すた☆だす (雲色の銀)
しおりを挟む

すた☆だす 1st Season
第1話「色々と、始まり」


星屑のようにちっぽけな俺達の出会いは、奇跡なのかもしれない……。


陵桜学園に通う少年、白風はやとはいつも通り校舎の屋上で寝ていた。すると、黄色いリボンが印象的な少女、柊つかさと偶然出会う。
話もせず、すれ違っただけの2人だったが、お互いに強く印象に残っていた。
そして、2年生の始業式の日。新しいクラスの教室で、はやとはつかさと再会する。

それは、仲間達を含めた彼等の色濃い青春に満ちた日常の始まりでもあった。


 俺は奇跡なんてもの信じない。

 ドラマなんかでよくやる「奇跡」。俺はそれが嫌いだ。

 奇跡なんてあんなに頻繁にあってたまるか。

 だから奇跡なんて安っぽいもの、俺は信じない。

 

 

 

「雲はいいよなぁ……」

 

 大空を見上げて、俺は呟いた。

 3月、天気は晴れ。青い空の所々に雲が浮いている。

 まだ少し肌寒いが、陽の光が温かさをくれる。絶好の昼寝日和だ。

 

「もし翼があったら、俺も空を自由に飛びたいなぁ……」

 

 ここは学校の屋上の入り口の上。今は丁度昼休みになった所だな。授業? 勿論、サボりだ。

 よって、ここには俺以外誰もいない。いるとすれば、精々鳥の群れぐらいだ。

 

「よっと」

 

 昼飯時になったので起き上がり、下に飛び降りる。周りにいた鳥達も一斉に飛び立った。

 その時、下に人がいることを初めて知った。

 外見は黄色いリボンをカチューシャみたいに着けている、紫色の髪と瞳の女子。顔付きはやや可愛い方に分類されるだろう。

 上から降ってきた俺に驚いたらしく、キョトンとしている。何処かほんわかしている雰囲気から、かなり鈍い性格なことが伺える。

 その証拠に、女子の頭の上にさっきの鳥の羽が乗っかったままなことに気付いた。本人は気付いていないだろうから、俺は手を伸ばして羽を取ってやる。

 

「付いてたぞ」

 

 羽根を渡し、それだけ言い残して俺は教室に戻っていった。

 特に親しくもないし、今後会うかどうかも分からない相手だ。

 

 

 もし俺に翼があったら、この時既に羽撃いていたのかもしれない。

 この何気ない出会いが俺を変えることになるとは、この時は全く気付きもしなかった。

 

 

☆★☆

 

 

 学校のチャイムがお昼休みの時間を知らせる。

 私、柊つかさは仲のいいお友達と、屋上でお弁当を食べることになった。

 でも、こなちゃん――泉こなたちゃんは

 

「ごめん、コロネ買ってくるから先行ってて!」

 

 と言っていなくなっちゃうし、お姉ちゃん――柊かがみは

 

「私も飲み物買ってくるから、悪いけど先に行ってて」

 

 ってこなちゃんの後を追って行っちゃった。

 ゆきちゃん――高良みゆきちゃんは委員会の仕事で遅くなるって言ってた。

 だから、今は私一人で屋上にいる。

 他に屋上に来るかもしれない生徒も、購買でパンとかを買いに並んでいるから今は誰もいない……と思ってた。

 

「雲はいいよなぁ……」

 

 不意に、男の人の声がした。

 周囲を見回すけど、誰もいない。そこで、私は入り口の上を見上げた。

 

「もし翼があったら、俺も空を自由に飛びたいなぁ……」

 

 入口の上、給水塔のある方には、鳩に囲まれて寝転んでいる人がいた。どんな人かは見えないけど、足がぶら下がってる。

 あの人の言ってること、何だかロマンチックだなぁ。

 

「よっと」

 

 その人が急に起き上がり、私の目の前に飛び降りた。すると周りの鳩達も飛んで行く。

 その時、一瞬だけど、まるでその人に翼が生えているように見えて、綺麗だった。

 驚いて、何も言えなくなった私にその人が気付いた。

 そして、これまた急に私に向かって手を伸ばす。思わず目を瞑ってしまう私。

 

「付いてたぞ」

 

 彼の言葉を聞き、目を開けると彼の手には鳩の羽根が。さっき飛んで行った拍子に、頭に落ちてきたのかな。

 綺麗な空色の髪に翠色の眼をしている彼は、私に羽根を渡して行ってしまった。

 第一印象は、不思議な雰囲気を持った男の人だった。

 

 

 

 あれから3日が経ったけど、一度も彼の姿を見ていない。

 名前も知らないけどあの不思議な雰囲気が忘れられず、私は窓から屋上を見てはどうしても気になってしまっていた。

 

「ねぇねぇ、つかさ最近どうしたの?」

「分からないのよ。空を見ては溜め息を吐くし」

「もしかして、恋でしょうか?」

「「恋!?」」

 

 うわっ!? びっくりした~。

 だって、お姉ちゃんとこなちゃんが急に大きな声出すんだもん。

 ボーっとしていたから内容は分かんないけど、お姉ちゃん達は何かを話していたみたい。何だろ、私と関係があるのかな?

 

「つかさ!」

「な、何?」

「今気になる人がいるの!?」

「う、うん」

 

 勢いに押されて正直に頷くと、お姉ちゃんはショックを受けたように落ち込んで、こなちゃんとゆきちゃんは目を輝かせていた。

 えっと……未だに事情が飲み込めないんだけど。

 

「そっか~、つかさにも春が来たか~」

 

 え? 今、春じゃないの?

 こなちゃんの言葉にますます話が分からず、首を傾げてしまう。

 

「そんな、つかさが恋……」

「……えっ!?」

 

 そしてお姉ちゃんの呟きに、やっと皆が話していた内容に気付いた。

 確かに私は彼が気になっていた。でも多分、恋とかとは違うと思う。

 例えるなら、本屋さんでたまたま見かけた本が後で気になって、いざ買おうと思ったら中々見つけられない、そんなもどかしさ。

 

「ち、違うよ~。ちょっと気になってただけ」

「本当に?」

「うん」

「な、なーんだ」

 

 ちゃんと違うって言ったら、お姉ちゃんはまた元気になった。

 心配させちゃって、何だか悪かったかも。

 

「でも、気になる人というのは?」

「不思議な雰囲気を持った人で……」

 

 私は皆にその人のことを話した。ほんの少ししか顔を合わせてないけど、すごく印象に残った人。

 けど、結局彼とは終業式になっても、あの日以来会うことはなかった。

 

 

☆★☆

 

 

 春休みなんてあっという間に過ぎ、今日は始業式だ。

 今日から2年生だ! ……って感じはまったくもってない。

 俺、白風(しらかぜ)はやとは1年の時と変わらず、欠伸をかきながら登校していた。

 

「よっ! はやと!」

 

 今日みたいに温かい気候なら、屋上で気持ち良くシエスタ出来るんだろうなぁ。

 なんて考えていると、後ろから声を掛けられる。振り向くと、3人の顔見知りが揃っていた。

 

「屋上で寝てるかと思ったぜ」

 

 俺に最初に声を掛けた、赤い短髪に黄昏色の眼の煩い奴は天城(あまぎ)あき。

 見た目通りの底抜けに明るい性格の持ち主で、運動神経も抜群な典型的な体育会系だ。

 が、同時にアニメやゲームが大好きなヲタクでもある。本人は隠そうともせず、美少女キャラのストラップを携帯や鞄に取り付けている。

 

「流石にそれはないだろ」

 

 俺達の中で一番背の高い、長い茶髪にアクアブルーの眼をした真面目そうな奴が冬神(ふゆがみ)やなぎ。

 真面目な性格通り頭脳明晰で、テストでは学年トップクラスに位置している。

 反面、ヒョロイ体型通り運動が苦手で、もやしと呼ばれる程体力がない。あきとは好対照で、奴へのツッコミを担当しているのもやなぎだ。

 

「クラス替えの紙、もう見た?」

 

 最後にクリーム色の髪に藍色の眼を持った、人畜無害そうな奴が檜山(ひやま)みちるだ。

 コイツは運動も学業も出来る完璧超人で、性格も純粋無垢のいい奴だ。おまけに金持ちのお坊ちゃんと非の打ちどころが見当たらない。

 純粋過ぎてあきのジョークを真に受けてしまうのは短所に含んでもいいかもな。何でこんないい奴が俺達のグループにいるのやら。

 俺達4人は、1年の時に同じクラスだった。屋上で寝てることが多かった俺にとって、比較的他のクラスメートよりつるむ時間が多かった、仲間みたいなモンだ。

 

「いや、まだだ」

「んじゃ、早速見に行こーぜ」

 

 クラス替えか……俺は別に誰が一緒でもいいんだけどな。折角だし、あき達の誘いに乗って俺はクラス表を見に行くことにした。

 掲示されたクラス表の前には案の定、人で混み合っていた。人混みは嫌いだから早く教室に行きたいぜ。

 さて、白風は……あった。E組か。

 

「おっ、はやとと同じクラスか!」

 

 俺が名前を見つけると、隣であきが喧しく言った。

 ってことはあきもE組か。天城で確認すると、確かにE組の欄にあきの名前が載っていた。

 

「あ、僕もE組だ」

 

 続いて、みちるも同じクラスで名前を見つける。

 1年の時同様、メンバー勢揃いだな。親しい奴がいると安心感がある。

 ……ん? 誰か足りないような。

 

「……俺だけDか」

 

 どうやら、やなぎだけは違うクラスに振り分けられてしまったらしい。

 おーおー、可哀想に。達者でな。

 

「あはははは! やなぎ、お前だけ1人か!」

「うるさい!」

 

 思い切り笑っていたあきを関節技でシバくやなぎ。それなりにショックだったんだな、ご愁傷様。

 ま、コイツ等がまた一緒なら賑やかなクラスになるだろ。やなぎいないけど。

 

 

 

 2-Eの教室内はあまり人がいなかった。早く来過ぎたか。

 周囲を見回すと、1年時に同じクラスだったような奴等がチラホラと居た。正直、そこまで面子に変化はないみたいだ。

 

「なぁ、ここで運命の出会い! とかねぇかな?」

「ねぇよ」

「例えば?」

 

 退屈なのか、あきがまた騒ぎだした。みちるも便乗するなよ。

 重度のヲタクであるコイツは、その手のよくある出会い系イベントを夢見ては俺達に語っていた。

 ってか、食パン咥えた転校生と曲がり角でぶつかるとか、現実的にありえねぇから。

 

「学校のマドンナに一目惚れをされ、そのまま付き合うとかな!」

「へぇ~」

「夢は寝て見ろ。俺みたいにな」

 

 本人もネタ半分のつもりで話しているんだろう。

 が、バカの話には付き合いきれん。俺は席を立ち、教室を出ようとした。

 

「オイ、何処行くんだよ?」

「やなぎン所」

 

 まだ時間はありそうだしな。やなぎの新しい門出を茶化してやるか。

 俺はドアを開けようと手を伸ばした。

 しかし、ドアは勝手に開いた。向かい側にいた奴が開けたんだろう。

 話に夢中になっていたソイツは、そのまま俺にぶつかって来た。

 

「わわっ、ごめんなさい!」

 

 相手はぶつかってから漸く俺に気付き、慌てて頭を下げて謝った。

 黄色いリボンと紫色の髪が揺れる。何処かで見たような……?

 ソイツが頭を上げると、顔を見て俺はやっと思い出した。

 

「……あっ!」

「あ、あの時の」

 

 何時だか忘れたが、屋上にいたリボンの女子。

 顔が可愛いからか、頭に乗っけた羽根が間抜けで印象的だったからか。

 とにかく、ごく最近だったこともあって覚えていた。

 

「なになに? 知り合い?」

「前に話した不思議な人だよ」

 

 後ろにいた、青い長髪の小さい奴がリボンの女子に聞いた。

 不思議な人って……変人扱いか?

 

「オイはやと! 何、運命の再会イベントやってんだよ!」

 

 何時の間にか、あきが俺の隣で羨ましそうに喚いていた。

 つーかイベントって、初対面の奴の前でゲーム脳みたいな台詞吐くなよ。

 

「で、アンタがここにいるってことは同じクラスか」

「あ、そうですね~」

 

 外野のせいで気の抜けた雰囲気になってしまったが、気を取り直して尋ねて見た。

 すると、ぽんやりした様子で答えるリボンの女子。とりあえず敬語止めろ。

 けど、まぁこれも何かの縁だ。折角だし、お互いに知り合っておくのも良いだろう。

 

「なら、自己紹介を」

「あっ!」

 

 うわっ! 今度は何だよ?

 リボンの女子の連れである、眼鏡を掛けたピンク髪の女子が大声で叫んでいた。その視線の先には……。

 

「みちるさん!」

「あ、みゆき!」

 

 みちるがいた。みちるも相手の名前を知っている辺り、2人は深い知り合いのようだ。

 

「みっちーも知り合い?」

「うん、幼馴染。小学校の時まで近所に住んでたんだけど……」

「みちるさんが引っ越されてしまって」

 

 あきの質問に、2人が答える。因みに、「みっちー」とはみちるの愛称だ。

 なるほどな、みちると眼鏡の女子は小学校以来の再会になる訳だ。

 それが本当なら、あきの言う運命の再会イベントって奴がよく似合うじゃねぇか。

 

「おっとー! ここでまたフラグが立った!」

「人畜無害な坊っちゃまが幼馴染のお嬢様と再会イベント!」

 

 あきと小さい女子までがみちる達を囃し立てる。

 どうやらコイツ等はコイツ等で波長が合うらしいな。

 

「やるね、君!」

「お前もな!」

 

 終いにゃ、意気投合しやがった。あまり関わりたくないタッグだ。

 

「あ、チャイムだ。詳しい挨拶はまた後でね!」

「おう!」

 

 ここでチャイムが鳴り、俺達は一旦分かれてそれぞれの席に付いた。

 ……が、おかしい。すぐ来るはずの先生が現れない。

 

「皆席につけーっ!」

 

 と考えていると、勢い良くドアが開かれて金髪の女教師が慌てて入って来た。いや、もう全員席についてるけどな。

 

「あっぶな、ギリギリセーフやっ!」

 

 汗をかき、息を荒くして教卓に立つ。かなり急いで来たんだろうな。つーか、何で関西弁?

 

「あー、ウチが担任の黒井やっ! 皆学年も上がったことやし、いつまでも休み気分でおらんで心機一転頑張るよーにっ!」

 

 遅刻ギリギリでやってきた我らの担任教師、黒井ななこ先生は誤魔化すようにやや早口でそう言い放った。

 この時、クラス全員こう思ったであろう。

 

『せ、説得力……ねぇ!!』

 

 誤魔化せてもいねぇし。生徒達の冷たい視線を気にしないよう、黒井先生は明るくホームルームを始めた。

 こんな愉快な担任で、ウチのクラスは大丈夫なんだろうか。

 

 

 

 それから休み時間になり、さっきの面子+2人で改めて自己紹介を始めた。

 因みに、プラス分の1人はやなぎで、もう1人は向こうの知り合いだそうだ。

 

「まず1番! 俺は天城あき! 容姿端麗、頭脳明晰の人気者!」

「っていう夢を見たんだそうだ」

 

 俺達の一番手、あきの痛い自己紹介に相槌を入れてやる。花を添えてやったんだ、感謝しろよ。

 

「で、もう終わりか?」

「……サーセン! とりあえずよろしく!」

 

 コイツの長所は明るい所だけだな。短所でもあるけど。

 初対面の女子達も、このバカがどういう奴か一瞬で分かっただろう。今後も容赦なく扱ってやってくれ。

 さて、席の順番から言って次は俺か。

 

「俺は白風はやと。好きなものは空、嫌いなものは奇跡。以上」

「お前、もっと言うことがあるんじゃねーのか?」

 

 特にやる気もないので簡単に自己紹介を済ませると、あきに突っ込み返された。

 言うことなんかあんまねーよ。クラス内での自己紹介もこんな感じだったし。

 まぁ、よくよく考えるとこれから仲良くやっていく友人達だ。淡泊過ぎてもどうしようもないか。

 

「彼女募集中とか?」

「そーそー!」

「違うだろ!」

 

 珍しくあきの言葉に乗ってボケてみると、俺達の中でのツッコミ役、やなぎに突っ込まれた。真面目だねぇ、やなぎ君は。

 とにかく、俺の番はコレで終わり。次はツッコミ担当のやなぎだ。

 

「冬神やなぎです。このクラスじゃないけど、よろしくお願いします。柊さんと」

「かがみでいいわよ」

「じゃあ、俺もやなぎでいい。かがみとは同じクラスだよな」

 

 順番が回ってきたやなぎは、一足先に新顔の紫のツインテールが特徴的な、気の強そうな女子と名前を呼び合うこととなった。

 へぇ、コイツ等同じクラスだったのか。

 

「おっと、やなぎ君はかがみんルート突入か?」

「もやし君は見た目ツンデレっ娘を攻略出来るか!?」

「「そこ、何話してるっ!?」」

 

 あき達に同時にツッコミを入れるやなぎ達。

 あ、この2人も性格似てるかも。良いバランスだ。

 

「檜山みちるです。新学期から可愛い女性達と仲良く出来て光栄です」

 

 男子陣のトリを飾り、屈託のない笑顔を見せるみちる。俺達、いや恐らくクラス1のイケメンであるみちるから可愛いと言われ、女子達は頬を赤く染めている。

 金持ちかつイケメンであるみちるは、女子の扱いも完璧なようで「王子」と呼ばれる程だ。

 しかし、唯一の欠点として性格がド天然で純粋無垢なところだ。詐欺とか絶対引っかかるタイプだな。

 その天然さが原因で、本人が無自覚でも女性を魅了してしまうのだ。

 

「お前、坊っちゃまとホストどっちだよ」

「?」

「くそっ、俺もそっちにしときゃよかった!」

 

 悔しがってるバカは放っといて、みちる……恐ろしい奴!

 さて、次は女子達の紹介だな。

 

「ども、泉こなたです。これでも高校2年生だよ~」

 

 最初は青い長髪にアホ毛がピンと跳ねた、気の緩そうな女子が自己紹介する。さっきあきと一緒になって騒いでたところから、コイツもヲタクらしい。

 驚くべきは小さい身長。同い年どころか、高校生にすら見えないんですけど。

 

「最後に、貧乳はステータスだ! 希少価値だ!」

「いよっ、こなた! 輝いてる!」

 

 こなたは最後に自分の薄い胸を叩いて、すごいのかすごくないのか分からない言葉を残した。

 それに便乗し、間の手を入れるあき。ある意味すごいな、お前。

 

「柊つかさです。よろしくお願いします」

 

 次に俺が最初に出会った、リボンがトレードマークで温かい雰囲気の女子、つかさは相変わらずぽんやりした雰囲気でお辞儀した。

 女子達4人の中では、つかさが一番女の子っぽい性格をしていそうだ。

 

「ところで、はやと君。屋上で何してたんで」

「敬語やめろ」

「あ、うん……何してたの?」

 

 同い年に無理に敬語を使われたくない。

 俺が注意すると、つかさは改めて俺に聞き直した。

 そういや初めて会った時、つかさから見たら上から降って来たようなモンだもんな。そりゃ気になるか。

 

「昼寝。つかさもやってみたらどうだ?」

「わ~、気持ち良さそうだね~」

 

 教えるのとついでに、つかさに屋上の昼寝を進めてみた。すると、つかさは興味を示す。

 よし、昼寝仲間が出来た。屋上での昼寝は気持ちいいぞ。特に授業中は変な騒音がないから伸び伸びと快眠出来る。

 

「やめなさい、つかさ。アンタそれサボりでしょーがっ!」

「えっ!?」

 

 チッ、バレたか。ツインテール女子の指摘に、つかさは目を丸くしていた。

 気付かない方も気付かない方でどうかとは思うけど。やっぱりつかさは何処か抜けている。

 そのツインテール女子に、今度は順番が回ってくる。

 

「あたしは柊かがみ。つかさの双子の姉よ」

 

 気の強そうな性格通り、キッパリと自己紹介するかがみ。

 あぁ、双子ね。だから同じ髪の色してるのか。性格は全然似てねーけど。

 

「クラスは違うけど、よろしく。ところではやと」

「何だ?」

 

 初対面ということもあり、あきややなぎたちには笑顔で話す。が、紹介が終わると急に俺に向き直った。

 そういえば、さっきからかがみからの視線がキツい気が。初対面のはずのコイツに何かした覚えはないんだけどな。

 

「つかさに近付いたらコロスワヨ?」

 

 男子勢の中だと俺がつかさに一番近いからなのか、かがみは圧倒的な威圧感で俺にそう告げた。

 つーか一瞬、目が紅く光ったような気がしたんですけど。怖っ!?

 

「姉バカだから気にすることな……やっぱ気にした方がいいかも」

 

 姉バカを見兼ねてこなたが加勢するも、かがみの一睨みですぐに退いてしまった。

 ここは逆らわない方がいいな。とりあえず頷いて、かがみを宥めた。

 大体、近付くって言ってもそこまで親しくもないんだけど。

 

「高良みゆきです。どうぞよろしくお願いします」

 

 最後にピンク色のウェーブが掛かった長髪に眼鏡を掛けた、何処かのお嬢様風の女子、みゆきが自己紹介を済ませる。

 この中では一番大人びているようで、こなたとは別の意味で同年代なのかと疑ってしまう。

 おまけに、学年内でもとびきりの美人でスタイルもいいので、クラスの男子からの人気が非常に高そうだ。この辺は女子人気の高いみちると対照的だ。

 

「よろしくするす」

「お前は引っ込んどけ」

 

 相手が美人だからか、積極的に仲良くなろうと喧しくするあき。そんなバカをやなぎが容赦なく殴り伏せた。よくやった。

 因みに、みゆきの敬語は全員に等しく使うそうだからスルー。親にまで敬語なんだそうだ。

 

「先程言ったように、みちるさんとは幼馴染です」

「うん。みゆきと再会出来て嬉しいよ」

「私もです……」

 

 さっきと同じように、笑顔で再会を喜ぶ2人。こうして美男美女が並ぶと、中々絵になる。

 ん? みゆきの頬が若干赤いな。もしかして……。

 

「気付いたか、はやと」

「あき、こなた。あれは」

「うん、みゆきさんはみちる君に惚れてるね」

 

 な、なんだってー!

 いち早く気付いていたあきとこなたは、当人達に聞こえないよう俺に伝える。

 

「だが当のみちる君は全く気付いていない!」

 

 ほ、本当だ。みちるは、いつも通りの人畜無害な笑顔でいる。

 みちるの天然な性格は恋愛に対して鈍感であるという、欠点まで生み出しているらしい。じゃなきゃあんなホストみたいな真似しないよな。

 

「まさかみゆきさんが攻略する側だったなんてね」

「しかも相手は鉄壁の城塞みたいな奴だ」

 

 相当苦戦しそうだな……応援してるぞ、みゆき。

 

「じゃ、私達はそろそろ戻るわ」

「また後でな」

 

 一通り自己紹介が済んだところで、やなぎとかがみがD組に帰って行く。

 お前等違うクラスだったな。すっかり忘れてた。

 ここで丁度よく休み時間終了のチャイムが鳴り、俺達も自分の席に戻って行く。

 

「はやと君」

 

 これで話は終わりと思ってたら、つかさが声を掛けてきた。

 

「何時か、飛べるといいね」

 

 つかさが言ったことの意味がすぐには分からなかったが、少し考えて納得した。

 初めて会った時の少し前、屋上で俺が呟いたことか。聞いてたんだな。

 

「ああ」

 

 お人好しだな、つかさは。バカにする訳でもなく、俺にそう返したのはつかさが初めてだった。

 

 

 

 始業式を終え、自宅のアパートに帰ってくる。簡素なアパート「夢見荘(ゆめみそう)」に俺は一人で暮らしていた。

 いつも通り、夕飯のカップラーメン用に湯を温めながら、色々とあった今日一日を思い返す。

 あき達とまた同じクラスになって、屋上ですれ違っただけだったつかさに再会して、つかさやその仲間達とも友達になった。

 これからより色濃くなって行くであろう高校生活、本当に退屈しなさそうだ。




どうも、雲色の銀です。

すた☆だす第1話、ご覧頂きありがとうございます。

このお話はまるで主人公らしくない主人公、白風はやとのネガティブな台詞から始まります。
はやとの主人公らしくないところを上げると、キリがありません。(笑)

チート能力も、主人公補正も、何もないはやとが、つかさと出会いどう変わっていくのかがこの物語の主軸となっていきます。
皆様に気に入って頂ければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話「悪魔の数値」

 遂にこの日が来た。己のステータスを知る日が。

 ある者は知ることを恐れ、必要以上に気を張ってしまうイベント。

 そう、身体計測が。

 まぁ、俺は時運のステータスに何の関心もないが。教室内を見てると、色々気にしている奴等がいるみたいだな。

 

「うぅ、間食控えとけばよかった……」

「身長、伸びてるといいな」

 

 どうやら、男女で悩みが違うようだ。男子は身長、女子は体重が主な悩みみたいだな。

 が、さっき言った通り俺は何の関心もない。

 

「ふむ……84、いや85か……」

「で、お前はさっきから何やってんだ?」

 

 退屈そうにクラスの様子を眺める俺の隣には、手でスコープを作って、何処かを覗いては数字を呟く不審者が1人。

 

「みゆきさんのバストを予想してるのさ」

 

 その不審者、あきはドヤ顔でそう答えた。誰かー、ここに変態がいるぞー。

 

「あき君や」

 

 何時の間にかあきの後ろにはこなたがいた。この際だ、女子からビシッと言ってやれ。

 

「私としてはこれくらいだと思うんだがね」

 

 こなたは持参した手帳に数字を書いてあきに見せた。って、お前も同類か!

 確かに、みゆきの容姿は同年代では桁外れだと言えるレベルだ。主に何処がとは言わないけど。

 

「あー、俺もその線行ったんだがこっちの方が現実的じゃ……」

「みゆきさんの胸には夢が詰まってるんだよ、現実的に考えちゃあダメダメ」

 

 ダメなのはお前等だ。さっさと現実に帰ってこい。

 バカ共を放置し、俺はいつもと変わらない感じのつかさに尋ねてみた。

 

「つかさは気にしないのか?」

「ちょっとだけね。あと、お姉ちゃんが結構気にしてて」

 

 かがみの方はそんなに気にするのか。弱気なかがみというのも珍しいな。

 俺はこの時完全に油断していた。身体計測というイベントが、自分には決して関係ない。そう思っていた……。

 

 

 

 身体計測後、教室内はやはり賑わっていた。

 突き付けられた結果に、歓喜する者と落胆する者。それぞれだ。

 

「全然伸びてない……」

「はぅ、横に伸びちゃった……」

 

 落ち込んでる連中なら、こっちにもいた。今回の結果は、つかさも少しは気になったようだな。

 一方、みゆきは余裕そうである。流石というか何というか。

 

「みゆきさーん、3サイズ教え」

「何聞いとるんだお前はっ!」

 

 堂々と変な質問をしたあきに、何時の間にかD組から来ていたやなぎの鉄槌が下る。

 やっぱりちゃんとしたツッコミ役がいると違うな。

 

「で? みゆきさん、いくつ?」

 

 机に顔を埋めたあきを余所に、今度はこなたが聞き出していた。まぁ女子なら、な。

 

「実は……」

「……なんですとー!」

 

 ヒソヒソ話で聞こえなかったが、どうやら予想は外れたみたいだ。どっちの方向に外したかは知らないが。

 

「んで、やなぎ。アレは何だ?」

 

 ここで、俺は1人でかなり落ち込んでいる奴が気になり、指差した。

 ソイツはドス黒いネガティブオーラを体中から放ち、クラス内の空気をより重くしていた。

 

「え……かがみだよ?」

 

 みちる、そういうことを聞きたいんじゃねぇんだよ。

 

「間食が、間食が~っ!」

 

 そのオーラの中心である、かがみは今にも死にそうな顔で言い訳を連呼していた。

 体重増えたんですね、分かります。

 

「こうなったらダイエットよ!」

 

 そして落ち込んでたかと思ったら、何かを決意したかのように立ち上がった。

 はいはい、頑張ってください。

 

「わ、私もやる!」

 

 つかさ、お前もか。気にしてないって言ってなかったか?

 

「私もお手伝いします」

「僕も」

 

 みゆきにみちるまで、お人好しなことをのたまう。

 俺はめんどいからパスな。

 気付いたら、教室を立ち去ろうとする俺とあきの肩を、鬼の形相をしたかがみが掴んでいた。

 

「いってぇな!」

「HA☆NA☆SE!」

「アンタ達も手伝いなさい?」

「……イエッサー!」

 

 ここで逆らえば、きっと血を見ることになるだろう。まだ死にたくない俺とあきは、綺麗なフォームで敬礼をするしかなかった。

 こうして、かがみによるダイエット作戦が強引に始まった。

 

 

 

 んで、放課後。

 ジャージを着た男女8人が、何故か近くの神社に集められた。バラエティ番組か何かか?

 

「いや、何で神社?」

「お参りするのかな?」

「石段を兎飛びか?」

「何処の修業だよ」

 

 男子組が好き勝って言ってると、すぐにこなたの方から答えが帰って来た。

 

「ここはかがみとつかさン家なんだよ~」

「マジか!?」

 

 ここ、鷹宮神社(たかのみやじんじゃ)は柊姉妹の家らしい。

 家が神社やってたのか。この辺に来たことはあるが気付かなかったな。

 

「ってことは巫女服!」

「何でそーなる」

「でも、たまに手伝うよ〜」

「つかさも余計なこと言わないっ!」

 

 かがみ、1人ツッコミ乙。つかさが余計なボケをかますからかがみも大変である。

 

「それで、何をするんですか?」

「この辺を走るつもりよ」

 

 至って普通だな。てっきり地獄の特訓メニューでも用意しているのかと思った。

 

「けど、この人数で走るのか?」

 

 やなぎの言う通り、この大人数で町内を走るのは気が引ける。

 一体どんな噂を立てられることやら。

 

「それなら平気よ。くじがあるから」

「用意周到だな」

 

 すると、かがみは何時の間にか人数分の割り箸を用意していた。これでペア分けをするつもりか。

 その熱意にはある意味感心するよ。

 

「皆選んだ? せーので引くわよ!」

「せーのっ!」」

 

 全員が一斉にくじを引いた結果、ペアはこのようになった。

 かがみ&やなぎペア

 みゆき&みちるペア

 こなた&つかさペア

 んで、俺とあきのペアだ。

 

「チッ、野郎とか」

 

 うるせぇな、俺だってお前とペアでがっかりだよ。

 

「みゆき、よろしくね」

「はいっ!」

 

 みちるとみゆきの幼馴染ペアは安定してるな。相変わらずみちるは鈍感だけど。

 

「頑張ろうね、こなちゃん」

「私より気になるペアが……」

 

 つかさは張り切っているが、やはりというかこなたはみゆき達を見ていた。少しは真面目にやれ。

 

「んじゃ、先に行くけど10分たったら次のペアが走って」

「分かった」

 

 粗方説明をし終え、最初にかがみとやなぎがスタートした。

 見送るだけで、俺達は走らなくてもいいんじゃね?

 

「……はやと」

「何だ?」

 

 本気でサボろうかと考えていると、珍しくあきが真面目な顔をしていた。何かマズいことでもあったか?

 

「やなぎってさ、「もやし」じゃなかったか?」

「あっ」

 

 あきの指摘で、俺は重要なことを思い出した。

 しまった、やなぎは「もやし」と呼ばれる程の運動音痴だった。

 長距離マラソンなんかやって大丈夫だろうか。

 

 

☆★☆

 

 

 自慢ではないが、俺は体力がない。運動全般が苦手だ。

 将棋やチェスをやっていた方が楽しいしな。

 けど、俺は今何で走っているんだ? しかも女子と。

 

「やなぎ、大丈夫?」

 

 かがみが俺を心配してペースを落としてくれた。

 そうだ、かがみが原因だったな。

 

「いや……大丈夫……だ……」

 

 息も絶え絶えだが、強がりを言った。

 

「息、あがってるわよ?」

 

 俺の去勢は全く意味をなさなかった。すみません、強がり言いました。

 

「まったく、辛いんなら言いなさいよね」

「ごめん……」

「……こっちが無理矢理付き合わせてる訳だし」

 

 そう、あくまで目的はかがみのダイエットだ。

 俺は今、それを邪魔してるんじゃないか……?

 

「かがみ。先に行け」

「えっ?」

「俺なんか気にしないで、先に……」

「…………」

 

 無言。そうだ、そのまま俺を置いて

 

「嫌よ」

「!?」

 

 何で? 別に俺に合わせなくても……。

 

「ここで置いて行ったら、無理に付き合わせた意味がないじゃない」

「かがみ……」

 

 俺は、無言でペースを上げた。

 

「ちょっ、やなぎ!?」

「なら、俺が……」

 

 かがみに合わせればいい。無理矢理にでも付き合わせろ。

 

「やなぎ……」

 

 最高に不様な男の、最後の強がりって奴だ。

 

 

☆★☆

 

 

 みちる達が行ってからつかさとこなた、最後に俺とあきがスタートする。

 

「正直めんどい」

「俺もだ」

 

 かがみは一応友達だから付き合ってやってるが、面倒臭いものは面倒臭い。

 

「ってか俺、体重減ってたし」

「俺は増えた」

「どれくらい?」

「0.2kg」

 

 お前、それ増えたとは言わないだろ。

 

「ところでさ」

「あんだよ」

「つかさとは何処まで行った?」

「何処も行ってねーよ」

「……まぁ、まだ早いか」

 

 何1人で納得してんだよ。言いたいことは大体分かるが、そんなんじゃねーし。

 

「みっちーの方はどうなったかねー」

 

 知るか。こっちが知りたい。

 

「進展はしてねぇと思う」

「やっぱりな」

 

 あの難攻不落のみちるがこれで落ちるとは思えないしな。

 

 あきとだらだら話していると、ゴールまであと僅かのところに来た。

 神社の前には4人の人影……ん? 足りねぇな。

 

「お疲れ様~」

「おう、サンキュ」

 

 つかさからタオルを受け取り、汗を拭く。つかさ達の家をスタートとゴールにしたのは正解だな。

 

「で、足りねぇ奴は?」

「かがみとやなぎ君みたい」

 

 やっぱりもやしか。走ってる途中見かけなかったから、何処かの路地で動けなくなってる可能性がある。

 

「チッ、探しに行く」

「待て」

 

 今来た道を戻ろうとした所であきに止められた。

 

「やなぎは強がりだから必ず帰って来るさ。俺達が行っても野暮ってもんだ」

 

 珍しく真面目に物を言うあきに、俺は何も言えなくなる。

 あきとやなぎは古くからの付き合いらしい。なので、お互いのことは嫌でも分かるとか。

 

「……だな、ここはやなぎを信じて待つか」

「それにもしかしたら2人で別の運動を」

 

 不在のツッコミ役に代わりバカの頭を壁に叩きつけ、俺達はかがみとやなぎの帰りを待った。

 

 

☆★☆

 

 

 マズいことになった。

 今、俺達は路地裏にいた。別に俺がマズいのではない。

 

「ったたぁ……」

 

 かがみが足を捻ったのだ。痛そうに足を抱えるかがみ。

 助けを呼ぶにも、携帯はカバンの中。カバンは神社の前。かがみの携帯も家に置いて来たようだ。

 

「平気か?」

「なんとか……」

 

 かがみを置いて行く訳にもいかない。

 

「……仕方ないか」

 

 俺は、1つの決断を下した。

 

「俺がかがみを運ぶ」

「えっ!?」

 

 突然の申し出に、かがみは一瞬呆然とした。

 

「よっと」

「ちょっ、やなぎ!?」

「動くな……よっ!」

 

 今の態勢は俗に言う「お姫さま抱っこ」である。

 

「足、痛むか?」

「ううん、大丈夫……って違う!」

「何が」

「だって、恥ずかしいし……」

 

 俺だって恥ずかしいよ。けど、我慢だ。

 

「……重いでしょ?」

「全っ然」

 

 人を持ったことはないけど、かがみはそこまで重くないと思う。

 

「……ありがとう」

 

 お互いの頬が赤いのは、夕日の所為ってことで。

 

「おっ、帰って来た!」

 

 神社の前では、皆が待ってくれていた。

 

「うおっ、お姫さま抱っこ!」

「携帯何処だ! 写メ撮らせろ!」

 

 お前等なぁ……。今は疲れていて、突っ込む気力もない。

 俺はかがみをそっと下ろしてつかさに預ける。

 

「お姉ちゃんどうしたの!?」

「ちょっと捻っちゃって」

 

 かがみが怪我をしたので、この日はこれで解散となった。

 

「やなぎ、今日は……あ、ありがと」

 

 照れながらもちゃんとお礼を言うかがみが、ちょっとだけ可愛いと思えた。

 

「今度から気を……」

 

 あ……れ……? かが……み……。

 

「やなぎ? やなぎっ!?」

 

 俺はそこで意識を失った。

 後から聞いた話だと、俺は無茶をして力を使い果たしたらしい。

 気絶した後は、はやととあきに家まで運ばれたんだそうだ。

 余談だが、目が覚めた時に額に「肉」と書いてあったので、次の日に犯人を叩きのめそうと決めた。

 

 

 

「イテテ、筋肉痛が……」

 

 で、その翌日。普段しない運動をした所為で全身が筋肉痛で悲鳴を上げていた。

 本気で少しは運動をしようか考えるべきだな。

 

「おーす、やなぎ」

 

 軽い挨拶と一緒にかがみが歩いて来た。

 

「よっ。足はもういいのか?」

「ええ。一晩冷やしたら少しはよくなったわ」

 

 それでも、運動は控えるようだな。今日はちゃんと病院に行くとか。

 

「で? やなぎの方は?」

「全身筋肉痛だ……」

 

 情けない事実を白状すると、かがみはクスクスと笑った。

 

「怪我が完治したら、またダイエットするのか?」

「ううん、暫くはいいわ」

「?」

 

 何で急にやめたか、俺には分からなかった。

 

『やなぎに重くないって言われたからなんだけどね』

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話「ストレンジゾーン」

 今日の天気は快晴だ。なんか良いことがありそうだな。

 俺は今屋上にいる。が、別に授業をサボっている訳じゃない。

 今は昼休み。何故か屋上で昼飯を食おうというこなたの提案に乗っただけだ。

 ……ま、その後サボらない保障はないが。

 

「皆さ、今日私のバイト先に来ない?」

 

 全員飯を食い終わった後、突然こなたが提案をして来た。

 こなたのバイト先……? ってか、コイツを雇ってくれた場所があるのか。

 

「行く行くー!」

 

 まず、いつも通りあきが話に乗った。女子のこととなると食い付きがいいよな。

 

「何だか、面白そうだね」

「私達はいいわよ」

「はい、是非」

 

 次に女子組が全員OKを出す。

 

「……今日は暇だしな」

「うん、行かせて貰うよ」

 

 やなぎとみちるも行くか。俺も特に用もないし、たまには遠出も悪くない。

 

「俺もいいぜ」

「はいはーい、7名様ごあんなーいっ!」

 

 ご案内? 喫茶店とかなのか?

 この後、良いことがありそうなんて言ったことを後悔することになる。

 

 

 

 こなたの指示に従い電車に乗って、俺達がやって来たのは

 

「アキバよ、私は帰って来たー!」

「あき、うるせぇ!」

 

 そう、秋葉原だ。まぁ、こなたのことだから予想はしてたが……。

 

「この前行ったばっかなんだけどな」

「じゃあ今叫んだのはなんだ」

 

 今度はかがみからツッコミが入る。あきの扱いに慣れたなー、アイツも。

 

「んで、何処な訳?」

「えーっと、少し待ってろ」

「早くしろよ」

 

 あきの持ってる地図を覗き込む。そこには、小学生が描いたような落書きが記されていた。

 何だコレ、本当に地図なのか?

 

「こなたが描いた地図だ」

「アイツ、絵は下手だから」

 

 下手って、これは壊滅的だな。現在地すら分からん。

 

「すいません、写真撮ってもいいですか?」

「えっ、えっと……」

 

 立往生していると、突然どっかのヲタクがつかさに絡んでいた。

 つかさの返答を待たず、男は写真を撮り始めた。

 

「こっちも1枚」

 

 って、いつの間にか増えてるし。ドイツもコイツも遠慮なくつかさにカメラを向ける。

 

「じゃあ、浩之ちゃんって」

「嫌がってんだろうが」

 

 最初からいた奴に、俺はベルトから下げたホルダーに入ったダーツをぶっ刺した。

 刺したダーツの針先には、自分で作った睡眠薬が塗ってある。暫く寝てろ。

 更に俺はダーツをもう3本構えて、まだいる奴等を睨んだ。

 

「散れ」

「は、はいぃぃぃぃ!」

 

 俺にびびって、奴等は一目散に逃げていった。ふん、雑魚共め。

 

「大丈夫か?」

「うん、ありがとうはやと君」

 

 つかさは何ともないようだ。よかった。

 

「男の嫉妬は、みっともないぜ?」

「は?」

「と、冗談抜きにああいうのはいるからな。つかさなんて某ゲームキャラそっくりだから、コスプレと間違えられたんだろ」

 

 俺はあきにそのゲームキャラの画像を見せてもらった。た、確かに似てる……。

 

「早いとこ行こうぜ」

 

 地図を解読したあきに付いて、俺達はこなたのバイト先へ向かった。

 

 

 

「お帰りなさいませっ、ご主人さまっ!」

 

 唖然。その一言に尽きる。

 こなたのバイト先、そこは所謂「コスプレ喫茶」だったのだ。

 

「ただいまっ!」

 

 素で返すあき。お前本当にすごいな、ある意味で。

 

「えと、た、ただい」

「やらなくていいぞ、みちる」

「奴が特別すぎるんだ」

 

 あきに習って実行しようとするみちるを、俺とやなぎで阻止した。

 あんな特別、いらんがな。

 

「ささっ、座って座って」

 

 出て来たこなたの服装は、ウチのとはまた違う制服。これもコスプレなのか?

 

「ハルヒか」

「流石はあき君」

 

 ……もういいや。奴等の会話に付いていけない俺は考えることを放棄した。

 しかしアレだ。空気が濃いというか……あまり慣れそうもないな。慣れたくもないが。

 

「アンタ達、飲み物何にする?」

 

 メニューを眺めていると、突然こなたの態度が豹変した。

 何だ? 学校でもこんなこなた見たことねぇぞ。

 

「早くしなさいよ。遅いと罰金よ罰金!」

 

 こなたは眉間に皺を寄せて注文をせかす。なんかすごい腹立つんだが。

 

「それが客に対する態度なの!?」

「ここではそれが仕様なの」

 

 ああ……そうですか。

 

「もう決まったわよね?」

「私、メロンソーダ」

「ただのメニューには興味ありません」

「へ?」

 

 オイ、それでいいのか店員。

 

「俺コーラな!」

「では、私はミルクティーを」

「僕はアイスティーを」

 

 俺はアイスコーヒーでいいや。

 

「アンタ達はどれがいいの?」

「ちょっと待ってよ!」

「団員にあるまじき遅さね」

「いつから団員だっ!」

 

 勝手に団員にされた、かがみとやなぎが突っ込む。

 

「ここではそういう設定なの」

 

 なんか面倒だな。一々会わせにゃならんこっちの身にもなれ。

 

「団長に逆らうなんて100年早いわよ」

「じゃあアイスコーヒーでいいわよっ!」

「はぁ……俺も同じ奴で」

「団長命令よ、待ってなさい」

 

 疲れる店だな。けど、こういうのが好きな奴もいるんだろう。

 

「ふざけてんじゃねぇぞ!」

 

 ん? 今度はあっちで何やら騒ぎみたいだ。

 

「俺の服にジュース掛けやがって! 弁償だな!」

「す、すいません……」

 

 体躯のいい男が店員の娘に怒鳴っている。服にジュースを掛けられたらしい。

 今度こそ、店側のミスみたいだな。

 

「あー、またあの人か」

「知ってるの?」

「ジュースを運ぶ店員をわざと転ばせて、服に掛けさせて高いクリーニング代を出させてるんだよ」

 

 最悪だな。って事は今被害者はあっちの娘か。

 

「ちょっとやめさせてくる」

「ちょっ、こなた!」

 

 かがみの制止も聞かず、男の方に向かうこなた。

 

「今、わざと転ばせましたよね?」

「あぁ? 何だテメー?」

「迷惑ですから止めてください」

 

 体格さがあるにも関わらず啖呵を切る。

 

「うるせぇんだよ!」

 

 ヤバい! 男が逆ギレしてこなたに殴り掛かった!

 急いでダーツを構えるが、それより先に動いた奴がいた。

 

 

「やめろよ」

「あき、君……」

 

 

 あきはこなたの目の前で、男の拳を完全に止めていた。

 普段のふざけた様子からは、想像も出来ない程の鋭い眼光で男を射抜く。

 

「表出ろ。ここじゃ迷惑だからな」

「っ! 上等だ!」

 

 あきが手を離すと男は外に出た。

 

「こなた、大丈夫か?」

「あ、うん」

「そっか。ちょっと待ってろよ」

 

 いつもの調子で外に出るあき。

 けどアイツが大丈夫か? 男の方は強そうだったし、俺が助太刀した方がいいんじゃねぇの?

 ま、俺はダーツを投げることしか出来ないがな。

 

「あきは平気だろ」

 

 そう言うのはやなぎ。あぁ、コイツ等確か腐れ縁だっけ。

 お互いのことは何でも知ってる。だから、あきが出た時もやなぎだけは動じていなかった。

 

「アイツは友達に手を出す奴には容赦ないからな。心配なら外を見ろ」

 

 やなぎ以外は全員外を見た。俺もみちるもあきがキレた所見たことないからな。

 

「おら、来いよ」

 

 男は指を鳴らしてあきを挑発している。

 

「まぁ待て」

 

 一方、あきは何故か変なポーズを取り出した。

 左前に伸ばした右腕を右横方向に、右腰に伸ばした左腕を左横方向に、それぞれ移動させる。

 

「変身!」

 

 そして、声と共に左腰に右腕を移し、両腕を下に広げた。

 その時、何故かキュインキュインと何かが回る音まで聞こえて来た。

 

「おおっ、あれはクウガの変身ポーズ!」

「音はマイティかー。妥当だよな」

「タイタンは俺の嫁!」

 

 こなたや周りの奴等が騒ぎ出した。

 いや、知らんよ。ってか、やってる場合か。

 

「うし、行くぜ!」

 

 あきは何故か持っていた携帯をしまい、ボクシングみたいなファイティングポーズを取った。

 どうでもいいが、どうやらさっきの音は携帯から出していたようだ。

 

「ふざけてんじゃねぇ!」

 

 ごもっともだ。けど、あきの挑発は成功したみたいだな。頭に血が上った男はあきに襲い掛かった。

 あきは相手の体格差を活かし、懐に入り込むと腹に一発叩き込む。

 

「がはっ!」

 

 男が悶えている所を、その辺に落ちていた木の棒で鳩尾をぶっ叩いた。

 その時の構え方はまるで剣道みたいだった。

 

「ぎゃああっ!」

 

 苦痛で悲鳴を上げる男を今度は足払いで転ばせる。

 

「お次はっ!」

「イデデデデッ!」

 

 続いて足を4の字に固めた。あれは確か柔道の技だよな。

 

「やなぎ、あれは」

「あきは殆どの格闘技を経験したことがある」

 

 やなぎから告げられる、驚きの事実。いつもアホなことをやっては突っ込まれるあきが、こんなに強かったとは。

 

「ぐうっ、クソッ」

「まだまだ」

 

 逃れようと必死な男に、あきは馬乗りになり殴り始めた。

 

「ま、待っ……ぶっ!」

「俺の友達に手を出そうとしておいて、これで終わる訳ねぇよな?」

 

 本当にあそこにいるのは普段のあきなんだろうか?

 

「言っただろ、容赦ないって」

 

 後ろから、落ち着いた様子のやなぎの声が聞こえた。

 

 

☆★☆

 

 

「皆、お待たせーっ!」

 

 数分後、俺は爽やかな笑顔で、酷く殴られたさっきの男と店に入った。

 

「この人、話してみたら案外いい人でさー、服にジュース掛けたの許してくれるって。なっ!」

「は、はいっ!」

「それと、今までのことは認めて反省してるそうだからそっちも許してやってくれな」

「スイマセンデシタ……」

 

 謝る男。ちょっとやり過ぎたかな? まぁ一件落着ってことで。

 

「ふぅー、何か喉乾いちゃった。こなた、お水ちょーだい!」

「…………」

 

 あれ? さっきからこなたがやけ静かだな。今度はどんなキャラなんだ?

 

「あき君のバカっ!」

「うおっ!?」

 

 急に怒鳴られた。そ、そんなキャラいたっけなぁ……?

 

「心配、したんだよ?」

「…………」

 

 コスプレじゃない。本当に心配してくれたんだな。

 

「わ、わりぃ」

「許すっ!」

 

ドサッ!

 

 全員思わずずっこけた。あっさり許すんかいっ!

 

「お水ね! 今持ってくるから待っててね!」

 

 いつもの調子に戻ったこなたが店の奥に向かった。

 

「……ちょっと、フラグ立ったよ」

「ん? 何か言ったか?」

「何でもないよ~!」

 

 振り向き際にこなたの呟いた言葉は、俺には聞こえなかった。

 

「あ、あの……」

 

 首を傾げてると、さっき男に絡まれていた娘が話し掛けてきた。

 ほほう。定石のメイド服、しかもミニか。

 

「さっきはありがとうございました!格好良かったです!」

「いやいや、気にする事はないよ。可愛い女の子を守るのは男、いや漢の勤めだからな!」

 

 ああ、こういうのいいなぁ。

 黄色い声に包まれる英雄……そしてそこから恋が

 

「わっととぉ!」

 

 なんて妄想していると、こなたに水をぶっ掛けられた。

 

「あっ、ごめーん。つい滑っちゃって」

 

 あれっ? 棒読みですよこなたさん?

 

「今拭くから動かないでねー」

「痛っ!? 痛いって! ねぇ!?」

 

 あ、あれ? 拭くと言うより殴ってませんかこなたさん?

 結局、この後何故かこなたにボコボコにされる俺であった。

 

 

☆★☆

 

 

 数日後。あの時の出来事について、俺達は学校であきに問い詰めた。

 

「お前、あんな強かったのな」

「んーや、弱いよ」

 

 は? また何言ってんだコイツは。

 体格の違う男を簡単に倒すくせに、弱いだなんてどの口がほざくんだか、

 

「だって殆どの格闘技の経験があるってやなぎが言ってたよ」

「いや、まぁ確かに合ってるんだけどな」

「では、何故弱いと?」

「総合的にはそんなに強くないって事だよ」

 

 総合的に? どういうことだ?

 含みのある言い方に、みちるやみゆき達も首を傾げる。

 

「俺は小学生の時に、違う格闘技をそれぞれ1年ずつやらされたんだ」

 

 な、何ぃ!?

 あきの予想外の経歴に、俺達は驚愕する。

 

「だからどれに特化した訳でもなく、個人の強さはそこそこ強い程度だ」

 

 なるほど、だから「総合的に弱い」ね。

 

「因みにカポエイラは中学の時な」

「聞いてねぇよ」

「でも、今やらされたって言ったよね」

 

 みちるの言った通りだ。あきが自分から……やる訳ないよな。

 

「親父にやれって。その代わり達成したらPC買ってくれるって約束したしな」

 

 あきの使い方うめぇな。

 

「んなことよりもさ! これを見ろ!」

 

 あきが天にかざしたカード。それは……?

 

「あ、ウチの常連カード」

 

 こなたのバイト先の常連の証……らしい。

 

「あの店気に入った! 可愛い知り合いもいるしな!」

 

 そう言ってこなたに親指を立てるあき。

 

「グッジョブ! 流石はあき君!」

 

 こなたもあきに親指を立てた。

 

「でも割り引きはしないよ」

「えぇ~」

「!」

「どうしたの?はやと君」

「いや、何でもない」

 

 今、気の所為か、こなたの頬が一瞬赤くなったように見えた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話「空虚」

 梅雨。俺が一番嫌いな時期だ。こう雨が続くと、屋上で昼寝が出来ないからな。

 今日もまた雨。気分までどんよりしてしまう。

 

「怠い~」

「だらしないわねっ!」

 

 特にすることもなく机でだらけてると、他所のクラスのはずのかがみに叱られた。

 

「いつも寝てるんだから、こんな日位シャキっとしたら?」

「それは違うな、かがみ」

「何が?」

「こんな雨が続くからこそだらけるんだ!」

「力説すなっ!」

 

 チッ、通じないか。隣のつかさはコクコクッと首を縦に降っているのに。

 

「それ分かる~」

「だろ?」

「ああ、もうコイツ等は……」

 

 だらしない2人に頭を抱えるかがみだった。

 第4話、完。

 

「ちょっと、やなぎからも言ってやってよ」

 

 むっ、最終兵器を持って来たか。けど、もやしの説得如きで屈する気はないな。

 

「だらける程元気が余ってるなら、俺とチェスでもしないか?」

「さー、元気だ。シャキっとするかー」

「えっ!? はやと君!?」

「おおっ、効果抜群ねっ!」

 

 一瞬で体を起こした俺に、かがみは満足そうに頷く。

 やなぎとチェスだ?

 冗談じゃねぇ。一瞬で見せ物にされるだけだ。

 やなぎのチェスの強さは一級品だ。が、あまりの戦略に相手をオーバーキルする癖があるのだ。一度だけ乗せられてやった時は、駒を全て取られて負けた。

 

「つかさ、ここは従っとけ」

「う、うん」

 

 普段ツッコミ役のやなぎも、チェスになるとボケ側に移るから余計に性質が悪い。

 つかさに大人しく言うことを聞くよう耳打ちする。

「じゃあかがみ、やるか?」

「わ、私も別にいいわよ…」

 

 やなぎはやる気満々だったらしく、相手がいなくなったのでかがみを誘い出す。

 かがみもやなぎの恐ろしさを知ってたか。

 

「かがみじゃ、到底やなぎには勝てないな」

 

 そこへ、かがみの背後からやなぎをよく知っている、あきが煽った。

 

「じゃあアンタはどーなのよ」

「残念だったな!」

 

 なっ、まさか!?

 あのバカの代名詞、中間テストは赤点スレスレの天城あきが、頭を使うゲームで学年トップのやなぎに勝ったと!?

 

「チェスのルールすら知らない」

 

 あきの答えに全員がずっ転けた。

 余計にダメな方かよっ!

 

「体力勝負じゃもやし君に勝てるのに」

「悪かったなっ! もやしでっ!」

 

 いや、体力勝負でやなぎに負ける奴っていんのか?

 こうして見てみると、あきとやなぎはつくづく対極にいると思う。運動のあき、勉学のやなぎ。

 この2人に得意分野で勝てるとすれば、みちるぐらいじゃないだろうか。

 

「かがみに勝てるのは……」

「な、何よ?」

「体しぼ」

「一度鉄拳制裁を下した方がいいようだな……!」

 

 どす黒いオーラを纏って、あきににじり寄るかがみ。

 あき、墓参りには行ってやるぞ。初めの2回くらいは。

 

「ヤバッ、逃げろ!」

「待てぇぇっ!」

 

 外で土砂降りの雨が降る中、教室内での追い掛けっこが始まった。

 元気有り余ってるよなー、アイツ等。

 

 

☆★☆

 

 

今日、僕は宝物を持って来た。

ある1枚の写真なんだけど、とても大切な品物。

 

「みゆき!」

 

 それを見せたい人を見つけて、声を掛ける。

 眼鏡を掛けた幼馴染、みゆきはいつも通り優しい笑顔で言葉を返してくれる。

 

「何ですか? みちるさん」

「ほら、覚えてる? この写真」

 

 写真立ての中を見て、みゆきも思い出したみたいだ。

 

「わぁ、懐かしいですね」

 

 写真の中は小さい頃の僕、みゆき、みなみ、子犬のチェリーがいた。

 この後引っ越してしまい、僕が持っている3人で写っている写真はこの1枚だけ。

 それだけにとても大切なものなんだ。

 

 普段は部屋に飾ってあるんだけど、今日はみゆきに見せたくて特別に持って来た。

 

「みゆきはこの写真持ってたっけ?」

「はい、大切に飾ってありますよ」

 

 みゆきの言葉を聞いて、また嬉しくなる。

 

「あの、1つお願いがあります」

「何だい?」

「みちるさんのフルートを聞かせて頂きたいのです」

 

 フルートは僕の昔からの特技だ。今でも時々吹いているから、人に聞かせるぐらいの腕前は持っている。

 僕のフルートと、みなみのピアノのセッションがみゆきは好きだったっけ。

 

「勿論、みゆきのためだけの演奏会を開いてもいいよ」

「っ!」

 

 快く承諾すると、突然みゆきの顔が赤くなった。どうしたのかな?

 

「あ、久々にみなみとセッションもしたいなぁ」

「え……そ、そうですね」

 

 みゆきのおばさんや、みなみのおばさんも喜んでくれるかな?

 

「どいたどいたぁーっ!」

「待てぇっ!」

 

 みゆきと昔のことを談笑していると、あきとかがみがこちらに走って来た。

 また喧嘩でもしたのかな?

 

「みゆき、危ない!」

「きゃっ!」

 

 あきがぶつかりそうになったので、慌ててみゆきを庇う。

 

「みちるさん、ありがとうござ……みちるさん?」

「ヤバッ!」

 

 あきがぶつかった拍子に、写真立てを落としてしまった。

 

「ちょっと! 謝りなさいよ!」

「わ、悪い、みちる!」

 

 写真立てのひび割れたガラス。僕の思い出が……。

 

 

 あれ? なん、で……? いし、き……が……。

 

 

☆★☆

 

 

 教室内で起こった事件に、周りはシーンと静かになる。

 あきはひたすら謝ってるし、みちるは反応せずに動かない。

 床には、割れたガラスと写真立て。中の写真はそんなに大事なものだったのか?

 みちるは普段怒らないタイプだったので、不安に駆られる。

 

「本当にゴメンなっ! 写真立てなら弁償するから!」

 

 あきはみちるの肩を持って謝り続ける。こんな光景も珍しい。

 

 

「……気安く触ってんじゃねぇ!」

「!?」

 

 

 恐らく教室内の誰もが、一瞬何が起こったか理解出来なかっただろう。

 あのみちるが、あきをぶん殴っていたのだから。

 

「あーあ、怒らせやがって。お陰で俺様が出られたんだけどな」

 

 口調まで変わっている。ってか、明らかにみちるじゃないような喋り方だ。

 

「み、みちる?」

「みちる……さん?」

 

 殴られたあきも、隣にいたみゆきも呆然としている。

 

「はっ、俺様は「みちる」じゃねぇ!「うつろ」だ!」

 

 うつろ? みちるじゃない……?

 何言ってやがんだ?

 

「二重人格、か」

 

 やなぎが落ち着いて物を言った。

 

「二重人格って、アニメやゲームのキャラによくあるあの?」

 

 こなたが食い付く。いや今、アニメやゲームの話してないから。

 

「ご名答。俺様はみちるが主に激しく怒った時に出て来れる」

 

 みちる……いや、うつろが自ら語り出した。

 本当に二重人格だったとは。

 

「今日はそこのバカが写真立てを割ったから怒った訳だ」

「うっ……」

 

 うつろに指差され、バツの悪そうな顔をするあき。まぁ、大体お前の所為だな。

 

「主に、というと?」

「知るか。それしか知らねぇよ」

 

 やなぎの質問をうつろは適当に流した。

 コイツ、本当にみちると違うな。

 

「さてと、とりあえずここの女は全て俺様のものになれ」

「……はぁぁぁ!?」

 

 説明を終えた奴は、いきなりトンデモ発言を放ちやがった。

 教室内が再び驚愕に包まれる。

 

「お前等のものは俺様のもの、俺様のものは俺様のものだ」

 

 何処のガキ大将だ、お前は。

 

「おいお前、何かジュースを買って来い」

 

 あきに命令するうつろ。

 次から次に自分勝手なことを言いやがって。

 

「みちるを返せよ」

 

 あきはとうとう、うつろにケンカを売った。

 あんな奴を出した、責任感を感じてたのもあるんだろう。

 

「あ?」

 

 対するうつろは、何も言わずにあきを殴った。

 言うことを聞かない奴は暴力で捻じ伏せるってか。

 

「貴様ぁ、誰に口聞いてんだよっ!」

 

 倒れこむあきを踏み付けるうつろ。

 奴の態度はまるで、いや暴君そのものだ。

 

「みちるさん、やめてください!」

 

 みゆきが止めようとするが、うつろは聞かない。

 

「みゆきぃ、お前はもっと賢い女だと思ってたけどなぁ?」

「……?」

「俺様は、うつろだ!」

 

 あの野郎、みゆきを突き飛ばしやがった!

 女に、しかもみゆきに手を出すなんて、誰もが信じられなかった。

 

「アイツは全てを持ち、欲しがらなかった「満ち足りた存在」だった! けど俺様は全てが欲しい! 金も、女も、力も! 「虚ろなる存在」、それが俺様だ!」

 

 うつろが何か演説しているみたいだが、俺はもうそんなもの聞く気にはなれなかった。

 

「へっ、使えねぇ。んじゃあお前、ジュース買って来い」

 

 うつろは、今度は俺に指を差し命令する。

 

「もし翼があったら、みちるを簡単に取り戻せるんだろうか?」

「はぁ?」

 

 俺は右側のホルダーからダーツを3本出し、うつろに投げた。

 針先は麻酔薬だ、暫く動くな!

 

「うおっ!?」

 

 けど、うつろは屈んでダーツを避けた。

 チッ、反射神経もいいみたいだな。

 

「てめぇぇぇっ!」

 

 激昂するうつろ。ヤバいな、俺は喧嘩は苦手なんだ。

 

「そこまでだ」

「っ!」

 

 そこへ、復活したあきがうつろの体を羽交い絞めにした。いい働きするじゃねぇか。

 

「離しやがれ!」

「やれ、はやと!」

「よし、動くなよ!」

 

 俺は動きの止まったうつろに、再度ダーツを投げた。

 

「っざけんなぁぁ!」

 

 うつろはあきの足を思いっきり踏み付けた。

 痛みに顔を歪ませ、うつろを捕える力が弱まってしまった。

 その隙にダーツから避けるうつろ。

 

「死んどけぇぇぇ!」

 

 そのまま俺に向かって走り、殴り掛かった。

 俺は殴り飛ばされ、教室の壁に叩きつけられる。

 いってぇな……クソッ!

 

「はやと君!」

「平気だ」

 

 つかさが心配して駆け寄ってくれた。

 一応大丈夫だが、相手するには少々骨が折れるかもな。

 

「次ィ!」

 

 うつろは次に、あきを標的に捉えた。

 

「来い、目ェ覚まさせてやる!」

 

 あきも本気でやるようだな。

 先に動いたのはうつろ。走り出し、あきとの距離を縮める。

 一方あきはボクシングの姿勢を取った。うつろは気にせずあきに拳を突き出す。

 しかし、見切られて逆にカウンターを放たれる。

 

「はっ!」

 

 鼻で笑い飛ばし、うつろは空いている手でカウンターを止めてしまった。

 

「で?」

「っ!?」

 

 一瞬動きが止まったかに思えたが、すぐさま頭突きで攻撃した。

 不意打ちに近かったからか、あきのダメージがデカい。

 

「くたばれ」

 

 そのまま、うつろはあきを蹴り飛ばした。

 聞こえる女子からの悲鳴をBGMにし、倒れるあき。

 

「立て、立つんだジョー!」

 

 空気読め、こなた。

 

「くそっ、燃え尽きたぜ……真っ白にな……」

 

 あきも乗らんでいい。

 

「もう終わりかぁ?」

 

 唇を舐め回し、あきに近付くうつろ。

 

「お前はただじゃ済まさねぇ。骨2、3本折って病院送りに」

 

 もうダメかと思った時、ピタリとうつろの動きが止まる。

 目線の先には、座り込んだままのみゆきと割れた写真立て。

 

 写真立て。

 

 写真。

 

「ぐおっ!?」

 

 突然、うつろが頭を抱え出した。

 

「チッ、もう終わりか……!」

 

 終わり? もしかして、みちるが返って来るのか?

 

「だがな……俺様はまた……」

 

 それだけ言って、うつろは完全に動かなくなった。

 

「……あきっ!」

「は、はい!?」

「写真立て割れちゃったじゃないか! 僕も流石に怒るよ!」

 

 うつろが現れた時と同じように辺りが静かになる。

 

「みちる、さん?」

「ん? どうしたのみゆき? 座り込んで」

 

 どうやら、みちるに戻ったらしい。

 ったく、ヒヤヒヤさせやがって。

 

「って、あき! その怪我は!? それに……」

 

 教室内はあきとうつろが戦った所為で荒れていた。

 それより、みちるは何も覚えていないのか?

 

「一体何が起きたの?」

 

 うつろが出ていた時の記憶は、みちるにはないらしい。

 それでも、教室内の奴等の視線がみちるに集中する。

 

「えっ……僕がやったの?」

 

 マズいな。

 うつろと違って、みちるは優しい奴だから自分がやったと分かったら、激しい自己嫌悪に陥る。

 

「変な男が入り込んだんだ」

 

 そう言ったのは、我等が知将やなぎだった。

 敢えてうつろのことを教えないのか。

 いや、その方がいいかもしれない。

 

「あきとはやとが追い払ったんだ。みちるは気絶してたから覚えてないんだろう」

「そーそー! 案外強くてさー」

「大した奴だったな」

 

 俺達もやなぎの話に合わせる。周囲も空気を呼んで、同調し出した。

 すると、みちるは漸く納得した。

 

「そうだったのか……。あき、大丈夫?」

 

 あきに手を差し伸べるみちる。

 

「平気だ。んなことより、写真立て悪かったな」

「ううん。写真は無事みたいだし、それに」

 

 みちるはあきを立たせると、みゆきの方を向いた。

 

「大切な思い出が消える訳じゃないよ」

 

 

 この日、2-Eに暗黙のルールが出来た。

 それは、「みちるを怒らせないこと」。

 

 

☆★☆

 

 

 あきとはやとを保健室に送った後、教室に戻ると、中は綺麗に片付いていた。

 倒れた机や椅子も元通りだ。

 

「みちる君、はやと君達どうだった?」

「大丈夫みたい。はやとは「授業がサボれる」って喜んでたけど」

 

 はやと君らしいね、と笑うつかささん。

 2人とも軽傷で安心したよ。

 

「みちるさん」

「みゆき、大丈夫? 突き飛ばされたって」

「私は大丈夫です。それより、これを」

 

 みゆきが持っていたもの、それはガラスの割れた写真立て。

 そして、大事な写真。傷が付いてなくて本当によかった。

 

「ありがとう。新しい写真立てを買わなきゃ」

「あの、その時は私もご一緒しても……?」

 

 みゆきからの嬉しい誘い。もちろん断る訳もない。

 

「みゆきが選んでくれるの?」

「えっ? ええ、よろしければ」

「嬉しいなぁ! 今度、一緒に行こうね!」

「はい!」

 

 そうだ、もしも写真がなくなっても、思い出が消える訳じゃない。

 例え消えたとしても、君との新しい思い出を作ればいい。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話「我が魂の一撃」

 暑い。もうすぐ夏休みなのはいいが、暑い。

 屋上で寝ていたら干上がってしまう。

 ので、冷房の効いた教室で寝るのが1番だ。お休みー。

 

「寝るなっ!」

 

 気持ちよく寝ようとしたら、後頭部をハリセンで殴られた。痛ぇな。

 

「何だよかがみ」

「だーかーらーっ! 授業サボんなっ!」

「今授業じゃないからいいだろ」

「アンタそのままずっと寝てるだろ」

 

 チッ、バレたか。

 大体他クラスの奴が注意するのがおかしいと思うんだ。

 

「つかさからも言ってやってよっ!」

 

 だからって同じクラスの奴を駆り出すとは……。

 

「つかさも冷房の効いた教室で寝ることはあるよな」

「うん、でも授業にはちゃんと出ようね」

 

 懐柔失敗か。つかさは根は真面目だからなー。

 梅雨の時に一緒にだらけてたとは思えないぜ。

 

「……分かったよ。出ます、授業受けます」

 

 最近つかさに逆らえなくなってるのは気の所為……だよな?

 おっと、次は体育か。しかも体育館。熱が篭もるから好きじゃねぇんだよな。

 さ、屋上に――。

 

「…………」

 

 隣でニコニコしているつかさに、何故か威圧感が。

 分かったよ! やればいいんだろ!

 

「ほら、着替えるから外出てろ」

「あ、うん」

 

 気付けば他の女子いないし。やっぱつかさは天然だな。

 

 

 

 今日の体育はドッジボールである。

 隣で女子が同じくドッジボールをやっているから男子の士気も上がる。

 が、俺にとってはどーでもいい。いいところ見せてモテたい、と思ったこともないし。

 さて、肝心のチーム分けだが。

 

「我が勝利の礎となれぃ!」

「あき、頑張ろう」

 

 敵チームにあき、みちる、その他。

 

「もし翼があったら……あっちのチームに行きたい」

「無理、勝てないな」

 

 味方チームには俺と……やなぎ、その他だ。

 因みに、体育はD組と合同だ。

 やる気を失くし、ふと女子の方に目をやる。すると、つかさを見つけた。

 あ、こっち気付いた。しかも呑気に手振ってるよ。

 

「……やるか」

 

 天然の威圧をくらいたくねぇし。

 何か、今の笑顔ででやる気が出た。

 

「もやし、行くぞ」

「もやし言うなっ!」

 

 ボールが高く舞い上げられる。

 ジャンプして、先に手が触れたのは……相手か。

 

「It's show time!」

 

 な、何が起こったか一瞬分からなかった。

 ボールを拾った相手が投げたと思ったら、こちらの1人を当てていた。

 

「速ぇな」

 

 コイツ、モブキャラの癖にやるな。

 ボールがこっちに転がってきたので拾う。

 

「白風! ボール寄越せ!」

 

 味方が叫ぶが、無視した。どうせ俺は戦力外とか思ってんだろ。その通りだが。

 とりあえず気に喰わないモブキャラAにでも当てるか。

 

「調子に……乗るなっ!」

「ぐはっ!?」

 

 俺が投げたボールは見事、脚に命中した。ダーツだけだと思ったか?

 

「白風……この借りは返すぜ」

「いらん」

 

 さっさと外野に出やがれ、名もなきモブキャラよ。

 

「はやと君すごーい!」

 

 どうやら俺の活躍を見ていたらしく、つかさからの黄色い声があがる。

 ……悪くないな。

 そんなことを考えていた直後、女子の方でかがみが当てていた。

 オイ、すごい音したけど相手大丈夫か?

 

「…………」

 

 調子に乗るな、という意味だろう。こっちすごい睨んでるから。

 

「っしゃあ! 俺のターンだ!」

 

 ボールを持って前に出て来るのは、あきか。

 バカだが、運動神経はあるから厄介だな。

 

「必殺、俺の必殺技!」

「うわっ!?」

 

 あきの投げたボールは味方の男子Bに命中した。

 ってか、技の名前ダサっ。

 

「さぁ、俺に黄色い声援が!」

 

 女子は自分達のドッジボールに夢中で、あきの活躍を見ていなかった。

 虚しい奴だな、お前。

 

「……あれ? ぎゃん!?」

 

 ポカーンとしている内に、あきは当てられてしまった。

 本当に虚しい奴。

 

「あきくーん」

 

 ある女子からの呼び掛けに、当てられて地に伏していたあきが復活する。

 

「ふっ、遅いぜ」

「だっさーい!」

「ぐはぁっ!?」

 

 その女子はこなただった。

 こなたのキツイ一言にあきは再び沈んだ。いいから外野行けよ。

 

「次は、僕だね」

「頑張ってください、みちるさん!」

「ありがとう、みゆき」

 

 みゆきからの声援を受けるみちる。周囲からの嫉妬の視線が怖い。

 どう頑張ってもみちるには勝てないだろ。ルックスも財力も。

 だが、今の相手の戦力も気付けばみちるのみ。

 みちるを潰せば大して強い奴はいなくなるだろう。

 

「行くよっ!」

 

 いつものニッコリ笑顔でボールを投げるみちる。

 

「んぎゃっ!?」

 

 は、速い!?

 ってか顔と動作が合ってないぞ!

 みちるの投げた剛速球は、男子生徒Cを軽く当てていた。

 

「っと、そんなことよりボールは……」

 

 みちるに気を取られてボールを見失ってしまった。

 周りを見回し、探すとすぐに見つかった。

 

「捜し物は、これか?」

 

 既に外野にいたあきが持っていたが。

 

「うおっ!?」

 

 ギリギリで避けれたが、その所為で後ろにいた奴に当たってしまった。

 

「チッ」

 

 内野に戻ってきたというのに舌打ちするあき。

 そんなに俺に当てたいか。あきの癖に生意気な。

 さて、ボールは現在……。

 

「ん?」

 

 やなぎが持っていた。お前まだ生き残ってたのか。

 

「もやし、こっち寄越せ」

「もやし言うなっ! そこまで言うなら俺だってやってやるよ!」

 

 あーあ、変な抵抗心持ちやがって。

 

「やなぎっ!」

 

 その時、女子の方からかがみの声が聞こえた。

 

「頑張んなさいっ!」

「かがみ……よしっ!」

 

 やなぎは今のでやる気が出たらしく、前に出た。

 

「そこだっ!」

 

 狙いを定め、投げる。だが、あきやみちるの球と比べるとやや弱い。

 

「なっ!?」

 

 しかし、相手はボールを拾えず当たってしまった。

 ほ、本当に当てたよ……。

 

「ふっ、作戦通り」

 

 作戦? ……なるほど。

 やなぎの投げた球は相手の取りにくい脚に当たっていた。

 これなら力はいらない。つまりは戦略勝ちだな。

 

「御見逸れした」

「ふっ、当ぜ」

「我が魂の一撃、受けてみよっ!」

 

 勝利の台詞を遮って、変な台詞と共に投げられた球がやなぎに当たった。

 

「っしゃあ! やなぎゲット!」

 

 あき、空気読めよ。

 もや……やなぎが頑張って当てたんだからさぁ。

 

「……後で潰す」

 

 あーあ、俺はもう知らん。

 しかし、厄介なのがまだ2人もいるのはマズいな。

 1人は俺を狙ってるし。

 

「ここはアレで行くぞ!」

「アレって何だ?」

 

 この状況を打破する秘策を使うしかないな!

 20秒位前に考えた奴だけど。

 

「はやと、討ち取ったっ!」

 

 あきからのボールが来る。

 残念だが、アイツのボールはまともに取れないだろう。

 だが、この秘策ならっ!

 

「協力技、モブガード!」

「ぶへっ!?」

 

 ボールは後ろで押さえ付けた男子Dに当たり、宙を舞う。

 俺は盾を退かすと、ボールが地に着く前に拾った。

 

「もし翼があったらシュート!」

「わっ!?」

 

 いつもながらの鋭いスイングでみちるに命中させた。

 これなら味方はいくら当たろうと、アウトにならない。俺に危険も伴わない。

 

「白風、テメー……!」

「立て、次が来るぞ」

「シバくぞ!」

「分かった、悪かったって」

 

 チッ、使えると思ったんだけどな……。

 

「よし、はやともゲットだ!」

 

 とか考えていたら、あきの投げた球が当たってしまった。あの野郎……!

 

「んじゃ、後は任せた」

 

 当てられたことですっかりやる気をなくした俺は、外野で女子の方を見ていた。

 こっちの試合は誰かが盛り上げてくれるだろう。

 

「おまっ、さっさと戻って来い!」

 

 アーアー、何も聞こえないっと。

 そんなことより、女子の方もそれなりに盛り上がっているようだ。

 

「くらえ! 私のスーパーウルトラミラクルシュート!」

 

 このやたら長くて痛い名前は……こなただな。

 しかもそれで当てれるのがすごい。

 身体能力ことごとく無駄にしてるよなー、アイツ。

 

「でりゃあっ!」

 

 これはかがみか。掛け声が可愛気のないというか、勇ましいというか。

 

「はやと、何か言った?」

「イエ、ナニモ」

 

 ……地獄耳め。

 

「えいっ!」

 

 次はみゆきの出番だな。みゆきも何気に運動神経いいんだよなー。

 どうして俺の周りには完璧超人が集まるのやら。

 

「そして、あのボールを投げる時に揺れる胸がたまらん」

 

 いつの間にかあきが背後で解説していた。

 危ないおっさんか、お前は。

 

「いや、男として絶対目に留ま」

 

 横から飛んで来たボールが危ないおっさんに命中した。ざまぁ。

 

 そして、これは想像通りだが、つかさは投げない。ボールを取れないからだ。

 ま、ぽんやりしたつかさには無理だろうな。

 

「はわわっ!」

 

 必死に逃げるつかさ。ああいうのを見てると、何故か応援したくなる。

 掃除機相手に逃げるペットみたいな感覚か?

 そんなバカなことを考えていた所為で、油断していた。

 

「つかさ! 前っ!」

「へ?」

 

 ボールが、しかも速い球がつかさの顔に直撃したのだ。

 この事態に、男子達の動きも止まる。

 

「つかさ? つかさっ!」

 

 かがみが声を掛けるも、返事がない。どうやら気絶しているらしい。

 気付いた時には、俺は動き出していた。

 

「はやと……」

「保健室に連れて行く」

 

 何故こんなに反応したかは分からないが、俺はつかさを抱えて保健室に向かっていた。

 

「今の、お姫様抱っこだったよね?」

「白風君、速かったね」

「そういえば保健委員って誰だっけ?」

 

 周囲のざわつきも、今の俺の耳には入らなかった。

 

 

 

 普段、保健室には天原ふゆきという大人しそうな教諭がいる。

 だが、今はいなかったので、勝手につかさをベッドに寝かせてやる。

 

「ったく、前方不注意にも程があるだろ」

 

 隣の椅子に座り込み、脱力。

 天原先生がいない以上、誰かがいないとダメだな。

 

「ま、これで授業サボれるか」

「はやと君、ダメだよ~」

「んな堅いこと言うなよ。つかさの付き添いなんだから」

 

 ……ん?

 今の間延びした声は誰だ? って、1人しかいないか。

 

「わ、私の付き添い?」

 

 いつの間にか、つかさは起きていた。

 

「ああ。平気か?」

「うん」

 

 ボールの後が赤くなっているが、笑顔を見せる。

 あ、鼻血出てる。

 

「ぷっ、くく……」

「えっ、えっ?何?」

 

 急に吹き出したからつかさが戸惑ってしまった。

 

「待ってろ、今ティッシュ持って来てやるから」

「あ、うん……」

 

 ティッシュというワードにつかさも気付いたようだ。

 恥ずかしさのあまり、ボールが当たった箇所以外も真っ赤にした。

 

「ほら、あとこれで頭冷やせ」

 

 ティッシュ箱と冷却パックを渡す。勝手に持って来たけど、別にいいよな。

 

「は、はやと君」

「ん?」

「皆に今の……い、言わないでねっ?」

 

 つかさは涙目になりながら、上目遣いでお願いしてきた。

 な、何だ!? 今、一瞬つかさがめちゃくちゃ可愛かったんですけど!

 

「わ、分かった……」

 

 こっちまで顔を赤くしてしまう。いや、何でか分からないが。

 

 その後、授業が終わってかがみ達が来た。

 聞いた話だと、どうやら委員決めの時に寝ていた俺は、勝手に保健委員にされていたらしい。閑話休題。

 次の授業も休むと伝えてあるので、再び保健室は俺とつかさの2人だけになった。

 和やかな時間が流れる。

 

「はやと君、ごめんね」

「気にすんな。むしろ授業がサボれるんだから感謝してるぜ」

「も~っ」

 

 サボり目的だと分かり、少しムッとするつかさ。あんま怖くないぞ。

 

「ねぇ、はやと君」

「ん?」

「もうすぐ夏休みだね」

「ああ」

「でね、一緒にお祭りに行ってくれる?」

 

 爽やかな空気の中、俺とつかさはゆったりと会話する。

 夏祭りか。あまり楽しんだ記憶はないが、つかさと行くのは悪い気がしないな。

 

「いいぜ」

 

 それに、今年は何だか楽しめそうな気がする。

 こうして、俺の波乱に満ちた夏休みが幕を開けたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話「夏祭り」

 夏休みが始まった。

 去年だったら、暑いと言ってアイス食べながらだらけて終わったな。

 だが、今年は違う。今日は夏祭りだ。しかも女子からの誘いを受けている。

 

「いや、まぁ確かに女子に誘われたよ? でも、どうせいつものメンバーだろ?」

 

 家の中でブツブツと呟く俺。

 ついでに言うと、家は小さなアパートの2階の一室であり、一人暮らしだ。

 

「ま、楽しけりゃいいか」

 

 結局、深く考えるのをやめた。

 ……小遣い足りるだろうか?

 

 そんなことを考えていると、下の部屋からギターの音と歌い声が聞こえて来た。

 

「……海崎(うみざき)さんか」

 

 今度こそ、あの人の演奏ちゃんと聞きたいな。

 まだ、待ち合わせまで時間はたっぷりある。

 窓から入る心地好い風と共に、小さな演奏を楽しんでいた。

 

 

 現在時刻、午後4時半。

 待ち合わせは5時だから、そろそろ家を出るか。

 

「おっ、どっか行くのか?」

 

 階段を下りると、頭にバンダナを巻いた男性と会う。

 この人がさっきのギターと歌声の正体であり、アパートの大家である海崎隆也(うみざきりゅうや)だ。

 

「友達と祭行くんです」

「へぇ。っちゅーか、お前家賃払ったっけ?」

 

 祭に行くんだったら、使う分だけ家賃払え、と言いたいんだろう。

 けどお生憎、もう今月分は払ってある。

 

「払いましたよ」

「あー……そういやそうだな」

 

 何処か適当なんだよな、この人。

 まぁ、俺も滞納したことはあるけど。

 

「海崎さんは? これからデートですか?」

「そーそー……って違うわっ! バイトだバイト」

「ですよねー。相手もいませんし」

「……なんかムカつくな」

 

 つーか大家がバイトって。

 確かに、アパートにはあんま人いないけど。

 

「んじゃ、これで」

「おう。あ、待て」

「?」

「やる。小遣いだ」

 

 海崎さんが俺に投げたもの、それは500円玉だった。

 ……もうちょい欲しかったな。

 

「じゃあな」

「バイト頑張ってください」

 

 海崎さんは指を鳴らすとバイクに乗って走り去って行った。

 ……ギターで稼がないのか? 折角上手いのに。

 

 

 

 集合場所には、既に男子組が揃っていた。

 しかし、女子は1人もいない。

 

「ん? つかさ達は?」

「バッカだな~」

 

 心外だな、よりによってあきにバカにされるとは。

 

「祭だぜ? つまりは浴衣!」

 

 浴衣ねぇ……俺には縁のなかった話だから忘れていた。

 つまりはそれを着て来る、と。

 

「お待たせ~!」

「おっ、グッドタイミングだな」

 

 丁度よく、こなた達がやって来た。

 なるほど、確かに皆浴衣を着ている。

 

「よしっ!」

「何が「よしっ」だ」

 

 早速かがみからツッコミが入った。

 

「特にみゆきさんはこう膨らみがたまんな……あいたっ!?」

 

 あきがセクハラ発言をしていたら、何故かこなたに足を踏まれた。

 

「あっ、ごめ~ん。全っ然気付かなかったよ~」

 

 心なしか、こなたの後ろに禍々しいオーラが見えた。

 おお、怖い怖い。

 

 

「はやと君、変じゃないかな?」

 

 横からつかさが俺に話し掛けて来た。あぁ、浴衣のことか。

 改めてつかさを見る。何処か恥ずかしそうにしているのが可愛いな。浴衣も大して変じゃない。

 

「似合っているぞ」

「よかった~」

 

 率直な感想を言うと、喜んでくれた。

 開始早々いいものが見れた。

 

「それじゃ、行こうぜ」

「そだね」

 

 さて、祭の始まりだぜ!

 

「おう、はやと」

 

 と、思ってたら聞き慣れた俺を呼ぶ声が。

 声のした方を向くと……焼そば屋?

 

「やっと来たな。ちゅーか連れ多いな」

 

 そこで、さっき別れたはずの海崎さんが焼そばを焼いていた。

 バイトってこれかよ。

 

「誰?」

「ウチのアパートの大家」

「海崎隆也だ。よろしくなっ」

 

 ずっと焼いていたのか、トレードマークのバンダナが汗でびしょびしょになってた。

 

「っちゅー訳ではやと、買ってけ。お友達も買ってって」

「いくら?」

「500円」

 

 予想通り高いな。祭の食べ物は高いのが定番だ。だから、俺は基本的にかき氷しか食わない。

 

「悪いけど、来たばかりでそんな金使いたくないんだ」

 

 断ると、海崎さんは諦めるどころか笑顔でこっちを見る。

 

「はやと、お前には小遣いくれてやっただろ?」

「……アンタ、まさか最初からっ!」

「ほれ、受け取ったなら焼そば買え」

 

 通りで、小遣いなんて気前のいい真似すると思った。

 ってか、客を脅迫するなっ!

 

 

☆★☆

 

 

 結局、俺達は海崎さんから焼そばを買う羽目になった。

 まあ美味いからいいんだけどな。丁度、焼きそばも食うつもりだったし。

 

「はやと君の大家さんの焼そば、結構美味しいね」

「……だな」

 

 文句言ってたはやともつかさと話しながら、何だかんだ言いつつ完食していた。

 それにしても、マジで美味かったな。ソースと麺がよく絡んで、野菜も程よい固さに炒められていた。この天城あきを唸らせるとは……この料理人、出来る!

 さて、小腹も満たしたし、次は何をしようか。

 

「おーい、こなたじゃんっ」

 

 面白そうな出し物を探して周囲を見回していると、、今度はこなたが呼ばれた。

 振り向くと、腕をぶんぶん振ってる婦警さんが。

 こなた……とうとう警察の厄介にもなったのか!?

 

「婦警さん……? こなたの知り合い?」

「親戚のゆい姉さんだよ」

「よろしくーっ」

 

 こなたの紹介で、軽いノリで挨拶するゆいさん。あぁ、親戚ね。てっきり外見が幼すぎて補導され、いや何でもないです。

 それにしても婦警か……コスプレとはやっぱり雰囲気が違う気がするなー。

 

「ハメを外しすぎないよう、お姉さん達の言うことを聞いて早めに帰りなヨー?」

 

 親戚のお姉さんらしく、ゆいさんはこなたに注意する。……お姉さん?

 ひょっとして、かがみ達のことか?

 こなたが小さいからって、まさかそんな勘違いする訳ないよなぁ?

 

「皆同級生だよ」

「なんとっ!? いやーごめんごめん。体格差があったからつい、ね。おねーさんびっくりだ」

 

 やっぱ勘違いかい!?

 どうやら、こなたのことを知ってる人間からすれば、こなた基準で考えるので俺達が年上に見えるらしい。

 失礼だ、とこなたがむくれているが、今更なので触れないでおこう。

 

「いやーそれにしても最近の子は発育いい子が多いんだネ」

 

『いや、だから! こなたを基準にするなっ! 私達が普通ですからっ』

 

 年上に突っ込む訳にはいかないからか、かがみが心の中で突っ込んだような気がした。

 ゆいさんのぶっ飛び方もすごいな。ま、みゆきさんの発育は飛びっきりいいがな!

 

「おっ、射的じゃん」

 

 ゆいさんと話しながら歩いていると、射的を見つけた。

 コイツも祭の定番だけど、中々倒すのが難しいんだよな。台に接着剤でもくっつけてんじゃねぇかって疑ったこともあるし。

 

「姉さん射的とか得意じゃない?」

「はっはっは。何を隠そう、署では「ガンナーゆいちゃん」と言われる程の腕前よ?」

 

 おーっ、それは楽しみだ。きっと弾丸のリロードとかも格好良く出来るんだろうな。

 ワクワクしながら、こなたは射的に使う銃をゆいさんに渡す。

 

「はい」

「あれ!? あれ~? 射的ってライフル? 私使うの拳銃だし」

 

 が、ゆいさんは予想と違ったらしく、受け取ったライフルの扱いに四苦八苦していた。

 それもそうか。普通の警官がライフルなんて使っているところ見ないし。でも、あれだけ自信満々に言ったんじゃ、もう引けないな。

 結果、ゆいさんはライフルを散々構え直した挙げ句、同僚と思われる人に引き摺られて去って行ったのだった。一応仕事中だったんだ、ゆいさん。

 

「……気を取り直して」

 

 嵐のように去っていったゆいさんに変わり、こなたが銃を構える。おう、頑張れー。

 ふと気付くと、かがみが何かを見ていた。視線の先には……ふもっふのぬいぐるみ。なるほど、かがみはフルメタ好きなのか。

 

「……あ」

 

 すると、やなぎが撃ったコルク弾が見事にかがみの意中のぬいぐるみに命中した。

 おお、倒れる時は倒れるモンだな。もやしなのに上手いじゃないか。

 

「ほら」

「えっ、いいの?」

「欲しかったんだろ」

 

 そして、取ったぬいぐるみをかがみに渡す。きゃー、やなぎん格好いいー。

 

「ありがと、やなぎ」

 

 受け取ったかがみは、嬉しそうにぬいぐるみを抱き締め、やなぎに礼を言った。

 これは、フラグが立ったかな? やなぎんも隅に置けないのぅ。

 

「つかさ、獲ったぞ」

「わぁ~、はやと君ありがと~」

 

 が、いいムードをぶち壊すかのように、隣ではやとが取った景品をつかさに渡していた。

 うん、そういやはやともこういうのが得意だったけ。

 気付けば、両者の間で何故か火花が散る。

 

「いざ勝負!!」

 

 大人気なく、やなぎとはやとは残っていた弾丸を使い、片っ端から景品を撃ちまくった。

 この2人がバトるのは珍しいんだけど、下らないので無視する。

 

「あき君はやらないの?」

 

 一方で平和に的を狙っているこなたが俺に尋ねて来た。

 

「無理無理」

 

 格闘技なら経験したけど、射的はやったことないから無理だな。

 ゆいさんがガンナーなら、俺はモンクってことで。

 

「そうだな……やるならあれがいいかな」

 

 視線の先にある櫓を指差す。祭の要、大太鼓だ。

 

「叩きながら何か叫びたいな。「ウゾダドンドコドーン!」とか」

「「音撃打・火炎連打の型」とか?」

「それもいいかもな」

 

 太鼓といったらそっちか。トランペットとギターも用意しなきゃな。

 しかし、こういうネタも通じるこなたは、相変わらず話しやすい。

 

「誰かに「愛してるぞー!」とか叫ぶ奴いないかな」

「あはは、あき君やりそう」

「だな。「こなた、愛してるぞ!」って感じか」

「えっ!?」

 

 冗談交じりで話していると、こなたが心底驚いたという顔でこっちを見た。

 俺、何か変なこと……!?

 

「今の……」

「あ、あくまで例えだ!」

「だ、だよねー」

 

 上手く誤魔化せたが、何であんなこと言ったんだ……?

 き、きっと口が滑ったんだな! それか、祭の空気に当てられたんだ!

 それから、俺達は話すこともなく、次の店を探した。

 因みに、はやととやなぎの勝負は1つ差でやなぎが勝ったらしい。

 

 

☆★☆

 

 

 皆さんで射的を楽しんだ後、続いてりんご飴を食べました。

 ですが、泉さんと天城さんの様子がおかしい気がします。何かあったんでしょうか?

 

「ちっ、ハズれたか」

 

 白風さんがりんご飴のサイコロに挑戦しましたが、ハズれてしまったそうです。

 

「みゆきもどう?」

「ええ、では」

 

 かがみさんに誘われて、私もやってみました。

 

「えいっ!」

 

 ですが、やはりダメでした。こういうのを当てるのは難しいですね。

 

「あ、当たった」

 

 ……えっ?

 私の後ろで、みちるさんが見事にゾロ目を当ててました。

 運まで味方に付けるなんて、流石はみちるさんですね。

 

「みっちーすごいな」

「あはは……でも、もう一本は食べられないかなぁ」

 

 そういえば、みちるさんはあまり食べませんでしたっけ。

 

「みゆき、食べる?」

「いいのですか?」

「うん」

「あ、ありがとうございますっ」

 

 みちるさんから受け取ったりんご飴。

 自分で買ったものよりちょっぴり甘く感じました。

 

 

☆★☆

 

 

「~♪」

 

 お姉ちゃん達がりんご飴を食べている時、私とこなちゃんはわた飴を食べていた。

 わた飴ってふわふわで甘いから大好き~。

 

「つかさ、わた飴付いてるぞ」

「え?」

 

 はやと君に言われて、手探りで探すけど何処に付いてるのか分からない。

 はぅ、恥ずかしいよ~。

 

「ここだよ」

 

 焦れったくなったのか、はやと君はわた飴を取ってくれて……そのまま食べちゃった。

 

「ん? 俺にもわた飴が付いてるか?」

「う、ううん!」

 

 はやと君は気付いてないけど、これって間接……ごにょごにょだよね?

 口にわた飴が付いてた時よりももっと恥ずかしくなって、顔から火がでそうになる。

 

「……はやと」

「何だよやなぎ」

「お前も鈍感だな」

「?」

 

 一部始終を見ていたやなぎ君が、呆れながらはやと君に話す。

 

「だってそれ」

「わーわーっ!」

 

 やなぎ君、恥ずかしいから言わないでっ!

 

 

☆★☆

 

 

 次に僕達が寄ったのは、ヨーヨー釣り屋さん。ビニールプールに、水風船と輪ゴムで出来たヨーヨーが沢山浮かんでいる。

 

「むむ……あっ!」

 

 皆で挑戦してみるけど、僕のは糸がすぐ切れちゃった。りんご飴の時に運を使い果たしちゃったのかな?

 

「はう~……」

「うっ!」

 

 皆も、1個取れるか取れないかで終わっちゃうみたい。難しいよね。

 

「チッ、終わりか」

 

 でも、やなぎは3個も取っていた。やなぎは手先が器用だからね。羨ましいなぁ。

 

「すごいなぁ、やなぎは」

「すごい……ねぇ。アレを見てから言ってくれ」

 

 えっ?

 やなぎの指差す方を向くと……みゆきがすごい沢山取っていた。

 

「ゆきちゃん、すごい……」

「何かオーラのような物が……」

 

 顔付きも、いつもと違って真剣そのもの。みゆきはゲームとかの集中力がすごいからね。小さい頃は一度も勝てなかったような。

 この時みゆきが取ったヨーヨーの数は、なんと16個だった。もっととれそうだったけど、お店の人が泣きそうになってたから打ち止めにしたんだ。

 

「ちょっと張り切りすぎちゃいました」

「すごいよ、みゆき!」

 

 僕なんか1個も取れなかったのに、やっぱりみゆきはすごいなぁ。

 

「じゃあ、1個どうぞ」

「いいの?」

「はい、さっきのりんご飴のお礼です」

 

 受け取ったヨーヨーを早速指に付け、弾ませてみる。

 今までお祭りのヨーヨーで遊んだことがなかったから嬉しかった。

 

 

☆★☆

 

 

 各々、祭を楽しんでいるな。顔が赤くなってる奴が多いけど。

 っと、もうすぐ花火の上がる時間だな。

 時間に合わせ、周囲の人々が花火の見易い場所へ移動し始めた。

 これだけ多いと、はぐれそうだ。これだから人混みは……。

 

「ひゃぁぁっ!?」

 

 ……へっ? つかさ?

 変な悲鳴と共に、つかさの姿が遠ざかっていく。

 

「ヤバッ! つかさが流された!」

「えっ!?」

 

 チッ、あの天然が!

 つかさの姿が完全に見えなくなる前に、俺は人混みの中へ飛び出した。

 

「お前等そこで待ってろ!」

「はやとっ!」

 

 人混みを縫って、俺はつかさを探した。

 ああくそっ! 邪魔だ退けっ!

 

「つかさっ!」

「はやと君~!」

 

 何とも間抜けな呼び声が微かに聞こえた。

 

「……いたっ!」

 

 つかさを見つけ出し、手を握って何とか人混みを抜けた。

 

「ひっく、はやとく~ん!」

 

 急に流されたのが怖かったのか、つかさはべそをかいていた。

 まったく、世話の掛かる奴だ。

 

「分かった分かった、大丈夫だからな」

 

 頭を撫でて落ち着かせる。

 よく見ると、草履の鼻緒が切れている。これで歩き回るのは危険だな。

 

「待ってろ、今やなぎ達を……」

 

 俺はポケットに手を突っ込む。

 が、ある事実に思わず固まってしまった。

 

「……はやと君?」

「スマン、携帯忘れた」

 

 携帯は充電に電気代がかかる。だから学校にしか持っていかないのだ。

 節約に徹した結果がこれだよ!

 人の流れが収まるまで、俺達は待つことにした。やなぎ達も探し回っているだろうし。

 気付けばまた2人切りだ。保健室の時といい……。

 

「はやと君……」

「何だ? 足が痛むのか?」

「ううん、その、手……」

「手?」

 

 あ、手ぇ繋ぎっぱなしだった。

 

「悪いっ!」

「だ、ダメっ!」

 

 慌てて離そうとするが、逆につかさが握り締めた。

 

「えっと……怖い、から……繋いでて」

「お、おう……」

 

 沈黙が気まずい。何か話さなければ死んでしまいそうだ。

 

 その時だった。花火が上がり、沈黙を裂いてくれた。

 

「綺麗……」

 

 花火がよく見える。隠れスポットだな、ここは。

 不幸中の幸いって奴だ。

 

「……嬉しかったよ」

 

 花火の音が煩くても、つかさの言ってることははっきりと聞こえた。

 

「はやと君が来てくれて、はやと君が傍にいてくれて」

「つかさ……」

 

 普段は「可愛い」イメージのあるつかさ。

 だが、今は着物と花火の光の所為か「美しい」と思えた。

 

「青いなぁ~」

 

 いい雰囲気になりかけた所を邪魔したのは、またしても海崎さんだった。

 

「い、い、いつの間にっ!」

「ん~? さっきから。今は休憩中でな」

 

 そんなことよりも、完全に見られた。

 恥ずかしさで顔を真っ赤にする俺達。つかさなんて湯気でも吹きそうだ。

 

「ちゅーか、恋人?」

「違いますっ!」

「ふーん、へぇ~、そう」

 

 必死に否定したが、海崎さんは含みのある笑いを浮かべた。

 ぐっ、態度がムカつく。

 その後、海崎さんが連絡してくれたおかげで皆と合流出来たのだが……。

 

「言わないでくださいよっ! 絶対にっ!」

「え~。あ、焼そば売れ残っちゃうな~」

 

 ……財布に多大な損害をもたらした。

 暫く、焼そばは食いたくない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話「連絡つかない」

 さーて、夏休みも始まったことだし!

 俺、天城あき様は冷房の利いた部屋でゴロゴロ過ごすぜぃ!

 

「まずはっ! 溜まっていたゲームを全てクリアするのだ!」

 

 お菓子、飲み物の貯蓄は万全。

 アッキー、これより任務に入ります!

 

「ギャルゲー祭・夏の陣じゃーっ!!」

〔いーじゃん! いーじゃん! スゲーじゃん?!〕

 

 勢い良くPCの電源を入れると同時に、携帯の着信音が空気を打ち壊すかのように鳴り響いた。

 

「……ったく、よくねぇよ! 誰だ?」

 

 空気をぶち壊され、憤慨しながら画面を見ると、そこには親友の名前が出ていた。

 

「みっちーじゃん? 珍しいなー」

 

 みっちー、檜山みちるからだった。みちるから電話がかかってくるなんて滅多にないことだ。

 人畜無害な親友の顔を思い浮かべると怒りも治まり、俺は電話に出た。

 

〔もしもし、あき?〕

「みっちー、どうしたん?」

〔実は、今度家の別荘に行くことになったんだ〕

 

 みちるは「檜山グループ」っていう大きな財閥の御曹司だ。別荘の一つぐらいは持ってるだろう。

 これがやなぎだったら今から殴りに行く所だけど、みちるが自慢するような奴じゃないのは知っている。

 

〔それで、皆も一緒にどうかなって。あきは行く?〕

 

 ほら。

 青い海。美少女4人とその他と過ごす、夏のひと時。

 

「行きます! 行かせて貰います!」

〔本当!? じゃあ皆にも連絡してくれるかな? 僕はみゆきを誘って来るから〕

「りょーかい!」

〔あ、それと海が近いから水着も持って来てね〕

「オッケー! じゃな!」

 

 ギャルゲー祭・夏の陣は別荘から帰って来てからにしよう。

 むっふっふー! 皆に連絡だー!

 

「えーと、まずははやと、と」

 

 みっちーは坊っちゃまだから別荘はでかいんだろうなー!

 ……あれ? すぐ出ると思ったが、中々出ない。

 

〔お掛けになった電話は、電波の……〕

 

 何だよ! 出ないじゃん! はやとの奴、もしかして充電忘れてるのか?

 その後、何度掛けても結果は同じだった。

 

 

☆★☆

 

 

 はぅー、今年の夏も暑いなー。

 私、柊つかさは今、スーパーにお買い物へ行くところだった。

 クーラーの利いた部屋から一歩も出たくなかったけど、お買い物に行かなくちゃ。

 

「あちっ!?」

 

 日向に出ていたから、サドルが熱くなっちゃってる。帰ったら日陰に置こう。

 自転車を扱いでいると風が気持ち良かったりするんだけど、やっぱり暑い。

 やっとスーパーに着いて、自転車を自転車置場に停めに行く。

 

「あれ? はやと君?」

 

 すると、意外にもはやと君に会った。

 

「はやと君もお買い物?」

 

 はやと君は……歩き?

 すごいなぁ。私ならすぐにバテちゃうよ。

 

「よぉ。俺はもう終わった所だ」

「私はこれから~」

 

 あれ? 何だか、いつものはやと君と違うみたい。

 

「はやと君、大丈夫? 顔色悪いよ?」

「そうか?」

 

 少し気分悪そうだけど、はやと君は何ともない素振りを見せた。

 

「水分補給ちゃんとしてる?」

「まぁな。平気だろ」

「んー、それならいいけど……」

 

 本当に大丈夫かな? 足取りもフラついてるみたいだし。

 

「じゃーな」

「うん、またね」

 

 はやと君と別れた後、スーパーの中で必要な物を買い物籠に入れていく。

 それにしてもはやと君、やっぱり具合悪そうだったなぁ。

 すると、電話が鳴り出した。えっと……買ってもらったばっかだから、携帯電話の扱いはまだ慣れないや。

 

「もしもし?」

〔やほ~〕

 

 電話の相手はこなちゃんだった。

 

「こなちゃん、どうしたの?」

〔今度皆でみちる君の別荘行くことになったんだけど、つかさも行く?〕

 

 別荘かぁ。いいなぁ~。

 

「うんっ! 行く行く~!」

〔おk。因みに、海近いらしいから水着持参ね〕

「分かった~」

 

 へぇ~、海近いんだ。ますます羨ましいよ~。

 

〔ところでつかさ、はやと君ン家知らない?〕

「えっ? 知らないけど何で?」

〔いやさー、携帯繋がんなくて連絡つかないんだよー〕

 

 ええっ!? でも、さっき会ったから……また忘れてるのかな?

 

「はやと君見かけたら伝えといてねー」

「う、うん……」

 

 はぅー、もっと早く言ってよー。

 

 

☆★☆

 

 

「暑い……」

 

 まぁ、夏だからな。

 前回の夏祭りからやることのない俺は、毎日をだらだらと過ごしている。

 何か忘れている気もするが、正直どうでもいい。今はこの暑さを何とかしよう。

 もし翼があったら、涼めたかもなぁ。

 

「冷凍庫の中にアイスが」

 

 ……ない。ってか中身がない。

 

「仕方ない、冷蔵庫に冷えたジュースが」

 

 ……やはり何もない。ここまで何一つないと却って清々する。まるで新品みたいだ。

 

「……ははは」

 

 って笑っていらんねぇ。このクソ暑い中、買い物に行かねばならんとは。

 はぁ……もし翼があったら、簡単に買い物に行けただろうに。

 

「自業自得、か」

 

 確かスーパーのチラシが来てたはず。金は何とかあるから、1週間分は買い溜めしておこう。

 俺は立ち上がり、外に出る為に着替え出した。

 

「おっと……」

 

 足がフラつく。何か体もだるい……。この暑さの所為だな。

 部屋の中であの暑さだ。外に出ればもっと暑いことぐらい分かっていた。

 

「だが、暑すぎだろ……」

 

 家から出て10分ちょいでもうバテていた。いかん、このままでは第2のもやしになってしまう。

 気力を振り絞り、何とかスーパーまで辿り着いた。

 

「涼しい~……」

 

 冷房の涼しさが、暑さに耐えぬいた戦士の体を癒してくれるようだ。

 さて、少しは元気になった所で、買い物開始だ。

 

 

 

 レジ打ちを済ませ、荷物を袋に入れる。

 思わずいっぱい買ってしまったが、これで食料に困ることはない。

 暫く外には出たくないし、夏は備蓄するに限るな。

 

「ふぅ……」

 

 荷物を詰め終わり、ビニール袋を持ち上げた。が、その拍子に足がフラつく。

 そんなに荷物重かったか? やっぱ買いすぎたな。

 自動ドアが開き、外の熱気が体を打つ。うわぁ、またこの中を歩かなければならんのか。

 

「あれ? はやと君?」

 

 ふと、自転車置場から俺を呼ぶ声がした。

 

「はやと君もお買い物?」

 

 声の主はつかさだった。自転車か……いいよなぁ。

 

「よぉ。俺はもう終わった所だ」

「私はこれから~」

 

 見りゃ分かるよ。お前もこの暑い中ご苦労なことだ。

 

「はやと君、大丈夫? 顔色悪いよ?」

「そうか?」

 

 確かに少しダルいが、暑さの所為じゃなくてか?

 

「水分補給ちゃんとしてる?」

「まぁな。平気だろ」

「んー、それならいいけど……」

 

 心配してくれるのは素直に嬉しいけどな。

 

「じゃーな」

「うん、またね」

 

 つかさと別れ、再び熱気の中を歩き出した。

 

 何故か行きよりも帰りの方が長く感じる。たったこれだけで疲れたのか、俺?

 

「買い物帰りか?」

 

 早く帰ろうとすると、アパートの前で海崎さんとバッタリ会った。

 

「そうです」

「ちゅーか歩きか。自転車は?」

「ありませんよ。金ないから」

 

 いつか欲しいとは思うけど。その為に貯金もしてるしな。

 

「ふーん、じゃあな」

「はい」

「アイスご馳走さん」

 

 ……えっ!?

 気付くと、アイスバーが1本なくなっていた。俺の大切な備蓄が……。

 

「何時の間に!?」

 

 あのクソ大家……! いつかシバいてやる。

 

「ただいま」

 

 とりあえず家に入り、中身を冷蔵庫や冷凍庫にぶち込んだ。これで任務完了だ。

 

「さて、麦茶でも飲むか」

 

 早速、買って来た麦茶に手を伸ばした。

 しかし、突然視界が歪む。

 

「へ……?」

 

 次に頭がぼうってなり、何も考えられない。

 何が起こったか分からないまま、グラリと体が倒れる。

 そして、そのまま気を失った。

 

 

 

 薄暗い。

 何処だここは……?

 

「……う夫よ、はやと」

 

 誰だ、俺の名前を呼ぶ奴は?

 

「……ってたんだよ! アンタは!」

 

「言いわ……て聞きた……ない!」

 

 何なんだ、ここは? 壊れたテープのように、叫び声が飛び飛びで響く。

 やめろ! 頭に響く声をやめろ!

 

「俺は……く。ア……んかもう……もない」

 

 やがて、テレビの砂嵐のような音が聞こえて来た。

 突然、誰かの映像が頭の中に流れる。緑色の長い髪の女性がベッドに腰掛けている。

 

「奇跡が起これば」

 

 ……っ!!

 聞き覚えのある声で、俺の一番嫌いな言葉を口にする。

 

「奇跡が」

 

 やめろ! そんなまやかしの言葉繰り返すな!

 

「奇跡」

「きせき」

「キセキ」

 

 やめてくれ……やめろぉぉぉぉっ!!

 

 

 

「ん……?」

 

 ゆっくりと、目が覚めた。ここは……布団の上?

 確か、俺は急にフラついて……気を失ったはずだよな? 誰が布団なんか敷いたんだ?

 それに台所から聞こえる、グツグツという音……何かを煮てるのか?

 俺は体を起こし、周りを見た。ここは、俺の部屋であることは間違いなさそうだ。

 だが、布団を敷いた覚えはないし、額の上に濡れタオルを乗せた記憶もなかった。

 何より頭が上手く働かない。まだボーっとする。

 

「あ、起きた?」

 

 台所から声がした。誰だか分からんが、適当に返事しておくか。

 

「おう……」

「待ってて。今お粥持って行くからね」

 

 お粥……? ああ、あの音は粥を作ってたのか。

 トタトタと足音がした。やっと声の主が見れる。

 

「はやと君、調子はどう?」

「つかさ……つかさっ!?」

「ひゃう!?」

 

 漸く、頭が働き出した。

 俺がいきなり大声出したからつかさはビックリしたようだ。

 ……じゃなくて!

 

「何でつかさがここに!?」

「えっと……話が長くなるけどいい?」

「ああ」

 

 頭が痛いとか、今はどうでもよかった。

 つかさが何で家にいるのか、そもそもどうやって入ってきたのか。

 重要な話を聞く方が先決だ。

 

「さっき別れた後、こなちゃんから電話があって、はやと君にも連絡しようと思ったんだけど電話が繋がんなくて……」

 

 あー、電池の消費抑える為に電源切ってたの忘れてた。

 

「そこで丁度海崎さんに会ったから、はやと君のアパートの場所教えてもらったの」

 

 またあの人か。今度のバイトはあのスーパーかよ……。

 

「それではやと君の部屋に来ても、はやと君出ないし鍵開いてたから」

「勝手に入ったのか」

「悪いと思ったけど……。でも、はやと君倒れてたから」

 

 なるほどね。つまり夏風邪引いて倒れてた俺の看病をずっとしてくれてたと。

 

「ご、ごめんね?勝手に入って」

「んなこと気にすんなよ。むしろこっちは感謝してる。ありがとな」

 

 まだ体は怠いけどな。

 そうだ、つかさの作ってくれた粥でも食べるか。

 

「つかさ~、粥くれ~」

「あっ、はい」

 

 笑顔で粥を差し出すつかさ。

 

「……食べさせてくれないのか?」

「ええっ!?」

 

 つかさは顔を真っ赤にした。さて、からかうのはこれくらいにしてと。

 俺はつかさから粥を受け取り食べた。

 

「うん、美味いな」

「ほ、本当? 良かった」

 

 冗談抜きに美味い。ただの粥がこんなに美味いとは……。

 寝て体力が回復したおかげか、食欲がありすぐに完食してしまった。

 

「ご馳走様」

「お粗末様でした」

「んで、俺に伝えることがあったんじゃないか?」

 

 俺の看病に集中してたからか、つかさは本来の目的をすっかり忘れていた。

 

「あっ、そうだった! みちる君の別荘に皆で行くんだけど、はやと君もどうかなって」

 

 みちるの別荘か。行かない理由もないだろ。

 

「勿論行く。それまでに風邪を治さなきゃな」

「うん!」

 

 そういえば、つかさはいつからここにいたんだ? 随分いてもらった気がするが。

 

「つかさ、もう帰っていいぞ。風邪を移すかもしれないし」

 

 大分調子も戻ったし。風邪を移して、つかさが旅行に行けなくなったら本末転倒だ。

 

「平気だよ~。私あまり風邪引かないもん」

 

 へー、俺と違って丈夫だな。

 

「……じゃあ、もうちょっとだけ頼めるか?」

「うん!」

 

 頼もしい限りだ。ここは病人らしく、つかさに甘えることにした。

 こうしてみると、たまに引く夏風邪も悪いものじゃない。

 次の日には、つかさの看病のおかげですっかり治っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話「いざ、別荘へ」

 現在の時刻、午前7時。

 埼玉駅前にて6人の男女が……。

 

「わりぃ! お待たせ!」

「遅い」

「ってやなぎ! まだ待ち合わせ時間過ぎてねぇじゃん!」

 

 ……訂正。7人の男女が集まった。

 

「あと1分で越えるだろうが」

「ギリギリセーフ!」

 

 早速あきとやなぎが漫才を始めた。朝からよくはしゃげるよな。

 見ろ、つかさなんてウトウトしてて今にも寝そうだ。

 

「朝から元気だねー。私なんて徹夜で眠くて……ふぁぁぁ~」

「アンタの場合はネトゲでしょうが」

 

 こなたに対してはかがみが突っ込む。この光景にも慣れたもんだ。

 と、そこに現れる1台の大型車。

 

「皆、お待たせ」

「おはようございます、皆さん」

 

 中からみちるとみゆきが出て来た。

 この車はみちるン家の物で、先にみゆきを迎えに行ってたんだ。

 

「さ、乗って」

 

 運転手の人が声を掛ける。20代ぐらいの若い男性だな。

 

「あ、こちらは僕の従兄のたけひこさん」

「檜山たけひこ。よろしくなっ」

「お世話になります」

 

 たけひこさんは、アクティブになったみちるのような印象を受けた。顔付きがいいのは檜山一族の特徴なんだろうか。

 

「いやー、俺も付いて来ちゃって悪いね」

 

 そう言って前に出て来たのは海崎さん。いや、アンタも運転手として呼んだだけだから。

 挨拶も済ませ、全員車に乗る。行き先は、みちるの別荘だ。

 たけひこさんの車に乗ったのはみちる、みゆき、やなぎ、こなた。

 海崎さんの方にはつかさ、かがみ、あき、俺が乗った。

 

「ってか、海崎さん車持ってたんですね」

「まーな」

 

 助手席で俺は海崎さんの珍しい運転手姿を見る。

 普段は外をブラブラしてるか、家にいるかだったからな。

 

「くー……」

 

 後ろでは、もう限界だったらしいつかさの寝息が聞こえた。

 

「さて、ここに水性ペンがあります」

「コラッ!」

 

 あきの悪戯はかがみによって防がれた。

 

「けど、本当によく寝るよな」

「誰かさんもな」

 

 ……何だよ? 何で俺の方を見るんだよ?

 そりゃ、今も眠いけどな。

 

「さて、寝るか」

「オイ」

 

 寝ようとしたら、ダブルで突っ込まれた。

 もし翼があったら、寝たまま別荘まで行けるのにな。

 

「仕方ねぇ、なんかするか」

「ここはカラオケでもするか」

 

 車内でカラオケかよ。ってか海崎さん、俺達よりハシャがないでください。

 

「えー、それはちょっと」

「ダメか。じゃあイントロクイズは」

 

 歳考えろ、運転手。

 

「運転に集中してください」

「チッ」

 

 そうこうしている内に、余計に眠気が……。

 

 

 

 ……何だ?車が止まってるな。

 

「……着いたのか?」

「いや、パーキングエリアだ」

 

 隣から海崎さんの声がした。ああ、だから皆いないのか。

 

「コーヒーでも買ってくる」

「お前のはここにある。ちゅーか今外に出るな」

 

 は? どういうことだ?

 とりあえず、海崎さんから缶コーヒーを受け取った。まぁ、買う手間は省けたけど。

 何故か海崎さんは顔を合わせようとせず、肩が震えていた。何なんだ、気色悪い。

 

「おう、はやと。起きてたのか」

 

 疑問符を浮かべながらコーヒーを飲んでると、あき達が戻って来た。

 あと今更だが気付いた。つかさ、起きてたのか。

 

「は、はやと君……」

「つかさ、言うな……ぷっくく」

「ダメ、笑っちゃう……!」

 

 何なんだよ、人の顔を見て……!

 ここまで露骨な態度で気付かない訳がない。俺は車のサイドミラーを覗き込んだ。

 

「……ほう」

 

 そこに映っていたのは、額に大きく「肉」と書かれた俺の情けない顔だった。

 

「はやと君、ごめんね。起きたらもう……」

 

 つかさは何も悪くない。なのに謝るなんて、いい奴だな。

 それに比べて。

 

 俺は睡眠薬を塗ったダーツをあきとかがみに放った。ダーツは腕に刺さり、2人は熟睡状態に陥る。

 ふっふっふ。よく寝ている。

 

「はやと君?」

「止めるなつかさ。あとタオル取ってくれ」

 

 キュポン、と水性ペンのキャップを抜く音が車内に響いた。

 それから車に乗ること数時間。ふぅ、やっと着いたか。

 みちるの別荘は、予想以上にデカく、海が間近で見れた。

 

「絶景かな絶景かな」

 

 車から額に「米」と書いてある呑気な奴が出て来た。

 

「ちょっとはやと! これアンタでしょ!」

 

 もう1人、額に「中」と書いてあるかがみが激怒して降りて来た。

 

「お前の場合髭も追加してやろうと思ったんだがな」

「ふざけるなっ!」

 

 やれやれ、仕返しで何でここまで怒られなきゃいけないんだ?

 

「あっ! 俺にもやられてる!」

 

 今気付いたか、バカめ。

 

「まず顔を拭け」

 

 俺からタオルをぶん取り、額を擦るあきとかがみ。

 

「つかさっ、落ちてる!?」

「うん、大丈夫だよ」

「まったく……」

 

 だが、俺の復讐がこれで終わる訳がない。

 

「そんな口を聞いていいのか?」

 

 俺は2人に見えるように携帯を開いた。

 

「げっ!」

 

 そう、落書きされた2人を撮ったのだ。カメラ機能なんて久々に使ったぞ。

 

「これをこなたに送られたくなければ、今日1日俺の下僕になってもらおうか!」

 

 こんなネタ満載の画像、こなたに送られれば夏休みの終わりまでからかわれるだろう。

 

「き、汚いわよ!」

「何か言ったか?」

「くっ……何も言ってないわよっ!」

「まさかはやとに弱みを握られるとは……」

 

 はーっはっは! 身から出た錆だ、諦めろ!

 アホみたいなやり取りはさておき、みちる達と合流して、改めて別荘の案内をしてもらった。

 

「まず、あっちに露天風呂があります」

「露天風呂!?」

 

 おいおい、これ別荘じゃなくて旅館じゃねぇのか?

 

「夕飯は庭でバーベキューを予定してます」

「マジかっ!」

 

 はっ! かがみの目が一瞬光ったような……。

 食いしん坊、恐るべし。

 

「部屋は奥が女子、手前が男子です。説明は以上ですが、聞きたい事があればどうぞ」

「いや、十分だろ」

 

 それより早く荷を下ろしたい。2泊3日の予定だから軽くないんでな。

 

「じゃ、また後で」

「うん、後でね~」

 

 昼飯は途中で食ったから、このまま着替えて海に行く事になった。

 

「海崎さんとたけひこさんは?」

「俺はいいや。ちょっと寝かせてもらうよ」

 

 ずっと運転してたからな。お疲れ様です。

 

「ちゅーか、女の子の水着見放題だろ? 行くしかないだろっ!」

 

 海崎さん、アンタ疲れを知らないのか? 同じ運転手でもたけひこさんとは雲泥の差だな。

 

 

 

 さっさと水着に着替えて海に行く。

 みちるン家のプライベートビーチだから、人が全くいなかった。

 

「……すげぇな」

「ああ」

 

 広い砂浜が貸切である事実に、俺達は呆然とする。

 俺は人混み嫌いだから良いけどな。

 

「ちゅーか、ナンパも出来ねーじゃん」

「すいません」

 

 海崎さん、帰れ。みちるも謝るなよ。

 しかし、ビーチに男5人がたたずむってのもシュールな光景だな。

 

「やほー、お待たせー」

 

 こなたの声が聞こえた。やっと来たか。

 

「待ってましたー! っと?」

 

 恐らく、この場にいた全員がこなたの姿を見て絶句しただろう。

 

「スク水、だと……?」

 

 スクール水着。しかも6-3と書いてある。

 いつから成長してないんだとか、もうツッコミ所盛り沢山だった。

 

「こなた……」

 

 見ろ。流石のあきも引いてるじゃないか。

 

「……グッジョブ!」

「あっきー、ナイスニーズ!」

 

 もうやだ、コイツ等。

 他は……まともな水着だな。良かった。

 

「何じろじろ見てんのよ」

 

 赤い水着に、いつものツインテールを団子頭にしたかがみが突っ掛かって来た。

 

「誰も見てねぇよ、ラーメ○マン」

「なっ!」

 

 まだあの写真は消していない。逆らわない方が身の為だぜ?

 

「何々? 何の話かな~?」

「さぁな?」

「くっ、覚えてなさいよ……!」

 

 特にこなたには教えられないだろ。ケケケ。

 

「ちゅーか、はやとが見ていたのはモチみゆきちゃんだよな~」

「アンタと一緒にするな」

 

 欲望丸出しな海崎さんと一緒にされたくない。

 みゆきは白いビキニパンツに上着を羽織っていた。確かに他とはスタイルが違うというか……。

 

「みゆきさんの水着姿、是非とも写メに収めたい!」

 

 あき、携帯を海に投げ込まれるぞ。

 それに、みゆきは水着を見せたい相手がいるからな。

 

「みちるさん、変じゃないでしょうか?」

「ううん、可愛いよ。みゆき」

 

 平然としていられるのはお前だけだ、鈍感。

 

「はやと君」

「ん?何だつかさ」

 

 そして、つかさはフリルの着いた水色の水着だった。らしいというか。

 

「泳ぎ方、教えてくれるかな?」

「ああ、いいぞ」

 

 そういや学校じゃ水泳の授業なかったな。

 

「裏切り者ー」

「羨ましいぞー」

 

 な、何だ? あきと海崎さんが何時の間にか結託してるし。

 

「やなぎには、私が教えてあげるわ」

「えー」

「えーじゃない!」

 

 もやしはラーメ……かがみに連れて行かれた。

 

「あっきー、砂風呂やってー」

「いいぜ」

 

 あきとこなたは砂風呂をするみたいだ。

 ……海崎さん1人になったな。

 

 

 

 まずはバタ足からだ。これ位は出来るだろ。

 つかさは足をバタつかせて泳いでいた。

 

「何だ、思ったより泳げるじゃないか」

 

 なんて感心していたのも束の間、泳いでいると思っていたつかさの体は、姿勢をそのままに沈んでいった。

 ちょっと待て! アイツ息継ぎしてたか!?

 

「オイ、つかさ! つかさ!!」

 

 沈んでいくつかさに、俺は慌てて海の中へ飛び込んだ。

 相当海水を飲んだらしく気絶したつかさ浜辺に引き上げ、心臓マッサージを繰り返す。

 

「げほっ、げほっ!」

 

 つかさが口から水を吐いた。良かった、息を取り戻したか。

 

「大丈夫か、つかさ」

「……はやと君?」

 

 気を失ったつかさを浜辺に連れて、寝かせたのだ。

 

「私……!?」

「ん?」

「ひ、ひゃあああ!」

「何……あっ!」

 

 心臓マッサージを続けていたから……その、手が……胸に。

 俺が慌てて手を退けると、つかさは起き上がり俺に背を向ける。

 腕は胸を隠すように交差させている。

 

「わ、悪い!」

「う、ううん! 気にして……気にして……」

 

 流石のつかさも気にしてるよな。

 俺は綺麗に土下座し、メロンのかき氷を奢る事を約束してやっと許して貰えた。

 しかし、息継ぎが出来ないとは。教えるのには骨が折れそうだ。

 

 

 

 日も暮れて、そろそろ別荘に戻る。夕食は確かバーベキューだったな。

 

「その前にお風呂に入りたいわ」

 

 確かにな。という訳で、全員風呂に入ることにした。

 

「へー、豪華だな」

 

 男湯。旅館のそれと比べるとやや小さい気もするが、十分広い。

 

「ひゃっほー! 俺が一番だー!」

「あ、走ると……」

「げふっ!?」

「危ないよって、言おうとしたのに」

 

 バカが石鹸で転んだが無視。つーか先に体を洗え。

 

「あ~、極楽だ~」

「そうですね~」

 

 おっさんみたいな入り方してる人もいるし。たけひこさんも合わせなくていいですよ。

 洗い終わり、俺も湯に浸かる。うん、いい湯だな。

 

「みゆきさんってやっぱり大きいよね~」

 

 リラックスしたいたところに、壁の向こう側からの話し声が聞こえ、思わず吹き出しそうになる。

 あの声はこなたか。人が風呂を楽しんでるのになんつー会話してんだ。

 

「……ここで、俺達がすることは1つ!」

「まさか……」

「覗くぜ!」

 

 うん、あきならやると思った。

 

「俺はパスだ。湯を楽しめ、湯を」

「はやとに同じく」

「覗きはちょっと……」

 

 俺、やなぎ、みちるは当然却下。

 

「ここで行かなきゃ男じゃねぇな」

「面白そうだね」

 

 海崎さん、たけひこさんが参加。

 あれ、たけひこさんってそんなキャラだったか?

 

「レッツゴー!」

 

 そっと近付き、桶を足場にして塀を越えようとする覗き組。

「すご~い! 広いね~!」

 

 

 そうか、向こうにはつかさもいるんだよな。

 気が付くと、近くにあった桶を足場に投げていた。

 桶が命中し、足場のバランスが崩れる

 

「うおっ!?」

 

 海崎さんとたけひこさんは落ちたが、あきはしぶとく塀にしがみ付いている。

 

「諦めて……なるものか!」

 

 遂にあきの頭が塀を越えた。

 

「ぶへっ!?」

 

 その瞬間、向こうから桶が飛んで来て、あきの顔に直撃した。

 いやまぁ、これだけ騒いでりゃ向こうにバレるわ。

 

 

 

 待ちに待った夕食! 俺達は庭でバーベキューを楽しんでいた。

 

「……あの、俺も食いたいんですが」

 

 隅の方で「申し訳」と書かれた札を掛けて、正座をしているあきが言った。

 顔には、散々こなたとかがみに殴られた跡が残っている。

 ってか、海崎さんとたけひこさんは平然と肉食ってるし。

 

「何か言った?」

「聞こえなかったよー」

 

 こなたさん、かがみさん、笑顔が邪悪です。

 

「あの……もう許してあげてもいいと思います」

「あき君も反省しているみたいだし」

 

 つかさとみゆきの慈悲の言葉が掛かる。

 

「……そうね。ま、今回は許してあげる」

「かたじけない!」

 

 折角の旅行につまんねぇ空気はいらないしな。

 あきは「申し訳」プレートを外し、飛んでバーベキューの輪に入った。元気な奴だ。

 

 

 

「枕投げをしよう」

 

 部屋に戻ったあきが何を言うかと思ったら、枕投げ?

 因みに全員、部屋にあった浴衣に着替えている。何故あるし。

 

「はーやと、やらないか?」

「別に良いが、俺に勝てるとでも?」

「……やめようか」

 

 物を投合することにおいて、俺は負けない自信があった。

 睨みを利かせると、喧しかったあきは大人しくなった。ざまぁ。

 

「じゃあ……怖い話でもする?」

「ひっ!」

 

 続いて、こなたが提案する。

 約1人怯えているが、俺は面白そうだと思う。

 

「いいね~、やろうか!」

「夏の風物詩だしな」

 

 次々と参加する中、つかさはかなり嫌そうにしている。

 ホラーとか苦手そうだしな、つかさ。

 

「ひゃっ!?」

 

 突然、部屋の電気が消え、つかさが小さな悲鳴をあげた。

 

「すみません、消した方が良いかと……」

 

 犯人はみゆきか。意外というか、変なところで空気を読むというか。

 いや、それよりつかさのビビり方が面白い。

 

「や、やめようよ~」

「つかさ、諦めろ」

「ではまず私から」

 

 言い出しっぺのこなたが懐中電灯で顔を下から照らし、話し出した。

 色んな意味で盛り上がりながら、1日目の夜は過ぎていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話「ひと夏の冒険」

 深夜、私はふと目を覚ました。

 ついさっきまで怖い話で盛り上がっていた部屋は、すっかり静かになっている。

 

「トイレ……」

 

 皆を起こさないようそっと扉を開け、寝呆け眼でトイレに向かった。

 

「ふわぁぁ……」

 

 用を済ませ、欠伸をかく。早く部屋に戻って寝よう……。

 

 

 

「ぅ……ん~」

 

 あれ? 珍しく、また1人で起きれた。さっきトイレに行ってからどれぐらい時間が経ったんだろう?

 部屋はまだ静かで、皆寝てるみたい。

 

 寝たまま目を開けると

 

「ぐー……」

 

 はやと君がいました。

 

「――っ!!?」

 

 悲鳴を必死に抑える私。な、何ではやと君が!?

 すごい至近距離で寝ていて、お互い少し浴衣がはだけている。

 顔を真っ赤にしながら起き上がる。周りを見ると、やなぎ君達もいた。

 そっか、私が部屋を間違えたんだ。トイレに行って戻ってきた時に、寝惚けて部屋を間違えちゃったみたい。

 はやと君を起こさないように、そっと歩いて女子の部屋に戻った。

 はぅ、まだ心臓がドキドキしてるよ~!

 ……でも、はやと君の寝顔、少し可愛かったな。

 結局、私は部屋に戻っても眠れなかった。

 

 

☆★☆

 

 

 みちるの別荘、2日目は朝から豪勢だった。

 高そうなカップに入った紅茶やコーヒー。皿の上には種類豊富なパンの山。ジャム瓶も数多く置いてある。

 

「みちる、これ朝飯だよな?」

「ごめんね、今卵切らしてるみたいで……」

 

 目玉焼きなんざ、今はどうでもいいんだよ!

 

「あっ、それともご飯の方が良かった?」

「……もういい」

 

 みちるの噛み合わない会話に疲れ、俺は椅子に座った。

 隣には、うつらうつらと眠そうにしているつかさがいた。

 

「おはよ、つかさ」

「おはようはや……!」

 

 つかさはいつも通り……かと思いきや、顔を真っ赤にしてそっぽを向かれてしまった。俺、何かやったか?

 今朝は結局、つかさは一言も口を利いてくれなかった。

 

 

 

「海だー!」

 

 知ってる。ってか昨日来ただろ。

 あきはテンション高く海原に向かって吠える。

 

「こなた! 今日は俺が砂風呂をやるぜ!」

「分かったー」

 

 そして、こなたを砂風呂に誘った。そのテンションの高さは何処から来るんだ。

 

「やなぎ、お前今日は泳がないのか?」

「……ああ」

 

 何処か疲れた様子のやなぎ。昨日一体何が……?

 

「やなぎー! 今日で泳げるようにするわよ!」

「っ!!」

 

 手を振るかがみに対し、すっかり怯えているやなぎ。どんだけ運動嫌いなんだ、お前は。

 チッ、仕方ねぇな……。

 

「女の子の誘いを断るのか? ヘタレ君」

「……今、何て言った?」

「アルティメット・ヘタレ」

「んだとコラァ!」

 

 やなぎは何故かヘタレと言われるとキレるんだよな。

 

「違うなら行けよ」

「上等だ! 今日で50m泳げるようになってやる!」

 

 俺の挑発にまんまと乗り、かがみの元へズンズン歩いて行くやなぎであった。

 

「つかさ」

 

 さて、俺はつかさに泳ぎを教えなきゃな。

 つかさを見つけて、声を掛ける。

 

「は、はやと君……」

「どうするんだ? 今日も泳ぎの練習するのか?」

「う、うん! そうだね……」

 

 下を向いてばかりで目を合わせないつかさ。今朝の態度と合わせ、いい加減苛立って来たな。

 

「俺、何かしたか?」

「ううん! そうじゃないの!」

「なら、訳を話してくれ」

「……うん」

 

 少し怒っているのを感じたか、恐る恐るつかさは話した。

 今日の朝の出来事を。

 

「……それで、恥ずかしくて顔を合わせられなかったの」

 

 何じゃそりゃ。つかさが部屋を間違えて、朝まで俺の隣で寝てたって?

 話が終わると俺は呆然とし、つかさは顔を真っ赤にした。いや、俺の顔も多分赤い。

 

「だから、はやと君は全然悪くないの! 私が勝手に間違えて……その……」

 

 慌てるつかさに対し、軽く深呼吸する俺。

 

「ごめん、だろ?」

「あ、うん……ごめんね」

 

 上目遣いで謝るつかさに、俺は不意打ちでデコピンをする。

 

「痛っ!?」

「これでチャラだ。さ、泳ぐぞ」

「……うん!」

 

 何事もなかったかのように振る舞う俺に、つかさは漸くいつもの笑顔を見せた。

 本当に、世話の掛かる奴だ。

 

 

 

「洞窟?」

 

 昼飯時にみちるが出した提案に声を揃える俺達。

 因みに、昼飯は女子が作った弁当。但し、メインはサンドイッチ。

 うん、美味い。

 

「うん、あっちに大きな洞窟があるんだ。あそこに入ったことないから、皆で探険しよう!」

 

 確かに、浜から離れた岩部に洞窟らしきものが見える。

 洞窟探険か……ま、一種の娯楽としてありだな。

 

「賛成!」

 

 ほぼ全員が賛成した。洞窟にビビッて、賛成しかねた奴が誰かはお察しください。

 飯を食い終え、ジャンケンで懐中電灯を取りに行く人間を決めることにした。

 

「ジャン、ケン」

「ポン!」

 

 あきとやなぎが取りに行ってる間に、再びつかさに話し掛ける。

 

「心配すんなよ」

「ふぇ?」

 

 端から見ても、つかさが怯えてることくらい分かった。

 

「俺がいる」

「はやと君……」

「それにかがみやその他もいるだろ」

「……うん」

 

 元気付けようとしたはずが、つかさは低いテンションで小さく頷いた。

 あれ、何で意気消沈したんだ? 俺はそんな頼りないのか?

 あきとやなぎが戻って来て、俺達はみちるの言う洞窟に向かった。

 因みに、海崎さんとたけひこさんは浜辺でゆっくりしてる。

 

「ここだよ」

 

 浜からかなり離れた所に、本当に洞窟があった。

 中はかなり暗いな……。

 1人1本ずつ懐中電灯を持ち、俺達は出発した。

 さて、ここで個々の反応を見て見ようか。

 

「暗いな……」

 

 やなぎ、至って普通。

 

「案外何か出たりなー」

 

 あき、呑気。

 

「あはは……」

 

 みちる、少しビビッてる。

 

「や、やめなさいよ! そういうこと言うの!」

 

 かがみ、警戒心強め。

 

「ですが、何かあるという可能性は必ずしも無いとは……」

 

 みゆき、オロオロ。

 

「財宝があったりねー」

 

 こなた、余裕。

 

「はぅ……」

 

 つかさ、赤信号。つーか、必死に手繋いでるんだが。

 

「そう怖がるなよ。ただの洞窟だ」

「で、でも……」

「……そんなに俺が頼りないか?」

「ううん! そういう訳じゃ……」

 

 必死に否定しようと首を振るつかさ。

 その様子が可笑しくて、つい笑ってしまう。

 

「……ふふふっ」

 

 釣られたようでつかさも笑った。

 これで暫くは安し……あ。

 

「……どうしたの? はやと君」

「悪い、俺やっぱ頼りないわ」

 

 気付いた時には、皆とはぐれていた。

 

 

☆★☆

 

 

 今の状況を説明しよう。

 まず、最後尾にいたはやととつかさがいなくなる。

 次に、焦ったかがみと追ってやなぎがいなくなる。

 終いにゃ、みちるとみゆきさんまでいなくなった。

 

「そして、誰もいなくなった……」

「説明乙」

 

 ま、実際は俺とこなたがいるんだけどな。

 しかし、洞窟探険にはハプニングが付き物だぜ!

 

「だから俺は松明にしようと言ったんだ!」

「ナイフに布巻き付けて燃やすも有りだね」

「ラ○ボーか」

「松明は消耗品だし」

「ドラ○エ、しかも1か。でも8だと勝手に付いてるぞ」

「……やっぱあき君最高だよ」

「お前もな、こなた」

 

 ネタが通じ合い、お互いにサムズアップする。こういうやり取りは他の一般人達とは出来ないからな。

 だが、そんな呑気な空気も遂には壊れてしまう。

 

「痛っ!」

 

 こなたがそんな声をあげて、姿を消した……と思ったらしゃがんでただけだった。

 

「大丈夫か?」

 

 どうやら、岩で足を切ったらしい。綺麗な足からは赤黒い血が流れている。

 

「……何とかね」

 

 立とうてしても、痛みでまたしゃがんでしまう。傷、結構深いんじゃないか?

 

「やれやれ」

 

 俺は着ていた上着の裾を破くと、こなたの足に巻き付けた。

 しま○らで買った奴だし、惜しくはない。

 

「止血はこれでよし」

 

 とはいえ、この辺の水は海水だから洗えないしな。

 

「ほい」

 

 次に、こなたに俺の懐中電灯を渡すと、背を向けて屈んだ。

 

「え?」

「負ぶってやるよ」

「い、いいよ……」

 

 状況が掴めてないようだったが、こなたは遠慮がちに答えた。

 

「怪我した女放ってのんびり歩くほど、俺は無神経じゃねぇよ」

「……うん」

 

 強く言うと、観念したこなたは俺の背中に身を委ねる。

 

「しっかり前照らしてくれよな」

「……うん」

 

 急に潮らしくなったな。止血しときゃなんとかなりそうだったので、俺とこなたは先に進んだ。

 

「……重くない?」

「んーや。背中の感触が足りないくらいで」

 

 ボケてみると、懐中電灯で殴られた。いてぇ。

 

「……ありがとね」

「お、おう……」

 

 素直に礼を言われると、照れくさいな。

 

 

☆★☆

 

 

 参ったな……皆とはぐれてしまった。

 洞窟の中だから、携帯も繋がらない。

 

「つかさー!? 何処ー!?」

 

 すぐ傍には、パニックを起こしながら妹を探す姉が。

 

「かがみ、つかさにははやとが付いてる。心配な」

「あるっ!」

 

 はやと、同情するぞ。お前はかがみにまったく信用されてないらしい。

 

「つか……っ!?」

 

 突然、つかさを大声で呼んでいたかがみが止まり、涙目でこっちに近付いて来た。

 

「やなぎ! 今っ、今!」

「何があった?」

「せ、背中に……」

 

 背中? かがみの後ろには何もいない。

 その時、俺の頬に水滴が落ちて来た。

 

「かがみ」

「何よ……」

「ただの水滴だ」

「……へ?」

 

 悪寒の正体が分かると、かがみは呆気に取られ、途端に顔を赤くした。

 因みに、今の状況はかがみが俺に抱き付いてる。

 

「ご……ごめん!」

 

 いや待て、何故俺が謝ってんだ? 何もしてないだろ!

 

「……い、行きましょ! 外で待ってればつかさ達もきっと来るわ!」

「だ、だな!」

 

 それから、俺達は何も喋らず出口を目指した。

 

 

☆★☆

 

 

 まさか俺の所為で皆とはぐれることになるなんてな……。

 つかさなんて、俺の手を握って離さないし。

 

「絶対に離さないでねはやと君!」

 

 はいはい……。

 呆れ顔で暫く歩いていると、別れ道に遭遇した。

 

「つかさ。こりゃどっちに進むべきだ?」

「えっと……どっちだろう?」

「だよなー」

 

 右と左、どっちの道も同じように見える。他の連中はどっちに進んだのやら。

 すると、右の方から誰かが歩いて来る音がした。

 身を縮こませるつかさ。

 しまった! 懐中電灯とつかさの手を握ってるから、ダーツ投げれねぇ!

 音は段々と大きくなり……。

 

「あ、はやと!」

「つかささんも無事でしたか」

 

 足音の主はみちるとみゆきだった。

 何でも、別れ道であき達とはぐれて真っ直ぐ歩いたら行き止まりだったんだそうだ。

 

「ってことは、こっちか」

「だね」

 

 改めて、4人で左の道を進んだ。

 みちる達と合流しても、つかさは何故か手を離さなかった。

 ……怖がりすぎだろ。

 やがて、外の明かりが見えて来た。行き止まりじゃなくてよかったぜ。

 

「出口か……」

 

 早くこんなジメジメした所からおさらばしたい。

 外に出ると、まずは太陽の光が眩しかった。

 次に気付いたことは、出口は小さな足場を除き、一面海だった。どうやらここで行き詰まりらしい。

 

「つかさ! 大丈夫!?」

 

 先に出口に着いていたかがみが駆け寄って来た。他の面子もいるな。

 

「で、何であきはこなたを負ぶってるんだ?」

「ほっとけ」

「ほっといてよ」

「……?」

 

 口を合わせて言い放つ2人。一体何が……?

 

「いい加減つかさから離れなさいよっ!」

「うおっ!? 耳元で怒鳴るな!」

 

 鼓膜が破けるかと思ったぞ。大体、誰がここまでつかさの面倒を見たと思ってやがる。

 

「いつまでつかさの手を握って」

「ラーメン」

「ぐっ……!!」

 

 この一言でかがみは大人しくなる。まだあの画像消してないんだよなー。

 

「ほら、さっさと帰るぞ」

「あっ、待ちなさいよっ!」

 

 全員揃ったことだし、ここに用はない。

 俺達は洞窟の中を戻っていった。とんだ探検になったな。

 

 

☆★☆

 

 

 その夜、女子の部屋で話をすることになった。今度は怖い話じゃないみたいで安心した。

 因みに男子はもう寝ちゃったみたい。

 

「ふっふっふ、ここはやっぱり恋話でしょ~」

「こ、恋話……」

 

 こなちゃんの提案に、私たちは唾を呑む。

 ……ちょっと、気になるかも。

 

「まずかがみから! 最近何かあった?」

「なっ! ?べっ、別にやなぎとなんて何もないわよ!」

「ほぅ~、「やなぎ君と」何かあったんだ~♪」

 

 こなちゃんの指摘に、お姉ちゃんは顔を真っ赤にしていた。やなぎ君のことが好きなのかな?

 

「み、みゆき! 今日どうだったの!? みちると2人きりだったんでしょ!?」

「えぇ……ですが、あまり進展しませんでした……」

 

 話を振ったお姉ちゃんと対照的に、暗くなるゆきちゃん。

 ゆきちゃんは、昔からみちる君が好きなんだよね。

 

「つかささんは何かありましたか?」

「わっ、私~!?」

 

 ゆきちゃんは、次に私にバトンを渡す。恋話なんて、話すことないよ~。

 その時、ふと思い浮かんだはやと君の顔。

 彼の笑顔、照れた顔、怒った顔、悲しそうな顔、間近で見た寝顔。これが、「好き」って感情なのかな……?

 そして、私は見逃さなかった。こなちゃんがいつもと違う顔をして、少し頬を染めていたのを。小さく、「あき君」と呟いたのを。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話「思い出に変わる」

 今日で旅行も終わりだ。そう思うとあっという間で、もう少しここにいたくなる。

 だからかは知らないが、珍しく朝早くに起きた。

 他はまだ寝ている。俺は起こさないように外に出た。

 外は日が昇り切る前で、まだうっすらと暗い。静かな空間で、波の音だけが聞こえる。不思議な気分だ。

 

「あ、はやと君」

 

 呼ばれて振り向くと、俺よりもっと珍しい奴が出て来た。

 

「こなた。珍しいな」

「はやと君に言われたくないよ」

 

 隣に並ぶこなたは苦笑しながらそう言った。

 ま、それもそうか。

 

「この景色も見納めだ」

「そだね。でも、また来年連れて来てもらおうよ」

「……だな」

 

 夏とは思えないくらいの涼しさ。浜も昼とは違い冷たい。

 

「俺さ、実はこういった旅行初めてなんだ」

「え?」

「海にはガキの頃に行ったことがあるけど、皆で何処かに泊まりに行くなんて、学校行事以外なくてさ」

 

 海岸を見つめる俺を、こなたは不思議そうに見た。

 正直、来るまでは旅行の楽しみなんて知らなかった。

 

「まあ、私もなんだけどね」

「初めてじゃないだろ?」

「まーね」

 

 こなたは母親を亡くしている。父親と2人暮らしじゃ難しいだろうな。

 

「でも親戚の家とかなら行くよ」

「俺は親戚の家に泊まったこともない」

 

 これは嘘だ。ガキの頃、泊まりに行ったはず。ただ、記憶にないだけだった。

 

「親戚とも何年も会ってない」

「……寂しいんだね」

「慣れたさ」

 

 その辺に落ちていた石を投げる。石は水面を5回程跳ねて落ちた。

 

「それで、つかさと進展はあった?」

「そんなんじゃねぇよ」

 

 何もなかった、と言えばそれも嘘だろう。

 泳ぎ方を教えてやった。一緒に洞窟探険もした。変なハプニングもあった。

 けど、確信がある訳じゃないが、つかさに対する感情は恋愛じゃないと思う。

 

「アイツは……妹みたいなもんだ」

「いるの?」

「いやいないけど、大体そんな感じだ」

 

 放って置けないとか、な。アイツにとっても、俺は保護者みたいなもんだろ。

 

「……つかさ、可哀想」

「何か言ったか?」

「んや、何も」

 

 こなたの視線が若干冷たくなったような気がした。

 

「お前こそ、あきと何かあったのか?」

「…………」

 

 俺が質問を返すと突然、こなたは黙った。

 こなたとあきは波長の合う仲で、よく一緒につるんでいる。

 

「攻略、する側かされる側か……」

 

 何だ? 何ブツブツ言ってんだ?

 確信があった訳じゃないが、俺は感じたことを正直に言ってみる。

 

「あきのこと、好きなのか?」

「……うん」

 

 顔を少し赤くし、コクリと頷くこなた。

 なんだ、女らしいところあるじゃないか。

 

「やっぱリアルとゲームは違うね」

「当たり前だ。ま、上手く行くといいな」

 

 そう言って、俺はこなたの頭を撫でた。人の恋路を笑う程、俺は無神経じゃない。

 暫く暁の海を眺めて、俺とこなたは部屋に戻った。

 しかし、まだ皆寝ていたので、俺は二度寝した。

 

 

 

「……ろ……きろ……」

 

 ……んぁ? 誰かの声に俺は目を覚ます。

 

「起きろ、はやと」

 

 ああ、やなぎか。何だ、やっと起きたのか。

 

「よっと」

 

 周りを見ると、俺とやなぎ以外誰もいない。布団まで畳んである。

 

「他の奴等は?」

「下で飯食ってる。それよりお前、二度寝したのか?」

 

 服装がパジャマじゃなく、普段着なことに気付いたやなぎ。

 俺も随分寝てたみたいだな。

 

「まあな。それより飯だ」

 

 布団を畳み、俺とやなぎは飯を食いに行った。

 

「おはよう、はやと」

 

 下に降りると、まずみちるが挨拶した。

 はぁ、この豪華な朝食もこれで最後か……。

 周囲をよく見ると、こなたがいない。

 

「こなたは?」

「まだ寝てるわ」

 

 アイツも二度寝か。

 

「ふぁ~、おはよ~……」

 

 丁度良いタイミングで話の種が現れた。うわ、髪ボサボサだな。

 

「まず顔洗って来いよ」

「うん、あきく……!?」

 

 あきが声を掛けると、こなたは顔を真っ赤にして洗面所にダッシュした。

 

「……何だ? 俺の顔に何か付いてるか?」

「まぁ……あれだ、気にすんな」

 

 よくは分からんが、恋する女は気にすることなんだろう。

 

 

 

 最後に、つかさの泳ぎを見ることにした。この海ともお別れだな。

 俺が教えたんだ、それなりに泳げるようになってもらわないと。

 結果、つかさは約25mをバタ足で泳いだ。しっかり息継ぎも出来てるな。

 

「はやとく~ん、泳げたよ~!」

 

 泳ぎ切って、こっちに手を振るつかさに、俺は小さく手を振り返してやった。

 

「ありがとう」

 

 海から上がったつかさは、俺にそう言った。

 

「来年はクロールと平泳ぎ教えてやるよ」

「うん」

「みっちりしごいてやるからな」

「う……うん」

 

 あ、顔引きつったな。堪らず俺は吹き出してしまう。

 

「……ふふっ」

 

 釣られて、つかさも笑い出した。

 

「この海ともお別れだな」

「うん」

 

 波の音が大きく聞こえる。やなぎ達はまだ遊んでるんだろうな。

 

「これで、暫くはつかさの水着も見れなくなるのか」

「はぇっ!?」

「なーんて、あきなら言いそうだが」

「う、うん……そうだね……」

 

 セクハラみたいなセリフに、つかさは顔を真っ赤にする。よく表情の変わる奴だ。

 さて、そろそろからかうのもやめてやるか。

 俺は浜に横たわった。日の光が眩しいが、空は雲1つない。

 

「もし翼があったら、この海の向こうまで飛べるんだろうな」

「あっちには何があるのかな?」

「……オーストラリアか? いや、アメリカかもな」

 

 地理に詳しくないが、イメージを膨らませる。海の上を飛んで行くと、アメリカの広大な土地……。

 

「ダメだ。俺、アメリカ行ったことなかった」

 

 イメージを断念した。隣でつかさはまた笑っている。

 

「あはは、私もないよ~」

「じゃ、いつか連れて行ってやるよ」

「……うん、楽しみにしてる」

 

 また静寂が場を包みこむ。

 

「俺さ……こういうの、初めてだったんだ」

「え?」

「こうやって皆で旅行して、遊んで、女の子に泳ぎを教える」

 

 こなたにも話したことだが、つかさにも話したくなった。

 こうした経験を、まさか自分がするなんて思わなかったからだ。

 

「修学旅行を除けば、初めてだ」

「私も、男の子に泳ぎを教えてもらうの、初めてだったよ」

 

 俺の話に合わせて、つかさが頬を染めて言った。

 

「それで……楽しかった?」

「とても、な」

 

 去年の夏休みは家でダラけて、バイトして、時々海崎さんの相手をする。

 「楽しい」なんて感情、随分昔に置いて来たような感じだった。

 

「私も、はやと君や皆と一緒で楽しかったよ!」

 

 柔らかい笑顔を見せるつかさ。

 目を合わせるのがちょっと恥ずかしくて、視線を空に移す。

 

「今年の夏は、色々あったな」

 

 ついでに今年の夏休みも振り返る。

 夏祭りに行ったり、風邪を引いて看病してもらったり、こうして旅行にも行った。

 ……ん? 思えば、つかさと一緒だった時が多いな。

 

「今年は、つかさが一緒だったから楽しかったのかもな」

「……はぇっ!?」

「なーんてな」

 

 でも、ひょっとしたら間違いじゃないかもしれない。

 

「もうっ!」

「ははっ、悪かったよ」

 

 こんな些細なやり取りも、やがて思い出に変わるんだな。

 

「そろそろ戻るか」

「うんっ」

 

 ほんわかした空気のまま、俺達は皆の元へ戻っていった。

 

 

 

 数日後、自宅にて写真が数枚入った封筒が送られてきた。送り主はやなぎだ。

 

「写真……か」

 

 俺が持ってる写真なんて、精々生徒手帳の顔写真程度しかなかった。

 けど、写真に写っていたのは、今までとは違う自分。旅行を仲間と楽しむ自分の姿。

 

「アルバム、買うか」

 

 俺は財布を持ち、雑貨店に向かった。思い出の証を保存する為に。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話「飛べない翼」

 今日も1日暑いな。

 ……俺はこれで終わりたいんだが、そうもいかない。

 何故なら、冷蔵庫の中身が空になったからだ。

 以前買い溜めしたのは……夏風邪を引いた時か。あれから2週間。個人的には結構持った方だとは思う。

 

「はぁ……」

 

 壁に手を付いて溜息を吐く。2週間持ったところで、結局今は空っぽだ。

 何度冷蔵庫の戸を開けても、ないものはない。ここで取るべき行動は1つ。

 

「えっと、今日は何が安かったっけ?」

 

 俺は近所のスーパーのチラシを眺め、買っておいた方がよさそうなものに丸をつける。情報を制する者が、買い物を制するのだ。

 粗方チェックし終わると、チラシを折りたたんでポケットに突っ込む。そして、風呂場で頭に水をぶっ掛けた。

 これから炎天下の中を歩くのだ。初期体温ぐらい下げておきたい。

 

「よし」

 

 顔を拭き、ついでに眠気も覚めたところでいざ出発だ。

 俺は勢い良くドアを開け、日光が惜しみなく降り注ぐ外へと足を踏み出し……部屋へ引き返した。

 

「無理だな」

 

 ただでさえ夏場は水道代がバカにならないというのに、ここで無理な運動をして水分補給に資金を裂くのはおかしい気がする。

 はぁ……もし翼があったら、涼しい風に乗って買い物に行けるというのに。

 

「なぁ、お前どう思うよ」

 

 俺は冷蔵庫の戸を開け、中身のない箱に声を掛ける。

 冷蔵庫はこう言った。いいからさっさと中に詰めるモン買って来い、と。

 

「もし、翼があったらなぁ……」

 

 いつもの口癖を呟きつつ、観念した俺は重い足取りで外へと進んだ。

 おっと、携帯を忘れるところだった。また繋がらない、とつかさ達に文句を言われてしまう。

 

 

 

 スーパーに向かう途中、ふと近所の公園に目をやる。

 そこでは、1人の小学生男児が泣きべそを掻いていた。

 よく見ると、体は砂で汚れている。すぐ傍に鉄棒があるところを推測すると、逆上がりの練習で上手く行かず、落ちて泣いているといった感じだろう。

 

 ただでさえ暑いんだ。自分のことは自分で解決してくれ。

 

 泣いている小学生をスルーし、俺は引き続きスーパーへ向かった。

 

 

 

 チェックをつけたものを無事に買うことが出来、俺は帰路に着く。

 冷房の効いた店内を出るのはいつもながら、惜しいものがある。用もないのに屯してたら、店員に迷惑だろうがな。

 

 

リーーーン。

 

 

 重いレジ袋を持ち歩いていると、何か鈴の音のような甲高い音が聞こえた。

 周囲を見回すと、近くの路地の方に人影が見えた。人影は俺を手招きし、奥の方へと消えていく。

 俺はその人影を追ってみた。あれが何なのか、何故追うのか、一切分からない。単に気になった。それだけだ。

 

 路地を抜けて出た所には、白い帽子にワンピースを着た……こなた?

 いや、背格好は似ているが、雰囲気が違う。普段活発なこなたに比べると、ソイツは大人しそうで何処か儚い印象を持っている。

 一体誰なんだ?

 

「…………」

 

 帽子の所為で口元しか見えない女はニコリと笑うと、俺から見て右の方を差した。

 その指先には、ある少年がいた。空色の髪の、小学生ぐらいの少年。

 

「あれは……」

 

 気が付くと、女の姿はもういない。

 誰だったんだ? あれは。

 

 そんなことより、少年は一心不乱にこっちへ駆けて来る。そして、俺に気付かずに通り過ぎていった。

 何故だか俺は、今度はその少年を追って行った。

 

 真夏の昼間から追いかけっこなんて、普段の俺なら死んでもゴメンだ。今の俺はそんなことすら気にならず、見覚えのある少年の後を追う。

 

 最後に辿り着いた先は、俺の予想通りの場所だった。

 市民病院だ。

 少年は病院の中に入っていく。けど、今の俺には……ここに入る勇気はない。

 

 引き返そうとすると、俺の背後にはさっきの女がいた。

 今度は顔がちゃんと見える。顔までこなたにそっくりだが、やはり別人だ。

 

「アンタだろ? あんな悪趣味なもの見せたのは」

 

 悪趣味なもの、とはあの少年のことだ。

 俺の問いかけに、女は喋らず縦に頷く。随分意地の悪いことで。

 

「何者だ? アンタ」

「――?」

「なっ!」

 

 女は声を発しなかったが、俺には何て言っているのか分かった。

 問題は、何故見ず知らずの女が「それ」を知っているかだ。

 

「――?」

「……ああ、そうだ。俺は、奇跡なんてものを信じない。アンタに会ったのも必然なんだろう」

 

 俺が答えると、女の表情が変わった。悲しそうな眼で俺を見る。同情でもしてるつもりか?

 

「俺はここで思い知ったんだ! ついでに……翼を失くした」

 

 俺は思い出した。最近の楽しい日常の所為で、ぼやけてしまっていたことを。

 

「それより、姿を現すなら俺以外に相応しい奴がいるだろ」

 

 女の正体を予想した上で告げると、女は今度は首を横に振る。

 

「今はその時じゃない? じゃあ何時だよ」

「――」

 

 再び口パクをする女。

 

「もうすぐ……しかも、俺に来る? お断わりだ」

 

 冗談じゃない。今日みたいな不思議体験、もう嫌だね。

 すると、女は今度は、はっきりと言葉を発した。

 

「あなたが翼を得るのはまだまだ先だけど、大きな選択はすぐそこまで迫っています」

「大きな選択?」

「あなたにとって、それは苦痛な出来事だと思います。けど、周りにいる人を信じて。そうすれば、きっと乗り越えられるから」

 

 女の声が遠ざかり、強い風が吹く。女の背中には綺麗な白い翼が生えていて、撒き散らされる羽根が俺の視界を阻む。

 

「なぁ、アンタもしかして、こなたの……!」

 

 俺の言いたいことを掻き消して、女は風と共に姿を消してしまった。

 何だってんだ、一体……。兎に角、俺も帰ることにした。

 

 

 

 帰り道、またあの公園に立ち寄る。

 泣きべそを掻いていた少年は、また鉄棒に立ち向かっていた。

 汚れが更に酷くなっている当たり、あれからまた練習したんだろう。泣いてはまた立ち上がる。強い奴じゃないか。

 

「わっ!?」

 

 少年は逆上がりをしようと頑張るが、上手く行かずに尻餅を付いてしまう。

 何度やっても失敗する。少年はまたもや泣き出しそうになった。

 

 

「よぅ、坊主」

 

 

 少年の頭上から呼びかける声、そして差し出される半分に折られたチューペット。もう半分は俺が食っていた。

 

 日陰がかかっているベンチで、俺は坊主の愚痴を聞いてやった。

 夏休み明けに逆上がりのテストがある。これをクリア出来なければ恥を掻き、好きな子にも笑われるだろう。何度練習しても、怖くて上手く行かない。チューペット美味い。

 

「ふーん」

 

 俺は軽く話を聞き流しながら、チューペットを吸っていた。これ作った奴はマジで偉大だな。

 

「もし翼があったら、か」 

「え?」

 

 俺は空になったチューペットの包みを袋に入れる。

 

「いいか、こんな小さな小鳥にも翼がある。その気になれば空を飛ぶことも出来る、立派な翼が」

 

 俺の言うことに、坊主は首を傾げる。

 

「けど、その小鳥は飛べない。本当の意味で翼を持ってないからだ。いいか、翼ってのは「強さ」と「勇気」だ。羽撃く強さと、空へ向かう勇気。これがなかったら、いつまで経っても空を飛ぶことなんて出来ない」

 

 今、空を飛んでいる鳥だって、雛の時には翼なんてなかった。成長していく上で手に入れたんだ。

 

「お前にも、その背中には翼がある。逆上がりをする為の翼がな」

 

 俺はポカーンとしている坊主の背中をポン、と叩いた。

 

「お前に鉄棒を回れる強さがあるか。逆上がりをする為の勇気があるか。たったそれだけだ」

 

 それだけ言って、俺はその場を後にした。

 

 誰も、逆上がりの練習に付き合うだなんて言った覚えはない。

 ただ、飛べない翼を飛ばしたくなっただけだ。

 

 

「はやと君」

 

 

 公園の入り口のところで、名前を呼ばれる。

 そこには何時の間にか、つかさが立っていた。自転車の籠の中身を見る限り、俺と同じく買い物帰りの途中、たまたま寄ったんだろう。

 

「何だよ」

「ううん」

 

 何だか嬉しそうな笑顔で、俺を見続けるつかさ。何か言いたそうだな、オイ。

 

「ただ、どうしてはやと君は翼を欲しがるの、って」

 

 つかさはジッと俺を見つめながら唐突に質問をしてくる。これは、俺の口癖に対する質問だな。

 今聞いてくるってことは、俺と坊主のやりとりを見ていたのか。くっそ、恥ずかしいな。

 

「自由だから、だ」

「自由?」

「ああ。俺は自由でありたい。だから翼があったらなぁ……」

 

 強さと勇気。両方持っていれば、人は自由でいられる。それが俺の持論だ。

 

「それって……今は自由じゃないってこと?」

「っ!」

 

 俺の出した答えに、つかさは更に質問を投げ掛ける。

 今のは核心を突かれた……気がした。

 

「……さぁな」

 

 俺にも、よく分からないんだ。今の自分が本当に自由かどうか。俺には強さも勇気もないしな。

 だから、適当にはぐらかした。

 

「私、細かいこととかよく分からないけど、困った時は言ってね。はやと君の力になりたいから」

 

 つかさは心配そうな表情で俺にそう言った。まったく、つかさはお人好しだな。

 

「……ありがとな」

 

 俺はつかさの頭を撫でてやった。余計な心配を解すように。

 さて、と。今度は俺がつかさに質問をする番だ。

 

「そういやお前2回目に会った時、俺に「何時か、飛べるといいね」って言ったよな」

「えっと……うん」

 

 あまり覚えてなさそうにつかさは頷く。ま、俺もうろ覚えだけどな。

 

「何でそう言ったんだ?」

 

 俺の口癖は大抵の奴が流すか、笑うかだった。現実逃避みたいなもんだしな。

 けど、それに対して肯定的に返した奴は、つかさが初めてだった。俺の中で、それが気がかりだったんだ。

 

「はやと君なら、何時か飛べる気がしたから、かな」

 

 バカにするでもなく、純粋にそう思ってくれたのか。

 多分、つかさはこの言葉の本意を分かってないだろう。それでも、嬉しくなる。

 

「もし翼があったら、お前を連れて飛んでやるよ」

「うんっ!」

 

 俺達は談笑を交えながら、帰路に着いた。外は相変わらず暑いが、つかさと話していると気にならなくなった。

 最後に公園を見ると、坊主が逆上がりを成功させていた。やれば出来るじゃないか。

 




どうも、雲色の銀です。

第11話、ご覧頂きありがとうございます。

この話は、サイト掲載版にはなかったオリジナルストーリーです。といっても、元はサイトの短編をベースに書き上げたものですがね。

ここではやとの台詞「もし翼があったら……」の意味と、はやとの過去について少し触れています。ここで出て来たこなた似の女性が誰なのかは、原作を読んでいる方ならきっと分かるはずです。

次回からは桜藤祭編に突入します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話「まずは話し合い」

 今、思った。桜藤祭、つまり学園祭とは何だろうか。

 「祭」と入ってるのだから学園全体でワイワイハシャぐものだろうか。

 だとすれば、人混みが嫌いな俺にとっては面白いものではないだろう。

 

「ってな訳で、俺はお役立ち度0なので屋上」

「ちょっと待てや!」

 

 正論を言ったはずが、何故かあきに止められた。何だよ、文句あんのか。

 

「確かにお前は役に立たない」

 

 そこ、はっきり言ってんじゃねぇよ。お前に言われるとムカつくから。

 

「だがお前は勘違いしている。学園祭、それは結束なのだ!」

 

 あきがいいことを言った為、クラス内がざわめく。

 結束、ねぇ……。

 

「クラスの誰かが欠ければ、それは完成しない! 例え、お前であっても!」

「ほぅ」

「参加することに意義があるという奴がいるが、それだけじゃない! 皆で団結して1つのことを全力でやることこそ意義があるんだ!」

 

 力説するあきに、周囲から拍手が湧き上がる。なるほど、熱血漢が言いそうな台詞だ。イイハナシダナー。

 

 

「そこまで言うんなら、お前がクラス委員になってくれるんだな」

「だが断る!」

 

 

 オイ、ふざけんなテメー。

 

「結束なんだろ? お互いが出来ないことをやろうぜ?」

「お前はやらないだけだろうが!」

 

 当たり前だ。面倒臭いことはやらないに限る。

 

「お前だって一緒だろ?」

「人間って譲り合いが大事だと思うんだ」

「話変わってるぞ。それに俺が既にお前に譲っている」

「そして俺はお前に盥回しに」

「すんなバカ」

 

 俺達の頭の悪そうな会話は一方通行のままだった。

 やれやれ、これじゃあ埒が明かない。

 

 現在、俺達のクラスでは陵桜学園(りょうおうがくえん)の学園祭、桜藤祭(おうとうさい)についての話し合いの真っ最中だった。

 まずは、クラス委員を男女2人ずつ出すというのだが……。

 

「あき、お前が適任だ」

「決まる瞬間まで寝てた奴が何言ってんだ!」

 

 そう、こんな面倒な役をやりたがる奴などいない。

 

 そこで、黒井先生が寝ていた俺に目を着け、勝手に決定しようとした。

 だが、直前で目覚めた俺は勿論拒否。生贄として、代わりにあきを勧めた結果、今のような状況に。

 

「あぁ、ところで女子は誰がやるんだ? 相手次第じゃ、お前の役得じゃないか?」

「む……」

 

 俺達で押し付け合っても仕方ない。女子から先に決めることを提案する。

 普段からイベントがどうのこうの言ってる奴だ。このチャンスを逃すはずはない。

 

「むにゃむにゃ……」

 

 ……ん?

 静まり返った教室に、明らかに俺のではない寝息が聞こえた。

 

「先生、つかさが寝てます」

「じゃ、女子の方は柊に決定な~」

「ふぁぁ……ふぇ?」

 

 オイオイオイ!? 何でアイツまで寝てるんだよ!?

 普段俺に寝るなって言ってんだろ!

 目覚めた本人は、何が起こっているのか分からず呑気に欠伸をかいている。

 

「つかさかぁ……ここは保護者のはやとが適任じゃないか?」

 

 勝手に保護者にするな。

 だが、コイツ等の組み合わせじゃ不安なのも確か。けど、面倒だ……。

 

「ここで委員になれば、クラスの出し物はサボれるぞ?」

「どっちにしろ仕事すんじゃねぇか」

「当日にゃ、仕事はほぼなしだって聞いたぜ? 実行委員じゃないから普段の仕事も少ないし、この後の会議も楽だ」

 

 む……そう考えると一種の回避策であると考えられるな。

 

「……仕方ない、俺の負けだ」

 

 こうして、黒板に俺とつかさの名前が書かれた。

 ふぅ、これでこの後の会議に参加しなくてもいいんだな?

 

「ほな、クラス委員2名。司会進行よろしゅうな」

 

 何……だと……?

 司会進行なんて聞いていない。俺は慌ててあきの顔を睨んだ。

 

「計 画 通 り」

 

 よし、アイツ後で殺す。

 渋々、俺は未だに状況が把握出来ていない寝呆け娘を連れて黒板の前に立つ。

 

「で、出し物は何がいいんだ?」

 

 決めるべき事項はクラス委員だけではない。クラスでやる、出し物も決めなくてはならない。

 ……が、クラス内からは意見の挙手が挙がらなかった。アレか、静寂という名の暴力って奴か。

 

「ハイ!」

 

 しかし、この気まずい状況の中でで手を挙げる猛者が1人。

 さっき席に戻ったばかりの、学級委員のみゆきだ。

 

「流石みゆきだ。何がしたい?」

 

 きっと楽しい出し物を用意してくれるんだろうな。

 

 

「桐箪笥の歴史と作り方なんてどうでしょう?」

 

 

 一瞬、教室内の時が止まった。

 き、桐箪笥……? ネタか何かなのか?

 

「?」

 

 いや、ガチだ。

 あの無垢な笑顔は、間違いなく桐箪笥でウケると思ってやがる!

 

「は、はは……」

 

 俺は苦笑いしながら黒板に項目を書く。

 一文字一文字を書く程、周囲に緊張が走る。

 そして、俺はトドメの一言を放った。

 

「他に案がないなら、これになるけど?」

 

 今、教室内の空気が変わる……!

 

 

 

「じゃ、多数決の結果演劇で決定な」

 

 黒板には、演劇と桐箪笥の歴史と作り方の2つしか書かれておらず、圧倒的多数によって演劇に決定した。

 

「残念です……」

 

 自分の案が却下され、落ち込み気味のみゆき。

 

 いや、アンタはよく頑張ったよ。

 やる気に欠けていたこのクラスを、案1つで纏めたんだからな。

 

「んで、演目は?」

 

 演劇といえばまず演目だろ。ただ演劇やりますってだけじゃ通じない。

 ま、俺は何もしないがな!

 

「じゃあナウ○カ!」

「消失だろ!」

「ディ○ニーの何か!」

「おいやめろ、消されるぞ」

 

 様々な案が上がるが、イマイチ纏まりがない。

 やはりここで意見が割れるか……。こりゃ、多数決取っても無駄だな。幅があり過ぎる。

 

「つかさ、何かいい案あるか?」

 

 ここまで、横に突っ立ってるだけのつかさに話を振ってみた。

 

「えーと……昔話は? 桃太郎とか?」

 

 しかし、効果はないようだ。お前、それみゆきレベルじゃねぇか。

 

 仕方ない、最終手段だ。俺は深呼吸をする。

 

「注目しろオラァ!!」

 

 黒板をぶっ叩き、ガヤガヤと騒ぐ連中を黙らせる。

 騒音は騒音で制す。この手に限るな。

 

「今から紙配るから、やりたい演目を1つだけ書け。回収後、箱に入れて混ぜて、つかさが1枚引くからそれに決定な。異論は認めない」

 

 俺は唯一公平な決定方法を皆に告げる。要するに抽選である。

 つかさにくじを引かせる理由は、一番不正をしそうにないからだ。

 

「え? えっ!?」

 

 やっと事情が飲み込めたつかさは戸惑っている。ま、注目を浴びる役だしな。

 

「肩の力を抜け。別にお前に責任がある訳じゃないが、少しぐらい働け」

「あ、う、うん……」

 

 緊張を解く為、一応耳打ちしておく。すると、つかさは何故か顔を赤くして頷いた。

 緊張すんなってのに、困った奴だ。

 

 

 紙を回収し終わり、箱にブチ込んで振った後にお待ちかねの抽選タイムだ。

 俺はつかさに箱を差し出す。

 

「つかさ」

「えっと、ひ、引きます!」

 

 つかさは顔を赤くしながら箱の中に勢いよく手を突っ込んだ。

 注目を集めているからか、余計に緊張しているような……まぁ、いつもは目立たない立ち位置だからな。

 

「……これ!」

 

 つかさは腕をゴソゴソと動かし、箱の中から1枚の紙を引いた。

 うん、不正はなかった。

 

「へぇ、これは……」

 

 紙に記入してある題名を、黒板に書き写していく。

 ま、大抵の人間は内容を知らないだろうな。俺はガキの頃に見たことあるから知ってるけど。

 ってかこれ書いた奴、表出ろ。絶対ネタだろ。

 

「あれ? 俺がネタで書いた奴じゃん」

 

 声の主は前の席に座った奴だった。どうやらコイツが元凶のようだ。

 

「お前、主役決定」

「ちょ!?」

 

 ネタで書いた奴の運命だ、諦めろ。早速、黒板にそいつの名前を主役として書き込む。

 

「異議は?」

「なし!」

「MA☆TTE!」

 

 約1名、反論が聞こえたが無視無視。

 

 その後もトントン拍子に役が決まっていった。

 ヒロイン、悲劇の青年、敵のボス、英語話すトンファー使い……。

 

「実際の映画は視聴覚室を借り次第見る! それからサボった奴は桐箪笥に詰めるので覚悟しておくように!」

 

 これにて本日の話し合いは終了した。ふぅ、まとめ役って奴はどうも疲れる。

 

 

 

 昼休みになり、いつものメンバーで談笑する。

 ここで、俺はある復讐を実行した。

 

「あき」

「ん?」

「このキムチお前にやるよ」

「おっ、マジか! サンキュー!」

 

 小さなタッパーに詰めたキムチを頬張るあき。

 実はそれ、賞味期限が3ヶ月以上前なんだよな。さっきの恨みはこれでチャラにしてやるぜ、ケケケ。

 

「そういえば、やなぎんとかがみんの所は何するの?」

 

 こなたが話を振る。ま、劇だろうな。

 

「私等はただの喫茶店よ」

 

 何……だと……? 

 つかさならまだしも、かがみが喫茶店? 食い意地の固まりが接客なんて出来んのか?

 

「えー、メイド喫茶じゃないのー?」

「アンタじゃないんだから」

 

 そういやこなたはメイド喫茶でバイトしてたっけな。って、メイドの滑降してたっけ?

 しかし、喫茶店とはまた無難な出し物だな。

 

「ちょっとしたゲームもあるしな」

「どんなの?」

 

 やなぎがニヤリと笑いながら言う。

 

「チェス大会だ。俺に勝てれば食事がタダになる」

「それは楽しそうですね」

「僕も参加してみようかな」

 

 勝ち目のない戦いを挑め、と。

 ってか、どう見てもやなぎがやりたいだけですね。本当にありがとうございました。

 やなぎのチェス時に見せる本性を知らない、みちるとみゆきは楽しそうに話す。

 

「お前等もどうだ?」

「「「お断わりします」」」

 

 俺とあきとこなたは口を揃えて断った。

 こんなん、鮫がウヨウヨいる海に飛び込めって言ってるようなもんだろ。

 

「そういうアンタ等は何よ?」

「劇だ」

 

 俺が素直に明かすと、かがみもやなぎも特に驚かなかった。演劇というのは学園祭の出し物として定番だからな。

 

「実は私達がクラス委員になっちゃって……」

 

 つかさ、余計なことは言わなくていい。

 

「どうせ寝ている間に押し付けられたんだろ」

 

 ギクッ! よ、よく分かったな。

 

「はぁ、図星みたいね」

「俺は違う! ギリで起きた!」

「そもそも授業中に寝るな!」

 

 俺達の痴態に、優等生2人は呆れ顔だった。

 自分と関係ない会議は眠くなるだろうが。これ、世界の心理だぞ?

 

「いやぁ、私も危なかったよ~」

 

 そういやこなたもウトウトしてたよな。つかさを盾にしたけど。

 

「で、演目は……」

 

キーンコーン

 

 演目を言おうとしたところで、丁度良くチャイムが鳴った。ま、コイツ等も演目の内容は知らなそうだし、当日までのお楽しみでいいか。

 

「じゃ、詳しい話はまた後で」

 

 そういって、かがみとやなぎは自分のクラスに帰っていった。

 

「う……は、腹が……」

 

 突如、あきが腹を押さえて呻き出す。

 さぁ、地獄を楽しみな。

 

 さーて、俺は屋上で寝るか。

 

「あ、はやと君ダメだよ~!」

「チッ」

 

 屋上に逃げ出すところをつかさに見つかり、渋々俺は席に着いた。

 結局、この日あきはトイレから帰ることはなかった。

 




どうも、雲色の銀です。

第12話、御覧頂きありがとうございます。

今回から桜藤祭編です。今回は演目と役決めで終わりました。

しかし、何をやるのかは秘密です(笑)。
分かる人なら、役を見ただけで何やるか分かると思います。

次回は練習風景です。ついでに、これから演劇に参加しない主人公の出番が大幅に減ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話「練習しましょう」

 昼休み。我がクラスでは、演劇の練習の真っ最中だった。

「ふぁぁぁ……」

「大きな欠伸だね~」

 隣に座るこなたからツッコミを受ける。

 周囲を見ると、眠そうな奴が他にも何人かいる。劇の練習が始まってから、役者は朝早く登校する羽目になったからだ。

 俺、天城あきも役者の1人だ。朝が早くなって、起きるのに辛い日々が始まった。

 だからといって、徹夜でネトゲやギャルゲに勤しむ生活をやめる気はないがな!

「いやぁ、眠くてな」

「はやと君みたく屋上で寝てくれば?」

 先日、見事にクラス委員に当選したはやと君は、今はやることがなくなったので絶賛昼寝中だ。

「あれ? はやと君は~?」

 相方のつかさは、小道具等の内職をしているというのに……。

 漸く相方がいなくなったことに気付いたつかさは、はやとを探しに行ってしまった。

「フッ、俺のようなイケメン男優がいなくなったら、皆困るだろ?」

 前髪を掻き上げ、格好良く決める。真のイケメンは、主役じゃなくサブで輝くモンなのさ。

「キャー!!」

 フッ、黄色い声援が聞こえるぜ。このクラスの女子もやっと俺の魅力に気付いたようだな。

「みちる君、今のもう1回やって!」

「え? う、うん……俺の演技に、酔いしれな」

「キャー! 格好良いー!」

 黄色い声援は我らが王子、みちるのものでした。うん、分かってたよ。

 お金持ちでイケメンの完璧超人、みちるは演技も上手く、すぐにクラス内でファンを作っていた。何気にファンの中にみゆきさんが入ってるし。

「……黙ってればあき君だって」

「ん?」

 今、こなたが何か呟いたような気がしたが、声援に掻き消されて聞こえなかった。

「私も眠くてさ~」

 そう言って、こなたは大きく欠伸をした。実はこなたも役者の1人で、俺との共演シーンが多い。

 何だ、人のこと言えねーじゃん!

「てっきり俺の格好良さに見惚れてたのかと」

「吐きそうだからトイレ行っていい?」

「酷っ!?」

 口を押えるジェスチャーをしながら、ぷくくと笑うこなた。

 こんな軽いやり取りが出来る女子も、コイツだけだぜ。

☆★☆

 見事に教室を抜け出せた俺は、空を見上げながら大の字に寝転んでいた。

 あー、こんなにゆったりした感じは久々だ。

 去年までは文化祭なんて関わらず、こうやって屋上で空を眺めていたってのに。

 つかさと会ってから俺の日常変わったなぁ、とつくづく思う。

「ま、悪い気はしてないが」

 確かに、日常の変化で楽しくもなった。けど、仕事をサボるのとはまた話が別だ。

 つー訳で、お休みー。

「はやと君!」

「どわぁっ!?」

 これから寝ようとした時に屋上のドアが勢い良く開き、聞き慣れた声で呼ばれて飛び起きる。

「やっぱりいたよ~!」

「チッ、もう気付いたか」

 つかさは頬を膨らませてこっちに来た。

 細々とした作業に夢中になって気付かないと思ってたが、まさかこんなに早いとは。

「戻って小道具作らなきゃダメだよ~!」

「自分不器用ですから」

「不器用な人はあんなにダーツ上手くないよ~!」

 つかさの説得を軽く流すが、通じない。

 大体、何でクラス委員が小道具手伝わなきゃいけないんだか。

「いいかつかさ、ダーツが上手い人はこうやって屋上で昼寝をしないといけないんだ」

「どうして?」

「それは……太陽光をエネルギーにしているからだ!」

 俺はつかさを説得する為、バッと腕を太陽に突き出す。

 勿論、嘘だ。

「そ、そうだったの!?」

「ああ。ダーツだけじゃねぇ! 野球選手や、パン工場の女の投球コントロールにも、太陽エネルギーは使われているんだ!」

 物を投げるには太陽エネルギーが必要だ。と、つかさは本気で信じていた。

 当然のごとく嘘です。

「知らなかったよ~」

 適当な嘘にここまで騙される奴もそういないな。

 さて、トドメだ。

「ほら、よく言うだろ……寝る子は育つって」

「!」

 まるで、名探偵が謎を全て解いたかのような表情を浮かべるつかさ。

 念の為に言っておくが、ここまでの話全てが出鱈目だ。

「だから寝かせ」

「あれ? でも私、そんなに育ってないよ?」

 ……しまったぁ!? 大きな矛盾点が目の前にいた!?

 そうですね、つかささんもよく寝てらっしゃるもんね。しかも、色々自覚してるし。

「はやと君……?」

 視線が痛い。

 さっきまで、適当な嘘を純粋な心で信じていたはずの、少女の刺すような視線が痛い。

「すみませんでした。白風はやと、全力を持って内職に就かせて頂きます」

 こうして、俺は近年稀に見る綺麗な土下座で謝り、教室へ連行されていったのだった。

☆★☆

 練習開始から2週間。

 はやとが浮かない顔で小道具を作っていることを含め、劇の準備は順調に進んでいた。

 ……役者以外は。

「ん~っ!」

 俺は自室の椅子に座ったまま背を伸ばした。

 ここ数日、台本と睨めっこだ。そろそろネトゲが恋しくなるぜ。

「長い台詞は何とかなるんだが……」

 役者の仕事は台詞を覚えるだけじゃない。

 シーンに合った動作や、表情を作らなければならない。

「死に顔かぁ……」

 俺の役は怪物に食われて死ぬ。悲劇的なシーンだ。

 しかし、問題はそこだけじゃない。

「ある女を好いてて、素直になれず捻くれた態度を取るって……」

 ツンデレ萌えの、俺自身がツンデレをやるとはなぁ。しかも相手が……。

「こなた……どう考えてもミスマッチだな」

 アイツの性格と役のキャラが合ってねぇし。

 挙げ句俺を子供扱いかよ!

「……ま、何とかなるか」

 役に文句を言っても仕方ない。

 散々言ったが、演技力には自信がある。

 この映画も個人的に何度も見てるし、余裕余裕!

 念の為、もう一度重要シーンを台本で確認する。

「えーと……人間の集落で一悶着、敵のアジトに呼ばれる、戦闘、アジトに侵入したが見つかり化け物と戦う、キス、食われる……キスゥ!?」

 うぉい!? 原作にはなかった展開があったぞ!?

 誰だ、キスシーン入れた奴!?

「つ、つまり俺とこなたが……?」

 俺達がぶちゅっと行くシーンを想像すると、鳥肌が立った。

 ハッハッハ、またご冗談を……。

「オイ、どういうことだコラ?」

 翌日、俺は脚本担当を問い詰めた。

「確かに俺は女の子好きだよ? そりゃあもう、風呂に入ってる女子がいたら覗きたいぐらい」

「そりゃあただの変態だ」

 クラス委員兼小道具係から突っ込まれたが、無視した。

「だが、キスシーンを勝手にブチ込むたぁいい度胸してんじゃねぇか! 原作レイプも大概にしろや!」

 ガクガク、と脚本係の首根っ子を掴んで揺らす。

 吐きそうな顔をしているが気にしない。

「おはよ~。あれ? あき君、どしたの?」

 そこへ、シーンのもう1人の該当者であるこなたが現れる。

 こなただって、キスシーンのことを知ったら怒るだろ。

「こなた! これ見てみろ! コイツ勝手にキスシーンを」

「ああ、それ? 私が入れてもらうよう頼んだんだけど」

 ……はい?

 こなたが入れたって、このキスシーンを?

「おまっ、何でだよ!」

「だって、その方が盛り上がるかなって」

 いや、そりゃまぁ……。

 確かに、シーン全体で見れば盛り上がるし、悲劇度も上がる。この程度の改変で困るような奴はいないのだ。

「何であき君はキスシーンを必死に止めたがってるのかな?」

「そ、それは……」

 あれ、何でこんな必死になってんだ?

 いつもなら、女の子とキス出来るなんて役得、逃す訳ないのに。

 必死な俺をこなたはニヤニヤと見つめる。

「そ、そういうこなたこそ! 俺とキスなんていいのか?」

「うん」

「だよな! 女の子の大事なファースト……!?」

 断ると思いきや、こなたは寧ろ躊躇なく頷く。

 ちょ、あっさり許可しちゃったよこの娘!?

「……や、やっぱなし!」

 しかし、すぐに顔を赤くして腕をブンブンと横に振る。

 そ、そうだよな。今更照れたか!

「ま、まぁフリだけでいいよな!」

「そだね! フリだけで!」

 とりあえず、キスはフリだけということで俺達は同意した。

 あはははは……はぁ。

 この時、まだ誰も気付かなかった。

 こんな些細なことが切っ掛けで、あんな騒動が起きるなんて。




どうも、雲色の銀です。

第13話、御覧頂きありがとうございます。

今回はあきを中心に文化祭の練習光景と、加速するこなたとの距離でした。
一方、主人公は内職をしていました(笑)。

はやと「赤い靴出来たぞー」
つかさ「すごーい!」

こんなやりとりが行われていたとか。

次回はちょっとしたケンカが起きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話「騒ぎの前の静けさ」

「はいカット! 天城、台詞違うぞ!」

 

 あれからというもの、妙に落ち着かない。

 キスシーン騒動の所為で周囲から有らぬ噂を作られ、こなたとも目を合わせづらくなった。

 

 大体、こんなの俺のキャラに合わないだろ!

 俺はもっと堂々とバカやってればいいんだ!

 

「わ、わりぃな!」

「どうした? もう3回もミスってんじゃねぇか」

 

 クラスメートの1人が珍しく心配して来た。

 こりゃ、相当ヤバいかもしれない。内心焦る俺だが、盛り上げ役として不安な表情を見せる訳にはいかない。

 

「そんなにか!? じゃあ、そろそろ」

「いい加減本気出せ。お前の所為で練習止まってんだぞ?」

 

 ぐ……。誤魔化そうとしたが、真面目に注意されてしまった。

 こっちがふざけて言ってるから仕方ないとはいえ、今のは心に刺さった……。

 

「……あき。変な噂はあまり気にしない方がいいよ」

「!」

 

 1人、自分の不甲斐なさに拳を強く握る。

 そんな俺に、みちるが優しく気遣いの言葉をかけた。

 

「は、ははっ! んなモン最初っから気にしてねぇよ! お前は俺みたいにならないよう台詞覚えとけよ!」

「え? あ、うん……」

 

 何とかして、俺はみちるの心配を笑い飛ばした。

 余計な心配はいらない、という振る舞いをすると、みちるはまだ不安そうな眼差しを向けたまま去って行った。

 

 ははは……親友にまで心配掛けてどうすんだよ、俺。

 

 

☆★☆

 

 

「仮面舞踏会の背景完成だオラァ!」

 

 つかさに咄嗟の嘘がバレてから、俺はサボることなく小道具、そして背景係に扱き使われていた。

 俺の手際の良さに目を付けたのか、サボらせないように強力な見張りまで付けている。

 

「わー、はやと君すごーい!」

 

 コイツだ。

 

 本来相方であるはずのつかさだが、本人は全く役に立たない。

 そこそこ器用ではあるが、俺の方が3倍以上も作業が速い。

 なのに、すぐ傍で作業をしているので抜け出そうとすればすぐバレる。

 

「次、どれだ! 持って来い!」

 

 だから俺が殆ど引き受け、さっさと仕事を終わらせようとしていたのだ。

 いい加減勘弁して貰いたいものだ。

 

「次はアリーナの背景よろしくね~」

「おし! ……あれ?」

 

 背景担当が真っ白な背景の用紙を持ってくる。と、ここで俺は漸く大事なことに気付いた。

 俺、クラス委員だよな? 小道具係でも背景係でもないよな?

 

「手伝いであるはずの俺が仕事してんのに、何でお前等担当の奴がサボってんだよ!!」

 

 あまりの作業速度で忘れていたが、俺達クラス委員が小道具や背景を全部引き受けてやる義理はない。

 それなのに、仕事をどんどん俺の方へ持ってくる。コイツ等は鬼か。

 

「えっ……あっ! そうだね!」

 

 大変な作業を俺に押し付け、自分達は楽しようとしている。そのことに、つかさも漸く気付いたらしい。

 つかさェ……。

 

「チッ、気付かれたか」

 

 自分達の計画がバレ、悪態を吐く小道具係。

 やっぱり全部俺にやらせる気だったのか。

 

「はいはい、今からクラス委員様は休憩時間に入るんで」

「えっ!? は、はやと君痛いよ~!」

 

 これ以上、好き放題されてたまるか。俺はつかさの頭を掴み、教室を後にした。

 

 

 

「久々の屋上だーーーーっ!」

 

 ドアを勢い良く開け、解放感に浸る。

 広がる空、浮かぶ雲、吹くそよ風。仕事のことなんかさっぱり忘れられる。

 

「いたた……本当に空が好きなんだね」

 

 隣でつかさが呟く。おっと、頭掴んだままだったな。

 俺はリボン頭を解放してやる。しかし、以前から思ってたが、つかさの頭は撫でやすいし掴みやすいな。

 

「大丈夫か?」

「うん」

 

 頭を擦りながらも微笑むつかさ。ま、そんなに強く掴んだ覚えはないんだけどな。

 それより、コイツのふにゃけた笑顔を見てると、無性に頭を撫でたくなる。きっと、ペットを撫でたくなる感覚に似てると思う。

 

「あ! あれ、あき君じゃないかな?」

 

 つかさが指差す先には、目立つ赤毛がフェンス越しに景色を眺めていた。

 あの背格好と横顔は、確かにあきだな。けど、今は役者は練習中のはずだぞ?

 

「オイ、何してんだ? サボりか?」

 

 俺はあきに声を掛けるが、あきはボーっと外を見ているままだ。

 反応がないので、顔を覗き込むと目は開いていた。寝てんじゃねぇかと思ったが、違ったか。

 

「え? ああ、お2人さんも来たのか。デートか?」

「ち、ちが」

「違ぇよバカ」

「……うん。そだね」

 

 やっと俺達の存在に気付いたか。

 ヘラヘラ笑いながら聞くあきに、俺ははっきりと断る。

 ……ん? 何でつかさは落ち込んでんだ?

 

「鈍感だなぁ」

 

 うっせぇ。何のことか分かんねぇけど、大きなお世話だ。

 そんなことよりも、気になったのはあきの方だった。

 一瞬だが、さっき覗き込んだ時の表情は明らかに何か悩んでいた。

 

「俺はお前がどうしたか聞いてんだがな」

「俺か? 何だ、俺のことが」

「突き落とすぞ」

 

 有らぬ疑惑をまた作ろうとしてんじゃねぇよ。

 あきの誤魔化しに付き合う気は毛頭なく、真剣な表情で睨みつける。オラ、さっさと言え。

 

「……別に何でもねぇよ。ただの気分転換だ」

 

 冗談が聞かないことが分かると、あきは背を伸ばしながらこの場を去ろうとした。

 まるで俺から逃げるかのように。

 

「何が怖いんだ?」

 

 放った言葉に、あきがピタッと止まる。

 

「お前は今、何を怖がってる?」

「俺が怖がってる、だと?」

 

 2度目の言葉に反応し、あきは俺を睨んだ。いつものふざけた態度からは想像も出来ない位にキツい視線で。

 何時ぞやのメイド喫茶での騒動を思い出すな。

 

「お前が何に悩んでるかは知らねぇが、その悩みに対して怖がってる」

「ふざけんなよ」

 

 言葉をやめない俺に、あきは遂に掴み掛かってきた。オロオロするつかさを尻目に、俺達は睨み合う。

 こんなに短気な奴だったっけ? まぁ、いいや。

 

「じゃあ、何で向き合わないんだ?」

「!?」

「お前は今、俺から逃げた。それは、お前が持つ悩みからも逃げてるってことだ」

「うるせぇ!」

 

 奴の核心を突いているようで、黙れと言わんばかりに思いっきり殴られた。倒れ込む俺に、つかさが駆け寄る。

 いってぇ……バカは腕力だけはあるな。

 

「お前に何が分かるんだよ……」

 

 声が震えだすあき。殴られた箇所を拭い、立ち上がりながら俺は口を止めない。

 

「お前みたいに逃げてる奴を、1人知ってる」

 

 ソイツは今までずっと逃げてきた。自分の問題からも、その相手からも、そして現実からも。

 逃げ続けても行き着く宛てなんて何処にもなくて。それでも後戻りも出来ないところまで来てしまった。

 気付けば、ソイツは彷徨うことしか許されなかったんだ。

 もし翼があったら、別の解決策を見つけることが出来たかもしれない。

 

「お前はまだ向き合える位置にいる。そこから逃げ続けて後悔するかどうか、後はテメー次第だ」

 

 だから、逃げようとするあきの態度が気に喰わなかった。

 翼を持ってる癖に、気付かないフリをして飛ぼうともしない奴が調子に乗るなよ。

 俺は視線を逸らさず、あきにゆっくりと歩み寄る。

 

「けど、テメーには頼れる奴もいる。ソイツ等も頼っていいんじゃねぇか?」

 

 黙りこくるあきを、俺は一発ブン殴った。不意打ちに、あきは屋上を転がり倒れる。

 

「一発は一発だ。行くぞ、つかさ」

「えっ!? ま、待ってよはやと君!」

 

 一発分の借りを即効で返して、俺はつかさと屋上を出て行った。ったく、バカの所為で嫌なものを思い出しちまったじゃねぇか。

 屋上から教室に向かう俺は、堂々と机で寝ることにした。座ったまま寝ると体痛いんだよなー。

 

「チッ、口切っちまったじゃねぇか」

 

 殴られた箇所を舌で舐めると、口の中に鉄の味が広がる。うん、マズい。

 

「大丈夫? はやと君」

 

 心配そうにこちらを見るつかさ。争いごとが嫌いなつかさは、終始涙目で俺達のやり取りを見ていたのだ。

 はいはい、分かったから泣きそうな目で見つめて来んなよ。

 ……よし。ここはからかってやるか。

 

「あー、メチャクチャ痛ぇ」

「ええっ!? 保健室行った方が……」

「それよりプリンが食いてぇな。プリン食ったら治る、うん」

「ぷ、プリンだね! 分かった!」

「……え? マジ?」

 

 つかさは俺の戯言を真に受けてしまい、急ぎ足でプリンを買いに行ってしまった。

 あのー、冗談のつもりで言ったんですが。

 

「ぐぇっ!?」

 

 突如、後頭部に衝撃を受けて膝を突く。

 

「私の妹をパシリに使うなんていい度胸してるじゃない? は・や・と・君?」

 

 ええ、大体分かってましたよ? こういうことしたら貴方が来るってことぐらい。

 後ろを振り向くと、腕をチョップの形にしたかがみが殺気を全開にして立っていた。

 

「死んだらどうする!」

「ピンピンしてるじゃない」

 

 命賭けのボケをあっさり返されてしまった。

 こういうのはあきの役目だろうがよぉ……。

 

「で、妹君を大切になさってるかがみ様は何の御用で?」

「別に? 通り掛かっただけよ」

 

 ああ、そうかい。通り掛かりにチョップしてくる女なんて、初めて見たわ。

 

「それより、アンタが殴り合いなんて珍しいじゃない。相手は?」

「あき」

「へぇ……え? あき?」

 

 かがみは話を聞いていたらしく、興味深々で俺に尋ねてくる。

 なので、正直に答えてやったら余計に驚いた。

 そりゃ驚くわな。俺はともかく、あきは仲間を大事にする奴だし。

 

「何したのよ?」

「話してやるつもりはないね。そうだな……コーヒーゼリーでも」

「腕と足、好きな方を選びなさい」

 

 黙秘権を行使しようとしたら、肉体言語で返されそうになった。

 バキバキ指を鳴らす姿が勇ましいです、かがみさん。

 

「お待たせ~! あれ、お姉ちゃん?」

 

 そこに、丁度プリンを買ってきたつかさが帰ってきた。

 ってか、マジで買いに行ってたんだな。姉と違っていい子だなぁ。

 

「じゃあ遠慮なく」

「金払え」

 

 プリンを受け取ろうとする腕をかがみに掴まれ、渋々プリン代をつかさに渡す。

 今の腕の速さはなかったわー……。

 

 

☆★☆

 

 

 何なんだ畜生!

 はやとに殴られた跡を拭い、俺は教室に戻った。幸い口は切れてなかったが、痛みよりアイツの言葉が気になっていた。

 

「俺が逃げてる? 俺が怖がってる?」

 

 はやとが言ったことを繰り返す。

 

 全部図星だった。俺は何かを悩み、怖れていた。

 だが、それが何なのか分からない。

 分からないものを相手にしていても、仕方ない。だから逃げていたんだ。

 

「ほら、あき君。出番だよ?」

 

 こなたに呼ばれるまで、今が劇の練習時間だということに気付かなかった。

 

「あ、あぁ悪い!」

 

 いつものように軽く返事する。

 そう、俺はこれでいいんだ。何かに悩むなんて柄じゃない。皆とバカやって、楽しく過ごせばいいんだ。

 

「決めるぜ!」

 

 

☆★☆

 

 

「オイオイ……」

 

 かがみと別れ、プリンを食い終わった俺とつかさが戻ってきた時には、既に事件は起きていた。

 

 

「しっかりしてよあき君! 皆迷惑してるんだよ!」

「うるせぇな! 分かってる!」

 

 

 言い争っているのはあきとこなただった。俺以上に珍しい組み合わせに、仲裁に入る気も起きない。

 

「どうしたんだこれ?」

 

 俺は近くにいた奴に聞いた。今来たばかりだから現状が分かんねぇ。

 

「それがな……」

 

 モブキャラAの話を3行で纏めた。

 

 あきがミス連発

 遂にこなたが業を煮やす

 大喧嘩に発展

 

 ……だそうだ。あきめ、とうとうやらかしたか。

 

「ねぇ、ひょっとしてやる気ないの?」

「そんなことねぇよ!」

「もう、やってらんないよ!」

 

 言い争いの末、こなたが教室を出て行く。アイツも何だかんだで劇を楽しんでたからなぁ……。

 

「……チッ」

 

 舌打ちして苛立ちを露にしながら、あきも教室を出て行く。

 どうやら悩みに対する答えも、まだ出せてないみたいだしな。

 

「あーあ」

「こなちゃんもあき君も、大丈夫かな……?」

 

 呆れ顔の俺の隣で、つかさがまたもや泣きそうになる。

 そりゃ仲の良い2人があんだけ声張り上げてケンカしてりゃあビビるよな。

 って、離婚直前の夫婦の子供かお前は。

 

「……皆さん、お2人が出ていないシーンの練習をしましょう!」

 

 すっかり静まり返ったクラスを、みゆきが纏めていく。今は自分達だけでやれることをやった方がいいな。

 練習が続行される中、俺は密かにメールを送っていた。

 あきと腐れ縁のアイツなら、何とかしてくれんだろ。

 




どうも、雲色の銀です。
第17話、ご覧頂きありがとうございます。

今回は文化祭前に起こった、あきとこなたのケンカ話でした!
主人公もちゃんと活躍出来たよ!やったねはやと君!

代わりにみっちーとみゆきさんが空気に……ゴメンよ。
え、やなぎ?彼は元々空気ですから(笑)。

次回はケンカの決着です!あき達は無事に文化祭を迎えられるのか!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話「ケンカ両成敗」

 何なんだよ畜生! 何で上手くいかないんだよ!

 前は完璧だった所まであやふやになっていく。

 覚えた台詞も、ある1シーンが頭を占める所為で出て来なくなる。

 

「クソッ!」

 

 自分自身にムカつき、壁を蹴る。

 俺が全部悪いってのは分かってるんだ。こなたが怒るのも無理はない。

 

「クソッ……」

 

 このままじゃ、クビになるだろうな。

 そうすれば違う誰かが代わりを務める。勿論こなたとのキスシーンも……。

 

「がぁぁぁぁっ!!」

 

 よく分かんねぇけど、更にムカついたので壁を蹴りまくった。

 そんなの、想像するだけで嫌だ!

 

「うるせぇぞ」

 

 誰かからの呼び掛けに振り向く。

 俺のよく聞き慣れた声だ。

 

「荒れてんな」

「今虫の居所が悪ぃんだ」

 

 腐れ縁だろうと、容赦なく睨み付ける。

 そんな俺を見て、やなぎは溜息を吐いた。

 

 

☆★☆

 

 

 あきとこなたを抜いての練習は、上手く行っていた。特にラストシーンはアイツ等死んでるから、問題はなかった。

 今は主役とみちるが、盛大に殴り合うシーンをやっていた。最後で最高に盛り上がる場面だ。

 

「大丈夫かな?」

 

 呑気に見学中の俺の隣で、つかさが未だに心配そうな顔をしている。

 普段からコミカルな2人がケンカなんて、誰も思いつかねぇしな。

 

「平気だろ。助っ人を呼んどいたし」

「助っ人?」

 

 俺はバカの説得には向かない。

 だから、あきのことをよく知る奴、やなぎに助けを仰いだ。

 こなたの方は……放っておいても平気だろ。外見に反して中身は意外と大人だし。

 

「俺達に出来るのは、アイツ等が帰ってくるまで練習を重ねることだ」

「……うん!」

 

 頭を撫でてやると、つかさは大きく頷く。お人好しの心配も少しは晴れたみたいだな。

 

「じゃ、俺は寝る」

「……ふぇぇっ!?」

 

 つかさの相手も済ませた俺は、机に突っ伏した。

 だって俺、練習関係ねぇし。じゃ、お休み~。

 

「白風! 戻ったなら小道具手伝え!」

「だって、はやと君」

 

 ところが、御呼び出しが掛かってしまった。そんなに俺に仕事をさせたいのか。

 もし翼があったら、逃げられるのになぁ。

 

 

☆★☆

 

 

「で、何の用だ?」

 

 ここでやなぎが現れるなんて、都合がよすぎる。多分はやとの差し金だろう。

 けど今はどうだっていい。分かったところで、俺の苛立ちは収まらない。

 

「別に。珍しくお前が頭抱えてるから、様子見にな」

「そうか。ならさっさと失せろ」

 

 俺達は互いに睨みあう。後から思えば、俺達の長い付き合いの中で初めてのことだったかもしれない。

 

 やなぎは昔から頭脳タイプだ。一対一で殴り合ったら、間違いなく俺が勝つ。

 が、そんなことも分からずに喧嘩を売りに来る奴じゃない。

 

「どうした? 何に悩んでるか言ってみろよ」

「お前にゃ関係ねぇ」

「どうせこなたと揉めたんだろ?」

 

 知ってんじゃねぇかよ。なら最初から聞くな。

 

「バカには単刀直入に言った方がいいか」

「な、何だよ!?」

 

 今だけ、バカ呼ばわりされることに腹が立った。

 呆れた様子のまま、やなぎは間を置いて俺に言い放つ。

 

「お前、こなたのこと好きだろ?」

「……は?」

 

 やなぎの言葉が信じられず、思わず聞き返してしまった。

 好きって、まさか恋愛関係の方か?

 

「まさか、そんな」

「そんなことないってか? じゃあ何で無駄に意識してんだ?」

 

 何でそこまで知ってんだよ!?

 自分の考えもスラスラと読み解かれているようで、驚きと同時に怒りも増して行った。

 

「はぁ……お前はバカだから分かりやすいんだよ」

「んだとコラ!?」

 

 牽制の意味を込めて、俺は思いっきり壁をブン殴る。

 さっきから言いたい放題言いやがって!

 

「お前に俺の何が分かるってんだよ!」

「腐れ縁だからな」

 

 俺の威嚇にも、やなぎは微動だにしていない。

 それどころか、さっきから俺のことを見透かしたような眼で見やがる。

 

「何だよ……腐れ縁だったら何なんだよ!」

「お前も分かってる筈だ」

「黙れっ!!」

 

 さっきのはやとの態度といい、今日はやたらとムカつく。

 俺に何をさせたいんだ? 答えを出せない、臆病な俺を笑いたいのなら、最初からそうすればいいのに。

 

「じゃあ逆に聞くが、お前がこなたを嫌う理由があるか?」

「ねぇよ! アイツは俺の、俺達のダチだろ!」

 

 けど、俺がこなたを嫌いじゃなかったら好きってことにはならねぇ。

 好きだとしても、それはライクの範疇のはずだ。

 しかし、やなぎは俺が答えを出さざるを得ない決定的な言葉を口にする。

 

「なら、俺がこなたに告白する、と言ったら?」

 

 何、だと? やなぎがこなたに告白……?

 

「そんなの、俺は……」

 

 ただの問い掛けのはずなのに、俺は言葉を失った。

 やなぎは確かに髪が長くてヒョロいもやしだが、頭は良いし顔も悪くはない。

 もし、こなたとやなぎが付き合うことになったら、周囲は祝福するだろう。

 

「俺は……」

 

 俺は止めない。祝ってやる。

 

 そう言うはずだった。

 別に俺に止める理由なんてない。俺はこなたの親兄弟でも、ましてや恋人でもないからな。

 

 

 気が付いたら、俺はやなぎをブン殴っていた。

 

 

「はぁっ、はぁっ……んなモン駄目に決まってんだろうが!!」

 

 

 起き上ったやなぎは殴られた頬を擦り、不敵な笑みを浮かべた。

 

「それが答えだ」

 

 そうか……。俺にはずっと無縁なモンだと思っていた。

 

 小さい時から、親父に無理矢理男臭いスポーツをいくつもやらされて。

 その反動か何かで、アニメやマンガ、ゲームにハマり、二次元の美少女達に囲まれて。

 やなぎとつるんだり、女の子を軽くナンパしたりして中学を過ごして。

 まともに誰かに恋愛感情なんて持たなかった。だから、恋に悩む格好悪い自分なんて認めたくなかった。

 

「格好わりぃな、俺」

「知ってる。元からだろ……ってて」

 

 やなぎは随分痛そうにしている。かなり本気で殴ったからな。

 

「だが私は謝らない」

「人の顔面殴っておいて、言うことはそれか」

 

 懐から取り出した扇子で、やなぎに脳天を殴られた。

 案外硬いんだな、それ……いいセンスだ。

 

「オラ、やることやってこいバカ」

「いでっ!? 分かった、分かったからケツ蹴んな!」

 

 本気で殴ったことを根に持ってるのか、俺はやなぎに何度もケツを蹴られながら、俺が出た方向と反対側、こなたが行った方へ走って行った。

 ……持つべきものは腐れ縁の親友、か。

 

「盛大に玉砕して来い!」

「玉砕って失敗してんじゃねぇか!」

 

 やなぎに発破を掛けられながら、俺は自分の気持ちに向き合う為にこなたを探し回った。

 

 

☆★☆

 

 

 劇の練習中、殴られた跡を付けたやなぎがE組に現れた。

 さっき、バカの怒鳴り声と殴った音が聞こえたので、そろそろ来るだろうとは思ってたけどな。

 

「やなぎ!? どうしたの!?」

「大丈夫ですか? 保健室行った方が……」

「平気だ」

 

 心配するみちるとみゆきを制止するやなぎ。

 おー、また派手にやられたな。同じように殴られた跡を付けた俺は、ケラケラ笑いながらやなぎを迎える。

 

「何だ? スパイか?」

「違う。自分達のクラスに自信があるのに、わざわざスパイの必要もないだろ」

「だろうな」

「そこは否定しろよ」

 

 騒ぎの後でも、やなぎのツッコミは冴え渡っている。本気かどうかは知らんが、自分達の売上に自信があるようだな。

 ま、俺は最初から勝負してねぇし。何処のクラスが勝とうが知らんがな。

 

「バカはどうした?」

「焚き付けた」

 

 やなぎの一言だけで、俺は現状を把握した。

 そういや、教室の外を全速力で走る音もしたっけ。

 

「そうか。ご苦労さん」

「全くだ」

 

 俺達は互いに苦笑する。大バカな知り合いを持つと苦労するな。

 傍にいたみちるとみゆきは俺達の会話の内容が何のことか分からず、疑問符をいくつも浮かべていたが。

 

 

☆★☆

 

 

 校内を全力疾走してこなたを探すが、何処にもいない。

 帰ったかと思ったが、鞄が置いてある筈だからそれはない。

 

「チッ、外か!」

 

 即靴を履き換え、俺は校舎裏に向かった。

 

 俺、こなたを見つけたら告白するんだ……。

 

 何て死亡フラグを脳内に浮かべていると、本当にいた。呑気に座りながら、大好物のチョココロネ食ってやがる。

 すぐに駆け寄ろうと思ったが、独り言を呟いてるらしいので様子を見ることにした。

 俺も走り疲れて、息整えたいし。

 

「う~ん、どうやって皆の所に戻ろうか……「アンタ達! 団長様が御戻りよ!」」

 

 どうも、皆の元に戻るのにネタを考えているらしい。

 こなたらしいが俺達のクラスはSOS団じゃねぇんだし、その言い方で戻るのはちょっとなぁ。

 

「うーん、イマイチ受け悪いかなぁ」

「だろうな」

「あ、やっぱり? でもあき君が悪いん……!」

 

 折角なので、自然な形で独り言に混ざってみた。

 すると、少し経ってから俺に気付き、目を点にする。あ、今のビクッてなった顔、可愛いかも。

 

「オイ、チョコ垂れてんぞ」

「へっ!?」

 

 こなたは普段小さい方からコロネを食べる。だから油断してると下からチョコがよく垂れるのだ。

 ペロペロとチョコを舐め取ると、頬を染めながら俺を睨む。へぇ、そんな表情も出来んだ。

 

「で、何か用?」

「いいや、振り切ってきただけだ」

 

 某真っ赤な刑事ライダー風に格好付ける。

 

「ふーん。ま、いいや」

 

 軽くスルーされた、だと……!? 絶望が俺のゴール……って言ってる場合じゃねぇや。

 

「ここでさっさと仲直りして、練習戻ろう?」

 

 いつものコミカルな感じで手を差し出すこなた。ま、俺もシリアスすぎるのは嫌いだしな。

 だが、俺はまだその手を取らない。やらなきゃならないことがあるからだ。

 

「……あき君?」

「単刀直入に言う。こなた、お前は俺のこと好きか?」

「え……?」

 

 俺はこなたをジッと見つめる。

 この質問は予想外だったらしく、こなたは頬を染めた。

 

「好きか嫌いか、(バカ)にはそれで充分だろ?」

「……うん。そだね」

 

 しかし、俺がいつも通りの様子だと分かり、こなたもすぐに元の調子に戻る。

 

「好きだよ」

「よし」

 

 

 

 

 

 次の瞬間、俺はこなたの手を掴んで俺の元に引っ張り、強引にキスをした。

 

「っ!?」

「……ぷはっ、これで劇に集中できるぜ」

 

 今ここでファーストを済ませておけば、キスシーンに無駄な意識を持たなくて済む。

 これが俺の気持ちの整理の仕方だ。

 

「さ、戻ろ」

「天誅っ!」

「うごふっ!?」

 

 満足気にしていた俺は、顔を真っ赤にしたこなたに腹を殴り飛ばされたのだった。

 その後、俺達は騒動を起こしたってことで、黒井先生からこってり搾られたのであった。ケンカ両成敗って奴だ。

 

 

 

 そして、あっという間に桜藤祭前日。

 

「カット! お疲れさん!」

 

 スランプを抜け出した俺は急ピッチで台詞を覚え、演技をしっかりと出来るようになった。

 リハーサルも完璧にこなし、後は本番を待つだけだ。

 

「あー、やっと仕事から解放されたぜ」

 

 小道具と背景を終えて、堂々と背を伸ばすはやと。

 あれ、知らないのか? クラス委員は当日見回りの仕事があるんだぜ?

 

「みちるさん、頑張りましょう!」

「うん!」

 

 仲良く気合を入れあうお坊ちゃんとお嬢さん。休憩時間もこの2人で回るんだろうな。

 みゆきさんは今度こそ、無敵の要塞(みちる)を攻略することが出来るのだろうか?

 

「あき君、乙!」

「乙! って、そりゃまだ早いんじゃないか?」

 

 同じくリハーサルを終えたこなたが駆け寄ってきた。ファーストキスを終えた後でも、俺達は今まで通り接することが出来ている。

 本番は明日なんだし、乙をするのはまだ早い。俺達の戦いはこれからだ!

 

「明日はドジんないでよ~?」

「任しとけって。あ、そうだ。休憩時間空いてるか?」

「え? うん」

「じゃあ劇が終わり次第、校舎裏に来てくれよ。コレ、強制だからな」

「ちょ!?」

 

 言いたいことだけを伝え、俺は着替えに行く。

 本当の勝負(・・・・・)は明日だから、な。

 




どうも、雲色の銀です。

第15話、ご覧頂きありがとうございます。

今回はあきこなのケンカの収拾と、あきが遂に自覚する話でした!そして空気こと、やなぎんがまさかの活躍!(笑)

ここで漸く、あきとやなぎの腐れ縁設定が活かせた気がします。なんだかんだ言って、あの2人は名コンビだと思ってます。
あきが自分の気持ちに正直になりましたけど、告白は後回しです。先にキスしちゃいましたが。

次回は桜藤祭、前半です。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話「開幕」

 天気は快晴。降水確率0%。絶好の祭日和ってところだ。

 校内では全てのクラスが本番に向けて、最後の打ち合わせや準備に追われていた。ウチのクラスも例外ではない。

 

「よぉ、はやと。晴れてよかったぐぇ!?」

 

 馴々しく話し掛けてきた赤毛野郎の首根っ子を掴む。

 

「よくもハメてくれたよなぁ? あ?」

「な、ナンノコトヤラ……」

 

 俺が睨みを利かせると、とぼけやがった。

 俺は、クラス委員には桜藤祭中の仕事がないと思っていた。最初にあきが言った通りに。だからこそ、小道具などの準備も手伝ってやったのだ。

 だが、実際は交替で校内の見回りという、犬みたいな仕事が待っていたのだ。

 この事実を知ったのは、前日に行われたクラス委員の集まりの時。寝耳に水だった俺は、会議終了まで呆然としていた。

 

「いいじゃねぇか、つかさと2人切りで回れるんだし」

「もう1回秘伝キムチ食わすぞコラ」

「そ、それだけはやめろ!」

 

 地獄のキムチの味は身に染みてるようだな。

 キムチに怯え平謝りするあきを、俺は離してやった。

 

「ったく……」

「どうせ屋上も鍵かかってんだろ?」

 

 そう、桜藤祭中は小さい子が近寄らないよう鍵が掛けられている。

 ここで下手な真似すれば、屋上は永久に鍵付きになる恐れがある。だから迂闊にシエスタすることも出来ない。

 

「することもねぇしな」

 

 元々、つかさとも回る予定だったし。ま、気楽にやるか。

 

「さて……全員準備はいいかぁ!?」

「「「「おう!!」」」」

 

 盛り上げ役のあきの呼びかけに、クラスは一丸となって応じる。

 クラスの皆さんは随分元気のいいことで。出し物に参加しない俺は見回りの時間までパンフレットを眺めていた。

 桜藤祭開始まで、あと30分。

 

 

☆★☆

 

 

 今日は勝負の日だ。ヘマをしないように前の晩に台詞を復唱し、即寝た。身嗜みも普段以上に気を付けた。

 それに、もうキスなんかに緊張しない。

 よし、バッチリだろ!

 

「あき君」

「おぅ、こなた! どうした?」

 

 相方のこなたも体調はよさそうだ。

 いつものようにニコニコと俺に話しかけてくる。

 

「ごめん、キスシーンなしになった」

「……は?」

 

 ちょ、ええええ!?

 解決したとはいえ、今まで悩んでたシーンが突然消えるってどういうこと!? 今まで悩んでた時間返せ!

 

「……なーんて、嘘だよ♪」

「お前……」

 

 うっかり騙された俺は、ジト目でこなたを睨んだ。

 コイツは本当に俺とキスする気があんのか?

 

「……あれ、怒った?」

「そりゃあもう、今キスされなきゃ暴れるってくらい」

 

 気付いた時には、こなたが俺の頬にキスをしていた。

 

「最初の時のお返しだよ」

「は、はは……」

「じゃ、頑張ろう!」

「ああ……」

 

 若干頬を赤くしながら、こなたは去っていった。

 こんなことされたら、頑張るしかねぇだろうがぁぁぁぁ!

 

「わ、どうしたの!? 急に腕立てなんかして」

「みっちー、今日は頑張るぜ!」

「う、うん!」

 

 テンションが上がり、思わず腕立てをする俺を、訳が分からないといった風にみちるは見ていた。

 

 

☆★☆

 

 

 桜藤祭が始まるまであと10分。

 俺達D組による、喫茶店の準備は既に整っていた。

 俺も前半担当だし、お茶を入れる位なら出来るので厨房に立ってるんだが……。

 

「やなぎん、お茶マダー?」

「私アップルティーね~」

「何でお前等がここにいるんだ!?」

 

 他クラスであるはずの、あきとこなたが当然のように席に座っていた。 

 大体、まだ開店すらしていないというのに。

 

「お前等、自分達の劇はどうした!?」

「だって、俺達桜藤祭始まってからも時間あるし~」

 

 要するに、劇が始まるまで時間に余裕があるのか。

 いや、暇なら自分のクラスで過ごせよ。

 

「ほら、そろそろ開店するからアンタ達も帰んなさい!」

「冷たいこと言わないでよ、かがみ~ん」

 

 かがみが追い出そうとしても、動こうとしない。寧ろ怠けている。

 子供か、お前等は。

 

「こうなったら実力行使か……」

「きゃー、かがみん怖いー」

 

 かがみがドスの利いた声を出すが、こなたは棒読みでますます挑発する。コイツ等は本当に……。

 仕方なく、俺は奥からあるものを持ってきた。

 

「よし、じゃあ一勝負するか? 俺に勝ったら茶の1つでもご馳走してやる」

 

 2人のいるテーブルに、バンッとチェス盤を叩きつける。以前言っていたミニゲーム用に、俺が持ってきたものだ。

 その瞬間、2人の顔から血の気が引いたように青くなる。

 

「じゃ、そういうことで!」

「お仕事頑張ってね~!」

「ったく……」

 

 あき達は逃げるように退散していった。

 ……そこまでビビられると、少しショックだな。

 

「でも、仲が良さそうでよかったじゃないか」

「余計に煩くなっただけよ」

 

 それは言えてるな。2人が揃うと、煩さは2倍だ。

 口では素っ気なく言ってるが、かがみがこなたを心配していたのを俺は知っていた。

 

 さ、喧しいのがいなくなったし、仕事に戻るか。

 

 

☆★☆

 

 

『ただいまより、陵桜学園 桜藤祭を始めます』

 

 アナウンスが入り、校門から親やら保護者やらが入っていくのが見える。

 ……俺には関係無い話だがな。

 一応、俺を保護してくれた立場の海崎さんは今日も働いていて来ない。俺も来てくれとは頼まなかったしな。

 因みに、可愛い女の子の写真を撮ってきてくれ、という頼みはスルーしておいた。

 

「はやと君?」

 

 隣をてくてく歩いていたつかさが、こちらの顔色を伺う。何でこういう時だけ鋭いんだ、お前は。

 

「大丈夫? 不機嫌そうだけど……」

「お前が心配する程度のことじゃねぇよ」

 

 ポン、とリボン頭に手を乗せる。

 そう、お前には関係ないんだ。お人好しが心配すると止まらないんだから。

 などと考えてると、前方から歩いてくる4人組が視界に入った。見た所、父親と3姉妹のようだ。

 

「つかさ~!」

 

 3姉妹の1人がつかさの名前を呼んだ。何だ、つかさの知り合いか?

 そういや父親とカーキ色の髪の女はつかさ、藍色のロングと赤紫のショートはかがみに、それぞれ目元が似てるな。

 そして、瞳の色は父親を除き全員同じだ。

 

「あ、皆~!」

 

 やっぱりな。つかさも手を振って集団を迎える。

 予想通り、つかさの家族だった。

 しかし、かがみ以外に3人も姉がいるなんて聞いてねぇぞ。

 

「つかさが男の子と一緒なんて珍しいじゃん」

「デートか~。羨ましいぞ!」

「ち、違うよ~!」

 

 姉2人に絡まれ、つかさは顔を赤くしながら反論した。

 さて、この場合俺はどうするべきか。他人のフリをするか、逃げるか。

 

「えっと、クラスメートのはやと君」

「白風はやとッス」

 

 よからぬ考えを実行する前につかさに紹介され、とりあえず頭を下げておいた。

 ま、実行する気はなかったけどな。

 

「はやと君。私の家族で右からお父さん、お母さん、いのりお姉ちゃん、まつりお姉ちゃん」

「へぇ……!?」

 

 今、聞き間違えたか?

 右から2番目の女性が「お母さん」と呼ばれた気が……。

 

「母の柊みきです」

 

 聞き間違いじゃなかった!

 いやいやいや、4人の母親にしては若すぎるだろ!

 

「お若いですね……つかさの姉かと思いました」

「あらそう? 嬉しいわ~」

 

 何とか平静を保ちながら挨拶をする。俺の言葉にうふふ、と笑うみきさん。マジ洒落にならん。

 で、正真正銘の2人の姉に視線を移す。真面目に、外見年齢はこの2人と大差ないぞ。

 

「姉のいのりです」

「同じくまつり! よろしく!」

「ねぇねぇ、つかさとはどこまでいったの?」

「知り合いにいい男とかいない?」

「えーと……」

 

 挨拶と同時に、質問攻めにあってしまった。

 ああ……美人だけど、かなり残念な感じがする。

 しかも、いのりさんはちゃっかりしていて、まつりさんはかなり面倒臭い性格をしていそうだ。

 

「こら、はやと君困ってるじゃない」

「「うっ……」」

 

 みきさんの一声で、姉2人は下がった。この姉の下でかがみとつかさは育ったのか。

 最後に、つかさの父親が挨拶をする。俺は顔を一層強張らせた。

 

「つかさの父の柊ただおです。かがみとも友達なのかな?」

「はい」

「そうか。これからもつかさやかがみと、仲良くしてやって欲しい」

「そりゃ、勿論です」

 

 ただおさんは見るからに押しの弱い、優しそうな男性だった。つかさは性格も父親似だな。けど、親としての芯も通っている。

 父親、か。

 クラス委員の仕事があると適当なことを言い、俺達は柊家と別れた。

 こういう時、逃げに繋がるからクラス委員の肩書きも悪くないな。

 

「つかさ」

「え、何?」

「お前にとって、家族は大事か?」

 

 柊家に会って、俺の中でずっとモヤモヤしたものが残っていた。

 家族はあんなに温かいものだったか。

 家族はあんなに幸せそうなものだったか。

 

「うん、すごく大事だよ!」

「そっか……悪いな。変なこと聞いて」

 

 何言っているんだ、俺は。大事に決まっているだろうが。

 ……嫌なモンを思い出した。仕方ない、何か食って忘れるとしよう。

 

 

☆★☆

 

 

 劇の開始まで、残り時間もあと僅か。

 客席は満員で一先ず安心した。

 これを言えば身も蓋もないが、ウチのクラスメートの保護者が客の約半数だろう。

 その中で、いかにも怪しいオーラを纏った青髪の男性がいた。うん、多分こなたの親父さんだろうな。

 この時、俺はかなり重要なことに気付く。

 

「お前、親父さんにキスシーンのことは言ってあるのか?」

「ううん、言ったら反対されるしね~」

 

 そりゃそうだろ。大事な娘が、何処の馬の骨とも知れない男とキスするんだから。

 ってことは……あれ? 俺、後で殺されるんじゃね?

 

「頑張れ」

 

 顔を青くする俺に、ポンと肩を叩いてこなたが一言。

 いや、当事者お前だろ!? 何かフォローしてくれよ!

 

「でもあき君、お父さんに似てる所あるから平気だよ~」

 

 そ、そうか? イマイチ安心できないような台詞を吐くこなた。

 いや、同族嫌悪という言葉もあるし……そもそも、溺愛する娘のこととなると別問題じゃ?

 

「じゃあやめる?」

「それはない」

 

 不安に駆られる俺に、こなたはやめることを提案する。が、俺は即却下した。

 この後、男の勝負も掛かってることだし。父親が怖くてキスが出来るか!

 

『まもなく、2-Eの劇「パラダイス・ロスト」を始めます』

 

 アナウンスが入り、客席ののざわつきも収まる。いよいよ本番だ。

 今更緊張しても遅すぎる。俺はこなたと頷き合った。

 さぁ、行こうぜ。俺達の舞台の開幕だ!




どうも、雲色の銀です。

第16話、ご覧頂きありがとうございます。

今回は桜藤祭、前半でした!今更ですが、桜藤祭編は主にあき×こなたを主軸にやっていきます!

また、はやとが柊家の面々と顔合わせもしました。これについて最初、実は桜藤祭準備期間中に何人かで柊家に泊まり準備を進める予定でした。
その際に顔を合わせるはずでしたが……このイベント自体作者が忘れてしまったまま話を進めてしまいました(汗)。
今後の展開の為にも、はやとだけでも合わないといけないので、今回急遽入れました。

次回は桜藤祭後編です。因みに劇の内容は、今回ラストにタイトルが出たのでもう分かると思います(笑)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話「閉幕」

 降りてくる幕の向こう側から聞こえる、割れるような拍手の音。

 幕が閉まり切るまで礼をしたままの俺達は、誰もが感情を抑えるのに必死だ。

 

「よっしゃぁぁぁぁっ!!」

 

 幕が完全に閉まり、俺の歓喜の叫びと同時に全員が感情を爆発させた。

 

 俺達の劇は大成功に終わった。ミスは1つもなく、リハーサル以上に完璧な演劇になった。

 

 途中、溺愛する娘がキスして怒りに燃えるおっさんが客席に見えて、背筋が凍ったけど。

 あの瞬間、俺は何時の日か背後から刺される気がしたぜ……。

 

「お疲れ、あき君」

 

 俺の命の心配を余所に、こなたはタオルを持って来てくれた。

 色んな意味で汗掻いたから助かるぜ。

 

「おぅ、お疲れこなた」

「それよりあき君、キスした時舌入れなかった~?」

「ぶっ!?」

 

 げっ、やっぱバレてた!?

 こなたの指摘に、俺は恥ずかしさのあまり思わず吹き出す。

 

 校舎裏、リハーサル、そして本番と、俺達は3回キスをした。

 だが、3回目となると何かしたくなるのが青少年の悲しき宿命。

 ほんの出来心で、にゅるっと行ってしまったのだ。

 

「いや、ちゃんと歯ァ磨いてうがいもしたぜ!? リップクリームも塗ったし!」

 

 出来心だったが、いざ突っ込まれると正直恥ずかしい。

 言い訳をするが、こなたはジト目のままだった。

 

「サイテー」

「グサッ!?」

 

 青少年のガラスのハートをあっさりと傷付けたよ、この子は……。

 出刃包丁のような言葉にグッサリと刺された俺は壁に手をついて項垂れる。

 

「……なーんてね。で、用があったんじゃないの?」

「そうだ、校舎裏に来てくれ」

 

 俺は大事な用を思い出し、すぐに復活する。死んでる場合じゃねぇ!

 見つかると面倒臭いので、歓声に包まれる皆の目を盗み、俺とこなたは校舎裏へ向かった。

 

 

☆★☆

 

 

 時計を確認し、丁度あき達の劇が終わったことに気付いた。

 スケジュールの都合上、俺は見に行けなかったが……きっと奴のことだ、成功しているだろう。

 

「チェックメイト」

「……もう、勘弁してください……」

 

 駒を動かし、対戦相手に終了宣告をする。俺は店の手伝いをする傍らで、ミニゲーム企画であるチェスの相手をしていた。

 これで7連勝はしている。もっと骨のある奴はいないのか。

 

「やるじゃん、冬神」

 

 そこへ、1人の活発そうな女子が話しかけてきた。

 名前は確か……日下部みさお。D組内でかがみとよく絡んでいる奴だ。

 最も、俺達は休み時間になるとE組に行ってしまうので影が薄いがな。

 

「日下部、お前もやるか?」

「うーん、けどルール分かんねぇしいいや!」

 

 場所を変わろうとしたが、日下部はあっさり断った。

 体育会系、という意味ではあきと仲良くなりそうだ。

 因みに、さっきから次の対戦相手が日下部に助けを求める視線を送っている。

 

「みさちゃん、オーダー入ったから手伝って」

「おう!」

 

 もう1人のクラスメート、峰岸あやのに呼ばれて日下部は裏に消える。

 峰岸もクラス内ではかがみと仲良くしている。日下部より圧倒的に常識人なのだが、大人しめの性格から目立たない。

 ……かがみも、もう少しコイツ等に構ってやればいいと思うのだがな。

 

「さて、と。俺も仕事をしますか」

 

 愛用の扇を広げて仰ぎながら、俺は駒を並べ直したチェス盤に集中した。

 ククッ、次はどんな手で相手を追い詰めようか。

 

 

☆★☆

 

 

 校舎裏。俺達は仲直りをしたあの時のように立っていた。

 

 クラス全体での戦いは終わった。

 いよいよ今度は、俺個人の戦いだ。最も、勝利は目前だがな。

 

「で、用事って何?」

 

 あくまでコミカルに通そうとするこなた。

 だが、心なしか頬が赤く見え、こっち見ようとしてない。分かっている癖にな。

 

「こなた。前にここで聞いたこと、覚えてるか?」

 

 キスする覚悟を決める為、俺が聞いたこと。

 俺を好きか、嫌いか。

 

「うん」

「あの答えをもう一度、ハッキリ聞かせて欲しい」

 

 あの時は好きか嫌いか、それだけだった。

 けど、今はそれだけじゃダメだ。こなたの好きに恋愛感情があるか、ないか。

 

「こなた」

「……うん」

 

 やべぇ、今になって緊張してきた! 心臓の鼓動を抑えられず、顔は今までにないぐらい赤くなっているだろう。

 

 緊張のあまり目を逸らしそうになるが、こなたは俺をじっと見ている。今までに見たことない、真剣な表情がすごく綺麗に思えた。

 

 俺、もうロリコンでいいや。

 

 初めて会った時から、気の合う友達のような感覚だった。

 共通の趣味、似たようなノリのよさ。一緒にふざけては、やなぎやかがみによく突っ込まれた。

 やっぱり、こなたが働いてるメイド喫茶に初めて行った辺りからか? 意識し始めたのは。

 俺はこなたの対応に微妙な変化を感じていた。けど、それはふざけの範疇だと思っていた。何故か布巾で殴られたしな。

 

 俺が確信したのは、例のキスシーン事件辺りからかな。

 いやもしかしたら、それより前か? 夏休み辺りから何となく気になり始めていたような……。

 ま、この際何時から好きだったなんて、どうでもいいか。

 

「俺のこと、好きか?」

「大好きだよ」

 

 笑顔でそう言ってくれるこなた。

 今ならはっきりとわかる。この好きは「愛してる」って意味だと。

 

「俺もこなたが好きだ。俺と付き合ってくれ」

「うん、お願いします」

 

 俺達は目を瞑り、どちらからともなくキスをした。

 こうして、晴れて俺達は恋人同士になった。

 

 

☆★☆

 

 

 長い1日が漸く終わった。

 周囲の雰囲気を見るに、内外問わずカップルがあちこちで成立したらしい。学園祭ムードってすごいんだな。

 

「楽しかったね~」

 

 クラス委員の仕事から漸く解放された俺とつかさは、残業もなく早く帰れた。

 途中、あきが彼女自慢してウザかったり、みちるは相変わらず鈍感でみゆきが攻略失敗に落ち込んでたりしたが。

 

「まぁな」

 

 結局、俺は最後までつかさの家族、特に父親を気にしていた。

 別に他人の家族なんか、俺には関係ないのに。

 

 

 

 

 

 

 

「はやと……?」

 

 背後から声を掛けられる。中年のおっさんの声だ。

 俺は、この声に聞き覚えがあった。

 この声を聞くと、とてつもなく嫌な、背筋が凍るような感覚がした。

 

「やっと会えた」

 

 嫌だ。振り向きたくない。顔を合わせたくない。

 

「はやと君?」

 

 つかさが隣で心配そうな声で尋ねる。けど今だけは、つかさの言葉も耳に入らない。

 俺は目を見開き、ゆっくりと振り返った。

 

「何で……何でアンタがここにいるんだよ!!」

 

 会いたくなかった。まだ自分の気持ちと向き合えていないのに、見たくもなかった。

 しかし、予想通りの人間がそこにいた。空色の髪に、金色の瞳の男。

 俺の父親が。




どうも、雲色の銀です。

第17話、ご覧頂きありがとうございます。

今回は桜藤祭、後半でした!これにて桜藤祭編、終了です。
後半の内容が薄いのは、キャラ削除の影響を受けています。これでも付け足したのですが……申し訳ありません。

桜藤祭編でのあきとこなたの話は、ゲーム版桜藤祭の「らきらきメモリアル」を参考にしました。
王道的熱血キャラのあきと、実はツンデレっぽいこなたならこのシチュエーションが一番似合うと思ったのです。

さぁ、それと同時に新展開突入!ここからは主人公、はやとの話が加速していきます。
今回現れたはやとの父親は、はやとにとってラスボス的存在です。

次回ははやとがひたすらキレまくります。そして、つかさは……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話「回ってしまった歯車」

 あの日から、俺の周りにある歯車は止まっていた。

 嫌な過去なんて忘れ、今を楽しく生きたい。

 もし翼があったら、ここから逃げ出し、遠くへ行きたかった。

 だが、俺に翼はない。奇跡なんか起きるはずがない。

 最悪の形で、歯車は動きだしてしまった。

 

 

 

「何で……何でアンタがここにいるんだよ!」

 

 桜藤祭の帰りに出くわした、金色の瞳に俺とそっくりの空色の髪の男。

 いや、俺がそっくりなのか。

 男の名前は、白風やすふみ。

 俺の父親……だった奴。

 

「今日、文化祭だったろ? もしかしたら会えるかって思ったんだ」

 

 そう言いながら、桜藤祭のチラシを見せる。

 広報部め、手当たり次第にチラシ配りやがったな。

 

「2年ぶりだな、はやと」

 

 俺の名を馴々しく呼ぶな!

 アイツの行動の一つ一つが俺を苛立たせる。

 

「はやと君?」

 

 隣ではつかさが不安そうに俺を見つめていた。

 

「その子は? 彼女か?」

 

 ニッコリ笑いながら話すアイツ。

 つかさは顔を真っ赤にしたが、俺は完っ璧にブチ切れた。

 

「ふぇ!? ちが」

「どうでもいいんだよ! 今更どの面下げて「会えると思った」だ!? 父親面してんじゃねーよ!」

 

 アイツを睨みながら、俺は吐き捨てるように怒鳴った。

 つかさはすっかり怯えてしまったようだが、今の俺には気にしてる余裕はない。

 

「はやと……」

「こっち来んな!」

 

 近寄ろうとするアイツに、俺はまた吠える。

 

「テメーは仕事だけしてりゃいいだろ! 俺の前に二度と出て来んな!」

 

 それだけ言い放ち、つかさを連れてその場を後にした。

 

 

 

 クソッ! タイミングが悪すぎた!

 つかさの家族と会って、思い出しちまったこの時に、最悪のタイミングでアイツが現れた!

 

「クソがぁっ!」

 

 アイツの前から立ち去った後、俺は怒りに任せて壁を蹴っていた。

 

「はやと君……?」

 

 つかさが泣きそうな声で俺に呼び掛ける。

 あぁ、しまった。つかさの存在を忘れていた。

 

「……悪いな、驚かせて」

「う、ううん!」

 

 少しだけ気を落ち着かせ、つかさに謝る。

 すると、つかさは大丈夫だと言わんばかりに首を振った。

 

「でも……はやと君、ちょっと怖かった……」

 

 が、やっぱり普段と違う俺に態度に怯えていたようだ。

 はぁ……本当に悪いことしたな。全く関係ない、つかさの前でキレてしまった。

 けど、アイツだけは……許せない。

 

「あの人、誰だったの?」

 

 泣きそうな顔で、つかさは当然の質問をしてくる。そりゃ、気になるよな。

 ずっと言いたくなかったが、会っちまったモンは仕方ない。

 

「アイツは白風やすふみ。俺の親父に当たる奴だ」

「はやと君のお父さん……?」

 

 俺の答えに首を傾げるつかさ。言い方の所為で、ちょっと分かりにくかったか。

 

「……俺は認めたくないが、正真正銘の父親だ」

「でも、はやと君……」

 

 そう。あの男は何だかんだ言っても、俺の父親であることに変わりない。ただ単に、俺がアイツを父親と認めたくないだけだ。

 

「話せるのはそれだけだ。じゃあな」

 

 いくらつかさでも、これ以上は語りたくない。

 腑に落ちないつかさの頭を撫で、俺は家路に着いた。何時か、この埋め合わせしなきゃな。

 

 

 

 家で寝ていても、アイツの面を思い出してしまう。

 何で今なんだ……何で、今会わなきゃいけなかったんだ。

 寝ることの出来ない俺は身を起こし、夕飯の支度をすることにした。どうせ雑草の天ぷらだけどな。

 天ぷら用の鍋を用意していると、家のチャイムが鳴る。

 

「あ? また新聞の勧誘か?」

 

 アパートの管理人である海崎さんは、普段チャイムを鳴らさない。ドアを叩くか、合鍵で勝手に入ってくる。

 勿論、明日の飯の金すら危うい俺は新聞なんか取らない。

 虫の居所も悪いし、さっさと追い返しちまおう。

 

「はいはい、ウチは新聞はいらね……!?」

 

 レンズを覗き込むと、明らかに新聞勧誘の人間じゃないことが分かった。

 

「はやと? いるか?」

 

 アイツがいた。

 

「わぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 何でここが分かった!? 住所教えてねぇぞ!

 海崎さんにも口止めしてあるし!

 ……まさか、俺を尾行しやがったのか?

 

「オイ、どうした?」

「うるせぇ! テメー何でここが分かったんだ!?」

 

 悲鳴で俺がいることが分かったらしい。

 何が「どうした?」だ。誰の所為だと思ってやがる。

 

「はやとの後を追ったんだ。久々に走ったぞ」

 

 そう言って、奴は襟元を仰いだ。よく見ると汗掻いていやがる。ウゼェ。

 こんな奴の相手をするなら、新聞勧誘の方が百倍マシだ。

 

「何ですか?」

 

 そこへ助っ人、海崎さんが登場。よかった、バイトから帰ってきてたか。

 

「ここの大家ですか。白風はやとの父親です」

「ああ、アンタが……大家の海崎隆也です」

 

 自己紹介してないで、さっさと追い出せ!

 

「実は、はやとを連れて帰ろうと思いまして」

 

 は? 連れて帰る?

 今更何言ってんだ? この中年。俺を何処へ連れて帰るというつもりなんだ。

 

「はぁ……けど、はやとは望んでないみたいで」

「望む訳ねぇだろうが!」

 

 海崎さんの台詞を遮り、ドアも開けずに叫ぶ。

 

「はやと! 俺がわ」

「何も言わずとっとと帰れ! テメーの面なんか見たくねぇんだよ!!」

 

 有無を言わさず、俺は叫び続けた。アイツの言葉に聞く耳なんて持たない。

 結局、一時間以上同じような問答をし、アイツは観念して帰っていった。

 

「……また、来るからな」

 

 二度と来るな。

 その後、俺は海崎さんにまたアイツが来たら塩撒いて追い出すよう強く言った。

 

 

☆★☆

 

 

 桜藤祭の次の日。

 今日は日曜日で学校はお休み。

 昨日のはやと君が気になって、私は電話を掛けたんだけど……。

 

「出ない……」

 

 電源が入ってないみたいで、一向に出ない。また充電を忘れてるのかな?

 そういえば、夏休みの始めの時に同じことがあったような……。

 

「どうしよう……」

 

 はやと君との連絡手段がなくて、私は困っていた。

 そうだ! やなぎ君やあき君なら、はやと君とお父さんについて知ってるかも!

 

「えーと、あき君の番号は~」

 

 慣れない手付きで携帯を操作して、あき君に電話を掛ける。

 

〔おぅ、つかさ! 珍しいな!〕

 

 はやと君と違って、あき君はすぐに電話に出た。

 

「もしもしあき君? あのね、聞きたいことがあるの!」

〔聞きたいこと? 勉強ならお姉ちゃんに聞きなさい〕

 

 はぅ、違うよ~!

 あき君は勝手に話を進めてしまう。けど、勉強なら最初からお姉ちゃんに聞いてるもん。

 

「そうじゃなくて、はやと君のことなの!」

〔はやと? 本人に聞けよ~。それとも、そっちも告白イベントか?〕

「ふぇ!?」

 

 こ、告白!? 私は途端に顔が赤くなっちゃう。

 桜藤祭であき君はこなちゃんに告白して、付き合うことになったって聞いた。恋人同士ってどんな感じなんだろう……って、また話が逸れちゃった!

 そういえば、電話からこなちゃんの声も聞こえた。今一緒にいるのかな?

 

「違うってば~! はやと君、電話に出なくて……お父さんのことで、怒ってたの」

 

 私は昨日あったことをあき君(とこなちゃん)に話した。

 勝手に話して悪い気もするけど……。

 

〔ふーん……そんなことが〕

「うん。それで心配だから電話したんだけど……」

〔まーた充電してねぇのか〕

 

 呆れたような口調で話すあき君。はやと君の電話はいつも通じないから、電話の意味がないってこの前怒っていたっけ。

 

〔俺も去年からの付き合いだからな……よく分かんねぇや〕

 

 そっか……。

 考えてみれば、私はやと君のことあまり知らないんだ。

 口が悪くて面倒臭がりで、授業をよくサボってお昼寝するのが好きで、ダーツが得意な男の子。けど、私のことを心配して見てくれるし、困っている人を放っておけない本当は優しい人。

 でも、それがはやと君の全てじゃないんだ。

 

〔ん~、そういやアイツ、「奇跡」以外にもNGワードがあるんよ〕

 

 あき君は少し考えてから、思い出したことを教えてくれた。

 はやと君は「奇跡」が嫌い。普段から言っていることから知ってるけど……他にも嫌いな言葉があるんだ。

 

〔まず「父親」。多分親父に因縁があるんだろう〕

 

 父親って言われて、はやと君の昨日の怒り方を思い出す。はやと君、お父さんのことすっごく嫌ってた。

 だから、私のお父さんを気にしてたんだ。

 

〔んで、もう1つが「母親」。こっちはそんなに嫌いでもないけど……寂しそうにするんだよなぁ〕

 

 はやと君、お母さんも嫌いなのかな?

 それに、寂しそうにするってどんな風なんだろう? 分からないことが多くて、私は首を傾げる。

 

〔俺が知ってるのはこれぐらいだ。悪いな、あまり力になれなくて〕

「ううん、ありがとう」

 

 あき君が教えてくれたことは私にヒントをくれた……けど、やっぱり肝心なことが分からない。

 

〔つかさ~! 頑張れ~!〕

 

 あ、こなちゃんの声だ。やっぱりデート中だったんだ。

 

 

 

 やなぎ君とみちる君にも電話してみたけど、答えはあき君と同じだった。

 分かったことは、はやと君は両親と仲が悪いみたい……でも、どうして?

 ますます心配になった私は思い切って、はやと君の家に行ってみた。

 はやと君はいつも私を助けてくれたんだもん。恩返ししなきゃ。

 

「あれ? つかさちゃんじゃん」

 

 アパートの前で、管理人の海崎さんと会った。

 でも、何で塩を持ってるんだろう?

 

「こんにちは。あの、はやと君は……?」

「家に籠もってる。ちゅーか、時々床殴ってうるさいんよ」

 

 ふぇ!? は、はやと君、引き篭もりになっちゃった!?

 

「悪いけど、中見て来てくれない? これ合鍵な」

 

 困り果てた様子の海崎さんから鍵を受け取って、私は急ぎ足で階段を上がる。

 でも、何で塩を持ってたんだろう?

 

「はやとく」

「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

「ひゃっ!?」

 

 チャイムを鳴らしたら、中からはやと君の悲鳴が聞こえた。

 だ、大丈夫かな!?

 

「はやと君!」

 

 慌てて鍵を開けて中に入ると、はやと君は居間にいた。

 何故か毛布に包まった姿で。

 

「はやと、君?」

「え……つかさ……何で……?」

 

 怯えるように震えて、はやと君はこちらを見た。

 昨日と比べてゲッソリしている。ご飯、食べてないのかな? 声も小さくて、とても弱っているみたいだ。

 私の知らないはやと君がそこにいた。どうしてこんな風になってしまったんだろう。

 

「大丈夫? 何があったの?」

「あぁ……平気だ」

「どう見ても平気そうじゃないよ!」

 

 私を見て安心したみたいで、はやと君は横になった。

 平気だって言うけど、私でも嘘だって分かるくらい弱り切っていた。

 

「……昨日、家にアイツが来たんだ」

「アイツ? ひょっとして、はやと君のお父さん?」

 

 はやと君は小さく頷いた。

 そっか。お父さんに会いたくないから、はやと君は引き篭もってたんだ。

 けど、このままじゃはやと君はお父さんにずっと怯えたままどんどん弱ってしまう。

 

「はやと君」

 

 私は決めた。はやと君を放っとけないもん。

 

「ウチに泊まっていかない?」

 

 

☆★☆

 

 

 いきなり現れたつかさは、自分の家に泊まっていけと訳の分からないことを言い出した。

 いや、俺はまず何でお前がいるのかすら分からないんだが。

 

「え、えっと……」

 

 自分が言ったことに、今更顔を赤くする。

 女子が男子に泊まっていけなんて、普通言わないよな。

 

「ここじゃなくてウチならお父さん、来ないかなって……」

 

 なるほどな。そう考えると、俺にとっては確かにいい案だ。

 アイツはつかさの家までは知らないはずだ。ここだって、昨日の尾行でやっと知ったぐらいだし。

 

「どうかな? あ、ダメならいいんだよ! 無理しなくて……」

 

 勢いとはいえ一度言っちまった手前、引くに引けなくなったみたいだ。

 つーか、無理してんのお前だろ。

 

「……頼むわ」

 

 だが、断る理由が思い付かない程、俺は弱っていた。ここはつかさに甘えるとしよう。

 とりあえず風呂に入り、さっぱりしたところで必要なだけの荷物を持ち、柊家へ向かう。

 

「お泊り……だと……!?」

 

 アパートの外では海崎さんが変な顔をしていた。

 何を想像したか分かるから余計にウゼェ。つーか、何で塩持って突っ立ってんだ?

 

「そんなんじゃねぇよ。一時的な避難だ」

「あはは……」

 

 俺にそんな気はないと、はっきり伝えておく。言い出しっぺのつかさは苦笑するのみ。

 すると、海崎さんはつかさに何かを耳打ちした。

 

「はやとのこと、頼む」

「は、はい!」

 

 俺には聞こえなかったが、大声で返事したつかさは顔を赤くしていた。

 何吹き込みやがった、このアホ管理人は。

 

「……せいっ!」

「いだっ!?」

 

 何かムカつくから、海崎さんを軽く蹴っておいた。

 この保護者も大概優しいからな。あまり過ぎると恩返しがしにくくなる。

 

「行くぞつかさ」

「え、あ、うん!」

 

 こうして、アイツの尾行に気を使いながら、俺はつかさの家に世話になるのだった。




どうも、雲色の銀です。

第18話、ご覧頂きありがとうございます。

今回は神経質になるはやととお泊りイベント突入でした!
終始叫びっぱなしであれほどマジ切れするはやとは珍しいです。
そしてつかさの爆弾発言!つかさの方ははやとを意識し始めてますが、はやとは……鈍感です(笑)。

次回は柊家inはやと、そしてはやとの過去です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話「そんな訳」

 結局、アイツの尾行はないまま柊家に着いた。

 それもそうか。アイツは仕事があるだろうし。

 

「世話になる」

 

 家に入る前に、つかさに頭を下げておいた。

 ただおさんがいるとはいえ、余所の男を家にあげ、尚且つ一晩泊めてくれるってんだからな。礼儀は通しておかないと。

 

「う、ううん、気にしないで! 私が言い出したことだし」

 

 そう言うつかさの顔は微妙に赤かった。やっぱ恥ずかしいんだな。

 けど、そんなつかさの天然でお人好しなところに、今の俺は救われている。

 

「お邪魔します」

 

 鷹宮神社に来たのは2度目だ。確か……かがみに無理矢理ダイエットに付き合わされた時だな。

 しかし、柊家の中に入るのは初めてだ。女子の家に入るってのは中々緊張するモンだな。最も、俺にそんな呑気なことを考えているような余裕はないが。

 

「いらっしゃい、はやと君」

 

 玄関では、すぐにみきさんが出迎えてくれた。

 多分、俺が風呂に入ってる間に、つかさが連絡入れておいたんだろうな。

 

「……いいんですか?」

「ええ。どうぞ」

 

 入り辛そうにする俺を、笑顔で家に出迎えてくれるみきさん。

 ……正直、つかさ達の母親だって未だに信じられない程若く見える。

 

「ごめんね」

「何が?」

 

 寝泊りする部屋まで通され、廊下を歩いてる間に俺は小声でつかさに話し掛けられる。

 いきなり謝られるようなこと、された覚えはないんだが。

 

「お母さんにはやと君の事情、話しちゃった」

 

 何だ、そんなことか。

 事情がなければ、クラスメイトだろうと男子を家に泊めてはくれないだろ。

 

「それで泊めてくれるんなら構わねぇよ」

 

 寧ろ、つかさとみきさんには感謝してるぐらいだった。

 情けない俺なんかを心配してくれてさ……。

 

 

 

「ここがはやと君の部屋ね」

 

 みきさんが用意してくれた空き部屋は、人1人が使うには十分すぎる広さだった。ウチのリビングより広いんじゃないか?

 タンスやベッド等の家具類はないが、ウチにも元々ないので気にならなかった。

 

「不便があったら何でも言ってね」

「はい、ありがとうございます」

 

 みきさんがいなくなると、俺は荷物を降ろし周りを見回す。不便なんかある訳ないんだけどな。

 泊めてもらう身で不便なんか言ってたら、厚かましいにも程がある。

 

「……はやと君?」

「いや、何すりゃいいかなって」

 

 人様の家で昼寝やダーツなんてするほど、俺は非常識じゃない。手持ち無沙汰になる俺に、つかさは話を聞きたそうだった。

 

「……じゃ」

「来たな、少年!」

 

 つかさが口を開きかけると、ドアから姉3人が喧しく現れた。そりゃいるよな、日曜だし。

 

「おやおや~、お邪魔だったかな?」

「はやと! アンタつかさに何もしてないでしょうね!?」

 

 あー、うるせぇ。しんみりしてた空気をぶっ壊しやがって。

 

「何かって何だよ」

「そりゃ……」

「ひょっとして、進展なし?」

 

 何を期待してたんだよ。事情を知らない姉達は、理由もなく俺が泊まりに来たと思っているらしい。

 俺を一体何だと思ってるんだ。

 

「そ、そんなんじゃないよ~!」

「何だ、つまんないの~」

「男の子を家にあげといてね~」

「つかさに手を出したら……」

 

 つかさが必死に否定すると、つまんなそうに不貞腐れるいのりさんとまつりさん。

 そして威嚇するように指を鳴らす凶暴な方。姉妹って賑やかだな……。

 

「そこまで! はやと君を困らせないの!」

 

 みきさんの静止が入り、姉達は去って行った。

 みきさん、もうちょい早く止めて欲しかったです。ってか、アンタも聞き耳立ててたろ。

 

 

 

 この後、何故かつかさとかがみとで勉強会に突入してしまった。

 勿論、授業をサボっていた俺が勉強なんか分かるはずがない。

 

「分からん」

「んー……」

 

 でも、何故か授業に真面目に出てるつかさも分かってなかった。

 

「全く、アンタ等は……」

 

 出来の悪い生徒2人に、かがみ先生は溜息を吐いた。

 そして、開始から数十分後……。

 

「分かんないよ~」

「出来たぞ」

 

 つかさは相変わらずだが、俺は人並みに出来るようになっていた。

 

「はやと、飲み込み早いじゃない」

「まーなー」

 

 俺はあくまでやる気0だ。

 飲み込み早いのは事実だが、俺は実は家で復習は何だかんだでやっていたのだ。進級出来なきゃ終わりだしな。

 

「いいか、ここはな」

「ふぇ……」

 

 気付けば、俺がつかさに教えていた。難しいところは分かんねぇけどな。

 

「だから、かがみが菓子を大量に食べると使われないエネルギーが腹に残るんだよ。これが質量保存の」

「何だと!?」

 

 

 

 勉強会を終えると、上の姉2人も交えてゲーム大会に突入していた。

 が、ここで1つ些細な問題が発声する。ウチにテレビなんてない俺は、当然ゲームなんて持ってない訳で。

 

「また私の勝ちね」

 

 さっきから連敗していた。まさかつ、かさにまで負けるなんてな……。

 

「で、でもはやと君、私に勝ったこともあるよ~!」

「つまり、はやともゲームじゃつかさ並ってことね」

 

 かがみに反論できず、俺はショックのあまり項垂れた。

 くっ……思わぬ弱点があったモンだ。

 

「皆、そろそろご飯よ~」

 

 そこへ丁度、みきさんの呼び掛けがあった。

 もうこんな時間か。外もすっかり暗くなっている。

 

 食卓にはただおさんが既に座っていた。

 ……そういや、ただおさんは俺をどう思ってんだろうな。

 娘が連れてきた男、しかも事情が父親絡み。いい印象は受けないだろうな。

 

「やぁ、はやと君」

 

 それでも、ただおさんは優しい笑顔で俺を迎え入れてくれた。

 ……何だろうな、この感情は。

 

「さ、どうぞ~」

「いただきます!」

 

 いつも俺が食っている量の、3倍近くの食べ物が食卓に並んだ。

 ここがレストランなら、タッパーの1つでも出すところだが……俺だってそこまで無神経じゃない。

 ここは柊家の味を存分に味わっておいた。

 

 

 

 夕食後、俺はただおさんに呼ばれた。

 2人で話がしたいそうだ。当然そうくるわな。

 

「何でしょう?」

「ああ、楽にしていいよ」

 

 空気を読んで正座してたら、そう言われた。どうやら怒っている訳じゃなさそうだ。

 足を崩すと、ただおさんは真面目な顔で話し始めた。

 

「話はつかさから聞いたよ」

「……はい」

 

 やはり、ただおさんも事情は知っていた。ここまで言われると、話の内容も分かる。

 俺とアイツとの問題。この家の人間なら気にするであろうことだ。

 

「話したくないなら、無理に話さなくていいんだ」

「…………」

 

 ただおさんは飽くまで優しく言う。俺に心配を掛けないように。

 

「けど、つかさは誰より君を心配している。それだけは分かって欲しい」

「はい。つかさには、とても感謝してます」

 

 こういうところ、やっぱり父親なんだな。実の娘の心配もちゃんとしている。

 それに、芯が通っているところがつかさに似てる。……これも逆だな。つかさが似ているんだ。

 

「それと、つかさとの関係だけど……」

 

 やれやれ、それが本心でしょうに。一般的な父親なら絶対に気にすることだ。

 ここは正直に言っておこう。

 

「何にもありません。今でも、つかさとは友達です」

「そうかい?」

 

 イマイチ腑に落ちないというか、残念というような、微妙な表情をするただおさん。皆して、俺達に何を望んでいるんだか。

 話はそれだけだと言われ、最後に

 

「今後も困ったら、ウチを頼っていいんだよ」

 

 と言われて、俺は部屋に戻った。

 ……本当に優しいよな。この家族は。

 

 

 

 風呂を最後に貰い、ただおさんに呼ばれたことを上の姉2人に散々弄られた後、俺は1人暗い部屋で夜空を眺めていた。

 

 今日は初めてだらけだな。

 他人の、それも女子の家に泊まったのも。

 勉強会やゲーム大会なんてことをしたのも。

 大人数で夕食を囲ったのも。

 誰かの父親と2人で話し合ったのも。

 

 思い返していると、ドアをノックする音が聞こえた。こんな時間に誰だ?

 

「はやと君、起きてた?」

 

ドアを開けると、つかさがいた。

 

「いや、寝付けなくてな」

「えへへ、私も~」

 

 仲間がいて安心したのか、ふにゃけた笑顔を見せる。

 

「入れよ」

「うん、お邪魔します」

 

 本当はお前ん家なんだけどな。

 とはいえ、つかさを招き入れたところですることなんて何もない。

 

「……家族ってこんなモンなんだな」

「え?」

「暖かくて、優しい……いい居場所だ」

 

 俺はつかさに、考えていたことを話した。

 俺に足りなかったもの。俺が知らなかったもの。全部、ここにはある。

 

「はやと君」

 

 つかさは真剣な眼差しで見つめてくる。まるでただおさんみたいに。

 

「よかったら聞かせて? はやと君のこと」

 

 そう言われると、断れなくなるだろうが。

 

「……いいぜ、聞かせてやるよ。情けない男の話をな」

 

 俺は軽く目を閉じ、語りだした。

 

 

 

 

 

 俺は白風家の長男として生まれた。

 父親が白風やすふみ。母親は白風みどり。

 ごく普通の家庭だった……ある1点を除いて。

 

 母さんは俺が幼い時から病気だった。

 俺を生んだ後ですぐ癌にかかったんだ。元々、体力もあまりなかったらしいし。

 だから家にいることは殆どなく、入院生活を強いられていた。

 で、俺は小学校の時から、放課後になると真っ先に病院に向かうのが日課になっていた。

 母さんの世話をし、暇な時間は母さんと一緒だった。

 

 逆に父親、アイツは仕事が忙しく、中々会いに来なかった。

 それどころか家にも遅くにしか帰らず、実質俺はガキの時から1人暮らしだった。金はあったから飯には困らなかったけど。

 だから、俺はアイツが昔から嫌いだった。

 

「はやと、お父さんをあまり責めちゃダメよ。あの人は私達の為に頑張ってくれているの」

 

 けど、母さんはいつもこう言っていた。

 この言いつけを守っていたから、俺は今までアイツに文句を言わなかった。

 

 母さんは病気で寝たきりなのに綺麗だった。

 俺の前ではいつも元気で、空を見るのが好きだから窓に近いベッドに寝ていた。

 

「もし翼があったら、はやとはどうしたい?」

 

 俺が折り鶴を折っていると、母さんが聞いてきた。

 

「翼があったら……? お母さんは?」

「そうね……大空を自由に飛びたいわ。お母さん、ずっとベッドの上だからね」

 

 母さんは優しく笑う。寝たきりで足が思うように動かせない、母さんのせめてもの願いだったんだ。

 

「じゃあ、俺にもし翼があったら、母さんを連れて飛びたい!」

「ふふっ、ありがとう」

 

 母さんは俺の頭を撫でてくれた。細くて暖かい手で撫でられるのが、俺は大好きだった。

 

 それ以来、これは母さんの口癖だった。もし翼があったら。

 母さんは自分に翼が生えた時の想像を生き甲斐にしていた。子供みたいにな。

 

 それと、母さんは「奇跡」も好きだった。

 

「奇跡?」

「うん。ドラマとかでよく「奇跡が起こった!」とかいうでしょ?」

「ん~……」

 

 母さんの言うことがイマイチよく分からない。俺はあまりドラマ見なかったから、首を傾げた。

 

「とにかく! そういう奇跡が起これば、私もきっと治るの!」

「ホントに!?」

 

 ドラマなんかでよくやる「奇跡」。

 母さんも俺も、こんな奇跡が起こって病気が治るってずっと信じていた。

 

 

 

 中学に入っても、この生活は変わらなかった。

 

「はやと、学校は?」

 

 気付けば、俺は学校より母さんを優先していた。授業をサボって、病院に行くようになった。

 

「……今日は休みなんだ」

「本当?」

 

 役に立つと思えない授業なんかより、日に日に弱っていく母さんの方が大事だったんだ。

 

「ねぇ、はやと。高校に進学して」

 

 ある日、母さんは俺に言った。

 

「え?」

「お母さん、はやとが一緒にいてくれるのは嬉しいの。でも、その所為ではやとが将来困っちゃうのは嫌」

「母さん……」

「お願い。次は、高校進学の知らせを持って来て」

 

 母さんは昔より確実に弱っていて、それでも優しく微笑んで俺の頬を撫でた。

 そんな母さんの願いを、俺は叶えたかった。

 

「……うん。きっと持って、驚かせてやる! その時は、母さんも病気を治すって約束だ!」

「分かったわ。頑張ってね!」

 

 それ以来、俺は病院通いをやめて勉強に集中することにした。

 時々看護婦に花を渡すよう頼んだりしたけど、決して母さんには会わなかった。

 全ては約束を守るために。

 けど、それは間違いだった。

 

 

 

 中学3年の3月。

 お前も知っている通り、俺は陵桜学園に合格した。陵桜を選んだのは、母さんに自慢できるレベルの高校だったからだ。

 昔の成績を知っていた周りの先公はかなりびっくりしてたけどな。そんなことはどうでもいい。

 これでやっと母さんに会える。そう思っていたんだ。

 

「白風君」

 

 学校への報告を済ますと、教頭が俺を呼んだ。

 何事だと思ったら、教頭の顔色が悪い。

 

「お母さんの容態が悪くなったって連絡が」

 

 気付いたら、俺は病院に走っていた。

 合格の証明書を握りしめて。

 

「母さん!」

 

 俺は母さんの病室に入る。

 母さんは昔と変わらずに空を眺めていた。

 

「はやと、どうしたの?」

 

 けど、傍目で見ても分かる程、すっかり弱々しくなっていた。

 たった1年、会わなかっただけでこんなに変わってしまうのか?

 

「母さんの容態が悪くなったって……」

「ああ……大丈夫。明日手術なの」

「明日!?」

 

 初耳だった。そんな大事なことも知らず、今まで受験しか目に入っていなかった俺が憎く思えた。

 

「……そうだ! 母さん、俺、受かったよ! 陵桜だよ!」

 

 俺は握りしめて、すっかり皺だらけになった証明書を見せた。

 

「まぁ……すごいじゃない。おめでとう」

「だから母さんも大丈夫だよな! 約束だもんな!」

「ええ、はやとに勇気を貰ったもの。奇跡がきっと起こるわ」

 

 母さんの笑顔はやっぱり昔と変わらない。久々に頭を撫でられ、俺は落ち着きを取り戻した。

 母さんの容態の悪化の所為で面会時間が短くなり、俺はすぐに病室を出ることになった。

 そして、医者から最悪の事実を聞いた。

 

「手術の成功確率は限りなく低いです」

「え……?」

 

 何でだよ。母さんは大丈夫だって言ったじゃないか。

 母さんは今まで頑張って生きてきたんだぞ? こんなところで終わりだなんて、あんまりだ。

 

「ですが、お母様は自ら進んで手術を受けることを決めました。貴方が必ず帰ってくるからと言って」

 

 母さんはずっと俺を待ってたんじゃないのか? なのに、俺は受験勉強に追われて……。

 何をしていたんだ、俺は。

 

「我々も最善を尽くします」

 

 医者の最後の言葉を聞き流し、俺は帰った。

 家には相変わらず誰もいない。こんな大変な状態なのに、アイツは今日も仕事だ。

 けど、俺は母さんの約束があるから責めることが出来ない。

 俺は書置きを残し、眠った。

 

 父さんへ

 明日母さんの手術があります。出来れば来てください

 はやと

 

 

 

 翌日、手術の日。

 俺と、事前に連絡を受けていた祖父母は病室で母さんと一緒にいた。

 

「大丈夫よ、はやと」

 

 母さんはさっきからそれしか言わない。

 何で俺の心配ばっかしてんだよ。自分の心配しろよ。

 

「そろそろ時間です」

 

 看護師達が母さんを手術室へ運び出した。

 

「大丈夫」

 

 それだけ言い残し、母さんは手術室の中に消えた。

 「手術中」のランプが付き、俺と祖父母は椅子に座って待った。

 途中、コーヒーを買ったりしながら、俺達はずっと手術室の前で待っていた。

 その間、アイツはずっと来なかった。

 

「奇跡が起これば……」

 

 時間が経つにつれ、俺はそれしか呟けなくなっていた。母さんのこと言えないじゃないか。

 そして、遂にランプが消える。

 

「母さん!?」

 

 ドアから出てきたのは、医者だった。

 

 

 

「残念ですが……」

 

 

 

 それ以上は、ショックで何も聞けなくなった。

 母さんの変わり果てた姿に、俺は吐きそうになった。

 

「……っ!!」

 

 もうあの笑顔を見せてくれない。

 あの細い手で撫でてくれない。

 何故だ? 俺は約束を果たしたぞ?

 奇跡が起こるんじゃなかったのか!!?

 

「みどり……」

 

 後ろで間抜けな声が聞こえた。

 

「テメェ……」

 

 母さんは約束を破った。

 なら、俺も1つくらい破っていいはずだ。

 

「今更どの面下げてきやがったんだ!? あぁ!?」

「はやと……」

 

 俺は今頃ノコノコやってきたアイツの胸倉を掴んだ。

 

「何やってたんだよ! アンタは!」

「す、済まない……道が混んで」

「言い訳なんて聞きたくない!」

 

 今までだってそうだ。母さんはずっとアンタを信じていたんだ。

 なのに、アンタは母さんが死ぬ直前でさえ姿を見せなかった。

 

「クソッ! クソがクソがクソがクソがクソがクソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 母さんの葬式。

 初めて見る親戚とか、母さんの昔の知り合いとかが集まったが、俺にはどうでもよかった。

 胸に空いた虚無感は簡単に埋まるモンじゃない。

 

 献花の時、母さんの顔をよく見る。

 安らかな寝顔だ。苦痛に歪んでいないだけ、まだマシなのか。

 葬式、そして通夜を終え、俺は母さんと別れた。

 

「はやと……」

 

 家でアイツが俺を呼ぶ。どうでもいい。

 

「俺は出ていく。アンタなんか、もう父親でもない」

 

 母さんがいない今、この家は完璧に俺1人になってしまう。

 大事な時にもいない男なんて、父親でも母さんの夫でもない。

 

「はやと!」

 

 俺はアイツを無視し、事前に用意した荷物を持って家を出た。

 けど、行く宛てなんか何処もなかった。

 家を出て数日後、俺は今住んでいるアパートの前で遂に倒れた。

 

「……んっ?」

 

 気が付くと、見知らぬ天井が目に入る。

 

「ここは……?」

「あ? 気が付いたか」

 

 体を起こすと、知らない男がいた。

 

「ここは俺ン家だ。ちゅーか、何で家の前で行き倒れてたんだ?」

「行き倒れ……ってことは、ここはアパートか?」

「おう! ここは「夢見荘」! んで、俺が大家の海崎隆也だ!」

 

 海崎さんはチンピラみたいな喋り方で自己紹介をする。

 なんか胡散臭いな。だが、アパートなら丁度いい。

 

「頼みがある。俺をここに住まわしてくれ」

「は?」

 

 俺はこれまでの経緯を海崎さんに全部話した。家に帰りたくないこと、行く宛てもないこと。

 

「金は無いけど、働いて稼いで返す! 生活費も自分で何とかする! だから、ここに住まわしてください!」

「んー、そりゃ部屋も空いてるけど……テレビねぇぞ?」

「見ない!」

「扇風機も炬燵もねぇぞ?」

「夏は全裸で過ごすし、冬は毛布に包まって過ごす!」

「洗濯機……」

「手洗いしてやる!」

「……いや、それは共用でいいか」

 

 どうでもよさ気な質問を聞くだけ聞いた海崎さんは、溜息を吐いて俺にある紙を渡した。

 

「ここに名前を書け。判子は……指印でいいか」

 

 指印と聞いて、俺は思い切り指を噛んだ。当時は指の印=血印だと勘違いしてたからな。

 

「血印じゃなくていいっての! 朱肉あるし!」

「ってて……早く言えよ!」

 

 こうして、俺は新たな住処と少し奇妙な恩人を手に入れた。

 

「……何で俺を住まわしてくれたんだ?」

「んー、少年の夢を壊したくなかったから、か?」

「キメェ」

「テメー、追い出すぞコラァ!」

 

 訂正、かなり奇妙な恩人だ。

 

 

 

 

 

「……これで全部だ。情けないだろ。母親の死に未だに向き合えず、勝手に父親を憎んでいるんだ」

 

 自分の問題に向き合えず、ずっと逃げてきた。

 空を見上げるのだって、天に昇った母さんに無意識に会いたがっているから。

 

「…………」

 

 話し終えたが、つかさは無言で俯いている。

 オイ、ひょっとして寝てるんじゃねぇか?

 

「はやと君、そんなことが……」

 

 いや、泣いていた。

 こんな俺の過去を聞いて、全く関係のないはずのつかさが泣いていた。

 

「何でお前が泣くんだよ」

「ゴメンね……」

「謝んなくてもいいっての」

 

 とりあえず、頭を撫でてあやした。

 全く……でも、少し気が楽になっていた。溜め込んだものを吐き出したから、かもな。

 

「でも、はやと君はお父さんとどうしたいの?」

「っ!?」

 

 何で急に確信突くかね、この娘は。

 

「……話し合うのが怖いんだよ」

「ん~、じゃあ海崎さんと一緒なら?」

「これ以上迷惑かけらんねぇよ」

「えっと……」

 

 案が出なくなると、つかさは今度は困ってしまった。

 

「お前が一緒ならいいけどな」

「ふぇ? う、うん! いいよ!」

「……え?」

 

 俺の余計な一言に、つかさはあっさり承諾してしまう。

 何気なく言った言葉なんだけど……。

 しかしまぁ、つかさと一緒なら大丈夫な気がするな。

 

「ああ、分かったよ」

 

 流石に眠いので、つかさを部屋に返した。またかがみに有らぬことを疑われても困るし。

 

「はやと君」

 

 去り際に、つかさが振り向いて言った。

 

「頑張ってね!」

 

 その瞬間、つかさの姿が母さんと被って見えた。

 今度の選択は、間違いじゃないと信じたい。




どうも、雲色の銀です。

第19話、ご覧頂きありがとうございます。

今回は柊家に世話になるはやとと、はやとの過去話でした!
長いこと引っ張りましたが、これではやとの謎は全て明かされました。

母親が今のはやとを構成する上で大きく影響してたんですね。しかも歪んだ形で。

はやとが家出した時期は3月下旬。あき達が事情を知らないのも無理ありません。
因みにはやとは携帯を持ってますが、そのお金は保証人である海崎さんが出しています。勿論、後で全額返す約束ですが(笑)。

次回ははやとvs親父です。果たして、仲直り出来るのか!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話「踏み出す一歩」

 今朝は珍しく、はっきりと目が覚めた。

 時間は6時半。今日は月曜だが、桜藤祭の振り替え休日だ。

 体を起こした所で、俺はつかさの家に泊まっていたことを思い出した。

 

「……あー、そうか」

 

 そして、昨晩のことも思い出す。

 つかさに俺の過去を話し、父親と話し合うことを約束してしまった。

 何であんな約束を……。

 後悔していると、昨日去り際に言われたつかさの一言を思い返す。

 

『頑張ってね』

 

 ……ま、しちまったモンは仕方ねぇな。

 俺は布団を畳んで着替えると、歯を磨きに洗面所へ向かった。

 

「あ、はやと」

 

 ところが、洗面所には先客がいた。つかさの双子の姉、かがみだ。

 こんな休日に、かがみも早起きなこった。

 

「珍しいじゃない、アンタがこんな時間に起きるなんて」

「まぁな」

 

 自分でもそう思うよ、本当。

 

「じゃあね」

「あ、そうだ」

 

 顔を洗い終えたかがみが立ち去ろうとすると、俺はふと呼び止めた。

 

「今日、俺の事情を話してやる」

「え?」

 

 つかさに話しちまったし、これ以上黙ってる理由もない。

 

「いいの?」

「ああ。そろそろ一歩踏み出す時かもしれないしな」

 

 敢えて、つかさに話したことは黙っておいた。

 夜中につかさと2人部屋の中にいたなんて、この姉が知ったら俺は殺される。

 

「ふーん、分かったわ」

 

 頷いて、かがみは部屋に帰っていった。

 

 

 

 そして朝食の後、俺は柊家に全てを話した。

 いのりさんだけは、仕事があるからいなかったけど。

 

「以上です」

 

 母さんのこと、アイツのこと、俺のこと。

 俺の情けない話を、皆黙って聞いていた。

 

「そうか……大変だったね」

 

 最初に口を開いたのは、ただおさんだった。

 

「今までよく頑張ったわね」

「何ていうか、意外だったわ」

「うん、すごいよ」

 

 みきさんも、かがみも、まつりさんも俺を責めなかった。

 自分勝手な理由でキレて、この家にも迷惑を掛けたのに。

 

「それで、これからどうするんだい?」

 

 ただおさんの問い掛けに、俺は真剣に答える。

 

「一度……話し合ってから決めます」

 

 一瞬躊躇ったが、つかさを見ると笑顔で頷いてくれたから、はっきりと言えた。

 

「うん、それがいい」

「ありがとうございます」

 

 最後に俺は、頭を下げて礼を言った。

 この家族には世話になりっぱなしだ。

 荷物は置いていくよう言われた。

 取りに来た際に報告が出来るし、また喧嘩になっても戻ってこれるように、とのことだ。

 

 

 

 俺とつかさは俺の実家に向かった。

 あの日以来の家……正直また気分が悪くなる。

 

「大丈夫? はやと君」

 

 顔をしかめる俺の隣で、つかさが心配してくれた。

 何でコイツはこんなにも優しいんだろうな。俺なんかに協力しても、得なんてないのに。

 

「ああ、ありがとう」

 

 でも、悪くない。

 普段は頼りないけど、不思議と今は心強い。

 

「着いた」

 

 目の前にある、出て行った日のままの家。

 標識には「白風」の文字。

 

「ここがはやと君の……」

 

 俺は合鍵を使い、家の中に入った。

 予想通り、家には誰もいない。アイツは仕事があるからな。

 

「はやと君……?」

 

 つかさの心配そうな声を背に、俺は家に上がる。

 

「お、お邪魔します!」

 

 後から続いて、つかさも入ってきた。

 

 家の中もあの時のままだった。

 まさか俺の部屋までそっくりそのままだったなんてな。

 埃を被った勉強机の上に、皺だらけの合格証明書。

 

「…………」

 

 嫌でも思い返される記憶に、何も言わないまま俺は居間へ向かう。

 居間もあの時と同じだった。ちょっと物の位置が変わっていたり、汚くなっていたけど。

 だが、一番変わっていたのは、あの時にはなかったものがあることだった。

 

「母さん……」

 

 母さんの仏壇。

 周りは綺麗に掃除してあって、飾ってある花は新しいものだ。アイツが用意したんだろうか。

 

「ただいま、母さん」

 

 俺は焼香を揚げ、手を合わせた。

 

「この人がはやと君のお母さん……」

 

 つかさも隣で合掌してくれた。

 

 

 

 することがなくなってしまった俺達は、つかさの思い付きで掃除をすることにした。

 特に俺の部屋は手を付けられていなかったから、かなり汚かった。

 

「はやと君、掃除機どこ~?」

「クローゼットの中だ、多分な」

「あったよ~!」

 

 2年前に出ていった家なのに、何処に何があるかまで覚えているなんてな。我ながら恐ろしい。

 

「あ、これ……」

 

 しかし、つかさはクローゼットから更に何か持ってきたらしい。

 

「何だ……!?」

 

 それは俺の幼少期のアルバムだった。何でそんなモン見つけて来たんだ。

 

「ねぇ、見てもいい?」

「ダメに決まってんだろ!」

 

 顔を真っ赤にしながらアルバムを取り上げようとする。

 しかし、つかさは俺の許可を得る前に、既に開いていた。

 

「わぁ~、はやと君可愛い~」

「見るなぁぁぁぁっ!」

 

 もし翼があったら、逃げ出したい……。

 

 

 結局、アルバムの中身を全部見られてしまった。

 

「いっそ殺せ……」

「だ、ダメだよ~」

 

 心折れた俺を慰めるつかさ。

 いや、お前の所為なんだけどな。

 

「でも、赤ちゃんの時のはやと君可愛かったよ~」

 

 全然嬉しくねぇよ。

 つかさは再び引き出しの漁っていた。まだ探す気か。

 

「もうアルバムはねぇぞ」

「ふぇ? 何で?」

 

 俺のアルバムは赤ん坊の頃だけだった。

 

「話したろ。母さんが入院してたって」

「あ……」

 

 俺の写真を撮る人間がいなかったからだ。アイツは仕事ばかりだったしな。

 

「ゴメンね……」

「気にすんな」

 

 しゅんとするつかさの頭を撫で……ないで、ペチンと叩いた。

 

「ひゃ!?」

「ほら、掃除すんだろ?」

「う、うん!」

 

 気を取り直して、俺達は掃除に戻った。

 

 

 

 昼飯は冷蔵庫に材料だけならあったので、つかさに頼んで作ってもらった。

 

「悪いな、つかさ」

「ううん、私料理大好きだし」

 

 つかさの料理してる姿を見るのは2度目だ。

 前は風邪引いてたからあまり覚えてないが。

 

「~♪」

 

 鼻歌なんて歌いながら料理している。呑気な奴だ。

 

『女の子に料理を作ってもらう、あの姿が何とも言えない!』

 

 ……成程、あきが前に言っていたことも分からなくない。

 

「出来たよ~」

 

 料理中のつかさを見ながら片付けをしてると、完成品を運んできた。

 

「焼きそばか」

「うん。ちょっと簡単なのになっちゃったけど」

 

 いやいや、充分だろ。野菜もちゃんと入ってるし。

 

「頂きます」

 

 手を合わせ、まずは一口。つかさは無言で感想を待っている。

 

「……美味い」

「本当? よかった~」

 

 焼きそばってこんなに美味いものだっけ?

 夏祭りに食った海崎さんの奴より千倍は美味かった。

 

「ご馳走様!」

 

 結果、俺はすぐにつかさの焼きそばを平らげてしまった。料理の天才、現るだな。

 流石に洗い物は俺が引き受け、終わり次第家の片付けを続けた。

 

 

 

 日も暮れ時。

 俺達は1日中家の掃除に追われていた。

 あの野郎……仏壇以外も掃除しろっての。

 

「お疲れ様~」

 

 つかさがお茶を持ってきてくれた。

 コイツも大分家の中を把握してきたらしい。人の家なのに。

 

「サンキュ」

「お父さん、帰ってきたらびっくりしちゃうね~」

 

 そりゃ、勝手にあがりこんで掃除されたら誰だって驚くな。

 

「さて、帰るか」

「え?」

 

 アイツがいないのに話し合いもクソもない。

 仕事から帰ってくるのも夜中だろうし。

 

「俺達がここに居たって仕方ないだろ?」

「うん……」

 

 残念そうな顔をするつかさ。気持ちは分からなくもない。

 意気込んで来て見たが、成果なしだもんな。

 

「悪いな。無駄に時間とらせて」

「ううん、約束だもん」

 

 つかさの頭を撫で、帰り支度をする。

 

「……アルバムは置いていけ」

「はうっ!?」

 

 

 

 柊家への帰り道。俺は何かに気付き、つかさを静止させる。

 

「……つかさ、ここにいろ」

「ふぇ?」

 

 俺は不意につかさを路地に隠し、1人前に進んだ。

 

「あ……はやと」

 

 予感的中だ。俺の目の前には、アイツがいた。

 

「よぉ」

 

 湧き上がる怒りに、俺は拳を強く握り締める。

 本当は今すぐにでも殴り飛ばしたい。この場から逃げ出したい。

 けど、すぐ傍にはつかさがいる。

 

 だから、逃げない。約束だからな。

 

「話をしに来た」

 

 俺の言葉に、アイツは酷く驚いていた。

 昨日まで頑なに拒んでいた息子が、話をしようなんて言い出した所為だ。

 

「……ああ」

 

 アイツは力なく笑った。

 

「あの日、何で来なかった?」

 

 俺は避けていたことを聞いた。

 あの時は言い訳だと片付けていたことを。

 

「アンタは俺達なんてどうでもよかったのか?」

「違う!」

 

 アイツは俺の思っていたことを強く否定した。

 

「俺は、俺はみどりの病気を治してやりたかった! 言い訳だと言われるかもしれないが、それでもみどりを愛していた!」

 

 アイツの叫び声なんて初めて聞いた。今までは俺ばかりが叫んでいたから。

 

「お前もだ! はやと!」

 

 俺は軽くショックを受けた。アイツが、俺を愛していた?

 

「みどりを治してやる為には金が必要だった……だが、間に合わなかったんだ。あの日だって、いつも俺は……」

 

 ああ、そうか。

 母さんの言っていたことは間違ってなかったんだ。

 思えば、休んでいた日は一度もなかったような気がする。それは、仕事と合わせてアルバイトも掛け持ちしていたからかもしれない。

 全ては治療費を稼ぐ為。全部母さんの為だった。ただ、間に合わなかっただけなんだ。

 

「済まない……お前にも寂しい思いをさせた」

 

 アイツは涙を流しながら頭を下げる。

 この人も、ずっと頑張ってきたんだ。空回りして、間に合わなくて、それでも足掻いていた。

 そして、勝手にいなくなった俺なんかを探していたのか。残された、たった1人の家族を。

 

「……頭を上げなよ」

 

 俺は静かに呟く。

 

「俺も謝らなきゃな、父さん」

「!」

 

 俺は気付けば微笑んでいた。

 母さんの言っていたこと、父さんの本当のこと、全部分かったからかな。

 

「勝手にキレて、いなくなって。母さんとの約束も破ったし。ゴメン」

「はやと……」

「でも、まだ帰れない」

「え……?」

 

 近付いてきた父さんの動きが止まる。

 

「気持ちに整理が着かないんだ。俺はこのままあのアパートで暮らしたい」

 

 俺の我儘だけど、まだ父さんも自分も許せない。

 暫くは気持ちと向き合って、自分で決着を着けたい。

 

「はやと……ああ。俺も散々お前を待たせたからな」

「ありがとう」

 

 最後にこれだけ会話を交わして、涙を拭いながら父さんは俺と擦れ違って家路に就く。

 ここから、今までと違う関係が始まるんだ。

 

 ふと気付くと、路地から泣き声が。

 

「ぐすっ、よかったよぉ~!」

「何でお前が泣いてんだよ」

 

 部外者のつかさが泣いていた。いや、マジで何で泣いてるんだ?

 

「だって……はやと君が泣かないんだもん……」

 

 つかさの言い訳はかなり苦しかった。俺の代わりに泣く奴があるかよ。

 

「でも、よかったね……誰も悪くなくて」

「誰も?」

「はやと君も、はやと君のお父さんも」

 

 相変わらず俺の心配までしてくれるのか。

 涙を流しながら、つかさはいつものように優しく微笑む。

 

「あれ? はやとく」

「つかさ」

 

 俺の涙はあの時に枯れた……はずだった。

 俺は本当に久しぶりに泣きながら、つかさに抱き付いていた。

 

「は、はやと君!?」

 

 顔を真っ赤にして慌てふためくつかさ。

 

「悪い……暫く、このままにさせてくれ」

 

 そう言うと、つかさは黙って抱き返してくれた。

 

 

 何でお前はこんなにも優しいんだろう。

 けど、そんなつかさと出会えたから、俺は今日まで楽しく毎日を過ごすことが出来た。

 つかさがいてくれたから、今日も父さんと分かりあえた。

 俺の傍にはいつもつかさがいてくれたんだよな。

 

 気付けば、俺はつかさが好きになっていた。

 

 

 

 散々泣いて落ち着くと、お互いに目が腫れていたので、俺達は近くの公園のトイレで顔を洗ってから帰った。

 

「「ただいま~」」

「お帰りなさい。はやと君、どうだった?」

 

 昨日と同じように、玄関に入って早々にみきさんが出迎えてくれて、成果を聞いてきた。

 

「仲直りは出来ました」

「本当!?」

「え、何々? 成功?」

 

 物陰からかがみとまつりさんが出てくる。

 隠れて聞いてやがったか。

 

「こらこら、質問攻めにしたらはやと君が可哀想でしょ」

「「ちぇ~」」

 

 みきさんに窘められ、渋々引き下がる2人。子供かアンタ等は。

 

「そろそろ夕食にするから、手洗ってきてね」

「「は~い」」

 

 報告ついでに俺も夕食を頂くことになった。

 

「あれ? 2人共、更に仲良くなってない?」

 

 まつりさんがそんなことを口にする。

 

「何ですって!? はやと! つかさに何もしてないでしょうね!?」

「イデデ!? してねぇよ!」

 

 妹の貞操に敏感な、凶暴な姉が反応して俺の耳を引っ張った。

 素直に「妹さんに抱き付きました」なんて言ったら殺されかねないので、勿論嘘を吐いたが。

 

 

 

 みきさんの美味い夕食を頂いた後、帰ってきたいのりさんも含め、俺は本日の経過報告をした。

 

「これがその時のアルバムでね~」

「置いてけって言っただろ!?」

 

 途中、アホの子による恥晒し大会が行われたが。何時の間に隠し持ってやがった。

 

「……以上です」

 

 話し終えると、今朝同様に沈黙する。

 

「仲直り出来て良かったじゃないか」

「ええ、良かったわ~」

 

 ただおさんとみきさんは一安心といった様子だ。

 赤の他人をここまで心配してくれるなんて、本当にいい人達だ。

 

「で、つかさとの」

「ありませんって」

 

 いのりさんまで、そっち方面に話を持っていこうとする。

 アンタ等、俺達より自分達の心配をしろよ。

 

 

 

 それから、流石にお世話になりすぎだと思い、当初の予定通り帰ることにした。

 みきさんには引き止められたけどな。

 

「息子が出来たみたいで楽しかったわ」

「心臓に悪いこと言わないでください。かがみも睨むな」

 

 ……つかさに惚れたのは事実だけどな。

 

「つかさ」

 

 家の前で2人きりになり、つかさに話し掛ける。

 

「もしお前に会えたことが奇跡だってんなら……」

 

 母さんの言葉を思い出す。

 

「ほんの少しだけ、信じてみてもいいかもな」

「うんっ!」

 

 つかさは嬉しそうに頷いた。

 

 

 

 翌朝、学校にて。

 

「おっす」

「おはよう~」

 

 俺は何事もなかったかのように登校した。

 

「はやと、お泊りはどうだった?」

「あ?」

「つかさから聞いたよ~?」

 

 ……はずだったのだが、何故か事情を知っていたヲタカップルに絡まれる。

 

「つかさ……」

「ご、ゴメンね~!」

 

 今後、口の軽さが自分の首も絞めてるってことを教えてやらなきゃな。

 

「別に。楽しかったけど?」

「それだけ?」

「進展なし?」

「何が」

「「……はぁ~」」

 

 細かい内容を教えてやる義理もなく、俺は適当に流した。

 意味あり気な溜息がまたムカつく。

 

「お前等席付けー」

 

 チャイムが鳴り、黒井先生が教室に入ってくた。

 こうして、再び俺達の日常が始まる。

 

「はやと、屋上は行かないの?」

 

 みちるが珍しそうに聞いてきた。

 

「……今日はいいかな」

 

 教室の窓から見上げる空では、母さんが微笑んでいるように感じた。




どうも、雲色の銀です。

第20話、ご覧頂きありがとうございます。

今回ではやとの過去編は終了です!桜藤祭編と連続だったから長かった!やっと話に一区切りです。

さてさて、はやとがやっとつかさへの恋心を自覚しました。告白はまた大分先ですけど。
そしてこれから出番が減ります(笑)。

次回は付き合い始めたあきとこなたの話です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話「正直なあなた」

 桜藤祭が終わり、また日常が帰ってきた。

 黒井先生の授業、眠る徹夜組、鉄拳制裁。

 で、俺は屋上でシエスタを楽しんでいる。

 

「平和だな……」

 

 こうして、ここで昼寝をするのも久々だ。

 だが、そう思っているのも束の間。

 

「はやと君!」

 

 バンッ!とドアを開け、連れ戻し部隊がやってきた。

 

「授業サボっちゃダメだってば~!」

 

 頬を膨らまして怒るつかさ。

 ぶっちゃけ怖くもなんともない……が、俺はどうもコイツに弱いらしく。

 

「へーへー、分かりましたよ」

 

 観念して体を起こし、入り口の上から降りた。

 

 桜藤祭後の一件以来、どうも俺が変わったと言われている。

 そこそこに優しくなったとか、笑うようになったとか、つかさに逆らえなくなってるとか。

 事情を知らないと、好き勝手言えるモンだな。

 

 が、皆の予想は大体合っていた。

 つかさのおかげでちょっとは角も取れ、俺はつかさが好きになっていた。

 目の前には姉という、巨大な壁が立ちはだかっているが。

 あきでさえ、こなたと付き合えたんだ。俺にもチャンスは……

 

「はやと! また屋上!?」

 

 とか思っていると、つかさに続いてかがみまでやって来た。

 出たよ、過保護が。

 

「つかさの手を患わせる真似はやめなさいよ!」

「呼びに来なきゃいいだろ」

「ダメだよ~」

 

 両側から責められて、耳を塞ぎたくなる。

 もし翼があったら、楽に逃げられるのになぁ……。

 

 

☆★☆

 

 

 今の俺は、正に幸せの絶頂だった。

 一月前までは「爆発しろ」と言う側が、まさか言われる側になるなんてな~。

 

「で、具体的にどうなんだ」

 

 浮かれる俺に、やなぎが尋ねてくる。

 

「そうか、聞きたいか! 俺とこなたのイチャイチャぶりを!」

「いや、やっぱ別にいい」

 

 話を振ってきたくせに冷たいな~。

 

「まず登下校!」

「勝手に話すのかよ」

 

 やなぎんのツッコミを軽くスルーし、俺は話し始めた。

 

「勿論一緒! 通学路で手を繋いだり!」

「いや、家違う方だし」

「昼! こなた手作りの愛妻弁当を」

「「愛妻」じゃないし、そもそも私弁当作らないよ」

「放課後! 人気のない教室でキャッキャウフフの」

「さっさと帰るじゃん」

「……その後はラブラブデート!」

「ゲマズやメイトだけどね」

 

 理想と現実のギャップに泣きそうになる。

 ……こなたさん。あなたは本当に俺の彼女さんでしょうか?

 

「以前と何一つ変わらないじゃないか」

「そーなんだよねー」

 

 現実に打ち拉がれる俺を前に、こなたはアッサリと言い放つ。

 

「大体あっきー、ウチにすら来てないじゃん」

「ぐはっ!?」

 

 はい、トドメの一言貰いましたー!

 そう、俺は泉家にまだ行っていない。

 

 理由は……あの父親だ。

 ノコノコ出向いて「娘さんとお付き合いさせてもらってます」なんて言ってみろ?

 二度とお天道様を拝めなくなる。

 

「要するにヘタレているのか」

「どうしようもないよね~」

 

 凹んでいる俺に容赦ない言葉を投げ付ける2人。

 あーもう! 分かりましたよ!

 

「行きゃいいんでしょ! 今日の帰りにこなたン家に寄ってくから!」

「……え? マジ?」

 

 勢いで言うと、何故かこなたが狼狽えた。

 

「えっと……急だから、その……」

 

 何だ? いきなり萎らしくなったな。

 

「部屋が汚いとかなら気にしないぜ?寧ろ下着とか持ち」

 

 次の瞬間、強烈なアッパーを食らった。

 あの動き……世界を狙える!

 

 この後土下座し、「良いというまで家に入るな」ということで許してもらった。

 

 

 

「へっくし!」

 

 で、外で待たされること30分。

 流石に家には入れてくれてもいいんじゃないスかねぇ!?

 もう肌寒くなる季節。他人の家の前で30分も待たされる高校生。

 

「洒落になんねぇ……」

 

 その時、ガチャリと泉家の堅い扉が開かれた。

 

「もういいよ~」

 

 そこには、すっかり普段着に着替えたこなたの姿が!

 

「遅くなかったか!?」

「ごめんごめん、あき君のこと忘れてたよ~」

 

 ……段々とあなたの恋人であることに自信がなくなります。

 家に入ると、普通に片付いていた。

 

「親父さんは?」

 

 ここで最大の障害物について尋ねてみた。

 

「買い物だと思うよ」

 

 イエス! これはもしやチャンス!

 

「あ、変な真似したら社会的に殺すから」

 

 俺の嬉々とした雰囲気を察したのか、こなたは振り向きもせずに恐ろしいことを言い放った。

 

 

 こなたの部屋に入ると、正座して待つように言われた。

 

「予想はしていたが、なぁ……」

 

 俺はこなたの部屋のクオリティに驚いていた。勿論、俺の部屋だって負けちゃいない。

 フィギュア、PCゲー、ラノベ、ポスターetc。

 正直、女の子の部屋じゃない。

 けど、それ以外は汚れた感じが一切ない。

 恐らく、待たされていた30分の間、必死に掃除したのだろう。

 

「……素直じゃないな」

 

 そこが可愛いんだけどな。

 

「お待たせ~。何か触ってないよね?」

「どんだけ信用ないんだ、俺は」

 

 言われた通り正座で待ってたぞ!

 

 

 それから、こなたの淹れてくれたコーヒーを飲みながら、今期のアニメや新発売のグッズの話で盛り上がり、ゲームでの対戦に熱中していると時間はあっという間に過ぎていった。

 

「カモン! 真紅眼の闇竜!」

「じゃあ超融合で」

「Noooo!?」

 

 カードゲームに夢中になっていると、下の方でドアの開く音がした。

 

「ただいまー」

 

 音と声から分かる通り、親父さんが帰宅してきた。

 あれ、やばくね?

 

「こなたー、お友達が来てるのかー?」

 

 親父さんはこちらに近付いてくる。

 ってか、靴が明らかに男物だから気付いてる可能性大。

 アレ、ヤバクネ?

 

 しかも、桜藤祭の劇で顔が割れてる挙げ句、キスシーンまで披露している。

 ウン、ヤバイネ!

 

「おかえりー。うん、ちょっと待っててー」

 

 こなたはいつもの調子で声をかける。

 すると、親父さんは戻っていった。

 流石に娘の部屋に入っては来ないか。ヒヤヒヤしたぜ。

 

「じゃ、挨拶に行こうか」

 

 えええぇぇぇぇぇぇ!?

 危機を乗り越えたかと思いきや、死の宣告!?

 

「だって、そういう話だったじゃん」

 

 チクショー! すっかり忘れてた!

 

「で、でも心の準備が……」

「今から彼氏紹介するからー」

 

 こなたぁぁぁぁぁぁぁ!?

 下では、盛大にずっこけるような物音がした。

 ……遺言でも考えておこう。

 

 

 

 楽しいはずの彼女のお宅訪問。

 

「え、えー……こなたとお付き合いをさせて頂いてます、天城あきです」

 

 それが、一瞬で修羅場に。

 俺は親父さんの部屋(書斎?)で正座していた。

 痛い。親父さんの視線が痛い。

 

「君は確か、劇でこなたと……」

「はい……」

「うん、キスしたよ」

 

 何でこなたはあっけらかんとしてるの!? 緊張しろよ!

 

「あれはやっぱり本当に……い、何時からなんだ?」

 

 親父さんの肩が震える。

 うわぁ、めっちゃ動揺してるよ……。

 

「こ、告白したのは劇のすぐ後で」

「じゃあキスした責任を取るつもりで付き合ったのかい?」

「それは違います!」

 

 親父さんの言葉に、俺はすぐに反応した。

 

 告白は後出しだったけど、それは絶対に違った。

 キスしたから付き合う、なんてバカみたいな真似を、俺もこなたもしない。

 俺はキスシーンを意識して、バカみたいに失敗を続けた。

 それは、それより前からこなたを意識してたからであって。

 

「あき君……」

 

 気が付くと、こなたが顔を赤くしてこっちを見ていた。

 親父さんも目を見開いている。

 

「……もしかして、今の口に出てた?」

 

 こなたはコクリと頷いた。

 うわぁぁぁぁぁぁ!?

 めっちゃ恥ずかしっ!?

 

「お、お茶淹れてくるね!」

 

 そう言って、こなたは部屋を出た。

 ちょ、逃げるな! 親父さんと2人にするなぁぁぁぁぁぁ!

 

「…………」

 

 この沈黙が怖い! さっきと比べて目付きが悪くなってるし!

 

「天城君、だっけ?」

「……はい」

「君の趣味は?」

「……ゲームとか、アニメです」

 

 ジッとこっちを見ている。

 こなたがああだから、通じると思ったが……ここはマトモなのを答えるべきだったか!

 

「そうか、君も……」

 

 再び沈黙が続く。こんな空気、もう耐えられない!

 クソッ、何か話題を……。

 キョロキョロ部屋を見回すと、親父さんの後ろにある本棚に知っている本があった。

 

「えっと……そ、そうじろうさんも読むんすか? その本」

 

 純文学っぽい本で、俺はあまり読まないんだけど、俺の親父に勧められて読んだことがあった。

 

「あぁ、これ? これは俺が書いたんだ」

 

 な、えええぇぇぇぇ!?

 親父さん、小説家だったの!?

 

「でも、天城君ぐらいの子が読むなんて珍しいね」

「はぁ、親父に勧められて……」

 

 今だけ俺のアホ親父に感謝するぜ!

 そして、俺は親父さんに他の著書を勧められたり、サブカル的な話題で盛り上がってしまった。

 これで、親父さんは俺とほぼ同類だということが分かった。

 

「何時の間にか仲良くなったみたいだね~」

 

 すると、こなたがお茶を持って戻ってきた。

 お茶淹れるにしては長すぎませんかぁ!?

 

「……コホン。でもあき君、こなたはそう簡単に渡せないぞ!」

 

 すぐに父親らしい感じに戻った親父さん。

 でも、いくらかトゲは取れたっぽい。

 

「……俺も諦めませんよ」

 

 不適な笑みで答える俺。

 こうして、挨拶は一応無事に済んだ。

 ついでに新しいヲタ仲間も増えた。

 

 

「いや~、一時はどうなることかと」

「それ、俺の台詞だから!」

 

 いきなり仕組んだのもこなただろうが!

 部屋に戻り、一息吐くこなたに突っ込む。

 

「……でも、あき君が私を大事」

「こりゃ、お仕置きの1つでもいれなきゃな~」

「…………」

 

 手をワキワキさせながら考えを巡らせていると、こなたにジト目で睨まれた。

 

「な、何だよ?」

「はぁ~……」

 

 何で飽きられてるの!? おーい!?

 結局、お宅訪問の定番であるえっちいことは出来ませんでした。トホホ……。

 

 

 

「って訳で、こなたの家でイチャイチャしてきたんよ」

「どの辺がだよ」

 

 翌日、早速やなぎん達に俺の武勇伝を聞かせてやった。

 

「親父さんに真摯に向き合い、愛を語ったじゃん」

「胡散臭い」

 

 はやと、お前にだけは言われたくない。

 

「でも、彼女がいるって楽しいんでしょ? いいな~」

 

 いやいや、みっちーはより取り見取りでしょうが。

 

「更に、今日はこなたからお弁当をもらがべっ!?」

 

 大声でお弁当自慢をしようとしたら、何処かから筆入れが飛んできた。

 

「あき君、そういうのは大声で言わないようにね~」

「イテテ……すみません」

 

 こなた、恐るべし。

 とりあえず怖かったので、謝っておいた。

 

「だが、愛妻弁当があれば、俺は復活出来る!」

 

 俺は勢い良く弁当箱の蓋を開けた。

 そこには、こなたお手製のご飯が……

 

 

 

「菓子パンだな」

「菓子パンだね」

「菓子パンだ」

 

 

 

 声を揃える3人。ま、まっさか~。

 しかし、どう見ても袋に入ったアンパンが弁当箱に納まっていた。

 な、何だこの手の込んだ手抜きはぁぁぁぁぁ!?

 

「てへっ」

 

 「てへっ」じゃねぇぇぇぇ!

 翌日から、愛妻弁当は消滅したのであった。

 堂々としたラブラブ生活にゃ、まだまだ遠いか……。




どうも、雲色の銀です。

第21話、ご覧頂きありがとうございます。

今回はあきとこなたの話でした。
こなたのあきへの態度は、そうじろうへのそれと近くしています。もっとキツいかも(笑)。

そうそう、「すた☆だす」。
あと9話で終わります。

次回からは、体育祭の話です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話「火花散る」

 天城あきと俺、冬神やなぎは小学校時代からの腐れ縁だった。

 

 最初は喧しい奴だと思っていた。

 バカで、バリバリのアウトドア派。明るくクラスの中心的存在。

 俺とは本当に正反対だ。

 

 俺は所謂ガリ勉タイプ。読書とボードゲームが趣味で、勉強は学年トップ3には入る。

 けど、運動音痴で病弱。風邪を引いて休むことはよくあった。

 

「やなぎ~、お友達よ~?」

「うっす!」

「いや、友達じゃないから」

 

 風邪がよくなる頃になると、何故かアイツが押し掛けて来た。

 

「もやしはやっぱダメだ、うん」

「大きなお世話だ」

「よし、走るぞ」

 

 俺の貧弱さをからかっては強引に外へ連れ出し、俺に運動をさせた。

 当然俺は嫌がったけど、気付けば不思議と風邪を引くことは少なくなっていった。

 

 

「ってことがあってさ! やなぎんは本当体力ないよな~」

「頭の中まで筋肉のお前に言われたくない」

 

 教室でもよく俺に絡み、漫才のようなやりとりをした。

 正反対だった俺達は、何時の間にかセット扱いされていた。

 

 

 中学に進んでも、俺達の関係は変わらなかった。

 

「2人は親友なん?」

「「いや、腐れ縁」」

 

 違う学校から来たクラスメートから、大抵同じ質問を受ける。

 普段一緒にいるけど、親友になった覚えはない。

 

「帰りに本屋寄ってくぞ」

「まぁ、やなぎんったらえっちぃ本買うのに付き合えって~?」

「違う! 読んでる小説の新刊が出たから買うんだよ!」

 

 親友と呼ぶにはあまりに雑な付き合いだ。

 

「やなぎ~ん、ゲームしようぜ~」

「おまっ、学校に何持ってきてんだよ」

「P○P」

「正直に答えんな!」

 

 そう、「腐れ縁」なら深くは干渉しないだろう。

 俺達の関係を現わすのに相応しい言葉だった。

 

「陵桜行けば親父がPC買ってくれるんだとさ!」

「無理だな」

「フッ、俺の本気を見せる時だ!やなぎ!」

「な、何だよ……」

「勉強教えて!」

「死ね」

 

 この「腐れ縁」がまさか高校まで続くとは思わなかったけどな。

 

 

 

「ふーん、昔から仲良かったんだ」

「そんなんじゃない」

 

 そして現在。

 俺はかがみに、俺とあきの関係について話していた。

 

「けど、本当は親友だって思ってるんじゃないの?」

「まさか」

 

 あんなのと親友扱いされたら困る。

 

「やなぎんは俺がいないとダメだからね~」

「ちょっと待て、いつからそこにいた」

 

 いきなり横に現れたあきに、容赦なく突っ込む。

 音もなく入って来たぞ、コイツ。

 

「説明しよう。あっきーはやなぎん分が不足すると、足音もなく近付くことが出来るのだ」

「迷惑だからやめろ」

「うわーん、やなぎんが冷たいよ~」

「はいはいワロスワロス」

 

 あきは、これまた何時の間にかいたこなたに泣き付く。

 しかし、こなたはそれをスルー。高校生にもなって泣き付くな、鬱陶しい。

 

「茶番はいいとして」

「自分で言うな」

 

 あっさり復活したあきに、今度はかがみが突っ込んだ。

 

「やなぎんは俺とつるむまで、病弱だったからな~」

「悪かったな」

 

 こんな体力バカに付きまとわれたら、健康にもなる。

 

「ま、俺の話はそれくらいにして……今はお2人が気になるなぁ」

「な、何だよ」

 

 あきとこなたは俺とかがみを交互に見る。何が言いたいんだ。

 

「最近仲良くない?」

「よく一緒に本屋に寄るし」

 

 確かに、俺とかがみには読書という共通の趣味があった。

 この前も、かがみからラノベを勧められ、読んでいたところだ。

 

「アレはこなたがあきと帰るっていうから、やなぎと行っただけよ」

「俺も新刊が欲しかったしな」

「本当かな~?」

 

 冷静に反論する俺達に、こなたはまだニヤニヤした視線を送る。

 

「自分達がくっついたからって、余所にまで飛び火させるな」

「羨ましいなら羨ましいって、言ってもいいのだよ。素直になりたまえ」

「殺したい」

 

 仕方なく、素直に自分の気持ちを言うと、あきはずっこけた。

 最近、このバカップルの調子の乗り方がエスカレートしている気がする。

 俺とかがみで説教をかまし、その時は終わった。

 

 

☆★☆

 

 

 桜藤祭が終わり、ホッとするのも束の間。

 

「じゃあ体育祭の出場科目の話し合いをするで」

 

 この学園の体育祭は何故か桜藤祭が終わって、すぐにやるらしい。ふざけた話だ。

 因みに、科目は全員リレーに学年対抗リレー、パン食い競争、障害物競走、二人三脚……等々、走ってばかりだ。

 

「はい」

 

 まず、手を挙げたのはみゆきだった。

 みゆきはおっとりしてるけど、運動神経いいからな。何でも出来るだろ

 

「障害物競走に立候補します」

 

 障害物か……意外なチョイスだな。

 まぁ、ただ走るより遊び心があるけどな。

 

「ほな、障害物は高良でええか?」

「やったことないので楽しみです」

 

 このまま、障害物競走はみゆきに決まるかと思いきや……。

 

「みゆきさんは身体の凹凸激しいから障害物はダメだよ~。いろいろくぐるし」

 

 という、こなたのセクハラめいた一言に、教室内に笑いが溢れた。一部の男子は興奮してみゆきを眺めているし。

 当のみゆきは顔を真っ赤にしていた。可哀想に。

 

 結局、この発言の所為でみゆきは学級対抗リレーの選手になった。

 じゃあ障害物は誰がやるか?

 

「面白そうだし、僕がやろうかな」

 

 もう1人の完璧超人、みちるだ。

 みちるも白い肌と裏腹に体育は得意な方だ。大丈夫だろう。

 

「じゃあ、檜山で決定な」

「ゴメンね、役目を奪っちゃって」

「い、いえ……」

 

 あーあ、まだ顔赤くしちゃってるよ。好きな奴の前であんなこと言われちゃ、余計恥ずかしいよな。

 ま、みゆきの仇はみちるが取ってくれるさ。

 

 その後も着々と話し合いは進んでいった。パン食い競走、男子の対抗リレー等々。

 そして、二人三脚は……。

 

「俺と!」

「私!」

 

 あきとこなたの、ヲタカップルだ。

 確かにコイツ等の息はピッタリである。いい意味でも、悪い意味でも。

 ただ、1つだけ問題があった。

 

「お前等の身長差じゃ、無理じゃね?」

「「!?」」

 

 俺の指摘に固まる2人。いや気付けよ。

 あきは一般的な高校男子の身長だ。しかし、こなたは小学生と言っても過言ではない。

 そんな2人が肩を並べて走れるか?

 

「ふっ……大丈夫だ。俺達の愛の力で!」

「あ、あき君……」

 

 格好付けるあきと、感動するこなた。もう好きにしてくれ。

 こうして、体育祭の話し合いは無事に終わった。

 

 ん、俺? 個人種目なんて面倒なモン出ませんが、何か?

 

 

 

 放課後。

 やなぎ、かがみと合流し、いつも通りの帰り道。

 

「体育祭に向けて、髪切ろうかなー。思い切ってショートとか」

「え!? お姉ちゃん髪切るの!? 折角今まで維持してきたのに」

 

 ふと、かがみが言い出した言葉につかさがショックを受ける。

 いや、そこまでショックなことか?

 

「いや……何気なく言っただけだけど」

「今の意味深な反応、絶対男がらみだ!」

「何でもそっち方面に結び付けるなっ! つかさも余計なこと言うなっ!」

 

 こなたが目を輝かせて食い付くが、まぁ世の中そんなに上手くは進まないってことだ。

 

「でもかがみが髪切ると……うーむ」

 

 ふむ、試しにツインテールがなくなったかがみを想像してみた。

 

 

『あによ』

 

 

 ……ダメだ。特徴がなさすぎる。

 言うなれば鬣のないライオン、耳のないウサギってところだな。

 

「やめておけ、かがみ」

「あかん、あかんて……印象めっちゃ薄っ。元が元だけに」

「ショックデカいわぁ……」

「つまらない顔で悪かったな。だからしないっつの」

 

 俺達に止められ、かがみは呆れ顔で返した。

 とりあえず、かがみの個性を守ることには成功したな。

 

「そういやみゆきさんは対抗リレーなんだぜ」

「へぇ。ま、分かるけど」

 

 あきが自慢そうに語る。みゆきなら安心した勝負運びが出来そうだしな。ウチ等のクラスが有利になるのはいいことだ。

 

「最初は障害物競走になるはずだったんだけどね」

 

 こなたはみゆきの種目変更の経緯を話した。

 アレは……嫌な事件だったな。つーか、元凶お前だよな。

 

「って言ったらリレーになったよ。みゆきさん速いし」

「お前それ中年オヤジのセクハラかよ……最悪だ。可哀想に」

 

 こなたの話を聞いたかがみが同情していた。ですよねー。

 

「で、他のメンバーは?」

 

 やなぎが尋ねる。そういやクラスが違うから、コイツ等とは争うことになるんだよな。

 ま、俺にはどうでもいいことだけど。

 

「みちるが障害物競走、こなたが100m走と、あきと一緒に二人三脚だ。俺とつかさは全員リレーのみ」

 

 と、説明してやると、やなぎとかがみが突然固まる。どうかしたのか?

 

「実は、俺とかがみも二人三脚に出るんだ」

「……ハァ!?」

 

 やなぎの発言に、俺達はかなり驚いていた。

 だって、もやしだぜ?

 全員リレーですら足を引っ張りかねないやなぎが、何でかがみの足を文字通り引っ張るような真似を!?

 

「はやと君、声に出てるよ!」

 

 おっと、いけねぇ。もう遅いけど、俺は慌てて口を押さえる。

 つかさに突っ込まれるなんてな……それぐらい驚いたってことか。

 

「よし、帰って祝杯あげようぜ!」

「お前等なぁ!

 

 あきはもう勝った気でいるし。いや、他のクラスもいるからまだ早いだろ。

 俺達の失礼な態度に、やなぎが遂にキレた。

 

「はいはい。で、何でもやし君が二人三脚に?」

「お前、後で殴るわ」

 

 あきの舐めまくった態度に怒りを覚えつつ、やなぎは奇妙な出来事の経緯を話し始めた。

 

 

☆★☆

 

 

 あきは後で殴るとして、俺が個人種目――それも二人三脚に出るなんて、誰も想像しなかっただろう。

 なら、何故そんなことになってしまったのか。

 俺達のクラスもまた、他のクラス同様に体育祭の出場選手を決めていた。

 

「次は二人三脚だ。誰かやらないか?」

 

 担任の、桜庭ひかる先生の呼び掛けにざわつくクラス。

 二人三脚はコンビネーションが重要。仲のいい2人組がやるべきだと考えていた。

 

 そもそも、俺も進んで個人種目をやる程、身のほど知らずじゃない。

 悔しいが、自身の体力のなさは痛い程理解している。

 しかし、ある男子生徒の一言が俺に地獄行きの切符を寄越した。

 

「そういや、柊と冬神って最近仲良いよな?」

「なっ!?」

 

 無駄な一言の所為で、クラス中の視線が俺とかがみに集中する。

 

「だよなー。お前等適任だよ」

「バカ言うな。かがみは既にパン食い競走に出るって決まっただろ」

 

 何故パン食い競走なのかは、かがみの名誉の為にスルーしておく。

 

「1人何種目でも良いぞ」

 

 しかし、俺の発言を覆したのは桜庭先生だった。

 確実に面倒臭がっているな、あの教師。

 

「だ、だが俺は……」

 

 自分で自分のことをもやしとは言いたくない。

 が、体力がないのも事実。このままではかがみの足を引っ張ってしまう。

 

「かがみも何か言ってくれ!」

 

 俺はかがみに助けを仰ぐ。だが、かがみは何故か顔を赤くしたまま固まっていた。

 そして、最後に放たれた一言が俺の運命を決め付けた。

 

「自信が無いのか? ヘタレ~」

 

 その台詞を聞いた瞬間、俺の中の何かがキレた。

 

「上等だ! やってやるよ!」

「おおおお!」

 

 沸き上がるクラス。我に返り、愕然とするかがみ。

 桜庭先生はやれやれ、といった風に黒板に俺とかがみの名前を書いた。

 以上が、俺とかがみが二人三脚をやる羽目になった敬意である。

 

「お前なぁ……」

「うるさい! 冷静に考えてもバカなことをしたさ!」

 

 その後、かがみに土下座で謝ったさ!

 けど、今更引き返せない。

 ……相手があきだと知って、余計にな。

 

「俺に勝てるかな? もやし君」

「調子に乗るな、脳筋」

 

互いに火花を散らす俺達。

 

「かがみんも大変だね~」

「まったく、男は分からないわ……」

「といいつつ、やなぎんと走ることは万更でもないかがみんであった」

「う、うっさい!」

 

 こなたとのやり取りに、かがみは再び顔を赤くする。理由は俺には分からないけど。

 腐れ縁同士の対決に、俺は後戻りを許されなくなった。

 




どうも、雲色の銀です。

第22話、ご覧頂きありがとうございます。

今回は体育祭の話でした。
やなぎとかがみの話でしたが、どう膨らませようか悩んでいた所、体育祭というイベントをすっかり忘れていました(笑)

次回はやなぎが訓練する話です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話「縮まる距離」

 体育祭にて、あきと対決することになった俺は、まずは人並みに体力を手に入れようとトレーニングを積むことにした。

 

「まずはジョギングをしよう」

 

 走れなければ元も子もない。

 俺は、家の周り500mを3周は走ることにした。

 そして、30分後。

 

「も、もう無理……」

 

 ゆっくりペースで走っていたはずの俺は、体力切れで地に伏していた。

 お、おかしい……。こんなに早くダウンするなんて……。

 

「ペース配分を間違えたか? それとも、最初から距離を長くしすぎたか……」

 

 休憩しながらプランを練り直していると、携帯が鳴りだした。

 あきの奴が茶化しにかけてきたものだと思ったが、ディスプレイに出ていた名前にそんな考えは吹き飛んだ。

 

「かがみ?」

 

 二人三脚の相方からの電話に疑問符を浮かべつつ、電話に出る。

 中止にでもなったか? 他のペアが出るとか。

 

「もしもし?」

〔あ、やなぎ? 調子はどう?〕

「別に悪くはないが」

 

 だが、かがみは特に何もない様子で話して来た。

 ん? 何でかがみは俺の調子を聞いたんだ?

 

〔じゃあさ、どうせなら一緒に練習しない? 二人三脚なんだし、呼吸を合わせる必要もあるでしょ?〕

 

 俺はトレーニングを始めたことを誰にも言っていない。

 どうやら、かがみには俺の行動が読めていたようだ。

 

「そうだな……」

 

 かがみの誘いは常識的に考えても、悪いものではなかった。

 しかし、ある決定的な欠点を抱えていたが。

 

「俺はお前について行けそうもないぞ?」

 

 たった今、息が上がっていたばかりだ。

 呼吸を合わせて走るなんて言ったら、ただ足を引っ張るだけではないか。

 

〔いいわよ。私が合わせるから〕

「それではかがみの練習にならない」

〔そんなことないわよ。だって二人三脚だし、足の速さよりリズムを合わせて走る方が重要よ〕

 

 む、確かに個々の足の速さより2人のコンビネーションを重要視した方がいいかもしれない。

 相手はあのヲタクカップルだ。普段はふざけているが、いざという時の息の合いようは恐ろしさすら感じる。

 

「……分かった。今からそっちへ向かう」

〔うん、待ってる〕

 

 電話を切ると置いてあった荷物を持ち、そのまま鷹宮神社へ向かう。

 ……何でかは知らないが、心は妙に高揚していた。

 

 

 

 神社には、ジャージ姿のかがみと私服姿のつかさが待っていた。そこまではいい。

 

「何でお前までいるんだ」

「知るかよバーロー」

 

 何故か、はやとまで木に寄りかかりながら見学していた。

 正直、やりづらい。

 

「はやとは雑用に呼んだのよ」

「本当は嫌だけど、ここん家には世話になったからな。断れねぇんだよ」

「そ、そうか」

 

 はやとは若干眠そうな表情をしながら、近くに立てかけてあった箒を手にする。

 はやとが本気で断れないのだとしたら、深い事情があるようなので、敢えて聞かなかった。 恐らく、以前つかさが電話で聞いてきた父親関係のことだとは思うが。

 

「さっき言った通り、まず落ち葉の掃き掃除。終わったら境内の雑巾掛けお願いね」

「大掃除かよチクショー!」

「つかさははやとをしっかり見張っていること。すぐサボるから」

「分かった。頑張ってね~」

 

 かがみの指示を受け、はやとは箒を巧みに扱い落ち葉を集めて行った。

 つかさはそれを眺めながら、のんびりと俺達に手を振った。

 

 この光景を見ると、はやとは本当に変わったと思う。心の中の枷が外れたというか、何というか。

 最近では屋上で昼寝をする回数も減ってきている。

 つかさが与えた影響が、アイツにとってそれほど大きかったんだろう。

 

 ま、これ以上他人の詮索をしても仕方がない。俺は俺のやるべきことをしよう。

 軽くストレッチをした後、お互いの片足を縄で括り付ける。

 

「じゃあ、1で右足ね」

「分かった」

 

 そう言うかがみは、普段はツインテールにしている髪を1つに纏めていた。

 ……俺の長髪も纏め上げるべきだな。

 

「「せーのっ!」」

 

 俺達は合図と同時に「右足」を出そうとし……盛大に転けた。

 まさか初っ端からこんなギャグみたいなことを仕出かすとは……。

 

「イタタ、右足だってば!」

「だから右足を……待て。どっちの右足かは決めてないぞ」

 

 二人三脚は、基本出す足は内側か外側になる。

 しかし、かがみの右足は外で俺のは内だ。同時に出すことは出来ない。

 

「そ、そうね。迂闊だったわ……」

「じゃあ外側からでいいんだな」

「ええ。気を取り直して」

 

 互いにリズムを合わせ、俺達はゆっくりと走り出した。

 始めはゆっくりとしたペースで走ることにした。

 いきなりスピードを上げてもリズムを合わせづらいし、まずは慣れる方が大切だ。

 

「はっ、はっ……」

 

 しかし冷静に考えると、女子と肩を組んで走っている訳で、結構緊張をしていたりする。

 かがみの髪、シャンプーの匂いが……って、邪念を捨てろ! あきと同レベルに落ちたくない!

 雑念を振り払い、かがみと合わせて走ることに集中する。

 だが、ふと周囲を見ると……。

 

「あらまぁ、二人三脚だなんて仲のいいわね~」

「若いわね~。おまけにペアルックなんて」

 

 近所のおばさんからの注目を浴びることとなった。

 いや、ペアルックじゃないから。学校のジャージだから。髪型は同じだけどただ結んでるだけだから。

 

「…………」

 

 かがみも気付いたのか、顔を赤くして俯いている。

 俺達は無意識の内にペースを上げ、住宅街を突っ切っていった。

 その所為か、人気の少ない道に出た時には、俺の息はかなり上がっていた。

 

「やなぎって、本当に体力ないのね」

 

 かがみの何気ない一言が胸を抉る。事実だが、はっきり言われると辛いな……。

 

「う……スマン」

「ま、パートナーだしね。少し休憩にしましょ」

 

 縄は結び直すのが面倒なのでそのままにし、俺達は近くのベンチに腰掛けた。

 

「かがみ」

「何?」

 

 休憩ついでに、俺は疑問に思っていたことを聞いてみた。

 

「何で俺との二人三脚を断らなかったんだ?」

 

 かがみは他の種目にも出るし、例え二人三脚に出るとしても日下部とか、もっと足の速い人間もいる。

 しかし、かがみははっきりとは断らなかった。

 

「べ、別に深い意味はないわよ」

 

 かがみはこちらを見ずに答える。

 

「そうか」

「そうよ! たまにはやなぎと走るのもいいと思ったの!」

 

 かがみの顔が耳まで赤くなっている。素直になれない証拠だ。

 あまり困らせるのも可哀想なので、ここは問い詰めなかった。

 

「でも、こうしているとダイエットに付き合った時を思い出すな」

 

 俺達を巻き込んだマラソンで、俺と組んでいたかがみは足を挫いた。

 そんなかがみを少ない体力で運んで、倒れたんだっけな。

 

「あ、あの時は……ごめん」

「気にするな。いい運動になったのは確かだしな」

 

 苦笑しながら言うが、実際はかなりキツかった。もやしと呼ばれるのも納得してしまったし……。

 すると、今度はかがみが俺に質問をしてきた。

 

「やなぎはあきのこと、どう思ってるの?」

 

 あきのことか……。何度目かの話題に、俺は思わず溜息を吐いてしまう。

 

「腐れ縁だが、何でだ?」

「だって、やなぎがあんなにムキになるなんて珍しいじゃない」

 

 ……そうだな。あき相手に本気で対抗心を燃やすなんて、らしくなかったか。

 

「端から見てると、まるで好敵手(ライバル)みたいな」

「好敵手? 違う違う」

 

 そこは強く否定した。俺とアイツが好敵手なもんか。

 

「釣り合わないんだ。アイツと俺じゃ、違いすぎる」

 

 俺は初めて自分の内を曝け出した。あきがいる前だと、恥ずかしくて口に出せないようなことを。

 

「あきもここまで扱いが酷いと可哀想になるわね」

 

 苦笑しながらかがみが言う。ふむ、どうやら勘違いしているな。

 

「いや、あきが下なんじゃない。俺がアイツに敵わないんだ」

「えっ!?」

 

 本当のことを言うと、かがみは酷く驚いていた。

 

「意外だったか?」

「当たり前よ! 普段の扱いから見ても、そんな風に見えないし」

 

 だよな。ま、それはアイツがバカやって制裁を喰らってるだけだ。

 本当のアイツは、ぞんざいに扱われていいような奴じゃない。

 

「俺は昔、病弱で学校休みがちだったって話したろ?」

「ええ、あきが押し掛けて、おかげで丈夫になったって」

「……半分は違うんだ。本当は俺がアイツの後を追って行ったんだ」

 

 遠くを見るように、俺は語り出す。

 

 俺はずっとアイツの背中を追っていた。

 いつも強引に俺の前に現れて、明るく気楽に騒いでいられる。

 俺は、そんなあきが羨ましかった。

 そんなあきの強さを妬ましく思っていた。

 

「勿論、体力的な面でもな。運動神経もいいし、成績は悪くとも興味のあることへの頭の回転は早い」

「ああ~」

 

 かがみは普段のあきの、アニメやゲームへの異常な記憶力を思い返していた。

 親と賭けをしたとはいえ、実際に陵桜に入ったしな。

 

 だから、アイツにはどうやっても勝てないと思っていた。

 そんな風にコンプレックスを抱いている俺なんかが、あきの親友を語れる訳がない。

 好敵手としても、釣り合いが取れない。

 

「じゃあ、「腐れ縁」だったら気軽な付き合いが出来るだろ? だから俺達はずっと腐れ縁で通してきた……今まではな」

 

 けど、今回はそうもいかない。

 かがみには悪いが、俺は今回の二人三脚は降りるつもりだった。あきが出ると聞くまでは。

 

「初めて、俺はあきに勝てるかもしれないんだ。あきと同じラインに立てるんだ。そう思って、ついムキになったんだ」

 

 俺はそう呟き、自嘲的に笑う。

 勝てる訳ないのに。あきは俺とは違うのに。

 こんな情けない話に巻き込まれて、かがみも俺を見下すに違いない。

 

 

「さてと、じゃあ行きましょ」

 

 

 しかし、話を聞き終わったかがみは、すくっと立ち上がる。

 

「ほら、アイツに勝つんでしょ?」

 

 俺を見て、かがみは微笑む。

 それは嘲笑なんかじゃない。俺が勝てると信じている顔だ。

 

「いいのか?」

「この前は私が助けられたんだから、今度は私が協力する番よ」

「何とも思わないのか?」

「負けられない理由があるなら、それでいいでしょ?私もこなたに負けたらなんて言われるか分からないし」

「……勝てるのか?」

「2人なら、ね」

 

 笑いながら手を差し伸べてくれる姿が、とても綺麗に感じた。

 2人なら、か……そうだな。啖呵を切った以上、どうにかしないとな。

 それにかがみが支えてくれるなら、大丈夫な気がしてきた。

 

「よろしく頼む、かがみ」

「こちらこそ。やなぎもしっかりやんなさいよ!」

 

 かがみが差し出す手を取り、俺は立ち上がる。

 

 

「「せーのっ!」」

 

 

 俺達はまた走り出した。今度はしっかりと、段々スピードを上げて。

 これは余談だが、神社に帰ると。

 

「ほっ、はっ」

「はやと君すごい~」

 

 掌に箒を乗せて遊んでいるはやとと、それを見て楽しんでいるつかさがいた。

 

「何してんのよ、アンタ等はっ!!」

 

 境内にかがみの怒鳴り声が響いたのは、俺達が神社に戻ってすぐ後だった。

 




どうも、雲色の銀です。

第23話、ご覧頂きありがとうございます。

今回は訓練と、やなぎが抱えるあきへの心情の話でした。

やなぎがあきを腐れ縁と呼ぶ理由ですが、半分が今回の通りコンプレックスからです。もう半分は気恥ずかしさから来ています(笑)

次回はいよいよ体育祭にて対決です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話「腐れ縁と新たな感情」

 体育祭当日はあっという間に訪れた。

 折角てるてる坊主を逆さ吊りにしたってのに外は晴れ。あー、だりぃ。

 

「いいじゃねぇか。女子の体育着姿が拝めるんだし」

 

 と言いながら、変態大家がカメラのレンズを磨いている。

 きっと、桜藤祭じゃ俺が写真を撮って来なかったから、今回は付いてくるつもりのようだ。

 

「弁当だけ置いてバイトにでも行ったらどうです?」

「何言ってんだ? ちゅーか、おめーの分ねぇから!」

 

 割と本気で言ったら、使い古されたネタで返された。

 って、俺の分ないのかよ。

 じゃあ、俺は残酷な真実でも投げ掛けますかね。

 

 

「ウチの学校、ブルマじゃないッスよ」

 

 

 海崎さんの動きがピタッと止まる。

 カメラをゆっくりと置くと、おもむろに携帯を取り出した。

 

「あ、もしもし店長スか? 海崎です。今日のシフトですが、予定が空いたので」

 

 分かり易すぎるな、アンタ。

 ま、これで付いてきたら通報してるけど。

 

「よし、頑張ってこい!」

「女子の写真は撮りませんから」

「チッ」

 

 まだ狙ってたか。

 軽く落ち込む海崎さんを放置し、俺は学校に向かった。

 

 

 

 教室に着くと、桜藤祭の時と同じく全員闘志を燃やしていた。

 はいはい、皆さん元気でございますねー。

 

「はやと君、おはよ~」

 

 暑苦しい様子に辟易してると、つかさが駆け寄って来た。

 コイツはいつもの気の抜けた感じだ。安心した。

 

「今日は頑張ろうね~」

 

 ニコニコと柔らかい笑顔で言うが、俺達の出番は精々全員リレーのみだ。

 

「おう」

 

 だが、不思議と力がみなぎる。頑張らなきゃいけないような気になる。これが惚れた弱みって奴か。

 

「クソッ、何でウチの高校はブルマじゃないんだ」

 

 俺の朝のほんわかタイムを台無しにしたのは、あきの一言だった。

 お前は海崎さんか。

 

「あき君、頑張ってね~」

「任せろつかさ! 俺達に勝てる奴なんかいない!」

 

 つかさ、バカを付け上がらせるな。

 

 

 そして、体育祭が始まった。

 校長の話をスルーし、準備体操をした後、所定の席へ移動する。

 ここから2年の全員リレーまでは見物客も同然だ。

 

「あき」

 

 自分のクラスへと戻る途中、やなぎがあきに声を掛けた。

 

「何だ? 勝負はやめにしようってか?」

「いや……今日は負けない」

 

 あきは軽い調子で返すが、やなぎの眼は真剣だ。

 俺は知っていた。やなぎが今日までどれほど特訓していたのか。

 

「やなぎ」

 

 席に戻ろうとするやなぎを、俺は呼び止めた。

 

「お前……いや、お前等の羽撃き、期待してるぞ」

「敵から言われる言葉じゃないな」

 

 まぁ、確かに。けど、俺はクラスの勝敗なんざどうでもいい訳で。

 やなぎは自信に満ちた笑顔で戻って行った。

 二人三脚が、今日の一番の見物になりそうだ。

 

 

 先に1年の競技が終わり、次はみちるの出番である障害物競争だ。

 

「みちるさん、頑張ってください!」

 

 みゆき含む女子からの黄色い声援に、笑顔で手を振り返すみちる。

 何処の王子だ、お前は。

 他クラスの男子は嫉妬の炎を燃やしているし。

 

「では、位置に着いて」

 

 審判の掛け声で、走者が位置に着く。

 みちるは内側か。こりゃ貰ったな。

 

「よーい!」

 

パァン!

 

 ピストルの音に素早く反応し、みちるは走り出した。

 爽やかな笑顔とは裏腹に、他の走者をぐんぐん抜いていく。

 最初の障害物は平均台。しかし、みちるは軽々と渡りクリア。

 

「みちるさーん!」

 

 華々しい活躍に、みゆき含む女子の声も激しさを増す。正直言ってうるせぇ。

 次は網潜りだ。これも余裕だろ、と思っていた。

 

「わわっ!?」

 

 ところが、みちるは網に引っ掛かっていた。オイオイ……。

 

「ふぇぇ、取れないよぉ……」

 

 網はみちるの男子とは思えない白い肌に絡まり、みちるは涙目になりながら外そうと悶える。

 どう見ても網にかかった女子です、本当に以下略。

 しかし、その姿が扇情的だった為に走っていた男子が前屈みに……ってオイ。

 その隙に何とか網を潜り切り、ラストの借り物の札へ一直線に走る。

 

「……!」

 

 みちるは札をめくると、すぐにこちら側を見た。

 

「みゆき!」

「は、はい!?」

 

 突然呼ばれたみゆきは狼狽える。

 が、すぐに手を伸ばすみちるの方へ、頬を染めながら走っていった。

 

 

 障害物競争の結果は、圧勝だった。

 周囲の男子のみちるを見る目も、嫉妬から異様なものへと変わっていたが。

 

「いや~、いいものが見れた!」

 

 あきは携帯を眺めながら満足そうに言った。カメラ機能で撮ったな、アイツ。

 

「みゆき、ありがとう」

「いえ……」

 

 屈託のない笑顔を見せるみちるとは対照的に、みゆきは少し落ち込んでいた。

 実は、札に書いてあったのは「眼鏡」だった。

 予想とは違っていて残念だったんだろう。どんな予想かは、敢えて追求はしない。

 

 さて、次はパン食い競走だ。ここでも勝ちを取れればいいんだろうが……無理だろうな。

 何故なら、相手には凄腕の強敵(食いしん坊)がいたからだ。

 

 終了後、元気なさそうにパンを頬張る女子の走者。理由は勿論、負けたからだ。

 

「仕方ないね、相手がかがみじゃ」

 

 こなたはそう言って慰めた。

 かがみのあの気迫じゃ負けるのも無理はない。

 つーか、パン食うのにどんだけ一生懸命になってんだよ。

 

「この借りは全員リレーで返そうぜ」

 

 盛り上げ隊長のあきも走者を慰める。

 ま、仇ならすぐに取ってくれそうな奴がいるけどな。

 俺の視線の先には、気合の入った表情のみゆきの姿があった。

 次は代表リレーだ。みゆきなら、心配はない。

 

「頑張れ~!」

 

 男子があっさり終わり、女子の対抗リレーが始まるとこなたが声援を送る。

 確か、みゆきはアンカーだったな。

 

「みゆきさん、ファイト!」

 

 いよいよみゆきの出番が来た。現在の順位は、3位か。

 いつもとは違いキリッとした表情で走り、前走者を次々と抜いていく。

 

「おおおっ!」

 

 あきがまたもや携帯を構える。

 そしてラストスパート。トップの奴と、ほぼ同時にゴールした……かに見えた。

 

「おっしゃー!」

 

 あきが叫ぶ。うるさい。

 ゴールテープを切ったのはみゆきの豊満な胸だった。つまりバスト差で勝ったんだな。

 

「流石みゆきさん」

「GJ」

 

 なるほど、あきもこなたも最初からこの展開が読めてたってことか。最低だな。

 本人が気付いていないのが、不幸中の幸いだな。

 

 

 

 昼休憩になった。

 2年の全員リレーと二人三脚は午後の部だ。

 さて、昼飯をどうするか……。

 

「はやと君、お昼ご飯は?」

 

 丁度、つかさが昼飯の話題を振ってきた。

 ……まさか、つかさが弁当を作ってくれたなんて虫のいい話、ある訳がない。

 

「まだ未調達だ」

「あ、だったら一緒に食べない?」

 

 俺は奇跡なんて信じない!

 都合のよすぎる話なんてありはしないんだ! 最近が上手く行き過ぎてただけなんだ!

 

「お前も買いに行くのか?」

「ううん、お母さんが作ってくれたの。それで、はやと君の分も作ったって。皆はやと君を心配してたよ?」

 

 ……ああ、何だ重箱か。ならありうる話だ。

 しかし、またもや柊家の世話になる訳には……。

 

「ダメ?」

 

 つかさは子犬のような表情で、心配そうにこちらを見る。

 

 

「お世話になります」

 

 俺はつかさに連れられて柊家のいるシートに来ていた。また欲望に負けてしまったな。

 

「いらっしゃい、はやと君」

「どうせ昼ご飯用意してなかったんでしょ?」

 

 みきさんはにこやかに迎えてくれたってのに、この食いしん坊は。

 

「パン食い競走じゃ大活躍だったな」

「くっ……」

 

 明らかに皮肉を込めて言い返しておいた。

 おやおや、勝ったのに何か言いたそうですね?

 

「さ、沢山食べて頑張ってくれたまえ」

 

 まつりさんが弁当を勧めてくれた。ありがたいけど、多分アンタ何もしてないだろ。

 

 

 みきさんの美味い昼飯を食い、俺のなけなしのやる気も上がってきた。

 だけど、複雑だろうな。娘2人が違うクラスだから、どっちも応援しないといけない。

 

「はやと君、さっきの卵焼きなんだけどね」

 

 自分の席へ戻る途中、つかさが聞いてくる。

 ああ、卵焼きな。重箱の中身で一番美味いと思った品だ。

 

「あれ、私が作ったんだけど、どうだった?」

 

 何……だと……?

 

「メチャクチャ美味かった」

「そう? よかった~」

 

 クソッ! もうちょっと味わって食えばよかった!

 あまりの勿体無さに、地団太を踏みそうになる。

 

 

「全員リレー、頑張ろうね!」

 

 

 つかさは屈託のない、満面の笑みで言った。

 ……悪いなかがみ。俺にも負けられない理由が出来たようだ。

 

 

☆★☆

 

 

 午後の部は先に二人三脚をやり、全員リレーはラストになる。

 俺にとって重要なのは勿論、前者だが。

 

「かがみ」

 

 足を紐で結びながら、俺はふとかがみに呼び掛けていた。

 

「何よ」

「ありがとう、俺と走ってくれて」

 

 正直、かがみがいなかったら、あきと戦うということすら考えなかった。

 礼を言って顔を上げると、かがみは照れながら外方を向いていた。

 

「ば、バカね。そういうのは、勝ってから言いなさい」

「そうだな」

 

 苦笑しつつ、俺は立ち上がる。

 

「行こう」

「ええ」

 

 しっかりとリズムを合わせて、俺達は入場した。

 今日までしっかりと練習したんだ。お互いのペースに狂いはなく、もう転びはしない。

 

 スタートラインには、既にあきとこなたが待っていた。

 他のクラスのペアもいたけど、悪いが眼中にない。

 

「逃げなかったのは褒めてやる」

 

 あきが余裕そうに話しかけてきた。どうでもいいけど、お前等予想通りバランス悪いな。

 

「まさかとは思うが……俺が負ける戦いを挑むとでも?」

 

 こちらも余裕を持って対応した。

 あきは一瞬目を見開くが、すぐに笑顔に変わる。

 

「精々頑張れ、もやし君」

「かがみ、悪いけど勝ちは譲らないよ?」

「上等よ!」

 

 こなたもやる気満々のようだ。

 審判が銃を構える。練習通りだ。練習通り走れば……!

 

 銃声と共に、一斉に走り出す。

 他の走者達は声で呼吸を合わせる必要があるため、どうしても普通に走るより遅くなってしまう。転んでしまう者もちらほらいた。

 これが二人三脚の醍醐味であるから、仕方のないことなのだろう。

 

 だが、俺達は違った。

 練習を重ねた結果、俺とかがみは声を出さずとも呼吸を合わせられるようになっていたのだ。

 最終的に、足の遅い俺のペースにかがみが合わせるという情けない形になってしまったが、これで普通の走者と差を作れる。そう、普通なら。

 

「ほいほいほい!」

「!?」

 

 あき達はバランスの悪さすら凌駕し、圧倒的なコンビネーションで先頭を走っていた。

 

「はっはっは! 幼女と肌を合わせながら二人三脚をするという妄想をしていた俺に隙はなかった!」

「変態かっ!」

 

 競争が終わったら、警察か病院を呼んだ方がよさそうだ。

 しかし、このままではまたあきの背中を追いかけて終わってしまう……そんなのは嫌だ!

 

「かがみ! ペースアップだ!」

「でも!」

「俺は気にするな!」

 

 負けたくない! ここまでかがみが協力してくれたんだ! 絶対に諦めたくない!

 勝つ為なら、俺はどうなってもよかった。

 どんどんペースが上がり、かがみに俺が無理矢理付いていく。

 

「…………」

「あき君?」

 

 あき達のペースが、一瞬だけ落ちたような気がした。体力配分を間違えたのか?

 何にしろ、抜かすなら今しかない!

 

「かがみ!」

「分かってる!」

 

 俺達は外側からあき達を抜かし、ゴールまで一直線に走った。

 そして、ゴールテープを切るのと同時に倒れこんだ。

 

「か、勝った……やなぎっ!?」

「はぁ……はぁ……」

 

 無理矢理走った為、俺は虫の息になっていた。

 息苦しい……けど、確かに掴んだ勝利を感じていた。

 

「やなぎ……」

 

 ゴールし、紐を解いたあきがこちらへ向かってくる。

 何だ……? 負け惜しみでも言うつもりか?

 

「……俺の負けだ。やっぱすげぇわ、お前」

 

 太陽のような笑顔で手を差し伸べる。

 ああ、そうだ。何時だってお前はそんな笑顔で俺を引っ張り回していたんだ。

 正直吐きそうな位気持ち悪かったが、俺はあきの手を取り立ち上がる。

 

「当然、だ……お前には負けたくないからな」

「よく言うぜ、無茶しやがって」

 

 無茶、か……。

 もう俺はお前の背中を追うだけの貧弱な男じゃない。

 お前と同じラインに立てるんだ……。

 

「ほら、しっかりしなさい」

 

 かがみに支えられ、自分のクラスへ戻っていく。

 腐れ縁の、友人に認められたのもかがみのおかげだった。

 ……あきと並ぶんだったら、俺もすることをしなきゃな。

 

 

「かがみ」

「何よ」

「好きだ」

 

 

 顔を真っ赤にしたかがみに落とされるのは、数秒後のことだった。

 

 

☆★☆

 

 

 全員リレーには、どうやらやなぎは出ないらしい。出る気力も残ってないようだ。

 けど、いいものを見せて貰った。文句はないだろう。

 そういや、かがみがさっきから顔を赤くしてるけど、何かあったのか?

 

 全員リレーは、アンカーを除き1人辺りの走る距離が短い。その間にどれだけ速く走れるか、だ。

 

「HAHAHAHA☆覚悟するがよい! これからが本当の勝負! ランニングデュエル、アクセラレーション!」

 

 あきは二人三脚の時と違い、まるで機械のようなフォームでガションガション言いながら走っていた。

 随分余裕だな。ってか、ランニングデュエルって?

 

「ああ!」

 

 いや、こなたに聞いてないから。

 バトンはあきからみゆきに渡った。みゆきは対抗リレーと同様、安定した走りで他クラスとの差を広げていく。

 

「みちるさん!」

「うん、任せて!」

 

 みちるはバトンを受け取ると、爽やかな笑顔で流麗に走っていく。

 ついでに、女子の注目も集めていた。

 

「つかささん!」

「う、うん!」

 

 さて、問題のつかさだ。バトンを受け取れたのはいいが、間違いなく遅い。

 差は広がっているから、何もなければそのまま俺に……あ、転けた。

 お約束って奴か……まったく。

 

「ふぇぇ……」

 

 泣きそうになるつかさ。立ち上がろうとしている間に抜かされていってしまう。

 

「つかさ、走れ!」

 

 いても立ってもいられなくなり、俺は柄にもなく叫んでしまう。

 つかさの応援が響いていたのもあるが、やなぎのさっきの諦めない姿勢が火を付けたのかもな。

 

「後は俺に任せて、こっちまで走れ!」

「うん!」

 

 泣きそうなのを堪えて、つかさは何とか走り出す。さて、と。

 

「もし翼があったら、簡単に逆転出来るかもな」

 

 つかさからのバトンをしっかり受け取り、俺は全速力で走った。

 つかさにああ言った以上、抜かさない訳にはいかない。

 俺は1人、また1人とあっという間に抜かし、再びトップで次の走者にバトンを渡した。悪いな、足には自信があるんだ。

 これで、役目は果たしたぜ。

 

 

☆★☆

 

 

 まずは体育祭の結果から言おう。

 負けたよ。あき達のクラスが優勝だ。

 はやとじゃないけど、はっきり言って俺にはどうでもいいことだ。目的は達成したからな。

 クラスの皆から称賛を受けたりしたが、俺にはあきの言葉で十分満足していた。

 遂にアイツと並べるようになったんだから……。

 

「いや、俺1回もお前の上だって思ったことはないぜ?」

 

 閉会式が終わった後の会話で、あきはそう言った。

 

「俺も別にお前に勝てるなんて思ったことないし」

「嘘吐け」

 

 二人三脚じゃ楽勝ムードを漂わせていた癖に。

 

「いーや、これはマジ。体力勝負なら勝てるけど、頭を使ったらまず無理だね。ほら、俺って体力バカじゃん? どんな手を使ってもやなぎには勝てないと思ってた訳よ」

 

 ……つまり、俺達はお互いを勝てない相手だと認識していたことになる。

 

「ま、その体力勝負で負けたんじゃしょうがねぇよ」

「……そうだな。俺もお前の背中を見るのはもう御免だ」

「ならば見るがいい!」

 

 背を向けて見せてきたので、思いっきり叩いておいた。綺麗な紅葉が出来たじゃないか、よかったな。

 

「あき君! 踊ろう!」

「いってて……おう! じゃあな、やなぎ!」

 

 あきは背中をさすりながら、恋人と一緒にキャンプファイヤーへ向かった。

 体育祭後のイベントとして、キャンプファイヤーが行われていたのだ。

 火を囲みながら、恋人達は踊る。

 

「やなぎ」

 

 すると、今度はかがみが隣にやってきた。

 若干頬を赤く染めている。何かあったのだろうか?

 

「その、さっきの何だけど……」

 

 モジモジしながら話している。

 

「さっき……っ! あ、ああ……」

 

 思い出した。意識が朦朧としていたから幻かと思ったが、俺はかがみに告白していたんだ。

 だが、告白自体は嘘ではない。かがみがいたからこそ、俺は最後まで諦めず走り切れた。

 感謝してるし、好きになってしまっていた。

 

「私、がさつだけどいいの?」

「ああ、かがみだからいい」

「あまり可愛気ないし……」

「そんなことはない」

 

 黙り切ると、かがみは突然顔を突き出してきた。

 

「んっ!」

「え……?」

 

 これは……キスしろ、でいいのか?

 

「早くして! 恥ずかしいんだから!」

「あ、ああ」

 

 俺はゆっくりと顔を近付ける。

 炎が照らす影が、1つになった。

 数分経ち、唇を離すとかがみは耳まで真っ赤にし、潤んだ瞳で俺を見ていた。

 

「バカ……私も、やなぎが好きだからね」

 

 その時のかがみの表情は、一生忘れられない位可愛いと思えた。

 

「もう一回、いいか?」

「うん、お願い」

 

 再び唇を重ねる。甘い甘い時間を、炎はずっと照らしていた。

 




どうも、雲色の銀です。

第24話、ご覧頂きありがとうございます。

今回は体育祭、やなぎんの戦いでした。

漸くコンプレックスを振り払い、更にかがみという恋人までゲット。もやし爆死しろ!
そして、カップル成就をサブキャラにどんどん抜かされていく主人公ェ……。

次回は独り身には辛いXデーの話!終りまで残り6話です!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話「クリスマス」

 体育祭が終わると、俺達はすぐにテスト勉強に追われる羽目になった。

 ここの学校は俺達を殺す気か?

 

「だー、終わったー」

 

 最後のテストが終わり、俺は気怠そうに机に突っ伏した。

 数日は気を張りっ放しだったからな。

 

「お疲れ様~」

 

 同じくテストを終えたつかさ達が寄ってくる。

 流石に分からない部分が多かったので、俺達は何度か勉強会を開いていた。ほぼみちるとみゆき、やなぎ、かがみに教わっていただけだが。

 おかげで、テストを無事に乗り切ることが出来た。

 

「さて、後は冬休みを待つのみ!」

 

 あきが喧しく言うが、それには賛成だ。

 去年の冬休みは、家でゴロゴロしながら除夜の鐘を聞いて過ごすだけだった。

 クリスマス? 正月? 何それ美味いの?

 

「去年までは世に蔓延るリア充を冷やかしながら、爆発しろと書き綴っていた……」

 

 何をしていたんだ、お前は。

 

「だが今年は違う! 俺の隣には可愛い彼女がいる! クリスマスデートをするリア充に俺はなったんだ!」

 

 じゃあお前が爆発しろよ。

 浮かれまくるあきは、恋人であるこなたに近寄る。

 

「こなた、クリスマスには何処に行きたい?」

「あ、ゴメン。バイトだ」

 

 ざまぁ。あきを指差して、ぷくくっと笑う俺。

 

「チクショォォォ! メイド喫茶行ってやるぅぅぅ!」

「待ってるよ~」

 

 商魂逞しいな、こなた。相手が彼氏であっても。

 

「相変わらず騒々しいな」

 

 そこへ、別のクラスからもう1人のリア充が現れた。

 体育祭明けに、既にやなぎとかがみが付き合っているって聞いた時はかなり驚いた。

 

「聞いてくれよやなぎん」

「断る」

「ぐはっ!」

 

 泣き縋るあきを一刀両断するやなぎ。聞くだけ無駄だしな。

 

「どうせお前等、クリスマスデートするんだろ! バーカバーカ!」

「放っとけ!」

 

 顔を赤くするかがみ。煽られるとまだまだ恥ずかしいらしい。

 ったく、俺達からリア充が2組も出来るなんてな。

 

「クリスマスは久々にみゆきとみなみと過ごしたいな~」

「はい。みなみちゃんも喜ぶと思います」

 

 みちるはみゆきといい感じではある。

 みゆきがあの要塞を攻略するにはまだまだかかりそうだけど。

 となると、残されるのは俺達だけか……。

 

「?」

 

 チラッとつかさを見ると、頭に疑問符を浮かべている。人の気も知らないで……。

 とはいえ、この手の話は俺に似合わない。

 何も言わず、去年通り過ごしますとも。

 

 

 

 それから、あっという間にクリスマス。

 昼間からバイト……のはずが、今日に限ってシフトもない。

 完璧に暇になっていた。

 

「はぁ~……」

 

 毛布に包まり、溜息を吐く。

 海崎さんはバイトだし、ウチにはテレビなんてものもない。

 自転車もないから遠くにも行けないし、そもそも寒いから行く気すら起きない。

 まぁ、手詰まりって奴だ。

 

「…………」

 

 一瞬、本当に一瞬だけ家に帰ってみようかと考えてしまった。

 父さんがいるとも限らないし、確かに暖房もまともな食事もあるだろう。

 

「……却下だ」

 

 俺は小さく呟いた。

 ここで寒いし暇だから帰って来ました、なんて言ったら出て行った意味がない。

 

「買い物にでも行くか」

 

 クリスマスだし、スーパーは混んでいるだろう。

 人混みは嫌いだが、仕方なく財布とチラシを持ちスーパーへ向かおうとした。

 

Prrrr

 

 俺の携帯が珍しく鳴った。以前つかさに言われてから、一応まめに電源のチェックはしてたしな。

 

「もしもし?」

〔あ、はやと君? よかった、今度は繋がったよ~〕

 

 掛けてきた相手はつかさだった。

 

「どうした? 何か用か?」

 

 つかさには暖かい家族がいる。クリスマスが暇だなんてことはないはずだ。

 

〔うん、今晩クリスマスパーティーしないかなって〕

 

 クリスマスパーティー? んなもん家族だけでやりゃいいじゃねぇか。

 

「誰と?」

〔えっと、こなちゃん達はデートだし、ゆきちゃんも向こうで祝うって言ってたから……〕

 

 必然的に俺とやなぎだけになる。

 だが、やなぎもかがみも2人で過ごしたいだろう。

 

「余ってんの俺だけだぞ?」

〔う、うん……〕

 

 電話の向こうで困っているようだった。オイオイ、誘っといて困るな。

 

〔でも、はやと君寂しそうだったし……〕

「ぼっちで悪かったな」

〔はうっ! ご、ごめんね! そんなつもりじゃ……!〕

「分かってるよ」

 

 つかさがそんなことを言う奴じゃないことは承知済みだ。本当に俺を心配してるんだろ。

 だから、俺は敢えて断った。

 

「俺の世話なんて焼いてないで、家族と楽しく過ごせよ」

〔でも……〕

「俺は俺で何とかする。じゃあな」

 

 一方的に電話を切り、俺はスーパーへ向かった。

 

 勿論、つかさには感謝している。誘われた時はかなり嬉しかった。

 けど、ここで誘いに乗ったらまたあの家族に甘えてしまう。

 俺は部外者なんだ。何かある度にあの家族を頼ったらダメなんだ。

 

 外は曇っていて、一段と寒かった。

 

 

☆★☆

 

 

 去年までは魔のXデー。それが、今年からは彼女と過ごすラブラブデー……になるはずだった。

 

「お帰りなさいませっ」

 

 なのに、俺は今、彼女であるこなたのバイト先のメイド喫茶に来ていた。

 いや、これはこれで目の保養になるよ?

 けど、何か違う気がする。

 

「あき君、元気がないよ~?」

 

 従業員であるメイドちゃんに話しかけられる。

 俺もすっかりここの常連となり、顔を覚えられていた。

 初めて来た時の騒動で、俺のファンになった娘もいるようだ。悪くない。

 

「泉さんを独占出来ないのが寂しいとか?」

 

 図星を突かれる。流石はベテランのメイド!

 

「そうなんよ~。もう寂しくて浮気しちゃいそう!」

「ほう?」

 

 メイドちゃんに手を出そうとすると、横から指をパキポキ鳴らす音が。

 ギギギッと首を向けると、小さなSOS団長さんが修羅のオーラを纏ってました、ハイ。

 

「冗談だって! 大人しく待ってますから!」

「本当に~?」

 

 疑わしい視線で俺と、メイドちゃんを見るこなた。

 ……はは~ん。

 

「本当だって。だからオムライスプリーズ」

「はいはい。分かりました~」

 

 俺が注文すると、こなたはツンとした態度のまま厨房に戻る。

 やれやれ、こなたも嫉妬深いね~。

 

「泉さん、裏ではそわそわしてるんですよ~」

 

 早く上がりたいんだと思います、とメイドちゃん。実は、今の様子で俺も分かってしまった。

 素直じゃねぇよな、アイツも。

 

 

 やっとこなたが上がる頃には、既に外は真っ暗になっていた。

 

「ごめんね、あき君」

「んーや、一応一緒にはいたからいいさ」

 

 俺達は手を繋いで歩く。端から見たら兄妹かもな。

 

「さて、何処に行きますか」

「んー……ウチ!」

 

 えー、そうじろうさんいるからイチャイチャ出来ねーじゃん!

 

「じゃあ、あき君の家?」

 

 俺の家も両親がいる。

 こんな日に彼女なんて連れて帰ってきたら大騒ぎするに決まっている。

 脳筋親父には「まだ早い!」って殴られるかもな。

 

「ラブホ、なんてどうだ?」

「却下」

 

 ですよねー。

 ノープランだけど、こんなやり取りをしているのが一番楽しかったりする。

 

「アキバをブラブラしますか」

「だね」

 

 俺達には豪華な食事やしんみりムードなんて似合いっこない。

 ファミレスで飯を食ったり、電気街でフィギュアを眺めたりしている方がいい。

 

「行こうぜ」

「うん」

 

 俺達は一風変わったクリスマスデートを最高に楽しんだのであった。

 

 

☆★☆

 

 

 俺には付き合って日の浅い恋人がいた。

 気が強く、真面目だけど何処か抜けた所のある可愛い彼女だ。

 

「お待たせ、やなぎ!」

 

 紫色のツインテールを揺らし、こちらに駆けてくる。

 俺は駅前でかがみと待ち合わせをしていた。

 俺がかがみの家に行ってもよかったんだが、姉妹がつかさ以外にもいるらしく、からかわれるから嫌だとのこと。

 かがみがしっかりした性格になったのも頷ける気がする。

 

「ああ」

「……へ、変な所とかない?」

 

 モジモジし出すかがみを、俺は眺めた。

 黒のコートに赤いマフラー。別におかしな所はない。

 

「ああ、可愛い」

「っ!」

 

 素直な感想を述べると、かがみは更に顔を真っ赤にした。

 

「あ、あ、ありがとう……」

 

 付き合っても、恥ずかしがり屋なところは健在のようだ。

 俺は俺で、2人きりでいる時は恥ずかしく感じなくなっていた。

 勿論からかわれたら恥ずかしくなるが……多分、自信が付いたおかげだろう。

 

「じゃ、行こうか」

「う、うん」

 

 手を差し伸べると、かがみは俺の予想に反して腕を組んできた。

 前言撤回、俺もまだまだ恥ずかしいようだ。

 

 初々しいカップルは、顔を真っ赤にしたまま街中へ繰り出した。今日だけは知り合いに出くわしませんように。

 

 

☆★☆

 

 

 今日はクリスマス。

 僕は久々にみなみの家に行った。

 

 みゆきと岩崎みなみ、そして僕は小学校の幼馴染みだ。

 転校が決まった時、みなみは泣いてくれたっけ。

 

 最後に見た時と変わりない大きな家。庭には、大きなシベリアンハスキーが横たわっていた。

 

「チェリー!」

 

 名前を呼ぶと、ピクッと反応する。

 僕が最後に見た時はあんなに小さかったのに、かなり立派に育ったんだね。

 僕のことを覚えているといいけど。

 

「チェリー、久しぶりだね」

 

 手を出すと、チェリーは僕の匂いを嗅ぐ。

 そして、僕に擦り寄ってきた。覚えててくれたんだ!

 

「あははっ、久しぶりだね!」

 

 チェリーとじゃれていると、家から薄緑色の髪の女性が出て来た。

 

「チェリー、誰か来て……!」

 

 彼女は僕を見て驚いていた。

 あの時から大きくなったのは彼女も同じだった。

 

「みちる、さん……」

 

 あ、あれ? 昔は僕をお兄ちゃんって呼んでたと思ったけど……?

 とにかく、彼女は僕の名前を呼んだ。

 

「ただいま、みなみ」

 

 僕は微笑んで、みなみにそう言った。

 

 

 みゆきとゆかりさん(みゆきのお母さん)は既に岩崎家に来ていた。

 

「あらあら、大きくなったわね~」

「でも可愛さは変わらないわ~」

 

 ほのかさん(みなみのお母さん)とゆかりさんにそう言われ、思わず嬉しくなる。

 でも可愛さはあまりいらないかなぁ。

 

「彼女とかいるの?」

「あはは、いませんよ~」

 

 ゆかりさんは相変わらず若々しい。勿論ほのかさんもだけど、ゆかりさんは性格も……なんて考えるのは失礼かな。

 彼女……あきとやなぎにも出来たし、僕も度々羨ましく思う。そろそろ欲しいな、なんて。

 

「あら、じゃあみゆきなんてどう~?」

「お、お母さん!」

 

 ゆかりさんに勝手に勧められ、慌てるみゆき。

 みゆきなら引く手数多だし、僕よりいい人を見つけられるだろうな~。

 

「わ、私みちるさんのフルート聞きたいです!」

 

 みゆきが急に話題を変える。

 そういえば、まだみゆきの前で演奏してなかったっけ。

 

「じゃあ、みなみとデュエットしよっか」

「!?」

 

 今度は僕がみなみに振ってみる。

 みなみは予想してなかったらしく、かなり驚いていた。

 口数が少ないのも、変わらないなぁ。

 

 

 その後は、僕とみなみの演奏会をしたり、プレゼントを交換したり、まるで子供の頃に戻ったかのように楽しんだ。

 

 

☆★☆

 

 

 俺は今、猛烈に困っていた。

 スーパーに来たのはいい。

 人も沢山いる。それも問題はない。

 けど、そこでみきさんと遭遇するのは予想外だった。

 

「あら、はやと君もお買物?」

「えぇ、まぁ……」

 

 相変わらず若々しい笑顔で尋ねてくる。

 余計なことを言われる前にさっさとこの場から消えないとな。

 

「そういえば、つかさから電話は掛からなかった? 今夜ウチでパーティーするから誘うって言ってたけど」

 

 言われちまった……。

 ニコニコと、俺の返事を待っているみきさん。

 一体なんて言って断りゃいいんだ!?

 

「……来ました」

「あら、じゃあ待ってるわね」

 

 勝手に行くことにされた!?

 ここで断んなきゃ、本当に行くことに……!

 

「いや、あのっ」

「遠慮しなくていいのよ?」

 

 俺の言葉を遮って、みきさんは言った。

 

「はやと君はもう家族も同然なんだから」

 

 ……ダメだ。

 俺はこの家族に勝てそうもない。居心地が良すぎるんだ。

 

「……はい。料理、楽しみにしてます」

「うん。じゃ、後でね」

 

 嬉しそうにみきさんは会計に向かっていった。

 

 

 買った物を冷蔵庫にぶち込むと、恥ずかしながら俺は柊家に向かった。

 

「はやと君! いらっしゃい!」

 

 とびきりの笑顔で迎えるつかさ。

 

「ああ、悪いな。また世話になる」

 

 罰の悪そうに俺はあがろうとする。

 

「悪いだなんて、思ってないよ? はやと君は大切なお友達だもん」

 

 そんな俺の心を、コイツは更に溶かそうとする。

 そんなに俺の弱みをみたいのかって位に。

 

「……お邪魔します」

「どうぞ~」

 

 もう、余計なことを考えるのはやめにしよう。

 つかさの人の良すぎる笑顔を見ていたら、強がる自分がバカらしく思えてきた。

 

「お、いらっしゃい」

「今年はかがみがいないから物足りなくて……おのれ、抜け駆けしおって」

 

 かがみはやなぎと出掛けたんだろう。

 それにしても、この人達は何時になったら相手を見つけるんだろうか。

 

「さ、座って座って」

 

 みきさんに言われ、遠慮がちに座る。

 やっぱり、ここはいつも暖かい。

 

「揃ったところで、乾杯でもしましょうか」

 

 そういや、神社の家でクリスマスなんてやっていいのだろうか?

 ふと、ただおさんと目が合う。

 ただおさんは俺の考えていることを察したのか、苦笑しながら首を横に振った。

 ……この際野暮な話は抜きでいいか。

 

 みきさんが注いでくれたコーラを持つ。

 もし許されるなら、来年もまたこうして集まれますように。

 

「メリークリスマス!」

 

 




どうも、雲色の銀です。

第25話、ご覧頂きありがとうございます。

今回はそれぞれのクリスマスでした。

はやともみちるも、フラグは立ってるのにバキボキ折っているので、クリスマスまでにリア充になれませんでした。来年はどうでしょう?
あと、みなみがちょっとだけ登場しました。後輩組では1番好きなキャラだったりします。

次回は年明けのお話!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話「年末年始」

 12月31日、大晦日。

 一年の終わりの日も、俺にはあまり関係なかった。

 だって、テレビもラジオも炬燵もねぇし。

 因みに、携帯の……ワンセグだっけ?は使ったことがない。

 

「寒ぃ……」

 

 ガタガタと震えながら、俺は布団に包まっていた。

 部屋は密室だが、暖房もない為冷たい空気のままだ。

 去年はこれで乗り切った。

 

「……そろそろ沸いたか」

 

 しかし限界が近いので、お湯を沸かす。

 風呂に入るか、暖かい茶を飲むかすればまだなんとか耐えられる。

 

「……去年は何ともなかったんだけどな」

 

 去年は生活費を稼ぐのに、バイトをしまくって忙しかったし、日に当たって少し眠れば寒さなんて感じなかった。

 だが、今年は何をしても寒い。

 

 理由ならとっくに分かっていた。つかさや、柊家の暖かさを知ってしまったからだ。

 心の中でどうしても求めてしまう。

 

「はぁ……」

 

 風呂に浸かりながら、弱い心を振り払おうとする。

 クリスマスだって、結局は世話になってしまった。だからって、自分から頼ろうとするのは愚の骨頂。

 都合良く泊まらないか? なんて誘いもある訳ないんだし、甘えた考えは捨てるべきだ。

 

 

 風呂から上がると、携帯の着信が鳴る。

 タオルを投げ捨て、俺はすぐに携帯を取った。

 

「もしもし?」

〔あ、はやと? 珍しく出たな~〕

 

 だが、相手は俺の期待していた人物とは違った。

 ……何を期待してたんだ、俺は。バカか?

 

「用件を40秒以内で言うか、俺にカイロ詰め合せを寄越せ」

〔うおっ、何キレてんだよ!?〕

「別に。何の用だよ?」

 

 イライラしながら、俺はあきの話を聞くことにした。

 

〔今日さ、深夜に鷹宮神社に初詣に行かないかって話になっててさ〕

「ほぅ」

 

 鷹宮神社、つまりはつかさの家の神社だ。

 地元民じゃないみちるとみゆきは来れないらしいが、あき、こなた、やなぎと面子は揃っている。

 

〔で、お前は来るよな?〕

「何で?」

〔えっ?〕

 

 俺は正直、神頼みなんて真似したくはない。

 ましてや、叶わない願いに賽銭を出すなんて惜しすぎる。

 

〔いや、だって見たくないのか?〕

「何を?」

 

 獅子舞でもやろうってか?

 俺の気を惹かせるようなものなんて、そうないぞ。

 

〔つかさの巫女姿〕

 

 ぐああああああ!? かなり迷ってしまった! けど、けど……!

 

「……行く」

〔そうこなきゃな! じゃ、23時に現地集合で!〕

 

 一方的に電話を切られると、俺は床に膝と手を付いた。

 ここまで、つかさが俺の中で大きなウェイトを占めていたとは……。

 

 

 

 23時。俺は重い足取りで鷹宮神社に足を運んでいた。

 

「来た来た! 何浮かない顔してんだ!」

「寒いんだよ!」

 

 この場でカイロを持ってる奴は爆ぜろ!

 とはいえ、俺もコートに手袋、マフラー着用なんだけどな。でなきゃ、この季節に外を出歩く気にならない。

 

「まぁまぁ、巫女目当て同士。仲良くやろうぜ?」

「「お前と一緒にするな」」

 

 やなぎと声をハモらせて突っ込む。ま、お互い「ただの」巫女が目当てじゃないしな。

 さて、俺達3人がこの場にいるのはなんら問題ない。

 

「……このおっさん誰?」

 

 俺はこなたの隣にいる、いかにも怪しいおっさんを指差す。

 

「ウチのお父さん」

「娘が世話になってますー」

 

 こなたよ、父親を連れてきたのか。

 あきと似たような雰囲気から、何が目当てなのかはすぐ分かった。こなたの親父だしな。

 

「じゃ、行こうか」

「おぅ!」

 

 こなたは親父の目の前であきと手を繋いで先に行ってしまった。

 オイ、お前の親父が嫉妬に歪んだ表情になってるぞ。

 

 

 石段を登ると、境内は参拝客で溢れていた。普段は閑古鳥が鳴いてるってのに。

 

「ありがとうございましたー」

 

 いのりさんとまつりさんも、巫女服を着てお守りやらの販売をやっていた。忙しいんだろうな。

 

「おーい」

 

 こなたが手を振って何処かへ行く。つかさ達を見つけたんだろうか。

 

「かがみー、つかさー、あけおめー」

「お」

 

 やっぱりいた。

 かがみはツインテのリボンまで紅白にしていた。

 ふーん、まぁ似合ってんじゃね?

 

「あ、はやと君!」

 

 俺を呼ぶ声がして、振り向く。

 

「あけましておめでとう」

 

 そこには、いつものリボンをかがみと同様に紅白にした、巫女服姿のつかさが立っていた。

 

「ああ……ってまだ早くないか?」

 

 年明けにはまだ数十分早い。あけおめを言うのはそれからだ。

 

 そんなことより、巫女姿のつかさを見て思っていた以上に、俺は冷静でいられた。

 多分、ある程度予想通りだったからだろう。勿論、似合ってはいたが。

 

「おや、はやと君は思う所なしか」

 

 あきが不思議がる。余計な御世話だ、ほっとけ。

 

「けど、よく来たわね。寒いし、面倒がると思ったけど」

「いやまぁそうだけど」

 

 かがみの問いかけにこなたが答える。

 

「1年の計は元旦にあるから初詣に行って1年の英気を養おうって」

「へぇ、殊勝じゃない」

 

 そんなご立派な理由じゃないと思うぞ。

 

「お父さんが。私はこたつでぬくぬくしてたかった」

「どもー」

「あ、あけましておめでとうございます」

 

 ほらな。かがみも急に何か引っ掛かったらしく、微妙な表情になった。

 

「因みに俺は」

「もういいから」

 

 あきの答えも、概ねこなたの親父と同じだろう。

 

「ちゃんと初詣に来たのはやなぎとはやとだけか」

「いやぁ、それはどうかな」

 

 急にこちらに話を振られ、遠目で見ていた俺達はあきの指摘に固まる。

 

「アイツ等もああ見えて巫女服目当てかもしれないぞ~」

「「お前と一緒にするなっての!」」

 

 再び、俺とやなぎは強くあきに突っ込む。

 くっ、何故だか知らんがムキになってしまった……ああ、そうだよ! 図星だよ!

 

 軽く会話していると、間もなくカウントダウンが始まるとの知らせが入った。

 

「今年も色々あったなぁ」

 

 そうだな。去年と比べ、3倍は内容が濃かった気がしていた。

 

 つかさ達と出会い、同じクラスになった。

 あの頃はまさか2組もカップルが出来るなんて想像もしてなかったな。

 そして、俺がつかさに惚れるなんて全く思っていなかった。

 

 夏休みは祭に合宿……ああ、看病もしてもらったっけ。

 初めてだらけの出来事を俺に体験させたのもつかさだった。

 一緒に花火を見たり、泳ぎを教えたり……。

 

 桜藤祭……の後には、今年最大の出来事があった。

 父さんとの約1年ぶりの再会と、一端仲直り。

 それと、柊家に最初に世話になったのもあの時だ。

 あれからずっと、みきさんには息子扱いされている。いのりさんやまつりさんにもつかさの彼氏扱いだし、正直心臓に悪い。

 

 んで、つかさへの想いに気付いたのもこの時か。

 結局年内に告白はしなかった。こんな俺じゃあ、告白自体が無理な話だ。

 自分とも、母さんとも、父さんとも向き合わないとな。

 

 なんだかんだで、1年間俺の隣にはつかさがいてくれた。

 つかさだけじゃない。皆が俺に楽しい毎日をくれたんだ。

 俺の高校生活も、捨てたもんじゃなかった。

 

「10!」

 

 カウントダウンが始まった。

 

「9! 8! 7! 6!」

 

 来年もまた、皆と一緒にいたい。

 

「5! 4! 3!」

 

 許されるのなら、つかさに想いを伝えたい。

 

「2!」

 

 俺なんかが、いいのかな? 母さん。

 

「1!」

 

 気付けば、俺はつかさの頭に手を置いていた。

 

「ハッピーニューイヤー!」

 

 

 

 

 

 

 さて、帰るか。

 

「はやと君!?」

 

 帰ろうとする俺を、つかさが呼び止めた。

 何だよ。寒いんだよ。新年迎えたんだから帰らせろ。

 

「お参りしてかないの!?」

 

 お参りぃ? だから賽銭にやる金はないっての。

 第一、俺は神頼みしない主義だ。

 

「見事に雰囲気ブチ壊しだね」

「はやとェ……」

 

 あきとこなたが俺に冷たい視線を送る。

 

「15円ぐらいケチんな」

「今日ぐらい神頼みしなさいよ」

 

 やなぎとかがみも俺を引き留めようとする。

 

「はやと君……」

 

 トドメに、つかさが心配そうな表情で俺を見つめてきた。

 

「……へいへい、分かりましたよ」

 

 俺はポケットから15円取り出し、参列客の一番後ろに並んだ。

 人混みは嫌いだっつーのに……。

 

「はやと君も素直じゃないねー」

 

 こなたが呆れ顔で言った。何がだよ。

 

「最初からやる気満々だったんだろ? そうなんだろ? そうなんだろって?」

 

 今度はあきが鬱陶しく、歌っているかのように俺に聞いてきた。ウザい。

 

「じゃなきゃ、ポケットに丁度15円が出て来るはずないしな」

 

 チッ、バレてやがったか。ポケットの15円は予め用意したものだ。もう帰りたいのは本当だけどな。

 

「今年もおみくじとかやってかない?」

「そうだね。折角だし」

 

 適当なお参りを済ました後、つかさの勧めでおみくじをやることになった。

 

「はい、はやと君」

 

 いや、俺は金がないんだっての。

 と、断ろうとしたらつかさが笑顔で箱を差し出してきた。

 コイツ、まさか狙ってやってるんじゃねぇだろうな?

 

「ったく……」

 

 渋々財布から100円を出し、俺はおみくじを引いた。

 

「!?」

 

 先に引いたこなたは凶を引いていた。

 一方、こなたの親父は大吉だった。

 

「新年早々最先いいですねっ」

「本当、いいものも見れたし。今年はいい年になりそうだね」

 

 つかさが笑顔で相槌を打つと、おっさんは更に気を良くする。

 次に、つかさはこなたにもフォローをした。

 

「大丈夫だよ。今が最低なら後は運気上昇していくだけだもん。いいことあるよー」

「うん、何て言うかものは言い様だよね……」

 

 流石は神社の家の娘、それなりのフォローの仕方は身に付けているようだ。

 

 因みに、俺は中吉だった。

 巫女つかさからのありがたい言葉は

 

「今年1年安定した運気でいられそうだね」

 

 だった。安定してるならまぁいいかな。

 

 それから甘酒を飲んで体を温めたり、司祭姿のただおさんを見てきたりしながら時間は過ぎて行った。

 すぐに帰る予定だった俺も、すっかり長居してしまった。

 

 こなたは父親からお年玉を貰うとかで先に帰った。

 あきとやなぎも、家族との新年の挨拶があると言い、何時の間にか俺だけが残っていた。

 

「アンタは帰んないの?」

 

 参拝客もかなり減った頃。かがみがボーっとしていた俺に話しかけた。

 別に俺にはお年玉を貰う相手も、新年の挨拶をすぐにするべき相手もいないしな。

 

「いや、帰って寝る」

 

 手をヒラヒラと振りながら帰路に着こうとすると、今度はつかさがやってきた。

 

「はやと君、今年もよろしくね!」

 

 今年も、か……。

 

「ああ。そのつもりだ」

 

 最後につかさの巫女姿を脳裏に焼き付けて、俺は帰った。

 

 

 

 途中、ふと俺はある家の前に立ち止まる。

 標識には「白風」の文字。

 

「……あけましておめでとう。父さん、母さん」

 

 俺は小さく呟く。すると、何処からか、女性の声がした。

 

 

『今年も頑張ってね』

 

 

 聞き覚えのあった声で、応援されたような気がした。

 幻聴でも、悪い気はしない。俺はフッと微笑みながらアパートに向かった。




どうも、雲色の銀です。

第26話、ご覧頂きありがとうございます。

今回は年明けの話でした。

神頼みが嫌いな主人公の所為で、内容を練るのに苦労しました(笑)。
はやとの中では、つかさの存在がかなり大きなものとなってきています。次の年では結ばれるのでしょうか?

次回はかなり飛んでバレンタイン!いきなり告白チャンス到来です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話「バレンタイン・デイ」

 冬休みはあっという間に終わった。

 元旦からたった数日で始業式。まったく、もう少し休みが欲しかったってのに……。

 

「休みがあってもやることないんでしょ?」

 

 なんて愚痴っていたら、かがみに突っ込まれた。それを言われちゃお終いだ。

 

「はやとは気楽だねー。俺なんて年賀状書いたり、大掃除したりで忙しかったってのに」

 

 あきが口を挟むが、お前今言ったことの殆どをやってないだろ。

 

「悪かったな。ウチは大掃除する程散らかる物なんてないし、大して汚れてもなくて」

 

 年賀状だって、葉書を買う金すらない。精々、適当に年賀メールを送った程度だ。

 

「お前、よくそんなで年越せたなぁ……」

 

 皮肉で返したはずが、何故か同情された。別に飯に困りさえしなければよかったし、気にしてないけど。

 正月らしいことをしたと言えば、海崎さんに大掃除手伝わされて、駄賃代わりに雑煮食ったぐらいか。

 

「でも、アンタ確かつかさからお汁粉のお裾分け貰ってたわよね?」

「バッ! それを言うなよ!」

 

 実は、つかさやみきさんから心配されて色々貰ったりしていたのだ。

 何度か断ったんだけど、説得力の欠片もないと押し通されてしまった。世話焼きめ……。

 

「結局、はやと君もお正月を楽しんだって訳だね~」

「休みが欲しかったのも、つかさのお汁粉をもっと食べたかったからじゃねぇの~?」

「うるせぇぇぇぇっ!」

 

 ニヤニヤするヲタカップルを追いかける俺。

 こうして、新年最初の学校は騒々しく始まったのだった。

 

 

 

 時は過ぎ、もう2月。

 気付けばあの時期に近付いていた。

 

「よし、豆撒きするか」

「何でだよ」

 

 ふと言ってみた言葉に、やなぎが突っ込む。いや、2月といったら節分だろ。

 

「人に豆をぶつけていい日なんだろ? ストレス解消にいいじゃねぇか」

「お前は日本の文化を何だと思ってるんだ」

 

 間違った文化の楽しみ方に、やなぎは終始呆れ顔で俺を見ていた。

 

「大体、節分もう終わってるぞ」

「!?」

 

 しまった、今日はもう10日か……。

 豆撒きし損なったじゃねぇか! せめて海崎さんにでも投げておくべきだった!

 

「ったく……違うだろ」

「ん? まだ何かあったか?」

 

 俺の記憶の中には、2月のイベントなんてもうないはずだった。

 

「バレンタインがあるっての」

 

 やなぎは溜息を吐きながら言った。

 ああ、バレンタインね。だから、さっきからあきが必死にこなたへゴマ擦ってたって訳か。ま、俺にはどうせ関係ないからいいや。

 

「はいはい、彼女がいるモテモテのやなぎんはいいですねー。いっぺん死ねやコラ」

「急に態度変えんな!」

 

 満更でもなさそうな態度がまたムカつく。

 でも、こういう奴に限ってホワイトデーに搾りとられるんだよな。かがみは食いしん坊だし。

 

「1ヶ月後を楽しみにするんだな」

「くっ……」

 

 それだけ言うと、やなぎは苦虫を噛んだような顔をした。どうやら本人も、苦労することは予想済みらしい。いい気味だ。

 

 

☆★☆

 

 

 もうすぐバレンタイン。

 街を歩いていると、バレンタインフェアをやっているお店が目立つようになった。

 

「心がホットになる時期になったねー」

「1年経つの早いわよねー」

 

 こなちゃんとお姉ちゃんが話すように、今年もあとちょっと。早いなぁ~。

 えっと、今年はお姉ちゃん達にお父さんとお母さん、こなちゃん、ゆきちゃん、あき君、やなぎ君、みちる君。それに、はやと君も。

 

「かがみんも今年はあげる相手がいてよかったねー」

「アンタもでしょ」

 

 こなちゃんもお姉ちゃんにも、気持ちを伝えられる相手がいる。

 ゆきちゃんもみちる君に本命をあげると思う。

 私は……。

 

「つかさはどうするの?」

「ふぇ?」

 

 丁度どうしようか考えていた所に、こなちゃんが訪ねてきた。

 

「わ、私は皆にあげるよ~」

「つかさのチョコ、楽しみにしてるね」

 

 お姉ちゃんが楽しみそうに言った。でも、お姉ちゃんまた体重を気にしてなかったっけ?

 

「あれ? はやと君に本命は渡さないの?」

「ふぇ!?」

 

 こなちゃんの言葉に、私は顔を真っ赤にして驚いた。

 は、はやと君に本命を?

 

「あ、アンタ根拠もなく変な冗談言うのやめなさいよ!」

 

 お姉ちゃんが私を庇うように、こなちゃんを怒った。

 お姉ちゃんは冗談だって言うけど、私は……。

 

 

 

 夜、私は部屋で1人考えていた。

 私は本当にはやと君が好きなのか。

 私がはやと君に本命を渡していいのか。

 

「はやと君……」

 

 今までのことを思い浮かべる。

 はやと君と出会ってもうすぐ1年……はやと君はずっと私を助けてくれた。

 

 最初の印象は不思議な雰囲気を持った、クールな人だった。面倒臭がりで、空が大好きな変わった人。

 一緒にいる内に明らかになった、はやと君の本当の姿。強がっているけど寂しがりで、困った人を放っておけない優しい人。

 でも、家族の問題を抱えて、ずっと苦しんできた。今は解決して、肩の荷が降りたように笑うようになった。

 

「私のチョコ、受け取ってくれるかな?」

 

 きっと、今の私の顔は真っ赤になっているだろうな。

 はやと君のことを考えるだけで胸が熱くなる。

 

 私、本当にはやと君が好きなんだ……。

 

「よし、頑張って作ろう!」

 

 私は決心した。はやと君に想いを伝えよう、と。

 チョコのデザインを決めて、キッチンに向かう。

 材料は既に買い揃えてある。皆寝てるから、起こさないようになるべく音を立てないように作り始めた。

 

 

☆★☆

 

 

 海崎さんの妙な浮かれようで、今日がバレンタインだとすぐに気付いた。

 

「バイト先の女の子から何個貰えるかね~?」

 

 朝から触るのも気持ち悪いので、無視してさっさと学校へ向かった。

 学校でもすっかりバレンタインムード全開だった。

 カップルはチョコ渡し合いながらイチャ付き、モテない非リア充は恨み言を呟いている。

 この異様な空気に俺は

 

「うわぁ……」

 

 という一言と共にドン引きしていた。

 外でこれだ。教室ではもっと酷いんじゃねぇか?

 

 しかし、恐る恐る教室に入ろうとすると思った以上に普通だった。

 いつも通り談笑するクラスメート達。だよなぁ、バレンタイン1つで皆が騒ぎすぎなんだよ。

 

「あ、はやと君おはよ~」

 

 こなたが俺に気付いて挨拶をした。

 その瞬間、つかさがビクゥッ、と反応した。

 な、何だ? 何かあったのか?

 

「はやと君、その、お、おは」

 

 必要以上にどもりながら、つかさは俺に目も合わせずに話し掛けて来た。明らかに異常な態度だ。

 

「ほら、渡しちまえよ~」

 

 状況をイマイチ理解出来ていない俺を余所に、あきがつかさの背中を押す。

 渡すって、バレンタインのチョコをか?

 

「はぅ、えと……」

 

 つかさはかなり緊張した様子だ。

 仮にチョコだとしても、義理だろ? 何そんなに緊張してんだ?

 

「は、はやと君! こ」

 

キーンコーン

 

 つかさの声を遮るかのようにチャイムが鳴る。おっと、ホームルームが始まっちまう。

 

「つかさ、また後でな」

「あ……うん」

 

 言いそびれて、しゅんと落ち込みながらつかさは席に戻った。

 今日のつかさはエライ感情的だな。

 

 

☆★☆

 

 

「はっはっは! 見たまえやなぎん!」

 

 休み時間、あきがハート型の何かを見せびらかしに現れた。

 今日はバレンタインだ。チョコを貰ったことを自慢したいんだろうが……。

 

「この凝ったチョコを! いや~、俺も罪な男だね~」

「それ、つかさからの義理チョコだろ?」

 

 そう、ここまで凝った造りでも義理チョコだった。実際、俺も先程つかさから受け取ったばかりだ。

 しかし、知らない人間が見たら本命と見間違う程の出来栄えだ。

 

「ちぇ~、ちょっとは乗ってくれてもいいじゃん!」

 

 冷たくあしらうと膨れるあき。まったく面倒臭い奴だ。

 

「それより本命は貰ったのか?」

 

 俺が尋ねると、あきは急に黙りこくった。まさかまだ貰ってないのか?

 

「お前……つかさの義理チョコを自慢する前にすることがあるだろ」

「うるさいうるさいうるさい!」

 

 お前の方が煩い。

 

「ああいうのは女子から渡してくるもんだ! 男は黙って待ってればいいんだよ!」

「じゃあ教室で大人しく待機でもしてろ」

 

 言い訳にしか聞こえないセリフを吐き、あきは教室に帰って行った。

 だが、俺もあきのことを言えなかった。まだかがみからチョコを貰ってないからな。

 

「はぁ……」

 

 当の本人であるかがみは包みらしいものは持っているが、俺を見る度に顔を逸らして渡そうとしない。

 

「かがみ、ちょっと」

「え!? あ、うん……」

 

 見ていられなくなった俺は、2人きりになれるようにかがみを廊下に連れ出した。

 やっと2人になると、かがみは漸く俺に包みを渡そうとした。

 

「これ……うぅ」

「?」

 

 顔を真っ赤にし、しどろもどろとしている。

 

「や、やっぱりあげない!」

 

 かがみは持っていた手を引っ込めてしまった。ここまで来たっていうのに。

 

「かがみは俺が嫌いになったのか?」

「そ、そんなことないわよ! ただ……やっぱりつかさのと違って下手だし……」

 

 どうやら、つかさのと自分のチョコの出来を気にしているようだ。

 ……先にかがみのを貰っておくべきだったな。

 

「俺はつかさのより、かがみが作ったチョコが食べたい。恋人が気持ちを込めて作ってくれたチョコをな」

「!」

 

 別に気にする必要はない。本命チョコと義理を比べる必要なんてないのだから。

 俺が言い切ると、かがみはやっと包みを渡した。

 

「笑わないでよ?」

 

 包みの中のチョコは星型がいくつか入っており、多少歪んでいるものもある。

 俺はその内の1つを口の中へ運んだ。

 

「……どう?」

 

 チョコをよく味わう俺を、心配そうに見つめるかがみ。

 

「すっげぇ美味いよ。ありがとう」

「本当!? よかった~」

 

 素直な感想を言うと、かがみは本当に嬉しそうに笑った。

 バレンタイン、皆が浮かれる理由が分かる気がした。

 

 

☆★☆

 

 

 先程から私の胸はドキドキしていました。

 何故なら、あるお相手にバレンタインのチョコを渡したかったからです。

 

「みちるさん……」

 

 私の視線の先、みちるさんはまたクラスの女子からチョコを貰っているようでした。

 もう5人目。私のチョコなんて受け取って貰えるでしょうか?

 

「みゆきさん、渡さないの?」

「!?」

 

 気付かぬ内に、背後から泉さんが話し掛けて来ました。

 突然でしたので、お恥ずかしながら驚いてしまいました。

 

「みちる君もモテモテだからねー。競争率高いし、早めに渡した方がいいんじゃない?」

 

 泉さんの仰ることはご尤もなのですが……。

 

「その、心の準備が……」

「恋に奥手なみゆきさん萌え」

 

 は、はぁ……泉さんと出会ってもうすぐ2年になりますが、やはり「萌え」の意味が分かりません。

 

「でも、みゆきさんのチョコなら貰ってくれると思うけどな。……寧ろ私が欲しいぐらい」

「?」

「ああ、気にしないで」

 

 泉さんの最後の言葉は聞き取れませんでしたが、勇気を貰った気がしました。

 

「で、では行ってきます!」

「頑張ってねー。さて、後は……」

 

 私はチョコの入った紙袋を握りしめ、みちるさんの所へ向かいました。

 

「みちるさん!」

「みゆき、どうしたの?」

 

 顔を傾げるみちるさん。はぅ、やはり恥ずかしいです……。

 

「こ、これをどうぞ! バレンタインのチョコです!」

 

 噛みながらも、何とかみちるさんにチョコを渡せました。

 

「これを僕に? わぁ、ありがとう!」

 

 みちるさんは優しい笑顔で紙袋を受け取ってくれました。

 よ、よかったです……。

 

「みゆきは昔からお菓子作り得意だったもんね。楽しみだなぁ」

 

 みちるさんはそう言いますが、実は私の腕はみちるさんに負けています。

 母もみちるさん手作りのスコーンが好物で……正直に申しますと、みちるさんはズルいと思います。

 

「えと、それでお話が……」

「来月のお返しも張り切らないとね!」

 

 私の話を遮り、無垢な笑顔を見せるみちるさん。

 

「でも、友達からこんなにチョコ貰えるなんて本当に嬉しいなぁ」

「……ふぇ?」

 

 ひょっとして、全部義理チョコだと思ってません?

 

「あの、みちるさん? バレンタインのチョコというのは」

「友達から友好の印にチョコを送る日でしょ?それぐらい知ってるよ~」

 

 やはり、間違って認識しているようです。

 道理でみちるさんにチョコを渡した方々が、少し残念そうにしていると思いました。

 

 この日、私はみちるさんに告白しそびれてしました。

 みちるさんは何時、私の気持ちに気付いてくれるのでしょう……?

 

 

☆★☆

 

 

 今日は待ちに待ったバレンタイン!

 今年からは彼女から本命チョコを貰え、イチャ付くことが出来るぜ!

 

「あき君」

 

 おっ、早速こなたが話し掛けてきた。

 

「はい、これ」

 

 キター! wktkしながら、こなたの差し出したものを見た。

 

「……って、チロ○チョコ!?」

「いやぁ、作る暇がなくてね~」

 

 おまっ!? 人生初の彼女から貰うバレンタインチョコがチロ○って!?

 お兄さん悲しくて泣くぞ!?

 

「それより、アレをどうするかね~」

 

 ショックを受ける俺をスルーし、こなたはある一角を指差す。

 

「うぅ……」

「?」

 

 そこには、紙袋を持ったまま直立姿勢のつかさと、困惑しているはやとがいた。

 初々しくていいんだけど、アレは何とかせにゃな……。

 

「はーやと!」

「うおっ、何だよ」

 

 チロ○を一口で食べると、ポンッとはやとの肩を叩く。

 

「屋上」

「は? お、おい!?」

 

 俺は親指で上を差し、はやとを屋上に連れて行った。

 

「つかさ、私達も行こうか」

「え……あ、うん!」

 

 つかさはこなたが連れてくるし、大丈夫だろう。

 

 

 チョコの受け渡しと告白! このイベントの舞台に相応しいのは屋上!

 邪魔も入らないし、お好きにどうぞ!

 

「は、はぅ……」

 

 急に2人だけの空間を作られ、つかさはかなりテンパってるみたいだ。いいね~、恋する女の子してんね~。

 

「何なんだ?」

 

 一方、ダメダメなはやと君は状況を一切理解していなかった。

 ありゃ、バレンタインは自分に関係ないって思い込んでるな。

 

「焦れったいなぁー」

 

 俺の下にいたこなたが呟く。これじゃあ休み時間終わっちまうぜ?

 

「何だ? 用件があるなら聞くぞ?」

「あ、あのねっ!」

 

 つかさはもう顔から火が出るんじゃないかってくらい真っ赤だ。可愛いなぁ。はやと、もげろ。

 

 

「こ、これ! どうぞ!」

 

 

 ktkr! つかさが遂に紙袋をはやとに渡した!

 

「俺に?」

 

 はやとは紙袋の中を確認する。

 中身は、ハートマークの包み。リボンまで付いて、相当凝っている。ここまで来りゃ、告白したも当然!

 

「受け取ってくれる?」

「勿論」

 

 おっしゃぁぁぁぁっ!

 長かったが、やっとはやととつかさが結ばれたぜ!

 

 

「しっかしよく出来た義理チョコだよな~。凝り過ぎだろ」

 

 

 ……へ?

 

「これ、男子が貰ったら本命と勘違いするかもな」

 

 冗談混じりに笑うはやとに、つかさは疎か俺とこなたもポカンとする。

 

 ……あ! 思い出した!

 さっき俺がつかさに貰った義理チョコをはやとに見せびらかしてたんだ!

 あまりにも凝ってたから、今度は本命を義理だと思ってやがる!

 

「美味いのは歓迎だけど、あまりやりすぎて誤解されないようにな」

「あ、うん……」

 

 想いが伝わらず、しゅんとなるつかさを残し、上機嫌ではやとは教室に戻る。

 ならば、我等のやることは1つだろう。

 

 

「「この鈍感野郎がー!」」

「ごふぅっ!?」

 

 

 こなたと顔を見合わせて頷くと、俺達は鈍感野郎の背中に蹴りを入れた。

 

 結局、チョコは渡せたもののつかさの告白は失敗に終わった。

 

「ったく、はやとはしょうがねぇな」

 

 不完全燃焼に終わりムカムカしていると、こなたが足を止める。

 何だ? 忘れものか?

 

「あき君、これ」

 

 こなたが手に持っていたのは、ラッピングされた四角い箱。これはまさか……!

 

「いや、ほら皆がいる前だと渡しにくいじゃん?」

 

 照れながらも、ちゃんとチョコを用意する。こなたはそういう奴だよな。

 

「ありがとな、こなた。愛してる」

 

 そう言い、俺は彼女の赤く染まった頬にキスをした。

 俺達だけの甘い時間は、もう少し続く。

 

 

☆★☆

 

 

 バカ2人に蹴られた跡がまだ痛い。

 ったく、俺が何したってんだ……。

 

 屋上にいきなり連れて行かれたかと思えば、つかさに義理チョコを貰った。

 つかさはかなり緊張した感じだったが、義理チョコだろ? もっと軽い感じで渡せばいいのに。

 ま、つかさの手作りのチョコだ。不味い訳がない。

 

「しかし、本当に凝ってるよなー」

 

 ハート型の包みをまじまじと見つめ、中を開ける。

 チョコには「はやと君へ」と書かれ、翼の形のデコレーションがされていた。

 ここまでされると、食うのが惜しくなるぐらいだ。

 

「……これが、本命ならもっといいんだけどな」

 

 誰にも聞こえないよう、ボソッと呟く。

 まぁ、あき達の持ってた義理チョコも似たような感じだったし、これも義理だろ。

 

「さて、ホワイトデーどうすっかな……」

 

 聞いた話だと3倍返しとか。これの3倍とかどうしろってんだよ。

 

「ま、気長に考えるか」

 

 まずは財布と相談だな。

 お楽しみは後に取って置き、俺は少しだけ足取りを軽くして教室に帰った。




どうも、雲色の銀です。

第27話、ご覧頂きありがとうございます。

今回はバレンタインデーの話でした。

はやともみちるもフラグを見事にぶっ壊しました(笑)
特に、つかさのチョコは原作でこなたが「男子にあげると勘違いされる」と言う話を逆手に取った形にしました。アレを義理として認知したからこそ、本命を本命らしく認識出来なかったのです。
みゆきは……もう頑張れとしか。

次回はホワイトデー……の前にボス戦に突入します。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話「期末テストという名のボス」

 学生生活のボス、それがテストだ。

 特に学期末はラスボス並に強敵だ。落としたら後がないからな。

 

 丁度勉強のシーズンに入ると、皆カリカリしだす。

 バレンタインの直後じゃ、浮かれてた奴は特に勉強に身が入らないだろうに。

 

「かがみ様、お願いです! 俺に是非テスト勉強を教えてください!」

 

 で、浮かれまくった一例が現在かがみに土下座をしているのであった。

 現在は昼休み。話の話題が勉強に変わると、あきは急に土下座で頼み始めた。

 

「アンタねぇ……」

「やなぎんも教えて!」

「おまけ扱いする奴に教える気はない」

 

 弁当を頬張りながら、やなぎは冷たく突き放す。

 まぁ、何もしなかった奴が悪いんだしな。

 

「はぅ……」

 

 と、思っていると隣に座っているつかさが冷や汗をかいていた。

 ブルータス、お前もか。

 

 対照的に、こなたは余裕そうにコロネを食っていた。

 

「何だ? こなた、珍しく勉強していたのか?」

「ううん」

 

 あっさり否定しやがった。

 威張って言えることじゃないだろう。その余裕はどこから来るんだ。

 

「私はいつもヤマを張ってるからね」

 

 だから自慢気に言うなっての。たまに俺もやるけど。

 

「そういえば、アンタの従姉妹も陵桜(ここ)受けたんでしょ? どうだったの?」

 

 へぇ、そりゃ初耳だ。こなたの従姉妹……ゆいさんみたいな感じの奴か?

 

「あー、受かったって。今日家に挨拶来るよ」

 

 コロネを食いながら表情を変えずに答えるこなた。

 受かったんならめでたいな。俺達の後輩になるってことか。

 

「実家からここまで遠いから、来月からウチに来るんだよ。もともと妹みたいなものだし、交流あったからあまり変わんないけどね」

「へぇ、そうなんだ」

 

 こなたの家にねぇ……。

 一瞬、変態野郎(あき)の眼が輝いた気がしたが、気の所為にしておこう。

 

「でもアンタと比べると、どっちが妹だか分かんないんじゃない?アンタ小さいし」

 

 ひひひ、と笑いながらからかうかがみ。

 でも、確かに普通ならこなたの方が年下に見えそうだよな。

 

「いやだから妹みたいなものなんだって。色んな意味で」

 

 ……はぁ!? つまりこなたより小さいと!?

 一体どんな家系なんだ……。

 

「でもここすんなり合格って、従姉妹さん頭いいんだねー」

 

 つかさがぽんやりとした様子で話す。確かに陵桜はレベル高い方だし、俺もかなり勉強したからな。

 すんなりってことは真面目な奴なんだな。

 

「受験かー。私達も来年受験なのよねー」

「そうだねー」

「ゲェーッ」

 

 呑気に話す柊姉妹と、嫌そうな表情のあき。

 俺は受験……するのか?

 正直、大学に行くビジョンが見えない。

 

「受験の前に期末どうすっかなー」

 

 ああ、そんな話をしてたっけか?

 

「じゃあ、皆でまた勉強会をやろうよ!」

 

 提案したのは、さっきまで苦笑しながらやりとりを見ていたみちるだった。

 勉強会といや、前回の期末テストでもやって点数稼いだっけな。

 

「みっちー先生の意見に賛成!」

 

 真っ先に賛成したのはバカの代名詞、天城あき。

 お前もう教えて貰う気満々だろ。

 

「私も賛成です。皆さんで分からない所を補えば、高得点を狙えます」

 

 次にみゆきが賛成する。

 ってか、アンタ等完璧超人を補える人間がいてたまるか。

 

「わ、私も~」

「私も賛成! みゆきさんなら教えるの上手そうだし」

 

 つかさとこなたも賛成する。

 ま、俺も拒否る理由もないし、悪いことだとも思わない。

 

「俺もだ。多数決で既に決まりだが、お前等も来るよな?」

 

 念の為、やなぎとかがみにも聞いておく。

 

「誰も行かないなんて行ってないでしょ!」

「俺もだ。あきに教えるのは勘弁だがな」

 

 ここで断るような奴等じゃないってのは知ってるけど。

 

 こうして、いつものメンバーによる対学期末用勉強会が開かれることとなった。

 

 

 

 で、日曜日。肝心の場所だが、みちるの家になった。

 

「さぁ、上がって」

 

 みちるが笑顔で迎え入れる。

 しかし、デカい。二世帯住宅以上の広さに、庭まで付いている。

 父親は仕事で帰らず、みちるはここに母親と2人暮らしも同然で生活しているらしい。

 因みに、今日は買い物に出ていていないらしい。

 

「執事とかメイドさんとかいねぇの?」

 

 あきがまた余計なことを聞き出す。一応、ここは日本だぞ? いる訳ねぇだろ。

 

「大掃除の時は日雇いの家政婦さんが何人かいたけど、いつもはいないよ」

 

 確かに、このデカい家を2人で掃除するのは無理だ。

 つーか、親父は帰って来ないのか。

 

「大晦日に帰ってきて、年越し後も数日家にいたけど、また仕事で飛んで行っちゃったんだ」

 

 苦笑しながら話すみちる。

 職柄、帰ってこれないのは仕方ないんだとさ。

 忙しいんだろうけど、俺はあまりいい印象を持てない。仕事で子供を放る父親には特にな。

 

「お茶を淹れてくるから、皆勉強の準備をしておいて」

「あ、私も手伝います」

 

 みちるとみゆきがキッチンへと消えていく。

 連れてこられた居間は、ウチの3倍近くの広さを持っていた。ソファーや大画面のテレビ等もある。

 そういや、床が暖かい。これが床暖房って奴か……。

 

「はやと君、どうしたの?」

「いや、ちょっと現実って奴にボディーブロー食らった気分になっただけだ……」

 

 金持ちとの差に、改めてショックを受ける俺だった。

 

 みちるとみゆきが紅茶を持ってくると、早速勉強会が始まった。

 

「まずは英語だな」

 

 やなぎが英語の教科書とノートを開く。

 ノートには単語や英文がびっしりと書いてあり、見るのも嫌になるぐらいに埋まっていた。

 

「みっちー、ゲームとかねぇの?」

「え? 一応あるけど、ソフトはあまり持ってないよ?」

 

 一方あきは既に遊ぶ気満々だった。

 いや、勉強しに来た訳だから。みちるも素直に答えなくていいから。

 

「教えて欲しいって言った奴は誰だ?」

「イデデッ! すみませんでした!」

 

 早速やなぎに耳を引っ張られるあき。ざまぁ。

 

「かがみー、ここはどうやるのー?」

「ここはこれがそこに掛かって……」

 

 こなたはかがみに聞きながら真面目にやっていた。

 

「かがみー、この意味はー?」

「これはあれの形容詞だから……」

 

 真面目に……と思ったら、どうやらかがみに答えを聞くだけで、自分は何もしていなかったようだ。

 

「かがみー、ここは」

「少しは自分で考えてやれ!」

 

 遂に拒否られた。ま、当然だな。

 

 

 

 現在、時刻18時。

 昼間からぶっ通しで勉強していたので、流石に全員グロッキー状態になっていた。

 

「1943年ポツダム宣言1945年カイロ宣言くぁwせdrftgyふじこlp……」

 

 あきなんて詰め込みすぎて頭から煙出てるぞ。

 しかもポツダムとカイロ逆だし。

 

「きょ、今日はこの辺にしておこうか」

 

 みちるも疲れたのか、苦笑いしながらノートを閉じた。

 

 勉強会の様子を振り返ると、予想通りやなぎやみゆきは教えるのが殆どで、こなたや俺なんかが教わりながら問題をこなしていった。

 途中つかさが居眠りをしたり、あきが暴走してこなたのチョップで気絶させたりと小さなハプニングはあったが。

 

「アンタ達、これで赤点取ったらタダじゃ済まないからね……」

「「気を付けます……」」

 

 これだけ苦労して教えたんだしな。赤点取ったら腕の一本は持ってかれそうだ。

 

「つかさ、大丈夫か?」

「頭が痛いよぉ……」

 

 さっきから反応のないつかさに声をかける。

 つかさも詰め込んだらしく、頭が働かなそうだ。

 

「ただいま~。あらまぁ、お友達?」

 

 その時、藍色の髪と瞳のふんわりとした雰囲気の女性が現れた。

 もしかして、みちるの……母親か?

 一瞬姉かと思ったが、若すぎる母親の例なら既に知ってるし。

 

「あ、お帰りなさい。母さん」

「か、母さん!?」

 

 予想的中だ。あき達はかなり驚いていたが。

 

「お久しぶりです」

「あらまぁ、みゆきちゃん?大きくなったわね~」

 

 唯一、みゆきは顔見知りだったようで懐かしそうに挨拶をした。

 そういやみちるとみゆきは幼馴染だったっけ?

 

「改めまして、みちるの母の檜山しずくです。よろしくね」

 

 いかにもみちるそっくりの緩い性格をしている。

 おまけにスタイルのいい美人とくれば……。

 

「いやぁ、みちる君とはいつも仲良くして貰ってます! はっはっは!」

 

 あきが黙っていない。

 これ見よがしにみちるの肩を叩き、いかにも仲良さそうにする。

 友人の母親に色目使ってんじゃねーよ。

 

「ハイハイ、引っ込んでようね」

「イダダッ!? スンマセンした、こなたさん!」

 

 恋人に耳を引っ張られ、速効退場した。

 

「うふふ、面白い子達が友達で安心したわ~」

 

 そんなやり取りを、にこやかに見ているしずくさんであった。

 

 

 しずくさんとの挨拶を済ませ、俺達は帰路に付いた。

 みちるの家は俺達の街から6駅分は遠い。

 みゆきだけは逆方面なので、駅で別れた。東京に住んでる奴は大変だな。

 

「今回は学期末だけど、センターの時期には……」

 

 電車の中であきはガタガタと震えていた。

 今日の勉強漬けがかなり効いたみたいだな。

 

「普段から勉強しないからだ」

「私達だって毎回は教えないわよ」

「えーっ!?」

 

 呆れるやなぎとかがみにあきはショックを受ける。

 そりゃ、2人はあきの家庭教師でもないし。

 

「今度は金を取ったらどうだ?」

「いいかもな」

「ちょ!? はやと余計なことを言うな!」

 

 俺の提案に、すっかりその気になったやなぎ。フィギュアを買う金をちょっとは勉強に次ぎ込め。

 

「けど、はやと君も払うことになるんじゃない?」

 

 こなたの言う通り、俺は勉強は出来ない側の人間だ。サボり魔だしな。

 

「俺は……分からなくなったら聞くからいいんだ」

「よくねぇよ」

 

 苦しい言い訳をかがみに突っ込まれた。いいだろ? ケチケチすんな。

 言い合う俺の隣では、疲れ果てたつかさが電車に体を揺られながらすやすや眠っていた。

 何処までも平和な奴だ、まったく。

 

 

 

 テスト当日。あれだけ勉強したんだし、不安は一切なかった。

 

「くっ、ここを乗り切っても春休みの補修と闘うことに……!」

 

 教室では既に赤点取った後の心配をしているバカがいた。

 つーか、赤点取ったらかがみに殺されるぞ。

 

「はやと君は大丈夫なの?」

 

 つかさが眠そうな顔をして尋ねてきた。テスト中に居眠りしそうだが、平気か?

 

「俺は早い内から復習はしてたし、問題ねぇよ」

 

 バレンタインなんて関係ないと分かっていた俺は、浮かれることなくテスト対策を面倒ながらやっておいたのだ。

 ま、留年なんてしたくもねぇし、補修も面倒だからな。

 

「そっかー。頑張ろうね!」

 

 だから、お前は俺より自分の心配をしろっての。

 

「お前等、テスト配るから座れー」

 

 黒井先生がテスト用紙を持ってきた。もう時間か。

 さて、どこまで出来るか……。

 

 

 後日、テスト返しにて。

 

「よ、よかった……」

 

 あきは赤点スレスレだが補習抜きになった。

 って、あれだけやってボーダーラインかよ。

 

「私も~」

 

 つかさも頑張って点を上げたらしい。

 何だかんだ言っても、つかさは平均並だから補習の心配もないけど。

 それでもかがみの普段の点数より下なのは黙っておいてやるか。

 

「こなたはどうだった?」

「おかげさまで」

 

 余裕そうなこなたの用紙を見ると、80点台がズラリと並んでいた。

 コイツ……やれば出来るってタイプか!?

 納得いかない気もするが。

 

「で、はやと君は?」

「俺?」

 

 俺は隠すこともなく、テストを見せる。

 点数はつかさ以上こなた以下。まぁ、可も不可もなくって奴だ。

 因みにみちるとみゆきは、言うまでもなくトップクラス。なんか、ズルいよな。

 

「でもこれで、全員補習はなしだな!」

「お疲れ様~」

 

 春休みが自由になったことを喜ぶあきとつかさ。

 ま、授業はあと数日続くけどな。

 

「帰りにカラオケ寄っていこうぜ!」

 

 もう遊ぶつもりか、とは突っ込まなかった。俺も久々に遊びたいし。

 2年次のボス戦は勝利に終わった。

 後は白い日を抜ければ……進級だ。

 

 

 




どうも、雲色の銀です。

第28話、ご覧頂きありがとうございます。

今回は期末テストの話でした。

本当ならもっと勉強描写を入れるつもりでしたが、予想以上に面白くなかったので、カットしました(笑)。
因みに、今回の点数を順番で表すと

みゆき≧みちる>やなぎ>かがみ≧こなた>>>はやと>つかさ≧平均点>>>あき>赤点

という感じになります。

次回はホワイトデー!リア充は3倍返し大変ですね(笑)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話「3倍返し」

 俺は頭を抱えて悩んでいた。

 来たる日、3月14日のホワイトデー。つかさに何を返すかを。

 

「つーか、アレの3倍て……」

 

 つかさがバレンタインに渡してきたチョコは、義理なのにやたらと凝ったものだった。しかも手作り。

 とりあえず、最初にホワイトデーには3倍返しとか言い出した奴、出て来い。

 

「タダでさえ返すのが金銭的に厳しいってのに」

 

 当然、何も返さないという選択肢はない。

 義理とはいえ、好きな奴にチョコを貰ったんだ。返さなかったらかなり最低な奴になる。

 

「大体、何を返せばいい?」

 

 ホワイトデーは一般的に飴やクッキーを贈るらしい。どうせお菓子会社の販促の為だろうけど。

 ただ、3倍を理由付けにブランドバッグ等をねだるクズも中にはいるらしい。

 やれやれ、バッグなんかじゃお菓子会社涙目だな。

 

 無論、つかさはブランドだとかに興味もないし、それどころか贈り物をねだったりケチ付けたりしないだろう。

 つまりは何でもいいってことだ。

 

「その何でもいいが問題なんだよなぁ……」

 

 何でもいいと、逆に具体的なイメージが付けられない。だから余計に何を贈るべきか悩むんだ。

 

「少年、かなり悩んでるな」

 

 と、そこにあきとやなぎがやってくる。彼女がいる奴等は大変だな。

 

「俺達も悩んでてなー……」

「どうしたものか」

 

 三人いれば文殊の知恵とかいう諺は、どうやら嘘らしい。

 あき、やなぎ、俺は必死に考えたが、碌な考えが浮かばない。

 

「そういや、全員手作りだったよな?」

「そうだが……ちょっと待て。何でお前、かがみのチョコが手作りだって知ってるんだ?」

 

 あきの言う通り、全員貰ったチョコは手作りだった。

 

「じゃあこの中で飴かクッキー作ったことある人ー」

 

 言い出しっぺのあき含め、全員手を上げなかった。

 家事レベル最低な俺達がクッキーなんて作ってみろ? 炭の塊を量産することになるぞ。

 

「そこで助っ人ですよ!」

「助っ人?」

 

 つかさにでも習う気か? 渡す相手に習っても仕方ないだろ。

 

「みっちー先生! お願いがあるんだけどー!」

 

 ああ、みちるか。

 お菓子作りなら上手いって聞いたことがあったっけ。

 俺達は希望の星、みちるに事情を話した。

 

「ホワイトデーにクッキーを?」

「ああ」

「頼む! 俺達にクッキーの作り方を伝授してくれ!」

 

 あきに頼み込まれ、押しの弱いみちるはちょっと引いていた。

 まぁ、元から断るつもりはなさそうだし。

 

「じゃあ、僕と一緒に作ろう」

「サンキューみちる! 流石は俺達の王子!」

「お、王子?」

 

 調子のいい奴め。テンションが上がり、ウザくなったあきを押さえつける。

 

「あはは……材料とかは用意するから、今度の土曜にウチに来てね」

「了解」

 

 みちるがいてくれて本当に助かったぜ。

 

「そういや、みっちーはホワイトデーどうすんだ?」

 

 そうだ、肝心なことを聞き逃していた。

 みちるは遠目から見ても分かるぐらい、クラスの女子からチョコを貰っていた。つかさの義理チョコも含むがな。

 

「全員に返すよ? そうだ、皆にも渡すね!」

 

 天然で鈍感なお坊っちゃんはいい笑顔で言った。オイオイ、チョコを渡してない、しかも男相手に贈るのかよ。

 

 

 

 それから、土曜日に勉強会以来の檜山家に向かう。

 ぶっちゃけ以前来たときから日が大分浅い。

 

「上がってー」

 

 が、2回程度じゃこの家のデカさには慣れなかった。

 相変わらず俺の家がこの家の1部屋以下だと思い知らされる。

 海崎さんには悪いが、人間の格差って奴が胸に突き刺さるぜ……。

 

「ここだよ。道具は好きに使ってね」

 

 キッチンはこれまた広く、4人が平気で入れるぐらいだ。

 中央のテーブルには材料や生地を伸ばす棒、クッキーの型がズラリと並んでいた。

 これ、面子が女子だったら可愛らしいお菓子作りの図になるんだろうが、生憎男だらけだ。

 家庭科の授業みたく、エプロンを付けてバンダナで頭を覆う俺達。

 やなぎは髪が長いので、更に1つに纏めている。ポニーテールみたいだな。

 

「うっし! やるぜ!」

「何を?」

 

 やる気を出すあきだったが、手順がまるで分からない。

 みちるのやり方を習ってやるしかなさそうだ。その為の助っ人だ。

 

「まずは生地を作ろうか」

 

 みちるが用意したのはガラスのボウル。中にバターと砂糖を入れ、混ぜてクリーム状にする。

 

「おっしゃー!」

 

 バカがガチャガチャとクリームを掻き混ぜる。が、勢い余って飛び散っている。

 

「バカ! 力任せに掻き混ぜていいモンじゃないだろ!」

 

 そういうやなぎのバターは全然混ぜれてなかった。

 コイツ等、料理向いてねーな。

 次に卵黄と小麦粉を加え、素手で練る。

 

「ここは強すぎず、軽く練るのがポイントだよ」

「分かった!」

 

 みちるのありがたいアドバイスを裏拳で弾き飛ばすかのように、あきは生地をグニグニと力任せに捏ねる。

 

「人の説明は聞け!」

 

 やなぎにまた突っ込まれる。今回は軽く練るだけだから非力のもやしにも出来たようだ。

 なんか、こなたもかがみも料理出来なきゃ苦労しそうだな。

 

「あとはラップで包んで冷蔵庫で冷やせば生地の出来上がりだよ」

 

 手順が分かれば案外簡単だったな。

 

「うし、生地が出来るまでゲームだ!」

「お前なぁ……」

 

 俺が女だったとしても、アイツ等のクッキーは食いたくない。

 

 暫く生地を冷やした後、棒で生地を伸ばす。

 大体4、5mm位がいいらしい。

 

「何か幼稚園の粘土遊びを思い出すなー」

 

 ここではあきの腕力が役に立つ。

 一方、非力なもやしは全く生地を伸ばせていなかった。

 

「ぜぇ、ぜぇ……ぐぅぅっ!」

 

 そんなに力まんでも。お前はどんだけ貧弱なんだよ。

 

「生地を伸ばせたら、型を抜いて焼いて完成だよ」

 

 型、ねぇ……。みちるが用意した型はハートマークや星型等、色々なものがあった。

 中にはクリスマスツリーやサンタとかも。お前これクリスマス用だろ。

 

「俺は断然ハートマークだ!」

 

 あきは喧しく型を抜いていく。

 全部ハートかよ。こなたがウザがりそうだ。

 

「みちるはいいのか?」

 

 そういえば、みちるは1人だけ途中で作り方を変えているような気がした。

 

「あ、僕のはスコーンにしたんだ。気にしないで」

 

 へぇ、生地1つで色々出来るもんだ。

 

「はやとはどんなのを贈るの?」

 

 どうしようか考えていると、みちるが聞いてきた。

 俺はつかさのように凝ったものは作れない。素人が手を出して失敗したら目も当てられないしな。

 

「型抜いて焼いて終わりだ」

「つまんねー」

 

 あきがチョコペンで字を書きながら横槍を入れてきた。つまんなくて悪かったな。

 でもまぁ、字ぐらいなら何か書いてやるか。

 

 各々デコレーションを済ませ、オーブンで焼き上がりを待つ。

 檜山家のオーブンもまた本格的なデカい奴だ。お前はパティシエにでもなる気か。

 

「けど、3倍返しには程遠いな」

「つかさの3倍は俺達には無理だ」

 

 だよなー、と苦笑する。素人が束になってもアイツの凝りすぎたチョコの3倍の出来は無理だ。

 

「でも、気持ちが籠っていればきっと大丈夫だと思うよ」

 

 みちるが笑顔で言う。

 けど、お前の場合大体が本命を友達感覚で返されるからなぁ……不憫だ。

 

「その通り! ハートが大事ってね!」

 

 あきも底抜けに明るく言う。こなたなら毒舌かましながら嬉しそうに食いそうだ。

 

「相手を思って作れば気持ちは通じる、か……」

 

 やなぎは何か思う節があるようだ。まぁ、相手がかがみだしな。

 

 俺は……本命ではないのが残念だが、つかさの優しい気持ちの籠ったチョコを食った。

 なら、それに相応しいクッキーを贈るのが友達だ。

 

「……つかさ、残念だな」

「ああ、可哀想に」

 

 あきとやなぎが何かヒソヒソと話していた。話の中身までは分からんが。

 

 

 

 そして、14日。

 俺にしては上手く出来ただろうクッキーを持ち、登校する。

 途中、海崎さんにホワイトデーの準備は出来ているか聞いたら

 

「放っとけ! アホ!」

 

 と返された。多分バレンタイン貰えてないな、アレは。

 

 

 教室ではバレンタインの時期より控え目だが、甘い雰囲気が漂っていた。

 

「はい、どうぞ」

 

 みちるが笑顔でスコーンを女子に配っている。

 お手製の贈り物を受け取り、みゆき含めた女子達はかなり幸せそうだ。

 但し、配っていたのはクラス全員だったが。そこまでサービスするか、普通。

 

「こーなた♪ほい、ホワイトデー!」

「何これ、クッキー?」

 

 隅の方では、あきがこなたに例のアレを渡していた。

 あきのクッキーは力を入れすぎた所為で硬くなっていたのだ。

 おまけにハートマークのクッキーには「LOVE こなた」とチョコペンで書いてある。

 

「硬っ!?」

「げ、やっぱり?」

 

 案の定、クッキーという名の鉱物を食すのに苦労しているこなた。

 まぁ、アイツなりに一生懸命作ったから大目に見てやれ。

 やなぎの奴が上手く行ったかも気になるが、俺にもやることはある。

 

「つかさ、来い」

「ふぇぇ!?」

 

 クラスの連中に気付かれないように、つかさを連れて屋上に向かった。

 

 

 屋上に誰もいないことを確認すると、つかさを解放する。

 

「ど、どうしたの? はやと君」

 

 顔を赤くし、モジモジするつかさ。

 

「いや、ホワイトデーのお返しにな」

 

 俺は持っていた小さな袋を渡した。

 

「中、見てもいい?」

「ああ」

 

 そっと受け取ると、つかさは袋の中身を見た。

 どうやらクッキーに書いてある文字に気付いたようだ。

 

「これって……」

 

 俺にはつかさやみちるのように凝った物は作れない。

 あきみたくストレートに好きだと表現することも、やなぎのように既に告白した相手に本命を贈ることも。

 

 けど、普段の感謝を文字にすることぐらいは出来る。

 星型のクッキーに書いてあるのは、ありがとうの五文字。

 

「ああそうだよ。俺に3倍返しなんて出来る訳ないだろ」

 

 こんな陳腐な贈り物じゃあ、つかさもいらないか。

 

「ありがとう、はやと君! すごく嬉しいよ!」

 

 それでも、つかさは笑って喜んでくれた。気持ちが籠ってれば、か。

 

「……言っとくが、味の保証はしないからな」

「きっと美味しいよ~」

「食ってから言え」

 

 急に気恥ずかしくなり、つかさから視線を逸らす。

 義理のお返しだってのに、屋上には暫くほんわかした空気が流れていた。

 

 ほんわかしすぎて、2人で授業に遅れたのは内緒だが。

 




どうも、雲色の銀です。

第29話、ご覧頂きありがとうございます。

今回はホワイトデーの話でした。

お菓子会社の陰謀に乗せられたはやと達でしたが、何とかお返し出来ました。
3倍返しというのは、実は友達間ではしなくてよかったりします。はやとはそのことを知りませんでしたが(笑)。

因みに、やなぎのクッキーはあきとは逆に柔らかかったりします。味はお察ししてください。

あ、次回は最終回です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話「終わりと始まり」

 暗い。

 俺はあの日から晴れない闇で覆われたようだった。

 

 

 母さんが死んで、丁度2年。

 俺は父さんと一緒に、墓参りに来ていた。

 墓参りを最初に言い出したのは俺だ。母さんが死んで、すぐに家を出た俺は母さんが何処に眠っているのか分からなかったんだ。

 

「みどりが逝って、もう2年か……」

 

 タバコを吸いながら、父さんは感慨に耽っていた。

 この人との和解も、キチンと母さんに話した。

 

「……父さん、暫く席を外してくれ」

「……ああ」

 

 俺が頼むと、父さんは何も言わずに去っていった。

 俺自身のことも報告したかったんだ。

 

「俺、ちゃんと陵桜に行ってるよ」

 

 サボったりしてるけど。母さんが知ったら怒るかな。

 

「友達も出来た。バカとかもやしとかチビッ子、凶暴な奴とかいるけど、皆悪い奴じゃない」

 

 そして、大事な奴も出来た。まだ片思い中だけどな。

 俺はアイツに出会ってからの1年を振り返ってみた。

 

 父さんを恨んで勝手に家出をしてからも、俺は陵桜に通い続けた。

 それは、母さんとの約束だったからだ。もう1つの約束は破っちまったしな。

 けど、勉強はする気がしなかった。

 役に立つとは到底思えなかったし、勉強なんてした所為で母さんと過ごせたはずの時間を潰したんだ。

 気付けば、俺は屋上で空を眺めていた。

 母さんが見ていた空。

 母さんが飛びたいと願った空。

 母さんが昇っていった空。

 

「もし翼があったら……」

 

 翼があれば、俺は母さんの元へ行けるだろうか?

 何処までも自由に空を飛び、好きなことが出来るだろうか?

 なら、俺には無理だ。

 もう母さんには会えないし、前へ進むことも出来ない。俺は無力で何も出来ないただのガキだ。

 俺は翼を失った。

 闇に取り残され、ひたすら空を眺めることしか出来ない哀れな男。

 

「もし翼があったら、俺は……」

 

 けど、そんなのは夢だ。

 何時しか、それは俺の口癖になっていた。

 何も出来ない俺への戒め。そして、未練がましい俺の不自由な心の象徴。

 このまま、哀れに俺の生は終わるのだろうか?

 そんなことを考えていると、ある日アイツに出会った。

 黄色いリボンが印象的な紫髪の少女。

 飛んで行った鳩の羽根を頭に乗せた、ちょっとボケッとした女子。

 初対面の時は頭の羽根を取ってすれ違った。偶然、屋上にいただけの女子だったから。

 けど、俺達はすぐに再会した。しかも同じクラスだった。

 それからアイツと、アイツの友達と知り合って、仲良くなった。

 

「はやと君。何時か、飛べるといいね」

 

 始めは妹みたいなモンだったんだ。

 いつもボケボケしていて、お人好しで騙されやすいですってオーラを出している。

 そんなアイツを俺は放って置けなかった。

 本来の保護者役の姉は別のクラスだし、何かと気にかけていた所為で何時の間にかクラスじゃアイツの保護者扱いだ。

 実際、体育で倒れた時は保健室へ連れて行ったり、人混みに飲まれた時は探してやった。泳ぎを教えたことや、変な奴に絡まれた時に助けたこともある。

 何だかんだでアイツも俺を頼りにしてたし、悪い気も別段しなかったんだ。

 でも、何時しか立場が逆転していた。気付けば、アイツが俺を気にかけていたんだ。

 屋上で授業をサボっている俺を連れ戻しに来たり、俺の食生活を気にしたり。風邪を引いた時は押しかけて看病してくれたっけ。

 そして、俺と父さんが再会した時も俺を支えてくれた。

 俺の家にまた押し掛けてきた時は驚いたけど、来てくれなかったら俺はずっと父さんに脅え続けていただろう。

 俺の情けない過去を真剣に聞いてくれたし、話し合いをしに行った時も傍にいてくれた。

 普通、そこまでしないよな? そこがアイツのいい所だけど。

 持ちつ持たれつの関係が、何時の間にか俺達の日常になっていた。

 隣につかさがいることが当たり前になっていた。

 それがとても幸せなんだって、振り返ってみて思うよ。

 

「俺はつかさが好きなんだ」

 

 俺の暗い闇を優しい光で払ってくれたつかさが。

 何処かで母親を求めていた俺の隙間を埋めてくれたつかさが。

 俺の冷めた日常をガラリと変えてくれたつかさが。

 

 

 

 俺を覆う闇が一気に晴れた。

 周りには雲が浮いていて、まるで空の上みたいだ。

 というか、俺も浮いている辺り本当に空の上なのかもしれない。

 

「はやと」

 

 俺の目の前には白い衣服の女性。

 翠色の長髪と優しそうな瞳。俺のよく知る人物だ。

 

「やぁ、母さん」

 

 母さんは笑顔で俺を見つめていた。

 よく見ると、背中に白い羽根が生え頭に輪っかが付いている。まるで天使みたいな格好だ。

 

「願い、叶ったんだ」

「ええ。最高に気持ちがいいわ」

 

 くるりと一回転してみせる母さん。

 死んでいる人間に言うのも何だが、元気そうな姿を見たのは初めてで安心した。

 けど、俺には母さんに謝らなきゃいけないことがあった。

 

「……ごめん、約束破って。父さんは悪くなかったよ。母さんは全部分かってたんだ」

「ええ。あの人は運が悪いけど、我武者羅に頑張る人なの」

 

 確かに運の悪さは筋金入りだな。

 母さんは微笑みながら、俺の頭を撫でた。今までしてくれたように。

 

「はやとにも辛い思いさせて、ごめんなさい」

「母さんも悪くない。俺が」

 

 俺が悪い。そう言いかけた時、つかさの言葉を思い出した。

 

『でも、よかったね……誰も悪くなくて』

『誰も?』

『はやと君も、はやと君のお父さんも』

 

「……誰も悪くない。誰も、悪くないんだ」

「ありがとう、はやと」

 

 誰かが悪い、なんてことはない。不幸が重なっただけなんだ。

 頭を撫でていた手は、頬へと移る。

 

「これから辛いことがあっても、貴方なら大丈夫よ。自信を持って」

「うん」

 

 段々と母さんの姿が消えていく。

 待ってよ。まだ話すことがあるんだ!

 

「貴方の優しさは、もう私にじゃなくて別の誰かの為に使うもの。でしょ?」

「母さん……」

 

 綺麗な光の粒になって、母さんは天へ昇っていく。

 

「頑張ってね」

「……うん」

 

 最期まで笑顔だった母さんを、俺も微笑んで見送った。

 

 

 

「……とく……ん……」

 

 誰かの声がした。まるで誰かを呼んでいるようだ。

 

「……やと……」

「は……おき……」

 

 しかも1人じゃない。男も女もいる。

 何人も誰かを呼んでいる。

 

「はやと君! 起きて!」

 

 ああ、俺か……。

 じゃあ、行かないとな。

 

「ん……」

 

 目を覚ますと、俺は机の上に突っ伏していることに気付いた。

 

「やっと起きたか」

 

 最初に、かがみの呆れた声が聞こえて来る。

 

「しっかりしろよ」

「もう皆体育館に行っちまうぞ」

 

 続いてやなぎとあきの声。体育館……?

 ああ、そうか。今日は終業式か。

 体育館集合まで、俺は机に突っ伏して寝ていたんだったな。

 

「ふぁぁ~、わりぃな。先に行ってりゃよかったのに」

「いえ、そうも行きませんよ」

「はやとなら、起こさないとずっと起きないかもしれなかったから」

 

 みゆきとみちるが苦笑しながら話した。言うようになったな、このお坊っちゃんも。

 

「はやと君の寝顔も写メ出来たしね~」

「ちょっ、消せ!」

 

 むふふ、と笑うこなたから携帯を取り上げようとしたが、逃げられてしまう。くっ、このチビすばしっこい!

 

「いいから、早く行かないと本当に遅刻になっちゃうわよ?」

「へーい」

「チッ」

 

 かがみに叱られ、俺は渋々体育館に向かうことになった。

 こなため……覚えてろよ。

 

「あはは……でも、よく寝てたね~」

 

 いつものほんわかした調子で、つかさが話し掛けて来た。

 授業中居眠りしかけるお前に言われたくない。

 

「……夢を見たんだ。墓参りの夢」

 

 つかさには打ち明けておいた。

 この前の休みに、俺は父さんと墓参りに行ったこと。その時のことを夢に見たってな。

 勿論、母さんの夢のことは伏せた。言えるか、恥ずかしい。

 

「そうなんだ。お父さんと仲良くなれてよかったね」

「ところがギッチョン。そう上手くはいかないもんだ」

 

 墓参りが終わると、俺はあっさりとアパートに帰った。

 父さんとも多少なりと話せるようにこそなったが、やっぱ許せないんだ。

 間に合わなかった父さんも、勝手に家を出た自分も。

 

「そっか……でも、時間をかけて仲良くなっていければいいと思うよ」

「ああ、サンキュ」

 

 こんな時でも、つかさは優しく励ましてくれる。

 結局、2年の内に告白できなかったな。3年でまた同じクラスになれるとも限らないし。

 

 

 

 体育館では、列が出来つつあったが話はまだ始まっていなかった。

 いや、校長の話なんか微塵も興味が湧かないけど。

 

「じゃ、後でね」

「じゃあな」

 

 別クラスのかがみ、やなぎと別れ、自分のクラスの列に入る。

 さて、立ったまま寝るか。

 

「2年は色々あったな~」

「あったね~」

 

 あきが唐突に話した言葉に、こなたが相槌を打つ。

 コイツ等が付き合い出したのもデカいニュースだったな、確か。

 体育祭後のやなぎとかがみの交際発覚もかなり驚いた。

 

「3年も同じクラスになれるといいな~」

「そうだね~」

 

 とりあえず、リア充は爆発してろ。

 

「3年こそは……」

 

 後ろでみゆきが何か決心を固めている。視線の先には、天然の鉄壁要塞。まぁ、頑張れ。

 そうこうしている内に校長が登場。周囲が静かになる。じゃ、お休み。

 

 

 

 こうして、俺の2年生の生活は終わりを迎えた。

 この1年は俺にとってかなり重要だったと思う。

 校舎を出ると、屯していた鳥達が一斉に羽撃く。

 

「あっ」

 

 ヒラリと舞った羽根がつかさの頭に乗っかる。

 

「ほら、付いてたぞ」

「ありがとう」

 

 それを取ってやると、つかさは嬉しそうに微笑んだ。

 俺達の新しい日常の始まりはもうすぐだ。

 

 

 

 俺は奇跡なんてもの信じない。

 ドラマなんかでよくやる「奇跡」。俺はそれが嫌いだ。

 奇跡なんてあんなに頻繁にあってたまるか。

 だから奇跡なんて安っぽいもの、俺は信じない。

 けど、星屑のようにちっぽけな俺達が出会えたことが「奇跡」だとしたら。

 それはそれでアリかもしれない。




どうも、雲色の銀です。

第30話、そして今まで「すた☆だす」を御覧頂きありがとうございました。

今回は今までのまとめとはやとの心情が主な内容でした。
はやとがつかさの面倒を見ていたように、つかさもはやとの欠けた心を埋めていた。そんな相互関係にあったことを改めて実感しました。

はやとの母親、みどりの姿はゲーム「陵桜学園 桜藤祭」のパッケージのかなたをイメージしました。
ゲームではあんなシーンありませんでしたが(笑)。

まとめとしては、「1st Season」はあき×こなた、やなぎ×かがみの成立、はやとの過去と恋愛感情の自覚が主でした。
あき×こなたを最初にしたのは、やはり上記のゲームの影響です。
こなたをくっつけるなら桜藤祭しかない!と思っていたので。あきへの態度は、そうじろうのそれと似た感じにしています。一見酷い扱いの中にデレが隠れている。最近の原作を見ていると、真のツンデレはこなたではないかと。

因みに作者が1番好きなエピソードは、やはりはやとの過去編(第21話~第23話)です。
取り乱すはやと、母性的なつかさ、暖かい柊家が書けて満足!

それでは、「すた☆だす 2nd Season」で再びお会いしましょう!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1st Seasonまでの登場人物紹介

ここでは1st Seasonに登場したオリキャラの紹介をします。
各プロフィールは公式おきらくガイドブックを参考に作っています。


白風(しらかぜ)はやと

 

性別:男

出身地:埼玉県

誕生日:7月29日

星座:獅子座

誕生石:ルビー

誕生花:ダリア

血液型:B型

容姿:空色の短髪に翡翠色の瞳。いつも気怠そうにしている。

身長:173cm

体重:61kg

利き手:右利き

趣味:昼寝

好き:空、鳥、雲、怠惰

嫌い:奇跡、面倒ごと、父親、飢餓

好きな色:白、空色

得意科目:なし

苦手科目:英語

 

2-E所属。一応主人公。

不思議な雰囲気を持つ少年。性格は面倒臭がりでリアリスト。薄情で捻くれているが、意外と面倒見がよく、ノリがいい一面も。普段は授業をサボり、よく学校の屋上で昼寝をしている。特技はダーツ、毒舌。

「もし翼があったら~」と「奇跡なんか信じない」が口癖。父親と「奇跡」という言葉を嫌っている。

 

現在「夢見荘(ゆめみそう)」というアパートに一人暮らし。貧乏で、雑草の天ぷらや食パンの耳を揚げたものが主食。外で食べた時には残りを持ち帰れるようタッパーを常備している。他、テレビやラジオ、据え置き電話、冷暖房が一切ない。

 

喧嘩はそんなに強くないがやる時はやる。視力がいい為、ダーツなど物を投げた時の命中率が高い。

武器は麻酔薬や睡眠薬を針先に塗ったダーツを使用。睡眠薬類は図書館で調べ、自分で調合している。

 

 

☆★☆

 

 

天城(あまぎ)あき

 

性別:男

出身地:埼玉

誕生日:4月22日

星座:牡牛座

誕生石:ダイヤモンド

誕生花:アスター

血液型:O型

容姿:赤い短髪、黄昏色の瞳。体付きは細いが筋肉質。

身長:168cm

体重:57kg

利き手:右利き

趣味:アニメ、ゲーム、読書(漫画とラノベ)

好き:萌え、燃え、友情

嫌い:萎え、計算、こんにゃく

好きな色:赤、橙色

得意科目:体育

苦手科目:理系全般

 

2-E所属。愛称は「アッキー」。

性格はお調子者で、こなたに引けを取らない程のオタク。ふざけるのが趣味のようなもので、良く言えばムードメーカー。学業は底辺レベルだが、運動神経は抜群。

 

洞察眼が優れていて、空気は読めるが普段は敢えて読まない。友達を傷付けられることを決して許さない。

やなぎとは小学生の時からの腐れ縁で、よき相棒役。

 

戦闘手段は主に素手。戦う前に変身ポーズを取る。幼い頃から父親に様々な格闘技を各一年ずつやらされており、色んなタイプの戦法を取ることが出来る。反面、どれかに特化してる訳でもない為、総合的に見るとそこそこ強いレベル。

 

 

☆★☆

 

 

冬神(ふゆがみ)やなぎ

 

性別:男

出身地:埼玉

誕生日:12月15日

星座:射手座

誕生石:ラピスラズリ

誕生花:バラ(赤)

血液型:A型

容姿:ダークブラウンの長いサラサラヘアーに、アクアブルーの瞳。よく見ると中性的な顔立ち。

身長:174cm

体重:58kg

利き手:右利き

趣味:ボードゲーム、読書

好き:チェス、辛いもの

嫌い:運動

好きな色:青、水色

得意科目:数学、国語

苦手科目:体育

 

2-D所属。風紀委員。愛称は「やなぎん」。

性格は常識人で苦労人。主にツッコミ担当。但し、チェス等のボードゲームをやるとドS化する。頭脳明晰で、成績は学年トップクラス。

クールで理性的だが、何故か「ヘタレ」と言われるとキレる。

 

あきとは小学生の時からの腐れ縁で、繰り出されるボケに手を焼いている。反面、体力面や性格から少なからずコンプレックスを抱いており、比較しては軟弱な自分を卑下している。

 

愛称とは別に「もやし」と呼ばれる程、運動神経は皆無。よって非戦力だが、チェス等の頭を使うゲームが得意なので司令塔を担当。扇子を愛用していて、それをツッコミや武器に使用することもある。

 

 

☆★☆

 

 

檜山(ひやま)みちる

 

性別:男

出身地:東京

誕生日:8月3日

星座:獅子座

誕生石:ペリドット

誕生花:マツバボタン

血液型:O型

容姿:クリーム色の綺麗な短髪に藍色の澄んだ瞳。笑顔の似合う中性的なイケメン。

身長:164cm

体重:51kg

利き手:両利き

趣味:フルート、読書、お菓子作り

好き:友達、平和、洋菓子

嫌い:争いごと、にんじん

好きな色:白、黒色

得意科目:特になし

苦手科目:特になし

 

2-E所属。愛称は「みっちー」。

性格は純粋無垢で誰に対しても優しい。女性に対しては特に優しさが発揮され、「ホスト」「王子様」とも呼ばれる。

容姿端麗、成績優秀のお坊ちゃん。運動神経も抜群な完璧超人。但し、恋愛に関しては鈍感で、純粋故に性知識がかなり欠けている。特技はフルート。

 

女性に話し掛けてもそっけなかったり、視線を合わせて貰えないことから、女性に嫌われていると思っている。実際は恥ずかしくて目を合わせられないだけで、かなりモテている。

女性の扱い方は父に習った。因みに父親は女たらしのようだ。

 

主に怒りが頂点に達したり気絶すると、もう1人の人格「うつろ」が現れる。うつろの性格はみちると正反対で傍若無人で強欲。記憶は共有しておらず、みちるはうつろの存在を知らない。

 

高良みゆきと岩崎みなみとは幼馴染。小学生の時に引っ越してしまいそれっきりだったが、みゆきとは陵桜学園で、みなみとはクリスマス会で再会した。

なお、うつろのことをみゆきが知らなかったことから、昔はいなかった模様。

 

 

☆★☆

 

 

海崎隆也(うみざきりゅうや)

 

性別:男

出身地:茨城県

誕生日:不明

血液型:B型

容姿:黒髪、青紫色の瞳。頭にオレンジ色のバンダナを巻いている。

身長:182cm

体重:70kg

利き手:右利き

趣味:アルバイト、ギター

好き:夢を追う若者、お金、女性、酒

嫌い:自分の夢、ゴーヤ

好きな色:黄色

得意科目:音楽

苦手科目:特になし

 

28歳。はやとが住んでいるアパートの大家。アパートの収入だけじゃ少ないらしく、バイトを掛け持ちしている。

性格は何処か適当で女性に飢えている。人生の先輩として、一人暮らしのはやとの面倒を見たり、時に罵り合っている。

 

ギタリストになるのが夢だったが、交通事故が原因で諦めることに。それでも諦めきれないのか、時折夜中に部屋でギターを引いている音が聞こえる。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

すた☆だす 2nd Season
第1話「再び、始まり」


 俺は奇跡なんてもの信じない。

 ドラマなんかでよくやる「奇跡」。俺はそれが嫌いだ。

 奇跡なんてあんなに頻繁にあってたまるか。

 だから奇跡なんて安っぽいもの、俺は信じない。

 

 母さんが死んだあの日から、俺はそう思い翼を失っていた。

 

 

 

 去年から出会ったアイツが、俺の歪んだ場所を少しずつ変えてくれた。

 ライトパープルの頭に、黄色いリボンをカチューシャみたく結んでいる。ぽややんとした雰囲気の女子。

 料理が飛び切り上手くて、風邪を引かない程丈夫で、包容力が異常にある奴。

 

 始めは屋上ですれ違っただけ。二度目は教室の入り口で衝突した。

 それから、まさか心から頼れる女性(ヒト)にまでなるなんて、世の中分からない。

 

 もし、この出会いが奇跡なら、俺はもう一度信じることが出来るかもしれない。

 

 

 また、新たな1年が始まる。

 高校生活、最後の年。

 

 もし翼があったら、俺は――。

 

 

☆★☆

 

 

 世の中は騒音に溢れている。

 道路を行き交う車、人の話し声や足音。

 雑音だらけだ。

 

 皆、黙ればいいのに。

 

 

 

「付きましたよ」

 

 隣から掛けられた男性の声で、俺はアイマスクを外す。

 最初は本を読むつもりだったが、トラックの音が煩いのでやめた。

 本にも集中出来ず、やることのない俺はアイマスクを着けて眠っていたのだ。快眠とは程遠かったけど。

 

 トラックの助手席から降り、目の前にあるアパート「夢見荘(ゆめみそう)」を眺めた。

 

 第一印象は、静かだ。

 本当に他の入居者がいるのかってくらい、殺風景だ。

 

「荷物運びますけど、部屋は何処です?」

 

 引越し屋の男性に言われ、俺は部屋の番号を確認する。……2階か。

 部屋番号を告げると、引越し屋は苦笑いする。ま、大きな荷物もあるからな。運ぶのが面倒だ。

 

 

 俺の高校生活はここから始まる。

 

 誰とも結び付かない、孤独な生活。そうなることを望んでいた。

 

 

☆★☆

 

 

 遂にこの時が来た。

 

「ふ、ふふ……」

 

 俺は目の前にある物を見て、堪え切れず笑みを零してしまう。

 ずっと待ち続けたのだ。今日の為に、俺は度重なる空腹を我慢してきた。

 

 磨き上げられた真っ白なボディは、陽の光を浴びて一段と輝く。

 グリップを握ると手の平に丁度よく納まり、まるで早く動き出したいという期待の声が聞こえてくるようだ。

 

「レギュレーターオープン。スラスターウォームアップ、オーケー。アップリンク、オールクリア」

 

 期待に答えるべく、俺はテキパキと調整を行った。

 呟いている言葉の意味は、正直俺にもよく分からない。

 

「さぁ、行こうぜ? 相棒」

 

 全ての準備が整った。

 漸く手に入れた相棒に呼び掛ける。

 俺はもうワクワクを押さえられないようだ。

 

「シューティングスター、白風はやと! 出る!」

 

 出撃シークエンスを終え、俺はペダルに脚を掛けた。

 

 今、俺は風になる――。

 

 

 

「は、はやと君?」

 

 聞き慣れた女子の声が聞こえ、我に返りブレーキを掛ける。

 

「な、な、な!?」

 

 振り返り、俺は唖然とする。

 目の前には、恥ずかしながら俺の意中の相手、柊つかさが自転車に乗りながらこちらを見ていたからだ。

 さっきまでの自分を思い返し、顔を真っ赤にする程恥ずかしくなる。

 

 俺は食費を削りながらもバイト代を貯めて、念願の自転車を買ったのだ。

 車体の掃除やサドル、ブレーキの調整を行ってから近所のスーパーまで走らせるつもりだった。

 

 けど、自転車に夢中になって……まぁ遅れて来た中二病だ。

 しかしまさか、よりによってつかさに見られるなんて……!

 

「えっと、うん。格好良いと思うよ!」

 

 つかさは見てはいけないものを見てしまったような風に苦笑いしていた。必死なフォローが心に刺さる。

 

「オイ、まっ」

「それじゃ!」

 

 誤解を解こうと呼び止めるが、先につかさはさっさと行ってしまった。

 何でこういう時だけ動きが速いんだよ!?

 

「待てっての! 俺にそんな趣味はねぇぇぇぇ!」

 

 全力で逃げるつかさを、全力で追う俺。

 

 結局、お互い息が切れるまで自転車同士で追い掛けっこをして、漸く誤解を解いた。

 これも俺達の春休みの日常だ。

 

 

 

 

 そんなことが色々あったりして、春休みは瞬く間に過ぎていった。

 まぁ2週間程度だしな。

 

 そして、始業式の朝。

 

「ん……」

 

 携帯の目覚まし機能を切り、俺は気怠そうに目を開ける。

 天気は晴れ。布団でも干していくか。

 

 いつも通りに朝食を取り、さっさと支度を済ませる。

 本心は誰にも話さないが、実は今日が結構楽しみだった。

 なんてったって、屋上ライフリターンズだ。春の陽気に当てられながら惰眠を貪る。これぞ、至福の一時。

 

 それに、クラス替えもある。今までどうでも良かったが、今回ばかりは違う。

 つかさと一緒のクラスになれるかどうかの問題だ。去年のやなぎみたいなオチはゴメンだぜ。

 

「おーい、はやと」

 

 そんなことを悶々と考えていると、アパートの大家にして俺の一応恩人の海崎さんが呼んできた。

 何だ? 家賃なら払ったぞ。

 

「今日は嬉しいニュースが2つある」

「嬉しいニュース?」

 

 俺に関係ないことならさっさと言えよ。これから学校なんだから。

 海崎さんは勿体ぶりながら言った。

 

「まず1つ。ここ、夢見荘に新たな住人が来る」

「はぁ」

 

 興味なさそうに俺は答える。確かに昨日辺り表でドタドタしてたな。

 夢見荘? そういやこのアパートそんな名前だったっけ。

 

「しかも、お前の部屋の隣の隣だ」

「ややこしいな」

 

 隣でいいじゃねぇか。何故1つ空けたし。

 

「お前の後輩に当たるから、仲良くしてやれよ」

「善処はする」

 

 ま、相手次第だな。生意気な後輩なら潰すまでだ。

 

「で、もう1つは何だよ」

 

 いい加減時間が惜しくなった俺は話を急かす。

 これで大した話じゃなかったら一発蹴り入れてから学校行くか。

 

「2つ目は新入生の歓迎の為にすき焼きをすることになった。お前も参加するか?」

「いよっしゃああああ! ヒャッホーイ! イエイエー!」

 

 特大クラスのグッドニュースに、俺は気が狂ったのかって位喜ぶ。

 だって、すき焼きだぜ? 食うの何年ぶりだっての!

 

「ちゅーか、キャラ崩壊するぐらい喜ぶのはいいけど、タダで参加させる気はねぇ」

「!?」

 

 海崎さんの余計な一言で俺の動きがピタッと止まった。

 何だよ、金でも取る気か? ふざけやがって。

 

「ほれ」

 

 海崎さんは俺に1枚のメモと千円札3枚を渡してきた。

 ……ってこれ、買い物リストじゃねぇか。

 

「今日のすき焼きの食材を帰りに買ってこい。それからだ」

 

 海崎さん、アンタって人ぁ……。

 本日の俺の仕事と楽しみがまた1つ増えた。

 

 

☆★☆

 

 

 家の近くの公園に咲いている桜が花弁を舞わせている。

 

 今日は入学式だ。俺の人生の新たなる一歩。

 高校生活、アパートへの引っ越し、人間関係の構築。

 

 

 全部引っ括めて言う。面倒臭い。

 

 

「つばめちゃん、朝ご飯出来たわよ~」

 

 下の階から母さんの呼ぶ声が聞こえる。

 つばめちゃんはやめろ、と言っているにも関わらず最後までやめなかったな……。

 俺は溜め息を吐きながら、下へ降りていった。

 これで家で食べる朝食も最後か……。

 

「頂きます」

 

 別段何とも思わなかったので、さっさと食べた。因みに我が家は和食派である。

 

「つばめちゃんとも暫く会えないのね。お母さん寂しいわ」

 

 食器を片付けていると母さんが引っ付いてきた。

 鬱陶しい。その台詞何度目だよ。つばめちゃんやめろ。

 色々言いたかったが、結局言わなかった。

 

 これで暫くは母さんの煩い声を聞かなくて済むからな。

 

「あ、写真撮りましょ! 陵桜の制服の!」

 

 ウンザリしている俺を差し置いて、母さんはカメラを取りに行った。……荷物持っておくか。

 大きな荷物は既にアパートに送ったが、小さな荷物と共に正式に引っ越すのは今日だった。

 理由は簡単。母さんが許可しなかったからだ。寂しがりめ。

 

「つばめちゃん笑って~!」

 

 カメラを向ける母さん。当然俺は笑わなかった。

 

「……撮れた~! うん、いい男!」

 

 何処が。デジカメに写っていたのはしかめっ面の俺だった。

 

「……つばめちゃん、最後にお別れぐらい言って。寂しいから」

 

 母さんが泣きそうになる。朝っぱらから家の前で泣かれると困るんだけどな。

 

「はぁ……母さんはハシャぎすぎなんだよ」

 

 今日二度目の溜め息を吐き、俺は母さんを見つめる。

 冷たい態度を取ってはいるが、母さんが嫌いだって訳じゃない。

 けど……煩すぎるんだ、母さんは。

 

「……行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい」

 

 挨拶を交わし、俺は荷物を持って歩き出した。

 

 暫く裁てば、少しは俺も寂しくなるんだろうか?

 所謂ホームシックって奴。掛かれるものなら掛かってみたい。

 

 

 電車の中では本を読みながら時間を潰したかった。

 

 俺の小さな願望を壊したのは、騒音。

 平日の朝の電車と言えば、人混みだ。話し声やヘッドホンから漏れる音楽で狭い車内は満たされる。

 そんな煩い空間で本に集中出来るか。

 

 不満そうにする俺の目の前に、大股開けて座るバカがいた。

 ヘッドホンからは洋楽がダダ漏れで明らかに迷惑な人間だ。本人は気付いてないみたいだが。

 イライラがピークに達し、俺はソイツの足を踏ん付けてやった。

 時間はまだある。絡まれても問題はない。

 

「イテッ!? オイテメー、何処見てんだよ!?」

「お前こそ何処見てんだよ。邪魔な足広げてて踏まれないと思ったのか? ただでさえ人が多いってのにスペース取ってんじゃねぇよカス。ヘッドホンから音漏れしてんのも迷惑だ。お前が聞いてる音楽なんか興味ねぇんだよ。足広げて音楽聞きたいなら家でやるか公園でも行けよクズが」

 

 次々に文句と罵声を浴びせられ、クズ野郎は顔を真っ赤にして俺を睨んでいた。

 

「テメー!」

「狭い車内で暴れんな、モラルが欠けたチンパンジーが。人間の言葉理解出来んの? 賢いねー」

 

 初日からトラブルは御免だったが、イライラしたから仕方ない。

 次の停車駅は運良く俺が降りる駅だ。

 チンパン野郎は俺を引きずりながら電車の外に出る。

 

「覚悟出来てんだろうな?」

 

 指を鳴らして威嚇するチンパン野郎。別に怖くないけど。

 あー、やっぱりホームも人が大勢いて煩い。野次馬もいて俺達を見てるし。

 

「何とか言ってみろよ」

 

 チンパン野郎が吠える。コイツの声も、もうウンザリだ。

 

「黙れ

 

 一言呟いて、俺はソイツの頭を掴み、顔面を地面に叩き付けた。

 ゴツンッ! と痛そうな音がした。額から行ったから鼻や歯は折れてないと思う。

 気絶した男を放置し、俺は改札に向かった。朝から無駄な労力を使ったな、全く。

 

 

☆★☆

 

 

 春――

 新しい何かが始まりそうな予感のする季節――

 新しい出会い。少しの不安と大きな期待――

 

「――って爽やかなイメージあるけど、実際は知らない人と一から始めなくちゃいけないから鬱だよね……」

 

 ここまでがこなたの1人語りである。

 いや、納得出来る部分もあるけど、春にそんな爽やかなイメージを抱いたことすらないぞ。

 大体、お前彼氏持ちなんだから出会いがあったらダメだろ。

 

「私はもう慣れたけどな。アンタはマシでしょ?」

 

 かがみが遠い目で返す。

 そりゃかがみとやなぎだけ違うクラスだったからな。今年はどうなってるのやら。

 

「こういう所でお約束が働いたりするんだよな~」

「おいバカやめろ」

 

 縁起でもないことを言うあきに、やなぎが突っ込む。

 でも、恋人が一緒のクラスってだけでも俺は十分な気もするけどな。

 

「えっと、俺は何処のクラスだ……?」

 

 で、確認の結果。

 

「「…………」」

 

 見事にお約束が働いた訳で。

 かがみとやなぎだけ違うクラスになったのだった。あーあ。

 

「じゃ、後でな」

「お姉ちゃん、元気出してね」

「うん……」

 

 固まる2人を背に、俺達は自分等のクラスであるB組へと向かった。

 とりあえず、つかさが一緒で俺は心から安心した。

 

「一緒でよかったね~」

「ああ」

 

 そんな俺の心境を知ってか、呑気に話すつかさに俺は微笑みながら返した。

 春、出会いの季節。まぁ、間違ってはなかったな。

 

 ほのぼのとした雰囲気の俺達と、丁度1人の男が擦れ違う。

 深緑の髪にダークブラウンの鋭い眼。ガタイのいい体に、頬には3本の傷がある。

 どう見ても不良ってオーラを醸し出していた。

 

「確かアイツは……」

「はやと、知り合い?」

 

 俺の反応を見たみちるが尋ねて来る。以前、どっかの奴が噂してるのを屋上で聞いたっけ。

 月岡(つきおか)しわす。札付きの不良で、近辺のヤンキー共に恐れられているらしい。

 

「あまりいい印象はねぇな」

「へぇ~」

 

 あんなのと同じクラスになった奴は可哀想にな。

 

 

☆★☆

 

 

 はやと達と別れるが、かがみはショックが大きかったのか未だ呆然としている。

 初詣の時にも同じクラスになれるよう、願っていたから当然だろうな……。

 

「おーす柊、クラス割どぉ?」

 

 そこにかがみの肩に腕を乗せながら話し掛けてくる人物が1人。

 八重歯が特徴的な、黒っぽい灰色の髪に黄土色の瞳の女子。振る舞いは男みたいだが。

 名前は日下部みさお。去年俺達と同じクラスだった人間だ。

 更に後ろから、額を出した橙系の長髪に水色の眼の大人しい女子が来る。

 彼女は峰岸あやの。日下部の保護者的存在で、これまた昨年俺達と同じクラスだった。

 

「おっ、また同じクラスじゃーん」

「……何?」

 

 確認してみたが、確かに俺とかがみのクラスであるC組の名簿には日下部と峰岸の名前もあった。

 

「中学時代も合わせるとこれで5年連続か?」

「またよろしくねー」

「え?」

 

 同じクラスになったことを喜ぶ2人だが、かがみは気付いていないらしかった。というか、中学も同じだったのか……。

 日下部達とかがみの間に気まずい空気が流れる。

 

「あ……あれ!?」

「いるよなー、自分の第一目標以外目に入らない薄情君てさー。私等はさながら背景ですぜ」

 

 全く予想外だったかがみに対し、苦言を呈す日下部。

 けど、かがみも俺も自分のクラスよりつかさやあき達のクラスにいる方が多いからな。

 

「何だ、お前等も同じクラスか」

「冬神まで酷くね!?」

 

 一応俺も反応しておく。別に不満がある訳じゃないけどな。少しは話せる奴がいるのも悪くない。

 かがみも知った顔がいることで元気を取り戻せたみたいだ。

 

 

☆★☆

 

 

 駅からバスに乗り、やっと学校に到着する。

 因みに、バスの中も騒音だらけで本に集中なんて出来やしない。

 次からはアパートから徒歩での通学なので、もう乗ることはないがな。

 

 陵桜学園(りょうおうがくえん)の第一印象は、「デカい」だった。

 陵桜にはクラス数が13もあり、生徒数も半端なく多い。実際、入学説明会等で予想以上の人数が集まっていた。

 俺としては、図書室さえ煩くなければそれでいい。

 

「さて、クラスを確認しないとな」

 

 案山子みたいに突っ立っていても意味はない。

 俺は下駄箱で靴を履き変え、掲示板に張り出されたクラス表を確認しに行く。

 

 俺の名字は湖畔(こはん)だ。珍しい分、名簿でも見付け易い。

 案の定、俺はすぐに自分の名前を見付けることが出来た。

 

「……Dか」

 

 この時に、何故呟いてしまったのか。時が戻せるなら俺は自分にこう言いたい。

 

 黙れ、と。

 

 

「お前もD組か?」

 

 

 右隣から話し掛けられた、ような気がした。

 俺のことじゃないだろうな、と願いつつチラッと目をやる。

 

 そこには茶髪に碧眼のいかにも軽そうな男が、こちらに視線を向けていた。

 明らかに俺に話し掛けている。しかし、面倒そうな人間だったので無視することにした。

 

「お前もD組なんだろ? 聞こえたぜ~」

 

 茶髪は馴々しく俺に話し掛けてくる。

 ああ、どうして呟いてしまったのか。黙っていれば教室で出くわすまではコイツに会わずに済んだというのに。

 

「俺は霧谷(きりや)かえで! よろしくな!」

 

 勝手に自己紹介まで始めやがった。

 俺はこういう煩い人間が一番嫌いだった。

 だからいい加減に鬱陶しくなり、遂に口を開いた。

 

「黙れ」

 

 馴々しかったとはいえ、初対面の人間に邪険な態度を取ってしまう。茶髪は現にポカンと口を開けている。

 これはトラブルは避けられないな、と覚悟した。

 

「何だよつれないな~。後で紹介するんだし、名前ぐらい言えよ~」

 

 ところが、この男は未だに親しく接してきた。

 何なんだ、コイツは? バカか?

 だが、確かに後で名前は知られる。どうせなら名前を明かし、さっさと離れてしまえばいい。

 

「……湖畔つばめ。じゃあな」

 

 名前を明かし、俺はその場を去ろうとした。

 しかし、奴は何時の間にか俺の肩を掴んで離そうとしなかった。

 

「そっか、つばめか。よろしくな、つばめ!」

 

 茶髪はまたも馴々しく、俺を名前で呼びやがった。

 どういう神経してんだ? コイツは。

 

「俺のことはかえででいいぜ? 女みたいな名前だろ?」

 

 自分でわざわざネタにするか。

 かえでという男は、この後も馴々しく俺と一緒に教室まで向かった。

 

「お前も無愛想にしてないで、笑った方がいいぜ? 笑えば皆ハッピーってな!」

 

 俺はお前のおかげでアンハッピーだ。

 いくら邪険にあしらおうとも、かえでは俺から離れない。

 

「まぁまぁ、お互いこの学校に来て初めて話した仲なんだし、仲良くやろうぜ?」

 

 何? まさか、コイツが陵桜で初めて話し掛けた人間が俺なのか?

 だとしたら、かなりの屈辱だった。こんな煩い奴に最初に目を付けられたのが俺だったなんて……。

 

「ほら、スマイルスマイル」

「黙れ」

「黙らない~。お前が笑ったら黙ってやるよ」

「煩い」

 

 こんなやり取りが教室に着くまで行われた。

 今日はこれ以上不幸が増えないで欲しいな……。

 

「ほら、笑う角には福来たるって言うぜ?」

 

 かえでの戯言を無視し、教室のドアに手を伸ばす。

 しかしドアは勝手に開き、いきなり誰かがぶつかって来た。

 今日は厄日なのか?

 

「わっ!? ご、ごめんなさい!」

 

 ぶつかって来た相手を見て、俺は目を丸くした。

 相手は女子だったが、それはどうでもいい。

 問題はその容姿。どう見ても小学生程度にしか見えない位小さかったのだ。

 濃い桃色の髪を両側で結び、緑色の垂れ目が申し訳なさそうにこちらを見上げている。

 容姿にこそ驚きはしたが、制服を来ている辺りここの生徒であることに間違いはない。

 

「……ああ、悪い」

 

 大人しそうな女だったので素直に謝り、道を空ける。

 多少急いでいた所を見ると、トイレなんだろう。

 桃色髪の女はペコッと頭を下げ、小走りで教室の外へと向かっていった。顔色が少し悪そうだったが、大丈夫だろうか?

 これが、俺と小早川(こばやかわ)ゆたかの始まりだった。




どうも、雲色の銀です。

2nd Season第1話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は1年サイドの新主人公の活躍とクラス分けがメインでした!

今回登場した湖畔つばめ。初期はやと以上の鬼畜、冷徹っぷりでした。
しかも口癖が「黙れ」。本当にこんな奴ばっかが主役でいいのだろうか……?

そしてはやとは出オチ担当でした(笑)。
チャリ購入が余程嬉しかったんでしょう。

さて、次回は主に1年サイドの自己紹介です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話「顔合わせ」

 初日から面倒な奴に絡まれてしまったと、教室に着いてからもつくづく実感させられた。

 霧谷かえでと俺、湖畔つばめは、よりにもよって名前順で前後の位置となってしまったのだ。

 

「おー、こりゃ運命的だ。あっはっは!」

 

 呑気に笑っているコイツを殴り飛ばしたい。

 これから四六時中、コイツの話し声を聞きながら過ごさなければならないと思うと、憂鬱になる。

 イライラしながらも席に付き、HR(ホームルーム)が始まるのを待つ。

 

「お、さっきの」

 

 後ろを向いて勝手に話していたかえでが、何かを発見したようだ。

 俺も振り向くと、2つ後ろの席には先程俺にぶつかって来た女子が座っていた。

 

「あ……どうも」

 

 向こうもこちらに気付いたのか、挨拶を交わしてきた。

 静かに過ごしたいというのに、余計なことを……。

 

「いいなー、可愛い女子が近くでさー。俺なんか無愛想な野郎が真後ろだぜ?」

 

 悪かったな、無愛想で。

 コイツ、いい加減に殴り飛ばしても問題ないと思う。

 握り拳を押さえていると、後ろの女子は右前の席、つまり俺の右後ろの女子と会話していた。

 

「……お腹の調子、平気……?」

「うん、ただのトイレだったから大丈夫だよ~」

 

 見た目が小さいと思ったら、どうやら病弱らしい。

 

 で、右にいるエメラルドグリーンの髪の女は俺と同様に無愛想だ。

 ただ、友達を心配している辺り悪い奴ではないらしい。

 

「皆席に付けー」

 

 と、ここで教師らしき眼鏡を掛けた男がやって来た。やっとHRか。

 

 

 高校最初のHRは自己紹介だった。

 人と関わりたくない俺にとって、全く無意味なことだ。

 

 まずはダークグレーの髪に群青色の眼の、これまた無表情な男子が前に立った。

 このクラスは静かそうな奴が多くて助かる。

 

石動(いするぎ)さとる」

 

 それだけ言うと、石動は軽くお辞儀をして席に戻った。

 あんなモンでいいのか。俺もそうしよう。

 

「もうちょい何か喋れよー」

 

 簡素な紹介が気に食わないのか、かえでが野次を飛ばした。迷惑な奴だ。

 石動は数瞬考え、再び壇上に立つ。余計なことを……。

 

「趣味は読書だ」

 

 ただそれだけ言って、自己紹介を終わらせてしまった。

 いいぞ、アイツとは気が合いそうだ。

 

「え、えっと……次!」

 

 困った様子の教師は自己紹介を次に回した。

 初めがあんな自己紹介では困るのも無理はない。俺は気に入ったけど。

 

 

 順番が回って来た、右後ろの無愛想な女が前に立つ。

 

岩崎(いわさき)です……よろしく……」

 

 コイツも石動と同様に、簡単な自己紹介だけして戻って来た。

 こんな奴ばっかりのクラスなら、俺も満足なんだけどな。

 

「あの子、結構可愛いじゃん」

 

 ふと、近くの男子の話し声が聞こえて来た。

 興味はないが、確かに顔は悪くはない。変わらない表情とツリ目が冷たい印象を与えるけど。

 

「俺同じ中学だったんだけど、アイツ喋んないし暗いし、いつも本読んでばっかで気味悪いぜー?」

 

 ところが、違う男子からはキツい評価が下された。

 喋らないし暗いし、いつも本を読んでいたら気味悪いのか。そうかそうか。

 じゃあ、俺にも人は寄り付かなくなるな。安心した。

 

「ほぅ……」

 

 だが、極度のお節介野郎のかえでは目を光らせていた。

 コイツも今の話が聞こえたんだろうが、何を企んでいるのやら……。

 ま、岩崎に標的が移れば俺の被害は減るからいいことではあるな。

 

 

「俺の出番だな」

 

 俺達は名字順では早めに順番が回ってくる。

 言い換えればさっさと終わらせられるってことだ。面倒なことは早く終わらせるに限る。

 

「俺は霧谷かえで! 好きなものは笑顔! 特技は笑わせること! 座右の銘は「笑う角には福来たる」! 皆、スマイルスマイル!」

 

 笑う笑うと連呼する自己紹介に、俺は耳を塞ぐ。

 鬱陶しいことこの上ないな、全く。

 

「そして、俺には目的がある!」

 

 まだ続けるか。長い自己紹介に、俺はかえでをキツく睨む。

 

 

「それは、岩崎みなみを笑わせることだ!」

 

 

 高らかに宣言するかえで。

 いきなり名指しされた岩崎は疎か、教室内の人間全員がポカンとしていた。

 何だコイツ、バカなのか?

 

「ついでにつばめ、お前もだ! 以上!」

 

 ついでかよ。こっち見んな、指差すな。

 宣言し終わると、遣り遂げたと言いたげな表情でかえでが戻って来た。

 

「何のつもりだ」

「俺は岩崎の笑顔が見てみたい。それだけだ」

「黙れ」

 

 俺は俺を指差したことについて尋ねたつもりだったが、バカ野郎は岩崎について答えやがった。

 当の岩崎はかえでを見ないようにしている。間違いなくドン引きされたな。

 

 それより、次は俺なんだが……あの自己紹介の後だと、気まずくて仕方がない。

 この男は何度俺に恥をかかせれば気が済むのか。

 

「ほら行けよ」

 

 かえでが肩を叩きながら俺を促す。

 そろそろ顔面をグーで殴っていいレベルだな。

 

 俺は気怠そうに前へ出ると、改めて1年共に過ごすクラスメートの顔を拝んだ。

 欠伸を欠いてる奴、ヒソヒソ話している奴、まともにこちらを見ている奴、ケラケラ笑いながら眺めるバカ、色々だ。

 そうだな……本心でも述べておいてやるか。

 

 

「湖畔つばめ。本ばかり読む気味悪い人間だ。よろしくしないでいい」

 

 

 そう言って、俺は席に戻った。

 これで俺と関わり合いたい奴はこれ以上出て来ないだろう。

 

「何だアイツ?」

「感じ悪ー」

 

 案の定、周囲の俺を見る目は冷たいものへと変わった。

 

「お前なぁ……」

 

 流石のかえでも、俺の自己紹介に呆れている。

 

 これでいい。俺は誰とも関わらないで済む。

 上辺だけ見る奴とも、暑苦しく馴れ合おうとする奴とも親しくする気はない。

 

「くくく……っ」

 

 何故か石動にはウケていたようだが。

 笑う所じゃないぞ、お前。

 

『そろそろ私の番だ……』

 

「お、あの子の番だぜ」

 

 気付くと、後ろの席の小さい女子が前に立っていた。

 

『最初が肝心だよね……明るく振舞わなきゃ……』

 

 何やら俺を見て考えているらしい。

 ま、第一印象は大事だからな。俺みたいなのは反面教師にすることだ。

 

「小早川ゆたかですっ。こんななりですが、飛び級小学生とかじゃないですよー。なーんて……」

 

 と、顔を赤くしてダボついた袖をヒラヒラと振りながら話す。

 何だ、今の。ギャグのつもりか?

 だが、周囲は全くウケていない。寧ろ白けている。

 

「っ! く、くく……!」

 

 唯一、石動のみ腹を抱えて声を出さずに笑っていた。アイツの笑いのツボは分からん。

 

『あ、あれ!? お姉ちゃんの影響受けて、マニアックになっちゃってるのかな……』

 

 笑いを取れず、落ち込んだ様子で戻る小早川。

 あの落ち込み様、慣れない真似をしたな。哀れな……。

 

 その後もとんとん拍子に自己紹介は行われていった。

 覚える気もないから大半は聞き流したがな。

 

 

☆★☆

 

 

 3年生開始早々、怠さがピークに達した。

 俺の目的である「つかさと同じクラスになる」が既に達成されたからだ。

 初日なんだし、さっさと解散しようぜ。

 

「まぁ勉強せぇと口喧しくは言わんけど、高校最後の年やし有意義に過ごすよーに」

 

 でも、まさか今年度も黒井先生が担任だとはな。

 周囲の奴等も去年とあまり代わり映えのしない連中ばかりだ。

 

「さて……ほいじゃ早速、役割分担やけど……」

 

 

 

 ……ハッ!?

 しまった、つい居眠りをしてた。

 

 気付けば黒井先生はおらず、皆帰り支度をしていた。

 何だ、もう終わったのか。

 けど何か重要なことをする直前だったような……?

 

「よぅ、保険委員」

「あ?」

 

 カバンを持ったあきが話し掛けてくる。

 保険委員? お前、それ去年の話だろ?

 

「はやと君、また寝てて……」

「勝手に決められてしまったんです」

「……え?」

 

 つかさとみゆきが補足説明をした。

 って、またかよ!? また居眠りした所為で保険委員かよ!?

 

「ま、頑張りたまへ~」

 

 こなたの一言に、俺はガックリ頷垂れる。

 拒否権すら行使してねーぞ……もし翼があったらなぁ。

 

 

☆★☆

 

 

 予想外の出来事が起こった。

 目の前には深緑の髪にダークブラウンの鋭い眼、頬には3本の傷がある男。

 

「月岡、しわす」

 

 月岡はカタコトに喋り、自分の席に付く。

 

 アイツは確か、陵桜でも札付きの不良だと噂されている。

 あのガタイの良さと獣のような眼光、何より喧嘩の跡と思える傷跡から容易に推測できる。

 まさかそんな危険な奴と同じクラスになるなんて……。

 

 月岡の一挙一動で教室内が不安そうにどよめく。

 かがみに危険が及んだ時に俺が守り切れるかどうか……。

 

「アイツの傷跡、何か格好良くね?」

 

 唯一、日下部のみ平気そうにしていたが。

 というか、何故面白そうに指を差していられるのか。

 

「……えー、自己紹介は以上だな。次は役員決めだが……」

 

 桜庭先生も月岡を気にせず、いつもの面倒臭そうな様子で進行している。

 ……問題ないのか? あの危険そうな人物が。

 

 

 

「……ということがあったんだ」

 

 役員決めを終え、今日の授業は終了。

 俺達ははやと達のクラスへと足を運び、月岡について話していた。

 

「そんな奴なら学校来なくなるんじゃねーの?」

 

 あきが気楽そうに話す。ああ、コイツも日下部と同類のバカだったな。

 

「妙な因縁を吹き掛けられたら怖いだろう」

 

 相手は不良。何をしでかすか分からない。今も、堂々とタバコを吸っているかもしれん。

 

「じゃあ(つつ)かないことだ。月岡と関わろうとしなければ平気だろ」

 

 はやとも何でもないかのように言った。

 コイツ等、他人事だからって……!

 

「んなことより、カラオケにでも行こうぜ!」

「いいねー!」

 

 俺の話を打ち切り、カラオケに誘い出す能天気なあき。その軽さが羨ましいよ、全く。

 

「あ、悪ぃ。俺は用事があるんだ。じゃあな」

 

 だが、はやとはカバンを持ってさっさと帰ってしまった。

 妙に浮かれているようだが、何かあったのだろうか?

 

 

☆★☆

 

 

 役員決めも済み、今日は解散となった。

 全く、散々な初日になった。

 

「お前はどうして愛想よく出来ないかね~」

 

 その7割5分がコイツの所為であることは間違いない。

 霧谷かえで。コイツはこの1年で確実に俺の障害になる。

 

「オイ、顔面殴らせろ。グーで」

「何故に!?」

「黙れ」

 

 とりあえずは今日の鬱憤を一発晴らしておこう。

 俺はかえでの肩を掴み、右拳を握る。

 

「やめとけ」

 

 すると、意外な方から制止が入った。

 散々俺の紹介で笑っていた、石動さとるだ。

 

「おおっ! お前良い奴だな!」

 

 救われたかえでは早速絡んでいた。

ウ ザいことこの上ない。

 

「殴ってもこの男は黙らない」

「……だな」

「アレー? 俺、微妙に貶されてない?」

 

 石動の言い分も一理ある。殴ったところでますます喧しくなるだけだ。

 俺は石動の言葉を聞き入れ、拳を解いた。

 

「まあいいや。えーと、さとるだっけ? お前も笑顔にするからな!」

「もうなった。お前等を見ていると退屈しない」

 

 堂々と宣言するかえでに速答する石動。

 さっきまで笑っていたのに気付かなかったのか?

 

「つばめにかえで、お前等は面白いな」

「ああ!」

「一緒にするな。吐き気がする」

 

 何考えているのか分からないが、石動――さとるなら話し相手ぐらいにはいいかもな。

 

「あの~……」

 

 今度は後ろから声が掛けられる。振り向くと、小早川と岩崎が立っていた。

 何なんだ。俺と話しても得なんかまるでないぞ。

 

「さっきはぶつかってごめんなさい!」

 

 小早川は深々と頭を下げた。何だ、あんなことをまだ気にしていたのか。

 

「……別に。こっちこそ悪かったな」

 

 別段気にしていなかった俺は適当に返す。

 すると、小早川から予想外な言葉が飛び出した。

 

「やっぱり、湖畔さんはいい人ですね!」

「……はぁ?」

 

 純粋無垢な笑顔を見せ、小早川は岩崎と共に教室を出て行ってしまった。

 俺が、いい人……?

 

「あははははっ! つばめがいい人ってありえブッ!?」

 

 精神を落ち着ける為、ウザいかえでをやっぱり殴っておいた。

 何なんだ、いい人って!?

 

 

 

 若干キレ気味で、俺は今後暮らすことになるアパートに向かっていた。

 その道中、ずっと小早川の言葉にイライラしていた。

 

 何故、俺がいい人なんだ?

 何故、俺の周りには喧しい奴が集まるんだ?

 俺はただ、静かに暮らしたいだけなのに。

 

「ここか……」

 

 人の気配がまるでしないアパートの前に俺は足を止める。

 デカい荷物は既に送っており、後は手に持っている小さい荷物を広げれば引っ越し完了になる。

 

 俺は階段を登り、自分の部屋の鍵を開けた。

 

「オイ」

 

 右側からいきなり呼ばれ、俺は顔を声のした方へ向けた。

 隣の部屋の前に立つ、空色の髪の男。

 着ている制服から、陵桜の生徒であることはすぐに気が付いた。恐らく先輩で、このアパートの住人だろう。

 ならば、 挨拶しない理由がない。

 

「お前が新住人で新入生の湖畔か」

「はぁ」

 

 男は気怠そうな風に喋る。そして、俺が湖畔つばめだと確認すると、近付いて来た。

 

「俺は白風はやとだ。ま、気楽にやろうぜ」

 

 先輩、白風はやとはそう言ってニィッと笑った。

 




どうも、雲色の銀です。

第2話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は1年サイドの紹介がメインで、3年が少々でした!

つばめ、かえで、さとるとゆたか、みなみに今回登場しなかったひよりともう1人のオリキャラで1年生サイドは進行していきます。
しかし、つばめは仲良くする気0。どうなることやら……。

そしてはやととの顔合わせ。
どうしようもない2人の絡みはどうなるかは次回をお楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話「先輩と後輩」

 突如現れた、白風はやとと名乗る男とは簡単に自己紹介をして別れた。

 どうやら白風先輩は隣の隣の部屋に住んでいるらしい。何で隣じゃないんだ? 紛らわしい。

 

「そうだ、お前に用があったんだ」

 

 去り際に思い出したかのように話す白風先輩。

 何だ? 自己紹介が用事じゃなかったのか?

 

「今日の6時、101号室に集合だ。すき焼き兼お前の歓迎をするからな。お前が来ないとすき焼きが食えないから絶対来いよ」

 

 それだけ言って、白風先輩は自室に引っ込んでしまった。

 って、俺の歓迎よりすき焼きの方が重要なのか。

 

「……何なんだ、あの人は」

 

 早速知り合ってしまった変な先輩に溜息を吐く。煩くはないから、かえでよりはマシだろうが。

 俺も自室に入り、少し重いカバンを降ろす。部屋の中は質素でテレビや暖房なんかはない。

 設備といえば狭い風呂場、薄い布団に小さな冷蔵庫と申し訳程度の卓袱台のみだ。

 

「……監獄みたいな部屋だな」

 

 ボソリと呟く。実際は監獄よりマシだろうけどな。

 そんな狭い部屋に山積みされたダンボール。これから荷解きをしなくてはならない。半分位母さんが無駄に詰めた服やら雑貨だろうけど。

 俺は腕時計を見た。現在午後5時を少し過ぎた所だ。

 

「ま、少しぐらいは進めておくか」

 

 歓迎会までには少し時間がある。

 俺は目の前のダンボールに手を掛けた。

 

 

 それから、暫くして。

 ダンボールを2つ片付け、3つ目に差し掛かろうとしたところで、腕時計が目に入った。

 

「あ」

 

 時計は6時を15分程過ぎたことを指し示していた。

 折角の歓迎会に肝心の主役が遅刻。これはかなり印象が悪い。

 

「まぁ、いいか」

 

 けど、俺は別段気にしなかった。今更人からの印象がよくなろうとどうでも良かった。

 寧ろ悪い方が誰とも関わらず静かに過ごせるしな。

 流石に腹の減った俺は作業を中断し、先輩が言ってた部屋へ向かうことにした。自炊の手間も省けるし。

 

「ここか」

 

 目の前の部屋が101号室であることを確認し、インターホンを鳴らす。

 すると、すぐにドアが勢い良く開い――

 

ガンッ!

 

「あ? よう後輩、どうした?」

 

 勢い良すぎて、ドアが俺の額にぶつかってきた。

 どうやら開けたのが白風先輩だったらしく、額を押さえ痛みに悶える俺に軽く声を掛ける。

 

「ってて、先輩がドアを開けたから」

「ああ、遅刻の罰な。さっさと中入れ、お預け食らって死にそうなんだ」

 

 俺の説明を罰だと流し、俺を中へ招き入れる。

 遅刻した俺も悪いが、なんて自分勝手な……。

 

「……お邪魔します」

 

 唐突に食らった罰に、イライラしながらも俺は部屋に入る。

 

 中には煮えたぎるすき焼きを囲んだはやと先輩ともう1人、ここの大家の海崎隆也がいた。

 当然だが、海崎さんとは部屋を借りる時に既に面識がある。俺に気付くと、いきなり指差して笑い始めた。

 

「ぷっ、ははははっ! 派手にやられたな! ちゅーかはやと、もっと手加減してやれよ!」

「自分不器用ですから」

「嘘吐け!」

 

 爆笑しながら先輩に突っ込む海崎さん。漫才のようなやり取りを余所に、俺はムスッとしながら空いた場所に座った。

 

「ほら怒ってるぞ」

「はぁ、分かったよ。悪かった。卵やるから許せ」

「ちゅーかそれウチのだろ! 大家の冷蔵庫荒らすな!」

 

 先輩は全く悪怯れた様子を見せずに生卵を渡してきた。すき焼きに使え、ということなんだろうか?

 ここまでのやり取りで、先輩も海崎さんもかなりフリーダムな人物だというのが分かった。

 正直、喧しいな。質素なアパートからは想像も出来なかった。

 

「えー、コホン! んじゃ、新入生湖畔つばめの歓迎会を始める!」

 

 漫才が終わると海崎さんが咳払いをし、進行を努める。

 って、3人しかいないのか。静かに越したことはないが、ここの住人ってマジでここにいる人間で全部か?

 

「因みに他の連中は仕事だの大学だのバイトだの言って欠席!」

「ま、俺も年に2、3回合うだけだから気にすんな」

 

 何だ、いない訳じゃないのか。しかし、ここの住人は皆フリーダムだな。

 

「じゃあつばめ、自己紹介から始め!」

「えっ」

 

 突然海崎さんに指名され、驚く俺。随分と唐突だな。

 けど、何も言うことを考えていない。どうするか……。

 

「えっと……湖畔つばめです。よろしく」

 

 簡単に済ませることにした。これだけ言って、軽く頭を下げる。学校の時と同様、これで済めばいいのだが。

 

「おいおい、それだけかよ」

「もっと何か喋れ~」

 

 フリーダムコンビはお気に召さない様で、煽ってきた。

 海崎さんなんか、既に缶ビールを開けて飲んでいる。完璧に宴会の乗りだな。

 けど、他に話すことなんか特にない。

 

「いいだろ、好きなことやら嫌いなことで」

「話さなきゃすき焼きはお預けだ」

「さっさと話せ、さもなくばその辺に埋める」

 

 軽い態度で促していた先輩だが、すき焼きが掛かると必死に俺を脅してくる。その右手に握られたダーツは何処から取り出したんですか。

 埋められるのは困るので、適当に思いついたことを言ってみた。

 

「好きなものは読書、嫌いなものは雑音と騒がしい人間です」

「あー、分かる。年がら年中煩い奴とかいるよな」

 

 先輩は嫌いなものに共感するように頷いた。何処にもいるんだな、騒音発生機。

 

「じゃあ早速肉を」

「恒例の質問タイム!」

「海崎テメー!」

 

 肉に箸を伸ばそうとした先輩の手を、酔っ払った海崎さんがはたき落として俺の話題を引っ張った。つーか、先輩はどれだけ肉が食べたいんですか。

 

「質問! つばめ君は彼女とかいるのかな?」

 

 酔っ払いはそのまま定番とも言える質問を俺に振ってきた。予想はしてたけど。

 

「……いません」

 

 俺は正直に答えた。こんなことで嘘を吐いても仕方ないしな。

 

「そっかそっか~。いるって答えてたら埋めてるところだぜ~」

 

 酔っ払いは何故か嬉しそうにしながら、さり気なく物騒なことを口にした。

 アレか? 今は気に入らない奴を埋めるのが流行ってんのか?

 

「海崎さん、そろそろ食わないと肉が硬くなる」

 

 どうしても肉が食いたい白風先輩は真面目な顔をして、海崎さんを促した。そういえば何時から煮込んでるんだ?

 

「おお、そりゃ困るな。よし、乾杯して食おう!」

 

 2本目の缶ビールを開け、海崎さんが音戸をとる。

 俺達のコップは先輩がコーラを注いで準備した。

 やれやれ、やっと飯が食える。

 

「では、湖畔つばめの歓迎を祝して!」

「「「乾杯!」」」

 

 

 

 その後、肉の取り合いになったり、酔っ払いから質問責めにあったり、余ったすき焼きを先輩がタッパーに詰めて持って帰ろうとしたりした。

 我ながら、柄に合わず騒いでしまったような気もする。

 

「オイ、後輩」

 

 海崎さんが完璧に酔い潰れてしまった頃、先輩が俺を呼んだ。

 ま、そろそろお開きだろうな。全然歓迎された気はしないけど。

 

「表出ろ。頭冷やしにいくぞ」

 

 まるで喧嘩でもしに行くような風で先輩は外を指差した。

 殴り合って仲良くなる、なんて熱血キャラに見えないから普通にクールダウンなんだろうな。

 言われるがまま、俺は先輩と外をブラブラと歩き出した。時間は9時半。外は既に真っ暗で通行人も殆どいない。

 

「何処行くんですか?」

 

 あまり遠くまで連れて行かれても困る。まだ荷解きも終わってないし、明日も学校はある。

 俺は行き場所だけ聞いておいた。

 

「さぁな。適当だ」

 

 本当にノープランですか。

 10時までには引き返せるようにしようと思い、俺は歩き続けた。

 そういえば、2人きりになってから先輩はあまり話さない。静かでいいが、妙な緊張感が俺達の間を漂う。

 

「つばめ」

 

 自販機の前に立ち止まり、先輩は今度は俺の名前を呼んだ。

 自販機の明かりが俺と、先輩の真面目そうな顔を照らす。

 

「お前、人と交流すんのが怖いだろ」

「っ!」

 

 先輩は急に俺の心を突き刺すように言い放った。

 は? 何を訳の分からないことを……。

 

「な、何でそんなことを?」

「図星だな。それも女が関係してるだろ」

 

 数時間一緒にいただけで、俺の内面を見透かすかのように先輩は言った。

 バカな……何で分かったんだよ。

 

「ま、内に暗いモン持ってんのはお前だけじゃないってことだ」

 

 先輩は俺の図星を突けたことが嬉しいのか、そのまま自販機で缶コーヒーを買った。

 意味が分からない。何故赤の他人にそこまで!

 

「そう睨むなよ。別にお前の過去に興味はないし、話したくないなら話さなくていい」

 

 先輩は手をヒラヒラと振り、ガゴンと落ちてきたコーヒーを取った。

 ますます意味が分からない。興味ないなら、何でこんな話をしたのか。

 

「これからお前は1人で生きていくんだ。風邪を引こうが、寒さに震えようが。自分の闇と向き合う時もな。けど、頼れる人間の1人や2人ぐらいは作っとけ。必ず役に立つ」

 

 先輩は、まるで自分の体験談でも話すような口調で話し、俺に缶コーヒーを渡してきた。

 それは先輩としての助言だろうか。俺の性格を見透かした上での助言なら、もしかするとすごい人なんじゃないか?

 

「因みに今は、俺はお前を助ける気はない。ようこそ、陵桜学園に」

 

 先輩はもう1本コーヒーを買い、俺が持ったコーヒーにカツンと当てた。

 ……不思議な人だ。いい笑顔で助ける気はないと見放したり、人の図星を遠慮なく突いてきたり。

 変な先輩の態度に、何時の間にか俺も嫌悪感を抱かなくなっていた。

 

「……ありがとうございます、白風先輩」

「はやと先輩でいい。その名字あまり好きじゃないんだ」

 

 はやと先輩は決していい人間じゃない。が、悪い人間でもなさそうだ。

 俺は苦笑しながらコーヒーを飲んだ。

 因みに先輩のが微糖で、俺のは嫌がらせのつもりかブラックコーヒーだった。

 

 

 

 翌日。

 はやと先輩は先に学校に行ってしまったようなので、1人で登校した。まぁ一緒に行く理由も特にないんだが。

 そういえば、昨日の発言から推測するとはやと先輩にも言いたくない過去があるらしいな。一体何なのか……。

 

「オッス、つばめ!」

「……おはよう」

 

 教室に入ると、昨日のように喧しいかえでと、寡黙なさとるが話し掛けてきた。

 昨日のはやと先輩に言われたことが頭の中に浮かび上がる。

 煩いが表裏のないかえでに、笑いのツボは不明だが冷静なさとる。コイツ等は果たして信用するに値する人間か。

 

「……おう」

 

 俺は不器用にも手を挙げ、挨拶をし返した。

 コイツ等は俺の初日の態度を知っているはずだ。なのに今日も親しそうに接してきた。

 恐らく今は信用してみる価値はあると俺は踏んだのだ。

 

「っ! 相変わらず無愛想だな! このこの~!」

「黙れ」

 

 俺が普通に挨拶し返したのがそんなに嬉しかったのか、かえでは笑顔で俺を小突いてきた。

 やっぱり1度ブン殴ろうか?

 っと、その前に聞いておきたいことがあった。

 

「小早川」

「えっ? あ、はい!」

 

 岩崎と話していた小早川に声を掛ける。俺の中でずっともやもやしていたことを聞きたかったんだ。

 

「何故、昨日俺をいい人だと言ったんだ?」

 

 俺は決していい人と呼ばれる人間じゃない。

 人との繋がりを断とうとし、関わった人間を不幸にする。そんな奴がいい人なはずがない。

 

「だって私からぶつかったのに、怒らず逆に謝ってくれましたよね?」

 

 拍子抜け、とはこのことだ。

 悪かった。その一言だけでこの少女は俺を善人扱いしたのだ。それなら世の中は善人だらけだろうが。

 

「それだけか?」

「あと、私を心配してくれました!」

 

 小早川の答えに俺は驚いた。

 俺は心を読まれやすいのだろうか? 無愛想なのは自覚してるが、先輩に続いて小早川にまで。

 

「俺は……善人じゃ」

「そう突っぱねんなって! 自己紹介の発言でもお前がいい奴だって分かってるからさ!」

 

 俺の否定の言葉を後ろからかえでが遮った。

 自己紹介……ああ、バカが呟いた岩崎への印象をパクったアレか。

 

「アレで岩崎を庇った。違うか?」

「いや、アレは」

「……ありがとう、ございます」

 

 さとるもかえでに続き、俺の否定も聞かず話を進める。終いには、岩崎が頭を下げてしまった。

 俺は別に他人が寄り付かなければいいと思っただけで……。

 

「はぁ……もう勝手にしてくれ」

 

 否定するのも面倒になり、俺は溜息を吐いた。

 これが俺のこれからに役立つのか、先輩の助言が疑わしくなっていった。

 

 

☆★☆

 

 

 いやー、昨日は我ながら恥ずかしいぐらいに盛り上がった。これもすき焼きの魔力だな、うん。

 海崎さんはどうやら二日酔いらしく、家の前で会った時には気持ち悪そうにバイトに向かっていた。ビール何本飲んだんだよ。

 

「はやと君、何かいいことあったの?」

 

 ふと、教室でつかさがそんなことを聞いてきた。おっと、機嫌いいのが表に出てたか。

 

「昨日ウチのアパートに面白い後輩が来たんだ」

 

 俺はつばめのことをつかさに話した。

 歓迎会の席で、人と話すのが苦手そうにしていたこと。海崎さんが女の話をしだした瞬間機嫌が悪そうにしたこと。そして何処か影を抱えているような態度。

 まるで去年までの俺を見ているような気分になった。だから放って置けなかったんだと思う。

 

「アイツもまだこれからだ。上手くやっていけるだろうよ」

「そっか~」

 

 ニコニコと、楽しそうに俺の話を聞くつかさ。

 俺も主にコイツのおかげで立ち直れたんだ、つばめの傍にも支えになる奴が現れるといいけどな。

 可愛げのない後輩の行く先を気にしつつ、俺は隣の天然娘と何気ない今日を過ごしていくのだった。

 ……何時、告白すっかなぁ。

 

 

 




どうも、銀です。

第3話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はつばめとはやとの初絡みでした!

はやとはどうやらつばめに、以前の自分と似たものを感じたようです。
あの助言も第1期での経験を元にしていますので、結構な説得力があったと思います。

因みにはやとが買ったコーヒーですが、つばめがまだまだ心の闇が晴れてない状態(ブラック)、はやとは少しだけ晴れた状態(微糖)を表してます。
アイツ等、カフェ・オレ飲めるのかな(笑)?

次回は時間を少し戻してあきとゆたかの出会いをやります!あき爆死しろ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話「妹分」

 始業式から暫くしたある日の休み時間。

 俺、天城あきはいつも通り、こなたやはやとと談笑していた。ここ最近はデカい事件もなく、至って平和だ。

 

「いや~、担任が黒井先生じゃなかったらもっと平和なのになぁ~」

「まったくだねぇ~」

 

 頭にコブを作りながら笑う俺とこなた。授業中に居眠りをした結果、黒井先生から愛の鉄拳を受けたのだ。

 

「自業自得だ」

 

 そんな俺達の会話を、かがみがバッサリ切った。相変わらず容赦ないツッコミだこと。

 そういえば、かがみとやなぎのクラスには悪名高い不良、月岡しわすがいる。何か事件を起こしていないだろうか?

 

「やなぎ、クラスメートの月岡君はどうだ?」

 

 はやとも気になっていたのか、俺が問い掛けようとしていたことをやなぎに尋ねる。

 呆れた表情をしていたやなぎも一瞬真面目な顔をするが、何故かすぐに疑問符を浮かべたような顔になった。

 

「何もない。本当に、孤立や授業のサボりこそすれど、暴力沙汰の事件を起こす真似は今の所な」

 

 やなぎの証言にかがみも頷いているところを見ると、何も起きていないらしい。相手が相手だし、油断は出来ないけどな。

 

「泉さーん、1年生の小早川さんが来てるよ~」

 

 丁度良く、暗い話を吹き飛ばすようにこなたへ呼び出しが掛かる。小早川……あぁ、ゆたかちゃんか。

 

「はいは~い」

「俺も行く~」

「来なくていい」

 

 こなたに付いていこうとしたら断られてしまった。

 何だよケチ、俺もゆたかちゃんと話したいんだよ!

 こなたが行ってしまうと、案の定ゆたかちゃんを知らない他の面子が俺に尋ねてきた。

 

「オイ、誰のことだ?」

「小早川ゆたかちゃん」

「前にこなたが話してた従妹で、ここの新入生よ」

 

 俺の前につかさとかがみが説明し、その他一同は思い出したかのように頷く。

 この中じゃ、会ったことがあるのは俺以外では柊姉妹だけみたいだ。

 

「でも何でお前が知っているんだ?」

 

 やなぎが疑惑の眼差しを向けてくる。

 いや、だって俺こなたの彼氏だし。

 

「分かった分かった、話してやろうじゃないの。俺と可愛い妹分の出会いって奴を」

 

 その瞬間、何処からともなくチョークが俺の脳天目がけて飛来し、クリーンヒットを決めた。

 投げてきた先を見ると、綺麗な投球フォームを決めていたこなたの姿が。こなたさん、学校の備品は大切にしてください。

 

 

 

 

 時間は今から約1ヶ月前、春休みの時まで遡る。

 勝ち組の俺は、恋人であるこなたの家に遊びに行く所だった。

 この頃にはこなたの親父であるそうじろうさんとも、いくらか冗談を交えて話せるようになってきた。格ゲーでフルボッコにされることもあるけど。

 HAHAHA! もう俺に恐れるものなどないのだよ。

 

 チャイムを鳴らし、ドアが開くのを待つ。

 春休みもまだ長いし、今日こそはこなたと……ムフフ!

 なんて、白昼堂々イケない妄想をする俺だが、ふと異変に気付く。

 何時かみたいにドアが開かない……なんてことはなかった。それはいい。

 

 

「はい、どちら様でしょうか?」

 

 

 ドアの向こうから出て来たのは、濃い桃色の髪をツインテールにしたこなたより小さい幼女だったのだ。

 

「……ちょっと失礼」

 

 一瞬、家を間違えたかと思った俺は慌てて表札を確認する。しかし、ちゃんと「泉」って書いてあるし、どう見てもこなたの家で間違いないはずだ。

 念の為、幼女に尋ねてみた。

 

「あのー、ここは泉こなたさんのお宅でいらっしゃいますよね?」

「はい、そうですけど……あ、お姉ちゃんのお友達ですか?」

 

 やっぱり間違ってなかった。それよりこの子、こなたのことお姉ちゃんって呼んだか?

 こなたにこんな可愛い妹がいるなんて聞いてない。そもそも、アイツ1人っ子って言ってたし。

 はは~ん。さては、この子が以前話してた従妹か。となると、本当は高1の年齢になる訳で。本当にここの家系はどうなっているのやら。

 

 色々自問自答を繰り返していると、女の子は困ったような表情でこちらを見ていることに気付いた。

 この純粋無垢な瞳は、こなたなんかじゃなくてつかさやみゆきさんに近いな。可愛い。

 ではでは、俺の紹介でもしてあげるとしますか。

 

「俺は天城あき。こなたの彼氏だよ」

「ふぇ!? そ、そうなんですか!?」

 

 爽やかな笑顔で自己紹介する俺に、女の子は少し頬を染めて驚いた。

 見た目通り初心なのか、この手の話に弱いみたいだ。

 

「そう。えっと……」

「あ、えと、小早川ゆたかって言います」

 

 ゆたかちゃんは多少もじもじしながら答える。

 人見知りなのかな? しかし見るからに小動物系だ。つかさやみゆきさんと仲良く出来そうだ。

 

 さぁ、ここから本題だ。

 男たるもの、可愛い幼女に言ってもらいたい一言がある。黒い欲望をひたすら抑え、あくまで優しい笑顔で語りかける。

 

「よろしくね、ゆたかちゃん。俺のことは「お兄ちゃん」って呼んで」

 

 いいからね、と言い掛けたところで俺の顔面を激しい衝撃が襲い、一旦俺の意識は途切れた。

 ぼやけた視界へ最後に入ったのは、白い布地だった。

 

 

 

「はっ!?」

 

 次に目が覚めた時、俺は見覚えのある部屋の中にいた。

 女の子の部屋に敷いてありそうなカーペットにフィギュアが陳列してある棚、日付の進んでいないカレンダー。

 そう、ここはこなたの部屋だ。

 

「目が覚めた? 性犯罪者」

 

 目覚めて早々、恋人からの心無い言葉をぶつけられる。

 全く、ガラスのハートが砕けそうだぜ。

 

「性犯罪者ってお前なぁ……」

「ゆーちゃんを怪しい目で見てた癖に?」

 

 ベッドに腰掛けた俺の彼女、こなたはこちらを汚いものでも見るかのように睨んでくる。

 つーか、こなたさん。ベッドがあるなら床に寝かせないでください。

 

「で、ゆーちゃんに何吹き込んだの?」

 

 間髪入れず、ジト目で睨みながら問い質すこなた。

 吹き込むって、俺はそんなに信用ないんでしょうか?

 俺は渋々、経緯を細かに話してこなたの誤解を解くことにした。

 

「別に怪しい真似はしてないっての」

「「お兄ちゃん」って呼ばせようとしてたのに?」

「ロマンだろ?」

「ゆい姉さんに連絡して」

「すみませんでした! 出来心でした!」

 

 目にも留まらぬ速さで携帯を取り出すこなたに、これまた俊敏な動きで土下座をする俺だった。

 チッ、折角可愛い小動物系義妹が出来たと思ったのに……。

 

「ってか、ひょっとして妬いてないか?」

「もう一回蹴られたいの?」

 

 流石に2度目を食らったら顔面骨折しかねないので、黙ることにした。

 

「お姉ちゃん、あきさん起きた?」

 

 そこへ、お絞りを持ったゆたかちゃんが部屋に入ってきた。

 けど、やはりというか、残念ながら呼び方は「あきさん」で定着してしまったようだ。

 

「大丈夫だよ、ゆたかちゃん」

 

 せめてものお兄ちゃんスマイルで、ゆたかちゃんの不安を取り除く。

 まぁ、こなたも後遺症が残らないよう蹴っただろうし、実際痛みも殆ど残ってない。

 

「そうですか、よかった……お姉ちゃん、やりすぎだよ~」

「だって狼の牙が向けられてたんだよ?」

 

 安心したゆたかちゃんは、今度はこなたに膨れっ面を見せた。怒った顔も可愛いなぁ。

 それに引き換えこなた、余計なことを言うな。

 

「とにかく、あき君から半径50m以内は近付いちゃダメ」

「遠っ!? ってか、もう範囲は入っちゃってますけど!?」

「ふふっ、お姉ちゃんとあきさんは本当に仲がいいんだね~」

 

 理不尽なやり取りを見せたおかげで、ゆたかちゃんは漸く笑顔を見せた。うん、やっぱり笑った顔が一番可愛い。

 

 

 それから、3人でお茶しながらゆたかちゃんのことについて聞いたり、逆に俺とこなたの馴れ初めについて話したりした。

 

 ゆたかちゃんは生まれつき体が弱く、今でも保健室の常連になってしまう程らしい。

 なるほど、背が低いのはその所為だったか。てっきりこなたがウイルスでも撒いて……ゲフンゲフン!

 それでもゆたかちゃんは勉強に励み陵桜を受験、結果は見事に合格。自宅より陵桜に近いこなたの家に居候することになったのだ。

 

 健気なゆたかちゃんに、思わず感動してしまう俺。

 ん? 何か周囲に似たような境遇だった奴がいたような……。萌えないからどうでもいいか。

 

「じゃ、ゆたかちゃんは俺の後輩になる訳だ」

「はい」

 

 病弱な小動物系妹キャラの後輩かぁ……。

 本人には悪いけど、非常に盛り上がって参りました!

 

「分からないことがあったら何でも俺に聞いてくれ」

「絶対聞いちゃダメ。まずは私に聞いてね」

 

 折角のカッコいいシーンをこなたに横取りされてしまった。

 本当に貴方の中での俺の評価低いですね!?

 

「えっと、どっちも頼りにしてるね! これからよろしくお願いします!」

「「あ、うん。勿論~」」

 

 俺達の言葉を真に受けたのか、ゆたかちゃんは深々とお辞儀してしまった。

  そのあまりにも可愛らしい姿に、俺もこなたも和んでしまうのであった。

 結局、その日はゆたかちゃんと話をしたり、そうじろうさんが帰ってきてからゲームをして終わってしまった。

 

 これから先、ゆたかちゃんがいるんじゃおイタは出来そうもないなぁ……トホホ。

 

 

 

 

「と、いう訳だ」

「お前が変態だということはよく分かった」

 

 話し終えると、開口一番ではやとから厳しいお言葉を頂戴した。

 失礼な、俺程の紳士は他にいないぞ。

 

「そもそも、妹分ですらないじゃないの」

「今回ばかりはこなたに同情する」

 

 続いて、かがみとやなぎからもツッコミが入る。アレ、ひょっとして味方ゼロ?

 

「言っとくけど、ゆーちゃんに手を出したら私とお父さん、ゆい姉さんであき君をシメるから」

「ちょっ!?」

 

 トドメにこなたからの処刑宣言を食らい、俺はすっかり萎縮してしまった。

 まだ何もしてないのに、何故ここまで言われなきゃならんのだろう……お兄さん悲しい。

 

 けど、ゆたかちゃんの力になりたいのは事実だ。

 一瞬だけだが、校内で楽しそうにしているゆたかちゃんの姿が見れて安堵する俺であった。

 

 

☆★☆

 

 

 現在は昼休み。

 静かに過ごしたかったはずの俺の周囲には、雑談をしながら昼食を取るクラスメートが集まっていた。

 

「新発売のジュースが不味いのなんのって!」

 

 殆ど一方的にかえでの野郎が喋っているだけだが。一緒に食おうと言い出したのもかえでだ。いい加減殴らなきゃ黙らないだろうか。

 因みに岩崎はスルー状態、さとるは適当に相槌を打っているだけだ。

 

「お待たせ~」

「おぅ、お帰り!」

 

 そこへ、小早川が用事から戻ってきた。何でも、3年の従姉に用があったとか。

 かえでも話を中断し、小早川を迎える。

 

「で、何の用だったんだ?」

「お姉ちゃんが私とお弁当間違えちゃってて……」

 

 さとるの質問に苦笑しながら小早川が答える。

 なるほど、それなら仕方ないな。俺からすれば間違えた奴が来いって気分だが。

 

「へぇ。で、どんなお姉さんなの? 美人? 彼氏とかいる?」

「黙れ」

 

 漸く昼飯に有り付ける小早川に、かえでからの質問ラッシュが襲う。

 いい加減ウザくなったので拳骨を見舞ってやった。

 

「優しくて、頼りになるいいお姉ちゃんだよ。恋人さんもいるんだ~」

 

 答えなくてもいい質問に、人のいい小早川はふにゃけた笑顔で答えた。

 ほぅ、彼氏持ちか。

 

「彼氏はどんな人だ?」

 

 懲りないかえでが更に聞いてくる。これで最後にしやがれ。

 すると、小早川は変わらぬ笑顔で答えた。

 

「彼氏さんも面白くて、頼りになる人だよ~。あんな人がお兄さんならいいなぁ、なんて」

 

 小早川が言うぐらいだ。どんな出来た人間か、一度見てみたいな。

 ……気が向いたら、後ではやと先輩に聞いてみるか。

 




どうも、雲色の銀です。

第4話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はちょっと時間を巻き戻して、ゆたかとあきの初対面の話でした!
話が進むにつれ、こなたのあきに対する扱いが悪くなってる気がするのは多分気の所為です(笑)。

案の定、あきの変態的な目論みは失敗に終わりました。ゆいさんがいれば即逮捕されていたでしょうに。
今後とも、ゆたかにあきをお兄ちゃんと呼ばせることはありません!

次回は煩いことに定評のある、霧谷かえでが主役の話です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話「スマイルメイカー」

 陵桜学園に入学してから約一ヶ月。様々なことに慣れてきた。

 

 まずは「夢見荘」での生活。

 管理人の海崎さんは夜中にこっそりとギターを弾いている。

 普段なら煩いとキレるところだが、その音色が何処か悲しそうで、いつも演奏を途中で辞めてしまうので、気になってしまうのだ。

 はやと先輩に聞いても、

 

「俺も詳しく知らないけど、触れてやるな」

 

 の一点張りである。

 とにかく、夢見荘のルールとして海崎さんにギターの話は禁句らしい。

 

 そのはやと先輩は、俺より貧しい生活を送っていた。

 食事はパン屋に分けてもらったパンの耳とスーパーで安売りしていた食料、そして雑草。そう、雑草である。何でも、食用に出来る雑草を調べる為だけに図書室を利用したようだ。

 今では先輩専用の畑とも呼ぶべき収穫ポイントがあるらしい。

 

「いや、雑草て……」

「天麩羅にするとイケるぞ」

 

 こんなこともあり、塩粥と天麩羅は先輩の唯一の得意料理だそうだ。今までよく生きてられたな。

 他にもテレビも据え置きの電話もラジオもなく、電化製品で所有してるのは冷蔵庫と炊飯器、携帯電話のみ。

 冷暖房もなく、真夏と真冬は死ぬ思いで過ごしたという。何なんだアンタ。

 仕送りはないのかと聞くと、

 

「ない。今までも、これからも貰う気はない」

 

 とキッパリ言われてしまった。真剣な口調から、恐らくこれも訳があると思われる。

 今はまだ聞く時ではない。そう判断し、俺ははやと先輩への言及をやめた。

 すると、はやと先輩はおもむろにタッパーを取り出す。

 

「あ、残飯あったら分けてくれ」

「アンタにプライドはないんですか」

「金を要求しないのがプライドだ」

 

 何てちっぽけなプライドだ。何時か先輩が野垂れ死なないか心配になってきた。

 

 

 次に学校での生活。

 何時の間にか、つるむようになった後ろの席の女子、小早川ゆたか。

 コイツはどうやら体が病弱で、保健室へ行くことが度々あった。

 

「……大丈夫?」

「うん、ごめんね……」

 

 小早川の具合が悪くなると、大抵は保険委員である岩崎みなみが付き添う。ここまでなら俺に影響もないので、ここに書く必要はない。

 問題は、つるむようになったからか、俺がアイツ等の分までノートを取らねばならないということだ。

 かえでは授業中居眠りしてるし、さとるは不必要な情報まで取り付けやがる。つまり、俺のノートが一番見やすいんだそうだ。

 全く、不自由な学校生活だな。

 

「まぁまぁ、女の子の役に立てると思えば」

「黙れ」

 

 そう思うならテメーが起きて取りやがれ。

 

 そんな俺とかえでのやり取りを静かに見ている男、石動さとる。

 コイツは知識欲の塊のような男だ。興味深いことを見つけては本を読み、携帯で調べている。

 

「よぉさとる、今日は何調べてんだ?」

「柏餅のルーツ」

 

 中にはどうでもいいような知識も含まれているが。

 無口で独特の雰囲気を放っていることから周囲からは避けられがちだが、俺からすれば延々と喋っている奴より遥かにマシだ。

 

「……ああ、ひより。そういえば「BL」について調べていた時に「GL」という言葉も引っ掛かったのだが、あれは」

「ちょ!? 石動君、声が大きいって!」

 

 そして、いきなり現れてさとるの口を塞ぐ女。髪は黒で眼鏡を掛けている、何処にでもいそうな奴だ。

 名前は確か……田村(たむら)ひよりだっけ。

 田村はここ数日の間で小早川や岩崎と仲良くなり、その流れで俺達の馴れ合いの輪に入ってきた。

 そのためか、コイツは普通の感性を持っているらしく、イライラ気味の俺を避けている。いいことだ。

 

「後で説明するから、公衆の面前で口にしないで欲しいかな。聞いてる方が恥ずかしいから」

「そうか? ひよりは物知りだな」

 

 だが、田村はさとるとは上手く付き合えてる様子だ。最も、さとるが田村の知識を吸収したいだけに見えるけどな。

 田村は世間一般でいう「オタク」って奴で、マンガも描いているらしい。そのサブカル的なワードがさとるの標的に定まってしまったのだ。ご愁傷様。

 

 

 さて、ここまで色んな奴を紹介してきたが、正直コイツ等との付き合いは障害とも思えないぐらい些細なことだ。

 何故なら、もっと巨大で喧しい壁が俺の前に立ちはだかっているから。それが……。

 

「お2人さんは仲いいよなー」

 

 コイツだ。

 

 霧谷かえで。奴のウザさは半端じゃない。何でこんな奴がよりにもよって俺の前の席なんだか……。

 さとるや小早川達とつるむことになったのも、全てはコイツが原因だ。余計なことしか喋らない口、ヘラヘラと神経を逆撫でする笑顔。

 

「つばめー、また不愉快オーラ出てるぞー」

「黙れ」

 

 誰の所為だと思っている。

 「スマイルメイカー」を自称する奴は、とにかく人を笑顔にすることを行動目標にしていた。特に、笑わない俺や岩崎を対象に。

 寒いギャグは勿論、謎行動や明るすぎる人柄から、すぐにクラスの中心人物になることには成功していた。

 だが、自己紹介時の宣言通り、俺と岩崎が笑うまでかえでは黙らないだろう。

 

「つばめちゃんったら、本当に無愛想だね~……ぶへっ!?」

 

 俺の嫌いな呼び方をしたかえでを容赦なく殴りつける。

 

「一発殴られたいか?」

「殴った後から言うな!」

 

 こんなやり取りの所為で、今では漫才コンビ扱いだ。全く、迷惑極まりない。

 

 

☆★☆

 

 

 陵桜学園に入学してから、全部じゃないけど俺は順調に過ごしていた。

 俺の言葉で、クラスの半分が笑うようになり、明るい雰囲気になってきた。うんうん、いいことだ!

 これで当面の俺の目標といえば、無愛想な親友に、無口な女の子を笑わせることだ。

 

「お~、いてて」

 

 トイレからの帰り、つばめに殴られたところを擦る。アイツ、最近俺に容赦がなくなってきたからな~。

 ま、つばめの心を開かせるにはまだ時間が掛かりそうだってことで。

 

「お」

 

 強情な親友をどうやって笑わせるかを考えていると、もう1人の目標を見かけた。

 岩崎みなみ。ツリ目にクールな雰囲気から近寄りがたい印象を与える、男子のような外見の女子。

 

「よっ、岩崎」

「あ……」

 

 気さくに声を掛けると、イマイチな反応をする岩崎。

 何だ? ひょっとして、避けられてる?

 

「小早川の様子は?」

「……少し休んでから、戻るって」

 

 彼女と仲のいい女子、小早川ゆたかは体が弱いらしくて、保険委員である岩崎が付き添って保健室に行くことが多い。今もその戻りみたいだ。

 ま、普段から小早川と一緒にいるし、保険委員というより保護者だな。

 でも、そんな小早川の存在が、俺に岩崎のプラス方面のイメージを与えたのだ。

 

 それは学校初日、初めて教室で岩崎を見かけた時だ。

 無表情ながらも小早川の具合を心配していた。それだけで、岩崎は悪い奴ではないことが分かった。

 ん? 単純すぎるって?  人間、些細な行動だけでも性格が分かるモンさ。

 

 だが、自己紹介時の男子の評判は悪かった。

 あれほど可愛いのに性格が暗い、無表情で気味が悪い、こんな反応ばっかりだ。こりゃ、勿体ない。

 だから笑わせたくなった。笑えば、周囲の印象もきっと変わるだろう。

 つばめだってそうだ。アイツも笑えばきっと化けるぞ。

 

「さっきもつばめの奴が殴ってから「殴るぞ」なんて言い出してさ~」

 

 廊下を歩きながら、一方的に俺が話す。岩崎は聞いてはいるが、自分からは話そうとせず、笑いもしない。

 何でそう、俺の周囲は強情な奴が多いんだ。

 

「……霧谷さんは」

 

 ポツリ、岩崎が漸く呟く。

 

「……どうして、私に話し掛けるの?」

 

 いつもの無表情で、そう言い放つ。

 これは、遠回しに話し掛けるなって言ってるのか?

 

「俺が、そうしたいから」

 

 けど、俺は物怖じせずに言い返す。

 

「俺は岩崎と仲良くしたいし、何より岩崎の笑顔が見たい」

 

 俺の活動理由なんて、いつもそんなもんだ。

 相手の笑顔が見たい。その他に理由がいるか?

 

「…………」

 

 納得が出来ないという視線を送る岩崎。

 

「細かいことはいいじゃねぇか。それに、岩崎は笑ったら絶対可愛いと思うけどな」

 

 納得してもらうつもりもないしな。なんて考えてると、ピタリと岩崎の足が止まる。

 よく見ると、顔がちょっと赤い。

 

「ん、岩崎?」

「……な、何でもない」

 

 岩崎は俺から顔を背けて素っ気なく話す。が、明らかに動揺している。

 ……はは~ん。さては、可愛いって言われたから照れてるな。

 

「絶っっっ対可愛いって! だから笑え! さぁ笑え!」

「……っ!」

 

 ちょっと弄ったら、岩崎は恥ずかしさのあまりか逃げるように立ち去ってしまった。

 うーん、上手くはいかないモンだな。

 

 

「いてっ!?」

 

 その時、岩崎は誰かにぶつかってしまった。普通の人間なら、謝れば済む。

 だが、岩崎がぶつかったのは運が悪いことに、見るからに柄の悪い、というかコテコテの不良3人組だった。進学校なのに何であんなのがいるんだ?

 

「ご、ごめんなさい……」

「は? ぶつかっておいてごめんじゃ済まねぇだろ?」

 

 予想通り過ぎる台詞を吐いて岩崎に絡む不良達。

 まさかこんなマンガみたいな風景を目にするとは思わなかったなぁ。

 

「よく見りゃ可愛いじゃねぇか」

「なら、謝罪の印として俺達と」

「はいストーップ」

 

 そろそろ飽きてきた、というか岩崎が怯え始めたので、間に割って入る。

 

「あ? 何だお前」

 

 向こうとしては晴れ舞台を邪魔された訳で、機嫌悪そうに俺を睨む。

 

「まぁまぁ、ここは岩崎も謝ってるし、穏便に済ませようぜ? 皆笑顔でハッピーってな」

 

 喧嘩をするつもりもないし、俺はこんな連中でも迫力不足な睨み顔よりは笑顔が見たい訳で。

 が、不良達に効果はないみたいだ。スマイルメイカーとして自信なくしちまうなー……。

 

「俺達に楯突いたこと、後悔させてやる!」

 

 いかにもな台詞を吐いて、不良Aが俺に殴り掛かってきた。

 

「ったく、こっちは平和的に解決したいってのに」

 

 俺はやれやれ、といった様子で不良の拳を片手で受け止める。うん、弱い。

 

「へ?」

 

 パンチを受け止められ、不良Aは間抜けな声を出す。不良B、Cも唖然としている。

 

「霧谷、君……?」

 

 信じられない様子の岩崎をシーッ、と人差し指を立てて静かにさせる。ここから先はあまり知られたくないしな。

 

「さて、ここからは提案じゃなくて警告だ。笑顔で教室に帰れ」

 

 俺は笑顔を崩さず、不良達を見る。流石にこのプレッシャーが分からない連中じゃなかったようで、引きつった笑顔のままその場を去っていった。

 

「ふぃー。岩崎、怪我はない?」

 

 小さな嵐が過ぎ、俺は気の抜けるような溜め息を吐く。

 岩崎は小さく頷いた。ま、アイツ等程度に捕まれるくらいじゃ怪我なんかしないか。

 

「でも、今の……」

「あぁ、あれ? どうせ高校デビューって奴さ。本物の不良じゃないよ」

 

 ドラマか漫画に影響でもされたんだろう。進学校の中で不良の俺達カッケーってか?

 でも、これで少しは大人しくなるだろ。

 

「いや、そうじゃなくて……霧谷君、普段と違ったから」

 

 ……まぁ、気にはなるだろうな。

 何故クラス1の道化、笑顔の申し子、スマイルメイカー霧谷かえでが高校デビューとはいえ不良のパンチを受け止めれたのか。

 

「知りたい?」

 

 珍しく俺に興味を持った岩崎はまた小さく頷く。はっはっは、そうかそうか。

 

 

「教えてあげないよっ! じゃんっ!」

「教えろよ」

 

 

 唐突に後ろから知らない人間の声を掛けられ、俺はギョッと後ろを振り向いた。

 あー、ビックリした。まさか初対面の奴にツッコミを入れられるとは。

 

「お前か、つばめが言ってた騒々しい奴ってのは」

 

 ソイツは悪怯れもせず、腕を組んで俺を見ていた。

 容姿は空色の髪に緑の目の男子。どうやら、つばめの知り合いらしい。

 

「あ、アンタ誰?」

 

 岩崎もこの男のことを知らないみたいだ。

 

「俺は白風はやと。3年だ。つばめとは同じアパートに住んでる」

 

 3年、つまり先輩か。この先輩が何故1年の階にいるのかはさておき。

 

「何時からいたんですか?」

「お前が不良相手に割って入った時。いいから話せよ」

 

 白風先輩は面倒臭そうに俺に迫った。いや、だから初対面なのに容赦なさ過ぎでしょ。

 渋々、俺は岩崎と何故か白風先輩にも俺の過去を話すことになった。

 

「昔々、ある中学生がいました」

 

 昔話を語るように俺は喋る。

 

 

 

 その中学生はつまらない理由で荒れ、不良グループの仲間入りをしました。

 万引きやサボりは当然、喧嘩も数えきれないぐらいしました。隣町の学校の不良にも喧嘩を売り、立ちはだかる人間を全て殴り倒していきました。

 力を得れば仲間は増え、周囲から舐められなくなる。ソイツは喧嘩に勝つことで力を得たと勘違いをし、次々と不毛な争いを続けていきました。

 やがて、力を付けた中学生には、仲間は誰もいませんでした。繰り返される乱闘の日々に疲れ果て、離れていったのです。

 家に帰っても、両親は怯えた目でソイツを見ます。つまらない力の所為で、ソイツは独りになっていました。

 

 ある日、街を歩く中学生の目にとある光景が入りました。

 それは、ピエロが風船を子供に渡す姿。

 様々なパフォーマンスで道行く人を喜ばせる姿。例え失敗しても、それすら笑いに変えるピエロが、ソイツには英雄にすら見えた。

 畏怖の目を向けられるより、笑顔を向けられた方が気持ちいいに決まっているじゃないか。

 

 笑顔を奪う者より、笑顔を作る者の方がずっといい。

 以来、その不良は足を洗い、人の笑顔を作る道化を目指すようになっていった。

 

 

 

「これがスマイルメイカーの真実さ。どう? 意外だった?」

 

 話し終えると、岩崎は黙り込んでいた。相変わらずの無表情だけど、まるで聞いてはいけないことを聞いてしまったかのように視線が泳いでいた。

 そして、半ば強引に話を聞いていた白風先輩は。

 

 

「ふーん」

 

 

 人の過去の汚点をたった一言で済ませやがった!?

 

「いや、ふーんって!? 俺話すの嫌だったんですけど!?」

 

 納得出来ず、先輩に詰め寄る俺。何なんだ、この人は。

 すると、白風先輩は気怠そうに俺を見る。

 

「だって、自分の中で解決してんだろ? じゃあ別に言うことないじゃん」

 

 いや、確かにそうだけど……。

 この人には遠慮とかデリカシーってのがないんだろうか。

 

「お前は過去と向き合えてる。過ちも、これからすることも見えてる。それだけでお前はスゲーよ」

「え? は、はぁ……」

 

 白風先輩はやる気のなさそうに、しかし嘘のない視線を向けていた。

 いきなり素直に誉められて、俺は態度に困る。

 

「けど、お前は気ィ張りすぎだ。笑顔って必死に強要するモンじゃねぇよ。もう少し気楽にやってもいいんじゃねぇの?」

 

 白風先輩の言葉に俺はハッとする。

 あのピエロは単純に面白かった。滑稽で、暖かみがあって、見る人が自然と笑顔を零す。そんな感じだった。

 けど、俺は周りに笑顔を求めすぎていたのかもしれない。

 

「馬鹿やったり、ウザいだけじゃ笑顔は作れない。人を笑わせるのは難しいんだぜ?」

 

 先輩の言葉は俺に突き刺さる。今さっき会ったばかりなのに、どうしてここまで見透かされるのか。

 

「あと、つばめを笑わせるのは骨が折れるぞ。まぁ、頑張んな」

 

 白風先輩は言いたいことだけ言うと、その場を立ち去っていった。

 

「……何つーか、すごい先輩だったな」

「……うん」

 

 嵐のように去っていった白風先輩。恐らく、俺のことはつばめから聞いていたんだろう。

 それでよくまぁ、あそこまで言えたモンだ。

 

「……わりぃな、岩崎」

「え?」

「無理矢理にでも笑わそうとして」

 

 俺はポロッと岩崎に謝った。何となく、謝らなきゃいけない気がしたから。

 

「俺は岩崎は良い奴なんだって、小早川のやりとりを見ててずっと思ってた。で、他の奴の評価が気に食わなかった。だから、ソイツ等の考えを変える為に笑わせたかったんだ」

 

 俺は岩崎の納得がいくように、思っていたことをぶちまけた。

 

「つばめだってそうだ。笑えば、印象が変わる。それに、お前等の変わらない表情を見てると、無償に笑顔が見たくなったんだ。どんな顔して笑うんだろうってな」

 

 ベラベラと俺が喋る横で、岩崎は俯いたまま聞いていた。

 果たして、どう思っているんだろうか? 迷惑? 大きなお世話?

 

「……ごめんなさい」

 

 予想と違い、岩崎は俺に謝ってきた。

 理由が分からず、俺はポカンとする。

 

「こういう性格だから、笑顔って難しくて……」

「……あぁ」

 

 岩崎の言葉で、俺は漸く理解した。

 笑顔は意識してするものじゃないんだ。ふと湧いた感情が、顔に出ているだけなんだ。

 もしかしたら、岩崎は何処かで笑っていたのかもしれない。俺が気付かないだけで。それで必死に笑わそうとしていたなら、岩崎を上辺だけで評価した奴と変わらない。

 

「岩崎。俺はまだ諦めない」

 

 ふと、岩崎は顔を上げる。

 俺はスマイルメイカーとして、満面の笑みで再び宣言した。

 

「俺はお前を、皆が認める笑顔にしてやる!」

 

 例え今は小さな笑みだろうと、それを押さえられないぐらい大きくしてやる。

 小早川や田村と並んでも謙遜ないぐらいの笑顔を作れるようにしてやる。

 

「だからさ、これからも仲良くしてくれるか?」

 

 俺の頼みに、岩崎は小さく頷いてくれた。

 皆の笑顔を引き出せる、真のスマイルメイカーに俺はなる!

 




どうも、雲色の銀です。

第5話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は自称スマイルメイカー、霧谷かえでの話でした!

かえでの過去があっさりと終わった感がありますが、これははやとの言う通り既に自己解決してるからです。かえでは悩むよりも行動を起こすキャラですし。

今後も時に周囲を引っ張り、時に場を掻き乱す活躍を見せてくれるでしょう。
……どう見てもつばめより主人公向きです。本当に(ry

次回は知識欲が豊富な、石動さとるが主役の話です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話「興味津々」

 最近、妙な異変が2つあった。

 1つはかえでが明らかに以前よりベタベタ引っ付かなくなってきたのだ。

 

「昨日のドラマ見たか? いやぁ、ありゃハズレだな」

 

 それでも俺からすればウザいことに変わりはない。だが、笑顔を強要したり過剰なボケをされるよりはマシになった。

 かえでの急な変化に、一体何があったのかは知らない。聞く気もないしな。

 

「ドラマは見ない」

「ふーん、原作が小説だって言うから見たと思ったんだけどな」

 

 人の会話が嫌いな俺はドラマは疎か、テレビもニュース以外は見ない。聴く音楽もインストゥメンタルだけだ。

 それに、原作が自分の愛読書ならイメージが崩れるし、ロクなことはない。

 

「岩崎達はどうだ?」

「……昨日は見てない」

 

 そしてもう1つの変化。それは、岩崎みなみがかえでと会話をするようになったことだ。

 以前までは一目で分かるように避けていたが、最近になってまともに話してるのだ。

 相変わらず、かえでの言うような笑顔ではないがな。

 

「私も見てないかな。昨日は宿題もあったし」

「ゲッ!? すっかり忘れてた! つばめ~」

「黙れ」

 

 宿題を忘れたことに気付いたかえでは俺に泣きついてきた。少しでも変化を認めてやったらこれだ。

 騒がしいかえでを押さえていると、チャイムが鳴る。残念だが、自業自得だ。

 

「席付けー」

「ぐはっ!?」

 

 死亡確定したかえでは力なく机に突っ伏した。ご臨終だ。

 そういえば、かえでと岩崎の変化はほぼ同時期だったはずだ。本当にコイツ等に何かあったのか?

 ま、俺にとってはどうでもいい話だが。

 

 片や、さとるはかえでとは対照的にいつも静かに本を読んでいる。

 教室内がどんなに騒がしくとも、奴は書いてある内容に集中していた。時々俺とかえでのやりとりに笑ったりするけど。

 静かな奴の方が俺にとって印象がいい。

 

「なぁなぁ、さとるの奴何考えてんだろうな?」

 

 授業が始まったにも関わらず、かえでが前から話しかけてきた。

 知るかよ、そんなこと。いいから前向け。

 

「ああ見えて、実はヤバいこと考えてたりな。読んでるのも官の」

「黙れ」

 

 かえでの変な妄想に付き合うのもバカバカしい。俺はかえでの言葉を遮ってお決まりの台詞を言い放った。

 

 けど、ここまでノーアクションな奴も珍しい。見習いたいくらいだ。

 少しだけなら、さとるが何を考え、日々に何を思っているか気になった。だが、俺は他人に干渉はしないしさせない主義だ。

 黙々とノートを取るさとるを横目で見つつ、俺も授業に集中した。

 

 

☆★☆

 

 

 本のページをめくる。

 

 俺、石動さとるは本に書かれている内容を記憶していた。

 気になった知識は吸収しないと気が済まない、俺の癖は周囲から散々不思議がられた。何故そんなに気になるのか?どうして調べたがるのか?

 

 本のページをめくる。

 

 俺には能力が2つある。1つは覚えた知識は忘れず何時でも引き出せること。この能力のおかげで進学校である陵桜学園にもすんなりと入れた。

 もう1つは、他人の考えていることが大体読み取れること。細かくは無理だが大ざっぱな考えならば表情から分かる。

 

 本のページをめくる。

 

 例えば、つばめは今日もイライラしている。これはいつもと変わらない。

 だが、かえでは今までと違う。笑顔への執着が薄れ、相手を楽しませようとしている。つばめと本当に仲良くなろうとしていた。

 更に、岩崎みなみとの関係。みなみは他人との隙間を必要以上に埋めようとしていたかえでを苦手としていた。

 しかし、それを辞めただけで会話をするようにまで親しくなった。

人間はそこまで早く変われない。かえでの変化もみなみの変化も、意識して行われたものだ。

 

 本のページを閉じる。この本の閲覧は終えた。

 

 今、俺の興味をそそっているのは2人の変化だ。

 早速、俺はかえでに何があったかを問うことにした。

 

「かえで、聞きたいことがある」

「おっ、珍しいな。さとるの方から話しかけてくるなんて」

 

 かえではいつも通りの笑顔で対応した。が、どうやら俺が声を掛けたことに驚いているようだ。隣にいたつばめも、目を見開いて驚いていた。

 ふむ、そういえば俺からこの2人の会話に加わることはなかったな。だが、そんなことは今はどうでもいい。

 

「かえで、お前最近岩崎みなみと何かあったか?」

 

 俺の率直な質問に、かえでの笑顔が凍る。予想外の質問だったらしい。

 つばめもかえでの方を向いていることから、コイツ等の変化が気になっていたようだ。

 

「さ、さぁ? 何のことやら」

 

 しかし、かえではバレバレの嘘で誤魔化そうとした。聞かれたくない内容のようだ。ますます気になる。

 

「答えろ。お前が答えないのなら、みなみに聞くまでだ」

「げっ!?」

 

 みなみの名前を出され、更に狼狽えるかえで。

 まぁ、みなみに聞いたところで、彼女も答えないだろう。俺がまずかえでに聞いたのも、みなみより答える可能性があるからだ。

 

「……言わなきゃダメか?」

「ああ。気になって仕方ないんだ」

 

 打つ手がないかえでは悔しそうな顔で俺とつばめを見る。そこまで話したくない理由なのか。

 

「ん?」

 

 ふと視線を逸らすと、名状し難い謎のオーラを放つ物体が目に入った。

 それはこちらを見ながらも必死にメモのようなものを取っている。

 

「くぅぅ、これはイケる!」

 

 そのダークマターの正体は、俺のクラスメイト、田村ひよりだった。

 先程まで、ゆたかやみなみと談笑していたと思っていたのだが……。怪しげに光る眼鏡の奥からは確実にこちらを見ている。

 

 気になる。

 

 かえでの精神変化も気になるが、ひよりから溢れる悍ましい邪気のような何かにも魅かれる。

 

「……さとる?」

 

 すっかり放置されたかえでが葛藤する俺に心配そうに声を掛ける。

 ああ、俺はどうすればいいんだ! どちらを優先させればいい!

 

 

「なぁ、さとる。手分けしようぜ?」

 

 

 頭を抱える俺に、珍しくつばめが提案する。

 

「俺がかえでから聞き出すから、お前はあっち行って来い」

 

 俺が何に悩んでいるか察したつばめは、俺にひよりの方へ行くよう言った。

 そうか、その手があったか。思えば、つばめもかえでの変化が気になっていた。これは好機だ。

 

「任せた。感謝する」

「いいって」

 

 いい案を出したつばめに礼をいい、俺は未だメモを取り続けているひよりの方へと向かった。

 

「さーて、かえで君。1度お前より優位に立ってみたかったんだよなぁ」

「ま、待てつばめ。落ちつ」

「今日は黙らなくていい。さっさと吐け」

 

 俺が去った後では、つばめによる拷問が行われたそうだ。

 

「ひより」

 

 俺が名前を呼ぶと、さっきまで邪気を纏っていたひよりはパッと元に戻り、同時に顔を青白くした。

 

「い、石動君!? 何時からそこに!?」

「今だ」

「えーと、決して如何わしい妄想をしてた訳じゃ……」

 

 俺がまだ質問をしていないのに、あたふたと言い訳を述べるひより。一体何を焦る必要があるんだ?

 

「何をメモしていたんだ? どうやったらあんな奇妙なオーラを出せる?」

「へ!? い、いやぁ……」

 

 俺が聞きたかったことを質問をすると、ひよりは更に顔色を悪くし、汗を滝のように流した。

 どうやら一連の理由はメモの内容にあるらしい。

 

「そのメモ、見せてくれ」

「だっ、ダメ! これだけはどうか許して!」

「えっと、石動君。その辺にしておいた方が……」

「本気で嫌がってるから……」

 

 ひよりは必死にメモを隠す。すると、近くにいたゆたかとみなみが静止に入った。

 

「……確かに嫌そうだが、何故そこまで拒否する? 見せるだけならば大して損にもならないだろう?」

 

 ひよりが秘密を守ろうとすることに、俺は首を傾げる。

 メモの中身は国家機密でもないだろう。仮に著作物だとしても、俺はその中身を閲覧するだけだ。興味のない内容ならばすぐに忘れるし、興味があろうと盗むことはしない。

 

 俺の考えとは裏腹に、ひよりはメモを抱えたまま教室を飛び出してしまった。

 

「……分からない。何故ひよりはあれほど必死に」

「そりゃお前、プライバシーの問題だろ」

 

 思考する俺に答えたのは、さっきまでと違い真面目な表情をしたかえでだった。

 

「中身はどうあれ、人には他人に見られたくないモンを一つや二つ持ってんだよ。お前だってそうじゃないのか?」

 

 確かに、プライバシーの意味は分かる。人間は羞恥心などから趣味や性癖を隠すものだと。

 だが、俺にはどうしても理解出来ないものがあった。

 

 

「俺にそんなものはない」

 

 

 かえでの質問に答え、俺はひよりを探しに教室を出た。

 

 

 俺は「感情」というものが理解出来ない。

 相手の表情から読み取れても、それがどんなものかを理解出来ない。

 喜怒哀楽や羞恥心、恋愛。持っていない訳ではないのだろうが、俺にとって感情とは極めて薄いものだった。

 俺を占める要素の大半が知識欲と記憶だからかもしれない。

 

 俺は質問をするとよく人の顰蹙を買う。もしかしたら、ひよりも怒っていたのかもしれない。

 それでも俺はこの知識欲を押さえられなかった。

 

 

 ひよりを探す為に校内を歩き回る。

 もしも怒りを買ったなら謝る必要がある。だがひよりが隠しているものを知りたい気持ちは押さえられない。

 これでは堂々巡りだ。

 

 俺がよく行く場所、図書室へ向かう。ここならば、ひよりが好きなライトノベルもある為、いるかもしれない。

 

「……いないか」

 

 だが、いたのは図書委員と数人の一般生徒。メガネを掛けた1年女子の姿は見えなかった。

 

 

 

「よう、1年」

 

 

 

 踵を返そうとする俺に、誰か知らない男子が声を掛ける。

 空色の髪に緑の瞳を持った男は、何故か植物図鑑を開いている。実験にでも使う気か?

 

「お前だよ、今入ってきた黒髪の」

 

 反応を返さなかったからか、男子は明らかに俺を指して呼んだ。

 俺の知った顔ではないはずだが、向こうは俺を知っている。

 

「誰だ?」

「俺は白風はやと。3年だ」

 

 白風はやと、と名乗った人物は俺に対し確信を持ったように頷く。

 というか、先輩だったのか。

 

「白風先輩、何の用ですか? それに何故俺のことを知ってるんですか?」

「質問は1つずつにしろ。あと、俺のことははやと先輩でいい」

 

 先輩は付けるんですか。

 はやと先輩はイマイチ考えが読めない人物だった。

 

「では……何故俺のことを知ってるんですか? 初対面のはずですが」

 

 言われた通り、俺はまず先輩が俺を知っていた理由を訪ねた。

 すると、はやと先輩は携帯電話を取り出す。

 

「お前の友人、つばめの知り合いだからだ。お前のことはメールで聞いたぞ。知識欲の塊だってな」

 

 なるほど。つばめの差し金だったか。しかし、あの人付き合いの悪そうなつばめにこんな先輩がいたとは。

 

「そういや、かえでの変化の要因を知りたがってたらしいな。あれも俺だ」

「何ですって?」

 

 かえでとみなみを変えたのが、この先輩だと?

 俺の興味の対象がかえでからはやと先輩へとシフトする。

 

「教えてください。何をしたのか」

「やだ」

 

 しかし、俺とは逆に先輩は興味なさそうに図鑑のページをめくった。

 何故、この学校には秘密にしたがる人間が多い?

 

「何故です? 秘密にするほどの内容なんですか?」

「秘密にする気はねぇよ。かえでもつばめにゲロったみたいだし」

 

 もう聞き出した後だったか。メールには先輩がかえでに関与したことへの内容も書いてあったのだろう。

 しかし、俺は段々モヤモヤしてきていた。はやと先輩はどうして俺に教えてくれないのか。

 

「俺はただ、お前には教えたくない。それだけだ」

 

 はやと先輩は軽い態度でそう言った。

 教えたくない? たったそれだけの理由で俺の知る権利を奪うと?

 

「……嫌がらせですか?」

「どう取るのもお前の自由だ。因みに俺はお前の探してる奴の居場所も知ってる」

「ふざけないでください」

 

 俺ははやと先輩を睨む。この人は何がしたいんだ? 俺をからかって楽しんでるのか?

 

「へぇ、なんだ。ちゃんと持ってんじゃん」

「何がですか」

 

 するとはやと先輩は俺の様子を見るなり態度を変えて言った。訳が分からない。

 だが、次のはやと先輩の真意が分かった。

 

「「怒り」だよ」

「え?」

「感情、ちゃんと持ってんじゃん」

 

 そう言われ、俺はハッとする。理解出来なかったはずの怒りを、自分の中に感じていた。

 はやと先輩は、俺に本当に感情がないのかを試していたらしい。

 

「読んだものを記憶出来る。表情が読める。そこまで出来て感情の理屈が分かんないなんて、ただの機械と変わんねぇ」

 

 はやと先輩は植物図鑑を閉じ、俺を見る。

 

「お前が今やるべきなのは知識を学ぶことじゃない。感情を学ぶことだ」

「感情を学ぶ……?」

「いや、正確には思い出すだな。持ってはいる訳だし」

 

 はやと先輩の言葉を聞き、俺は思い返した。何故、感情を忘れてしまったのか。

 

 

 

 幼い時より、俺は知識を吸収していた。己の欲に従いながら。

 俺は……得た知識で誉められるのが嬉しかった。俺の持つ知識は学校でも役に立っていた。

 

 だが、人間には負の感情が存在する。俺の知能を妬んだクラスメートは、段々と俺を無視し始めていった。

 それでも知識の収集欲は年を重ねるごとに大きくなり、遂には親まで何でも知りたがり覚える俺の存在を気味悪がり、疎ましく思った。

 

 どうしてこうなったのだろうか。俺は誉めて貰いたかっただけなのに。

 

 考えた結果、感情を不必要なものだと判断し捨てた。知識を得るのに感情は邪魔だった。

 知る喜びも、邪魔されることへの怒りも、分からないことへの悲しみも、調べることの楽しさも実感することはなくなり、とうとう俺は感情が分からなくなった。

 

 

 

「頭で考えるより、感情に従うことで学べることもあるぜ?」

 

 今まで思考と欲で行動していた俺に、はやと先輩は助言する。

 

「お前もそう思うだろ?」

 

 そして、はやと先輩は本棚の方に呼びかける。

 奥からは、俺が探していた女子が現れた。

 

「ひより……」

 

 ややバツが悪そうな表情で、ひよりはこちらに歩いてきた。

 

「じゃ、後は2人で話し合え。それともう1つ。感情を理解出来なきゃ、お前は話す相手のことも一生分からないままだ」

 

 はやと先輩は植物図鑑を本棚に戻し、メモを持って出て行ってしまった。

 最後にヒントのような言葉を残して。

 

「…………」

 

 残された俺に、ひよりは何も話しかけてこない。

 怒らせるようなことをしたのなら怒ればいい。哀しいのなら泣けばいい。俺を糾弾すればいい。

 今までもそうされてきた。その度に受け流していたが。

 

「……どうした? 怒らないのか?」

 

 反応のないひよりに、一応聞いてみる。

 

「いや、怒ってはないけど……」

 

 やっと言葉をひねり出したひより。どうやら、怒り以上に困惑の方が強いようだ。

 どう怒っていいのか分からない、という風な感じなのだろう。

 

 

『中身はどうあれ、人には他人に見られたくないモンを一つや二つ持ってんだよ』

 

 

『感情を理解出来なきゃ、お前は話す相手のことも一生分からないままだ』

 

 

 ひよりの表情を眺めながら、俺はかえでやはやと先輩の言っていたことを思い浮かべる。

 

 まず、ひよりはメモを見られたくなかった。

 理由は関係なく、だ。

 そして感情を理解する。ひよりは俺に無理矢理詰め寄られ、逃げ出した。感じたものは、恐怖。怒りではない。

 まとめると、俺が彼女にとって嫌なことをしたために恐怖を感じ、ひよりは逃げ出した。

 

 相手の嫌がる行動をした時、それを諌める方法は……。

 

「……すまなかった」

「えっ」

 

 俺は頭を下げて謝った。自分が悪い時にはこうした方がいい、と本で読んだからだ。

 すると、ひよりは意外だったのか変な声を出す。

 

「……む、じゃあこっちか」

「ちょっ!? もういいから! 分かったから!」

 

 ひよりがまだ俺を許さない、と判断した俺はもう1つの謝罪方法、土下座をしようと床に膝をついた。

 それがさっき以上に予想外だったようで、ひよりはいいと言ってくれた。

 

「はぁ……石動君て、本当に変わってるよね」

「……そうか?」

 

 膝に付いた汚れを払いながら、俺はひよりの言葉に首をかしげる。

 まぁ、確かに普通とは変わっているかもしれないがな。

 

「でだ、俺はまだメモの中身を諦めてない」

「ええええっ!?」

「……が、中身までは覗こうとはしない。せめてどんなことを書いたのか簡単に教えてくれ。勿論、ひよりが嫌でない限りでな」

 

 知識欲には逆らわない。俺の基本スタンスはそう簡単に変わらないようだ。

 しかし、感情について考えた結果、ある程度の自重は出来るようになった。そのことに、ひよりは少し安心していた。

 

「……湖畔君と霧谷君には言わない?」

「ああ」

 

 観念したように、ひよりは俺の耳元でメモの簡単な中身を言った。

 その内容とは、俺とつばめがかえでを攻める……BL? とかいうものだった。

 

「ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 俺で卑猥な妄想をした、ということで見られたくなかったらしい。

 必死に謝るひより。勿論、俺にこんな趣味はないが……あのやりとりだけでそんな妄想が出来るひよりの頭に興味が移りそうだった。

 

「ふむ、ひより」

「はい……?」

 

 恐る恐る頭を上げるひより。眼鏡の奥にある瞳は、恐怖で揺れている。

 そんなひよりの様子が面白く感じる。

 

「俺ははやと先輩から「感情を学べ」と言われた」

「え? あ、うん……」

 

 今ならはやと先輩の言っていたことに共感できるかもしれない。感情から学ぶこともある、と。

 

「「萌え」とは感情だな? それを教えてくれ」

「うぇっ!?」

「時間が掛かってもいい。是非とも教えて欲しい、頼む」

 

 ひよりの言う「萌え」が分かれば、ひよりの頭の中が分かるかもしれない。それに、感情が豊かなひよりからなら他の感情も思い出せるかもしれない。

 顔を青ざめさせるひよりを前に、俺は新たな興味に興奮を抑えられなかった。

 

 

☆★☆

 

 

「何か違うけど……まぁ、いっか」

 

 さとるが眼鏡を掛けた女子と仲直り出来たことを確認し、俺は教室に戻る。

 食える雑草のデータも集め終わったしな。

 

 湖畔つばめ、霧谷かえで、石動さとる。

 曲者揃いだが面白い後輩が出来、俺の毎日も更に賑やかになりそうだ。

 

「はやと君~!」

 

 間延びした声で後ろから呼ばれる。振り向くと、つかさが走ってやってきた。

 

「もう、授業始まっちゃうよ」

「サボる」

「ダメだってば~!」

 

 相変わらずのやり取りに、小さく笑う。

 後輩の面倒を見るのもいいが、俺は俺のやるべきことをしなきゃいけなかったな。

 

「つかさ」

 

 走って探してたからか、息を切らすつかさを真剣な表情で呼ぶ俺。

 う、ジッと見つめてるとこっちが恥ずかしくなる。

 

「俺」

 

キーンコーン

 

 まるで言わせないとばかりに、休み時間終了のチャイムが鳴る。

 ベタな展開だな、オイ。

 

 結局告白は出来ず、授業に遅刻してつかさと仲良く黒井先生の説教を食らう羽目になったのだった。




どうも、雲色の銀です。

第6話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は知識欲の塊、さとるの話でした!

さとるはキャラ自体は決まっていたものの、主役として動かすには難しいことが判明しました。自分で作った癖に上手く動かせずお恥ずかしい……。

感情の薄いさとると、感性豊かなひよりん。性格が真逆なキャラですが、いい組み合わせになるといいですね!(他人事)

次回は3年生サイドと1年生サイドの日常生活!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話「各々の憂鬱」

 6月。梅雨の季節である。

 前にも言ったが、俺は梅雨が嫌いだ。じめじめしてて、蒸し暑い。

 そして何より、屋上で寝れない。

 

「はぁ~……」

 

 今日もバケツの水をひっくり返したような量の雨が降っている。

 俺はいつもより気怠そうに机の上に突っ伏していた。

 

 あぁ、憂鬱だ。

 

「おー、随分暗そうだな、はやと……」

 

 そう話しかけてきたのは、元気だけが取り柄のはずのあきだった。

 って、オイ。お前の方が暗そうだぞ。

 

「お前が言うな」

「んー?」

 

 あきはテンションの低いまま首を傾げる。

 おいおい、何があったんだよ。

 

「いやー、昨日徹夜でエrぶへっ!?」

 

 話の内容が大体分かった俺はフルスイングでバカの頭を殴ってやった。

 これで目が覚めるだろ。

 

「少しでも心配した俺がバカだった」

 

 コイツはもっと大バカだけどな。

 

 俺が憂鬱な理由は、屋上でシエスタ出来ないこと以外にもあった。

 まず、雨の所為で自転車に乗れない。傘を差しながら漕ぐなんて芸当出来ないし、合羽なんぞ持ってない。第一、雨の中で自転車に乗れば錆びる。

 

 そしてもう1つの理由。これは梅雨と直接関係はないが。

 

「はやと君、おはよう~」

 

 コイツだ。

 つかさとの進展が新学期始まってから全くないのだ。

 仲が悪いとか、喧嘩したとかではない。ただ、告白のチャンスがないだけだ。

 言い換えれば、2人切りの時が少ない。

 大抵、周囲には凶暴な姉やらヲタカップルやらがいる。

 屋上に行こうにも、ご覧の通り大雨。

 

「よぉ、つかさ……」

「あれ? 元気ないけどどうしたの?」

「何でもねぇよ……」

 

 本当は今すぐ言いたい。俺はお前が好きだって。

 

 さて、俺と同じような憂鬱を抱えた奴が、この教室内にもう1人いる。

 

「はぁ……」

 

 高良みゆき。眼鏡を掛けた学級委員長で、文武両道の完璧人間だ。

 そんなみゆきが小さく溜息を吐きながら、眺めているのはコイツの幼馴染、檜山みちるだ。

 

「!」

 

 やなぎに借りた本を読んでいたみちるは、みゆきの視線に気付き、微笑み返す。すると、みゆきは顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 みちるもまた、みゆき同様の完璧超人で、甘いマスクを持つお金持ちである点も加味されて、非常におモテになられる。

 しかし、唯一の欠点が鈍感であることだ。その鈍さは「鉄壁の要塞」と称されるほどである。自分がモテていることすら自覚してないから、余計に恐ろしい。

 

「あ、あれ?」

 

 みゆきが視線を逸らしてしまった理由が分からず、首を傾げるみちる。

 みゆきもそこまで自己主張をしない性分なので、告白出来ずにかれこれ1年過ぎてしまったのだ。

 見てるこっちからすれば、さっさと付き合っちまえばいいのに。俺が言えたことじゃないけど。

 

「はやと~」

 

 困ったみちるは俺に助けを求める。こっちみんな。

 しかし、こんな人畜無害なお坊ちゃんにも、実はただ1つだけ厄介な点がある。

 

「みゆ」

 

 みゆきに話しかけようと席を立つみちる。

 その時、何故か落ちていたバナナの皮を踏んで転んでしまった。

 誰だ、教室でバナナなんか食った奴は。

 みちるはそのまま倒れ、机の角にガツンと頭をぶつけてしまった。

 とてもいい音がしたので、騒がしかった教室内が一瞬で静かになる。

 

 

「……ククッ、ハーッハハハハッ! 久々に外に出れたぜぇ!」

 

 

 倒れたままだったみちるは急に立ち上がると、性格が変わったかのように高笑いをする。

 

 そう、これがみちるが持つ厄介な点。二重人格だ。

 もう一人のみちる、「檜山うつろ」はみちると正反対の性格をしている。傍若無人で欲深く、逆らえば有無を言わさず暴力を振るう独裁者みたいな奴だ。

 つーか、何でこんな憂鬱な時期に目覚めるかなぁ。

 

「うわぁ……仕方ねぇ、行くぞ」

 

 流石のあきも、うつろにはドン引きである。

 あと、行くぞって誰に言ってんだ。

 

「俺が抑えるから、お前がダーツで眠らせるんだ」

 

 あきは俺に耳打ちする。あぁ、俺のことか。

 けど、その戦法はうつろを初めて見た時にやって失敗しただろうが。

 

「嫌だね。お前が頑張れ」

「ちょ!?」

 

 うつろに関わりたくない俺は、断固として拒否する。

 面倒臭いし、うつろは時間が経てば勝手にみちると入れ替わる。無理に敵対して痛い目を見るよりは、時間切れを待った方が得策だ。

 

「オイオイ、つかさに危害が及んでもいいのか?」

「よし、やろう」

 

 つかさを引き合いに出され、俺は渋々ながらも立ち上がる。

 現に、うつろはつかさ含むクラスの女子全員を手中に入れようとしたしな。もしかしたら、コイツはみちるがモテていることに気付いているのかもな。

 

 その後、俺達は(主にあきが)全力でうつろを抑えるべく戦ったのであった。

 

 あぁ、憂鬱だ。

 

 

☆★☆

 

 

 校庭に降りしきる、大量の雨。

 梅雨だからこそ仕方ないことだが、暗くてジメジメした雰囲気が不快感を与える。

 

 まぁ、そんなものより、俺は外に出ていた人間も教室内で駄弁っていることの方が不快なんだけどな。

 他クラスの奴もいる所為で、普段の2倍くらいは煩くなっていた。

 

 はぁ……憂鬱だ。

 

「湖畔君、ありがとう」

 

 イライラしながら、気を紛らわせる為に本を読んでいると、高校生と呼ぶには違和感のある程小柄な女子が話し掛けてくる。

 この女子、小早川ゆたかはよく俺にノートを借りていた。今も、笑顔でノートを返しに来たようだ。

 理由はサボっているからではない。生まれ付き体が弱いらしく、授業中に保健室へ行くことがよくあるのだ。

 

 で、小早川が一番頼りにしている女子、岩崎は保険委員として付き添うので、やはりノートを貸す必要がある。

 他にコイツ等とつるんでいて、しっかりしたノートを見せる人間は俺しかいなかった。

 

「ん」

 

 俺は小早川からノートを受け取ると、再び視線を本に移した。

 普段から大人しく、性格も悪い奴ではない。寧ろ、良い人間に分類される、まるで純粋な子供みたいな奴だ。

 他人と関わろうとしない俺でも、小早川との会話は別段不快感はなかった。

 

「オイオイ、それだけか? もうちっと愛想よくしねぇと」

 

 少なくとも、コイツよりは遥かにマシだった。

 今日も今日とて、かえでは俺に素晴らしいまでの憂鬱とウザさを振りまいてくれた。

 あーあ、外の雨水が硫酸になってコイツを溶かしてくれないものか。

 

「黙れ」

 

 俺は受け取ったノートを丸めて、かえでの頭を引っ叩いてやった。

 パコンッという心地良い音と共に、かえではその場に蹲る。いい気味だ。

 

「ってて……そんな態度だと、女の子にモテないぞ」

 

 頭を抑えながら、不満気に言い返すかえで。

 モテない奴に言われても何とも思わないし、まずモテたいと思ったこともない。

 

「で、でも、私は湖畔君が本当は優しいって知って」

「は?」

 

 変にフォローしようとする小早川を、俺は睨み付ける。

 俺が優しいとか、まだ思ってんのか。

 

「……湖畔君」

 

 そこへ、小早川を庇うように岩崎が立つ。

 普段からキツい目付きが、更に悪くなっている。

 

「……その態度は、私も直した方がいいと思う」

 

 小さい声だが、岩崎はハッキリと俺に意見を伝えた。無口なコイツがここまで喋ったのは、多分初めてのことだろう。

 岩崎は一番の友人である小早川をとても大事にしている。それを傷付けるような輩は、誰でも許さないってところだな。

 

「はいそうですかって直せれば、誰も文句言わねぇよ」

 

 数瞬だけ岩崎と睨み合い、俺はまた本を読み始める。

 人を避けたいと思っている俺にとって、今の態度を改める理由はないしな。

 大体、こんな不愉快な態度の奴に集まって来てるお前等の方が変わってるって気付けよ。

 

「そんなこと言って、ノートはちゃんと見易く書いてるんだよな」

 

 この一触即発の空気を壊すように、かえでは俺のノートを勝手に捲って今日の授業のページを見せる。

 中身は板書と授業の要点が見易く纏められている。

 

「俺が見易くしてるだけだ」

「けど、小早川達に見せるところ以外はこんなにしっかりしてな」

 

 余計なことを言う前に、今度はかえでをグーで殴ってノートを奪い返した。

 

 こんな騒ぎも、教室内で気にするものはおらず、日常のざわめきの中に消える。

 

 はぁ……憂鬱だ。

 

 

☆★☆

 

 

 梅雨は憂鬱の季節、と何処かの誰かが言っていた。

 確かに、雨の所為で一日中暗くて、湿気が多くジメジメしている。いい気分になる人間は少ないだろう。

 

 だが、ソイツが真に言いたいことはそんなことではない。

 「憂鬱は重なる」ということだと、最近になって分かった。

 

「うあー、雨は嫌いだー」

 

 机の上に突っ伏し、だらけながら文句を言う日下部。

 元気が取り得の日下部にとって、外で遊ぶことの出来ない雨は天敵なようだ。

 まるで男みたいな考え方だが。

 

「嫌いなのは分かったから。せめて自分の机でダラダラしろ」

 

 そう言いながら、かがみはグイグイと日下部の頭を押す。

 現在、日下部がいるのはかがみの机だった。

 始業式の日に背景扱いされたのが悔しかったのか、日下部はよくかがみに絡むようになったのだ。

 ……まぁ、5年間も同じだったのに気付かれなかったのは酷い話だとは思うがな。

 

「はぁ、そろそろ走り回りたいモンだぜー」

 

 日下部は陸上部所属だ。が、この雨では碌に走ることも出来ないだろう。

 陸上……マラソン。体力のない俺にはあまり耳に入れたくない話題だ。

 

「冬神も陸部入ればいいのに。体力ないし」

「ほっとけ」

 

 もう3年なのに、今更入ってどうする。

 

「みさちゃん、部活もいいけど、テストも近いよ?」

 

 日下部の後ろで、峰岸が優しい口調で指摘する。因みに、峰岸は日下部と対照的に茶道部と文化系である。

 峰岸の言う通り、期末試験まであと1ヶ月を切っている。

 俺やかがみのように普段から勉強を欠かさないものはともかく、日下部のような部活一筋の奴は不安要素しかない。

 

「うっ……いやぁ、ここに優秀な先生が3人もいるから」

 

 最初っから俺達を当てにするつもりだったのか。

 まったく、あきみたいなことを言うな。

 そういえば、日下部はあきやこなたと近いタイプである。もしかすれば、意気投合するかもしれない。

 

「少しは自分でやんなさい」

「丁度、雨で表に出れないしな」

「うぇぇ……」

 

 俺達が拒否の姿勢を取ると、日下部は涙目になる。口にしてはいけないが、本当に男みたいな奴だ。

 

 

 軽く談笑している俺達の空気を変えたのは、その時開かれたドアの音だった。

 

「…………」

 

 外から戻ってきたのは有名な不良、月岡しわすだ。

 購買に行っていたのか、ビニール袋を片手に持ち、自分の席に座る。

 鋭いツリ目と頬の三本傷は、相手に畏怖を与えるのに十分だ。

 あの傷は、他校の不良との抗争で付いたものだと言われている。

 

 今は何もするつもりはなさそうだが、少しでも気に触れれば何をされるか分からない。

 クラスメート達は月岡の顔色を伺いながら、談笑を続ける。しかし、教室内の空気はすっかり暗くなってしまった。

 

「……何で、学校来てるのかしらね」

「分からん」

 

 空気を悪くした張本人に顔をしかめながら、かがみが俺に耳打ちする。

 はやとでも授業をサボるくらいだ。月岡なら不登校をしていてもおかしくない。

 これは推測だが、奴はこの校内を自分のテリトリーとでも思っているんじゃないだろうか。

 自分に怯える生徒を見て喜んでいる嗜虐趣向の持ち主とか。だとすれば、噂以上の最低な人間だ。

 

「アイツ……」

 

 しかし、日下部だけは月岡に向ける視線が他と違っていた。

 相変わらず、月岡はビニール袋からソーセージを取り出し、頬張っている。

 

「何で、髪が濡れてるんだ?」

 

 日下部が気付いた点。それは、月岡の深緑の髪が湿っていることだった。

 購買は校内にあるので、買い物をするだけなら外に出る必要はない。

 が、月岡は何故か外に出た可能性がある。けど、その理由は?

 

「外で何かしていた、と?」

「顔を洗ったとか?」

 

 峰岸の言う通り、顔を洗えば前髪は濡れる。ならば、外に出たとは限らないな。

 

「不良の考えていることなど、知る訳ないだろう」

 

 それだけ言って、俺達は月岡の話題を終わらせた。

 日下部は最後まで納得いかないようだったが。

 ただでさえ雨が降っているのに、月岡しわすという存在が更に空気を重くする。

 憂鬱は重なるもの、だな。




どうも、雲色の銀です。

第7話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は梅雨の話でした!
作者は梅雨、嫌いですね。濡れると気持ち悪いじゃないですか。自転車乗ると錆びるし。

そして、最後に若干スポットの当たった月岡しわす。彼は一体何者なのか。それは次回判明します。
今回は繋ぎだから若干短めナノデス!(言い訳)

では、次回をお楽しみに!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話「意外な事実」

 梅雨明けまでそろそろかという頃になってきた。

 最も、今朝も外は土砂降りの雨だが。

 

「おはよ」

「冬神!」

「どわぁっ!?」

 

 教室に入った俺を待っていたのは、勢い良く詰め寄ってきた日下部だった。

 あまりの迫力に、俺は廊下に後ずさってしまう。

 

「な、何だ!? 脅かすな!」

「いいからこっち来い!」

 

 自分から追い出した癖に、日下部は俺に来るよう急かす。

 朝から一体何がしたいんだ。

 奥の方では、かがみが呆れながら日下部を見ていた。峰岸は相変わらず苦笑している。どうも、この2人も関わっているようだ。

 

「何の悪巧みだ」

 

 俺は日下部を睨みながら尋ねる。

 日下部は普段ならば俺ではなく、かがみに絡んでくる。

 が、俺を呼ぶ辺り、何かの悪巧みをしているとしか思えなかった。

 

「ふっふ~ん、よく聞いてくれた。いいか、今から話すことは内緒だからな」

 

 相当の自身があるのか、日下部は胸を張って話し始める。

 内緒なら、声のボリュームを下げろ。隠す意味がないだろうが。

 

「今日の昼休み、月岡を追跡しようと思うんだ」

「却下」

 

 日下部の案を即効で却下する。

 一応聞いてから決めようとは思ったが、予想通りの内容だった。

 

「何でだよ!」

「寧ろこっちが聞きたい」

 

 自慢の意見を否定され、憤慨する日下部に俺は尋ね返す。

 一体、何のメリットがあって月岡なんて危険人物を追跡する必要があるんだ。

 

「だって、気になんじゃん! 何で髪が濡れてんだとか!」

「ならん」

 

 気になる、というだけでこの案を出したらしい。日下部らしいな、悪い意味で。

 因みに、かがみと峰岸も既に聞いていたようで、流石に否定派の模様。

 

「大体、何で俺達がお前の無鉄砲な遊びに付き合わなくてはならないんだ?」

「う……と、友達を見捨てんのか!?」

「友達に危険なことをやらせるのか?」

 

 正論を言い返すと、日下部は言葉が見つからず悔しそうにする。

 口で相手を言い負かす。俺のやっていることはまるで、はやとみたいだ。

 

「もういいよ! あたしだけでやるかんな!」

 

 とうとう逆ギレした日下部はビシッ、と指を刺して宣言し、自分の席に戻った。

 

「ゴメンね、冬神君。みさちゃんが我侭言って」

 

 一連のやり取りの後、日下部の保護者役である峰岸が謝ってきた。

 日下部と峰岸は幼馴染で、かがみ以上の古い付き合いらしい。

 峰岸も相当苦労しているだろうな。頭の軽い幼馴染が傍にいると。

 

「いや、我侭なら聞き慣れている」

 

 あきの突飛な行動には劣るがな。

 すると、俺の内心を読み取ったのか、峰岸も笑い出す。

 

「けど、ああ見えて人のことをよく見てるから、月岡君のことも放っておけないんだと思う」

 

 峰岸も、日下部のことを良く見ているようで、フォローをする。

 日下部も何も考えていない、という訳でもなさそうだな。

 

 俺は峰岸の話を聞いて、アイツのことを思い出した。

 小学校の頃からの腐れ縁で、俺を引っ張り回した、底抜けに明るい奴を。

 

「……仕方ないな」

「やなぎ!?」

 

 考えを変えてポツリと呟く俺に、かがみが驚愕する。

 

「引っ張られることにも慣れてるし、日下部1人だけだと何を仕出かすか分からんだろ」

 

 一応峰岸も付いて行くみたいだが、女子だけでは不安だ。

 

「はぁ……本当、仕方ないわね」

 

 すると、かがみは深く溜息を吐いて言った。どうやら、かがみも付いて来てくれるようだ。

 

「冬神君、柊ちゃん。ありがとう」

 

 行くメンバーが決まり、峰岸が日下部の代わりに頭を下げる。

 

 こうして、俺達4人は月岡の行動を探ることになった。

 

 

 

 そして、昼休み。

 月岡が教室を出るまでは、いつも通り談笑をする。

 

「……行ったぞ」

 

 見張り役の日下部が、月岡が教室から出たことを確認し、呟く。

 すると、俺達はすぐに後を追った。

 

 4人が固まって動けば、標的に気付かれやすい。

 なので柱や角に隠れながら、俺達はバラバラに行動した。

 幸い、廊下にいる生徒達は月岡を避けているので、見失うことはない。

 教室を出た月岡は階段を下り、1階の廊下を進む。が、その方向に購買はない。

 

「やっぱり、購買以外にも寄っていたのか」

 

 これで日下部の推測は当たっていたことになる。

 問題は、購買以外の場所で何をしていたのかだ。

 もしもカツアゲなんかしていたのなら、生徒指導部に知らせるべきだろう。

 俺の考えとは裏腹に、月岡は外に出ようとしていた。

 

「何で外に行ったんだ?」

「知らないわよ」

 

 日下部の疑問にかがみも肩を竦める。

 激しい雨の中、普通の生徒が昼休み中に外へ出る理由などない。

 が、相手は月岡しわす。隠れてタバコでも吸っているのかもしれない。

 

「行こうぜ!」

「あ、みさちゃん!」

 

 峰岸の制止も聞かず、日下部は追跡を続行した。

 全く、どうして話を聞かない奴ばっかりなんだ。

 

 さっさと行ってしまった日下部を追いかける俺達。1人で行動して、見つかったらどうする。

 だが、日下部は急に足を止め、ジッと1点を見つめていた。

 そこは、校舎裏の草叢だった。目立たないこの場所なら、何かを隠すには打って付けだ。

 

「オイ、あれ……」

 

 日下部が差す指の先を見る。それは、俺達にとって予想外の光景だった。

 

 

 

「美味いか」

 

 傘を差したまま、月岡はしゃがんで草叢に隠したダンボールに話し掛けていた。

 手には魚肉ソーセージが握られており、ダンボールの中の何かに餌付けをしている様子だった。

 

 噂に聞く不良とは懸け離れた、優しげな光景に俺は思わず近付いてしまう。

 ダンボールの中にいたのは、一匹の子犬だった。雨をしのげるように、ダンボールの上には折り畳み傘が置かれ、土で濡れないようにシートも敷かれている。

 

「誰だ?」

 

 近付き過ぎたのか、月岡が俺達に気付いた。

 が、それでも表情からは野蛮な印象を受けない。

 これは、本当にあの月岡しわすなのだろうか?

 

「いや、その……」

「月岡君」

 

 答えに困る俺の後ろで、かがみ達でもない誰かが声を掛ける。

 振り向くと、養護教諭の天原先生が優しい笑顔で月岡を見ていた。

 

「先生!」

「大丈夫です。お話は保健室で聞きましょう。貴方達も、来てくれますね?」

 

 月岡に怯える様子もなく話す天原先生に、俺達もただ頷いた。

 どうやら、この先生は月岡の正体を知っているようだ。

 

 

 

「まず、このことは他の人達に言わないでくださいね?」

 

 保健室でお茶を入れながら、天原先生が念を押す。

 言わないのはいいが、ついさっきまで畏怖の眼を向けていた相手と向かい合って座るのは居心地が悪い。

 かがみと峰岸もそれは同様で、戸惑っているようだ。

 

「何で子犬に餌なんてやってたんだ?」

 

 唯一、物怖じしない日下部が月岡に対して尋ねる。当の月岡は残った魚肉ソーセージを食べていた。

 何だ、この空間は。

 

「あの子犬は、月岡君がこの近くで拾ってきたんですよ」

 

 月岡の代わりに、天原先生が答える。拾ってきた、ということは捨て犬か。

 

「俺、寮暮らし。犬、飼えない」

 

 漸く月岡も口を開く。って、何で喋り方が片言なんだ?

 

「学校でも飼えませんから、月岡君は一先ずあの草叢で隠れて飼うことにしたんです」

 

 なるほど。最初に内緒にしておけって言ったのはこれが理由か。

 もしも校内で隠れて動物を飼っていたなんてことがバレたら、大きな問題になる。養護教諭がそれを黙認してることも問題だけど。

 

 しかし、大きな問題がまだ残っている。

 何で不良という噂が立っている月岡が子犬の世話なんてしているのか、ということだ。

 

「俺、動物好き。犬、可愛い」

 

 月岡は屈託のない笑顔でそう答えた。

 そんな単純な理由で犬を助けたのか?

 

「それに、子犬、生きてる。命、放っておけない」

 

 表裏のない月岡の言葉に、俺達はますます訳が分からなくなっていた。

 今まで恐怖の対象になっていた、月岡しわすとは一体なんだったのか。

 

「月岡君は、貴方達の思っているような不良なんかじゃありませんよ?」

 

 俺達の疑問に、天原先生がお茶を差し出しながら再び答える。

 

「月岡君は、入学してから一度も喧嘩なんてしてませんし」

「えっ!?」

「喧嘩、嫌い」

 

 天原先生の答えに俺達はまたもや驚いた。月岡本人も頷いているし。

 

「学校をサボったこともない、普通の生徒です」

 

 確かに、月岡は授業をサボったことはない。けど、それは自分の縄張りを守る為ではなかったのか。

 

 月岡本人と天原先生の話で、次々と月岡の真実が分かってきた。

 

 月岡しわすは世界を又に駆ける獣医の息子で、幼い頃から動物が好きだった。

 頬の傷はアフリカでライオンを診た時に、引っかかれて付いた傷だそうだ。片言な喋りも、海外生活が長かったからである。

 傷を負っても動物への思いは変わらず、大きな動物にも負けないよう体を鍛え、ガタイもよくなった。

 

 だが、無口な性格、色黒で筋肉質な身体、鋭いツリ目と三本傷が周囲の人間に与えたのは恐怖心だった。

 それは近所のヤンキーにも同じことで、根も葉もない噂を勝手に付けられたのだ。

 最初は否定したが聞き入れてもらえず、最終的には誰かと話すことを辞めてしまったらしい。

 

 動物に好かれたい男が、普通に生活をしているだけで他人から嫌われる。これは一体どういう訳か。

 

「所詮、噂は噂ってことね……」

 

 未だにショックを隠しきれないかがみも、納得はしたようだ。

 

「俺、何もしてない。けど、皆離れる。何故だ?」

 

 天原先生のお茶を飲みながら、月岡は俺達に疑問を投げ掛ける。

 外見だけで相手を判断し、勝手に忌み嫌う俺達に。

 

「ゴメンな、月岡……あたし等、勘違いしてさ」

 

 話を真面目に聞いていた日下部が、涙を零しながら謝る。

 もしかしたら、日下部は月岡の優しい本質を感じ取っていたのかもしれない。

 

「そういえば、何で天原先生は月岡とこんなに親しいんですか?」

 

 残った疑問を口にする。

 月岡の評判は教師達にも行き届いており、一部の教師も月岡に恐怖の視線を送っている。

 いくら心の広い天原先生でも、月岡のことは怖かったのでは?

 

「月岡君は1年の頃から保健室に通ってたんですよ。何でも、父親の医務室に近い雰囲気だったからだそうで」

 

 そう言って、天原先生は思い返しながら笑う。

 けど、養護教諭と獣医じゃあ全然違うだろうに。

 

「桜庭先生とも仲がいいんですよ? 担任になった時はここで大喜びしてました」

 

 俺達の担任、桜庭ひかる先生は天原先生と幼馴染だと聞いている。なので、保健室で屯しているんだとか。

 月岡も保健室の常連なら、知り合っていてもおかしくない。

 初日に桜庭先生が月岡のことを怖がっていなかったのはそういうわけだったのか。

 

「けど、月岡君があの子犬を拾ってきた時は本当にビックリしました」

 

 天原先生は月岡が子犬を拾ってきた時のことも教えてくれた。

 

 

 酷い雨の日。朝からいた桜庭先生と話していると、外の出入り口を叩く音がした。

 

『はい、どうし』

『先生! コイツ、弱ってて……けど、俺飼えなくて! 助けて!』

 

 天原先生が開けると、外にいたのは開いた傘を肩に掛け、震える子犬の入ったダンボールを抱えた月岡だった。

 

『いや、助けてったってなぁ……』

『校内では飼えませんし……』

『死なせたくない! 先生、助けて!』

 

 息を切らし、涙目で頼み込む月岡。獣医の息子として育った月岡にとって、子犬も立派な命。放って置けるはずもなかった。

 困り果てた先生達は断るわけにも行かず、隠れて飼うことを黙認したのだった。

 

 

「あそこまで必死な月岡君、見たことありませんでした」

 

 小さな命にそこまで真摯に向き合える月岡に、天原先生は感心していた。

 この日、俺達は秘密を共する仲となった。仲間が増えたことに、月岡はとても喜んでいた。

 中身は子供みたいな奴だな、コイツも。

 

 

 

 数日後。

 すっかり梅雨が明け、久々にはやと達と皆で屋上で昼食を取ることになった。

 

「かがみん先生……」

「テストが、辛いです……」

 

 期末テスト間近ということで、あきとこなたがかがみに教わるべく正座で頼み込んでいた。

 対するかがみは仁王立ちだ。何処のバスケ漫画の構図だ。

 

「諦めたら?」

「「ぐはっ!?」」

 

 しかし、かがみの言葉は辛辣だった。

 高校3年にもなって、自分で勉強しないのが悪いな。

 

「そういや、やなぎ。お前のところの不良、何か事件でも起こしたか?」

 

 ふと、はやとがそんなことを聞いてきた。

 不良、というワードに俺とかがみが一瞬反応する。

 

「……何もないさ。何もな」

 

 俺は首を横に振った。

 本当ならば、俺は月岡の真実を伝えたかった。それはかがみも同じだろう。あの優しい男の誤解をどうにか解きたい、と。

 だが、同時にあの子犬の話をしなければならなくなる。それは月岡や天原先生との約束に反する。

 あの子犬の飼い主が見つかった時、月岡の真相を伝えられる。その日まで、俺達は口を硬く閉ざすことにした。

 

「ま、油断はすんな」

 

 軽い態度で、はやとはその場に寝転んだ。コイツが月岡のことを知ったら、どんな反応をするかな。

 俺は校舎裏の方に、チラッと視線を向ける。

 

 今頃、月岡と日下部、峰岸が子犬に餌をやっているはずだ。




どうも、雲色の銀です。

第8話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は月岡しわすの話でした!
しわすはギャップ萌えを目指しました。見た目が不良っぽい野蛮そうな外見に反して、実はいい奴で動物大好きという。
いかにもテンプレ臭いキャラだけど、気にするな!

因みに、モチーフは某アマゾンです。しわす、みさお、トモダチ!

次回は、先輩達と後輩達の出会い回!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話「大勉強会」

 梅雨も過ぎ、夏の暑さが身を焼く頃になってきた。

 雨のジメッとした空気も嫌いだが、体の水分を奪い尽くすような蒸し暑さも俺は嫌いだ。

 何より、家には冷房なんてものは存在しない。日陰とアイスと水と、路上で配っている団扇が俺の夏を支えているのだ。

 

 と、まぁ夏の暑さ対策も重要だが。

 俺達にはそれよりも、まず向かい合わなければならない問題が差し迫っていた。

 

「やなぎ様、かがみ様。どうか私めに勉強を教えて頂きたい!」

 

 気怠そうに欠伸を掻く俺の横で、あきはやなぎとかがみに土下座をして頼み込んでいた。

 そう、今は期末試験の勉強期間中なのだ。

 ミスターレッドラインこと、あきはギリギリまで勉強せず、毎度のようにやなぎ達に勉強を教えてもらおうとしていた。

 

「いや~、私からもお願いしますよ~」

 

 そしてもう1人、こなたもまた頭を下げる。

 コイツ等との付き合いも1年以上経つからか、この光景も見慣れたもんだ。

 

「「だが断る」」

 

 しかし、学年トップクラスの秀才達はバカ共にNoを突きつけた。

 厳しいねー。ま、当然だろうけど。

 

「そ、そこを何とか~!」

 

 断られ、涙目になりながらも頼み続けるこなた。

 あきなんて無言で頭を床に擦り付けている。プライドないのか、お前等。

 

「はやと君は、随分余裕そうだね~」

 

 いつものやり取りを退屈そうに眺めていると、つかさが声を掛けてきた。

 つかさも勉強は苦手なタイプな為、姉であるかがみによく勉強を見てもらっていた。

 こなた達と違って、勉強する意思自体はあるしな。

 

「……ま、そうだな」

 

 かくいう俺は、今回の期末テストに不安要素を感じていなかった。

 その根拠は、屋上にあまり多く行かなかったことだ。

 

 本人の前ではまだ言えないが、俺はつかさが好きだ。

 意中の相手が同じクラスにいると、当然気になる訳で。屋上で授業をサボるよりは、つかさの姿を眺めていたかったのだ。

 おかげで、例年よりも授業中の勉強時間が増え、内容の理解に繋がった。

 これでボーダーラインぐらいは行けるだろう。

 

「俺は上を目指すつもりもないしな」

 

 大学進学を考えていない俺は、必死に上を目指す必要もない。

 無難なところで楽した方がいいに決まっている。

 

「いいな~。私なんてお姉ちゃんに教えてもらってもさっぱりだよ」

 

 それはそれでどうかと。

 ってか、お前は俺よりも授業を真面目に受けてたはずなんだが?

 

「まぁまぁ、今度も皆で勉強会でもしようや」

 

 つかさと話していると、交渉中だったあきは俺達まで巻き込もうとしていた。

 俺は不便ないから要点だけまとめて、家でゆっくりしたいんだけど。

 

「だったらウチでやろうよ。ゆーちゃんもいるし」

 

 あきに便乗する形でこなたが提案する。

 ゆーちゃん……以前あきが言ってた、こなたの従妹か。

 

「……そうね。ゆたかちゃんになら教えてもいいわ」

「お前等の見張り役も増えるしな」

 

 ゆたかを引き合いに出され、2人も提案に乗る。最も、こなたもあきもゆたかの前で下手な真似が出来ないからだろうけど。

 

「んじゃ、ゆーちゃんに連絡入れとくね~」

 

 冷や汗を掻きつつもスルーし、こなたはメールを打ち始めた。

 そういや、ゆたかと同学年の知り合いがいるが、奴等はどうしてるだろうか。

 

 

☆★☆

 

 

 高校生活で最初の期末テストが近付き、教室内もピリっとしたムードが漂い始めてきた。

 最も、ガヤガヤと煩いことに変わりはないが。

 

「テストかぁ……俺の嫌いなワードだぜ」

 

 周囲の騒がしさに気を滅入らせながら弁当を食う俺に、ふとかえでが喋り掛ける。

 苦手だろうな、お前バカっぽいから。

 

 何かとよくつるむ面子と昼を供にすることも、大分馴染んできた。

 かえでが喋り、小早川と田村が相槌を打ち、俺とさとる、岩崎は黙々と食べる。端から見れば奇妙な光景だろう。

 

「知恵試しだろう? テストの何に苦手意識を抱く必要が」

「さとるはいーよなぁ! 記憶力いーから!」

「今だけ石動君が羨ましいッス……」

 

 疑問符を浮かべるさとるに、かえでと田村が羨望の視線を向ける。

 知識欲の塊であるさとるは、記憶力も相当いい。なので、当然吸収した勉強内容も難なく引き出すことが出来る。

 この時期なら、俺でも欲しくなるぐらいの能力だ。

 

「……メール?」

「うん、お姉ちゃんから」

 

 そのすぐ横では、小早川が箸を置き、携帯を開いていた。そういや、3年生に従姉がいるって言ってたな。

 

「……あのー」

 

 メール内容を確認すると、小早川は全体に話し掛ける。

 

「今度の日曜に、お姉ちゃんがお友達と勉強会を開くみたいなんだけど、皆もどう?」

 

 なるほど、従姉達の勉強会に誘われたらしいな。

 けど、そんなに大勢で参加してもいいものか。

 

「おお! 地獄に仏とはこのこと! 是非お願いします!」

「……うん」

 

 かえでと岩崎は参加するようだ。岩崎はかえでと違って勉強出来る方だけどな。

 

「俺はいい。興味が湧かない」

「うぅ、今度の日曜は漫研が……」

 

 一方で、さとると田村は不参加のようだな。

 田村は確か漫画研究会、略して漫研に所属している。だからか、最近は締め切りがどうのこうのとよくボヤいている。ご愁傷様、だ。

 

「湖畔君は?」

 

 純粋な笑顔で、小早川は俺に尋ねてくる。

 俺は勉強に不自由していなかった。というのも、小早川にノートを写させる手前、必要以上に内容を細かく纏めていたからだ。何もしなくとも頭の中に入る。

 

「……大勢で押し掛けても仕方ないだろう」

 

 思わぬ収穫もあり、俺は小早川の申し出を断った。

 すると、小早川は残念そうに笑った。

 

「そっか……湖畔君のノート、綺麗に纏まってたから教えるのも上手だと思ったんだけど」

 

 全く、どうも小早川は俺を過大評価することがよくある。

 人が良すぎるのか、それともただのバカか。

 

「そのお姉ちゃんに教えて貰え」

 

 そう言って、俺は話を終わらせた。

 

 

 

 その日の帰り。

 アパートの前で、偶然にもはやと先輩と遭遇した。

 俺とはやと先輩は、当然生活ペースが違うので、登下校中に出会うことは滅多にないのだ。

 

「ん? よう、奇遇だな」

「どーも」

 

 向こうも俺に気付き、手を挙げる。

 特に話す案件もないし、俺は軽く挨拶をしてから部屋の鍵を開けた。

 

「そーだ、つばめ。お前、今度の日曜暇か?」

 

 すると、はやと先輩の方は何か用があるらしく、尋ねてくる。

 今度の日曜……小早川の顔が浮かぶが、すぐに消した。

 

「ないです」

「よし、んじゃあ勉強会だ。付き合え」

 

 強制的に勉強会に組み込まれてしまった。

 そういえば3年もテスト期間か。

 けど、1年とは勉強範囲が違う。後輩の俺を誘うメリットはないだろう。

 

「何でですか」

「ああ、1年も参加してるから安心しろ。知り合いの知り合いだそうだ」

「聞いてません」

 

 はやと先輩は俺の質問を無視し、頭の中で気にしたことに対して答えた。

 時々考えを読むから、この先輩は困る。

 

 だが、1年も参加してるなら、無駄にはならなそうだ。

 第一、はやと先輩の性格では、そこまで多く友人はいないはずだ。

 

「……分かりました」

「よろしい」

 

 俺が頷くと、先輩は満足したように部屋へ戻っていった。

 しかし、あの面倒臭がりな先輩でも勉強はするんだな。

 

「……小早川達よりは気が楽そうだ」

 

 俺の知らない人間ばかりが集まるであろう勉強会。

 俺は誰とも関わらず、静かに勉強をするとしよう。いざとなれば、はやと先輩を扱き使えるかもしれないしな。

 

 この時、俺は気付いていなかった。自分が既に過ちを犯していることに。

 

 

 

 日曜日。

 俺ははやと先輩の案内で、ある一軒家に向かっていた。

 ここは先輩の友人の家で、本日の勉強会の会場だそうだ。流石に「夢見荘」でやるには狭いしな。

 

「そういえば、何人参加するんです?」

「具体的には知らんが、10人以上だ」

 

 かなり大勢が参加するらしい。これは俺が一瞬たりとも絡まれない可能性が出て来た。

 いいぞ。俺に話題が降り注がれなければ、周囲のざわめきぐらいなら我慢しよう。

 

「うっす、はやとと他1名だ」

〔ほいほい、今開けるよ〕

 

 インターホンを鳴らすと、スピーカーから聞こえたのは女子の軽い声。

 騒がしそうなテンションの人間が中にいると感じ、俺は少し顔をしかめる。

 ドアが開き、中から迎えたのは高校生とは思えない程小柄な少女だった。

 

 

「いらっしゃいま……あれ?」

 

 

 が、相手を見て俺は絶句した。想像と全く違う、よく見知った人間が出て来たからだ。

 その少女、小早川ゆたかも俺に気付いて目を点にしていた。

 

「どうも……って、お前等知り合い?」

 

 唯一、状況が分かっていないはやと先輩は固まる俺達を交互に見る。

 まさか、はやと先輩の言っていた1年生が小早川達だったなんて……!

 

「あっ、えと、どうぞ!」

 

 疑問符を浮かべたままの小早川は、とりあえず俺達を招き入れた。

 こんなことなら、最初に断らなければよかった……!

 

 

☆★☆

 

 

 少しばかり空気が凍ったように感じたが、ゆたかの招きを受けて俺達は泉家に上がる。

 こなたの家に入るのは初めてだが、2人暮らし(今はゆたかがいて3人だが)をするにしては大きい。

 ……羨ましくなんてないぞ。ほんの少しだけなら。

 

「でも、湖畔君が来てくれてよかったよー」

「……そうかよ」

 

 ほんわかと話すゆたかに対し、つばめはバツの悪そうな表情をしていた。

 コイツ等が同じクラスだったとは予想外だったな。

 

 何でも、先にゆたかに誘われて断っていたんだそうな。

 けど、結果的に一緒に勉強することになってしまった。まったく、奇妙な縁だな。

 

「うっす」

「よく来たね~」

 

 ゆたかの案内で広い茶の間に通される。

 俺は既に揃っていた連中に軽く挨拶した。

 因みにみちるとみゆきは用事があるらしく、今回は不参加だ。

 

「あれ!? つばめじゃん! 何でいんの?」

「放っとけ」

「……はやと先輩も」

 

 一方、1年生2名は来ないはずのつばめがいることに驚いていた。

 霧谷かえでと岩崎みなみ。以前、俺がちょっかいを出した後輩達だ。

 つばめとゆたかが知り合いであることから、参加メンバーはコイツ等だろうと予想していた。

 

「ゆたかちゃん、1年はこれで全員?」

「あっ、はい」

 

 あきがゆたかに尋ねる。コイツはゆたかと顔見知りだっけか。

 全員揃ったようで、俺達はとりあえず空いた場所に座った。

 

「はやと君、頑張ろうね」

 

 俺の隣では、つかさがいつものぽわわんとした笑顔を向けていた。

 どうでもいいが、俺以上にお前が頑張んなきゃいけないんじゃねぇのか?

 

「んじゃ、始めましょ」

 

 かがみ大先生の号令で、勉強会が開始された。

 

 

 

 それから暫くして。

 予想以上に、全員黙々と勉強していた。

 あのあきとこなたですら、かがみ達にちょっかい出すことなく静かに頭を捻っていたのだ。

 

 恐らく、後輩勢がいるから先輩として格好悪い面を見せられないからだろう。

 特に、コイツ等にとって可愛い妹分のゆたかがいる以上、下手にふざけられない。

 ギャラリーがちょっと違うだけでこうも効果があるなんてな。今頃、かがみもやなぎも内心でほくそ笑んでいるだろう。

 

「湖畔君。ここ、教えて欲しいんだけど……」

「ったく、何処だ」

 

 更に面白いことに、そのゆたかは隣にいるつばめに勉強を教わっていた。

 かえでに聞いた話だと、ゆたかは体が弱く、保健室で休むことがあるという。

 つばめはそんなゆたかによくノートを見せているんだそうだ。だから分からないところもつばめに聞いている、と。

 

「ありがとう」

「フン」

 

 教わって礼を言うゆたかに、つばめは素っ気ない態度を取る。

 しかし、さっきから一度も断っていないところを見ると、素直じゃないのがバレバレだ。

 

「つばめ君。ここ、教えて欲しいんだけどー」

「黙れ」

 

 かえでがゆたかの真似をすると、つばめは鬱陶しそうに一睨みする。

 確かに今のはウザかった。

 

「何だよー、差別反対!」

「黙れ、殴るぞ」

「チクショー……岩崎、教えてくれ!」

 

 ブー垂れるかえでだが、つばめに拳を向けられ大人しくなる。

 代わりに、側にいたみなみに教わることに。

 本当に分かんねぇならおちょくんなよ。

 

 さて、つばめがゆたかに教えていることに気に入らなそうなオーラを出している人物達がいる。

 

「あの後輩、ゆーちゃんとどんな関係だろ……?」

「純粋無垢なゆたかちゃんを誑かすとは、万死に値する……」

 

 ゆたかを溺愛している、こなたとあきだ。つーか、あきは多分人のこと言えないだろう。

 

「はやと君、ここ分かる?」

 

 周囲の連中の様子を傍観していると、隣からつかさが小さな声で話し掛けてくる。

 見せてきたのは、数学の教科書だ。って、勉強の質問ならかがみにすればいいだろ?

 

「何で俺に聞く?」

「だって、はやと君順調そうだし……ゴメン、迷惑だった?」

 

 つかさは俺の手元を見ながらそう返した。確かに、俺は今回特に手の詰まる箇所に当たらなかった。

 そのことに気付き、俺を頼ってきたのだろう。

 まったく……こういうところがあるから、放って置けない。

 

「はぁ……いいか、ここは」

 

 内心で惚れた弱みの所為にしながら、俺はつかさに勉強を教えた。

 面倒だが、いざやってみると好きな女子に教えるのは役得だと思える。

 頼られているという充実感もあり、俺のテンションはみるみる上がっていった。

 

「って訳だ」

「分かった。ありがとう」

 

 教え終わると、つかさは嬉しそうに礼を言った。……いいな、これ。

 

 

 

 時につばめの周辺を観察し、時につかさに教えながら、勉強会は着々と進んでいた。

 そして、外は日が沈みかける頃合いになる。

 

「もうこんな時間か」

 

 やなぎの声に、全員が時計を確認する。

 時刻は6時ちょい過ぎ。それにしては外が明るいのも、夏の訪れの証拠だ。

 

「電車で来てる奴もいるし、今日は解散しようぜ」

「そうね」

 

 頭の使い過ぎでバテるあきの言葉に、かがみも頷く。ま、長く居すぎても泉家の迷惑になるだけだし。

 

「んじゃあ、俺はこなたの家に泊まりで」

「じゃーねあき君! また明日!」

 

 続くあきのアホな発言を、こなたが満面の笑みで遮る。

 追い出す気満々らしく、指をバキバキ鳴らしながらだが。

 

「先輩方はもしや……」

「付き合ってるよ」

「まぁね」

 

 2人の掛け合いに勘を働かせるかえでだが、こなた達はあっさりと暴露した。

 コイツ等の息の合い様は度々感心させられる。

 

「おぉ! その辺、是非とも聞かせてください!」

「いやー、それならあっちのもやしとツインテに聞くべきだよ、後輩君」

「かがみん達ならきっと面白い反応が返ってくること請け合いだね」

「なるほど、それはそれは」

 

 恋花の矛先をかがみ達に変えようとするヲタカップルに、かえでも同調するかのように笑みを浮かべる。

 この先輩後輩の組み合わせ、もしかしたら相性いいかもな。

 

 

 

「へぇ、みなみちゃんってゆきちゃん達と幼馴染なんだ~」

 

 泉家からの帰り道。

 この集まりで分かった新しい事実。それは、みなみがみちるやみゆきと幼馴染だということだ。

 そういや、以前みちるが持っていた写真にみなみらしき人物が写ってたっけ。

 

「はい……」

「意外なところで人の繋がりがあるもんだな」

 

 かえでの言う通り、世界は意外と狭いモンである。

 こなたの従妹であるゆたかの友達が、こなたの親友であるみゆきの幼馴染で。

 同じようにゆたかの知り合いのつばめが、こなたの友人である俺と同じアパートに住んでいる。

 そう考えると、人の繋がりは面白い。

 

「今度はゆきちゃんとみちる君も参加出来るといいね~」

 

 ……このほんわかと笑っている女子が、俺達の関係の中心点だと考えると、尚面白いけどな。

 

「…………」

 

 そして、俺達の談笑を無言で見つめるつばめ。

 コイツは未だに人との関係を積極的に作ろうとしない。

 ゆたかみたいに、慕ってくれる奴がいるだけで違うってのにな。

 

「さーて、湖畔君はゆたかちゃんと何処までの関係なのか。洗い浚い話してもらおうか?」

 

 孤立していたつばめに、あきが手をワキワキさせながら近寄った。

 ムードメーカーであるあきは、誰かが孤立することを許そうとしない。誰彼構わず絡んでいける性格は、本当見習う点があるよな。

 

「べ、別に俺と小早川は」

「いいから吐け!」

 

 尋問は本気でやるみたいだが。

 結局、尋問にかえでも加わって、やなぎが制裁を下すまでつばめは追われる羽目になった。

 

 

 

 それから、試験が終わり結果が返ってきた。

 

「ヒャッハー! 赤点なかったぜ!」

「ヨカタネー」

 

 低い目標の達成に浮かれるあきに、平均より上の点を取ったこなたは冷たい視線を向けていた。

 勉強会の効果は各々出たらしく、つかさも普段よりよかったと終始笑顔だ。

 

「いいなー、僕も皆と勉強会したかったな」

 

 家の用事で不参加だったみちるは、未だに俺達を羨ましそうに見ていた。

 ぶっちゃけ、トップクラスの点数を取っておいてそう言われると反応に困るけど。

 

「まぁまぁ、夏休み中は宿題の掃除が残ってるし」

 

 そう言って、あきはみちるを宥める。

 お前は宿題写させてもらうだけだろ、と言おうとしたが、俺も同類なのでやめた。

 

「さて、1年連中はどうなったかね」

「きっと大丈夫だよ~」

 

 俺が呟くと、隣でつかさが答える。

 まぁ、かえで除く全員が思ったよりも出来てたし、特に不安要素もないんだけどな。

 

 

☆★☆

 

 

 試験の結果が返され、教室内は一喜一憂の声で溢れ返る。

 もう何があっても騒がしいのは変えられないということか。

 

「ふぅ、ボーダーギリギリだったぜ」

 

 前の席から、かえでが返って来たテストを見せてくる。

 確かに、平均点スレスレの点数だ。勉強会に参加してコレか。

 

「で、つばめはどうよ?」

「ん」

 

 隠す必要もないので、俺はかえでに俺の答案を見せてやった。

 俺の結果は、上から20位までには入っていた。正直、自分でもここまで出来たのは驚いたが。

 

「何ィッ!? ズルいぞつばめー! 俺達親友だろ、何でそんなに成績いいんだよ!」

「黙れ」

 

 俺との格差に僻み、声を荒げるかえで。第一、俺は親友になった覚えはない。

 

「個人の実力だ」

 

 話に割り込んできたさとるは、学年トップ3に入る程だった。コイツが言うと説得力がある。

 

「あ、湖畔君」

 

 そこへ、更に小早川達も集まってくる。

 毎度のことだが、人と関わりたくないと言っているのにどうして俺の周囲にはこう人間が集まってくるのか。

 

「湖畔君のおかげで、成績よかったよ!」

「……ありがとう」

 

 小早川と岩崎は俺のおかげだと礼を言ってきた。

 はぁ……どうせ「俺は何もしてない」と言えばノートや勉強会やらと言い返してくるのだろう。

 

「……次からは、自分で何とかしろ」

「うん!」

 

 視線を逸らして返すと、小早川は満面の笑顔で頷いた。

 どうして俺みたいな奴を慕うのか。やりづらいにも程がある。

 気付くと、教室内の話題は試験から夏休みへとシフトしていた。

 夏休みになれば、暫くは静かに過ごせる。

 

 




どうも、雲色の銀です。
第9話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は先輩と後輩が集合しての勉強会でした!

……はい、第1部でも似たような話をしたと書き終えてから思い出しました。
こ、今回は3年生と1年生が会うのがメインだから……(震え声)。

次回は、花火大会!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話「花火大会」

 夏休みに入り、家の中にいても蒸し暑さが身を焼くようになってきた。

 こういう時に冷房がないのは、正直キツい。

 

「クーラー付ければいいのにな……」

 

 扇風機を「強」で稼動させながら、俺は呟く。

 夢見荘には冷暖房が設置されておらず、大家である海崎さんですら真夏と真冬を過ごすのが辛いと言っている。

 が、いざ付けるとなると全部屋に設置しないといけなくなるので、経費がバカにならないのだとか。

 その所為で家賃や光熱費が上がるのは、住人としても勘弁して欲しい。

 

「……先輩、生きてるのか?」

 

 ふと、俺は隣の隣の部屋に住む先輩のことが気になる。

 はやと先輩は理由はともかくとして、テレビの企画も驚くような極貧生活をしている。当然、扇風機なんて存在しない。

 この暑さの中、冷房もなしに生き延びるのは拷問に近いぞ。

 

「うおりゃあああっ!」

 

 そんなことを考えていると、丁度外から奇声と共にドアの開く音がする。

 はやと先輩が外に出たらしい。なんだ、生きてた。

 

「はやと先輩、近所迷惑です」

 

 とりあえず、俺も外に出て騒ぐ先輩に注意する。

 折角、静かな夏休みを過ごしているというのに、アパートでも騒がれては元も子もない。

 因みに、実家に帰らない理由がそれでもある。帰れば、確実に母さんがうるさいからな。

 

「おう、今から俺はこなたの家に勉強しに行くんだ。早く涼みたいから邪魔すんな」

 

 はやと先輩は滝のような汗をタオルで拭きながら、駅前で配っている団扇を扇ぎ俺を睨む。

 目的が変わっているとか、タオルの乾いている箇所が見当たらないとか、そんなツッコミを入れる気力を失くす程やつれた顔をしていた。

 

「……すんません」

 

 それだけ言って、俺は部屋に戻った。

 関わりたくなかった。あの涼しさに飢えた目は、少しでも余計なことをすれば俺を殺しそうな勢いだったから。

 

 

 

 その後、暫く1人で夏休みの宿題に取り組んでいると、メールが入ってきた。

 

「相手は……小早川か」

 

 俺のメアドを知っている人間は少ない。

 両親を除けば、海崎さん、はやと先輩、かえで、さとる、岩崎、小早川の6人だけだ。最も、かえでは無理矢理登録させられたのだが。

 丁度キリのいいところだったので、俺はメールを確認した。

 

「……花火大会?」

 

 その内容によれば、岩崎の家の近くで明日花火大会があるらしい。

 かえでと岩崎は行くらしいが、俺もどうだとのお誘いだ。

 そのありがたいお誘いに対し、俺の答えは勿論決まっている。

 

「行かん」

 

 花火といえば騒音。そして人混み。ただでさえ暑いのに、爆音なんて聞いたら気が狂ってしまう。

 返信してすぐに、次のメールが来る。今度はかえでからだ。

 

〔えー、行こうぜ! 花火、綺麗じゃん! 出店もあるし、絶対楽しいぜ!〕

 

 いかにも奴らしい内容だった。ウザくて最後まで読む気になれない。

 

「黙れ」

 

 かえでにはそれだけ送っておいた。

 そういえば、小早川とかえでは同じ場所にいるんだろうか。

 確か、さっきはやと先輩は泉先輩の家に行くと言ってたっけ。なら、勉強会にかえでもいるのだろう。

 これ以上問答を続ける気もないので、俺は携帯をその辺に放って、冷えたお茶を取りに冷蔵庫に向かった。

 

 

☆★☆

 

 

 返信の来ない携帯を眺めながら、俺はやれやれと首を横に振った。

 現在、泉先輩宅にて憎き夏休みの宿題を片付けるべく勉強会が行われていた。

 そこで、丁度岩崎や高良先輩の家の近くで花火大会をやるという話題が出たのだ。

 

 夏といえば花火!

 友人や恋人、家族とわいわい騒ぎながら、夜空に咲く花を見る!

 これは参加しない訳には行かないと、俺は皆で行こうという意見に賛成する。

 この時、思い浮かべたのが捻くれた友人の姿だ。

 どうせ断るだろうな、と予測はしながらも小早川につばめへ誘いのメールを送るよう言った。俺が送っても「黙れ」で一蹴されるしな。

 

 で、結果としては見事に玉砕。小早川が誘ってもつばめは了解することはなかった。

 全く、付き合いの悪い奴だ。

 

「仕方ねぇ、今回はアイツは放っておこうぜ」

「うん。無理に誘っちゃ悪いよね」

 

 肩を竦め、俺は小早川に言った。小早川は残念そうだが、それに頷く。

 

「……何か、用があったのかもしれないし」

 

 岩崎は相変わらずの無表情だが、最近では内面の感情も分かるようになってきた。

 ってか、この2人は人を悪く言うってことを知らないよな。つばめの奴、絶対に用事なんてないぞ。

 

「んじゃ、ここにいるメンバーだけでってことで」

 

 話を聞いていた天城先輩が纏める。

 この場にいるのは俺達1年生3人と、先輩方が8人だ。メンバーが揃っている辺り、先輩達の仲が羨ましく思える。

 

「でも、場所遠いし有名だから人も来るでしょ? ゆたかちゃん大丈夫なの?」

「あー、そういやこの前も風邪引いてたみたいだしな」

 

 かがみ先輩と天城先輩が小早川を心配する。

 夏休みに入ってからそんなに会ってる訳でもないから、風邪の話は初耳だった。

 

「おいおい、病み上がりなら無理しない方がいいんじゃないか?」

「明日は暑いっていうし、やっぱり次の機会にしようか?」

「ううん、私のことは気にしなくていいから。いつものことだし……」

 

 俺と泉先輩も心配するが、小早川は首を横に振る。

 けど、小早川は体弱いしな。無理してぶり返したら大変だ。

 

「……保険委員の私が付いてるから大丈夫だよ……ゆたか」

 

 やっぱり花火大会への参加を辞めようかと言おうとした時、岩崎がふと言ってのけた。

 確かに、いつも保険委員として岩崎は付いててくれたしな。岩崎がいるなら、いくらか大丈夫だろう。

 

「そっか……そうだよね! ありがとう、みなみちゃん!」

 

 小早川は明るく、岩崎に礼を言う。

 そこで、俺はあることに気付いた。2人が名前で呼び合っていたことだ。

 確かに先輩方は岩崎のことを「みなみちゃん」って呼んでたからな。何時までも苗字呼びだと一種の壁を感じるし。

 よーし、それじゃ俺も!

 

「みなみだけじゃなくて、俺も頼っていいんだぜ! ゆたか!」

「え……うん、ありがとう! 霧谷君!」

「…………」

 

 思い切って名前で呼んだら、ゆたかは変わらず苗字呼びでしたとさ。岩崎に至っては頷くだけだし。

 まだそんなに親しくないってことか……悲しいねぇ。

 

 

 

 次の日。

 埼玉在住組は一緒に東京へ向かっていた。

 花火大会までの時間を高良先輩の家で過ごすことになっていた。

 揺れる電車の中、ゆたかはまだ平気そうにしていた。

 

「何かあったらすぐに言ってくれよ?」

「ありがとう、あきさん」

 

 俺が付いてなくとも、泉先輩と天城先輩が付いててくれてるけど。

 付き添い心配する姿は本当の兄妹のようだ。

 

「Zzz……」

 

 そんな光景とは裏腹に、はやと先輩は俺の隣の席でグースカと眠っていた。

 周囲で過保護なぐらい心配するのもアレだけど、ここまで緊張感がないのもどうかと。

 はやと先輩の更に隣には、つかさ先輩が座っていた。

 

「つかさ先輩」

「ん、何?」

 

 俺は前々から気になっていたことを聞く為、つかさ先輩に声を掛けた。

 

「つかさ先輩とはやと先輩は、付き合ってるんですか?」

「……ふぇぇぇっ!?」

 

 数瞬の間をおいて、つかさ先輩は爆発したかのように顔を一気に真っ赤にして、大声で驚いた。

 この人のリアクション、面白いな。

 

「そ、そ、そな、何で……!?」

 

 金魚のように口をパクパクさせながら、つかさ先輩は答えに困っているようだった。

 いやまぁ、天城先輩と泉先輩という例もいるし。

 それに、はやと先輩と話すつかさ先輩の笑顔はとろけてるように見えるし、はやと先輩も俺達相手じゃ見せない笑顔を浮かべる。2人の仲が特にいいのは確実だろう。

 

「わ、私とはやと君は、そんな関係じゃっ! 絶対そんなんじゃっ!」

 

 必死に弁明するつかさ先輩の姿は面白いけど、こうも一生懸命否定されると、はやと先輩が可哀想になるな。どう見ても脈はありそうだけど。

 

「はいはい、分かりましたから。ご馳走様」

「う~……」

 

 とりあえず、まだ軽くパニくっているつかさ先輩を宥めた。ここまで騒がれると、他の乗客の迷惑にもなるし。

 ……そっか。奔放なはやと先輩にも、こんな相手がいるんだな。

 

 

 

 高良先輩の家は、流石東京の一軒家だけあって豪華だった。

 これがお嬢様の家か、と思ったら高良先輩はお嬢様じゃないんだとか。

 いや、俺達庶民からすれば十分お嬢様なんだけど。

 

「……ゆたか、大丈夫だった?」

「うん、平気だよ」

 

 先に上がっていたみなみは、早速ゆたかの心配をしていた。

 今のところゆたかも具合悪そうにはしてないし、大丈夫だろう。

 

「迷わず来れた?」

「まぁな……こなたの手書き地図より遥かにマシだし」

 

 居間では、これまた先に着いていた檜山先輩が天城先輩と話していた。

 高良先輩の家までの道程は、高良先輩自身が書いてくれた地図に従って来た。これがまた綺麗な字と絵で、俺でも相当分かりやすく書いてあった。

 天城先輩の話に檜山先輩が苦笑する辺り、泉先輩の地図は相当酷かったんだな。今度見せてもらおう。

 

「みちるの家で見慣れていたと思ってたが……ダブルで来るとは」

 

 そして、端っこではやと先輩が何故か打ちひしがれていた。

 実は、高良先輩の隣に岩崎の家もある。それはここに負けないぐらい大きく豪華な家だった。

 庶民なら一度は憧れるからなぁ、こんな広い家で暮らすのは。

 

 

「いらっしゃい。はい、どうぞ~」

「わぁ、ありがとうございます」

 

 全員が椅子に座ると、高良先輩のお母さんがメロンを切り分けて持って来てくれた。

 外見はウェーブが掛かったピンクの髪に細目の女性で、とても高校生の母親とは思えない程若い。

 だが、何よりスタイルのよさとおっとり加減が高良先輩の家族であることを良く表している。

 

「あら? 足りてるわよね?」

 

 全員にメロンが行き届くと、高良先輩のお母さんは首を傾げる。

 確かにちゃんと全員分あると思うんだけどな。

 

「お母さん、もしかして自分も数えてません?」

「え?」

 

 高良先輩がお母さんの疑問に答える。なるほど、自分の分を頭数に入れていたのか。

 

「あら、本当ね」

 

 改めて人数を数えると、お母さんは本当に自分を入れた12人で考えていたらしかった。

 お茶目な間違いに上品に笑う高良親子に、改めて遺伝を感じる俺達だった。

 

 

 

「しっかし、あれですなぁ」

 

 花火大会の場所へ行くまでの道中。俺は先頭を歩く女子達を見ながら、天城先輩に話し掛ける。

 

「こういうのを眼福って言うんですかね?」

「おうともよ」

 

 目の前を歩く女子全員が、綺麗な浴衣姿だったからだ。

 本当は電車に乗る前から泉先輩達は浴衣だったのだが、岩崎と高良先輩が加わったことで彩りを増したのだ。

 

「こなた達は去年も見たけど、ゆたかちゃんとみなみちゃんもよく似合ってんな~」

 

 後輩2人をまじまじと見る天城先輩。

 ゆたかは背丈の所為で子供っぽく見えるけど、みなみは女性らしい服装のおかげでスレンダーな美人に見える。

 

「特にゆたかちゃんとこなたはお持ち帰りし」

「ふんっ!」

 

 如何わしい台詞を吐こうとした天城先輩だが、突如飛来した下駄が顔に減り込んで遮られてしまう。

 

「いやぁ、ゴメンゴメン。あき君の顔に蚊がいそうだったから」

「こなたさん、推測で下駄を飛ばさないでください。リモコン下駄じゃないんだから」

 

 飛ばした張本人である泉先輩は何食わぬ顔で下駄を拾いに来た。

 彼氏の顔に平気で下駄をぶつける泉先輩もすごいけど、怒りもせずに対応する天城先輩もある意味すごい。

 

 

 と、楽しく会話しながらも場所に到着する。

 有名な花火大会だから人が多くいることは予想済みだったが、それ以上に混雑していた。

 美味しそうな匂いを出す出店、笑顔で花火が上がるのを待つ人々。

 いいね、これぞ祭の空気だ。

 

「うへぇ、俺人混み嫌いなんだよ」

 

 テンションがあがる俺の隣で、はやと先輩がウンザリするような声を上げる。

 はやと先輩でこの反応なら、騒音嫌いなつばめがこの場にいたら発狂してたろうな。

 

「つかさ、去年みたいにはぐれんなよ」

「あ、うん」

 

 しかし、嫌そうにしつつも、はやと先輩はつかさ先輩の傍による。

 この様子で何もないって言われてもなぁ……。

 

 先輩方がそれぞれ祭の空気を楽しんでる中、俺はすぐに微妙な空気を察した。

 

「ゆたか、大丈夫?」

「うん、平気だよ……?」

 

 ゆたかの顔色が悪くなっていたのだ。

 やっぱり祭の空気に当てられたのか、学校で保健室に行く一歩手前の表情をしている。

 丁度傍にいたみなみが心配するも、ゆたかは平気そうに振舞おうとしていた。

 

「先輩方! 俺達ちょーっと持ち合わせが足りないんで、向こうの方で涼んでますわ!」

 

 俺はこの空気を壊さないように、先輩達に話を付ける。

 ゆたかの具合が悪くなった、なんて知られれば泉先輩達は心配するだろう。

 それでは、皆の笑顔は忽ち消えてしまう。

 

「……そうだな。学年別で行動すんのも悪くねぇ」

「向こうでも花火は見えますし」

「ではでは」

 

 はやと先輩と高良先輩に相槌を貰い、俺はゆたかとみなみを連れて人の少ない方へ向かった。

 

 

 

 丁度良く空いていたベンチを見つけて、俺達はゆたかを寝かせる。

 

「ゴメンね、2人共……」

 

 みなみに膝枕をしてもらい、ゆたかは申し訳なさそうに謝る。

 折角の祭を自分が邪魔している。そんな風に考えているのかもな。

 

「みなみ、お前は戻っていいぞ」

「え……」

「ゆたかには俺が付いてるから、祭を楽しんで来い」

 

 なら、その不安を1つでも取り除かないとな。

 俺は真面目な口調でみなみに戻るよう言った。

 

「ううん、私が付いてるから……」

 

 が、みなみは首を横に振る。むしろ、私がいるから俺の方こそ戻れとでも言いたげだ。

 

「皆の笑顔を消さないようにするのもスマイルメイカーだ。お前等を残して遊んでられるかよ」

 

 そう、笑顔を作ることだけが俺の役目じゃない。

 折角皆が笑っているところを邪魔するなんて持っての外だから、先輩達にさっきみたいな言い訳をしたんだし。

 

「それに女の子2人だけを残すなんて、男として出来ないね」

 

 そういうと、珍しくみなみが目を大きく見開く。俺がそんなことを言うのが意外だったか?

 

「ありがとう、みなみちゃん、霧谷君」

 

 ゆたかは漸く笑顔を見せ、俺達に礼を言う。って、まだ苗字呼びか。

 

「ううん……ありがとう、かえで」

 

 一方、みなみは顔を伏せたままだが、しっかりと俺の名前を呼んでくれた。

 これで、みなみとより仲良くなれた。心の中から喜びが込み上げてくる。

 

 その時、頭上に大きな花火が上がる。すぐに消えてしまうが、次々と様々な色や形の花火が上がりだした。

 

「わぁ……」

「綺麗……」

 

 色鮮やかな花火に、女子2人は目を輝かせる。

 祭の騒々しさと離れた、他に誰もいない俺達だけの空間。こんなのも、悪くないかもな。

 次の機会があるなら、つばめも引っ張り出して来たいものだ。アイツの暗い心も、もしかしたら照らせるかもしれないし。

 

 

 

「おーい、綺麗だったねー」

 

 花火が終わると、別所で見ていた泉先輩達がやって来た。

 

「蚊が多かったけどな」

「ゆたかちゃん達は刺されなかった?」

 

 冬神先輩と天城先輩の言う通り、先輩方は蚊に刺されたようで腕や膝を掻いていた。

 蚊も夏の代名詞だもんなー。

 

「え、うん。私達は刺されてないよ」

 

 ところが、俺達3人は蚊の被害に遭ってなかった。こっちにはいなかったんだろうか。

 

「あー、蚊に刺されやすい人と刺されにくい人っているよね」

「いやぁ、蚊も空気を読んだんじゃない?」

 

 つかさ先輩の言う通り、俺達が刺されにくい部類だったのだろうか?

 どうせなら、俺は泉先輩の方で考えたいね。友情パワーで撃退! みたいな。

 

「さて」

 

 俺はさっき撮った、花火とゆたかとみなみの画像をつばめに送った。

 来年はお前も連れてくぞ、と言葉を入れて。

 返事はすぐに来た。

 

〔考えておく

 

 

 

と言うとでも思ったか?〕

 

 何ともつばめらしい返信に、俺は苦笑する。

 はやと先輩の言う通り、やっぱつばめを笑わせるのは相当骨が折れそうだ。

 




どうも、雲色の銀です。

第10話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は花火大会の話でした!
原作ではゆたかとみなみが名前で呼び合うようになる貴重なエピソードでしたので、かえでもその中に組み込んじゃいました!
ゆたかからは相変わらず苗字呼びですが(笑)。

そして、イベント不在の1年側主人公ェ……。

次回は、夏休みのある日常です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話「静寂を望むもの」

 真っ暗な空間。

 騒音も何者もない、俺だけの世界。

 

 俺は、その場所にただ佇んでいた。

 

 何もしない。何もしなくてもよい。

 誰かの話し声も、視線も、気にすることはない。俺にとって非情に心地良い場所。

 

 が、俺の平穏は突然破壊される。

 

 

「……つ……めく……」

 

 

 ノイズの掛かったような、変な声が聞こえる。その声は少女のもののようで、俺を呼んでいる風だった。

 俯いていた俺は声を聞き、顔を上げて周囲を見回す。

 

「……ばめ君……」

 

 また、俺を呼ぶ声が聞こえた。

 俺の予想が正しいのなら、声の主は俺が知っている人物だ。

 周囲をキョロキョロと探すが、俺の目には真っ黒な背景が映るのみ。

 

 

「つばめ君」

 

 

 今度ははっきりと聞こえた。

 即座に後ろへ振り向くと、声の主はそこに立っていた。

 が、俺の予想は外れていた。

 

 

「小早川……?」

 

 

 そこに立って呼んでいたのは、俺の想像していた人物ではなく、クラスメートの女子。

 だが、聞いた声は確かに「アイツ」の声だった。

 どうして小早川があの声で、しかも俺の名前を呼んでいたのか。

 そんな疑問を気にしないかのように、小早川は真っ黒な空間で、俺を笑顔で見つめ続ける。

 

 

「――」

 

 

 小早川は何かを言おうと口を動かすが、俺にはその声は聞こえなかった。

 

 そして次の瞬間、小早川のいた場所を車が通り過ぎていった。

 肉が潰れ、骨が折れる音が俺の耳を劈き、小早川の血が黒い背景を紅く染めた。

 

 

 

 

「っ!!」

 

 声にならない悲鳴を上げ、俺は飛び起きる。

 周囲は真っ黒の空間ではなく、アパートの部屋だった。

 窓からは熱い日差しが降り注ぎ、俺の隣の扇風機が首を振りながら風を送っている。

 

「……夢、か」

 

 滝のような汗を掻き、俺は現実に戻ってきたことを確認する。

 

 少しは涼しい朝の内にと、俺は夏休みの宿題をやっていた。

 が、次第に集中力が途切れていき、何時の間にか寝てしまっていたようだ。

 

「くそっ、嫌な夢を見た」

 

 俺ともあろうものが、あんな悪趣味な夢を見るなんて。へばり付いた汗の気持ち悪さと合わせて、顔を顰める。

 この汗が暑さから来るものだけなのか。それとも、悪夢を見たことで冷や汗も掻いたのか。

 

「……昼、まだだったな」

 

 時計を見ると、時刻は12時をちょっと過ぎたところ。

 気持ち悪い汗をシャワーで流してから、飯を食いに行こう。

 落ち着きを取り戻した俺は、やりかけの宿題を閉じて風呂場に向かった。

 

 

 外着に着替え、街まで自転車を扱ぐ。

 途中のコンビニで弁当を買って帰ってもよかったのだが、冷蔵庫の中身が空なのに気付き、買い物ついでに外食で済ませることにした。

 

 外は相変わらずの夏らしい熱気に包まれ、セミが喧しく鳴いている。俺にとっては害虫に等しい煩さだ。

 セミだけではない。旅行者を乗せた飛行機も、祭の太鼓も、花火も。煩いものは全て俺の敵だ。

 夏休みに入り、かえでと頻繁に会わなくなって少しは静かに過ごせるかと思ったら、夏は騒々しさのオンパレードだ。

 

「……チッ」

 

 体を蝕む暑さと、セミの煩さに俺のイライラは募る一方だった。

 

 

 

「ありがとうございましたー」

 

 ハンバーガーで簡単に昼食を済ませ、俺はスーパーへと自転車を走らせようとした。

 

「観察結果、つばめはピクルスを抜いてハンバーガーを食べる」

「ダメだねー、好き嫌いは」

 

 俺の後ろを付いて来るコイツ等さえいなければ、もう少し落ち着いて食事が出来たものを。

 店の中で、俺はかえでとさとるに出くわしてしまったのだ。

 席も丁度空いているからと強引に引き摺られ、普段の教室と変わらないような状態になった。

 

「おいおい、そんなに慌てて帰るような用事もないだろう」

「お前等と無駄話をする用件もない」

 

 特に、かえでの無駄に喧しい話は休みの日にまで聞きたくもない。

 

 食事中も、かえでは俺が蹴った花火大会の話を延々としていた。

 

「いやー、花火もそうだし、みなみやゆたかの浴衣姿も綺麗だったぜ!」

「ゆたか……浴衣……ぷっ」

 

 携帯で撮った画像を見せるかえでだが、さとるは意味不明な箇所で腹を抱えていた。コイツの笑いのツボは本当に何処にあるのか分からない。

 そんなことより、何故かかえでは小早川と岩崎を名前で呼んでいた。あの日に仲良くでもなったのか?

 

「そうそう! 俺達親睦を深めて、名前で呼び合うようになったんだぜ!」

 

 人が気になったところをタイミングよく話すな。気色悪い。

 

 こんな風に、俺がハンバーガーを齧っている間もかえでは小早川や先輩達と楽しんだ話を続けていた。

 

「オイ、待てって!」

 

 かえでを無視して自転車に乗る。

 食事を邪魔されたんだ、これ以上話を聞いてやる義務もない。

 

「小早川ゆたか」

 

 ふと、さとるが呟いた言葉に、ペダルを踏んだ俺の足が止まる。

 

「その反応、ゆたかと何かあったのか?」

 

 油断していた。さとるが他人の考えを読めることを忘れていた。

 小早川の名前を出される度に、昼間の夢が俺の頭を過ぎる。だからか、無意識の内に反応していたらしい。

 

「何だ、喧嘩か?」

「……違う」

 

 かえでの問いに首を振る。

 喧嘩どころか、休みに入ってから小早川には会っていない。それなのに、何故アイツが夢に出てきたんだ……。

 

「とにかく、俺はもう行くぞ」

「あ、ああ」

 

 俺の異変を感じ取ったのか、珍しく大人しく引くかえで。

 

「……悪い、またな」

 

 少しばかり罪悪感を感じたのか、俺は去り際にそう言って自転車を走らせた。

 

「……信用ないなぁ、俺達も」

「つばめの信用を得るのは、簡単じゃない」

 

 

 

 スーパーに着いても、イライラが収まらない。

 蒸し暑いのも、セミがうるさいのも、かえで達に会ってしまったのも、全てあの夢の所為にすることにした。

 

 大体、何であの夢に出て来たのが小早川なんだ?

 初めに聞こえた声は確かに「俺が知っている別の人間」のものだった。なのに、最後に姿を現したのは笑顔の小早川。

 自分で見た夢なのに、訳が分からなくなる。

 

「……ん?」

 

 考え事をしていたからか、すっかり目当てである卵売り場を通り過ぎてしまっていた。

 俺は一旦考えを捨て、残ったパックに手を伸ばす。

 しかし、別方向から伸びた他人の手とぶつかりそうになった。同じパックを取ろうとしたらしい。こんな偶然があるんだな。

 

「すみませ……あっ!」

 

 相手は慌てて、こちらに謝ってくる。

 が、聞き覚えのある声に俺の表情は固まった。

 その声は今、一番俺が聞きたくなかった人物のものだったからだ。

 

「奇遇だね、湖畔君」

「ああ……そだな」

 

 顔を赤くしながらも微笑む小早川に、俺は今日という日を呪った。こんな偶然あってたまるか。

 

 

 

「湖畔君も、よくあのスーパー使うの?」

「まーな」

 

 何の因果か、俺は少なくとも今日一日会いたくなかった人物と何故か帰り道を共にしていた。

 まさか、小早川もあのスーパーを利用していたなんてな。

 

「そっか。安いもんね」

「近いし、この辺よく知らんからな」

 

 これがかえで相手だったら、邪険にして即帰ることが出来ただろう。

 だが、小早川はそうもいかない。かえでと違って煩くもないし、性格も悪い女ではない。

 おまけに体が弱く、俺が去った後に体を崩されたら溜まったものではない。

 

「え、そうなの?」

「俺、アパートで1人暮らしだから」

 

 話の流れが、何時の間にか俺の身の上話になっている。

 ここまでくれば、もうどうにでもなれと思えてしまう。

 

「実家も埼玉?」

「いや、東京」

「帰らないの?」

「帰る気が起きない」

 

 小早川の質問を淡々と返していく。普段なら、ここまで質問されれば黙れと返すんだが、今はそんな気すらない。

 こんなことになるなら、帰省しておけばよかったと少しは思った。

 

「……じゃあ、私が案内しようか?」

 

 少し間を置いてから、小早川が今度は提案をする。

 この辺の案内か……。確かに、スーパーまでの道は1つしか知らないし、他にどんな店があるかも分からない。

 

「別にいい」

 

 俺は小早川に一瞥もくれてやることなく、申し出を断った。

 いくら小早川がいい奴だとしても、付きまとわれるのは今日だけで十分だ。

 

「そ、そう? ゴメンね、迷惑だった?」

 

 小早川は残念そうな声で、逆に謝る。

 俺の数少ない良心が罪悪感に駆られるが、それでも小早川の顔を見ようとしなかった。見れば、あの悪夢を思い出してしまう。

 

「……私といるの、嫌だった?」

 

 声のトーンが低いまま、小早川はポツリと呟く。

 

「何でそう思う?」

「だって、さっきから湖畔君、私のこと見ようとしてないから……」

 

 ……今日はつくづく、行動が裏目に出る日だ。

 ここまであからさまに避けられれば、小早川も不安になる。こんな単純なことにも気付かないなんて。

 

「お前は何もしてない。個人的な事情……いや、我侭だな。悪かった」

 

 素直に否を認めて謝る俺に、小早川は目を点にする。

 俺が謝るなんて、滅多にない光景だからな。驚くのも分かる。

 

「……私、ずっと湖畔君に迷惑かけてたんじゃないかって思ってた」

 

 俺がやっと小早川の方を見ると、顔を俯き落ち込んでいる様子だった。

 

「授業のノートもいつも写させて貰ってるし、勉強会でも頼りっぱなしだったから」

 

 確かに、俺がコイツの面倒を見る機会は多い。けど、俺以上に岩崎という保護者もいるし、迷惑度ならかえでの方が圧倒的だ。

 

「それに……湖畔君、自分のこととかあまり話してくれないし、いつも不機嫌そうで」

「怖い、か」

 

 俺の言葉に小さく頷く小早川。

 意外だった。いや、よくよく考えて見れば、それが普通の反応だった。

 俺は誰かに近寄って欲しくなかったから、嫌われるような態度を取っている。なのに、小早川やかえで達は気にせず俺の周囲にいる。

 最初は何故かと不思議に思っていたが、何時の間にかそれが普通になっていた。

 

 孤独と静寂を望んでいた俺が、他人に囲まれている環境を当然のように感じていたのだ。

 

「……甘え、だったのかもな」

 

 望んでいなかった結果に、俺は言葉を漏らす。

 俺がいくら噛み付いても、アイツ等は離れない。そんな甘えが、何処かに出来ていた。

 

「湖畔君?」

「俺は、お前を迷惑だと思っていない」

 

 俺は小早川に向き合って話す。

 もう離すことの出来ないものならば、付き合い方を改める必要がある。

 

「やっぱ、この辺のことを教えてくれるか……ゆたか」

 

 前言を撤回し、俺はゆたかに頼み込む。

 この時ばかりはかえでに習うことにした。名前を呼べば、より親しくなれるらしいからな。

 

「う、うん! 勿論だよ、つばめ君!」

 

 小早川は目を見開き、満面の笑顔で大きく頷いた。

 

 

 昼間に見た夢は一体何だったのか、俺には分からない。

 ただの悪夢なら気にすることはないのだが、鮮明に残る嫌な光景は俺の心に小さな影を残した。

 

 

☆★☆

 

 

「……出番はいらないな」

 

 帰っていくつばめ達を物陰から見つめながら、俺は肩を竦めて呟く。

 スーパーに買出しに行ったところ、つばめとゆたかの姿を見かけたので、後を付けて来たのだ。

 特につばめの様子が、明らかにゆたかを避けているのが気になってな。

 

「ま、アイツなりの成長ってところか」

 

 仲介役として出て行く必要もなくなり、不安要素が消えたので、お邪魔虫にしかならない俺はさっさと退散することにした。

 その時、ポケットの中の携帯がブルブルと震える。

 

「もしもし?」

〔あ、はやと君? よかった、繋がって~〕

 

 電話の向こうの声はつかさのものだった。

 繋がる度に安心されるのもどうかと思うが。まぁ電話に出ないこっちが悪いんだけど。

 

「何か用か?」

〔あ、うん! 去年みちる君の別荘に行ったよね?〕

 

 あぁ、確か海でコイツに泳ぎを教えてやったり、洞窟探検したな。

 

「覚えてるぞ」

〔今年もまた行かないって話が出てるんだけど、はやと君も行くよね?〕

 

 なるほど。避暑地としても最高だったしな、あそこ。

 勿論、行かない理由なんてあるはずもなく。

 

「約束したろ。クロールと平泳ぎ、みっちり叩き込んでやるって」

〔あはは……お願いします〕

 

 受話器の向こう側で苦笑しているのが用意に想像でき、思わず笑みが零れる。

 その後、詳しい日程等を全員で話し合うと聞いて、電話を切った。

 

「夏の思い出、か」

 

 今年はどんな出来事が起こるのか。もしかしたら、俺にとってのチャンスが来るかもしれない。

 期待に胸を膨らませ、俺は家路に付いたのだった。




どうも、雲色の銀です。

第11話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はつばめの夏休みでした。
そして、名前呼びイベントの延長戦でもあります。
これでつばめももう少しは丸くなってくれる……はずです(笑)。

あの悪夢については、実はつばめの根幹に関わってきます。
夢の中とはいえゆたかを車で轢いてしまい、ファンの皆様すみませんでした!

次回は、別荘リターンズです!1年陣は暫く出番がありませんのであしからず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話「二度目の旅行」

 去年の夏の一大イベント。それが、いつものメンバーでみちるの別荘へ行くことだった。

 2泊3日の旅行の中で、泳ぎを教えたり、バーベキューをしたり、近場の洞窟探検なんてこともやった。

 俺にとっては全てが初めての体験で、内心かなりワクワクしていた。

 特に、つかさとの仲をここでかなり縮められたと思っている。

 

 

 

 そして、今年の夏。

 俺達は、再びこの場所に来ていた。

 

「海よ! 私は帰ってきたぁぁぁぁっ!!」

 

 去年と同じく別荘に着いて早々、海水浴を楽しむことになった。

 で、先に着替え終わった男子陣が海を眺める中、テンションの上がったあきは大きく叫んでいた。

 その叫び、以前も何処かで聞いたぞ。

 

「元気な奴だな」

 

 一方、体力のないことに定評のあるやなぎは、やや疲れた表情であきに冷たい視線を送る。

 ま、車での長旅だったからな。やなぎでなくとも疲れる。

 

「ご苦労様です、たけひこさん、海崎さん」

「いやいや」

 

 そして、一番疲れているであろうドライバー2名はビーチチェアの上で休んでいた。

 みちるが労うと、従兄のたけひこさんは手をヒラヒラと振った。

 去年同様、ドライバーを快く引き受けてくれたたけひこさんには頭が上がらない。

 

「ちゅーか、女子高生の水着を拝めるならこれぐらい」

 

 もう1人のドライバー、海崎さんは相変わらず水着のことしか頭になかった。

 まったく、この人は労う気になれない。

 

 

 水着の男達が浜で突っ立っていると、そこへ漸く女子組が到着する。

 

「皆ハシャいでるね~」

 

 一番乗りであるこなたの水着は、去年と変わらずスクール水着。

 以前驚いたからか、今回はそこまで驚きはしなかった。つーか……。

 

「まるで成長していない」

「うっ……」

 

 俺の言葉に、こなたも流石に顔を引きつらせる。

 およそ6年前の水着が違和感なくフィットしていること自体が既におかしい。

 

「いやね、そろそろキツくなったりしてるかなぁ、なんて思ったんだけど……」

 

 こなたも未だにスク水が難なく着こなせることがショックのようだ。

 いや、だったら新しい水着買えよ。

 

「甘いな、はやと」

 

 すると、あきが横槍を入れてくる。何だよ、甘いって。

 

「スク水にも需要はあるんだよ! 可愛い彼女が初々しさを感じさせるスク水姿……いいじゃないか!」

 

 そりゃテメーだけの需要だ。

 女子高生の水着がお目当ての海崎さんですら、こなたのスク水にはコメントしづらそうだし。

 

 結局、この後こなたは水着を買い換えることを決めたようだった。

 あきは残念そうだったが、心底どうでもいい。

 

 

 

 次にやって来たのはかがみ。

 前回は団子にしていた頭をポニーテールにし、水着も赤いワンピースから、紅葉柄の入ったホルターネックの赤いビキニになっていた。

 やはり彼氏の前だからか、張り切っているようにも見える。

 

「やなぎ……似合ってる?」

 

 予想通り、かがみは水着の色と同じくらい顔を赤くしながら、やなぎに尋ねていた。

 特に腹の辺りが気になるらしく、手で隠している。

 

「あぁ……すごく可愛い」

 

 対するやなぎも、顔を真っ赤にして彼女の水着を褒めていた。

 付き合ってもう半年以上は経つってのに、初々しいねぇ。

 

「聞きました? こなたさん」

「勿論だよ、あっきー。かがみんたらデレまくっちゃって」

「初々しい! 実に初々しい!」

 

 その横では、バカ2人が桃色空間を茶化していた。

 自分達のことは棚に上げて、よく言うもんだ。

 

「こぉ~なぁ~たぁ~!」

「あき、ちょっとそこに直れ」

 

 案の定、ツッコミカップルは冷やかしにブチ切れて浜辺の鬼ごっこが始まるのであった。

 

「……浜辺の追いかけっこって、もっとロマンチックなものだと思ったんだけど」

 

 たけひこさんの言う通り、こういうのは恋人同士でやるのがセオリーなんだが……まぁいいや。俺達にとっては日常的な光景だし。

 

 

 

「お待たせしました~」

 

 そして、遅れてつかさとみゆきがやってくる。

 みゆきは前回同様に桃色の髪をサイドポニーに結び、白いビキニパンツの上に上着を羽織っている。

 正直に言えば、モデルでもやっていけそうなスタイルが他の女子との差を大きくつけている。

 

「みゆきちゃん、グッド!」

「ふぇっ!?」

 

 みゆきにいち早く反応したのは、海崎さん。

 去年も見た筈なのに親指を立てて大喜びだ。この人連れてくるんじゃなかった。

 

「みゆきちゃん綺麗だね、みちる」

「うん、とっても可愛い」

 

 たけひこさんはニコニコとみちるに話題を振る。

 が、その意図を把握していないみちるは平然とみゆきの水着の感想を述べた。

 コイツ、ひょっとしてわざとやってんじゃないか?

 

 

 

 最後につかさの水着だが、ホルダーネックの黄色いトップスに緑色のスカートだった。

 他の連中と比べれば、ヒラヒラ付きで悪く言えばまだまだ子供っぽい感じだ。

 

 が、惚れた弱みとも言うべきか、この中ではダントツで良いと思えた。

 

「新しくしたのか」

「うん、この前お姉ちゃんと一緒に買いに行ったんだ。似合ってるかな?」

 

 ニコニコと水着姿を見せてくるつかさ。

 腋、胸、へそ、足。目のやり場に困り、俺は思わず目を泳がせる。

 

「い、良いんじゃねぇか?」

「そう? ありがとう、はやと君」

 

 無難な言葉で褒めてやると、つかさは嬉しそうに微笑んだ。

 あーもう、今から泳ぎ教えるのにペース掴まされてどうすんだ、俺!

 

「行くぞ! ビシバシ鍛えてやる!」

「ふぇっ!?」

 

 顔が熱くなるのを感じながら、俺はつかさの手を掴んで前に教えていた場所へとズカズカ歩き出した。

 

 

「いいか、クロールってのは足だけじゃダメだ。腕で水を掻いて速く進むんだ」

 

 海に浸かり、クロールに必要なことを説明する。

 水の中なら水着を気にしなくていいしな。それでも若干早口になってしまうが。

 

「まずは腕の回し方と息継ぎから練習した方がいいだろ」

 

 俺は手本を見せるべく、立ったまま上半身を水に付けて腕を回した。同時に、顔を横に向けて息継ぎもする。

 だが、その時に思わぬハプニングが俺を襲った。

 

「お~」

 

 俺の動きをつかさが横で見つめる。

 すると、息継ぎをした瞬間に俺の眼前に映るのは、先程まで意識してしまっていたつかさの水着な訳で。

 

「ぶほぉっ!?」

「はやと君!?」

 

 油断した俺の鼻に海水が入り、哀れ立ったまま溺れてしまったのであった。

 我ながら何やってんだか、全く。

 

「ゲホゲホッ! こ、こんな感じだ……」

「違うよね!?」

 

 むせながらも教えようとする俺に、つかさがツッコミを入れる。

 情けなくて涙が出るぜ。溺れた所為でもう出てるけど。

 

 

 序盤から情けない醜態を見せたものの、その後は普通にクロールのやり方を教えることが出来た。

 つかさも最初は息継ぎが難しいようで、立ったまま上半身の動きを覚えていた。

 

 あんな無様な姿を見せたんじゃ、告白なんて出来る訳ないよなぁ。

俺は練習するつかさを見ながら、心の中で呟く。

 

 この旅行で一つ、決めていたことがあった。それは、そろそろつかさに告白することだ。

 三年になってから告白出来るタイミングを狙っていたんだが、決まって誰かに割り込まれる。

 このままではいけない。そこで、この旅行を利用させてもらうことにした。

 ここでなら、つかさと2人きりになれる時間が多いはず。現に今、俺達は浜辺に2人でいる。

 

「はやと君、そろそろ泳いでみるね」

 

 上半身のみの練習を終えたつかさは、いよいよ本番に入るようだ。

 俺が頷くと、つかさは息を深く吸い込み泳ぎ出した。

 バシャバシャと海水を腕で掻きながら、足をバタつかせる。その姿はまるで……。

 

 

「溺れてるみたいだな」

 

 

 腕と足の動きがバラバラな為、つかさは1ミリも進んでいなかった。

 必死に水を掻く姿は、溺れている人そのものだ。

 やがて水飛沫は止み、つかさは浜に打ち上げられていた。息が荒いことから、息継ぎも忘れていたようだ。

 

「休憩か?」

「う……うん……」

 

 先程自分が溺れたので、特にからかうこともなく俺はつかさを浜から引き摺り上げてやった。

 前途多難だな、色んな意味で。

 

 

 

 日が暮れ、今日のところは皆引き上げることとなった。

 

「綺麗~」

 

 夕陽が沈んでいく海をつかさはうっとりと眺める。

 黄昏色の光が瞳を照らし、海風が濡れた紫色の髪を靡かせる。

 綺麗なのはお前の方だ、と思った。

 

「つかさみたいだな。沈んでいくところが」

「は、はやと君~!」

 

 その想いを口に出来ないのが俺だ。

 一瞬口を開きかけ、出て来た言葉がどうしようもない皮肉で。

 雰囲気を台無しにされ、つかさは頬を膨らませる。

 

「冗談だよ」

 

 つかさを宥めるように笑い、俺は他の連中の元へ歩き出した。

 本当、どうしようもない。

 

「進展はありましたかい?」

 

 合流するや否や、あきがニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら訪ねてくる。

 コイツはコイツでこなたとハシャぎまくったんだろうな。

 

 

「いや、ダメだな」

 

 

 泳ぎの意味でも、あきの問い掛け通りの意味でも。

 俺は敢えてどちらとも取れるような言葉ではぐらかした。

 

 

 

 別荘に戻ると、夕食前に一風呂浴びることとなった。

 

「はぁ、いい湯だ」

 

 相変わらずの大浴槽に浸かりながら、泳ぎ疲れた体を癒す。

 この別荘、マジで旅館として売り出せば大儲け出来るぞ。

 

「全く、懲りない奴だ」

「いや、男のロマンだろ!」

 

 ゆっくり肩まで浸かる俺の横では、またもや女湯を覗こうとしていたあきが、やなぎから説教を受けていた。

 今回はかがみがやなぎの恋人になってるからな、許す訳ないだろう。ってか、あきにもこなたがいるはずなんだけどな。

 

「俺は普通にビキニですね」

「いやいや、競泳水着のボディーラインも中々!」

 

 それが分かっているからか、海崎さんとたけひこさんは覗きをせずに好みの水着談義をしていた。

 海崎さん、競泳水着が好みなのか……別に知りたくなかった。

 

「あ」

 

 その時、予期せぬ事件が起こった。

 体を洗い終わったみちるが固形石鹸を踏んで、滑ったのだ。

 鈍い音が浴場に響き、話し声が止む。これがあきだったら気にしないんだが。

 

「みちるっ」

「……お」

 

 声を掛けると、みちるはすぐに起き上った。しかしこの感覚、嫌な予感しかしない。

 

 

「女湯覗かせろぉぉぉぉっ!!」

 

 

 今の拍子に頭を打ったらしく、うつろが出て来てしまった。

 予想通りの展開に、俺達は顔を顰める。

 

「な、何だ!?」

「アチャー……」

 

 この中でうつろのことを知らない海崎さんは目を点にして驚き、たけひこさんは知っているらしく顔を手で覆って呆れていた。

 うつろは脅威のスピードで桶を積み上げ、女湯を覗こうとしていた。出て来て早々、何してんだコイツは。

 

「海崎さん、説明は後! コイツ止めんの手伝え!」

 

 俺達は慌ててうつろを引き留めようとするも、暴れて手に負えない。

 

 その時、俺の頭には入浴中のつかさのイメージが浮かぶ。

 もし止めきれなければ、コイツにつかさのあられもない姿を見られてしまう。

 

 

「させるかぁぁぁっ!」

 

 

 つかさの裸を見られてたまるか。

 俺はその辺にあった石鹸をうつろの頭にブン投げた。

 石鹸はスコーンという音と共にクリーンヒットし、うつろを気絶させた。防がれなくてよかった。

 

「ったく……」

 

 うつろが沈黙したことを確認し、周囲はドッと疲れが湧いたかのように座り込んだ。

 うつろだけは手に余るよ、まったく。

 

 そして、俺は未だに無事な女湯側に目をやる。

 やっぱ、あの天然娘を放っては置けないな。

 

 俺は決意を固めるべく、湯を救って顔に浴びせる。

 らしくないことは分かっている。

 けど、もう決めた。

 

 俺はここで、つかさに好きだと伝える。

 




どうも、雲色の銀です。

第12話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は別荘への旅行回、序盤でした。

この旅行で、はやとはいよいよつかさへの想いを固めます。2nd Seasonに入って漸く、はやと個人での活躍ですね。
果たして、はやとはつかさに想いを告げられるのか?その結末は?

では、次回をお楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話「星屑」

 今はもう何時になったんだろう?

 明かりのない部屋で皆が寝静まっている中、私だけが寝付けないでいた。

 

 私達はみちる君の別荘に遊びに来ていた。

 初日の今日は、去年の約束通りはやと君はクロールを教えてくれたり、大浴場でみちる君がうつろ君になって騒ぎになったり、バーベキューを楽しんだりした。

 その後、遊び疲れたのか皆すぐに寝ちゃったんだけど……。

 

「寝れない……」

 

 私だけ、どうしても気になることがあって眠れなかった。

 私は隣の部屋がある方に顔を向ける。

 気になっていたのは、はやと君のことだった。

 いつもの態度ではあったんだけど、お風呂から上がってから私に素っ気無かったような気がしていた。

 勿論、普通に話はしてくれるんだけど、私と視線を合わせないようにしていたような……勘違いならいいんだけど。

 

「はやと君」

 

 ポツリと、私は彼の名前を呟く。

 今のはやと君は、昔からは考えられないくらい笑うようになったと思う。

 面倒臭がりでちょっとだけ意地悪な所は変わらないけど、本当は優しい男の子。

 

 私は、彼のことが好き。

 けど、告白する勇気が出なかった。

 一度だけ、バレンタインの時に告白しようとしたことはある。

 本命チョコを渡して告白する……つもりだったんだけど、何故か義理チョコと勘違いされて、そのまま流れてしまった。

 それから三年でも同じクラスになって、一緒にいられる反面、告白の機会を作れないままでいた。

 

「あぅ……」

 

 きっと、今の私は顔を真っ赤にしていると思う。

 壁一枚を隔てて眠っている彼を想いながら、もう暫くは寝れないままの私だった。

 

 

☆★☆

 

 

 別荘2日目。

 流石に連日海水浴だけでは何とも言えないので、昼食後に近くの山を散策することになった。

 この辺は海だけじゃなくて山まであるのか。

 

「あ、でも今から行く山はウチのじゃないから、山菜とか勝手に取っちゃダメだよ」

 

 山の麓まで行く車の中、みちるに注意される。

 ま、近くと言ってもビーチから車で行く程離れてりゃあな。

 

「……チッ」

「はやと!?」

 

 視線を逸らし、軽く舌打ちする。

 自然溢れる山の野菜……いい天麩羅になりそうだと思ったのにな。

 

「雑草とかこっそり取ってくのも」

「ダメだってば!」

 

 雑草ならばと提案したが、透かさずみちるに却下される。

 何だよ、その山の持ち主は意外とケチだな。

 

「冗談はそのくらいにしなさいよ」

「いいや、あの目は本気で取っていくつもりだったな」

 

 冗談だと思っているかがみの横では、やなぎが呆れ顔で俺を見ていた。

 放っておけ。雑草の天麩羅で食い繋ぐ俺の苦労が分かるかっての。

 

「お、ここっぽいな」

 

 そんなやり取りをしている内に、前を走っていたたけひこさんの車が駐車場に入っていく。

 後に続いていた海崎さん率いる俺達も、麓の駐車場へと向かった。

 

 

 

 山と言うだけあって、木々が生い茂った空間はさっきまで俺達がいたビーチとはまた違う空気が流れていた。

 

「うーん、自然の中って感じがまたいいな!」

 

 我等が特攻隊長、天城あきはスイスイと先へ進んでいく。

山登りのような、体力を使うことが得意なだけあってまだまだ余裕だ。

 

「ぜぇ、ぜぇ……」

 

 一方で、我等がもやしの冬神やなぎ君はものの見事にへばっていた。

 登り始めてまだ30分も経ってないはずなんだけどな。

 

「ほら、しっかりしなさい」

「スマン……」

 

 息を切らすやなぎの傍にはかがみが付いている。

 こうして見ると、豪腕な妻の尻に敷かれているダメ夫の図のようである。

 

「キキィーッ! アーマーゾーンッ!」

「鍛えてますから、シュッ!」

 

 前方では、こなたが腕を斜めに交差させていたり、あきが指で空を切るようなポーズを取っていたりしていた。

 何をしているのか、今の俺には理解出来ない。

 

「元気だね」

 

 みちるはそんなヲタカップルを見て呑気に微笑んでいた。元気すぎる気もするけどな。

 

「キャッ」

 

 その時、みゆきが小さな悲鳴を上げた。

 どうやら、足を滑らせたようだ。日の当たらない山の地面は、湿って滑りやすくなってるからな。

 

「大丈夫?」

 

 しかし、みゆきは隣にいたみちるに腕を支えられていた為、転ぶことはなかった。

 さり気ないところでこういうエスコートが出来る辺り、みちるはやっぱり王子だよな。

 

「は、はい……ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 意中の相手に助けられ、みゆきは頬を染める。

 これで平然としていられるみちるもまた、流石の鈍感っぷりである。

 

「みちる、また滑ったら危ないし手を繋いであげたら?」

「うん、そうだね。みゆきが嫌じゃなければ」

「はっ、はい! 是非お願いします!」

 

 たけひこさんのナイスな提案のおかげで、みゆきはみちると手を繋いで歩くこととなった。これで少しは進展できるといいんだけどな。

 

 

 あきとこなた、やなぎとかがみ、みちるとみゆき。それぞれが仲良く山登りを楽しんでいる。

 そんな中で、俺はつかさの隣を歩くことしか出来ずにいた。

 

「……疲れてないか?」

「うん、平気だよ」

 

 交わす会話と言えば、こんな素っ気無いものばかりだ。

 

 昨日、つかさに告白すると決めてから、俺はずっと悩んでいた。

 一体、なんと告白すればいい?

 どうやって、俺の想いを伝えればいい?

 こういうことに疎かった俺は、どうすればベストなのか分からずじまいだった。

 

 俺はどうせ、具体的な取り柄なんて持ち合わせていない男だ。

 あきのように運動神経抜群でスポーツ万能ではない。

 やなぎのように頭脳明晰で学年トップクラスの秀才でもない。

 みちるのように容姿端麗でお金持ちの完璧超人なんかじゃない。

 つかさは俺に頼ってくれるが、目立つ長所なんてないし付き合うメリットなんてまるでない。

 なので、せめて告白のシチュエーションの力ぐらいには頼りたいのだ。

 

 いっそ、山の頂上で告白なんてのも考えた。

 だが、今は回りに大勢いる。特に、かがみの前で告白なんてすれば、上から突き落とされるかもしれない。

 第一、そんな大胆な真似が簡単に出来たら苦労なんてしない。

 結局、いい案が1つも浮かばないまま時間だけが過ぎていた。

 こんなことなら、やっぱり告白は後回しにするか……?

 

 

「ゆきちゃん、すごく嬉しそうだね」

 

 

 考えを巡らせていると、つかさが小声で話し掛ける。視線の先には、仲良く歩くみゆきとみちる。

 コイツ等は付き合っている訳ではないが、理想のカップル像に見えなくもない。

 

「だろうな。こんな時ぐらいしか積極的になれなさそうだし」

 

 つかさに返した自分自身の言葉にハッとする。

 自分にはこんな時ぐらいしかチャンスなんてないんじゃないか?

 俺はふと、あき達に目をやる。

 カップル同士、楽しそうな時間を過ごしている。昨日のビーチでも、去年以上にコイツ等は楽しんでいた。正直、少しは羨ましく思える程。

 何より、昨日のうつろの騒動だ。うつろだけでなく、他にもつかさを狙っている奴が陵桜にいるとしたら?

 こんなに近くにいるのに、何時の間にか他の奴に取られたなんてことになれば笑えない。

 

 自分で決めたじゃないか。つかさに告白すると。

 

「つかさ」

「何?」

 

 俺は何も考えが浮かばないまま、つかさの名前を呼ぶ。

 どうせなら、ここでわざと皆とはぐれて告白するなんて卑怯なこともしていいかもしれない。

 

「俺に」

「頂上だぁぁぁぁっ!」

 

 俺の言葉を遮るかのように、前方から叫び声が聞こえる。

 一足先に進んでいたあきたちが頂上に到達したらしい。

 

「はやと君、頂上だって!」

「あ、あぁ……」

 

 すっかりはぐれるタイミングを逃した俺は、喜ぶつかさに苦笑で返すことしか出来なかった。

 

 

 

 頂上から覗く景色は最高、とは言いがたかった。

 

「雲で何も見えないねー」

 

 こなたの言う通り、山頂を覆う雲が景色を阻んでいたのだ。

 ま、唐突な山登りなんてこんなもんだよ。

 

「うーん、もうちょっと天気がよければ緑いっぱいの景色が見れたんだけどね」

 

 たけひこさんも残念そうに首を傾げる。俺達はハズレを引いたってことか。

 

「ま、自然を満喫出来たってことで!」

「そ、そうだな……」

 

 残念な結果でも、あきは元気そうに頷いた。満喫どころか、死にかけてる(もやし)が一名いるんだが。

 

「じゃ、写真でも撮りますか」

 

 海崎さんが珍しくいいことを言ったので、俺達もそれに肖る。

 折角の山頂だし、集合写真ぐらいは撮ってもいいだろう。

 

 

 

 山からの帰り道。

 登山に疲れて眠っているあき達を他所に、俺は海を眺めながらあることを思い出していた。

 去年、夜明けの海でこなたと話した時のことだ。

 珍しく朝早くに目が覚めた俺は、夜が明けたばかりの海を眺めていた。そこは波の音が静かに響く不思議な空間だった。

 ああいうのも、きっとロマンチックとかいうものに入るのだろう。

 

「……ま、文句はあるまい」

 

 あのねぼすけに夜明けはキツいので、夜中に呼び出すことにした。

 ここから先は、俺の真剣勝負だ。

 

 

☆★☆

 

 

 二日目もあっという間に過ぎてしまった。

 山から戻るとすっかり日が暮れていて、女子が先にお風呂を貰うことになった。

 因みに大浴場は男女で別れていたんだけど、昨日のうつろ君の騒動もあって、入るのは別にしようってなったの。

 

 夕食のバーベキュー後には皆でゲームをしたり、怖い話で盛り上がったり……私は怖い話苦手なんだけど。

 とにかく、寝る時間まで盛り上がった。……はやと君以外は。

 はやと君もゲームや話に混じって楽しんでいたのだけど、少し時間が出来ると珍しく携帯を眺めていた。

 はやと君、普段は携帯なんて電気を食うからあまり使わないって言ってたのに。

 

「はぁ……」

 

 布団の中で、今日もはやと君が気になって眠れないでいた。

 山登りの時も、いつも以上に素っ気無かったし。ひょっとして、私が何か怒らせるようなことをしたんだろうか。

 

ヴヴヴヴッ

 

 その時、私の携帯がメールを受信した。

 こんな時間に誰からなんだろう?

 

「え……?」

 

 確認すると、メールははやと君からだった。

 さっき、携帯を眺めていたのはこの文を送る為だったのかな?

 私はドキドキしながら、書かれていた内容を読む。

 

〔用がある。今から誰にも気付かれずに外の一番高い木まで来い〕

 

 今から、という部分にビックリしつつも、私はすぐに外に出る準備をし始めた。

 何も疑問に思わなかったのは、はやと君のことがずっと気になっていたからかもしれない。

音を立てないように部屋の外に出てから、私は急いではやと君の元へ向かった。

 

 

☆★☆

 

 

 夜の浜辺、湿っぽい暑さに冷たい海風が心地よく感じる。

 

 俺は別荘から少し離れた場所で、木に寄り掛かりながらつかさを待っていた。

 別荘のすぐ傍でなんて待っていたら、誰かに見つかって末代までネタにされるからな。

 最も、呼び出しておいてなんだが、つかさが誰にも見つからずにここまで来れるかという心配もあるけど。

 

「はぁ……」

 

 メールを送り終えた携帯で時間を確認しつつ、溜息を吐く。

 今からしようとしていることに、改めて顔が熱くなる。

 何時から、俺はつかさのことを見ていたんだろう。

 自覚したのは父さんとの件で世話になった時。あれはつかさや、柊家にかなり心配を掛けた。

 気付けば、つかさの優しさにどっぷり浸かり込んで、甘えっぱなしだったな。

 

 お前はどうしてそんなに優しいんだ?

 どうして無様な俺に寄り掛からせてくれるんだ?

 

 

「はやと君、お待たせ」

 

 

 思い返していると、いつものほんわりした声が掛かる。

 つかさはやや息を切らしながら、こちらに駆け寄ってきた。その様子だけで、急いで来たことが分かる。

 ふとつかさの後ろに目をやる。しかし、後を付けられている気配はない。俺の心配は杞憂に終わったようだ。

 

「それで、用って何?」

 

 こんな夜中に、俺が呼び出す用事なんて、見当もつかないだろう。

 俺は役目を終えた携帯をポケットにしまうと、浜の方へ歩き出した。

 

「ちょっと、散歩をしないかってな」

 

 火照る体に風を受けて冷ましながら、俺は首を傾げるつかさに微笑んだ。

 

 

 

 暫くの時間、俺達は浜と海の間を気ままに散歩していた。

 電灯もない海辺では月の淡い光が周りを照らし、夜空を星々が煌めく。

 都会じゃ絶対見られない幻想的な光景の中、波の音をBGMにして俺とつかさはゆっくりと流れる時間を楽しんだ。

 

「夜の海も綺麗だよね~」

 

 つかさはスカートの裾を上げながら、パシャパシャと海水を踏む。

 動きはぎこちないが、踊っているようにも見える。

 

「わっ!?」

 

 その時、つかさが砂で足を踏み外す。このまま転べば、全身に海水を浴びてしまうだろう。

 しかし、つかさがびしょ濡れになることはなかった。

 

「気を付けろよ」

「え? あ……」

 

 つかさが恐る恐る目を開けると、目の前には呆れている俺の顔。

 転んだつかさの身体を俺が抱き支えていたのだ。

 傍から見れば、夜の海で抱き合っているようにしか見えないだろう。

 

「ご、ゴメンね!」

 

 現状を把握したつかさは、闇夜でも分かる程顔を真っ赤にして、慌てて俺から離れた。

 俺としては少し残念なような、可愛いつかさを見れて得したような。

 

「ほら、行くぞ」

 

 俺は呆れ顔のまま、先へ歩き出した。

 内心、滅茶苦茶恥ずかしかったけど。

 ハプニングとはいえ、抱き合う所まで行ったのだ。あのまま告白出来れば、どんなに楽だったことか。

 

 

 どのくらい歩いただろうか。

 俺は歩きながら想いを言葉にしようと試行錯誤を繰り返していた。

 しかし、中々形にすることが出来ない。

 「好きだ」の一言だけでは、殺風景すぎるし、凝り過ぎた言葉ではつかさが理解出来るかどうかも分からない。

 格好付けて玉砕、は一番あんまりな結果だし。

 

「はやと君、あそこ」

 

 考えが堂々巡り気味になり出した時、つかさがある場所を指差す。

 そこは、去年皆で探検した洞窟だった。多少入り組んでいたが、結局何もなかったんだよな。

 

「覚えてる? 結構ワクワクしたよね」

「ああ」

 

 思い出話に花を咲かせるつかさ。ワクワクって、終始ビビってたじゃねぇか。

 けど、確かに楽しかった。ガキの頃みたく冒険してるって感じがした。

 

「あの時は……はやと君に傍にいてもらってたよね」

 

 俯き、頬を染めながらつかさは話を続ける。

 ビビりまくった挙げ句、俺の手をずっと握ってたっけなぁ。

 

「けど、俺の所為で皆とはぐれたしな」

「そ、それははやと君が私を心配してくれてたからだし!」

 

 軽い自虐で返すと、つかさは慌てて俺のフォローに回った。

 けど、つかさが俺を頼ってくれたのは素直に嬉しかったな。

 

「あの時だけじゃなくても、はやと君にはお世話になりっぱなしだったし……」

 

 つかさの言葉に、俺はコイツとの出来事を改めて思い返した。

 俺が恋心を自覚する前から、俺はコイツとずっと一緒にいた。

 

 最初は放っておけない危うさみたいなのを感じたからか、手のかかる妹みたいなものとして面倒を見てきた。

 それが、何時の間にか俺がつかさに甘える形になっていた。

 互いが互いを必要とするようになり、そんな関係が当たり前になっていた。

 

「そうだな」

「え?」

 

 俺はつかさの言ったことに対して頷く。

 

「けど、俺もお前に世話になりっぱなしだった。これでお相子だ」

 

 ああ、そうか。

 いつから好きかなんて関係なかった。

 俺はつかさと触れ合っていく内に、自然と好きになって行ったんだ。

 それはきっと、つかさも同じなのかもしれない。

 

「去年の三月」

「え? ……あっ」

 

 唐突に話を変えた為、つかさは目をパチクリとさせる。

 だが、すぐに話の意図に気付いたようだ。

 

 去年の三月。それは、俺とつかさが初めて出会った時だ。

 俺がいつも通り屋上で寝ていて、昼飯を食いに起きた時。丁度、つかさも同じ場所にいたのだ。

 お互いに名前も顔も知らない。あの一瞬、初めて顔を合わせただけなのに、やけに鮮明に印象に残っていた。頭に鳥の羽根を乗っけていたからか。

 

 ともかく、あの出会いがなければ、今こうして一緒によるの浜辺を歩くことなんてしていなかった。

 俺達の出会いがなければ、俺と父さんの関係も変わらなかった。

 

 

 

「あの星屑のようにちっぽけな俺達の出会いは、奇跡なのかもしれないな」

 

 

 

 俺は夜空に輝く星々を見上げる。

 世界の人口は当然、陵桜の生徒数なんかと比べても、俺とつかさはあの星屑のようにちっぽけなものだろう。

 そんな俺達の繋がりは、もしかしたら奇跡の産物かもしれない。

 俺がかつて、親の仇のように嫌っていた「奇跡」。正直、今も嫌いだ。

 けど、その「奇跡」が俺と、俺の好きな奴との繋がりだとしたら、信じない訳にはいかない。

 

 

「つかさ。お前に会えて良かった」

 

 

 俺はつかさの眼をじっと見つめる。暗い夜の中でもハッキリと分かる紫の瞳は、まるで吸い込まれそうな程美しく感じた。

 

 愛おしい。コイツの全てが愛おしい。

 もし翼があったら、コイツを抱き締めて飛び立ちたい。

 ……いや、違うな。

 

「つかさ。お前が、俺に翼をくれていたんだな」

 

 俺に「父さんと自分を許せる強さ」と「誰かを愛する勇気」をくれたのは、他でもないつかさだった。

 つかさが、俺の翼になっていたんだ。

 

 

「つかさ。俺は……」

 

 

 涼しい夜風も、静かな波音も、揺らめく海に反射する月明かりすら、俺の背中を後押ししてるように感じた。

 つかさは何も言わず、優しい笑顔で俺の言葉を待つ。

 

 

「お前が好きだ」

 

 

 俺が告白をすると、つかさは答えるより先に涙を流した。

 少し前の俺なら慌てていたんだろうが、今なら分かる。この涙は、驚きと喜びから溢れ出たものなんだと。

 

「ぐすっ、ごめんね、急に泣いちゃって。嬉しくて、でも止まんなくて……」

 

 言葉を紡ぎながら、涙を拭うつかさ。

 謝る必要なんかない。分かってるから。

 

 

「私も、はやと君のこと……好きです」

 

 

 つかさは拭いきれない涙を流したまま、微笑んで返事をくれた。

 漸く想いが通じ合った。そう思った時、俺はつかさを強く抱き締めていた。

 転んだつかさを支えた時よりも強く、俺なんかよりも細くて華奢な体を抱える。

 

「は、はやと君……」

「あ、悪い。苦しかったか?」

 

 つかさが声をあげ、俺は腕の力を弱める。

 いかん、感極まっていきなり抱き付いてしまった。

 しかし、つかさは首を小さく横に振る。

 

「ううん……その、もっとして?」

 

 至近距離での上目遣いに、俺はノックアウトされかけた。

 反則だ。卑怯なくらい可愛い。

 俺がもう一度強く抱き締めると、今度はつかさも腕を回して来た。

 

「俺、あきみたいに運動神経よくないぞ」

「私より体育上手だよ」

「やなぎみたく頭もよくない」

「私もだからお互い様」

「みちるみたいにお金持ちでもイケメンでもない」

「私にとっては誰より格好良いもん」

 

 不安要素を取り除くように、1つずつ尋ねていく。自分がアイツ等より劣っていることを知っていたし、今まではどうでもいいとも思っていた。

 けど、つかさは俺の言葉を優しく消してくれる。特に最後の言葉はかなり嬉しい。

 あぁ、コイツはこんな俺のこと好いてくれているんだな。

 

「つかさ、好きだ。愛してる」

「私も。はやと君大好き」

 

 お互いに耳元で愛を呟き合う。ムズ痒くも、幸せな2人だけの時間。

 

 夜の浜辺で結ばれた星達を、月の光が祝福するように照らしていた。




どうも、雲色の銀です。

第13話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は待ちに待った、はやとの告白回でした。
連載開始時から練りに練りまくったシチュエーションでもあります。
世界から見れば星屑のようにちっぽけな存在だった2人が、偶然の出会いからこんなにも深く繋がれたことは奇跡に等しい素晴らしいことだった。この小説のタイトルの由来も、実はここから取っています。

また、この回は1st Seasonでのはやととつかさの集大成ですね。
母親を亡くし、父親と奇跡に絶望したことで「翼」を失ったはやとが、つかさと触れ合ったことで取り戻していた。この件は1stの第11話を読み直すと、意味がよく分かると思います。


次回は別荘最終日!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話「新しい関係」

 日付が変わった、少し後ぐらいの時間。

 皆さんが寝静まっている中、私は携帯の振動音に目を覚ましました。

 普段なら、どなたからもメールが来ないような時間帯。それなのに、私の携帯にはメールが来ていました。

 折角起きてしまいましたし、気になったのでメールを確認します。すると、ちょっとだけ寝惚けていた頭がすっかり醒めてしまいました。

 

「みちるさん……!?」

 

 差出人は私の恋い焦がれる方、みちるさんでした。

 しかも、内容は「今、2人きりで話出来ないか」というもの。思わず顔が赤くなってしまいます。

 

「ど、どうしましょう……!」

 

 ドキドキしながら、皆さんを起こさないように部屋を出ます。

 この時、つかささんがいないことには全然気付きませんでした。

 告白されてしまったらどうしましょう、という考えで頭の中がいっぱいだったのです。

 

 そして、呼び出された2階のテラスへ向かうと、みちるさんはビーチチェアに座っていました。

 

 

「やぁ、みゆき。来てくれたね」

 

 

 優しそうな笑みを浮かべて、みちるさんは私を迎えてくれます。

 しかし、私は先程からある違和感を感じていました。

 目の前にいるみちるさんには、普段の潔白な雰囲気を感じません。微笑みには何処か妖艶さすら含んでいるように見えます。

 第一、みちるさんがこんな夜遅くに人を呼び出すでしょうか?

 

「どうしたんだい? 座らないのかい」

 

 彼に言われ、私は彼の隣の椅子に座ります。

 

「今日は星空が綺麗だね」

「えぇ……」

 

 決定的だったのはこの台詞。

 みちるさんが言いそうな言葉でしたが、本人は軽い口調でそう言ったのです。

 まるで「みちるさんの真似」でもしているような。それで、今私の目の前にいるのが誰か分かりました。

 

 

「何のご用でしょうか……うつろさん」

 

 

 みちるさんのもう一人の人格。ですが、みちるさんとは真逆の性格を持つ方。

 名前を呼ぶと彼は目を丸くし、すぐに大笑いしました。

 

「クッハッハッハ! よく分かったな、流石は幼馴染ってところだ」

 

 私の推測は当たっていました。

 ですが、失礼ながらうつろさんに褒めて頂いても嬉しくありません。

 

「何故、貴方が出て来ているのですか?」

 

 みちるさんの身体で傍若無人な態度を取られ、不愉快になりながら私は尋ねました。

 うつろさんは、みちるさんが気絶するか怒ってしまうと出て来てしまうのです。

 先日の大浴場でもみちるさんが石鹸を踏んで転んでしまい、うつろさんになってしまったと聞きました。

 

「さて、何でだろうな? みちるが眠ったから、か」

 

 うつろさんは私の質問に、はぐらかすかのように答えます。

 もしその話が真実なら、みちるさんが眠る度にうつろさんが出て来てしまうことになります。

 

「最近よく目覚めるから、出て来やすくなってるのかもな」

 

 うつろさんはそう続けて、ニヤリと笑いました。

 最初に私達が目覚めさせてしまってから、今日までで何度かうつろさんは出て来ています。

 その所為でうつろさんが表に出て来やすくなっているとしたら……?

 

「いよいよ、俺の身体になる日も近いってことか」

 

 背筋が凍るような思いでした。

 うつろさんが体の主導権を握ってしまったら、主人格のはずのみちるさんはどうなってしまうのか。考えるだけで恐ろしいです。

 

「んなことより、俺はお前に聞きたいことがあって呼んだんだ」

 

 うつろさんは私の不安を余所に、いよいよ本題に入って来ました。

 私をこんな深夜に呼び出した理由。一体何なのでしょうか。

 

「みゆき、お前はコイツの何処に惚れてんだ?」

「え……えぇっ!?」

 

 意外すぎる質問の内容に、私は一瞬何と言われたのか分かりませんでした。

 うつろさんが自分の胸を指差すコイツ、というのは即ちみちるさんのことで……!

 

「はぁ……コイツが鈍感過ぎるだけで、ずっと中から見てた俺は最初っから知ってたっての」

 

 顔を真っ赤にして慌てる私に対し、うつろさんは溜息を吐きます。

 そ、そんなに分かりやすかったでしょうか?

 

「いいからさっさと話せ。俺だってずっと出てられる訳じゃねぇんだ」

 

 うつろさんは欠伸を掻きながら私の言葉を待ちます。

 どうしましょう。うつろさんの記憶はみちるさんには残らないようですので、みちるさんに知られる心配はないみたいなのですが……。

 

「……み、みちるさんは優しくて、人を思いやることの出来る素敵な方です」

 

 昔からそうでした。私やみなみちゃんのことをよく気遣って下さり、虐めや不正を嫌う潔癖な方でした。

 残念ながら引っ越されてしまい、離れ離れになってしまいましたが、再会してからもみちるさんはお変わりなく素敵なままでした。

 

「顔や金、ってだけでもなさそうだな」

「と、当然です!」

 

 確かにみちるさんはお顔も整っていますし、檜山グループの御曹司です。クラスの女子達に人気があるのも分かります。

 でも、幼馴染として過ごしてきた私は、みちるさんがそれだけの人じゃないことをよく知っています。

 

「……本当、こんなのの何処がいいんだか」

「少なくとも、貴方よりは絶対に素敵です」

 

 みちるさんを悪く言われ、思わず言い返してしまいました。

 どんな理由があっても、話し合いで相手を貶してはいけないというのに。

 

「言うようになったね~」

 

 うつろさんはお怒りになるかと思いましたが、何故か逆に拍手をして下さりました。

 けど、褒められているような気はしません。

 

「その幼い愛が何処まで続くのか、見物だな」

「幼い、とは?」

 

 うつろさんは用が済んだと言わんばかりに立ち上がり、その場を去ろうとします。

 

「お前はまだ、みちるの一部分しか知らないって言ってんだよ。本当のコイツを知った時の反応が楽しみだぜ」

 

 うつろさんは私を見下すように笑いながら、男子部屋に帰って行きました。

 

 みちるさんの一部分しか知らない。

 本当のみちるさんを知らない。

 

 うつろさんの言葉はどのような意味が込められているのか。

 そもそも、何故みちるさんの中にうつろさんが生まれてしまったのか。

 

 私は椅子に座り込んだまま、眠くなるまでその意味について考えていました。

 

 

☆★☆

 

 

 あー、眠い。

 眠すぎて布団から出るのが怠い。

 

 昨夜、色々と試行錯誤した甲斐あって、漸くつかさと結ばれた。あの出来事は夢なんじゃないかってぐらい、幸せな時間だった。

 あの後、暫くの間抱いたままじゃれ合っていたのだが、流石に朝までに布団に戻っておかないと皆に怪しまれる、ということで名残惜しくも一旦つかさと別れたのだ。

 布団の中でもつかさの感触が忘れられず、眠れずいたのだが、いざ寝て起きると眠気が抜けきれず、現在に至る。

 

「はやと、いい加減起きろよ」

 

 布団を畳むやなぎの呼び声が聞こえる。

 へいへい、起きりゃいいんだろ。渋々、俺は布団から出る。

 すると、俺の他にもう1人眠っている奴を見つける。

 

「みちる?」

「ん……あ、おはよ……」

 

 寝坊なんてしなさそうなはずのみちるだった。

 みちるは俺に呼ばれて起きると、寝ぼけ眼のまま頭を下げた。

 童顔に綺麗な金髪。こうして見ると女に見えなくもない。

 

「お前等、もうすぐ飯だから顔洗って来い」

 

 やなぎに言われ、俺とみちるは洗面所に向かった。お母さんか、お前は。

 

 

 

 朝飯の席に着いた所で、今日が別荘最終日だということを思い出した。

 はぁ、豪華な朝食もこれで見納めか。

 

「そういえばみゆきさん、何でテラスで寝てたの?」

「ふぇ!? な、何ででしょう?」

 

 こなた曰く、みゆきは今朝布団にいなかったらしく、部屋の外に出ると何故かテラスの椅子で寝ていた所を発見されたらしい。

 無防備にも程があるだろ。

 

「外で読書していたら、寝落ちしていたんでしょ」

 

 なるほど。かがみの予測が一番みゆきらしかった。こう見えて天然ボケっぽいところあるからな。

 

「実はかがみんも寝落ちしたことがあったりして~」

「べ、別にないわよ!」

 

 こなたのからかいにかがみは否定する。が、明らかにやってそうな様子だ。

 かがみの場合は大方、ラノベを読んでて眠くなる頃には日が昇ってそうだけどな。

 

「おはよう~」

 

 みゆきの話が逸れた頃合になると、一番遅く起きて来たつかさがやってくる。

 やっぱ、昨夜のアレが効いたのかもしれないな。

 

「遅いわよ、つかさ」

「まぁまぁ、つかさの寝坊は今に始まったことじゃないからね」

 

 かがみが姉らしく叱るが、こなたの言う通りつかさの場合はいつも通りだから、気にする奴もいない。

 俺達にとっては、都合がいいとも言えるが。

 ふと、つかさと視線が合う。

 

「えへ~」

 

 つかさはふにゃけた笑顔を俺に見せて席に着いた。

 反則的な可愛さに今すぐ抱きしめたくなるが、ここは我慢だ。

 

 

 

 今年最後の海遊び。

 漸くつかさと2人きりになれた俺は、まずは教えてやったクロールを見ることにした。

 

「うし、やってみろ」

「うん!」

 

 つかさは大きく頷き、泳いでみせる。

 確かに運動音痴なところもあるが、つかさは丁寧に教えればちゃんと覚える。クロールについても同じことだ。

 

「あー……うん」

 

 バシャバシャと泳ぐつかさ。

 息継ぎは出来ているようだが、相変わらず水飛沫が立ちまくっている。進みも遅く、何とも微妙な泳ぎ方ではあった。

 ま、まぁ最初の溺れてるようにしか見えない奴よりはマシか。

 

「ぷはっ! ど、どうだった?」

「及第点」

「はうっ」

 

 正直な感想を伝えてやると、つかさはショックを受ける。アレで上手く泳いでいるつもりだったらしい。

 

「……けど、合格は合格だ」

 

 及第点でも合格には変わらない。そう伝えると、つかさは笑顔で海から上がってきた。

 まったく、つかさにとことん甘くなってる気がするな。

 

「あのね、はやと君。ご褒美って訳でもないんだけど……」

 

 つかさは俺の目の前まで来ると、頬を染めてモジモジと何かを言いたそうにする。

 何だ? かき氷でも奢らせようってか?

 

 

「頭、撫でて欲しいなって」

 

 

 上目遣いで何とも可愛い要求をしてくる俺の彼女。

 あまりの可愛らしさに、思わず理性が吹っ飛びそうになった。何だ、この可愛い生き物。

 

「嫌だ」

「えっ」

 

 だが、俺は敢えて断った。

 つかさは一瞬驚き、シュンとしてしまう。

 

「そ、そうだね。及第点だもん、仕方な」

 

 つかさの言葉を遮るように、俺は濡れた体を抱き締めてやる。

 

「頭撫でるだけなんて、嫌だね」

 

 その程度で、俺は満足しない。俺達はもう恋人同士なんだから。

 水着という薄い布のみを隔てて密着する体に、俺達はお互いの心臓の音を感じる程ドキドキしていた。

 

「はやと、君……」

「つかさ」

 

 どっちも顔が茹で蛸のように赤くなっているだろう。

 けど、離れられない。離れたくない。

 

「は、はやと君……その、しないの?」

 

 強く抱き返してくるつかさが、ふと聞いてきたこと。

 その意図は抱き締める以上のこと、即ちキスをしないのかということだろう。

 そりゃ、考えなかった訳じゃない。恋人同士といえば、大抵はキスをする。

 けど、今の状態でキスなんかすれば、頭の中が沸騰して脳みそが溶けてしまう。

 

「つ、つかさはしたいのか?」

 

 ヘタレな自分を隠すように、俺はつかさに問い返した。

 つかさから言ってくるってことは、本人も興味を持っているってことだし。

 

「……うん、はやと君ならいいよ」

 

 つかさの口から出たのは、肯定と許可。

 若干声が強張っているものの、そう返してくれる辺り愛されている実感が湧いてくる。

 こんなに幸せなんだ。好きな奴が、恋人でいてくれることが。

 

 

「それなら、まだ取って置く」

 

 

 俺はつかさを一旦解放し、目を合わせる。

 潤んだ目、そして小さな唇に視線が行く。コイツの全てを俺のものにしたい。

 けど、同時にがっついてはいけないような気がした。

 愛し、愛される関係に甘えるような形にはなってしまうが、コイツとの恋人生活をじっくりと楽しみたいのだ。

 急じゃなくていい。これまで俺達が共に歩んできた道のように。

 

「今はつかさと抱き合えるだけで幸せなんだ。生き急いで、俺のつかさを汚すなんて勿体無い」

 

 少し恥ずかしい台詞を吐き、俺はつかさの濡れた髪を撫で回した。

 すると、つかさは納得してくれたようで、はにかみながら頷いた。

 

「分かった。けど、したくなったら言ってね」

 

 つかさの発言と笑顔に、俺は心打たれて再び抱き締めてしまった。

 本当、こんな可愛い奴が俺の彼女でいいのだろうか。

 高校入学当時からは、考えられないくらいの幸せを噛み締める俺だった。

 

 

 

 

「さて、説明してもらいましょうか」

 

 数分前からは、考えられないくらいの絶望を受ける俺だった。

 熱い砂浜に正座する俺の前には、今まで以上にキツい視線をぶつけて来るかがみの姿。

 

 そう、バレてしまったのだ。

 

 

 あまりにも幸せ過ぎて油断していた。まさか、あき達が呼びに来るまで抱き締め合っていたとは。

 決定的場面を見られてしまってからは、あきとこなたの無双状態だ。

 何せ声のデカい2人だ。残りのメンバーや海崎さんとたけひこさんにまで知られてしまった。

 流石に、この場にいない連中にメールで連絡しようとしたのは阻止したが。

 

「はーやーとーくーん? ちょっといいカナー?」

 

 時既に遅し。鬼の耳に入った以上、俺の地獄行きは決定事項だった。

 

 

「つまり、昨夜に告白してからの付き合いと」

 

 やなぎの分析に頷く俺達。因みに正座しているのは俺だけで、つかさは俺とかがみの間でオロオロしている。

 

「さぁ、地獄を楽しみな!」

「絶望がお前のゴールだ」

 

 こなたとあきは何かのパロディ的な台詞を俺に放つ。

 コイツ等は後でいっぺんシメるとして。

 

「何で言わなかったの?」

 

 仁王立ちするかがみから一言に、空気が重く圧し掛かる。

 つかさはかがみの双子の妹だ。大事にしてるのは分かるし、内緒にしていたことは悪かったと思う。俺に対し怒るのはご尤もだ。

 

「黙ってたのは済まない」

 

 だから、俺は土下座をした。砂に額を付け、深く頭を下げる。

 

「……何で、言い訳しないのよ」

 

 かがみは続けて質問を投げ掛ける。声のトーンは若干上がっていた。

 以前までの俺なら、悪びれもせずに体の良い言い訳で流していただろう。その方がずっと楽だし。

 

「俺は、つかさのことで言い訳すんのは辞めた。それだけだ」

 

 後で言おうと思ったとか、反対されると思ったとか、後から幾らでも言うことが出来る。

 けど、言い訳をすればそれだけつかさを好きだっていう感情が軽くなってしまうんじゃないかと思った。

 俺はつかさという翼を得たんだ。また失くすなんて、ゴメンだ。

 

「……分かったわ。昨日の今日だってのは理解したし」

 

 かがみの台詞に、俺は頭を上げる。

 呆れた風な表情のかがみは、つかさの方に寄っていた。昨日の今日とはいえ、何もしてないっての。

 

「アンタ等が好き合ってたのは、知ってたしね」

 

 苦笑するかがみの言葉に、俺とつかさは目を点にした。

 みちる以外の連中も頷く辺り、どうやら筒抜けだったらしい。うああ、これは恥ずかしい!

 

「良かったわね、つかさ」

「お姉ちゃん」

 

 つかさの頭を撫でるかがみ。意外といい姉してるじゃないか。

 

「その代わり、つかさを泣かせたらタダじゃ済まないからね!」

 

 対して、俺には人差し指を向けて強く注意。分かってたけど扱いの差が酷いな。

 

「精々気を付けることだな」

 

 怖いお姉ちゃんの彼氏が苦笑しながら付け加えた。俺の周りには敵が多いようで。

 

 

 

 こうして、俺達の高校三年の夏旅行は終わりを告げた。

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうが、同時に掛け替えのない思い出に変わる。

 

「やっとか」

 

 去年と同じように、やなぎから贈られてきた封筒の中身を眺める。

 それは旅行で撮った写真。海を泳ぐあきとこなた。泳ぎ疲れたところを砂浜に埋められたやなぎ。山頂で撮った集合写真等々。

 その中で、俺は1枚だけ取り出して机に置く。

 

「まったく、よく撮れてる」

 

 帰り際、俺とつかさがやなぎに頼んで撮ってもらった写真だ。

 浜辺に並んで、手を繋ぐ俺達。他にポーズも何もない。

 けど、その方がよかった。これは俺達の新しい関係の始まりを写した1枚だからだ。

 派手な要素なんてなくていい。ゆったりと、マイペースに進んでいく。それが俺達の付き合い方だ。

 

「はやと君~!」

 

 外から俺を呼ぶ彼女の声がする。今日は写真立てを選びに行く約束だ。

 

「おぅ」

 

 気の抜けた返事をし、俺は外に出た。

 

 今日は雲1つない晴天。2羽の鳥が何処までも飛んでいくのがよく見える。

 




どうも、雲色の銀です。

第14話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は別荘編ラスト、というより告白後の2人の様子でした。
付き合った後のはやとは劇的に変化した、なんてことはなく。つかさLOVEな面以外はそこまで変化してませんでした。
ただ、あの2人は間違いなくバカップル化すると思います。壁がいくつあっても足りませんね、ハイ(笑)。

あと、みちるとうつろの伏線も張ったりしました。彼等の物語はまだまだこれからです。

次回は新学期開始、そして桜藤祭2nd編に入ります!


それと、今回活動報告の方でアンケートといいますか、キャラ人気投票でもしたいと思います!
気になった方は是非見て行ってください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話「祭の時期」

 高校生活最後の夏休みが終わり、気怠い2学期が始まった。

 思い返してみれば、あっという間の休みだった。例年通り、宿題やバイトで日々を過ごし、空いた時間は昼寝。たまにつかさやあき達と遊びに出掛けたりもした。

 だが、今年の夏休みは何よりも特別なことが起こった。

 

「でね、お父さんに携帯の使い方を教えてあげたの~」

 

 俺の隣を歩いているほんわか少女と、恋仲になったことだ。

 付き合い始めてから、俺とつかさは一緒に登下校するようになった。家もそんなに遠い訳でもないし、お互いメールでやり取りして待ち合わせも可能だ。

 それに、少しでも一緒の時間を過ごしたい。これは俺の我が儘でもあった。今まで一緒だったかがみやこなたから、つかさを取ることになったのだから。

 

「つかさも携帯初心者から卒業か?」

「うん!」

 

 自信満々に頷くつかさ。いるよな、自分より下が出来ると得意気になる奴。

 帰り道を一緒に歩くようになってから、つかさは今まで以上に自分のことを話すようになった。

 家族のこと、些細な日常のこと。つかさと共有出来る時間が増える度、俺はコイツから信用されていることをヒシヒシと感じる。

 

「んじゃ、俺も教えて貰おうかな」

「えっ? はやと君も分からないところがあるの?」

 

 冗談交じりに言うと、つかさは頭を傾げる。

 ま、俺も電子機器は苦手だし、携帯はそこまで使わないしな。

 勿論、つかさに教えて貰う程分からないことはない。

 

「ああ。つかさに一番愛を伝えられるメールの打ち方」

「……ふぇっ!?」

 

 つかさは一瞬固まり、言葉の意味を理解すると爆発したかのように顔を真っ赤にした。

 言っておいてなんだが、自分でもすごく恥ずかしい。

 けど、つかさが相手ならこんな歯の浮くような台詞も平気で口に出来るようになった。恋人の力ってすごいな。

 

「そ、それは……私も分からないかも」

 

 つかさは恥ずかしそうに小声で話す。天狗の鼻も折れたようだ。

 

 甘い空間を作りながら歩いていると、鷹宮神社に着く。つまり、つかさの家の前だ。

 ここを見ると、柊家へ挨拶に行った時のことを思い出す。

 

 

 

 

 旅行帰りの次の日、俺はつかさと結ばれたことを報告しに柊家へ訪れた。

 何度も世話になった家だが、今日は特に敷居を跨ぐのに勇気がいた。何せ、重要な報告をしなければならない。

 

「いらっしゃい、はやと君」

 

 戸が開き、みきさんが出迎えてくれる。

 俺が来る理由は、既につかさの方から説明済みだと聞いている。後は、俺の口から言うだけだ。

 居間には柊家の全員が待っていた。まさか社会人のいのりさんまでいるとは。内心、ハードルが上がっていくのを感じつつ、俺はつかさの隣に正座で座った。

 

「それで、話があるって聞いたけど」

 

 目の前にいるただおさんが口を開く。いつも通りの温厚な態度だが、重々しいプレッシャーを感じる。みきさんもかがみも、上の姉2人も真面目な表情でこちらを見ている。

 ふと隣を見ると、つかさが心配そうな視線を送っている。分かっている、俺はコイツが欲しいからここに来たんだ。

 

「つかささんと、お付き合いをさせて頂くことになりました」

 

 姿勢を崩さぬまま、俺はこの場にいる人間にハッキリと言い放った。

 緊迫した空気が部屋中に充満し、猛暑日だというのに背筋が冷たく感じた。

 ただおさんは黙ったまま、俺と目をジッと合わせ続ける。

 この人の真剣な表情を、俺は一度見ている。俺が最初にこの家に上がり込んだ時、俺に気を掛けるつかさを心配して、俺に話をした。あの時は何もない友達同士だと言った分、俺は気まずく思っていた。

 しかし、ただおさんはすぐに穏やかな表情に切り替わった。

 

「そうか。つかさを、幸せにしてやってください」

 

 重かった空気が嘘のように緩やかになり、ただおさんは俺なんかに頭を下げ返して頼んでくれた。

 いや、「俺なんか」じゃない。頭を下げられるのに相応しくならなきゃいけない。

 

「勿論、そのつもりです」

 

 短く、これまたハッキリと返すとただおさんは頭を上げた。

 次の瞬間、ドッと疲れが押し寄せて来た。やっぱり、自分はこういう場に向かないとつくづく実感させられる。

 疲れたのは周囲も同じらしく、ガスを抜くように溜め息を吐いていた。

 

「おめでとう、2人共。今日はお祝いしなきゃ」

「まさかつかさにまで先を越されるとはねー」

「あーあ、どっかにいい男落ちてないかな」

 

 挨拶が終わり、改めてみきさんが祝福してくれた。みきさんは俺にとっても母親のように接してくれていたので、正直気恥ずかしい。

 その後ろでは、独身2人組が妹に先を越され嘆いていた。その内いい出会いがあるさ。保証はしないけど。

 

「はやと君」

 

 そして、隣では今にも泣き出しそうなつかさがこちらを見ていた。

 

「ふ、不束者ですが、よろしくお願いしまふっ!?」

 

 嫁入り前みたいなことを言い出し、挙げ句の果てには噛んでしまった。

 こういう不器用なところもまた、つかさの可愛さだな。

 

 

 

 

 やるべきことも一通り終え、壁がなくなった俺達は甘い日常を送っている。

 

「じゃ、また明日な」

「うん!」

 

 別れ際に少しだけ抱き合って、互いの感触を味わう。

 キスにはまだ踏み込めないが、ゆったりとした付き合いの俺達はそれでいい。

 

「来週の日曜、出掛けるか」

「うん、何処行こっか~」

 

 互いの体に腕を回しながら、俺達は日曜の予定について話し合う。

 休みにはよくデートに出掛けるようになったのも、俺にとっては大きな変化だ。

 まぁ、持ち合わせが少ないから大抵は公園や近辺をぶらついたり、ついでに食品の買出しをするのだが。

 一緒にいられるだけで、俺もつかさも満足なのだ。

 

「家の前で長々と抱き合うのはやめてくれませんかねぇ」

 

 時間も忘れて抱き合っていると、家の中からかがみに突っ込まれてしまった。

 うーん、少しのはずが抱き合うとどうしても離れたくなくなる。

 

「あと1時間」

「うっさい!」

 

 結局、監視の目を光らせる姉に引き離され、渋々帰ることとなった。

 はぁ、続きはまた明日か。

 

 

 

 新学期が始まって早々、俺達は新たなイベントに向かって動き出すことになる。

 陵桜学園の学園祭、通称「桜藤祭」だ。

 コイツも俺達は今年が最後なだけに、クラス内からは一層やる気を感じた。

 

「ふぁぁぁ~……」

 

 勿論、俺は一切やる気なしだ。そもそも、こういうイベントは好き好んで参加する性分じゃない。

 三年次の大きな目標であった「つかさと結ばれる」をクリアした今、学校行事なんかに関心は全くなかった。

 

「はやと、またクラス委員やらないか?」

 

 学級委員のみゆきが前で話し合いを仕切る中、あきが小声で話してくる。

 去年は確か、普段の居眠り癖が祟ってつかさ共々クラス委員に祭り上げられたんだっけ。主にコイツに。

 で、その業務内容は代表と言う名の雑用。小道具係に散々扱き使われた挙句、当日には見回りと言う犬みたいな仕事を押し付けられたのだ。

 

「はっはっは。寝言は寝てからほざけ」

 

 満面の笑顔で俺は赤毛のアホにそう返した。今すぐにでも机に突っ伏したいのだが、堪えているのもクラス委員を押し付けられない為だ。

 折角つかさという恋人も出来たのだし、当日は何の仕事もない状態でデートをしたい。

 

「それとも、今年はあきが快く引き受けてくれるのか?」

「いやー、お前それこそ寝言だろ」

 

 互いに笑顔でクラス委員の座を押し付け合う。

 こんな面倒臭い役を進んでやる程、俺達は真面目ではないのだ。

 

「そうだ。こなたが女子の方をやれば、彼氏のお前が勤めざるをえないんじゃね?」

「それを言うなら、つかさこそ女子のクラス委員をやるべきなんじゃないか? はやともおまけで付いて来るんだし」

 

 俺達の言い合いは、やがて互いの恋人にまで被害を与えるまでに広がっていた。

 掛け合いに出されている当の本人達は、当たり前のように嫌そうな表情を浮かべている。

 ってか、つかさは今回寝てなかったか。よかった。

 エスカレートしていく押し付け合いだったが、第三者の冷たい言葉でピタリと止まった。

 

 

「そこのお二方。折角でしたらじゃんけんでお決めになったらどうですか?」

 

 

 教室の前に立っているみゆきが笑顔でこちらを見ていた。しかし、その背後にはどす黒いオーラを感じた。

 あの温厚で真面目なみゆきが怒っている。話し合いを無視して勝手に盛り上がった結果、堪忍袋の緒が切れたのだろう。

 すっかり萎縮してしまった俺達は黙って前に出て行き、じゃんけん一本勝負で決着を付けることにした。

 

「後出しすんなよ?」

 

 腕を捻るあきに釘を刺される。何故バレたし。

 軽く手を振りながら、俺はあきの右手を凝視した。バカ正直なあきのことだ、グーを出しそうだな。

 

「「最初はグー! じゃんけんポン!」」

 

 俺とあきによる、今年最大の勝負は一瞬で着いた。

 

 

 

 

「えー、ではクラスの出し物について決めたいと思います」

 

 若干棒読みになりながら、俺は司会進行をしようとしていた。

 が、クラスの連中は纏まりがない。好き放題喋りまくっているのが現状だ。

 隣に立っているつかさに視線を向けるも、困った風な表情を浮かべるのみ。どうしてこうなった。

 自分のじゃんけんの弱さを恨みながら、俺はこの場をとっとと納める方法を考えていた。

 

 

☆★☆

 

 

 今年も、桜藤祭の時期がやって来た。

 恐らく、学生生活中で最も生徒達が活き活きとするイベントだ。どのクラスでも、夏休み明けから早速話し合いが行われている。

 勿論、ウチのクラスもたった今会議が終わったところだ。

 

「という訳で、今年の3年C組の出し物は「お化け屋敷」に決まりました!」

 

 黒板に書かれているお化け屋敷の項目に、クラス委員が丸を付ける。

 去年やったのは喫茶店だったっけか。2年続けて同じクラスの奴も多いから、教室内は飲食関係の出し物は最初から遠慮がちな空気だった。

 

「ま、妥当なのに決まったわね」

 

 前の席からかがみが話しかけてくる。

 演劇では被るクラスも多いだろうしな。まぁ、楽しめそうな出し物で何よりだ。

 

「うーん、あたしは演劇やりたかったんだけどなー」

 

 一方、体を動かすことが好きな日下部は聊か不満が残るようだ。

 お化け屋敷はギミックに力を入れ、やってくる客を脅かすのが仕事だからな。アクティブな感じはないだろう。

 

「みさちゃん、お化け屋敷でも頑張ろうよ」

「おっし! メチャクチャ怖いのやんぞ!」

 

 峰岸が宥めると、日下部は漸くやる気を見せた。

 祭りごとが好きそうな性格だし、お化け屋敷自体に不満はないのだろう。

 

「お化け屋敷、やる」

 

 そこへ、しわすも会話に混ざってきた。

 以前ならあり得ない光景だったが、秘密を共有して以来自然に話すことが出来るようになった。

 更に、主に声の大きい日下部の働きかけで、クラス内にも少しずつ馴染むようにはなってきた。

 子犬についてはまだ内緒ではあるが、担任の桜庭先生も既に知っているから万が一バレても問題はなかった。

 

「しわすは顔怖いからそのままでもいいけどなー」

「みさちゃん、そういうこと言っちゃダメだよ」

「がおー」

 

 日下部の失礼極まりない冗談にも、しわすは脅かすそぶりを見せる等、ユーモアに返してくる。

 外見こそ不良もビビる強面の持ち主だが、中身は動物を懐かせる程ピュアな人間。それが月岡しわすだ。

 

「ところで、お化け屋敷と言えば、カップルの定番スポットですが~?」

「何が言いたい」

 

 日下部は含みのある笑みで俺とかがみ、峰岸を見る。

 つい最近知ったことだが、実は峰岸には既に恋人が存在するらしい。しかも、日下部の実兄なのだとか。

 

「しわす! アイツ等脅かすぞ!」

「がおー」

「やめい!」

「しわすも日下部に乗るな!」

 

 教室内にからかう日下部としわすに、突っ込む俺とかがみの声が響く。

 始業式の時からは打って変わって、C組は賑やかになっていた。

 

 

☆★☆

 

 

 夏休みが明けて、2学期を迎える。これでかえでの煩い声をまた聴く羽目になるのかと思うと、憂鬱で仕方ない。

 

「じゃ、まずはウチのクラスの出し物を決めるぜ!」

 

 そう言って、俺の憂鬱の元凶であるかえでは教室の前に立ち、全体を見回していた。

 この学校は来月に「桜藤祭」という学園祭をやるらしく、2学期が始まってからすぐにクラスで会議をしなければならない。

 今更だが、俺は祭が嫌いだ。騒がしいし、人混みが多い。そんな環境で、一体何を楽しめるのか。

 

「はい、じゃあつばめ君! 意見をどうぞ!」

 

 気怠い表情で窓の外を眺めていると、鬱陶しい司会進行から名指しされた。

 やる気のない奴から真っ先に意見を求めてどうする。

 

「かえで君をサンドバックにして殴る出し物がいいと思います」

「俺が痛いだけだから却下!」

 

 仕方なく即興で思い付いた意見を提示してみると、これまた即却下された。

 何だよ、却下するなら聞くなよ。

 

「うーん、意見がないと俺のお笑いショーになるけど。みなみ、どうよ」

「……それは、ダメだと思う」

 

 同じくクラス委員として選ばれた、不幸な岩崎はかえでの唐突なフリに困惑した顔で答えた。

 ああ、色んな意味でダメだな。

 

「んー、じゃあ真面目に考えるとして。皆がやりたい項目を紙に書いてもらって、抽選で決めるでいいか?」

 

 ネタが尽きたか、急に真面目な態度になったかえでは珍しく真面目な解決方法を発表した。

 いや、真面目に出来るなら最初からやれよ。

 

 人数分配られた紙に、それぞれが項目を書いていく。真面目に考える者、適当に済ませる者。どんな思惑を持っているか分かんない奴と様々な反応だ。

 そんな中、俺は「霧谷かえでの黒ひげ危機一髪」と書いて箱の中に入れた。

 俺の気を紛らわせる余興にはなるだろう。

 

「よし、これで全員分だな」

 

 やがて、司会進行の2人を含む全員分を集め終わり、かえでが箱を振って混ぜる。さて、鬼が出るか蛇が出るか。

 

「コイツだ!」

 

 そして、かえでは引いた1枚の紙を開き……首を傾げ、書いてあることを黒板に書き写した。

 どうやら、こう書いてあったらしい。

 

「えー、ヅカ喫茶? に決定しました」

 

 名前から喫茶店であることはまだ分かる。

 問題は、前置詞の「ヅカ」だ。一体何の意味を持っているのか。専門用語か?

 ふと視線を逸らすと、顔を真っ青にしてる田村の姿が入った。

 それで大体のことに納得した。あぁ、奴の仕業か。「ヅカ」はそっち方面のワードか。

 

「ひより。ヅカとは何だ?」

「ひぃっ!?」

 

 案の定、さとるにも勘付かれたらしく質問攻めにあう田村。

 こういう時に余計なことを書かない方がいいってことだな。一つ勉強になったよ。

 こうして田村ひより監修の元、1年D組の出し物はヅカ喫茶に決定した。勿論、俺は手伝わない。

 

 




どうも、雲色の銀です。

第15話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は桜藤祭編2nd、序盤でした!

2nd Seasonの桜藤祭はアニメ版の最終話を下敷きにしようと考えています。
が、パティは原作基準だと登場が来年度になってしまうので、残念ながらメインメンバーのチアダンスはなしの方向になります。

あと、主人公がさり気なく婿入りの準備を進めていましたが、爆死すればいいと思いました(笑)。

次回は、いよいよ3年陣が全員対面(予定)!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話「合流」

 2学期が開始してから、早一週間。

 校内は桜藤祭への準備に、本格的に動き出していた。

 昼休みになれば、演劇をやるクラスは教室内で練習に励み、他の出し物でも小道具の制作や各プランを練るのに四苦八苦する生徒の姿を見かけるようになった。

 そして、各クラス委員も休み時間に集められ、桜藤祭運営の注意事項や当日の予定等を話し合うことになった。

 

「悪いな、つかさ。俺の所為でまたこんな面倒なことに巻き込んで」

 

 集合場所の教室で、俺は改めて相方のつかさに謝る。

 今回つかさがクラス委員を押し付けられたのは、俺があきとのじゃんけんに負けた所為だ。

 好きな奴を巻き込み、俺としては罪悪感を感じていた。

 

「ううん、去年は私の所為ではやと君がクラス委員だったし、これでお相子だよ」

 

 だが、優しいつかさは俺を笑顔で許してくれた。

 去年はつかさが居眠りしていた為に押し付けられ、保護者役と化していた俺が相方として務めることになった。

 しかし、あれは別に俺が勝手にやったことだ。

 

「それに、はやと君と一緒ならいいかなって……」

 

 つかさは続けて、モジモジしながら可愛いことを言ってくれた。

 まぁ、何だかんだ言ってもつかさと桜藤祭を回れることに変わりはないんだし、そう考えるとクラス委員も悪くない気がしてきた。

 

「サンキュ、つかさ」

 

 恋人の可愛さと傍にいてくれることへの嬉しさに堪え切れず、俺はつかさの頭を撫でる。

 抱き着かなかったのは、ここが教室内だからだ。我ながらそこはよく制御出来たと思う。

 撫でられたつかさも、頬を赤く染めながら表情を緩ませる。ふにゃけた笑顔もまた可愛い。

 

「……そろそろ始めてもいいですか?」

 

 そのままつかさの頭を撫で回していると、冷たく声を掛けられる。

 教室の前を見ると、クラス委員を集めた実行委員代表が眉をヒクつかせながら俺達を見ていた。

 周囲も注目している辺り、どうやら俺達の雰囲気の所為で会議が始められなかったらしい。

 

「あー、はいはい。気にしないでどーぞ」

 

 じゃれ合いを邪魔された身としては不愉快でしかない。

 俺はやる気なさ気に手を振り、会議を進めるよう言った。

 

 

 

 会議が終わると、実行委員代表は何やらぶつぶつと小言を言いながら去って行った。

 俺がつかさとじゃれ合っていたのが羨ましいのか、そーか。

 

「やっ、はやと先輩」

 

 窮屈な時間を終え、漸くつかさとイチャイチャ出来る。そう考えていると、一組の男女が俺達の方に来た。

 

「かえでとみなみか」

 

 顔馴染みの後輩、霧谷かえでと岩崎みなみだ。

 ここにいるってことは、コイツ等もクラス委員として招集されたのだろう。1年からクラス委員とは、ご苦労なことだ。

 

「みなみちゃん達もクラス委員?」

「はい……」

 

 知っている顔がいて嬉しかったのか、つかさは俺の気になったことを即聞いた。すると、みなみが小さく頷く。

 無口で表情の薄いみなみと、ウザい程明るく表情豊かなかえで。実に好対照すぎる組み合わせだ。

 

「しっかし、はやと先輩とつかさ先輩って本当に付き合ってたんですね」

 

 さっきのやり取りを見ていたかえではまじまじと俺等を見る。

 そういえば、後輩達にはまだ言ってなかったっけ。

 

「この前からな。言っとくがやらんぞ」

 

 釘を刺すように、俺はつかさの肩を抱く。一応冗談のつもりだが、コイツを誰にも渡さないってのは本気だ。

 

「そんな面白い笑顔、奪いませんよ~」

「惚気……」

 

 かえでは若干引きつった顔で返してきた。振った話を惚気で返されるとは思わなかったようだ。まだまだ甘いな。

 その隣では、みなみが少し目を輝かせて眺めていた。女子たる者、恋話には興味あるか。

 

「んじゃ、お前等も頑張れよ」

 

 休み時間も終わりに近い。俺は適当に言葉を残し、つかさを連れて自分の教室に戻った。

 

 

☆★☆

 

 

 桜藤祭の準備期間でも、通常通り授業があるように掃除当番も必ず巡ってくる。

 順番が回ってきた俺とひよりは、現在溜まったゴミ袋を捨てようと裏庭を目指していた。

 

「重い」

 

 ゴミ袋を持ち運ぶ俺は、その重さと悪臭に顔を顰める。すると、隣を歩いていたひよりは珍しそうな表情で俺を見ていた。

 

「何だ?」

「あ、いや……石動君もそんな顔するんだなぁって」

 

 そんな顔、とは不快感に歪めている顔だろうか。

 今ここに鏡がないからどんな顔をしているのか自分では見られない。が、別に見る価値のある表情ではないだろう。

 

「俺の顔の何を気にする必要がある」

 

 寧ろ、俺が興味をそそられたのは、俺の他愛のない表情をひよりが気にしていることだった。

 

「いや、特に意味はないんだけど……石動君、感情が分からないって言ってたから」

「……ああ」

 

 なるほど。俺はひよりの言いたいことが何か理解した。

 つまり、俺が一時の感情を表情に出したことが珍しかったのだろう。

 

 俺は確かに「感情」を理解出来ない。喜怒哀楽や羞恥心、そして不快感等の原理が分からない。

 以前はそれが原因で、ひよりと騒動を起こしたこともあった。しかし、あのことを切っ掛けに、俺は感情を学ぶことにしたのだ。

 

「最近では、感情が表に出るようになった……かもしれない」

 

 今みたいに自然と出て来るものであって、俺が意図して出している訳ではない。

 なので、俺は未だに自分が感情に対して希薄なのだと考えていた。

 

「あれー、ひよりんじゃん」

 

 とりあえず、「不快感の表情」だけでも学んでおこうとさっきまでの感情を思い浮かべる。

 すると、廊下の向こう側から見知らぬ女子生徒にひよりが話し掛けられた。

 癖のある金髪に琥珀色の瞳、褐色肌の女子。何かの文献で見たことがある「ギャル」というものによく一致する特徴だ。

 

「あ、こうちゃん先輩。どうもッス」

 

 ひよりの方も相手を知っているらしく、頭を下げる。

 相手は先輩なのか。それにしても「こうちゃん先輩」とは変な呼び方だ。向こうも「ひよりん」と仇名で呼んだ辺り、仲の良い関係みたいだな。

 

「あー、掃除当番か。んで、そっちは?」

「同じクラスの石動さとる君ッス。石動君、こちら2年で漫研会長の八坂こう先輩」

「よろしくお願いします」

「おー、よろしく!」

 

 ひよりからの紹介を受け、頭を下げる。八坂先輩は中々フレンドリーな性格のようだ。

 しかし、まず第一に俺が気になったのは「漫研会長」の単語。ひよりが所属している漫画研究会の会長が、目の前にいる。

 

「実は、漫研に興味があります」

「おおっ!」

 

 興味があることを伝えると、八坂先輩は目を輝かせた。

 自分の会のことだ。興味を持たれればまず嬉しい……はず。

 

「ひよりん、新しい部員ゲット? やるじゃん~」

「いや、多分違うかと……」

 

 八坂先輩は喜ぶと同時に、ひよりの肘を小突く。実に明るく表情豊かな人だ。かえでに近い性質かもしれない。

 が、ひよりは困惑した表情で俺と八坂先輩を交互に見ていた。まぁ、部員になりたいと言った覚えはないのだが。

 

「んでっ、さとっちはどんなジャンルが得意?」

「ジャンル?」

 

 八坂先輩はひよりに構わず、俺に対して質問を投げかけて来た。……さとっちとは俺のことだろうか。

 ふむ、ジャンルと言われても多様にあるからな。

 

「サイエンスフィクション、史実を元にしたドキュメンタリー、ミステリーは得意といえば得意です」

「おおっ! かなり硬派だね~」

 

 読んだことのある文庫のジャンルを言うと、八坂先輩は満足気に頷いた。ひよりの言う「BL」や「GL」でなければダメ、ということでもなさそうだ。

 

「ってことは、もしかして原作を担当したり? それとも硬派な漫画を書けたり?」

 

 だが、八坂先輩のこの言葉に、俺の中の漫研への興味が一気に薄れていった。

 原作を担当や漫画を書く。これだけで、漫研が俺に何を要求しているのか分かったからだ。

 

「すみませんが、俺に物語は書けません」

「え?」

 

 先輩の期待を裏切ることになり、俺は謝罪を口にする。

 知識を得るだけの俺は、何かを新しく生み出すことは出来ない。それこそ、感情を理解していない俺には無理な話だ。

 そもそも、俺が漫研に興味を持ったのもひよりの頭の中のように、俺がまだ知らぬことを見れると思ったからだ。それを作れとなれば話は違う。

 

「あの、石動君は読み専なので、部員として興味があるってことじゃなくて!」

「あー、なるほどね。早とちりしてゴメンね!」

 

 ひよりのフォローに八坂先輩も納得し、勝手に盛り上がったことを詫びる。

 普通なら落胆するところだが、謝る辺りはやはりいい先輩なのだろう。

 桜藤祭でも漫研は作品を出すとのことで、読みに来ることを約束して、俺達は八坂先輩と別れた。

 

「済まない、手を煩わせた」

「へ?」

 

 ゴミを出し終えた帰り、俺はひよりにも謝罪した。

 俺の予想だが、あの時ひよりのフォローがなければ、俺と八坂先輩の話は拗れていた。

 何度も言う通り、俺は感情が理解出来ない。だから、俺の物言いは人の感情を逆撫ですることがよくあるのだ。

 

「適切なフォロー、感謝する」

「あ~、アレ? 気にすることないよ」

 

 苦笑するひよりだが、フォローの仕方が手馴れているようにも見えた。

 それも、人の感情をよく理解しているひよりならではなのだろうか。

 

「桜藤祭、待ち遠しく思えるようになった」

「そう?」

 

 きっと、桜藤祭の漫研にはひよりの作品も置いてあるはず。

 人の感情を心得ているひよりの作品だ。面白く、俺の興味を引くに値する作品に違いない。

 

「それが、「楽しみ」って感情だよ」

 

 ひよりはやや得意な顔で俺に教える。

 そうか……この待ち遠しい感情が「楽しみにする」か。また一つ勉強になった。

 

「ありがとう、ひより」

「どういたしまして」

 

 ひよりと話すようになってから、俺は感情の勉強が捗っている気がした。ひよりは正に名教師だ。

 

「ついでに質問、ヅカ喫茶の「ヅカ」とは何だ?」

「グッ!? そ、それは……」

 

 しかし、名教師にも教え辛いことがあるようだ。

 俺が感情を学び切るまで、まだまだ時間が掛かりそうだ。

 

 

☆★☆

 

 

 桜藤祭の出し物がお化け屋敷に決まったウチのクラスでは、各チームでギミックを組むことになった。

 大勢で仕掛けを決め、一斉に準備に取り掛かるのもいい。が、一度チーム別で取り掛かった方が効率が良かったのだ。

 

「被らないように考えるのは、中々骨が折れるけどね」

 

 苦笑するかがみも、チーム別の行動に賛成派だ。

 同じチームとなった俺とかがみ、日下部、峰岸、しわすは使えそうなギミックについて考えていた。

 が、かがみの言う通り他のチームと被ってしまっては元も子もない。

 各チームのギミック発表は明後日。万が一被ってしまった場合はそこで調整することになっているが、どうせなら被らない方が客の想像を超え、驚かせ易くなる。

 

「うーん、やっぱしわすが一発吠えればいいんじゃね?」

「それの何処に仕掛け要素があるんだ」

 

 考えることが苦手な日下部は、一番安直な方法を出すが、とても採用出来たものではない。

 まず、かがみのツッコミ通りギミックがない。お化け屋敷なのにただ人が吠えるだけでは話にならない。

 次に、しわす1人で吠えに行けば間違いなく不良と間違えられる。そうなれば、不良が屯してるお化け屋敷に入りたがる客もいないだろうし、しわす本人の評価も落ちる。

 

「月岡君は、何かいい案ある?」

 

 峰岸が尋ねると、しわすは何時にも増して険しい表情を浮かべていた。

 

「う~……鮫、蛇、皆怖がる」

 

 しわすの案は動物絡みのものだった。確かに、動物を題材にしたホラー映画は多くある。少なくとも、日下部の案よりは遥かにマシだ。

 しかし、しわすの案はお化け屋敷としてはイマイチだった。

 

「屋敷、しかもこの狭い教室内だ。鮫や大蛇は出しにくいんじゃないか?」

「ダメか……」

 

 苦言を呈すと、しわすは少し落ち込んでしまった。頑張って考えてくれたのだろう、俺はしわすに少し罪悪感を感じてしまう。

 しかし、いよいよ行き詰まりになってきた。

 在り来たりなホラー要素では、被るか費用不足で再現不能なのが殆どだ。

 

「はぁ、良い案ないかしらねー」

 

 案が中々浮かばず、溜息を吐くかがみ。

 だが同時に、大きな腹の音のようなものも聞こえてきた。

 周囲が考え込み、静かになっていた為に余計によく聞こえ、それは紛れもなくかがみの腹から聞こえたものだった。

 

「おー? 柊もしかしてまたダイエットかー?」

「いや、違っ! 今のは!」

 

 日下部に指摘され、かがみは狼狽えながら否定しようとする。

 男の俺にはよく分からないが、かがみは体重をよく気にする。1キロ増減するだけで一喜一憂し、ダイエットを心掛けようとするのだ。

 彼氏目線だが、全く太っているように見えないんだけどな。

 

「いやいや、今すごい音しただろー。どれどれ」

「ひ――ひやあああっ!?」

 

 にへら、と笑いながら日下部はかがみの脇腹を摘む。

 その瞬間、かがみは凄まじい悲鳴と共に日下部の頬を引っ叩いた。

 一瞬のショッキングな出来事に見ていた俺達は呆然とし、自業自得とは言え引っ叩かれた日下部は口をパクパクと動かしながら涙目で峰岸に縋っていた。

 

「ご、ごめん。つい……」

 

 かがみもショックが大きかったからか、すぐに日下部に謝った。

 日下部にとっては軽いスキンシップのつもりだったのだろう。やりすぎではあったが。

 

「痛そう」

 

 暴力沙汰が嫌いなしわすも目を点にして日下部を心配していた。

 うーん、どちらも悪いので片方に味方出来ないな、これは。

 

「かがみー、ダイエットしてるんだってー?」

「何度目ー?」

 

 と、そこへ空気を読まないこなたとあきがやってくる。どうしてそこでその話を掘り返すんだ、お前等は。

 

「お前等、大声で言うなっ」

「どれどれ、どのくらい育ったのかなー?」

 

 怒るかがみをスルーし、よりにもよってこなたは先程の日下部と同じようにかがみの脇腹を摘んだ。

 だから何で状況をより悪い方に持って行こうとするんだ!

 

「やると思ったけどな……お前等一度拳で教育が必要か?」

「「かがみん凶暴ー」」

 

 しかし、かがみはこなたを引っ叩きはせず、2人を叱るだけで済ませた。

 日下部のことがきっかけでクールダウンしたのだろう。惨事にならなくてよかった。

 しかし、ふと日下部の方を見ると、先程以上に落ち込んでしまっていた。

 

「あやのー……これもコミュニケーションの長さの差じゃろか」

「よしよし」

 

 自分との扱いの差に、別の意味でショックを受けてしまったようだ。

 俺の聞く話だと、日下部と峰岸はかがみと5年間同じクラスだったらしいが……。

 その内に、気付けばはやと達も合流し、C組にいつものメンバーが揃う形となった。

 そういえば、日下部達とこなた達は面識ないんじゃないか?

 

「やなぎー」

 

 本当に3年生メンバーが合流した現状を考えていると、あきが袖を摘んでくる。

 その視線の先には、しわす。それだけで、何が言いたいのかすぐに分かった。

 

「安心しろ。月岡しわすはお前等の思うような悪い奴じゃない」

 

 何故俺達のグループに、不良と恐れられている月岡しわすがいるのか。

 事情を知らないB組の面々なら、しわすを奇異の目で見るのは仕方ないと思う。少し前まで、俺等も同じ風にしわすを見ていたのだから。

 天原先生との約束を少し早く破ることになってしまうが、あき達なら何の心配も要らない。

 かがみとアイコンタクトを取り、俺はしわすを傍に手招きした。

 

「皆、月岡しわすは不良じゃない。しわすの噂には、大きな事情があるんだ」

 

 俺はしわすが校舎の裏庭で子犬を隠して面倒見ていること、しわすが育ってきた環境、不良と呼ばれてしまうようになった勘違いを洗い浚い説明した。

 最初は疑い半分で聞いていたあき達だが、真剣な表情の俺達に、信じざるを得なくなっていった。

 

「それがマジなら、俺……」

「最悪、だな」

 

 しわすの説明ならともかく、長い付き合いの俺やかがみの話だから、信じる気になったのだろう。

 疑っていたあきも、捻くれ者のはやとですら、罰の悪い表情で自分を責めていた。

 

「ゴメンね、月岡君……変な誤解をして」

「すみません、月岡さん」

「ごめんなさい」

 

 みちる、みゆき、つかさはすぐ、しわすに頭を下げてくれた。

 頭を下げられることに慣れてないしわすは、困った風な表情を浮かべていたが。

 

「俺、気にしない。けど、これで皆、友達?」

「勿論!」

「おう! よろしくな、しわす!」

 

 みちるとあきが満面の笑みでしわすに答える。他の皆も、頷いてくれた。

 また一度に大勢の友達が出来、しわすは嬉しそうに笑った。

 しわすの誤解も解いたところで、改めてB組とC組の顔合わせをすることになった。

 

「こっちがオタクのこなた、改めて妹のつかさ、学年トップのみゆき」

「体力バカのあき、面倒臭がりのはやと、お坊ちゃんのみちるだ」

 

 まずはB組の面子を簡単に紹介する。こうして見ると、濃い人物ばかりのような気がしないでもない。

 次にC組。こちらも濃さでは負けていないだろう。

 

「グータラの日下部……の保護者の峰岸、動物好きの月岡よ」

「よろしく」

「うん!」

 

 一通り紹介し終えると、早速みちるとしわすが仲良く握手を交わしていた。この2人、根は純粋だから仲間意識を感じるのかもしれないな。

 

「おう、ちびっ子。普段「ウチの柊」が世話んなってるみたいで。こんな時期だけどよろしくなっ」

「いやいや、こちらこそ「ウチのかがみ」がクラスで仲良くして貰ってるみたいで。よろしく~」

 

 一方、こなたと日下部は仲良くする素振りを見せつつ、何故かかがみを取り合っていた。どちらも「ウチの」を強調しているし。

 うーん、お気に入りの玩具を取り合う子供同士に見えなくもない。

 

「アホらし」

 

 当のかがみはというと、呆れ返っていた。本人の意見ガン無視だからな。

 ……彼氏の立場としては、ここで取り合いに参戦するべきだろうか。

 

「柊ちゃん、人気者だね~」

「えっ!? んなこと言われても、大体アイツ等は何か間違っていると言うか、所有権主張されても嬉しくないわよ」

 

 しかし、峰岸に指摘されるとかがみは照れくさそうに髪を指に絡めながら、素っ気無い態度で振舞おうとした。

 照れてるかがみは、正直に言って可愛いな。

 

「んー? 柊照れてんのー? 嬉しいのー?」

「かがみは可愛いね~」

「だからそんなんじゃ……さわんな!」

 

 そんなかがみの可愛さと本音はこなたと日下部にもバレバレだったようで、双方からからかわれることになったのだった。

 終いには髪で遊ばれる始末だ。やっぱ、かがみは玩具の扱いな気がする。

 何はともあれ、知り合い同士が仲良くなり、一層賑やかになったような気がする。

 特に、しわすが改めて俺達の輪の中に入れたことはとても喜ばしいことだ。

 

「一件落着、だな」

 

 こなたと日下部、かがみのやり取りを眺めていると、あきが話しかけてきた。

 確かに、一件落着で肩の荷が下りた感じはあるな。

 

「しわすのこと、話してくれてありがとな」

 

 あきは珍しく、真面目な態度で話した。それもそのはず、あきは友人に対しての情は厚い。いつもはふざけているが、友人のことを思いやることの出来る奴だ。

 

「そう思うなら、お前が子犬を引き取ってやれよ」

「いやぁ、ウチはペット禁止なんよ。親父が食いそうになるから」

 

 どれだけ豪快なんだ、お前の父親は。

 犬を食いそうな人間のいる家には預けられない。そんなことをすれば、しわすはショックで寝込みそうだ。

 

「……ま、今後はアイツの手助け、何か考えとくよ」

「不用意に秘密をバラすなよ」

「お、おう」

 

 あきのことだ、きっと何かの拍子に秘密をベラベラと話すかもしれない。

 一応忠告しておくと、あきは顔を引き攣らせながら頷いた。コイツは……。

 合流し、仲良く談笑する仲間達を見ながら、山積みになっている問題を憂う俺であった。




どうも、雲色の銀です。

第16話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は桜藤祭編2nd、3年合流回でした!

原作では冬辺りに顔を合わせていましたが、今後の展開用に早めさせて頂きました。
友達増えるよ!やったね、しわすちゃん!

あと、こうちゃん先輩が初登場しましたが、特に役割はないです。
絡む相手が少ないのが悩みどころです。

次回は、いよいよ桜藤祭編メインで動く2人の回!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話「追い付かない理想」

 今日も一日が無事に終わり、私はお風呂に入って疲れを取っていた。

 最近は桜藤祭の準備や、クラス委員の仕事でより忙しい日々を送っている。

 特に、私のクラスがやる「ヅカ喫茶 風組」は私とゆたかが衣装を着て働くことになっている。なので、採寸合わせや接客の練習に時間を割かれるようになった。

 

「はぁ……」

 

 ふと、湯船に浸かる自分の身体が目に入り、溜息を吐く。

 女らしくない身体は私のコンプレックスの一つだった。平坦な身体の所為で、私はよく女として見られない。現に、喫茶店の衣装も男装みたい。正直、似合いたくなかった。

 もう一つのコンプレックスは、上手く表情を作れないこと。その所為で、何もしていないのに怒っていると勘違いされる。

 ゆたかやみゆきさんは私のことを分かってくれるけど、今でも男子は私を「雪女」だと避けることがある。

 こんな私が、喫茶店で接客なんて出来るのだろうか。

 

『岩崎は笑ったら絶対可愛いと思うけどな』

 

 こんな時に、かえでが前に言ったことを思い出す。

 笑ったら可愛い、だなんて誰にも、増してや異性に言われたことなかった。

 聊か強引すぎるような彼の行動は私には理解出来ず、戸惑ってばかりだ。

 

「……こう、かな?」

 

 お風呂場にある鏡に向かって、何となく笑ってみる。けど、自分で見ても表情に大きな変化は見られない。

 

「……やめよう」

 

 大した進歩が見られず、私はお風呂から上がる。

 こんな私でもかえでの言う通りに、満面の笑顔になれる日が来るのだろうか。

 

 

 

「みなみちゃん、おはよう」

 

 翌朝、教室で何かワクワクした様子のゆたかに会う。

 他の皆も騒いでいるようで、何かあったみたい。

 

「あのね、田村さんが衣装出来たから持って来てくれたの。だからこれから衣装合わせしようって」

 

 ゆたかの言う通り、騒ぎの中心には色鮮やかな洋服を持った田村さんがいた。

 喫茶店の衣装は、田村さんのお兄さんが洋服作りを得意にしているので、作ってもらうことになっていた。

 騒いでいるクラスの女子達は、衣装の完成度を褒めているようだ。

 因みに、男子は女子の衣装合わせのために追い出されたみたい。

 

「……分かった」

 

 私は頷き、鞄を置いて衣装を受け取りに行った。

 田村さんの持っている服は、赤いドレスと白いタキシード。

 どちらもプロが作ったんじゃないかという程、綺麗に仕上がっている。女としてはこういう時にドレスを来てみたい。

 

「おはよう」

「あ、岩崎さんおはよう。早速衣装合わせで悪いんだけど、岩崎さんのはこっちね」

 

 田村さんと朝の挨拶をすると、早速衣装を手渡される。

 私の衣装は、白のタキシードの方だった。

 

「で、ゆーちゃんがこっち」

「ありがとう、田村さん」

 

 続いて、田村さんはゆたかに赤いドレスを渡す。

 最初からそうだって聞かされていたし、分かってもいた。赤いドレスは私が着るのには丈が小さい。

 そもそも、ドレスは私には似合わないだろう。女の子らしく、可愛いゆたかの方が似合うはずだ。

 それでも、少し残念に思ってしまう。

 

「キャー!」

 

 着替え終わると、周囲から黄色い悲鳴が聞こえる。

 タキシードは思った通り着易く、サイズも私の背にピッタリだった。

 鏡で見ても、私はドレスよりタキシードの方が似合うと自分でも思う。

 一方、ゆたかもドレスが想像以上に合っていた。

 髪の色とドレスがマッチングし、フランス人形を思わせる可憐さだった。

 同じ女性として、羨ましく思える程。

 

「本当の宝塚みたい!」

「2人ともよく似合ってる!」

「極上のネタキタァーッ!」

 

 2人並ぶと、女子達が携帯で写真を撮り出す。田村さんに至っては何故か絵を描いている。

 すっかり囲まれてしまい、私もゆたかも顔を真っ赤にして撮られるがままになってしまった。

 

「み、みなみちゃんすごく格好いいね。本当の王子様みたい」

「……ゆたかも、とても似合ってる」

 

 ゆたかとお互いを褒め合うと、女子達が更に歓声をあげる。

 ゆたかは満更でもなさそうだけど、私は内心複雑だった。

 褒められることは素直に嬉しい。けど、男装を褒められて喜ぶべきかどうか。

 

「おーい! もう入っていいか―?」

 

 その時、教室の外からかえでの声が聞こえた。

 女子達だけで盛り上がってしまい、男子を追い出したままだったのを忘れていた。

 

「あはは、ゴメンゴメン。いいよー!」

 

 許可を得て、男子がぞろぞろと教室に入ってくる。

 皆不服そうだったが、衣装を着た私達を見て感嘆の表情へと変わっていく。

 

「すげぇ、よく似合ってんじゃん」

「小早川、お姫様みたいだな」

 

 男子からも褒められ、ゆたかは顔を更に赤くする。

 これなら、喫茶店でも成功しそうで安心した。

 

「岩崎は男みたいだな」

「男装の麗人って奴?」

「小早川が姫なら、岩崎は王子だな」

 

 しかし、私は男装をしているので、そんな褒め言葉はもらえない。

 勿論、悪気のある台詞ではないのだろう。けど、何か違う。

 

「みなみはドレスじゃないのか」

 

 ふと誰かが言った言葉が、私の中にすっと入ってくる。

 他の誰も気付かないのに、何故私にだけはっきりと聞こえたのか。理由は分からない。

 けど、言い放ったかえでの様子は、少しつまらなそうだった。

 私がタキシードを着ることは話し合いで皆知っていたし、もしドレスを着てもゆたかのように似合うはずがない。

 それでも、彼は私のドレス姿を見たかったんだろうか?

 

 授業までそろそろという時間になると、私達は再び男子を追い出して、制服に着替え直す。

 田村さんに返したドレスとタキシードを一瞥して、私はかえでの言葉の意味を考えていた。

 

 

☆★☆

 

 

 最近は昼休みになると、クラス委員は呼び出されてしまう。

 要件は、桜藤祭当日の見回りの順番やら、プリントの配布やら、様々だ。

 去年も経験してるからある程度は分かっていたが、面倒臭いものは面倒臭い。

 

「でも、集まりもこれで終わりだよね」

 

 隣を歩くつかさの言う通り、今日で昼休みの集まりは一先ず終わりのはずだ。

 後は前日までクラス委員の表立った仕事はなく、ひたすら雑用に使われるだけ。

 

「また、小道具係に扱き使われるのか」

「で、でも今年は道具も少ないし!」

 

 去年のことを思い出し、溜息を吐くとつかさがフォローする。

 ウチのクラスは、今年は「占い館」をやることになっていた。

 占い館って何だよ、やることがアバウトすぎるだろ、というツッコミはなしとして。

 占いに使う道具は各自で用意することになっているので、小道具は教室の飾りつけぐらいしかない。

 よって、雑用の仕事もそこまでないだろう。

 

「ま、労働時間は少ないだろうな」

 

 そう言って、俺はつかさを抱きしめる。

 イチャつきがすっかり習慣となり、一日に1回は抱き着かないと、落ち着かなくなってしまった。所謂つかさ依存症だな。

 

「はやと君、授業始まっちゃうよぉ……」

 

 急に抱き着かれて顔を真っ赤にするつかさが可愛くて、離す気が全く起きない。

 俺にとっては、授業よりつかさだ。

 

「もうちょいこのままがいい」

「あぅ……」

 

 俺の我が儘に、つかさは黙り込んでしまう。真面目なことを言ってても、嫌がらずに腕を回してくるあたり、つかさも習慣になってしまったようだ。可愛い奴め。

 

「つかさ……」

「せーんぱい。学校内では程々に!」

 

 つかさの感触にまったりしていると、突然後ろから声を掛けられる。

 不意打ちに驚き、思わずつかさを離してしまった。

 

「邪魔すんなよ、かえで」

 

 至福の時間を邪魔され、俺は背後でニコニコしているかえでを睨んだ。そういえば、コイツもクラス委員の帰りだったっけか。

 

「は、はやと君……」

 

 解放されたつかさがオロオロし出す。

 険悪なムードだが、喧嘩をするつもりはない。ただ、ちょっと先輩として、人の恋路を邪魔をする奴は馬に蹴られるってことを教えてやるだけだ。

 

「いいか、他人の恋愛に首を」

「説教はいいですけど、後ろのお方はいいんですか?」

 

 かえでに背後を指差され、俺は漸く違和感を感じた。

 何か、どす黒いオーラを感じるというか、馬に蹴られるどころの騒ぎじゃないことが起きるような気が……。

 

「廊下のど真ん中でイチャついて、随分な御身分じゃない。はやと」

 

 油の切れた機械のようにゆっくり振り向くと、指を鳴らして仁王立ちするツインテールの鬼がいた。

 

「……つかさ、逃げるぞ」

「ふぇっ!?」

 

 身の危険を感じ、俺は即座につかさの手を掴んで逃げる。この瞬間、0.6秒。

 このまま、授業時間まで全力で鬼ごっこをすることになってしまった。おのれ、かがみめ。

 

 

☆★☆

 

 

「あの2人は仲良すぎだよな」

 

 教室までの帰り道。プリントを抱えたかえでが、はやと先輩達のやり取りを指して笑う。

 みゆきさんから聞いた話だと、2人が付き合い出したのはこの前の夏休みからだそうだ。

 もっとも、2年生の時から仲はよかったみたい。

 確かに最近は仲良過ぎだと思うけど、恋仲同士というのは憧れる。

 自分のことを好いてくれて、大切に思ってくれる存在。

 私の近くにいる人では、真っ先にみちるさんが思い浮かぶ。幼馴染で、私にとっては兄のような人物。

 けど、みちるさんにはみゆきさんがいる。それに、恋の相手として今まで考えたことはなかった。好きだけど、あくまで兄のような存在。

 

「なぁ、みなみ」

 

 他愛のない考え事をしてると、かえでが再び話しかけてくる。

 かえでは本当にお喋りが好きみたい。私や湖畔君が話さないからだと思うけど。

 

「ドレス、着ないのか?」

 

 どうやら、今朝の話をまだ引き摺っているみたいだ。

 田村さんのお兄さんも、私に合うサイズのドレスは作っていないし、無表情な私では似合わない。

 

「……私の衣装は、タキシードだから」

 

 私が困った風に言うと、かえでは未だに納得しない様子で溜息を吐く。

 一体、何が気に入らないんだろう。私にはタキシードすら似合わなかったんだろうか。

 けど、かえでの考えていることは私の想像とは全然違った。

 

「いや、衣装の話じゃないんよ。タキシードは似合ってるし」

 

 似合っているのなら、何も問題はないんじゃあ……。

 かえでの言いたいことが分からず、私は首を傾げる。

 

「要は、みなみがドレスを着たいんじゃないかって話」

「え……」

 

 予想外の話に、私は思わず抱えていたプリントを落としそうになる。

 

「どうして、そう思ったの……?」

 

 何故、かえでがそんなことを聞くのか。どうして、私の図星を突くことが出来たのか。

 分からなくて、私はかえでに尋ね返す。

 

「だって、ゆたかのドレスを羨ましそうに見てたじゃないか」

 

 かえでは私の問いにあっけらかんと答えた。

 ゆたかをそんな風に見ていたのか、自分でも分からない。けど、私は何故だか否定出来なかった。

 

「……早く戻ろう」

 

 だから、私は早足で教室に向かった。

 私が着たいと思っても着れないだろうし、着ても似合わないことに変わりなかったから。

 

 

「絶対、似合うだろ」

 

 

 かえではネガティブな私に、ストレートに訴える。

 いつも真っ直ぐな瞳で、ブレない言葉で、私に根拠のない意見をぶつけてくる。

 どうして、そこまで私に構ってくれるんだろう。

 自然に関係の出来てたゆたかとは違う。かえでは、制止を無視するかのように私の中へ入ろうとしてくる。

 

「私は、似合わないと」

「考えるな、感じろ」

 

 遂には私の言葉を遮って、かえでは私の目を見つめて話す。

 廊下の壁に追い詰められて、私は逃げ道を失う。

 かえでは、いつもそう。他人の為、笑顔の為に必死に言葉を投げかけてくる。

 湖畔君とのやり取りを見ていれば分かるように、それは一方的なキャッチボールだ。

 でも、かえでは他人の為に全力投球してくる。謙遜も、偏見もお構いなしに。

 

「お前は着たいのか、着たくないのか。似合う似合わないなんて、今はどうでもいい」

 

 だけど、かえでの投球は私には強すぎる。

 周囲の偏見も、コンプレックスも無視することなんて、私には出来ない。

 

「……別にいい」

 

 私が答えるのと同時に、授業開始のチャイムが鳴る。

 かえでを置いて、私は急ぎ足で教室に駆けていった。

 この日から桜藤祭まで、私はかえでを避けるようになった。

 




どうも、雲色の銀です。

第17話、ご覧頂きありがとうございました。

今回でお分かりの通り、桜藤祭編2ndの中心は、かえでとみなみです。

みなみは原作やアニメだとあまり自分を出さない印象でしたので、動かし方がよく分からず苦労してます。
その結果、何故だかコンプレックスと周囲の偏見を抱える重たいキャラに……。ごめんよ、みなみ。
でも、胸のこととか気にしてるからそんなに間違っても(ry

次回は、桜藤祭当日!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話「各々の桜藤祭」

 みなみと喧嘩別れするような形になったまま、俺は桜藤祭前日まで来てしまった。

 教室でも、クラス委員の集まりでも、みなみは俺と会話を交わすどころか視線も合わせてくれない。

 俺の言い方が少しキツ過ぎたのだろうか。

 

『……別にいい』

 

 自分の部屋の机に頬杖を突きながら、最後に聞いたみなみの言葉を思い出す。

 俺はみなみがドレスを着たかったんじゃないかと確信していた。女なら、ゆたかの衣装のような煌びやかなドレスは憧れるだろう。

 俺は女じゃないからその辺については推測でしかない。

 が、試着した時のみなみの視線はタキシードではなくドレスを追っていた。だから、みなみが着たがっていたことは確信出来た。

 勿論、みなみはタキシードもよく似合う。男装の麗人がピッタリ当てはまる程に。クラス全員に聞いても、みなみはドレスよりタキシードが似合うと答えるだろう。

 

「けど、そうじゃねぇんだよな」

 

 本人が着たいかどうかは、似合う似合わないの問題と関係ない。

 そんな我侭がみなみには足りないんだ。

 周囲の意見と、自分自身のネガティブな考えに流され、着る前から諦めている。

 そんなことじゃ、何時まで経ってもみなみの笑顔を見ることは出来ない。

 俺は引き出しから、ピエロの仮面を取り出す。

 道化以上に愚かな自分を知ったあの日から、俺は人の笑顔を作るピエロになりたかった。

 仮面を着ければ、そこからは俺のショータイム。コンプレックスも忘れるほど、笑わせるのが俺の仕事。

 

「既にショーの支度は整っている」

 

 全ては明日。1人のお客を笑顔にする為、スマイルメイカーは動き出す。

 

 

☆★☆

 

 

 桜藤祭当日。

 天気は晴天。雲もなく、イベントには丁度良い日になった。

 と行っても、ウチのクラスは外で何かやるようなことはないのだが。

 

「締まって行こうぜ!」

 

 本来のまとめ役であるみゆきではなく、盛り上げ役のあきが号令をかける。こういう場によく似合う奴だからな。

 ただ、今年は演劇ではなく占い館。前半と後半の当番に分かれ、それぞれ胡散臭い占いをするのだそうだ。

 因みに、あきは占いとかには向かないので客引き担当だ。

 

「頑張ろうね、はやと!」

 

 やる気のない俺に、みちるが話しかける。

 みちるは家にあった本を頼りに、タロット占いをするつもりらしい。カードを切る手付きが覚束ないけど。

 しかし、問題はそこではない。何故かみちるは、フリルの付いたピンク色の服装で、手には鳥の頭みたいな飾りのついた杖を持っていた。

 

「お前、魔法少女か何かか?」

 

 少なくとも、占い師ではない。

 指摘すると、みちるは顔を赤くして帽子を深く被った。

 実は、この衣装はこなたが用意したものだった。みちるがタロット占いをすると言った途端、何処かから引っ張り出してきたのだ。

 まぁ、顔付きが女みたいなだけあって、みちるの服装自体はよく似合っていた。男子の人気は取れそうだ。

 

「タロットと言ったらカー○キャプターだよね~」

「占いの時の言葉は「レリーズ」だからな!」

 

 こなたとあきがみちるにいらん入れ知恵をする。

 こなたの服装も、陵桜とは違う制服に三角帽子とマント。手には先端に星が付いた小さい杖と、何かのコスプレのようだ。

 みちるのコスプレよりはマシだが、やはり占い師ではない。

 

「んじゃ、俺達は行くからな」

「皆、頑張ってね~」

 

 玩具にされているみちるを見捨て、俺とつかさは一度クラス委員の集まりがある教室へ向かう。

 実は、つかさも占い師役にされそうになったのだが、肝心の占いが使えそうになかったのでお役御免となった。

 例えば、せんべいを割って、割れ方で運勢を決める「せんべい占い」だとか。

 

「つかさ、後で占ってくれよ。せんべいで」

「そ、それはもういいから~!」

 

 冷やかすと、つかさは恥ずかしそうに手を振る。

 適当に思い付いただけだろうからな。実践には程遠いだろう。

 からかうのをやめた俺は、ふとポケットから手帳を取り出し、あるページを開く。

 

「……蟹座のあなた」

「私?」

 

 まるで占い師のように、つかさを指差す。

 7月7日生まれのつかさは蟹座だ。

 

「今日の運勢は良好。絶好のデート日和でしょう。獅子座の彼氏と一日、仲良くデートをすると運気がアップします、と」

「……あっ!」

 

 全部言い終わると、つかさは何かに気付いたように俺の手帳を見る。

 俺が開いていたページには、今言ったことが書いてあった。

 ま、占いのように見せかけたデートの誘い文句なんだけどな。昨晩考えた口説き文句なのに、あっさりバレたか。

 

「んで、どうする?」

「……うん」

 

 つかさは顔を真っ赤にしながら、指を絡ませてくる。

 台詞が臭かった気もするが、こんなに可愛いつかさが見れるならいくらでも言ってやる。

 

 イチャつきすぎて、また実行委員代表に怒られることになったけど。

 

 

☆★☆

 

 

 カーテンで窓を覆った教室内は一層暗くなり、ベニヤ板で作った壁が迷路のように並んでいた。

 おどろおどろしいBGMや冷たい風を送る扇風機のおかげで、お化け屋敷の雰囲気がより引き立てられる。

 

「順調だな」

 

 教室の外に出来ていた行列を見て、ウケていることに安心する。

 開場から30分でこの客の入りだ。一番取っ付きやすいアトラクションということもあるが、教室から出て来た客の様子からもお化け屋敷が成功していることが伺える。

 

「客引きいらないんじゃないかってくらいよ」

 

 客引き担当のかがみは、仕事が殆どないことに苦笑する。

 かがみの衣装は白装束姿と、白髪頭に蝋燭を鉢巻で巻き付けている。ある有名な邦画に出て来る、老婆の格好だ。

 

「……改めてすごい恰好よね」

「お前もな」

 

 俺の姿を見て、かがみは冷静に言い放つ。

 丼のような帽子に道士服、顔の左半分を隠すように札を貼っている。所謂、キョンシーという奴だ。

 かがみもだが、俺も大概な格好をしていると思う。

 

「ま、アイツ等よりはマシだろ」

「そうね」

 

 俺達は中で今も客を驚かしている友人2人を思い浮かべる。

 客引きの仕事があるかがみを残し、中に戻るとその2人は絶好調な仕事ぶりを見せていた。

 最終的に俺達が思い付いたギミックは簡単なものだったが、中々の高評価だった。

 

「ばぁ~」

 

 それは、蝙蝠のように上からぶら下がり驚かすというもの。

 よって、日下部の格好は蝙蝠人間になった。牙の生えた口から血(トマトジュース)を滴らせ、腕には茶色い翼が付いている。

 客の意表を突けるので、中々の悲鳴率を誇っていた。

 そしてもう1人、しわすは日下部の動きに合わせ、釣竿で吊るした蝙蝠の人形を客に向けて飛ばせていた。

 単なるオプションだが、蝙蝠人間らしさを出す、いいスパイスになる。

 

「やったな、しわす!」

「やった!」

 

 悲鳴を上げて去っていく客の姿に、日下部としわすはハイタッチを交わす。

 正直、考案者の俺ですら想像以上の効果に驚いている。

 

「こっちも順調そうだな」

「おうよ! 冬神!」

「俺達、いっぱい悲鳴、あげさせてる!」

 

 様子を見に来た俺に、自信満々な2人。

 コイツ等のコンビネーションの良さも、効果を生み出している要因の一つなのだろう。

 

「そういえば、あやの、何処行った?」

 

 しわすの言う通り、峰岸の姿が見えない。

 始まったばかりの時は包帯を巻いたミイラの格好をして、ここで日下部達の活躍を見ていたはずだ。

 

「あやのなら、兄貴を迎えに行ったんだろ」

 

 真面目な峰岸がいないということは、日下部の言う通り彼氏を迎えに行っているのだろう。

 高校最後の学園祭なのだ。見張りの必要もなさそうだし、恋人同士で自由にさせてやるのもいい。

 

「ところで、冬神は柊といないでいいのか~?」

「ほっとけ」

 

 俺にまで話を振ってくる日下部。

 俺が離れれば、いざという時に支障が出るかもしれない。

 それに、かがみとは午後に出るので何の問題もなかった。

 

「余計なことを言ってないで、準備しろ。次、来るぞ」

「へいへい」

 

 客が入って来たので、俺達はそれぞれ持ち場に戻る。

 やはり、見張りは1人くらいいた方がよさそうだな。

 

 

☆★☆

 

 

 俺は退屈そうな表情で桜藤祭を回っていた。

 本来、俺は祭が嫌いだ。人々が騒ぎ、人混みに溢れる。静寂が好きな俺には、居辛い雰囲気だ。

 今日だって、以前の俺だったらサボっていただろう。今日いなかったからといって、退学になる訳じゃあるまいし。

 

「何で来たんだか……」

 

 来たら来たで、仕事を手伝えばよかったのかもしれない。

 しかし、生憎ながらウチの出し物は「ヅカ喫茶」という謎の喫茶店だ。

 接客が苦手な俺では手伝いにならん。それどころか、教室内の異様な空気に胸焼けを起こしそうになり、抜け出してきたのだ。

 

「せめて、誰か連れて来るべきだったか」

 

 これだけ周囲に人間が多いのなら、1人増えたところで変わらないだろう。

 しかし、さとるは田村と一緒に漫研へ行き、かえでと岩崎はクラス委員の見回り。ゆたかはどうせ仕事。

 結局、1人になるしかなかったのだ。

 

「……はやと先輩のところに首を出すか?」

 

 はやと先輩は、かえで達と同様クラス委員でいないはず。余計に顔を合わせることもない。

 俺はパンフレットを開き、先輩のクラスの出し物を確かめた。

 

「占い館……」

 

 出し物の文字を見た瞬間、俺はパンフレットを閉じた。

 占い、ましてや素人のなんかやる気にならん。

 またやることがなくなり、俺は適当に歩き出す。

 

「おーい!」

 

 すると、突然背後から誰かを呼ぶ声が聞こえた。

 どうせ俺じゃない。無視だ無視。

 

「つばめー!」

 

 だが、そう思ったのも束の間。

 聞き慣れた声で名前を呼ばれてしまい、俺は嫌そうな表情で振り向いた。

 

「黙れ」

「出会い頭から酷っ!」

 

 クラス委員の見回りをしていたはずのかえでが、俺にツッコミを入れた。

 お前相手に酷いもクソもあるか。

 そういえば、相方のはずの岩崎の姿が見えない。最近、話もしていないようだが、喧嘩でもしたのだろうか。俺には関係ないが。

 

「仕事サボって何か用か」

 

 かえでのウザい挙動を無視し、俺は冷たい視線を浴びせながら要件を一応尋ねた。

 もし、これでつまらん用事だったら窓から投げ捨ててやる。

 

「残念だが、これも仕事だ。まずは付いて来てくれ」

 

 すると、かえでは珍しく真面目な顔で俺を何処かへ連れて行こうとする。

 真剣なかえでが珍しすぎたからか、やることのない俺は付いて行くことにした。

 

「そうだな……今日一日、俺の前で余計なことを喋らないなら、手伝ってもいいぞ」

「分かった!」

 

 折角のかえでの頼みだ。何か条件を付けなければ勿体ない。

 かえでは了承すると行き先を言わず、グイグイと先へ進む。

 そういえば、行き先もまだ聞いてなかった。

 

「おい、何処に行くつもりだ?」

 

 尋ねるも、かえでは口を閉ざしたまま足を止めない。

 チッ、黙ってろという条件が無駄に働いたか。

 

 

 

 かえでに連れて来られた場所は、体育館だった。

 但し、何故か外から回って入ったが。

 今の時間、体育館では軽音部のライブが行われているはずだ。仕事と言ったが、裏方の作業なのだろうか。

 

「ここだ。どうしても、お前に手伝ってもらいたい」

 

 体育館の舞台裏で、かえでは俺に向き直る。

 幕でもぶっ壊れたのか?

 それとも、警備担当が足りなくなったのか?

 ライブ目当てで、クラス委員の仕事を変われというのも考えたが、わざわざ会場まで連れてくる理由もない。

 かえでの意図が読めず、俺は顔を顰める。

 

「お、君が繋ぎのボーカルかい?」

「……は?」

 

 その時、軽音部の奴が集まり出し、俺に声を掛ける。

 繋ぎのボーカル? 一体何の話だ?

 ここで漸く、かえでが俺を連れて来た理由が分かった。

 

「一曲だけ、歌ってくれ」

 

 この後説明された状況はこうだ。

 軽音部ボーカルの奴が腹を下してしまい、ライブ開始まで到着が間に合わない。

 だが、客は続々と入り出し今更ライブ開始の延期を言い出せない。

 そこで、繋ぎのボーカルをたまたま通りかかったクラス委員のかえでと岩崎に要求。

 仕事を抜け出せないかえでは、代わりを連れてくると奔走することに。

 で、暇そうな俺に白羽の矢が立ったと。

 

「ふざけんな」

 

 意味不明な頼みごとにキレて、俺はかえでの胸倉を掴む。

 暇そうだったとはいえ、賑やかな場所が嫌いな俺に頼むか普通。

 しかし、ライブ開始までもう時間はなく、今から新しいボーカルを探す時間はない。

 岩崎も、軽音部の連中も俺に視線を集める。

 ここで断れば、恨みを買うだろうな。

 嫌われたかった俺には絶好のチャンスだ。

 

「……下手糞でも、文句言うなよ」

 

 かえでを離すと、俺は軽音部のジャケットを乱暴に受け取る。

 軽音部の連中は嬉しそうに頭を下げ、岩崎も安心したような表情になる。

 何なんだ、全く。ゆたかのお人好しが、俺にまで移ったか。

 

「サンキュー、つばめ」

 

 苦しそうに咳き込みながら、元凶のかえでが礼を言う。

 俺が出した条件をもう破ってるじゃねぇか。

 

「一曲だけだからな。後は知らん」

 

 ジャケットに袖を通し、曲リストに目をやる。

 多分偶然だが、一曲目は俺が知っている曲だった。これなら、歌詞を見なくても歌える。

 

「最初の曲を歌う」

 

 俺の言葉に軽音部の連中は頷く。幕の向こう側では、司会進行の奴が繋ぎに関する説明をしていた。

 ご丁寧に俺の説明付きだ。きっと俺の説明はかえでが用意したんだろう。

 ふと舞台袖を見ると、かえでと岩崎、そして何故かゆたかまでいた。

 これもかえでの仕業か。何を考えてやがるんだか。

 改めてかえでを殴ることを決めると、幕が開き出したので前に集中する。

 仕方ない、ここまでやられたのなら腹を括るか。

 

 

 

 曲が終わると、会場内は拍手の音に包まれた。

 普段ならウザがるのだが、息を整えるのでそれどころではない。

 一曲歌いきるのに、ここまで体力を使うとは思わなかった。カラオケも行かないしな。

 

「素敵な歌をありがとうございました! それでは皆様、つばめさんに大きな拍手を!」

 

 司会進行の声と、会場から鳴り止まない拍手が俺を舞台から送り出す。受けが良くて何よりだな。

 舞台袖で戻ってきたボーカルにジャケットを渡し、俺は椅子に座って暫く休んだ。慣れないことをやると余計に疲れるいい事例だ。

 

「お疲れ様、つばめ君」

「……お疲れ様」

 

 すると、ゆたかと岩崎が水とタオルを持って来てくれた。これぐらいの労い、飛び入りの助っ人にはあって当然だ。

 

「しっかし、つばめがあんなに歌が上手かったとはなぁ」

「うん、すごかった!」

 

 隣で戯言を言うかえでに、ゆたかが大きく頷く。

 そこまで上手かったか? 自分の歌声なんてよく聞かないので、自分では分からない。

 

「ラストにもう一曲歌わね?」

「殺すぞ」

 

 調子に乗ったかえでを一睨みし、俺は体育館を後にした。こんなこと、俺は二度とゴメンだね。

 注目されるのも勘弁願いたいので、このままゆたかを連れて教室に戻って行った。

 勿論、仕事は手伝わないけど。

 

 

☆★☆

 

 

 軽音部のピンチを救い、俺達は再び見回りに戻る。

 しかし、本当につばめの歌が上手いとは思わなかった。人って奴は意外な才能を持ってるモンだな。

 客席の中にはつばめの歌に痺れた子もいたらしく、謎のボーカルにきゃあきゃあと騒ぎ合っていた。こりゃ、本来のボーカル形無しだ。

 

「アイツも素直じゃないよな~」

 

 俺は歩きながら、さっさと戻ってしまったつばめのことを話す。

 けど、みなみは一言も喋らず黙々と見回りの仕事をするだけだった。

 やっぱ、あの時の言い合いが原因なのか、出会ったばかりの頃みたくなっちまった。

 こういう時、さとるみたいに相手の考えを読む能力があればどんなに楽か。

 

「そろそろ、見回りが終わる時間だな」

 

 一方的に話す俺と、顔すら向けずに頷くだけのみなみ。周囲には、どう見えていたのだろうか。

 勿論、俺はこのままで今日を終える気なんて更々ない。

 

「昼飯、一緒にどうだ?」

「……いい」

 

 まずは昼飯の誘いをしてみるも、玉砕する。

 久々に岩崎と会話出来たのは嬉しいけど、内容がこれじゃあな。

 

「んじゃあ、ちょっとだけ俺に付き合え」

 

 ならば、と強引に話を進める。

 ピエロってのは時にショーを強引に進めることも重要だ。

 

「田村も待ってるし、俺に付いてくる以外はお前が決めろ」

 

 田村の名前を出すと、みなみはピクッと反応する。他に人間がいるのなら話は別のようだ。

 あくまで、みなみが避けているのは俺だけ。現に、さっきもあんなに苦手そうだったつばめに対し労いの言葉をかけてたし。

 

「……付いていくだけなら」

「おう」

 

 みなみはやっと俺の顔を見て、了承してくれた。

 約束を取り付け、俺達は一度実行委員本部に戻る。これでやっと、全ての支度が整った。

 さ、ここからが俺のショーの幕開けだ。




どうも、雲色の銀です。

第18話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は桜藤祭、前半でした!

つばめのライブシーンは、チアダンスの代わりにぶち込みました。
この時歌っている曲は、シドの「レイン」という曲をイメージしてます。鋼の錬金術師のOPですが、歌詞がつばめとピッタリなので。

あと、みちるやかがみ以外のお化け屋敷連中のコスプレは完全な思い付きです(笑)。

次回は、桜藤祭後編!かえでが遂に動き出します!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話「笑顔」

 クラス委員の仕事が終わり、ゆたかと昼食を取った私はヅカ喫茶の衣装であるタキシードを手に取った。

 これは私に与えられた、相応しい仕事。例えそれが男装であっても。

 

『んじゃあ、ちょっと付き合え』

 

 着替えようと制服のリボンに手を掛けた時、かえでに誘われたのを思い出す。

 彼はいつもみたく半ば強引に、私を何処かへ連れて行こうとした。

 最初は断ろうとしたのだが、田村さんもいるとのことで、押し切られるように了承してしまった。

 どうして、彼はあんなに強く私に構うのか。力強いかえでの言葉に耐え切れず、私はさっきまで彼を避けていた。

 それなのに、新しく作った壁ですらかえでは乗り越えようとする。私にそこまで関わる価値なんてないのに。

 

「……付いていくだけ、だから」

 

 着替えようとする手を下し、私は教室の外へ出る。

 きっと、扉の前にはかえでが約束通り待っているのだろう。

 

「仲直り、なのかな……」

 

 今日は桜藤祭当日だ。衣装もないだろうし、きっとあの時の続きの話は出ないはず。

 仲直りの用事だったら、かえでと話してもいいと思った。

 最初は明るすぎる印象に苦手意識を持っていた。正直、今も少し苦手だ。

 決定的だったのは、自己紹介の時に名指しで笑わせることを宣言された時。まさか私が指差されるとは思わず、呆然としてしまった。

 以来、彼に付きまとわれるようになった。少しだけ迷惑だったけど、彼の真意を知ってからはちょっとだけ心を開けるようになった気がした。

 かえでは、私をしっかりと見てくれていたのだ。偏見も何もなく、単純に中身を見抜いてくれた。

 

「よう、来てくれたな」

 

 ドアを開けると、予想通り待っていたかえでがいつものように強い視線を浴びせてくる。

 今思えば、嬉しかったのかもしれない。偏見もコンプレックスも気にせず、ありのままの私を笑わせてくれようとしたことが。

 だから、彼を嫌いになりきれなかったのかもしれない。

 

 

 

 私は何も言わず、かえでの後を付いていく。

 かえでも、いつもならするであろう話を、居間だけは一言も喋らない。

 時折、こちらを見たりはするけれど、ちゃんと付いてきているかという確認だけで、進む足を止めない。

 何処へ行くつもりなんだろう。

 そう考えていると、かえではある教室の前でやっと足を止めた。

 

「ここだ」

 

 用があるのはこの教室らしい。

 ここは今日は使われていない、空き教室。なので、周囲を歩く人の姿もない。

 桜藤祭という賑やかなイベントから隔離されたこの部屋に、何があるのか。

 かえでがドアを開け、私も後に続いて入った。

 

「あ、来た来た」

 

 教室の中では、かえでが言っていた通り田村さんが待っていた。

 そして、彼女のすぐ傍にあったものに、私は目を見開いて驚いた。

 

「ジャジャーン! なんてな!」

 

 そこにあったのは、ゆたかの衣装と似たデザインの純白のドレスだった。フリルの付いた豪華なドレスは、色と相まってウェディングドレスのようにも見えた。

 かえでが私を連れてきた理由。それは、恐らくこれを私に着せる為。

 

「田村兄、グッジョブ! 流石、見込んだ通りの仕事だぜ!」

「いやいや~、兄も喜んで作ってたし、岩崎さんならきっと似合うよ!」

 

 盛り上がる2人のやり取りに、状況が読めてきた。

 かえでは、私用のドレスを田村さん経由でお兄さんに頼んだのだ。

 私は着たいだなんて言っていないのに。

 

「……戻る」

 

 かえではやっぱり強引すぎる。

 私は2人に表情を見せないよう、扉へ向かう。

 

「待て」

 

 けど、かえでの真剣な声で思わず止まってしまう。

 似合わない服より、皆が認める衣装で仕事をした方がいいに決まっている。

 それなのに、私は躊躇っていた。

 

「強制はしないって約束だから、無理矢理着せようなんて気はない。けど、これだけはもう一度だけ言わせてもらうぞ」

 

 かえでは私と出口の間に立ち、私の表情をジッと見つめてくる。

 駄々を捏ねる子供を叱る親のような眼で、私に訴えてくる。

 

「似合うだとか似合わないだとか、周囲の視線がどうだとか、そんなことは一切考えるな。着たいか着たくないか、自分の望みだけを感じて決めろ」

 

 かえでの強い言葉の一つ一つが、私の心に入ってくる。

 何時だって、私の内面を見て、分かってくれていた。

 例えボールが帰ってこなくても、帰ってくることを信じて彼は投げ続ける。

 そんな強さが、羨ましかった。

 

「……着ても、いいの?」

 

 思わず、口にしてしまった言葉。

 自分に似合わないことが分かっていても、試してみたくなってしまう。

 

「ここは桜藤祭と関係ない場所だ。だから、周囲の眼も気にする必要なし!」

 

 ああ、だから今日、こんなところで私にドレスを見せたのか。

 昨日までなら、学校内は桜藤祭の準備で忙しかった。私もかえでも、喫茶店やクラス委員の仕事があったし。だからこの教室も、もしかしたら使われていたのかもしれない。

 けど、今日は桜藤祭当日。私達のクラス委員の仕事も終わり、ここはただの空き教室になった。

 周囲と隔離された絶好の場所とタイミング。全て、私の為に用意してくれた。

 

「……着て、みたい」

 

 顔を真っ赤にして、私は自分に素直になってみた。

 

 

☆★☆

 

 

 僕達のクラスの出し物、占いの館は思ったよりも賑わっていた。

 適当なものから中々凝ったものまで揃っていて、お客さんも試しにやってみている人が殆どだからかな。

 

「レリーズ!」

 

 中でも僕、檜山みちるのタロット占いは一番人気になっていた。

 本当なら普通にタロットを並べて占うだけだったんだけど、泉さんやあきの意向で捲るカードを杖で叩く動作を入れることになった。

 おまけに、何故かフリル付きのピンク色の衣装も着る羽目になってしまった。

 どうしてこうなったんだろう?

 

「えっと、今日は落し物に気を付けてください」

「はい!」

 

 占いが終わると、お客さんである男性は嬉しそうにその場を後にした。

 しかし、すぐ次の男性が席に座る。

 僕の占い、何故か男性人気が圧倒的に強かったのだ。女性のお客さんも来るのだけど、占いそっちのけで写真を撮ったり、握手まで求めて来る人までいる。

 うーん、僕にはよく分からないけど、役に立ってるのならいいかな。

 

「おい、カード○ャプターが占いやってるって本当か?」

「マジだ。しかも中々可愛いぞ」

 

 外からの声に、注目を集めた僕は恥ずかしくなってきた。

 カード○ャプターって、この衣装のキャラクターだよね?

 というか、これ絶対女の子だよね?

 賑わっていて嬉しい反面、恥ずかしさと女装されられてる悲しさで複雑な心境になっていった。

 

 

「皆さーん、カード○ャプターさんはここで休憩に入りますので、すみませんが占いは一旦終わりにさせて頂きます」

 

 次の占いを終えると、みゆきがお客さんに大声で伝えてくれる。

 そういえば、そろそろ休憩の時間だっけ。あまりにも込み過ぎて気付かなかったよ。

 

「えぇ~」

「何だ、残念だな」

 

 みゆきのアナウンスに不満そうではあったけど、お客さんは素直に引き返していった。

 申し訳ないけど、僕もそろそろお腹空いちゃったから……。

 

「お疲れ様です、みちるさん」

「ありがとう。みゆきがいなかったらどうなってたことか」

 

 被っていた帽子を下ろし、助けてくれたみゆきにお礼を言う。

 みゆきがいなかったら、きっと桜藤祭の終わりまで引っ張りだこだったかもしれないね。

 

「いえ、みちるさんのおかげで他の方の占いも賑わっていましたし」

 

 みゆきの言う通り、僕の占いが終わってもまだ残って他の占いをやっていく人がいた。

 僕のおかげなのかは分からないけど。

 

「そうだ、お礼にお昼奢るよ。一緒にどう?」

「え、よろしいのですか?」

 

 高校生活最後の桜藤祭、僕は是非とも大切な幼馴染と回りたかった。

 本当はみなみとも回りたかったんだけど、クラス委員で忙しいみたいだ。

 お礼も兼ねてと思い誘ってみると、みゆきは頬を染めて尋ね返してくる。

 

「勿論。着替えるから、待ってて」

 

 流石にコスプレのまま回るのは気が引けたので、制服に着替えようとする。

 けど、置いておいた鞄の傍に置いておいた制服は何処にも見当たらない。

 その代わりに緑色の服と帽子、そして手紙が置いてあった。

 

「これって……」

 

 手紙には、あきの字で「貴様の制服は頂いていく。さらばだ、歴戦のコスプレイヤーよ」、泉さんの字では「学内回るんならこっちを着てね~」と書かれていた。

 歴戦のコスプレイヤーって……全然違うんだけど。

 そして、緑色の衣装をよく見ると、男性用の導師服のようだった。

 確かに、魔法少女っぽい服よりはマシかも……。

 

「お待たせ、みゆき」

「あ、みちるさ……どうしたんですか、その格好!?」

 

 突然、魔法少女から導師服に衣替えした僕に、みゆきは当然驚く。

 うん、仕方ない。仕方ないんだ。

 

「こういう訳で……」

 

 僕はみゆきにあき達の手紙を見せる。

 すると、事情を呑み込んでくれたのか、苦笑していた。

 

「まぁ、占い館の宣伝になるからいいんだけどね。変なところ、ないかな?」

 

 折角のお祭りだし、ポジティブに考え直すことにした。

 僕はみゆきの前で一回転する。長い袖がヒラリと舞って、服装自体は格好良く感じる。

 

「すごく似合ってます! 格好いいです!」

 

 みゆきは想像以上に褒めてくれた。あはは、そんなに褒められると、何だか照れくさいな。

 

「それじゃ、時間も惜しいし行こうか」

「はい!」

 

 服におかしいところもないみたいだし、僕達は早速桜藤祭を回ることにした。

 今度の衣装も視線を集めたけど、みゆきが喜んでくれたからいいかな。

 

 

☆★☆

 

 

 ドレスの着付けは田村さんに手伝ってもらった。

 かえでがそこまで考えていたのかは分からないけど、本当に田村さんが一緒にいてくれてよかった。

 

「……ありがとう」

「ううん、気にしなくていいよ。私も、岩崎さんのドレス姿見たかったし」

 

 田村さんも見たかったんだ。そんなに似合うものでもないのに。

 そういえば、田村さんは漫研の作業があって、喫茶店の方は手伝えないと言っていた。

 今、こんなところにいても大丈夫なのだろうか。

 

「田村さん、漫研の方は……」

「あー、石動君がいるから大丈夫……だと思う」

 

 田村さんは目を逸らしながら、苦笑いをしていた。

 石動君と漫研……繋がりがよく分からないけど、大丈夫ならいい。

 そうしている内に、ドレスの着付けが終わる。

 一体、私はどうなったのだろう。内側でまた不安が膨れ上がり、姿見を見ることが出来ない。

 

「綺麗……これは、予想以上だよ!」

 

 しかし、田村さんは私以上に興奮して褒めてくれる。

 本当に予想以上なのか、私はドキドキを抑えられないまま姿見に顔を向けた。

 

「え……」

 

 まず湧いてきた感想が、「信じられなかった」。

 姿見に移っていたのは、純白のドレスを身に纏った女性らしい自分。

 頬を朱色に染めて、恥ずかしそうに視線を揺らす。

 これが本当に今の私なんだろうか。

 

「どうぞどうぞ~」

 

 自分の姿に驚いていると、後ろの方で田村さんが勝手にドアを開けた。

 入ってくる足音に、私は慌てて振り返る。

 

「あ……」

 

 私の姿を見たかえでは、呆然とその場に立ち尽くしていた。

 そんな彼の姿も、何故か目を覆うピエロの仮面を付けていた。

 場違いなかえでの姿に、私は思わず笑い出しそうになる。

 

「……似合わなかった?」

「あ、いや、んなことは全然なくてだな! 思っていた以上に似合い過ぎていたというか、滅茶苦茶綺麗で驚いたというか!」

 

 驚き過ぎたかえでは、必死に私を褒めようと慌てて言葉を出そうとしていた。

 彼は一体何をしているんだろう。自分で散々進めておいて、いざ着てみたら見惚れてしまうなんて。

 

「ぷっ、ふふ……」

 

 赤くなって狼狽えるかえでの姿が珍しかったのと、慌てた拍子にピエロの仮面がズレたことで、私は思わず吹き出してしまう。

 

「岩崎さんが、笑った……」

 

 あまりにおかしな光景の所為で、田村さんが指摘するまで気付かなかった。

 たった今、かえでは漸く私を笑わせることに成功したのだ。

 

「……っはは。やーっぱ、俺の思ってた通り。いや、それ以上だ」

 

 ピエロの仮面を戻したかえでは、腕を組んで頷く。

 何が想っていた通りなのか、私は笑いながら首を傾げる。

 

「な、何……?」

「みなみは、笑顔の似合ういい女だってな」

 

 真顔で恥ずかしい台詞を言われ、私は今度は顔を真っ赤にしてしまった。

 彼はいつもそうだ。私を偏見も何もなく、純粋に女として見ていた。

 周囲とは違う視線に戸惑っていたのは、きっと私も彼を意識していたから。

 恥ずかしくて、でも嬉しくて。けど、自分に女としての自信がなかったから気付けなかった。

 私は彼を気にしながら、真っ直ぐな強さに惹かれていったのだと。

 

「かえで、ありがとう……」

「俺は、感じたことをやったまでだ」

 

 考えるのではなく、感じる。

 彼が口にしていたことの意味、漸く分かった気がする。

 だから、私も感じたことをもう一度だけ言葉にしてみた。

 

「かえで……その、貴方のこと、好きです……」

 

 言っている途中で声が細くなってしまう。

 でも、想いは伝わったようで、かえでは仮面を外してニッコリと笑った。

 

「俺もだ。ずっと、お前が好きだった」

 

 そして、かえでは私を抱きしめる。

 壊れ物を扱うように優しく、しっかりと。

 苦手だったはずの強さが、今はとても恋しく感じた。

 

 暫くの間抱き合っていると、私はかえでが言ってたことに気付いた。

 ずっと好きだった。けど、かえでは何時から私が好きだったのだろう。

 

「かえでは、何時から……」

「会った時から」

 

 全部言わなくても分かっていると言いたそうに、かえでは答える。

 彼は、会った時からずっと私を好きでいてくれたのか。私はまたかえでに驚かされる。

 

「一目惚れって奴だ。恥ずかしいから一回しか言わないぞ」

 

 なんと、かえでは私なんかに一目惚れをしていたと言うのだ。

 じゃあ、自己紹介の時に私を名指しした時も、ずっと私を笑わせようとしていた時も、既に私に恋していたんだろうか。

 

「好きでもない奴に、名指しして笑わせるなんて言わねーよ。最初っから好きな奴の笑顔が見たくてやってたことだ」

 

 かえでの真の行動原理が漸く分かり、私は驚きと嬉しさで胸がいっぱいになった。

 それで実際に笑わせたのだから、かえでは本当にすごい。

 

「嫌いになったか?」

「……ううん」

 

 今度は私の方からかえでに腕を回した。

 こんなにも私を想ってくれて、頑張った人を嫌いになんてなれない。

 改めて結ばれた私達は、抱き合ったままキスをしようとした。

 

「あ、あのー、私のこと忘れてませんかねー……」

 

 その時ずっとこの場にいた田村さんが目に入り、やっと我に帰った。

 途端に恥ずかしくなり、顔から火が出るくらい真っ赤になる。

 

「いや、そ、その……」

「わ、悪い! 忘れてたけど決して忘れてた訳じゃ」

「いいよ、お邪魔虫は消えるから。後はご自由にどうぞ~」

 

 私達を冷やかすように教室から出る田村さん。

 後でゆたかやクラス中に言いふらされるのだろうか。

 

「と、とりあえず。戻んなきゃな」

「……うん」

 

 私にはまだヅカ喫茶の仕事が残っている。

 ドレスに別れを告げるのは惜しいけど、もう男装をしてもネガティブな思考に陥ることはない。

 自分は女であることが、素敵な彼氏と共に証明されたのだから。

 

「これから、よろしくな。みなみ」

「……こちらこそ」

 

 微笑みを交わして、かえでは教室から出て行った。

 ……着替え、一人で出来るかな?

 

 

☆★☆

 

 

 窓から見える空が黄昏色に染まり、桜藤祭も終わりが近付いてくる。

 これで高校生活最後の学園祭も幕だと思うと、寂しい気もするな。そこまで思い出もないけど。

 

「楽しかったね、はやと君」

 

 それでも、今年は横に恋人がいてくれたおかげでかなり楽しむことが出来た。

 戦利品を持って笑顔のつかさを、優しく撫でてやる。

 イチャイチャしながら歩いていると、屋上に繋がる階段まで来る。周囲を見回すと、誰もいない。

 これはチャンスなのではないか?

 

「つかさ」

 

 俺はつかさの華奢な体を抱き締める。

 一瞬、つかさはビクッと体を震えさせるが、俺のやりたいことを分かったようで、大人しく顔をじっと見つめてくる。

 

「保留にしてた奴、ここでいいか?」

「うん……」

 

 結ばれてから一ヶ月以上が経った。もうそろそろ、キスしてもいいだろう。

 緊張を解くようにつかさの頭を撫で回す。つかさの方は目を強く瞑り、顔をこちらに向けて待っている。可愛いな、クソッ。

 心臓をバクバクさせながら、俺はつかさに近付いて行き……。

 

「わっ!?」

 

 口が触れる寸前で携帯が鳴り出した。

 ムードをぶち壊され、俺はイラつきながら電話に出る。

 一体誰だ、こんな時に空気の読めない真似しやがったのは!

 

「もしも」

〔はやとか!? 今すぐ教室戻って来い!〕

 

 電話の相手はあきだった。これで下らない用事だったら二、三発殴るところだ。

 しかし、何か様子がおかしい。

 

「どうした?」

 

 あきの慌てぶりから、よからぬ事件が起こったのかと尋ねる。

 だが、状況は俺の予測を超えていた。

 

〔みちるが倒れた!〕

 

 勿論、悪い方向に。

 去年の父さんといい、俺の桜藤祭は静かに終わってくれないらしい。

 




どうも、雲色の銀です。

第19話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は桜藤祭、後半でした!

そして、かえでとみなみが結ばれました!
かえでがずっとみなみを構っていたのは、実は最初から一目惚れしていたからです。
コンプレックス持ちのみなみにはこれくらい実直な奴が相手にいいかと思いました。真っ直ぐすぎる気もしますけど。
何でコイツが主人公じゃないんだろう……?

次回からは、いよいよみちる&うつろの話です!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話「満ちたものが零れる時」

 高校生活最後の桜藤祭が終わろうとしていた直前。

 俺はデートを中断し、つかさを連れて保健室に来ていた。

 理由は簡単。俺の仲間、檜山みちるが倒れたと連絡を受けたからだ。

 絶好だったムードをぶち壊され、普段なら連絡を入れて来たあきに拳の一発でもくれてやるのだが、今回は要件が特別過ぎた。

 つかさに事情を説明して共に保健室に向かうと、いつものメンバーは既に集結済みだった。

 連絡を寄越したあきは勿論、最近知り合ったしわす達C組の面子までいる。恐らく、あきの奴が手当たり次第に連絡を回したのだろう。

 

 

「あ、はやと。つかささんも」

 

 

 しかし、事件の張本人であるみちるは、ベッドの上でピンピンしていた。しかも、天原先生が用意したであろう羊羹を美味しそうに頬張っている。

 いつもの調子で迎えられ、俺もつかさも拍子抜けしてしまった。他の連中もそれは同じようで、集まったはいいが特に何事もなく困った様子だった。

 

「とりあえず……あき、一発殴らせろ」

「何で!?」

 

 俺は行き場のなくした気持ちを、事を大きく仕立て上げたあきにぶつけることにした。

 やなぎとかがみからも、やったれというアイコンタクトを受け取ったし。

 

「皆さん、少しいいですか?」

 

 そこへ、神妙な面持ちのみゆきが俺達を表へと誘った。

 どうやら、この事件にはまだ続きがありそうだ。

 ここは真面目なみゆきに免じて、俺は拳を下ろした。

 

「天原先生、みちるさんをお願いします」

「はい」

 

 意味深なやりとりを見ていたにも関わらず、天原先生は何も聞かずに俺達を見送った。

 みちるもみゆきも、天原先生には頭が上がらなくなるな。

 みちるを後に残し、俺達は保健室の外で話をすることになった。

 

「皆さんにはまず、お騒がせしてすみませんでした。実は、天城さんに連絡を頼んだのは私なんです」

 

 開口一番に、みゆきは頭を下げて詫びた。

 あきに頼んだ、ということは第一発見者はみゆきだったのか。

 確かに、あきならここにいる全員分の番号を知っているだろうしな。

 

「んで、話ってのはうつろと関係があるのか?」

「……はい」

 

 俺の問いに、みゆきは表情を更に深刻そうにして頷いた。

 うつろとは、みちるのもう1つの人格のことで、主にみちるが激しく怒ったり、気絶すると表に出て来てしまう。

 何より厄介なのは、性格がみちると正反対なことだ。傍若無人で強欲なうつろに、俺達は何度手を焼かされてきたか。

 そして、みちる本人はうつろに関する記憶は何一つない。しかし、純粋で心優しい本来のみちるがそのことを知れば、深く傷付くだろう。

 だから、うつろのことはみちるにだけは内緒にすることが、俺達の中で暗黙の了解となっていた。

 今回、みゆきがわざわざ保健室にみちるを置いて話をしようなんて言ったのも、うつろが関係していることだから。ここは容易に予想出来た。

 

「けど、今日は出て来てないんだろ?」

 

 みちるが倒れたと聞いた時、まず真っ先にうつろのことを思い浮かべた。気絶したのなら、間違いなく出て来るからな。

 けど、保健室に着いた時にはみちるは問題なさそうだったし、周囲もうつろと対峙したような感じは見られなかった。

 

「ねぇ、冬神君。白風君の言ってる「うつろ」って何のこと?」

「ああ、「うつろ」ってのはもう1人のみちるみたいなもので……」

 

 特に、C組の連中はうつろのことを知らない。今も、うつろについての説明をやなぎに受けているところだ。

 みちるが倒れた。けど、うつろは出て来ていない。

 イレギュラーな事態が発覚し、雰囲気がますます悪い方に変化していく。

 

「実は、この前の旅行の時、うつろさんに1度お会いしているんです」

 

 みゆきのカミングアウトに、旅行へ行ったメンバーは全員驚きを隠せなかった

 今年の別荘旅行。あの時は、確かにうつろが一度目覚めている。

 しかし、うつろが出て来たのは男湯での話だ。女子勢はうつろに会っていないはず。

 俺以外の奴も初耳ってことはみゆきの奴、1人でうつろに会ったってのか。

 

「その時は、みちるさんが眠ったから出て来たのだとうつろさんから伺いました。恐らく、目覚める頻度が増えているから、表に出て来やすくなっているとも……」

 

 みゆきの言葉に、俺はこれまでうつろが目覚めた時を思い返してみる。

 初めて出て来たのが、去年の6月辺り。それから、彼是2、3回ぐらいしか出て来ていなかったはず。

 ところが、3年に上がってから、確かに出て来る頻度が増えている気がする。

 

「つまり、出て来る度にみちるの身体を侵食している、と……」

「ちょっと寝るだけで出て来るなら、相当ヤバいんじゃねぇか?」

 

 やなぎとあきの推測通り、現状は非常にマズい。

 これから毎晩うつろと移り変わるかもしれない上、更に入れ替わる頻度が上がったら身体を乗っ取られることだって考えられる。

 

「何でそんな大事なこと、今まで言わなかったのよ!」

「す、すみません……」

 

 かがみが怒るのもご尤もだ。

 けど、みゆきが言えなかった気持ちも何となく分かる。

 言えば、周囲は更にみちるに神経質になる。それが本当にみちるの為になるかどうか。

 

「かがみんや。分からなくもないけど、みゆきさんを叱るより、今後どうするかを考えようよ」

「分かってるわよ……みゆきだって辛かったでしょうに」

「泉さん、かがみさん……」

 

 こなたに宥められ、かがみも冷静になってみゆきを慰める。

 かがみも、みゆきのことが分からない訳じゃない。

 ドイツもコイツも真面目すぎて周囲に心配翔けたくないから、自分の中に仕舞い込んじまうからな。

 さて、こなたの言う通り、今後をどうするかだよな。

 うつろの浸食速度もそうだが、発覚したところで俺達にはどうすることの出来ない問題だ。

 ここはやっぱり、みちるを見守るしかないんだろうか。

 

 

 

 話し合いで解決出来ることでもないので、一先ず保健室に戻ることにした。

 しかし、ドアを開けようとしたところでしわすが異変に気付く。

 

「何か、聞こえる……!」

 

 中から聞こえた声に違和感を覚えたしわすは鋭い目付きを更に細め、保健室のドアを思い切り開けた。

 部屋の中には、ベッドに腰掛けるみちると天原先生以外は誰もいない。

 

「ふゆき、俺のものになれ。可愛がってやるぜ?」

「先生にそんな口を利いてはいけませんよ、檜山君」

 

 けど、しわすが感じた違和感の正体はすぐに分かった。

 少し時間を空けただけだというのに、しかも紳士的なみちるが天原先生を口説き落とそうとしている。

 これは確実にうつろが出て来ている。まったく、何でよりによって今出て来るんだよ。

 

「ん? よぉお前等、遅かったな。俺のことでそんなに盛り上がったか?」

 

 みちる改め、うつろは俺達に気付くとベッドにふんぞり返って迎える。

 偉そうな態度がまたムカつくが、自分のことを話題にしていたことは見透かしている。

 

「すみません、時間潰しに怪談話をしていたら、檜山君の様子がおかしくなってしまって」

 

 みちるの面倒を見ていた天原先生曰く、趣味の怖い話をしてみちるを驚かせたら、ふと様子が急変していたと。いや、何してんだ養護教諭。

 けど、驚くだけで人格交代するってことは、いよいよ限界が近い証拠だ。

 

「お前、みちる違う。体、返せ!」

「おーおー、争い嫌いつってる割に噛み付くねぇ」

 

 友達を乗っ取られたからか、温厚なしわすが珍しく怒鳴るが、うつろは怯むどころか挑発で返す。

 しわすが争いごとを嫌うことを知っている辺り、うつろは今までのみちるとの思い出を全部内側から見ていたようだ。

 

「んーで、俺を追い出す方法は思い付いた? それとも、いっそ今から俺の下に就くか!」

 

 未だに解決方法を思いつかないこともお見通しってことか。

 その上でそんな誘いを言っているのなら、コイツは本気で性質が悪い。

 

「冗談は辞めにしましょう」

 

 そこへ、みゆきが毅然とした態度で一歩前に出る。

 眼鏡の奥からは、真面目で誰からも慕われるみゆきには珍しくはっきりとした敵意が向けられている。

 みちるの危険な現状を俺達に話したことで、覚悟を決めたってことか。

 

「うつろさん。みちるさんから出て行ってください」

 

 みゆきの今までにない強気な態度にうつろは一瞬顔を顰めるが、すぐにニヤけた笑みに戻る。

 なんだ、まだ何か余裕があるのか。

 

「残念だが、それは俺が決めることじゃない」

 

 挑発的な口調はそのまま、肩を竦めてうつろは話す。

 人の身体を侵食して何言ってんだ、コイツは。

 

「今日、みちるは少しの間だけ気絶した。外からの要因は何もないのに、だ。加えて、俺は出て来れなかった。その意味がお前等如きに分かるか?」

 

 うつろからの指摘はイラッとくるが、確かに的を得ていた。

 そもそも、みちるは何で倒れたんだ? 普段なら、何かが頭にぶつかったり転んだりして気絶するのだが、今回はただ倒れたと聞いただけだ。

 

「みゆき、みちるは何が原因で倒れた?」

「それが、急にフッと倒れただけで……」

 

 やなぎの問い掛けに第一発見者のみゆきが答える。何もなく倒れるって、貧血かよ。

 しかし、ただの気絶ならうつろが出て来るはずだ。例え、体の異常で倒れたとしても。

 じゃあ、何故コイツは出て来れなかった、なんて言ったのか。

 

「いよいよ、身体の所有権を争う時が来たってことだ」

 

 考え抜いた末の最悪のシナリオを、うつろは言い当てるように答えた。

 

「俺とみちる。2つの人格にこの肉体が耐え切れなくなってるんだろうな」

 

 つまり、今回みちるが倒れたのは肉体の容量を超え掛けているから。どちらの人格も表に出れなくなった状態だ。

 そして、いずれはみちるの内側で肉体の真の所有権を決めなくてはならなくなった。

 

「んで、争いに敗けた人格はそのまま消える」

 

 うつろは自分の身体を見て楽しそうに呟く。

 元はと言えば、お前の人格が膨れ上がったからじゃないのか?

 舐めきったうつろの態度は、俺達の怒りを十分過ぎる程買った。しわすなんて、何時でも噛み付きそうな勢いだ。

 

「おーっと、お前等部外者がいきり立っても、出来ることなんて何もねぇ。大体、この肉体はお前等の大事なお仲間、檜山みちるのものだってことを忘れるな? それでもいいんなら、相手してもいいぜ」

 

 うつろは再度、俺達を挑発してくる。

 が、奴の言う通り、うつろの身体はみちるのものでもある。下手に傷付ける訳にもいかず、何も出来なくなってしまう。

 面倒事が嫌いな俺でも、ここで指を咥えて見てることしか出来ないってのは歯痒い。

 

「嫌なら、大人しくみちるが消えるのを見てるんだな」

 

 さっきからのうつろの余裕は、自分がみちるに勝つという自信があるから。

 喧嘩が嫌いなみちると、闘争心剥き出しのうつろ。どちらが勝つかなんて、俺でも想像が付く。

 

「いいえ、出来ることはあります」

 

 しかし、みゆきは諦めなかった。

 幼い頃から好きだった幼馴染が消えようとしていても、みゆきは表情を変えることなくうつろに立ち向かう。

 

「私は、みちるさんを信じてます」

 

 俺達が出来る唯一のこと。それは、みちるが勝つと信じることだった。

 みゆきの言葉に、諦めかけていた周囲も頷き出す。みちるは、こんな自己中心的な奴に負けないと。

 

「信じる、ねぇ。そんなんでみちるが俺様に勝てたら苦労ねぇけどな……」

 

 余裕の笑みを崩さなかったうつろは、急に頭を抱えだす。

 やっと、みちるが戻って来るのか。

 

「それでもアイツが勝てないようじゃ、この体は俺のモンだな」

「みちるさんは、絶対負けません!」

「だが覚えておけ、みゆき。お前の幼い愛じゃ、アイツは救えな……」

 

 最後に意味深な言葉を残して、うつろはベッドの上に倒れた。

 後に残された肉体は、小さな寝息を立てていた。

 いや、この緊迫した状況で寝るなよ。

 

「えっと……これはどういう状況ですか?」

「やなぎ、任せた」

 

 状況に付いていけず、すっかり置いてけぼりを食った天原先生をやなぎ押し付け、俺達は張りっ放しの気を緩めた。

 

 

 

 みちるをみゆきと、後からやってきたみなみに任せて、俺達はとりあえず帰ることになった。

 こういう時、同じ東京に住んでる奴がいるとありがたい。

 

「そういや、みなみはかえでといたけど何かあったのか?」

 

 隣を歩くつかさに、ふと気になったことを話してみる。

 今朝、見た時までみなみはかえでを明らかに避けていた。が、さっき一緒に保健室に来た時には距離が縮まっているように見えた。

 

「そ、そうかな?」

 

 つかさは浮かない顔で首を傾げる。

 単に気付かなかったってのもあるだろうが、みちるのことを心配してますって顔に出ていた。まったく、相変わらずの人の良さだな。

 少しだけ嫉妬してしまう辺り、俺も情けないけど。

 

「アイツは……鈍感で誰よりも純粋で、本当に頭がいいのか疑うくらい騙されやすい奴だ」

 

 俺は暗くなるつかさの頭を撫で、みちるのことを思い浮かべる。

 コイツと付き合う前の俺だったら、きっとみちるが勝つなんて信じなかった。

 勿論みちるに勝って欲しいが、勝率はどちらも互角だ。俺の母さんが手術の失敗でこの世を去ったように、今回も最悪の結末が考えられる。

 

「でも、みちるは芯が通っていた。何度騙されても誰を疑うこともなく、特に女性には優しい」

 

 みちるは俺達の期待を今まで裏切ったことがない。

 皆が認める、完全無欠かつ天然のお坊ちゃん。それが檜山みちるだ。

空っぽで自己中心的な奴なんかに、負けるはずがない。

 

「俺は奇跡を信じない。みちるは、確実に勝つ」

「……うん!」

 

 それだけ言うと、つかさは大きく頷いた。

 実は、俺がみちるをここまで信じれる理由がもう一つあった。

 それは、うつろが眠る直前に言った言葉にあった。

 

『お前の幼い愛じゃ、アイツは救えな……』

 

 みゆきの幼い愛では救えない。それは、別の方法ならみちるを救える可能性があるということだ。

 全ての鍵はみゆきが握っている。俺はいつも通りつかさとじゃれ合いながら、みゆきの動向を見守ることにした。

 




どうも、雲色の銀です。

第20話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はみちる&うつろ編の導入回ということで、状況の整理が主でした!

みちる編は今回のようにシリアスな流れですので、珍しく日常物のらき☆すたと噛み合わない話になります。その辺はご了承ください。
そもそも、二重人格キャラなんてモンを話の中心にしてる時点で時点で(ry

ベッドの上でもどっさり構えて余裕を崩さないうつろさんマジラスボスの鏡。
※本来の主人公はやっぱり働きません。

次回は、みちるの過去話と、うつろ生誕の話です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話「虚無の誕生」

 偶に、僕は意識をなくすことがある。

 始めは自覚がなかった。本当に時々、激しく怒りを感じたと思ったら、まるで糸が切れたかのように僕は眠りに落ちていく。

 目が覚めると、皆は心配そうに僕を見つめている。安心したような、疲れたような表情を浮かべていた。僕はそんなに皆に心配をかけているんだろうか。

 

 それが、最近は頻発して起こっている気がした。

 感情の大きな変化や、夜に少し眠っただけで意識がより遠くに飛んでいく。

 この現象が起こる度、僕はある感覚を感じるようになった。

 眠っているはずなのに、身体だけは何故か僕のコントロールを離れ、誰かが動かしている。

 僕は一体どうなってしまったんだろうか。

 内側に潜む得体のしれない何かに、怯えるようになって行った。

 

 

 

 桜藤祭の終わり際。

 僕は一度倒れ、保健室に運ばれたあとまた意識を失ってしまった。

 天原先生が怪談話を始めたところまでは覚えてるんだけど……。

 

「ありがとう、2人共」

 

 その後、今の僕と同じく東京に住んでいるみゆきとみなみが、家まで送り届けてくれた。

 女の子2人に送られる男っていうのも情けない話ではあるんだけど。

 

「いえ、お家まで何事もなくよかったです」

 

 お礼を言うと、みゆきは優しく微笑んでくれた。

 幼馴染の温かい笑顔に、僕は昔から安心感を覚えていたっけ。

 

「みちるさん、平気……?」

「うん、もう大丈夫だよ」

 

 みゆきの隣では、今年から陵桜に入り後輩となったもう1人の幼馴染、みなみが心配そうに声を掛けてくれる。

 彼女も昔から無表情ではあったけど、心の中ではみゆきに負けないくらいの優しさを秘めている。

 僕はなんて素敵な幼馴染を持ったんだろう。

 

「では、火曜に学校で」

「お大事に」

「うん。またね」

 

 月曜日は、桜藤祭の振り替えでお休みだ。みゆきに言われなかったら、危うく学校に行ってたかも。

 玄関で2人を見送って、僕は自室のベッドに横になった。

 今、家には僕以外誰もいない。

 父さんはいつも通り仕事だし、母さんも町内会に顔を出している。

 いつもと変わらないはずなのに、何故か今日だけはやけに寂しく感じる。

 

「みゆき達と帰って来たからかな……?」

 

 勿論、普段からみゆきやみなみとは一緒に帰っている。

 けど、降りる駅が違うので、家までは必然的に1人になる。

 それが今日は家まで送ってもらった。だから、少しだけ名残惜しいのかも。

 

「ダメだなぁ」

 

 優しい2人の幼馴染が恋しくなり、それが情けなくて自己嫌悪に陥る。

 親の出張に合わせて引越しを重ね、みゆき達と別れることになっても、恋しくなることはなかったはずなのに。

 

「……本当に?」

 

 ふと思ったことが、心の何処かに引っかかる。

 僕は、みゆき達を必要以上に求めたことがあった?

 それは何時、何処で?

 思い出してはいけないものに触れてしまった気がして、考えるのを止めようとした。

 だけど、頭の中に色んな光景が次々に流れてくる。

 僕は、僕は……。

 

『こんなはずじゃ、なかった?』

 

 不意に、誰かの声が聞こえた。

 頭の中に響く声は、まるで脳を撫で回されるような不快感を出しながら僕に語りかけてくる。

 

『自分は満たされた存在、なんだろ?』

 

 声の主は、意識の中で僕を繋ぎ止めていた太い糸に触る。

 僕は酷く痛む頭を抱えたまま、その場から動くことが出来ない。

 

「や、めて……!」

 

 糸を切られれば、僕は二度とみゆきやみなみ、皆に会えない気がした。

 必死に懇願するけど、どす黒い影に包まれた手が、僕の身体に結ばれた糸を強く引き千切った。

 支えのなくなった僕はゆっくりと、暗い意識の闇に落ちていく。同時に、声の主を覆っていた影が消えていく。

 少しだけ癖のあるクリーム色の短髪に、高校男子にしては低めの身長。中性的な顔立ちではあるが、吊り上った藍色の瞳と端正な口元を凶悪な笑みで歪める。

 

『お休み、みちる』

 

 僕と同じ姿をした「彼」は、落ちていく僕を見ながら意識の外へ登って行った。

 そうか、そうだった。

 全てを思い出した頃にはもう遅く、僕は意識の底へ落ちて行く。

 

 

☆★☆

 

 

 桜藤祭の次の日。

 朝からのバイトを終えて家で一息吐いていると、携帯が鳴り出した。

 最近はつかさとデートをすることもあり、携帯をよく使うようになった。電気代が余計に掛かるのは苦しいが、可愛い恋人の為なら惜しくなかった。

 

「はいはい……って、あきかよ」

 

 着信メールがつかさであることを期待していた俺だが、受信先の相手を見て一気にテンションが下がった。

 実は、今日はこれからいつもの面子でみちるの見舞いに行く予定になっていた。昨日、あんなことがあったばかりだしな。

 今のメールも、きっと待ち合わせに関するものだろうと予想して開く。

 

「えーと……」

 

 しかし、メールの内容を見た途端ふざけている場合ではないことに気付いた。

 普段なら、あきのメールは一人一人文を変えて送ってくる。俺の場合は顔文字を使っていてウザく感じる文面だ。

 だが、今回はチェーンメールで知り合い全員に送っている。

 そして、書かれていた内容もあきらしからぬ真面目なものだった。

 

〔至急、駅前の広場に集まってくれ。みちるがヤバい〕

 

 みちるの身体は何時、うつろと所有権を争うことになってもおかしくない危険な状態だ。

 まさか、昨日の今日でもう限界が来るとは思っていなかったが。

 

 

 

 駅前には既に柊姉妹とみゆき以外、全員が揃っていた。

 みゆきは東京在住だし、仕方ないけどな。

 

「夏以来だね、はやと君」

 

 いつものメンバーに加えて、クリーム色の短髪を持つ爽やかな印象の男性、檜山たけひこさんもその場にいた。

 たけひこさんにはみちるの従兄で、夏休みの別荘旅行では運転手役で何度か世話になった。

 

「たけひこさんもみちるのことを聞いて?」

「うん。というよりも、俺があき君に頼んで皆を集めて貰ったんだ」

 

 たけひこさんは、当たり前だが別荘の時では見られない深刻そうな表情で質問に答えた。

 つーか、昨日といいあきは俺達の連絡係とでも思われてるんだろうか。

 

「遅れてごめーん!」

「お待たせー」

 

 そこへ、つかさとかがみが遅れてやってくる。大方、つかさの奴が準備に遅れたんだろう な。

 まぁ、丁度話を始めるところだからタイミングよかったんだけど。

 

「実は、昨夜からうつろが出て来っ放しなんだ」

 

 たけひこさんのカミングアウトに、この場にいた全員が驚く。危惧していたことがいきなり起こったのだから、当然だろう。

 出て来っ放しってことは、まさかみちるの奴がもう取り込まれたってことはないよな?

 

「あ、みちるはまだ消えてないって本人から言われたから、最悪の事態にはなってないよ。危険なことに変わりはないけど……」

 

 悲壮感漂う俺達を察して、たけひこさんは追加の情報を教えてくれた。

 とりあえず、みちるがまだ生きていることに一安心だ。

 本人って、うつろからか。けど、何で奴はたけひこさんにそんな連絡を寄越したんだろうか。

 

「これからみちるの元に行く前に、皆に話しておかなきゃいけないことがあるんだ」

 

 たけひこさんは更に暗い表情で、本題を打ち明け始めた。

 話しておかなきゃいけないことって何だろうか。

 勿論、みちるが関係することなんだろうけど。

 

「うつろが生まれた理由を。とりあえず、場所を移そうか」

 

 話の内容は、予想以上に重要なことだった。

 

 

☆★☆

 

 

 ドアチャイムが鳴り響く。

 予想通りの来客なら、丁度良い時間のご到着だ。

 ドアスコープを覗き、想像通りの相手が前に立っていることを確かめてから扉を開ける。

 

「こんにちは」

「やぁ、よく来たね」

 

 俺様が呼んだ相手、高良みゆきはご丁寧にフルーツバスケットを用意して見舞いに来た。昔から几帳面で何をするにも真面目な女だ。

 俺様はみちるの真似をして、みゆきを中に迎え入れた。

 家には、今は俺様しかいない。父親は仕事で昨日から帰ってきてないし、母親は主婦同士での集まりに行っている。どちらも、息子の異変に全く気付かずに日常を過ごしている訳だ。

 そもそも、俺様の存在すら知らないのだろう。みちるが教えるはずもないし、今日もみちるのフリをして母親を送り出したところだからな。

 フルーツバスケットを部屋の机に置かせ、みゆきを椅子に座らせると、俺様はベッドに腰掛けた。

 

「それで、今日は何の御用ですか? うつろさん」

 

 まるで俺様には何の用もない、と言いたそうに睨みつけるみゆき。

 やっぱり、下手な物真似じゃ気付かれるか。以前バレてるし、別に驚きもしないが。

 ただ、誰にでも物腰を低くするみゆきが睨んで来る光景は、何度見ても似合わなくて面白い。

 

「一応、見舞いなんだろ? あ、林檎くれよ」

 

 不愉快そうな表情のみゆきから林檎を奪い取って喰う。ククッ、やっぱり他人の不幸は蜜の味ってなぁ。

 ベッドに踏ん反り返って林檎を貪る俺様の姿は、みゆきにとってはみちるが行儀悪くしているだけにしか見えない。

 みゆきの中のみちるはそんなことをしないだろうから、余計に俺様への苛立ちを募らせてるんだろうな。

 

「用がないのなら、みちるさんと替わってください。でなければ、帰ります」

「待てよ、そう慌てるな」

 

 みゆきが立ち上がろうとするのを、俺様は制止する。

 用があるから呼んだのに、俺様への怒りでせっかちになってるな。もっと賢い女だと思ってたが。

 

「みちるは昨日からおねんね中だから、替わるに替われないしな」

 

 そんなみちる君大好きなみゆきに、俺様は真実を教えてやった。

 すると、ムスッとしてた表情が忽ち悲劇を受けた顔に早代わりだ。

 

「ま、完璧に俺様が主導権を握ってる訳じゃないから、そこは安心しとけよ」

 

 面白いものを見せてもらったので、補足情報も付け加えるとみゆきは若干落ち着きを取り戻した様子だった。

 ハハッ、他人の不幸で林檎が美味いぜ。

 

「さて、俺様がお前を呼んだ理由はあることを教えてやろうと思ったからだ」

 

 親切な俺様はみゆきにもう1つ、あることを教えてやろうと考えていた。

 きっとこの話を聞けば、みゆきはみちるへの幼い愛を消すことになるからだ。

 そうなれば、この身体は晴れて俺様のものとなる。檜山グループの次期総裁、檜山うつろの誕生だな。

 

「何を、ですか?」

 

 落ち着きを取り戻したみゆきは、警戒を怠らずに俺様へ尋ねる。

 話だけなんだから、そんなに警戒しなくても良いのにな。

 

「俺様が誕生した理由、そしてお前が知らないみちるの過去だよ」

 

 俺が答えた内容に、みゆきはハッと気付いた。

 そう、俺様はみちるがみゆき達と過ごした幼少期には存在しなかった。

 俺様がみちるの裏人格として完成したのは、みゆき達と別れた後、中学生の時だ。

 大事な幼馴染のみゆきは、みちるの全てを知った気でいたんだろうなぁ。容姿、性格、才能のどれもが完璧の超人で通してるのに、好きな男のこととなると自惚れを発動してんだから傑作だぜ。

 

「どうだ? 聞きたくないなら帰っても良いぜ?」

「……いえ、聞かせてください」

 

 林檎の芯を捨てながら尋ねると、今にも帰りそうだったみゆきは椅子に座り直して俺様の話に耳を傾けた。

 そうだ、それでいい。俺様はそう思いながら、みちる自身ですら忘れてしまった過去を手繰り寄せていった。

 

 

 

 あれは、みちるがみゆき達の元から引っ越してから1年後のことだ。

 引っ越した先で、みちるは中学に進学した。当然、引っ越したばかりで友人なんているはずもなく、始めの内は教室内で浮いていた。

 無理もない。仲のよい友人がいないだけでなく、容姿端麗で文武両道、おまけに金持ちのお坊ちゃんとくれば、庶民共はどう対応をすれば良いものか分からなくなる。

 それでも、みちるはめげなかった。2人の幼馴染が心の支えになっていたからだ。

 

「みゆき、みなみ。元気にしてるかな? 僕は今日も変わらない日々を送っているよ」

 

 1人でいる寂しさは、家でみゆき達と写っている写真に話しかけることで紛らわせていた。

 引っ越した先でも、みちるは幼馴染との関係を断ち切れず、ズルズルと引き摺っていたんだな。

 だが、みちるは生来の性格の良さからすぐに友達を作ろうとした。

 それが、浮いていた自分の首をますます絞めることになるとは気付かずに。

 

 

 

 一月も経てば、みちるには話し相手のようなものが出来ていた。

 一見、仲の良さそうな男子の集団。その中に、みちるが入れてもらったような形だ。

 しかし、それも最初だけ。新しいみちるの友人は簡単な要求からみちるに押し付けていった。

 

「檜山、悪いけどジュース買って来てくんない?」

「檜山ン家、金持ちだよな? 悪いけど、今日は奢って」

 

 どう考えてもパシられてるだけにしか見えないが、みちるは話し相手が出来た嬉しさと、甘すぎる性格から、男子達の言うことを素直に聞いていた。

 

 気弱で金持ちなパシリは、次にどんな目にあったのか。

 当然のように、いじめやサンドバッグだ。

 みちるの容姿や性格は、この時から女子からの注目の的だった。鈍感すぎる本人は全く気付かなかったけど。

 そこで気に喰わないのが、モテない男子連中だ。普段パシッてる奴が女子の人気を掻っ攫っている現実に腹を立てていた。

 

「ひーやーまー。ちょっといいか?」

「え? うん……」

 

 男子達はみちるを校舎裏に呼び出す。

 この時ばかりは不穏な空気を感じたが、友人と思っている連中の頼みをみちるは断れなかった。

 

「最近さぁ、お前調子乗ってるんじゃね?」

 

 校舎裏に呼び出されたみちるは、気付けば男子連中に囲まれ、逃げ場をなくしていた。

 ブーメラン発言みたいな絡まれ方に、みちるは困惑する。

 

「べ、別に調子に乗ってなんか」

「うっせぇよ!」

 

 否定しようと口を開けば、主犯格に腹を殴られる。

 次いで、取り囲んでいた奴等からも蹴りを受け、みちるはその場に倒れこむ。

 綺麗な髪を土で汚しながら、苦痛と恐怖に顔を歪ませる。

 

「ご、ごめん……」

 

 しかし、みちるは抵抗しなかった。抵抗して争えば、折角出来た友人が離れていくと考えたからだ。

 そんな甘い考えのみちるが相手だからこそ、いじめは増徴していった。

 2学期になる頃には、鞄持ちや宿題を押し付けるなんてしょぼいことから、カツアゲや理由のない集団暴行まで、いじめグループは幅広く手を出して来た。

 みちるは決して抵抗をしないと分かると、遊び半分でいじめに加担するクラスメートは数を増やし、みちる自身の居場所は学校になくなっていた。

 いじめに参加しない生徒も、関わりたくないからみちるの味方をすることもない。教師ですら、だんまりを決め込んで役に立たない。

 

「……ただいまっ」

「お帰りなさい、みちる」

 

 だが、みちるの心は折れなかった。

 家ではまるでいじめなんて有り得ないと言わんばかりに、今まで通り明るく振舞った。

 仕事で忙しい父親や温和な母親を心配させたくない。自分の所為で学校やクラスに迷惑をかけたくない。その一心で、優しすぎたみちるは辛いことを1人で抱え込んでいた。

 

「ふぅ……」

 

 自室に戻ると、漸く溜息を吐く。

 自分の部屋がみちるに残された唯一の居場所だった。

 鞄を下ろして椅子に腰掛ければ、飾ってある幼馴染との写真が主を出迎える。

 辛いことなど何もなく、屈託のない笑顔を見せるあの頃の自分。そして、自分に優しくしてくれた幼馴染。

 「みちる」という名前は、満ち足りた人生を歩めるようにという願いを込めて付けられたもの。

 写真に写っている自分達こそ、名前に相応しく満ち足りた生活を送る者達だった。

 

「やぁ、みゆき、みなみ。今日は皆にパンを買って来いって言われてね……」

 

 みちるは写真の中の幼馴染に今日の出来事を打ち明けた。

 誰もいないここでなら、みちるは自分の辛さを吐き出すことが出来る。

 何時の日か、またこんな楽しい日常を送れるようになる。

 幼馴染との楽しい思い出が、みちるを決して諦めさせなかった。

 

「僕なら大丈夫。大丈夫だから……」

 

 最も、それはあまりに脆くて儚すぎる希望だったが。

 既に、純潔だったみちるの中には黒い感情が芽生え始めていた。

 怒りや憎しみ、恨み、哀しみ。しかし、満ち足りた存在のみちるには無用のものだった。

 だから、気付かなかった。行き場を失った黒い感情は、やがて別の人格を形成するほど捻じ曲がっていたことに。

 

 

 

 事件が起きたのは12月。

 いつも通り登校すれば、落書きされた机に画鋲を貼られた椅子。

 こんなものは日常茶飯事だ。今更動じることはない。

 

「……おはよう」

 

 みちるは挨拶し、画鋲を剥がしてから椅子に座る。

 当然、周囲はみちるのことを気にしない。唯一寄って来るのは、いつものいじめグループ。

 

「よぉ、檜山。最近寒くなってきたよな」

「そうだね……」

 

 連中はごく他愛のない言葉から始めてくる。まるで友達ごっこを楽しむかのように。

 しかし、大抵の用件はパシリかカツアゲだ。奴等にとって、みちるは自動販売機やATMのようなものなのだろう。

 

「つー訳で、ホットコーヒー頼むわ」

「俺、微糖な」

「……はい」

 

 次から次に要求が飛んできても、みちるはただ頷くだけ。

 今日は使いっ走りなだけマシだ。コーヒーを買ってくれば、何もされないのだから。

 財布を持ち、みちるは本物の自動販売機まで走って行った。すぐに戻ってこなければ、文句を言われて殴られる。

 そんな満たされない日常にみちるは慣れてしまったが、代わりに黒い感情が内側に溜まっていき、限界に近くなっていた。

 

 授業後の休み時間。

 連中に絡まれる前に、みちるはトイレの個室に篭った。

 でなければ、安心して写真を見ることが出来ないからだ。

 みちるにとって希望の象徴である幼馴染の写真を学校に持ってくる程、みちるは疲弊していた。

 

「こんな場所でごめん……もっとしっかりしないと、だよね」

 

 みちるは写真に微笑む。

 変わらぬ笑顔を向ける幼馴染達に、みちるは会いたくて溜まらなくなっていた。

 

「みゆき……」

 

 特に、ピンクの髪のおっとりした美少女をみちるは渇望していた。

 みゆきは、みちるにとって幼馴染であると同時に、初恋の相手だったからだ。

 容姿端麗で博学、性格もまるで姉のように頼り甲斐があって母のように安らぎを与えてくれる。

 だが、みちるは幼馴染という近過ぎる距離と、自分への自信のなさから、想いを閉じ込めていた。

 結局、恋心を告げることもなく引っ越してしまったが、離れてから想いは募る一方だった。

 勿論、みゆきもみちるを恋い慕っていたことは全く気付いてなかったが。

 

「もっと強く」

 

 みちるは写真を眺めるあまり、トイレに誰かが入ってきたことに気付かなかった。

 次の瞬間、上からバケツ一杯分の水をぶっ掛けられるまでは。

 水を掛けた人間はすぐに逃げた所為で、誰だったのかは分からない。

 しかし、みちるにとって誰が犯人かはどうでも良かった。

 頭から水を被り、全身びしょ濡れになったみちるは物言わぬまま動かなかった。

 

 視線の先に映っていたのは、同じく水を掛けられて濡れた写真。

 みちるのたった1つだけの希望すら、汚されてしまった。

 

 どうして自分がこんな目に合わなければならないのか。

 自分は満たされた存在になるんじゃなかったのか。

 みちるは大粒の涙を流しながら、自問自答を繰り返す。

 今、ここで惨めにずぶ濡れで座り込んでいるのは一体誰なのか?

 満ち足りた自分ではない、別の存在。

 そう、コレは「檜山みちる」ではない。

 

 そこで、みちるの意識は暗転した。

 

 

 

 ドス黒い感情が目を覚ます。

 手に持った写真の水分をハンカチで拭き取ると、制服の内ポケットに仕舞う。

 そして、ずぶ濡れの自分には手を付けぬまま教室に戻っていった。

 

「ぷっははは! 檜山、何だそりゃ!」

「だっさ!」

 

 教室に入ると、ウザい連中が腹を抱えて笑い出す。

 コイツ等の内、誰かがやったのは目に見えていた。だから証拠も要らない。

 一言も答えぬまま、「俺様」は口元を大きく歪ませて笑った。

 

「オイ、何か言ぶっ!?」

 

 数瞬後には、すぐ近くにいた奴の間抜けな顔面を殴り付けていた。

 何か言おうとしていたが、聞く価値は皆無なので別にいい。

 殴られた男子は鼻血を噴き出し、後ろの机をいくつも巻き込みながら吹っ飛んだ。

 突然の出来事に対し、嘲笑に包まれていた教室は打って変わって静かになった。

 グループ連中は始めこそ呆然としていたが、急に逆らいだしたパシリに激怒し出す。

 

「檜山! テメー!」

「あ?」

 

 怒号を浴びせてくるリーダー格を、俺様は一睨みで黙らせた。

 煩い犬ほどよく吠えるとはよく言うもんだ。

 

「お前、本当にあの檜山なのか……?」

 

 リーダー格の後ろでは、小物共がバカみたいにビビっていた。

 へぇ、一応物の分別は付くようだな。

 俺様は高笑いしながら、傍にあった椅子を持ち上げて、そのまま隅で震えているクラスの連中に投げ付けてやった。

 椅子が当たった不運な奴は苦痛に倒れ伏し、女子達の煩い悲鳴があがる。

 

「ご名答、みちるなら消えたよ」

 

 騒動に慌てるクラスメートには目も暮れず、俺様はいじめグループに答えてやる。

 遂に絶望に押し潰されそうになったみちるに代わり、新しく誕生した「負の感情の塊」が表に出て来たのだ。

 満ち足りた存在のみちるには不要な、怒りも欲望も絶望も全てを引き継いだ「存在しない空虚の存在」。

 

「だから、今の俺様は「うつろ」だ」

 

 この俺様、檜山うつろが生まれてしまった。

 俺様は手始めに、不愉快なクラスメートを粛清することにした。

 特に、目の前のゴミ共は俺様の新たな居場所に必要ない。

 俺様は掃除用具の入ったロッカーから、柄の部分しかない箒を取り出す。

 

「檜山の癖に!」

「はぁ、何勘違いしてんだ? 文武両道のみちる君が、本来お前等のようなゴミに一歩でも劣る訳ねーだろ」

 

 喧嘩が苦手なのは確かだが、元々争う気が更々なかったのだ。そんなみちるに調子扱いて、コイツ等は勝手に上に立った気分でいただけだ。

 だが、俺様はみちるのように甘くはない。ゴミの掃除は徹底的にやらないとな。

 

「俺様直々の掃除だ。ありがたく思え」

 

 俺様は箒の柄を両手で持つと、ビリヤードのように勢いよく、リーダー格の隣にいた男子の胸を突いた。

 まるで心臓を槍で刺されるかのような衝撃に、突かれた男子は口から泡を吐いて崩れ落ちた。

 既に2人があっという間にやられたことと、今まで気弱だったみちるの大きすぎる変貌に、いじめていた奴等はすっかり恐怖に震えていた。

 まぁ、今更怯えてもゴミはゴミ。消すことに変わりはないけどな。

 

「ほれ」

 

 俺様は箒の柄をリーダー格に投げ渡す。

 俺様が攻撃を仕掛けたのと勘違いし、慌てて避ける。だっせー、ビビッてやんの。

 そんな腰抜けを、俺様は隙だらけの内に横っ面を殴り付けた。

 2発、3発と殴り続けると、男は吹っ飛び倒れ込む。

 

「終わり? つまんねぇなっ!」

 

 これで終わりではないことぐらい、俺様も分かっていた。

 奴は倒れこんだ隙に、俺様が投げ落とした箒の柄を掴もうとしたのだ。

 そんな真似を俺様が許す訳もなく、横腹を蹴り飛ばした。

 サッカーボールのように強く、何度も、何度も。男が血を吐き出しても、俺は辞めようととしなかった。

 あまりの惨状に周囲は目を覆い、女子は泣き崩れる。

 どうしてこうなったのか。それは、お前等が全て招いたことの結果だ。

 

「オイ、辞めろって……」

 

 いじめグループの生き残りが小さく声を掛ける。

 この状況で声を出すなんて、良い度胸をしているな。

 が、俺様は別に辞める理由はない。下にいるコイツが死んでも、俺は気にしなかった。

 

「何で? 君達は「僕」が辞めてって言っても辞めてくれなかったよね。皆で「僕」を蹴って、笑ってたよね。だから、今「僕」が彼を蹴り続けてもいいよね?」

 

 俺様はみちるの真似をしてソイツに答える。すると、急に罪悪感を感じ出したのか、周囲はまた黙り込んだ。

 大体はそんなものだ。周りにいる人間は、空気に流されて自分がやっていることの意味を考えようともしない。

 指摘されて、取り返しが付かなくなってから漸く気付く。

 だから謝罪の言葉に意味なんてない。俺様は怒りと恨みの感情だけでコイツ等を痛め付ける。

 

「で、何? コレの次はお前が遊んでくれるの?」

 

 俺様は虫の息になった男の頭を踏み付け、口答えした奴に笑顔で話しかける。

 すると、ソイツの表情は俺様とは対照的に恐怖で引き攣っていた。あぁ、恐怖政治って最高だな。恐怖という強い感情で人を縛り、支配する。

 勿論、恐怖政治には見せしめが必要だ。

 

「もうよせ、檜山……」

「みちるはいない。お前等が殺したんだろ?」

 

 後悔なら地獄でたっぷりするんだな。

 俺は怯えるチキン野郎の首根っこを掴んだ。

 

「……あ?」

 

 その時、予想外のことが起こった。

 首根っこを掴んだ俺様の右手首を、左手が痙攣しながら掴む。

 まるで左手に意思が宿っているかのように。

 

「フン、終わりか」

 

 俺様は左手を無理矢理どかし、首根っこを掴まれた奴を床に叩き伏せる。

 顔面から行ったので、ボキッという音は鼻でも折れたのだろう。

 そして、ややフラつきながら俺様はクラスの連中の元に向かった。

 

「お前等よかったな。みちるが戻ってくるぞ」

 

 みちるが戻ってくる。それは悪夢の終わりを意味しており、クラスメート達は歓喜の笑みを取り戻していく。

 全く、おめでたい奴等だ。

 

「だが、これで終わりじゃねぇぞ。俺様がまた出るかはお前等次第だ。俺様は何時でも、中からお前等を見ているぞ」

 

 俺様の忠告通り、みちるへのいじめが続くようなら俺様は再び現れる。

 クラスの連中は改めて惨状を眺める。荒れた教室内で、複数の男子生徒が血を流して倒れている。グループのリーダー格に至っては、吐血しながら気絶している。

 もし、俺がもう一度ここに現れたら、次は誰が犠牲になるか。

 

「精々、みちるを怒らせないよう気を付け……るんだ……な……」

 

 最後の忠告と共に俺様の身体は倒れ、意識は内側へと吸い込まれていった。

 それから間もなく、再び身体は起き上がる。

 周囲は一層警戒を強め、女子は悲鳴を上げる。

 

「……え? これは、どうしたの……?」

 

 だが、身体の中身はみちるだった。

 しかも、俺様が出ていた時の記憶全てと、今までの辛かったいじめの記憶を失くしていた。

 

 結局、みちるには俺様のことは伏せられることになった。

 仮に俺様のことを、気弱で優しすぎるみちるに教えれば、大きなショックを受けるだろう。それでまた俺様が出てくれば、本末転倒だ。その判断は正しかったな。

 負傷した連中も、俺様がトラウマになった所為でみちるにも近付かないようになり、最終的に何人かが転校していった。

 

 こうして、残りの中学校時代をみちるは有意義に過ごし、陵桜まで俺様が出て来ることはなかった。

 

 

 

 

「つまり、俺様はみちるに負の感情を押し付けられて生まれた存在って訳だ」

 

 俺様の愉快な過去語りを聞いたみゆきは、今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。

 俺様はみちるの影。だが、生み出した影が広がりすぎて、本物を食い尽くそうとしている。何とも皮肉な話だ。

 

「ま、それももうすぐ終わる。俺が新しい「みちる」になるからな」

 

 もうすぐ、身体の所有権を争うことになる。

 俺様という存在を盾に逃げ込んだ奴が、俺様に勝てる訳がない。

 

「分かったか? お前が慕っていたみちるは、辛いことを誰かに押し付ける卑怯で弱虫だってことがなぁ!」

 

 恋心を抱いていた人物の醜態に絶望するみゆきの前で、俺は勝利を確信し高笑いした。

 俺様が「みちる」になるまで、あと少し。

 




どうも、雲色の銀です。

第21話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はうつろ誕生の瞬間でした。
なので、いつも以上にダークな内容になってます。

うつろみたいな鬼畜が、何故みちるの中にいたのか。それは、一度心を壊されていたからなんですね。
因みに、今回出て来たみちる達の写真は1st Seasonの第4話に出て来たものと同じものです。

次回は、みちるとうつろの決着です!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話「向き合う一人(ふたり)」

 駅前の喫茶店で、俺達はたけひこさんからみちるの過去を聞いた。

 引っ越した先の中学で馴染めず、更にクラスメートによるいじめで心を押し潰されたみちるは、やがて無意識の内に負の人格を生み出していた。

 そして、みちるが限界を迎えた時、うつろは覚醒してクラスメート達に逆襲をした。

 

「俺も他人から聞いた話だから俄かには信じられなかったけど、別荘でのあの変貌ぶりをみたら……ねぇ」

 

 たけひこさんも、実は夏休みの別荘旅行で最初にうつろを目撃したらしく、それまでは半信半疑だったらしい。

 そりゃそうだ。あの人が良すぎるお坊ちゃんがいじめられる光景なんて思い浮かばない。

 けど、実際にうつろを知っている身としては寧ろ納得のいく内容だった。

 何不自由なく生きて来たみちるに後天的に二重人格が生まれるとすれば、ここまで心が折れるような状況でもない限り有り得ない。

 

「で、俺達に何でその話を?」

 

 俺は知っていること全てを話し終えたたけひこさんに、何故俺達に告げたのかを尋ねた。

 今更みちるの過去を話したところで、状況が何か変化するのだろうか。

 同情でもして欲しかったって訳でもないだろうに。

 

「……君達は、今の話を知った上でみちるの元に行くつもりかい?」

 

 たけひこさんは、逆に俺達に尋ね返して来た。

 先程までと打って変わって低い声で話され、周囲に緊張感が走る。

 

「事情はどうあれ、みちるが今ああなったのは全て自分自身の責任だ。君達には関係ないし、出来ることは何もない。それでも、行くのかい?」

 

 たけひこさんの言い分も最もな話だった。

 例えいじめられたという過去があっても、うつろを生み出したのはみちる自身だ。

 そのうつろに飲まれそうになっているみちるは、ある意味自業自得。客観的に見れば同情の余地なんてなかった。

 加えて、問題はみちるの内側にあるから俺達に出来ることは何もない。

 

「俺は行きますよ」

 

 たけひこさんの問いに最初に答えたのは、意外にも俺だった。発言した本人も驚いている。

 俺は別にあきと違って仲間想いでも、根性論で何でも解決出来るとも思っていない。

 

「それは、みちるが可哀想だからかい?」

「俺は別にアイツに同情なんてしてませんよ」

 

 友達甲斐がない奴だって、自分でもつくづく思う。

 けど、さっきも言った通り、いじめに抗えず別の人格に逃げたみちるに同情の余地はない。

 だから同情もしないし、みちるの問題に直接首を突っ込むつもりもない。

 

「けど、アイツがどうなるのか見届けてやりたいんです。勝って戻ってきても、負けて消えたとしても、それが俺の仲間の「檜山みちる」だから」

 

 勿論、絶対なんてないから、みちるは負けるかもしれない。たけひこさんから話を聞いた今では、寧ろそっちの可能性の方が高い気がする。

 けど、アイツは約束を破ったことがない。裏切られても、自分から裏切るようなことはしていない。だから、俺はみちるが勝つと未だに信じられる。

 そして、どう転んでもみちるの末路を友達として見守っていたかった。

 

「俺も行くぞ! 起きた後で改めてみちるから話を聞きたいしな!」

 

 俺に続き、あきもたけひこさんに答える。

 元々、あきはみちるを見捨てるつもりなんてなかったろうしな。

 

「私も~。みゆきさんもいるだろうし、ラブロマンスが見れるかもね」

「はぁ……お前等だけじゃ心配だ。俺も行く」

「やなぎだけじゃ手に余りそうだし、私も行くわ」

 

 こなた、やなぎ、かがみも行く気満々なようだ。

 しわす達も次々と頷き、ここに残る奴はいない模様。最初っから決まってたことだけどな。

 

「わ、私も!」

 

 俺の隣でつかさも手を上げるが、どうやら行く理由が思い付かなかったようだ。

 恐らく、みちるに同情していたり、心配だから行きたいという理由しかないんだろう。

 けど、つかさはそれでいい。人のいいつかさは、俺達みたいに捻くれた答えよりも誰かを心配して行動する方がつかさらしい。

 

「……みちるは、今度こそいい友達が出来たみたいだね」

 

 俺達の答えに、たけひこさんは満足した回答を得られたようでフッと笑う。

 きっと、たけひこさんは同情だけでみちるの元に行って欲しくなかったんだろう。そんな繋がりで集まっても、みちるの為にはならない。

 

「よし、皆で行こう」

 

 俺達を信じてくれたたけひこさんの呼びかけに、全員が頷く。

 こうして俺達は漸く、檜山家に向かうこととなった。

 

 

☆★☆

 

 

 暗い意識の淵に落ちたはずの僕は、白い空間に座っていた。

 周囲を見回しても白一色で、壁や天井がないように感じる程広かった。ここは、本当に僕の意識の底なのだろうか。

 この途方もないような空間で、僕は目の前の32インチの液晶テレビを見ていた。テレビは僕が存在に気付くのと同時に電源が勝手に入り、ある光景を次から次へと映し出した。

 

「あぁ、そうだったね……」

 

 それは、僕の昔の記憶。

 今までずっと忘れてしまっていた、いくつもの辛い出来事。そして、全てを押し付けるような形で「彼」を生み出してしまったということ。

 僕が弱かった所為で大勢の人を傷付けてしまった。

 

〔分かったか? お前が慕っていたみちるは、辛いことを誰かに押し付ける卑怯で弱虫だってことがなぁ!〕

 

 そして今、僕は「外」で起きていることをテレビを通じて眺めていた。

 彼、檜山うつろが僕の最も大切な幼馴染に真実を告げている。

 僕はずっと、弱いままだった。いじめられていた現実にすら目を背け、忘れたまま日常を過ごしていた。

 だから、ずっと内側にいた彼の言うことは正しかった。

 

〔おっと、そろそろ時間だな……んじゃ、この身体を手に入れた後でまた会おうぜ……〕

 

 うつろはみゆきとの話を一方的に終わらせると腰掛けていたベッドに横たわり、表での意識を失った。

 あぁ、遂にこの時が来てしまった。

 空間内に彼がやってくる。それは、僕と彼が戦わなければならない合図。

 

「よぉ」

 

 テレビを見る僕の背後に、ゆっくりとうつろが降りてくる。すると、空間が白と黒のチェック模様へと変化していった。

 ここで漸く、ここが僕の深層心理の中だと確信が持てた。弱くて無知な僕が白で、負の感情を全て引き受けたうつろが黒を表しているのだ。

 

「全部、思い出したみたいだな」

「うん、おかげさまで」

 

 僕はうつろと向き合う。初めて対峙した彼の姿は僕と同じで、まるで鏡を見ているような感覚になる。けど、何処か歪んでいるようにも見える。

 僕は彼に勝てるとはとても思えなかった。

 

「また戦うことを放棄するのか?」

 

 うつろは実につまらなさそうな表情で僕に呼びかける。

 いじめにあっていた時、僕は戦おうとはしなかった。自分の周囲から人がいなくなるのなら、と独りになることに怯えていた。

 いじめられ続ける限り、一人であることに変わりはないはずなのに。

 けど、僕はやっぱり戦うことが出来そうになかった。

 逃げ続けてきた僕なんかよりも、彼の方がこの身体に相応しい。

 

「僕に戻るところなんて、最初からなかったんだ。あの時から……」

 

 写真を濡らされて、拠り所を汚された時から、僕が戻ってこれるような場所は既になくなっていた。

 弱い僕の心を支えてくれるものなんて、最初からなかったんだ。真実をしったみゆきだって、僕のことをきっと軽蔑する。

 僕は両手を広げて、うつろを待つ。無抵抗のままうつろに取り込まれれば、僕は消えるだろう。

 

「さ、君の不戦勝だ。僕を」

 

 

 

〔わ、私はっ! みちるさんが卑怯だとも、弱虫だとも思っていません!〕

 

 取り込むといい。そう言いかけたところで、付けたままのテレビからみゆきの叫ぶ声が聞こえた。

 突然のことに僕は目を点にし、テレビに顔を向ける。

 

〔みちるさんは、自分を差し置いてまで他人を心配してくださる、強くて優しい心の持ち主です! けど、本当に辛いことを自分の中に溜め込んで、私達には心配の一つも掛けさせてくれません!〕

 

 画面の向こうで、みゆきは大粒の涙を目に貯めながら、僕に向かって叫んでいた。

 聞こえているかどうかも分からないのに、まるで自分の感情を破裂させるように。

 

〔もっと私を頼ってください! 写真ではなく、本当の私に我が儘を言ってください!〕

 

 みゆきが吐露した言葉の一つ一つが、僕の空いた心を埋めていく。

 それは、僕が本当に欲しかった言葉なのかもしれない。

 強がらなくてもいい、安心して弱みを見せられる暖かな居場所。僕が欲しかったのは、そんな満たされる誰かとの空間。

 

〔私はここにいます。ここで、ずっと貴方を想っています!〕

 

 みゆきの告白に、僕は心が熱くなるのを感じていた。

 僕も、彼女の温もりが好きだった。真面目で優しくて、なのにおっとりとした可愛さが愛おしかった。けど、ずっと彼女への恋心を仕舞い込んでいた。

 今まで思い出せなかったのは、欲望ごとうつろの方に流れてしまったからかな。

 けど、僕の心を救ってくれるものはみゆきだけではなかった。

 

〔俺達もいるぞ、みちる〕

「えっ!?」

 

 部屋にはいなかったはずの声に、僕は思わず声を漏らしてしまう。

 改めてテレビの画面を見ると、みゆき以外に多くの人物達が映し出されていた。

 

〔俺達のことを忘れんなよ! みっちー!〕

〔みちる君、今こそ自分の闇を打ち破れー!〕

〔何時まで寝てるんだ、みちる〕

〔うつろなんてぶっ飛ばして、起きなさい! みちる!〕

 

 あきと泉さんがいつも通り、元気に呼びかけてくれる。高すぎるテンションは、僕を勇気付けてくれる。

 そのすぐ傍では、呆れ顔のやなぎとかがみさんがダメな僕を叱ってくれる。真面目な彼等らしい声の掛け方だ。

 

〔みちる! 俺、もう友達! ずっと待ってる!〕

〔檜山ー! 朝だ、起きろ―!〕

〔檜山君。辛いことがあるなら、起きてちゃんと相談してね?〕

 

 最近知り合ったばかりなのに、しわすも日下部さんも峰岸さんもいた。しわすは、僕が友達になったことで大喜びしてくれたっけ。

 日下部さんはとにかく元気いっぱいで、あき達のように場を明るく盛り上げてくれる。

 峰岸さんは日下部さんの面倒を見ながらも、周囲に気を配って優しく接してくれる。

 

〔みちる君、私に出来ることがあったら言ってね? 力になれるかは分からないけど……〕

〔オイオイ〕

 

 つかささんはちょっぴり自信のなさそうに、僕を心配してくれる。その彼氏のはやとはつかささんの励まし方に突っ込んでいたけど。

 でも、つかささんの優しさ溢れる言葉は嬉しかった。

 

〔みちる。お前が帰ってくる場所なら、ここに嫌という程ある。今更帰りたくない、なんて答えは全員許さねぇぞ〕

 

 そして、はやとは僕を睨むように見据えていた。

 やる気のない、突き放すような言い方だけど、僕を信じてくれている。

 彼の不思議な魅力とブレない強さは、僕の憧れだった。きっと、はやとなら僕と同じ境遇でも立ち向かっただろう。

 

〔お前は、女を待たせたままにしておくような奴じゃないだろ?〕

 

 はやとの言い分に、僕は吹き出しそうになってしまう。確かに、女性を待たせるのはマナー違反だね。

 僕は、もう1人じゃない。誰かと幸せを共有出来る。誰かが僕を待ってくれる。

 欲しかったものが漸く手に入る感覚を、噛み締めていた。

 

「うつろ、ごめん」

 

 僕は改めてうつろに向き直り、決意を固めた。

 こんなところで、消えたくない。僕は、皆のところに帰りたい。

 だから、もう二度と負の感情に負けないよう、ここで強くならなきゃいけない。

 

「ここで、君に身体を譲る訳にはいかなくなった」

「へっ、そうこなきゃ面白くねぇ」

 

 身構えると、うつろは機嫌を悪くするどころか、満足そうに笑った。

 張り合いが出て来た僕を歓迎するかのように。

 うつろと僕はお互いに出方を見合いながら、距離を保ったまま二歩三歩と右に歩く。

 相手は、僕の身体のスペックをよく知り尽くしている相手だ。それも、恐らく僕以上に。

 

「はぁっ!」

 

 最初に手を出してきたのも、うつろの方からだった。一気に間合いを詰めて、右ジャブを放つ。

 僕は咄嗟に左腕でガードをし、そっくりそのまま返すように右拳を放った。

 しかし、うつろも空いていた左腕で防ぎつつ、後ろに飛んで再び間合いを作った。

 

「へぇ、やるもんだ」

「おかげさまで」

 

 僕が戦えることに感心するうつろ。

 確かに、気が弱い僕は誰かと喧嘩をすることなんてなかった。護身術として覚えた棒術も、実際に使ったことはない。

 けど、うつろのことを思い出したおかげで、身体が動きを覚えていた。これも、うつろが暴れてくれたおかげかな。

 

「んじゃ、これはどうだ!」

 

 うつろは体を大きく横回転させて跳びながら、僕に回し蹴りを出してきた。

 遠心力の付いた蹴りは普通に立って繰り出されるものより威力があり、腕で防ぎ切ることは難しい。

 なので、僕は向かってくるうつろの足にタイミングよく飛び蹴りを放った。キック同士がぶつかり合い威力が相殺され、僕もうつろもその場から吹き飛ばされてしまう。

 僕は受け身を取って着地したが、うつろは身を一回転させながら無駄なく立ち上がることで次の動作にすぐ移ることが出来た。

 

「まだまだ!」

 

 うつろは戦いを楽しむように笑いながら助走を付け、さっきの僕と同じように飛び蹴りを打って来た。

 僕もやられる訳にはいかない。片膝立ちのまま両腕をバツの字にクロスさせ、うつろのキックを防いだ。

 体勢を崩さないように踏ん張る僕の後ろでは、皆の応援が聞こえてくる。

 皆が僕の帰りを待ってくれている。

 そうだ、皆を心配させないように強くなるんじゃない。僕を想ってくれる皆がいるから強くなれるんだ。

 

「チッ」

 

 うつろは僕の腕を踏み台にし、また後ろに下がる。そして、すぐに攻撃を仕掛けようと迫ってくる。

 僕はうつろが来る前に立ち上がり、攻め手を迎える。

 うつろの次の手は横薙ぎの右チョップ。僕は動きを読み、左手で弾きながら右ジャブを放つも、うつろの左手に阻まれてしまう。

 まるでアクション映画のように互いの手を弾き合う。何度目かの繰り返しの後、うつろが今度は至近距離からの右キックを繰り出してきた。

 

「くっ!」

 

 僕はギリギリで反応し、右足で下段キックを相殺する。そのまま僕が上段キックを放つけど、うつろも反応して同じ上段の蹴りで防ぐ。ここまで、僕達は互角の戦いを繰り広げていた。

 うつろの動きを真似ているとはいえ、僕自身がこんなにも戦えるなんて思いもしなかった。今後、こんな機会が訪れないことを祈っているよ。

 

「いい加減くたばれ!」

 

 一進一退の攻防に痺れを切らせたうつろが、僕の腹部にアッパーを仕掛けてくる。

 しかし、これこそ僕が狙っていたものだ。

 欲望に忠実なうつろは好戦的な半面、我慢弱い。だから、中々決着が付かなければじれったくなり、怒りに身を任せた行動に出る。

 それこそ、僕が攻めに回る最大のチャンスだ。

 僕はうつろのアッパーを両手で受け止めると、左手を上腕に持ち替えつつ後ろに振り返る。

 

「しまっ――」

 

 うつろが自分の失態に気付くけど、もう遅い。

 僕はうつろの力を利用し、背負い投げた。これが僕の初の決め手だった。

 うつろは受け身を取っていたが、ダメージは与えた。

 僕はうつろの腕を離し、逆襲されないよう後ろに下がって十分な距離を取る。

 案の定、うつろはすぐに起き上り僕を憎たらしそうに睨みつけていた。

 

「お坊ちゃんが、やってくれるじゃねぇか……あぁっ!?」

 

 溢れる怒りに顔を歪ませるうつろ。以前の僕なら、彼の鬼の形相に怯えるところだろう。

 けど、僕は勝たなきゃいけない。こんなところで、僕の負の面にビビる訳にはいかないんだ。

 

「うあああああああっ!!」

 

 これで終わらせる。

 僕は力いっぱい叫び、うつろに走っていく。うつろも床に唾を吐き、唸るように叫びながら向かってくる。

 一歩ずつ近付く度に、僕の中の辛い記憶が砕けて行くようだった。

 囲まれて逃げ場を失った光景、ジュースを買いに走らされた光景、ヘラヘラと笑いながら殴られた光景。

 砕けた後で、新たな楽しい記憶が輝いていく。

 仲間達と囲まれて談笑する光景、一緒に購買に行き変な商品を見つけて笑う光景、頭をポンと叩かれて一緒に来るよう誘われる光景。

 もう一度、もっと、僕は仲間達と笑い合いたい。

 

 やがて、勝敗を決める一撃が互いの身体を捕えた。

 僕とうつろは、ぶつかり合ったまま時が止まったかのように動かない。

 

「……ごめん」

 

 そして、僕の頬から一筋の涙が流れ落ちた。

 




どうも、雲色の銀です。

第22話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はみちるvsうつろの最終決戦でした。
ガチの殴り合いという、すた☆だすの中でも珍しい回となってます。

前回のダークっぷりを吹き飛ばすほど、みちるが吹っ切れました。
みゆきの告白から始まり、次々と仲間達が集うシーンはまるでジャンプ漫画のような展開で胸熱……あれ、主人公誰でしたっけ(笑)?

次回は、みちる編クライマックス!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話「虚→満(うつろからみちるへ)」

 意識の奥底。僕は負の感情を引き受けて生まれたもう一つの人格、檜山うつろと戦いを繰り広げた。

 同じ身体を使っていた為、能力は互角で決着が付かないのではないかという程長く争っているように感じた。

 しかし、終わりは唐突に訪れた。僕達は雄叫びを上げながら駆け出し、互いに最後の一撃を交わした。

 ぶつかり合ってから、僕等は動かない。端から見れば、どちらが勝ったのか分からないだろう。

 

「……ごめん」

 

 僕は涙を流しながら、謝罪の言葉を口にした。

 うつろの拳は僕の顔の横を通り過ぎていた。腕が頬を掠ったので、一瞬でも避けるのが遅かったら食らっていたかもしれない。

 そして、僕の拳はうつろの胸の真ん中を確実に捉えていた。彼の口元から流れた黒い液体が、僕の勝利を伺わせる。

 次の瞬間、殴り付けた箇所からガラスが割れたかのようにうつろに皹が入る。

 敗者はこの身体から消える。それが肉体の所有者を決める戦いのルールだった。

 

「何、泣いてんだよ……勝った癖によぉ」

 

 うつろはやや苦しそうに、涙を流す僕を嘲笑して見せた。

 これから消えるというのに、彼は憎らしい態度を崩そうとしない。

 だから、僕はまた目に涙が溜まっていく。

 

「ごめん……!」

 

 大きな声でもう一度、僕はうつろに謝った。

 すると、うつろはまた僕を鼻で笑う。

 

「ハッ、勝った奴が謝ってんじゃねーよ……。それとも、同情でもしてんのか……?」

 

 うつろの皹が少しずつ広がっていく。割れた破片は塵のように砕けて消滅し、僕の中に還元されていく。

 元々、彼は僕の中から生まれたのだ。還って来るのも当然である。

 

「だって、僕は君を苦しめてばっかりだから……!」

 

 彼への罪悪感で、ボロボロと大粒の涙が零れる。

 僕はうつろの言う通り、辛いことを全て押し付ける為に彼を生み出してしまった。

 なのに、彼は存在そのものが誰にも認められないまま消えようとしている。僕の我が儘で生き死にを振り回されてしまった。

 

「全部思い出した時、気付いたんだ……君は、本当は……!」

 

 うつろは、知らないところで僕をずっと守っていてくれていたんだ。

 最初に怒りで目覚めた時、彼は僕の代わりにいじめグループへ復讐をしてくれた。あくまで僕の手を汚さないように、クラスメートに警告までして自分を畏怖すべき対象として植え付けた。

 次に高校2年の時に目覚めてからは、僕の防衛システムのようなものを務めてくれた。僕に負の感情を植え付けないように、気絶して無防備にならないように。

 

「君は、最初から僕を守ることだけを考えてくれた……」

「……ケッ、俺は「うつろ」だからな」

 

 本心を見抜かれたうつろは、悪態を吐くように話し出す。

 隠そうともしないのは、うつろの記憶が僕に還元されているので嘘だとすぐにバレるからだ。

 

「何もない存在なりに、出来ることぐらいあんだろ」

 

 「うつろ」という名前は、僕の名前である「みちる」の反転を意味する。それは満ち足りた者と違い空っぽな存在。

 つまり、うつろは最初から自分の存在を諦めていたことになる。それでいて、僕の為に動いていてくれたのだ。

 しかし、今まで僕を守っていたはずのうつろ自身が僕を脅かすことになってしまった。

 肉体が2つの意思を抱えきれなくなってしまったのだ。

 

「どちらかが消えると分かった君は、僕を生き残らせる為に……」

 

 うつろは僕が消えないように、留まれる居場所を作ろうとした。

 出て来る機会が増えたことを利用し、まずは僕に恋心を抱いているみゆきへ呼びかけた。僕の何処が好きなのか自覚させ、積極的になるように。

 たけひこさんに連絡したのも、僕に繋がっている仲間達を試させる為だ。同情で集まるような薄い絆では、僕の為にならないから。

 そして、僕には全ての記憶を思い出させながら、挑発的な態度で敵意を向けさせた。

 

「全ては、僕を強くする為」

 

 意識の底で戦うことを望んでいたのも、最後の仕上げとして自分を打ち破らせて、心を鍛え上げる為だ。もう二度と、いじめに心を潰されないように。

 その結果、うつろの期待通りみゆきやはやと達は僕の心をしっかりと繋ぎ止め、居場所を得られた僕はうつろに勝つことが出来た。

 

「……元々、俺はお前の為に生まれたからな」

「でも!」

 

 それではうつろ自身が浮かばれない。

 最初から最後まで、僕の弱さの所為で生み出され、我が儘に振り回されて、皆に憎まれながら消えるなんて、悲しすぎる。

 

「甘ちゃんなのは、直んなかったみたいだな……」

 

 敗者を心配する僕に苦笑するうつろ。その口元にまで皹が入り、今にも砕け散りそうになる。

 

「……もっと欲張れ。今度こそ、満たされる為にな……」

 

 うつろは僕に最後の助言を残してくれた。

 心が押し潰された僕は、一度空っぽになった。うつろが身代わりになったおかげでまた満たされたと思い込んでいたけど、それは違う。僕は最初から満ち足りた存在ではなかったのだ。

 満たされるには、まだ早すぎる。「みちる」という名前に相応しく、満ち足りるまでは欲しがるべきなのだ、と。

 

「まずは、彼女でも欲しがったらどうだ……?」

 

 うつろは横目で外を映し出すテレビを見ながら、ニヤッと皹の入った顔で笑う。

 その瞬間、僕が幼い頃に抱えていたみゆきへの想いが流れ込んできた。

 途端に気恥ずかしくなるのだけど、今まで守ってくれたうつろに答える為に大きく頷く。

 

「俺はこれで虚無に還る……結局、何も手に入らなかったな……」

 

 手足が砕け、頭だけになったうつろが呟く。

 全てを欲しがり、何も手に入らなかった無の人格。

 彼への申し訳なさに、僕はまた涙を零す。

 

「……あ、けど一つだけ……看取ってくれる奴が、手に入っ……」

 

 うつろは最期にそれだけを言い残し、笑顔のまま塵となって消滅した。

 全てが僕の中に還元されていく。彼がどれだけのものを欲しがったのか。怒りも憎しみも、恨みも。

 僕はこれから、彼がずっと抱えていた負の感情を向き合い続けなければいけない。

 けど、もう大丈夫。彼が強さをくれたから。

 だから、僕も仲間達の元へ帰ろう。

 

「ありがとう、うつろ」

 

 意識の奥底から上へ向かう僕は、うつろがさっきまで立っていた場所を見つめ、呟いた。

 

 

 

「みちるさん!」

「みちる!」

 

 僕を呼ぶ声が聞こえる。

 目を覚ますと天井と、僕を見つめる皆の顔が見えた。

 

「起きたぞ!」

「どう? みちる君? それとも……」

「お前等静かにしろ!」

 

 あきと泉さんが騒ぎ出し、やなぎに叱られている。

 意識がはっきりすると、今まであったことが次々に頭の中へ浮かび上がってきた。

 うつろとのやり取りは、全て夢ではなかったんだ。

 

「みちるさん……?」

「みちるか? うつろか?」

 

 みゆきとしわすが、ボーっとする僕を心配そうに見つめてくる。その傍では、はやとが警戒しながらダーツに手を掛ける。

 状況の整理が漸く出来た僕は、皆を安心させるように微笑んだ。

 

「ただいま、皆」

 

 僕が戻って来たことを告げると、ドッと歓声が沸きあがり、感極まったみゆきは僕に抱き着いてきた。

 ちょっと照れ臭いけど、皆が僕を祝福してくれる。

 それだけで、僕は僕だけの居場所に戻ってきたことを実感出来た。

 

 

 

 それから数時間後。

 僕の全快祝いということで、僕の家でパーティを開くことになった。

 皆には心配させちゃったし、賑やかなのは良いかな。

 

「うっし! じゃあ我等が王子、みちるの勝利と復帰を祝して!」

「「「「乾杯!」」」」

 

 ジュースの入ったグラスで、皆が乾杯する。

 お菓子や飲み物は、僕が休んでいる間にあき達が買いに行ってくれたものだ。料理もつかささんと峰岸さんが作ってくれたものだそうだ。

 埼玉から来てくれたのに、全部皆に任せっきりで何だか悪い気がするなぁ。

 

「みっちー、飲め! たらふく飲め!」

「酔っ払いかお前は」

 

 早速あきがジュースをお酒のように勧めてくる。酔っ払いのような絡み方に、やなぎがまた突っ込んだ。

 一応病み上がりなんだけどね……騒がしい方があきらしいね。

 

「んで、うつろのことも全部思い出したんだって?」

 

 腐れ縁の2人の隣で、はやとが料理をタッパーに詰めながら聞いてくる。

 さり気ないところで我が道を行くはやともまた、彼らしい。

 僕はうつろの記憶を引き継いだことを皆に打ち明けた。

 傍若無人な振る舞いで、皆を困らせていたことも。

 うつろが消えた今、僕は怒ることも誰かを憎むことも出来る。気絶をしても、うつろが出て来ることはない。

 

「うん……それでも、僕はうつろみたいに振る舞うことは出来ないよ」

 

 出来るようになったからと言って、必ずしなければいけない訳ではない。

 誰かに怒らなくていいのなら、それでいい。僕は誰も憎みたくない。

 自分の欲の為に誰かを傷付けるなんて、やっぱり僕には出来ない。彼がここにいたなら、甘いと僕を笑うだろう。

 

「当たり前だ。優し過ぎるお前にゃうつろの真似は無理だ」

「みちる、うつろ違う。みちるのまま、一番」

 

 はやととしわすは、僕がこのままでいいと言ってくれた。甘いままが僕らしい、と。

 

「けど、怒りたい時に怒ればいい。少しぐらい我を通してもいいと思うぜ」

「お前は我を通し過ぎだ」

 

 はやとが2つ目のタッパーを開けようとしたところで、やなぎから制止が掛かった。

 うーんツッコミ役って言うのかな? やなぎらしく場を正す人が1人はいてくれた方がいいね。

 

 

 

 少し風に当たりたくなり、僕は1人でテラスに出る。

 外はすっかり日が暮れて暗くなっていた。季節はもうじき冬だから、夜になるのも早い。

 

「我を通す、か……」

 

 はやとが言ったことは、うつろが最期にくれた助言を思い出させた。

 もっと我が儘になればいい。自分を真に満たす為に。

 では、僕が今一番欲しているものは何だろうか。

 真っ先に頭に浮かんだのは、ピンク色の髪の幼馴染。

 僕の初恋だった彼女も、僕のことを好いていてくれたことを知り、思わず顔が赤くなってしまう。

 

「みちるさん」

 

 そんな僕の元へ、丁度思い浮かべていた人物がやって来た。

 心なしか、頬を若干染めながら僕を見つめている。

 途端、僕は意識の淵にいた時に聞いた彼女の告白を思い出してしまう。

 

「隣、いいですか?」

「う、うん! どうぞ!」

 

 許可を取ってから、みゆきは僕の隣に立つ。

 けど、何も話さないまま、気不味い空気だけが僕達の間を漂っていた。

 ずっと想っている。そう言ってくれた女性を、僕は未だに待たせたままでいるような気がした。

 

「……うつろから、聞いたんだよね? 僕のこと」

「はい……」

 

 やっと捻り出した言葉に、みゆきは小さく頷く。

 彼から聞いた僕の過去は、幼馴染のみゆきですら知らなかったことで、よっぽどショックだったみたいだ。

 みゆきは黙り込んでしまい、余計に気不味い雰囲気になってしまった。

 

「……私、うつろさんから言われたことがあるんです」

 

 僕にとって長く感じた沈黙を、みゆきが漸く破った。

 うつろの記憶を引き継いだ僕は、それがどういうことがすぐに分かった。

 

「私がみちるさんに抱いていたのは、幼い愛だと。その意味がよく分かりました」

 

 うつろはみゆきに度々「幼い愛」だということを言っていた。

 それは、幼い頃の僕のことしか知らないという意味だ。いじめを受けて、一度心が折れたという事実を知ってからも僕を同じように愛せるか。

 うつろはみゆきを試したかったんだろう。本当に僕が戻って来れるような居場所になれるかどうか。

 

「けど、みちるさんはみちるさんです。うつろさんが言うような弱い方では」

 

 それだけ聞ければ、僕にとっては十分だった。

 みゆきは僕のことを愛してくれている。あんなに弱く、無様なことを繰り返してきた僕なんかを。

 だから、僕は人差し指を立ててみゆきの口を封じた。

 もう片方の人差し指を立てて、シーッといいながら僕は微笑む。

 

「僕はうつろに守られてたんだ。ずっと、彼を盾に逃げ続けていた」

 

 僕はうつろの真実をみゆきだけに打ち明けた。

 もしもはやと達に話せば、皆うつろの消滅を悲しむ。けど、それを彼自身が望まなかった。

 僕の為に憎まれ役のまま消えることを選んだのだから、僕が台無しにしてはいけない。

 

「あ、このことは皆には内緒だよ? うつろが夢枕に立つかもしれないから」

 

 冗談交じりに注意すると、みゆきは素直に頷いてくれる。

 例え彼自身が望まなくても、みゆきだけには本当の思いを知って欲しかった。

 

「それでうつろに言われたんだ。もっと欲張れって……」

 

 僕は欲張り方をよく知らない。

 今まで我が儘でうつろを傷付けてきたから、そんな資格はないと思っていた。

 けど、それでも欲しがってもいいと言うのなら、僕はみゆきが欲しい。

 

「こんなに弱い僕だけど……」

 

 これからみゆきを守っていけるよう強くなるから。

 うつろに笑われないように、誰かと隣り合わせで満ち足りた人生を歩いていけるように。

 

「ずっと、君が好きだった。僕のものになって欲しい」

 

 みゆきの眼をジッと見つめながら、僕は欲望に忠実になって告白した。

 みゆきは眼鏡の奥の瞳を大きく見開き、顔を真っ赤にしながら僕に抱き着いてきた。

 

「……みちるさんは、ズルいです。私がずっと言いたかったことなのに……」

「うん、ごめん。ズルいけど、今だけは欲張りたいから」

 

 泣きながら強く抱きしめてくるみゆきを、僕は優しく撫でる。

 再会してから今日まで、みゆきは僕に想いを告げようと頑張って来たんだ。告白の言葉を奪った僕は、本当にズルい。

 

「私も、貴方が大好きですっ!」

 

 みゆきは大声で僕に告げ、同時に口付けを交わしてきた。

 告白を奪われた、せめてもの復讐だろう。

 幼馴染から恋人へ。長い時間をかけて漸く関係が変わった僕達は、もう暫く2人だけで交わり合っていた。

 

 




どうも、雲色の銀です。

第23話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はみちる編クライマックスでした。
うつろの真意も最初から決めていたことでした。
もうちょっと出番を増やせればよかったなぁと思いますけどね。

そして、今回で1st Seasonからのメイン組が全員結ばれました。サイトでの連載から4年、いやー長かった!
これに関しても結ばれる順番や、男子側からの告白という要素を破らずに来れてよかったと思います。
よくある二次創作だとヒロイン側から告白してばかりなので。たまには男子が女子に惚れて告白するのも悪くないかなと。

次回は、はやととつかさのバカップルによる小休止!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話「2人のデート」

 桜藤祭が終わり、普通の学生生活が戻ってきた。

 とは言え、授業自体は桜藤祭の準備期間中も平常通り行われていたのだが。

 もう無駄に会議や道具の準備をしなくて済むと思うと清々する。

 だが、帰ってきた日常は今までと違う点が2つあった。

 まず1つが、俺に直接関係ないが、かえでと岩崎が付き合い出したということだ。

 桜藤祭直前まで険悪なムードを漂わせていた2人だったはずだが、そこからくっ付いたことは俺ですら予想外で驚いた。

 

「いやぁ、モテる男は辛いね!」

 

 と、話の中心にいる男は今すぐにでも殴りつけたくなるような笑顔で、幸せ自慢をしてきた。

 何でも、岩崎の笑顔を作ることにも成功し、順風満帆なんだとか。ソイツはよかったな。

 

「後は、お前を笑わせるだけだ!」

「お前が惨たらしくくたばったら、笑顔で見送ってやるよ」

 

 調子に乗って俺を指差すバカに、躊躇いもなく冷たい言葉をぶつけてやった。

 そもそも、岩崎はかえでに苦手意識を持ってこそいたが、嫌悪感は持ってなかっただろうし。

 引き換え、俺はかえでを殴り飛ばしたい程嫌っている。ハッキリ言って煩いし、言動の一つ一つがムカつく。

 コイツが俺を笑わせられる日は、永遠に来ない。

 

「おめでとう、みなみちゃん」

「ありがとう、ゆたか……」

 

 不愉快そうに顔を顰める俺のすぐ横では、ゆたかが岩崎に祝福をしていた。

 かえでの影響は少なからずあるようで、俺でもすぐに分かる程岩崎の表情は変化するようになっていた。

 今のはにかんだ表情は岩崎が女であることを十分証明させ、4月にコイツを気味悪がっていた男子達も視線を惹き付けられてしまう程だ。

 ……今更悔しがっても、もう遅いとだけ言っておく。

 そして、もう一つの変化が俺に直接関係のあることで、非常に困惑していた。

 

「そういや、知らん女子からお前宛に手紙を渡されてた」

 

 かえではふと思い出したように、俺の机に手紙を置く。

 小さな封筒には名前は書いておらず、差出人は中を見るまでは分からない。

 

「……破いて捨てろ」

 

 俺は手紙の受け取りを拒否した。

 これが俺の日常の変化だ。桜藤祭以降、俺宛に手紙を書く女子が増えたのだ。

 理由は、軽音部のライブにボーカルとして助っ人参戦したからだ。

 あの時の歌で本来のボーカル以上に痺れてしまった奴が多くいたらしく、軽音部のスカウトを皮切りに次々とアプローチが来るようになっていた。

 

「お前、せめて中身ぐらい読めよ」

 

 かえでは尚も俺に手紙を差し出してくる。

 軽音部の誘いも勿論だが、顔も知らない女子からのラブレターを全て断っていた。

 歌を聴いただけで俺のことを殆ど知らない連中から好きだと言われても、俺の中には決して響かない。

 俺は手紙を真っ二つに破いてポケットに仕舞った後、読みかけの本に視線を戻した。

 

「お前!」

「黙れ。貰ったものをどうしようと、俺の勝手だ」

 

 俺の行為に激昂するかえでだが、俺は冷静に返す。

 言われた通り受け取ってやったんだ。そこから先、手紙を持って来ただけの奴に文句を言われる筋合いはない。

 

「……その子にちゃんと答えてやれよ」

「それも、俺の勝手だ。どちらにしろ、失恋することに変わりはないがな」

 

 かえでは不満が残ったまま、大人しく席に座った。

 恋愛なんて、ノイズと同じだ。聞こえのいい言葉だが、耳を塞げば目の前にいるのはただの人間。

 静寂を望む俺には、恋愛なんて必要ない。

 

 

☆★☆

 

 

 みちるの騒動も片付き、俺達は桜藤祭が終わった後でも活気に溢れていた。

 何せ、長年想い続けていたみゆきとみちるが漸く結ばれたのだ。2人の関係にヤキモキしていた俺達が祝福しない訳がない。

 ま、2人を狙っていた奴等は悔しがっていたけどな。

 そういえば、これで俺達のグループは全員結ばれたことになった。

 去年の4月に顔を合わせた時には、全く予想だにしなかった光景だ。

 

「こなたー、今度のイベントなんだけどさ」

「準備ならとっくに出来てるヨ!」

 

 俺の視線の先、あきとこなたは次に行くイベントの話し合いをしている最中だ。

 これだけなら普通にヲタ仲間同士として見られるだろうが、本人たち曰く当日はペアルックで参加するとのことだ。

 あまりイチャ付かない印象だが、やはり恋人らしいことはしているみたいだな。

 

「みちるさん。来週の日曜のことでお話があるのですが」

「うん、丁度僕もみゆきを誘おうと思ってたんだ」

 

 また別のところでは、みちるとみゆきがデートの相談らしき会話をしていた。

 きっとコイツ等のことだから高級かつ優雅なデートになるのは間違いなしだ。

 何せ、みちるは女性のエスコートに手馴れている。相手が恋人となれば、全力を出すだろう。惜しむらくは、その全力を俺達は目に出来ないことだろうか。

 

 別のクラスにいるやなぎとかがみも、頻繁にデートをしているようだ。

 先日、かがみがやたらと機嫌よかった風な印象を受けたが、どうやらやなぎから髪を結ぶリボンをプレゼントして貰ったらしい。

 情報提供者の姉2人は滅茶苦茶悔しがっていたが、そこには触れないでおいた。

 やることはやってるみたいだな、もやし君も。

 

 では、俺達はどうなんだろうか?

 普段から一緒に帰っているし、周囲が呆れる程イチャイチャしている自覚がある。

 昼も料理上手なつかさがお弁当を作ってきてくれるようになり、毎日幸福を味わっている。食費も浮くし、大助かりだ。

 だが、何かが足りないことに気付き、俺はつかさをジッと見つめた。

 

「どうしたの?」

 

 俺に視線を向けられていることに気付き、つかさが尋ねてくる。

 首を傾げる仕草もまた可愛い、俺の彼女。

 コイツに不備は一切ない。あるとしたら……。

 

「つかさ」

 

 俺は答えを得て、つかさに話し返す。

 笑顔で話を聞いてくれるつかさは、やはり可愛い。

 俺達に足りないもの。それは、デートだ。

 決して行っていない訳ではない。だが、俺は一人暮らしという身の上の所為で、出費を控えなければならない。

 つまり、デートに行く為の資金が俺にはないのだ。

 毎日学校で会っているし、登下校も一緒にいるので別にいいかと思っていたが、いいはずがない。

 つかさはあまり我が儘を言わないし、俺の金銭状況も知っているから言い出せないのかもしれない。けど、もしそうなら俺はつかさの彼氏失格だ。

 

「今週の日曜、空いてるか?」

「うん」

 

 予定確認すると、つかさは期待の視線を向けて来た。明らかにデートに行きたがっている。

 つかさは乙女だからな、恋人とデートをしたいに決まっている。

 

「デート、しないか?」

「うん! 行こっ!」

 

 次に誘いをかけると、つかさは満面の笑顔で大きく頷いた。

 頼む、今の可愛い仕草は俺の心の傷を広げるからやめてくれ。

 こうして、甲斐性のない俺はつかさとのデートで奮発することになった。

 

 

 

 そして、あっという間に日曜日。

 こういう楽しいイベントは来るのが早く感じる。

 待ち合わせ時間の30分前から、俺は駅前にスタンバっていた。

 今までのつかさとのデートは、近所の街中をブラつき、夕飯の食材を買ったりしてゆったりと過ごすだけだった。

 だが、今日の俺は違う。飯代等を浮かし、捻り出した資金で、つかさにもっと遊ばせてやるのだ。

 映画、遊園地、洋服、豪華な外食。何でも来るといい!

 

「お待たせ~!」

 

 などと意気込んでいると、最愛の彼女がやってくる。

 待ち合わせ時間ギリギリなのはご愛嬌だ。つかさだからもっと遅れると思ってたし。

 

「そうだな、待った」

「あぅ……」

 

 こういう時、普通ならば彼氏は「待ってない」と言うだろう。

 だが、つかさ相手に言うと俺も遅刻の常習犯みたいに聞こえるし、俺が待っていたかったのでこう返した。

 

「……けど、つかさとのデートなら待った分引いて十分お釣りが来る」

「は、はやと君……!」

 

 続けて言葉を返すと、泣きそうになっていたつかさは顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに俺を見た。

 ま、これも俺の本心だし。

 

「んで、今日はどうする? つかさのしたいことをしようぜ」

「ふぇ……?」

 

 今日のデートプランがまだ白紙であることを告げると、つかさは首を傾げた。

 ま、いきなりしたいことをしようなんて言われても、ピンと来ないか。

 

「映画、遊園地、ショッピング。何でもござれってこった」

 

 みちるの真似でお辞儀をしながら説明をする。ちょっと格好付け過ぎたか。

 顔を上げてつかさの様子を見ると、まだ困惑しながら答えた。

 

「えと、とりあえず歩こっか?」

 

 つかさの要望により、街中を歩きながら考えることになった。

 遊園地は遠いからともかくとして、映画やショッピングならゆっくり考えた後でも十分出来るしな。

 

「……はやと君。お金の方は」

「気にすんな。つかさの為ならそれぐらい捻り出せる」

 

 隣で考えていたつかさは、予想通り俺の心配をしてきた。

 俺はつかさに気にさせないよう財布を掌の上で軽く放る。

 が、その瞬間、間抜けな腹の音が大きく鳴り響いた。これは当然、俺の腹から鳴ったものであって。

 

「あー……」

「……お昼にする?」

 

 気不味そうに笑う俺に、つかさも苦笑しながら提案する。

 今日の為に、1週間飯を抜いたのが災いしたらしい。せめて今朝は食っておくべきだったか。

 けど、昼には早すぎるし、俺だけ食うのも悪い気がする。

 

「まだいいだろ」

 

 つかさの提案を断ると、またしても腹の音が空気を読まずに鳴る。

 自分の言葉に説得力がなくなってしまい、俺はただ笑うことしか出来なくなる。

 

「今日は私のしたいことをするんだよね? じゃあ、まずははやと君にお昼を食べて欲しいなぁ」

 

 さっき俺の言ったことを使われてしまい、とうとう反論出来なくなってしまう。

 つかさも言うようになったなぁ、と感心しつつ自分の情けなさに頭を抱えたくなる俺だった。

 丁度近くにあったハンバーガーショップで簡単な昼食を済ませた後も、つかさはやりたいことを決められないでいた。

 じっくり考えてもいいんだけど、考えて一日が終わるのだけは勘弁してほしいな。

 

「うぅ……はやと君、何か面白い映画とかある?」

 

 妙案の浮かばないつかさは、遂に俺に尋ねてきた。

 とはいえ、俺も映画なんて見ないのでその手の情報に疎かった。正直、今は何を上映しているのかすら知らない。

 

「……済まん、よく分からん」

「えっと、じゃあ映画はなしで」

 

 自分の無知さの所為で、つかさから選択肢を奪ってしまった。

 クソッ、こんなことなら上映リストぐらい確認しておけばよかった。リストを見たところでどんな映画かは分からないだろうけど。

 さて、残った選択肢はショッピングだが……。

 

「そうだ! はやと君のお洋服見に行こうよ!」

 

 漸くいい案を思いついたのか、つかさは声高らかに提案した。

 だが、見る洋服は何故か俺のだった。いや、確かにそんなに多くは持ってないけど。

 

「いや、お前のはどうなんだよ。欲しくないのか?」

 

 つかさだって女だ。服の一つや二つ欲しがってもおかしくない。

 お洒落に縁遠い俺だって、つかさが試着すれば選べ……ないな。つかさなら何着ても似合いそうだし。

 

「私は沢山持ってるから。それに、はやと君のを選んであげたいから」

 

 つかさはそう言って屈託のない笑みを見せる。

 コイツは何時だって俺の心配ばっかりだな。したいことしろって言っても。

 

「したいこと、本当にないのか? デートらしいこととか。たまには我が儘ぶつけてもいいんだぜ?」

 

 俺はつかさに本当に聞きたかったことを思わず口にしてしまった。

 あまりにも何もなさ過ぎて、つかさは俺と居て楽しいのか不安になってしまう。

 しかし、つかさは一瞬だけ驚くと、またすぐに笑顔に戻る。

 

「私ははやと君と一緒にいられるだけで幸せだよ? 一緒に歩いたり、お話したり、買い物に付き合ってくれるだけで十分楽しいもん」

 

 つかさの言葉に俺はハッとした。

 今までのデートで、つかさは不満そうにしたことが一度だってあったか。傍にいて、手を繋いで歩く。そんな些細なことでも、つかさは本当に楽しんでくれていたじゃないか。

 

「映画もショッピングもいいけど、はやと君が慣れてないから辛いんじゃないかなって」

 

 つまり、今まで何も言わなかったのは俺が楽しめないからだった。

 つかさにとって、ブラブラ歩くことも映画を見ることも大差なく、逆に俺が楽しめないことが嫌だから映画やショッピングに誘わなかったのだ。

 

「……そっか」

 

 つかさの気持ちが嬉しくて、俺はその華奢な身体に抱き着く。

 俺が大馬鹿だった。恋人同士のデートなんだし、お互いが楽しめないでどうするんだ。

 俺が退屈するようなこと、心の優しいつかさが許す訳ないじゃないか。

 周囲の視線から見て、俺達は何か足りないだろう。

 けど、俺達の視点からすれば、寧ろ余りある程幸せだった。

 

「んじゃ、俺はつかさに服を選んで欲しい」

「うん、分かった」

 

 一先ず、俺はつかさが選んだ服が着たくなり、さっきの提案に乗ることにした。

 

 

 

 日も暮れ時。

 結局、つかさにジャケットとTシャツを一着ずつ選んでもらい、買うことになった。

 洋服を選んで買うなんて、随分久々なことだった。値は張ったけど、つかさが似合うって喜んでくれたから十分価値はある。

 

「夕飯の買い物はいいのか?」

 

 買ったばかりの、紺のテーラードジャケットに青のシャツを身に纏った俺は、つかさにこの後の予定を聞く。

 普段だったらこの辺で買い物をして、柊家で夕飯を御馳走になるところだ。

 

「うん。あ、でもその前に」

 

 予想通り、買い物があるようだ。しかし、つかさは買い物リストを見せる前に、鞄からあるものを取り出してきた。

 

「はい、はやと君」

 

 つかさが渡してきたものは、白いマフラーだった。

 毛糸ではないことから、さっき服を買った店で買ったもののようだ。

 

「俺に?」

「うん! これから寒くなるから、少しでも温かい恰好をした方がいいかなって」

 

 つかさに手渡されたマフラーは、心なしか持っているだけでポカポカと温かさを感じるようだった。

 早速首に巻くと、先程まで感じていた肌寒さが一気になくなる程温かかった。

 

「ありがとな。実は、俺からもあるんだけど」

 

 先を越されたものの、俺もつかさに隠れてプレゼントを買っていたのだ。

 ジャケットのポケットから取り出したそれは、簡単な作りのペンダントだった。先には小さなハートの輪が2つ重なっている。

 あまりゴテゴテな作りよりは、シンプルな方がつかさに似合うしな。

 俺はつかさにネックレスを見せると、そのまま首に巻いてやった。

 

「よく似合ってる」

「あ、ありがと……」

 

 至近距離のまま褒めると、つかさは顔を真っ赤にしていた。可愛い奴め。

 プレゼント交換を終えたところで、俺達はデートを再開する。夕飯の買い物だなんて他愛のない内容だが、俺達は今を十分楽しんでいる。

 まるで俺の今の気分を表すかのように、白いマフラーが風にはためいていた。

 

 

 




どうも、雲色の銀です。

第24話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は小休止ということで、はやととつかさのデート内容についてでした。
とりあえず、2人は順調にバカップルやってますよと。殴る壁が足りなくなります。

一方、序盤のつばめは久々に外道ぶりを発揮。
但し、実はつばめは破いた手紙を捨ててません。その辺はまた後程。

次回は、しわす編突入!




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話「進路」

 今年も残り約二ヶ月になった。

 この時期に学生生活で何かがあるとすれば、テストか精々マラソン大会ぐらいだろう。

 体力のない俺からすれば、是非とも後者は遠慮したいところだが。

 桜藤祭に浮かれていた生徒達はテスト勉強に腰を入れ始める反面、俺達3年生は違う部分で頭を悩ませていた。

 

「うー、面倒くせぇなぁ……」

 

 机に頭を載せて、気怠そうに唸るのはクラスメートの日下部だ。

 面倒臭そうに睨む視線の先には、ホームルームに担任の桜庭先生から配られた進路確認の用紙が白紙の状態で置かれている。

 俺達を悩ませる元凶が、進路だ。

 大半の人間は進学を選択するだろうが、問題は何処の大学や専門学校を志望するかにある。進学後の人生設計を見据えて選ばなければならない。

 

「悩むのはいいけど、提出期限のことも考えなさいよ?」

 

 唸る日下部の隣で、書き終えたかがみが忠告をする。

 因みに、俺も峰岸もしわすも書き終えているので、日下部のみが書き終えていないことになる。

 

「だって、大学のこととかあまり知らねーし」

「オープンキャンパスにも行かなかったのか」

 

 高校三年の夏休みと言えば、オープンキャンパスに足を運ぶのが一般的だ。

 雰囲気を知る為、少なくとも近場の大学くらいには行くべきなのだが。

 

「行ったよ。あやのに連れられて」

「みさちゃん、私が誘わないと行かなそうだから」

 

 なるほど、保護者の峰岸に引っ張られていたか。

 しかし、興味なさそうな日下部ならば、内容の大半は頭に入ってなさそうだ。

 果たして、それは行ったと言えるのだろうか。

 呆れ顔の俺達を余所に、遂に日下部は起き上がって用紙に記入を始めた。

 

「……よし!」

 

 書き終えて満足そうに頷く日下部。

 だが、書かれた大学の名前は全て峰岸の志望校と同じものだった。

 

「あやのと同じところならそれでいいや」

 

 日下部らしい適当な考えに、俺もかがみも突っ込む気力を失くしていった。

 そもそも、日下部の学力で峰岸と同じ大学に行けるかどうか。

 

「んで、しわすは何処行くんだ?」

「ここ!」

 

 自分のことが済んだからか、日下部はしわすの進路に話を変える。

 まぁ、日下部については峰岸が何とかしてくれるだろう。

 話を振られたしわすは、鋭いツリ目の奥をキラキラとさせながら、俺達に進路確認用紙を見せて来た。

 記入された大学名は、何処も偏差値の高いところばかりだった。正直、俺やかがみでもやや難しいような学校だ。

 

「大丈夫か? 難しいところばっかだぞ」

「俺、獣医目指してる。ここ、外せない」

 

 俺が心配すると、しわすは自信たっぷりに大きく頷いた。

 よく見ると、しわすの志望する学部は獣医学部で統一されていた。

 獣医学部がある大学は国内でも少なく、しわすにとっては全て外せないのだろう。

 

「俺、先生に、推薦してもらう。だから、心配ない」

 

 しわすの発言に、俺達は再度驚かされる。

 これだけ難しい大学ばかりだというのに、推薦枠を取っていたのだ。

 よくよく考えれば、しわすは無断欠席もなければ、成績も悪くない。桜庭先生もしわすのことをよく知っているし、推薦にも何ら問題はない。

 

「スゲーじゃん、しわす!」

 

 日下部に褒められ、しわすは照れ臭そうに頭を掻く。

 獣医の息子であるしわすは、昔からずっと獣医を目指して努力していたんだろう。それが報われ、夢への道が開けたという訳だ。

 

 

☆★☆

 

 

 高校三年の秋。周囲の話題は進路についてが殆どだ。

 まぁ、当然だな。この時期になって進路を決めていないとなると相当ヤバい。

 まぁ、俺もつい最近まで決まってなかったんだけど。

 

「面倒くせぇ……」

 

 そして、ここに進路が決まっているんだか決まっていないんだか分からん奴がボヤいている。

 そんなミスターレッドラインこと天城あきの学力では、進学も怪しいレベルだ。

 いや、陵桜に入れるぐらいだから頑張れば行ける……と思うけど。

 

「あき君、まだ決まんないの?」

 

 情けない彼氏が気になったのか、こなたがひょこっと、あきの用紙を覗きこむ。

 こなたはこなたで普段の成績は良くないが、やれば出来るを体現している頭の構造をしているので問題はないらしい。本当かよ。

 

「こなたと一緒のところがいいんだけど、滑り止めがなぁ」

「真面目に考えないと、私の進路教えないよ?」

 

 あきの第一志望は既に決まっていたらしい。「こなたと同じ学校」という不純な理由だが。

 つーか、滑り止めで悩むくらいなら勉強しろよ。

 

「何だよー、お前だってどうせつかさと同じところなんだろ」

 

 俺の冷たい視線に気付いたのか、あきが突っかかってくる。

 が、残念ながら俺はつかさと一緒の進路を目指してはいない。

 

「つかさは調理師の専門学校を目指してるから、俺には無理だ」

「うん……ゴメンね」

 

 俺がポンと隣にいるつかさの頭を叩くと、つかさも申し訳なさそうに頷く。

 つかさの長所といえば、料理の美味さだ。それを伸ばすために調理師免許を取るのは決して悪くない。

 

「何で謝るんだよ。寧ろ、更に上達したつかさの手料理を食えるんだから本望さ」

 

 それに、頑張る彼女の邪魔をしてまで一緒の学校に行きたくはない。別に同じ学校じゃなきゃ会えないって訳でもないし。

 

「じゃあ、はやとの進路は?」

 

 話に入ってきたみちるとみゆきが俺に尋ねてくる。

 確かみちるの進路はMARCHクラスの難関大学、みゆきが医大だっけ? 秀才カップルはすごいねぇ。

 

「俺か? 俺は」

「よう。何の話だ?」

 

 俺が話そうとすると、丁度良く別クラスのやなぎ達がやってきた。

 やなぎやかがみの進路も偏差値高そうだな。

 

「進路の話さ。お前等は何処だ?」

 

 俺の進路は聞いても面白くはないので、先にやなぎとかがみの進路を聞いてみた。

 どちらも真面目な秀才だ。きっと偏差値の高い大学を目指しているのだろう。

 

「第一はかがみと同じ大学だ」

「私は法学部、やなぎは経済学部だけどね」

 

 あっさりと志望校を明かすやなぎと対照的に、かがみは彼氏と同じ志望校ということで照れている様子だった。

 学部が違うとはいえ、同じ学校を選ぶとは仲のいいようで。

 

「法学部……弁護士志望か?」

「そうよ」

 

 法学部でも弁護士志望者は少ないんだが、かがみはその少数に含まれるらしい。

 まぁ弁護士は稼いでいるイメージがあるし、シビアな考え方のかがみにはある意味似合ってるかもな。

 依頼者を口で言い負かすような真似もしそうだけど。

 

「その節はお世話になります」

「何とぞ、費用安めで」

「オイ」

 

 かがみが弁護士志望と分かると、あきとこなたは深々と頭を下げた。

 今からお世話になる気満々かよ。将来何やらかすつもりだ。

 

「で、やなぎは」

「銀行員でも目指そうと考えている」

 

 やなぎもやなぎで実にリアル思考だ。銀行員は人気らしいし、仮に銀行員でなくとも頭のいいやなぎなら企業の引く手数多だろう。

 ただ、体力がないから営業回りで力尽きそうだけど。

 

「んで、はやとは結局何処なんだよ」

 

 そこへ、話を覚えていたあきが蒸し返してくる。

 そんなに俺の進路が気になるのか。それとも、まともに考えてなさそうな俺を同類として見たいのか。

 周囲も、俺の進路予想が出来ないようで気になりだしていた。

 

「へいへい。俺はこれだ」

 

 俺が見せた用紙には、まず進学の項目にチェックが付いていた。

 実は少し前までは、進学なんて考えてすらいなかった。勉強は嫌いだし、高校は母さんの約束の延長で通っていたようなモンだし。

 そもそも、学費を払えるような金は俺にはない。

 しかし、今の俺には進学したい理由があった。

 

「ふーん、偏差値の低そうな学校を選んだ訳ね」

「んだよ、人のこと言えねぇじゃん」

 

 記入された学校名を見て、かがみやあきが俺を小馬鹿にし出す。ま、確かに偏差値自体はかがみ達の大学よりは低いだろう。

 しかし、つかさだけは気付いたようで息を呑んだ。

 

「これ、神道文化学部って……」

 

 つかさの言う通り、志望学部には神道文化学部の文字が書いてあった。

 神道文化学部とは神職、つまり神主になる為の講義がある学部だ。この学部は希少らしく、近辺ではこの大学にしかない。

 俺が進学を志望する理由。それは、神主の階位を得て、鷹宮神社の神主になりたいからだ。

 そう、全てはつかさとずっと一緒にいる為だった。

 俺の進路の真の意味を知った一同は唖然とし、口喧しく言う者はいなくなっていた。恐らく、かがみが一番ダメージがデカいんじゃないか?

 

「最終進路に婿入りも悪くないなってな」

 

 トドメの一言で、つかさの顔が一気に赤くなる。

 だから見ても面白くないって言ったのに。

 

 

☆★☆

 

 

 放課後、陸上部にも参加することがなくなった私は、しわすが校舎裏で密かに飼っている子犬の面倒を見ていた。

 夏休み中は流石に学校に置き去りには出来ないから、しわすが実家に持って帰ったみたいだ。けど、実家で買うことは出来なかったらしく、こうして校舎裏に戻って来ちまったのだ。

 

「ほれほれ、美味いか?」

 

 私が魚肉ソーセージを与えると、子犬ことポチは上手そうに食べる。短期間ですっかり懐かれたみたいだ。

 可愛いし、ウチで飼ってやれればいいんだけどなぁ。

 

「みさお」

 

 なんてボンヤリと考えていると、後ろからしわすが缶ジュースを2本持ってやって来た。

 しわすも桜藤祭のお化け屋敷以降、クラスに少しずつ馴染めるようになった。本当はいい奴だって、クラスの奴等も分かって来たみたいで、しわすに話しかけられるようになってきた。

 

「これ、飲むか?」

「お、サンキュー!」

 

 しわすが買ってきてくれた缶ジュースを早速頂く。

 こうして気も利くし、しわすは動物思いの本当にいい奴だ。

 それに、よく見れば顔も格好良いしな。性格は子供っぽい無邪気な奴なのに。

 

「どうした? 俺、何か付いてるか?」

 

 しわすの顔をジッと見ていたことがバレ、不思議がられる。

 うっ、何か恥ずかしいな。

 

「何でもねぇ」

 

 私はすぐに顔を背け、何とか誤魔化す。

 同時によく分かんないけど、胸の奥が熱くなるのを感じた。うーん、風邪でも引いたのかな?

 

「はやとの進路、すごい考えられてた」

 

 しわすはポチを見ながらふとそんなことを話出す。

 昼の話題で、白風の進路希望は私等の予想を遥かに飛び越えていたことが分かった。

 婿入りまで考えてるなんて、何処まで柊妹にぞっこんなんだか。

 

「はやと、神主、目指す。俺、獣医、絶対なる!」

 

 だけど、しわすは白風が神主を目指している点しか目に入っていないっぽく、夢を追う者同士として影響を受け、気合を入れ直していた。

 いや、意味合いが全然違うんだけど……まぁいいか。

 白風は恋人の為に進路を決め、冬神と柊やちびっ子達も恋人と同じ学校を目指してる。

 そういえば、しわすにはそんな相手がいるんだろうか。

 

「……しわすは、相手が欲しいとか思うのか?」

 

 無意識の内に尋ねてしまったことに、私自身が驚く。

 気にはなったけど、こんな2人きりのところで聞くようなことじゃないし!

 けど、しわすは特に何も思い付かないかのように首を傾けた。

 

「相手……助手か? よく分かんない」

「そっか……そうだよな」

 

 しわすの答えに、私は安心する。

 分からなくて当然だ。そんな経験、私達にはないんだから。寧ろ、アイツ等が進み過ぎなんだ。

 あやのだって、私がいない時に兄貴とイチャ付いてるし。

 

「みさお……聞いて欲しい」

 

 ふと、しわすは真剣な表情で私を見つめてきた。

 さっきまでそっちの話題を考えていたので、私は意味もなくドキッとしてしまう。

 あうう、こ、こういう時ってどーすりゃいいんだ!?

 色んなことを考えてしまい、心の中が熱くなって行く私に構わず、しわすはジッと私の瞳を見つめたまま口を開いた。

 

「そろそろ、ポチの飼い主、探したい」

 

 ところが、しわすの話題はポチの飼い主探しと私の予想とは全然遠いものだった。

 何だよ! 期待させやがって!

 思わずズッコケそうになった私は、膨れっ面になりながらしわすの話を聞いていた。

 

 この時はまだ気付くはずもなかった。

 私がしわすを意識し出していることに。

 そして、この飼い主探しが思わぬ展開になることに。

 




どうも、雲色の銀です。

第25話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は各キャラの進路状況と、しわす編の導入でした。

みさおは男勝りな上、しわすは純粋なので恋愛話が書きにくくて困ってます(笑)。
一応、身近にカップルがいるのでみさおは耳年増な気がします。あと桜藤祭の専用ルートからツンデレですね。

あ、はやとのバカップルぶりはもう矯正不能の模様。

次回は、犬の飼い主探し!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話「獣の咆哮」

 漸く自分の進路を決めた俺達は、本格的に試験への勉強を始めることにした。

 とはいえ、学業優秀なかがみとやなぎ、みちるはとっくに推薦枠を勝ち取っていたりした。

 その為、今では俺達に勉強の指南をするのに役立っている。

 

「だから、ここの公式の解き方はこうだと!」

「xだのyだのゴチャゴチャしてて分かんねぇって!」

 

 頭が良くても、脳筋のあきに教えるのは骨が折れるようで。

 因みに、現在は数学の方程式を教えているところだ。

 

「かがみ~、ここからここまで分かんないんだけど」

「全部じゃない! ちょっとは自分の頭使え!」

 

 勉強だというのに楽しようとするこなたに、かがみも激を飛ばす。

 宿題じゃねぇんだから、少しは自分でやれよ。

 

「みちるさん、出来たので採点をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「うん、いいよ。貸して」

 

 問題児2人に手を焼く一方で、みちるはみゆきの過去問を採点する側に回っていた。

 みゆきの進路は医学部。難易度が極めて高いので、みゆき程の秀才でも推薦枠は難しいようだ。

 なので、こうして試験対策をしている訳で。

 つっても、教えることがなくて楽そうである。

 教える生徒にも当たり外れがあるらしい。

 

 んで、俺はといえば、運よく神道文化学科のある大学は偏差値が低めであることから、急いで勉強する必要もなくなった訳で。

 

「ここはな、まずコイツとコイツに注目するんだ」

「うん」

 

 可愛い彼女に密着した状態で勉強を教えていた。

 勿論、自分の勉強も進めているが、やっているところはほぼ一緒なので、同時に教えることが出来ていた。

 これ、何か恋人同士って感じでいいなぁ。

 本当は今にも抱き着き、撫でてやりたくなるが、今は我慢だ。

 

「ってな感じだ。分かったか?」

「うん、ありがとう」

 

 一通り解き方を教えると、つかさははにかみながら礼を言った。

 根は真面目だから、しっかり教えると出来るんだよな。

 すると、つかさは若干申し訳なさそうに顔を伏せる。

 

「ごめんね、勉強の邪魔して。はやと君、私の為に頑張ってくれてるのに」

 

 俺の進路はつかさと一緒にいる為に決めたものだ。

 だから、つかさはどうやら自分が俺の重荷になってるんじゃないかと不安に思っていたらしい。

 ……あーもう、我慢出来るか!

 

「は、はやと君!?」

 

 俺は横からつかさの細い身体を抱き締めた。

 顔がくっつきそうになる程近付き、つかさは白い頬を赤く染めて驚く。

 

「バカだな。お前は重荷どころか、俺の翼なんだっての」

 

 俺はつかさの耳元で優しく囁く。

 やってる側も結構恥ずかしいけど、つかさの為ならどんなことでも出来る。

 

「俺は自分で勝手に頑張ってるんだ。それを謝られたら、そっちの方が困る」

「……うん、ごめんね」

 

 俺はつかさと一緒にいたいという我儘の為にやる気を出しているに過ぎない。

 寧ろ、俺なんかにここまで行動を起こさせているつかさがすごい。

 けど、優しいつかさはまた俺に謝る。本当に、可愛いくらいバカだ。

 

「謝るくらいなら、お前も絶対合格しろよ」

「……うん、分かった」

 

 つかさの不安も取り除いたところで、俺達は今すぐにでもキスが出来そうなくらい、互いの距離が近いことに気付く。

 ……うん、頑張るっつっても、1時間勉強しなくてもいいよな。

 俺はそっと、つかさの唇に近付き、口付けを……。

 

「そこ! イチャついてないで勉強しろ!」

 

 しようとしたところで、シャーペンがこめかみに飛んで来た。

 同時に、かがみの怒号が聞こえる。

 あぁ、ここが教室の中だってこと忘れてた。

 

「してるじゃん」

「何処が! 今キスしようとしてたじゃない!」

 

 勉強の途中だったのでしていたように振る舞うが、最初からバレていた。

 チッ、しっかりと監視の目を光らせていたか。

 

「恋人同士でキスして何が悪い」

「TPOを弁えろっての!」

 

 つかさと過ごす時間、つかさと同じ場所、つかさといる場合。

 しっかり弁えてると思うんだがなぁ。

 これ以上逆らっても火に油なので、俺は渋々つかさを解放し、自分の勉強を再開させる。

 ……そういや、結局ファーストキスもまだなんだよな。もうそろそろしたいものだ。

 

「ところで、3-Cの連中はどうしたんだ?」

 

 ふと、気になったことをかがみに尋ねてみる。

 現在、俺達がいるのは3-Bの教室だ。放課後なので他の生徒もおらず、勉強にはうってつけの場所と言える。

 しかし、桜藤祭以降仲良くなった、しわすや日下部達3-Cの3人がこの場にいない。

 特に日下部はあきと同じくらいのバカだがら、勉強必須のはずだけどな。

 

「アイツ等はちょっと用があるみたい」

「用?」

 

 少しばかり気になるが、同じクラスのやなぎとかがみが大丈夫そうなので、深入りはやめておくことにした。

 

 

☆★☆

 

 

 柊達が学校に残って勉強をしている間、私等はポチの飼い主探しをしていた。

 ここまでの経緯は、昼休みまで遡る。

 

「ポチの飼い主探しって、何するんだ?」

 

 私は昨日聞いた、しわすの「ポチの飼い主を探したい」という言葉の意味を改めて聞いてみた。

 ポチは元々、しわすが拾ってきた捨て犬だ。

 今は校舎裏で内緒で飼っている状態だけど、陵桜を卒業したらポチの面倒を見る人がいなくなってしまう。

 そこで、試験勉強に入る前にポチの新しい飼い主を探しておきたい、とのことだった。

 

「しわすが飼う訳にはいかないのか?」

「……ウチ、よく引越しする。海外も、行く。だから、ペット、飼えない」

 

 しわすの家は、世界を又に掛ける獣医だ。だから定住するということがないらしく、環境が激変することもあるからペットを飼うことが出来ない。

 だから、夏休みにポチを連れて帰った時も飼えなかったのか。

 

「優しい飼い主、探したい。チラシ、作ってきた」

 

 そう言って、しわすはポチの写真の入った飼い主募集のチラシを見せて来た。

 これを街中に貼って、通行人に配るのか。

 けど、この作業を1人でやるのはキツいだろ。

 

「んじゃ、私も手伝う」

「本当か!?」

 

 私が手伝おうと提案すると、しわすは目を輝かせてきた。

 最初から手伝うつもりだったんだけど……そんなに見つめられると、照れるな。

 

「私も手伝わせて」

「あやの、いいのか!?」

 

 話を聞いていたあやのも手伝ってくれるみたいだ。

 流石あやの。頼む前から手を貸してくれるなんて。

 

「みさお、あやの、ありがとう!」

 

 眩しい笑顔で礼を言ってくるしわす。

 私の周囲はどうしてこう、眩しい奴ばっかりなんだ。

 あ、眩しくないのもいたっけ。柊とか。

 

 こうして、私等はポチの飼い主募集のチラシを街中に配っていた。

 手分けしているとはいえ、3人でも厳しいけどなぁ。

 

「お願いしますー」

 

 とはいえ、私はチラシ配りなんてやったこともないから、どうにもぎこちなくなってしまう。

 いつも通りの声が出ない所為か、中々チラシを貰ってくれない。

 うー……ドイツもコイツも無視しやがって。

 ふと、足元を見ると、まだ溜まりに溜まったチラシの山が目に入る。

 これを見たらしわすの奴、きっと悲しい顔をする。

 ツリ目で怖い顔の奴だけど、実は表情豊かないい奴なんだ。だから、悲しそうな顔なんて見たくない。

 

「……お、お願いしますっ!」

 

 今まで、アイツは一人でポチの面倒を見て頑張って来たんだ。

 桜庭先生や天原先生もいたけど、先生だから目立ったサポートは出来ないみたいだったし。

 私等が勘違いしていたから、しわすはずっと一人だった。

 だから、今度は私がアイツの為に頑張るんだ。

 ほぼ自棄になったような感じで、私は声を張り上げる。

 まだまだ、部活ではもっと声が出ていたはずだ。

 

「子犬の飼い主探してますっ! お願いしますっ!」

 

 大声でチラシを差し出すと、優しい人から貰ってくれるようになっていった。

 これで情報が広まって、飼い主が見つかるといいな。

 その時、私の携帯が鳴り響く。

 慌てて確認すると、着信の相手はしわすだった。

 胸に期待を寄せながら、私は電話に出る。

 

「し、しわす?」

「みさお……」

 

 電話の向こうのしわすは、声だけだからよく分かんないけど、何だか震えてるようだった。

 何があったのか。私はしわすの言葉を待つ。

 

「……飼い主、見つかった」

 

 期待通りの言葉に、私は涙が流れそうになるのを感じた。

 私等の頑張りが、遂に実った瞬間だった。

 

 

 

 教えて貰った場所に急いで向かうと、既にあやのも待っていた。

 飼い主になってくれそうな人は、駅から離れた一軒家に住む家族だった。

 子供が小学校高学年ぐらいまで成長したから、そろそろ犬が飼いたくなったらしい。

 写真を見て、イメージにピッタリな子犬だったから、しわすに声を掛けて来たのだ。

 

「ありがとうございます!」

 

 しわすは家主に深く頭を下げる。

 家主の人は優しそうな男性だった。きっといい飼い主になってくれる。

 そこに、奥さんが私とあやのに話し掛けて来た。

 

「実は最初、話し掛けるの怖かったのよ」

 

 しわすの外見がどう見ても不良だから、話し掛けるのをやめようとしたらしい。

 うーん、しわすらしいというか。

 

「けど、ウチの子が駅前でお姉さんが同じ紙を配ってたって言うから、話を聞いてみたの」

 

 奥さんは、私達が配っていたチラシを見せてくる。

 駅前というと、私が担当していた場所だ。

 そういえば、子供にも配ったような覚えがあるようなないような。

 

「だから、ありがとうね。チラシ配ってくれて」

 

 奥さんの一言に、私はまた泣きそうになる。

 私、ちゃんとアイツの力になれたんだって実感出来たから。

 

「よかったね、みさちゃん」

 

 そんな私に、あやのがハンカチを渡してきた。

 全く、あやのには勝てない。

 

「それで、犬は?」

「……あ、忘れた」

 

 しかし、旦那さんの言葉でポチがまだ校舎裏にいることに私もしわすも気付いた。

 折角飼い主を見つけたのに、連れて来るのを忘れるなんてアホな話だ。

 

 そう、アホな話で終わればよかったのに。

 

 

 

 私達がポチを迎えに校舎裏へ行くと、普段と違い人の気配がした。

 柊達かと思えば、聞いたこともないような声だから違うと分かった。

 何だか嫌な予感がする。ゆっくり近付いていくと、知らない男子生徒が3人いた。

 ケラケラ笑っていて、何を話しているかは分かんない。

 もっと近付くと、ソイツ等が何をしているのかが分かった。

 

「こんなところに子犬がいるなんてな」

「ストレス発散に使えそうで助かったぜ」

 

 いつも以上にボロボロのポチを、ソイツ等の内1人が足蹴にする。

 コイツ等、勉強の気晴らしなんかでポチをいじめてたのか……!

 ポチはもう鳴く気力もない程弱っていて、されるがままになっていた。

 

「ポチ……」

 

 私の背後から、低いけど細い声が聞こえる。

 そうだ。この状況を一番見せちゃいけない奴がここにいた。

 しわすはずっとポチの面倒を見てきたのに、ボロ雑巾のような姿にされたんじゃ、きっと黙っちゃいない。

 

「げっ、見つかっ……!?」

「月岡……何でここに!?」

 

 コイツ等はしわすが凶暴な不良だっていう噂は知ってるみたいで、途端に怯え出す。

 普段なら、しわすは何も言わずに見逃しただろう。

 けど、ポチを傷付けた奴等を、しわすは許さない。

 

「ウ、ウガァァァァァァッ!!」

 

 悲しみから怒りへと、表情を変えたしわすは、獣のように吠えながらポチの元へ向かう。

 ポチを足蹴にしていた奴は恐怖のあまり動けなかったようで、鍛えられたしわすの拳を腹のど真ん中にぶち込まれた。

 地面を転がり、男子は苦しそうに胃液を吐く。

 それを全く気にせず、ポチを庇うように立ったしわすは、残った2人を睨んだ。

 今まで見たこともないような恐ろしい顔に、私ですら恐怖で足が震える。

 けど、しわすは同時に涙を流していた。

 ポチがいじめられていたこともあるが、それだけじゃないことが私には何となく分かった。

 しわすは喧嘩が嫌いだと、初めて会った時に言ってた。体を鍛えてたのも、大型の動物を看るのに力がいるからだ。

 どんなに小さな命も見捨てられないような奴が、誰かを殴るなんて嫌に決まってる。

 そうしないといけない程の怒りに、しわすは悲しんでいるんだ。

 

「みさちゃん! しわす君止めて!」

 

 あまりの怖さに、呆然と突っ立ってた私だが、あやのの言葉で我に返る。

 これ以上、しわすに誰かを殴らせてはいけない。

 

「しわす、落ち着け!」

「しわす君! ここで騒ぎを起こすと、推薦がなくなっちゃう!」

 

 しわすを落ち着かせようと、私達は叫んだ。

 そうか、ここでトラブルを起こせば、折角の推薦枠がナシになってしまう。

 夢の為に今まで頑張ってきたのに、全部無駄になる!

 

「お前等、早くどっか行け!」

 

 コイツ等がいるから、しわすは怒りを抑えられないんだ。

 私は、突っ立ってる男子達を追っ払った。

 完全に姿が見えなくなると、しわすは落ち着きを取り戻し、同時にポチの前で膝を着いた。

 

「ぐすっ、ゴメン……俺が、見てなかったから……!」

 

 目から大粒の涙を流し、しわすはポチに謝る。

 折角飼い主が見つかったのに、守れなかったから。

 けど、諦めるにはまだ早い。

 

「……お前、獣医が夢なんだろ! こんなところで落ち込んでる場合かよ!」

 

 また自分の夢を踏みにじるようなことをしているしわすに、私は怒りが沸いてきた。

 思わず叫んだ言葉に、泣き崩れていたしわすはハッとなる。

 ポチはグッタリとしているけど、まだ生きている。近くに保健室だってある。

 救える命が、目の前にあるじゃないか。

 

「応急処置、出来る! 手伝って!」

 

 慌ててポチを抱えて走り出すしわすに、私達は大きく頷いてついて行った。

 小さい友達を助ける為に。




どうも、雲色の銀です。

第26話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はポチの飼い主探しでした。

チラシを配ったりして、飼い主を探す。これも青春っぽい活動だと思います。

まさかの突き落とし展開です。ほのぼかと思いきや、みちる編並に暗い展開に……。
拾う者あればいじめる者あり。
一筋縄ではいかないものです。
「すた☆だす」はまったり恋愛日常なので、勿論このままでは終わりませんけど。

え、本来の主人公?
もう勝手にイチャついてればいいですよ(笑)。

次回は、しわす編大詰め!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話「命を救う手」

 空も暗くなり出し、今日は一先ず勉強会も終了。

 外履きに履き替えて帰ろうとしていた時、

 校舎裏から獣のように低く重い唸り声が聞こえて来た。

 

「な、何だ!?」

「今のは……」

 

 怯む皆を尻目に、さっさと履き替えた俺が校舎裏に向かう。

 今の唸り声に、俺は嫌な予感を感じたからだ。

 そして、最悪の予想が当たってしまった。

 しわすが何人かの男子と対峙していた。既に1人は苦しそうに蹲っている。

 しわすの表情は、猛獣と言い換えてもいい程迫力を増し、元々切れ跡のような眼を更に鋭くさせて相手を睨む。

 しかし、頬には涙を流し、足元には傷だらけの子犬がいた。

 それだけで、何となく状況が分かってしまった。

 

「はやと!」

「シッ」

 

 後からやって来たあき達を静かにさせ、俺は状況を説明した。

 しわすが校舎裏で密かに飼っていた子犬を、バカな男子生徒達が発見。

 虐めていた所を丁度しわすが見つけ、怒り任せに暴れている。

 一部始終を見たわけではないが、概ねこんなところだろう。

 

「お前等、早くどっか行け!」

 

 説明している内に、日下部が男子生徒達を追い払う。

 しわすがこれ以上暴れないようにする為だな。賢明な判断だ。

 ここで騒動を大きくすれば、漸く解かれていたしわすへの誤解が元に戻ってしまう。

 加えて、しわすの推薦も取り消しになってしまうだろう。アイツの今までの頑張りを、こんなことで不意にしてはいけない。

 

「さて……どうしたものかね」

 

 子犬の対処はしわす達でやるみたいだ。

 が、ここで腑に落ちないのがあき達だ。子犬をボコボコにした奴等をこのままにしていいのか。

 

「ちょい、行ってくるわ」

「ったく……」

 

 あきが怒りを抱えたまま、逃げた男子生徒達の後を追い、ストッパー役のやなぎがそれに続く。

 

「僕も行く」

 

 更に、珍しく怒った表情のみちるも向かおうとしていた。

 いやいや、お前は推薦枠だろうが。問題を起こせば取り消されるぞ。

 

「やっと、怒れるようになったんだ。だから、僕は友達の為に怒りたい」

 

 止めようとする俺より先に、みちるは自分の意思を話す。

 みちるは怒ると、今までは裏人格のうつろが出て来ていた。

 しかし、それを乗り越えた今だからこそ、自分の怒りを友達の為に使いたいのだろう。

 褒められた行動じゃないが、今のみちるはそれでいいと俺は思う。

 

「……やりすぎんなよ」

 

 勿論、俺は行かない。敵討ちみたいな真似、俺の性分には合わない。

 それより、俺はしわすの方が気になっていた。怒り任せのままで、アイツは大丈夫なんだろうか。

 3人と別れ、俺はつかさ達と保健室へ向かう。

 

 

☆★☆

 

 

 弱ったポチを抱え込んだしわすは、勢いよく保健室のドアを開ける。

 保健室には天原先生も、他の生徒もいないらしい。

 丁度良かった、としわすはポチをベッドの上に寝かせ、包帯と薬を漁り始めた。

 勝手に持ち出して悪い気はするけど、天原先生なら分かってくれるよな!

 

「みさお、あやの! ポチ、押さえて!」

 

 しわすからの指示に、私とあやのは慌てて傷だらけのポチを押さえる。

 すると、しわすはガーゼに消毒液を付け込み、ポチの傷口に当て始めた。

 やっぱり染みるらしく、ポチは暴れ出した。だから押さえてろって言ったのか。

 

「ポチ、我慢」

 

 痛みで身体をうねらせるポチに、しわすは優しい声で語りかける。

 その一瞬だけ、私は何故かドキッとしてしまった。

 片言で子供っぽい印象から変わっただけなのに。

 

「日下部!」

 

 その時、保健室に柊達が雪崩れ込んできた。

 まだ残ってたんだな。ってか、さっきの騒動を聞いて来たのか。

 

「ワンちゃん、大丈夫……ですか?」

「うわっ、酷くやられたね」

 

 柊の妹がオドオドと尋ねて来て、ちびっ子はポチのやられ具合に驚く。

 煩くなったけど、場の空気が少し和らいだような気がした。うん、何か心強い。

 消毒を終えたしわすは、今度は傷口に渇いたガーゼを当てて、包帯を巻いた。家でも手伝っていたのか、手馴れている様子だ。

 こう、応急処置の手際の良さを見ると、やっぱりしわすは獣医を目指しているんだとつくづく思う。

 すごい奴だ、しわすは。

 

「終わった……」

 

 応急処置を終えて、緊張が解けたしわすはその場に座り込んだ。

 最後まで慌てっ放しだったからな。

 

「よかった~……」

 

 柊達も、山場が終わったことに安心する。

 さっきまで暴れていたポチも、すっかり大人しくなったし、もう押さえなくてもいいよな?

 

「……病院、連れてく」

「あ、じゃあ私達が連れて行きます」

「そうだね。月岡君は休んでなよ」

 

 疲れが抜け切れてないしわすがポチを連れて行こうとすると、眼鏡ちゃんとちびっ子が代わりに連れて行こうとした。

 折角来てくれたんだし、ここは任せてもいいんじゃね。

 

「……お願い」

 

 沈んだ様子のまま、しわすは後を任せて、保健室から出て行った。

 大丈夫かな、しわすの奴……。

 しわすは、誰かが傷付くことも、誰かを傷付けることも嫌いな奴だ。

 けど、ポチを傷付けられて、自分自身も誰かを殴ってしまった。

 心の疲れは、半端ないんじゃないかと思う。

 

「……私、ちょっと見てくる」

「うん、行ってらっしゃい」

 

 気になる私は、やっぱりしわすの元に行くことにした。

 そのことを伝えると、あやのは全部分かっていたみたいに私を送り出してくれた。

 

 

 

「……俺、は……」

 

 しわすは、保健室から離れた廊下で一人座り込んでいた。

 壁に寄り掛かり、自分の手を見つめる。

 私にはポチの命を二度も救った手。だけど、しわすにとっては……。

 

「傷、付けた……俺……!」

 

 誰であろうと、殴りたくなかった。

 しわすは自分の気持ちを裏切ったことを許せず、悔しさのあまり壁を殴る。

 仕方ないじゃないか。ポチを救う為だったんだから。悪いのはアイツ等じゃないか。

 そんな言葉も、痛々しいしわすの前では言えなくなってしまう。

 どうすれば、しわすの悲しみを取り除けるんだろう。

 バカな私では、ダメなのか。

 

「よぉ、お医者様」

 

 そこへ、向かい側から私のものではない声がしわすに語りかける。

 軽い口調で、白風は座り込んだままのしわすを見ていた。

 そうか、柊達が残ってるんだから、コイツがいても不思議じゃない。

 白風なら、しわすに何かしてくれるのか。私は2人のやり取りを見つめる。

 

「人を殴った感触は、どうだ?」

 

 しかし、白風がまず訪ねてきたのは信じられない程冷たいことだった。

 そんなこと、何で今のしわすに聞けるんだ!?

 

「まぁ、痛いだろうな」

 

 しわすが答えるよりも先に、白風は当たり前なことを自答した。

 コイツは何がしたいんだ。段々と、白風にイラついてくる。

 

「けど、殴った瞬間に勝利を掴む奴だっている。ボクサーとか、格闘家とか。お前は殴った先に勝利は見えなかったか?」

「……俺、格闘家、違う。殴った先、何もない」

 

 白風の問い掛けに、やっとしわすが答える。

 確かに、スポーツとして相手を殴って勝つ奴だって世の中にはいっぱいいる。

 けど、今のしわすとは無関係だ。だって、しわすが目指しているのは、格闘家とは真逆のものだから。

 

「何もないことはないだろ。お前は犬の命を救った。逆に、殴らなかったら、犬は死んでいたかもしれない」

 

 白風は、無茶苦茶な理論からいきなり核心に繋げて来た。

 しわすが出て行かなかったら、ポチはいじめられていたまま、最悪死んでいた。

 そうしたくないから、しわすは怒って、アイツ等を殴ったんだ。

 

「けど、俺、命救う手で、殴った。やってはいけないこと、した」

「やってはいけない、なんて誰が何時決めた」

 

 しわすのタブーを白風は否定する。

 何かの命を守る手で、傷付けてはいけない。そんな立派な考えなのに、白風は容赦なく切り捨てる。

 一体、白風はしわすの何が気に食わないのか。今にも飛び出しそうになるけど、必死に我慢する。

 

「んな高尚な考え、今時通じねぇよ」

「俺、見てなかった! だから、ポチ、いじめられた! なのに、俺……!」

 

 しわすは、とうとう白風に自分の内を吐き出した。

 自分がポチをしっかり見ていなかったからいじめられたのに、自分は何かを救うどころか傷付けてしまった。

 そんな自分が情けなくて、許せなくて、しわすは怒りが収まらないんだ。

 

「撃っていいのは……忘れた。まぁいいや……歯、食い縛れ」

 

 白風はそう呟くと、しわすの元へと近付く。

 そして、右腕を振りかぶり、しわすの頬をブン殴った。

 な、何してんだアイツは!

 

「は、やと……?」

 

 思いっきり殴られたせいで倒れ込んだしわすは、信じられないという怯えた表情で白風を見る。

 友達と思ってた奴にいきなり殴られたんだ。無理もない。

 

「行動はどうあれ、お前が犬を救った事実に変わりない。それでウジウジ悩むぐらいなら、最初から手を出すな」

 

 白風は悔やみ続けるしわすに怒りをぶつける。

 結果だけ見れば、しわすがポチを救ったことに違いない。

 けど、しわすはもっといい方法があったかもしれないから傷付いている訳で。

 

「じゃあ、お前はこれから救う動物達の飼い主に、「自分の手は誰かを殴ったから汚れてます」なんて言うつもりか? それで命を救えなかったら、また塞ぎ込むつもりか?」

 

 白風はキツい口調で言葉をぶつけてくる。

 けど、獣医を目指すしわすには正しいと言えることばかりだ。

 医者に要求されることは、命を救うこと。それは獣医でも変わらない。

 

「医者に綺麗ごとを言ってる余裕はないんだよ。救えないものは救えない。奇跡なんてものはないんだから」

 

 そう言って、白風はしわすを殴った右手をブンブン振りながら、少しだけ悲しそうな表情を浮かべた。

 ……アイツにも、何かあったんだろうか。

 

「お前は今日、命を1つ救った。だから、自分のしたことを誇れ。悔やめば悔やむほど、救った犬に失礼だ」

 

 最後にそれだけ言い残し、白風は去って行った。

 本当、言いたいことだけ言っただけだな。勝手な奴だ。

 

「しわす」

 

 残されたしわすに、私は歩み寄る。

 しわすは、白風に言われたことを考えているようだった。

 医者として、自分は命を救ったことを誇らなければいけない。例え、方法が何であっても。

 

「……俺、は……」

 

 けど、しわすはまだ迷っていた。

 本当はしたくなかったことを、誇ってもいいのか。

 

「私は、格好良かったと思う」

 

 だから、私は優しい口調で言った。

 しわすの不安を取り除きたいから。

 

「だって、ポチを助けたんだ。ちょっと怖かったけど……それでも、しわすはヒーローみたいだった!」

 

 あまり上手くは言えないけど、私は思ったことを並べる。

 実際、しわすは悪い奴に立ち向かったんだ。ヒーローに違いないじゃん、うん。

 

「だからさ、もっと自信持て! ポチは自分が助けたんだって! 命を救ったんだ、夢の第一歩じゃん!」

 

 そこまで言うと、しわすはフラっと私の方に寄り、片に頭を乗せて来た。

 ちょっ!? わ、私も一応女だぞ!? いきなり何を!?

 

「……ゴメン、ありがと……」

 

 文句を言おうとした矢先、しわすはお礼を言ってきた。

 どうやら、ちょっとは気分が晴れたみたいだな。

 ……これじゃ、文句言えないじゃんか。

 気が付けば、顔を真っ赤にしたまま、私は子供をあやすようにしわすの頭を撫でていた。

 

 暫くしわすをあやしていると、メールが入って来た。差出人は……柊だな。

 メールを確認すると、私はしわすにその中身を見せた。

 

「ほら、しわす!」

 

 メールには、ポチを無事に動物病院まで連れていけたことが書かれていた。

 ポチも大事には至らず、すぐに回復することも含めて。

 すっかり涙で目が腫れたしわすは、漸く安堵の笑いを浮かべる。

 けど、私は特にある一点をどうしても見せたかった。

 

「ほら、ここ! 応急処置が完璧だったので、こっちでの処置もすぐに済ませることが出来たって!」

 

 メールには、しわすのやった応急処置も的確だったことが掛かれていた。

 やっぱり、しわすのやったことは間違いなんかじゃなかったんだ!

 更に、添付された写真には、包帯を巻いているけど、元気そうなポチの姿も写っている。

 

「よかったな! しわす!」

 

 最初から悩む必要なんてなかった。

 そりゃ、しわすの考えも立派だってのも分かる。けど、立派だから正しいって訳でもない。

 しわすの正しさは、この元気そうなポチが何より証明しているんだから。

 

「俺、良かった……!」

 

 しわすはやっと自分を許せたみたいだ。

 けど、感極まって私に抱き着いてきた。

 だーかーら! 私も女なんだってば!

 

「全く……」

 

 でも、私はしわすに抱き着かれても、怒るどころか何故かドキドキが強くなるのを感じていた。

 やっぱ、私はしわすが、好きなのかもしんねーなー……。

 




どうも、雲色の銀です。

第27話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は応急処置と、はやとのターン。

最近バイオレンス描写が増えたような気がしますが、僕は暴力を肯定しているつもりはないです。

今回、はやとは命が掛かってる時に、つまらない綺麗ごとで悩んでいるしわすが気に食わなかったのです。
「撃っていい奴は~」のくだりは、殴り合いをしてでも命を救うという覚悟のない奴が、怒り任せに手を出すなという意味合いです。
分かりにくそうなので、あとがきで補足します。
うーん、まだまだ自分の力量が足りませんね。すみません。

次回は、しわす編ラスト!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話「野獣と野獣」

 しわすが落ち着いた後、私達はポチの飼い主となる家族に説明しに行った。

 ポチはすぐに回復するとはいえ、やっぱり少し動物病院で様子を見ることになった。

 だから、引き渡しに時間が掛かってしまう。

 

「ごめん、なさい……」

 

 悲しそうな顔で頭を下げるしわすを見るのは辛かったけど、旦那さんは笑顔で首を横に振った。

 

「仕方ないよ。それより、子犬を守ってくれてありがとう」

 

 旦那さんの優しい言葉に、しわすはまた泣き出しそうになる。

 本当、いじめる奴もいれば、こんなに優しい人達もいるんだな。

 因みに、ポチをいじめた男子生徒達は天城達に成敗されて、後日謝って来た。

 正直、私も怒りが収まらないところだが、天城達に酷くやられていたのが、何だか可哀想に思う程ボロボロになっていた。

 

「犬、見て来てもいい?」

 

 しわすと旦那さんのやり取りを微笑ましく見ていると、子供が私に聞いてくる。

 面会謝絶とも聞いてないから、勿論いいに決まってる。

 

「いいぜ、一緒に行こ!」

 

 新しい飼い主を早くポチにも合わせてやりたくて、私はすぐに頷いた。

 っと、ここで重大なことに気付いた。

 

「……しわすー、病院どっちだっけ?」

 

 私のドジに、しわすも、何時の間にか合流してた白風や天城達にも笑われた。

 だって、動物病院なんて行ったことないもん!

 

 

 

 それから、1週間が経った。

 ポチの飼い主も見つかったことだし、私達も柊達の勉強会に混ざることになった。

 

「うぅ……全然分かんねぇよー」

 

 勉強の苦手な私にとっては地獄だったが。

 同じく勉強嫌いなちびっ子や天城も、頭から煙を吹きそうになっていた。

 

「だから日本語でおkだって!」

「問題文は日本語だろうが。ほら、キチンと解け」

 

 天城が数学の関数に文句を言うと、冬神がバッサリ斬る上に問題集を増やしてきた。

 鬼だ、数学の鬼がいる……。

 

「かがみんやー」

「私も勉強してるんだから、邪魔しないでよ。同じところやるんなら、教えてもいいけど?」

「……謹んで遠慮します」

 

 ちびっ子がちょっかいを出そうとすると、柊は自分の問題を見せてくる。

 柊は法学部希望だから、私等とは試験問題のレベルが違う。

 タダでさえ火を噴きそうなのに、柊と同じところなんてやったら頭がパンクする。

 

「うー、あやのー」

「峰岸」

「あはは……頑張って、みさちゃん」

 

 私の唯一の希望、あやのは柊に事前に釘を刺されているから味方をしてくれない。

 八方ふさがりとはこのことだー……。

 

「みゆき、この問題見てくれるかな?」

「はい」

 

 一方で、檜山と眼鏡ちゃんは平和にお互いの過去問の見せ合いっこをしていた。

 実は、ポチをいじめた男子達の制裁に檜山も進んで参加していたから、推薦枠が取り消しになってしまったらしい。

 何だか悪い気がするな……。

 

「ごめん、みちる……」

「ううん、僕がしたかったことだから気にしないで」

 

 しわすも罪悪感を感じていて、隣で謝るけど、檜山は気にしていない様子だ。

 曰く、友人の為に自分の怒りを使いたかったとか。

 そういえば、以前は「うつろ」とかいう二重人格がいたから怒れなかったんだっけ。

 うーん、性格もやっぱイケメンだよなー。眼鏡ちゃんとのツーショットも中々お似合いだし。

 

「ここからここまで解いたら、頭撫でてやるからな」

「う、うん。頑張る」

 

 んで、しわすに好き勝手言っていた白風は柊妹とイチャイチャしながら勉強していた。

 というか、ほぼイチャイチャしていた。

 甘い空気が教室の一角を占めていて、砂糖を吐きそうになるぐらいだ。

 

「じゃあ、俺はここからここまで解いたら……」

「えーと……膝枕?」

「いいなそれ、頑張れそうだ」

「いいから早よやれ!」

 

 問題を一定量解いたら、互いにご褒美を用意するという方法を取っているみたいだな。

 その甘いやり取りに、遂に痺れを切らした柊が白風の頭に一発お見舞いする。

 いいぞ、もっとやっちまえ!

 

「みさお、集中」

 

 と、自分の勉強が身に入らないから周囲を見ていると、しわすから注意される。

 しわすは、天城達が制裁を下したことと、他に目撃者がいなかったことから、推薦枠の取り消しはなかった。

 後は、正式に決定の発表を待つだけだ。

 なので、私に勉強を教えてくれている。

 

「これ、この単語、掛かる」

 

 今は英文の解き方を教えて貰ってるんだけど……片言で分かりにくい。

 しわすは説明に向かないかもしれねぇな。

 そんなことよりも、私は別の理由で勉強が出来ないでいた。

 

「……聞いてるか?」

「あ、うん。聞いてるってば」

 

 私をジト目で見つめてくるしわす。

 しわすが隣にいるってだけで、私は無性に気にしてしまっていた。

 やっぱ、抱き着かれた時以来かな。しわすのことがますます気になり出したのは。

 これが恋愛の好きって感じなのかは、よく分かんないけど……身体が熱くなって、心臓がドキドキする。

 いっそ、告白してしまえば、楽になるんだろうか。

 恥ずかしくて、あやのにも聞きづらいし……あーもう!

 

「もうこんな時間か」

 

 冬神の言葉で、皆が時計を見る。

 時間は18時をちょっと過ぎたところ。外もすっかり日が暮れている。

 電車で帰る奴もいるし、今日はここまでということになった。

 うーん、出来るようになったのか、イマイチ実感が湧かない。

 

「みさお」

「分かってるって。復習、やれ、だろ?」

 

 しわすの真似をして片言で喋ると、しわすは違うと首を振った。

 何だ、似てなかったか?

 

「明日、ポチ、退院」

 

 しわすの言葉で思い出した。

 明日はポチが動物病院から退院して、飼い主の元に行く日だ。

 大事な日だから、私も一緒に行くようしわすに頼まれてたんだ。

 

「じゃあ、皆にも」

「ううん」

 

 皆にも教えようとすると、しわすに止められる。

 何でだ? 折角のポチとの別れだってのに。

 

「……見られたくない」

 

 不思議そうに思っていると、しわすは珍しくボソッとバツの悪そうに答えた。

 何を見られたくないんだ?

 

「また、泣くかもしれない、から……」

 

 またボソッと呟いたしわすに、私は漸く意味が見えてきた。

 ポチとの別れで泣く姿を、皆に見られたくないと。

 あれ? でも、私は一緒に行くよう頼まれたぞ。

 

「なら、私もいない方が」

「みさおなら、いて、いい……」

 

 いない方がいいんじゃないか、と言おうとしたところで、しわすはまた首を振った。

 うーん、今日のしわすは何か変な感じだ。

 ……けど、しわすに頼られているような気がして、ちょっと照れ臭い。

 

「分かった! んじゃ、明日な!」

「うん!」

 

 とにかく、明日行くことを伝えると、しわすはやっと笑顔を見せて大きく頷いた。

 そっか、明日はしわすと2人きりか……。

 

 

 

 その日の夜、私は電話であやのに相談していた。

 正直、私は戸惑っていた。

 しわすと話していた時は嬉しさが勝っていたけど、家に帰ってきた途端に不安になって来たんだ。

 ほら、男と2人きりで出かけたことなんてなかったし……。

 

「可愛い服とか持ってないし……どうしよ」

〔みさちゃん、落ち着いて〕

 

 ここに来て、初めて自分の女らしくなさが仇になった。

 あやのが着てるような服も持ってない。お洒落や化粧なんて出来ない。

 折角のチャンスなのに、しわすの気を引くことなんて出来ないよなぁ。

 

〔そもそも、デートじゃないんだし〕

「そうだけどさぁ……」

 

 デートじゃないと分かってても、どうしても意識してしまう。

 こうしてみると、やっぱり自分は女で、しわすのことが好きなんだと実感してしまう。

 

〔みさちゃんは、いつものみさちゃんのままでいいと思うよ?〕

 

 テンパる私に、あやのは優しく言ってくれる。

 いつもの私……?

 

〔しわす君だって、いつものみさちゃんだから傍にいて欲しいって思ってるはずだから〕

「あやの……」

 

 そうなのかな。しわすの本音は分からないけど、あやのがそう言うんならそうなのかもな。

 それにお洒落しても、またしわすが抱き着いてきたら汚れるしな。

 

「うん、落ち着いた。サンキュー、あやの」

〔頑張ってね〕

 

 礼を言うと、あやのは電話を切った。

 あやのも、兄貴との初デートの時はこんな気分だったのかな?

 

 

 

 そして、翌日。

 動物病院でしわすと待ち合わせて、ポチを引き取った。

 結局、服装はいつものカジュアルな感じだったけど、しわすも普通にラフな格好だったから、いつも通りにして正解だった。

 気合入れてたら浮いてただろうな。

 

「ポチ、元気か?」

 

 しわすがポチを撫でると、ポチも気持ちよさそうに鳴いた。

 外傷も残んなくて、日々の散歩にも支障はないそうだ。本当に良かった。

 私達の仕事はこれからだ。ポチを無事、あの家族の元に送り届けること。

 家の前まで来ると、子供が待っていた。

 

「来た! タロー!」

 

 子供は私達に気付くと、大きく手を振って迎えてくれた。

 タローというのは、ポチの新しい名前だ。

 元々は私達が勝手にそう呼んでただけだし、正式な飼い主が名前を付ける方がいいに決まってる。

 けど、ポチが別の名前で呼ばれると、もう私達の前からいなくなるという実感が沸いて、どうしても寂しくなる。

 って、しわすの前に私が泣きそうになってどうするんだ!

 

「ほら、行って」

 

 しわすは優しい笑顔のまま、抱えていたポチ改めタローを地面に下ろす。

 すると、タローは子供の元へ走って行った。

 よかった、ちゃんとあの子供にも懐いたんだな。

 しかし、距離が半分のところまでで、タローは止まってしまった。

 そして、こっちをジッと見つめていた。

 ダメだ、こっちに来ちゃいけない。私が首を振っても、タローはビクともしない。

 タローにとって、しわすも飼い主のような存在だったから。

 

「あっち」

 

 けど、しわすは敢えて冷たい態度で子供の方を指差した。

 険しい顔のまま変わらないしわすに、タローは観念したのか子供の元へ一気に駆けて行った。

 

「タロー!」

 

 子供は嬉しそうにタローを撫でる。タローも新しい飼い主に擦り寄っていた。

 これでいいんだ。もう校舎の隅で隠れている必要もない。タローの新しい生活が始まる。

 

「大事に、仲良く」

 

 それだけ言って、しわすは子供にリードを渡し、頭を撫でてその場を去った。

 あんなに一緒にいたのに、ちょっとあっさりした別れ方に、私は呆然としていた。

 

 

 

 それから、私達はファミレスで一服することにした。

 泣くかもしれない、なんて言っておいて、実際はドライな別れ方に、私はちょっとだけ納得がいかなかった。

 そりゃ、タローもこっちを見たりしたけど。

 

「しわす、平気か?」

 

 ハンバーグを頬張るしわすに、私は思い切って尋ねてみた。

 しかし、しわすは何でもなさそうに食事を続ける。

 

「獣医、ペット、治す、仕事。懐かれても、別れ、必ず来る。俺、もう慣れた」

 

 いつもどおり片言で、しわすは言う。

 今までも親の傍で獣医の仕事を手伝っていたしわすは、ペットに懐かれたことも多かったらしい。

 けど、別れは絶対に来る。だから、その寂しさにも慣れたとのこと。

 別れ際の冷たい態度も、何度もああいう場面に遭ったからだろう。

 

「……けど、寂しさなんて慣れるもんじゃないだろ」

 

 強がっても、寂しいモンは寂しいんだ。

 小学校でも、中学校でも、私は仲のいい友達との別れを経験した。その時だって、私は慣れなんてなくて、普通に寂しかった。

 タローとの別れだって、私はめっちゃ寂しかった。

 

「……これ、獣医の仕事、だから」

「泣いちゃいけない、なんて誰が何時決めた」

 

 しわすの強情な言葉に、私は白風の言葉を思い出しながら返した。

 あの時と同じだ。頭の中でいけないと考えて、感情を制御しようとしてる。

 しわすは、思ってたよりもずっと不器用だったんだ。

 

「何の為に、私が今日来たんだよ」

 

 私はしわすの向かい側から隣に移動する。

 この位置なら、きっと他の奴に泣き顔を見られることはないだろう。

 

「みさお……」

「もう、泣いていいから。しわすが頑張ったの、私が全部知ってるから」

 

 今度は、私の方から優しく抱き締める。

 しわすはとうとう耐え切れなくなり、静かに涙を流した。

 寂しさが全部流れるまで、私はずっとしわすの頭を撫でていた。

 

「……ゴメン、ありがと」

 

 泣き終えたしわすは、トイレで顔を洗ってきて戻ってきた。

 その間、何だか周囲から微笑ましい眼で見られているような気がして恥ずかしかった。

 そういや、ハンバーグ冷めちゃったな。まだ美味しかったけど。

 

「気にすんなって。私もやっと役に立てたし」

 

 ドリンクを飲みながら、私は笑って見せた。

 この為に来たようなもんだし。

 すると、しわすは思いつめた表情で私を見つめて来た。

 何だろう? デザートでも奢ってくれんのかな?

 

「……みさお」

「何?」

「俺、みさお、好き。付き合ってくれ」

 

 思わずドリンクを吐き出しそうになった。

 突然の告白に、予想すらしていなかった私は目を白黒させる。

 何で!? いきなり!?

 いやいや、聞き間違いじゃないよな?

 

「げほっ、えっと……マジ?」

「俺、嘘、嫌い。みさお、好き。付き合ってくれ」

 

 一応聞き返すと、また告白された。しかも、真剣な表情で。

 私だって最近自覚してきたばっかりなのに、何で先に告白してくるかなぁ!

 

「返事、聞かせて」

「うー……わ、私だって好きだっての!」

 

 テンパりながら答えると、しわすは満面の笑みを浮かべた。

 あーもう! そのしてやったような反応、ズルいぞ!

 

「ほ、本当に私でいいのかよ……女らしくないし、ガサツだんっ!?」

 

 恥ずかしいから、本当に私なんかでいいのか聞くと、言い終える前にキスしてきた。

 だからいきなりするなってのー!

 急にキスをしてくる様は、本当に獣みたいだ。

 けど、それに応じちゃう私も獣みたいで。

 

 野獣同士のカップルは、ファミレスの隅でひっそりイチャついていたとさ。




どうも、雲色の銀です。

第28話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はしわす編ラストでした。

しわすとみさおのカップリングは、実は動かし方が終始難しかったです。
どっちも恋愛に積極的じゃなさそうで、傍から見ると男友達っぽくなっちゃうんですよ。
落とし所は何処かと考えた結果、こうなりました。
しわすが思った以上に泣き虫になっちゃいましたけど……結果オーライ!

次回は、久しぶりに1年サイド!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話「かえでとみなみ」

 11月に入り、そろそろ外も本格的に肌寒くなってきた。

 こんな寒くなってきた頃合いに、ウチの学校は持久走をやろうというのだから、憂鬱で仕方がない。

 この持久走は全学年で行われるもので、受験勉強に追われる3年生にとっては迷惑以外の何物でもないだろう。

 

「何故持久走なんてものがあるのか……」

 

 大人しく本を読む俺の隣で、珍しくさとるがそんなことをぼやいた。

 そんなさとるの目の前には、先程配られた持久走の告知が記されたプリントが置いてあった。

 さとるは知識を吸収し、覚える能力に長けている反面、体力は人並み以下だ。持久走なんて体力勝負は特に苦手だろうに。

 

「そうだな」

 

 勿論、俺も持久走は嫌いだ。

 ただ走るだけなら、そこまで気にはしない。だが、この学校の持久走は大人数で行われる。

 つまり、雑音の中で持久走をしないといけないのだ。

 これでは体力以前に、精神面で持たない。

 

「持久力に興味などないというのに……」

 

 そう呟いたのを最後に、さとるもまた本を開き、静かに読書を始めた。

 やはり、適度に付き合うのならさとるが一番相性がいい。

 知識欲の塊の化した時は騒がしいが、下手に触らなければ静かそのものだ。

 無駄に騒ぐ何処かのバカにも是非とも見習って欲しいところである。

 

「……そういえば、かえでは何処に行ったんだ?」

 

 流石に静かすぎたのか、さとるは感じてた違和感を口にする。

 現在、俺の周囲にいるのはさとる以外に誰もいない。

 普段、俺に必要以上に絡んでくるかえでがいないとなると、今頃は岩崎の方が餌食になっているようだ。

 因みに、ゆたかは田村と談笑している。

 

「岩崎と一緒にいるんだろ。少なくとも、俺と一緒じゃなければ、こんなに嬉しいことはないが」

「そうか」

 

 本心交じりにかえでの居場所を考察すると、さとるも納得したようですぐに本に意識を戻した。

 最近、かえでは岩崎と付き合い始めたことで、岩崎と一緒にいることが格段に増えた。

 なんというか、かえでにとって岩崎は俺以上に放置しておけない存在らしい。

 じゃあ俺を放置してくれよ、と思うところだが。

 

「アイツ1人いないことで、教室の雑音すら静かに感じる」

 

 つまり、アイツ1人でクラスの人間全員分ほどの騒音を出していることになる。

 俺はかえでのいない休み時間を、ただただ満喫していた。こんなことはレアだしな。

 

 

☆★☆

 

 

 もう大分肌寒い季節になってきたが、一部の人間には寒さなんて関係なかった。

 そう、可愛い恋人とくっつけあえる人間のことだ。

 

「寒くないか?」

「ううん、私は大丈夫だよ」

「俺は寒い」

「じゃあ、教室戻る?」

「いや、つかさが腕にくっついてくれたら大丈夫だ」

「ふぇ!? じゃ、じゃあお邪魔します……」

 

 だからといって、白風先輩達はやりすぎだとは思うけど。

 今日も今日とて廊下でバカップルぶりを発揮する先輩方を遠目で見て、俺は速攻で見ないフリをした。

 まぁ、そんな俺も今は可愛い彼女と一緒にいるんだけどな。

 

「…………」

「俺たちもやる?」

 

 その恋人、みなみに試しに聞いてみると、恥ずかしそうにブンブン首を振った。

 けど、ジッと先輩達を見ていた様子から推測すると、あんなこと自体はしてみたいらしい。

 

「まぁ、みなみ相手なら俺も大歓迎、なんてな♪」

「……そうじゃなくて……」

 

 おどけた風に本心を述べてみると、みなみは俯きながら自分の胸を触り始めた。

 あぁ、胸がないから温められない、って言いたいのか。

 相変わらず自分のコンプレックスを気にするところは可愛くあるのだが、ここはとりあえず触れないで置いた。

 傍から見ればそうは見えないだろうが、みなみは桜藤祭以降、すっかり笑うようになった。

 いや、心を他人に許すようになったと言い換えた方がいいか。

 ふとした拍子に静かに吹き出したり、楽しいことがあると口元が若干上がっていたり。些細な変化だが、俺が引き起こしたと考えると感慨深い。何より、可愛い。

 

「そっか。じゃ、またの機会に」

「……うん」

 

 今はしないけど、いつかまたしたくなったらしよう。

 そんな意図を含めて返すと、みなみは小さく頷いた。

 そんな些細なやり取りでも、みなみはホッとしているのが分かる。やっぱり、恋人らしくくっついてみたかったんだな。

 ……そろそろ、はやと先輩のことを言えなくなってきたかな。

 

「……かえで」

 

 自分の彼女の可愛さに思わずニヤけそうになるが、みなみに声をかけられ我に返る。

 みなみは恥ずかしそうに指をモジモジさせていたが、やがてゆっくりと手を出してきた。

 

「……手なら、いいから……」

 

 顔を真っ赤にしながら、か細い声で話す俺の彼女。

 勿論、俺は速攻でみなみの白く細い手を優しく握った。

 もうバカップルでいいや。だって俺の彼女こんなに可愛いし。

 内心で彼女自慢を繰り返しながら、俺達は目的の場所についた。

 多分、みなみは学校で教室の次によく来るであろう場所、保健室だ。

 昼休みに保健室に用がある、というので俺も付き添いで来たのだ。

 幸い、みなみの気分が悪いとかではないらしいけど。ゆたかも今は教室にいるし、最近では体調が悪くなることはなくなってきた。

 

「失礼します」

 

 実は、俺は身体測定以外で保健室に入るのは初めてになる。

 「病は気から」ともいうし、常に笑顔を心掛けている俺はもう5年は風邪を引いたことがない。

 保健室のドアを開けると、養護教諭の天原先生と、男子生徒が1人いた。

 深緑の髪と鋭いツリ目、頬にある3本の傷がが特徴的なその男子は、まるで何処かの不良のような印象を抱かせた。

 

「……月岡先輩、おめでとうございます」

 

 しかし、みなみは怯えるどころか、お辞儀しながら祝いの言葉を言った。

 どうやら、この不良っぽい人はみなみの知り合いのようだ。まぁ、俺も元不良だし、穏やかな天原先生も動じることなく接してるみたいだし。

 

「みなみ! ありがと!」

 

 すると、その人物は第一印象を吹っ飛ばすような満面の笑みと、片言な台詞でみなみを迎えた。

 オーケー、確かに悪い人じゃない。

 とりあえずソファーに座り、天原先生にお茶を頂きながら、改めて事情を聴いた。

 今回、みなみが保健室に出向いた理由は、目の前にいる月岡しわす先輩に用があったからだそうだ。

 月岡先輩は狂暴そうな外見に似合わず、獣医を目指す純粋無垢な人物だ。そして、獣医になるべく 推薦入試を受け、見事に合格したというのだ。

 みなみの用とは、推薦に受かった月岡先輩を祝うためだった。

 

「つまり……月岡先輩って、頭いい?」

「獣医学部に推薦で受かるくらいですから、優秀な方ですね」

「えっへん」

 

 俺の質問に天原先生が答えると、月岡先輩は偉そうに胸を張った。

 うーん、喋りは片言、外見は武闘派の不良で中身は子供みたいな人がまさかのインテリだとは……。

 

「ってか、みなみは何時からの知り合いなんだ?」

「……月岡先輩は、保健室の常連だから。あと、動物も大好きで」

 

 俺は次に気になったことをみなみに尋ねた。こんな人と何時から知り合っていたのか。

 月岡先輩は保健室の常連らしく、同じく常連のみなみとゆたかは知り合うべくして知り合ったという感じだった。

 

「みなみ、動物、好き! 俺、同じ!」

「よく岩崎さんの飼い犬の話を月岡君としてたんですよ」

「……世話の仕方とか、色々教えてもらった」

 

 特にみなみとは仲が良かったらしく、飼い犬のことで盛り上がったとか。

 みなみは飼い犬のチェリーのこととなると、性格変わるからなぁ。犬の飼い方にも詳しい月岡先輩は絶好の相談相手だったと。

 

「ふーん……」

 

 そこで面白くないのが俺だ。

 そりゃ、俺と付き合う前からの知り合いだろうし、一番盛り上がるジャンルの話し相手なら、仲良くもなるだろう。

 けど、付き合い始めたばかりの彼女が他の男と

 仲良くしているのを見ていて楽しいはずもなく。

 

「かえで、動物、好きか?」

 

 けど、月岡先輩は俺にも同じ話題を振ってくる。

 純粋な笑顔からは、嫌味も当て付けも感じず、ストレートな好意をまじまじと見せつけられる。

 こんないい笑顔をする人懐っこい先輩、嫌いになれるわけもない。

 

「勿論! 俺はサーカスのライオンとか好きですね」

「ライオン! 火の輪くぐり、格好良い!」

 

 みなみはチェリー命だが、月岡先輩は本当に色んな動物が好きで、サーカスで芸をする動物すらも例外ではないようだった。

 特に、頬の傷を付けたライオンですら、格好良くて好きというのだからすごい。

 

「あと、玉乗りするプードルとか!」

「……玉乗り……」

 

 玉乗りする犬、ということで、みなみはチェリーが玉乗りしている光景を妄想し始めた。

 ……ご満悦のようで、幸せそうなオーラを出していた。楽しそうで何より。

 

「霧谷君」

 

 妄想にふける彼女はさておき、ふと天原先生に呼ばれ、手招きさたので傍に近寄る。

 

「月岡君は既にお相手がいますから、嫉妬の必要はありませんよ」

「っ!?」

 

 さっきまでの俺の内心を読んでいたらしく、天原先生は小声で教えてくれた。

 そっか……まぁ優良物件だし、相手がいてもおかしくないか、うん。

 それに、みなみはもう俺の彼女だし。

 

 

 

 そんなこんなで、保健室で月岡先輩や天原先輩と雑談をした後で、俺達は教室に戻った。

 月岡先輩は獣医になるという夢の為に努力して、結果を掴み取った人だ。

 それは、多くの人を笑わせるという夢を持つ俺には、一歩先に進んだ人であって。

 

「すごいなぁ、月岡先輩は」

 

 素直に尊敬していた。

 すると、みなみは俺の顔を覗き込むように見て、言葉を返してきた。

 

「……かえでも、十分すごい」

「そうか?」

「……私を笑わせたから」

 

 恥ずかしがって声が小さくなっていったが、俺にははっきりと聞こえた。

 俺が最初に提示した、「みなみを笑わせる」という目標。それを、俺は桜藤祭の日に実行した。

 正直に賞賛してくれる彼女に、俺はどうしようもなく嬉しくなる。

 

「……そっか。ありがとな」

 

 みなみが素直な言葉で俺を褒めてくれるのも、気を許している証拠だ。

 そのことも含めて、俺はみなみに感謝の意を込めて肩を抱き締めた。

 一瞬、ビクッと体を反応させるみなみだが、すぐにコクリと小さく頷く。

 やっぱり俺の見込み通り、みなみは可愛い女の子だ。

 自分の彼女の可愛さに酔いしれる反面、俺はもう一つの目標のことも考えていた。

 湖畔つばめ。アイツは自分の内面を全く見せようともせず、笑おうともしない。

 本当、笑わせるのに骨が折れる奴だ。

 けど、つばめが心を開けそうな人物が1人だけいた。小早川ゆたかだ。

 ゆたかの純粋さはつばめの固い態度を徐々に和らげているし、ゆたか自身もつばめの優しさに気付いて、すっかり信用している。

 勉強で分からないところがあると、真っ先に聞いてくるしな。

 

「つばめも、笑わせられたらいいんだけどな……」

 

 ゆたかに対して軟化しているとはいえ、つばめの態度はまだまだキツい。

 特に、俺は毛嫌いされてるっぽいし。

 何とか許してもらえるきっかけでもあればいいんだけどな。

 

「……かえでなら、きっと出来る」

 

 俺のらしくない弱気なぼやきに、みなみは元気付けるように言ってくれた。

 それがお世辞でも何でもない、思った通りの言葉だから、俺はまた嬉しくなる。

 

「うっし! 頑張ってみますか!」

 

 俺は道化、スマイルメイカー。

 どれだけ無碍にされても、つばめの笑顔を作り出し、アイツの影を払うまでは諦めない!

 

「あ、みなみちゃんおかえり」

 

 教室に戻ると、ゆたかが迎えてくれる。

 いや、ゆたかが主に迎えたのは親友のみなみだけど。

 しかし、次の会話の内容が、小さな問題を引き起こすことになるとは、誰も予想していなかった。

 

「私、次の持久走に出てみようと思うんだ」

 

 ゆたかの提案に、みなみを始め、俺や田村やさとる、そしてつばめですら驚きを隠せなかった。




どうも、雲色の銀です。

第29話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は付き合ってからのかえでとみなみでした。

保健室の常連であるみなみなら、しわすの存在を知ってるだろうな、という考えから今回の話を作りました。
チェリーのこととか、きっと語りまくったと思います。

はやと達には及ばないけど、かえでとみなみも結構バカップルしてますね(笑)。
表情や行動に出ないだけで、みなみはストレートに愛情を出すタイプだと思ってます。

次回は、原作の持久走の話になります!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話「持久走」

「今度の持久走に?」

「うん、挑戦しようと思って」

 

 ゆたかの宣言の後、チャイムが鳴ったので話を放課後まで置いておくことになった。

 改めて田村が話を切り出すと、ゆたかは肯定の意を込めて首を縦に振る。

 ゆたかといえば、授業中にも体調が悪化して岩崎に保健室へ運ばれるほど、体が弱いというイメージが多い。

 そのゆたかが、かなりの体力を使う持久走に参加しようというのだ。

 なので、話を聞いたかえでや岩崎、さとる達は勿論、他人に関心を寄せないこの俺ですら驚いた。

 

「中学の時までは見学だったから……家でも、お姉ちゃんと練習してるんだ」

 

 お姉ちゃん、という言葉に、俺は青毛の小さな先輩を思い出す。

 一学期の期末試験の勉強会で一度会ったきりだが、テンションが高くて俺の苦手なタイプであることは覚えている。

 だが、姉を巻き込んでまで自分の弱点を克服しようという姿勢は、素直に感心する。

 

「へぇ、偉いもんだな~」

「休めるものなら、俺は休む」

 

 かえでもゆたかの向上心を認める一方で、運動が苦手なさとるは欲望を正直に出していた。

 俺も、持久走なんてサボれるものならサボりたい。

 というか、自ら進んで持久走やりたいなんて言い出す奴、初めて見た。

 

「けど、ウチの持久走って長めでしょ? 大丈夫?」

 

 田村の言う通り、県内屈指のマンモス校である陵桜学園は、持久走も長めに設定している。配布されたプリントでコースを確認するだけで反吐が出るくらいだ。

 いくら練習しているとはいえ、ゆたかの体力では流石に無理が出るんじゃないか。

 ゆたか自身も自覚はしているようで、少々自信なさげな様子だ。

 

「私が並走する……」

 

 そこへ、沈黙を保っていた岩崎が提案を出す。

 岩崎は体育も得意で、足の速さはクラスで男子も入れてもトップクラスだ。体力もあるので、ゆたかとの並走も余裕だろう。何より、保健委員だしな。

 これで問題はなくなった、さぁお好きにどうぞ……とはいかなかった。

 

「だ、ダメだよ! ちゃんと走らなきゃ!」

 

 さっきまで不安そうにしていたゆたかが、岩崎に突っかかってきたからだ。

 気弱なはずのゆたかが、一番の親友の岩崎に、自分に有利になる話を突っ撥ねて、強く言い放つ。

 これには一同、本日二度目の驚愕を受けざるを得なかった。

 今日のゆたかは、何か変だ。

 

「……あ、えと、ほら、こういうのって、成績に響いちゃいそうだし」

 

 きょとんとする岩崎達に、自分の発言に気付いたゆたかは慌てて事情説明をする。

 確かに、仲のいい友人同士で並走すれば、手抜きと見做されなくもない。俺は別に手抜きでもいいけど。

 

「わ、私は成績とか、あまり気にしないから……」

「っ! 気持ちは嬉しいけど、そういうのはよくないと思う!」

 

 それでも岩崎はゆたかを心配して並走しようとするが、ゆたかは再び強く拒否する。

 2人の言い合いに、流石のかえでも口を挟めない。

 

「ごめん、嬉しいけど、今回は……ちゃんと自分で頑張るからっ! みなみちゃんもちゃんと最後まで頑張って走ってね!」

 

 それだけ言い残し、ゆたかは逃げるように鞄を持って帰ってしまった。

 ここまでくると、意地のようなものを感じる。……ま、俺にはあまり関係ないが。

 

「だそうだ。本人がいいなら、別にいいんじゃね?」

 

 呆然とする岩崎にさらっと言い放ち、俺も帰宅することにした。

 話が終わったなら、長居する必要もなし。ガヤガヤうるさい教室にいつまでも缶詰はごめんだ。

 

 

 

 ゆたかと岩崎の言い合いから数日後。

 持久走も間近だというのに、ゆたかと岩崎の関係はぎこちないままの状態が続いていた。

 

「うーん、どうにかしないとな」

 

 恐らく、初めての喧嘩をしている親友2人に対し、かえでと田村が頭を悩ませる。

 俺とさとるは相変わらず読書中だが。

 さとるは人の考えが大体読める癖に、人間の感情に疎い。なので、喧嘩の仲裁なんかは専門外なんだとか。

 因みに、俺は単に他人の喧嘩に興味がないだけだ。

 

「つばめー、お前もあの2人が仲直りする方法考えろよー」

「黙れ」

 

 いい案の浮かばないバカに本を取り上げられ、俺はキツく睨む。

 案の1つも自分で浮かばないのなら、黙ってればいいのに。

 

「……さとる、あの諺なんて言ったっけか。他人の喧嘩なんて放っとけって奴」

「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」

「それだ。お前らは気にしすぎだ」

 

 やっぱ、さとるは辞書並に役に立つな。

 俺は呆れた風にかえでから本を取り返し、無駄な心配をする連中を睨む。

 岩崎はただゆたかを心配している。けど、ゆたかはゆたかなりの考えがある。それでいいじゃないか。

 

「意見の食い違いぐらい、誰にだってある。そこにバカな考えで口を挟んで、状況をややこしくするな」

 

 無駄な行為を咎めてから、俺は再び本に視線を移した。

 別に薄情だと思っても構わない。自分が火傷を負うくらいなら、薄情のまま対岸で本を読んでいたいからな。

 

「意見の食い違い、か……」

 

 田村は何か思うところがあったのか、小さく呟いていたけど。

 そして、放課後。

 今日も1人で帰ろうとしていると、下駄箱にゆたかが暗い顔で突っ立っているのに気付いた。

 外履きを持ったまま俯いて、何かを考えているようにも見える。

 

「邪魔だ」

「え? あ、つばめ君……ゴメンね」

 

 呆れながら近付くと、ゆたかはこっちに気付いたようで慌てて下駄箱から離れる。

 俺は靴を履き替えながら、周囲を確認する。今、この場には俺とゆたかしかいないようだ。

 

「……お前、何で岩崎の誘いを断ったんだ?」

「え……?」

 

 俺はふと気になったことを尋ねてみた。

 勿論、俺は1人でいる方がいいから並走なんてものはいらない。

 けど、ゆたかは違う。体力も自信がないのに、親友からの誘いを断る理由が、普通に考えても見当たらない。

 つまり、何か裏があるんだろう。ゆたかが何かに裏を持つなんてこと自体が珍しいから、俺はふと興味を持ったのだ。

 

「……みなみちゃんに、言わない?」

「俺が岩崎と会話する理由があると?」

 

 やっぱり理由があるらしい。岩崎に知られたくない内容が。

 別に教えてやる義理もないし、本人が教えたくないなら俺が口出しする必要もない。

 すると、ゆたかは俺に向き直って説明を始めた。

 ……聞いておいてなんだが、コイツは俺のことを信用しすぎなんじゃないだろうか。

 

 

「実は、聞いたんだ。みなみちゃんが体育の先生に怒られてるところ」

 

 体育の、ということは授業の後か。

 体育の授業は男女で別なので、岩崎が呼び出しを食らったと聞いたのは初めてだった。

 

「私を庇ってばかりだから、みなみちゃんをきちんと評価出来ないって」

 

 体の弱いゆたかを岩崎が守っているせいで、岩崎自身の成績が真面目に付けられない、ってことか。

 それなら、ゆたかが岩崎へ罪悪感を感じるのも、誘いを断るのも不思議じゃない。

 結局、お互いのことを考えていたがための、意見のすれ違いでしかなかったのだ。

 

「……私、みなみちゃんの優しさにずっと甘えてた。けど、頼りっぱなしじゃダメだから」

「今回の持久走に1人で挑戦したくなった」

 

 ゆたかの今回の行動理由はここに収束していた。

 じゃなきゃ、いきなり持久走に挑戦するだなんて言い出さないし、姉を巻き込んで練習もしない。

 自分だけで完走することで、岩崎の甘えを断ち切るつもりだったんだろう。

 

「……ゆたか。お前がどうしても1人で完走したい、岩崎に甘えを見せたくないっていうんなら、俺は邪魔しないし、させない」

 

 他愛のない喧嘩の理由を知った俺は、柄にもなくゆたかに忠告をしていた。

 ほんの些細なことだけど。

 

「けど、無理だけはするな。自立と無謀の違いだけは履き違えるな。少しでも無理して走って体調を崩す真似をするなら、俺は全てを岩崎に話して、奴の前にお前を土下座させてやる」

 

 俺の脳裏に浮かぶのは、夏休み中に見た「あの夢」。

 俺はもう体の弱い奴が無謀な真似をするのを見たくない。

 だから、これだけは強く忠告しておいた。

 

「……分かった。ありがとう、心配してくれて」

「誰がいつ心配したんだよ。ただの興味本位だ」

 

 話を終えて頭を下げるゆたかを突っ撥ねて、俺はさっさと家路に付いた。

 だから、何でアイツは俺に対してああも無防備なんだ。

 

 

 

 持久走当日。

 俺はいつも通り、気怠そうに集合場所に集まっていた。

 男女でコースが違うので、走っている最中はゆたか達がどうなっているのか知ることが出来ない。

 

「うーん……みなみとゆたかは大丈夫なんだろうか」

 

 ので、かえではいつも以上にウザく、心配を向けていた。

 大丈夫も何も、問題なんてほぼ起こってないようなもんだろうが。

 すると、いつもより若干鬱そうなさとるがかえでに喋りかける。

 

「ひよりがみなみに何か話していた。だから、大丈夫だろう」

「そ、そうか……」

 

 田村が動いたと聞き、かえでは若干の落ち着きを取り戻す。

 動いた、とはいえ今朝はどちらも普段通りだったので、悪影響にはなってないようだから気にしないでいた。

 

「おっす」

「あ、おはようございます」

 

 そこへ、はやと先輩達が合流してきた。

 先輩方の中では、天城先輩がトップになるんじゃないだろうか。

 はやと先輩と冬神先輩は……逆にビリ争いでも

しそうだ。特に冬神先輩は見た目通りのもやしっ子らしく、さとる以上の鬱オーラを漂わせている。

 

「あ、月岡先輩!」

「かえで、頑張ろう!」

「あれ、しわすとかえで君って知り合いだったの?」

 

 そういえば、先輩グループの中に以前の勉強会にいなかった人間が2人いた。

 その内、金髪の先輩はかえでとさとるとは面識があるようだが、怖い顔付きの先輩はかえでしか知らないらしかった。というか、先輩方もこの2人が知り合い同士だったことは初耳だったみたいだ。

 

「ま、皆お手柔らかに~」

「そうだね。手を抜くつもりはないけど」

「上、目指す!」

 

 天城先輩、先程紹介してもらった檜山先輩と月岡先輩がそれぞれ闘志を燃やす。

 トップ候補の天城先輩と張り合えるってことは、この2人も体力に自信があるということか。

 まぁ、精々頑張ってください。俺はトップに興味ないんで。

 

「俺も、勝ちを譲るつもりはありませんよ」

 

 しかし、かえでは勝ちに拘っているようで、先輩方の見栄切りに参加する。

 おお、暑苦しい。最も、かえではさっさとゴールして女子の方に行くつもりなんだろうけど。

 

「全員、位置について!」

 

 いよいよ、スタートの号令が掛かる。

 暑苦しい連中はさておき、俺ははやと先輩と同様、無難にやらせて頂きますよっと。

 

 

☆★☆

 

 

 男子のスタートの少し後、女子もスタートの合図が出された。

 今回はみなみちゃんの足を引っ張りたくなかったから、最初から別々にスタートをすることにした。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 走り出すと、すぐにトップの集団は見えなくなって、田村さんの姿も気付いたらいなくなっていた。

 きっと、今の私はビリかもしれない。

 けど、目標はあくまで完走だから、順位については気にしなかった。

 

「私の、ペースで……」

 

 私は今朝、つばめ君から聞いたことを思い出していた。

 

『完走を無謀にしたくなければ、常に自分のペースを保つことだ。誰かに付いていこうとすれば、すぐに息が切れる。亀のように遅くても、順位がビリでも、お前の第一目標は走り切ることだからな。それだけは忘れるな』

 

 今日は頑張ろうね、と話しかけたらそんなことを教えてくれた。

 おかげで、私は無理に誰かの背中を追うことなく、走り続けていられる。

 やっぱり、私はつばめ君は優しい人だと思うなぁ。

 

「みなみちゃん、何処まで行ったかなぁ……?」

 

 ゴールはまだ先だけど、トップ争いの最中だったらいいなぁ。

 そう考えながら、私は自分が出来る最大限のペースを保ち続けていた。

 けど、持久走はやっぱり体力勝負。

 軽く見ていたつもりはなかったけど、半分を超えたところで辛さがどんどん溜まっていった。

 息は苦しくなって、体中から汗が流れ落ちる。

 

 駄目だ……。

 苦しいよぅ……。

 休みたいよぅ……。

 もう、走れないよぅ……。

 

 弱い自分の囁きが頭の中を駆け巡る。

 誰もいない。誰も見ていない。孤独の中のマラソンは、自分の弱さを余計に引き出してくる。

 私、駄目だな……。皆の前で、あんなに偉そうに見栄張ったのに。

 苦しさと、自己嫌悪に、涙まで浮かんでくる。

 もうどのぐらい走ったんだろ?

 あとどれくらい走れば終わるんだろう?

 やっぱり、私には無理だったのかな……?

 

『最後に一つだけ』

 

 その時、つばめ君から聞いた最後の言葉を思い出す。

 

『無理にしたくなかったら、まずは自分で無理だったと思うな。自分自身だけは、最後の一瞬まで出来ると信じ続けろ』

 

 そうだ、私が諦めちゃいけないんだった。

 みなみちゃんの優しさに頼り切らないよう、足を引っ張らないよう、走りきらないといけないんだ。

 

「――たかっ」

 

 誰かの声が聞こえる。

 とても聞きなれた声が、私を呼んでいる。

持久走のコース脇に目をやると、そこにはみなみちゃんが私を応援する姿が見えた。

 

「頑張れっ、ゆたか!」

 

 途端に、私は驚きと悲しさが同時に湧き上がってくる。

 どうしてみなみちゃんがこんなところに?

 まさか、私を待っていたの?

 また、私はみなみちゃんの足を引っ張っちゃったの?

 けど、それはすぐに思い違いだと気付いた。

 

「ゆたか! もうすぐだぞ!」

「あと少しでゴールだ」

 

 みなみちゃんの横で、霧谷君と石動君も応援の声をかけてくれる。

 その後ろでは、つばめ君が何も言わず私の走る姿を見つめている。

 そして、みなみちゃんの胸には1位の印の花が付けられていた。

 みなみちゃんはしっかりと自分の力を出し切って、見事に成績を残したんだ。

 だったら、私も頑張らなきゃいけない。

 頭の中に残る弱さを全て振り払い、私は最後の力を振り絞った。

 

 

☆★☆

 

 

「完走、お疲れ様。ゆたか……」

 

 ゴールテープを切って、タオルを被りながら倒れこんだゆたかに、岩崎が労いの言葉を掛ける。 

 ゆたかは言った通り自力で完走し、自分に持久走は無理ではないことを証明した。

 そして、岩崎は岩崎でゆたかが負担ではないと安心させる為、全力を掛けて1位を取った。

 今回ばかりは、2人の頑張りを賞賛したいと思う。

 

「あっ、えと……色々ゴメンね。ありがとう!」

 

 ある程度体力の戻ったゆたかは体を起こすと、岩崎と笑顔で仲直りをした。

 岩崎も見たこともないような笑顔で頷く。

 ほら、やっぱり問題なんて起こってなかった。外野が騒ぎすぎなんだよ。

 

「ありがとう、ひより……」

「え? あ? ど、どういたしまして……?」

 

 すると、岩崎は話を聞いてもらった田村に礼を言った。……って、今初めて名前で呼ばなかったか?

 田村は田村で、名前で呼ばれたことと礼を言われたことで、戸惑いっぱなしだが。

 

「よかったよかった!」

「一件落着……」

 

 事態が解決したことに、満面の笑みで頷くかえで。その胸には、2位の花が付いている。あの先輩陣の内2人に勝ったのか、コイツは。

 対するさとるは、息も絶え絶えな様子で状況を眺めていた。

 

「あ、あの!」

 

 かくいう俺も流石に疲れた。

 スポーツドリンクを飲んで気を落ち着かせていると、ゆたかが声をかけてくる。

 なんだ? 水持ってくるのでも忘れたか?

 

「つばめ君、色々ありがとう!」

 

 振り向くと、ゆたかは疲れを感じさせないような笑顔で俺に礼を言ってきた。

 あまりに急な出来事に、俺は目を見開くが、すぐにそっぽを向いた。

 

「別に、礼を言われることはしてない」

 

 不思議と、悪い気はしなかったが。

 

 後日、俺の手抜きがバレて先生に呼び出しを食らうことになったのは別の話。




どうも、雲色の銀です。

第30話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は原作の「日和、南にありてゆたかに」をベースにした話でした。

つばめは本当に冷たい考え方しか出来ない奴です。それもはやと以上に。
それでも、適度に首は突っ込まないけど、気にはしちゃう。不器用な優しさは持ってるんですよね。

因みに、男子の1位はみちるでした。うつろを取り込んでから、イケメン力と主人公力に磨きがかかってます。

次回は、最近放置され気味のやなぎ×かがみ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話「やなぎ、柊家に行く」

 今年も残すところ、あと一月と僅か。この時期には3年生は入試に加えて、期末テストの対策にも追われ大忙しになる。

 最も、俺とかがみ、更に同じクラスのしわすは推薦枠を確保しているので、テスト勉強も楽に行えるのだが。

 

「ずるいぞー」

「そうだそうだー」

 

 そんな余裕の俺達に、不服そうに口を尖らせるこなたと日下部。

 普段から勉強もろくにしない奴等が何を言っているんだ。

 ……ん? こういう時、普段ならあきも一緒にブー垂れてるはずだが。

 不思議に思いあきの方を見ると、なんと真剣な表情でノートに書き込んでいた。

 

「あ、あき……アンタ、熱でもあるんじゃないの!?」

 

 俺と同じく驚いていたかがみが、あきの体調を心配する。

 あの「赤点に近い男(ミスターレッドライン)」と称されるほど勉強が苦手なあきが、真面目に勉強しているなんて、あり得ない話だ。

 皆もあきの様子に気付き、心配を露わにする。

 しかし、肝心のノートの中身を見た途端、その心配は徒労に終わることが分かった。

 

「ん? あぁ、今度のこなたとのデートをどうしようかと」

 

 あきは勉強していたのではなく、こなたとのデートプランを考えていただけだった。

 しかも、書かれていた内容には「秋葉原」や「池袋」と、どう見てもオタク方面の目的しか含まれていない。

 

「いいから勉強しろ!」

 

 無駄に驚かされたことと、関係ないことをしていたことで、俺はあきの頭を殴っておいた。

 これでまた赤点スレスレだったら、処刑方法を考えておく必要があるな。

 しかし、デートか……。最近は勉強で忙しかったからな。主に教える側でだが。そろそろ、何か考えておいた方がいいのかもしれんな。

 

「と・こ・ろ・で~、やなぎんとかがみんは何処まで行ったのかな~?」

 

 そんなことを考えていると、拳骨で沈んでいたはずのあきが気味の悪い笑みを浮かべて聞いてきた。

 何処までって何だ、何処までって。

 

「だから、柊家への挨拶は済ませたのかって」

「「なっ!?」」

 

 あきの発言に、俺とかがみが赤面しながら絶句する。コイツ、意味分かって言ってるのか!?

 しかし、確かに俺はかがみの家族に会ったことがなかった。

 姉が2人いることも知ってるし、体育祭の時に姿を見たことはあるけど……それっきりだ。

 けど、高校生の付き合いで、流石にそれは早いんじゃ……?

 

「因みに、俺はもう済ませたぜ!」

「会って話すまで逃げ腰だった癖に」

 

 偉そうにするあきに、こなたの冷たい突っ込みが入る。

 そういえば、去年にこなたの父親に会ったとか言ってたな。

 

「僕はゆかりさんとは顔見知りだったから」

 

 話に乗ってきたみちるは、現在の彼女であるみゆきとは幼馴染同士だ。今更挨拶も何もないのだろう。

 そして、俺ははやとの方に顔を向ける。

 コイツはかがみの妹、つかさと交際している。つまり、はやとも挨拶に行く先は同じという訳だ。

 ……ま、まぁ、付き合い出したのは俺達の方が先だし。

 

「去年から世話になってるし、付き合うことになってからもキチンと挨拶は済ませたぜ」

 

 そうだった。はやとが報告しに柊家に上がったことを、かがみから聞いてたんだった。

 そもそも、体育祭の二人三脚の練習の時、はやとは境内の掃除をやらされていた。ここの家には世話になったから、と。

 

「進路の話もその内、な」

「う、うん……えへへ」

 

 はやとはそう言いながら、つかさの頭を優しく撫でる。つかさも、頬を染めながら蕩けた笑顔ではやとに身を預ける。

 漸く分かった。自分ははやと達に出遅れてしまっているのだと。

 ……これは不味い。このまま会わないでいたら、ハードルは上がっていく一方だ。

 

「も、もう! いいから勉強しなさい!」

 

 無駄にイチャ付くはやとをどつきながら、かがみは場を収集させようとする。

 けど、きっとかがみも焦っているんじゃないだろうか。

 それなら、俺は彼氏失格だ。何とかしないと……。

 

 

 

 その日の夜、俺は自室でメールを打っていた。勿論、相手はかがみだ。

 放課後に話をしなかった理由は、他に人間がいたからだ。あきやこなた辺りに聞かれたら、俺達は一瞬で恥晒しになる。

 

「……ふぅ」

 

 メールを送信し、溜息を吐く。

 送った内容は、今度の休みにかがみの家族と会ってもいいかというものだ。

 全く、もうすぐテストだというのに、何をやっているんだか。けど、このまま何もせずヘタレ扱いも困る。

 待っている間、緊張する心を落ち着かせるために、チェスの駒を動かす。詰めチェスの本に書かれた問題の盤面を再現し、自分で最短の手を考えていく。問題に集中することで、自分の中に冷静さが帰ってくるのだ。

 2問目を解き終わったところで、かがみからメール……ではなく電話が来た。

 

「もしも」

〔やなぎ!? さっきのメールって、本気!?〕

 

 余程焦っていたのか、電話の向こうからいきなりかがみが怒鳴り込んできた。

 ぐおお、鼓膜に響く……。

 

「ほ、本気じゃなかったら、あんなメール送らない」

〔うぅ、だって……〕

 

 急に怒鳴ったと思ったら、今度は可愛い声で恥ずかしそうに言葉を詰まらせた。

 確かに、かがみも恥ずかしいに決まってる。親に恋人を紹介しなくてはならないのだから。

 

「遅かれ早かれ、結局はしなきゃいけないんだし。頼むよ、かがみ」

〔その言い方、ズルい……はぁ、分かったわよ〕

 

 優しく頼み込むと、最後にはかがみは小さい声で了承してくれた。

 きっと、今頃かがみは顔を真っ赤にしているだろう。って、人のことも言えないか。

 そして、日曜日はあっという間に来た。

 こういうイベントが来る度に、時間が過ぎるのが早く感じる。

 俺は菓子折りを持ち、柊家の前に来ていた。

 鷹宮神社には何度も来ているが、家の中はこれが初めてだ。

 うぅ、もう既に緊張で心臓が破裂しそうだ。

 

「はいー?」

「ふ、冬神やなぎです。かがみさんのか――友人の」

「あ、ちょっと待ってくださいねー」

 

 インターホンを鳴らし、家人が出るのを待つ。彼氏と言いかけたが、友人と言い直してしまった。自分が情けない……。

 落ち着いた若い女性の声が聞こえたから、きっと姉のどちらかがいるのだろう。出来ればかがみが出てくれると入りやすいのだが。

 そうこう考えている内に、ドアが開かれて。

 

「何やってんだ、お前」

 

 はやとが出て来た。

 いやいやいや!? こっちの台詞だそれは!

 何でいきなり家人でもない奴が玄関から出迎えてくるんだ!

 

「んなっ!? お、お前こそ何やってんだよ!」

「俺は昼飯をご馳走になってただけだ。あと、これからつかさとデートの予定……だった」

 

 そういえば、これもかがみから聞いたことがある。

 はやとはつかさと付き合ってから、休日は昼食を柊家で取って、デートに行くことが多いと。

 はやとは自分の予定を言うと、ニヤリと笑みを浮かべた。いい玩具を見つけた、意地の悪い子供のような笑顔を。

 

 

 

 それから数分後。

 柊家の茶の間に、かがみを含めた柊家6人と俺、何故かはやとが集まっていた。

 かがみと隣り合わせに正座をしている俺は、周囲から集中的に受ける視線に、思わず体が小さくなっていた。

 出だしから酷く躓き、多勢に無勢の今、俺はもうチェックに近い心境だった。

 

「俺がこっち側になるなんてな~♪」

 

 はやとは一度この洗礼を受けているからか、終始楽しそうに俺とかがみを見つめている。

 というか、部外者が何で一番楽しんでいるんだ。

 

「いかにも頭よさそうだよね。ちょっとヒョロイけど」

「逆にいいんじゃない? かがみに引っ張られる感じで」

 

 はやとやつかさのの向かい側に座る姉2人、いのりさんとまつりさんは、俺のことをジロジロ見回しながら評価を下していた。

 ヒソヒソ話しているけど、残念ながら丸聞こえです。

 そして、俺達の正面には真剣な表情の父親、ただおさんと温和な母親、みきさんが座っていた。

 みきさんが母親だと聞いた瞬間、俺はかなり驚いた。みちるの母親もそうだったけど、外見が若すぎる。

 

「えーと……まずはこれをどうぞ」

 

 出鼻を盛大に挫かれた俺は、せめて挽回しようと持ってきた菓子折りを渡す。因みに中身は近所の和菓子屋で買ってきた最中だ。

 

「わざわざご丁寧にどうも」

 

 みきさんが箱を受け取ると、何故かはやとが若干顔を顰めた。

 あぁ、コイツは菓子折りを用意しなかったのか。

 

「それで、君はかがみと何時から付き合ってるのかな?」

 

 しかし、ただおさんは菓子折りに興味を示さず、俺に鋭く質問を投げかけた。

 いや、菓子で気を逸らそうとか考えたつもりではないが。

 

「……去年の、体育祭からです」

「そうか、去年か」

 

 クリスマスにデートしたことも知ってるはずだし、分かってはいたと思う。

 では、何が言いたいか。来るのが遅いんじゃないか、ということだろう。

 

「あ、あの、挨拶が遅くなってしまい、すみませんでした!」

「私も、ごめんなさい!」

 

 先に言われる前に、俺は頭を下げた。

 当然だ。人として筋を通さないような奴に、交際を認める親はいない。

 すると、俯いたままだったかがみも同じく頭を下げた。

 

「……頭を上げて、冬神君」

 

 多少は怒られるのを覚悟してはいたが、ただおさんは落ち着いた様子で話してくれた。

 顔を上げると、誰一人として責めるような視線を向ける者はいない。

 

「君の話は、かがみやつかさ、はやと君からも聞いてるよ。成績が学年トップなんだってね」

「まぁ、頭いいのね」

 

 はやとが、俺の話を?

 思わずはやとの方を向くと、つまらなさそうな表情で俺を見ていた。

 その隣に座るつかさの困ったような笑顔を見るに、本当に悪評は流していないらしい。

 つまり、最初から第一印象は思ったほど悪くはなかったのだ。

 

「去年の二人三脚も、かがみと一緒に頑張って走ってくれてたね」

「あぁ、そういえば! しかも1位だったし」

 

 そもそも、この家族は体育祭を見に来ていたのだ。俺とかがみの二人三脚も当然見ていた訳で。

 無駄に気張っていた俺は、体から力が抜けていくのを感じていた。

 

 

 

 結局、「今後もかがみをよろしく」と言われ、俺は柊家を後にした。

 柊家は俺が思っていたよりも遥かに寛大で、はやとが度々世話になっていると言う理由も何となく分かった。

 

「まぁ、よかったわ。何事もなくて」

 

 隣を歩くかがみも、安堵しているようだった。

 話も終えたので、俺達もはやと達に肖ってこのままデートをすることにしたのだ。何事も、ね。

 実はかがみがデートの為に着替えている間、俺はいのりさんとまつりさんに質問攻めにあっていた。

 キスはもうしたのかとか、初デートはとか、フリーのイケメンは知り合いにいないかとか、もう色々だ。

 

「いい家族じゃないか」

「まぁね」

 

 家族を褒められて、かがみは素直に嬉しそうにした。

 ……今後は、俺も家族の仲間入りを検討する、のか?

 

「……きょ、今日はケーキバイキングにでも行くか?」

「え、いいの!?」

 

 頭に浮かんだ恥ずかしい考えを揉み消そうと、慌てて提案すると、かがみは目を輝かせた。

 うーん、食べ物のこととなるとかがみは恐ろしい程興味を示すな。そこも可愛いんだけど。

 

「あぁ、かがみにも迷惑かけたし」

 

 こうして、俺達はケーキバイキングをやっているレストランに行くことにした。

 後日、かがみが体重のことで鬱になったり、将来はやととの関係に気付いて俺も憂鬱になるが、それば別の話。




どうも、雲色の銀です。

第31話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はやり残した、やなぎんが柊家に行く話でした。

やなかがは一番普通なカップルなだけに、何をしていいものやら分からなかったりします。
自分の中では、かがみはそんなにツンデレではなかったりします。寧ろこなたやみさおの方がツンデレかと。

次回は、いよいよつばめ編!すた☆だすもラストスパート!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話「騒音」

 世の中は騒音に溢れている。

 道路を行き交う車、人の話し声や足音。

 雑音だらけだ。

 

 皆、黙ればいいのに。

 騒音に埋もれた世界じゃ、一番大切なものが聞こえなくなるじゃないか。

 

 

 

 俺は今日も、バスに揺られて陵桜学園を目指す。

 特等席は一番後ろの右側だ。別に左でもいいけど。

 学園前のバス停まで、俺は本を読むことで時間を潰している。今までもずっと、こうして暇な時間には本の中の静寂な世界に引き込まれていた。

 昨今、活字の羅列を読むのが苦手な人間も多くいるが、俺は文字が織りなす世界が好きだった。余計なものは一切入ってこない。ただ、集中すべきものがあるだけ。俺一人だけの、世界。

 しかし、その独占された世界には、度々雑談という名のノイズが割り込んでくる。

 どうして静かにしていてくれない。どうして言葉をかき乱す。

 音の量があまりにも酷いと、俺は本を閉じる。これ以上、自分の世界が壊されるのを耐えられない。

 今日は特に酷い部類に入るらしく、前の席も真横に座っている連中も他の乗客達も、自分達の話に夢中になっている。

 

「はぁ……」

 

 勿論、こんな状況で黙れ、だなんて言えない。

 これは日常の光景だ。俺が憂鬱というだけで、関わりさえしなければもっと煩くなるようなことはない。

 俺は外の風景に視線を移し、何も考えないまま学園に着くのを待った。

 

 

 

 下駄箱を開けると、今日も中には手紙が入っていた。

 白い便箋にハートマークの封止シール。所謂、ラブレターという奴だ。

 一体何度目だ、と俺はまた溜息を吐く。

 桜藤祭で半ば強引にステージに立たされ、代理で一曲歌っただけなのに、予想以上にウケが良かったせいで異性からの人気が急上昇したらしかった。

 どうして、ここの学園の生徒は俺に静かな生活を送らせてくれないんだ。

 封筒を開け、中の手紙に目を通す。女子らしい丸っこい字で、俺のライブでの活躍が素敵だったことと、今日の放課後に体育館裏で待っているということが書かれていた。

 粗方読み終えると、俺は手紙を破って鞄にぶち込み、そのまま教室に向かった。

 俺はそもそも、このラブレターという奴が嫌いだ。

 告白されること自体が迷惑なのだが、直接呼び出すことも出来ない奴に時間を割くのが嫌だった。あと、資源の無駄遣いだ。

 これまで、もう何人もの女子からラブレターを貰ってきた。顔も名前も知らない、同学年から3年まで。

 その全てを俺は断ってきた。手紙も全て破き、自室で処分した。

 恋愛なんて、ノイズと同じだ。聞こえのいい言葉だが、耳を塞げば目の前にいるのはただの人間。

 実際、歌を聞いただけで好きになったという女は、耳を塞いだ状態で俺を好きだなんて言えるのか。ノイズに塗れた好意で、俺の本質を見抜けるというのか。冗談じゃない。

 俺は断りの言葉を適当に考えながら、クラスのドアを開けた。

 

「よぉ、つばめちゃ~ん。 またラブレター貰ったんだって?」

 

 席に着くと、早々にかえでが絡んできた。

 あと1ヶ月は残っているが今年1年、コイツの煩さには頭を抱えさせられた。来年3月まではコイツと共に過ごさなきゃいけないと考えると、憂鬱で仕方ない。

 大体、何で俺がラブレターを貰ったことをコイツが知っているんだ。

 

「なぁなぁ、見せてみろよ!」

「黙れ。あとつばめちゃんはやめろ」

 

 件のラブレターを見せろとせがむかえでを、俺は邪険にあしらう。

 何の義理があって、コイツに手紙を見せなきゃいけないんだ。

 

「今朝、つばめの下駄箱を覗いてたから……」

 

 煩いかえでを宥めながら、岩崎みなみが俺の気になっていた状況を説明してくれた。

 みなみはかえでの彼女だが、住んでいるのは東京だったはずだ。どうせ駅か何処かで待ち合わせしていたんだろうけど。

 因みに、この前の持久走での一悶着の後、俺達のグループは名前で呼び合うようになった。それぐらい、仲が深まったってことなのだろう。俺は不本意だが。

 

「ゴメンね、つばめ君……」

 

 みなみに続き、ゆたかが謝る。ゆたかもみなみも一般的なモラルを持ち合わせているから、かえでのついでに知ってしまっただけだろう。

 ゆたかも、最近は体調が悪化することも少なくなり、俺のノート写しの仕事も大分楽になった。

 

「別に」

「そーだよな! 見られるくらい」

「お前はくたばれ」

「何で!?」

 

 調子に乗るかえでを一睨みし、俺は読みかけの本に目を通し始めた。

 

 

 

 放課後。俺は書かれた通り、体育館裏に行く。

 よくあることだが、ラブレターを遊びで書いて、指定された人間をおちょくる悪戯がある。

 普通なら溜まったものではないが、俺はいつもこういう悪戯であって欲しいと考えている。

 そうすれば、後腐れもなくすぐに帰れる。面倒なことにも、後味が悪くもならない。

 

「あ……」

 

 まぁ、これはただの願望だったんだが。

 現実は、本当に体育館裏で女子生徒が待っていた。

 普通の地味な見た目で、気が少し弱そうな感じだ。手紙には2年生と書かれていたが、同学年かと思ってしまった。

 

「アンタが、手紙の送り主?」

「は、はい!」

 

 一応尋ねると、女子生徒は緊張しているのか上擦った声で返事をした。

 まぁ、見た目は可愛くないって程ではない。性格も、悪い奴ではないんだろうな。手紙の書き方も真剣そのものだったし。

 

「あ、あの、ライブで歌ってたの見てて……すごく格好良かったです!」

「はぁ、ども」

 

 恐らく、一目惚れだったのだろう。

 一瞬ステージに立っただけの俺に一目惚れして、この子は俺のことを必死に探したんだろうな。

 目立つタイプじゃない俺をやっと見つけて、頑張ってラブレターを書いて、告白をする決心を固めた。すごいじゃないか。

 

「あの、それで……こ、湖畔君のこと、好きになりました! よ、よかったら付き合ってください!」

「断る」

「ふぇ……?」

 

 バッサリと冷たく断る俺に、女子生徒は呆然と見つめてくる。

 何だ?

 OKするかと思ったのか?

 それとも、やや申し訳なさそうにごめんなさいってか?

 今日会ったばかりの奴にそんな優しさを期待されても困る。

 

「俺はアンタとは付き合えない。だれとも、付き合うつもりはないんだ」

 

 強いて言うなら、引き摺るのではなくスッパリと言い放つのは俺の優しさだと思う。

 女子生徒がショックを受けた後なんて、責任を持つつもりはないけど。

 自分がフラれたことを認識しだした女子生徒は、大きく見開いた目からボロボロと涙を零し始める。

 ああもう、だから面倒臭い。

 

「じゃ、俺はこれで」

 

 慰めもしないで、俺はその場を去って行った。

 下手に慰めて、ソイツの心に入り込むのもどうかと思うし、最後まで冷たい態度の方が相手もスッパリと忘れてくれる。

 君には俺よりも相応しい男がいる、なんて言葉を吐く気もない。俺より下の奴なんていないだろうし、他に優しい男を見つけられるかどうかなんて、ソイツの運命しだいだからな。

 

「いつまでこれが続くんだろうな」

 

 これからまた何日か後には、またラブレターが入ってるかもしれない。

 その度に、俺は断らなければならないし、無駄に人を泣かせる。もうウンザリだ。

 女子生徒の泣き声は、俺が去った後も暫くは聞こえ続けた。

 

 

 

「んで、どうだった?」

 

 校門まで行くと、かえでとみなみ、ゆたかまでが待ち伏せをしていた。

 大方、ラブレターの件が気になって残っていたというところだろう。

 

「別に。適当にフッた」

 

 別に隠すようなことでもないので、簡単に教えてやる。

 すると、興味津々という笑みをしていたかえでは、急に呆れ顔で俺を睨んだ。

 

「お前なぁ……もう少し相手のことも考えろよ」

 

 何で呼び出しを食らって振り回される身で、相手の心情を汲み取らなければならないのか。

 汲み取ったところで結果は同じだし、下手な優しさは逆に毒になる。

 

「俺が嫌われるだけだから、別にいいだろ」

「よくねぇよ! 全く、どうしてお前は他人に優しさを出せないかねぇ」

 

 お前はもう少し他人に遠慮を見せろ。

 ブツブツと文句を言うかえでを無視し、俺は帰ろうとする。

 ふと、そこでゆたかがこっちを見ていることに気付いた。

 睨んでいるんだか、文句があるんだか、よく分からない顔をしているが、とりあえずモヤモヤしていることだけは分かった。

 

「……どうかしたか?」

「えっ? あ、な、何でもないよ!」

 

 俺が尋ねると、ゆたかは慌てて赤面し、首を横に振った。

 何がしたいんだ。まさか、ゆたかまで俺に気があるなんて……言い出さないよな。近くで俺の醜態を見ているはずだし。

 俺としては早く帰りたかったのだが、かえでの無駄な提案で俺達はそのまま街で遊んでいくことになってしまった。

 帰ろうとすれば、「どうせ何も予定ないだろ」とかえでにズリズリ引き摺られ、ゆたかから視線を受けることになる。みなみもかえでを止める気はないようだ。

 どうやら、コイツ等も俺の扱いに慣れて来たらしい。

 

「ったく……」

 

 こうして連れてこられた場所は、騒音の宝庫ゲームセンター。

 まるで俺に苦痛を与えたいかのようなチョイスだ。

 

「はい、暗い顔しない! ゲームすれば、失恋とか忘れられるって!」

 

 失恋したのは俺じゃないだろ。

 俺を何処までも無視して、かえでは中に押し込む。

 ゲームセンター内は、UFOキャッチャーやレースゲーム、ダンスゲームなどの機器が並べられ、チカチカと色とりどりの光を放っている。

 

「そういえば、ゲームセンターって初めて入った」

「私も……」

 

 後ろの女子2人はゲーセン初心者のようだ。

 ますますもって、かえでのチョイスが的外れだったことが分かる。

 場所を変えるぞ、と言おうとしたところで、かえでは俺の耳元で囁いてきた。

 

「一つ、忠告だけしておく」

 

 真面目なトーンなので、俺はしかめっ面のままかえでの話を聞く。

 

「告白を断るのはお前の自由だし、素直に優しく出来ないのもお前の性格からよく知ってる」

 

 かえでの話の内容は、さっきの告白に関連した話。

 俺が無碍にしたことで、誰かから笑顔が奪われる。それをかえでは許せないんだろう。

 

「けど、ゆたかから笑顔を奪うってんなら、俺とみなみが黙っちゃいないぜ」

 

 しかし、かえでは怒りを堪え、俺に一番重要な忠告だけを寄越してきた。

 ゆたかから笑顔を奪う。それは、やはりゆたかは俺に気があるということなのか。

 かえでの予想外の言葉に俺は目を見開き、ゆたかを見る。アイツはいつもと変わらない様子で、UFOキャッチャーのクマのぬいぐるみと対決している。

 もし、本当にゆたかが俺のことが好きだというのなら、それはどんな気の迷い方をしたんだか。

 それに、俺はゆたかのこと……。

 

「……おう! 俺にもやらせろ!」

 

 かえでは忠告を冗談だとおどけもせず、そのままゆたか達に加わる。

 こういう場合、かえではなんちゃってと、ふざけて見せることが多い。それが嘘でも、本当でも。ふざけないってことは、それだけマジなのだろう。

 全く、面倒な話を押し付けやがって。

 

 

 

 日も沈みかけの頃合い。

 ゲーセンから出た俺達は、空いた小腹を満たす為に、ファーストフード店を目指していた。

 

「ぐぬぬ……」

 

 かえでの悔しそうな視線が俺と、ゆたかの持つ熊のぬいぐるみに向けられる。

 結局、かえではぬいぐるみを取れず、仕方なく俺が挑戦したところ、一発で取れてしまったのだ。

 所謂、ラッキーゲットって奴だろうが、ゆたかは喜んでくれた。

 

「か、かえで君もありがと……」

「いやいや! ゆたかの笑顔が見れて何よりだぜ!」

 

 ゆたかが気を使って礼を言うと、かえではすぐに調子に乗った。

 因みに、同じクマのぬいぐるみをかえではすぐにゲットし、ちゃっかりみなみにプレゼントしている。

 何がしたいんだ、コイツは。

 

「お揃いだね、みなみちゃん」

「うん、お揃い……」

 

 みなみも彼氏からのプレゼントに満更でもなさそうだ。

 こんな風に話していると、十字路に差し掛かる。信号は点滅し、赤に変わった。これはすぐには変わらないか。

 信号待ちをしていると、徐々に変化が訪れた。

 隣にいるゆたかの息が荒くなり、顔色が少し悪くなったのだ。最初は誰も気付かなかったが、少しして俺は気付いた。

 

「おい、平気か?」

「う、うん……」

 

 声をかけると、ゆたかは小さく頷く。

 きっと、ゲーセンの光と音に慣れてない所為で、疲れてしまったんだろう。

 ファーストフード店に着けば休める、と俺は放っておいてしまった。

 

 そこから先は、世界が遅くなっていったような感覚になった。

 ゆたかの体調の悪化は酷かったようで、グラリとバランスを崩しそうになる。

 俺達がいたのは横断歩道の一歩手前。つまり、ここで倒れなんかすれば道路に出てしまう。

 そして、タイミングを計ったかのように横からは大型トラックが迫ってきた。

 

「ゆ……っ!」

 

 受け止めなければ、ゆたかは轢かれてしまう。

 そう思い、手を伸ばしかけた時に、「あの記憶」がフラッシュバックしてきた。

 真夏に見た、ゆたかの夢。そして、俺の古い記憶。

 今まで片時も忘れたことはなかったのに、どうして気付けなかったのか。

 俺の動きが止まる。あの時と同じだ。

 視界に映るのは辛そうな笑顔、道路、トラック、血飛沫、そして死。

 

「ゆたか!」

 

 同じようにゆたかの異変に気付いたみなみが、ゆたかの腕を引こうとする。

 が、みなみより先にゆたかの肩を掴む腕が伸びていた。

 

「何してんだよ、お前等」

 

 腕の正体は、買い物袋を持ったはやと先輩だった。どうやら夕飯の買い出しを終えたところのようだ。

 先輩のおかげで、ゆたかは道路に出ることなく、事故が起こることはなかった。

 だが、一度蘇ってきた記憶は簡単に消えてくれない。

 

「う……あ……」

「おい、つばめ! 何して……?」

 

 どうしてゆたかを助けなかったのか。かえでが激昂するが、すぐに俺の異常に気付いて言葉を詰まらせる。

 けど、そんなことは俺にとって些細なことでしかない。

 思い出したくない記憶が、見たくもない光景が、俺の頭の中から消えてくれない。

 そして、俺の耳に騒音が溢れ、「アイツ」の声が聞こえなくなる。

 嫌だ。いやだ。イヤだ。

 

「うわああああああああっ!? 黙れ、黙れ黙れぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 耳を塞ぎ、子供みたいに首を振って俺はその場にしゃがみ込む。

 しかし、どんなに足掻いても、俺の中からその絶望は消えてくれなかった。




どうも、雲色の銀です。

第32話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はつばめ編の導入部でした。

以前貰ったラブレターもそうですが、つばめは貰った手紙をその場で捨ててはいません。
破いているのはその人の好意を受け入れない為であり、自室で処分する理由は書いてくれた人の思いだけでも持って帰って、決着をつける為です。
それに、その辺のゴミ箱に捨てたら誰かに読まれますからね。

ここら辺のつばめの心情も交えたうえで、そろそろつばめのトラウマについても、だんだん浮き彫りになってきました。

次回は、つばめの過去が遂に明らかに!?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話「もう聞くことの出来ない声」

 買い物帰りに、思わぬ展開に出くわしたモンだ。

 交差点まで来たところで、信号待ちをしながら談笑中の後輩連中を発見。そこまではいい。

 しかし、前の方で待っていたゆたかの様子がおかしい。

 クマのぬいぐるみを抱えたまま顔を若干赤くし、足元がフラ付いている。そして、そのまま道路側に倒れかけたのだ。

 更に異変は続く。隣にいたつばめが気付いたらしかったが、腕を伸ばしかけて動きを止めてしまった。

 傍にいたかえでとみなみはギリギリまで気付かず、このままだとゆたかは道路に倒れてしまう。すかさず、俺は後ろからゆたかの肩を掴み、小柄な体を支えてやった。

 

「何してんだよ、お前等」

 

 そして、気付くのが遅れたかえでとみなみ、何もしなかったつばめに呆れた視線を送る。

 が、異変はまだ収まらなかった。

 つばめはパニック状態のまま急に叫びだし、耳を塞いでしゃがみ込んでしまった。

 

「うわああああああああっ!? 黙れ、黙れ黙れぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 誰も、何も言っていないにも関わらず、つばめは焦燥しきった表情で黙れと連呼する。

 普段の無感情そうな冷たい表情からは想像も出来ない程怯えた様子に、俺達は言葉を失っていた。

 パニック状態のつばめに、体調を崩したままのゆたか。

 一気に面倒事が2つも舞い込み、俺は今日の不運さを嘆く暇も与えられなかった。

 とりあえず、つかさヘルプミー。

 

 

 

 一旦、俺達は近くのファーストフード店に寄ることにした。

 ゆたかを休ませるにも、つばめを落ち着かせるにも、丁度いいからだ。

 密かにつかさと海崎さんにメールを送りながら、俺はゆたかとつばめの面倒を見つつ席取りを担当する。

 

「すみません、白風先輩……」

 

 ゆたかの方は顔色はまだ悪いが、喋れる程には回復していた。

 少し座って、飲み物でも飲めば回復するだろうとのこと。

 病弱だとは聞いていたが、こういうのが頻繁に起こると大変だな。

 因みに本人曰く、最近は起こっていなかったので、油断してたとのこと。

 

「別にいいって。後輩の面倒を見るのは先輩の仕事だ」

 

 ぶっちゃけさっさと帰りたかったが、キツそうな後輩2人も放置する程薄情になった覚えもない。

 特に、つばめの様子はゆたかよりもある意味重症だった。

 耳を塞ぎ俯いたまま、視線をあちこちに揺らしている。

 何時だって冷静で他人を寄せ付けようとしないつばめが、ここまで挙動不審になる程の何かがあったってことなんだろうな。

 

「……俺、は……」

 

 すると、漸くつばめが我に返ったらしく、顔を上げて周囲を見回した。

 ただ、表情はまだ若干の曇りがあり、目の輝きは死んだ魚のように濁っている。

 注文を持ってきたかえで達も席に着き、俺達はゆたかの回復を待つ間に、つばめを問いただすことにした。

 最も、本人に話すつもりはなさそうだが。

 

「んで、どうしてゆたかを助けようとしなかったんだ?」

 

 まずはかえでが口火を切る。

 一番助けられる位置にいたつばめが、ゆたかに手を伸ばそうとしなかったことがかなり不服なようだ。

 しかし、つばめはドリンクを飲んでそっぽを向くばかり。

 

「気付かなかっただけだ。お前も倒れるまで気付かなかったろ」

「嘘だな」

 

 つばめのあからさまな嘘に、俺が空かさず言葉を詰めた。

 本当に気付かなかったんなら、ゆたかに謝って終わる。少なくとも、普段のつばめならば、救えなかった程度であんなに取り乱す訳がない。

 更に、絶望で動きが止まっていた時、差し伸べようとしていた右手が見えた。

 そこから推測出来ることと言えば、ゆたかを救おうとする際に自分の中のトラウマがフラッシュバックしてきた、といった感じだろう。

 

「どうしてそんな」

「今ほど分かりやすい嘘はつかさの可愛い嘘ぐらいだぞ」

 

 そもそも、つかさは嘘吐かないしな。

 俺を騙せないと分かると、つばめは途端に俺を睨みつけてくる。

 おーおー、先輩に向かっていい度胸だ。

 

「いいからさっさとお前のトラウマ吐いて、楽になっちまえよ」

「ふざけっ……ないでください」

 

 挑発に乗りそうになったつばめは、ギリギリ怒りを抑え込んだ。

 握り潰した紙コップをトレイに置き、つばめは荷物を持つ。

 

「んじゃ、今日は帰るんで」

「あれだけパニくって、そのまま帰るのか」

「はい。笑うなら、笑っていいですよ。それじゃ」

 

 捨て台詞を吐いて、つばめは帰ってしまった。

 ……攻め方を間違えたか。あき辺りなら乗ってくるんだけどなぁ。

 そこに、入れ違うように海崎さんから連絡が入った。

 

「もしもし、何すか。つばめなら帰りましたけど」

 

 後は特にやることもないので、俺も帰りたいんだけど。

 すると、海崎さんは真面目なトーンで要件を言ってきた。

 

〔はやとか。お前のメールを貰った後で、実はつばめの親御さんに連絡取ったんだ〕

「マジすか? 話は?」

〔全部話してくれたよ。非常にパニクってたって言ったら、心当たりあるみたいでさ〕

 

 海崎さんにしては珍しくかなり役に立ってるな。

 こうなったら、つばめが帰ったのも都合がいい。

 ゆたかの体調も大分戻ったので、俺達は静かな路地に場所を移して海崎さんの話を聞くことになった。

 

「あ、そうだ。通話料掛かるんだから、なるべく手短にお願いします」

〔いや、結構長いぞ〕

「オイ、誰か携帯貸してくれないか」

 

 俺が後輩達を見ると、何とも言えない視線を送られる。

 何だよ、通話料だって馬鹿に出来ねぇんだぞ。

 結局誰も貸してくれないので、渋々俺の携帯のまま、ハンズフリー状態にした。

 

 

☆★☆

 

 

 先輩から逃げるように、俺は一人で家路に着く。

 さっきよりは楽になったとはいえ、未だに頭の中がガンガンと響いていた。

 俺の忘れられない、忘れてはいけない過去。

 

「黙れ……!」

 

 イライラが募り、無意識に電柱を殴る。

 しかし、腕の痛みでも脳を駆け巡る忌まわしい記憶は吹き飛んでくれない。

 全て、アイツ等がいけないんだ。

 ゆたかが、かえでが、みなみが、さとるが、ひよりが、白風先輩が。

 そして、今の環境に馴染みすぎてしまった俺自身が。

 

「……そうだな」

 

 全てを思い返せば嫌でも分かるはずだ。自分の愚かさを。

 誰かと一緒に遊んだり、飯を食ったり、楽しんだりする権利なんて、俺にはないことを。

 アパートに帰ると、俺は鞄を放り投げる。

 靴を脱ぎ、夕飯のことも考えず、湧き上がる疲れに倒れこむ。

 天井を見上げ、窓から射す夕陽の光を浴びながら俺は記憶を辿っていった。

 

 

 

 6年前。当時小学四年生だった俺は、学校の階段で足を滑らせて落ちた。

 落ち方が悪かったらしく、右肩と腕を骨折。全治一ヶ月で一週間の入院が必要だと言われた。

 あまりに唐突な出来事で、子供だった俺はトントンと流れる状況にポカンとしているしかなかった。自分の体のことだというのに。

 父さんも母さんも心配してくれた。学校のクラスメイトからも寄せ書きが来た。

 皆にチヤホヤされ、入院も満更でもないと思い始めた。今の俺ならば、きっと殴り飛ばしているだろう発想だ。

 入院中の生活は、小学生にとっては退屈そのものだ。

 見舞いの客がいなくなると動かせない腕にもどかしくなったり、することがなくて無意味に足を動かしたり。

 そして、同室の患者と話をする。

 

「こんにちは」

 

 俺の場合、暇ではあったが話しかけられる方であった。

 その時、初めて自分の隣のベッドで誰かが寝ていることに気付いた。

 オレンジ色の長髪に、黄緑色の瞳。病人らしい白い肌も長所と思える程の美少女。

 透き通るようなソプラノの声は、耳に心地よく聞こえる。

 

「あ、うん」

 

 俺は一瞬彼女に見惚れ、間の抜けた返事しか出来なかった。

 同年代の中で、アイツ程可愛い女子を俺は知らなかった。

 

「君、今日から入院?」

「うん、今日から」

「じゃ、私が先輩だね!」

 

 女子と話すことに妙な恥ずかしさを覚え、俺はオウム返しに答える。

 そんな俺とは対照的に、アイツは俺とコミュニケーションを取りたがっていた。

 病人には似合わない積極的で明るい性格に、俺は段々と心を開いていく。

 何より、同年代の話し相手がいることに安心感を覚えたんだと思う。

 

「私は十波はるか!」

「湖畔つばめ」

「こはん……? 面白い名前だね!」

 

 これがアイツ、はるかとの出会い。

 そして、俺の絶望の始まり。

 

 はるかと話す時間はいくらでもあった。

 暇さえあれば、お互いのことを話した。おかげで、一週間も経っていないのに昔からの親友のような感覚になっていた。

 

「いいなぁ、つばめちゃんは。外のこと、いっぱい知ってるんでしょ?」

「つばめちゃん言うな!」

 

 つばめちゃん、というのははるかが可愛いからと呼び始めたのが由来だ。

 俺は当然恥ずかしいからやめろ、と言っているのだが、全然聞かない。それどころか、母さんに聞かれてしまい、真似される羽目になった。今でも、母さんは俺をつばめちゃん呼ばわりだ。

 それより、はるかは入院生活が長く、外のことをよく知らないようだった。

 いつも見る景色は窓の外か屋上、病院の敷地内から見るか、テレビの中の光景ばかりだという。

 遊園地にも、映画館にも、洋服屋にも行ったことはない。

 

「行きたいって言っても、ウチの親はダメの一点張りだもの」

 

 はるかの両親は厳しい人達だった。

 見舞いに来た時に一度会っているが、あの人を見下したような視線は忘れられない。

 娘を大事に思っているようだが、それ以外はどうでもいい。娘と仲がよさそうな俺は、彼女にとって害虫でしかない。そんな嫌悪感を飛ばしているようだった。

 多分、退院してもあの両親ならダメと言い続けるだろう。

 

「……じゃあ、俺が連れてく」

「え?」

 

 咄嗟に思い付いたことだった。親がダメだというのなら、俺が連れていけばいい。

 子供の浅はかな考えだったが、当時の俺はそれが一番いいアイデアだと思っていた。

 

「俺が、色々案内してやる。色んなものを、はるかに見せてやる」

「つばめ君……」

 

 本当は、はるかと離れることが辛かったのかもしれない。

 俺達は所詮、入院患者でベッドが隣同士というだけの関係。

 俺が退院すれば、この繋がりは切れてしまうのではないか。

 初恋の糸を切られたくなかった俺は、口実を作りたかったのかもしれない。

 

「だから、俺達はずっと友達だ!」

「……うん」

 

 俺の言葉に、嬉しそうに目を輝かせたはるかは、何故か最後には表情を暗くした。

 その理由が分からないかった当時の俺は、まだまだ大人じゃなかったってことだ。

 

 

 退院してからも、病院には通わなければならない。

 そこで、俺は通院ついでにはるかと毎日会っていた。

 勿論、はるかとの繋がりを切りたくなかったし、はるかもまた同じ気持ちでいてくれた。

 

「つばめ君、いらっしゃい」

「おう」

 

 だから、俺が来た時のはるかは、すごく嬉しそうにしてくれた。

 白く綺麗に整った顔を笑みで溢れさせ、俺が自室から持ってきた漫画や外の写真を受け取る。

 退院後に聞いた話と合わせて、俺ははるかの事情を知ることが出来た。

 はるかは昔から英才教育を受けさせられていた。

 親からは期待の眼差しで見られ、様々なことに挑戦させられた。

 その為に遊ぶことも許されず、漫画やゲームに触れたことはない。

 必要なものは全て親から与えられる代わりに、はるかは親の期待に応えなければならない。

 そんな人形みたいな生活を、はるかの病気が変えてしまった。

 

「私ね、病気になって入院して、よかった」

 

 はるかの家の事情を初めて聴かされて、動揺する俺にはるかは語りかけてくる。

 俺の手を優しく握る、はるかの白く細い手は、心に沁みるほど温かい。

 

「だって、つばめ君に会えたし、初めて自分のしたいことが出来てるから」

 

 はるかのしたいこと。それが、俺と話すことだった。

 俺が隣に来るまで、はるかはこの広い病室の中に独りぼっちだったのだ。

 俺は、はるかの願いを叶えてやれたんだろうか。

 はるかの希望になれたんだろうか。

 

「はるか……俺、お前が好きだ」

 

 告白を何気なく口にした後、俺は酷く後悔した。

 こんなの、卑怯じゃないか。雰囲気に流されるまま、言っていい言葉じゃない。それくらい、小学生の俺ですら分かる。

 なのに、言ってしまった。はるかがそう言って欲しそうだったから。

 

「つばめ君……」

「っ! そうだよ、好きだよ! 俺はずっとお前が好きだった! 声をかけてくれた時から、俺はずっとお前が気になってたんだよ! 一目惚れだったんだよ、悪いか!? 骨折してよかったって思ってる! だからこれからもずっと俺と一緒にいろ! 俺がお前の望みを全部叶えてやる! したいこと何でもさせてやる! 何処にだって連れてってやる!」

 

 言ってしまったものは仕方ない。

 はるかの驚いた顔を見た瞬間、頭の中の言い訳も、後悔も吹き飛ばすように俺は捲り立てた。

 はるかに対して思っていたことを、暴風雨のようにぶつけてやった。

 ちょっと入院して、皆にチヤホヤされて嬉しくなるような自分が恥ずかしくなる程、儚げな彼女を悲しませないように。

 これからもっと彼女の我儘を、その心地いい声で聞かせられるように。

 

「……私、入院してばっかだよ? デートとか、行けないかも」

「はるかが一緒なら、病院の屋上だっていい!」

 

 泣き出す彼女をこれ以上不安にさせないよう、俺は強く言った。

 病院内では静かに、と後で叱られるだろうが、今の俺は知ったことではない。

 すると、はるかの目から大粒の涙が零れた。

 見たこともないはるかの泣き顔に、俺は戸惑う。

 

「ゴメンね、大丈夫……私も、つばめ君が好きだから……」

 

 そう言って、はるかは俺に抱き付いてきた。

 涙に濡れた顔を肩に押し付け、強く腕を回す。

 この時、俺は何となく分かってしまった。

 俺と会うまで、そして俺が退院した後でどれだけ寂しい思いをしてきたか。

 俺がちゃんとはるかの救いになっていたことを感じ、俺は胸が熱くなっていった。

 

 俺はこの時に拒絶すればよかったんだ。

 はるかを本当に想っているんだったら、何故アイツがずっと入院生活を送っているのか、もっと早く考えるべきだった。

 

 いつものようにはるかの見舞いに行く途中で、俺ははるかの担当医の姿を見かけた。

 入院中にはるかと話しているのを見ていたので、覚えていたのだ。

 その時、俺はある興味が湧いてきた。

 はるかの入院している理由は一体何なのだろうか。

 普段から何処が病気なのか分からない程元気で、何時退院してもおかしくない奴だ。

 それに、何か分かれば自分にも出来ることがあるかもしれない。そんな酷い思い込みをするくらい、俺は浮かれていた。

 

「先生!」

「ん? 君は、確か最近十波さんのお見舞いによく来る……」

「湖畔です。それより、教えて欲しいんですけど、はるかの症状ってそんなに悪いんですか?」

 

 俺の質問に対し、医者は目を見開く。

 コイツは何を言い出すんだろうか、と。何も知らないのかと思ったに違いない。

 帰ってこない答えに首を傾げる俺へ、医者は咳払いを一つした後で答えてくれた。

 

「いいかい? 実感がないとは思うけど、彼女は「白血病」という病気なんだ」

 

 白血病? 血が白くなるんだろうか?

 だからはるかは肌が白いのかな。

 馬鹿な子供が考えるのは精々この程度だ。

 そんな愚か者に、医者はより悲哀に満ちた現実を突きつけた。

 

「彼女は長いこと闘病生活を送ってきた。けど、もう……余命は半年もないかもしれない」

「……え?」

 

 余命半年。ここまで言われれば、小学生でも事態の理解は出来る。

 はるかが白血病とやらの所為で、あと半年で死ぬ。

 彼女を得て明るく輝いていた俺の視界は、途端に薄暗くなっていった。

 

「そんなの……そんなの嫌だよ! 何とかしてくれよ!」

「済まない。けど、せめて彼女とは今まで通り仲良くしてくれ」

 

 そう言い捨てた医者は、逃げるように俺から去って行った。

 後に残された俺は、はるかの死という唐突な絶望に打ちひしがれるしかなかった。

 俺には何も出来ない。はるかの望みを叶えられない。

 はるかはこのことを知ってるんだろうか。もし知ってたなら、俺の為に無理をしてたんじゃないか。

 一瞬で自分の無力さと愚かさを知らされ、肩が折れてなかったら壁を殴りたくなるほど、自分を憎んだ。

 

「つばめちゃん、遅かったね」

 

 はるかの元へ行くと、相変わらず俺の持ってきた漫画を読んでいた。

 丁度面白いギャグシーンだったようで、病人の癖に大笑いしている。

 こんな何処にでもいそうな少女が、半年も経たずに死ぬなんて俺には信じられなかった。

 

「はるか……」

「どうしたの? ほら、ここ面白いよ」

「お前、白血病って聞いたけど、大丈夫か?」

 

 死ぬのか、なんて聞けるはずもなく、俺は遠回しな言い方で聞く。

 すると、笑っていたはるかの表情が曇っていく。

 

「知っちゃったんだ……」

 

 自分が死ぬなんて、俺にだけは知られたくなかった。口にはしてないが、目でそう言ってるのが分かった。

 

「……ゴメン」

「ううん、大事な彼氏に黙ってた私も悪いし」

 

 居た堪れなくなり謝る俺に、はるかは無理にでも笑って許してくれた。

 今にして思えば、はるかの言動は小学生にしては少しマセてたかもな。

 けど、はるかの表情の影は消えていない。

 

「私ね、あと半年で死んじゃうんだ。つばめ君が折角ずっと一緒にいるって言ってくれたのに」

 

 やはり、余命のことははるかも知っていた。

 俺が言った言葉ははるかを確かに喜ばせたが、同時に苦しめてもいた。

 もっと早くはるかのことを知っていれば、まだ何かいい言い方があったかもしれない、とまた自分を責めそうになる。

 

「俺は……それでも、俺ははるかが好きだから、一緒にいたい」

 

 結局気の利く言葉なんて思いつかず、俺は本心を打ち明けた。

 俺は、初恋の人間と死ぬまで一緒にいたいと。すぐに別れてしまうことになっても、死ぬまで寂しい思いをさせたくないから。

 

「……うん、ありがとう。私も、つばめ君大好き」

 

 はるかは漸く自然な笑みを見せ、俺の手を強く握った。

 自分がすぐ何処かに行ってしまわないよう、強く強く。

 

 そして、「あの日」が来てしまった。

 

 俺のギプスがいよいよ外れる。通院生活も終わりに近付いていた。

 それは、同時に俺がはるかと会える頻度が減ってしまうことも意味していた。

 

「学校は行かなきゃ」

「分かってる」

 

 入院当初はあんなに待ち望んだ学校生活も、はるかという存在が出来たおかげで、憂鬱なものになっていた。

 あーあ、はるかが同じ学校の、同じクラスだったらよかったのに。

 

「放課後、絶対に会いにくる。少しでも、必ず」

「うん」

 

 俺ははるかと指切りをする。一ヶ月で、俺は随分はるかに熱心になってしまった。

 だからこそ、あの悲劇を生むことになるのだが。

 

「……つばめ君、私デートしたい」

「え?」

 

 彼女の唐突な提案に、俺は間抜けな声を上げる。

 まぁ、はるかとのデートなら俺は何時でも大歓迎だけど。

 しかし、はるかの提案は俺の予想を超えていた。

 

「ね、2人だけでこっそり街に出ようよ」

「……え!? いやいや、駄目だよ!」

 

 はるかは俺と街に出たがっていたのだ。

 けど、病院からこっそり抜け出すのは流石に不味い。

 何より、俺ははるかの病気を詳しく知らない。外に出たら途端に悪化するんじゃないかという不安があった。

 

「俺が何処でも連れてってやる、って言ったのは誰かな?」

「う……!」

 

 だが、はるかにこう言われてしまうと俺は弱くて。

 結局、俺ははるかを外に連れ出してしまうことになった。

 外着に着替え終わったはるかに更に変装を施し、俺達は外に出る。

 大人達と何人も鉢合わせしそうになったが、上手くすり抜けて難関はクリア。

 バスに乗り、中心街まで来ると、はるかは変装用の帽子を外して周囲を見回した。

 

「わぁ~……」

 

 バスやタクシー、駅前を歩く人々、様々な店等、初めて間近で見る光景に、はるかは目を宝石のようにキラキラと輝かせていた。

 喜んでくれたのなら、それだけでも連れ出した甲斐があった。

 それから俺達は服屋で服を見たり(本当に見るだけ)、お菓子屋で買った板チョコを半分こしたり、ゲームセンターのクレーンゲームを眺めたり、着実にデートを進めていった。

 

「♪~」

 

 金銭的にも、大人のデートと比べれば物足りないが、はるかはそれでも満足しているようで、鼻歌を歌っていた。

 それにしても、はるかの声は本当に綺麗だ。何処かの歌手かと間違える程に。

 

「はるかの声、好きだな」

「ふぇ!?」

 

 鼻歌の素直な感想を言うと、はるかは白い顔を急に赤くした。

 照れてるはるかも、俺にとってはまた可愛くて。

 

「もっと、はるかの歌が聴きたい」

「は、恥ずかしいよ~!」

 

 恥ずかしがるはるかはレアだな。そんなことを考えながら、俺は彼女とのデートを楽しんでいた。

 そう、俺はまた浮かれていた。だから大事なことが何一つ見えていなかった。

 はるかと信号を渡り出すと、ふと信号が点滅する。

 ここは早めに渡った方がいいな。俺ははるかを連れて走ろうとした。

 

「行こう!」

「うん……」

 

 渡り切った後で振り向くと、はるかの姿はなかった。

 よく見ると、道路の真ん中ではるかが苦しそうにしているじゃないか。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 胸を押さえ、息を荒くするはるか。

 はるかは元々ベッドの上での生活が長かった。その為、街を練り歩く体力なんて最初からなかったんだ。

 何でもっと早くに気付かなかったんだ!

 俺は急いではるかの元に駆け寄ろうとするが、同時に大型トラックがこちらへやってくるのが見えた。

 マズい、このままじゃはるかが轢かれてしまう!

 

「はるか!」

 

 大声ではるかの名前を呼ぶ。

 けど、俺の声はトラックの急ブレーキの音に掻き消される。

 トラックの運転手もはるかに気付いたようだったが、止まるには遅かった。

 

「はるかぁぁぁぁぁっ!」

 

 俺は必死に右腕を伸ばそうとする。

 はるかを掴んでこちらに引き寄せれば、ギリギリ助かる。はるかはまだ死ぬべきじゃないんだ。俺が助けるんだ!

 そう思った時、自分の体の違和感に気付いた。

 

「――ぇ?」

 

 右腕が動かない。

 伸ばしたはずの右腕が、伸ばせない。

 そうだった。俺はまだ右腕を骨折していたんだった。

 動かせるはずがない。はるかを掴めるはずがない。俺の手は、何にも届かない。

 

 

 そして、視界を絶望が覆い尽くした。

 

 

 はねられたはるかの体は宙を舞い、トラックの進行方向へと吹っ飛ぶ。

 やがて重力に従って落ち、肉が地面に叩き付けられる鈍い音が鳴った。

 地に落ちたはるかの体は紅い液体とグロテスクな肉片に塗れ、白く綺麗な肌とオレンジの髪を汚していた。

 

「はるかっ!」

 

 ふっとんだはるかに、俺は急いで駆け寄る。

 罪悪感と、後悔と、吐き気で心臓が押しつぶされそうになりながら、俺は必死に呼びかけた。

 

「あ゛……づ、ば……」

 

 はるかは生きてた。この時だけは確かに意識があった。

 急ブレーキのおかげで多少は衝撃が抑えられたのだろうか。

 しかし、今の状態は苦しいだけなのではないか。即死なら苦しむこともなかった。そう考えると、急ブレーキはよかったとは言い切れない。

 

「ゴメン、ゴメン! 俺が連れだしたから……はるかが苦しいの、気付いてやれなかったから!」

 

 涙で目を腫らしながら、俺ははるかに謝る。

 一緒にいると、望みを叶えてやると誓った相手をこんな目に合わせるなんて、俺はどれだけ愚かなんだ。

 しかし、はるかは口をパクパクと動かし、何かを伝えようとしていた。

 

「何だ? はるか」

 

 俺は彼女の綺麗な声を聞き取ろうとする。

 しかし、それを遮るものがいた。

 野次馬のざわつく音、車が止まる音、救急車のサイレンの音。

 日常的な音ですら、俺の鼓膜の邪魔をする。

 嫌だ。俺ははるかの声が聴きたいんだ。あの綺麗な声が何を言おうとしているのか、聞き取りたいんだ。

 

「枕、のじだ……が……る゛……」

 

 枕の下、それだけしか聞き取れなかった。

 やがて現れた救急隊員に引き離され、はるかは運ばれていった。

 もう助からないかもだとか、搬送をだとか、俺はお前等の声が聴きたいんじゃない。

 黙れ。黙らないと、はるかの声が聞こえない。

 

「くそっ、黙れ黙れぇぇぇぇっ! はるかぁぁぁぁぁっ!」

 

 俺の叫びに意味はなく、はるかは救急車で病院に戻されていった。

 そして、それから少しした後ではるかの死が伝えられた。

 

 

 

 病院のベンチで、俺はただただ虚ろを見続けていた。

 はるかが言っていたことで唯一聞き取れた「枕の下」を探すと、そこにははるかの遺書が隠されていた。

 白血病で何時死んでもいいように、家族への思いをそこに書き記していた。これを家族に渡してくれ、ということだろうか。

 あの時、他にはるかは何を言おうとしたのか。もしかして、俺に恨み言を呟いて逝ったんだろうか。

 それならば、丁度いい。俺は恨みをぶつけられて当然のクズだ。

 余命半年以下の彼女を無理矢理外に連れ出し、挙げ句交通事故で死なせてしまう。

 願いを叶えることも、彼女の希望にもなれない。寧ろ、絶望の象徴だ。

 

「つばめ」

 

 そんな俺の元へ、俺の両親が来る。

 酷く叱られる。それどころか、見放されるだろう。

 全てを失うつもりで見上げると、2人の表情は予想と違って穏やかなものだった。

 

「辛い思いをしたな」

「貴方が悪いんじゃないわ」

 

 よりにもよって、両親は俺を慰めてきたのだ。

 やめろよ。俺はそんな優しい言葉を掛けて欲しいんじゃない。

 俺は、彼女を死なせた張本人として罵倒を受けるべきなんだ。

 罪を問い詰められて当然なのに、両親の言葉は却って俺を傷付ける。

 

「湖畔、つばめ……」

 

 急に第三者に名前を呼ばれる。通路の奥を見ると、何時か見たことのあるはるかの両親の姿があった。

 あぁ、この人達ならきっと俺を憎むだろう。

 好きなだけ憎んでくれ。けど、その前に渡すべきものがある。

 

「あの」

「言い訳なぞ喋るな! 全部お前の所為だ! お前の所為で娘は、事故死などという下らん死を迎えなくてはならなかった!」

 

 俺が手紙を渡すよりも先に、父親の方から怒号を浴びせられる。

 文句なら後でいくらでも聞く。けど、まずは娘の手紙を読んで欲しい。

 

「これ、はるかの」

「まぁ「はるかの」ですって! どうせ見苦しい言い訳をはるかの言葉にしているだけだわ!」

「なんという卑劣なクソガキだ! そんな手紙はこうしてやる!」

 

 彼等は俺の話などまるで聞く耳持たない、という風に手紙をブン取って破り捨てる。

 そんな……それは、はるかがアンタ達に向けて書いた手紙なのに。

 

「すみません、すみません!」

「大体! アンタ等の教育がしっかりしてないから、こんな子が育ったんだろうが! どう責任を取るつもりだ!」

「全ての責任は私達夫婦にあります。ですからこの子は」

「そんなの当然よ! この責任はキッチリ取らせますから覚悟しなさい!」

 

 相手の両親はこちらの話をまるで聞こうともせず、一方的に罵詈雑言を浴びせる。

 そして俺の両親は当事者の話を聞かずに、ただただ責任を全て被ろうとする。

 そんなの、どっちも迷惑に決まっている。

 互いが互いのノイズに阻まれて、本質が見えていない。

 

 世の中は騒音に溢れている。

 道路を行き交う車、人の話し声や足音。そして、一方的な意見の押し付け。

 雑音だらけだ。

 皆、黙ればいいのに。

 黙らなければ、大切な声が聞こえない。

 あの声は、なんと言ったのだろうか。俺への恨みか、この世への未練か。

 雑音に阻まれたもう聞くことの出来ない声に、俺は苦しみ続けていた。

 

 

 

 今朝はすっかり頭に響く声が収まっていた。

 疲れが溜まっていたんだろうか。だとすれば、まずはかえでをブッ飛ばす必要があるな。

 いつも通りの朝を迎え、何事もなかったかのように登校する。

 しかし、もう何事もなかったようには出来るはずがなかった。

 

「つばめ君」

 

 校門の前で、ゆたかが待ち伏せをしていたからだ。

 朝っぱらから一体何の用なんだか。ひょっとして、昨日助けなかったことに文句でも言うつもりか?

 

「教室でじゃ、駄目か?」

「うん……体育館裏に来てくれる?」

 

 ゆたかは頬を赤く染め、俺を体育館裏に誘い出した。

 こうなると、もう嫌な予感しかしない。

 まぁ、同じクラスだし逃げても仕方ないので、俺は渋々ついていく。

 他に誰もいないことを確認すると、ゆたかは話を始めた。

 

「えっと……ごめんなさい!」

「は?」

 

 ここまでくると告白か、と思っていたが、何故かいきなり謝られた。

 別にゆたかに謝られるようなこと、されてないぞ。

 しかし、話は予想外の方向へと流れていくことになる。

 

「聞いちゃったの。つばめ君に昔、何があったのか」

 

 俺の昔。それだけで、俺の背筋が凍るような感覚がした。

 どうして、ゆたかが俺の過去を知ったのか。

 当時のクラスメイトですら、そのことを知らないはずだし、はるかの親族がこの辺に住んでるってのも聞かない。そもそも、彼等が赤の他人に話すだろうか。

 だとすれば、理由はただ一つ。俺の母親だ。

 大方、俺がおかしくなったとでも言って、あの場にいた全員が話を聞いたんだろう。

 だがまぁ、知られたところで俺の不甲斐なさが露呈するだけだから、大して関係もないか。

 

「それで、つばめ君がやっぱりいい人だって思って」

「……はぁぁぁぁ!?」

 

 ゆたかの異常な返しに、俺は思わず大声を出してしまう。

 いやいやいや! あんな醜態しか見せてない話を聞いて、何で俺がいい人なんて評価になるんだ?

 ゆたかの中での悪人って、どれだけの大罪人なんだよ。

 

「だから、その……わ、私」

「っ!」

 

 そこから先、ゆたかには言わせてはいけないように感じた。

 咄嗟に、俺はゆたかを抑え、顔のすぐ横の壁を殴る。

 俺の唐突な行動に、流石のゆたかも驚き、怯えた表情を浮かべる。

 

「俺を好きだなんて、言うな!」

 

 きっと、今の俺はゆたかに見せたことない程、怒りで歪んだ表情を見せてるだろうな。

 その証拠に、ゆたかは今すぐにでも泣き出しそうになっている。

 なんだ、簡単じゃないか。最初からこうやって脅せば、ゆたかでも俺を嫌ってくれる。

 俺がいい人だなんて寝言、二度と吐かなくなる。

 

「俺がいい人? 笑わせるな。俺はゆたかが好きになるような人間じゃない。好きだった女を死なせる程馬鹿な畜生だ。分かったら、俺なんて忘れろ。いいな?」

 

 ゆたかに最後の言葉を言い放ち、俺はその場を後にする。

 やはり、あの居場所は俺にとっては明るすぎた。

 もう、あの輪に入るべきじゃない。

 それが分かった時、頭の中にまたはるかの声が響き出してきた。

 

 




どうも、雲色の銀です。

第33話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はつばめの過去がメインでした。

つばめが「騒音」に拘っている理由が今回で明らかになりました。
恋人の死の間際、騒音の所為で声が聞き取れなかったこと。そして、互いの両親がそれぞれのノイズを張った所為で、つばめやはるかの意見を聞いてもらえなかったことに由来しています。

恋愛について否定的なのも、自分の所為で恋人を死なせてるからです。
ショッキングな内容でしたが、この回を読んだ後でつばめの行動を見直すと、理由が分かると思います。

次回は、つばめ相手に、遂にあの男が動く!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話「It's all too much」

 私は知ってしまった。

 冷静で、人を寄せ付けようとしない表情の裏にある、辛い事情を。

 幼い頃に、大切な人を目の前で失ってしまった。その悲しみは、多分私では計り知れない程だと思う。

 それに、今まで私を心配してくれたのも、きっと病弱な彼女を知っているから。

 

『けど、無理だけはするな。自立と無謀の違いだけは履き違えるな。少しでも無理して走って体調を崩す真似をするなら、俺は全てを岩崎に話して、奴の前にお前を土下座させてやる』

 

 以前、持久走でつばめ君がかけてくれた言葉の意味も漸く分かった。

 だから、私は確信する。つばめ君は間違いなく、いい人だって。

 辛い思いを胸に秘め、強く生きようとする彼に、私は惹かれていたんだって。

 

「俺を好きだなんて、言うな!」

 

 校舎裏で告白しようとした私を、つばめ君は大声で止めた。

 見たことがない位怒って、けど何処か辛そうな表情をしている。

 どうして、そんな悲しいことを言うんだろう。

 

「俺がいい人? 笑わせるな。俺はゆたかが好きになるような人間じゃない。好きだった女を死なせる程馬鹿な畜生だ。分かったら、俺なんて忘れろ。いいな?」

 

 そんなことない。

 つばめ君は優しくて、強くて、人のことを考えることが出来る素敵な人だ。

 そして、私が好きになった人。忘れることなんて出来ないよ。

 つばめ君はそのまま私に背を向ける。

 引き留めたい。けど、私は声が出なかった。

 声を掛けたら、きっとつばめ君に嫌われてしまう。彼にまた辛い思いをさせてしまう。

 結局、彼の姿が見えなくなるまで、私は立ち尽くしただけだった。

 

 

 

 教室で会ったら、どんな顔をすればいいんだろう。

 そんなことを考えながら、私は教室へ向かう。

 まずは、謝らないと。それで……今まで通りの関係でいよう。友達なら、きっとつばめ君は一緒にいてくれる。

 それで、つばめ君の心を少しでも癒せれば……!

 

「おはよう」

 

 教室に入ると、みなみちゃんやひよりちゃん、かえで君、さとる君がいる。

 けど、皆いつもと違って深刻な表情を浮かべている。

 何かあったのだろうか。

 

「あ、ゆたか……」

「これ、見てくれ」

 

 不安そうなみなみちゃんの横から、さとる君が自分の携帯の画面を見せてくる。

 そこには、私に更にショックを与える文章が書かれてあった。

 

〔お前達とはもう、いれない。最悪、学校を辞めるかもな〕

 

 差出人は、つばめ君だった。

 私が変なことを言おうとしたから。

 つばめ君の気持ちを考えずに、告白なんてしようとしたから。

 

「教室にも来てないんだ。普段なら来てる時間なのに」

「うーん、これは深刻だね……」

 

 かえで君とひよりちゃんの話も、私の頭には入ってこなかった。

 どうしよう、私のせいでつばめ君が遠くへ行ってしまう。

 

「ゆたか!?」

「あ、あれ……?」

 

 みなみちゃんの声で気付けば、私は涙を流していた。

 私が悪いのに、涙は止まってくれない。

 

「……今朝、何かあったのか」

 

 すぐに、鋭いさとる君に感付かれてしまう。

 うぅ、こんなんじゃ誤魔化せられないよ……。

 

「つばめの奴、学校にいるんだな?」

 

 その時、かえで君が冷たく低い声を発し、席から立つ。

 いつも笑顔の絶えないかえで君が、すごく怒っている。

 強く握り締めている携帯は、メール着信の光を点滅させていた。

 

 

☆★☆

 

 

 今日は雲が厚く、太陽は完全に覆われていた。

 ゆたかの告白を聞かずに去った後、俺は教室に入る気が起きなくなっていた。

 ここに入れば、きっとかえで達が喧しく俺を迎えるはず。

 そんなこと、望んでいない。

 俺のことを知ったなら、余計にそんな真似をして欲しくない。

 

「はぁ……」

 

 俺は今、屋上に足を運んでいた。

 ここから見る景色は、あの病院の屋上に似ている。

 こんなところでも、あの忌まわしい記憶を思い出させる。

 やっぱり、俺は過去の罪から許されないんだな。

 

「……本当に辞めるのもアリだな」

 

 さとる達に送ったメールには、もう相容れないといった内容を書いた。

 そのまま、転校しちまうのもいいかもな。そうすれば、また0から始められる。

 誰とも結びつかない、俺の孤独な生活を。

 そう、誰も傍にいなくていい。

 

「俺といれば、不幸になる」

 

 はるかも、はるかの両親も、自分の両親も。

 俺が傍にいた所為で、不幸になった。俺が不幸を呼び寄せた。

 だから、俺は誰も傍に寄らせたくなかった。好きな奴が不幸になるのを、もう二度と見たくなかったから。

 ゆたかも、かえで達も、白風先輩も。いずれ、不幸になってしまう。そうなる前に、俺が立ち去ればいい。

 

「不幸せにさせるなら、俺が嫌われた方がいい」

 

 ここも見納めだな。授業にも間に合わないし、今日はもう帰ろう。

 今までの思い出を置き去りにし、俺は屋上を後にしようとした。

 

 

「一日サボりだなんていい度胸だな、後輩」

 

 

 上の方から声がし、俺は驚きながら見上げる。

 屋上への入口の屋根、給水塔のある場所に、その人はいた。

 空色の髪と翡翠色の瞳、憎らしい態度とやる気のない表情は一見何処にでもいそうだが、一度関われば忘れられない存在感を放っている。

 

「……何時からいたんですか、はやと先輩」

 

 恐らく最初からいたであろうはやと先輩を、俺は睨んだ。

 きっと、今までの独り言を全部聞かれていた。自分の失態に、また怒りが込み上げてくる。

 

「知らないのか? ここはずっと俺のテリトリーなんだよ。ここはいい昼寝が出来る」

「知りません」

 

 というか、アンタもサボりなんじゃないか。それでいいのか受験生。

 飄々とした態度を崩さず、はやと先輩はその場に立ち上がり、俺を見下ろした。

 

「何か用ですか。ゆたか達の差し金ですか」

「は? 何で俺がアイツ等の言うことを聞かなきゃいけないんだ?」

 

 てっきり、ゆたか達が頼んで俺を引き留めに来たと思ったが、違ったようだ。

 それもそうか。この人が素直に後輩の頼みを聞く訳がない。

 

「最初会った時に言ったよな? 今は、俺はお前を助ける気はない、と」

 

 はやと先輩の言葉で、俺は思い出した。

 夜の自販機の前、はやと先輩は俺の心を見透かした上で忠告をしてきた。

 その忠告は正しかったんだと思う。けど、俺には必要ない。

 それに、助ける気はないと突き放された。ならば、先輩が俺を引き留める理由はない。

 

「そうですか。じゃあ、失礼しま」

「待てよ。確かに、俺にはお前に用はない」

 

 しかし、はやと先輩は俺を止めた。

 一体何なんだ。この人の考えることは未だによく分からない。

 

「けど、お前に用があるって奴が他にいる。だから、場所を教えておいたんだ」

 

 続けて放たれた言葉で、俺はハッと目を見開いた。

 はやと先輩は、持っていた携帯を見せつけている。しまった、嵌められた!

 はやと先輩は俺の独り言を聞いている間に、かえで達にメールを送っていたんだ!

 気付いた時には遅く、入口のドアが勢いよく開かれる。

 そこには茶髪に碧眼のいかにも軽そうな男が、こちらに視線を向けていた。

 

「つーばめちゃん、遊びーましょー」

「テメェ……!」

 

 満面の笑みを見せるかえでだが、目は明らかに笑っていなかった。

 右手をゴキゴキと鳴らし、俺を挑発している。

 つばめちゃん、という呼び名を辞めない奴に、俺は遂に怒りを爆発させた。

 

「危ねぇな、オイ」

 

 かえでが勢いよく扉を開けた所為で、上に立っていたはやと先輩がバランスを崩していた。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 かえではいつものヘラヘラした笑顔ではなく、真面目な貌でこちらを睨みつけてくる。

 

「言ったはずだよな? ゆたかから笑顔を奪うってんなら、黙っちゃいないって」

「だから?」

 

 きっと、告白に失敗したゆたかが教室で泣いたのだろう。

 それでいい。泣いて、俺を忘れてくれれば。

 俺の返答に、かえでは更に眉間に皺を寄せる。

 

「お前をボコボコにしてでも、ゆたかにお前の本心を吐かせる」

 

 俺の本心を探るのに、遂に実力行使に出たか。そんなことをしても無意味だというのに。コイツは本当に俺の過去を知ったのか?

 

「本心も何もないだろ。俺は恋人を死なせた、ただのクズだ。だから」

「ただのクズを、ゆたかが好きになる訳ないだろ!」

 

 俺の言葉を遮って、かえでは吠えながら殴りかかってくる。

 まさか本当に殴りかかってくるとは。しかも、予想以上に速い。

 避けることが出来ず、俺は左頬に拳を受け、倒れこみそうになる。

 しかし、かえでが襟首を掴んできたので体は床に着かなかった。

 

「それに、俺はまだお前の心からの声を聞いてない」

 

 ……ウザい。

 どうしてえ、コイツが俺をこうもイラつかせるのか、漸く分かった。

 閉ざしたい俺の心に、理不尽かつ強引に入り込んでくるんだ。

 ウザい。ウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザいウザい!

 

「聞かせる、理由があるのかっ!」

 

 俺は奴の顔面に思い切り頭突きを放ち、奴から離れる。

 今なら、思う存分かえでを殴れる。今までのイラつきの数だけ、コイツをブチのめせる。

 

「そんなに聞きたきゃ、お望み通り俺をボコボコにしてみろ!」

「上等! 元不良ナメんじゃねぇ!」

 

 もう、たくさんだ。

 二度とふざけた口を聞けないよう、この場でぶっ潰してやる。

 

「つばめぇぇぇぇっ!!」

 

 かえでが俺の名を叫びながら、右腕を振りかぶってくる。

 お互い頭に血が上っても、俺の方が冷静だったな。

 俺は奴の拳を屈んで避け、同時にがら空きになっている腹を殴りつけようとした。

 しかし、俺の攻撃はかえでの左手に阻まれる。

 どうやら、俺の動きを読みつつ、攻めてきたのだろう。

 

「この、馬鹿野郎っ!!」

 

 かえでは空いた右手で俺の肩を掴むと、左手で掴んだ俺の腕を引き寄せつつ、膝蹴りをお見舞いしてきた。

 避けることも出来ないまま胸を蹴られ、俺は唾液を吐きながら後ろに倒れこむ。

 

「人と話す時は、ちゃんと目を見ろっ!」

 

 そのまま俺の体に乗っかってきたかえでは、自分の思いを吐き出しながら俺の右頬を殴る。

 

「もっと周囲を見ろ! 俺達と向き合え!」

 

 拳の力を緩めることなく、俺を何度も何度も殴る。

 周囲を見ろ、だと?

 お前達と向き合え、だと?

 

「俺達を、頼れよぉ……!」

 

 最後の一発は、涙声になりながら放った、とても弱弱しいものだった。

 ……さとるではないが、今のかえでの心境なら分かった気がする。

 どうしても俺が心を開かなかったのが、寂しいらしい。

 

「……だから、何だっていうんだよ!!」

 

 俺はかえでの体を引き下ろし、逆にマウントを取る。

 向き合ったところで、頼ったところで、何かが変わるっていうのか?

 ふざけるな。ふざけるなっ!

 

「俺は関わりたくなかった! お前にも、ゆたか達にも! 誰とも仲良くもならず、繋がりもない孤独な生活を望んでいたんだ! 静かな独りきりの環境を!」

 

 かえでと同じように、俺は自分の本心を吐露しながら、かえでの頭を左右から殴りつける。

 人の話を聞かない。無駄に話しかけ、笑わせようとしてくる。

 こっちから避けようとしているのに、寧ろ積極的に距離を詰めようとしてくる。

 

「何で、お前なんかが俺に話しかけて来たんだ!」

 

 関わりたくなかった。

 こんなヘラヘラしているような奴が。

 ゆたかみたいな心の優しい奴が。

 俺の所為で不幸になっていくのを見るくらいなら。

 

「俺に関われば、皆不幸になっていく! はるかは俺の所為で死んで、両親も俺の所為で悪くもないのに謝ってばかりだ! 皆、皆不幸になる! だから離れたのに、何でお前は迫ってくるんだ! あんなに態度も悪くしたのに、普通避けるだろ! 無視してるんだからくっついてくんなよ! 恋人死なせてるんだから、疫病神なんだからいい人だとか言うなよ!」

 

 今まで溜め込んでいた感情を全て爆発させ、かえでに殴りつける。

 どうして思い通りにならない。醜態を見せ続けて、何で友達面が出来るんだ。

 困惑と怒りと願いが入り混じり、頭の中で次々と破裂していく。

 お前らの方がよっぽどいい奴だ。だから、俺なんかの所為で不幸になってはいけないんだ。

 

「――れが……」

 

 不意に、俺の手首をかえでが掴む。

 ボコボコに殴られた顔は腫れてしまっているが、瞳からはさっき以上の怒りを感じる。

 次の瞬間、かえではもう一つの手で俺の首を絞め、そのまま押し倒してきた。

 何処にこんな力が……!?

 

「誰が俺達が不幸になったって決めたんだよ!!」

 

 目に涙を溜め、かえでは激昂する。

 まだ……まだ俺に関わるつもりか!?

 

「俺達の幸せを、テメーが勝手に決めんな!!」

 

 首を掴んだ手を解き、かえでは手の甲で俺の顔を殴る。

 一瞬、かえでが何を言ったのか分からなかった。

 

「俺はお前がいて楽しかった! 笑わないし、不愛想だし、ムカつくぐらい自分勝手だ! それでも、つばめがいて楽しかった!」

「お前がいっ!?」

 

 自分勝手なのはお前だ。

 そう言おうとするが、途中でかえでに殴られて遮られる。

 

「ゆたかやみなみだって授業のノート取って貰ったり、さとるやひよりとだって一緒に昼飯食べたり、駄弁ったりして楽しんでた! お前がいて不幸せだったことなんてないはずだろうが!」

 

 遂に殴るのをやめ、かえでは襟首を掴んで思いを訴えてくる。

 きっと、殴られていなくとも、俺は言葉が出なかっただろう。

 不幸じゃ、なかった……?

 

「お前の恋人だって、お前が無理矢理連れ回したんじゃないだろ! 全部お前が悪いだなんて、あるはずないんだ! 疫病神ぶるのもいい加減にしろ!」

 

 一気に捲り立て、かえでは俺の体を突き離す。

 嘘だ。皆、俺が悪いはずなんだ。

 俺がしっかりしていれば。俺がはるかの体調に気を使ってやれれば。俺がはるかを好きにならなければ。

 恋愛というノイズに引っかかった俺が、はるかを殺した。この事実はどうあっても曲げることが出来ない。

 息切れしているかえでを思い切り突き飛ばすと俺はすぐに起き上り、奴の頭を思い切り蹴り飛ばす。

 叫び、殴り続けたかえでには体力が残っていなかったようで、倒れこんだまま立ち上がれずにいた。

 は、ははは。いい様だな。勝手なことばかりを言った結果がこの有り様だ。

 

「はぁ、はぁ、黙ってろ」

 

 もうかえでにふざけたことを言わせないよう、トドメを刺そうと近寄った。

 その時、後ろから腕を掴まれているのに気付いた。

 

「お前もな」

 

 そして、顔面を思い切り殴られ、かえでと同様に屋上に倒れこんでしまった。

 意識自体はハッキリしているが、俺も起き上がる体力が残っていない。

 散々殴り合ったせいか、体中に力が入らない。

 何とか上体を起こし、俺を殴った相手を見る。

 すると、そこには入口の屋根から降りたはやと先輩が右手を振りながら立っていた。

 

「もういい、うんざりだ」

 

 先輩は吐き捨てるように言って、俺を睨みつけた。

 何なんだ。手を出さないんじゃなかったのか?

 

「いい加減、自分を許したらどうだ」

 

 俺を見下すはやと先輩。

 許せる訳がない。俺がはるかを、大事な人を死なせたんだ。自分が一番許せないに決まっている。

 

「今のお前は自分の過ちを悔やみ続けて、空を見上げることも出来ない駄々っ子だ。いい加減、「自分を許す強さ」を持て」

「……ハッ、いつもいつも偉そうに」

 

 いよいよ先輩への不満も高まってきたので、ついでに吐き散らすことにした。

 部外者なのに、いつも人を見透かしたような物言いで、その癖真を突いてくる。だからムカつくんだ。

 

「アンタは関係ないだろ! 出張ってくんなよ!」

「……そうだな。お前らの問題だし、お前の過去にも関係ない」

 

 俺の文句に対し、はやと先輩は意外にも素直に認めて来た。

 だったら、何でここにいるんだ。部外者なら、さっさといなくなれよ。

 

「俺はただ、お前が気に食わないからここにいる」

「……は? 何だよ、それ」

 

 意味が分からない。喧嘩を売ってるんだろうか?

 立つことも出来ない相手を挑発して、何が楽しいんだ。

 

「大切な人を、目の前で失ったのが自分だけだと思うなよ」

 

 はやと先輩は、今まで以上に気迫に満ちた声で俺に話しかける。

 一瞬、はやと先輩の言葉の意味が理解出来ず、呆然としてしまった。

 まさか、この人も俺と同じ経験をしているのか?

 

「大事な人を亡くすことは、自分が怪我するよりもずっと辛い。それが手の届く距離でのことなら、尚更だ。寂しくて、無力な自分が嫌になって、消えてしまいたくなる」

 

 やる気のない表情しか知らない俺にとって、意外なほど悲しい表情で、はやと先輩は話を続ける。

 間違いない。はやと先輩も、自分の目の前で掛け替えのない人を失っているんだ。

 なら、自分を許せない俺の気持ちが分かるはずだ。俺の神経を逆撫でする行動を取り続ける先輩に苛立ちが募る。

 

「けどな、いい加減に前を向かなきゃいけない時期が必ず来る。どんなにタイミングが悪くても、自分がこの上ないくらい嫌だと思っていても、無慈悲なまでに時間は迫ってくるんだ」

 

 イラつくのに、先輩の言葉には不思議な重みがあった。

 これは、先輩の経験なのだろうか。

 

「俺が今のお前みたく塞いだ時、必死に救いに来たお人好しがいてな。やや強引で後先考えず、こんな情けない俺だけの為に頑張ってくれた。ソイツのおかげで、俺は「自分を許せる強さ」と「誰かを愛する勇気」を得ることが出来た。この生徒が大勢いる学校の中で、そんなことが出来るのがアイツだけだったんだ」

 

 語る先輩は、苦笑しつつも何処か嬉しそうだった。コロコロと雰囲気の変わる人だな、全く。

 

「誰も時間を選ぶことは出来ない。人はいつか死ぬし、どんなに自分を責めても命は絶対戻ってはこない。生き返りなんてしないんだ」

 

 もし、俺が入院しなければ。

 もし、はるかと隣でなければ。

 もし、外になんて連れ出さなければ。

 そんなことばかり考えていた。

 けど、はやと先輩の言う通り、考えていてもはるかは生き返らない。

 だから自分のしてしまったことを深く責め、許すことが出来ない。

 

「じゃあ、自分は悪くないと開き直ればいいんですか? 先輩はそうやって立ち直ったんですか?」

「俺は墓場に埋まるまで自分の罪を忘れない」

 

 俺の問いかけを強く否定するように、はやと先輩は即答した。

 自分を許したと言った癖に、罪は忘れないなんて都合がよすぎる。

 

「自分を決して責めるな、何て俺は言ってないしな。罪は消えないけど、自分から許すことで改めて前に進める。俺はつかさに支えられて、前を向くことが出来たんだ」

 

 罪は消すことは出来ないが、許すことが出来る。そんなこと初めて聞いた。

 許していいんだろうか。

 

「だから不幸にするだとか理由付けて逃げてないで、お前も周囲を頼ってみろ。ちょっと相談するだけでいい。簡単だろ?」

 

 はやと先輩は、笑顔で倒れたままのかえでに目をやる。

 かえでだけじゃない。俺の周りには、嫌だと言っても集まってきた連中がいる。

 

「そこから先は、自分で考えろ。進むことを決めるか、塞いだまま逃げるのか」

 

 はやと先輩は、結局言いたいことだけを言って、屋上から去って行った。

 本当、何処までもマイペースで、宣言通り俺のことを救おうとしないで帰ってしまった。

 でも、ムカつくけど、悔しいけど、先輩の言ったことは正しかった。

 

「……かえで」

「……何だよ」

 

 後に残ったのは、倒れこんだ無様な男2人。

 両方ともボロボロで、酷い表情をしている。溜め込んだものを吐き出した所為か、声も枯れている。

 

「……全部話すから、俺の疫病神押し付けていいか?」

「……スマイルメイカーのポジティブ精神で、掻き消してやるよ」

 

 けど、何故だか不快感はなかった。

 空を見上げると、何時の間にか厚い雲の隙間から日の光が差し込んでいた。




どうも、雲色の銀です。

第34話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はつばめとかえでがガチで激突する話でした。

前回がつばめ視点の過去と自身の罪の独白でしたが、今回はつばめの本心に触れています。
はるかを死なせてしまい、両親にまで迷惑をかけた。その結果、誰かと繋がることで不幸を呼び寄せてしまうのではないかと臆病になっていたんですね。
だから、誰も近寄らせたくなかった。

つばめの本心を引き摺り出すのがかえでの役目。そして、似た経験をしたはやとがつばめの傷だらけの心を導く役目でした。
ただ、かえではガチンコでぶつかったのに対し、はやとは昼寝してたらつばめと出くわして、最後に美味しいところを掻っ攫っただけです。
もうやだこの主人公(笑)。

因みに、タイトルの「It's all too much」はYUIの曲で、映画カイジのテーマ曲でもあります。
歌詞や雰囲気が1st Seasonのはやとにすごく一致してると思うので、是非聞いてみてください。

次回は、いよいよつばめ編ラスト!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話「again」

 時間は丁度、一時間目が終わった頃合いだな。

 つばめとかえでの、本音と拳のぶつけ合いを見届けた後、俺は何食わぬ顔で教室に戻ってきた。

 授業をサボるのも随分と久々だが、自然に戻ってくることで意外とバレないのは相変わらずだ。まぁ、あき辺りは気付いてるんだろうが、この教室内での俺の存在感なんてその程度だ。

 

「おかえり、はやと」

 

 席に座り、一応次の授業の準備をすると、みちるが話しかけてきた。

 やっぱ、コイツも気付いていたか。まぁ、みちるは付き合いが長いし、この程度のサボりで俺を叱ってくる奴じゃない。

 

「久々の屋上のシエスタはよかったぜ。それに、それ以上の収穫もあったしな」

「収穫?」

 

 そういえば、俺以外の3年は全員つばめ達の問題に関わってなかったっけ。

 つばめとゆたかの調子が悪くなった時に、つかさに連絡したぐらいか。

 

「へぇ~、やっぱりはやと君、屋上で寝てたんだ」

 

 その時、背筋に強い悪寒を感じた。

 背後から聞こえてくる声は、愛おしくもあるのだが、今の俺には恐怖の対象でしかない。

 青ざめた顔で振り向くと、ニコニコと笑顔だが、背後にはかつてない程の黒いオーラを放つつかさが立っていた。

 そーだよな。つかさにバレないはずがないよな。

 

「いやぁ、今回は後輩の為というか、少しは頭を回転させようと」

「お話、あとでたっぷり聞かせてね?」

「……はい」

 

 即座に言い訳を述べようとするも、遮るつかさのプレッシャーに、俺はただ頷くことしか出来なかった。

 つかさを本気で怒らせると怖いということを、付き合ってから初めて知った、2時間目の始めだった。

 

 

 

「……とまぁ、そんな感じだ」

 

 結果、昼休みになると全員に説明せざるを得なくなってしまった。

 つばめ達に起きた問題、つばめの過去、今朝の出来事、俺が手を出そうかと考えていたことまでも洗い浚いだ。

 因みに、怒っていたつかさだが、姉と違って暴力を振ることはない。話すまでお弁当お預けは流石にダメージデカかったけど。

 

「なんというか、ご苦労様だね~」

 

 全てを話し終えた後、こなたが第一声を放つ。

 全部他人のことだから、ご苦労様意外に言うことがないんだろうけど。

 本当、俺も柄になく動いた方だと思う。

 

「これで、後輩組も解決に向かうといいな!」

「ケンカ、よくない」

 

 続いて、ミートボールを頬張る日下部としわすが能天気に話す。

 あの殴り合いはガチだったから、ケンカ嫌いのしわすが見たら卒倒ものだろうな。

 

「けど、それとはやとのサボり癖は全く関係ないよな」

「そうだよ~、授業はちゃんと受けないと」

 

 かがみが余計なことを言った所為でつかさも乗っかってまた叱ってくる。

 ぐっ、おのれかがみめ……。

 

「つかさ、好きだ」

「ふぇっ!? わ、私もはやと君のこと」

「誤魔化すな!」

 

 誤魔化すついでにイチャイチャしようとすると、やなぎに突っ込まれてしまった。

 チッ、上手く行ってたのに。でも、こんな手に引っかかる辺りがつかさらしくて可愛い。

 

「へいへい、もうサボりませんよって」

「もう、約束だよ?」

 

 まだ顔を赤くしてるつかさに警告を受け、この話は終わった。

 俺としても、つかさとの将来の為にもこれ以上サボる気はないんだけどな。

 さてさて、つばめ達は上手くやってるだろうか。

 

 

☆★☆

 

 

 昼休み、教室で昼飯を食いながら、俺は皆に全てを話していた。

 かえでとの殴り合いの後、2限目から教室に戻ってきたのだが、俺とかえでの腫れ上がった顔にクラス中が騒然となった。授業しに来た教師すら、俺達の様子に驚いていたぐらいだ。

 一応、休み時間中に保健室に行き手当はしたが、正直まだ痛い。

 

「……ずっと、怖かったんだ。傍にいる人間が俺の所為で不幸になるのが。俺の目の前から消えていくのが。だから、親しい人間なんて最初からいらないんだと考えていた」

 

 母さんから聞いたであろう俺の過去を詳しく話した後、俺の内側も吐露した。

 恥ずかしくはあったが、全てを話すという約束だから仕方ない。

 はるかを失ったことへのトラウマと罪悪感、騒音を嫌う理由、他人から嫌われようとしてきた真意を話し終えると、皆は黙りこくっていた。

 あの普段は煩いかえですら、上手く言葉が出ないらしい。

 

「……私は、いなくならないよ」

 

 最初に口を開いたのは、ゆたかだった。

 今朝、あんなに酷いことをしたにも関わらず、ゆたかは俺に笑い掛けてくれる。

 

「つばめ君は優しい人だって、最初から気付いてたから」

 

 そうだった。ゆたかは最初っから俺をいい人だと言い続けて来た。

 他人を寄せ付けたくなかった頃は迷惑だったが、今は不思議と心地よく感じる。

 どうして、ゆたかみたいな純粋な奴が俺の近くにいるんだろうな。

 

「だーかーら、俺達の不幸をお前が勝手に決めるなっての。俺はお前を笑わせるまで、離れてやるつもりはないぜ」

 

 ゆたかに続き、かえでが鬱陶しく絡んでくる。さっきもそんなこと言ってたな。

 ……そのウザいくらいの性格が、今や俺を変えようとしてるんだから不思議だ。

 

「つばめ君には、ノートとかでお世話になったから……それに、今の話を聞いて放っておけない」

 

 かえでとは逆に、普段クールなみなみは俺に熱い意志を見せてくれる。

 ああ、コイツも本当は優しく面倒見のいい奴だったな。ゆたかが全面的に信頼するはずだ。

 

「……やはり、俺には人間の感情とは複雑怪奇なものだ」

 

 唯一、顔色一つ変えずに静観していたさとるは、相変わらず人間の感情が分からないらしい。

 きっと、俺が抱いていた本心についても、よく分からないんだろう。俺がさとるを気に入っていたのも、ただ静かだというだけでなく、本心を悟られないと思っていたからかもしれない。

 

「今更、何故お前を見捨てなければならない? そんな冗談より、普段のかえでとのやり取りの方が面白いぞ」

 

 けど、少しずつは分かり始めてるのかもしれない。

 俺の言葉を、冗談だと片付けられるくらいには。

 

「そうそう! 私等はもう友達、だから心配事なら今みたいに全部話してくれていいんだよ!」

 

 最初は俺を怖がっていたひよりですら、俺を友達だと呼んで受け入れてくれる。

 俺の周囲にはいつの間にか、こんなに温かい居場所が出来ていた。

 かつて俺が嫌っていたはずの関係が、今はこんなにも心地いい。

 

「……ありが、とう」

 

 ぶっきらぼうながらも、俺は皆に礼を言った。

 

 

 

「つばめ君」

 

 放課後になると、ゆたかに呼び止められた。

 恐らく、今朝のことについてだろう。

 そんな気はしていたので、俺はさっさと帰ろうとしていたのだが、先を越されたようだ。

 

「……もう一度、体育館裏でいいかな?」

 

 自身の髪の色ぐらい顔を赤く染め、もじもじとこっちを見つめてくる姿は、正直に言って可愛らしいと思う。

 まぁ、見た目が幼いから同学年の男子からは恋愛対象から外されてるようだが。

 

「……分かった」

 

 居心地は悪いが、無碍にする理由もないので頷いておいた。

 すると、恥ずかしいのかゆたかはさっさとその場から去って行ってしまった。

 

「モテますな~、色男」

「殴るぞ」

「オーケー、落ち着こう。これ以上殴られたらマジで死ぬ」

 

 ゆたかがいなくなった後、即座にかえでが絡んでくる。

 少しは心を許したが、ウザいことに変わりない。未だに痛々しく腫れ上がっている顔に拳を向けると、大人しくなった。

 

「それで、どうするつもり……?」

 

 今回は珍しく、物静かなみなみまでかえでに加勢してきた。

 いや、もうかえでの彼女だし、それ以上にゆたかの親友だから気になるんだろうけど。

 

「俺の勝手だ」

 

 しかし、俺はいつも通りに答えを濁した。人間、すぐには変われないな。

 だが、これは俺とゆたかだけの問題だ。今までとは違う意味で、関与して欲しくない。

 

「……分かった」

 

 俺の意図を汲み取ってくれたのか、みなみは頷いた。

 ただ、視線は「ゆたかを泣かせたら許さない」と訴えているが。

 

 

 

 後ろを気にしながら体育館裏へ向かうが、結局付けられている様子は見られなかった。

 俺の取り越し苦労だったか。

 

「待たせたか」

「ううん」

 

 体育館の影の中にポツンと佇むゆたか。さっき別れたばかりだし、待っていないのは当然だな。

 この場所で女子に呼び出されるのも、もう何度目だか。

 今までは断る気満々だったし、誰かと繋がること自体を恐れていたから、特に何も感じなかった。

 しかし、今は知った顔が自分の思いをぶつけようとしている。

 それがどうしてももどかしくて、恥ずかしい。

 

「その、今朝……言いそびれたこと、言ってもいいかな?」

 

 ゆたかが始めに放った言葉に、俺は改めて自分が仕出かしたことの冷酷さを思い知る。

 好きだなんて言うな、か。

 勝手な話だが、俺はゆたかの思いを聞く為に呼び出しを聞いた。それを、俺のあんな言葉で辞めて欲しくない。

 

「聞かせてくれ」

 

 けど、今更俺が何を言っても遅い。ゆたかが何を言うとしても、俺はここで聞かなければならない。

 散々人の気持ちを踏み躙ってきた俺には、実にお似合いな末路だ。

 

「わ、私……つばめ君のこと、好きです!」

 

 ゆたかは少しだけ間を置いた後、勢いに任せて想いを伝えて来た。

 そんなゆたかの告白に、俺は……その場で呆然としていた。

 いや、てっきりなかったことにしてくださいとでも言われるかと思っていた。あんな酷いことを言った後だし。

 

「……それがお前の、ゆたかの想いか?」

「うん……」

 

 嫌われても仕方のないことを沢山したのに。無様な姿を見せ続けたのに。

 それでも、この無垢な少女は俺を好いていてくれるのか。

 俺はゆたかのまっすぐな想いに、思わず自身の胸を掴む。

 辛くて、でもありがたくて、言葉で言い表せられないような痛みを感じていた。

 

「そうか……ありがとう」

 

 俺は笑顔でゆたかに答える。

 真剣で、純粋なゆたかの告白に、俺もまたしっかりと答えなければならない。

 

「でも、ごめんな」

 

 だから、断った。

 俺にはゆたかの想いに応じることが出来なかった。

 あぁ、また泣かせてしまうな。

 

「俺も、ゆたかは好きだ。俺を信用し、いい人だと想い続けてくれたゆたかを」

 

 今までなら断るだけでこの場を去っていた。

 けど、俺は話さなければならない。俺がゆたかと付き合えない理由を。

 目に涙を溜めそうになっているゆたかは、堪えながら俺の話を聞いてくれていた。

 

「けど、俺はまだ、はるかを忘れることが出来ないんだ」

 

 子供の初恋だと笑われるかもしれないけど、それでも俺ははるかのことが好きだ。

 今も、その思いに変わりはなかった。こんな状態でゆたかと付き合っても、浮気と変わりないだろう。

 

「だから、待っててくれないか? 俺が改めてゆたかのことを一番好きになれるまで」

 

 この気持ちに決着が着くまで、ゆたかの告白を保留にする。

 それが、俺の考えた結論だった。

 やっぱり人間はすぐには変われない。自分勝手なのも、治らないものだな。

 

「……うん。つばめ君に私の声が届くの、待ってる」

 

 自分でも呆れるほどの返事だが、ゆたかは笑顔で頷いてくれた。

 結果、表面上は変わらなかった俺達の関係だが、より深く繋がることが出来たと思う。

 俺は、俺の止めていた歩みはもう一度ここから始まるんだ。

 あの日以来耳に残っていたはずのノイズは、不思議と聞こえなくなっていた。

 

 

 

 あれから数日後。

 俺の元へ一通の手紙が届いた。差出人は、俺の母親。

 大きな封筒の中身は母さんの手紙と、もう一つの封筒だった。

 全く意図の分からない手紙に、俺は首を傾げながら母さんの手紙を読んだ。

 最初は手間のかかることをして、と呆れ顔だったが、段々と読み進める内に表情が驚愕へと変わっていく。

 

「そんな、まさか!?」

 

 母さんの手紙の内容はこうだった。

 はるかが亡くなった数日前、自分達は手紙を預かっていた。

 その手紙は俺に宛てたもので、自分が死んだ時に渡して欲しいとのこと。

 しかし、最悪の事態に心が砕かれた俺に渡すことなんて出来ず、いつか過去を乗り越えるまで持っていた、と。

 そして、今の俺ならばはるかの手紙を落ち着いて読むことが出来ると信じ、この手紙を送った。

 俺は、結局最後まで両親に心配をかけてたんだな。感謝してもしきれないよ。

 両親の手紙を置き、手を震わせながらはるかの封筒に手を伸ばす。

 手紙には、はるかの字と思われる丸い字が書かれていた。

 はるかの字を見たことはないが、これは間違いなくアイツが書いたものだと俺には分かった。

 病気で苦しんでたのに、自分の両親だけえなく俺にまでこんな手紙を宛てるなんて、どれだけ心配性なんだよ。

 高鳴る鼓動を押さえながら、俺はいよいよ手紙の内容に目を通した。

 

 

 

 

 つばめ君へ

 

 お元気ですか。

 この手紙を読んでるのなら、きっとわたしはあなたのとなりにいないと思います。

 ごめんね、約束やぶって。ずっといっしょにいるって言ってくれたのに。

 きっと、優しいつばめ君なら、わたしがいなくなったのは自分のせいだと思ってるんじゃないかな。

 けど、そんなことはないよ。わたしは、つばめ君と出会えて本当によかった。

 たった一か月だけど、つばめ君と恋人になれてうれしかった。

 本当はもっといっしょにいたかった。つばめ君といっしょにデートしたり、中学に通って勉強したり、けっこんだってしたかった。

 わたしは、つばめ君が大好き。ずっとずっと大好き。

 だから、わたしのことで自分をせめないで。

 つばめ君が悲しんでるすがたを見たくない。

 わたしのこと、わすれてほしくないけど、わたしよりももっと好きになれる人を探して。

 どうか、その人と幸せになってください。

 わがままを聞いてくれてありがとう。わたしを好きになってくれてありがとう。

 わたしの望み、かなえてくれてありがとう。

 

 十波はるか

 

 

 

 

 全て読み終えて、俺は頬を伝った雫が何滴も手紙に落ちているのに気付いた。

 何がありがとうだよ。何が責めないでだよ。

 死んだ奴にまで心配されて、俺は何をしてたんだよ。

 

「はるか」

 

 俺ははるかを片時も忘れたことなんてなかった。お前より好きな奴が出来るなんて考えたこともなかった。

 ずっと、一緒にいるつもりだった。

 

「はるかぁ……っ!」

 

 手紙を握り締め、俺は独り咽び泣いた。

 今だけは小4の子供に戻ったように。

 

 やっと、はるかの声が聞こえた気がした。




どうも、雲色の銀です。

第35話、ご覧頂きありがとうございました。

今回でつばめ編終了になります。

つばめ編は全体的に暗い雰囲気になりました。
終わり方も、今までは明るい感じで終わっていたのですが、今回はビターエンド風です。
ゆたかとの恋愛も、今回で決着を付けるつもりはありませんでした。彼等もまだ高校1年生ですし、時間ならあります。

因みに、タイトルの「again」は前回同様にYUIの曲で、鋼の錬金術師FAのOP曲でもあります。
こちらの歌詞や雰囲気はつばめにすごく一致してると思いました。こちらも是非、聞いてみてください。

次回は、クリスマス回!リア充爆発しろ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話「聖夜のルビー」

 12月も、テストシーズンが終わってからはあっという間に過ぎていった。

 と言っても、俺達受験生はテスト後も勉強漬けの日々を過ごしていたけど。

 だが、連日勉強の成果は出ているようで、期末テストの結果は今まで以上に良くなっていた。

 

「ははははっ! これが俺の本当の力だ!」

 

 他の奴もやなぎ大先生やかがみ大先生のおかげで、点数が上がったらしい。

 俺の目の前では、赤点に最も近い男こと、天城あきが声高らかにテストを見せびらかしている。

 いや、確かに上がってるよ。けどな、全部平均点より下だって分かってるよな?

 

「平均点より低い本当の力って、ねぇ?」

「ぐはっ!?」

 

 どうでもよさげに眺めていると、こなたが鋭い一言を容赦なく投げつけた。

 相変わらず、彼氏相手には情けを掛けないな。

 

「しゃ、社会は平均より上じゃー!」

「4点はね」

 

 あきの得意科目は日本史らしく、なんと平均点を4点も上回っていたのだ。

 はいはい、すごいすごい。

 因みに、こなたは今回はヤマなしで80点台キープらしい。

 

「あき君、よく陵桜に入れたよね」

「ふっ、ふははは! 俺はあと変身を2回残して」

「さっき本当の力とか言ってたよな」

 

 俺とこなたからの口撃に、あきはとうとう膝を付いてしまった。

 コイツ、本当は裏口入学なんじゃないのか?

 と、実力が確実に上がっていることを確認している内に、もうすぐ冬休みが近付いていた。

 高校生活最後の冬休み、そしてクリスマス。

 何だか、「高校最後の」と付ければ何でもかんでも特別に思えてしまうのは気のせいだろうか。

 だが、今回はそれを抜きにしても、俺にとっては特別なクリスマスだった。

 何故なら、つかさと恋人同士になって初めて過ごすクリスマスだからだ。

 今まではこんなイベント、ケーキやチキンが安くなる以外で関係はないと鼻で笑っていたが、彼女が出来て初めて重要だと思えて来た。

 やっぱりムードって大事だな、うん。

 

「という訳で、クリスマスはどう過ごそうか」

 

 下校途中で、俺はつかさに尋ねてみた。

 去年は恋人同士ではなかったが、つかさや柊家の好意に甘え、共に過ごさせてもらった。あの時の温かさは、一生忘れられない。

 だが、今回の目標はあくまで恋人同士で過ごすクリスマスだ。出来れば2人きりでデートをしたい。

 

「えっと……どうしよう?」

 

 それはつかさも同じ思いでいてくれてるようで、頬を染めながら考えていた。

 クリスマス前だというのに、もう心が温かくなる。

 しかし、特に何をしていいのか思いつかないのは確かに問題だった。

 今までのデート経験で、俺達は張り切って準備された豪華なデートよりも、費用の掛からないまったりしたデートの方が似合ってるのが判明している。

 けど、流石にクリスマスぐらいには特別なこといたって罰は当たらないだろう。

 じゃあ、特別なこととは?

 

「そうだな……」

 

 夕飯に豪華なレストラン……ダメだな。つかさの手料理の方が絶対かつ圧倒的に上だ。

 遊園地……今から予約しても遅いかもしれない。そもそも、流石に一日遊ぶには予算が足りない。

 映画……無理。詳しくないのは何時ぞやかで思い知っただろうに。

 ショッピング……服はこの前買ったし、特に欲しいものはない。それに、クリスマスプレゼントを一緒に選んでもサプライズ感ゼロだ。

 改めて、本当に改めて特別って難しいものだと思った。

 

 

「やっぱり、いつもみたいにのんびり過ごそ?」

 

 考えが浮かばない俺に、つかさは優しく微笑みかけてくれる。

 ダメだ、これじゃあ以前の二の舞じゃねぇか。

 せめて、せめて初めて恋人として過ごすクリスマスくらいは、特別な何かを用意したい。

 必死に考えつくした結果、あることを思い出した。

 去年、俺が父さんとの再会でショックを受け引き籠った時、つかさは俺を心配して家に泊めてくれた。

 

「……お、俺の部屋、来るか?」

 

 思ったことを深く考えもせず、そのまま口にする。

 その瞬間、つかさはまるで時が止まったかのように固まり、俺は自分で言ったことに対し一瞬で顔を真っ赤にした。

 いやいやいや!? 来るかじゃねぇよ!

 あの時と状況も関係も違うし! 柊家と違って狭いうえに完全に2人きりだからマズいなんてレベルじゃねぇ!

 必死に頭を抱えるが、一度発言したことは取り消せない。

 

「う、ん……」

「……え?」

 

 ねぇよ、と頭の中で繰り返し続ける俺に、漸く動き出したつかさはゆっくりと頷く。

 それがどういう意味か把握出来ず、俺は間抜けな声で聞き返してしまう。

 

「は、はやと君がいいなら……」

 

 つかさはモジモジと体を縮こませ、耳まで真っ赤にしながら視線を逸らして小さく言う。

 ……オイオイ、聖夜はまだ先なのに天使がここにいたよ。

 自分の発言と、つかさの仕草で、俺はその場で暫く悶絶する羽目になってしまった。

 

 

 

 結局、クリスマスはいつも通りののんびりデートをし、俺の家で夕食を食べることになった。

 今までは柊家で過ごすことが多かったからか、いざ自分の家で2人きりとなると、かなり緊張する。

 それはそうと、クリスマス本番前に、どうしても用意しなければならないものがある。

 

「野郎共、ちょっと相談がある」

 

 恋人へのクリスマスプレゼントには、一体何を送るべきなのか。

 幸い、俺の周囲は彼女持ちだらけだ。何かいい案を持っているかもしれない。

 昼休みになると、俺はあき達を屋上に連れ出した。

 

「奇遇だな。俺も相談がある」

 

 すると、あきも何か悩み事がある様子だった。

 あのあきが考え込むだなんて、明日は雨かな。

 

「俺も、相談、ある」

「実は僕も……」

 

 しかも、みちるとしわすにも相談があるという。

 頭のいい2人の悩み事なんか、俺達に分かる訳ないだろうが。

 

「……全員、悩みを抱えてるみたいだな」

 

 最後に、やなぎも額に手を当てながら言い放った。

 つーか、もうここまで来れば全員何で悩んでるか察しが付くっての。

 要するに、男5人も集まって、彼女へのクリスマスプレゼントを決められずにいた、ということだ。

 

「ったく、お前等は去年も恋人同士で過ごしたんだろ。何かねぇのか?」

 

 俺は呆れ顔であきとやなぎに尋ねる。

 コイツ等は2年次に結ばれ、クリスマスをイチャイチャ過ごしたはずだった。何もないはずはないだろ。

 

「いやぁ、去年はこなたの奴がバイトだったからさ。プレゼントも、欲しがってたアニメグッズだったし」

 

 まずはあきが言い訳を述べる。

 そういえば、デートの誘いを断られて轟沈してたような。でも、クリスマスのプレゼントにアニメのグッズはないだろ。

 いくらこなたでも、あきの甲斐性のなさに内心怒ってたに違いない。

 

「確かに去年はデートしたが……プレゼントはハンカチだったな」

 

 一方、やなぎは無難なものを贈っていたようだ。

 ただ、普段からたまにプレゼントのやり取りをしている所為で、ここぞというプレゼントが思いつかないらしい。

 甲斐性のある方はある方でまた問題だな。

 

「みゆきはあまり欲しいものを言わないから、何を送っていいのか分からなくて……」

 

 みちるはプレゼントの範囲を絞れなくて困っていた。俺が言える立場じゃないが、贅沢な悩みだな。

 みゆきもつかさも、我儘を言わないから贈るものが定まらないんだよな。

 最も、みちるには潤沢な軍資金がある。俺と違って、本当に贈りたいものを贈ってやれる強みがある。

 

「みさお、喜ぶもの……運動靴?」

 

 しわすは彼女が男勝りでお洒落もあまりしない所為で、贈り物が本当に喜ばれるのか心配だという。

 うーん、確かに日下部にブランド物の財布や鞄は似合わないな。精々スポーツバッグか?

 こう聞いてみると、同じような悩みで大本はそれぞれ違う。

 ……うん、状況の違うコイツ等に相談しようとした俺が馬鹿だったよ。

 最終的に、誰の悩みも解決しないまま昼休みが終わった。

 

 

 

 放課後になると、つかさに断りを入れて1人で街へ繰り出した。

 とは言っても、未だに案が浮かばないんだよなぁ……。

 ブランド物やお高い宝石なんかは、逆につかさは好まないだろうし。

 料理器具……クリスマスに贈るのにどうだよ?

 ぬいぐるみ……喜んでくれそうだけど、ちょっと子供っぽいかもな。

 街にある店々を回りながら、つかさのプレゼントに相応しいもののイメージを固めていく。

 丁度その時だった。俺の視界に、ある露天商が入ったのは。

 絨毯の上に売り物であるアクセサリーを売っているようで、いかにも怪しさ満点である。

 うーん、やっぱりシンプルなアクセサリーの方がいいんだろうか。けど、少し前にネックレスを贈っているので、新鮮味がない。

 

「何かお探しで?」

 

 少し考えていると、露天商のおっさんに声を掛けられる。

 しまった、こういう怪しい店は金をふんだくられるかもしれないから、買う気はないのだが。

 

「いや、何でもないです」

 

 買う意思がないことをはっきりさせ、その場を立ち去ろうとする。

 が、ある品を見つけてふと立ち止まってしまった。

 そうか……そういう手もアリか。俺の頭に、かつてないアイデアが浮かぶ。

 

「これ、いくらですか?」

 

 考えが纏まると、俺は早速行動に移した。

 

 

 

 12月24日。俗に言うクリスマス・イヴだ。

 冷たい風に白いマフラーをはためかせ、俺は駅前で待ち合わせをしていた。

 周囲を見回すと、普段以上のカップル率に改めて驚かされた。

 去年まではバイトで忙しかったりしたから、特に気になんてしてなかったけどな。

 このカップルの多さなのに、日本は少子化なんだとさ。一体、この中の何組が分かれることになるのやら。

 

「はやとくーん!」

 

 そんな黒い思考を巡らせていると、俺の名を呼ぶ可愛らしい声が聞こえる。

 時間は……5分の遅刻か。つかさらしい。

 

「ゴメン、お待たせ……!」

 

 息を切らしながら謝るつかさの服装は、冬らしく温かそうなケープを羽織っていた。

 ……天使の羽根みたいだと一瞬でも思ってしまった俺はもうかなり脳味噌が溶けてるのかもしれない。

 

「5分の遅刻だ」

「はう……!」

 

 が、俺はややキツめにつかさを叱る。

 申し訳なさそうに上目遣いで見つめるつかさは、まるで飼い主に怒られて縮こまっている子犬のようだ。可愛い。

 

「待った分、寒かったなー」

「ご、ゴメンなさい」

 

 今度は嫌味っぽく言うと、つかさはますます落ち込む。

 そろそろ意地悪も辞めてやるか。

 

「だから、寒かった分温めてくれよ」

「え? あ……うん!」

 

 次の台詞で、つかさは漸く俺の考えに気付いたらしく、満面の笑顔で抱き付いてきた。

 かえでの受け売りじゃないが、やっぱりつかさはしょげた顔より笑顔が似合う。

 

「んじゃ、いつも通りブラブラと行くか」

「うん!」

 

 周囲のカップルも羨むほどのイチャつきっぷりを初っ端から披露し、俺達のクリスマスが始まった。

 いつも通りのルートで昼食を取ったり、つかさが気になっていた食器を見たり、今晩の夕食の材料を買ったりして、時間を過ごす。

 そう、ここまでは普段と同じ。

 けど、今日は早めに帰ることになった。

 

「はやと君の家、久しぶりだね」

「そうだっけか?」

 

 何故なら、今晩は俺の家で過ごすからだ。

 アパートでクリスマスを恋人と共にする、なんて海崎さんが聞いたら、血涙流して壁を殴りまくるだろうな。

 

「お邪魔します」

 

 鍵を開け、中に入ると律儀にもつかさは頭を下げて来た。

 入るのも初めてじゃないんだから、そこまで緊張することない……んだろうけどな。

 とりあえず、2人だけのクリスマスパーティの準備を始めることに。

 因みにつかさが料理担当で、俺は部屋の飾りつけ担当だ。

 飾りいらねぇだろ、と思ったがつかさがどうしてもというので、付けることになった。

 あと、つかさが来るので、俺は初めて炬燵を買った。流石に出費が痛かったが、つかさの為なら何とかなる。

 

「お待たせ~」

 

 簡単に飾り付けを終え、暫く待っているとつかさが料理を運んでくる。

 ……こうしてると、新婚生活みたいでムズ痒くなってくる。

 

「えへへ、何だか私達、結婚したみたいだね」

「!」

 

 つかさも同じことを思っていた、というか口に出した。

 無意識だったんだろうが、あまりの恥ずかしさにお互い赤面しながら無言になってしまう。

 お前、今のはズルいだろう……。

 

「じゃ、じゃあ食うか!」

「そ、そうだね!」

 

 ここは無理矢理進めることで、場を取り持った。

 人の目がないだけで、こうもお互いを強く意識するなんてなぁ。

 

 

 

 

「ご馳走様でした」

「ふふっ、お粗末様でした~」

 

 つかさの手料理を平らげ、掌を合わせる。相変わらず、つかさの手料理はどの料理よりも美味い。しかも、また腕が上がってないか?

 実はまだケーキが冷蔵庫の中に入ってるのだが、それは少し間を置いてからということで。

 それよりも、俺にはやることがあった。

 

「食器は後でいいからさ、こっち来いよ」

「ふぇ?」

 

 食器を洗おうとしていたつかさを呼び戻す。

 こういうところ、もう主婦だよなぁ……。

 つかさがエプロンを外してこたつに入ると、俺は後ろに隠したプレゼントに手を伸ばす。

 

「ホイ、クリスマスプレゼント」

「わぁ~♪」

 

 俺が渡したのは、リボンを巻かれたカエルの宇宙人のぬいぐるみだ。

 前からつかさはこれが好きだったしな。

 

「ありがとう、はやと君!」

 

 可愛いもの好きのつかさは、ぬいぐるみを抱き締めながら破顔一笑。

 やっぱりこっちも用意しておいてよかったな。けど、これはつかさが子供っぽいということで、喜んでいいものかどうか。

 

「あ、私もプレゼントあるんだよ!」

 

 幸せそうにふにゃけていたつかさは、慌てて自身の鞄を漁り出す。

 いや、俺にとってはお前の存在が既にクリスマスプレゼントみたいなもんだから。

 

「はい、どうぞ!」

 

 つかさは俺に予想以上に大きな包みを渡しながら、もう一度破顔一笑。コイツは笑顔で俺を溶かすつもりか。

 包みを丁寧に剥して箱を開けると、中身は歪な形の白い物体だった。……何だこれ?

 箱の下には説明書があった。何々、低反発枕?

 

「えっとね、これから寒くなるでしょ? だから、少しでもはやと君が心地よく眠れますようにって」

 

 なるほどね。つかさも、しっかりと俺のことを考えてくれてたって訳か。しかも、ご丁寧に個別でアイマスクまで入ってた。

 ……そんなに俺に屋上で寝て欲しくないのか?

 

「サンキュ。ありがたく使わせてもらう」

「うん!」

 

 けど、ありがたいことに変わりはない。

 枕とアイマスクを受け取ると、つかさはホッとしたように頷いた。

 

「あ、そろそろケーキ持って来ようか?」

 

 恋人同士のプレゼント交換に気恥ずかしさを感じたのか、つかさは若干早口で立ち上がる。

 おいおい、誰が終わりだって言ったよ。

 

「きゃっ!?」

 

 俺は膝立ちでつかさの左手を掴むと、引き寄せながらあるものを掴ませた。

 あの時、露天商と交渉に交渉を重ね、格安で手に入れた品。

 その正体に気付いたつかさは、目を見開き驚いた。

 

「これ……」

「本物じゃない、ガラスだから安心しろ」

 

 それは、ルビーを嵌め込んだ指輪だった。ルビーを選んだのは、つかさの誕生石だからだ。

 勿論、中身はガラスの安物だが、今の俺達にはこれで十分だろう。

 

「で、でも指輪だなんて」

 

 つかさが言い終わる前に、俺はつかさから一度指輪を取る。

 あの露天商には、指輪以外にもイヤリングとかヘアピンとかもあった。けど、俺は指輪一択だ。

 俺が指輪を選んだ理由なんて、1つしかない。

 

「……案外、ピッタリ行くもんだな」

 

 指輪をつかさの左薬指に嵌めながら、俺は感心していた。

 フィクションならば、こういう時にサイズが合わずブカブカだということが多いからな。

 当然、俺はつかさの指のサイズなんて知らない。けど、キツくも緩くもないサイズで安心していた。

 

「え、えぇぇぇぇっ!?」

 

 突然の事態に、つかさは顔をルビー並に赤くして叫ぶ。

 ちょっ、近所迷惑だっての!

 

「こ、これ……」

「まぁ、進路もそうだけど、婚約ってことで……ダメか?」

 

 俺が選んだ、クリスマスの特別。

 ロマンチストなつかさが好きそうな、ベタなシチュエーション。

 我ながら向いていないとは思うが、今回は特別なんだからいいかと開き直った。

 

「だ、ダメなはずない! ふ、ふつつかものですが! よろしゅくおにゃがいしましゅ!」

 

 首をブンブンと横に振って、終いには噛みまくって頭を下げるつかさ。

 そんな彼女が、どうしようもなく愛おしくて。

 ケーキのことも忘れて、俺は暫くつかさを抱き締めるのだった。

 




どうも、銀です。

第36話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はクリスマスのはやつかでした。

つばめ編がギスギスしたシリアスだったので、反動でほのぼのになりました。
もうダダ甘垂れ流しです(笑)。
ここから先、実はラストまで特に山場もありません。こんな感じなのが続きます。
なお、ファーストキスはまだな模様。いい加減にしろ(笑)。

因みにルビーの石言葉は「情熱・純愛」。シャバドゥビタッチヘンシーン!

次回は、年越し回!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話「年越しの忘れもの」

 クリスマスが過ぎ、今年も残り僅か。

 俺は今、柊家の前に来ていた。こうしてると、初めてここに来た時を思い出すな。

 

「いらっしゃい、はやと君!」

「ああ、世話になる」

 

 戸が開き、つかさが笑顔で迎え入れてくれる。

 世話になる、という台詞の通り、俺が背負っているリュックサックの中には日用品が詰まっていた。

 中に入り、通された先には見覚えのある部屋があった。以前、俺が精神的に危なかった時に泊めてもらった部屋だ。

 家具類はやっぱりないが、長居する訳でもないし、さっぱりしていた方が俺も落ち着く。

 

「足りないものがあったら言ってね」

 

 ニコニコと優しい笑みでつかさはそう言ってくれた。何だか、みきさんに似て来た気がする。

 ふむ、足りないものか……。

 

「つかさ分が足りない」

「ふぇ?」

 

 分かりやすい冗談を言ってみたが、つかさにはすぐ通じなかったようだ。

 だが、段々と分かってきたようで顔を赤く染める。

 

「暫く抱き付きたいんだけど」

「はぅ……!」

 

 仕方なし、とばかりに俺はハッキリと欲望を曝け出した。

 すると、つかさは恥ずかしさのあまり両手で顔を覆って悶え出す。ハハッ、可愛い奴め。

 

「人様の家の中でイチャつこうだなんて、いい度胸してるじゃない? は・や・と?」

 

 が、俺の目論見は妹の背後から突如現れた、鬼のオーラを纏った姉に阻まれることになった。

 

 

 

 さて、俺が柊家に泊まりに来た理由は、昨日まで遡ることになる。

 冬休みに入り、柊家で昼食を頂くことにも慣れて来た。いや、慣れたらいけないんだろうけど。

 そこへふと、つかさが尋ねて来た。

 

「はやと君、大晦日はどうするの?」

 

 そういえば、もうすぐ年越しか。

 海崎さんの大掃除を手伝わされることと、バイト以外では特に用事はない。

 年越しそばはカップ麺で済ませているし。

 

「いつも通りだな」

「じゃあ、今年は一緒に年越ししない?」

 

 何もないと分かると、つかさは目を輝かせながら提案した。

 ……最近、つかさがますます積極的になってきたなぁ。可愛いし、嬉しいからいいけど。

 

「いや、お前は家の用で忙しいだろ」

 

 年越しと言えば、初詣だ。つかさの家がやっている鷹宮神社も参拝客で大賑わいになる。

 日雇いのバイト巫女もいるんだろうが、勿論つかさ達姉妹も巫女として手伝っている。

 だから、俺なんかと過ごせる時間も限られるだろう。

 

「そ、そうじゃなくてね!」

「はやと君は、確か神主志望だったわね?」

 

 何かを言い出しづらそうなつかさに変わって、みきさんが口を挟む。

 そう、俺はつかさとの将来を考え、神主を志望することにした。

 

「だから、今回は見学ということで、ウチに泊まってかない?」

 

 あぁ、今のみきさんの言葉で大体分かった。

 つかさが言いたかったことは、柊家で一緒に年を越さないかということだったのだ。

 きっと、アパートの寒い部屋で独り寂しく年末年始を過ごすより、自分達と温かく過ごした方がいいんじゃないか、というつかさの気配りなんだろう。

 それに、みきさんの言う通り、ただおさんが神主として働いている姿を見学すれば、この先役立つかもしれない。

 

「その話、お受けします」

 

 姿勢を正して頭を下げると、つかさもみきさんも笑顔を向けてくれた。

 

 

 

 と、いう訳で、俺は年が明けるまで柊家に厄介になることになった。

 勿論、ただ厄介になるのも何なので、境内の掃除や初詣の手伝いなんかをすることになっているが。

 

「寒い」

 

 冬空の下、箒で落ち葉を掻き集めながら、俺は白い息を吐く。

 鷹宮神社の境内は思ったよりも広く、掃き掃除も一苦労だ。

 

「ボヤいてないで、早く終わらせなさい」

 

 更に、監視役としてかがみが目を光らせていた。

 隙あらば、サボったりつかさとイチャつくという俺の性格をよく存じてらっしゃる。

 因みに、つかさは夕飯の買い出しに出かけてしまった。一緒に行きたかったのに、残念だ。

 

「そうだ、かがみ」

「何よ」

 

 その反面、実は今の俺にとっては好都合でもある。前々から気になっていたが、つかさには話しにくいことがあったのだ。

 俺は掃除を続けながら、かがみに話しかけた。

 手を動かしさえしていれば、かがみも文句を言うまい。

 

「お前、ファーストキスってどうやった?」

「……は?」

 

 話の内容が予想外だったのか、かがみは顔を顰める。

 けど、俺にとってはかなり深刻な問題だ。

 俺とつかさが付き合って、もう半年が経つ。

 デートも重ね、少ないながらもプレゼントも送り合うし、一緒に下校する時には手を繋いでいる。温もりが欲しくなったら、どちらからともなく抱き付くことだってある。

 そりゃあもう、俺はつかさが好きだ。可愛くて仕方がない。

 そんな俺達だが、実は一度もキスをしていなかった。

 もう新年を迎えるというのに、流石にキスをしないままというのはどうだろうか。

 

 

「はぁ……まだキスしてなかったの?」

 

 悩みを打ち明けると、かがみは呆れ果てていた。

 まぁ、ゆっくりと進んでいこうとは言ったし、じゃれ合うだけで俺もつかさも幸せだ。

 けど、ズルズルと先延ばしにするのもよくはない。せめて、今年中にはキスしたい。

 

「だから、お前とやなぎはどんな風だったのかと」

「ど、どんな風って言われても……」

 

 参考程度に聞いてみると、かがみは顔を赤くし、ツインテールを人差し指に巻き始めた。

 よっぽど恥ずかしい思い出なんだろうな。

 

「い、言えるか!」

 

 最終的に、かがみは赤面したまま怒鳴ってきた。

 何だ、教えてくれないのか。ただ、とりあえずキスは済ませているのが分かった。

 

「ただ、男ならビシッとしなさい! それぐらいの根性、見せないさいよ!」

 

 何だか釈然とはしないが、かがみに説教を食らう。

 一度は妹を任せると決めた姉として、背中を叩いたつもりなんだろう。

 ま、それなら期待に背く訳にはいかんな。

 

「さて、姉からお許しを得たし、どうキスをしようか」

「んなっ!? そのつかさを汚すみたいな言い方やめなさい!」

 

 少しふざけた言い方をすると、急に襟首を掴まれた。

 ちょっとは許されたと思ったが……キスの報告をしたら、それはそれで殴られそうだ。

 

 

 

 大晦日、当日。

 結局、キスするタイミングを見つけられず、今年最後の日を迎えてしまった。

 告白の時も長々と延ばしたけど、ここまで奥手だったことに自分でも驚きだ。

 

「はやと君、いっぱい食べてね!」

 

 昼食を運びながら、つかさはいつもの笑顔で俺を見てくれる。

 男の俺は、主に力仕事を担当することになってる。売り子は巫女の仕事だし、神事もずっと見学している訳じゃないしな。

 

「つかさ」

「何?」

 

 何となく声をかけるも、どう話していいものか。

 この場には、みきさんやただおさん達もいる。

 いきなり「キスさせろ」だなんて言ったら、流石に非常識だ。

 けど、この後は今夜の準備で会える時間も限られる。

 

「……今日は、頑張ろうな」

「うん!」

 

 結局、そんなことしか言えなかったが、つかさは満面の笑みで頷いた。

 そういえば、心成しかつかさがいつも以上に楽しそうに見える。

 以前の初詣の時はそうでもなかったはずだが……?

 

「はやと君がいるから張り切ってるわね、つかさ」

「はぅっ!? お、お母さん~!」

 

 すると、俺の心を読んだかのようにみきさんが指摘をする。

 そっか。俺がそばにいるからか。

 恥ずかしそうに照れるつかさの頭を、俺は思わず撫でていた。

 昼食後に、集まった街の人々と屋台の組み立てや、道具の運び出し等の作業を片付ける。

 そして、夜になると参拝客で境内が溢れるようになっていった。

 

「はぁ……」

 

 昼からずっと裏方で仕事をしていた俺は、漸く休憩時間を貰っていた。

 今まで神具なんかに興味はなかったが、あんなに重いものばっかりだとは思わなかった。

 あと、集まってきたおっさん達にとって、俺みたいな若い人間がいるのは珍しく、ひたすら玩具にされていた。頭撫でまわされたり、背中引っ叩かれたり。つかさとのことを冷やかされたりもした。

 んで、付いた名称が「若旦那」。これじゃあへばる訳にもいかない。

 

「よう、はやと」

「あけおめー」

 

 人気のいないところで休んでいたはずなのだが、聞き覚えのある声が俺の名前を呼ぶ。

 気付くと、あきやこなた達、お馴染みのメンバーが揃っていた。去年も集まってたしな。

 

「大変そうッスね」

「まぁな」

 

 今回は、後輩組も集まっていた。

 ただ、みちるとみゆき、みなみは来れなかったようだ。住んでる地域が違うし、仕方ないか。

 

「ま、しっかりやれよ! 若旦那!」

「へいへい」

 

 冷やかすだけ冷やかし、あき達は人混みの中に戻って行った。

 きっと、かがみから聞いたんだろうな。

 突っ込む気力もないまま、俺は温かいお茶を啜る。

 ふと、携帯で時間を確認すると……あと数分で年越しだな。

 ……はて、何か忘れてるような?

 

「……って! つかさ!」

 

 しまった!

 見学や力仕事の疲れで、キスをすることが頭から吹っ飛んでいた。

 マズい! 今年中にはするって決めてたのに!

 来年まで持ち越したら、またズルズル引き摺る未来しか見えない。

 俺は慌てて、人混みの中からつかさを探す。

 

「あ、はやと君。お疲れ様」

 

 意外と早く、つかさは見つかった。

 今回も巫女服に赤と白のリボンを頭に付けている。丁度、おみくじを担当していたらしく、おみくじの箱を持って立っていた。

 

「お前も、お疲れ。巫女服、似合ってる」

「うん。ありがとう」

 

 去年と同様、予想通りの姿を目の当たりにして、自分で思っていた以上に冷静でいられた。

 勿論、似合ってるし可愛いけど。

 

「とりあえず、間に合ってよか」

 

 よかった、と言いかけたところで周囲が騒めき出す。

 どうやら、カウントダウンが始まるようだ。って、時間ないじゃん!?

 

「つかさ!」

「は、はい!?」

 

 慌てて名前を呼ぶ俺に、つかさは驚きながら返事をする。

 我ながら、何やってんだか。

 そうしている内に、カウントダウンが始まる。

 10、9、8。

 

「好きだ」

 

 ストレートに思いを告げる。半年前は、この言葉を言うのに随分遠回りをしていた。

 7、6、5。

 

「あ……わ、私も! はやと君大好き!」

 

 すると、つかさもはにかみながら想いを伝えてくれた。

 その笑顔に、俺が何度救われてきたか。何度愛おしさを感じてきたか。

 4、3、2、1。

 

「サンキュ」

 

 一言、手短に言い放つと、俺はつかさの肩を掴み、唇を奪った。

 ギリギリ、キスをしてから数瞬後に、新年を迎えた人々の歓声が沸く。

 

「……ゴメンな、いきなり」

 

 ゆっくりと唇を離し、俺は最愛の彼女に謝る。

 しかし、つかさからの反応はない。

 赤面し、目を見開いた状態のまま、固まっている。

 あまりの衝撃にフリーズしてしまったようだ、

 

「つかさ?」

「……え? あ、あわわ……っ!」

 

 名前を呼びかけると、つかさは漸く我に返る。

 そして、おみくじの箱をぶんぶんと振りながらあわあわと狼狽え出した。

 

「……ひょっとして、嫌だったか?」

「あ、う、ううん! そんなことないよ! だって、はやと君とのファースト……!」

 

 一瞬、不安になる俺につかさは首を大きく横に振る。それから、先程のことを思い出し、顔から湯気が出そうになる程真っ赤に染める。

 ……うーん、可愛い。

 

「で、でも、どうして今……?」

「いやさ、年越しで忘れ物したくないなって」

 

 今のタイミングでする理由を不思議がられ、俺も若干頬を染めながら答える。

 すると、俺の意図が分かったかのように、つかさはパニック顔から微笑みに表情を変える。

 

「じゃあ……今年最初のキス、いい?」

 

 上目遣いでねだられる。その反則的な可愛さに逆らうことなんて出来るはずなくて。

 

「……下手でも、文句言うなよ?」

「私も、下手だと思うからお互い様だよ」

 

 そう言い交わし、じゃれ合いながら俺達は口付けを交わす。

 さっきは急いでいたあまり感触を楽しむ余裕がなかったが、つかさの唇はかなり柔らかい。

 味わったことのない幸福感と、つかさの俺を好きだという思いが唇から流れ込んでくるようだ。

 あぁ、ヤバい。これ、癖になりそう。

 さっきよりも長く唇を合わせ、離れるとつかさの表情がまた変化していた。

 ぽややんとしたタレ目はいつも以上に潤んで、口元はだらしなく吊り上がっている。

 こういうのを、トロ顔って言うんだろうな。まるで蕩けたチョコレートみたいに、幸せそうな笑顔を浮かべている。

 

「はやと、くぅん……」

 

 つかさの奴、トリップでもしてるんじゃないか?

 そう思える程蕩けきった声に、俺の胸の鼓動はますます速くなる。

 また、俺が可愛くしてしまったのか。

 

「つかさ、今年もよろしくな」

「うん……えへへ」

 

 流石にこれ以上キスをすると、俺までおかしくなりそうなので、頭を撫でるだけに留めておく。

 それでもつかさは、幸せそうに俺に身を預けて来た。

 つかさと迎えた新しい一年が、どうか幸せでありますように。

 




どうも、雲色の銀です。

第37話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は年末年始のはやつかでした。

さて、散々突っ込まれてきたファーストキス回です。
やっぱり甘さ150%でした(笑)。

そして、はやとの若旦那への道が着々と築かれています。
婚約もしているようなものだし、もうさっさと結婚しちまえよ。

次回は、バレンタインデー回!糖分の摂取過多にご注意ください!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話「乙女達の奮闘」

 新年を迎えると、試験日はもう間近。受験生にとっては最後の追い上げの時期だ。

 俺も柊家から帰ってきた後は、試験勉強をひたすらに繰り返した。

 偶に、つかさや仲間達と勉強会を開くこともあった。まぁ、つかさと2人きりの時はイチャついたりもしたのだが。

 そうしている内に冬休みが終わり、あっと言う間にセンター試験当日になった。本当、最近は時間の経過が早く感じる。

 

「つかさ、平気か?」

「だ、大丈夫……」

 

 白い息を吐きながら、不安を拭い切れない様子のつかさ。緊張するのも分かるが、少しは自信を持っていいと思う。

 

「ふぁぁぁ……」

「早く始まってくれないかな。寒い」

「コーヒーうめぇ」

 

 一方で、日下部、こなた、あきのお気楽トリオは相変わらずの様子だった。

 これ、落ちたらやなぎとかがみにどんな仕打ちを受けるんだろうな。

 とりあえず、空いた時間も復習に充ててるみちるとみゆきを見習え。

 

「はやと君も、大丈夫?」

 

 呑気な連中を呆れ顔で眺めてると、つかさが心配そうに覗き込んでくる。

 お前は他人の心配までしてる場合じゃないだろうに。

 

「……俺は奇跡を信じない。だから、絶対に受かってみせるさ」

 

 奇跡的に受かった、だなんて言われない為に今日まで勉強してきたんだ。

 そして、それはつかさとずっと一緒にいる為でもある。

 なら、負ける気はしない。

 

「それより、今は自分の心配だけしてろ」

「ご、ゴメンね……」

 

 こんな時にもお人好しを発動させるつかさの額を、俺はコツンと叩いた。

 それから少しして、会場のドアが開かれる。

 さぁ、やれるだけやりますか。

 

 

 

「終わっ」

「てないだろ」

 

 あきの歓喜の叫びをやなぎが打ち消す。

 センター試験から数週間後。俺達は勉強漬けの日々を続けていた。

 そう、受験生の勉強は終わらない。今時、センター試験一本だけで大学進学を考える奴はそういない。

 志望校の入試試験まで、気は抜けない。センターで出来なかった点を大先生達に補って貰いながら、何回目かの勉強会を行っていた。

 

「こことここ、あとここも間違い」

「そんな殺生な!?」

 

 あきが解いた答案に、やなぎが容赦なくバツを付ける。

 おいおい、アイツ本当に進学できるのか?

 

「みちる、問題出来た」

「ありがとう」

 

 本来は推薦枠だったはずのみちるも、センター一本では考えておらず、今はしわすが作ったオリジナル問題を解いている。

 ……いや、みちるなら別にセンターだけでも合格が見込めるだろ。勤勉だねぇ。

 

「……ん? そういや、女子は何処行った?」

 

 あきの言葉の通り、B組の教室には俺達男子しかいない。

 何でも、女子はC組で何かの会議中だとか。……勉強中、だよな?

 

「C組にいるが、入ってくるなと釘を刺されてる」

「女子だけ……となると、アレか」

 

 あきに説明すると、何か思い当たる節があるようで、ニヤリと気色の悪い笑みを浮かべた。

 アレ……ってなんだ?

 

「2月と言えば?」

「節分」

「豆撒き」

「あぁ、今年は閏年だね」

 

 あきの問い掛けに、俺としわす、みちるが答える。

 2月と言ったら節分だろ。大豆の安売りが始まるしな。

 けど、みちるの言い分もある。閏年ということはオリンピックだ。コラボ商品が旬を過ぎると安くなる。

 

「違げーよ!」

「お前等なぁ……」

 

 だが、あきの答えとは違ったらしく、唯一分かっていたやなぎが溜息を吐く。

 何だよ。恵方巻きの相談でもしてるかもしれないだろうが。

 それ以上はあきもやなぎも教えてくれず、結局勉強に戻ることになった。何なんだ、一体。

 

 

☆★☆

 

 

「と、いう訳で、今年はつかさに教わりながらチョコを作ろう!」

 

 え、ええええっ!?

 こなちゃんの宣言に、私は目を点にして驚いていた。

 センター試験を終えて、少しホッとしていたんだけど、普通の入試が残っている。

 だから、また勉強会をしようって集まったはずなんだけど……。

 今、C組の教室では、女子だけで今年のバレンタインにどうするかを話し合っていた。

 確かにもうすぐバレンタインだけど、いいのかなぁ。

 

「いやー、全員彼氏持ちだとこういう話もしやすくていいね」

「アンタだけだ」

 

 こなちゃん以外はちょっと恥ずかしいみたいで、頬を赤く染めてる。

 やっぱり、こなちゃんは恋人としての期間が長いから余裕なのかな?

 でも、お姉ちゃんも同じくらいだし、あやちゃんはもっと長いよね。やっぱりこなちゃんはすごいなぁ。

 

「でも、皆どうせ作るんでしょ? それとも買って済ます?」

「それは……」

 

 こなちゃんの言葉に、お姉ちゃんは何も言えなくなる。

 そうだよね。大好きな人に想いを告げるのは手作りがいいよね。

 

「わ、私! 頑張る!」

 

 皆に教えるだなんて、出来るかは分からないけど、役に立てるのなら。

 それと、はやと君にもチョコを頑張って作ってあげたいから。

 

 

 

 バレンタインデー前日。放課後になると、皆が材料を持ってウチに来た。

 

「お邪魔します」

 

 今、家には誰もいない。お母さんには許可を貰ってるけど、大人数でチョコを作るには丁度いい。

 予め用意していた調理器具を持って来て、私は皆に説明し始めた。

 

「といっても、基本はチョコを溶かしてから型に流して固めるだけなんだけどね」

 

 ボウルの中のチョコを混ぜながら、私は苦笑した。

 それに、あやちゃんやこなちゃんは料理出来るし、お姉ちゃんやゆきちゃんも湯銭は知ってたから、特に教えるようなこともない。みさちゃんはフライパンで焼いて溶かすものだと思ってたみたいだけど。

 

「いやいや~、デコレーションの仕方とか、つかさは達人級だよ」

「本当、料理に関しては凝り性だから」

 

 チョコペンで文字を書くところまで行ったこなちゃんとお姉ちゃんが、私を褒めてくれた。そ、そうかな?

 因みに、型は大体皆ハートを選んでいた。こなちゃんは星形、みさちゃんは猫型だった。

 

「みさちゃん、ハートじゃなくていいの?」

「い、いや、アイツさ、動物好きだし……」

 

 あやちゃんにハートじゃなくていいのかと聞かれて、みさちゃんは顔を真っ赤にしていた。

 そっか。しわす君は動物が大好きだから、チョコも動物型の方が喜ぶかもね。

 

「つかささんは、それでよろしいんですか?」

 

 ゆきちゃんの指摘で、皆が私のチョコを見る。

 私のはハート型にチョコペンで可愛くデコレーションをしたのみ。やっぱり地味だったかな?

 

「珍しいじゃない。それとも、はやとに愛想尽かした?」

「アイツじゃ、仕方ないよな~」

 

 お姉ちゃんとみさちゃんに、何だか酷い言われ方をされた。

 はやと君だって、いい所沢山あるのに。それに、私ははやと君に愛想尽かすなんてしないよ。

 

「大丈夫。はやと君のは、特別だから」

 

 私が今作っているのは、皆への友チョコだけ。

 恋人になって、初めて上げるバレンタインチョコだもの。もっと、すごいのを贈ってあげたい。

 

「んで、かがみは「I LOVE やなぎん」とか書かないの?」

「書くか!」

 

 その後も、皆でワイワイ話しながら、チョコ作りは進んでいった。

 明日、皆が喜んでくれるといいな。

 

 

☆★☆

 

 

 2月14日。世間では、バレンタインデーと呼ばれる日だ。

 高校生にとって、学年末テストが近い時期だと言うのに、この日に限って女子も男子も大体落ち着きがなくなる。

 登校時に、既にチョコを渡し終え、手を繋いで歩くカップルまでいるくらいだ。

 片や、チョコを貰う相手のいない男共は、恨めし気にカップルを睨む。

 ドイツもコイツも人生を楽しんでいると思う。今更恋愛なんてノイズだ、なんて言わないが、お菓子会社に振り回されるくらいにはおめでたいな。

 

「よーう! つーばめ!」

 

 そして、俺の名前を呼んで馴れ馴れしく肩を叩く男、霧谷かえでもバレンタインを楽しんでいた。

 コイツはみなみという彼女がいるから余計だろうな。

 

「いやー、今日はいい天気だな!」

「黙れ」

 

 コイツと本気で殴り合った日以来、自分でも丸くなったと思っていたが、どうやら勘違いらしい。少なくともコイツに対しては。

 

「さて、みなみはどんな風に渡してくれるんでしょう! 下駄箱かな? 机の中かな? 手渡しでも」

「その無駄に喋る口を縫い合わされたくなかったら、教室まで黙ってろ」

 

 いい加減イラついて来たので、浮かれまくっているかえでの口を摘んで、早足で教室に向かった。

 が、俺が黙らせるまでもなく、かえでのテンションは下がって行った。

 下駄箱にチョコは見当たらず、教室の机の中にもそれらしいものは入ってなかったからだ。

 逆に、何故か俺の下駄箱にはチョコが入ってた。

 差出人の名前に心当たりはないので、差し詰め桜藤祭での助っ人ライブで惚れた人なんだろう。

 

「余裕そうですなぁ、つばめよぉ」

「何が」

 

 貰ったチョコを食べていると、かえでが俺にガンを飛ばしてくる。

 テンションの上げ下げが激しい奴だ。大体、チョコは食べてるが、この人の気持ちに答える気はない。

 

「チョコを貰うことがそこまで感情を揺さぶるのか?」

 

 バレンタインの現状を理解出来ないさとるは、いつも通り本を読みながら首を傾げていた。

 感情が分からないコイツが、恋愛を知ってる訳ないか。

 

「あ、おはよう」

「……おはよ」

 

 そこへ漸く、ゆたかとみなみが登校してきた。

 途端、かえでのバカが復活する。

 

「おぅ! おはよう!」

 

 凄まじく眩しい笑顔でゆたかとみなみを迎えるかえで。

 いつも以上におかしなかえでに、2人も反応に困っているようだ。

 

「え、えと……」

「ヒント。今日は何の日?」

「……あぁ」

 

 困惑している2人に助け舟を出してやると、みなみはすぐに理解したらしい。

 流石、この鬱陶しい奴の恋人をしているだけはある。

 

「……ごめん。家に忘れて来ちゃって」

「……ゴフッ!?」

 

 みなみの予想外の返答に、かえでは血を吐くフリをして膝を床に付いた。今度こそ撃沈したか。

 浮かれすぎた結果、ダメージはデカかったな。

 だが、俺は気付いていた。みなみがデカい紙袋をすぐに後ろに隠したことを。

 ただ、かえでがウザいから下校まで隠しておいて欲しいものだ。

 

「つ、つばめ君……ちょっと、いい?」

 

 項垂れるかえでを踏んでおこうかと考えていると、ゆたかが俺を呼び出してきた。

 あぁ、ここまで来るともう何が目的なのかが分かる。大体、ゆたかには一度告白されてるしな。

 

「やだ」

 

 俺は呼び出しには応じなかった。回りくどい真似が嫌いだからな。

 そして、ゆたかが落ち込む前に右手を差し出す。

 

「ここでくれよ」

「……あ、うん! ど、どうぞ!」

 

 俺の言ったことの意味が分かったゆたかは、そそくさと鞄からラッピングされた箱を出し、俺に渡してきた。

 俺は受け取ると、即座に鞄に仕舞う。

 こんなものだ。わざわざ廊下で渡されるより、この場で渡された方が隠しやすい。

 

「……ありがとな」

「うん、どういたしまして!」

 

 それでも顔を合わせるのが恥ずかしく、開いた本に視線を移しながら、俺は礼を言った。

 ぶっきらぼうな俺でも、ゆたかはきっと笑顔で頷いてくれただろう。そう考えると、また顔が熱くなる。

 ゆたかのこと、少しは意識しているんだと改めて思い知らされる、バレンタインの朝だった。

 

 

☆★☆

 

 

 バレンタイン当日になると、周囲の雰囲気がちょっとだけ変わっているように思えた。

 仲のいい人や、好きな人にチョコを渡して、絆を深め合う。バレンタインって、いい日だと思うなぁ。

 

「オッス! 色男!」

「あ?」

 

 そして、私の大好きな人が、いつものように登校してきた。朝からテンションの高いあき君に話し掛けられて、不機嫌そうに睨んでる。

 そのまま、自分の席に行ってしまった。

 今日がバレンタインだってことに気付いてないのかな?

 そう考えると、席に座ったはやと君は私をジッと見ていた。あ、良かった。ちゃんと気付いてた。

 けど、ゴメンね。今、私ははやと君へのチョコを持って来ていないの。

 

「oh……」

 

 両手を合わせて、頭を下げて謝ると、はやと君は目を点にして空を仰いだ。

 うぅ、きっとショックを受けたかな。でも、用意だけはしっかりとしている。だから、もう少しだけ待ってて。

 

 

 

 その日の放課後。

 みちる君はゆきちゃんのチョコを受け取り、他の女子のチョコを断っていた。彼女が出来たから、とちゃんと断る姿勢は流石に格好良いと思うなぁ。

 余所のクラスのやなぎ君としわす君も、しっかりチョコを受け取っていた。特にしわす君は純粋に嬉しかったのか、散々みさちゃんお手製の猫型チョコを見せ付けて来た。

 それで、今朝から楽しそうだったあき君はと言うと。

 

「またチロ○かよぉぉぉぉっ!?」

 

 こなちゃんから貰ったのはチロ○チョコだった。

 って、ええええっ!?

 おかしいなぁ、こなちゃんもあき君へのチョコを作ってたはずなのに。後で渡すのかな?

 

「貰えるだけマシだろ」

 

 チロ○チョコにショックを受けるあき君に、はやと君が悪態を吐いた。

 ど、どうしよう。教室で貰えなかったから、すっかり落ち込んじゃってる……。

 早く誤解を解かなきゃ。

 

「はやと君?」

 

 暗い表情で窓を見つめるはやと君に、話しかけてくる。

 あぅ、こんなに落ち込ませるんだったら、もっと早くに説明すればよかったよ。

 

「一度帰ってから、はやと君の家に寄ってもいい? 渡したいものがあるから」

「勿論だ。長くは待たせるなよ」

 

 渡したいものがあると言った瞬間、はやと君はすぐにいつも通りの雰囲気に戻り、頷いてくれた。

 良かったー。回復が早くて。私なんか、期待されてないんじゃないかと思ったよ。

 途中まではやと君と一緒に帰ると、私は急いで家に「アレ」を取りに行った。

 お姉ちゃんの言う通り、私は凝り性なんだと思う。だって、学校に持っていけない程大きなものを作っちゃんたんだもん。

 これを見たはやと君は、どんな顔をしてくれるだろう?

 何とか転ばずに、急いではやと君が住んでいるアパートの前に着く。

 高鳴る心臓を抑え、深呼吸をしながら私は彼の部屋のチャイムを鳴らす。

 すると、はやと君はすぐに出てくれた。

 

「来たか」

「うん、お待たせ」

 

 はやと君の部屋に入ると、私はクリスマスの出来事を思い出した。

 あの時はぬいぐるみと……指輪をプレゼントして貰った。今は大事に机の引き出しに仕舞ってある、私達の婚約指輪。

 はぅぅっ、思い出すだけで顔が熱くなるよぉ……!

 

「えっと、その、これ! どうぞ!」

 

 何故かお互い正座のまま、私は持って来た紙袋をはやと君に差し出した。

 気恥ずかしさで、目を合わせられない。

 

「……なるほど。こんなデカいものを作ったから、学校じゃ渡せなかったと」

「う、うん……」

 

 はやと君は呆れた風に、私のバレンタインチョコへの感想を述べる。

 うぅ、きっと凝り性だって笑われちゃう。

 

「……サンキュ。それだけ好きでいてくれてるってことだろ」

「え、あ……」

 

 緊張で身を震わせてると、はやと君は優しく頭を撫でてくれた。

 そうだった、はやと君は私の頑張りを何時だって認めてくれてた。

 はやと君のお礼と、頭を撫でられて、私は身体が熱くなっていくのを感じた。

 

「こ、これは……」

 

 紙袋に入っていた箱を恐る恐る開けると、はやと君は驚愕した。

 今年、私が恋人に用意したバレンタインチョコ。

 それは、ハートの形をしたチョコケーキだった。スポンジ部分にもチョコ味のものを使用し、甘さは全体的に控えめに作っている。上には翼の形をした板チョコを添えて、更にチョコペンで「はやとくん大好き」という文字を書いている。

 自分の中では上手く出来たと思うけど……気に入ってくれるかな?

 

「……つかさ」

 

 ケーキを目の当りにしたはやと君は、両手を震わせながら私の肩を掴んだ。

 ど、何処か変だったかな?

 それとも、気に入らなかった?

 

「先に謝っとくぞ。これの三倍は無理だ……」

 

 え、三倍? それって、ホワイトデーのこと?

 すると、ひょっとして気に入ってくれたのかな。

 少しよく分からない反応に疑問符を浮かべてると、はやと君は思い切り私を抱き締めた。

 

「ありがとな、つかさ。愛してる」

 

 愛してる。はやと君のその言葉だけで、私の不安な心が解けて行った。

 よかった、喜んでもらえて。

 

「……つかさ、これ」

 

 暫く抱き締め合った後、はやと君はナイフを差し出した。

 そっか。ケーキが大きいから、切り分けないと食べにくいよね。

 でも、私が受け取ろうとすると、はやと君はナイフを離さなかった。

 

「はやと君?」

「違うって。ほら、こうすれば」

 

 はやと君は私の手ごとナイフを両手で持つと、そのままケーキに刃先を当てた。

 これって、ひょっとして……!

 ハッとしてはやと君を見ると、頬を染めて悪戯っぽく笑っていた。

 

「せーので行くぞ」

「もう……うん!」

「「せーの!」」

 

 声を合わせて、私達はケーキ入刀をした。

 ウェディングケーキにしては小さく、ケーキナイフも小さいけど、私達にとっては十分な幸せを与えてくれた。

 そして、切り分けたケーキを日が暮れるまで、お互いに食べさせ合った。

 甘さを控えめにしたはずのチョコケーキは、何故かすっごく甘くなっていた。




どうも、雲色の銀です。

第38話、ご覧頂きありがとうございました。

今回はバレンタインのはやつかでした。

他にカップルがいたはずなのに、はやととつかさがぶっちぎりで甘くなってました。
書いた本人が胸焼けしそうになってます(笑)。

今、1st Seasonの第1話を読み直すと、どうしてこうなったとつくづく思いますね。
最終回近くがこんなんでいいんでしょうか?

次回は、いよいよ卒業式間近!最終回一歩手前です!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話「離れ行く道々」

 窓から射す日の光が、やけに鬱陶しく感じる。

 席について昼飯の菓子パンを貪る俺は、始まったばかりの高校生活に気怠さを覚えていた。

 母さんを亡くし、家を出て海崎さんの世話になりながら、俺はこの陵桜学園に通っている。これが母さんとの、最期の約束だったからだ。

 けど、学校生活の内容については約束をしていない。勉強なんか身に入らず、今は授業をサボって、ベストプレイスの屋上で空を見上げるばかりになってしまった。

 

「もし、翼があったら……」

 

 あの空に、母さんのいる空に昇れるんだろうか。

 叶わない幻想と、後悔だけを胸に、俺は独り虚しく日常を送っていた。

 

「あのー」

 

 そんな時、ふと横から声を掛けられた気がした。

 何となく視線を向けると、クリーム色の短髪に藍色のタレ目、整った顔立ちの男子が俺の方を見ていた。

 コイツは、えーと……あぁ、思い出した。同じクラスの、檜山みちるだ。

 学年一のイケメンで金持ちのお坊ちゃん。加えて、文武両道の優等生。コイツが有名になるのも無理はない。

 が、その有名人が俺なんかに話し掛ける道理が分からない。

 

「何」

 

 気怠く、俺は返事をする。

 別に俺は有名人に興味はない。俺みたいにつまらない人間とは天と地ほどの差があるからな。

 

「うん、さっき授業中に出てたよね? 何処行ってたのかなって」

 

 みちるは俺の返事に大きく頷くと、たどたどしく尋ねて来た。

 あぁ、つまりは授業をサボった俺を叱りたいのか。優等生がご苦労様なことで。

 

「屋上で寝てた。それが?」

 

 俺は悪びれることもなく、教えてやった。

 俺が屋上で寝てても、みちるに損がある訳でもない。コイツが何度注意したところで、俺もそれを正すつもりもない。

 つまりは何も変わらない。それだけだ。

 

「屋上で……それって、楽しいの?」

 

 しかし、みちるは俺を叱るどころか、興味津々といった風に俺に再度訪ねてきた。

 何がしたいんだ、このお坊ちゃんは。

 

「まぁ、楽しいな。授業なんか退屈だし」

 

 変わった反応に拍子抜けした俺は、思わず普通に答えてしまった。

 すると、みちるは感嘆の溜息を吐いた。

 こんな不真面目なことに興味があるなんて、最近の優等生は変わってんのな。

 けど、これ以上は俺の方から話すこともない。

 俺は菓子パンを食い終わると、ゴミを持って教室から出ようとした。

 

「また屋上に行くの?」

 

 だが、みちるは何故か付きまとってきた。

 俺を小馬鹿にしてる……風には見えない。やはり、単に興味なんだろうか。

 

「あ、ゴメンね」

 

 いい加減煩いので、ムッとなって睨みつけると、みちるは干渉し過ぎた自分を謝った。

 

「白風君みたいな人、初めて見たからちょっと気になって……」

「……俺みたいな奴、気にしても仕方ねぇよ」

 

 何の変哲もない、ただの高校生。お坊ちゃんとは土台が違う。

 これ以上は関わり合いにならないだろうと思いながら、俺は屋上へ向かった。

 

 

 

 それから一ヶ月。

 檜山みちるは何故か俺と積極的に話すようになっていた。

 単なる興味にしても、長く持つモンだな。そんなにお坊ちゃんは暇なのか?

 

「白風君は、学食嫌い?」

「……はやとでいい」

 

 白風、と呼ばれると否応なしにアイツを思い出す。

 だから、呼び捨てでもいいから名前で呼ぶよう告げた。

 すると、みちるは嬉しそうな表情を浮かべた。

 

「はやと……えへへ、何だか友達みたいだね」

「友達……」

 

 俺と、みちるが友達。そんなこと、出会った時は全く思い付きもしなかった。

 サボり魔とお坊ちゃんが友好関係。普通はありえないだろう。

 けど、みちるは俺と友達になれたと、喜んでいる。つくづく変わった奴だ。

 

「お前、何で俺に付きまとうんだ?」

 

 友達ついでに、俺は前々から持っていた疑問を聞いてみた。

 俺みたいにつまらない人間に、何故そこまでの興味を持つ?

 すると、みちるは申し訳なさそうに答えた。

 

「僕と、違う価値観を持ってるから、かな? あと、自由に生きているのに憧れたから……かも」

「何だよ、かもって」

「あぅ、ゴメン……」

 

 何だか弱い根拠だが、納得は出来た。

 確かに、俺とみちるは様々な点が違う。けど、違うからこそ、そこに憧れる部分があってもおかしくない。

 例え、自分がいくら劣ってるとしても、だ。

 そして、何時からか、俺とみちるの傍にはもう2人、増えていた。

 クラスのムードメーカーにして体育のエースである、天城あき。

 学年トップの成績を叩き出した秀才、冬神やなぎ。

 何故か、同じクラスの有名人ばかりが俺の周りに集まっていた。

 

「お前、さっき何時教室を抜けたんだ?」

「はやとのサボりスキルも、向上してんだなー」

 

 物音ひとつ立てずに教室を出て行ったことにやなぎが呆れ、あきが感心する。

 ま、小言の煩いやなぎに見つかれば、教師に見つかった時同様にアウトだから、最善の注意は払うさ。

 

「んで、お前等は何で俺に話し掛ける気になったんだ?」

 

 俺はみちるにしたのと同じような質問を投げかける。

 すると、2人は顔を見合わせ、同時に答えて来た。

 

「「面白い奴だと思ったから」」

 

 あきもやなぎもタイプは違う。体育会系バカと、秀才もやしだ。

 が、全く同じ答えを出してきたので、俺は思わず吹き出してしまった。

 みちるを含め、お前等も十分面白いと思うけどな。

 俺達は、4人共何もかもが違った。

 得意なことも、苦手なことも、考え方も。

 そして、歩んできた道も。

 それでも、今は重なった道を一緒に歩いて来た。

 

 

 

 3月を迎え、外の気温も少しは温かくなってきた。

 それは、高校生活の終わりも示していた。

 

「いよっしゃぁぁぁぁっ!」

 

 教室内を、あきの絶叫が響き渡る。

 喜び浮かれるバカの手には、志望校の合格通知。

 信じがたいけど、天城あきは無事に大学生になることが出来たようだ。

 いや、陵桜に入学してんだから不可能って程じゃなかったんだろうけど。

 

「おめー」

 

 パチパチと適当に拍手をするこなたも、あきと同じ大学の合格通知を持っている。

 ついでに、C組の日下部と峰岸も同じ大学だ。

 この面子を見ると、明らかに峰岸が志望校レベルを下げているのが容易に分かる。

 バカ3人を相手に、大変だろうな。

 

「よかったね、あき!」

 

 本人の彼女以上に喜ぶのは、1年からの付き合いであるみちるだ。

 みちるもやはりというか、センターで余裕の合格点を叩き出していた。

 元々は推薦で入る予定だったのが大きくズレたとはいえ、流石は優等生といったところだ。

 

「と、いうことは……全員合格か」

 

 やなぎの言う通り、これで全員が志望校への進学が無事に決まったということになる。

 そう、俺とつかさも、しっかりと合格していたのだ。

 

「よし! ここはパーッと祝いますか!」

「賛成!」

 

 調子に乗ったあきの提案に、こなたが賛成する。

 お堅いやなぎとかがみも、受かったとあらば却下する訳にもいかない。

 今までの受験の苦労を吹き飛ばす為、俺達は久々に全員で街に繰り出すことになった。

 

「パーッとやる、といえば! はい、みゆきさん!」

「は、はい! カラオケ、ですか?」

「正解!」

 

 謎のフリをみゆきに押し付ける程、あきはテンションが高くなっていた。

 いやいや、カラオケ店の前でそんなことを聞くなよ。

 けど、全員があきに何も言わない辺り、受験を乗り切った喜びを噛み締めているんだろう。

 そんな中、みちるだけが若干浮かない顔をしていた。

 

「どうした?」

「あ、いや……こうやって、皆で放課後に出掛けるのも、もうないんだなぁって」

 

 あき達が受付をしている間、こっそり尋ねてみると、そんな答えが返ってきた。

 全員の進路が決まった。それは同時に、殆どが離れ離れになることも意味していた。

 あきやこなたのバカを見るのも、かがみとやなぎが突っ込むのも、みゆきがやり取りをおっとりと眺めているのも、もう見られない。

 別れに寂しさを感じる辺り、みちるは純粋なお坊ちゃんだ。

 

「まぁな。俺達の重なってた道が、離れるだけだ」

 

 何時までもずっと一緒なんて、ありえない。

 俺はあきのようにお気楽に生きることは出来ないし、やなぎのように頭もよくない。

 みちるの歩む御曹司の道なんて、以ての外だ。

 

「俺達は全員が違う。だから、一緒に道を歩んで行けた、だろ?」

 

 みちるもあきもやなぎも、自分とは全然違う存在だから、俺に話し掛けて来た。

 仲良くなるきっかけなんて、大体そんなもんだ。

 

「僕は……それでも、はやとに憧れてよかった。今まで、楽しかった!」

 

 みちるは寂しげな表情のまま、俺にそう言ってきた。

 周囲はずっと不思議に思ってただろう。優等生のお坊ちゃん、スポーツ万能のムードメーカー、学年トップの秀才の集まりの中に何で普通の男子が紛れてるんだって。

 けど、俺達の繋がりにそんなものは関係なかった。お互いを面白く思い、共に楽しい日々を過ごせた。

 星座のような繋がりに、肩書なんて不要だ。だからこそ、みちるはうつろに勝てたんだしな。

 

「お前は本当、こういう時だけバカだな」

 

 俺はしんみりとした空気をぶち壊すように言葉を投げかける。

 

「卒業しても、また集まればいいだろ」

「あ……うん、そうだね!」

 

 俺達の繋がりは、この先も切れない。

 分かり切ったことを言わせるくらいには、みちるはやっぱりバカだった。

 

 

 

 カラオケで歌っていると、自然と喉が渇く。

 なので、普通は飲み放題のソフトドリンクを頼む。

 すると、トイレが近くなるのは必然な訳で。

 

「ふぅ……」

 

 手を洗いながら、俺はみちるの言葉を思い返し、学校生活の終わりを改めて感じていた。

 終わりは来る、とは言ったが、そこに寂しさは少しくらいある。

 

「お、はやとも飲み過ぎか」

 

 ボーっと考えていると、トイレにあきが入って来た。

 そういや、あきとこなたはアニソン歌いまくってたから、ドリンクも多く飲んでたな。

 

「お前も早く戻って歌わないと、損だぞ」

「俺はそんなに知らないしな」

 

 テレビもラジオもない生活だったからな。歌なんて、昔の流行りでストップしてるくらいだ。

 そこへ、ふと俺は聞いてみることにした。

 

「こうやってバカやるのも、もう終わりなんだな」

「ん? あぁ、そうだな」

「お前は寂しくないのか?」

 

 割と素っ気ない反応が、俺は意外に感じた。

 無駄に騒がしい性格のあきだ。こういう時、泣き出すんじゃないかと思ってた。

 

「まぁ、名残惜しくはあるよな。こなたがいて、やなぎがいて、はやと達がいる。いつも皆で騒げて、滅茶苦茶楽しかったし」

 

 騒いでたのは主にお前だけだ、とツッコみかけた。

 が、やはり名残惜しいようだ。

 

「けど、俺は今を全力で生きてるからな。この先いつか、また俺達はこんな風にバカ出来るって思えば、そんなに寂しくはないな」

 

 実にあきらしい答えだ。

 俺もみちるも過去を振り返ってきたけど、あきは常に先を見て走ってたからな。

 だから自分に気持ちに正直に気付けなかったこともあったが。

 

「おし! じゃ、お先!」

「まだ歌う気か」

 

 何時の間にか手を洗い終えてたあきは、さっさと戻って行ってしまった。

 こなたと歌うつもりなら、俺もつかさとのデュエットを考えないとな。

 

 

 

「あー、歌った歌った!」

 

 カラオケから出て、満足気に腕を伸ばすこなた。

 結局、半分以上はこなたとあきの独壇場でおわった気がした。しかもアニソンばっかり。全然分かんねぇっての。

 ただ、どんなに歌っても、みゆきの点数を越えなかったのは驚いた。あのお嬢様、あんなに低い歌声出せたんだな。

 

「やなぎ」

「ん、どうした」

 

 キャイキャイと談笑する一同の後ろで、俺はやなぎに話し掛けた。

 勿論、話題は別れに関してだ。

 

「みちるやあきと話したんだが、お前はどう思う? 今の日常が終わることに」

「日常、か……」

 

 やなぎは皆の姿を見て、悩む。

 特に、やなぎはあきとずっと腐れ縁だったしな。離れるなんて、あまり実感がないんじゃないだろうか。

 

「特には思わないな」

 

 だが、やなぎの答えはあき以上に素っ気なかった。

 皆と騒ぐ日々の終わりに何も思わない、か。まぁ、やなぎは突っ込みで苦労してたし。

 

「そうか」

「いや、別に今の関係が嫌だって訳じゃないんだ。ただ、お互い変わっていくものが必ずある。その結果が別れなら、気にしても仕方ないんじゃないか」

 

 頷く俺に、やなぎは説明を付け足した。あの答えのままだと、まるで冷たい奴だし。

 けど、やなぎの言い分も確かだった。この3年間で、俺達は色々と変わったと思う。

 やなぎは、今までコンプレックスだった体力勝負で一度あきに勝ったことがあったしな。

 

「……流石、2年間別のクラスだっただけのことは」

 

 感心してると、頭を扇子で殴られた。

 一時の別れを寂しがる奴。

 未来でまた会うことを信じて走り続ける奴。

 別れを変化の結果と受け入れる奴。

 やっぱり、俺達は全然違う。

 

 

 

「ってことを、みちる達と話してな」

 

 自宅に帰り、俺はキッチンで夕飯を作ってくれるつかさに話した。

 最近はごく普通に夕飯を作りに来てくれるので、俺としては大助かりだ。

 こういうのをなんつったっけ……通い妻、だっけか?

 

「私は、みちる君みたいに寂しいなぁ」

 

 肉と野菜を炒めながら、つかさは悲しそうに呟く。

 つかさのことだ、きっと卒業式で泣くだろうに。

 

「そっか……もう卒業だね」

「つかさも制服姿も見納めか」

「ふぇっ!?」

 

 しんみりとした空気を、あきみたいな冗談でぶち壊す。

 ……少し本心だけど。卒業後も何回か着せてみるのも良いな。

 

「はやと君はどうなの? 寂しい?」

 

 出来上がった夕食を運び、つかさは慌てて聞いてきた。

 変な冗談で恥ずかしがるつかさも、また可愛い。

 ……大分救いようがなくなったって、自分で思えてきた。

 

「俺、か……」

 

 改めて、自分がどう思っていたのか。

 最初は、母さんの約束を果たす為に通っていた。だけど、悲しみを埋めることが出来ず、ずっと一人でいるつもりだった。

 それが、みちる達とつるむようになり、こなた達と騒ぐようになり、つばめ達みたいな愉快な後輩が出来て、つかさという大事な恋人と結ばれた。

 虚無感に溢れて空を見上げてばかりだった日常が、何時の間にか充実していた。

 

「そうだな。名残惜しいかも」

 

 思い返せば、掛け替えのない何かがそこにあった。

 けど、過ぎた時間は戻らない。

 振り返り続けるのにも疲れたし、今はつかさだけを見ていたい。

 

「けど、俺は天然の彼女を愛するのに忙しいんでな。惜しんでる暇はない」

「はぅ、また変なことを……」

 

 恥ずかしい言葉を連発され、つかさは顔を真っ赤にして膨れてしまった。

 こんなに可愛いから、からかいたくなる。

 

 

 

 俺達は、3年から仲良くなったしわす達も含めて、全く違う。得意なことも、苦手なことも。そして、歩んでいく道も。

 今はただ重なっていた道の中で偶然出会い、共に歩いて来ただけ。

 別れは、必ずやってくる。

 




どうも、雲色の銀です。

第39話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は最終回手前、別れに対するそれぞれの考え方でした。

最初にはやと達の出会いを書きました。
サボってばかりのはやとに興味が湧き、話していく内に仲良くなったという感じです。
あっさりとしてますが、男同士の友情はこんな感じだと思います。

そして、ここから道が分かれていきます。
長いようで短くもあった、すた☆だすという物語にも、ピリオドが打たれます。

次回は、遂に最終回。ご期待下さい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話「白紙」

 朝、俺はいつも通りに目を覚ます。

 天気は快晴。日の光がよく射すので、絶好の洗濯日和だ。

 布団を干してから朝食を食べ、身支度を整える。

 しかし、制服に着替えるところで、俺の手は止まった。

 何の変哲のない、黒の学ランとYシャツ。3年間変わらずに着続けた為、よく見れば裾がボロボロでボタンも外れそうだ。

 この部屋で初めて制服を着た時、俺の心は全く浮いていなかった。

 母さんを亡くしたばかりだというのに、入学を喜ぶことなんて出来やしなかったからだ。

 入学式に親の姿なんてなく、浮かれ合う家族の横を何も言わずに帰った。

 

「今日で、最後か」

 

 俺は制服に腕を通す。

 同じようにすっかりボロボロになった通学鞄には、教科書は入っていない。

 そういえば、この部屋から出ていくことも考えなきゃいけないのかもな。

 最初は住まわせてくれって、必死に海崎さんに頼んだっけ。

 あの人には、この先も感謝し続けるんだろうな。

 

「そろそろ行くか」

 

 携帯で時間を確認し、俺は家を出た。

 今日は卒業式だ。

 

 

☆★☆

 

 

 今日は確か、はやと先輩達の卒業式だ。

 なので、下級生は休日扱いになっている。

 学期末試験も終えて、後は通知表を貰って終業式を迎えるのみ。今日は早めの春休みってところか。

 なのに、何故かいつものように早く起きてしまった。

 

「さて、どうするか……」

 

 二度寝をするほど眠くはない。

 特にすることもなかったので、普通に朝食を済ませた。

 すると、先輩の部屋のドアが開く音が聞こえた。ああ、これから卒業式に行くんだろうな。

 

「はやと先輩」

 

 ふと思い立ち、俺は外に出た。

 目の前には、戸締りをしたばかりのはやと先輩がいた。

 こうして見ると、初めて先輩に会った時みたいに感じた。ただ、あの時は話しかけられる側だったけど。

 この先輩には色んな意味で世話になった。マイペースに人を掻き乱すかと思いきや、フラッと突き放す。その癖、鋭いヒントだけ与えてくる。

 

「卒業、おめでとうございます」

 

 感謝しているのか、憎んでいるのか。複雑な想いを言葉にすることが出来ず、俺はただ頭を下げていた。

 後輩として、門出を祝って送り出す。俺にはそれしか出来ない。

 

「ああ。またな、つばめ」

 

 顔を上げると、満面の笑みで先輩は手を振った。

 またな、か。俺はもう二度と会わないつもりだったが、先輩は会う気満々らしい。

 

「お前が空を飛べるようになるのを、楽しみにしてるよ」

 

 先輩は階段を降り、去り際にそんな言葉を残してい言った。

 それがどんな意味を持っているのか、今の俺なら何となく分かる。

 以前、先輩が得たと言っていた「自分を許せる強さ」と「誰かを愛する勇気」。

 それを、何時か俺も持つことが出来ると言いたいのだろう。

 全く、最後まで掴みどころのない人だった。

 

 

 

 先輩を送り出してから暫くすると、かえでからメールが入ってきた。

 内容は、いつもの面子で遊びに行くぞとのこと。

 以前ならさっさと断るんだろうけど、今は不思議と悪い気がしない。やることがないからかもしれないけど。

 さっさと外着に着替え、駅まで向かう。今頃、先輩達は卒業式で歌でも歌ってるかな。

 

「つばめくーん!」

 

 適当なイメージを巡らせていると、後ろから聞き覚えのある女子の声を掛けられた。

 まさか、同じ目的地まで行く途中でばったり出会うなんてな。

 

「よっ、ゆたか」

 

 その女子、小早川ゆたかは小柄な体を走らせて俺の隣までやってきた。

 病弱だった体は、今では発作も起きなくなってきたという。まぁ、油断はできないけど。

 どうせ目的地も同じだし、俺達は一緒に向かうことになった。こうして、2人で道を歩くことも珍しいな。

 

「今日、卒業式だな」

 

 折角なので、思い浮かべていたことをそのまま話題として出した。

 俺達が実際に関係してくるのは、あと2年後なんだけど。

 

「うん。お姉ちゃん、今頃卒業の歌でも歌ってるのかな?」

 

 お姉ちゃん、と言われて、俺は青い長髪の小さな先輩を思い出した。

 卒業生に並ぶ、小学生並の体型の女子か。それはかなりシュールだな。

 

「卒業、か」

 

 俺はまだ1年しか通っていないが、今年1年は色んなことがあったと思う。

 今、隣を歩いている小柄な女子には、特に迷惑をかけたんじゃないか。

 元々は授業のノートを取ってやるだけの関係だった。それが勉強を一緒にやり、街を案内してもらい、名前で呼び合い、告白されるところまで行った。

 結局、保留状態にしてもらってるが、悪い気はしていない。

 俺がはるかへの思いにけじめをつけたら、改めて返事をするつもりだ。

 

「今年1年、色々あったよね」

 

 自分で振り返っていると、ゆたかが今まさに考えていることを話してきた。

 何だ、同じことを考えていたのか。

 

「結構恥をかいたような気がする」

「そ、そんなことないよ!」

 

 素っ気ない返答で返すと、ゆたかは慌てて否定してきた。

 いやまぁ、冗談ではあるけど、半分は本当かも。主にかえでの所為で。

 

「つばめ君には勉強で助けてもらったし、桜藤祭では歌上手だったし、持久走では心配かけちゃって……」

 

 俺との思い出を語っていき、最後には小さな声でモジモジと何かを喋っていた。

 ……ひょっとして、告白のこと恥ずかしがっているのか。

 

「と、とにかく! つばめ君には迷惑かけてばっかりだったから……ごめ」

「それ以上は黙れ」

 

 顔を赤く染めたまま謝ろうとするゆたかを、人差し指を立てて黙らせる。

 そんなことで謝られたら、俺は一体どう謝罪すればいいんだよ。

 あと、かえではその3倍は俺に謝罪しなきゃいけないことにもなる。……させた方がいいかもしれないが。

 

「俺だってゆたかには迷惑をかけた。だからイーブンだ。だから謝るな」

「つばめ君……うん、ありがとう!」

 

 謝るなと言うと、ゆたかは笑顔で礼を言ってきた。

 だから、その程度でそんな礼を言われると、俺はどうすれば……もう疲れた。何も考えないことにしよう。

 

「おーい! お二人さん、遅ぇぞー!」

 

 何時の間にか駅前に着き、かえでが大声でこちらを呼ぶ。

 みなみやさとる、ひよりはもう来ており、俺達が最後のようだ。

 だからって、人が集まる場所で叫ぶな。迷惑だ。

 

「つばめ君!」

 

 かえでを黙らせる為に向かおうとすると、今度はゆたかが俺の名を呼ぶ。

 

「これからも、よろしくね!」

 

 そう言って笑顔を向けるゆたかに、俺は目を見開く。

 彼女の姿は、まるで俺の初恋の少女と被るようで。

 俺には眩しすぎるほど明るくて、小さい体なのにしっかりと生きようとして、病弱なのに他人のことばかりを気にしている。

 ああ、だからか。何度か、ゆたかとはるかが被るように思えたのは。

 

「つばめ君、早くー!」

 

 気付けば、ゆたかは先に皆の元に言って俺をまた呼んでいた。

 孤独を望んでいた俺に、集まってきた仲間達。その存在を、今は安心出来るようになった。

 何時か俺が不幸を呼んでも、彼等なら大丈夫だろう。そう思えるくらいには。

 

 

 

 世の中は騒音に溢れている。

 道路を行き交う車、人の話し声や足音。

 雑音だらけだ。

 けど、たまに雑音の組み合わせが心地いいハーモニーを生み出すこともある。

 コイツ等との旋律を、もう少しだけ聞いていたくなった。

 

 

☆★☆

 

 

 今日が最後の登校日なので、どうにも落ち着かない。何故か普段より早く来てしまった。

 そんなことが色んな奴にあり得るんだろう。

 

「おはよう」

 

 バス停前には、珍しくこなたが待っていたからだ。

 今日はラストなので同じ方面から行くメンバー、つまりは俺とこなた、柊姉妹で一緒に登校することになっていた。

 

「お前は遅れて来るモンだと思ってた」

「いやー、昨日はネトゲで徹夜しちゃって、寝る時間がなくなってたから」

 

 普段と違う、とか思ってた自分がバカだった。

 やっぱりこなたは何処まで行ってもこなただ。

 

「お前もブレないな」

「お互いに、ね」

 

 それは違いないな。

 今日が最後だからって、俺は特別なことを何一つしていない。欠伸を掻きながら、気怠そうにつかさ達を待つ。

 

「んで、第二ボタンは取れやすくした?」

「何で」

「えー、高校の卒業式と言えば、第二ボタンでしょ。折角学ランなんだし」

 

 待ってる間も、こなたはサブカルチックな話をしてきた。

 第二ボタンって、そんなことしてる奴が実際にいるのか?

 もう着ないとは言え、勿体ないだろ。

 

「考えてすらいなかった。第一、ボタンなんぞよりいいモンを贈ってるし」

 

 将来の約束なら、制服のボタンよりも指輪の方がしっくりくる。

 そこまで言うと、こなたはニマニマと俺を見ていた。

 

「へぇ~、そこまで進んでたんだ」

「んで、お前はあきから貰うのか?」

 

 否定する気もなかったので、俺は逆にこなたに聞き返した。

 すると、こなたはキョトンとした表情を浮かべ、首を横に振った。

 

「え? ううん、だって汗臭そうだからいらない」

 

 俺は偶に、本当にお前等が好き合っているのか疑問に思うぞ。

 ま、シビアな対応の裏では、本当は欲しいとか思ってるんだろうけどな。

 普段通りの時間に来たつかさ達と合流し、陵桜学園に着けば、校門には卒業式の立札が。

 その前では写真を撮る卒業生達が群がっていた。

 これで漸く、卒業式っぽい空気になった。

 

「んじゃ、後でな」

「うん」

 

 かがみと別れて教室に入れば、普段より早く来たクラスメート達が、最後の談笑をしていた。

 別れを惜しんで涙を流す奴から、変わらずに近況を話す奴と、色々だ。

 

「来たな!」

「おはよう」

 

 俺達の元に、先に来ていたあきとみちるが合流する。

 あきは相変わらずのテンションだが、目の下に隈を作っている。お前も徹夜かよ。

 一方、みちるは最後だからと貰った手紙を大量に抱えていた。みゆきと結ばれたんだから、いい加減諦めろよ。

 

「そうだ、こなた。コレ」

 

 ふと、あきはこなたに何かを差し出してきた。

 受け取ったこなたの手にあったのは、学ランのボタン。

 

「第二ボタンは基本ってな!」

 

 ここにいたよ、ベタなことする奴。

 念願のボタンを貰ったこなたは、ポケットに仕舞うと……。

 

「ていっ!」

「うごふっ!?」

「お前はもう死んでいる」

 

 第二ボタンがあった胸の部分をブン殴り、漫画のセリフを口走った。

 いや、コツン程度だってのは分かるけど、第二ボタン貰った後にする行動じゃねぇな。

 

「ふっ、俺の心臓はお前にくれてやった。だから死なん!」

「これ、捨てていい?」

「ちょっ!?」

 

 結局、いつも通りのバカカップルのやり取りに戻ったのだった。

 こなたが頬を赤く染めて、ニヤけが止まっていないのは突っ込まないでおいてやろう。

 

 

 

 んで、俺が式本番までやることは1つ。

 

「ここも見納めだな」

 

 屋上で寝ること。やっぱ、これに限る。

 物音1つ立てずに教室を抜け出した俺は、式の時間を確認しながら屋上のドアを開けた。

 日の光がやたらと眩しく、まだ少し寒い風が身体を抜ける。

 しかし、久しぶりの感覚の中で1つだけ普段と違うものがあった。

 

「あ、白風さん」

 

 ウチの学級委員、高良みゆきがいたのだ。

 そういえば、教室の中にはいなかったっけ。

 俺とみゆき、この組み合わせはかなり珍しいと思う。

 

「珍しい客がいるもんだ」

「ええ。最後に、この風景を目に焼き付けておきたかったので」

 

 みゆきが見ていたのは、屋上から見渡せる校舎全体だった。

 これで桜が満開だったら綺麗なのだが、生憎今日は卒業式。木々に花は咲いていない。

 

「白風さんは、どんな御用でしたか?」

「シエスタ」

 

 俺が即答すると、みゆきはやっぱりという風に笑った。

 ここは俺のテリトリーだからな。一番落ち着ける。

 

「ふふっ、でもいいですね。こんな風景に囲まれながらお昼寝をするのも」

「だろ?」

「けど、授業をサボるのはダメですよ」

 

 同感はしてくれたが、そこは委員長らしく叱って来た。オイオイ、卒業式に説教は聞きたくないんだが。

 

「……そういえば、ずっと気になってたんだが、その「白風さん」だとか、敬語はやめにしないか? ムズ痒いんだが」

 

 俺が何処かみゆきに苦手意識を持っていた理由がそこにあった。

 敬語を使われる程大した人間でもないし、名字で呼ばれるより名前で呼ばれた方がしっくりくる。

 

「すみません。けど、生まれ付きこうなので、直すのは難しいです……」

 

 しかし、みゆきは親に対してすら敬語を使う。もうこの話し方が定着して離れないのだろう。

 ま、仕方ないか。それがみゆきの生真面目さを表してる訳だし。

 

「はぁ、お前はすごいよ。堅苦しい生き方を続けられて。みちるのことも、一途に思い続けてさ」

 

 俺は本心からみゆきを称賛した。見習うつもりはないが。

 だが、みゆきは表情を暗くして首を横に振った。

 

「いいえ。私は、みちるさんのことを分かっていませんでした。私が寄せていたのは、幼い子供のような思いです。どんな辛い目にあっているかも知らず、独りよがりな心を抱いていました」

 

 それは、うつろのことを言っているんだろうか。

 みちるは辛い経験を受け、負の感情からもう一つの人格を作り出してしまった。

 けど、うつろが出来たのはみゆきと離れ離れになった後で、みゆきに落ち度はない。

 

「今までの私では、彼の心を支え切ることが出来ませんでした。だから、すごくなんてないんです」

 

 自分はすごくない。そういうみゆきの表情は、言葉と裏腹に何処か明るい。

 

「すごくないから、これから上に進めます。みちるさんを、今までの分まで支えることが出来るんです」

 

 無力さを知ったから、更に上を見ることが出来る、か。

 お堅いみゆきにしては、珍しく柔軟な発想だな。

 

「やっぱ、お前すごいわ」

「お恥ずかしい限りです」

 

 堅い生き方の癖に、柔軟な発想も出来るみゆきを、俺は改めて賛辞した。

 コイツと一緒なら、みちるはもううつろを生み出さなくて良さそうだ。

 

 

 

 結局、みゆきに連れられて教室に戻ると、C組の連中も来ていた。

 まぁ最後だし、話さない訳にも行くまい。

 

「卒業……グスッ」

 

 何故だか、しわすが号泣してたけど。

 折角で来た友達と1年で離れるのは、しわすにとって寂しいことなのかもな。

 

「中学高校と同じクラスで卒業式を迎えるのも珍しいよなー」

 

 日下部はしわすを宥めつつ、かがみに絡んでいた。

 日下部と峰岸、かがみは中学も同じクラスだったらしく、高校3年間も一緒だった。へぇ、それは珍しいな。

 

「え……あ、そうだっけ?」

「はいはい、柊はそういう奴だよな」

 

 しかし、かがみは覚えていないようだった。これは薄情だと言われても仕方ない。

 

「まぁ、大学ではよろしくねー」

「おぅ! こちらこそ!」

 

 そして、今度はこなたやあきと同じ大学だそうだ。

 この組み合わせ……峰岸の胃に穴が開かないか心配だ。

 

「気をしっかり持て、峰岸」

 

 散々突っ込み役をしてきたやなぎも不安なのか、峰岸に激励を贈る。

 いくら聖人君子でも、バカトリオ相手はキツイだろうに。

 

「ううん。だって私、みさちゃんも泉ちゃんも好きだから」

 

 超聖人君子がここにいた。

 俺の心が汚れている所為か、峰岸の姿がかなり眩しく見えた。

 

 

 

 卒業式は恙なく終わった。

 卒業生やその父兄、教師一同が見ている中で壇上に上がるのは、少し恥ずかしく感じたけど。

 体育館から出ると、俺は意外な人物を見つけ、慌てて教室に帰る集団から離れた。

 

「来てたのか」

 

 俺は帰ろうとしていた、空色の髪の男に声を掛ける。

 振り返った姿は、金色の瞳以外は何処か俺と似ている。

 

「あぁ、卒業おめでとう」

 

 俺の親父、白風やすふみだ。

 一応、卒業式の日取りは知らせてあったが、何も言わなかったので来ないと思っていた。

 あの日、和解した俺達だが、話した時間が少ないだけにやっぱり対応がぎこちなくなってしまう。

 この溝は、きっと長いこと埋まらないんだろう。

 

「晴れ姿、写真に収めたから。母さんに見せておくよ」

「うん」

 

 父さんは俺が壇上に上がった瞬間をデジカメで撮っていた。

 仏壇にいる母さんに見せる為に。

 そういえば、そろそろ命日か……線香を上げに行かなきゃな。

 

「じゃ、そろそろ」

「父さん」

 

 忙しいのか、帰ろうとする父さんを俺は呼び止める。

 そして、俺は思い切り頭を下げた。

 

「学費、出してくれてありがとう。これからまた、迷惑掛ける」

 

 俺が通うことになった、神道学科の大学。その学費を、父さんが出してくれることになった。

 俺は奨学金を借りて行くつもり満々だったのだが、父さんが自ら進言してきたのだ。

 何でも、今まで仕送り用に貯めていた金があるので、使って欲しいと。

 

「俺はお前の親だからな。これぐらい、当り前さ」

 

 そう言い残して、父さんは帰って行った。

 親だから、と言うのなら、俺はこの先親孝行をしなければいけない。感謝と謝罪を胸に、俺はまた頭を下げるのだった。

 

 

 

 式からの帰り道。

 卒業祝いだと、俺はこのまま柊家に昼を御馳走になる予定になっていた。

 

「すっかりウチに馴染んだわね」

「おかげさまで」

 

 呆れる姉に対し、俺は皮肉交じりに返す。

 半ば柊家公認の婿状態なのだが、かがみだけは俺を認めてないようで。

 付き合いが長い分、俺のだらしない面をよく知ってるしな。

 

「じゃあ、やなぎの婿入りは予定してるのか?」

「そ、そんな訳ないでしょ!」

「え? お姉ちゃん、やなぎ君と結婚する気ないの?」

「そ、それは……」

 

 俺とつかさの質問に、かがみは顔色をころころと替える。ただ、顔を真っ赤にしているのは一緒だ。

 きっと、かがみは嫁に行く方なんだろうな。やなぎなら将来安定だし、特に心配もないだろう。

 

「正直に言っちまえよ」

「アンタ達と一緒にしないで! そりゃ、少しは考えてるけど、年がら年中イチャイチャしていないし!」

 

 攻め続けられたかがみは、とうとう自爆してしまった。

 やっぱかがみはからかい甲斐があるな。

 

「はーやーとぉー?」

 

 自爆に気付いた瞬間、般若のオーラを纏ったけど。

 この玩具は遊ぶのに命がけだな。

 

「アンタ等バカップルより、私達ぐらい落ち着いている方が丁度いいのよ!」

「そーですか。いてて……」

 

 結局、拳骨を一発食らって叱られてしまった。

 まぁ、かがみ達は自分等の納得するペースで行けばいいさ。

 

 

 

 昼食後は、つかさといつも通りのデートに出掛けていた。

 一応、打ち上げの予定も入っているが、それまでは2人でゆったりと過ごすのだ。

 

「終わっちゃったね」

「終わっちまったな」

 

 私服に着替えた後なのに、俺達はまた校門前に来てしまう。

 どちらも何も言わず、ここに来てしまったのだから、きっと両方名残惜しい気持ちがあったのだろう。

 

「2年前、か。俺達がここで会ったのも」

「そうだね」

 

 屋上の場所を見上げながら、俺達は思い返した。

 俺達の始まりの日。あの時は、まさか2年後に手を繋いで校門前に立ってるなんて予想だにしなかっただろう。

 

「これからも、一緒だよね?」

 

 つかさが手を強く握る。

 懐いた子犬のような仕草は、無性に頭を撫でたくなる。

 こんな可愛い彼女の手を離すなんて、俺には出来ない。

 

「2年後も、20年後も、死ぬまで一緒だ」

 

 俺は笑顔で答え、彼女の白い手を強く握り返した。

 これから何が起きるかなんて、誰にも分からない。

 だって、「白紙」の未来じゃなきゃ好きに描くことも出来ない。

 けど、つかさという翼を得た俺なら、想いを抱いて飛び続けることが出来る。

 

 

 

 

 

 

 どのくらい寝ていたのだろうか。

 春の風に乗って香る匂いは、俺の好きな奴の髪のものだとすぐに分かる。

 後頭部には、柔らかい感触。

 

「あ、起きた?」

 

 彼女の声が聞こえ、俺は漸く意識がハッキリしてきた。

 俺は縁側で昼寝をしていたんだった。

 余りにも心地いい陽気だったから、仕方ない。

 両目を開けば、笑顔で俺を見る妻の姿。

 

「はやと君、良く寝てたね」

「ん……まぁな」

 

 今の自分の体勢から判断すると、どうやらつかさは膝枕をしてくれていたらしい。

 通りでいつも以上に寝心地がいいと思った。

 

 高校卒業から、早10年。

 俺は予定通りに柊家に婿入りし、柊はやととなった。

 聞き慣れない名前をあき達に笑われたりもしたが、俺は結構気に入っている。

 妻との仲も良好。子供も1人生まれている。

 

「つかさ……今、幸せか?」

「勿論だよ」

 

 寝言っぽく尋ねた俺に、つかさは即答する。

 そりゃそうか。幸せじゃなきゃ、俺がかがみに殺されてる。

 俺達の心みたくぽかぽかした空気に、桜の花びらが舞い散る。

 今日の天気は快晴。空を二羽の鳥が何処までも飛んでいくのが見える。

 

 

 

 俺は奇跡なんてもの信じない。

 ドラマなんかでよくやる「奇跡」。俺はそれが嫌いだ。

 奇跡なんてあんなに頻繁にあってたまるか。

 だから奇跡なんて安っぽいものを信じるより、俺は皆と結びついた星空を飛び続けたい。

 すぐ隣にいる大切な人と、「白紙」に描いた果てしない空を。

 




どうも、銀です。

第40話、ご覧頂きありがとうございました。

すた☆だす、これにて完結です。

白紙の未来にどんな未来を描くかは、人それぞれ。
それは、すた☆だすが人物によって違う話を書いてきたのと同じです。
主人公であるはやとは、きっと白紙の未来を今後もブレることなく飛び続けるのでしょう。

エピローグは、白紙の未来を飛び続ける2人の姿を書きました。
そして、やっぱり奇跡を信じない発言で幕引きです。白風はやとと言えば、この台詞です。

作品全体のまとめとしては、「2nd Season」ははやと×つかさの決着、みちる×みゆきとうつろの真実、つばめを中心とした新キャラ達の生活が主でした。
後輩達については、今後も学園生活が続いていくので、あえて尻切れトンボのような結果で終わらせました。つばめとゆたかの恋の行方、さとるは人間の感情を理解出来るのか等も、白紙の未来にあります。
「3rd Season」があるのでしたら、ここに触れることになるでしょう。

反省点としては、やはり活躍出来なかったキャラがいることですね。
八坂こうは学年が違うのと、キャラをあまり理解出来ていなかったので、出番が極端に少なかったです。
また、ひよりも積極的に話に関わることはありませんでした。これについては猛反省してます。

さて、「すた☆だす」は作者が初めて完結させた長編二次創作でもあります。
書き始めたのが2009年6月11日ですので、約5年掛かりました。
その間に、らき☆すたの人気は随分下火になってしまいましたが、原作はまだ続いております。
この作品が、らき☆すたを広める材料になれば幸いです。

因みに作者が1番好きなエピソードは、やはり第12話~第14話です。はやとがつかさに告白するシーンは、すた☆だすを始めてからずっと書きたかった所でした。

では、今まですた☆だすを応援してくださった方々、本当にありがとうございました。
また気が向いた時にでも、最初から読み直してください。

次回作で、またお会いできれば幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2nd Seasonまでの登場人物紹介

ここでは2nd Seasonに登場したオリキャラの紹介をします。
各プロフィールは公式おきらくガイドブックを参考に作っています。


湖畔(こはん)つばめ

 

性別:男

出身地:東京都

誕生日:1月21日

星座:水瓶座

誕生石:ガーネット

誕生花:ロウバイ

血液型:A型

容姿:黒髪、黒眼。常に不機嫌そうに目を細めている。

身長:165cm

体重:53kg

利き手:右利き

趣味:読書

好き:静寂

嫌い:騒音、鬱陶しい奴

好きな色:黒

得意科目:国語

苦手科目:なし

 

1-D所属。後輩サイドの主人公。図書委員。

無口かつ無愛想な少年。他人と親しくするという気がなく、特にしつこく絡んでくるかえでに対しては容赦のない対応をする。だが、病弱なゆたかを心配したり、中々授業に出られないゆたかとみなみの為にノートを見やすく取っているなど、本当は優しい性格。

煩いものを非常に嫌い、どんなに冷たくあしらっても付き纏うかえでを苦手としている。口癖は「黙れ」。また、親やかえでの言う「つばめちゃん」という愛称も内心ではかなり嫌っている。

 

偶然にも、はやとと同じく「夢見荘(ゆめみそう)」というアパートで一人暮らしをしている。部屋ははやとの隣の隣。親からの仕送りもキチンと受けているので、家具が一切ないはやとと違い必要最低限の設備を整えている。

 

喧嘩は意外と強い。ただ、自分から殴りに行くことはない(かえで以外)。

 

 

☆★☆

 

 

霧谷(きりや)かえで

 

性別:男

出身地:埼玉県

誕生日:3月26日

星座:牡羊座

誕生石:アクアマリン

誕生花:サクラソウ

血液型:O型

容姿:茶色の短髪に碧色の瞳。着痩せするタイプで、制服の下はムキムキ。

身長:166cm

体重:53kg

利き手:右利き

趣味:お笑い番組

好き:笑顔、笑い話、ピエロ、ラーメン

嫌い:涙(笑い泣きは別)、他人の不幸

好きな色:虹色

得意科目:体育

苦手科目:数学

 

1-D所属。自称「スマイルメイカー」。

快活明朗な性格で、早くからクラスのムードメーカーを務める。自称つばめの親友で、仏頂面なつばめやみなみをからかうのが趣味。その度につばめからは殴られたりしている。

他人の笑顔が好きで、多くの人間を笑わせようとしている。また他人から笑顔を奪うことを嫌う。将来の夢はピエロで、自室の引き出しにはピエロの仮面を仕舞っている。

 

笑顔の研究をしている為か、他人の表情には敏感で鋭い指摘をすることも出来る。

性格の近いあきと意気投合しているが、オタクではないのでオタ話には付いていけてない。

 

戦闘手段は主に素手。昔は不良相手にひたすら喧嘩に明け暮れた日々を過ごしていたので、力だけは非常に強い。

現在は他人を傷付けることを嫌っているので、喧嘩の前に話し合いで解決しようとする。

 

 

☆★☆

 

 

石動(いするぎ)さとる

 

性別:男

出身地:埼玉県

誕生日:6月2日

星座:双子座

誕生石:エメラルド

誕生花:オダマキ

血液型:A型

容姿:ダークグレーの髪、群青色の眼。機械的だが表情は意外と柔らかい。

身長:160cm

体重:49kg

利き手:右利き

趣味:知識漁り

好き:新しい知識

嫌い:運動、人間の感情

好きな色:なし

得意科目:座学全て

苦手科目:体育

 

1-D所属。

つばめとかえでの友人。寡黙、無表情な少年で時々何を考えているか分からない節がある。つばめと対等に話せる数少ない1人。笑いのツボが常人と少しズレている。

優れた記憶能力を持っており、一度覚えたことは忘れない。趣味は読書やネットサーフィンで知識を得ること。日常会話の中で気になるワードが出れば即座に調べ上げて知識を吸収する。その所為で膨大な知識を持っているが、中には無駄な知識も多い。オタク知識も多く知りたがり、その縁でよくひよりに物事を尋ねたりしている。

また、人の動作や発言などで考えを見抜く特技を持つ。

 

知識を得る為には感情が不要だと斬り捨てた為に、人の感情を理解出来ない欠点を持ち、度々人のプライベートに土足で踏み入るような発言をしたりする。

最近では人の感情も学び思い出すようにしており、そこでもひよりをよく頼っている。

 

 

☆★☆

 

 

月岡(つきおか)しわす

 

性別:男

出身地:埼玉県

誕生日:12月7日

星座:射手座

誕生石:ターコイズ

誕生花:ウメモドキ

血液型:B型

容姿:深緑の短髪にダークブラウンのツリ眼。頬に3本の傷がある。強面でガタイの良い体付きをしている。

身長:173cm

体重:64kg

利き手:両利き

趣味:動物の世話

好き:生き物、友達、平和

嫌い:争いごと、死、密猟

好きな色:赤、青、緑色

得意科目:保健体育

苦手科目:特になし

 

3-C所属。近辺では最恐の不良と恐れられている。

本当はかなり親切で動物に優しい。親が獣医として海外を飛び回っていた為、付き添っている内に片言でしか日本語を喋れなくなった。顔の傷は昔ライオンに引っ掛かれて出来た物。

顔の傷と体付きの良さ、片言な日本語と目付きの悪さから周囲には不良だと思われ、勝手に噂が広がって行ってしまった。しわすの正体を知っていたのは担任の桜庭ひかると養護教諭の天原ふゆきのみ。

 

親の影響からか動物好きで、将来は獣医志望。自分は命あるものの怪我を治すという使命感から、傷付けることを嫌う。

しかし、大型の動物でも診られるよう身体を鍛えていたので、筋力はあきを凌ぐ。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第EX話「彼なりの決着のつけ方」

 蕾もまだ開いていなかった、桜が並ぶ校庭。

 寒さの残る風に包まれて、俺達は高校生活に終止符を打った。

 様々な出会いと別れのあった、色濃い青春の日々。

 自分でも柄に合わないとは思うが、きっと一生忘れられないだろう。

 名残惜しくはあったが、そんな日々を共に過ごした俺達はそれぞれの道を歩み出した。

 

 

 

 あれから4年後。

 俺達は久々に集まることになっていた。

 いや、卒業後もちょくちょく連絡は取ってたし、たまに会って遊んだりしたから特に久しぶりって気はしない。けど、ほぼ全員揃うことはなかったので、そういう意味では久々だろう。

 いやぁ、それにしても。

 

「お前等、全然変わんねぇな」

「お前が言うな」

 

 ファミレスの一角にて、俺は早速かがみに突っ込まれた。

 俺、白風はやと含め、ここにいる全員が高校当時と変化がなかった。

 例えば、天城あきという底抜けに明るい奴がいる。

 赤い短髪の男は、大学を卒業したであろうはずなのに、全く落ち着きのない雰囲気を出している。

 

「いやぁ、俺ってば何時までも少年の心を忘れないからさ。若いっていいよなぁ」

 

 訂正。コイツだけは変わっていないんじゃない。成長していないだけだ。

 外見は少しは大人っぽくなり、体付きもますますガッチリしてきていると思ったのにな。

 因みに、大学ではスポーツ系のサークルを転々として暇を潰していたらしい。

 

「お前は若いというより、頭が幼いんだろうが」

 

 辛辣な言葉を返す茶髪のロングヘアーの男、冬神やなぎもまた、眼鏡を掛けていること以外は変わらない。

 特にヒョロッとした細身はまるで成長していない。

 

「やなぎんはもやし度が進行してるんじゃねぇの? もっと鍛えないと枝みたいにポックリ折れるぞ」

「ポックリって何だ!? 殺す気か!」

 

 いや、冗談抜きで不健康でポックリ逝きそうだな、お前。

 

「あっきーは単位がギリギリで留年しかけてたけどね」

「やなぎも、体力テストで単位落としかけてたのよね」

「「それ今バラすかなぁ!?」」

 

 彼女2人の暴露に、男共は情けない声をあげる。

 あきの彼女、泉こなたも変わらずオタク街道を突っ走っているようだ。コイツもコイツで成長していない、身長的な意味で。

 やなぎの恋人である、柊かがみは高校の時にツインテールにしていた髪をサイドポニーにし、大人っぽさをアピールしている。が、普段から柊家にいるので知っているが、相変わらずダイエットには失敗中である。いい加減学べよ。

 

「ってか、お前等よく留年しなかったよな」

「そりゃ、あたし等交代でレポートを書いたりしたからな!」

 

 呆れる俺に、日下部みさおが自信満々に返した。

 八重歯が特徴的なスポーツ系女子は、4年前と変わらずバカを拗らせていた。一応、彼氏持ちにも拘らず女子力なんて欠片もない。

 

「峰岸と月岡の苦労が知れるな」

「うっ……」

 

 かがみの言う通り、最終的には幼馴染の峰岸あやのと、彼氏の月岡しわすに頼っていそうだ。それは図星なようで、日下部は言葉を詰まらせる。

 獣医志望だったしわすは、今は夢を叶える為に研修の真っ最中なので、この場にはいない。

 峰岸も、今日は彼氏と出かける予定だったので来られなかった。

 ……日下部にとってのブレーキ2人がいないだけで、かがみの苦労が倍になるな。

 

「けど、皆無事に大学も卒業出来たからこうして集まれるんだし」

 

 そう場を収めようとするのは大企業の御曹司、檜山みちるだ。

 さっきから散々変わらないと言ってきたが、コイツと高良みゆきだけは別だ。

 あどけなさの残っていた顔立ちは、今や大人っぽいイケメンに変化していた。正統的な成長といえば間違いないんだろうが、久々に会った時は俳優か何かと勘違いした。

 その隣でニコニコと座っているピンク髪の女性、みゆきも雰囲気は変わらないが外見は色々と増量されている。髪とか、胸とか。

 そして、2人の薬指にはシンプルな指輪が填められている。

 

「ゆきちゃん、結婚おめでとう」

「ありがとうございます」

 

 つかさの祝辞に、みゆきは丁寧な姿勢で受ける。

 俺達が今日集まったのは、単なる同窓会だけではなかった。みちるとみゆきのゴールインを祝福する為でもあったのだ。式は来月を予定しており、今日はその前祝みたいなもんだ。

 みちるはとっくのとうに腹を決めていたらしく、卒業と同時にみゆきにプロポーズをしたらしい。

 そういう男気のある行動をすぐに取れる辺りからも、高校時代からの成長が伺える。負の感情から生まれたもう一つの人格に蝕まれていたのが嘘みたいだ。

 

「意外だよな。俺達の中で一番先に結婚するのがみちるだなんて」

「長年の両想いが実った結果だね」

 

 あきとこなたの会話に、ご両人は顔を赤くする。

 幼馴染だった2人はずっと相手に片思いをしていた。しかし、幼い2人は想いを告げることなく離れ離れになった。それが高校で再会して、今や婚約までしちまうんだから運命って奴は面白い。

 檜山夫妻を弄っているとドリンクが運ばれ、乾杯をすることになった。

 音頭を取るのは、勿論盛り上げ役のあきだ。

 

「えー、では檜山夫妻の門出を祝って! 乾杯!」

「乾杯!」

 

 みちるとみゆきのことだ。きっと未来は明るいだろう。

 談笑するみちるを見ながら、俺は心の中に何かが突っかかっているのをずっと感じていた。

 もうガキじゃないんだし、それが何かは既に分かっている。

 俺はチラッと、隣に座っている俺の恋人を見た。

 彼女、柊つかさは高校時代のトレードマークだったリボンをもうしておらず、落ち着いた大人の女性像を身に付けつつあった。未だドジを踏んだり、子供っぽいファンシーな物が好きだったりすることはあるけど。

 俺が高校を卒業し、柊家に居候することになって4年。イチャイチャするのは日常茶飯事だが、俺は結婚という一歩を踏み出せないでいた。

 そりゃ、高3のクリスマスに指輪をプレゼントして、婚約自体はした。デートの時は毎回その指輪を大事そうに左手の薬指に付けてくれる。

 バレンタインの時はつかさが作ってくれたチョコケーキに入刀の真似事までした。

 しかし、ちゃんとしたプロポーズそのものはまだだったのだ。

 大学卒業後も考えはしたが、式を上げたり結婚指輪を買う為の資金が全くないので、気は進まなかった。

 そうしている内にみちるが結婚すると言う報告を受け、先を越されたという焦燥感を受けたのだった。

 もしかしたら、他の奴にも越されるかもしれない。安っぽい婚約だけして、つかさを散々待たせるのもどうだろうか。

 

「はやと君、どうかしたの?」

 

 とうとう視線に気づかれ、つかさに声を掛けられる。

 

「いや、何でもない」

 

 けど、俺は自分の発言に責任を持てる程強くはない。

 結局、結婚という言葉を言い出せなかった。

 

 

 

 

「みちる、ちょっといいか?」

「うん、いいよ」

 

 ファミレスを出ると、俺は隙を見てみちるを呼び出す。

 他の連中とは少し距離を取って、俺は胸の内を明かした。

 

「お前、プロポーズはどうやった?」

「えっ?」

 

 みちるは一瞬顔を赤くするが、俺に茶化す気がないことが分かると、やや恥ずかしそうに口を開いた。

 

「自然と、ね。これからもみゆきとずっと一緒にいたい。夫婦として過ごしたいって思って。卒業って絶好のタイミングに乗って言ったんだ」

 

 自分はあくまで、卒業というシチュエーションに乗っかっただけ。そういうみちるは、俺が知っている純粋で幼いみちるとは明らかに違っていた。

 自分の闇に真っ向から打ち勝ったみちるは、今や俺達の誰よりも前へ進んでいる。正直、羨ましいよ。

 

「不安とかなかったのか? 式とか、指輪とか」

「ない、といえば嘘かな。まだ嫌だって断られる可能性だってあったし」

 

 みちるは苦笑しながら答える。そうか、相手に断られることだってあるのか。

 けど、みゆきはOKした。それは、みちるが指輪も結婚式も用意出来る金持ちだからか?

 

「でも、お金がなくても、僕はみゆきにプロポーズしたと思うな」

 

 俺の核心を見破ったかのように、みちるは続けた。

 金は関係ない。その言葉をみちるが言ってもあまり説得力はない。

 

「だって、誰にも取られたくないじゃない? これは、僕の我が儘だから」

 

 しかし、次の発言で妙に納得出来た。何時までも恋人関係で通じる訳がない。みゆきは美人だし、誰に言い寄られるかも分からない。浮気、なんてしないだろうが、不安はゼロにはならない。

 

「欲深いのな、お前」

「「みちる」、だから。満ち足りるまではね」

 

 貪欲な自分に悪びれる様子もなく、みちるは皆の元へと戻って行った。

 誰にも取られたくないから。それは俺も同じだ。

 普段から一緒にいるが、つかさは間違いなく高校時代よりも綺麗になった。加えて、大人しそうな小動物のオーラだ。何処かの誰かに言い寄られても、おかしくはない。

 決着をつけよう。俺は決意を固めた。

 帰り道。かがみはやなぎと帰るそうなので、俺とつかさは手を繋いで柊家への帰路に付いていた。

 

「はやと君。さっき、みちる君と何を話してたの?」

 

 ふと、つかさが思い出したように尋ねてくる。

 やっぱり、俺のことをよく見ていたらしく、真剣な表情の俺が気になっていたようだ。

 俺は少し考え、ある質問をすることにした。

 

「ちょっとな。つかさ」

「うん?」

「俺が犯罪者でも、俺を好きでいてくれるか?」

 

 試すようで少し卑怯だとは思ったが、俺は質問を投げ掛ける。

 つかさはイマイチ実感が沸かないようで、難しそうな顔をした。

 

「えっと……犯罪者って、何をしたの?」

「何でもいい。殺人、盗人、強か……とにかく何でもだ」

 

 最後のは流石にアレなので伏せたが、俺が何をしたのか気にする辺りつかさらしい。

 すると、つかさはやっぱり難しそうな顔をして答えた。

 

「うーん……やっぱり、思いつかないよ」

「エー……」

 

 質問を前提から否定され、俺は呆れて情けない声を出す。

 別に本当に犯罪を犯す訳じゃないんだし、想像するだけ自由だろうに。

 

「だって、はやと君はそんなことしないし、私がさせないもん」

 

 けど、そんな自由の利かないつかさは上目遣いで俺を叱るように言った。

 まぁ、全然怖くなく、寧ろ滅茶苦茶可愛いんだけど。

 

「……じゃあ、質問を変える。俺が貧乏でも……って貧乏学生だったろうが!」

「ひゃっ!?」

「あぁ、悪い悪い」

 

 いかんいかん、ノリツッコミで驚かせてしまった。

 けど、そうだった俺は元々貧乏だった。テレビもラジオもない、殺風景なアパートに住む苦学生。そんな俺をつかさは愛してくれた。

 もしホームレスなら? 今は柊家に居候中だし、つかさにとって大差ない。

 もし留年生だったら? 私も頭よくないから、と苦笑するだろう。

 つまり、つかさにとって俺という存在は唯一不変なのだ。質問する意味もなかったな、こりゃ。

 

「じゃあ……俺を愛してるか?」

「うん!」

 

 シンプルにまとめた質問に、つかさは即答した。畜生、可愛過ぎて涙出て来た。つかさのこういう人の良いところに、俺は惚れたんだよな。

 

「じゃあ、これが最後の質問だ」

 

 もう確かめることは確かめ終えた俺は、最後の質問をすることにした。

 

「俺と、結婚してくれるか?」

 

 変な質問が来ると予想していたらしく、つかさは俺のプロポーズを受けてピシッと固まってしまった。

 目を点にし顔を赤く染めたまま、その場に突っ立っている。

 この光景、前にも見たことがあるような……。

 

「つかさ?」

「ひゃ、ひゃい!?」

 

 俺が声を掛けると、漸くつかさは反応を見せた。舌が回っていなかったが。

 かと思えば、腕をブンブンと振り回し、夕焼けの明かりにも負けない程真っ赤になって慌て出す。

 

「あ、あ、あのっ! わた、私っ!」

 

 目が渦を巻いているのが幻視出来る程混乱しているつかさを、俺は抱き寄せた。

 ったく、俺以上にテンパりやがって。散々心配したのが無駄に思えてきた。

 俺が一歩進めば、つかさは勝手に付いてきてくれる。今までだってそうだったじゃないか。

 

「俺には今すぐ式を挙げる金もないし、大層な結婚指輪も買ってやれない。けど、お前を誰にも渡したくないから、ずっと一緒にいたいから、結婚したい」

 

 逃がさないように強く抱き締め、耳元で呟く。

 俺の弱さを何時だって支えてくれた。だから、俺にはお前しか考えられない。

 情けない心情を吐き出し、深呼吸してから俺は再度あの言葉を問う。

 

「もう一度聞くぞ。俺と結婚してくれ」

「……はい! 私もはやと君とずっと一緒にいたい!」

 

 聞きたかった言葉を聞けて、俺はつかさを抱く腕を強くする。

 もう離さない。離したくない。俺は心の高揚が収まるまで、つかさと甘い口付けを交わし続けた。

 

 

 

 

「ま、それが結婚秘話な訳で」

「おう、死ねや」

 

 酷い言われようだな。

 俺は妻と5歳になる息子を連れて、海崎さんの元を訪れていた。海崎さんとは卒業後も家族ぐるみの付き合いを続けていた。ま、一応恩人だしな。

 アパートは俺が去って10年経った今も健在で、陵桜学園の生徒が住んでいるとのこと。当然、俺が使っていた部屋も今は誰かが住んでいる。

 んで、結婚秘話を聞かれたので語ってやったら、死ねと言われた。理不尽だ。

 

「まぁまぁ、海崎さん」

「何だよ」

「結婚はいいものですよ」

「アパートの裏に埋めるぞコラ」

 

 海崎さんは未だに独身で、俺の話を聞く度に嫉妬の炎を燃え上がらせる。

 女を紹介しろってよく言われるが、紹介する相手が柊家の姉2人か黒井先生ぐらいしか思いつかないんだよなぁ……。

 

「ぱぱ、うまるの?」

「おう! 一緒に埋めるか!」

「やめろ! 息子に変なこと吹き込むな!」

 

 何時の間にか子供用のシャベルを息子に渡す不審者を、俺は全力で阻止した。

 台所では、つかさが苦笑しながらお茶を淹れてくれている。

 

 俺達の日常は今日も平和だ。




どうも、雲色の銀です。

第EX話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は番外編、はやつかの結婚秘話でした。
イチャイチャ甘々の2人でも、はやとはプロポーズで真剣に悩みそうだなと思い、今回の話を書きました。
実際は、神主になって柊家に婿入りするのでそこまで悩む必要はなかったのですが。
あと、最終回で出そびれた海崎さんも登場。10年後も相変わらずです(笑)。

今回は「すた☆だす」5周年記念で書きましたが、今後も番外編を書くかもしれません。ではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第EX2話「ハロウィンの話」

 もう10月も半ば。1年と言うものは過ぎるのも早い。

 ついこの前まで夏休みだったと思えば、桜藤祭が終わり、あっという間に冬の到来だ。

 秋とは一体なんだったのか。かがみにとっては食欲の、あきにとってはスポーツの、もやしにとっては読書の秋なのだろうが、俺には今年もまるで分からないままだ。

 

「もうすぐハロウィンだねー」

 

 四季の1つを憂う俺に、隣を歩くつかさが話しかける。あぁ、このほわほわとした声がいつでも聴けるのなら、四季なんてどうでもいいかもしれんな。

 そして、つかさの視線の先にはカボチャやコウモリ等でおどろおどろしく飾った街並みが広がっていた。

 ……ハロウィン?

 

「何だそれ」

「え?」

 

 今まで十数年生きて来た中で、ハロウィンなんて言葉を聞いたことがない俺は首を傾げてしまった。

 何だ、お化け屋敷みたいな奴か?

 ってか、カボチャって皮は緑じゃなかったか?

 

「はやと君、知らないの?」

 

 全く何が何やら分からない俺に、つかさは驚いていた。

 何だよ、新聞もテレビもない生活の俺が最近出来た祝い事なんか知る訳ないだろ。

 

「知らん」

「そ、そっかー。ふーん、しょうがないなぁ。じゃあ私が教えてあげるね!」

 

 俺が首を横に振ると、つかさはまるで勝ち誇ったような風に言ってきた。きっと俺の知らないことを知っていたことが余程嬉しかったらしい。

 これがかがみなら嫌味にしか聞こえないが、相手はつかさだ。偉そうな態度も逆に可愛らしい。

 自慢げなつかさと共に柊家に立ち寄った俺は、改めてハロウィンについて教えて貰うことになった。

 ハロウィンとは外国の祭で、最近日本でも流行り出したものらしい。カボチャを提灯にして飾ったり、お化けの仮装をしたりして楽しむらしい。

 仮装をした子供達は家を練り歩き、「トリックオアトリート」と言ってはお菓子を貰っているようで、ハロウィンのイベントにはお菓子が欠かせないようだ。

 

「……なるほど」

 

 ここまでしか分からなかったのは、つかさの説明が下手だったからである。

 しかし、俺相手に胸を張るつかさも珍しく、分からんと正直に言っては落ち込ませてしまうので、とりあえず頷いておいた。

 詳しいことは今度こっそりとやなぎ辺りに聞いておこう。

 

「で、柊家でもハロウィンはやるのか?」

「うん。近所の子供が集まって来るから、ハロウィンに因んだお菓子を作ってあげてるの」

 

 ほぅ、近所のガキ共はつかさの手作りお菓子を無償で貰っていると。

 よし、ならば俺がガキ共を脅かしてお菓子を強奪してやろうじゃないか。決して羨ましいからではないぞ。

 

「あ、今年ははやと君の分も作ってあげるね!」

 

 仕方ない、ガキ共から強奪するのは辞めだ。

 内心、幽霊ではなく天使のようなつかさを崇めながら、俺はハロウィンの日を心待ちにするのであった。

 

 

 ☆★☆

 

 

 そして、10月31日。

 

「……で、何でお前等もいるんだ?」

「堅いこと言うなよ~」

「そうそう、ハロウィンなんだし」

 

 若干不機嫌な俺の横では、あきとこなたが馴れ馴れしく話していた。

 そう、学校でつかさが余計なことを喋ってしまった為に、今日は泉家でハロウィンパーティーをすることになってしまったのだ。

 つかさはちゃんとお菓子を作ってくれたようだし、夕食も女子メンバーでご馳走してくれるというので、まぁ不満はないのだが。

 

「それに、ウチならハロウィン用の仮装も用意出来るしね!」

「ハロウィン用……?」

 

 どう考えても、アニメキャラのコスプレしかなさそうだが。

 因みに、こなた達は既に着替え終わっている。

 こなたは桜藤祭でも見た、魔女っぽい衣装。というか帽子とマント。

 あきは上下黒いタイツの上に、腕だけの部分の赤いジャケットと同じ色の布を腰に巻いている。「アーチャー」とかいうキャラの衣装らしい。

 

「楽しめよ。固有結界使っちまうぞ?」

「手に持った剣、顔にぶっ刺してやろうか?」

 

 あきは両手に色の違う剣を持って俺を挑発してきた。コスプレに何処まで徹底するのか、コイツは。

 

「こなた! 何なのよこの衣装!」

「ちょっと、お恥ずかしいですね」

 

 そんなこんなで、俺たち以外でまず広間に入って来たのはかがみとみゆきだった。

 かがみは髪の色を緑に変え、ノースリーブのジャケットにミニスカート、何故かネギを持ってこなたに文句を言っていた。

 対するみゆきは、青い軍服のような感じで、ズボンは太股の部分が肉抜きになっていて黒いスパッツが左右から丸見えの状態だった。

 2人共中々の露出度だ。これ、外歩いたら寒そうだな。

 

「かがみっくはやっぱり似合ってるね」

「みゆきさんのシェリルも中々。胸のボリュームなんて最高じゃね?」

 

 批判も気にしないオタク達のトークに、俺達は諦めの溜息を吐いた。

 更に犠牲者は増える一方だった。次に出て来たのはやなぎとみちるだ。

 

「この仮面はいらないんじゃないか?」

 

 やなぎの格好はデカい黒マントの下に上下とも紫色のタイトな服装。更に変な仮面まで持たせていた。

 これ、仮面を被ったら間違いなく不審者である。

 

「僕のは、ちょっと……」

 

 しかし、今までのはみちると比べればささいなものであった。

 みちるは亜麻色のツインテールのかつらを被せられ、白いロングスカートのワンピースを着せられていた。胸には赤いリボンを付けており、やたらとヒラヒラしているのが目立つ。手には金色の杖を持ち、杖の先には赤い玉が収まっている。

 これ、完全に女子用の衣装だ。ってか、魔法少女って奴か?

 

「やなぎんはゼロの格好似合うな」

「みちる君いいよ~。「全力全開!」って言ってみて」

 

 この場にいる全員が、この2人の玩具扱いになっていた。

 あぁ、うん。泉家に来た時点でこうなることは分かってたよ。

 ついでに、俺は衣装チェンジを全力で拒否した。何で俺の衣装が緑色のタンクトップに短パンなんだか。

 

 

「お待たせ~」

 

 んで、つかさはというと、全く変わりのない制服姿だった。

 若干陵桜のとはカラーリングが違うが、殆どが変わらず、頭のリボンすら変化がなかった。

 えっと……どういうコスプレだ?

 

「やはりつかさは神岸しか有り得んでしょ」

「東鳩か。やはりな」

 

 やはりな、じゃねぇよ。

 これもアニメキャラの衣装らしい。まぁ、普段と大差ないし普段から天使のように可愛いから問題ないけど。

 着替えを終えた俺達は、お待ちかねのつかさのカボチャパイを頂くことになった。うむ、甘さ控えめで美味い。

 

「あ、そういやつかさ」

「何?」

 

 パイを味わっていると、俺はふと頭に過ぎったことが気になった。

 ハロウィンのことだし折角だからつかさに聞いてみよう。

 

「トリックオアトリートってどういう意味だ?」

「えっと、「お菓子か悪戯か」だよ」

 

 ハロウィンの日、ガキ共がお菓子を貰う時に言う台詞だ。

 なるほど、それでお化けの仮装をするのか。随分セコイ手だな。

 が、俺はそこで一つ悪戯を思い付いた。

 

「つかさ。トリックアンドトリート」

「え?」

 

 俺は台詞を吐くと、つかさを抱き寄せた。

 突然のことでつかさは顔を真っ赤にするが、すかさず俺は耳元で意図を教えてやった。

 

「けどパイを貰っちまったし、俺に悪戯されるしかないよなぁ。それとも、つかさが俺の甘いお菓子になるか」

「はぅ……!」

 

 トリックアンドトリート。つまり、お菓子も悪戯もだ。ぶっちゃけ、つかさに悪戯したくなっただけだが、いい口実が出来た。

 このまま甘い甘い時間を過ごすと

 

「させないわよ?」

 

 しようとしたら、何処かから湧いて出た鬼に首根っこを掴まれた。

 あぁ、またかがみ達の存在を忘れてた。彼女に夢中になり過ぎるのも考え物だな。

 

「いい加減にしろ!」

 

 鬼にネギで殴られ、悪戯どころじゃない仕打ちを受けた俺のハロウィンだった。




どうも、銀です。

第EX2話、ご覧頂きありがとうございました。

今回も番外編、ハロウィン回でした。

ハロウィンが近いので書きました(笑)。
時期的には第23話と第24話の間くらいです。
特に内容のないネタでしたが、軽い気持ちで書いたものですのであまり気にせず読んで頂けると幸いです。まぁ、(どの面下げて)帰ってきたはやと、ハロウィン編ということで。

ではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第EX3話「動き出す何か」

 12月。陵桜学園に入学して、初の冬休み。

 俺、石動さとるはクラスメート達と街に繰り出していた。

 きっかけは、クラス――いや、学年一騒がしい男こと、霧谷かえでの呼び出しからだった。

 

〔総員、駅前に集合!〕

 

 何ともいえない文章での呼び出しだったが、それで集まってしまうまでの仲になったと見れば、いいことなのかもしれない。

 幸い、俺も家か図書館を行き来する程度の用事しかなかったので、行くことにした。

 

「よぉ、さとる! 久しぶりだな!」

「とは言っても、三日前以来だがな」

 

 駅前には、既にかえでが呼んだであろう面子が揃っていた。ゆたか、みなみ、ひより……そして、つばめ。

 つばめはこういう集まりには極力参加しない男だった。過去を知られ、かえでとの壮絶な殴り合いの末和解した、あの出来事までは。

 

「で、一応だが呼び出した訳を聞いてやる」

「よくぞ聞いてくれた!」

 

 つばめがつまらなそうな顔で聞くと、かえではオーバーなリアクションを取りながら答えた。

 普段以上の騒ぎっぷり。恐らく、たった三日でかなりのフラストレーションが溜まったようだ。

 かえでの恋人であるみなみの方を見ると、無表情ながらも困ったように彼氏を眺めている。

 

「暇だから呼んだ! 以上!」

「よし、帰るか」

「えっ!?」

 

 案の定、かえでは全く何も考えずに呼び出したらしかった。

 返答と同時に帰ろうとするつばめに、ゆたかが驚く。みなみもひよりも、呆れた風に溜息を吐いている。ここにいる人間も、ゆたか以外はそろそろかえでの扱いに慣れて来たな。

 

「待って! せめて今日は一緒に遊んでくれよ!」

「最初からそう言え、バカ」

「まぁ、ここまでテンプレだけどね」

「……なんか、ゴメン」

 

 かえでが泣き付くと、つばめ達はその場に立ち止まった。ここまでがお決まりのやりとりである。

 因みに、ひよりが言った「テンプレ」とはテンプレートの略だ。

 こうして、漸く俺達は特に目的もなく、冬の街中を行くことになったのだ。

 

 

 

 洋服のウィンドウショッピングや、本屋での立ち読みをした後、俺達はゲームセンターへと足を運んでいた。

 

「よーし! いつぞかのリベンジだ! 行くぞつばめ!」

「黙れ」

「いいからいいから! お前に負けたままなのが悔しいんだよ!」

「俺は別にどうでもいい」

 

 かえでは意外にもつばめとゲーセンに来たことがあるらしく、何かしらの因縁を抱えていた。ゆたかとみなみの反応から、この2人もいたのだろう。

 つばめとかえでの勝負……興味をそそられるな。

 

「石動君はゲーセンに来たことある?」

「ないな。今まで興味なんてなかった」

 

 本などを読んで知識を得ている俺にとって、他の娯楽には興味が湧かなかった。

 ゲームセンターについてもそれは同じで、お金を使ってぬいぐるみを取ったり、リズムを取って遊ぶくらいなら新たな本を買った方がいいと思っていた。

 

「じゃあ、ゲーセン初心者なんだ」

「そうなるな」

「じゃあ気を付けた方がいいよ」

 

 ひよりの忠告に、俺は首を傾げる。ゲームセンター初心者が気を付けなくてはならないルールでもあるのだろうか?

 

「偉い人はこう言いました。「クレーンゲームは貯金箱である」と」

 

 ひよりの忠告の意味を、俺は後になって知ることになる。

 

 

 

「取ったどーーーーー!!」

 

 かえでの熱のこもった声が聞こえる。手には、百円硬貨を何十枚も投入しながら得た、ぬいぐるみがしっかりと握られている。

 なるほど、貯金箱というのは言い得て妙だな。コインを投入する様がまた貯金箱に金を溜める人間に見える。ただし、溜まっていくのはゲームセンター側の収入だけだが。

 

「みなみ、ほい!」

「あ、ありがとう……」

 

 かえでは取ったぬいぐるみをすかさずみなみに手渡した。元々、ぬいぐるみはみなみの為に取ったようなもので、みなみは困惑しながらも嬉しそうに受け取った。どんなものであれ、恋人からの贈り物は嬉しい……ということなのか?

 相変わらず感情の意味が分からない俺には、それが何を意味するのかも理解出来ないでいた。

 

「あのぬいぐるみ一つに、いくら掛けたのか。それは割に合っているのか」

「うっせぇぞ、そこ!」

「お前が一番うるさい」

 

 つばめのツッコミ通り、かえでがこの場で一番うるさかった。なお、つばめはかえでの半分以下の手順で違う景品を取っていた。

 

「石動君は何かしないの?」

 

 ゆたかの指摘通り、俺は特にやることもなくつばめやかえでのプレイを眺めているだけだった。

 やはり、興が乗らないのだ。貯金箱の忠告もあるしな。

 

「お前は1回もやらずに帰る気かー!」

「ぐっ!?」

 

 すると、テンションの上がり切ったかえでに捕まってしまった。

 やめろ、力はお前の方が強いんだから……。

 

「試しにあのリラッタヌのぬいぐるみ取ってこいや!」

「あ、あれ可愛い~」

 

 かえでが指差す先には、今人気のマスコットキャラ、リラッタヌのぬいぐるみが積んであった。ゆたか達女子の人気も得ているようだ。

 やらなきゃ解放してくれなさそうなので、俺は渋々財布の中の千円札を崩して筐体の前に立った。

 

「はぁ……」

 

 まずは百円を投入し、アームを動かす。横に一回、縦に一回。ぬいぐるみの真上に来たアームはゆっくりと降りて来て、ぬいぐるみを掴む。

 そして、持ち上げた……かと思いきや、するりと滑り落としてしまった。

 

「あー、残念だな」

「仕方ないよ、石動君は初心者だもん」

 

 ひよりの言う通り、俺は初心者だ。最初から出来なくても不思議じゃないだろう。

 

「大体分かった」

 

 そう、最初だけは。

 今の動きだけで、俺はこの筐体のアームの動く速さ、力、ぬいぐるみの重さやバランスを見抜いていた。

 

「あと……4回。これで取れる」

 

 俺は確信を持って、百円玉を4枚投入した。アームを動かし、まずは1回目の手を打つ。

 アームの爪はぬいぐるみの端に掛かり、上へ上がった拍子にぬいぐるみを前へと動かす。

 

「石動君……ひょっとして、熱くなってる?」

「異様に熱中してるな……」

「変なオーラ見えてるぞ」

 

 後ろでひよりとつばめ、かえでが何か話しているが、今はそれよりもこの筐体を相手にする方が先だ。

 二手、三手とぬいぐるみを適度な位置へと動かしていく。

 

「これで最後だ」

 

 俺は横移動を今までより少なくし、勝負に出た。俺の見立てが正しければ、この位置で爪は穴に飛び出したぬいぐるみの足を捕えて……。

 

 

「あ」

 

 

 落とすはずが、もう片方の爪が端の床に引っかかり、落としきるまでに至らなかった。

 ば、バカな……! この位置で、間違いなくあのぬいぐるみを落とすことが出来たはずなのに!

 

「そんなはずは……!」

 

 自分の手が上手くいかなかったことが信じられず、俺はまた計算をし直す。

 すると、後ろからかえでの楽しそうな声が聞こえてきた。

 

「ドンマイ♪」

 

 明らかに失敗した人間を励ますような言い方ではなかった。あぁ、これは失敗者の同類が出来て喜んでる奴の声色だ。

 そう悟った瞬間、俺の中の何かが一気に燃え上がるのを感じた。

 

「この勝負……何故かは分からないが、譲れなくなった」

 

 体が熱くなり、視線は落ちかけのぬいぐるみと憎らしく元に位置に戻ったアームに注がれる。

 敗北の悔しさというものはこういうものなんだろうか。とにかく、俺はここを譲る気が無くなった。

 

「ちょ、石動君が燃えてる!?」

「珍しい……」

「頑張って~」

 

 ひより達の注目を受けながら、俺は再度百円玉を投入した。自分の中の何かを発散させるために――。

 

 

 

 あれから数ヶ月後。俺は1人で再びゲームセンターに足を運んでいた。

 今は春休み。はやと先輩達は無事に卒業していったものの、俺達にはあと二年間の高校生活が待っている。

 

「……ふむ」

 

 クレーンゲームでの敗北を初体験して以来、俺は本を買いに街へ来るついでに、度々ゲームセンターへと来るようになっていた。

 ひより曰く、すっかりハマっている状態らしい。まぁ、悪くはない。

 

「ん?」

 

 景品が変わったばかりのクレーンゲームを見ていると、俺の記憶に存在する人物が目に留まった。

 黒髪の長髪に、朱色の瞳。真面目そうな風貌ながらも、苛立ちを見せながらクレーンゲームの筐体を睨んでいる。

 あれは、確か隣のクラスの学級委員長。名前は……若瀬いずみ。

 

「うぅ……取れない。残金も少ないし、でもあと10回ぐらいなら……!」

 

 ブツブツ言いながら、若瀬いずみは両替機の方へと足を運んだ。

 俺は近寄って、クレーンゲームの中を覗く。景品は、どうやらアニメキャラのフィギュアのようだ。何のキャラかは知らないが、ひよりならきっと知っているのだろう。

 景品は一見、今にも取れそうな位置にありながら、支えるバーが嫌らしい位置にあるおかげで中々動かせないといったところだろう。

 

「げっ!?」

 

 ジッと眺めていると、両替を済ませた若瀬が変な声を上げていた。

 

「……あぁ、別に横取りはしないぞ」

「アッハイ……じゃなくて! 貴方、陵桜の……!」

「1-D、石動さとるだ。お前は若瀬いずみだろう?」

 

『バレてる!?』

 

 若瀬であることの確認を取ると、若瀬は急に頭を抱え出した。何だ? ゲームのやり過ぎで頭が痛くなったのか?

 

「あ、あの……! このことは、他の人には……!」

 

 しどろもどろになりながら、俺に頼み込む若瀬。

 ……あぁ、そうか。オタク趣味を他の人間に知られたくないのか。これも「プライバシー」という奴だな。

 

「分かった」

「本当!? ありがとう!」

 

 頷くと、若瀬は目を輝かせて頭を下げた。そこまで深刻に悩む問題なのだろうか……?

 それより、このゲームの状態をどうするつもりなのか。

 

「……この景品、取る目途は付いているのか?」

「え? あ、その……」

 

 聞いてみると、若瀬は若干困りながら目を逸らした。

 そういえば、真面目そうな見た目に学級委員という肩書を持っているが、テストの上位で名前を見たことはなかったな。もしかして、頭はそんなによくないのか?

 俺は若瀬とクレーンゲームを交互に見て、ある提案を出してみた。

 

「このゲーム、俺にやらせてくれないか?」

「え!?」

「景品はお前にやる。ゲームだけでいいから、やってみたい」

 

 俺が興味あるのは、クレーンゲームそのものだ。景品自体に興味などない。

 だが、若瀬は景品が欲しい。つまり、Win-Winの関係になれるということだ。

 

「でも……」

「代金なら俺が払おう。どうだ?」

「……お願いします」

 

 イマイチ気が引けているようだが、自分には取れないことを察した若瀬は俺に頼むことにした。

 プレイする権利を得た俺は硬貨を入れ、いざゲームに挑んだ。

 あの時、思わぬ敗北をして以来、俺は更に場を見て計算するようになった。あらゆる弱点や動きを想定し、少ない手順で取ることを狙う。

 

「……!」

 

 そして、俺はたった2回で景品を落とすことに成功した。伊達に通っている訳ではない。

 

「ふぅ、さて。受け取れ」

「……本当に、いいの?」

「あぁ、そういう約束だからな」

 

 俺は景品を手に取り、若瀬に渡した。ゲームに勝った以上、もう用はない。

 若瀬は若干感動しながら、景品を受け取ると深々と頭を下げて来た。

 

「ありがとう、石動君!」

 

 若瀬は受け取った景品を隠しながら鞄にしまい、早々にゲーセンを立ち去って行った。

 若瀬いずみ。真面目で品行方正だが、頭はそこまでよくはない。そして、「隠れオタク」。

 

「……っくくく。少しだが、興味深くなってきたな」

 

 その特徴の面白さに、ひよりとは別の意味で興味の湧く俺だった。

 

 

 この時の若瀬いずみとの出会いが、後に続いていく高校生活の新たな始まりを告げていたことに気付くのは、まだ先のことである。




どうも、銀です。

第EX3話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は番外編、さとるといずみの出会い回でした。

さとるみたいに普段冷静な人ほど、クレーンゲームにはハマると思います。中々上手くいかないんですよねー。
そして、さとると委員長、若瀬いずみの出会いが何を意味するか。それはまだ内緒です。

ではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第EX4話「とある男子生徒H・Sの話」

 この学校――陵桜学園(りょうおうがくえん)には新聞部と言うものがある。

 主な活動は新聞部の名前の通り、学園に関するニュースを学級新聞にまとめて生徒に配布することだ。中身は、何処の部活が大会で輝かしい功績を飾っただとか、教師へのインタビューだとか。

 そして、新聞部員は学園中の情報を網羅しなくてはならない。生徒達の噂にも聞き耳を立て、話題に欠けるようならあることないことをでっち上げ……コホン、もとい筆者の見解を交えて生地を作ったり。

 とにかく、学園のありとあらゆる情報に精通し、新しいニュースに飢えている。それが、新聞部である。

 

 かくいう私も、新聞部員2年目として話題集めのアンテナを常に張り巡らせている。

 今、注目しているのは先輩、つまり3年生の有名人達だ。

 

 例えば、天城あき先輩。彼は学年一のムードメーカーかつ、体育会系として知られている。部活には所属してはいないものの、授業や体育祭でそのアクティブな身体能力を見ることが出来る。そして、顔が広く我々新聞部としても情報源の1人として大いに助けられている。

 また例えば、冬神やなぎ先輩や高良みゆき先輩。テストの成績優秀者発表の張り紙に名前が載らないことのない、学年トップの秀才達である。進学校である陵桜学園の中でトップというのは相当すごく、度々インタビューをさせてもらっている。お二人共、嫌そうな顔をするけど。

 更に例えるならば、檜山みちる先輩。檜山グループの御曹司で、学園一の爽やか系イケメンである。女子人気は高いが、最近では高良先輩と交際しているらしい。エリートカップル……高嶺の華ですなぁ。

 

「……13組もあると、人物像が中々濃いですねぇ」

 

 改めて、先輩方の凄さに独り言を零す。まるで漫画の中の登場人物のようだ。

 体育会系、頭脳明晰の秀才、イケメン御曹司。学園生活を彩るニュースに欠かさない存在達に、新聞部員として感謝の言葉もありません。3人の男子生徒が集まれば、映える一枚になること間違いなし。

 ――が、今日注目すべきは残念ながら彼等ではないのです!

 

「また、ですか」

 

 彼等の日常風景を写真に撮ると、確実に映っている存在がいるのです。それも2人も!

 1人は、月岡しわす先輩。つい最近までは札付きの不良(ワル)として恐れられていた存在。しかし、今年の桜藤祭(おうとうさい)を皮切りに誤解は解け、数少ない獣医学校の推薦まで勝ち取るほどの優秀な生徒だということが発覚したのです。彼も話題性抜群なので、秀才達の集まりには相応しい。

 問題はもう1人の方。写真の隅でボケーっと空を見上げている男子だ。空色の短髪の彼については、何の噂も舞い込んでこない。学園での大事な発表などでも名前を見たことすらない、ごくごく平凡な生徒である。

 これだけすごい人物の集いで、たった一人だけ凡人がいる。それもたまたま映り込んでいるのではなく、仲良さそうに会話をしている。中には、センターを陣取っている写真まであるのだ。

 「こんな写真、新聞に使えるかー!」って、先輩に怒られたことも。しくしく。

 

「一体、何者なんですかねぇ……?」

 

 私の乙女魂と直感がビビビッと訴えている。この人物は只者ではない、と。

 もし、隠れた偉人を見つけることが出来たのなら、先輩の鼻を明かすことが出来、私の名前が新聞部の栄光の歴史の中に刻まれることに! ぐふっ、ぐふふふふっ!

 私は彼の写真と取材道具を持って部室を出る。朝のHRまでは時間があるので、ゆっくりと聞き込みをしていこう。

 こうして、私の「謎の男子生徒、白風はやとの追跡取材」が始まるのであった。

 

 

 

 最初に取材するのは、やはり教師でしょう。白風先輩のクラスは3-B、つまり黒井ななこ先生が担任だ。

 

「黒井先生、新聞部ですー。ちょーっとお話いいですか?」

「おっ、なんやなんや? ウチのありがたーいインタビューでも乗っけるんか? 時間もあるし、何でも聞きや!」

 

 関西弁を話す、明るい先生はすぐに私の取材を受けてくれた。でも悲しいかな、先生のありがたいお話は興味がありません。

 

「今日はこの生徒についてです!」

「えっ、あー……あぁ?」

 

 黒井先生は少しショックを受けながら写真を見ると、綺麗な顔を顰めつつとても不思議そうに首を傾げた。

 それはまるでレストランの人気メニューランキングにて、納得のいかなかった料理が1位を飾っているのを見たような反応だった。

 

「白風について……で、ええのか?」

「はい!」

 

 ふんす! と私は白風先輩の話を期待して待つ。

 すると、黒井先生は唸りながら少し考え、話し始めた。

 

「サボり魔、やな」

「え?」

「コイツ、しょっちゅう教室を抜けて授業サボりるんよ。叱ってもケロッとしててなー。なのに課題はちゃんと出すし、赤点は取ったこともない。あ、でも最近は真面目に授業出てるか」

「……つまり?」

「変な元サボり魔」

 

 期待していたのとまったく違う話に、私は思わず呆然としてしまう。

 もっと深く、もっと白風先輩の大活躍するエピソードが聞けると思ってたのに!

 

「それだけですか?」

「それだけやな。んなことより、ウチの話を」

「いえ、結構です。じゃ、失礼しましたー」

「えぇ……」

 

 黒井先生の話を途中で切って、私は職員室を出た。分かったことと言えば、変な元サボり魔ということだけ。

 やはり、生徒の詳しい話は生徒からしか聞けませんかねぇ。

 

 

 

 と、いう訳でお次は3-Bにやって来ました。白風先輩本人は……いないようです。残念。

 ですが、話を聞けそうな方ならいました!

 

「高良先輩! お話良いですか!」

「あら? あなたは確か新聞部の……」

 

 高良先輩にはインタビューをしたことがあるので、顔を覚えてもらっていました。

 新聞部の話とあらば、真面目な高良先輩は断らないでしょう。

 

「お恥ずかしながら、特にお話し出来ることは」

「んなことはないですよ!」

 

 主にそのご立派なスタイルの秘訣とか、ふんわりとした上品な髪の手入れ方法とか……正直羨ましいですっ!

 ……じゃなくて、今日は高良先輩のことがメインではありません!

 

「っと、脱線する前に! 白風先輩について教えて欲しいのです!」

「え? 白風さんですか?」

 

 意外な人物の名前が出て、高良先輩は可愛らしく目を丸くする。

 キョトンとした表情すら可愛いなんて……同じ女としてズルいと思います! 不平等です!

 

「ズバリ! 白風先輩とはどんな人物ですか!?」

「どんな、と言われましても……」

 

 質問を投げかけると、黒井先生と同じように少し考え込む高良先輩。

 そ、そんなに話す内容に困る方なんですか?

 これでは、さっきと同じ答えが返って来そうです。アプローチを少し変えてみましょう。

 

「では、質問を変えます。白風先輩のすごいところといえば!?」

「す、すごいところ……ですか?」

「勉学でもスポーツでも何でもいいです!」

 

 あれだけすごい人達の中にいるのだ。一つぐらいとんでもないようなエピソードが出てきても不思議ではない。

 高良先輩は更に頑張って考えた後、漸く口を開いた。

 

「あっ、授業中に抜け出すのがとてもお上手なんですよ~」

「……はぁ」

 

 それはもう聞きました!

 アプローチ変えても同じ答えしか返ってこないって、本当に何者なんですかあの先輩!

 

「……えっと、ダメでしたか?」

「いえー、ありがとうございました。あ、今度高良先輩のことについてインタビューすると思うので、その時はまたご協力お願いします!」

 

 今度は主に高良先輩と檜山先輩のことについて聞きたいなぁ。

 深々と頭を下げ、私は次の生徒の下に向かった。クラスにいる生徒は高良先輩だけではない! きっと、この中で私に有力な情報をくれる方がいるはず!

 

「すみませーん、ちょっといいですかー!?」

 

 

 

 ダメでした!

 来た回答と言えば……。

 

「白風? 特に目立つ奴じゃないけど」

「誰だっけ? クラスにいた?」

「あー、よく居眠りしてる男子ね。でもそれだけよね?」

「影薄いなぁ。まぁウチのクラスには天城あきがいるからな」

 

 と、イマイチパッとしないものばかり。何故です……何故なのです……。

 納得できなかった私は、クラスを出て校門前で学年問わず生徒達に聞いて回りました! 白風先輩について知ってる人がいるはずです!

 

「え、誰?」

「白風……聞いたことないなぁ」

「ああ、聞いたことある。ココイチで働いてる奴だろ? え、違う?」

「桜藤祭のクラス委員の名簿で見たことはあるけど……顔は覚えてないわ」

「檜山先輩なら知ってますよー。……え、白風? 誰それ」

 

 悲惨な結果に終わりました。朝の有意義な時間を台無しにしたような気分です。

 写真を見せても注目を浴びるのは檜山先輩や天城先輩ばかり。白風先輩を知っている人は全くいませんでした。しかも、本人と擦れ違っているはずなのに全く気付きませんでした。

 ここまで来ると、本当はもうこの世にいなくて、私が今持っているのは心霊写真じゃないかと思えてきます。

 一応、得られた情報をまとめると、白風先輩はサボり魔で屋上がベストプレイスな模様。桜藤祭のクラス委員の経験者だが、目立つ活躍もせず。その他、学園内で注目を受けるような行動は一切しておらず知名度はほぼ皆無。

 つまり、一般人です。

 

「っと、もうすぐHRの時間です!」

 

 ここで遅刻すれば新聞部の名折れ。一先ずインタビューは諦めて、教室に戻ります。

 お昼はミーティングがあるので、放課後が勝負時です!

 

 

 

 放課後のチャイムが鳴ると、私は即座にまた3-Bへ向かいました。本人インタビューをせずに、このまま白風先輩を逃す訳にはいかないのです。

 

「すみませーん! 白風先輩はいますか!?」

 

 教室に駆け込み、白風先輩の名前を呼ぶ。しかし、写真に写っていた男子生徒の姿は何処にもなかった。んなアホな。

 猛ダッシュで来たって言うのに、目当ての人物を見つけられず、私は途方に暮れていた。

 

「君、後輩だよな? はやとの知り合い?」

「あぁ、たしか新聞部の娘だよ。2年の」

「新聞部の娘がはやと君に用事……ふむ、スキャンダラスな内容かナー?」

 

 そこに寄って来たのは3人の男女。内2人は、今の私にとって救いの神にも等しい方々だった。

 そう、持っている写真にはやと先輩と写っている、天城先輩と檜山先輩である。残り1人は……どちら様でしょう? 小学生?

 

「ひ、檜山先輩! 天城先輩! インタビューいいでしょうかっ!?」

「うおっ!? ……って、俺達?」

「はやとを探してたんじゃない? 僕達でいいのかな?」

「是非! 出来ればそこの方も!」

「ありゃ、私も? まぁ、特に用もないからいいけど」

 

 白風先輩の情報が得られるのならば、この際誰でもいい。

 特に有力な証言を貰えそうな3人を前に、一度沈んだテンションもすぐに上がっていくのでした。

 

「白風先輩のすごいところを教えてください! 勉強やスポーツ、私生活など何でもいいです!」

 

 録音テープを起動させ、私は最初の質問を投げかける。これでやっと白風先輩の秘密を明かすことが出来る……!

 すると、3人は顔を見合わせてから首を傾げた。

 

「はやとのすごいところ……神経が図太い?」

「それはあき君もでしょー」

「おまっ、相変わらず俺の彼女は厳しいな」

 

 天城先輩達が白風先輩のすごいと思うところを上げていく。

 というか、この小さい先輩は天城先輩の彼女さんだったんですね。

 

「うーん……自由なところとかかな」

「確かに、掴みどころがないのはすごいよねー」

「それをこなたが言うかっ」

 

 檜山先輩も例を挙げ、2人がそれに頷く。

 しかし、それは性格面であって、目に見えて分かる功績などではなかった。

 

「え、えっと……何か賞を取ったとか、他の人でもこれはすごい! と思えるようなことは……?」

「賞……いや、聞かないな」

「そういうのとは縁遠そうだよね、はやと君」

 

 具体的な内容を言うと、天城先輩と背の小さい先輩はないない、と手を横に振った。

 ……そんな、そんなことってないです。

 

「何か功績とかは? 誰かの為に何かをしましたとか、やり遂げましたとか!」

「はやとは基本的に誰かの為に動くような人じゃないから……ないかなぁ」

「人助けに労力を裂くような奴じゃないことは確かだな」

 

 檜山先輩も白風先輩が何かしたのではないか、ということに対して全く思いつかない様子だった。寧ろ、()()()()()()()()()()()自体が白風先輩に似合わないと言いたそうだ。

 私は思わず目の前が眩みそうになった。ここまでの証言をまとめると、本当に白風先輩は正真正銘、ただの一般人ということになってしまう。

 けど、そんなのはおかしい。

 

「じゃあ、どうして白風先輩はこの写真に写っているんですか?」

「え?」

「檜山先輩のようにお金持ちでも、天城先輩のように場を賑わせる体育会系でも、冬神先輩のように学年首位の秀才でも、月岡先輩のように難関校の推薦枠を取れるわけでもない。ただの一般人が、こんなにもすごい人達の集まりに入れる理由はなんですか!?」

 

 納得がいかず、私は思わず叫んでしまう。

 これらの写真に、白風先輩以外にも名前の知らない人が写っている分にはいい。しかし、ここにいる()()()()()は白風先輩ただ一人だけだった。

 この先輩は誰もが羨む位置にいて、すごい人達との交友を持っているにも関わらず、自分自身はただの凡人でいる。そのギャップが、私には認められなかった。

 

「そんなの、友達だからだろ?」

「うん。友達になるのに、すごいすごくないは関係ないしね」

「確かに不釣り合いではあるけどね」

 

 先輩達の答えは変わりませんでした。すごくなくても、白風先輩は友人だから一緒にいる。不釣り合いでも、関係ない。

 私は頭を深く下げて、3-Bの教室を出ました。これ以上聞いても、私を喜ばせる内容の回答を得ることは出来なさそうです。

 白風はやとは交友関係に恵まれ過ぎた、ただのラッキーボーイ。これで本当に、納得せざるを得ないみたいですね。

 

 

「アンタ、そこで何してんだ?」

 

 

 教室の前で呆然と立っていると、不意に声を掛けられた。

 

「そこ、俺の教室なんだけど、邪魔だから退いてくれるか?」

 

 空色の短髪に、翡翠色の瞳は気怠そうに半開きのまま、こちらを見ている。

 まるで寝起きのような仏頂面は、写真の人相と全く同じでした。

 

「しっ、白風先輩!」

「あ? 俺のことなんで知ってるんだ?」

 

 やっと会えた。驚きのあまり呼びかけると、白風先輩はやや不機嫌そうに尋ねてきました。

 そりゃ、あの知名度のなさですもんね。先輩を知っている人の方が珍しいでしょう。

 

「あのー、簡単なインタビューをしてもいいでしょうか?」

「やだ」

 

 インタビューの申し込みをすると、バッサリ断られてしまいました。うーん、容赦がないです!

 でも、ここで食い下がれば新聞部の名が泣きます。必死に食い下がって見せますとも!

 

「そこをなんとか! 2分だけ!」

「うるせぇ、退け」

「1分だけ!」

「ああ、もういい。じゃあな」

 

 譲らぬ姿勢を見せると、白風先輩はなんと私を放って別の出入り口から教室に戻ろうとしました。

 意地でも答える気はないと! そうは行きません!

 

「釣り合わない交友関係に何とも思わないんですか!?」

「んー」

「周囲に対してコンプレックスを感じたりはー!?」

「んー」

 

 素早く回り込んで白風先輩に無理矢理質問を投げつける。

 けど、先輩は私の質問を無視して二ヶ所の出入り口を行ったり来たり。

 

「では――」

「俺の交友関係をテメーが勝手に決めんな」

「では、釣り合ってないことを認めるんですか!?」

 

 三往復ぐらいすると、白風先輩が私を睨みつけて来る。

 ……少し怖いですが、以前他校の不良グループにインタビューした時に比べれば!

 

「……お前、友達いないだろ?」

「え?」

「世間の価値や物事だけで友人関係の優劣を決める奴に友達なんかいねーだろっての。アイツ等が何者でも、俺がどんなに平凡でも、お互いが嫌うまでは友達なんだよ。分かったら、帰れ」

 

 そう冷たく言い放つと、先輩は私の方を見もせずに教室に戻ろうとした。

 ……そうだ。私は友達がいない。話し相手や部の仲間はいるけど、友達と呼べる人はいなかった。

 だからかな。白風先輩が羨ましかったの。何の取り得もない、普通の人がこんなにすごい人達と楽しそうに日々を過ごしている。それだけが、ただ羨ましかった。

 

「先輩! 最後に一つだけ! どうすれば、先輩みたいに……」

 

 友達が出来ますか?

 ハッキリと言い出せなかったのは、核心を突いてきた先輩への反感か。

 それでもこの質問に、先輩は私の方を振り向いて答えてくれた。

 

 

「知るか。自分で考えろ」

 

 

 こうして、私は今日という一日を無駄にしてしまったのでした。




どうも、銀です。

第EX4話、ご覧頂きありがとうございました。

今回は珍しく、新聞部員がはやとを追う話でした。

はやとの周囲がいかにすごく、同時に主人公のはずのはやとがいかに凡人であるかを再確認するための話でもあります。
因みに、あき達ははやとが色んな意味ですごい存在だというのは分かっています。ただ、そのすごさを言葉で表すのが難しいだけなのです。
本当に何なんだろう、この主人公……。

ではまた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。