純情魔王の寝取られ勇者観察日記 ~間男死すべし、慈悲は無い~ (ぐうたら怪人Z)
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第1話 勇者、旅立ちの日
前編


 

 

 吾輩は魔王である。

 名前はまだない。

 

「あの、魔王様?」

 

 人もすなる日記(にき)といふものを、魔王の吾輩もしてみんとてすんなり。

 

「魔王様ってば!!」

 

 む、なんだ側近よ。

 吾輩、今日記書いてるのだが。

 

「日記書くのは構いませんがね。

 色々混じってませんか。

 パクリは駄目ですよ!」

 

 な、なに言ってるの!?

 これ、オリジナルだから!

 だってここ、日ノ本の国じゃないからね!

 中世感溢れるファンタジー世界なの!

 だから、この文章はこの世界において吾輩が一番最初に書いたってことで吾輩が源流、吾輩独自の作品よっ!?

 

「どこに説明してるんですか……後半意味わかんないですし。

 ――で、私を呼び出しておいて、いったい何用なんです?

 魔王様と違って、結構忙しいんですよ?」

 

 うわ、何その上司を上司とも思わぬ物言い!!

 吾輩、傷ついちゃうんだが!?

 

「あー、はいはい。

 魔王様は偉いですねー、いい子ですねー」

 

 くっそむかつくなこいつ!!

 まあいい、今日お前を呼んだのには訳がある。

 

「無かったらストライキもんですよ」

 

 揚げ足とらないで!?

 あと魔王である吾輩が部下のお前を召喚することにいちいち理由って必要かな!?

 

「いいから先に進めて下さい。

 時間は有限ですよ」

 

 吾輩、一応不老不死の身体なんだけど。

 

「いいから!!

 話をしろって言ってんだよ!!」

 

 あ、はい。

 

 今日呼び出したのは他でもない。

 この魔具がとうとう完成したからなのだ。

 

「……なんですか、この水晶玉は」

 

 これは『遠見の水晶』。

 世界のあまねく場所を映し出す魔法のアイテムだ。

 

「ああ、物語とかによく出てくるアレですね」

 

 そんな軽く流さないで!!

 造るのすっごく苦労したんだから!!

 

「はいはい。

 で、これをどうするんですか。

 言っときますが、覗きは犯罪ですよ」

 

 魔王が犯罪恐れてどうすんだよ!?

 いいか、そろそろ“勇者”が旅立ちの日を迎えるのを知っているな。

 

「あー、もうそんな頃合いですか。

 月日が経つのは早いものですね。

 産まれたのが、ついこの間に感じますよ」

 

 本当になー。

 赤ちゃんの頃の勇者は可愛らしいもんだった――しかし、奴は成長したのだ。

 勇者としての使命を帯び、吾輩を殺しにやってくる!

 

「そうですな」

 

 そこで、この“遠見の水晶”よ!

 これで勇者の動向を逐一観察し、奴の弱点を探っていくのだ!

 

「……魔王がやるにしてはなんかみみっちいような。

 ああ、最近魔王様、負け越してますからね」

 

 そうなんだよぉっ!

 もうここんところ勇者が強くて強くて!

 真っ向勝負じゃ話になんない感じ!

 

「情けないことを堂々と。

 で、その勇者観察に私も付き合え、ということですね」

 

 うむ、その通りだ。

 吾輩だけだと見逃してしまう事実もあるかもしれなんからな。

 

「分かりました。

 敬愛する魔王様のためですからね。

 くそ忙しい執務をなんとかこなしつつ、お付き合いして差し上げましょう」

 

 ……恩着せがましい言い方するやつだな、お前!

 まあいい、早速観察するぞ!

 

 ――“遠見の水晶”、スイッチオン!

 

「……スイッチあるんですか、それ」

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 ふむ、ここが勇者の住む村か。

 

『水晶の機能は良好のようですな』

 

 ふっ、吾輩が作製したアイテムに不具合などあるはずがない。

 あ、ちなみに水晶を覗いてる最中は、お前の台詞鍵括弧は『』に変わるから。

 水晶の光景を主観にしたいんでな。

 

『また訳の分からないことを……』

 

 さーて、勇者はどこかな――おお、居た居た。

 こいつが勇者だ!

 

『ほう、なかなかの美青年ですね』

 

 黒髪で中肉中背、肉のつきには無駄がない、汎用な特徴のなか顔はきっちり整っている。

 実に勇者らしい男よ。

 ――ま、美しさでなら負けないがな。

 

『そうですね。

 豚のように拡がった鼻、禿げあがった頭皮、ぶよぶよの腹にごつごつして手足。

 魔王様に美貌に勝てる者などいないでしょう』

 

 皮肉か貴様!!

 

『どうどう。

 どうやら勇者は自宅で女性と会話しているようですね。

 相手の顔、勇者に似通ってますし――母親? いや、年齢的に姉かな?』

 

 うむ、そのようだ。

 

「とうとう明日ね、セリムが旅立つのも」

 

「――――」

 

「無茶はしないでね。

 貴方、無鉄砲なところがあるから心配で心配で」

 

「――、――――」

 

「え、私の方が心配?

 大丈夫よ、私は貴方のお姉ちゃんなんだから。

 しっかり家を守っててあげる!」

 

「――――」

 

 やはり、姉のようだ。

 長い黒髪を持つ、長身の――勇者より少しだけ背が高い女性。

 顔は勇者同様に整っており、柔和な笑みを浮かべる仕草が彼女の人となりを示している。

 身体の方もメリハリが効いていて、なかなかのモノを持っているようだ。

 身なりは質素だが手入れが行き届いており、清楚な雰囲気を漂わせている。

 姉とはいえこの女と一緒に生活してきたとは――実に勇者が羨ましい。

 

『下心満載の説明ですね』

 

 い、いいじゃん、それ位!

 別に変なことするつもりはないんだからね!?

 

『まあ、どうでもいいんですけど。

 ところで魔王様』

 

 なんだ?

 

『さっきから勇者、一言もしゃべってなくないですか?』

 

 ん?

 ああ、大分無口な男らしいな。

 初代の勇者を思い出すわい。

 

『前にも居たんですか、ああいうの』

 

 昔は寧ろアレが標準だったんだがなー。

 しかし無口ながらも、言いたことはなんとなく伝わってくるじゃろ?

 

『――確かに。

 なんとなく、勇者が言わんとしていることが分かりますな』

 

 それが勇者の力よ――カリスマとでも言おうか。

 脈々と伝わる勇者の血筋、やはり奴にも宿っているということだ。

 

『左様ですか』

 

 そうなんだ。

 む、吾輩らがそんな無駄話してる間にも、奴ら話を進めておるぞ。

 

「でも、あっという間だったわね、この日が来るのも。

 つい昨日まで、一緒にお飯事して遊んでたのに」

 

「――!?」

 

「え、そんなこと無いって?

 ……そうだったかしら?

 私がお母さん役で、セリムが――」

 

「――! ――!!」

 

「あはは、ごめんなさいごめんなさい。

 恥ずかしかった?」

 

「――――」

 

「……うんうん。

 そんなセリムも、こんなに立派に育っちゃって。

 ……お母さんやお父さんにも見せたかったな」

 

「――――」

 

 どうやら勇者セリムの両親は既に死んでいるようだな。

 

『姉が親代わりに育ててくれた、というところですかね。

 ……あ、誰か来たようですよ』

 

 うむ?

 

「こんにちはー!

 セリム、いるー!?」

 

「おい、せめてノックくらいしてから入れ!

 セリムやセリナさんに失礼だろ!」

 

 入ってきたの二人の男女。

 

「あら、アリアちゃんにダン君。

 どうしたの?」

 

「――――」

 

 女の方はアリア、男はダンというらしい。

 あと彼らの台詞から、勇者の姉はセリナという名のようだ。

 

「どうしたもこうしたも、明日、セリム旅立っちゃうんでしょ?

 そのお祝いというか、景気づけをね!」

 

 そう言って持ってきた袋から様々な食材を取り出していく女。

 

 このアリア、そばかすの似合うおさげの少女だ。

 セリナほどのスタイルではないモノの、活発な態度に見合った健康的な肢体をしておる。

 実に村娘らしい地味なスカート姿が、案外似合っている。

 

「――――?」

 

「え、村長が宴会を開いてくれる?

 や、そうだけどさ、そこじゃ皆に囲まれちゃってろくに話なんてできないでしょ。

 だ・か・ら、こうしていつもの4人でパーティーしようって言ってんの!」

 

「そうそう、大事な弟分が旅に出るんだからな!

 しかも勇者としての大任付きだ!

 兄貴分としちゃ、祝いの一つや二つしてやらないと!」

 

 さわやかにほほ笑む男。

 こいつはセリムよりもガタイが良く、兄貴分という立場を存分に表した容姿をしている。

 会話を聞くに、この4人は幼馴染か何かだろうか?

 

「――まあ?

 セリムが帰ってくる頃には本当の兄貴になってるかもですが?」

 

 ゴホンゴホンと咳払いしつつ、意味ありげな視線をセリナに送るダン。

 ……ほほう、そういうことか、この男。

 

「……あははは」

 

「何言ってんの、あんた。

 セリムがどっか行っちゃうショックで頭わいちゃった?」

 

 しかし2人の女性からの対応は冷めたものだ。

 セリナは愛想笑い、アリアからは侮蔑に近い視線まで送られている。

 

「ひ、ひどい!!

 おいセリム、アリアが俺に酷いこと言うんだ!

 あいつ、やっつけてくれ!!」

 

「―――」

 

 これには勇者セリムも苦笑い。

 

「はいはい、馬鹿はほっといてパーティーの準備しましょ!

 あ、セリムは手伝わなくていいからね、あたしらがやっとくから」

 

「―――?」

 

「おいおい、セリム。

 今日はお前が主役なんだぜ?

 お前に働かれちゃ、俺の顔が潰れちまうじゃないか」

 

「ダンの顔なんて幾らでも潰れていいんだけどね」

 

「セリナさーん!

 アリアが酷いこと言うんだ!

 貴女の胸で慰めてくれ――ぐ、はっ!?」

 

 セリナに抱き着こうとしたダンを、アリアが鉄拳で鎮める。

 

『……いい“右”ですね。

 世界狙える原石ですよ、あの娘は』

 

 うむ、まだまだ粗削りだが、光るものがある。

 鍛えれば化けるぞ。

 ……ふふふ、久々に滾ってきおったぞ、トレーナーの血が!

 

『は?

 あんた魔王でしょ?

 何言ってんですか?』

 

 お前から振っといてそういうこと言う!?

 

 

 

 さて、パーティーが始まったようだな。

 

『4人だけの小さい宴会ですからね。

 準備も早いものです』

 

 女性陣がなかなか手慣れているのもあったが。

 

『こんな田舎に住む村人ですからねぇ。

 料理もしっかりやれなきゃ生きていけないんでしょう』

 

 お前、微妙に田舎をディスっとるな?

 

『まさかそんな。

 ……ん?

 アリアが勇者を連れて家を出ましたよ?」

 

 おお?

 

「あーあ、ダンのやつ大丈夫大丈夫いいながら滅茶苦茶よっぱらってたわね」

 

 家の近くを流れる川のほとりを歩きながら、2人は話を続けている。

 

「――――」

 

「そうね、あんたが居なくなるの、あいつも寂しいのかもね……」

 

「――――?」

 

「……そりゃ、あたしだって、その、寂しいわよ。

 しばらくはあんたに会えなくなっちゃうし、それに――」

 

「――――!」

 

「ちょくちょく帰ってくる――って。

 あんた、勇者なのよ?

 こんな何もない村に立ち寄る暇なんて無いでしょ」

 

「――! ――――!」

 

「……ありがと。

 そう言ってくれると、嬉しいかな」

 

 アリアと勇者は少し頬を赤らめながら語り合っている。

 ……うーむ、青春しとるのぉ。

 

『そうですねぇ』

 

 吾輩にもあんな年頃が――

 

『えー、魔王様にー?」

 

 ――お前、不敬罪で死刑にすっぞおらぁ!!

 

「……ねぇ、セリム!

 あたし、あたしね――」

 

 何かを決心したように、勇者の腕を掴んでアリアが叫んだ。

 

「――――?」

 

「あたし、あたし、は――」

 

 ……むむむむ!

 ひょっとしてコレはアレか! アレなのか!?

 

『ちょっと! まずいですよ魔王様!

 カメラ止めないと!!』

 

 カメラってなんじゃい!

 いいじゃんいいじゃん、青春じゃん!

 おじさん達に幸せをお裾分けして下さいよ!

 

『うっわぁ、ゲスいわぁ……最低だなあんた』

 

 そのような言葉痛くも痒くも無いわ!

 何言われてもこのまま見ちゃうもんね!

 

「……あたし、あんたのことが――」

 

「――――?」

 

「あんたの、ことが――」

 

 よし、そこだ、言え、言うんだアリア!

 

『こんなのに覗かれてると知ったらさぞかしショックでしょうねぇ、彼女』

 

 五月蠅い外野は無視!

 ぬふふふ、勇者よ、この場面をどう対処する!?

 

「――あんたの、ことが……ほ、本当に、心配なんだからね!

 あんた、どっか抜けてるとこあるし、途中で魔物にやられやしないかって!」

 

 くぅうううっ!

 言わないか! 言えないか!

 だがしかし、それもまた良し!

 

「――――」

 

「……ふふ、強がっちゃって。

 うん、セリムなら、きっと大丈夫だよね」

 

 アリアとセリムが手を握り合う。

 

「――あたし、待ってるからね。

 あんたが帰ってくるの」

 

「――――!」

 

「……うん。

 あんたが帰ってきたら、その時は――」

 

 アリアは顔を真っ赤にして、俯いた。

 

「――ううん、なんでもない」

 

「――――?」

 

「なんでもないってば!

 その時が来たら、教えてあげる!」

 

 手を解いて、アリアは勇者の家の方へ駆ける。

 それを追って、セリムもまた自宅へと歩きだすのだった。

 

 ……まったく、いい光景みせやがって。

 

『彼らのためにも、無事勇者を帰らせなければですね』

 

 うむ――ってあれ、それ吾輩死んじゃってない?

 

『細かいことは言いっこなしですよ、魔王様』

 

 細かいか!?

 細かいかな!?

 

 

 

 家に戻ると、そこには――

 

「ねぇー、いいでしょう、セリナさーん!

 セリムが居なくなった寂しさ、俺が埋めてあげますってば!」

 

「あの、ダン君?

 なんだか近いですよ、顔が」

 

「おおっとこれは失礼!

 セリナさんがあまりに美しいから、ついつい近くで見たくなっちゃって!」

 

「あはは、うまいのね、ダン君。

 私をおちょくっても何もでないわよ?」

 

「おちょくるなんてそんな!

 俺は真剣ですよっ!

 どうですか、村のパーティーが終わった後に俺と――ぐっはぁっ!?」

 

「何をしとるか、このボケがぁっ!!」

 

 セリナに迫って口説きだしていたダンを、踵落としで沈めるアリア。

 やはり切れのいい動きをする娘だ。

 

『むぅ、白い木綿生地ですか』

 

 ……ってお前何見てんの!?

 ていうか見えたの!?

 なんで吾輩に教えないの!!

 

『一瞬のことでしたし』

 

 ぬぅ……この不忠物めが。

 

「あはは……ほどほどにね、アリアちゃん」

 

 セリナはそんな彼らを見て苦笑している。

 

「セリナさん!

 そういう態度だと、こいつを調子づかせるだけですよっ!」

 

「――――」

 

「セリムまで!

 ……もう、あんた達姉弟はお人よしなんだから」

 

 ゴツンッとダンの頭を蹴っ飛ばすアリア。

 確かに勇者姉弟は人が好いかもしれんが、この子はこの子で容赦ないなぁ。

 

 

 

 時間は進んで、夜。

 村は、熱気に包まれていた。

 

『……宴会というより、もう祭りですね、これは』

 

 勇者を送り出す一大イベントだからなぁ。

 これ位は盛り上がろうというものだ。

 

『そんなもんですか』

 

 そんな祭りの中、勇者は次から次へと村人に絡まれていた。

 おじさん・おばさん・じいさん・ばあさん、村人全てに話しかけられ、昔話やら旅へのアドバイスやら応援やらをされている。

 ――セリムが解放されたのは、宴会も終わりが近づいてからであった。

 

「―――?」

 

 喧噪の中、勇者の名を呼ぶ声が聞こえた。

 そちらの方を見ると、ダンが手を振っている。

 

「おおい、セリムー!

 はは、ようやく捕まえられたぜ!」

 

「―――?」

 

「お前を探してたに決まってんだろ!

 まったくジジババ共め、全然お前を離そうとしないんだからな!」

 

「――――」

 

「年寄りの昔話なんて適当にあしらってりゃいいんだよ。

 真面目な奴だな、お前は。

 ……ま、そこがセリムのいいところなんだが」

 

 バンバンっと勇者の背中を叩くダン。

 痛そうにしながらも、セリムの顔には笑顔が浮かんでいる。

 

「――――」

 

「謙遜すんなって!

 ……いい奴だよ、お前は。

 まあ、なんだ――酒入っちゃってるから口を零しちまうけど、割と本気で弟みたいに思ってるんだぜ、お前のこと」

 

「――――」

 

「……昔は泣き虫で、いつも俺やセリナさんに泣きついてたよな。

 それが勇者として魔王討伐に出るってんだから、不思議なもんだよ。

 腕っぷしも、少し前までは俺の方が強かったくらいなのに」

 

「――――」

 

「……おおっと、すまん!

 ジジイやババアのこと言っといて、俺が昔話しだしちまうとはな!

 はは、わりいわりいっ!」

 

 照れ隠しなのか、ダンは片手で頭を掻いた。

 ――いい兄貴なようだ。

 

「お、そうだ!

 湿った話しちまった詫びだ、俺から一つ餞別をくれてやろう。

 この後、俺の家に来てくれないか?」

 

「――――」

 

「何をくれるのかって?

 そいつは秘密さ、見てのお楽しみって奴だ」

 

「―――?」

 

「はは、楽しみにしてろよ、あっと驚かせてやるから!

 じゃ、また後でな!」

 

 そう言うと、ダンは手を振ってどこかへ駆けていく。

 おそらく自分の家に向かったのだろう。

 

『何を用意するんでしょうね?』

 

 まあ、明日旅立つ勇者に渡すものだからなぁ。

 ……先祖代々受け継ぐ武具とか、高価なアイテムとかか?

 

『或いは自分が開発した新必殺技を授けるつもりかも』

 

 いや、一晩で教えられんだろ、それ。

 

 

 

 



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後編

 

 

 

 村をあげての宴会も終わり、周囲に静けさが戻る。

 皆が寝静まった中、セリムはダンの家に向けた歩いていった。

 

「――――」

 

 勇者は、自分の兄貴分から何を貰えるのか、少しわくわくしながら道を進んでいる。

 

『……到着しましたね』

 

 案外ボロい家だなぁ。

 高価なアイテムの線は消えたか?

 

『いや、そう見せかけて実は、ということもありえますよ』

 

 ま、見てればすぐ分かろう。

 

「――――」

 

 セリムがダンの家の扉をノックする。

 すると、中からダンの声が聞こえた。

 

「……おっ! セリムか!

 鍵は開いてるから、入って来いよ!」

 

「―――」

 

 彼の声に頷き、セリムはドアを開ける。

 ダンの家に入ると、そこには――

 

「よっ!

 遅かったな、セリム!

 待ち侘びてたぜ!」

 

 笑顔で話しかけてくるダンの姿と。

 

「あっ! あっ! ああっ! あっ! あぁあああっ!!」

 

 裸になってダンとまぐわうアリアの姿があった。

 

 ――――って、え!?

 

「あぅっ! ああっ! あっ! あああっ! あぁああんっ!!」

 

「ちょっと待ってろ、今こいつ一回イカしちまうから!」

 

 セリムが居ようとお構いなしに、腰を振るダン。

 そしてダンが動く度に喘ぎ声をあげるアリア。

 昼に見たおさげはほどかれ、長い髪を振り乱していた。

 

『……どうなってるんですか!? どうなってるんですか、魔王様!?』

 

 吾輩が知るかぁっ!!

 

「―――!?」

 

 セリムもまた、余りの光景に動揺を隠せない。

 何をするでもなく、ただ棒立ちになっている。

 

「おしっ、イクぞ、アリア!」

 

「あっ! ああっ! あぁぁぁあああああっ!!」

 

 ダンが腰を叩きつけると同時に、アリアがひときわ高い声を出す。

 ……ぜ、絶頂した、のか?

 

「――ふぅ、いい汗かいたぁ」

 

 額を拭きながらアリアから離れるダン。

 彼のペニスがアリアの膣口から抜かれると、そこからは白い液体がだらだら流れ出る。

 

「――、――――」

 

「ん、何やってるのかって?

 セックスだよ、セックス。

 見りゃ分かんだろ?」

 

 震える声で尋ねるセリムに、ダンは軽く答えた。

 

「順番が逆になっちまったな!

 こいつがお前にやりたいものさ!

 ほら、お前こいつのこと結構気に入ってただろ?

 旅に出る前に、味わわせてやろうと思ってな!」

 

「――――、――――」

 

「ん? 何時からって……何時だったかな?

 ガキの頃からヤってたから、もう覚えてねぇや」

 

 言うと、ダンはへばっているアリアにもう一度跨り、彼女のまんこへと性器を突き入れた。

 

「ああぁぁああっ! あっ! ああっ! あうっ! あんっ! あ、あぁぁあっ!!」

 

 ダンのピストン運動で嬌声を零すアリア。

 

「どうよ、手慣れたもんだろ?

 ここまで仕込むのに苦労したんだぜ?

 ……ほら、アリア!

 お前もセリムになんか言ってやれって!」

 

「あっ! あっ! あっ! あっ! あっ!!」

 

 ダンは腰を動かしながら、アリアを促す。

 彼女は喘ぎ声をどうにか抑えつつ、セリムへと話しかけた。

 

「……ごめん、ごめんね、セリム……あっ! あんっ!……

 ……ずっと、言いたかったんだけど……あうっ! んんぅううっ!……

 ……あたし、あたしね――こいつの“モノ”にされちゃってたの♪」

 

 恍惚とした表情で、アリアはそう告げる。

 

 ――いや、ちょっと待った。

 おかしい、これはおかしい!

 あの展開から、どうしてこうなる!?

 

『……い、田舎って、進んでるんですね?』

 

 “進んでる”で済む話かぁ!!

 アリア、あいつセリムに惚れてただろ!?

 恋する乙女の顔だっただろ!!

 あの時の会話はなんだったんだ!!

 

「――――」

 

 セリムは、未だに一歩も動けず。

 ただ、2人を姿を凝視するだけ。

 ……視線を外すことすら、できないでいた。

 

「ま、そういうことだ。

 ……大分使い込んじまったから、きつきつまんこってのには程遠いが――」

 

「あ、あぁああんっ♪」

 

 ダンが腰を押し込むと、嬉しそうに喘ぐアリア。

 

「ほれこの通り、感度はなかなかのもんだし、締まりもまあまあだぜ?

 勇者の旅立ちに贈るには、ちっと貧相なもんだけどさ――受け取ってくれよ」

 

 言い終わると同時に、ダンはアリアの身体を無造作にセリムの方へ放り出した。

 無様に倒れるアリア。

 

「……ん、あぁぁああ……

 ねぇ、セリムぅ……ダンもこう言ってるし……あんたのちんぽ、あたしにちょうだーい?」

 

 だというのに、彼女の口から吐かれたのはダンへの恨み言ではなく、淫猥な誘惑。

 最初に見た、気の強い彼女の姿は、もうどこにもなく。

 そこに居たのは、快楽に堕ちた一匹の雌犬だった。

 

「――――!? ――――!!!!」

 

 勇者セリムは、ガクガクと震えだす。

 そして。

 

「――――!!!!」

 

 彼らへと背を向け、走り去っていった。

 そんなセリムを見た二人は、

 

「おいおい、ここまでお膳立てさせといて逃げちまうのかよ。

 だっせぇな……あんなのが勇者なのか?」

 

「……ねぇ、ダン。

 そんなことより、続き、早くぅ……」

 

「へっ、仕方ないな。

 ……ほら、よっ!!」

 

「ああっ! あぁぁああああああんっ!!」

 

 彼のことなど気にも留めず、“行為”を再開させる。

 

 ――吾輩は、そこで水晶の映像を止めた。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

「いや、酷い奴もいたもんですな。

 あんなに親しげだった勇者に、あそこまでの仕打ちをするとは…!」

 

 …………。

 

「勇者、大分ショックだったようですね。

 信じていた二人に裏切られたわけだから、無理もありませんが」

 

 …………。

 

「明日出立するというのに、勇者は大丈夫でしょうか?

 ああ、いや、大丈夫じゃない方が我々にとっては都合良い、のですが……」

 

 …………。

 

「――あの、魔王様?」

 

 ……側近。

 

「は、はい」

 

 吾輩、少し“出かけて”くる。

 

「!! ――分かりました。お気をつけて」

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

「あっ! あっ! あっ! あっ! ああっ!」

 

「おい、アリア!

 股緩んでるぞ! もっと締めろよ!

 俺が気持ちよくなれないだろうが!!」

 

「ご、ごめんっ……あうっ! んんっ! んぁああっ!!」

 

 部屋には、男女の声が響いている。

 ダンとアリアだ。

 

「よしっ、いいぞいいぞ!

 イク、からなっ!」

 

「ああぁあっ! あぁぁぁああああああっ!!」

 

 何度目かの射精を終え、ダンはアリアをベッドに置くと、椅子に座る。

 

「ふぃー……明日からセリムが居なくなっちまうのか。

 へへ、安心しろよ、お前が居ない間、セリナさんは俺が守ってやるからな。

 ――あっちの方の“世話”も、きっちりやってやるけど」

 

 下卑た笑みを浮かべるダン。

 こんな奴を一瞬でも兄貴らしいと認めてしまった自分が嫌になる。

 

「んー、セリムの見送りもしなくちゃならないし、そろそろ寝るかー。

 おい、アリア、何で大の字に寝そべってんだよ!

 端っこ寄れ! 俺が眠れないだろうが!!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 アリアへと怒鳴りつけるダン。

 いそいそと彼女はベッドの端に移動する。

 

 ……そろそろ、“出る”か。

 

「んん? あ、あれ、なんか急に寒気が――」

 

「……ね、ねえダン、あれ、あれ見てっ!

 影が、影が動いてる……?」

 

「な、なんだ? なんなんだよ?」

 

 部屋の中の“影”がぐにゃぐにゃと変容する。

 それは次第に一つに集まっていき――黒い球体を形づくる。

 

「え、え、え、なに、なんなの……?」

 

「お、俺が知るかっ!

 ま、まさか、魔物――」

 

 ダンは正解を口にした。

 もっとも、魔物は魔物でも、吾輩は魔物の中の王――魔王であるわけだが。

 

 “球体”がさらに歪み、吾輩の身体を形作っていく。

 

「う、うそ、ホントに、魔物……」

 

「じょ、冗談だろ、なんでこんなところに――ひっ!?」

 

 吾輩に一睨みされて、ダンが情けない悲鳴をあげた。

 

「あ、あんた一体、何者よ……?」

 

 吾輩は“口を開いた”。

 

『何者?

 吾輩を知らぬのか。

 ――魔王だよ』

 

「――え?」

 

「ば、ば、ば、バカいうな!

 ま、魔王なんてそんな――」

 

『信じる必要はない。

 証拠を出してやるつもりもない。

 お前達がどう思おうと、これから起こることには何の影響も無いのだから』

 

 ダンの方を見て、告げる。

 

『――なぁ、そこの男。

 吾輩の問いに答えろ、正直にな』

 

「ひ、ひぃいいっ!?」

 

『悲鳴を上げろとは一言も言っていないが?』

 

「あ、うぅ……」

 

 男は手で口を塞ぎ、漏れそうになった悲鳴を無理やり押し止める。

 

『お前は、何故セリムに“あんなこと”をした?』

 

「……あ、“あんなこと”?

 何を言ってるのか――ぎゃあああああっ!?」

 

 吾輩が軽く手を“振るう”と、その余波でダンの身体が吹き飛ぶ。

 

『全てを説明せねば分からぬほどの愚者か、お前は。

 少しは自分で考えたらどうだ』

 

「あ、ああ、ああぁぁ……」

 

 ダンの顔が恐怖で引きつる。

 

『もう一度聞くぞ。

 ――何故、“あんなこと”をした?』

 

「う、あ、ああ……あ、あいつに、村を出る前に、いい思いをさせてあげようと――」

 

『嘘をつけ!!』

 

「ひぃいいいいっ!!?」

 

 私に一喝に、家が揺れる。

 ダンは――隣にいるアリアも――身を強張らせた。

 

『セリムがその女のことをどう想っていたか――知らんとは言わせん。

 それを分かっていながら、彼の想いを何故踏みにじった!?』

 

「ち、違う……本当に、俺は、あいつのことを考えて――」

 

『ほう、そうか』

 

 吾輩を掌を上に向けて広げる。

 すると、空中に映像が浮かび上がる。

 

「! せ、セリナさん……!?」

 

 ダンが思わず口走る。

 そう、その映像の中には、自宅で眠るセリナの姿があった。

 では今から奴の姉――確かセリナと言ったな――をお前の前で犯してやろう。

 

『では、この女を今から犯してやるとしよう。

 ……“飽きたら”お前にも貸してやるさ』

 

「や、やめろ、てめぇ!――――あ」

 

 自分の失言に気付くダン。

 吾輩はニンマリと嗤う。

 

『――他人の想い人を自分が犯すのはいいが、自分の想い人を他人に犯されるのは嫌、か?

 おいおい、先程の吐いた言葉とは随分と違う言動だなぁ?』

 

「あ、ああ……あぁああぁ……」

 

『何故、“あんなこと”をした?』

 

「あ、う、あ……う、羨ましかったんだ……

 セリナさんの一番近くに居られて、一番の愛を貰って……その上、勇者としてちやほやされてるあいつが……!

 ……だ、だから腹いせに、この女を!

 あいつが、アリアと一緒にいるのを見るたびに、笑えたんだ!

 お前がどんなに頑張っても、そいつは既に俺の“モノ”なんだと、優越感に浸れたんだ!!」

 

『奴に、罪悪感は抱かなかったのか?』

 

「ど、どうせ、これから幾らでも“いい思い”すんだろ!

 あいつは勇者様なんだからな!!

 最初にちょっとした“挫折”を味わわせてやった方が、あいつのためにもなるってもんだ!!」

 

 堰を切ったように喋り出すダン。

 それに対して反応したのは、しかし吾輩ではなかった。

 

「だ、ダン、あんたそんなこと考えてたの!?

 セリムのこと、弟みたいに思ってるって――」

 

「うっせぇよ、アバズレが!!

 お前だってあいつの想いに気付いてたのに俺に抱かれ続けたんだろうが!!

 俺のちんこを選んだんだろうが!!

 人のことをどうこう言えた立場かよっ!!」

 

『黙れ、屑がっ!!!』

 

 吾輩が吠えると、また家が軋む。

 今度は壁のあちこちにヒビが入り、天井の一部が崩れた。

 

 言い争っていた二人は、完全に沈黙した。

 

『とうとう本性を出しおったな、塵虫め。

 お前のような醜悪さの持ち主、吾輩もそう目にしたことは無い。

 魔物とて、もっと分別を弁えておるわ!』

 

「……は、はひっ……」

 

 今の叫びで恐怖を思い出したのか、ダンの顔はまた恐怖で支配された。

 

『さて、今からお前を殺すわけだが――』

 

「――え、え?」

 

 吾輩の宣言に、呆けた声を出すダン。

 

『――なんだ、まさか“魔王”を目の前にして、生きて帰れるなどと思ったのか?』

 

「……あ、ああ……ゆ、許して下さい……すみませんっ、反省していますっ、助けて下さいっ……!」

 

『魔王に助けを願ってどうする……?

 お前達人間が助けを求めるのは、“勇者”だろうが?

 お前がずっと蔑み続けた、“勇者”だろうが!!』

 

「ひっ! あ、あぁぁああああ……

 せ、セリム、助け――」

 

『今更遅いわぁ!!

 お前の声が聞こえたところで、奴がお前を助けると思ったか!?』

 

「ああああああっ!! 嫌だ!! 死ぬのは嫌だぁっ!!

 セリムっ! セリムぅっ!!

 お前勇者だろ! 勇者なんだろ!!

 魔王が目の前にいるんだよっ!!

 助けろよ! 助けてぇええええっ!!!」

 

『――死ね』

 

 吾輩は、手から魔力の波動を撃ち出す。

 それを浴びたダンは、足元から徐々に石へと変わっていった。

 

「あ、ああ……やだぁ、死にたくない、死にたくない……

 助けてぇ……セリムぅ……助けて下さいぃ……」

 

 哀れな程に泣き喚きながら、ダンは石像へと変わった。

 実に情けない顔をした、滑稽な石像だ。

 

『……ふんっ』

 

 吾輩は石像を掴み、ぽいっと床に投げ落とす。

 その衝撃で、ダンであった石は砕け散った。

 ……これで、神の奇跡があろうともこの男が蘇るようなことは無い。

 

『――女』

 

「……え?

 ああ、いやぁああああっ!?」

 

 ダンに浴びせたものを同じ波動を、アリアにもかける。

 だが、彼女の身体には何の変化も無い。

 ……今はまだ。

 

『お前には、この男と同じ“呪い”をかけた。

 今から一年後、お前は石になって死ぬ』

 

「……や、いやぁ……」

 

 目に涙を浮かべるアリア。

 それを憐れんでやる気は、一切湧いてこないが。

 

『ただし、その呪いはある条件で解除できる』

 

「――え?」

 

 女の目に、一片の希望が灯る。

 吾輩は、アリアにその条件を教えてやることにした。

 

『その条件とはな。

 お前が、勇者と――セリムと結ばれることだよ』

 

「……!?

 そ、そんな……」

 

 アリアの顔が絶望に染まった。

 “あんなこと”をしておいて、勇者が彼女に振り向く?

 そんなことがあるわけが無い。

 

 それを知っているからこそ。

 つまりは、“自分がどれだけセリムに酷いことをしたのか”認識しているからこそ、彼女は絶望したのだ。

 

 ……屑共が。

 

『――ああ、そうそう。

 魔王(吾輩)が現れたことを除いて――今夜起きたことを誰かに知られれば、その時点でお前は死ぬぞ』

 

 勇者はお人好しだったからな。

 呪いのことを知れば、敢えてこの女に靡くこともあるかもしれん。

 吾輩はその可能性をきっちり潰しておいた。

 

『では、せいぜい足掻いてみるのだな』

 

 その言って、吾輩は姿を消し去った。

 後には、砕けた石像と、恐怖と絶望で放心した女が残るのみ。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 “旅立ちの前日に起こった悲劇。

 魔王自身の手によって、親しい人間が殺害されるという事件。

 これが勇者セリムにいか程の衝撃を与えたか――余人には推し量ることすらできない。

 

 だが、魔王には誤算があった。

 セリムは親しき者の死を、鋼のような精神力で乗り越えたのだ。

 いや、魔王を倒す決意をより一層固めたと言ってもいい。

 その証拠に、村を発つ彼の足取りには何の迷いも無かったという。

 

 おお、勇者に栄光あれ!

 これこそが、魔王討伐を為した偉大なる勇者セリムの冒険、その第一歩であった”

 

 

 

 後世の歴史家 ネトラ・レーダ・メイヨウ 著

「勇者セリムの冒険」より



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第2話 街の教会で
前編


 

 

 

 前回旅立ってから、既に数週間が過ぎた。

 そんなときに、ふと思う。

 何故吾輩には名前が無いのだろうか?

 

「魔王様は世界で魔王様ただ一人ですし。

 名前なんて必要ないでしょう?」

 

 えー、でもなぁ。

 名前が無い寂しさ、お前だって分かるであろう?

 側近にだって名前無いんだし。

 

「いえ、私にはカイン・ラドフォードという立派な名前がありますが」

 

 何それかっこいい!?

 なんで? なんでお前はそんなの持ってるの?

 

「そりゃもちろん、代々魔王様の片腕をやっているエリートの家系ですから。

 相応の名前を頂いていますよ」

 

 えー、ずるーい。

 

「まあまあ。

 別にいいじゃないですかそんなこと。

 ……さて、今、勇者は村から少し離れた街に滞在中ですか」

 

 うむ、その通りだ、側近よ。

 次の街へ続く街道に崖崩れが起きてしまってな。

 先に進みたくとも進めなくなったわけだ。

 修復工事を進めるため、町長からの頼み事を引き受けたり、大工達の悩み事を解決したり、近隣の魔物を倒したりと、色々しておる。

 

「なるほど、既定イベントを消化している訳ですね」

 

 おいおい、イベントとか言うなよ。

 それじゃ、吾輩達がゲームや小説の中の登場人物みたいじゃないか。

 

「おっと、失礼しました。

 そんなわけ無いですよね」

 

 まったくだ。

 はっはっはっはっはっは!

 

「はっはっはっはっはっは!」

 

 はっは、は……

 

「はは、ははは……」

 

 …………。

 

「…………」

 

 ……じゃ、勇者の様子を見るとするか。

 

「……そうですね、そうしましょう」

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

「あ、セリムさん、おはようございます」

 

「――――」

 

 お、のっけから美女が登場。

 金髪の、なかなか美しい女性だ。

 

『勇者が今厄介になっている、教会のシスターですね。

 名前は確か――メイアとかいいましたか』

 

 うむ、そうだったそうだった。

 宿は、勇者と同じくこの街で足止めを食らっていた旅人や商人で満杯になっていたからな。

 

『野宿の用意をし始めたところで、メイアが声をかけてきたんでしたよね』

 

 それ以来、勇者は街の問題を解決しがてら、教会のお手伝いもしている、と。

 

『だいたい状況が理解できましたか』

 

 そうだな、理解できた。

 吾輩達、毎日勇者のこと観察してるのに、何故今更こんな確認をしたのかは分からぬが。

 

『……“都合”ってやつですよ』

 

 ……“都合”か。

 

『……はい』

 

 ……ど、どうした側近!?

 その何もかも諦めきったような目は!?

 

『……なんでもありません。

 勇者の観察を続けましょう』

 

 そ、そうだな。

 そうしよう。

 

『2人で朝食を取っているようですね』

 

 ふむ。

 手間のかからない料理ではあるが、美味しそうだ。

 

「どうです、セリムさん。

 お口にあいますか?」

 

「――――」

 

「そうですか!

 喜んで頂けて、嬉しいです」

 

「―――!!」

 

「うふふふ、褒め過ぎですよ。

 そんなに褒められてしまうと、私、逆に困ってしまいます」

 

 和気あいあいと朝食を楽しんでおるな。

 

『ええ、長閑な朝の風景ですね』

 

 うむうむ――ただ、吾輩一つ思うことがある。

 

『なんでしょう?』

 

 このシスターの服――ちょっとエロすぎない?

 

『あー、確かに、薄い生地の服なんで、ボディラインがかなり浮き出てますね』

 

 スカートのスリットも結構えぐいところまで行ってるよ?

 角度によってはメイアの脚線美がほとんど見えちゃうよ?

 

『タイツを履いているから生足ってわけでも無いのですが――』

 

 それもまた逆にフェチ心を誘ってしまうよなぁ。

 ……いやまあ、根本的にはこの女がやたら豊満な身体しているのが悪いわけだが!

 

『勇者の姉――セリナもなかなかのスタイルでしたが、彼女はその上を行っていますね』

 

 なんなの、このボン・キュッ・ボンっぷり。

 綺麗な金髪のお姉ちゃんが、こんなエロい身体にエロい服着てりゃ、そりゃエロエロになりますよ!!

 貴女、聖職者でしょ! 聖職者がこんな淫猥な雰囲気漂わせてちゃだめだってば!!

 

『そう言いながら、遠見の水晶にかぶりついてますよね、魔王様』

 

 だってエロいんだもん!! 仕方ないだろう!?

 ああー、見てぇ!! この身体を生で見てぇ!! 勇者が羨ましー!!

 

『……私はもっと豊満なのが好きですがねぇ。

 ミノタウロスとか』

 

 それ本物の牛ですやん。

 ……側近、お前のゲテモノ好きも相変わらずよのぅ。

 

『魔物としては正しい趣向では?』

 

 そうやもしれぬが。

 ……まあいい。

 2人の話を引き続き観察するぞ。

 

「――――」

 

「……でも、最初セリムさんに会ったときは驚きました。

 まさか勇者様が街の中で野宿しようとしているとは」

 

 くすくすと笑って、勇者をからかうメイア。

 

「―――!?

 ――――!!」

 

「ふふ、そんな一生懸命言い訳をしなくても分かっていますよ。

 あの時は街が旅人で溢れていましたからね。

 でも、それももうすぐ解決するのでしょう?」

 

「――――」

 

「流石は勇者様です。

 セリムさんがいなければ、街道の通行止めはどれ程長引いてしまったことか……」

 

 この街に滞在中の勇者の頑張りは目を見張るものがあったからな。

 

『工事を妨げている要因の排除のみならず、工事に必要なお金まで溜めましたからね』

 

 他の連中も少しは協力しろよ!って感じだが。

 

『まあ最初はともかく最後の方は結構協力者も多くなったじゃないですか。

 今じゃ、ほとんどの町人が勇者を褒め称えていますよ』

 

 これが勇者の人格のなせる業――カリスマかのう。

 見習いたいもんじゃわい。

 

「……でも」

 

「――――?」

 

 メイアが俯きだした。

 

「……街道の工事が終わったら、セリムさんはもう行ってしまうんですよね」

 

「――――」

 

「ご、ごめんなさい!

 別にセリムさんを引き留めたいわけじゃなくて!!

 ……ただ、こう、いざお別れの日が近づいてくると寂しさを感じてしまい――って私何を言ってるのでしょう!?」

 

 慌てて取り繕おうとするメイア。

 くくく、無理をせず――行かないで、勇者様♪――とか言えばいいのにのぅ。

 

『うわっキモっ!?

 今の物真似、背筋が凍りましたよ!?

 流石は魔王様です!!』

 

 吾輩を貶すのもたいがいにせいよっ!?

 

「――――」

 

「……え?

 また、立ち寄って下さいますか?

 ……ふふ、ありがとうございます、セリムさん。

 期待してお待ちしておりますね」

 

 にっこりと笑うメイア。

 セクシーな要素が詰め込まれているのに笑うと可愛らしいとか、ずるいなこの女性。

 

『勇者もちょっと鼻の下伸ばしてるくらいですからねぇ』

 

 ふっふっふ、勇者よ、色を知る年齢か!!

 ……まあ、最初の村での出来事が尾を引っ張っていないようで何よりだの。

 

『……そう、ですね』

 

 

 

 時は進んで、真昼間。

 今日特にすることが無かった勇者は、教会の掃除などを行っておる。

 

『庭の草むしりや垣根の手入れ、窓拭き……なかなか手際が良いですね』

 

 元々田舎暮らしだったからな、セリムは。

 この程度お手の子さいさいなのだろう。

 

「セリムさん、お仕事お疲れ様です」

 

 メイアが水の入ったポットとコップを持ってやってきた。

 どうやら休憩のお誘いのようだな。

 

「もうこんなに終わらせて頂いたんですね。

 やっぱり男手があると違います」

 

 メイアの表情に一瞬だけ陰がよぎった。

 ……この教会、もともとはメイアの家族が営んでいたものなのだが、彼女の親は数年前、馬車の事故で亡くなってしまったらしい。

 

『それ以来、一人で切り盛りしていたわけですね』

 

 勇者は、そんな彼女に久しぶりにできた同居人、というわけだ。

 色々想いが募るのも無理はないか。

 

「――――」

 

「ふふ、ご謙遜を。

 さ、お水をどうぞ。

 休憩いたしましょう」

 

「――――」

 

「……あ、セリムさん、ちょっと動かないで下さい!」

 

「―――?」

 

 ん、どうした?

 勇者が動かないでいると、彼の顔にメイアは顔を近づけて――

 

『ちょっ、ちょっとちょっと! これはまさか!?』

 

 ひょっとして!!――――んむ?

 メイアの奴、セリムの口ではなく目に口づけをしたぞ。

 

「――んっ――ん、んん――」

 

 そして彼の瞳を舌で舐め出した。

 

 ……な、なんなんだこれは!?

 超エロいんですけど!!

 

「――ん、ん――んっ!

 ああ、取れました」

 

 セリムから顔を離すと、ぺっと口から何かを吐き出すメイア。

 

「ほら、セリムさんの目にゴミが入っていたんですよ」

 

 あー、なるほど。

 ゴミか。

 ゴミね。

 ゴミを取るためだったのね。

 それであんなことを――――おいおい、どこの土地の風習だよ。

 教えろよ、今すぐ吾輩そこに行くから!!

 

『すごかったですね。

 見て下さい、勇者の奴、完璧に固まっちゃってますよ』

 

 そりゃ美女にいきなりあんなことされたらなぁ……

 

「――――」

 

「あれ、勇者様?

 どうしたんですか、急に黙り込んで?」

 

「――――」

 

 いや、どうしたもこうしたもお前のせいだよ。

 

 ……と、そんな2人の微笑ましいシーンに、突如闖入者が登場した。

 

「あーっ!

 姉ちゃんと兄ちゃん、はっけーん!!」

 

「あの二人、またいちゃついてるぞー!!」

 

「おあついですなー、おあついですなー!!」

 

「――――!!!?」

 

「れ、レブ君!?

 ワウル君やジン君まで!!」

 

 現れたのは、3人の少年達。

 この辺りを遊び場にしている、近所のやんちゃ小僧どもだ。

 よくよく教会にも遊びに来て、セリムやメイアにちょっかいをかけている。

 

「も、もう!

 大人をあんまりからかうんじゃありません!!」

 

「えー、オレらと兄ちゃんってそこまで歳変わんなくない?」

 

「そーだそーだー、差別だー、ジンケンシンガイだー」

 

「ちょっと酷い言いぐさですなー。

 そうは思いませんかー、セリムさーん」

 

 メイアが小言を言うも、暖簾に腕押し糠に釘。

 まるで応えた様子が無い。

 

「そんなことより兄ちゃん、今日は仕事ないんだろ!

 オレらと遊ぼうぜー!」

 

「おーう、あそぼー、あそぼー」

 

「この日のために色んな遊びを考えたいたのですよー」

 

 3人が勇者にじゃれついてくる。

 セリムは困ったように笑った。

 

「3人とも!

 セリムさんが困ってらっしゃるでしょ!?」

 

「うるさいなぁ!

 そんな姉ちゃんには、こうだっ!」

 

「こうだーっ!」

 

「パーフェクトなコンビネーションですぞー!」

 

 子供達は、メイアの周囲を取り囲むと――

 一斉に、彼女のスカートを捲りあげてきた!

 

「きゃ、きゃぁああああああっ!?」

 

 ――う、うぉおおおおっ!!!!

 周囲に彼女の叫び声が響き渡る。

 

 だけどそんなの気にしてられない!

 見えた!

 今、はっきり見えた!!

 

『白いレースですか。

 清楚で上品な感じの下着ですが……いや、彼女が着けてるとこれまた』

 

 最高だね!

 むっちりしたお尻の形も見えたしね!

 あれ、この水晶に録画機能ってなかったかな!

 無かったね! 今度つけておこう!!

 

『大興奮ですね、魔王様。

 ……あ、勇者、鼻血だしてる』

 

 慌てて拭き取っとるな。

 いや、今のは仕方ないが。

 眼福眼福!!

 

「な、何するんですかぁあっ!!?」

 

 今度はメイアの怒鳴り声が鳴り響く。

 それを聞いた、素晴らしいお子様達――もとい、けしからんガキ共は、

 

「わーい、姉ちゃんが怒ったー!!」

 

「おこったー」

 

「逃げましょう逃げましょう。

 さ、セリムさんもご一緒に」

 

 何故かセリムの腕を引いて走り出したのだった。

 

 

 

 結局、勇者は夕方まで子供の遊びにつきあってしまった。

 

「あー、楽しかった!」

 

「たのしかったー」

 

「最高の時間をありがとうございましたー」

 

 発言は、最初から順にレブ・ワウル・ジンだ。

 というかこの3人、大体同じ順で喋りだしてるのな。

 

 セリムも含めた4人は、散々遊んで泥んこになってしまっている。

 勇者も、ついつい童心に帰ってしまったようだ。

 

「もう暗くなってきちゃったなー。

 今日は姉ちゃんのところでご飯を貰おう!」

 

「もらおーっ!」

 

「食費は親が払ってるんで、問題はないはずですよ」

 

 いや、問題はあるだろう。

 少しは遠慮せんか、お前等。

 

「――――」

 

 しかし勇者は困った笑顔を浮かべるばかり。

 ううーむ、こういうのはガツンと言ってやらにゃならんよ、ガツンと。

 

『意外と気にするんですね、そういうところ』

 

 礼儀というのは小さいころから教え込んでおくに越したことなないからな。

 吾輩も苦労したものだ――お前の教育。

 

『…………え?』

 

 さ、そろそろ勇者達が教会に着く頃だぞ。

 

『ちょっと待ってください、今、なんだか聞き捨てならないことを言われたような――』

 

 気のせいだよ。

 ……む、教会が何か騒がしいな。

 

「――あ、また怖い人がいる!」

 

「いるー!」

 

「声がここまで聞こえてきますな!」

 

「―――!?」

 

 メイアの声を耳にした勇者は、子供達を置いて教会へ急ぐ。

 教会の扉を開けた先、そこで目にしたのは――

 

「なぁ、メイアよ。

 今日こそ耳を揃えて金を払って貰えるんだろうな?」

 

「す、すみません、サジさん。

 も、もう少し待って頂けませんでしょうか……?」

 

「それでこっちはどんだけ待ったと思ってるんだ?

 悪いが俺も商売なんでね。

 あんまり待たされると、おまんま食えねぇんだよ、分かるか?」

 

 メイアに詰め寄る、いかつい顔の男であった。

 察するに、彼女はこの男に借金でもしているのか?

 

 勇者は二人の下へと近づいた。

 

「――――!」

 

「ん、なんだお前は?」

 

「せ、セリムさん!!」

 

「……ああ、お前が噂の“勇者様”か。

 引っ込んでな、今俺はこっちのお嬢さんと話をしているんでね」

 

「――!! ――――!!」

 

「ああ、うるせぇな。

 こいつの親父がな、昔俺から金を借りたんだよ。

 それの請求をしにきただけだ、何か問題があるか?」

 

 サジとかいう男はご丁寧に、借金の証文を懐から出して勇者へと見せる。

 ……確かに、彼の言っていることに間違いは無いようだ。

 書かれている金額もなかなかのもので、とてもではないが教会の経営で集められるような金額ではなかった。

 

「――――」

 

「分かっただろう。

 俺がここに来てるのは正当な理由があるわけだ。

 部外者は黙っててくんな」

 

「……ごめんなさい、セリムさん。

 本当に、この人の言う通りなんです……」

 

「――――!」

 

 だが、勇者はなおも抗議する。

 

「おいおい、メイアのいうことを聞いてなかったのか?

 あんたの出る幕じゃ――」

 

「――! ――――!!」

 

「せ、セリムさん……」

 

「……ちっ、うるさい奴だ。

 分かった分かった、今日は帰ってやる。

 ……じゃあ、またな、メイア」

 

 そう言うと、サジは軽く手を振って教会から立ち去る。

 だが口振り的に、近いうちにまた来るだろう。

 例えば――勇者がこの街を去った後に。

 

「……セリムさん。

 お見苦しいところをお見せしてしまい、なんて言ったらいいか……」

 

「――――」

 

「借金の理由、ですか?

 分かりません、父は何も言ってくれませんでした……」

 

「――――」

 

 勇者は黙り込んだ。

 何かを考え込んでいるようだ。

 

 そこへ、子供達が入ってくる。

 

「……怖い人、もう行った?」

 

「いったー?」

 

「僕ら、怖くて外で震えていたわけですよ」

 

「……は、はい、もう大丈夫ですよ。

 ああ、夕食は今から準備しますから、すこし待っていて――」

 

 そこで、セリムは外に向かって歩いていく。

 

「――せ、セリムさん?

 どちらへ……?」

 

「――――」

 

「さ、散歩、ですか?

 ……本当に?」

 

「――――」

 

「わ、分かりました。

 夕飯を用意して、待っています」

 

 短くメイアとやり取りをすると、勇者は教会を出ていくのだった。

 

 

 

 ……無論、散歩が目的なわけがない。

 

「――どうした、兄ちゃん。

 何か用か?」

 

 夜道を歩いているサジを見つけ、話しかける。

 

「――――」

 

「あんたが払うってのか?

 冗談はよせよ、そうすぐに払える金額じゃ――」

 

 セリムは、中身の詰まった重そうな袋をサジに放り投げる。

 

「……!?

 あんた、こりゃあ……」

 

「――――!」

 

「……ああ、足りる。

 こんだけ貰えりゃ文句はねぇ」

 

 サジが袋の中身を確認すると、そこには金貨が詰まっていた。

 これだけあれば、先程提示した金額には十分のはずだ。

 

『……魔王様、あれは』

 

 うむ、街道工事の資金として貯めていたものだろうな。

 

『いいのでしょうか、あれが無ければ、旅はさらに遅れて――』

 

 側近よ、勇者の顔を見るがいい。

 あれが後悔している男の顔か?

 

『――あ』

 

 金などまた稼げばいい、奴の目は雄弁にそう語っている。

 ふっ、セリムは勇者なのだ。

 当然の行動だな。

 

『自分のことよりも、他人のこと、ですか』

 

 それでこそ、勇者よ。

 

「――――」

 

「……分かった。

 ほらよ、借金の証書だ。

 好きにしな」

 

 サジが勇者に証書を渡す。

 ……これで、メイアがこの男に着け狙われることは無くなるわけだ。

 

 勇者はそれを受け取ると、もう用は無いとばかりにサジに背を向けた。

 

「……待ちな、兄ちゃん」

 

「――?」

 

「これじゃちょっと多すぎる。

 釣りを受け取ってくんな」

 

 そう言うと、サジは袋から金貨を1枚取り出し――

 

「――!?」

 

 ――“袋の方”をセリムに放り返した。

 

「――――!?」

 

「いちいち騒ぐなよ、兄ちゃん。

 釣りは釣りだ、素直に受け取れ」

 

「――――」

 

「……お節介な奴だ。

 ――いいだろう、今から“作り話”をしてやる」

 

 そう断ってからと、サジは話し始める。

 

「昔、俺は親に捨てられた。

 この街の路地裏に。

 まあ、子供心に親から見放されたってのは分かったから、孤児として――ストリートチルドレンとして生きてきたわけだ。

 来る日も来る日も、小銭拾ったり残飯漁ったりしてな。

 ――メイアの親父さんに拾われるまでは」

 

「――!」

 

「身元もよくわからねぇ、素行だってよくなかった俺に、あの人は本当によくしてくれた。

 おかげで俺は――まああんま人に誇れるような職じゃねぇが――真っ当に生活できるようになったのさ」

 

「――――」

 

「ただ、あの人は本当にお人好しだったからな……人助けのために、あっちこっちから金を借りちまった。

 中には、ほとんど騙されたような形で負った借金もあった。

 なんとか工面しようとあっちこっち走り回ってたところで――死んじまったのさ」

 

「――――」

 

「……殺されたってのは無いだろう。

 そんな恨みを買う人じゃなかったし、金貸し側にしたってあの人が死んで得することは何もないからな。

 まあ、しかしそこからが大変だった。

 どでかい借金が、いきなりメイアに転がり込んできた。

 当然返す当てなんざ無い」

 

「――――」

 

 勇者は、黙ってサジの話を聞いている。

 

「だがな、メイアは見ての通り、あの風貌――ぶっちゃけ、美人だろう?

 見てくれの良い女には、“簡単に大金を稼ぐ方法”がある。

 金を貸した連中は、メイアにそれをやらせようとしたのさ」

 

「――――!」

 

「……ああ。

 俺もそれを知ったときは焦ったよ。

 急いでなけなしの金握って、金貸し達のところを走り回った。

 拝み倒して脅しつけて逆にふっかけられて――まあ、どうにか親父さんの借金を全部俺の手元に集めることができたのさ。

 それから、俺の借金返済な毎日が始まっちまったわけだが……つい最近、そっちの方も終わった。

 だから、もうその金は必要ねぇのさ」

 

「――――」

 

「ん? ああ、金貨一枚は“手間賃”だ。

 それ位は貰ってもいいだろう?」

 

「―――!!」

 

「メイアに説明しろ?

 バカ言え、俺がそんな柄の人間に見えるか?

 ……メイアのとこにちょこちょこ行ってたのも、金貸し共が気が変わっちゃいないか確認するため――それだけさ」

 

「――――」

 

「だからいらねぇっつってんだろ!

 これは俺の――あの人への恩返しにやった、ただのお節介なんだよ!

 ……それに、“勇者様”の旅路の資金を奪ったとあっちゃあ、人様に顔向けできないからな」

 

 ニヤっと笑いながら、サジは言う。

 

「――最後にもう一度言うが、“作り話”だからな。

 兄ちゃんの同情を買うための――俺の自己満足のための――“作り話”だ。

 くれぐれも、信じるんじゃねぇぞ」

 

 最後にそう吐き捨てて、サジは去って行った。

 勇者は、ただその後ろ姿を見送るのみ。

 

『……魔王様、あの男は――』

 

 詮索はするな。

 無粋だ。

 

『はっ、申し訳ありません』

 

 その後、勇者は少し嬉しそうな顔をしながら、教会への帰路へとついた。

 

 

 

 



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後編

 

 

 

 教会の扉を開けると、メイアの声がセリムを出迎える。

 

「あっああっ! あっあっあんっ! あ、あんっあっあぁあんっ!!」

 

 出迎え――――え?

 

「兄ちゃん遅ーい!

 どこまで歩いてたんだよ!」

 

「おそーい!」

 

「長いお散歩でしたな」

 

 子供達が勇者に次々と文句を言う。

 ……いや、そうじゃなくて!!

 

『ま、魔王様?

 な、な、何が起きているんですか?

 何なんですかこれ!?』

 

 ええい、落ち着け!

 魔王軍は慌てない!!

 

 い、今起こっていることは――!

 

「あぅ、あぁんっ! あっあっあっ!

 ああっ! おぉおっ! おっおっおっおっおっ!!」

 

 スカートを捲られ、服を開け。

 大きなおっぱいと、丸いお尻を丸出しにして、四つん這いになって喘いでいるメイア。

 

「おおおー! やっぱ姉ちゃんのまんこはいいなぁ!

 あったかくて、ぎゅっと締めてくれて!」

 

 彼女の下に潜り込み、膣内に自分の男性器を埋めているレブ。

 

「きもちいーっ!!」

 

 彼女の後ろに立ち、尻穴にペニスを突っ込んでいるワウル。

 

「いつやっても最高ですな」

 

 そして彼女の前に立ち、おっぱいでパイ擦りさせているジン。

 

 つまり――メイアは、3人の少年に囲まれ、輪姦されていた。

 

「――――?」

 

 勇者は、まだこの状況を理解できていない。

 それはそうだろう、なんなんだこれはいったい!?

 

「あっあっあっあ――――せ、セリム、さんっ!?

 ……あっあっあっ……ごめんなさい、夕飯の支度はまだで……あっあぁぁああっ……

 ちょ、ちょっと待ってて下さ――あっあっあっあぁぁあああっ!!」

 

 メイアがセリムに気付き、話しかけてくる。

 が、その最中にも少年達は動きを止めない。

 各自が、腰をかくかくと振ってメイアを責め立てている。

 彼女の乳がプルンプルンと揺れ、ムチムチの尻が跳ねる。

 

「うあっ!

 やべ、そろそろ出るっ!」

 

「あっあんっ! ま、待って下さいレブ君っ!

 出すなら外に――!」

 

「もう遅いよっ!

 ああああ、出るっ! 出るっ!!」

 

「あ、あぁぁああああっ!!」

 

 レブが、メイアの膣内に射精した……ようだ。

 

「はぁぁぁぁ……おしっこしてるみたいで気持ちいいなぁ……」

 

「あ、あ、あ、あ……だ、駄目ですよ、レブ君……中に赤ちゃんの種を出しちゃったら……」

 

「オレの赤ちゃんができるんだろ?

 いいじゃんいいじゃん、育ててよ。

 姉ちゃん、いつも寂しそうだし、子供作った方が楽しいって!」

 

 笑いながら、とんでもないことを口にするレブ。

 ……い、いいじゃんとか楽しいとか……女をなんだと思ってるんだこのガキ…!?

 

『ていうかですね、魔王様!

 このガキ共、なんか手つきがやたらと手慣れてるんですけど!

 これって、これってつまり――』

 

 ――今日のこれが初めてではないということなのか!?

 今までも、ずっとやり続けてきたっていうことなのか!?

 

「――――」

 

 勇者は未だに微動だにしない。

 ……村を出る前に起きた“あの事件”が、フラッシュバックしているのか。

 

「レブ君?

 出し終わったのなら交代して欲しいのですが?」

 

「お、悪い悪い!

 今交代するよ――っと」

 

 レブはメイアのまんこからちんこを引き抜く。

 

「―――あんっ!」

 

 抜くときの刺激で、メイアが小さく喘いだ。

 彼女の膣口からは、白濁した液体がとろりと流れた。

 

「いやー、出した出した!

 じゃ、ジン、代ろうぜ!」

 

「待ち遠しかったですよー」

 

 レブとジンが体勢を入れ替える。

 そして――

 

「あっ! あっあっあっあっあっ!!

 ジン君のが――あぁぁあああああっ!!」

 

「おお、おっぱいもいいですが、やはりこちらの方が絶品ですな」

 

 今度はジンが彼女の女性器へと肉棒を挿入する。

 なお、この間もワウルは、ずっと彼女の尻へと自分の股間をぶつけていた。

 

「うーん、おっぱいじゃなくて、口でして欲しいなぁ。

 姉ちゃん、俺のちんちん、しゃぶってよ!」

 

「んっんっんんっ! あ、はい、分かりまし――あぁぁああっ!」

 

「おい、ワウル、腰振り過ぎだぞ!

 姉ちゃんが俺のしゃぶれないじゃないか!!」

 

「だってー! きもちいーっ!」

 

 レブが文句を言うも、ワウルは変わらず腰を振り続ける。

 

「しょうがないなぁ。

 姉ちゃん、噛まないでよ?」

 

「あっあっあっ……んぶぅううううっ!?」

 

 レブが無理やり彼女の口内へイチモツを突っ込んだ。

 そのままメイアの頭を、金色の髪を掴み、無理やり前後に振る。

 イマラチオというプレイだ。

 

 ……って冷静に解説してどうする吾輩!?

 

『で、でも、どうしましょう!?

 どうすればいいんでしょう、魔王様!?』

 

 ざ、残念だが今吾輩達は手が出せぬ。

 勇者よ、いつまで呆けておるのだ!

 ガキ共を叱り飛ばせ!

 

「――――!」

 

 そんな吾輩の言葉が届いたわけでもあるまいが、勇者がはっと正気に戻る。

 

「――――!!」

 

「え、何、兄ちゃん?

 なんでこんなことって?

 だって気持ち良いじゃん、こんな気持ち良い“遊び”、他に知らないし」

 

「――――!!」

 

「そんなこと言われても。

 オレ達、ずっとこの“遊び”してるしなー。

 姉ちゃんだって、喜んでくれてるし。

 ……お、舌絡んできた!

 いいよー、姉ちゃん!!」

 

 勇者の質問に答えながらも、メイアへのイマラチオを止めないレブ。

 

「んぶぅっ! んんんぅうっ! んっんっんっんっ!! んぉおおおおっ!!」

 

 3穴を同時に責められて、嬌声を口から漏らすメイア。

 ……確かに、彼女には嫌がる素振りが無い。

 

「――――」

 

 セリムが、黙り込んだ。

 

『あ、諦めてしまったんでしょうか……?』

 

 そんな!?

 ……い、いや見ろ側近、奴の拳を!

 

『おお、ぶるぶると震えている!?』

 

 勇者の怒りが頂点に達しようとしているのだ!!

 

「――――!!」

 

「な、なんだよ、兄ちゃん――ぎゃあっ!?」

 

 レブに近づいた勇者が、彼を殴りつける!

 

『おお、やった!』

 

 生意気なガキめに一矢報いてやったな!

 

「い、てててて、何すんだよ、兄ちゃん!!」

 

 殴られ転がったレブが、すぐさまセリムに反論する。

 ……勇者め、手加減したか。

 奴が本気で殴って、子供がこの程度のダメージで済むはずがない。

 

『いくら頭に血が上っても、子供相手に本気にはなれない、ということですね』

 

 ……勇者として、いや、人として仕方ないことか。

 

「――――」

 

 セリムは倒れたレブに、なお説教をしようと歩み寄る。

 と、そこへ――

 

「何をしているんですか、セリムさん!!!!」

 

 ――“メイアからの平手打ち”が、勇者を叩いた。

 

「―――!?」

 

 信じられない、という顔をする勇者。

 ……吾輩も信じられない。

 

「こ、子供を殴るだなんて!

 なんて、なんて酷いことを!!」

 

 メイアが怒る。

 いつもニコニコとほほ笑んでいた彼女が。

 皆に優しく接していた彼女が。

 ……メイアを助けようとした、セリムを。

 

「子供は、純粋な存在なんです!

 何よりも、大事にしなければいけない相手なんです!!

 そんな、子供に対して――」

 

 興奮した彼女は、そこで一旦言葉を切る。

 呼吸を少し整えてから――

 

「――確かに、貴方は勇者ですよ?

 その魔王を倒すという使命は立派だと思います。

 だからって……だからって、何をしてもいいと思っているんですか!?

 “こんな横暴”が、許されると思っているんですか!?」

 

 ……お、横暴ってお前。

 吾輩、開いた口が塞がらぬ。

 

『……私もです、魔王様』

 

 何言ってんの、この女?

 本気で何言っちゃってるの?

 

「セリムさん、貴女のこと、尊敬していました。

 信頼できる人だって、思ってました。

 なのに……こんなことをする人だったなんて!」

 

 ――そっくりそのままその台詞を返すよ。

 吾輩、メイアのことをもっと清純な――そうでなくとも、まともな女だと思っていたのに。

 なんだ、この糞淫乱ぶりは。

 

「――――」

 

 勇者は弁明しようとするも、メイアは耳を貸さず。

 

「……今すぐ、出て行って下さい。

 貴女が、子供に暴力をふるったことは誰にも言いません。

 ですから――即刻、この教会から立ち去って下さい!!」

 

「―――!?」

 

 彼女からの明確な拒絶に、勇者の顔が歪む。

 ……メイアは気付いていないようだが、その表情は泣き顔のようであった。

 

「あーあ、バカだなぁ、兄ちゃん。

 せっかくオレらの仲間に入れてやろうと思ってたのにさ」

 

「ばーか、ばーか!」

 

「浅慮という他ありませんねー」

 

 追い打ちをかけるように、ガキ共が勇者を煽り立てる。

 

 そんな状況に勇者は――

 

「――――!!!」

 

 ――彼らに背を向けて、そこから走り去った。

 

「ばいばーい!!

 ……よし、じゃあ姉ちゃん!

 “邪魔者”もいなくなったから、続きやろうぜ!」

 

「やろー、やろー」

 

「今夜も頑張りますよ!」

 

「ああっ!? 急にそんなっ!!

 あぁぁぁあああああああっ!!」

 

 ……後ろから、そんな声を聞きながら。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 …………ビッチ。

 

「魔王様?」

 

 ……ビッチ、ビッチ!

 

「魔王様!」

 

 ビッチビッチビッチビッチビッチビッチビッチビッチビッチ!!!!

 

「……お怒りですね」

 

 当たり前だぁ!!!

 なんだ、あの女!

 本気でなんなんだ!!

 

 教会のシスターだろうが!!

 神に仕える聖職者だろうが!!

 あの淫乱っぷりはなんなんだ!!

 あの勇者に対する態度はなんなんだ!!!

 

 勇者がお前のためにどんだけ頑張ったと思ってる!!

 勇者があの町の人々のために、どれだけ尽くしたと思ってる!!

 勇者がお前を――どれ程心の支えにしていたと思ってる!!

 

 ……あの糞女がぁ!!

 ……あの糞餓鬼共がぁ!!

 

「……魔王様」

 

 …………。

 

「……行かれますか」

 

 ……うむ。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 時は深夜。

 彼らの“行為”は、終わりを迎えていた。

 

「あー、やったやった!

 すっきりしたー!!」

 

 レブが伸びをしながらそう言う。

 彼の足元には、精液塗れになったメイアが転がっている。

 

「おなかすいたー」

 

「確かに、小腹がすきました。

 そういえば夕飯を食べていませんでしたよ」

 

「そういや、そうだったなー。

 おい、姉ちゃん!

 さっさとご飯の用意してくれよ!

 オレら、それまで休んでるから!」

 

 身勝手な台詞をメイアに投げつけるレブ。

 だが彼女は――

 

「……は、はい、分かりました。

 ……ちょっと、時間かかってしまいますけど、待っていて下さい」

 

 幾度も絶頂したためか、恍惚とした表情のまま、そう答える。

 

「早くやれよなー?

 じゃ、行こうぜ、皆!」

 

 レブは他の2人を引き連れ、礼拝の間(チャペル)を出ようとする――が。

 

「あ、あれっ!?」

 

「どうしたのー?」

 

「何か不具合でも起きましたか?」

 

「ど、ドアが開かないんだよ!

 どうなってんだコレ!?」

 

 いくら扉を引こうと押そうと、開く気配はない。

 

「そ、そんな馬鹿なことが……」

 

 他のガキ達が試してみるも、結果は同じ。

 

「そうだ、他の扉なら!」

 

 一人がそう言いだすと、3人は手分けして部屋中の扉を開けようと試みる。

 しかし、外に出ることは叶わなかった。

 

「ど、どうなってるんだ、これ……?」

 

「!! み、みんな、あれー!!」

 

「どうしましたか、ワウル……ななっ!?」

 

 彼らは見た。

 教会内の影が、蠢いているのを。

 影一つ一つが意思を持つかのように、一つに集まろうとしているのを。

 

「な、何が起きているんですか…?」

 

 遅れて、メイアもまた異常に気付く。

 

 ――影が集まる。

 ――黒い球体が生まれる。

 ――そして。

 

「あ、ああ、ああああっ!?」

 

「……ば、化け物だぁ!!!」

 

 “吾輩”が現れた。

 

「な、何者です!」

 

 毅然とした態度で――精液に濡れ、衣服が開けた状態では威厳も何もあったものではないが――メイアが吾輩に問うてきた。

 

『……何物?

 何者とな?

 いかんな、教会に仕える者が吾輩を知らぬとは。

 吾輩はな――』

 

 ニヤリと邪悪に口元を歪める。

 

『――魔王だよ』

 

「……ひっ!?」

 

「……う、うそっ!?」

 

「……ま、魔王!?」

 

 吾輩の言葉に、ガキ共が怯える。

 しかし女はなお態度を崩さず。

 

「……そ、即刻に立ち去りなさい!

 ここは神聖なる間!

 魔の者が立ち入っていい場所ではありません」

 

『ほう……その神聖なる場所とやらで、お前達はいったいナニをしていた?』

 

「……うぐっ!?」

 

 口を詰まらせるメイア。

 一応、“そういう”意識はあったようだ。

 だからといって彼女が許されるわけがなかろうが。

 

『あんな“淫猥なこと”をしでかしておいて、神聖も糞もあったものではないわ。

 それとも、お前達の教義には神の御前で性交すべしとでも書いてあるのかな?』

 

「……だ、黙りなさい!

 立ち去らぬとあれば、強硬手段に出るまでです!」

 

 メイアは祈る姿勢で聖言を唱える。

 すると、彼女の身体から光が溢れてきた。

 神官が用いる、神聖魔法だ。

 通常の魔物であればひとたまりも無いだろう。

 だが――吾輩は魔王であるからして。

 

『……ふんっ!』

 

 鼻息一つで光をかき消してやる。

 彼女の顔が驚愕に染まった。

 

「……そ、そんな、神の加護が効かないなんて!?

 ――ほ、本当に、魔王なのですか……」

 

『そう言ったであろう。

 まさか信じていなかったとは――見抜けていなかったとはな!

 教会も地に落ちたものだ!!』

 

「あ、ああ、あああ―――」

 

 ぺたん、とメイアは尻もちをついた。

 彼女に代わって、レブが口を開く。

 

「ま、魔王が、オレ達に何のようなんだよ……?」

 

『何の用か、だと…?

 くっくっく、大人達から習っていないのか?

 魔王が現れる理由など、一つしかあるまい』

 

 吾輩はさらに醜悪に、笑みを深めていった。

 

『――お前達を、食べるためだよ』

 

「ひぁっ!?」

「ひぃっ!?」

「ひゃあっ!?」

 

 ガキ達が恐怖に染まる。

 

「や、やだ、オレ、食われたくないっ!?」

 

「やだー、やだー!!」

 

「え、遠慮願いたくっ!!

 ……ああ、そうだ、セリムさんっ!!」

 

 ジンが、勇者の名を口にした。

 

「セリムさんは勇者ですっ!

 彼なら魔王を倒せますっ!!」

 

「ああ、そうだー!!」

 

「そうだった!!

 兄ちゃんを呼べば!!」

 

 思いついた解決策に、顔をほころばせるガキ共。

 ……バカか、こいつら?

 

『勇者ならばとうに街を出たわ。

 ……お前達が追い出したのだろうが』

 

「――あ」

 

 一転、彼らの顔が絶望に染まる。

 そして、

 

「ね、姉ちゃんのバカ!!

 なんで兄ちゃんを追い出したりしたんだ!!」

 

「ばかー、ばかー!!」

 

「セリムさんが居れば、助かったというのに!!」

 

 メイアに対して、罵り出す3人。

 自分たちのことは棚にあげ、清々しいほどの屑っぷりだ。

 

「……え、あ……そんな……私、こんなことになるなんて……」

 

 ガキの言葉を真に受けて、弱々しく呟くメイア。

 ……このままでは埒が明かないので、吾輩は彼らに“提案”した。

 

『ガキ共を助けたいか、女』

 

「――は、はい、当然です!」

 

 メイアは頷き返す。

 吾輩は続けた。

 

『ならば――自ら命を絶て』

 

「――え?」

 

『分らぬのか?

 お前が死ねば、ガキ共の命を見逃してやると言ったのだ』

 

「――そ、そんな」

 

 口では立派なことを言う聖職者も、自分の命をすぐに差し出すことには抵抗があるらしい。

 ……こんな女を聖職者として扱うのは、他の聖職者達に対してあまりに失礼か。

 

 だが、そんな彼女と対照的に、レブは明るい声を出す。

 

「なーんだ、そんなことか!」

 

「――え?」

 

 彼の発言をメイアは聞き返した。

 レブは、彼女に喋りかけた。

 

「ほら、こう言ってることだしさ、姉ちゃん、死んでよ!」

 

「――何、言ってるんですか、レブ君?」

 

「え? だって、姉ちゃんが死ねばオレら助かるんだよ?

 姉ちゃんって、人を助ける仕事してるんでしょ?

 オレらを助けるためなんだから、早く死んでくれよ」

 

「――え、え、え?」

 

 レブが何を言ってるのか理解できないのか――あるいは、理解したくないのか。

 メイアはただ、戸惑うばかりであった。

 

「私、貴方達の世話を、いっぱい、しましたよね?

 貴方達のお願いを、全部、聞いてきましたよね?

 ――なのに――なのに――?」

 

「うんうん、感謝してるってば。

 だから最後のお願いを聞いてほしい、って言ってんの!」

 

「いってんのー!」

 

「そうですねー、メイアさんが死ねば3人助かるのですから、貴方が死ぬのが当然なんじゃないかとー」

 

 レブの発言に乗っかって、ワウルとジンも次々と彼女の死を要求し出す。

 メイアはガクガクと震えだした。

 

「――そんな――そんな――?」

 

「なあ、姉ちゃん。

 振るえてないで早く死んでくれよ!

 魔王の気が変わったらどうすんのさ!」

 

「しーね! しーね!」

 

「覚悟を決めて貰いたいものです」

 

 なおも躊躇する彼女に、ガキ共は次第に罵声を浴びせ始める。

 

「ほらっ!

 早く死ねって!!

 オレらを見殺しにする気かよ!!

 いざって時に使えない奴だな!!」

 

「!!」

 

 そのレブの一言がダメ押しになったのか――メイアから震えが消えた。

 

「お、やっとその気になったのか!

 じゃあ――」

 

「――黙りなさい」

 

「……え?」

 

 普段のメイアとは違う低い声色に、ガキ達の口が止まった。

 立ち上がり、彼女は冷たい目線を彼らに浴びせながら、告げた。

 

「……ようやく分かりました。

 貴方達は、悪魔だったのですね。

 ずっと、私を誑かしていたのでしょう!」

 

 おお、“純粋な存在”から一転して“悪魔”か。

 凄い発想の飛躍だ。

 

「ね、姉ちゃん、どうしちゃった――」

 

「黙れと言ったでしょう!

 よくも私をずっと騙してくれましたね!!

 悪魔を助けるために命を絶つ――?

 そんなこと、できるわけがない!!」

 

 彼女の中では“そういう風に”自己完結したらしい。

 よくもまあこんなんで、セリムにあんな暴言が吐けたものだ。

 ……こんなんだから、吐けたのか。

 

『残念だったな、ガキ共。

 お前達は、悪魔だったらしいぞ』

 

「あ、あひっ」

 

「ひ、やっ」

 

「ど、どうするんですか……」

 

『悪魔であれば――悪魔が居る場所に帰らなくちゃなぁ?』

 

 吾輩はパチンっと指を鳴らす。

 すると、3人の足元から黒い炎が立ち上った。

 

「ぎゃあああああっ!!?」

 

「あついー!! あついぃいいっ!!」

 

「うぁああああっ!!」

 

 三者三様に苦悶の声をあげるガキ共。

 

『くくく、それは地獄の業火。

 熱いには熱いが――死にはせん』

 

「ああああ、じ、地獄――?」

 

『そうだ。

 お前達の足元はな、今、地獄と繋がっておる。

 ほれ、自分達の脚を見ろ、ずぶずぶと沈んでおるであろう?』

 

「あああああ……」

 

「しずんでるぅ……!?」

 

「ど、どうなるんですか……?」

 

『決まっているだろう。

 これから地獄に行くんだよ、“生きたまま”でなっ!』

 

「「「――!!!?」」」

 

 3人の顔が、恐怖により引きつる。

 

「やだっ!! いやだぁああああっ!!!」

 

「たすけてー!! たすけてーーっ!!!」

 

「メイアさぁんっ!! メイアさぁんっ!!!」

 

 泣き喚くガキ達。

 そんな彼らを一瞥し、メイアは、

 

「……酷い演技ですね。

 自分達がいた場所に戻るんでしょう?

 好きにして下さい」

 

 さっくりと見捨てた。

 ……3人は、黒い炎の中に沈み続ける。

 

「あぁぁぁああぁぁぁ……助けてぇ……パパぁ……ママぁ……」

 

「いい子にするぅー……いい子にするからぁ、たすけてぇー……」

 

「嫌です……地獄になんか、行きたく――」

 

 ……そして、彼らの声は消える。

 同時に、地獄と繋がっていた黒い炎も消え去った。

 

 まあ、実際問題として地獄に落ちたところですぐ死ぬわけではない。

 散々足掻き、苦しみぬいて――いつか、地獄(そこ)に適合することもあるだろう。

 そうなれば……人間達への尖兵として扱ってやるのも一興。

 

 しばししてから、吾輩はメイアへ話しかけた。

 

『さてと、女よ。

 お前に言うことがある』

 

「……なんでしょうか」

 

 警戒をながら吾輩に向き直るメイア。

 

『あのガキ共はな。

 立派な人間だぞ?』

 

「――え?」

 

 メイアの動きが止まる。

 

『考えてみろ。

 あいつらが悪魔だったとして――何故魔王である吾輩が処分せねばならぬ?

 協力して、お前を殺すのが筋であろう?』

 

「……う、嘘です」

 

『嘘をつく理由などあるか?

 だいたいな、魔王である吾輩ならばともかく、ただの悪魔では教会の中に立ち入ることなどできぬ。

 シスターであるお前が知らぬはずがあるまい』

 

「あ……あ……で、でも、あの子達の言動は、人間のものとは……」

 

『あれが人間なのだよ。

 女、お前自身が言っていた言葉よな、“子供は純粋な存在”であると。

 全くもってその通りだ。

 子供は純粋な存在――それであるが故、教育によって、天使にも悪魔にもなる。

 奴らが悪魔に見えたというのならそれは――』

 

 メイアへと顔を近づけ、囁く。

 

『――お前が、あいつらを“悪魔”に育てたのだよ』

 

「――あ」

 

 彼女が震えだした。

 最初は唇、腕、肩――そして、全身へと震えが伝わっていく。

 

「う、嘘よぉおおおおおおおおおっ!!!」

 

 教会に、メイアの絶叫が木霊した。

 自分がしでかしたことに対する絶望と恐怖に満ちた叫び声だ。

 

 ……息のある限り叫び続けた彼女は、その場にへたり込む。

 

「……私を、どうするつもりですか……?」

 

『どうもせん』

 

「……え?」

 

 不思議そうにするメイア。

 なんだこの女、気づいていないのか。

 

 吾輩は彼女に説明してやることにした。

 

『“吾輩は”どうもせんよ。

 お前の処理は“人間が”やってくれる』

 

「……な、何を言っているのです…?」

 

『察しの悪い女だ。

 いいか、今宵起きたことを並べてやろう。

 血相を変えた勇者が教会から逃げ出し。

 邪悪な気配を放つ魔物が教会を襲来し。

 その場に居たはずの子供達の姿は消え。

 魔物を倒し、子供達を守らねばならぬお前だけが、無傷で残るのだ。

 ……さて、第三者がこれを見た場合、どう考えると思う?』

 

 ちなみに今回、街の連中にもわかるように、派手に教会へ舞い降りてやった。

 

『お前が魔物へと子供を捧げる、邪教徒だと考えるだろうよ。

 くくく、邪教徒に対する人間の仕打ち……聖職者のお前であればよく知っておるだろう?

 ――ガキ共は地獄で責め苦にあい、お前はこの世で地獄を味わうわけだ』

 

「そ、そ、そんな……

 そんなこと、ありません。

 皆さん、信じてくれます、魔王が全てやったんだって、皆さん、信じてくれるに決まってます――」

 

 そう言う割に、声は余りに弱々しい。

 まるで、“信じてくれない”と考えているかのように。

 

『まあ、好きにするがいいさ。

 もう吾輩はお前に用は無い故にな。

 くくく、はーっはっはっはっは!』

 

 高く笑い声をあげ、吾輩は教会かあら姿を消した。

 

「……大丈夫です、皆さん、信じてくれます……大丈夫、大丈夫……信じてくれますよ……」

 

 魔王の姿がなくなった後もなお、メイアはそう呟き続けた。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 “魔王に仕える邪神官メイア。

 勇者セリムの冒険譚に出てくる登場人物の中で、最も忌まわしい者として後世に語られている。

 街に住む多くの子供達を誑かし、その魂を魔王へと捧げていたのだ、無理もないだろう。

 セリムにも数多くの罠を張り、彼を堕落させようと試みたが――勇者の強靭な精神は、その悉くを跳ね除けたという。

 

 彼女について特筆すべきは、その最期であろう。

 邪神官メイアを倒したのは、勇者ではなかった。

 彼女の正体を知った街の住人達の手によって、打倒されたのだ。

 メイアと住人達との戦いは、一か月にも及んだらしい。

 激しい戦いの末、住人達は彼女を街から追い払うことに成功したのである!

 

 当時に街の有識者達は、こう語る。

「勇者セリムの正義心に感銘を受けたからこそ、我々は立ち上がれたのだ」、と。

 セリムは、多くの者に己の正義を、勇気を、受け継がせていたのだ。

 

 ……と、凡百の英雄譚であれば、ここで話は終わっていただろう。

 邪神官メイアの話にはまだ続きがある。

 

 街から追放され、魔王からも見捨てられたメイアは、様々な地を放浪した。

 歳月が流れ、その命がとうとう朽ちようとした時……彼女は再び勇者セリムと相見えたのである。

 そして――おお、勇者のなんと寛大なことか!

 変わり果てた邪神官メイアの姿を見たセリムは、彼女を許し給うたのだ!

 メイアはその言葉に感謝の涙を流し、以降、生涯をかけて勇者のために祈ることを誓ったという。

 

 強き肉体、気高き魂に加え、深き度量まで兼ね備えた勇者セリム。

 現代を生きる我々が、彼から学ぶべきことは多い”

 

 

 後世の歴史家 ネトラ・レーダ・メイヨウ 著

「勇者セリムの冒険」より



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第3話 盗賊退治
前編


 

 

 

「そういえばですね、魔王様」

 

 どうした側近よ。

 

「我々の目的って、なんでしたっけ?」

 

 何ってそりゃ、人間の国を征服することだろう。

 そのために、最大の障害である勇者の弱点を探しているんのではないか。

 

「ええ、その通りです。

 その通りなんですが――」

 

 どうした?

 言いたいことがあるならはっきり言え。

 

「――勇者の弱点、もう見つかってませんか?」

 

 え、マジで!?

 なになに、側近、もう見つけちゃったの?

 凄いなお前!!

 

「え、ええ、それは――」

 

 ――待て。

 

「はい?」

 

 お前が弱点(ソレ)を言い出す前に一つ釘を刺しておくが……

 “女性関連”で勇者を攻めるのは……無しだ!

 

「うっ!?」

 

 ……やはりそれを考えておったか。

 

「確かに、私もこの方法が恥ずべき手段であるとは思っています。

 しかし、打倒勇者の大義の前では――」

 

 馬鹿者!

 

「はっ、はいっ!!」

 

 いいか……勇者は敵だ。

 我々魔王軍にとって、最大の敵であろう。

 

「仰る通りで」

 

 敵であるのであれば――敬意を払わねばならぬ。

 我々を脅かすほどの者を、貶めるような真似をしてはならぬのだ。

 

「お、おお、なるほど!

 魔王様の御慧眼に、私、心が洗われました!」

 

 うむうむ。

 

「では、“勇者に美女をあてがい、篭絡させる”という作戦は没にしておきましょう」

 

 …………。

 

「――魔王様?」

 

 いや……まだ捨てる必要もないのではないかな?

 

「え?」

 

 いやいやいやいや、使うつもりなんて全然ないよ?

 でもね、一応保険というかなんていうか、安心できるカードは持っておきたいというか――ああ違う違う。

 

 ――おお、そうだ!

 これから先、勇者がまた女を寝取られるかもしれんだろう!?

 その時、奴の傷心を慰めるために必要なんだよ!!

 敵に塩を送るために!!

 

「今考えたでしょう、その理由。

 だいたい、これ以上勇者から女性が寝取られるなんてことがあるわけないじゃないですか。

 彼、人間の価値観では十分美形ですし、性格も誠実かつ正義感もある――こんな好青年から離れる女性なんて、そうそういません。

 魔王様とは根本が違うんですよ?」

 

 分かっとる分かっとる、だから保険だって――――ん?

 側近、今さらっと吾輩をディスらなかった?

 

「気のせいですよ。

 さ、勇者の観察を始めましょう」

 

 ……う、うむ。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 前回から、2つ3つ先の街に勇者は来ていた。

 ここは人間の街の中でも、最も商業が盛んな街だ。

 街の規模も今までとは比べ物にならんほどでかい。

 

「――っ、――っ、――っ」

 

 時刻は深夜。

 街の裏路地を、息を切らしながら駆ける勇者。

 その目的は――

 

「あっはっは、どうしたの、坊や!

 もう息が切れているようだけど?」

 

「――――!」

 

 目の前の女を追っているのだ。

 

「遅い遅い!

 ほらほら、鬼さんこちら♪」

 

「――――!!」

 

 女は勇者を挑発しながら、どんどん彼を引き離していく。

 

 単純な速度であれば勿論セリムの方が早いのだが、相手の女はとにかく路地裏を走るのが上手かった。

 道のあちこちにあるゴミ等の障害物を華麗にかわし、時には利用し。

 曲がりくねった路地裏も熟知しているようで、最短距離を走っていく。

 

 対して勇者は障害物がある毎にもたつき、道も遠回りをしてしまっている。

 これでは、如何に足が速かろうと追いつけるはずもない。

 

「あれあれー、もうギブアップ?

 そんなんでこの大盗賊ヴィネット様を捕まえようとはねー」

 

 女は勇者の方を振り返り、からかうように笑った。

 ……まだまだ余裕あるな。

 

『今日も勇者、彼女を捕まえるのは無理のようですね』

 

 うむ、そのようだ。

 

『ところで、魔王様』

 

 なんだね?

 

『――そこまで遠見の水晶にかぶりつかずともよろしいのでは?』

 

 うっ!?

 だ、だって仕方ないじゃん!?

 あの女、ものすげぇ格好してるんだもん!!

 

『……まあ、そうですね』

 

 この女――ヴィネットは、この街で夜な夜な盗みを働いている盗賊だ。

 褐色の肌にセミショートに切り揃えた銀髪がなんとも美しく映える。

 大人の魅力溢れるその顔は、常にふてぶてしい表情を浮かべていた。

 

 だがそんなことはとりあえず置いておいて。

 吾輩はこの女の装いにこそ注目したい!

 こいつ、すっごいピッチピチのボディスーツを着ているのだ!

 すっごいピッチピチのボディスーツを!!

 

『二度言いましたね』

 

 大事なことだからな!!

 

 そのボディスーツのピッチピチ具合は、彼女のやや筋肉質でしなやかな肢体がほぼ全てくっきり分かってしまうほど。

 おっぱいも、尻も、へその形まで!

 特に尻がいいな! 吾輩、こいつの尻が好みだ!

 あの引き締まりつつも女の柔らかさが損なわれていない、プリンっとした尻はもう見てるだけでたまらんわい!!

 

『そうですかねぇ、私はもっとがっしりしていた方がいいですね。

 オーガのお尻とか』

 

 それ筋肉の塊ですやん。

 

『それがいいんですよ。

 それと、別にボディスーツだけという格好ではないでしょう。

 ジャケット羽織ってますし、盗み用のツールを留めるベルトを幾つもしているじゃないですか』

 

 細かいやつだなぁ。

 そんなん別にいいだろ、どうでも。

 

『どうでもは良くないでしょう。

 ……あ、勇者がヴィネットを見失ったようですね』

 

 うーむ、ふがいないぞ、勇者よ。

 あの程度の追いかけっこに敗れるとは。

 

『魔王様は、彼女に追いつけるので?』

 

 おいおい、吾輩の体型をよく見ろ。

 このメタボ体質でまともに走れるものかよ。

 

『――――』

 

 せめて何か喋れ。

 お、勇者、諦めて帰っていくな。

 

「――――」

 

 ……背中に哀愁を感じるのぅ。

 

『仕方ありませんよ、これで3回目ですからね』

 

 

 

 場所は変わって、ここはとある屋敷の応接室。

 部屋には勇者も含めて数人の男達が居た。

 

「――今日もダメでしたか、勇者様」

 

 そうセリムに言ったのは、恰幅の良い中年の男だった。

 こいつはこの街で一番の大金持ち、オルグ。

 勇者に盗賊ヴィネットの捕縛を依頼した張本人である。

 

「――――」

 

「ああ、顔をお上げください、勇者様!

 貴方様が未熟だったわけでなく、相手が一枚上だっただけでしょう!」

 

 落ち込むセリムを、オルグは慌ててフォローする。

 

『……この男、金持ちによくある傲慢な態度がまるでありませんね』

 

 依頼を出した時から一貫して、勇者へ敬意を払い続けておるな。

 今時、なかなか珍しい人間よ。

 

 まあ、勇者も最近は知名度が上がっとるようだからの。

 下手な扱いをすれば自分の信用を損なうという打算もあるかもしれん。

 

『順調に冒険をこなしていますからね。

 今回が初めてじゃないですか、セリムが一つの事件にここまで手こずるのは』

 

 歴代の勇者の中でも、バランスの良さは一番かもしれんな、奴は。

 そんなセリムであっても、あの盗賊を捕まえるのは一筋縄ではいかんか。

 

『魔王軍にスカウトしたいですね』

 

 うむ――あのピッチピチのボディスーツの件もあるしのぅ。

 

『鼻の下伸ばさないで下さいよ。

 ただでさえ歪な鼻してるんですから』

 

 おっまえ吾輩の悪口のバリエーションどんだけ持ってんの!?

 

「――今日はもう遅い。

 お休みになって下さい、勇者様。

 おい、勇者様を部屋へお連れしろ」

 

「はい。

 さあ、勇者様、こちらへ」

 

 オルグの部下に連れられて部屋を出ようとすると、部屋に待機していた他の部下達の会話が聞こえてきた。

 

「――へ、勇者っつっても大したことねぇな」

 

「――ああ、まだまだ青臭いぜ」

 

 勇者への軽口だ。

 セリムがそれへ反応を示す前、彼らを怒鳴りつける者がいた。

 ――オルグだ。

 

「お前達!

 勇者様になんということを!!

 ――――と、そういえばなんだお前達、その鎧は?

 いつものと違うな?」

 

「御存知ないのですか、オルグ様?」

 

「これは鋼の鎧・勇者モデルですよ。

 今、街で流行っているのです」

 

 その返答にオルグは不思議そうな顔をする。

 

「……なんでそんなものをお前達が着ている?」

 

「いやだって勇者様超かっこいいじゃないですか」

 

「勇者様と同じ格好とか、男なら一度は憧れちゃいますよね」

 

 ――言ってることと態度が真逆だぞこいつら。

 

『ツンデレってやつですかねぇ』

 

 いい年したおっさんがやっても気持ち悪いだけだがな。

 

「……もういい。

 いいか、勇者様を誹謗する言葉など口にしないように。

 分かったな!」

 

 オルグも我々と同じ感想を持ったようだ。

 疲れたようにため息を吐くと、彼らに退出を命じた。

 

 

 

 次の日の夜。

 

「また坊やなの?

 キミも飽きないねぇ」

 

 再び勇者と盗賊の追いかけっこが始まった。

 ――だが。

 

『芳しくないですね』

 

 うむ、今まで通りの展開だな。

 どうした勇者よ、何か策を考えておらんのか。

 

「いつまでアタシの後ろにいるのかな?

 ひょっとしてお姉さんのお尻が気に入っちゃった?」

 

 走りながら、尻をふりふりと左右に振るヴィネット。

 うぉおおおおっ! すげぇっ! すげぇエロい!!

 

『落ち着いて下さい魔王様。

 ちょっとその顔は見るに耐えません』

 

 ふごぉおおおおっ!! ふごぉおおおおおっ!!

 すっげ、プルンプルン跳ねてるよ、あの尻っ!!

 

 ……んん?

 勇者の様子が――?

 

「―――――!!!!」

 

 勇者の目がギラリと光った――気がする。

 次の瞬間、セリムの身体が一気に加速した。

 その姿はまるで弾丸のようだ

 

「――え!?」

 

 これにはヴィネットも驚愕する。

 今までの余裕はどこへやら、目を見開いて焦り出す。

 

『……どうやら勇者、彼女の油断をずっと伺っていたようですね』

 

 セリムを侮ってヴィネットが速度を緩めた瞬間を狙って、全力で走り出したわけか。

 おお、見ろ、2人の間の距離がぐんぐんと縮まっていくぞ。

 

「あわ、あわわわわ……」

 

 盗賊も余裕をかなぐり捨てて走り出すが――遅い。

 勇者の手が、彼女の肩を掴もうとする。

 

「あわわわわわ――――なーんちゃって♪」

 

 突然、勇者の身体が宙を舞った。

 見れば、彼の脚に縄が巻き付いている。

 

『……罠を仕掛けていたようですね』

 

 そのようだな。

 慌てていたのは演技か。

 抜け目がないな、あの女。

 

「――――!?」

 

 足に絡まった縄によって、逆さづりになる勇者。

 そんな彼へヴィネットが近づいてくる。

 

「惜しかったねー、坊や?

 ま、次は頑張んなさいな、アタシはいつだって挑戦を待ってるよ?」

 

 そう言うと、彼女は勇者へ顔を近づけ、

 

「――ちゅっ♪」

 

 彼の頬に、キスをした。

 

「――!? ――――!?!?!??」

 

 突然の出来事に、勇者は気が動転している。

 ……そういえば、まだそういうことしていないんだよな、セリム。

 耐性がまるで無かったわけか。

 

「アッハハハ、慌てちゃって! 可~愛いっ!

 じゃーね、坊やっ!!」

 

 高笑いしながら、ヴィネットは去って行った。

 

 

 

 そして、屋敷へ。

 

「だ、大丈夫です、勇者様!

 あと一歩のところだったそうではないですか!

 次こそはやれますよっ!!」

 

 オルグがまたしても勇者を励ましていた。

 彼に肩を叩かれながらも意気消沈しているセリム。

 

 そしてそんな二人の後ろで、またしても部下達が――

 

「――へ、何度失敗しても許されるんだから、勇者ってのは得だなぁ」

 

「――あと何回失敗したら上手くやってくれるんですかねぇ?」

 

 オルグが部下を叱り飛ばす。

 

「お前達っ!

 何度言ったら――って、今度は何だ、その手。

 布でぐるぐる巻きになってるじゃないか」

 

「これですか?

 いえ、勇者に握手して貰いましてね」

 

「向こう一か月くらいは洗わないつもりです」

 

 ――こいつら、勇者のこと好きなのか、嫌いなのか。

 

『好きだからこそ、ついつい苛めてしまうのかもしれませんね。

 私が魔王様にそうするように」

 

 ――え?

 側近、お前吾輩のことをそういう目で見てたの!?

 

『――ニヤリ』

 

 やめろ!!

 その含みのある笑いはやめろ!!

 背筋に悪寒が走るから!!

 

『……冗談ですよ』

 

 ほ、本当か?

 本当に冗談なのか?

 

 ――と、とりあえず勇者達はそこで解散したようだった。

 そして吾輩はその日、恐怖で眠れぬ夜を過ごす……

 

 

 

 明けて次の日の夜。

 都合、5回目の挑戦だ。

 

 この日の勇者は――

 

「ちょ、ちょっと!

 早い、早い早いってば!

 どうなってんの、坊や!!」

 

 ――凄まじい速度でヴィネットを追いかけていた。

 おふざけする間などなく、盗賊は必死に勇者から逃げている。

 

『これまでの経験で、勇者はコツを掴んだようですね』

 

 そのようだな。

 セリムの走り方はヴィネットと全く同じだ。

 華麗に障害物を避け、或いは利用し。

 入りくんだ路地を最短のルートで爆走する。

 

「く、くそ、これなら――!」

 

 盗賊は積荷の上をとんとんと渡り、そのままジャンプ。

 屋根の上へと着地する。

 

「これはできないでしょ――ってぇ!?」

 

「―――!!」

 

 一瞬遅れて、勇者も屋根の上に着地した。

 

「う、うそぉおおおっ!!」

 

 盗賊の絶叫が響く。

 

 今度は屋根の上で追いかけっこが始まった。

 2人とも器用に屋根から屋根へと飛び移っていく。

 

「あわわわ、やば、やばい――」

 

 今度こそ、正真正銘ヴィネットは慌てていた。

 

『……今日こそは勇者の勝ちでしょうか』

 

 順調にいけばそうなるな。

 ……しかし、最初は手も足も出なかった相手を、何の策も用いず真っ向勝負で打ち破るとは。

 しかも、こんな短期間で。

 セリムめ、成長力も一級品か。

 

『末恐ろしい勇者ですね』

 

 まったくだ。

 ……ん? 決着がつきそうだな。

 

「あああああっ!!

 か、加減してよ、坊や!!」

 

 2人の距離が肉薄する。

 と、そこで。

 

「つ、捕まってたまるか――――って、あれ?」

 

 焦ったせいか、盗賊の足が屋根を踏み外した。

 バランスを崩した彼女はそのまま滑り落ち――

 

「――――!!!」

 

 盗賊が宙に投げ出された時。

 セリムは彼女に抱き着いた。

 そして――

 

「いったぁあっ!?」

 

「――!!?」

 

 2人が同時に呻き声を出す。

 

「あいたたたたた――」

 

 先に起き上がったのはヴィネットの方。

 勇者は打ち所が悪かったのか、気絶しているようだ。

 ヴィネットは彼をじっと見つめる。

 

「……馬鹿。

 捕まえようとしたアタシを助けてどうすんのさ」

 

 彼女の言う通りだった。

 セリムはヴィネットの下に身体を持っていき、地面と彼女の間に挟まって自らの身体をクッションとしたのだ。

 

『……何故このようなことを』

 

 側近よ、分かり切ったことを質問するな。

 ――奴が、勇者だからだ。

 

「……はぁー。

 まったく、アタシも焼きが回ったもんね」

 

 大きくため息をつくと、ヴィネットは勇者へと近づいた。

 

 

 

 その後。

 

「―――?」

 

 勇者は“ベッドの上”で目を醒ます。

 

「あ、気が付いた?」

 

「―――!?」

 

 ベッドの傍らには、ヴィネットの姿。

 それを確認して、勇者は驚きの声を上げる。

 

「―――!?」

 

「ここ?

 ここはアタシの隠れ家――のうちの一つよ。

 キミを担いで運んであげたんだから、感謝してよね」

 

 勇者の頭には包帯が巻かれている。

 彼が気絶している最中、ヴィネットが手当していたのだ。

 

「――――?」

 

「なんでって……

 坊や、アタシを庇っただろう?

 大盗賊ヴィネット様はね、借りはすぐ返す主義なの」

 

「――――」

 

「お人好しって……キミに言われる筋合いはないね。

 とっ捕まえようとしてる犯罪者を助けようとするなんて、十人聞いたら住人が馬鹿にするよ」

 

「――――」

 

「自分を捕まえようとした相手を助けるアタシも同じって?

 馬鹿、言っただろう?

 アタシは借りを返しただけだってね。

 坊やと一緒にされちゃ困る。

 ……さ、まだ傷、痛むだろう?

 もう少し横になってなよ」

 

 そう言うとヴィネットは、セリムへと布団を被せる。

 

「――この隠れ家、もうアタシは使わないから。

 好きなだけここで休んでいって。

 ……それと、これ」

 

 ヴィネットはベルトに括り付けた袋から今日の“戦利品”を取り出すと、それを勇者の傍らに置いた。

 

「――――?」

 

「今日は坊やの勝ちってこと。

 ……言っとくけどね、次は負けないよ?」

 

 そう告げると、ヴィネットはすっとセリムに顔を近づけ――彼の唇に自らの唇を重ねる。

 

「――!!?」

 

「アハハハ、やっぱりこういうのには弱いんだ!

 もういい歳だったのに、そんなんで大丈夫?

 なんなら、お姉さんがいろいろ教えてあげようか?」

 

「――!! ――――!!」

 

 畳みかけるような誘惑に、パニくるセリム。

 ――むう、勿体ない。

 

『彼女、勇者が首を縦に振ってたらやらせてくれそうですよね』

 

 うむ、あの美貌で盗賊なんてやってれば“そういうこと”に百戦錬磨だろうからなぁ。

 せっかくだから女を教えて貰えばいいのに。

 まあ、そのあたりは追々頑張ってもらおう。

 

「アッハッハ、冗談だよ、冗談――半分くらいはね?

 ……それじゃあ、また今夜会おうか、勇者様」

 

 そうセリムに投げかけると、ヴィネットは手をひらひらと振りつつ部屋を出て行った。

 

 

 

 ……夜が明けた。

 勇者は――

 

「ぼ、ぼぼぼ、坊やっ!?

 なんでこんな所にっ!!?」

 

 目の前でヴィネットが大声を上げる。

 それも無理はないだろう。

 勇者は、“彼女のアジト”に居るのだから。

 

「な、なんでここが分かったの……?

 アタシの後を追ってきた――てわけじゃないよね」

 

「――――」

 

「なっ!? 

 アタシの行動範囲からアジトを割り出したって!?

 そんなことできるわけ――!?」

 

「――――」

 

「……ああ、そう、できるわけね。

 流石は勇者様。

 ……ハハ、おバカそうに見えたのに、とんだキレ者だったわけか」

 

 この5日間、セリムはただ闇雲のヴィネットを追っていたわけでは無かったのだ。

 彼女の出現ポイント、逃走経路を緻密に記録し――盗賊の拠点を探し当てた。

 

『普通に捕まえられればそれで良し。

 もしそれができなかったとしても、直接アジトを制圧するつもりだったわけですね』

 

 勇者の方こそ二重に罠を張っていたわけか。

 女の言う通り――頭がキレるな、奴は。

 

『……なんという難敵』

 

 それでこそ叩きがいがあるというものよ。

 

『おお、余裕ですね、魔王様。

 勇者を倒す算段がついたのですか』

 

 …………。

 

『――魔王様?』

 

 ……や、やっべぇえ!!

 やっべぇよ、あいつ!!

 腕っぷしも強くて頭も賢いとかどうすればいいの!?

 吾輩、どうやったら勇者に勝てるの!?

 

『…………。

 それを探るためにこうして観察しているのでしょう。

 さ、勇者のことをしっかりと解析しましょう』

 

 そ、そうね。

 それしかないものね!

 

 そんなバカな会話をしているうちに、遠見の水晶が映し出す映像は次の展開に進んでいた。

 

「……ふぅ。

 参った、降参だよ。

 好きにしな」

 

 両手を上にあげ、敗北を宣言するヴィネット。

 実に6日間に及ぶ追いかけっこは、勇者の勝利にて幕を閉じたのだ。

 だが、セリムが盗賊へ縄をかけようとした時、別の声が聞こえてきた。

 

「お、お待ち下され、勇者様!!」

 

 扉を開けて出てきたのは、一人の老婆。

 ……そして彼女の後ろから、老若男女様々な人物が次々と現れ、部屋に入ってくる。

 

「―――?」

 

「はい、勇者様。

 私らはこの街の貧民街に暮らす者共に御座います。

 単刀直入に申し上げます、彼女を――ヴィネットを捕まえることを止めて頂きたいのです」

 

「ちょっと、婆ちゃん!?

 何言ってんのさ!!」

 

 突然の訪問者に、勇者よりむしろヴィネットの方が驚いている。

 そんな彼女を置いて、セリムは老婆に尋ねた。

 

「―――?」

 

「……ヴィネットが盗みを働いていたのは、私らのためなのです。

 この街は貧富の差が激しく、私らのような貧民はその日の暮らしにも苦労しております。

 ヴィネットはそんな私らのため、盗んだ金で私らに物資を配っているのです」

 

「――――」

 

「ええ、それでお許し下さいなどと、調子のいいことは申しませぬ。

 私はただ、彼女が盗みを働いた理由は、私らにあると言いたいのです。

 ですから――」

 

 そこで、部屋に入ってきた者達が一歩、勇者へと近づき、首を垂れた。

 

「――捕まえるのは、私らにして頂きたく。

 私らは、ヴィネットが盗みをしていることを知ったうえで、今まで彼女を止めませんでした。

 全て、自分達の生活のために。

 この件に罪を問うのであれば、その責を負うのは当然、私らでございます」

 

「婆ちゃん!!

 別にアタシはそんなこと考えちゃいないっ!

 全部、アタシがやりたいからやっただけなんだっ!!」

 

 ヴィネットが叫び、老婆の言葉を否定する。

 だがその必死さが、かえって老婆が言ったことが真実であることを証明していた。

 

「いいかい!

 キミはアタシを捕まえて、街の偉いさんに突き出せばそれでいいんだ!」

 

「どうか、どうかお願いいたします!

 街の司法で裁かれれば、ヴィネットは極刑を免れません!

 ご慈悲を! なにとぞ、ご慈悲を!!」

 

「――――」

 

 盗賊と住人、双方から真逆のことを請われる勇者。

 彼が選んだのは――

 

 

 



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後編

 

 

「……盗賊ヴィネットの罪を軽くして欲しい、と!?」

 

「―――」

 

 驚くオルグに、勇者はこくりと頷いた。

 今、彼が居るのはオルグの――この街で最大の権力を持つ商人の執務室。

 

 セリムは、ヴィネットを捕縛する道を選んだのだ。

 但し、事情を鑑み、彼女の罪は最大限軽くすると住民達に約束して。

 勿論、今まで盗んだ物は可能な限り返却し、もう二度と盗みはしないことも、ヴィネットと約束した。

 そして今、勇者はオルグに対して罪の軽減を嘆願しに来たのだ。

 

 ――不器用な男よ。

 

『……彼の立場であれば、見逃すことも容易でしたでしょうに』

 

 人の法にて裁きを受けることが、彼女の罪を償う第一歩になると考えたのだろう。

 

『――綺麗事ですね』

 

 ああ、綺麗事だ。

 だが、そんな綺麗事――吾輩は、嫌いじゃないぞ!

 

『格好つけてサムズアップとか決めないで下さい。

 気持ち悪いですよ?』

 

 こんな台詞吐くときくらい、格好つけて何がわるいんじゃあっ!!

 

『そもそも、そんなに上手くいきますか?』

 

 それもそうなのだが――見ろ、オルグの顔を。

 あの男、そうそう物わかりの悪い人間では無さそうだぞ?

 

「……そうですか、彼女にそんな事情が。

 ――分かりました。

 外ならぬ勇者様の頼み、断るわけにもいきますまい」

 

「―――!!」

 

「私の一存で全てが決まるわけでもありませんが、盗賊ヴィネットが極刑ではなく、禁固刑で許されるよう、働きかけましょう」

 

 禁固刑か。

 まあ、妥当なところではある。

 オルグがヴィネットの盗賊行為による被害者の一人であることも考えれば、大分温情を入れてくれたともいえる。

 

「――――?」

 

「禁固の期間ですか。

 なんとも言えませんね、彼女が更生したと判断されるまで――最低でも、10年は下らないかと」

 

「――――」

 

「こればかりは、勇者様の御意向であってもそうそう変えられません。

 街の法でそう定められているのです」

 

「――――」

 

 俯く勇者。

 しかし、彼もオルグが譲歩してくれていることは分かっているのだろう――何も言い返しはしなかった。

 

「……ただ、ですな。

 一つ問題がありまして」

 

「―――?」

 

「この街の牢屋には今、ほとんど空きが無いのですよ。

 ヴィネットを禁固刑に処そうとも、彼女を拘置しておく所が無いのです。

 これは困りました――どこか、犯罪者をしっかりと監視しておける場所が無いものか。

 例えば、そう、“誰もが信頼する人物”が、“四六時中監視してくれるような場所”が」

 

 意味ありげに、勇者へと視線を送る。

 こ、この男――!!

 

「―――!!」

 

「おお、まさか勇者様、彼女を監視する任を引き受けて下さるのですか!?

 盗賊ヴィネットが更生するまで、勇者様の旅に同行させると!!

 ありがとうございます、流石は勇者様です!」

 

 この男――まさか本気でいい奴!?

 なんでこんなに気配りできちゃうわけ!?

 ……街一番の商人ってのは伊達じゃないなっ!!

 

「――、――――!!」

 

「おやおや、何故私にお礼を言うのですかな?

 私は厄介事を勇者様に押し付けただけですぞ?」

 

「――――」

 

 がっしりと握手する2人。

 

 ……ふん、どうにも――

 

『魔王様?』

 

 ――茶番だ、見てられん。

 

『……そうですね。

 ところで魔王様、ティッシュ入ります?』

 

 う”ん、ぼじいっ!

 もう、ざっぎがら涙ど鼻水がどまらなぐでぇっ!!

 よがっだねぇ、ゆうじゃ、よがっだねぇっ!!

 

『本気で魔王の威厳とか木っ端微塵になってるんで、早く顔拭いて下さい』

 

 

 

 さて、そういうわけで、早速勇者とオルグの2人はヴィネットがいる留置所へ来たわけだ。

 彼らは今、牢屋のある地下へと向かう階段を下りておる。

 

『もう顔は大丈夫ですか、魔王様?』

 

 うん、大丈夫。

 ――しかし考えてみれば、これであの盗賊が勇者の仲間になってしまうわけか。

 厄介だなぁ、勇者も煙に巻きかけたあの俊敏性、どう対処したものか。

 

『まあ、おいおい考えていきましょう』

 

 そうさなぁ、まあ、観察を続ければ弱点の一つや二つも――

 

 「おおっおっおおおっ!

 おうっ! お、おぉぉおおっ! おぉぉおおお―――!」

 

 …………。

 

『…………』

 

 側近、今、何か聞こえなかったか?

 

『何か、聞こえましたね。

 ああ、いや、気のせいでしょう、まさか、まさか“そんな”わけ――』

 

 「んぉおおっ! おっおっおおっおっおっ!

 おお、おっおおっおっおっおっ! んぁああああっ!!」

 

 やっぱり聞こえたぁ!!

 何、なんなのこの苦し気な声!!

 しかもなんだかすごく聞き覚えある声なんですけど!!!

 

『落ち着いて下さい魔王様!!

 まだ、まだ“そう”と決まったわけでは――ああっ!?』

 

 ど、どうした側近!!

 

『勇者が走り出しました!!』

 

 んんっ!?

 

「――――!!」

 

「ゆ、勇者様、どうされました!?」

 

 ――吾輩達が聞いた“声”は、勇者の耳にも入ったのだろう。

 セリムはオルグを置いて、一気に階段を駆け降りる。

 

「――!!

 ――――!!」

 

 息を切らして――それこそ、ヴィネットとの追いかけっこでも見せなかった程の速度で、勇者は駆ける。

 ……階段を下り切った、その先に見たものは――

 

「おらおら! どうだ俺のちんこの味はっ!?」

 

「お前のせいで俺達は散々冷や飯を食わされたんだっ!!

 そのお礼、存分にさせて貰うぜ!?」

 

 見知った顔――オルグの部下である例の2人と。

 

「ん、おっおっおっおっおおっ!?

 あうっあっあっああっあっあああっ!!」

 

 縄で拘束されたまま彼らに抑え込まれ、前と後ろから男性器を挿入されている、ヴィネットの姿だった。

 

「はっ! 下賤な盗賊の癖に、まさか処女だったとはな!!

 お前のまんこなんぞ、誰も貰い手がいなかったか!!」

 

「けつの方も初めてのようだぜ!?

 ガッチガチに締まってやがる!!」

 

「おお、おぉおおおっ!!

 おっおっおおっおおおっおっおおっ!! んぉおおおおおっ!!?」

 

 前後から責められ、雄叫びのような声を漏らすヴィネット。

 喘ぎ――というより、苦悶の叫びだ。

 ……よく見れば、彼女の膣口と肛門からは血が垂れ落ちている。

 

「だが、身体は悪くねぇ!!

 この胸、この尻、いいでかさだっ!」

 

「商売女と違ってちと固いが――それもまたいいなっ!

 このハリの良さは娼婦じゃ味わえねぇ!!」

 

「おごぉおおっ!?

 んぅうっ! おぉっおっおおっおおおっ!!」

 

 片方が彼女の褐色のおっぱいを揉み、もう片方がプルプルと震える尻をはたく。

 ヴィネットが泣こうと叫ぼうとお構いなしに、男達は彼女を蹂躙した。

 

「ま、穴の具合はまだまだだがなっ!」

 

「そっちもこれから開発してやるさ!!

 男を悦ばせる、立派な肉奴隷にしてやるっ!!」

 

「おおおっ!!? おぅっおっおおぅっうああああっ!

 ああっあっあっあっあっあっあっ!! あぁぁあああああ―――!!」

 

 ヴィネットはただ、男達の暴虐に耐えるのみであった。

 

 ――こ、こんなことが!

 いくら恨みつらみがあるとはいえ、これが無抵抗な女に対してやる所業か!?

 

 勇者よ、何をしている!

 早くこの蛮行を止めるのだ!!

 

『……魔王様っ!?

 勇者が! 勇者の様子がっ!!』

 

 ど、どうしたと――セリムっ!?

 

「―――っ!? ――っ、――っ、――っ!!」

 

 セリムが、急に胸を抑えて苦しみだした。

 こ、これは過呼吸か――!?

 

『い、今まであった記憶が一気に蘇って――』

 

 勇者を襲ったというのか!?

 馬鹿な!!

 

 立て!

 立つんだ、勇者よ!!

 目の前に、苦しんでいる女がいるんだぞ!?

 お前が助けずして、誰が彼女を助けるのだ!!

 

「――っ、――っ、――っ、―――

 ――――――――!!!!!!」

 

 果たして。

 吾輩達の想いが通じたわけではあるまいが、勇者は拳を握りしめて立ち上がった。

 ヴィネットが閉じ込められた牢屋のもとへ走ると、渾身の力で鉄格子へと拳を振るい――それを吹き飛ばした。

 

「――な、なんだっ!?」

 

「――ゆ、勇者様!?」

 

 ヴィネットとまぐわっていた男達の動きが止まる。

 そこへ――

 

「何をしているか、お前達ーー!!!?」

 

 オルグの怒号が響く。

 勇者から遅れ、彼もまたここへ到着した。

 この状況を見てすぐ、何が起きていたのか理解したようだ。

 

「お前達!

 これはいったいどういう了見か!?」

 

「お、オルグ様!?

 こ、これはその――」

 

「わ、我々はこいつに散々苦しめられてきたわけでして――」

 

「そのような言い訳聞きたくないわ!!

 いいかっ! この娘の身柄は勇者様預かりとなった!!

 お前達が手を出していい相手ではないのだっ!!」

 

「そ、そんな――」

 

「お、俺達は何も知らず――」

 

「言い訳をするなと言ったばかりであろう!!

 立ち去れ!! 即刻に立ち去れ!!

 お前達への罪状は後で言い渡すっ!!」

 

「「ひ、ひぃいいい―――」」

 

 雇い主の逆鱗に触れ、2人の部下達はズボンも履かぬまま牢屋から逃げ出していった。

 だが勇者はそちらを一顧だにせず、ヴィネットへ駆け寄る。

 そのまま両穴を犯され消耗し、激しく息をつく彼女を抱きしめた。

 

「――――!!」

 

「……な、なんだ、坊やか。

 ハハ……アタシのことなんか放って、旅に出ちゃったとばかり思ってたよ……」

 

「―――!!

 ――――!!」

 

「……フフ、嘘、だよ。

 ……本当は、結構本気でキミが来てくれるって信じてた。

 ――ありがとう、助けてくれて」

 

「――――!」

 

「……何、泣いているのさ?

 ……大丈夫、アタシは、これ位へっちゃらだから」

 

 お互いに抱きしめ合いながら、涙を流す2人。

 それを横で見ていたオルグは、ふっと笑みを零してから、その場を立ち去るのだった。

 

 

 

 それから数日後。

 勇者セリムが街を出立する時が来た。

 

 あの後、法的処理をあれこれするとかで、ヴィネットは引き続き拘置所に置かれた。

 もっとも、もう二度と不埒な真似をされぬよう、厳重な警備が敷かれたが。

 

 現在、セリムはオルグの執務室に来ている。

 彼へ挨拶するため、そしてヴィネットと合流するためだ。

 

「お待ちしておりました、勇者様」

 

 会うなり、深々とお辞儀をするオルグ。

 この男、本当に首尾一貫して勇者への敬意がぶれないな。

 

「―――――」

 

「ははは、私にお礼など結構です。

 お礼を言うのはこちらの方なのですよ?

 勇者様はこの街で悪事を働いていた大盗賊を退治して下さったのですから」

 

「―――――」

 

「はて、何のことやら?

 私はかの盗賊が正しい裁きを受けるよう、周囲へお願いしただけですからね。

 ……ささ、私との話はもういいでしょう。

 早速、彼女をお呼びしましょう」

 

 オルグが一声かけると、勇者が入ってきたのとは別の扉が開く。

 そこから、ヴィネットが姿を現した。

 

「――――!?」

 

 ヴィネットが、姿、を――?

 ……え?

 ちょっと、ちょっと待って。

 何、これ――?

 

『魔王様、これは、これは――』

 

 なんなんだ、どうなったんだ!?

 彼女は、どうして“こんな格好”をしているんだ!?

 

「――――!?」

 

 セリムもまた、先程から驚きで動けないでいる。

 

 ……ヴィネットは、盗みを働いていた時と同様のボディスーツを着ていた。

 但し。

 スーツの胸部分は大きく切り取られ、おっぱいが丸出しになっていた。

 股間の部分もまたぱっくりと割れ、局部と尻が露出している。

 

 誰がどう見ても異常な――淫猥な装いを、彼女はしていた。

 

「――勇者様~♪」

 

 セリムへと近づきながら、“猫撫で声”でヴィネットは話しかける。

 

「ヴィネットはぁ、勇者様の旅に同行できる日をずっとお待ちしてました~ん♪

 これからは勇者様のお好きな時に、ヴィネットのおっぱいとまんこ、お使い下さいねぇ~♪」

 

 言いながら、自ら胸を揉み、女性器をセリムに向けてパクゥっと開いて見せる彼女。

 

「―――!!?」

 

 これまでの彼女とはあまりに異なる姿に、勇者は混乱する。

 というか、吾輩達も混乱している。

 側近などさっきから目の焦点が定まっておらぬ。

 

 そんな最中、オルグが口を開いた。

 

「いやぁ、勇者様もお目が高い。

 この女の身体は前々から私も目をつけていたのですよ。

 捉えた暁には、新しい性奴隷にでもしてやろうかと考えていたのですが――勇者様がお気に召されたというのであれば是非もありません。

 “コレ”は、勇者様にお譲りしましょう」

 

 オルグはにこやかな口調で、“訳の分からないこと”を言い出す。

 

「勇者様の出発日に合わせて突貫工事で調教したので少々不備もあるかもしれませんが――なかなかの一品に仕上がっていると思いますよ?

 勿論盗賊のスキルも無くしてはいません、それが無ければ“コレ”はただの足手まといですからな。

 盗賊として危険な場所を探索させることもできますし、勇者様の性欲発散にも使えます。

 どうです、いい“アイテム”でしょう?」

 

「――っ、――?」

 

「……この娘の人格、ですか?

 ああ、それはもう“壊しました”のでご安心を。

 あんな粗野で粗雑な人格、邪魔以外の何物でもないですからな。

 今の彼女は勇者様の命令に忠実な肉人形ですので、存分にお使い潰し下さい」

 

 ……何だろう。

 オルグの声は確かに聞こえてくるのだが、吾輩の脳がそれの理解を拒んでいる。

 

「おお、そうだ。

 何でしたらここで具合を見ていきますか?

 おい、ヴィネット!」

 

「はぁ~い♪

 さぁ、勇者様ぁ~♪

 ヴィネットのまんこに、勇者様のたくましいおちんぽ、挿入して下さいましぃ~♪」

 

 セリムへとしなだれかかり、彼の股間に自らの女性器をすりすりと擦りつけるヴィネット。

 

 そこには、かつてセリムをからかっていたような表情は無く。

 貧民街の住人を守ろうとしていた気概も無く。

 牢屋で勇者と再会した際の、嬉し涙を流した微笑みも無く。

 ……ただ、淫乱な雌の顔だけがあった。

 

 そんな、変わり果てたヴィネットの姿を目の当たりにして。

 

「――――」

 

 勇者は、卒倒した。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 …………。

 

「…………」

 

 …………。

 

「…………」

 

 ……行ってくる。

 

「……お待ち下さい」

 

 ……なんだ?

 

「……此度は、私の同行もお許し頂ければ」

 

 ……好きにしろ。

 

「……はっ」

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 場所は変わらず、オルグの執務室。

 突然倒れたセリムを病院へと搬送し、ヴィネットを別室に移すと、オルグは何事も無かったかのようにその日の仕事を進めていた。

 今は一人の部下と話している。

 

「――例の2人の処分、如何いたしましょう?」

 

「……ああ、ヴィネットに手を出した馬鹿共か。

 勇者様の“所有物”に手を出した重罪人だぞ?

 すぐさま縛り首にしろ。

 ああ、その家族もついでにな。

 見せしめだ」

 

「承知しました。

 では、そのように」

 

 部下が一礼すると、部屋を出る。

 それを確認したオルグは視線を机の上に戻し、書類仕事へと取り掛かった。

 

「……むっ?」

 

 そこでようやく、部屋の異変に気付いたようだ。

 執務室のあちこちで、影が蠢動を始める。

 まるで生き物であるかのように。

 

 その影達は次第に一つの場所へ集まり、巨大な球を形作った。

 

「……こ、これは――」

 

 影の球はさらに形を変えて――“吾輩”を産み出す。

 

「魔物――か!」

 

『その通りだ』

 

 オルグは私をにらみつけてくる。

 ふむ、大成した商人だけあって、そこそこ胆力はあるようだ。

 

「……こんな場所に侵入してくるとはな。

 何用だ!?」

 

『何用だ、だと?』

 

「!? ぐぁああああっ!!」

 

 吾輩が手を掲げると部屋内に突風が吹き、オルグを壁に叩きつける。

 

『……質問に答えろ、人間。

 お前は――あの盗賊の女に、何故かような真似をした?』

 

「ぬ、ぐ……と、盗賊――?

 ああ、あの“失敗作”のことか」

 

『失敗、だと』

 

「ああ、失敗作だとも。

 せっかく勇者様へと献上してやったのに、拒まれおって……

 今後のため、勇者様からの心象を良くしておきたかったのだがな」

 

『――勇者に媚びを売るために、やったのか』

 

「その通りだ。

 勇者様の人気は今、民衆の間で高まり続けている。

 いずれその知名度は国王や教皇すら超えるだろう。

 そんな彼へ恩を売っておけば、かけた金の数倍の利益が私に齎される。

 勇者へと最も貢献した大商人オルグ――くく、いい肩書ではないか」

 

 商人の世界では金以上に信用がものをいう。

 勇者セリムを助けたという経歴は、他の何にも勝る最高の“信用”になりうると見越したわけか。

 ……この男、あまり頭は悪くないようだ。

 

『それで、あの女の人格を壊したのか』

 

「そうだ、あんなガサツな性格では勇者様も扱いに困ろう。

 盗賊としても、肉便器としてもな。

 なんと言っても、道具は従順に限る。

 かなり金をかけて“調整してやった”というのに……

 やはり設定した人格が悪かったか。

 勇者様はもっと清純な性格がお気に召したのかな……?」

 

 吾輩を無視し、ぶつぶつと呟くオルグ。

 

 こいつ、頭は悪くは無いが――決して良くもない。

 愚か者め、あのままお前が何もせずヴィネットを勇者に引き渡していれば、勇者へ大きな貸しを作れたというのに。

 

『……そうか。

 もういい』

 

「そいつは結構。

 ……ふん、察するに、あの女と何か契約でもしていたか?

 低俗な連中の考えそうなことだ、魔物との契約など。

 ――で、用が済んだならもう帰ってくれないか。

 私は忙しい」

 

『……ああ、帰るとも。

 お前に相応の処理を下したらな』

 

 吾輩はニヤリと笑ってオルグへと手をかざす。

 しかし奴は態度を崩さず。

 

「……馬鹿が。

 おとなしく帰っておれば見逃してやったというのに」

 

 オルグは懐から札を取り出すと、それを吾輩に向けて放つ。

 札はそのまま吾輩の身体に張り付くと、光を放ち始めた。

 札は輝きを増し続け、吾輩の身体を包み込む。

 

「……高位の僧侶が聖別した護符だ。

 並みの魔物では一たまりもあるまい」

 

『吾輩が並みの魔物ならな』

 

 得意げに語るオルグに対し、吾輩は手で札を握りつぶしながら声をかける。

 ――初めて、奴は動揺した。

 

「ば、バカな!?

 あの護符が通用しないなど!?」

 

『愚か者め。

 魔王である吾輩に、あのような玩具が通用すると思ってか』

 

「ま、魔王だと!!?」

 

 オルグが絶叫する。

 

「あの女、魔王などと契約していたというのか!?

 ふざけるな! そんなことできるわけ――」

 

『そのようなことはどうでもよい』

 

 吾輩は奴にある“物体”を投げつけた。

 オルグはまだ誤解しているようだがいちいちそれを解いてやる必要もあるまい。

 

「ぐ、あ――な、なんだ、これ、は――?」

 

 生々しく蠢く、グロテスクな“それ”を見て、オルグは絶句する。

 

『それはな、地獄に生息する寄生虫よ。

 宿主の脳を食らい、その者を意のままに操る――そういう蟲だ』

 

「なっ――そ、それは――ぐぁあああああああっ!?」

 

 驚く間もなく、オルグがその身に走った激痛に叫び声をあげた。

 蟲が奴の身体に入り始めたのだ。

 

『お前はこれから、吾輩の駒となるのだ。

 ……くくく、“道具は従順に限る”からなぁ』

 

「あ、あがっ!?

 ぐあああっ!! がぁあああああああっ!!」

 

 吾輩の皮肉を聞く暇は、今のオルグに無い様だ。

 蟲が身体を這いまわる痛みに、のたうち回る。

 

「がっ! あっ! あっ! ああっ! あ―――」

 

 待つことしばし。

 オルグは静かになった。

 奴はすくっと立ち上がると、吾輩に一礼する。

 

「……魔王様、この身体の乗っ取り、完了しまシタ」

 

『うむ、ご苦労』

 

 喋ったのは、脳に取って代わった蟲だ。

 

「……それで、私はこの後、どうすれバ?」

 

『しばらくはオルグとして生きよ。

 奴の行動パターンは分かるな』

 

「はい、脳を食う際、しっかりと吸収しまシタ」

 

『ならばよい。

 よいか、奴は大分“外面の良い”人間だ。

 決してボロを出さぬよう、細心の注意を払え。

 ……そうだな、資産の一部を貧民街の住人へ寄付でもしてやればどうだ。

 そんな人間が、まさか魔物に取って代わられたなど思うまい』

 

「流石は魔王様、実に懸命なご判断デス。

 しかし、ただ金を渡すだけでは貧民は救われまセン。

 教育機関を設立ししかるべき教育が受けられるよう図り、十分な仕事が行き渡るよう仕向けまショウ」

 

『……う、うむ。

 そうだな』

 

 おいおい、蟲の分際でそんなお利口なフォローするなよ。

 なんだか吾輩がおバカみたいじゃないか。

 

 ――いや、考えていた!

 それ位のこと、考えていたからね!!

 

 と、そこへ別の声が響く。

 

『――魔王様』

 

 側近の声だ。

 

『……ヴィネットは確保できたか?』

 

『はい、問題なく。

 幾人か護衛がおりましたが、無力化しました。

 ……彼らは、事情を知らないようでしたので』

 

『そうか。

 ――それで、彼女の様子は?』

 

『……よく無いですね。

 魔薬によって、魂にまで手を加えられています。

 治療には長い期間が必要でしょう。

 その上で、治るかどうかは――五分五分に届かないかと』

 

『それで構わん。

 手厚く看護してやれ』

 

『承知しました。

 では、私は先に戻っております。

 少しでも早く治療を施したいので』

 

『うむ、任せた』

 

 そこで側近の気配が消えた。

 吾輩は“オルグ”へと向き直る。

 

『先程の命令に、一つ付け加える』

 

「はい」

 

『ヴィネットは、“勇者に会わせる前に”魔王の手で連れ去られたと勇者に告げよ。

 突如魔王が現れ、“勇者を昏倒させて”から彼女をかどわかしたとな』

 

「……よろしいのですか?

 それでは、魔王様のみが勇者から恨まれることに」

 

『構わぬ。

 その方が奴の心も救われよう。

 それに、事実は大して変わらぬし――そもそも、勇者は敵なのだ、恨まれるなど当然のこと』

 

「……重ねて承知しました」

 

 深々と“オルグ”はお辞儀した。

 それを見届けてから、吾輩をその場から消え去った。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 “卑劣なり!

 余りにも卑劣なり、魔王!

 

 幾度にも及ぶ戦いの末、セリムと心を通い合わせた女盗賊ヴィネット。

 そんな彼女を、魔王は奪い去ったのだ!

 

 魔王がこのような行動を起こした理由は、勇者とも互角に渡り合ったというヴィネットの力を欲したためとも、勇者に絶望を味わせるためとも言われている。

 どちらにせよ、勇者は有能な仲間を――いや、仲間になるはずだった人物を、失うこととなった。

 勇者セリムと女盗賊ヴィネットとの再会は、実に勇者が魔王城へ乗り込んだ時となる――が。

 その詳細は、後の章にて語ることとしよう”

 

 後世の歴史家 ネトラ・レーダ・メイヨウ 著

「勇者セリムの冒険」より



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第4話 王女の救出
前編


 

 

 

「魔王様、魔王様!」

 

 む、どうした側近。

 

「以前お話した“作戦”実行候補者をリストアップしました!」

 

 おお、魔物の女を送り込み、傷心した勇者を慰める――もとい、心の弱った勇者につけこんで篭絡させる、あの作戦か。

 どれどれ、どんな女が揃っている?

 

「ご覧下さい。

 私の選りすぐりです」

 

 ほうほう。

 

「個人的には1番の女性がオススメですね。

 完璧なプロポーションを持っているのはもちろんですが、性格もお淑やかで勇者を支えるにはぴったりでしょう」

 

 …………。

 

「4番も捨てがたい。

 身体は華奢ですが、明るい性格で気配りもできる。

 落ち込んだ勇者の心を癒してくれるでしょう」

 

 …………。

 

「5番も――」

 

 ――側近。

 

「はい?

 何でしょうか?」

 

 あのね、このリストにある女性、皆ね。

 ――化け物ばっかりやん!!

 

「そりゃ魔物ですから。

 人間からみれば化け物でしょうね」

 

 そういう意味でなくて!!

 人型がいない!

 人間の中に紛れてもOKな容姿の奴が一人としていない!!

 1番とかこいつ、トロールじゃねぇか!!

 なんだよこの筋肉の塊!

 本当に女なのか!?

 

「これはこれは魔王様ともあろう方が情けない。

 彼女のこの豊満なおっぱいを見てもそんなことが言えますか?」

 

 超発達した大胸筋にしか見えんわぁ!!

 

 ……おい、おいおい、リストのどの女も似たようなもんだし!?

 側近、お前自分がゲテモノ趣味だって理解しろよ!

 理解して一般受けする女を選べって!!

 

「えー……」

 

 えー、じゃない!!

 ああもう、やり直しだやり直し、こんなんもの――って、お?

 

 なんだ、普通に人間の女らしい魔物もいるんじゃないか……えー、13番。

 うん、茶髪なショートカットにコケティッシュな微笑み、肉感のある肢体――うん、いいじゃない?

 

「ああ、13番ですか。

 この子もなかなかですよ。

 強力な魔法を操り、体術も達者。

 前衛でも後衛でもいかんなく実力を発揮できます。

 戦闘面だけならほかの女性に勝るとも劣りません」

 

 ……ああ、容姿じゃなくて能力で選んだのね。

 だからこんな化け物達の中に一人紛れ込んじゃったのか。

 

「失礼な、それだけじゃありませんよ。

 13番の子は、勇者の“寝取られ体質”への対策も考えて選出したのです」

 

 ……“寝取られ体質”ってまた酷い単語だなぁ。

 いや、そうとしか思えないくらい酷い目にあっているけれども。

 なんかおかしい呪いとかかかってるんじゃないか疑った位だ。

 

「残念ながら呪いの類は感知できませんでしたがね。

 単純に運が悪いのか、運命的な何かに導かれているのか」

 

 いやな運命もあったもんだ。

 で、13番にはその“寝取られ”に耐性がある、と?

 強い精神力の持ち主なのか?

 それとも実は既に勇者へぞっこんとか?

 

「いえいえ、そういうものではなくてですね」

 

 うむ。

 

「13番の子――♂なんです」

 

 おバカ!!!!

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

「―――!!」

 

 襲い来る魔物を剣でバッサバッサと薙ぎ倒す勇者。

 ……今回はいきなり戦闘シーンからだ。

 

『――駄目ですかね、男の娘。

 いけると思うんですけどねぇ』

 

 引き摺るな!

 選考は一からやり直しだ!!

 

『二人は幸せなキスをして終了ですよ?』

 

 黙れ!!

 勇者はノーマルだ!(たぶん)

 

『ヤってみたら意外と嵌るって話も――』

 

 黙れと言っておろうが!!

 だいたい、セリムには“まだ”そういう相手はいらんだろうしな。

 奴の隣には今――

 

「勇者様、援護いたしますわ!

 横に飛んでください!」

 

「―――!」

 

 “声”に頷き、魔物から離れる勇者。

 空いたスペースに、後方から魔法による炎が降り注ぎ、魔物を焼き倒していく。

 それを確認したセリムは他の魔物に切りかかる。

 

 ……“2人”は抜群のコンビネーションで敵を掃討していった。

 そう、セリムには戦いをサポートしてくれる相棒ができたのだ。

 しかも――

 

「――てやっ!」

 

 近づいた魔物を杖を使った見事な体術で返り討ちにする“綺麗なドレスを纏った女”。

 チラリとスカートから見える脚線美が実に艶めかしい

 

 ――セリムの“相棒”は、女性なのである。

 それも、ただの女性ではない。

 サラサラと流れるセミロングのブロンドヘアに、宝石のような碧眼、細い眉、高い鼻、瑞々しく潤った唇――その全てが完璧に整った容貌。

 抜群の均整の取れた(プロポーションを誇る)肢体は、決して露出の多くないドレスを着ていても色気を振りまく程だ。

 それでいて、高貴で清純な雰囲気を漂わせている。

 

 勇者が今まで出会った中で、最高の美貌を誇る女だろう。

 ……多少、吾輩の主観混じりなので、異論は受け付ける。

 

「――!」

 

「……今勇者様が倒した魔物が、最後のようですわね」

 

「――――」

 

「いえ、私の助力など些細な物。

 全て、勇者様のお力のおかげです」

 

「――――!」

 

「うふふふ、勇者様ったら、お世辞がお上手なんですから。

 ……あら、いけませんわ勇者様、腕に傷が!」

 

「――――」

 

「駄目です!

 ちょっとした傷でも、放っておけば悪化することもありますわ。

 お待ち下さい、今治癒いたしますから」

 

 そう言って彼女が杖を掲げると、みるみる内にセリムの傷は治っていく。

 回復魔法を使ったのだ。

 

 攻撃魔法だけでなく杖術や回復魔法も使え、その上気配りも行き届く。

 ついで言えば、料理や掃除などの家事もそつなくこなす。

 才女と呼ぶ他ない。

 

 あの女と合流してから、セリムは戦闘のみならず様々な面でサポートを受けている。

 勇者にかかる負担は、大分軽減されたと言っていいだろう。

 惜しむらくは――

 

『……これで彼女が“王女”でなければ、勇者にずっと同行することもできたのでしょうけれどねぇ』

 

 ――彼女がこの国の王女・レティシアであるということか。

 

 

 

 勇者セリムと王女レティシアの出会いは、1週間ほど前に遡る。

 女盗賊ヴィネットが居た街を出てから、勇者は敢えて過酷な旅路を選んだ。

 旅人がまず通らないような森の中の獣道、一歩足を踏み外せば転落する崖に沿った細道、等々。

 あの街で起きた出来事を忘れようとするかのように、険しい道を歩き続けた。

 

 そんな折に、ある洞窟を発見したのだ。

 人が寄り付かない辺境の地で見つけた洞窟へ、勇者は躊躇なく入っていった。

 その先には――

 ドラゴンに捕えられていた、“美しい女性”――レティシアがいたのである。

 

 ……ていうかね、王女捕まえてたんなら、まず魔王である吾輩に報告しようよ。

 前情報なしでいきなり“王女を取り逃がした”とか聞いたから、吾輩驚いちゃったよ!?

 

『王女だと分からずに浚ったそうですよ。

 なんか適当に綺麗な女性を物色していたら、たまたま姫だったとか』

 

 あのドラゴンめ、腕っぷしは強いのにどこか抜けておる。

 今度強く言っておかにゃあなるまい。

 

『そうですね。

 ……まあ、もう遠いところへ行ってしまいましたが』

 

 ……そうであった。

 あいつは勇者にやられて――

 

『――その傷を理由に魔王軍を引退。

 人とも魔物とも関わりのない地で悠々自適の隠居生活を始めましたね』

 

 最後まで勝手な奴だったな!!

 王女のこと報告に来たと思ったら、“もうやってらんねーっすわ”っつってさっさとどっか飛んでいくし!!

 

 ま、まあとにかく、そういう経緯で勇者と女王は出会ったわけだ。

 

『そして国王のいる首都までは大分遠い道のりだったので、勇者が護衛を買って出て彼女と共に首都を目指し始めたわけです』

 

 以上、説明終わり!

 

 ……しかしなんだな。

 

『どうしました?』

 

 あの二人――

 

「――――」

 

「ええ、勇者様。

 次の街までもう少しですわね」

 

 ――勇者と姫というだけあって、ただ歩いてるだけで絵になるもんだ。

 

『美青年と美女ですからね。

 偶にすれ違う旅人などは、事情も知れないというのに、彼らの姿を見るだけで目を丸くしていましたよ』

 

 ……こんな幸せな風景が、長く続いて欲しいものだ。

 

『今度こそ、“今までのようなこと”は起きないと良いですね……』

 

 そう信じよう。

 

 

 

 そして次の日の夕刻。

 街についた2人は宿を取り、身体を休めていた。

 

「はい、お待ちしました」

 

「――――!」

 

 宿の部屋にて、レティシアはテーブルに料理を並べている。

 全て、彼女がこの店の厨房を借りて作ったものだ。

 

「――――」

 

「王女だから、などと申さないで下さい。

 勇者様に守られるだけでは、心苦しいのですもの。

 せめてこういう所で役に立ちませんと」

 

 いや、戦闘の面でもかなり役に立っていると思うよ?

 吾輩達が、このまま2人で魔王城攻め込んで来たらやばいなぁ、と不安になる程度には。

 

「――――!」

 

「お口にあったのですね!

 良かったですわ。

 うふふ、このお店のシェフに美味しい調理方法を教えて頂きましたの」

 

「――――」

 

「――や、やだ、あくまで一王女の嗜みとして学んだだけです。

 誰かに振る舞うために身に着けたわけでは…!」

 

 顔を真っ赤にして勇者の言葉を否定するレティシア。

 ……うーん、実に微笑ましい。

 

『勇者の顔にも笑顔が戻っていますね』

 

 あれからセリムはずっと険しい顔をしていたからな。

 レティシアとの旅が、奴の心を癒しておるのだろう。

 

『……良かったですね』

 

 ――うむ。

 

 

 

 そうこうしているうちに、夜は更け。

 2人は寝支度を整え、眠りに就こうとしていた。

 

「……あら、勇者様、ベッドに入りませんの?」

 

「!? ――!!」

 

「私のことは気にしないで下さいまし。

 街の外で野営をした際は、一緒に眠ったではありませんか」

 

「―――!」

 

「駄目です!

 勇者様が床で寝て私だけベッドを使うなど。

 それでしたら、私も床で眠ります!」

 

「――!?」

 

 ベッドの使用について揉めているようだ。

 まあ、勇者の立場的に王女と一緒のベッドで眠るのは抵抗があるのだろう。

 野宿した時は、安全のためにすぐ傍で休んでいたのだが。

 

「――――」

 

「ええ、そうです、一緒に寝ればいいのです。

 分かって頂けて嬉しいですわ、勇者様。

 さ、こちらへ――」

 

「――、――――」

 

 おずおずと王女の眠るベッドの中へ入っていく勇者。

 

「――!?」

 

「あら、どうされました?」

 

 セリムの顔が一気に赤くなった。

 

 王女の寝間着は薄い生地でできており、うっすらとだが彼女の肢体が透けて見える。

 セリムはそれに気づいてしまったようだ。

 ――初心な奴め。

 

「……あら、どうされました、勇者様。

 そんな端の方で毛布にくるまって?」

 

「――――!」

 

「ここで良い、ですか?

 そんなっ――もっと寄って下さいまし」

 

「――! ――――!!」

 

 自分の近くへと勇者を引き寄せようとするレティシアに対し、セリムは全力で抵抗し出す。

 奴的に譲れない一線のようだ。

 

 しばし近づこうとする王女と離れようとする勇者の攻防が続くが、今回はレティシアが音を上げたようだ。

 その日、勇者はベッドの端っこで悶々としながら眠りにつくのだった。

 

 

 

 2人の旅は続く。

 

「……あら、勇者様。

 あちらに泉があるようです!」

 

「――――」

 

「ええ。

 ……あの、お願いがあるのですが」

 

「――?」

 

「はい、私、水浴びがしたくて。

 今日は暑いので、汗を掻いてしまいましたの」

 

「―――」

 

「まあ、ありがとうございます、勇者様」

 

 そう言うと、水浴びのため服を脱ぎだすレティシア。

 ――おおっ!!

 役得っ! 役得っ!

 

『ちょっと! 魔王様!!

 はしたないですよ、覗きなんて!!』

 

 吾輩達がやってること自体が覗きやろがっ!?

 

『いや確かにそうですけれども!』

 

 いいだろ、少しぐらいよぉっ!!

 今更、何の咎めを受けようか!?

 

「―――♪」

 

 吾輩と側近が言い合っている間に、姫は泉で水を浴び始める。

 

 ……ほ、ほほーう?

 いいですなぁ、いいものですなぁっ!

 程よく育ったプルプルなおっぱいに、ツンっと上を向いた乳首。

 腰は無駄肉なくキュっと締まってるし。

 お尻はちょっと小ぶりだが、綺麗な形しとる。

 

『……親父くせぇな、こいつ』

 

 なんじゃあっ!! 文句あんのかぁっ!?

 

『少しは勇者を見習って下さい。

 ほら、王女の方を決して振り向かず、それでいてしっかり周囲を警戒しているでしょう』

 

 真面目過ぎやしないかなぁ。

 もうちょっと奔放に動いてもいいと思うんだが。

 

『それが勇者のいいところでしょう』

 

 勿論それはそうなのだが。

 でも今回に限っては覗くのが正解だと思うの。

 レティシアの様子を見てみろよ。

 

「……………」

 

『む、むうう、これは――』

 

 勇者が少し振り向けば自分の裸を目にしてしまうことを知りつつ、そこから動かないではないか!

 あの岩陰とか、自分の身体を隠す場所がすぐ近くにあるにも関わらず!

 

『――た、確かに。

 これは……OKサイン!?』

 

 そうだ、これは覗いても良いのだよ!!

 ほらほら、勇者よ、お前も気になるのだろう!?

 さっきから水音がする度にピクピクと反応しておるではないか!

 その若き好奇心に身を任せ、ちょ~っと顔の角度を水辺へと向けるのだ。

 それだけでお前の望みは叶うっ!!

 

『……まあでも、OK出てるのは勇者だけで、魔王様はただの犯罪者ですけどね』

 

 うっさいなぁ、もうっ!?

 細けぇことはいいんだよっ!!

 

 ――と、そんな時。

 

「……キャァアアアっ!?」

 

 突如レティシアが悲鳴を上げる!

 

「―――!?」

 

 勇者が咄嗟に振り返ると――

 

「……す、すみません、タオルが風で飛ばされてしまいまして――」

 

 産まれたままな姿の王女がそこに居た。

 手で大事なところを隠すこともせず、もう、おっぱいもお腹もアソコまで、全部開示中。

 そんな彼女を見た勇者は、一瞬で顔が真っ赤に染まり、

 

「――――!!?」

 

「ゆ、勇者様っ!?」

 

 鼻血を垂らしながら、その場にぶっ倒れた。

 しかしその寝姿は、幸せそうであったと言う。

 

 

 

 ――その他。

 

「ゆ、勇者様!?

 ま、まだ着替え中だったのですが……」

 

「―――!?」

 

 王女の着替え姿に出くわしてしまったり。

 

 

 

「申し訳ありません、勇者様。

 先程の戦いで服が破けてしまたようで――」

 

「―――!!?」

 

 魔物との戦闘で姫の服が破れ、肌のあっちこっちが露出してしまったり。

 

 

 

「……んん……勇者様ぁ……」

 

「―――――――!!?!?!?!!?」

 

 共に眠るベッドの上、レティシアが寝惚けて抱き着いてきたり。

 

 

 

 

 そういう大小様々な嬉恥ずかしイベントも挟みつつ、彼らは首都へと歩を進めた。

 ……共に旅を始めてから、既に一か月が経過しようとしている。

 

 しかし、なんだな。

 あの2人、一か月も一緒にいて全然“そういうこと”しないのな。

 

『相手は王女ですからねぇ、勇者も手を出しにくいでしょう。

 ただでさえ彼は異性関連では奥手なようですし』

 

 レティシアの方は、かなり満更でもなさそうな感じだけれども――勇者の方がなぁ。

 今までの経験も足を引っ張っているかもしれんな。

 

『その可能性は十分にあり得ますね。

 アリアやメイアとのやり取りは、女性不信になってもおかしくないものでした』

 

 確かに。

 

『だからこそ、男の娘をですね』

 

 そ・れ・は・も・う・い・い!!

 

 

 

 さらに数日後。

 セリムとレティシアは、もう首都まで目と鼻の先という街に来ていた。

 明日には、王城へと辿り着くだろう。

 

 2人は宿で、おそらく最後になるであろう夜を過ごしている。

 別れがすぐそこに迫っているからだろうか、勇者も王女も、どこか言動がぎこちなかった。

 

 大した会話もないまま、どちらともなしにシャワーを浴び、衣服を着替え、ベッドへと入る。

 部屋の明かりを消して、いざ就寝――

 

「……勇者様」

 

 セリムが眠りへと落ちる前、レティシアが話しかけてくる。

 

「勇者様――いえ、セリム。

 お願いがあります」

 

 寝惚けてではなく、自分の意思で。

 彼女は、勇者へと抱き着いた。

 

「―――!?」

 

 彼女の柔らかい感触に驚きつつも、勇者は動けない。

 レティシアは緊張した面持ちで話を続ける。

 

「私は――まだ、セリムと旅を続けたいのです。

 まだ、貴方と一緒に居たい。

 ……でも、城へ帰ればそれは叶いません」

 

「――――」

 

「……もっと、お供をさせて頂けないでしょうか?

 きっとお役に立ちます。

 今はまだ無理でも――必ず、貴方の助けになってみせますから」

 

「――――」

 

「……それとも。

 私と一緒では嫌ですか?

 私は、セリムの足手まといでしかなかったでしょうか?」

 

「―――!」

 

 勇者は首を横に振る。

 そんなわけが無かった。

 レティシアは既に、様々な面でセリムの支えとなっていたのだから。

 

 そんな彼の反応に、姫は安心したのか表情を和らげる。

 抱き締める腕に力を込めながら、

 

「ならば私を――レティシアを、ただの女にしては頂けませんか?」

 

 セリムの耳元で、掻き消えそうな程に小さく囁いた。

 

「セリム――私を抱いて下さい。

 一時でもいいのです、私を愛して下さい。

 ……そうすれば、私は貴方にずっとついていきます。

 城になど帰らず、ただ貴方の傍に――」

 

 細い声で、しかしはっきりと。

 王女は勇者へと自らの愛を伝えたのだ。

 

 それに対してセリムは――

 

 

 

 ――次の朝。

 

「……順調に進めば今日の昼頃には城に到着しますわね。

 さぁ、参りましょう、“勇者様”!」

 

「――――」

 

 首都に向けて出発するセリムとレティシアの姿があった。

 2人は互いに顔を見合わすことなく、街道を歩いていく。

 

『――終わってしまいましたね』

 

 ……うむ。

 

 結局昨晩、セリムはレティシアを抱かなかった。

 それは彼女が王女だからだったのか、それともただ勇気が出せなかったのか。

 

 どちらにせよ、吾輩がアレコレ口を出す問題ではない。

 問題ではないんだけれども――惜しいよなぁ。

 

『仕方ありませんよ。

 それに、これで本当に終わってしまったわけでも無いでしょうし』

 

 確かに。

 魔王を倒した後に勇者と王女が結ばれるのはお約束か!

 

『その通りです、魔王様!

 彼らが幸せになれるよう、しっかりと倒されなくては!』

 

 うむ!

 ……あれ、なんか違わなくない?

 

『そうですかね?』

 

 

 

 



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中編

 

 

 

 そして、王宮。

 王女レティシアを連れ帰った勇者はその功績を高く評価され、王から褒賞を受けることとなった。

 セリムは今、城にある謁見の間に通されている。

 

『……魔王様』

 

 どうした?

 

『なんだか勇者、歓迎されていないようですが』

 

 ……そうだな。

 周りにいる兵士が勇者を見る目が、何処か剣呑としている。

 まあ、突然現れた若者が王女奪還という大功を為し、王直々から褒美を貰えるというのだ。

 嫉妬の一つや二つ、湧くだろうさ。

 

『嫌なものですねぇ、人間は』

 

 そう言ってやるな。

 ま、浅ましい連中だとは吾輩も思うが。

 

 ……む、王が現れたぞ。

 

『ほう、大分老齢ですな。

 あの王女の父というより、祖父という方がしっくりきそうな』

 

 うむ、晩年になってから出来た娘なのだろう。

 だが歩き方や佇まいから見て、身体はまだ弱っていないようだ。

 

『――後ろから、王女も現れましたね』

 

 ……綺麗に着飾っておるなぁ。

 旅をしていた時の姿も美しかったが、こう豪奢なドレスを身に纏うとまた魅力がぐっと増すな!

 

『下世話な感想しか言えないんですか、あんた」

 

 う、うるさいっ!!

 

 ……玉座についた国王は、勇者へと言葉をかけた。

 

「大儀であった、勇者よ」

 

「―――」

 

 それに対し、セリムは跪いて一礼をする。

 レティシアは、王のすぐ隣――王の傍らに立ち、勇者を見つめている。

 

「顔を上げよ、勇者。

 そう畏まれては、儂もお主にどう接すればいいか分からなくなってしまう。

 お主は我が娘を救出してくれた恩人なのだからな」

 

「――――」

 

「はっはっは、謙遜をするでない。

 どうも、娘から聞いていた通りの男のようだな――もう少し見栄を張っても良いのだぞ?」

 

「――――」

 

「うむうむ、勇者たるもの周囲に対して“格好つける”ことも忘れてはならん。

 さすれば、お主への信頼も自然と高まるというものよ」

 

「――――」

 

「ああ、だから恐縮するなと言うに」

 

 ふぅむ、案外気さくな王のようだな。

 勇者に対してこうも気軽に話しかけてくるとは。

 

『…………』

 

 ん、どうした、側近よ?

 

『……い、いえ、なんでもありません。

 おそらく気のせいでしょう』

 

 ふむ?

 

「とにかく、だ。

 娘を救ってくれたお主には相応の礼を用意せねばならん。

 ……と、そうだ。

 レティシアよ、勇者の活躍をもう一度儂に語ってはくれぬか?」

 

「――は、はい」

 

 国王に促され、レティシアが口を開いた。

 

「勇者様は、魔物に攫われた私が、命の危機に晒されているところを――んっ――

 さ、颯爽と現れ、瞬く間に魔物を――んんっ――魔物を、倒して下さったのです」

 

 ……あ、あれ。

 気のせいか、王女の口調に違和感が……?

 

「ほうほう、それで?」

 

「――あ、んっ――私を、助けて下さった勇者様は――んんっ――

 城までの私の護衛も、快諾して下さいました――あんっ――」

 

 姫はところどころに苦悶の声を上げながら、話を続けた。

 ……いや、苦悶というより、これはむしろ喘ぎのような……

 顔も、気のせいか火照っているように見える。

 

「―――?」

 

 勇者もまた、不思議そうな目で彼女を見ていた。

 レティシアは体調でも悪いのだろうか?

 

『……や、やはり!』

 

 な、なんだ!?

 急に大声を出すな、側近よ。

 

『見て下さい、魔王様!

 王の手をっ!!』

 

 んんっ?

 ……な、なんだこりゃあっ!!?

 

「そうかそうか、流石は勇者よな。

 さあレティシア、続きを教えてくれぬか」

 

 ――熱心に姫の話を聞いている王は。

 いや、“聞いているように見せかけている”王は。

 

「――は、はい――あぅぅっ――」

 

 すぐ傍に立つレティシアの、そのスカートの中に、自分の腕を入れていた。

 勇者からは、姫の陰に隠れて上手く見えぬ位置で。

 

「そ、その後も――んぁっ――幾多の魔物が襲い掛かってきましたが――あ、あんっ――」

 

 王女が“喘ぐ”頻度が多くなる。

 吾輩は遠見の水晶を調整し、姫の後ろ側の光景を映し出した。

 

『……間違い、ないですね』

 

 そこには、国王がレティシアの尻を股間をまさぐる姿があった。

 ――こ、この男、王女を、自分の娘を、こんな場所で弄んでおるのかっ!!?

 

「――あ、うぅぅ――襲撃の度に折れそうになる私の心を――あっあっあっ――

 勇者様は、優しく支えて下さり――あっあっあっあっあぁあっ――」

 

 王の手の動きが大きくなる。

 レティシアの喘ぎは、“苦し気な声”では片づけられなくなってきた。

 

「――あっあっあっ!――勇者様と共にする旅は――あんっ! あっ! あぅっ!――

 し、城の中では味わえないような――あっ! あっ! あっ! あんっ!――」

 

「―――!?」

 

 セリムも気付いたようだ。

 それはそうだろう。

 姫は身を捩って嬌声を漏らし――王は、彼女の下半身を弄っていることを隠そうともしないのだから。

 

「む、勇者よ、どうしたというのだ?

 ……はは、自分のことを語られて気恥ずかしいのかもしれんがな。

 いずれお主の冒険譚は多くの詩人に詠まれることになるだろう。

 こういうのに慣れておくことも必要だぞ?」

 

「―――!?」

 

 勇者の動揺もどこ吹く風。

 国王の責めは止まるどころか、さらに激しくなっていく。

 

「――あうっあっあああっ!――し、城の中では味わえない、新鮮な体験で――んぁああっ! あっ! あぁあんっ!――

 体験――あんっ!――たい、け、ん、で――あっあっあっあっあっあっ!」

 

 最早まともに言葉も発せないレティシア。

 目に涙を溜めながらも、ヨガり続ける。

 

「――あ、あぁああっ!――も、もう駄目です、お父様っ!

 こ、これ以上は――あぅううっ!?」

 

「何を言うか!

 ここから先がイイのだろう!?」

 

 王へと抗議するも、それで手が緩まることなどなく。

 むしろそれを契機に、さらに深いところへと王の手は侵入し――

 

「あ――っ! あっあっあっあっあっあっ!

 い、嫌、セリム、見ないで――あぁぁああああああああっ!!」

 

 盛大に艶声をあげて、レティシアは絶頂した。

 

「――あっ――あっ――あっ――あぅぅ――」

 

 息を切らして、その場にへたり込む王女。

 

「――――」

 

 その姿を、ただ見ているだけの勇者。

 おそらくは、理解が追い付かず呆けているのか。

 

「んん?

 急に座り込むとは――疲れたのか、レティシアよ。

 ……仕方あるまい、長旅を終えたばかり故な」

 

 いけしゃあしゃあと王女の心配をする国王。

 

「立っていてはきつかろう。

 “ここ”に座って、休んでいると良い」

 

「――は、はい、分かり――!?」

 

 姫の返事が途中で切れた。

 王が自らの局部を露出させ、そこにそそり立つイチモツを指さしながら“座れ”と命じたからだ。

 

「どうした、早く座らぬか」

 

「――あ、あ、ああ――――わ、分かりました」

 

 ふらふらと立ち上がり、国王の下へ歩くレティシア。

 それを見て勇者は――

 

「―――!!」

 

「待て、勇者よっ!!」

 

 ……姫のところへ駆けつけようとする勇者を、怒鳴りつける王。

 

「……何をしようとしておる?

 確かにお主は勇者であり、姫の恩人だ。

 だがここは王の城であり、儂は王だ。

 ……儂の許可無く動いてもらっては困るな」

 

「――――!」

 

「分を弁えよと言っておるのだ!!

 おい、こやつを抑えつけろ!!」

 

 王の命令を受け、兵士達が勇者の身体を押さえつけにかかる。

 ……勇者の力であれば、この程度の雑兵、造作もない相手ではある、のだが――

 

「――――!?」

 

 ……勇者は、気づいてしまった。

 兵士達が、一様に涙を流しているのを。

 

「……お許し下さい。

 ……お許し下さい、勇者殿」

 

「……この国において、王の言葉は絶対なのです」

 

「……どうか、どうかご容赦を」

 

 国王には聞こえぬよう、勇者へと陳謝する兵士達。

 ……彼らもまた、王の理不尽に耐えているのだと。

 セリムは、そう気づいてしまったのだ。

 

「――――」

 

 勇者の身体から、力が抜け落ちる。

 悪逆の王に追従するだけの兵士であれば蹴散らせようが――暴君に命令を強制されているだけの善良な兵士に、勇者は力を向けられない。

 

「うむうむ、分かってくれて嬉しいぞ、勇者よ。

 ……何をしておる、レティシア。

 早く座れというに」

 

 レティシアは王の前に来ると、くるりと背を向ける。

 そしてスカートの後ろ側を捲りあげると、王に自らの尻を露わにした。

 ……彼女は、最初から下着をつけていなかったようだ。

 その女性器からは、執拗な弄りによって愛液がトロトロと流れ出ている。

 

「……勇者様。

 ――申し訳ありません」

 

 勇者への詫びを口にした後。

 彼女は、王の愚息に自らの膣口を合わせ――腰を下ろした。

 

「あ、ぐっ!! い、痛――――っ!!」

 

 彼女の口から漏れるのは、嬌声ではなく苦痛の声。

 ……見れば、王女の膣からは赤い血が滴り落ちていた。

 

 ――処女、だったのか。

 

「おお、これ驚いた!

 正直、こっちの方は諦めておったよ!

 何せ“貫通式”を前にして魔物に攫われおったからな!」

 

 国王は感動した面持ちで、王女を乗せて腰を動かし始める。

 

「あ、あぎっ!?

 お、お父様、そんなに、強くは――んぐっ、がっ!

 お願いです、乱暴に、しないで――あっ! ぐぅっ! ん、ぎっ!?」

 

 初めての痛みに苦しむ姫を見ても、王は動きを止めなかった。

 ここまでの所業を見れば、当然ともいえる。

 

「はははは、勇者よ、よくやってくれた!

 レティシアを救出するだけでなく、儂にその処女まで献上してくれるとは!」

 

「――――!!」

 

 愉快そうに笑う国王。

 セリムは、怒りに、悲しみに、身を震わせるばかり。

 

「は、激し、ですっ!――あぎっ! っが! んいぃいいっ!

 痛い、痛いぃぃっ!!――がっ! あっ! あぐっ!」

 

「痛がっとる割に、お前のまんこはいい具合だぞっ!?

 初めてとは思えんわい!

 儂のちんこに絡みついてきおる!!」

 

「あっ! やっ! が、うぅうっ!! そんなこと、言わないで下さ――んぎぃいっ!?」

 

「いいぞいいぞっ!

 お前がここまで育つのを待って良かった!!

 お前をここまで躾けて来た甲斐があったというものよっ!!」

 

「んんぐっ!? あぅっ! あ、がぁああっ!!

 セリムっ! ごめんなさいっ! あっぎぃいいっ! あっ! がっ! がっ! がっ!

 見ないでっ! 見ないでぇえええっ!!」

 

「お前の晴れ舞台を勇者に見せずしてどうする!!

 存分に見せてやるのだ、お前の艶姿をなぁっ!!」

 

 王はレティシアを抱えたまま立ち上がり、彼女のスカートを剥ぎ取った。

 その場にいる全員が、国王と王女の“結合”を見れるように。

 

「あっ! んぐっ! ああっ! い、嫌っ!

 ん、んんんっ! あぅっ! ぁああっ! 嫌ぁああああっ!!!」

 

「レティシア、嫌よ嫌よと言っておきながら、お前のまんこはどうなっておる!?

 儂のイチモツを咥えて離さんではないか!!

 まったく、助平な女に育ったものだ!

 父は悲しいぞ!!」

 

 立ったまま、なおも姫の膣に腰を打ち付けていく王。

 

「あっ! あっ! ああっ! あぁあああっ!

 ん、んああっ! あっあっあっあっあっあっ!!」

 

「おお、締まる締まる!

 儂のちんこを噛み切るつもりか!?

 そんなに儂の種が欲しいか!?」

 

「んおっ! おっ! おっ! おっ! おっ! おっ!

 い、いけませんっ! な、中はっ――あっあっあっ! あぁあああっ!!」

 

「いいだろうっ!

 注いでやるっ!

 レティシア、お前の子宮に、儂の子種をたっぷり注いでやる!!」

 

「い、嫌、嫌ぁああっ! あっあっああっ!

 それだけは、お許し下さいっ! んぉおおっ! おっおっおっおっ!!」

 

 泣いて拒む王女を気にも留めず。

 いや、寧ろその姿を楽しみながら。

 国王は動きをさらに早めていく。

 

「あっあっあっあっあっあっ!

 駄目ですっ! 中は駄目なんですっ! あっあっあっあっあっ!」

 

「出すぞっ!

 今、お前の中に出すぞっ!

 儂の子を孕め、レティシアぁあああっ!!」

 

「嫌っ! あっあっあっあっ!!

 イヤぁぁあああああああああああっ!!!!」

 

 王が股間をレティシアに思い切り打ち付けると、そこで動きが止まる。

 

「あっあっあっあっ……入っちゃってます……

 お父様の精液が、私の子宮に……あっあうっあっああっ……」

 

 ビクッ、ビクッと身体を震わせるレティシア。

 自らの身に起こったことを、ただ茫然と受け止めていた。

 

「……ふぅ、良かったぞ、レティシアよ」

 

 そう言って、王は彼女の膣から男性器を引き抜いた。

 血と精子が混ざり合った液体が、レティシアの股間から流れ落ちてくる。

 

「……さて、勇者よ。

 来て早々悪いのだが、見ての通りレティシアの具合が悪いのでな。

 儂はこやつを“看病”してやらねばならぬ。

 それ故、これにて謁見を終了とする。

 褒美は、部下の者から受け取るがいい」

 

 言うだけ言うと、国王はレティシアを抱え、謁見の間から出て行った。

 

「――――」

 

 勇者は、目の前で起きた出来事に、放心している。

 そんな彼の耳に、兵士の声が聞こえてきた。

 

「う、恨み申し上げます、勇者殿!

 貴方が、貴方が姫をお連れにならなければ――!!」

 

「言うなっ!!

 勇者殿に何の非がある!?」

 

「分かっております!

 分かっておりますが、しかし――!!」

 

「……うう、姫様。

 せっかく、城から――あの王の手から抜け出ることが叶ったというのに、こんな、こんな――」

 

 兵士達もまた、悲しみに暮れていた。

 ある者はとうとうと涙を流し、ある者は唇を噛み、ある者は握りしめた拳から血を滲ませている。

 

「――――」

 

 そんな兵士達の嘆きの中へ身を置きつつ。

 セリムはただ、力なくその場に立ち尽くしていた。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

「魔王様。

 今回は、妙に静かでしたね?」

 

 …………。

 

「しかし、許せませんな、あの王め!!

 勇者に、そして自分の娘に対してなんたる仕打ち!!」

 

 …………。

 

「魔王様、此度の仕置き、私に任せて頂けませんでしょうか!?

 正直、腸煮えくり返っておるのですが!!」

 

 …………。

 

「――魔王様?」

 

 ……あの――

 

「はい?」

 

 ――あんの糞野郎がぁあああああああっ!!!

 

「ま、魔王様!?」

 

 信じられねぇ!!

 娘に手を出すかよっ!!?

 勇者や兵士がいる前で!?

 しかも自分の立場を使って、無理やり命令したと来たもんだ!!!

 

 あれが人の上に立つ者の姿か!!?

 子を持つ親の姿なのかっ!!!

 

 許せねぇっ!!

 畜生にも劣るその所業っ!!!

 決してっ!!

 許すことなどできぬっ!!!!!

 

「ま、魔王様っ!!

 気を鎮めて下さいっ!!

 城が“保ちませぬ”!!!」

 

 ―――む?

 おおっと、すまんすまん。

 天井や床に罅が入ってしまったな。

 

「勘弁して下さい。

 魔王様が本気で魔力を解放すれば、魔王城など消し飛んでしまいます」

 

 安普請だなぁ、うちの城は。

 

「魔王様の全力に耐えられる建物なんてありませんよ……」

 

 すまんすまん。

 以降、気を付ける。

 

 さて、と。

 

「行かれますか」

 

 ああ。

 お前も来るのか?

 

「はい。

 私めに、考えがありまして」

 

 ――ふむ?

 

 

 



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後編

 

 

 

 ここは、王の寝室。

 

「……はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 部屋には、レティシアの荒い息をついて横たわっている。

 その肢体のあちこちに、白く濁った液体がこびり付いていた。

 

「今日が初めてだというのに大分乱れたなぁ、レティシアよ。

 そういうところは母親そっくりだ」

 

 この城の主である男は、彼女の身体をいやらしい手つきで撫でまわす。

 

「……うっ……あ、あぁぁああ……い、いやぁ……」

 

「何を嫌がることがある。

 お前は次期国王の母となるのだぞ。

 まあ、今日で孕んだとは限らんが――これから毎日、種付けをしてやるからな」

 

 涙を流す姫を見て、薄く笑う国王。

 

 ……あー、もういいや。

 登場プロセスキャンセル。

 こんなんじっくり見てられるか。

 

「―――へ?」

 

 王が間抜けな声を出す。

 目の前に突然魔物(吾輩)が現れれば、当然の反応ともいえる。

 

「な、何や――ぎゃあぁあああああああああっ!!!!?」

 

 突然、叫び声をあげる国王。

 吾輩の術によるものだ。

 

「ぎ、ぎぃいいいいいいいいっ!!!?」

 

 奴にかけている術は、“幻術”の類。

 かけた相手に“幻痛”を引き起こす術だ。

 普通の術者が使うのであれば、ちょっとした打撲や切り傷程度の痛みを起こすだけだが――

 

「が、ああああああああああああああああっ!!!!」

 

 吾輩が使えば御覧の通り。

 “内臓を直接焼かれる”とも、“生きたまま酸に溶かされる”とも形容できる、激痛が対象を襲う。

 さらに吾輩、この術をカスタマイズしており――この“幻痛”によって対象が気絶することも発狂することも無い。

 実に尋問に適した術と言える。

 ……これから行うことは尋問でも拷問でもないのだが。

 

「ぎぁああああああああ――――――あ、あれ?」

 

 痛みが急に治まり、王はきょとんとする。

 

『魔王だ』

 

「……は?

 え、な、何が……?」

 

『お前が尋ねようとしたのだろう。

 吾輩は、魔王だ』

 

「な、戯けたことを申す――んぎぃいいいいいいいいいっ!!!!?」

 

 理解が遅いのでもう一度“幻痛”をかけた。

 これだからボケ老人は困る。

 

『吾輩は魔王だ、いいな?』

 

「――は、はいぃっ!」

 

 涙を流して返事をする王。

 ちなみに王女はというと、展開についてこれず、横でぼうっと我々のやり取りを見ている。

 

『さて吾輩がここの来たのは他でもない。

 ――謝れ』

 

「……は?

 い、いったい何を――ああぁあああああぁあぁあああああああっ!!!!?」

 

 こいつは本当に頭の回転が遅い。

 謝れと言っているのに、何故謝らないのか。

 

『もう一度言うぞ――謝れ』

 

「……ひっ、は、ひ……も、申し訳ありませんでした――ぎゃぎぃいいいいいいっ!!!?」

 

 “幻痛”で再度苦しみ出す国王。

 奴の股間からジョロジョロと液体が流れだす。

 失禁したようだ――うわ、汚っ!?

 

「――な、なん、で――謝った、のに――」

 

『誠意がない。

 誠心誠意を込めて謝ったのであれば、涙の一つ、嗚咽の一つも漏れようというものだ。

 だというのに、お前はただ口で謝罪しただけではないか』

 

「そ、そんな――いぎぁあああああああああっ!!」

 

『――謝れ』

 

「……あ、ああ、あ――も、申し訳ありませんでしたぁっ!!

 申し訳ありませんでしたぁっ!!

 お許し下さいぃっ!!」

 

 必死に泣き叫びながら、必死に頭を下げながら、国王は謝り続ける。

 ……ふん、まあいいか。

 

『……で、お前は何をしたのだ?』

 

「――え?」

 

『謝ったのだから、お前は何かやましいことをしたのだろう。

 ……言え、それを』

 

「そ、そんな無茶――い、ぎ、が、あぁあぁああぁっ!!!?」

 

 のたうち回る国王。

 

『鶏とて3歩歩くまでは物を忘れぬというのに、お前はそれ以下だな。

 少しは頭を使うという行為をして欲しいものだ』

 

「ひっはひっあひっ……ま、魔王を討伐しようと、軍勢を、集めましたぁ」

 

 情けない声で王が喋り出す。

 ……本当にこいつ、国の王か?

 威厳というものがまるで無いな。

 

『違う』

 

「え? はい?」

 

『吾輩が恐れるのは勇者ただ一人。

 お前達雑兵が何百万集まろうと、敵ではない』

 

「あ、え、そ、それでは、勇者に支援をした、こと――?」

 

『違う。

 勇者はお前の力なぞ借りずとも、いずれ吾輩の前に現れよう』

 

「あ、う――それでは――」

 

 王が答えに詰まり出す。

 

『……まさか思いつかぬとでも言うのか?

 まだ痛みが足りぬと見えるなぁ?』

 

「そそそそ、そんなことはっ!!

 ……う、あぁぁ――あ、兄を暗殺し、王の座を簒奪したこと――?」

 

「――!?

 お父様、そんなことをっ!?」

 

 レティシアが目を見開いた。

 吾輩も驚いた。

 そんなことやっとったのか、この爺。

 

『……ふん。

 他には?』

 

「ほ、他……?」

 

『無いとでも?』

 

「い、いいいええ、あ、ありますっ!

 ――む、息子を、殺しましたぁっ!」

 

「お兄様をっ!?」

 

 さらに驚愕する姫。

 ……こいつ、叩けばどんどん埃が出てくるんじゃあるまいな。

 

『何故殺した?』

 

「わ、儂の子供の癖に、儂のやることに口を出してきたから――ですぅっ!」

 

『子供に叱られたから、殺したのか』

 

「う、ぐっ……」

 

 それを指摘されて、顔をしかめる国王。

 

『――で?

 お前は何を叱られた?』

 

「あ、新しい王妃を――この娘の母親を娶るために、その婚約者を処刑したことですぅっ!」

 

「……っ!!」

 

 レティシアは、もう言葉も出ない様子。

 

『当然、冤罪でだな?』

 

「は、はいぃ、城で盗みを働いたとして、処刑したのですっ!」

 

『……他には?』

 

「め、目にかけていた娘を差し出さなかったので、その娘の両親を国外追放しましたぁっ!

 政策に、文句を言ってきた大臣を、牢に入れましたぁっ!

 賄賂の要求を断った商人を、破産させましたぁっ!」

 

 …………。

 で、出てくる出てくる、この男のしでかしたこと。

 なんかここまでくると、こいつを放置していた周囲の人間が悪いんじゃないかとすら思えてくる。

 

 駄目だろ、こんなん王にしちゃ。

 クーデター起こせよ。

 黙って従ったままでいるなよ。

 まあ今回は吾輩がなんとかしてやるけれども。

 

「…………」

 

 王女が父を見る目は、完全に汚らしいゴミを見るそれだった。

 吾輩としては、もっと早くそういう目で見てやっても良かったんじゃないかと思えてくる。

 彼女の境遇を思えば。

 

『――で、他には?』

 

「……ほ、他には、えぇと――」

 

 ここまで、この男はレティシアについて何も言及していなかった。

 こいつにとって彼女への仕打ちは、“悪事”として思いつかないほど“当然のこと”だったらしい。

 

『……娘に対して』

 

「は、はい?」

 

『自分の娘に対して、何か言うことはないのか?』

 

「――――!!」

 

 吾輩の言葉に反応したのは、しかし男の方ではなく、レティシアの方だった。

 驚いた顔をして、彼女は視線を吾輩の方へ向けてくる。

 

「……れ、レティシア、に――?

 は、はて……?」

 

 ――こいつ、本気で分かってないのか?

 

『自分の娘に、手を出したであろうがっ!!』

 

「ひ、ひぃいっ!

 いえ、あ、あれは躾で――ぴぃいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!!」

 

 娘に対する罪を自覚していない男に対し、吾輩は全力で“幻痛”をかける。

 

「きぃいいいいいいいいいいいいっ!!!

 ぴいいっ!! ぴぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!」

 

 男の口からは、人がまず発さないような、悲鳴に似た何かが漏れ出てくる。

 その激痛に、ジタバタと身体を動かすこともできず、国王とか名乗っていた男は白目を剥いてただ叫んだ。

 

『……娘に対して、言うことは無いのかと聞いている』

 

「――ぎ、ひっ? はひ、は、はひは――

 ……ず、ずびばぜんでじだぁあああああっ!!

 ずびばぜんっ!! ずびばぜんぅううううっ!!」

 

 頭を床にごりごりと押し付けながら、許しを請う男。

 

「ざ、差し上げまずぅっ!!

 魔王様も、ごの娘が気に入っていたのでずねっ!?

 差し上げまずっ! 差し上げまずがら、お見逃じぐだざいぃいっ!!」

 

 …………。

 ――この期に及んで、この有様。

 どんだけ性根が腐り果てているんだ、この男は。

 

『……姫よ』

 

「――っ!!

 な、なんでしょうか?」

 

 自分に矛先が向けられたと思ったか、彼女は一瞬怯んだが――すぐに持ち直す。

 父親と違って、なかなかの精神力だ。

 

『この男の処遇――お前に託そう』

 

「私が、ですか?」

 

「!?」

 

 それを聞いた男は、今度はレティシアに向かって媚びだした。

 

「れ、レティシア……ま、まさか父を見捨ては、しないよな……?

 お前を、ここまで育てなのは儂なんだぞ……?

 お前を、手厚く世話し続けたのは、儂なんだぞ……?」

 

 へらへらと笑いながら、王女の足に縋りつこうとする男。

 

「な、なぁ、レティシア。

 そ、そうだ、お前、勇者のことを好いていただろう!?

 本来許されんことだが、お前と勇者の婚姻を認めようじゃないか!

 うん、それがいい!

 国王である儂が認めるのだから、何の問題も無いっ!

 だからレティシア――」

 

「――黙れ」

 

「……え?」

 

 王女の口から、聞いたことも無い低い声色が発せられた。

 それは――憎悪の籠った声だった。

 

「……れ、レティシア、何を、言って……?」

 

「――黙れって言っただろうが、この爺っ!!!」

 

 罵倒の言葉を浴びせながら、姫は拳を男の顔面に打ち込んだ。

 

「げべっ!?

 ――れ、レティシア、父に、なんてことを……がふっ!?」

 

「お前なんて、父でもなんでもないっ!!

 この薄汚れた犯罪者がっ!!」

 

 殴られ、転倒した男へと蹴りを入れつつ、レティシアは怨嗟を投げつける。

 

「セリムとの婚姻を許す――?

 ふざけないでっ!!

 こんな汚れた体で、どの面下げてセリムと付き合えって言うの!!?

 子供の頃からずっとお前に弄ばれ続けてっ!!

 “初めて”さえ失って!!

 どうやって!!?

 ねえ、どうやって!!?」

 

「がっ! がふっ!? げひっ!?

 れ、レティシア、待っ――ぐがっ!?」

 

 王女は男を蹴り続ける。

 

「あの優しかったお兄様を殺したのもっ!!

 お母さまを奪ったのもっ!!

 全部、お前がやったんでしょう!!

 他にも罪を重ね続けて――!!

 そんなお前が許されるとでも思っているのっ!?」

 

「げぼっ! がぼっ! ぎっ! ぎゃっ!」

 

「死ねっ!!

 死になさい、爺っ!!

 お前が犯した罪を、少しでも後悔しながらっ!!

 死ねっ!! 死ねっ!!」

 

「んごっ! がっ! がぎっ! ごぼっ!」

 

 顔が変形し、全身痣だらけになった男を、なおも蹴りつけ、踏みつけるレティシア。

 このまま放っておけば、男は死ぬだろうが――

 

『姫よ、待て』

 

 ――吾輩は彼女を止めた。

 

「――な、何用ですか?」

 

『お前の気持ちはよく分かる。

 ……だが、子が親を殺すものではない』

 

「――え?

 ……ま、魔王?」

 

 加えて、よく見れば男を暴行し続けたレティシアの手足も、また傷ついていた。

 感情の赴くまま、裸のままでやっていたのだから、無理もないことだ。

 吾輩は、魔法でさくっとその傷を癒すと、彼女に告げる。

 

『服を着るのだ、姫よ。

 もうじき、“面白いこと”が起こる』

 

「――?

 分かりました」

 

 疑問符を浮かべながらも、吾輩の指示通り衣服を着だす王女。

 物わかりのいい子である。

 

 彼女の準備が整った、その直後。

 

「――何事がありましたか!!?」

 

 兵士達が、部屋へとやってきた。

 部屋での騒ぎを聞きつけたのだろう。

 

 ……それを見て、彼女は一瞬で理解したらしい。

 重ね重ね言ってしまうが、聡明な女性だ。

 

「――皆さん、狼藉者ですっ!

 ひっ捕らえなさいっ!!」

 

 そう言って彼女が指さしたのは――

 

「――え?」

 

 ――状況をまるで理解していない、国王とかいう男の方であった。

 

「な、何を言っておるレティシア!

 狼藉を働いたのは、あっちの――」

 

 男が吾輩を探そうとして、口ごもった。

 残念ながら、吾輩は既に部屋から姿を消している。

 

「王の部屋に侵入するとは不届きな輩めっ!!」

 

「ま、待て、儂が分からんのか貴様らっ!

 儂はこの国の王であるぞっ!!」

 

「何を寝惚けたことをっ!!

 自分の顔すら分かっておらんのかっ!!

 お前など、王とは似ても似つかんわっ!!」

 

「な、なにを――!?」

 

 兵士に指摘され、部屋の鏡を覗く男。

 そこには――

 

 ――幾度にもわたる激しい痛みで全身の毛が抜け落ち、形相が歪み。

 ――姫によって顔面が腫れ上がった、みすぼらしい老人の姿があった。

 

 謁見の間で見たような、威厳ある老人など、どこにもいない。

 

「王を騙るとは、不届き千万!!

 来い! 目的がなにか、洗いざらい喋って貰おうっ!!」

 

「生きて城から出れると思うなよ、罪人がっ!!」

 

「――や、やめっ、やめてっ! がっ!? うぎっ!!

 やめて、ください――があっ!? ぐあっ!?」

 

 今度は兵士達の手で殴る蹴るの暴行を受けながら、王は部屋から連れ去られていった。

 ……吾輩の耳に、側近の声が響く。

 

『如何でしたでしょうか、魔王様。

 良いタイミングだったはずですが』

 

『うむ、グッドだ、側近よ』

 

『お褒めに預かり恐悦至極。

 まあ、少し幻を見せて彼らの到着を遅らせただけですがね』

 

『それで、この後の手筈は?』

 

『それもご心配なく。

 あの男を入れる手筈の牢には、地獄への門を設置してあります。

 この前、子供を落としたような温い場所(矯正施設)ではなく、正真正銘、永遠と苦しみを味える地獄への入り口を。

 頃合いを見計らって、送ってやりますよ』

 

『うむ、任せた。

 ――先に帰っていてくれ。

 吾輩は姫に話がある』

 

『承知しました』

 

 そう言うと、側近の気配が消えた。

 吾輩は再度部屋へと出現し、姫に話しかける。

 

『姫よ、話がある』

 

「……私を、手駒にしたいのですね?」

 

『話が早いな、その通りだ。

 お前はあの男に代わり即位し、この国の女王となれ。

 そして、我が意のままに動くのだ。

 王は――まあ、魔王に殺されたとかしておけば良いだろう。

 証拠が必要とあれば、適宜用意する』

 

「――断れば、どうなります?」

 

『それが分からぬ程、お前は愚か者ではあるまい』

 

 まあ、あのまま帰っても良かったのだが。

 王城侵入などというどでかいことをやらかしたのだ、少しは魔王らしいこともやっておかねば。

 ……別に、このままレティシアを放置するのが心配だとか、下手に王族として担ぎ上げられてセリムとレティシアが会えなくなったら大変とか、思ってはいないぞ?

 

「――分かりました。

 但し、条件があります」

 

『ほう、なんだ?』

 

「私と勇者様を、もう二度と会わせないで頂きたいのです」

 

『――へ?』

 

 と、いかんいかん。

 つい間の抜けた声を出してしまった。

 

『な、何故だ?

 お前は、勇者のことを好きなのでは――』

 

「好きです、愛しています。

 しかし、もう私は穢れた身。

 その上、己の身の可愛さに、魔王とも取引したのです――彼に会わせる顔がありません。

 もし私を、勇者様の篭絡に使いたいというのであれば――」

 

『あ、あれば?』

 

「この場で喉を引き裂き、死にましょう」

 

 ……本気の目だ。

 吾輩がもしこの場で勇者と引き合わせるようなことを言えば、確実に王女は自殺する。

 そう信じさせる目だった。

 

 ――吾輩は、首を縦に振るしかなかった。

 

『わ、分かった。

 そこまで言うのであれば、考慮しよう。

 ……では、女王レティシアよ!

 これよりは、魔王の配下となり、その地位を吾輩に役立てるのだ!』

 

「――畏まりました、魔王様」

 

 ……うん、人の心なんて変わるものなんだし?

 こんなこと言いつつも、その内、想いが積もり積もって勇者に会いたくて仕方なくなることもあるだろう。

 その時になって後悔するがいい、王女よ!

 ちゃんと謝ってくんなきゃ、許してやんないんだからな!?

 

「……それで、魔王様。

 直近、どのように動けばよいでしょう?」

 

『ふむ……まあ、いきなり民を苦しめることもない。

 王が死んですぐに国の政策が悪化すれば、魔王の関与を疑われかねん。

 レティシアよ、可能な限り善政を執り行え。

 その為の知恵であれば、吾輩が幾らでも貸そう。

 くっくっく、自分達が慕う女王が魔王に下っていたと知ったときの民の絶望――さぞかし味わい深いものとなろう!」

 

「…………」

 

 あれ、王女がジト目で吾輩のこと見てる?

 おいおい、ちょっとちょっと、吾輩、君の上司よ?

 そういう目するのって、不敬なんじゃなぁい?

 

 そんな気持ちを抑えに抑え、なるべく威厳を保った声色で姫へと話しかける。

 

『……何か言いたいことがあるか?』

 

「……いえ、何でもありませんわ」

 

 返事をしたレティシアは――何故か、微笑んでいた。

 

 

 ――――――――

 

 

 

 “賢王レティシアの名は、ともすれば勇者セリム以上に有名であろう。

 若くして女王となり、数々の革新的政策を立案して国の発展に貢献した女傑である。

 その上、王制を廃止し、今日にまで続く共和制を築き上げた人物でもあるのだから、政治におけるその才覚は底が知れない。

 勇者の魔王討伐にも大いに貢献したと伝えられている。

 魔王最大の失策は、“当時の王を殺害し、彼女の即位を早めてしまったこと”とまで語られる程だ。

 

 そんな彼女であるが、生涯独身を貫き通したことでも知られている。

 身目麗しい女性であったため、多くの貴族・王族から求婚を受けたのだが――その全てを断ったのだ。

『国に全てを捧げたから』『彼女は国と結婚した』などと揶揄されるが、『王女レティシアと勇者セリムは恋人同士であった』とする説もある。

 確かに、王女と勇者は短い期間であるものの共に旅をしていたと記録されている。

 しかし、それ以降における2人の接触はどの資料にも記されていない――つまりは、完全な俗説だ。

 

 とは言ったものの、同じ時代に、同じ年頃の男女が英雄として活躍していたという事実。

 これに対して、民衆がロマンスを求めてしまうのも、致し方ないことなのかもしれない。

 歴史家として恥ずべき行為であるものの、筆者もまた、歴史の裏でこの2人がもし恋仲であったならば――と夢想してしまう”

 

 

 後世の歴史家 ネトラ・レーダ・メイヨウ 著

「勇者セリムの冒険」より



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最終話 そして伝説へ?
前編


 

 

 

 …………。

 

「…………」

 

 …………。

 

「…………」

 

 ……駄目、だったな。

 

「……駄目、でしたね」

 

 我々が女(魔物含む)を宛がって勇者を慰労――もとい、誑かしてやろうと思ったのだが。

 

「悉く、寝取られていきましたねぇ」

 

 本気で勇者を慕っていた娘も、吾輩直々に勇者に仕えるよう命じた娘も。

 

「金で雇った娘も、勇者への玉の輿を狙った娘も」

 

 全員、寝取られたなぁ……

 

「寝取られましたねぇ」

 

 最終的に雌ゴブリンまで寝取られた時はどうしようかと思ったよ。

 

「え? 一番男に狙われそうな美女でしょう?」

 

 それはお前だけだ。

 ……とにもかくにも、吾輩達の策謀空しく勇者セリムは未だに一人旅をしているわけで。

 

「最近はもう、誰かと一緒に居るのを拒否してますよね。

 なるべく人と関わらないようにしているというか」

 

 うむ。

 もう、親しい人を失う悲しみを味わいたくないのだろうなぁ。

 

「こうなれば、とるべき手段は最早一つしかありません」

 

 ん、なんだ?

 何かまだ手があったのか?

 

「はい。

 ……魔王様、これを」

 

 なんだその飲み薬?

 

「――性転換薬です」

 

 吾輩に女になれって言うの!?

 

「仕方ないんです!!」

 

 仕方ないのかよぉ!?

 いやよっ!!

 吾輩、男のちんぽを受け入れるなんてできないわ!!

 

「既に女言葉になってますが。

 しかし魔王様、考えてみて下さい。

 数々の厳しい試練を超え、親しくなった女は皆寝取られ。

 身も心も文字通りボロボロになった勇者が、やっとの思いでここに辿り着いたとき――

 今まで目標にしてきた魔王が、こんなぶよぶよビール腹をした豚みたいな醜悪顔なおっさんだと知れば!

 いったいどれ程の絶望が彼を襲うか!!」

 

 吾輩をこき下ろしすぎだろう!?

 っていうかな、言いたかないが吾輩がその性転換薬を飲んだとして、出来上がるのは豚の顔した女だぞ!?

 

「そこはほら、こういうののお約束として美女に変身できるんじゃないですかね?

 まあ、もし順当に不細工な女になったとしたら――」

 

 なったとしたら?

 

「――スパっと自害されては?

 これ以上勇者を苦しめてはいけませんよ」

 

 自殺してたまるか!?

 そこまで言うなら側近!

 お前が女になればいいだろう!!

 

「いや、私には愛する20人の妻と100人を越える子供達がいるのでそれはできません」

 

 多っ!!?

 何その数!!

 吾輩には伴侶なんて一人もいないのに!?

 

「魔王様は子供を作る必要が無いですからねぇ」

 

 必要性の問題じゃないんだよ!!

 心の問題なんだよ!!

 安らぎとか、幸福感とか、そういうのの問題なんだ!!

 

「――魔王様」

 

 な、なんだ側近。

 急に真面目な顔をして。

 

「結婚しても――幸せになれるとは、限らないんですよ?」

 

 どうしたその全てを諦めきった顔!!?

 お前の私生活いったいどうなってんの!!?

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 というわけで勇者の観察だ。

 

『もうその必要もないのですけれどね。

 セリムは既にいつ魔王城へ攻め入っても問題ない程の実力をつけていますし』

 

 ここまで長かったような短かったような。

 思い返してみるとセリム、女をことごとく奪われる以外に大して失敗とか挫折とかしてないよな。

 

『頭も良いし、力も強い。

 かなりパーフェクトな実力の持ち主ですよね。

 ――女性を必ず寝取られてしまうことを除けば』

 

 ……そこがでかすぎるんだよなぁ。

 

『……そうですねぇ。

 ああっと、勇者は自分の故郷に帰っているようですね』

 

 吾輩との最終決戦を前にして、自分の生まれ育って村で英気を養おうとしているわけだな。

 

『……ほとんどの街で親しい女性を盗られてますからね。

 ろくな思い出のある村や町なんて彼には無いでしょうし――

 まだ子供の頃の楽しい記憶がある故郷が、一番マシな場所なんでしょう』

 

 言ってやるな!

 言ってやるなよ、そんな残酷なこと!!

 

『すみません、魔王様。

 私も自分で言ってて涙が止まりません……』

 

 勇者は何も悪いことやってないのがなんともなぁ。

 まあ、不埒な輩は皆抹殺してきたけど。

 

『間男共はこの世に産まれてきたことを後悔しているでしょう、あの世で。

 ま、幾人かは生きたまま地獄に叩き落してやりましたがね』

 

 奴らの情けない面をいつか勇者にも見せてやりたいものだ。

 ――まあ、奴はこの仕打ちに対して怒り狂うだろうが。

 

『怒りますかね?』

 

 怒るだろうよ、だって奴は勇者だもん。

 

『……そう、ですね』

 

 ま、所詮吾輩達とは相容れぬということよ。

 ……さて、セリムは今、村長の家か。

 

『村人達から歓待を受けているようですね』

 

 うむ、旅立ちの日を思い出すのぅ。

 

「おお、セリム、飲め飲め!」

 

「お前がここを出てからもう1年近く経つが――こんな立派になるとはなぁ」

 

「魔王討伐より、セリムが無事でいてくれることが嬉しいよ」

 

 村の住人達は、勇者を囲んで笑いかける……が。

 

「――――」

 

 セリムには愛想が無かった。

 一応、それぞれに対応しているし、笑みも浮かべてはいるものの、どうも無機質だ。

 村に住んでいた頃の純朴な青年の姿はそこになかった。

 

「……セリムはどうしたんだろう、疲れているのか?」

 

「……無理もなかろう、長い旅じゃからのぅ」

 

 セリムから少し離れたところで、中年の男と老人が話をしている。

 老人の方は、確かこの村の村長だ。

 

「……魔王との決戦を前にして、心労が溜まっているのやもしれん」

 

「……なるほど」

 

「……この村での滞在が少しでも休養になってくれればいいのじゃが」

 

「……そうですね」

 

 村長はそんな勇者の気配を敏感に感じ取っていたようだ。

 セリムには聞こえないように小声で、彼の身を案じている。

 

『確かに勇者の心は今までの旅で摩耗しきっていますからね。

 村人が考えているような理由ではないのですが』

 

 そうさなぁ。

 

「――――」

 

 周囲へ失礼にならない程度には相手しているが……

 事情を知っている吾輩達からしてみれば大分無理をしていることも分かる。

 決して、この催しをセリムが嫌がっているわけでもないのだけれども。

 

 と、そこへ。

 

「セリム、来てるんだって!?」

 

 家の扉が開き、一人の少女が入ってきた。

 

「――――」

 

 勇者がそちらを見て、目を見開く。

 そこに立っていたのは――

 

「……なんだ、アリアか」

 

 村人の一人が呟いた。

 そう、そこに居たのはセリムが旅立つ日の前日、色々とアレなことをやったアリアである。

 

「えへへへ、セリム、久しぶりね。

 どうだったの、旅の方は?

 あたし、ずっと心配してたんだからね」

 

 言いながら、勇者へと近づいていくアリア。

 ……しかし、なんだな。

 

『凄い格好ですね、彼女』

 

 純朴で可愛らしかった顔はケバケバしい化粧で無茶苦茶になっている。

 着ている物も、似合っていた地味なスカート姿ではなく、ドギツイレベルで派手な衣装に変わっていた。

 

『一応、化粧品も衣類も大きな街で売っている高価な代物ではあるようですけど。

 メイクのセンスも着こなしのセンスも絶望的に皆無です』

 

 田舎者が思いっきり誤解して無理やり着飾っている――という感じだな。

 前に見たときは、内面はともかく外面はそれなりだったのに。

 

『村人もそう思ってるみたいですね。

 見て下さいよ、部屋の片隅で彼女を指さして笑ってる奴らもいますよ?

 他の連中も、なんだか冷めた目で見ているようですし』

 

 面と向かって指摘してやらないのは、優しさなのか薄情なのか。

 いや、吾輩もこんな格好の女がいきなり現れたら、正直あんまし関わりたくないが。

 

 ――む、あの女、村人を押しのけて無理やりセリムの隣に座ったぞ。

 

「こっちの生活はもう退屈で退屈でさ。

 毎日毎日同じことの繰り返し。

 あんたについて行っちゃえば良かったかも――なんてね♪」

 

 意味も無く――いや、彼女的にはあるのかもしれないが――勇者にボディタッチをしながら、アリアは続ける。

 セリムは露骨に嫌な顔をするが、それにはお構いなしだ。

 

「ねぇねぇ、村にはどれくらいいるの?

 なんならあたしがここを案内してあげよっか?」

 

「――――」

 

 勇者は実に適当な相槌をうつ。

 

「一年じゃなんも変わってないって?

 そりゃそうなんだけどさ、セリムだって久々の故郷を堪能したいでしょ?

 一緒に見て回って、前みたいにまた――」

 

「――――」

 

「え、ちょ、ちょっと、セリム!?」

 

 そこで勇者は席を立った。

 何も言わず、ドアへ向かって歩いていく。

 

「きゅ、急にどうしちゃったの!?

 ねぇっ! もっとお話しましょうよ!!」

 

 追おうとするアリアだが。

 

「よさんかアリア!

 セリムは長旅で疲れておるんじゃぞ!

 無理強いをさせてはならん!」

 

 何時の間にやら横に居た村長に引き留められた。

 

「――――」

 

 そうこうしているうちに、セリムは玄関をくぐり、外へ出る。

 

「待って!

 待ってよセリム!!

 お願いだからっ!!

 セリムぅううっ!!!」

 

 村長の家の中からは、そんな叫び声が聞こえてきた。

 

『……少々哀れな気もしますが』

 

 どうだかな。

 セリムに振り向いて貰えないと自分が死ぬんで、必死こいて取り繕っているだけにしか見えん。

 

『手厳しいですね』

 

 本当に改心し、勇者のことを考えているのであれば、あんな無理やりセリムに迫るような真似はせん。

 

『――確かに』

 

 まあ、あの女が死ぬまでに後数週間――せいぜい足掻くがいいさ。

 

『ちなみに、魔王様が勇者に倒されたらあの呪いはどうなるので?』

 

 ん?

 吾輩が死んじゃったら、当然かけてた呪いは無くなるよ?

 

『ああ、じゃあ順当にいけば彼女は助かるわけですか。

 もっとも、あんな奇行をしているようでは他の村人からの風当りは大分強くなりそうですがね。

 実際、彼女が蹲って泣いているというのに誰も慰めようとはしていませんし』

 

 うむうむ――って吾輩が勇者に負けるの前提で話を進めないでくれない!?

 

 

 

 ……さて、場面は変わって。

 

「あら、どうしたの?

 もうパーティーは終わり?」

 

「――――」

 

 勇者が向かったのは、彼の実家である。

 そこではセリムの姉セリナが夕飯の用意をしていた。

 出発の日と変わらず、綺麗な黒髪を長く伸ばした長身の美人は、セリムを優しく迎えてくれた。

 ……相変わらず、そそるプロポーションをした女である。

 

「――――」

 

「……そう、疲れたから帰ってきたの。

 仕方ないか、ずっと魔王との戦いをしてきたんだものね」

 

 彼女はふっと笑って、心配そうにセリムを見つめる。

 

「ごめんなさいね、セリムが疲れ切ってるだなんて分かりそうなものなのに。

 村長がぜひとも歓迎パーティーを開きたいって言ってきかないものだから」

 

「――――」

 

「十分楽しめたって?

 それは良かったわ。

 ――ところで夕飯はどうする?

 食べた後だからそんなにお腹へってないかしら?」

 

「――――」

 

「……きゃっ!?

 ど、どうしたのセリム!」

 

 急にセリナへと抱き着くセリム。

 そのまま彼女の胸に頭を埋め――勇者は泣き出した。

 

「……セリム?」

 

「――――」

 

 沈黙したまま語らぬ勇者。

 

「……辛いことがあったのね?」

 

「――――」

 

 勇者は小さく頷く。

 

「……私に話せる?」

 

「――――」

 

 勇者は首を横に振った。

 

「――そっか。

 うん、いいよ。

 言えないことだって、あるものね」

 

「――――」

 

「お姉ちゃんは気にしてないから大丈夫。

 ……ずっと、一人で旅してきたんでしょう?

 家族にも隠したいことの一つや二つ、できちゃうよね」

 

 優しく微笑んでから、セリナは勇者の頭をそっと撫でた。

 

「……こんなこと言ったら悪いかもしれないけど。

 私、少しほっとした。

 セリムは、やっぱりセリムなんだよね」

 

「―――?」

 

「……村に帰って来てからの貴方、ずっと別人みたいな顔してたから。

 もう、私が知ってるセリムじゃなくなったんじゃないかって不安だったの」

 

「―――!」

 

 はっとした顔で、勇者は顔をあげた。

 

「本当よ。

 ずっと仏頂面で、話しかけても全然返事してくれないし」

 

「――――」

 

 セリナは勇者の瞳をじっと覗き込みながら、話しかける。

 

「――セリム。

 もし、本当に辛いなら、逃げてもいいんだよ?」

 

「―――?」

 

「魔王を倒せなくなっちゃうけど……

 私は、それよりもセリムが大事だよ」

 

「――――」

 

 勇者の身体を、セリナが抱き返した。

 

「……大丈夫。

 皆がどう言っても、お姉ちゃんはセリムの味方だから、ね?」

 

「――――」

 

 ……そのまま、セリナの胸の中で涙を流し続ける勇者。

 しばししてから、彼女がふと口を開いた。

 

「……そうだ。

 セリム、明日は一緒に村を見て回らない?」

 

「―――?」

 

 つい先ほど、アリアが言ったのと同様の台詞を語り掛けるセリナ。

 

「懐かしの風景を見れば、セリムも少しは元気になるかな――てね?」

 

「――――」

 

 からかうような笑みを浮かべる彼女に、セリムは軽く頷き返すのだった。

 

『――色々溜まっていたものがあったんですねぇ。

 まあ、当然ですか』

 

 冒険自体は順調だったとはいえ、人間関係が最悪に近かったからなぁ。

 そりゃ泣きもするだろう。

 

『我々が少しでも彼の心の傷を癒せれば良かったのですが』

 

 それは叶わなかったなぁ。

 まあ、血の絆は強しというところか。

 積もり積もった感情を吐き出せて、勇者も精神的に大分楽になったことだろう。

 

『これで魔王様との戦いもばっちりですね』

 

 うむうむ――ん?

 それまずくない?

 

『何を今更』

 

 

 



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中編

 

 

 

 そして次の日。

 

「おはようございます、ワックさん」

 

「おお、セリナに――セリムじゃないか!

 なんだ、帰ってきたとは聞いていたけど、態々顔を出しにきてくれたのかい?」

 

「――――」

 

 2人は近所の道具屋を訪れている。

 田舎の店らしく、お世辞にも大きい店舗とは言えない。

 そんな道具屋の親父は、満面の笑みで彼らを迎えた。

 

「悪いねぇ、昨日は赤ちゃんの世話で歓迎パーティーに顔を出せなくて。

 挨拶はしようと思ってたんだけどねぇ」

 

「―――?」

 

 言う通り、ワックは赤ん坊を抱きながら接客している。

 

「うん、つい先月にね、産まれたんだ。

 夜泣きとか酷くて大変だけど、可愛いらしい子だよ。

 もうずっとつきっきりさ」

 

「仕事そっちのけで子育てしてますもんね。

 欲しいものがあったのに買えなかったって怒ってましたよ、近所のおばさん達」

 

「えー!?

 そんなことあったんだ。

 うわぁ、気づかなかったぁ……」

 

「あはは、冗談です。

 いえ、おばさん達が買えなかったのは事実ですけど、怒ってはいませんでしたよ」

 

「そ、そう?

 はは、それなら良かった」

 

「――――」

 

 3人が笑い合う。

 

「――――」

 

「うん、こんな可愛いなら、子煩悩にもなっちゃうよね?

 流石セリム、よく分かってる」

 

「適当にお世辞言っちゃダメよ、セリム?」

 

「――――」

 

「いやいや、そこは否定してよ!

 そうだ、セリムも抱いてみな?

 この子の可愛さがよく分かるから!!」

 

「―――!」

 

 自分の子供を渡そうとしてくるワックに、セリムは慌てて拒もうとする。

 

「あら、セリム。

 赤ちゃんを抱きたくないの?」

 

「――――」

 

「やったことないからって?

 大丈夫よ、教えた上げるから」

 

「ほらほら、持ってごらん、セリム」

 

 2人のレクチャーのもと、ぎこちなく赤ん坊を抱きあげる勇者。

 

「――――」

 

「おや、この子笑ってるよ。

 初めて会うのに、もうセリムに懐いちゃったかな?」

 

 緊張する勇者をよそに、赤ん坊はきゃっきゃと笑っている。

 その笑顔を見て、セリムも満更でもなさそうだ。

 

「……あ、そうそう、セリムに渡したい物があったんだった。

 まあ、ちょっとしたアイテムの詰め合わせなんだけどね。

 すまないんだけど、少しその子を見ていてくれないか?」

 

「――――」

 

「はは、気にしないでくれよ。

 僕からの気持ちだからね。

 ……ただ、少し嵩張るものなんで、セリナ、ちょっと手伝ってくれないかな?」

 

「はい、分かりました。

 セリム、少し待っててね。

 赤ちゃん、泣かしちゃダメよ?」

 

「――――」

 

 セリムが頷くのを見ると、2人は店の奥へと向かった。

 

「――――」

 

 勇者はというと、慣れないながらも赤ん坊をあやし始める。

 といっても、軽くゆらしたり笑顔で話しかけたりする程度だが。

 

『むう、なかなか筋がいいですね、勇者』

 

 そうなのか?

 

『ええ、あの手つき……一朝一夕でできるものではありませんよ。

 流石は勇者といったところか』

 

 へぇ。

 

『私は習得するのに百年はかかりました』

 

 それはかかりすぎだろう!!

 大丈夫なのかお前の家庭!?

 

『家庭のことは――聞かないで下さい』

 

 あ、うん。

 

「――――」

 

 セリムは少しずつ赤ん坊に慣れてきたようだ。

 奴の顔から緊張が少しずつ消えていく。

 

『……魔王様』

 

 ん、どうしたのだ、側近のよ。

 

『セリナ達、遅くないですか?

 ただアイテムを持ってくるだけにしては』

 

 そうか?

 そんなに時間も経ってないと思うが。

 色々な道具を詰めている最中なんじゃないか?

 

『勇者へ渡そうと予め用意してるもんじゃないですかね、こういうのは』

 

 ……言われてみればそうだな。

 少し確認してみるか。

 いや、セリナを“疑っている”わけでもないのだが。

 

『ええ、私も彼女を“疑う”わけじゃないのです。

 ただ、念のため』

 

 念のため、な。

 遠見の水晶を操作して、店の奥を映し出してみよう。

 

 

 

 ……と、出てきた出てきた。

 うん、奥の方は倉庫のようになっていたか。

 セリナが棚からアイテムを取って、袋に入れているな。

 特に問題は――あ。

 

「……はぁっ……ん、んんっ……あぅぅ……」

 

 ――問題ありまくりであった。

 今、セリナの後ろにワックが居るのだが――奴は後ろから彼女のスカートを捲り、その中へ顔を突っ込んでいた。

 

「……あっ……あ、あんっ……もう、止めて下さい……んぅっ……」

 

 セリナのショーツは既に脱がされ、綺麗な生尻が露わとなっている。

 そして道具屋の親父は、露出している彼女の女性器をぺろぺろと舐めていたのだ。

 

「……どうしたの、手が止まっているよ、セリナ」

 

「あ、うぅぅ……こんなことしてたら、セリムに怪しまれ……あっ」

 

「そんなこと言って――君のここからは愛液がどんどん流れてくるよ?

 身体は正直だねぇ」

 

 会話を挟みつつも、セリナの股間を舐め続けるワック。

 ……こ、こいつ、赤ん坊を持つ身だというのに、他の女に手を出しているのか!?

 しかも、すぐそこの店先には勇者と自分の子供がいるというのに!!

 セリナもセリナだ、何故拒まぬ!?

 呑気に尻突き出してる場合じゃないだろう!!

 

「――ぷはぁ、やっぱりセリナの淫液は美味しいなぁ。

 舐めれば舐める程、湧いてでてくるしねぇ」

 

「ああ、あ、あぁあ……言わないで下さい、そんなこと……ん、あぁああっ」

 

「まだまだこうしていたいけど、セリムを待たせているからねぇ。

 そろそろ終わらせてあげよう」

 

「ん、んんっ……そうして下さ――」

 

 彼女が言葉を言い終わるよりも前に、ワックはセリナのクリトリスを噛んだ。

 

「――あ、あぁあああああっ!!」

 

 その途端、大きな嬌声を上げるセリナ。

 ワックは構わず、陰核をカリカリと噛み続ける。

 

「いっ! あっ! ああっ!

 イクっ! イっちゃう!! あぁぁあああああっ!!!」

 

 身体を仰け反らせ、セリナは絶頂を迎えた。

 

 

 

「待たせちゃったね、セリム。

 はいこれ、プレゼント。

 近く魔王を倒す勇者の役に立つかは怪しいんだけどね」

 

「――――」

 

 倉庫から帰ってきたワックに渡された袋をのぞき込むセリム。

 そこには、かなり高価な治癒薬が数多く入っていた。

 

「―――!」

 

「はは、喜んで貰えて嬉しいよ。

 今日は一日、村に滞在するんだろう?

 皆、君に会いたがっていたから、挨拶してやってくれるとありがたい。

 僕みたいに、昨日のパーティーに出れなかった人も多いからね」

 

「――――」

 

 ワックの言葉に、首を縦に振る勇者。

 

「……そ、それじゃ、セリム、次に行きましょう」

 

「―――?」

 

「ん、んん、私?

 別になんともないわよ?」

 

 セリナは微妙に足をもじもじとしている。

 先程の絶頂がまだ余韻を残しているのか。

 

「……ではワックさん、私達はこれで」

 

「うん、“またね”、セリナ」

 

「!!……は、はい」

 

 ワックの意味深なイントネーションに、びくっと身体を反応させるセリナ。

 

「セリムも、魔王討伐が終わったら武勇伝を聞かせておくれ」

 

「―――」

 

 道具屋の親父にそう言われ、勇者は力強く頷いた。

 

『……魔王様』

 

 うむ、この男は抹殺リストに追加だな。

 

『はい』

 

 

 

 村を歩いているセリムとセリナ。

 そこへ、村の子供達がわらわらと走り寄ってきた。

 

「うわぁ、本当にセリムだっ!」

 

「セリム兄ちゃんだっ!!」

 

「本当に帰って来てたんだっ!」

 

「勇者だ、本物の勇者だ!!」

 

「――――!?」

 

 あっという間に子供達に群がられる勇者。

 彼らは一斉にセリムへと話しかける。

 

「ねえねえ、魔王ってもう倒したの?」

 

「ばかだな、セリムはこれから魔王を倒すんだよ」

 

「ずっと旅してたんでしょ、村の外ってどんなだった?」

 

「魔物とかズバズバ斬って倒してたの?」

 

「お宝とか手に入れた?

 すっごいアイテム!!」

 

「――――!!?」

 

 これだけの人数と一度に会話することなどできず、勇者はあたふたしている。

 

「ちょっと、皆!?

 セリムが困っちゃってるでしょ!!

 お話は一人ずつしなさい!!」

 

 見かねて、セリナが割ってはいる。

 

 

 

 ―――そんなこんなで。

 

「はーい、セリム、しつもーん」

 

「――――?」

 

「そのドラゴンはぁ、どうやって倒したのー?」

 

 村の広場を利用して、勇者への質問大会が急遽開かれたのであった。

 セリムは十数人もいる子供達の疑問に、一つ一つ丁寧に対応している。

 

『子供の質問なんて、もっと適当に答えてもいいと思うんですけどね』

 

 奴は几帳面だからな。

 どうしてもきっちり説明してしまうのだろう。

 

『子供の言葉一つ一つを真剣に捉え過ぎても、馬鹿を見るんですけどね……』

 

 ……そ、側近、何かあったの?

 凄い表情してるぞ、今のお前。

 

『いえ、何も――何も、ありませんよ。

 ……ところで、規模のわりに、子供の人数多いですよね、この村』

 

 子沢山でいいことだな。

 ……あの道具屋の親父のような阿保がいるせいかもしれんが。

 

『思い出させないで下さいよ、気分悪くなってきました。

 ……今すぐ制裁しちゃいますか?』

 

 いや、まだ勇者が村にいる。

 奴が村を出立してからの方がいいだろう。

 どんな屑であろうと顔馴染みが死んだことを知れば、勇者は余計な心労を抱いてしまうかもしれん。

 

『それもそうですね』

 

 うむ。

 

「はーい、勇者ー、質問質問ー」

 

「―――?」

 

「今までで一番美味しかった食べ物はー?」

 

「――――」

 

 ……説明会は滞りなく進んでいる

 ちなみに、説明会に飽きてしまったり、自分の番が当分先であったりする子供達は、セリナが少し離れたところで相手していた。

 実にほのぼのとした光景である。

 

 ――ほのぼのとした光景の、はずなのだが。

 

「へへへ、セリナのおっぱいでけー!」

 

「うちの母ちゃんよりでっかいなっ!」

 

「肌すべすべだー!」

 

 セリナが遊び相手になっている子供達は、彼女の肢体を無造作に揉んでいた。

 どうも、こちらは鬼ごっこをして遊んでいるようなのだ、が――?

 

「んっ……ちょ、ちょっと君達?

 鬼ごっこはどうしたの?」

 

「え、ちゃんと鬼ごっこしてるじゃん。

 俺、鬼の役ー」

 

「オレもー」

 

「僕も―」

 

「だからセリナにタッチしてるんだろー?」

 

「お、鬼は普通一人だけで――んんっ」

 

 子供の一人が尻を撫でると、セリナは一瞬身悶えする。

 

 ……なぁ、側近。

 

『なんでしょう』

 

 ちょっとあのガキ共、ボディタッチが多すぎじゃない?

 

『……確かに、多すぎる気もしますね。

 ただ、年齢を考えるとあれ位無邪気にやってもおかしくはないかも――

 子供に悪戯はつきものですし』

 

 そ、そうかな?

 ……側近と会話している間も子供達の手は止まらない。

 

「す、すぐそこに他の子達もいるのよ――んぁああっ!?」

 

「セリナ、ここ気持ちいいんだよな」

 

「おっぱいの先っちょ摘まむと、すぐ声だすよね」

 

 何人かの子供が、セリナの胸元や服の裾から手をつっこみ、彼女の胸を直接触り出した。

 ……これ、アウトだろ。

 無邪気の一言では庇いきれないセクシャルハラスメントだろ。

 

『……アウトですね』

 

 セリナも子供の手を払いのけないし!

 この村の倫理観どうなってんだよ!

 つーか、セリナの周りに男しか集まってないのもそういう狙いか!?

 

「あ、うぅう……んんっ……あっ……そこはっ……あぅっ!」

 

「セリナ、股が濡れてるぞー?」

 

「すっげぇ感じちゃってるっぽい」

 

 別の子供がセリナのスカートの中へ入り込み、股間を触り出した。

 さらに他の子が彼女の後ろへと回り込んで――

 

「うりゃ、かんちょー!」

 

「んぁああああああっ!?」

 

 ――セリナの尻穴に向かって、人差し指を思い切り突っ込んだ。

 

「おお、指全部ずぼっといった!」

 

「あっ!……あっ!……うそ、本当に、入って……あっ!……あっ!」

 

 感じ入るように、セリナはびくびくと身を震わせる。

 

「よーし、じゃあこれはどうだ!」

 

「あぁあああああっ!?

 そ、それダメェっ!

 んぉおおっ! おっ! おっ! おおっ! おぉおおおおっ!!」

 

 後ろの穴に挿したまま、指をぐりぐりと回転させる子供。

 その動きに、セリナはたまらず嬌声を漏らす。

 

「あー、お前ばっかずるーい。

 オレもセリナに気持ち良くなってもらお!」

 

「ボクも頑張るぞー!」

 

「皆、力を合わせてセリナをイかせるんだっ!」

 

 彼女を囲うガキ達が、一斉に動きだした。

 セリナの乳を、尻を、股を、多くの手が弄り始める。

 

「あっ! ダメ、ダメっ!!

 ああ、あぁあああっ!

 あぁあぁあああああああああっ!!!」

 

 ……セリナが絶頂するまで、そう長い時間はかからなかった。

 

「――なあ、セリナ」

 

 イった反動で身体から力が抜け、へたり込んでいるセリナにガキの一人が話しかける。

 

「今度はお前が鬼なんだぞ」

 

「そうそう、“俺達”を触ってくれよな」

 

「……え?」

 

 そんなことを言うガキ共は皆、股間を露わにしていた。

 全員が全員、自分のイチモツを反り返るほどに勃起させている。

 

「……じゅ、順番に、ね?」

 

 顔を赤く染めながらも、セリナはしっかりとそう答えた。

 

 

 



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後編

 

 

 

「次は――マドックおじさんとルミーヌおばさんのところへ行ってみましょうか」

 

 子供達との“遊び”が終わり、再び村を回り出したセリムとセリナ。

 ……よくよく見ると、彼女の身体のあちこちには白濁した液体が付着しているのだが――幸いにも、セリムは気付いていないようだった。

 

『ひーふーみー……いやぁ、制裁リストが捗りますね』

 

 捗って欲しくはないんだけどなぁ。

 まあ、あのガキ共には子供だからといって何をしてもいいわけではない、ということを嫌というほど思い知らせてやろう。

 

『地獄がにぎやかになりますねぇ』

 

 まったくだな。

 ……さて、次はこの村唯一の宿屋に向かうのか。

 

『そのようで』

 

 無事に済めばいいが……

 

「――――」

 

「そうね、村に住んでると、宿屋に泊まることないものね。

 せっかくだから、今夜は宿屋に泊まってみる?」

 

「――――」

 

「またの機会に?

 そう、2人ともセリムに泊まってもらおうと意気込んでたんだけど……」

 

「――――」

 

「大丈夫よ、別に気を悪くするような人達じゃないし」

 

 会話をしながら2人は目的地に進んでいく。

 程なくして、宿屋らしき建物の目の前についた。

 やはり田舎なのでどうにもぱっとしない外見の宿である。

 

『まあ、こんな村で豪華な店があったら不自然極まりないですけどね』

 

 そうなんだけれど、色々な街を巡った後に見ると少々貧相さが際立ってしまうな。

 いや、失礼千万は承知しているが。

 

「―――――」

 

「おじさん、おばさん、こんにちは」

 

 宿の扉を開ける2人。

 すると中から――

 

「ふざっけんなよ、お前!!

 そんなもんセリムに出せるかよっ!!」

 

「ふざけてんのはあんただろ!!

 あたしの用意した料理に文句あるってーのかいっ!?」

 

 ――中年夫婦が喧嘩の真っ最中であった。

 おそらく男の方がマドックで、女の方がルミーヌか。

 

「―――!?」

 

「ちょ、ちょっとお二人とも!?」

 

 慌てて仲裁に走るセリムとセリナ。

 しかし、夫婦喧嘩は収まる様子を見せず。

 

「俺ぁもっと豪華なもんを用意しろっつんだよ!!」

 

「長旅と昨日の宴会で疲れたセリムに、そんな重い料理要らないよっ!!」

 

「ああっ!?

 お前にゃ日々魔王討伐のために頑張ってる勇者への感謝はねぇのかよっ!?」

 

「だからっ!!

 疲れたセリムの胃にはもっとあっさりした味付けの料理が適してるっつってんの!!」

 

「てめぇ――――!!」

 

「なにさ――――!!」

 

「――――!!」

 

「うぉっ!?」

 

「あわっ!?」

 

 セリムが無理やり二人の間に割って入る。

 

「せ、セリムっ!?

 それにセリナもっ!!」

 

「もう来てたのかいっ!?」

 

「――――」

 

「あははは、先程からいたんですけどね」

 

 苦笑いを浮かべながら、セリナも宿の中に入ってきた。

 

「……ちっ!

 仕方ねぇ、セリムの顔に免じてここは引いてやらぁ!」

 

「そりゃこっちの台詞だよこのごく潰し!」

 

「あんだとババァっ!?」

 

「正直に言ったまでだろ!?」

 

「お二人とも、ストップ! ストップです!!」

 

「――――!」

 

 再度喧嘩を始めようとしだす夫婦を、今度は姉弟で止める。

 どうにか鎮火できたようだが……

 

「――くそがっ!」

 

「んんっ!?

 あんた、どこ行くのさ!?

 セリムが来てんだよ!?」

 

「ちっと頭を冷やして来るんだよっ!!

 てめぇが居るとイライラして仕方ねぇっ!!」

 

 怒鳴り散らした後、宿の階段を上がっていくマドック。

 ルミーヌの方はセリナとセリムの方へ向き直ると、軽く頭を下げる。

 

「……本末転倒というかなんというか。

 ごめんねぇ、2人とも。

 恥ずかしいところ見せちゃってさ」

 

「――――」

 

「いえ、そんなことは。

 今日はどうしたんですか?」

 

「いや、セリムが帰ってきたっていうから、美味しい料理でもごちそうしようって話になったんだけどね。

 あいつはとにかく高価な食材で豪勢な料理にしようっつって来たんだけど、セリムは昨日も宴会してただろ?

 だからあたしはもっと軽く食べれる料理を用意したんだけどねぇ、それが気にくわなかったみたいでさ」

 

「あ、ああ、それで……」

 

 そんなことであんだけ激しい喧嘩してたのか。

 

『いや、夫婦喧嘩にちゃんとした理由があるだけマシですよ?』

 

 ……今回、ちょこちょこ突っ込んでくるね、側近。

 お前の家庭は本当に大丈夫なの?

 

『…………』

 

 だ、黙るなよ。

 不安になるだろ。

 

「せっかくセリムが来てくれたってのに、怒って2階行っちゃうとか、もう何考えてんだか。

 もう夕飯にもいい時間になってるっつうのに」

 

「あー、なら私がおじさん呼んできますよ」

 

「いいのかい?

 悪いねぇ、セリナ」

 

 2階に上がろうとするセリナに勇者が声をかける。

 

「―――?」

 

「私一人で大丈夫よ、セリム。

 貴方はおばさんの相手をしてて?」

 

「――――」

 

 そう言ってセリムの申し出を断ると、彼女は階段を上がっていった。

 

「はは、それじゃお言葉に甘えて、セリムにはあたしの世間話に付き合ってもらおうかな」

 

「――――」

 

 ルミーヌの言葉に軽く頷くセリム。

 ……それが、中年おばさん特有の長時間質問攻めに繋がることに、まだ勇者は気付いていないのであった。

 

 

 

 さて、勇者は一先ず置いといて、セリナかな。

 ……当分おばちゃんとの世間話は続きそうだし。

 

『やはり、覗きますか』

 

 今までのことがあるからねぇ。

 確認しといた方がいいだろう。

 

『はい』

 

 水晶にマドックとセリナの姿を映し出して、と。

 ……うわぁ。

 

「くそっ!

 あのババア、調子こきやがって!!」

 

「あっ! あっ! あっ! あっ! あっ!」

 

 宿の一室。

 そこには、セリナの喘ぎ声が響いていた。

 

「俺のやることに逐一文句言ってきやがる!

 俺を否定しなきゃ生きていけねぇのかよ、あいつはっ!!」

 

「あっ! あっ! マドックさん、も、もうっ! あっ! ああっ!」

 

 マドックは後ろからセリナを押し倒し、スカートを捲りあげてそのままバックから彼女をハメているのだ。

 奴が腰を動かすたびに、セリナの大きくて綺麗な尻がプルプルと揺れ、その口からは嬌声が漏れる。

 

「セリナもそう思うだろっ!?

 あの女が、口うるさいってよっ!!」

 

「あっ! ああっ! あっ!

 そ、そんなことは――」

 

「――そこは“はい”って言えよっ!!」

 

 マドックが腰を激しく突き動かした。

 途端にセリナの喘ぎが大きくなる。

 

「あぁぁあああああっ!!

 は、はいっ! あっ! あっ! あっ!

 はいぃいいっ!!」

 

「おお、セリナは優しいなぁ。

 それに比べてあの女は、よっ!」

 

 マドックはセリナの服を引き裂き、彼女のおっぱいも露出させる。

 ――プルンとした実に形の良い巨乳だ。

 それを乱暴に揉みしだきながら、マドックはなおもセリナを責め立てる。

 

「あっ! ああっ! あっ!

 マドック、さんっ! セリムを、待たせてるんですっ!

 あっ! あっ! あっ! あっ!」

 

「もうちっと位いいだろう。

 ……しかしセリナのまんこは極上だな。

 何年使ってやっても締め付けが衰えねぇ。

 あのババアのガバマンとは偉い違いだっ!」

 

「そ、そんなこと――あっ! ああっ! あっ! あっ!!」

 

 ……今、“何年”とか言ったか?

 

『……言いましたね。

 つまりこの男、勇者がこの村を出る前から何度も彼女を抱いて――』

 

 おぉいっ!

 なんだそりゃあっ!!

 出発前日の姉弟のやりとりの裏で、実はそんなことヤってたのかよぉ、セリナぁっ!!

 

「なぁセリナっ!

 なんなら、本気で俺の嫁になっちまえよ!!」

 

「あっ! あっ! ああっ! んぁあああっ!

 だ、ダメです、それはっ! あ、ああぁぁああっ!!」

 

「何でだよっ!!

 いいだろ、お前も俺のちんこをこんなに気に入ってるじゃねぇか。

 すげぇ勢いで咥えこんでるぜ、お前のまんこっ!!」

 

「んっ! あ、あ、あ、あ、あっ!!

 それは、私の意思じゃ――あっあっああっああっあああああっ!!!」

 

 マドックはセリナの腰を掴んで、彼女の膣をガンガン突き責める。

 

「どうだっ! えっ! どうだよ、セリナっ!

 俺の嫁になれば毎日これが味わえるんだぜっ!?

 なれよっ! なぁっ! なっちまえよっ!!」

 

「あっ! あっ! あっ! あっ!

 ダメェっ! あっ! ああっ! ダメぇっ!!」

 

「何がダメだっ!

 お前のまんこは俺の子を孕みたくて仕方ねぇみたいじゃねぇかっ!

 自分でも分かるだろ、俺のちんこがお前の子宮叩いてるのがよっ!!」

 

「あっ! あああっ! んぁああああっ!!

 あぅっ! ああっ! あぁぁあああっ!!」

 

「降りてきてるんだよっ!

 セリナの子宮が、俺の子種を欲しくて降りてきてるんだよっ!

 これでも俺の嫁になりたくねぇってのかっ!!」

 

「あっあっあっあっあっあっあああっ!!

 んぅうううっ! あぁあぁあああっ!!」

 

 ピストンをさらに加速させるマドック。

 セリナの声も最高潮に昂ってきた。

 

「イクぞ、セリナっ!

 俺の精子をお前に注いでやるぞっ!!」

 

「あっあっあっああっ!

 私も、イキますっ! イっちゃいますっ!

 あっああっああっああっああああっ!!」

 

「うぉおおおっ!!

 孕め、セリナっ!!

 俺の精子で孕めぇええっ!!」

 

「あぁぁああああああああああっ!!!」

 

 マドックは自分の精液をどくどくとセリナの膣へ吐き出した。

 同時に彼女も大きく仰け反り、盛大に絶頂を迎える。

 

「……まったく、これだけヤっても首を縦に振らねぇのか。

 お前も大概強情だな」

 

 セリナの首筋や顔を舌で舐めまわしながら、マドック。

 

「……はぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……ん、んんっ……

 マドックさんには、ルミーヌさんがいるじゃないですか……はぁっ……はぁっ……」

 

「はは、言いやがる」

 

 一通り舐めたところで、マドックはセリナから離れると、身だしなみを整えた。

 

「じゃ、そろそろ俺は下に行くぞ。

 セリムの奴に料理を振る舞ってやらないといけねぇからな。

 片付けは任せたぜ」

 

「……え?

 あ、あの、私の服は……?」

 

「それは適当にどうにかしてこいよ。

 じゃあな」

 

 言うだけ言って、マドックは階段を降りていく。

 彼に服を破かれ、おっぱいが丸出しになっているセリナを残して。

 

 

 

 ――幸運なことに、他の客室に前の客が置いていた服があったので、セリナは事なきを得た。

 

 

 

 そして、夜。

 

「――――」

 

 勇者は自分の家のベッドで寝ていた。

 すったもんだの挙句、セリナとセリムの2人は宿で御馳走を堪能してから帰宅したのだった。

 

『ぐっすり眠れているようですね。

 子供のような表情で』

 

 最近のセリムは、うなされることが多かったからな。

 ここまで安らかな睡眠がとれたのは久々のはずだ。

 こんな村でも、一応は勇者にとっての癒しとなったんだな。

 

『勇者に隠れてヤってましたからね。

 露見していたらどうなっていたことやら』

 

 セリムには何も知らないまま旅だって欲しいものだ。

 ――そうしたら制裁リストにある連中を全てぶッ殺してやるから。

 

『……ところで、魔王様。

 気付きました?』

 

 ――ああ、そセリナの姿が見えないな。

 もう真夜中だというのに。

 

『いつの間にか家を出ていたようですね。

 もう真夜中だと言うのにどこへ行ったんでしょうかね?』

 

 うん、真夜中なのになぁ。

 

『真夜中なのに』

 

 …………。

 

『…………』

 

 ……なあ、側近。

 

『……ええ、魔王様』

 

 ……吾輩、凄く嫌な予感がする。

 

『……奇遇ですね、私もです』

 

 確認しなくちゃ、だよなぁ。

 

『もういっそこの村全部焼き払ってもいい気がしますけれども』

 

 いや、そういう短絡的な行動をとってはならん。

 罪のない者を傷つけるのは、吾輩のポリシーに反する。

 

『……分かりました。

 では、セリナの行方を追いましょう』

 

 うむ。

 

 

 

 結論から言えば、彼女は村長の家にいた。

 昨日の夜、セリムの歓迎パーティーを開いた場所だ。

 そこでは――

 

「んぁああああああっ!!!

 あっ! あっ! あっ! あっ! あっ!

 あぁぁああああああっ!!」

 

 村長の家の中では、セリナを何人もの村の男達が囲んでいた。

 全員が裸になって、彼女に群がっている。

 

「あぅっ! んっんんっんんっ!

 あぅうっ! あんっあんっあんっ!!」

 

 2人の男がセリナを押し倒し、彼女の前後の穴へと性器を埋めていた。

 それ以外の連中は、思い思いにセリナの肢体を――豊かな胸を、締まった腰を、美しい尻を――舐め、揉み、弄っている。

 ……まあ、部屋の隅で休憩中の奴らもいるようだが。

 

「んぅううっ! ま、待って! あぁあああっ!

 ちょっと、休ませて――あっあっあっあっあっ!」

 

「おいおい、このペースじゃ夜が明けちまうじゃねぇか」

 

「今、セリムが来てるんだろ?

 あんま遅くなっちまうとまずいだろう。

 朝にはちゃんと家に帰っとかねぇとよ」

 

「そ、んな……あっあっあっあっあぅっ!

 もう、私、限界で――ああっあぁあああああっ!!」

 

 休憩を欲するセリナだが、男達は一切気にしない。

 寧ろ、身体の彼女を一層乱暴に扱いだした。

 

「よーし、今夜2発目だっ!」

 

「あ、あぁぁああああああっ!!!」

 

 膣を使っていた男がセリナへと思い切り股間を叩きつけた。

 びくびくと身体を震わせ、彼女の中へ精液を吐き出している。

 

「おい、終わったなら早く変われよ」

 

「ああ、悪い悪い」

 

 男がセリナのまんこからイチモツを抜き取ると、彼女の股間からはごぽっと白い液体が流れ落ちた。

 一人だけの量ではない――既に何度も精を注がれたのであろう。

 

「さて、今度は俺のを頼むぜ、と」

 

「んんんっ!!

 あぁああっあっあっあっあっあっ!!」

 

 入れ替わった男はすぐに彼女の性器へと愚息をぶち込む。

 

『予想通りの展開ではありますね。

 今度は輪姦ですか』

 

 予想を裏切って欲しかったなぁ、本当に。

 さっき側近が言ってた通り、この村全部制裁しちゃってもいいかもわからんね。

 

 ――っと、誰か来たな。

 

「――まだやっとるのか、お前等は」

 

 お、爺が登場してきたぞ。

 

『村長ですね。

 まあ、ここは奴の家ですから、居るのは当然ですか』

 

 こいつらを止めに来た――わけがないか。

 寧ろこいつが主導してるんだろうなぁ。

 

「セリムが帰ってきておるというのに、全く何をやっておるのか」

 

「いや、それは俺も言ったんだけどよ。

 これでもさっさと済ませようとしてたんだぜ?」

 

「言い訳無用じゃ!

 ほら、もういい時間なんじゃから、今日はここで解散とする!」

 

「えーっ!?」

 

「マジかよー」

 

「でもさ、セリナの奴もまだ物足りなさげだぜ?

 もうちょっと――」

 

「ああ、それは儂の方で相手してやるから問題ないわい」

 

「なっ!?」

 

「この爺、最初からそれが狙いか!」

 

「ふんっ! ちまちま遊んどるお前らが悪いんじゃいっ!」

 

 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら、しっしっと男達を手で払う村長。

 彼らも村長には逆らえないのか、素直に従う。

 

「さーて、セリナ。

 まだ誰にも種つけられとらんかのう?

 “また”儂の子を産んでもらえるかのう?」

 

「うわ、出たよ、村長の巨根」

 

「ギンギンじゃねぇか、年齢考えろよ、爺」

 

「うっさい!

 儂はまだまだ現役じゃ!」

 

 ズボンを脱いだ村長の股間には、老人のソレとは思えない程でかい肉棒がぶら下がっていた。

 ……どんだけだ、この爺。

 

「ほらほら、セリナ、さっさと股を開かんか!」

 

「……は、はい」

 

 村長の言葉に、セリナはいそいそと股を開く。

 精液でどろどろになった彼女のまんこが、村長の前に曝される。

 

「ほいじゃ、いくかのっ!」

 

「あ、あぁああああああああっ!!!」

 

 掛け声一つで、村長は一気に自分のイチモツをセリナへと埋め込む。

 

「おうおう、いつ味わってもセリナの中はええのぅ。

 お前に“村の子を増やす”役目を命じてからもう大分経つが――

 はは、使い込めば使い込む程、味が増しよる!

 これも勇者の血によるものなのかのぅ?」

 

「あっあっあっあっあっあっ!! お、おっきいっ! おっきぃいいっ!!

 ああっ! あっ! ああっ! 私の中、ゴリゴリしてるぅっ!! あっあっあっああああっ!!」

 

 村長の肉棒が出入りするたびに、その“カリ”によってセリナの膣に溜まっていた精子が掻き出されていく。

 その様子を見て、男達はため息を吐く。

 

「おいおい村長!

 せっかく注いだオレらの精子がセリナから無くなっちまうじゃねぇか!」

 

「儂のちんこに負ける程度の子種でセリナを孕ませるわけにはいかないのぅっ!

 のうセリナ、お前も儂の子を孕みたかろ?」

 

「あっあああっあっああっ!

 あぅっあっあっあっあっあっあっ!!」

 

 セリナに話しかけるが、彼女はそれどころではない。

 村長の巨大な肉棒による激しい突き上げに、ひたすら喘ぎ続けている。

 

「かーっ!

 あんた、またセリナに子供産ませる気かよ。

 去年、出産させたばっかだろうが!」

 

「今度こそ俺が種付けしてやろうと思ってたのによ!

 俺だってセリナに子供産んで欲しいっつーの!」

 

「俺達にだって、セリナと子を作る権利はあるんだぞっ!!」

 

「何言っとるんじゃ!

 “つい先月に産まれた子”は、“道具屋のワック”が仕込んだ種だったじゃろが!

 自分らの不甲斐なさを棚に置いて、儂のせいにするでない!!」

 

「それも納得いかねぇんだよなぁ。

 あんなデブなおっさんの子供をセリナが孕んじまうなんて」

 

 セリナを責めながら、男達と言い争う村長。

 

『……魔王様、彼らの会話聞いてて思ったんですが』

 

 皆まで言うな。

 吾輩も検討ついている。

 

『セリナは、この村の男達との子供を何度も出産しているということに』

 

 ……もう何も言えねぇ。

 セリムを慰めてたあの台詞は何だったんだ。

 村の男連中全員とずっこんばっこんヤリ続けてたってことかよ。

 アリアといい、どうなってんだこの村。

 貞操観念低すぎだろう。

 

『――田舎の風習ですかね。

 村民の数が減らないように子供を一定数確保するため、一人の女性を皆で共有するとか――まあ、よく聞く話ではあります』

 

 滅んじまえ、そんな田舎。

 いや、この村はこれから滅ぼすんだけどさ。

 

「いやぁ、締まるっ!

 本当にセリナのまんこはよく締まるっ!

 歴代の“子作り役”の中では最高の一品じゃっ!」

 

 村長の爺は、さらに激しく彼女を責めていた。

 太い“棒”が凄い勢いでセリナの膣を行き来する。

 

「ああっ! あっあっああっ!

 村、長っ! 激し、過ぎますっ! んんっあぁあああっ!!

 私の子宮っ! あっ! あっ! あっ! 壊れちゃいますぅっ!!」

 

 涎や涙を垂らして、懇願するセリナ。

 彼女の嬌声は、今までのどの男に対してよりも大きかった。

 

「なに、この程度で壊れやせんっ!

 今までも散々ヤってきたじゃろうがっ!」

 

「あっあっあっ! そ、そんなっ!

 ああっ! あっ! ああああっ!」

 

「――んんっ?

 セリナの中から精液がなくなったのぅっ!

 かかかっ! これで儂の独壇場というわけじゃなっ!!」

 

 幾らカリで掻き出してもセリナの膣内から精子が出てこないことを確認すると、村長は高らかに笑った。

 実に醜悪な笑い声だ。

 

「よぉし、そろそろ出るぞっ!

 儂の子種をお前にしっかり植え付けてやるからのぅっ!!」

 

「あっ!! あああっ!! あっああっああっあああっ!!

 んんぁああああああっ!!!」

 

 パンパンと音を立てて村長の腰とセリナの股間がぶつかる。

 彼女は白目を剥きかけながら、ヨガり狂っていた。

 

「さぁセリナっ!

 儂の種じゃっ!

 よく味わえいっ!!」

 

「あぁあああああっ!! 熱いっ! 熱いぃいっ!!

 あぁぁああぁあああああああああっ!!!!」

 

 村長が射精した。

 その精液の量は余りに膨大のようだ。

 セリナの膣内に収まりきらず――肉棒がまだ挿入されているというのに――ゴボゴボとまんことちんこの隙間から漏れ出している。

 

「どうじゃ、こんだけやれば流石に着床したじゃろうっ!」

 

「あっ……あっあっ……

 孕み、ました……これ、絶対、孕みましたぁ……」

 

 満足げな笑みを浮かべる村長と、呆然としながら自分のお腹をさするセリナ。

 その様子を見た男連中には、諦めムードが漂いだした。

 

「あーあ、こりゃ次の子供は村長ので決まりかな」

 

「く、悔しいぃいいいっ!!

 今回こそはと思ったのにっ!!」

 

「他の女探すかぁ。

 アリアとかどうだろ?」

 

「あいつ、ダンが死んでからセリム一筋じゃなかったっけ?」

 

「今更セリムがこんな田舎の女に振り向くわけねぇじゃん。

 あいつ、王女様とも面識があるんだろ?」

 

「実際、昨日振られてたみいだしな」

 

「おし、じゃあアリアに子供作ってもらうか。

 あの女、最近変な格好してること多いけど――元々の素材はいいし、イケるだろ」

 

「それじゃあ、明日セリムが村を出たら、早速囲っちまおうぜ」

 

「ああ、セリナみたいに従順な“子作り役”になるよう、徹底的に調教してやらないとな!」

 

 笑顔で、なんとも薄気味悪い相談をする男達。

 ……うん、こりゃダメだ。

 

『殺っちまいますか?』

 

 なるべく苦しむやり方でな。

 一応、全く無関係な者は除外するが……この有様を見るに、ほとんどいなさそうだなぁ。

 セリナは――セリムのためだ、生かしておいてやろう。

 

『いいのですか?』

 

 勇者に残された唯一の肉親だから、な。

 こんな浅ましい姉とはいえ、居なくなるのは寂しかろう。

 

『……そうですね』

 

 では側近よ、明日までに“関係者”を全て洗い出しておくのだ!!

 

『御意っ!』

 

 

 



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終編

 

 明くる日。

 皆に惜しまれながらセリムは再び故郷を発った。

 村近くにある小高い丘に着くと、勇者は後ろを振り返る。

 魔王(吾輩)との戦いを前に、故郷の姿を目に焼き付けておこうとしているのだろう。

 村を見つめる勇者の顔は晴れ渡って――え?

 

「――――」

 

 ……晴れ渡ってなどいなかった。

 勇者の顔は、その顔は――

 

「――――」

 

 ――全ての感情を、失くしていた。

 喜怒哀楽、あらゆる表情が抜け落ち、ただただ虚ろな目で村を見ていたのだ。

 

『ま、まさか勇者は、昨日のことを全て気付いていたのでは……?』

 

 ……あり得るな。

 あんな近くで痴態を晒したのだ、セリム程の洞察力をもってすれば、寧ろ気付いていない方がおかしいか。

 

『つまり自分の姉が村の男達と交わっているのを見て見ぬふりしていた、と。

 自分の姉すら、他の女と変わらないという現実を見せつけられ、それでも表向き平静を保っていた……?』

 

 そういうことになる。

 ……すまぬ、勇者よ。

 お前のためと思い込み後手に回ったのが、お前をさらに傷つけることになってしまうとは……!

 

『魔王様……』

 

 側近よ、徹底的に奴らをいたぶるぞ!

 この世の地獄をたっぷり見せた後、本当の地獄に送ってくれる!!

 

『はいっ!

 ――ってあれ?

 ま、魔王様、勇者が――』

 

 んん?

 

「――――」

 

 勇者が呪文を唱え始めた。

 あ、あれは――

 

「―――!」

 

 ――あれは、極大雷呪文!?

 ちょっと待て、何するつもりだ勇者っ!?

 

『ゆ、勇者の頭上にバカでかい雷球が!!

 遠見の水晶を介してすら伝わるこの魔力っ!!

 魔王様のソレを超えているやも――!』

 

 そこはせめて比肩していると言え!!

 何はともあれまずいぞ、まさか勇者、あの雷で村を焼き払うつもりなのかっ!!

 ……溜まりに溜まり過ぎた鬱屈が、セリムの中で爆発したか!!

 

『あんな“モノ”を放てば、あの程度の村一たまりもありませんよ!!

 ――ん? でも、それ問題なくないですか?

 これからあの村は我々によって壊滅されるわけですし、勇者がそれをやっても――』

 

 馬鹿者っ!!

 いいか、口惜しいことに、奴らは人間の屑だが明確な罪を犯したわけではないっ!!

 つまり定義上は無辜の民と変わらんのだっ!!

 そんな連中を、勇者に殺させるわけにはいかん!

 それは必ずや勇者の心にしこりとなって残り、彼をさらに苦しめることになるだろうっ!!

 

『な、なるほどっ!!

 では――』

 

 今すぐ出るぞっ!!

 急げ、側近っ!!

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 勇者が生み出した雷球がさらに巨大さを増していた。

 

「――――」

 

 雷が十分に育ち切ったことを確認すると、セリムは手を振りあげる。

 そして、村の方向へ向かってその手を振り下ろし――

 

「―――!?」

 

 ――雷が射出されるその前に。

 村に、禍々しい光を放つ炎が空より降り注いだ。

 

「―――!?

 ――――!!?」

 

 突然のことに事態を飲み込めないでいるセリム。

 そうしている間にも、村の家は焼かれていき、人々は逃げ惑う。

 

「―――!!」

 

 さらに勇者は目を見張る。

 村に魔物が現れ始めたのだ。

 逃げる村人を次々に襲っていく魔物達。

 ある者は泣き喚き、ある者は命乞いをして――そして魔物に食い殺される。

 

 ……まあ、襲っているのは昨日セリナとアレコレしてた奴らとそれを企てていた関係者に限定しているのだけれども。

 それ以外の人達は保護するよう側近に命じてある。

 

「――――」

 

 村が襲われているというのに、勇者の身体は動かなかった。

 ……それを責めるつもりは欠片も無いが。

 

 吾輩は中空に姿を現すと、セリムに話しかける。

 

『どうかね、勇者よ。

 自分の村が滅びゆく様を見せつけられる気分は?』

 

「――――!?」

 

 空を浮かぶ吾輩を見たセリムは、口を開いた。

 

「―――!」

 

『そうだ、お初にお目にかかる。

 ――吾輩が、魔王だ』

 

「――――!?」

 

『何故こんなことを、だと?

 知れたことよ。

 勇者、お前を絶望の底に叩き込むためだ』

 

「―――!!」

 

『村のことだけではないぞ。

 お前の姉であるセリナ――奴がどういう目に遭っていたか、お前は知っていよう?』

 

「―――!!」

 

『そう、それは吾輩の仕業だ』

 

 そういうことにしておく。

 今まで親しくしていた村の住人達が、実は女を性処理道具にしか見ていない屑だった――などという事実は、セリムには辛かろう。

 

『セリナだけではないぞ。

 アリア、メイア、ヴィネット、レティシア――くっくっく、色々と心当たりがあるのではないか?』

 

「――――!!」

 

 この際だから、色々と盛ってしまおう。

 どうせこの後セリムとは戦い合うのだ、幾ら憎まれても別に問題あるまい。

 

「―――!?

 ―――? ―――――!!?」

 

『そう、それも吾輩だ。

 くくくく、お前はずっと吾輩の手の上で踊っていたに過ぎんのだよ』

 

「――――!!」

 

『悔しいか? 悔しかろう!

 はは、怒れ怒れ!

 怒りと絶望に染まったお前の血肉は、さぞ美味であろうなぁ!』

 

 あ、断っておくけれど、吾輩、人を食べたりはしないぞ。

 あくまでポーズね、ポーズ。

 

「――――!!!」

 

 勇者は先ほど作った雷球を吾輩に向かって解き放った。

 無数の雷が吾輩を襲う――が。

 

『――おおっと、危ない危ない。

 くくく、勇者よ、ここは決戦の場に相応しくない』

 

 ギリギリで雷をかわす吾輩。

 実はいくつか当たってたりするのだが――これが痛いのなんのって――なんとか痛みを堪えて威厳を保つ。

 

「――――!?」

 

『魔王城へ来い、勇者。

 そこをお前の墓標としてやろう!』

 

「――――!!」

 

『ふはははは!!

 待っておるぞ、セリム!!

 せいぜい足掻くがいいっ!!!』

 

「――――!!!」

 

 吾輩への怨嗟を叫ぶ勇者を後目に、吾輩は姿を消す。

 残された勇者は大きく雄叫びをあげてから、未だ火の手の上がる村へと駆けて行った。

 ……そこには、虚ろな顔をした男の姿はもう無い。

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 そんなことがあってから数日後。

 ここは吾輩の憩いの場、魔王城だ。

 

「報告します、魔王様!」

 

 なんじゃい?

 

「勇者が、勇者が攻めてきました!

 恐ろしい勢いで魔物達を蹴散らし、こちらに向かってきます!!」

 

 とうとう来たか。

 

「はっきり言って歴代の勇者でも最強なんじゃないですか、今のセリムは。

 ……魔王様があんなに怒らせたりするから」

 

 む、むう。

 これはやばいな。

 

「あそこまでやる必要は無かったんじゃないですか?」

 

 うむ、吾輩も少し後悔しておる。

 あの時のセリム、めっちゃ怖かったし。

 

「私もちびりそうになりました。

 今までの彼の苦難が、全て魔王様の仕掛けってことにしちゃいましたからねぇ」

 

 やり過ぎたなぁ。

 ……まあ、過ぎたことを気にしても仕方あるまい。

 

 側近、兵を引き上げさせるのだ!

 吾輩自ら打って出る!

 今の勇者と戦えるのは、全魔物を見渡しても吾輩だけよ!

 無駄な犠牲は好まぬ!

 

「……やはり、戦いますか」

 

 それは避けられぬ定めだ。

 魔王と勇者は戦い合うために存在するのだから。

 

「この世界のバランスを保つため、でしたね」

 

 そうだ。

 光の象徴である勇者と闇の象徴である魔王。

 その2つが互いに戦うことで、この世界の光と闇の均衡を調整する――それが勇者と魔王の存在意義なのだ。

 言ってしまえば戦いそのものが肝要であり、勝敗は別に関係ない。

 

「目的は世界征服、とか言ってた気もしますが?」

 

 それは吾輩個人の目的だよ。

 魔王の有り方とは関係がない。

 ――いいじゃん、それ位の大望を抱いてもさ。

 

「まあ、部下である私が口を出すことでもありませんが」

 

 最初は純粋に勇者を殺すためやっきになってたけどねぇ。

 こう何度も勇者との戦いをやらされると、他に目的を設定しないとまんねりになっちゃうんだわ。

 

「勇者と戦うのもこれで――ええっと、10回目でしたっけ?」

 

 いや、15回目。

 最初の頃は、まだ側近いなかったからな。

 

「ああ、そうでしたそうでした。

 しかし、何度死んでも魔王様は蘇ることができるってのは、なんだかずるいですね」

 

 ずるいって言うなよ!

 結構死ぬの辛いんだよ!?

 蘇るのにも数十年から下手すりゃ数百年かかるしさ!

 それに、勇者だって魔王と戦うまでは死なないようになってるんだし!

 

「え、そうだったんですか!?」

 

 そうだよ、魔王と戦う前に死んだとしても“おお勇者よ、死んでしまうとは情けない”とか言われながら復活するんだよ。

 ――最近の勇者は強いから、滅多にそういうこと起きないけど。

 

「なるほど、そうだったのですね。

 ……さて、長話が過ぎましたか。

 私はこれより魔物達を退かせます」

 

 うむ、頼んだぞ。

 

「魔王様、ご武運を。

 次に会うのは50年後くらいですかね?」

 

 吾輩が負ける前提で話するの止めてくれるかな!?

 

「いやぁ、だって魔王様――勇者セリムを殺す気、無いでしょう?」

 

 ……ノーコメントだ。

 

「――まあ、ご安心ください。

 いついかなる場所で復活されても、すぐお迎えに駆けつけますから」

 

 ……そうか。

 うむ、頼んだ。

 

 

 

 ……側近は去り、奴の命令で魔物達も引いた。

 今、この城に残るは吾輩とセリムのみ。

 

 遠くから足音が聞こえる。

 勇者が来たのだ。

 吾輩の場所からは少し影になって、勇者がどのような表情をしているかまだ分からない。

 

 ……さて、どうしよう。

 やはりここは定番の、あの台詞を言ってから戦闘を始めようか!

 

『よく来たな、勇者セリムよ!

 吾輩が魔物の中の王――魔王である!!

 お前のような若者が現れることを吾輩は待っておった!

 もし、吾輩の配下となれば世界の半分をお前にやろう!

 どうだ、吾輩の配下となるかっ!?』

 

 うん、やっぱり魔王はコレを言わないとね!

 断られるのまで含めて、“お約束”というやつだ。

 当然、セリムの答えは――

 

 

 

 「――――“はい”」

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

 “かくして、勇者セリムは魔王討伐を完了させた。

 ここで『完了』という言葉を使ったのには意味がある。

 セリムが魔王を倒して以降、魔王は復活していないのだ。

 これまで、幾人もの勇者が魔王を倒してきたが、その数十年から百年程度の時をおいて魔王は蘇っていた。

 しかし、勇者セリムが魔王を倒して以降、少なくとも今日に至るまで魔王の復活は確認されていない。

 つまりセリムは、前人未到の“完全なる魔王討伐”を行った勇者ということだ。

 

 だが、数々の偉業を成し遂げた勇者セリムであるが、魔王討伐以降の記録はほとんど残っていない。

 首都で行われた凱旋パレードにその顔を覗かせたのを最後に、歴史から姿を消している。

 使命を全うし天に還ったのだとも、新たな敵と戦うため地獄に向かったのだとも言われているが、どちらも確固たる証拠はない。

 

 ただ一つ言えること。

 それは、勇者セリムが人類史上他に類を見ない、大英雄であるということだ”

 

 

 

 後世の歴史家 ネトラ・レーダ・メイヨウ 著

 「勇者セリムの冒険」より

 

 

 

 ――――――――

 

 

 

「ふぅー、終わった終わった」

 

 吾輩は執筆を終えると、こきこきと肩を鳴らす。

 長い執筆作業に大分疲れが溜まってしまった。

 

「お疲れ様です、あなた」

 

 そこへ、ドレスを着た一人の女性――吾輩の妻が姿を現す。

 ありがたいことに、茶を持ってきてくれたようだ。

 

「おお、すまんな」

 

「いえいえ。

 ……これが、例の本ですか?」

 

「うむ、その通り。

 つい先ほどようやく完成した」

 

「……読んでみても?」

 

「構わんよ?」

 

「では、失礼して」

 

 妻は吾輩から本――“勇者セリムの冒険”を受け取り、それに目を通していく。

 その間手持無沙汰になった吾輩は、妻の容姿をじっと見つめてみた。

 

 美しい。

 何度見ても、美しい。

 腰の先にまで伸びる、さらさらと流れる艶やかな黒髪。

 やや切れ長な双眸は、宝石のよう。

 綺麗な形をした鼻に、見ただけで潤いを感じる唇。

 

 顔だけではない。

 胸は先がツンとなった円錐形で、理想的な形をしている上に大きさも素晴らしい――美巨乳というヤツだ。

 腰はキュッと締まり、しっかりとしたくびれを形成している。

 お尻もむっちりとしたエロい曲線を描いており、それでいてハリもあって最高の触り心地。

 スラリとした脚は、無駄肉がほとんど無いにも関わらず、至高の柔らかさも持っている。

 

 “セリナ”に似てはいるが、彼女よりもずっと美人だ。

 ここまでの美女は人類史上にもそう居ないと断言する。

 吾輩が言うのだから間違いない!

 

「……あの、あなた?」

 

「ん? どうした?」

 

 妻は一通り本を読んでから、吾輩に話しかけてきた。

 

「この本、なんというか、“盛り過ぎ”じゃないですか?

 流石に気恥ずかしいのですが……」

 

「何を言う!

 お前は実際にこれだけのことをしてきたではないか、“セリム”」

 

「そ、そうですかね?

 美辞麗句が並び過ぎていて、読者に誤解を与えてしまうような」

 

「勘違いされたところで、別に痛くも痒くもなかろう?

 偉大なる勇者セリムの名がより広く知れ渡ることになるのだから、何の問題もない」

 

「……そういうものですか。

 まあそちらはいいとして――“ご自分”の記述を大分酷く書いてないですか?」

 

「えー、そうかな?

 こんなもんだろ?」

 

「違います!

 あなたは――“魔王様”はいつだって大局を見据えて行動して下さっていたじゃないですか!

 私のこともずっと見守ってくれていて……

 それをこんな――!」

 

「良い風に捉えすぎだってば。

 あと、今の吾輩は魔王じゃないからね。

 歴史家ネトラ・レーダ・メイヨウだから」

 

「……いつ聞いても頭のおかしい名前ですね。

 他に無かったんですか?」

 

「いきなり口調を冷たくするの止めてくれない!?

 最近お前、側近に芸風が似てきたよ!?」

 

 ――説明せねばなるまい。

 吾輩は元魔王であり、そして吾輩の妻は勇者セリムなのである。

 

 結局のところ、セリムは全てを理解していたのだ。

 吾輩が動向を観察していたことも、吾輩がセリムを陥れた相手をどう処理してきたかも。

 ……なんとなく、察してしまったとのことだ。

 大した洞察力である――いや、直観力か?

 

 ともあれ、それが故に勇者は吾輩と戦う気を喪失し――吾輩の配下となる道を選んだのだ。

 大分予定とずれてしまったが、まあなっちまったもんは仕方あんめぇと、吾輩は世界征服へと乗り出した。

 

 だが、その時気付いてしまったのだ。

 人間の国で最も富を持っている商人(オルグ)は蟲により傀儡となり、人間の国の女王(レティシア)は既に吾輩の配下。

 ……あれ、これもう世界征服完了してね?、と。

 

 そこからは早かった。

 オルグ(蟲)とレティシアに協力してもらい、魔王がセリムによって倒されたとの報を流し、吾輩は魔王を隠居。

 魔物の取り纏めは側近に託し、吾輩は世界を影から支配する権力者となったのである!

 いや、そのまま魔王として君臨してやっても良かったのだが、それだとセリムが魔王に負けた勇者という侮蔑を受ける恐れがあったし。

 

 とまあ、基本的に順調だったのだが、その途中、ちょっとしたアクシデントが起きた。

 側近の持っていた性転換薬をセリムが飲み、女となってしまったのだ。

 なんでも、身も心も吾輩に捧げたかったから、とか。

 ……女とのアレコレが嫌になってしまった、というのもあるかもしれない。

 

 いや、吾輩は止めようとしたんだよ?

 他の女達はともかく、ヴィネットやレティシアはセリムへの想いを持ち続けていたからね。

 だがセリムの意思は固く、結局女になることを止めることはできなかった、という次第で。

 

 ヴィネットは思い切り笑っていた。

 レティシアは、かなり寂しそうにしていたな――こちらに関しては謝っても謝り切れん。

 まあでも、貴重な同世代の友人ができたと、最終的には開き直ってもいた。

 

 ついでに、アリアは驚いていた。

 この流れで一緒に説明してしまうと、アリアの呪いは解いてやった。

 吾輩はどうでも良かったのだが、セリムに頼まれてしまっては仕方ない。

 

 それと、セリナ。

 セリムは最終的に、姉と和解できた。

 彼女が無理やり、仕方なくあの“役目”をやらされていたことを、理解したからだ。

 自分より美しくなってしまった“弟”に、セリナは複雑そうであったが。

 

 それで女になってしまったセリムなんだけれども――さっき言った通りこれがまた極上の美人で!!

 向こうはあくまで傍に置いてくれればいいってことだったんだけど、吾輩の方から求婚してしまったよ!!

 

 だって考えてもみて!?

 凄い美人が毎日毎日朝から晩まで甲斐甲斐しく世話してくれるんだよ!?

 これで恋愛感情湧かなかったら、そいつはもう不能と言っても過言では無かろう!

 

 というわけで、吾輩とセリムは晴れて夫婦となったのだった。

 説明終了!

 

「……でも、改めて思い返せばもう大分昔のことなんですね、私が冒険をしていたのは」

 

 しんみりとした口調で、セリムが語り出した。

 

「ヴィネットもレティシアも、何年も前に亡くなってしまいましたし……」

 

「……寂しいか、セリム?」

 

「いいえ、そんな!

 私には、あなたがいますから」

 

「……嬉しいことを言ってくれるねぇ」

 

「顔真っ赤ですけど、大丈夫ですか?」

 

 いきなりそんな台詞言われたら、顔の一つや二つ真っ赤になってしまうよ!

 夫として超嬉しいけどね!

 

「――しかし、勇者の身体って老いないんですね。

 初めて知りました」

 

「吾輩もそれは驚いた。

 魔王が不老不死であることは確認していたのだが、実は勇者もそれに近かったとはなぁ」

 

 吾輩とセリムが発見した新事実その1。

 どうやら、勇者は魔王に殺される以外の手段では、自然死も含めて死ぬことはないらしい。

 肉体年齢は全盛期のものをずっと維持し続けるようで――つまるところ、セリムはずっと美女のままなのだ。

 

「――あー、ところでセリムよ。

 勇者の話も出たところで……この後、“戦い”をやっておかないか?」

 

「……今日もされるのですか?」

 

「ダメだろうか?」

 

「い、いえ、私は全然構わないです……というか、したい、ですけど――」

 

「おお、そうか!!」

 

 吾輩は満面の笑みを浮かべる。

 

 勇者と魔王の戦い――世界のバランスを整える儀式は、こんな状況になった現在でも必要とされているようだ。

 これを怠ると、世界はなんかこう色々とダメな方向に進んでいってしまう。

 それが原因でこの間、邪神ネト・ラー・レスキーなる変なのが湧いてきて、吾輩とセリムで退治したのは記憶に新しい。

 

 ともあれ、殺し合いという意味で戦うわけでは無く。

 

「では、私はシャワーを浴びてきますね」

 

「別にそのままでいいだろう?」

 

「……その、汚いですし」

 

「セリムの身体に汚いところなどないさ」

 

「も、もうっ!」

 

 今度はセリムの方が顔を赤くした。

 超可愛い。

 

 今のやり取りで察せたかもしれないが、吾輩と妻との間の戦いとは一般的に連想されるソレではなく。

 まあ、夜の戦いというか、ベッドの上の戦いというか――つまるところ、性交である。

 いや、こんな戦いでも勇者と魔王の戦いって成立するんだね。

 吾輩とセリムとで発見した新事実その2だ。

 

 これが判明してから、吾輩とセリムはもう毎日のようにヤリまくっている。

 セリムってば元男だからなのか何なのか、吾輩のツボを悉く突いてきてくれて、こっちの方も最高なんですよ、皆さん!!

 それを描写するには紙面が足りないんだけどね!!

 ああ、残念だ、残念だなぁっ!!

 

「……魔王様」

 

「ん、どうした?」

 

 セリムはじっと吾輩を見つめると、吾輩にキスをしてきた。

 しばし彼女の唇の感触を楽しんでいると、セリムはそっと離れてから、一言呟いた。

 

「――私を寝取って下さって、ありがとうございます♪」

 

 ……まあ。

 今の状況は、人間達から勇者を寝取ったと、そう捉えられなくもないかもしれない。

 最後の最後で、吾輩が間男になってしまうとはな。

 セリムの体質も、困ったものだ。

 

 

 

 ――まったく。

 TS美女が嫁さんとか、最高かよっ!!

 

 

 

 純情魔王の寝取られ勇者観察日記 完



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