八百万のヌシさま (シャケ@シャム猫亭)
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一駅目 男子大学生

めがみめぐりは神ゲー。
異論は認める。


 ………突然だが。

 俺の交通ICカードは“神さま”だ。

 とは言っても、生れたばかりの“ちっぽけな神さま”なんだけどな。

 

 ………なあ、知ってるか?

 神さまにだって“願い事”があるんだってよ。

 明日晴れますようにとか、お賽銭増えないかなとか、自分の好きなものを理解してほしいとか。

 俺は、神さまってもっと凄い存在で、そんなこと思ってるなんて欠片も考えたことが無かったよ。でも、よく考えてみれば古事記とかで神さまの失敗談や情けない話が伝わっているわけで。

 神さまって言っても、その心は人間と変わらないんだな。

 

 で、だ。

 何でこんな話をしたかというと。

 今、車窓に手を付けて流れる景色を見ている“ちっぽけな神さま”にも願い事があるんだってさ。

 本人、いや本神? 本柱? はちっぽけな願いなんて言うけど。

 俺にとっては、とっても大きく思える願い事。

 

 誰かを明るく照らせるような。

 キラキラ輝く“お日様”みたいな。

 そんな“立派な神さま”に、なれますように。

 

 そんな眩しい願いを持つ“ちっぽけな神さま”との旅を忘れたくなくて。

 こうして手帳に記録することにした。

 …………目下の悩みは、記録がグルメレポートと化していることだ。

 

 

 

 

 

 ガタン、ガタンとレールの繋ぎ目で音を立てる電車。

 その中程の車両、ボックス席に俺は座っている。

 

 ………い……。

 

 一定のリズムを刻む振動が心地よい子守唄になり、車窓から差し込む小春かな日差しを布団にして、俺は目を瞑った。

 日頃の仕事疲れももちろんあるが、それ以上に前の二つが余りにも魅力的だった。

 こっくりこっくりと漕いでいた舟は、ついに沈んでしまった。

 

 ……おい……。

 

 電車は都市部を離れ、今はのどかな町並みを進む。

 これが、もう少しすれば今度は建物よりも緑が多くなるのだろう。

 

 ……目を覚まさんか……。

 

 けれど、目的の駅はその手前。

 だから、彼女が俺を起こそうとするのも当然である。あるのだが、

 

「……あと五分………」

「……たわけッ! 乗り過ごすぞ!」

 

 お叱りの声と共にガツンという衝撃が頭に落ちる。

 同時に聞こえた、ガアンッという音。

 

「ぬおおおおぉぉぉぉッ!!」

 

 あまりの痛みに、頭を抱えて蹲る。痛みの原因を涙でにじむ視界で探せば、金タライが目に入った。あれが降ってきたのか………。

 その金タライも役目を終えて、すーと姿が薄れて、ついには消えてしまった。

 

「も、もう少し丁寧に起こしてくれよ、アマテラス様」

「たわけ! 三度も声をかけたのに起きないヌシ殿が悪い」

 

 じんわりと涙で歪む視界の中に、ふわふわと浮かぶ、二つ結いのおさげをしたテルテル坊主を見る。

 顔を怒りで赤らめて、ぷんぷんと湯気を出している。

 因みにサイズは小指の爪くらい。何ともコミカルでファンタジーだ。

 だが、このお方こそ、天界のトップ。

 ヒトの世をあまねく照らす、めがみの中の大めがみ。

 導きのめがみ、アマテラスオオミカミ様だ。

 天から見下ろす太陽は彼女のお陰で輝いており、縁側で日向ぼっこ出来るのも彼女のおかげである。

 

「つまり、俺が居眠り漕いたのは小春かな日差しのせいで、巡ってアマテラス様のせいだな」

「ワシのせいにするでない! どう考えてもヌシ殿が悪いじゃろ!」

「ですよねー」

 

 ともかく、アマテラス様はその絶大な神通力を以てして、世を照らしているというわけである。

 だが、残念ながら拝んでもご利益はない。少なくとも俺は無かった。

 あれか、化身のテルテル坊主モードだったからか?

 めがみモードだったら御利益あるかもしれんな。今度アマテラス様がめがみモードになったときに拝んでみるか。

 しかし、化身とは言え、何でこんな姿にしたんだろう?

 まあ、てるてる坊主って晴天を願う人形だし、『お日様』の女神であるアマテラス様とは関連はあるけどさ。

 けど、てるてる坊主って首吊り人形だし、雨降ったら首チョンパだしで何か扱い酷いじゃん。

 何より坊主って男じゃね?

 アマテラス様はてるてる尼か?

 

「なんじゃ、そんなに見つめて。ワシの顔に何か付いておるのか?」

「いや、何も」

 

 むしろ、無いんじゃない?

 威厳とかさ。

 だって『アマテラス』がてるてる坊主だぞ?

 とてもじゃないが伊勢神宮には教えられん。

 せめて、大神のアマテラスなら少しは威厳あったのに………あっちはあっちでモフモフしてて威厳薄いけど。

 あるいは、普段からめがみモードなら、解決するんだけどなぁ。

 なにせ可憐な美少女だし。調子に乗るから本人には絶対言わないけど。

 

「いいから降りる準備をせい。もうホームに入ったぞ」

「っと、いっけね」

 

 アマテラス様に急かされて、俺は網棚からリュックサックを下ろして背負う。

 そして窓枠に置いてあったハッピーコーヒーのカップと、ICカードを手に取り………

 

「あれ?」

「なんじゃ、はようせい」

「いや……ツクモが居ないんだけど」

 

 そう、俺のICカードに宿った『ちっぽけな神さま』の姿が見えないのだ。

 いつもは駅を降りる時は、肩に乗ったり、胸ポケットに入ったりする準備をしているのに。

 もしかして着替えのために、ICカードに入っているのかと思って声をかけてみるも、反応はない。

 試しにICカードを逆さにして振ってみても、ツクモが出てくることはなかった。

 おみくじじゃないんだから、当たり前か。

 

「アマテラス様、ツクモがどこ行ったか知りません?」

「たしか……ヌシ殿が渡したガラス玉を眺めておって……列車のブレーキのせいで座席の下にガラス玉が転がっていって……それを追いかけ」

 

 アマテラス様の言葉を最後まで聞かず、俺はバッと座席の下を覗く。

 ジュースの空き缶が立っていた。

 

「……は?」

 

 いや、違う。

 缶が立っているのではなく、上半身が空き缶の中に入った少女が立っていた。

 しかも、それがフラフラと歩き回るという斬新な機能付き。

 

『ヌシさま、助けてくださーい!』

「ツクモか!?」

 

 発見と同時に、発車を知らせるベルが鳴り始める。

 取り敢えず考えるのは後回しにして、俺はその前衛的な缶ジュースを掴むと、発車のベルに焦りながら降車ドアへ走るのであった。

 

 

 

 

 

「それで、一体全体どうしたら缶ジュースに頭を突っ込むことになるんだよ?」

 

 駆け込み乗車ならぬ駆け降り降車をやらかした俺は、駅員さんに白い目で見られた。

 ホント、すみませんでした……みんなはやらないようにね。

 それから駅を出て、近くにあった公園のベンチに座りこんで、手に持った缶ジュースに話しかける。

 何を隠そう、この缶ジュースに身体を突っ込んでいる体長十五センチほどの少女こそ、俺のICカードに宿った『ちっぽけな神さま』こと、ツクモだ。

 因みに、名前は九十九神から来ている。

 

『えっと、ヌシさまがくれたビー玉を眺めてい』

「その辺はアマテラス様に聞いたからカットで」

 

 ツクモの言葉は、缶のせいでくぐもっていて聞き取りづらい。

 手のひらに乗った彼女を、耳のそばに近づけて会話する。

 

『落っこちたビー玉が、缶の中に入っちゃったんです』

「まさか、取り出すために身体突っ込んで、抜けなくなったのか?」

『………はい』

 

 なんでや、缶をひっくり返せば取れるやろ。

 と思ったが、ツクモの身長は十五センチあまり。缶ですら自分の身長を超えることが侭ある。

 それをひっくり返すのは、ツクモにはだいぶ手間なことだ。

 そう考えれば、缶の口に身体を突っ込むのも分かる気がする。

 

「取り敢えずヌシ殿、引っこ抜けんかの?」

『お願いします、ヌシ様』

 

 アマテラス様の提案に、ツクモが頷く。

 もう一度言うが、今のツクモは缶に身体を突っ込んでいるせいで、彼女の言葉がひどく聞きづらい。

 だから、ツクモを手のひらに乗せて耳元まで持ってきていた。

 そんな彼女がぺこぺこと頭を下げるものだから、缶が俺の頭にガンガンとぶつかるわけだ。

 たいして痛くもないけど。

 

 俺はツクモを一旦膝に乗せた後、右手で缶を掴む。

 そして左手でツクモの細い両足をつまむと、ぐっと引っ張ってみる。

 だが、しっかりとハマってしまったのか、簡単に抜けそうにない。

 

『イタタタタ! 痛いです、ヌシさま!』

「あ、すまん」

 

 慌ててツクモを引っ張るのを止める。

 残念ながら、一センチも抜け出せていない。もう少し頑張れば多少は抜けたかもしれないが、ツクモが痛がるので無理はできない。

 

「もういっそ服ってことにするかの?」

『なるほど、ツクモ缶ですね!』

「いや、無理だろ」

 

 というか、俺は嫌だよ。

 何が悲しくて空き缶に足が生えたのと旅しなきゃならないんだ。

 だいたいツクモ缶って何だよ。金の天使なら1枚、銀の天使なら5枚で交換出来るのか?

 因みに、あれ、銀の天使は意外と当たる。俺は銀の天使で缶を3缶貰った。

 金? 都市伝説だろ。

 

「しっかし、どうすっかな……」

「缶を切れんかの?」

「切ろうにもハサミとか持ってないし」

 

 たとえ持っていても、口の部分は硬いから切れない。

 あー、でも今の状態よりはマシか。前が見えるようになるし。

 

「アマテラス様、なんかこう、ちょちょいのチョイで何とかならない?」

 

 さっきタライ出してたじゃん。

 あんな感じにハサミ出してくれればいいんだけど。

 

「む、そうじゃな」

「お、出来るの?」

「任せておけ、むむむ……ほい!」

 

 パアァとアマテラス様から光が発せられ、それに合わせて俺の頭上にも光が集まって……ん? タライと同じ?

 

「あっぶねえ!」

 

 光が集まって形成されたのは、間違いなくハサミだ。

 そしてタライと同じように俺の頭に落ちてきて、俺は慌ててその場から飛び退く。

 ハサミは俺の髪を数本散らした後、地面に突き刺さり、すぅっと消えていった。

 

「すまんすまん、ヌシ殿の頭上に形成するようセットしておったのを忘れておった」

「勘弁してくれよ、ヒヤリハット事例だよ、ハインリッヒの法則だよ」

 

 マジでヒヤリとした。背中が冷や汗で冷てえ。

 ちらりとツクモを見れば、ベンチの上でオロオロしていた。

 周りが見えない中、俺たちの会話で何かが起こったことはわかったのだろう。

 しかし、何が起きたのかがわからないし、俺たちが何処にいるのかも分からない。

 そんな中でも、こちらを心配して座っていられなかったのだろう。

 

「あー、ツクモ、取り敢えず怪我とかは何もしてないから安心しろ」

『本当ですか?』

「ホントだ。だから落ち着いてその場に座れ。あと二、三歩歩いたらベンチから落っこちるぞ」

 

 取り敢えず、その場にツクモを座らせ………あれだな、座ると空き缶が逆さに置いてあるようにしか見えないな。

 このまま置いていったら、間違いなくゴミ箱にシュートされるわ。

 

「気を取り直して、もう一度じゃ」

「今度は大丈夫だろうな?」

「うむ、任せておけ」

 

 さっきと同じようにアマテラス様が光りだした。

 だが、今度は俺の頭上ではなく、丁度胸の高さで光が集まっている。

 その光が何やら形作り、光が収まった時には、目の前には断ちバサミが浮いていた。

 

「断ちバサミかよ、缶を切るにはデカくね?」

「大は小をかねると言うじゃろ」

 

 いや、モノには適正と適切というのがあるんだが。

 正直、こんなの逆に切りにくいわ。間違ってツクモまで切りそうだし。

 

「慎重に切れば大丈夫じゃ」

『私、ヌシさまを信じてます!』

「プレッシャーかけんじゃねえよ!」

 

 とにかく、慎重に行わねばなるまい。

 目の前でふよふよと浮いている断ちハサミを手に取り、ツクモを再び膝に乗せる。

 それから、缶の底を切るためツクモを押さえつけて、断ちバサミの刃をあてがう。

 そして、ゆっくりと断ちバサミに力を入れ………たところで時間切れ。

 断ちバサミはすーと消えていった。

 

「………」

「い、いやいや、今のは早く切らないヌシ殿が悪いじゃろ!」

 

 そりゃ、一理あるけどさ。

 それよりもアマテラス様がハサミの顕現時間を伸ばすのを忘れたのが原因だろ。

 

「はあ、いいからもう一回出してくれ。今度はすぐに切るから」

「あー、それが、じゃな」

 

 いつもはきはきしているアマテラス様が、珍しく言葉を濁す。

 

「なんだよ?」

「……すまぬ、神通力が切れた」

 

 …………絶大な神通力()

 

「し、仕方ないじゃろ! この化身は御霊分けした分体、それほど多くの神通力は持てんのじゃ!」

「じゃあ、めがみモードになればいいじゃん!」

「簡単に言うでない! どれだけ願い事のスケジュールが埋まっておると思っておる。そう簡単に本体になどなれんわ!」

 

 神格試験の時はいつも本体じゃん。

 それ以外にも、他の女神に会うときは大体めがみモードだし。

 

「あれは神格試験に合わせて必死で仕事を終わらせておるのじゃ! それに、他の女神に会うのに分体とか、失礼じゃろ。じゃから仕事より優先して本体になっておるのじゃ!」

 

 やだ、女神業界、思ったより会社っぽい。

 女神が社長で、眷属や分体は社員。

 他の女神(社長)に会うのに、分体(社員)を出すわけには行かないってか?

 しかも、相当ブラック企業。

 そう言えば、人々の願いに目を通すだけでも一苦労とか言ってた。

 そりゃ、自分の仕事を押し付けられる新しい女神が欲しくなるわけですわ。

 

「結局、アマテラス様には頼れないわけか」

 

 どうすっかなぁ。

 リュックサックの中になんかないかな?

 えーと、タオル、手帳、筆記用具、財布に携帯、それと……

 

「携帯用シャンプー? こんなの買ったけ?」

「この間、草津の温泉に行った時に買ったではないか」

「ああ、そうだそうだ。確かに買ったわ」

 

 草津は良かったなぁ。

 もともとはツクモのもののけ退治で草津に行ったのだが、草津に行く道中の電車で、温泉まんじゅうや温泉たまごの話をツクモにしたら、ツクモの目がシイタケになってね。

 もののけ退治がスムーズに行ったら、温泉入って、まんじゅうとか食べようかなんて言ったら、ツクモの奴、銀のもののけを神通銭も使わずに瞬殺しおった。

 げに恐ろしきはツクモの食い意地。

 温泉? よかったよ。

 思わず、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ~、って言っちゃうくらいには。

 ツクモとアマテラス様?

 アマテラス様がちゃっかりめがみモードになって、二人で女湯ですが何か?

 

「そう言えば、昔、俺がおもちゃに指を突っ込んで抜けなくなったとき、母さんが石鹸を使って抜いてくれたっけ」

 

 石鹸でヌルヌルになって、すぽんと抜けたんだよな。

 ふむ………同じ要領で行けるか?

 

「ツクモ、服が濡れるけど大丈夫か?」

『大丈夫です、ヌシさま。ICカードの中で着替えをすれば、すぐに綺麗になりますから!』

 

 わー、うらやましー。

 洗濯いらずじゃん。

 

「よし、かけるぞー」

 

 パカリという音と共にシャンプーの蓋が空き、膝の上でうつぶせにしたツクモの上で傾ける。

 とろりとしたシャンプーが容器から垂れ、ツクモの腰からお尻の部分を白濁した液t

 

「どあほう! それは描写してはダメなやつじゃ!」

 

 ガアアンッという音がしたかと思えば、俺は激しい頭痛(物理)に襲われた。

 ま、またタライか。

 

「ぬおおおぉぉぉっ!!」

「まったく………」

 

 だ、だが、ナイスだアマテラス様。

 俺も、「あ、これ、やばくね?」って思ってたところだ。

 

『ぬ、ヌシさま?』

「大丈夫、大丈夫だから」

 

 だから、立ち上がらないでくれ、ツクモ。

 立ち上がると、お前にかけたシャンプーが背中から太ももの内側の方へ伝わって、まるでs

 

「そい!!」

 

 ガアアアアンッ!

 

「ぬおおおおおおぉぉぉぉ!!」

 

 割れる、脳が二つに割れるッ!

 だが、ナイスだアマテラス様!!

 

「まったく、ヌシ殿のせいで緊急用の神通力まで使ってしまったではないか」

 

 これで本当にすっからかんだと、アマテラス様は言う。

 痛みの涙でにじむ眼でアマテラス様を見れば、背中にある日輪をデフォルメした赤い紋章が無くなっている。

 あれ、神通力のタンクだったんか。

 

「もうよいから、はようツクモを引っこ抜けい」

「………はい」

 

 描写はしない、描写はしない、描写はしない。

 よし!

 

「そい!」

 

 すぽんとツクモが抜けた。

 ちょうど万歳をするような形で、その上げた両の手でビー玉を掲げ持っていた。

 

「やーっと抜けた……」

 

 まったく、ビー玉のせいでとんだことになったものだ。

 誰だ、ツクモにビー玉あげたの。

 俺か。

 

「はよ、着替えて来い」

 

 俺はツクモに、彼女の宿ったICカードを差し出す。

 すぐにツクモはICカードに潜っていき、戻ってきた時には着ていた紺のワンピースは新品同様になっていた。

 

「ありがとうございます、ヌシさま!」 

 

 ああ、ツクモの純粋な笑顔が俺には眩しい。

 お前はお日様みたいな女神になれるよ、俺が保証する。

 

「ヌシ殿の心が汚れきっとるだけじゃろ」

「言っとくけど、俺の考えが分かるアマテラス様も汚れきってるからな」

 

 それを言うと、ついっとアマテラス様は目をそらした。

 

「………人々の願い事にはな、たまに欲望が交じるんじゃ。無論、見つけ次第除くがの」

「………ツクモの仕事は、そういうの除いたものだけを回してくれな」

「もちろんじゃとも」

 

 ツクモは俺たちの会話についてこれず、頭にハテナマークを浮かべていた。

 うん、わからなくていいんだよ。

 

「ヌシさま、アマテラスさま、そろそろ行きましょう」

 

 ふよふよと浮いたツクモが俺の手を取って、引っ張っていく。

 とはいっても、サイズが違うせいで人差し指を抱くような形になるのだが。

 

「おいおい、行くって何処にだよ?」

「もう、忘れたんですか? もののけ退治です!」

 

 あー、すっかり忘れてたわ。

 そう言えば、この駅で降りたのも、それが目的だっけ。

 もうすっかりクタクタだけどな。

 

「終わったら、美味しいものを食べましょう!」

「お前、それが主目的になってないだろうな?」

「ギクッ。そ、そんなことないですヨ」

「いや、口でギクッて言うなよ」

 

 バレバレやん。

 ホント、嘘が付けないんだから、この子は。

 

「………ま、いいか」

「ヌシ殿は甘いのう」

「自覚してるよ」

 

 けどさ、ちょっと前までは想像も出来なかった、こうやってドタバタしながらも楽しい旅が出来るのはツクモのおかげなんだから。

 少しぐらい甘くてもいいだろ?

 




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二駅目 OL

おひさまケープに御利益が欲しい。せっかく可愛いのに、着る出番が写真撮るときだけなんて悲しすぎる。
機嫌が下がり難くなるとか、さ?


 ………突然なのだけど。

 私の交通ICカードは“神さま”なのよ。

 そうは言っても、生れたばかりの“ちっぽけな神さま”なのだけどね。

 

 ………ねえ、知ってるかしら?

 神さまにだって“願い事”があるそうよ。

 明日晴れますようにとか、お供え物が増えないかなとか、へびつかい座をメジャーにしたいとか。

 私は、これまで神さまの存在なんて信じてなかったわ。だから神さまにも人と同じ心があるなんて欠片も想像したことなかった。

 だれど、今だからこそ分かるわ。

 神さまと言われていても、私たちと何ら変わらないのだと。

 

 さて。

 何故こんな話をしたかというと。

 今、私のハンカチを布団にして寝ている“ちっぽけな神さま”にも願い事があるそうなのよ。

 本人、いや本神? 本柱? はちっぽけな願いなんて言うけどね。

 私にとっては、とても大きく思える願い事。

 

 誰かを明るく照らせるような。

 キラキラ輝く“お日様”みたいな。

 そんな“立派な神さま”に、なれますように。

 

 そんな私には持つことすら出来ないような夢を語る“ちっぽけな神さま”との旅を忘れたくなくて。

 こうして文章ファイルとして記録することにしたわ。

 …………目下の悩みは、私の仕事が忙しすぎて記録が増えないことね。

 

 

 

 

 

 関西と関東を最速で結ぶ、新幹線のぞみ。

 その東京行きの最終列車の車内は、平日なせいもあり、人が疎らで。

 のぞみが走る音が、僅かに聞こえるだけ。

 車窓は車内との光度の差もあって、外の景色ではなく鏡のようにこちらを写す。

 だから、そんな見飽きた自分の顔が写るだけのものに興味はなく、私の視線はシートバックテーブルに置かれたノートパソコンと、手元に持った紙の資料をひたすら往復している。

 静かな車内の中、私が立てているキーボードを打つ音がひどく大きく聞こえる。

 

「のう、ヌシ殿」

 

 そんな中で、私に話しかけるものがいた。

 ズレかけたブルーライトカットのメガネをかけ直しながら、声のする方をチラリと見れば、おさげを結った可愛らしいテルテル坊主が、ふよふよと浮かんでいる。

 非科学的な光景なのは間違いない。私はもう慣れてしまったが。

 

「随分と忙しそうじゃな」

「忙しそうではなく、忙しいのよ」

 

 てるてる坊主、アマテラス様の言葉に素っ気なく答えてしまうが、事実、とんでもなく忙しい。

 今日中に出さなくてはいけない書類が、あと4つもあるのだ。

 こうして会話している今も、キーボードを打つ音は止まらない。

 音ゲーの最難易度がかくやあらむというところか。

 

「用事はそれだけ?」

「いや、ツクモが寝てしまったのでの」

 

 その言葉に私はキーボードを打つのを止めて、隣の空席に目を向ける。

 そこには、体長15センチほどの少女が、身体を丸めるようにしてすやすやと寝ていた。

 彼女こそが、私のICカードに宿った"ちっぽけな神さま"こと九十九神の「ツクモ」だ。

 無邪気な寝顔に、つい笑みがこぼれてしまう。

 

「静かだと思ったら……」

「うむ、つい先ほどの。それで、何か掛け布団になる物を持っておらぬか?」

「ハンカチで良いかしら」

 

 私はポケットからお気に入りのハンカチを取り出すと、ツクモに掛けた。

 それをアマテラス様が、ツクモの肩までかかるようにハンカチをかけ直す。

 やはり、久しぶりにもののけ退治をしたから疲れたのだろうか。

 

「いや、ヌシ殿と久しぶりのお出かけではしゃいだせいじゃろう」

「そう………」

 

 指先で頭を優しく撫でてあげれば、気持ちよいのか、無意識ながらも頭を擦り付けてきた。

 その姿に愛情がわくと同時に、胸に罪悪感が過ぎる。

 前は週末になると毎回、ツクモの女神のお仕事のために彼方此方行っていたのだが、ここ数ヶ月はほとんど出来ていない。

 それどころか、ツクモとゆっくり話す時間すら取れなくて、寂しい思いをさせてしまった。

 今日もののけ退治に行けたのだって、ホントに偶然。

 出張先での仕事が、想像以上にスムーズに終わり、午後のスケジュールがぽっかり空いて。

 それで、偶々近くにもののけが発生しているということで退治に行ったというわけだ。

 もっとも、帰り際に今日中の仕事が4つも舞い込んだのだが。

 

「アマテラス様も寝たら? 東京までまだまだかかるわよ」

「ふむ……ヌシ殿、何か手伝えることはあるかの?」

「あら珍しい。アマテラス様が手伝ってくれるなんて」

 

 普段、私が家で仕事をしていても、手伝ってくれることはない。

 アマテラス様自身も多忙の身なので、仕方がないのだが。

 

「何、偶には良いじゃろ」

「それじゃ、ここの数値を上から順に言ってもらえるかしら」

「任せよ」

 

 私が膝の上に置いた資料を読み上げていくアマテラス様。

 それからしばらくはアマテラス様の読み上げる声と、私のキーボードを叩く音だけが車内に響いた。

 

 

 

 

 

「そう言えば、アマテラス様」

 

 20分ほどで数値の入力は終わり、一先アマテラス様はお役御免となる。

 残りの仕事は報告書や見積書の作成なので手伝えることがないのだ。

 でも、アマテラス様のおかげで一つの仕事が早く終わり、おかげで雑談しながら仕事を進められる余裕が出来た。

キーボードを打つ音は先ほどよりも緩やかだ。

 

「最近、ツクモと一緒にテレビ見てるじゃない」

「うむ、ヌシ殿が忙しい間、ツクモに少しでも言葉を学んでもらいたくての」

 

 ツクモは、実は喋れない。

 正確には、「人の言葉」を知らないせいで、自分の思いを伝えられない。

 彼女の髪飾りの「勾玉」が翻訳機の機能を持っているため、私とコミュニケーションを取れるようになっているが、それを外すと「ほにゃほにゃ」としか喋れないのだ。

 その「勾玉」はアマテラス様からの借り物の力であり、ツクモが一人前の女神になるには「勾玉」なしでも人とお話出来るようにならなければいけない。

 だから、日々ツクモは「言葉」を勉強している。

 いるの、だが……。

 

「アニメばっかり見せるの、止めてくれないかしら」

「ぎくっ……さ、さあ、何のことかの?」

 

 目を逸らしながら答えるアマテラス様。うん、バレバレね。 

 別に、私もアニメとかは嫌いじゃないし、ツクモに見せたっていいとは思う。

 

「だけど、ものには順序と限度があるわよ」

 

 今日、久しぶりにじっくりお話したツクモは、

 

「まさか、あの純粋なツクモが「あぁ^~心がぴょんぴょんするんじゃぁ^~」なんて言うとは思わなかったわ」

 

 見事にアニメの影響を受けていた。

 最初に聞いたときは、思わず耳の掃除をしてしまった。

 でも、その後も続く「煩わしい太陽ね」や「オワコン」に、これは現実なのだと認めざるを得なかった。

 

「どうせならフレンズ語でも教えなさいよ。あっちならツクモにぴったりだから」

「うむ、ワシもそう思ったんじゃが、フレンズ語は「すごーい!」とか簡単な言葉じゃろ? だから既に『言葉』として知っておってな。それよりも普段聞きなれない言葉の方が気に入ったようじゃ」

「それで変なのばっかり覚えていたのね」

 

 ホント、もう。

 もののけと戦う時だって「モノノケ殺すべし。慈悲はない」とか「駆逐してやる!」とか。

 本人はのりのりで言っているのだけど、あまりにツクモに合っていなかった。

 

「まあ、過ぎたことはしょうがないわ」

「うむ。恐らく一過性のものじゃろう。ヌシ殿が新たな『言葉』を教えれば、すぐに忘れるだろうて」

「だといいのだけど」

 

 いつしか新幹線は都市部に入っていた。

 先ほどとはうって変わり、光るネオンサインや、立ち上るビル群に灯続ける明かりが車窓から伺え、その眩しさに私とアマテラス様は目を細める。

 きっと、高い所から望めば綺麗な夜景になるのだろう。

 今はただ、近さ故に眩しさしか感じはしないのだが。

 

「のう、ヌシ殿」

「何かしら?」

「人は、凄いのう。夜だというのに帳が下りておらぬ。ほんの少し前まで、お日様に合わせた生活を送っていたというのに」

「随分と唐突ね」

「なに、前から思っていたことを口にしただけじゃ」

 

 アマテラス様は太古の昔より、人々を見守り、導いてきた大女神。

 だからこそ、ここ百年の人間の技術進歩に驚くのだろう。

 

「でも、事務所の明かりくらい消えても良いとは思うけど」

「………本当にヌシ殿は残業が嫌いじゃのう」

「無駄に残業しているのが嫌いなの。効率よく業務を行い、明日に回せるものは明日やる。お金のために残業するなんて、ナンセンスだわ」

「その割にヌシ殿は残業から抜け出せておらぬようじゃが?」

「それは言わないで。あくまで理想論なんだから」

 

 それもこれも、炎上しているプロジェクトの立て直しに突っ込まれたせいだ。

 ああ、早くこの案件を片付けて、また週末旅行の日々に戻りたい。

 ツクモと全国を巡るうちに旅の楽しさに目覚め、無趣味だった私の唯一の趣味になった。

 もちろん主目的はツクモのお仕事を進めて神格を上げること。それは忘れていない。

 

「話がズレたわ。たしか、人類の技術革新についてだったわね」

「別にそんなに大それた話をするつもりはないのじゃが………ただ、今の勢いのまま人が歩んで行くのならば、百年後はどうなっているのかと思ったのじゃ」

「百年後ねぇ……」

 

 私は、まず間違いなく亡くなってるだろう。

 流石に百三……ゴニョゴニョまで生きられるとは思わない。

 まあ、アマテラス様にとってはちょっと先の話なのかもしれないが。

 

「そうね、月旅行ぐらい出来るかもしれないわね」

「月のう……」

 

 私の答えに、アマテラス様は顔をしかめる。

 どうやら乗り気じゃないようだ。そこそこロマンチックな答えだと思ったのだが。

 

「ああ、いや、別に月が嫌いなわけではないのじゃ。ただ、のう……月にはツクヨミの奴がおるでな」

「ツクヨミ?」

「む、知らぬか?」

「聞いたことくらいならあるわ」

 

 ツクヨミ、月読命。

 確か、古事記だと天照大神の弟だったか妹だったかで、月を司り、夜を統べる神様だ。

 

「うむ、大体合ってるの。月の女神で、夜之食国(よるのおすくに)を統べる長じゃ。じゃが、彼奴(あやつ)は妹でも何でもないからな、勘違いするでないぞ」

「あら、違うの?」

「違うわっ! 彼奴が妹など、考えるだけで腹立たしいっ!!」

 

 力一杯否定するアマテラス様。

 その顔は怒りで赤く染まり上がり、頭からは湯気が吹き出している。

 女神化していたならば、歯ぎしりが聞こえたことだろう。

 随分とそのツクヨミのことを嫌っているようだが、何かあったのだろうか。

 

「彼奴はホントにロクなことをせん! この間だって高天原(たかまがはら)で神々の会合があったのじゃが、あろうことかツクヨミの奴、余興と称して太陽を月で隠しおったのじゃ!」

「……ただの日食じゃない。余興なら別に大したことないでしょ」

「大アリじゃ! 日食と違って突然真っ暗になるもんじゃから地上は大混乱。ワシが慌てて元に戻したのじゃが、彼奴はそれを見て大笑い! お陰でワシの面目は丸つぶれじゃ!!」

 

 つまり、アマテラス様が主催となって会合を開いたら、思いっきり邪魔されたってことなのだろう。

 

「何よりも許せんのは、あの体型じゃ! 身長は無駄に高いし、胸は無駄にデカいし、なんじゃあれはっ! 一緒に神格を上げとった頃は、ワシと変わらんかったではないか!?」

「……ああ、同期だったのね」

 

 それで、古事記では姉妹(兄弟)のように書かれているわけね。

 この分なら、もしかしたらスサノオって神様の同期もいるのかもしれない。

 

「彼奴と話すときは必ず見下ろされるのじゃ! 分かるか、この屈辱ッ!! 挙句の果てには「首が疲れるので台に乗っていただけませんか、アマテラス様(笑)」じゃと!? ぬがああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」

「どうどう、落ち着いてアマテラス様。ツクモが起きちゃうでしょ」

「あ……す、すまぬ」

 

 激昂していたアマテラス様であったが、ツクモの存在を思い出したお陰で少し落ち着きを取り戻した。

 まだ少し顔に赤みがあるが、少なくとも湯気は出ていない。

 

「コホン………まあ、あれじゃ。そういうわけで月に行くのは勘弁じゃな」

「ええ、そのようね」

 

 この分では、今後は月を話題に出すのも避ける方が良いだろう。

 今ここで地雷だと知ったものを、わざわざ踏み抜く必要はない。

 

「……話を戻しましょう。逆に聞くわ。アマテラス様は百年後、人類はどうなってると思うかしら?」

「ふむ………ここ最近の発展が激しすぎて想像がつかんな」

 

 じゃが、とアマテラス様は言葉を続ける。

 

「きっと、ワシら女神に対する信仰心は、今よりも薄れているんじゃろうな………」

 

 言葉と共に、アマテラス様は寂しさのため息を吐いた。

 科学が発展するほど、人は目に見えるものを信じるようになり、目に見えぬものを軽んじるようになった。

 残念ながら、女神に向けられる信仰心とて例外ではない。

 

「ここ最近の信仰心の減少は、到底無視できるものではない。現に女神の姿を保てなくなった者もおる」

 

 女神に限らず、神々は人々の恐れや信仰心によって、その存在を維持している。信仰心の減少は神々にとって、命に関わる問題だ。

 もちろん、このままではいけないと様々な手を打っている。だが、それでも信仰心は減る一方。

 

「中には、これも時代の流れと諦める者もおる」

 

 そうして消えていった神々を、アマテラス様は何柱も見送った。

 

「諦めるつもりはない。ないが、ワシも思ってしまうのじゃ。これも時代の流れなのじゃと」

 

 だから、きっと百年後は今より信仰心は少なくなり、ワシの神力も下がっているのじゃろう。

 アマテラス様は、そう呟くように言った。

 そんなアマテラス様を見て、私はキーボードを打つのを止め、彼女に向かって手を伸ばした。

 

「ヌシ、殿……」

 

 左の手のひらに収まったアマテラス様は、普段よりもずっと小さく見える。

 私は右手をアマテラス様の頭まで持って行き、

 

 

 

 デコピンで思いっきり弾き飛ばした。

 

 

「のわああああぁぁぁぁッ!?」

 

 アマテラス様は物凄い速度で前の座席を飛び越えて飛んで行き、1センチしかない彼女はあっという間に見えなくなった。

 布のような身体をしているから柔らかいのかと思っていたが、存外硬かった。思ったより飛んだのは、そのお陰だろう。

 

「な、何するんじゃー!!」

 

 すぐさま戻ってきたアマテラス様は、眼を釣り上げて怒っていた。まあ、当たり前よね。

 

「おかえりなさい」

「うむ、ただいま……って、違ーうッ! 何故いきなり飛ばしたか問うておるのじゃ!」

 

 何故、ねえ。

 別に私だからやったわけじゃなくて、例えばアマノウズメ様がこの場に居たら、やはり同じことをすると思う。

 あ、いや、ウズメ様はデコピンしないか。でも、「めっ!」はするでしょうね。

 だって、

 

「貴女らしくないわよ、アマテラス様」

「むっ……」

「傲岸不遜で得手勝手、大きいのは神通力だけで、見た目も中身も小さな子供の貴女が、一丁前にうじうじ悩んでいるんじゃないわよ」

「ヌシ殿、ワシに喧嘩売ってるじゃろ!?」

「黙らっしゃい、この駄女神。ちょっと信仰心が減ったぐらい何よ。減ったなら増やすなり濃くするなりすればいいじゃない」

「じゃが……」

 

 アマテラス様が紡ごうとした言葉を手で制す。

 弁明なんて必要ないのだから。

 

「いい、アマテラス様。貴女は女神の中の大女神、絶大な神通力を持ってしてこの世を天ねく照らし、みんなを『導く』女神なんでしょ。そんな貴女が不安になっている姿を、導かれている私たちに見せたら、みんな不安や不信を抱くに決まってるじゃない」

「………」

「信仰心のことで愚痴を言うのは良いわ。でも、諦めるような素振りは見せちゃ駄目。いつもみたいに笑って怒って吹き飛ばすくらいじゃなきゃ。トップっていうのは、そういうものよ」

 

 私の言葉を、アマテラス様は目を瞑り聞いていた。

 しばらくして、アマテラス様はゆっくりと目を開けて言った。

 

「そうじゃな、ヌシ殿の言う通りじゃ」

 

 もうアマテラス様には、あの寂しげな暗さは宿っていない。

 

「そうじゃ、皆が健やかに過ごせるよう導くのがワシの役目! こんなことでうじうじするのはワシらしくない!!」

「そうそう」

「天から見下ろす太陽、誰のお陰で輝いておると思う。ワシのお陰じゃ! 縁側で日向ぼっこ、誰のお陰で出来ると思うておる。ワシのお陰じゃ! そう、この世を天ねく照らす大女神とはワシのことじゃ!!」

 

 やれやれ、やっと調子が戻ったようね。

 やっぱりアマテラス様はこうでなくちゃ。

 

「ヌシ殿、拝んで良いぞ!」

「ふふっ、かしこみかしこみ」

 

 私は少し戯けながら手を合わせて拝む。

 そんな様子でもアマテラス様は満足して、ふふんっと胸をそらした。

 

「ヌシ殿も偶には良い事を言うのぅ」

「偶にって何よ」

「お陰で信仰心の問題も解決しそうじゃ」

「………え?」

 

 どういうことだろうか?

 大女神、というか集団のトップとしての心構えはアドバイスしたが、信仰心のことなんて別に………。

 

「ほれ、増やすなり濃くするなりすれば良いと言ったではないか」

「………ああ、それね」

「目から鱗が取れたようじゃぞ。増やせないなら、質を良くすれば良いのじゃな」

「まあ、それが一般的じゃない?」

「というわけでヌシ殿、神主になるのじゃ」

 

 ………ん?

 待って、意味が分からないわ。何で私が神主?

 

「ヌシ殿から得られる信仰心はとても質が良いのじゃ。さっき軽く拝んだだけで信仰心が満ちるのを感じるくらいにのう」

「ホントに軽く拝んだだけなのだけど」

「そんなヌシ殿がちゃんと貢ぎ物を持ち、儀式を以ってして信仰心を捧げたら、どうなると思う?」

「まあ、今よりずっと信仰心を得られるんじゃないかしら?」

「つまり、そういうことじゃ」

 

 待って待って、ちょっといきなり過ぎる。

 そもそも神主になるのだって、そういう大学で勉強して資格を取る必要があるし、第一私は今の仕事を辞める気はない。

 

「心配いらぬ。神主が居らん神社など山のようにある。一つや二つ使っても構わんじゃろ。それにヌシ殿は、普段から辞めたい辞めたいって愚痴っておったではないか」

「ホントに辞めるとなると色々面倒なの!」

 

 というか、いくら女神様から許可を貰ったとしても、書類上のことはどうしようもないわけで。

 勝手に神主なんてやったら、きっとお縄にかかってしまう。

 

「仕方ない。それでは家に神棚を作って、簡易な神社とするかの。それなら問題なかろう?」

「私の負担が増えるのは確定なのね……」

「まあ、半分は実験みたいなものじゃ。すまぬが付き合ってくれ」

「……はあ、わかったわよ」

 

 ため息を一つ吐いて私は了承した。

 ちょうどそのとき、車内アナウンスが流れた。どうやらもうすぐ降車駅に着くようだ。

 私はアマテラス様との話を切り上げて、広げていた資料やパソコンを鞄に詰め始めた。

 最後に寝ていたツクモを起こして、三人で新幹線を降りるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今になって後悔している。

 あの時、軽い気持ちで神主なんて引き受けるんじゃなかったと。

 せめて、アマテラス様に口止めさえしていれば、自慢話という形で私のことが神々に広がることもなく、私が祀る神様の数も少なくてすんだのではないか。

 そうすれば、毎月飛んでいくお賽銭代も少なくてすんだだろうし。

 

 今月も、もやし生活が始まるわ………。




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