とあるヴィラン少女の話 (サシノット)
しおりを挟む

活動ファイル1 私はこんな人間です
活動報告1 こんな経由で就職しました


初めての投稿となります。
拙いところが多々あると思いますが、よろしくお願いします。



世界総人口の約8割が超常能力“個性”を持つ超人社会となった現代。

 

“個性”を悪用する敵…“ヴィラン”に個性を発揮して取り締まるヒーローは人々に讃えられていた。そして、ヒーローは名誉ある華々しく、活躍すると多大な収入がもらえる…まさに一攫千金が可能な夢のある職業でもある。

 

現在、そのヒーローたちは個性で怪物化したひったくり犯のヴィランを拘束し、目の前で人々に称賛されていた。この光景は生まれて何度目に見たのだろうか。世間の人からすればこの光景は好ましいものだろう。けれど私はそこまでいいものとして見れなかった。

 

「ヒーローね…」

 

こんな輝かしいヒーローの裏側ではブラック企業よろしくの事務所があったり、スキャンダルが報じられて引退を迫られたり、一攫千金も一部のヒーローしか手に入れない競争率が高い。

 

それと表に出てはいけない秘密を抱え持っていたり、芸能人顔負けの清らかな外面が求められる。要するに人によってはストレスマッハ状態で仕事をしないとならない。無理無理、絶対に私は嫌だ。

 

それに私はヒーローになれない。

なぜなら、私の家が貧乏だからである。

 

優れたヒーローになるためにはそれなりの教育を受けてヒーロー免許を取得しなければならない。それには教育費やらライセンス費がどうしてもかかる。一攫千金を狙うのはいいが、そこまでにもお金がかかるのは世知辛い世の中である。

 

資本主義の生み出した弊害というべきだろう。今のところ主に父の稼ぎでギリギリ学費は納められてはいるものの高校生になれば学費も払えなくなるだろう。そんな経済状態の真っただ中にいる私にとってお金の問題は解決しようがない。

 

しかし、そんな私にも中学1年の冬に転機が訪れた。素晴らしい就職先に訳ありで強制入職することになったのだ。

 

すらすらとノートにヒーローのことを細かく書き留めていく。その光景はヒーローオタクと間違われるだろう。正直、ヒーローのことは興味ないがこればっかりは仕方ないと割り切っている。

 

なぜかというと、このノートはその就職先に渡すための重要な情報であり、これをすることが私の仕事であるからだ。大方の作業が終わり、学校へ向かった。

 

「今日の夕飯はパンの耳かな」

 

私、狩野(かりの)(しのぶ)はヴィランの組織に所属し、スパイ活動をしている中学3年生である。

 

 

 

 

 

 

 

改めてヴィランについて説明しよう。

ヴィランとは、個性を使って罪を犯す者、過激な思想を持つ者、現在の社会に反感・恨みを持つ者など…いわゆるヒーローとは対極の犯罪者的な存在である。

 

私は犯罪を犯したいわけでも、過激な思想があるわけでも、社会に不満など無い。ましてやヒーローを憎み、ヴィランに憧れたわけでもない。

 

私は平凡な暮らしを求めていた。一人で生活ができるくらいの収入を得て、平凡に生きて、平凡に死ぬ人生を歩みたかった。ヴィランに加盟したのも特別な理由もなかった。

 

では、なぜ私がそんなクーデター組織の一員になってしまっているのか。

それは今から2年ほど前にさかのぼる。

 

 

そもそも、私がヴィランになったのは父のせいだ。

 

母親は私が3歳の頃に事故で死去してしまった。物心つく前に亡くなってしまったため、私は母親の顔を覚えていない。どうやら母は地元で有名なヒーローだったらしくそこそこ稼いでいたらしい。それなりの生活を営んでいたが、母が死去した事がきっかけで我が家の経済力はがたんと落ちたらしい。

 

そのことを父から聞いた時、私は父が筋金入りのヒモであった事実を受け止めきれず泣いた。その涙に父は二重の意味で私に謝っていた。

 

さらに父と母は駆け落ちで結婚したため、頼れる親族は一人もいなかったのだ。そんな状況をどうにか二人でなんとか生きるしかなかった。

 

父は現実を受け止め、男手一つで私を立派に育てて……いなかった。

 

基本的には家に帰ってくることはない。帰ってきたらお酒をがぶがぶと飲み、女の人を家に連れ込んで「この人はお母さんだよー」なんて言って毎回別人を紹介されて思春期の娘の前でイチャイチャ行為をやってのけるクズである。

 

しかし、そんなクズな父は仕事だけは最低限できるらしく生活費はすべてが負担していた。給料日にはふらりと帰ってきては一万円だけお金を置いて立ち去っていくし、学費もいつの間にか払ってくれている。悔しい事であるが中学生の身分のため、お金を稼ぐ手段はなく父親頼みの生活をしていたのだ。

 

そんな中、父が私の13歳の誕生日にこんなことを言った。

 

「ヒーローって、金がすごく入るイメージあるけどさ。アレって宝くじ以上に競争率が激しいんだって。そんな危険な賭けをするよりももっと楽に稼ぎたくない?」

「…何が言いたいの?」

「忍…ヴィランになって父さんを楽にしてくれないか?」

 

その時の父は唯一の家具、ちゃぶ台にひじを掛けてキメ顔で言い放った。

 

対して私は、どうしてこんなクズに養われているのだろうかと自分を呪った。

 

「人生を楽に終わらせたいなら手伝うわよ」

「それ死んで楽になるってことだよね!?」

「そうとも言うわね」

 

悲しむ父を横目に貴重な白湯を一口飲むと心が落ち着いた。

 

「まったく、忍は父さんが今までどんな苦労をして育てたと思っているんだ。父親のことを感謝する心がないのか?」

「そうね…まずこの家をどうにかしてくれたら感謝するわ」

 

むしろ、風呂無し共同トイレの1Kのボロアパートに娘を放り込んで、いつもフラフラどこか行って帰ってきたと思えば毎回変わるお母さん候補の人との行為を堂々と見せつけて勝手に帰って、お金だけを置いていくろくでなしで最低な父親にどう感謝すればいいのか教えてほしい。私の返答に父は目を泳いでいた。

 

「せ、生活費とか学費とか負担してるし…」

「大抵の人は親が負担するでしょ」

「でも、ときどき顔を見せに帰ってきてるし…」

「単身赴任なら例外だけど時々ってなに? 普通は親子毎日会うものだって聞いてるけど」

「それに、帰ってきて甘やかしているだろ?」

「ええ。お酒飲んで私に甘えてるよね。親としてどうなの?」

 

言い終えると父は涙目になっていた。自業自得である。

別に父がクズなのは最初からだから気にしてないから気にしてない。お酒が好きだろうが、女の人に手を出していようが、ましてや娘を一人寂しい思いをさせようがそれが私の父だから仕方ない。

 

私の倫理観やら道徳を踏みにじり、独特な感性を持った娘に育てたクズなのだから治療しても一生治らないだろう。

 

沈黙が続くと父は真剣なまなざしで私を射抜く。

 

「今日、忍…誕生日だろ?」

「…ええそうね」

「プレゼント、今まであげなかったから今日はあげようかと思って二つ、持ってきたんだ…」

「え?」

 

こんな父であるが、私の誕生日には必ず会いに来てくれる。

 

お金がないためプレゼントは今までもらっていないが一人分にカットされたコンビニのケーキを持ってきて「おめでとう」と一言祝ってくれる。

 

そんなことをするから私は嫌いになれなかった。

 

そして、父からプレゼントがあると聞いて私は心が躍った。おそらく気まぐれで買ったに違いないが初めての贈り物は期待で胸が膨らむ。しかも二つと来た。これを期待せずにいられるだろうか、無理である。

 

ワクワクしていると父は愛用する古臭い鞄から取り出されたのは綺麗にクリアファイルされた紙と一冊の大学ノートであった。そのノートを受け取ると父は気まずそうに目を背けた。

 

「悪い、金が足らなくて…シャーペンの方がよかったか?」

 

そんなことはない。何度も繰り返して言うが我が家は貧乏だ。今までノート類は裏紙やルーズリーフで補っていたため自分用のノートを使ったことがなかった私にとって嬉しいものである。

 

「気にしなくていいわよ。すごくうれしい」

「……そうか」

「大事に使うわ」

 

早速それの表紙に名前を書くともう一つのプレゼントを眼前に突きつけられた。A4用紙に文字の羅列があった。父のことだから何かのクーポン券だと予想したが、そうではなさそうだ。これはなんなのだろうか。

 

「これは?」

「ヴィラン連合の内定通告書!」

「………ん?」

 

…こいつ今、何て言った?

 

思わずその紙を奪い取って内容を確認してしまう。

 

内容を要約すると『当社は貴方をヴィラン連合に加入することを許可します。本格的な活動は中学卒業後となります。それまでは簡単な業務を任せます。なお、詳細は別紙に載せます。よろしくお願いします』ということらしい。

 

父がなんでこんなものを持ってるだとか。

本当にヴィランがくれたものなのとか。

どうせ質の悪いドッキリで偽物だよねとか。

そもそもヴィランって連合があったんだとか。

父のやっている仕事はヴィランと関係あったんだとか。

組織の人はよくこんなクズ男の娘を採用したなとか。

誕生日プレゼントがこんなに嬉しくないものだったとか。

この父親は、勝手に娘を悪者に売った最悪のクズなんだとか。

 

色々と言いたいことがあるけどこれだけは言わせて。

 

 

何 し て ん だ こ の 人 。

 

 

あまりの理不尽な展開に怒りが湧き上がる。一方で父は悪戯に成功した子供のようにニコニコしていた。私は微笑みを浮かべ、その紙を受け取る。

 

「ありがとう。お父さん……これ、ティッシュとして使えばいいのよね?」

「いいわけない!!」

 

折りたたんで鼻をかもうとした瞬間に神隠しのごとく瞬時に奪い取られた。

 

…なるほど。

 

「お父さんが必死に物を奪い返すってことは、その内定書は本物なんだね…」

「見極める基準がおかしくないか!?」

「これが一番手っ取り早いじゃない」

「くっ…否定できないのが悲しい…」

 

どうやらその紙は正真正銘、ヴィランから貰ったものらしい。

 

しかしヴィランに組織があるとは驚きである。それに父を雇用するとは…人事部の仕事がしていないのが目に分かる。私の本能がここはブラックだ…危険だぞと告げていた。

 

…よし、適当に言いくるめてなかったことにしよう。

私は父と向き合ってそれっぽい断り文句を言った。

 

「そもそも中学生を働かせるのは労働基準法的にアウトよね?」

「セーフだ。ヴィランだから」

「その説得力のかけらも感じない説明はなんなの?」

「えーだってヴィランは個性を悪用して犯罪をするし、ある意味社会にクーデターしてる連中だぞ。そんな奴らがいる組織に社会のルールが通じると思うか?」

 

ヴィランは個性を持て余して犯罪を起こす集団のことを指している。彼らは単独犯で動くことが多く集団制はない。しかし、そんな彼らが組織を組んで本格的なクーデター軍団を築き上げた場合、その組織に社会の常識が通じるか? 答えはNOだろう。

 

逆に言えば労働基準法が通じない彼らの組織に加入するということは社畜コース確定になる。

 

絶対に入りたくない。

 

「お父さんは娘に死ねって言いたいの? 物理的にも社会的にも死んでこいって言ってるわよね」

「大丈夫。忍には命がけの任務やら仕事は任せないから」

「例えば?」

「スパイ的な感じでちゃちゃっと情報提供するお仕事。簡単だろ?」

「死ねと?」

 

この人はスパイの定義を見つめなおしたほうがいい。私のイメージするスパイは敵にバレたら味方に首チョンパされるかませ犬ポジだ。どこに簡単な要素があったのか。

 

駄目だ。これは完全なるブラック企業だ。どういう経緯で父は私をダークサイドに引きづり込もうとしたのか知らないが、あまりにもこれはヒドい。

 

「頼む忍!! この通りだ!!」

 

ため息をつくと耐えきれなくなったのか父は土下座してきた。

 

このクズ男にはプライドというものがないらしい。ゴミを見るような目で一瞥すると父は泣き出し、腰に抱き着いてきた。正直、ウザくなってきた。

 

「お願い忍~! 一生のお願いだから~!」

「お父さんの一生のお願いは信用ならないのよ。クーリングオフしてきて」

「ダメ! 書類返したらすごい借金を背負わされるんだ!! いいのか、父さんが東京湾に沈められても! もしくはコンクリで固められても! 心痛まないのか!?」

「…クズなお父さん救うより、OLになってどこかの会社の雑務する方が世界のためと思わない?」

「娘が超冷たい!!」

 

逆にそんなこと言われた後になぜ温かく迎えられると思ったのだろうか。

 

呆れていると、父はなぜか不敵に笑った。こういうときに浮かべる父の笑顔は悪だくみをしているときである。なんだかすごい嫌な予感がした。

 

「ともかく。私はそんなブラック企業に入るはないの。悪いけどコレは返却して…」

「無理だよ」

「なんで?」

 

 

「だって忍はもう契約しちゃったから」

 

 

その言葉に一瞬、時がとまった。

 

「…けーやく?」

「したじゃん。さっき」

「さっき?」

 

そんなこと言われても身に覚えがなかった。契約というと、なにか重要な買い物をしたときや危険性が伴うアトラクションに乗るとき、さらには雇用されるときにするものだ。紙に記載されている契約内容をよく読み、その内容に同意した場合は契約する側が印鑑やら名前を記載するは、ず…。

 

ん? 名前?

そういえば、父にもらったノートの表紙に書いたけど。

 

まさか……

 

それに気づいた瞬間、背筋が凍り付く。父は私が置いてあったノートを取り出して笑顔で差し出した。

 

「これ、実は契約ノー」

「詐欺だ!!」

「うおっ!? あっつ!」

 

父が言い終える前に思い切りちゃぶ台返しをした。残った白湯が父へ降りかかり床も悲惨な事態になっていた。ノートを狙ったがとてつもない反射神経を無駄に発揮した父が守り抜き、シミ一つ付けられなかった。だがそんなことはどうでもいい。

 

信じられないこの父親。

自分の物には必ず名前を書く常識を逆手にとって娘を嵌めた。

 

「馬鹿じゃないの!? 要項とか重要事項が書いてある紙を契約書にするならともかく、そこら辺で売ってるお手軽な大学ノートの表紙に名前を書いたら契約成立って馬鹿じゃないの!? むしろそれで契約したことにする組織がおかしいわよ! ヴィラン連合の経営ガバガバ過ぎない!?」

「ヴィランに常識が通じると思うか?」

「今その言葉聞きたくなかったわ!」

 

先ほどと同じような言葉なのに、こうも理不尽だとこんなに腹立たしいなのか。

 

父はちゃぶ台を元に戻し、飛び散ってしまったお湯を布巾で拭いた。綺麗になったところで私にノートを見せつける様に広げる。

 

「中身見てみ? ご挨拶があるはずだ」

「ご挨拶?」

 

そう言って父はパラパラと最後のページを開く。真新しいノートだから当然、何も書かれていない。何を見せたいのだろうかと疑問に思っていると、誰も書いていないはずのノートに()()()()()()()()()()

 

『初めまして狩野忍さん』

 

ボールペンで書かれたであろう明朝体に近い文字に恐怖した。

 

「なにこれ?」

「とあるヴィランの個性『共有』さ」

「『共有』?」

 

話を聞くと『共有』とは、同じメーカーで同じ種類の二つを対象に発動できる。対象になった二つの物は常につながり合うようになる個性らしい。

 

同メーカーの二冊のノートを対象にしたらAのノートに書かれたものをBのノートにもタイムラグがほぼ無しで投影される仕組みらしい。

 

簡潔に言えばノート版LINEができる個性。

 

なんて活躍が限定的で地味な個性なのだろうか。心のどこかでそのヴィランに同情していると再び文字が浮かび上がった。

 

『私は連合の幹部、黒霧と申します。この度、我々ヴィラン連合へ加盟されることに感謝いたします』

 

…どうやら私は正式にヴィランになったらしい。その知らせを理解した瞬間、人生が終わったことを悟り、崩れ落ちた。

 

「終わった…」

「まあまあ、そんな気を落とすな」

「お父さんのせいでしょ!?」

「それもそうだな!」

 

父は笑顔で言いのけた。本当にこの人はどうしようもないクズである。

 

突然の急展開に頭が追い付かない。とりあえず冷静になろうと深呼吸をしていると父は立ち上がり、玄関に向かった。

 

「じゃあ、そういうことで…お父さん仕事行ってくる」

「よくこの流れで出ていこうとするわね!?」

「ダメだった?」

「ダメに決まってるでしょ!!」

 

今すぐこの契約を取り消してとか、ヴィランになりたくないとか、色々と言いたいことがあった。私は納得もしていないし、勝手に世間の嫌われ者にされてうんざりしていた。

 

だが、父は穏やかな表情を浮かべ、私の頭をそっと撫でたのだ。その動作に私は驚いて何も言い出せなくなった。

 

「忍…」

「なに…?」

「誕生日、おめでとう」

 

それだけ言い残し、父は家を出ていった。本来なら台所に置いてあるケーキと共に贈られる言葉。それを最後に言われて私は動けなくなってしまったのだ。わなわなと体が震え、近所迷惑を覚悟にして私は叫んだ。

 

「なにが『おめでとう』よ!! 最悪のプレゼントじゃない!!」

 

置いて行かれてしまった事実と、理不尽な洗礼にキャパオーバーになりそうだった。ふらふらとした足取りで問題のノートを覗き込むと長々と注意事項やこれからどんな活動をすればいいのかなど、丁寧に書かれてあった。

 

私と父が言い合っている間にこれだけの量を手書きで書ける黒霧さんに感心してしまう。

 

『なにか質問はありますか?』

 

返事を催促され、一通り注意事項を見て私はシャーペンを取り出し、返事を書いた。

 

『今すぐ父をぶっとばしていいですか?』

『、』

 

黒霧さんが驚きのあまり「、」を書いたのを見てこのノートがどういうものなのか、改めて確認した後頭を抱えた。

 

 

 

 

こうして私、狩野 忍は身内がクズなせいでヴィランになりました。

思い出す度に、父にチョロい自分と父をぶん殴りたくなります。




主人公の父親はユーモア溢れ、周りを巻き込みながら突っ走るネタキャラ人です(笑


追記
編集で改行追加と主人公の誕生日の季節は冬にしました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動報告2 友達はヒーローオタクな人です

※タグでもお知らせしましたが主人公の個性は原作キャラと被っています
あと…主人公は肝が据わっています。はい。


かくして私はヴィラン連合に加入させられ、ノートを書くことになった。

 

そのノートを書くにあたってルールと注意事項が主に三つ。

・ノートのページがなくなった場合、父の名義で家に宅配で届く。

・連絡事項をすべてノートで行う。

・必要がなくなったと判断された情報は連絡事項分のページを切り取って破棄するのが基本とする。

 

ついでに、携帯などの連絡手段をやめている理由は警察などに情報が漏洩した場合、厄介だからと書かれていた。携帯の連絡先が知られれば色々とメアドやら電話番号を変えたり新しく買いなおさないといけないのが面倒なのだろう。前例があったのかかなり警戒しているように見えた。

 

私のするスパイ活動は、この近辺で起こる事件を対処するプロヒーローたちがいる現場に向かい、ノートを書き留めること。その書き留めた内容は個性『共有』の力で黒霧(くろぎり)さんのもとへ情報がいち早く届くのだ。

 

ちなみにヒーローが活躍する現場を特定するため、後日連合から支給されたスマホ(なんとタダでもらった)からネットの書き込みやニュースなどの情報で現場に向かっている。

 

…このスマホで黒霧さんと連絡するのはダメなのだろうか。

 

この数年間、ヴィラン活動で黒霧さんという人と連絡を取り合っている。連絡と言っても、もっとこうやって書いてほしいとか、某ヒーローのことについても調べてほしいなどの軽いものばかりだ。黒霧さんの素性は詳しく知らないが、ヴィラン連合の幹部的ポジションにいるのがわかった。ノートに書いたことすべてを見てくれているようで律儀に毎回『ありがとうございます』と丁寧に連絡事項に書いてくれる優しい人であった。もっとも、お互いのためいまだに顔を合わせたことはないのが残念だ。

 

この数年で変わったことと言えば、もう一つ。

友達ができた。

 

「ねえ狩野さん! 今朝デビューしたMt.レディっていうヒーローがいたんだけど巨大化の個性どう思う? 僕が思うにあの個性は人気が出そうだけどそれに伴う街への被害を考えると限定的な活動になりそうだし、大きさは20mいきそうなんだ、それとね――」

 

クラスメイトのヒーロー観察が趣味で、本気でヒーローを目指しているヒーローオタクの緑谷(みどりや)出久(いずく)くんは生き生きと喋っていた。

 

 

彼は私の友達である。

 

 

「そうね。彼女の個性は多少強力なヴィランなら体格差で倒せそうだけど、彼女が活躍できそうなのは二車線以上のスペースが必要かしら」

「確かに…狭い場所で転んだり誤って建物に攻撃したら周囲の被害が想定できるし、建物の密集地だと市民にも被害が及びそうなんだよ…今日デビューしたばかりだから事務所も活動する場所に今後調整が入るかもね」

「あと巨大化が自分で調整できるのか分からないわ。現場を見たけど20mくらいはあったと思うから…自分の意志で10mに調整したり、体の一部分を巨大化できればさらに強力になるかも」

「そっか! そういうことができると建物内での戦闘も可能になるか、それに腕のみの巨大化が可能ならパンチの威力が計り知れなくなるんじゃ…そしたら巨大化する前の彼女の身長を推測して拳の大きさの仮説を立ててみる必要があるか?」

 

すると緑谷くんはブツブツと言いながらノートを広げて目にも止まらぬ早さで計算式を書き始めた。その様子に周りにいたクラスメイトは私たちから物理的に距離を離れてヒソヒソとなにやら耳打ちをしていた。気持ちは少しわかる。

 

このように私たちは周りの目をお構いなしにヒーローオタク会話をほとんど毎日繰り広げている。

 

緑谷くんはこの超常社会では珍しい“無個性”である。

本来、個性は4歳ごろまでに両親のどちらか、あるいは複合的な個性が発現する。緑谷くんは発現をしなかったらしい。それでも憧れである“平和の象徴”と謳われるオールマイトと同じヒーローになりたいという。

 

そんな緑谷くんと出会ったのは中学2年の頃であった。そのときも私は仕事でヒーロー観察をしていた。そこで行く先々で緑谷くんと出会っていき、制服も同じクラスも同じ観察ノートのタイトルが『将来の為のヒーロー分析ノート』とカモフラージュのためにつけたタイトルと同じだった。それに気づいた緑谷くんが同志ではないかと恐る恐る言ってきたので、私は特に考えもせずに頷いてしまったのだ。

 

それ以来、緑谷くんは私と行動するようになった。クラスも中二から同じ、通学時間、休み時間、昼休み、帰り道と二人でいるようになった。そのせいで私がヒーロー志望だと勘違いされているが放置した。なぜなら彼の分析ノートは事細かにヒーローの長所や短所が書かれていたからだ。

 

そのノートの書き方が見やすく、大変参考になった。おかげで仕事も順調に進められたし、彼の分析力が高く見ている視点もいい、会話をしているとそのヒーローの特性が分かってしまうのだ。これでヒーローに興味ないと言ったら彼との仲は悪くなってしまうだろう。それはなんとなく嫌なので黙っておくことにした。

 

しかし、そのことを気にいらない人がこの学校にはいた。その人は大きく舌打ちをしてわざとらしく自分の机に脚を置いて音を立てる。その音で緑谷くんは肩を大きく跳ねさせて怯え、クラス全体が静まり返った。

 

「さっきからぺちゃくちゃうるせぇぞ、石ころどもが…」

 

その人は同じクラスメイトであり、緑谷くんの幼馴染でもあり、ヒーロー志望の爆豪(ばくごう)勝己(かつき)くんであった。彼の個性は『爆破』手のひらから汗線からニトロのようなものを出してそれが爆発する…いわゆる優秀な個性をもっていた。

そんな彼は机に脚をかけてふんぞり返っていた。その姿をちらりと見て、私は…緑谷くんとの会話を再開した。

 

「緑谷くん。考察ある? 見ておきたいんだけど」

「え…う、うん。一応次のページにまとめてあるけど…」

「無視すんなオラァ!」

 

個性を使って彼は私と緑谷くんが使用している机に飛び移って、小爆破を起こした。緑谷くんは瞬時に飛び退いて回避し、私は広げていた緑谷くんのノートを咄嗟に庇い、事なきを得た。かまってあげないとノートを爆破しに来るのを理解し、仕方なく彼と向き合った。

 

「静かにしてくださいよ爆太郎さん」

「誰が爆太郎だ!?」

「鏡でも用意しましょうか? そこに映った人が爆太郎さんです」

「死ね!」

 

超常社会では基本的に個性使用禁止になっているが、大人の目が届かない場所で密かに発動する人もいる。隠れて個性を使う子どもは意外にも多い。目の前の爆豪くんのように。

 

というより、机に土足はやばいのでは…。

机に心配していると爆豪くんは落ち着いてきたのか話をつづけた。

 

「お前ら無駄な事するんじゃねぇよ。デクは無個性で、お前の個性は没個性の上に、ヴィラン向きだしな。ヒーローになる資格すらねぇ」

 

彼の言うことは正しい。ヴィラン向きどころかすでにヴィランになってるし、私にヒーローになる資格もない。どうして的確に言い当てられるのか疑問に思う。

私が無言なのをいいことに爆豪くんは高々に笑った。

 

「俺はな。あの、オールマイトをも超えて…トップヒーローになり、必ずや高額納税者ランキングに名を刻む! だから石ころが無駄な努力しているのを見るとイラつくんだよ!」

 

実際、爆豪くんは頭が良く偏差値は79越え、個性無しでも運動神経は学校トップ。個性も派手でかなり強力だ。要するに性格を除けばこの学校においてのチート的存在である。そんな彼は自信満々に宣言し、ドヤ顔だった。

 

「こんなに横暴でお金に目がくらんだ夢を豪語できるのはすごいと思います。見ていて清々しいですね」

「…あ?」

 

素直な感想を言うと爆豪くんのこめかみに青筋が浮かんでいた。煽ったつもりはないが、腹が立ったらしい。爆豪くんが片手で肩をつかみ、もう片方の手で爆破をちらつかせてきた。彼は女子でも容赦ないのだ。

 

これは色々とまずい。その光景に緑谷くんは情けない声を出して怯えていた。助けは呼べそうにもない。個性を使われたら個性で対抗するしかない。私は仕方なくポケットに手を突っ込んで個性を発動させた。

 

「Steal」

 

個性を発動した途端に爆豪くんは後方へ飛ぶ。避けたつもりだろうけど、もう遅い。ポケットに突っ込んであった手を取り出し、目の前でそれを見せびらかす。女子はそれを見て真っ赤になり、男子はドン引きの表情を浮かべ、緑谷くんは顔を真っ青にしていた。標的にされた爆豪くんは怒りで顔がえげつないことになっていた。

 

Steal…それは名の通り盗む技。相手の所持品を自分の手元へ瞬間移動させる。

 

この状況で一番取られてほしくない物といえばアレしかなかったので盗ませてもらった。大抵の人が穿いているもの。そして日常で穿いてなかったら動きづらくなるアレ。

 

要するに、爆豪くんの下着を個性で盗んだのである。

拍手喝采のついでに悲鳴も喝采となった。

 

「正当防衛ですからね。怒らないでくださいよ」

「てめぇ!! ぶっ殺す!!!」

「殺せるものなら殺してください」

「爆破してやる!!!」

 

お決まりのセリフを聞かせてもらい、廊下へ飛びだす。後ろには鬼が追いかけてきた。

 

実は爆豪くんの下着を盗ませてもらったのはこれが初めてではない。彼があまりにも緑谷くんと私に絡むので初めて出会ったときに盗ませてもらった。あのときは爆豪くんは怒りで顔が真っ赤になり、夜まで続く鬼ごっこをして散々な目に遭った。ある意味トラウマになりかけた出来事だと振り返る。

 

それ以来、執拗に絡んできたときのみ発動させている。女子が男子の下着を盗んでいる事実に一部痴女扱いされているが、そんなこと知らない。あくまでも正当防衛である。

 

運動神経は爆豪くんが圧倒的に高いし、足も向こうが速い。このままだと捕まる。だから、毎回追いかけられているときはより安全に、より短距離のゴールを決めていた。

 

「先生――!!」

「っげ」

 

廊下で物品を運んでいた教師を見つけて目の前で止まった。すると爆豪くんは物陰に隠れる。

 

「どうしたんだ狩野?」

「お勤めご苦労様です。手伝いますよ」

「あ…ああ、ありがとう。じゃあ手伝ってくれ」

「はい」

 

教師は物品を私に渡して、視聴覚室へ一緒に運び出す。爆豪くんはクラスのみんな曰くみみっちい性格をしているため、この学校の外面では成績優秀で素晴らしい生徒として活躍している。しかも私が話しかけた教師は生活指導員。喧嘩で個性を使ったと言われたら成績に影響が出るかもしれない。そう思っているからか爆豪くんはこれ以上手を出せないのだ。

 

作戦勝ち、一件落着である。

 

「そうだ。狩野」

「なんですか?」

「放課後、少し校長室に残ってくれないか? 校長直々に話があるそうだ」

「…はい。わかりました」

 

前言撤回、落着してなかった。その一言に顔を引きつってしまう。

 

校長室に呼ばれるって…私なにかしたっけ?

心当たりがな………いや、私ヴィランじゃん。心当たりないほうがおかしい。

 

色々自覚したところで後ろから大きく鼻で笑うような声がした。振り返らなくても誰がしたのかよくわかる。

 

 

なんというか…無性にイラっとした。

よし。ポケットに入れた下着、雑巾にしよう。

 

 

重い物品を運びながら半ば本気でそう決意した。

 

 

 

 

爆豪くんから追い掛け回されていたところを先生に助けられ、教室に戻ったらチャイムが鳴った。緑谷くんに心配されたが「なんでもない」と言うと彼は自分の席につく。それと同時に先生が教室に入った。どうせ大したことを話さないだろうと決めつけ、こっそり膝の上でノートを開いて中身を確認した。

 

左ページの半分ほどは手描きのイラストで占められており、空いているスペースには大まかな特徴を書き出し、右のページには詳細を記載してある。

 

ヒーロー名:Mt.レディ

個性:巨大化

特徴:推定160cmから20mへ全身の巨大化が可能。巨大化の調整ができるかは今後の活躍次第で判断する。飛び蹴りなど派手な物理攻撃を好みにしている可能性が高い。

長所:並の個性なら体格差で勝る。

短所:狭い場所では活動困難。建物内での戦闘が不向き。

 

他に書き加えることがないか、今朝の事件について携帯でチェックしていると爆音がした。

はっとして辺りを見渡すとクラスのみんながなぜか個性を発動していた。後ろを振り向くと爆豪くんが緑谷くんにまた絡んでいた。

 

「こらデク…没個性どころか無個性のテメェが…なんで俺と同じ土俵に立てるんだ!?」

「まっ…違う! 待って、かっちゃん! 別に張り合おうとかそんなのは全然…本当だよ!」

 

話が見えなかったが、床に散らばっている進路希望の紙を拾い上げると、どうしてこうなったのか分かった。どうやら緑谷くんの志望高校がバレたようだ。

 

雄英高校とはプロヒーローが多数輩出している日本屈指の名門校。それゆえヒーロー科の人気は絶大で例年入試倍率は300倍越えとなかなか数字のおかしい学校でもある。だが爆豪くんは唯一この折寺中のなかで合格園内にいる実力者であるらしい。エリート街道を行く彼のことを考えれば当然雄英に行きたいのだろう。

 

その一方で緑谷くんも同じ雄英高校を第一志望校にしていた。こっそり彼は2年の後期ごろ、私だけに進路を教えてくれていた。理由はオールマイトが卒業した高校だからだそうだ。二人が同じ志望校なのは知っていたが、ここまで爆豪くんが嫌がるとは思わなかった。

 

教室の奥に追い詰められた緑谷くんはきょろきょろしながらも反論した。

 

「ただ…小さい頃からの目標なんだ。それに…その…やってみないと分かんないし」

「なーにがやってみないとだ!? 記念受験か!? てめえが何をやれるんだ? 無個性のくせによぉ!」

 

爆豪くんの言葉に教室中の空気が賛同していた。この世界で無個性は致命的すぎる。ヒーローを目指すくらいなら警察になった方がまだ可能性はある。残念ながら私たちはそんな理不尽で残酷な世界で生きている。夢やら理想を描く前に現実を見たほうが賢明だと言われる世界なのだ。

 

「何をやれるか…か」

 

ヒーローになれない私には他人の進路なんて関係ない。

そう思いなおし、私は再びノートに視線を落とした。

 

 

 

 

「君は、雄英高校にいかないのかい?」

 

放課後、校長室に呼ばれていきなり切り出されたのはその一言と進路希望の紙だった。

 

中学3年生ともなれば進路を聞き出す機会が増えた。私は高校に行けるお金もないと判断して高校進学することをほぼ諦めている。というより、中学卒業後に本格的なヴィラン活動をするため高校に行けなくなる。しかしそれを素直に書くのは無理なので適当な高校を書いて提出した。校長はそれが気に食わないらしい。

 

「それは一体どういう…」

「そのままだよ。君は爆豪くんの次に頭が良く、個性も使いこなせていると話に聞く。君も当然進路はヒーロー科なんだろう?」

 

ヒーロー科という一言に顔が引きつってしまう。この世界ではヒーローは絶対的な人気を集めている。クラス全員の進路希望はヒーローになるでまかり通っており、それは教師が今朝のように進路希望の紙を配るのを諦めて勝手に進路先を決めつけられるほどである。人気職にもほどがある。

 

「雄英は私なんかが行けるところでは…それに、爆豪くんがいるじゃないですか。彼ならきっと雄英に入学できますし」

「確かに、彼は模試でA判定を出しているし個性も強力で、余程のことがない限り不合格にはならないだろう…だが本音を言えば、爆豪くんと一緒に雄英に行ってこの学校から二人も雄英入学したことを宣伝したいのだが…」

「宣伝って堂々と言っちゃう校長は正直すぎだと思います」

 

危うく校長の下着を『Steal』するところだったが、堪えた。

よく頑張った私。

 

その後長く説得されたがやんわりと断って帰宅することにした。教室に戻ろうとドアに手を掛けると中から何かモメている声がした。聞き耳を立ててみると爆豪くんが緑谷くんに絡んでいるようだ。

 

…改めて思うけれど、どれだけ彼は緑谷くんに絡みたいんだろうか。

 

「いやいや、流石になんか言い返せよ」

「言ってやんなよ。可哀想に、彼はまだ現実を見れていないのです」

 

ドア越しに聞こえるのは無個性な緑谷くんに向けての忠告だった。話の流れ的に、今朝のことを言っているのだろう。彼が雄英に受けるのは自由だと思っているが、爆豪くんは緑谷くんに受けてほしくないらしい。どうしてなのかは分からないが、彼はよっぽど緑谷くんのことが嫌いのようだ。

 

「そんなにヒーローに就きてぇんなら、効率いい方法あるぜ…()()は個性が宿ると信じて屋上からのワンチャンダイブ!」

 

足音が止まり、すぐそこまで来ているところで爆豪くんがあざ笑うように言う。

その言葉を聞き、反射的にドアを強めに開けた。音を立てたドアが開かれ、目の前には爆豪くんが立っている。

 

突然の登場に爆豪くんと取り巻き男子2人は驚愕している。緑谷くんは今朝と同じように青い顔をしていた。

 

「てめぇ…!」

「…そこどいてくれませんか? 教室に入れないので」

 

自分でも驚くほど声が落ち着いていた。自分が今どんな顔しているのか分からないが、爆豪を除く彼らが穏やかではないのは明白だった。

 

「ああ、いいぜ」

 

いつもならば突っかかっていくる爆豪くんだったが、今回は素直にどいてくれた。これには面をくらってしまう。

 

「珍しいですね。あなたが人に道を譲るなんて」

「はっ…校長に呼び出しくらった奴が将来俺を超えるとは思えないからな。コレは貸しだ」

 

どうやらこれは彼なりの情けのつもりらしい。道を譲っただけで貸しを要求されるのは理不尽なのだが、爆豪くんの言うことなのだから仕方ない。

 

でも…なんというか、うん。

()()()カチンと来た。

 

「…下着盗まれてノーパンの人に言われたくないですよ」

「ノーパンじゃねぇよ!! 替えがあるわ!!」

 

小声で言ったのにもかかわらず彼には聞こえたようだ。どれだけ地獄耳なのだろう。

というより…替え用意してたのか。いつ着替えたのだろう。少なくとも今朝はノーパンだったと思うけれど。

 

「それはよかったです。危うく爆豪くんが変質者になるんじゃないかと授業中ヒヤヒヤしてました」

「ヒヤヒヤしただと? テメェのことだからそんなこと微塵にも思ってねぇだろ…!」

「はい。よくわかりましたね。正解です」

「ナメんな。カス同然の考えくらい読めるわ。特にテメェの思考が単純なんだよ」

「へぇーわざわざカス同然の思考を読もうとするなんて…それに、あなたもカスの気持ちが分かるんですか。カスの視点に立って心情を読み取って頂けるなんて素敵ですね…さすが優等生様です」

 

バチバチと私と爆豪くんの間に見えない火花が散る。

会話はキャッチボールが大事というが、彼との会話は全力でドッヂボールをしている感覚だ。片方が全力で投げ、片方はそれを受け止め、投げ返す感覚である。彼はどう思っているのかは知らないが、内心私は彼と話すことはとても楽しんでいる。

 

「つーかいい加減パンツ返せや! このクソ泥!」

「…そんなキレないでくださいよ。返しますから」

 

本当は雑巾にする予定であったが、本人から返却要求されたのではそれは難しいだろう。諦めて返すことにした。

 

机のフックにぶら下がっている家庭科で作った手さげ袋の中にそれがある。駆け足でそれを探し当て、端を摘まんで彼のもとへ行くと舌打ちをされながら奪われる。よっぽどその下着がお気に入りなのか。

 

「ったく毎度毎度、個性で人の下着奪いやがって…」

「正当防衛を悪く言わないでください。先に仕掛けたのはそっちじゃないですか」

「…っち」

 

自分に非があったのを感じているのか、特に反論してこなかった。意外にも彼は冷静なようだ。

そのまま大人しく教室を出ていこうとする彼の後ろ姿を見て、私はトドメをさした。

 

「あ、それと…キレすぎると体に悪いので気を付けてください。心のカルシウム足りてないんじゃないですか?」

 

緑谷くんは滝のような冷や汗をかき、取り巻きの2人は機械仕掛けの人形のごとく顔を爆豪くんの方へ向けた。問題の爆豪くんはぴたりと立ち止まり、親の仇を見るような目で睨んでいた。怒りのあまりどす黒いオーラと爆破が漏れ出ている。

 

「ぶっ殺す…」

「勝己! さすがにそれはダメだ! 成績に響くぞ!」

「そうだよ! ムカつくのは分かるけど抑えて!」

 

取り巻きの2人が危険を察知して爆豪くんを止めにかかる。しかし彼らでは爆豪くんは手に余るだろう。そう予測し、私は緑谷くんと自分の荷物を担ぎ、緑谷くんの手を引いて教室を飛び出した。急に引っ張られたことに驚いたのか緑谷くんは走りながら目を丸くしていた。

 

「え!?」

「こういうときは逃げるが勝ちだよ緑谷くん!」

「待てゴラァ!!」

 

本日二回目の鬼ごっこ。

一回目とは違って状況は不利かもしれないが、これはこれで楽しい。スマホを取り出して時間を確認する。

 

「緑谷くん。もっと全力で走って、遅い」

「はぁ…はぁ…ぜぇ、全力だって…!」

「あと少しで撒けるから頑張って!」

 

緑谷くんに喝を入れて急かしていく。後ろは唸りながら追いかけてくる鬼が見え隠れしていた。とにかく全力疾走する緑谷くんは涙目になっている。

階段を駆け下りて目的のところまで行くと、予想通りの人物がそこにいた。

 

「お疲れ様です先生!」

「廊下を走るな狩野! 緑谷!」

「はーい!」

「すいません先生!」

 

今朝の生活指導教員が職員室前にいた。今の時間は職員会議が始まる寸前の時間帯だ。先生に注意されながらそこを通り抜けると後ろから追ってくる気配がなくなった。彼は先生に対して上辺だけ取り繕っている。ここで個性を使って追い掛け回していることがバレたらどうなるか察知したらしい。こういうときの判断力が優れている彼には感謝だ。

 

多分明日、爆豪くんに会ったら爆破されるだろうな…と他人事のように私は思った。

 

 

 

 

爆豪くんを撒いた私たちは校舎裏に隠れた。

緑谷くんが息切れを激しくしながらフラフラになって私の隣に来た。

 

「大丈夫?」

「はぁ、はぁ…うん。だ、大丈夫。数年くらいの寿命が縮んだ気がするけど…」

「え? どうして?」

「目の前で友達と幼馴染の口喧嘩してるところみると居たたまれなくなったし…二人が怖すぎて…しかも逃げきっちゃうって…」

「喧嘩って…普通に会話しただけよ。何言ってるの?」

「あれが普通なら僕は胃薬が手放せなくなるね…」

 

そういいながら緑谷くんは屈みながらお腹を抑えていた。

普通に友達と幼馴染がほほえましい会話をしているだけなのに、どうして寿命が短くなるのか、どうして胃薬が必要になるのだろうか分からない。不思議に思っていると緑谷くんは何かに気づいたように辺りをキョロキョロし始めた。

 

「どうしたの?」

「その…ここら辺にあると思うから…」

「なにが?」

「あ…」

 

彼の視線が、木々の木陰にある小さな池にとまった。彼はそこへ近づき、池に浸った何かを拾い上げる。それは、緑谷くんが大事にしている『将来の為のヒーロー分析ノート』だった。よく見るとそのノートの表紙が焦げていた。まるで()()されたかのように。

 

そのノートの状態で、私は色々と察した。

 

「どうしたの。それ」

「え、えっと…! 手が滑って落としちゃって! 焦げているのはその、気のせいだと思うよ! あははは!」

「へぇー…」

 

苦笑いをしながら緑谷くんはノートを背後に隠した。彼なりに気を遣っているのだろう。だけど、それは逆効果である。

 

爆豪くんは緑谷くんのこと嫌いだとは思っていたけど……ここまでとはね。

 

お父さん以外には割と温厚な方だと、自分で思ってたけど…これは我慢できない。怒りで手を握りしめていると、なぜか緑谷くんは怯えかえっていた。

 

「緑谷くん…次は絶対に雑巾にするから安心して」

「何の話か分からないけどやめてほしいかな! すごく嫌な予感がする!」

「え? 爆豪くんの下着を雑巾に…」

「アウトだよ!! それダメ! やっちゃダメだよ!! ていうか下着って雑巾にしていいものなの!? 汚くない!?」

「洗えば使えるわよ。生理的に受け付けない人もいるけど。私は大丈夫だから」

 

 

このあと、めちゃくちゃ緑谷くんが必死にやめてほしいと言ったので雑巾計画は廃止された。

解せぬ。

 

 




爆豪くんと主人公の会話は書いてて楽しいです。
こんな友達と幼馴染がいたら緑谷くんじゃなくても胃を痛めますねー(棒読み


区切りが悪いのでオールマイト登場と主人公の個性詳細については次回の話に載せます。
ごめんなさいオールマイト…。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動報告3 平和の象徴と遭遇しました

ちょっとしたシリアスとギャグ回

※後半はほとんど勢いで書いています。
ようこそ、ツッコミ不足の世界。
細かいところは気にしないでください。



ノートを回収して私と緑谷くんは帰路についた。私が住むボロアパートと緑谷くんが住むマンションは、ほぼ方向や帰るルートが同じであるため、一緒に帰っている。

 

いつもならヒーロー話で盛り上がるが、今日はそんな気分になれなかった。チラチラと緑谷くんが私に視線をやり、何か言いたげにしていた。

 

「どうしたの。気になることでもある?」

「あ…実は、その確認したいことがあって」

 

催促してみると緑谷くんは足を止めた。私も足を止めて彼の方へ振り向くと、彼の表情が強張っている。

 

「分かってるわよ。緑谷くん」

「…じゃあ、やっぱり君は」

「ええ。あのことよね…」

 

彼の言う確認したいことには、心当たりがある。アレを確認するのは彼にとって勇気がいることだろう。

私は少しでも彼の緊張を解せるように微笑んだ。

 

「雑巾計画のことなら諦めてないわよ」

「そっち!? ていうか諦めてなかったの!?」

「え? これじゃないの?」

「違うよ! もう終わった話だと思ってたから気にしてなかったし…って、そうじゃなくて!」

 

違ったらしい。

てっきり幼馴染の下着問題を心配しているのかと思った。緑谷くんはしばらく戸惑った後、震える声で尋ねてきた。

 

「どうして狩野さんは、ヒーロー科がある学校に行かないの?」

「…え?」

「狩野さんが行こうとしてる学校…普通科しかないから」

 

そうだったんだ。全然知らなかった。

 

現在、この社会にある高校は、都心を中心にヒーロー科がほとんど設けている。これはヒーローの人材をより多く育成するためにヒーロー科は必要だと当時の文部科学省が謳い、50年以上も前に政策として取り入れられているからだ。

 

しかし、ヒーロー科を設けるのに財産が学校にない場合や、非戦闘的な個性や無個性の人を配慮して普通科のみの学校も一部であるが存在している。

 

適当に私が進路希望の紙に書いた高校はそうだったらしい。以前、緑谷くんに進路希望の紙をこっそり見せたとき不思議な顔をされたことがある。彼のことだから名のあるヒーロー科の学校を覚えているのだろう。しかし、見せられた高校名はまったく知らないところで目を丸くしていたのだ。

 

そう考えると、校長が私を必死に引き留めようとしていたのも納得いく。しつこかったのはそういうことだったらしい。

 

「その…ほら、狩野さんだったら、皆を笑顔にするようなヒーローになれるんじゃないかなって思って…」

「緑谷くん…それ笑顔と苦笑いを間違えてない?」

「どうしてここでネガティブな解釈するのかな…」

 

そう話しながら見つめられる目は、憧れ、羨望、情景、それらすべてが入り混じっていた。

その視線が痛く感じて、思わずそっぽ向いてしまう。

 

「『盗む』個性をもったヒーローって微妙じゃない。笑顔の前に『没個性ヒーロー』って苦笑いされるのが目に見えるわ」

 

『物を盗む』のは精々、窃盗犯が盗んだものを取り返すくらいしか役に立たない。その役割はヒーローじゃなくても警察でもできる。ヴィラン向けだとよく言われるこの個性に緑谷くんはどこにヒーローの素質があると思ったのだろうか。

肩をすくませながら言うと緑谷くんは首を横に振った。

 

「盗めるのは、物だけじゃないでしょ」

 

話を逸らしたくて歩き出そうとすると、彼はそう言った。

振り返ると緑谷くんはいつになく真っ直ぐな目で私を見つめてきた。いつもはオドオドと怯えているのに彼が時折見せる気迫は圧倒される。この目も苦手だ。

 

「体力も…個性も盗める」

 

彼の言うように、私は『物だけでなく、体力や個性を盗める』

彼が以前見せてくれたヒーローノートに私のデータがあった。そこにはこんなことが書かれてあった。

 

 

個性『シーフ』

盗むこと全般を得意とする個性であり、物はもちろん。相手の個性を模倣、体力の吸収なども可能。

 

物を盗む   技名:Steal

半径15m以内にいる相手の持ち物を一つ盗める。身に着けているものでも可。

 

長所

武器などを奪い、戦力を減らせる戦法が可能。道具を使用して戦う個性相手には相性抜群。

短所

座標を合わせる必要があるため、視界を奪われたら標的にした物ではなく別の物を盗んでしまう可能性がある。二つ以上の物を同時に盗むのは不可。

 

 

相手の個性模倣 技名:Copy

直接見た視覚から情報を得た場合のみ相手の個性を模倣できる。

 

長所

一度コピーした個性をストックすることが可能で、相手の個性を見れば見るほど精度も増して戦略の幅が広がる。

短所

発動系、変形系の個性限定で模倣可能。異形系は不可能。

なお、視覚情報から個性を得るため、目に見えない精神干渉する個性などは模倣できない。

 

 

体力吸収    技名:Drain

相手に直接触れたときのみ発動できる

触れている限り体力吸収することが可能

 

長所

第三者の体力を媒介することも可能。負傷者や消耗している一般市民への支援もできる。

短所

怪我を治すことはできない。

相手に触れなければならないため危険性が伴う。

敵に関節技を掛けられたら形勢逆転されやすい。

 

 

大方これが私の個性だ。よく特徴を捉えていると思う。

 

要するに大抵のものを『盗める』個性。

先ほど爆豪くんの下着を盗んだStealは個性の一部だ。

 

さすがに臓器やら命やら心を盗むことはできないが、個性を盗めるのは大きい。

 

普段、物を盗む『Steal』しか使わないのは、それなりの()()がある。けれど、卒業すればすぐに別れることになる彼にそれをわざわざ言う必要はない。

 

何て言い訳するか考え込んでいると緑谷くんは気まずそうにした。

 

「もしかして…かっちゃんに言われたこと、気にしてるの?」

「…なんで爆豪くんがそこで出てくるのよ?」

「さっき言われてたから」

 

…そういえば今朝言われたわね。

ムカついてすぐ反撃したけど。

 

「緑谷くん…私が誰かの一言で『はいそうですね』と素直に頷くと思う?」

「…むしろ自分の意見に素直で、ガンガン反論して正当化しそうかな」

「ぶっちゃけたわね」

 

むしろ、堂々と言いにくいことを言える緑谷くんも大概だと思う。

 

彼は割と、私とは対等に話している。

特にヒーロー考察で意見が食い違ったり、検討違いが発生した時はズバズバと彼は意見を出す。このとき緑谷くんとあまり口論したくない。ほとんど言い負かされた記憶しかないのだ。

 

「それとも、特別な理由とかあるの?」

「まあ、色々遅いからね…」

「え? 遅いってどういうこと?」

「あ…」

 

しまった。

特別な理由と聞かれて、つい口が滑ってしまった。

 

「じゃ、じゃあ私こっちだから!」

「え? か、狩野さん!?」

 

丁度、分岐点の目印であるトンネルにたどり着いて、私は逃げるようにして早歩きをした。

 

ヒーローにならない理由なんて単純だ。

私がヴィランだからである。中学を卒業したら本格的なヴィラン活動が始まる。

 

緑谷くんと友達になったのは成り行きである。

彼がヒーローオタクだったのも偶然、その分析ノートが素晴らしかったのも偶然だ。

おそらく私が一般人として生きれるのはこの1年が最後。

 

緑谷くんとは普通の友達として別れたい。

 

けれど、今の態度は流石に不自然だった。明日にでも言い訳をすればいいだろう。

家に帰ったら、まず今朝のノートをまとめる作業をしようと切り替えていたら、それは突然聞こえた。

 

「うわぁああ!」

 

電車の音にかき消されそうな小さな悲鳴が耳に届いた。

振り返ると緑谷くんと別れた先のトンネルが視界に入る。

 

嫌な予感がして私は慌てて道を引き返した。トンネルの上に走る電車が通過していく。騒音のせいで他の音が聞こえない。暗いトンネルを覗くと鼻が曲がりそうなほどの異臭がした。その臭いを我慢しながら目を凝らすと、ドロドロとしたヘドロの山が何かを包み込みながら、うねうねと動いていた。

 

あまりの信じられない光景に息を呑んでしまう。思わず後ずさりすると靴を鳴らしてしまった。

 

「誰だ!?」

 

ヘドロがこちらに振り返る。

赤く大きな瞳、2mほどある泥の山、生まれながら体が変質している異形系の個性だろう。とてもじゃないが同じ人間とは思えない容姿だった。

 

「動くな! 動けばこいつを殺す!」

 

ヘドロが包んでいたのは、緑谷くんだった。彼の体のほとんどがヘドロにまみれ、鼻や口を塞がれている。人質にされているのだ。

 

私は冷や汗をかきながら、両手を上げて何もしない意思を示した。

 

「彼に何をする気?」

「体を乗っ取るのさ。大丈夫だよお友達が苦しいのは数十秒だけ、あとは楽になる」

 

その言葉が何を指しているのか理解すると、目の前が真っ赤になる。

このヴィラン…人を殺す気だ。

 

こんな人目のつかない場所に出現した。通報してヒーローを待つこともできない。緑谷くんの様子が苦しそうなのは体が乗っ取られかけている証拠だ。彼を今、助けられるのは私しかいない。

 

私は、ある『2つの個性』を常にCopyでストックしており、いつでも使えるようにしている。

 

1つはオリジナルほど大した威力は出せないが、ある程度コントロールができる爆発系の個性。だが、これを使って彼を救えるかは微妙だ。

 

もう1つは一振りすればなんでも真っ二つにできる個性。それを使えば彼を救助出来るかもしれない。

だが、威力がありすぎるゆえに私はコントロールできない。下手をすれば相手や人質を殺してしまうかもしれない危険な個性だ。

 

ごくりと唾を飲み、緊張が走る。

 

「まさか、あんなのがこの街に来ていたとは思わなかった…助かるよ。君は僕のヒーローだ…」

「~~ッ!!?」

 

迷ってる暇はないようだ。

私は右手に力を集中させて、ヴィランのもとへ駆け出した。

 

次の瞬間、私とヴィランの間にあったマンホールの蓋が宙に舞った。呆気にとられていると何か大きな人影が飛び出す。その背中はその場の空気をガラリと変えた。

 

「もう大丈夫だ。少年少女…」

 

思わず目をこすって確認してしまう。その姿はまるで何度も何度も液晶越しにみたヒーローだった。脳裏に刻まれたその姿を間違えるはずない。現実だと理解するのに遅れてしまう。

 

「私が来た!」

 

ナンバーワンヒーロー…オールマイトがそこにいた。

 

彼は標的を定め、ヴィランへ突っ込んでいく。突如として現れた救世主にヴィランは慌てていた。

彼は拳を作り、懐に入る。あまりにも早いスピードに目が追いつかない。その間ヴィランは何もできずに棒立ちしていた。

 

 

TEXAS(テキサス) SMASH(スマッシュ)!!」

 

 

拳から生み出された風圧がヴィランを吹き飛ばす。

ヘドロは四散していき、緑谷くんの五体が地面に投げ出された。

 

「うぅっ…」

「緑谷くん!!」

 

鞄を投げ捨て、慌てて駆け寄り、体を起こして脈や呼吸を確認した。彼は気絶しているだけだと分かり脱力する。

 

「よかった…生きてる」

「少年は大丈夫そうかい?」

「はい。助けて頂き、ありがとうござい……なにしてるんですか?」

 

お礼を言いに、振り返るとオールマイトは空のペットボトル軽く潰し、それをヘドロに当てると空気の圧力で吸い込まれていった。吸い込めなかった分は慎重に手ですくい上げて中へ入れているようだ。

 

「何って、詰めてるんだよ」

「ヴィランって詰め放題の商品でしたっけ?」

 

ツッコミを入れるとオールマイトは高々に笑う。

 

「HAHAHAHA! なかなか面白いジョークを言うね少女!」

「目の前で起こっていることをそのまま言ってるだけですよ」

「んんー現実的!」

 

天を仰ぐオールマイトのリアクションがオーバーに見えるのは気のせいだろうか、アメリカンっぽい人はオーバーが好きなのだろうか。

そんなどうでもいい疑問を抱いていると、寝ていた緑谷くんが目を覚ました。

 

「狩野、さん?」

「おはよう緑谷くん」

「あれ? 確か僕…夢にオールマイトが…」

「夢じゃないわよ。ほら」

「え? う、うわあああ!!?」

 

オールマイトを目視した緑谷くんは俊敏な動きで後ずさりした。その動きはまるで殺虫剤に怯えたGのようだ。憧れは目の前に現れると近寄りがたくなるというが、こうなるのか。変な感想を思っているとオールマイトは笑い出した。

 

「いやぁー悪かった。ヴィラン退治に巻き込んでしまった。いつもはこんなミスしないのだが、オフだったのと、慣れない土地で浮かれちゃったのかな? AHAHAHAHA!」

 

なるほど。

オールマイトが白Tシャツ姿なのはオフだったから。彼がこの街に来たのは……事務所付近の六本木でも手に入らない地元限定のコンビニグッズを買うため? だからコーラのペットボトルがあるのか…多分違う、そうじゃない。でも、なんでこの地域にきたんだろう。

……そこはどうでもいいか。観光だよ多分。

そう考えると、今回のヴィラン退治は残業に入るのだろうか、ヒーローも忙しくて大変そうだ。

 

けど、1つだけツッコミがある。

 

「はしゃいだオフでも、マンホールから『こんにちは』するのは普通できませんよ」

「ちょ、チョベリグなサプライズ登場だっただろう!? ヒーローはいつどこで登場するのか分からないからね!」

「その定義でいうならヴィランも同じこと言えますけど…あとチョベリグって、言葉のチョイス古いですね」

「…え、古いの?」

「何世代前の言葉だと思ってるんですか?」

「そんなに古かったっけ!? チョベリグ!」

 

チョベリグとは、1世代ほど前に日本で流行った言葉で、「超ベリーグッド」の略称である。

 

それを、今時の若者が使えると考えてるということは…オールマイトは思った以上におじさんの可能性がある。貴重な情報だ。黒霧さんに需要あるが不明だが念のため、後でノートにメモをしよう。

 

「かかかかか、かか、かり、か、狩野さん!」

「はい狩野さんです」

「お、お願いがあるんですけど!」

「はい何ですか」

 

相当混乱している緑谷くんは私の名前すら噛みまくっていた。おそらく一番会いたかった人に会えて現実を受け止めきれないのだろう。彼のことだから私に頬をつねって欲しいと提案する。他でもない友達の頼みだ。喜んでつねってあげよう。

背中をさすって落ち着かせると彼はいたって真面目に言った。

 

「僕の頬を本気でビンタして。僕まだ夢見てるかも」

 

予想の斜め上をいく提案に、思わずちょっと引いてしまった。

 

「あのね…さすがの私でも友達を引っ叩くのは抵抗あるんだけど」

「それは分かってるけど、あまりにも目の前の出来事が信じられなくて…」

「分かるわよオールマイトは憧れだものね。でも、つねる程度で分かると思うし…」

「お願い狩野さん! 遠慮せずに思いっきりお願い!」

「…わかったわ」

 

ここまでお願いされたら断りづらいし、なにより実体験で興奮した人(主にお父さん)を落ち着かせるのにはこういうのが丁度いいのを知っている。目をぎゅっと閉じる彼の頬へ狙いを定めて、私は思い切り平手をかました。

 

 

バシン!!

 

 

衝撃が想定外だったのか緑谷くんは横に倒れた。

オールマイトはなぜかギョッとして顔色が青ざめている。

 

「まさかのフルスイング!? やりすぎじゃないかな!?」

「え…思い切りお願いって言ってたから」

「それは言葉の綾だろう!? 容赦ない音がしたけど、大丈夫かい少年!?」

 

倒れた緑谷くんに高速で頬を軽めに叩くオールマイト、その光景はシュールとしか思えなかった。数十回叩いたところで、緑谷くんの目がカッと開いた。

 

「痛い! 夢じゃない!! 本物のオールマイトだ!! 生だとやっぱり画風が、全然違う!」

「復活はやッ!!」

 

脊椎反射並みのスピードで起き上がった緑谷くんに、オールマイトも驚きを隠せない。しかも、緑谷くんの鼻から赤いものが垂れてきた。焦って今朝駅前でもらったポケットティッシュを鼻の下に押し当てる。

 

「鼻血出てるわよ。ほらティッシュ使って」

「ご、ごめん! つい興奮しちゃって…」

「いいのよ。困ったときはお互い様、それが友達よ」

「狩野さん…」

「冷静になって少年!! いい話風にまとめてるけど、鼻血の原因間違いなく彼女からのビンタだよね!? 絶対興奮だけで出た鼻血じゃないよね!? ねえ気づいて!」

 

友達の提案通りにやっただけなのに、オールマイトはひどいことを言い出した。冷静になるのはオールマイトの方だ。

あまり責められるのは嫌だったので、キラキラと尊敬の眼差しをオールマイトに向けた。

 

「さすがナンバーワンヒーロー…ツッコミも冴え渡ってますね」

「い、いや…それほどでも…」

 

普段はツッコミに回っていないのかオールマイトは頬を赤らめ、本気で照れているようだった。

調子に乗って私はオールマイトに向けて手を叩いて賛美する。

 

「よっ! 世界一カッコいいヒーロー! 笑いのセンスもピカイチな平和の象徴! ファンサービスも素敵で痺れちゃいます!」

「こら、おだてても何もでないぞ。ファンサービスは平等に行うのもヒーローだからね、当然のことだよ」

 

お世辞なのがバレてしまった。あからさま過ぎたらしい。

 

「でもまあ、いつもより気合入れたサインしようかな」

 

ファン贔屓していいんかい、平和の象徴。

さっきの言葉はどこいった?

 

「サイン!? まさかオールマイトの直筆サインを本人から提案してくれるなんて、僕は人生で一番幸せなひと時を今過ごしているんじゃ…生まれてきてよかった…!! どこにサインしてもらおうかな定番は色紙だけど手元に無いからノートでいいかな」

「いいと思うよ緑谷くん」

 

自分でやっておいてアレだけど、ナンバーワンヒーローが意外と乙女でびっくりした。あと緑谷くんマシンガントークで感動を表現する癖が前面に出て怖いことになってる。

 

「でもサインはこれ詰めてからでいいかな!」

「はいもちろん!!」

「ついでに私にもサインください」

「OK! もちろんそのつもりだよ!」

「ありがとうございます!」

 

なんだろう。このヴィラン襲撃された直後なのにテンポのいい会話。

さり気なくヴィランを『これ』扱いしているオールマイトはさすがとしか言えない。

 

 

1分後、

無事にヘドロを詰めたオールマイトは上機嫌でノートにサインをしてくれた。

 

ノート見開き1ページにわたって「ALL MIGHT」と書かれた。心なしか筆圧が凄まじく強い。現在、隣の緑谷くんは感動のあまり滝のように涙を流してオールマイトと握手をしていた。

 

彼の大ファンな緑谷くんには悪いが、私がオールマイトのサインをもらったのは、ヴィラン連合に遭遇したことを伝えるためだ。ナンバーワンヒーローのサインの特徴くらい向こうは分かっているはず。

 

黒霧さんが今頃「は?」ってなってるのが目に見えているのは仕方ない。急にサインが浮き出るから意味わからないと思う。

後でサインの端に時間と場所を書いておくといいだろう。途中でトラブルはあったが、スパイらしいことができてよかった。

 

「あ、ありがとうございます!! 家宝に! 家の宝に――!!」

「OK!」

 

一通りファンサービスを受けた緑谷くんはサインを家宝宣言して、高速で直角に頭を下げ続けた。オールマイトは満足げに親指を立てて了解を取る。

 

…うん。そろそろこのノリやめよう。

つかれてきた。

 

「じゃあ、私はコイツを警察に届けるので…液晶越しにまた会おう!」

 

丁度帰ってくれるようだ。5分ほどであったが、なかなか濃密な時間が過ごせた。ヘドロヴィランもいつ起きるのか分からないし、判断的にも正しいだろう。

屈伸運動をし始めたオールマイトに、緑谷くんは声を震わせた。

 

「え…もう?」

「ヒーローは常に敵と時間との闘いさ」

「友達を助けていただき、そして貴重な時間、ありがとうございました」

 

お礼を言うと彼は親指を立て、スマイルで答えてくれた。準備運動を終えた彼はクラウチングスタートの構えを取る。

 

「それでは、今後とも応援よろしくー!!!」

 

彼は踏み込んで脚力だけで文字通り飛び立った。一回飛んだだけで背中が小さくなっていく。飛距離100mは優に超えているだろう。

 

あれが、オールマイト。

ーー今後、敵対していく存在だ。

 

力の差があり過ぎて現実味がない。連合は彼を本気で潰すと連絡があったが、私には途方にも叶わない夢のようだ。

彼を倒すとしたら、連合は何で迎え撃つつもりだろうか。もっとも、今はそんな疑問を抱いても仕方ない。

 

すぐに頭の中をリセットし、緑谷くんに話しかけようとした。

 

しかし、そこに彼はいなかった。

 

「緑谷くん…?」

 

辺りを見渡しがどこにもいない。さっきまで隣に確かにいた。最後に姿を見たのはオールマイトが飛び立つ前で……飛び立つ前で?

 

思考を停止したまま飛んでいる彼の方を見上げた。遠目で分かりづらいが、彼の腰に見覚えのある制服、靴、そして黄色い大きなリュックがあった。その正体を特定した私は思わず口角をひくつかせた。

 

ーー緑谷くんだ。あれ。

 

ファンの行き過ぎでヒーローとフライアウェーするとは、さすが行動派オタク…いやいや感心してる場合じゃない。一歩間違えれば大事故起こす危険行為そのものだ。

 

ここからでは、私は何もできない。オールマイトの体型なら緑谷くん一人ぐらい余裕で運べるだろう。そして彼はファンサービスが素晴らしい。さらに彼は紳士だ。

 

「オールマイトなら、家まで送ってくれるよね…多分」

 

そう信じることにした。

これ以上ツッコミ入れるのはもう無理だ。疲れた。

早く家に帰ってノート整理と夕飯の支度をしなければならない。明日になればいつも通りの日常が始まる。友達のオタク行動をいちいち気にしては身がもたない。

 

そう固く決心した私は、今度こそ歩き出す。

その時、風がなびいてチラシの紙が私の顔へ直撃した。痛くはないがタイミング…そして前が見えない。

 

「なにこれ?」

 

イライラしながらそれをつまんで眺める。

 

『田等院商店街付近にて緊急タイムセールス!』

 

…広告チラシだった。貧乏人には嬉しい情報なのでせっかくだし、目を通してみる。軽い気持ちで見渡すと…目玉が飛び出るかと思った。

 

卵10個の1パック108円、イチゴ1パック150円、白菜(1/2カット)100円、うどん5パック188円などなど書かれてあり、安すぎて胸が痛くなった。

 

財布を覗くと1000円ほど入っていた。脳内でチラシに載っている食材の値段と所持金を照らし合わせて計算した。

 

…いける。

野口英世様の力を借りればタイムセールスで勝つることができる。うまくいけばセールス中の79円のアレも買えるだろう。これはいくしかない。

 

「夕飯は鳥の照り焼きよ!」

 

一番好きな食べ物を食べるために、私は家と別方向の商店街方面へ走り出した。

 




ちなみにスーパーの価格は某スーパーの値段を参考にしています。
展開が亀スピードで申し訳ないです。

ヘドロ事件は明日の18時に更新予定です。
こちらはギャグがほとんどないシリアスとなっています。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動報告4 腕を砕きました

※今回は割とシリアスです
※原作並みのグロ表現があります



「勝った…」

 

大勝利とはこのことだろう。

 

全力疾走でチラシにあった住所まで行き、タイムセールスに間に合った。安い価格だけあって争奪戦が激しく、苦戦した。だから少々ずるいけれど、個性の『Steal』を行使してお目当ての商品を勝ち取っていったのだ。予算内に大量の食材を確保するとここまで気持ちいいとは思わなかった。

 

現在、私は商店街から少し離れた公園のベンチで休憩をしている。

過酷な争奪戦でひと汗かいて、普段は決して買わない缶ジュースで勝利をかみしめていた。

 

ジュースを飲んでいるのにかみしめる? …言葉的に違う気がするが、まあ気にしないでおこう。

 

甘い柑橘系のジュースは好物の1つであり、心が満たされていく。多少のハプニングがあったが、こんなにいい日があっていいのだろうか。帰ってノートの整理をして夕飯を食べて寝ることを考えると充実した日といえよう。

 

気分が良くて鼻歌を歌っていると

…突然の揺れと爆音が公園を襲った。

 

「きゃ―――!!!地震―――!!」

「なんだ!? 外の方から爆発音がしたぞ!?」

「爆発!? ヴィランがきたの!?」

 

混乱した人々は次々とパニックになる。おそらく近くで爆発系の個性を持つヴィランがいるのだろう。こうも派手にやるとヒーローたちは出動する。つまり私も仕事をする時間が来た。

 

一日に三回もヴィラン出現の現場に遭遇するなんて…残業手当とかにならないのかな。

 

商店街の方から爆音が断続的に聞こえてくる。

それはまるで『休みはない。勉強しろ』と告げてくる昼休み終わりのチャイムのようだった。

 

「分かってるわよ…行けばいいんでしょ…」

 

私は憂鬱になりながら、缶をゴミ箱へ捨てると荷物をまとめて商店街へ向かった。

 

 

 

 

商店街には既に野次馬やメディア、ヒーローたちが集まっていた。少しでも様子が見られるように人の間を抜けて前の方へ行く。

 

激しい爆発の影響で商店街は炎が燃え広がっており、黒い煙が立ちこもっていた。建物の一部が壊されて瓦礫やガラスの破片があり、足の踏み場も悪そうだった。遠くにいるはずなのにとても暑い。火の粉が目に入りそうで顔をしかめてしまう。

 

買い物袋を肩にかけ、鞄からノートとシャーペンを取り出していつものように構える。現場にいるヒーローは5人。

 

若手実力派ヒーローのシンリンカムイ。

パワー系ヒーローのデステゴロ。

災害救助のスペシャリストのバックドラフト。

バードヒーローのヒッチクックドゥードゥル。

ベースボールヒーローのスラッガー。

 

バックドラフトが個性で消火活動、シンリンカムイは商店街に取り残された人々を救出していた。さすがプロヒーロー。瞬時に現場の状況を把握して自分たちがどう動けばいいのか分かっているようだ。

しかも、ルーキーヒーローのMt.レディも現場に急行しているらしい。

 

この様子なら、今朝の事件のようにすぐ解決してくれるだろう。

こんなにヒーローがいるなら色々データがとれる。そう思い、ペンを走らせていく。

 

ある程度まとめられたところで、肝心の暴れているヴィランがどんな者か気になり、視線をあげると私は頭が真っ白になった。

 

そこには、オールマイトが捕まえたはずのヘドロヴィランがいた。

そして、またヘドロで何か包みこんでいるようで、そこから爆発がしているようだ。その姿はまるで、緑谷くんが体を乗っ取られそうになったときと同じだった。

 

『体を乗っ取るのさ。大丈夫だよお友達が苦しいのは数十秒だけ、あとは楽になる』

 

脳裏にヴィランが喋っていたことがフラッシュバックする。

目を凝らすと、ヴィランが纏わり付いている人が見えた。

逆立っている金髪に、私と同じ中学の学ラン、『爆発系』の個性で必死に抵抗している人物。

 

「爆豪くん…?」

 

人質にされているのは、爆豪くんだった。

手汗がにじみ出てペンを握りしめる。一日で二度も知り合いが人質にされる事件に出くわすとは、どんな希少事故を起こしているんだ。しかも今回はあの爆豪くんが人質にされている。

 

だが、さっきの緑谷くんのようにヒーローが助けてくれるだろう。あのとき私しかいないと思ったから助けようと思った。今回はプロヒーローがいるのだ。

 

おそらくあのヴィランはなんらかの方法でペットボトルから脱出した。そしてオールマイトに対抗できる手段を探して、爆豪くんに狙いを定めた。だが、爆豪くんの予想外の抵抗で悪目立ちしてヒーローたちに囲まれてかなり切羽詰まっているはずだ。それならつけ入れる隙はある。

 

人質のことは気にせず私はいつも通り仕事を全うすれば

 

「有利な個性のヒーローがいない!」

 

 

…え?

 

 

ヒーローのその言葉に耳を疑った。

 

「私、二車線以上ないと無理…!」

「爆炎系は我の苦手とするところ! 今日は他に譲ってやろう!」

「消火で手が一杯だよ! 消防車まだ? 状況、どうなってんの!?」

「ベトベトで掴めねぇし、いい個性の子どもが抵抗してもがいている!」

「おかげで地雷原だ! 三重で手が出しづれぇ!」

 

圧倒的にヒーローが不利な状況に、ヒーローたちは動けなかった。

皆、口々に大声で話す。

 

「ダメだ! これを解決できるのは今この場にいねぇぞ!」

「だれか有利な個性の奴が来るまで待つしかねぇ!」

「それまで被害を抑えよう!」

「なに、すぐに誰か来るさ! あの子には悪いが、もう少し耐えてもらおう!」

 

確かに

有利なヒーローがくれば解決できるだろう。

それまで他の市民に被害が及ばないように、避難や火を消し止めるのは正しい選択だ。

 

けど

 

すぐに誰か、来てくれるだろう?

今この場に解決できるヒーローはいないから待つ?

だから、もう少し人質に耐えてもらう?

 

何を言ってるんだ、この人たち。

 

 

「ヒーローが…“誰か”に助けを求めてどうするのよ…」

 

 

彼らは気づいているのだろうか。

いくら爆豪くんがタフだからといっても、限界はある。爆破の威力が徐々になくなってきているのが証拠だ。

あのヴィランは爆豪くんを人質にしているだけでなく、体を乗っ取ろうとしている。

さっきヴィランが言ったことが正しければ、体を乗っ取られた人は…死ぬ。

 

 

有利な個性のヒーローがこの場に来るとも限らない。おそらく、タイムリミットはすぐそこまで来ている。

このままでは、彼が死んでしまう。

 

 

野次馬やヒーローたちを一瞥すると、全員『誰でもいいからなんとかしてくれ』と目で言っているようだった。その目は、他人事でアクション映画を見る様に傍観しているだけだ。誰も、彼を助けようと動いていなかった。

 

私はその事実に失望し、自分に苛立った。

人々は何を勘違いしているのだ。今ここで起こっているのはエンターテイメントじゃない、命がけの現場だ。そして、多くの人は一人の命が危機に曝されているのに棒立ちしているだけ。その行為が見殺しだというのに彼らに自覚がないようにみえた。

 

だからって私が何かできることがあるのか?

私に、何かできることがあるのか?

ここで黙って傍観している私も…ここにいる人と同じだ。

 

 

パキッ

 

 

力を込めたせいか、シャーペンの芯が折れてしまった。

相当、私は頭にきているらしい。

 

一旦冷静になるため、人混みをかき分けながら後ろへ下がった。野次馬の最前線であんなものを見るのは耐え難かったのである。単純に目を背けたくなったのか、現実逃避している自覚はあった。

 

そこで、ボサボサとした髪と焦げたノートを抱えた見覚えのある男の子を見つけてしまった。

 

彼は口元を手で覆い隠し、肩を震わせていた。

 

「緑谷くん…!? どうしてここに…?」

「…狩野さん。状況は?」

 

虚ろな目で彼は私に尋ねた。その異様な雰囲気に息をのみ込んで、私は状況を伝える。

 

「人質がいてヒーローが手を出せない。ずっとあそこで耐えているみたいなの…」

「そんな…!」

「緑谷くん、オールマイトは? あのヴィランはオールマイトに捕まえられていたんじゃ…」

 

オールマイトはペットボトルに詰めて警察に届けに行ったはずだ。どうしてヘドロヴィランがあそこから脱出しているのかは、この際どうでもいい。オールマイトならこの状況を打破してくれる確信があった。

 

しかし、彼は何も言わず狼狽えるだけだった。その反応に私は脈を大きく打った。

 

「…いないの?」

 

そのとき

大爆発がした。

 

最大級の爆破を放ったようだ。これを行なったと言うことは、本当に彼は限界まできている。

 

固唾を飲んでいると

ーーそれは急に起こったのだ。

 

「緑谷くん…!?」

 

緑谷くんが一心不乱に駆け出したのだ。

なぜ彼が動いたのか分からない。だけど、なんとなくわかってしまうのは何故だろうか。

 

彼がどこに向かっているのかを察した私は手を伸ばす。だが、それは虚しくも空を切った。止めるために追いかけて、彼が向かう場所へ目を向けると、ぶるりと背筋に何かが走った。

 

ここにいる間、ずっと爆豪くんの目を見ないようにした。

その目を見れば、自分の中の何かが破裂する予感がしたからだ。

 

 

そんな中、

無意識に助けを求めるその目と、目が合ってしまった。

 

 

「ーー戻れ!! ()()()()!!」

 

後ろから誰かの声が聞こえる。

気づいたら私は鞄も、買い物袋も、ノートも、

全部、投げ捨てて走り出していた。

 

この行為はダメだって分かっているはずだ。

一般人としても、社会のルールとしてもヒーローに任せるのが安全で、そうするべきだから。

 

けれど…それでも動いてしまった。

 

「そのまま走って!」

「狩野さん!? なんで…!?」

「なんでって…!」

 

緑谷くんと並行して走ると彼は焦った表情で尋ねてきた。

背後にヒーローたちが呼び止める声がする。

守るべき市民がヴィランに突っ込んでいるから当然だ。野次馬は茫然として、メディアは興奮気味に実況しているだろう。

 

なにしてるんだろう、私。

何でついて行っちゃったんだろ。

一応ヴィランなのに、どうして人を助けようとしているの。

こんなことしても無駄なのに。

無駄死になるかもしれないのに。

 

どうして?

 

理由なんて、自分でも分からない。

自分でも理解できていないのに、人に説明できるわけがない。

だから…私は心底くだらない言い訳をした。

 

()()()()()()()()()()!」

 

地面に散らばる小さな破片やガラスを踏みつけながら地雷原に向かう。

ヘドロヴィランが警戒してこちらに腕を鞭のようにしならせて攻撃を仕掛けてきた。

 

「ノート13! 25ページ!」

「うん!」

 

二人しか分からない言葉で指示を出すと緑谷くんは背負っていたリュックをヴィランへ投げつける。ファスナーが開いていたのか中身が出て行く。ヴィランの顔に当たって少しだけ怯んだ。

 

「こざかしい!」

「Steal!」

 

すぐにヴィランは復帰する。しかしそれを待っていた。私はヴィランがリュックに触れた瞬間を狙って、リュックを盗み出した。

 

「もう一回!」

「なに…!?」

 

盗み出したリュックを再び投げつける。見事顔面にヒットする。同じ手のせいで怯まなかったが、隙を与えることはできた。その隙に一気に接近する。

 

「かっちゃん!」

 

一足先に緑谷くんが爆豪くんのもとへたどり着く。爆豪くんにまとわりつくヘドロを懸命に手で引き剥がそうとするも、ベトベトで掴みにくいせいか、効果がないように見える。

 

「なんでてめぇらが!?」

「足が勝手に! なんでって分からないけど!」

 

一足遅れて私もたどり着く。迎撃に備えて()()を発動する。その時見た緑谷くんは脚や手、声までも震え上がっていて、とても助けに来た人とは思えなかった。

 

「君が助けを求める顔してた」

 

けれど、そう言った緑谷くんはこの場にいる誰よりも、ヒーローだった。

 

「もう少しなんだから、邪魔するな!」

 

――おかげで最大の隙が生まれた。

 

緑谷くんと腕を振り下ろそうとするヴィランの間に無理やり割り込んで巻き込まないように緑谷くんを後ろへ突き飛ばす。そして、ヴィランの顔面に両手を向ける。

 

手に力を集中する。さっき手汗を掻いたおかげか、思った以上に早く出せそうだ。

常にCopyのストックにしている2つのうち1つの個性、()()()()()()()()()よかったとこれほど思ったことはない。

 

汗がニトロのようなものに変質していき小さな爆破が起こる。

 

「『爆破』!!」

 

それをヴィランの眼球に向けて放つ。猫騙し程度の威力だが、その不意打ちにヴィランは仰け反り、目を抑える。

わずかだが、拘束が緩んだ。

 

「目があぁぁ!!」

「掴まって!」

 

彼の手を掴んで、引きづり出そうとする。しかし一体化がかなり進行しているせいか、なかなか抜け出せない。もたもたすればヴィランが攻撃を仕掛けてくる。こんな超近距離で攻撃を受ければ一たまりもない。体力吸収のDrainを使おうか迷ったが、下手をすれば爆豪くんの体力も奪ってしまう。もう1つのストックしてある個性は爆豪くんを巻き込んでしまう。

 

だから、()()()()()()()()

 

腰を低くして彼の手を離さないように強く握りしめて、空いた手で拳をつくる。

一度しか視ていない個性で、制御はできない。だが、今はこれに掛けるしかない。

 

脳裏に稲妻が走った。

その力は無数の光が全身に紡がれていくようだった。

私の体に、心に、すべてに何かがこみ上げてくる。

 

あまりのパワーに制服の袖が破れ、風が全身を纏う。

足を大きく踏み込み、拳を振りかざして叫んだ。

 

 

「『TEXAS(テキサス) SMASH(スマッシュ)』!!!」

 

 

手ごたえは、ほとんどなかった。

それでも生み出された風は威力が増していき、ヴィランは後方へ飛ばした。商店街の奥へ押し込まれてヘドロもバラバラに散っていく。纏った空気は弾き出されたように広がり、辺りに落ちてあったゴミやガラスの破片が舞う。

 

どうやら引き剥がすことに成功したようだ。

掴んだ手には、救いたかった人が確かにそこにいた。

 

「大丈夫?」

「……」

 

やっとの思いで助けられた彼に呼びかけるが、彼は目を大きく開け、膝をついて動けなくなっていた。

目立った外傷はないが、よっぽどヴィランに体力を消耗されてしまったのか、心がどこか行ってしまっているようだった。立ち上がらせようと手を引っ張ると意識が戻った彼は私の手を強引に振りほどいた。

 

「爆豪くん?」

 

俯いてしまっているため、彼がどんな表情をしているのかは分からない。ただ『触るな、見るな』と彼の纏う雰囲気が言っている気がした。彼を傍観していると緑谷くんが駆け寄ってきた。

 

「かっちゃん! 狩野さん! 無事!?」

「あ…緑谷、く」

 

振り返ったその時、突然足が痙攣して糸が切られた操り人形のように倒れてしまった。

咄嗟に顔を庇ったため大きなけがはないが、これは痛い。

 

私は拳を放った腕をちらりと確認する。

腕は砕けたかのようにぐにゃぐにゃと原形をとどめていなかった。しかも内出血をきたしたのか皮膚も紫へ変色している。ハッキリ言って超グロい。

 

おまけに腕の損傷が激しすぎて痛覚が全く機能していないようだ。そのせいですぐに気付けなかった。TEXAS SMASHを放ってからおかしいと思ったが、ここまで酷いとは思わなかった。

 

どんなに便利な個性でも、必ずデメリットというものが存在する。

 

緑谷くんのノートにはなかったが『Copy』には大きな欠点がある。

この『Copy』は使用後、コピーした個性のデメリットが大きく反映される。それは、下手をすればオリジナルよりもダメージが入ってしまうのだ。

 

「う、腕が…狩野さん!!」

 

爆豪くんの個性は汗線を刺激するので、しばらく汗がとまらなくなる。それと爆破の熱で火傷を負う。その2つが主なデメリットだ。おかげで汗はダラダラと出ていて手のひらがヒリヒリしている。

 

さらに今回はオールマイトの個性も使用した。

単純な増強系の個性だと思ったが、身体の負荷は相当なものらしく、拳を繰り出した腕が個性に耐え切れなかったのだ。

 

完成度は低いはずなのに、ここまでとは…。

 

「あはは…無理、しちゃった」

 

要するにコピーした個性を使用すれば、その反動がヤバいのだ。

駆け寄ってくる緑谷くんに精一杯笑いかけるが、彼の顔は真っ青になっていく。

 

こんなデメリットがあったなんて知らない。オールマイトが無傷だったのは、力のコントロールが完璧にしていたからだろう。鍛えてなかったら体そのものが崩壊するようなものだ。

 

一度吹き飛ばした煙だが、火事の影響で辺りはまた煙が立ち込めていた。出入り口付近から私の様子は見えないだろう。

煙が晴れるまで地面と仲良く横になったほうがいいかもしれない。そんな冗談をのん気に考えていると、奥から瓦礫が派手に壊れる音がした。

 

 

「このクソ餓鬼が…」

 

 

その声に、ぞっと悪寒が走った。

 

顔を上げると、吹き飛ばしたヘドロヴィランが殺意をむき出して私を睨みつけてきた。どうやらさっきの一撃だけでは倒し切れなかったらしい。

 

「殺してやる!!!」

 

ヴィランのもとへ、散っていったヘドロが集まっていく。確実に殺すため、完全体になろうとしているだろう。本能が危険を察知した。無理やり体を起こして膝をつけれたものの、脱力感に襲われて立ち上がることができなかった。このままでは逃げられない。

 

「かっちゃん!」

「触んなデク…! てめえの助けなんざ…」

「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!」

「おい…!」

 

爆豪くんのもとへ緑谷くんが寄る。爆豪くんは立とうとしているが、思うように力が入らないのか動けずにいた。

無理もない。彼はヴィランに必死に抵抗して体力を限界まで削られている。おそらく煙を吸って一酸化炭素中毒も軽く起こしているだろう。解放されたとはいえ、すぐ体を自由に動かせるわけない。

 

煙のせいで視界が悪い。ヒーローたちが助けに来るより先に、ヴィランが攻撃するのほぼ確実だ。私の近くにいる二人は巻き添いを食らうだろう。

 

私と爆豪くんはまともに動けない。今の私たちに、対抗手段はない。動ける緑谷くんだけ。彼には二人の人間を担いでいける体力はないだろう。

 

三人が助かるには、絶望的な状況。

……なら、もうコレしかやれることはないだろう。

 

「二人とも、お願いがあるの」

 

抵抗をみせる爆豪くんに、無理やり肩を貸した緑谷くん。

必死に動く彼らに私はひどいエゴを押し付けた。

 

 

「私を置いて逃げて」

 

 

私の一言に、爆豪くんと緑谷くんは大きく目開いた。

いち早く意味を理解した緑谷くんは激しく咎める。

 

「な、なに言ってんだ!?」

「足に力入らないの! 立ち上がっても走れない! 私がいたら確実に逃げれない!」

「でも…置いて行けるわけないだろ! 君も一緒に逃げるんだ!」

「馬鹿ね、アンタ二人も人担げないでしょ!? 一緒に逃げられるわけない!」

「それくらいなんとかする! だから早く!」

「分かってよ緑谷くん! これが最善の手なの!」

「なにが最善だ!? 馬鹿なこと言ってないでつかまれ! まだ間に合う!」

 

切羽詰まっている中の押し問答、お互い救いたい思いでぶつかった。ラチがあかないと判断した私は動ける手を彼らに向ける。それがどういう意図があるのか理解した緑谷くんが腕を引き寄せようとするが、もう遅い。

 

私はCopyを発動し、『爆破』で彼らを飛ばした。威力を弱めたので怪我はしてないだろう。

 

「そんなっ…!」

「ごめんね…」

 

その謝罪の一言に、彼がどう聞こえているのか、そもそも聞こえているのか分からない。どんな意味で言っているのか私自身も分からない。

頬に一粒の涙が伝った。

 

「…今まで、ありがとう」

 

言い残す言葉があまりにもありきたりで、おかしくなって私は笑った。

 

それはスローモーションのようだった。

 

憤慨に満ちたヴィランの叫び声が聞こえる。

遠くで複数の駆け出す足音がする。きっと、煙が晴れてきて状況を理解したヒーローたちが緑谷くんと爆豪くんを保護しに行ったのだろう。

 

ヴィランは今、瀕死の私しか見ていない。

あの様子だと二人を標的にする余裕もなさそうだ。

 

それなら、瀕死の私ができることは攻撃を大人しく受けて、数秒でも時間を稼ぐことだけだ。

その間にシンリンカムイが二人を回収してくれるだろう。そしたら、デステゴロたちが協力してあのヴィランを捕まえてくれる。

 

大丈夫、この街の平和を支えてくれたヒーローたちだもの。

人質がいなくなれば、あんな小物ヴィランに本気でかかれば倒してくれるはず。

 

それで事件は解決する。

 

これでいいの。

ヴィランのくせにヒーローの真似事をしようとするから罰が当たったのよ。

 

それに、私一人の犠牲で未来のヒーローを救えたのなら、いいじゃない。

ヴィランとして彼らと敵対することはなくなったのだし、かけがえのない友達も守れた。

 

これで、いいのよ…。

 

私は迫り来る死の気配を感じ、目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うおおおお!!!」

「デク!!」

 

誰かの雄叫びと、誰かを呼ぶ声に目を開けた。

予想通り、ヒーローたちの方へ飛ばしたおかげでシンリンカムイが個性で爆豪くんを早く保護することができた。しかし、緑谷くんはそれを振り払い、ボロボロになりながらこっちに向かっていた。

 

「なんで…なんで戻ってきたのよ! 死にたいの!?」

 

震える声を隠すように、私は疑問を吐き出した。

対して彼は激情を表すかのように叫ぶ。

 

友達(きみ)を、見捨てられるわけないだろ!!」

 

その言葉に、私は場違いにも実に彼らしいと思った。彼にとって、友達を置いて自分だけ助かるのは愚行らしい。

 

いつもはオドオドして、臆病で、優柔不断な態度もあったり、たまに変な奇行に走る彼だが、心の底に眠っている正義感と勇気は私よりもすごい…そんな彼だから友達になりたいと思えたのだ。

 

「死ねぇええ!!」

 

ヘドロヴィランが完全体になった。背後からヘドロの影が迫る。緑谷くんが手を伸ばす。けれど数mも離れているから間に合うはずもない。

 

あれに飲み込まれたら、死ぬだろう。

万事休すか…。

 

そのときだった。

遠くから疾風の如く何かが高速で移動し、私とヴィランの間に立った。

 

「情けない。本当に情けない…!君に諭したのに、己が実践しなくて情けない…!」

 

後ろを振り向くと、さっきまでここにいなかった彼がいた。

彼は体に白い煙をまとって血反吐を吐きながら、ヘドロの攻撃を半身で受け止めていた。

 

「少年少女! 私が来た!!」

 

オールマイトが来てくれた。

たった一人のヒーローが助けに来てくれただけなのに、私は不思議とひどく安心してしまう。

 

彼は空いた片手を私に伸ばし、負傷していない腕を掴む。その手は力強く、何かの強い思いが私にまで伝わった。

 

「ヒーローは…いつも命がけ!!」

 

奥歯を噛み締めて彼はヘドロの攻撃を受けた半身を踏ん張って、驚異的なスピードで引っこ抜き、殴るモーションに入った。

 

風が、煙が、光が、

ーーーすべて彼の拳へ集まっていく。

 

 

DETROIT(デトロイト) SMASH(スマッシュ)!!!!」

 

 

放たれた拳はヴィランに命中した。

 

それは、先ほどトンネルで見たパンチと、私が放ったTEXAS SMASHとは全く別のもので、あまりの風圧に緑谷くんやヒーローたちが体制を低くして身を守っていた。

 

至近距離にいる私は吹き飛ばされないようにオールマイトの手にしがみつくしかできない。

 

拳を受けたヘドロヴィランはその衝撃でヘドロが空中で散り散りになりながら、空へ吹き飛ばされる。

 

「雨…?」

 

その威力は想像を絶するもので、拳の風圧で頭上の雲の形でさえ変え、さらに上昇気流を発生させて晴れだった天気が雨になった。拳一つで、彼は天気を変えてしまったのだ。

 

降りしきる雨の中、彼を見上げる。

DETROIT SMASHを放った反動なのか、僅かにふらついた。だが決して彼はつないだ手を離さずしっかりと立っていた。

まるで彼は自分の使命を全うするかのように、この場にいる者全員に笑顔を向ける。

 

「これが、平和の象徴…オールマイト…」

 

 

 

 

その英雄の姿を見て、私の意識は途絶えた。

 




主人公は「どうして助けに行ったのか?」と聞かれたら「勝手に体が動いた」と普通に答えるヴィランでありながらヒーローの素質を持っている矛盾している子です。

ヴィランとしての活動は次回か、次回の次回あたりから本格化します。

戦闘描写、難しい…。

余談ですが
オールマイトはなんで原作通りすぐに助けに行かなかったの? という疑問があると思いますが、主人公がヘドロヴィランをぶっ飛ばして判断が遅れたからです。

オールマイトならそんな凡ミスしないよ。という声が聞こえます。
言われても仕方ないです…でも、緑谷くんのカッコイイシーンを書きたかったんです!!(血涙&土下座)

ごめんなさい全国のオールマイトファンのみなさん!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動報告5 任務を言い渡されました

お気に入り登録・評価、そして感想ありがとうございます。
ヴィラン連合では欠かせない二人とあの方の登場です。


※前半シリアス
※今回は会話文長い。口調とか違っているかも。



「は? 今、なんて?」

 

その男は不満を孕ませながら顔を上げた。

その部屋は暗く、照明の役割は果たしていない、唯一の光は部屋にあるパソコンからのものだけだ。

そこに二人の男がいた。一人はパソコンの前の回転椅子に座り、もう一人はその隣でぽつんと立っていた。

パソコンには通信アプリが搭載されており、独特の低い声質がスピーカー越しに聞こえる。

 

『だから、あの計画を彼女に任せると言ったんだよ』

「このクソガキに?」

 

男が指で突いて指したのはパソコンの画面だった。

そこには本日の夕方前に起きた事件の…とある場面を切りとった動画が再生されていた。

【ヘドロ事件、決死の救助をする勇敢な少年少女】とつけられたタイトルの動画は話題が話題を呼んで再生数は急上昇、殿堂入り目前まで迫っていた。

 

男の指す子どもは少女だった。

 

彼女は男たちと同じヴィランでありながら己の体をボロボロにして、ヴィランに捕まった少年を無事に救い出した。

 

サイトでは彼女のことを『期待のヒーローの卵』『将来有望の救世主』『勇気ある行動に出た少女』と評価する一方で、

 

『社会のルールを破った未熟者』『無謀なことをした餓鬼』『一歩間違えれば自殺志願者』と揶揄もされていた。

 

男は目を細めてもう一度問いかけると、画面越しの男は『そうだよ』と肯定した。

 

「…それはさすがにないだろ。却下だ却下」

『どうしてだい?』

「説明する必要あるか?」

 

男は自身の首に爪を立て、ガリガリと引っ掻き始める。

 

「ヴィランのくせに人助けする…ヒーローもどきだ。挙げ句の果てには自分を犠牲にしてお友達を逃がそうと自己犠牲をやってのける。あんなの、ヴィランじゃない。完全に頭がバグってるとしか思えない」

 

男は彼女の正体を知っていた。

なぜなら、彼は彼女の上司だからだ。

 

上司、といっても直接会ったわけでもない。しかも、この事件で初めて彼女の存在を知ったのだ。ほとんど知らないに等しい。彼女の人間性を理解した男はますます自傷行為が止まらない。

 

『確かに彼女は、我々とは違いヒーローに近い存在だ。心根はオールマイトに限りなく近い…真のヒーローの器もあるだろう』

「余計ダメだろ…わかってんならさっさと取り消せよ」

『それはできない』

「あ? なんでだよ?」

 

男の首はすでに爪痕だらけとなり、痛々しくなっていた。男の返答に不満を思ったか苛立ちを募らせる。

 

『彼女を最高のヴィランにしたいと思わないか?』

 

そのひと言に、男はピタリと動きを止めた。

しばし沈黙が流れる。

やがて男は気だるそうに頭をかいた。

 

「俺に何をやらせたいの?」

『特別なことはしなくていい。手筈通り進んだら、彼女を好きなように"コマ"として使ってほしいんだ。ただし、壊さないようにね。丁重に扱って我々ヴィラン側に加担する確証が得たら、こちらに引き込んでほしい』

「先生…なんでそこまで、あいつにこだわるの?」

『こだわるさ。君にとって大事な"コマ"になり得る存在だからね』

「ふーん…」

『彼女は放っておけばヒーローになるだろう…だが、彼女はこちら側にいる。平和の象徴を壊すのに、使えると思わないかい?』

 

男は考える。

彼女に利用価値があるのを今回の事件で理解した。だが同時に、彼女の底に眠る正義感も見えた。さらに、先生が自分に彼女を動かすよう指示が出した。これは文字通り好きに動かしていいということだろう。

 

男は笑う。そして残虐なことを思いついた。

彼女にあるヒーローの素質が邪魔なのなら、それ自体を破壊すればいいんだと。

 

そのために、あえて彼女を正義と悪の狭間に立たせて、苦しませて苦しませて、最後に闇へ落とせば…彼女は自分の最高傑作になること間違いない。

 

それはまるでRPGの勇者を動かす魔王の気分だった。

勇者が人々を守り、街を救い続けていく。だが、その勇者は人々を奈落の底へ叩き落とすために魔王と手を組んでいた。

 

最後に勇者は裏切って、仲間を自らの手で葬り去り、魔王の手下となる…。

 

そしたら勇者(彼女)はどんな瞳で仲間(ヒーロー)たちを見下すのだろうか。

 

「ああ…いいかもなぁ…」

 

恍惚に男は呟いた。

あの正義感で一杯の光がこちらの闇に染まることを想像するだけで男の高揚感に満ちていった。先生のいうそれはB級のクソゲー並のシナリオだが、それはそれで面白そうだと考え直した。その様子は生まれて初めて欲しかった玩具を与えられた子供ようだった。

 

「いいよ先生。その件、乗った」

『じゃあ、頼んだよ。(とむら)

 

通信が切れて再び沈黙が包む。

くるりと回転椅子を回し、男は隣の男に指示を出した。

 

「黒霧」

「はい」

 

黒霧と呼ばれた男は、自身を纏う黒い霧を操作してある場所へワープしていく。黒霧がいなくなった後、男はもう一度動画を再生する。少女が拳を振りかざす場面で一時停止をして画面に触れる。

 

「1年後…会えるといいな、狩野 忍」

 

その男、死柄木(しがらき) (とむら)は不気味に笑った。

 

 

 

 

目を開けたら白い天井だった。

記憶喪失や気絶した主人公がよく使い回している表現を私は頭の中で再生した。体を起こすとズキズキと痛みが走る。腕は包帯でぐるぐるに巻かれ、ぽつんと一人ベッドの上にいた。

 

私はどうやら病院の個室にいるらしい。

 

「医療保険…さすがにお父さん払ってるよね?」

 

第一声がそれなのは仕方ないと思う。

普通は払っているはずだ。というか払わなければ多額の費用が家計を火の車にする。だが、あのクズ男なら支払いをケチっている可能性もある。この日本でどれだけの人が保険にお世話になっているのか考えてほしい。

 

周囲を見渡すと個室だからか部屋はきちんと掃除され、テレビやクーラーなどが備え付けられている。ベッドの端には私の制服と鞄があった。買い物袋はどこにいったのだろうか。冷蔵庫の中にあれば嬉しいが、他の誰かに盗られた可能性もある。1000円がパアになったかもしれない事実に肩を落とした。

 

あれからどのくらい時間が経ったのだろうか。不安定な足取りで私は鞄にあるスマホを取り出す。日程を確認するとあれから丸一日経っていて、現在の時刻は夕方。一日中私は気絶していたらしい。

 

入院費がどうなることやら…心配ね。

のんきなことを考えているとスマホから着信が来た。その名前を見た瞬間、私は驚いた。

 

【お父さん】

 

連絡先は一応知っている。だが、むこうから連絡を寄こしたのは初めてだ。

緊張して震える指で電話をとった。

 

「もしもし」

『やっとつながった!!! 無事か忍!!』

「うるさ…切っていい?」

『切っちゃダメ!!』

 

あまりの声の音量にキーンと耳鳴りがなった。

思わずスマホを耳から遠ざけた。

 

「オールマイトのおかげで無事よ。腕は負傷したけど、多分『治療系』個性の人が病院にいると思うしすぐ退院できるんじゃない?」

 

総合病院には常時『治療系』の医師が1人はいるよう法律で決められている。腕の複雑骨折は辛いものだが、個性を使った治療を受ければ、早めに学校への復帰ができるだろう。

 

『そうか…よかった…ニュースでお前がヴィランに飛び出すわ、腕がボロボロになるわ、火傷するわ、気絶するわで心臓止まるかと…死んじまうかと思った』

 

心配する父の声に、居たたまれなくなった。あまり娘のことを見ていないとはいえ、父の身内は私しかいない。私がこの世からいなくなれば、この人は独りぼっちになるのだ。

 

…まあ、この人のことだから新しい奥さんとすぐに子ども作って幸せな家庭生活営みそうではあるが。クズ男ゆえに。

 

だが、不本意ながらも不安にさせてしまった。それは事実であるし、少し罪悪感もあった。

 

「死ぬって、大袈裟すぎじゃない? あのときプロヒーローが現場にいたのよ。いつまでもヒーローが動かないからイライラして自殺志願者が飛び出したら嫌でも動くと思って走ったの。でもまあ、まさか大怪我するとは思わなかったけどね…自業自得よ」

 

『…ああ、確かに自業自得だな』

 

饒舌ぎみに私は誤魔化しながら話した。父は私の話に相槌を打って同意をしたが、やがて重い口を開く。

 

『けどよ。忍は友達を助けるために飛び出したんだろ?』

 

図星を突かれて、私は黙ってしまった。

無言を肯定したと捉えたのか父はため息をつく。

 

『本当…お前はーーー』

「え?」

『なんでもない。ただの独り言』

 

父は私はやったことを特に怒りも叱りもしなかった。むしろ、何かを懐かしむように微笑するが漏れているだけだった。後半、何て父が言っていたのか聞き取れなかったが、きっといつもの調子でろくなことではないだろう。

 

すると父は何かを思い出しかのように声をあげた。

 

『あ、多分そろそろアイツがそっちに来て連絡すると思うから』

「あいつ?」

『お前も知ってるだろ。あーでも、アイツ脅かすの好きだからな急に現れたりして』

「…その幽霊じみた人ってどんな人?」

『うーん…一言でいうと』

 

説明しづらそうに父は考えあぐねた。父が言う『アイツ』は、口ぶりからして私も知っている人物でお父さんの知り合い…一体、誰なのだろうか。その人物が気になり、私は父の言葉に耳を傾けた。

 

 

『巨大まっ●ろくろすけ!』

 

ピッ

 

 

思わず電話を切った。

なぜそこで某アニメ制作会社のオリジナル妖怪の名前が出るのか。その人にも妖怪にも失礼すぎる。聞くだけ無駄だった。

 

「水…」

「はい。どうぞ」

「ありがとうございます…」

 

喉がカラカラになって、飲み物を探していると横からコップに入った水が渡された。ありがたく受け取って落ち着くために飲む。

 

それにしても父が連絡してくるとは驚きだった。連絡するとしても放送事故レベルで怪我した娘を叱りつけて二度とこんなことが起きないように注意するのが定石だ。それなのにあまり咎めることはなかった。親としてはどうかと思うが、私としては嬉しいが…

 

 

………ていうか、今誰かいなかった?

 

 

恐る恐る振り向くと、そこには全身黒いモヤモヤが掛かった人がいた。職質されてもおかしくない容姿に、思わず水を落としそうになる。

 

「おはようございます。狩野忍さん」

 

…疲れすぎてついに目までおかしくなったか私。

お父さんが予知した巨大まっ●ろくろすけに見えるとは疲れてる。しかも人語を喋っていて幻聴も聞こえているらしい。

だが、妖怪でも挨拶された以上返さないわけにもいかない。礼儀は必要だ。私は失礼のないように明るく笑顔で答えた。

 

「おはようございますススワタリさん。私を煤だらけにするイタズラをしにきましたか?」

「…ススワタリではありません。あとコレは煤ではありません」

「またまたご冗談を」

 

全身煤ならば触れば黒く汚れるだろう。失礼を承知でモヤに触れる。しかし、それは霧状のものになっているようで、触れた感覚はなく、煤らしきものは付着していなかった。

 

……どうやら、私は真面目に幻覚を見ているようだ。

 

「なるほど、幻覚ですね」

「違います。現実です」

「じゃあ網膜が変異して変なものが見えている? オールマイトの個性のデメリットで…さすがナンバーワンヒーローの個性…恐ろしいわ」

「私は体をこの黒いモヤのようなもので覆っているだけです。あなたの目は正常なので現実逃避しないでください」

 

哀れに思ったのか丁寧に解説をしてくれた。その人曰く、正体を隠す名目で黒いモヤ状のものを身に纏っているらしい。妖怪ではなく人間のようだ。わざわざ正体を隠すために黒いモヤを体に覆うのって意外と労力がいると思うのだが…人に顔をみられたら嫌がるシャイな人なのだろうか。

 

そんなアホなことを考えていると黒い人は頭を下げて淡々と話し始めた。

 

「本日は重要な連絡事項がありまして、直接伺いました」

「その前にどちら様でしょうか? 初対面ですよね?」

「……これを見ていただければ分かると思いますが」

 

そう言って黒い人は紙に何かを書き出し始めた。覗き見ると『ありがとうございます』とメッセージが明朝体に近い文字が書かれていた。

 

そこで私は、数年間やりとりをし続けた相手の癖字とそっくりなのに気づいた。ヴィラン活動をしていて、ともに仕事をしていた人だ。私は息を飲み込んで尋ねた。

 

「もしかして、黒霧さんですか?」

「はい」

 

衝撃。

 

まさにその一言だろう。

会いたかった相手が急に現れると思考が停止してしまった。

 

今までコンタクトをとらなかったのに、どうして急に顔を合わせに来たのか。会いたいとは思っていたが黒霧さんの立場上、それは叶わないと思っていた。だが、黒霧さんはここにいる。つまり…さっき父が言った重要機密事項を言いに来た。

 

その要因はどう考えても…あのヘドロ事件だろう。

きっと黒霧さんは「なんだこのクソ部下!? 正義と悪をはき違えてるよ! クビクビ!」と心の中で思っているだろう。

 

要するに黒霧さんは不甲斐ない部下に解雇宣言しに来たのだ。ノートも回収しなきゃならないし、何より秘密を知ってしまった人間であるため裏の社会、もしくは死へ招待するつもりだろう。父の口ぶりからして前者の可能性が高いからまだ安心するのだが…絶対に悪い知らせを持ってきたに違いない。

 

深いため息をつくと黒霧さんが冷静に喋り出した。

 

「解雇通告ではありませんよ」

「…心の中、読みました?」

「表情に出てました」

 

そんなに顔に出ていたのだろうか。自分の頬を触ってみると冷や汗らしき汗が付着していた。相当私はテンパっていたらしい。

 

「今回の事件で、あなたはヒーロー側に加担したことや、世間で顔を知られたことは確かに反省すべきところでしょう」

 

黒霧さんはリモコンを操作してテレビをつける。

画面に現れたのは興奮気味にヘドロ事件を解説するアナウンサー、テロップには『ヒーロー、対応法に議論が殺到』と書かれてあった。

 

「しかし、一部であるがあなたの行動で社会が動きました」

「…はい?」

 

私の行動で社会が動いた?

目を丸くしていると評論家らしく人が5人ほど映り、感情をむき出しにして激しい口論をしていた。

要約すると「あの少年と少女はヒーローを見限って自分たちのやれることを全うして友人を救けに行った。ヒーローたちはその間、棒立ちでオールマイトが来なかったらどうなっていたことか」と言っている。

 

「あなたはあのオールマイトの個性を模倣し、一撃で敵を倒した。素晴らしい成果と評価されました。そして、我々の戦力になると『ある方』が判断しました」

 

黒霧さんは称賛してくれた。私があの時した行動はヴィラン連合にとって都合の良い方向へ転がったようだ。そして、ヒーロー側にとっては世間で物議をかもす厄介な案件となったらしい。

 

『オールマイトが来る前に少女がいなかったら、人質の少年は助かっていなかったかもしれません。他のヒーローは一体、何をしていたんですかね』

『映像を見る限り明らかに少年は限界だった。彼を見捨てるとはヒーローにあるまじき行為!』

『周囲の救助活動をするのは賢明ですが、有利な個性のヒーローが来るまで放置するとは…これはヒーロー協会に抗議がいきますよ』

『オールマイトが来るまで命がけで時間を稼いだ少女こそヒーローではないか!?』

 

テレビに映る評論家たちが口々に批判する。

 

なんか私の知らないところで…持ち上げられてすごいことになってる。

 

I am ヴィラン。Not ヒーローなのに、なぜか私は将来有望のヒーローと賛美されている。意味が分からない。いや、こんな意味の分からない状況に放り込んだのは私だけど。

 

え? みんなすごい人を褒めるけど、その少女の中身は人質の少年の下着を何度か盗んだことのある「クソ泥」だよ?

 

ちゃんと少女の履歴を調べてからヒーロー論を述べてほしい。ついでにいえば窃盗罪を犯している子どもを真のヒーローと切実に呼ばないでほしい。日本の将来が不安になるからやめてほしい。みんな冷静になって考えてください。

 

「どうかしましたか?」

「いや、ここまで評価されるとは思わなくて……」

 

むしろ、あの行動は非難されるものと思った。私は法律に規定されているヒーロー以外で無許可個性使用禁止のルールを破り、業務執行妨害をやらかした。それなのに世間では勇敢な子どもと称賛されている。

 

自分たちで決めたルールを破った人物を褒めたたえるとは、なんともおかしい話だ。

 

裏では社会を陥れるための活動をする私を褒める世間は、一体どんな正義を求めているのだろうか。彼らにとってヒーローとはなんなのだろうか。運よく私はオールマイトに救われただけなのに、どうしてこんなに評価されているのか全く分からなかった。

 

「本題に入ります。あなたにとっては願ってもいない仕事を依頼しに来ました」

 

黒霧さんが仕切りなおすように言った。嫌な予感がする。ここまで持ち上げられてやる仕事の内容はロクなものではないだろう。これを機に連合に合流して活動本格化とかだろう。

 

 

「雄英高校ヒーロー科に進学し、密偵活動をすること。期間は未定です」

 

 

…予想の遥か斜め上だった。

 

密偵って…スパイってことよね?

進学ってなに? ヴィランって高校通っていいの?

学校に進学して学校の潜入調査して何を報告すればいいの?

というか、その高校の名前聞き覚えあるんですけど。

期間未定って何? え? どういうこと?

 

軽く脳内でパニックを起こしながら、私は手を挙げて質問をした。

 

「すいません。雄英って、あの有名な国立のヒーロー学校でヒーロー科は偏差値70越え、入学倍率が300越えという数字がおかしい高校のことですか?」

「…その高校で合っています」

 

私は頭を抱えた。その高校は爆豪くんと緑谷くんが目指している高校だ。しかも全国からエリートが集い、噂によると教師には著名なプロヒーローが務めているといわれる学校でもある。少しでも怪しい動きをすれば教師からの抹殺は待った無しだろう。命がけすぎる。行きたくないのが本音だ。

 

無駄な抵抗だと思うが、一応言い訳をしてみる。

 

「あのー…受かる保障ありませんよ。そこってヒーロー科最難関高校ですよ? 毎年必ずある実践方式テストは機密でどうなっているのか分かりませんし、筆記も必死にやって合格できるか分からないんですが…」

「だから、合格してください」

「どこをどうしたら『だから』ってなるんですか?」

「必ず合格してくださいね」

 

完全にスルーされた。

黒霧さんは文通していた時と違ってゴリ押ししてくるタイプのようだ。

 

雄英ヒーロー科の受験内容は筆記と内容が機密な実技試験の2つだ。

しかも毎年1万人を超える受験生に対して36人しか合格者が出ないと言われている。なぜそんな学校に私が合格する前提ではなしているのだろうか。任務の内容がアレすぎて前提を間違えていないか。

 

いや待って。もしかしたら不正する気で話しているのかもしれない。何らかの手段を使って不正して合格することを想定しているはずだ。そうじゃなければこんな無茶振り任務を言い渡すはずがない。

 

「それで受験まで私は何をすれば…」

「受験に向けて課題をこちらから与えます。私が週に2、3度ほどそちらに訪問して家庭教師をしますね」

「…勉強、教えてくれるんですか?」

「はい。必ず合格するために、こちらは手厚くサポートします」

 

黒霧さんはいたって真面目に答えた。その返事に私は気が遠くなりそうだった。

 

ガチだった…実力勝負のガチ受験だった。不正なし、正面突破する方向性のようだ。

 

ヴィランなのにルールに則って受験を受けるんだとかツッコミはどうでもいいとして、プレッシャーが半端ないのは気のせいだと思いたい。これで不合格になったらどうなるか考えたくもない。浪人する猶予を与えてくれるほど組織は優しくないだろう。ブラック企業ならそんなことしてくれるはずもない。

 

「それと雄英の受験日までの10カ月は特訓が必須。体を鍛えなければなりません」

「それも黒霧さんが指導してくれるんですか?」

「いいえ。残念ながら私は戦闘向きな個性ではありませんし、得意ではないのです」

「では誰が…?」

 

 

「先ほど、あなたの父親が名乗りを挙げました」

「はいぃ?」

 

間抜けな返事をしてしまった。

要するに、実技試験の特訓指導者は父がやるらしい。

娘の私がいうのも何だが…人選ミスだ。

 

家族はほったらかしにするわ、女の人とイチャコラ行為を見せつけてくるわ、酒を飲んで甘えてくるクズ男が個性強化の特訓指導者とはどういうことだ? 私は眉間を抑えつけた。

 

「こんなこと私が言うのはおかしいと思いますが、父って…強いんですか?」

「…残念ながら私は彼との付き合いが長いですが、彼が本気で戦闘をしているところを見たことはありません。ただ…」

「ただ?」

「……自称、ヴィラン界の宮本武蔵らしいですよ」

「全国の宮本武蔵ファンさんから斬られそうなネーミングですね」

 

頭がますます痛い。剣術で二刀流(正確には二天一流)を生み出した租で剣豪と呼ばれた偉人の名前を自称する時点で恥ずかしいし痛い。むしろ父は斬られて死ぬ運命持ちの疫病神だ。ファンに出会ったら惨殺待った無しだろう。

 

父がどれくらい強いのか知らないが、一応スパイの指導を任せられるほどヴィラン連合のなかで信頼を置ける立場にいるらしい。安心すればいいんだか、嘆けばいいのか微妙である。

 

ここでとても気になることを切り出してみた。

 

「ちなみに…不合格になって、雄英高校に進学できなかった場合は…」

「…それ相当の対処をします」

「つまり死ねと?」

「……」

「あ、はい。分かりました。死ぬ気で頑張ります」

 

もはや想定内だったため驚きもせず私は頷いた。黒霧さんはそんな私の様子を見て再びお辞儀をした。

 

「それでは、そろそろ行きますね。何か気になることがあればいつも通りに」

「はい。分かりました」

 

黒霧さんは体の一部であるモヤを一箇所に集めてブラックホールのようなホール状の空間を作り出した。そこへ近づき、黒霧さんの体が包まれていった。そして、姿が完全に見えなくなると黒いモヤが風とともに流されて消えていった。

 

「消えた…?」

 

気がつけば黒霧さんがいた場所は誰もいなくなっていた。

 

黒霧さんの個性なのだろう。

『ワープ』と言えばいいのだろうか。また逢う機会があればコピーを試してみたいものだ。

 

それにしても驚いた。世間は私のことを真のヒーローと言って、連合が私をそこまで評価して、私をあの雄英高校にスパイ活動しろと任務を言い渡すとは…しかも不合格になったら死ぬことになるなんて……。

 

 

「どうしてこうなった!!?」

 

 

病院で私は叫んだ。

 

ありのまま起こったことをまとめると、

世間は『勇敢な少女に便乗してヒーロー非難しよ! よし持ち上げていけ!』

ヴィラン連合は『お前使えるから雄英でスパイしろよ。入試合格は当たり前だろ? 不合格したら死刑な』

黒霧さんは『死刑にならないよう家庭教師しますから勉強頑張りましょうね』

父は『オッス! オラ自称宮本武蔵! 忍の指導することになったからよろしくな!』と言っているのだ。

 

誰がこんな超展開が予想できるのだろうか。全員勝手すぎるし反応がオーバーすぎる。そして私のしたことを好評価しすぎだ。大したことしていないのに、どうしてここまで食いつくのだ。

 

英雄と言われても、自殺願望者と言われてもスパイになれと言われても私は私がしたいことをしただけで肩書きが欲しいわけでもない。そして社畜になりたいわけでもない。解雇された方がマシだった。

 

でも、救おうとしたこと自体は後悔はしてない。

あの時爆豪くんを見捨てていたら、それこそ後悔していた。そうなったら、私は自分を許せないと思う。

 

「…まずは落ち着こう」

 

パンクしそうな脳みそを冷やすために水をゆっくり飲む。ゴクゴクと喉を潤していくと、ドドドドと地響きが起こった。

 

「わーたーしーがーー!

お見舞いにケーキを持って来たーー!!!」

「ぶはっ!!」

 

勢いよくドアが開かれ、予想外の人物の登場に水を噴き出してしまった。

気管に入ってしまったのか息が苦しい、咳き込むと怪我の反動で体が悲鳴をあげた。悶絶するほどの痛みへのピタゴラスイッチにベッドでのたうち回る。

 

「ごほっごほっ! お、オール…ごほっ!」

「大丈夫!? 水を噴き出すほど驚いちゃった?」

 

その人物、オールマイトは汗をかきながら私の背中をさすって落ち着かせようとしていた。優しいが、その行為をされると辛く感じるのは気のせいだろうか。ある程度落ち着いた私は彼を睨んだ。

 

「普通にノックして入ってください。 殺す気ですか?」

「す、すまない…サプライズがしたくて…」

「お見舞いの常識、入院者には優しくすること。 それくらいヒーローだから知ってますよね? これで怪我が悪化したらどうするんですか? 窒息しかけて怪我悪化とか笑えないんですけど」

「本当…ごめんなさい」

 

あのナンバーワンヒーローで平和の象徴と謳われた人が少女に向かって本気で謝っていた。そっぽを向くと慌てたオールマイトは再び謝りながら白い長方形の箱を差し出した。

 

「な、何のケーキが食べたい? 好きなの、選んでいいよ」

 

そう言って箱の中を見せてきた。覗き込めばチーズケーキ、ショートケーキ、イチゴのタルトやモンブラン、さらにはアップルパイが1人分ずつ綺麗に並べてあった。甘いものをあまり食べない私にとってそれは宝箱のような輝きを放っていた。

 

ご機嫌とりなのは明白だが、ゴクリと喉を鳴らしてしまう。

 

「…ショートケーキ」

「どうぞ!」

 

別にケーキに屈したわけではない。勿体無いから食べるだけだ。紙皿に乗せられるショートケーキに私はそう念じた。決して言い訳ではない。

 

そのとき椅子をベッドの近くに寄せられる。近くに来た体格の威圧感に私は息を飲んだ。

 

「食べるついでに、ちょっとお話しない?」

 

大人って、本当に勝手だ。

ちゃっかりと席に座って笑顔のオールマイトを見て私はそう痛感した。




連合が使用しているテレビはパソコンに変更されました。

安心してください、クズ男は医療保険はちゃんと払ってます。この後銀行に駆け込んだ父親は退院したタイミングで入院費を払います。

クズな父親はああみえて結構強いです。クズだけど。

余談。入学試験編のプロット作成時の作者
作者「ああヤバイ絡ませたい原作キャラが多い…! 私の亀展開じゃ1人絡ませたら多分入試編がちょうど良い感じなると思う…!! 誰がいいんだ…!?」

15分後

作者「よし。読者の皆様に聞こう。需要と供給のバランス考えようぜ」

ということで、活動報告にてアンケートがあります。アンケートに答えたい方はお手数ですが活動報告のページへ移動をお願いします。

次回の更新ですが、しばらく時間がかかります。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動報告6 壁ボンされました

久しぶりの投稿です。
区切りの関係で入試は次回から、そして特訓パートは次回になりました(泣)


※今回は主人公がヒロインしてる回です。珍しい。


一口それを口に入れれば、甘さ控えめの生クリームとふわふわとした柔らかい感触が舌に伝わる。自然と口角が上がり、目尻が下がる情けない表情になるのは仕方がない。頬っぺたが落ちそうという表現がまさにこのことだろう。

 

「美味しそうに食べるね」

「はい。美味しすぎてつらいです」

「斬新な感想だね!?」

 

満面の笑みで感想を言うとつっこまれた。語彙力を失うほどの美味しさを表現したのだが、伝わりにくかったのだろうか。

 

かれこれケーキを食して8分ほど経過しているが、オールマイトの言うお話はまだしていない。律儀にケーキを食べ終わるのを待っているのである。なんとなくこのままだといたたまれなくなり、促して見た。

 

「お話なら食べながらでもできますよ。どうぞ、なんでも聞いてください」

「…じゃあ、聞くけど」

 

そうとぼけたものの、彼の個性を模倣したクソ泥が目の前にいるのだから、彼が何を言い出すのか大方予想はつく。苺を食べ終わると、重々しい雰囲気で口を開いた。

 

「君、私の個性を模倣したそうじゃないか。まるで個性を盗まれた気分だったよ。それで…どんな個性を使うのか気になったんだけど、教えてくれるかな?」

 

やはりか。あんなに派手なことをやらかしてシラを切るわけにはいかない。

私は苦笑いをしながら答えた。

 

「私の個性は『シーフ』大抵のものなら盗める個性です」

 

予想通りの答えだったのかオールマイトは驚いた様子はなく、ただ指を自身の顎に添えて何か考え込んでいる様子だった。彼が心配してそうなことを私は言及した。

 

「心配しなくてもあなたの個性は二度と使いませんよ」

「…え?」

「あの個性は完成度が高ければ高いほど、ある程度は反動を抑えられますが…あなたの個性を極める前に体が崩壊します」

「崩壊って…その腕のようになってしまうのかい?」

 

オールマイトが負傷した腕を指す。首を縦に振って私は頷いた。

 

「私の放ったSMASHはあなたに比べて劣っていました。つまり、個性の力を100%出し切っていない…いいえ、個性に体がついていけず、100%の力すら出し切れなかった。だからヴィランを倒せなかった」

 

あの場面でヴィランを倒せなかったのは完全に私の落ち度である。他人の個性を一発で完璧にコントロールできるはずもないのに、オールマイトの個性を頼りすぎた。その結果がこの骨折と内出血である。

 

「おそらく、今の私が100%の個性の力を出し切ったら肉片となって散ってしまうでしょうね」

 

再び苦笑いをしてしまった。

 

今の私はあの個性が納まるほどの器がない。オールマイトのように何千人も救えた個性を、一発放っただけでグロッキーになった諸刃の剣へ成り下げてしまった。おそらく、こうして生きているのは無意識に体が個性の力を制御したおかげである。何度も使えば壊れてしまうだろう。

 

それに、この個性を使いこなすほど私に技量があるとは思えない。それほどまでの超パワーであり、特別な力だったのである。

 

しかし、肉片は言い過ぎた…みるみるうちにオールマイトの顔色が悪くなっていた。和ませるために彼の好きなジョークを交えたつもりだったが、本気で信じてしまっているらしい。

 

…せめて四肢がもげると言えばよかったか。いや、これはこれで具体的すぎて生々しいか。アメリカンジョーク難しい…こんなに真摯に受け止めてしまっている彼に冗談だと言いづらくなってしまった。

 

「…随分デリケートな個性だね」

「自分でもそう思います…この個性は母から引き継がれているらしいですよ」

「らしい?」

「母は私が幼い頃に事故で他界しているので、どんな人だったのか覚えていないんです」

 

父の話によると、母は地元で有名なヒーローだったらしい。私のようなヴィラン向けの個性を持っていたが、母は人を救う英雄に憧れてヒーローになったという。

 

そんな母がどうして父と結婚したのかは謎だが、男を見る目はあまりなさそうだ。我が母ながらクズ男(アレ)を選ぶのはおかしい。

 

オールマイトはその話で眉間にシワを寄せて、拳を握っていた。母がいないことを悲しんでいるのだろうか、出会ったこともない人の死を悲しむとは…本当にこの人は優しい人だ感じた。

 

その彼が険しい顔となって再び尋ねて来た。

 

「では、親族か知り合いに『個性を奪う』個性をもった人とかいるかい?」

 

その質問に目を丸くしてしまう。『個性を奪う』個性など存在していることを確信している発言や真剣に見つめてくるオールマイトは、出会った時のような紳士的な態度のかけらがほとんどなかった。

 

異様な雰囲気にぶるりと産毛が逆立ち、嫌な汗が背中を伝った。

その心の底から沸き起こる恐怖心に思わずゴクリと喉が鳴らしてしまう。震える手を握りしめて素直に答えた。

 

「…知りません。他の親族とは絶縁状態ですし『個性を奪う』個性があること自体初めて聞きました」

「そうかい…」

 

それだけ言うとオールマイトは肩を落として視線を床に落とした。一体、今の尋問はなんだったのだろうか。彼は何を思って尋ねてきたのか。このときの私には理解できなかった。

 

痛いほどの沈黙が流れ、贈り物のケーキを食べる余裕もなくなってしまった。数分しか経っていないだろうに、永遠と時間が止まっているように感じる。

 

「野暮なことを聞いてしまうが、いいかい?」

「…どうぞ」

「どうして、君は彼らを助けようとしたんだい?」

 

その意外な質問に再び目を丸くした。

てっきりオールマイトのことだからそういったことは聞かないと思っていたのだ。何度も言うが、あの時どうして自分でも動いてしまったのか分からない。答えられるはずもなかった。

 

だから、ほとんど反射的に彼に質問を切り返してしまった。

 

 

「誰かを救うのに、理由ってそんなに大事ですか?」

 

 

疑問をオールマイトにぶつけると、彼は一瞬時が止まったかのように静止し、やがてしぼんでいったように溢れでた気迫が抜けていった。

 

「ど、どうしたんですか?」

「今の言葉を聞いて、己が恥ずかしくなってしまった。すまない…」

 

オールマイトは頭を抱えながら俯いていく、本当に恥じているのかその巨体が少し小さく見えてしまう。

 

…ごく当たり前のことを聞いただけなのに、恥じる要素がどこにあったのだろうか。どうやら彼は私の問いかけを答えと認識して納得したらしい。どうしてそう感じたのだろう。

 

どんな超解釈をしたのかわからないが、オーバーなリアクションをする人だと改めて思った。

 

「…最後に一つだけ、()()ヒーロー志望かい?」

 

ボーッとしていると、オールマイトは顔を上げて尋ねてきた。先ほどの怖い雰囲気はどこにもなく、穏やかな表情だった。

 

私は質問の内容に少しだけ戸惑い、それを表に出さないように笑った。

 

「志望校は雄英です」

 

曖昧な言葉とは便利である。その言葉の真意を言わなくても、話した相手にとって都合のいい解釈をされる。時に誤った意味で解釈されても会話は成立する。

 

 

ヒーローになるとは言っていない。

何をしに、そこへ行くのか言っていない。

そして、嘘も言っていない。

 

 

けれど、これで勘違いしてくれるならいいと思った。彼は緑谷くんの憧れの人であって、ナンバーワンヒーローで、もう暫くと会うこともない。

 

次に出会うとしたらそれは敵同士になるときだ。その時まで彼が私のことを覚えているのか分からないが、そう言うことにした。

 

「そうか。楽しみにしているよ!」

 

オールマイトは私の答えに満足した様子で椅子から立ち上がった。ケーキの箱を置き去りにして彼はドアの方へ向いた。首だけこちらに振り返り、彼は笑顔になる。

 

「じゃあ、受験頑張ってね! 応援してるよ!」

 

エールを送ると彼は颯爽と部屋を去っていった。あっという間に姿は見えなくなり、遠くで看護師さんが怒鳴る声がした。きっと病室で騒いだので怒られるのだろう。

 

病室に1人残された私は彼のある言葉に引っかかり、首をかしげた。

 

「…楽しみにしてるってどういうこと?」

 

1年後、この言葉の意味を知り、茫然とするがそれはまた別の話である。

 

 

 

 

その後、私は『リカバリーガール』と呼ばれる『治療系』個性の中でも優れた個性を持つお婆さんが偶然、この病院に出張していたしく、私を『治癒』で怪我を治した。

 

『治癒』とは対象者の体力を削る代わりに治癒の活性化を促進させる個性である。治癒をする際に唇を怪我の部分に触れる必要があるらしく、ゴムのように伸びてきた唇が迫ったときは思わず身を引いてしまった。

 

Copyできるのか微妙な個性だ。ああいった回復系や、地味な発動系の個性はコピーしたことがない。もしかしたら何度も視ればできるかもしれないが、あまり期待しないでおこう。

 

その後夜中に父が迎えにきてくれて退院した。退院したものの腕は包帯で巻いて固定している。骨はくっついたものの万が一の処置だとリカバリーガールは言っていた。しばらくは通いながら様子を見て包帯をとるらしい。

 

…余談だが、なぜか迎えに来た父を見た看護師さんたちが「いいお父さんね…」と呟いていたので頭が痛くなった。アレのどこがいいのだろうか。

 

 

 

数日後、片腕は包帯で巻かれたまま学校に復帰した。そして登校する際に私に視線が集まった。あのヘドロ事件で顔を知ってしまった影響なのか街行く人は私の顔を見ては何か小声で騒いでいた気がする。

 

正直、視線が集まること自体はどうでもいい。一時の有名人になって注目しているだけである。優越感で嬉しくもなく、嫌な思いもあまりしなかった。周りがどう思おうといつも通りにするだけだ。

 

マイペースで生きるのが一番。これは我が家のモットーでもある。いささか父は自由奔放過ぎるがアレが特殊なだけだ。目をつむっておこう。

 

「お、おはよう狩野さん!」

 

そのとき、背後から聞き覚えのある男子の声がした。振り返るとそこには会いたかった彼がいた。

 

「おはよう。久しぶりね緑谷くん」

「う、腕は大丈夫?」

「うん。治癒個性のおかげでだいぶ治ってきたから」

 

そう言って緑谷くんは私の隣に来て一緒に歩き出した。しかし、普通、友人としていつも一緒にいた相手に道行く人が注目しているのが気になるのか緑谷くんはキョロキョロして落ち着かない様子だった。

 

そして、彼に会って言いたいこと1つあった。歩幅を合わせて歩く彼に話しかけた。

 

「緑谷くん」

「なに?」

「あの時、助けてくれてありがとう」

 

入院中、あの事件のことを考えた。

ヴィランの殺意、ヒーローたちの判断、市民の目、そして友達の勇気。

 

すべての要素から推測できるのは、それらによってあんな馬鹿なことをやってしまったと結論づいた。

 

 

彼の勇気がなかったら、

私はあの人を見殺しにしていたのかもしれない。

 

彼が飛びださなかったら、

私は闘うこともできなかったかもしれない。

 

彼がいなかったら、

私はこの世界を嫌いになっていたのかもしれない。

 

 

そんな思いが頭の中で交錯した。改めてお礼を言うのは気恥ずかしいが、こうでもしなければ気が済まないのだ。

すると、緑谷くんは一瞬、ポカンとした表情を浮かべていた。

 

「あのときは体が勝手に動いたと言うか…とにかく必死だったからお礼を言うのはこっちだよ」

「そんな謙遜しなくてもいいのに」

「だって…僕は何もできなかったんだから…」

「…ん?」

 

お礼の返事がまさかの否定で耳を疑った。あっけらかんとしていると、彼はブツブツと話し始めた。

 

「そもそもあのヴィランは僕のせいでオールマイトがせっかく捕まえていたのに逃がしちゃったし、君に話しかけられる前に色々あって頭回らないこともあったけどヴィランが現場にいた時動けなくて怯えていたし、飛び出した僕がせいぜいやったことはヴィランに荷物を投げただけで、その後君がヴィランと僕の間に入ってくれなかったら入院送り、下手すれば死んじゃったかもしれないしあのとき、君は必死で僕らを逃がそうとしていたのに突っ込んじゃったしヒーローたちにも、君にとってみたら迷惑行為そのものだし、それにオールマイトがいてくれなかったら…」

 

「はいストップ!」

「痛い!」

 

聞くに堪えられず思わず負傷していない腕でチョップをかました。もちろん、手加減している。

 

緑谷くんは自分でやったことをそこまで立派なことを為したとは思っていないようだ。彼の人間性を考えればそういう思考になるのは分かる。だが、今その反応はない。

 

「なに? 緑谷くんはネガティブの化身でも宿しているの? それとも先に否定しないと死んじゃう病気でも持ってるの?」

「そんなキテレツな化身はいないし、ファンシーな病気はないよ!」

「よかったわ。そんな病気持ちだったら救急車呼んで病院に行かせるつもりだったわ」

「そこまで!?」

 

割と本気で思ったことを話すと驚かれた。しかし私からすれば、お礼言ったのに反省点ばっかり言われるとショックなのだ。そこは無難に『どう致しまして』と返せばいいのにどうして否定的に捉えるのだろうか。

 

呆れた私は彼に感謝した意味を伝えることにした。

 

「言っとくけど、あの事件は緑谷くんが解決したのよ」

「…え?」

「世間だと私が勇敢に立ち向かってピンチになったところをオールマイトが助けたおかげで事件は終息したってなってるけど、私とオールマイトが飛び出す前に緑谷くんが助けに行ってたわ」

 

きっとあの場にいなかった人は緑谷くんのことを自殺願望者だというだろう。けれど、実際にあの場で先陣を切って助けに行ったのは彼だけだった。人を動かせる人ほど凄い人物はいない、一種のカリスマ性と言えばいいのだろうか。緑谷くんには、そんな不思議な才能があった。

 

振り向くと彼と視線がぶつかる。私は照れながら笑った。

 

「あなたの勇気ある行動は、私とオールマイトを動かしたの。だからさ、もう少し自分のことを誇りに思っていいのよ…あなたは私のヒーローなんだから」

 

彼はその言葉を聞いて立ち止まった。足を止めて振り向くと、彼は口をきつく結んで目を大きく開いていた。

 

その様子から今頃頭の中で様々なことをぐるぐると考えているのだと簡単に予測できた。私の言葉をどう感じ取ったのか分からないが、余計な事まで考えそうでヒヤヒヤした。彼の頭が落ち着くまでじっと待っていると、それは突然だった。

 

緑谷くんの目からポタポタと音もなく涙が地面へ落ちていったのである。

その涙は、自然とこぼれたかのように静かに流れていく。場違いにも私は綺麗だと思ってしまった。

 

「なに泣いてるの?」

「あれ…? いつの間に…なんでかな…」

「ちょっと待って、確か鞄のポッケに…」

 

目をこすって涙を拭く彼を見ていられず、地面に鞄を置いて片手で器用にハンカチを取り出す。それを差し出せば、彼はお礼をしながら使ってくれた。

 

「あの事件の後も同じようなこと言われて、泣いたばかりなのに…なんでだろう…」

「…情けないわね。そんなんじゃ、オールマイトのように笑ってみんなを救えるヒーローになれないわよ」

「え…?」

 

キョトンとした顔で緑谷くんはこちらを見る。私は小首をかしげた。

 

「なりたいんでしょう? 最高のヒーローに」

 

緑谷くんは、ずっと憧れのヒーローになりたいと言っていた。最高のヒーローになりたいなら、オールマイト以上のヒーローになるつもりなのだろう。なら、数人救えただけで涙ぐむようじゃダメだと思ったのである。

 

彼は乱暴に涙を拭き取ると目を腫らしながら宣言をした。

 

「僕、やっぱり雄英に行きたい」

「……そう」

「無個性で、どうしようもなくて、何度も逃げようと…何度も諦めようとも考えたけど……でも、ある人に言ってもらえたんだ」

 

 

「『()()()()()()()()()()』って」

 

 

風がなびき、桜の花弁が散り、髪が揺れる。

そういった緑谷くんの目は、輝いていた。それは大きな決意をした覚悟を決めたような輝きを持っていた。その光は私には眩しすぎた。

 

きっと、彼は憧れのあの人に『ヒーローになれる』と言われたのだ。あの事件の真実を知っているヒーローに、目を付けてくれたのであろう。彼も彼なりに努力をし始めている。言葉通りなら、彼は雄英に入学できるだろう。

 

一見すると遠く、険しい道だ。無個性な彼を見れば、普通はそれでも合格できないと断言してしまうだろう。

 

しかし、覚悟を決めてやると決めた彼がどれだけすごいのか知っている私は”彼は必ず雄英に来る”と思ってしまった。

 

だからこそ、アレを言わなければならないだろう。

ポケットに入れていた紙を取り出す。

 

「じゃあ、私もあなたに言わなきゃいけないことがあるわ」

「え?」

「雄英に行くことにしたの」

 

それは『第一志望校 雄英高校ヒーロー科』と歪んだ文字で書かれた紙だった。それを眼前に突きつけると緑谷くんは目を大きく開き、歓喜のあまり紙とともに私の手を強く握った。

 

「頑張ろうね狩野さん! 絶対、一緒に合格しよう!」

「…合格する自信あるの?」

「正直…まだ自信が完全にあるってわけじゃないけど…君が一緒に頑張ってくれるって思うと、もっと頑張れるから!」

 

その純粋な思いの言葉と、特訓でできたであろう肉刺だらけになった手で強く握られて、心が温かくなる。

 

同時に身を引き裂かれそうになるほど、ズキズキと胸が痛くなった。

 

自分への苛立ち、嫌悪感。彼への罪悪感、哀れみなど負の感情が複雑に入り混じる。大きく深呼吸をしてそれらを無理やり抑え込んで、私は笑みを浮かべた。

 

 

私は今、うまく笑えているのだろうか。

友達として彼を応援できているのだろうか。

彼に、私がヴィランだと伝わっていないのだろうか。

 

 

不安な気持ちを押し殺して、目を逸らした。

 

「…そろそろ手、離してくれるかな?」

「え…? あああ!! ご、ごめん!」

「そんなに謝らなくていいのに。変なの」

 

誤魔化すように言うと彼は頬を赤らめながら離してくれた。

 

その後、くしゃくしゃになった紙を見て彼は焦り、私はもう一度先生に頼んで紙をもらうことを決意した。

 

 

 

 

「狩野だ…狩野が登校してきたぞー!!」

 

まるで珍獣が街にやって来たと言わんばかりにクラスメイトの男子に叫ばれた。それを合図に私の周りに人が集まっていき、教室に入るやいなや、あっという間に私は取り囲まれた。

 

「マジで!? もう退院したの?」

「テレビで見たけど腕がつぶれてたじゃん!? なんでこんな早く復帰出来てんの!?」

「すごかったわね、ヘドロ事件の活躍! 見直しちゃった!」

「狩野があんなに勇気あるとは知らなかったぜ。カッコよかったな!」

「そうそう! テレビでも『将来有望なヒーローの卵』って言われてたよな!」

「やっぱり高校はヒーロー科に行くんでしょ!? どこに行くの? 雄英? それとも士傑?」

 

見渡す限りの人だかりと一気に質問が来て頭がくらくらする。いつの間にか隣にいた緑谷くんとはぐれてしまった。きっと人集りの中に埋まってしまったのだろう。

 

生憎、私は聖徳太子のように同時に言われたことを一つひとつ認識できる超人ではない。せめて一つずつ質問してほしいのだが、興奮しきっている彼らの耳には届かなそうだ。

 

「え、えっと…」

 

困り果てていると、教室の奥から激しく『爆破』する音が聞こえた。

どよめくクラスメイトの先に見えたのは、いつも通り机に足をかけて座っている爆豪くんだった。

 

彼の手のひらから煙が出ており、個性を使ったのが分かった。鋭くこちらを睨みつけた。クラスメイトはその眼光に恐れたのか私の周りから遠ざかった。

 

「か、勝己…」

「うぜぇ、モブども…どけ」

 

クラスメイトは私と爆豪くんの間の一本道を作り出すように避けていく。彼はそれを合図に机にかえていた足を下して、こちらに歩み寄ってくる。その風貌は果たし状を持ってきた不良と大差ない。

 

思ったより元気でなによりだが、近づくたびに眉間の皺が普段の3割増しで深くなっているのが良くわかる。あれは相当不機嫌な証拠だ。何されるのかまったく予測できない。今日一番の命の危機を感じた。

 

一種の恐怖にビビっていると爆豪くんは私の包帯が巻かれている腕を一瞥し、大きく舌打ちした。

 

「おはようございます。今朝から人を中国から招待されたパンダと勘違いしているのか人が集まってきたのでビックリしました。あなたが威嚇していただいたおかげで助かり…!?」

 

いつも通りに挨拶をした次の瞬間、彼は私の負傷していない方の腕を掴んで引き寄せて来た。耳元に顔を近づけられる。その距離は吐息が聞こえてくるほどであった。予想外の行動に私も含めて周囲は硬直し、静寂が訪れる。

 

こんなに至近距離まで来られたのは初めてで言葉が出ない。心臓がバクバクと鳴ってうるさい。何を言われるのか身構えていると、彼の口が開いた。

 

「放課後、校舎裏な。バックレたら殺す」

 

ドスの効いた声で呼び出しされた。それだけ言うと彼は自分の席に着いた。

 

なるほど。これが死亡フラグか。

そう冷静に分析したのと同時にHRを知らせるチャイムが鳴り、爆破されると思ってドキドキして損をしたと思った。

 

 

 

その放課後はあっという間に来た。

同じクラスであるため、HRが終わると爆豪くんに顎で呼ばれた。緑谷くんは申し訳無さそうに視線を送っていた。私は手を振って別れの挨拶をすると青い顔で手を振り返してくれた。

 

我が校は上空から見ればH型の形をしており、校舎の裏にまわればカツアゲ現場に成りうる場所につく。

 

そこへたどり着くと爆豪くんは私を逃げられないように奥へ誘導すると睨みつけられる。話を切り出すのに時間が掛かっていた。どうやら爆豪くんはあまりしたくない話をしようとしているらしい。

 

「あの。私になんの用があるのでしょうか?」

「…わかってんだろ」

 

このタイミングの呼び出し的にヘドロ事件のことしかないが、あまりにもすごい不機嫌オーラに言いたくない。少しでも雰囲気を変えたかった私は場違いなことを言うことにした。

 

「今日夢で…爆豪くんが可愛いクマさんパンツを履いるという強烈なものを見たことがバレたからですか?」

 

 

ボン!!

 

 

瞬間、顔の真横で爆破が起こった。

横を見れば壁についた彼の手から煙が出ていた。

 

正面を向けば、こめかみに血管を浮かばせて近年稀に見る凶悪顔を間近で見る羽目になってしまった。

 

あ、話題ミスったわと他人事のように思う。

どうやら私は火に油を注いで怒りのキャンプファイヤーを起こしてしまったらしい。公共の場での個性使用禁止を気にするほど今の彼に余裕はないようだ。

 

「今朝からずっと不機嫌だったので和ませようとしたジョークですよ。怒らないでください」

「ジョークがキメェわ」

「それにしても新しい壁ドンですね。というか、壁ボン? 背後にある壁からほのかに香るニトロとコンクリートが焦げた匂いがするので夏の風物詩になりそうですね。今は春ですけど」

「ホンット、てめぇは人の神経を逆なでする天才だな…」

 

怒りのボルテージがフルスロットしたのか爆破の威力が増した。真横の爆破に鼓膜が激しく振動して痛くなる。それを顔に出さないようにして私は切り出した。

 

「それで…私に何を言いたいんですか?」

 

爆豪くんの息がつまる音がした気がした。血走った目で彼は私を見つめた。

 

「あの時、別に俺は一人でもなんとかなったんだ。俺は、てめぇとデクに助けられたわけじゃねぇ。見下すんじゃねぇぞ…勘違いすんな」

「…爆豪くん」

「なんだよ?」

 

彼の言い分はある程度予想通りだったが、一箇所だけわからないところがあった。疑問に思ったところを私は正直に言った。

 

「…どうして、助けられたら見下したことになるんですか?」

 

その問いに彼は奥歯を噛み締めて肩を震わせたが、やがて何かが堰を切ったかのように涙を浮かべながら小さく叫んだ。

 

「助けられるっつーのは、弱ぇから助けられるってことだろうが…!!」

 

その答えに、私は全身に雷が走るような衝撃が走った。同時に納得してしまった。

 

強者は弱者を助ける。

そのヒーローらしい道理が彼の心のどこかであり、同時に彼を縛っているのだ。

 

口ぶりからして、彼はヘドロ事件以外で誰かに助けられた経験があり、その出来事が今の彼をつくってしまったのではないかと推測できた。

 

彼は天才なゆえに、挫折をあまり味わったことがない。それゆえに今回の事件は相当堪えたのである。普段の彼なら決して弱音を吐くはずない。だが、今の彼はプライドが傷ついているせいでポロリと弱いところをみせてしまったのだ。

 

……なんだか、見ていられなくなった。

 

「なら、いつか私がピンチになったら助けてください」

 

気づいたら、私はそんなことを口走っていた。予想外の言葉に爆豪くんは固まっていた。

 

「…あ?」

「助けられたら弱いんでしょう? その定義通りであれば、私を助けたあなたは私より強い証明になりますよ」

 

そう諭すと爆豪くんは奥歯を噛みしめしながら、睨んできた。きっと心の中で「ふざけてるなこいつ」と思っているだろう。残念ながら、ふざけているつもりは一切ない。

 

ここで同情すれば、彼はそれこそ嫌悪もすれば激怒する。

中途半端に突き放せば、傷つけられた自尊心を立ち直るには時間が掛かるだろう。

 

だったらいっそ、彼の思想に合わせた約束すれば元気づけられると思ったのである。我ながら不器用な励まし方だ。けど、何もしないで放って置けなかったのである。なかなか反応がない彼にとどめを刺した。

 

「まあ、そんな日が来るとは思いませんけどね」

 

鼻を鳴らしてわざと挑発をすると、耳元で再び爆破が起こった。どうやら今のが決定打となったらしい。彼はギラギラとした目つきで()()()()()にキレていた。

 

「いいぜ…その時が来たら、てめぇを助けてやるよ」

「へぇ。約束してくれるんですか?」

「ああ。無傷で完膚なきまでヴィランを倒して、ズタボロのてめぇを嘲笑ってやんよ」

「…それは楽しみですね」

 

助ける場面が、ヴィランに襲われている前提で助けると言うあたり彼らしい。壁から手を離し、爆豪くんが校門の方へ歩き出す。数歩移動したところで爆豪くんはこちらに振り返った。

 

 

「余裕ぶってんのも今のうちだ。てめぇもデクも、石コロ同然の存在ってことを思い知らせてやる!!」

 

 

ヒーローらしい約束をしたにも関わらず、帰り際に見せた顔は完全にヴィランであった。しかし、一応目標ができたことですっかりいつもの調子に戻っていた。さすがタフネス、立ち直りも早い。

 

「塩、送りすぎたかな?」

 

そっとその背中を見送って、私は今更ながらそう思った。




送りすぎだわ。
おかげで緑谷くんと爆豪くんに心の強化フラグ立ちました(やったね!)


次回、入試開始まで飛ばします。

アンケートにご協力してくいただいた皆様、ありがとうございます。
主人公と絡む相手はケロっとしている子です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動報告7 入試、始まりました

今回は入試の前半までです。

※主人公が無双タイムしてます。

※途中の時間飛ばし過ぎじゃね? と思いますが、時間をぶっ飛ばします。慈悲はない。




通院して一週間後、治療を受けた私は包帯がすっかりとれて、両腕で動かせるようになった。

 

片腕の生活は不便で窮屈していたのでこれは嬉しい。退院したことをノートを書いて黒霧さんに伝えると箇条書きで課題が伝えられる。その量はとても多く、私は本当に国立の高校に受験するのだなと実感した。

 

学校へ登校すると緑谷くんが眠そうにしていた。トレーニングは相当きついらしく、数日前から筋肉痛を訴えていたが、大丈夫なのだろうか。

 

一方の爆豪くんはあれから何事もなかったかのように大人しくなった。静かすぎて怖かった。どういうわけかアレ以来は何も会話もなくなったのである。お互い受験生ということもあり、勉強に集中できて有り難い。

 

学校もそこそこに過ごして一時帰宅した後、私はある場所へ向かっていた。

 

私の住む地域では、街の発展が進んでいるなか老朽化が進んで廃れた建物も存在する。そういう場所にヴィランが息をひそめている可能性が高いため住民は近づかないが、呼び出された場所はその建物の一つで低層ビルであった。

 

人気のないビルへ入り、階段で屋上へ上がっていく。中を見る限り建物自体は古いが人目もつかないようで無人だった。屋上の扉を開けると、奥で笑顔の父が立っていた。

 

「よう。来たな忍」

「うん、来たくなかったけど来たよ」

「初っ端から素直だな」

 

正直に言って何が悪いだろうか。

『特訓しようZE☆ ここに集合!』と、位置情報付きのウザいメールを受け取った私の気持ちを少しは考えて欲しい。というか呼び出すなら迎えに来て欲しかった。本当にデリカシーない男だ。

 

「質問あるんだけど、いい?」

「なんだ?」

「お父さんって強いの?」

 

手を挙げて質問をすると、父は胸を張ってドヤ顔で答えた。

 

「聞いて驚くな忍……ヴィラン界の宮本武蔵、それが俺さ」

「うわ…マジだった」

 

自称、宮本武蔵は本当のことだった。嘘であって欲しかった。顔を歪めて後退りをすると父が肩を揺さぶってきた。

 

「なにその顔!? なんで引いてるの!?」

「引いてないわ。ドン引きしてる」

「余計やめて! ドン引きしないで!! 武蔵かっこいいじゃん! 俺がこの通り名でやってること恥ずかしいと思ってるの!? それとも痛いって思ってる!?」

「お父さん…必死すぎて気持ち悪いわよ」

「ストレートなディスりもやめて! 心に来る!」

 

心に来るようにわざと言っている。悲観的に叫ぶ父が本当に強いのか疑った。こんなクズ男が到底強いとは思えない。

 

「おふざけはこれくらいにして…忍の個性の話をしよう」

 

改まった父は深呼吸をして、私と向き合った。

 

「忍の個性『シーフ』の個性模倣は万能性あるし、めっちゃ便利な個性だ。けど、その分個性のデメリットを体のダメージとして受け止めてしまう欠点がある」

「そうね…」

「そこで……まずは個性を模倣しても耐えられる体づくりと、個性を使わないである程度できるように特訓をする」

「…思ったより普通ね」

「仕方ないだろ、今まで戦闘訓練してこなかったんだから」

 

そう。父の言った通り、戦闘訓練などやったことがない。今までのスパイ活動はノートにヒーローのことを書くだけの仕事だったこともあり、個性を使うこともあまりなかった。

 

実は言うと、あのヘドロ事件が初戦闘である。よく生き残ったと改めて思う。

 

基礎体力をつけることは納得できたが、もう一つの目標に疑問を持った。

 

「ある程度できるようにするって…具体的にどんなことできるようにするのよ?」

「それは…口で説明するより見た方が早いか…」

「え?」

「ついて来て」

 

そう言って父は後ろへ振り向いて、真っ直ぐ歩き出した。止まる様子はなく、徐々にペースを上げて端の方へ行く。この屋上はフェンスや囲いが一切されていない。しかもここは4階建ての約15mほどの高さがあるビルである。

 

焦った私は父の後を追いかけた。

父がやろうとしていることを察してしまった。やがて父は端の方に立つとこちらに振り向いた。風に煽られれば、落下してしまう位置にハラハラする。

 

「嘘よね。お父さん…?」

 

血の気が失せていく感覚に陥る。確認のために顔を上げると、父はいつものように飄々とした表情でニッコリと笑った。

 

「忍…ちゃんと見ててくれよ」

 

強風が吹き、それを合図に父は軽く後ろへジャンプする。反射的に手を伸ばしたがその手は空を切り、父の体は重力に従って落ちて行く。

 

「お父さん!!」

 

身を乗り出して下を覗き込む。

 

落下スピードが激しくなる中、父は窓の縁にある僅かな凹凸に掴まり、懸垂の要領で落下のスピードを落とし、手を離して降下する。再び下の階へ落ちると同じことをしていった。それを連続していく様は木を滑り降りていく猿を彷彿させた。

 

音もなく無事着地すると、父はこちらを見上げて手を振る。

 

「こんなことができるように基礎体力をつけような!」

 

簡単にいうが、この男は指の力だけでこの高さを降りたのである。個性抜きでこんなことが出来るのは離れ業にしか思えない。要するにこういったことを10ヶ月で出来るようにするのがミッションである。

 

つまり…

 

「人間、卒業しろと…?」

 

父は強い以前に人間を少し辞めていた。

こうして、私はとんでもない人と10カ月特訓をすることになった。

 

 

 

 

 

 

 

月日というものはあっという間に過ぎ去り、10ヶ月経った。

 

正直言おう…この10ヶ月、死にかけた。

 

実戦訓練と言う名の半殺しマッチやら個性使わないで落ちたらあの世のバランスゲームをやったり、壁ジャンプの特訓にアクション映画よろしくのビルからビルへ飛び移ったり、時には町内一周ランニングやアーケード街に行き交う人々の間をすり抜けるなど…とにかく普通の特訓なんてなかった。

 

冗談抜きで死にかけた。父があんなにスパルタとは…。

 

「大丈夫ですか。忍さん」

「はい。回想してました」

「…頭の調子が悪いようですね」

「一応正常ですよ。黒霧さん」

 

回想にふけていると、課題の答え合わせをする黒霧さんがため息をついた。黒霧さんはこの10ヶ月、家庭教師をしてくれた。その教え方はとても上手く、一度解説してくれたところがすらすらと解けていった。

 

おかげでみるみるうちに学力が上がり、筆記は模試A判定を出せた。黒霧先生すごい。

 

「いよいよ。明日ですね」

「…そうですね」

「この10ヶ月間の努力が実るのか、明日で決まります」

 

明日は私の生死を分ける運命の日である。

 

合格して雄英に行き、情報収集するには生徒として密偵するのが任務だ。その大前提として雄英の生徒にならなければならない。そのため、私は10ヶ月死ぬ気で特訓や勉強をした。

 

だったら、不合格したら浪人させてください。と言いたいがそれを言わせないのがヴィラン連合というブラック組織であった。唯一の救いは黒霧さんが優しいことだと思う。

 

「次に会う時は、合格通知が来た時ですね」

「はい。そうですね」

 

合格通知が来たら黒霧さんに連絡するよう言われている。そしたら『ワープ』でこちらに来ることになっているのだ。

 

要するに合否確認は少なくとも私と黒霧さんが同時に見ることになっている。これで不合格になれば、黒霧さんの手によって殺されるのだろうか。

 

そう思うとヴィラン連合って本当にブラック企業だ。理不尽しかない。

 

しかし、黒霧さんにはこの10カ月お世話になった。黒霧さんのためにも合格したい気持ちが強い。心配そうにする黒霧さんに私は笑った。

 

「必ず合格するので楽しみにしてください」

「……楽しみにしてますよ」

 

黒霧さんは花丸を書いて、私に問題集を渡した。彼の黒いモヤだらけの顔が、少しだけ笑っている気がした。

 

 

 

2月26日 雄英高校受験日の午前8時35分。

私は雄英高校の入試試験会場にいた。当然、学校の入試なので校舎が会場になるのだが、とても高校とは思えないほど大きい。思わず校門前でボーっと建物を見上げてしまった。

 

プレッシャーと重い期待にドクドクと動く心臓を落ち着かせるため、大きく深呼吸をする。

 

 

「やれることは、すべてやったわ。あとは自分を信じること…よし」

 

 

小さく私は呟いて気合を入れなおし、会場へ足を踏み出した。

 

 

 

案内された会場はコンサートホールのような作りであった。ステージを囲むよう会場席は階段式になっており、舞台が見下せるようになっていた。本当にここの施設はデカイのが分かる。

 

受験番号で席が指定されていた。席には筆記試験の会場についてや、実技試験の概要が記載されているプリントが置かれている。

 

ピリピリとした空気の中自分の席を探し、そこに座ってそれらを見通していると「っげ」と聞き覚えのある嫌そうな声が近くでした。そこへ目を向けると予想通りの人物がいた。

 

「あ。爆豪くん」

「なんでてめぇがそこにいんだよ」

「座席指定ですから受験番号が連番だと隣になりますよ」

「デクとてめぇに、はさまれるのがうぜぇ…失せろ」

「言い方を変えます。指定席なので諦めてください」

 

受験番号が連番になってしまうのは同じ学校のため受験届を出す時間がかぶりやすい。私たちは三人同時に申し込んだのでこうなっているのだ。

 

受験してくることを知っていても、見知った顔が同じ会場に来ると気が楽になってしまう。彼が奥に移動できるように場所を空けるとガンを飛ばしながら自分の席に腰かけた。受験会場にも関わらずいつも通りの態度でいる彼はすごいと思う。

 

「いつにも増して不機嫌ですね。嫌な事でもありました?」

「朝からデクとてめぇのツラを見て憂鬱だっつーの」

「え…まだ入学してもいないのに五月病を発症しましたか? 気が早いですね」

「…試験前に殺されてぇのか?」

「殺す前にプリントを見て下さい。ここに他の受験生を怪我させたら強制失格と書いてありますよ」

 

注意すると爆豪くんはイライラしながらプリントを眺めた。配布されているプリントの端にしっかりと『他者への妨害を行うアンチヒーロー行為禁止』と書かれてある。その欄を見た爆豪くんはこちらを横目で睨みつけて舌打ちをした。

 

このやり取りをするのも久しぶりで、なんだかほんわかしてしまう。そのことが顔に出ていたのか爆豪くんは「ニヤニヤすんな」と目で威嚇してきた。これ以上刺激すると本気で爆破されそうだ。

 

大人しく前を向いて入試説明が始まるのを待っていると、緑谷くんがフラフラとした足取りで奥から来た。顔はなぜか赤く、口元が緩んでいる。

 

まさか、風邪でも引いたのだろうか。不審げに緑谷くんを見ていた爆豪くんを越して話しかけた。

 

「おはよう、緑谷くん」

「おはよう…」

「なにぼーっとしてんの? 風邪、引いちゃったの?」

 

ブリキの人形のごとく不気味に、かたい動きで首をこちらに向けた緑谷くんは深刻な表情でボソっと言う。

 

「さっき……じょ、女子と喋っちゃった…」

「…そう。よかったわね女の子と話せて」

 

なんともアレなことだが、心配したので気が抜けてしまう。一方、爆豪くんは「くだらねぇ」と一言漏らしていた。気持ちは分かる。

 

だが、言われてみれば緑谷くんは私以外の女子と喋ったことなかった気がする。爆豪くんに目を付けられている彼に話しかけるクラスメイトは私以外にいなかった。

 

思えば初めて話しかけられた時、緑谷くんは挙動不審だった。もしかしたら女子の前だと緊張してしまう気質なのかもしれない。

 

冷静に分析していると、私の返答に何を思ったのか緑谷くんは慌て始めた。

 

「い、いや! ち、違うよ! 狩野さんは女の子だけど僕の中では趣味の合う友達であまり意識していないというかそもそも狩野さんは高嶺の華過ぎて手に届きづらくて意識もできなかったというか、女子ってことは分かってるけどイマイチそういう感じじゃなくて、とにかく狩野さんは友達で………あれ、僕なに言ってるんだろ?」

 

「本当、何を言ってるの?」

 

突然始まった謎の言い訳に私は首を傾げた。言い訳をしている当の本人も、途中で素に戻って同じように首をかしげていた。今のは一体何だったのだろうか。

 

私たちがキョトンとしていたのが気に食わなかったのか、ずっとそこに挟まれていた爆豪くんが耐えきれず叫んだ。

 

「うっせぇよクソナードども!! てめぇら俺をはさんでうぜぇ会話すんじゃねぇ!」

「ひぃぃ! ごめん、かっちゃん!」

「二言くらいしか会話してませんけど? 今の会話に不快になるようなことありました?」

「俺がうるせぇと思ったらうっせぇんだ! わかったか!?」

「なるほど。ジャイアニズムですね」

「それで納得すんな!!」

「ふ、二人ともここ会場だから静かに…」

「元はと言えばてめぇのせいだろうが! クソデク!!」

「ごめんなさい!」

 

仰る通りだが、今一番煩いのは間違いなく爆豪くんである。

 

ギロリと一斉に受験生が私たちを睨みつけた。そりゃあそうだ、一世一代の大勝負をする受験前にこんなに騒がれては迷惑である。

 

あまりの集中砲火に緑谷くんは委縮したが、爆豪くんは特に気にすることもなく堂々と席に座っていた。正直、迷惑をかけた一因でもあるのでなんとも言えない。

 

冷たい視線を浴びながらしばらく待つと会場の電灯が暗くなり、ステージにスポットライトがあてられる。裏から誰が出てきたのを合図に舞台のカーテンが開けられ、巨大なモニターが出現する。

 

それに気を取られていると、教卓の前に立った誰かがマイク越しに大声で喋り始めた。

 

「受験生のリスナー。今日は俺のライブにようこそ! Everybody Say…HEY!!」

 

輝く金髪にサングラスをかけ、チョビ髭を生やしている男性が高々と宣言をする。しかし、突然のテンションの高さとノリについていける猛者は誰もおらずシラけてしまった。

 

「ボイスヒーローのプレゼントマイク…?」

 

そこには人気プロヒーローの1人、プレゼントマイクがいた。彼は『ヴォイス』という凄まじい音量の声を発し、また高低音も自由自在に操れるという強力な個性を持っている。

 

かなりのおしゃべり好きで、その明るい性格から副業でTVやラジオのMCを勤めている。体育祭の司会進行など雄英の行事に参加しているのは知っていたが、まさか入試のレクチャーに来るとは思わなかった。

 

「すごいぃ…ラジオ毎週聞いているよ感激だなぁ。雄英の講師はみんなヒーローなんだぁ…」

「うるせぇ」

 

ヒーローオタクの緑谷くんにとって、これは嬉しいサプライズだろう。目がこの場にいる誰よりも輝いていた。緊張がほぐれて何よりだ。

 

プレゼントマイクの説明と同時にモニターにはシミュレーションを分かりやすくしたドット絵のアニメーションが流された。受験生はプレゼントマイク、敵の見立てとしてロボットのシルエットが映し出される。

 

 

実技試験の概要を簡単にまとめると以下の通りだ。

・試験時間は10分。

・模擬市街地演習を行う。

・持ち込みは自由。各指定の会場へ向かうこと。

 

・受験者は1P(ポイント)~3P(ポイント)の攻略難易度順に割り振られた多数の仮想ヴィラン(ロボット)を個性で行動不能にさせて(ヴィラン)P(ポイント)を稼ぐ。

・なお、敵Pは実技試験の点数となる。

・他人攻撃のアンチヒーロー行為は禁止。

・ルールさえ守れば個性は使いたい放題。

 

 

演習会場はA〜Gの7つに分かれており、受付で配られた受験票に会場が表記されていた。

 

「つまり、ダチ同士で協力させねぇってことか」

「そうみたいですね。個人の実力を見るなら周りは敵の方が点数つけやすいですし、別にいいと思いますが…」

「確かに、受験番号は連番なのに会場が違うね…」

 

受験票を覗き込めば爆豪くんはA。緑谷くんはB。私はCと見事に分かれていた。その間、爆豪くんは勝手に受験票を見られたのが不快だったのか脅してきたがスルーした。

 

正直、同じ会場にしても協力する気は毛頭ない。本音を言えば二人が合格して欲しくないからだ。理由は察してほしい。

 

しかし、悲しいことにこのような実技試験なら爆豪くんは確実に合格するだろう。派手で強力な個性持ちの彼とこの試験の相性が良すぎるのだ。

 

舌打ちをした爆豪くんはボソリと呟いた。

 

「これじゃてめえらを潰せねぇじゃねぇか」

「……」

 

その言葉に二度見してしまったのは仕方ないだろう。ヒーローらしからぬ発言をしている方が隣にいて落ち着ける人間がいたら教えて欲しい。

 

本当にこの人は私よりも圧倒的ヴィランっぽい。

 

それにしても、実にシンプルでわかりやすい試験だ。ただ気になる点があった。プレゼントマイクの話が終わるまで待つことにした。しかし、話の途中でピンと手が上がった。

 

「質問よろしいでしょうか!」

「OK」

 

質問をしたのは眼鏡をかけた真面目そうな男子だった。プレゼントマイクは快く了解をするとその男子にライトが当てられる。プリントを指しながら男子は続けた。

 

「プリントには4種のヴィランが記載されています! 誤載であれば、日本最高峰である雄英にて恥ずべき事態! 我々受験者は規範となるヒーローのご指導を求め、この場に座しているのです!」

 

堂々と意見を言うその男子受験者に感心した。受験生の立場をわきまえているとはいえ、あそこまで主張ができる肝はすごい思ったのである。

 

そして質問の内容も私が気になっていたところを指摘してくれた。これはありがたい。

 

すると男子受験者は視線に気づいたのか、こちらに振り向いて私たち3人を指した。

 

「ついでにそこにいる君たち! 先ほどから煩わしい…気が散る。物見遊山なら即刻、ここから立ち去れ!」

 

…なるほど。彼は真面目なゆえに先程からうるさくしていた私たちを目の敵にしていたようだ。喧嘩を売られた。

 

「すみません…」

「すみませんでした」

「…けっ、うぜぇ」

 

私と緑谷くんは頭を下げて謝ったが、爆豪くんは無視していた。この人もこの人で肝が据わっている。

 

「OK、OK受験番号7111くん。ナイスなお便りサンキューな」

 

プレゼントマイクは微笑するとモニターに再びドット絵が現れた。0Pと表示されたシルエットにプレゼントマイクが逃げている様子が映された。

 

「4種目のヴィランは0P。そいつはいわば、お邪魔虫。各会場に一体、ところせましと大暴れしているギミックよ。倒せなくもないが、倒しても意味はない。リスナーにはうまく避けることをおすすめするぜ」

「ありがとうございます。失礼いたしました」

 

男子受験者は丁寧に礼をした後、背筋をまっすぐにしたまま座った。

 

4種目の仮想ヴィランが0Pで危険があるためか、妨害要員で入るらしい。

 

なんというか…少し引っかかった。

 

単純に戦闘力を見るだけならステージギミックを用意する必要ない。わざわざ受験生にメリットがない仕掛けをするにはそれなりの理由があるはずだ。

 

だが、合格が最優先だ。試験にイチイチ疑問に持ったらきりが無い。頭を振って思考を振り払うとプレゼントマイクは話の締めを行った。

 

「俺からは以上だ。最後にリスナーへわが校の校訓をプレゼントしよう」

 

プレゼントマイクは改まり、会場全員が静まった。

モニターにはUとAが重なる雄英の校章が中央に大きく映る。

 

「かの英雄、ナポレオン・ボナパルトは言った…『真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていく者』と」

 

 

「さらに向こうへ…『Plus(プルス) Ultra(ウルトラ)』」

 

 

プレゼントマイクが言った言葉に会場の空気が一層ピリッと張り詰めた。

 

「『人生の不幸を乗り越えていく者』…ね」

 

その校訓の意味が心に突き刺さり、私は深いため息をついてしまった。

 

 

 

 

緑谷くん達と別れ、学校が所有するバスの案内で実技試験会場Cに着くと、巨大な門がそびえ立っていた。会場の規模は分からないが、都市をイメージした街並みが演習場となっている。もはや学校内ではなく、都市の中に放り込まれているようだ。

 

都市部であればあるほどヴィランの犯罪率が高いのは知っていたが、既にそういった想定で模擬試験を行うとは合理的と言えばいいだろうか。

 

個人的にはロボットを使うよりも、対人の方が見えてくるものがあると思うが大人の事情というものだろう。

 

「あ、すみません」

「ケロ、気にしなくていいわよ」

 

ぼーっとしていたら誰かの肩にぶつかった。

 

ぶつかったその人は女の子だった。身長は私よりも低め、猫背気味で綺麗な長い髪に大きな瞳をした子であった。内心かわいいと思っていたら、顔を見上げられる。

 

「あなた、随分余裕のようね。羨ましいわ」

 

口元に指を添えて彼女は羨ましそうに言う。

 

…どうしたら、そんな風に見えるのだろうか。心の中では緊張しすぎて軽く走馬灯っぽいものが脳内で流れている。しかしそれを言うわけにもいかず、私はできるだけ不快にさせないように言葉を選んだ。

 

「余裕じゃないですよ。ドキドキして吐いちゃいそうです」

「真顔で言うことじゃないと思うわよ」

「いや、真面目にそう思ってて…」

 

 

「ーーーハイ、スタート!!」

 

 

会話を弾ませていたら、上から男性の声が聞こえた。見上げれば門の上にプレゼント・マイクが腕を回して急かしていた。

 

「どうしたぁ!? 実践にカウントなんざねぇんだよ! 走れ走れぇ! 賽は投げられてんだぞ!!」

 

既に門が開かれており、一斉に走り出した。少しタイミングをずらして私も走り出す。

 

全員が大通りに走る中、私はあえて小道へ駆け出す。ああいった目立つ場所に仮想ヴィランはいるだろうが、序盤は誰にも邪魔されない目立たないところからポイントを稼ぐ作戦である。

 

ライバル達と奪い合いにするなら体力が切れ始める後半からでいい。そこからが大量のポイントを稼ぐ好機なのである。後ろを振り返ると誰も付いてこなかった。これはポイントを独り占めできそうだ。

 

1人で突き進んでいくと建物から何かが出てきた。そこには、車輪をつけて両腕に散弾銃を構えた1Pヴィランがいた。

 

『標的確認…ブッ殺ス!!』

「口悪いわね。このロボ…」

 

音声機能を搭載していることに感心していると標的が突っ込んできた。タイミングを見計らって跳躍し、頭上を越える。ターゲットを見失った1Pヴィランに向けて手を伸ばす。

 

「Steal!」

 

盗み出したのは、散弾銃だった。思いの外重い質量に驚いたが、両手で持てば行けそうだ。発砲しようと思ったが肝心のトリガーがなかった。ロボ専用に改造されているせいで人間は使えない仕様となっていた。

 

「いらないから、返すわ」

 

体を空中で捻って着地をすると、仮想ヴィランの頭に目掛けて小さな『爆破』で勢いをつけて投げつける。見事にそれをあたり、仮想ヴィランは倒れた。

 

「これで1P…」

 

個性『爆破』は汗をニトロのようなものに変異させて爆破するものだ。つまり、汗をかけばかくほど爆破の威力が増す。そのために準備運動は必須だ。

 

しかし試験時間はたったの10分だ。準備運動をしつつ、ポイントを稼がねばならない。

 

「借りるわよ。爆豪くん…」

 

爆破をターボの要領で使い、弾丸ライナーのごとく低く飛びつつ駆け抜ける。道行くところにの仮想ヴィランが次々と現れ、すれ違う。目立つ個性ゆえか引き寄せられ、仮想ヴィランたちは束になって追いかけてきた。

 

後ろを見れば、1Pが3体、2Pが4体、奥に3Pが1体バラバラに迫ってきた。思った以上に釣れて笑ってしまう。T字の分かれ道に差し掛かると私は爆破の軌道を変えて行き止まりギリギリで上空に飛んで、ぶつかるのを回避した。

 

一度爆破をやめて自由落下する。落下中に予想外の行動に立ち尽くしている仮想ヴィランが目に入り、位置を確認した。地面へ激突する寸前で斜めに向けて爆破を展開する。仮想ヴィランに向かって突っ込んだ。

 

頭部や首部を最低限の爆破で流れるように倒していく。奥にいる3Pの頭部に乗っかり、大きな爆破で破壊した。爆破の威力が増しているのは移動中にかいた汗のおかげである。

 

やはり、この個性は強すぎである。

 

「残り6分30秒!!」

 

プレゼントマイクの声が会場全体に響いた。

ここまでの私のポイントは15P。体もあったまってきたし、そろそろ大通りに出ていくタイミングのようだ。手首を捻ってターボの軌道をコントロールし、大通りへ出る。

 

そこには仮想ヴィランたちの残骸と闘い続ける受験生たちがいた。しかし、受験生は疲弊し始めているのか肩で息をして動きが鈍い。

 

これはチャンスだ。

 

 

ボン!!!

 

 

私は頭上に手を掲げて最大爆風を放った。けたたましい爆音と煙にその場にいる全員が目を向けた。遠くにいるものも含めて目視できる仮想ヴィランは、1Pが4体、2Pが6体、3Pが4体…計28P。

 

これを全て倒せば敵Pが43Pとなる。

 

準備運動のおかげで爆破の調子も上がって来た。今なら一撃で1Pヴィランは一掃できる。こうなればもう止められない。残り時間は6分…倒すには十分な時間だ。

 

『標的確認、標的確認』

『ターゲットロック、ターゲットロック』

『ブッ殺ス、ブッ殺ス、ブッ殺ス!!!』

 

仮想ヴィランたちが取り囲んできた。さっきの爆破で吊られてしまったようだ。狙い通りすぎて思わず顔がにやけてしまう。

 

 

「さあ、始めましょうか」

 

 

私は微笑んで、獲物に飛びかかった。




主人公が特訓でパワーアップしました。

マイク先生はC会場にいます。緑谷くんの方はミッドナイト先生辺りが行ってるんじゃないですかねー(棒読み)
もしくはマイク先生7つの会場を移動しながら見てるんですかね。あり得ないですが。


梅雨ちゃんとは次回もっと絡ませます。
空白の10ヶ月は番外編や回想などで少しずつアップする予定です。

黒霧さんとのほのぼのや父親との特訓、いつか書きたいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動報告8 すっきりしました

今回は執筆に難航しましたが、作者的に書いてて楽しかった回です。

※仮想ヴィランや雄英の入試の捏造が今まで以上にやってます。
※かなりの自己解釈と捏造があります。
※大事なことなので何度も言います。かなりの自己解釈と捏造が入っています。ご注意ください。


助走をつけて飛び掛かって頭部を蹴り、挟み撃ちにしてきた敵をジャンプでかわして爆破で破壊。着地をすると襲いかかる仮想ヴィランを爆破で横へ移動し、体制を整える。

 

奥で3Pヴィランが頭部に仕込まれている銃口をこちらに向けた。それを横目で確認すると急いで地面に落ちていた装甲の一部を拾ってそれを盾にして構える。3Pヴィランはガトリングの如く発砲した。装甲に衝撃が走るが、気にせず標的に向かって走り出す。

 

近づくにつれて装甲が連続攻撃に耐えきれず、ボロボロになる。それを足元へ投げつけると素早く動いたそれに反応し、仮想ヴィランは一瞬だけ私から標的を外した。後方へ両手を伸ばして飛ぶ構えをとる。

 

体を爆破で押し出して飛ぶと左の首部位を狙って再び爆破する。仮想ヴィランの片方の頭部が落ちてバランスを崩した。その隙に3Pヴィランの足元に移動し、複数ある脚部をまとめて爆破する。爆風で3Pヴィランは横転し、完全に行動不能となった。

 

「やっぱり、この個性強いわね…」

 

辺りを見回すと、残骸と化した仮想ヴィランが転がっていた。残り時間は約4分。あっという間に合計40P稼いだ。個性模倣の私でこんなにポイントを獲っているのだから、オリジナルの爆豪くんはもっと稼いでいるだろう。

 

大きく息を吸って落ち着くと、2Pの仮想ヴィランが迫ってきた。このヴィランはタイミングを合わせてカウンターをすればポイントとなる。じっと獲物を待っていると、割り込むように人影が現れた。

 

「うおおお!!」

 

雄叫びをあげながらそれは2Pヴィランを殴り飛ばした。ビリリとロボから電気が漏れて行動不能になる。背は私よりも高く肩幅も広い。どうやら男子のようだ。観察をしていると男子がこちらを振り向いた。

 

目は鋭く、銀色の髪をした爆豪くんに負けず劣らない凶悪そうな顔をしていた。よく見るとその男子の顔や腕が銀色に染まっていた。彼の個性なのだろう。

 

「ポイント独り占めさせねぇよ! 爆発女子!」

 

その男子は私を指さして睨みつけた後、残っている仮想ヴィランへ突撃をした。

彼は私がここら辺の仮想ヴィランを排除していたことが嫌だったらしい。ポイント争奪戦で一人だけ大量にとっていればそうなるかと納得すると同時に、彼の個性がわかって嬉しくなってしまう。

 

推測するに、アレは『体を鉄のように硬化する』個性だ。

 

 

「使えそうね…()()

 

 

一時仮想ヴィランの狩りをやめて大広間の端に避難をし、男子をじっと()()

攻撃速度は普通にパンチするのと、あまり変わらなそうだ。瞬時に鉄にすることは可能。持続的に鉄にすることもできそうである。

 

今のところ、デメリットが見えない。短時間なら使えそうだ。

 

『Copy』をしていると突然、激しい地響きが襲った。上下に揺れ、受験者は軽くパニックになりながらも状況把握しようと周囲を見渡す。時間が経つにつれて振動が大きくなり、()()がこちらに向かっているようだ。大通りにある模倣されているビルが次々に崩れていく。

 

 

見上げると、ビルを掴み壊していく巨大な仮想ヴィランがいた。

 

「…馬鹿なの?」

 

お邪魔虫ギミックにしては壮大なスケールすぎる。思わず暴言を吐いてしまった。

雄英のやることが常軌を逸してることがよくわかった。

 

推定20~25mほどだろうか。装甲は1~3Pと比べて明らかに硬いだろう。しかも、私たち受験生に向かって前進している。受験生はその圧倒的脅威の0Pヴィランに恐れてみんな逃げていく。

 

すると、0Pヴィランは建物を破壊して妨害をし始めた。その一振りで突風が生まれ、激しい振動が襲い掛かる。尻もちがつかないよう、体勢を低くしていると何かの轟音が空から聞こえた。上を見上げれば、何かが隕石のごとく急降下する。

 

瓦礫だ。おそらく倒壊した建物の一部が瓦礫となって降り注がれているのだ。それらを避けて走り出す。後ろを振り向けば、自分のいたところの地面が盛り上がっていた。どうやら、ヴィランの進出でコンクリートが耐えきれなくなっているらしい。規格外すぎる。

 

アレを倒してもポイントはない。試験時間は残り約3分半。逃げつつ1~3Pの仮想ヴィランを探して倒すべきだ。

他の受験生同様、走り出す。

 

「う、うぅ…」

 

――そのとき、背後から小さなうめき声が聞こえた。

 

「なに…!?」

 

視界が悪い中探すと、奥で横たわる女子が痛みに耐える様に、太もも辺りを抑えて縮こまっていた。仮想ヴィランにやられてしまったのか、それとも瓦礫が当たったのか。どちらにせよ、すぐにこの場から離れて、安全なところへ連れていかなければならない。

 

「助けなきゃ…!」

 

だが、試験はどうするのだ。不合格になれば私はおそらく殺される。

 

脳裏に自分の声が響いた。ドクンと心臓が大きく波を打ち、足を止める。

 

落ち着け、これは試験だ。

ここで放置しても試験監督者がなんとかしてくれるだろう。

この人は赤の他人だ。助ける義理はない。

今は実技試験をしている。きっと40Pでもまだ足りない。

もっとポイントを稼いで合格しなきゃ、10カ月の苦労が無駄になる。

黒霧さんとお父さんのためにも合格しなきゃ。

嫌だ。不合格して死にたくない。

 

 

――きっと誰かが何とかしてくれる。

 

 

「残り3分14秒!!」

 

思考が駆け巡る中、プレゼントマイクの声が会場全体に響き渡る。この人を助ければ、ポイントを稼ぐ時間がなくなる。確実に合格したいなら見捨てればいい。けれど、足が石にされたかのように一歩も動けなかった。

 

「だれ、か…」

 

周りには私と女子以外いなかった。みんな、逃げてしまったのだろう。広場に瓦礫が雨のように降り注がれる。コンクリートが砕ける雑音が煩わしい。だがどういうわけか、かき消されてしまいそうなその小さな声がしっかりと耳に届いてしまった。

 

 

「たすけ…て……」

 

 

かすかに振り絞って出した声は、とても震えていて…目は恐怖に染まり、縋っているようにも見えた。

 

『ヒーローが…”誰か”に助けを求めてどうするのよ…』

 

10カ月前と同じ状況に、一瞬だけあの出来事がフラッシュバックした。思い出したのは、自分で言った言葉だった。あのときはヒーローたちに向けて言った。だが、今の私にも言える。

 

「人のこと言えないわね…」

 

一瞬でも『誰か』に頼ってしまった私自身に嫌気がさして、頭を揺さぶって前髪を掴んだ。

 

いつだって人は困ったら『誰か』『誰か』なんて言って、『誰か』に頼っている。理由はその方が楽だから、自分は何もできないからだとか、そんなものだ。大半の人は『誰か』を呼ぶ方なのだろう。

 

 

けれど、いつだってその『誰か』になってくれる人がいるからこそ、世界はまわっている。

 

 

今その必要な『誰か』が『ヒーロー』というなら、この試練を与えた雄英高校(ヒーローアカデミア)に相応しいヒーローの卵なら、どうするべきだ?

 

きっとこの場に本物のヒーローがいるなら、こう答えるだろう。「そんなもの、愚問だ」と。

 

「もう、どうにでもなれ…!!」

 

両手を後方に再び構えて、爆破をして飛ぶ。息つく暇もなく瓦礫が降り注がれて行く。それらをかわして目的の場所へ着くと肩を叩いた。叩かれた衝撃で女子の目が開き、目が合う。彼女は驚いたように見開いた。

 

「あなたは…」

「助けに来ました!」

 

自分でも、馬鹿な行為だと思う。学習すればいいのに、なぜできないのだろうか。

だが、これは『ヒーロー』であれば正しい行動なはずだ。

 

雄英高校でスパイするなら、ヴィラン連合もこれくらい許してくれるはずだ。

こんなに大掛かりな妨害要員を用意しているなら、優秀なヒーロー輩出をしている雄英なら、こういうシチュエーションも想定しているはずだ。

 

理由は完全なこじつけだが、こうでもしないと自分の行動の意味を納得できなかった。

もしも、これで不合格にしたら国会に訴えてやる。私はそう決意した。

 

安全確保もできていないせいもあり、詳しい容態もみられない。頭を打った場合、本当は動かしてはいけないが緊急だ。素早く私は女子を背負って片手の爆破でスピードを上げ、その場を離れる。走るよりも早いが、爆破を利用する移動は意外にも繊細でコントロールが難しい。

 

片手の爆破は両手の場合と違ってバランスがとりづらい上に、二人分の体重を支える爆破の威力は調整しづらい。一直線にスピード重視で飛んでいるが、いつまでも持たない。早く早くと焦ってしまう。

 

そのとき、0Pヴィランが妨害を続けた行為で前方に4mほどの大きな岩の瓦礫が地面に落ち、めり込む。その岩が行く手を阻む障害物となってしまった。このままでは激突する。突然出現した壁に戸惑ってしまう。

 

「嘘…!」

 

その距離は80mほど、急に止まれない。この速さで突っ込めば間違いなく大怪我をする。かわすにも、両手が使えなければ方向転換もできない。最大爆破で岩を破壊することも、きっと今の私じゃ力不足でできやしない。

 

背負っている女子が肩を強く掴み、震えていた。怯えてしまっている。そのことに気づいた私は叫んだ。

 

「しっかり、掴まって!」

 

一か八か、ストックしていた()()()()で岩を真っ二つにするしかない。だが、アレは一振りすればかなりの体力がもってかれてしまう。しかも、真っ二つにするタイミングは早すぎても遅すぎてもダメだ。

 

だが、やらなければならない。

私がやらなきゃ、誰がこの子を助けるんだ。

 

自分に喝を入れて、全神経を手に集中する。一時的にターボをやめて腕を前に出せるように手首で調整して爆風を起こす。うまく腕が前に出た。

 

既にその手は爆破の個性で発生する熱に手のひら全体が火傷し、悲鳴を上げていた。

 

だが、そんなこと構っている余裕もない。覚悟を決めた私はトップスピードのまま突っ込んでいく。

 

個性を発動する寸前、

――体が何かに引っ張られたかのように空中で停止した。

 

「え!?」

 

よく見るとお腹あたりにピンク色の長いものが私と女子ごと巻き付けられていた。その長いものの先を見ると、ビルの壁に誰かがこっちに顔を向けて両手両足を張り付いている。

 

目を凝らすと、そこには先ほど出入り口で会話をしたかわいい女の子がいた。

 

その長いものの正体は彼女の舌だった。彼女は伸びる舌を振り子の要領で私たちを後方へ移動した。

 

そして、高く上がったタイミングに合わせて勢いをつけて向かいの建物の屋上へ運ばれた。巻きついていた舌が解放され、私は空中で背負っている女子を空中で体勢を変えて音を立てないよう、着地をする。

 

ピンチを切り抜けて緊張が少しだけ力が抜ける。

 

「ちょっと強引だったけど、大丈夫だった?」

 

顔を上げると助けてくれた彼女がいた。どうやら壁を這いつくばって、ここまで登ってきたらしい。ヒーローらしいその姿に私は背筋を伸ばした。

 

「その個性って…」

「あたしの個性は『蛙』…蛙っぽいことならなんでもできるのよ」

 

その答えに、だから壁に張り付いたり、舌を伸ばしたりすることができるのかと納得した。

 

強力な個性でストックしたいが、残念ながら生まれつきある個性の異形系は、Copyできない。体そのものの作りを模倣するのはできないのである。

 

「助けていただきありがとうございます」

「お礼はいいわ。それより、その人は?」

 

抱っこしたままの女子は気を失っていた。無理もない。あれだけ絶叫マシンに乗ったかのような激しい移動をすれば気絶もする。脈や呼吸が正常なのを確認すると、負傷している脚をから血がダラダラと流れているのが見えた。

 

「気を失っているだけのようですが、試験が終わったら念のため検査した方がいいかもしれませんね」

 

着ていたTシャツを脱いでインナー姿になる。Tシャツを抑えて歯を立てて裂くと、止血するためにそれを包帯代わりにその子の足にきつく巻き付ける。これで暫くは大丈夫だろう。

 

あの0Pヴィランは人が集まっているところを目指しているのか、私たちがいるところを見向きもしていないようだった。

 

残りの試験時間は約1分。このままいけば、試験も無事に終了する。もう何もしなくていい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも

 

「ムカつくわね…アレ」

 

あの0Pヴィラン、ここまで人様に迷惑をかけたくせに愉快に暴れ回っているのだ。時間終了を待つのは、なんか癪に障った。

 

個人的な感情なのも分かる。

私的な感情に任せて、暴走するのは愚かなことだというのもわかる。

今からしようとしていることは無駄なことだということもわかる。

 

だが、ここまでやられて大人しくしろっていうのは、なんか嫌だ。

 

 

どうやらいつの間にか…私の底に眠る負けん気魂に火がついてしまったようだ。

 

 

背を向けて呑気に妨害行為をする0Pヴィランに向かって歩くと、不審に思った蛙の個性をもった女の子が話しかけてきた。

 

「どこへいくの?」

「あの0Pヴィランのところです」

 

そう答えると『蛙』の個性を持った彼女は少しだけ驚いたように肩が跳ねた。

私は今までノーリアクションだったその子の初めての反応に、悪戯に笑う。

 

「やめておきなさい。いくら試験でもアレに挑めば怪我どころか…下手すれば死ぬわ」

 

その子は表情は変えないものの、真剣な声色で目を合わせてきた。

 

どうやら彼女は冷静に状況を把握してどうすればよいのかを導く強さを持っているようだ。ヒーローとして、素晴らしい素質を持っている。その様子に私は感心してしまった。

 

しかし、彼女には悪いが私的な感情が抑えきれない。私は0Pヴィランを指して、適当な言い訳をした。

 

「アレがいると救助ルート確保もできません」

「…え?」

「倒して安全を確保してからこの人を出入り口に連れて行きます。すぐに片を付けなきゃ、その人が危ないかも…」

「けど、危険すぎるわ。無謀よ」

 

適当すぎる言い訳だ。それなら別のルートを選び、出入り口を目指せばいい話である。一人前ぶっているが、本音はただアレを倒したいだけである。なんて幼稚な動機なのだろう。

 

こうなった私は自分でも止められない。

 

「策ならあります」

 

ついでに言えば勝てると確信しているから、私は強気でいられているのだ。

 

アレを相手にして無策で突っ込むというなら、相当な超パワーや個性がなければ無理だ。あの巨大ヴィランを発見してから考えたことがある。それを今実行するときだ。

 

私の返事に意外だと思ったのか彼女の目元が心なしか鋭くなる。

 

「どうするつもり?」

「あの0Pヴィランが現れた場所へ誘導して、ぶっ倒します」

「現れた場所? そんなこと推測できるの?」

「ある程度ならできますよ」

 

周囲の受験生の反応からしてアレは突然現れた。しかも、出入り口から離れた広場へきた。そう考えるとあのヴィランは出入り口から侵入したんじゃない。

 

毎年このような受験方法をやっているとしたら、これだけ大きな模擬市街地を所有している雄英なら、あの巨体を保管できるシェルターがあるはずだ。

 

だが、そんな巨大なシェルターをビルのように細長い施設に偽装できるだろうか。おそらくそれは無理だ。あの形をした巨大な箱型の施設をわざわざ配備するのは目立ってナンセンスだ。

 

では、地上に目立たないようにして保管するにはどこがいいのか。それは簡単だ。

 

「おそらく、アレが出現したのは地下からです」

 

地下なら、受験生に気づかれず突然現れることが可能だ。この入試の様子をどこからか試験監督をしているだろう。出現時に発見されずにいられる死角を見つけ、そこから起動することもできるはずだ。

 

最終的な結論を出すと彼女は納得したようにうなずいた。

 

「…なるほどね。あり得ないような話だけど、雄英ならきっとできるわね」

「推測が正しければ、アレを地上に出すための場所がこの先にあるはず。そこで戦います」

 

地下からアレを出すには障害物のない広いスペースがいる。丁度、スクランブル交差点のようなところならいける。受験生は少しでも離れるため大通りへ出てヴィランの進行方向と逆に進んでいる。

 

逆を言えば、今0Pヴィランの後ろには誰もいない。

 

そしてあの地響きからあそこへたどり着く時間を考慮すればそう遠いところじゃない。倒壊したビルの痕跡を辿ればいける。

 

「離れてください。彼女は私が見るので大丈夫ですよ」

 

この作戦は遠くに移動させなければならない。あの巨大ヴィランを倒した際に受験生へ被害が出ないように誘導する必要があるのだ。

 

さすがに私一人の暴走で、他の受験者も巻き込ませるわけにはいかない。だから誰もいない場所で戦わなければならない。少々危険だが、気絶している女子はここに置いて、離れた場所から誘導する。

 

それに蛙個性の彼女には助けてもらった。時間を使わせてしまった分、彼女には残りの仮想ヴィランを倒して合格してほしいのだ。

 

そう願っていると、彼女はしばらく私の目をじっと見つめた後、気絶している女子に近づいて脇に腕をさして抱き起した。

 

「なにしてるんですか?」

「彼女を出入り口まで連れて行くわ」

「え…?」

「そしたら、何も気にせず戦えるでしょう?」

 

彼女は気丈に、淡々と答えた。

提案はありがたいが、ここで時間を割けば敵Pを稼げなくなる。

 

つまり、実技試験を途中で放棄するのと同意である。

 

「…いいんですか。不合格になるかもしれませんよ」

「別にいいわ」

 

無理しなくていいという意味で投げかけた言葉を、バッサリと即答で了承する彼女は顔をあげた。

 

「人を救うのがヒーローなら…どんなに自分よりも強い敵が現れようと、どんなに最悪な状況でも市民を守るために立ち向かわなきゃいけないときがある。それは、試験だろうと同じことだって、あなたは言いたいんでしょう?」

「…なんでそう思うんですか?」

「だって、あなたは私たちを巻き込まないように戦略を練って戦おうとしているもの……普通、敵を倒したいだけなら周りのことなんて考えないわ」

 

そう言って彼女はにっこりと笑った。

 

 

「それに…今のあなた、ヒーローにみえるのよ」

 

 

その予想外の言葉に驚きすぎて唖然としていると、彼女は気絶した女子をおんぶする。なにやら大きな勘違いをしているが、それを訂正する暇もなく彼女はビルの端に足を進んでいった。個性で彼女は余裕でここから降りていけるのだろう。

 

あと一歩で飛び降りられるところに着くと、彼女はこちらに振りむいた。

 

「じゃあ、頑張ってね」

「…頑張ります」

 

彼女は女子を背負って試験会場の出入り口へ個性を駆使して向かう。その様子は忍者のようであった。

 

私がヒーローにみえた? ということはあの適当な言い訳を信じて、私を信頼したのだろうか。そう彼女のことを思うと罪悪感で胸がいたくなった。試験が終わったら即訂正をしなければならない。それを心にとどめておくと深呼吸をした。

 

そして、0Pヴィランに向けて身構えた。

 

冷静になってみると見えてくるものは多い。

あの仮想ヴィランは「避けるべき障害」だと思えば驚異的であるが、「倒すべき敵」と置き換えると単調な攻撃しか仕掛けないガラクタだ。つけ入る隙はいくらでもある。

 

目を閉じてこの10カ月間、父から学んだことを思い出す。

 

図体に騙されてはいけない。例え自分が素手で、敵が大砲で決闘することになっても、戦略や立ち回りによって勝敗は分けられる。

 

常に頭を回せ、体も動かせ、神経を研ぎ澄ましていけ…そうすれば、勝機は見えてくる。

 

大きく息を吸い込んで、私はありったけの大声で叫んだ。

 

「こっち見なさい!!!」

 

最大火力で派手に爆破をする。爆破をしたことでニトロのにおいがした。既に手のひらはここまで乱発したせいでほとんど感覚がない。汗もかきすぎて軽い立ちくらみがし始めてきた。限界まで来ているが、アレを倒すまで続けるつもりでいた。

 

上手くいく保障はどこにもない、そしてこれは無駄なことだ。それでもこっちは意地がある。

 

緊張が走り、息が詰まりそうになる。睨みを利かせていると、その爆音と大量の煙に反応したのか仮想ヴィランがゆっくりとこっちを向いた。

 

『ターゲット……ロックオン』

 

機械独特の重低音がしっかりと耳に届く。仮想ヴィランは足のモーターを回転させて、こちらに近づいていく。巨体なだけあって一歩一歩の幅が大きく、こちらにすぐ辿り着きそうだ。

 

屋上から助走を付けて飛びだすと、両手を後ろにして爆破で飛んで誘導を開始する。

 

ターゲットが移動したことにより、仮想ヴィランはスピードを上げて追いかける。追いかけてくるヴィランはまるで草むらを走り出すように倒壊しているビルの上を移動していく。

 

すでに倒れているビルの痕跡をたどりながらトップスピードで飛行すると、先ほどとは異なった場所の大広間に着いた。

 

そこは不思議と瓦礫や崩れた建物の破片などはなく、まっさらな状態のコンクリートが広がっていた。一方向の建物は潰されており、そこを除いた周囲の物は無事であった。

 

どうやら、ここがあのヴィランが出現したスタート地点のようだ。

 

少し奥へ行き、止まると0Pヴィランが広場に立ち止まる。そして、大きく振りかぶりパンチを仕掛けてきた。

 

パンチによって吹き飛ばされてしまいそうなほど強い風圧生まれる。それに煽られないように火力を上げ、風の抵抗をなくすよう回転しながら直進して、かわす。それによって大きな隙が生まれた。

 

一気に頭上へ接近して、私は片手を掲げて個性を発動する。

 

「借りるわよ。()()()()…」

 

全身から風が生み出されていく。

この個性を発動する度にそう錯覚してしまうほど、発動するのに集中力がいるのだ。

 

掲げた腕は漆黒のごとく肩口まで黒く変色する。

二の腕の部分が変形し、伸びていく。

伸びが止まれば、それは白光を浴びて輝きを得た。

変形した部分が鋭く尖ってゆき、刃紋が浮かび上がっていく。それを合図に自らも輝く鈍い光沢が生まれた。

腕は鋭く硬く…そして決して折れない刀となっていった。

 

「一刀流奥義…」

 

変異が終了したのと同時に、狙いを定めてもう片方の手で支え、それを思い切り振り下ろす。

 

 

 

「『風裂斬(ふうれつざん)』!!!」

 

 

 

振り下ろされた刃で重い一撃を仮想ヴィランに浴びせた。

一瞬だけ時が止まり、耳が劈いてしまうかのような痛い静寂が訪れる。

 

次の瞬間。

風が引き裂かれたかのようなに斬れ筋から左右に分かれて強烈な突風が発生する。それによって周囲の木々や小石が飛ばされていった。

それに少し遅れて仮想ヴィランの頭部から電気が漏れ出る。

 

それを合図に仮想ヴィランが縦へ一寸も狂いもなく真っ直ぐに斬れ、完全に両断された。

 

さらに、連動していくかのように小爆発が上から下に掛けて起こる。搭載している精密機械や内部が破壊されていく。真っ二つに斬られた仮想ヴィランはバランスを保てず、小爆発しながら呆気なく沈んでいった。

 

崩れた際に大地が揺れ、騒々しい音や地響きも起こる。

 

私は重力に従って落ちて行った。父の個性を使ったせいで一瞬意識が飛びかけたが、急いで個性を解除して腕を戻す。慌てて爆破を使うとするが…なぜか、爆破が発動しなかった。

 

よく見ると私の手のひらから血が出ていた。個性を使いすぎて体が耐えられなくなったらしい。何度も試すが、爆発が起こらないのだ。

 

「ガス欠…!?」

 

自分の想定以上に体にガタがきていたらしい。思わず舌打ちをした。

 

地面に迫る。この高さで落下すればタダでは済まない。唯一の飛ぶ手段、爆破は使えない。このままだと死ぬ。

 

「死んで…たまるか!!」

 

爆破がなくても、まだやれることはある。腹を決めて賭けに出た私は腕をクロスして頭を守る。

 

「終了――!!!」

 

プレゼントマイクの声が会場に木霊する。それとともに私の体は地面に叩きつけられる。激しく砂煙が巻き上げられ、大地が少し割れる。その衝撃を物語っていた。

 

 

 

しばらくすると、遠くから救急車のサイレンが聞こえる。転がっている私を取り囲むように医療服を装備する大人たちが慌てた表情で担架や医療器具を広げていた。さらにそれを見守り、心配そうにする他の受験者の声も聞こえる。

 

意識を取り戻した私はゆっくり手を伸ばした。

 

「大丈夫かい!?」

 

手を握られて強く肩を叩かれる。心配をかけてしまったらしい。その声に応える寸前、大きく欠伸をして起き上がった。

 

「すいません…寝ちゃってました。お疲れ様です」

 

伸びをすると、大人と受験者たちは目を丸くしていた。あの落下で呑気に寝ているものだから、驚いているのだろう。

 

残念ながら、救急車が出動するほどの重傷は負っていない。

 

実はこうして無事なのは、ストックしていた個性のおかげである。頭を守った直後に全身をカチコチに鉄にして『硬化』したのだ。鋼のように硬くなった全身のおかげで衝撃を直接体で受けることになったものの、大したダメージを受けることもなくなった。

 

初めて使う個性だったが、上手くいってよかった。

 

そして、背中から着地することに成功した私は安心しきって眠ってしまったのである。アレをやっつけたことでとても穏やかな気分となっているのだ。

 

「あー…すっきりした」

 

さっき鉄の個性をCopyして正解だったと、困った大人や安堵する受験者たちを尻目に雲ひとつない青空を見上げながら思った。




今更ですが、主人公は…超負けず嫌いなところがあります。
後書きで色々補足しておきます。

0Pヴィランについて
『YARUKI SWITCH』を押された途端にアレは出現するので地下からの可能性は低い気もしますが、原作で出た時0Pの背後の建物が崩れてなかったことから、こういう解釈をしました。
「いや、地上に出るときモーターとか押し上げて出すと思うけど、その音で受験生気づくんじゃね?」と思ったりしますが雄英だから音対策もきっちりしてるんだよ! 多分! と言い張ります。


女子について
ひょっとしたら体育祭編で出るかもしれません。出ない可能性もあります。そこら辺、全く考えていません。


試験時間について
「あれ? 残り1分でこいつらめっちゃ話してるし動いているよ? 時間足りなくね?」と思いますが、時間の流れがアレなのは作者が書きたいところを詰め込んだせいです。


個性について
父親の個性はこんな感じです。前々からそれっぽい描写をしましたが、いざ丁寧に書こうとすると自分が納得する仕上がりになるまで時間がかかりました。ちなみに形状などは某漫画を参考にしています。


余談ですが、0Pヴィランってアニメやすまっしゅ!曰く、総工費2400億で軍費の5%を占める日本の国防設備の要らしいですが…主人公、この額を知ったら昇天しますねー(棒読み)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動報告9 上司がきました

今回は…ヴィラン的にはほのぼの回です。


※あの人と主人公が邂逅します。
※あの人のキャラはすまっしゅ! を参考にしているところがあるのでマイペースな人となっています。キャラ崩壊注意。



実技試験が終了し、筆記試験も終えると私は帰路に着いていた。

 

実技試験が終った直後に二人の様子が少しだけ見えた。爆豪くんの方は余裕のようでドヤ顔を私に向け、緑谷くんはこの世の終わりのような絶望の表情で落胆していた。前者は手応えがあったようで、後者はこけてしまったのだろうか。

 

人のことを心配しているが、私も結構やらかしてしまっているため、人のことが言えない。咄嗟に人助けや0Pヴィランを倒すなどポイントにならないことをしたのだ。性というものは、なかなか変えられないがもう少しなんとかならないのだろうか。

 

反省するところは色々あるし、これからのヴィラン活動も不安になる。いつまでもこうでは、いつかヒーローたちを裏切るときに苦労しそうだ。

 

反省しながら家のドアを開けると、小さなちゃぶ台の前に見覚えのある人物たちが茶を飲んでいた。

 

「ただいま…」

「おかえりー無事に終わってよかったな!」

「おかえりなさい。受験、お疲れ様です。お茶出しますよ」

 

そこにいたのは入試に協力してくれた二人だった。二人の顔を見てさらに気が重くなったが、無理やり作り笑いをしてお父さんの隣に座った。黒霧さんは薬缶で沸かしたお湯をティーバックが入っている湯呑に注ぎ込み、それを私の前に置いた。

 

「どうでしたか?」

「筆記は手応えありましたし…まあ、大丈夫だと思います」

「それならいいですが…元気、ないですね」

 

図星をつかれて目を逸らす。

すると、何かを感じ取ったのか父がしばらく考え込んだ後に話しかけてきた。

 

「忍…実技試験でなんかやらかした?」

「え?」

「『筆記は手応えあった』ってことは…実技は良くなかったってことだろ?」

 

いつもは適当なくせに、こういうときだけ鋭いのはどうしてだろうか。父の言葉に不安になったのか黒霧さんが、じっと見つめてきた。

 

これはもう、言い逃れはできなさそうだ。私は深いため息をついた。

 

 

 

 

 

自発的に私は正座をして試験概要と試験中にした行動を簡潔にまとめて話す。

 

二人は相槌を打ち、時には眉間に皺を寄せて顔を歪ませ、時には首をひねっていた。最後まで口出しはせず聞き終えると、二人はがっくりと大きく肩を落とした。

 

「つまり…忍さんはポイントを順調に稼いでいたのにもかかわらず、途中で受験者を助けただけでなく、倒さなくてもいい仮想ヴィランを倒しに行ったと?」

「…はい」

「忍さん…あなた、ヴィランの自覚ありますか?」

 

グサリとくる言葉の刃と冷たい視線が突き刺さった。黒霧さんに言われると、とても心にくる。

 

「…ありますよ。多分」

 

苦笑いを浮かべながら言うと、にらまれた。普段は優しくしてもらっている分、無言の威圧はキツイ。

 

しばらく睨まれていたら、父が私の頭に手を置いてきた。何事かと顔を上げると、父はとても穏やかな表情で笑っていた。

 

「まったく、本当にお前は仕方ないな…」

「お父さん?」

「今回はヒーローを出し抜くためにやったんだろ?」

 

まさか、今の話を聞いて許してくれるのだろうか。相当娘に甘い気がするが、父のことだから可能性は捨てきれない。

心の中で期待していた矢先、

 

頭が砕けるかと錯覚するほど強い握力で鷲掴みされた。

 

あまりの痛みで悲鳴もあげられず、恐る恐る父の顔色を伺う。表情はとても穏やかであったが、こめかみに青筋が浮かんでいた。

 

あ、コレ珍しく怒ってるわ。と察してしまった。

 

「今回はそういうことにしてあげるけど、自分がヴィランだってこと時々忘れすぎじゃない? これで不合格だったらどうすんだ? 言い逃れできないぞ。あとなに俺の個性使ってんの?あれ忍の切り札じゃん。 ヒーローに情報与えてどうすんの? 情報ひとつで命とりになることあるって知ってるよね? それにあの個性は一歩間違えれば大怪我するの分かってんの? 今回は一瞬しか使わなかったからよかったけどな。ちゃんと個性の使いどきを考えろ」

 

「痛い痛い痛い! お父さん、力強すぎ…!」

「大丈夫。そう簡単に砕けない。人間の頭蓋骨の可能性を信じろ」

「そこは加減をしなさいよ!」

 

怒りのあまりカタコト気味に喋る父は加減を知らないのか頭からミシミシという効果音まで聞こえてきそうだった。それほど痛いのである。

 

ちらりと黒霧さんに助けを求めて視線を送ると、ジト目で見られた。

 

「自業自得です」

 

バッサリと切られて私は頭の物理的な痛みに耐える中、どんな人でも怒るときは怒るのだと痛感していた。

 

 

 

 

入試から一週間がすぎた。あの後筆記試験は自己採点で合格ラインだったのを確認できたものの父と黒霧さんから連絡は来ない。こんな出来損ないのヴィランに呆れて処刑の準備でもしているのだろうか。

 

その可能性が捨てきれないため毎日通知が来ないかポストの前で怯える日々が続いている。通知は雄英から手紙で送られるのである。このデジタルが普及している世の中でアナログ的な方法でそういうものが届くのは珍しい。

 

「ないわね…」

 

買い物から帰ってきてポストの中を確認するが、雄英からきてなかった。明日に届くのだろうか。少なくとも明日で生きるか死ぬか明白となる。

 

今日の夕飯が最期になってしまうかもしれないので奮発して大好物の鳥の照り焼きにした。気分が落ち込む中、鍵を取り出してドアを開けた。

 

「…え?」

「よう。遅かったな」

 

そこにはちゃぶ台を座椅子代わりにして携帯ゲームをする男性がいた。

 

頭から足までゆっくり見る。その男性はかなり細身で全身黒い服を着ており、顔には掌をデザインした一風変わったマスクをしていた。よく観察すると薬指には指先まで包み込んでいる黒いサポーターのようなものをしている。歳は20代ほどのように見えた。

 

…誰だ。

この不健康そうな引きこもり生活をしてそうな人。

 

男性は私に手を振った後、ゲームに集中し始めた。どうやら、こっちに見向きもしないようだ。マイペースな人なのだろうか。それはともかくまず私がするべきことは棒立ちになることじゃない。

 

「すいません。部屋を間違えました」

 

落ち着いて一旦ドアを閉め、部屋の表札を見直す。間違いなくそこには『狩野』と書かれている。私の家に間違いない。鍵もかけたはずだが、中に侵入されていた。しかも優雅にゲームをやっていた。

 

なるほど、あれは愉快な不法侵入者というやつか。

 

わざわざこのアパートに侵入するとは物好き過ぎる。金目のものはないがどういうことだろうか。ここは冷静に警察に連絡を入れるかと思案していると、ふと男性の不気味さに違和感を覚える。

 

金目のものを盗むとしたら、そこに住む住民を待つ必要はない。しかも私の顔を知っているようだった。帰宅した瞬間に殺そうする素振りを見せなかったことから変質殺人鬼ではなさそうだが、あの見た目は悪党にしか見えない……うん? 悪党?

 

「というか、ヴィラン!?」

「お前もヴィランだろうが」

「何で知ってるんですか!?」

「黒霧から聞いた」

「黒霧さんから…ああ、なるほど」

 

ドアを勢いよく開けて叫ぶと、男性は耳を塞いで鬱陶しそうに手をヒラヒラと振る。

 

私がヴィランなのを知っているのはヴィラン連合だけだ。黒霧さんから聞いたなら納得する。風貌からヴィランなのは予想ついていたが黒霧さんのことを呼び捨てにしていたということは、幹部よりも上の立場にいる人物なのだろう。

 

と、仮定すれば幹部よりも偉い人が我が家でゲームをして待っているという構造はなかなかシュールのように思える。

 

幹部の上となると社長だと思うが…この人、ヴィラン連合の社長ならこれからの先行きが不安でしかない。おそらくこの人は黒霧さんの個性を使って家に侵入したのだろう。それも無断に。

 

そして、なによりちゃぶ台を椅子に使っていることが許せない。

 

「そんな驚くことか?」

「あのですね。誰もいないはずの家に帰宅したら、自分の上司が呑気にゲームしているとか、日本で石油掘り当てるくらいの確率ですよ。どんな衝撃的な出来事だと思ってるんですか」

「呑気じゃねぇよ。この家、なんもねぇから暇つぶしでやってんだよ」

「はぁ…」

「裏面のボスに対抗するためにレベル上げと錬金コンプのために伝説の防具材料を探してたんだ。じゃなきゃこんなクソ狭ぇ家にいるわけねぇだろ。わかるか?」

「とりあえず、あなたにとってゲームは生きがいということだけが分かりました」

「よくわかってんじゃねぇか」

 

そう言うと上司の男性…もとい上司さんは微笑する。一方、私は会話をしてますます部下として不安になった。

 

この人がこの数年間私をスパイに任命して期間未定のヒーロー侵入の密偵活動をするように命じたのだろうか。どういうつもりで命令したのか不安だ。

 

 

…そして、そこはかとなくブラック上司臭がするのは気のせいだと言いたい。

 

 

「そういえば、お前さ。父親に無理やりヴィランにされたんだって?」

 

ゲーム画面に視線を向けたまま上司さんは唐突にそう切り出してきた。

 

そこまで情報が回っているなら無理に加入しなくてもよかったのではと言いかけたが、数年間もヴィランを続けている身としてはあまりそういう意見は出すべきでないだろう。否定することもなく、私は頷いた。

 

「それがなにか」

「どうして続けてるんだ?」

「……どういう意味ですか?」

「別に途中で辞めてもよかったんじゃないのか? つーか、警察に頼るんじゃなくて切羽詰まってヒーローに頼れば自由になったかもしんねぇだろ…なんせ、ヒーロー様は困った人間には優しいからな」

 

少し含みあるような言い方をしているのは気になったが、その通りな気がした。

 

実はいうと、父親から強制的にヴィランにされてから翌日に、私は警察を頼って自分がヴィランにされたことを訴えた。しかし、契約方法がアレなだけに警察側は子供の手の込んだいたずらと思い込み、本気で相手されなかった。

 

その反応に当時の私は「やっぱりな」と思った。なぜなら、信じられない話だと検討がついていたからである。ついでに、いたずらといわれることも想定内なため驚くこともなかった。

 

「ヒーローに頼って変わるのなら、自力で連合を辞めてますよ」

「……ヒーローは嫌いか?」

「嫌いじゃないですよ。ただもう…どうでもいいというか」

 

警察が無理ならヒーローにも頼る選択もあった。しかし、ヒーローもあまり宛にできないと判断してしまったのだ。

 

法律では警察の方が権限が上でヒーローはその下位組織に位置付けられており、主な仕事であるヴィランの捕縛はヒーロー、逮捕は警察という役割分担がされている。

 

基本的にヒーローは職務を全うするためなら個性使用は許可されているが、警察は個性を”武”として使用しないのである。

 

役割分担というのは響きはいいが、こういった特殊なケースに対してどうすればいいのか、きちんと対策を考えるべきである。

 

 

そして、宛がなくなった私はヤケクソになって今に至る。

 

 

そこまで情報が筒抜けとは、ヴィラン連合は思った以上に優秀らしい。

 

だとすれば、あのまま警察が私の訴えを信じていたら殺されていたのかもしれない。そう考えると私は何度も死線を潜り抜けていたらしい。ある意味幸運だが、不幸も連続して五分五分だろうか。

 

そんなことを考えていると、上司さんは私の顔を見つめてはっきりといった。

 

 

「じゃあ、どうして1人で生きる道を選ばなかったんだ?」

 

 

時が止まった。そう思うほどの核心を突かれた。

警察やヒーローを頼れないのなら、すべてを投げ出して失踪する手もあった。それも思い浮かんでいたが、実行することはなかった。

 

ゲームの音が耳につき、畳部屋のにおいが一層濃く感じる。体が蛇に睨まれた蛙のように動かない。

 

言い訳は色々脳内で浮かぶが、なぜか打ち消されてしまう。マスク越しに見える鋭い眼光から逃れられないと体の芯まで感じてしまったのかもしれない。

 

極度の緊張で喉を鳴らしてしまう。言い訳が通じないなら、言うしかない。覚悟を決めて私は口を開いた。

 

「それは…このヴィラン連合で」

「忍!! 大変だ!! ――って弔くん!?」

 

意を決して口を開くと背後から日光と風が入ってくる。振り返ると、そこには何かの手紙を握りしめて息を乱した父がいた。

 

父は上司が来ていたことを知らなかったのか、かなり驚いていた。上司さんは父の登場に舌打ちをしてゲームを閉じる。

 

「ちょっと、舌打ちすることないでしょ。弔くん」

「俺はアンタが嫌いだ。消えろ死ね」

「またまた~嫌も嫌も好きの内ってやつだろ?」

「殺してやろうか?」

「じゃあ、せめてちゃぶ台から降りてくれない? それ、座椅子じゃなくて机だからね」

 

部屋に入ると父は押し入れに向かい、座布団を敷く。上司さんは面倒臭そうにしながらちゃぶ台から降りて座布団に座った。

 

私はそれを見届けてから聞き耳を立て、買ってきたものを冷蔵庫に入れていく。父が来たことで空気が変わって少しだけ安心した。

 

「それにしても…我が連合のリーダー様がわざわざここに来て何の用なの?」

「ああ、少しあいつに聞きたいことがあってな…けどやっぱいいや。誰かさんのせいで興味失せた」

「なになに~? 『好きなタイプはどんな人?』みたいなこと聞きたかったの? 忍に一目惚れしちゃった?」

「誰があんなクソガキに惚れるか、目ん玉くり抜かれて死ね」

「弔くん…実はツンデレなの?」

「殺すぞ」

 

どうやら、上司さんの名前は弔といい、連合のリーダーらしい。

 

つまり予想通り、弔さんは社長的な立場なのだろうか。そう冷静に分析しているなかでも、繰り広げられる会話の温度差がひどすぎてハラハラする。

 

どう見ても父の方が年上だが、立場は向こうの方が上という異色さがある。なんというかストレスで胸が痛くなった。

 

「そうだ。弔くんもいることだし、黒霧呼んでみんなで結果見ない?」

「何の結果よ?」

「今ポストみたら雄英から通知が来てたぞ。ほら」

 

まるで、話題の映画を見に行こうと言い出すような軽いノリで父が取り出したのは、今時珍しい洋形封筒だった。差出人のところには「雄英高等学校」と堂々と書かれてある。

 

ついに来たか…。けど、なんでこのタイミングでくるのだ。

せめて明日に来てほしかったと私はひそかに運命の神様を呪った。

 

 

 

 

ノートで黒霧さんに連絡をすると、ほんの10秒ほどでワープで黒霧さんはきた。かなり慌てた様子で来たようでスーツが皺になっている。なにやら雑務に追われていたらしいが、知らせを受けて放り投げてきたという。すごく申し訳ないことをした。

 

ちゃぶ台に手紙を置き、それを囲うように全員が座る。ちゃぶ台もまさかこんな大人数に囲まれるなんて夢にも思わなかっただろう。この部屋に引っ越してきてから共に生きているのだから驚いているだろう。

 

「早よ開けろ。いつまでウジウジしてんだ」

「死柄木弔…彼女も心の準備がいると思うのでしばし待ってください」

「忍。今ここで待ったところで結果は変わんないから。すぐに開けた方が楽になるぞー」

「アンタは黙ってください」

 

現実逃避をしていると大人三人の声によって現実へ引き戻される。あまり時間をかけるとダメなようで、覚悟を決める。深呼吸をして封を切った。

 

そこには円状の小型機械と説明書き、それと数枚何か重要そうな紙が入っていた。てっきり紙一枚だけだと思っていたため全員が首を傾げた。説明書きによると機械にあるスイッチを押せば結果が発表されるらしい

 

なんだこのバライティーチックな合格発表方法。

普通に紙で書けばいいのに、雄英はエンタテイナーしないと気が済まないのだろうか。恐る恐るスイッチを押すと、そこから光が現れて映像が飛び出る。

 

そこに映し出されたのはスーツの後姿を見せる筋骨隆々な男性であった。見覚えのある姿に目を丸くしているとその男性はこちらに振り返った。

 

『私が投影された―――!!!』

「…オールマイト? え? なんで!?」

 

その男性の正体は黄色いスーツを着たオールマイトだった。

 

どういうことだ。彼は雄英のOBだが合格発表する義務はないはずだ。特別にゲスト出演できているのだろうか。

 

「おい、黒霧。超不快なモンが映ってんだけどぶっ壊していいか?」

「気持ちはわかりますが合否が判明していません。待ってください」

「オールマイト筋肉ムキムキだな! あと雄英の技術どうなってんだ? なぁすごくね?」

「黙れクズ」

「忍、今の聞いた!? 黒霧が暴言吐いたよ!? パワハラってやつじゃね!?」

「アンタら…いい加減にしないと爆音防犯ブザー鳴らしますよ」

 

巷で爆音並みの騒音で警報を鳴らすことに定評のある防犯ブザーをちらつかせ、睨みつけると全員静かになった。さすがに爆音で人を呼ばれたくないらしい。

 

オールマイトの話は進んでいたが大した話ではなく、聞き流した。画面の端で誰かの手が映るとオールマイトは『わかったよ』と了承した。

 

『あの時以来だね、狩野少女! 実は私がここにいるのは、この春から雄英に勤めることにしたからだ』

「つ、勤める!?」

 

急展開すぎて叫んでしまう。

 

オールマイトがヒーロー科で随一有名な大学で教育職員免許を取得しているのはしっていたが、まさかこのタイミングで発覚するとは思わなかった。世間ではまだ発表していないところをみると受験生にだけは伝えようとしているのだろうか。

 

 

それより、大きな収穫があった。

 

 

「つまり…オールマイトが、雄英の教師になるってことか…」

「そういうことになりますね」

「へぇー…」

 

悪い大人たちがニヤリと笑う。

 

情報ひとつで命取りになるとはよくいうものだ。この情報は大き過ぎる。オールマイトが雄英の教師になるのは予想外だったが、逆に言えばオールマイトの居場所がほとんど特定できたことになる。

 

ヴィラン連合がオールマイトを倒す計画を立てる時間が与えられたのである。

 

『筆記は合格ラインで、敵Pは40Pと高得点…そして、最も素晴らしかったのは君の行動力だった』

「え?」

「は?」

『先の入試! 見ていたのは敵Pのみあらず!』

 

私と弔さんが思わず声を漏らしていると、オールマイトはリモコンを操作して画像を出す。私が試験中に女子を背負って救助する場面と0Pヴィランを真っ二つにしたVTRが流れた。

 

『君はあの巨大0Pヴィランを前に人助けをし、受験者を守るために倒した…ハラハラした場面はあったが、正しい事をした人間を排斥しちまうヒーロー科などあってたまるかって話だよ!』

 

その言葉に一瞬だけ呼吸することを忘れてしまった。

 

正しいこと…。

そうか、私はヒーローとして正しいことをやったのだ。

 

自分の手を見ると震えていた。やったことは、あのヘドロ事件とほとんど同じだった。ただ違ったのはあの時と比べて力をつけたことだ。あのときはオールマイトがいなかったら、きっと死んでいた。しかし、今回は自力で救い出し、自分も無事だったのだ。

 

ヴィランとしてはうれしくない言葉であるが、褒められて思わず口角が上がりかけてしまう。一方、弔さんは大きく舌打ちをした。

 

「そんなの、きれい事だろうが…」

『きれい事!? 上等さ! 命を賭してきれい事実践するお仕事だ!』

「あ…?」

 

奇跡的に会話が成立しているが、弔さんの機嫌が急降下した。黒霧は弔さんを抑え、父はため息をついた。

 

すると、画面は切り替わり『救助P』と大きな文字が映し出される。

 

救助P(レスキューポイント)、しかも審査制! 我々雄英がみていたもう一つの基礎能力! 狩野忍、47P! ついでに蛙吹梅雨(あすいつゆ)、40P! 両ポイント合計で87P! 入試1位で合格だ』

 

「い、1位!?」

 

驚愕で立ち上がってしまった。ヒーローらしい行動をして点数が稼げるなんて思いもしなかった。しかも敵Pよりも高得点で目を丸くしてしまう。蛙吹梅雨とは蛙の個性の彼女のことをいっているのだろう。

 

それより、1位ってなんだ。特訓していたとはいえ、いくらなんでも出来すぎである。不合格にならないように点数を稼いでいたが、ここまでくるとやってしまった感がある。

 

ただでさえヘドロ事件で目立ってしまっているのに、入試1位は目立つ。スパイをしているうえでこれはないのではないか。ちらりと大人たちの反応を確認すると、弔さんは興味なさそうに「へぇ」とだけ言い、黒霧さんは小さく拍手をし、父に至っては自慢げに鼻を鳴らしていた。

 

とりあえず問題視はしてなさそうだが、父の反応が一番ムカついた。

 

『来いよ。狩野少女…雄英(ここ)が君の』

「くっだらねぇ…」

 

オールマイトが画面上で手を差し伸べた瞬間、弔さんが投影機を押しつぶすように腕を振り下ろし、それを握る。

 

すると、投影機は音もたてることもなく数秒のうちにちゃぶ台の上で塵となった。弔さんがその手を開くと塵は空気に溶け込み、跡形もなくなった。突然のことで声も上げられなかった。静寂が訪れる。

 

弔さんの個性なのだろうか。どういう仕組みで塵にしたのかわからなかったが、恐ろしい個性だ。ぞわりと背筋に冷たい何かが走る。

 

「死柄木弔…何も壊さなくても」

「いいだろ。合格だっつーんだし、むしろここまで聞いただけでもありがたいと思え」

 

注意する黒霧さんを弔さんは首をかいて不機嫌そうになる。そのとき、マスクからわずがに覗く瞳が明確な殺意が宿っていた。口角が不気味なほどにあがり、弔さんは笑った。

 

「オールマイトが教師か…面白そうなことになってきたなぁ…」

 

無邪気な子どもと同じように、純粋そうな声色と憎しみに満ちた表情とのギャップを感じた。今まで味わったことのない禍々しい気配が肌まで伝わる。それに伝染していくように黒霧さんも普段の雰囲気から一変し、凄惨なものとなっていた。

 

ああ、そうか。

どうして黒霧さんではなく、この人がヴィラン連合のリーダーとなっているのか少しだけ理解できた気がした。

 

納得したのと同時に、自分がどれだけ危険な組織にいるのか、思い知らされた。そして、隣にいる父がどんな顔をしているのか見たくなかった。目を泳がせていると弔さんが話しかけて来た。

 

「なぁ…どうなるんだと思う? 『平和の象徴』がヴィランに殺されたら…」

 

弔さんの視線が移動し、私を見る。その問いかけに震え上がりそうになる声を落ち着かせ、まっすぐ弔さんと目を合わせる。

 

「現在、オールマイトが現れたことで劇的に犯罪率は低下し『平和』となっています。そう考えると『平和の象徴』の存在がいなくなれば、抑圧されてしまったヴィランが以前のように犯罪が多発するかと思います」

「それだけじゃねぇよ」

 

無難な答えを出すと父が割り込んで来た。得意げな表情でペラペラと喋り出した。

 

「今まで自制して犯罪を犯さなかったヴィランたちは大暴れすることで、世界は大混乱して悪が蔓延る社会になって、ヴィラン側の英雄が動き出し、ヒーローと全面戦争になる…かもな」

「ヴィラン側の英雄?」

「俺たちヴィランにとってカリスマ的存在で……悪の支配者だ。事情で今は動けないが…まあ、忍は()()知らなくていいけどよ」

 

『まだ』とはどういうことだろう。私が完全にヴィランの立場になった時に全てを話すということなのか。それともヴィラン連合にもっと貢献してから話すことなのか。

 

いずれにしてもヴィラン側の英雄が動けば、世界が歪むのはほぼ確実だ。

 

もしも、このヴィラン連合の思惑通りことが進めば…世間はどうなってしまうのだろうか。全く想像がつかない。

 

「おい、忍」

「はい!?」

 

ふと弔さんに名前を呼ばれて肩が跳ねる。弔さんはこちらにサポーターをしたままの手を差し伸べて来た。

 

「そういうわけで、これからよろしくな」

「はい。よろしくお願いします……弔さん」

 

差し出された手を握ると弔さんは目を大きく開いた。ついでにその様子を見ていた黒霧さんは焦ったかのように手を伸ばしていた。

 

今、私は何かおかしなことをしただろうか。普通に握手しただけでこんなに驚くことだろうか。首を傾げていると呆れた表情で弔さんが口を開いた。

 

「…お前、俺の個性わかってるか?」

「触れたものを塵にする個性ですよね? でも、今それ関係ありますか?」

「普通触ることをためらうだろうが」

「…どうしてですか?」

 

確かに個性自体恐ろしければ、弔さん自身も怖いところがある。正直、ギャップの激しさで苦手意識も若干ある。

 

けど、それで握手を求めてきた手を断る理由にならない。個性を使われたら…なんて可能性は一切考えなかった。手が塵になってしまうのは嫌だが、少なくともこの人は私がヴィランでいる限りはそういうことはしない。

 

どうしてそう言い切れるのかは私自身もわからない。けど、そう見えたのである。

 

「はぁ…嫌な部下がいたもんだな」

「嫌な部下をうまく使うのも上司の役目ですよ」

「そうかよ。わざわざいらんアドバイスありがとな」

 

無難な返事をしたはずなのに嫌味を込められて返された。弔さんは手を離すといつの間にかサポーターを外していた方の指に再びそれをつけてゲームを再開した。

 

一体、今のはなんだったのだろう。

 

考え込んでいると黒霧さんが私の肩を叩いた。振り返ると黒霧さんはとても嬉しそうに笑っていた。

 

「合格、おめでとうございます。よく頑張りましたね…」

「…いいえ。黒霧さんのおかげですよ」

「私は確かに勉強の支援をしましたが、勝ち取ったのは他ならぬあなた自身の力ですよ。本当によかったです」

「はい…ありがとうございました」

 

黒霧さんの祝福の言葉に私は気恥ずかしくなって俯いた。途端に顔や耳が熱くなる。なんだこれ、恥ずかしい。こんなに恥ずかしくなるものか。

 

こうして努力を褒められた経験が少ないため、どう対応すればいいのか戸惑ってしまう。返事がうまく言えない。言葉が詰まる。顔があげられない。そして、なにより堰を切ったかのように別の感情が胸の中でいっぱいになった。

 

軽くパニックになっていると父が接近して来た。

 

「合格して当然だろ。だって忍、すごく頑張ってたもんな」

「お父さん…」

「でもまあ、合格おめでとさん」

「…うん」

 

父がとても嬉しそうに頭をくしゃくしゃにするほど激しく撫でた。髪が乱れるから嫌だとか、恥ずかしいからやめてとか、言いたいことはあった。

 

だが、それ以上に心の底から沸き起こる喜びに何も言えなくなっていた。それどころか、涙が出そうになる。泣くのをこらえていると何かを察した父は手を挙げた。

 

「よし! 忍の合格記念にケーキ4人前買って食うか! 黒霧のおごりで!」

「そこはあなたが払ってくださいよ」

「金がない」

 

きっとこの関係は、とても危険で危なっかしくて、油断すれば切り捨てられ、命を落としてしまうほど殺伐としている。おそらく私がヴィランである限り、この縁が絶ちきれないだろう。

 

 

そんな不安定で、哀れで、歪な関係だ。

でも、今だけはこの人たちと喜びを分かち合うことくらいはいいかもしれない。

 

 

「黒霧、俺チーズ」

「ショートケーキ、お願いします…」

「俺はモンブランだからよろしく! ワープですぐいけるだろ?」

「あの…みなさん。私を便利な使いっ走りと思ってませんか?」

 

狭い空間の中、にぎやかになった部屋に心が少しだけ、くすぐったくなった。

 

 

 

 

合格通知を開封してから、時間が経つのは早かった。あっという間に出会いの春を迎えて私は着替えていた。

 

深緑色のスカートをウエストまで上げてグレーのブレザーに身を包み、黒霧さんから習った結び方でネクタイを締める。身支度を整えると荷物を持って家を出た。

 

「いってきます」

 

本日から、私は雄英高校の生徒としてスパイをすることになった。

 

学校の情報をできる限り連合に流すのが任務なのである。あまりにも重大な任務で腰が引けてしまいそうになるが、任された以上はやるしかない。

 

昨晩ノートをチェックした際に黒霧さんからきた連絡事項を脳裏に浮かべる。

 

『忍さん。初日はおそらくガイダンスや入学式だけだと思うので、まずは担任の先生が誰なのか見てください。それから、生徒の名前と顔をできるだけ覚えてください。交友関係は重要ですから』

 

『よろしくお願いします』

 

仕事の内容を思い浮かべて気合が入る。これから私はヒーローやその卵たちに囲まれて過ごすのだ。気を引き締めなければならない。

 

「せめて…緑谷くんと爆豪くんとは、違うクラスがいいな…」

 

このとき私は自分が立ててはいけないフラグを形成していることに気づかずに呟いてしまい、

 

この約1時間後に、運命の神様は非情であると悟ることになる。




正直、執筆してて超楽しかった回です。
ほのぼのしてますが、これがこの小説内のヴィラン連合です。


余談
主人公が死柄木さんの手型マスクにつっこまないのは一風変わったファッションだと思っているからです。

その後、こんなやりとりがあったとか
死「一応言っとくが、これに触ったら殺す」
忍「はい。分かりました(こだわりファッションなら触られたくないのかな)」
死(意外と物わかりいいなこいつ)


補足
死柄木さんの指先サポーターは個性を発動させないようにする予防です。あの個性で普通にゲームしたらゲーム機がおじゃんになるので…ちなみにサポーターをするのは今の所ゲームするとき限定のようです。

救助Pが微妙なのは試験最後の私的感情が走った行動のせいです。あれがなかったら55P位いってました。


体育祭の宣誓…どうなるんでしょうかね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動ファイル2 雄英に入学しました
活動報告10 入学初日から心が痛いです


今回は…シリアル回だと思います。多分。

※別名:主人公の闇っぽい何かが見える回。
※終盤は勢いで書いているところがあります。色々と注意。
※いつもより短めで亀展開。




家から徒歩で駅に着き、地下鉄を乗り継いで40分。雄英の校舎が見えた。受験の時はただただ大きい校舎だと思っていたが、生徒と言う立場になると風格ある城にしかみえない。

 

ここに侵入して情報を盗み、連合へ伝達するのが私の役割だ。緊張が走って心臓がバクバクと音を立てる。

 

素性がバレたらアウトのスパイ活動初日。

 

まずは先生とクラスメイトの顔と名前、あと個性のことが分かれば上出来だ。さすがに一日で全員と仲良くなるのは難しいが、少しずつ馴染んでいけばいい話である。スパイゆえ生徒としてあくまで自然体に振舞わなければならない。

 

「よし…いくか」

 

覚悟を決めて正門を潜り抜けていった。

 

例年雄英高校は一般入試の定員が36名、推薦4名で合計40名がヒーロー科に在籍することとなり、2クラスに分かれる。つまり、1クラス20名しかいないのだ。

 

しかし、なぜか今年のヒーロー科一年は一般入試合格者38名、推薦4名の総勢42名という。なんでも諸事情があるからと合格者宛の手紙で書かれてあった。諸事情については詳しく説明してくれなかったが、入学してから説明してくれるのだろうか。

 

日本屈指の敷地面積を誇る雄英高校は、多種多様な演習施設に徹底したユニバーサルデザイン、公式HPからは演習場や教室に案内してくれる専用の地図アプリもダウンロードできるという優れた施設となっている。

 

スマホに表示される地図アプリを頼りに教室へ向かうと、バリアフリーのためか4mほどの「1-A」と表示されている大きな扉が見えた。

 

ここが、私のクラスだ。ドアに手をかけて深呼吸をする。

 

第一印象は大事だ。これによって今後の交友関係も変わってくる。ドアを開けたら無難に近くの席の人と挨拶をするのがいいだろう。脳内でイメージを膨らませてスライド式のドアを開けた。

 

「あ…」

「あ?」

 

扉を開けて目に飛び込んだのは、奥の方で制服を着崩し、堂々と机に足をかける…見覚えのある不良っぽい人がいた。その人とばっちりと目が合う。

 

私は耐えきれず、無言でそっと扉を閉めた。

 

「マジか…」

 

思わず目元を抑えて壁に手をついて落胆してしまう。

 

あの風貌、あの態度、あの姿。

間違いない、あれは爆豪くんだ。どうやら彼はクラスメイトらしい。

 

神様、どうして爆豪くんと同じクラスなんでしょうか。

 

彼がいると第一印象もクソもない。普段の私しか出せなくなる。なにより彼がいるとスパイ活動がすごくしづらい。

 

これで緑谷くんも同じクラスだったらと考えると…頭が痛い。

 

両手で頭を抱えていると閉めたドアが勢いよく開いた。びっくりして視線を向けるとポケットに手を突っ込んで眉間にしわを寄せ、こめかみに青筋を浮かべる…もはやデフォルトの表情をした爆豪くんがいた。

 

「おい。人の顔見ていきなり閉めだすなんてな…いい度胸してんな」

「閉めだしてません。出て行っただけです」

「どっちにしろムカつく態度とんじゃねぇよ!」

 

案の定、怒ってらっしゃった。

彼は知り合いに無視されるのが気にくわないらしい。

 

「すいません。爆豪くんと同じクラスという事実に夢だと思いました。現実が受け入れられなくて」

「そうか。じゃあ、脳天爆破して現実を認識してみるか? 喜んで協力してやるよ。そんで死ね!」

「髪と制服が焦げるので遠慮しますね」

 

早口で丁重に断ってスキップをし、軽快な動きで彼の横を通って教室に入ると、視線の雨が降り注いだ。

 

わかってはいたが、今のですごく目立った。入学初日はなかなか人と会話しづらいというのに、あんな会話をすれば注目するだろう。自分の席を探していると見覚えのある女の子が見えた。

 

「あ、入試のときの…」

「ケロ。あなたも合格したのね」

 

入試で出会った蛙個性の可愛い子だ。予鈴が鳴るまで時間があるのを確認して、せっかく挨拶もしてくれたので彼女の席に近づいた。

 

「同じクラスだったんですね。嬉しいです」

「ええ。あたしもうれしいわ。ああ、あたしは蛙吹梅雨。梅雨ちゃんと呼んで」

「私は狩野忍です。一年間よろしくお願いします。梅雨ちゃん」

「忍ちゃんね。よろしく」

 

軽く挨拶をすると梅雨ちゃんは、冷めてしまったのか席に戻ろうとする爆豪くんを見て首をかしげた。

 

「さっき会話していた彼は…忍ちゃんのお友達?」

「はあ!? 誰がこいつなんかと――!」

「はいそうです。彼は爆豪勝己くんといって、同じ中学出身でクラスも同じだったんです」

「やっぱり。すごく仲良さそうだったからそう思ったのよ」

「無視すんじゃねぇよ!! あとダチ認定すんな!」

 

ぐるりと驚異の早さで爆豪くんが振り向いた。梅雨ちゃんが華麗に爆豪くんをスルーしていく。どうやら彼女は冷静沈着でちょっとやそっとのことでは驚かないようだ。

 

爆豪くんとの初対面であれだけバッサリいくのは凄い。

 

梅雨ちゃんに感心していると教室のドアが開かれる。そこへ視線を向けると緑掛かったくせ毛に、そばかすで地味めな男の子…緑谷くんが緊張した顔つきでそこにいた。

 

「お、おはよう狩野さん…!」

「…おはよう。緑谷くん」

 

どうやら運命の神様というのは残酷な展開がお好きなようだ。

 

ヒクつきそうな顔を必死で抑えて私は笑って緑谷くんに手を振った。それに気づいた緑谷くんは少しはにかみながら手を振り返してくれた。

 

「また同じクラスね」

「うん! 狩野さんとまた同じでよかったよ。変に浮かずに済みそうだし」

「待ってそれどういう意味?」

「なんでもない! 気にしないで!」

 

緑谷くんは焦った様子で両手と首を大きく振ってごまかした。さらっと失礼なことを言われた気がするが、おそらく緊張しすぎて本音が出てしまったのだろう。気にしないでおこう。

 

緑谷くんが教室に入ると、爆豪くんは一瞥した後に席へ戻った。ヘドロ事件以降、爆豪くんは緑谷くんのことを更に嫌悪するようになった。会話する気も失せているらしい。

 

二人の関係は以前よりも増して、こじれているようだ。

 

なんだかやるせなくてため息をついていると、梅雨ちゃんの後ろに座っていた男子が立ち上がり、カクカクとした独特の腕の動きをしながらこちらに近づいてきた。

 

顔を見れば、その人は入試で質問と私たち3人を注意した眼鏡の男子はだった。彼は背筋を伸ばして私たちの前で立ち止まった。

 

「おはよう。俺は私立聡明中学出身の飯田(いいだ)天哉(てんや)だ」

「私は市立折寺中学出身の狩野です。隣の彼は同じ中学の…」

「ぼ、僕は緑谷。よろしく飯田くん」

 

会釈をすると緑谷くんは焦りながら自己紹介をする。すると、飯田くんは深刻そうな顔つきになって緑谷くんの方を向いた。

 

「緑谷くん…君はあの実技試験の構造に気づいていたのだな?」

「え?」

「俺は気づけなかった…君を見誤っていたよ。悔しいが、君の方が上手だったようだ」

「ごめん…気づいていなかったよ」

 

歯を食いしばって飯田くんは言ったが、緑谷くんは困ったように苦笑いを浮かべていた。

 

どうやら飯田くんは、緑谷くんが入試で救助Pの存在に気づいたと推測したのだろう。

 

救助Pで乗り切れたことは事前に緑谷くん本人からの電話で聞いていた。おそらく、そういう点数については口外してはいけないのだろうが、お互いテンションが高くなってしまったので気にせず話してしまったのだ。

 

それと、その日にもう一つ衝撃的なことを聞かされた。それについて聞きたいことがたくさんあったが、何かと忙しくて聞く余裕がなかった。詳しくは入学式とガイダンスを終えた後にゆっくり本人に聞くつもりだ。

 

「そのモサモサ頭は! 地味めの!」

「あ、いい人…!」

 

そのとき、緑谷くんの後ろから明るい女の子の声がした。振り返ると、前髪の両端が長い茶髪のショトボブをしたほんわかとした雰囲気をした女子がいた。緑谷くんは彼女に気づき、真っ赤にして独特なポーズで腕で顔を覆った。

 

「そりゃそうだパンチ凄かったもん! ところで今日って式とかガイダンスだけかな? 先生ってどんな人なんだろうね?」

 

腕を大きく上下させてパンチの威力を表現しているのか、可愛らしい動作をする。裏表があまりなさそうな溌剌としている子のようだ。ネガティブ思考の緑谷くんを引っ張ってくれるような子で相性がよさそうである。

 

それにしても彼女は入学初日で緊張しながら話しているというのに、緑谷くんは一向に目を合わせて会話をしていない。何をしているのだろう。

 

「緑谷くん。そろそろ彼女に目を合わせて話してみなさい。コミュ障にもほどがあるわ」

「ち、近くて無理…」

「乙女か」

 

 

「お友達ごっこしたいなら、他所へ行け」

 

 

冷静にツッコミを入れていたら、突然後ろから低い男性の声が聞こえた。声がした方へ振り返ると先ほどまで何もなかった廊下に寝袋が転がっていた。

 

その場にいた全員が思考停止し、見つめていると寝返りを打って寝袋がこちらに振り返った。顔の方を見ると目は充血し、無精髭に肩まで伸びきったボサボサした髪の30代前後と見られる男性が包まっていた。

 

「ここはヒーロー科だぞ」

 

男性は軽く注意した後にどこからか取り出したゼリー飲料を咥えて一気に飲み干す。飲み終えるとモゾモゾと動き出してファスナーを開けて起き上がった。

 

 

何この人、ミノムシみたいで普通に怖い。

 

 

「ハイ、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね」

 

そういって男性は教室へ入っていく。口ぶりからすると教師のようだ。ヒーロー科に在籍する教師となると、彼はおそらくプロヒーローだ。

 

しかし、今まで記録したノートにこの人のことを書いた覚えがない。書き留めたのかもしれないが、いずれにせよ先生の個性が分からなければ正体がつかめない。

 

「担任の相澤消太(あいざわしょうた)だ。よろしくね」

 

気だるそうにそう言いのけたその人は、まさかの担任だった。

 

 

 

 

「個性把握テストォ!!?」

 

相澤先生が担任と判明したのちに、体操着を着るよう指示をされてグランドへ行くとそう発表された。クラスの大半は驚き、叫んだ。

 

「入学式は!? ガイダンスは!?」

「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事出る時間ないよ」

 

先生は意見を否定して遠回しに「無い」という。学校で入学式なしというのは斬新である。アレは必須行事でないことに驚いた。

 

まさか入学初日で入学式もガイダンスもなしとは思わなかった。そのせいで相澤先生以外の教師を把握できなかった。今日は諦めて、他の教師については明日以降見ることにしよう。気持ちを切り替えていると相澤先生は私たちを見てきた。

 

「雄英は自由な校風が売り文句、そしてそれは先生側もまた然り」

 

そう、雄英高校は基本的に自由だ。

教師の許可さえとれば、個性を使用して演習場での特訓やサポートアイテムの開発を日夜研究などができる。

 

普通の高校ではできないことを生徒が独自でやれるという自由も雄英高校が人気な理由の一つである。それにしても、教師も生徒の扱いを自由にしていいとは、雄英の方針はなかなかワイルドのようだ。

 

「お前たちも中学のころからやってるだろう? 個性使用禁止の体力テスト」

 

考察をしていると、相澤先生からの説明が始まった。

 

 

個性把握テストの概要をまとめると以下の通りだ。

・個性使用禁止の体力テストと同じ8種目を行う。

・その8種目は『ボール投げ』『立ち幅跳び』『50m走』『持久走』『握力』『反復横跳び』『上体起こし』『長座体前屈』である。

 

・今回の体力テストでは、個性使用が認められる。

・最低限の種目ルールさえ守れば、各自は己を活かす個性の創意工夫をしてもよい。

 

 

要するに、この個性把握テストを通じて『自分の力量を把握しろ』と言いたいのだろう。今までは法律を守って個性を使う機会がかなり限られていた。良くも悪くも抑圧されてしまったため、今の自分がどれだけの力があるのか把握していない人もいるのだ。

 

これは、文部科学省が推奨する個性使用禁止の体力テストよりも合理的にわかる。それに、この機会に便乗してクラスメイトの個性も判明する。そして上手くいけばCopyも出来る。まさに一石二鳥だ。

 

相澤先生に心の中で感謝をしていると、先生はこちらをちらりと見てきた。

 

「そういえば実技入試成績のトップは…狩野だったな」

 

その一言にクラス全員の視線が私に集まった。視線を浴びて私は顔が真っ青になった。

 

「……はい。一応」

 

相澤先生からの不意打ちに冗談抜きで喀血するかと思った。

 

ちなみに緑谷くんと爆豪くんには合格したと言ったが、成績までは報告していない。緑谷くんはともかく、爆豪くんに言えば厄介なことになりそうだったからだ。

 

横目で様子を見ると緑谷くんは目を輝かせ、爆豪くんは一瞬目を丸くした後にドス黒いオーラをまとわせて血走った目で睨んできた。その眼光は人を殺せそうなほど鋭かった。

 

名前を呼ばれて前に出ると大きめのボールを軽く投げられる。それを反射的にキャッチすると相澤先生が質問をしてきた。

 

「中学のとき、ソフトボール投げ何mだった?」

「…21mです」

「じゃあ、個性を使ってやってみろ。円から出なきゃ何してもいい。早よ、思いっ切りな」

「わかりました」

 

大量の視線を向けられているなか、グランドに描かれた白いサークルに立つ。バクバクと激しく動く心臓を深呼吸して落ち着かせ、軽く肩のストレッチをする。

 

個性を使ってボール投げをするのは初めてだ。私がストックしている個性でボール投げに向いているのはアレしかない。脳内でイメージを固めると円に出ないようにして後ろに下がり、助走をつける。

 

円に出る寸前で力一杯腕を振り下ろし、ボールを離すギリギリで個性を発動した。

 

 

「『爆破』!!!」

 

 

球威に爆風を乗せたボールは、天へと昇ってあっという間に見えなくなった。

 

「まず、自分の“最大限”を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

相澤先生の手元にあるスマホには「543.5m」と表示されていた。どうやら今投げたソフトボール投げの記録のようだ。今日初めて爆破の個性を使うことや手汗もあまりかいていなかったことを考えれば妥当な記録だろう。

 

飛躍的に上がった記録にクラスメイトは声をあげて喜んでいた。

 

「なにこれ! 面白そう!」

「個性思いっきり使えんだ! さすがヒーロー科!」

「面白そう…か」

 

そのとき、不敵に相澤先生が薄く笑った。

その笑みに私は無茶難題を押し付ける時の弔さんと同じような気配を感じ、背筋が凍りつくような嫌な予感がした。

 

「ヒーローになるための3年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

 

突然の問いかけに、そこ場にいた全員、とっさに答えることができなかった。相澤先生の雰囲気が一変して戸惑っているのだろう。生徒たちが棒立ちになっているのを見て、先生は更に笑みが深くなる。

 

「よし。8種目トータル成績最下位の者は、見込み無しと判断し…除籍処分としよう」

 

その言葉にクラスメイトのほとんどが不満げに声を上げる。その一方で、私は拍子抜けしてしまった。

 

「生徒の如何は教師(俺たち)の自由…ようこそ、これが“雄英高校ヒーロー科”だ」

 

髪をかきあげて相澤先生はニヤリと笑った。

 

よかった。その程度だったら、まだなんとかなる。そう思い、私はそっと胸を撫で下ろした。

 

てっきり『ナメた態度とったからクラス全員除籍』だと思ったのだ。それに比べれば1人だけ除籍ならまだ許容できる。雄英もなかなかキツイことをするが想像よりも優しそうだ。

 

…だからと言って自分が最下位にならない保証はないが、それでも今まで受けた理不尽と比較すればマシである。

 

「最下位除籍って…!入学初日ですよ!? いや、初日じゃなくても理不尽過ぎる!」

「…え? そんなに理不尽と思いませんけど」

「狩野さん…?」

「あ…」

 

だから、うっかり口が滑ってしまったのだろう。

 

隠れようと思うが、デモンストレーションに駆り出されたため目立つ位置にいる。今動けば余計に目立つのは明白で、私が喋ってしまったのは一目瞭然で、空耳だと言い逃れできない。

 

なにしてんだ私。

密偵者なのに自ら注目を浴びにいってどうする。致命的なミスを犯した。

 

理不尽だと訴えた彼女は標的を私に変えて、私の言ったことに反論した。

 

「どうしてそう思うの!? せっかく入学するまでみんな一生懸命勉強したり、特訓して頑張ってきたのに、除籍処分ってあんまりじゃない!」

「…なに言ってるんですか」

 

必死に訴えている彼女の言い分は分かる。

 

ヒーローになるため、それまで必死に努力をしてやっと掴み取ったチャンスかと思えば、理不尽な試練にぶち当たっているのだ。それは腹がたつだろう。

 

「世の中は理不尽で溢れかえってるんですよ」

 

私の一言で何を感じ取ったのか、クラスの空気が張り詰めた。どうやら、私は無意識にきつい言い方をしてしまったらしい。

 

だが、ここにいる彼らは本当の理不尽を知っているだろうか。

 

あるときは世間で過大評価されプレッシャーとなり、出かけると子どもから尊敬の眼差しを向けられて、時折知らない人から握手やサインを求められたり、学校では好奇の目に晒されて居たたまれなくなったことがあるだろうか。

 

またあるときはヒーローから謎の期待をされ「理想のサイドキックは?」というインタビューで時々冗談で「ヘドロ事件の英雄」と言われて、それを上司に面白おかしく言われて恥ずかしい思いをしたことがあるだろうか。

 

さらには、ヴィランからの無茶ぶりで死にかけるほどの特訓を受け、上司が無断で家に訪問してくつろいできたり、学校でスパイ活動しているのを悟られずに過ごすと決めた矢先に、入学初日に除籍処分の危機に曝される。

 

 

なによりも、実の親からワンクリック詐欺もどきの被害を受けたことがあるだろうか。

 

そして、こんな過剰な理不尽を受けると怒りやら悲しみを通り越して”無”になるのを知っているだろうか。

 

 

理不尽を知らない彼らに小言を言っておかなければ、腹の虫がおさまりそうにない。

 

だが、仕事をしている上でストレートに愚痴を言及することはできない。それを言ったら完全にアウトだ。別の話に持っていく必要がある。ぐるぐると頭を回転するとオールマイトの顔が思い浮かんだ。

 

そうだ。ここはヒーロー科だ。

 

きっと緑谷くんと同じでオールマイトに憧れてここに来た人もいるだろう。彼には悪いが、話のネタとして使わせてもらうことにする。

 

目を瞑って記憶を巡らし、ヒーローにとっての理不尽を思い出しながら口を開いた。

 

「この雄英高校出身で現在『平和の象徴』と謳われるナンバーワンヒーローのオールマイトは自然災害、大事故、厄災、さらに暴れ回るヴィランたち……それらの理不尽な障害から人々を救いだし、彼は生きる伝説となっています」

 

思い出すのはオールマイトがヘドロ事件前に緑谷くんを助けた場面だった。何の前触れもなく現れたヴィランを相手に、一瞬で人を救い、倒してしまった。

 

その後ろ姿は、まさにヒーローの背中であった。彼ほどヒーローらしい英雄は見たことがない。だから、彼は生きる伝説となっているのだ。

 

「ヒーローはそんな理不尽を幾度もぶっ壊していますよ。だから今が『平和』と言われているんです。()()()()()が目指しているヒーローっていうのは、そういうものですよ」

 

かなりハードルの高い話をしているが、ここにいる全員はヒーローを志す子たちだ。将来、ナンバーワンヒーローになる可能性が高い。

 

「オールマイトのようになりたい、もしくはナンバーワンになりたいなら…この程度の試練、乗り切らないと話にもならないと思いませんか?」

 

言い終えるとクラスのほとんどが呆然したのか口を半開きにしていた。痛い沈黙が流れて私は大量に冷や汗をかいた。

 

 

やばい。やっちゃったかもしれない。

 

 

誤魔化すためにヒーロー論っぽいものを言ったが、むこうからしたら入試一位で調子乗ってる奴がベラベラ偉そうなこと言っててウザいと思われてもおかしくない。

 

とっさに相澤先生へ視線でフォローを頼むが、何を思ったのか黙って頷いていた。

 

どうして納得したように先生は頷いているんだ。オールマイトの逸話はあっているから安心しろという意味か、それとも『俺にはこの空気吸えないから無理、自分でなんとかしろ』ということか、どっちにしろ私の助けに気づいていない。

 

誰か罵倒でも、批判でもいいから何か言って欲しい。無言タイムは辛い。

 

「狩野って…実はアツイやつなんだな!」

 

ん? 今なんて?

 

声のした方を見ると、片目に傷跡がある赤髪の男の子が尊敬の眼差しで私を見つめていた。

 

「言われてみればそうだ…それがヒーローだ。また気づけなかった…」

「入試受かってちょっと浮かれてたけど、言われてみればあたしらはヒーローになるためにここにいるんだよね!」

「確かに、この程度の試練を乗り越えなければ話にならないな!」

「さすが入試一位! 言葉の重みが違うぜ!」

 

それを筆頭に次々と賞賛の声が上がり、雰囲気が変わった。

 

なんか知らないが、すごい持ち上げられてる。そこまで私は大したことを言ってもいないのにクラス全員の闘志に火がついたようだ。なぜだかその様子に、ものすごいデジャブを感じた。

 

内心焦っていると、反論をしていた女の子が申し訳なさそうな顔で近づいてきた。

 

「狩野さん…ごめんね。あたし、無責任なこと言ってた」

「…え?」

「この理不尽に対してヒーローの理想像を伝えた上に、みんなに発破をかけて奮い立たせるなんてすごいよ! 思わず鳥肌立っちゃった。なんというか…カリスマだね! おかげですごくやる気出た!」

 

彼女はガッツポーズをして笑顔になった。

 

言っていることはかなりザックリとしているが、要するに私は彼らを激励したことになったらしい。

 

確かに激励っぽいことはしたが、言いたいことが微妙に違う。

 

私は『将来、もっと理不尽な目に遭うから今のうちに理不尽に慣れた方がいい』と言いたかっただけだ。そこまで深い意味で言っていない。

 

そして、デジャブの正体に気づいた。そうだこれは、ヘドロ事件後のマスコミ報道を想起させるほど酷似しているのだ。本人よりも周りが盛り上がっていてある種の疎外感があった。それにそっくりだった。

 

恐る恐る彼らへ視線を走らせると、既に各々個性の調整や精神統一を行なっていた。どうやら、もう手遅れのようだ。

 

「…それはよかったです」

 

私は遠い目になりながら頷いた。

 

それと同時にこの純粋な心を持つこの子たちを騙し続けないといけないのかと、心が雑巾絞りされたかのように痛くなった。




今回のまとめ
A組の半数近く「狩野マジカッケー!!」
主人公「どうしてそうなった!!?」
※早速、温度差が発生しました。


飯田くん…ごめんなさい。爆豪くんとの会話に混ざったら長くなり過ぎて区切りづらくなったんです…。



なんで21人ずつ? 諸事情って何?
→実技試験で合格圏内者が同率3名が出てしまい、学力で決めようとしたが奇跡的に同じ点数で校長が「合格圏内者が3人いるんだし、クラス42名でも大丈夫さ。3人とも合格にして教育しよう!」と提案したから。雄英は自由が校風で教師側もそれは然りであるため…

…という名のご都合主義です。色々考えたら一人キャラを増やした方が都合がいいためです。

対人戦闘訓練や他の行事などの人数調整はこれからします。B組の方は…あの子にしようと思っています。皆さんは予想ついていると思います。

わかっていても、お口チャックでお願いします。


余談
主人公のストレス解消法はひたすら寝て忘れる。出かけて気分転換をする。奮発して好きな食べ物を食べる。あと特訓を口実にクズ父親に殴りかかることです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動報告11 個性把握テストをしました

今回は個性把握テスト…相澤先生からのお話と父親の過去を添えてます。


※今回は長いです。
※終盤、残酷な描写が少しされています。注意。





雄英高校の校風の真意を知り、入学早々の洗礼を受けて体力テストが始まった。

 

最初の種目は『50m走』。

体力テストでは出席番号の近い者同士がペアとなり、同時に記録を測るようにしている。私の出席番号は8番、7番の人を探していると、金髪に黒いメッシュの入った明るい印象が強い男子が話しかけてきた。

 

彼は上鳴電気(かみなりでんき)といい、出席番号7番らしく私のペア相手であった。彼に挨拶を軽くして私はみんなの走りを視た。

 

最初の走者は梅雨ちゃんと飯田くん。計測ロボットの合図をすると、クラウチングスタートの構えから走り出す。飯田くんのふくらはぎからエンジンのようなものが噴射し、目にも止まらない速さでゴールを切る。記録は「3秒04」だった。

 

飯田くんの個性は脚が速くなる個性のようだ。制服のズボンで見えなかったが、彼は体の一部が異形化しているタイプのようだ。元々体の一部が変形していることで発動する個性はコピーできないため、私は彼の個性を模倣できないのである。

 

その後、飯田くんに続いて、50m走でクラスメイトの個性が次々と明らかになる。

 

へそからレーザーが撃てる人、バイクを造りだして生み出す人、腕からテープを出して飛ぶ人など強力な個性が見れた。

 

「爆速!!」

「うわあ!」

 

現在計測を行っている爆豪くんは両手を後ろにし、爆風を利用して駆け抜けていた。隣で計測している透明人間の女の子が被害を受けていた。個性の性質上、隣にいれば巻き込めざるえない行為とはいえ、平気でよくできると皮肉なことを思ってしまった。

 

その結果、爆豪くんの記録は「4秒13」。中学の頃は確か5秒58だったので、1秒45もタイムが縮んでいた。飯田くんに及ばないとはいえなかなかの好記録である。

 

「狩野、そろそろ行こうぜ」

「はい。今行きます」

 

上鳴くんに呼ばれてスタート地点へ急いで、クラウチングスタートの構えをとる。

 

『Ready…GO!!』

 

初めの一歩を踏み出すと爆豪くんと同じように両腕を後ろにして『爆破』の個性を発動し、実技試験と同じように加速して飛翔する。

 

「4秒95」

 

ゴールにたどり着くとロボットが記録を言う。結果は中学よりも1秒75ほど速くなっていた。爆破の範囲を意図的に狭めたことで多少は速くなったのだろう。

 

分析しながらゴール地点から離れ、再び種目の見物をし始める。次の走者は緑谷くんと髪が葡萄のような玉が無数にある男子だった。おそらくあの髪型は個性の一部なのだろう。

 

スタートの合図を出すと二人は走り出す。個性を発動する様子もなく、二人は普通に走り抜けてゴールした。ほとんど同着のように見える。

 

緑谷の結果は「7秒02」中学の時は7秒48だったので速くなっているが、このテストではみんな個性を使い、大記録を出す。このままでは緑谷くんが最下位になることが容易に想像できた。

 

ブツブツと緑谷くんは何か独り言を呟き始めていた。きっとこのピンチをどう切り抜けるのか思索しているのだろう。何か助言でもしたいところだったが、相澤先生に体育館へ移動するように指示が出されて話しかけるタイミングを失った。

 

 

 

その後の記録はダイジェストで申し訳ないが、こんな感じだ。

 

2種目目『握力』→右42kgw(キロ)、左38kgw(キロ)(個性なし)

3種目目『立ち幅跳び』→3182cm(爆破個性使用、なお爆豪くんはこれの倍以上いった)

4種目目『反復横跳び』→69回(個性なし)

 

はっきり言おう、中学のときより明らかに伸びている。父との10か月特訓の成果が大きいのだろう。あの血のにじむような努力が報われていて少しだけうれしくなる。

 

それよりもクラスメイトの個性が優秀すぎる。握力では腕が複数もつ男子が540kgwと桁違いの記録を出し、立ち幅跳びで爆豪くんをはじめ飯田くんも大記録、反復横跳びでは個性を利用して100回以上の人がいた。

 

おかげで大体のクラスメイトの個性はわかったものの、Copyしたい人を絞りきれていない。困ったものだ。

 

 

 

そして現在5種目目の『ボール投げ』を行っている。

 

「『爆破』!!!」

 

デモンストレーションと同じようにボールに爆風を乗せて投げ込むと「560.1m」の記録が出た。デモンストレーションよりも記録が伸びて満足する。

 

投げ終えると、手の平から煙が出て手が痺れていた。指を動かしてみるとヒリヒリとしみるような痛みが走った。どうやら、これ以上火力を上げるのは無理そうだ。一番使い慣れている個性とは言え、限度を考えなければならない。

 

ちなみにこのボール投げで緑谷くんに話しかけた女子が「∞」をだした。爆豪くんは「705.2m」という才能マンらしい恐ろしい記録を叩き出して、ドヤ顔で私を嘲笑っていた。彼は私を抜かすたびにその顔を向けるが、飽きないのだろうか。それだけ意識されているといえばよいのか、微妙な心境だ。

 

「次、緑谷」

 

緑谷くんが名前を呼ばれて前に出る。ここまで緑谷くんは平凡的な記録しかとれていない。このままでは最下位になる。残る種目は『ボール投げ』『上体起こし』『長座体前屈』『持久走』の4つ、仕掛けるとしたらこの種目しかない。

 

覚悟を決めたかのように息を呑み、緑谷くんは大きく振りかぶる。ボールを離す直前で腕が眩く光った。

 

だが次の瞬間、腕の輝きが失い、投げられたボールは平凡な放物線を描いた。記録は「46m」であった。

 

「な…今、確かに使おうって」

「個性を”消した”」

 

絶望したような表情を浮かべる緑谷くんに対して相澤先生の個性が発動していた。首元の包帯と髪が浮き、目が赤く光っている。包帯が浮かんだことで、首元に隠れていた黄色いゴーグルが現れた。

 

思い出した。見ただけで相手の個性を消してしまう…『抹消』の個性を持つヒーロー。

 

「抹消ヒーロー…イレイザーヘッド…」

 

ヒーロー活動中はゴーグルで素顔を隠しているせいで気づかなかった。

 

イレイザーヘッドは、仕事に差し支えるなどの理由からメディアへの露出を嫌うアングラ系ヒーローで情報が少ない。中学の頃に緑谷くんが少し知っていた程度で世間ではマイナーな部類とされるヒーローだ。

 

合理主義で、メディア嫌いなことは知っているが、その人が担任の先生になるとは…生徒としてもスパイとしても、かなりきつい。

 

心の中で毒づいていると、相澤先生は緑谷くんを捕縛武器の包帯で引き寄せて何か指導をし始めた。その様子を遠目で見ている飯田くんが首を傾げた。

 

「指導を受けたのか?」

「除籍宣告だ…てめぇもそう思うだろ?」

「…なんの当てつけですか爆豪くん」

 

隣にいる爆豪くんから話を振られて私は肩を落とした。その態度が嫌だったのか爆豪くんは鋭く睨まれた。

 

「そもそも、無個性のあいつが入試で合格したことと、てめぇが1位だってことが気に食わねぇ。何か裏があって仕込んだんじゃねぇのか?」

「…え?」

 

意外なことを言われて、私は目を丸くしてしまった。爆豪くんの瞳は焦燥と怒気を帯びていた。

 

自分よりも上の存在がいると焦ってしまうのだろうか。おそらく救助Pの仕組みを知らないのだろう。あれがなければ彼の方が上なのは確実だ。たった一度順位を抜かされただけで気にしすぎると思った。

 

 

それよりも()()()()を彼は知らないのだろうか。

 

 

合格発表の日、私は弔さんと黒霧さん、お父さんに祝われた。寝静まろうと布団に入ったところで緑谷くんから電話が来たのだ。眠いなか、その電話を取ると彼は興奮ぎみに合格したことと、もう一つ私に重大なことを言った。

 

 

『個性が発現したんだ!』

 

 

その一言で、眠気が一気に飛んでいった。個性の内容は早口気味であまり聞き取れなかったが、とにかく超パワーを発揮する個性で、個性が強力すぎるため調整がまだできていないということも聞いていた。

 

てっきり幼馴染の爆豪くんにも話していると思っていた。この様子だと、まったく知らないようだ。

 

「知らないんですか?」

「何をだ?」

「緑谷くんは無個性じゃありませんよ」

「…は? なんだそのクソ情報。個性の発現は4歳までだ。あいつは中坊になっても無個性だった。てめぇも知ってるだろ?」

 

爆豪くんは、こちらに振り返り信じられないといわんばかりに目を見開いた。その態度で確信に変わった。緑谷くんは、私にしか個性があることを伝えていないのだ。

 

だとすれば、緑谷くんは相当爆豪くんに悪いことをしている。私に知らせるくらいなら、彼にも知らせる必要があるはずなのに、どういうわけか言っていないのだから。

 

なんというか、緑谷くんも爆豪くんに苦手意識があるせいで距離の取り方を間違えているようだ。関係がこじれた原因は爆豪くんであるが、緑谷くんにも問題がありそうである。

 

そんなことを頭に浮かべていると、ちょうど相澤先生から指導が終わり、緑谷くんが二回目のボール投げを行おうとしていた。

 

彼はブツブツと何か独り言を言っているようで、投げるのはその独り言がなくなったときだろう。その間に私は爆豪くんに質問をした。

 

「じゃあ、どうして彼はここにいるんですか?」

「だからそれは裏があって」

「では…どうして相澤先生は個性を消す『抹消』を使って、彼を止めたんですか?」

 

その問いに、彼は一瞬固まった。それがどういう意味なのか、理解してしまいそうになったからだ。

 

「彼には…個性がありますよ」

 

私が発言したのと同時に、緑谷くんが動いた。目を大きく開き、腕を大きく振り上げる。先ほどのような腕に輝きはない。その代わりに、ボールに添えている人差し指が輝きだした。

 

 

「SMASH!!」

 

 

次の瞬間、轟音とともにボールがすさまじい勢いで空へ突き進む。あっという間にボールが見えなくなった。

 

それはまるで、空気を貫き、風圧を生み出して近くにいたこちらにまで風がきた。記録は「705.3m」…やっとヒーローらしい記録を出せたのだ。

 

「先生……まだ、動けます…!」

 

涙目になりながら、緑谷くんはこぶしを作って先生に言った。輝いていた人差し指は変色し、かなり腫れあがっている。おそらく指先のみに個性を発動させたのだろう。

 

話に聞いていたが、想像以上の超パワーだ。

それに、まるでアレは……

 

「オールマイトに、そっくり…」

 

この社会にて、個性がダダ被りするケースはある。オールマイトと同じような個性を発現したのなら…彼はこの社会において希望となり、ヴィランにとって脅威となるだろう。ごくりと息を呑んでいると隣にいる爆豪くんが大きく口を開き、体を震わせていた。

 

「どういうことだ、こら! ワケを言えデクてめぇ!!」

「爆豪くん…!?」

 

爆豪くんが爆破の構えをとりながら、緑谷くんに向かって飛び出した。緑谷くんが悲鳴をあげて身を固くしていると、ひゅるりと爆豪くんの背後から顔や胸に何かが高速で巻き付いた。それを引っ張られ、爆豪くんは動けなくなる。

 

「んだこの布は…!? 固てぇ…!」

「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ“捕縛武器”だ」

 

巻き付いていたものの正体は、相澤先生…もといイレイザーヘッドが愛用している捕縛武器であった。しかも『抹消』を使用して『爆破』の個性を封じている。

 

個性の性質上、イレイザーヘッドは捕縛が得意分野のヒーローだ。こうして問題行為を行おうとする生徒一人くらいの拘束は造作もないのだろう。

 

「たくっ…何度も何度も個性使わせるんじゃねぇよ……俺はドライアイなんだ…!」

 

個性『抹消』は相手を見続ければ、個性を無効化することが可能である。しかし、まばたきをすれば無効化の効果は解けてしまう。つまり、目が乾きやすいのだ。個性のデメリットとはいえドライアイになると辛いものだろう。

 

密かに先生へ同情していると、次の種目へ移るよう指示が出された。緑谷くんはそっと爆豪くんから離れてこっちに来た。

 

「大丈夫?」

「な、なんとか…」

 

次の種目の準備をすすめられていく中、指の腫れ具合がよく見れた。それは複雑骨折や内出血をしているかのような…壊れた指をしていた。見ているこっちが痛々しく感じる。

 

「あれが、緑谷くんの個性?」

「うん…まだ調整ができてなくて、危なっかしいんだけどね」

「…確かに、調整できないのは痛いわね」

 

どこかで見たことあるようなデメリットとそっくりだ。本来ならスパイらしく彼に個性の詳細を聞くべきだろう。さらに言うなら、デメリットのことをもっと追究すべきなのだろう。

 

しかし、それよりも私は友達として、とても嬉しくなった。

 

 

「でも…かっこよかったよ」

 

 

無個性と馬鹿にされて、理不尽な差別を受け、それでもヒーローを志して自らの力だけで勝ち取った。

 

私の知らないところでどれだけ努力したのだろう、どれだけつらい思いをしたのだろう。それらを共感することはできないが、乗り越えて個性を手に入れた彼を心から称賛したかったのだ。ほとんど自然に言葉が出た。

 

「まあ…一発撃ったらバキバキになるっていう欠点あるから、それがなかったらもっと良いんけどね。その個性、改善の余地がけっこうありそうだし、それに……って、聞いてる?」

 

なんだか恥ずかしくなって欠点の指摘をしていると、緑谷くんが一向に返事をしてこなかった。気になって顔を上げると、緑谷くんはゆでダコ並みに顔を真っ赤にして耳から煙のようなものを噴き出していた。

 

体温が急激に上昇したように見えるが、これも個性の欠点なのだろうか。

 

「きききき、聞こえてるよ!!」

「機関車みたいに煙出てるけど、それも個性のデメリット?」

「こ、これは不意打ちの天然にやられて…」

「え…?」

「なんでもないです!!」

 

意味不明なことを口走っていたが、緑谷くんは緑谷くんであった。

 

 

 

 

その後…『上体起こし』『長座体前屈』『持久走』では、私は個性なしで乗り切り、全種目を終えた。全員、一旦集合して先生の話に耳を傾ける。

 

各種目の評点を合計した数がトータルとなり、それが順位となる。最下位は除籍される運命だ。クラス全体に緊張が走っていた。口頭で説明せず順位を一括開示された。

 

私の順位は8位であった。自分が最下位じゃないことに安堵し、今度は最下位の名前欄を見る。

 

最下位は……緑谷くんだった。

その結果に緑谷くんは悔しそうに歯を食いしばる。私はその様子を見ていられなくて俯いてしまう。すると、先生が鼻で笑う声がした。

 

「ちなみに除籍は嘘な」

「……はい?」

「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」

「は―――――!!?」

 

まさに騙された大賞に匹敵するほどの演出だった。一部を除いてクラス全体が驚愕の声を叫びあげた。

 

それにしても、生徒の如何が教師の自由だとしても嘘をついて鼓舞するとは斬新だ。すっかり騙されてしまい、力が抜けてしまう。先生は本日の授業が終了したのを告げて、緑谷くんに保健室利用書を渡す。

 

入学初日は個性把握テストをしたことでクラスメイトの個性が判明し、担任の先生の正体もわかった。そして、自分がこのクラスでどれくらいの実力なのも、大体想定することができた。ここまで出来れば上出来である。

 

あとはこれをノートにまとめて報告すれば――

 

「あ、それと狩野」

「はい?」

「放課後、職員室に来い。話がある」

「……わかりました」

 

脳内で予定を立てていたら、呼び出しされた。気力がほとんどないまま了解すると、これまでペアで記録をとっていた上鳴くんが苦笑いをしながら近づいてきた。

 

「入学初日から職員室に呼び出しって、ヤバくね?」

「私、なにかやらかした覚えないんですが…」

「…前科があるだろうが」

 

ボソっと被害者の爆豪くんがツッコミを入れていたが、私はスルーを決め込んだ。

 

 

 

 

教室に戻ってカリキュラムと資料を受け取り、HRを終えた後に相澤先生の後をついていき職員室へきた。

 

室内は普通の高校と変わっておらず、学年や学科ごとに職員たちのデスクが分かれているようだ。壁に備え付けられている棚には教育や学校関連の資料が並べられていた。職員室を見回っていると「キョロキョロするな」と注意された。

 

相澤先生のデスクにつくと先生は椅子に腰かけ、メモらしきものを取り出した。メモを取り出すほど重大な話なのだろうか。

 

「話とはなんでしょうか?」

「入試でモニター越しにお前を見たんだが…0Pヴィランを両断したろ」

「…しましたね。思い切り」

 

脳内で再生したのは、父の個性を使って0Pヴィランを真っ二つにした場面であった。まさか、あの仮想ヴィランの損害がひどいから請求がくるという話なのだろうか、それだったら同じことをした緑谷も呼ばれているはずだ。

 

と、なれば…個性の話をしたいようだ。

 

「一応言っとくが、アレを人に向けるなよ」

「わかってますよ。ヒーローはあくまで法に則り、ヴィランを捕縛をすることです。今回は相手がロボットだったので使用しました。言われなくとも、人には絶対に使いませんよ」

 

現代のプロヒーローは、犯罪を犯すヴィランを捕まえるために個性を行使している。逆を言えば、いくらヴィランとはいえ、人を殺すのは禁止なのだ。それをすればクソな行為とレッテルを張られて最悪、ヒーロー免許をはく奪されてしまうのだ。

 

あの個性について咎めるだけなら教室内でもよかったはずだ。こうしてわざわざ職員室に呼ぶということは、

 

「資料を見たが、お前は個性を盗むことができると書いてある……だからアレは誰かの個性だと俺は思っている」

「そうですか…」

「誰の個性か聞いていいか?」

 

やはり尋問もどきが来た。

 

あれだけ派手に個性を使えばまた尋問されるのは予測できていた。オールマイトのときとはちがって今度は真実を知っている。父親がヴィランとわかってしまえば、私もヴィランなのがバレてしまう。疑いを晴らすために、父からも「誰かに訊かれるかもしれないから」と言って言い訳は用意してあった。

 

嘘をつくのは苦手だ。

だが、これから私は偽り続けなければならない。それが私の仕事で、やるべきことなら、やるしかないのである。

 

「ヴィランの個性をコピーしました」

 

私は相澤先生の質問に答えた。先生はその一言に気怠そうな空気が緊張感を含んだものに変わった。

 

「昔、ヴィランと遭遇しました。あの個性はそのときにCopyしました」

「…なぜそいつがヴィランだと分かった?」

「姿が明らかに悪い感じでしたからね。すぐにヴィランだと認識できました」

「…いつどこで遭遇した?」

「あれは5歳くらいでしたから…10年ほど前だと思います。そのとき、家の近くの路地裏で見たような……父とはぐれて迷子になっていたときに遭遇しました」

 

メモを書き留めていた先生の手が止まる。どこか違和感があったらしい。

 

「ヴィランがいたなら、逃げるなり大人を呼んで助けを求めることを学んでいるはずだ。なぜそれをしなかった?」

「あのヴィランは、私に危害を加えませんでした。だから、大丈夫だと思って…それに、個性がカッコよかったのを鮮明に覚えています。だから私はアレをコピーしたのだと思います」

「………なるほどね」

 

一応納得したのか先生は話をつづけた。

 

「…ヴィランの容姿は覚えているか?」

「目元は黒いマスクをして…口元は変なお面みたいなものをつけてましたね。それがどうかしました?」

 

とぼけて首をかしげると、先生はため息をついて「なんでもない」と言う。それ以上は言及せず、尋問が終わった。

 

「悪いな。少しお前の個性に興味あって…時間をとらせてすまなかった」

「いいえ。普通、あんな危険な個性ある生徒を放っておけませんよ。相澤先生の判断は正しいです」

「…そうか。もう帰っていいぞ。おつかれ」

「はい、失礼しました。相澤先生、さよなら」

「ん。さよなら」

 

深く礼をして職員室から出ていく。もう一度礼をしてドアを閉めると玄関のほうへ歩き出した。

 

父から用意された言い訳は三つ

『コピーした個性はヴィランの個性であること』

『10年前に遭遇したこと』そして『ヴィランの容姿の特徴』だ。

 

その三つを言えば大丈夫だと父は言っていたが、果たしてアレでごまかせたのか分からない。あの嘘を信じてくれたなら、あの個性の説明しなくて楽である。今後は、あの個性を控えたほうがよさそうだ。

 

「ノート…つくんなきゃ」

 

尋問を終え、今回の体力テストで視たクラスの個性を整理するために、私は駆け足で帰路についた。

 

 

 

「10年前…口元は面、目元はマスク…そして両腕が刃物に変化するヴィラン……あいつしか思い当たらねぇな」

 

狩野忍に軽い尋問を終えた相澤消太はデスクで肩を落とした。

 

彼女を放課後、職員室に呼び出したのは入試で0Pヴィランを倒したあの個性のことを直接聞くためだった。資料によれば、彼女の個性は『シーフ』。体力、物、そして個性を盗む個性である。

 

本日の個性把握テストでは爆豪の『爆破』のみ発動していた。他にストックしてある個性も見ておきたかったが、テストの内容に合理的だったのは『爆破』だけだったということだろう。

 

彼女もまたヒーローの卵で、無限の可能性を秘めている生徒である。将来を導く立場の教師として彼女の成長や未来を見届けなければならない。

 

 

それよりも、嫌な予感が的中してしまった。

 

 

目薬を点して一旦落ち着く。教師に普及されているパソコンにインターネットをつなげて、ある名前を打ち込むと古い映像と警察庁が運営するHPサイトの一部、『指名手配者の一覧』にヒットした。相澤はヒットしたリンクをクリックする。

 

そこには警察庁が公表する犯罪者の顔写真、ヴィランネーム、本名、身長、犯罪歴などが載っていた。マウスを操作してスクロールしていくと、目元には黒いマスクに、口元には甲冑で作られたような面の男が映し出された。

 

相澤はため息をついて頭を掻いた。

 

「どうしたもんか…」

 

狩野の資料を改めてみているとノックもなしに職員室のドアが開く。振り向くとそこには業務を終えて少し疲弊した様子のプレゼントマイクがいた。マイクは相澤の存在に気づくと疲れた様子を隠すように姿勢を正して大きな声を上げた。

 

「ようイレイザー! 浮かない顔してどうした? 浮かない顔がさらに浮かない顔になってるぞ!」

「もとからこんなんだ」

 

相澤とマイクは同期で友人関係である。性格が正反対なためか仲良しなのが意外だとよく言われる。マイクは相澤の近くにくると資料を見て「Oh!」とオーバーなリアクションをして指さした。

 

「それ入試一位の狩野じゃん! すごかったよなあの真っ二つにした個性! あれはシビィだったぜ! 緑谷とは違った爽快感があって最高にCoolでよ。思わず」

「なあ、マイク」

「人がしゃべってるのに水差すのかよ。空気読めよイレイザー」

「『武蔵』は知っているよな?」

 

マイクの喋りを中断させて、相澤は投げかけた。マイクは眉を歪ませて、真剣な顔つきになった。

 

「ひと昔前にいた凶悪ヴィランだろ? 20年前に突如現れて裏社会の人間を容赦なく斬っていく…斬り裂き魔だったか?」

「ああ。殺す人間は決まって裏社会の人間。それも極道集団の幹部やブレーンのみを標的にしていた。一時はヴィジランテの一員だと思われ、裏社会のヒーローと呼ばれたな」

 

ヴィジランテとは、法律に依らず自発的に治安活動を行う者のことであり、いわゆる自警団である。この超常社会の黎明期はプロヒーロー制度が確立されていなく、ヴィジランテが犯罪を取り締まり、ヒーローの原点となった非合法ヒーローである。

 

しかし、法制が確立された現在では、私的な自警行為そのものが犯罪である。つまり、ヴィランの変種的扱いとなるのだ。それゆえヴィジランテの人口は劇的に減り、今や化石と同じ希少な存在となった。

 

武蔵は、ヒーロー免許を取得しておらず裏社会に粛清するダークヒーローと、もてはやされた経歴を持つ。そのため人々からは支持され、ヴィジランテと呼ばれていたのだ。

 

だが、それだけの経歴だけではない。彼が有名になったのは”12年前の事件”であった。

 

相澤は喋りながら、今度は動画サイトを開く。再生されたのは、当時の”ある事件”についてのニュース中継の一部であった。

 

現場とみられる市街から離れた森の入り口には警察が取り囲み、ブルーシートで目隠しされていた。アナウンサーはそこから引いた場所でアナウンスをした。

 

 

『今月29日、賦千夏(ふちか)市の森にてヴィラン大量虐殺が起きました』

 

 

動画はアナウンサーが話した内容を下に字幕が表示され、見やすいようになっていた。そのニュースをきっかけに畳みかけるようにして情報が伝えられていく。

 

『現場は無残なこととなっており、木々が一掃されたかのように平地となったといいます。警察によると、この事件で死傷したヴィランは20名以上、重傷者1名を除いてその場にいたヴィランは死亡したといいます。警察は重傷者の容態が落ち着き次第、事情聴取をするということです』

 

 

『速報です。ヴィラン大量事件の犯人が特定されました。先ほど、事件に巻き込まれたヴィランに事情聴取をしたところ、犯人の特徴から武蔵というヴィランが犯人と断定しました』

 

 

『武蔵は、8年ほど前から極道団やヴィラン組織を斬ることで有名なダークヒーローでした。その正体は謎に包まれ、熱狂的なファンや一部では信者がいるといわれています。警察は調査を進め、さらに事情聴取を進めていくようです』

 

 

『速報です。先月起きたヴィラン大量虐殺の被害者の中に、ヒーローがいることが判明しました。繰り返しお伝えします。先月起きたヴィラン大量虐殺の被害者の中にヒーローがいることが判明しました。警察が現場に残された遺留品を調べたところ、ヒーロー免許が現場にあったそうです。このヒーローは、先月29日から行方不明となっていたそうです。警察はこのヒーローの事件発展までの足取りを早急に調査を進めるようです』

 

 

画面が切り替わり、今度は賦千夏市の住民へインタビューされている様子が映し出された。

 

『がっかりです…ファンだったのに……』

『ヴィランだけならともかく、ヒーローを殺すのはダメっしょ。ヴィランは結局ヴィランだったってことか』

『ダークヒーローの正体が悪人だったなんて今どき珍しくないと思います。なにがあったのか知りませんが、一般人を巻き込むのはやめてほしいですね』

『しかも犯人が逃亡中って…早く捕まえてください! こんな恐ろしいヴィランがいたら、寝られません!』

『……彼は、大馬鹿者ですね』

 

インタビューに答えた者は落胆、軽蔑、冷淡、憎悪、悲哀といったさまざまな反応があり、どれも世間の本音を暴露されているような内容であった。

 

インタビューの映像が切り替わる。不吉なBGMが流れ、当時武蔵の容姿を偶然撮れた一枚画像とともに武蔵の経歴が表示された。

 

その画像に切り替わったところでマイクが口を開いた。

 

「噂じゃ現場を血の海に変え、嬉々として次々と相手を斬り刻んだって話だったな。まったく…胸糞悪い話だぜ」

 

マイクは相澤と違い、感情が出やすい。不快に思った内容に舌打ちをして、乱暴に自慢の髪をかいた。相澤はその様子を横目に話を続ける。

 

「その後は2年ほど消息不明になるも、活動を再開したのか10年前から時折用心棒として活躍するなどの目撃情報が出た。人を殺めて金を稼いでいたのかとか、根の葉もない噂まで流れた。まあこれは、あくまでネットの意見だから真実かどうかは分からないがな」

 

事件後、武蔵の足取りをつかめず、手を焼いていた。そんなときに武蔵が悪の味方をしたと時々目撃情報が寄せられた。警察はその組織を調査するなどの対策をしたが武蔵らしき人物はいなくなっているという。

 

このことから警察は武蔵が活動を極道に移転し、悪事を働いていることで指名手配犯となった。現在もこうして逃走を続けているという。

 

「けど…武蔵の目撃情報はこの5年間一切無くなったろ。どうして今その話をするんだ?」

「狩野が、過去に武蔵と接触をした可能性が高い」

「…なんだって?」

「特徴を聞いたが、目撃情報の武蔵と一致する…入試で見たあの個性の正体は、武蔵の『刃化(ブレード)』だ」

 

個性『刃化』

その名の通り、腕を刃に変化させる個性。詳しいことはわかっていないが、一振りすれば家屋やコンクリート製の建物も真っ二つにできる強すぎる個性である。

 

彼女は悪くない。当時5歳ならば個性も発現したばかりでコントロールが困難で、近くに親や大人がいなかったせいで個性を模倣してよいのか判断もつかなかったのだろう。そのせいで10年経った今でもあの個性が使えるようになっている。

 

あの様子ではコピーをした相手はヴィランの認識はしているものの、そのヴィランの正体が大物だということに気づいていない様子だ。本人のためにもあまり言及すべきではないだろう。

 

それにしても厄介な生徒を引き受けてしまったのかもしれない。と相澤は思った。

 

「本人曰く、邂逅したのは10年前くらいだ…おそらく武蔵が用心棒として活躍していた期間に接触をした」

「…狩野となにか、あったってことか?」

「かもな……まったく、今年の担当クラスは世話の焼ける生徒がたくさんいそうだ」

 

相澤はそう言って、サイトを閉じた。




父親について
世間やヒーローから見たヴィランとしての父親はこんな感じです。
ひどい経歴をもっています。これの詳細をかくのはすごく先になると思います。全てがわかるまで時間かかります。ご了承ください。
※武蔵はヴィランネームです。本名じゃありません。


時間軸のまとめ
20年前
武蔵登場、当時は極悪人のみ手を下すダークヒーロー的な存在であった。

12年前
ヴィラン大量虐殺事件の犯人と断定される。その後2年は消息不明となる。
ちなみに賦千夏市はオリジナル地名です。某ゲームの惑星が元ネタ。

10年前~5年前まで
ヴィランや極道の用心棒として時々目撃される。ヒーロー界で存在が恐れられる。これを受けて警察は指名手配犯と認定する。

ここ5年間
活動休止したのか目撃情報なし。行方不明となる。

どうして彼は事件を起こしたのか。どうして彼がヴィラン連合にいるのか。どうして彼が娘を無理やりヴィランにしたのか。そもそも彼は何者なのか。

少しずつわかっていくので楽しみにしてください。



余談
ふと思ったんですが、この小説に恋愛要素って需要ありますかね?
今まではそういった描写を意識して執筆していませんでしたが、客観的に見て「あれ?」という場面がところどころあったので、いっそ意識して書いたほうがいい? でもこの作品の需要あるか? と迷っています。

活動報告にてアンケートをとっています。物語に大きく関わるのでできるだけ多くの読者の方に協力していただきたいです。おねがいします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動報告12 苦笑いしました

お気に入り登録・感想・評価、そして誤字脱字報告ありがとうございます。


今回は主人公と爆豪くんの出会い話と、ほんの少しだけ爆豪くんが主人公をどう思っているのかわかります。


※主人公は……機嫌悪いとあんな感じです。はい。
※原作キャラについて自己解釈・捏造している部分があります。ご注意ください。



「…こんなもんかな」

 

帰宅後、私はクラスメイトの個性についてノートにまとめていた。個性把握テストで大方の個性はわかったが、性質上体力テストに向かなかった個性の生徒もいるらしく不明な人もいた。

 

整理していくうちに、Copyしたい個性もいくつか見えてきた。ただ、もう少し情報が欲しい。もっと詳細がわかれば完成度が上がる。ぼんやりとした情報だけでは発動できない場合もあるのだ。ノートをつくっていると肩がこり、眠気が襲い掛かってきた。スマホで時間を確認すると、時刻は0時を回っていた。どおりで眠いわけだ。

 

「寝なきゃ…」

 

休憩して夕食を食べたり、銭湯に行ってお風呂は済ましていたが、短期間に先生を含めたクラス全員分の個性を書き上げたのは初めてだったため、時間が過ぎているのに気づかなかった。

 

もっと書きたいことがあったが、今日は重要な授業を受けるためこれ以上睡眠時間を削るのはキツイ。

 

「『すいません。学校が終わったら続きを書きます』と」

 

黒霧さん宛てに連絡を書くとちゃぶ台を部屋の端に寄せて布団を敷く。布団にもぐると私はそのまま眠った。

 

 

 

本格的な授業が開始された。ヒーロー科最高峰の雄英高校とはいえども、生徒の本業は勉強である。ヒーローらしいことをする前に普通の生徒として普通に授業は受けるのだ。

 

午前は必修科目の英語・現代国語・数学・公民の授業をした。なお、ヒーロー科の授業は主にプロヒーローが受け持っており、英語ではプレゼントマイクがテンションを激しく上下しながら授業をしていた。

 

昼は大食堂でクックヒーローのランチラッシュが作る一流の料理を安価で頂けた。そのときに緑谷くんと飯田くん、それと昨日緑谷くんに話しかけてボール投げで∞をだした女の子、麗日(うららか)茶子(ちゃこ)さんとお昼を食べた。

 

「いつから3人は仲良くなったの?」

 

私は麗日さん同じ和食を注文して食事している中質問をすると隣の緑谷くんが照れ恥ずかしそうに喋った。

 

「体力テストのあとに駅まで一緒に帰ることになって、そこから…」

「それに入試時に同じ会場でな。そこで気が合ったと言ってもいい」

「うんうん! あの粉砕パンチすごかったよ!」

 

そういえば、合格発表された日に電話されたときを思い出す。そのときに女の子が倒れていて必死に助けようと思ったら個性を発動して助け出せたと言っていた。

 

そしてその女の子が麗日さんだったという。なんという偶然だろうか。飯田くんも昨日入試について言っていたので3人とも同じ会場だったのは間違いない。

 

知らないところで友達が活躍しているのを知って思わず口角が上がってしまう。ついでに少し緑谷くんをからかいたくなった。

 

「そのときの緑谷くんの様子聞かせていただいていいですか?」

「ちょ、狩野さん!?」

「え? デクくん話してなかったの? もったいないよ自慢しないと!」

「そうだ。自分のやり遂げたことを親友に伝えないでどうする?」

 

デクくんとは緑谷くんのことである。爆豪くんがつけた蔑称だということを緑谷くんは話したらしいが、麗日さんが『がんばれって感じで好き』と発言したことから緑谷くんは「デクくん」呼びは良いらしい。本人曰くコペルニクス的転回だったという。

 

「さ、散々話したじゃないか。何度も聞くことになるし…」

「第三者から見て緑谷くんが活躍したところの意見を聞きたいの。いいじゃない少しくらい」

 

そう言うと羞恥や困惑が入り混じった表情で緑谷くんは目をそらす。その一方で飯田くんと麗日さんが入試時を思い出したのか、そのときの様子を細かく説明しながら興奮気味に解説し始める。

 

飯田くんは緑谷くんが受験者の中で最もヒーローらしい行動に出て感激したことを、麗日さんは自分のために敵Pを諦めることになって悔やんだことや0Pヴィランを倒したとき、とても緑谷くんが凄かったことを話してくれた。

 

中学の頃じゃ考えられない光景にニコニコとしてしまう。二人の熱弁を聞いていると、耐え切れなかったのか緑谷くんが大声をあげた。

 

「そういえば! 体力テストの狩野さんも凄かったね!」

「そうだな、狩野くんも素晴らしかったぞ。入試一位に加えて、テスト開始直前で皆がやる気になるよう演説で鼓舞をした。とてもじゃないが普通できないぞ」

 

急な話題転換にも関わらず飯田くんが切り返してきた。うまく話を逸らせた緑谷くんはほっとした様子で肩を落とす。対照的に私は突然の話題にびっくりして肩が跳ねてしまう。

 

「そんなことないですよ。内心、けっこう緊張して途中で自分で何言ってるのかわからなくなりましたし…」

「そうだったのか!?」

「えぇ!? 全然そう見えなかったけど…」

「全く気づけなかった…! 狩野さんのことだから余裕たっぷりかと思ってた…」

「アンタら、どれだけ私のメンタルが強靭だと思ってるんですか?」

 

私の言葉に3人とも驚いていた。飯田くんと麗日さんはともかく、長い付き合いの緑谷くんも私の内心に気づいていなかったのはショックで思わず口調が乱れてしまった。

 

「常に冷静沈着に見せることもヒーローの素質になる。ああいった落ち着いて行動してみせるリーダーシップは大切だからな」

「うん! 狩野さんすごかったよ!」

「あはは…ありがとうございます」

 

どうしよう。この子たちものすごく無邪気な目をしてすごく私のこと過大評価している。いい子たちすぎて眩しい。味噌汁を持つ手が震えてきた。

 

緑谷くんはいい友人を見つけたようだ。友達としては嬉しいが、自分の立場のことを考えると色々複雑だ。出汁のきいている味噌汁を飲み、心を落ち着かせていると麗日さんは首をかしげていた。

 

「そういえば狩野さんとデクくんって、どう仲良くなったん?」

「ヒーローノートを見せ合ったら仲良くなりました」

「ヒーローノート?」

「僕と狩野さんがその…ヒーローが大好きで、好きすぎてオタク的というか」

「それでヒーローの分析ノートをつけてお互いのノートを見せて、内容について議論する…みたいな感じを繰り返していくうちに仲良くなりました」

「なるほど。お互いの考えを出し合って分析力を高めあってるのだな」

 

小声になりながら緑谷くんは答えた。私の場合、仕事上ノートをつけていただけだが、緑谷くんに合わせるために好きだと言うことにしている。実際はそこまで好きではないが、嫌いでもない。

 

だが、それが嘘だとバレると今後の活動に支障をきたす。話を合わせていると再び麗日さんが首をかしげた。

 

「じゃあ、爆豪くんとはどうやって仲良くなったん?」

 

その言葉にピシリと緑谷くんと私は箸を止めた。

その不自然な静止した動作に2人は不思議そうに目を丸くした。私は頭の中で出会った時を回想して、頭を抱えた。

 

簡単に言うと、私はクズ父親のことでイライラしているときに、緑谷くんと絡んでいる爆豪くんと出会って、八つ当たり同然で下着を盗み、激怒した爆豪くんに「ざまぁ」的なことを口走って地獄の鬼ごっこが開催した。

 

なんとか逃げ切った後に下着を返し忘れたことに気づいて、翌日爆豪くんに教室に行ったらこの世の終わりを待つような絶望顔をしていた。私の軽薄な行動ですごく落ち込ませてしまったのである。

 

最低である。

 

八つ当たりで下着を盗むあたり狂気の沙汰でしかない。しかもあの人の性格を知らなかったとはいえ「ざまぁ」はない。マジで頭おかしいし、人として最低だと思う。さすがにあの表情を見て罪悪感に押しつぶされそうになり、土下座をして下着を返した。そのとき会話をしたら彼が繊細なことに気づき、本当に罪悪感で死にそうになった。

 

もう2度としないと言うとなぜかブチギレられて、再び鬼ごっこをした。後で事情を聞くと負かされたのが悔しいので、完璧に勝利するまでやってこいと言われた。

 

そのときは彼が勝利に貪欲なんだか、彼に開いてはいけない扉を開かせてしまったのかよく分からなかった。

 

それ以降は、彼が執拗に緑谷くんに絡んできたとき限定で私が下着を盗んで爆豪くんがそれを追いかけるのが、恒例行事となってしまった。

 

会話も時間がたつにつれて増えていき、今では会話のドッジボールが可能になるほどの良い仲だと私は勝手に思っている。彼はそれをどう思っているのかは知らないが、悪い印象はないだろう。たぶん。

 

超簡単にまとめると「爆豪くんの下着を盗んで追いかけっこをしていくうちに仲良くなった」のである。

 

うん……改めて見ると意味不明だし、客観的にみても文面が危なすぎる。絶対に言えるわけない。私にとっても爆豪くんにとっても黒歴史でしかない出来事を開けっ広げにするのはよくない。

 

私は二人に満面の営業スマイルをした。

 

「企業秘密なので教えられません」

「「キギョーヒミツ!?」」

「なんでそう誤解されるような言い方するのかな狩野さん!」

「企業とは!? 一体、どこの企業なんだ!?」

「デクくんは知ってるよね!? 狩野さんは爆豪くんに何をしたの!?」

「え!? あーえっとその…」

 

飯田くんと麗日さんが汗をかきながら必死に尋ねてきた。話を振られた緑谷くんは高速で目を泳がせて冷や汗を大量にかいていた。そんな彼に笑顔の威圧をかけると、苦渋の選択を迫られた彼は顔を真っ青にして俯く。

 

「ごめん! かっちゃんのためにもそれは言えない!!」

「どういうことだ!? なぜ言えないようなやり方で仲良くなったんだ!?」

「い、色々あったんですよ本当に」

「その色々が意味深で怖いよ!? 逆に知りたい!」

「ダメです。絶対にダメです」

「断固拒否された!?」

 

そんなことを話していると昼休みが終わる5分前の予鈴が鳴り、私たちは急いでご飯を食べて教室に駆け込むことになった。

 

 

 

 

そして午後は…ヒーロー科にしか実地していない『ヒーロー基礎学』が始まった。

 

「わーたーしーがー! 普通にドアから来た!!」

 

今期から教師となったオールマイトは銀時代(シルバーエイジ)のコスチュームに身を包み、本日この授業の担当となった。お決まりのセリフにアレンジを加え、高笑いをしながら教室へ入る。

 

オールマイトを初めて見た生徒たちは歓喜に満ち溢れていた。オールマイトは銀時代のコスチュームで登場し、気合が入っているように見える。

 

このヒーロー基礎学はヒーローの素地を作るために救助訓練、戦闘訓練などの様々な訓練を行う課目であり、単位制をとる雄英高校の中で最も多い単位がもらえる。その名の通り、ヒーローとしての基礎が学べる課目なのである。生徒にとってこの課目が一番楽しみにしているといっても過言でない。

 

教卓の前に立ったオールマイトは『BATTLE』と書かれた札を掲げた。

 

「早速だが、今日はこれ! 戦闘訓練!!」

 

戦闘訓練…ヒーローは常にヴィランと対峙する。個性を使ってヴィランを捕縛する仕事であるがゆえに戦闘は避けられない。そのため戦闘スキルはヒーローにとって欠かせない技術でもある。とはいえ、初めてのヒーロー基礎学で戦闘訓練を用意するとは、思わなかった。

 

「そしてそいつに伴って、こちら! 入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』にそってあつらえた……戦闘服(コスチューム)!!」

 

オールマイトが指をさすと、壁から出席番号順に並べられたコスチュームがしまってあるケースが出現する。高揚感が高まり、クラス全体の空気がビリビリと痺れていった。それぞれ自分のものを受け取り、全員更衣室に向かった。

 

 

 

 

雄英が管理するグランドはそれぞれ『グランドα』『グランドβ』など名前が付けられており、そのモデルは別々に市街地や工場地帯など様々なシミュレーションを行える便利な施設となっている。

 

今回、私たちA組が使用するところはグランドβ。建物の多い市街地をモデルにしたところである。

 

「恰好から入るってのも大切なことだぜ少年少女! 自覚するのだ! 今日から自分はヒーローなのだと!!」

 

その出入り口でオールマイトは待っていた。オールマイトの声を合図に全員グランドに入っていき、各々のコスチュームを披露していった。一番最後に出てきた緑谷くんはエメラルドグリーンを基調としたシンプルなデザインに、頭部にはウサギの耳のようなマスクをしたコスチュームだった。その姿を見て思わず指摘してしまう。

 

「それオールマイト?」

「わ、わかる?」

「うん。わかりやすいからね」

 

特に、フードの部分がわかりやすい。憧れのヒーローの姿をマネしているその様子は緑谷くんらしかった。

 

「狩野さんのコスチュームは……忍者かな?」

「ええ。動きやすくて和風な感じでって要望したのよ」

 

ここで被服控除について話そう。

 

雄英高校入学前に身体情報とデザインなどの要望を提出する。学校専属のサポート会社が最新鋭のコスチュームを用意してくれるという素敵すぎなシステムである。

 

私のコスチュームはノースリーブの黒い和風の軽装な上着、特殊素材で作られた体温調整が可能なシャツを着込み、下には黒い和風の裾絞りパンツに、けが防止の膝あてをしている。口元は忍者を意識して通気性がいい赤と黒が混ざったような色のマスクをしている。

 

私のコスチュームは主にCopyを使うことを想定している。様々な個性を使う予定なので基本的な型がない。そのため個性を生かす要望はしていない。個性のストックが集まってから再び要望を出して改造していく予定なのだ。今回は見た目重視の個人的好みの格好となった。

 

緑谷くんはじっと私のコスチュームを見て、目をキラキラしながら笑った。

 

「似合ってるよ! No.5ヒーロー、エッジショットみたいでカッコイイ!」

「…やっぱり、そうくるのね」

 

エッジショットとは『紙肢』という自身を紙ぺらのように細く薄く、さらに伸ばすことができる個性を持つヒーローである。コスチュームは私と同じ忍者を意識したもので、個性を使う際に『忍法』と叫ぶことが多く、子どもから支持を得ている人だ。

 

ヒーロー好きな緑谷くんにとってはこれ以上にない褒め言葉であろうが、自分の立場を考えるとヒーローみたいでカッコイイは微妙な心境になる。

 

「ありがとう。微妙に嬉しいわ」

「び、微妙なの? エッジショット嫌いだったっけ?」

「ううん。色々複雑なのよ」

 

曖昧なことを言って誤魔化すとオールマイトから集合の声が聞こえた。一箇所に集まるとオールマイトはキビキビと動き始める。

 

「本日は屋内の対人戦闘訓練さ!」

 

オールマイトの話曰く、ヴィラン退治において野次馬が目撃しやすい屋外よりも統計的に屋内の方が凶悪ヴィランの出現率が高い。その屋内では監禁、軟禁、裏商売などの悪事が行われているというらしい。

 

この超常社会において人身売買などの裏商売はあるらしい。珍しい個性であればその人物は高値で売られてしまうという。嫌な話であるが、それがこの社会の闇の部分でもある。

 

ため息をついていると話の区切りがついたのか、クラスメイトが一斉にオールマイトに質問していた。

 

「勝敗のシステムはどうなります?」

「ぶっ飛ばしていいんスか?」

「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか…?」

「このクラスは21人ですので分け方が気になります。どのような分かれ方をすればよろしいですか?」

「このマントヤバくない?」

「んんん~~聖徳太子!!」

 

頭をうならせて戸惑うオールマイトに、同じような経験をした私は密かに同情した。

 

オールマイトの話をまとめると以下の通りだ。

・制限時間は15分。

・基本的に二対二で行うチーム戦をする。

・チームは「ヒーローチーム」と「ヴィランチーム」に分かれる。

 

・それぞれ持ち物として、チームメイトと連絡がとれる小型無線、建物の見取り図、捕縛道具の確保テープが支給される。

・建物内には今回の訓練で重要なハリボテの「核兵器」が置かれている。

・ヴィランチームは建物内で待機、ヒーローチームは外からスタートする。なおヒーローチームには核兵器の場所は知らされない。

 

勝利条件はチームによって異なる。

・ヒーローチーム→「核兵器をタッチして回収」もしくは「ヴィランチームを捕縛」

・ヴィランチーム→「核兵器を制限時間まで守り抜く」もしくは「ヒーローチームを捕縛」

 

 

わかりやすく言えば「立て篭もりをするヴィランと潜入することになったヒーローのシミュレーション」を想定した訓練だ。

 

設定がアメリカンで、オールマイトがそういったものが好きなのがよくわかった。念のため後でノートに書いておこう。ちなみにチーム分けのついてはくじ引きで決めることになった。

 

「クラスが21人だからどこか一チーム、三人にするよ! ハンデかもしれないけど、こういった対人戦闘訓練ではいい勉強になるからね」

 

初めのくじで三人チームをどこにするか決め、そこから次々と出席番号の書かれたボールが引かれてチームが形成されていく。全員分が引き終わるとそれぞれチームごとに集まった。

 

私は、3人チームのHだった。くじ引きの結果水中メガネのようなゴーグルを額にかけ、黄緑色のアンダースーツを着込んだ梅雨ちゃんと、真黒なマントに身を包んだカラスのような顔をした小柄な男子がチームメイトとなる。

 

「あら忍ちゃん。同じチームね、よろしく」

「よろしくお願いします。梅雨ちゃんと…あなたは……」

常闇踏陰(とこやみふみかげ)だ。よろしくな狩野」

「はい。よろしくお願いします」

 

会釈をして挨拶すると、今度は黒と白に分かれた対戦カードを決めるくじが引かれる。

 

「最初の対戦相手はこいつらだ!」

 

 

ヒーローチーム

Aチーム、緑谷くんと麗日さんペア

 

ヴィランチーム

Dチーム、爆豪くんと飯田くんペア

 

 

最初の対戦が決まった。どうやら運命の神様は、この二人の対決を見たいらしい。

 

…これは、最初から大注目の試合になりそうだ。

 

私はゴクリと息を呑んだ。

 

 

 

 

爆豪勝己は苛立っていた。

 

緑谷チームに奇襲を仕掛けたが、動きを読まれて躱され、背負い投げをされて緑谷相手に背中を強打した。追い込もうと立ち上がり、再び攻撃を仕掛けると確保テープを利用した戦法をされ、またもや躱された。その上で緑谷と同じチームの女子と緑谷は分かれて逃げたのである。

 

彼は生れながら天才で、幼い頃から同級生の子どもよりも賢く、運動神経もよく、とにかくなんでも出来る才能があった。

 

なんでも1番になれる自分が特別で、どんな相手であろうが必ず勝利する…より優れた強者なのだと自覚したのは個性を発現した齢4歳の頃だと記憶している。

 

そして爆豪にとって緑谷は大事な指標でもあった。緑谷は自分の後ろに必ずいる弱き者であり、自分がいなきゃ何もできないザコで出来損ないの無個性である。

 

つまり、1番の落ちこぼれで弱者であり、道端の石ころ同然の人間であった。

 

彼よりも優位でなければ、自分は優れた人間ではない。弱者なくせに自分を助けようとしたあの橋の出来事で、よりその思いが強くなった。

 

それなのに、緑谷は自分が知らないところで個性が発現していた。しかも自分に劣らないほどの派手で強力な個性。アレを見たときから爆豪のなかにある強者の定義が崩れ去り、堪忍袋がブチ切れていた。

 

「なんで使わねぇ…舐めてんのか? デク…」

 

その緑谷と対戦することとなり、この戦闘訓練で自分が上なのだと証明できる場と思っていた。しかし、肝心の緑谷から個性を使う意思を感じられない。個性を使わないでここまで自分と戦闘行っているのである。

 

ここまでの立ち回りで個性を使用しなくても勝てる自信があるからなのかという、疑惑すら思い浮かんだ。あんな個性を隠し持ち、自分を騙しておいていい身分だと思えてきた。

 

彼には全力でぶつかってきてほしかった。あの個性を制して、自分の方がはるか上なのだと証明するために、彼には本気を出してもらわなくては困るのだ。

 

いつからだろうか、彼が自分にここまで反抗するようなったのは。

一体いつから、彼が石コロのくせに自信をつけたのだろうか。

 

 

『彼には…個性がありますよ』

 

 

ふと、緑谷といつもつるんでいる少女の言葉を思い出した。少女の名前は狩野忍、大抵のものを盗めるヴィラン向きの個性を持つ少女だ。その彼女は体力テスト時にはっきりと緑谷が個性があることを言及していた。

 

どうして無個性なはずの緑谷とつるんでいたのか、ずっと彼女に疑問を抱いていた。だが、事前に彼女が緑谷の個性を知っていたならば説明はつく。彼女は自身の個性であるCopyを行うために緑谷に近づいた。おそらく彼女はすでに緑谷の個性をCopyしてあるのだ。

 

そう考えると妙に爆豪はすっきりとした。

思えば、彼女の存在は本当に気に食わなかった。

 

『なら、いつか私がピンチになったら助けてください』

 

あの事件のあとには訳のわからない約束を取り付けてきて――

 

『掴まって!』

 

あのときの緑谷と同じように、自分に手を差し伸べてきた――

 

 

『ざまあみろ。クソガキ』

 

 

―― 初めて自分に、明確な敗北を味合わせた…気に食わない存在。

 

脳裏に初対面で彼女に言われた侮辱的な言葉と、蔑んだ瞳が鮮明に再生される。あのとき受けた屈辱は生涯忘れることはないだろう。どんな形であれ、あのとき自分は負けてしまったのだ。

 

そこまで考えて、爆豪はある推測が思い浮かんだ。

 

そうだ。

彼女と出会ってから緑谷は変わっていった。

 

あの二人が自分に緑谷の個性を話さなかったのは手を組んで自分を謀るためだった。そうでなければ、わざわざ体力テストであんなことを言うはずも、入試一位であることも隠す必要もない。

 

 

すべては、心の中で蔑視して自分を嘲笑うために。

 

 

途端に胸糞悪い負の感情が沸き上がる。それをこらえるように歯ぎしりしながら曲がり角を曲がると、緑谷の背中が見えた。

 

籠手が赤く光り、鈍い音が発生する。これはノーリスクで最大火力の爆破できる合図だ。要望通りの設計ならば、これのトリガーを引き抜けば爆発的な威力を生み出して相手に攻撃できる仕組みとなっている。

 

その音に気付いた緑谷は構えをとりながら振り向いてきた。その顔つきは今まで見てきた自分に逆らわず、オドオドとしたものではない。怯えているものの、真っすぐな目で自分と対峙していた。爆豪は唇をかみ、尋ねた。

 

「てめぇ、クソ泥とグルになって俺を騙してたんだろ?」

 

その問いかけに、不意打ちだったのか緑谷は口を開けてしばらく黙っていた。

 

「なに、言ってんだよ? 今、狩野さんは関係ないだろ…なんで狩野さんが出てくるんだよ?」

「しらばっくれんな!!」

 

緑谷は震える声で疑問を投げかける。冷静さを欠き始めた爆豪にはその様子が、しらを切る演技にしか見えなくなっていた。

 

「てめぇが無個性じゃないこと、あいつは知ってたんだろ!? てめぇがあんな派手な個性を持ってて、アレを使って入試も合格したことも知ってたんだ! だからあいつはてめぇなんかとダチになった!」

「……は?」

「なぁ、教えてくれよ…あいつは、俺をどんな目で見下していた? あいつは裏でどんな風に俺を」

「違う!!」

「なにが違うんだ!? ああ!?」

 

爆豪が言いかけてところで緑谷は首を横に振って否定した。ますます爆豪は激昂する。

 

一方、緑谷は幼馴染の言葉を聞き、腹が立っていた。

彼女と仲良くなったのは個性の有無ではなかった。お互いの趣味から発展した友情だ。無個性の自分に親切にしてくれた大切な友達を中傷されて我慢がならなかったのだ。

 

 

「狩野さんは君のこと、決して見下してなんかいない!!」

 

 

否定すると脳内にある映像が瞬時に再生された。

そのときフラッシュバックしたのは、受験期のときに帰り道で彼女に爆豪のことを聞いたときであった。

 

『かっちゃんのこと、どう思ってる?』

『爆豪くんのこと?』

『うん。実際、どう思ってるのか気になって…』

『んー………友達であって、ライバルであり、超えるべき壁かな』

『意外だ…』

 

彼女は目を丸くして視線を空に向け、唇を尖らせてしばらく思案した後に口を開いた。あっさりとした答えに緑谷は意外性を感じた。友達は彼女の様子からして予測できていたが、ライバルと思っていたとは予想できなかったのである。

 

『確かに、緑谷くんからすれば下着盗んで追い掛け回されたクソ泥が、才能マンの幼馴染をライバル認定するのはおかしいと思うかもしれないけどね…』

 

独特の言い回しをした彼女は、急に視線を地面に落として小さくつぶやいた。

 

『きっと彼は立派なヒーローになると思うから…』

 

辛うじて聞き取れたその言葉の真意はいまだに分からない。ただ、そのときの彼女は悲しみと愛しみが混じりあったような歪んだ顔をしていた。緑谷は鮮明に脳裏に焼き付けられてしまったのだ。

 

だから、不意に彼女がこちらと目を合わせたときはドキリと心臓が跳ねた。

 

『それに…あんなにすごい人、近くにいて燃えないわけないでしょ』

 

そういった彼女は、先ほどとは打って変わって、とても楽しそうな笑みを浮かべていた。

 

 

 

その笑顔を思い出し、緑谷の感情が激しく高揚した。

 

「僕の友達をこれ以上馬鹿にしてみろ! いくら君でも許さないぞ!!」

 

激情のあまり、涙がこぼれてきた。

オールマイトや友達に背中を押されて、最高のヒーローになるためにこの雄英にきた。

ヒーローになりたいから、ここに自分はいるのだ。

 

だが、その思いとは別に、今は…ずっと憧れていた幼馴染を勝って超えたい。

 

相手を見据えて拳を構える。爆豪は目を血走らせながら、冷たい視線で緑谷を見た。

 

「そうかよ…! だったら、倒してみろや!」

 

緑谷の後ろにある壁を標的にして籠手を構えた。トリガーに指をかけると小型無線からオールマイトの注意が聞こえた。爆豪は「当たらなきゃ死なない」と言い返し、トリガーを引き抜く。

 

その直後、轟音とともに一直線に爆発が走る。爆発の威力でコンクリートの床や壁が削られていき、その軌道の近くにいた緑谷は風圧で体が飛ばされる。そして、その爆発が的に絞った壁に到達すると窓が割れ、コンクリートが吹き飛ぶ。その衝撃でその一帯が上下に振動し、黒煙が立ちこんだ。

 

 

 

 

別室のモニタールームでは現在戦闘訓練を行っている4名の除いた1-Aとオールマイトが、彼らの様子を見ていた。緑谷と爆豪の戦闘は激しく、こちらの部屋まで地鳴りが響く。

 

1-Aのほとんどは狼狽えていたが、オールマイトの隣にいた少女は冷静に彼らをモニター越しに見つめて妖しく口元が釣り上げていた。

 

「狩野少女…笑っているのか?」

 

果たして、その気味の悪い笑いは笑顔と呼べばいいのかオールマイトは戸惑った。彼女へ視線を向けると、目があう。そのとき、わずかにオールマイトは背筋が凍ってしまった。

 

「すいません。こんなときに笑うのはおかしいと思います…けど」

 

それはいつかのヘドロ事件後で見た真っすぐとした目とは異質で、どこか遠くの幻想を見ているような、空虚な目をしていた。

 

「思った以上に強敵になりそうで、笑っちゃいました」

 

彼女はそのまま、不気味に口角を釣り上げた。




出会いについて
詳細はいつか書きます。客観的に見て、主人公が酷いし、ゲスにしか見えない…(苦笑)


おまけ
主人公が爆豪くんに会う前に苛立った出来事と、やり取り。

忍「…お父さん。なんでノートにお茶がこぼれているのかな? 文字が滲んで読めないんですけど」
父「徹夜してた忍のために、お茶を出そうとして……て、手が滑りまして…」
忍「へぇ…手が滑ったんだ。へぇーそうなんだー…手が滑ったせいで半分くらいのページが水浸しになって読めなくなったんだけどねー」

父「すんませんでした! 怒るのもわかるけど刃化はやめて!! 冗談抜きでそれ死ぬから!!」
忍「一生懸命書いたのに…眠い中徹夜で頑張ったのに……3か月分、まとめて書いてあったノートなのに……なんで一瞬で努力を水の泡にするのよ…」
父「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! けど冷静になって忍! そのまま全力で振り下ろしたら俺や家どころかこのあたり一帯が真っ二つになる!!」

→頑張った3か月分の仕事がパアになったためイライラしていた。ちなみにデータは黒霧さんが小まめにパソコンやコピーをとって保存したため無事です。黒霧さん優秀!


余談…恋愛描写について
感想・活動報告などでたくさんの意見を下さり、ありがとうございます。現在、一つひとつの意見を参考に色々とプロットの調整を行なっています。最終的な方針はUSJ編が終了したときに活動報告にて発表します。それまでは今までと同じような感じで物語が進行しますのでご了承ください。


次回は主人公と梅雨ちゃん、常闇くんの対人戦闘訓練です。黒影含めたら実質4人チームでズルい気がしますが、梅雨ちゃんと常闇くんと絡ませたかったからこうなりました。はっきりいって俺得です!

対戦相手はどこのチームでしょうね…お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動報告13 対人戦闘訓練をしました

今回は対人戦闘訓練と、ある個性に主人公がわくわくドキドキします。


※今回は長い。
※対人戦闘訓練の建物を一部捏造しています。
※原作キャラの個性について少し捏造しています。
※キャラの口調が…変かもしれません。



すごいものを見せつけられた。

 

緑谷くんと爆豪くんの対戦が終了時、私はそんな感想を抱いた。

 

前半は緑谷くんがこれまで培ってきたヒーロー知識を活かした戦法で爆豪くんを一時退けたように見えたが、個性を駆使した接近戦では圧倒的な力の差を爆豪くんが見せつけた。

 

最終的に全力の個性のぶつかり合いが行われると思ったが、緑谷くんは核兵器のある上の5階フロアに向けて個性を放ち、麗日さんと連携をとって核兵器回収に成功し、ヒーローチームが勝利した。

 

問題はその緑谷くんの個性である。彼は2階フロアから5階フロアにむけて全力の個性を発動していた。そのせいで3〜4階部分に大穴を開け、ビルが半壊した。

 

体力テストといい、並みの増強個性でないのが明確になった。突然発現した個性がこうも驚異的なパワーを発揮するなんて思いもしなかった。

 

その結果、緑谷くんは腕を大けがをし、爆豪くんは負けたショックで意気消沈。麗日さんは個性の副作用でリバースをしかけて、飯田くんはもっとも訓練に適した行動をしたことでMVPに輝いた。

 

観察したところ、緑谷くんの個性は超パワーを発揮できるものの一度使っただけで反動により、体を壊す欠点がある。

 

どういうわけか体と個性が馴染んでいないようにみえた。

 

さらに核兵器の回収を優先したせいで、緑谷くんは爆豪くんの最大火力をまともに受けて大怪我をしていた。常闇くんが「試合に勝って勝負に負けた」と言っていたが、その通りなのだろう。

 

「…なるほどね」

 

あまりの激しい試合に、思わず死んだ魚のような目で苦笑いをしてしまった。

 

結果はどうであれ、あの二人は対等に戦っていた。

あのバトルは、二人にとってはヒーローになる前の大きな一歩だろう。あれがきっかけで二人とも何か変わるとすれば…本当に厄介になりそうだ。

 

プロヒーローになる前の今の段階でアレだ。どちらも将来、対峙したときは何倍も強くなっているだろう。そう思うとぞっとして乾いた笑いが出てしまったのだ。

 

なぜか隣にいたオールマイトからドン引きしていたが、気にしないほうがいいだろう。

 

 

 

試合が着々と進んでいき、私たちの番になった。

 

対戦カードはヒーローサイドはHチーム、ヴィランサイドはJチームとなった。Jチームは切島くんと瀬呂くんのチームである。お互い挨拶をして二人が建物内に入るところを見届け、建物外で待機する私たちは現在、互いの個性について情報を共有している。

 

梅雨ちゃんの個性について詳しく聞くと、舌を20mくらい伸ばせる、胃袋を外に出せる、ピリッとした粘液を分泌して吐き出せるなど、隠された個性の特性を聞いて、なかなか有能な個性であることがわかった。その一方で常闇くんはクールな様子で個性を紹介した。

 

「俺の個性は黒影(ダークシャドウ)だ」

「黒影?」

「黒影、挨拶しろ」

『アイヨ!』

 

すると、むくりとマントが一瞬だけ膨れあがり、マントの下から鳥の形状で目が黄色く、全身が黒いモンスターのようなものが飛び出した。

 

驚いて思わず距離をとると、そのモンスターは常闇くんの隣につき、元気よく挨拶し始めた。

 

『オレハ黒影! コイツノ相棒ダ!』

「喋った…」

『オウ喋ルゼ』

「こっち見た!?」

「黒影は個性だが、意思を持つ。故に意思疎通が可能だ…」

「そうなんですか…すごいですね…!」

「忍ちゃん。すごく目が輝いているわ」

 

その一挙一動ごとの動きに注目してしまう。体力テストの時から気になっていたが、近くで見ると迫力がある。仕事で数々の個性をみてきたが、こんなに珍しい個性は初めて見た。

 

意思疎通ができるってことは知能があるということだ。しかも指示なしでも自分の意志で動けるようだし、なにより自分が個性だって理解している様子だ。癖の強い個性だがみたところ範囲攻撃や中距離戦が向いていそうだし、攻撃だけじゃなくて防御も兼ね備えていそうで、常闇くんが個性を発動している限りはあまりダメージをうけないメリットがありそうだ。

 

この個性、もっと研究する必要がある。これは後で緑谷くんと一緒に考察していかなきゃならない。あとノートにも詳細を書かなきゃいけない。あと常闇くんにいくつか後で聞くことにしよう。

 

主に個性の発動条件や、黒影くんのスペック、それと実際に私がCopyできるのかを確認するなどやることがたくさんある。こんなに未知数な個性は研究のしがいがある。

 

なによりこんなにカッコイイ個性はそうそう無い。個人的にすごくコピーしたい。

 

コピーができたら、自分の黒影にどんな名前をつけるのか考えていると、ポンと音を立て肩に手を置かれた。

 

「忍ちゃん、黒影ちゃんが引いてるからやめてあげて」

「え?」

 

梅雨ちゃんに促されて、ちらりと黒影くんの方向を見る。そこには、黒影くんがプルプルと震え上がりながら、小さくなって常闇くんの背中に隠れていた。心なしか涙のようなものが出ている。

 

『コ、怖ェヨ。アイツ』

「眼光のみで黒影を戦慄させるとは…さすが修羅と渡り合う者といったところか」

「しゅ……いえ、すいませんでした」

 

常闇くんの修羅についてツッコミを入れたかったが、黒影くんを怯えさせてしまった罪悪感で言えなかった。

 

随分前に緑谷くんや父に言われたのだが、私は集中しすぎると目が怖くなるらしい。無意識に目を鋭くしているようで、観察対象を睨みつけているらしい。過去に何度か緑谷くんに怯えられた経験がある。私の悪い癖であった。

 

頬を軽く叩いて気持ちを切り替えていると常闇くんが話しかけてきた。

 

「そうだ。狩野の個性は爆豪と同じ…『爆破』でいいんだな?」

「…え?」

「忍ちゃん。入試でも体力テストでも爆発系の個性使ってたでしょう?」

 

二人の言葉に、一瞬私はきょとんとしてしまう。そして、理解した。

 

 

そうか、緑谷くんと爆豪くん以外のクラスメイトは私の個性を知らないのだ。

 

 

体力テストでは爆破の個性しか使っていない。ヘドロ事件の時にはStealを使ったが爆破とオールマイトの個性で目立たなかったのだ。

 

それゆえ『個性を盗める個性』に気づいていないのだ。爆豪くんと個性がダダ被りしていると勘違いしている。

 

これはいいアドバンテージになりそうである。

 

ニヤリと口角を釣り上げて、私は笑った。

 

「三人とも、作戦があります」

 

 

 

作戦会議が終わると、実践訓練がスタートした。核兵器が置かれている部屋にいる瀬呂(せろ)範太(はんた)切島(きりしま)鋭児郎(えいじろう)は警戒心を高めていた。

 

「おっし。時間になった! どっからでもかかって来やがれ!」

 

瀬呂の個性『テープ』は両肘に異形化しているテープを自在に射出が可能で、拘束はもちろん巻き取って移動に使う、トラップに使うなど様々な用途がある。

 

一方、切島の個性『硬化』は気張れば全身や体の一部を硬くすることで最強の盾にも最強の矛にもなれる個性だ。対人戦では物理攻撃や個性使用の攻撃を防ぐことが可能である。

 

10分間の作戦で瀬呂と切島は『核兵器の近くで待機し、たどり着いた敵を分担して倒す』方向性をかためた。

 

瀬呂のテープで核兵器を巻きつけて保護+トラップの役割、二か所の出入り口にはテープで補強してバリケードをして簡単に侵入させないよう工夫した。

 

肉弾戦が得意な切島は奇襲を仕掛けていくのは愚策だと爆豪の試合で分かり、持ち場を離れるわけに行かなかった。

 

瀬呂もこの部屋のトラップを仕掛けて核を守るには動かない方がいいと判断したのである。

 

「気合入ってるな切島」

「当たり前だろ。さっきのバトル見て燃えねぇわけにいかねぇだろ」

 

切島は緑谷と爆豪の試合を見て、燃え上がっていた。

 

息つく暇もないスピードで攻撃をし続ける爆豪、それに対抗して優れた判断力で翻弄した緑谷、両者とも素晴らしかった。そんな彼らと同期でライバルになれるのだ。あの試合は切島の競争心を煽ったのである。

 

「それに…相手は入試1位の狩野だぜ。俄然燃える!」

「まったくお前暑苦しいなぁ、けどそういうの嫌いじゃないぜ」

 

瀬呂はため息をつきながらも、瞳はひそかに燃えていた。あの二人の戦いの熱に当てられたのは、切島だけでは無いのである。

 

 

 

 

スタートの合図が鳴り、私と常闇くんは建物内に侵入をした。小型無線を使い、外にいる梅雨ちゃんに連絡を取る。

 

「おそらく切島くんと瀬呂くんは『核』の部屋にいます。梅雨ちゃん、見つけたら連絡ください」

『了解』

 

私たちの作戦は、まず1~3階フロアは常闇くんと私で核を探し、梅雨ちゃんは壁に張り付きながら窓から4~5階の様子を見る。この建物は北側に二部屋、真ん中フロアに一部屋、西側に一部屋、南に一部屋と合計で階ごとに5部屋ある。

 

見取り図によると真ん中フロア以外に窓が必ずある。梅雨ちゃんは壁をつたって移動ができる。そこで建物の外から詮索してもらうことにした。

 

その結果、こうした作戦をとることになったのだ。1階の捜索を終わらせると、2階へ進む。曲がり角に差し掛かるところで、足元にテープが張り巡らされていることに気づく。

 

うっかり踏んでしまったらとれるまで時間がかかってしまう。この勝負は制限時間15分過ぎれば、勝利条件によって向こうの勝ちとなる。

 

「黒影」

『アイヨ』

 

常闇くんが呼ぶと黒影くんが現れてテープを掴み、捨てて行く。粘着性は少し高いようだが、黒影くんはいとも簡単に剥がしていった。

 

スムーズに事が進んでいるのを見ていると、ふと黒影くんの体が外にいたときに比べて大きくなっている気がした。

 

「常闇くん…黒影くん、なんか大きくなってません?」

「黒影は闇が深ければ深いほど強大になる。ここは太陽光が遮られているおかげで、先ほどよりも闇が深い。それに伴って黒影の体の大きさが変化するんだ。さらにいえば…」

『オイ!』

 

個性の特性について聞いていると、テープを剥がし終わった黒影くんが鋭くこちらを睨み、手の平を上にし、人差し指らしき部分を内側に曲げて挑発的なサインをする。

 

『何シテンダ? サッサト先ニ行コウゼ』

「…え?」

「黒影…」

『ッチ、合ワセレバイインダロ』

 

マスコットのような可愛らしさから一転、なかなかワイルドな態度になり、驚いて言い返せなかった。常闇くんが名前を呼んで注意をすると舌打ちをしながら周りに警戒した。

 

黒影くんが少し離れたところにいることを確認して常闇くんに小声で話しかけた。

 

「黒影くん…態度さっきと微妙に違くないですか?」

「…個性の性質上、闇が深くなればなるほど黒影の気性が荒くなる」

「あー…なるほど」

 

性格の急変も、暗闇にいれば強くなる個性ならば納得する。腕組をしながら私たちの周囲を警戒する黒影くんは一応常闇くんの制御が効いているのか守ってくれる意思が伝わる。

 

「常闇くんは大丈夫なんですか? 負担が大きくなるとか…」

「この程度の闇ならば平気だ」

「そうですか…」

 

この程度の闇…ということは真夜中、外に出た場合は平気じゃないらしい。

 

もっと暗い場所で黒影くんを出せば制御が効かなくなる可能性があると示唆しているのだ。やはりこの個性はなかなか癖が強い、同時に使いこなせれば強力そうだ。

 

常闇くんの容姿は異形のようだが、個性自体は発動系にみえるためCopyは可能だと推測できる。Copyを試しにやってみる価値がありそうだ。

 

今後の方針を少し固めたところで小型無線から梅雨ちゃんの声がした。

 

『忍ちゃん。見つけたわ』

「どこにいました?」

『4階の南側の部屋よ。核の周りにテープが張り巡らされているわ。ドアにもバリケード代わりにテープがある…普通に開けようとすれば突っ張って侵入するのが難しそうね…』

「梅雨ちゃんは今どこにいますか?」

『3階の南側に張り付いているわ』

 

建物の見取り図では、南側の部屋は窓、ドア共々2か所あった。梅雨ちゃんが窓から中の様子が見れたってことは、目張りをされていない限り、窓にはなにもしていないと考えるのが妥当かもしれない。

 

「了解。すぐに向かいます」

 

 

 

私と常闇くんは足音を立てないように慎重に階段を上がり、核とヴィランチームのいる部屋の前にいた。ドアの正面に立ち、アイコンタクトで合図を交わし、頷くと黒影くんが静かに現れる。

 

「黒影!」

『アイヨ!』

 

合図で黒影くんは腕を大きく振るい、ドアへ突進して行く。突進の衝撃でドアは張り巡らされたテープごと吹き飛ぶ。その奇襲に切島くんと瀬呂くんは驚きつつも、瞬時に戦闘態勢になった。

 

「狩野と常闇だ!」

「わぁってる!」

 

切島くんが腕を硬化し、突っ込んできた。常闇くんは素早く横にずれ、私は爆破で空中に飛び、回避をする。瀬呂くんは常闇くんの向かいにある壁にテープを貼り付け、それを一気に巻き取って常闇くんの元へ距離を詰めた。

 

一方、通り過ぎて行った切島くんは踏ん張り、急停止すると瞬時に常闇くんを無視して私に向かって走り出す。どうやら、彼らは分担して倒すつもりのようだ。

 

頭上に手の平を掲げ、爆破を展開し、急降下して切島くんがたどり着く前に着地をする。正面に拳を構えて駆けてくる彼を捉えて、上半身をひねって回し蹴りで牽制をする。

 

視線が回し蹴りをする脚へ移り、硬化した腕で受け止められた。さすがにその腕は硬く、攻撃を仕掛けたはずのこっちの脚に重い衝撃が走った。

 

ニヤリと彼は笑い、攻撃を受け止めた腕を押し返してきた。このまま力負けして体制が崩れれば劣勢になる。慌てて彼の眼前に目くらましも兼ねた小規模の爆破をし、後方へ飛んで距離をとる。

 

「そんな攻撃きかねぇよ!」

「ですよね…」

 

硬化の個性は対人戦にはとても向いている。いくら私が特訓で地力の底上げをしたとはいえ、私と切島くんでは純粋な力に差がある。それに加えて、あの個性は物理技をすべて防御する鉄壁さと硬さを利用した攻撃自体も強力だ。

 

考えをまとめていると、切島くんが再び突っ込んできた。拳が迫りくる。首を反らしてギリギリでかわし、再び向けられた拳を今度は受け流してかわしていく。

 

一度でも当たればひとたまりもないパンチのラッシュを体術を行使して対抗するも、やはりパワーの差で徐々に追い込まれて後ろへ下がってしまう。

 

何度か攻防をし続けると背中が何かにぶつかった。この感触はコンクリートだ。どうやら壁際まで追い込まれてしまったらしい。じりじりと距離を詰められる。すり足で壁伝いに移動すれば、切島くんは動きに合わせて鋭い視線で警戒していた。窓際まで移動すると切島くんは笑う。

 

「どうやら…ここまでのようだな狩野」

「…爆破が通じない敵がいるなんて、びっくりしました。さすがですね」

「派手な個性だけに頼るんじゃ、勝てねぇよ…悪いが勝たせてもらうぜ!」

 

切島くんが飛び出して、パンチを仕掛けて来た。それをギリギリのところまで引きつけ、横に手を構えて爆破を繰り出す。爆発の勢いでかわすと、切島くんの目の前に少量だが黒煙で目くらましになる。振りかざした拳は窓にぶつかり、ガラスの一部が外に舞う。

 

黒煙を振り払うように首を横に振るのが見えた。その隙を逃さず、今度は逆噴射で爆破を起こして近づいた。脇腹をめがけて大振りをする。

 

「きかねぇよ!」

 

切島くんの全身が音を立て、皮膚が岩石のように角ばっていく。最大の硬化の力で爆破を防いで反撃するつもりだろう。

 

…それが爆破のみ使う相手だったらいい判断だ。

 

そっと脇腹に触れると、切島くんは目を大きく開いた。爆破は起こさず、代わりにある個性を発動する。

 

脳に電撃が走る。

それは脳から全身へ伝導していくようだった。

徐々にそれは眩い光を体外で放ち、バチバチと目の前で小さな音が起こり、電気が身に纏った。

 

「個性…『帯電』!」

「ぐああ!」

 

個性『帯電』は、上鳴くんの個性だ。

体力テストでペアになったとき、個性の話題で会話をした際に少しだけ視せてもらったのだ。そのときこっそりCopyしたのである。

 

それを切島くんに放った。ビリビリと痺れる電撃に切島くんの体が震える。硬化をしているとはいえ、物理攻撃とは異なるこうした特殊攻撃を防ぐことはやはりできないようだ。数秒したところで電撃をやめて距離をとった。

 

ぼんやりと浮遊感に似た感覚が頭の中でしたが、それを耐える。顔を上げて切島くんへ視線を移すと彼はふらついているが、それを踏ん張り、倒れなかった。

 

「あぶねぇ…危うく気ぃ失うとこだったわ…」

「へぇ。アレを耐えるなんてすごいですね」

「あんな微妙な電撃、根性と気合で耐えれるぜ」

 

切島くんの発言に、やはり微妙だったかと思った。この個性をCopyして日も浅く、完成度を上げるまで使っていない。許容W(ワット)ギリギリまでの電撃が放てるだけだ。全力で電撃を放てば切島くんを気絶させることが可能だったかもしれない。

 

だが、この個性…許容W(ワット)数以上の雷を放てば、アホになって「ウェーイ」としか言えなくなってしまう。正直、嫌なデメリットである。

 

それをすればチームへの迷惑待ったなしである。心の中で苦笑いをしていると、切島くんが弾かれたように顔を上げた。

 

「つーか…お前の個性『爆破』だろ!? なんで雷打てるんだ!?」

「私、一言でも『爆破』が個性とは言ってませんよ」

「言ってねぇけどよ…! 爆破に電撃って、予想外すぎだろ!」

 

相手からすればそんな強力な個性を連続で無慈悲に攻撃されると、ほとんど理不尽だ。気持ちはわかる。ちらりと瀬呂くんと対峙して部屋中を動き回る常闇くんと目が合う。どうやら、作戦がうまくいっているようだ。

 

右には爆破を、左には入試時にコピーした体の一部を鋼鉄に変える個性を発動する。同時に発動するのは、かなりの集中力が必要なため、あまり使いたくないが作戦のためだ。やむ得ない。異なる二つの個性を見せつけられた切島くんは愕然としていた。

 

「私の個性は『シーフ』…大抵のものを盗むことができます。個性だって盗めますよ」

「なんだそれ……チートかっつーの」

 

ネタばらしをすると、切島くんが口元をひきつらせた。だが、彼はすぐに笑みを浮かべた。

 

「面白いじゃねぇか! 狩野!」

 

彼は突進してきた。思わず私は笑ってしまう。

彼が私を相手した時点で、勝負は決まったのだ。

 

「切島! 核のテープが!」

「なに!?」

 

二人が仕込んでいた核兵器周りのテープが、切除されていた。常闇くんと黒影くんが瀬呂くんの攻撃を避けながら、核周りのテープを少しずつ少しずつ、瀬呂くんに気づかれないよう順調に切除していたのである。瀬呂くんがそれに気づき、声を上げる。その声に切島くんは気が逸れた。

 

「準備はいいですか?」

『ええ』

「じゃあ、いきますよ!」

 

これで、確保するための障害物はなくなった。小型無線で確認をとると、私は開いている窓を背にして彼らと向かい合う。

 

地面に両手を向けて爆破を展開し、黒煙で目隠しをする。視界が悪くなり、切島くんと瀬呂くんがせき込む声がした。

 

すると、ひゅるりと開いている窓から核付近へ一直線に長いものが伸び、それに引っ張られて人が飛び出す。煙が晴れる。視界が良好になったころには、核に誰かが触れていた。

 

「確保よ」

 

ニコリと口角を上げて、彼女は笑っていた。彼女の登場に、切島くんと瀬呂くんがあんぐりと口を大きく開けて呆然としていた。

 

「つ、梅雨ちゃん!!?」

「あ!! そういや、このチーム3人チームだった!」

 

敵の人数は知らされていたはずだが、目の前の敵に集中しすぎて梅雨ちゃんのことを忘れていたのだろう。騙して悪かったが、人数有利で勝つためには、囮作戦が確実だと判断したのである。ああいったミスは致命的なので自分もああならないよう肝に銘じた。

 

 

『ヒーローチーム、WIN!!』

 

 

「やったわね。忍ちゃん、常闇ちゃん、黒影ちゃん」

『俺ノオカゲダロ?』

「ああ、そうだな」

「はい。黒影くんが瀬呂くんのテープを切除できなかったら、この作戦うまくいきませんでした」

『ダロダロ!』

「調子に乗るな。黒影…」

「かわいいわね。黒影ちゃん」

「そうですね」

 

オールマイトのアナウンスが建物全体に響き渡る。その声に私たちはお互いハイタッチをして、勝利に笑いあった。

 

 

 

 

演習が終了し、講評の時間になると食い気味に、オールマイトがしゃべり始めた。

 

「上手かった! まず蛙吹少女の個性で核の居場所を特定し、その部屋に行く! つぎに蛙吹少女は5階の窓で待機をして囮の狩野少女と常闇少年が特攻して二人を動揺させ、共に闘うことでキーの蛙吹少女を動きやすくした! さらに狩野少女は切島少年を誘導して侵入口を確保し、二人が共闘している間に蛙吹少女はこっそり窓を開け、核の位置を確認し、常闇少年が戦闘しつつ、罠のテープを完全に切除するまで待機! 小型無線を合図に爆破で目くらましで核を確保した! うん! 素晴らしい連携プレイだった!」

 

「オールマイト先生…さっきほとんど解説とられちゃったから必死なのね…」

 

動揺する私と、感銘を受ける常闇くんとは違ってバッサリと言う梅雨ちゃんに、オールマイトはショックのあまりか軽く喀血していた。ここまでのバトル、推薦入学者の八百万(やおよろず)(もも)さんによって、ほとんど解説の出番がないのである。

 

その八百万さんは、なぜか敵意むき出しの目で私を睨んでいた。彼女に何かした覚えはないのだが、私は一体何をしたのだろうか。心当たりがなさ過ぎて辛い。キリキリと心を痛めていると、申し訳なさそうに上鳴くんが手を挙げた。

 

「そ、それとさ。狩野…」

「上鳴くん?」

「俺の個性、使いたい気持ちはわかるけどよ…その、加減とか、ちゃんとできんのか? さっきは威力抑えて切島に攻撃してたからいいけどよ。その個性…味方も巻き込んじまうし…」

 

そういえば、特訓場所で私が全力で帯電を放ったら、その日は偶然遊びにきていた父が電撃に巻き込まれていた。

 

そのときはざまぁと思っていたが、電気を纏って放出する個性なので調整が効きずらい。それもこの個性のデメリットかもしれない。しかし感覚さえ掴めば、なんとか調整さえすれば使える個性なのだ。それに、一つ彼は勘違いしているようだ。

 

「さっきのが私の最大威力ですよ」

「…は? さっきのが?」

「一応、体力テストの後から練習してるんですけど、ショートしないギリギリの威力がアレでして…やっぱり雷系の個性は調整難しいですね。今の段階じゃ、一度しか人間スタンガンができませんし…使いこなすには完成度をあげないといけませんね」

「もしかして…使えば使うほど威力が増すってことか?」

「まあ、体に馴染むまで時間かかりますけどね」

 

そう話すとみんなから羨望の眼差しで見つめられる。視線が集まって、私はいたたまれなくなった。

 

講評が一通り終了してオールマイトが次の試合のことを言い出すと、別の演習場へ全員向かいだした。

 

「……ん?」

 

全員、向かいだしたはずだった。

 

部屋を出ていく直前に、体を射抜かんとばかりの強く鋭い視線を背後から感じた。振りむくと、虚ろでぼやけた瞳をしている爆豪くんがぽつりと、一人で立っていた。彼に纏う異様な空気に、飲み込まれかける。

 

先ほど緑谷くんとバトルしてから様子がどうもおかしい。どう考えても彼があのバトルのことで落ち込んでいるのが明白だった。

 

たくさん声をかける言葉は思い浮かんだ。けれど、どれも彼を傷つけてしまう言葉ばかりな気がして、私はぐっと堪えた。

 

「…早く来てください。みんなもう移動してますよ」

「………」

 

爆豪くんは無言のまま歩き、部屋を出ていく。

 

これでよかったのか、わからない。

一体、今の視線はなんだったのだろうか。そんな疑問が生まれたが、今の彼に問いかけても答えてくれないは目に見えて分かり、私は次の試合に意識を集中させた。

 

 

 

午後の授業とHRも終わり、夕焼けの光が学校を照らす。放課後になるとクラスの半数以上は教室に居残り、今回の訓練の反省会を行っていた。私はみんなの反省を聞きながら、あの視線を向けた爆豪くんのことを考えていた。

 

HRが終わったあとに爆豪くんは帰った。クラスメイトが声をかけるも、彼には一切聞こえてないようで、足を止めることはなかった。

 

アレはおそらく、敗北を受け入れるのに時間がかかっているだけだ。自尊心の塊同然の彼が緑谷くんに負けた事実を受け入れるにはどうしても時間がかかる。そして、その負けを認めて立ち直れば、いつもの彼に戻るのもなんとなくわかる。

 

割と心もタフネスな彼なら、放っといても2日したら立ち直るだろう。明日もあの状態になっていそうだが、ああいう場合は時間が解決してくれるはずだ。

 

「…はぁ」

 

――と思うが、さすがにあの状態を2日放置するのは心が痛んでため息をついてしまう。

 

あの視線の意味は未だに分からないが、あんな視線を浴びた後に慰めの言葉なんてかけることもできなかった。それに、負けを認めるだけなら放置でもいいが、根本的なあの二人の因縁問題は解決しない。

 

どうしたものかと悩んでいると、ガラガラと控えめにドアを開ける音がした。

 

「おお、緑谷来た!! おつかれ!」

 

切島くんの声で、私はドアに視線を向ける。そこにはヒーローコスチュームを着たまま右腕にはギブスを、左腕には厚めの包帯でぐるぐる巻きになっている緑谷くんがいた。緑谷くんはクラスメイトに囲まれて称賛されていた。その光景を微笑ましく見ていると、はっと閃いた。

 

そうだ…彼ならきっと…。

 

思い立つと椅子から立ち上がり、人込みをかき分けていく。こちらに気づいた彼は目を泳がせながら、あることを尋ねてきた。

 

「狩野さん…かっちゃんは?」

 

あのバトル後の彼が気になったのだろう。その声色は不安げになっていた。彼も爆豪くんのことを気にかけていたことに少しうれしく思い、私は素直に言った。

 

「帰ったわ」

「…そう、なんだ」

「でも、今出ていったばっかりだから…急げば校門くらいで会えるんじゃないかな」

 

そう話すと、緑谷くんは顔を上げて少しびっくりしていた。そんな彼の反応を無視し、軽く肩を掴んで、くるりと体を廊下側へ向かせた。

 

「行ってきたら? 言いたいことは早めに言わなきゃ、後悔するわよ」

 

彼の背中を両手で強めに押す。少しバランスを崩して緑谷くんはこけかけるが、なんとか踏ん張った。緑谷くんはこちらを一瞬だけ見て、彼はギブスをしていない手で拳をつくり、晴れやかな表情を浮かべた。

 

「ありがとう狩野さん!」

 

お礼だけ言うと彼は廊下を駆け抜けた。感謝をしながら走るとは斬新だなと、場違いな感想を思っていると、切島くんが話しかけてきた。

 

「狩野はいかねぇのか?」

 

その純粋な質問に、私はそっぽを向いた。確かに、私が一緒に爆豪くんのところにいけばある意味緑谷くんは安全かもしれない。だが、それはやってはいけないのである。

 

「…あの二人の因縁に、とやかく言うのは野暮ですからね」

 

緑谷くんが爆豪くんにどんなことを伝えたいのかは分からない。

 

緑谷くんは人の触れたくない領域にガンガン踏み込んでしまうほど考えなしになるところがあり、爆豪くんは地雷が人より何倍もある繊細な人だ。

 

そのせいもあって普段会話らしきものをすれば、爆豪くんの地雷をことごとく踏み込む緑谷くんにキレた爆豪くんが爆破騒ぎとなる。そして、現在爆豪くんはかなり弱っている。今の彼は全身地雷だらけである。

 

けれど、だからこそ今の爆豪くんに緑谷くんの言葉が通じる。価値観が崩壊した今なら、緑谷くんの言葉が届くのだ。負けを認める以上に何かを感じさせることができるのは、緑谷くん以外に適任はいない。うまくいけば立ち直れると思ったのだ。

 

こんなに不器用で不格好で、偏屈な幼馴染の関係は滅多にない。他人からすれば理解しがたいものだろう。

 

だからこそ、あの二人の関係に口出しするのは無粋なのだ。

 

「…私ができることは、見守ることと時々間に入るだけですよ」

 

それが正しいことなのか分からないが、二人の友達としてやれるのはこれだけである。

 

言い切るとクラスのみんなは目を丸くする。しばらく沈黙すると、ふと切島くんが声を上げた。

 

「マジで狩野…緑谷と爆豪の姉ちゃんみたいだな!」

 

この場に爆豪くんがいたら、間違いなく爆破されそうな発言をした切島くんに、クラスのみんなは深く首を縦に振った。

 

この数日でクラスメイトのほとんどに、二人はそんな印象を持たれて大丈夫なのだろうか。これからの二人が心配になってきて、私は肩を落とした。

 




戦闘描写…めっちゃ難しいです。

あと…常闇くん、黒影くん、瀬呂くん……戦闘描写をほとんど描写してなくてすいませんでした!! 一人称の戦闘描写でテンポと文字数考えたらカットせざる得なかったんです!! 作者に力量なくてすいません!!

ちなみに主人公が切島くんと対戦している間は瀬呂くんはヒットアンドアウェイで時間を稼ぎをし、そんな瀬呂くんに作戦を悟られないよう懸命な立ち回りを常闇くんと黒影くんはしていました。はい。


そして久しぶりの投稿…多忙のため期間が空いてしまいました。
今後しばらく月に1、2度ほどの更新となりそうです。亀並みに遅い更新で申し訳ありませんが、ご了承ください。


次回予告
次回、主人公と爆豪くんが一緒にダッシュで登校(?)します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動報告14 委員長を決めました


今回はほのぼのっぽいものが多いです。

※書きたいところを詰め込みました。
※『僕のヒーローアカデミア 雄英白書Ⅰ』にあったセリフのオマージュがあります。ご注意ください。





『今日の昼、マスコミを味方にして教師用カリキュラムをパクる。ジャマすんなよ』

 

 

「…はい?」

 

対人戦闘訓練を受けた翌日の早朝6時、ノートを開くと上司から学校プチ襲撃予告がされていた。

 

起き上がり目をこすってノートを見直す。このノートで連絡をとるのは黒霧さんだけだが、それは見慣れた明朝体に近い文字ではなかった。全体的に文字の傾きが右下がり、少々つぶれているところが目立っていた見たこともない文字だった。

 

このノートの存在を知っている人物は限られている。そのため犯人は誰なのか瞬時にわかった。

 

「弔さんの字ってこんな感じなんだ…」

 

初めて見た上司の文字に感動を覚えていると、内容が目に付いた。

 

私が入学したことで生徒用のカリキュラムを取得はできたが、そこには学校の教育方針と授業の概要、それと基本的な担当教員のデータしかなかった。

 

当たり前だが、生徒用に渡される情報は基本的なものしかない。そこで今回、学校側の動向を探るために教師のカリキュラムを奪うことにしたのだろう。

 

唐突に発表された計画に私は肩を落とした。

 

雄英は最新型の設備が備えており、セキュリティがすごいのだ。校内には無数のセンサーが張り巡らせれており、センサーに反応すれば雄英バリアーと呼ばれる城壁システムが起動して侵入を許さない。

 

オールマイトが雄英の教師になったことは世間で知れ渡っていき、この連日は雄英高校前でマスコミが取材すべく一日中張り込んでいた。

 

平和の象徴と謳われたヒーローが突然母校の教師になったことは世間でそれなりの衝撃になったらしい。弔さんの個性を使い、彼らをうまく操ればカリキュラムを奪うことは可能だろう。

 

てっきりそういった盗む仕事は私に命令するかと思ったが、私が動くのはまだ早いと判断しているのか、それとも自分が動いた方が確実だと思っているのか。いずれにせよあまり信頼されていないようだ。

 

連絡がきた以上、返事をしなければならない。シャーペンを取り出してすらすらとメッセージを書きだす。

 

『わかりました。マスコミとの初めての共同作業頑張ってください』

『やめろ キモイ』

 

大きめの文字ですぐに返事が来て、思わずクスリと笑ってしまう。布団から抜け出して私はいつも通り、朝の支度をし始めた。

 

 

 

 

駅から出るとテレビ用のカメラや、美人アナウンサーが街の人々にインタビューをしていた。特に雄英の制服を着る生徒にアプローチしており、実際にオールマイトの授業を受けた生徒をターゲットにしているようだ。

 

ああいったインタビューはあまり受けたくないため、無視して学校へ向かう。駅から雄英まで約5分ほどの道のりが遠くに感じる。

 

いつもは緑谷くんと会話をしながら登校しているが、今日は昨日の対人戦闘訓練で負った傷を治すため、緑谷くんは先に学校に早く行って保健室でリカバリーを受けている。

 

一人で歩くとここまで遠く感じるんだと思っていると、見覚えのある後ろ姿が見えた。

 

「あ、爆豪くん」

「…あ?」

 

話しかけると、律儀に彼は振り向いた。

昨日のことがあって、気まずい気もするが名前を呼んで反応があった。調子が悪ければ彼なら無視をする。返事があったということは、もう落ち込んでいないはずだ。一応確認するため、私は笑顔で挨拶をした。

 

「おはようございます。今日はいい天気ですね」

「死ね」

 

彼は私を睨みつけてそそくさと学校に向かって歩き出す。どうやら睨みつけるほどの元気が出たらしい。よかったと安心して、彼の後ろを歩く。すると、急に足を止めて彼はこちらに振り向いてきた。つられて立ち止まると、ますます眉間のシワが増していく。

 

「なんでついてくんだ…」

「行き着く先が同じ教室だからです」

「俺の視界から失せろ。別の道行けや。んで前にも後ろにも立つな」

「朝から全開ですね」

 

軽快な三テンポ理不尽に、薄笑いしてしまう。

 

しかし困った。遠回りするにも一度来た道を引き返さなければならない。それはかなり面倒くさいもので、戻りたくない。そして、彼の発言によって前にも後ろにも行けなくなった。

 

なら、前にも後ろにも立たなければいい話である。

 

私は駆け足で彼に追いつき、彼と並行して歩く。歩幅が大きい彼に合わせているため、少々早歩きになるがこれで大丈夫なはずだ。彼のペースについていくと、一瞬キョトンとした爆豪くんは口元を引くつかせながら尋ねてきた。

 

「おい…どうして隣にいるんだ?」

「前も後ろもダメなので横ならアリかと…」

「トンチを聞いてんじゃねぇよ。殺すぞ」

「いい案と思ったんですが…嫌でした?」

「不快しかねぇよ。離れろ」

 

どうやらお気に召さなかったらしい。だが、離れてほしいと言うことは後ろを歩いていい許可が出た。時間も余裕があるため、ゆっくりマスコミをかわしながら行けばHRには間に合いそうだ。

 

「すみません!」

 

スピードを緩めたそのとき、道を塞ぐようにポニーテールの女性とカメラマンが飛び出してきた。突然現れ、びっくりしていると女性がマイクを爆豪くんに向けた。

 

「オールマイトの……あれ?」

 

何かに気づいた女性は、しばらく私たちの顔をじっと見つめて声をあげた。

 

「君たち…ヘドロ事件の二人よね!? 雄英の制服着てるってことは…同じ学校に通ってるの!? もしかしてクラスも同じだったりする!?」

 

女性が大声で言ったせいか、各々で取材していたはずのマスコミ陣も一斉に私たちに注目をする。

 

「本当だ。あの子たちってあの時の…」

「すげぇ、あれから雄英生になったんだ」

「でもあの実力なら納得できるな」

 

その瞬間、ぐるるる~と私のお腹が嫌な音を立てた。

 

マジか。まだその事件覚えているのか。

 

血の気が失せて、めまいがしてくる。今の私は顔面蒼白になっているだろう。そして隣にいる彼の顔を見たくない。どんな顔をしているのかわからないが、良く思っていないのはほぼ確実である。心なしか殺意が漏れ出ている気がするが、きっと気のせいである。

 

そんな私たちの様子を知ってか知らずか、女性はカメラマンと何やら相談をし始めていた。その隙に荷物を肩から外して抱え込む。隣の彼はもう限界だ。

 

一歩踏み込んだその時、女性が私たちの方へ振り返り、両手を合わせて小首をかしげた。

 

「ねえ、インタビューさせてもらっていい? それとお願いがあるんだけど…」

 

あ、もう嫌な予感しかしない。この後続く言葉を聞きたくない。

 

「二人をツーショットで撮らせてほし」

 

 

次の瞬間、私と爆豪くんは走り出した。

 

 

「待って! せめて話を…ていうか二人とも足速っ!!」

 

 

オールマイトから救われた二人に教師オールマイトについて聞けば、話題性や数字もとれてマスコミにはメリットがある。

 

 

だが、あの事件のことをあまり言わないでほしい。

 

 

あれがきっかけで私はヴィランに目をかけられて、死にかけるほどの特訓を10か月間行い、こうしてスパイ活動をするようになった。あのときの行動は後悔していないが、掘り返すのはやめてほしい。

 

メディアには悪いが踏み込んでほしくない領域を荒らされるのは許容できない。それは隣で爆ギレしている彼も思ったようである。

 

「なんで私たち一緒に走ってるんですか!? 余計目立ってますよ!」

「知るかボケ!! 俺は即てめぇから離れたかったんだよ!」

「奇遇です私も即あの場から離れたかったんですよ! 私たち気が合いますね!」

「クソが!! 朝からてめぇの顔を見るわ、黒歴史掘り返されるわで最悪だ!! 死ね!!」

「死にません! 生きます!」

「そこは死んどけカス!!」

 

悲鳴に近い叫びをしながら、男女二人が全力疾走するその光景に、大半の人は呆然としていた。

 

コンクリートで固められた道であるが、もはや砂煙を巻き上げる勢いで走り出した私たちは、接触しそうな歩行者を持ち前の運動神経で次々と避ける。

 

校門前の報道陣を猛スピードで人込みの間を駆け抜け、滑り込むように校門を潜り抜けた。ゴールにたどり着くと、短時間の急速な運動によって動機が激しく、肩で息をする。爆豪くんのスピードについていくとなると体力の消耗が激しいのだ。おそらく、今ので個性なしの短距離走の自己ベストを更新した。

 

他のマスコミが私たちに気づき、学校に踏み込んだそのとき雄英バリアーが作動して分厚いゲートが現れ、門が閉まる。雄英バリアーのシステムに今だけは感謝せねばならない。

 

顔を上げると爆豪くんはいつもの4割増しの殺意で睨みつけてきた。謝罪しようにも息切れが激しすぎて言葉が出ない。

 

困っていると妙な視線を真横で感じだ。振り向くと、相澤先生がなんともいえない微妙な表情で、こちらを見ていた。

 

「……お前ら、本当に仲いいんだな」

「仲いいわけあるかクソが!」

 

教師に対して威嚇した爆豪くんは大きく舌打ちをすると、校舎へ向かっていった。その後ろ姿は相当機嫌が悪そうに見える。しばらく話しかけない方がいいだろう。即爆破される。

 

「狩野。お前、大丈夫か?」

「い、いや…ちょっときついです」

 

トップスピードの勢いで駆け抜けて、足元がふらついた。とりあえず息を整えれば大丈夫だが、もう少し時間がかかりそうだ。

 

そのとき、ほかの生徒が校門の前に立ったのかバリアーが解けた。一人生徒が入ると、バリアーが反応しないギリギリの位置で先ほどの女性が服装や髪形を乱れながらも、身を乗り出して私に手を振った。

 

「よかったいた! ねえヘドロの君! そこからでも、一言だけでいいからコメントを!」

 

すごいあの人、あそこから走って校門までに来たのだ。足の速さは爆豪くんや私に匹敵していた。

その勇ましいプロ根性に一周回って感心してしまう。身をボロボロにしてまで仕事を全うするその姿は尊敬してしまった。

 

「すごいですね…」

「……教室に入ってろ。俺が何とかする」

「え?」

 

手を振るかどうか迷っていると、相澤先生がなぜか苛立った様子でマスコミ陣の方へ向かう。門を出ないところまで行くと淡々とした口調でしゃべりだした。

 

「すみません。申し訳ないですが、お引き取り下さい」

「でも、あの子は…!」

「彼女は…あの事件で活躍した人物だったかもしれませんが、今この場にいる彼女は雄英の生徒です。むやみやたらと過去を掘り返す非合理的なことはやめてください」

 

口調は冷静に感じる。しかしその声色はわずかに怒りが含まれているようだった。先生が放つその空気に、マスコミ陣はごくりと喉を鳴らした。

 

「もう一度言いますよ。お引き取り下さい」

 

その一言だけ言うと、相澤先生は引き返してきた。

 

イレイザーヘッドは合理主義の考えを持つ人物だ。ここには最低限注意するつもりで来たはずだ。しかし、先生は生徒のためにマスコミへ批判的な言葉を選んで追い返した。

 

その姿はヒーローとしてではなく教師としての鏡だと言える。立ち尽くしている私の顔を見ると、相澤先生はため息をついた。

 

「なんだ。まだいたのか」

「…相澤先生、ミノムシみたいで怖いとか思っていてすいませんでした」

「は?」

 

背筋をぴんと立たせて、頭を深く下げてしまう。

それは、先生が「怖い人」から「いい人」へ印象が変化した瞬間であった。

 

 

HRが始まると、先生は昨日の対人戦闘訓練をVTRで見たことを告げ、爆豪くんと緑谷くんに注意をした。片方は暴走し、片方は無茶をしたのだから仕方ないだろう。

 

「さて、HRの本題だ…急で悪いが今日は君らに」

 

緊張が走る。また入学のときのような臨時テストがくるかとクラス全員が身構えた。

 

「学級委員長を決めてもらう」

「学校っぽいの来た―――!!!」

 

相澤先生の一言に、安堵と歓喜が入り混じり、クラス中が盛り上がった。次々と委員長に名乗り出る生徒がクラスのほとんどを占めた。その中には緑谷くんも小さく手を挙げている。

 

普通科の学級委員長は雑務を任されることが多いが、このヒーロー科では先生からの連絡事項や重要なことをクラスに伝えるだけではなく、集団を導くというトップヒーローの素地が鍛えられる役として人気なのである。

 

私は単純にやりたくないので、手を挙げていない。密偵者なのだからやらなきゃならないかもしれないが、これ以上の多忙は嫌なのだ。

 

早く決めてほしいと心の中で思っていると飯田くんが大声を上げてみんなを制止した。

 

「静粛にしたまえ! ”多”をけん引する責任重大な仕事だぞ…! 『やりたい者』がやれるモノではないだろう! 周囲からの信頼があってこそ務まる聖務…! 民主主義に乗っ取り、真のリーダーを皆で決めるというなら…」

「まさか…投票で決めるんですか?」

「さすが狩野くん! わかってるな!」

「あー…なんとなく、そうかなと思いました」

 

話の流れをなんとなく察して言うんじゃなかった。飯田くんがこれまで以上に目を輝かせている。確かに私のように他人に任せたい人がいるなら投票で決めた方が手っ取り早い。

 

だが、同時に問題もある。それを言うかどうか迷っていると、梅雨ちゃんと切島くんが飯田くんへ振り向いた。

 

「日も浅いのに信頼もクソもないわ飯田ちゃん」

「そんなん皆自分に入れらぁ!」

「言いますね。梅雨ちゃん、切島くん」

 

二人の鋭い指摘に飯田くんは「だからこそいいのだ」と説得し、相澤先生に意見を言ったところ時間内に決めれば何でもいいらしい。

 

投票用紙が配られ、みんながそれぞれ名前を書く。途中で飯田くんがうなって相澤先生が注意する場面があったが、無事に書き終えることができた。

 

開票の結果…麗日さん、私、轟くんは0票、クラスのほとんどは1票、八百万さんが2票、そして緑谷くんが3票得ていた。この結果に緑谷くんは驚愕し、その反対に2票得た八百万さんは悔しそうな表情を浮かべていた。

 

「じゃあ委員長は緑谷、副委員長は八百万だ」

「マママ、マジで…マジでか」

 

教壇の前に立つ二人を温かい拍手が祝福する。一部この結果に不満そうな人がいたが、これで一件落着である。

 

 

お昼休みになり、私たちは食堂に来ていた。

私は本日のおすすめと言われた照り焼きセットを、麗日さんは焼き魚定食、緑谷くんはかつ丼、飯田くんはカレーを注文した。

 

「お米がうまい! この魚もおいしい!」

「麗日さん。こっちの照り焼きも美味しいですよ。一口どうぞ」

「じゃあ、お言葉に甘えて……うん! 美味しい! お礼に魚どうぞ!」

「ありがとうございます。では……うん。美味しいですね…!」

「だよね!」

 

麗日さんに同意を求められ、コクコクと力強く頷いた。分けられた焼き魚は程よい焼き加減と魚の肉厚が絶妙で魚のうまみを引き出していた。

 

雄英の学食はとても安価な値段で食べられる上に、味もピカイチで天国にいる気分になるのだ。ほっぺ抑えて笑顔になる彼女につられて笑ってしまう。

 

食べ進めていくと隣の緑谷くんの箸が進んでいないのに気付いた。それどころか何やらため息をついている。かつ丼は緑谷くんの好物のはずだが、一体どうしたのだろうか。

 

「なに、どうしたの?」

「いざ委員長やるとなると務まるか不安で…」

「まだそれ言ってるの?」

「思わず自分に投票しちゃったけど…冷静に考えて狩野さんのほうがいいかなって、途中で後悔してたし」

「冷静に考えなくていいわむしろ後悔しないで」

「そ、そうかな?」

「そうよ。委員長に任されたんだから堂々とすればいいのよ」

 

早口で否定すると緑谷くんは戸惑いながらも頷いてくれた。とりあえず、自分に投票してくれてよかった。これ以上クラスの人に期待感を抱かれると色々まずいのだ。すると、麗日さんと飯田くんが同意して首を縦に振った。

 

「大丈夫。デクくんなら務まるって!」

「そうだぞ。緑谷くんのここぞという時の胆力や判断力は“多”をけん引するに値する。だから君に投票したんだ」

「え? 緑谷くんに投票したんですか?」

「ああ」

「でも飯田くんもやりたかったんですよね?」

「“やりたい”と相応しいか否かは別の話…僕は僕の正しいと思う判断をしたまでだ」

 

投票法を発案したので、てっきり飯田くんはあの方法で委員長になる自信があるかと思ったが、真面目すぎたゆえに発案したらしい。自分がやりたかったのに、他人に投票するのは相当な葛藤があったはずだ。

 

彼なりに色々考えた結果が、相応しいと思った人が緑谷くんだったという。そういう考え方もあるのだと思っていると、麗日さんが首を傾げた。

 

「『僕』…! ちょっと思ってたけど、飯田くんって坊ちゃん!?」

「ぼっ!!」

 

麗日さんの一言に言葉を詰まらせていたが、やがて飯田くんは観念したかのように話してくれた。

 

飯田くんの家庭は代々ヒーロー一家で、飯田くんはその一家の次男だという。長男は東京都に事務所を構えており、65人もの相棒を雇う規律を守り人を導く、模範的なヒーローのインゲニウムだという。正直、大物すぎるヒーローの兄弟が目の前にいる事実に驚いた。

 

これはノートに追記しなければならない情報だ。雄英に入学するのだから先代からヒーローをする家庭のなかで育った人物もいる。こうした情報も念のため報告すべきなのだろう。

 

「人を導く立場はまだ俺には早いと思う。正直、狩野くんと迷ったが…緑谷くんが就任するのが正しいと判断した!」

「…待ってください飯田くん」

「ん? どうしたんだ?」

 

聞き捨てならないことをサラリと言われ、冷や汗をかいてしまう。

 

「私と緑谷くんで迷ったんですか?」

「ああ。だが、投票用紙に二名以上の名前を記入すれば無効票になる。それで迷った末に緑谷くんの方を…」

 

そういえば名前を書くとき、飯田くんは一人うなっていた。それは私と緑谷くんのどちらに票を入れるのか迷ったからなのだ。あぶない。

 

これで緑谷くんと飯田くんに票を入れられ、私が気の迷いで自分に票を入れてたら、私が委員長になっていた。実は運命的に委員長回避していた事実に、恐怖で箸の持つ手が震えてきた。

 

その時、けたたましい警音が校舎中に響き渡る。

 

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒のみなさんは速やかに屋外へ避難してください』

 

 

来た。弔さんがマスコミと一緒に突撃してきた。

セキュリティ3は校舎外で最後のセキュリテェイシステムのことだ。そこが突破されたということは、校舎内に侵入した証拠となる。

 

さすが弔さんだ。おそらく個性でセキュリティで発動したバリアーを塵に変えた。それによってマスコミも侵入できたのだ。ここで私がすべきことは、一生徒としての行動をすることだ。

 

食堂にいる生徒全員が一斉に非常口の方へ走り出す。私は三人と共に誘導に従って移動を始める。

 

さすが最高峰と評される雄英高校だ。迅速な対応で生徒はすぐに移動できている。ただ…

 

「迅速すぎてパニックになってるわね…」

「冷静に言ってる場合じゃないよ!」

 

全校生徒が一気にパニックになったため、人波が尋常じゃない。満員電車の中をそのまま後ろから押されて移動している感覚と同じだ。人が密集しているためもみくしゃとなり、思うように動けない。

 

麗日さんと飯田くんとも一緒に移動したはずだが、いつの間にかはぐれてしまった。今はなんとか緑谷くんが隣にいるが、はぐれるのも時間の問題そうだ。

 

最悪、一人で避難して後で合流すればいいかと考えていると、背後から強い力で押されてしまった。

 

「あぶない!」

 

不意打ちの衝撃で倒れかけたところを、緑谷くんが腕をつかみ引き寄せてくれたおかげで転倒することはなかった。代わりに引き寄せた力によって、緑谷くんへ体重を預ける形となってしまった。肩が彼の胸元に当たる。彼が反対の肩を支えてくれた。

 

「大丈夫!?」

「え…うん。平気だけど」

「狩野さん、手を掴んで! はぐれないように!」

「ええ…わかった」

 

倒れてもすぐに起き上がるつもりだったため、びっくりした。結果として彼に助けられてしまった。申し訳なく思っていると、手を差し伸べられる。私は戸惑いながらもその手を握った。

 

その手は、とても硬かった。

 

中学の頃はペンだこしかなかった彼の手は皮膚が硬く、手の平は肉刺ができていた。その感触に、緑谷くんは成長してるんだなと場違いにも思ってしまった。

 

握り返すと彼が手汗をかいているのに気付いた。この状況でどう切り抜けるのか必死に考えているのだろう。そのせいで手汗がすごいことになっているのだろう。

 

汗で滑らないようさらに強く握り返したそのとき、頭上からエンジン音がした。

 

「飯田くん!?」

 

見上げれば、飯田くんが縦回転しながら空中移動をしていた。おそらく麗日さんの『無重力』を利用して宙に浮いているが、うまくコントロールできていないようだ。やがて飯田くんは壁にぶつかり、非常口の看板の上に立つと飯田くんはぶつかったままの体勢で大声を上げた。

 

「大丈ー夫!!! ただのマスコミです! なにもパニックになることもありません。ここは雄英! 最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」

 

短く、端的に、それでいて大胆に呼びかけたことで、非常口付近にいた人たちは冷静さを取り戻していく。その場に立ち止まり、少しずつ状況を把握した生徒たちは、やがて報道陣が原因だとわかると各々教室へ帰っていった。

 

 

 

その後、警察が駆けつけてマスコミが追い返された。

 

飯田くんと麗日さんと無事に合流した私と緑谷くんは二人の後ろをついていくように歩いた。幸い、パニックが起きてから治まるまで時間は約10分ほどであった。果たして弔さんは目的を達成できたのか心配していると、緑谷くんは何やら気難しい顔をしていた。

 

また何か難しいことを考えているらしい。飯田くんの勇姿を見て何か思うことでもあったのだろうか。しばらく無言のまま歩いていると、唐突に緑谷くんがこちらに振り向き、耳打ちをしてきた。

 

「ねえ、狩野さん」

「なに?」

「狩野さんは誰に投票したの?」

 

突然さっきの選挙のことを言われ、面を食らう。本当はそういうことは言わない方がいいが、投票はすでにしてしまったため時効だろう。前を歩く二人に気づかれないよう、私は小声で同じように耳打ちをして答えた。

 

「飯田くんだけど。それがなに?」

 

理由は先ほど選挙法を発案したとき、みんなを納得させた説得力と、率直な意見を一声で皆に伝える意志の強さを感じたからだ。そういったリーダーシップは飯田くんが適任だと判断した。

 

過ぎたことをどうして問うのか疑問に思っていると、緑谷くんはとてもうれしそうに頬を赤らめ、大きく頷いた。

 

「やっぱりそうだよね!」

「ん? どういうこと?」

「ありがとう狩野さん! おかげで言えるよ!」

「いや、どういうことなの?」

 

急にテンションが上がった様子の緑谷くんに、首を傾げてしまう。前を歩いていた二人も同じように首をかしげていた。

 

 

チャイムが鳴り、午後のHRでは学級委員長以外の委員長決めを執り行うことになった。クラスメイトの前で司会進行役は委員長になった緑谷くん、黒板の書記は八百万さんで進行することになった。緑谷くんが緊張気味に声を震わせながら、司会を始めた。

 

「で、ではほかの委員決めを執り行ってまいります!……けどその前にいいですか?」

「ん?」

「やっぱり飯田くんが委員長になるべきだと思います」

 

マジかい緑谷くん。ここで委員長を指名するのかい。

 

まさかの委員長辞退に、反対意見が出るのかとひやひやした。だが、非常口の活躍を見ていた上鳴くんと切島くんの後押しや、効率主義の相澤先生が早くしろとキレかけ、最終的に飯田くんが学級委員長を務めることになった。

 

飯田くんはとてもうれしそうに委員決めの司会進行に回り、副委員長の八百万さんは複雑な顔をしていた。

 

 

 

 

帰宅すると、私はノートを取り出した。

 

あれだけの騒ぎになったのだから、弔さんの作戦が成功したいのか確認したかったのだ。深呼吸を一つして、部屋の片隅でゆっくり開いた。

 

『カリキュラムを盗むのに成功。明日19時にオールマイトを殺しの作戦の打ち合わせをする。18時半には帰宅しろ。黒霧が迎えに行く』

 

どうやらうまくいったようだ。そのカリキュラムにいいことが書いてあったのか、早速動き出すようだ。

 

普通なら、スパイの私がいるのだからもう少し様子を見るなり、情報を集めるなり手があるはずなのに、オールマイトを殺したくて仕方ないという狂気がつぶれた文字から感じ取れる。

 

弔さんは私が思っている以上に大人ではないかもしれない。スパイの私に何をするのかあまり想像したくないものだ。ため息をついて続きを見る。すると、そこに書かれてあったのは、私の想像以上のものだった。

 

 

『お前の親父も作戦に参加する。初めての親子共闘だな』

 

 

パサリとノートが手から離れた。あまりの衝撃的なことで、上手く力が入らなかったのだ。慌てて拾いなおし、連絡のページを見直す。間違いなくそこには父がオールマイト殺しに参加をすると明記してあった。

 

「…うそでしょ」

 

父が参戦する事実に、私は目の前が真っ暗になった。

 




書きたいものを全部詰め込むとこうなりました。特に主人公と爆豪くんのところが書きたかったんです…個人的に執筆して楽しかったです。
今回は盛り込んでいった達成感ある回となりました。


次回予告
次回、主人公が色々考えて寝不足になります。シリアス成分多い話になりそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動報告15 作戦会議しました


今回はヴィラン連合パートです。


※個性について独自解釈が入っています。
※地の文が気持ち多めです。ゆっくり展開。
※シリアス成分多めで一部、残酷描写がされてます。





「黒霧さん。おかわりお願いします」

「はい。どうぞ」

 

早めの夕食を済ませ、18時半になると黒霧さんが約束通り迎えに来てくれた。黒霧さんのワープで移動した先は街の隅にある小さなバーだった。壁はレンガが基調とされており、カウンター席が5つほど並んでいる。そのカウンター席の正面にはカクテルやウイスキーなどのボトルが多く閑寂した雰囲気がある。

 

私が着いたとき、弔さんと父の姿が見えなかった。二人を待つ間、私は黒霧さんの勧めで少しだけバーの雰囲気を満喫していた。なんと無料で提供してくれるといってくれたので、贅沢にコーラを頼んでしまった。普段は飲めない贅沢な喉ごしに小さな幸せを感じる。

 

「大丈夫ですか。忍さん」

「なにがですか? もしかしてコーラのガブ飲みに伴う腹痛の心配ですか?」

「そ、それも心配ですが……少々、無理をしているように見えたので」

 

都合の悪い指摘に、手にしていたグラスが揺れ、眉をゆがめてしまう。だが、私はすぐに口角を上げた。

 

「無理してませんよ。むしろ元気なくらいです」

「…それなら、いいですが」

 

無理をしているというより、不安なのだ。これから発表される作戦で私の今後が決まる。気が気でないせいで学校では上の空となってしまって寝不足になって授業中、うたた寝をしてしまった。おかげで相澤先生やプレゼントマイクに注意されてしまい、緑谷くんに心配されてしまった。

 

そのときは笑って誤魔化しといたが、今後はもっとうまく隠さねばならない。今後の課題が見つかり、肩を落としてしまう。

 

黒霧さんはコーラの入ったボトルをカウンターの裏にしまった。そろそろ、弔さんとお父さんがくるのを感じ取ったのだろう。私もグラスをテーブルの隅に寄せて、席から立つ。

 

バーにある古びたドアが開く。父と弔さんが入ってきた。うつむき気味に歩いていた父が私と目が合うと、いつものような調子でテンションをあげて手を振ってきた。

 

「ひさしぶり忍! いやぁ、忍と仕事ができるなんて、人生何があるのか分からないもんだな!」

「…いつみてもそのテンションうざいわね」

「そこはうざいじゃなくて、元気いっぱいなお父さんって言ってほしかったな!」

「その要求がうざいわよ」

「うるさいな…作戦会議するぞ」

 

軽く父をあしらうと、弔さんがカウンター席に座る。正面に黒霧さんが立ち、弔さんを挟む形で私と父が座る。黒霧さんがカウンターの裏から1mほどのマップらしきものを取り出し、それをテーブルに広げる。

 

マップ中央あたりに『セントラル広場』と書かれた円を取り囲むように『倒壊ゾーン』『土砂ゾーン』『山岳ゾーン』『火災ゾーン』『水難ゾーン』『暴風・大雨ゾーン』と文字が時計回りで書いてある。何の地図なのか見当がつかず、疑問に思っていると弔さんが口を開いた。

 

 

「USJを襲撃する」

 

 

「USJって、大阪の?」

「もしかして…このメンバーでUSJ遊ぶの!? 大丈夫? 実際このメンバーで行ったらシュールじゃない!?」

「んなわけあるか。塵にするぞ」

 

突然大阪の有名なテーマパークの名前を出されて首をかしげてしまう。一方、父はテンションが上がったのか勢いよく立ち上がったが、弔さんに手を向けられると、父は瞬時に席に戻った。情けない父の姿にため息をついてしまう。すると、黒霧さんが仕切り直すように咳払いをした。

 

「昨日に拝借したカリキュラムによると『(U)みたいな(S)害や(J)故ルーム』略してUSJに、忍さんが所属する1-Aが救助訓練をすることになっています。そこを襲撃する…と死柄木弔は言っています」

「…ああ。そうだ」

 

黒霧さんの説明で、USJ違いだと判明した。とりあえず雄英は大人の事情をもPlus Ultraが可能なんだと思った。そこに関して深くツッコミを入れてはいけない気がした。

 

 

作戦の主な流れは以下の通りだ。

 

まず授業開始時、セントラル広場に弔さんと黒霧さん…それと10名ほどのヴィランがワープで登場する。

 

このヴィランは黒霧さんと弔さんが呼びかけて集まったヴィランであり、正式なメンバーではない。その人数は約70名ほどらしい。このヴィランたちは非正規雇用者、もしくは派遣社員ということだろうか。アホな発想だが、個人的にそういう考え方がしっくりきた。

 

そして、ヒーロー側はおそらく授業をみる予定のオールマイトとスペースヒーロー13号は、生徒の避難を最優先して外部へ連絡して応援を呼ぶだろう。そこでセンサー対策では電波妨害が可能な個性を持つヴィランが個性で、連絡手段の機能停止させる。

 

生徒の方はワープで黒霧さんが出入り口に回り込んで、個性を使い、生徒をゾーンごとに散り散りにする。ここで戦力を分散させるという。

 

「各ゾーンに有利な個性の奴らを10人は待機させている。ワープしてきた生徒をそこで嬲り殺す」

 

嬲り殺し。

その言葉に眉をしかめてしまう。

 

だが、その作戦はある意味妥当なのかもしれない。生徒を放っておけば学校に応援を呼ばれて、返り討ちに遭う。それを回避するためには、USJ内で閉じ込める必要がある。単純な作戦に見えて、先のことを考えているようだ。

 

作戦内容に耳を傾けていると、ふと弔さんが私を指してニヤリと笑った。

 

「当日や、作戦決行後にもやることもあるが…その前に忍にやってほしいことがある」

「…何でしょうか?」

「生徒をどう散らすのかを考えてほしい。個性知ってんなら、不利な場所もわかるだろう?」

 

生徒の配置決め。それが私に課された命令であった。ごくりと喉を鳴らしてしまう。

 

「随分重要なことを任せるんですね」

「そりゃあ、俺よりお前の方がお友達を理解しているだろう?」

 

確かに、今までのスパイ活動したおかげで生徒の個性やそれに伴う欠点も大体把握している。弔さんが実際に個性を見た私に任せるのも納得はしている。だが、何か違和感を覚えた。

 

黒霧さんの『ワープゲート』は体を黒いモヤに変化させて、離れた空間につないでワープゲートを形成して座標移動が可能な個性だ。個性は身体機能と同じで、便利な個性であっても身体の負荷が掛かる。ゲートを開くのにも数は限られており、21名を別々の場所に移すのは難しい。

 

となれば、数名ほど入れる大きめのゲートをつくり、まとめて移動させるやり方しかできない。

 

「黒霧の個性、わかってるよな?」

「…はい」

「黒霧のゲートにも限度がある。だから、人数を絞ってそいつらの周囲にいた奴もまとめてワープさせる。ある程度なら待機させる人数をどう割くのかも、お前が決めて構わない。利用できるもんは利用しろ」

 

 

「確実に殺せる奴を殺るのか、それとも強力な個性のやつを潰すのか、お前が決めろ」

 

 

肩に軽く手を置かれ、囁かれる。

 

潜められたその声の裏側にどんな意図や、悪意があるのか計り知れない。汗が額から首筋へ伝っていく。一瞬だけ、呼吸の仕方が分からなくなり、目の前が暗くなっていく。

 

つまり、弔さんは『殺す相手はお前が決めろ』と言っているのだ。それも、自分で考えた策略によって殺める方法で。

 

口を噤んでいると、弔さんが不審に思ったのか顔を覗き込んできた。

 

「どうした? なにか不満でもあるなら、素直に言ってくれてもいいぜ」

「…いいえ。ありません」

「そうか。なら、いいな」

 

作戦内容自体は、合理的な方法だと思う。初手で奇襲を仕掛け、生徒をバラつかせることによって教師たちは焦ってくる。オールマイトなら、生徒がそんな状況であれば命を賭してでも救いに行く。心理的に追い詰めていく方針らしい。

 

それで万が一、生徒に危害が加えられたとメディアが報じれば雄英の名誉もガタ落ちとなる。それによって世間もヒーローに不信感を持つ。これでヴィラン側にとって動きやすい状況を作れるというわけだ。ただしこれはヴィラン連合がオールマイトに勝てる前提の話だ。

 

いくらこちらに弔さんや父がいるからといっても、勝てる保証もない。それほどオールマイトは強敵なのだ。

 

「それでオールマイトを倒せるんですか?」

「いいや。それだけじゃ、あいつに勝てねぇよ…だから、とっておきを出す」

 

そういってテーブルの上に置かれたのは、写真だった。そこに写っていたのは脳味噌をむき出しにし、全身が黒く染まった筋骨隆々な体をしている人間のようなものがいた。果たして、それを人間と言っていいのか怪しい禍々しい外見であった。

 

「こいつは脳無(のうむ)。対オールマイト兵器で『超再生』『ショック無効』を持つ…オールマイトの100%のパワーに耐えられる()()()()()超高性能人間さ…」

 

薄気味悪く笑う弔さんは、とても愉快そうであった。

 

個性を複数持つ人間は、数少ないがいる。それは親からの遺伝で複合的に持つ場合だが、弔さんの口ぶりからしてこの脳無というのは身体を改造して別の個性を手に入れた人間というのだろう。人間を改造する話はにわかに信じがたいが、そういった個性を持つ研究者がいるなら納得できる。

 

考察をしていると、弔さんが黒霧さんを指して説明をつづけた。

 

「こいつでオールマイトを拘束して、黒霧のワープで身体が半端にとどまった状態にする。そこでゲートを閉じて…オールマイトを引きちぎる」

 

一見すると、その計画は実際に成功する確率が低いように感じられた。しかし、この脳無が、本当にオールマイトのスピードやパワーについていけるとすれば…殺害は可能だ。

 

父が弔さんが出した脳無の写真をつまみ上げて眺める。ひらひらと左右に振りながら写真を見るとつまらなそうに「ふーん」と相槌をした。

 

「それで、俺は何をすればいいんだ? さっきから名前が出てないんだけど」

 

そういえば、父の役割を聞いていなかった。父の実力は全く知らない。だが一つ言えるのは、父がこのヴィラン連合で主戦力なるのは間違いない。

 

オールマイトを殺害する算段で父の名前は出なかった。父が参戦すると聞かされていたため、どんな役目があるのか気になっていた。妥当なのは黒霧さんのサポート、もしくは弔さんの護衛といったところだろうか。予想を立てていると、弔さんはなぜか私を指した。

 

「お前は…忍のサポートだ。こいつの指示には必ず従え。それだけ全うしろ」

 

意外な指示に、その場にいたみんなの目を見開かせた。いち早く指示を理解した父が肘杖をつきながら確認をする。

 

「それは…平和の象徴潰しには参加すんなってことか?」

「ああ、そうだ」

 

即答で頷く弔さんに、父は少し困ったように目を泳がせた。戸惑っていると、黒霧さんが前に出て弔さんに言及をした。

 

「死柄木弔。あなたは彼の実力は資料で知っているはず。この男と協力すれば、オールマイトを殺せる可能性も飛躍的に上がります。なぜ彼を後方に? それに彼は…」

「うるさい。こいつがいなくても脳無だけで十分だ。誰がこんな奴の助けを借りるかよ」

 

黒霧さんの助言に、聞く耳を持たなくなった弔さんは、苛ついた様子で自身の首元に爪を立ててガリガリと引っ掻き始めた。その様子に違和感を覚える。昨晩、弔さんは私に父が作戦参加することをノートに明記していた。実力を買って指名したと思っていたがそうではないらしい。

 

「弔さん…どうして父を今回の襲撃に加えたんですか?」

「…先生がこいつを使えって言ったから仕方なくな」

 

少し考えるそぶりを見せた弔さんは、問いに答えてくれた。弔さんの言う先生のことはよくわからないが、相当父のことが気に食わないのはわかった。一体、父は何をやらかしたのだろうか。ここまで嫌われる人間がいると清々しい。その返答に、父は肩をすくませた。

 

「わかった。弔くんがそう言うなら、俺は忍の指示に従う。そっちの加勢は基本的に考えなきゃいいんだな?」

「話が早くて助かるぜ」

 

そんな父と弔さんのやり取りに、黒霧さんはため息をついていた。

 

 

 

 

「眠い…」

 

現在時刻は深夜2時。私は完全に徹夜をしていた。翌日は日曜日で学校が休みだったこともあり、帰宅してから命令通り配置を早速考えることにした。

 

クラスのみんなの個性は把握しているし、ある程度の弱点もわかっている。例えば、梅雨ちゃんは水難ゾーンが戦場で一番有利であるが、火災ゾーンへ移動させたら思うように動けなくなるだろう。ほかのみんなも個性的に不利な場所はわかる。確実に生徒を殺害することはできる。

 

けれど…オールマイトだけが狙いなのに、クラスのみんなを巻き込むのは嫌だ。

 

だが、これであからさまに生徒に有利になる地形へ行かせてもまずい。ヒーロー科最高峰の雄英にくるヒーロー志望の人がそんな状況に放り込まれて、敵の狙いがオールマイトを消すことが判明していたらどうする。

 

普通は先生にヴィランを任せて応援を待つ。その方が賢明だ。けれど…もしもヴィランの実力が大したことじゃないと思い違いをすれば

 

「オールマイトを助けにいく…よね」

 

平和の象徴を殺そうとする相手をヒーローの卵たちが放っておくはずない。少しでも加勢をしてオールマイトを守りに行く、もしくはヴィラン連合の逮捕に協力をする。

 

 

それはダメだ。そうなったら…脳無に殺される。

 

 

脳無は、オールマイトの100%のパワーに耐えられる戦士であり、オールマイト以上の戦闘力があると言っていた。つまり、一瞬で人を殺せる力を持ってる。

 

脳無に接触させるのは危険すぎる。脳無だけでなく、触れたら塵にしてしまう個性を持つ弔さんや、ゲートを閉じて体を切断できる黒霧さんも同様だ。

 

ゾーンに散りばめるヴィランは、チンピラ同然の実力と弔さんは言っていた。A組にはゲームバランスを崩す存在が3名ほどいる。

 

その3人をどうにかしなければならないが、協力してくれるヴィランたちだけでは時間稼ぎになるのかも怪しい。早めにオールマイトは潰すと言っていたが、オールマイトの実力を考えればそう簡単にいくはずもない。

 

いっそのこと、私自らが動いて時間稼ぎをすることも考えたが、弔さんは『作戦決行後にもやることがある』と言っていた。今回でオールマイトを倒せるにしても、倒せないにしてもその後のヒーロー側の動きを密偵する必要があると、判断している。裏切る行為は今回できない。

 

問題はそれだけでなく、父のこともある。私のサポートに来たなら、生徒を嬲り殺しをする気だろう。

 

頭が断続的に上下に揺れて手に力が入らなくなる。帰ってから、ずっと取り組んでいるせいで集中力が持たなくなって来ているらしい。

 

「や、ば…」

 

瞼が重い。抗うことができず、視界が黒く塗りつぶされてしまった。

 

 

まばたきをする感覚で目を開けると、そこは私の家ではなかった。見渡す限り、夕焼けのように赤く染まっている何もない空間に、立っていた。

 

声を出そうとするも、口が動くだけで声にならない。喉を触ってみるも、痛みはない。本当に声が出ないだけだ。周囲を再び見渡す。

 

すると、二つほど人影が見えた。目を凝らすと、見覚えのあるシルエットをしている。手を振ろうとした瞬間、一人の姿を見て、悪寒が走った。

 

その人物の頬や服に真っ赤な液体が飛び散っている。その腕は眩い光を放ち、鋭利な刃物に変異している。その刃の一部は血が付着していた。そこからポタポタと音を立てて雫が垂れる。刃にはどれだけの血を吸ってきたのだろうか、落ちる血が止まる気配がなかった。

 

むせかえるような光景に吐き気がして、口元を抑える。

 

顔を上げると不意に人物と目が合った。ゆらりと焦点の合わない目をしていた。その近くに怯えきって腰を抜かす顔の無い誰かがいた。獲物を見据えた人物は口角を大きく吊り上げた。その瞬間、考える前に身体が勝手に走り出していた。

 

手を伸ばして駆け出すも、不思議と近づいていくはずの距離がどんどん離れていく。叫んでも声が出ない。

 

その人物はゆっくり相手を見ると容赦なく首を掴み、体を持ち上げる。抵抗して暴れる人物に、刃にした腕を胸部に向けて振り下ろし――

 

 

 

その直後に飛び起きて、目が覚ました。周囲を確認する。そこは、私の家であった。びっしょりと全身に冷や汗をかいて、息が乱れる。心臓も忙しなく動いていた。

 

「なんだったの、今の…」

 

どうやら一瞬だけ寝てしまったらしい。疲労のせいで気を失ってしまったのだろうか。おかげで悪夢を見てしまった。頭がずきりと痛んで顔が歪み、息を整える。悪夢をフラッシュバックで思い出し、くしゃりとメモを握りつぶした。

 

「殺させない…絶対に殺させないわよ」

 

弱気になってはダメだ。このままでは悪夢が現実になってしまう。腕を伸ばして眠気を少しでも飛ばす。その周囲には構想を作る際に使用したメモが大量に床に散らばっていた。気が付けば手の側面が黒くなり、指も痺れていた。

 

「どうやって、一人も広場に行かせないようにして脳無と接触させないようにするか…なおかつ、それを弔さんたちに悟られないようにして移動先を考えて…お父さんのことも考えなきゃ。あとはヒーロー側に私の動きが怪しまれないように、私の配置も決めなきゃ」

 

やることが多すぎる。けれど、ここで折れるわけにいかない。生徒のデータは黒霧さんの元に送られている。その気になれば、不利な場所を想定することもできたはずだ。

 

私がやるしかない。投げ出したら、取り返しのつかないことをしてしまう。

 

「やんなきゃ、なんとかしなきゃ…私がなんとかしなきゃ、だれがやるの…私がやるんだ」

 

きっと道はある。

全てをやり遂げられる方法がきっとあるはずだ。できることは限られているが、なんとか見つけるしかない。

 

「大丈夫よ。わたしは…まだ、がんばれる…」

 

自分に言い聞かせると、A組の個性が書かれたノートを取り出して見直す。床の上に散らばる大量のメモを拾い上げてそれを参考にもう一度構想を練る。白紙の紙にUSJの全体図を簡潔に書き出す。頬を叩いて、気合いを入れて構成を考え出しそうと回りきっていない頭を回す。

 

次の瞬間、視界が何かに遮られて真っ暗になる。突然のことで放心する。目の周りにかけて大きな手の平の感触がした。背後に誰かいるようだ。

 

「だーれだ!?」

 

その一言で、私はその正体がでわかった。

こんなふざけたことをするのは一人しかいない。特定できた同時に、ふつふつとそれまで溜まった鬱憤が胸の中で蘇り、頭に血がのぼる感覚がした。

 

「…お父さん」

「せいかーい! いやぁ、ひさびさに家に帰りたくなってさ。そしたら忍、起きてたからびっくりした。そんでさ、たまにはこういう粋なサプライズしたくなって…どうだった?」

「そうね…」

 

なぜか父は少し焦った様子で目隠しを外す。私はそんな父に微笑んで

 

渾身の力を込めた拳を父の腹に向けて放った。

 

「ぐほっっ!!?」

 

見事にそれは急所を突き、不意打ちで攻撃を受けた父は嫌な声を発すると、体をくの字に曲げてお腹を抑えながら床に転がった。よほど痛かったのか、全身が痙攣しているようにも見える。しかし今まで受けた私の理不尽に比べれば、きっと安いものだろう。少しすっきりした。

 

だが、ここであることに気づき、私はハッとする。

 

「しまった…硬化で顔面殴ればよかった」

「何、末恐ろしいこと言ってんだ…! 危うく胃袋の中身をリバースするところだったぞ…!」

「ごめんなさい。反射的に殺意が芽生えて、気づいたら殴ってた」

「サラリと出たな本音が。そんなにサプライズが気に入らなかったか?」

「それもあるけど、タイミングの問題ね」

 

どうやら、この人は合鍵で家に入ってきたらしい。集中していて全く気付かなかった。いつもなら、休日の昼間や学校から帰宅したときに時々くるはずだが、こんな深夜に訪ねるとは珍しい。予想外の訪問に、さっきまで考えていた構想を忘れてしまった。一気に力が抜けたせいでまた睡魔が襲い掛かってきた。

 

重くなった瞼をこすっていると、父はお腹を抑えつつも、起き上がっていた。

 

さっきの夢のせいだろうか、いつもの父と違って見える。同時に嫌なことがよぎり、首を振ってそれを振り払う。

 

色々考えすぎて、それと寝不足のせいでまともな思考ができなくなっている。いい加減、睡眠をとらないとまずい。立ち上がろうとしたが、うまく足に力が入らない。そういえば構想を考えている途中で足がしびれていたのを忘れていた。なかなか立たない私を心配したのか、父が手を差し伸べてきた。

 

「大丈夫か? 手を貸すぞ」

「いい…すぐに立てる」

 

首を横に振って、自力でなんとか無理やり立つ。ちゃぶ台の上に散らばる大量のメモを片付ける。そのうちの一枚を床に落とすと、父がそれを拾い上げてメモの内容を眺め始めた。

 

「すげぇメモの量だな」

「…お父さんには関係ないでしょ」

「いやいや関係あるし。俺、今回の仕事は『忍のサポート』だからさ、どんな指示されるのか検討つけたいだろ」

 

父への命令は、オールマイト殺しに関与しない私のサポートだった。あの指示の様子は、どこかそぐわないところがあったはずだ。ここには私と父しかいない。なら、聞いても支障はないだろう。

 

「お父さんは…弔さんの指示、どう思う? 不満とかないの?」

 

その質問に、ピタリと父が動きを止めた。表情を固くしたまま、拾ったメモを渡してきた。

 

「いいか忍。俺は死柄木弔の命令に従う…これは絶対だ。不満なんてねぇよ」

「なにそれ…都合良いように使われても文句言えないってこと?」

「そうかもな。けどよ…今回俺が受けた仕事は『忍をサポートする』()()だ」

 

理不尽なことをさらりと言うと、不意に父と目が合った。一瞬、あの悪夢を想起してしまって肩が跳ねてしまう。

 

「だから…多少無茶な注文をされても、俺は忍の指示を実行する」

「…は?」

 

言われたことが理解できなかった。思わず声を漏らすと、父は力強い目で私を射抜いた。

 

「襲撃の目的は『平和の象徴を潰す』こと。それさえ達成すれば、ヴィラン連合の目的は果たせる…それの支障さえなければ、お前の()()でいい。彼も言っていたよな『利用できるモンは利用しろ』ってさ」

 

その言葉に、父が言いたいことがだんだんわかってきた。意図に気づき、私は雷に打たれたような感覚に陥った。この人が、そういうつもりで言っている事実がとても信じられなかったのだ。

 

 

「なあ、忍。俺はどうすればいい? どうお前が守りたいものを守ればいい?」

 

 

その一言で、今までの不安が吹っ飛んでいった。

この人は、間違いなく強い。

父は弔さんの命令には必ず従う。

その弔さんが私の指示に従えと父に言った。

 

それはつまり、父の力を借りて、みんなを生かすことができるかもしれない。

 

とっさにノートを開き、これまでの情報を別の紙に軽くまとめて書く。これまでの構想をまとめ、殴り書きで配置を決めていく。父をうまく利用すれば、ヴィランとしての作戦を実行しつつ、クラスのみんなを広場に行かせない方法が。脳無と接触させないように調整できる。そう思うだけで疲れ切った体に鞭を討って、取り組むことができた。すぐにできた完成図に、私は達成感を覚えた。

 

「お父さん…」

「なんだ?」

 

これは、大きな賭けだ。本当にこの人を信頼していいのかわからない。だが、今の私が頼れるのはこの人しかいない。この人を利用するしか、みんなを守れない。

 

「協力してほしいことがあるの。アンタにしか、頼めないことがある」

 

私がそう切り出すと、父はわずかに笑っている気がした。

 




このときの死柄木さんは、ヒーローをナメてます。なので原作どおり作戦に甘いところがあります。父親が動きました。どう意図があって主人公に協力しているのか、いつか書きます。楽しみにしてください。

死柄木さんがどういうつもりで主人公にA組の初期位置を決めさせているのか…それはUSJ編のどこかで書ければいいと思います。

USJ編ではこういう経緯があるので、原作と一部生徒の配置が異なります。


余談
どうしてクズ父親を殴った? と言われたら、私は笑顔で答えます。
執筆中にぶん殴りたくなったからです。


次回予告
主人公がおなかを抱えて笑います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動ファイル3 上司がUSJに来ました
活動報告16 上司が突撃訪問しました


 
今回は、展開が忙しいです。


※いつも以上に長いです。
※キャラ崩壊注意


作戦会議を終え、数日が経ち…例の救助訓練が行われる日となった。ヒーロー基礎学が始まることでみんな気合が入っているようだ。教卓の前に立つ相澤先生は授業開始前に生徒の前で知らせをした。

 

「今日のヒーロー基礎学だが…俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見ることになった」

 

先日確認したカリキュラムでは『13号とオールマイトの二人が人命救助訓練の引率』のはずだった。それが相澤先生を含めた3人になったのは、特例だ。こうなったのは、弔さんとマスコミによるプチ襲撃による警戒態勢だろう。確かに、マスコミが押し入るのはセキュリティを完璧にしていた雄英にとって、警戒すべき事態だ。

 

相澤先生の知らせが終わると、みんなが自分のコスチュームを取りに行く。私はシャーペンとあるものを取り出してポケットにしまった。

 

 

USJは学校から約3kmほど距離があり、そこまでは学校専属のバスで移動する。そして今回、人命救助をするにあたって、コスチュームの着用は各自の判断することになっている。それは活動を限定してしまうコスチュームへの配慮であった。

 

とはいっても、コスチュームを着ていないのは対人戦闘訓練でコスチュームをボロボロにしてしまった緑谷くんだけで、他のみんなは着用している。

 

「あれ? 狩野さん、メモ持って行くの?」

 

私はシャーペンと手のひらサイズのシンプルなデザインのメモを持ち出すと、緑谷くんが話しかけてきた。

 

「ええ。ノートつけるとき、細かいことまで覚えられてないことに最近気づいて…相澤先生にも許可取っているから大丈夫よ」

「そっか。確かに今までは記憶頼りに色々ノートをつけてたけど、メモか…いいかもしれない。今度僕もやってみるよ」

「君たち! 喋っていないで番号順に並びたまえ!」

 

メモをしまって、くるくると手元でペンを回しながら答えると緑谷くんは納得してくれた。二人で話していると、ホイッスルをくわえて出席番号順になるよう誘導するフルスロットルな飯田くんに大声で注意された。クラスのみんなはその指示に従って並んでいく。

 

緑谷くんから指名を委員長の受けた飯田くんはこうして真面目に仕事を取り組んでいる。気合がいつもよりもすごいのは本人曰く「指名を受ける前に、一票僕に投票してくれた人がいた。その人のためにも頑張りたいのだ」という。

 

その話を聞いて、私が投票したことをなんとなくむずかゆくなって言えなかった。

 

 

 

「こういうタイプだった! くそう!」

 

バス車内にて、飯田くんはへこんでいた。彼の予想では二人がけの前向きタイプだっただろう。しかしまさかの前方部は横向きで後方部は前向きの混合タイプであった。ドンマイである。

 

こうなれば自由席になるが、緑谷くんは前方部で梅雨ちゃんと砂籐力道(さとうりきどう)くんに挟まれて着席をしていた。

 

後方部に着くと、目立つ位置に爆豪くんが窓側の席に一人いた。隣が空席なのに気づき、笑顔を浮かべながら尋ねてみる。

 

「すみません。と」

「なりに来たらぶっ殺す」

「わかりました。諦めますね」

 

知ってた。隣に行こうとした時点で睨まれてダメな予感はしていた。食い気味に拒絶されるとは思わなかったが。

 

一つ後ろの空いている席に座る。この後のことを考えると、体力温存しておきたいので、仮眠をとっていいかもしれない。ぼんやりとそんなことを思っていると、私のところに立ち止まっている人影が視界の端に映る。

 

「隣、いいか?」

「…どうぞ」

 

顔を上げて確認をすると、そこには(とどろき)焦凍(しょうと)くんがいた。予想外の人物に目を丸くしたが、断る理由もないため席を詰めてスペースを空ける。すると、轟くんは座った。

 

彼はヒーローランキング2位、フレイムヒーローエンデヴァーの息子で『半冷半燃』という氷と炎を操れる個性を持つ少年だ。対人戦闘訓練で5階建のビルを凍らすというチート業を魅せた要注意人物でもある。

 

今の時点では、炎の個性を使用したところを見ていない。まだ彼の全力を見ていない。つまるところ、このA組の中でもトップに立つ人物と言っても過言じゃない。

 

考察を進めていくと、ふと大きなあくびをしてしまう。手で口元を覆うと轟くんが不思議そうな顔をした。

 

「なんだ。夜更かしでもしたか?」

「夜更かしというより…ヒーロー基礎学が楽しみでよく眠れなかったんです」

「なんだそれ」

 

もちろん嘘だ。昨晩は、襲撃作戦の内容を何度もシミュレーションやら、任務の確認をしていた。おかげで睡眠時間を少し削る羽目になった。少々子どもじみた言い訳だが、仕方ない。まともな言い訳が思いつかないのだ。

 

呆れたのか轟くんは肩をすくませながら、意外そうに私を見た。

 

「お前、意外とガキみたいなところあるんだな」

「高校生は十分子どもですよ。ヒーロー基礎学が翌日みんなで遠出するピクニックと同じで、楽しみで仕方がない高校生もいますって」

 

かなり無理やりな意見であるが、どうかこれで納得してほしい。そんな願いを込めていると、轟くんは視線を上に泳がせ、なにやら思案をしていた。しばらくすると、真剣な眼差しで彼は言った。

 

「ピクニックってアレか『バナナはおやつに入りますか?』っつー決まりの質問があるやつ」

「……」

「違うのか?」

「えっと…ちょっと待ってください。今思い出すので」

 

予想外の切り返しに、咄嗟に言葉が出なかった。眉間を抑えて、小学生時の頃に渡された遠足のしおりを必死に記憶をめぐらす。思い出すとポンと手を叩いて彼と向き合った。

 

「思い出しました『バナナはおやつに入りません』と事前にしおりに書いてありました」

「対策されてたのかよ。先生もやるな」

「あ。それと、おやつは300円までということも書いてあった気が…」

「ああ、俺もそうだった。菓子を持ち運んで食うのに、なんでそんなルールがあるんだ?」

「アレですよ。きっと社会の基本、物の売買はどういうものか実践でやってほしかったんじゃないですか」

「へぇ。そんな狙いがあったのかアレには」

 

割と適当に言ったことだったが、轟くんは深く頷いて共感し、ゆったりと船をこぎだし始めた。実は彼も眠かったようだ。

 

「悪い。寝るわ」

「どうぞ、着いたら起こしますね」

「ん、悪い」

 

腕を組んで背もたれに寄り掛かると、彼はそのまま目を瞑る。寝息が聞こえた。眠い思いをしていたのは私のはずなのに、会話をしたら一気に目が覚めてしまった。

 

冷静になっても、彼との会話の展開が斜め上にいっていた。どうして私はクラスで一番強いかもしれない彼と、遠足のおやつの話をしていたのだろうか…分からない。とりあえず誤魔化せたことはよかった。

 

「んだとコラ! 出すわ!」

 

ほっとしていると突然前方から爆豪くんが大声を上げて立ちあがっていた。どうやら前方で何か話題があったらしい。後ろに座る障子目蔵(しょうじめぞう)くんに振り向いて小声で尋ねる。

 

「すいません、彼らは一体何の話で盛り上がってたんですか?」

「ああ。爆豪はキレてばかりで将来的に人気が出なさそうという話をしてな」

「なるほど。それは盛り上がりますね」

「んだとクソ泥!!」

 

納得をしていたら、怒りの矛先を私に向けられた。ちゃんと小声で言ったはずだが、しっかり彼の耳に届いてしまったらしい。

 

ヒーロー職は芸能と似ている。働きに応じて収入が入るが、人々から支持されるかによってその額も変わってくる。彼は納税者ランキングに名を刻むのが将来の夢らしいので、大きく関わってくるだろう。

 

客観的にこれまでの言動を思い出しながら、じっと彼を見て分析をしていると、彼は不快そうに顔を歪めていた。分析を終えると私は真顔で彼に伝えた。

 

「とりあえず…女性票は壊滅的かと思いますよ」

「なんだそのナード的分析は!? クソか!?」

「正直、将来性はいいと思いますし、見た目も…多分イケメン? の部類に入るんじゃないですか? 個性も強力で強さに憧れる男性からはおそらく人気出ると思いますよ。ただ性格が致命的でちょっと……女性はそういうところ見ますからね」

「おい、性格が致命的ってどういうことだ?」

「…黙秘権を行使します」

「んだゴラ!?」

 

あくまで独断と偏見による分析なのであてにならないが、キレられてしまった。この人は決して悪い人ではない、だがいい人とも言い難い気難しい性格ゆえに、もったいないのだ。

 

私たちの話を聞いていた前方の席にいた上鳴くんは力強く頷いた。

 

「確かに。この付き合いの浅さですでに、クソを下水で煮込んだような性格と認識されるってすげぇよ」

「てめぇのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」

 

上鳴くんの的確なツッコミに激怒した爆豪くんは手すりを掴み、歯を食いしばりながら身を乗り出す。心なしか爆豪くんの額からは汗がにじみ出ている。図星だろうか。

 

「ぷっ」

「あ?」

「す、すみませんっ…」

 

大声を上げそうになるのを必死に我慢していたが、空気が口の端から漏れてしまった。声が笑っているせいで上ずり、お腹が痛い。手でお腹を抑えていると、鬼神を彷彿とさせる恐ろしい顔つきで爆豪くんがこちらにゆっくりと振り向いた。

 

「なに笑ってんだぁ?」

「く、クソを下水で煮込んだ性格っていう表現が…ツボにっ…」

「よしわかった。てめぇから殺す!!」

「ま、待ってくださいっ…ふ、腹筋が…腹筋がよじれて痛い…」

「うるせぇぞお前ら。もう着くぞ、いい加減にしとけ」

 

相澤先生からのお咎めで、爆豪くんは不満ながらも席に座ってくれた。なんだかんだ根っこは真面目な人である。その一方で、私は顔を赤くして肩を小刻みに震わせていた。

 

 

 

 

目的地はUSJに到着すると建物の入り口で待っていたのは、13号だった。13号は災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーロー、個性はどんなものも吸い込んで塵に変える『ブラックホール』。この個性で、どんな災害からも人を救いあげるのだ。

 

緑谷くんと麗日さんが興奮する横で私は、周囲を見回した。オールマイトがいない。サプライズ登場でもするために中で待機しているのだろうか。

 

メモに『到着、これから中に入ります』と書くと空白部分に『了解』と黒霧さんの文字が浮かび上がった。

 

このメモは既に『共有』の個性でヴィラン連合と連絡を取り合えるようになっている。かなりアナログな方法だが、無線は電波をハッキングする個性を使う予定なのでこちらもそれは使えない、タイムラグが発生するが今の私たちに有能な連絡手段なのだ。

 

バスに乗車する前に相澤先生…もといイレイザーヘッドが同行することも伝えてある。予定と多少違うが、それでも作戦を実行すると先程弔さんから返事がきていた。よっぽど平和の象徴を潰したいようだ。

 

中に入ると設計図通りの構造となっている。全体が巨大ドームとなっており、ゾーンごとにまたドーム状となっているものもある。しかし、肝心のオールマイトがいなかった。

 

「先生。オールマイトは? 確か三人で見ると仰ってましたよね?」

「…急用で遅れるそうだ」

「そうですか…」

「まあ、必ずくると言っているらしいから顔くらいは出すと思うぞ」

「わかりました」

 

ため息をつきながら答えるイレイザーヘッドに、嘘はついてないように見える。またしても予定と違う。先生たちもこれはアクシデントと思っているのか、呆れているように見える。

 

オールマイトがいないなか、13号が生徒全員に呼びかけて集合させた。小言と言う名の注意事項を言うのだろう。これは話の内容をメモするフリをして連絡が取れる絶好の機会だ。私は後ろの方へ行き、13号が話始めたのと同時にメモを取り出して状況を簡潔に伝えた。

 

『オールマイト不在、しかし後から来る予定。どうしますか?』

 

すると割と早く返事が来た。

 

『すぐに作戦を決行する』

 

オールマイトが来るまで決行しないものだと思っていたが、生徒嬲り殺しをするつもりのようだ。

 

ああ、始まってしまう。手汗がにじみ出てきた。メモとシャーペンを懐にいれる。

 

「この授業では、心機一転! 人命のために個性をどう活用するか学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つけるためにあるのではない」

 

13号の話が耳に入り、ほとんど無意識に口角が上がった。

 

「助けるためにあるのだと心得て帰ってくださいな」

 

13号の言葉にA組のみんなは拍手が起こった。ヒーローの心得を聞けて感動したのだろう。ほとんど話を聞けてないが、おそらくヒーローにとって『個性をどう使えばいいのか』そんな心得でも聞けただろう。

 

「以上、ご静聴ありがとうございました!」

 

13号が紳士的にお辞儀をする。さらに大きな拍手が巻き起こった。小さく手を叩きながら、ちらりとUSJ内に設置しているライトへ目を向ける。バチバチと火花が舞い、点滅する。

 

来た…合図だ。

 

広場の中心にある噴水付近に、空間を歪ませる黒い霧のものが小さく出現した。黒い霧が次第に台風のように広がっていく、その中から手が見えた。

 

あれは、弔さんの手だ。その後ろから、例の脳無も見える。静かに私は手を高く上げると、みんなの視線が集まるのを感じた。

 

「先生」

「なんでしょう?」

「あれは、なんですか?」

 

広場の方を指差すと一斉に視線がそこへ集まる。切島くんがヴィランを発見して声を上げる。イレイザーヘッドはいち早くその正体に気付き、叫んだ。

 

「なんだありゃ? また入試ん時みたいなもう始まってんぞパターン?」

「一かたまりになって動くな!! 13号! 生徒を守れ!」

 

 

「あれは…ヴィランだ!!」

 

 

次々とヴィランがゲートを通じて侵入してきた。イレイザーヘッドの制止に生徒たちは身を固くする。その言葉を理解した彼らに緊張が走る。弔さんと黒霧さんがこちらを見て、弔さんが手をあげる。

 

どうやら私がワープ指定した3()()の確認ができたようだ。侵入者用センサーの反応がないところをみると、電波をジャックできた。これで外部からの連絡が断たれた。第一段階はうまくいった。

 

第二段階は、黒霧さんがうまく私たちをワープさせることだ。生徒たちは少々パニックになりながらも、冷静に状況を分析をしている。イレイザーヘッドはゴーグルを装備して戦闘体制をとり、広場にいるヴィランたちを見据えた。

 

「先生は!? 一人で戦うんですか!? あの数じゃいくら個性を消すと言っても! イレイザーヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は…」

「一芸だけじゃ、ヒーローは務まらん」

 

緑谷くんの言葉に、イレイザーヘッドは淡々と答えた。その一言は、生徒を安心させるような声色であった。

 

「13号! 任せたぞ」

 

捕縛武器を掴み、跳躍して一気に広場へ降りる。待ちかねていた射撃系の個性を持つヴィランがイレイザーヘッドに自身の個性が備えた銃口を構える。イレイザーヘッドの髪が上がり、射撃隊のヴィランが不自然に止まる。抹消を発動して、個性を無効化したのだ。その隙にイレイザーヘッドが捕縛武器を操り、射撃隊のヴィランを拘束し、空中へ引っ張り上げる。

 

一気に力で一か所へまとめ上げると、ヴィランたちは互いの頭部に衝突し、地面へ伏せた。縛り上げていた捕縛武器を回収して、イレイザーヘッドは再び戦闘態勢をとると、華麗な動きを見たヴィランたちが怯みだす。

 

「あれが見ただけで個性を消すっつうイレイザーヘッドか!?」

「消すー!? 俺らみたいな異形型のも消してくれるのかぁ!?」

「いや無理だ」

 

今度は大柄の異形系のヴィランが対峙する。数発殴りかかるところでイレイザーヘッドは素早く躱し、懐に入り込んで、異形していない顔面にストレートを放つ。ヴィランの体が仰け反り、バランスを崩す。その隙に捕縛武器で浮いた片足を縛る。

 

背後から迫り来る別ヴィランからの強烈なフックを体を逸らして避け、回し蹴りを叩き込む。思わぬ反撃にヴィランは背後にいた数人を巻き込んで倒れる。異形型のヴィランを縛っていた捕縛武器を叩きつけるように引っ張り上げれば、異形系のヴィランがそこへ急降下して束になってかかったヴィランたちが行動不能となった。あっという間に5人ほどのヴィランを倒してしまったのだ。

 

遠目ですべて視ていた私は13号の後ろについて立ち止まっていた緑谷くんと驚いていた。

 

「多対一こそ先生の得意分野だったんだ」

「分析してる場合じゃない! 早く避難を!」

「させませんよ」

 

出入り口まであと数十m、イレイザーヘッドが瞬きをしている間にワープで素早く移動し、そこを立ちふさがるようにして黒霧さんが現れた。黒霧さんの登場で全員足を止める。

 

「初めまして。我々はヴィラン連合。僭越ながら、この度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせていただいたのは、平和の象徴…オールマイトに息絶えて頂きたいと思ってのことでして…」

 

やはりワープさせる前に狙いを言ってしまうのか。そこまで狙いを言わなくていいのにと毒づいていると、生徒の束から抜け出す影が二つ見えた。

 

飛び出した影は爆豪くんと切島くんだった。二人はそれぞれ拳を振りかざし、同時に黒霧さんへ攻撃を繰り出した。爆発と砂煙が舞い、黒霧さんの姿が見えなくなる。思わず声を上げそうになったが、唇を噛んで耐えた。

 

「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」

 

うん、全く想定してなかった。言葉に出さなかったが、返事しそうになる。オールマイトばかり作戦を集中していたため生徒の方は雑に作戦を考えていたのだ。

 

まさか、今の一撃で黒霧さんダウンしたかと不安になったが、黒霧さんはギリギリで回避していたのか姿を現した。ヒーロー側の奇襲でこんなにヒヤヒヤする体験は滅多にないだろう。内臓が絶叫マシーンに乗った時のように浮いた感覚がした。

 

「危ない危ない…そう、生徒とはいえど優秀な金の卵」

 

無事でよかった。これで黒霧さんが倒れたらゲームオーバーだ。ヴィラン連合のデビュー戦が1分で終わる悲しい結末になるところだった。危ない。本当に危ない。

 

13号はブラックホールを発動するよう、迎撃準備をしていた。しかし、前に二人が出てしまったため周囲を巻き込んでしまう個性を発動できずにいた。これは好機だ。

 

「ダメだ。どきなさい二人とも!」

「散らして…嬲り殺す」

 

黒霧さんがワープゲートを発動する。視界が悪くなるなか、走り出して誰かの手を掴んで引っ張って走り出した。

 

 

 

体が黒い霧に包み込まれて、目を開けると所々コンクリートが崩れ、亀裂が走る建物の中にいた。手を掴んだ相手を確認する。そこには芦戸三奈(あしどみな)さんがいた。

 

彼女はキョロキョロと辺りを見渡して焦りながらも、状況を把握しようとしていた。

 

「な、なにここ!?」

「ワープで移動されたようです。怪我はありませんか?」

「ない…けど」

「これから怪我どころか、もっと酷い目に遭うぜお嬢さんたち」

 

振り返ると、10名ほどのヴィランがこちらを見て薄気味悪く笑っていた。私は芦戸さんの前に立ち、震えた彼女とつないでいる手に力を込めて握る。

 

「お嬢さんなんて柄じゃありませんが、敬意を払っていただきありがとうございます。こんな挨拶されるとは思いませんでしたが」

「お嬢さんらには恨みはねぇが、悪いな…死柄木さんからの命令だ。やれ!」

 

ちらりと窓を確認する。気づかれないように片腕を硬化しておくと、リーダー格らしき男が叫べば一斉に飛びかかってきた。

 

先頭に出るヴィランの顔面に向けて拳を放つ。倒れこむヴィランを足蹴りして後ろにいる数人ごと吹き飛ばす。素早く硬化から爆破に切り替え、黒煙で目隠しをする。芦戸さんを引っ張って窓へ向かって走り出すと、芦戸さんは転けそうになりながらも付いて来てくれた。

 

「窓に向かって走って! 立ち止まらないで!」

「う、うん!」

「逃げる気だ!! 追え!!」

 

手を離して芦戸さんを先頭に行かせる。後ろから集団が襲いかかり、必死に足を動かしていると前方で待機していた短剣を持つヴィランが脱出口前に現れた。武器に一瞬怯む芦戸さんを爆破を利用したブーストで追い抜かしてその勢いのまま首筋へかかと落としをする。その衝撃にヴィランは倒れこんで気を失う。

 

「すご…」

「早くこっちに!」

 

壊れかけた窓を爆破で吹き飛ばす。窓際に足をかけて手を伸ばすと、彼女は外の光景を見るとぴたりと立ち止まる。その背後からヴィランの集団が距離を詰めてきた。

 

「芦戸さん! 跳んで!」

「けど狩野、ここ3階…!」

「大丈夫! 私を信じて!」

 

一瞬、戸惑いが見えた。けれど彼女は覚悟を決めて私に向かって跳躍する。彼女の体に片腕を回し、勢いのまま私たちは落下した。地面が迫り、彼女が祈るように縮こまる。

 

空いた手を地面に向けて、最大火力で爆破を炸裂する。重力に逆らい、二人分の体重を支えた爆破の火力を上げると、宙に舞った。ヴィランたちが私たちを指さして、イレイザーヘッドと対峙した射撃隊に似た容姿のヴィランが指をこちらに向ける。

 

射撃される。本能的に感じ取り、横へ手を向けて方向転換をする。射撃されているなか、スピードを上げて避けていく。バランスを保ちながら飛行すると、別の建物に完全に壊れている窓が見えた。あそこに行けば、一時的に避難ができる。

 

「手、離さないでください」

「うん…!」

 

彼女に回した手に力を籠め、できるだけ引き寄せる。ターボしたエネルギーを爆発に変え、そこへ向かう。射撃の範囲を超えたのか、音が止んだ。必要以上にペースを上げているせいで風を切り、身体が裂かれそうになる。爆破を止め、勢いを殺し、空中で彼女を抱え込むように体制を変える。

 

硬化の個性でガチガチに背中を鉄にすると、吸い込まれるように建物中に入る。体勢を横に変えて床に転がり込んで打ち身をすると、勢いがなくなっていく。背中が壁にぶつかると、完全に止まった。硬化のおかげで痛みはないがなかなか衝撃が来る。

 

間一髪だった。入試に比べて爆破の個性を使えるようになったが、少し無茶をしたせいで手がひりひりとした。腕の中で芦戸さんは強張っていた。さすがに空中飛行は衝撃的だったらしい。

 

「大丈夫ですか?」

「空中飛行って…こんなに心臓に悪いんだね…」

「嫌でしたか?」

「…心の中で若干楽しんじゃった自分がいてびっくりした」

「そうですか。楽しめて何よりです」

「いやいや今は楽しんじゃダメでしょ! 馬鹿なあたしでもわかるよ!」

 

飛び起きて芦戸さんが離れる。どうやらヴィランから離れたことで安心したらしい。ツッコミも入れられるほど元気になった。ツッコミが終わると、頭をうならせて悲観的に叫んだ。

 

「もう! ヴィラン現れたと思ったら知らない場所にいるし! 敵陣のど真ん中にワープされてたし! オールマイトを殺すとか怖いこと言ってるし! そのヴィランとリアル鬼ごっこするし散々だよ!」

「びっくりしましたね」

「冷静な感想だね!? 普通もっと慌てない!?」

「…慌ててどうにかなる状況なら、慌てますよ」

 

ため息交じりに落ち着いて言及すれば、彼女は口を噤んだ。少し冷静になってくれたようだ。一時はどうにかなったが、これからのことも考えなければならない。

 

今の私は()()()()()()()()()なのだから、ヴィランと戦わなければならない。

 

 

 

作戦決行前夜、私は最後の確認をするために弔さんと黒霧さんに呼び出されてバーにいた。二人はそこにいたが、父は他に用があるらしくいなかった。3人で打ち合わせをしたのは当日の私のことであった。

 

『いいか忍。この作戦はあくまでお前が教師や学校に信頼を置かせるため、いわば今後動きやすいようにする陽動さ』

 

『しつこいですが、用意したヴィランは数はそろってはいますが、一人ひとりは三下レベル…オールマイトを殺し損ねた場合は彼らは捨て駒となります。密偵者であるあなたの素性を話していません』

 

二人の言葉に弔さんはともかく、捨て駒と容赦なく言う黒霧さんもヴィランなんだと思った。それより、作戦成功、失敗に関わらず私がスパイであることを部下には伝えないらしい。警察に捕まった場合は当然であるが事情聴取される。そこで私のことがバレないように彼らにも秘密にすると言う。

 

敵を騙すにはまず味方から…と言うことだろう。割と作戦がエグい。それに一つ気になることがある。

 

『万が一、そのヴィランたちに私がやられたらどうするんですか?』

 

本気でそのヴィランたちが私を嬲り殺しにするつもりなら、やられる可能性もある。私の質問に弔さんはからかうように薄く笑った。

 

『そうだな…めでたく祝って墓でも建ててやるよ』

『死柄木弔、冗談でもそのようなことは…』

『え? 私のお墓建ててくれるんですか? 意外と弔さん優しいんですね』

 

黒霧さんが制止するタイミングと同時に素直な感想を言うと、二人はしばらく固まった。小首をかしげていると弔さんが大きく舌打ちをした。

 

『っち、面白くねぇ。なんで嫌味を好意的に受け取るんだよコイツ…』

 

嫌味だったんだ。部下のために墓石を買ってくれると言ったことに優しさを感じたが、そうではないらしい。私の感性はおかしいのだろうか。自分の感性に疑問を抱いていると弔さんが人差し指を立ててニヤリと笑った。

 

『ならよ。倒壊ゾーンにいるヴィランにお前のことをバラして、奴らと協力して生徒を袋叩きにしてもいいな。一人だけ巻き込むなら、お前が裏切り者だってこともバレないだろうし』

 

その提案に、私は唇をかんだ。頭の中で言葉をじっくりと考えて、口に出した。

 

『それはどうかと思いますよ。怪しまれないよう今後の布石をつくるのに、一緒にいた生徒が亡くなって私が無傷なら疑われますよ』

『…慎重に考えてんだな』

『慎重すぎるくらいが丁度と思います』

『てっきり、殺すのが嫌で従いたくないのかと思ったぜ』

『……そんなつもりはありませんよ』

『…まあ、生徒よりもオールマイトが重要だ。どうでもいいか』

 

こうして私がすることが決まった。それは『ヴィランの襲撃を受けた一生徒を演じる』ことだ。ここで適当にヴィランの相手をして、作戦終了後の学校側の動きを監視する。重要なのは今後の方だと判断してくれたらしい。

 

彼らは()()()()()()()()()。だから…

 

 

 

「芦戸さん。ヴィランたちと極力戦闘を避けて、応援が来るまで待ちましょう」

 

私は雄英生として自分で思う最善を尽くすだけだ。

 

連合が撤退のタイミングは時々メモを芦戸さんに見られないように注意を払って確認をとればいい。撤退の合図が出れば、このヴィランたちを戦闘不能にするか、助けが来るまで持ちこたえるかの二択だ。安全策で後者を選ぶ。ワープされた建物から離れられたとはいえ、ここにいることはバレているだろう。彼らがここに来る前に作戦を練って置かねばならない。

 

作戦を考えていると、芦戸さんが小さく声を震わせながら、頭を私に下げた。

 

「ごめん…」

「え?」

「足手まといになってるよね…あたし。狩野のおかげで助かったから…」

 

彼女は何一つ悪くない。いきなりのヴィラン奇襲に戸惑うのは当たり前で、命の危機が突然襲ってくれば冷静になれないだろう。それに私は意図的に彼女をここに連れてきた。私が内通者だということを悟らせないように、証人となってもらうために。

 

「いいえ。謝るのは、私の方です」

 

私は彼女を騙して、信頼を勝ち取るために利用する。ヒーローとしての正義感の欠片すらない、無粋な動機で彼女を守るのだ。目を逸らして苦笑いを浮かべた。

 

「ヴィランの動きに、もっと早く反応できていれば…あのワープから逃れられたのかも、しれませんから…」

「狩野…?」

「すみません…」

「……ああもう!」

 

その言葉に芦戸さんは目を丸くする。すると彼女は突然首を横に激しく振って、自分の頬を叩いた。バチンと音が立ち、思った以上に痛かったのか頬をさすっていた。心配していると、彼女は両手を上げてはきはきと喋る。

 

「やめやめ! 暗い気持ちになってもしゃーないよね! 気持ち切り替えよう!」

「芦戸さん…」

「過ぎたことは仕方ないし、どう二人で乗り切るか考えよう! きっと、誰かが異変に気付いて先生たちが助けてくれるよ。それまで一緒に頑張ろう! あたしも…協力するから!」

 

 

「だから、そんな顔しないでよ!」

 

 

両手で頬を優しく包まれる。手の平がとても暖かい。彼女の目は、真っすぐに私を射抜いた。その瞳に、私はあの事件時の緑谷くんを思い出した。似ているのだ。あのときの彼と、今の彼女はヒーローの卵だと実感させられる。

 

「…ありがとうございます」

 

謝罪を込めた言葉に、芦戸さんは泣きそうな顔をしていた。

 




始まりましたUSJ編。
現在、判明している生徒の分布。

・倒壊ゾーン
 →主人公、芦戸


余談
戦闘シーン書いていて「ヴィラン」がゲシュタルト崩壊しかけました。人数多すぎるんですよ…自分でヴィランって書いて「このヴィランはどこのお宅のヴィラン? あれ? 兄弟がいるんですけど…」となって相澤先生の戦闘シーンで、異形系のヴィランが双子がいるような描写になって大混乱しました。修正したので大丈夫です。

あと、思った以上に轟くんが天然…というより、電波キャラになってびっくりしてます。


次回予告
あるゾーンでバトルが起きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動報告17 父が仕事をしているようです


今回は父親回です。


※原作キャラについて捏造や自己解釈しているところがあります。ご注意ください。




黒い霧に包まれ、彼が着いた場所は地面に亀裂が入った土砂ゾーンであった。

 

突如として現れたヴィランの集団と、その中の一人が言った『散らして嬲り殺す』という一言で黒い霧の正体が「ワープ系」だろうと予測がついた彼は咄嗟に距離をとって回避を試みたが、予想以上に霧の範囲が広く、敵の思惑通りに移動されてしまった。

 

そこで、黒い霧が晴れたところを狙い、待ち構えているであろうヴィランの集団に右の広範囲攻撃を展開した。こちらの予想は的中し、襲いかかってきたヴィランたちを行動不能することに成功した。

 

「子ども一人に情けねぇな…しっかりしろよ。大人だろ」

 

彼、轟焦凍は手応えの無さに正直呆れていた。

 

冷やされた空気によって吐いた息が白くなる。ヴィランたちは信じられないと言わんばかりに、目を大きく開いて驚いていた。強制ワープされた生徒が現れた瞬間に袋叩き。それが敵の狙いだったようだが攻撃範囲の広い轟にはほとんど無意味だ。足元が凍り、霜が生まれる。一歩踏み出せばパキっと音を立てた。

 

左の炎で自身の体温が低くなりすぎないように調整を行う。その間に敵の狙いや戦略について分析をしていた。

 

敵はオールマイトを消すことが目的と言った。あのナンバーワンヒーローを殺す気であれば、精鋭部隊でも揃えて数で圧倒すると思っていた。しかし、その大半は対生徒用の駒で、実力は三流並みだ。数だけで勝負を仕掛けるのはお世辞にもいい作戦とは思えない。

 

おそらく何らかの秘策がヴィラン側にある。それを突き止めなければ、次の行動に移せなさそうだ。氷漬けにされたヴィランに話しかけようとしたそのとき、パチパチと手を叩く音が背後からした。

 

「見事だ」

 

音のした方向へ振り向くと、口元に面、目元はマスクをした不気味な者がこちらを見下ろしていた。周囲に満遍なく攻撃を展開したつもりだが、範囲外に逃れたヴィランがいたようだ。

 

そのヴィランは全体的に黒い風貌をしており、両腰には木刀と短剣が差してある。刀の使い手なのだろう。異色の雰囲気に、轟は他のヴィランとは格が違うと直感的に感じた。

 

「さすがエンデヴァーの息子…ってところか?」

 

その一言に、轟は眉間に皺を寄せた。

 

轟がエンデヴァーの息子だと知っている。敵も念のため生徒の最低限の情報を入手しているだろう。となれば、自分の個性のことも、何人かの生徒のこともわかっているだろう。一刻も早くこのヴィランを退けてプロヒーローに助けを借りる必要がありそうだ。

 

動揺を悟られないように睨みつければ、そのヴィランは跳躍して轟のいる数十mほど離れた場所へ静かに着地をした。

 

「誰だ。お前」

「俺は武蔵。今から君を倒すヴィラン…と、言えばいいかな」

 

顔を上げて薄く笑うヴィランに、轟は苛立った。他人事のように言っているが、事件を起こした当事者に言われたくない。轟のことを見くびっているようだ。

 

「なあ。あのオールマイトを殺れるっつう根拠…策ってなんだ?」

「あるにはあるが、それを君に教える義理はないね」

「…そうか。なら」

 

油断はしない。あのヴィランを確実に仕留める。

そう決意をした轟の右に霜が降りてきた。武蔵の動きに細心の注意を払いながら、膝を曲げて手のひらを地面につけ、一気に解き放つ。

 

「無理やり口を割らせてもらう」

 

周囲が氷の世界に変えるほどの障壁を展開をする。高速で迫り来る氷の壁に、武蔵はピクリとも動かない。

 

次の瞬間、寸分狂いもない縦筋が氷壁に走った。

 

氷壁が彼を避けるように裂かれてしまう。轟音と耳につく氷が割れる音が混ざり合い、激しく衝撃が走る。衝撃波は轟の横を通り過ぎていくため、ダメージはなかったが地面が激しく揺れた。体勢を低くしておさまるのを待つ。冷気で包み込まれた空気の中、そこに立っていたのは武蔵であった。

 

「まったく…いきなりなんてビックリするじゃないか。思わず”個性”使っちまった」

 

ため息交じりの困ったような声色が聞こえた。衝撃で生まれた煙が晴れると、武蔵は氷壁の間に立っていた。

 

武蔵の姿を確認した轟は戸惑う。肩口にまで黒く染まり、肘から指先は鋭利な刃物へ変形しており、数メートルに渡って伸びているそれは腕に刀剣そのものを装備した武器腕だ。轟は一旦距離を取り、相手の出方を見る。

 

 

――腕を刃物に変える個性か。

 

 

あれを人体に受ければ間違いなく斬られる。正面戦闘したら、まず勝ち目はない。近距離で詰められたらアウトだ。

 

だが、腕のみ刃にするなら、腕の可動域を考えれば回避ができる。さらに脚を凍らせて行動不能にさせることもできそうだ。方針を決めたところで、轟は先ほどよりも小規模の氷を地面に走らせた。

 

軌道を読んだ武蔵は横へ飛び、地面へ手を着くと回転して受け身をとる。勢いのままに起き上がるところを狙い、轟はもう一度氷結を放つ。その氷結を武蔵は上へ斬り上げて二つに裂いた。分断される氷に、轟は相性の悪さを感じ取る。

 

むこうからしたら、氷は簡単に斬れる代物だ。個性を発動するにしても限りがある。このまま持久戦へもつれ込めば、轟の方が持たない。

 

倒す算段を思案していると、突然武蔵は轟に背を向けて走り出した。一瞬驚き、固まってしまったがすぐに轟は追いかけた。

 

「待ちやがれ!」

 

急いで低くなった体温を左を使い、常温になるまで上げる。武蔵は駆け上がり、氷結の範囲外へ逃げ込んでいく。

 

右腕を振り、氷を走らせて武蔵の進行先を塞ぐ。武蔵は障害物の氷を斬り、乗り越えると真っ直ぐに山岳の頂上へ向かった。轟も氷の力で体を押し上げて駆け出す。しばらく上へ行くと行き止まりへ辿り着き、武蔵は急に立ち止まり、こちらへ振り返った。轟も合わせて足を止める。

 

「追ってくるんだ。意外だね」

「当たり前だ。お前を野放しにすれば厄介なことになりそうだしな」

「そう思ってくれるなら、おじさん嬉しいよ」

 

余裕のある返答に、轟は焦りを感じた。右の氷結攻撃を防ぎ、かわしきった相手は初めてである。右が通じないのならば、左の炎を使う他ない。

 

けれど、轟は左を使うことに大きな抵抗があった。

 

「炎は使わなくていいのかい?」

「は?」

「このままだとこのエリア、土砂ゾーンじゃなくて氷山ゾーンに生まれ変わることになるよ。それに、こんなに氷で囲まれたら君()()ダメージあるんじゃないのか?」

 

そういった武蔵の吐息は白く、手が震えているように見えた。その震えに、轟はわずかな希望が見えた。

 

ヴィランも人間だ。連撃した氷結により体が冷えて動きが鈍くなりつつある。ただ、こちらも右を多用しすぎて左の調整が追いついていない。

 

右で攻撃をし続けるのか、それとも別の作戦を立てるか迷っていると武蔵が首を傾げ、轟の左を指した。

 

「まさか…左を使う気がないのか?」

「だったらどうした?」

「…へぇ。そうか」

 

素直に答えると、武蔵は大きく肩を落とす。どこか呆れているようだった。

 

「つまらないな。君」

 

予想外の一言に、轟は目を大きく開いた。

 

「あのエンデヴァーの息子って聞いてたから少し期待してたが…君はせっかくお父さんから素敵な個性を受け継いだのに、もったいないことする子どもじゃないか」

「……素敵な個性、だと?」

 

父親を賛美するような言葉に、頭にカチンときた。

 

個性は、両親のどちらか、もしくは複合的な個性が発現する。父のエンデヴァーはその特性を利用し、母と結婚をして轟を生ませた。エンデヴァーは轟をナンバーワンヒーローにするべく、厳しい教育をしてきたのだ。

 

この個性を持って生まれたせいで、どれだけ大変な思いをしてきたのか知らないくせに、と轟は思った。

 

「受け入れるべきものは、ちゃんと向き合って受け入れたほうがいい。じゃなきゃ…取り返しがつかなくなる」

「何、ワケのわかんねぇことを…! お前に俺の何がわかるんだ!?」

「…少しだけわかるのさ。自分の個性に、嫌悪感を抱くところだけな」

 

変化した腕を一瞥すると、武蔵は自嘲気味に口元を歪ませる。顔が上がり、轟と目が合う。目の奥に、得体のしれない闇を感じ取って轟は言葉を出せなかった。ぞわりと背筋に冷たいものが伝わり、鳥肌が立つ。

 

「好きでこんな個性(モン)持って生まれてきたわけじゃないのに、使命があるとか言われても困るよな」

 

 

『お前にはオールマイトを超える義務がある』

 

 

同情を求めるような言葉に、過去に言われたエンデヴァーの声が轟の脳内に反響し、木霊する。

 

『焦凍、見るな。アレはお前と違う世界にいる人間だ』

『立て。この程度で倒れては雑魚ヴィランにすら太刀打ちできないぞ』

『そこで這いつくばるな。特訓を続けるぞ』

 

よみがえったのは、忌々しい記憶の数々であった。

父の勝手で兄や姉との交流をほとんど絶たれ、5歳から吐くまで特訓をつづけ、膝をつけばさらに厳しい特訓を受けさせられた。見かねて止めに入った母は父に殴られ、日に日に肉体的にも精神的にもやつれていった。

 

『お前は、俺の最高傑作だ』

 

ヒーローの頂点に立つために、母を利用したくせに。

自分のエゴのせいで、どれだけ家族を苦しんできたのか知らないくせに。

母がどれだけ裏で泣いていたのか知らないくせに。

人を道具のようにしか見れないくせに。

母を壊したクズのくせに。

 

どうして、そんな勝手なことが言えるのか。

 

 

「黙れ…」

 

唸り上げる獣のように、轟が低い声を出して血走った目で武蔵を睨みつけた。不思議と轟は、エンデヴァーと目の前の武蔵が重ねてみえた。姿も態度も性格も全く異なるのに、同じように感じてしまう。

 

「俺は、左を使わず1番になって…奴を完全否定する。だから、戦闘に於いて左は絶対使わねぇ…そうしねぇと、手前で決めた誓約の意味がなくなっちまうんだよ」

 

左の炎は父の力だ。あの父の思い通りのヒーローになるつもりはない。右の氷の…母の力だけでナンバーワンとなり、父が間違っていると証明をする。それで恨みを晴らすのだ。

 

誰にも言っていない決意を吐露すると、武蔵は憐れむように目を細めた。

 

「なら君は、父親を否定する自己満足のためにヒーローになるんだな」

 

それはハンマーで頭をカチ割られたような衝撃だった。

自己満足。その一言が轟にドス黒い感情を芽生えさせる。

 

「ヴィランのお前が…!」

 

右半身に霜が降りて体温が冷え切り、感覚がなくなっていく。地面と脚が氷結で繋がる。周囲も霜が降りて空気も凍えついて目を開け続けるのも辛くなる。

 

「ヴィランのお前が…俺の生き様に口出しすんじゃねぇ!!」

 

あまりの強大な力に、全身の体温が感じられなくなる。今なら全力以上の威力を放てられそうだ。標的を見据え、氷のエネルギーをためた右を構えた。腕を振りかざす。大きく一歩足を踏み出した。

 

「…悪いな」

 

武蔵は一息吐く。白い息が舞った。

 

氷結を放とうとした直前、武蔵が神隠しのごとくいなくなる。

見失い、周囲を見回したそのとき、太ももに鋭い痛みが走った。そこをみれば、いつの間にか武蔵が短刀で切りつけていた。右に宿していたエネルギーが失われ、力が入らず膝をつく。

 

「さすがにそれを撃たせたら、マズイと思った」

 

右で反撃を狙うが、武蔵は素早く轟を蹴倒した。倒れ込んだ轟に、武蔵は無慈悲に切りつけた太ももへ短刀を刺した。あまりの痛みに声を上げられない。動けなくなった轟をみて、武蔵は短刀を引き抜いた。ダラダラと血が流れ、思うように個性を発動できなくなる。

 

「君を広場に行かせるわけにいかないからね。今のは、念のための予防さ」

「この野郎ッ…!」

 

自由のきく右手を武蔵に向けるが、首に衝撃が走った。脳が揺れて意識が薄らいでいく。どうやら手刀されたようだ。早すぎてまた何も見えなかった。

 

「しばらく寝ててくれ。目が覚めたら、全部終わっているはずだ」

 

その言葉を最後に轟の意識を手放した。

 

カクンと首をうなだれた轟をゆすぶるが、目を覚ます気配がない。それを確認すると武蔵は立ち上がり、轟を連れて、適当な岩場へ近づいた。そこへ轟を寄りかかせるように座らせる。すると、紙と小さなペンを取り出して何かを書き始めた。

 

「『終わった。次の所に』……」

 

ふと、誰かの視線を感じた武蔵はあたりを見渡す。気配がする方を見たが、轟が凍らせた岩や地面が広がるばかりだ。

 

「…気のせいか」

 

武蔵はそう一言漏らし、書き終えるとすぐに黒いゲートが出現する。黒霧のゲートだ。武蔵は「仕事が早いな」と感心しているとゲートの中へ入っていく。武蔵の体がすっぽりと入るとゲートは閉じ、土砂ゾーンから消えていった。

 

 

 

ゲートを抜けて武蔵が着いたのは大雨・暴風ゾーン前であった。周囲に誰もいないことを確認すると、武蔵は悴む指先を見ながら一息つく。

 

「とんでもない地雷踏み抜いたみたいだな…」

 

武蔵は、己のしでかしたことをほんの少し後悔していた。

 

彼は、轟を挑発して動きが単調になったところをかわしてとにかく時間を稼ぐ、という脳筋な作戦を実行していた。

 

冷静に立ち回り続けられたら、体力を無駄に消耗してしまって今後に支障をきたす。そこで、挑発して動きを単調化さえすれば時間稼ぎや避けられやすくなると考えた。警察やヒーローさらにはヴィランと持久戦や消耗戦を幾度となく戦かった経験があったため、大雑把な氷の攻撃をかわすのは容易であったのだ。

 

そのため、武蔵はわざと怒らせるようなことを言ったのである。

 

轟が父親と受け継がれた個性を嫌悪していると思ったのは、娘が書いたノートであった。彼女のノートにあったヒーローコスチュームで轟のコスチュームは左の炎を凍らせているようなデザインをしていた。左を使うのならば、そんなものは必要ない。むしろ封じるためにされたデザインに違和感を抱いた。

 

そこからはネットやヒーロー関係の雑誌などでエンデヴァーの息子の情報を集めていくうちに『轟焦凍は父親に反抗しているのでは?』と考え、さらに裏業界に詳しい情報屋から家庭の状況を知り、確信した。

 

あとはそれを言うだけ。

怒った彼の攻撃をかわして体力が限界になったところを一気に叩く…つもりであった。

 

しかし、轟の地雷の威力が想定以上であった。おそらくあのまま撃たせていたら自分はおろか離れていたヴィランと轟自身が危うかった。自分の個性で身を滅ぼす行為が、どんなに愚かなことなのかわかっていた武蔵は、予定よりも早く轟を気絶させたのだ。

 

武蔵は轟が怒り狂ったところを思い出し、大きくため息をついた。

 

子どもは繊細で、言葉の受け取り方を次第で感情に走る。冷静でいられなくなれば予想外の行動をする。人の気持ちを汲み取るのが極端に苦手な武蔵にとって、子どもはそういう意味では天敵であった。

 

「自業自得とはいえ、キツイ仕事引き受けちまったな…」

 

この仕事を受けたときのことを思い出し、大きな独り言をこぼしてしまう。だが、すぐに仕事の最中だと切り替え、深呼吸をする。

 

轟の時間稼ぎはこれでできたはずだ。次のターゲットはある意味轟以上に厄介なのだ。血がついた短刀をしまい、集中力を高めていく。

 

そのとき大雨・暴風ゾーンの扉が開き、何かが飛び出してきた。

 

「どけクソヴィランが!!」

 

ずぶ濡れの薄い金髪をした少年が掌から爆発を起こして飛び、勢いのままに飛び蹴りを仕掛けてきた。突然の罵言に驚きつつも、武蔵はそれをステップで横に避ける。勢いで通り過ぎた少年は手首を上へ向ければ爆破の方向で地面に足をついた。すぐ振り返った際に爆破を展開させて、もう一度攻撃を仕掛ける。

 

武蔵の顎に向けて手が伸びる。武蔵は伸びてきた手を叩き弾いて距離をとった。

 

「やっと、歯ごたえのあるやつが出たか…」

「やっと?」

「こちとら、雨んトコでフラストレーション溜まってんだよ…」

 

大雨・暴風ゾーン内では、避難勧告が出されるほどの雨と強風が常にさらされ、その中で戦うには視界が悪く爆破個性持ちの少年には分が悪いようだった。しかし、こうしてゾーン外に出られたのは中にいるヴィランを一蹴したようだ。

 

武蔵は娘が指定した三人の特徴とゾーンの振り分けを思い出し、少年の正体がわかった。

 

「そうか。君が爆豪」

「黒モヤの前にてめぇを倒してやらぁ!!」

「え、ちょっとま」

 

話を聞く前に問答無用で飛び出した爆豪は武蔵に向かって爆破した。反射的に体をそらしたことでダメージを免れた武蔵であったが、冷や汗をかいてしまう。轟とまったく異なる戦闘スタイルと性格に思わず戸惑ってしまった。

 

「今のはずるくない? ヒーローは変身時間の時や重要な話でぼーっとしてても敵に攻撃されないのに、敵が喋った途端に食い気味に襲い掛かるなんてずるくない? 敵にもそのヒーロー特権使ってもいいと思うんだけどな」

「知るかよ! てめぇらこそ学校に襲撃かましただろうが! ヒーロー名門校に喧嘩売るなんざ、馬鹿だっつーの」

「いやぁ、俺も学校襲撃なんてしたくなかったよ。そんなことすれば全国のPTAに激怒されるって弔くんに反対したんだけどさ、聞き入れてもらえなくてね。あんまり文句言うと殺される殺伐とした職場だから、仕方なくおじさんは学校襲撃してるんだ。可哀想だと思わない?」

「知るか! てめぇの上司の愚痴を俺に言うな! 死ねヴィラン!!」

「あ、『死ね』って明言しちゃってる。ヒーローなのに明言しちゃってるよ。何この子、怖っ」

 

思わずツッコミに回ると爆豪は容赦なく連弾をしてくる。視界の邪魔をする黒煙と、時折仕掛けてくるフェイントに注意しながらギリギリで躱す。大振りを仕掛けてきたところで武蔵はしゃがんで躱し、腰に装備していた木刀を抜いて切り上げる。反射的に爆豪は体を逸らして避ける。爆破を利用し、武蔵と離れた。

 

「てめぇの喋り方、クソ泥にそっくりでムカつくなぁ…!」

「おじさんヴィランだけど泥棒さんではないかな」

「そっちのクソ泥じゃねぇよ!」

「…ふーん、クソ泥って言う名前の子がいるのか? 随分変わった名前だね。外国人でもいないよそんな名前」

 

『クソ泥』という単語に武蔵は首を傾げたが、すぐにそのクソ泥が自分の娘であることがわかった。数年前に娘が変わったニックネームをつけられたと話していたのだ。強烈な友達がいると思って話を聞いたのでぼんやりと覚えていた。

 

「とぼけかたまで似てんな。ただでさえクソヴィランで殺しがいある上にブッ潰しがいもあるわ」

 

似ているのも無理はない。彼の言うクソ泥は武蔵の娘なのだから。

笑いそうになるのを堪え、武蔵は木刀を引き抜いて身構える。

 

「なら、ブッ潰してみたら? 言っとくが俺は、あの黒モヤよりは強いぞ」

「じゃあ、そうさせてもらうわ!」

 

爆豪はブーストで近づき、顎を狙って武蔵にアッパーを繰り出す。それを紙一重でかわし、反撃に武蔵が木刀を振ろうとする直前で、爆豪は爆破の黒煙で目隠しをして姿を消す。木刀は空を切り、黒煙が木刀に纏い、視界がますます悪くなった。

 

これで相手に隙ができた。腹に目掛けて爆豪はストレートを繰り出した。その拳を片手で受けとめると武蔵は爆豪を見下した。

 

「その程度でやられるほど俺は甘くないよ」

「…だろうな」

 

ニヤリと爆豪が笑うと、籠手が一瞬、赤い光が帯びる。

危険を感じた武蔵は拳を離して、バックステップで離れようとするが、驚異的な反射神経を発揮して爆豪の手のひらが眼前に迫った。

 

爆発が起こり、面にヒビが入る。ギリギリのところで首をひねって回避しなければ危なかった。木刀を握り直し、脇腹へ振ると爆豪の体は吹っ飛ばされた。痛みで顔を歪め、奥歯を噛んで吐き気に耐えた。爆破で勢いを弱め、靴底をすり減らしながら着地をした。

 

「一撃でフラフラだな。大丈夫か?」

「うっせぇ…!」

「もう終わりにしようか?」

 

武蔵が近づいていく。攻撃を受けた箇所からじわじわと痛みが広がっていく。それでも爆豪は身構えた。

 

緊迫した空気が流れ、お互い相手の出方を待つ。そして、柄を握りしめた武蔵は木刀を振り下ろした。爆豪にあたる寸前、頭上から何かの気配を感じ取る。

 

「爆豪から、離れろ!!」

 

上から何かが飛び出し、武蔵に向かって落ちていく。武蔵は華麗に宙返りして大きく距離をとった。落下した先は砂煙が巻き上がる。

 

その何かは人であった。赤い逆立った髪、男らしい体をさらけ出すヒーローコスチューム。爆豪と同じゾーンへ飛ばされていた切島 鋭児郎が拳を振り下ろしていた。爆豪を背に武蔵と対峙する。

 

「大丈夫か爆豪!?」

「余計なことすんじゃねぇよクソ髪!!」

「そうか大丈夫そうで何よりだ! つーか、先走んなよ! 追いつくの大変だったんだぞ」

「知るか。てめえがノロマなのが悪い」

 

どうやら爆豪が先走ってゾーンに出た後を追いかけてきたようだ。あの視界の悪い大雨の中、出入り口を一人で探し出すのは至難だっただろう。

 

 

「一対二か…まあ予測の範囲内だな」

 

黒霧の個性上、複数の相手をするのは想定済みであった。さすがに木刀一本だけで対抗するのはキツイ。そう判断し、武蔵はもう一本の木刀を腰から引き抜き、二刀流になる。

 

「来な。二人まとめて相手になってあげる」

 

そう言って、二人を見ながら彼は笑った。




このUSJ編ではこれまでの話よりも父親のことがわかっていく章となっています。
全体的にシリアスが強いです。



補足
常闇くんと口田くんは?
→飯田くんたちと一緒に出入り口付近にいます。主人公と芦戸さんがワープされてしまったので二人はワープされていません。


爆豪くんが大雨・暴風ゾーンにいたのは、雨が降ると汗かきにくい体質なため(捏造です。人によっては逆に汗をかきやすい人もいるそうです)
なかなか爆破攻撃ができずイライラしていた模様。

あくまで時間稼ぎが目的の配置決めでしたから、1番マシなのが主人公のなかでは大雨・暴風ゾーンでした。作者の勝手な想像ですが、爆豪くんが火災ゾーンにいったら1分でヴィランを蹴散らしていたと思います。

けれどちゃっかり広場に向かっています。原作とほぼ同じタイミングで出るとか、爆豪マジ爆豪です。


余談
数か月ぶりの更新なのに主人公が、登場しなかっただと…?



次回予告
死柄木さんが部下を振り回して、部下が「は?」となります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動報告18 予定変更しました

今回はヴィラン連合が慌てます。
別名、部下(主に主人公が)大慌て回。


※大慌てすぎて主人公の脳内がフィーバーしてます。



 セントラル広場にて、死柄木弔は面白そうにその光景を眺めていた。

 

 先生からもらった対オールマイト兵器の脳無、この脳無は視た個性を消すという抹消ヒーローのイレイザーヘッドを羽交い絞めにしたうえ、腕をへし折った。あまりにも早い戦闘の展開に、あっけなさも感じてしまう。

 

「個性を消せる。素敵だけどなんてことないね。圧倒的な力の前では、つまり無個性だもの」

 

 見た相手の個性を消せるイレイザーヘッドには、人並みの力と速さだけでヴィランを拘束する戦闘スタイルだ。本来であれば対ヴィラン戦であったら、不意打ちからの短期決戦が得意なヒーローである。人数差のある戦闘で疲労したところを叩けば、その個性も脅威でない。

 それに、脳無には個性抜きにしても純粋にオールマイト以上のパワーとスピードを持ち合わせている。イレイザーヘッドが負けるのはほぼ必然であった。

 

 脳無が伏せているイレイザーヘッドの頭を軽く持ち上げ、地面にたたきつけたところで黒霧が背後から現れた。打ち合わせ通りならばそろそろ13号を仕留めているはずだ。それの報告だろうと死柄木は思った。

 

「黒霧、13号はやったのか」

 

 確認すると、黒霧は言いづらそうにしていた。何事かと視線を向けると白状するように黒霧は報告し始めた。

 

「行動不能にはできたものの、散らし損ねた生徒がおりまして……一名逃げられました」

「…は?」

 

 つまり、子どもを逃がした。

 連絡手段を絶たせた今、ヒーロー側が助けを求めるには直接校舎に行って呼ぶしかない。そのためには出入口を黒霧が防いでいたが、そこを突破された。このまま応援を呼ばれてしまうとなれば、学校内にいるプロヒーローが一斉にこちらへ集まってくる。

 

 いくら脳無がいるとはいえ、相手が悪い。ここでつかまれば、元も子もない。死柄木はため息とともに首元をガリガリと爪を立てて不満を吐き出す。

 

「黒霧、お前…お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしたよ…さすがに何十人ものプロ相手じゃ敵わない。()()()ゲームオーバーだ…」

 

 戦局が悪くなるのを考え、死柄木は『撤退』を選んだ。目標だったオールマイトもいない、このまま帰れば学校側は対策を考えるだろうが、そのときはまた別の手段を先生が考えてくれるだろう。自分はそれに従っていれば、ヴィランのリーダーになれる。だから今回は撤退してもいい。

 

 そんなことを思い浮かべ、黒霧に続けて命じた。

 

「黒霧。武蔵とあいつに連絡しろ『帰る』ってな」

「わかりました」

「早くしろよ」

 

 黒霧はモヤを自身の周囲に拡大させ、中でメモを取り出して連絡をスラスラと書き出している。はたから見ればただ立っているだけであるが、死柄木にはペンが走る音がかすかに聞こえる。地味に時間がかかるが、仕方のないことだ。

 

 暇になったとばかり、死柄木は周囲を見回した。イレイザーヘッドが脳無に挑んだときで感じた気配。そこを一瞥すると、水難ゾーンから生徒が三人ほどこちらの様子を伺っていた。

 

 撤退するのは決定だが、ただ逃げるのはつまらない。オールマイトやプロヒーローがヴィランを完全に退けてしまえば、ヴィラン連合から生徒を守ったヒーローたちと評価され、世間はヒーローを称えてしまうだろう。

 

 なら、オールマイトを輩出したこのヒーロー名門校で生徒を死んだ事実を流せば、どうなるだろうか。一人生徒を死なせたとなれば、メディアは食いつくだろう。

 死柄木は口角を歪に吊り上げて、水辺にいる生徒の前に高速で移動した。

 

「けども、その前に平和の象徴としての矜持を少しでも……へし折って帰ろう!」

 

 たまたま移動先にいた少女の顔に、手を近づける。子どもは動かない。ひたりと五指でふれたが、個性が発動しなかった。

 

 こんなことができるのは、一人しかいない。ちらりと脳無のほうを見れば、血を流しながらも自分を睨み、消失を発動するイレイザーヘッドがいた。脳無が掴んでいる頭を地にたたきつける。その間に一緒にいたそばかすの少年がパンチの構えをする。これは殴られてしまう。

 

「脳無」

 

 脳無を呼んで助けを求めた。声に反応した脳無はイレイザーヘッドを置いて少年と自分の間に立った。

 

「SMASH!」

 

 掛け声と共にパンチが放たれる。増力系個性なのか超パワーで放った拳は衝撃波が走った。脳無の「ショック吸収」でダメージはなかったが、並の人間が受けたらひとたまりもなかっただろう。

 

 この少年はオールマイトのフォロワーなのだろうか。ふと、すぐに亡き骸となるであろう少年に、死柄木は思った。

 

 少年は脳無に掴まれ、逃げられない。少女は腕を掴んで手を顔から離し、長い舌を伸ばして少年を助けようとする。反対の手で少女の後頭部と怯える小さな少年に掴みかかった。あと数センチで子どもを殺せる。

 

 

 

 そのときだった。

 腹の底まで圧し掛かる重圧と、ぞわりと背筋を凍りつかせるほどの空気がその場にいるヴィラン全員を包み込んだ。

 

 次の瞬間、出入り口にある扉が派手な音を立てて吹き飛ばれた。外から大量の白煙が舞い込み、出入り口が見えなくなる。コツコツと足音が聞こえる。誰かが来たようだ。

 

 

「もう大丈夫。私が来た」

 

 

 白煙から出てきたのは、オールマイトであった。彼は歯を食いしばり、目元を釣り上げて怒りの表情を浮かべていた。黒霧が逃した子どもが助けを呼んだのだろうか。それとも授業が気になって戻って来たのだろうか。

 

 どちらにせよ、これは好機だ。見る限り他のプロヒーローはいない。彼は一人で乗り込んで来たのだろう。わざわざ標的自ら出向いてくれるとは運がいい。

 

 何よりいつも笑顔で人々を救うヒーローが、怒っている。

 こんなに面白いことがあるだろうか。死柄木は心が高鳴った。

 

「ああ、コンテニューだ…」

 

 今日この日まで『平和の象徴』と謳われた人物をひねり潰せる。撤退するなんてもったいない。自分たちでオールマイトを殺せるこの機会を逃すわけにいかない。

 

「黒霧…オールマイトが現れたことをあいつらに連絡しとけ。作戦続行するってな」

 

 薄ら笑いを浮かべて黒霧に命令した。

 一方、黒霧は少し躊躇をしていた。死柄木の言い分はわかる。このチャンスを逃せば雄英はヴィラン対策を強化して、今後学校を襲撃するのは困難となる。作戦を続行するのは大胆かつ勝利への一手となるだろう。

 

 しかし、生徒が広場にいるのは予想外であった。部下の彼女の失態か、それとも武蔵の失態なのか。どちらにせよ、これ以上生徒が広場に来ればオールマイト殺しの邪魔となるだろう。大人数で攻められれば殺す計画がうまくいかない可能性もある。不安な芽は早めに摘む必要がありそうだ。

 

「わかりました」

 

 そこで黒霧は付け加えたのだ。

『オールマイトが現れた。武蔵は至急広場へ。作戦続行』と。

 生徒を殺すために、あの男を呼び出した。

 

 

 

 

 時は同じく、武蔵は爆豪と切島相手に応戦していた。

 

 ここまで切島の硬化で木刀を折られないよう、二刀流で回避と突きで隙をつくり、横からくる爆豪からの襲撃に耐えていた。攻防から5分以上は過ぎているだろう。余力を残しながら戦う武蔵に、爆豪は苛立ちを覚えていた。

 

「少しは真剣に戦えや! このエセ武士!」

「エセ武士って…そんな呼ばれ方初めてだな。独特なセンスしてるね爆豪くん」

「隙あり!」

 

 僅かに見せた隙を逃さず、切島が踏み込んで拳を振りかざす。その拳を見切り、武蔵は顔をそらして回避する。そしてまた距離を取られた。

 

 先ほどから武蔵は爆豪と切島の攻撃を躱すだけだ。攻撃を仕掛けてくるのは決まって反撃をする時のみ、しかもその反撃も爆発を個性で風圧で打ち消すか、接近戦にもつれ込めば拳や足蹴りであしらわれている。

 

 さらに言えば、敵の個性が未だに発動していない。

 

 つまるところ、手加減されているのだ。

 

 その事実に爆豪は(はらわた)が煮え返りそうになった。だが、爆豪には秘策があった。既に籠手には対人戦闘訓練でみせた爆破のエネルギーが溜まっている。あれを防いだとしても、その隙に腰にある手榴弾を投げ込んで攻撃できる。

 

 問題は確実にあの爆破を当てなければならない。今のところ俊敏性が高く、素早い武蔵には不意打ちでなんとか攻撃が通るだけだ。まともに攻撃が当たったのは面にヒビを入れた時のみ。

 

 不本意だが、相手は個性を出すつもりがないようだ。あのフルバーストを生身で受け切るのは難しい。瞬時に何らかの個性を発動されて防がれたら終わる。

 

 さらに、あの規模の爆破をやるには、エネルギー解放させるまで時間が少しかかる。隙をついてやるしかないが、全くそんな様子を見せない。

 

 経験値や場数の踏んできた回数が圧倒的に違う。格上の相手にこめかみに冷や汗が流れる。息を呑んでいると隣にいる切島が小声で爆豪に話しかけてきた。

 

「なあ、爆豪」

「あ? なんだクソ髪」

「アレ、できるか?」

「アレ?」

「アレだよ! 対人戦闘訓練でみせてくれたアレだ!」

「ちっとは分かりやすく言えや! んなモンとっくにフルパワー溜まってるわナメんな!」

「馬鹿、声でけぇよ!! アレ、お前の秘策だろ!?」

「てめぇが先に大声出しただろうが!」

「確かに俺のせいだけど! でも今のでこっちの秘策が──って、え?」

 

 口元に人差し指を当てて切島は必死にジェスチャーをするが、爆豪はフラストレーションが爆発したのかお構いなしにキレてしまう。こちらに秘策があることがバレ、焦った切島は武蔵を見る。

 

 しかし、武蔵は爆豪と切島の様子を気に留めず、懐から何かを探していた。

 

「あ、お構いなく。相談するならどうぞ。おじさん、待ってるよ」

「どこまでもてめぇは舐め腐ってんな…!」

「俺も確認したいことあるし、二人は協力しておじさんを倒したいんだろう。お互いハーフタイムってことでどうぞ」

 

 そう言って武蔵は再び何かを探しはじめた。爆豪は余裕綽々の武蔵に口元を歪ませ、元々ほとんどない堪忍袋がぶち切れそうになった。

 

 敵が連携してくるタイミングで、確認することとはなんだろうか。舐めプどころか脳みそが腐っているとしか思えない。今すぐ顔面にフルパワーバーストを叩きこみたい衝動が走る。

 

「あのクソ野郎が…!!」

「まあまあ爆豪落ち着けって! 今すぐぶっ飛ばしたい気持ちはわかっけど、これはチャンスだろ。確実にあいつを倒す算段考えようぜ! 俺、協力すっからさ」

 

 切島になだめられ、ほんの少しだけ爆豪は冷静になる。屈辱的だが、敵に与えられたわずかな策を練られる時間。フルバーストを当てるには作戦を立てる必要があった。

 

「フルパワー溜まってるっつーことは、いつでも撃てるんだよな?」

「だからそう言ってんだろうが…だが、あいつのすばしっこい動きがうぜぇ。確実に当てるには隙がいる」

 

 半ばキレながら爆豪が言えば、切島は何か決心し、腕を硬化させて爆豪に見せる。

 

「動きを封じれば、いいか?」

「……あ?」

「爆豪、俺…お前のこと信じる。だから、お前も俺のことを信じて全力でぶっ放してくれ」

 

 切島の目はまっすぐ爆豪に向ける。瞬時に言葉の意味を理解した爆豪は、ぞわりと駆け抜けて笑った。

 

「死んでもしらねぇぞ」

「死なねぇよ。絶対な」

「…作戦は終わった?」

 

 武蔵は顔を上げて、二人を確認する。彼らは既に覚悟を決めて武蔵と対峙していた。そんな彼らに武蔵は白いものを懐に入れて短刀を抜いた。

 

 緊迫した空気が流れ、爆豪は密かに深呼吸をする。

 

「行くぞ。クソ髪!」

「そこは名前で呼んでくれよ! 爆豪!」

 

 爆豪と切島は同時に地面を蹴り、飛び出した。一足先に切島が武蔵にたどり着き、顔面へフックを叩き込む。武蔵はバックステップで躱し、足蹴りして切島の体勢を崩させると、短刀の峰を腕へ振り下げる。咄嗟に硬化で防げば、風圧が生まれ、切島は弾き出された。切島を振り払った武蔵は爆豪の姿を探し始める。

 

 すると、真横から膨大な熱エネルギーの気配を感じた。すぐに前進して伏せれば、爆発的なエネルギー波が背後を通り過ぎる。

 

 それが武蔵と離れた位置に着地した瞬間、大地が振動し、爆音が轟いて煙も巻き上がる。煙が晴れれば、そこは激しいクレーターが一瞬でできてしまった。その破壊力に武蔵は冷や汗をかく。

 

「危ないな。貴重な一発だったのに、もったいなかったね」

「うおおお!!」

 

 危機が去ったと思えば、どんな人物でも安堵して一瞬、隙が生じるだろう。彼らはこの瞬間が訪れることに賭けていた。

 

 雄たけびを上げた切島が武蔵の体を掴む。慌てて引きはがそうと武蔵は切島の額に短刀の柄を振り下ろすが、瞬時に硬化されてまったく動じなかった。そして自らの足を杭のように地面のめり込ませ、全身を最大限まで硬くする。

 

「誰が、一発だけだっつったよ!!」

 

 切島が完全に硬化したところで爆豪は再び標準を武蔵に定めた。爆豪の籠手に集められたエネルギー弾は、両手分ある。

 

 つまり爆豪の全力爆破は二発撃てるのだ。素早い武蔵にそれを確実に当てるには、普通のやり方では不可能だと判断した爆豪は、始めから一発目は外す気でいた。

 

 本命の二発目は切島ごと食らわせることになるが、彼の硬化であれば防御は可能だ。全力で最大火力をぶっ放すつもりであった。

 

「今だ爆豪! 撃て──―!」

「指図すんな!」

 

 腕を振り下ろし、武蔵を完全にとらえた。爆風が周囲に霧散し、黒い煙が巻き上がる。

 

 やったか。

 

 期待で爆煙を見つめる爆豪。

 しかし次の瞬間、爆煙から鈍い蹴す音がし、何かが地面を擦りながら煙の外へ弾き出された。

 

「ゲホッ! くっそ…」

「クソ髪!」

 

 弾き出されたのは切島であった。彼は蹴られた腹を抑え、むせてしまう。爆煙が晴れ、爆豪は武蔵に目を向ける。その武蔵の姿に一瞬、息を呑んだ。

 

 武蔵の右腕が、漆黒の大剣に変化していた。そこから爆煙が立っている。爆豪が手応えを感じたのは大剣の刃、側面で受け切られていたのだろう。

 

「おしかったね。本当、危なかった」

 

 変化させた腕を元に戻し、武蔵は二人を見つめる。

 唯一の対抗手段を防がれ、二人は脳内でガンガンに警告音が響くのを感じた。それでも、二人は折れず、相手の攻撃に備える。

 

 すると武蔵は、二人に背を向けた。

 

「どういうつもりだ…?」

「悪いな。もう少し君らと闘う予定だったんだけど。ブラック上司から呼び出しをくらった」

「……は?」

「ここまで付き合ってくれてありがとう。じゃあね」

「…なっ、待て!!」

 

 爆豪が呼び止める前に、武蔵は既に駆け出していた。確認した頃には背中が既に遠く、あっという間に見えなくなる。愕然とし、爆豪は唇を噛んだ。

 

 こんな屈辱、あってたまるか。

 

「クソが…クソがクソがクソが…!」

「爆豪…どうする」

「あぁ!!?」

 

 座り込んだ切島の膝が震え上がっているのがわかった。強敵を前にして、敗北を実感せざるを得なかったのだ。

 

 

 

 一方、武蔵は焦っていた。全速力で駆け抜け、広場へ向かう。

 本来なら爆豪と切島に足でも怪我させて動けないようにすればよかったが、その時間すら惜しかった。

 

『オールマイトが現れた。武蔵は至急広場へ。作戦続行』

 

 先ほど確認したメモの内容を思い返し、舌打ちしたくなった。

 

「いきなり呼び出すなよな、本当…!」

 

 オールマイトが現れたことで作戦続行自体はある意味想定内だ。しかし、死柄木は自分をオールマイト殺しに参加させないつもりであった。それなのに自分を呼び出している。

 

 おそらく、呼び出したのは黒霧だ。黒霧が自分を呼び出す判断をしたということは、あまり好ましくない状況だと言える。推測になるが、何人かの生徒が加勢しているのだろう。

 

 このメモは、自分と黒霧、娘が内容を『共有』できるものだ。つまり、グループLINEをしている状況である。当然、娘にもこのメッセージが伝わっている。

 

 真面目な娘のことだ。この撤退命令や意図にはすぐ気付いただろう。だが、今回の作戦続行の報せを受けて、例の作戦が潰れてしまった事実をどう受け止めるのか不安になる。

 

 娘は物分かりがよく、順応力も高い。だが、この連絡に納得して引き下がってくれる性格だろうか。

 

 彼女は変なところで頑固で、納得しないことに対して論破してくる子だ。そんなヒーローとヴィランの彼女はどちらの立場をとってくれるだろうか。

 

「頼むから…来ないでくれよ。忍」

 

 悪い予感がしつつ、武蔵は地に足を蹴った。

 

 

 

 

 

『オールマイトが現れた。武蔵は至急広場へ。作戦続行』

 

 

「は?」

 

 倒壊ゾーンでヴィランを倒していく中、私はそれを見てしまった。

 

 弔さん、いいやあのブラック上司…ついに『部下がキレる命令』を出した。

 

 なんで仕事投げ出したと思ったら再開命令なのだろう。今この状況を例えるとしたら、遊びに行く待ち合わせした友達が『あ、ごめん…急に行けなくなっちゃって…』って遊ぶ当日に連絡してきてドタキャンされたと思い、一人で優雅に遊んだら『やっぱ行くわー』って遊びに来て「どっちかにせい」と言いたくなる迷惑なアレである。

 

 散々振り回すだけ振り回して、振り回すじゃ飽き足らず砲丸投げをかまされた。こんなに破壊力のある命令出されるなんて聞いてない。

 

 弔さんは私に砲丸のごとくどれだけ投げられても壊れない超合金製の精神力と、海よりも広くて深い心があると思ってるのか。ある意味信頼されてるってポジティブ的に解釈していいのか。あんなに必死で考えたお父さんとの作戦がパアになった。

 

 頭に血が上ったせいで変な笑いがこみ上げてきた。

 

「狩野大丈夫? 変な笑い方してて気味が悪いよ」

「なんというか…笑えてきました。この状況」

「あ、この子大丈夫じゃない! なぜか軽くノイローゼになりそうになってる!? 顔が死にかけてるよ! しっかりして狩野! ヴィランに負けないで!」

 

 この時ほどヴィランに負けないどころか私もヴィランだよ。と、無性に芦戸さんに言いたくなることはないだろう。本当に暴露したい気分だ。

 

 だが、理性が踏みとどまってくれたおかげで乾いた笑いしかこみ上げて来なかった。精神的に死にかけの私に、芦戸さんが激しく肩を掴んで振る。目が回りそうになる。

 

 気持ちを落ち着かせようと深呼吸をしていると、メモに何かが書かれていった。一瞬だけ視線をメモに移す。走り書きで書いているせいで読みづらいが解読はできた。

 

『5人も生徒が来た 死ね』

 

 弔さんの文字だった。前半の情報はともかく物騒だ。ヒーローに向けて死ねと言っているのか私に向けていってるのか分からないが、とにかく弔さんは無事でよかった……

 

 

 

 いやでも、広場に集まった生徒5人って、多くない?

 みんな優秀で胃がキリキリ傷んできた。

 

 

 

 その連絡を理解しがたく、状況が悪化し過ぎているせいで脳が理解を拒絶したがっていた。現実を受け止めるしかないようだ。過ぎたことを悔やんでも仕方ない。気持ちを無理やり切り替える。

 

 一度状況を整理しよう。

 きっと父のことだから、さっきの連絡で爆豪くんと轟くん、それと…緑谷くんの時間稼ぎを切り上げたはず。だから完全に足止めができていない。

 

 あの3人は状況をよく見えている。強敵ヴィランとの戦闘後、ヒーローとしてどうすればいいのか、わかっているはずだ。

 

 となれば、

 現在広場にヒーロー側はオールマイトと相澤先生。

 広場に来た生徒はおそらく轟くんと爆豪くん…緑谷くんと他2人。

 ヴィラン側は弔さん、黒霧さん、脳無、父。

 戦力を考えればヴィラン側が圧倒的に有利だ。

 

 想定以上に広場へ生徒が集合している。その5人のうちに爆豪くんと轟くんがいるだろう。

 

 あと、可能性があるとすれば…緑谷くんだ。

 

 彼がいる可能性は高い。拳を放てばオールマイト並みの攻撃が可能なうえに、頭がいい。これまで培ってきたヒーローの知識をフル活用してヴィランたちを退けられるだろう。特に、ここ最近の彼は土壇場になればその力を発揮する傾向がある。

 

 もし彼が広場に到着して個性を発動してしまったら、オールマイト並みのパワーを持つ厄介な彼をヴィラン連合が放っとくわけない。真っ先に脳無で殺されるかもしれない。

 

 問題は残り2人は誰か。可能性があるのは爆豪くんと轟くんと一緒にいた生徒だ。

 

 黒霧さんの個性は範囲によってワープさせる相手の場所を指定できる。爆豪くんの近くにいたのは、切島くん。轟くんの方は誰かわからない。単独の可能性もある。

 

 一番の問題は父もその現場に向かっていることだ。

 今回の仕事は私のサポートで、私は父になるべく生徒に危害を加えないよう指示を出している。

 

 だが、この指示は簡単に覆せる。

 父は『弔さんの命令に絶対従う』のだ。弔さんが直接父に何かを命令すれば私の指示を無視して実行する。

 

 オールマイト殺しは黒霧さんと脳無で決行される。それを生徒が止めに入るだろう。その生徒が邪魔なら、おそらく弔さんは父を使って『邪魔ものを殺せ』と命令をするだろう。

 

 そして父は、それを迷いなく実行する。

 父が誰かを殺す…あの悪夢が現実になってしまう。

 

 そのとき、鋭い痛みが頭に走った。

 

 ──―私がやらなきゃ。私しかできないのだから。

 

 

「狩野! 聞こえてる狩野!?」

「…芦戸さん」

「さっきから笑ったり、ぼーっとして大丈夫なの? あんまし無理しなくていいよ」

「大丈夫」

 

 ヴィランの部下としては、このまま放置が一番いいだろう。

 

 ヴィラン側の実力者が全員集合しているところに、わざわざヒーローとして登場するのはおかしい。ただでさえ、弔さんに信頼されていないのに自分の勝手で動けば今後自分の身も危うくなるだろう。

 

 けれど、このまま放っておいたらほぼ確実に…誰かが死ぬ。

 

 父が弔さんの命令に従って誰か殺すか、弔さんと黒霧さんも誰か殺すかもしれない。脳無がオールマイトだけでなく、生徒の誰かも殺すかもしれない。

 

 私は、誰も殺させたくない。守りたい。

 でも、ヴィラン連合を裏切れない。

 裏切ったら、ヴィラン連合に居続ける意味がなくなる。

 

 ──なら、私がやることは決まっている。

 

「やってやる…」

 

 ヒーローとして、ヴィランとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 みんなを救って雄英に信頼を得たうえで、ヴィランの密偵者として仕事を全うする。その両方を私はできる。かなりの博打になるが、やるしかない。

 

 私は、父を止めなきゃならない。なぜなら、それが私がヴィランになった目的なのだから。

 

「死ね!!」

「狩野!」

 

 そのとき、頭上からナイフを持ったカメレオン男が飛び出してきた。カメレオンの保護色で天井に張り付いていたのだろう。私たちのことをずっと見ていたのだろうか。

 

 まあ、そんなことどうでもいい。

 

「邪魔。どいてよ」

 

 カメレオン男の眼前に手を突き出し、顔に触れると出力最大限の『帯電』を発動する。

 

 悲鳴を上げたカメレオン男の体が痙攣する。周囲が放電により照らされ、眩い光が割れた窓から外まで届く。外で待機していたヴィランたちの声が聞こえたところで私は放電をやめた。カメレオン男の手からナイフが零れ落ちると、彼は床に伏せた。

 

 どうやら、今のヴィランで最後のようだ。

 

「芦戸さん」

「な、何!?」

「予定変更します」

 

 これは身勝手な選択だ。はっきりいってこの襲撃を凌いでも、私が死ぬ可能性が高い。

 

 けれど今救けに行かないと、後悔する。それだけは嫌だった。

 

「広場に行って応援に向かいましょう」

 

 芦戸さんが小さく頷いたのを合図に、私は駆け出した。




黒霧さん、その判断は早いですよ…。

お久しぶりです。
現実でバタバタ忙しくなり、PCが壊れて小説書けない日々を過ごしてやっとPCが買えました。
これからも不定期に更新すると思います。

……今、USJ編かー。完結まで何年かかるかもことやら。


次回
明日20:00投稿予定。
父親が死柄木さんに命令されます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

活動報告19 嘘をつきました

今回は主人公が大分ハッスルします。
あと情報量が過去一多いです。


※話の都合により、原作のセリフやシーンをところどころカットしています。



「やってるな」

 

 轟音のもとに駆けつけた武蔵は、オールマイトと脳無の戦闘を眺めた。超パワー同士のぶつかり合いで、広場のところどころがクレーターと化し、断続的に体の芯にまでくる衝撃が戦いの激しさを物語っていた。

 

 彼らの周囲にいる人物は死柄木と黒霧だけだ。今のところ生徒がいないことに安堵し、武蔵は死柄木のところへ駆け出した。隣に立つと、武蔵の登場に死柄木は顔をしかめる。

 

「なんでお前がここにいるんだ? 消えろ」

「えー? 急いできた部下に対しての第一声がそれ? もっと別の言葉なかった? 『お疲れさまー』とか『流石俺様の部下だな、よくぞ戻ってきた!』とか」

「労ってやるほどの活躍してないだろ。馬鹿か」

「一言だけでも労わってほしかったんだよね。察して欲しかったなー」

「いい年したおっさんが何言ってんだキメエぞ」

 

 心底嫌そうな声色で言ってくるので、流石の武蔵も肩を落とした。連絡が来たから任務を中断してやってきたというのにこれは理不尽すぎる。すると、黒霧が武蔵を発見して声をかける。

 

「やっと来たか武蔵」

「黒霧…やっぱりお前か? あの連絡よこしたの」

「ああ。だが…その必要はなかったようだ」

 

 ちらりとオールマイトと脳無の周囲を見て黒霧は、そう言った。呼び出した黒霧の一言に、無駄足であったことを悟った武蔵は肩を落とした。

 

「勘弁してくれ。緊急の連絡がきたから任務放棄して来たんだぞ。今頃俺が置いていった生徒たちがこっちに来る。早くやらないとまずそうだ」

「子どもの足止めもできないとはな…お前、思った以上に無能だな」

「そういう文句は終わってから言ってくれ。俺だってこう見えて頑張って」

「死柄木弔! 武蔵!」

 

 死柄木が武蔵に酷評していると、黒霧が叫んだ。

 次の瞬間、オールマイトが脳無にむけてバックドロップを展開する。脳無が地面に突き刺さる。空気が弾きだされたかのように爆煙が広場を包み込む。

 

 武蔵は一瞬だけ個性を発動させて爆煙を払った。煙は晴れて視界が良好となる。

 

 黒霧は視界がクリアとなった瞬間を見図り、脳無の下半身をそのままにして、上半身をオールマイトの背後にワープさせた。そして脳無はオールマイトの脇腹を掴み、拘束する。

 

 計画通りに事が進み、死柄木は高揚して口角を釣り上げる。

 

「まあいい。今から平和の象徴を殺す。その瞬間を見届けろよ」

「…わかった。見届ければいいんだな」

 

 腕組をして武蔵は一歩後ろへ下がった。黒霧がモヤの範囲を広げ、ズルズルとオールマイトを引き摺り込んでいく。オールマイトの脇腹からはシャツが血が流れ、白シャツが赤く染まっていった。

 

 計画では、オールマイトの半身を黒霧のゲートで引きちぎる。半端な状態でゲートを閉じれば、いくらスーパーヒーローの彼でも死ぬ。これがオールマイトを殺せる算段である。

 

 オールマイトは掴んでいた下半身を離し、脇腹に掴む手を引きはがそうとする。しかし、脳無の力が強く、うまく引きはがせない。オールマイトは怒りを覚え、彼は主犯格の男たちに目を向けた。そのとき、死柄木の背後にいる武蔵と目が合った。

 

「お前は…武蔵!?」

「…俺のこと知ってるのか?」

「どうしてこんなところに…!?」

 

 オールマイトが驚愕の表情を浮かべる。武蔵の名前を呼び、何か言おうとするが脳無がさらに力を加え、痛みが走って言葉にならなかった。身体が悲鳴をあげて喀血し始める。武蔵は目を伏せて冷酷に告げる。

 

「じゃあな『平和の象徴』」

 

 ゲートがオールマイトの膝上まで迫りくる。死柄木は勝ちを確信する。

 そのとき、遠くから足音がこちらに迫ってきた。

 

「オールマイト!!!」

 

 涙目になりながら、そばかすの少年が正面から走ってきた。ヴィランの人間は、彼のことを浅はかだと思った。格上相手に飛び出すのは自殺行為でしかない。オールマイトを救いたいのだろう。これを勇気ある行為だといえば聞こえはいいが、この場合は無謀である。

 

 黒霧はモヤの範囲を拡大し、少年の前に立ちふさがる。ゲートに包み込まれれば、終わりだ。

 

()()()無理だな…」

 

 武蔵は小声でつぶやき、目を閉じて少年の最期を見ないようにした。

 

 

 

 

「どけ邪魔だデク!!!」

 

 次の瞬間、黒霧は爆破とともに吹き飛ばされ、地面に押さえ付けられる。同時に脳無の半身に氷が包み込む。オールマイトが凍らない範囲ギリギリで留められ、脳無の力が弛んだ。

 

 今度は腕を硬化させた切島が死柄木に奇襲が仕掛ける。死柄木はそれを素早く躱し、後ろへ下がる。武蔵も死柄木に合わせて下がった。その隙にオールマイトは拘束を解いて距離をとる。

 

 横から飛び出したのは爆豪だ。彼が来てしまった。思わぬ襲撃に武蔵は周囲を警戒する。

 

 気配が背後からし、振り向けば氷が走ってきた。瞬時に個性を展開させて氷を斬り裂く。氷の元へ目を向けると舌打ちの音がした。

 

「おしい…」

「大丈夫轟くん…!? 無茶しないで…」

「平気だ葉隠」

 

 そこには、武蔵にやられた足を引きずり、誰かに肩を回す轟がいた。彼に肩を貸す人物が見えない。目を凝らすと手袋が浮いていた。おそらく全身透明化している生徒が近くにいる。その子が彼に協力したのだろう。

 

「最近の子は、メンタルが強いねー」

「感心してる場合か」

 

 爆豪も轟もここまで追ってくるのは予想外であった。手を抜いた戦闘をしたとは言え、トラウマを植え付けられても仕方がないほど追い込んだ自覚があったのだ。

 

「スカしてんじゃねぇぞ、モヤモブが!」

「平和の象徴は、てめぇら如きに殺れねぇよ」

 

 脳無は一時的に戦闘不能にされ、脱出口の黒霧は捕まった。肝心のオールマイトも殺せていない。生徒によって形勢逆転された。

 ついでに、()()()()()()になった。あとで娘に怒られると武蔵は頭を抱える。

 

 黒霧の上に乗っかる爆豪はニヤリと笑った。

 

「このうっかり野郎め! やっぱ思った通りだ! モヤ状のワープゲートになれる箇所は限られている! そのモヤゲートで実体部分を覆っているんだろ! 全身モヤの物理無効人生なら『危ない』っつー発想は出ねぇもんな!」

 

 彼の言った通り、黒霧の『ゲート』には欠点があった。

 

 初手の攻撃を躱したとき、黒霧は「危ない」と言ったが、あの一言で弱点の分析をしてくるとは、彼は思った以上に冷静に状況を分析できる人間なのだろう。死柄木は武蔵を睨む。視線に気づいた武蔵はあからさまに目を逸らした。

 

「これはピンチだな…5人も生徒がいる。誰かさんがちゃんと仕事していればこんなことにならなかったのに…」

「悪かったな。まあ、まだ脳無がいるから気を落とさなくていいんじゃない。弔くん」

「うぜぇ。死ね」

 

 八つ当たり同然で死柄木は武蔵の肩に強めのパンチを一発放ち、紙に殴り書きをした。不意打ちに驚いた武蔵は苦い顔をしながら痛む肩を抑える。内容を覗き見た武蔵はギョッとした。

 

「それ、要る?」

「あいつは自分の仕事できなかったんだ。要るだろ」

「…今すぐ消した方が、いいと思うよ。本当に」

「うるさい。指図すんな」

 

 死柄木は武蔵の警告を無視し、紙をポケットに入れた。

 

 一方、オールマイトは武蔵を凝視していた。

 腕を黒い刃に変える個性、全身を黒で統一した服装、その特徴から彼はある人物だと特定できた。口元についた血を袖でふき取り、彼はその人物と向き合った。

 

「どうして奴が……武蔵が、ここにいる?」

「知ってるんですか、オールマイト!?」

「20年前に突如現れた凶悪ヴィラン…そして、12年前起きた『ヴィラン大量虐殺事件』の主犯者だ…!」

 

 オールマイトの指摘に、緑谷たちは顔を青ざめた。

 

 ヴィラン大量虐殺事件。

 12年前の12月29日、賦千夏市にある森林地帯で起きた世間に衝撃を与えた事件。

 

 現場は血の海となり、木々が一掃されたかのように平地になっていた。この事件で死傷したヴィランは20名以上、そのうち1名は現場に駆け付けたとみられるヒーローもいた。

 

 辛うじて生き残った重傷者1名の証言により、警察はこの事件を起こした主犯者が武蔵と特定した。しかし、その後武蔵の行方はつかめず警察は手を焼き、5年ほど前までは裏組織の用心棒として君臨し、ヒーロー界で恐れられる犯罪者となった。

 

 ここ最近では消息も不明だった彼が、ヴィラン連合という組織に入り、目の前にいる事実にオールマイトは信じられなかった。

 

 オールマイトが武蔵を力強く指さすと、一斉に視線が武蔵の元へ集まる。すると、視線を浴びた彼はそれまでの雰囲気を一変させ、クスリと妖しく笑った。

 

「懐かしいな。その事件」

 

 たった一度、笑みを浮かばせただけでヒーローたちに戦慄が全身に走る。肌に鋭い針が刺さるようながした。先ほどまでの飄々とした雰囲気は一切しない。

 

 このままでは子どもたちを危険にさらしてしまう。そう危惧したオールマイトは時間稼ぎも兼ねて、問い詰めた。

 

「ヴィランとはいえ、人を殺めたんだ…! 君は何のためにあんなことをしたんだ!?」

「何のため?」

 

 オールマイトの問いに、武蔵は面倒そうに視線を頭上に投げた。無防備に理由を思い出そうとする彼に、誰も何も言えなかった。

 

 ヒーローたちは固唾をのみ、額に汗が浮かび上げる。ヴィランたちは期待や好奇的な目で見つめていた。誰もが、武蔵の言葉を待った。

 

 やがて鬱陶しそうに頭を掻いて彼は答える。

 

「そうだな…強いて言えば、ムカついたからさ」

 

 残酷な彼の言葉にヒーローたちは愕然した。彼は鬱陶しがりながら、冷静につづけた。

 

「あのときいたヴィランたちは俺が17年くらい前に潰した極道組織の残党でな。奴らは俺の居場所を嗅ぎつけて、脅迫文を俺に送りつけて呼び出した」

 

「無視するのも面倒だったから、その呼び出しに応じた」

 

「そしたら、奴らは俺が来た途端に罵声を浴びせ、俺の価値観を全否定した。そして組織の仇だと言って俺の命を狙ってきた」

 

「そこでドンパチやってたら、どっからか騒ぎを聞きつけたヒーローが来て、俺らを説教し始めて…」

 

「うざい演説聞いて全部ぶっ壊したくなったのさ」

 

「ヴィランを殺し終えた後に、ヒーローは健気にも説得を続けていた。思い出しなくもねぇほどムカつく頭のおかしい奴だったな。俺に腕も切り落とされて死んじまう寸前でも説教たれたんだぜ。馬鹿だと思わないか?」

 

「だから、ヴィランが持ってた拳銃で確実に殺せるよう、暴れるのを押さえ付けてこめかみを撃ちぬいた」

 

 ゆっくりと、人差し指をたてた武蔵は自らのこめかみに押し付けた。歪に口元が上がる。彼は、当時ヒーローを殺したときの再現をしたいのだろう。

 

「人ってのは、それまでどれだけの素晴らしい功績を残しても、どれだけ良い奴だったとしても、死ぬときはあっけなく死んじまうのさ…」

 

「そんとき思った。やっぱ、こんなクソなことするんじゃなかったってな」

 

 悪意に満ちた自白を全て終えた武蔵は、嘲るように笑う。緑谷は全身の毛穴から、冷や汗が止まらなくなるのを感じた。思い沈黙が流れ、時間が過ぎていく。

 ただ1人、オールマイトがその沈黙を破った。

 

「なぜ自白をしているに、そんな虚言を吐くんだい?」

「…何が言いたいんだ?」

「君は、嘘をついている。目が、そう言っている」

 

 オールマイトの目は、武蔵の嘘を見破っていた。嘘を見抜かれた武蔵は、何も言わず薄く笑うだけであった。

 

 そんなやり取りに飽きた死柄木は、ゲームの駒を進ることにした。

 

「出入り口を奪還する。脳無、あの小僧をやれ」

 

 命令された脳無は、一切の迷いなく黒霧を捕らえる爆豪に突っ込んだ。オールマイト並みのスピードで直進し、拳を放つ。辺り一面に爆発的な風圧が生み出され、周囲に生えた木々の枝が大きく揺れ、生徒たちは身体が吹き飛ばされかけた。

 

 直後、何かがUSJ施設のゾーンを仕切るコンクリートの壁に激突する。

 

「かっちゃん!」

 

 爆豪がいた場所へ緑谷が目を向けると、そこには脳無が倒れた黒霧を庇うようにしゃがんでいた。爆豪が吹き飛ばされたと思い込み、名を叫ぶ。

 

 しかし、すぐ隣にその爆豪が座り込んでいるのを見つけた。脳無の攻撃を避けたかと考えたが、何かが激突したコンクリートの壁へ視線を移せば、腕を盾に構えるオールマイトがいた。彼は、自ら爆豪と脳無の間に入り、爆豪を庇って攻撃を受けたのだ。

 

「子ども相手に本気とは…加減を、知らないのか…」

 

 オールマイトでも重いと感じる一撃を子どもが受けたらどうなるのか、おぞましい想像をし、オールマイトは冷や汗をかく。

 

「俺はな。怒っているんだオールマイト!」

 

 そこから死柄木は、演説をした。

 この世で個性を使う行為がヴィランかヒーローかで決まる『暴力』か『正義の執行』の違い。その善し悪しが決まる世の中に不満を持っている。

 

 だから、個性の抑圧をする暴力装置であるオールマイトを殺して、暴力は暴力でしかないことを世に証明したいと。死柄木はそうまとめた。

 

「ヴィランってのは、嘘をつかなきゃいけないルールでもあるのかい。この嘘つき集団め」

 

 しかし、そんな思想犯であれば目は静かにも寄っていく。数々のヴィランたちと対面したオールマイトはただ見開いて演説をした死柄木に違和感があり、嘘だと見破ったのだ。

 

 現在、ヒーロー側の人数は生徒たちとオールマイトの6名、ヴィラン側は4名、ヒーロー側は黒霧の弱点を見破っている。

 

 少しばかり、ヴィラン側が不利な状況に死柄木はため息をついた。

 

「脳無だけじゃ、厳しいか。仕方ない…」

 

 ゲームの盤面を有利に進めるには、あまり動かしたくない駒を進めるしかなさそうだ。死柄木自身はあまり使いたくない手段だったが、使えるものは使えと先生は言っていた。

 

「おい、武蔵」

「なんだ?」

「命令だ、武蔵」

 

「誰でもいいから1人、ガキを殺れ」

 

「…殺せってこと?」

「ああ」

「弔くんからの『命令』なら、仕方ないなー…」

 

 沈黙が一瞬だけ訪れ、彼は腰にある短刀を握りしめた。

 

 

「了解。子どもを殺す」

 

 

 無情にも、武蔵はその命令を承諾した。

 命令を受けた彼の目つきが鋭い殺意へ変貌する。

 

「させるか!」

「脳無」

 

 脳無がオールマイトに立ち塞がる。オールマイトは舌打ちをして拳を鳩尾に叩き込むが、脳無はその拳を握り、勢いをつけてオールマイトを水難ゾーンへ投げ込む。着水した途端に巨大な水柱が立ち、水しぶきが雨のように降り注いだ。脳無は追いかけるようにして水中へ潜っていった。

 

 一瞬の出来事で生徒たちは何も手出しができなかった。オールマイトのピンチに緑谷たちが顔を青ざめていると、武蔵がこの場にいる全員に目を向けて指差して位置と人数を確認した。

 

「5人のうち1人。誰でもいいのか…なら、適当に決めていいよな」

 

 すると、武蔵は差した指を一人ひとりに焦点を合わせた。次の瞬間、彼は何かを口ずさみ、リズムを刻み出す。そのリズムに合わせて指差す人物を順番に変えている。

 

「だ」

「れ」

「に」

「し」

「よ」

「う」

「か」

「な」

 

 それは、子供の頃にやった数え歌だった。

 彼は、それで今から殺す人物を選んでいるのだ。緑谷たちは恐怖で背筋が凍りついた。こんな軽薄なやり方で殺されるのか決めさせられている。

 

「か」

「み」

「さ」

「ま」

「の」

「い」

「う」

「と」

「お」

「り」

 

 武蔵が歌い終わり、指を止めた先は…緑谷だった。

 

「じゃあ。君で」

 

 指差された緑谷はさらに心臓を鷲掴みされたような恐怖が全身を覆い、身体が強張る。息つく間もなく、武蔵は腰に携えた短剣を握り、地を蹴り、一瞬で間合いを詰めた。

 

 速い、動きが見えない。

 怖くて動けない。

 避けられない。

 …死ぬ。

 

 迫りくるであろう刃に、緑谷は目をつぶるしかなかった。

 

 死を覚悟した瞬間、大きな爆音と激しく刃が何かにぶつかり、刃物同士が擦れる音が耳元でした。恐る恐る緑谷は目を開ける。

 

「間に、合った…」

「か…」

 

 見覚えのある背中が、緑谷の前に立っていた。

 緑谷の首にめがけて振られた刃を、腕を黒い刃に変化させ、受け止めた()()の名を叫ぶ。

 

「狩野さん!」

「しっ──!?」

「『爆破』!!」

 

 変化させていない片手を武蔵の顔に目掛けて放ち、目くらましをする。武蔵が彼女の攻撃を生身の腕で受け止め、瞬時に後退する。

 

 緑谷は彼女の登場に、安堵を覚えて強張っていた体が動けるようになったのを自覚した。

 ヘドロ事件でもいつだってそうだった。彼女はピンチになったら助けてくれる。今回も、助けてくれた。まさにヒーローであった。

 

「ありがとう狩野さん! おかげで…」

「殺させないわよ…絶対に殺させないわ…」

「狩野、さん?」

「絶対に、私がとめる」

 

 だが、彼女の様子がおかしかった。

 

 緑谷を一切見ず、目の前のヴィランにしか目を向けていない。ひどく焦燥感に駆られているような目をしていた。よく見ると、彼女の両掌は火傷だらけであった。ここに来るまでに爆破の個性で猛スピードで駆け付けたのだろう。それも、個性の反動を顧みず全速力で来たのだ。

 

 見たこともない、おそらく『Copy』していたであろう個性、腕の刃化を解除せず、彼女は構えて敵対する武蔵を睨みつける。武蔵は頭をかき、彼女に問う。

 

「何のために、ここに来た?」

「…助けるために来たの」

「そんなにその子のことが大事なのか?」

「…そうよ。大事な友達よ」

「大事な、友達か」

 

 彼女の言葉を武蔵は憐れむように復唱し、刃先を緑谷に向けた。

 

「悪いが、命令されたんだ。俺は、その子を殺す。どいてくれないか」

「嫌よ。絶対」

「…聞き分けが悪いな。そいつはとても困るんだが」

「そんなに邪魔ならどかしたら? 私は絶対にどくつもりないけど」

「そうか…じゃあ、無理やりどいてもらおうか」

「させるか!!『TEXAS(テキサス) SMASH(スマッシュ)』!!」

 

 武蔵が生徒2人に飛びかかる寸前、脳無の隙をみて駆けつけたオールマイトが空中に飛び上がり、彼らの間に割り入るよう落下していく。

 

 武蔵に目掛けてSMASHを放ったが、武蔵は舌打ちしながらそれを跳んで回避し、死柄木の背後まで一時撤退をした。武蔵がいた足元を崩壊させたオールマイトは生徒2人を守るよう、彼らの前に着地し、手を広げる。

 

「逃げなさい! 緑谷少年! 狩野少女! みんなを連れて一刻も早く逃げるんだ!!」

 

 現在自分と同等、それ以上の力を持つ脳無を相手するだけでも限界の状況だ。あの武蔵が本気で子どもたちに襲いかかってきたら、1人では守り切れない。そうオールマイトは判断した。

 

 A組のなかでも冷静に状況を判断できる彼女であれば、緑谷を連れて逃げてくれるだろう。そう信じて指示を出した。

 

「嫌です。戦わせてください」

 

 だが、彼女はそれを拒絶した。彼女は腕の『刃化』を解除し、愕然とするオールマイトの隣に立つ。

 

 何故だ。何故、彼女は撤退しない。

 何が今の彼女をここまで突き動かしているんだ。

 

 オールマイトは敵を捉えながら、横目で同じように敵を見据える彼女に説得を続けた。

 

「わかってくれ狩野少女。正直言って、私だけでは脳無だけでも手一杯だ。私が脳無を相手している間に武蔵は君たちを狙うだろう。あの男は危険だ…戦えば君たちは死んでしまう…」

「分かってます。今、どれだけ相手と実力差があるのか。どれだけ無謀なことをしているのか理解しているつもりです」

「なら逃げて」

「けど…圧倒的な力を持つ敵の前で逃げるのがヒーローですか? 命を賭してきれい事実践するのがヒーローと、あなたは言ってましたよね」

 

 かつて入学試験の合格発表で録画したオールマイト自身が話した内容を彼女は淡々と言い退けた。

 一瞬、オールマイトも言葉が詰まってしまう。

 

「確かに言ったさ。だが冷静になってくれ狩野少女」

「私は冷静です。足手まといには、絶対なりません。事情があってあの武蔵っていうヴィランと同じ個性を『Copy』で持っていますので、対抗手段もあります」

「頼むよ。言う通りにしてくれ。どうして君が彼の個性を持っているのかは、知らないが…それでも」

「いいから戦わせてください! オールマイト!!」

 

 オールマイトの制止を無理やり振り切るように、彼女は叫ぶ。

 彼女は自分自身の胸に手を置き、握りしめて、心からの声をさらに張り上げた。

 

「今逃げたら、誰かが死ぬかもしれない…!」

「そんなの、絶対に嫌だ…!」

「何もしないで誰かが死ぬくらいなら」

「自分の命を賭してでも、守り抜くために、私は戦う!!」

 

「狩野、少女…」

 

 彼女のその圧倒させる気迫が、姿が、言葉が、オールマイトを含めてその場にいた生徒たちの心を大きく揺さぶった。

 

 彼女の根底にあるヒーローの心、守り抜きたい確固たる意思を肌で感じ取る。

 

 自分の命さえ投げ打つその自己犠牲の精神は、とても危うく、異様で、威風や憂懼(ゆうく)すらも抱かせる歪さと美しさが絶妙に兼ね合っていた。

 

 

「こんな…()()()()()()()()()()()()()()()ヴィランなんかに、誰も殺させない!」

 

 

 ──そして、彼女は最後に嘘をついた。

 それは、ヒーローには気づけられない、ヴィラン連合の一部にしかわからない嘘であった。

 

 その嘘に死柄木、黒霧、武蔵の三人だけは瞬時に彼女の意図に気付いた。

 死柄木は傷だらけの首をさらに爪を立ててかき出す。

 

「そういうことかよ……イカれてる。本当、イカれてるな。あのガキ…なあ、武蔵」

「…そうかもな」

 

 問いかけられた武蔵は、ひびの入った面の下で目を細めて険しく口を結んだ。

 

 一方、死柄木ははじめ正義感を剥き出しにした演説をする彼女が連合を裏切ったと思った。

 しかし、本当に裏切るならばこれまで彼女に強いた任務のことや、この襲撃作戦を企てていたことを暴露すればいい。

 

 それなのに、彼女は自分たちと初めて遭遇し、こちらの作戦も知らなかったかのような口ぶりをした。

 つまり、彼女はこちらを裏切っていない。

 

 あくまで雄英の生徒として対面している。こちらと敵対関係をつくりあげて、こちらと繋がっていない風にみせた。

 

 彼女が自らの意思で今、今後密偵者として活動しやすくする布石を打ったのだ。

 

 そして、おそらく彼女が吐いた言葉のほとんどは本音だろう。誰も死なせたくない、殺させたくない、そんなふざけたきれい事が言えるのは彼女がまだこちらに堕ちていない証拠であり、ヒーローの卵である証明だ。

 

 だが、最後の最後にヴィランとしてヒーローを騙す法螺吹きをし、ペテン師となった。

 まさに、ヴィランとヒーローを両立する狂人である。

 

「最高にバグってて、逆に面白くなってきたなぁ…」

 

 あのオールマイトですら、騙されている。見抜けないのも無理はない。彼女の正義と自己犠牲の精神は本物だ。今の彼女はまさにヒーローの卵なのだから。

 

 だが、彼女は既にこちら側の人間なのだ。

 

 そんな嘘のような真実を誰が気付けるのだろうか。最高の仕事を、彼女は今した。

 

 …嗚呼、早くオールマイトを殺して。あのガキをこちら側に堕としたい。

 世間に希望を与える光の素質がある子どもを、絶望の淵へ、深い闇に堕とす最高のヴィランに染め上げたい。

 

 想像するだけで全身が震えあがるほど興奮する。早くやりたくて仕方がなかった。

 

 ならまずは、上司として彼女がせっかく作り上げた嘘をもっと完璧に仕上げる手伝いをしなければ。

 

 気分がよくなった死柄木は、彼女を指差して笑顔になる。

 

「おい、イカれたバグ餓鬼」

「なんですか」

「喜べ。お前がもっと立派なヒーローになれる舞台を、特別に用意してやるよ」

「…一体、どのような素敵な舞台を用意してくださるんですか?」

「まあ。そう慌てんなって」

 

 笑い声を上げそうになるのを堪えながら、死柄木は背後にいる武蔵に指差す。

 

「武蔵、命令変更だ…あの女のガキを適切に『対処』しろ」

「『対処』…か」

「ああ。ちゃんとあの子どもに教育してやれよ」

 

 背後にいる男が、親としてどんな心境になっているのか知ったことではない。

 

 これで二人が対決すればヒーローたちは、この二人が親子であるんて考えもしなくなるだろう。

 それに、この手駒どもがどこまで自分に従順になれるのか、見られるいい機会だ。子どもの作戦に死柄木は乗ることにした。

 

 その命令に彼は目を細める。対峙する彼女に目を向けた。

 

「了解。対処する」

「…まあ。そうなりますよね」

「待つんだ! 狩野少女!!」

 

 武蔵は自身の腕を『刃化』させ、頷く。

 彼女は肩をすくませ、同じように腕を『刃化』した。

 

「心配いりませんよ。私なら死にませんから」

 

 オールマイトが腕を伸ばし、彼女を止める。しかし、既に彼女は敵に向かって駆け出していた。

 

 そして──二人は目にも止まらぬ速さで相手に突っ込み、刃を振る。

 

 お互いの刃がかち合い、生み出された激しい風圧と刃の弾かれる音が広場を支配した。

 

 




主人公…父親…2人とも本当やばい奴だな(汗)
オールマイトの言った通り、父親の話に嘘があります。さてどこまでが嘘でしょうかね。
あと……主人公、君、怖いよ。普通に怖い。

シリアス…もう少しシリアスが続きますが、私ははやくシリアル書きたいです。
シリアル書きたいです!!!

次回
オールマイトがキレて SMASHします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。