思うのは無理ないことだ。私は以前からバスク・オーメットと会って何かしらの情報が聞けないか、機会をうかがっていたんだ。」

 

「オーメットと話すために?じゃあ、あいつの所に?」

 

「そうだ。作戦会議の時にも言った通り、君が呼び出された先にはバスク・オーメットが待ち構えていると考えていた。だからここで待っている時にふと思ったんだ。これは奴から何か聞き出せる貴重なチャンスだと。」

 

「なるほど。ということは俺の後を追ってサイレントも旧校舎六階へ行ったということか。」

マックスが言った。

 

「そうだ。そこにやはり奴が待っていた。話しはしたが、大して有益な事は漏らさなかった。それどころか奴は用心深い男だ。逆に私から情報を聞き出そうと計画をしていた。」

 

サイレントは、今起こっている事を手短に説明した。

 

「今はあまり時間がないからゆっくり話はできないんだ。だから単刀直入に言うと、バスク・オーメットの指示で魔法学校二校がグロリアに襲撃されている。そして私の仲間が食い止めようと必死になっている。私もすぐに応戦に向かうつもりだ。話したいことは色々とあるが、今は急がなければ。私が戻るまでは地下で大人しくしていてくれ。いいな。」

 

そう急いで伝えると、すぐに鏡から彼の姿は消え、代わりに隠れ家とマックスの顔が写った・・・

 

マックスは、サイレントの話を聞いていた皆と顔を見合わせた。

 

「少なくとも、はっきりしたのは今サイレント達に大変な事が起こっているということだ・・・」

 

詳しいことは全くわからないが、ここはとりあえずサイレントの言う通りにした方がいいと感じたのだった。

 

 

 

大騒動は、まだ始まったばかりだ・・・・

 

 

 

 

 

 

 




バスク・オーメット(テンペスト)

【挿絵表示】



バスク専用杖

【挿絵表示】


カストルム
作中オリジナル呪文で、由来はラテン語で要塞(castrum)


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新章-第八幕 battle field ~The Academy~

変な緊張を感じる・・・・

 

いつも歩いている廊下。

それはいつもどうり薄暗くて、長くて・・・

 

まるで、このまま何処かへ誘われて二度と光のあたる世界へ戻って来れないような・・・そんな勝手な想像を、小さい頃はしょっちゅうしていた。

 

だが今は、そんなことはみじんも思わない。

とまでは言い切れないけれども・・・

でも、この廊下も、そもそもこの巨大で少し不気味な館自体とも、もう10年以上の付き合いになる。

さすがに自宅として馴染んでいるのは言うまでもない。

 

だから今感じる緊張感や、腹の底から沸き上がるような大きな不安感は、それとは全く関係の無いことだ。

 

いつもの廊下を歩く足取りが実に重い・・・

 

いつもなら、この廊下の先の広間までがもっと遠くに感じるのに・・・

歩く足の速度が遅くなろうとも、今は昨日までより廊下が短く感じる・・・

 

これら全ての感覚の理由は、この先の広間にバスク・オーメットが待っているからだ・・・・

 

レイチェルは気の進まない両足をゆっくり動かし、あらゆる事を考えながら''彼''の所へと向かっているのだった。

 

バスクの事はよく知っている。

彼は用心深く、感覚は鋭い。そんなバスクが異変に全く気づかないとは思い難い・・・

 

彼女はマックスを連れて帰ってこなかった事に関し、バスクにどう言えば不自然に思われないか、言葉を考える。

 

考えている時も一歩ずつ目的地へ近づく。

 

そしてすぐにその場所へ到着してしまった。

下手にちゅうちょしていては違和感を感じられる。

そう思いながら一枚の重厚な扉の取っ手を掴み、力強く押し開けるのだった。

この扉も、いつもより重く感じる。

 

開いた扉の先に見えた光景は、長方形の広間・・・右側に並んだ窓ガラスから斜めに入り込む光。反対側の壁に、ずらりと並ぶ大小様々な絵画の数々。

まさにいつも通りの光景だ。

 

そして光に照らされながら、窓の近くにたたずむ一人の男の姿があった。

 

彼は音に気づき、開かれた扉の方を振り向いた。

「ようやく戻ったか。」

 

レイチェルは堂々と広間に足を踏み入れ、バスクのもとへ歩いた。

 

バスクはレイチェル一人が歩いてくる様子を見る。

「しかし、マックス・レボットがいないのはどういうわけだ・・・?」

 

「マックスは来なかったわ。彼の仲間達が現れて、攻撃を仕掛けてきた。そこであたしを倒すつもりだったみたいね。」

レイチェルは歩きながら言った。

 

「君の話に乗らなかった・・・というわけか・・・」

バスクが外を向いてゆっくり言う。

 

レイチェルはバスクの隣までたどり着くと、また口を開いた。

「彼は、あたし達と完全に敵対したということね。」

 

「結論、奴は君の脅しを無視して、代わりに仲間をよこして暗殺させようとした・・・そういうことか。予想外の判断をしたものだなぁ・・・」

 

バスクは続けて言う。

「だが、まぁいいだろう。W.M.C.に気を取られている間に、本筋のアカデミーがグロリアにより攻め落とされることだろう。私達に刃を向けるとどうなるか、それはもうじき奴等にもわかることになる。そうなれば、もっと素直に話を聞いてくれるようになるかもしれんな。」

 

そしてバスクはその場から動き出した。

 

「ともあれ、今回の件で奴は予想外に冷酷な決断をすることがわかった。出会った時は手加減無用だ。もっとも、君の話が真実ならば・・・という前提になるがな。」

彼はレイチェルをしっかりと見て言った。

 

「まさか、今になってあたしへの信頼が揺らいでいると言うの?今まであたしはグロリアとして、役割を全うしてきたのはよく知っているはずよ。」

レイチェルは平然を保って言った。

 

「ああ、もちろんだとも。だからこそ信じたいのだよ。グロリアを裏切るような事はしないと。もしグロリアの敵になってしまえば、君自身もどうなるか十分わかっているだろう。そうならないことを祈っている。君を失いたくはない・・・」

 

そしてバスクとの会話は終わった。

 

時を同じくして、魔法界では・・・・ 

 

 

殺風景な平原にそびえ立つ、数々の細長い塔。

その反対側には、湖がずっと広がっている・・・

 

ここはウィルクス・ウィッチクラフトアカデミー。

イギリスの名門二大魔法学校のひとつである。

 

白い城壁で、大小でこぼこな長さの塔がいくつも伸びる外観が特徴の城の一角にて、開かれた窓の中での事・・・

 

その教室には、多人数の生徒が椅子に座り、机で本を開いて黒板を向いている光景があった。

いずれの生徒もグレーの制服を身に付けている。

 

そして生徒達が見る黒板の前で、教師が何やら話をしているのだった。

今は授業の真っ最中というわけだ。

 

皆、教師の話を聞きながら、小さな羽ペンでノートをとったりしながら授業を受けている。

しかしそんな中で一人、後方の窓際の席にいる男子が前を全く見ず、ずっと窓の向こう側をぼーっとして眺めている姿が目立っていた。

 

彼の姿勢は、当然教師の目につくものだ。

 

「ビス!授業を聞かないと、次の試験も点数取れなくなるぞ!」

教師が男子生徒に言った。

 

すると彼は、そのままの視線で・・・

「ねぇ、先生・・・あれは何ですか?新しい授業なんですか・・・?」

 

「ん?何を言ってるんだね?」

教師は訳がわからないまま、やれやれといった表情でその生徒のもとへ歩き寄った。

 

彼の目線の先、それは空だ。

教師が近づき、同じ方向を見る。近場の生徒達も振り向いた・・・

 

「あれは・・・」

遠くの空を見た教師は一瞬言葉を失い、そしてすぐに判断する。

「授業は一時中断だ。皆はこのまま待機していなさい。私は他の教師達に知らせに行く。」

 

そう言い残して足早にその場を離れていく。

 

生徒達も同じ光景を見るなりざわつき始める。

 

そんな彼らの見上げる空には、数多くの黒点がこちらへ近づく光景があった。

 

よく見れば、それらの黒点が全て、箒に股がった人物達であることがわかる。

そして付近の空模様がみるみる変化し、アカデミー上空を薄黒い雲が取り囲んだ。

 

それは、これからここが戦場となることを意味していた。

 

アカデミーの方向へ降下し、ローブをなびかせて接近するのはグロリアの大部隊。

 

今、この事態に気づいたアカデミーの教師達が校舎から駆けて出てきていた。

立ち止まると彼らは横一列に並び、杖を上空に構えてグロリアが迫ってくる方向へ一斉に呪文を放つのだった。

 

十数本の杖先から青い光が次々と飛んでいき、空へ上がると一つにまとまって、上空に半透明の膜が出来ていく。

 

徐々に魔法のバリアは広がっていく・・・だが、時は少し遅かった。

高速でアカデミーの敷地周辺まで近づくグロリア達は、全員が一斉にバリア目掛けて杖を構え、そしていくつもの稲妻を杖先から放ったのだった。

 

彼らが放った赤い稲妻がバリアに激突して、空で激しく瞬く。

雷鳴は校内の至るところまで響き、生徒達が悲鳴を上げた。

 

そして稲妻は拡大していくバリアをえぐり、巨大な膜は完全に壊れたのだった。

そのまま赤い稲妻の残雷が塔の一部を貫き、壁の破片が敷地内に飛散する。

 

校内の生徒達は本格的に混乱した。

外の教師達も動揺を隠しきれない。

 

その時だ。

迫り来るグロリアの編隊の横からいくつもの光線が飛来するのが見えた。

突如飛来した閃光はグロリアの何人かに直撃し、箒の操縦が狂って部隊からはぐれる。

 

見ると、グロリアとは別の飛行編隊がやって来ているのがわかった。

彼らはグロリアのもとへ真っ直ぐ向かいながら、絶え間なく呪文を乱射し始めた。

ナイトフィストがやって来たのだ。

 

アカデミーへ向かっていたグロリア達は一人ずつ方向転換して、半数がナイトフィストの方へ矛先を向けた。

だが残りの半数は空から姿を消し、間も無く城の敷地内のいたるところに次々と現れたのだった。

 

彼らは教師達を囲うように出現すると同時に攻撃を始め、八方からの容赦ない攻めに教師達は慌てて対応する・・・・

 

 

 

時を同じくして、もう一方の魔法学校ワールド・マジック・センチュリーズ付近の上空でも戦いが繰り広げられている。

 

ザッカス率いるナイトフィスト攻撃隊は、何とかグロリアを空で足止めさせることに必死になっている最中だった。

 

ザッカスはなるべく目立つ攻撃を仕掛けて、自分にターゲットを向かせようと動く。

そして学校の方角から敵を少しずつ遠ざけることを狙っている。

敵の数は多い。周りの仲間の動きからどんどんとこちら側の態勢が劣勢になってきているのを感じていた。

 

敵は並の魔法使いじゃない。戦いのプロ集団だ。このまま互いに引けをとらない状況でキープすることも難しい・・・

 

率先して攻撃するザッカスはこの後の展開について考えつつ、空を舞いながら黒い箒の集団に杖を構える。

だがこの戦いがどうなるかと思われたその時、戦況が突然変わった。

 

グロリア達が顔を見合わせ、互いにうなずくと途端に攻撃をピタリと止めて、全員が箒の向きを変えて辺りを渦巻く暗雲の中へと突き進んで行くのだった。

 

一人ずつ雲の中に姿が消え行く彼らの背に、ナイトフィスト達は動きを止めて一斉に術を放った。

 

いくつもの光線が巨大な黒雲の中で煌めいた。

しかし雲の中に散らばったグロリアの姿は完全に視界から消え、また反撃してくる様子もない。

 

ザッカスが片腕を上げて、攻撃停止の合図を出す。

皆、静かになった空で待機した。

 

「何かおかしい・・・」

ザッカスは四方を見渡して警戒する。

 

敵の気配が消えた暗い空で、息をのんで出方をうかがうナイトフィスト達・・・

やがて黒雲がスーっと消えて空が明るくなった時に、彼は察しがついたのだった。

「あの雲は集団規模の空間転移術だったか・・・まずい!アカデミーが危ないかもしれない!」

 

ザッカスはポケットに手を突っ込んでコンパスを取り出した。

「ウィルクス・ウィッチクラフトアカデミーの方角。」

そう言うと、丸いコンパス上の針が勝手に動き、とある方向で固定した。

 

「おそらくこっちは時間稼ぎのおとりだ。真の狙いはアカデミーを占拠し、学校の人間を人質にすることだろう。急ぐぞ!」

 

そして彼らは再び箒を飛ばし、アカデミーへと急行する・・・・

 

 

一方で、地上のW.M.C.に忍び込むことに成功したデイヴィック達の状況も動いた。

 

光が全くない地下の一角で杖先の光だけを頼りに歩き回っていた彼ら四人は、目的の場所まで近づいていた。

 

「いよいよこの先だ。まさか禁書の棚に触れる事があるなんて思ってなかったな。」

デイヴィックの声が暗闇に反響する。

「俺は本にすら興味がなかったからなぁ。」

 

「今でも勉強は大嫌いでしょ?」

リザラが小声で言ったが、それでも反響してよく聞こえた。

 

「不良だから仕方ねぇだろ。でも正直言って、俺は今わくわくしてる。何か興味深い文献がないかなんて、少し前の俺なら考えることはなかっただろうなぁ。」

デイヴィックが言った。

 

そしてその場所は目の前に迫った。

 

「ここだ。今まで何人の好奇心旺盛な成績優秀者がここへ近づいて、管理人に見つかって罰を食らったことか・・・」

デイヴィックが牢屋のような鉄格子の扉の前で立ち止まった。

 

「そんな勉強熱心な生徒達が今のあたし達の状況を知るならなんて言うだろうね。」

ロザーナが言った。

 

「とは言え、そう簡単には通してくれないだろうな。」

彼は試しに簡単な呪文を扉に放ってみた。

 

「アロホモーラ」

 

だが何かが起きたような気配は感じられない。

 

「効かないか。」

デイヴィックは杖を下げて、他の三人の杖明かりに照らされながらそっと鉄格子の扉に手を触れてみた。

 

するとなんと、扉は鉄の擦れる音を上げながら開けることができたのだった。

 

「何?ロックすらされてなかったというの?」

後ろでエレナが言った。

 

「魔法が効いた感覚はなかったからなぁ。まさか、先客が来ているのか・・・」

デイヴィックは杖を構えてそっと中へ踏み込んだ。

 

鉄格子の扉の奥は広く、高い本棚が縦横いろんな角度で立っていた。

デイヴィックを先頭に、女子三人も忍び足で前へ進む。

周囲に神経を集中させ、暗闇に響く自分達の足音がより一層はっきり聞こえた。

そしてふとした時、デイヴィックは微かな足音が遠くの方から聞こえた気がした。

 

彼は片手で待ての合図を出して立ち止まった。

後ろのリザラ達も足を止める。

 

するとすぐに、明らかに自分達以外にも人がいることがわかった。

確かに足音が一定リズムで広間の遠くから聞こえてくるのだ。

音の聞こえ方から相手は一人と考えて間違いなさそうだ。

 

デイヴィックは自分の足音に注意し、しかし素早い動きで足音のする方向へ近づいた。

合図を出して、三人も後に続き、四人はどんどん相手との距離を詰めていく。

相手が一人ならば、戦いになってもこちらの勝算が高いと考えたからだ。

 

分厚い本棚に体を隠しながら、本棚から本棚へと素早く身を移して足音の主の元へ近づく。

 

四人はあらゆる方向に杖を向け、四人分の杖明かりが広間の至るところを照らす。

そして一瞬、明かりが何者かの姿をとらえたように見えたのだった。

 

デイヴィックはその方向へ杖を向けて、本棚の裏から飛び出して一気に距離を詰めた。

そして次の本棚の角を曲がろうとしたその時、角から突然眩しい光が現れたのだった。

 

デイヴィックは眩惑で目がくらみながらも、そこに立つ人影をとらえた。

相手も同様の様子で立っている。

そこにリザラ、エレナ、ロザーナも追いついた時に、相手の顔を視認できた。

 

「あれっ?あなたは・・・マルスさんじゃないか。」

デイヴィックが言った。

 

「何だ、君達だったか。グロリアに跡をつけられてたかとでも思ったよ。」

そこに立つ男は言った。

 

デイヴィック達は相手が誰かわかった途端にほっとした。

そこに立つ男の顔は、デイヴィック達をグロリアから引き離した恩人、ナイトフィストのマルスだった。

 

「でも、何で一人でここに?」

リザラがデイヴィックの横に出てきて言った。

 

「以前から仲間と話していたんだ。この禁書の棚のどこかに、私達の役に立つような情報が眠っていないかとね。人がいない今こそ行動するチャンスだと思ったのだよ。それより、君達こそ子供だけでここへ来るとは驚きだ。」

マルスが言った。

 

「大体同じような狙いさ。まぁ、ザッカスとライマンさんの提案なんだけど。」

デイヴィックが答えた。

 

「なるほど。考えることは皆同じだな。でも残念な知らせだ。今のところ、ここにはグロリアや魔光力源関連の記述は見つけられていない。でも君達が来てくれて助かったよ。ここからは五人で協力して一気に片付けようではないか。」

 

「もちろんだ。俺達全員で手分けして調べよう。」

デイヴィックは更にやる気がわいてきた。

 

これより、マルスを含め五人になって書物調査を行うことになったのだった。

 

 

そしてアカデミーの現状は・・・・

 

姿くらましで瞬間移動を繰り返しながら激しく呪文をぶつけるグロリアと、それに対抗するアカデミーの全教師達の戦いが敷地内で始まっていた。

それにともない、上空のナイトフィストの攻撃に対応していたグロリア達も地上に姿を移し、アカデミー敷地内のグロリア兵の数がどんどん増し、次第に教師達が追い込まれる。

ライマン率いるナイトフィスト達も、急いで教師達に加勢しに向かった。

 

戦いは、空から完全に地上へと移行した。

 

敵の攻撃を食らって、既に数名の教師が戦闘不能となっている。

圧倒される教師達と大勢のグロリア部隊との間に無数の閃光が行き交う中、そこにライマンと仲間のナイトフィストが姿を現して盾となったのだった。

 

教師達の前に立ちはだかり何人かで防衛呪文の膜を張り、残りの仲間がグロリアに攻撃呪文を連発する。

 

「今のうちに皆の安全を!」

一人のナイトフィストが背後の教師達に向けて叫んだ。

彼らは戦いから抜けて、負傷して倒れている教師に回復呪文をかけて起き上がらせると、皆で城の方へ離れていった。

この光景を、校舎の中から生徒達が不安そうに見守っている。

 

ここでグロリアが攻撃を止め、ライマン達も透明のバリアを消した。

 

一旦、その場が静かになる。

 

ここに、ナイトフィストとグロリアの二組織が向かい合った。

 

ライマンを中心にして整列するナイトフィストの目先には、深く被ったフードの奥で、グロリアのエンブレムが付いた金のチェーンが首元で光り、足元まで垂れたローブをなびかせる男女がずらりと並んでいる。

 

風でひるがえったローブの下は、男は全身黒のスーツで、女は黒いゴシックワンピース姿をしている。

 

ここで、ライマンが一歩前へ出て口を開いた。

「お前達の目的は・・・要求は何だ!」

 

すると、彼の力強い声に一人のグロリアが答えた。

「ここを占拠することだ。我々の計画の大きな一歩を踏み出すためにな。」

 

次に、もっと若い人物が話しだした。

「もちろんお前達は抗うだろ。そうなると戦いは避けられないなぁ。学校の人間も含め、どれだけの犠牲が出るだろうか。」

 

更に、一人の女が話を継いだ。

「でも、もしあなた達が素直に身を引いてくれると言うなら・・・学校の人達の安全を約束してもいいかもね。」

 

「既に武力行使しているではないか。そんなお前達の言葉は信用に足りんな。」

ライマンは言い切った。

 

「あら、残念ね。せっかく慈悲を考えてやったというのに。」

グロリアの女が言った。

 

「無駄だ。我々に抗いたいだけの騎士の拳は偽物だ。彼らこそ武力行使するのだからな。」

別の男が言った。

 

「その原因はお前達だ。それに少なくとも、私は自分を騎士だとは思っていないさ。」

ライマンが答える。

「ただ、お前達とは全力で戦う。一歩も引く気はない。」

 

その時、その場にいる者全員が空を見上げた。

黒い箒に乗ったグロリアの集団が高速で頭上を通過し、アカデミー校舎へと直行するのだった。

彼らは城壁まで近づくと其々散らばり、城の至るところに呪文を放ちだした。

 

「増援だと・・・」

「計画通り、W.M.C.の方から仲間が到着したようだ。お話しはこれまでだ。我々もここを占拠する為に、最初から全力でお前達と戦うつもりだ。」

中心に立つグロリアの男が言った。

 

「さては、あっちはブラフだったか・・・いいだろう。全力を尽くす。」

ライマンは魔力を身体中にみなぎらせる。

 

そしてその言葉を最後に、激しい戦闘が始まった。

 

城のあちこちから爆破音が鳴り響き、箒に乗ったグロリア達によって城壁のいろんな所に穴が開けられる。

彼らはそこから校内に侵入していく。

 

地上のグロリア達は姿くらましであらゆる場所に移動して、ライマン達を四方から一斉攻撃した。

 

同時に前後から飛んでくる閃光を防ぎきれずに、早速数名のナイトフィストがその場で倒れて固まる。

また、ライマンと腕利きの仲間は閃光を跳ね返して敵に命中させることに成功した。

 

しかしやはり数で押され、更には相手はほぼ全員がプロの戦闘集団で、こっちの人員には戦闘経験が浅い者達も含まれているという力差もある。

校内の人間の保護に向かうことが出来ない状態は変わらない。

いつまでこのまま耐えきれるかもわからない。

 

そして外で大勢の魔法使い達が戦っている時、校内は大騒ぎになっていた。

 

大廊下は走る生徒達であふれ、教師が先導している。

「皆、慌てず急げ!地下の一番奥の広間に行きなさい!」

 

生徒達がぞろぞろと移動する光景が広がる最中、突然大きな音とともに横の壁が突然崩れた。

教師はとっさに反応して、生徒達の頭上に降りかかる壁の破片に向けて杖を振った。

「ロコモーター!」

 

大きな破片は空中で固まり、そのまま壁に空いた穴の外に振り飛ばしたのだった。

床には小さな壁の残骸が散り、空いた穴から吹き付ける風でほこりが舞う。

そして一人のグロリアが廊下に姿を現したのだった。

 

悲鳴を上げて逃げる生徒達に、男は杖を向けて立つ。

教師はすかさず男に向けて杖を振る。

 

「そうはいかん。」

グロリアの男は生徒達を向ける杖を後ろに振りかざして、教師の放った閃光を打ち払った。

 

教師は続けて二発三発と攻撃を仕掛けて敵の気を引かせる。

 

男は呪文を弾きながら教師の方を向いた。

「いいだろう。遊んでやるさ。」

そう言ってフードをとると、スキンヘッドの男の顔が露になった。

 

「お前達か。あのグロリアというのは。」

教師が杖を構えたまま言う。

「まだまだ知名度は今一だな。残念だ。」

男は続ける。

「お前は我々の何を知っている?」

「誰もが知ってるあの14年前の事件・・・あれを起こしたテロリストだ。」

教師が言った。

 

スキンヘッドの男は、やれやれといった表情をした。

「テロリストか。それはむしろ外で我々に抗っているナイトフィストこそ相応しい呼び方だな。」

「彼らはグロリアから私達を護ってくれている存在だ。」

教師が言い返す。

 

「我々は遥か昔からこの魔法界に革命を起こそうとしてきた。魔法界に住む全ての魔法使いの為のだ。そしてそれを奴らがことごとく邪魔してきたのだ。奴らには理念は無い。ただ我々の思想を受け入れることが出来ない故に、我々を憎み、壊滅させたいだけなのだ!」

男と教師は睨みあった・・・

 

様々な教室から生徒達が飛び出し、教師達が行き先を指示している。

そんな状況の中、グロリアの人間が次々と現れて、生徒達はさらに混乱する。

そんな光景が校内の至るところで展開されていた。

 

廊下で滑ったり、ぶつかったりして転ぶ生徒も続出する。

 

それはとある広間でも起こっており、そこに現れたグロリアの攻撃を食い止めて生徒達をその場から離れさせている一人の教師がいた。

 

彼は、グロリアに絶え間無い呪文攻撃を繰り返しながら、横目で生徒達の状況もちらちら確認する。

 

前方に仁王立ちするグロリアは攻撃の全てをガードして、すきを狙って眩い光線を飛ばした。

 

教師が放った呪文と光線が衝突して、空中で爆発が起こる。

 

一瞬、目が眩んだ隙に敵は視界から姿を消していた。

同時に一人の女子生徒の叫び声が背後から聞こえる。

教師は慌てて振り向くと、そこには女子を捕まえて杖を突き付けるグロリアの姿があった。

 

「ここは降参した方が利口ですよ、先生。」

そのグロリアは喋りながらフードを取った。

フードの中から、前髪で片目が隠れた長髪の男の素顔が現れた。

 

教師は反撃することは出来ず、その場に立ったまま杖を構える手を下ろすのだった。

 

そしてその頃、ここから逃げ出した生徒の群れは他の生徒達同様、教師に指示された場所を目指して一目散に走り続けている。

 

しかし順調にはいかず、彼らの進行を邪魔するように、廊下の前方に煙をまとった一人の人間が現れる。

 

先頭を走っていた生徒が急に足を止めて、後方の生徒達がドミノ方式でぶつかった。

 

行く手を阻んだ一人のグロリアは杖を持つ腕を生徒達に向けた。

顔はフードで見えないが、ひらめく長いローブからタイトな黒いスカートが見えることで女であることがわかる。

 

先頭の生徒達は杖を手に取り、皆でグロリアの女に構える。

女はこっちに歩きながら口を開いた。

「グロリアに牙を向けないほうが身のためよ。ただ大人しくしてればいいだけ。あんたらと戦うのが目的じゃないから。」

 

女は杖を向けたまま、更に生徒達に近寄った。

「でも、一人でも反抗したら・・・死ぬわよ。」

 

先頭に立っている生徒達は顔を見合わせると、静かに杖を下ろすのだった・・・・

 

 

 

アカデミーの戦況がグロリアにより掌握されているその頃、W.M.C.の禁書の棚では・・・

 

「これは五人いても大変な作業だな。」

デイヴィックが本を取り出しながら言った。

 

「こっちの棚は一通り調べたけど、魔光力源には関連無さそうね。」

隣の棚の前でエレナが言った。

「もうそっち終わったのか。」

 

彼らは禁書の棚で調べものをしている最中だったが、マルスの姿は近くには無く、一人で離れた箇所に移動していて・・・

 

「私です。今日、彼らがここを訪れるのは想定外でしたが、むしろ好都合でした。調査の手間が省けます。」

彼は手鏡に向けて小声で話していた。

 

「ならば結構だ。好奇心旺盛な子供達には大いに役立ってもらうといい。だがくれぐれもお前の単独行動を彼らに、そしてザッカスとライマンに怪しまれてはいかん。まだ勘づかれるには早いからな。」

鏡から聞こえてきたのは他ならない、バスク・オーメットの声だった。

 

「十分承知していますマスター。では後程・・・」

そしてマルスは鏡をしまった。

 

「さて、そろそろアカデミーに終結の時かな・・・」

彼は不適な笑みを浮かべて、デイヴィック達のもとへ戻っていくのだった。

 

 

 




次章予告

ウィルクス・ウィッチクラフトアカデミーはグロリアにより占拠され、その場にいる全ての者達は一ヶ所に集められて、行動を封じられてしまった状況下でシナリオが展開していく。

そしていよいよ、ある人物からセントロールスで起こった謎の警官殺人事件の真相が語られる。


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新章-第九幕 栄光の狼煙

「んー・・・やっぱり無いのか?魔光力源って何でこんなに情報が無いんだ?」

本棚を上から下まで眺めながら、デイヴィックはほぼ愚痴に近い独り言を言っていた。

 

「意図的に誰かが処分したとか・・・?いずれにしてもそう簡単な作業じゃないとは思ってたけど、まさかここまで探してそれらしい情報が全く見つからないなんてね。」

別の本棚の前で本を取り出しているリザラが言った。

 

「グロリアとナイトフィストに関しても同じよ。そもそも非政府組織だから、まあ普通に考えたらそんな記述があるほうがおかしいってもんよね。」

また別の方向からロザーナの声が聞こえた。

 

彼らはそのまま同じ作業を続けていると、そこへ足音とともにマルスの影が近づいてくるのがわかった。

「ずいぶん熱心なことだな。関心するよ。」

マルスがデイヴィック達の近くに現れて言った。

 

「でも正直、そろそろ根気が切れそうだ。今のところ欲しい情報は全くだよ。」

デイヴィックが一旦手を休ませて言った。

「なかなか思うようにはいかないさ。そんな時に悪いんだが、ナイトフィストから急な呼び出しがあってな。私はもう行かなくてはいけなくなった。」

マルスは言った。

 

「それじゃ、ここは引き続き俺達が頑張りますよ。何か掴んだら後で報告します。」

デイヴィックが言った。

 

「では、頼んだよ。」

その言葉を最後に、彼は本棚の広間の入り口の方へと姿を消したのだった。

 

「さて、やるか。」

デイヴィックは深呼吸し、再び本棚と向き合った・・・・

 

 

 

そしてこの時・・・・

 

ウィルクス・ウィッチクラフトアカデミーの敷地内には、そこで戦っていたグロリアと、ライマン率いるナイトフィスト達の姿はもう無かった。

 

また校内も同じく、あらゆる教室や廊下にいた大勢の生徒達や教師の姿は無く、学校全体で起こっていた騒動はおさまり静かになっていた。

 

まるで一瞬にして事が片付いたかのようだ。

しかし、これは問題が解決したという意味ではない。

 

静まり返った廊下には、波のように押し寄せていた生徒達の代わりに、黒いローブに身を包んだグロリアの人間が歩き回っている姿のみがあった。

いったいアカデミーの現状はどうなっているのか。

その答えは、この城の一ヶ所にあった・・・

 

城の中央の塔にある大きな二枚の扉の前に、二人のグロリアが行ったり来たりしている。

この扉の警備をしているかのようだ。

そこへ足音が聞こえてきて、二人が同時に立ち止まって振り向いた。

 

見ると、彼らと同じくグロリアのローブを着てフードを被った人物が一人、こっちの方へ歩いて来るのがわかった。

しかし暗がりから現れてからよく見ると、他のグロリアとは違い、ローブの縁が金に塗られているのが見えた。

 

二人はその顔を見て誰だか確認すると、扉の両脇に引っ込み、道を開けたのだった。

 

彼は頭を軽く下げる。

 

「見事だ。事は計画通り。」

近づいたその人物はフードの奥から渋い声でそう言い、そのまま二人の間を通り過ぎて片手を振った。

 

すると、二枚の巨大な扉は重そうな音を立てながらゆっくり動き、内側へ勝手に押し開かれた。

その男は足を止めること無く、そのままの速度で扉の向こうへ堂々と入って行った。

 

そこは高い天井の大広間で、更にその広さを埋め尽くさんばかりの大勢の人間が乱雑に立っている光景が広がっていたのだった。

彼らの中には制服を着た子供達もいる。

そう、ここの生徒と教師、そして戦いに来たライマン率いるナイトフィストの者達が皆この場に集められているのだ。

 

そんな彼ら全員が音に反応し、入って来た男に視線が集まる。

 

彼は目の前に広がる人々を見渡しながら歩き続けた。

「人数は多い方がいい・・・」

 

近づいて来る男を見る生徒達は何かしらの威圧感を感じ取ったのか、皆が後ろに一歩引く。

 

「ちょうどいい。来客もいるようだ。」

そう言うと、歩いている男の周りに黒い煙が現れて身体を完全に包みこんだ。

煙と同化した男はその場から舞い上がり、人々の頭上を通過して一気に広間の端まで飛ぶのだった。

 

煙は、ステージのような高台になった所に着地すると溶け、そこに男の姿が再び現れる。

 

彼はステージ上から人々を見下ろす。

 

怯える生徒の目、悔しさと不安感を感じる教師の目、打開策を考えるナイトフィストの怒りの目・・・

男はこちらに向けられるあらゆる目を見渡すと、被ったフードを両手で掴んで背中にやった。

 

そのフードの中から現れた素顔は、紛れもなくバスク・オーメットに違いなかった。

 

人々に紛れて立っているライマンと一部のナイトフィストの者は、当然これに反応する。

 

フードをとったバスクは本格的に話を始めた。

 

「まず最初に我々の紹介だ。この中の生徒達は我々を知らぬ者が多いだろうからな。」

重低音の声が広間に響き渡る。喉に音量増幅魔法でもかけているのだろうか。

 

「我々はグロリア。遥か昔から長く存在する組織だ。そして大抵の大人達は、この名を聞くだけで嫌悪することだろう。実に残念な事だ。彼らは何も理解していない・・・」

 

これを聞いているライマンは、人混みの中で仲間のナイトフィストと小声で話した。

「これからどんなつまらない話を聞かされるんだかな。」

「でも仲間が到着する時間稼ぎにはなりますね。」

「ああ。ただ、ザッカス達がどうやってここに乗り込めるかが問題だ。今はこっちで出来ることは、両面鏡で現状を知らせ続けることだけだ。」

ライマンは片手に手鏡を握り、W.M.C.からこっちへ急行しているザッカスの両面鏡に広間の音を聞かせ、少しでもこの状況を知らせようと考えているようだ。

 

この瞬間もバスクは話し続けている。

「率直に言おう。今ここにいる君たちには人質となってもらう。目的は今この場にいる、我々と常に対抗してきたナイトフィストという組織の者達との交渉だ。彼らが穏やかな判断をしてくれるのならば、我々はすぐにここを立ち去り、皆を解放すると約束しよう。今後、皆の身の安全まで約束してもいい。

だが一つ問題がある。そもそもこのような乱暴な手段に出なければならなくなったのは、ナイトフィストの判断が原因なのだよ。」

 

ステージ下の人々が静かに話を聞く。

 

「彼らは最初から穏やかな判断をしなかった。本来ならばこんな状況にすらならなくて済んだのだ。しかし彼らは武力行使した。戦いで我々をねじ伏せようとした。だから彼らがこの先、冷静な判断が出来るかどうか・・・せっかくこの場に彼らがいるのだ。直接話してみようではないか。」

 

そして、彼は集まった多くの人質の中から見慣れた顔とその仲間を探すと、目を止めた。

 

「代表者一人でいい、前に出てきてもらえるか?」

彼はライマンと目を合わせてそう言った。

 

周囲の生徒達がバスクの目線を追い、ライマン達ナイトフィストの方を一斉に見た。

 

「どうします?」

仲間のナイトフィストがライマンの耳元で言った。

「ああ、話をしようじゃないか。」

ライマンはそう言い、手鏡を仲間にこっそり渡してその場から動きだした。

 

近場の人々から身を退かし、ライマンの行く先を開けていく。

やがてこの場の生徒や教師達全員が広間の左右に分かれて、ライマンからバスクの立つステージまで、一直線の空間ができた。

 

ライマンはそこを堂々と通る。

周りの皆が、これからどうなるのか不安そうな表情でその姿を見守る。

 

彼はステージの近くまでたどり着くと足を止め、口を開いた。

「私が話し相手になろう。」

 

バスクは上からライマンと目を合わせた。

「こんにちわ、旧友。」

次に、広間の皆に向けて続けた。

「そうだ。彼と私はもともとナイトフィストとして、同じチームで活動していたのだ。私が、ナイトフィストが正しい組織だと信じていた頃にな。」

 

「それはこちらの台詞だな。私が彼を仲間だと信じていたのだ。しかし彼は裏切った。これが事実だ。」

そしてライマンもまた後ろを向き、皆に聞かせるように話した。

 

「まあ、ここで何を言おうとも皆からすれば水掛け論にしか聞こえんだろう。だから君と、君の仲間の誠意を示すには行動を皆に見せることでしか叶わない。私は、ここで君が交渉を成立させてくれるというのなら、皆を二度と同じような目には会わせないと約束した。そもそも最初から好んでこうはしたくなかったのだからな。ナイトフィストの誰かの判断が全ての原因だ。」

バスクはライマンと後ろの人々を交互に見ながら喋った。

 

「それで、要求とは何だ?その誰かに言ったのと同じように言ってみろ。」

ライマンはステージ上のバスクを一直線に見る。

 

「では交渉に入ろう。だがその前に、これは皆にも意味のある話だ。この機会、話の内容をここにいる皆にも共有しよう。」

そして彼の話が始まった。

 

「グロリアは、もとより魔法の根源を探る、言わば研究者の集まりのようなものだった。彼らは魔法使いがより高度な魔法を操り、生活、仕事、健康面と、あらゆる面で人が豊かな生活を送れるような魔法界を創ることが出来ると考えていたのだ。グロリアとは、そんな願いからつけられた名だ。」

 

バスクは広間を見渡しながら語る。

 

「そうして長い年月が経ち、グロリアはようやく一つの答えにたどり着いた。それは、魔術を用いて造られた特殊な装置がこの世界のどこかに存在し、その装置を起動させることが出来れば、今までに誰も見たことのないような強力かつ自由な魔法が産み出せるという可能性だ。これはすなわち、我々が探していた魔法の根源を擬似的に再現することが出来るということではないか。」

 

この時、真剣に語りかけるバスクの話に徐々に引きつけられる生徒が多数現れ始めたのだった。

 

そんな中、ナイトフィスト達が小声で話していた。

「何を考えてる?魔光力源の話を自ら大勢の前で話しはじめたぞ。」

「奴の事はライマンさん達から少しは聞いてる。何を企むかわからない、油断の出来ない男だとな。」

「魔法の力量も相当だそうだ。」

 

バスクは続ける。

「しかしだ。我々とは思想の食い違いで邪魔をする者達が現れた。それがナイトフィストだ。私はかつて、彼らが平和かつ自由主義であるという風に捉えていたが実は違った。彼らは常にグロリアに反対し、あくまで乱暴な手段に出たがる。冷静に話し合いは出来ないのであろうか?ナイトフィストの真の思想や行動理念はわからない。だが、もはや思考の放棄ではないか。今回の件もそうやって起きたのだ。」

 

「仮にそうだとしても、このテロ行為を考え、実行したのは他でもないお前達のやったことだ。それは否定できない事実だろ。」

ライマンがすかさず口を挟んだ。

 

「認めよう。しかし、だからこそまたこうしてチャンスを与えているのではないか。これ以上事態を酷くしたくはないからだ。」

 

そしてバスクは一歩前へ出て、ライマンだけに目を向けて話を続けた。

「だから今回は冷静に判断してもらいたい。ここから本題だ。」

 

そしてこの時、仲間のナイトフィストの一人が何かを察し、さっき渡されたライマンの手鏡をちらりと見た。

すると鏡面には、いつの間にかザッカスの顔が写し出されていたのだった。

 

彼は何か小声で言っている・・・

 

今バスクがライマンを見ている隙に、彼は仲間達の背中に隠れてしゃがんだ。

「ザッカスさん。」

彼は鏡を顔に近づけて小声で言った。

 

「気づいてくれてよかった。ライマンはどうした?」

ザッカスは、ちらちらと前方を確認しながら鏡に話しているように見えた。

 

 

そんな彼の現状は・・・・

 

高速で風を切り、すぐ下からは水しぶきが膝に当たる。

 

彼と仲間のナイトフィスト達は箒にまたがり、一面に広がる海の水面ギリギリを猛スピードで飛んでいた。

目線の先には白い塔が見えている。アカデミーだ。

故に、出来るだけグロリアに察知されないようにするためだ。

 

ザッカスは箒を操縦しながら片手で手鏡を握って話していた。

「もうじき着く。そっちの状況は?オーメットの話し声が聞こえていたが。」

 

「校内の人間は人質として、全員メインの塔の大広間に集められてます。ライマンさんはバスク・オーメットと対話してる所です。」

鏡の中から小声が聞こえた。

 

「敵の見張りは?」

「広間に連れて行かれる途中で確認できたのは、廊下の巡回と大広間入り口に二人。外の様子はわかりません。気をつけてください。」

「なるほど。なかなか手が打てない状況だな。よし、今俺達が乗り込んでやる。それまでは辛抱していてくれ。」

「了解です。」

 

そしてザッカスは手鏡をポケットにしまって前を向いた。

 

間もなく海が過ぎ去り、草原地帯に入る。

アカデミーの敷地がぐんぐん迫った。

 

そしてアカデミーの大広間では、バスクがライマンに要求を始めた・・・

 

 

「この事態を引き起こした時と同じ事を言う。」

バスクの目がライマンを一直線に捉える。

 

「今、君達が持っている魔光力源に関する情報と、ある一人の男に関して知っている限りの事実を要求する。答えが満たされれば、その時点で早急にこの場を立ち去り、アカデミー及び、他の部外者に二度と被害を及ぼすような事はしないと、破れぬ誓いまで立ててもいい。」

 

「ある男とは?」

ライマンは言う。

 

「通称サイレント。君もよく知っている男だ。」

 

彼の言葉の後、ライマンは探りを入れるように言葉を選んだ。

「確かに彼の事は少しは知っている。だがまずは、お前が彼にここまで執着する確固たる理由をおしえてもらわないとな・・・」

 

そう言って、ライマンはバスクの返しを見ようとした。

 

「・・・ではその質問の答えは、皆にも聞いてもらおう。」

バスクは再び広間全体に視線を向ける。

「サイレント・・・単にそう呼ばれている男がナイトフィストにいる。私はその男と事前に会話を交わし、その結果がこの事態に繋がったのだ。つまり、彼は我々の探求を完了させる為の何かを知っていて、その情報を開示してくれなかったのだよ。」

彼はステージ上で行ったり来たりしながら喋り続ける。

 

「サイレントと名乗る男は、言うなれば魔法界の未来に革命をもたらす為の鍵となる存在。彼は自分の持つ重要な情報をナイトフィスト内でのみ共有し、ナイトフィストだけが今後の魔法界をコントロール出来る存在に仕向けたいのだろうか?あるいは誰にも共有していないかもしれん。」

 

バスクは、黙ってこちらを向いて話を聞いている広間の人々の顔、一つ一つを見ながら話す。

 

「ナイトフィストが魔法界を操る、もしくはサイレントが独裁する世界が訪れる可能性がある。それが今の現実に起きている事だ。」

そして目線を再びライマンに戻し・・・

 

「私はそのどちらの未来も迎え入れる気はない。だから彼の握る何かを知り、我々グロリアがこの世界を未来へ導く為に交渉を行っているのだ。だがもし、君達ナイトフィストがグロリアに代わり、我々の夢や理想を、そして魔法界の住人達の救いになる未来を完成すると、ここで約束できるのであれば話は変わるがな・・・」

 

二人の会話は一旦途切れた。

 

彼らの後ろに並ぶ大勢の生徒達がこの光景を見つめている・・・・

 

ここでバスクは、広間の人質達に向けて語り始めた。

 

「どうだろう?皆もよく考えてはみないか?かつてのグロリアの夢や理想が、長年の努力の結晶により今ようやく実現しようとしている。今この時代にいる我々ならば、力を合わせることで魔法使いの誰もが心踊るような事を実現することが出来るであろう瞬間が来ているのだ。これは全ての魔法使いの未来への投資と捉えてもらいたい。我々グロリアに、画期的な魔法界を築くための責務とその大事な一手を任せてはもらえないだろうか。」

 

バスクは両腕を掲げ、大広間全域を見渡しながら生き生きと喋った。

 

「大昔の魔法使い達が抱いた夢や理想・・・それを引き継ぐのが我々グロリア。我々には先人の希望や大いなる責任が課せられている。それを邪魔して自分達が未来をコントロールしようとしているのがナイトフィスト。このどちらに未来を託すべきか、君達の判断を見たい。」

 

広間が少しざわつき始めた。

 

「彼の言うことに流されてはいけない!」

ライマンは後ろを振り返り、皆に向けて言った。

「彼の話には欠けている部分がある。重要な部分だ。彼の話はいかにも自分たちが良く、ナイトフィストが悪いかのような言い方しかしていない。しかし私達ナイトフィスト目線の話をすると、私達はグロリアの考え方、やり方が過去のものからどんどん変わってきているのがよくわかっていた。それは組織の指導者が変わったからだろうか・・・とにかく黙って彼らを好きにはさせておけない危険性を確かに感じた。だからナイトフィストがそれを正そうとしている。それがナイトフィストの事実だ。本当に魔法界の住人の事を考えているのはどちらか、私も皆に判断してもらいたい。」

 

すると今度はバスクが喋る。

 

「君達から我々がどう見えているのか・・・そんな主観的な事は私にはわからん。それはここにいる皆もそうであろう。だからさっきも言った通りだ。それでは水掛け論にしかならないと・・・」

彼はまたライマンの後方に視線を向ける。

 

「だが、今彼が言った事を否定はしない。彼らがそう思っているというのは嘘ではないのだろう。そして我々は確かに武力行使した。だが言った通り、ナイトフィストが交渉を成立させてくれるならば皆をすぐに解放してやれる上に、これから君達全員にとって確実にプラスになる新しい魔法界を創ることまで約束できる。今日のこの出来事は無駄にはしない。しかし、それは全てナイトフィストの判断次第なのだ・・・」

 

バスクは更にゆっくりと話を続ける。

「皆の判断はどうだ・・・?賢い者ならわかるはず。もう考えるまでもないと思うが。そしてナイトフィストにとって、皆を救う為の判断とは・・・?それも決まっているはずだ・・・」

そう言いながら、流れるように話し相手をライマンに移した。

 

「そうだろう?皆が救いを求めている。わかっているはずだ。君が真に正義の味方ならば、ここでやることは一つしかない。賢い判断をしろ。」

その言葉を最後に、バスクはライマンを判断の時へと追い込んだのだった。

 

ライマンはわかっていた。ここで下手をすれば事態は最悪化する。そして今後のナイトフィストへの人々からの信頼も失う。皆を救えない上にこの先ナイトフィストの仲間が増えない可能性まであるという恐れを。

 

しかし考えてみれば、この場を落ち着かせたとしても奴が欲する情報を全て与えてしまえば、どちらにせよ未来はグロリアが優勢になってしまう。むしろそっちの方が最悪の事態になってしまうではないか・・・

 

前にはバスクの自信に満ちた表情、後ろからは大勢の生徒達の眼差しを背中で感じ、彼は判断に悩んだ。

 

だがその時、状況は変わったのだった。

 

大広間の入り口が勢い良く開かれ、同時に広間の至る所に次々と人が姿を現すのだった。

広間の外には、グロリアの人間が彼らを狙って呪文を連発する姿があった。

生徒達は一変した状況に慌てる。

 

現れた複数の人々はグロリアと戦い、宙を飛び交う閃光が大広間の壁のあちこちにぶつかった。

ついさっきまでの静けさは無くなり、悲鳴や術がぶつかり合う音で辺りは一気に騒がしくなっていく。

 

そして気づけばステージ上に一人の男の姿が現れていた。

 

「皆外に逃げるんだ!」

バスクと同じステージに立つ男は叫んだ。

 

ライマンは男の方を向いた。

「ザッカス!よく来てくれた。」

「遅くなった。見張りが厄介でな。」

 

魔法で広間全域に響き渡ったザッカスの声に反応した教師達が、急いで生徒を開かれた入り口まで誘導し始めた。

反対に、ぞろぞろと進み出す生徒達の波をかいくぐるように、ナイトフィスト達はライマンの元へと集まっていく。

 

大広間の状態は大きく変わった。

人質達と入れ替わるように、ここにいるのはナイトフィストとグロリアの人間だけだ。

 

今、広間の騒ぎに駆けつけたグロリアと対峙するナイトフィスト。そしてステージ上ではザッカスとバスクが向かい合った。

 

「人質は解放した。さぁ、これでお前の作戦は終わりだ。」

ザッカスはバスクに杖を突きつける。

それに合わせて、ライマンと彼の横に並び立つ仲間達も杖を上げた。

 

「意外と登場が早かったな。まぁ、人質はそれほど重要ではないから構わん。」

バスクはまだ余裕の表情で続ける。

「しかし、それで脅迫のつもりか・・・」

 

「何だと?」

ザッカスはにらんだ。

 

「正直、今回の作戦では私の声が学校の皆に届けば半分はオーケーだ。それに・・・既に君達は不利な状況下にあるのだからなぁ。特に・・・」

バスクは目の前のザッカスと、ステージ下のライマンに指差しながら続きを言った。

「ザッカス、ライマン。君達には酷な現実が待っている。」

彼は口元をにやつかせた。

 

「どういう意味だ。」

ザッカスが鋭い眼差しのまま言う。

 

「それは・・・今からとある人物に語ってもらおう・・・」

 

そう言ってバスクが一歩下がった時、彼の前に空間の歪みが生じ、中から一人の男が姿現しで出現したのだった。

 

「紹介しよう。私の優秀な部下だ。」

バスクはそう言ったが、ザッカスとライマンがそこに現れた男の顔を見たまま、何を言っているのか理解できないような唖然とした表情になっていた。

 

「もう真実を伝えてもいいのですね。」

男はザッカスの方に一歩ずつ近づいた。

 

「・・・何だ・・・何を言ってるんだ?マルス。」

 

ザッカスは訳がわからないまま、ゆっくりと杖を構えた腕を下げた。

なぜならそこに立っている男の顔は、間違いなく仲間のマルスだったからだ。

 

ライマンだけでなく、マルスを知る他のナイトフィスト達も驚きを隠しきれない。

 

そんな中、ザッカスは一番早く現実的に捉えた。

「お前・・・いつからだ。いつから奴に・・・グロリアに寝返った?」

彼は動揺を抑えながら静かに言葉を発する。

 

「寝返った。というのは違うんだなぁ。」

するとマルスの周囲に黒煙が発生し、全身を包むと瞬時に煙が服装を形作った。

 

グロリアのローブ姿となったマルスは更に続ける。

「私は最初からグロリアにしか忠誠を誓っていない。正統なるグロリアの構成員なのだ。この服とネックレスがその証。」

 

「そうか・・・最初からグロリアのスパイだったという訳か。お前がな・・・」

ザッカスは14年前から活動を共にしてきた仲間の真実をしり、頭ではすぐに理解できるも心が受け入れきれなかった。

ライマンも彼と全く同じ思いで、黒い衣装に身を包んだマルスを見上げるしか出来ない。

 

だが、話はこれで終わりではなかった。

 

「君達は勘違いしている。マルスは正真正銘、ナイトフィストの味方だ。」

マルスが言った。

 

ザッカス達は無言のまま、彼の言うことが再びわからなくなっていく。

 

「マルスという男は、最初から最後までナイトフィスト側にいた。寝返ってなどいない。だが私は元からグロリアの人間だ。なぜなら、私はマルスではないからだ。」

その言葉の直後、彼の顔はみるみる変形していき、気づけばマルスとは全く違う、見知らぬ人間の顔が完成しているのだった。

 

「お前は誰だ・・・マルスはどうした!」

ザッカスが言った。

 

「私はヴィクラス・ロンバート、初めましてと言っておこう。まぁ訳がわからないのも無理はない。ザッカス、ライマン、君達はとある重要な出来事を認知していないからなぁ。」

 

混乱するザッカスを目の前に、彼は畳み掛けるように続けた。

「君達とマルスは、バースシティーのセントロールス高校を見回る警官に紛れていた時があっただろ。あの時は、ゴルト・ストレッドが死んでから間もない頃だったか・・・」

 

「ゴルト・ストレッド・・・サイレントから聞いた名だ。確か、セントロールスの生徒で・・・」

ザッカスが言った。

 

「ああそうだ。彼はマスター・オーメットが魔法界から連れてきたグロリアになるはずだった男だ。彼には、セントロールスに眠る魔光力源を見つけて起動させるというマスターの計画をサポートする重要な任務を与えられていたが、失態を犯してやむ無く消された者だ。」

 

「なんという事を・・・仲間であるにもかかわらず、それも子供だ!」

ライマンがステージ下から言った。

 

「驚くのは早い。本題はこれからだ。」

ヴィクラス・ロンバートと名乗る男はライマンを向いて言った。

 

「ある日、君達とマルスの三人はセントロールス校内の巡回中に一度私と対面している。そこで私達は戦ったのだよ。しかし君達の記憶には無いはずだ。それは私が去り際に君達に忘却術をかけて、事件が起こった間の記憶を操作したからだ。君達は戦った事も、私の顔も覚えていなくて当然なのだ。」

 

「それでマルスも同じく・・・」

 

「いいや、彼にはかけてない。」

ヴィクラスはザッカスの話を遮った。

 

「彼には忘却術などかける必要は無かった。何せ、マルスは私によって殺されたのだからな。」

 

「マルスが・・・死んでるだと・・・」

ザッカスは突然の告白に、それ以上何も言えなかった。

 

「あの時私は変身術で顔を変え、死んだマルスに成り代わり君達と行動することで、ナイトフィストの情報を掴む事を考えた。だから君達は死なせず、気絶させた上で忘却術で記憶を操作して生かした。意識を取り戻した君達は何も覚えておらず、警官達の騒ぎを察してその場を後にした。顔の知らない警官の死体が一人、そして後の二人がいつの間にか消えたとなると、謎の三人の警官事件としてマグル界を騒がせることにもなるはずだな。」

 

ヴィクラスは全ての真実を語り終えた。

 

「そんな事が・・・まさか・・・」

長い間活動を共にした仲間は既に死んでいて、それ以降、今まで敵が変装した偽者と行動を共にしていたのだという事実を突きつけられたザッカスは、焦点の合わない瞳を目の前の男に向け、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

それはライマンも同じくだ。

 

ここでバスクがヴィクラスの前に出てきて話し始めた。

「このタネ明かしはもう少し後にしようと思っていたのだが、考えが変わった。そして今ここで、今回の作戦を完了させる。」

すると彼は険しい目つきになり、ステージ下のライマンの方をくるりと振り向いた。

 

「ザッカス、今から私の要求にイエスと答えろ。君の判断次第でこの男も死ぬ。」

そう言ってバスクはローブから杖を抜き取り、ライマンに向けた。

 

冷静な判断力が欠けている上、更に今ここでライマンまで失う可能性を見せつけられたザッカスには、もはや断ることは出来ない。

バスクはそう確信してザッカスに質問を始めようとした。

 

その時、広間の入り口から猛スピードで何かが飛来したのだった。

 

よく見るとそれは剣で、回転しながら広間を縦横無尽に飛び回り、あっという間にバスクの近くまで迫った。

 

バスクは鋭い反射神経で避けた。

刃が空を切る音が顔の横で聞こえる。

 

そして剣がまた勝手に方向を変えて飛んで行く。

 

その先には、いつの間にか一人のスーツ姿の男が立っているのだった。

 

「やはり来たか・・・」

バスクは自分にしか聞こえない声で呟いた。

 

剣をキャッチした男は、広間の中央からステージの上をじっと見ている。

「あれは、サイレント・・・」

ナイトフィストの一人が言った。

 

突如現れ、状況を打破した男はサイレントであった。

 

姿を現した彼を捉えようと、周囲に散らばるグロリア達が一斉に杖を構える。

 

しかし一人目の呪文が発動されるとほぼ同時に彼の姿は消え、一秒後に全く違う方角にいるグロリアの背後に現れていた。

 

その時、サイレントは刃に青い炎を帯びた状態になった剣を突き立て、グロリアの背中めがけて斜めに振り下ろした。

目の前のグロリアはもがきながら体全身が青い炎に包まれ、瞬間に灰となって宙に舞い上がったのだった。

 

これを見た近くの仲間達は彼から離れ、一斉に呪文の閃光を乱射し始めた。

 

サイレントは剣を巧みに振り回し、四方から迫り来る全ての術を的確に跳ね返す。

青い炎をまとった剣が風を切り、熱風と共に跳ね返す閃光の威力を増加させ、命中するグロリア達が火花を散らしながら一人、また一人と吹き飛ばされるのだった。

 

ナイトフィスト達もすかさず加勢をする。

 

「ここで無駄に犠牲を出す必要はない!引き上げろ!」

不利な状況に転じたのを察したバスクはグロリア達に向けてそう叫んだ。

 

声を聞いた仲間達は、一人ずつその場で姿を消していく。

そして気づけば、今まで広間にいた複数のグロリアは、バスクと共に完全にいなくなっていた。

 

これはほんの一瞬の出来事だった。

 

その場の音という音が一気に無くなる。

 

静寂がザッカスとライマンを再び酷な現実に引き戻す・・・

 

「無事で何よりだ。」

サイレントはステージの近くまで来て、その場に群がるナイトフィスト達に向けて言った。

 

「ああ、俺達はな。でもな・・・俺達は既に仲間を失っていた。親友をだ・・・」

ザッカスが下を向いて静かにそう言った。

 

「それに、奴にはしてやられた!」

次にライマンが話し始めた。

「オーメットは生徒達を人質にして、話を聞かせることも計画の内だった。広間の雰囲気を見た限りだと、奴の言葉に耳を貸し、影響された生徒は少なくないはず・・・」

 

「二人とも、詳しくは後で聞かせてくれ。まずは私達全員で城の被害を直す。それと教師達と今後の話をしたい。」

 

それからサイレントの指示のもと、皆が動きだしたのだった。

 

壊れた壁から夕日が差し込み、廊下のあちこちがオレンジに染まる。

ライマン達は広間から出た時に、もう夕方であることが初めてわかった。

 

この数時間で起きた事は無事片付いたが、バスクがアカデミーの生徒達に植え付けた話が、今後のグロリアとナイトフィストの活動に何かしら作用するかもしれない恐れができてしまった。

それに、ザッカスとライマンにとってあまりに酷な事実が告げられ、これから二人の感情が落ち着かない日々が続くだろう。

 

しかし容赦なく、バスク・オーメットは大きな手を打ち始めるのだ。

 

それは、いよいよグロリアの部隊力が本領を発揮する時が来たことを意味する・・・・

 

 

 

 

 



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新章-第十幕 嵐の後に

ほのかな電球の明かりに照らされたテーブル・・・

 

そのテーブルの片側に一人の男がいる。

そして向かい側には一人の少年が椅子に腰かけている。

 

更に三人の子供がその光景を見守るかのようにソファに座って見ていた。

 

「君達に何も連絡無しに、独断の行動をとって不安にさせた事は本当にすまなかった。それも、大胆な行動に出て・・・」

スーツ姿の男は、テーブルを挟んで向かい合う少年に言った。

 

「別に謝ってほしい訳ではないさ。サイレントが無事だということが何よりだ。」

男と向かい合う少年、マックスはそう言った。

「それで、魔法学校の件は?」

続けてマックスが聞く。

 

「ああ、一応の収束はついた。だが何か不穏な予感がする・・・」

その男、サイレントは言った。

 

「不穏・・・?」

マックスが言う。

 

「バスク・オーメットが現れた。そして全校生徒と教師達、あと駆けつけたナイトフィストも全員集めた所で話をしたそうだ。奴は心理戦においても気が抜けない男だ。まだ我々の世界をほとんど知らない子供達に向けて、言葉で一種の心理的な誘導を施したと聞いた。」

アカデミーでの騒動の後、廃公園の地下隠れ家に戻ったサイレントは今、起こった事の全てをマックス達に話しているところだ。

 

「だいたい察したよ。いわゆる洗脳というやつかな。」

隣のソファに腰かけているジャックが言った。

 

「そういうことだろう。奴が今後、学校以外でもそんな動きを始めたら、見えないところでどんどんとグロリアの・・・いや、奴の直接の協力者が生み出されてしまいかねない。実際、我々ナイトフィストの中からも出る恐れも考えた方がいいかもな。もっとも、考えたくはないが。」

 

サイレントはマックスに向き直り、話しを続けた。

「そして今回、我々にとって恐ろしい事実が明らかになった。」

「恐ろしい事実?」

 

そしてサイレントはマックス達全員を見回すと、彼にとって心痛まれる話を始めた。

 

「君達も知っているだろう?私が派遣して、セントロールスの警護をやっていた三人のナイトフィストの人間を。」

「うん。警官に扮した三人の事だな。一度助けてもらったこともある。」

マックスが言った。

 

「そうだ。しかし実は、その中の一人は既に殺されていたことが今となって判明した。そして犯人が顔を変えてすり替わっていたんだよ。その人物がセントロールスの謎の警官殺人事件の犯人であり、その時殺された警官が我々の仲間だった。」

 

マックス達は言葉もなかった。

 

その後マルスの事件に関しての詳しい話を聞いたマックス達は、起こった事実の全てを理解したのだった。

 

「あの警官事件の真相がそうなっていたなんて・・・犯人が常に身近にいたなんて、想像しただけで怖いわ。」

ジェイリーズが言った。

 

「まったくだぜ。俺達、そもそも変身術ってのをよく知らないからその発想は出てこないよ。俺達が見た三人のうち一人が犯人で、殺したマルスって人に化けてたなんてゾッとするよな。」

ディルが言った。

 

ここでサイレントが立ち上がった。

「これから、マルスと仲の良かった仲間達と今後の活動について話し合わないといけないんだが、そこで君達のこれからの活動についても話し合おうと思う。その事に関する報告は、またここに来た時にしよう。次はいつ集まれるかな?」

 

マックスはディル、ジャック、ジェイリーズを順番に見た。

「俺は明日にでも。暇だしなぁ。」

「同じく。」

「あたしもよ。」

皆の答えはすぐに出た。

 

「ということらしいな。」

マックスがサイレントに言う。

 

「決まりだ。では明日、仲間も連れてここに現れる。君達とちゃんと話をしたいとの事でな。」

「なるほど。じゃあ、昼の3時頃でどうかな?」

「大丈夫だ。では、今日はこれで失礼するよ。」

 

それからすぐにサイレントはここを離れたのだった。

 

今、マックスはサイレントから聞かされた話と、公園でレイチェルと二人で見た光景とを照らし合わせて、とある事を考えていた。

 

突然ナイトフィストと思わしき数人の男達が現れた・・・

その中の一人の顔に見覚えがあった。他でもない、警官に扮した三人のナイトフィストのうちの一人だ。

それがマルスになりすましたバスクの部下のヴィクラス・ロンバートだったとすると、色々とつじつまが合うんじゃないのか。

 

なかなか俺を連れてこないレイチェルを不審に思ったバスクが、ヴィクラスに偵察を頼んだ。

そしてマルスになりすましたヴィクラスが堂々とナイトフィストを連れて探し回っていた。あの時、レイチェルと俺が出会う事を男が知っていたこともこれで納得がいく。

 

確かあいつは、俺がナイトフィストを裏切って女をかくまっているみたいな事を言っていた。

ナイトフィストに嘘を言って俺を拘束させるつもりだったのだろうな・・・

 

「おい、マックス?」

「ん?何か言ったか?」

マックスはディルの声にはっとして振り向く。

 

「いや、ぼーっとしてたからさ。何か考えてることがあるのかと思ってさ。」

「ああ、今後俺達には何が出来るかなぁってな。」

マックスは適当にごまかした。だが、それも本当に考えるべき事だとすぐに感じたのだった。

 

「これからどうなるんだろうか・・・」

 

 

 

 

 

時は進み、この日も夜を迎える。

 

水面に反射する月光以外、何の光も当たらない闇夜の海原。

そこにひとつ、どんと構える大きな浮島があった。

 

島の上空にはどす黒い雲が輪を作り、ドーナツ化した雲の切れ間から、いくつもの影が流星のごとく浮島に向かって飛来する。

それらの影は島のてっぺんにたたずむ黒壁の巨大な屋敷を目指して集まっていった・・・・

 

屋敷の門が独りでに開かれる。

何人もの人影が屋敷に入っていく。

廊下の暗がりに無数の足音が鳴り響く。

 

そして彼らが目指す先の大きな扉が開かれた。

 

扉から明かりが徐々に漏れ、廊下を照らす。

しかしあまり明るくはない。

 

足音と共に黒衣の人影がぞろぞろと広間に入ってきた。

 

そこはとても広く、高い天井から数個のシャンデリアがぶら下がり、ライトの薄明かりが大理石の床を照らしている。

 

広間の中央には黒いアンティーク調の長テーブルが三つ繋げて置かれ、既に席に座って待機している黒衣の人間達が複数人いた。

 

やがて広間に集まった者達が全員、長テーブルに沿って並べられた席に着くと、入り口の扉が勝手に閉まり、ゴトンという重い音が広間に反響した。

 

ここで皆、一斉に黒衣のフードを取り払う。

 

「そろったな。では早速近況報告からだ。」

縁が金に塗られたローブを着ている男が口を開いた。

 

「では私からだ。我々の管轄では既に複数の新しい同志が集まり、魔法学校生徒の確保も予定通り、順調ですぞ。」

一人の男が言った。

 

「こっちの方も、新しい同志は順調に獲得しています。」

また別の男が言った。

 

「よし。ならば作戦に変更は無しとみていいようだ。お前達は計画通り、各部隊の拡大と新たな同志の育成の続行を頼む。」

金縁のローブに身を包んだ男がそう言った。

 

「イギリス魔法界とマグル界の各地に駐屯地を増やすのだ。そして次の世代の同志の確保及び、ナイトフィストの拠点を見つけ出す為の偵察部隊の配備を行うのだ。」

別の幹部クラスの男が言う。

 

「うむ。戦力を拡大し、同志の確保とナイトフィストの索敵を同時に図れる。いい案だな。」

男がそう言った直後に・・・

 

「それだけでいいのかね?」

近くの席に座る男が口を開いたのだった。

その重低音の声は紛れもない、バスク・オーメットだ。

ここにいる皆と同じグロリアの正式なローブを羽織っている。

そして彼もまた幹部クラスを表す金縁のローブだ。

 

「では君の考えを聞こうか、オーメット。」

幹部クラスの男が言う。

 

「そうだな。まずは、今夜わざわざこれだけの同志が幹部会議に出席してもらっている意義を問いたい。」

バスクが長テーブルを囲むグロリア達を見渡しながら言った。

彼の隣には、黒のワンピースに身を包むレイチェルの姿もあった。

 

「用件だけをさっさと話せばどうだオーメット。何せ、君が何を考え、どんな個人的活動を行っているのかは、私達幹部の人間にもほとんど聞かされてないのだからな。」

バスクと同じく金縁のローブを来た年配の男が言った。

 

「そう言えば、近頃の彼の活動といい、どうも単独で何らかの情報を握っているとしか思えないですしねぇ。あたし達の作戦に意を唱えるというのなら、是非とも情報を共有していただきたいですわねぇ。」

彼らと同じく金縁ローブを羽織った女が言った。

 

「焦るな友よ。私の部下達にも集まってもらっている。それは我々の努力で明らかにした事実を共有し、これからの計画を練る為にだ。」

バスクは続ける。

「今、ミス・ティーダーウッドが言ったように、確かに私は基本的には単独任務をずっと全うしてきた。特殊で、かつ重要な任務だ。それは、私の指揮する部隊の君達なら既に知っているだろう。」

そう言うと、一部の黒衣の人物達がうなずいた。

その中にはヴィクラス・ロンバートの姿もある。

 

「今夜、これからのグロリア全体の方針を決める。その為に私が今まで掴んだ情報の全てを提供しよう。まずはそれで、おたくらも仕事に集中できることだろう。」

バスクは金縁ローブの幹部達を横目にそう言った。

 

彼は徐々に本題へ入っていく。

「ここ約一ヶ月の間、私の部下をナイトフィストに潜入させていた。」

 

「これは初耳だな。」

幹部服を着た、体格の良いスキンヘッドの男が言った。

 

「言っただろう。私の任務は特殊かつ重要だと。スパイの情報は、外部に漏れないよう詳細は出来るだけ少人数で把握するほうが良いものだ。」

バスクは視線を全体に移し、続ける。

「部下はナイトフィストの有力な人物の近くに紛れ込むことに成功した。故にいくつか貴重な情報を手に入れることが出来たのだ。その中には魔光力源の情報もある。」

 

それを聞いた皆がざわついた。

 

「ようやく皆に話せるだけの確証を得られた故に話す。我々が先代達の夢見たものを実現する時が来たのだ。今こそ、大きく動き出す時だ。」

 

そして彼は作戦会議を進ませるのだった。

これより、グロリアの活動はより恐ろしく、より活発化することになる。

 

 

 

 

 

それから数時間後の翌朝・・・・

 

マックスは自然に目を覚ました。

何らかの夢を見ていた記憶はあるが、ほとんど覚えていない。

しかし目覚めた感覚から、悪い夢を見ていたわけではなさそうだ。

最悪な目覚めではなかったことはいいことだ。だが、今のマックスはどこか落ち着かない感覚がしていた。

 

落ち着かない・・・得体の知れない不安感だ。

 

思えばつい昨日、サイレントから話しを聞いてから、より一層グロリアが恐ろしいものだという印象を受けた。

しかし今感じているこの不安感が、それだけと結び付いているわけではなさそうだ。

 

何か漠然としたもの・・・やはり得体の知れない不安感としか言いようがない・・・

こうなると、じっとはしていられない。

 

「そうだ。」

マックスは誰かに背中を押されるかのようにベッドからすっと立ち上がり、携帯電話を手にとって開いた。

 

「早いうちにあの事を知らせておかないと・・・」

そしてすぐにある人物へのメールを打ち始めた。

手短に、時間がある時に折り返し連絡を頼むといった内容の文章を打つと、それを送って一旦携帯電話を机に置いたのだった。

 

しかし直後、また取り上げることになった。

「もう気づいたのか。早いな。」

電話から着信音が鳴り響き、マックスはすぐに通話ボタンを押す。

 

「レイチェル・・・」

「マックス。どうしたの、朝から?」

電話からはレイチェルの声が返ってきた。

 

「今、時間あるか?」

「今は一人だから大丈夫だけど。」

「よかった。例の公園での件について、伝えないといけない事がある。」

「えっ・・・何かわかったの?」

レイチェルは一気に食い付いた。

 

「つい昨日の事だ。サイレントから、ナイトフィストにグロリアのスパイが紛れていたという話を聞いた。そしてそのスパイが、恐らくあの時公園に現れたナイトフィスト達を率いていた男に違いない。」

「でも待ってよ。スパイだとして、あたし達が一緒にいるってことを知っていた風だったわよね?その説明はつくの?」

 

マックスはすぐさま話し始めた。

「当然、君とオーメットしか知り得ない情報だ。でも、オーメットが部下に俺達を探すよう頼んでいたとしたら?そしてその部下がナイトフィストに紛れたスパイだった。」

 

更に詳しい話を続ける。

「更にその男はセントロールで起きた謎の警官殺人事件の犯人でもある。奴はセントロールを見張っていたナイトフィストの三人と出くわし、一人を殺した。その時から自分が殺した人物に成りすましていたんだよ。それが、俺があの時公園で見たナイトフィストの人物だ。変身術で顔を変えていたから誰も敵だとは気づかなかったわけだ。」

 

彼が話し終えた後、レイチェルは少しの間黙って内容を整理した。

「なるほど・・・話はわかったわ。でも、あたしには一つ引っかかる事が出てくるわ。」

「この考えにどこか矛盾点でもあったのか?」

マックスは今一度、自分の組み立てた推理を高速で見直した。

 

「そうじゃなくて・・・バスクが、部下にあたし達を探させたっていう所。それって、あたしが不穏な動きをしたんだとバスクに悟られたってことになるわよね・・・」

レイチェルは、作戦と違う動きをして公園でマックスと別れた後、バスクの元へ戻った時の彼の言葉を思い返しながらそう言った。

 

「やっぱり、彼には気づかれてるのかな。あたしが作戦に背いてあなたを彼の元に連れていかなかったって・・・」

彼女の声のトーンが下がっていくのをマックスは感じた。

 

「そうだとして、君はこれからどうするつもりなんだ?」

 

「公園での謎は大方察しはついた。だからあたし達の休戦はもう終わり・・・当初の予定だとそう。」

レイチェルがトーンの低いままの声でそう言った。

 

「だったな。予想よりだいぶ早い休戦終了だ・・・」

マックスは言葉を選び、続けた。

「それでいいのか君は。今度会ったときは、敵としてお互い容赦なく攻撃し合う・・・そうしたいのか・・・」

 

少しの間、無言が続いた。

そしてレイチェルが口を開いた。

「・・・それって、まだ謎が解けたっていう確信はないからよね?」

 

「えっ?ああ、確かに。あくまで俺の推理の話だったが・・・」

マックスが少々戸惑いなが答える。

 

「じゃあ、まだ確証がとれなければ100パーセントの事実はわからない。あたしはまだ何も調べてもいないし。だから・・・」

 

「ああそうさ。だからまだ協力関係を終えるのは早い。俺もそう思ったんだよ。」

マックスは急いで彼女の言葉の続きを繋げた。

 

「そうね。まだまだ調べることは出来るはずだから。だから、もう少しこのままの状態で良いわ。」

この時の彼女の声には、わずかな明るさが感じられた。

 

「俺もだ。事実がはっきりするまではな。」

「じゃあ、また何かあったら連絡して。こっちもわかったことがあれば報告する。」

「ああ。じゃあ、また・・・」

「うん・・・」

 

こうして会話は終了した。

 

マックスは携帯電話を閉じた。

「これで良いのだろうか・・・」

 

しかしレイチェルと再び敵対関係に戻らなかったことで、内心ほっとしているのも否定できなかった。

 

マックスは思考を切り替えようと、昼までの間にサイレント達に伝えるべき情報を頭の中で整理することにした。

 

まずはバッグの中から『学校内全システム書記』を取り出して地図のページを開く。

そこには、自分でつけた地下の×印がしっかり残っている。

しかしここに書かれている第一魔光力源保管所という文字は、元々は地下重要物保管所と書かれていて、魔光力源の部屋の見取図も描かれてなかった。

 

マックスは、図書室で謎解きをした時の事を思い出した。

 

「この本と図書室、そして第一魔光力源保管所に関する事は重要な話題だ。」

 

本の最後のページの著者名が書かれるべき所は空白になっている。

透明インクで書かれているのかと思ったがそれも違った。

 

ともあれ、何にせよ自分達はこの本のお陰で今まで魔光力源に迫ることが出来たのは事実。

しかし敵は違った。

 

バスク・オーメットは、既にセントロールスに一つの魔光力源があることを知っていたとレイチェルは言っていた。

いつどこで知ったのか、奴が魔光力源に関してどこまでの知識があるのか・・・それがわからない。

 

たとえ休戦中とはいえ、レイチェルに聞いても素直に打ち明けるとは思えない。いや、そもそもレイチェルですら知らない事なのかもしれない。

 

「バスク・オーメットについても話し合う必要があるな。」

 

いったいいつ誰が、そして何故セントロールスの地下に魔光力源を保管したのかという事と、それを狙っていたバスクに関してが重要な話題になることは言うまでもないことだ。

 

だがそれらとは関係のない部分で気になる事もいくつか思い浮かぶ。

 

そもそも複数の魔法使いが同じセントロールスという学校に存在することもその一つだ。

しかしこれについては自分達でおおよその推測は出来ている。あくまで推測でしかないが。

 

それから個人的に気になる事もある。

それはなんと言っても、突然発揮したあの得体の知れない力だ。

ほぼ無意識で発動したあの魔力。そしてあの感覚・・・

これは恐ろしいほどの謎だ。

 

「これも魔術の達人であるサイレント達に話すべきだろうな。」

 

ざっと記憶の表面に浮かぶいつくかの問題に対して、少しでも答えが出でればいい・・・そう思いながら、マックスは集合の時を待つのだった。

 

それから時は数時間が経った。

 

まだ約束の時間にはなっていない。

しかし、それまで部屋でじっとして待つのは止めた。

 

今、マックスは『学校内全システム書記』を机の上に置いて、そこに杖を向けている。

目を閉じ、じっくり、しっかりと廃公園のイメージを頭の中で思い浮かべる。

そして呪文を口にするのだ。

「ポータス」

 

杖先が淡く光り、同時に本も同じ光り方をしたのだった。

 

この行程も、大人ならばもっと速やかに出来るのだろう。

マックスはそう思いながら本に手を触れた。

 

すると瞬間に、身体が振り回される感覚とともに周囲の部屋の光景が塗り替えられ、数秒後には景色が完成した。

 

マックスは寂れた路地に投げ出され、その地に足を着いて体勢を整えた。

 

目の前にはあの公園の入り口が見えている。

マックスは公園に入ると、とりあえず地下に潜った。

 

階段を降りてみると、当然そこには誰もいなかった。

 

マックスは『学校内全システム書記』を机の上に置くと、次に本棚の前に歩いた。

 

そこにはサイレントからもらった三冊の本が置かれている。

それともう一冊、昔マックスが父親からもらった呪文の本だ。

 

彼はその『魔術ワード集』を手に取った。

父が、これで魔法を勉強しなさいと言って本を渡した時の光景が脳裏によみがえる・・・

 

思えば、今までこの本がどれ程役に立ってきたことか。

自分はこれ一冊でいろんな魔術を覚えてきたのだ。

 

この本もサイレントからもらった物と同じように、魔法学校で使われている教材の類いなのだろう。

そう思いながら他の三冊をちらりと見た。

しかしこの本だけ何かしら違和感を感じたのだった。

 

あとの三冊と比べるとよくわかる。この『魔術ワード集』は教材と呼ぶには出来が安っぽく見える。それにページ数も明らかに少ない。

これは手作り感があふれている。

 

彼は今まで気にもしなかった、著者名があるであろう最後のページを開いて見てみた。

 

すると、今初めて知った。この本には著者名が書かれていない。

 

最初のページを見ても書いてない。著者名が書いてない本はまず無い。ましてや著者名が書いてない教科書なんてあり得ない。すなわち、これは教材ではないわけだ。

 

「著者不明の本が二冊か・・・」

 

『学校内全システム書記』も著者不明だ。こっちは間違いなく学校関係の本なのに著者名が書いてないということになる。

 

しかしこれを今考えてもどうしようもない。

『魔術ワード集』のほうも、これを渡した父に聞いてみることも出来ないのだ。

 

「聞いてみる・・・」

マックスは思い出した。

そう言えば、サイレントは自分達に向けての教材として、彼がくれた三冊の本プラス、この『魔術ワード集』も含まれていたのだった。

 

三冊の本は、紙切れと一緒に寮の個室の窓際に置いてあった。

紙には、魔術に関しては最適な物をマックスが持っているはずだと書かれていた。

自分がこの本を持っていることを知らないはずなのにだ。

 

これはサイレントに直々に聞いてみようと思っていた事だった。

 

今、机の上には鏡がある。両面鏡だ。

 

マックスは思い立った事をすぐに行動に移した。

 

『魔術ワード集』を机に置き、そのすぐ近くにあお向けになった鏡に手を伸ばす。

片手で持つと、自分の顔を映してもう片方の手で鏡面に触れた。

 

すると、少し待った後に鏡面に反応があったのだった。

 

「これは、組織からの連絡かと思えば、マックスじゃないか。」

鏡から声が発せられた。

 

「サイレント・・・」

マックスは、さっきまでとは変化した鏡面に向かって話し始めた。

「一人で少し早く来たんだ。特に家でやることもないから、魔法の勉強でもしようかと思って。」

 

「頑張るじゃないか。さすがリーダーだな。」

サイレントが鏡の中から言った。

「それで、私に個人的に連絡とは、どんな用かな?」

 

「ああ。今ここに来て思い出したことなんだけど・・・」

そう言いながら、マックスは机の上の本を取って鏡に映した。

 

「この本について気になっていた事があるんだ。」

彼は続けた。

「これは俺の父がくれた物だ。それをあなたは俺達の勉強材料の一つとして指定した。何故あなたは俺が既にこの本を持っていることを知っていたんだ?」

 

サイレントは黙って聞いていた。

 

「それに今わかった事だけど、この本には著者名の記載がない。これは教材として世の中に出回っている物ではないらしい。大した事じゃないかもしれないけど、サイレントなら何か知ってるんじゃないかと思って・・・」

 

サイレントは、マックスの話しを聞きながら彼の持つ本を見た。

「ああ知っている。それは確かに一般書物として出回っている物ではない。」

「やっぱり。それで・・・」

マックスは関心を注いだ。

 

「それは昔、教師の立場の人間が作った本で、実際に教材としては使われなかった言わばサンプルのような物だ。」

サイレントはマックスに視線を移して続ける。

「そんな本を君の父親が持っていたのは知らないが、私は陰ながら君らの魔法を使った行動を見ていたときに、君がそれを手にしている所を見たことがあった。だからそのまま勉強材料にと思ったんだよ。」

 

「なるほど。そういうことか。著者名の記述が無いのもうなずける。」

 

マックスは考えた。

同じく世に出回っておらず、学校内だけでしか取り扱われない『学校内全システム書記』が学校側で直々に作られたと仮定すると、これも著者名が無くてもおかしくはない訳か・・・

 

「わざわざこんな話の為に時間を割いてすまない。でもお陰で少しスッキリしたかもしれない。」

マックスは言った。

 

「いいんだよ。それに、まだまだ話したいことはこの後皆で出来る。君達とちゃんと話しをしたがっている仲間を連れて来る。その時はお互い情報交換しようじゃないか。」

 

「ああ。待ってるよ。それまではこっちのチームの仲間を集めて特訓でもしてるさ。」

 

「よし。こちらも準備が整い次第、出来るだけ早く向かうことにする。では、またな。」

 

サイレントの言葉を最後に、鏡は地下とマックスを映していた。

 

「でも結局、『学校内全システム書記』の著者は特定するあて無しか。こっちの謎はいつ解決出来るのやら・・・」

 

マックスは一旦この問題から離れて、ポケットから携帯電話を取り出した。

「皆を呼んで話をするか。」

彼はチーム全員に召集の連絡を送ったのだった。

 

皆、返事はすぐに返ってきた。

それからこの地下隠れ家にチームが揃うのも早かった。

 

全員が家で待ちくたびれていた頃だったのだろう。

皆がここに集まった時、やる気に満ちた表情を浮かべているのが感じられた。

 

「やっぱり予定より早く到着することになったな。」

ジャックが言った。

 

「当たり前だ。家で何もすることは無いからな。」

椅子に腰かけて待っていたマックスが言った。

 

「同じく。それと、マックス。」

「・・・ん?何だ?」

「せっかくサイレントがいるんだ。俺達には色々と話すべきことがあったよな?特に、お前はな。」

 

マックスはジャックが何を言わんとしているのか全て察した。

「お前も考えてることは一緒だな。ああ、確かに話すことがあるな。ちょうどそれについて考えをまとめていた所だ。」

 

「そうだなぁ。サイレント達に色々直接話せる良い機会だ。」

ソファーに腰を下ろすディルが言った。

 

「そうだ。そしてその中の少なくとも一つは、俺の推測が正しければ、サイレント達は何か答えを知っているはずだ。」

マックスが言う。

 

「セントロールスに魔法使いの生徒が集まった理由。そうよね?」

ジェイリーズがすぐに察した。

 

「うん。前に皆で話し合った時の推測は今も変わらない。そうとしか説明がつかないからな。」

「俺達の親族がナイトフィストと協力し、セントロールスへ集めてサイレント達に守らせた。そんな考えだったよな確か。」

マックスに続けてジャックが言った。

 

「全てはこの後、サイレントの答え方次第だ。そして俺の謎の力の事も聞いてみたい。もちろん、彼らとの作戦会議も楽しみだ。面白くなりそうだぞ。」

 

マックスの言葉通り、この後あらゆる話しを聞かされることになるのだ。

 

そして『魔術ワード集』に関する真実も、彼はまだ知らない・・・・

 

 

 

 

 




次話
新章-第十一幕 夏の終わり

マックス達はサイレント、ザッカス、ライマンと対面する。ここであの謎もようやく知ることとなる。

一方、イギリスの各地域でグロリアの活動が活発化し、ナイトフィストの有力な戦闘者達は各地へと駆り出される。
魔法界住人に、再び14年前の恐怖が蘇り始め・・・

そして夏休みは終わり、その時マックスはサイレントから更なる真実を聞かされる・・・



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新章-第十一幕 夏の終わり

今、廃公園の敷地内で閃光が瞬いている。

呪文と呪文が飛び交う音が続く。それは高速で繰り返されているようだ。

 

マックスは杖を握りしめて、前方のジャックが絶え間なく飛ばしてくる閃光に意識を集中し、杖先で防いでいく。

ジャックのほうも負けずと術を連発し続ける。

どちらも、呪文を一言も口にしない。

 

そしてしばらくお互いの攻防が続いた後、マックスが片方の手で合図を出した。

「よし、もういいだろう。」

 

ジャックは杖を下ろし、マックスの元へと近づいた。

「どうだったかな?」

「良い感じだ。まずは無言呪文の感覚には慣れたようだな。」

 

すると二人の元へディルとジェイリーズもやって来た。

「二人とも、凄かったぞ。」

「魔法学校の生徒顔負けの速さじゃない?」

二人がそう言うと、ジャックが振り向いた。

「でもあくまで今のは同じ呪文の連射だ。まだ実際の戦闘では活かしきれないだろうよ。」

 

「俺達は無言呪文に慣れる必要がある。だからまずは呪文を連続で行使する感覚をつかむ所からだ。今やってみた所、確かに十分なスピードだったと思うぞ。」

マックスが言った。

「でも、今やっただけでも術の連射ってまあまあ疲れるんだな。こいつは良いトレーニングになるよ。」

ジャックが言った。

 

「よし、次はディルとジェイリーズもやってみるか。」

そう言ってマックスがその場を退いた。

 

「やろうじゃないか。ジェイリーズ、お手合わせ願うぞ。」

「じゃあ、まずあたしが先制攻撃ね。しっかりガードしてよ。」

するとジェイリーズが早速杖を構える。

「ちょっと待った!まだ準備が・・・ずいぶんとやる気だな。」

 

その時だった。

 

「確かにな・・・」

突然、公園入り口の方から声がしたのだった。

「ここもずいぶんと物騒な公園になったものだな。」

微笑しながらそう言い、敷地内に入ってきたのはサイレントだった。

直後、彼に続けてあと二人の男も姿現しで出現する。

 

「そうか。もうそんな時間になってたのか。」

マックスが彼らを振り向いて言った。

 

「ずっと特訓を続けていたんだな。本当にやる気がある若者だ。」

サイレントがそう言った後、隣の男が口を開いた。

 

「君らと話す機会を楽しみにしていた。」

「同じくだ。」

続けてもう一人の男が言う。

 

彼らはマックス達の方へ近づき、再び話した。

 

「改めて、ザッカスだ。君達の事はサイレントから聞いているぞ。今後ともよろしく頼む。」

「私はライマンだ。ようやく君達と直接話ができてうれしい。」

二人は並んで挨拶をした。

 

マックスは二人の顔を覚えている。

 

確かに、セントロールスでバスクと戦った時に助けてくれた彼らだ。

しかしマルスの姿はもう無い。いや、既にあの時からマルスはマルスではなかったのだ。

恐ろしい事だ。あの戦いの時バスクとマルスに化けたヴィクラス・ロンバートは芝居をしていた訳だから・・・

 

そんなことを思いながらマックスは喋りだした。

「こちらこそ、改めてマックスです。それと、仲間のジャック、ディル、ジェイリーズです。」

彼は後ろの皆を指差しながら言った。

 

「さあ、立ち話もなんだ。地下でじっくり話をしよう。」

サイレントが言った。

 

そして彼らは地下へと場所を移した。

 

地下室の床に足を踏み入れると、皆が机の周囲に集まり、椅子に腰掛ける。

 

「では、早速我々の話し合いで決まった事から順に話していこうか。」

ライマンが最初に口を開いた。

「君達の在学するセントロールス高校での殺人事件の真相は聞いてるかな?」

 

「はい、サイレントから。」

マックスが言った。

 

「何とも恐ろしい事実だ。そして私達にとって本当に残念な事だった。当然、こんな真実にマグルの警察がたどり着けるはずがない。そこでだ・・・」

ライマンは隣の席に座るザッカスに目線を移す。

 

それからザッカスが続きを話しだした。

「事件の真相がはっきりした今、もはやセントロールスを警察に封鎖させている意味はない。そこで俺達はセントロールスの休校を強制終了させるという決断に至った。」

 

「強制終了?つまり学校を再開させるって、そんなことが・・・」

「俺達の魔法をなめてもらっちゃ困るよ。」

ザッカスがディルの言葉を遮った。

 

「ナイトフィストにはいくつかの役割分担があってな。その中に掃除屋と呼ばれるグループがある。」

「掃除屋?」

マックスが言った。

 

「文字通りの集団だ。主にマグル界で魔法関係の騒動が起こってしまった時にその後片付けをして、更にマグルの記憶を操作して彼らの頭からも魔法の痕跡を消す。それが役割だ。」

 

「すごいや。何かスパイ映画みたいだ。」

ディルが言った。

 

「それと、セントロールスの休校を終わらせるもうひとつの理由がある。」

次にサイレントが話し始めた。

「セントロールスには、君達が発見した魔光力源がある。グロリアがいつ潜り込むかわかったものじゃない。だから学校を再開して、校内を人で溢れさせたほうが奴らの妨げになると考えた。奴らも変にマグル界で暴れて、厄介事はなるべく抱えたくないだろうからなぁ。」

 

「なるほど。」

ジャックがマックスの近くの席で言った。

 

「そうすると、君達に新たな任務も命じられる。」

サイレントは言った。

 

「新たな任務?」

マックスは好奇心が高まるのを感じた。

 

「ああ。それは、セントロールスでの大人しい生活をしてもらうことだ。地下の魔光力源に関しても、ナイトフィストの監視をつける。任せておけ。」

サイレントがそう言った直後、マックス達は唖然とした。

 

「えっ?どういう意味なんだ?」

マックスは困惑しながら言う。

 

「ロンドンのナイトフィスト情報管理所襲撃といい、昨日のバスク・オーメットの作戦・・・そして今日、グロリアがイギリスの各地で多数目撃されたという報告がいくつもある。奴ら、今までより明らかに本気で行動を起こし始めているのがわかる。」

 

彼は続けた。

「君達は今現在、ナイトフィストの誰よりもセントロールスの魔光力源に近づいた者達だ。そしてあのオーメットがどういう意図か、マックス、君に目をつけている。今、君達はかなり危険な状況下にいるんだ。」

 

ここでマックスが口を開いた。

「それ以上は言わなくても、それはわかっているけど・・・」

「俺もな。」

ジャックが続けて言う。

 

「察してくれたか。」

「ああ。でもその指令には引っ掛かるよ。」

ジャックは続けた。

「一般の生活を続けるか、ナイトフィストになり敵と戦うか・・・俺達に最初に出会った時、あなたが言った事だ。そして俺達は戦う事を選んだんだ。」

「更に、ナイトフィストに入れば必ず命の危険が伴う。ここから先は遊びではない・・・あなたは念を押してそう言ったはずだ。それを聞いて尚、俺達はナイトフィストの道を選んだ。」

言葉を繋げるように、マックスが言った。

 

「それに、サイレントは俺達の意思を尊重するとまで言った。ならばナイトフィストとして戦うってのが俺達の意思さ。今更考えは変わらねぇ。」

続いてディルが言った。

 

「危険は今になって始まった事じゃないわ。ねぇ、サイレント。あたし達を仲間に誘うために見ていたんでしょ?そして成長させるために魔法界の勉強もさせたんでしょう?」

ジェイリーズがサイレントを一直線に見つめて言った。

 

「もちろんだとも。もちろん君達が言っている事は正しいとも。だが事態は変わった。今はグロリアの事は大人の私達に任せて身の安全を第一に優先してほしい。それが今の任務だ。」

 

すると彼の横からザッカスが口を挟んだ。

「やはりちょっと強引すぎるんじゃないかサイレント。彼らの気持ちは本物だし、意思は固い。身を護りたいのは俺も同じだ。だが彼らはもはやただの子供ではない。14年前とは違う。もうナイトフィストの一員だ。同士の意思も尊重すべきだろう。」

 

サイレントは口を閉じて、マックス達をじっと見ながら考えた。

そして一息ついてから落ち着いて話を続けた。

 

「・・・そうだな。わかった。では地下の魔光力源の監視は任せるとしよう。だがくれぐれも周りには注意しろ。好奇心で危険に身をさらすことだけは絶対に駄目だ。」

 

「わかった。地下の監視以外はなるべく大人しくしてる。ありがとう。」

マックスが言った。

 

「いや、私こそ少々強引だった・・・」

 

ひとまず彼らの話が落ち着くと、次にマックスの方から話を切り出した。

「そうだ。今日はあなた達としっかり話せるせっかくの機会だから、今俺達が気になっている事についても話がしたいと思っていたんだけど・・・」

 

「うん。聞こうじゃないか。」

ザッカスが関心を寄せてくれた。

 

「これは、もしかしたらあなた達に言っても答えられない事なのかもしれないけど・・・でも、俺達の中では一つの推論が出来ている事です。それは、セントロールスにこんなにも魔法使いが入学している事。それも、俺達は皆共通する過去を持っているという事実付きで・・・」

 

それを聞いて、ザッカスら三人は静かに顔を見合わせた。

 

マックスは更に続ける。

「まずは俺達の推論を言います。それは、ずばりナイトフィストの意図的な計画。俺達を同じ場所に集め、グロリアから遠ざけた・・・」

 

三人は黙ってマックスの話を聞いている。

 

「そうすれば、俺達を次世代のナイトフィスト候補者を確保する事も容易だ。これが俺達の推理した結果です。次はあなた達の言葉を聞きたい・・・」

 

彼の言葉の後、口を開いたのはザッカスだった。

 

「ああ。もう、ちゃんと話すべき時だ。何も隠す意味もないだろう。」

彼はサイレントとライマンに向けて言ったのだった。

 

「そうだな。いつか伝えようと思っていたさ。今が丁度いい時だな。」

サイレントがそう言うと、ライマンもうなずいた。

 

サイレントは改めてマックスに向き直り、彼らの欲する答えを告げるのだった。

 

「君達の思考は優秀だな。今、君が言った推論は概ね正解だ。」

「やっぱり・・・そうだったんだ。じゃあ、セントロールスに俺達を入学させるためのカラクリは?」

マックスの好奇心は猛スピードで加速する。

 

「それについても、だいたいの検討はついてるんじゃないか?」

サイレントが言ったことはもっともだった。

 

「ナイトフィストの人間が、俺達の側にずっとついているわけではなかった。となると、俺達を誘導出来うる人間は限られる。それは身内しかいない。つまり・・・今現在の俺達の保護者だ。」

マックスは以前、自分達で立てた推論を言った。

 

「見事だ。もはや説明の必要もないほどな。」

サイレントは言った。

「14年前の惨劇の後、我々は生き残った子供達の保護及び可能な限りのナイトフィスト人員確保を行うために、彼らの親族を探した。その時に我々の計画を話して、私達が影ながら見守っていく事を約束した。」

 

「私達は魔法界だけでなく、マグルの町にも避難させようと考えた。魔法界から遠く離れたこのバースシティーは避難場所の一つというわけだ。そしてナイトフィスト隠れ家を造ってこの町を監視することにしたんだ。」

ライマンが続けた。

 

「でも君達四人が、そろって同じセントロールスという学校へ集まったのは偶然だ。そして何より驚くべきは、そこに魔光力源なる物があった事だ。これはまさに運命の導きとしか思えない。」

ザッカスが言った。

 

「運命って?」

マックスが言った。

 

ザッカスは、改めてマックスの顔をしっかりと見つめて口を開いたのだった。

 

「それは・・・君の父親は魔光力源の調査をしていたからなぁ・・・」

ザッカスが言った瞬間、マックスは訳がわからなくなった。

 

「魔光力源の・・・調査?」

混乱する様子のマックスに、ライマンがゆっくりと喋った。

 

「マックス、君には色々と話さなければならない事がある。彼の息子に、直接伝える時がようやく来たか・・・」

そして彼は、昔の記憶を呼び起こしながら話した。

 

「ギルマーシス・レボットは、私とザッカス、そして今は亡きマルスとグループを組んで活動していた。君の父親は優秀なナイトフィストの一人だったんだ。」

 

「俺の父親が、ナイトフィストだった・・・」

マックスが驚くと共に、チームの皆も驚きの表情を浮かべた。

 

彼らの会話はまだまだ続く・・・・

 

 

 

 

場所は変わり、バースシティーから遠く離れた魔法界にて・・・・

 

魔法界の都市、ウィンターベール地方の海原に浮かぶ島・・・

その頂上にそびえる黒い館、グロリア砦の中に男はいた。

 

窓から斜光が注ぎ込み、暗い部屋が斜めに明るく照らされる。

 

彼はその光に包まれながら、何やら語り始めた。

 

「14年前の記憶が甦るようだ。あの時もここで、こうしてもうすぐ沈みゆく太陽を眺めていたかな・・・」

 

その男、バスク・オーメットはゆっくりまぶたを閉じた。

 

「あの日、あの時の声が聞こえてきそうだ・・・君の父親の声だ。」

 

少し離れた所には、バラ飾りが付いた漆黒のワンピース姿の少女がいた。

 

「あの日の彼の目は輝いていた。我らがグロリアの大きな夢が、これから実現に向かう瞬間だったのだからなぁ・・・」

 

彼の話を少女は黙って聞いている。

 

「そして今、新たな声が私に語りかけてくるようだ・・・戦いを終わらせろと。その為に、戦えとなぁ・・・」

 

「もちろん。あたしも、父さんの思いと一緒だったわ。」

少女、レイチェルはそう言った。

 

バスクは目を開けて、後ろを振り向く。

「私もだ。だから早く、私達の崇高な計画を絶対に成し遂げなければな。彼が常に見守っている。」

 

レイチェルは黙ってうなずくと、静かに部屋から姿を消したのだった。

 

太陽は傾き、夕日がよりいっそう彼を明るく照らした。

 

彼は何かを思いつめながら窓際にたたずむ。

「彼は実に純粋なグロリアの崇拝者だった。だから彼の願いは、グロリアの願いだ・・・しかし今、謝らなければならない。今の私は、君が願っていたものと全く同じ結末へは向かおうとしていない・・・」

 

するとバスクはポケットに手を突っ込み、銀に光る指輪を取り出した。

 

指輪を口元に近づけて、彼は喋る。

「マスターオーメットより各駐屯地のマスター達へ告ぐ。明日より全駐屯部隊の一斉行動を開始する。マスター諸君はイギリス各地のナイトフィスト調査隊全滅の指揮を任せる。」

 

そして指輪を再びポケットにしまった。

 

「最後の一手は我々が打つ。その為に反乱分子は全て消さねば。私が計画を成し遂げるのだ・・・」

自分に言い聞かせるようにつぶやいた後、彼は姿を消したのだった・・・・

 

 

 

再び、バースシティーの地下隠れ家にて・・・・

 

マックスは、ナイトフィストが行った子供の保護計画の概要に加えて、自分が全く知らなかった父親に関する事実を聞かされた。

 

父はナイトフィストで、ザッカス達とグループを組み、ある調査をしていた事。

 

それはグロリアがしきりに探していた物・・・大いなる力・・・

それが今となってはわかる。今まさに自分達が直面している問題、魔光力源だという事。

 

マックスは父親のしていた事と、今の自分を比べて考えた。

 

父親のグループが調査していた魔光力源の一つを、自分達が実際に発見してしまった。

そして親と同じくナイトフィストの道に足を踏み入れたのだ。

 

ライマン達から話を聞いた今、確かに全ては運命の導きのように感じられる。

 

「そうだマックス、自分の事も話しておくべきだろ。」

隣に座るジャックが言った。

 

「ああ。そうだったな。」

予想もしなかった情報量を詰め込んだせいで、マックスは危うく聞こうとしていた事を忘れそうになっていた。

 

「最後に、これは最近俺の身に起きた事なんだけど・・・」

彼は、あの時の感覚と光景を思いだしながら話をする。

 

「突然、ものすごい力が沸き上がるような感覚がして、と思ったら意識がどんどん遠くなって・・・で、気がついたら無意識に敵を攻撃していた。後で皆に聞いてみたら、その時俺の体が赤いオーラを放っていたらしい。」

 

それを聞いていたサイレント達三人は、信じられないというような表情で互いに顔を見合わせた。

 

「まさか・・・ネクストレベル・・・」

ザッカスが小声でそう言った。

 

「えっ、何ですって?」

「君、その時はどんな状況だったんだ?」

今度はライマンが質問をした。

 

「その時は、デイヴィック達がまだバスク・オーメットの手下だった頃で、彼らとの戦いでこっちが負けそうになっていた時に起こった。あの時は今までにないピンチを感じた。恐怖も。そして何より自分が仲間を守れない悔しさや苛立ちを強く感じた。それはよく覚えているよ。」

 

「絶体絶命の状況に、いろんな感情が沸き上がる・・・特に、内側への強い感情か。サイレント・・・」

ライマンはサイレントを向いた。

 

「ああ。この若さで信じられんが、これはネクストレベルの覚醒の始まりとしか思えないな。」

サイレントはそう言った。

 

「ネクストレベル?」

当然、マックスには何の事だかさっぱりわからなかった。

 

「魔法使いの発揮できる魔力の更なる覚醒の事だ。」

サイレントは説明を始めた。

「太古の魔法使い達は、現代に生きる我々よりも高度な術や強い魔力を持っていた。だが時代が進むに連れて彼ら魔法使いの祖先のような力を発揮できる者がどんどん減っていったんだ。だが現代でも、魔力が次の次元へ覚醒して彼らに近しい力を発揮できるようになる者も稀に現れる。そんな魔法使いをネクストレベルという。」

 

「そんな事が・・・それじゃあ・・・」

「君もその一人というわけだ。」

ザッカスが言った。

 

「ネクストレベルへの覚醒条件は個人で異なるが、君の場合は絶体絶命の状況が作り出した強い感情の高まりがトリガーだったようだな。もっとも、正確にはまだネクストレベルではない。意識を持って力を発動させ、意のままにコントロールできるようになってからが完全なネクストレベルだ。今後、完全に覚醒するかどうかは君次第だな。」

 

話を聞いたマックスは、これからのナイトフィストとしての自分の在り方を想像した。

 

「もし俺が本当にネクストレベルになれたら、将来ナイトフィストの騎士として、グロリアとの戦いで大いに活躍出来るというわけだ。」

 

「騎士か・・・」

サイレントは何か思い詰めたように静かに言った。

「かつて、そんな事を言って力に飲み込まれ、悲劇的な最後をむかえた奴がいた。強大な力が手に入るという事が必ず有益な事とは言えん。これだけは忘れないでほしい。君が同じような事にはなってほしくないからな・・・」

 

「ああ。わかったよ。」

とは言ったものの、彼がどんな過去の記憶を思い浮かべながら喋ったのか・・・

それはマックスには検討もつかないが。

 

「さて、そろそろ御開とするかな。今日は興味深い話が聞け良かったよ。」

「ああ、君達と話せて良かった。また時間がある時には、こうやって話し合おう。」

ライマンとザッカスが言った。

 

「俺達のほうこそ、色々な事がわかってよかった。今日あなた達と話せて良かったですよ。」

マックスは言った。

 

「それにしても、君達は大したチームだな。さすが、ギルマーシスの息子のチームだ。」

ザッカスが笑顔で言う。

「それは、否定できませんね。」

ユーモアをもって、しかし本心でもある言葉をマックスは言ったのだった。

 

そして彼ら三人の去り際に、サイレントがマックスに話しかけた。

「マックス、何か困った事があったらすぐに連絡してくれ。私達はいつでも味方だ。いいな。」

 

マックスはうなずき、サイレントもまたうなずく。

それから彼らは部屋を出て行ったのだった。

 

マックス達もすぐに解散して、各自公園を後にしたのだった。

 

 

日は落ち、町はだんだん暗くなっていった・・・

 

マックスは今、テイルと夕食を食べている最中だ。

 

二人はふと、テレビのニュースに反応した。

 

「ようやく事件解決したみたいね。」

「ああ・・・そうみたいだな。」

 

それは、セントロールスでの殺人事件が無事解決したというニュースだった。

 

聞けば、生徒を殺した犯人は後日、警官に変装してセントロールスの警備に紛れ込んで、証拠を隠滅しようとした所を警察官二人に見つかり、激しく争った後に誤って転落し死亡した。

しかし争いで負傷した二人の警官も、実は警察官ではなく変装して紛れ込んでいた窃盗グループだったのだ。

だから警官の格好をした三人の顔を、警察署の人間は誰も知らなかった。

 

という内容だった。

 

このシナリオを、ナイトフィストの掃除屋が考えてこじつけたという事だろう。

 

それにしても、驚くべき仕事力だ。

魔法を駆使して一日で事件の捜査に関わった人達を操り、この騒動を片付けたのだから・・・

 

 

「そうだ、ひとつ聞いていいかな?」

マックスは何気なく、とある話を持ちかける。

 

「ん?何?」

テイルはテレビの画面を見たまま言った。

 

「14年前、テイルの元に俺を運んだ男がいたって言ってたよね?」

「うん。急にそれがどうしたっての?」

「その人はナイトフィストという組織の人間で、俺の身の安全のためにこのバースシティーへ連れてきた。本当は、そこまで知ってたんじゃないかな?」

 

突然のマックスの言葉の後、食事をするテイルの動きが止まった。

 

彼は更に続ける。

「そして俺がセントロールスに入学することも、既に予定されていた。ということで間違いないかな?」

 

「あの人達に会ったんだね・・・」

テイルは目線をマックスに移した。

 

「・・・まあな。そして教えてくれた。」

マックスはすぐに、ナイトフィストの人間の事だと理解した。

 

「あんたの言う通りよ。全ては子供達の安全を考えた計画。14年前に、あんたをあたしの所へ運んだ人は、このバースシティーであんたを見守ると言った。あたしは、親戚でたった一人生きていたあんただけは失わないように、彼らの計画に賛成したのよ。」

 

ここでマックスはひとつ気になった。

自分を運んでくれた人は、この町で見守ると言っていた・・・

 

となれば、誰が自分をテイルの元へ運んだのかはかなり絞れる。

ずばり、今日話した三人の中の誰かだ。

 

「そうだ、俺を運んでくれた人って?」

大体の検討をつけながら彼は言った。

 

「本名はわからないけど、ただ自分は''サイレント''だと。」

「サイレント。わかった。」

それはマックスにとって、しっくりきた答えだった・・・

 

その後やることが何もなくなったマックスは、自分の部屋のベッドに仰向けになって、今日一日の情報を整理しているところだった・・・

 

ようやく判明した事実・・・

それは長い間、ずっと気がかりだった事。

全てはサイレント達ナイトフィストの計らいだったのだ。

 

14年前から、ナイトフィストがサウスコールドリバーの惨劇を生き延びた子供達を保護する計画が始まっていた。

 

彼らは親族に説明し、手を取り合う事で俺達を魔法界から遠ざけ、マグル界の指定した町に集めさせた。

 

そして可能であれば将来のナイトフィストの一員として迎え入れる。

それまでが彼らの計画だった。

 

正直、この推測はしていた。

本当に自分達の推理通りだとは・・・今はその事に一番驚いているかもしれない・・・

 

ともあれ、ずっと気になっていたこの謎がはっきりしたのは収穫だった。

だが本当に収穫になったのは、俺個人に関する事の方だ。

 

父親もナイトフィストで、ザッカス達と共にグループを組んで活動していた。それも魔光力源に関する調査だ。

 

更にはサイレントの教材を読んでもわからなかった、得体の知れない自分の力の正体が判明したのだ。

 

ネクストレベル・・・更なる魔力への覚醒。

これについては今後どう向き合っていくか、しっかり考えないといけない。

 

今日という日でこれまで気がかりだった事実をひとつ、またひとつと知った。

この調子で魔光力源に関しても、その全てを解き明かしたい。

そんな意欲も沸いてくるものだった。

 

しかし、今日サイレントから与えられた指令は、決して無茶が出来るような内容ではなかった。

勝手な行動をし過ぎてサイレント達を厄介事に巻き込むのは良くない。今は出来る事だけをしよう。

また何か気になるような事に直面した時には、この調子で解決させよう。

 

気になる事と言うと、今まで見てきた夢の内容だ。

はっきりとは覚えていないが、どれも意味深だった。

色んな会話が聞こえたり、何者かが語りかけてきたり・・・

これに関しては誰に答えを求めることも出来ない。

 

だが少なくとも一番新しい夢はよく覚えている。

14年前、まさに悲劇が起こったあの瞬間の内容だ。

 

これがどこまで実際の記憶なのか、はたまた全くの想像なのかは知る余地はない。

だが忘れてはいけない内容だという気がする・・・

 

それともうひとつ、気がかりな事はある。

これから、レイチェルとどう向き合っていけばいいのか・・・

 

今のマックスにとって、それが一番の気がかりなのかもしれなかった・・・・

 

 

 

 

翌日。

 

場所はロンドン時計塔裏隠れ家にて・・・

 

ただ今もう一つのチームの会議も行われていた。

 

「俺達もあいつらと連携を取って行動がしたい。だからもっと話し合わないといけない。」

その少年、デイヴィック・シグラルはザッカスとライマンを前にして言った。

 

「君達、変わったな。本当に良かった。」

ライマンがそう言った。

 

「それはあなた達と、マックスが後押ししてくれたお陰だ。だからナイトフィストの為の活動をすることがそのお返しだと思ってる。」

デイヴィックが言った。

「だからこそ、あいつらの力にもなりたいんだよ。」

 

「君の改心には本当に感心するな。君達の事は、マックスのチームと同様に私達がしっかりサポートさせてもらうぞ。」

ライマンがデイヴィックと彼の仲間達に向けて言った。

 

ここでザッカスが話に割って入った。

「すまんが、ちょっとサイレントに連絡を入れていいか?」

「ああ、そう言えば少し遅れぎみだな。」

ライマンが言う。

 

「少し外す。話を続けてもらってて構わんぞ。」

そう言って、ザッカスは少し離れた所で手鏡を手にしたのだった。

 

鏡を覗くと、彼はすぐに話しだした。

「おお、サイレント。そっちの用事は片付きそうか?」

彼の手鏡にはサイレントの顔が映し出されている。

「間もなく切り上げるつもりだ。すぐに向かう。」

サイレントは手短にそう言って、鏡面から消えたのだった。

 

その時鏡の向こう側では、サイレントは自分の手鏡をスーツの裏にしまい、前に向き直っていた。

 

ここは壁、床、天井の全てが白い部屋で、両サイドには壁に面してベッドが数台置かれている。

それらを見る限り、ここは病室のようだ。

 

サイレントは一直線に、窓際のベッドの所へと進む。

そのベッドの上には一人の男が横になっていた。

 

「悪いが、今日は時間がなくてな。また来る。」

サイレントはベッドの上の男に言った。

 

「すまんなウェンド。記憶がもう少し戻れば力になれるかもしれんのになぁ。」

その男は言った。

 

「全てはグロリアのせいだ。今は治療に専念しろ。この調子で治療がうまくいけば、何か重要な記憶も出てくるかもしれんさ。」

「だといいがな。」

その男は元気なさそうに言った。

 

「そう気落ちするな。現に俺の本当の名前を思い出すことが出来ている。徐々に回復しているのは事実だ。じゃあ、またな。」

そう言うと、サイレントは部屋を離れたのだった・・・

 

 

 

その頃バースシティーでは、久々にセントロールスの敷地内に生徒達が押し寄せていた。

 

今日より、セントロールスの新学期が始まる・・・

 

 

 

 

 



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新章-第十二幕 frustration (前編)

真夏よりも、少し涼しくなってきたようだ。

屋上に吹き付ける風を浴びながらそう感じる。

 

今年の夏ももう終わろうとしている。実に時というものは早い・・・

つい半年ぐらい前・・・まだつまらない毎日を何とか消化しようとしていた頃はそう思ったことはなかった。

この感覚も、心境の変化というやつか・・・

 

マックスは今、セントロールスの屋上にいた。

 

手すりに手を置き、そこからグラウンドを見下ろす・・・

 

数人の生徒達がボール遊びをしている。

そこから声も聞こえてくる。

 

こんな当たり前の光景をまた目にしている。心のどこかで、もう見ることはないんじゃないかと思っていたが。

何せ自分は、自分達はアウトサイダーだ。今ここにこうしている事は本来おかしい事だから。

しかし半年前の、何もかもが始まる前に毎日見ていた光景を、今また目の前にしている・・・

 

「またあの頃に戻った気分だ・・・」

そんな事を思いながら、マックスはふと独り言をつぶやいた。

そんな時だ。

 

「こんな所で、一人で何してる?」

その聞き覚えのある声はマックスの背後から聞こえた。

 

「デイヴィック・・・何でここに・・・」

マックスは後ろを振り向いて、ぼそっと言った。

 

そこには、こっちへ歩いてくるデイヴィックの姿があった。

私服の彼は、ラフな感じに見える。

 

「魔法学校には行ってないのかって?今は夏休み期間だからな。」

デイヴィックはマックスの隣に近づいた。

「それにな、俺達はもう17歳だろ。就職活動とかで、新年から受けなきゃいけない授業も激烈に少なくなるんだ。まぁ、俺はもとからまともに授業受けてないから関係無いようなもんだな。」

 

「ん?17歳だから就職活動って・・・どういう意味なんだ?」

マックスが言った。

 

「ああ、そうだった。マグル界では成人は18からだそうだな。魔法界では17からなんだ。」

「なるほど、そうなのか。魔法使いなのに今初めて知った。」

「無理もないさ。」

そしてマックスの顔を見ながら、彼は続ける。

 

「それにしても何だ?浮かない顔だな。学校の事件が片付いたって聞いたから見に来てみたら、屋上に一人で突っ立って。まだあの事引きずってるのか?」

 

「あの事・・・?」

マックスが言った。

 

「レイチェル・アリスタだよ。」

「ああ、その事なら心配いらない。もう落ち込んだりしないさ。」

マックスは少々強気で言った。

 

「それなら良かった。なら他に何か引っ掛かる事でも・・・」

デイヴィックは言った。

 

「いや・・・特に何もないけど・・・」

マックスはとりあえず新たな問題事でもあるのかと考えてみたが、思い当たるものはこれといって出てこなかった。

だが、デイヴィックから浮かない顔だと言われた通り、確かに何かもやもやした気分である事に違いはなかった・・・

 

「そうか。まぁ、あんまり何でも考え込みすぎるなよ。」

デイヴィックがマックスの心を察してそう言った。

「所で、そっちは今どんな活動をやってるんだ?」

「いや・・・ああ、まぁ一応指示はあったけど。」

 

マックスは校庭の方を見たまま言う。

「今はここで大人しく生活しつつ、地下の魔光力源の監視をしろ。それがサイレントからの指示だ。要は、大した活動はしてない。」

 

「まぁ俺達のほうもまだ大した任務は無くてな。出来るときには魔力を鍛えてる所だ。でもそのうち俺のチームだけでは手に負えないような事もあると思うんだ。その時は・・・」

「ああ、もちろんだ。俺も二つのチームでより強力なチームプレイが出来る事を望んでいる。」

マックスが言葉を繋げるように言った。

 

「ああ。俺もだ。」

そう言って彼は嬉しそうだった。

 

程なくして学校のチャイム音が鳴り響き、彼はこの場を後にした。

マックスもすぐに校内へと戻るのだった。

 

また授業か・・・

そう思いながら廊下を歩く速度は実に遅い。

その足取りにやる気の無さが反映されているのは言うまでもないことだ。

 

やがて廊下にあふれていた生徒達がほとんどいなくなり、再びチャイムが鳴った。

 

マックスもその時には教室の机に着いていた。

 

今から物理の授業が始まる・・・物理なんか魔法を使えばどうとでもなる。全く興味が沸かない。

興味が沸かないのはこの授業に限った話ではない。全ての授業がそうだ。

しかもナイトフィストに足を踏み入れた今、更に授業を受ける意味が無くなったわけだ。

 

本当ならば全ての授業をスルーして魔法の勉強や術の訓練に時間を使いたい所だ。

だが学校で問題児になっては面倒な事にしかならない。

こんな事でテイルに迷惑はかけたくないし、サイレントの指令は、あくまで表向きは穏便な学校生活を送る事だ。

要は、目立つなという事。

 

学校生活が再開してからは、正直少しほっとした。

かつてのような学校の日常風景を再び見て、平穏な空気に気持ちが落ち着いた。

だが二週間ほど過ぎた今、どうだ・・・?

ナイトフィストの活動から切り離され、ただ他の生徒達同様の学校生活を送る毎日だ。

 

何も変わらない現状。全てが無意味に思える学校生活。音沙汰の無いグロリア関連の情報・・・

 

黒板の前に立つ教師の話を全く耳に入れず、マックスはただ窓の外をずっと眺めていた。

彼の心は更に落ち着かなくなっていく・・・

 

この時間はこうして過ごし、授業終わりのチャイムが鳴ってから彼はすぐに立ち上がった。

 

生徒達と同様、人混みに紛れながら教室から出て、廊下を歩く・・・

この騒がしい空気の中にいると、自分がどれ程場違いなのかとつくづく思い知らされる。

 

マックスはゆらゆらと歩き、自分の寮へと向かった。

 

その頃、彼の向かっている寮室は今日の授業を終えた生徒達が複数いた。

そんな中、隅っこのテーブルにてあの三人が集まっているようだった。

 

「何だか懐かしいよな、この感じ。」

ディルが言った。

「このテーブルに集まって、こうやって話して。昔チームで遊んでた頃みたいだろ。」

 

「やっぱり皆そう思ってるんだな。」

次にジャックが言った。

 

「あの頃とはあたし達の状況が変わりすぎたからね。またこうして制服着てるだけでも、何か変な気分。」

ジェイリーズが言った。

 

「まぁ、こうして穏やかな学校生活を送れ・・・それが今の指令だというなら、今はこの生活を味わおうじゃないか。」

そしてディルは立ち上がった。

「よし、腹が減ってきた。皆どうだ?」

 

「俺はまだいいよ。」

「あたしも・・・」

二人はそう言った。

「まったく寂しいぜ。あいつはまだ来ないし。じゃあ俺一人行ってくるかぁ。」

ディルがそう言って動こうとした時。

 

「わかったわよ。あたしも付き合う。」

ジェイリーズがしぶしぶ立つのだった。

 

「そうこないとなぁ!そうなるとジャック、お前もどうよ?皆で食ったが旨いだろ。」

ディルはジャックに視線を向ける。

 

「二人で行ってこいよ。俺はあいつを待ってるんだ。」

本当はついて行っても良いかと思ったが、内心を無視し、どういうわけかジャックは反抗した。

 

「これから呼べばいいじゃないか。まぁ、とりあえず俺達は先に行っとくぞ。腹が待ちきれないからなぁ。」

そう言ってディルは早速歩きだしたのだった。

 

ジェイリーズは一瞬、一人残ったジャックに何か言いたそうな顔をした後、去っていくディルに着いて行った。

 

 

「さぁて、今晩のメニューは・・・」

そう言いながらディルは寮室を出たが、すぐに立ち止まった。

 

「おう、マックス。丁度いい。」

そこに正面から歩いて来たのはマックスだった。

 

「ディル、ジェイリーズも。まさか、飯か?」

「話が早いな。お前もどうだ?」

そう言われたが、マックスはまだ何も食べる気は無い。

「俺はいい。」

「二人ともつれないな。」

ディルが言った。

 

「そうだ、ジャックはどこにいるかわかるか?」

「寮室さ。お前を待つって言って一人でいるぞ。何かお前に直接用でもあるんじゃないか?」

「俺に?」

マックスには心当たりがなかった。

 

「じゃあまた後でな。」

そしてディル達はまた歩きだした。

 

マックスはとりあえず寮室へと向かう。

そして扉を開いて少し見渡すと、すぐにその場所はわかった。

マックスは行き交う生徒をかわしながらひとつのテーブルに歩いた。

 

「俺を待ってたそうじゃないか。何かあるのか?」

マックスは、テーブル隣の椅子に腰かけている男に言った。

 

「ああ、お前か。気づかなかったよ。」

彼、ジャックはマックスの方へ振り向いて言った。

「用か・・・いや、特に何もないんだけど・・・ただ適当に言っただけなんだ。」

「どういうことだ?」

「気にしなくていい。意味は無いさ。」

ジャックはそう言った。

 

「そうか、まぁいいや。それより・・・」

マックスは向かい合うようにソファに腰かけて、改めて話を始めた。

「この現状、どう思う?」

 

それはあまりに唐突な言葉だったが、ジャックには彼が何を考えているのか大体わかったのだった。

「正直、意味を感じていないな。いつまでこれが続くのか、その先に彼らが何を考えているのか・・・不安かな。」

ジャックは静かに言った。

 

「そうか、お前もか。俺も、サイレント達が俺達をどうしようとしているのか、わからなくなったな。俺達はまだろくに戦えないから静かにしていろ。そうとも受け取れる指示だ。」

マックスが真剣な目つきで言った。

 

「まぁ、それももちろんあるだろうけど。ただ、俺達の身を心配してああ言ったってのが一番の理由だろうよ。それに、下手に俺達に騒動を起こされても厄介だろうしな。」

ジャックが言った。

 

確かにサイレントの話しでは、最近魔法界の各地でグロリアの活動が目立っているらしい。

こんな時に俺達が足を引っ張るような事は避けたいと思うのは普通だ。

 

「それはそうかもしれないけど。でも・・・このままじゃあ俺達は今までと何にも変わらない。やっぱり俺達は俺達で出来る事を考えてすべきだ。ナイトフィストとしての、俺達自身の将来の為にだ。」

マックスは今日のデイヴィックの話を思い返しながら言った。

 

「俺も、同感だな。」

ジャックは言った。

「それじゃ、どうかな?本を読むだけじゃつまらないなら、また隠れて魔術の特訓でもするのは?」

マックスが言う。

 

「ああ。それもいいな。」

「そうこないとな。」

その後、彼らは寮室を飛び出すのだった。

 

 

時を同じくして、魔法界ではピリピリしたムードが漂っている・・・

 

「では残りのニール、オーシング、ブレント支部、各支部の現状報告を。」

ひとつの扉の奥から声が聞こえてくる・・・

 

「ニール支部より報告。こっちは敵の目撃記録に更新は無し。」

「オーシングのほうは引き続き攻撃チームが追跡調査中。」

 

何やら複数人が会話をしているようだ。

 

「わかった。近辺で活動している者はいないか調べる。見つかり次第そっちの応援に回す。」

「了解。」

「よし、では次だ。」

 

するとまた違う声が答える。

「ブレントでは新たな情報があります。」

「何だ?」

「四日後に、グロリアの一団が召集をかけると。どうやらこちらブレントの管轄区域だという話です。」

 

その時だった。

一人の男が扉の前に現れ、扉を勢いよく引き開けた。

「その情報は嘘だ。」

皆、突然現れて言った彼の言葉に反応し振り向く。

その部屋には一人の男がいて、壁に貼り付けられた三枚の巨大な鏡と向かい合っていた。そして鏡の中にはそれぞれ一人ずつ違う男の姿と背景が映っている状況だった。

 

「急に何だ?」

鏡の前に立つ男が言う。

 

「その情報は誰から?」

現れた男は鏡に向かってそう言い、そのまま部屋の中へ足早に入っていく。

 

「つい最近こちらに派遣されて来たバロンズという男だ。サイレント、君がもともと所属していたニール支部の人間だ。彼の事は知っていると思うが。」

「ニールの事ならよく知っている。その男はナイトフィストではない。バロンズなんて男はいないからな。」

彼、サイレントは鏡の中の男に向かって言った。

 

「何だと?・・・じゃあ・・・」

「マルスの件は聞いただろう?」

「マルス、まさか・・・」

鏡の中の男は言葉をつまらせた。

 

「そうだ。ヴィクラス・ロンバートさ。私は奴がブレント支部方面に現れたという情報を聞いた。奴が顔を変えてバロンズと名乗って偽の情報を伝えたのだ。」

 

「なぜそんな事・・・」

三枚の鏡の前に立つ男が言った。

「スパイは敵だけではない。マルスの件が判明した後、私の信頼する仲間がロンバートをずっと追っていた。その結果、今奴が動きだした事がわかった。少なくとも奴が話した事は嘘だ。我々を指定した場所に誘き出して何を企んでいるかは知らんが、奴は次なる手を打つつもりなのだろう。おそらくバスク・オーメットの指示だ。」

サイレントは言った。

 

「そうか。それは有難い情報だ。皆、聞いたな。」

男は三枚の鏡に向けて言った。

 

「了解した。そういうことなら、彼の送り込んだスパイと連携して四日後に備えよう。」

「何かロンバートの動きに変化があれば報告を頼む。それから他の支部のほうも、何か気になる事があれば調査し、どんな些細な事でも報告するんだ。もちろん魔光力源に関する事もな。以上だ。」

男がそう言うと、いずれの鏡もこちら側を映すただの鏡となった。

 

「サイレント。いい情報を提供してくれて有難い。君と仲間がニールからこのロンドン支部に来てからというもの、実に助かっている。良いグループだ。」

「それは自負しているつもりだ。では、また情報が入り次第。」

そしてサイレントは作戦会議室を後にしたのだった。

 

彼が通路を歩いている最中、突然にポケットから鈴のような音が鳴り出した。

サイレントは立ち止まって、スーツの内側に手を突っ込んで手鏡を取り出す。

小さな鏡面に手をかざすと音は止まり、そこには一人の人物の顔が浮かび上がっていた。

 

「リビングストン。どうした?」

サイレントが手鏡に向かって話しかけた。

 

「ウェンド。曖昧だが、新たに思い出した事があるんだ。」

鏡の中から小さな声が聞こえた。

それは、とある病室でサイレントが会っていた男の声だ。

 

「そうか。どんなことだ?」

サイレントは目つきが変わった。

 

「地下の広間・・・そこにあったのは、おそらく君の言う魔光力源とかいう物だ。それに、俺の他にも男達が五人・・・彼らは、仲間達か・・・」

「その男達の顔や名前は?」

サイレントが言った。

 

「いや・・・悪いが、まだそこまではわからんな。」

「そうか。しかしよく思い出してくれたな。この調子で少しずつ思い出すんだ。焦らなくていいさ。また何か思い出したら頼む。」

そして彼は手鏡をしまったのだった。

 

彼はその場で考えた。

「地下の魔光力源というと、セントロールスの事だろう。そこに彼と五人の仲間が訪れたことがあるというのか・・・どうやって中に?」

サイレントは立ち止まったまま腕を組んだ。

 

「五人の仲間。彼も合わせて六人だ。そういえばあの部屋の奥に開かない扉があったな・・・確か、六枚だ・・・」

 

「サイレント・・・」

突然のその声でサイレントは我に帰った。

 

「ああ、ザッカスか。」

「どうした?考え事か?」

そこにはザッカスが立っていた。

 

「ああ。たった今リビングストンからの連絡があった。少し記憶が戻ったようだ。」

「本当か。で、彼は何を?」

「リビングストンはどうやらセントロールスの地下に行った事があるらしい。それに、彼の仲間も一緒にな。どうやって入ったのか、何をしていたのかは全くわからない。」

サイレントは今一度考えながら言った。

 

「そうか。まぁ、そのうち思い出してくれる事を願おう。」

ザッカスは言った。

 

 

「そうだ。サイレント・・・」

「何だ?」

彼は、ザッカスのテンションが変わったのを感じた。

 

「話は変わるが、これも大事な事だと思ってなぁ・・・」

ザッカスは落ち着いた声で話を続けた。

「そろそろ、マックスにちゃんと話すべきだろう。あの日の事。それに、君とギルマーシスについての事も。」

 

サイレントは一旦落ち着き、口を開いた。

「唐突だな。今、なぜそれを・・・」

「ずっと思っていたさ。君自身だって、そうじゃないのか・・・?」

 

また少し間が空き、彼は言った。

「話はわかった。考えておく。」

「なぜそんなに拒むんだ?君が何をちゅうちょしているのか、俺にはわからんな。」

「今は関係ないからだ。余計な情報は彼への負荷になるだろうからな。」

そう言ってサイレントはその場を歩きだした。

 

「あの子の為にもだ。親しかった君の口から父親の話を聞きたいことだろうよ。」

ザッカスは去っていくサイレントの背中にそう言った・・・・

 

 

その頃・・・

二人の少年は草木をかき分け、ある場所に到着しようとしていた。

 

「あの二人には今メールを送った。後は返事次第だな。」

ジャックが背の高い草村を歩きながら言う。

 

「まぁ俺達だけでもやるさ。」

マックスも同じく草村の奥へと進む。

そして彼らが最後の草木をかき分けた先、これまでの林の地帯とは一変した空き地が現れた。

 

マックスからその訓練場の地面に足を踏み入れる。

元々草村だったこの場所の草木を、彼が焼き払って作った空間な故、ここの地面に雑草がわずかに生えてきているのがわかった。

 

空き地の中央に立つと、マックスは早速ズボンのポケットから炭色の杖を取り出した。

そして空中に弧を描くように杖を振る。

 

「マフリアート・・・レペロ・マグルタム」

 

空き地全体の空気が振動する。

 

「これで存分にやれる。さあ、公園で行った特訓の続きといこうか。」

マックスはジャックと距離を取って立った。

 

ジャックも向かい合って立ち、黒いグリップが付いた荒削りの木の杖を握った。

「無言呪文の練習だな。」

彼は言った。

 

「そうだ。今後の俺達に求められる必須の課題だ。」

二人は杖を構えた。

 

「ルールはシンプル。使用するのは武装解除とガードの呪文だけ。先に三回杖を取り上げた方が勝ちだ。」

マックスが言った。

 

「面白いな。早速実践か。」

「ああ。いくぞ!」

 

一呼吸分の間の後、二人はほぼ同時に杖を振り始めた。

 

双方の杖先が瞬き、二人とも体全体を使って術の射線上から身を避け、また相手の杖を狙う。

 

パシン、パシンと絶え間なく呪文発動の音が交互に鳴り続ける。

 

両者とも身のこなしで術をかわしたり、杖でガードしたりを繰り返し、攻防のスピードはどんどん早くなる。

そして少しずつ息が切れてきた。だが決着はつかない。

 

そして15分程経った頃だろうか、ジャックが声をあげた。

「待て!メールだ。」

 

マックスは振ろうとする杖をすぐさま下ろした。

「ディル達か?」

「ああ。ジェイリーズからだ。」

ジャックは携帯電話を開いた。

そしてジェイリーズからのメールの内容を確認するなり、少し残念そうに携帯電話をしまったのだった。

 

「・・・訓練は中止だ。」

「何だって?」

マックスは訳がわからなかった。

 

「学校の敷地内ではなるべく魔法を使わない方が良いだろうから、訓練は公園内だけにしようって・・・ジェイリーズが。」

「それは・・・正しいかもしれないが。でも、こうやって消音やマグル避け呪文もかけてる。気にしすぎるんじゃないか?」

マックスはサイレントの指示に背く行為だとわかっているが、それでも魔法の実践を止めたくはない気持ちが込み上げる。

 

「俺も、気持ちは一緒だ。でもサイレントの指令もある。ここはジェイリーズの言う通り、今は我慢すべきなんだろう・・・」

「その今は既に二週間は続いてるんだ。それなのに、ただひたすら学校で授業を受け、学校で寝泊まりしろ。それがいつまで続くのか・・・」

マックスの感情は徐々にがっかりから苛立ちに変わっていく。

 

「それは俺だって・・・」

「わかってるよ。そうするのが懸命だ。今日はとりあえず止めよう・・・」

マックスは杖を握りしめてその場を動き出した。

 

「ああ。」

ジャックも後についていく・・・

 

その日はそのまま何をすることもなく、寮で大人しくして夜を迎えるのだった・・・・

 

 

 

翌朝、マックスは自分の個室にてパッと目が覚めた。

なぜだかいつもより目が冴えている。

時計を見ると、いつもより一時間は早い。

 

そして起きてすぐから何だか落ち着かない気分だ。

それは決して悪夢を見た日の感覚とは違う。

言うなれば、体がじっとしていられない感覚だった。

 

マックスはスッとベッドから起き上がって制服に着替えると、すぐに机の上の杖に手を伸ばした。

 

何も考えてはいない。ただ、反射的に手が杖を触った。

手に取るが、今の自分達にはこれを持っていても使うことはない。それが現状なのはわかっている。

 

マックスは杖を握る拳に力を込め、一振りすると、目の前の小棚が思いきり粉砕したのだった・・・

 

 

 

この日もいつもと変わらず長い授業が始まった。

しかし今が何時間目かもわからない。

なぜならマックスは今、旧校舎にいるからだ。

 

ボロボロの壁や床、教室の光景を目にしながら、彼はここで起こった出来事を思い出す。

 

ジェイリーズがレイチェルを追跡した後、ここで被害にあった。

レイチェルが服従の呪文でゴルト・ストレッドを操って攻撃させたんだったな。

あの事件を聞いたときはびっくりしたもんだ。初めて人の身を心配したかもしれない。

何せ、自分の身の事もろくに考えたことなかったのだから・・・

 

マックスは今は使われない荒れ果てた教室の角を曲がり、一直線の廊下に出る。

 

ボーラーをいくつか設置したこともあった。この辺りにも確か置いたかな。

まぁ、既にレイチェルによって処分されているが・・・

 

更に廊下を進んだ先の階段を登り、鮮烈な記憶が詰まった旧校舎六階へと足を踏み入れた。

 

旧校舎六階の廊下・・・ここでは色んな事があったなぁ・・・

 

デイヴィック達と共にバスク・オーメットと戦ったのもここだ。

それに、ずっと追っていた黒幕が判明したのも・・・

 

マックスは歩き続け、六階廊下の突き当たりが徐々に迫る。

そして最後の部屋の入り口が目線の先に見えてきた。

 

マックスは立ち止まった。

「扉はない・・・」

他の教室同様、入り口のドア枠だけがあり、中の様子が見てとれた。

つまりそれは、今では空間転移の魔法は作動していない事を意味している。

 

「今日も学校に姿を見せなかった・・・当然か・・・」

 

マックスはしばらくして、来た廊下を戻っていった・・・

 

今、静かな旧校舎に放課後のチャイム音が聞こえてきた・・・・

 

 

 

 

 



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新章-第十三幕 frustration (後編)

目線の高さに杖先を合わせ、その腕を真っ直ぐ伸ばす。

 

マックスはその場で周囲をぐるりと見渡し、標的を定める。

彼の周りには数匹の蛇が点在していた。

胴を起こしてこちらを凝視し、威嚇している。いずれの個体も決して小さくはない。

 

マックスは杖を一直線に構えたまま意識を集中させる。

 

「どこからでもいい。かかってこい。」

マックスは静かにそう言った。

 

直後、右側に位置していた一匹の蛇が口を大きく開けてマックスめがけてジャンプしたのだった。

かと思いきや同時に別の方向からも、床を這ってみるみる近づいて来ている。

 

マックスは最初の蛇を身を回転させてかわし、ついでに迫り来る蛇に杖を向けて振った。

飛来した蛇はマックスを横切ってそのまま地面に落ち、杖先から放たれる閃光が一匹の蛇に命中した。

迫っていたその蛇は吹き飛び、後方へ強く叩きつけられたのだった。

 

しかし息をつく暇は無い。蛇はあらゆる方向からランダムに襲い来る。

マックスは常に全方位に意識を向けて、杖を持つ手を決して下ろさない。

左右から飛びかかる蛇を術でガードしたり、身をひるがえして避け、また別方向から近づいてくる蛇に術を発動する。

これを全て無言で行い、蛇が襲い来る限り高速で繰り返し続けた。

 

一匹倒す毎に方向転換して、別の蛇にターゲットする。

そして今、ジャンプして顔に迫った一匹を吹き飛ばしたのを最後に、全ての蛇は動かなくなったのだった。

これはほんの一分間ぐらいの出来事だ。

 

そこらじゅうに転がった蛇は一斉に灰と化した。

ここ屋上に吹き付ける風が灰を巻き上げて消し去る。

 

マックスは集中を一気に解いた。

その時には彼は、まるでダッシュした後のように息を切らしていた。

「まだだ……こんなものじゃダメだ。」

 

学校の屋上で一人、彼は特訓を続ける…………

 

 

 

そんな時に、彼のチームのメンバーは同じ場所に集まっていた。

 

寮室のいつものテーブルにて、三人はそれぞれ本を片手にしていた。

 

「まだ来ないな。個室にはいないみたいだし、あいつの選択授業はもう終わってるはずだけどなぁ。」

ディルが『魔法全史』の本をテーブルにドンと置いた。

 

「まさか、今日集まるって事忘れてはいないわよね?勉強会を提案した本人が。」

ジェイリーズが『魔法薬調合法基礎』の本をパラパラめくりながら言う。

 

「何か急用かな。まぁ、その内来るんじゃないか。」

ジャックは相変わらず窓際の椅子に座って、『魔法戦術』の本を読みながらつぶやいた。

 

「一回連絡しとくか。」

そう言ってディルが携帯電話を手にした。

 

「そんな慌てることもないだろうに……」

そう一人でつぶやくジャックには、マックスの状況が何となくわかっていたのだった。

 

そしてディルが電話をかけると、すぐに会話が始まった。

「おい、マックス。どこにいるんだ?…………何?適当にぶらぶらしてたってか?」

 

ディルの会話を聞いてジャックは、それは嘘だとすぐに思った。

 

「まさか忘れてたのか?!もう皆集まってるぞ。」

程なくしてディルは携帯電話を閉じた。

「おい、放課後に集まること本当に忘れてたらしいぞ。なんだか、あいつらしくないな。」

 

「また何か悩んでるのかしら?はっきり言ってくれたらいいのに。」

そうジェイリーズが言った瞬間だった。

その一言に無意識にジャックが反応し、横目でちらりと彼女を見ると、また何事もなかったかのように目線を本へと戻すのだった。

 

そんな彼の些細な動きに気づいたジェイリーズは、影でくすくすと笑った。

 

「ん?何か面白いか?」

ディルは全く訳がわかっていない。

 

「いや、別に。ねぇ……」

ジェイリーズはジャックの方を向いてそう言った。

「えっ?いや、俺に言われても……」

ジャックは再び本に集中しようとする。

 

「何だ?なんか今日ジェイリーズまで変だな。」

ディルが言った。

 

それから程なくして、マックスは彼らのもとに現れるのだった。

 

「皆、遅くなった……」

マックスは息を切らしながらこっちに歩いてくる。

 

「おい、ずいぶん疲れてないか?」

ディルが最初に口を開いた。

 

「ああ、急いで来たからな。」

マックスはそう言いつつ、さっきまで術の訓練をしていたことを隠す。

 

「そんなに急がなくてもいいわよ。ちょっと休憩してからにしない?」

ジェイリーズが言った。

 

「悪いな。遅れてなんだけど、そうさせてもらうよ。とりあえず何か飲んでからだ。」

マックスはまだ呼吸が整わないままドリンクの自販機の方へ行った。

「じゃあ俺も何か買ってくるよ。」

そう言って、ジャックも後を追うのだった。

 

そして自販機の前まで行ったマックスの後ろから、小声で話しかける。

「そこまで焦る特別な理由でもあるのか?」

 

声に反応してマックスはくるりと振り返る。

「お前か。やっぱり察していたか……」

すぐに前を向き、自販機にコインを入れる。

 

「お前の事だ。だいたいわかるさ。」

ジャックも横に並び立ち、ズボンから財布を取り出した。

 

「別に特別な理由なんか無い。ただ、じっとしていられなかっただけだ。俺たちはナイトフィストだ。何もしないよりましだろ。」

マックスはそう言い、自販機のボタンに指を触れる。

 

「サイレントからの指示が気に食わないのはわかる。でも、それだけなのか?」

ジャックがそう言った時、ボタンを押そうとする指が一瞬止まった。

 

「何が言いたいんだ……?」

マックスは指で触れたままのボタンを押し、下から転がり出てきた缶を手に取った。

 

「さあな。それは自分の心に聞いてみるべきだ。」

ジャックもコインを入れ、目の前のボタンを押した。

 

マックスは缶を手にしたまま、ジャックに言われた事を考えるのだった…………

 

それからしばらく本を読んだ後に解散した。

各々が一冊ずつ個室に持ち帰り、静かに夜の時間を過ごした。

 

今日も平穏な学校生活が終わったのだった。

 

夜が過ぎ、やがて再び太陽が登ろうとする頃………

 

寮の個室にて、マックスは急に目が覚めた。

体を起こし、窓をぼんやりと見る。

まだ外は薄暗い。よほど早く起きてしまったらしい。

 

彼はそのままぼーっと外を眺め続ける。

最近、時間の感覚が定まらない。時の経過が恐ろしく速い……

それに、何故だかよく眠れない……

 

それは将来戦いの中に身を投じなければならないという不安からか?

あるいは今の自分の力不足を感じる故の不安?

それとも、大して疲れるような事をやっていないせいで体が寝ようとしないのか……

これら全てが原因なのか…………?

 

マックスは窓の外を眺めながら、ぼーっとした頭で自問自答する。

 

どれもしっくりこない。

ただ、何か心地が悪い。頭もすっきりしない。

 

ほのかに感じる感情はある。

それは苛立ち……いや、悲しみ…………そのどっちもか?

 

食堂が使えるようになるまでは一時間以上ある。

しかし、そもそも何か食べたい気分でもない。

となると一時間目の授業までは、今から二時間以上もある。

今からまた寝る気もしない。とりあえずやれる事と言えば魔法関連の本でも読むぐらいだろうと、ベッド横の本棚に手を伸ばした。

 

しかし、結果そこで手に取ったのは別の本だった。

 

『Knight of Wizard』

それはまだ中学時代にはまって読んでいたファンタジー小説だ。

 

なぜだか、この本のタイトルが目に入った途端、自然に手が行った。

 

昔から本を読むのが好きだった彼が、中でも特に気に入った一冊である故、今でも概ね内容は覚えている。だからタイトルを見ただけで断片的なストーリーが脳内に展開される。

そのストーリーは、悪によって全てを失った冴えない一人の魔法使いが旅をしてまわり、強くなって、仲間とともに騎士として悪と戦うというシンプルなものだ。

 

彼が気に入ったのはラストの展開だ。

悪を完全に滅ぼすには、旅の途中で出会った最愛の人の命と引き換えに強力な魔法を手に入れなければならないというのだ。

そしてそれがわかった主人公は、復讐のために最も大切な人を犠牲にすることも、大切な人のために悪を生かすことも、いずれも騎士失格だと断言し、自ら騎士として戦うことをやめて、過去の憎しみや悲しみも捨て、今いる大切な人と幸せに暮らすという選択をするのだった。

そんなオチだ。

 

これを最初に読んだ時、マックスはこの主人公に憧れを抱いた。

何かに憧れるという感覚を覚えたのは、それが初めてだった。

 

「過去を忘れて、未来の幸福に目を向ける。かぁ……」

マックスは最後のページに書かれた文章を口にした。

「これは作り話だ…………」

それは自分に言い聞かせる為に言った言葉だ。

マックスは頭を切り替え、『魔法全史』を手に取って読み始めるのだった。

 

本に浸っていると時間が過ぎるのは速いものだ。

今日もまた、いつもと同じ何の変化も無い学校生活の始まりだ。

 

マックスは昨日まで同様、やる気の起きない頭を授業の席に持っていく準備を始めようと思った。

だが教科書をバッグに入れようとする手はすぐに止まり、サボるという考えが頭に横入りする。

 

今から何かやりたい事といえば、それは一つしか思いつかない。術の特訓だ。

今、唯一モチベーションを保てる事は呪文の特訓で体を動かしまくる事だけのようだ。少なくとも今の状況では。

 

そうと決まれば話は早い。お決まりの場所へ一直線だ。

マックスは杖をズボンに仕込み、早速寮室から飛び出した。

そこで目の前を見ると、本校舎への吊り橋には授業に急ぐ生徒達の大群ができていた。

マックスは人の波をできるだけ遠ざけながら前へ進んだ。

ポートキーでの移動は魔力を要する。今の実力では、これから特訓をするという時にポートキーを使うと、特訓ですぐに疲れきってしまう事が昨日の特訓の際にわかった。

術の特訓に最大限注力するには、なるべく魔力は温存しておきたいわけだ。

マックスはそのまま寮塔を後にし、屋上を目指した。

 

その頃他の三人はそれぞれの授業の教室へ向っていた。

サイレントからの指令は指令。一応言われた通り、他の生徒に紛れて目立たない行動を全うしている。 

しかしジャックが今から受ける授業へと向かう先に、思いもよらない展開が待っていたのだった。

 

廊下の先の方、他の生徒達が行き交う合間から見えた。

 

「ん、あれは……」

窓際をのろのろした足取りでこっちへ歩いている女子生徒がいる。

外を向いていて横顔しか見えないが、その顔は確かに間違いない。よく知った顔だった。

 

ジャックはその場で立ち止まり、学校生活が再開してから初めて、自分達の敵に対する緊張感が体に走る。

 

チャイムが廊下じゅうに鳴り始めた。

生徒のほとんどが教室に入ってしまう。廊下に残ったのは自分と廊下の向こうから歩いてくる、あいつだけだ。

 

彼女が目を前に向けると、嫌でも気づく。

廊下の真ん中にたたずむジャックと目が合う。

 

それが誰だか認識した瞬間、彼女ははっとした表情をした。

ジャックはズボンのポケットの中で杖を握る。

「アリスタ……」

チャイムが鳴り渡る中、自分にしか聞こえない声で呟く。

やっぱり間違いない。そこにいるのは、他の生徒と同じくセントロールスの制服を着たレイチェルだった。

 

彼女はその場に固まったまま、まだ何もしてくる気配はない。

ジャックは一直線ににらんだまま、彼女の方へ動きだす。

その足取りは勝手にスピードを上げる。

 

それを見たレイチェルは急にきびすを返し、廊下の奥へ走りだした。

 

ジャックも逃がすまいと一気に走った。

その手にはズボンから引き抜かれた杖が握りしめられている。

 

レイチェルは廊下の曲がり角を曲がり、見えなくなった。

待ち構えて何かしてくるかもしれない。

「インビジビリアス、マフリアート。」

ジャックは目くらましと消音化の術で、自身の体と足音を消した。

 

何でまたここに現れたのか、それにわざわざ制服を着ている。また潜入でもしているというのか?

 

走りながら考えを巡らす。

 

そしていよいよ廊下の奥の曲がり角だ。

胸元に杖を構えながら、角まで数メートルの所まで接近した。

その時だった。

ジャックは走る足を急停止し、壁際に体を避けて息を止める。

曲がり角から現れたのは、授業に向かう教師だった。

 

教師はジャックの存在には一切気づかず、そのまま廊下を歩いていく。

廊下の角が日陰になり、自分の影ができないのは幸いした。

ほっと一息ついて再び動きだした。

レイチェルを放っておいては何をするかわからない。

ジャックは先を急いだ。

 

チャイムは鳴り止み、一時間目の授業が始まった。

ジャックは授業の事など考えずに、たった今見た裏切り者の姿を探し続けた。

 

その頃、マックスの方も授業など一切頭になく、自分目掛けて襲い来る者達に全神経を集中させていた。

 

昨日同様、屋上で召喚した蛇達と戦っている。

 

無言呪文を連続行使して敵の相手をする。囲まれても対処出来るようになる。

その為には実践あるのみだ。

しかし今自分達が置かれた状況では、そんなことは叶わない。

サイレントからの指示もあり、チームの仲間でさえまともな特訓をすることを反対している。

ならば、今は召喚蛇に相手をしてもらうことが唯一為になる事だ。

 

四方から飛びかかったり地を這って来る蛇達を、マックスはステップを踏むように順番に避け、術でガードする。

まずはひたすら防御に徹する。

次は攻撃の隙を見つけることだ。

マックスはどの蛇がどういう動きで来るか、攻撃を防御しながら同時に辺り全体を俯瞰視した。

やはり戦いは集中力を要する。

 

何でこんなに激しい特訓をするのか…………

ナイトフィストとしての将来の為か?

突然、敵に襲われないか不安なのか?

それとも、このもやもやしたわからない感情をただぶつけたいだけなのか…………

 

蛇への集中力が一瞬途切れた時だった。

ズボンのポケットから着信音が聞こえた気がした。

 

「待て!」

マックスは杖を蛇達に向けて命令した。

彼を囲む蛇は攻撃を止めてその場で固まる。

 

携帯電話を取り出してみると、それはジャックからの着信だった。

いつから鳴っていたのか……それともたった今なのか?

 

杖を左手に持ち替え、とにかく電話を開いた。

「俺だ。何だ?」

マックスは言った。

 

「マックス、聞いてくれ。」

その声から、何かあったのだと察した。

「どうした、何があった?」

「彼女だ、アリスタが現れた。」

彼は単刀直入に言った。

 

「レイチェルが……」

「制服を着ていた。偶然、廊下で出会ってそのまま追いかけたけど見失った。」

「……そうか。俺も今から探そう。」

マックスは話しながらも、彼の言葉の実感がまだ湧かない。

「わかった、気をつけてな。空間転移に使われていた旧校舎六階の部屋は見たけど、もう使われてないみたいだ。今度は何を考えてるんだか。」

「そうだな……」

そしてマックスは携帯電話を閉じた。

一旦、彼は考えた。

いや、直感というほうが正しいかもしれない。

特に根拠はない。ただ、ある場所へ行ってみようと思ったのだ。

もしくは自分が行きたいと思っただけなのかもしれない。

 

マックスは杖をポケットにしまい、早速目的の場所へと向かう。

 

校内を歩いている最中も、まだジャックが言っていたことの実感がない。

なぜ今更、セントロールスに……それも制服を着ていたと言っていた。

 

しかし本気で理屈がわからなければ、なぜ今自分はあの場所に向かっているのか……

やはり、ただ自分が行きたいと思っただけか。

じゃあなぜそう思った。お前は何を願っている………

 

頭の中に、別の誰かの声が聞こえてくるような感覚がしながら、その場所はどんどん近づいている。

 

しかし到着する一歩手前で、彼は足を止めることになった。

 

この角を曲がった先に、あの場所がある。

そこは、夜中レイチェルと初めて出会った時に隠れた物置部屋だ。

ふと、マックスはレイチェルと会って最初に喋った時の光景を思い出したのだ。

 

だが物置部屋に入るまでもなく、その前の廊下で彼女とばったり出会えたのだった。

 

「……レイチェル。」

マックスは、セントロールスの制服姿の彼女が視界に入った途端、言葉を失い、思考が途絶えたのだった。

その姿は、まだ仲間だと思って楽しく会話した時の姿と同じだ。

マックスの頭の中に、その頃の光景がありありとフラッシュバックした。

 

「……マックス。」

レイチェルは一瞬嬉しそうな表情になった後、すぐに目線がうつ向いた。

 

マックスは一歩ずつ、少しずつレイチェルの方へ近づく。

「なんで……」

聞きたいことはわかっているが、なぜかうまく言葉にできない。

 

「その……場所を変えない?」

気まずそうな表情のまま、レイチェルは言った。

 

「ああ。そうしよう。」

マックスがそう言うと、レイチェルは少しずつ近づいてきた。

 

「あの公園はどう?」

彼女は言った。

「それがいい。」

 

するとレイチェルは黙って手を伸ばした。

その後、二人はこの場所から姿をくらましたのだった。

 

 

ジャックはというと、レイチェルの件をジェイリーズとディルにもメールで知らせ、引き続き探していた。

まず目的は何だろうか。それから行きそうな場所を絞らないと……

 

真っ先に思いつく地下の魔光力源は既に調べたが来ていなかった。

あれが狙いじゃないとなると何だ?

直接の目的が場所でないとすると、ここにいる人か?

まさか、またマックスを誘導するつもりで……

 

そう考えたジャックは、行き場所をだいぶん絞る事が出来た。

人目につかず、マックスと思い入れのある場所だ。

ジャックは思いつく場所を順番に探しに行くことにした。

 

 

そして今、レイチェルはマックスと廃公園に到着していた。

 

荒れた静かな公園のベンチに、二人はまた制服姿で肩を並べている。

 

マックスは横目で、隣に座るレイチェルを見て思った。

もうこんな日は来ないと確信していた。

しかし願わくば、許されるのならば、またあの頃のようにありたい……

 

それはマックスの本心で、近頃ずっと心がもやもやしていた事のひとつでもあるのだと、今はっきり自覚したのだった。

 

「変よね。こんなの……」

最初に声を発したのはレイチェルだった。

「自分の立場を知ってるのに。任務のために、あなた達を騙した人間なのに。またこの格好で、あなたとここにいる……」

 

「変じゃない。今は休戦期間だったろ。学校に現れた君と偶然出くわした。それだけだ。」

マックスは落ち着いた声で続ける。

「それに、変と言うなら俺のほうだな。俺も、自分の立場を自覚しているけど今ここにこうしている。この下にはナイトフィストの隠れ家がある。でも俺は拒まなかった。杖を向けることもしなかった。ナイトフィスト失格かもな。」

それは自分自身を客観的に見つめての、正直な言葉だった。

 

するとレイチェルがまた口を開いた。

「休戦期間って言ってたら敵対しなくていいと思って、甘えてた。けどもう無理そう。あなたを見つけ次第、攻撃して捕らえる。それがあたしの任務よ……」

 

今、雲が途切れ、雲間から日光が公園に降り注ぎ、二人を明るく照らした。

眩い光が二人の影をくっきりとつくる。

 

「でも出来ない。もう自分に嘘をつきたくない……」

レイチェルが地面に映る影を見ながら言う。

「今日だって、学校に行ったのは、少しでもあの頃を思い出したかったから。たぶん、一番幸せだったから。だから……」

 

14年前に両親を失ってから、ずっとバスク・オーメットだけが頼りだった。

他に仲間はいない。魔光力源の任務でセントロールスに行ってからも、当然友達はいない。

でも、マックス達に関わるようになってから変わった。

特に、マックスと話している時は今まで感じたことのない感情を覚えた。

 

それまではバスクからの任務が全てだった。

任務を信じ、全うする事しか考えなかった。

でも、彼に出会って話すうちに、心が熱くなる感覚を知った。笑うことを知った。人を想うことを知った。

 

だから今、正直に言える。いや、言わないといけない。

「……ありがとう。」

それが、思いの先に出た言葉だった。

 

「えっ……」

マックスは、彼女の突然の言葉に困惑した。

 

「あなたが感情をくれた。誰かを想って、胸が熱くなることを知った。今、あたしは任務を全う出来ない代わりに大事な物を持っている。だから、ありがとう、こんなあたしと仲良くしてくれて……」

そう言うと、彼女の膝に一滴の涙がこぼれ落ちた。

 

「そんな……それは俺もおなじだ。」

彼女の心からの声を聞いたその瞬間、まるでつまっていた栓が一気に抜けたように、胸につっかえていた何かが消えた。

 

「じゃあ、俺も今思っている事を話そう。」

彼は、自分も包み隠さず素直な言葉を語り始めた。

 

「この一年で高校生活は終わる。そうすると本格的にナイトフィストの一員として活動することになる。

今までそう思っていた。」

 

レイチェルは赤くなった目をこちらに向けて聞いていた。

 

「でも今、正直どうなるのかわからない。もしかしたら、ずっと曖昧な感じのままなんじゃないか……彼らが俺達を組織からの正式な任務にあてる気はあるのか……サイレント達がどう思っているのか。色々わからなくなってきたんだ。それに、君と敵対したくない。ずっとあの時が続くと思っていたのに……君と戦いたくない……」

 

するとレイチェルが唐突に言う。

「……ねぇ、二人で逃げない?あたし達がこの戦いの部外者になれば、敵対する理由はない。でしょ?」

 

それはもっともな話だった。

ナイトフィストとグロリアの関係性……このしがらみから手を引けば、もう誰の指令も聞く必要はない。

すなわち、レイチェルとも敵対関係ではなくなるのだ。

 

家族がグロリアの犠牲になった。だから将来ナイトフィストとなりグロリアと戦う。そしてかたきを討たなければならない。

最初はそれだけしか考えていなかった。空っぽの自分の前に差し出された運命だと思った。

だからその為に努力しようと動き出せたんだ。

 

しかし今はどうだ?

レイチェルの提案を、すぐさま否定することが出来なくなってしまった……

 

マックスは黙ったまま地面を見つめた。

 

「あなたをナイトフィストに執着させるのはやっぱり両親の事?」

レイチェルが言った。

 

「……かもな。」

マックスは続けた。

「それじゃあ、君はもうナイトフィストと戦う気はないと言うのか?親を殺した……敵だというのに。」

「もちろん簡単に許せるわけない。でも、復讐するよりも大事な気持ちをあなたがくれたから。何も気にすることなく、誰も気にする必要なくマックスとずっと仲良く出来るなら、そうしたい。」

 

それはすなわち、過去の一切を振り切って未来の幸福を望む。そういうことだった。

 

「ああ、そうだな。それが出来れば……それがいいだろう……」

 

既にそう思った奴はいた。自分だ。

小説がそんな考え方を教えてくれた。

しかしいくら物語の世界に浸っても、現実に戻ると話は変わる。

やはり現実は善くも悪くも現実なのだと、事実を見せつけられる。

だから創られた物語は好きじゃなくなった。

最初から現実だけ見ていた方がいいじゃないか……

だから俺は希望を抱くことをやめた。

希望を叶えるために努力することをやめたのだ。

 

だからこそ……

「君はすごいな……」

「すごい……あたしが……?」

今度はレイチェルが、彼の言葉に困惑する。

 

「君は過去を克服したんだ。そして現実を知りながらこれからやりたい事を言ったじゃないか。」

「そんなの、あたしのわがままで……」

「俺には出来なかったことだ。自分の希望を持つなんて、俺には出来なかった。そんな俺は君に何もしてあげてない。礼を言われるような事なんか何も……君は強いんだ。」

マックスは心の底から思うことを言った。

 

「あたし、強くないよ。それにそんな誉められるような人間じゃない。」

レイチェルは言った。

「俺から見たら強いさ。俺は弱いからな……」

そう言うと、レイチェルは彼の手を握って微笑んだ。

「じゃあ、あたしが守ってあげる。だってあたしのほうが強いんでしょ?」

その顔を見ると、マックスも自然とつられた。

そして彼女の手の温もりが、心にも暖かさを与えてくれる。

「俺も負けてられないな。」

「じゃあ、もう戦うのはやめて……」

「いや、そうじゃないさ。」

ここでマックスは、ある決心をするのだった。

「復讐しても過去は戻らない。だから過去に捕らわれて戦うのはもうやめた。でもグロリアがやった事、現にやろうとしている事は無視できない事だ。放っておいてはあまりに危険すぎる。」

彼は続ける。

「だから俺はそんな奴らと戦い、俺達が安全に、そして平和に暮らせる日常をつくる。戦いを終らせる為に戦うんだ。」

 

「それじゃああたし達の関係は今までと変わらないわ。」

「いや、変わるさ。俺はグロリアからも、ナイトフィストからも、チームからも何を言われようと君とは戦わない。もしそれを邪魔する奴がいたら、誰だろうと俺の敵だ。それがナイトフィストだろうと。」

 

「それでどう戦うつもりよ……」

 

「グロリアは変わらず敵だ。だからあくまでナイトフィストを上手く利用して戦えばいいんだ。俺は俺のやり方で戦う。組織に忠誠は誓わない。だから君にナイトフィストに入ってくれとも言わない。ただ、もうグロリアとして活動するのはやめてほしい。」

 

「気持ちはわかったわ。でも、あなたこそナイトフィストを抜けてほしい。あなたがグロリアと戦うのをやめなければ、グロリアはあなたを放っておかないわよ。」

「いいさ、俺は戦う。今逃げても、戦わなければどのみち安心して暮らすことは出来ないだろう。」

「言ったでしょう。あたしがあなたの命を守る。グロリアとして戦闘訓練もしてきたんだから。」

 

言い合っている最中、マックスの携帯電話が鳴った。

二人とも、一旦冷静になる。

 

「ジャックからメールだ。合流したいそうだ。」

「もう戻ったほうがいいわね。今日は会えて良かった。」

「俺もだ。また会おう。言った通り、俺は君と戦わない。それだけは約束だ。」

「あたしもマックスとは戦わない。絶対。」

 

そして二人は公園から姿を消し、再び物置部屋に現れた。

 

「それにしても、あなたもこりない人ね。」

「お互いじゃないかな。」

二人は明るい表情でそう言い、廊下に出た。

 

「じゃあ、今日はお別れね。」

「うん。何かあったら、いつでも連絡していいんだぞ。」

「そうする。そっちこそ。」

「わかってる。」

今は二人ともに、久々に心が晴れた瞬間だった。

 

そんな矢先だった。

 

「マックス!ここにいたのか。」

声を聞いて、はっとして振り向いた。

「ジャック。」

マックスは、曲がり角から現れたジャックと向かい合った。

マックスの隣にはもちろん、レイチェルもいる。

 

「さあ、術で拘束しないのか?」

ジャックが言った。

「いや、その必要はない。」

マックスは堂々と言った。

「そいつは敵なんだ。」

ジャックは杖を取り出してレイチェルに構える。

 

「杖を下ろせ。必要ないんだ。」

マックスは一歩前に踏み出た。

 

「何を言ってるんだマックス。何を言われた?」

ジャックは杖を構えたまま言う。

 

「もうレイチェルと戦う必要はない。もう敵じゃないんだ。」

「また騙されるのか。もうわかってるだろ。そいつはグロリアの指令を受けて動いていた。俺達を騙してな。」

「過去の話だ。もう違う。」

二人は譲らない。

 

「そこを退いてくれ。俺が捕まえる。」

「杖を下ろせ。」

そう言いってマックスはズボンのポケットに手を入れる。

「落ち着けマックス。そいつはナイトフィストの敵だ。俺達の敵なんだぞ。」

「ナイトフィストはレイチェルの事を何もしらない。俺は違うさ。」

 

そして次の瞬間、ジャックは持ち構えた杖を振った。

そうなることを予期したマックスは、同時にポケットから杖を引き抜き、レイチェルに迫る術を弾き飛ばしたのだった。

 

レイチェルはマックスの後ろで姿をくらまし、そこには杖を持つ二人の少年だけが向かい合っていた…………

 

 

 

 



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最終章ー第一幕 別の悲劇、別の目的

この感情は何なのか…………

なんでこうしようと思ったのか…………

つい昨日までならそう思っていたことだろう。

 

でも今は違う。この行動は、はっきりとした自分の意思があってのことだ。

そう、俺は彼女を……レイチェルを救いたい。

何からの救いになるのか?そんなことは今はわからない。

だが間違いない。嘘偽りのない、これが今の自分の意思だ。

 

 

背後で風の揺らぎを感じ、彼女は空間に吸い込まれるかのようにその場から消えた。

彼の目線の先には、たった今術を放ったばかりの友達の姿がある。

彼らは互いに真剣な目つきだ。

 

「何をしてるかわかってるのかマックス。いったい何があった!」

ジャックが駆け寄った。

 

「だから言っただろ。彼女はもう敵じゃない。もう彼女が人を傷つけることはないだろう。」

近づくジャックに、マックスは堂々と言った。

 

「その根拠は何だ?」

ジャックもきっぱりと返す。

「俺は彼女の本心を、全て知った。全て喋ってくれたんだよ。」

「一度騙した相手の言葉だろ。グロリアの人間の言葉だ。」

「俺には嘘だとは到底思えない!」

「また騙して何か企んでると考えるのが自然だろ!」

「それはレイチェルの事を知らないからだ!」

 

話は一瞬途切れ、再び落ち着いて話し始めた。

 

「お前が彼女に肩入れする気持ちはわかる。でもどうしようもないだろ……」

ジャックが言った。

「ああ、お前が正しいことはわかってる。」

マックスも静かに言った。

「俺達はナイトフィストについた。そして彼女は最初からグロリアになるべくしてなった人間だ。だから個人の意思では敵対は避けられない。俺達はグロリアと戦うと既に決めたんだ。どうしようもないんだ。」

「俺も、ずっとそう思っていた。そう思って悩んだ……」

マックスは続ける。

「でももう違う。俺は決めた。彼女は……レイチェルだけは守るってな。そしてレイチェルも約束した。俺達はもう戦わないと。俺はレイチェルの言葉を信じる。もう疑ったりしないし、自分の気持ちに嘘もつかない。」

 

「マックス……でも、それがナイトフィスト側に知られたら、たぶん許されないだろ。」

「だろうな。そしたら俺は、ナイトフィストには入れないな。」

「じゃあグロリアとどう戦っていくつもりなんだよ。」

 

それを聞いたマックスは少し吹き出した。

「レイチェルにも同じことを言われたな…………」

そして彼は更にジャックに近づいた。

「ごめんな、こんな勝手なリーダーで。チームの皆にも迷惑がかかる。でも、それを承知で彼女を救いたくなったんだ。まだ彼女は間に合うだろうってなぁ。馬鹿なリーダーだなぁ俺は…………」

そう言う彼の頬を、一滴の涙がつたって落ちた。

 

「知ってたさ。お前は昔から馬鹿だった。馬鹿な事思いついては実行して楽しんでただろ。そして俺達はそんなお前についてきたんだ。だから、俺も馬鹿の仲間だろ。」

ジャックは言った。

「だから、俺はお前を止められない。全く、相変わらずがんこな奴だよ。」

そう言って彼は微笑んだ。

 

「それも同じこと言われたよ。」

マックスも笑った。

 

「でも、俺は正直彼女を信じきる確証はない。それは皆がそうだろう。だからお前達二人の問題に誰も手を出すこともできない。ここで起きた事も、俺は誰にも言わない。俺にはこれぐらいしか出来ないからな。」

ジャックが言った。

「十分だ。そうしてくれると助かる。」

 

 

それからは何事もなく、昨日と同じ学校の日常が繰り返された…………

 

 

 

その夜、この町から遠く離れた所での事…………

 

ここには黒衣に身を包んだ者達が複数人、広間の中央に置かれた長テーブルの両脇に向かい合って座っている。

彼もその中にいる。

 

あちこちから声が飛び交う。しかし彼はあまり話さない。

 

「それで、君の方はどうかな?オーメット。」

黒衣の一人が彼に話しかけてきた。

「新たな情報は無い。前回話した事が全てだ。」

彼は静かにそう言った。

 

「……そうか。まぁいいだろう。君が例え何を知っていようがいまいが、今は誰も統括する人間がいないのだからな。好きにするといい。」

その黒衣の男は続ける。

「我らが首領を失ってからもう14年だ。14年前の悲劇は奴らナイトフィストだけではなかったということだな。今では私含めここにいる12名のマスターが組織の管理をしているが、我々の中に首領の資格を持つ者はいない。我々にはかつての首領達が見てきたグロリアの始まりの記憶も先人達の意識も、何も見えん。それが首領の後継者ではない証だ。我々には首領の正当な後継者が必要だ。」

男は真剣に語った。

 

「しかしマスター・ドレイク、君含め、我々にもあるものがある。それは初代が抱いた願い。それは我々マスター達の中にもあり、今も尚ずっと潰えぬ確かな願いではないか。」

彼、バスク・オーメットは言った。

 

「ああそうだなオーメット、君からそれを言われるとはな。それはその通りだ。我々の願いは初代からずっと受け継がれてきたグロリアの願いだ。その願いは決して消えさせない、栄光にだ。それに後継者はどこかで生きている。このエンブレムが消失していないのが何よりの証拠だ。」

彼は首元に下がった、グロリアの紋章が付いたネックレスを見て言った。

「必ず首領の正当後継者を見つけ出すのだ。いつの日か、必ず。」

 

それから間もなく、黒衣の集団は広間から消えていった。

一人を除いては……

 

静まり返った広間に一人、向かい合うは整列した窓ガラス。

窓の外には、夜の海原が緩やかに波打つ光景が広がっている。

かすかに波の音が聞こえる以外、音という音は無い。

 

「……後継者か。」

バスクは窓ガラスの前に立って、夜の海を見つめながらつぶやいた。

 

なぜグロリア内部に首領の後継者がいないのか…………まさか、一般人の中に紛れているとでも思っているわけではなかろう。ならばとっくに我々の元に現れているはず……

 

一人、広間で考え続けた。

 

14年だ。失って14年も経つ。14年前の悲劇は奴らだけではなかった……とはまさしくだな。

その時、既に後継者はグロリア内部にはいなかったのだろう。となると、裏切り者の中にいた可能性が極めて高い。

普段顔を見せない首領に近づき暗殺出来たとなると、後継者自身もしくは首領の側近にいた誰か……

いずれにしても、ここまでくるとだいぶん絞ることはできる。

裏切ったとなると、現在ナイトフィストに協力していると考えるのが自然だ。

そしてグロリアの情報を奴らに流したか…………

いや、今一つ腑に落ちん。

今のところ奴らの行動からそれらしい臭いはしない。

では何だ?後継者の自覚を持ちながら何もしないでいる理由は……?

 

彼は海原に目線を固めたまま思考する。

 

そもそも首領後継者の自覚がない……という事は有り得るだろうか?

有り得るならばなぜ気づいていない?

グロリアを抜け出した後に何か予期せぬ事故があったか……

例えば、記憶を失った…………

 

彼はひとつの仮定を出した。

 

この推理が正しければ今現在、病院にいる可能性が大。

記憶復元の処方はまだ確立されていない。だがそんな処方困難な患者を置いておける大規模な魔法病院がこの国には数ヵ所ある…………

 

 

この時、外の波の音に紛れて、扉の外から微かに足音が聞こえてきた。

近づく足音は扉の前でピタリと止む。

同時に扉をノックする音が広間に反響した。

 

「入るんだ。」

彼の一声で、分厚い扉は重い音をたてて開かれた。

 

そこからコツコツとブーツの音を立てて現れたのは、黒いバラの装飾が施された黒いワンピース姿のレイチェルだった。

 

「もう会議は終わってたみたいね。」

彼女は言った。

「ああ。ついさっき皆帰ったところだ。」

バスクは考えを切り替えて、レイチェルの方を振り向く。

 

「それで、どうしたの?会議が終わってから来てくれって。」

彼女は言った。

 

「お前の事で話をしたかったのだ。二人だけでな。」

バスクは窓際から動いた。

 

「単刀直入に言う。お前がマックス・レボットに執着しているということを、私が少しも気づいていなかったと思っていたのか?」

彼はレイチェルに近づきながら続ける。

「彼を人質とし、サイレントとその仲間内を不利な状況に追い込む。特にサイレントはマックス・レボットに特別な感情を抱いているのは確かだ。我々の計画を完了させるための何かしら重要な鍵を手に入れるには重要な任務なのだ。」

 

「理解してるわ。今更……」

 

「しかしお前は彼に手出しすることが出来ない。この任務はグロリア全体に関わる事項だ。本来ならばお前は反逆罪に問われる所なのだぞ!」

 

バスクはいつになく感情的になった。

 

「組織の為とは言え、私はお前を追放などしたくないのだ。だが他の幹部の連中は違う。グロリアに対する非協力的行為と見られれば、必要とあらば強制的に我々二人とも処刑することも出来る。」

彼は真剣で、そして鋭い眼差しで続ける。

「そんな未来にさせないためにも、たった今から新たな指令だ。お前はマックス・レボット拘束の任務から外れ、各地でナイトフィスト壊滅の為に戦っている戦闘班の加勢をしろ。その活躍で真のグロリアだと皆に証明するんだ。そうすれば、彼とは戦わなくていい。」

それはいつもの余裕を感じる話し方ではなく、本心を感情のままに語っているようだった。

 

「……本当に、それで……」

レイチェルの言葉からは、わずかな希望が感じられた。

 

「ああ……いいだろう。」

彼はそれを受け入れる。

 

「あたし、戦うわ。ナイトフィストと戦う。」

「頼んだぞ。そして決して倒れるな。これは生きて達成するまでが指令だ。その為には私が何でもする。心配は何もいらん。以上だ。」

 

そして彼女は軽くうなずき、広間を後にした。

再び一人の空間となる。

 

「私も甘くなったものだな。14年の間、ずっと成長を見てきた。もはや我が子同然か……」

彼は誰もいない広間でつぶやいた。

「君には悪いなベリオール・アリスタ。今の私の計画には、私のわがままが入っている。だが約束する。私がグロリアを導くことを……」

 

その言葉を最後に彼は消え、広間の明かりも勝手に消えたのだった。

 

 

 

一方で、別の場所では今、部屋の明かりがつけられた…………

 

ロンドンの町外れに建つ二階建ての建物の中、レトロな木目調の室内に一人の男が帰ってきた所だ。

彼は帰宅するなり、そのまま部屋の角にある一枚の扉の前まで歩いた。

 

ポケットから鍵を取り出して、丁寧に鍵穴に差し込んで回す。

カチャリという音とともに扉は開かれた。

その先は、部屋の明かりでうっすらとしか見えないが、階段が下へ続いているようだ。

この先は地下に繋がっているらしい。

 

彼は地下への入り口にあるスイッチを入れて、階段をどんどん下りていった。

徐々に電気がつき、次第に内部の様子が明らかとなった。

 

その空間は上のレトロな雰囲気の部屋とは真逆で、壁、床、天井は全てコンクリートで固められた、無駄な物は一切無いシンプルな小部屋だった。

ただある物といえば、壁に掛けられた丸い鏡と、その隣に置いてある大きな縦長の収納ケースだけだ。

ケースは扉が閉められ、中は見えない。

 

男はかぶっていた中折れ帽を取り、壁の鏡に近づいた。

鏡の縁に右手の指を軽く触れて、刻まれた細かい装飾をなぞった。

するとすぐに鏡面に変化が現れた。

 

彼はぶしょう髭を手で擦りながら、その鏡に写る人物に対して話し始めるのだった。

「今夜の調査でひとつ、ほぼ確実な事がわかりました。」

鏡の向こうの人物は興味深そうに聞いている。

 

「やはり、あの男は今も生きています。そして今このロンドンのどこかにいる。」

「やはりか。となると狙いは……」

鏡の中の老人が言った。

「大いなる力の源、魔光力源。それが確かに存在していることをこの目で見ました。あいつの狙いはそれで間違いないかと。」

彼は言った。

 

「なるほど。お前がそう言うのなら間違いなかろう。それで、お前はその男をどうしたいのか?」

鏡の老人が言った。

「あいつのやろうとしている事は許されない。それにグロリアが関わるとなると、ナイトフィストとしての私のやるべき事はもう言うまでもありません。」

「ナイトフィストはわしらには関係ない。騎士としてのお前の気持ちを聞いておる。」

老人の目つきは真剣だ。

 

「……無論です、導師。」

男は静かに、落ち着いてそう言った。

「いいだろう。お前の好きにするのじゃ。」

老人は予想通りとばかりの反応をした。

「良いのですか?ここはイギリス、それに教団を離れた私に騎士の権限を……」

「わしが何の為にお前の魔導剣を調整してやったと思っとる?」

老人はうなずきながら続ける。

「お前の志しは十分承知した。それにもうお前は教団員ではない。故に教義に従う必要は無し。更にお前は今、遠く離れた故郷におる。教団員が手出し出来るのは日本の中だけじゃ。わしが黙認した時点で、今誰もお前を止めることは出来んよ。お前の剣じゃ、使うべき時に使え。その為に剣はある。」

 

男は頭を軽く下げて言った。

「ありがとうございます。では私が、"沈黙"の名にかけて剣を振るいましょう。」

そして再び顔を上げたとき、そこにもう老人の姿はなかった。

 

彼は収納ケースの方をおもむろに見つめた。

「また、その時が来たか。」

彼は何かの決意をしてその場から動いた。

電気が消え、そこが再び暗闇になると同時に扉がガチャリとしまる音が鳴り渡った…………

 

 

 

夜は明け、更に3日過ぎ去ってからの事だ。

 

ナイトフィスト・ロンドン本部、作戦会議室にて……

 

壁に貼りつけられた三枚の巨大な鏡の前で、人々が慌ただしく動いている。

皆、鏡の中央に立つ男の元へ集まっているようだった。

そしてその男から、何やら折り畳まれた紙を一枚受け取っている。

集まった皆が紙をもらい終えた時、20人以上の人間は並び立ち、全員男の方を注目した。

三枚の鏡にも、それぞれ一人ずつ違う人物がこちら側を見ている。

 

「よし、よく集まってもらった。これだけの同志が集まる作戦会議は久しい。」

その男、ナイトフィスト・ロンドン本部の司令官が喋り始めた。

「皆も知っての通り、ここロンドンの元情報管理所が急襲されて以降、アカデミーの占拠、そして各地で起こっている我々の拠点への攻撃と、奴らの行動が著しく激化している。現に失った拠点もあり、退却を余儀なくしたグループもある。はっきり言って、我々の状況はあまり芳しくない。そんな中、例の件が起ころうとしている。それが今日だ。」

そう言うと、司令官は集合したナイトフィストの中の一人に目で合図を送った。

すると、ナイトフィスト達の中から一人の男が前へ出てきた。サイレントだ。

 

彼は司令官の隣に肩を並べて話しだした。

「もう皆が知っているだろうが、4日前にグロリアのヴィクラス・ロンバートがブレント支部に偽の情報を流した。内容はブレント支部の活動区域内にてグロリアの一団が召集されるというものだ。」

彼がそう言った後、司令官の後ろの鏡から声が発せられた。

「そのロンバートはバロンズと名乗って顔も変えていたわけだが、今はブレント支部から消えている。そしてこの4日間、我々ブレントの管轄内の偵察を強化してみたが、特にグロリアの目立った動きはなかった。むしろ、奇妙なほど静かだ。」

 

「何もしないはずはない。奴がなぜブレントにグロリアが召集されると言ったのかがポイントだ。我々は、それは注意をブレントの一ヶ所に集めるためだろうと考えている。」

サイレントが言った。

 

「ああ。注意を引かせるとなると、一番手薄になるのはブレント地方の一番遠い活動拠点だ。」

司令官の男が言った。

 

「はい。我々攻撃グループを偽の情報で誘導し、ブレント支部管轄内で手薄になる最も遠方の活動拠点から襲っていく……というのが真っ先に思いつく可能性です。」

サイレントが言った。

 

「私の支部の攻撃グループを誘導か。しかし奴らが襲うであろう場所が絞れない。ロンバートがどれだけブレント地方の拠点の位置を知っているかもわからないだろ。」

鏡の中の男が言った。

 

「それについては私の仲間からの情報で絞ることができるだろう。」

サイレントがそう言うと、次に別の人物が前に一歩出た。

 

「私がロンバートをスパイしていたライマンだ。」

「そうか、君が。」

鏡の中の男が言った。

 

「ああ。私は奴の行方をずっと追っていた。だからわかることだが、奴がバロンズと名乗っていた際に、やけに三ヶ所の活動拠点周りの事を気にしている様子だった。奴がブレント支部に忍び込んでから約二週間、奴が把握しているのは可能性から考えてその三ヶ所ぐらいだと思われる。」

ライマンが簡潔に言った。

 

「我々ロンドンからも攻撃隊を送る。そしてその三ヶ所を起点に同時警戒する。それが今回の作戦だ。その為の地図は既に皆に渡してある。」

司令官が鏡を向いて続ける。

「うちの攻撃隊がブレント支部に到着してから、現地での判断は君に頼む。我々の攻撃隊の指揮はサイレントとライマンにやってもらう。」

 

「了解しました。心強い支援を感謝します。」

鏡の中のブレント支部代表が言った。

 

「さあ、皆気を引き閉めろ。奴が何を考えているか、はっきりしたことはわからん。」

「それに奴はバスク・オーメットの配下です。オーメットが指示を出しているということなら、オーメットの独自の計画が関係しているはず。あの男はグロリアの中でも特出している。今回も何を考えているのか読めない。」

 

全員の緊張感が高まり、皆これから起こるであろう戦いに備えるのだった。

 

それは最終章の、ほんの幕開けに過ぎない…………

 

 

 

 

 



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最終章ー第二幕 ジュブナイル

携帯電話を片手に、廊下を一人で歩いている。

気分は良い。昨日までのもやもやした感覚とはまるで違う。

言うならば、やっと目が覚めたような感覚だ。

 

しっかりした足取りで歩きながら、彼は携帯電話の画面を見る。

そこには、今朝届いた一通のメール内容が映っていた。

 

あなたを捕らえる指令から外れたから、あたし達、もう戦わなくてよくなった…………

 

そんな文章が書かれている。

 

「本当に……」

マックスは呟いた。

彼女からのメールはもう一通ある。

それはメールの返信をした後すぐに届いたものだ。

そして今、彼はそのメールに書かれた目的の場所へ向かっているところだ。

 

一階の廊下を歩きながら、窓の外を眺める。

昼休みのグラウンドには、中央でボール遊びをしている男子生徒達が目立っている。

そんなグラウンドの片隅のベンチに、一人腰かけて本を読む女子生徒の姿を確認した。

見間違いはしない。彼女だ。

 

瞬間、自分の足が急ぎはじめたのがわかった。

すぐに会って話をしたい。足がそう言っているかのようだ。

 

本校舎の正面入り口から出て、グラウンド沿いにベンチまで向かう。

まだ距離はある。だが目的のベンチに座る彼女はこっちの方を振り向いて、早くも自分の存在に気づいたようだった。

 

足取りは一層早まる。

それは、ベンチから立ち上がってこっちに来る彼女も同じだ。

 

そして最後は二人とも駆け足でその距離を縮めた。

 

昨日と同じく、制服姿の彼女だ。その表情はとても明るく、自然な笑みを見せた。

自分もつられて微笑んだ。

 

「レイチェル、本当か?本当に俺を捕らえる任務は……」

「うん、もうその必要はなくなった!昨日の夜にバスクがそう言ったわ。」

今までで一番元気なレイチェルがそこにいた。

 

「嬉しかったから、すぐにでもマックスに知らせたいと思ったけど、さすがに夜は迷惑だと思って……」

「全然気にすること無いのに。どうせ今は暇なんだから。」

マックスが言った。

 

「そう……じゃあ、夜にメールしたりしてもいいかな……」

すこし照れくさそうにレイチェルは言った。

 

「もちろんだよ。何も遠慮しないでくれ。」

マックスは続けた。

「それはそうと、どういう風の吹き回しなんだ。何で今更任務を変えたんだ?」

 

「やっぱり彼にはお見通しだった。あたしがマックスに手出し出来ないってこと。」

彼女はグラウンドの方に目線を移して言う。

「このままじゃグロリアの皆から目をつけられて、そしたらどうなるかわからないから……」

彼女は何か言いかけて躊躇したような感じで……

「だから、もうあなたを捕らえる任務から外れることになったの。」

 

「そうだったのか。」

マックスは内心、自分の中のバスク・オーメットのイメージと照らし合わせて、彼が意外にも優しい決断をしたものだと思った。

 

「でもこうして好きに会っていいとは言われてないから、これからも会うときは密会ってことになるわね。」

レイチェルは再びマックスに視線を戻す。

「でももうちょっと話したいな。マックスが良ければだけど……」

 

そんなもの、答えは決まってるじゃないか。

「遠慮しなくていいって言っただろ。」

「うん。そうする。」

レイチェルはニッコリと笑って言った。

 

そうだ。この顔だ。

この表情がずっと見たかった……

 

レイチェルが元気になっていくのは、すなわち自分も元気になっていく。そういう事だと実感できた一日だった。

 

 

翌朝、自然と目が覚めたのは7時だ。

一時間目の授業まではまだ時間がある。

朝食にはちょうどいい頃合いか……そう思った時、ふと彼女の顔が頭をよぎった。

 

「誘ってみるか。」

でもそれは勝手過ぎるか。

そうも思うが、遠慮するなと言った本人が遠慮してどうする。という考えも同時に出てくる。

「いいさ。レイチェルに危険は無い。もうこの学校に害は及ぼさない。」

マックスは即と携帯電話を取り出す。

そもそも学校で朝食をほとんど食べない人間が誰かを誘って朝食なんて、近くにいるチームの皆にもやったことはないのに……

この行動が自分で不思議に思えた。

 

連絡を入れてたから返事が来るのは早かった。

彼女は快く受け入れたらしい。

マックスは早速制服に着替えた。

朝にこんな元気なことなど滅多にないことだ。いや、初めてかもしれない。

 

寮を出て本校舎に移ると、すぐそこの廊下の角でレイチェルの到着を待つことにした。

 

それから10分は経っただろうか、制服姿のレイチェルが何の違和感もなく、他の生徒達に紛れて廊下を歩いているのが見えた。

マックスは彼女の方に歩きだした。

 

レイチェルもすぐにマックスに気づいた様子だ。

そして二人が出会うと、今日は彼女が先に口を開いた。

「おはよう。待たせた?」

「おはよう。全然早かったよ。」

二人とも自然に挨拶した。

 

「メール見てびっくりしちゃった。」

「いきなりごめん。やっぱり無理させたかな?」

マックスが言った。

 

「いいや、むしろその逆。でもあたしなんかが、またここでこんな事して……良いのかなって。」

「遠慮は無しだろ。」

マックスがすぐに答えた。

 

「うん、そうだったね。そうする。」

今日のレイチェルも明るく、いい表情だ。

 

「じゃあ、行こうか。」

そしてマックスが食堂へ向かおうと、一歩足を踏み出そうとした瞬間……

「あっ……」

「ん、どうした?」

「その、手繋いだりしてもいいかな……」

レイチェルが照れ笑いしながら言った。

 

「もちろん。遠慮は無しだもんな。」

マックスは右手を差し出した。

それをレイチェルは左手で、そっと弱い力で握った。

 

顔を赤らめて笑う彼女は、本当に嬉しそうに見えた。

そして嬉しい気持ちは自分も負けてない。

 

手を繋ぎ、今までより近い距離で二人は歩く。

歩いているうちに、レイチェルはよりしっかり手を掴んだ。

その握力から、彼女の遠慮が消えたのを感じた。

 

ただ一緒に歩いているだけなのに、こんなに嬉しい気分になることもあるんだ……

 

周りには行き交う生徒達がいる。いるはずだが全く意識が向かない。

まるで二人だけの空間であるかのように、レイチェルの存在と手の温度しか感じない。

それは食堂に着いてからもそうだった。

 

いつもならば嫌気がさすことだろう。何せ食堂は多くの生徒達が群がっている。

この時間帯ならばいつもの事だ。わかりきっている。

だけど今日はそんな事、全く考えていなかった。

それでもまだ座れる席があったのは幸運な事だ。

 

テーブルを挟んでレイチェルと向かい合い、食事をする。

他の生徒達同様、何の変哲もない普通の人間の日常風景だ。

 

不思議な感じだ……

自分はナイトフィストについた。彼女はグロリア。

彼女は任務の為に自分達に近づき騙していた。

こっちもこっちでサイレントからの指示でナイトフィストの為の行動をしていたのだ。

でも今、彼女を目の前にして一緒に食事をしている。

それに、制服姿の彼女を改めて見てみると、そこからは何の脅威も感じない、無邪気で可愛い普通の女子生徒にしか見えないのだから……

 

パンを持ったまま手が止まっていたマックスは、ふとレイチェルと目が合った。

 

「どうしたの?」

彼女のその声で我に帰った。

「ああ、何でもないよ。ただ、制服似合うなと思って……」

とっさに思い付いた言葉だが、正直な感想でもある。

 

「えっ、ああ、そうかな。」

急な言葉にレイチェルは慌てた。

 

「そうだよ。他の女子に負けないぐらい可愛い。」

「そんな……初めてそんなこと言われた。」

彼女はまた顔を赤らめて目をそらした。相変わらず可愛いもんだ。

 

「自信持っていいと思うぞ。元が良いんだから、たぶんどんな格好でも似合うんだろうな。」

更に追い打ちをかけようと思ったのだった。

 

「いや、そんな……なんでそんな言うの……」

目線が定まらないまま言った。

「ありがとう。そういうマックスこそ、あたしは好きだけど……」

後半はほとんど聞き取れないぐいの音量で言った。

 

「え、なんだって?」

「もう話は終わり!食べよう。」

彼女は強制的にパンを頬張った。

 

なるほど、レイチェルを追いつめるとこうなるのか……

なんてことを思いながらマックスも食べ始めた。

 

朝食を済ませると、すぐに食堂から出た。

二人とも人混みが嫌いなことはお互いわかっている。

きっと互いに気を使って足早に出ていこうとしたのだろう。

 

「時間、大丈夫か?」

「たぶん……いや、大丈夫よ。」

二人は廊下の角で話していた。

 

「でもマックスは授業があるから……」

「そんなもの大事でも何でもない。もし君が時間を許すなら……」

言いかけた時……

「もっと一緒にいたい。二人だけの場所がいいな。」

「それなら旧校舎はどうかな?あそこなら誰も来ないだろう。」

そう言ってマックスは手を差し出した。

 

「うん。行く。」

レイチェルはうなずいて、その手を握った。

マックスは、握られたその手から不思議な安心感と高揚感、そしてわずかな不安感を感じたのだった。

それはただ自分が感じたものなのか、それとも彼女の気持ちが伝わってきたのか、あるいは両方なのか……

そう思いながら歩く足取りは遅い。

ただこうして二人で歩いているこの時間だけでも、大事な気がする。

少しでも二人の時間を守りたい。その気持ちに違いはなかった。

 

旧校舎に移ってからか、レイチェルが更に体を近づけた気がした。

周りに誰もいなくなったことで、人目が気にならなくなったからだろう。

 

ここはさっきまでとは打って変わって、誰の話し声も聞こえない静寂が広がっている。

その静けさの中で二人の足音だけがしっかり聞こえる。

そして旧校舎ならではの所々さびついた壁、床、日が当たらず薄暗い教室の不気味さも、今はどうでもいいぐらい気にならない。

 

「やっと二人きり……」

レイチェルの声がより鮮明に耳に届く。

「やっぱり静かな所が好き。」

「俺も同じく。落ち着くんだよな。」

 

二人は手を繋いだまま、廊下の真ん中で足を止めた。

 

「ねぇ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

レイチェルが唐突に言った。

 

「どうした?」

「あたしのこと…………嫌いじゃない?」

それはマックスにとっては訳がわからない話だった。

 

「何を言ってるんだ?嫌いだったら俺から誘ったりなんかしてないだろ。」

「じゃあ、マックスは今どういう気持ち?」

彼女は再び質問した。

 

「そりゃあ楽しいに決まってる。だって、また出会った時みたいに仲良くしていられるんだから。嬉しいさ。」

彼はただ正直に言っただけだ。

 

「本当に……」

彼女はまだ聞く。

 

「本当だとも。」

「そう。嬉しいなぁ。こんな酷い人間なのに……」

レイチェルは泣きそうな目をして続けた。

「ごめんね。騙してごめんなさい。あんな酷い事をしてごめんなさい。あなたを傷つけてごめんなさい……ごめんなさい!」

その声には後悔と贖罪の念が込められていた。

「本当はあんなことしたくないって気づいてたのに……あたし馬鹿だから……」

 

マックスは彼女の苦しみを止めるかのごとく、頭を撫でて話した。

「もういいよ。俺はとっくに許している。だからもう忘れよう。それに、笑ってるほうが好きだから。君には笑っていてほしい。」

 

そんな彼の言葉を聞いて、レイチェルは泣きながら微笑んだ。

「もう、優しすぎるんだから……」

彼女は目をこすって続ける。

「ねえ、ひとつお願いしてもいい?」

「なんだ?」

「抱きしめて……」

その言葉の後、マックスは静かにレイチェルの体を引き寄せた。

 

レイチェルの肩に手を回す。

彼女もマックスの背中に両手を回した。

言葉はなく、ただレイチェルの体温を全身で感じる……

この瞬間、自分の心こそ救われたのだ。

 

その後はもう少しだけこのままの状態で言葉を交わし、一時間目の授業のチャイムが聞こえてもこの場を動くことはなかった。

 

だが一緒にいる時間はそう長くは続かない。

お互いだいぶ気持ちも落ち着いてきた頃に、レイチェルの服から鈴の音が鳴った。

 

「今日はここでお別れね。呼び出しには出ないと。」

彼女はスカートのポケットからコンパクトミラーを取り出した。

 

「仕方ないさ。またいつだって会える。」

「うん……そうだよね…………」

彼女は少し暗い表情をしたが、すぐに笑顔を見せて続ける。

「じゃあ、またね。メールするから。」

「ああ、元気でな。」

 

そして彼女はその場で姿を消した。

一瞬空気が振動し、秒でおさまる。

そこにはもう、自分一人しか立っていない。

 

「そうだ。またいつだって会えるんだから……」

独り言をこぼして、マックスはゆっくりと歩きだした…………

 

 

その日の夜…………

 

魔法界ウィンターベール地方の大海原の上空に、いくつもの黒煙が飛翔している。

目指すは島の頂上。そこにそびえるのは月明かりに照らされ漆黒に輝く城壁、グロリア砦。

 

これより、何かが始まろうとしていた…………

 

薄明かりに照らされた部屋に一人……

彼女が見つめる先には、ハンガーに掛けられたセントロールスの制服がある。

そして正面を向くと、全身黒い格好の自分が嫌でも目に入る大きな鏡がこっちを睨んでいる。

まるで、これが現実なのだと言わんばかしに構えている。

 

彼女は、鏡の中のこわばった自分の表情を見て実感した。

新たな任務が間もなく始まるという事を。

グロリアとしてのレイチェルは今、椅子に腰かけてその時を待機していた。

 

「あたしはやるわ。やってやる。マックスと戦わない為に……」

レイチェルは自分の杖を、両手でしっかり握りしめた。

その時、後ろの方からドアをノックする音が聞こえた。

 

「準備は出来てる。行くわ。」

彼女は立ち上がって、床にブーツの足音を響かせた。

 

ドアを開けてみると、そこには彼女を呼びに来た一人の少年がいた。

その短髪の少年の服装は黒衣でも、グロリアのローブでもなく、W.M.C.の制服だった。

 

「ライバン、あなただったの。」

レイチェルが淡々とした口調で言った。

「マスターから、呼んで来いと……」

そんな彼はロドリューク・ライバン。元々デイヴィックのチームにいた、魔法学校W.M.C.の少年だ。

 

「そう。では行きましょう。」

レイチェルは表情ひとつ変えずに部屋を出て、ロドリュークを横切って行った。

ロドリュークは彼女のやや後ろの横を歩く。

 

廊下を歩いていると、次第に他の人間達にも出会していく。

彼らもレイチェル達と同じぐらいの歳で、皆が魔法学校の制服を着ていた。

彼らは開かれた巨大な扉の奥へと入っていく。

レイチェルとロドリュークも、彼らの後に続いた。

 

高い天井からシャンデリアがぶら下がり、仄かな光が広間の大理石の床を照らす。

その床の上には複数人の子供達が整列して立っている。

ロドリュークは彼らの列に加わり、レイチェルは一人、列の間を歩き進んだ。

 

子供達は目の前を通過するレイチェルを目で追った。

彼女が向かうのは広間の中央、グロリアの団員が座る場所だ。

 

長テーブルの両脇には、ローブに身を包んだ人間がずらりと列席していた。皆フードを取り、顔を出している。

そこにはヴィクラス・ロンバートの姿もあった。

そんな中、一つだけ空席が設けられていた。レイチェルの席だ。

彼女はその席につき、ここに全員がそろったのだった。

 

「さて、始めるとするか。」

広間の前方から誰かの声が響いた。

コツコツと足音が鳴り渡り、暗がりから徐々にその姿が現れる。

金縁のローブを揺らしながら歩いてくる人物は、深く被ったフードを取り払って皆に顔を見せた。

 

「よく来た同士諸君。そして未来の同士達よ。」

その重低音の声はバスク・オーメットに他ならない。

「若き未来の同士よ。いよいよ君たちの真価が試される時が来た。それが明日だ。」

バスクは両腕を開き、後方に整列して立っている子供達を見渡しながら堂々と喋った。

 

「同士諸君は既に伝えた通り、各自エリアで指示に従って動いてもらう。ここでの評価が君たちの組織での評価に繋がると思え。」

魔法で声が広間の隅まで響き渡る。

 

彼はゆっくり、はっきりと子供達に向けて語り始めた。

「皆、奴ら野蛮な反乱者達に動じる事などない。されど、恐れを誤魔化す必要もない。わかっているぞ、諸君らが恐怖を感じているのを。それでいいのだ。恐怖は力となり、諸君らを救ってくれる。グロリアの為に、魔法界の為に、己の正しさを信じろ。そして恐怖を怒りのエネルギーへと変え、彼らと戦えば良い。諸君らは正義だ。正義が揺らぐことはない。誇りと自信を忘れるな。」

 

次に、目線をテーブルの方へ向ける。

「同士諸君、君達の今回の作戦への参加を改めて感謝する。」

彼が言うと、列席する団員達がそろって頭を下げた。

 

「ブレント地方への移動は今夜から翌朝にかけて済ませろ。皆が現地に到着した後、合図は私が出す。現地での総指揮はロンバートに任せてある。それから……」

バスクは視線をレイチェルに移した。

「お前には、若き未来の同士達の手本になってもらいたい。同年代のグロリアとして、生徒達にその実力を見せてやるのだ。」

 

レイチェルは鋭い眼差しを彼に向けた。

「わかっているわ。任せて。」

なるべく力強い声を意識して発した言葉だった。

 

「よし、では各自、早速行動を起こすのだ。」

バスクのその言葉を封切りに、広間にいる者達が各々動きだしたのだった。

 

広間から人が消えていく中、レイチェルも静かに立ち上がって歩きだそうとした。

その時だった。

 

「レイチェル。」

バスクの声に彼女は立ち止まった。

 

「何……?」

「少し、話そうか。」

そう言うと、彼は窓ガラスの方に歩いていった。

レイチェルも、入り口から彼の方へ向きを変えた。

 

彼女が歩いてくる間、後ろではグロリアの団員達は瞬間に姿をくらまし、子供達もほとんどが出て行った。

 

そしてレイチェルがバスクの隣に来るのとほぼ同時に、背後で重い扉が閉まる音が響いた。

 

「調子はどうだ?」

ガラス窓の外を見つめ、バスクは唐突に言った。

 

「いいわ。最近の中では……」

レイチェルが言った。

 

「それは良い。」

 

一呼吸置き、バスクは続けた。

「私もお前と同じ場所で共に戦う予定だ。だから何かあったら私がカバーする。だが、明日は急遽やらなければならない仕事ができた。すぐには向かうことが出来ないから……」

「大丈夫よ。私なら大丈夫だから。心配しなくていいわ。」

レイチェルが途中で割り込んだ。

「そうか。」

バスクが静かに言った。

 

「あたしは生きて任務を全うする。だから、ひとつだけ約束してほしい……」

「何だ?」

バスクはレイチェルに向き直った。

 

「あたしは今回の任務でグロリアに貢献する。その代わりにマックスとの自由な関係を約束してほしいの。」

レイチェルもバスクの方をしっかり見て言う。

 

バスクは一瞬考えた後に……

「好きにするといい……」

「ありがとう。」

レイチェルは静かに言った。

「活躍を期待しよう。」

そして二呼吸ほど間が空いて、バスクはまた口を開いた。

「今朝は、セントロールスに行っていたのか……?」

それは鋭く的確な指摘だった。

 

「ええ。何せ魔光力源の一つがあそこにあるんだもの。用があるのはおかしい事ではないでしょ?」

レイチェルはなるべく堂々と喋る。

 

「そうだな。」

彼はなんだか間の抜けた返事をした後……

「楽しかったか?」

 

レイチェルは、その質問の真意を察した上で答えた。

「そうね……」

「それは良かったな。」

その言葉を最後に二人の会話は終わった。

 

廊下に出てみると、魔法学校の子供達がまだちらほら残っているのがわかった。

そして自分の部屋へと歩いている時、一人の生徒から声をかけられて立ち止まる。

 

「アリスタ。部屋に戻ってなかったのか。」

それはロドリュークだ。

 

「何か用?」

レイチェルは無表情で言う。

 

「明日から同じ場所で戦うだろ。だから、今のうちに聞きたいことがある。」

「何?」

レイチェルは彼に近寄った。

 

「その、お前は何の為に戦うんだ……」

それは彼からの唐突な質問だった。

だがそれに対し、すぐにレイチェルは淡々と答える。

「あたしの両親はグロリアで、その両親はナイトフィストとの戦いで死んだ。だから復讐をする。」

「そうだったな。これは野暮な質問だよな。」

 

だがレイチェルの答えは、まだ終わっていなかった。

「今まではそう思っていた。」

「どういうことだ?」

ロドリュークが言った。

 

「それは考えることから逃げてただけなのかもしれないって、今になって思う。家族を無くして、グロリアに入ってナイトフィストに復讐する事しかやることが無いって思っていたから。でも今のあたしには、あたしの意思がある。あたしが戦う理由は大事な人との時間を守る為よ。」

彼女は自分の気持ちを振り返りつつ、ロドリュークにきっぱりと答えを言った。

 

「大事な人の為……」

ロドリュークは依然として、何か思い詰めた様子でいる。

 

「あなたは何でグロリアに?」

レイチェルが質問を返す。

「俺は力が欲しかった。強くなりたかった。もっと、生徒の誰よりも……」

彼は続ける。

「でも、どうだ?俺は何で強くなりたいのか。強くなって何がしたいのか…………元々やりたい事なんか無かったのかもしれない。だから、戦う理由がわからなくなった。でも戦って、もっと力もつけて強くならないと駄目な気がしてならない。強くならないと、俺には何も無いんだ。大事な人だって……」

彼は今の正直な気持ちを吐露した。

 

「あたしも、つい最近までそんな感じだった。弱い自分を守る為に、自分の気持ちと向き合わずに戦って強くなる事だけ考えた。」

レイチェルの彼への口調に、わずかに感情が込められていく。

「あなたも自分と向き合えば、自分の意思で戦う理由が見つかるかもね。それと、大事な人も。」

「そうか。考えてみるか……」

ロドリュークは呟いた。

 

「あなたにも、そのうち見つかるわよ。」

そう言い残して、レイチェルはその場から歩き出した。

 

 

翌朝、その時が来た…………

 

ナイトフィスト・ロンドン本部の作戦会議室にて……

 

「作戦は以上だ。皆、ブレント支部に到着するまでは三人以上固まって行動するな。なるべくばらけて向かえ。では幸運を祈る。」

今、司令官が作戦説明を終えた。

皆、早速行動を開始する。目指すはナイトフィスト・ブレント支部だ。

 

皆と同様に、ライマン、ザッカス、サイレントも足早に動いた。

「何だか嫌な感じがしないか?」

歩きながらザッカスが二人に言う。

「ああ。魔法学校の騒動以降、オーメットの動きが見られなかった。今日の為に静かに準備をしていた可能性があるからな。」

ライマンが言った。

「何が起こるにせよ、結論は同じ事だ。これ以上、奴らの思い通りにさせるわけには……」

サイレントは言い終わる前に、スーツの裏側から両面鏡が呼んでいることに気づいたのだった。

素早く取り出してその手鏡に映る相手を確認する。

 

「リビングストン。どうした?」

そこに映るのは、どこかの病室のベッドに座る男だった。

 

「ウェンド、大事な事を思い出したんだ!」

彼は興奮気味で、早口で喋る。

「主に、前言ってた地下の魔光力源と、ギルマーシス・レボットに関しての事だ。」

それを聞いたサイレントは、その場で足を止めた。

 

「よく思い出してくれた。」

「これをすぐに伝えておきたい。直接会って話をしたいんだ。」

「わかった。すぐに行く。」

サイレントは手短に話を終えて、手鏡をスーツの内に戻した。

 

「すまんが、先に行ってくれ。私は少し遅れる。」

「わかっている。話が終わったら来てくれ。」

ザッカスがそう言って、ライマンと会議室を出て行ったのだった…………

 

 

同じ頃、セントロールス旧校舎の一角…………

 

昨日と同じく、また彼女とメールのやり取りをした。

だが今日は自分からではない。彼女からだ。

 

マックスはレイチェルからのメールで、今日も旧校舎に足を運んだ。

 

もはやこの旧校舎は嫌な思い出の詰まる場所ではなく、これからレイチェルとの密会を楽しむ場になりつつある。

そんなことを考えながら、静かな廊下を一人歩いている。

 

静寂を消すのは自分の足音以外、何もない。

この一人分の足音の中に、いつ彼女の分が聞こえてくるか……

 

そう思って角を曲がった時だった。

 

「マックス!」

彼女は既に待っていたのだ。

窓際の壁に背中をもたれて立っているレイチェルの姿は昨日とは一変していた。

 

「おはよう。待たせたか?」

「おはよう。全然。」

昨日とは立場が逆になってしまった。

 

「今日は制服じゃなくてごめんね。」

「気にするなよ。それより、なんでその格好なんだ?」

今日の彼女は黒のワンピースに黒の手袋、黒のロングブーツだった。

いつも背中にたらした長い髪は、後頭部でしっかりと結ばれている。

 

「実は、言って無いことがあるの。」

彼女は真剣な表情で続けた。

「あたしがあなたと戦わなくてよくなった。でもその代わりに別の任務が与えられたのよ。」

「別の任務って?」

「戦闘任務よ。」

 

それを聞いたマックスは嫌な展開を想像した。

「戦闘任務……じゃあ、まさか……」

「うん。今から行かないといけない……」

レイチェルの声に、段々元気が無くなっていく。

 

「やっぱりあたし駄目ね。あなたを目の前にすると、強気でいられない……」

彼女はマックスに近づいて話を続けた。

 

「でも、どうしても戦いの前に会いたかった。しばらく会えなくなるから……」

「そうなのか……」

突然の事にマックスは動揺を隠しきれない。

そんな彼の気持ちを察して……

「でも心配しないで。やられたりしないから。必ず戻ってくるから。だから待っててよね。」

 

レイチェルは最後の覚悟を決めた。今、目つきが変わった。

マックスはその瞳をまっすぐ見つめる。

レイチェルも彼の瞳から目線を外さない。

 

お互い、瞳の奥から何かを感じ取った。

 

大丈夫だ。ここで終わるはずはない。そんなことは認めない……

 

「ああ。約束だぞ。また必ず元気な姿を見せてくれ。」

「約束する。信じて。」

「よし、信じて待ってる。」

 

二人の距離は更に近づいた。

自然と手と手を重ねる……

 

「ねえ、最後にお願いがあるの。」

レイチェルの手がマックスの背中に触れる。

マックスもレイチェルの肩を包む。

 

「何だ?」

 

「キスして……」

 

二人は静かに瞳を閉じた…………

 

 

 

 



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