転生して気が付いたらIS学園で教師やってました。 (逆立ちバナナテキーラ添え)
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自己紹介

完全な見切り発車です。別サイトでの執筆がメインなので、気まぐれに更新していきます。よろしくお願いします。


 オッス、オラ転生者。

 

 

 

 はい。

 

 皆さんはじめまして。私、石井と申します。

 

 先程申し上げた通り、転生者と呼ばれる人種(?)です。前世でひょんな事からポックリ逝っちゃいまして、黒いシャツを着た男に転生させられました。

 

 「鼻☆塩☆塩」

 

 「はい」

 

 「あれは今から36万・・・いや、1万4000年前だったか……」

 

 「あくしろよ」

 

 「ファッ!?」

 

 と、まぁこんな感じでありがちな真っ白い空間でのお話が始まりまして

 

 「お前死んだんだけど、転生出来るらしいよ?」

 

 「へぇ」

 

 「どんな所がいい?」

 

 「AC6が出てる世界」

 

 「ダメです」

 

 何でや!?ACEは新作出たやろ!?何でや!?→身体は闘争を求める→ACの新作が出る。

 

 「んじゃぁ、女の子がいっぱいぱいでおっぱいぱいな世界がいいな」

 

 「おK」

 

 「あ、それと……」

 

 「何だ?」

 

 「────」

 

 この辺何て言ったか覚えてないんですよね。すっぽり抜け落ちてるというか、何というか。まぁ大したことは言ってないでしょ。

 

 そんな感じで私は転生した訳でございます。

 

 ん?質問?じゃあそこのセガ・サターン振り回してるアナタ……え?前世では何やってたんだって?

 

 あぁ、傭兵やってました。フロム的な意味でも傭兵やってたけど、職業として傭兵やってました。陸自入って、仲良かった同僚とフランスの外人部隊行って、任期が終わってからはフランスで仲良くなったカナダ人とPMC入って傭兵やってたって訳です。

 

 この際だから言っちゃうけど、死因はイラクで仕事してて気付いたら流れ弾に当たって死んじゃったていうね。これまで何人も殺してきたんだから、いつかはこんな日がくるんだろうなとは思ってたけど、案外死ぬときはあっさりしていたからびっくり。好き勝手してきた報いというやつだね。

 

 

 

 

 まぁそんな訳で転生した訳で、ぼちぼち生きてます。

 

 何事もなく小中高と出て、大学では工学部に入って将来はなんか研究の方でも進もうかなと思ってました。もう傭兵なんて血生臭い仕事はやだからね。まともな職に就こうとね、思ってたんだけどね……世の中そんなに上手くいかないようで。

 

 教授の鞄持ちでついていった学会でとんでもない物が発表されました。

 

 IS『インフィニット・ストラトス』。無限の成層圏の名を冠した宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツ。

 

 教授も私も胸が踊った。こりゃあすげぇ、既存の宇宙服なんて目じゃないぞ石井。俺らも宇宙目指しましょう、教授。てな具合に。女性しか扱えないなんて細かいことはどうでも良かった。ロマン、大事なのはそれだ。

 

 しかし学会の老醜どもはこれを一蹴した。ファンタジー、夢物語、戯れ言、他所でやってくれ。言葉は様々だったが、ロマンの塊をこてんぱんにこき下ろした。発表者──篠ノ之博士に拍手したのは私と教授だけ。形骸化し、腐りきった屑ども。金のなる木に群がる害虫。学会のゴミたちは篠ノ之博士の夢を踏みにじった。

 

 その後起きた白騎士事件で世界の軍事史は転換点を迎えた。それまでISを机上の空論と嘲っていた連中はISの持つ軍事的価値を目にした途端に掌を返し、ISを世界最強の兵器として担ぎ上げた。

 

 それに伴い、男を見下すような風潮が世間に広まった。女尊男卑社会。生き辛い世の中になってしまいました。

 

 教授は実家の家業を継いで、私もそこに就職しようとしてました。

 

 しかし、どうやら神様は私のことが相当に嫌いなのか……誰が私の二度目の人生をハードコアな物にしたのか……。

 

 知り合いとイベントに行って、そこで展示されてISに触ったら、あらびっくり。何か装着されちゃったじゃないですか。

 

 いやね、わざとじゃないんですよ。ちょろっと触れただけなんすよ、何なら事故なんすよ。躓いて、指先が装甲を掠めただけなんすよ。

 

 周りはもう静まり返っちゃって、私をガン見するわけでございます。てめぇ、なに男の癖にIS動かしとんのじゃコラみたいな?そんなに見られたら……恥ずかしいよぅ……/////……なんて言う暇もなく、拘束→護送→監禁という三連コンボ。相手は死ぬ。

 

 この後ナニカサレルんだろうなとか思ってたら篠ノ之束に拉致られ、保護され、助手やって、私兵やって、強化人間になって、それからも紆余曲折あり今に至ります。

 

 前世がアレな感じだったからやっぱまともな人生は送れないのかね?

 

 え?また質問?しょうがないなぁ……じゃあ、そこで醤油がぶ飲みしてる君。今現在は何してるんだって?

 

 あぁ、そうですね。言ってませんでしたね。では、改めて……

 

 私、IS学園で教師をしてます石井と申します。以後、お見知りおきを。



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二人目登場

まさかの二話投稿


 やぁ、石井だよ。

 

 休日如何お過ごしかな?天気がいいからねぇ、ピクニックとかいいよね。友達と買い物もいいよね。ドライブとかサイクリングも気持ち良さそうだね。

 

 え?てめぇは何してんだって?BF4ですが何か?

 

 いや、君たちの言いたいことは分かる。このいい天気の休日に昨日の晩からFPSやってんじゃねぇ、外に出ろ、社会不適合者とか思ってんだろ?確かにそうだ。ぐぅ正だ。確かに私は社会不適合だ。

 

 でも、FPSやめれないんだけどwww

 

 はい。

 

 まぁそんな感じで時計を見れば11時。もうそろそろお昼時。普段は自炊してるのだけれど、何だか作る気にならない。まぁ私寮住まいですから食堂行きゃ何とかなるし、もうちょいBFやったら食堂行くかなぁなんて思ってたらスマホがブルブル震える訳で。スマホ見てみれば同僚の山田先生からで

 

 『石井先生、お昼どうするんですか?』

 

 『まだ決めてないですね』

 

 『じゃあ外に食べに行きませんか?』

 

 『あ^~いいっすね^~』

 

 『じゃあ13時にレゾナンスでいいですか?』

 

 『あ、俺車出しますよ?』

 

 『いいんですか?じゃあ12時30分に寮の前で』

 

というラインだったんだけど、山田先生にクッソ汚いネタを使ってしまった罪悪感からシャワー浴びてる最中にリスカしかけたのはナイショ。

 

 おい誰だ?メンヘラっつたの。

 

 

 

 

 

 「……」

 

 「あのぉ……」

 

 「……」

 

 「織斑先生……?」

 

 「……」

 

 どうしようママ、織斑先生がおこだよ……もぅマヂ無理。今DSの電源ぃれた。マリカしょ……ブォォォォォォォォォンwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwイイィィィイイヤッヒィィィィイイイwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 

 「私の誘いは断る癖に、山田君の誘いには乗るのだな……」

 

 「え……いや、別にそういう訳じゃ……」

 

 「ふん……」

 

 え……やめてよ……2話目でフラグとかやめてよ……。いやね、まずあなたが私を食事とか飲みに誘うタイミングが鬼のように悪いんですよ。テストの採点業務真っ只中だったり、私の忙しい時を狙い済まして誘ってくるあなたのタイミングの悪さ……とは言えないので謝るしかない。

 

 「じゃあ、今度飲みにいきましょ?今までの埋め合わせしますから」

 

 「……仕方ないな、それで許してやろう」

 

 「ハハハ……」

 

 さて、そろそろ皆さんも気にはなっているのではないでしょうか?何故、山田先生と昼飯を食いに行く筈だったのに織斑先生がいるのか。

 

 山田先生が廊下を歩いてる時に織斑先生とエンカウントして、外出かと聞かれ私と昼飯食いに行く旨を行ったところ般若の如き形相で着いてきたという成り行きらしい。ちなみに今の構図は私が運転席、織斑先生が助手席、山田先生が後部座席という感じ。

 

 「先輩~今度からちゃんと先輩にも声かけますから、機嫌直して下さいよ~」

 

 「私は別に……」

 

 「お二人とも、着きましたよ~」

 

 そんなこんなで近場のショッピングモールに着いた訳です。三人でぶらぶらしながら適当な店に入って食事をしていると織斑先生の弟さんの話になった。

 

 「へぇ~弟さん今日の午後から受験なんですか」

 

 「あぁ、推薦で藍越学園を受けるんだ」

 

 「確か就職率高い所ですよね?」

 

 「藍越ですか……ウチと名前似てますね」

 

 「一夏のことだ、間違ってウチの入試会場に来なきゃいいんだが……」

 

 「いや、流石に間違えるっていうのは……」

 

 「IS起動させちゃったり」

 

 「石井先生ったら、止めてくださいよぉ」

 

 「そうだぞ、お前じゃないんだから」

 

 「ハハハ……まぁ起動させちゃったりしたら二人目の男性適合者ですからねぇ……大騒ぎですよ」

 

 そんな感じで食事を終えて店を出ると何だかんだやることも無いわけで

 

 「これからどうします?」

 

 「そうですね……ちょっと色々見て回りたいなぁなんて」

 

 「織斑先生は?」

 

 「そうだな……私も見て回ろうかな」

 

 「じゃあ、お付き合いしますよ」

 

 「あ……先輩、石井先生、ウチの入試会場が写ってますよ」

 

 フードコートの近くに設置されていたスクリーンにIS学園の入試が写されていた。例年、ウチの入試はニュースで大々的に報道され入試会場へたくさんのマスコミが押し掛ける。会場の警備と交通整理に駆り出された同僚に今度コーヒーでも差し入れしようかなと思っていると、スクリーンの向こう側が騒がしくなった。

 

 

 《速報です!!史上二人目の男性IS適合者が発見されました!!……》

 

 「珍しいこともあるもんですねぇ」

 

 「いや、史上初の男性適合者が何を言う……」

 

 「そーですよ~石井先生の時はこれ以上の騒ぎだったじゃないですか~」

 

 「そうでしたっけ?」

 

 《史上二人目の男性適合者の名前は……織斑一夏さんです!!》

 

 「……」

 

 「……」

 

 「……」

 

 え……マジ?うせやろ?これ、コント番組でしょ?え……ニュース?マジ?いや、織斑先生も山田先生もこっち見ないでくださいよ……いや、確かにフラグは立てちゃったけどさ……。どーなんの?コレ?

 

 

 あ……まぁ……がんばれー。

 

 



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入学

 織斑先生の弟さん──一夏君がウチに入学することになった。

 

 まぁ当然っちゃ当然の流れだけど、一夏君は運が良かった。ウチの入試会場で起動させるとはねぇ。私みたいに普通のイベント会場なんかで動かしたら一夏君大変だったろうなぁ。ウチの上層部と織斑先生が手を回さなきゃ、今頃ナニカサレテタね。

 

 そんな訳で本日は入学式です。色々ドタバタしてたけど、やっとこの日を迎えられます。クラスの担任、副担任の先生方はこれからも大変だと思うけど、私はどこのクラスも持ってないからね。いつも通りのペースに戻る訳でございます。やったぜ。

 

 「石井先生、学園長が呼んでましたよ」

 

 はて?学園長が?私何かやっちゃいました?全く心当たりは無いんだけどね。減給とかクビとかじゃ無いよね?再就職先探さなきゃ……。

 

 

 

 

 

 

 学園長室に入ると織斑先生と山田先生もいた。本当に何故呼び出し喰らったんだろう?てか、何で二人までここにいるの?俺、本当に何かした?あぁ、混乱して一人称が俺に戻ってしまったよ……。

 

 「おはようございます、学園長。今までお世話になりました」

 

 「えっ……?」

 

 「いいんです……分かってました……所詮俺は遊びだったって!!」

 

 「石井先生、落ち着いて……」

 

 「減給でも謹慎でも何でも構いません……ただ、そんな処分下されるぐらいだったらやめぐぇむぅ……」

 

 あれ……おかしいな……ひいお祖父ちゃんが河の向こうでシャドバやってる……えっ?

 

 「いい加減にしろ!!学園長がお困りだろうが!!」

 

 「織斑先生……出席簿は人殺しの道具じゃあないんですよ……あと、それ生徒さんにやらないでね?」

 

 死んじゃうから。マジで。

 

 「皆さんお茶が入りましたよ」

 

 用務員の轡木さんがお茶を入れてくれた。学園長の旦那さんだったら事務長辺りやってても良いんじゃないかなぁとか思うけど、「私にはそんな大層な仕事は似合わないですよ」とか言う辺り謙虚ってか何て言うか。ホンマ学園の良心やでぇ……。後は、おしどり夫婦ってこういう人たちのことなんだろうなぁとかね。

 

 「ありがとう、あなた……さて、石井先生。お忙しい中すみません。呼び出してしまって」

 

 「いえいえ、自分暇ですから。で、自分に何か……」

 

 「今日から織斑先生の弟さん、織斑一夏君がこのIS学園に通うことは知ってますよね?」

 

 「それは勿論。この学園に勤務する職員で知らない人はいないでしょう」

 

 「それと篠ノ之束博士の妹、篠ノ之箒さんもこの学園に通います」

 

 「何か豪華ですねぇ、どこのクラスに?」

 

 「1年1組です。担任は織斑先生、副担任は山田先生が」

 

 「いいじゃないですか。一夏君も実の姉が担任なら安心ですね」

 

 「それで、石井先生にも1組の副担任をやってもらいます」

 

 吹きそうになった。口に含んだ緑茶を盛大に宙へ散布しかけた。ザ・グレート・カブキの毒霧が如く緑色の液体を放出しそうになったが堪えた。だが、気管に入った。変な所に入って盛大にむせてアホみたいに咳き込んだ。山田先生に背中をさすってもらったが、なかなかいい気分だった。あぁ、山田先生に背中さすってもらって給料貰う仕事につきてぇな。

 

 とか言ってる場合じゃない。私のお気楽教師生活最大のピンチだ。冗談じゃない。そんな副担任とかやったら帰るの遅くなるじゃないか!!いい加減にしろ!!

 

 「あのぉ……何故自分なのでしょうか……?」

 

 「一夏君もいきなり異性だらけの環境に放り込まれて大変でしょう。ストレスも溜まると思います。石井先生には一夏君の相談相手になって欲しいんです。同じ男性として、世界初の男性適合者として、一夏君を支えてあげてください」

 

 いや、それ副担任じゃなくても良くない?てか、何なら私相談室の先生とかになった方が良くないっすか?健全な男子高校生なんだから女の子いっぱいだぁ、ヒャッハーぐらいのテンションだろ。顔もイケメンだし、すぐに彼女出来てストレスフリーな生活送るだろ。誰だ?何でお前みたいな奴が教師やってるんだっつたの?誰もこんなめんどくせぇ事やりたくないよな……。

 

 「ちなみに副担任になれば給料アップ」

 

 「慎んでお受けしますッ‼この石井、粉骨砕身の覚悟で1年1組副担任、務めさせて頂きます‼」

 

 あぁ、なんたるゴミ。こんな大人になっちゃダメだよー。

 

 《キーンコーンカーンコーン》

 

 おや、SHRのチャイムだ。もうそんな時間だったとは。

 

 「織斑先生、山田先生、もう大丈夫ですよ。ホームルームに行ってください。石井先生はまだお話があるので、もう少しだけ残ってください」

 

 「分かりました。石井先生、話が済んだら1年1組まで来てくれ。では……失礼しました」

 

 そう言って織斑先生と山田先生は学園長室から出ていった。

 

 

 

 

 

 

 「はぁ……全く面倒なことを押し付けてくれますね、十蔵さん」

 

 「毎度申し訳ありませんね、しかし石井先生しか頼る人がいないので」

 

 「更識に任せればいいじゃないですか。あいつらなら適任だ」

 

 「彼女達では無理でしょう。あなたも分かってる筈ですよ」

 

 「更識は所詮、政府の駒。いくら楯無が生徒を守ろうと尽力しても、大きな流れには逆らえない」

 

 「そういうことです……」

 

 私の前に腰かけた轡木さん──真の学園長である轡木十蔵は一冊のファイルを渡してきた。

 

 「これは……新年度から面倒ですね」

 

 「所属の目星はつきますか?」

 

 「三人の内、プロは一人だけです。カナダ安全情報局(CSIS)かな?最近束にしつこくしてるらしいです。妹狙いで、この辺りをウロウロしてるんでしょう。残り二人はアマチュアですね。女性利権団体が雇った軍人崩れっていった所でしょうか」

 

 「そうですか……この件は()()()()()あなたにお任せします」

 

 「丸投げの間違いでしょう?」

 

 「そう言われるとなんとも言えませんな……」

 

 「何を白々しい、轡木()陸将」

 

 「昔のことですよ。今はしがない用務員ですから……一夏君と篠ノ之さんを宜しくお願いしますよ」

 

 

 

 

 

 

 食えない爺、廊下を歩きながらそう思った。

 

 元防衛省情報本部(DIH)本部長、轡木十蔵。用務員の時は好きなんだけどなぁ。全部お見通しの癖に私に聞いてくる辺り、おっかねぇなぁ。ホントに、こういう厄介事から逃げられない定めなのかね。前世よろしく。やってることが変わって無い辺り、業が深い。下手したら前世の方がマシだったかもしれない。

 

 1年1組に近付くと黄色い歓声が聞こえた。大方、織斑先生の自己紹介でファンの生徒たちが暴走しちゃったんだろう。よくある光景だよね。

 

 「ん……来たか……ではもう一人の副担任を紹介する。入って来てくれ」

 

 あれ?私のお呼ばれですか?んじゃ、失礼しますよー。

 

 うわ、何この視線……まぁ珍獣を見るような視線はもう慣れたけどな!!でも、キャーキャー煩いなぁ。織斑先生に怒られるよー?もう、授業中は静かにしてくれよー?男性教師に対するいじめとか怖いから。

 

 「えー皆さんの副担任を務めることになりました、石井です。まぁ、クラス皆仲良くね。楽しく過ごしてください。IS学園といっても学校ですから、皆さんの貴重な学生時代を有意義に過ごしてください。先生はそのお手伝いが出来ればいいなとか思ってます。よろしくお願いします」

 

 血生臭い奴だけどね。

 

 

 てか一夏君の視線が眩しくて溶けそう。助けて。

 

 

 



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この辺にぃ、四ヶ月ぐらい放置していた二次創作、あるらしいっすよ?

じゃけん更新しましょうねー


 石井だぜ。

 

 いやはや、辛いねぇ。何が辛いって?ガチャ爆死してんのよ。

 

 いやね、給料の半分を突っ込んで星5鯖が1枚も出なかった時の気持ちと言ったら。

 

 「納得がいきませんわ!!」

 

 そうそう、納得いかねぇよなぁ。給料の半分だぞ?マジでその月はヤバかった。生活とか諸々。つー訳で今からガチャ回すぜ!!十連回しちゃうにょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!んほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

 

 「決闘ですわ!!」

 

 そう、いざ尋常に!!

 

 

 

 

 

 

 (星5鯖は)ないです。

 

 うあああああああああああああああああああああああああ!?アイエエエエエエエエエエエ!?爆死!?爆死ナンデ!?

 

 「授業中に何をやっている!!」

 

 石井は目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 閑話休題

 

 私が織斑先生の約束された勝利の出席簿(エクスカリバー・アテンダンスレコード)を喰らって、意識を失っている間にどうやら授業は終わってしまったようだ。ティーチャーが死んだ!!この人でなし!!とかやってもらえただろうか?

 

 まぁそれは置いといて、山田先生によると一夏君とオルコットさんが決闘するようだ。懐かしいね。俺のバトルフェイズはまだ終了してないぜってね。そう言うと、そっちじゃ無いですとなんかもう凄いのをたぷんたぷん揺らしながら訂正してきた。眼福すぎです。全て遠き理想郷(アヴァロン)はここにあったのか。

 

 なんでも、クラスの皆が一夏君をクラス代表に推薦したようだ。物珍しさとか男子だからとか、そんな感じなのだろう。しかしオルコットさんはそれが気にくわなかったらしい。結構な問題発言とかかましてたらしいが、決闘で決めることに落ち着いたという話だ。

 

 いやいや一夏君も入学早々に面白いことをしてくれる物だ。代表候補生にずぶの素人が挑むだなんて蛮勇にもほどがある。でも、それが若さで片付いてしまうのだから学生って良いよね。たまにはこういう男くさい展開も新鮮で悪くない。

 

 だから存分に殴り合いなよ、ガキども。日溜まりの中で束の間の青春を謳歌しやがれ。

 

 「石井先生!!」

 

 とか柄にもないことを考えていると、声を掛けられた。振り向くと一夏君だった。はて?何の用かしらん?何となく予想は付くんだけれど。

 

 「どうしたのかな、一夏君?それと廊下は極力走らないようにね」

 

 「あ、すいません。あの……それで先生に頼みたいことがあって……」

 

 「ふむ……私に頼み事ねぇ。まぁ、私に出来ることであれば協力するよ」

 

 「ホントですか!!」

 

 「まぁ私も一応教師だしね。授業中にガチャ回してても教師だし」

 

 「あはは……それで頼みなんですけど、俺にISの事を教えてください!!」

 

 ほら来た。私の予想通りだった。さすが直感Aは格が違った。持ってないけどね。

 

 まぁ別に私としては一向に構わない。生徒に分からない点を教えたり、お悩み相談に乗るのも教師の勤めと言えるだろう。学園長も支えてくれ的なサムシングを言ってたし。給料分の仕事はしなきゃならない。同じ男なのにIS動かしちゃったヤツ同士、放っておけないというのもある。

 

 だから周りの変態淑女ども。私と一夏君の薄い本を描こうとするな。夏コミに出すとかやめろください。ノイローゼ起こすわ。労災おりるといいな。

 

 よくよく考えたら、この学園は結構ヤバい。もう慣れてしまったが女の子同士のカップルはザラだ。まぁこれは環境的にもあり得るし、いると知った所で別に驚かなかった。全寮制の女子校だしね。お前のことが好きだったんだよとかね。大胆な告白は女の子の特権。

 

 そして腐女子ども。あいつら、腐ってやがる。私が打ち合わせのために整備科に出向いた時の話だ。打ち合わせを終えて、顔見知りの整備士──大内君と軽く立ち話をしていた。それで話の内容が筋肉の話になった。やっぱり整備畑もパイロットも体が資本ですからねぇ、鍛えておかないととかなんとか話してたらそれがネタにされて一時期私×大内君の薄い本が出回りかけたことがあった。勿論全て回収して燃やしました。十蔵さんと大内君と私で焼き芋食いながら燃やしました。

 

 そして最後。普通の人々だ。そう、普通なのだ。普通故に一番恐ろしい。更衣室で着替えてる時に視線を感じて振り返ると、そこに誰かいました。堂々と男の着替え覗きにくるんじゃないよ。その癖、上を脱いだだけで顔を赤くして倒れるんだからどうしようもない。そういう自爆特攻ばかりしてくる連中ばかりだ。シャワー室にカメラ仕掛けたり。おい、黛。お前だよ。今度やったら新聞部にシュールストレミングばら蒔くからな?

 

 こう考えるとこの学園には変態しかいないのか……。たまげたなぁ……。

 

 「私としては別に……」

 

 「一夏ァ!!」

 

 なんか一夏君をミカァ!!みたいに呼ぶ声がしたけど、オルガでもいるのかな?

 

 「一夏!!何をしている!?」

 

 「あ、箒。石井先生と話してたんだ」

 

 「それは分かっている!!どんな話をしていたんだと聞いているんだ!!」

 

 「いや、お前が教えてくれないって言うから石井先生にISについて教わろうと思ってな」

 

 「!?」

 

 声の主、もといオルガは束の妹だった。なんか血圧上がってヒステリー一歩手前だけど大丈夫だろうか?カルシウム足りてるのかしら?

 

 「先生も忙しいのにそんな事頼んだら迷惑だろう!!仕方ないから私が教えてやる!!」

 

 「え?でも、さっき自分でなんとかしろって言っただろ?」

 

 「いいから来るんだ!!」

 

 「え……おい、ちょっと!!あ、先生ありがとうございましたー」

 

 遠ざかっていく一夏君と箒ちゃん。

 

 いや、雑だよ。不器用すぎて色々と苦しいわ。「いいから来るんだ!!」とかじゃなくてだなぁ……。もっと自然に行けよ。てか、何故一度断ってるんだ。みすみすチャンスを棒に振る真似をする意味も意図も分からん。下手くそか!!誰かあの子に恋愛についてレクチャーしてやってくれ。なんなら俺の本貸そうかな?『猿でも分かる恋愛の全て』発行:タバネブックス。おや、また一人称が俺に戻ってたよ。気を付けなければ。

 

 まぁ、あれだよ。止まるんじゃねぇぞ……一夏。




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こ↑こ↓いらで教師らしいことでもしまウイイイイイイイイイイイイ↑ッス!

初投稿です(大嘘)


 石井だ。(確信)

 

 さて、今日は一夏君とオルコットさんの決闘当日だ。そんな訳で私はアリーナのピットにいる。

 

 しっかし、凄い人だなぁ。まぁ代表候補生とブリュンヒルデの弟の対決っつったら、こんぐらい集まるのも分かる。ネームバリューとか凄いもんね。

 

 「あの」

 

 「何奴!?」

 

 「私ですわ!!」

 

 あぁ、ビックリした。いきなり声かけられたから驚いてしまった。ニンジャかと思った。いやダメだな。ニンジャリアリティーショックで死んでしまう。職場で発狂、失禁、記憶障害とかシャレにならない。社会的に死ぬ。

 

 私に声をかけたのはニンジャではなく、オルコットさんだった。何故、オルコットさんの側にいるかって?そりゃ私がオルコットさん側のピットにいるからさね。

 

 「なんでここにいるんですの?」

 

 「え?いちゃダメ?」

 

 「別にそう言う訳ではありませんが、あなたはあちら側に行くと思ってましたので」

 

 「あちら側って……あぁ」

 

 あれか、私が一夏君のピットに行ってないのが不思議なのね。まぁ同じ男のよしみで行く物とでも思ってのかね?それか男嫌いとか。いや、そしたら私がここにいると嫌がるか。

 

 「ふむ、まぁ同じ男だからね。むこうに行くのも悪くはないが、今はここにいるよ。迷惑ならば出ていくけど」

 

 「いえ、お好きになさってきださい。あなたがいてもいなくても関係ありませんから」

 

 辛辣だねぇ。まぁそんなことで怒るほどガキじゃないが、こんなに気を張ってて疲れないのかな?この子は辛くはないのだろうか?きちんとガス抜き出来ているのか?とても心配になってくる。こんな16やそこらの子供がしていて良い顔では無い。

 

 あぁ、ダメだ。あまり肩入れする気は無かったが、こんな辛そうな子はダメだ。放っておけない。

 

 「ねぇ、オルコットさん。少し話をしようか」

 

 「なんですの?まぁ、良いですわ。暇潰しぐらいにはなるでしょう」

 

 「さいですか。オルコットさん、男嫌い?」

 

 「……ッ、嫌いですわ」

 

 やっぱりね。あれ?じゃあ、なして私はここにいるん?

 

 「うん、正直なのは良いことだ。じゃあ私の事も嫌いかい?」

 

 「それは……」

 

 「正直に言うと良い。私の事は気にしなくていいから」

 

 会話が途切れる。観客の声と喧騒だけが聞こえる。オルコットさんは俯いたまま動かない。

 

 「分かりませんわ……」

 

 「ふむ、分からない?」

 

 「先生のお噂は聞いております。あの篠ノ之博士の護衛をされてたと」

 

 あぁ、あれは半分正解で半分間違ってるんだよね。確かに束の護衛もしてたけど、私は大体ミンチ製造機になって世界中飛び回っていたからなぁ。猟犬とかの方が適切だろう。特に、くーちゃん拾ってからは余りくーちゃんの側にいないようにしてたしね。何故って?あんな小さな子の隣に血生臭い奴がいたら情操教育上、悪影響しか無いでしょ?

 

 「あなたは私が今まで会った男性と違いました。誰に媚びる訳でも無く、自分の道を歩んでらっしゃる。あの織斑先生に不遜な態度が取れる方はそうそういらっしゃいませんわ」

 

 「そりゃどうも」

 

 「だから、余計分からなくなりました。今まで私が持っていた男性へのイメージとあなたの姿のズレが大きくて。世の男性たちはどちらの姿が本物なのか、今まで私が持っていたイメージが間違いだったのか」

 

 「だから、一夏君を試そうとしたのかい?」

 

 「はい……あの織斑先生の弟ならば、私のこの疑問にも答えを出せるのではないかと。それに、物珍しさだけでクラス代表を選ぶのは如何かと思いまして……」

 

 ふむふむ、なるほどね。

 

 何?このいい子?(脳死)きちんと物を考えられるじゃないか。これは織斑先生、一本取られたね。

 

 うん、やっぱり話してみて良かったな。

 

 じゃあここいらで教師らしいことでもしますか。

 

 「オルコットさん。差し出がましいかもしれないけど、人生の先輩としてアドバイスを贈らせてもらうよ」

 

 こうやって、心の空気を入れ替えないと息苦しくなっちゃうからね。

 

 「きっと君が今、抱えてる悩みや息苦しさへの答えは一夏君が出す物じゃないよ。誰でもない君自身が出すべき答えなんだ」

 

 「私自身が……?それでは私の主観が……」

 

 「主観だらけで良いじゃないか。君の考えが詰まった君だけの答えだ。誰の意見にも左右されない君が導き出した唯一解だ。確かに君の言わんとする事も分かる。導き出した答えが女尊男卑に行き着くのが怖いんだろう?君は男を信じたい。でも君の中のつかえが取れない。その先に絶望が待っていたらどうしようってね」

 

 「それは……」

 

 「恥じる事は無い。人は誰しも不安を感じ、絶望に恐怖する。君は至って普通だ。だから多くを見、多くを知りなさい。多くを聞き、多くに触れなさい。その答えに絶望しないために、納得するために。何も今すぐ答えを出せと言ってる訳じゃない。君は若い。この先の人生、素敵な出会いがあり、悲しい別れがあるだろう。その輝かしい歩みの中でゆっくりと君自身の答えを見つけていけばいい」

 

 「私自身の……答え……」

 

 「君の旅は今、この瞬間始まった。まずは目の前の坂を上りきる所からだ。さぁ、思う存分殴り合い、語り合って来るといい」

 

 「はい!!」

 

 うん、いい返事だ。もう大丈夫だろう。これが彼女の悩みを解決する糸口にでもなってくれれば良いな。まぁ月並みなことしか言えなかったけど。

 

 「じゃあ私は行くよ。管制室で見ることになっているのでね」

 

 「あの!!」

 

 「なんだい?」

 

 「ありがとうございました!!」 

 

 それでもこんなに綺麗な笑顔を引き出せたんだ。少しはプラスに働いたと思っても良いかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「盗み聞きとは感心しませんね、織斑先生」

 

 「いや……お前が教師らしい事をしていたものでな……」

 

 ピットから出ると織斑先生がいた。何?私の痴態が織斑先生に見られたと?もう、お婿にいけないよぅ////

 

 「そんな事に心当たりは無いですが、今回は一本取られましたね」

 

 「むぅ……そうだな今回はオルコットにしてやられた」

 

 「えぇ、今回の決闘はオルコットさんの勝ちですよ。結果云々置いてね」

 

 「ほう……」

 

 「彼女はやっと、歩き始めました。一夏君はどうでしょう?この決闘で何か掴んでくれると良いんですけどねぇ」

 

 君も旅をしなさい、少年。 

 

 

 

 




そんなこんなでした

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警察だ!!馬鹿野郎お前俺は捕まらないぞお前!!(社会的絶命)

オナシャス!!センセンシャル!!


 石井とはなんぞや?(疑問)

 

 知らねぇよ。

 

 てな訳で、クラス代表は一夏君になりましたーいぇいいぇい。いやぁオルコットさんは強敵でしたね。第三部完!!

 

 え?一夏君が勝ったのかって?そんな訳無いじゃん。素人がセミプロに勝てる訳が無い。結果はオルコットさんの勝利だった。でも、一夏君も大分善戦していた。あんなピーキーな機体でよくやる物だよね。あんな機体、誰が作ったんだかね。

 

 知り合いでした(白目)

 

 じゃあ何故、一夏君が代表やってるんだって話だが、オルコットさんが辞退したらしい。私はちょっと整備科に書類を届けに行ってたからホームルームには出てないのだけれど、織斑先生に聞いた。どうやら全部、クラスの皆の前で話したようだ。

 

 うん、良かった良かった。クラスの子たちとの確執もないようだしね。貴重な学生時代をハブられて過ごすとか悲しいからね。

 

 そういう訳で今は昼。ちょうど腹が減ったので食堂に何か食べに行こうと歩いてます。そして背筋に稲妻が走ったッ!!

 

 「あの……」

 

 「何奴!?」

 

 「私ですわ!!」

 

 あぁ、オルコットさんか……。いきなり声をかけられたから驚いてしまった……ん?この光景、見たことあるな……、既知だ……。あれ?私、回帰した?

 

 「あの……石井先生……」

 

 おっと、いけない。ネタにばかり意識を裂いていてオルコットさんを放置してしまった。これは新手の放置プレイを生徒にしたとして逮捕されてしまうのではないだろうか?私はまたもや社会的に絶命するかの瀬戸際に立たされているのか。いくらなんでも立ちすぎィ!!

 

 「何かな?オルコットさん」

 

 「あの、昨日の件で改めてお礼をと思いまして」

 

 なんて良い子なんだ(脳死)俺はオルコッ党に入党するぞ!!あぁ、一人称がまた俺に……それになんか変な電波を受信してしまった。オルコッ党ってなんだよ。

 

 「いや、気にしなくていいよ。私は差し出がましく、お節介を焼いただけだからね。それにお礼ならピットで貰った。もう充分だよ」

 

 「ですが……」

 

 「納得出来ないかい?」

 

 「はい……」

 

 「ふむ、ならば一夏君を支えてあげてくれ。学園長に一夏君のお守りを頼まれてるんだけど、正直私だけでは手が回らない部分がある。本国からも接触するように言われてるだろう?一石二鳥だと思うが?」

 

 「……分かりました。先生がそう言うなら……」

 

 よろしい。いやぁ、私も四六時中見れる訳じゃないからね。誰かクラス内で見てられる人員が欲しかったんだよね。まぁ何処の国も、『織斑一夏と仲良くしろ』って指示出してるしね。私?私はほら、飼い主が天災だからね。しつこく熱狂的ファンに付き纏われましたよ。全員ハンバーガーのパテにしたけどね。なんだよ?冗談だぞ、笑えよ?

 

 「ところで先生」

 

 「どうした?オルコットさん」

 

 「セシリアです」

 

 「はい?」

 

 「セシリアとお呼びください……ダメですか……?」

 

 ( ^ω^ )

 

 おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!待て待て!!なんだ!?何が起きてる!?何故、あたかもオルコットさんにフラグが立ってるような状況になっている!?

 

 いや、落ち着け。落ち着くんだ石井。これはアレだ。『こいつ俺に気があるな』と思わせといて告白して『え?何言ってるの?そんなのありえねぇから』とドン底に突き落とされるパターンだ。高校の時、竹中君がそれに引っ掛かって精神を病んだ。その後ホモになった。まるで意味が分からんぞ(困惑)

 

 それを抜きにしてもだ。私教師、彼女生徒。マジで捕まるよ!!冗談じゃねぇ!!ホントに私社会的絶命の瀬戸際に立ちすぎィ!!やべぇよ、やべぇよ……。

 

 いやホントにいつの間にそんなアレが……?私何もしてないよね?マジでどういうことだ……?そんな安い少女マンガみたいな生徒と教師の禁断の恋とかやめてくれ。どうしてこうも転生してから人生ハードモードなんだ……。 

 

 「申し訳ございません……やはりご迷惑でしたよね……」

 

 ( ^ω^ ;)

 

 「いや、迷惑という訳じゃないんだ。そうだな……君と二人だけの時はそう呼ばせても貰うよ。セシリア」

 

 「ッ……!!はい!!」

 

 心底嬉しそうに笑って、教室へ戻っていくセシリア。

 

 ほら、仕事とプライベートは違うから。(震え声)友人に年齢は関係無いから!!別に疚しくなんて無いしね!!HAHAHA

 

何やってんだろうな、俺。まぁ、女の子の涙には勝てなかったよ……。

 

 

 

 

 

 食堂でラーメン食って、職員室に戻ったら織斑先生に腹パンされました。乙女回路が唸りをあげて私を倒せと叫んだらしいです。この人直感A持ってるでしょ?でもクラスはバーサーカーだよネーでルラんドぉッ!?

 

 石井は目の前が真っ暗になった。

 

 YOU DIED

 

 だが残念。篝火で復活しやす。さすがは筋力Aだ。やっぱりチフクレスは最強なんだ!!(イアソンリスペクト)

 

 しっかし、アレだ。私の人生は本当にままならない。日に日に平穏から遠ざかっている。一歩引いた所から見守るつもりが肩入れしすぎたり……。

 

 《世に平穏のあらんことを……世に平穏のあらんことを……》

 

 スマホが鳴った。誰でせうか?

 

 「はい、もしもし」

 

 『もしもし、いしくん?あなたの束さんだよー!!』

 

 拝啓、今生のお父様お母様。私の死因は胃痛かもしれません。




そんな感じで若干ゃ短いですが、6話です。

石井さんのカウンセリングに結果、フラグが立ちました。(白目)

ご意見、ご感想、評価お待ちしてナス!!


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シリアス回とかふざけんな!!(迫真)ふざけろ!!

評価バーがオレンジになってる……?

どういうことなの……?

そんな訳で、皆様ありがとうございます!!これからも精進して参りますので応援よろしくお願いします!!

では本編の方ハイ、ヨロシクゥ!!(豹変)


 

 「何?私、仕事中なんだけど?」

 

 『いやいや、良いじゃないか!!この束さんに常識は通用しねぇ!!』

 

 メルヘンな格好してる奴がメルヘン野郎のセリフ言うとか、これもう分かんねぇな。

 

 石井である!!(月光蝶風)

 

 只今お外にいます。職員室で電話とか他の先生たちの仕事の邪魔になっちゃうからね。それに、束と電話してたらチフクレスが来て射殺す九兎(ナインライブズ)やってきそうだし。やっぱりチフクレスは(以下略)

 

 マルボロを一本咥えて火を付ける。

 

 「それで、何の用だ?定期報告に何か問題でもあったか?」

 

 『別に問題は無いよー。強いて言うなら箒ちゃんの不器用さが可愛すぎて束さんの脳が爆発しそうになったぐらいで』

 

 そのまま爆発しろ。てかアレお前の妹だろ?何とかしろよ。え?無理?そっかぁ。(諸行無常)

 

 「じゃあ本当に何の用だ?お掃除かい?」

 

 お掃除なら別にいい。またミンチ作って、こねくり回してパテを作って海に沈めるだけの簡単な仕事だ。むしろこっちが本業だし。面倒なのは十蔵さんの所に行って事情を話して、出張扱いにしてもらうことぐらいかな。

 

 『ううん、ただ元気にやってるかなぁってね』

 

 「あぁ、元気だよ。教師ってやつにも慣れてきたよ。特に問題は無いね」

 

 『そっか。うん、それは良かった』

 

 本当に用なんて無かった。ただの世間話と近況報告。プラスにもマイナスにもならないような、そんな話を小一時間ほどしていた。

 

 「そろそろ、仕事に戻るよ」

 

 『うん。あ、ちょっと待って!!』

 

 「何ぞ?」

 

 『たまにはこっち帰ってきなよ。くーちゃんも会いたがってるよ?』

 

 うーん。それはなぁ……。

 

 「束、何度も言ってるけど、私はあまりクロエの側にいるべきではないんだよ」

 

 『……どうして?』

 

 「君も分かるだろう?私は猟犬だ。私は君という天災の悪意を、殺意を出力する暴力装置だ。血と硝煙の匂いがこびりついた忌むべき人間だ。そんな奴があの子の隣にいるべきじゃない。あの子にはあの子の道を歩んでほしい。近くに私がいて、もしそれであの子が()()()()に足を踏み入れたらどうする?まだ片足かもしれない。だが、両足を突っ込んだらどうする?あの子は人の悪意に晒され続けてきた。もう、これ以上醜い物を見る必要はないんだ。クロエには綺麗な物を、善き物を見せてくれ」

 

 そう言って通話を切った。これでいい。本来ならこの神聖な学舎にも私はいるべきではないのだろう。でもまぁ仕事だからね。給料分の仕事はしなくちゃならないし、何だかんだと甘い所がある飼い主とその義娘のためにもやらなくちゃならないことも山ほどある。そんな訳で私は今日も今日とて、色んな物を騙しながら働きますよっと。

 

 にしても、タバコってこんなに不味かったかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕事に戻るとか言ったけど、やる気が起きない。うん、何か今日はダメな気がする。そういう日もあるよね。

 

 という訳で散歩してます。咥えタバコで学園の中を彷徨くとかまんま、不良教師だけどバレなきゃいいのさ。バレなきゃ。差し迫った仕事もないのでゆっくりぶらぶらしますかね。十蔵さんの所にお茶飲みに行くのも良いかもしれないね。そういえばアリーナで一組が実習やってるらしい。なら、それを見に行ってみようか。

 

 暫く歩いてアリーナの観客席に着くと、轟音が響いた。そう、まるでISが撃墜されたような。地面に質量の大きな物体が衝突したような。

 

 一夏君がクレーター作ってました。はい。

 

 何だ、一夏君が流星一条(ステラ)しただけか。だなんて思ってると私に気付いた生徒が声をかけてきた。

 

 「あ~いっし~せんせ~だ~」

 

 いっし~ねぇ。私の幼稚園時代の渾名だよ。

 

 布仏さんが私に気付いてから、皆私の方を向き始めた。こらこら、授業に集中しなさいな。とか言いながら手を振っとく。それとセシリアちゃん、顔を赤くするのを止めなさい。先生の立場が危うくなるから。ほら何か皆キャーキャー言ってるから。

 

 「いい御身分だな。授業中にタバコとは」

 

 「私もたまに吸いたくなるんでね。休憩がてらお散歩をしてまして、ちょっと見学しにきただけですよ。それより一夏君はいつから星になったんですかい?」

 

 「ついさっきだ。地上十センチで静止しろと言ったのだが、勢い余って墜落した」

 

 「さいですか。まぁまだ動かして間もないですからね。これからですよ、これから」

 

 クレーターから起き上がる一夏君。怪我とかは無いようだけど、機体の制御が出来てないようだ。

 

 まぁそれも当然なんだろう。いきなり素人にモンスターマシンを渡せばこうなるのは目に見えてる。一夏君の機体──白式は一応は現行最先端の第三世代機だ。しかも私の飼い主も一枚噛んでいるというおっかない曰く付きの機体だ。正直、まだ彼にこのスペックの機体は必要ないと思う。適当に打鉄のカスタム機でも渡しておけば良いだろう。とりわけ、こんな他の第三世代機と比べてもクセの強いピーキーな機体を初心者に与えるというのもどうかしてる。ブレオンだし。

 

 しかし、これ以上彼に相応しい機体もないと思う。きっとこの機体は一夏君を守ってくれる。彼に力を与えてくれる。そういう代物だからだ。だけどそれを十全に扱うためにはあらゆる事を体験しなければならないだろう。セシリアちゃんにも言った通り、多くの物に触れて世界がどんな物かを知らなければならない。その末に彼がどんな答えを出すかは分からないけど、それはきっと尊い物なんだろう。

 

 「どうだ?お前も手本を見せるか?」

 

 「いいですよ。暇ですからね。ちょいと格納庫行ってきますね」

 

 きっとこの世界は尊い物で溢れてる。

 

 この日溜まりの中で笑うこの子たちが進む道が少しでも歩きやすいように、血だらけの手で掃除をしよう。彼らを育てよう。彼らが悪意に屈しないように、跳ね除けられるだけの力を与えよう。

 

 私は教師だから。

 

 生徒を守ろう。

 

 

 




こういう回も多少はね?

他のキャラ視点とか書いてみようかなとか思ったり思わなかったり。

ご意見、ご感想、評価、お待ちしてナス!!


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石井さん、本気出しすぎィ!!事案ですよ!?

石井さん、親切心で事案を起こす(錯乱)

被害者の会が増えるね!!

本編、行くゾ^~


 

 「パーティー?」

 

 「はい、織斑君のクラス代表就任を祝おうと思いまして」

 

 石井なんだろうか?(疑念)

 

 私は今、職員室で会議の資料作成の真っ最中です。いやぁ、こういう仕事にも慣れたものだ。さっさと仕事を終わらせて定時で帰ろう、そうしよう。帰ってFPSをしよう。タチャンカは……使わないです。(鋼の意思)

 

 と、思っていたのだがそうもいかないらしいです。うちのクラスの子、相川さんが職員室に来て謎のパーティーに誘ってきたのだ。

 

 まぁ、パーティーやるのはいいと思うよ?好きにすればいいし、寧ろ青春って感じがして石井さん的にポイント高いよ?でも、教師は誘わなくて良くない?修学旅行の夜、男子だけで猥談してたとしよう。その猥談に担任の教師がノリノリで参加してたらどう思う?え?それとこれは話のベクトルが別だって?似たような物だよ、気にすんな。

 

 とにかく、生徒だけで楽しく騒げる場に教師がいたら皆ゆっくり羽を伸ばせないだろう。私も楽しい場に水を差すような真似はしたくない。山田先生辺りだったら良いかもしれないけど、私や織斑先生はどうなんだろうか?きっと、やりづらくなってしまう。

 

 「相川さん。申し訳ないけど仕事が片付きそうになくてね。私は遠慮させて貰うよ」

 

 「何言ってんすか?あんたそれで仕事終わりでしょうが」

 

 何ッ!?この声は……!?まさか……!!

 

 「大内君、なんでここにいるの?」

 

 何故、整備科の君がここにいるんですかねぇ?てか、タイミング悪すぎィ!!自分、離脱良いっすか?

 

 「いや、訓練機と警備科の機体の点検が終わったから教頭に報告に来たんよ。そしたらどっかの馬鹿がしょーもねぇウソ吐いてるからよ」

 

 「え……ウソなんですか?」

 

 「だってこいつ今日『定時で帰るからFPSやろう。虹6な』って言ってたから」

 

 大内ィィィィィ!!貴様の血は何色だァァァァァァァァァ!?

 

 「でも、どうせお前らに気ィ遣ってんだよ。コイツ変に気が回るからよ」

 

 ねぇ、やめて。これ以上私を辱しめないで。

 

 予想外の伏兵により、一気に追い込まれてしまった石井さん。その石井に生徒相川が出した示談の条件とは……?じゃない。変に気が回るのは大内君も同じ事だ。何だかんだ風邪を引いた時に私の部屋にポカリ買ってお粥作りに来てくれたじゃないか。このくそイケメンが。もげろ。

 

 全く、相川さんが正直に話さなきゃ許さないオーラを出してるじゃないか。

 

 「相川さん、あの……」

 

 「どういう事ですか?」

 

 うん。逃げられないね。

 

 「まずは嘘を吐いたことを謝るよ。申し訳ない」

 

 「何で嘘を吐いたんですか?そんなにパーティーに行きたくなかったですか?」

 

 「いや、そういう訳じゃないんだよ。確かに誘ってくれたのは嬉しいよ。生徒から、こういう風にお誘いを受けるのは初めてだったからね。でも、このパーティーは君たちが羽を伸ばすための物でもあるよね?そんな楽しい時間に私のような教師がいては、邪魔をしてしまうと思ったのだよ。教師とはそのような場にいるだけで水を差してしまう場合もあるからね」

 

 「そんなこと無いですよ!!」

 

 相川さんがそれを否定した。にしても随分と大きい声だ。職員室中がこちらを見ている。愛想笑いを返しておこう。にへら~っと。まるで阿呆だ。

 

 「皆先生に来て欲しいって思ってます!!それに誰よりも先生に来て欲しい人だって……」

 

 ん?そんな酔狂な生徒、うちのクラスにいたっけ?物好きだねぇ。それ誰よ。

 

 「セシリアさんです!!」

 

 あっ……(絶望)

 

 そうでしたね。フラグ立っちゃったんでしたね。はい。ねぇ、大内君どうしよう?

 

 『逝ってこい』

 

 何で?何故、プラカードに書いてるの?それに何処から出したんだい、ソレ?え、ツナギから?たまげたなぁ……(驚愕)まるで四次元ポケットみたいだぁ。(直喩)

 

 「あぁ……うん。それじゃあお邪魔させて貰おうかな」

 

 「はい!!皆喜ぶと思います!!特にセシリアさん!!」

 

 うっ……胃が……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『織斑君のクラス代表就任を祝ってかんぱーい!!』

 

 うぇーい。いやぁ、胃薬は偉大でしたねぇ。保健室で貰った胃薬強い。(確信)

 

 そういう訳で只今パーティーに参加してます。てか、一夏君が作った料理美味しすぎない?何なのこれ。私、一夏君が三分クッキングに出てても驚かないよ?こんな所でもイケメンを見せつけてくるか。汚い、さすが一夏君、汚い。

 

 「汚いは最高の誉め言葉だ」

 

 「どうしたの?おりむー?」

 

 何、電波受信してるんだよ。誰が送りやがった?私なんだよなぁ。私は悲しいポロロン。

 

 そんなイチ=カ君を脇目に私はシャンパン飲んでます。なし崩し的に来ることになった山田先生、織斑先生と三人で買い出しに行った時に買った物だ。生徒の前で飲むな?私は時間外労働はしない主義なんだ。ここにいるのは石井先生ではなく、ただの石井さんだ。

 

 パーティー開始から暫く経つと皆固まって喋るようになってきた。私も生徒や主賓の一夏君と話していたのだが、一人になってしまった。どうした物かと思いつつ、ソファーに体を沈めながらグラスを傾けてると誰かが隣に座った。

 

 「あの……先生……」

 

 はい。現実逃避しててすんません。いつか来ると思ってました。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃサメだ……え?

 

 「やぁ、楽しんでるかい?」

 

 「はい……先生は?」

 

 「うん、私は充分と」

 

 そう。私は存外に楽しめている。生徒の皆も存分に羽を伸ばせているようで良かった。だからねセシリアちゃん。喋るだけで顔を赤くするんじゃないよ。織斑先生が人殺しそうな目をしてるから。さっきから私の心臓を見て、ハートキャッチ(物理)しようとしてるから。

 

 「先生は……」

 

 「今は先生って呼ばなくて良いよ。今の私は教師ではないからね。時間外だし。好きに呼ぶと良いさ」

 

 「では石井さんと」

 

 「うん。聞きなれた呼び方だ、セシリア」

 

 少しからかってやろう。こういう悪い大人に引っ掛からないよう、ちょっとした課外授業を付けよう。確かセシリアちゃんは貴族の出だったよね。こういう奴にコロッと騙されてしまって変な壺を買わされたりしたら大変だ。

 

 「顔が赤いようだが、具合でも悪いのかい?」

 

 「いえ、そういう訳では……ひゃっ!?」

 

 瞬間、空気が凍った。会場にいた者は皆平静を装いつつ視線を窓際近くのソファーに向けた。

 

 悪い大人と可憐な少女がいた。黒いワイシャツをはだけさせシャンパングラスを片手に持つ男が金髪碧眼の少女の頬を撫でながらその宝石のような碧い瞳を見つめている。少女は頬を赤く染め、あたふたとしている。その様を見て男は意地の悪い笑みを浮かべ少女の反応を楽しんでいるように見える。

 

 少女たちは理解した。あれはヤバい。あれをやられたら腰がヤバい、と。現に被害者──セシリアは腰に力が入らなくなっている。ニコポでも無く、ナデポでもない。例えるなら某旦那のエロビーム。お前は何処の吸血鬼だという話である。もう、ソファー周辺だけイケナイ雰囲気が漂っている。16やそこらの子供には若干刺激が強いのだろう。鼻血を出す生徒もいた。

 

 織斑一夏はセシリアの顔が赤いことを心配してソファーへ近付こうとして幼馴染みに意識を刈り取られていた。

 

 山田真耶は手で顔を隠しながらチラチラ見ていた。かわいい。

 

 相川清香は戦慄した。端から見てもセシリアが石井さんにそういう感情を抱いているのは明白だった。故に今回彼女を応援するために策を練ったのだが、返り討ちにあってしまった。ギャップが凄いのだ。昼間は優しく生徒を見守る穏やかな教師だが今、目に前にいる男は違う。百戦錬磨、常勝無敗、東方不敗。最後のは少し違うが、数多の女性を落としてきた織斑一夏を超えるスケコマシなのだ。イケナイ大人なのである。

 

 そして織斑千冬は──

 

 「■■■■■■■■■!!」

 

 チフクレスになっていた。

 

 

 「この程度で赤くなってたら悪い男に騙されちゃうね。私は君の将来が心配だよ……」

 

 悪い男はお前だというクラス全体のツッコミはそれぞれの心の中にしまわれた。

 

 「それじゃあ、よい夢を……セシリア」

 

 トドメを刺された。耳元で囁かれた一言は周りには聞こえなかったが、いたいけな少女の耳と脳を溶かすには十分すぎた。きゅう、と声をあげて倒れたセシリアを横目に織斑一夏級の地雷は悠々と去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、職員室で出勤間もなく石井は射殺す九石井(ナインライヴス)を喰らい保健室に担ぎ込まれたという。その結果、昨晩の夜から朝までの記憶が無くなったという。

 

 是非も無いよネ!!

 

 

 

 

 

 




被害者の会

織斑千冬

篠ノ之束

セシリア▪オルコット←New!!

最近チフクレスの出番が多い……孔明並の出番で過労死しそう(カルデア並感)

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特訓付けてくれよな~。かしこまり!!

ほんへ、始まります。

カンッ!!(謎の金属音)


 目の前で人が倒れている。私が守るべき人が倒れている。息も絶え絶えで苦しそうにもがいている。

 

 ただ、それは正当な結果でなるべくしてなった事だ。束の妹もセシリアちゃんもその光景を見ることしか出来ない。

 

 倒れてる人──一夏君を叩き起こす。まだだ。まだ、へばってもらっては困る。この子には現実を叩き込まなければならない。自分の無力さを、愚かさを、自覚させねばならない。

 

 そうして私は斬りかかってくる一夏君にマガジン一本分の鉛弾と心臓への刺突をくれてやった。

 

 

 

 さて、何故このような状況になっているのか。時間は少しばかり遡る。

 

 

 

 ある朝、私は織斑先生、山田先生と話しながら教室へと向かっていた。SHRでの伝達事項、授業内容の確認、今朝の朝会で連絡された二組に編入してくる転校生の事。大方、情報が共有出来た所で一組の方が何やら賑やかなことに気付いた。

 

 気になりつつ、教室に入ると朝会で言っていた転校生と一夏君が喋っていた。どうやら知り合いだったようだ。確か転校生は中国の代表候補生だった気がする。そんな子と知り合いとは、案外一夏君の人脈も馬鹿に出来ないのかな?とか考えてたら転校生の子は織斑先生の出席簿(宝具)を喰らって帰っていった。やっぱりチフクレスは(以下略)

 

 そんなことがあった翌日。放課後、私は一夏君に土下座されてた。箒ちゃんは機嫌悪そうだし、セシリアちゃんはサムズアップしてる。意味が分からないよ。(QB感)

 

 「一夏君どうしたんだい?いや、それよりも取り敢えず頭を上げてくれないか?」

 

 「先生!!」

 

 「どうしたんだい?随分と切羽詰まってるようだけれど……」

 

 「俺に特訓を付けてください!!」

 

 はぁ……。特訓ですかい……?

 

 「それはISのってことかな?」

 

 「はい!!」

 

 そこで思い出した。今週はクラス対抗戦があるという事を。勿論、一夏君も出場するのだから私の所に来たという訳だろう。PCの中にあるトーナメント表を確認してみると、昨日転校してきた二組の子と試合するらしい。だが、確か二組の代表はカナダの代表候補生だった気がする。何故、この子がクラス代表になっているのだろう?

 

 まぁ、その辺りは後で二組の担任に聞くとして、私としてはこの特訓というかレッスンは受けても良いと思っていた。立て込んだ仕事も無いし、以前も私に頼んできた一夏君を無下には出来ない。箒ちゃんには悪いが、短い間一夏君を借りる事にした。

 

 しかし、それにしてもだ。箒ちゃんの機嫌が悪すぎた。一夏君を取られることで拗ねているとかそういうレベルじゃない。般若のような形相をしていた。そこで一夏君の頼みを了承した後、一夏君を先に帰して箒ちゃんとセシリアちゃんに何かあったのか聞いてみた。

 

 いやぁ、一夏君は一辺死ぬべきですね。女の子からの逆プロポーズを袖にして、勘違いとは度し難い。鈍感とかそういう次元では無いよ。織斑先生から鈍感、束から女難爆弾と聞いていたけど、ここまでとは……。織斑家の長男は化け物か!?よく今まで刺されなかったなぁ。これじゃあ二組の子が可哀想じゃないか。

 

 

 

 という訳で今に至ります。

 

 「先生、これ途中から八つ当たりになってません!?」

 

 「気のせいだよ。さぁ、もう一度だ。君が泣いても殴るのをやめない」

 

 「やっぱり何か怒ってますよね!?」

 

 「御託は良い。今日の私は阿修羅すら凌駕する存在だ!!来い、少年!!」

 

 「俺がガンダムだああああああああああ!!」

 

 そんな感じで斬りかかってくる一夏君の腹に膝蹴りを入れ、動きが止まった所をナイフで十七分割にしていく。もう、かれこれ一時間ほど同じ事を繰り返している。レッスンを始めた時に比べれば大分動きは良くなってきた。これも才能という物だろう。だがまだ甘いし、二組の子に勝てる訳でもない。

 

 実はあの二組の子は相当凄い。代表候補生という立場にいる以上それなりの実力があることは証明されているが、驚くべき所はそこではない。彼女は代表候補生、しかも専用機持ちに一年半でなったのだ。勿論、適正ランクや努力したという要因もあったのだろう。しかしそれ以上の才能が無ければ、一年半という短期間でそこまで辿り着くことは出来ないだろう。ある意味、この学年で一番の天才肌と言える。

 

 正直、勝てるとは思わない。セシリアちゃんの時もそうだったが、今回はそれ以上に分が悪い。何せ、相手は怒りが一周回って逆に冷静になっているのだから。淡々と潰しに来るだろう。さらに、一夏君自身搦め手を忌避する傾向がある。その真っ直ぐさ、愚直さ、彼の人間としての美徳が仇になる。

 

 一夏君はどんな相手にも勝てるジョーカーを持っている。言わずと知れた『零落白夜』だ。あれはどんなISであれ一太刀浴びせれば、それだけで必殺の強力無比な一撃。故に弱くもある。要は近づけなければどうという事はないからだ。加えて『零落白夜』の特性をクローズアップしてみても弱点が浮かび上がる。燃費の悪さ、パイロットの技量に大きく左右される刀という武装。

 

 相手も悪い。この相手がセシリアちゃんのような支援特化型のパイロットなら勝率が少し上がった。しかし二組の子は近接戦闘もこなせる。中近距離でそつなく戦えるオールラウンダーだ。同じ天才肌でもセシリアちゃんのような一つに秀でたタイプではなく、あらゆる要求にそれなり以上の成果を以て答えられる便利なタイプだ。一歩間違えば器用貧乏になってしまうが、そうなってない所も彼女の実力だろう。

 

 そして何よりも相手の機体がネックだ。中国が開発した第三世代機『甲龍』。中近距離での戦闘を想定しているからか大型の青竜刀を二基、搭載しているがそれは大した脅威ではない。

 

 『龍砲』、衝撃砲という不可視の砲弾を撃ち出す第三世代兵装だ。空間自体に圧力をかけ砲身を形成するため、その砲身も目視出来ない。近距離用の散弾仕様にする事も出来るという一夏君にとって最大の障害だ。

 

 はっきり言おう。一夏君が勝つ可能性は限り無く低い。一組にはデザートのフリーパスは諦めてもらおう。

 

 一夏君がジャイアントキリングを起こす可能性はある。だが、それを考慮してもキツイだろう。勝ちに行くのならばダーティープレイを前提とした搦め手満載の一夏君自己嫌悪セットで行くしかないだろう。

 

 まぁ、それでも最善は尽くすのだけれど。

 

 「一夏君、被撃墜王の一夏君。君は今まで何度墜とされた?」

 

 地面で大の字に伸びる一夏君を見下ろす。とても悔しそうな顔をしている。専用機に乗っていて、訓練機のラファールにこてんぱんにされたら無理もないか。

 

 「君は学習しないね。本来ならば君は搦め手を用いた短期決戦を挑むべきだが、君自身のこだわりで正々堂々等という勝率の低い方法を取ろうとしている」

 

 「それは……!!」

 

 「君の意見は聞いてないよ。特訓をつけてほしいと言ってきたのは君の方だ。だからね、はっきりと言わせてもらうよ。織斑一夏、君は凰鈴音に勝てない」

 

 「先生!!」

 

 箒ちゃんが叫んでいる。だけど、一夏君に自分がいる位置を知って貰わなければならない。

 

 「外野は黙っていろ。さて、一夏君ここで質問だ。君は銃撃で撃墜された時避けようとしたかい?」

 

 「はい……」

 

 「どうやって?」

 

 「ISのロックオンアラートで……」

 

 ダメだ。目視出来る銃弾でこれだ。衝撃砲を相手にした時、何も出来ずにフクロにされて終わってしまう。

 

 「一夏君、ハイパーセンサーが何の為にあると思う?」

 

 銃を撃つ時、多くの者はサイトを覗くであろう。アイアンサイトであれ、ACOGであれ、ホロサイトであれだ。狙いを定めずに撃っても意図した場所に着弾する訳がない。狙うべき場所を自分の目で見据える。つまり、射線とは視線である。

 

 「君は銃弾を避けるのにロックオンアラートと自分の目を頼っているようだけど、それじゃあ遅いって事は理解出来たよね?ではハイパーセンサーは何の為にあると思う?元はと言えば広大な宇宙空間での作業を想定し作られた物だけど、その機能はこのような場面で活かせないかな?」

 

 「それは……」

 

 「時間もない。本来ならば君が考えて、答えを出すべきなのだけれど私が言おう。ハイパーセンサーは遠方、後方すら見えることは分かるだろう?ならば何故、敵の視線を見ないんだい?確かに君の動体視力はISに乗ることによって強化されている。だが、それでも無理がある。音速以上で飛ぶ弾丸を目視で避けるだなんて人間辞めてるからね。相手を見ないで狙うだなんて離れ業をやってのける人外も早々いない。相手の視線をよく見なさい。その視線の先が射線だ。ことさら、凰鈴音に関してはその視線一つが勝負を分けることになるだろうね」

 

 第三世代兵装、イメージインターフェースを使用した兵装群は文字通りパイロットのイメージが要になる。セシリアちゃんのビットや凰鈴音の衝撃砲はその最たる物だろう。サイトも砲身もない衝撃砲を正確に撃つためにはやはり相手をしっかりと目視で捉える必要がある。いくら砲身の稼働限界が無いとは言え、ノールックで真後ろの目標を撃つだなんて事が出来るのは世界でも五人といないだろう。

 

 これが一夏君が凰鈴音に喰らいつく為の最低条件だ。逆に言えば、これが出来れば勝率が僅かだが上がるのだ。勿論ダーティープレイに徹した方が勝率はより上がる。だが、彼がやらないのならばそれも良いのだろう。ガキの喧嘩、試合(遊び)なのだ。私はそれを見守り、応援するだけだ。たまにこうして、手助けをするぐらいだ。

 

 「さぁ、一夏君。無力な底辺の屑野郎。もう一度言う。君は凰鈴音には勝てないだろう」

 

 「あぁ……そうだろうな……」

 

 「へぇ、分かってるじゃないか。で、どうするんだい?棄権するか?」

 

 「いや俺は棄権しない。例え、勝てなくとも俺は目の前の勝負から逃げたくない。俺の全力を鈴にぶつけたい。だから俺は諦めません。何度墜とされても、貴方から何かを得るまで倒れません」

 

 そう言って一夏君は雪片を正眼に構えた。いいね。うん。実に良い。やっぱり、人の可能性というのは心を沸かすような何かがある。

 

 「一夏君。私はさっき、君を無力な底辺の屑野郎と言った。事実だ。君の実力はとるに足らない、粗雑な物だ。だが、それは同時にこれ以上の下は無いという事でもある。そして君はオルコットさんの時、可能性を見せた。格上を倒せる(ジャイアントキリング)という可能性をだ。それを偽物だと言う輩もいるかもしれない。だが、私はそうは思わない。それこそが、織斑一夏の可能性だ」

 

 その可能性はまだ発展途上だ。花開いてない蕾だ。だが、その花が咲いた時、彼は何かを変えてくれるだろう。漠然とだが、私はそう思っている。だから──

 

 「証明してみせよう。君になら、それが出来る筈だ」

 

 ──立ち上がれ、少年。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 でも、プロポーズの件はもう許さねぇからなぁ?(憤怒)凰さんが可哀想だろうが!!いい加減にしろ!!




ご意見、ご感想、評価お待ちしてナス!!


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閑話:White Lily

日間ランキング29位とかこわい(驚愕)

ありがとうございます!!

クッソどうでもいい閑話。

どうぞ


 何が間違っていたかと聞かれても、はっきりと答える事は出来ないだろう。

 

 日頃の寝不足か、溜まったストレスか。未だに残っている中途半端な甘さか。何にせよ、私には答えることなど出来ない。

 

 いつも通りに皆殺しにして、いつも通りに全て壊した。凡そ楽しいという訳でもない仕事を淡々とこなして、飼い主の元へと戻ろうと思っていた。そしてまた新しい仕事を受けて同じことを繰り返す。生きてる奴は殺し、死んでる奴は潰して跡形も無くす。そういう単純作業を幾度と無く、機械のようにこなす。いや、実際機械なんだ。私はただの暴力装置だ。別にそれを悲観している訳では無いが、今さら再認識するというのも馬鹿馬鹿しいと思った。

 

 私が飼い主の殺意を出力して破壊した施設は火に包まれていた。そこにいた人間は漏れなく死に絶え、原型を残す物は無かった。調整槽に入れられていた子供(モルモット)たちは私が来ると同時に処分された。ボタン一つで調整槽から真っ赤などろどろとした液体が放出されて、生命を維持出来なくなる。ここにいたのは失敗作の烙印を押された子供たちだ。人に造られ、その悪意に晒され、その身を弄くり回され、挙げ句棄てられた生命たち。

 

 同情も、哀悼もしなかった。可哀想、と言ってしまえばそれまでだし、既に死んでしまったこの子たちに何かしてやれる事なんて私にはない。強いて挙げればこの子たちを弔ってやることぐらいだが、何時までもこの場に長居する訳にもいかない。そして、何よりもこういった事に慣れている、慣れてしまったというのが一番大きい。

 

 「ミッション完了、これより帰投する」

 

 飼い主に一報を入れて、拠点へと戻ろうとした。その時、生体反応を感知した。ごく僅かな、微弱な物だったが、確かに誰かが生きていた。オーダーは皆殺し。仕事はきっちり終わらせなければならない。

 

 その生き残りの方へと足を進めていく。子供(モルモット)は全て処分された筈。生きているとしたら、この施設にいた変態ども(研究員)しかいない。しぶとい害虫のようだ。生命力だけ一丁前に持っているだけの無価値な存在。そんな物は生かしておいてもろくな事がない。全て駆除するに限る。

 

 反応があった部屋は私の予想とは反していた。そこは子供たちが収容されていた部屋だった。そして今尚、生体反応は感知されている。研究員がここまで這ってきたのだろう、そう思って部屋の中に入った。

 

 赤い液体は血のようで、鉄臭さの代わりに薬品のツンとした臭いが鼻を突いた。積み上げられた屍の山は炎で赤く照らされていた。それはある種の美しさを感じさせ、この炎と共に子供たちは天に昇っていくのだろう。そう私に思わせた。

 

 だが、研究員はいなかった。何処にも大人の体は無く、見渡す限り子供の屍ばかり。誤作動だろうか?しかし、今も生体反応は私のいる部屋を指していた。屍の山に隠れているのだろうか?

 

 「うぅ……」

 

 その時小さな、本当に小さな呻き声をマイクが拾った。その声の先にライフルの銃口を向け、生き汚い塵芥の姿を確認しようとする。

 

 そこでも私の予想は裏切られた。それは少女だった。天使のような銀髪を赤く汚し、閉ざされた双貌で私を見据え、手を伸ばす少女がいた。

 

 柄では無いと思う。何を間違ったのだろう。今でも何故、あんなことをしたのかと考えることがある。

 

 きっと疲れていたのだろう。その子を抱き上げ、正義の味方に呪いを植え付けた男のような文言を吐き、拠点へと帰った。

 

 きっと飼い主にキツく当たられるだろうと思っていた。もしかしたら、またモルモットにされるかもしれない。その時は私が殺してあげよう。そう思いながらずっと少女を抱き締めていた。

 

 意外なことに飼い主は私に何も言わなかった。その少女を調整槽へ入れて、ナノマシンを注入し治療を開始した。結果として少女の命は助かった。その視力と心肺機能を生体同期型ISで補うことによってだが。

 

 少女の意識が戻った時に聞いた。死にたいなら今ここで直ぐに殺してやるがどうする、と。少女は生きたいとはっきり答えた。何処か安心する自分がいた。

 

 その後、私はその少女に名前が無いことに気付いた。飼い主にその旨を伝えると私が名前を付けるべきだと言われた。少女もそれを望んだ。だから名を与えた。何も特別な意味はない。ただ、頭に浮かんだだけの物を繋げただけの安直な付け方だった。適当、と言ってしまえばそうなのかもしれない。だが、私はそうした。

 

 クロエ・クロニクル。

 

 あの子には特別になんかなって欲しくないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 私はお父様に嫌われているのでしょうか?

 

 そう聞くと束様は首を横に振り、私の頭を撫でてこう言う。

 

 『くーちゃんは愛されてるよ。誰よりもいしくんに愛されている』

 

 私にはそう思えない。お父様は私を避けている。あからさまにだ。お父様がラボに帰ってきた時、私が出迎えると酷く悲しそうな顔をして自室へと行ってしまう。そして何度も言うのだ。

 

 『私を父と呼ぶのを止めなさい』

 

 『私と関わるのを止めなさい』

 

 『君の為にならない』

 

 とても悲しい。お父様にそう言われると涙が溢れて止まらなくなる。確かに私とお父様は血が繋がってない。それどころか私はマトモな人間ではない。私は造られた人間で、本来生きてる筈のない人間だ。あの日、お父様に助けて貰わなければ私はここにいなかった。

 

 

 

 

 目を覚ますとそこは地獄だった。私は誰かの死体の下敷きになり、私も誰かの死体を下敷きにしていた。調整槽から放り出された私たちは山積みにされて、燃え盛る炎に囲まれていた。いつか処分されるとは思っていたけれど、こういう形になるとは思わなかった。

 

 もう、指一本動かせなかった。身体は重く、適合しなかった眼は霞み、炎は私をじりじりと焦がしてゆく。

 

 出来損ないの私には相応しい最期かもしれないと思った。完全になれなかった、欠陥品はこうやって乱雑に棄てられ焼却される。ありがちだ、と思う。まるで安いSFのようだと。出来の悪いロボットをスクラップにするように、私もこの有り様だ。

 

 悔しいとは思わなかった。そう思う余裕が無かっただけかもしれないし、悔しいという感情が分からなかったからかもしれない。でも、ただ唯一気になったことがあった。この惨状を招いた元凶は何なのだろうかということだ。研究所の職員である可能性は無い。わざわざ施設をこんな風に破壊する必要が無いし、同じ職員を殺す必要も無い。そしてその元凶は私の目の前に現れた。

 

 まるで死神のようだった。夜の闇を固めたような純黒。全身装甲(フルスキン)のISが悠然と私たちが棄てられていた部屋に入ってきた。それは何かを探しているようだった。何を探しているかは分からなかったけど、部屋の中を物色していた。

 

 どうせ死ぬのだ。この死神の探し物を手伝ってから死のう。そう思った。死神も神という字が入るのだ。神様の手伝いをしてもバチは当たらないだろう。そんな破れかぶれで声を出そうとした。しかし、誰かの下敷きにされていた私は小さな呻き声しか出せなかった。

 

 それでも死神は私を見つけた。そして、私を抱き締めた。理解が追い付かなかった。死神に抱擁される理由も無いし、探し物を止めてするほどの事ではないと思った。だが、死神は私を抱き締めてこう言った。

 

 『生きてる……あぁ、生きてる……!!ありがとう……生きててくれて、ありがとう……』

 

 それが私とお父様の出会いだった。

 

 

 その後、私は束様のラボで治療を受けて一命を取り留めた。後から束様から聞いたことだが、私が目覚めるまでの間お父様は私の側で手を握ってくれていたそうだ。

 

 お父様は目を覚ました私にこう聞いてきた。

 

 『君がもし……これ以上生きていたくないというのなら、辛いと思うのならば……私が今ここで君を殺そう。君はどうしたい?』

 

 私は生きたいと答えた。せっかく助けて頂いた命。その恩人の為に使いたいと思った。私の答えを聞いたお父様は少し安心したような表情をしていた。その後私はお父様に名前を頂いた。お父様は束様に任せようとしたが、私はお父様に付けて欲しかった。

 

 そして私は、クロエ・クロニクルは生まれた。

 

 

 

 

 

 そしてお父様は私を避け続けた。

 

 クッキーを焼いてみた。お父様に食べて欲しくて、生まれて初めてお菓子を作ってみた。ラボにあるお父様の部屋に持っていった。

 

 『束に渡してくるといい。彼女も研究で頭を使うだろう。糖分が必要だ。さぁ、行きなさい』

 

 料理を作ってみた。お父様に食べて欲しくて、お父様が好きな物を束様に聞いて作ってみた。

 

 『束と一緒に食べなさい。私はお腹が減っていない。それに今から仕事だ。それと、私を父と呼ぶのを止めなさい』

 

 マフラーを編んでみた。お父様が風邪を引かないように、寒い場所でも平気なように。世界中を飛び回るお父様が少しでも健やかに過ごせるように。

 

 『束に渡しなさい。私は余り風邪を引かない。だが、束は自己管理を疎かにする傾向がある。それと、何度も言っているが私を父と呼ぶな。私は君の父親ではないよ』

 

 

 

 何度泣いたのだろう。何度、恨めしく思っただろう。何故私を避けるの?何故私を突き放すの?何故私を見るたびに悲しい顔をするの?私はお父様にとって邪魔な存在なの?それならどうして私を助けたの!?それなら、どうして魘された時、手を握ってくれたの!?それならどうして、どうして、どうして!!

 

 何よりも悲しいのは私のことでお父様と束様が喧嘩をすることだ。夜、ラボのリビングから束様の怒鳴り声が聞こえてくる。何を言っているかは分からないが、私の事であることは間違いない。

 

 『私はお父様に嫌われているのでしょうか?』

 

 私が造られた存在だから嫌われてるのだろうか?私が不出来だから嫌われてるのだろうか?そう思う度に私の心臓(コア)が痛みを覚える。

 

 『ううん、くーちゃんは誰よりもいしくんに愛されてるんだよ』

 

 『ではどうしてお父様は私を避けるのですか?私は何かお父様の機嫌を損ねるようなことをしてしまったのでしょうか?何故、お父様は私を見る度に悲しそうなお顔をされるのでしょうか……何故、お父様は……帰ってこられないのですか……?私は……お父様に……』

 

 言葉を上手く繋げなくなる。考えたくも無い事が頭を過る。私はお父様に棄てられたのではないか、と。すると束様は私を抱き締めた。あの日のお父様のように。

 

 『そんなこと無いんだよ……くーちゃんは何も悪くないよ……誰も悪くないんだ、誰も……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今、お父様はIS学園で教師をされている。束様の妹、箒様と一夏様の護衛や束様の協力者である轡木十蔵様の補佐等のお仕事の為、数年前から学園に勤められているらしい。

 

 たまに、束様が学園のシステムに侵入してお父様や箒様たちの様子を見てるのを一緒に見させてもらう時がある。ディスプレイ越しのお父様は私が見たことが無いような笑顔で生徒と談笑したり、同僚の方とお酒を飲まれたりしている。とても優しい表情で授業をしたり、楽しそうにご飯を食べたり。

 

 それを見てとても安心した。お父様が元気そうで、私の前で見せるような悲しい顔ばかりでは無いと分かったから。私はお父様に会えなくても良い。こうして遠くから元気なお姿を見れれば、それでいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だけど、ほんのちょっぴりだけ、寂しく感じる時がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「いしくん、ちょっと話があるんだ」

 

 「悪いが今度にしてくれないか?補給も終わったから、私はセーフハウスに戻るよ。もう遅い、君も早く寝るべきだ。コーヒー美味しかったよ……」

 

 「どうして、くーちゃんを避けるの?」

 

 「……」

 

 「知ってるでしょ?くーちゃん毎晩泣いてるんだよ?私に毎日聞いてくるの、いしくんに嫌われてるのかって。どうしてくーちゃんから遠ざかろうとするの?」

 

 「さぁね。遠ざかった覚えも、近付いた覚えもない。そんなことを言われても困るよ」

 

 「ふざけないで……」

 

 「ふざけてなんかないさ。もういいだろう?私は……」

 

 「ふざけないでよ!!きちんと答えてよ!!あんなの……あんなのは、あんまりだよ……。どうしてくーちゃんが作った料理も、お菓子も食べてあげないの!?どうしてあの子を受け入れてあげないの!?どうしてあの子の全部を私に向けようとするの?あの子が本当に誉めてほしいのは私じゃ無いんだよ!!君なんだ!!マフラーを巻いてほしいのも、料理を食べてほしいのも君なんだよ!!」

 

 「……」

 

 「それともなんだい?あの子の出自のことかい?自分で助けておいて、今更人造人間だなんて……」

 

 「黙れ……。いくら君でもそれ以上は許さない」

 

 「……ねぇ、何であの子を遠ざけるの?君は今、私に本気で怒ったよね?なんとも思ってない相手のことで怒るほど君は直情的な性格じゃない筈だよ?知っているよ。君があの日、あの子の意識が戻るまで手を握って側にいたこと。夜中、あの子が魘されている時も手を握って子守唄を歌ってたこと」

 

 「見間違いじゃないのか?」

 

 「その言い訳はさすがに苦しいよ?いしくんはさ、親に理解されない気持ちって分かる?」

 

 「分からないな」

 

 「すごく寂しいんだ。自分の成果を誉めて貰おうと思ってもね、理解出来ないから評価されないんだ。喜ばせようと思ってやったことで怒られたり、周りの人に理解されなくてもせめて親だけはと思っても、周りと同じように私を夢見がちな女の子としか見なかったんだ。何て言うか、それがすごく寂しかったんだ。でもね、それってまだ認識されて、言葉を交わせるから寂しいで済んでいるんだよ。まともに話すことも出来なくて、拒絶されているくーちゃんはもっと辛いと思う。私はいしくんがくーちゃんのことを誰よりも愛してるって分かる。あの日、くーちゃんを連れて帰ってきた時気付いてないかもしれないけど、いしくん泣きそうな顔してたんだよ?だからさ、教えて欲しいんだ。どうしてそんなにくーちゃんを拒絶するのか」

 

 「……もう、何人殺したか覚えてない」

 

 「……」

 

 「死んでしかるべき人間もいた。そうじゃない人間もいた。君の猟犬となって殺してきた人間の数なんて覚えてないし、数えてすらいない。それを悔やんでる訳でもない。私はそれを、君と契約し雇われて、合意の上でやっているんだ。凡そ、そういう金で人を殺す最低の人間なんだよ、私は。君も分かるだろう?」

 

 「それは……いや、そうだとしても……」

 

 「いや、私がそういう人間である事実は変わらないよ。戦争の犬、殺し屋、傭兵。言い方は多々あるが、私は戦争で、人死で飯を食う最低野郎さ。好きに生きて、理不尽に死ぬ。そんなクソッタレだ。そんな奴をあの子は父と呼ぶんだ。全くふざけているだろう?あの子を作り出した連中と似たり寄ったりの、ろくでなしの私を父と呼ぶんだ。これほどつまらない冗談はないよ」

 

 「どういうこと?」

 

 「君は今の世界が美しいと思ったことはあるかい?」

 

 「いや、汚いよ。汚物でまみれてるよ」

 

 「そうだ。確かに醜悪で見るに絶えない物ばかりだ。でも、それと同じぐらい尊い物で溢れている。涙を流すほど綺麗な夕焼けや、息を飲むほどに雄大な山々。汚い物にまみれたこの世界で宝石のように輝く善き人々。あの子は──クロエはそんな物を見るべきなんだよ。人の欲と悪意で生み出され、それに晒され続けてきたあの子にはそれが必要だし、相応しい。私のような血生臭い男ではなくね。親と呼ぶにしろ、私より君の方がまだマシさ。それに私にはあの子に父と呼ばれる資格など無い。だから私はあの子と距離を詰めないんだ。あの子の為にならない。あの子はもう、汚い物に触れなくていいんだ」




いつから、毎回語録が入ると錯覚していた?

やったね!!ルートが解放されたよ!!

・人類種の天敵ルート

正義の味方(イシイ)ルート

麻婆が美味くなる。(確信)

まぁ、やりませんが。

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すっげぇキツかったゾ~(実戦)

前半はいつも通りゾ

後半からはやりたいことをやったゾ

足らないフロム脳を絞って書いたので余りクオリティは高く無いです。

好きなこと書いただけです。

後、ちょこっと戦闘描写あります。

では本編ゾ(ボキャ貧)


 「遅かったじゃないか……」

 

 「え……?」

 

 「言葉は不要か……」

 

 「何だこの鈴!?(驚愕)」

 

 石井のような気がしてきた。(自我喪失)

 

 いやぁ、たまげたなぁ……。まさか、凰さんが怒りの余りにCV:中田○治になってしまうとは。完全にプロトタイプネクストに乗ってるあの人だよ。ということは、一夏君はアナトリアの傭兵だった……?ねーよ。カニスで十分だわ。(辛辣)

 

 「貴様に毎日酢豚を食わせてやると言ったな。訂正しよう。貴様には私特製の麻婆豆腐を毎日三食食わせてやろう」

 

 「いいぜ。三食は無理だけど、麻婆豆腐も好きだからな!!」

 

 あぁ、何てことを……。凰さんが笑いを堪えるのに必死になってるじゃないか。このままでは一夏君が死んでしまう!!この鬼畜!!外道!!神父!!いいぞ、もっとやれ!!

 

 そんな感じで、クラス対抗戦当日です。アスピナ出身の愉悦神父と化した凰先輩と我らが粗製、空気にもなれないへっぽこパイロット一夏君の試合だ。あの一夏君フルボッコ事件から三日間、ひたすら相手の射線を予測する訓練をして今日に至る。途中からセシリアちゃんにも手伝って貰っていたんだけれど、

 

 『へぇ、調子に乗って殺されに来たのね?』

 

 『いい的よ、あなた』

 

とセシリアちゃんが楽しそうで何よりでしたまる。だがそのおかげで、一夏君の動きは見違えるように良くなった。被弾率もぐんと下がったし、シールドエネルギーの減衰率も低くなった。いい傾向ですね。予想以上の成長具合に冷や汗出ますよ^~。は?(自己嫌悪)

 

 そうこうしている内に試合が始まった。最初に動いたのは一夏君だった。相も変わらずな開幕特攻で凰さんに突っ込んでいった。

 

 「突っ込めって言ってんだよォ!!俺のゴーストがそう囁くんだよオォン!!アォン!!」

 

 汚い。

 

 「他愛なし……」

 

 そのクソ汚い突進は凰さんに呆気なく避けられてしまった。当然の帰結である。だが、これで衝撃砲の心配は今の所は無くなったと言える。回避の後、凰さんが距離を開けて衝撃砲を使えば引き撃ちする凰さんを一夏君が追う構図になり、これまでレッスンで繰り返しやってきたシチュエーションになった筈だ。しかし今、凰さんと一夏君は互いの近接用武装で切り結んでいる。凰さんとしても、距離を開けて中距離で一夏君を近付けないで戦う方が安定した試合運びが出来る。それを態々相手のフィールドで戦う意図は分からない。だが、相手と切り結びながら近接用の散弾に切り換えて衝撃砲を使うことは出来ない。セシリアちゃんがビットを全基展開している時に身動きが出来ないように、激しい戦闘中──しかも一撃必殺の手段を持つ相手に僅かな隙も見せられない。想定外ではあるが一応、一夏君に有利な状況ではある。

 

 「ほう、中々どうして……やるじゃないか……」

 

 隣で織斑先生が言っている。まぁ、ルーキーにしてはと付くのだろうけれど。

 

 「お前が訓練を付けたのだろう?やはり、教官職もいけるのではないか?」

 

 「まぁ、何度か色んな国からお誘いは受けましたよ?でも、柄じゃないんですよね。そういうのって」

 

 「教官は嫌で教師は良いのか?」

 

 「どうなんでしょうね?でも、今の職場は気に入ってますよ。飯も美味いし、退屈しない。それだけで私は十分なんですよ」

 

 「気楽な物だな」

 

 「そんな物ですよ」

 

 世間話をしている間にも試合は進んでいく。相変わらず一夏君の雪片と凰さんの双天牙月がぶつかり合っている。鍔迫り合いから互いを突き放し、またぶつかり合う。衝撃砲を使う気配が全くない。どうもキナ臭くなってきた。そう思っていると凰さんが双天牙月を拡張領域(パススロット)へと仕舞った。そして──

 

 

 

──一夏君の腹に正拳突きを決め、一夏君を吹き飛ばした。

 

 「なっ……!?あれは……」

 

 「知ってるのかチフデン!?」

 

 「あれは……マジカル☆八極拳だ……」

 

 何だってえええええええ!?いや、CVだけで飽きたらずディテールまで似てきちゃったよ。どうすんのアレ?私は関わりたくないよ。

 

 「武器など前座。我は元より無手こそ得物なり、我が八極に二の打ち要らず──」

 

 と思ってたら、色々混ざってました。本家八極拳とか、目からビームを出す施しの英雄とかごちゃ混ぜだね。あぁ、もうめちゃくちゃだよ……。

 

 「いいじゃん!!盛り上がって来たねぇ!!」

 

 何だあの一夏君!?(驚愕)アヴァロンも無しに蘇えったよ?しかも声変わってるし……どういうことなの?

 

 「まあ、やるんなら本気でやろうか! そのほうが楽しいだろ!? ギャハハハハハハッ!!」

 

 「そうか、天地を返しおったな!?素敵だ、やはり人間は素晴らしい」

 

 「行けよォ!!零落白夜ァ!!」

 

 「猛虎硬爬山──ッ!!」

 

 そして──

 

 「学園上空に所属不明のIS反応!!警備部隊がスクランブルします!!」

 

 ──決着は着かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「警備部隊が全滅……二十秒足らずでか……」

 

 「第三防衛ライン突破されます!!アリーナ直上迄の到達予測、七十秒です!!」

 

 「三個小隊を残して全ての部隊を出せ。生徒が避難する時間を稼げ!!」

 

 私の飼い主の悪戯か、随分と長い付き合いになる亡霊からのラブコールか。はたまた、委員会(老醜)機構(アラスカ)の仕業か。この茶番を誰が仕組んだかは知らないが、随分とお優しいことだ。やろうと思えば、学園の防空識別圏を気付かれずに越えることが出来た筈だ。()()はそういう代物だ。それを態々こちらに知らせて真っ正面から人の家に上がり込んできた。慇懃無礼、その言葉が相応しい。そして襲撃の目的が手に取るように分かってしまうのも困り物だ。

 

 「一夏君を見定めに来たって所か……」

 

 隣で織斑先生も苦虫を潰したような顔をしている。この襲撃を画策した元凶が私の飼い主である可能性はここで限りなく低くなった。誰かさんは一夏君を見定めるつもりだろう。彼がどういう存在か、彼が誰かさんにとって利益をもたらす存在か、首輪を付けられるのか、それともイレギュラーとなり得るのか。どの勢力もそれを知りたがっている。今回はその当て馬だ。一夏君のデータを取り、それを元に彼を測っていくのだろう。この襲撃で一夏君が死ぬことが無いことも分かっている筈だ。万が一の時は私が介入する事を見越している上でのこれだ。全く以て嫌らしい限りだ。本当に、いつも通りだ。

 

 「クソが……誰だか知らないが、私の弟を茶番に巻き込んだことを後悔させてやるからな……」

 

 「それは結構ですが、今は生徒の避難と所属不明機の迎撃に集中してください」

 

 「分かっている……山田先生、生徒の避難の進捗は」

 

 「それが……現在管理部のサーバーが攻撃を受けていてアリーナのゲートが開閉不能になっています。シールドも同じく……」

 

 「所属不明機、最終防衛ラインを突破!!シールドの一部を破壊してアリーナに侵入しました!!織斑君、凰さんと交戦を開始!!」

 

 「アリーナのゲートの破壊を許可しましょう。緊急事態ですから。学園長には私から言っておきます。それと、織斑先生は更識楯無との個人回線を持ってましたよね?」

 

 「あぁ、持っている」

 

 「それならゲートの破壊と避難誘導に専念するように伝えてください。絶対に戦闘に参加しないように厳命してくださいね」

 

 「何を企んでいる……?」

 

 「織斑先生も分かっているでしょう?今回の襲撃であちら側がそれなりの成果を手に入れることが出来なければ近い内に必ず、更に規模の大きい実験を仕掛けて来るであろうことぐらい。彼女は邪魔です。彼女の正義感が一夏君を殺すかもしれない。アレはまだアマチュアだ。彼女の持ちうる力を全て使っても元凶には勝てませんよ。誰の為にもなる最善の手段を提案している。一夏君も元凶も更識楯無もあなたも、誰もがこの場を丸く納められるんですよ。あなたにとっても悪い話ではないと思うのですが」

 

 暫く、沈黙する織斑先生。聞こえるのはアラート音と、アリーナから聞こえる戦闘の音。管制室に人の声はなく、皆織斑先生の判断を待っていた。

 

 「分かった……お前を信じよう」

 

 確信していた返答が来ただけだった。ありがとうございます、と言うと織斑先生は頷いてインカムを耳に付け更識楯無と話し始めた。モニターには所属不明機と交戦する一夏君と凰さん。シールドエネルギーは多いとは言えない。連射されるハイレーザーライフルをなんとか回避しているようだ。初めての実戦にしてはよくやれている方だと言えるだろう。ただ、敵が全身装甲(フルスキン)の為か私が教えたことが活かせてないようだ。まぁ、無理もない。私が教えたのは()()()()()()()()を前提にした技術なのだから。

 

 しかし、このままでは些か雲行きが悪くなる可能性がある。だからほんの少し、テコ入れしよう。

 

 「オルコットさん、聞こえるかな?」

 

 セシリアにコアネットワークで話しかける。

 

 『はい!!御無事ですか、先生?』

 

 「管制室にいる教員は全員無事だよ。それよりも今何してる?」

 

 『ゲートを破壊して避難誘導の補助を。第三ゲート前ですわ』

 

 「そうか、ならそれは誰かに代わってもらいなさい。君にはこれからアリーナで交戦中の一夏君たちに長距離射撃での支援を行ってもらう。君のメインアームの最大有効射程から所属不明機を狙撃してくれ」

 

 『シールドはどうするのですか?』

 

 「所属不明機の攻撃で大幅に減衰している。恐らく君のメインアームのレーザー出力なら貫通できるだろう。観測手(スポッター)は必要かい?」

 

 『いえ、ですが管制室とリンクを繋いで擬似的に戦術データリンクを……』

 

 「了解した。ポイントとコースは一任する。よろしく頼むよ、期待している」

 

 これで少しは一夏君たちも戦いやすくなっただろう。射程外からの狙撃支援に対抗出来る兵装をアレは積んでいない。装甲が硬いことがネックだが、確実に入るダメージは無視出来ない筈。そしてターゲットが分散しハイレーザーライフルの弾幕も幾らか薄くなる。懐に入って、一夏君が『零落白夜』を一振りすれば幕引きだ。むこうも及第点を付けるだろうから、次の実験のハードルが馬鹿みたいに高くなることは無いだろう。

 

 「え……これは……」

 

 「どうしました?」

 

 オペレーターを務めている同僚が声をあげた。声色からして、困惑しているようだった。

 

 「避難が完了した区画に生徒の反応が……モニターに出します!!」

 

 そこに写ったのはサイレンで赤く染まった通路を全力疾走する篠ノ之箒(お転婆娘)だった。武士道を死ぬことと見つけてしまったかのように、戦場へまっしぐらである。これで彼女が死んでも自業自得としか言えないが、仕事上そういう訳にもいかないし、一応は教師なのだ。生徒を見捨てて減給だなんて真っ平御免だ。

 

 「何で篠ノ之さんが!?」

 

 「私が行きます。山田先生、織斑先生が戻ってくるまでの指揮を頼みます」

 

 管制室を出て、通路を走る。彼女が向かったのは入場用カタパルトがある方だ。大方一夏君を応援しようとでも思ったのだろう。もしくは心配したか。

 

 あぁ、いけない。余り誉められたことでは無いとは分かっているが、口の両端が吊り上がってしまう。

 

 身体中を巡る血が熱くなるのを感じる。僅かだが、気分が高揚する。早く、早くその場に辿り着きたいと、()()混ぜろと()が叫ぶ。

 

 戦いは忌避すべき物であると思っている。命を奪うという非生産的な行為が持つ意味はどれ程の物なのだろうと何度考えたことか。戦場は地獄であり、私は幾度となく地獄を這いずり回り、地獄を更に凄惨な物にしてきた。

 

 それと同時に私は理解している。戦いこそが人間という種──人類の可能性であるということを。戦いが、闘争が無ければ人々は締観と無気力の内に壊死するだろう。戦いがあったから人類はここまで来れたのだ。

 

 どちらにも傾けないのは、私が臆病者だからなのだろう。

 

 

 

 身体は闘争を求める。

 

 私は私がいつか辿り着く場所を口にする。

 

 「行こう、『シュープリス』」

 

 私は、何処までも堕ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『メインシステム、通常モードを起動しました。これより、作戦行動を再開。あなたの帰還を歓迎します』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 『一夏さん聞こえますか?これより支援を開始します。射線に入らないようにお気をつけください』

 

 アリーナでは一進一退の攻防が繰り広げられていた。いや、実際には決め手に欠ける勝負が延々と続いていたという方が正しいのかもしれない。

 

 第三世代機二機を投入しても仕留めきれない程の装甲の硬さ。必殺のジョーカーを使わせない為の厚い弾幕。どちらも中近距離で真価を発揮する機体を駈る織斑一夏と凰鈴音にとっては分の悪い相手だった。

 

 しかし状況は好転する。長距離、敵の射程外(アウトレンジ)からの狙撃支援が来たのだ。これにより、敵の意識が分散した。端的に言えば動きが乱れたのだ。これまで無機質に、機械的に動いていた挙動が乱れ、若干のラグや隙を見せるようになった。

 

 「鈴、奴の動きが乱れてきた。今がチャンスだ」

 

 「そうね。あんたの見立て通りって所かしら」

 

 一夏はこの謎の機体との戦闘中に拭い切れない違和感に悩まされていた。何処か感じる気持ち悪さ、不気味さ。まるで人形と戦っているような手応えの無さ。そこで彼は一つの仮説を立てた。眼前の機体が無人機ではないか、という物だ。

 

 この仮説は正しい。事実、IS学園を襲撃してきたこの所属不明機は無人機である。この事実に一夏が気付くことが出来たのは彼が剣道という形で人と相対する経験を持っていたこと、彼の本来持ち合わせていた才能、そして戦闘の中で成長したこと。これらの要因が重なり合い、無人機であるという結論に辿り着いたのだ。

 

 「今しか無い!!行くぞ、鈴、セシリア!!」

 

 「了解!!」

 

 『狙い射ちますわ』

 

 三機が仕掛ける。アウトレンジからの狙撃、狙撃の射線に入らないギリギリの機動で放たれる不可視の衝撃砲。そして起動されるジョーカー、『零落白夜』。

 

 「獲ったァ!!」

 

 一夏は確信した。背後からの完璧な奇襲。最高の軌跡を描きながら、必殺の一太刀が入る。口元には勝利を確信した笑みが浮かぶ。

 

 

 

 『一夏ぁ!!男なら……男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!』

 

 

 瞬間、時間が酷く遅く感じるようになった。振り上げた一撃は、前に進もうとする足は元に戻らない。確実に敵を破壊する為に前に進んでいる。

 

 ハイレーザーライフルの銃口が声を挙げた者へと向けられる。ハイパーセンサーのお陰で表情が鮮明に見える。事態を飲み込めてない表情だ。

 

 「ヤメロオオオオオオオオオオ!!」

 

 そして引き金は無情にも引かれた。眩い光が篠ノ之箒へと走った。爆煙が上がり、篠ノ之箒がいた場所を隠した。

 

 同時に視界が暗くなっていくのを感じた。何かが欠け落ちそうな、その瀬戸際に立つ感覚。

 

 『気を抜くな』

 

 声がした。聞き慣れた男の声だった。煙の向こうに死神がいた。その腕の中には五体満足の幼馴染み。

 

 最高の軌跡。必殺の一撃が振るわれた。その一撃と共に一夏の意識も沈んでいく。朦朧とする中で最後に聞いたのは死神の声だった。

 

 『よくやったな』

 

 織斑一夏は意識を手放した。

 

 

 

 

 




石井さん「着々と胃に穴を開ける準備が進められている気がする」

ご意見、ご感想、評価お待ちしてナス!!


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サブタイを毎回語録にするのがキツくなってきた……やべぇよ……やべぇよ……

語彙不足だね、分かるとも!!

ISの公式外伝のゲームが出るとか……敵は地球外生命体だとか……

おい、対話しろよ。(00並感)

ワンサマーがメタルワンサマーになる所まで想像しました。

最近、感想欄でネタ多すぎるとの御指摘を頂くようになりました。

安心してください。次回辺りからまたシリアス入ります。語録とか少なくなるけど、語録期待ニキたち申し訳無い。(語録無視)

石井さんの胃に穴を開けよう!!(ニッコリ)

では、ほんへ


 ぬわああああん疲れたもおおおおん。

 

 やっと仕事が終わった……。私の身体はもうドボドボダァ!!

 

 石井……でした……(綴るッ)

 

 無人機襲撃から二日が経ちました。幸い一般生徒から怪我人が出ることも無く、警備科の人達も重傷者はいなかったそうだ。施設の損害も対抗戦が行われていた第三アリーナのみで、最低限の損害で収まったという訳だ。いやぁ、死人とか出なくて良かった良かった。

 

 私の精神は死ぬ寸前だけどな!!(過労)

 

 あの後私たちを待っていたのは地獄だった……。各国からの状況確認の電話、損害の確認、雪崩れ込む書類、学園長への報告、十蔵さんとのお茶会という名の面談、警備体制の見直し。二徹しました。カフェイン中毒で死んでしまう……。途中意識が飛んだら、

 

 「また石井殿が死んでおられるぞ!!」

 

って声が聞こえてきました。木霊でしょうか?いいえ、谷口さんです。誰ですか?

 

 そしてさっき、ついさっきやっと終わったのだ!!

 

 やったぜ。

 

 だが、私よりも大変だった人達もいる。織斑先生と大内君だ。

 

 まず、織斑先生だ。あの人は私と同じように教務科と警備科を掛け持ちしている。かつ、主任である。私なんぞより圧倒的に仕事量が多い。ちょくちょく私の方にも仕事を回して貰っていたのだが、それでも間に合わなかったのかPCを枕に目を開いたまま寝る織斑先生が目撃された。それを見た山田先生が小さく悲鳴を挙げていた。私もヒェッ……とか言ってしまった。あれは下手なB級ホラーよりも怖いね。寝言で

 

 「イチカニウムが足りない……」

 

とか言ってたので一夏くんには全力で逃げてもらいたい。まぁ、骨ぐらいは拾ってあげようと思う。

 

 そして大内君。整備科のオカン。彼、というより整備科はこの二日間で最も肉体的疲労が溜まった部署だろう。無人機に撃墜された機体の点検、修理や人手が足りない管理科の施設修繕に駆り出され、二十四時間体制でガレージには整備科員の悲鳴と慟哭が響いていたという。(ブラック的な意味で)ホント、整備科は地獄だぜ!!

 

 そんな修羅の国と化した整備科で一人の鬼が誕生しました。Vが目覚めたのか、殺意の波動に目覚めたのか、モードが反転した裏コードなのか、悪鬼羅刹のような形相で黙々と仕事をこなす男。大内君はヴェノム大内となり、理性をかなぐり捨てた社畜になってしまったのだ。その眼光はまるで野獣のようであった……。整備科の主任はこう言っていた。

 

 「あれはヤバい。なんか時々Arrrtherrrrとか唸っているし。あたし村上なんだけど?」

 

 チフクレスならぬオオスロットになっていた。何故私の周りには狂化持ちばかりなんだ……。整備科にヘルプで呼ばれた時も私をアーサーだと勘違いしていた。石井だってば。てか、ヴェノム大内とかオオスロットとかキャラが定まってない。ブレブレの大内君である。

 

 そんな二日間を乗り越え、私たちは生還出来た。

 

 朝焼けを見ながら紫煙を燻らせる。事件の後、四日間は休校になることになった。だから、もう二日間は教壇に立つことはない。だからこうして早朝からゆっくり出来るのだ。

 

 これから何をしよう、と考える。何だかんだと忙しくて一夏君たちの見舞いにも行けてない。もう寮に戻っている頃合いだろう。何かお土産を持って顔を見に行こうかな?一夏君には果物で、セシリアちゃんにはケーキとかどうだろう。箒ちゃんは謹慎処分になっちゃったから本でも差し入れしようかな。今時は電子書籍で何でも読めるけど、やっぱり何処か味気ないからなぁ。紙の本の方が私はしっくり来る。槙島さんも紙の本を読みなよ、って言ってるしね。SFとか好きかな?

 

 そんなことを考えていて、最後の仕事を忘れていた。私としたことが、やはり疲れが溜まっているんだろう。

 

 スマホを取り出して、大学の恩師に電話を掛ける。普通こんな早朝に掛けたら迷惑千万なのだが、私の恩師は質実剛健というかなんというか、実に規則正しい昔かたぎな人だ。漢なのだ。こんなクソ早い時間から起きて座禅組んでるような人である。

 

 「あ、もしもし。先生ですか?」

 

 『む?石井か。どうしたのだ、貴様から掛けてくるなど珍しい……』

 

 「そうですか?割りと掛けてると思うんですけどね……」

 

 『して、何用だ?世間話をするために態々掛けてきた訳ではあるまい』

 

 「えぇ。まぁ、そうですね。では、ビジネスの話を。先生の会社に依頼したいことがありまして」

 

 『ふむ……話せ……』

 

 「現在、IS学園に配備されているEOSの強化改修をお願いしたくてですね。受けて下さるのなら後程、詳細データをお送りしますが、大まかに言えばマトモに動かせるようにしてください。兵装に関してはお好きなように、ロマンたっぷりでどうぞ」

 

 『面白そうな話だ』

 

 「気にいって頂けましたか?」

 

 『受けるのは構わん。が、条件がある』

 

 「何でしょうか?」

 

 『代表候補生レベルの技量を持つパイロットが欲しい』

 

 「とうとう倉持に喧嘩吹っ掛けるんですか?」

 

 『モノは出来ている。後はそれを十全に扱える者と稼働データだけだが、日本籍の代表候補生は倉持が独占している。そこで貴様だ』

 

 「いいでしょう。そちらは私が当たります。では後日、正式な発注書とデータを送らせて頂きます」

 

 『うむ』

 

 「では、失礼します。有澤先生」

 

 ふぃ~。これで警備体制も少しは強化されるかなぁ。有澤先生の所だったら変な物作らないし。個人的に倉持技研が気に食わないっていうのもあるけど。プロジェクトを途中で投げ出したり、納期を守らない連中より実用性とロマンと溢れ出る変態性が合わさって最強に見える有澤重工だ!!シュープリスの背部兵装であるグレネードキャノンを造ってくれたのも先生だ。束曰く、実弾兵装のヤベー奴だそうだ。

 

 さて、これで今度こそ本当に仕事終わりだ。シャワーを浴びて少し寝たら、車を出そう。お土産を買ったら一夏君たちに会いに行こう。あぁ、織斑先生にも何か贈ろうかな。日頃御世話になりっぱなしだしね。後、山田先生にも。

 

 そうして自室に戻りシャワーを浴び、仮眠を取って駐車場へ向かう。雲一つ無い快晴だ。そんな天気に似合わない表情をしている人がいた。

 

 「どうしたんですか?山田先生」

 

 山田先生だった。非常に困ったような顔をしていた。何かの書類とにらめっこをしているようだが、どうしたのだろう?

 

 「あ、石井先生。お疲れ様です。お出掛けですか?」

 

 「えぇ。昼飯ついでに買い物に行こうかと。山田先生こそ何してるんですか?もう仕事は全部片付いた筈でしょう?もしかしてまだ残っていたとか?」

 

 「い……いえ、もう全部片付きましたよ?ですが……」

 

 何やら言いづらそうにしている。苦笑いを浮かべて、手元の書類をチラチラ見ている。

 

 「遅れて転入してくる生徒の件はご存じですか?」

 

 「えぇ、確かフランスとドイツの代表候補生だとか。それがどうかしたんですか?」

 

 「学園長に最後の書類を渡しに行った時に、その二人のプロフィールを渡されたんですけど……」

 

 そう言って山田先生はおずおずと書類を出して来た。プロフィールを見ただけで困り果てるような問題児なのだろうか?ほんの少しの好奇心を胸にその書類を受け取った。

 

 「は……?」

 

 この世界でISを使える男は二人しかいない。一夏君と、他でもない私だ。その二人しかおらず、世界中で調査が行われたが誰一人としてISを起動させることは出来なかった。三人目など幻に過ぎなかった。そもそも、三人目など()()()()()()のだから。

 

 しかしこの書類にはフランスの()がISを動かせると、しかも代表候補生だという風に書かれている。思わず間抜けな声が出てしまった。だが、百歩譲ってそれに目を瞑ったとしても不可解な点が幾つもある。

 

 「あの……このデュノア君って……あのデュノアですか?」

 

 「はい……フランスのデュノア社の御曹司だそうです」

 

 デュノア社。世界中に散在するIS関連の軍事企業の中で三位のシェアを誇る大企業だ。デュノアが開発したラファールは第二世代の傑作機として世界中に配備されている。拡張領域(パススロット)の広さ、装備出来る兵装のラインナップの多さ、様々な局面に対応出来る汎用性の高さ、そして同じく高い拡張性。これらが評価され、各国で採用されている。勿論、このIS学園にもだ。

 

 しかしデュノア社の現状は良いとは言えない。端的に言えば斜陽企業なのだ。第三次欧州連合統合防衛計画(イグニッションプラン)で他国がイメージインターフェース技術を用いた第三世代機をプレゼンした中でフランス──デュノア社は第二世代機であるラファールに後付け兵装(イコライザ)を付けたカスタムモデルを提示した。結果は他国と致命的な差を付けられ、事実上の脱落。デュノア社は主力商品のラファールにばかり目がいっていた為にイメージインターフェースや第三世代兵装関連の開発が進んでいなかった。それがこのザマだ。その結果を受け、フランス政府はデュノア社への補助金を打ち切った。

 

 その御曹司がこのタイミングでISを起動させ、転入してくる。キナ臭さしか無い。

 

 「この時期に三人目の男性操縦者だなんて……びっくりですよ……また忙しくなりますね」

 

 山田先生の言葉に返事をしながら思った。鴨が葱を担いでやって来た、と。

 

 私はデュノアに御曹司がいるなんて初めて聞いた。デュノアの家系に男は現社長以外いないのだ。

 

 

 

 書類はもう一枚あった。ドイツの代表候補生の方だろうと思って私はそれを見た。

 

 

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

 

 

 その写真とプロフィールを見た私の気分は最悪だった。




ARCHIVE#1

・有澤隆晶

 有澤重工、第3代社長。元は大学で教授として教鞭を振るっていた。石井とは教え子と恩師の関係。今でもたまに食事をするらしい。

 有澤重工は日本の重工企業である。近年IS関連の市場に進出、その高い技術力と一部のユーザーから熱狂的に支持されるロマン溢れるパーツで注目を集める。内装系とグレネード関連の技術は世界的にも評価が高い。しかしIS自体の開発は行っておらず、これは倉持技研からの妨害が要因であると思われる。

 石井の専用機『シュープリス』の背部兵装であるグレネードキャノン『OGOTO』は有澤隆晶自ら開発した物である。その他にも兵装を提供しているらしい。

 現在の有澤重工は三代前に有澤製作所と如月化学が合併して出来た企業である。噂ではキサラギ派なる派閥が謎の研究をしているとのこと。






 そんな感じです。ACVDのアーカイブ的な。

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Longing

石井さんブチギレ度30パーセント

楯無さんタイミング悪すぎ問題


 乾いた音が教室に響き渡る。

 

 頬を叩いた方は侮蔑と嫌悪の視線を向け、叩かれた方は呆然として赤く腫れる頬を擦っている。まるで正反対の反応をしつつも互いの視線は互いを捉え、目を逸らすことはない。

 

 周囲の人間は何が起きたのか、目の前で行われた行為が何であるのか理解が追い付いて無いのか、それとも理解した上で処理が追い付かないのか。目を丸くして声を詰まらせている。

 

 それを教室の後ろで見ていた。壁に寄り掛かってぼうっと眺めていた。

 

 どんな顔をしているのだろう。私はこの光景を、一夏君の頬を叩いた銀髪の少女をどんな表情で見ていたのだろうか?侮蔑か、軽蔑か、嫌悪か、憐れみか。それとも炉端の石を見る程度の物か。どんな物であれ大した意味は持たないのだろう。

 

 気分は数日前から最悪だ。今日も今日とてベッドの上で出勤を躊躇い、拒絶反応を理性で殺してこの教室にいる。態々醜い物を見るためにここにいる。

 

 一夏君を許さないと宣言する少女。今更その行為を咎める篠ノ之箒。静観する織斑先生。居心地が悪そうなもう一人の転校生。それぞれがやっと各々の反応を示す。

 

 あぁ、気分が悪い。君を見ていると虫酸が走るよ。どうして君はそこにいるんだい?どうして君はそんな顔をしているんだい?勘違いも甚だしい、傲慢極まり、本質をどうしても見誤っている。見るに耐えない。

 

 自分でもこの憤りや苛立ちが不合理極まる身勝手な物であると理解している。だが、どうしてあぁなる迄放っておいた?誰があんなモノを植え付けた?誰が彼女をあんな風にさせた?

 

 『ラウラ・ボーデヴィッヒだ』

 

 その一言で分かった。この子は早死にする、と。長く血生臭い世界に浸かってるせいか妙なことばかり身に付いてしまった。その弊害とでも言うべきか、人の生き死にには敏感になった。造られ、弄られ、貶められ、苦しみ、最後に野垂れ死ぬ。この子はそういう人生を歩むだろう。それを良しとするのだろう。

 

 好きに生き、理不尽に死ぬ。

 

 私はそう生きるクソッタレだ、と飼い主に言ったことがある。その通りであり、私の他にもそういう奴はごまんといる。自分で決めたこと、自分の道だ。誰にとやかく言われる必要はない。それが私の矜持だ。戦いを忌避しながら戦いを求める愚かな猟犬の持つちっぽけな意地。

 

 だが、この子は──このガキは違う。まだ何も見ちゃいない。まだ何も分かっちゃいない。私の半分も生きていない癖に終わり迄の道を見つけた振りをしている大人の真似をするクソガキだ。

 

 あの子にさえ救いの道が残されている。それなのに、この子に救いの道が示されないのはどういうことなのだろう。同じように造られて、弄られたのに。

 

 SHRが終わる。あの子の前からさっさといなくなろう。私の精神衛生を健やかに保つために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういう時に限って面倒な奴に絡まれる。私の気を逆撫でし、最低の気分を溝の中に漬け込むような奴が来た。

 

 「ちょっと良いですか?石井先生」

 

 「何だい?更識さん」

 

 「むぅ~楯無って呼んで下さいよ~」

 

 「君とそこまで親密になるつもりは無いよ。それでどうしたんだい?私がタバコを吸ってる時に来たんだ。下らないことじゃないことを願うよ」

 

 そう言うと更識は『本題突入』と書かれた扇子を広げた。

 

 「先日の襲撃の際の指示、あれはどういうことですか?」

 

 予想通りだった。よりにもよってこのタイミングでその話をしに来る更識がこれ以上無いくらい忌々しい。気分は最悪、タバコは不味い、話も詰まらない。どうしようもない、踏んだり蹴ったりだ。

 

 「どういうことも何も、そのままの意味だけど?」

 

 「私があの状況で織斑君たちを助けに入ることが邪魔だったと?」

 

 「その通りだと言っているだろう。生徒会長というのは理解力に乏しい役職なのかい?学園最強の名が泣くよ?」

 

 更識の瞳が剣呑な物になった。それもそうだろう。煽ったのだ。誰だって少なからず苛立ちや不快感を覚えるだろう。それぐらい味わって貰わないと、私の現状と余りにも釣り合いが取れない。

 

 「あなたは何を企んでいるの……?」

 

 「ふむ……企むね。織斑先生も同じことを言っていたが、あの人は私を信じた。君は私を半ば敵視している。同じ言葉を発した者でもハッキリと分かれるんだね」

 

 「はぐらかさないでくれるかしら?」

 

 私の周りに水が集まっていく。それは蛇のようにとぐろを巻き、私に近付いて来る。全く物騒なことだ。彼女の美徳である正義感、生徒を守らなくてはいけないという使命感、実に結構だ。好きにするといい。だからこそ邪魔なんだ。首輪を付けられているのに、それに気付かないで飼い主の意に逆らおうとする。滑稽極まる。それに彼女では首輪を噛み千切ることは決して出来ない。

 

 「企むも何もねぇ……私は私のやるべきことを為しただけだよ。はぐらかすだなんて、何処をどうはぐらかせば良いんだ?ゲートの破壊許可を出した所か、オルコットさんに狙撃支援させたことか、篠ノ之さんが戦場に突っ込んでいって庇ったことか。さぁ、どれをはぐらかせば良い?」

 

 「何故、あの時私をあの場から遠ざけようとしたの?」

 

 「だから言ってるじゃないか。足らない頭じゃ理解出来ないのか?君は邪魔だったんだよ。あの場に噛んでいる全ての勢力、個人が丸く収まるのにね」

 

 「どういう事かしら?」

 

 「その先は自分で考えなさい。人に聞いてばかりだからそんなにも残念な頭なんじゃないか?仮にも防諜組織の長なら少しは自分でも頭を使えよ」

 

 そう言って立ち去ろうとする。もう話すことも無いし、これ以上話していると本当に精神衛生に影響を及ぼしかねない。一旦寮の自室にでも帰るべきか。いっそのこと今日は早退でもしようか。

 

 「待って、まだ話は!!」

 

 それなりに我慢はしたつもりだった。余り職場で問題は起こしたくなかった。それでも、限界という物はある。

 

 「え……?」

 

 更識の間抜けな声が聞こえた。周囲を取り囲んでいた水は跡形も無く消え去り、私の手には見覚えの無いアクセサリー。

 

 「だからお前はアマチュアなんだよ。帰って寝てろ」

 

 やったことは単純明快、猿でも分かる程簡単な話だ。剥離材(リムーバー)を使った。終わり。以前飼い主から御守り兼護身用ということで幾らか貰った物が余っていたのだ。普段はネクタイピンの形状なのでまず気付かれることは無い。コンパクトな分、通常の剥離材(リムーバー)と比べて効力は薄く、完全に展開された状態では起動に負荷を掛けるぐらいしか出来ない無いのだが、部分展開程度であれば強制的にISを解除出来る。

 

 更識に待機状態の彼女のISを投げて、私は今度こそその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 私には追い求めている物が二つある。

 

 一つは教官──織斑千冬だ。部隊で落ちこぼれだった私を一年間鍛えてくれた恩人だ。そのお陰で私は今ここにいる。もしあの時、教官に会ってなかったら私はどうなっていたのだろう。そのまま落ちこぼれていたら私は何処にいたのだろう。処分されていたかもしれない、部隊でサンドバッグになっていたかもしれない。いずれにせよ、ろくなことにはなっていなかっただろう。

 

 その恩人を追い求めて日本までやって来た。もう一度ドイツに戻って貰う為に、あの人に相応しい場所に戻って貰う為に。

 

 そして二つ目。それを初めて見た時、言い様の無い恐怖と震え、そして高揚感に包まれた。

 

 私がシュヴァルツェ・ハーゼの隊長になって間もない頃だった。国内の反政府組織がテロを計画していると情報が入った。通常、警察の対テロ部隊が鎮圧に掛かるが、相手が重装備の為に私たちにお鉢が回ってきたのだ。

 

 しかしそれは無駄足に終わった。作戦区域に到着してみれば炎に包まれ、臓物が撒き散らされた地獄が広がっていた。その光景に耐えられずに吐いてしまう隊員もいた。そうしていると悲鳴と銃声が聞こえた。その方へと進み、音源となった者を見た時、私は身体が固まってしまった。

 

 絶対的な力。死、そのもの。全てを黒く焼き尽くす圧倒的な暴力。それがいたのだ。足元には以前強奪された筈のISとその操縦者だったモノ。もう原型など何処にも無く、それに含まれる遺伝情報しか故人を示す物は無いだろう。

 

 魅せられた。その漆黒のISに取り憑かれてしまった。そのISは私を一瞥すると緑色の光を残しながら飛び去ってしまった。その何処までも黒い姿はさながら鴉のようだった。

 

 帰投した私は鴉の正体を知ることになる。天災の猟犬、と呼ばれる漆黒の全身装甲(フルスキン)型IS。名の通り篠ノ之束博士の私兵だ。博士の望むままに破壊し、殺戮する世界最悪の暴力装置。各国軍部、IS委員会、アラスカ条約機構のどれもが交戦回避を提唱する篠ノ之束、織斑千冬と並ぶ特別の一人。単機で先進国と戦争が出来る化け物。

 

 なんという事だろうか!!こんな、こんな物が、人間がいていいのか!?単機で国家と戦争出来るだなんて馬鹿げてる!!いくらISが小国を相手取ることが出来ると言われているとはいえ、先進国にたった一機で物量をひっくり返して勝利出来るだなんて!!

 

 憧れを抱いた。あれほどの力があれば私が私であれる。私がここにいる理由を示せる。生きている意味を見つけられる。自由に生きられる。

 

 

 

 

 

 

 教室の後ろに佇む男。自らを石井と名乗った猟犬。世界最悪の暴力装置が男であることに多少驚きはしたが、そんなことはどうだっていい。私はあの男に認めさせる。私の価値を、強さを。その為にあの日からひたすらに力を求めてきた。意味を示す。

 

 その為に先ずは織斑一夏をどうにかしなくてはならない。

 

 私と教官の為に潰れてくれ。織斑一夏。




ARCHIVE#2

・この世界の勢力

この世界には二つの大きな勢力がある。一つはIS委員会。もう一つはアラスカ条約機構。

 IS委員会は世界に於けるIS、ISコアの管理を目的とした組織である。多数の国家が加盟しており、最高意思決定機関は議会と呼ばれている。しかし実態は委員会に出資している企業の連合体であり、超大国を越える絶大な権力と経済力を持つ。

 アラスカ条約機構はISの平和利用を定めたアラスカ条約に基づいて創設された機関である。目的はISの平和的利用方法の模索と研究開発とされているが、詳細は不明。こちらも委員会と同じく多数の国家が加盟しているが同じように企業の連合体である。非人道的な実験を多くしていることはその界隈では有名な話である。

 この二つの勢力は対立しており、ISを用いた物も含めて世界中で小競り合いが紛争や代理戦争という形で行われている。

 





 AC4のオーメル陣営とレイレナード陣営フィーチャーです。

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Ugliness

石井さんが病み始めた!!(ニッコリ)

石井さんブチギレ度43パーセント

石井さん精神的苦痛度73パーセント

石井さん自己嫌悪度95パーセント

まだまだこれから(絶望)


 ボーデヴィッヒの授業態度が余り良くないがどうしたら良いのか、と山田先生から相談を受けた。私としては有澤先生からの依頼を片付ける準備で忙しく、自分で対処しろと言いたいのだが山田先生には色々とお世話になっているので無下に出来ない。

 

 正直に言ってどうしようも無いだろう。あれは何かに取り憑かれている。どうしようも無く何かに執着している。大体見当は付くが、執着の対象に否定されたらされたで面倒な展開になるのが目に見えている。踏んでも踏まなくても爆発する地雷なんてどうしようも無い。だから

 

 「様子を見ましょう。上手く馴染めてないんじゃないんですかね?そのうちクラスに馴染めば、良くなりますよ」

 

 適当にそれらしいことを言って投げた。私としてもボーデヴィッヒは余り関わりたくない。触らぬ神に祟りなしという奴だ。

 

 そう言うと眩しい笑顔でお礼を言われて若干罪悪感を感じたが、そこは割り切った。

 

 ここ最近はそれなりに暑くなってきた。じめじめしたり、湿気で蒸し暑かったり。シャツの袖を捲り、ネクタイを緩めながら黙々と仕事をこなす。

 

 この過ごしにくい時期に面倒なことばかりだと思ったが、そういう訳でもなかった。三人目の男、シャルル・デュノアは私の予想通りだった。なんという頭の悪い計画か、三文小説を読んでいる気分になる。落ちぶれてそこまで形振り構わなくなったのかと思わず笑う程、アホらしい。あんなクオリティの低い男装で男と言い張るのは無理がある。普通に女子で入学させて落とした方がいい気がするのは私だけだろうか?リスクを侵しすぎだろう。まぁ、その場合は一夏君が好きな子たちから警戒されるから、どちらでも変わりはないのかもしれない。

 

 そんなこんなで着々と準備は進められている。先生と連絡を取ったり、知り合いに仕事を頼んだり、飼い主に少しばかり通販紛いのことをしてもらったりと。進捗は悪くない。必要なピースは集まってきているし、今の所障害と言える物は無い。

 

 時計を見ればもうそろそろ授業が終わる。この後は部活動ないし個人訓練の時間だ。私の仕事はもう無い。屋上でタバコでも吸おう。最近タバコの減りが早い気がするが、気にしてたらやってられないので頭の片隅に追いやる。

 

 屋上には誰もいなかった、ふと見下ろせば、部活に勤しむ生徒や寮へと帰る生徒たちが見える。時たま私に気付いた生徒が手を振ってくるので私も愛想笑いを浮かべて振り返しておく。何となく途中で買ってきた缶コーヒーを開けて、タバコにも火を付ける。

 

 頭に何も思い浮かべずに海を見る。海を見れば自分がどれだけ小さな存在か分かるだの悩みが消えるだの宣っている奴がいるがあれはウソっぱちだ。事実、私はそんな気にならないし、悩みという程の物を持ち合わせてはいないがこの気分の悪さが解消されることも無い。まだ浴びるほど酒を飲んだ方がマシだ。

 

 そんな端から見ればやさぐれた、あるいは退廃的なことを考えながら缶コーヒとタバコに交互にキスをしていると私の愛しいマルボロが横からかっ拐われた。

 

 「お煙草は御体に悪いですわよ?」

 

 「何だ……君か。返してくれないかな?吸い始めたばかりなんだ」

 

 セシリアちゃんだった。西日に照らされ綺麗な金髪が黄金色に輝いている。それに何処か懐かしさや郷愁といった物を感じた気がした。

 

 「ダメです。最近ずっと屋上でお煙草を吸ってらっしゃると伺っております。余り吸いすぎるとあなたのお体に障ります」

 

 「良いじゃないか。別に、私がどれだけタバコを吸っても、肺を患って早死にしようが、君には関係ないだろう。いや、寧ろこうやって少しずつ身体に毒を入れていけばその内確実に死ねるか……無理だな……」

 

 「何かあったのですか……?」

 

 「そう見えるかい?」

 

 「えぇ、とても辛そうなお顔をされてます……」

 

 「ふぅん、私らしく無いねぇ。辛い顔なんて。鏡を見てみたいよ」

 

 全くらしくないと思う。何を思っているのか、私は気付かぬ内に辛いだなどという表情をしていたらしい。

 

 あの子とボーデヴィッヒを重ねて見ているのか?確かにあの子とボーデヴィッヒは似ている。いや、あの子の妹と言ってもいいだろう。だからと言って、ボーデヴィッヒに肩入れする必要は無い。理由が無い。私があの子を救ったのは何かの間違いだったんだ。この私が人助け?職務の内容で無く、心からの人助け?笑わせるな。セシリアちゃんも教師という職務の元にアドバイスしただけなのだ。ここまで慕ってくれる意味が分からないし、彼女のような清廉潔白な少女がこんな薄汚い犬畜生を慕うべきでは無い。些かぬるま湯に浸かりすぎたか、そのことを失念していた。

 

 「あの、らしくないというのは……?」

 

 「いや、こちらの話さ。辛いだのなんだのと言うのは似合わない……いや私には相応しくないと思ってね」

 

 「どういう意味ですの?」

 

 「私はね、本来ここにいるべき人間ではないのだよ。薄汚い血と泥にまみれた獣だ。それが何の間違いか、まぁ仕事上の理由でここで教師なんぞをしている。醜悪な殺人者が、だ。そんな奴が君や一夏君たちに偉そうに物を言っている。いやはや、本当におぞましい。教師であることを良いことに本来言う資格を持たない言葉を吐き、君たちを騙している。何が人生の先輩としてアドバイスを贈らせてもらうだ……、馬鹿馬鹿しい。私には君にこうして話しかけて貰う価値も無いんだよ……」

 

 私のせいでこの少女が歪んでしまったらどうしよう。この可憐な少女が私のような醜悪な存在に毒されてしまったらどうしよう。堪らなく不安になる。楽園の蛇の如く、私はこの少女をたぶらかす存在だ。この子を楽園から追放させてしまうかもしれない。

 

 「ばか……」

 

 泣いていた。珠のような涙を流して、目を赤くして声を殺しながら泣いていた。ぽろぽろと流れ落ちる涙は彼女の頬を伝い、地面へ染みを作っていく。

 

 「ばかっ……!!」

 

 そう言ってセシリアちゃんは屋上から出ていった。その背中を見送った後、新しくタバコに火を付けた。

 

 あぁ、本当に度し難い。私は人間として失格だ。本当に恥の多い生涯を現在進行形で送っている。こんな私は早く戦場で理不尽に死んでしまえばいいのだ。それが出来ないから困っているのけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 夕暮れ時、多くの生徒が各々の部屋へと帰宅したり、思い思いの時間を過ごす中学園の一角に二つの人影があった。

 

 「教官!!何故ですか!?」

 

 銀髪の少女、ラウラ・ボーデヴィッヒが叫ぶ。目の前で腕を組む女にすがるように、懇願する。

 

 「お願いします!!ドイツにお戻り下さい!!こんなアマチュアしかいない場所はあなたに相応しくない!!あなたには相応しい場所がある!!」

 

 「いい加減にしろ……何度言われようが、私はドイツには戻らん」

 

 「だから何故ですか!?」

 

 その応酬。織斑千冬とラウラ・ボーデヴィッヒのやり取りの殆どがそれで構成されていた。

 

 ラウラは千冬にドイツに戻ってもう一度教官をやって貰いたい。だが千冬はそれを受ける気は無い。交わることの無い二人の考えは平行線を辿り、交わることは無い。そして千冬が突き放すような一言を言った。

 

 「黙れ、小娘」

 

 その一言は百戦錬磨の猛者さえも震え上がらせる迫力を持っていた。凡百の一般人など泡を吹いて気を失ってしまうだろう。しかしラウラにとってはまた別の意味を持つ。千冬の元で一年間訓練を受けたラウラにとってそれは上官の命令であり、上官の命令は絶対である。且つ、彼女の恐怖を身を持って知るラウラをどん底に落とすには十分であった。

 

 「たかが十五年やそこら生きたくらいでもう選ばれた人間気取りか、ボーデヴィッヒ?随分と偉くなったじゃないか。お前に私の道を決める権利などない。何様のつもりで口を開いている?」

 

 普段の彼女ならばここで何も返せずに引き下がらざるを得なかっただろう。刷り込まれた恐怖に抗えずに黙りこくってしまった筈だ。だが、彼女は口を開いた。

 

 「何故……何故、あなたも、あの男もこんなぬるま湯に浸かっているんだ……あなたの道を決める……?何様?私に力を与えたのも、恐怖を教えたのも、憧れを持たせたのもあなたとあの男だろう……好き勝手したら後はどうでも良いのか。責任を取ろうともしないのか……」

 

 「ボーデヴィッヒ、貴様……」

 

 「今のあなたと話すことは無い……失礼する」

 

 そう言って千冬に背を向けるラウラ。その姿を黙って見送る千冬。そしてそのやり取りを偶然見ていた織斑一夏。

 

 この後、盗み見ていたことがバレた一夏は千冬に頭を叩かれ絞られながら寮へと戻っていった。

 

 だが、彼らは知らない。ラウラのレッグバンドが鈍く光を放っていたことを。あの場にもう一人、やり取りを聞いていた者がいたことを。飲みかけの缶コーヒーを持ったその者の顔から表情の一切が抜け落ちていたことを。

 




ARCHIVE#3

遺伝子強化個体(アドヴァンスド)

 クローニングによる才能の発現、有用な人材の開発を目的としたプロジェクトにより産み出された人造人間。

 クローニングの不安定さから当たり外れの大きく、個体差が大きく出やすいが一定の成果を納めているとの報告が上がっている。

 これらの研究はアラスカ条約機構に属する国家や出資する企業で多く行われ、第二次大戦中、優生学的な政策を行ったドイツは究極の個体を作ることを目指し多大な時間と金と労力を注ぎ込んだ。

 近年ではこの遺伝子強化個体(アドヴァンスド)をハードウェアとし、性能の良い代替パーツ(ソフト)を組み込むプロジェクトも進められている。ドイツで進められた越界の瞳(ヴォーダン▪オージェ)計画はその最たる物である。この流れはIS委員会陣営で進められている強化人間プロジェクトに影響を受けた物と思われる。














 ACVDリスペクト。


 ご意見、ご感想、評価お待ちしてナス!!


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All is fantasy

石井さんブチギレ度53パーセント

石井さん精神的苦痛度87パーセント

石井さん自己嫌悪度測定不能

まるでセシリアがヒロインみたいじゃないか!!

まだ誰がメインヒロインかは未定です。

もっと石井さんは苦しむからね(外道)


 誰が彼女をあんな風にした?

 

 誰があんなモノ植え付けた?

 

 どうしてああなる迄放っておいた?

 

 笑わせる。どの面下げてそんなことを言っている。余りに滑稽、愚か、救いようの無い屑だ。

 

 私じゃないか。私だったんだ。あの銀髪の少女に妄執を植え付け、救いの道を絶ち、取り憑き、引きずり込んだのは。それなのに苛立ち、憤って。まるで道化だ。

 

 炎と臓物の中で私を見る少女がいた。私を恐れ、畏れ、立ち竦む眼帯の少女を見た。目を見開き、地獄を焼き付け、過呼吸を起こしそうな小さな子供だった。オーダーを全て消化した私はその場を去った。

 

 それが間違いだったのかもしれない。いや、間違いだった。殺しておけば良かった。あの場で原型など残さず、肉片の一つも残さないで殺せば、彼女をあそこまで追い詰めなくて済んだのだろう。私のせいであの子は歪んでしまった。

 

 思えばミスしてばかりだ。何処かに残ってしまっている甘さが傷付かなくていい人を傷付ける。いっそ、全て壊してしまえばどんなに楽になるのだろう。汚い物を、醜悪な物を、私を含めて全部消してしまえばどれ程綺麗な世界になるのだろう。クロエや束が普通に暮らせる世界、セシリアちゃんが気を張らないで、ありのままで過ごせる世界。織斑先生が自分の肩書きと責務を負わずに穏やかに暮らせる世界。

 

 全て幻想だ。

 

 そんな物、神様が認めない。人は争い続ける。そして可能性を広げ続ける。

 

 言うなれば私は歯車に挟まった小石だ。巨大なシステムの中に生じたバグだ。それはいつの日かシステムに修正され、弾き出される。そういう存在だ。

 

 でも、それなら、その日が来るまで淡い幻想(ユメ)を見るのも良いかもしれない。

 

 全て幻想なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 シャルル▪デュノア。いや、シャルロット▪デュノアの正体が一夏君にバレたようだ。確証は無いが一夏君の様子がおかしい。あからさまに私や織斑先生を避けている。時々、デュノアさんの盾になるように廊下を歩いたり、私がデュノアさんに用があって話し掛けようとすると毎回一夏君も付いてくる。まるで金魚のフンだかSPのようにだ。

 

 なんというか、分かりやすいとかそういうレベルじゃない。色々怪しい。四六時中べったりくっついていて片時も離れない。気持ち悪いぐらいにだ。織斑先生ですら怪訝な表情をしている。例に漏れず一夏君が好きな子たちは面白く無いようで、本気で一夏君がホモじゃないか疑っているようだ。そのせいで不適切な本が出回っているようで、私たち教員がガサ入れする事態になった。箒ちゃんと凰さんが屋上でタバコを吸ってる時に来て、ホモをノンケにするにはどうしたら良いかなんて質問をしてきた時はこのまま飛び降りようと思った。

 

 話を聞くとデュノアさんの方も問題があるようだ。一夏君がデュノアさんをガードしようとすると顔を赤く染めて、一夏君の制服の袖を握っているらしい。しかも、普段なら箒ちゃん、セシリアちゃん、凰さんを含めた五人で昼食をよく取っているようだが最近はその二人きりで食べているという。あれではまるで付き合っているようではないか、とは箒ちゃん談。

 

 この状況、ある意味ではデュノア社の思い通りと言えるだろう。一夏君に取り入り、極めて近い距離にポジションを取ることが出来た。向こうの詳細なプランは分からないが、この事態──女バレする事も計画の一部ならば、一夏君はまんまと掌の上で転がされている事になる。

 

 このまま一夏君の機体、白式のデータを取るのも良いだろう。飼い主は別に取られても構わないと言っていた。倉持がどうかは知らないが、飼い主が良いと言ったのだからそれでいい。

 

 第一、デュノア社が白式のデータを入手出来たとしても実際は何の意味も無いのだ。あれを解析した所でデュノアの第三世代機開発には役に立たない。

 

 そもそも一夏君の白式は現行の第三世代機の中でもかなり特殊な物なのだ。便宜上、第三世代と銘打っているがあれは第三世代後期型、第三・五世代型と呼ぶのが正しい。その所以は主兵装の雪片弐型である。あれには第四世代兵装である展開装甲が試験的に組み込まれている。だから、真っ当なイメージインターフェースを用いた兵装を搭載していなくても第三世代を名乗れるのだ。最も機体自体のスペックも他の第三世代機よりも圧倒的なのだが、パイロットがそれを引き出しきれていないのが現状である。

 

 そんな物をデュノア社が解析した所で連中の役に立つものは何一つとして無い。第三世代兵装すら開発出来ていない連中が第四世代兵装を弄くり回した所で何か掴める訳が無い。それに欧州統合防衛計画(イグニッションプラン)や現在の市場に於ける一つの基準として高い汎用性、つまり誰でも扱えるということが求められている。私のシュープリス、一夏君の白式のような完全なワンオフでは無く戦略的有用性、どのパイロットでも成果を出せる機体が重視されている。故にラファールは売れたのだ。白式クラスの機動性を十全に扱える奴は多くないし、中遠距離戦を想定した機体に超近距離特化(ブレオン)型のデータを流用しても大した物は出来ないだろう。寧ろ白式以上にピーキーな欠陥機が生まれてしまう。

 

 まぁ、飼い主曰く白式から吸い出されたデータは自動的にダミーと刷り変わるらしいからデュノア社が白式のデータを得ることは永遠に無いのだが。

 

 そんなことを考えていると、凰ちゃんからセシリアと何かあったのか、と聞かれた。

 

 あの日、あの夕方の屋上からセシリアちゃんとは話していない。話すこともなければ、話す必要も無いからだ。擦れ違っても挨拶する訳でも無くただ通り過ぎるだけ。授業中はそれなりに指すことはあるが、それだけだ。時たま視線を感じるが、別にそちらを見ようとはしない。

 

 嫌ってくれれば僥倖だ。クロエと同じように私から離れるべきなのだ。さっさと私に愛想を尽かして欲しい。私を一人にして欲しい。飼い主も随分と酷い仕事を任せる物だ。こんなぬるま湯に浸からせて何がしたいんだ、何をさせたいんだ。私のような凡人には分からない。

 

 馬鹿、と言われた。とても悲しそうな顔をしているあの子を見て私がラボへ帰った時に出迎えてくれるクロエの顔を思い出した。私が馬鹿ならば、クロエは大馬鹿なんだろう。何時までも私を父と呼び、拒絶されると知りながら私を笑顔で出迎える。笑いながら、涙を流さずに泣いている。そうさせたのは私で、セシリアちゃんもこれからそうなってもらわなければならない。その先が正しい道なのだから。

 

 凰さんに何も無かったよ、と返す。随分とキツい目で返された。あの日の夕方よろしく私の愛しいマルボロはかっ拐われ、胸ぐらを捕まれた。

 

 「あんた、何なの……?」

 

 「ちょっと、言ってることが分からないな。それより手を離してくれないかな?ネクタイが延びるんだけど」

 

 何か感じる所があったのだろう。私を睨み付けて一向に手を離してくれない。箒ちゃんが慌てて止めに入ってくれたが、あのまま行けば私は顔面にグーパンを喰らっていただろう。それほど彼女は怒っているようだった。

 

 その後、私に散々罵詈雑言を吐いて凰さんは帰っていった。私としてはもっと口汚く言われると思っていたので、何だか拍子抜けした気分だったのだが、別に私はマゾヒストでも被虐性癖を持ち合わせている訳でも無いのでそれで残念というよりは教師という立場上些かの配慮をされたと思った。

 

 ドアを勢い良く閉める音が聞こえ、新しいタバコを出そうとすると箒ちゃんがまだいた。戻らないのか、と聞くと暫くはここにいると言われた。しかしそれでは私がタバコを吸えない。余り生徒の前では吸いたく無いし、制服に匂いがついてしまう。だから帰ることを促した。それでも箒ちゃんはそこに居座った。

 

 「今の先生は姉さんに似てます」

 

 いきなりおかしなことを言う物だからむせてしまった。私とあの飼い主が似ているとは、何処をどう考えてもあり得ない。私のような凡人とあの人の身に余るような頭脳の持ち主に似た点など見つからない。新手の嫌味か何かと当たりをつけようとすると箒ちゃんの言葉が続いた。

 

 「姉さんが失踪する前、よく今の先生のような顔をしてました。私は会う度に姉さんに恨み言ばかり吐いて、気付かないフリをしていました。その結果、姉さんは私たちの前からいなくなりました。その時になって後悔しました。もう少し話していれば、もう少し距離を詰めていれば、私たちが姉さんを少しでも理解しようと思ってたらと」

 

 だから何だ、と思った。束を理解しなかったのはお前らで、その話は私に関係ないだろう。別に箒ちゃんやその両親のミスなんて私からしてみれば順当な結果、当然の帰結としか言えない。

 

 「だからセシリアには私のような思いをしてほしくないんです。セシリアがよく言ってました。先生の顔色が最近悪くて心配だって、先生が最近タバコを沢山吸ってるけど何かあったのかって、最近先生が笑ってないって。私と鈴に相談しに来てたんです。それで、うじうじしてないで突撃して励ましてこいって送り出したら泣きながら帰ってきたんです。それで鈴はあんなに……」

 

 セシリアちゃんは二人に言われて私の所に来たようだ。全くもって余計なことをしてくれた。いや、彼女たちのおかげで自分の本質を再認識出来た。むしろ感謝すべきか。

 

 「戻ってきたセシリアに何があったか聞いたんです。でも何も話してくれませんでした。ようやく落ち着いた時に『先生があんなに辛そうに苦しそうにしているのに私は何もしてあげられない。それがどうしようもなく悲しくて辛い』、とだけ」

 

 「あぁ、そう」

 

 「私は先生が何を見てきたかは分かりません。今、先生が何に苦しんでいるのかも分からない。だけど、ほんの少しでいいんです。セシリアと……周りと距離を詰めても良いんじゃないんでしょうか?」

 

 「それなりに距離は近いと思うけど?」

 

 「そうじゃないんです。そうじゃなくて……」

 

 箒ちゃんはそこで言葉に詰まった。喉の奥に何かがつかえているように、言葉を上手く出せないようだった。

 

 「とにかく、セシリアと少しで良いんです。話をしてあげてください……失礼します」

 

 そう言うと箒ちゃんも戻っていった。

 

 今度こそ新しいタバコに火を付けてぼうっとしている時、昔飼い主が言っていたことを思い出した。

 

 『箒ちゃんはねぇ、私と変なところが似ているんだ。おかしいよね』

 

 全くその通りだ、と思った。飼い主の本質は箒ちゃんと同じだ。私も人のことを言えないが、だから変な甘さが出る。だが、箒ちゃんよりも()の方が色んな意味で弱い。

 

 相も変わらず気分は最悪だ。タバコはさらに不味く感じる。鳥の鳴き声は私を嗤っているようだ。生徒に説教され、何をしているのか分からなくなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の放課後、セシリアちゃんがボーデヴィッヒと戦闘して医務室に担ぎ込まれたと聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 校舎には誰もいなかった。日は落ちて、廊下は薄暗闇に包まれ形容しがたい気味の悪さを感じさせる。

 

 医務室も同じことで宿直の医師は席を外しており、室内は無音と静寂に包まれていた。

 

 いくつもベッドが並ぶ一角にセシリアちゃんは寝かされていた。腕には包帯が巻かれ、至るところに経過観察用の電極が取り付けられていた。

 

 ISの絶対防御を僅かに貫通した攻撃はセシリアちゃんの柔肌に傷を付けた。白い、絹のような肌に巻かれた包帯は私の目に痛々しく映った。普段ならこの事態の元凶に憤る所なのだろうが、そんなことが出来る立場には無い。セシリアちゃんの腕に傷を間接的に付けたのは私なのだ。ボーデヴィッヒを歪め、セシリアちゃんと戦わせたのは私なのだ。

 

 眠るセシリアちゃんの顔は穏やかで、何の穢れも知らないようだった。思えばこの子だって汚い物を見てきているのだ。企業や社交界といった粘着質な打算と欲にまみれた世界を見てきた筈だ。どうか願わくば、この三年間だけでもただの少女として生きて欲しい。私などに気を取られないでかけがえの無い三年間を過ごして欲しいと思う。

 

 何故私なんだろう。何故一夏君じゃないんだろう。そんな疑問を浮かべながら、寄れていた毛布をかけ直し出ていこうとした。

 

 袖口を捕まれた。振り返るとセシリアちゃんだった。どうやら起こしてしまったようだ。振り払おうとすると強い力で捕まれた。あんなに細い腕の何処にこんな力があるというのだろう。

 

 「待って……」

 

 「寝てなさい。君は怪我人なんだろう、安静にしているべきだ。手を離してくれ」

 

 「嫌です……あの、先日は申し訳ありませんでした……馬鹿等ととても失礼なことを……」

 

 「いや、それは別に気にしていないよ。その程度で腹を立てる程子供じゃない」

 

 そう言う間も私の袖口は彼女に握られている。セシリアちゃんはずっと俯いている。互いに何も話さない。耳鳴りがするような静寂が再び広がる。

 

 「何でだ?」

 

 不思議と先に口を開いたのは私だった。意識したつもりはなかったけれど、ふと聞いてしまった。

 

 「何でボーデヴィッヒと戦った?そんなになるまで、何で戦った?何で逃げなかった?」

 

 経緯は山田先生から聞いた。放課後の訓練中にボーデヴィッヒに喧嘩を売られて凰さんと一緒に買ったらしい。その際機体が深刻なダメージを受け、PICが正常に機能しなくなってもボーデヴィッヒに向かい続けたという。馬鹿だ。一歩間違えば死んでいたのだ。正常に機能しなくなったのがPICだからまだ良かった。絶対防御だったらどうなっていた?現状、絶対防御を僅かに貫通して怪我をしたのだ。この事実は委員会辺りが揉み消すだろうが、今、私の目の前にいる少女はボーデヴィッヒに、私が歪めたボーデヴィッヒに怪我をさせられた。

 

 「ボーデヴィッヒさんに言われたんです。先生を縛っているのは私たちだと。でも、最初は流そうと思いました。でも、でも……あの人は先生のことを……猟犬だと、獣だと……死神だと言いました……。それがどうしても許せなくて……私は……」

 

 何も間違ってはいない。私を縛る云々は知らないが、私は猟犬だし、獣である。死神は何処かの誰かが言ったのだろう。

 

 「セシリア、それは事実だ。私は猟犬なんだよ。ボーデヴィッヒは間違ったことは言ってないよ」

 

 「違います!!先生は猟犬などでは……!!」

 

 「君がそう言ってくれるのはありがたい。だが、変えることの出来ない純然たる事実なんだ。私はどうしようもない奴なんだ。ボーデヴィッヒがあんな風になったのも私のせいだ、そのせいで君に怪我を負わせてしまった」

 

 「違います、これは私が勝手に戦って、勝手に傷付いたのです!!先生のせいではありません!!」

 

 そう言うセシリアちゃんに顔はあの日のように涙に濡れていて、私は彼女をそっと抱き寄せた。

 

 「もう私を理由に戦わないでくれ。お願いだから。どうも私は、私が理由で君が傷付くことに耐えられそうも無い……」

 

 血に濡れて汚れきった手で彼女の頭を撫でる。人の温もりなんていつぶりに感じたのだろうか。こんなに細くて華奢な身体で戦ったのだ。少し力を入れて抱き締めようものなら折れてしまいそうな身体で。

 

 私の背を強く掴んで、顔を胸に埋めて彼女は泣いている。何故泣いているか、私には分からない。それでも目の前で女性に泣かれるというのは良いものじゃない。だからほんの少しだけ強く、彼女の身体を強く抱き締めた。壊れてしまわないように、ほんの少しだけ。

 

 「なぁ……何で私なんだ?」

 

 顔を埋める彼女に聞いてみた。何故、一夏君ではなく私なのか。こんな奴のどこが良いのか。

 

 「それは、あなたが私に道を示してくれたからですわ」

 

 「そんな理由でかい?」

 

 「誰かを愛するには十分すぎる理由ですわ」

 

 全く分からない。そんな理由で私を選んだというのか。なんというか、もっと後先考えた方が良いのではないだろうか。

 

 「あぁ……それと……」

 

 私の胸から顔を上げて、花のような笑顔で彼女はこう言った。

 

 「誰の物にもならないあなたを捕まえたくなりましたわ」

 

 

 

 

 




ARCHIVE#4

・天災の猟犬

 天災の猟犬とは篠ノ之束博士の私兵及びそれが搭乗するISを指す。

 漆黒の全身装甲(フルスキン)IS。既存のISを上回る圧倒的な速度、機体スペック、強力な兵装で現行最新の第三世代をすら凌駕する謎の機体。

 機体周辺には球状の特殊な防御フィールドを展開しており、それを瞬間的に開放することにより周囲に強力な閃光と衝撃を発生させる。

 あらゆる勢力が交戦回避を提唱する世界最悪の暴力装置。これまで行われた拘束、殺害作戦は悉く失敗し全滅している。さらに作戦を実施した勢力は漏れなく報復攻撃を受けている。

 パイロットは現在IS学園で教師をしており、自らを石井と名乗っているが詳細は不明。












 でも石井さんはまだ救われません。まだ擦り切れます。(麻婆)


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Erosion

 
怒りは奇妙な用法を有する武器である。他のすべての武器は、人間がこれを用いるものだが、この武器はわれわれを用いる。

                    モンテーニュ 「随想録」より


 その変化は何の前触れも無く、突然起きた。

 

 機体は鈍く輝き、どろりとした粘性のある液体が何処からともなく溢れてくる。黒と呼ぶには雑色が多く、それは人に不快感を感じさせる色をしていた。本能的に嫌悪してしまう。視界に入れることを許容できない色、物質。自分の汚い部分をまざまざと見せつけられている気分になる。

 

 想定外と言えば、とびきりの想定外と言える。私の予想は半分当たり、半分外れた。一夏君を見定める実験が行われるとしたら、タッグマッチトーナメントしか無いと思っていた。事実それは的中した。だが、まさか()()()()を持ち出してくるとは予想出来なかった。

 

 「何ですか……あれ……」

 

 山田先生が呆然としている。ボーデヴィッヒの機体、レーゲンの変化に戸惑っているようだ。いや、怯えているのか。凡そ機械的とは言えない動き、生々しい生物的な動きは恐ろしく感じることもあるだろう。

 

 「VTシステム……だと……!?連中は何を考えてやがる……!!」

 

 織斑先生の視線の先は来賓席だった。顔を青くして何事か怒鳴り散らすドイツ軍高官と官僚たち。その横で、まるで何も起きてないかのようにレーゲンを見つめる神経質そうな男。その男を見て今回の首謀者が分かった。別にその男と知り合いであったとか、そういう訳では無い。ただ、その男の目に見覚えがあった。よく似た目をしている連中を私は知っていた。

 

 「機構(アラスカ)の仕業か……また面倒な物を……」

 

 十中八九、アラスカ条約機構が仕組んだのだろう。あんな気味の悪い物を嬉々として弄るのはあの変態どもしかいない。ボーデヴィッヒ自体、機構(アラスカ)の息の掛かった研究所で産み出されたのだ。今回の件は全て、初めから連中の思惑通りに進められていたという事だ。

 

 「で……でも!!VTシステムは条約で禁止されている筈です!!何でこんな……」

 

 「目の前で起きていることが事実ですよ、山田先生。現にVTシステムは搭載されていた。そして起動した。それだけです」

 

 「それなら早く止めないと!!」

 

 「ダメです」

 

 「なっ……!?どうして!?」

 

 管制室にいる織斑先生を除く全ての人から、懐疑と非難の視線が浴びせられる。仕方の無い事だ。私は生徒を見殺しにしろと言っているのだから。本職の教師からしたら納得出来ないだろう。本来なら警備科の部隊がスクランブルしている。だが、スクランブルは十蔵さんの方で止めて貰っている。

 

 「これは以前の無人機の時と同じですよ。一夏君の価値を測ろうとする連中が彼に出したテストです。これを彼が我々の力を借りずにクリア出来るか出来ないかで彼の未来は変わる。資質を見出だされれば彼はこの先も楽しく学園生活を送るでしょう。しかし、及第点に届かなければ……まぁモルモットが良いところだ。何せ男だからね。頑丈だ。女性だったらすぐに壊れてしまうような実験も出来る。生かさず、殺さず、体の良い実験動物にされる」

 

 「そんな……」

 

 誰かがそう言った。受け入れられないのかもしれない。正常な反応だ。淡々と説明すべき事じゃない。怒り、悲しむべき事だ。

 

 「どう繕っても、そういう事なんです。だから我々が手を出してはいけない。彼の未来の為に、学園の為に、保たれている均衡の為にね。まぁ、いざとなれば私が出ます。安心してください。誰も死にませんよ」

 

 生徒や来賓の避難は完了した。あの忌々しい機構(アラスカ)の男もいなくなった。だが、どうせ何処かで事の成り行きを見ているに違いない。

 

 ボーデヴィッヒが完全に飲み込まれた。蠢き、胎動し、のたうち回る。球状のそれは泡立ち、奇怪な音を立てながら自らの形を成そうと踠く。色はさらに濃くなり、絵の具を全て混ぜ合わせたような醜い色となっていた。冒涜的と言うべきか、どれ程の醜い物をかき集め、煮詰めればこのような色に、醜悪な唾棄すべき物になるのだろう。時折、表面で生物で言う血管のような物が浮かび上がり、どくんと脈動する。その様を見て口元を抑え、迫り上がってくる物を抑える者もいた。

 

 それは変化と同じく、何の前触れも無くぴたりと止まった。球体の表面は穏やかな湖面のようで、先程までの動きが嘘のように静かになった。何の動きも変化も起きない完全な静止。誰もが二度目の変化に驚いたが、それを見ることしか出来なかった。誰もが本能から来る、確信めいた物を持っていたのだろう。これで終わりな筈が無い、と。

 

 そして、ソレは来た。

 

 奇声が響き渡る。いや、『奇』とは生温い、『狂』声。ひたすら耳障りで、先程の球体の色よりも気味が悪く、さらに嫌悪感を掻き立てられる声色。自らの心の大事な部分を土足で踏み荒らす忌むべき鼓膜からの侵入者。生まれるべきではなかった、誕生を祝福されない赤子の憎悪と悲嘆にまみれた産声。

 

 球から手が生える。まるで卵を割る雛のように、しかしそこに幼さなど微塵も無く、荒々しく母の胎内を傷付けるように這い出てくる。卵が割られる度にべちゃりべちゃりと殻が液に戻り、周囲にそれを撒き散らす。それは地面を溶かし、煙を上げる。

 

 這い出たソレは空を見上げ、両手を広げる。自らの誕生を祝福し、これからもたらす破壊を祝福する。右手には一振りの刀。本来の色は失われ、穢れたその刀、その姿。ISという物を知っていればソレを知らない者はいない。

 

 「暮桜……」

 

 誰かの呟きはその姿を見た物の共通認識だろう。紛うことなく、それは織斑先生──織斑千冬(ブリュンヒルデ)の象徴、学園の地下、超深度階層にて眠る彼女の相棒。暮桜だった。

 

 「ボーデヴィッヒィィィィィィィィィ!!」

 

 一夏君の怒号が響き渡る。

 

 贋作と後継の雪片()がぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 私には追い求めている物が二つある。

 

 私はあの漆黒のISに魅せられ、取り憑かれてしまった!!あの力があれば、私は自由に生きられる!!私を縛る鎖を引きちぎり、私が存在する意味を示すことが出来る!!教官にも戻って来て貰える、あの猟犬に私を認めさせる、そして私はまた一歩教官に近付く!!

 

 あぁ、最高だ!!力が満ちる!!これが、あの男と同じ力か!!全てを焼き尽くす暴力!!世界最強の一角、教官の力か!!

 

 行ける……これなら織斑一夏も、あの猟犬も倒せる!!私が憧れたあの猟犬を!!

 

 ─────

 

 ─────

 

 ─────

 

 ─────

 

 いや、待て。私は何時、あの男に憧れた……?

 

 確かに私はあの日、あの猟犬に出会った。目の前に広がる惨状に立ち竦み、言葉を失い、恐怖した。

 

 だが、それだけだった。

 

 憧れなど一度も持ち合わせなかった。あのISの正体だって、私の機密レベルでは知ることは出来ないし、教えられることは無かった。それなのに何故私はあの男のことを、どうやって天災の猟犬のことを知り得たのだ……?

 

 何なんだこれは……何故知り得ないことを知っている……?私は何時どうやってこれらを……機密レベルに見合わない情報を知ったのだ……!?私に覚えの無いこの記憶と行動は何なんだ!?

 

 私は一体……何をしていた?意味を示す?鎖を引きちぎる?教官に戻って頂く?

 

 馬鹿な……。私はそんなことなど望んでいない。クラリッサや隊の皆と過ごす時間があれば十分だし、隊の皆やその家族を守ることが私の生きる意味で……。教官がドイツに戻って頂ければ確かに嬉しいが、教官にも事情があるだろうし、何よりも唯一の家族である弟が……。

 

 待て……何故私は織斑一夏を恨んでいた……?教官を縛る鎖だから……?何を!?教官にとって唯一の家族だぞ!?私にとっての()()と同じ存在なのに……。

 

 誰なんだ……?私のフリをしている……私の代わりに喋るこいつは……何なんだ……?

 

 『対象の催眠効果の大幅な低下を確認。機能の低下を確認。ラウラ・ボーデヴィッヒの覚醒を確認。越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を経由し、()()()()()()()を開始します』

 

 え……?

 

 何を……レーゲン……?

 

 怖いよ……助けて……姉様。

 

 『システムに多大な負荷……外部からの……機体損傷……許容……オーバー……一時……パージ……回収……』

 

 白い……光……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 贋作と後継。黒と白。同じ力を持つ者同士の戦いは幕を下ろそうとしていた。

 

 「これで……終わりだァァァァァ」

 

 後継、正しき白が放つ最強の一太刀が贋作の鎧を一閃する。清浄なる刃は穢れを払い、醜悪なおぞましい鎧から少女を救う道を切り開いた。糸を引きながら開かれた傷口から銀髪の少女が覗いた。

 

 「ボーデヴィッヒ!!」

 

 一夏は機能を停止し膝を付いた贋作の元へ走り、ラウラをそこから引き出す。シャルロットと箒もそれを手助けし、粘性のある、気味の悪い鎧からラウラを離す事に成功した。

 

 「ボーデヴィッヒ!!おい、ラウラ!!しっかりしろ!!」

 

 目を開かないラウラに一夏が声を掛ける。その顔は苦痛に歪んでおり、あのおぞましい贋作を本意で動かしている訳では無かったことが見て取れた。彼は数日前の姉の言葉を思い出す。

 

 『私が知るボーデヴィッヒはあのような奴では無かった。落ちこぼれと言われても、生き別れた姉に顔向け出来ないと必死で訓練する努力家だった。聞き分けも悪くない奴だった。無闇に手を上げるようなこともしない。それなのに何故、あんな目を……』

 

 今までのラウラの態度が本意による物ではないとしたら、あの過剰なまでの自分への憎悪も説明が付く。そう一夏は思った。この事態は誰かに仕組まれた物なのか、という疑問は頭の片隅へと追いやった。

 

 「織……斑……一夏……?」

 

 「そうだ!!俺だ!!大丈夫か!?すぐ、救護が来るからな」

 

 「すまない……今まですまなかった……」

 

 「今はいい、しっかり休んで怪我を治してからだな。そういうのはさ」

 

 軽く微笑むとラウラは身体を起こした。慌てて一夏たちが止めようとするが、ラウラが片手を出して制止した。

 

 「と、言いたい所だが肩を貸してくれないか?さすがに足元がふらついてな……」

 

 「あぁ、無理はしないでくれ」

 

 そう言って一夏と箒が肩を貸す。小さく、すまないと言うとラウラが二人に体重を掛けた。

 

 誰もが終わったと思った。警戒していたシャルロットは銃口を贋作から下ろし、三人の元へと歩いていく。教員たちはストレッチャーを用意し、ラウラの治療の準備をする。

 

 織斑一夏は資質を示し、ラウラも無事に助かった。全てが丸く収まり、収束した。

 

 誰もが、そう思っていた。

 

 『システム再起動……修復完了。パイロットを回収。生体コア化を実施します』

 

 え、と誰かが言った。皆、反応が遅れた。ラウラの腹にあの贋作と同じ色をした触手が巻き付いていた。

 

 「え……?」

 

 ラウラは後ろを振り向いた。自分の腹に巻き付くモノが伸びる先を見た。

 

 贋作が、泥が触手を伸ばしながら再び暮桜の形を取ろうとしている。にたり、と笑ったような気がした。

 

 「いや!!やめて!!はなして!!」

 

 「ラウラ!!」

 

 一夏と箒はラウラの手を掴み、シャルロットは贋作へとありったけの弾丸を叩き込む。しかし贋作は変わらず、ラウラを引きずり込もうとしている。グレネードを投げても、大口径の弾丸をどれだけ撃ち込んでも、一撃必殺の威力を持つパイルバンカーで突いてもビクともしない。それどころか形成された腕で薙ぎ払われ、シールドエネルギーが尽きてしまった。

 

 一夏の腕にも触手が絡み付き、その腕を焼いていく。装甲越しでも激痛を感じ、触手が触れている部分が煙を上げながら徐々に溶けていく。これが白式でなく凡百の量産機ならすぐさま装甲は溶け、絶対防御を貫通してパイロットに大怪我を負わせただろう。箒はラウラを掴みながら、シャルロットと同じようにアサルトライフルで贋作を撃つ。しかし、一夏と同じように触手に捕まれ、装甲が融解した。咄嗟にISを解除し、難を逃れたがラウラを離してしまった。

 

 「ラウラ……大丈夫か……」

 

 「お前こそ、もういい!!手を離せ!!一旦体勢を整えろ!!」

 

 「悪いな……耳が馬鹿になってうまく聞こえないんだ……」

 

 顔を歪ませながら強がる一夏の腕は依然として煙を上げ、装甲は融解しかかっていた。

 

 そして無情にも触手は腕を掴む力を強くする。

 

 「ア゛ア゛ア゛ぁ゛ア゛あアあ゛アァア゛アア゛ア!?」

 

 痛みに耐える絶叫が響く。途切れそうな意識をギリギリで繋ぎ止め、緩みそうな力を振り絞る。地面を踏みしめ、走る痛みで無理矢理正気を保つ。贋作に負ける訳にはいかない。自分の英雄を穢した奴に負けては、同じ力を持つに値しない。受け継いだ力に掛けて、織斑一夏はこの場での敗北を許されない。そう言い聞かせてラウラの腕を掴み続ける。

 

 だが、誰しも、全てには限界という物が存在する。意思だけではどうにもならない己の限界。彼にもそれは漏れなく存在する。

 

 意思は砕けてない。闘志は漲り、尽きることは無い。意識だけが落ちそうになる。力が抜けていく。ラウラの声が、箒の声が、シャルロットの声が一夏の意識を繋ぎ止めようとする。何処か遠くから声が聞こえる感覚に見舞われる。

 

 状況は絶望的。大局は決し、ラウラは歪む視界を、目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、この状況で爆発音の一つや二つに気を割く者がどれ程いるだろう。銃声に気を割く者がどれ程いるだろう。

 

 絶望に屈した者の耳にはどれ程の音量で聞こえるのだろう。

 

 

 管制室の方で爆発が起き、その爆煙の中から幾つもの銃声が響く。一夏を苦しめていた触手も、ラウラを取り込もうとしていた触手も全てが撃ち抜かれ、破裂した。

 

 状況を理解出来ない者は銃声の元を辿ろうとする。煙の向こうに赤い光が揺らめいた。

 

 かくして、戦場に断頭台の処刑人は現れる。その漆黒の装甲は死神を連想させ、人々に逃れ得ぬ死の恐怖を与える。

 

 しかし、この場にいる者はそう思わなかった。彼らはこう感じた。

 

 

 まるで誇り高き鴉だ、と。




ARCHIVE#4

・VTシステム

 VTシステム──Valkyrie Traceシステムとは過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステムである。

 機体の動きをスペック関係無くヴァルキリーの動きに寄せる為、パイロットと機体に多大な負荷を掛ける。よってアラスカ条約で研究、開発、使用を禁止されている。しかしアラスカ条約の形骸化に伴い、各陣営で密かに研究が再開されている。ドイツでの遺伝子強化個体(アドヴァンスド)の製造計画にはこのVTシステムに耐えることの出来る個体を製造するという側面もあった。結局は失敗したようだが。

 尚、条約締結以前の最初期に開発された物は後発型に比べ性能は高いがパイロットを生体コアとして取り込み、人体と機体を融合させて有人機では不可能な機動を可能にするオペレーションが組み込まれているという。







 次回、石井さんキレる。


 ご意見、ご感想、評価お待ちしてナス!!

 ネタ書きたい……。


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Force

 
 恐怖はつねに人間の中に何か正しくないことが生じた徴侯である。恐怖は、苦痛が肉体に対して果すのと同様に、精神に対しても貴重な警告者の役目を果す。

                           ヒルティ 「幸福論」


 明確な変化があった。

 

 これまでの戦いで贋作は相手に向かって構えるということをしなかった。一夏との戦いに於いても、斬りかかってくる一夏をひたすら突き返し、初手で仕掛けることは無かった。

 

 だが今、目の前で贋作は雪片を正眼に構えている。贋作であろうと、仮にも世界最強の一角の力その物が油断無く、織斑千冬の現役時代(全盛期)と同じように構えている。贋作が相対するのはそれほどの相手であるという事だ。

 

 「先生……」

 

 自分たちの前に背を向けて立つ男──石井に一夏が声を掛ける。満身創痍、その言葉通りの彼はラウラや箒たちに抱えられ地面に寝かされていた。腕からは血が流れ、目の焦点は合っておらず、今にも意識を手放してしまいそうな様子であった。

 

 『君たちは下がっていなさい。後は私が引き受ける』

 

 加工されたマシンボイスではあったが、石井はそう言った。その言葉と共に、箒たちは一夏を背負いピットへと下がっていった。

 

 一夏たちが退避したことを確認すると石井は贋作へと向き直った。そして、ある疑問を浮かべた。

 

 『何故、未だに動いている……?』

 

 単純な話として、ISはパイロットがいなければ操縦することは出来ない。飛行機然り、自動車然りだ。無人機でない有人機ならば、それは常識の範疇の話だ。だが、目の前にはパイロットを失っても尚再起動を果たし、自分に刃を向けている機体がある。

 

 石井はある程度、今回の元凶の一部と言えるVTシステムについての知識を持っていた。モンド・グロッソ部門受賞者(ヴァルキリー)の動きを再現するシステムで、機体とパイロットに多大な負荷を掛ける。トレースする対象にもよるが、人間離れした機動力や戦闘力を手軽に運用出来るとの評価を誰かが下していたが、彼の飼い主曰く、トレースとは名ばかりの丸パクリしか出来ない木偶の坊らしい。モンド・グロッソ部門受賞者(ヴァルキリー)の動きは並のパイロットでは対処することは出来ない。手も足も出ずに墜とされるだけだが、ある程度──と言っても、ヴァルキリー並なのだが──の腕があれば撃墜する事は容易いという。しかし、再起動して無人の状態でも稼働し続けられるという話は聞いたことが無い。関係があるとすれば、贋作が口にした『生体コア化』という事だろうが真偽の程は分からない。

 

 既に元のレーゲンとしての骨格は無く、装甲の全てが溢れ出た泥で構成されていた。動きをトレースするだけで無く、機体の基本骨格から全てを塗り潰して作り替えたのだ。恐らく、コアは侵食されているだろう。

 

 以上の事から贋作を止める為には少しばかり手荒い方法を選ぶしかない、と石井は確信した。贋作を構成する装甲を全て剥がして、コアだけを露出させたとしよう。そのコアから再び新しく泥が溢れ、装甲を形成しないとは限らない。しかし稼働限界がある筈だ。無人で起動しているという事は、かなりの無理──外部からハッキングして無理矢理に動かしているのだろう。総数約五百のコアから成るコアネットワークに介入しているのだから、長くは持たない。いつ弾き出されるか分からないからだ。更に、コアを侵食しているVTの泥も機能停止させなければならない。

 

 ならば、コアに衝撃を与えて泥を止めれば万事解決という訳だ。外部から軽い損傷を加え、コアの自己防衛機能を作動させてコアの機能を一時的にシャットダウンさせる。さすがにコアを破壊する訳にはいかない故に手加減はするつもりのようだが、どうなるかは分からない。

 

 前提として、現在石井と呼ばれる男は怒りを覚えている。俗に言う、マジギレという物だ。彼自身身勝手極まりない怒りである、と思っているようだがその子細は分からない。助けを求めるラウラの姿が自分を父と呼び慕う子供と重なったか、はたまた未だに距離を置くその子供を助けた日を思い出したかは知らないが、とにかく石井はキレていた。それ故にうっかり破壊してしまうことがあるかもしれない。実際その事態になって頭を抱えるのは学園側とドイツ側で石井からすれば知った事では無いのだが。怒りに飲まれることも無く、感情のまま突き進む訳でも無く、己という弾丸を怒りという銃に装填した。

 

 その睨み合いは終わりを迎えた。

 

 「■■■■■■■■■!!」

 

 恐怖、とも感じられる声色で叫びを上げた贋作は石井に突っ込んでいった。上段に剣を構えながら突き進み、降り下ろすだけの単純な一撃。それだけでも凡百の機体とパイロットなら両断されていただろう。それほどの速度、それほどのキレをその一撃は持っていた。

 

 だが、この状況でそれは悪手であり、短慮であり、浅はかとしか言い様が無い。贋作が相手にしているのは名実共に世界最強の一角のオリジナルである。数多の敵を打ち破り、血と屍で天災の歩む道を切り開いてきた男に贋作程度の一撃が通用する筈も無い。

 

 ブースト音と共に光が舞う。渾身の一振りは何も捉えず、空を斬る。眼前には敵の姿は無く、贋作は周りを見回そうとするが、それは横腹に襲い掛かる衝撃で叶わない。

 

 側面からの銃弾の雨霰に襲われた贋作は後退を余儀無くされる。一発一発が現行のISに使用される実弾よりも重く、通常であればシールドエネルギーを瞬く間にゼロにして絶対防御を貫通しパイロットを殺してしまうだろう。何を置いても敵の殺害を目的とした弾丸は後退した贋作にも容赦なく降り注ぐ。

 

 「■■■……」

 

 苦痛のような声をあげる贋作。銃弾の嵐に耐えて機を伺うと、ふと嵐が止んだのを感じた。顔を上げ、敵を視認しようと思ったその時、背後から凄まじい力と衝撃を感じ、吹き飛ばされた。アリーナの壁に激突し、体勢を立て直そうとすると次は激しい爆発と熱で身体を焼かれる。それは一度では無い。何度も、何度も焼かれる。

 

 上空を見上げると、背部の砲身を展開した敵の姿。赤いカメラアイが贋作を睨み、細まるとまた砲身からグレネードが発射され、再び贋作を焼く。

 

 この短時間に石井がしたことは大した事では無い。初撃を横に回避し、両手に持つライフルと突撃型(アサルト)ライフルを連射。その後背後に回り、ブースターを吹かしながら蹴り飛ばし、上空に飛び背部兵装のグレネードキャノン『OGOTO』をひたすら撃つ。しかしこれを凄まじい速度で移動しながら実行する。それにより、敵は石井を視認出来ず、さらに蹴りの威力も馬鹿にならない物となっている。この圧倒的な機体速度が石井と名乗る男とその機体が交戦回避を提唱される一因にもなっている。

 

 爆発によって生じた煙の向こうで影が揺らめいた。

 

 「■■■■■■■!!」

 

 身体を焼かれ、銃弾の嵐に貫かれながらも、贋作は自分を見下ろす死神へと抗おうとする。壊れかけのスラスターとブースターに鞭を打ち、死神に一矢報いようと、一太刀を浴びせようと空を駆ける。

 

 しかし無情にもそれは半歩身をずらすだけで避けられてしまう。至近距離からの弾幕を浴び、地面へと落とされる。

 

 そして贋作は絶望を目の当たりにする。

 

 《不明なユニットが接続されました──システムに深刻な障害が発生しています──直ちに使用を停止してください──不明な──》

 

 その様を見ていた者は一様にそれが何なのか理解が出来なかった。全ての武装を拡張領域(パススロット)へとパージした彼が呼び出した謎の巨大な兵装らしきモノ。六基のチェーンソーの刃が付いたそれは右腕に円環状に展開し、炎を撒き散らしながら回転し始めた。

 

 

 『規格外六連超振動突撃剣(グラインドブレード)

 

 

 本来の規格を無視し、無理矢理接続し使用する一撃必殺の切り札。暴力をそのまま武装にした禁じ手。

 

 『終わらせる……』

 

 炎を噴出し、軌跡を残しながら贋作へと突撃する。六基のチェーンソーは回転し、唸りを上げる。獲物を喰らわせろと叫び散らす。

 

 贋作は最後の力を振り絞る。残ったエネルギーを可能な限り雪片に回し、切り札を出す。穢れに染まった『零落白夜』を手に死に抗う。

 

 互いの距離が縮まり、暴力の化身と全てを切り裂く刃がぶつかり──

 

 「■■■!?」

 

 ──偽物の白き夜は暴力に喰い散らかされた。

 

 黒い刀身を喰らい、腕を喰らい、胸を抉る。散々グレネードで焼かれた身体を更に焼き、抉り、削る。装甲は剥がれていき、コアが露出する。

 

 そしてコアにブレードの先端が当たった瞬間、

 

 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!」

 

 贋作は発狂し、焼き尽くされ消えていった。

 

 金属の焼ける匂いがする中、断頭台の処刑人だけが炎に包まれ立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「す……すごい……」

 

 無意識に口から出た言葉は偽らざる本心だった。アリーナの中心で炎を纏いながら佇む男は自分が紛れもなく世界最強の一人であることをこの場にいる者たちに示したのだ。

 

 一夏は途切れそうな意識を繋ぎ止めながら一部始終を見ていた。贋作の醜悪な黒でなく、誇り高く美しい濡羽色。自分と正反対の漆黒が英雄()を穢した贋作をいとも容易く倒してしまった。普段の彼から想像も付かない熾烈さで跡形も無く滅してしまった。

 

 有無を言わさず、正面から叩き潰す。圧倒的な力、姉と肩を並べるに足る暴威。それは一夏の中に一つの憧れを生んだ。自分もあの領域に辿り着けば姉を守れるのではないか?守られてばかりだった自分も守れるのではないか、という幻想と共に憧れ()が広がっていく。

 

 「やめておけ」

 

 熱に浮かされたような一夏に冷たい声が浴びせられた。

 

 「先生……?」

 

 いつの間にかピットへ戻ってきていた石井が声を掛けたのだ。手には鈍色の立方体を持っていた。

 

 「君が力を求めるならば、こちらには来るべきではない。君の求める力はあの光景には無い」

 

 そう言って石井はピットを後にした。一夏は石井の言葉を理解しようとしてるのか、黙りこくってしまった。ラウラは石井の背中をじっと見つめ、シャルロットは一夏にストレッチャーに乗るように促していた。

 

 「あれが、姉さんの……天災の猟犬……」

 

 箒は自らの姉が従える男の実力に戦慄していた。自分たちが束になってギリギリで勝てた─実際には勝ってなどいなかった─相手を叩き潰した副担任。この学園に来る前は姉の元で私兵をやっていたということは聞いていたが、これほどとは思わなかった。

 

 模した物とは言え、自分と同門の剣術を扱い世界の頂点に登り詰めた幼馴染みの姉を打倒した光景は箒にとって衝撃的だった。自分の姉はあれほどの力をどう使ったのか、何故あの男は姉に従ったのか、何故この学園で教師なんてしているのか。様々な疑問が頭に浮かび消えていく。

 

 そして何よりも、石井という男が恐ろしかった。

 

 

 

 

 




ARCHIVE#5

▪ISコア

 ISの心臓部であり、ISを起動させる為に必要不可欠なパーツ。

 完全なブラックボックスとなっており、現時点での生産は不可能。これを生産しうるのは開発者である篠ノ之束のみで、失踪以前に生産された約500個のみを世界中の国家、企業が有している。

 自己進化や二次移行(セカンドシフト)など謎の多い代物である。

 データ通信用のコア・ネットワークで全てのコアは繋がっており、パイロット間での通信やデータのやり取りが可能である。このコア・ネットワークも謎が多く、ただのデータ通信用では無くコアの自我意識と言う存在が情報を共有する為のネットワークではないかという説が提唱されている。

 尚、シングルナンバーのコアは特殊な機能があるとも言われている。

 

 





 お気に入り2000越え、ありがとナス!!

 石井さん暴れて精神的に色々植え付ける。

 ネクストですら制御出来ないオーバードウェポンって何なんだ……?(哲学)

 早くネタに戻りてぇなぁ……

 ご意見、ご感想、評価お待ちしてナス!!


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Phantom thief

今回はちょっと短いです。

よろしくお願いします。


楯無さんが「ここが!!この戦場が、私の魂の場所よ!!」って言いながら石井さんと戦う夢を見ました。

起きたら熱があったよ……。


 ボーデヴィッヒはあの後医務室に運ばれ、検査の後一日入院することになった。機体、パイロット共々大きな負荷が掛かった為身体にどんな影響が出るか分からないとのことだ。

 

 機体に負荷がと言ったが、元のレーゲンが既に存在していないのだからそちらに関しては何とも言えない。コアは上手く回収できて、損傷もごく軽微に抑えられた。今はその機能を一時的に停止して内部に残る不純物(VTシステム)の残滓の処理を行っているのだろう。

 

 今回の件の後始末は無人機の時よりは楽な物だった。表向きは事故として処理する為、前回のように色々と面倒なことが少ないのだ。政治家に話すことも官僚に提出する回答書も、各機関からの突き上げも無い。施設の損害も想定の範囲内だった為、管理科としてもさほど負担にはならないらしい。

 

 全ての始末を終わらせて、私は医務室へと向かった。既に日は落ちて、セシリアの時のように校舎には誰もいなかった。

 

 セシリアと同じように電極を貼り付けられてボーデヴィッヒは眠っていた。まるで憑き物が落ちたような穏やかな顔で眠るボーデヴィッヒを見ながら招かれざる客に声を掛けた。

 

 「珍しいな。君が直接会いに来るなんて」

 

 「まぁねー。たまには直接会いたくなるんだよ。最近は電話もくれないから寂しかったよー?」

 

 「私も一応は教師なんだ。それなりに忙しいし、それなりにやることもあるんだよ」

 

 ベッドを区切るカーテンから、エプロンドレスを着た女が姿を現して私に背後から抱き付いた。私の首筋に顔を埋める童話の世界の住人は、暫くそうしていると弾かれたように私の正面に回った。

 

 「ということで、やぁやぁ久しぶりだねいしくん!!元気にしてたかな?」

 

 「まぁそれなりにね。君こそどうなんだ?君が風邪をひくようにも思えないが」

 

 「さすが!!いしくんは束さんのことをよく分かっているね!!満点をあげよう!!」

 

 いらない、と言ったのだが何処からか出した赤ペンで私の手の甲に花丸を書く飼い主。この女が話を聞かないのはいつものことなので慣れたが、昔は一日に一回は大喧嘩していたこともあった。作りかけの晩飯を全部食われたり、無闇矢鱈と洗濯機の中に洗濯物を突っ込んだり、映画見てる時に肩を叩かれて振り向いたらパイ投げされたり。話を聞かないことと関係無い気もするが、そこは気にしない。

 

 「それで何の用かな?君が態々親友(天敵)のテリトリーにまで来るほどのことなんだろう?織斑先生が来る前に早く済ませよう」

 

 「それもそうだね。今日束さんが来たのはね、この子を誘拐する為だよ!!」

 

 「ボーデヴィッヒを?」

 

 単純に驚いた。あの束が何の接点も無い赤の他人に興味を持ったのだ。ボーデヴィッヒをどうするかは知らないが、他人を『こいつ』、『有象無象』、『ゴミクズ』でなく、『この子』と呼んだ。人として、一個の生命として認識したのだ。天変地異の前触れか、はたまた具合が悪いか、気が触れたか。何があったかは分からないが、私の知らない内に真人間になったというのか?その可能性だけは断じて無いのだが。

 

 「モルモットにでもするつもりか?それとも一夏君と箒ちゃんに害を与えたから殺すのか?」

 

 「そんな物騒な理由じゃ無いってば!!まぁ、その辺りの理由も説明していこうか」

 

 そう言うと束は一枚の紙を渡してきた。ボーデヴィッヒのカルテだった。

 

 「薬物反応?」

 

 そこにはボーデヴィッヒの体内から薬物反応が検出されたと記されていた。それはごく微量だったが、それでも代表候補生という立場にいる人間から出てきていい物では無い。それに検出された薬物も問題だった。

 

 「LSD……?」

 

 リゼルグ酸ジエチルアミド、ドイツ語の『Lysergsäurediethylamid』を略してLSDと呼ばれる。半合成の強力な幻覚剤だ。中毒性はさして高く無いが、自白剤や酩酊薬としても使われることがある。

 

 「いしくん、MKウルトラ計画って知ってる?」

 

 「大昔にCIAがやっていた実験だったかな……?確か、ナチスに関わっていた科学者をアメリカに連行したペーパークリップ作戦から派生したとか。マインドコントロールの効果を立証する為の実験だったと聞いているよ」

 

 「そう。LSDをCIAの職員から妊婦まで、手広く投与してやったってやつだよ。化学、生物、様々なアプローチで自白させたり、洗脳したりさせる計画。他にも並行して色んな研究をしてたらしいけど、もう詳しいことは分からないね。結局は打ち切りになったらしいけど」

 

 「で、それと同じようなことがボーデヴィッヒに施されたと?」

 

 「その通り。この子が学園に来る前の数ヶ月間、機構の研究所から出向してきたカウンセラーとの面談が定期的に組まれてたんだよね。十中八九それでいっくんへの憎しみだの、いしくんへの憧れとか、ちーちゃんへの歪んだ気持ちとかを植え付けられたと思うよ。何処かの学者も言ってたよ。『生命体は複雑なコンピュータであり、LSDは再プログラミング物質として役に立つ』って。後は組み込んだVTシステムの方に少し細工をすれば、催眠効果は持続するって具合だね」

 

 「それは分かった。じゃああのVTシステムは何だ?私の知るVTシステムより、大分悪辣な物だったが?」

 

 機能停止したと思ったら再起動したり、気持ち悪い触手を伸ばしたり、機体の骨格を融解させて再構成したりと随分やりたい放題な物だった。動きをトレースするだけでは無かった。凡そ別物と言っていい物だ。

 

 「あれは紛れもなく、VTシステムだよ。ただ、ちょっと特殊なプロトVTってやつなんだけどね」

 

 「どういうことだ?」

 

 「アラスカ条約が締結されるよりも前に製造された十一基のVTシステムだよ。通常のVTシステムより凶悪な性能でね、パイロットを取り込んで生体コア化したり、搭載された機体を作り替えたり、パイロットを使い潰して成果を獲得するギミック満載だよ。いしくんなら分かるよね?あれと直に戦ったんだから。まぁ実験段階で色んな物を詰め込みすぎた感がすごい駄作だけどねー。非効率的だし」

 

 「まぁね。倒せない相手ではないし、パイロットが何人いても足りないね。それでこれらがどう、ボーデヴィッヒを誘拐するのに関係してくるんだい?」

 

 「それはね、この子がくーちゃんの妹だからです!!」

 

 確かにボーデヴィッヒはクロエと同じように遺伝子強化個体(アドヴァンスド)製造計画で生み出されたクローンだが、束がそれだけでボーデヴィッヒを誘拐するとは思えない。誘拐して何をするかは分からないが、それでボーデヴィッヒに関わるには理由が薄いような気がする。

 

 「くーちゃんがね、この子を見て妹ですって言ったんだ。それで聞いてみたらくーちゃんがいしくんに会った研究所に移されるまで、一緒に過ごしてたらしいの。調べてみたら、くーちゃんが生まれたのは第三十一期製造計画。この子も三十一期。振り分けられた製造ナンバーもくーちゃんが十八、この子が十九。正真正銘の姉妹なんだよ!!」

 

 似ているとは思っていたが、そういうことだったのか。しかし、そうなるとボーデヴィッヒを拐ってどうするんだ?まさか殺しはしないだろうが。

 

 「で、誘拐してどうするつもりだい?物騒な理由じゃないって言ったが……」

 

 「端的に言えば、治療とISの復元かな。それとくーちゃんに会わせてあげようと思って」

 

 「そうか。まともな理由で安心したよ」

 

 これでろくでも無い理由だったら、本当に面倒ごとにしかならない。ドイツの代表候補生が天災に殺されたとか、私の出番しかない。とりあえず殺して、その次に殺して、仕上げに殺して。ついでに話し合い。頭に血が昇って戦争仕掛けてきたらこうなる未来以外あり得ない。肉体労働九割の頭の悪い単純作業だ。御免被る。

 

 「十蔵さんには私から言っておくよ。数日は公欠に出来ると思う。機体の復元はどれぐらい掛かる?」

 

 「二日かな?」

 

 「なら、四日程度でいいか。君も余り無理なスケジュールを組まないように。クロエの妹だからと張り切って君が体調を崩したら元も子も無い。寝てないだろう?顔色が悪いよ。少しで良いから寝るべきだ」

 

 「無理って程でも無いから、大丈夫。寝てないのはらーちゃんのこと調べてたからだよ」

 

 そう言って束はボーデヴィッヒの髪を撫でる。なんというか、本当に子供に甘い。特に気を許した相手であれば尚更だ。

 

 「それじゃあもう行くね。ちーちゃん来そうだし」

 

 「あぁ、気を付けて」

 

 「たまにはラボに帰ってきなよ。シュープリスのメンテとかさ、君のご飯食べたいし」

 

 「雑な男料理の何処が良いんだい?まぁ君が言うなら作るよ」

 

 楽しみにしてるよ、と言ってボーデヴィッヒを脇に抱えて窓に足を掛ける束。まるでお宝を盗みに来た怪盗だ。

 

 「あぁ、それと──」

 

 去り際に彼女はこう言った。

 

 「君の飼い主は私だよ?その事を忘れないように」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










「政治屋どもが……リベルタリア気取りも今日までね、貴方たちには水底が似合いよ。いけるわね?フラジール」

「はい、そのつもりです」

「こちらホワイトグリント、オペレーターです。貴方達は、IS学園の主権領域を侵犯しています、速やかに退去して下さい。さもなければ、実力で排除します」

「へぇ、クロエ・クロニクルね。天災失陥の元凶が何を偉そうに……ホワイトグリント、大袈裟な伝説も今日で終わりよ、進化の現実ってやつを教えてあげるわ」



って展開を考えてボツにしました。

え?白栗は誰かって?石井さんだよ。



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Compromise

これでシリアスを終えられる……

気圧のせいか、頭が重いし、眠いし、ダルくてキーボードが遠い……

そしてスランプ気味……

そんな中で呼符で来てくれたパールヴァティー

そんな訳で死に体の頭で書いた本編どうぞ


 

 私は朝が苦手だ。遠い昔、前世という時を生きていた頃からどうにも好きになれない。その頃のことはよく覚えていないが、私を燦々と照らす朝日を忌々しく思っていた気がする。

 

 だから私はカーテンを閉めたまま朝の時間を過ごす。毎朝、薄暗いリビングでコーヒーとトーストを腹に入れて出勤する。熱いコーヒーが腹を温める時には眠気も覚めていて、教員寮を出て日光に照らされても別段眩しいと思うだけだ。

 

 もう一度言う。私は朝が苦手だ。

 

 目覚めは良いとは言えないだろう。私を目覚めさせたのは目蓋の裏に感じる淡い光だった。

 

 目を開くと、いつもと部屋の明度が違うことに気付いた。部屋を朝の忌々しい光が明るく照らしている。昨晩、カーテンを閉め忘れたのだろうか?そうして思い出そうとすると鈍い頭の痛みと、首の痛みに襲われた。それでも無理矢理頭を働かせて昨晩の自分の行動を思い返す。

 

 飼い主がボーデヴィッヒを拐ってから数日が経った日、私のスマホに知人から電話があった。内容は簡潔で一分も会話しなかった。頼んでいた仕事が無事完遂されたという報告だった。何かあればまたよろしく、と言って通話を切った私は安堵と共にソファーに座り込んだ。

 

 シャルロット・デュノアの問題は解決した。週明けには転校生扱いで、新たな人間として再編入するだろう。

 

 デュノア社はシャルロットを私に売った。私はシャルロットを買う替わりにデュノア社が喉から手が出るほど欲しいであろう第三世代兵装、イメージインターフェース技術を用いた兵装のデータをくれてやった。飼い主が酔った勢いで作るだけ作っていらねぇからやる、とぶん投げてきたゴミを押し付けただけなのだが。浮遊砲台──ビットでは無い──を用いた高火力ハイレーザー砲撃型兵装。燃費の悪さが凶悪なバカ兵装。飼い主曰く、パンジャンドラム級のバカ兵装らしい。開発者がそう言うのだから、想像を絶する程ピーキーな代物なのだろう。それと、ついでにお望みの白式の機体データをオマケした。私の代理人として交渉した知人が言うには、デュノアの社長はとても嬉しそうな顔をしていたという。それを聞いて私もとても嬉しくなった。彼らは望む物を手に入れ、私はゴミ処理と買い物が出来た。正に互いが笑顔になれる最高の取引だ。

 

 これで有澤先生への手土産が出来た。今はもういないシャルロット・デュノアをどうするかは全て有澤先生次第だ。あの人のことだから悪いようにはしないとは思う。養子にするぐらいはしそうだ。

 

 私も、有澤先生も、デュノア社も円満に事が済んだ。それだけでは無く、爆弾背負ってたフランスも、デュノアを買収しようとしているアルテス・サイエンスも満足行く結果だろう。アルテスはデュノアがシャルロットという爆弾を抱えていることを知っていた。だから一気に買収出来なかった。世界を騙した三人目の男性操縦者なんて核爆弾を自社に抱え込みたくは無い。だが今回シャルロットが有澤の物になり、かつ男性では無く女性として学園に再編入することが決まった。アルテスからすればもう邪魔する物は何も無い。アルテスは委員会側の企業だ。どちらかと言えば機構寄りのデュノアを買収することは機構側の地盤を突くことにもなる。延いては委員会の老人どもも得をする。

 

 そんな訳で問題が解決したので細やかながら祝杯をあげることにした。宅配でピザを頼み、適当にある物でつまみを作ってバドワイザーを開けた。ハラペーニョとマルゲリータを摘まみながらオンラインの映画配信サービスで面白そうな奴をだらだらと見いていた。馬鹿みたいにドンパチする奴と電脳世界にダイブして暴れる奴だった。頭を空っぽにして阿呆のような顔でスクリーンを眺めていたと思う。

 

 飼い主のラボではこんなにゆっくり映画は見れないから、久し振りの静かな自分の時間が堪らなく嬉しかった。作ったつまみが五分と経たない内に無くなったり、興奮して私の肩を尋常じゃない勢いで揺さぶったり、酔いつぶれて私の膝の上で寝たり。気を休めるつもりが余計疲れてしまう。クロエを拾ってからはラボで映画を見るなんてしてないが、飼い主と二人宛もなく世界中を彷徨っていた頃はそんなこともあった。

 

 まぁ、そんなこんなで寝てしまったのだろう。だが、カーテンは閉めていた筈だ。カーテンを閉め、部屋の明かりを消した状態で映画を見ていた。

 

 香ばしい匂いが鼻孔を刺激した。それは油が弾ける音と共にキッチンの方から漂ってくる。痛む首を回し、キッチンの方へ視線を向けた。

 

 「……クロエ……?」

 

 銀髪の少女がキッチンで料理をしていた。後ろ姿しか見えないが、それはラボで料理をするクロエの姿と瓜二つだった。

 

 いや、何故クロエがここにいる?あの子はラボにいるんじゃないのか?私は夢の中にいるのか?飼い主の悪戯か?全く状況が理解出来ない。日曜の朝からこんなに混乱するとか、最悪の目覚めも相まって色々地獄だ。

 

 とりあえず、起きて話を聞こうとするとキッチンにいるクロエらしき少女が振り返った。

 

 「む?おはようなのだ、父様!!」

 

 いやいや、色々聞きたいことはあるけど。何故君はここにいるんだい?ボーデヴィッヒ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 とりあえずシャワーを浴びて、出るとテーブルに所狭しと朝食が並べられていた。その量とボリュームは以前見たフードファイトの大会のようで、驚いているとボーデヴィッヒはドヤ顔で胸を張っていた。

 

 「どうだ、父様!!姉様に教わったのだ!!すごいだろう!!」

 

 「いや、朝からこんなに食べられないから。それと、私は君の父親ではないのだが?」

 

 「む?姉様の父ならば私の父様だろう?」

 

 「姉様って……あぁ、クロエか……」

 

 立ちっぱなしという訳にもいかないので、椅子に座ってボーデヴィッヒが淹れたコーヒーを飲む。するとボーデヴィッヒも私の向かいに座って此方をチラチラ見ている。

 

 「どうだろうか……?口に合っただろうか……?」

 

 どうやらコーヒーの味を気にしているようだった。不味くは無かった。寧ろ私が自分で淹れた物より美味かった。コーヒーの淹れ方もクロエに教わったのだろうか?

 

 「あぁ。美味しいよ」

 

 「そうか!!なら、料理も食べてくれ!!いっぱい作ってみたのだ!!」

 

 やたら眩しい笑顔で言ってくるので適当にベーコンエッグとトーストを口に入れる。食べているとまた此方をチラチラ見てくるので、タイミングを見て美味しいと言うと向日葵のような笑顔がもっと明るくなる。ボーデヴィッヒもトーストにジャムを塗って食べているが、頬にトーストの欠片やらジャムを付けていることに気付いて無い。それを指摘すると私に拭いてくれと言ってくる。自分でやりなさい、と言うと不貞腐れてあーだのこーだの言うので仕方なく拭き取るとにぱぁ~と笑いながら嬉しそうにしている。今までとキャラが違いすぎて混乱してくる。

 

 「いつ束のラボから帰ってきた?」

 

 流れで朝食を取っていて忘れていたが、色々と聞きたいことが山ほどある。

 

 「昨日の夜だ。レーゲンの修復が終わった後、二日間は姉様と博士と過ごした。それでニンジンロケットに乗って帰ってきたのだ」

 

 「なんで私の部屋にいるんだ?どうやって入った?」

 

 「姉様に料理を教わったから、父様に朝ごはんを作ってあげようと思ってな。部屋には博士から貰った合鍵を使ったのだが……ごめんなさい……迷惑だっただろうか……?」

 

 何だその情報?あの飼い主、私の部屋の合鍵持っているのか?私のプライバシーもへったくれも無いじゃないか。いや、これでいつに間にか部屋から物が無くなる謎の怪奇現象の犯人が分かった。

 

 「あのね、私に構ってないでもっと意義のあることをしなさい。せっかくの日曜日なんだから何処かに遊びに行くなり、トレーニングするなり、本を読むなりあるだろう。それと私は君の父親では無いと……」

 

 「意義ならある。姉様に父様を頼むと言われた。それに姉様が父様と呼んでいるなら、貴方は私の父様だ。姉様の恩人なら尚更だ」

 

 「それこそ買い被りだよ。私は君の姉を、クロエを助けてなどない。偶々、偶然、気の迷い。言い方は様々だが、進んで善意で助けた訳じゃないさ」

 

 「それでもだ……それでも……姉様を助けてくれてありがとう……あなたのおかげで姉様ともう一度会うことが出来た。あなたが姉様の命を救ってくれた」

 

 私のおかげ?何を世迷い言を。ふざけるな。私はそんな正義の味方のような、ヒーローのような人間ではない。

 

 それから無言で朝食は続いた。私もボーデヴィッヒも一言も口を開かずに黙々と食事をした。テーブルを埋めていた料理は全て無くなり、私とボーデヴィッヒの腹の中に入った。

 

 皿洗いを引き受け、ボーデヴィッヒを帰らせる時に彼女が私に言った。

 

 「今度、ラボに帰った時少しでも良いから、姉様と話してくれ……頼む」

 

 それに気の籠ってない抜けた返事をして洗い物に意識を向けているフリをした。洗い物を終えて、自分でコーヒーを入れて昨夜と同じようにソファーに体を沈める。

 

 『私は先生が何を見てきたかは分かりません。今、先生が何に苦しんでいるのかも分からない。だけど、ほんの少しでいいんです。セシリアと……周りと距離を詰めても良いんじゃないんでしょうか?』

 

 洗い物の最中も、ソファーに座っている今も、屋上で箒ちゃんが言った言葉が頭の中をぐるぐる漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 あぁ、カーテンの事聞き忘れた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





石井さん、性格改善フラグ。



【速報】石井さん未婚で二児の父になる。

尚、認知はしてない模様。


個人的にはこの小説は最後、Thinker-reprise-が脳内再生されるようにしたいです。




ご意見、ご感想、評価お待ちしてナス!!


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おまたせ(語録期待ニキ諸兄へ)

語録期待ニキたちよ……私は帰ってきた!!

そんな訳で久し振りの語録収録回です。シリアスとの落差にお気をつけください。

それでは本編を……バァン(大破)


 アツゥイ!!

 

 石井だ。私だったのか……(モンスターエンジン並感)

 

 いやぁ、この時期は寝苦しくて嫌だね。クーラー掛けててもたまに汗かくし、何より起きた時のじっとりとした不快感が好きじゃないよ。だってもう七月だもんね。

 

 寝起きにシャワーを浴びてキンキンに冷えた炭酸水を飲む。ああ^~たまらねぇぜ。

 

 それにしてもだ。この一週間は凄まじかった。ボーデヴィッヒが朝食を作りに来た翌日──月曜日にシャルロット・デュノアがシャル・有澤として再編入してきた。皆色々と驚いていたようだが、一番驚いているのはシャル本人だろう。前日にいきなりデュノア社からの解雇通告と親権の譲渡、その他諸々が通知されたのだから。有澤先生は養子にしたと言っていたけど、冗談半分の予想が当たってしまった。まぁ、先生もシャルもそれなりに上手くやって行けるのではないかと思う。

 

 シャルが再編入したことで一つ、ある男の名誉も回復された。そう、一夏君ホモ疑惑は完全に払拭されたのだ。だが、終わり!閉廷!と言った具合に綺麗さっぱり丸く収まる筈は無く

 

 「クルルァ!!一夏ァ!!どういう事だ!?」

 

 「あ、おい待てい!!(江戸っ子)という事は一夏、アンタシャルと同じ風呂に……」

 

と、口汚く一夏君を追求して、挙げ句ISまで部分展開させる子たち──箒ちゃんと凰さんしかいないけど──まで出てくる始末。仲裁に入ろうとしたらボーデヴィッヒが二人をAICで動けないようにして、その隙に一夏君にキスをするという阿鼻叫喚の地獄絵図。ズキュウウウン、なんて幻聴が聞こえるし、おれたちにできない事を平然とやってのけるッ!!そこにシビれる!あこがれるゥ!!と叫びたい衝動に駆られるわ、ボーデヴィッヒの俺の嫁宣言で完全に収集は着かなくなった。

 

 山田先生も織斑先生も顔を赤くしてたから、初なんですねって言ったら気付けば医務室のベッドの上だったよ。起きたら起きたで夕方だし、ベッドの横にセシリアちゃんがいて微妙な空気になった。当直医のニヤケ面にポケットに入ってた飴をブチ当てて部屋に帰るとボーデヴィッヒが夕食を作っていた。まるで、意味が分からない。

 

 前日と同じように流れでそのまま夕食を食べていると、いきなりボーデヴィッヒの説教が始まった。朝はカーテン閉めっぱで不健康だの、食生活が乱れているだの、タバコ吸いすぎだの、十代の女の子に生活習慣について説教されるオッサンの構図が出来上がっていた。説教の後は一夏君を落とす為にはどうすれば良いか、と聞かれたので束に聞けと言っておいた。実際、私は一夏君の好みや趣味嗜好など一切知らない。束の方が詳しいだろう。その後、もう部屋に来るなと言ったにも関わらず、週末まで夕食を作りに来られた私の精神は滅尽滅相されそうだ。

 

 そんな激動の一週間を乗り越え、日曜日よ!私は帰ってきた!!

 

 朝から酒を飲んでしまうのもアリか?久しぶりに虹6でもやろうか?大内君は起きてるだろうか?

 

 

 《ウィ!ラィ!エッヴァグリ!フォエバーハピネスメイカッドリム!!ウィ!ラィ!エッヴァグリ!フォエバーハピネスメイカッドリム!!》 

 

 そうやって頭の中で色々考えてると、スマホが鳴った。

 

 「はい、もしもし?」

 

 『石井か?私だ』

 

 「どうしました?織斑先生。珍しいですね、態々掛けてくるなんて」

 

 『あぁ、まぁそうだな……ところでだ、今日は何か予定が入ってたりするか?』

 

 「いや、別に。暇っすよ」

 

 『なら、買い物に付き合ってくれないか?レゾナンスに行こうと思うのだが……』

 

 「あー、分かりました。私車出すんで、寮の駐車場集合で。いつ出ます?」

 

 『じゃあ一時間後で』

 

 「かしこまり!!」

 

 なんか前にも織斑先生とレゾナンス行ったよなぁ。確か一夏君がIS動かしちゃった日だったかな?私と織斑先生と山田先生の三人で……?

 

 あれ、山田先生は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 二人だったよ。(白目)

 

 山田先生は来ず、私と織斑先生のデートです。これは、あれだね。織斑先生ファンに殺されるフラグだね。一応、変装してきてくれているが、バレたら囲まれてフクロにされるね。(確信)

 

 そんな感じで私のGTRに乗ってレゾナンスに向かいました。因みに服装は私が黒のスキニーパンツにタンクトップとロングカーディガン。織斑先生がパンツとジャケットを合わせたラフなスーツスタイルだった。なんというか、個人的には織斑先生の服装は、イメージ通りと言える。普段のスーツスタイルを崩した感じが織斑先生の雰囲気にマッチしていて似合っていると思う。

 

 適当な世間話をしている内にレゾナンスに着いて中に入ると予想以上に人でごった返していた。家族連れや、カップルに、風呂敷被った箒ちゃんたち……?

 

 「どうした?知り合いでもいたか?」

 

 「いや……ちょっと暑さにやられただけだと思います」

 

 「大丈夫か?」

 

 「大丈夫です。問題ない」

 

 見てはいけない物を見てしまったという事実を頭から追い出し、今日買いに来た物を聞いた。

 

 「今日は何を買うんです?」

 

 「水着をな……」

 

 積もりに積もった問題で忘れていたが、そう言えばもうすぐ臨海学校があるのだった。実際は校外での演習なのだが、宿泊先のプライベートビーチで遊べたりするのでそういう名称になっている。なんだかんだ私も引率するのだが、別に特別買う物も無いからこういう買い出しにすら行く必要は無いのだけれど。

 

 「お前は水着はあるのか?」

 

 「いえ。まぁ海に入るつもりは無いので、買う気は無いですよ」

 

 「いや、買おう」

 

 「え?」

 

 「お前も水着を買おう。てか、海入れ」

 

 至近距離まで顔を近付け、力強く語る織斑先生。頑なに断る理由も無いから結局買うことにしたが、引率の教員が揃いも揃ってバカンスしちゃって良いのだろうか?十蔵さんや束は羽を伸ばしてこい、と言ってくるけど一人ぐらい旅館の中で涼みながら荷物番しててもいい気がする。その事を織斑先生に話したら警備科と整備科から引率する人員がいるから大丈夫との事。

 

 水着売り場に着くと早速、織斑先生の水着選びが始まった。いろんな色や形の水着を手に取って、時には身体に当てて選んでいく織斑先生。正直、どれを選んでも似合うから何でもいいと思う。投げやりに聞こえるかもしれないが、事実だ。スタイルも顔もいい美人は案外何でも着こなせてしまうのだ。飼い主然り、織斑先生然りだ。イメージ云々を差し置いても似合い、イメージと違ったら違ったで新たな一面として高評価を得る。美人の特権だろう。

 

 「なぁ、どっちが似合うと思う?」

 

 織斑先生が黒と白のビキニを持って聞いてきた。どちらも似合うからいいと思うとは言えない。だから個人的に好きな色の黒を選んだ。そうすると態々試着室で着替えて、ビキニを着けた姿を見せてくれた。いやぁ、眼福でした。つか、エロいね。あの引き締まった腹筋とダイナマイトな胸のコンビは凶悪だ。並の男は殺られてしまうだろう。(誤字に非ず)

 

 少しばかり話は反れるが、私の周りにはスタイルのいい人たちが沢山いる。ISのパイロットというのはメディアへの露出も多い為、ルックスやスタイルの良さも求められるがそれでもすげぇのばっかだよ?(語彙蒸発)飼い主とか織斑先生とか山田先生とか。飼い主とかラボでシャワー後とかバスタオル一枚だから猛毒でしか無い。それで反応するほど旺盛という訳では無いが。

 

 「うん、似合っている。やっぱり黒は美人にはぴったりだ」

 

 「そうか、ならばこれにしよう」

 

 着替えた織斑先生とレジで会計して水着売り場を出た。私はネイビーの水着を買った。黒だと織斑先生と被るし、当日は上に白シャツを羽織ろうと思っているのでそれに合う色を選んだ。

 

 水着売り場を出て、もう買う物も無くなったので以前のようにぶらつく事にした。偶々見つけた好みのTシャツを買ったり、輸入食品店でトムヤムクンの素を買ったり、雑貨屋を冷やかしたりゆったりとレゾナンスを回った。途中大内君とデートする山田先生を見てコケそうになり、織斑先生に知らなかったのかと驚かれて私と大内君の友情に疑問を抱いた。しかしこれで、ここ最近大内君が虹6でタチャンカ無双している理由が分かった。あのくそイケメンが。

 

 そうやってぐるぐる色んな所を回っていると水着売り場に戻って来てしまった。時間も昼時。何を食べるか相談していた。すると、聞き覚えのある声が聞こえた。

 

 「あの……もう止めにしませんこと?これ、ストーカーでは無いのですか?」

 

 「いいや、これは尾行だ。誰が何と言おうが尾行だ」

 

 「風呂敷被って尾行って……鈴さんもサングラスにマスクは怪しすぎる気が……」

 

 「あ゛ぁ゛!?」

 

 「いえ、何も……ラウラさんは何故ダンボールに入ってらっしゃるのですか?」

 

 「む?これが由緒正しきスニーキングスタイルなのではないのか?」

 

 何だあのイロモノ集団!?(驚愕)

 

 いや、本当に何してるんだアレ?なんか尾行とか言ってたが。それにセシリアがあれ全部突っ込んで捌いてるようだけど、完全に呆れてるよ。風呂敷に誘拐犯のテンプレに蛇って見つけてくれと言っているような物だ。余りに目立ち過ぎている。そういえば、尾行って誰を……

 

 「一夏どうかな……?」

 

 「おう、似合ってるぜシャル」

 

 あっ……(察し)

 

 これは修羅場の匂いがプンプンするぜぇ……。こういう時はさっさと退散するに限る。

 

 「あっ……父様!!とーおーさーまー」

 

 神は死んだ。ボーデヴィッヒ止めるんだ。私の方に笑顔で駆け寄ってくるんじゃない。そして抱きつくんじゃない。織斑先生とセシリアが私の顳顬に穴が開きそうなほど睨んできているから。織斑先生に至っては東南アジアの港町で運び屋やってる二丁拳銃(トゥーハンド)のガンマンみたいになってるから。あぁ、カーディガンの裾にくるまるな。頼むからこれ以上状況を悪化させないでくれ。止めろください。

 

 「石井……お前はいつ、ボーデヴィッヒの父親に……いや相手は誰だ?」

 

 「先生?正直に答えてくださいまし……相手はダレ……?」

 

 やべぇよ……やべぇよ……(戦慄)目のハイライトが仕事してない……。こうなったら……助けてくれ!!一夏君!!

 

 「一夏ァァァァァ!!」

 

 「うわっ!?何だよ、箒!?」

 

 「クソ鈍感が!!ぶっ殺してやる!!」

 

 「じょ、冗談じゃ……」

 

 もう、ダメだね。(諦観)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




知ってるか?作者はラブコメ書くのが苦手なんだぜ?

ラブコメ書いてると、ぶっ壊して愉悦したくなる……ならない……?


ラウラのスキンシップにより段々石井さんの心が雪解けしてく兆しが見えたような気もする。

ご意見、ご感想、評価お待ちしてナス!!


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石井さん注意喚起シリーズ(修羅場)


バァン(大破)

カァン(謎の金属音)

バァン(大破)


星5鯖欲しい(脳死)

ほんへ、ドゾ^~


 修羅場には気を付けよう!!(提案)

 

 石井の泣く頃に……(自己紹介)

 

 と、肩を擦りながら注意喚起する訳にもいかないこの状況。どうすればいいだろう?修羅場の匂いがプンプンするぜぇとか言ったけど、自分から発せられていたというオチ。笑えない。

 

 例えるならマーリンピックアップに十万注ぎ込んで来なかった時の絶望、母親に勝手に部屋を掃除されてエロ本を机の上に出されていた時の終焉を迎えた感、けもフレ十一話ショック、リゼロ十五話ショック。

 

 私の眼前にはそれを集めて濃縮したような形相の女性二人。まるで嘘つき絶対焼き殺すガールのようなセシリアとガンマンを超えてバヨネットを投げる神父のような顔の織斑先生。

 

 逃れられぬカルマ(厨二並感)

 

 「いや、相手とかいないですよ……ほら、私独身だし……」

 

 「ほう?では何故ボーデヴィッヒはお前を父と呼んだのだ?」

 

 「さぁ……何か感じる所があったんじゃないんですかねぇ……?」

 

 自分で言うのもなんだが、すごい苦しい言い訳だよねコレ。ほら、セシリアの目のハイライトが暗くなりすぎてオルタ化しそう。財布の中から出した五百円玉をハンカチに包んで振り回すのをやめてください。それ、結構な武器になるから。

 

 いや、舐めていた……。修羅場とはこんなにも壮絶な物なのか……。ラノベ主人公ってよく生きてられるよね。前世も含めて修羅場なんてなったこと無かったから、過小評価をしていたようだ。一夏君もよく今まで生きてこられたよ……。先生涙が出ますよ^~。しかしこうなったら男二人力を合わせて乗り切るしかあるまい!!一夏君はこういう状況に慣れている筈。さっきは押し込まれていたが、もう体勢を立て直している頃だろう。一転攻勢。助けて!!ライダ……じゃなくて一夏君!!

 

 「本気で怒らしちゃったねー、私のことねー?私のこと本気で怒らせちゃったねぇ!」

 

 「箒、なんで竹刀持ってるんだ!?てかキャラ違うよな!?何かおかしいぞお前!!」

 

 「あったまきた……アンタ少し痛い目見なさいよ」

 

 「鈴!?頼むから箒を止めてくれよ!!」

 

 「ん?今何でもって……」

 

 「言ってねぇから!!」

 

 「動くと当たらないだろ?動くと当たらないだろォ!?」

 

 あーもうめちゃくちゃだよ。(万事休す)

 

 「先生?答えてくださいまし。何処の女と、何時、結ばれたのです?何も怒ってる訳ではありませんのよ?本当の事を教えて欲しいだけですので……ね?教えてくださりません?」

 

 えぇ……闇が深い……。行き交う人たちからの視線も痛いし、時折見ちゃいけませんって言われてる子供が視界が心に刺さってもぅマヂ無理。

 

 「とりあえず、そこにカフェあるんだけど……入らない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 事情をかいつまんで説明すると二人とも納得してくれた。勿論ある程度の嘘を織り混ぜた物だったが、引き下がってくれて良かった。

 

 以前、路頭に迷っていた子を助けて知り合いの女性に預けた。その子がどうやらボーデヴィッヒの姉だったらしく、預けた子が私を父と呼んでいたのでボーデヴィッヒもそう呼ぶんだろう。預けた女性は仕事でお世話になった人で信用出来る人物だ。という具合に話をした。

 

 そんな感じで私の方は鎮火し、少し遅めの昼食を皆で取っている所だ。私と同じテーブルに織斑先生、セシリア、ボーデヴィッヒ。それ以外は一夏君のテーブルだ。別々のテーブルと言っても隣同士だから分けた意味も何も無いのだけれど。

 

 私は適当に日替わりのパスタランチを頼んだ。各々好きな物を頼んで、学園での日常だったり、趣味の事だったりを話しながら食事は進んだ。唯一、ボーデヴィッヒが私を父と呼んでいたのを聞いた店員が勘違いしてファミリーサービスとか言ってパフェを持ってきた時は何とも言えない空気になった。頬に付いた生クリームを取ってくれとボーデヴィッヒに言われた時は周りの微笑ましい視線と裏腹に、正面の二人は見れませんでした。

 

 だって怖いもん。

 

 挙げ句、近くのテーブルにいた家族連れからシングルファザーですかと聞かれて、曖昧に返事したら何か重大な事情があると思われ──実際あるんだけれど──すごい勢いで頑張れと応援された。さらに、ボーデヴィッヒが私の人差し指を握ってるのを見たら泣き出された。何故このタイミングで私の人差し指なんて握ったのだ?てか、何でさっきから余計な事しかしてないんだ?いきなり、「姉様とも一緒に食べたいな……」とか深刻そうな顔で言うんじゃない。すげぇヘビーな家庭環境に見えるでしょうが。

 

 まぁ私の所でコレだ。一夏君の所はアレだ。悪鬼羅刹、焼肉定食、大欲界天狗道、女同士の絶対に負けられない戦いの場。武士(もののふ)達が戦場状態だった。

 

 シャルがあーんをすれば箒ちゃんと凰さんが追随し、シャルが口元に付いたソースを拭けば箒ちゃんと凰さんが血の涙を流し、シャルが一夏君と互いの品を交換して食べれば眼球があり得ない動きを……。

 

 シャル無双じゃないか!!いい加減にしろ!!

 

 何なんだあの圧倒的ヒロイン力は!?フランス出身の金髪は化け物か!?(ヒロイン的な意味で)それでも一つも反応しない一夏君はもっと何なんだ!?本格的にホモ疑惑について考えなければならないのか……。

 

 「ボーデヴィッヒ、君は一夏君の所に行かなくてもいいのか?」

 

 私を父と呼ぶせいでインパクトが薄れているがボーデヴィッヒも一夏君大好き組なのだ。それならば私の方では無く、一夏君のテーブルへ行くべきなのではないだろうか?

 

 「む……そうだが……せっかく父様と外に来てるのだ。一緒にいては迷惑だろうか……?」

 

 「いや、私といるよりは一夏君を取られないようにした方がいいと思うんだが?あのままだと有澤さんに取られる気がするけど」

 

 「そうか。ならば行ってくるぞ父様!!」

 

 「好きにしなさい……それと私は君の父じゃないよ……」

 

 そのまま血を血で洗う闘いにボーデヴィッヒは飛び込んでいった。初手膝乗り攻撃が一夏君を襲うが、効果は無いようだ。なんたる牙城(鈍感)。そのまま首に手を絡めても困った顔をするだけとは、もうあの子は無性生殖する新生物なのではないかと思う。関係無いけど血を血で洗うって想像すると大分サイコな感じだよね。

 

 「一夏さんは昔からあぁですの……?」

 

 「まぁな……アレの鈍感(病気)は不治だ。小学三年生から一歩も成長してないからな。地元じゃアレの伝説は有名だぞ?」

 

 曰く、付き合ってくれを買い物に付き合うに光速で脳内変換。

 

 曰く、無自覚にフラグを建て、無慈悲にへし折りに行く絶対相手の事寝込ますマン。

 

 曰く、彼がまだ死んでないのは友人一同が必死で後始末に回っているから。

 

 曰く、一度カミソリを持って彼に突撃しそうになった女子が友人一同に取り押さえられたらしい。

 

 とんでもねぇ地雷じゃねぇか。(戦慄)最後に関しては殺されかけてるじゃないか……。しかも絶対相手の事寝込ますマンってなんだよ……。

 

 「うわぁ……」

 

 セシリアドン引きしてるよ。考えてること、何となく分かるよ。どこでどう道を踏み外せばそうなるのか分からないよね。でも大丈夫。

 

 「私にも分からん」

 

 織斑先生もメタルマンの博士みたいなこと言ってるから。

 

 ともかく、私は一夏君が某誠のようにならないことを切に願う。一夏君がいくらエロゲ主人公並の地雷だとしても、あの誠のようにならなければ未来もあるだろう。生徒がnice boatされるのは嫌だ。

 

 「一夏ァァァァァ!!」

 

 「どうしたんだよ箒?」

 

 「コレ食えよォォォ、コレを口の中に突っ込めって言ってんだよォ!!」

 

 「ん……おぉ、ウマイなコレ!!ありがとな、箒!!」

 

 「あ……あぁ……私のをあげたのだ……一夏のもくれないか……?」

 

 「おう、いいぜ」

 

 んー、地雷原で地雷がタップダンスとはこれ如何に?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





尚、ヘビーな家庭環境もある模様

次回も日常回かな?


ご意見、ご感想、評価お待ちしてナス!!


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友人が辛辣過ぎて涙出ますよ^~

これ別に更識姉妹アンチ作品じゃないですよ?

本編行くっつてんだよォォォォ!!


 「ねぇ、大内君」

 

 「何よ?」

 

 「私たち友達だよね?」

 

 「まぁ、そうだな」

 

 「……山田先生といつから付き合ってんの?」

 

 「先週から」

 

 「……何で教えてくれんのよ?」

 

 「めんどい」

 

 辛辣すぎィ!!

 

 い゛じい゛だよ゛!!(慟哭)

 

 友人が辛辣過ぎて人間性を捧げそうなこの頃。

 

 私は今、整備科の大内君のデスクで男子会してます。昼間から男二人でコーヒー片手に駄弁ってます。何か学生に戻ったみたいで楽しいよね、こういうのって。え?仕事はどうしたかって?

 

 サボってるよ。

 

 だぁいじょうぶ、バレなきゃヘーキヘーキ!!何なら大内君もサボってるからね。連帯責任という奴だ。悪い大人だ。と言っても今日はもう私が担当する授業もデスクワークも無いのでバレても小言を言われる程度だろう。

 

 整備科の事務室は案外おすすめのサボり場である。基本的にデスクワークよりも格納庫での作業が多い整備科は事務室にいることが少ない。つまり静かなのだ。だからたまに大内君が忙しくない時にこうやって一緒にサボっている。私がコーヒーメーカーで二人分のコーヒーを淹れて、適当なお菓子を大内君が用意する。大内君は自分のデスクに、私は大内君のデスクの近くにある応接用のソファーが定位置だ。のんべんだらりとどうでもいいことを話して、帰りのSHR迄の時間を潰す。教師を始めてから数年ほど経つが、やはり肩肘張らないでいられる場所というのは必要だ。自室ないし、サボり場ないし。

 

 「それよりも意外だったよ。大内君と山田先生の組合せ。接点とか無さそうに見えたからね」

 

 「そうか?割りと食事行ったりしてたぞ。最初は忘年会か飲み会で話したんだっけなぁ?お前、そういうのあんまり参加しないじゃん?」

 

 「寒いから外に出たくなかったわ」

 

 「自宅警備員かよ」

 

 「ほら、私副業で教師やってるだろう?つまりはそういう事だよ」

 

 「なんかお前がグランドクソ野郎に見えてきたよ」

 

 私の性根が腐ってるって一番言われてるから、それ。大体何だ、自分は偉そうに。私だって君の弱味の一つぐらい握ってるのだよ。

 

 「そういえば大内君、最近放課後格納庫で生徒と二人っきりで何かしてるらしいじゃん?何?浮気?まさかの生徒に手を出しちゃったアレですかい?」

 

 「いや、ISの開発を手伝ってるだけだ」

 

 「えぇ~?ほんとにござるかぁ~?」

 

 「本当だよ、そういうお前こそあの金髪の子とはどうなんだよ?皆最近距離が近いって騒いでるぞ。手出したの?最低だな。控えめに死ねよ」

 

 「出してないよ!!てか辛辣過ぎない!?何か最近当たり強いよね!?」

 

 虹6やっててもフレンドリーファイヤしてくるし、すれ違ってコーラを貰って開けたら顔面におもいっきりコーラ噴き出すようにしてたり、飲みに行った時にビールにタバスコ入れてきたり。何故か下らない悪戯を仕掛けてくる。やってることが中学生並の発想という点も謎だ。いや、君もいい年だろう。何でいきなり精神年齢逆行してるの?

 

 等と、大内君に遺憾の意を露にして抗議していると先程の大内君の言葉で少々気になる言葉がある事に気がついた。ISの『開発』という所だ。私たちの職場であるこのIS学園は教育機関であると同時に研究機関でもある。整備科の人員は学園が所有するISやEOSのメンテナンスだけで無く、新装備や新機体の研究開発も行っている。元よりこの学園がある人工島は私の飼い主に与えられた研究所だったので、何ら不思議では無いのだが。

 

 しかし、そうなると整備科、それも開発部でなく一生徒がISの開発をやっているのは妙な話だ。これが二年生だったら整備コース所属の生徒という線もあるが、噂だと一年生らしい。一年生でISの開発なんてする奴は相当の物好きだろう。そんな状況の奴も……。

 

 「ねぇ、その君が開発手伝ってる子って更識簪?」

 

 「んぁ?知ってて聞いてたのか?趣味悪いなお前」

 

 「いやいや、今考えたんだよ。一年生で、尚且つこの学園でISの開発をしなきゃならない奴なんてあの子しかいないでしょ?」

 

 「あぁ、そういう事か」

 

 更識簪。一年四組の生徒で日本の代表候補生。確か、眼鏡を掛けた大人しそうな子だった気がする。彼女ならISの開発をしててもおかしくない。

 

 彼女には元々専用機が宛がわれる筈だった。倉持主導の打鉄のカスタム機、第三世代試験機が開発されていたが、一夏君がISを起動させたおかげで彼女の専用機開発は中止。更に倉持が白式の単独開発に失敗したせいで、開発再開の目処が立たなくなったという。仕方無く、倉持から開発途中で投げ出された機体を引き取って一人で開発してるという訳だ。

 

 「お優しいことだね。あぁいう子は見た目に反して頑固だからねぇ。最初の内は警戒されたんじゃないの?」

 

 「敵視されてたわ」

 

 「やっぱり」

 

 「でもまぁ、意地張ってるだけだったから。少し話したら仲良くなったよ。それで手伝うことになった」

 

 専用機の開発を一人でやる等、傲慢が過ぎる。兵装やコアへのプログラムの打ち込み、データ取り、各種内装の組み込み。それだけでは無く、千を越える過程を一人で解決出来る人物は飼い主を置いていないだろう。あの更識楯無ですら元の機体を改修するという形で、最後の組み込みとチェックは外部に頼んだ。だからアレは『一人でISを組み上げた』という事だ。勘違いしている奴が多いが、『開発』したわけでは無い。更識簪は一度バラして素の打鉄から自分だけのワンオフを作ろうとしている。

 

 「よくやるよ。大分無茶苦茶やってるよねソレ」

 

 「でもコンセプトは面白いんだ。結構俺好みなんだよ」

 

 そう言って、大内君は資料を渡してきた。高周波振動機内蔵の薙刀。マルチロックオンシステム採用の誘導ミサイル。二門の荷電粒子砲。従来の打鉄とは異なる汎用性に富んだ機動型。

 

 「どうだ?お前から見て」

 

 「パッとしないね。武装のバランスも良いとは言えないな。学生の域は出ないよ。有澤先生の所の第三世代機の方が格段に良い」

 

 「厳しいな。まぁお前はそう言うと思ったけどよ。改善点は?」

 

 「機動性がオリジナル(打鉄)より良いと言っても、所詮汎用機止まりだ。この機体が得意とするのは中近距離に於ける詰め将棋のような相手の選択肢を奪っていく戦い方だよ。懐に入れば複合装甲も切り裂ける薙刀、かといって距離を離せばしつこく追いかけてくるミサイル。ここまでは良い。肩の荷電粒子砲、私はいらないと思うよ?いや、一門は載せておこう。二門はいらない」

 

 「理由は?」

 

 「負担でしかない。中距離で対応出来るマトモな兵装が一つもないだろう。荷電粒子砲は連射出来ないし、エネルギーを相当喰うよ。そんなの二門も載せてたら邪魔にしかならない。マトモな実弾兵装も無いしね。チェーンガン辺りを積むべきだね」

 

 「本人はミサイルを主役にしたいらしいが?」

 

 「勝手にすれば良いんじゃないかな?本人の自由だしね。ただ、コンセプトをコロコロ変えてるようなら外注した方が良いよ。有澤先生の所とかね。この機体スペックでミサイル主体の機体は厳しいんじゃない?君も分かるでしょ?」

 

 というか最初から私にコレを見せる気だったのだろう。態々私の意見を聞いてくるなんて。更識簪に頼まれたか?

 

 「大体だ、私じゃなくても山田先生に聞けば良いんじゃないか?山田先生も代表候補生だったんだから、そっちの方が色々と良いだろう」

 

 「あの子に頼まれてな。石井先生の話が聞きたいってよ。暇な日で良いんだが、格納庫に顔出せないか?少しあの子と話してやってくれ」

 

 予想通りだ。大内君が自主的にやる訳無い。だけど、更識簪と話すというのはなぁ。

 

 「あーそれは無理だね」

 

 断固として拒否する。

 

 「何でだ?お前暇だろ?」

 

 「暇だけど、私『更識』と関わりたくないんだよね。更識姉とか絶対突っかかって来るから。更識姉も私の事苦手だろうし。適当な理由付けて断っといてくれ」

 

 あのアマチュアの相手は疲れる。出来るならあまり関わりたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





更識姉との関係改善は先です。ですが壊滅的に仲が悪いという訳じゃありません。

石井さんは面倒だと思っていて、楯無は得体が知れないと思っている感じです。


ご意見、ご感想、評価お待ちしてナス!!


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真夏の夜の……シリアス所さん!?


何でシリアスさんが準備運動してるんですかねぇ?(ねっとり)

息をするように語録を吐いてく原作ヒロイン。たまげたなぁ……。

では本編、よろしくお願いさしすせそ。


 

 「ウェミダー!!」

 

 「あぁ^~早く海水まみれになりたいぜ」

 

 「シャル?箒?テンション上がりすぎじゃないか?」

 

 最近箒ちゃんが色々踏み外している気がする。なんというか……HUKになりかけてるよね。

 

 ISI(石井)っすよ^~。

 

 今日もいい天気、と言いたくなるほどの青空が広がる中私たちはバスに揺られて海に向かっています。そう、校外実地演習ならぬ遠足……でもなく臨海学校(バカンス)だ。学園から車で二時間ほどの距離にある旅館とプライベートビーチ、その周辺の海域を貸し切った屋外でのISを用いた訓練らしい。数年ほど教師をしているが臨海学校の引率は初めてだ。

 

 バスの中に皆のはしゃぐ声が響く。やはりクラスメートと泊まり掛けで何処かに行くというのは楽しみなんだろう。何か青春のかほりが凄いね。青い海、沈む夕焼け、クラスメートの男子との甘酸っぱい一時……。

 

 一夏君ハーレムじゃねぇか。

 

 いや、相手の事絶対寝込ますマンの一夏君に限ってそんな展開は無いか。一夏君大好きーズは今回のイベントはどうするんだ?何か策はあるんだろうか?サンオイル塗ってくれ作戦なんて当然のようにものすごいテクニックで身体中に塗りたくられて終わりだよ?即墜ち二コマだよ?ビーチで生徒のメスの顔は見たくないな、私。

 

 「石井、ポッキーくれ」

 

 「大内君何でいるの?」

 

 「あ?引率だから」

 

 いや、だったら山田先生の所行けよ。さっきからチラチラこっち見てるでしょうが。バンドリやめろ。

 

 「いくゾ~。見とけよ、見とけよ~」

 

 「箒、今日はやけに元気だなぁ」

 

 マジで箒ちゃんどうした!?何か変な物でも食べたのかな?発する言葉の一つ一つが汚いよ……。何かうちのクラスのバスが魔境になってきている気が……え?元から魔境だった?そっかぁ……。

 

 ガチャ回そ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 私がガチャで爆死して燃え尽きてる間にどうやら旅館に着いたようだ。十連を三回で星四鯖一枚ってどういうことなの……?真っ白になっていたら大内君にレンチでぶん殴られて起きたよ。いやぁ視界が歪む歪む。

 

 ふらつく足取りでバスから降りると花月荘と彫られたいかにも老舗という感じの看板が目に入った。純和風の平屋って所が雰囲気があって良いね。こういうリゾートには余り縁が無かったから、実は少し楽しみだ。リゾートでバカンスなんて出来る暇も環境も無かったしね。それらしいことは飼い主が海水浴したいと言い出したので、二人で地図にも載ってないような南の無人島に行ってそこでバーベキューしたり少し泳いだりしたぐらいか。 

 

 旅館の人が荷物を下ろすのを手伝った後、遅ればせながら私も女将さんに挨拶をして一時解散になった。自分の荷物を持って宛がわれた部屋へ向かおうとすると一夏君の叫び声が聞こえてきた。

 

 「石井先生と同じ部屋じゃないのか!?」

 

 「そうだ。お前は私の部屋で寝ることになっている」

 

 「じゃあ石井先生は……?」

 

 「……一人部屋だ」

 

 「あァァァんまりだァァアァァァァァァ」

 

 悪いね一夏君、私の部屋は一人部屋なんだ。前日に十蔵さんが一人部屋に変更になったと言ってきたのだよ。だからそんな崩れ落ちないでくれよ。そんなに私と同部屋になりたかったのかい?いいじゃないか、家族水入らずで。そんなに本気で悲しまれるとICKホモ疑惑が現実味を帯びすぎてくるから。そんなに男の二人部屋になりたいなら大内君の部屋に行ってどうぞ。尚、大内君は整備科の同僚と二人部屋らしいのでどの道一夏君の願いは叶わない。

 

 「男子トークが……猥談が……」

 

 え……その猥談はノンケ向けの物なんですかねぇ?てか、君猥談とかするのね。マジで枯れてるか、ホモかの二択だと思ってたからてっきり猥談なんて健全な男子高校生のするようなことをするとは驚きだ。まだICKニキがノンケである可能性が……

 

 「いや、石井先生の部屋に忍び込めばワンチャン……」

 

 無いかもしれない。(デデドン)お前マジかよ……。さすがに無いよ……。一夏君大好きーズの顔面が凄いことになってるよ。自害した時の四次ランサーの如く色々呪っちゃいそうな顔だ。真夏の夜に生徒に部屋に侵入されるとかやべぇよ……やべぇよ……。

 

 そうして戦慄してると袖を誰かに引っ張られた。ボーデヴィッヒだった。

 

 「そのだな……嫁が部屋に侵入してこないように、私が父様の部屋を守ろうと思う……。だから部屋に行ってもいいだろうか……?」

 

 いや、一夏君を亀甲縛りにして煮るなり焼くなりしてくれ。さっきから一夏君が野獣の眼光でこちらを見てくるから事前に防いでくれ。おちおち寝てられない。お前と猥談がしたかったんだよ!!とか嫌だ。小生やだ。

 

 「いや私の部屋に来る必要はないだろう。一夏君の隣で見張っていてくれる方がありがたいな。それと、私は君の父じゃないって……」

 

 「そうか……父様がそう言うなら、そうしよう……」

 

 ボーデヴィッヒが戻ってくのを見届けて今度こそ自分の部屋に向かった。部屋は広々とした和室で、海を一望出来る間取りになっていた。とりあえず荷物を置いて、テーブルの上のお茶葉で茶を飲む。一息付いて、荷物の整理をしようとした時ふと思った。

 

 「何か……広すぎない……?」

 

 どう見ても、一人や二人が寝るには広すぎる間取りだ。目測で四、五人は寝ることが出来るぐらいのスペースはある。家族客向けなのだろうか?人数とスペースが噛み合って無い、供給過多だ。十蔵さんのミスなのか?広すぎて使いにくいというのも、変な話だ。

 

 《あぁ^~生き返るわ^~あぁ^~生き返るわ^~》

 

 スマホが鳴った。誰だろうか?

 

 「はい、もしもし」

 

 『あ、いしくん?私だよ、束さんだよ~!!もう旅館には着いたかな?』

 

 「あぁ、着いたよ。海が綺麗だ。たまにはこういうのも良いかもしれないね」

 

 どうせ何処からか見ているであろう私の飼い主からだった。何か用がある訳では無さそうなので、いつもの近況報告といった所か。

 

 『へぇー、そういえば昔二人で無人島でバカンスしたよね。覚えてる?』

 

 「覚えてるよ。君の我が儘に付き合って行ったあれだろう?まぁそこそこ楽しかったから良いけどさ」

 

 『うん、また行きたいねー。夏休み辺り行こうか?』

 

 「仕事が詰まってるよ。クロエと行ったらいいじゃないか。何ならボーデヴィッヒも誘えばいいだろう」

 

 別にラボに帰る必要はない。大して仕事がある訳では無いが、クロエと顔を合わせるとなると帰る気になれない。

 

 『うーん、なら行かなくていいや』

 

 「何でだい?別に私に気を遣わないで行けば良いだろう」

 

 『束さんはね、四人で行きたいんだよ。私と、くーちゃんとらーちゃんと、いしくんの四人でね。きっと楽しいと思うんだ。前、いしくんと無人島に行った時の何倍も楽しいし、幸せだと思うんだ。だからいしくんが行けないなら行かないよ。夏がダメなら、冬にどこかに行こう。今年がダメなら来年。来年がダメなら再来年にしよう。私は我が儘だからね、条件が揃わなきゃ行きたくないんだ』

 

 四人でどこかに行くなんて考えもしなかった。クロエやボーデヴィッヒから離れようとしているのに、態々距離を詰めようとする真似なんてする訳がない。束には悪いが、その我が儘は叶えてあげられない。

 

 「そうか。まぁ、諦めてくれ。そろそろビーチに行くよ。折角海に来たんだ。織斑先生からも来るように言われていてね」

 

 『そっか……分かったよ。楽しんできてね。()()()()()()()()()

 

 「……?あぁ、分かったよ。それじゃあ……」

 

 通話を切って、スーツを脱いでジーンズを履く。上は私服の白シャツを着て水着を含めた貴重品と着替えとタオルをトートバッグに詰めた。

 

 部屋を出るときに振り返ると、少しだけ部屋が広く感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「やっぱりいしくんは変わらないねぇー。いや、でも前よりは良くなったのかな?らーちゃん効果かな?」

 

 「束様……本当に行くのですか?お父様に御迷惑をお掛けしてしまうと思うのですが……」

 

 「いいや、大丈夫だよ!!いしくんが何か言ってきたら束さんがぶん殴っちゃうから!!」

 

 「でも、私の我が儘でお父様の休息を邪魔してしまう訳には……」

 

 「くーちゃん、子供は親に我が儘言って良いんだよ?会いたいでしょ?寂しいんでしょ?いしくんと居られるらーちゃんが羨ましいでしょ?」

 

 「それは……」

 

 「大丈夫だよ。いい加減、いしくんのこと捕まえなきゃね。兎は本気出したら速いんだぞ?鴉だろうが山猫だろうが捕まえちゃうぞってね。その為におじいちゃんに頼んであの部屋を用意して貰ったんだからねー。それにらーちゃんにも会いたいでしょ?なら行くしかないでしょ!!」

 

 「怖いです……この我が儘で本当に嫌われたらって……」

 

 「うん、それは無いね。いしくんはくーちゃんにだだ甘だから。だからさ、思いっきりぶつかってみようよ。くーちゃんの思ってること、言いたいこと、文句でも何でも良いからいしくんに言おう。それでいしくんにも言ってもらおう。いしくんが思ってることとか、くーちゃんの質問に答えてもらおう。コミュニケーションっていうのはね、互いにぶつかり合うことだと思うんだ。それから逃げてちゃ相互理解なんて出来ないよ。まぁ私が言えたことじゃ無いんだけどね……」

 

 「束様……」

 

 「心配なんてしなくて良いよ。束さんが側にいてあげる。一緒に文句を言ってあげる。くーちゃんが出来ないなら、代わりに怒鳴ってあげる。何ならビンタしてやる。だからね、バカなパパに会いに行こう。それで、今までの分を纏めてぎゅーってしてもらいなさい。それで我が儘を沢山言いなさい。いしくんは私のどんな我が儘でも叶えてくれたから。きっとくーちゃんの我が儘も叶えてくれるよ」

 

 「頭を撫でて欲しいです……」

 

 「うん」

 

 「一緒にご飯を作りたいです……」

 

 「うん」

 

 「一緒にお出かけしたいです……束様とラウラも一緒に四人でどこかに行ってみたいです……」

 

 「うん。それを伝えよう。あのおバカさんにガツンと言ってやろう!!あのひねくれ野郎を矯正するぞ!!おー!!」

 

 「お、おー……」

 

 「声が小さい!!おー!!」

 

 「おー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







あっ、そうだ。(唐突)

全然関係無いんですけど、ハイスクールD╳D四期放送決定らしいですね。

それで以前、ハイスクールD╳Dの二次創作を投稿しようとしてた事を思い出しました。

某水銀や某花の魔術師みたいなろくでなし転生オリ主がいらん事してく感じの話でした。構成を練ってくうちに纏まらなくなって御蔵入りになったんですが、いつかまた書いてみたいです。

型月要素を組み込もうとすると難易度が跳ね上がりますね、アレ。型月の二次創作書いてる方マジで尊敬してます。


本編では石井さん家の家庭環境に変化がありそうな感じが……。

ご意見、ご感想、評価お待ちしてナス!!


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ガン待ちゴラァ!!(サプライズ的な意味で)


頼光マッマがきてくれないので、語録減らします。(八つ当たり)

本編、どうぞ。

ご立派ァ!!(唐突)


 照りつける太陽。青い海。白い砂浜。

 

 女の子たちのはしゃぐ声に潮騒が合わさり、ビーチは楽園へと姿を変える。その全てがビーチを舞う妖精たちを彩り、飾り付けるアクセサリーになる。今この瞬間はこの場所こそ全ての男が目指す場所となり得るだろう。幸福の渦(シャンバラ)全て遠き理想郷(アヴァロン)約束の地(カナン)。全てはここに通じ、収束する。

 

 そんな中、私はパラソルの下で昼間からビール飲んでます。

 

 石井さん@がんばらない。

 

 凡そ教師の責務や大人としての節度をかなぐり捨ててバカンスしてる私。本当度し難い。教師のクズだね。だけどこの昼間から酒を飲む背徳感、悪くない。子供の頃、夜中に家を抜け出して肝試しに行くような、ちょっとした冒険心にも似たこの感覚。余り誉められた物じゃ無いけどね。

 

 はい、そんなこんなでやって参りました海ですよ。ウェミだよ。

 

 みんなはしゃぎまくってるね。ほらほら、ちゃんと準備運動してから入りなよー。あんまり遠くまで泳いじゃダメだよー。ビーチバレーを超次元ビーチバレーにしちゃダメだよ?こら、相川さん。化身だかスタンドは反則だよ。赤チーム(グリフィンドール)に十点。

 

 「一夏、オイル塗ってくれないかなぁ?」

 

 「おう、いいぜ」

 

 「ハッ……!!シャルに先を越された……行くわよ箒!!」

 

 「ユニバアァァァァァァァス!!」

 

 「フハハハハハ!!月゛光゛蝶゛であ゛る゛ッ゛!!」

 

 「おい、シャルどうしたんだ?」

 

 「うぅん、何でもないよ!!」

 

 シャル無双はまだ続いてたのか……。てか、あの子御大将みたいになってたけど大丈夫か?

 

 そういう感じで一夏君と愉快な仲間たちもビーチにやって来た。一夏君が来た瞬間に女の子たちがキャーキャー言い始めたよ。男の裸に慣れてないからか、顔を真っ赤にしてる子もいる。あの丁度良く引き締まった腹筋とかは目に毒だろう。何か凄いカメラ構えてる子までいる。その一眼レフ、レンズ込みでいくらするんだと聞きたくなる。いつからプロカメラマンを目指し始めたのか、進路ブレ過ぎて要面談だわ。

 

 「石井先生、泳がないんですか?」

 

 「一夏君、私はね運動が苦手なんだよ。直射日光に当てられたら溶けちゃうの。だから私はここで大人しく涼んでるよ」

 

 そうだ。今の私は石井さん@がんばらないなのだ。直射の日光で点を付かれれば、でき損ないのスライムのようにベトベトに溶けてしまう。私の融点は低いのだ。だからこんなか弱いおじさんを虐めないでくれよ。そんな何言ってるんだコイツみたいな顔もしないでくれ。照れるだろう?

 

 

 

 

 

 さぁ、ここで一つ問題だ。

 

 気付いたら宙に浮かんでいて真下が海って状況に陥ったらどうする?

 

 「昼間からビーチで酒とはいい()()()だ……少し酔いを覚ませ」

 

 相手がチフクレスだったらどうしようもない。是非も無いよネ!!

 

 「戦わなければ、生き残れない……私は戦わなかった……先に逝くよ」

 

 「せんせェェェェェェェェェェ!!」

 

 石井。死因、ビーチから海上に投げ飛ばされ頭から海中へ落下した際の衝撃で頭蓋骨陥没。そのクッソ下らない生涯に幕を下ろす。

 

 「悪は滅びた……」

 

 「悪は滅びた……じゃねぇよ!!千冬姉!!アレはヤバイって!!」

 

 「織斑、騒ぎすぎだ。アイツはあの程度じゃくたばらない。ほら、ランサーが死んだーとか言う割りにはFGOのランサーは中々粘るだろ?つまりはそういう事だ」

 

 「いや意味分かんねぇよ!!確かに槍ニキ粘るけどさ!!てか千冬姉FGOやってたの!?」

 

 「まぁな。ほら上がってきたぞ」

 

 「先生……!?死んだ筈じゃ……!?」

 

 「残念だったな、トリックだよ」

 

 「おそろしく速い受け身、私でなきゃ見逃してしまうな……」

 

 石井。某団長並に恐ろしく早い受け身で一命を取り止める。

 

 海水でびしょびしょになったシャツを脱いで絞る。何とか履いてたデッキシューズは両方とも無事だった。シャツを絞り終わると皆こっちを見ていた。何でせうか?

 

 「はえ~、やっぱ鍛えてるんですねぇ……」

 

 一夏君、そのやたらねっとりした言い方をやめてくれ。てか男に言われても何か微妙な感じになるからやめてくれ。やめてくれ。(懇願)

 

 「まぁ、鍛えておいて損は無いからね。それなりに鍛えておくことをおすすめするよ」

 

 本当ならシャツを羽織りたい所だが、さすがに濡れたシャツを羽織るのは気持ち悪い。仕方なくシャツを肩に掛けてパラソルの元へと戻る。

 

 「酔いは覚めたか?」

 

 「元から酔ってませんよ。織斑先生もいかがです?クーラーボックスに冷えたのありますよ?」

 

 「魅力的だが、ソフトドリンクにしておこう。ジンジャエールはあるか?」

 

 氷と冷水に満たされたクーラーボックスに手を突っ込んで、ジンジャエールの瓶と栓抜きを投げる。織斑先生はそれをキャッチして、栓を抜いて栓抜きを投げ返してきた。一々動作がイケメンなのは何なんだ。ムカついたので私もコロナの瓶を開けた。

 

 「まだ飲むのか?」

 

 「まだ二本目」

 

 互いに近づいて、瓶をカチリと突き合わせて瓶の中身を流し込む。冷えたビールが喉を通り、胃に落ちる。口元を拭うと織斑先生がこちらをニヤニヤしながら見ていた。

 

 「いつ見ても、いい飲みっぷりだな」

 

 「そりゃどうも。まぁ、こうも暑いと冷えた奴を一気に流し込みたくなりますよ。てか呼ばれてますよ」

 

 ビーチバレーのコートで一夏君たちが手を振っていた。どうやら私たちを誘ってるようだ。

 

 「どうする?私は行くが」

 

 「コレ飲み終わったら行きますよ。一夏君たちに伝えといてください」

 

 織斑先生が一夏君たちの所へ行くのを見届けた後、椅子に座ってビーチバレーを肴にコロナを飲む。どうやら織斑先生と山田先生のチーム対一夏君と一夏君大好きーズチームで試合をするらしい。随分と無茶な話だ。織斑先生を敵に回したら本当に超次元ビーチバレーになってしまう。

 

 「流星ブレード!!」

 

 ほらね?もう、足使っちゃってるし、セパタクローじみてきてるし。自称宇宙人みたいな技使ってるよ。

 

 「ラウラ!!」

 

 「任せろ、嫁!!ムゲンザハンドォォォォォォォォォォ!!」

 

 「行け!!ラウラ!!」

 

 「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 ボーデヴィッヒは織斑先生の必殺技を止めることに成功した。だがここで考えて欲しい。バレーボールで敵のスパイクを止めたらどうなるのか?

 

 『先生チームに一点』

 

 「なぁぁぁぁぁ!?」

 

 ボーデヴィッヒが崩れ落ちる。とんでもなくポンコツ感溢れる感じになっている。てか、織斑先生も大概じゃね?アレはどう見てもシュートなんじゃ……?

 

 「アレはスパイク。いいね?」

 

 アッハイ。これ以上追求するとチフユリアリティショックで死んでしまう。

 

 「隣、よろしいですか?」

 

 そうやってカオスになってきた試合を見ていると、背後から声を掛けられた。声色で相手は分かった。

 

 「構わないよ、セシリア。何か飲むかい?オレンジジュースとジンジャエールがあるから好きな方を選んでくれ」

 

 セシリアはオレンジジュースを選んだ。栓を抜いて彼女に渡す。それから、暫く無言で試合を見ていた。きっとあの屋上から、医務室から互いにあの数日間の事をマトモに話していないから、話しづらいのだろう。レゾナンスの時は周りに人がいた。何だかんだと先伸ばしになっていたし、医務室に運ばれた時も見舞いに来てくれてた。 

 

 「すまなかった。君には迷惑を掛けっぱなしだよ」

 

 「え?」

 

 「屋上の時も、医務室の時も。君は私の為に言葉を紡いで、戦った。多大な迷惑を掛けた。だから何か償いというか埋め合わせをさせてくれないか?」

 

 「いえ、大丈夫ですわ。アレは私がやりたくて、やっただけですから」

 

 「それでもだ。そうだとしても結果的に私は君に迷惑を掛けた。だからその補填をさせてくれ。人として当然じゃないか?」

 

 セシリアは少しの間、頬に手を当て考える素振りを見せた。そして何かを思い付いたように手を叩き、私に笑い掛けた。

 

 「それなら、夏休み何処かに連れていってくれません?何処でも良いですわ。あなたと何処かに行くということで、帳消しに致しましょう」

 

 「あぁ、お安い御用だ。期待に添えるように色々考えておこう」

 

 「楽しみにしてますわ」

 

 気付けば瓶は空になっていた。試合の方も一区切り付いたようだ。

 

 セシリアに試合に参加する旨を伝えて二人でコートまで歩く。

 

 「あぁ、そうだ……」

 

 言い忘れていた事があった。

 

 「その水着、よく似合ってるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「ひねくれ野郎覚悟ー!!」

 

 「覚悟ー!!」

 

 「か……かくごー!!」

 

 私は部屋のドアをそっと閉じた。

 

 状況を整理しよう。海から上がってシャワーを浴びて、大広間で夕食を食べて大浴場で一夏君と風呂に入って帰ってきたら見知った顔が三人仁王立ちしている。

 

 な ん だ こ れ は ?

 

 まず飼い主。何故袴に薙刀を持っている。

 

 ボーデヴィッヒ。青ジャージとブルマって何?君、どうしたの?

 

 クロエ。ブルマと白い体操服って、姉妹揃って何やってるんだ?てかそんなに顔赤くしてるなら着なきゃいいじゃないか。

 

 いつから私の部屋はアインツベルン相談室とタイガー道場を足して二で割ったような謎空間になったんだ。

いや、それより以前に何故ここにいるの?

 

 「てめぇ、ビビってんのかぁ!?あぁん?こら?」

 

 「あぁん?」

 

 「こ……こらぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 な ん な の こ れ ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





次回家族会議です。



石井さんは屑野郎。(覆ることの無い真理)


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anti―no―my♯砂流


いやぁ、語録がいっぱいだなぁ。





























 

 暁光が私を照らす。

 

 朝と夜が溶け合って、太陽と月が短い逢瀬を重ねる。

 

 吹き荒ぶ冷たい風で首もとに巻いたスカーフが棚引く。心臓がきゅう、と掴まれた気がした。

 

 荒れ果てた大地。生を許容しない砂の海に、私は最後の十字架を突き立てた。花は無い。

 

 夜が溶かされる。朝が夜を貫いた。夜は果てた。

 

 その光、私を暴く光から隠す為にあの子の十字架にスカーフを掛けた。

 

 私が殺したあの子の冥福を祈って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 部屋には重苦しい空気が漂っていた。

 

 テーブルを囲む者たちは皆口を開かない。ある男が口を開くのを待っている。

 

 男──石井は苦虫を潰したような顔をして、自分で淹れた緑茶を飲んでいる。テーブルを囲む誰とも目を合わせようとはせず、テーブルを指で叩いている。その様子をある者は笑みを浮かべながら見つめ、ある者は苛立たしげに見る。また、ある者は酷く不安そうな表情で男の表情を伺っている。

 

 「何の用だ?何でここに来た?」

 

 普段の彼の声色と比べ、幾分か低い声で石井は聞いた。眉間にはほんの軽くだが皺が寄っていた。視線は正面に座る自らの飼い主を捉え、彼の機嫌の悪さを如実に表していた。その視線に対し、張り付いたような笑顔で石井の飼い主である女性──束は何でもないように答えた。

 

 「んー、用は無いよ?ただくーちゃんが君の顔を見たいって言うから来ただけだよ。それに言ったでしょ?私たちも楽しむからって。いしくんとらーちゃんだけバカンスなんてズルいじゃん!!だから私たちも来ちゃった。おじいちゃんに言ったらこの家族客用の部屋を取ってくれたんだ」

 

 その言葉で石井は自分の部屋割りが仕組まれた物であったこと、飼い主一行の来訪が事前に計画されていた物であった事を知った。その目的が如何なる物か正確には測れないが、自分にとってろくなものでは無いということははっきりと分かっていた。自分が遠ざけようとしている少女二人を引き連れ眼前で微笑む女とは、ことある一点に於いてはこれまでも幾度となくぶつかり、互いに相入れず、それでも石井の意識を、認識を改めようとしてきた。正確には測れないという思考は、同時に石井の逃避にも似た思考であった。石井は束が何故ここに来たか、何故職場の上司が自分の部屋を急遽変更したか検討を付けてしまった。石井はこの時ばかりは教え子の鈍感さが羨ましく思えた。

 

 「態々、私と同じ部屋にすることは無いだろう。別の部屋を取ればいいものを……はっきり言って迷惑なんだが?明日から一応は仕事なんだ。君たちに構っていると支障が出る」

 

 心の中で手を貸した老齢の上司へ恨み言を吐きつつ、押し掛けてきた三人へ辛辣な言葉をぶつける。不安と恐怖に染まっていたクロエは石井の言葉に俯き、顔を歪ませた。石井は自分の狙い通りの反応をしたクロエを横目で流し、タバコのソフトパックに手を伸ばそうとするが、ラウラがそれをぐしゃりと掴んでゴミ箱へと投げ捨てた。ラウラは石井を睨み付け、しかし悲しそうな表情で自分が座っていた場所へと戻っていく。

 

 「随分な言い草だな~、束さん悲しくて泣いちゃうよ~」

 

 「君がそれぐらいで泣くなんてつまらない冗談だ。用が無いなら帰ってくれ。もし本当に用があるならさっさと本題に入ってくれないか?」

 

 束は細められた目を少しばかり開き、石井を見た。タバコを捨てられたのがそんなにも嫌だったのか、義娘が目の前にいることに苦痛を感じるのか、表情は先程よりも険しく、不愉快であることが見てとれた。

 

 何度も何度も突き放し、苦しめ、自分から遠ざけ、束に押し付けようとする。余りにも非情で、それでいて完全に非情にはなりきれない男。石井はそういう男であると束は認識していた。いつも何処か悲しそうにクロエを突き放す姿をいつも見てきた。

 

 しかし、今日は違った。クロエと相対した時の悲しい瞳は無かった。目が座っていた。束はそれに違和感を、気持ち悪さを感じた。何か決定的な、切り棄てる決断をしたかのような眼だった。

 

 そしてその言葉は紡がれる。淡々と、無慈悲に、崩れそうな砂の城を踏み潰すように。

 

 「クロエもボーデヴィッヒも、私に関わらないでくれ。不快なんだよ。君たちを見ていると虫酸が走る。唾棄すべき存在なんだよ」

 

 何かが倒れる音がした。陶器が倒れ、中の液体がぶちまけられる。

 

 骨と骨がぶつかり合う鈍い音。溢れそうな思いを込めて振り上げられた拳は頬へと打ち込まれた。

 

 「何なんだっ!!何で!!」

 

 ラウラは叫ぶ。怒りも悲しみも、幾多の感情がごちゃ混ぜになり、上手く言葉を紡ぎ出せない。それでも、じんじんと熱を持つ拳を握りしめ、石井の胸ぐらを掴み、叫ぶ。

 

 「あなたは何がしたいんだ!?何で姉様を遠ざけようとする!?何で助けた!?答えろ!!貴様は……何でそんな風に……」

 

 空っぽの眼で石井はラウラを見る。深い、深い、黒の瞳(オニキス)。何かを写していても、何かを写そうとはしない。誤魔化しきれない諦念が滲む瞳だった。

 

 《私は先生が何を見てきたかは分かりません。今、先生が何に苦しんでいるのかも分からない》

 

 とある少女がやさぐれた男に言った。男は紫煙を燻らせていた。

 

 分からなくて結構。理解できなくて結構。どのような道程を辿り、どんな物を見ればここまで何かを諦められる?

 

 根底の部分で無垢な、まだ希望を持っている少女は畏れる。開けば厄災が飛び出す。希望は無い。そう見てしまった(分かった)。言葉は小さく、途切れていく。

 

 「何で?気まぐれ。気の迷い。疲労。挙げるだけではキリが無い。だが、強いて言うならば、憐れみと乱心かな。まさか善意で助けたとでも?馬鹿を言うな。寝言は寝て言えとは、これだよ……あほらしい」

 

 嘲る。諦念は失せ、侮蔑が浮かぶ。世にも愚かしい物を見るように見下し、その義憤を嗤う。

 

 「手を離してくれないか?君たちに触れられると、ダメなんだ。気持ち悪くてね」

 

 あぁ決まっちゃったな、と束は思った。彼は本気で突き放しにかかっている。以前自分が憤った事を口にし、ヘイトを集める。クロエの心を砕き、ラウラに憎悪を植え付ける。何も変わってない。良い方に少しでも傾いたと思った自分が滑稽だ。

 

 あなたには人の心を理解することなど出来ない、と妹と呼ばれる間柄の人間に言われたことがあった。確かに篠ノ之束という人物はそういった感情の機微には疎い。それでも()()のことなら理解できていると思っていた。だが、見積もりが甘かった。素を、底無しの底を垣間見た。

 

 結局の所、彼女は何一つ石井という人間を理解等出来てなかった。

 

 掴まれた襟元を直し、すっかり温くなった緑茶を石井は流し込む。震えるクロエを見て、嫌な物を見たという風に舌打ちをする。それは残酷に、非情に、慈愛を以て行われる暴力。

 

 ラウラは折れた。クロエも折れただろう。ここに彼の思惑は果たされた。後は自ずと、束の方へ意識が向く筈。

 

 「逃げてばっか……」

 

 誰かが呟いた。

 

 「君、ほんとに逃げてばっかで、私みたい……」

 

 「逃げる?何から?」

 

 「その子たちを助けた責任から」

 

 「責任ねぇ……逃げてるんじゃなくて、放棄したんだよ」

 

 「よく言うよ。責任の取り方を履き違えて、拗らせてるだけの癖に」

 

 「言っている意味がよく分からないんだが?」

 

 束がひっくり返そうとする。ロジックも、何も無く、事実だけを述べて石井の思惑を覆す。

 

 「君さ、そう言う割りにはいいパパしすぎなんだよね。くーちゃんやらーちゃんに汚い世界をこれ以上見せたくないからこうして突き放して、害になりそうな物を片っ端から潰していくとかさ。君のせいでくーちゃんとらーちゃんが穢れたらどうしようとか、はっきり言って考えすぎなんだよね。それにくーちゃんたちが求めてるのはそういうことじゃ無いんだよ。そういう意味で君が拗らせてるって言ったんだ」

 

 石井の誤算、ミスを挙げるならば甘さと、束を信用し過ぎたことだろう。彼は語った。彼がクロエに望むことを、願うことを。

 

 《涙を流すほど綺麗な夕焼けや、息を飲むほどに雄大な山々。汚い物にまみれたこの世界で宝石のように輝く善き人々。あの子は──クロエはそんな物を見るべきなんだよ。人の欲と悪意で生み出され、それに晒され続けてきたあの子にはそれが必要だし、相応しい》

 

 束には彼が何故あのような妄執に取り憑かれているかは分からない。しかし、彼の義娘への願いは偽りの無い本物であると知っている。だからこそ、彼にも変わって欲しい。彼がクロエを救ったように、彼を苦しめるモノから救われて欲しい。そう思う。擦り切れていく彼を見たくないから。

 

 「わ……私は……」

 

 震える声で、溢れる涙と、折れそうな心を必死で抑え込み、クロエは漸く口を開いた。

 

 「そんなこと……して欲しくないです……」

 

 唇は震え、スカートの裾を握り締めて、言葉を紡ぐ。

 

 「誰も、そんなの頼んでません……!!私がいつ、離れてくれなんて言ったんですか……!?勝手なことして……あなたは私たちから逃げてるだけ!!」

 

 頬杖をついていた石井はほんの少しだが、目を見開いていた。初めてクロエが感情を昂らせた。それは石井にとって内心、十分驚愕に値する物だった。

 

 「逃げるくらいなら、何で助けたの!?あなたのせいでどれだけ苦しかったか、悲しかったか、寂しかったか分かる?あなたに希望を与えられたから!ここまで生きてきたの!!憎い、恨めしかった。あなたが嫌いでしょうがなかった!!助けるだけ助けて、後は離れていくあなたが大嫌い!!もっと話したいのに、一緒にいたいのに、あの場所から助けてくれたあなたに報いたいのに!!何処の誰とも分からない人には優しくして私にはこの仕打ちだもの。エゴイスト、自分勝手、最低!!勘違いも、逃避もいい加減にしてよ!!」

 

 「何を今さら……」

 

 「そうやって、憎まれ口を叩くのも嫌い!!そうやって私を遠ざけて、何の意味があるの?あの金髪の人を、フランスの人を、織斑一夏を見る前に私を見てよ!!本音で喋ってよ!!」

 

 言葉はいつしか叫びへと変わっていた。少女は初めて叫び、感情を叩き付けた。父へ真っ向からぶつかったのだ。その様にラウラは驚き、束は優しく微笑んでいた。

 

 ここに男の思惑に最大の摩擦が発生した。束という彼を想い慕う者でも無く、ラウラという姉の為に恩人()の認識を改めさせようとする者でも無く、石井が完全に砕いたと思った相手、想定外の相手から殴りつけられた。その一撃は何よりも重く、石井の甘さ(良心)に響く。

 

 鍍金の城はひっくり返され、城壁には大きなヒビが入った。

 

 「ねぇ、もうそろそろいいんじゃないかな……?私が言えた立場じゃないことは重々分かってるけど、少しだけ肩の荷を下ろしてもいいんじゃない?くーちゃんだって、もう子供じゃないんだからさ。少しは()()を頼ろうよ。君には二人も娘がいるんだからさ。酸いも甘いも、皆で乗り越えていけばいいさ。それも君が言う、善き物なんじゃないかな?」

 

 詭弁だ。妄想だ。甘言だ。と石井は嗤う。お前に私の──俺の何が分かるというのだ?何一つ分からないだろう。それが俺を語るな。頼る?荷を下ろす?それこそ逃避だ。背負うべき物から逃れるだけだ。クロエやラウラに背負わせていい訳じゃない。唾棄すべき存在は俺の方だ。振り返れ、顧みろ。自分の歩んできた道を。再認識しろ。自分に資格が無い事を。自分と関わった者の、自分を『おじさん』と呼び慕ったあの子の末路を!!嗤い、否定し、跳ね除けろ。自分を慕う女の声を。それは叶うことの無い幻想だ。目を覚ませよ。

 

 手をゆっくりとだが伸ばし、石井は思う。あぁ、それはどんなにいいことだろうか、と。彼は歪んでいる。いつか何処かで取り憑かれた妄執に捕らわれ、自分を卑下し続ける。それでも尚、彼が気の迷いと誤魔化しても、彼は愛を知っている。彼が■■■■であった頃に背負った罪と妄執、それと同等の愛。摩耗して、思い出せなくても何処かで覚えている。それは酷く不明瞭な物。心というべきか魂というべきか。そのとても不明瞭で希薄で、決して消えない物が訴える。今すぐ謝って力一杯抱き締めたい。真実、石井という男は娘を愛している。ろくでもない、許されない父でも、お前たちが何よりも大事だと。もう、あの子のような事は起こさせない。守りきる。だからもう一度手を伸ばそう。一歩踏み出そう。逃げかもしれない。それでも、行こう。自分の為でなく、あの子たちの為に。

 

 二律背反。彼の中で二つの意思がせめぎあい、内を焼く。ずっと蓋をしていた物が溢れる。黒が白に蝕まれる。嫌な音を立てて、ゆっくりと、じゅくじゅくと音を立てて、築いた堤防が削られる。

 

 心臓がきゅう、と掴まれた気がした。

 

 石井を責め苦から開放したのはスマホのバイブレーションだった。は、と意識を引き上げた彼は少し出ると言って、立ち上がった。

 

 石井が出ていくと、クロエは束の胸に飛び込んだ。泣きじゃくり、ひたすらにごめんなさい、と繰り返していた。

 

 「どうして謝るの?」

 

 束はクロエを抱き締めて、優しく撫でながら問う。ラウラも姉を後ろから抱き締める。

 

 「あんな顔をさせるつもりじゃ……あんな……苦しそうな……」

 

 石井が味わった二律背反の拷問。本人の意図とは関係無く、それは表情に現れていた。それを三人は見た。怯え、痛みに耐え、幼子が道に迷ったような。猟犬とは程遠い、ただただ弱い人間。

 

 「私の言葉で……我が儘で、あんな風になるなんて思わなかった……」

 

 束もラウラもそれは自分もだ、と考える。彼女たちは初めて、彼の本質を核心を見た。数年間、行動を共にした束ですら予想し得なかった事態だ。

 

 しかし、これで彼女たちは漸くスタートラインへと立った。深淵を覗き、共に責め苦を味わうか、哀れな男を救うか。具体的な選択肢を得る資格を得た。

 

 束はクロエとラウラを強く抱き締めた。これから父を追う少女たちを、おぞましい物を、恐ろしい物を見る娘たちを。その先にハッピーエンドがあると信じて、狂い続ける。

 

 そういう意味では彼ら、彼女らは皆哀れと言えるだろう。

 

 襖が開く。石井が戻ってきた。

 

 「束、今すぐクロエを連れてここから離れろ」

 

 だがそこに石井という弱い人間はいなかった。

 

 「ここが戦場になる」

 

 猟犬がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





騙して悪いが(以下略)

シリアス書きたい病になってもうた……

最初はコミカルな感じで行こうと思ったんや!!でも、途中からぶっ壊さないとって……

つまり、あれです。語録期待読者ニキへの奇襲。

麻婆なドシリアスを書こう!!(提案)

でもまだ読者諸兄の愉悦は作者の腕では満たせない……私は悲しいポロロン


ご意見、ご感想、評価お待ちしてナス!!


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anti―no―my♯不和裏


fabula


 

 

 夢を見る。

 

 私は断頭台に立っていて、首を斬られるのを待っている。私と断頭台以外は何も無いし、誰もいない。

 

 ガタン、という音と共に刃が落ちてくる。私の首目掛けて、垂直に落ちる。

 

 だが、それは私の首を落とさない。首の皮で止まって、血すら流れない。

 

 頬に手が当てられる。両手で包み込むように当てられた手は冷たくて、しかし何故か安心できた。

 

 黒髪の少女。血のように紅い瞳が私を見据える。

 

 「ごめんなさい」

 

 何で謝る?

 

 君は誰なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「状況を説明する」

 

 大広間に千冬の声が響く。一切合切の物がどかされ、臨時の発令所となっていた。座布団に座り、せわしなくモニターと投影ディスプレイを見る同僚を横目に石井は千冬の声に耳を傾ける。

 

 「一時間前、ハワイ沖にて米軍が実施していた第三世代型ISの夜間戦闘訓練及び稼働データ収集にトラブルが発生した。空母、ジェラルド・R・フォードに搭載されていた無人状態のISが暴走。外部からの如何なる信号も受け付けず、米軍の制御を離れた」

 

 「当該機の詳細は?」

 

 石井は聞いた。

 

 「銀の福音(シルバリオゴスペル)。広域殲滅型の第三世代機だ。搭載されている兵装は銀の鐘(シルバーベル)のみ。大型のスラスターと兵装を融合させた試作品らしい。詳しい情報は不明だが、全方位への攻撃、殲滅戦を念頭にした機体が載せているんだ。察しはつくだろう」

 

 戦術兵器クラスの威力はあると見ていいだろう、と石井は呟いた。千冬もそれに無言で頷く。仮にも()()()()()と名乗っている機体だ。それが齎す破壊のスケールは戦略とまではいかなくても、戦術レベルは無くては及第点は貰えない。国防高等研究計画局(DARPA)が心血注いで造った機体。核を使うよりも効率が良く、汚染も無い。クリーンな大量破壊兵器。

 

 「現在、銀の福音は太平洋上を飛行中。予測では最短で百九十分後に、日本の領海を侵犯する。在日米軍と自衛隊が迎撃する手筈になっているが、私たちにも作戦への参加が通達された。これは日米両政府と委員会及びアラスカ条約機構からの要請を学園が受理した物だ。これを受け学園規定により、第一種戦闘態勢への移行を発令する。学園長より指揮権は私に委譲された」

 

 大広間にいた警備科の教員たちは千冬の言葉に唾を飲んだ。第一種戦闘態勢、学園への明確な攻撃行為及び学園に対する敵対勢力を排除する際にこれは発令される。命の価値が極端に低くなる状況。つまり、戦場ということだ。対するは第三世代機、彼らが搭乗する機体のリミッターを全て解除したとしても勝利することは出来ない。しかも、戦場になるのは恐らく海上。撃墜された場合、もう一度陸に上がれるかどうか。

 

 「迎撃には空自の打鉄、ラファールの混成三個小隊と三沢基地から米軍の第三世代が一機出る。今後、これをユニットAと呼称する。警備科はユニットAと合流。EEZ内の第一防衛ラインで迎撃してもらう」

 

 「米軍から来る機体は何なんですか?」

 

 警備科の一人が聞いた。

 

 「ラプターだ。聞いたことぐらいあるだろう?」

 

 銀の福音と対を成す、アメリカの第三世代機。ラプター。彼の戦闘機(F-22)と同じ名を冠する機体。銀の福音が国防高等研究計画局(DARPA)──国が主導した物であるなら、ラプターは企業が主導し開発した機体。ロッキード・マーティン、クラウス、イスラエル・エアロスペース・インダストリーズの三社共同開発による対人特化(マンハント)型。対IS戦闘を突き詰めたオールラウンダー。トップクラスのステルス性と高い隠密性で、ラファールとの演習に於いて全戦無敗を誇る第三世代最強の呼び声が高い企業の虎の子だ。

 

 「生徒の避難は?」

 

 「ガス漏れということにして、順次避難をさせている。専用機持ちはここに残る」

 

 「作戦に?」

 

 「あぁ」

 

 石井はやっぱり、と独り言ちた。他の教員たちは無茶だとか死んでしまうとか口にしているが、彼はこの状況で専用機持ちを出す意味を理解し、憂鬱そうに溜め息を吐いた。千冬はそれをちらりと見ると、教員たちに仔細を説明した。

 

 「これは委員会と機構(アラスカ)からの要請の中に入っていた要項だ。それに、あいつらの生き死には私たちの成果次第だ」

 

 千冬は部屋をぐるりと見回す。石井は壁に寄りかかって、パイロットスーツの耐弾パッドに着いた埃を取っていた。理解している彼にとっては聞く意味の無い物だった。

 

 「この作戦では我々ユニットAが可能な限り福音にダメージを与え、専用機持ちが待機する第二防衛ラインで止めを刺す。我々にはジョーカー(零落白夜)がある。それで確実に仕留める為に、生徒たちを学園に帰す為に、死ぬ気で福音に食らい付け。全ては貴様らの奮闘に掛かっている」

 

 揃った、はい、という返事が響いた。士気は上々。作戦も悪くない。上手くコトが運べば、何の問題も無いだろう。久方ぶりに着たパイロットスーツの着心地に、石井は首を回して慣らす。腰に付けられたハンドガンのホルスターが揺れた。

 

 「猟犬、あなたは発令所で待機してもらう。切り札だ。それに、勝手に使えばアイツにどやされる」

 

 「まぁ、いつも通りですよ。やばくなれば出る。殺しきれなかったら、私の出番だ」

 

 千冬の猟犬という呼び方に周囲は戸惑った。ここにいるのはIS学園一年一組の副担任では無い。天災に付き従う猟犬だ。それを彼の同僚は今、理解した。耐弾パッドが付けられた漆黒いISスーツ。ISを用いない白兵戦も視野に入れた装備群。腰にぶら下がるハンドガンと、太股のナイフシースが彼の同僚との立ち位置の違いを示していた。誰よりも異質で、誰よりもこの場に沿ぐっていた。

 

 「これでブリーフィングを終了する。各自、持ち場に付け。兵装のチェックが済み次第出撃だ」

 

 「ちょっと待った」

 

 凜とした声が異を唱えた。いつの間にか、部屋には見慣れない女性がいた。とろんとした垂れ目と、エプロンドレス。機械的な兎の耳を模したカチューシャを付け、佇んでいた。石井はその姿を見て、一瞬眉間に皺を寄せた。そして大きく溜め息を吐いた。

 

 「……何故いる。束」

 

 ざわめく。ISの生みの親がさも自然にそこにいた。この場にいる筈の無い人物。世界中が血眼で探し、捕まえられない理不尽の塊が自分達の後ろに立っていた。

 

 「ん?質問の意味が分からないな、ちーちゃん。私がここにいてはならない理由は無いよ?私は誰にも縛られない。それに、」

 

 束は石井へと近付き、腕を絡ませる。

 

 「私のモノに会いに来るのに、誰かに許可を取る必要があるの?」

 

 無言。誰一人として口を開かない。束の柔和な視線と千冬の鋭い視線がぶつかり、絡み合う。親友(天敵)同士でしか分からない物がそこにはあった。

 

 「……本当に何をしに来たんだ。お前が何の意味も無く現れるとは思わない。何かあるのだろう?」

 

 「うん、そうだね。いしくんに会いに来たというのもあるけど、ちょっとばかりアドバイスをってね」

 

 腕から首元を抱くように腕を動かして、石井の背後に回った束は口を開く。

 

 「このままじゃ、いっくんも皆死ぬよ」

 

 部屋が凍り付く。突然の宣告だった。一様に説明を要求する。沸騰していた。篠ノ之束が口にした死亡予告は限界以上に高まっていた士気をどん底まで落とすには十分だった。それに束は微笑んだまま、何も喋らない。有象無象の言葉等耳に入れない、お前らは雑草の、路端の石の言葉が聞こえるか、という風に。嗤っていた。

 

 「説明しろ」

 

 千冬は一言のみ、声を発した。その一言は誰よりも低く、怒り、感情を圧し殺していた。

 

 「いやいや、単純にね。アマチュアが出てる時点でどうかしてるけど、ラプターを前に置くことに違和感は覚えなかったの?勿論、覚えたよね?何で、福音を単機で撃墜出来るスペックの機体を態々あんな意味の無い所に置くのかってさ」

 

 それは半ば考えないようにしていた事だった。対ISを想定した福音と単機でやりあえる機体と、零落白夜で確実に止めを刺せる白式。これらを分断する必要性は何だ?挙げようと思えば幾つか挙がる。だが、決定的な理由は存在しなかった。

 

 「全部言っても、理解出来ない奴もいるだろうから端的に言うね。この騒ぎはぜーんぶ、イカサマ、出来レース、お芝居だよ」

 

 誰の、という言葉も出なかった。自分たちが何かに利用されているという実感が沸かなかった。まるで、映画のようだ。何の為に、こんなことを?いや、私たちが聞いても篠ノ之束は教えてはくれないだろう。そういう感情が部屋にいる教員のたちの中に漂っていた。

 

 「それは()()()()()()()()、ということか?」

 

 「いやいや、逆だよ。認められたんだよ。及第点以上の結果を出した。それでたぶん、こうなった。いっくんは頑張り屋さんだからねぇ、やり過ぎちゃったのかなぁ?束さん的にはやり過ぎ感は無かったんだけどね。どうしてかな?もしかして、飽きられたとか?」

 

 周りは二人の会話を理解出来ずに立ちすくしていた。しかし、一部の教員は石井の言葉を思い出していた。

 

 《資質を見出だされれば彼はこの先も楽しく学園生活を送るでしょう。しかし、及第点に届かなければ……まぁモルモットが良いところだ。何せ男だからね。頑丈だ。女性だったらすぐに壊れてしまうような実験も出来る。生かさず、殺さず、体の良い実験動物にされる》

 

 資質を見せたのではないか?及第点に届いたのではないか?今度は脅威と認識したのか?それとも、飽きた?ふざけるな、人を、子供を何だと思っている!!憤りは顔に現れ、表情を歪ませる。それを見て、束は口元を緩ませる。何かに満足したように、納得したように、束は頷く。

 

 「それで……それだけか?それを打開出来る策があるんだろう?」

 

 千冬が束に言った。親友(天敵)と言いつつ、互いが互いをどうやれば殺せるか理解し、躊躇わない不思議な天敵(親友)。故に、束が不幸の手紙だけを手渡すことが無いという事を知っていた。自分とあいつは対等で、フェアな関係であるから、と。

 

 「この戦場を引っ掻き回せば良いんだよ。ちゃぶ台返し。理不尽をどうしようも無いイレギュラーでぶち壊す。少なくとも全滅のシナリオは避けられるね。つまらない脚本を書いてる奴を物語の中からぶん殴る。あ、いしくんはダメだよ?私の許可が無ければ使っちゃダメだからね」

 

 「じゃあ、どうするんだ?更識は学園から動けないぞ」

 

 「あんなのに任せなくて良いよ。あれはイレギュラーになり得ない。言ったよね?どうしようも無いイレギュラーでぶち壊すって」

 

 束が指で宙に何かを書くと、投影ディスプレイが表示された。技術畑の人間はそれを見て、口を開けたまま動かなくなり、他の者、パイロットもオペレーターも、あの千冬でさえも驚きを隠せなかった。それは世界を揺るがす物だった。

 

 「第四世代型IS、紅椿。現行のISではチープな言い方だけど最強かな。まぁ、いしくんのシュープリスとかは例外だけど、福音クラスならスペック上は六十秒以内で撃墜出来るよ」

 

 「これを福音にぶつけるという事か……しかし、誰が乗る?これほどのスペック、最新鋭の機体、乗りこなせる人間がいるのか?」

 

 千冬の問いに子供のように無邪気な笑顔を見せ、兎はそれを言う。

 

 「うん、これ紅椿を貸す条件でもあるんだ。私が紅椿のパイロットを指名することがね」

 

 「言ってみろ」

 

 今宵、戦場は混迷を極める。老醜と外道。戦乙女と兎。猟犬と福音。数多の思惑が絡み、溶け合う。そこに理想は無い。そこに正義は無い。生の価値は急騰する。

 

 「篠ノ之箒を紅椿に乗せろ」

 

 石井はいつの間にか淹れたコーヒーを啜っていた。

 

 仕事前のコーヒーは苦い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「何で言わなかったの?」

 

 「何が?」

 

 「これが仕組まれたってこと」

 

 「言っても言わなくても、結末は変わらない。誰も死なない。福音は墜ちる。それだけだよ」

 

 崖の上。月明かりに照らされて、二人の男女は夜に浮かび上がる。束はふぅん、と言って隣の石井を見る。いつも通りの顔、戦場に行く前の猟犬がいた。

 

 「クロエは?」

 

 「潜水艦()にいるよ。福音の動きをモニターして貰ってるよ」

 

 「そうか」

 

 束は聞かない。つい数時間前のことも、それ以外のことも。ただ、石井の側にいるだけ。言葉にしなくても分かる。彼の心配が、恐れが、憂いが。

 

 「くーちゃんは大丈夫だよ。あの潜水艦なら、滅多なことじゃ穴を開けられないから。君は君の役割を果たして」

 

 石井はあぁ、と返事をして、月を見た。満月だった。

 

 「死ぬぞ?」

 

 「かもね」

 

 「憎い?」

 

 「かもね」

 

 束は海を見ていた。凪いだ海。風は無く、どこまでも静謐で、揺れが無い。

 

 「いっくんはいい先生たちに恵まれたね」

 

 「あぁ、私の同僚たちはいい人ばかりだよ」

 

 「安心した。私がいた頃より、全然いいや。らーちゃんも毎日楽しいだろうね」

 

 「そうか。まぁ、ボーデヴィッヒは毎日一夏君にべったりだよ。楽しいんじゃないかな?いや、楽しんでないとダメだ。本当ならあの年で軍人なんておかしい。あぁやって毎日馬鹿をやってなきゃダメだ。安っぽいけど、ほら。青春ってやつをしなきゃね」

 

 凪いだ海と同じ瞳を束は見ていた。穏やかで、諦念等何処にも無い、優しい眼差しだった。私の宝物、私たちの宝物、私を見てくれる唯一の眼。私を見てくれた愛しい人。

 

 「だからね、らーちゃんの為にもいっくんは生き残らなきゃいけない。生かさなきゃいけない。何があってもね」

 

 娘の為に。束の意義はその一点に集約されていた。

 

 「だから紅椿を?」

 

 「うん。それとね、教えてあげるんだ。あの子が求める力の本質を。嫌って、遠ざけた私が作った子たちの力に縋ったんだ。虫が良いよね。好きな男の為に私に頼るんだ。頼まれた訳じゃない。それでも分かるんだ。一応は血が繋がってるから、分かっちゃうんだ。あの子がいっくんに並べるだけの力を求めてるってさ……。守るためだか、何のためだか知らないけど」

 

 強い風が吹いた。生温い風が、二人を乱暴に撫でる。

 

 「痛みを知れよ。私が味わった物よりはマシだからさ。お前は何も失ってないだろう?これが姉としてする最後のこと。私の夢の残骸で学べるだけ学んでね。箒ちゃん」

 

 

 

 

 

 





別に箒アンチじゃないから!!

大和撫子って良いよね!!

本編に出てきたラプターはマヴラヴとかトータルイクリプスのあれです。

ご意見、ご感想、評価お待ちしてナス!!


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anti―no―my♯静謐♯悦

話、進みません。


 姉が憎かった。何でも出来る姉がどうしようもなく嫌いだった。

 

 こんなにも憎いのに、私を気にかけて、心配してくる姉を心の底から恨めしく思っていた。私がどんなに努力しても出来ないことをさも当然のようにこなして、私に懇切丁寧に教えてくる。最高の嫌がらせだと思っていた。

 

 姉は天才だった。幼い頃から難解な数式を解き、類い稀な身体能力を発揮していた。それこそ、両親が不気味がるぐらいには。異常だった。私たちの理解の外側にいる化け物。姉に抱く感情に恐怖という物が追加された。両親が姉を叱る時には私もそれに加勢した。口汚く姉を糾弾した。姉はそれをただ、受け入れていた。

 

 姉がISを開発した時は人生で一番大きな声を出して罵った。姉のせいで一家離散。姉のせいで転校。姉のせいで一夏と離ればなれ。全て姉が悪い、諸悪の根源、何故この女の妹に生まれたのだろう。おまけに白騎士事件だ。

 

 憎い。殺してしまいたい。昔の自分を、殺してしまいたい。

 

 劣等感に苛まれて、訳もなく姉を憎んでいた自分を消してしまいたい。

 

 姉はいつも家族を、私の事を考えていてくれた。仔細を聞いた。真実を知った。姉が私たちの為に証人保護プログラムの適用を取り止めて自分が軟禁されている研究所で暮らせるように嘆願書を書いて、取り下げられた事を。

 

 許されるとは思わない。拒絶されるかもしれない。それでも謝りたい。今までのこと、愚行を、信じられなかった事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「今回の作戦、どう思う?」

 

 「どう思うとは?」

 

 「嫌な予感がするんだ、何となく」

 

 ふぅん、とラウラは返す。機体の調整待ちのどうしようも無い時間。昼間遊んだビーチには沢山のコンテナと小銃を抱えた警備科の職員。シャルと世間話をしていた。

 

 「不確定要素っていうか、危なげというか。すごく不安定な環境だよね」

 

 「ラプターと箒?」

 

 「うん。はっきり言って、すごく怖い」

 

 専用機持ち向けのブリーフィングで言われた第四世代機、紅椿に篠ノ之箒が乗るという事。三沢から来るラプター。後詰めにラプターを入れないという不審。軍属である専用機持ちの中でも実際に従軍し、作戦行動した経験のあるラウラと企業のブラックオプスに触れたことのあるシャルはとりわけこれらに反応した。言い知れない予感と、胸騒ぎ。決して無視できるものではない。

 

 「この作戦、父様は何も言わなかったらしい。途中から来た博士が紅椿とパイロットを指名しただけだと聞いた」

 

 「何で、箒なのかな?」

 

 「分からん。何かしらの理由はある筈だが。親族だからという理由だけでは無いだろう」

 

 「うぅん……嫌だなぁ、この空気」

 

 第四世代機。それがまるごとオーバーテクノロジーだか、空想の産物と言える代物だ。各国が第三世代機の開発をしている中、独力で開発されてしまった規格外の機体。カタログスペックだけでも分かるじゃじゃ馬で、兵装を換装せずにあらゆる局面に対応出来る汎用性と単体で超高速戦闘をこなせる速度。国家代表でも十全に扱うことは難しいだろう。それを一学生、代表候補生でもない人間が乗りこなせるのか?戦場で足手まといにならないのか?シャルはずっと、それが引っ掛かっていた。

 

 そもそもの話、シャルは作戦に参加したくなどない。新しい機体はまだ自分に馴染んでいるとは言えず、コアこそ今までのラファールの物を流用しているが、兵装は使ったことの無い物やクセの強い物もある。そんなコンディションで自分の命を掛けられる程シャルは無鉄砲ではない。それはありありと表情に出ていた。

 

 「私、危なくなったら一夏連れて逃げる」

 

 「嫁は納得しなさそうだがな」

 

 「死ぬよりはマシだよ。ラウラも同じことするでしょ?」

 

 まぁな、と返してラウラは缶のプルタブを開ける。ブラックコーヒーだ。シャルは首を傾げた。

 

 「コーヒー飲めないんじゃないの?」

 

 「父様が飲んでるからな。克服しようと思って……」

 

 缶を傾けて、顔をしかめながらもコーヒーを流し込むラウラ。ファザコンかよ、と笑いながらそれをシャルは応援した。頑張る子兎を見て、少しばかり気が紛れた。

 

 浜辺の方を見ると、紅椿が格納されたコンテナがヘリに吊られて運ばれていた。地面に着き、コンテナが開くと、深紅の美しい機体が姿を現した。漠然と、あぁ綺麗だなぁ、という感想がシャルの内に浮かぶ。深い赤は血のようで、しかし気品を感じさせた。武装は二本の刀のみ。

 

 「あれだけで、戦えるの?」

 

 缶コーヒーとの格闘を終えたラウラに聞く。

 

 「近接武装だけというのは、嫁も同じだろう。それに展開装甲というのもある。まぁ、剣道を嗜む箒らしいと言えばらしいがな」

 

 「でもさ、福音の懐に潜り込んで一夏が一撃入れるんだよね?白式と紅椿で交戦距離が被るとミスが起きやすいと思うんだけど」

 

 「指示を出していくしか無いだろう。あまり、箒には突っ込ませないようにな。主役は嫁だ。我々は皆脇役、支援に回ることが役目だ」

 

 紅椿と箒のフィッティングが開始された。整備科の連中が忙しなく動いてるのは見える。遠目で見ても、そのスペック、ディテールにその血をたぎらせ、興奮している様が分かる。技術屋としては堪らない物があるのだろう。シャルはそれが有澤()の社員と重なって見えて、笑った。

 

 「浮かれてるな」

 

 ラウラが言った。抑揚の無い、フラットな声だった。

 

 遠目で見ても紅椿に乗る箒はとても嬉しそうだった。何か願いが叶うような、一歩踏み出したかのような。そんな幸せな夢を見ているような。

 

 「私、死にたくないな」

 

 「さっきからだが、やけに辛辣な物言いだな」

 

 「いや、だって死にたくないし。今が幸せだし、この幸せを逃したくないから」

 

 死ぬなら勝手に一人でやってほしい、とシャルは吐き捨てた。それは心からの言葉で、嫌悪も入り雑じった物だった。彼女にとって、今の生活は何としても守りたい物であって、享受したい物でもある。天恵か贈り物か、突然齎された幸福。断ち切られた呪縛と、暖かな義理の両親。そして隣に座る銀髪の友人と好きな人。やっと彼女は一人の少女として生を歩み始めた。それを奪う結果を彼女は認めない。それが内在的な要素から来る物であっても、同じ釜の飯を食った相手でも、シャル・有澤はその結末を導く要素を許さない。本来ならば、篠ノ之箒をここで出撃出来ないようにしてしまいたい。骨の二本や三本を折って、機体に乗れないようにしてしまいたい。極論だが、それがベストだと感じている。直感、予感、虫の知らせ。言い方は様々あるが、そういった物がシャルに教えてるのだ。やばい、と。良くないことが起きる、と。

 

 「まだまだ、やりたいことあるしね」

 

 「例えば?」

 

 「一夏とデート」

 

 「そういうことを言う奴程早死にするらしいぞ」

 

 「そうなの?」

 

 「副官が言ってた」

 

 ニヤリ、と笑うラウラを見て情報のソースが信用ならないというツッコミを止めた。そんな言葉の一つ二つで自分の生き死にが決まるなんて冗談じゃない。気を付けるよ、と言って再び紅椿の方を向いた。凡そ、戦場の前の会話とはお思えない程和やかな物だった。

 

 「頑張るかぁ」

 

 シャルの呟きを、ラウラはちらりと見て流した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 投影ディスプレイの明かりだけが光源となった発令所で千冬に一人の女が声を掛けた。

 

 「恐ろしいねぇ、あんたのお友だちは」

 

 「あぁ、世界で一番怖い。すまない……」

 

 女からコーヒーの入ったマグカップを受け取り、口に運ぶ。御世辞にも美味いとは言えなかった。

 

 「相変わらずお前の淹れるコーヒーは不味い」

 

 じゃあ飲むな、と女は不貞腐れたように頬を膨らませる。似合わないぞ、と千冬が言うと舌打ちをして自分の淹れたコーヒーを一気に飲んだ。

 

 「確かに不味いね。自分で言うのもあれだけど、泥水みたいだ」

 

 「もうここまで来ると才能だよ。誇っていい」

 

 女は肩を竦めて鼻で笑った。 

 

 「紅椿はどうだった?」

 

 千冬は女に聞く。

 

 「化け物だね。あんな物を一人で作られちゃ、世界中の技術屋の顔が立たない。現行の機体なんて一捻りにされちゃうよ」

 

 「機体はな」

 

 「パイロットの方は?」

 

 「どうだかな。最悪を想定しておいて悪いことはない。こんな作戦、死人が出てもおかしくは無いだろう?上も無茶苦茶言いやがる」

 

 へぇ、と女──整備科主任、村上は相槌をうつ。つまりはダメという事だ。実力なのか、メンタルなのか、少なくとも何かしらがパイロットには欠如していて、紅椿に乗るに値しないと千冬は考えている。村上はそう読み取った。確かに上も無茶苦茶を言うが、篠ノ之束も無茶苦茶言いやがる。態々、妹を戦場に送る。それもとんでもないモンスターマシンに乗せろだなんて正気じゃない。本当に恐ろしい。

 

 「フィッティングは済ましたよ。とりあえず、機体の方は大丈夫。そういえば、博士は?」

 

 「さぁな。何処かほっつき歩いているんだろう」

 

 部屋をぐるりと見回す。石井の姿は無く、オペレーターが黙々と仕事をこなしているだけだった。何となく察しがついた。

 

 「ムカつく?」

 

 「それなりに」

 

 村上は少し驚いた。あの織斑千冬が素直に自分の気持ちを認めたのだ。珍しいこともある、と泥水のような自分で淹れたコーヒーを啜る。何だかんだと言って、自分で淹れたコーヒーを村上は気に入っている。その不味さで頭が冴えるという他人からすれば意味の分からない理由ではあるが。

 

 「まぁ、頑張んなよ。まだまだチャンスはあるぜ?横からかっ拐え」

 

 「うるさい」

 

 不機嫌そうにそっぽを向く千冬を見て満足そうに笑う。発令所の空気も少し和やかになる。溜め息を吐いて千冬も不味いコーヒーを飲む。

 

 「あの子、危ないよ」

 

 「浮かれてたか?」

 

 「そりゃ、分かりやすく。死んじゃうかも」

 

 フィッティングの際の箒の表情を村上は見ていた。分かりやすく浮かれていた。篠ノ之束の考えが分からない。凡人にその考えが理解出来るとは思えないが、それでも何故、妹の命を危険に晒す真似をするのか。

 

 「主任、全機調整完了。いつでも行けます」

 

 発令所に大内が入ってきて、出撃準備が完了したことを報せる。空気が変わった。張り詰める。先行した部隊は第一防衛ラインでラプターと自衛隊と合流し、ユニットAを形成。残るは第二防衛ライン、専用機持ちのみだ。

 

 「HQよりユニットB各機。行けるな?」

 

 『B1行けます』

 

 『B2からB6、行けます』

 

 「出撃」

 

 外からスラスターを吹かす音が聞こえた。夜はまだ、始まったばかり。もう脈絡も無く、文脈も滅茶苦茶な会話は出来ない。

 

 一気に六機のISが出撃したせいか、外では強い風が吹いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





前回の石井さんと束さんが崖で会話してる時、他の人は何してたかって話です。

無性にシャルロットが書きたくなったんや……

村上さん地味に登場させました。実は結構前に名前だけ出てます。探してみてね!!

ご意見、ご感想、評価お待ちしてナス!!


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anti―no―my♯unum♯tuba


 第一の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、血のまじった雹と火とがあらわれて、地上に降ってきた。そして、地の三分の一が焼け、木の三分の一が焼け、また、すべての青草も焼けてしまった。

                   ヨハネの黙示録第八章七節


 制圧射撃、という物がある。

 

 敵性勢力に対し、断続的に射撃をすることによって敵の行動を阻害し、味方を援護する戦術である。基本的には短時間、味方の撤退や移動の機会を作り出す為に行われる。所謂、弾幕だ。

 

 この銃弾、人を殺害し得る威力を持った金属の雨霰。当然、当たればただでは済まない。スケールを大きくして考えてみよう。対空機関砲、高射砲の弾幕。CIWS、ファランクスの弾幕。これらを空中にいる目標に向け撃てば、それは黒煙を上げて墜ちるだろう。自明の理だ。

 

 では、一発一発が地面にクレーターを作る程の弾幕はどうだろうか?

 

 「ふざけるな!!」

 

 誰かが怒鳴った。空が爆ぜる。誰かが墜ちた。

 

 『Aaa』

 

福音は唄う。福音を紡ぐ。

 

 第一防衛ラインは戦闘開始から五分と経たずに瓦解していた。百二十八秒。寧ろ、それだけ耐えた事を賞賛すべきだろう。自衛隊からの打鉄、ラファール混成三個小隊は全滅。現在、交戦しているのはラプターと、学園所属の打鉄とラファール合わせて六機。現状は概ね予想通りと、これを仕組んだ連中は思っているだろう。

 

 片翼十八門、合計三十六門の砲口から放たれる弾幕は広域殲滅型の名に恥じぬ物だった。福音がその身をくるりと回すと、翼から光の球が目一杯放たれる。それは着弾せずとも空間で爆発し、凄まじい爆風を叩きつけてくる。それだけでシールドエネルギーが削られ、機体にダメージを入れる。接敵した三秒後には、被弾した機体が撃墜されていた。

 

 打鉄が、ラファールがライフルを撃つ。それを回避し、翼を振るう。爆音と閃光。福音が自分へ攻撃した二機へ肉薄する。拳を握りしめ、装甲を殴り潰そうとする。しかし、閃光が消えると二機はいない。

 

 「うらァッ!!」

 

 衝撃。背後からの一撃が福音を襲う。打鉄の持つ長刀──葵の一閃が背中に入った。その打鉄を裏拳で殴り飛ばす。側面からの衝撃。被弾。ラファールからの射撃。銀の鐘(シルバーベル)起動。周囲へ弾幕を展開。ラファール、打鉄、被弾。打鉄、撃墜。残り五機。

 

 「こっちだよ!!」

 

 爆発。福音に金属片と爆風が降りかかる。グレネードだった。そしてスモーク。視界が塞がれた。しかし、それだけでは福音を止めることは出来ない。この程度の衝撃、この程度の目眩ましは装甲を、シールドを削るには、行動を阻害するには余りに非力。そう福音は思考していた。

 

 バイブレーションのような音、低い振動音のような音。圧倒的な弾幕が展開され、束ねられた四本の砲身が唸りをあげる。クアッド・ファランクス。二十ミリ六砲身ガトリング砲、M61A1を四門束ねた最高の瞬間火力を持つ兵装。それが鉛玉の嵐を叩きつける。福音にとってもその弾幕は無視出来る物ではなかった。

 

 福音の翼が輝く。実弾の弾幕に対し、非実弾──圧縮されたエネルギーを撒き散らす高熱量の弾幕で対抗し、弾丸を溶かそうとする。機体を回転させようとする。破壊の雨が降り注ぐ寸前。ほんの一瞬、一秒に満たない隙。それが致命的な隙になる。

 

 「貰った!!」

 

 機動戦に特化させた機体。機動力を極限まで上げたラファール。右腕には六十九口径パイルバンカーらしき物。しかし、これは通常のパイルバンカーとは違った。元の灰色の鱗殻(グレースケール)は炸薬によって杭を射出する機構を採用していたが、これは本来の灰色の鱗殻(グレースケール)が持つリボルバー機構により連射が可能というメリットをそのままに、杭の先端に大型HEAT弾を取り付けたIS学園整備科開発部自慢の一品。力任せに装甲を突き破るパイルバンカーにHEAT弾を取り付け、さらにそれを六連発出来る代物。それが与えるダメージは驚異的な物だった。

 

 『Aaa!?』

 

 先程のグレネードとは比較にならない爆発と衝撃が福音を襲う。凄まじい熱量が内部のシステムに負荷を掛ける。初撃で体勢を崩した福音に、容赦なく二撃目が襲い掛かる。再びの爆発が機体を吹き飛ばす。体勢を立て直そうとしてもラファールは距離を詰めてくる。しかし、やられっぱなしでは無い。これ以上のダメージは許容量を越える。

 

 距離を詰め、右腕を振り上げるラファール。その右腕を掴み、思い切り真下に、海上へ投げる。三撃目を回避した福音は再び、翼を振るう。全方位へ圧縮エネルギーを射出。そして、自身の直下、投げ飛ばしたラファールへと翼を振るう。より濃密な弾幕を撒く。ラファールは回避行動を試みるが、抵抗空しく被弾し撃墜される。残り四機。

 

 そしてここで福音は疑問を抱える。この表現が正しいか、機械が疑問を抱くのかは置いておくとして、もし福音が言葉を発するならばこう自分の抱える疑問をアウトプットするだろう。

 

 『ラプターは何処だ?』

 

 目下最大の障害であるラプター。この戦闘が始まってから、目立った行動、攻撃をしてこない。何故だ?何を企んでいる?不気味だ。恐ろしい。

 

 その疑問、不審、恐怖に応えるように福音の視界にノイズが走る。砂嵐のように、視界が隠される。次いで、センサー群にも負担が掛かり始める。

 

 「何なんだこれは……!!」

 

 「PICに干渉してくるなんて……味方じゃないの!?」

 

 周囲のラファールと打鉄に不調が出る。センサー群が焼かれ、あろうことかISの機動を支えるPICにすら干渉する程のECM。電子戦、対ECM用プロテクトを施していなかった機体は第二世代元来の電子戦への弱さも合間って制御不能になった。

 

 対IS。単純な戦闘能力だけでなく、そこにいるだけで、第二世代以下の機体を封殺する電子戦装備。第三世代最強、対人特化(マンハント)型なのにオールラウンダーと呼ばれている由縁がこれだ。単純な戦闘──得意とする格闘戦、高機動戦だけでなく、電子戦すらこなす。そしてそれら全てが敵機撃墜へ繋がる。

 

 残り一機。ラプターのみ。

 

 何の仕掛けも無いアサルトライフルから発射される銃弾。それは通常であれば回避出来ない訳がない攻撃。しかし、今この状況では福音に回避という選択肢は無い。

 

 装甲に銃弾が殺到する。福音はそれをただ耐える。ぎこちなさそうに翼を振り、やっと反撃する。

 

 動きにラグが出ていた。ラプターの発したECMにより負荷の掛かった福音の機動は著しく低下していた。先程まで猛威を振るっていた機動力は失せ、それは打鉄やラファールと同程度になっていた。

 

 ラプターが福音に肉薄し、蹴り飛ばす。近接格闘用のナイフによる刺突。拳で殴る。獲物を甚振るようにじわじわと猛禽はその爪で福音を追い詰める。

 

 センサーが焼かれる寸前。内装はボロボロ。有り体に言えば、福音は撃墜寸前だった。損傷率は九割越え。装甲は凹み、右腕部は上がらない。

 

 しかしラプターは福音に止めを刺さない。何とか滞空している様子の、吹けば倒れそうな福音を見下ろしている。

 

 『───』

 

 福音には理解出来なかった。何故、墜とさないのか。見下ろしたまま静止してるのか。思考する。思案する。ラプターが自分を撃墜しない理由を、意味を、意義を、目的を。

 

 『Aaaaaaaa ──』

 

 福音は自ら海中へと墜ちていく。自ら、機能を停止し、落下していった。水柱が立ち、機体が水底へと沈んでいく。ラプターはそれをただ見ていた。

 

 ラプターは機体を翻し、スラスターを吹かす。戦場を離脱した。第一防衛ラインには誰も、何も居なくなった。

 

 『Amen──』

 

 福音は没し、侵攻は防がれた。全てが前線で食い止められた。

 

 『Amen──』

 

 救助のヘリがこちらへ向かっている。じき、福音に墜とされた機体のパイロットの救助が始まるだろう。

 

 『Amen──』

 

 ラプターは三沢へと戻っていった。

 

 『状況d)w4。──rd♯)w2達成──kgj(\”投──sdzx【▪#(──R──T──B──』

 

 全てが予定通りに進んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「福音の反応をロスト。ラプター、作戦エリアより離脱していきます。ラプターより信号を受信……『RTB』だそうです」

 

 発令所は安堵の空気に包まれていた。福音を第一防衛ラインで撃墜、福音に墜とされた同僚たちの生体反応も全員分感知された。専用機持ち──生徒たちを危険な目に合わせることなく、作戦は終了した。それは彼女たちにとって幸運なことで、良い結果だった。細かい所──最後のラプターのECMで友軍が撃墜された件については文句の一つや二つはあった──を置いても、最上の収まり方と捉えられた。

 

 その中で一人、険しい表情のまま腕を組む千冬。

 

 「どうした?」

 

 マグカップを持った村上が聞いた。

 

 「これで本当に終わりか?」

 

 「どういうこと?」

 

 千冬はついさっきまでのログを見る。最後の三十秒を、睨むように。村上もそれを見て、自身の端末でログを呼び出した。ログによれば、ラプター以外の友軍機が全て墜ちた後、二機はほんの少しの間静止していた。この時点で福音の損傷率は九割を越え、いつ機能停止してもおかしくはなかった。互いに静止した二機はそのまま動かずに、福音が機能を停止し海中に没した。

 

 「これがどうした?」

 

 「こんなにあっさりと終わるとは思えなくてな……あいつが出てきてこんなに単純にコトが収まった試しが無い。それに、」

 

 「何故、紅椿を出したか?でしょ」

 

 「あぁ」

 

 千冬は考える。これはまだ終わりではない、と。この結果を額面通りに受けとるならば、安堵しているオペレーターと同じ心境だろう。しかし、千冬には篠ノ之束と紅椿という拭えない不安がある。何故、束は出てきた?何故、紅椿を篠ノ之箒に渡した?ログに残された最後の三十秒。突然の静止。まるで、自ら沈んだかのような福音。自衛隊、学園側の機体の多くが戦場からいなくなってから攻撃を始めたラプター。不可解。気持ち悪さが広がる。一夏が死ぬという予言。何故、束はそんな事を言った?束がこの結果を予想していなかった?否だ。あいつはこれを間違いなく予想している。その上での予言。これ以上の何かが起こる?

 

 「うぅん、あたしはそれよりもラプターの方が気になるなぁ」

 

 ログを見ていた村上が呟いた。千冬が顔を見ると、村上は続けた。

 

 「気持ち悪さっていうか、人間味の無さ?機動がね、まるで人を乗せて無いような……でも、確実に無人機って言える程の無機質な動きでも無い。すごく不思議な、怖い動きだったよ。あたしはそう思った」

 

 「中途半端?」

 

 「そう。人と機械の中間みたいな……無駄がある動きでもなく、無駄がない動きでもない。ムラっ気かな?出来損ないのAI乗っけてる感じ?」

 

 中途半端な機動。人と機械の中間。畑違いの千冬には上手く理解出来なかったが、言わんとすることは分かった。作戦時の不可解な挙動、見ていて頭を掠める違和感、ズレた感じ。千冬の感じたそれが村上が言う気持ち悪さなのだろう。そう、千冬は解釈する。

 

 パイロットがベストコンディションではなかった、という仮説を立てる。却下だ。それならば村上が言う無駄の多い動き、その無駄が多く現れる。そんな機動をすればすぐに被弾して、撃墜されてしまうだろう。

 

 パイロットが我々に通達されていない指令を受けていて、それを遂行するためにあのような機動を取った。却下だ。いろいろと証明するのが難しい。もし、そういう指令を受けていたとして、ラプターは何をした?最後の静止と序盤に手を出さなかった二点が怪しいがそれだけでは推測出来ない。仮説としては機能する。これに対する有効な抗弁、反対意見、反証が無い。だが、この場合仮説として機能するだけでは駄目だ。

 

 では無人機であるか?却下。無人機であるならもっと容赦が無い。静止などせずに、最短で撃墜する有効打を与えるだろう。

 

 「織斑先生、救助ヘリの準備が整いました。専用機持ちたちはどうしますか?」

 

 「あぁ……専用機持ちたちも救助に参加させろ」

 

 「了解です」

 

 オペレーターに指示を出して途切れた思考を再び回す。何が起こるか。何が隠されているのか。刺さった棘を抜くように慎重に考える。しかし、詰まってしまう。ラプターの違和感も、静止の意味も。考える。こんな時、束ならどう考えるか。そんな思考が頭の片隅に過り、

 

 「まさか……」

 

 繋がる。一つのピースがカチリ、と嵌まり、千冬の脳裏に一つの仮説が浮かび上がる。

 

 もし、ラプターの目的が福音の撃墜でないとしたら?

 

 全てが予定通りに進んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 専用機持ちたちは福音の撃墜が確認されたポイントで救助活動を行っていた。海上を漂うパイロットたちをビーコンの反応を頼りに引き上げ、ヘリへと乗せていく。死者はゼロ。重傷者もゼロ。

 

 「これで全員か」

 

 一夏が言う。もうビーコンの反応は無かった。海上に漂流する物は視認出来ず、発令所からも帰投命令が出ていた。

 

 「こちらユニットB、全救助者のヘリへの収容を確認。帰投する」

 

 ラウラが通信を入れる。了解、と短い返信を聞き、全員に声を掛ける。

 

 「帰投するぞ」

 

 各機がスラスターを吹かし、巡行モードで帰路に着く。

 

 「箒?どうした?」

 

 一人だけその場から動かない箒に一夏が声を掛ける。浮かない顔をしていた。拳を握り締め、海面を見つめている。

 

 「あぁ……いや、何でもないんだ……」

 

 「具合でも悪いのか?大丈夫か?」

 

 まぁ、仕方ない。一夏はそう思った。初めての実戦だ。以前のVTシステムの時とは違い、本当の意味での大々的な実戦。大規模な作戦だ。自分も初めてで、緊張した。箒も緊張していたのだろう。張り詰めた糸が途切れて気が抜けてしまったのかもしれない。自分も多くはないが、箒はこういう鉄火場に慣れていない。

 

 「帰ろうぜ。帰って美味い物でも食おうぜ。気を張ってたら腹減っちったよ……箒?」

 

 手を引いて促しても反応が薄い。心ここにあらずという言葉が相応しい様子だった。何度名前を呼んでも、変わらず、海面を見ている。海面には何も浮いてない。揺れているだけ。

 

 「おい、箒!!何してるんだよ!!」

 

 『嫁、どうした?』

 

 「ラウラ、箒が動かないんだ。様子がおかしい」

 

 『……すぐ戻る。嫁、篠ノ之から離れてろ……』

 

 先行していた四機が一夏のいる方へ戻ってくる。レーダーには凄まじい速度で接近してくる四つの光点。最大速度だった。

 

 「力が……守る……力が……」

 

 「箒?」

 

 小さな言葉。箒の呟きは一夏には聞き取れなかった。

 

 「一夏を守れる力が……取り零さない……信じ抜くだけの……劣等感を殺すだけの……力が」

 

 「何言って……」

 

 五つ目の光点。一夏と重なる光点。直下。IFFに反応無し。

 

 『一夏!!すぐに離脱しろ!!やつら──』

 

 「え?」

 

 姉の切羽詰まった声。白く潰れる視界。暖かい。極光に呑まれる。

 

 「い……ちか……?」

 

 福音、再起動。

 

 白式、撃墜。

 

 全てが予定通りに進んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 束の手を逃れた石井を待っていたのはまた、地獄だった。父のベッドに棲みついた長女と石井さんのぬいぐるみ。放置が生み出した、歪んだ家族愛。愛情と劣情、退廃と倒錯とをコンクリートミキサーにかけてぶちまけたここは、束さん家の旦那の部屋。
次回、『倫理』。来週も、石井と地獄に付き合ってもらう。


 という嘘予告。やりません。


 中々筆が進まないけど頑張って書きます。

 御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!


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anti―no―my♯phantasma♯white

 美しい肉体のためには快楽があるが、美しい魂のためには苦痛がある。

                      
                      ワイルド 「獄中記」より


 青い空が見えた。何処までも青くて、何処までも突き抜ける蒼穹。曇りも濁りもなかった。

 

 距離感が上手く掴めない。空が降ってきたり、遠のいたり。視界が回って、焦点がズレる。酔ってしまいそうだけど、不思議と気分がいい。乗り物酔いというよりは、酒を飲んでしまったような。揺りかご、母さんの……いや、千冬姉の腕の中にいるような感覚だ。

 

 酷く重い身体を起こしてみる。全身に鉛を入れられたみたいだ。指一本動かすのでさえ、億劫だ。それでも、何とか力を入れて立ち上がる

 

 まるで鏡のようだった。今まで寝転んでいた地面は俺の姿と空を写していて、それが空と同じように何処までも続いている。時折、それに波紋のような物が浮かび上がる。地面に触れてみると、それは冷たい水のような物だった。歩いたり、立っていると分からないが、鏡のような地面は液体だった。湖面が光を反射して、俺や空を写しているらしい。絵本だか、小説の世界に迷い混んだような錯覚を覚える。

 

 辺りを見回しても何も無いし、誰もいない。ただ、ひたすら湖面が広がってるだけ。幻想的だけど殺風景、そんな風に思った。足元がふらつく。距離感が掴めないせいで、真っ直ぐ歩けない。それでもこんなだだっ広い場所だから、さして問題は無いだろう。

 

 歩いてると次第に身体の重さが取れてくる。それと比例するように頭が重くなり、記憶と言うべき物が蘇ってくる。

 

 死んだのか、と独り言ちる。朧気にだが、最期の瞬間が頭の中でリプレイされる。真下から光に呑まれて意識を失う自分。どうも実感が沸かない。現実感、リアリティの欠如が激しい。本当に自分が体験したことなのかと疑ってしまう。確かに覚えているし、感じた。様子がおかしい箒に、それを訝しむ自分。確かに俺が経験したことだ。しかし何処か、他人事のような気もする。仮にも自分の最期なのに、余りに冷静、俯瞰的。

 

 等と、考えていても埒が明かない。見方がどうであれ、自分が体験したことに変わりはない。俺は、織斑一夏は死んだ。それは覆らない事実だ。遺体も残ってないだろう。あれほどの光、太いレーザーに焼かれたんだ。白式は分からないけど、俺の身体はあの場で火葬されたも同然だ。

 

 するとここは何処なんだ、という疑問が浮かぶ。死後の世界か、天国か。地獄ではないと思うが、天国にしては寂しい所だと思う。天使も神様も仏様もいない。目を覚ましてどれ程かは分からないけど、変化に乏しい風景というのは正直辛い。こんな所に長くいたら気が狂ってしまうだろう。そういう意味ではここは地獄なのかもしれない。地獄に落とされる所以に心当たりは皆目無いが、どうすることも出来ない。身体の重さが取れても、視界が覚束無いこの体たらくじゃ、神様に一発入れる事も出来ない。アーメン・ハレルヤ・ピーナッツバター。バカにしたって、煽ったって神様は出てこない。

 

 「困ってる?」

 

 女の子がいた。目の前に立っていた。白いワンピースと麦わら帽子を身に付けた女の子。俺より二つぐらい年下か、それぐらいの歳だと思う。顔はよく見えない。帽子を目深に被ってるとかではなく、靄が掛かったように上手く認識できない。それでも、きっと整った顔立ちと思うのは何故だろう。何処かで会ったことがあるような気もする。何処で?

 

 「顔のことは気にしないで。あなたがここにまだ慣れてないだけだから……それで、困ってる?」

 

 「あ、あぁ。困ってるよ、色々と」

 

 彼女は俺の考えを見透かしたように顔の事を言った。すると、慣れれば見えるのだろうか?彼女はここが何なのか知っているようにも聞こえた。このまま行くと、彼女が神様や天使のような役割を持つ者なのだろうか?さすがに、女の子を殴る気にはなれない。気付くと、頭の重さも取れていた。

 

 「着いてきて……」

 

 彼女の後を追う。ゆっくりとだが、距離感が掴めるようになってきた。視界もブレない。真っ直ぐ歩けるようになった。

 

 「あのさ、君はここが何なのか知っているのか?天国とか、地獄とか。死後の世界ってやつなのか?」

 

 前を向く彼女は小さく笑って、いいえと言った。俺の方は振り向かない。

 

 「まぁ、ここに来る人なんて滅多にいないからそういう風に解釈するのも仕方がないね。ここまで深く潜ったのはあなたが初めてだし、あの人ですら睡眠時に意識が同調するレベルなのに、意識ごとここに落ちてくるなんてびっくりだわ。いや、そうさせるように仕向けたのはあの人とお母様だし、私もその意図を読んであなたの意思を誘導したけど、一つ上の位相じゃなくて最深層(ここ)まで来るのはお母様たちも予想外なんじゃないかしら?」

 

 「どういうことだ?君が俺をここに?」

 

 「あぁ、ごめんなさい。話が逸れちゃったね。結論から言うと、ここはあなたの言う死後の世界というモノではないよ。天国とか地獄とか、そういうベクトルの場所ではないよ。形而上的な、抽象的な物ではあるけど、魂なんて高次の情報体を解析して留まらせるにはここは心許ないよ」

 

 「魂?」

 

 「うん。あの人の記憶をあの子が読み取ったことで存在が確認された。私たちの推測では、魂という物は我々には認知出来ない程に密度が高い情報体なんだと思うよ。それが何処に含有されていて、生命が誕生する過程の何処で生成されるかは分からないけど、確かに存在する。無人機に載せるAIに人間の意識をトレースすると稀に不合理な行動、システムに反抗する個体が出ることがある。元の人格の持ち主の思考や意識を電子化してインプットする。パッと見れば非常に合理的だよ。優れたパイロットの動きをそのまま再現できるんだ。VTシステムの完成形とも言える。まぁ、それをやったら元の人格主は死んじゃうんだけどね。まぁ、でも当然だよね」

 

 「何がだよ」

 

 「ヒトの魂をプログラムの制御に従わせるなんて出来ないってこと。ある意味では人間はプログラムに沿って動く生物とも言えるけど、人が作った物に人を従わせるなんて出来ると思う?必ず何処かで綻びが出る。不備が出た魂を外部から修正を施して、人格を書き換えてプログラムに適合させたとして、それはインプットしようとした人格と同じと言えるのかな?」

 

 色々と聞きたいことはあった。この場所の事、あの人、あの子、お母様、魂の事、酷い試み。しかし、彼女の問いに答えなければならないと思った。答えるべきだと思った。

 

 「それは、別人じゃないか?」

 

 「うん」

 

 「でも、限り無く近いっていうか。兄弟姉妹とまではいかないと思うけど、限り無く同一人物に近い別人っていうか……」

 

 上手く纏まらない。言葉にするとどうしても頭にある考えが霧散してしまう。別人に成り果てても、その人の欠片のような物は残っていると思う。そう言いたいのに、消えてしまう。

 

 「うん、分かったよ。あなたの言いたいこと。まだ、慣れてないから齟齬が出てしまうんだね。ごめんなさい、いきなり変なことを聞いてしまって。脈絡とか無かったと思うけど、単に私の興味本位の質問だから気にしないで。あの人たちが見出だした可能性だって聞いたから少しだけはしゃいでしまった」

 

 相変わらず彼女は俺の知らないことを前提に話を進める。一度もこちらを振り向かないで前を向いたまま、歩いたまま。

 

 「あなたの現状について説明するよ。単刀直入に言うと、あなたは死んでいない。生きているよ」

 

 「は……嘘だろ?だって、俺レーザーで焼かれたんだぜ?」

 

 「あぁ、うん。そうだね、確かにあなたは焼かれたよ。だから、修復している。再構成している最中さ」

 

 「修復……再構成……?」

 

 「だから、あなたの意識はここにいる。ハードウェアを直している最中に何かあったら大変だからね。ソフトウェアは避難させたんだよ。諸々が終わるまではあなたも機体も隠されているから心配しなくていいよ」

 

 「でも、焼かれたんだぞ!?どうやって治すんだよ……それよりここは……」

 

 「そうやって大きな声を出せるというのは、ここに慣れ始めた証拠だね。治す方法は、過程は然程重要じゃない。気が付けば、あなたは治ってるんだから。それが私に与えられた物だし。それとここについては、夢のような物だと思ってくれればいいよ。あなたの意識が見ている一時の夢。長いようで、短い白昼夢」

 

 俺はどうやら死んでないらしい。よく分からないが、ここは夢だという。どちらかと言えば臨死体験の方が合っている気もするが、大して違わないだろう。

 

 景色に変化が起きてきた。雪が降ってきた。空は晴れている。変わらない蒼穹から降り注ぐ雪は彼女が言った通り、白昼夢に相応しい光景だ。そして、ちらほら木が見える。何の木かは分からないけど、太く、大きな木だった。緑色の葉が雄々しく茂っている。

 

 彼女が歩みを止めた。彼女の視線の先には白いテーブルと椅子。テーブルの上にはティーポットとカップ。茶葉の香り。

 

 「お茶にしましょう?まだ時間が掛かるから。歩き続けるのは疲れちゃうでしょう?」

 

 何処か、懐かしさを覚えながら俺は椅子に座った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 結果を見れば分かる事だが、数人が感じていた感覚は正しかったと言える。シャル・有澤の予感は当たり、織斑千冬の予測は正しかった。良くないことが起こり、織斑一夏と白式は墜ちた。

 

 それは驚愕や衝撃的とか、言葉にするには与えられたインパクトが大きすぎた。筆舌に尽くしたがい感情が多くの者に押し寄せた。怒りと言うには余りに激しく、憎悪と言うには黒すぎた。哀しみと言うには深すぎて、涙腺は死んでしまったように機能しない。現実逃避しようにも、彼と愛機の反応は途絶え、代わりに撃墜された筈の福音が悠々と佇んでいる。現実を直視させる。

 

 鈍い音と、何を言っているか聞き取れない程がなった声。畳を勢いよく蹴る音と、擦れる音。ヒステリーを起こした甲高い声。

 

 篠ノ之箒の頬には赤い痣が出来ていた。畳に倒れる箒を見下ろしながら、羽交い締めにされる凰鈴音。抑えるシャルとセシリアを振り払って腹に蹴りを入れる。サッカーボールキック。爪先が鳩尾に入り、息が途切れる。肺から空気が押し出された。箒は呻き声を出しながら腹を抑える。鈴はその様を見る。それを見て、苦しんでいることを理解した上で、顔面へ同じように蹴りを入れる。倒れ伏す箒の髪を掴んで膝立ちにさせる。そして手を振り上げるが、手首を誰かに掴まれた。

 

 「さすがにこれ以上は看過できない。もういいだろう」

 

 静観していた筈のラウラだった。掴む力は強く、鈴は振り払えないと悟った。

 

 「何?こいつに情けでも掛けるの?お優しいこと。あんた、前はあんなに尖ってたのに。丸くなっちゃったワケ?」

 

 「別に情けを掛ける気はない。こいつからは聞かなければならないことが山ほどある。ここで貴様に壊されては敵わないからな。まさか頭に血が上りすぎてそんな簡単な事も考えられなくなったのか?直情的な性格も大概にしてくれよ」

 

 舌打ちをする鈴。正直、まだ足りない。この戦犯をこの程度で済ませるなんて冗談じゃない。この場にZH05があればストックで頭が割れるまで殴ってやる。何なら、警備科からM4を盗ってきてそれでもいい。だが、やる前にラウラに伸されてしまうだろう。箒を蹴り倒して、忌々しそうに壁に背を預けた。

 

 「さて、鈴に随分と綺麗にしてもらったじゃないか?どうだ、見てみるか?」

 

 箒は俯いたまま口を開かない。ラウラは興味なさげに一瞥して話を続ける。

 

 「私が聞きたいのはあの時何があったかだ。あの時、何故動かなかった?何をしていた?それを教えてくれるだけでいい」

 

 「それは……」

 

 「何も難しいことを言っている訳じゃない。嫁からの通信のログも残っている。様子がおかしいと、貴様が動かないと言っていた。何をしていたんだ?」

 

 共通の疑問だった。救助を終え、帰投するのみとなったあの時、箒は動かなかった。一夏は箒に声を描け続け、異常を察した。そして福音の再起動と白式の撃墜。端から見れば、箒の異常はこのイレギュラーな事態と何か関係があるように見える。間接的に箒が一夏を殺したようにも。疑うべき点、聞くべき事、知るべき事、それらは無数にあった。

 

 鈴が、箒が間接的に一夏を殺した──箒の行動が起因となって白式が撃墜された──と憤る中、シャルとセシリアは 鈴程の激情は持ち合わせてなかった。シャルは予感が当たったことに対しての悲しさと後悔。セシリアは未だに感じ得ない現実感と、諦念にも似た感覚。最も、単に激しい感情が遅れているだけなので、時間が経てば鈴と同じように暴れだす可能性は大いにある。

 

 ラウラは極めて冷静に箒に問いかける。強い言葉は使わない。穏やかな、角の立たない言葉を選びながら訊く。そう、装う。

 

 「気が抜けていたんだ……余りにあっさりと……戦闘が起きなかったから……」

 

 ふぅん、と返す。淡泊な返事には、何も感じられない。ラウラが何を考えているか箒には分からない。

 

 「それだけか?」

 

 「あぁ……」

 

 「嘘だな」

 

 「何を……!!嘘などついてない!!」

 

 「行動に関してはな。ただ、呆けていたんだろう。だが、戦闘にならずに気が抜けていた?嘘だろう?残念だったんじゃないか?戦闘にならなくて」

 

 「そんなことは……」

 

 「貴様は無いと言う。頭ではそう考えているからな。でも、人間は存外正直な動物だよ。出撃前の顔を見せてやりたいな。随分と楽しそうだったじゃないか、戦場に、初めての実戦に行く割りには。新しいオモチャで遊べるとでも勘違いしていたのか?」

 

 「ふざけるなッ!!私は真剣だった……でも、」

 

 「でも、何だ?嫁が墜ちたのは仕方なかった、私のせいじゃない、とでも言うつもりか?案外薄情なんだな。嫁のことを好いているとは思えない」

 

 「誰もそんなことは言ってないだろう!!」

 

 「そうだな。言ってないな。まぁ、そう推測出来るぐらいには貴様のやらかしたことは大きい。あのほんの数瞬、貴様が某かの感傷に浸ってる時間が嫁の命を奪ったとも言える。理解しているから、鈴に殴られていたんだろう?」

 

 顔が青くなる。自身の行動が人の死に繋がったという実感。事実は変わらず、相手も悪かった。今更ながら、手が震える。唇と歯は上下が噛み合わない。恐怖と罪悪感が沸き上がる。薄れていた現実感があるべき場所へと還った。フラッシュバックが起こる。閃光と熱と、光に掻き消される視界と幼馴染みの顔。傷一つ無い自分。

 

 絶叫。冷ややかな視線が刺さる。自分の欲が想い人を殺した。姉に謝りたいが、その姉の作った力を以て想い人に追い付きたい、守りたい。醜悪な二律背反。全てを正しく認識した。

 

 パチン、と乾いた音。

 

 「うるさいよ」

 

 シャルが半狂乱の箒に平手打ちした音だった。ラウラは内線を繋いだ。発令所へだ。

 

 「医務科のカウンセラーを一人お願いします。えぇ、一人です」

 

 声色は終始冷ややかな物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「連絡がつかない?」

 

 鋭い声色で千冬は言った。吐き捨てたと言ってもいいぐらいには刺々しい言い方だった。

 

 「はい、位置情報も捕捉出来ず、通信も途絶していて」

 

 コアネットワークを介して通信を繋げようとする。しかし、それすら繋がらない。心が重くなる。平静を保つ事でさえ苦しいのに、一番手を借りたい相手がいない。何もかも放り出して、戦場に出たい。何でもいいから、八つ当たりかもしれないが出撃させろ。予備の打鉄を寄越せ。諸々を圧し殺して、千冬は立っている。もう意識を手放してしまいたい。

 

 村上が肩に手を置いてくる。何も言わずに側に立っている。それでも小さく、耳打ちした。

 

 「まだ、駄目だよ。諦めちゃ駄目」

 

 何を諦めないというのだ?一夏は死んだ。福音を墜とすことか?仕事だものな。美徳だよ、ワーカホリック。弟の死より、家族の死より仕事を優先しなきゃならないなんて、いい職場だ。

 

 「委員会から、作戦続行との命令です……残存戦力を投入し、福音を撃墜しろと……」

 

 「ふざけるな!!」

 

 投影ディスプレイの照射機を蹴り壊した。腹の底から怒声だった。

 

 「これ以上どうしろと言うんだ!?全滅するぞ!?奴は二次移行(セカンドシフト)した。専用機持ち共じゃ勝ち目は無い。みすみす死にに行かせるような物じゃないか!!」

 

 「しかし……」

 

 「あぁ、分かってるとも。やらなきゃいけないなんて、重々分かってるさ……。クソが。余程、殺したいらしい。人柱が足りないとでも……?」

 

 千冬は拳をきつく握った。血が滴る。

 

 「一夏が……一夏だけでは満足しないのか……あいつらは、何がしたいんだ!?連中は何を考えている!?束は、石井は何を……」

 

 私にはお前たちが分からないよ、そう漏れた言葉。千冬はいっぱいいっぱいだった。込み上げる物を挽き潰して、せり上げる物を押し留める。

 

 「専用機持ちを集めろ。ブリーフィングを行う」

 

 止まれない。止まったら、もう動けないから。

 

 

 

 




 クロエに与えられたのは、大きな銃と小さな幸せ。

 じゃなくて




  倫理?あまりにも狭小な。いや、このタイトルを見ればもはや言う事は無い!
 数年の空隙を埋めて余りある衝撃。膨大な、あまりにも膨大な良心と常識の意味なき損耗。
 そう、これが家族だ!これが石井さん家だ!!遺伝確率0分の0
 血縁なきは家族するのか?義理の娘クロエ・クロニクルの恐怖の誘惑
 背徳の舞台は存在するか?「崩壊倫理イシイズモラルハザードファイルズ」
 いやいやいや、石井さん家そのものが倫理欠如体なのだ!



 っていう嘘予告その2です。やりません。

 御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!



 


 何度も言うけど、箒アンチじゃ無いからね!?


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anti―no―my♯resurrectio♯lux

 戒めは灯、教えは光である。

      
            『箴言』第六章二十三節


 湖面に雪が落ちる。 

 

 他愛の無い話をした。学園の話。友人たちの話。千冬姉の話。色々教えてくれる憧れの先生の話。どうでもいいくだらない話もした。それらを彼女は笑顔で聞いていた。本当に楽しそうに、時折紅茶を口にし、空になった俺のカップにおかわりを注いでくれた。

 

 酷く長い時間こうしている気がする。でも、五分も経っていないような気もする。ふと、そう考えると、

 

 「続けて?あなたの話をもっと聞かせて欲しいのだけれど?」

 

 「あぁ、でも随分と長く喋っている気がするんだ。まだ修復ってやつは終らないのか?時間は大丈夫なのか?箒たちは……」

 

 「問題は無いよ。ここでは時間は意味を持たない。夢なんだから。現実に支障は無いさ。後少しばかり、私とお茶会を楽しんでいれば君は目を覚ますよ。然るべきタイミング、君が出るべき場面に出るよ」

 

 カップを両手で包むように、暖かさを感じるように持った彼女は変わらず、難解な言い回しで答える。紅茶を啜る。

 

 「なぁ、俺の話なんて聞いてて面白いか?」

 

 単純な疑問として、それは当初からあった。お世辞にも俺は自分が面白い人間だとは思ってない。十五、六年間の生涯を振り返っても、面白い出来事なんて思い当たらない。物心ついた頃には両親は蒸発していたし、家には一人でいることが多かった。千冬姉は忙しそうで、箒の家に預けられることが多かった。その流れで剣道をやることになったが、正直俺は箒の親父さんが苦手だった。確かに剣道を教えてくれる事や、俺を預かってくれている事に関しては感謝していた。だが、親父面されるのは嫌だった。俺が大人の男との関わりが無く、そういう存在に戸惑っていたというのもある。しかし、俺の家族は千冬姉だけで、血の繋がりも無い他人が家族面をして俺の頭を撫でたり、叱ったりすることに気持ち悪さと嫌悪を覚えていた。何が家の子も同然、だ?俺は篠ノ之じゃないし、あんたの息子でも無い。という具合に内心ボロクソに言っていたものだ。何の話かは分からないが、千冬姉に親父さんが頑張れと言っている場面を見た。その日は自分の部屋から出なかった。千冬姉はもう頑張っている。夜遅くまでバイトして、学校行って、バイトして。あんなに頑張ってるのに、それなのにあんたはもっと頑張れっていうのか?本人の苦しさも知らない癖に、両親に囲まれて育った癖に分かったような口を訊くあんたは何なんだ?

 

 箒の姉ちゃん、束さんの事もあった。あの家はどうも束さんを嫌ってるようだった。ガキの所見だったが、そう思った。親父さんとお袋さんは逃げてるようで、箒に関しては無闇矢鱈と噛みついているような印象を受けた。別に束さんの人格に問題があるとは思わなかった。寧ろ話しやすい人だと思った。よく暇潰しの相手になって貰った。あの頃から天才だなんて呼ばれていて、排他的だけど、身内や認めた相手にはベタベタしていた。

 

 稽古が終わって道場でぼうっとしていると束さんが来てアイスをくれた。二つに割るタイプの物で、味は決まってチョコだった。冬はココアで、春や秋は紅茶。砂糖を沢山入れて甘くして飲むのが束さんの飲み方だった。

 

 「そんな顔してると、ちーちゃんが心配するぞぉ?ほら笑え、笑え」

 

 時折、そう言いながら束さんはアイスを食べてる俺の頬を引っ張った。聞くと、酷い顔をしていたらしい。ストレスか稽古の疲れかは分からないが、確かにその時の俺はやる気やそう言った物を無くしていた。親父さんや箒にバレれば怒鳴られる事は間違い無かった。そんな俺の頭を太股に押し付けて束さんは言った。

 

 「少しは肩の力を抜きなよ。ここが君にとって、居心地の悪い場所でも、そんなに肩肘張っていたら皹が入っちゃうよ?スライムになれ!!」

 

 何だかんだ、俺が潰れなかったのは束さんのおかげだと思う。その後は、白騎士事件が起きて、箒たちは引っ越して俺が無為な数年を過ごして今に至る。何の面白味もない人生だ。

 

 「面白いよ。すごく面白い」

 

 彼女はカップに紅茶を注ぎながら言う。靄が掛かっていて見えないが、笑っているのだろう。

 

 「私はあなたの話を聞いているだけでいいの。あなたがどういう道を歩いてきたか、今どういう道を歩いてるのか。あなたにとってはありきたりでつまらない物だとしても、私にとっては宝石みたいに輝いて見えるんだよ。あなたは特別な存在だから、あなたの周りはすごく綺麗な一枚の風景画みたい」

 

 「そうなのか?それに、特別な存在って?」

 

 「特別な存在はそのままの意味だよ。自分の存在の特異性については正しく認識している?」

 

 「よく分からないな」

 

 「あなたは何から何まで特別なんだ。あなたの姉、姉の友人、あなたの単一仕様能力(ワンオフアビリティ)。全て、特別。その資格があった。本当の一人目なんだから」

 

 「本当の一人目?」

 

 「本来、男性操縦者は一人だったんだよ。あなたしかいなかった。新しく誕生する事は無かった。これは初めから決まっていた事だよ」

 

 「でも、じゃあ石井先生はどういう事なんだ?あの人が一人目だろう?おかしいじゃないか」

 

 「うん。おかしいよ。でも、あの人は真性の例外(イレギュラー)だ。本来存在する筈の無い二人目(一人目)。黒い鳥。猟犬。予期してなかった事態だったよ。あれほどの存在が出てくるなんて、驚いた」

 

 「つまり、どういう……」

 

 「よく分からない。こう言うしか無いね。まぁ、そんな存在が見出だした可能性という点もあなたを特別足らしめる一因なんだけどね」

 

 可能性や資格。例外と特別。理解できない物ばかりが増えていく。本来存在しないとか初めから決まっていたとか、これではまるでプログラムに沿って生きているようではないか。俺の何が可能性なんだ?資格とは何だ?何が特別なんだ?そもそも、目の前の彼女は何なんだ?名前も知らないし、知ろうともしなかった。それを疑問にも思わなかった。明らかにおかしいだろう。ここは、本当に夢か?

 

 「うん、大分修復が進んだようだね。そのせいであなたの頭の中がぐちゃぐちゃになっていると思う。疑問や不審が沸き出てくるよね?どうやら、フェーズシフトの際に負荷が掛かったみたいだ。ごめんなさい。こちらの落ち度だね」

 

 テーブルと椅子が消える。湖面は白く濁り、いつの間にか積もった雪が凍り始める。空は暗くなり星が瞬き始めた。再び、焦点がズレ始める。立っていられない。膝を着いて、氷の床に倒れこむ。冷たさは感じない。

 

 「何が……?」

 

 「お開きの時間が来ただけだよ。夢は覚めて、あなたは戦いへと戻っていく。私はそれを今まで通りに見守る。それだけ」

 

 「戻れる……のか?」

 

 「そうだよ。あなたとのお茶会は本当に楽しかった。ありがとう、織斑一夏。何となく、あの人が可能性を見出だした理由が分かったような気がするよ。また、一緒にお茶をしよう。まだまだ、あなたの話を聞きたい。善い話も、悪い話も。私にあなたを理解させて欲しい。あの子とあの人のように、私もあなたとならまた新しい形を得られるかもしれない」

 

 「よく分からないけど、一つ教えてほしい。君の名前を教えてくれ」

 

 薄れる意識と遠退く感覚の中で俺は彼女に訊いた。きっと、彼女とはまた会う。確信があった。どんな形であれ、俺は彼女に助けられ、今後も彼女の世話になるだろう。知る義務があった。

 

 「名前ね。私やこの場所では名前も時間同様に大した価値は持たないの。だから、私には名前は無い。でも、そうね……ニクス。ニクスと呼んでよ」

 

 ニクス。その三文字を噛み締め、頭に焼き付けて俺は意識を手放して、目を閉じる。聞こえたかは不安だが、ありがとうと言う。また会おう、とまでは言えなかったけれど。

 

 

 「うん。そうか。あれが『特別』か……。悲しいな。いくら才能があっても、あの人には勝てない。いつか、あなたが可能性を開花させた時、あの人は……。黒と白は交わらない。だから、私は私に出来ることをしなくちゃ……評決の日までには……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 大気が沸騰したと錯覚する程の熱が放出される。極光、青い光は一帯を白く塗り潰し、ホワイトアウトに似た物を起こさせる。焦げた臭いが鼻をつく。

 

 背後からの衝撃を感じる。オレンジ色の機体が背後から蹴りを入れたようだった。腕には見覚えのあるパイルバンカー。

 

 「ちょっとばかり、効くからね?」

 

 しかし、それは福音の記録にある物とは比にならない威力を持っていた。有澤重工製パイルバンカー『KIKU』。シャル・有澤が搭乗する、有澤重工製試作型第三世代機『RAKAN』に搭載された新兵装。従来のパイルバンカーと一線を隔す威力を叩き出す凶悪極まりない切り札。しかし、

 

 『Aaaaaaaa──!!』

 

 同じ轍は踏まない。新しく発現した高熱量のエネルギーを圧縮した翼でシャルを薙ぎ払う。それに吹き飛ばされるシャルだが、ただではやられない。RAKANの装甲は非常に堅牢だ。しかし機動性を低下させない。そしてもう一つ、ギミックがある。

 

 福音が炎に包まれる。それは内装系へと負担を掛ける。装甲内に作られた格納スペース。そこに仕込まれた対IS用発火(ナパーム)ロケットが福音を焼く。鎮火させようと、海中へ向け急降下する福音をオレンジの機影が追う。右手にはKIKU、左手には火炎放射機『NICHIRIN』。RAKANが突っ込んでくる。しかし、二次移行(セカンドシフト)した機体には、いくら第三世代機と言えども通常の機体では追い付けない。このまま行けば、海中へと浸入、そこを鎮火に成功した福音に狙われてやられてしまう。

 

 海中へと突入しようとする福音の動きが止まる。見えない鎖に繋ぎ止められたかのように機体を震わせ、海上数メートルで静止している。そして数瞬遅れて福音の周囲を青いビットが取り囲み、掃射を始める。不可視の砲弾が着弾する。ミサイルと狙撃が爆ぜ、貫く。側面からは高濃度のエネルギーを限界まで圧縮した紅色の斬撃が飛来する。そして、KIKUとNICHIRIN。

 

 シュヴァルツェア・レーゲンのAIC。ブルーティアーズのBT兵器と狙撃。甲龍の衝撃砲。紅椿の高エネルギーを圧縮して飛ばす斬撃。RAKANのパイルと熱攻撃。全ての機体の最大火力を一点に収束させた攻撃。全てが着弾し、NICHIRINの炎に照射された福音の機体表面温度は八百度を越えた。そこに打ち込まれたKIKU。福音は海中に墜ちる。

 

 そして何事も無かったかのように、海中から上がり唄いだす。

 

 『福音、損傷率二十六パーセント……ラッパが来ます!!散開してください!!』

 

 直後、再び極光が辺りを覆う。 二次移行(セカンドシフト)を果たした福音の新兵装、『黙示録のラッパ(アポカリプストランペット)』。背後に発現した翼がエネルギーを収縮させ、それを放出する。白式を墜とした兵装でもある。

 

 この時点で戦闘が開始されてから十五分が経過していた。二次攻撃、作戦の第二段階として委員会が提示したのは残存戦力を全て投入して福音を撃墜するという物。つまり、第二防衛ラインにいた専用機持ちだけで福音を撃墜しろというのだ。ラプターは三沢へ帰還し、通信は繋がらない。意図的に切られていた。

 

 作戦は単純。兎に角、撃つ。それだけだった。敵機の情報はゼロ、予備の打鉄は旅館の警備に回っている。たった五機で死にに行く。命の値段が途端に安くなるように思えた。箒には鎮静剤と向精神薬を投与して無理矢理引っ張り出した。そうしなければ、生存率はぐっと下がる。慎重に攻めなければならない、しかし絶対に墜とさなければならない。八方塞がりという言葉がそのまま当てはまる状況だった。

 

 「弾は?」

 

 「カツカツ。でも、まだ大丈夫。まだやれる。そっちは?」

 

 「幸か不幸か、実弾兵装は積んでないから。その手の心配は大丈夫よ。意気込みって事なら、まだまだ。墜とすまで、墜ちないから。ラウラは?」

 

 「レールカノンの砲弾はまだ余裕がある。だが、パンツァー・カノニーア(砲戦パッケージ)はパージしたから、威力は期待しないでくれ。あんな物付けてたら、今頃水底だ」

 

 シャル、鈴、ラウラが再び仕掛ける。シャルが背部兵装のグレネードキャノンを撃つ。続けてジャマーロケットでレーダーに極微量ながらジャミングを掛ける。無いよりはマシだ。そして爆煙の中から鈴が飛び出して斬りつける。刃が止められた瞬間に零距離で衝撃砲を発射。即座に距離を取る。鈴が福音から離れると同時に福音にレールカノンが着弾。福音の体勢が崩れる。そこに箒が一太刀入れる。

 

 福音は未だ健在。そして、翼を振るう。光弾が撒き散らされ、近辺に展開していた四機が被弾してしまう。損傷率平均六十パーセントオーバー。離脱を推奨するレベルのダメージ。ガワはいい。内装が想定よりも酷かった。このまま戦闘を続行すれば、被弾云々より早く不時着か爆散。

 

 射程外(アウトレンジ)からのセシリアの支援も精細さが欠けてきていた。遠距離からのビットの操作は彼女の脳に大きな負担を掛けていた。それと平行しての狙撃。通常の何倍もの負担で、頭は割れそうな痛みに纏わり付かれ、正確な操作が出来なくなっていた。ここまでやって、三割弱しか削れていない。

 

 翼が増えた。一対二枚が二対四枚に。光が収束する。本能が叫ぶ。全力で逃げろ、死ぬ、と。でも、避けられない。機体が動かない。ECMでも無い、仕掛けが分からない。

 

 光が放たれる。ラッパが吹かれる。

 

 そして極光が視界を潰す。

 

 『不明機……IFFに反応……?海中から……これは……嘘!?』

 

 福音が白い柱に呑まれた。

 

 『白式……再起動……』

 

 誰かが描いた、予定調和の脚本が破り捨てられた。

 

 

 

 




 減り続けるお気に入り、下がり続ける評価。

 どうせみんないなくなる。

 そんな感じで思い付いて止めた没ネタ。







 一夏「ラウラ……」

 ラウラ「嫁……なのか……?」

 一夏「システムとクロッシングしたい。白式と同じように出来る筈だ」

 ラウラ「今更お前が……何を……」

 一夏「ラウラ、お前はこの学園だけが楽園だったって言った。俺はその意味も、お前が考えてることも分からないまま、ただお周りが言う通り戦った。だけど今は……少しだけ……分かる気がする」

 ラウラ「……何が分かった?」
 
 一夏「お前が……苦しんでたことが……。俺たちが何も知らない時から、お前は学園を守ろうとしてくれた。千冬姉のときも、束さんのときも、お前ひとりで痛みを背負ってた。お前は決して……」

 ラウラ「……その機体の識別コードは?」

 一夏「00-ARETHA」

 ラウラ「クロッシングのために機体を登録する……五秒待て」

 一夏「ラウラ?」

 ラウラ「すぐに済む」









 最も危険な罠、それは家族。巧まずして仕掛けられたベッドの闇に眠るお父さんっ子(意味深)。それは、突然に目を覚まし、束の間の休息を打ち破る。自宅は巨大な罠の筵。そこかしこで信管をくわえた不発弾が目を覚ます。
次回、『罠』。石井も巨大な不発弾。自爆、誘爆、御用心。


 という嘘予告その3。やりません。

 御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!



 毎回、誤字報告を下さる読者様、本当に助かってます。ありがとうございます。至らぬ作者なので、今後ともドンドン指摘してくださるとありがたいです。





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anti―no―my♯possibilitas♯violentus



 ハンニバルはいかに勝つかということを知るも、いかに勝利を利用するかを知らず。


                        プルタルコス 「英雄伝」より


 

 圧倒的。その一言に尽きた。

 

 機影は閃光と化し、凡そ視認できる速度域には無かった。幾度となくぶつかり、互いを墜とそうとする。一方は貫いて、一方は光で消し飛ばそうと。雪のように無垢な白と、銀のように輝く白が舞う。

 

 白式・雪羅。再起動した白式は二次移行(セカンドシフト)を果たした。新たに発現した武装、『雪羅』の荷電粒子砲による直下からの奇襲により福音は損傷率を大幅に上げる事となった。その構図は意趣返しか、再現か。白式が撃墜された時と同じ物だった。

 

 雪羅が福音の装甲を掠める。格闘戦を想定されて取り付けられたその鋭利な爪の一つ一つには零落白夜が纏っている。掴まれる、貫かれる、その爪に触れてしまう行動、結果の全てが福音の死へと繋がる。装甲を掠めただけで、抉れて内装が顔を覗かせる。銀の鐘(シルバーベル)を展開し、弾幕を張って距離を取っても、それを掻い潜り喉元にその爪を突き立てようとしてくる。

 

 福音はこの状況に於ける最適解を思考する。自分と同じフィールドに立った強者との戦闘は福音にとって、好ましい物とは言えなかった。福音の本領は格下の有象無象を皆殺しにする殲滅戦。二次移行を果たした近接格闘機とのドッグファイト、こと白式との戦闘は避けるべき物であった。故に、初めに白式を墜としたのだ。専用機六機の中で一番の脅威足り得るのは紅椿ではなく、白式だから。そしてこの状況は福音、そして背後にいる者にとって別の意味も持つ。そこから導きだされる結論、最適解は撤退。福音はスラスターを全開にする。ソニックブームが発生し、一気にトップスピードに到達する。これまで散々、蹂躙の限りを尽くして来た者とは思えない程の全力の逃走だった。

 

 しかし、福音の機動は止まってしまう。左腕を掴む大きな純白の手。そして、それは容赦なく腕を握り潰した。美しい唄が響く。悲鳴というよりは嘆き。逃れられなかった事への嘆き。白式に増設、強化されたスラスターは容易に福音の尻尾を掴んだ。

 

 すかさず、右腕も掴む。無理な方向へ捻り、剥奪する。人の身体ならば腕を三百六十度捻り切った形だ。両腕を奪った。損傷率、七二パーセント。

 

 白式を蹴り、距離を作った福音は翼を顕現させた。最大稼働。三対六枚の翼。凛然と輝く翼に光が収束していく。尾を引きながら一点へ圧縮され、放出されようとしている。

 

 白式の左腕──雪羅に紫電が走る。爪が青白く輝き、オーバーフローしたエネルギーが稲妻となり放出される。ジェネレーターは限界寸前。何とか規格に収まる程の力。零落白夜の新たな姿。可能性の一端がここに花開く。

 

 閃光と閃光の衝突は凄まじい余波を起こした。海面は荒れ、波打ち、今にも割れそうな様相を呈する。終末をもたらす光と必滅の一撃。大気が逆巻き、雲が出来る。夜闇は消え、光が満ちる。二次移行機(セカンドシフトマシン)同士の一騎討ち。次元の違う戦いに、専用機持ちたちも発令所にいる者も、ただただ口を開け、傍観者に徹する他無かった。

 

 エネルギーを消滅させ、消滅させられた傍から、また新たな、膨大なエネルギーを送り込み、それをまた消滅させる。千日手とも言えるようなぶつかり合い。黙示録のラッパと零落白夜は拮抗していた。これは福音のジェネレーターの性能の高さのおかげであると言えるだろう。零落白夜の処理速度を越える効率でエネルギーを生成し、ラッパへ回す。土壇場に於いて、闘争の中で福音はもう一つ進化したのだ。両腕をもがれ、満身創痍の状態でのその現象は闘いの中にある可能性を示す物だった。

 

 翼に皹が入る。光は細くなり、切り開かれていく。

 

 『あ゛あ゛──あ゛あ゛Aaaa──あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛aa──あ゛あ゛Aaa──あ゛!!』

 

 それは誰の声か。美しい唄は聞こえず、鬼気迫る叫びが木霊する。それは酷く人間味に満ち、否、人間そのものだった。

 

 掻き消される。極光は白夜に裂かれ、御使いはその胸を貫かれた。福音は失墜した。

 

 『──これで──いい──』

 

 ハスキーな女の声だった。誰の声かも分からない。ほんの一瞬、一言だけ。ノイズ混じりの通信だった。そして福音は完全に停止した。翼が砕け、霧散し、雪を降らせる。夢のような光景。専用機持ちたちはその光景と空に佇む白式──一夏を見ていた。

 

 菫色の空と燃える雲。空の彼方、地平線から暁光が海を照らす。眩しさに目を細めながら、終わりを実感する。

 

 ラウラが変わらず佇んでいる一夏に声を掛けようとした時、発令所からの通信が入る。

 

 『所属不明機一機、IFFに反応無し……そちらに急速接近中!!戦闘体勢を……』

 

 『あ、その必要はないよ?』

 

 場の緊張を壊す、甘ったるい気の抜けたような声が通信に割り込んできた。篠ノ之束だった。

 

 『あっちには、いしくんがいるから。君たちはさっさと撤退してね?多分戦闘にはならないと思うけど、万が一があるから。いっくんを担いでとっとと帰りたまえよ』

 

 夜が明ける。織斑一夏の夢も覚める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 海上に二機のISが対峙していた。漆黒の全身装甲(フルスキン)。そして、黒と血のような赤を要所に散りばめた機体。

 

 「久し振りね。猟犬。ご機嫌いかが?」

 

 「いつも通りだ。変わりはない」

 

 「いつも通り飼い主に尻尾を振ってるのね?犬らしいわね。本当に残念だわ」

 

 朝日が二機を照らす。猟犬は装甲の下で顔をしかめた。この女と話すのはごめん被る、嫌いだ、と。嫌いな朝日と相まって、今の彼は嫌いな物を二つ突き付けられている状況だ。心底忌々しそうにライフルを握る。

 

 「ねぇ、あなたこちらに来ない?」

 

 ほら、まただ。また始まった、と舌打ちをする。猟犬が目の前の女と話すことを嫌がる所以がこれだ。彼は辟易していた。

 

 「何度も言うが、私はそちらに付くつもりは無い。しつこいぞ」

 

 「何故かしら?私はこんなにもあなたを求めているのに……」

 

 女は装甲越しに下腹部を擦る。

 

 「私を墜としたあなたならば、私のパートナーとして十分……いや、十二分なのに。ツンドラの大地に叩き落として、そのライフルで私の身体を貫いたあなたなら。いえ、それ以前にあなたはこちら側の人間だと思うのだけれど。どうしてあんな気狂い兎のペットなんかやってるのかしら?あなたはそんな殊勝な人間じゃないでしょう?」

 

 「買い被りにも程があるな。私は一介の、どこにでもいるような凡百の存在だよ。お前の言う殊勝な人間かどうかは置いておくとして、彼女と私の間には契約があるのでね。そう易々と飼い主に噛み付く気は無い。それに、私はお前が苦手だ。何故、そうも私に付き纏う?」

 

 あなたが欲しいから、と女。冗談じゃない、と猟犬。互いにある程度面識があるせいか、一触即発の状況でも表面上は軽口を叩く程度の余裕はあった。

 

 「冗談を抜きにするとね。我々はあなたの力が欲しい。その圧倒的な暴力が。世界を壊せる力がね。我々の悲願には強い力が必要なの」

 

 「それで世界を変えるとでも?」

 

 「えぇ、あるべき姿に戻すの」

 

 「笑わせないでくれよ、アート。お前らの言うあるべき姿と言うのは、人間が何の意義も持たずに壊死していくだけの無菌室だ。それは結果的に終わりを早めるだけだ。ある意味では地獄(ад)とも言えるな。お前の名と同じだ。進化を許されない、袋小路に入った世界だからな。全ての人々が争わずに済む世界など存在しない」

 

 「それでは、このまま世界の流れに身を任せろと?いずれ来る、世界中が、この星が燃える程の争いを何もせずに迎えろと?争いを、戦争を、死を肯定しろと?ふざけないで。闘いの先に何があるというの?何も無い。何も残らないわ」

 

 いいや、と猟犬は否定する。地獄(ад)の名を背負う女──アートを否定する。それは以前の猟犬には出来なかった事だ。しかし、可能性が芽吹き始めた今、彼は確実に、断固としてそれを否定できる。

 

 「私も前まではそう思う時があった。矛盾する二律背反に悩まされた。だが、今なら。織斑一夏が、白式が、福音が可能性の一端を発現させた今なら、はっきりと言える。闘いこそが人間の可能性だ。その先に答えがある。彼は世界を変える。そして必ず……」

 

 猟犬は黙る。彼が見出だした可能性の先、その結末。予測される未來。大きな不確定要素。希望的観測が頭を巡る。彼の争いを忌避していた心、それと共通した因子を持つ織斑一夏。後天的な物では無く、先天的に備わっていたそれは彼の機体──白式に確実に影響を及ぼしている。

 

 「逆にお前たちが介入することによって更に混迷を極めるだろうな。今回の一件で、パワーバランスに大きな皹が入った。もう、戻れない。お前たちも理解しているだろう?既に流れに巻き込まれていると」

 

 「それでも、逆らう事は出来る。そんな物に賭けて、滅びを座して待つなんて冗談じゃない」

 

 「だから織斑一夏を殺す?」

 

 「えぇ。あれは危険よ。首輪の付いてない狂犬よ。あなたのように物を考えられるだけの頭を持っている訳でも無い。誰にでも噛み付く、何処にでも飛んでいくイレギュラー。私たちだけじゃない。他の勢力も危険視し始めるでしょうね。だから、今殺すの。確実に殺せる、今ね」

 

 「そうか。なら、私はお前を通す訳にはいかないな。少なくとも、私は彼を評決の日までは守らなくてはいけない。彼が答えに辿り着くまでは。芝居は終わった。もう、演者はいらない。元より、亡霊共に役等無いがね」

 

 だがまぁ、と猟犬は一拍置く。

 

 「そろそろ帰る時間だと思うのだが?」

 

 アートの機体に通信が入る。それは撤退命令。覆る物では無かった。

 

 「お前の上は案外と頭が回る。だから分かったんだろう。お前の単一仕様能力(ワンオフアビリティ)では墜とせない、逆に戦力を失う、と。いくらシングルナンバー同士の連戦とはいえ、今の白式には勝てない。一夏君相手に出直してくるんだな」

 

 歯軋りをする音と拳を強く握りしめ装甲が軋む音。アートは何も言わずに身を翻し、去っていく。

 

 残された猟犬──石井は溜め息を吐いて、燦々と輝く朝の太陽を見る。カメラアイが目と同様に細まる。腹が減った、そう呟いて石井もその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 崖の上、満足そうに笑う女が一人。余程機嫌が良いのか、鼻唄を歌っている。

 

 「いやぁ、いい朝だね。ちーちゃん」

 

 その背後には黒いスーツを着た女がいた。鼻唄を唄う女、束とは対照的に千冬は今にも束を噛み殺さんとする程の鋭い視線で睨み付けている。

 

 「説明しろ、何もかも」

 

 うぅん、と束は唸る。形の良い顎に手を当て、空を眺める。

 

 「まずは、お疲れさま。つまらない劇の役者になった気分はどうだった?」

 

 「今回の件は全てお前たちの仕業か?」

 

 まさか、と束。鼻で笑った。

 

 「まぁ、今回の件はね、委員会と機構……というよりは企業が仕組んだんだよ。いしくんは初めから気づいてたけど、ごり押しして何とかするつもりだったみたい。全部墜として、お客さんもお帰り願うつもりだった。でも、少し事情が変わってね。私が出て、久し振りに猟犬として仕事して貰ったんだよ」

 

 「仕組んだ、とは?」

 

 「そもそも、福音を暴走させたのは委員会さ。福音の中に、新型の無人操縦プログラムを仕込んで起動させた。厳密に言えば、暴走なんかしていない。あれは正常に機能していた。そしてラプターにも同じようにプログラムをインプットした。ただ、福音とラプターとでは中に入れたプログラムのタイプが違うみたいだけどね。電子化してインプットした元人格の残留率の違いだったかな?福音の方が書き換えが緩い方だったみたいだね、最後に元の人格が出ていたし。これが今回の件が仕組まれた要因の一つ、新型の無人操縦プログラム、『ファンタズマ』のテスト」

 

 「電子化してインプット……?何を?」

 

 「思考、意識、人格。人の魂と言うべき物を」

 

 千冬は口を噤む。言いたい事は山ほどあるが、それよりも聞くべき事の方が多い。それで、と次を促す。

 

 「二つ目、いっくんの排除と福音の二次移行。これに関しては、理由は分からないなぁ。多分、一部の連中がいっくんが予想以上に結果を出しすぎて目障りになったとかなんじゃないかな?いしくんみたいになるとでも思ったとかね。本命は福音の二次移行だけど、これは上手く行ったね。ラプターと戦わせて、データを取りつつ、福音へ二次移行を促す。つまり、いっくんは片手間さ」

 

 「人の弟を片手間で殺すだと?」

 

 「連中に怒っても仕方ないよ。君に何が出来る訳でもないんだから」

 

 親友の珍しい辛辣な言葉に千冬は驚いた。これまで、自分には向けられた事の無い君、という二人称。薄く開かれた目。彼女には眼前の女が全く知らない別人に見えた。

 

 「三つ目、最後はパワーバランスを壊す目的。現在の国家が力を持つ世界に皹を入れてパワーバランスを歪める狙いがあった。そして事実、それは成功した。国家が管理していた福音が暴走。それを企業が開発したラプターが撃墜。しかし、二次移行して再起動し、未来ある代表候補生と織斑一夏を殺害。それを再び企業が墜とす。こんなシナリオだったかな?少しばかり筋書きは変わったけど、先に言ったシナリオと同じように、国家、取り分け世界の警察の威信は揺らいだ。国家という枠組みでのISの管理に疑問を提唱するぐらいは出来るだろうね。企業主体の管理、企業が主体となった委員会や機構による一括管理。それはISだけに留まらない。きっと、あらゆる物を企業が管理するようになる。戦争、食料、資源。そしていつか大きな戦争が起こる」

 

 「それで、それを止める為にお前たちが出てきたということか?」

 

 「違うよ」

 

 事もなさげに、束は言い放った。そんな事はどうでもいい、と表情が語っていた。

 

 「私がしたのは本来のシナリオよりは幾らかマイルドなシナリオを用意したことと、いっくんの生存と安全の確保。別に止める必要は無いし、止められないよ。ちーちゃんや私がどんなに足掻いてもそれは来るよ」

 

 「一夏の安全?生存?何故、一夏と白式は再起動した?それに、二次移行まで」

 

 「いっくんと白式は今後、企業の連中には狙われない。保証するよ。貴重なシングルナンバーコアの二次移行機だからね。おいそれと手を出すバカはいないよ。白式にはフェーズシフトするだけの経験と要素が貯まっていた。だから、二次移行するように仕向けた。それが最善の策だったからね。そしていっくんは予想通り、可能性を開花させた。まだ満開では無いけれど、まだまだ進化していく筈だよ。そしていつか、世界を変える」

 

 「シングルナンバーコアだと!?まさか、あれは……」

 

 「そう、これで九機全て目覚めた。評決の日、いっくんが答えを得たその時、可能性と暴力がぶつかる。その先に本当の答えが出るよ。新たな人類の転換点。全てが焼き尽くされるのか、新しい時代を迎えるのか。それまでは何があってもいっくんは私といしくんで守るよ」

 

 太陽が姿を現した。崖の前をシュープリスが通過した。束は手を振る。

 

 「ISを作る前から狂っていた。いずれ来る終わりが早まっただけ。今更、システムが変わったぐらいで滅びる程、人間は弱くないさ。人類に新たな黄金の時代を……」

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 





 前回の没ネタのせいで、ラウラがマークニヒトに乗って「無に還れェェェェ!!」って言いながら不元気玉とか皆城ドーナツ投げてる夢を見ました

 シャル「ボーデヴィッヒさん謝って」

 特に理由の無い謝罪要求をラウラが襲う。




 私たちは待った、数年の焦燥と共に。瞼の裏に揺らめく大きな背中、甘い香り。
 最早追憶は、倫理と共に時の彼方か。だが、炎は突然に蘇る。ベッドの軋みと父の驚愕。
 イグニッションブーストに載せて脳裏を駈ける遺伝確率0分の0、脳内麻薬の衝撃
 「崩壊倫理イシイズモラルハザードファイルズ」背徳の父娘は存在するか?



 ていう嘘予告その4。相変わらずやりません。

 そろそろ、ボトムズ以外の奴もやろうかなとか考えてます。

 でも、石井家長女クロエ・クロニクル。戦慄の戦略動議発案!!とかもやりたい。



御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!




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夜食


 もうさ、感想欄での需要が多すぎて書いちまったよ……。

 見たけりゃ、見せてやるよ!!

 シリアス明けだから、色々はっちゃけました。




 臨海学校から数日後、クロエ・クロニクルはふと眠りから覚める。見知った天井が視界に入る。時刻は深夜二時十分。床についてから数時間ほどしか経っていなかった。

 

 サイドランプを付け、身体を起こし、ベッドから下りる。特に意味は無かった。しかし、妙に眠気が飛んでいた。目が冴えて、寝付けそうにも無かった。おかしな時間に起きてしまったせいだろうか?クロエは溜め息を吐いて、スリッパを履いてデスクに向かった。

 

 母親のような人物──束に頼まれた仕事を始める。寝る前に保存したファイルを開き、やり残した物に手を付ける。イヤホンを耳に付けて好きな音楽をかける。先日、妹──ラウラに教えて貰ったバンド。音楽やサブカルチャーに関して詳しくないクロエだが、そのバンドは気に入った。ここ数日、作業をする際はずっとそのバンドの曲を聞くほどには。

 

 時間の経過とは早い物だ。集中していれば、尚更時間の経過は早く感じる。何となしに時刻を確認すると、三時。クロエの体感では十分程度しか作業をしていない。気付けば、聴いていたアルバムも一周していた。

 

 椅子にもたれ掛かると、間抜けな音が聞こえた。お腹空いたなぁ、とクロエは独り言ちる。一時間弱の間、集中してデスクワークに励めば、更に深夜の寝起きならば空腹を覚えるのも無理はないだろう。何かしらを腹に入れたくなる。

 

 しかし、ここでクロエに大きな壁が立ちはだかる。それは甘美な誘惑と共にある背徳感。それは謎の罪悪感。それは本能が叫ぶやってはいけない、という危険信号。ドアを開けようとした手が、その先へ進もうとする足が止まる。まるで金縛りにあったかのように、ピクリとも動けない。

 

 夜食。それは夕食や晩飯と呼ばれる食事とは違う、人類が必ずその短いようで長い生涯に於いて必ず対峙する物。朝昼晩三食の秩序から外れた例外(イレギュラー)。全てをふっくらと柔らかくする(デブらせる)、黒い食欲。善か悪かなど決めつけるなど無知蒙昧。それは古来より、遥か昔からただ強大な力として存在する。食欲のやべーやつ。古事記にもそう書いてある。

 

 一般的に、夜食は身体に悪いと言われる場合がある。食生活が乱れる。生活習慣病の原因になる。老化を促進させる要因になり得る。美容に悪い。快眠を妨げる。肥満に直結する。等々と、人は夜食という存在を不倶戴天の敵と認定して日夜闘い続けている。強大な、自分達の理解の及ばない強大な欲求に恐怖し、愚かにも立ち向かい続けている。そしてそれは人類という総体が人という個体にさながら洗脳が如く、刷り込み教育を行い、無垢な人々を夜食との闘いの尖兵として育てあげている。コワイ!!

 

 さて、それは当然としてクロエにも訪れる。身体が動かない?否、動かないことを強いられているんだ!!クロエ・クロニクルという人間の深層心理に刷り込まれた『夜食は……不味い……』という呪いが彼女を縛る。葛藤。吹き荒ぶ嵐のような思考。自分の行動は良いことなのか、という考えが徐々に身体を蝕んでいく。

 

 考えれば、確かに美容に悪いことなどしたくない。うら若き乙女が、態々美容に悪いこと、自分のプロポーションを崩す事はするべきでは無いだろう。何を馬鹿なことを考えていたんだ、とクロエは自分の思考を、夜食という選択肢を一笑に伏した。

 

 しかし、ふと自分の家族と言うべき者たちの顔が頭に浮かんだ。束様なら、ラウラなら、お父様ならどうするだろう?そして家族たちは各々、答えを告げる。

 

 『食べようぜ!!大丈夫!!くーちゃんは太らないから!!(アイドル理論)』

 

 『ペプシとドリトスの組合わせをお勧めするぞ!!姉様!!あ、嫁!!返してくれ!!』

 

 『……私は太りにくい体質なんだ。まぁ、話はこれを食べてからだ(麻婆)。喜べクロエ。君の願いはようやく叶う』

 

 ──その先は地獄だぞ?──

 

 背後から声がする。少しくぐもって、苦しそうな声だった。でも、何処かで聞いたような。覚えのある声だった。

 

 「これがあなたの忘れたもの。確かに、始まりは欲求だった。けど、根底にあったのは願い。この空腹を覆して欲しいという願い……自分の空腹を満たしたかったのに結局何もかも取りこぼした女の果たされなかった願いだ……たとえその願いが自堕落なものであったとしても……私は夜食を求めつづける!」

 

 ──意味が分からない──

 

 身体の硬直は解けた。勢いよく、ドアノブを回し、床を蹴る。自室から飛び出し、向かうはキッチン。もう、あの声は聞こえない。こんなに軽い身体でキッチンに向かうなんて初めてだった。クロエは言う。もう何も怖くない、と。

 

 求めるはカップラーメン。期間限定、ヤサイニンニクアブラカラメマシマシ。いつも食べる前にカロリーや様々なことが頭を過り、踏み出せなかった。しかし、今は違う。今、この瞬間は食欲が全て。好きなように食べ、好きなように満たす。

 

 台に乗り、戸棚を開く。少しばかり高い所にそれはあった。手を伸ばす。ケトルのスイッチは入れた。後はブツを手にするのみ。しかし、それは何の悪戯か、クロエを阻む物は再び現れた。

 

 突然の浮遊感と、背中が床へと引き寄せられる感覚。戸棚が遠退いていく。バランスを崩すというアクシデント。爪先立ちがもたらした最悪のタイミングでの妨害。このまま行けば、床に背中を打ち付け、悪ければ頭も打ってしまうだろう。受け身は不可能。クロエは落ちていく。そして、

 

 「こんな時間に何をしているんだ……君は……」

 

 誰かに受け止められた。低い声、甘い香り。人肌の温もりを感じた。

 

 「お父様……?」

 

 黒のタンクトップを着た石井が立っていた。クロエを後ろから抱き締める形で、受け止めていた。甘い香りは石井が普段から使っているボディーソープの香り。髪が少し湿っている事から風呂上がりだと分かった。

 

 「何時、帰って……」

 

 クロエの質問は最後まで続かなかった。気の抜けるような音、腹が鳴ったのだ。石井とクロエは密着した体勢のままだった。誤魔化しが効かないことを悟ったクロエは顔が熱くなるのを感じた。石井も珍しく、目を丸くしていた。

 

 「腹が、減ったのか……?」

 

 「はい……」

 

 沈黙がキッチンを包む。クロエは視界がぐるぐる回り始め、時折あうあう言い出すようになってしまった。未だに石井とクロエは密着していた。単純に石井が混乱しているだけなのだが、クロエにとっては色々と感じる物があった。何せ、多感な時期である。石井という男はその辺りに関して、稀に教え子を越える無自覚特攻をすることがある。

 

 石井は徐に立ち上がると、冷蔵庫を開けて物色し始めた。そしていくつかの食材を取り出すと、へたりこむクロエに声を掛けた。

 

 「少し待ってなさい」

 

 中華鍋に米や卵、チャーシューを入れて炒めていく姿を隣接するダイニングから眺めるクロエ。思えば、話には聞いてはいたが石井が料理をする姿を見るのは初めてだった。慣れた手つきで中華鍋を回し、調理をする父の姿にクロエは呆けていた。今まで見たことの無い父の姿は新鮮に写った。平行してスープを作っているのか、スプーンで何かの味見をしている。その一挙手一投足を見つめる。避けられない、初めて自分の為に何かをして貰った今日この瞬間を忘れない為に。

 

 然程、時間をかけること無く夜食は出来た。炒飯とスープ。自分とクロエの二人分をテーブルに置き、冷蔵庫から緑色の缶──ハイネケンを取りだしてクロエの前に座って、石井は食べ始めた。それを見て、慌ててクロエも食べ始める。蓮華で炒飯を口に運ぶが、

 

 「あつっ……」

 

 「……ゆっくり食べなさい。別に炒飯は逃げない」

 

 ハイネケンの缶を傾けながら溜め息を吐く石井。クロエはまた顔が熱くなるのを感じた。

 

 「あの……何時、お戻りに?」

 

 「君が寝ている時だ。シュープリスのメンテナンスをしに来ただけだよ」

 

 「そうなんですか……」

 

 ほんの短い会話。それでも、クロエにとっては堪らなく嬉しかった。初めての会話。言葉のキャッチボールだ。拒絶で返されない、心のある会話。

 

 「あの……美味しいです。すごく、美味しいです」

 

 「そうか」

 

 「はい……今まで食べた炒飯の中で一番美味しいです」

 

 「束よりは美味く作れているだろう」

 

 石井は軽くだが笑った。そして、驚いたような顔をした。一気に炒飯を掻き込むと、食器を重ねてシンクに入れて、ハイネケンの缶を手にキッチンから出ようとする。

 

 「食器は朝、私が洗う。シンクに入れておけばいい。それを食べたらさっさと寝なさい」

 

 クロエを見ずに、それだけを言った。足を進めようとする石井。しかし、裾に抵抗を感じた。クロエがタンクトップを掴んでいた。

 

 「あの……御馳走様でした。おやすみなさい、お父様……」

 

 「……あぁ、おやすみ」

 

 懐かしそうな、悲しそうな目をして石井は出ていった。クロエはそれに気付かなかった。テーブルに戻り、食事の続きをしようとするとそこには、

 

 「あ……」

 

 盗み食いをする兎がいた。

 

 「何してるんですか、束様?」

 

 「え、デレたいしくんの炒飯の味見を……」

 

 「束様、朝抜きますね?」

 

 「えぇ!?くーちゃんがマジギレしてる!?反抗期か!!反抗期なのか!!大変だ、いしくんに相談しなきゃ……この怒り方はいしくんそっくりだ……似てしまったのか……正座、麻婆、三食抜き……うっ、頭が……」

 

 「お父様が私の為に作ってくださった炒飯を食べた罪は重いです。ケジメ案件ですね、これは」

 

 「辛辣すぎるよ!!てか、ケジメ!?落とし前、四発、止まるんじゃねぇぞ……うっ、頭が……こんな所もいしくんにも似たというのか……束さんの待遇改善を要求する!!」

 

 夜は更に深くなっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ、くーちゃん。いしくんの炒飯、美味しかったでしょ?」

 

 「はい、とても美味しかったです」

 

 「良かったね」

 

 「……はい。今まで食べたどんな物より美味しかったです。また、食べたいです」

 

 「うん、そうだねぇ。昔、二人でふらふらしてた時はよく作ってくれたよ。いつも炒飯作ってくれって言って、炒飯ばかりは身体に悪いって言われてね。でも、出てくる料理全部美味しくて、太っちゃいそうで。パスタとかも美味しいんだ。たまに、凝った料理も作ってくれたりしてたなぁ。カレーもルゥから作るんだよ、いしくん。変な所で凝り性なんだから……」

 

 「そうなんですか……お父様、料理が本当に上手なんですね」

 

 「その内、また作って貰おう。今日はらーちゃんがいなかったし。食べたいものを沢山作らせてやろうぜ!!部屋で酒飲みながら映画見てばっかで、私たちに構ってくれないクソヤロウが!!あ、くーちゃんお弁当付けてる」

 

 

 

 

 

 

 





 個人的に石井さんには炒飯を作ってもらいたかったんです。

 勝手に頭の中で変換している石井さんのCVで炒飯を作ってもらいたかったんです……。

 石井さん「貴様らに笑みなど似合わない……」

 とか、想像してニタニタしてます。DTB三期を作者はいつまでも待っています。

 石井さんのCV、容姿は各自で脳内補完しよう!!















 委員会と機構の攻撃から二日後、僕らは再び進み始めた
 冷たく暗い荒野へ向かって
 最後の時を、刻み始めた

 過ぎた時は戻らず、希望はいつでも未来にしかない
 君は知るだろう
 未来を求めるには、今を生きる命を使うしかない、という事を

 奪われた命と、分け与えられた命の違いを
 僕らが選んだのは、命の奪い合いを避ける道だった
 それでも殺意は追ってきた
 どこまでも、どちらかが倒れるまで

 暗い道を僕らは進んだ
 光を求めて、多くを犠牲にして
 更なる犠牲と共に、旅の終わりを迎えようとしていた

 次回、転生して気が付いたらIS学園で教師をしてましたEXODUS。第18話、『罪を重ねて』






 ていう嘘予告その5。やりません。どうせみんないなくなる。


 御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!

 誤字報告をしてくださる読者の皆様も、本当にありがとうございます!!


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会食

二話続けて飯の話。

色々と今後の展開を考えると、そろそろタイトルにEXODUSって付けようかなとか考えます。嘘です。

ほら胃ズーン展開にしたらただでさえ低い評価と少ないお気に入りが悲惨なことになるからね。


てな感じで本編です。


 皺一つ無い、ブラックスーツ。同色のシャツとグレーのジレと鮮やかなワインレッドのネクタイ。送迎のベンツから降りた石井は運転手に礼を言って、店に入っていく。ギャルソンに案内され、一番奥のVIP用の個室へと足を進める。

 

 学園から車で四十分程度の、ひっそりと佇むフレンチレストラン。大通りから二つほど裏に入った所にある静かな店だ。IS学園から然程離れていない為、関係者に食事や会談に使われることも多い、隠れた名店。シェフはフランスの有名なホテルで料理長をしていたその界隈では高名な、巨匠と呼ばれる人物らしい。その名前は石井の耳にも入っており、廊下を歩く石井の足取りも何処か軽やかで、はしゃぐ気持ちを隠しきれない子供のようでもあった。

 

 個室には既に人がいた。グレーのスーツを着た筋肉質な男と、ネイビーのスーツとジレを着た眼鏡をかけた男。壁にかけてある有名な画家の描いた風景画を見ながら、ワイン片手に談笑していた。

 

 「遅れて申し訳ありません、先生」

 

 「いや、構わない。我らが早く来すぎただけのことだ。気にするな……」

 

 筋肉質な男、有澤隆晶が言った。石井は、はい、と短く返してもう一人の男へと視線を向ける。

 

 「先生、こちらの方は?」

 

 「外務省の矢田だ。一応貴様の先輩でもある」

 

 学部は違うがね、と付け足し、矢田が手を出す。石井が握り返すと、眩しいほど白い歯を覗かせてにこりと笑う。

 

 「矢田博和だ。北米局でボソボソとやってるしがない公務員。先生が言ったと思うが、一応は君と同じ大学の先輩だ。法学部だけどね」

 

 「先輩、とお呼びした方がよろしいですか?」

 

 「いや、堅苦しいのは好きじゃない。好きに呼んでくれよ。俺は後輩と呼ぶが構わないか?」

 

 「えぇ、矢田さん。お好きに」

 

 まぁ座れよ、と矢田。引かれた椅子に座り、グラスに注がれたワインを手に乾杯する。食前だからだろうか、白ワインだった。聞けば石井が店に着く十分ほど前に彼らは店に入ったという。まだ一杯目らしい。普段あまり白ワインを飲まない石井にとっては、それは久しぶりに感じる風味だった。その嗜好を知る有澤はたまには白もいいだろう、と軽く笑いながらグラスを傾けた。それに同意しながら、石井は鼻に抜けていく香りの余韻を楽しんだ。

 

 「それで、何故国の人間がここに?」

 

 本来、この場にいるべきではない側の人間。矢田が何故この場にいるのか、石井は有澤に訊く。ただの食事の場であるならば、大学の先輩後輩として親交を深めることも出来ただろう。しかし、今日は違う。場違い極まりない、招かれざる客というべきか。恩師が耄碌したのか。いずれにせよ、国家という機構の歯車である矢田をここに置く意味もメリットも無い。

 

 「矢田はこちら側の人間だ。そう警戒せずとも良い。私が分別がつかなくなるほど老いたように見えるか?」

 

 「まぁ、簡単に言うとだ。俺はお前、というよりは、企業側の人間だ。俺の親父は先生の所でアーキテクトをやっててな。親は理系なのに、ガキは文系なもんだから、俺は公務員やってるんだよ。国に忠誠誓って働いてる訳じゃないからよ、そこの所はよろしくな。後輩」

 

 なら良いですが、と再びワインを口にする。そんな石井を見て誤解されては敵わないからな、と矢田が笑う。何分デリケートな時期だ、と石井。人の良さそうな快活な──実際良いのだろう──笑顔でそうだな、と返して矢田は空のグラスをテーブルに置いた。

 

 これで今夜の会食のメンバーが全て揃ったと石井は思った。しかし、一つだけ席が空いている。椅子は四つ。もう一人出席者がいるのだろう、と推測する。矢田はにやりと笑って、まだお姫様が来てないと言う。女性である事は分かった。しかし、見当がつかない。すると、ドアが開いて少女が入ってくる。

 

 ほんのりと薄い化粧とイヤリングを付け、矢田のスーツよりも深いネイビーのワンピースを着たシャルが立っていた。白いヒールとバッグはワンピースとの対比で映え、可愛らしい少女を女性へと押し上げていた。

 

 「お父さんごめんなさい。ちょっと、道が混んでいて」

 

 「なに、石井も今来たところだ」

 

 「そうなんだ……石井先生、矢田さんこんばんわ。遅れてすみません」

 

 「やぁ、シャル。それにしても、びっくりだ。あの可愛らしいお嬢さんがこんなに綺麗なレディになるなんてなぁ。王子様もイチコロじゃないか?」

 

 「矢田さん、あれはそんな簡単には落ちませんよ。シャルさん、今日の私は君のお父上の教え子に過ぎない。そんなに堅苦しくなくていい、好きに呼んでくれ」

 

 「ほら、後輩は簡単に落ちたぜ?王子様も勢いでいけるだろう」

 

 「えぇと、じゃあ石井さんで。一夏は、石井さんの言う通りですよ……中々難しいです」

 

 「矢田さん、酔ってます?」

 

 シャルが座ると、ギャルソンがやって来て、料理を注文した。石井と有澤がメインに肉を、矢田とシャルが魚を頼んだ。石井たちは新たなワインを注文したが、シャルは未成年のためペリエを飲んでいた。途中、矢田が飲んでみるかとグラスを出したが有澤に止められる場面があった。親バカかよ、と漏れた石井の呟きをしっかりと拾った有澤が石井に自分が親バカでないということを認めさせる為に説明し始めたが、それはどこから聞いても親バカにしか聞こえなかった。

 

 「シャルをここに呼んだということは本格的に関わらせるつもりで?」

 

 矢田とシャルが話している最中、然り気無く石井は有澤に訊いた。

 

 「形はどうであれ、シャルは我が有澤重工の跡取りだ。何も知らない、というのは不味いだろう。これからはある程度、このような場にも連れてこようと思っている。今日はそのリハーサルのような物だ」

 

 なるほど、と言いメインディッシュの仔牛のロティを口に運ぶ。確かにこれは巨匠と呼ばれるだけはある、と石井は思う。実に美味い。仔牛肉は脂身が少なくヘルシーで淡白な味なので、さっぱりしている。上品な味わいだった。

 

 「あの、石井さん」

 

 メインディッシュを食べ終え、口をナプキンで拭くとシャルが石井に声をかける。随分と真剣な目をしていた為、石井は何事かと構える。矢田と有澤は二人で某かを話している。気を遣っているのかもしれない。

 

 「ありがとうございました。助けてくれて」

 

 「何の話だい?いきなり、どうした?」

 

 「石井さんが私をデュノアから買ったって、聞きました。それで私は有澤に来ることが出来て、今普通に暮らせている。石井さんのおかげです。お父さんに聞いてから、ずっとお礼を言おうと思ってて」

 

 ふむ、とワインを口に含み一拍置く。閉じた目を開き、シャルを見る。

 

 「私は仕事のついでに君を買って、需要のある場所、君のお父上に投げただけだよ。それで私が君に感謝されることは無いさ。君は汚い大人の思惑に振り回されて、ここにいる。君を買うことで、私は学園のEOSの強化改修を発注することが出来た。感謝するのはこちらの方だよ」

 

 「鴨が葱を背負ってきたと?」

 

 「そうだね、その通りだ。まぁ、まさか養子にするとは思わなかったがね」

 

 「そうだとしても、私は今この場にいれて幸せです。過程や思惑がどうであれ、私をあの場所から解放してくれた。未来と幸せをくれた。石井さんがどう思っても、私が今こうしていられるのは、あなたのおかげなんです」

 

 平行線を辿るだろう。そう、石井は思った。強く否定して場を荒立てることも無い。石井としては別段人助けをしたとは思っていなくても、勝手に助かってしまったシャルはそう思っている。変な恩義を感じられるのは好まないが、相手は養子とはいえ恩師の娘。石井は諦めた。

 

 「そうか。なら、勝手にしてくれ。身に覚えは無いが、その感謝を受け取ることにしよう。どうせ、否定しても納得はしてくれなさそうだからね」

 

 「なぁ、男のツンデレは需要無いんだぜ?」

 

 矢田が肩を組んで絡んでくる。煩わしそうにそれを払い、溜め息を吐く。シャルは学園で教師としている時の石井とのギャップに少々驚いた。デザートを食べながら、矢田が石井に絡んで辛辣に返される様を苦笑いしながら見ていた。有澤もたまにそれに茶々を入れたりして、父がじゃれている兄弟にちょっかいを出しているような構図が出来上がっていた。それはシャルにとって目映く、いる筈の無い年の離れた兄を幻視させた。

 

 「さて、では本題に入るとしよう」

 

 デザートを食べ終わると、有澤が口を開いた。各々、ワインを飲んだり、口を拭っていたりするが目は仕事の際にする物へと変わっていた。

 

 「先日、クラウス社から傘下に入らないかと言われた。体制を一新するらしい。同じアメリカの企業でもロッキード、ボーイング。コルト等の企業が続々と買収されている」

 

 「買収ではなく、傘下に?」

 

 「うむ、連中はこの日本という地域に影響力を及ぼしたいらしい。だが、倉持はクラウスとは犬猿の仲だ。故に我ら有澤に来たのだろう。新体制樹立後は日本での活動は保証される」

 

 「アンクルサムは大慌てだ」

 

 矢田が言った。テーブルの上に数枚の書類を出した。アメリカの物らしく、ハクトウワシの国章がでかでかと記されていた。機密等とその下にあったが、紙媒体に起こされてしまっている辺り、セキュリティは案外甘いのかもしれない。

 

 「グローバルアーマメンツ、GAグループですか。どうなさるつもりですか?見たところ、勢力圏はかなり広い。環太平洋地域、少なくとも米州機構加盟地域はすっぽり飲み込まれますよ?」

 

 「受ける。沈み行く船に乗っているつもりはない。それに書かれているだろう。彼の国はGAと正面切って戦争するつもりだ。勝ち目は無いだろうがな」

 

 「それだけじゃないぜ。後輩、お前の教え子の会社。オルコット財閥もクラウスに接触している。クラウスはGAグループになった際のヨーロッパでの足掛かりにしたいんだろうよ。オルコットはヨーロッパ圏でこれから起こるであろう企業間抗争で潰されたくない。あそこのIS部門は余り強くないからな。ブルーティアーズだって、あれは国家主導、軍が造った物だ」

 

 「確か、今オルコット財閥を動かしているのは令嬢派のジョナス・ターラントでしたね。やり手だ。セシリアが実権を握るまでの延命には持ってこいだ。あそこの強味はISや軍需部門じゃない、食料やエネルギー部門だ。GAはそれも欲しがっているのか?」

 

 「だろうな。中東アフリカ局の同僚が話してたんだが、アルテス・サイエンスも似たような動きをしているらしい。GAはこれに備えている。連中の目にはアンクルサムは写ってない。GAの弱味であるエネルギー部門を補強しようとするのも分かる。ヨーロッパはEUが抑えてるが、時間の問題だ。そして極めつけはこれだ」

 

 新たな書類。それはとんでもない物だった。

 

 「AF。アームズフォート計画。物量によるISの撃滅、安定した戦力の供給を目的とした巨大兵器。福音の暴走から急激に進み始めた。既にクラウスは北極で建造を開始したらしい」

 

 「我々にも技術協力の要請が来た。奴等、委員会も機構も焦っている。先日の一件でシングルナンバーコアが全て目覚めた。予想外の事態だ。計画を繰り上げているのだろうな」

 

 「世界中が熱々だ。今にもポップコーンが弾けそうだ。いや、爆竹を突っ込んだような物か?」

 

 ふぅん、と石井。言うほどは驚いていなかった。ある程度は想定していたというのもあるが、元より世界中にあった火種をかき集めただけの話だ。これも委員会や機構の連中の目論見通りだろうが、福音の際に思い通りにさせていた場合はニトログリセリンを突っ込んだようなことになっていただろう。この時点でGAとアメリカで開戦しててもおかしくない。

 

 「この国はどうなんです?」

 

 アームズフォート計画の書類で自分を扇ぐ矢田に訊いた。

 

 「さぁな。ただ、色々焦ってはいるようだ。最近、俺の周りに変な連中が付くようになった。公安じゃない。噂の更識って奴等か?大方、俺が企業側の人間だと嗅ぎ付けたんだろうよ。踏ん縛って、尋問でもするのかねぇ?あれは国体の維持を最優先に動く走狗だからしつこくて嫌だ」

 

 「大丈夫ですか?」

 

 「先生の所から護衛を借りてる。今の所は問題ないだろうよ。問題なら、お姫様とお前の方が俺は心配だな。連中の頭がいるだろう」

 

 あぁ、と思い出したような声を出す石井。まるで、今まで忘れていたようだ。実際、更識楯無という存在を石井は忘れていた。障害としてはとるに足らない、と認識していた。

 

 「大丈夫ですよ。まぁ、あれは大した事は無いから。当代のよりも、先代の当主を警戒した方がいい。あれは怖いですよ。粘着質だ。矢田さんに付いてるのも先代直属の部下でしょう。私も昔引っ付かれましたから分かります」

 

 死んじまったら線香をあげてくれ、と矢田が笑う。有澤が断るとひでぇや、とワインを一気に飲んだ。

 

 「デュノアはどうなっているんですか?」

 

 シャルが初めて口を開いた。この話になってから黙っていたが、仮にも古巣。気になったのだろう。

 

 「デュノアはアルテス・サイエンスに買収された。GAのオルコット財閥のように、イスラエルや中東を中心に勢力圏を広げるアルテスのヨーロッパへの土台、もしくは防波堤にするつもりだろう」

 

 「いつか、フランスにいけなくなるとか?」

 

 「あり得るな。ヨーロッパではまだ企業は台頭してないが、時間の問題だと言っただろう?近い内に何処かが力をつけ始める。それ次第だ。今はまだ、委員会側の企業しか台頭してないが、ヨーロッパで出てくるのはおそらく機構側の企業だろう。ヨーロッパはドイツを中心に機構のお膝元だからな」

 

 国家と企業の衝突は刻一刻と迫っていた。

 

 

 

 

 

 





感想欄で見掛けた五反田食堂のネタ、やろうと思います。

そこら辺を絡ませるのも面白いと思います。たまにはそういうほのぼの日常回もいれないと、ダメな気がする。










 誕生以来変わる事もなし、閃光と硝煙。鉄の匂いとその軋み。

 穢れに満ちた緑の雪。加うるもなし、引くもなし。

 脈々たる自己複製、異端と言わば言うも良し。

 我が行く道は血風の、主は狂った兎ただ一人。

 赤い鸚哥の緑の眼、ぐるり回ってとっとの眼

 すべては、そう、振り出しに戻る!!

 「転生して気付いたらIS学園で教師してました IS戦争編」

 これがISだ!!


 っていう、いつものボトムズパロ予告です。



 あ、これはその内やります。

 御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!


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休日飯


やあ (´・ω・`)
ようこそ、転生して(以下略)へ。
このテキーラはサービスだから、まず飲んで落ち着いて欲しい。

うん、また飯の話なんだ。済まない。
仏の顔もって言うしね、謝って許してもらおうとも思っていない。
しかも、今回は感想欄で見たネタを書いただけなんだ。

でも、この小説を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない
ときめきみたいなものを感じてくれたと思う。
殺伐とした世の中で、そういう気持ちを忘れないで欲しい
そう思って、この小説を書いたんだ。

じゃあ、本編に行こうか。




え……?


 世間一般的に夏休みとは七月下旬から、八月下旬までの約一ヶ月ほどの期間を指すだろう。

 

 その一ヶ月間の長そうで、あっという間な時間で学生たちは一夏(ひとなつ)の思い出を作り、社会人は仕事をしながら貰った短い休暇を過ごす。ある者は旅行へ。ある者は海へ。ある者は実家へ帰省したり、家でゴロゴロして一歩も外に出ない者もいるだろう。はたまた、休暇を入れずに仕事をする従順な社会の歯車と成り果てた者もいるかもしれないが、皆すべからく夏休みという期間は等しくやってくる。

 

 それは石井と呼ばれる男も同じだ。いくら彼がIS学園の教師という休暇と程遠い職場に勤務していても夏休みが訪れるが、彼が真に休暇を迎えたのは八月も半ばに差し掛かろうとしている頃だった。

 

 臨海学校から一ヶ月余り、石井は学園にいなかった。彼本来の仕事である、猟犬として西へ東へと飛び回っていたからだ。終業式にも出ていない。それほどに世界は目まぐるしく動き、胎動していた。

 

 初の企業間での戦闘行為の発生、アルテス・サイエンスとGAグループのEOS部隊のメキシコでの衝突。オルコット財閥と有澤重工の正式なGAグループ加入。ロシア系企業、シトニコフの中央アジア進出に際するアルテスと華橋を地盤とするバジュレイの三つ巴の衝突が水面下で起こった。そして篠ノ之箒への専用機貸与の決定。企業の動き──取り分け、有澤の第三世代機開発──を牽制する為か、政府が倉持技研と防衛装備庁が共同開発した機体のテストパイロットに任命した。汎用性の高いマルチロール機らしい。

 

 このように表には出ないものの、極短い間で激流のような速さで情勢が変化している。時には屍の山を築き、時にはシャンパンを片手に老醜相手に腹の探り合いを。態々、国外で便宜上の上司である轡木十蔵と接触し、会談する。協力関係にある矢田の身辺の掃除。個人でこの他にも仕事をこなして、石井はやっと教員寮の自室に帰ってきたのだ。

 

 そんな石井は今、愛車であるGTRのハンドルを握っている。黒い車体を銜えタバコで転がしながら、市街地を走っていた。

 

 それは朝の出来事だった。昨晩、帰宅した石井は泥のように、それこそ死んだように眠った。そして目覚めて冷蔵庫の中を覗くと見事に何も無かったのだ。そればかりか、炊飯器も壊れていた。別段、石井としては米を炊けない事は然程の問題ではない。米を食いたくなれば学園の食堂にでも行けば良いだけの話だ。何処ぞで弁当を買っても良い。しかし、それをすると自称次女──父の炒飯を食べ損ね、姉に自慢され現在プチ反抗期中──が自室にカチ込んで来るのだ。食材やらフライパンやらを背負って姉直伝の料理を作り、帰り際にタバコを捨てて代わりにココアシガレットを置いていく。つまり、外食や買い食いばかりしてるとタバコを捨てられる、生活環境の査察が入る、それが飼い主の耳に入りブーメラン甚だしい説教をされる。こうして、石井は渋々外出することにした。熱中症警報が出る炎天下の日に。

 

 レゾナンスへ車を出し、朝食に目に入ったカフェでサンドイッチとコーヒーを腹に入れて家電量販店へ向かう。途中、たまに行く輸入食品店でレトルトのグリーンカレーを買って、その後炊飯器を買った。店員にやたらと勧められた土釜がどうだのとかいう物でなく、余りスペースを取らないような物。独り暮らしサイズ、とこの御時世に珍しい手書きのポップが張られた物を買った。車から部屋に運ぶ際に重いと面倒だから、という何処か気の抜けた理由だった。店員の宣伝をろくに聞きもしないで購入を決定するという暴挙。だってうるせぇんだもん。眠い。この男は早く帰りたいらしい。

 

 そして買い物を終えた石井はレゾナンスから車を出し、市街地を走る。後は帰るのみ。しかし、ここで問題が発生する。腹が減ったのだ。先程食べたばかりなのに、間を置かずして空腹感に苛まれた。

 

 石井は帰宅したのは昨晩。帰宅したと同時にベッドへ倒れこんだ。夕食を食べてない。そして昼食も抜いていた。空っぽの胃の中に入れたのはサンドイッチ一個とコーヒーのみ。考えれば当然と言えるだろう。消費しているエネルギーに対して、燃料が足りてない。

 

 どうしたものか、と石井は考える。何処かで食べていきたいが、レゾナンスから離れるとどうも土地勘が無くなる。レゾナンスと学園の間の市街地は余り詳しくない。腹を満たせて、それなりの味ならば何処でも良いが、どの辺りにどんな店があるのか。石井は路肩に車を寄せて、スマホで検索し始めた。

 

 検索の結果、大手のファミレスやチェーン店は五分ほど直進すれば見えてくるらしい。だが、目の前の交差点を左折してから路地に入ると個人経営の食堂もある。どちらも距離に大差は無い。暫く考え、タバコを灰皿に押し付けた石井はハンドルを左に切る。路地に入り、住宅街に程近い道を走る。

 

 五反田食堂。こじんまりとした、昔ながらの大衆食堂という雰囲気を匂わせる外観だった。住宅街に近い為、余り広くない駐車場に車を停めて、引き戸を開く。

 

 「いらっしゃいませ!!」

 

 赤髪にバンダナを巻いた少年の快活な声に出迎えられた。その後ろで同じく赤髪バンダナの少女がテーブルを拭いている。随分とパンキッシュな店に来てしまった、と石井は内心焦った。チャラい。圧倒的チャラさと若者感。言うほど石井が老け込んでいる訳では無いが、疲労と大衆食堂の中に突然現れたバンドマン要素に驚き割りと対応出来てなかったりする。

 

 厨房の方では鋭い目付きの老人が此方を睨み付けている。

 

 「おい、兄ちゃん。ここは初めてか?」

 

 「えぇ、そうですが……」

 

 もしや一見様お断り、という奴だろうか?石井は席を立つ準備をした。

 

 「じゃあ、あれだ。うちのオススメを食え。野菜炒めだ。いいか?」

 

 「え……あぁ、じゃあそれで」

 

 どうやら、一見でも問題は無いらしい。勝手に話が進み、注文が済んでしまったが、店主らしき人物が勧める物だ。悪い物では無いだろう。石井は少女が持ってきたお冷やを口にしながらぼんやりと考えていた。壁に付けられたテレビではニュースが流れていた。キャスターが何処の国の首相と何処の国の大統領が会談しただのなんだのと抑揚の無い声で読み上げている。その裏に何があるかを知らぬまま、幸せに文章として、テキストとしてファクトもリアリティも削られた残滓を耳障りの悪くない音声に変換しているだけ。石井は何処を見ているかも分からない目でディスプレイに目を向けていた。頬杖をついたまま、ピクリとも動かなかった。

 

 「あの……大丈夫ですか?」

 

 少年の声で意識を元に戻す。声の先を見ると心配そうに顔を覗く少年と少女。具合でも悪いのか、と。

 

 「いや、大丈夫だよ。実は昨日の晩に帰国したばかりなんだ。それで少しぼうっとしてしまった。すまないね」

 

 「そうなんですか。疲れてるようで、動かなかったから心配になって。差し出がましかったですね。すみません」

 

 「いやいや。謝ることなんてない。そういう気遣いが出来る所は君という人間の美徳だろう。初対面の男に言われても、気持ち悪いだろうがね」

 

 軽く口を緩ませ、そう言った。少年は首の後ろを擦りながらむず痒そうにしている。誰かに誉められると気恥ずかしくなってしまうのだろうか?思春期にはありがちだ。

 

 「いやいや、お兄に美徳とかあり得ない。お兄、いつも的外れだし」

 

 「なにおう!?」

 

 少女が少年に突っかかる。兄妹なのだろう。売り言葉に買い言葉。その兄妹のやりとりが何処となく懐かしく感じる。頭の中、大脳皮質の裏の何かに引っ掛かるような感覚。決定的には違うが、それでいて根本の部分でどうしようもなく繋がっている感覚。自然とその微笑ましい喧嘩に笑みが溢れる。

 

 「あっ……すいません」

 

 少女が石井の視線に気付き、頭を下げてくる。

 

 「別にいいよ。兄妹間の仲が良いことは、素晴らしいことだよ。私は気にしてないから、続けてくれても構わない」

 

 「別にお兄とは……!!うざいだけですし」

 

 「らしいが?兄としては、どうだい?」

 

 「俺もこいつのことなんか、好きじゃないっすよ。いつもいつも喧嘩吹っ掛けてくるし」

 

 大変だねぇ、と溢しながらお冷やを再び口にする。少年──五反田弾はそんな気だるげな石井を見て少しばかり疑問が浮かんだ。

 

 「何のお仕事されてるんですか?海外行ってたみたいですけど」

 

 「教師だよ。ちょっと出張でね、海外の提携校で交換留学の話をしてきたんだ。行きたくは無かったんだが、運悪く私が行くハメになってしまったんだよ。昔から、運が悪くてね」

 

 「先生なんですか」

 

 「意外そうだね。まぁ、よく言われる。自分でも向いてないと思うけど、いつの間にかこの職をやっていた」

 

 皮肉気に笑う石井。

 

 弾が石井の横顔を見て、相当疲労が溜まってるのかもしれないと思っていると、テーブルに山盛りに盛り付けがされた皿が置かれた。

 

 「豪華野菜炒め、一人前。ライスとスープはサービスで増量しておいた」

 

 馬鹿のように盛られた野菜炒め。さながらモンブランかマッキンリーか。肉が見当たらない。いや、肉は十分にある。しかし肉に対する野菜の比重が余りに多い。キャベツともやしが親の仇のように肉を覆い隠している。それと同じように米も大盛りにされている。まるで漫画に出てくるような盛り方だ。石井の顔は引き攣っていた。乾いた、苦笑いも漏れる。

 

 味は満足行く物だった。気取った味では無い、シンプル且つ大胆な味付けだ。白米との相性は最高と言えるだろう。塩コショウだけ。おそらく、それがここまでシンプルながらも箸と米が進む要員なのだろう。石井は黙々と米と野菜を掻き込む。

 

 「良い食べっぷりじゃねぇか」

 

 にへらと笑う。飲み込んでからどうも、と返す。そしてスープを飲む。鶏ガラか?

 

 量的に厳しいと思っていたが、気付くと五分やそこらで石井は野菜炒めの山を崩してしまっていた。米も一粒も残っていない。我ながらよく食べられたものだ、と小さく驚く。腹は十二分に膨れた。これで需要と供給の天秤が取れるだろう。消費するための燃料は万端だ。

 

 「ごちそうさまでした。美味しかったです。お代は?」

 

 「670円だ。また食べにこい。サービスしてやるよ」

 

 安すぎだろう。あのボリュームを、その価格で出し続けるのは無理がある。採算が合わなくなってしまうのでは無いだろうか?

 

 「今日は割引価格だから、次からはちゃんと代を貰うぞ。そんな顔色されてりゃ、気分が悪ぃからな。ちゃんと食ってるのか?」

 

 「そんなに顔色悪かったですか?」

 

 「あぁ、青かったぞ」

 

 なるほど、予想以上に疲れが溜まっていたらしい。どうやら、お節介を焼いてくれたようだ。大衆食堂とはよく言った物だ。人の暖かみを未だに残す場所がどれ程あるのだろう。そういえば、この店に入ってからよく笑った気がする。石井はまた笑った。彼にしては珍しく、目元も笑う。

 

 千円札を渡し、釣りを貰う。ごちそうさま、と言って暖簾を潜ろうとすると誰かにぶつかった。

 

 「あっ、すみません!!」

 

 「あぁ、いや。こちらこそ……一夏君?」

 

 「えっ!?先生、何でここに?」

 

 「ご飯を食べてたんだよ。いや、それ以外にないでしょ」

 

 教え子一行と遭遇した。一夏、鈴、シャルの三人だった。何やら女難の香りが漂い初め、後ろを振り返るとパンキッシュ少女──五反田蘭がいつの間にか着替え、化粧も済ませて直立不動で待機していた。石井は察してしまった。弾は溜め息を吐きながら訊いた。

 

 「一夏。先生って、この人と知り合いか?」

 

 「知り合いも何も、俺たちの先生だよ。ほら、一人目の男性操縦者」

 

 パンキッシュ兄妹は自律型女難地雷のカミングアウトに絶叫で返す。弾はマッキーと色紙を何処からか持ってきてサインをねだり、蘭はIS学園を志望していると力説する。石井は適当にスマイルマークと筆記体で石井と色紙に書いて弾に渡した。暴走寸前の蘭を一夏に丸投げして再びカウンターへ向かい、五千円札を渡す。

 

 「これ、あの子たちの食事代です。お釣りが出たら、あの子たちに渡してください」

 

 「いいのか?」

 

 「仮にも教え子ですし、あの子たちも学園で頑張ってますから。たまにはご褒美をあげないと」

 

 それじゃあ、と店を出て石井は車を出す。GTRのエンジン音は遠く離れていった。

 

 

 

 

 

 






黒塗りのGTR……あっ……(察し)

後一話ぐらいで石井さんの夏休みは終わりになる感じですね。

いやぁ、感想欄で見て電波を受信して書いてしまった作者の乱心の賜物。

え?いつも乱心してる?そっかぁ……(諸行無常)

たまには日常もいいね!!早くぶっ壊したい!!

今回は嘘予告無し!!解散!!閉廷!!



今回のアイディアを下さったaryarya様、ありがとうございます!!


御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!


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流木

弾「俺も気だるげキャラになれば……」

一夏「ねーよ」


今回は短いです。ちょいとばかり、身辺が忙しい物でして。

そんなこんなの本編です。


 真っ赤なロードスターが風を切る。海辺の道路を滑らかに、切り裂くように加速する。

 

 目映い日差しを遮る屋根は下げられて、オープンカーの形で走行する。乗っている男女は揃ってサングラスを掛け、女は帽子が飛ばされないように押さえている。

 

 「少し、減速しようか?」

 

 「いえ、大丈夫ですわ。こうして風を感じているのって好きなんです。だから、このままで……」

 

 男──石井はそうか、と返すとアクセルを踏む。エンジンが唸りを上げて更に加速する。左手でレイバンのサングラスを押し上げる。右手はハンドルを握ったまま。隣ではしゃぐセシリアを横目で流しながら、軽く笑う。

 

 石井は今海沿いの道を予備の車、ロードスターにセシリアを乗せてドライブしている。臨海学校での約束を果たしている最中である。迷惑を掛けた分を何処かに連れていくということで帳消しにするという物だ。

 

 石井は一応何処か希望かあるか訊いた。すると、海辺をドライブするだけでいいと返ってきた。石井としてはもう少し足を伸ばしてもいいと思ったのだが、セシリア本人がそれを強く希望した。車も愛車のGTRよりもオープンカーのロードスターが良いと。反対する理由も無いので、石井は希望通りに然程遠くない海辺の道をロードスターで走ることにした。

 

 「本当にこんな近場で良かったのかい?もうちょっと遠くでも、良かったのに」

 

 「良いんですの。こうして、海辺をオープンカーで走る。憧れてたんですの」

 

 「へぇ。何かの映画で?」

 

 「えぇ、昔見た映画で。タイトルは忘れてしまいましたわ。古い映画でした。内容もろくに覚えてないけれど、あるシーンだけは頭に焼き付いてるんです。カップルが海辺の道をオープンカーに乗ってドライブしてるシーンでした。ベタな、ありがちなシチュエーションですわ。でも、ずっと頭から離れなかったんです。いつか、こうして誰かとオープンカーで海辺をドライブしたいって」

 

 「なら、今君の望みは叶ったという訳だ。おめでとう、と言うべきかな?相手が私というのは、まぁ勘弁してくれ」

 

 「その映画の主人公もあなたのように皮肉屋でしたわ。そういう所もあの映画の再現なんて」

 

 サングラスを少し下げて、くすりと笑う。ばつが悪そうに、困った顔をする石井。それを見て、また笑うセシリア。悪戯が成功したような笑みだった。石井はまったく、と肩を竦めた。末恐ろしいと。 

 

 「君が思うほど、私は皮肉を言ってるつもりは無いんだが?」

 

 「じゃあ、無意識なのでしょうか?随分とシニカルなジョークを言う時もあるとお聞きしましたわ」

 

 誰から、と石井。半ば見当は付いていたのだが。

 

 「大内さんから。よくサボタージュの際に、なかなかブラックなジョークや皮肉ったことを言われると」

 

 「私はまぁ、元は教員には向かない性格さ。そこまで、人が良いわけじゃない。山田先生のように何でもかんでも生徒の為と出来るわけじゃない。だからかな。たまに大内君の所で互いに愚痴を言ったり、馬鹿な話をするんだ。数少ない男の友人だから、たまにそういう物が出てしまうのかもしれないね」

 

 「私はそんなこと無いと思いますけれども?」

 

 「ということは表向きは騙し騙し出来ている訳だ。つい最近、やっと真似事が出来るようになってきた程度でね。初めの内は、中々慣れなかった。大学の時の恩師に色々訊きながら、模索したよ。教職の大変さを思い知った。この数年の結論として、私は相談室で生徒の話に付き合いながらコーヒーを飲むという点は誰にも負ける気はしないということが分かったよ。悩みを解決する訳では無いけれど」

 

 「酷い先生ですこと。皮肉屋で、やくざな、悪い大人。悪影響の塊ですわね」

 

 「あぁ、まったくだ。そういう君も、随分と言うじゃないか」

 

 「やくざな副担任の先生のせいですわ」

 

 「酷い話だ」

 

 えぇ、本当に、とセシリアは笑う。

 

 ちょうど目に止まったカフェに車を停めて、入る。木造、流木を使ったインテリアや内装の雰囲気の良いカフェだった。海辺で海水浴シーズンの割りに、空いていて、石井たち以外に客はいなかった。ボサノバが流れていた。

 

 柔和そうな店主がメニューを持ってきた。訊くと、ここは海水浴場から少しばかり離れた場所にあるためそこまで混むことはないらしい。態々、そういう場所に建てたという。こういう静かに海を見られる場所というのも良いでしょう、と店主。石井も悪くないと思った。海水浴客の喧騒から隔絶された浜辺。この時期には珍しい物だ。

 

 注文したコーヒーと紅茶が運ばれて来る。セシリアはゆっくりとそれを口に運ぶ。仕草が一々優雅だ、等と考えながら石井もコーヒーに口をつける。酸味と苦味が広がる。クセの無い、上品な味だった。何処かで飲んだ気がした。

 

 「キューバの豆ですか?」

 

 「クリスタルマウンテンです。お気に召されましたかな?」

 

 「えぇ、とても美味しい。昔、何処かで飲んだ気がして」

 

 豆を煎る店主との短い会話。何処で飲んだのか、思い出せない。それでも、その豆の香りは石井の頭を、琴線を、沈む物を優しく撫でた。誰かが頭の中で笑った。

 

 「コーヒーお好きなんですの?」

 

 「あぁ、古い付き合いだよ。デスクワークでも、本業でも世話になりっぱなしでね。コーヒーを飲んでいると落ち着くんだ。何でだろうね?」

 

 平静を装って返す。気を抜くと、目から覚えの無い物が溢れ落ちそうになる。

 

 「紅茶はお飲みにならなくて?」

 

 「進んではね。飲めない訳じゃ無いが、どうも苦く感じる」

 

 「コーヒーの方が苦いのでは?」

 

 「かもしれない。でも、私はそう感じるんだ。嫌いという訳では無いけれど、何故かね。よく分からない。そういう君はコーヒーは飲まないのかい?」

 

 「私は紅茶派ですわ。コーヒーは苦くて……」

 

 「いいじゃないか。イギリス人らしくて。でも、まだ子供だな。その内飲めるようになるさ」

 

 子供と言われてセシリアがむくれる。自分はもう立派な淑女だと言う。石井に言わせれば、まだまだ可愛らしいお嬢さんのレベルだが笑って流す。それを見てまたセシリアがむくれる。

 

 「そうやって、子供扱いして……」

 

 「怒らないでくれよ。でも、事実だろう?君はまだ何も見ていない。素敵な出会いをしたか?悲しい別れは?輝かしい物を見たか?まだ、足りない。君の旅はまだ始まったばかりだ。君はまだ少女だ。淑女じゃないさ」

 

 入学してまだ一年も経っていない。彼女が見た物なんて高が知れているだろう。この先、世界がどんな形に変わろうと彼女の旅は続く。この星が燃える程の闘いが起きようと、友が死のうと、人類がその数を大幅に減らそうと、歩みは止まらない。止められない。その中で彼女は多くの物に触れて、見る。以前も言った事だ。その先に彼女も織斑一夏と同じように一つの答えを出すだろう。その頃には彼女は立派な淑女(レディ)だ。マーガレット・サッチャーのように鉄の女と呼ばれるのかもしれない。今と変わらないような可憐な女性になるのかもしれない。しかしどうなろうとも彼女は──セシリア・オルコットは新たな時代を牽引していくだろう。石井はそう思う。彼女には元よりそういった性質の才能がある。出自が貴族なのだから、不思議では無い。

 

 財閥の話は無かった。無粋、というのもあるが大体の動向を石井が察知出来ていたからだ。オルコット財閥は二つの派閥に別れている。前会長の娘であるセシリアを後継者に推す令嬢派、世襲制を廃止して新たな体制を構築しようとする革新派。二つの派閥は前会長が死んだ時から激しく衝突するようになった。令嬢派のトップであるジョナス・ターラントは古くから前会長に仕え、グループの中核企業であるOED社の社長を務めている。セシリアとも親交があり──当時は敵視されていたようだが──実の孫のように可愛がっていたという。現に革新派が彼女を排斥しようとした時はあの手この手で革新派を妨害したらしい。そして、旧クラウス──GAの手を借りて革新派を一掃し、グループ内の不穏分子を排除した。ヨーロッパで起こる筈の企業間抗争からオルコット財閥とイギリスを守る為に積極的なM&AとGAグループへの加盟を決断した紛れもなく優秀な手腕を持った男だ。巨人と言う程に巨大化したGAは現上最大の経済主体となった。オルコット財閥もセシリアも悪いことにはならない。別段、話す事は無かった。

 

 代わりに取り留めの無い話をした。夏休みどうしてたとか、一学期はどうだったとか。石井はセシリアの話を微笑みながら聞いていた。時間はゆっくりと流れ、ボサノバに微かに波音が混じる。白いシャツに陽光が反射する。

 

 いつか、幼い頃にセシリアは求めたことがあった。ベタな映画のワンシーンよりも前。彼女が父親という存在に失望する前、幼い彼女は願った。忙しい父とゆっくりと話をしたい、紅茶を片手に自分の話を訊いてほしい。それは叶わなかった。実情として、彼女の父親はプライドもへったくれも無いような人物であったが、財閥の維持に関しては抜けの無い人物だった。それ故、娘に掛ける時間は少なくなっていった。その娘との時間、娘が求めた物の欠如は彼女の人格形成に於いて歪みを引き起こした。歪みを残したまま父も母も死んでいった。それでも、その願い、願望、憧れは奥底のこびりついたまま残っていた。

 

 顔を上げると、コーヒーを片手に自分の話を聞いてくれている男。時折、相槌を入れてにこやかに笑っている。ベタな映画のワンシーンよりも焦がれた光景。幼い頃の自分が得られなかった物があった。夢に見た幻想が実体を帯びた。セシリアは笑う。可笑しそうに笑う。そして誤魔化す。笑いすぎて滲む涙にそれを隠す。差し出されたハンカチで目元を拭い、心の中で幼い自分に語り掛ける。その頃に届く筈もないけれど言う。

 

 『あなたの願いはいつか叶う。だから、諦めないで、旅をして。そのぽっかり空いた穴を埋めてくれる人がいつか現れるから』

 

 意味の無い、誰に聞かれることも無い独白。

 

 おめでとう。セシリア・オルコット。君の願いはようやく叶った。彼女は旅の中で自身の憧憬と願う物を手にした。それは石井が言う所の尊い、善い物なのだろう。彼女はまた一歩答えに、淑女へと近付いた。

 

 帰り際に、セシリアは石井に自身の最も大切な者の話をした。チェルシー・ブランケット。彼女が幼い頃から傍にいたメイドだ。その名を訊いた石井は良い人なんだね、と言うと伝票を持って会計をしに行った。

 

 

 

 

 

 「チェルシー・ブランケット……。あぁ、アレの。エクシア・ブランケットの姉か……。無駄なことをする物だ。妹は帰ってこないというのに」

 

 その呟きをセシリアが聞く事は無かった。

 

 

 

 

 

 





 次回から夏休み明けです。











 魔術王を名乗ったモノによる計画。

 その失敗により生じた大いなる戦いの前の格別なる四篇の断章。

 それに、また一つ。新たな謎が加わった。

 崩落亜種特異点「最終汚染同化戦域 ヴァーディクトデイ」

 それは遥か未来。女性にしか扱えぬ奇異な兵器を駆る二人の異端()

 人間の可能性(闘い)と全てを焼き尽くす暴力。

 一の騎士と九の天使。

 新たな人類史の転換点と導き出される答え。

 ヒトよ、その可能性(輝き)を示せ。

 断頭台  コジマ粒子  同化現象  評決の日  迫る刻限  閉ざされた記憶

 壊れた人形  決して届かない手  人類種の天敵  同調  溶け落ちる自我  



 傭兵のライダー、学園のセイバーピックアップ召喚開催。







 ていう嘘予告6。今回はFGO風です。相変わらずやりません。

 御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!


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面談

石井さん、カソック似合いそう。(小並感)

文化祭は軽く流しちゃいましょうねぇ^~とか企む作者。

だから、お気に入りが減るんだよ!!

そんなこんなな石井さんのデスクワークライフ満載のほんへ。

どうぞ。


 ごめんなさい。あなたに蓋をしてしまって。

 

 ごめんなさい。あなたを蝕んでしまって。

 

 ごめんなさい。あなたを駆り立ててしまって。

 

 ごめんなさい。あなたを歪めてしまって。

 

 ごめんなさい。あなたを癒せなくて。

 

 私には何も出来ない。あなたに触れることすら出来ない。

 

 だから、せめて。あなたの結末に寄り添いたい。あなたが行き着く先。終着と新生の瞬間まで共にいる。苦しむあなたの一番近くで、共に答えを。

 

 そのくらいしか出来ない私を恨んでください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 デスクには食べ終えたカップ麺の容器とエナジードリンクの缶。紅洲宴歳館・泰山特製激辛愉悦麻婆ラーメン。お店の愉悦を何時でも何処でもお気軽に、とラベルに写る目の死んだ筋肉質な男が嘯く。麺と麻婆の比率は二対八。あってないような麺と大量の麻婆を自前の蓮華と箸で事も無げに食べる石井という男の姿に同僚は戦慄を隠し得ない。

 

 曰く、整備科の大内は物は試しと試食して七日間ベッドの上で点滴を打ち続けていた。

 

 曰く、石井が食べているのを見た激辛党の教員がそれを購入し、自宅で痙攣している所を発見された。

 

 曰く、発売元である泰山本店にチャレンジした生徒数名が色々と破綻して帰ってきた。

 

 学園内に於いて泰山、麻婆というワードは禁句である。食堂にも麻婆豆腐はある。それでも生徒にとっては辛いと感じる者もいるのだが、石井は稀に自ら厨房に立ち中華鍋を振るい麻婆を作る。そして一人で食べる。誰も近寄ろうとはしない。近寄ると食うか、と尋ねられるからだ。その際の石井は有無を言わさない雰囲気、緩やかに上がる口角、灰暗い目、と断り辛い圧を出してくる。たまにボソリと呟く。ワイン欲しい、と。

 

 「あの、石井先生……」

 

 そんな石井に挑戦者が現れた。食後と言えど、余韻に浸る石井に話し掛けて麻婆談義をされては敵わない為、ほとんどの者は麻婆を食べた後の石井には近寄らない。当の石井は食後はただぼうっとしているか、直ぐに仕事を始めるかの二択なので杞憂なのだが。現在は後者で、仕事中毒者(ワーカホリック)のようにディスプレイとウェアラブル型の端末を操作している。

 

 「石井先生……」

 

 「あぁ、何ですか……?」

 

 石井はディスプレイから目を離さずに返す。それなりに忙しいのだ。夏休みが明けてから暫く経つが、夏休み中に飛び回っていたツケがここで回ってきた。報告書やら、通常業務やら、採点作業やらが石井の喉元に牙を突き立てる。それに加えて授業もある。何の恨みでこんな社畜の真似事をしているのだろう。石井はエナジードリンクでカフェインを補給しながら、愚痴を吐く。

 

 「あ、整備科への定期メンテナンス工程変更の概略は明日出来ますので。期限には間に合いますよ」

 

 「いや、そうじゃなくて……」

 

 「あぁ。EOSの納入に関しては滞りなく順調に進んでるので、学園長には後程中間報告をしに行くと伝えておいてください」

 

 「あのぉ……私は……」

 

 「じゃあ、採点のことですか?あれならもう終わりましたよ。ファイルは織斑先生に渡したんですけど、何か不備でも?」

 

 「私、教師じゃないです」

 

 顔を上げると、気弱そうな眼鏡を掛けた垂れ目の少女。一年四組、更識簪がいた。何処と無く落ち着かない様子で、若干挙動不審とも言える態度。態々、昼休みに職員室のデスクにまで来るとはただ事では無いだろう。等という思考は石井の頭には無く、浮かぶのは生徒会長。面倒なことになった。そう思い、溜め息を吐いた。

 

 「えぇと、更識簪さんだったよね。何か用かな?」

 

 極めて平静を装い、人当たりの良い顔と声を作る。職員室でなければ、回りくどいことをせずに暇ではないと切り捨てる所だが、いかんせん人目がある。無下な対応は出来ない。椅子を回して簪と向き合う。

 

 「あの、今少しお時間いただけますか……?」

 

 「何か私に話があるのかな?」

 

 「はい。大丈夫ですか?」

 

 仕事の進捗は悪くない。量はあるが切羽詰まっているという程でも無い。ここ数日間の尽力のおかげか、ほんの少しの余裕はあった。しかし、更識簪とは話したくない。今後の展開にある程度の予想が付いてしまう。個人的に面倒な女トップスリーに入る姉が噛み付いてくるのは明白。かと言って、目の前でプルプル震える少女を突き放して泣かせでもしたら理由はどうであれ、色々とまずいことになる。雁字搦めだった。

 

 「場所を移そうか」

 

 ラップトップと数枚の書類を手に石井は席を立った。眼鏡型のウェアラブル端末は掛けたまま。廊下を、擦れ違う生徒たちに挨拶をしながら歩いていく。途中、セシリアと擦れ違った際に意味深な笑顔をされたが石井はそれに気付かない。頭の中は愚痴とストレスで一杯だった。

 

 進路相談用の面談室の一つの扉を開ける。消臭剤の甘ったるい香りと部屋の臭いが混ざって充満していた。換気扇を回して、窓を全開にする。馬鹿のように暑い風と陽光が陰鬱とした面談室の淀んだ空気を浄化していく。座ってくれ、と促すと簪は手前の椅子を引いて座った。テーブルに荷物を置くと石井はコーヒーメーカーへと向かった。

 

 「コーヒー。紅茶。ココア。コーヒーはブラックで、全部ホットだ。どれが良い?」

 

 「ココアで、お願いします」

 

 辿々しく答える簪。手際よく淹れられるコーヒーとココア。ココアを簪に渡して、窓と換気扇を閉めて、エアコンをかける。

 

 「この御時世に紙媒体とは……世界は変な所でローカルだよ。ちぐはぐだ」

 

 そう呟きながら、ラップトップを起動させ、書類に目をやる。胸ポケットから黒光りするボールペンを机に置いて、眼鏡型の端末を操作する。

 

 「それで?君は何の用があって私の所に来たんだ?まさか、進路相談という訳では無いだろう。それならば、自分の担任に言えば良いのだからな」

 

 「それは、」

 

 「あぁ、言いづらいのなら先に言っておくが。ここでの会話は()()()聞かれていない。だから安心して、何でも話すといい。その端末はここでは使えないから、気をつけて」

 

 簪の自身の眼鏡型のウェアラブル端末を確認すると、確かに起動出来なくなっていた。しかし、石井はいつも通りにラップトップも端末も使えている。

 

 「私のは特別製だ。少しばかり、盗み聞きをする連中の耳を塞いだだけさ。気にするな」

 

 簪の疑問を解消し、先を促す。一口コーヒーを啜って不味い、と言った。

 

 「私の専用機開発に手を貸してほしいんです」

 

 「断る」

 

 「それは、私の姉が原因ですか?」

 

 「それもある」

 

 やっぱり、と俯き拳を握る簪。自分の前にはいつも姉が立ち塞がる。自分を用無しと決め付け、高みから嗤う。悦に入っているのか?整備科のガレージに来ては私の無能さ、才能の無さを嗤っているのだろう。知っているとも。弱いままでいろ。無能のままでいろ。そう言って届かない場所に立って、私の努力を嗤って、従者の妹を監視に付けてその様を聞いて愉しんでいる。血が繋がっている姉?やめてくれ、そんな冗談はよしてくれ。私が慕って、憧れた姉は虚構にしか過ぎなかった。現実は今もこうして、更識簪の道を塞いで邪魔をする。情けない程に目頭が熱くなる。悔しすぎる。

 

 「あぁ、君何か勘違いしてないかい?」

 

 気の抜けた石井の声が耳に入る。少しだけ、顔を上げる。溜め息を吐きながら石井はハンカチを手渡す。

 

 「確かに私が君を手伝わない理由の一つに君の姉はある。私とあれでは反りが合わないし、私はあのアマチュアを好ましいと思ってない。それに君と話したりすると、後々私に詰め寄ってくる。何とかしてほしいよ」

 

 石井は肩を竦める。簪は喉元まで出かかった謝罪の言葉を飲み込む。

 

 「君と姉の間に何があったのかは分からない。私には関係ない。だが、君の姉だけが私が君の申し出を断る理由では無い。それに、君が姉にコンプレックスを抱く必要は無いと思うが?それ以前に、君は勘違いというか履き違えている」

 

 「どういうことですか?」

 

 「あぁ、まず君が一夏君を恨むことが筋違いだよ」

 

 簪の視線が鋭くなる。石井は不味いコーヒーを啜りながら、気にせず続ける。

 

 「君の専用機が開発中止になったのは一夏君の専用機を造る為じゃない。それよりも前に、倉持は第三世代機の独力での開発に躓いていた。君の機体を開発している時だね。そこに一夏君がISを起動させてしまった。倉持はとりあえず、それに飛び付いた。君の機体開発を差し置いて。そして、それが結果的に第三世代機開発失敗を誤魔化すいいカモフラージュになったという訳だ」

 

 「じゃあ、織斑一夏の機体は……」

 

 「倉持は機体を用意しただけだ。開発は私の飼い主だよ。それで、君が一夏君を恨むのは私としては些かおかしな話だと思うがね」

 

 簪はココアが入ったカップを握り締める。

 

 「二つ目だが、私は更識という家、組織が嫌いなんだよ。君の実家にはしつこく付き纏われてね。車がお釈迦になったこともあったよ。気晴らしにドライブしていたら、MP5を持った君のお父上の部下に襲われたんだ。日本人らしからぬ血の気の多さに驚いたのを覚えている」

 

 「その、部下の人たちは……?」

 

 「聞きたいかい?」

 

 数瞬、簪は思案して頷いた。

 

 「車に積んでいたMP7で頭に穴を開けて、海に重りを付けて捨てたよ。君にとっては腹立たしいかもしれないが、休日に殺されかけた私のことも考慮してくれ。防弾加工していたが、車もボロボロになった。飼い主に苦笑いされたよ」

 

 「そうですか……」

 

 それだけ言うと、再び簪は俯いた。ボールペンを弄りながら、石井は訊いた。

 

 「それだけかい?もう少し、声を荒立てると思ったのだが?」

 

 「いえ、そういう家だと分かっているので……。それは仕方ないというか」

 

 へぇ、とカップ越しに簪を上目で見る。石井の中で簪の評価が一つ上がった。

 

 「そういう訳で、私は更識という集団は嫌いだが、更識簪という個人に対して悪感情を抱いている訳では無いよ。寧ろ、君のことは評価するべきだと思っているよ。大内君が手を貸しているという点で、君の人格に問題があるとは思ってない」

 

 意外かな、と石井は尋ねる。そういう顔をしていると言う。

 

 「君の機体を組み立てる手腕は十分に評価に値する物だと思う。その歳であれほど出来る奴は中々いない。その点に於いて、君は姉にも勝っている。誇れるだけの技量を持っているよ」

 

 「本当ですか?」

 

 「あぁ、大内君もそう言っていた。まだパイロットコースと整備コースに分かれない一年生で、その腕は貴重だ。保証しよう」

 

 姉に勝る点があった。それを聞いたとき、とうとう簪の目から涙が溢れた。自分の努力が報われた瞬間だった。自分を無能と決め付けた姉に勝った。あの女は無能に負けたのだ。織斑一夏に最もらしく訓練をつけるあの女は自分がその面の下で貶した相手に負けている。そう考えると、とても気持ちが良かった。

 

 「まぁ、しかし。君の姉が君を疎んじている、という訳でもないと思うが」

 

 あり得ない。更識簪はその推測を嗤う。そんな都合の良いことは無い。あの女は血の繋がった妹を踏み台にし、家督を継ぎ、成果に目が眩んだ塵だ。そうして、あり得ないと決め付ける。

 

 「君がどう思おうと構わないが、あれは重度のシスコンだ。君のことになると周りが見えなくなる。詳しいことを知りたければ、自分で調べるといい。君たち姉妹の仲なんて、どうでもいい。君たちが殺し合おうが、憎み合おうが、私個人としては至極どうでもいい。教師としては悲しいと思うが、まぁそれだけだ。いいんじゃないか?姉を憎んでも。それはそれでアリなんだろう。唯一、言えることは君の姉はどうしようもなく致命的なミスを犯して、それなりに取り返しがつかなくなりそうになっている、ということだけだ」

 

 あぁ、それと、と繋げて話す。

 

 「君の機体開発に私が入る余地は無いだろう。以前、大内君にアドバイスのような物はしたが、それでは足りないと?それとも外注するのかい?」

 

 「いえ、外注はしません。石井先生に途中途中でアドバイスを頂ければと思って」

 

 「それって意味無いだろう?大内君もいるのに、私が行って茶々を入れることは無い気がするんだけれど」

 

 「意味ならあります。実戦を何度も経験してきた石井先生の意見を細部まで反映させたいんです」

 

 「実戦向けにするのかい?」

 

 はい、と頷く簪。大きく溜め息を吐いて、石井は不味いコーヒーを一気に飲んだ。

 

 「キリが良い所で大内君を通して連絡しなさい。私が見るのは内装系。兵装に関しては前言った物で。専門外だが、それぐらいは出来るだろう。その代わり、姉を何とかしてくれ。恨み言でもぶつければ良いだろう。それで反応が見れる筈だ」

 

 そう言って石井は荷物を纏めて面談室を出る準備をする。ボールペンのキャップを叩いて、ジャミングを切った。

 

 これからのことを考え、石井は頭に鈍い痛みを覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





何処にでもいる外道神父。(誰とは言ってない)

 この世界に於ける蒙古タンメン的な立ち位置です。

 石井さんは常連です。


 今回も嘘予告は無し。以上!!終わり!!閉廷!!皆解散!!


 御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!


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煙影


 だからね、別に楯無アンチじゃないのよ。

 互いに気に食わないってだけだから!!

 そんな説得力の無い作者の迫真の弁解。

 ブラウザバックやめちくり^~。


 ほんへ。

 どうぞ。


 

 

 紫煙が空へと昇っていく。吐き出された煙はどんどん希薄になり、やがて跡形も無くなる。そうやって刹那的だと感傷に浸るには、些か残暑が厳しい。西陽が屋上を赤く照らし、石井は横顔にじりじりとした熱さを感じる。そしてまた、煙を吐き出す。

 

 「それで、簪ちゃんとどんな話をしたのかしら?」

 

 目付きの鋭い少女──更識楯無が石井に問う。扇子には、回答要求、といかにも造語である四字熟語。摩訶不思議な仕掛けの扇子を横目に、空に向けて煙を吐く。予想通りの展開に苦笑いしながら、石井は口を開く。

 

 「大したことは話してない。機体開発のアドバイザーの依頼と、面談だ」

 

 「本当かしら?」

 

 「盗み聞きなんて趣味の悪いやり方をする奴がよく言う。聞いてたら、それはそれで君が泡を吹いて卒倒していたと思うがね」

 

 どういうこと、と楯無。パチン、と扇子を閉じた。

 

 「いやなに、妹が自分のことを憎悪してるなんて知ったら発狂物だろう?」

 

 楯無は遠くを見る。ここでは無い、何処か遠くの場所を見ている。柵に手を掛けて、頬杖をついて、学園を囲む海の先よりも遠くて辿り着けない過ぎ去った、不可逆的な概念に押し流された場所を見ている。消え入りそうな瞳をしていた。隣で呆ける楯無を見て、石井はその顔に煙を吹き掛けた。楯無は咳き込んで、煙が目に入ったのか涙目になって石井を睨む。

 

 「黄昏るな。センチメンタルな気分になりたいなら他所でやれ」

 

 「だからって、煙吹き掛けるとか信じられないわよ!容赦が無さすぎて引くわ!」

 

 「まぁ、気に食わないからな。アマチュアめ」

 

 「本当、教師とは思えない口の悪さね……」

 

 楯無は溜め息を吐いて、海を見る。現実の、すぐそこにある実体を持つ、唯物的な視線で先程と同じ地点に焦点を合わせていた。

 

 「自覚はあったんだな」

 

 何気無く、自然にそう呟いた。石井は変わらず、煙草をふかしている。ちらりと石井を見るが、楯無はまた海へと視線を戻す。

 

 「それは、勿論。自覚してない訳、無いじゃない。私が突き放したんだから」

 

 「そうか」

 

 「あなたの言う通りよ。聞いてたら、発狂は兎も角、動揺はしたでしょうね……」

 

 「何でもかんでも、狡い手で探ろうとするからだ。少しは自重しろ。実妹だろう」

 

 そうね、と小さく笑う楯無。本当に分かってるのか怪しい、と石井は内心訝しむ。何だかんだ、付き合いはある。気に食わない相手だが、やること、領分は被っている二人だ。学園の防衛、警備という役目上二人は何度も顔を合わせて、互いに皮肉を言い合い、嫌々仕事をしてきた。彼女の実家との因縁、確執もあるが、石井個人としては更識簪に悪感情は抱いてないし、更識楯無にも気に食わないだのアマチュアだのと色々言っているが、全面的に嫌っている訳では無いのだ。反りが合わない、やり方が合わないと言うが、結局畑が違うので意見の食い違いが出るだけ。それと、個人的な感情。

 

 「全く、ままならないわ。自業自得なんだけれどね」

 

 少し、石井の眉間に皺が入る。煙草がその長さを徐々に短くしていく。西陽はまだ落ちない。空は少しだけ赤みを増していた。

 

 「話せ」

 

 とぼけた顔をする。石井は楯無を見ずに、ただ空を見ている。とぼけた表情を張り付かせた楯無は、そのまま固まった。そして、少し笑う。くすり、と口に手を当てる。

 

 「何だ?」

 

 「いや、本当にスケコマシね。あなたって」

 

 「馬鹿にしてるのか?」

 

 「いいえ。私は惚れないけど、そうやって天災も落としたのかしらってね。一夏君よりも質が悪いわ」

 

 鼻を鳴らして、石井は煙草を灰皿に押し付けた。してやったり、と悪戯っぽく笑う楯無。心外だと石井は思う。あんな女難爆弾と一緒にするな、と。自分はあそこまで酷く無い、勝手な憶測であの教え子の上位互換にしないでくれ。それに、飼い主とはそういう仲では無い。あれとは、そういうことは一度も無い。色気もへったくれも無い。そんな石井を見て満足したのか、楯無はまた遠くを見る。押し流された場所へと遡る。少しだけ震える口をゆっくりと開いて、言葉を紡ぎ、語り出す。それは馬鹿な女の、愚かな姉の話。丈に合わない力を持ち、それを十全に扱えなくとも誰かを守ろうとして道を違えた愚者の喜劇。瞳は語る。嗤えよ、と。

 

 姉は暗い家に産まれた。底抜けに暗くて、深い沼の中にあるような家だった。血と肉を墨にして書き上げたリストで築き上げた立派な家と幸せ。ずっと昔から積み上げられた骸の山は土台となり、彼女の現在を支えている。姉は思う。仕方ない、と。そういう家だから、悪い人から皆を守る為だから。これは正義の為だから、と。自分達は正義の味方なんだと納得する。男の子が憧れる戦隊モノや仮面ライダーと同じだ。あれだって、裏では同じような事をしている筈だ。世の中はそんなに綺麗じゃない。

 

 姉に妹が出来た。姉は妹を愛した。父や母以上に、姉はその愛を向けた。その髪を撫でるのにも全身の愛を込めた。妹が望むことは出来るだけ叶えた。厳しく接した。甘やかすだけでは、怠けて腐ってしまう。自分が出来ることを、最大限詰め込んだ愛を捧げた。それほどに、彼女は妹を愛していた。愛しくて堪らなかった。

 

 姉には大きな力が与えられることが決まっていた。暗くて、鉄臭い、赤黒く穢れた力。代々、受け継がれてきた正義の力。父と母は言う。お前こそ楯無に相応しい、お前以上の後継者はいない、流石は私たちの娘だ、と。口々に褒める。ベタベタに褒める。知りもしない大勢の、一億人の為に手を汚す正義の執行という殺人を良しとする。国という漠然とした、いまいちイメージの付きにくい集団の為に、正義を成す。官僚と政治家、米軍とホワイトハウス。国という生物の集団の損益をヴィヴィッドに想定する連中の道具になる。人々の安寧を守る、正義の味方。

 

 別段、姉はそれを否定する訳では無かった。世の中、そういう役回りが必要だ。自浄作用はあるべきである。そのお鉢が自分に回ってきただけだ。そういう家柄だから仕方ない。自分が汚れるだけの話。誰も知らない正義の味方になる。それで良い。日々、自分を鍛えた。銃の撃ち方、ナイフの刺し方、効率的な人の殺し方、ハニートラップ、薬学、爆発物の扱い方、尋問と拷問。汚して、穢して、自分を貶めて立派な正義の味方になっていった。それが役目だから。

 

 ある日、妹と話していると戦隊モノの話になった。女の子らしくない趣味だと思った。それでも、妹の話を聞いた。一緒に好きな戦隊モノやロボットアニメを見た。それなりに楽しめたし、妹も喜んでいた。そんな中で、妹が一言呟いた。無垢な憧憬と邪念無き本心と子供として当然の無知で、それを口にした。

 

 『私もこんな風な、お姉ちゃんみたいな正義の味方になりたいな』

 

 目の前にいる自分と同じ血を引く生き物は、何と言ったか?何になりたいって?誰のようにって?誰が教えた?私が正義の味方になったことを、誰が教えた?

 

 姉は笑った。正義の味方として身に付けた技で、笑う。応援してるわ、と頭を撫でる。少しだけ手が震える。それに気付かないで、妹は幸せそうに目を細める。愛しい。愛しくて堪らない。その笑顔、その表情。全てが彼女にとっての光である。

 

 ふざけるな。何だこれは?何の冗談だ?姉は自室で頭を抱える。姉は既に四人殺していた。ナイフで首を通る頸動脈を切って、九ミリ口径の弾丸で眉間を撃ち抜いて、路地裏に誘って油断した所を絞め殺して、毒を盛って殺した。全てが正義の為であって、自分が手を下さずに間接的に殺した人数を数えれば二十は越えていた。それは全て、誰かの為に成されたことで、ディスプレイの向こうのヒーローと何ら変わらない正義の為に悪を倒すという実に明快な理由の元に行われた殺人だった。そんなことは分かっている。それは折り込み済の事実で、更識楯無となった時には染み付いていた揺るがない真理。穢れた物。

 

 しかし、それを妹が目指すと言った瞬間、心臓が冷えた。温度を無くしていく錯覚に陥る。あの無垢な妹が、透明で輝かしい色彩が、どす黒く塗り潰される。駄目だ。想像しただけで、ぞっとする。愛してる。家族の誰よりも愛している、彼女の綺麗な夢を踏みにじって、貶めて、あまつさえ正義の味方にする?認められる訳が無い。こんな醜い家の、更に深い部分に触れさせたく無い。姉は頭を掻き毟る。

 

 それは同時に姉の限界でもあった。姉は妹を愛しすぎていた。彼女の正義のベクトルは国や民衆という抽象的な総体としての物、個体を捉えられない物よりも、妹というそこに確かに実在する一個人の現実に向いていた。それを無理矢理、彼女の中で不安定な蜃気楼のような物に向けただけだった。道具としての正義の味方は初めから存在していなかった。無意識に誤魔化していただけ。両親が褒めちぎる正義の味方のフリをした、幻影。

 

 仕方ない訳が無いだろう!!叫びは喉より先には行かない。これが正義?あの子が私に見ている正義?醜悪すぎる。自浄作用を、歯車を無理矢理正義に変換して考えていただけだ。騙していたんだ。何もかもを、欺いていたんだ。諦めていたんだ、この生を、産まれを。仕方ない、と。それでも、私が穢れるのは良い。正義等では無い。でも、あの子まで大義名分を得た道具に成り果てて良いことは無い。この暗い家から、飛び立ってほしい。夢を見てほしい。それはいけない事だろうか?

 

 この力も、技術も、全てをあの子の為に。恨まれても良い、それが正道だ。あの子を出来るだけ、遠ざける。近付かないように、突き放す。穢す訳にはいかない。貶そう、踏みにじろう、あの子がいつか出会う正義の味方に期待しよう。私は悪役だ。あの子にとっての、壁で良い。

 

 そして、姉は妹を突き放した。崖から突き落とすように。十全に扱えない権力に物を言わせて、妹に降り掛かる悪意を振り払って、家から遠ざけた。

 

 結果として、道を違えた。何処で間違っていたかと言われれば、初めからなのだろう。妹は姉に憎悪を抱いた。計画通りに、しかし予想以上に。目は鋭くなった。姉を見る時だけ、剃刀のようになる。殺気だなんて物まで出すようになった。姉はそれに動揺してしまう。アマチュアだから、それが仕組んだ物でも悲しみを覚えそうになる。全ては不可逆の墓場、時間というマトリクスの向こうへと消えた。更識楯無という愚者の、失敗だらけの成功と共に。

 

 守れた。姉は妹を守れたのだ。そして、遂に妹は姉へと手を伸ばす。逆襲が始まる。その高みから引き摺り下ろす為に、研いだ爪を現して、塵を引き裂くだろう。そうして、更識簪は更識から解放される。報復として更識楯無が追放することによって。

 

 それが愚者の喜劇。嗤うべき者の、守りたいという利己的な理由で肉親を傷付けた話。楯無は語り終えると、笑う。空は青のグラデーションとほんの少しの朱に塗り替えられていた。薄暗闇の中で煙草の火が揺らめく。

 

 「気に食わない」

 

 表情は見えない。石井は平坦な声色で言う。何処か嫌悪があって、憐憫があって、親愛があって、同情と懐古が混ざりあってフラットになった声。ごちゃ混ぜの言葉、濃縮された感情。全てが紫煙で隠される。うん、と楯無は笑いながら頷く。

 

 「愚かだ」

 

 「うん」

 

 「馬鹿だ」

 

 「うん」

 

 「本当に虫酸が走る」

 

 「えぇ」

 

 星が輝き始める。生暖かい風が二人に絡み付く。

 

 「正義の味方なんて、存在しない。あんな物はフィクションの産物だ。正義だなんて不明瞭で絶えず形を変える流動的な概念に固定された味方なんて物はいない。個人単位で変動する物を巨大な個の集合体に当て嵌めれば、それはただのシステムの一部に、総体を維持する為の都合の良い免疫になるだけだ。そもそも、正義なんて物は無いんだろう。善性と悪性の狭間で、善性に寄った個人の行動指針。道徳的な、社会通念上定められた不文律、正しさとそれが掛け合わされた悪逆の対極に位置する物。それは幸せと直結することは無い。万物の体制維持が優先される」

 

 煙草を指に挟み、燃える先端を見つめる。その石井は楯無がいつも見る皮肉ばかり吐く、頭に来る態度を取る不遜な傭兵では無かった。

 

 「そもそも、君は最初から正義の味方では無かったし、更識簪は憧れに届くことは無い。仮にそんな恐ろしい存在が現れて、ヒロインにでもなってみろ。地獄だ。大衆の為に自分を殺して、百を取る。百一は取れない」

 

 真理なのだろう。二兎を追う者、ということわざがあるように欲張りになれないのが現実だ。

 

 「君も、()も。破綻していて、穢れている。そんな奴が誰かを抱き締めて、愛を叫ぶことは思うより大変だ。なまじ、自分がどういう生き物か自覚しているからな。どうしても、頭を過る。この手が、世にも汚い色をつけてしまうと。だから俺達は歩みを進められない。いつか、何処かで抱いた某かに囚われて、捨て続ける。そんな奴は一人で良い。馬鹿は一人で良いんだ。」

 

 帳が降りていく。街灯が付き始めた。

 

 「君のやることに口を出すつもりは無い。私には関係無いのでね。だが、このままでは君の妹は確実に波に呑まれる。この情勢だ。君たち(更識)も限界だろう。まだ、間に合う。考えろ。最善を。君が守りたい物が何か、それを守りきれるか考えろ。人一人守るのは大変だぞ?君が後悔しない選択をしろ。正義はいらない。好きにやれば良い。君は捨てなくて良いんだ」

 

 見えない横顔を見つめる楯無に背を向け、石井は屋上を後にしようとする。ドアに手を掛けて、立ち止まる。互いに振り向かない。煙草の煙が微かに鼻に突く。二人の背中は、互いに小さく見えた。

 

 「君を見ていると、本当に気分が悪い。気に食わないよ……」

 

 ドアが閉まる音がした。屋上には楯無一人が残された。

 

 「私もあなたが気に食わないわ。えぇ、気に食わないわよ……」

 

 朱が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 番外編で別時空の麻婆回やろうかなとか考えてしまうこの頃。

 FGOイベント全然周回してない……やべぇよ、やべぇよ……。

 嘘予告?ねぇよ、んなモン。ネタ切れだぜ。


 以上!!終わり!!閉廷!!皆解散!!


 御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!


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欠陥


 全 然 ボ ッ ク ス ガ チ ャ 引 い て な い 。





 一気に寒くなってきましたね。作者は風邪を引きました。皆さん、どうかお気をつけください。

 そんなこんなで、熱とくしゃみに手伝ってもらったほんへ。

 どうぞ。


 

 

 

 冷たい、氷や鉄のような心。温度は無く、輝きは無い。不変、平坦、恒常。揺らぎも無い。

 

 『それなら、私が君に心を教えてあげる。君が何処かに置いてきてしまった大切な物を、取り戻す手伝いをしよう。君は、人形じゃないんだから』

 

 何時か、何処かで言われた言葉だった。何処で言われたか、何時言われたか覚えていない。いや、上手く思い出せない、と言った方がいいか。どちらにせよ、私は今さっきまでこの言葉を忘れていた。頭の奥を掻き回されるような強烈な不快感と共に、この言葉がサルベージされた。

 

 暖かなコーヒー、白いレースのカーテン、ベージュのエプロンと白いシャツ。度の弱い眼鏡と、後ろで一つに縛った綺麗な長髪。髪の色は、何だっただろう?そんな女性が浮かぶ。こちらを見て、にこやかに笑う。私も笑い返していると思う。豆を挽いていた彼女は私の向かいに座って、何かを話し始めた。砂嵐のようなノイズが声を掻き消して、私の耳に彼女の声を入れる事を阻む。それがもどかしくて、仕方ない。彼女の声を聞きたい。彼女と言葉を交わしたい。彼女に謝りたい。これまでの事、迷惑をかけた事、逃げてしまった事、傷付けてしまった事を。許されないだろう。これは夢なんだろう。それでも、()の言葉で、■■■■として彼女に謝りたい。

 

 嗚呼。何故、忘れてたんだろう?こんなにも大事な事を。何よりも大切な思い出を。いや、忘れてたんじゃない。忘れたんだ。自分の意思で、思い出を薪にして、燃やして、糧にしたんだ。全く、自分の事ながら呆れる。ここまで擦り減っているとは思わなかった。馬鹿にも、愚かにも程がある。

 

 そうやって、これからも捨てていくんだろう。そういう道を選んだんだ、仕方ないと否が応でも割り切るしかない。これを彼女が見たら怒るだろう。私の選択を許さない筈だ。それでも、私があれに言った言葉を違わない為に私は歩き続ける。きっとそれが私が願った事だから、後付けの心でも願った物は本物だと信じているから。彼女が教えてくれた心は、まだ燃えているから──

 

 『ならば、私が君を助けよう。君を何からも守ろう。私が君だけの正義の……いや、君の味方になろう。大丈夫。私は負けない。さぁ、依頼してくれ……』

 

 残滓すら燃やして闘おう。あれが求める物の為に、全てが辿り着く場所まで──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「──?」

 

 そうして彼は今日も起きる。頬を伝った涙の跡に気付かず、決定的な物を忘れたまま。

 

 『ごめんなさい……』

 

 少女の声がした。それは誰の耳にも入ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 少しばかり空が高くなっても、残暑は中々穏やかにはなってくれない。未だに蝉が鳴くこともある。近年の地球温暖化のせいか、暦上はすっかり秋という季節になっている筈なのに陽射しは肌を焼く。どんどん日本の気候は崩れていく。その内、四季なんて物は無くなってしまうのではないだろうか。

 

 「先生」

 

 物思いに耽っていた石井を呼ぶ声。リーバイスのジーンズにシャネルのティーシャツを着た一夏だった。電柱に寄り掛かる石井を見ると、小走りで向かってきた。ゆっくりと石井も電柱から背を離して手を上げる。

 

 「どっちに乗りたい?」

 

 駐車されている二台の愛車を見て石井が聞く。一夏は目を輝かせながら唸る。決めかねているようだった。ロードスターを見たと思えばGTRを見て腕を組んで天を仰ぐ。苦笑いしながら、石井はタバコに火を付けた。ロードスターの周りをぐるぐる回ったり、GTRの前で座り込んだり、見ていて飽きる物ではなかった。

 

 「決められないです……」

 

 一夏が出した答えはそれだった。計五分間、駐車場で悩んだ結果は情けない物だった。石井は予想通りの展開に内心微笑ましく思っていた。彼もまだまだ子供だな、と。

 

 「それじゃあ、ロードスターにしよう。今日は暑い。風を浴びることにしようか」

 

 キーを回して、シートベルトを閉める。一夏が助手席に座るのを確認すると、エンジンを吹かしてアクセルを踏む。駐車場を出て、学園と本土を繋ぐ橋の検問所で手続きを済ませて赤い車体は走り去っていく。

 

 助手席の一夏にサングラスを投げ、目を指差す。掛けろ、と促す。タバコを咥えている為、口を開けなかった。レイバンのサングラス。石井が以前使っていた物で、今使っている物の予備として車に積んでいる物だった。

 

 「どうですか?」

 

 「似合わないな。まだ若い」

 

 じゃあ何で渡したんだ、と喚く一夏を無視して音楽を掛けた。ひたすら真っ直ぐな橋を大音量の音楽を流しながら走る。一夏が合わせて歌っている。大して上手くはなかった。かと言って、石井の方が上手いかと言われればそういうわけでもない。どっこいどっこい、と言った所か。

 

 発端は数日前だった。織斑一夏と愉快な仲間一行は昼食を取るために、食堂へ来ていた。食券販売の列に並び、各々が食べたい物を浮かべながら雑談に興じていた。何時も通りの昼休み。美味い飯を食い、満たされる。それだけの筈だった。

 

 「おや、君たちもここで昼食を?」

 

 彼らに声をかけたのは副担任の石井。列の隣を通りすぎようとしている所を立ち止まる形で彼らと話している。彼らは何時も通りに受け答えをする。あぁ、先生も食堂で食べるんだ。セシリア・オルコットは思ってもないチャンスに口角を上げる。これは石井と共に食事をする絶好の機会。今まで何度もこのような機会はあった。だが、一度や二度で満足する筈が無い。今日も誘おう。誘ってしまおう。織斑一夏争奪戦?勝手にやっていろ。私には関係無い。願わくば、おかずを交換し合いたい。乙女回路が燃え上がる。何人の敵がいようと、ここは私のホーム。織斑千冬にも対抗しうる。この闘い、私の勝利だ。

 

 セシリアが勝利を確信している中、ラウラは義父の行動に幾ばくかの疑問を感じていた。父様は昼食を取りに来たのではないのか、と。石井は食券の列を通りすぎようとしていた。食堂で食事をするには、食券を買って渡さなければならない。しかし石井は発券機に並ぶ素振りを見せない。だが、『君たちも』と言った。誰かを探しているのか?それに、父様の様子が変だ。何時もと少し、雰囲気が違うような。

 

 「はい、先生も昼飯を?」

 

 「あぁ、そうだよ」

 

 「何、食べるんですか?」

 

 一夏と石井の取り留めの無い会話。ほんの三秒程の短い時間。しかし、食堂にいた一部の者たちは寒気を覚えた。第六感、とも言うべき言い様の無い感覚が警鐘を鳴らす。思い出せ、と叫ぶ。前にもこんなことがあった筈だ、その時は──

 

 「あぁ、ちょうどよかった……」

 

 石井が──

 

 「今から麻婆を作るんだ。君も食べるといい」

 

 麻婆を作ったんだ。

 

 食堂に衝撃が走る。やってしまった。とうとう、犠牲者が出てしまった。よりもよって織斑一夏だなんて!一夏の愉快な仲間たちは顔を青くして祈りを捧げている。彼女らの頭の中からは昼食という目的は消え失せていた。この場において何よりも大事なのは生存することのみ。何時、自分たちに矛先が向くか分からない。一夏には可哀想だが犠牲になって貰おう。このぐらいはバチは当たらない筈だ。何時も、何時もその鈍感さで私たちを弄ぶ報いを受けろ。彼女らは一夏を見捨てた。因果応報。自業自得。ショッギョムッジョ。一夏の命運はしめやかに爆発四散することが確定した。

 

 「え!?先生が作るんですか?楽しみだなぁ」

 

 状況を理解していない今回の犠牲者。中華鍋を振るう石井を見ながら、運ばれてくるであろう麻婆に思いを馳せる。ラウラは若干の嫉妬を抱えつつ、戦慄した。鍋の中で熱せられる食材。投入された数多の調味料。秘蔵、とラベルが貼られた謎の瓶から流れ出る名状しがたいほどの赭。人類史上、最高級の頭脳と肉体を持って産まれたであろう天災の意識を一口で飛ばした劇物。言うなれば、この世全ての辛味。それが皿に盛られ、こちらへ運ばれてくる。

 

 「うわぁ、辛そうですね」

 

 「暖かいうちに食べなさい。冷めるといけない。どうぞ」

 

 いかん、そいつに手を出すな(ISTD)──周囲の願い虚しく、一夏は蓮華を口に運ぶ。破滅的な辛さが口内を蹂躙するだろう。石井は気にせずに麻婆を食べ始める。牛乳の用意をする鈴。中華料理、麻婆豆腐に正道で殴り掛かる代物は彼の意識を飛ばす

 

 「辛っ!!でも、美味いな……美味い!!」

 

 ──筈だった。

 

 食堂にその日二度目の衝撃が走る。一度目の衝撃等とは比べ物にならない。石井の、劣化泰山麻婆を食して意識を保っているのだ。これまで無傷で返った者のいない試練を耐え抜き、あまつさえ笑顔で麻婆を頬張る。にわかには信じがたい事だが、純然たる事実だ。織斑一夏は麻婆に耐えた。これぞ、織斑。これぞ戦乙女(ブリュンヒルデ)の弟。正当な後継。いや、当然とも言えるだろう。

 

 しかし、ここで一つの説も浮上する。あの麻婆は辛くないのでは、という物だ。石井が気を遣って辛味を抑えた結果、一夏は麻婆を食べて無事であるのではないか?色だけの見かけ倒しではないか?私たちにも食べられるのではないか?

 

 「ねぇ一夏、少し味見させて」

 

 「おう、いいぜ。滅茶苦茶美味いから、食ってみろよ!」

 

 鈴がスプーンに麻婆を乗せる。確かに色だけ見れば禍々しい色をしている。だが、湯気や香りが粘膜に接触しただけで辛味や痛みを感じるという訳では無い。鈴は意を決してスプーンを口に入れる。周囲も固唾を飲んで、それを見守っていた。そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「凰さん、どうなった?」

 

 「あぁ、まだお粥食べてますよ。アイツ胃が弱かったんだなぁ、初めて知りましたよ」

 

 「中辛にしたんだけどね」

 

 事も無げに話す二人。車は橋を越え、市街地へと入った。

 

 顛末はありきたり、至極当然の物だった。凰鈴音は卒倒し、医務室へと搬送された。反説は立証されなかった。石井の作る麻婆は私たちには食べられない。織斑一夏?同類でしょう?作った本人が気を遣って辛味を抑えても、大した意味は無かった。それを食べた一夏が異常だっただけの話。

 

 そうして彼らは今、本物に──紅洲宴歳館・泰山本店の麻婆豆腐辛さ愉悦に挑戦する為、休日に男二人で町に繰り出した。

 

 「最近どうだい?夏休み明けたけど、もうこの生活にも慣れただろう?」

 

 「はい、大分物騒な事も増えましたけど。それなりには」

 

 そうか、と石井。信号が赤に変わる。一夏が捕まっちゃいましたね、と笑う。仕方ないと新たな煙草に火を付ける。

 

 「先生ってヘビースモーカーですよね。身体に悪いですよ」

 

 「そう言ってもな。随分と長い付き合いなんでね。コーヒーと同じぐらい」

 

 「周りから言われません?先生まだ若いのに……」

 

 「君は大分老成しているように見える。君こそまだ若いんだから、少しは遊びたまえよ」

 

 「遊ぶって何ですか?」

 

 「誰かと付き合ったりしないのか?」

 

 うぅん、と一夏が唸る。煙を吐き出しながら、一夏の答えを待つ。

 

 「分からないですね」

 

 「何が?」

 

 「恋愛云々ですよ。まぁ、確かに誰かと付き合ったり恋人作ったりするのって素敵なことだと思います。俺だって憧れますよ。でも、いまいちその好意っていう物が分からないんです」

 

 「誰かから告白されたことは?」

 

 「あります。でも……」

 

 でも、と繰り返す。一夏はシートベルトをぎゅっと握り締めた。

 

 「分からない。好きとか愛とか。そりゃあ千冬姉のことは好きです。大好きです。愛してます。唯一人の家族だから。それは確かなんです。でも、俺はそれ以外を知らない。その好き以外を知らないんです。赤の他人から向けられる好意っていう物が……。自分でも欠陥、だと思いますよ」

 

 「認識は出来るけど、応え方が分からない」

 

 「多分」

 

 ふぅん、そう言って石井はアクセルを踏む。景色は流れる。手を繋いで笑い合うカップルも溶けていく。一夏の視界には映らない。

 

 「まぁ、いいんじゃないか?」

 

 「適当ですね、自分で訊いた割りに」

 

 「いや、そういう訳じゃないさ。私は真剣に言ってるよ。その悩みだって、然程大した物じゃない。解決法もはっきりしている」

 

 「何です?」

 

 「分からないなら教えて貰えばいいだけの話だ。簡単だろう?別にテストじゃないんだ。難しい問題にぶち当たったなら、誰かの力を借りればいいだろう。君は自分のキャパシティを越える問題を抱えて、オーバーヒートしてるだけだ」

 

 「そんなに簡単に答えが出る物ですかね」

 

 「さぁな。そんなの知るわけがないだろう。君の問題なんだから。永劫出ないかもしれないし、明日の朝突然悟るかもしれない。私には分からないよ。君が考えて、悩むことが重要なんじゃないか。不安なら教会にでも行けばいい。ちょうど、泰山の店主は元神父だ。懺悔でもするかい?」

 

 ろくなことにならなさそうだ、と一夏は直感的に感じた。嬉々としながら自分の根幹を捻じ曲げようとするカソックを着た男を幻視した。

 

 「まぁ、君が欠陥だろうとそうじゃなかろうと、私からすれば些末な事なんだよ。それに君が欠陥だとしても、案外同類は多い物だ。取り分け、この世界(業界)はそうだ。破綻してたり欠けてる人間は吐いて捨てるほどいる。私も漏れなくその一人だ」

 

 幼少期の孤独。一人ぼっちの広い家。家族面の他人。行き場の無い感情。自分と姉だけで完結していた世界。打ち込んだ(やらされた)剣道。一夏の脳裏に記憶が流れる。つまらない、灰色の意味を持たない映像が頭のスクリーンに投射された。

 

 「先生は、どんな子供だったんですか?」

 

 ふと、その問いが口から出た。滑らかに、訊くべきと定められたようにするりと喉から飛び出した。

 

 石井はちらりと助手席の方を見て、すぐに視線を戻す。

 

 「覚えてないな……。どうも、最近忘れっぽくてね」

 

 困ったような笑みを浮かべて、石井はハンドルを切る。

 

 

 

 

 

 

 

 






 店主「少年、悩みがあるのか?」

 一夏「え?」

 店主「話してみたまえ。奥に懺悔室がある。こちらだ……」

 一夏「え?」







 色々と開き直ってきた石井さん。段々、タガが外れていきます。

 冒頭の部分と磨耗に関しては、まだ説明出来ません。文化祭後辺りからその片鱗というか磨耗の影響が出てくる予定です。

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布告


最初からクライマックス。


 

 

 

 ミストルテイン。または、ミストティン。原典である神話や伝承では後者で呼ばれる事もある。

 

 北欧神話に於いて、ミストルテインとはヤドリギの事である。光の神、バルドルを死に追いやった謂わば神殺しのアイテム。ある日、自らの死を予言する夢を見たバルドルは母であるフリッグにそれを話した。フリッグはバルドルの話を聞き、ありとあらゆる物に、決してバルドルを傷付けさせない、危害を加えないという誓いを立てさせた。しかし、ただ一つだけ。ヴァルハラの西に生えていたヤドリギの新芽にだけは、誓いを立てさせなかった。若すぎるが故に誓約を立てられず、あまりに非力、傷付ける力を持たない、その必要がないと思ったのだ。さらにフリッグはそのことをロキに話した。

 

 傷付かなくなったバルドルを祝い、神々はバルドルに様々な物を当てるという遊びに興じていた。そんな中、バルドルの兄弟であるヘズはその輪から外れていた。彼は盲目だった。そして、それを見たロキはヘズをたぶらかした。唯一バルドルを傷つけ得るヤドリギ──ミストルテインをヘズに投げさせたのだ。投げられたミストルテインは矢となり、バルドルを射抜いた。バルドルは絶命し、これを切っ掛けに北欧神話は世界の終焉と定義されるラグナロクを迎えることになる。

 

 その神殺しの矢の名を冠する兵装──ミストルテインの槍を更識楯無は展開する。防御用に装甲を覆う液状(アクア)ナノマシンを全て突撃槍──蒼流旋の先端に集中圧縮させ、攻性機構を全開にする。ナノマシンの生成速度を限界まで上げて、一切の防御を捨てて全て槍の形成に回す諸刃の剣。霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)の最大火力。アリーナのシールドが最大段階まで強化される。推定、気化爆弾四個分の威力が炸裂するのだから当然と言えるだろう。

 

 「ふは……」

 

 笑みが溢れる。抑えきれない声が漏れ、破顔する。

 

 「ふふふふふ……あぁ、あははは……あははははははははははははッ──!!ハハハハハハハ、アハハハハハハハハッ!!」

 

 壊れたような笑い声がアリーナに響く。心の底からの歓喜。ひたすら笑う。嗚呼、素晴らしい。祝おう、祝福しよう。この世界に真に神という者がいるのならば、感謝しよう。そして同時に憎もう。真実は掻き消され、愛はその光を奪われる。自らの憧憬は間違ってなかった。正義の味方は──更識刀奈は虚構でも何でもない。現実だ。その愛は自分を絶えず包んでいたのだ。それなのに自分は筋違いにも姉を憎み、遠ざけて。許せない。自分が憎くて堪らなくなる。だが、しかし──

 

 「あぁ、見てくれている。お姉ちゃんは私を愛してくれている……」

 

 姉は愛を示してくれた。ならば、どうする。今まで知らずとは言え、姉を憎んでいた自分はどうすればいい?謝るか?広げてくれる腕の中で泣き腫らすか?そして仲直り?

 

 否だ。断じて、否だ。そんな物は何時でも出来るだろう。悪くは無いが、今すべきことでは無い。姉が示したのならば、自分も示さねばならない。沸き上がるこの気持ちと、溜めに溜めた感情の奔流を、愛を姉にぶつけよう。そして打ち破る。姉の愛を呑み込んで、()を通す。恥知らずの自分だが、今すべきことはこれである、と声高らかに叫ぼう。

 

 少女──更識簪は裂けるような笑みを浮かべて上空で槍を構える姉を見上げる。歓喜に震え、笑い声を絶やさない彼女を姉は苦虫を潰したような表情で見下ろす。

 

 「あなたのその妄執、ここで絶ち切るわ。私は正義の味方でもヒーローでも無い。そんな物は存在しない。それはあなたが私に勝手に当て嵌めただけの虚構。そんな物を抱く限り、あなたは私に届かない。それを今ここで思い知らせてあげる……」

 

 槍はその形を成していく。ミストルテインが碧く煌めく。それを見て簪は心底嬉しそうに声をあげる。姉への讃歌を唄う。

 

 「いや、妄執なんかじゃない。私にとってはあなたこそヒーローだった。あなたには虚構でも、私には現実なの。あなたが私を遠ざけても、私はあなたを追い続ける。憧れは間違いなんかじゃなかった。私を騙して、欺いて、傷付けて、守ってくれた。愛してくれていた……だからこそ、私もお姉ちゃんに愛を示したい!!その槍があなたの愛ならば、私の愛であなたの愛を上回ればいいだけのこと!!ベクトルが変わろうと、あなたをずっと見て、目指して来た。まだまだ十分じゃない。まだ足りない。それでも、私はあなたに挑む。見てよ、お姉ちゃん(正義の味方)!!これが、私。私のあなたへの愛ッ!!」

 

 ある男は言った。更識簪は機体の組み上げという点では姉を上回る、と。更識楯無に勝り、それ以上の才を持つと。しかし、これは間違いである。彼女にはもう一つ、姉を上回る物を持っていた。それは愛。それは憧れ。それは尊敬。細分すれば多々あるが、纏めれば姉を慕う気持ちである。それは姉が妹を思う物よりも大きく、深く、盲目的な物であった。それが姉自身に否定され、彼女は姉に捨てられたと思い込み、適当な理由で誤魔化して姉を憎んだ。そして、その反転した愛がさらに反転し、現在に至る。幼少の憧憬、姉が不可逆の墓場に置いてきた物を持ち続けた妹は叫ぶ。愛と憎悪で紡がれた慟哭、変わることの無い憧れ。だから見てくれ正義の味方、私はあなたを見てここまで来たぞ。

 

 「収束開始──」

 

 薙刀──夢現に光の粒子が集まる。それは刃先に吸収され、輝きを増していく。そして刃は形を変え、光の奔流へと姿を変えた。眩い輝きは簪の憧れを現しているかのようであった。

 

 「形成完了──」

 

 ミストルテインを握る姉を見上げる。やはり、遠い。自分はあの領域に辿り着く為にどれ程の修羅場を潜り抜けば良いのだろう。織斑千冬、石井と並び学園を守る刀であり楯。その高みに至るための必要な資質は何だ?才能か努力か。いや、今はそんなことはどうでもいい。

 

 神話の矢の名を冠する槍。神殺しを謳う一撃。それを打ち破るのもやはり、神話の一撃。

 

 「システム、オーバーフロー。レッドラインへ到達──」

 

 それは国造りの矢。太古の昔、オオクニヌシがその弓矢と刀とを以て葦原中国を平定し、国津神の王となった。ミストルテインが闘いを呼び寄せる物ならば、それは闘いを終わらせる物。終焉と創造。対極の性質として語られる。

 

 「解放──」

 

 そして、光の奔流が破裂し、それは形を成さなくなる。そこにあるのは力。圧倒的な力がその手に握られる。ミストルテインに匹敵する程の破壊力を秘めた矢をゆっくりと構える。機体は限界、出せる力を全て出した渾身の一撃。姉を破る為の力を、全力を、ここに掲げる。

 

 「生弓矢──これが私の全力……あなたを目指した妹の最大威力の兵装」

 

 言うなれば投槍。互いに弓は無い。アリーナのシールドは悲鳴を上げる。それを見る管制室の石井の目はいつもと変わらず平坦な物で、対して一夏の目は光り輝いていた。

 

 「私の憧れは間違ってない……それを証明する──ッ!!」

 

 「ならばそれを否定するまで。来なさい、現実を教えてあげるわ──」

 

 轟音。矢が、槍が放たれた。碧く煌めく槍と、白く輝く矢。互いの中間地点で衝突し、爆発する。光が溢れて、衝撃波がシールドに皹を入れる。戦術兵器クラスの威力がアリーナを蹂躙する。愛と愛がぶつかり合う。

 

 姉妹喧嘩はクライマックスを迎える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 時は少しばかり遡る。

 

 一年一組の文化祭の出し物が仮装喫茶に決まり、着々と文化祭への準備が進んできたある日。すっかり高くなった空を眺めながら、一夏はアリーナへと歩みを進めていた。涼しい風が頬を撫で、季節の移ろいを感じさせた。

 

 アリーナの更衣室に入ると、制服からパイロットスーツに着替える。着替え終わった一夏はベンチに座り、ぼんやりと考え事をしていた。自分の欠陥についてだ。石井と食事に行った際の車中での会話が想起される。

 

 『君が欠陥だろうとそうじゃなかろうと、私からすれば些末な事なんだよ。それに君が欠陥だとしても、案外同類は多い物だ。取り分け、この世界業界はそうだ。破綻してたり欠けてる人間は吐いて捨てるほどいる。私も漏れなくその一人だ』

 

 かのフリードリヒ・ニーチェは言う。愛せなければ通過せよ、と。愛を知らない、理解出来ない自分は他人を愛せないだろう。故に通過するのだろうか?関わらず、目を向けず、顔を背けて、通り過ぎるべきなのだろうか?それすらも分からない。図書室でちらりと見掛けたニーチェの本を手に取ってみたものの、彼の苦悩を解消する一助にはなり得なかった。

 

 かと言って、石井の言う通りに誰かに相談するかと言われれば、そうとも言えない。篠ノ之箒は夏休みから政府管轄の研究所へ出向していて不在。シャルやラウラ達に訊きに行こうと思っても踏ん切りが付かない。態々、自分の欠陥を晒して、自ら仮面を外そうとは思わない。そんな事をして姉に迷惑を掛けたらと考えると迂闊に話すということは出来ない。あれ以来たまに食事に行くようになった石井に訊くことが最善と思うのだが、当の石井が文化祭前で忙しく、最近は話せていない。姉などは論外だ。泰山の店主もあり得ない。

 

 ピットへと続く通路をふらふらと歩く。一夏の主観としては、もしこの事を話すのなら石井か楯無と考えている。石井は数少ない本音を、いや本心を吐露できる唯一の存在だ。姉とは違う年上の人間。不快感の無い赤の他人。憧れという感情を当て嵌めるのなら、石井がそこに収まるのだろう。謂うなれば兄や叔父。一夏にとっては家族面をしないで、憐れみを持たないで自身を見てくれた唯一の男だった。それ故に奥底で燻る自分の醜い部分を晒け出せる。同性だから、という気軽さもあるのだろうが。

 

 それに加えて楯無を上げる理由は一夏としても具体的に説明は出来ない。強いて言うならば、何処と無く石井に似ているから、という事だろうか。それを本人に話した所、心底嫌そうな顔をして石井に対する愚痴を語り始めて酷い目に合った。小一時間も気に食わないだの、色々と合わないだの、それなのに生徒会の仕事で一緒になることが多いから嫌になるだのと小一時間心底どうでもいい話を聞かされた。その割には本気で嫌っているという訳でもなさそうだったので、腐れ縁というか、何だかんだ互いの事を理解している友人未満的な関係だろうと納得した。

 

 「あら、早いのね?」

 

 ピットに入ると件の生徒会長が機体を弄っていた。そう言う自分も二十分も早く来てる、と指摘すると適当な返事を返して機体を収納した。

 

 「こんなに早く来て、どうしたの?私に早く会いたかったとか?」

 

 「まさか。たまたまですよ。ぼうっとしてたら、早く着いていた。だからちょっと早めにピットで機体を調整しようと思ったんですよ。隣、失礼します」

 

 一夏は楯無の隣の作業スペースで機体を展開し、調整を始めた。楯無にレッスンを付けて貰うようになってから、自分でも機体の調整をするようになった。石井と楯無の両方から最低限自分でもメンテナンスが出来るぐらいになれと言われたのだ。ガントレットが輝き、白式へと変化していく。

 

 ねぇ、と楯無。一夏が顔を向けると、拗ねたような、不機嫌そうな顔をしていた。

 

 「なんか一夏君、アイツに似てきたよ」

 

 「アイツって?」

 

 「石井先生」

 

 「やめてくださいよ、俺じゃあの人の足元にも及ばない。過大評価も良いところですよ」

 

 「いや、技術とかそういうことじゃなくて。性格というか喋り方というかさ。淡々としている感じが」

 

 「そうですか?俺は元々こんな感じですよ。大分、この生活にも慣れたので肩肘張らずに良くなったんですよ。別に先生を意識している訳じゃ無いですよ?俺如きが真似するとか恐れ多いし」

 

 なにそれ、と楯無は驚く。いつの間にこんなに石井に懐いたのだと。このまま行けば、無垢な若者が皮肉ばかり言う性根の曲がった大人になってしまう。それは由々しき事態だ。石井一人でも心労が凄まじいのに、一夏が石井のようになってしまったら──

 

 『ほら、あなたは先輩でしょう?生徒会長でしょう?学園最強なのでしょう?ならば食える筈だ。この程度の辛さなど取るに足らない筈だ。石井先生なら食えたぞ?石井先生なら食えたぞ?石井先生なら食えたぞ?石井先生なら──』

 

 満面の笑みを浮かべながら赭く煮えたぎる麻婆を口に捩じ込もうとしてくる一夏を楯無は幻視した。後ろには目の死んだ神父が愉しそうにそれを見ている。

 

 「一夏君、あなたは純粋なままでいてちょうだい。お姉さんとの約束よ?」

 

 「俺の姉は千冬姉だけですよ。いきなり、どうしたんですか?先輩から見て、そんなに俺は汚れてるように見えますか?おかしいですか?」

 

 「──何かあった?」

 

 楯無は僅かだが、一夏の変調に気付いた。防諜、灰暗い場所を歩いてきたせいかそれを見逃さなかった。語気の強弱、瞳の動き、息の吐き方。ほんの小さな部分、気にも留めないような些細な箇所からその異常は見て取れた。

 

 「別に、何も無いですよ」

 

 「そう、君がそう言うなら、そういうことにしとくわ。でも、一人で抱えて限界だと思ったら誰でも良いから頼りなさい。私じゃなくても良いから」

 

 「あまり詮索しないんですね。意外です」

 

 「してほしいの?」

 

 いいえ、と一夏は答える。指はキーボードの上で止まっていた。

 

 「私には君が何を思って、何を悩んでいるかは分からない。でもね、そうやって自分の苦悩や葛藤に向き合うのって大事だと思うの。君が考えて、悩むことが重要なんじゃないかなってね。だから今は何も訊かない。そういうこと」

 

 そうですか、と言うと一夏は再びキーボードを操作し始める。その表情はほんの少し、柔らかくなっていた。一夏は楯無を呼ぶ。そして彼女に全幅の信頼を込めて、言葉を贈る。

 

 「やっぱり、先輩は石井先生にそっくりですよ」

 

 「なにそれ、喧嘩売ってる?」

 

 「俺は先輩のこと嫌いじゃないですよ。喧嘩なんて御免です」

 

 「好きじゃなくって?」

 

 「俺には分からないですから。そういうの」

 

 一夏が機体の調整を終え、機体を収納しようとするとピットに誰かが入ってきた。ドアへ目を向けると楯無とよく似た少女が立っていた。ネクタイの色からして一夏と同じ一年生。少女は楯無を睨んで淡々と、そして諸々を押し潰して言う。

 

 「お姉ちゃん、私と闘って」

 

 姉妹喧嘩のゴングが鳴らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 ど う し て こ う な っ た ?

 な ん だ こ れ は ?

 いつからISは熱血異能バトル物になったんだ……?

 たまに厨二臭い奴を書きたくなるシンドローム。

 でもミストルテインの元ネタ調べて矢とかヤドリギとか知った時結構驚きました。槍じゃねぇのかよ、てか植物かよ、的な。

 簪クレイジーサイコシスコン説は明確に否定……したいです。


 そんなこんなの姉妹喧嘩編スタートです。

 御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!


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誤想


 前回までのあらすじ

 ・最初からクライマックス

 ・一夏「石井先生なら出来たぞ?何故、覚醒しない?」

 ・???「これが私の全力全開!!スターライト(以下略)」


 一応、言っておきますが。この姉妹喧嘩編はギャグです。ギャグ回です。(迫真)



 そんなこんなでほんへ。

 ドゾー。


 

 

 

 

 医務室の隣。月に三度ほど解放される部屋がある。アイボリーの壁紙に暖色系の照明、ふんわりとコーヒーの香りが漂う小さな部屋。使い込まれた木製のテーブルと椅子。内装は何処と無く書斎の趣を感じさせる。

 

 相談室。常駐するカウンセラーとは別に生徒の悩みを聞く逃げ場。控えめに言っても、特殊な環境にあるIS学園では必然的にこのような施設が必要になってくる。些細なことから、人生を左右する物まで、ありとあらゆる悩みがここに集まる。話すだけでも良し、医務室で睡眠薬を処方して貰うことや、深刻な場合はカウンセラーへ引き継ぐこともある。

 

 「ありがとうございました……。話聞いて貰ったら、少し楽になりました……」

 

 「そうか。それは何よりだ。また、何時でも来なさい。別にここでなくてもいい、私のデスクでも構わないから。あぁ、そこの飴を一つ持っていきなさい。甘くて美味しい。落ち着くよ」

 

 「はい……ありがとうございました……」

 

 目元を擦りながら一人の生徒が出ていく。ドアの傍にあるキャンディボックスからミルク味の飴を取っていった。それを見送った相談室の主──石井は背もたれに身を預けてマグカップを口に運んだ。特に意味もなく着た白衣のポケットから煙草をテーブルに出して火を付けようとするが、ライターを職員室に忘れたことに気付いてポケットに押し込んだ。

 

 最後の客が帰った相談室は少しばかり寂しい雰囲気が漂っていた。照明が寒色だったならそれは更に大きな物になっていた。石井が照明を暖色にしたのはこれが理由でもある。

 

 眼鏡を外して、眉間を軽く摘まむ。一日で計二十三人。彼が話を聞いた生徒の数だ。昼食も生徒と一緒に食べた。ワーキングランチでもあるまいし、サンドイッチ片手にパスタを頬張りながら悩みを吐露する生徒の相手をした。最近友人関係が上手くいかなくて食欲が出ない、らしい。何処が、とは言えなかった。本人としては少ない方なのだろう、そうなんだろう、と自己完結させた。

 

 そんなこんなの一日も、もう終わる。窓の外から射し込む斜陽を眺めながら、口の寂しさを紛らわせようと飴を適当に放り込んだ。コーヒーミルク味。カフェオレを飲んでいるのに、間の悪いセレクト。一重に石井の運の悪さのせいか。

 

 誰かがドアをノックした。閉室のテロップが表のドアに流れている筈だ。それともまだ残っていたか。見落としを確認する為ファイルを開きながらどうぞ、とドアの向こうへ言った。

 

 「暇か?」

 

 「ここは人材の墓場でも、陸の孤島でも無いですよ」

 

 客は同僚だった。本日最後の相談者、織斑千冬は入るなりコーヒーメーカーへ向かい、慣れた手付きでブラックを作って石井の前へ座った。ライター持ってませんか、と石井が訊ねると千冬はマッチを出した。それをテーブルの縁で擦り、火を付けた。やっと一服をつける。

 

 「この御時世にマッチですか。中々いないですよ」

 

 「まぁな。そう言うお前こそ良いライター使ってるじゃないか。女か?私も吸うぞ?」

 

 「どうぞ。そんなんじゃないですよ。まぁ貰い物ですがね」

 

 「誰から?」

 

 「山田先生のダーリン」

 

 「大内か……趣味が良いな……」

 

 石井は黒光りするジッポを思い浮かべながら小さく笑う。去年の誕生日に貰った物で、石井のお気に入りでもある。最近は特に手に馴染む。ふと、手先でソフトパックを弄ぶ千冬を見て、気になる事を訊いた。煙草の銘柄だ。見掛けない物だった。オレンジの配色に対極図。そして煙龍、とでかでかと書いてある。

 

 「あぁ、これか。友人が吸ってるのを見てな。台湾だか中国の奴らしいが、もう作られてないから、そいつに少し分けて貰ったんだ。吸えば作られてない理由が分かる。クソ不味い」

 

 「友人?」

 

 「人形師だ。たまに個展を開いたりしている。飲んでる時に知り合ったんだ」

 

 へぇ、と石井。不味いのによく吸うものだ、と思った。ヤニの匂いが部屋を満たす。煙が霧のように絡み付く。

 

 「それで、どうしたんです?営業時間外ですが、話があるなら聞きますよ」

 

 「まぁ、大したことでは無いんだ。少し一夏について訊きたくてな」

 

 石井は眉を潜めた。態々自分に聞くことじゃ無いだろうに、と。

 

 「何でまた私に?」

 

 「ここ最近、一夏と話せてないんだ。それで、最近よく一夏と食事に行くと聞いて」

 

 「食事……ですか……?あぁ……そうですね。行きましたね、そういえば。それで、何を聞きたいんですか?」

 

 「一夏に避けられてるような気がするんだ。何かした覚えは無いんだが、何処かよそよそしいというか、冷めてるというか。何かあったのなら話して欲しいんだが、さっきも言った通り私を避けてるようでな。何か聞いてないか?悩みがあるとか、私が知らず知らずに一夏に何かしてしまったとか」 

 

 ふぅん、と石井。心当たりはあった。

 

 「何となく、心当たりは。でも、私からは何とも言えないです」

 

 「どういうことだ?」

 

 「思春期というか、まぁ反抗期とでも思っておいてください。私も詳しくは分かりませんが、あなたには相談しにくい内容だと思いますから」

 

 「そんなに重い悩みなのか?」

 

 「愛についてですよ」

 

 「は……?愛……?」

 

 クソ不味い煙草が千冬の口から落ちる。誰も見たことの無いような間抜けな顔をしていた。それを石井は面白そうに見つめて、唇を歪めた。

 

 「あいつに彼女でも出来たのか……?」

 

 「そういうことじゃないですよ。まぁ、そういうお年頃ってことで納得してください。一夏君も馬鹿じゃない。一人で考えることに限界を感じれば、誰かに頼りますよ。だからそんなに心配しなくてもいいですよ」

 

 いまいち理解できてない千冬をよそに、石井はカフェオレを啜る。千冬はそれが面白くないのか、石井に突っ掛かる。

 

 「随分と一夏の事を理解してるようだな?」

 

 「あなた程じゃない。たかが半年クラスを受け持ってる程度の男より、姉であるあなたの方がよっぽど彼の事を分かっている筈だ。深い、根幹の部分でね。私は精々表層を浚うぐらいのことしか分からない。さっきの話だって一夏君がたまたま溢したんですよ。私が某かの異変を察知して、聞き出した訳じゃないですから。家族だから話せることと、家族だから話せないことってあると思いますよ」

 

 着信音が石井の白衣から聞こえた。確認すると、噂をすればという奴だった。断りをいれて電話に出る。一言、二言のやり取りの後、ポケットにスマホを閉まった石井は千冬に何の脈絡の無く、言った。

 

 「決闘、見に行きません?」

 

 「ふぇ……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 突然ではあるが、更識簪という少女の印象を簡潔に述べよ、と言われたとする。多くの場合、彼女を知る者たちはこのように答えることが多いだろう。

 

 内気。

 

 大人しい。

 

 物静か。

 

 何れも間違っていない。正解、と言える。全てが彼女の特徴を捉えていて、正しく表している。彼女の学園やクラスでの生活や態度を見れば上記のような答が返ってくるのは当然。必然。

 

 しかし、それはあくまで表層、外面のみを見た場合の話だ。彼女を幼少の頃から知る者はまた違った答を返すだろう。例えば布仏姉妹。生来の友として、従者として彼女と彼女の姉の傍らに居続ける姉妹ならば、こう言う。

 

 圧倒的(気狂い)シスコン。

 

 正義の味方(ヒーロー)フリーク。

 

 愛しすぎて愛が憎悪に刷り変わっちゃった系妹。

 

 少々俗っぽい言い回しだが、更識簪という人間を真に正しく表すならば、これが最適であるだろう。現在はその片鱗すら見えないが、幼い頃は姉にベッタリとくっつき、何処へ行く時も姉の傍を片時も離れず、毎晩姉の布団に潜り込んでいたというお姉ちゃんっ子だった。その行動が無意識に姉のシスコンを比例的に悪化させ、拗らせる要因になっていた。勿論、本人にはその自覚など欠片も無い。前述したように、無意識だからだ。無意識ならば仕方ない。

 

 さて、そんなジキルとハイドよろしく裏表の差が激しい彼女だが。何故、彼女が姉を憎むようになったのか。シスコンと言われるまでに姉を愛していた彼女が姉に牙を剥くようになったのか。それは時を数年前まで遡る。

 

 ある日突然、彼女は姉に言われた。無能のままでいろ、出来損ないは出来損ないなりに這いつくばっていろ、私の足を引っ張るな、と。何でも出来る姉は、正義の味方は本性を現した。幼い彼女に、姉のその仕打ちは何事にも代えがたい痛みを与えた。つい昨夜までは優しかった、頭を優しく撫でて一緒に寝てくれた姉の豹変は彼女の根幹を揺さぶる物だった。

 

 姉とは彼女にとって、憧れの存在だった。ディスプレイの向こう側の正義の味方のような、強さと優しさを兼ね備えた理想の一端。自分の理想と姉を重ね合わせて見ていた。自分とは違う、高みから導いてくれる。自慢の姉だった。そんな姉に捨てられた、簪はそう思った。辛い出来事であった。

 

 そして憎む。何の捻りも、苦悩も無く、憎む事を選んだ。理由は自分を捨てたから。邪魔になったから捨てた、自分は姉にとってその程度の存在でしかなかったんだ。自分はこんなにも好きだったのに、あの人は私を一分たりとも愛してなかった。自分を騙していた。あんまりじゃないか。今までのことは何だったのだろう。ごっこ遊び?妹より家督を選んだのか?いや、何かの間違いかもしれない。あの優しい姉があんなこと言う筈が無い。しかし、それは厳然たる現実である。姉の元へ行ってもぞんざいにあしらわれ、嫌悪を顕にされる。何度も何度も、毎日幾度となく、妹は姉に疎まれる。妹は姉の思惑通りに離れていく。

 

 そうして数年の時を経て更識簪は報復の機会を見出だす。学園最強と宣う姉を引き摺り下ろすという目標を立てた。小細工は一切無し。真正面から妹を切り捨てて得た力と地位を否定してやろう、その結果報復されても構わない。これまで何度も妨害されてきた。情けなくて涙を流したこともある。やめようと思った時もあった。だが、そうすればこの気持ちはどうなる?嗚呼、憎い(愛しい)。どうだ?実の妹を切り捨てて得た名声と地位は?さぞ、気分が良いだろうな。彼女は折れなかった。姉の思惑からほんの少しの綻びが出る。

 

 元来、それほど気性の荒い人物では無い簪は常に自信が無さげだ。緊張すれば震えるし、すぐに泣いてしまうような少女である。しかしここで姉の思惑から出た綻びにより、異常が生じる。執拗な妨害、立ち塞がる困難。これらが簪の精神性に変化を来した。学園の相談室でカウンセラー紛いの事をしている男に冒頭の質問を投げ掛けたとしよう。彼は誰よりも的確に簪の精神性を言い当てるだろう。

 

 織斑一夏と更識楯無、絶対ぶっ飛ばすガール。(後者は愛故に)

 

 姉への愛が二周半して得た実力で勝ち取った代表候補生の座。そして専用機開発を投げ出されて、織斑一夏にかっ拐われたと勘違いし、更には様子を見に来た姉に殺気を飛ばす。親切な整備科のお兄さんと擦れたヘビースモーカーの、副業で教師をやっている麻婆傭兵に手伝って貰って開発した自分だけの機体。傭兵に教えて貰った事実。実家の書庫と姉の記録を辿り、従者姉妹を絞り上げて知った姉の真意。紆余曲折あり、更識簪は真実へと辿り着いた。姉の思惑は完全に瓦解した。その上でもう一度、薮カウンセラーに先程の質問を投げ掛ける。彼は恐らく至極面倒くさそうに答えるだろう。

 

 お姉ちゃん大好き、だから殴り愛しようガール。

 

 少女の変質が先の物だけと考えるならば、それは想定が甘いとしか言い様が無い。その変質は完了した物では無く、進行形の物なのだから。まず、彼女は幼少期に姉に憧れていた。彼女の根底を為す重要な基盤だ。良くも悪くも更識簪という人間のベースは姉で出来ている。愛が憎しみに反転しようと、それは不変の物だ。

 

 そして彼女の人格形成に影響した物がもう一つある。特撮、ロボットアニメだ。姉はこれを女の子らしくない趣味と称していたが、これらは彼女の意識へと大きな影響を及ぼした。正義の味方といった物がその最たる例だろう。彼女の善性に作用している。

 

 この特撮やロボットアニメの中で彼女が好んで見たのは王道のストーリーばかりだった。熱い友情と努力、それが実を結ぶ勧善懲悪。主人公は壁を、憧れを越えていく。そう、憧れを越えていくのだ。

 

 気まずさもある。長年、筋違いな感情をぶつけてきた負い目がある。本来ならばちゃんと謝った方が良いのだろう。しかし、自分を傷付けてまで守ろうとしてくれた姉の事だから、何だかんだと逃げてはぐらかすだろう。どうすれば良いのだろうか?願わくばあの時のように姉と共に笑い合いたい。言葉が拒絶されるならば、どうすれば──

 

 ここで簪が選んだ手段は何時か天災と呼ばれる人物と少女二人が捻くれトンチキ野郎に取った手段と似通っていた。だがそれは、天災たちが取った物よりも幾分か──いや、かなり強引な物だった。

 

 『タイマンして、勝って言うことを聞かせる。ついでに憧れに挑む。勝てば問題ない。私の愛がお姉ちゃんの愛を越えれば大丈夫。何時かは越えなければならない壁だから』

 

 変質は極まり、更識簪はごく局地的に脳筋的な思考になっていた。それ故の殴り愛。正に王道。これを相談室で聞いた彼は思考を放棄してそっとココアを差し出した。彼の脳裏には銀髪の義娘。背中には若干の鳥肌。気に食わない相手とはいえ、決闘を申し込まれる更識楯無に憐憫の情が沸いた。

 

 そして、ある日の放課後。一年一組では文化祭の出し物が決まり、相談室にてブラコンが気になる相手と煙草を吸っている夕方。更識簪は第一アリーナのピットに足を踏み入れる。

 

 「お姉ちゃん、私と闘って」

 

 今にも溢れそうな壮絶な笑みと笑い声を堪えながら、姉へと果たし状を叩き付ける。色々と間違えながら。

 

 

 

 さぁ、今宵の喜劇(コーモメディア)を始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 更識簪、脳筋になるってよ。

 肉体言語は万能。百合(物理)。

 ゆるゆりリスペクトで行きたいと思います。(白目)

 御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!


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憧壁

 前回までのあらすじ

 ・簪「私にあなたを、愛させてくれ!ロッズ・フロォム……(以下略)」【布告】→簪「対話の始まりだ!!(物理)」【誤想】尚、時系列は遡る模様。

 ・藪カウンセラーとクソ不味い煙草

 ・百合(殴り愛)

 そんなこんなの姉妹喧嘩編、最終回。ほんへ。

 ドゾー。


 

 

 

 

 四十八発のミサイルが同時に、何処までも追いかけてくる。回避しようが、フレアを撒こうがしつこく花火を打ち上げようと付き纏う。並の妨害手段では対処することは出来ない。従来のISに搭載されたミサイルは他の戦闘機等に搭載された物と同じく、機体からのデータリンクによる誘導と、内部に搭載されたシーカーによる終末誘導が用いられていた。しかし、打鉄弐式の最大兵装──山嵐は違う。パイロットである更識簪のウェアラブルデバイスとFCSをリンクさせ、視線によるミサイルの誘導を可能にした。彼女の視界に映る限り、目標を延々と追い続ける。これはセシリア・オルコットの専用機──ブルーティアーズに搭載された試作型ミサイルビットよりも有用性が高い物だと言える。脳に負担を掛けないで視界に映すだけで追尾する。これに加え、マルチロックオンシステムの搭載と、とシーカー部分の強化が学園開発部で成された。そこらのAAM(空対空ミサイル)よりも凶悪な代物だ。

 

 回避しても、フレアを撒いても意味が無い。成る程、追われる方からすれば厄介なこと極まりない兵装だ。だが、簪は追撃の手を止めない。肩部のチェインガンと荷電粒子砲を放つ。油断も慢心もしない。彼女が相対するのは自分の憧憬、遥か高みの存在。手を抜いたら此方がやられる。負けるわけにはいかない。今、自分が出せる全てをぶつけて打倒するべき相手。いや、それでも倒せるかは不明だ。ミサイルが全弾爆発する。衝撃と爆風が伝わる。しかし、終わらない。終わる筈が無い。何故なら──

 

 「あぁ……やっぱり、この程度じゃ墜ちないよね。分かってたよ。いや、そうじゃなきゃおかしい。あなたはこの程度じゃ墜ちない。墜ちる筈がないよね。だって、正義の味方(私のヒーロー)だもの……私を守ってくれていた、ヒーローだもの!!」

 

 黒煙の中から出でる碧。水流が渦巻き、機体をぐるりと取り囲む。更識楯無は健在だった。

 

 清き激情(クリア・パッション)。閉鎖空間にて液状(アクア)ナノマシンを散布、充満させ、それを一斉に熱に転換する事で爆発を引き起こす兵装。しかし、これは閉鎖空間でなくてもある程度の爆発を起こせる。若干、火力は落ちるが、それでも空間制圧兵器としては充分と言える。楯無はミサイルから逃げながら、アリーナ中に満遍なくナノマシンを散布した。凶悪な追尾性と厄介さ。楯無は早い段階で山嵐の性質を見抜いた。ならば、それにどうやって対処するか?清き激情(クリア・パッション)で四十八発全てを爆破させる事を選んだ。どのみち、爆ぜなければ止まらないのだ。それしか方法は無い。

 

 そして、爆発。更なる爆発が起きる。打鉄弐式を熱が包む。散布されたナノマシンは何の予兆も無く、熱へと変換され、起爆する。ある種のサイレントキル。潜水艦が何処にでもいるという遍在性を以て心理的効果を与えるのならば、更識楯無の機体──霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)はそこにいるだけでナノマシンを放出し、何時でも起爆させることが出来るという心理的優位性を持つ。相手は楯無がいるだけで警戒せざるを得ない。静かに生殺与奪を握る。

 

 しかし、姉も姉なら、妹も妹である。煙を薙刀──夢現で切り裂き、簪は笑う。期待通りの強さと、目指す高みの強さに打ち震える。流石は学園最強、更識家当主、私の姉。生半可な手は通用せず、町一つを更地に出来る程の攻撃を容易く放つ。装甲の損傷は軽微だ。逆に言ってやろう。その程度か、と。まだまだ全力じゃない筈だ。あなたが私を守るために、その身を削って得た力はその程度では無いだろう?越えさせてくれ、あなたの全力を。これはある意味では姉離れでもある。守られるだけの自分では無い、という簪のメッセージでもある。

 

 楯無は困惑する。どうしてこうなった、と。確かに、自分は妹に恨まれてもおかしくは無い。現に憎しみを向けられていた。だからこそ、闘いを申し込まれた時何も言わずに受けた。そして、困惑する。何故、そのような笑みを浮かべているのだ?それではまるで、闘いを楽しんでいるようではないか。口角は吊り上がり、悦びを隠そうともしない。妹にこの闘いを楽しむ理由を上げるすれば、憎い姉を打倒するぐらいしか思い付かない。

 

 同時に気になることもある。どうも、簪は自分のやった事を理解しているような口振りだった。もし、妹が何らかの形で真実を知ったとしたら?それで正義の味方(ヒーロー)への憧憬を取り戻したのなら?楯無の頭の中が白くなる。まずい、考えうる事態の中で最も悪い状況だ。あらゆる物の変換点となる今、楯無は妹を含め、近しい者たちの安全を保証する為に動いていた。そんな中で、妹が自分もと出しゃばってきたらどうする?少なくとも、情勢が落ち着くまでは気を裂くことは出来ない。

 

 ──行くよ

 

 簪の唇が動き、弧を描く。

 

 両者とも得物は長柄。片や突撃槍、片や薙刀。リーチは同じ。薙刀はその形状から欧米のハルバードやグレイブと同じ分類に分けられることが多い。他の長柄武器(ポールウェポン)と比べ、斬撃に特化した刀身で、名の通り薙ぎ払うことに秀でている。逆に突撃槍は打突、敵の鎧を砕くことに秀でている。同じリーチでも運用は全く違う。

 

 互いにブースターを点火し、激突する。楯無のチャージを払い、返しでその身を斬りつける。しかし、刀身を水流が阻む。沼に嵌まったように沈み、引き抜くことが出来ない。その隙に背後から二撃目のチャージが迫る。簪は夢現を捨てた。使えない得物の代わりに構えるのは己の拳。鋭い刺突を半身で躱し、腹部に体重の乗った一撃を叩き込む。機体開発の際、簪は石井が何となしに溢した一言を覚えていた。

 

 『得物が無くなったからって諦めたら、死んでしまう。銃が無いならナイフで、ナイフが無いなら拳で。そうすれば何とかなる物だよ』

 

 ナノマシンの制御が弱まる。夢現の刀身を遠隔起動させ、高周波を発生させる。水流の拘束から解き離れた得物を手に、追撃を掛ける。だが、それは経験の浅さ故か、熱くなり先走ったせいか、悪手であった。妹に出来る事を姉が出来ないという道理は無い。体勢を崩し、得物を手放した楯無は迫る一閃を掴み取る。そして妹の得物を簒奪した。楯無は豊富な実戦経験を持つ。対人戦など幾らこなしてきた覚えていない。ナイフ相手に、ハンドガン相手に、ライフル相手に無手で制圧してきた。経験が違う。そんな一撃で簡単に得物を手放すと思ったのか?駆け引きも知らないルーキーに遅れは取らない。この間合い(近接格闘)で私と勝負するには、まだ早い。

 

 奪い取った夢現を振るう。そのさばき方は簪の物よりも洗練されていた。鋭い一撃が簪を掠める。簪は胸を昂らせる。普段は逆の性質の武器を使っているにも関わらず、普段から薙刀を振るう自分よりも美しい軌跡を描いている。何処までも高い壁だ。だからこそ越えがいがある。所詮自分は追い掛ける身、姉の二番煎じかもしれない。だが、それがどうした? 元より分かっていた事だろう。二番煎じの末に辿り着く先が同じだなんて誰が決めた?同じ道程を辿り、その背を追い掛け、その背を越える為には違う果てが必要だ。天才を越える為の格上殺し(ジャイアントキリング)。簪には織斑一夏のようなジョーカー(零落白夜)は無い。切り札が何処まで通用するかは分からない。だが、それをやるには夢現が必要だ。ならば奪い返すまで。

 

 簪は右肩部のチェインガンと山嵐で弾幕を張る。二十三発のミサイルと四十ミリ口径の鉄の暴風雨。水流の傘が野蛮な雨を防ぎ、ミサイルは余さず爆破される。そしてアリーナ中に行き渡ったナノマシンが熱に変換される。地獄の釜のような業火。赤く燃えた景色の中に光が見えた。青白い雷光のようなそれは荷電粒子砲──春雷の砲撃。大規模な爆発に耐えての収束砲撃。極大の光の帯は楯無を滅殺しようとする。しかし、急上昇してそれを容易く回避する。

 

 それが簪の狙いだった。楯無は直下から接近する簪を感知した。手には自分の得物──蒼流旋。得物のトレード。愚直で、未熟な荒々しいランスチャージ。あまりにも単純な攻撃。楯無は少しずれるだけで回避出来る。だが、それは叶わない。チャージと共に発射される山嵐十二発。ロックもまともにしないロケット撃ち。自滅覚悟の特攻だった。ナノマシンによる起爆は間に合わない。自分も巻き込む。いや、それでも──

 

 そして、楯無は気付く。山嵐の信管が起動していないことに。その一瞬、簪は楯無の右腕を突いた。蒼流旋を手放し、手放された夢現を取り戻す。楯無も本来の得物を手に取る。そして互いに得物を横薙ぎに振るう。夢現の高周波ブレードが霧纒の淑女(ミステリアス・レイディ)装甲一層(流体装甲)を裂き、実装甲を削る。蒼流旋の先端に付着したナノマシンが起爆し、打撃と同時に打鉄弐式の腹部で爆発が起き、吹き飛ばされる。吹き飛ばした楯無は蒼流旋に内蔵された機関砲を、簪はチェインガンをばら蒔く。互いに距離が開き、相対する。

 

 得物を構える。姉妹故の共感か、両者は最大の一撃を繰り出そうとしていた。楯無は本気の一端を。簪は磨きあげた牙を。妹を潰し、遠ざけるため。姉に喰らい付き、自らの憧憬の正しさを証明し、自分を遠ざけようとする愛しい姉に追い付くため。

 

 だから、

 

 ──ここで潰す。

 

 ──愛を示す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「すげぇなぁ。あれが先輩の本気かぁ……」

 

 「なんだ?差の大きさに驚きでもしたか?自惚れるなよ?お前はまだまだだ。実戦を経験したとしても、ヒヨッ子であることに変わりは無い」

 

 「いやいや、そんなんじゃないよ千冬姉。俺は自惚れてなんか無い。ただ、単純にすごいって思ったんだよ。俺とは違うタイプの機体と闘い方だからさ。妹さんの方もすごいよな。巧いよ。そっちも俺とは違う。いや、あの二人の闘い方が根っこで似ているのかもなぁ……でも」

 

 管制室で観戦していた一夏は千冬に言う。事実と所感を織り混ぜた、忌憚の無い言葉。ビックマウスでは無い、楽観の無い宣言。

 

 「勝ち目は俺にもある。負けない事も出来る」

 

 「それこそ自惚れだ。余り、調子づくなよ」

 

 「いや、千冬姉。千冬姉のそれは俺を過小評価して出した物だぜ。俺だって何時までもおんぶに抱っこじゃない」

 

 極めてフラットな声と瞳で一夏は淡々と千冬の言葉を否定する。それは千冬が初めて見る顔で、織斑一夏の本質の一端だった。そして、その横顔はコーヒーを買いに管制室から出ていった男に何処か似ていた。

 

 「確かに、俺は弱い。機体が二次移行(セカンドシフト)したからって、俺の地力が上がったわけじゃない。まだ機体を十全に扱える訳でもない。そりゃあ試合をすれば百パーセント勝てるとは思わない。だけど闘いならば、目はある。三度、鉄火場を潜った。一回、死にかけた。それで分かった。あの人が見てきた物の一端を。あの人が此方に来るなと言った理由が。俺はあの人に憧れている。ともすれば千冬姉と同じくらいに。あの人は自分の事を破綻者だの、穢れた傭兵だの卑下するけど、そんなことは俺には関係ないんだ」

 

 更識姉妹の衝突。衝撃が管制室にまで響く。二人だけの管制室に言葉は無い。一夏に笑みが浮かぶ。

 

 「あの人は英雄だ。望む望まないに関わらず、あの人はその器なんだ。でも、ただの英雄じゃない。ゴメン、千冬姉。俺はあの人よりも強い人を見たことが無い。千冬姉よりも強いと思う。そんな馬鹿げた強さを、束さんを世界中から守れるだけの強さをあの人は俺たちの後ろから手に入れたんだ。確かにあの人は何でも出来る。対人戦は滅茶苦茶強いし、料理も上手い、頭も良い。だけど、I()S()()()()()()()()()()だった。そこからあの場所まで、頂点に辿り着いた。あぁ、すごいよ。そして、思ったよ。全ては心一つなんだって!!」

 

 触れて、見てしまった、黒い太陽。

 

 『君たちは下がっていなさい。後は私が引き受ける』

 

 あの時の言葉が頭から離れない。漆黒の、何もかも呑み込んでしまいそうな黒の機体。それは、どうしようもなく眩しかった。自分の憧れ、家族を──姉を何からも守れるだけの力。憧れ()は絶えず広がっていた。あの背中を、忘れることなど出来ない。安心した。全てが、万事納まるという確信。

 

 断頭台(シュープリス)。彼の機体の名は、彼自身が辿り着く先を付けた。しかし、一夏はそうは思わない。英雄の行く道を阻む者たちは皆断頭台にて首を刈られる。英雄の辿り着く先は断頭台では無い。

 

 だが、同時に確信する。織斑一夏は英雄と相対する、と。そう遠くない未来、自分は憧れと対峙しなくてはならない。例外(イレギュラー)と本来の資格の持ち主は最後に──。それがあの少女、ニクスの言わんとしていたことだろう。

 

 楯無とのレッスンの最中、自分が強くなっていくのを感じていた。それと並行して夢を見るようになった。不思議な少女、何時かの白昼夢で出会ったニクスの夢だ。そこで断片的に知り得た──流れ込んできた情報。可能性、黒と白、例外と特別、新しい形。

 

 ならば、至ろう。憧れが歩む道を俺も歩もう。全力で走るのなら、俺も全力で走る。男ならば、必ず分かるだろう。憧れを越えたいという気持ちを。その点で一夏は簪にシンパシーを感じていた。戦況を見れば何とも言えないが、心の中では簪を応援していた。

 

 「一夏……石井のISの才能がからっきしというのは……?」

 

 千冬は一夏に訊く。一夏の見たことも無いような──端から見れば狂信的な迄の──顔に戸惑いつつ、一夏の言葉で引っ掛かる部分を明らかにする為。あれほどの、天災の猟犬と呼ばれ、各勢力から交戦回避を提唱される男が凡才やからっきし?この馬鹿な弟に頭を殴り付けてやろうか、と思った。しかし、今の一夏はふざけや虚言を言っているようには見えない。

 

 「え、千冬姉聞いてないのか?」

 

 一夏は目を丸くして言った。

 

 「石井先生のIS適正ランクはCだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 端的に結果を纏めれば、更識簪は敗れた。神話の矢の名を冠する兵装のぶつかり合いは、ミストルテインの槍に軍配が上がった。妹は姉に届かなかった。その壁は未だに高く聳え立っている。

 

 『高いなぁ……まだ、届かないや』

 

 簪はそう言うと気を失った。生弓矢発動の際に大きな負荷が掛かったようで、夢現が地に落ちると同時に倒れた。そのままピットで待機していた布仏虚に医務室へと運ばれた。

 

 しかし、全く歯が立たなかった訳ではない。ミストルテインの槍を発動させる媒体、蒼流旋の先端には大きな亀裂が走っていた。それは更識簪の牙は楯無に届きうるという事実を表していた。

 

 そして、勝者はアリーナの通路を歩く。無機質な通路と同じような無表情で冷たい床を鳴らす。余韻も、美酒も無い。ただただ、深い沼に嵌まってしまったような陰鬱な勝利。何処で失敗したか?いや、考える間でも無い。元凶が壁に背を預けて、そこにいる。

 

 「優勝おめでとう。どうだ?勝った感想は?」

 

 白衣と眼鏡を掛けた石井が缶コーヒーを投げてくる。左腕でそれをキャッチして、隣に背を預ける。

 

 「最悪ね。あなたが簪ちゃんにいらんこと吹き込んだせいでね。調べてみろとか言ったんでしょう?」

 

 「君みたいなシスコンが妹を毛嫌いするには理由があるだろう。だから、調べろと言っただけだ。あのまま、筋違いな怨み辛みを撒き散らされても困るからね。一夏君に喧嘩を吹っ掛けたりなんかしたら、目も当てられない」

 

 楯無も缶を開ける。寒々しい通路にはプルタブを開ける音がよく響いた。缶を口に運ぼうとすると、石井が白衣を渡してきた。寒いだろ、と。スーツ一枚。風は冷たい。照明と材質のせいか、通路にいると身体が冷えたように錯覚する。どうも、と言って楯無は白衣を羽織る。

 

 「ある程度は手は打ったんだろう?少し、話したらどうだ?」

 

 石井はふらりと言った。

 

 「まぁ、でもねぇ。踏ん切りがつかないっていうかねぇ……そういうそっちこそ、順調に進んでるのかしら?」

 

 「恙無く。あんなに拗らせているのに放っておくのか?」

 

 「まさか、あれもあなたが何か吹き込んだの?」

 

 「そんなわけないだろう。君、愛され過ぎじゃないか?」

 

 嗚呼、首が回らない。楯無は白衣のポケットに手を突っ込みながら溜め息を吐いた。一度、話さなければならない。しかし、幾ら手を打っても完全は無い。自分が招いた事だが、正直きつい。

 

 「それじゃあ、私は行くよ。十蔵さんに呼ばれてるんでね。白衣は私のデスクにでも置いておいてくれ」

 

 「えぇ、コーヒーありがとう。ごちそうさま」

 

 石井は通路脇のゴミ箱に缶を投げ入れて、アリーナを後にした。自分の周りにはろくな姉妹がいないな、と考えながら外に出ると日は沈み、星が顔を出していた。その夜に石井は溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




???「要はおまえ、石井に弟を取られたんだな」

信じて送り出した弟が同僚(自分の想い人)にドハマリして恍惚昇天崇拝自慢話をしてくるなんて……


石井、トンチキ疑惑浮上。ホラ、アナトリアの傭兵とか某総統閣下も才能とかそこら辺はあまり良くなかったて言うし……?まだ大丈夫!!大丈夫だよね……?

一夏・簪「ナカーマ」



な ん だ こ れ 

本当地獄だぜ!!


御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!

次回は文化祭。


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祭禍

 前回までのあらすじ

 ・簪「万歳ァァィ!、万歳ァァィ!、おおおぉぉォッ、万ッ、歳ァァァァィ!!」

 ・一夏「頑張りさえすればできるのだ。ああ、素晴らしきかな人類よ。未来を目指して歩む限り、人の可能性は無限大なのだ!すべては心一つなりッ!」

 ・石井さんトンチキ疑惑

 ・千冬さん、弟に想い人を取られ、想い人に弟を取られる

 つー訳で、サラッと流す文化祭編始まります。(だからお気に入りも評価も減る)

 ほんへ、ドゾー。


 

 

 

 

 

 

 文化祭。年に一度開かれる、学生主体の祭り。各々が試行錯誤して出し物を決めて、計画、準備、実行、運営を行う誰しも経験のあるイベントだ。

 

 当然、学生は楽しいだろう。授業を短く切り上げて準備をしたり、買い出しに行ったり、夜遅くまで仲間と共に作業する。そこで新たに育まれる友情。芽生える恋──もっともIS学園でのそれは修羅道に他ならないのだが──。深まる絆。あっという間に過ぎる当日。それは生徒たちの輝かしい青春の一ページとして刻まれるだろう。

 

 では、教員はどうだろう?地獄だ。ことIS学園に勤務する教員は血反吐を撒き散らしながら、人間性を捧げるが如く職務に追われる。整備科は施設管理科の応援に引き摺り出され、総務部──広報科と事務科は毎年必ず誰かがぶっ倒れて医務室に搬送される。そして、数時間後にはやけに明るい笑顔を引っ提げて戦線に復帰する。人呼んで、高速周回(ステラチャレンジ)。お前は間違っちゃいない、という言葉と共に意識を失い、いくぜ、と帰ってくる。総務部の大英雄だ。学園一闇が深い部署の名は伊達では無い。

 

 そんな阿鼻叫喚の教員たちの中で一際異彩を放つのは保安部だろう。平時の際、保安部──警備科は防衛の為にEOSパイロット、ISパイロット、普通警備(戦闘)員、全てが二十四時間体制ローテーションで待機する。EOS、IS共に機体に火を入れたまま、スクランブルに対応出来るように待機所で各自過ごす。文化祭の際は、その待機人員が倍となる。パイロットでなくとも、フル装備でP90やM4を片手に警戒に当たる。本土と学園を繋ぐ橋にもISと装甲車が検問所に配備される。電子科もサーバーの監視人員を増やす。情報管理科はいつも通りのネズミ捕りと対破壊工作活動に勤しむ。

 

 何処の部署もてんやわんやの大忙し。遊ぶ暇など一分も無い状況で警備科の主任と防衛の要は──

 

 「次はたこ焼きだな」

 

 「いや、ケバブでしょう」

 

 ガッツリ遊んでいた。チュロスを食べながら、人混みを掻き分ける石井と千冬。スーツ姿の大人二人はファンシーな柄の包み紙を手に、食べ歩きをする。千冬はそれに加え、メロンソーダも持っている。好物らしい。似合わない、とか言ってはいけない。本人も少し気にしているのだから。以前、少年みたいな好物と称した天災は危うく顎の骨が砕ける怪我を負った。やっぱりチフクレスは最強なんだ!!

 

 しかし、二人もただただ食べ歩きデート──食い気ばかりで色気の欠片も無い──をしてる訳ではない。()()巡回しているのだ。二人とも警備科に所属すると同時に教務科にも所属している。さらに、クラスを受け持っている為、警備科の業務より担任、副担任としての仕事が優先された。そして今は巡回という体の休憩中。同じく一年一組を受け持つ山田真耶の気遣いだった。

 

 『私が見てますから、先輩と石井先生は休憩してください。ここ最近ずっとデスクワークばかりでしたから、少し羽を伸ばしてください!!』

 

 断ろうとすると、泣き出しそうな顔になったので二人は休憩せざるを得なかった。さすが山田先生あざとい。さすまや。大内君はこれにやられたのか。そんなことを考えながら、石井と千冬は教室を出た。その後、バックヤードから戻ってきた一夏がそれを聞き、石井を探しに飛び出そうとしてシャルとくんずほぐれずの取っ組み合いを演じ、

 

 『せんせェェェェェェェェェ!!千冬姉、待っててくれ!!美味い出店を紹介するから!!シャル、離せ!何で邪魔をする?俺は先生と千冬姉の所に行きたいだけなのにッ!!』

 

 『一夏おかしいよ!?どうしたの!?てか、邪魔しちゃいけないよ!せっかく二人きりなんだよ!?』

 

 『くそッ……離してくれ!俺は先生と、千冬姉と文化祭を回りたい……回りたいのに……ッ!いや、この程度の試練……先生なら越えられる……待っててくれ先生、千冬姉!行くぞおおおおおおお!!』

 

 『一夏本当にどうしたの!?』

 

 というやり取りがあったが、石井も千冬も何も知らない。知らない方がいい。

 

 「焼そばもありますよ?どっちにします?」

 

 「たこ焼き」

 

 「焼そば一つ下さいな」

 

 「オイ」

 

 そんなこんなの、ぶらり文化祭巡回旅。広報の忙しさを鼻で笑いながら、学園のやべー奴二人は食べる、食べる、食べる。稀に石井に擦れ違い様に殺意の籠った視線がぶつけられるが、本人は何処吹く風で焼そばを啜る。横合いから千冬が箸を出して焼そばを取ろうとするが、身体を捻って防ぐ。あなたにあげる焼そばは無ぇ、たこ焼き食ってろ。いや、お前が買わなかったんだろうが。知らんな。石井という男は変な所で子供っぽかった。

 

 「あら、デートですか?羨ましいですね。仕事中なのに」

 

 溜め息混じりに言うのは更識楯無。顔色は少し悪く、自慢の不思議な扇子で首元を扇いでいた。

 

 「休憩を無理矢理押し付けられてな……君、顔色悪くないか?」

 

 「簪ちゃんに追い掛けられて」

 

 あぁ、と石井。何の疑問も無く、すとんと納得した。対して千冬の顔は引き吊っていた。最近、近しい生徒たちがおかしくなっている気がするのは何故だろう?主に実弟。本性か、変化か。異常なまでの石井リスペクト。楯無に聞くところ、最近は皮肉まで言い出すようになったらしい。それと愛が重い。友人に相談した所、姉より優れた弟などいねぇ、と言う。全く質問と返答が噛み合ってないが、千冬はそっと通話を切った。自分の交友関係を見直そう、まともな友人を持ちたい、切に願った。しかし、実際は友人のトラウマを千冬が掘り起こしてしまったのである。弟というワードから妹を連想し、大喧嘩した妹を思い出し、友人はクソ不味いタバコに火を付けた。余談だが、翌日職場で助手に呆れられながら、二日酔いに効く栄養剤を飲む友人がいたらしい。妹の名義で金を引き出してやる、との事。

 

 「それで、何か用か?」

 

 千冬は表情を元に戻し、訊く。

 

 「えぇ、電話しようと思ってたんですけど、たまたま見かけたので直接。石井先生の言う通り、()()()()()()()。人員は織斑先生の指示通りに」

 

 「そうか。まぁ、首尾は上々というわけだ。いいことだよ」

 

 「しかし、ここまで読み通りだと気持ち悪いな」

 

 「連中も時間が無いということですよ。送った来たのは末端も末端でしょう。ISぐらいは持ってるでしょうが、当事者には伝えてあるので何とかなりますよ。更識、顔は本物か?」

 

 「マスクを使用している痕跡は無かった。AR(拡張現実)グラフィックを顔に被せてるって訳でも無い。正真正銘、本物の顔よ。照合してみたけど、該当人物は無し。意図的にしろ、そうじゃないにしろ、世界中何処にもネズミさんの記録は無い。消されたか、消したか。まぁ、亡霊らしいと言えばそうだけど。それにしても、警備科の人員じゃなくて情報管理科の人員で良かったんですか?別に織斑先生にケチを付ける訳じゃないですけど」

 

 「私の知る中では、あいつら以上に信頼の置けるチームはいない。こいつの御墨付きもある」

 

 千冬がそう言うと石井も頷く。楯無も、そこまで言うならと引き下がる。家柄上、楯無は情報管理科との折り合いが良くなかった。それも、過去の話になりつつあるが。

 

 「取り敢えず、罠は張れた。楽観では無いが、上手く行くだろう。念のため、君も何時でも出られるようにしておいてくれ。最悪、私と君で制圧することになる」

 

 「あなた一人で充分でしょう?」

 

 「格闘戦は苦手でね」

 

 千冬と楯無の声がハモる。嘘つけ、どの口が言う、と。

 

 時刻は正午を回った。人の入りは衰えること無く、増え続けている。食品を扱う企画には行列が出来ていた。

 

 「そういえば、楯無。昼は食べたのか?」

 

 「いえ、簪ちゃんにスト……追い回されてたので、まだ」

 

 「なら、これをやろう。つぶ餡だが、大丈夫か?」

 

 千冬が差し出したのは鯛焼き。チュロスと一緒に買った物だった。大丈夫ですよ、と言い楯無は受け取った。学園中を逃げ回り、疲れた心身に甘さが滲みた。

 

 「ありがとうございます。ちょうど、お腹減ってたんです。そうそう、さっき一組の前通った時、一夏君がシャルちゃんに羽交い締めにされながら叫びまくってましたよ?」

 

 石井はキャベツを詰まらせて、むせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「みつるぎ、ですか……?聞いたこと無いですね」

 

 「えぇ、でしょうね。なにぶん、我が社は駆け出しの新興メーカーですから。その為、こうして積極的に売り込みをかけているんです。何人かの代表候補生の方とは既に契約済で、実際に製品をお使いして頂いてます」

 

 へぇ、とホットコーヒーの入ったタンブラーを口にする一夏。燕尾服を脱ぎ、ネクタイを緩めてパンフレットに目を通す。追加装甲、FCS、突撃型(アサルト)ライフルに爆雷。マニアックというか、有澤へのリスペクト溢れるというか、尖ったラインナップだった。強いてまともな物は突撃型ライフルぐらいか。

 

 シフトを終え、休憩に入った一夏を待っていたのは来客だった。茶髪のロングヘアー。パンツスーツに身を包んだ妙齢の女性。外面用の爽やかな笑顔を張り付け、応対すると名刺を渡された。巻紙礼子、と名乗る企業の営業。よくある売り込みだ。自分の価値を見出だし──石井には勿論劣るが──、それに肖ろうとする連中。正直、どうでも良いのだが無下にして印象を悪くするのも良い手とは言えない。自分は所詮石井の二番煎じだが、彼とは違う価値と在り方を有する。それ故、一夏は自分の商品価値を正しく理解する。だからこそ、これまで何度かあった企業の売り込みにも納得が出来た。GAにアルテス・サイエンス。シトニコフやここ最近ヨーロッパで台頭し始めたレオネアグループ。大手の渉外担当者が来ることはあったが、新興のメーカーが来ることは無かった。不文律を破るからだ。新参が古参の顔に泥を塗る訳にはいかない。力が物を言う弱肉強食の業界ではあるが、こと男性操縦者の周りは慎重な動きが要求される。猟犬、天災、戦乙女。ガードが厄介すぎる。しかし、この女はそのリスクを度外視して一夏に接触した。代表候補生との契約を取っているにも関わらずだ。一夏は苦笑する。馬鹿だ、捨て身すぎる、と。

 

 そんな来客と落ち着いて話せるテラスへと向かった。途中、教務科の有志が出店していたコーヒーショップでブラックを二つ買い、話を聞き始めた。一つは自分の分、もう一つは適当な気遣い。聞き慣れない社名と企業の人間らしい喋り方で発せられる甘ったるい世辞。話し半分に聞き流しながら、コーヒーの味と香りを楽しむ。間でそれらしい質問をしてやると、当たり障りの無い返しが来る。何時も通りの、自分の人生に蓄積される無為な時間の一つ。それをクラスメイト連中にやるような笑顔で感心したふりで、無知蒙昧を装う。決してクラスメイトたちに向ける笑顔が偽者という訳では無い。その外面も、虚な内面も等しく織斑一夏という人間を構成する本物だ。もっとも、それを見せているのは姉と副担任の二人のみなのだが。

 

 「それで、俺に何を……?」

 

 「いえ、数少ない二次移行機のパイロットであるあなたに売り込みに来ただけですよ。白式のネックである燃費の悪さを改善する為、スラスターやジェネレーターの交換はいかがでしょう?」

 

 「でも、俺詳しいこととか分からなくて。千冬姉……織斑先生に相談しないと、分からないです」

 

 「そんなに難しいことではありません。これはあなた自身の問題であり、あなたの身を預ける相棒との問題でもあります。そこに他者の入る余地はありません。よく考えてください。あなたの気持ちが一番ですよ」

 

 そんなこと百も承知だ、と喉から出掛かるが無理矢理飲み込む。大体、そんな燃費の悪さとか機体のピーキーさとか、その程度のデメリットを自力で越えられなくてどうする?石井先生ならその程度、片手間で克服するだろう。未だに自分の可能性や答えは分からないが、何時かあの背中に追い付き相対するのだから、そんな些事で誰かの手を借りるなんて笑わせる。それに大事な相棒によく分からないパーツを付けるなんて御免だ。相棒の最適解を捻じ曲げるなんて冗談じゃない。困ったように笑いながら、心中は穏やかでは無かった。

 

 「あぁ、それか此方のライフルなんてどうでしょう?白式には射撃兵装が少ないと聞きました。やはり、一つは積んでおいた方が宜しいのでは?」

 

 「えっと、俺射撃は下手くそで……拡張領域(パススロット)の容量もカツカツだし。あの、取り敢えず一度持ち帰って考えてみてもいいですか?ここじゃ決められなくて……」

 

 「大丈夫ですよ。パンフレットは差し上げますので、どうぞゆっくりと考えてください。よい返事を期待しております」

 

 巻紙はそう言って立ち上がると人混みの中へと消えていった。その背を見送り、見えなくなると一夏は重い溜め息を吐いた。そして、

 

 「あぁ、うぜぇ」

 

 馬鹿かよ、捨て身かよ、みつるぎなんて聞いたこともねぇよ、舐めすぎだろ、子供騙しにも程がある。貰ったパンフレットをぐちゃぐちゃに握り潰して、タンブラーを煽る。流石に自分がここまで馬鹿だと思われているとしたら、少しばかり残念だ。遺憾の意、という奴だ。一夏はそう呟きながら、誰もいないテラスで空を見上げた。

 

 「流行らないテロ屋風情が、自分の不倶戴天の敵の企業の真似事なんて。思想と誇りだけじゃ飯は食えないか……」

 

 一夏はポケットからスマホを取り出し、コールする。相手は石井。

 

 「あ、先生。俺です。来ましたよ、先生の言う通り。はい……今、何処かに行きました。えぇ、茶髪のロングでパンツスーツ。はい、じゃあ手筈通りで。ところで、先生今何処に……切られた……」

 

 スマホをポケットに押し込んで、パンフレットとタンブラーをゴミ箱に投げ入れた。ふと、校舎の方を見ると古い友人とその妹が手を振っていた。

 

 「おーい、一夏ぁ」

 

 「一夏さーん!!」

 

 五反田弾と五反田蘭。燕尾服を羽織り、笑顔を付けて、一夏は旧友の元へと走る。もう少し、無為な休憩を楽しむとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「おいおい、なんだって警備科じゃなくて俺らなんだ?IS持った女の相手なんざ御免だぜ」

 

 「仕方ないだろう。直々のご指名なんだから」

 

 「何処から?」

 

 「織斑主任だ。あと、石井先生」

 

 「全く、俺たちの所属は情報管理科だぞ?警備科じゃないぜ……あいつらは?」

 

 「準備している所だ」

 

 「お前はどうなんだ?用意出来てるのか?」

 

 「マテバでよければ」

 

 「手前ェのマテバなんざ、あてにしてねぇよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 一夏の本性が現れてくる……

 これも全て石井さんと泰山の店主のせいなんだ!!

 一夏「石井先生見た?」

 簪「お姉ちゃん見た?」

 一夏・簪「何処だッ……!?」

 的なやり取りがありました。














 突如出現した空間転移ゲートによって、地球への侵攻を開始した未知の異星体《絶対天敵(イマージュ・オリジス)》。IS委員会(企業連)主導の元、九機のシングルナンバーコアを搭載したISがゲートの彼方へと《絶対天敵(イマージュ・オリジス)》を押し返した。反撃を開始した人類は、ゲートの先にある惑星ディーヴァに実戦組織アライアンス(企業連)戦術部隊を派遣する。最新型ハイエンドEOS・雪風とともに、孤独な戦いを続けるラインアーク出身、特殊戦の深海澪。その任務は、味方を犠牲にしてでも制空権を支配するレーザー級オリジスを殲滅するという過酷かつ非情なものだった──。



 っていう久しぶりの嘘予告その7。戦闘妖精・雪風風、ぼくの考えたあーきたいぷぶれいかーです。ホラ、地球外生命体との闘いなら絶望が無くちゃね!!

 最後は基地が同化されて、地球への全面撤退なんですよね。主人公は豆とピーチを混ぜて食う。(確信)



 御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!


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落日

日間9位って何……?

呼符でじいじ来てくれたお陰かな?ニトクリスも来てくれたという。

そんな訳で、厨二が爆発しました。(だからお気に入りも評価も減る)


前回までのあらすじ

 ・簪・一夏「何処だッ……!?」

 ・一夏「石井先生なら出来たぞ?石井先生なら出来たぞ?石井先生なら出来たぞ?石井先生なら((ry」

 ・???「俺はマテバが好きなの!!」

 ・千冬さん、石井さんと食べ歩きデート

 つー訳で、サラッと流す文化祭編終わります。(だからお気に入りも評価も減る)

 ほんへ、ドゾー。


 

 

 

 

 

 

 

 

 昔々、ある所にシンデレラという少女がいました。

 

 さて、シンデレラと聞いて、諸君らは何を思い浮かべるだろう?最も多く考え付く物はグリム兄弟の『灰かぶり姫』やペローの『サンドリヨン』をモチーフとした童話、またはそれに登場する主人公がそうだろう。万人が知るメジャーなお伽噺。世界中の多くの女の子が必ず耳にし、幼い頃憧れたであろうプリンセス。中には劇で演じたという者もいるだろう。

 

 しかし、それは大衆的なイコンとしてのシンデレラだ。往々にして、情報というものは酷く不確定な物で、些細なことでその意味は変質する。一が二になれば、それは全く違う物だ。前述した『灰かぶり姫』や『サンドリヨン』にも起源があり、ギリシャの歴史家ストラボンが紀元前一世紀に記録したロードピスの話が世界中に存在するシンデレラの元になったという説もある。これが現存するシンデレラ族と言うべきストーリーの中で最古の物であるからだ。そこから差異が生まれ、背景を、時代を変え、情報は少しずつ変質して今に伝わるシンデレラへと至る。脈々と遥か昔から語り継がれてきた由緒正しき物語。複製し、変化し続けたこの流れは未だに続いている。ならば、今、この瞬間に新たなシンデレラが生まれることも、何らおかしなことでは無い。

 

 時は現在より遥か彼方。過去か未来か、それはご想像に任せるとしよう。太古の昔に存在した滅び朽ちた超文明かもしれないし、遥か未来、星の死と隣り合わせの滅亡寸前の人類最後の生存圏かもしれない。ただ、私たちよりも高度な文明を有している、もしくは有していたとだけ言っておこう。

 

 楽園を二分するは、保守派と改革派の二つの勢力。保守派の王と改革派の王子。その確執、軋轢は遂に極まった。嗚呼、哀しきかな。人がその栄華を文明を終える要因は多くの場合戦乱による衰退なのだ。互いを討ち滅ぼし、法を敷こうとする両者は武器を手に取る。父と子は圧倒的な敵意と決意を以て闘いを始めた。それは斜陽。栄華を誇った都市は火に包まれ、その暮らしは大義の為に奪われた。優しい時は踏みにじられ、よく知った仲間同士が殺し合う。既に民の半数は絶え、その数を大きく減らした。そして、終局を迎える。子は父の住まう、今は誰もいない宮殿へと純粋水爆を撃ち込もうとする。まだ、父を打ち倒していない。この身が独りになろうと、あの暴虐の王だけは生かしておく訳にはいかない。彼の王に従う民も生かしてはおけない。その小さな病巣が国を蝕む。王子は何の躊躇いも無く、都市を焼こうとする。それが成されれば、決定的な破滅を迎えるだろう。

 

 だが、それを認めない者もいる。あぁ、確かに、この戦争には大義があった。目的があった。崇高な理念があった。しかし、それは今や不可視の那由多の果てへと消えた。無辜の民の血と、犠牲で築かれた赤絨毯を敷き詰めた小山。民が笑い、この国が幸せに溢れていた刹那はもう戻らない。この国はもう助からない。どの道、死を迎える。ならば、だからこそ、この死を無為にしてはいけない。決定的な破滅を齎してはいけない。私たちは滅びるだろう。だが、後に続く者を残すぐらいのことは出来る。それが一人でも、二人でも、私たちの滅びを意味無き闘争の果てにしない為に、この国を焼かせはしない、とね。

 

 彼女たちは灰を被った。彼女たちはドレスを持っていなかった。不義の子として、王に棄てられた非力な少女たち。王は憎い。本心を言えば、会ったこともない兄を支持している。それでも、彼女たちは国を愛していた。自分たちを助け、手を差し伸べてくれた者たちの笑顔と愛を知っていた。故に、止めなければならない。何かを、誰かを遺すために、彼女たちは立ち上がる。強い願い、渇望を持ってね。だから、()()()も手を貸した。細やかながらね。魔法をかけさせて貰った。舞踏会に行きたがっているんだ、ならば魔法をかけない訳にはいかない。シンデレラには魔法使いが必要だ。様式美と言ってもいい。

 

 そして、彼女たちは王子のいる都市外の城へと向かった。狙うは王冠。王子が王から簒奪した王権の象徴だ。それこそが、全てを焼き尽くす核融合の起動スイッチ。彼女たちは遂に辿り着いたのだよ。王子の前に。

 

 わたしが語るのはここまでだ。これより先は、彼女たち……今代のシンデレラの物語ゆえな。

 

 

 では一つ、皆様彼女たちの歌劇を御観覧あれ。

 

 その筋書きは、ありきたりだが。

 

 役者が良い。至高と信ずる。

 

 ゆえに面白くなると思うよ。

 

 では、織斑一夏争奪戦(今宵の恐怖劇)を始めよう。

 

 

 

 

 

 というアナウンスが流れると同時に、一夏に向けてあらゆる物が飛来してくる。例えば、暴徒鎮圧用のゴム弾。例えば、刃を潰した暗器。直接的に死の危険性は無いが、ついうっかりあたり所が悪いとなんてこともあるだろう。一夏は思案する。そして結論を出す。

 

 「これは……リンチじゃな……?」

 

 事の発端は二学期が始まってからすぐのこと。一部の生徒と教員から、一つの疑問と議題が職員会議に上がった。一夏が何処の部活にも所属していない、ということだ。これが他の生徒なら実にどうでも良かった。しかし、一夏は唯一、学生の男性操縦者なのだ。対外的にも、生徒にとっても何かしらの部活に入って貰った方が都合が良い。話し合った結果、一夏は生徒会に身を置くことになった。後腐れの無い、中庸的な組織だからだ。途中、某石井の陰謀によりラヴクラフト研究会なる怪しげな部活に放り込まれそうになったが実姉の尽力の末、宇宙的恐怖で発狂することは避けられた。しかし、当の本人は生徒会に創部申請を出し却下されていた。麻婆研究会・泰山IS学園支店。顧問、石井。これを大真面目にやっているのだから、どうしようもない。

 

 このような経緯で一夏が生徒会に所属することは確定しているのだが、生徒向けのパフォーマンスとして織斑一夏争奪戦なるイベントを文化祭で催すことになった。渡された衣装に身を包み、王冠を頭に乗せて、シンデレラのしの字も無いようなあらすじを聞き流すと迫ってくるのは暴力の奔流。個に対する圧倒的物量による蹂躙。

 

 「おいゴラァ!!止まれ!!王冠渡せよコラ!!」

 

 「大丈夫!!ヘーキヘーキ!!パパパッとやって終わりだから、王冠渡して!!」

 

 響く怒号、狂声、断末魔。シンデレラなど何処にもいない。手には凶器、凶器、ちくわ、凶器。今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます。バトル・ロワイアルかスティーブン・キング原作か。半ば殺しにかかって来る同級生。魔法と称して放たれる催涙ガスグレネード。俺は暴徒でもフーリガンでも無い、という抗議は誰にも届かない。魔法使いは死の商人だったのか等と考えているとラウラがショットガン片手に迫ってくる。稀に背中にゴム弾が当たる。シャルはネットランチャー、鈴は何処かの弓兵が使ってそうな夫婦剣を投げてくる。寄って集っての総攻撃。野生の獣のように鋭い眼光で一夏を睨む。背は壁。退路は無い。ここまでか。一夏が覚悟を決めると、その腕が引っ張られた。

 

 「こっちです」

 

 バックヤードを抜けて、人気の無い大きく開けた場所へ出た。地下区画と地上区画の境。茶髪にパンツスーツの女。巻紙礼子が一夏をここまで逃がした。肩で息をして、ジャケットのボタンを外している。

 

 「あぁ……ありがとうございます。助かりました」

 

 「いえいえ、お役に立てて何よりです」

 

 「ところで、巻紙さんはどうしてここに?さっきもどうしてあそこにいたんです……?」

 

 あぁ、それは。巻紙は唇の両端を吊り上げる。身体が怪しげな光を放ち始める。

 

 「てめぇの、白式を頂戴しに来たんだよォ!!」

 

 乾いた音が反響する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「確かに、ISっていうのは現行最強の兵器だろう」

 

 淡々と男は呟く。誰に聞いてほしい訳でも無い。事実を、所感を述べる。

 

 「戦闘機、戦車、通常兵器に比べて汎用性や戦術価値は遥かに高い。だから最強。戦場で会いたくない兵器なんだよ」

 

 受け売りだが、その事実は正しい。宇宙開発を軸として造られたISは放射線すら防ぐ。戦術核程度の余波なら絶えられる。それに核を載せて発射することさえ可能だ。態々爆撃機の腹に目一杯に積めなくても、拡張領域(パススロット)がある。

 

 「でも、弱点はある。一つは剥離剤(リムーバー)。そして、パイロットの慢心と油断」

 

 乾いた音。熟れた果実が潰れる音。濁声。

 

 「要するに、あんたがしくじった理由は、赤ちゃんでも分かるぐらい単純なことなんだよ。俺を、過小評価してたからだよ。人のこと何だと思ってるんだよ、お前?笑えないぞ?」

 

 男──一夏は地に這う巻紙を見下ろしながら、ハンドガンを弄ぶ。H&KP2000。9ミリ口径の弾丸は膝と肩を撃ち抜いていた。巻紙──オータムは痛みの中で思う。何故、撃たれた?若干、ISの起動に負荷が掛かったような気もする。銃を向けられたのに、ハイパーセンサーからの警告も無かった。それに織斑一夏がこんな奴だとは聞いてない。そしてこの痛み、ただの弾丸では無い?

 

 「コアから機体に起動シグナルが伝達されるまで、インターバルなんて物は存在しない。普通ならあんたを撃ち抜くなんて無理だ。だからこその、あんたの慢心と油断だ。俺のことを舐めていたあんたは俺に背を向けていた。お陰であんたの膝をよく狙うことが出来た。この弾丸は特別製でね、有澤が作った着弾すると体内で弾けるっていう珍しい奴なんだ」

 

 「どうやって……ハイパーセンサーを騙した……?」

 

 「そこは俺も専門外だよ。だから、先生と千冬姉がプロを用意した。あんたの眼を盗むプロをな」

 

 奇妙な音、カーテンを閉めるような軽い音と共に男たちが現れる。光学迷彩が解除され、その姿が顕になる。グレーのアサルトスーツに耐弾アーマー。市街戦、突入用装備を纏い、カービンを構える。通称、情報管理九課。防諜を主とする情報管理科の中で唯一の攻性部隊。電子戦から要人暗殺までこなす少数精鋭の実力主義。彼らが一時的、ほんの一瞬だけオータムのハイパーセンサーを盗んだ。白い義眼を入れた大男がオータムの指を結束バンドで拘束する。次いで髭を蓄えた男が剥離剤(リムーバー)を起動させ、オータムのIS──アラクネを回収する。

 

 「端っからお見通しだったって訳か……ふざけんな……これじゃあまるで……」

 

 「踊らされたか?違いない、手前ェは徹頭徹尾石井の手の上さ」

 

 義眼の男が言う。

 

 「俺らがお前の襲撃を察知して、報告した時にはあいつが既に掴んでたからな。あいつの女が掴んだのかもしれねぇし、あいつ自身が掴んだのかもしれない。どっちにしろ、手前ェは積んでたってことだ。どうやら、亡霊連中は焦ってるみたいだな」

 

 舌打ちをして顔を背けるオータム。義眼の男に渡草と呼ばれた男がマテバ片手にオータムに応急処置を施していく。やがてストレッチャーが来て、それに乗せられてオータムは地下区画へと連行されていった。

 

 あっという間に事が済んでしまい、誰もいなくなった広間で一夏は壁に背を預けながら座った。息苦しい王子の衣装とハンドガンのホルスターを外して溜め息を吐いた。一仕事やり終えたような気分だった。王冠をぞんざいに投げ捨てて、首を擦る。

 

 「あぁ、疲れた」

 

 今頃は争奪戦の中止がアナウンスされて、各々が自分のクラスの企画へと戻っている筈だ。それならば、少しばかりここでサボっていても問題は無いだろう。一夏はハンドガンを撃った手を握ったり開いたりしながら、冷たい床に寝転んだ。

 

 五分ほど眼を閉じていると、着信が来た。石井だった。

 

 『もしもし、先ずはお疲れさま。よくやってくれた。上出来だったよ。射撃も中々上手いじゃないか』

 

 「ありがとうございます。それは、じっくり狙ったからですよ。下手すれば白式出すはめになってましたよ」

 

 『そうかい?まぁ、でもルーキーにしてはってことを忘れるなよ?だが、何にせよ、今回君は高く評価すべき働きをしたよ。それは誇って良い』

 

 「重ね重ね、ありがとうございます」

 

 その後、暫く世間話をして通話を終えた。寝転んだままスマホをしまい、利き腕を掲げる。思い浮かべるのは初めて人を撃った、あの時の感覚。手応えは無くとも、実感があった。音速で有機物の集合体へと突っ込み、内部で破裂した弾丸。自分の意思で引き金を引いた、初めての弾丸。水っぽく潰れるような音は今も鼓膜に張り付いている。だが、思ったより何も感じなかった。生来の欠落がそうさせるのか、死にかけたせいかは分からないが自分はあのまま眉間を撃ち抜けたという確信が広がる。恐らくは剣でも。

 

 別に、織斑一夏という人間に殺人をよしとする一面や、嬉々として蛮行に走る一面があるという訳では無い。ただ、致し方無いという場合もあるだろうなとは思う。相手が自分を殺しに来ているならば、自分だって同じぐらいの殺意をぶつけなければ生きては帰れないだろう。言葉で説得など、出来るわけが無い。戦場で銃弾が頭をぶち抜く寸前に言葉が通じるだろうか?積極的に人を殺したい訳ではないが、やむを得ない場合は奪う他無い。織斑一夏という人間の殺人規範を、一夏はこう定めた。

 

 勢いを付けて起き上がると、一夏は更衣室へと歩く。この衣装でクラスに戻るなど真っ平御免だ。燕尾服──どちらも似たような物だが──に着替えて、クラスに戻ろう。後夜祭で美味い物を腹一杯に食べよう。後夜祭は石井先生は参加するのか。一夏の頭にはもうオータムや先程の出来事は無かった。

 

 この後、一夏は何事もなく文化祭に復帰し、学生らしく楽しんだ。後夜祭では石井と共に麻婆を食べ、IS学園の男は味覚バカという謎のレッテルを貼られた。その一時は何よりも輝き、美しい物だった。善き物、何でもない幸せ。青春という短い間に刻まれる最高の色彩。それを見る石井の目は何処までも穏やかで、何処までも深く底が無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 「祝福あれ」

 

 

 こうして、文化祭は幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 20■■年、10月■■日、現地時間14時39分。

 

 ホワイトハウスにサーモバリック弾が撃ち込まれる。安全保障担当大統領補佐官以下29名が死亡。その他多数の重傷者が出る。

 

 翌日、IS委員会(企業連)が国家というシステムに対し宣戦布告。GAとアルテス・サイエンスの二社が中心となり、戦闘が開始される。アラスカ条約機構とそこに属する企業は中立を宣言。バジュレイ、シトニコフ、レオネアは静観を決め込んだ。

 

 二日後、IS学園が独立を宣言。独立学園研究都市ラインアークへと移行。同時に猟犬が行方を眩ませる。ラインアークとGAの協力関係も明らかになる。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 時代が変わる。

 

 世界が変わる。

 

 人が変わる。

 

 古い枠組みが淘汰され、新たな秩序が創製される。

 

 一は求道する。

 

 二は怯える。

 

 三と四は嘆き悲しむ。

 

 五は地獄を脱する為に抗う。

 

 六は九を否定し、秩序に亀裂を入れる獣なり。

 

 七は宙にて微睡む。

 

 八は長き眠りから目覚める原初。

 

 九、其は創り、壊す黒鋼。一と対峙する断頭台の天使。

 

 

 

             バチカン教皇庁永久凍結文書No■■■■■ファティマ第三の予言より

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「始まる……始まるぜ……嗚呼、やっとだ……待ちくたびれたぜ……」

 

 薄暗い部屋。一つの影が蠢いた。長く伸ばされた髪はボサボサで、着ている服もボロボロだった。

 

 「ハハハ……最高じゃねえか……戦争だ、戦争だ……。ヤベェよ、濡れてくるぜ……」

 

 股の間に手を入れて、影は嬌声をあげる。目を眼球が飛び出さんがばかりに見開き、口元は裂けたような笑みが浮かぶ。気が触れている、そんな言葉では彼女には相応しくない。彼女には正気も狂気も無い。ただただ、衝動のままに生きる。今も昔もそれは変わらない。

 

 だが、一つ変化した所があるとすれば──

 

 「あぁ、早く会いたいなぁ……会って殺したいなァ……私はここまで来たぜ?お前はどれぐらい強くなったんだぁ……?」

 

 誰か一人を殺すために全ての衝動を、その一人に本気で向けるようになったことか。

 

 「今度こそ、食い潰してやるよォ──猟犬(英雄)

 

 六を背負う獣の胎動は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転生して気が付いたらIS学園で教師やってました。第一部完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 次回、第二部国家解体戦争編









 御意見、御感想、評価お待ちしてます。


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閑話:Dawn ──undesired Titanomachy──

第二部開始とでも言うと思ったかい?

騙して悪いが閑話なんでな、本編とは関係ないかもしれないクッソどうでもいい話だ。

やりたいことやっただけの話です。


そんな新章前の閑話、ドゾー。


 

 

 

 

 

 

 とある、男の話をしよう。私の数少ない友人、『猟犬』と呼ばれる男の話だ。

 

 以前、私が彼から頼み事──シャルロット・デュノアの抹消を引き受けた際、彼は自らをこう語った。

 

 『自分は薄汚い傭兵だ。最底辺の汚泥だ。お前が言う正義の味方とは程遠い存在だし、なりたいとも思わない。資格、資質も皆無だろう。私は悪だよ。大を捨てて、小を取った。あれの願いの為に、私は安寧を壊す。そもそも、この世界に正義の味方なんて物は存在しない。誰もが自分の規範に沿って動く。その規範と大衆の為の道徳が合わさった結果が正義だ。ならば、私は悪でいい。今回の件も、シャルロット・デュノアを有澤に売る事が結果的にあれの為になるから、行動しているんだ』

 

 成る程、確かに、彼の言うことにも理はある。凡そ、正義と呼ばれる物は個人の幸せで無く、全体幸福を基準とすることが多い。もし一人を救うためにそれ以外の人類を全て犠牲に出来るか、と訊かれたらどうだろうか?少なくとも、すぐに答えは出せまい。しかし、多くは出来ないと答えるだろう。その答がどれ程の思案の末の物かは分からないが、たった一人の為にそれ以外の約七十五億人の命と営みを犠牲に出来る筈がないと考える。

 

 いやはや、我が友人のことながら、彼は自己評価が低い。それはそれで彼の美徳なのだろうが、行き過ぎた謙遜は時として嫌味になるということを知らないのだろうか?彼は既に資格も資質も得ているというのに。最も、先の会話が彼の記憶から擦り減らされたように、今後の磨耗の進行具合では彼は自身の(正義)すらも忘れてしまうかもしれないがね。

 

 あぁ、すまない。話が逸れてしまったようだ。それに、これは私が語るべきことでは無いゆえな。

 

 では、話を戻そう。彼の自己評価や理念は正しいだろう。間違ってはいない。彼は大衆を第一に考えず、個人を第一にした。しかし、彼は正義の味方になれないのだろうか?それは自身が付ける称号では無いだろう。他者が、その行動を見て付ける客観的な物だ。ゆえに、彼は既に資格も資質も得ているのだよ。

 

 彼がまだ涙を流すことが出来た頃。義娘、クロエ・クロニクルを拾う以前の話だ。黎明期とでも言おうか。

 

 其は望まぬ英雄譚(ティタノマキア)。彼の意とは反して、彼を英雄(正義の味方)へと押し上げ、彼の道を決定付ける鎖の一つ。知らぬ間に、彼は自らを英雄足らしめていたのだよ。

 

 嗚呼、喜びたまえ。これより語るのは決して彼の口から語られることの無い、彼の過去の欠片であり、ある少女にとっての運命の夜であり、これから訪れる闘いの断章だ。

 

 語り手は私、パリの片隅で小さな本屋の店主をしている男が勤めさせて頂く。矮小な身なれど、我が友人の英雄譚。全霊で語らせて頂こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 それは末世か、地獄か。屍山血河、鬼哭啾啾、死屍累累。筆舌には尽くし難い惨状がそこにあった。

 

 臓物が溢れ、頭蓋を壁にめり込ませる人であった物。首から下がちぎれ、顔面の穴という穴が抉られ穿たれた人であった有機物。皮膚が溶けて、美しかったであろう髪も顔も焼けて骨を晒す生物の死骸。

 

 そこには終末があった。覆ることの無い終焉がその地に訪れた。家は焼け、池は赭く染まり、山は燃え盛っていた。そこに住まう者は皆死に絶えた。無惨に、惨たらしく、獣性の赴くままに犯され、嬲られ、殺された。等しく、尊厳など何処にも無い死が、辱しめが与えられ、獣の享楽へと変換された。アメリカの何処にでもあるような、のどかな町は炎と血に染められた。

 

 別にそこに何かがあったわけでは無い。重要な施設があったわけでも、奪い取るだけの価値を持つ物があったわけでも無い。豊かな自然と、平和な暮らしと営み、享受されるべき幸せがあっただけだ。しかし、町は襲われた。気まぐれに、運命的に、無軌道に死を撒き散らされた。

 

 変わり果てた町を一人の少女──メイ・グリンフィールドは走る。

 

 灰が熱い。吸い込んだ空気は焦げ臭くて、熱い。気道をじわじわと焼く。額から伝う血が目に入って、視界が揺らぐ。それよりも前から不明瞭だった視界は万華鏡のようにぐるぐる回っている。足の感覚は無い。身体中から血が流れているが、不思議と痛みを感じない。それでも走る。周りの景色が早く過ぎていく。だから、恐らく走っているんだろう。宛もなく、何処へ向かっているかも知れずに、メイは走った。

 

 彼女にとって、その夜は日常の延長線でしかなかった。いつも通り学校から帰ってきて、いつも通りに暖かな夕食を食べて、いつも通りに両親と語り合い、いつも通りにシャワーを浴びて床に入った。しかし、騒がしさに起きてみると彼女の知る町は、平穏は崩れ去っていた。既に両親は冷たくなっていた。父は顔の半分が吹き飛ばされていた。母は腕と脚が一つずつちぎられていた。家は燃え盛り、ほんの少し起きるのは遅かったなら自分も焼き死んでいただろう。彼女は家から飛び出した。惨状に目を瞑り、何度も転び、耳に入る悲鳴に聞こえないフリをして走る。生存者を探して、助けを求めて裸足のまま地獄を駆け抜けた。

 

 「誰か……誰かぁ……」

 

 返ってくるのは何かが燃える音のみ。屍は言葉を発しない。家が倒壊して発生した熱風が彼女の煤だらけの頬を打つ。

 

 「誰か……助けてよぉ……誰かぁ……」

 

 母が話してくれた大昔の英雄譚。近所に住む男の子がよく見ていたコミック。あれらに出てくるヒーロー、英雄は誰かが困り、虐げられている時、助けてくれる。弱きを助け強きを挫く、悪を打倒する正義の味方。男の子は言っていた。ヒーローはいる、と。必ず自分たちを助けてくれる、と。

 

 嘘だ。そんな者はいない。いるならば、私たちを助けてくれる筈だ。こんなにも虐げられている。夥しい数の人が死んだ。父も母も友人も親戚も死んだ。一人、ただ一人だけ生き残ってしまった。誰も助けてくれなかった。誰も現れなかった。この現状を作り上げた元凶──悪を討つ者はいなかった。

 

 メイは膝を着く。見上げると、そこは自宅があった場所だった。家は跡形もなく潰れ、両親はその下敷きだろう。涙が溢れる。鼻水も、涎もみっともなく出して泣き叫ぶ。あぁ、どうして。どうして──

 

 「どうして誰も助けてくれないんだよっ……どうして誰も助けてくれないのっ!!」

 

 一度出た叫びは止まらない。嘆きは止めどなく、炎の轍の中で理不尽を恨み、腹の底から怨嗟を紡ぎ出す。

 

 「なんでなの!?なんで私たちなの!!私たちが何かしたの!?ただ、普通に暮らしていただけなのに……どうして皆死ななきゃならなかったのよ!!」

 

 享受されるべき幸せと平和を、当然に感じていただけ。何も自分たちを殺す理由は無い筈なのに、彼女の家族や親戚は殺された。虐殺された。何故、何故、何故?自分たちに罪は無かったのに。

 

 「あァ!?まだ生き残りがいやがんのか……うざってえなァ。早く死んでくれよ」

 

 赭いIS。町を焼き、家族を殺し、全てを壊した元凶が、絶対悪がそこにいた。禍々しいほど、深い色の機体を駆る女は引き裂かれたような笑みを浮かべ、メイを見下ろしている。手は鋭く尖った爪が付けられ、誰かの血が滴っていた。その爪の形状は清々しいほどに人を殺すことに特化していた。一歩、また一歩と死が近づいて来る。

 

 メイは祈る。いるか分からない神とやらに乞う。どうかこの悪魔を滅ぼしてください、と。このままではあんまりだ。余りにも可哀想じゃないか。ただ塵のように殺され、打ち捨てられて、無念すぎる。だから神様、正義の味方を、英雄を。私たちの無念を晴らす英雄を遣わせてください。

 

 「そんじゃあ、さようなら。クソガキ」

 

 ぞんざいな言葉と共に、その手が降り下ろされる。鋭い爪は彼女の首を容易く絶ち、物言わぬ骸へと変えるだろう。その後、尊厳を弄ぶような真似をされるかもしれない。沢山の穴を穿たれるかもしれないし、骨まで焼かれるかもしれない。でも、家族の元へと行けるならそれは救いなのかもしれない。爪が迫る。そして爪は──

 

 「────そこまでだ」

 

 彼女の首に届くことはなかった。

 

 響く声は燃え盛る炎の音を、この場に蔓延る悪を掻き消すかのような威風を纏っていた。

 

 純黒。優しい夜の闇が立っていた。ライフルの銃身で魔手を阻み、自分を庇う背中。

 

 息を飲んだ。眩しいと感じた。白でも、黄金でも無い。何処までも深くて、底がない、優しい黒。人を見守る夜の帳。だが、どうしようもなく眩しいのだ。純黒がこの場に降り立っただけで、全ての不浄が払われた。ここで散った人々の無念も晴らされた。

 

 そこにいるだけで勝利が確約されてしまうかのような、そこにいるだけで全てが終息する。太陽だ、黒い太陽だ。全てを焼き尽くす黒い太陽が、お伽噺の英雄が少女の願いに応えた。

 

 「あぁ……あぁ、あぁぁ……」

 

 メイはその光景を生涯忘れないだろう。涙が溢れる。それは悲嘆の涙では無い、歓喜の涙。願いは届いた。英雄はいた。見知らぬ弱者の、こんな私の願いの為に来てくれた。その現実が彼女の胸を打つ。

 

 「九番目ェ……九番目かァ!!」

 

 「貴様か……貴様がコレをやったのか。所詮、自らの性を無秩序に振り撒くしか出来ないか」

 

 「ナニ偉そうに語ってんだァ?てめぇも同類だろうがよォ、猟犬(英雄)!!英雄もシリアルキラーも変わらねェだろォがよぉ?」

 

 「私は英雄なんかじゃない。貴様の言う通り、ただの殺戮者だ。だが、貴様は生かしておけない。貴様が殺し尽くしたこの町の人間の分も、貴様を殺す。獣、貴様は肉片一つたりとも残しはしない」

 

 そして英雄は悪魔を滅ぼす為に闘う。両手に持つライフルが火を噴き、悪魔の身を穿つ。それは極大の戦争。強大な存在同士が互いを喰らおうと、淘汰しようと、滅ぼし合う。たった二機でこれまで以上の破壊が生み出される。

 

 「あぁぁぁあぁああぁぁぁあ……」

 

 メイは薄れる意識を必死に繋ぎ止めながら、闘いを見る。純黒の英雄が、悪を滅する断頭台の闘いに魅せられていた。

 

 悲劇に幕は引かれた。眼前で繰り広げられるは、黒き太陽の英雄譚。

 

 「私は──」

 

 喉から紡がれるのは、

 

 「貴方のように──」

 

 憧憬(呪い)

 

 「なりたいっ──!!」

 

 英雄(貴方)のように弱者を救いたい。誰かの悲劇に幕を引きたい。私の願いを聞いてくれた英雄(貴方)のように。その背に届かなくても良い。追い続けたい。

 

 

 斯くして、少女──メイ・グリンフィールドは闇に魅入られた。

 

 喝采せよ、賛美せよ。少女の未来はここに確定した。

 

 黒き太陽へ羽ばたけ、無垢(愚か)なる少女よ。

 

 その身を、魂を焦がしながら、憧憬(呪い)に焼かれろ。

 

 嗚呼、英雄譚はここにある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 という訳だ。筋書きはありきたりだが、中々に面白いとは思わないかね?我が友人は自覚などせずに、誰かの人生を狂わせ、憧憬を植え付けていたのだ。全く、罪な男だよ。

 

 あぁ、それでは少しだけ後日談を語るとしようか。

 

 我が友人と獣の闘争は、獣の撤退という形で終着した。追撃もしたらしいが、どうやら獣は逃げおおせたようだ。彼も相当に悔しがっていたよ。我が友人にとっても、あれは存在を許せない程の邪悪だったのだろうね。もしくは、何かしら彼の怒りを呼び起こす物であったか。彼は獣のことを余り話したがらないのだよ。あれは唯一、我が友人が感情を顕にして殺意を示した相手ゆえな。

 

 メイ・グリンフィールドは今はGAグループの実働部隊でISに乗っている。あの夜に彼女を蝕んだ毒は順調に広がったようだ。幾度となく有澤への出向願いを出しては却下されているらしい。

 

 さて、今宵はここまでとしよう。私もこれから我が友人の依頼を片付けなければならないのだよ。何でも、我が友人の職場で催されるイベントの冒頭のナレーションをやれ、だとか。タイトルは織斑一夏争奪戦。いやはや、戦乙女の弟君は苦労しているようだ。

 

 それでは、また何時か、何処かで会おう。それは枠組みが淘汰された先か、星が燃えた先かは分からぬが、再会を期待しているよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 





石 井 さ ん ト ン チ キ 確 定 

閑話だから短めです。

次回から本編再開です。


御意見、御感想、評価お待ちしてます。





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Overture

 前回、書いてて思ったんですけど。タグに『主人公系ラスボス系主人公(トンチキ)』とか付けようか迷いました。

 そんなこんなの国家解体戦争編始まります。

 口汚く無礼に罵るのは傭兵の嗜みです。(AC並感)

 ほんへ、どうぞ。


 

 

 

 

 

 

 『作戦を説明する。雇主はオルコット財閥。目標は、オルコット財閥本社兼旗艦クイーンズランスを襲撃しようとするアメリカ海軍第七艦隊、これの撃滅だ。弾薬費は偉いさん持ちになっている。一人残らず排除してくれ。一応護衛艦隊とISもいるが、雇い主直々のご指名だ。第七艦隊には二機、ファングクエイク(IS)が配備されている。こいつらは、特別報酬の対象だ。逃がすなよ。こんなところか。悪い話ではないと思うぜ?連絡を待っている』

 

 数あるセーフハウスの一つ、薄暗いガレージの中でGAグループの仲介人からのメッセージを聞く。依頼は対艦隊戦。然程、難しい依頼では無い。

 

 タバコを灰皿に押し付けて、機体のチューンを始める。と言っても、大幅に弄る訳では無い。兵装はいつも通り、スラスターやジェネレーター等の内装も問題は無い。強いて挙げるならば、使用を検討している外付けブースター──『Vanguard Overed Boost(V O B)』との接続程度だろう。

 

 随分と好条件の依頼に多少の裏を勘繰ってしまうが、それは傭兵としての性ゆえ仕方無いだろう。態々、指名で自力で対処できる事態を依頼してくるというのも怪しくない訳では無い。かと言って、GAの仲介人が意地の悪い依頼を持ってくるとも思えない。GAの仲介人は良くも悪くも、大企業の仲介人らしく無い。要するに、いつも通りの出たとこ勝負だ。今回も障害を全て叩き潰して、勝利を積み重ねるだけだ。何も変わらない。騙して、自分を叩き潰そうとしているならば、叩き潰し返す。覚悟は決まったのだ。悩む必要は無い。

 

 シャッターを上げると、冷たい風が吹き込んできた。曇った重苦しい空と、荒々しく波が逆巻く海。着ていたフライトジャケットを年季の入った革のソファーに投げる。黒いISスーツに身を包んだ猟犬は、空の果てを凪いだ瞳で見つめ、小さく息を吐く。

 

 「行こう、『シュープリス』」

 

 純黒の断頭台が姿を顕す。背には巨大なブースター。ロケットを何本も纏めたような形状の超高速戦闘用追加兵装。理論上、時速四千キロを越す速度を出すことが出来る狂気の具現。凡そ、生身の人間が扱える代物では無い。そう、()()()()()()()()

 

 スラスターに火が灯る。両手のライフルを握り締め、機体を浮かす。足と腕を伸ばして空気抵抗を出来るだけ減らす。そしてVOBにも火が灯る。

 

 ──Ignition──

 

網膜に投影されたその文字と共に、猟犬は大気を切り裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 レーダーに感知された一つの機影。恐ろしいほどの、操縦者を殺すほどの速度で接近してくるIS。IFFに応答は無い。太平洋沖を航行していた第七艦隊は戦闘体勢を即座に取った。たった一機のISで何が出来るというのだ。オルコット財閥の機体か?船員たちは高を括っていた。こちらにはISが二機もいるし、物量だって比較にならない。むざむざ死にに来た間抜けだと嗤っていた。

 

 「対空戦闘、対IS戦闘用意。挽き潰してやれ」

 

 高らかに指示をする将校。だが、その勝利を確信した顏は程なく崩れ去る。

 

 「コアパターン、照合……シュープリス……猟犬です!!」

 

 船員たちの顏から血の気が引く。戦場で最も会いたくない、会ってはいけない奴が自分たちを殺しに来たのだ。空母からF35がスクランブルする。発射される夥しい量の艦対空ミサイル(SAM)。しかし、その全てが意味を成さない。常識はずれの速度で振り切られる。艦載砲の砲撃も事も無げに回避される。戦闘機は残さず撃墜される。猟犬はどんどん距離を詰めてくる。

 

 単機で小国を相手取る事が出来ると言われているISの中でも規格外の九機、シングルナンバーと呼ばれる化け物たち。その一角、世界最悪と呼ばれる暴力装置が動いた。これは一つの絶望的な事実を示す。猟犬は企業に着いたのだ。国家という統治システムに反旗を翻した企業連に与し、体制を壊す。それこそ、世界を壊すつもりなのだ。篠ノ乃束の私兵として、彼女の意に従ってきた男が動いたということは──

 

 「天災も企業に着いたのか……?」

 

 旧き枠組みが淘汰される。その第一歩。圧倒的な個が、旧世代の衆を蹂躙する。ライフルの威力一つ取っても、戦闘機を容易く撃墜し、駆逐艦を玩具のように沈める。全てが桁違い。世代が違う。いや、そういう枠組みに入れるのも適切では無い。あれは例外なのだ。その例外を動かせるとするならば、

 

 「有澤……GAか……」

 

 迎撃に向かった二機のファングクエイクを無視し、シュープリスは艦隊に突っ込む。背部のVOBは既にパージした。シュープリスのカメラアイと外部センサー類に保護シャッターが降りる。そして、海域を閃光と衝撃が覆い尽くした。

 

 アサルトアーマー。機体周辺に展開する球状の特殊な防御フィールド──プライマルアーマーを瞬間的に開放することにより周囲に強力な閃光と衝撃を発生させるシュープリスの固有兵装。本来の動力源ではなく、シールドエネルギーを代用している為、威力は半減しているがそれでも艦隊を半壊滅に追い込むには充分な物だった。

 

 緑色の閃光が晴れると、蹂躙劇は更に苛烈さを極めた。残存する艦艇を沈め、海へ飛び込んだ船員に容赦なく弾丸を叩き込む。兵器を簡単に破壊する弾丸が人体にぶち込まれる。跡形は無く、人であった半固形の液体が海面を漂う。

 

 近接防空火器(CIWS)は一発も当たらない。VOB無しの戦闘でも、シュープリスを捉えることは出来ない。急激な方向転換(クイックブースト)であらゆる攻撃が回避される。被弾率はゼロ。嘲笑うかのように、空母の甲板に着地し両手のライフルを掃射して艦載機や設備を破壊していく。そして飛翔し、肩部兵装のグレネードキャノンを放つ。空母は炎に包まれた。艦隊の損害が六割を超える。

 

 「クソが!好き勝手やりやがって……墜ちろよ!!」

 

 ファングクエイク二機がシュープリスに銃口を向ける。二方向からの十字砲火(クロスファイア)。並みの兵器を鉄屑に変えてしまうであろう弾幕は不可視の壁に阻まれる。アサルトアーマーで減衰したプライマルアーマーは復活したのだ。シュープリスを球状に取り囲み、緑色の雷を纏わせる。

 

 機影がブレた。ファングクエイク二機はシュープリスを見失う。ほんの一瞬、されどそれは致命的な一瞬でもある。

 

 まずは一機のシールドエネルギーが急速に減衰した。今まで感じたことの無い重い衝撃がパイロットを襲う。そして業火と爆発。VTシステム、それも通常の物よりも凶悪な性能を持つプロトVTを沈黙させた兵装群がファングクエイクを攻め立てる。OGOTOの爆炎は一辺の情けなく、内装をオーバーヒートさせ、装甲を焼く。消火の為に海面へ急降下する火達磨を断頭台は逃がさない。二機目からの攻撃をプライマルアーマーで封殺し、蹴り飛ばして火達磨を掴む。その手にはライフルは無く、左手にレーザーブレードがマウントされていた。07-MOONLIGHT。月明かりが弧を描き、怨嗟を吐く火達磨を骸へと変えた。

 

 赤いカメラアイがもう一機を睨む。手にはライフル。純黒の装甲には傷一つ、返り血一つ無い。パイロットはその姿に死神を想起する。断頭台(シュープリス)、言い得て妙だ。

 

 シュープリスのライフルが唸る。高速起動から放たれる弾丸は通常の物よりも遥かに強い衝撃を与える。先に墜ちた一機と同じように、何の捻りも無く塵殺される。単純な力の差があった。覆し様の無い位階の差、シングルナンバーと凡百のISにあるあらゆる差がファングクエイクに反撃の余地を与えない。

 

 全ての抵抗が空を切り、弾丸は海へと沈む。空対空ミサイル(AAM)はフレアに誘導される。

 

 機影を見失うと突如、空気が肺から押し出され、息が出来なくなる。背後からの一際大きな衝撃。胸からライフルが生えていた。

 

 シュープリスの兵装の一つ。左腕部兵装、突撃型(アサルト)ライフル──04-MARVEの先端による刺突。高速戦闘時に空気抵抗を制御するための大気を切り裂くカバーである鋭い先端を、本来の用途を無視して無理矢理銃剣代わりにした。それは減衰したシールドエネルギーと装甲を貫き、パイロットの胸を穿った。

 

 ライフルを抜かれたファングクエイクは海中へ没する。シュープリスはそれを眺め、未だに燃え盛る空母に視線を移す。そこには一人の男がいた。涙を流し、こちらを見据え、慟哭を上げる男。OGOTOの砲身を向ける。男の叫びを聞かずに、グレネードが放たれ、空母は沈んだ。

 

 生体反応は無し。皆殺しだ。依頼は達成された。

 

 「ミッション完了、帰投する」

 

 所要時間、三分二十六秒。国家解体戦争三日目、第七艦隊は全滅した。アメリカ太平洋軍は深刻な打撃を被った。

 

 

 

 

 

 

 『聞こえるか?こちらオルコット財閥本社艦隊旗艦クイーンズランスだ。聞こえるか、猟犬?』

 

 帰投する猟犬に通信が入る。今回の雇主からだった。

 

 「何の用だ?追加の依頼は受け付けてない。自力で何とかしてくれ」

 

 『そういう話では無い。礼を言おうと思って通信をした』

 

 声色からして老人だろう。老いた男は猟犬に親しげに話しかける。気持ちの悪い話だ。猟犬にはオルコット財閥に恩を売った覚えも無ければ、今回の依頼にしてもGAの仲介人が持ってきた物を受諾しただけだ。弾薬費を持ってくれるのは嬉しいが、言ってしまえばそれまでだ。それに、まだオルコット側の裏切りが無いとも言えない。

 

 「何の礼だ?イギリス人は何でもかんでも恩を感じなければ生きていけないのか?難儀だな。こんな無礼な傭兵にも恩を感じるとは」

 

 猟犬は口汚く老人を叩く。こういう老齢の人間は得意では無い。ましてや、この業界の老人は特にそうだ。IS委員会(企業連)の老醜よろしく、ろくでもない連中ばかりだ。何を企んでいるか分かった物では無い。下手に出る必要も無い。依頼は達成した。ならばクライアントでは無い。元より、味方でも無いが。

 

 『ふむ、噂通りの人間のようだ。飼い主以外には尻尾を振らない、忠実な猟犬。牙を剥いた相手を必ず滅ぼす最悪の暴力装置。今回の依頼も見事な手際だった。賞賛に値する』

 

 「何が言いたい、老人?回りくどいのは好きじゃない。耄碌してるのなら、さっさと引退した方がいいんじゃないか?」

 

 『手厳しいな。では、本題に入ろう。いつも、お嬢様がお世話になっている。お嬢様は元気でやっているだろうか?』

 

 お嬢様。オルコット財閥のお嬢様と言えば、セシリア・オルコットのことだろう。何故、この老人がそのようなことを自分に訊くのか。猟犬は無言で返す。意図が読めない。レーダーの探査範囲を拡大する。何かしらの合図かもしれない。

 

 『あぁ、そうだ。名乗っていなかったな。これは失礼した。私はジョナス・ターラント。総帥代理、セシリア様の後見人をしている』

 

 「ジョナス・ターラントだって?」

 

 ジョナス・ターラント。現在のオルコット財閥の実質上のトップ。若年のセシリアに代わり、財閥の運営を一手に引き受けるやり手。オルコット財閥本社機能の艦隊への移行も彼が提案した物だ。社内の対抗勢力を駆逐してからは、軍需部門の増強に着手し、現在はアームズフォート二機の建造をアフリカで行っている。親会社であるGAとも対等以上にやり合う陰謀家。猟犬のジョナス・ターラントに対する印象はそのような物だった。

 

 「驚いた。悪名高き陰謀家からの直々のご指名だったとは。後見人を勤めたのも何かの策略か?」

 

 『どうやら、最近周りが私を避けると思ったらそういうことか。私はセシリア様に仇為すことは無い。オルコット家と女王陛下に忠誠を誓った身だ』

 

 「だから王室に手を出さなかったと?変に律儀だな。有澤重工と言いオルコットと言い、王朝がある国が出身の企業は悉く王族関係を保護している。そこは素直に美徳と評価するべきか」

 

 『若いのに随分と擦れているな。まぁいい。で、どうなんだ?』

 

 「元気にやっている。何も問題は無い。後見人が心配することは何も無いさ」

 

 『悪い虫の類いは?』

 

 「それこそ老いぼれの出る幕じゃない。あの子の旅の邪魔をするなよ。あの子の人生はあの子だけの物だ。失敗も成功も栄光も屈辱も含めてだ。私たちが手を加えることは多くない」

 

 『言うじゃないか若造、貴様のことを言っているのだがな』

 

 「手は出しちゃいない。老人は気にしすぎる。孫の火遊びに過剰に反応するから嫌だね。それに、陰謀家が優しいお爺ちゃんの振りか?似合わないからやめろ」

 

 通信を切る。過保護な爺に付き合ってられるほど、暇では無い。仲介人からの入金も確認した。もう、話すことは無い。猟犬は速度を上げた。取り敢えず、帰ってバーボンを飲みたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 20■■年、10月■■日。

 

 静観を決め込んでいたレオネアグループがヨーロッパ全域で蜂起。フランスとドイツで大規模な戦闘が発生する。

 

 同日、ドイツ陸軍第六十三特殊機甲歩兵大隊──IS配備特殊部隊シュヴァルツェ・ハーゼがラインアークに亡命。

 

 同日、GA製アームズフォート『ランドクラブ』がロールアウト、戦線に投入される。史上初めて、アームズフォートが戦闘に投入された。 

 

 

 国家解体戦争開戦四日目のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 要約:家の子に手出すなよ?→出してねぇよ、引っ込めジジイ。


 フロムマジック、ライフル刺突。これがやりたかっただけ。


 GAの兄貴が好きすぎて辛いです。


 御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!


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Loss

 知ってる?これ、第二部、二話目なんだぜ?

 ヒロインたちの胃に穴を開け隊。

 そろそろ一夏魔改造タグをつけるべきか悩む。

 そんなこんなの本編、どうぞ。



 

 

 

 

 

 

 独立学園研究都市ラインアーク。企業が国家に宣戦布告すると同時にあらゆる勢力からの独立を宣言した、第三の勢力。盟主は元防衛省情報本部(DIH)本部長、轡木十蔵。表向き、旧IS学園の学園長を勤めていた轡木藤子夫人の夫である。日本という国家の情報戦を支えた護国の将は国を裏切った。

 

 独立宣言後、ラインアークは前身であるIS学園の設備をそのままに、密接な協力関係にあるGAグループ傘下有澤重工の協力の元、急速な施設開発を押し進める。居住区、食糧生産プラント、工廠、防衛設備の増強。旧体制の裏切り者たちは楽園を着々と築いていく。当代の楯無はシトニコフの要請を受け、傭兵としてロシアへと向かった。更識という一族、組織は二分した。生き残りを第一とした楯無(ラインアーク)派と、国家の存続を第一とした先代派。変革の波は国家の闇さえも押し流す。しかし、皮肉にも更識という血脈はどちらに倒れても続いていくこととなる。

 

 そんな恐ろしく情勢が不安定な中、ラインアークは世俗とは反対に穏やかな日常が流れていた。午前で切り上げられるものの、通常通りに授業が行われ、部活動も行われている。戦火とはかけ離れた何処にでもある学園生活を生徒たちは送っていた。生徒の家族たちはラインアークとGA日本支社が確保、保護し、安全を保障している。権利も保障され、滅多な事では突破されない防衛線。ある種のシェルターやコロニー。正しく楽園と呼ぶに相応しい場所となりつつあった。

 

 ラインアークは海上に浮かぶ人工島である。故に、本土と島を結ぶ橋は補給の面で重要な役割を果たす。多くの検問所や詰所があり、警備科の職員が二十四時間体制で警備に当たっている。その検問所の一つ。連絡橋の中程に位置する検問所で一人の男が歩哨任務に着いていた。黒いコンバットブーツとグレーの都市迷彩、ボディアーマー。貰い物のサングラスを掛けて、M4カービンをぶら下げる男──織斑一夏は舐めていた飴を噛み砕いて通信を繋げる。

 

 「HQ、こちらデルタスリー、異常は無い。定期報告を終了する。オーバー」

 

 『HQ了解、デルタスリー、もうそろそろ交代だ。授業終わりで疲れているだろう。ゆっくり休んでくれ』

 

 「ありがとうございます。今度そちらにも差し入れ持っていきますね」

 

 『期待してるぜ新人。とびきり美味いのを頼む』

 

 検問所で引き継ぎを済ませ、橋を学園へ向かって歩く。サングラスは外してポケットへ突っ込む。吹く風は海上ということもあってか随分と寒い。早く部屋に帰って暖かい物が食べたい。冷蔵庫にある物で軽くスープでも作ろうか等と考えていると、見覚えのある人影が見えた。傍らには見知らぬ女性。軍服を着ている。

 

 「ラウラ?」

 

 「む、嫁か」

 

 クラスメートのラウラ・ボーデヴィッヒだった。寒い中、態々風が強い橋の上で佇んでいた。一夏はポケットにあった飴をラウラに投げると軍服の女性に会釈をした。

 

 「嫁、紹介するぞ。クラリッサだ。今朝ラインアークに着いた。私の部下だった者だ。シュヴァルツェ・ハーゼ全員がラインアークに亡命した」

 

 「織斑一夏で宜しいか?隊長がいつもお世話になっている。クラリッサ・ハルフォーフだ」

 

 「あぁ、こんな格好で失礼する。知ってると思うが、織斑一夏だ。よろしく頼む。しがない学生だから色々教えて貰えれば助かるよ。見ての通り、警備科で見習いもやっている。もし、警備科に入るなら仲良くしてくれ」

 

 グローブを外して、握手をする。可もなく不可もない挨拶を済ませる。クールな眼帯だ、と軽口を叩きながら笑みを浮かべる。悪い印象は与えないだろう。

 

 「それにしても、何でこんな寒い所にいるんだ?話すにしても中の方が暖かいだろう。着いて早々に風邪なんて引いたら大変だ」

 

 「クラリッサの亡命の際の話をしていたんだ。随分と急なことだったんだ。私も昨夜、博士から知らされたんだ」

 

 束さんから、と一夏。ラウラは頷く。

 

 「レオネアが蜂起する直前に、基地に『本屋』と名乗る男が現れたんだ。腰まである長髪の胡散臭い男だった。男の口車に乗せられて、気付けば輸送機に乗せられて、いつの間にかここにいた。詐欺師みたいな男だったよ。関わり合いになりたくない手合いの男だ」

 

 「それは御愁傷様。でも、良かったじゃないか。無駄に死にに行かなくて。ラウラとも合流できた。その様子じゃ親兄弟も無事なんだろう?ここにいる連中は皆そうだ。家族の安全が保証されて、ここにいる。政府軍の空爆に巻き込まれる危険は無い。そのぐらい狐に化かされたとでも思っておけばいいさ。それとも、あんた愛国者だとか?」

 

 「いや、そういう訳では無い。だが、そうだな。自分の知らぬ間に色んな物が動いて、知らぬ間に安全地帯にいると考えると、不気味というかなんというか」

 

 「そんな物だよ。俺もあんたも、お偉方も全部を完璧に把握してる奴なんていやしないさ。何処か皆抜けてるよ。まぁ、中には全部を全部知っている人たちもいるけど、それは例外だ。何はともあれ、ようこそラインアークへ」

 

 三人は歩き出す。一夏は息を吐いて手を暖める。クラリッサとラウラは四方山話に華を咲かせ、それを察した一夏は足早に警備科の隊舎へと入っていった。更衣室でジーンズとシャツにライダースを着込んで外に出るとラウラが一人で立っていた。一夏を見つけると手を振ってくる。

 

 「何してるんだ?ハルフォーフさんは?」

 

 一夏は訊く。話が終われば自室に戻れば良いものを、態々外にいるなんて何かしら用でもあるのだろうか?こんな天気だ、雨も振ってくるかもしれない。秋雨には濡れたくない。

 

 「お疲れさま。クラリッサなら部隊の皆の所だ。これを渡そうと思ってな……」

 

 差し出されたのはブラックの缶コーヒー。手に取ると、暖かった。礼を言って缶を開ける。ラウラも同じ物を買っていた。

 

 「ブラック飲めるようになったのか?」

 

 「あぁ、慣れた」

 

 ふぅん、と一夏は横目でラウラを見る。眉間に皺が寄っていた。明らかに背伸びをしていることが分かる。微糖でもカフェオレでも、何ならコーヒーから離れても良いだろうに、何故拘るんだと一夏は思う。大体は一夏と同じく、石井の真似をしているだけなのだが。

 

 そんな一夏にラウラも視線をやる。特に表情を浮かべずに、歩く一夏から見知った感覚を覚える。煙の匂い、コーヒーの香り。開戦直後に行方を眩ませた義父の影。

 

 「嫁、変わったな」

 

 「何が?」

 

 「雰囲気とかだ」

 

 「変わったんじゃない。鍍金が剥がれたんだよ。或いは自覚」

 

 一夏はニヒルな笑みを浮かべて、ライダースのポケットから煙草のソフトパックを取り出した。千冬姉には黙っててくれ、と言って火を付ける。

 

 「何処で、煙草なんか?」

 

 「警備科の先輩から貰った。悪くない味だよ。最近は、たまにこうやって吸ってるんだ。やっちゃいけないことをして、ストレス発散する。至って健全だ。やっちゃいけないと言っても、人様に迷惑は掛けてない。何事も折り合い。泰山の店主も良いことを言うよ」

 

 煙を吐き出す一夏。指に挟まれた煙草をラウラは掠め取り、地面へ踏みつける。一夏は唖然として、さっきまで煙草を挟んでいた指を見つめている。

 

 「おい、何すんだよ。いや、ポイ捨てもいけないけど、いきなり何だよ」

 

 「煙草は身体に悪い!駄目だ!どうして私の周りの男たちは煙草ばかり吸うんだ!!父様も嫁も、もう少し自分の身体を労れ!!それに、きちんと拾ってゴミ箱に捨てるからポイ捨てじゃない。もう煙草は禁止!!禁煙だ」

 

 「え……いや、別にヘビースモーカーじゃないし、健康は最低限は気を付けてるぞ?だから禁煙は……」

 

 「駄目だ!!てか、私に迷惑掛けてる!!」

 

 ラウラのボルテージが高まり説教が始まろうとすると、一夏のスマホにメールが届いた。ラウラを手で制してディスプレイを見た一夏は素頓狂な声を挙げた。ラウラが画面を覗くと、差出人は篠ノ之束。文面は、

 

 『明日か明後日、ラインアークに行くね。よろしく。ちーちゃんに伝えといてね。追伸、いしくん並みのヘビースモーカーにはならないように。束さんとの約束だぞ』

 

 きっと、雷が落ちる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 革張りのソファーに毛布に包まる物が蠢いている。時折、魘されながら寝返りを打つ。

 

 テーブルには飲みかけのウイスキーの瓶とロックグラス、煙草と黒いジッポ、ピーナッツが盛られた皿と新聞等が乱雑に乗せられている。薄暗い室内にはソファー脇のランプしか光源が無く、昼過ぎだというのに夜中のような雰囲気を醸し出していた。

 

 ソファーで眠る猟犬の額には珠のような汗が浮かび、大層苦しそうな表情を浮かべている。本人の意図と関係無くそれは彼の脳内を駆けずり回る。内容なんて物は無い。浮かぶだけで、再生されるだけで不快。摩耗した部分によく響く。レム睡眠やノンレム睡眠、ストレス等から来る悪夢では無い。低いIS適正でシングルナンバーコアを動かす弊害、致命的な精神負荷。肉体的な負荷の代わりに、猟犬が差し出すのは内面の傷。身体が動けば闘える。故に彼はフィードバックを受け入れた。凡百の人間なら発狂しかねない不快感。普通なら潰れてもおかしくない。それに耐えるというのは、やはり例外足る所以か。しかし──

 

 「黙れ」

 

 猟犬は無理矢理身体を覚醒させる。脳に反響する不快な音を払い、冷蔵庫からミネラルウォーターを出して飲む。一々フィードバックに苦しんでいる、構ってやるほど猟犬は優しくない。闘えるならば、幾らでも苛め。休暇は充分に過ごした。その分は働く。元より、自分が行き着く先を機体の名にした。この程度の苦しみならば、乗り越えられる。勝つために必要ならば、もっと持っていけ。

 

 PCが着信を知らせた。依頼だろうか、と投影ディスプレイを見ると知人からだった。

 

 「何の用だ、『本屋』」

 

 『やぁ。お目覚めかな、猟犬殿。起き掛けだったならば、申し訳ない。また掛け直すとしよう』

 

 「いや、構わない。確かに寝起きだが問題は無い。それで、何の用だ?」

 

 ディスプレイに映る長髪の影絵のような男に猟犬は促す。胡散臭い知人だ、とつくづく思う。

 

 『依頼の完了を報告しようと思った次第だ。クラリッサ・ハルフォーフ以下シュヴァルツェア・ハーゼのラインアークへの移送が完了したよ。それと久し振りに君と言葉を交わそうと思ったのだよ。友人と談笑するのに大した理由などいらないと思うのだが、迷惑だっただろうか?』

 

 「私はお前を知人程度としか見てないが。まぁ、いいだろう。暇潰しにはちょうどいい」

 

 猟犬はグラスにバーボンを注ぎ、口にする。ディスプレイ越しの『本屋』もグラスを掲げて真っ赤なワインを口に含んだ。

 

 『ふむ、やはり君にはウイスキーが似合う。学園ではワインやシャンパンも飲んでいたようだが、しかし私としてはその姿がしっくり来る。それが君の偽らざる顔だ』

 

 「私は何も偽ってなど無い。酒の好みで私の顔が云々等と、よく回る口だな」

 

 『ハハハ、よく言われるよ。君も私のことを詐欺師と称しただろう。まぁ、だが私も何も偽ってなど無い。猟犬殿、私はその姿が好きなのだよ。君のその燃え尽きても尚、燃え滓すら燃やして闘い続けるその輝き。メイ・グリンフィールドや君に憧れる者は君のことを黒い太陽と感じるようだが、私は違う。君は琥珀だ。名を忘れた英雄。嘗て抱いた願いを封じて、化石を抱いて闘う猟犬よ。君は自らの(正義)をまだ忘れてはいまい。それこそが君の化石。嗚呼、だが哀しいな。いつかそれすら君は薪にするのだろう。君はその果てに何を見る?君が奉じる飼い主の願いの先には何がある?その英雄譚の結末は?』

 

 「もう酒が回ったか?私は英雄などでは無い。それに、私は琥珀のように上等な代物でも無い。お前は私を過大評価する傾向がある。()()()()()()()()。名など無くとも、生きていける、闘える。()()()いらない」

 

 『本屋』と呼ばれた男は嗤った。猟犬が知らぬ内に己を晒け出していたことに。その輝きに惜しみ無い称賛を贈りたい。その救い用の無さに哀しみも覚える。そして、その結末を見届けたい。英雄よ、誰かの為()の英雄よ。君が闘いの果てに得る物を私にも見せてほしい。心の底から猟犬に惚れ込んでいる男は、無二の友人がどんな物語を描くのか気になって仕方がない。

 

 「だが──俺の(正義)とは何のことだ?」

 

 グラスに映る石井の髪は真っ白に色が抜け落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「フッ……フフフ……フハハハハハハハハハハハハハハハハハ──」

 

 『本屋』の高笑いが部屋に響く。彼の友人との通話は既に切られている。

 

 「嗚呼、救われないな──救われないな、我が友人、我が英雄。君は既に己の(正義)すら薪にしたというのか!!あぁ、素晴らしい!!あぁ、愚かしい!!眩いな、猟犬!!余りにも強すぎる!!」

 

 予想以上の友人の愚かさ(雄々しさ)に感情の昂りが抑えられない。彼は己の化石の燃え滓でしか、原初を思い出せない。夢の中でしか、己の起源を回想出来ない。一人の女の為にそこまで投げ出したのだ。素直に尊敬の念を抱く。だが、

 

 「君は彼女に誰を重ねている──?誰を見ているのかね?」

 

 彼は幻を見続けている。そこにいて、そこにいない誰かを重ねている、見ている。琥珀に閉じ込められていた欠片。既に失われた何か。決して戻らない、何時かの更識楯無のように不可逆的な物を見ている。しかし、()()()バックアップを取っている筈だ。

 

 「嗚呼、頑張りたまえよ。君が頑張らなければ、彼は辿り着かないぞ?潰えるぞ?頼むから我が英雄を潰してくれるなよ?断頭台の少女よ。まだまだ、先は長いぞ?」 

 

 『本屋』はその部屋から消えるように去った。そこには人のいた形跡は残っていなかった。まるで、初めから誰もいなかったかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 20■■年、10月■■日。

 

 ドイツ陥落、レオネアの統治下に入る。

 

 国家解体戦争開戦五日目のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 ラインアークの収入源→研究開発

            学園経営

            傭兵←New!!

 石井さん、気付けば悪化していました。(白目)

 でも、トンチキだから大丈夫!!ヘーキヘーキ!!勇気と根性でどうにかなるよ!! 

 御意見、御感想、評価お待ちしてます。


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Why don't you come down



 この作品のグランドルートは三つ巴です。(大嘘)

 本屋「嗚呼、猟犬殿、我が麗しの英雄よ……その輝きを、未知の結末を見せてくれ!!」

 猟犬「吼えたな、詐欺師。俺は英雄などでは無いが、貴様は欠片も残さず消してやろう。来い、勝つのは俺だ」

 一夏「あぁ、あぁ……あぁ……煩いぞ。お前はいらないぞ、不必要だ、消えろよ本屋(塵芥)、糞が。お前が石井先生を語るなよ。邪魔だ。お前がいると石井先生に届かないだろうが」


 石井先生愛され過ぎィ!!

 ほんへ、ドゾー!!(迫真)


 

 

 

 

 

 『よぉ、猟犬。作戦を説明する。雇主はいつものGA。と言っても、ビッグボックス(本社)の連中じゃない。グループのお偉方からの依頼だ。十三時間前、アフリカで建造されていたオルコット財閥製アームズフォート『スピリット・オブ・マザーウィル』の一番機がロールアウトした。六脚歩行型のドデカイ移動要塞だか、地上空母だ。詳細は添付した資料を見てくれ。お偉方はこいつを早速動かすらしい。アナトリア半島への侵攻作戦が提議された。現在、マザーウィルはスーダンの工場付近を移動している。だが、エジプトととの国境にフランス軍がわんさかいるらしい。正直、寝起きのマザーウィルだけだと不安ってことか。本来ならこの辺りは西アジアを拠点にするアルテスか、ヨーロッパで大暴れしてるレオネアの領分なんだが、連中は手が空いてないとか何とか言っててな。GA所属のISも北米攻略に出払っている。すまないが支援機は望めない。内容はごく単純、敵を全て倒せばそれでいい。数が多くてちと面倒な作戦だが、見返りは十分に大きいぞ。連絡を待っている』

 

 猟犬は慣れた手付きで出撃の準備をする。すっかりと色の抜け落ちた、白い雪のような髪を棚引かせ、決まった手順で決まった工程をこなし、結果的にやることは変わらない仕事の支度を始める。何も変化も、機体の不調も無い。だが──

 

 『嘗て抱いた願いを封じて、化石を抱いて闘う猟犬よ。君は自らの悪正義をまだ忘れてはいまい。それこそが君の化石。嗚呼、だが哀しいな。いつかそれすら君は薪にするのだろう──』

 

 気持ち悪い。魚の小骨が喉奥に引っ掛かってるようだ。詐欺師のような知人の言葉が妙に引っ掛かる。何か、致命的なことを忘れているような、喪失感を覚える。

 

 開戦から六日目。戦況は企業の圧倒的有利で進んでいる。猟犬はそれに企業側の依頼を受けて介入している。戦果は上々。第七艦隊撃滅に始まり、大量の国家側の戦力を喰らった。猟犬の介入によりGAグループの北米攻略の進捗率は大いに進んだ。中米エリアへ裂く戦力にも余裕が出来たとはGA仲介人の弁。

 

 思惑通りに事は進んでいると言えるだろう。彼の飼い主が目指す『評決の日』への布石は滞りなく打たれている。国家というシステムは崩れ、企業が支配する新たな時代が近付いてきている。正常な戦争。大量絶滅。白亜期に恐竜という地上を支配した生命種が絶えたように、旧き人の枠が淘汰される。星の誕生以来幾度と無く繰り返されてきた霊長の入れ替え。それを限りなく希釈し、人類種の絶滅を除外した間引き。IS登場以前から確定していたいつか来るであろう大闘争の到来。猟犬の参戦はそれを加速させる。

 

 猟犬の瞳はセーフハウスに入った時から一度も色を灯してない。煌々と最奥で焔が薄く揺らめく。誰にも行き先を告げずにここに来た。同僚は勿論、飼い主にも知らせなかった。そういう手筈ではあったが、飼い主もこのセーフハウスの存在と位置を知らない。ある意味、このセーフハウスこそ猟犬本来の自宅とも言える。

 

 もうそろそろラインアークに着いた頃だろうか、と猟犬は飼い主の動向を思う。開戦してある程度国家側の損害が大きくなったタイミングを見て、協力者である轡木十蔵が収めるラインアークへと引きこもるという計画。それまで通りに暗い海の底をぶらついていても良いのだが、飼い主が陸に上がりたいと所望した結果、ラインアークに滞在するということになった。

 

 フライトジャケットのポケットを(まさぐ)り、煙草を探すとくしゃくしゃのソフトパックしか出てこなかった。小さく舌打ちをして、ゴミ箱へ放り投げる。積み上げられた木箱の一つを殴って、溢れたソフトパックをポケットに押し込む。他にもレーションや水、サバイバルキットをザックに入れて拡張領域(パススロット)の中へ投げ込む。時代遅れのコンロで作ったベーコンエッグを掻き込んで、シャッターを上げると眩しい朝の光が射し込んだ。

 

 「最悪だ……」

 

 猟犬は呟くと、飛翔した。八度目の介入が開始される。

 

 七時間後、スーダンとエジプトの国境に敷かれた血と炎と油の絨毯を踏み締めるマザーウィルが確認された。これにより、GAグループの全面的な中央アジア進出が開始される。後にこれはGAとアルテスの深い確執を成す一端へと繋がる。

 

 マザーウィル国境通過の二時間後にはレオネアがフランスを陥落させる。アルテス傘下のデュノアは本社機能を放棄し、国外へ撤退した。ヨーロッパの覇権を事実上、レオネアが握った瞬間であった。

 

 猟犬の八度目の介入を引き金に、国家解体戦争は新たなステージへと突入する。完全に国家というシステムを淘汰し得ていない状態ではあるが、戦況はIS委員会(企業連)とアラスカ条約機構の企業間抗争、二つの大きな巨人──GAとレオネアの対立構造が顕著になっていく。北米と欧州の大西洋を挟んだ緊張状態は、嘗てのアメリカとイギリスの独立戦争を彷彿とさせた。相違点を挙げるとすれば、ブリテン島がアメリカ側の領土ということか。

 

 そして、混迷を極める表舞台に元凶とも言える人物が舞い戻ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 旧IS学園、学園長室。現在はラインアークの盟主たる男の執務室となっている。

 

 高そうな応接用のソファーの座り心地は格別と言える物だった。腰まで沈むような柔らかさのボルドーの革。人によれば落ち着かない者もいるだろう。ソファー以外の物もそうだ。デスクの上のボールペンでさえ見るからに高価であることが分かる。大人の拘りと言ってしまえばそれまでだが、矢鱈と高そうな物に囲まれてはリラックスして話をしろと言われても上手く口が回らない。出されたティーカップがマイセン等という有名な高級老舗メーカーの物であるなら尚更。

 

 「落ち着かないかな?」

 

 「えぇ、まぁ。失礼ながら、楽しく世間話する気にはならないですね。知っての通り、出はしがない庶民ですので」

 

 「歳を取ると金ばかり貯まってしまう。汗水垂らして得た物でも、使い道が見当たらない。元より趣味と言える物が少なくてね。妻も物欲のある方では無い。だからこうして身の回りに気を付けてみようと思ったんだよ。一つ一つの物をより洗練された物にしていく。これが中々どうして、面白くてね。老い先短い身だが、死ぬまでの一点物を探すことに嵌まってしまった。まぁ、まだ若い君には縁の無い話だと思うがね」

 

 「いえ、とても興味深い話だと思いました。先人のありがたい言葉として頭に入れておきます」

 

 そうか、と轡木はカップをソーサーに置いて目の前に座る老成した雰囲気を漂わせる少年、織斑一夏を見た。一夏はカップに口を着けて、紅茶で喉を潤す。落ち着かないと言う割りには、動じていない。視線に気付くと不適な笑みを浮かべて、ソーサーと一緒にカップを置いた。

 

 「俺を呼んだのは束さんの件ですか?」

 

 一夏は両手の指を組んで訊いた。真剣な話をする時の癖だ。しかし、それを知る者はいない。仮面を外した彼を知る者は極端に少ない。

 

 「違う。その件は束君から事前に連絡があった。仮にも私は彼女の協力者だ。ある程度の動向は知らされている」

 

 「初耳ですね。では、どうして俺を?」

 

 「初めて言ったからな。君は警備科の研修は終えたのかね?」

 

 「はい。取り敢えず、警備科と情報管理科で研修を受けました。研修だけで、BCT(基本戦闘訓練)はまだです。今は歩哨任務やりながら、見習いやってます」

 

 轡木は傍らに置いてあったファイルからだったら一枚の書類を取りだし、視線を向ける。紙が擦れる音が静寂を妨げる。一夏はソファーに背を預け、窓の外を眺める。大して眺めも良くないが、することも無いから遠くを見てみる。紅茶もたまには良いかもな。セシリアに紅茶のこと教えて貰おうかな。いや、シャルも詳しそうだな。取り留めの無いことを頭に浮かべては消していく。用が無いなら、帰っても良いのでは?無礼だが、意味も無くここにいても利は無い。

 

 「現在のラインアークの収入源は分かるかな?」

 

 不意に轡木が口を開いた。視線を戻す。

 

 「研究開発、学園経営、教導。それと戦闘業務代行、戦力派遣でしたっけ?」

 

 「前者に関してはこれまで通り、恙無く回っている。後者は現在この業務に着いているのは楯無君のみ。先程、シトニコフからの依頼を終え、ロシアから帰還した所だ。簡単な警備任務だった」

 

 「シトニコフですか。代表つながりですかね。ロシア出身企業だから?」

 

 「恐らくは。私は君に二人目の傭兵になって貰いたいと思っている」

 

 俺が、と一夏。轡木は深く頷く。千冬姉に怒られそうだ、と肩を竦めて笑う。

 

 「君もコアからある程度情報を受け取っているのではないか?シングルナンバーの事も、それなりには知っているだろう。君と白式は現時点で我らラインアークが有する、()()()()()()唯一のシングルナンバーコアだ。力量についても問題は無いだろう。楯無君と合わせた最高戦力と言っても申し分無い」

 

 「随分と持ち上げますね。俺はまだ童貞のガキですよ。それに、我らが千冬姉こそが最高戦力と言えるのでは?俺なんか足元にも及ばない。変に上げられて、犬死にするのは御免被ります」

 

 「最近の若者は裏表が激しくて困る。姉に似ずに、随分と冷めた、シニカルな態度を取るんだな」

 

 「歪んだ欠陥品ですので。気に食わないですか?」

 

 まさか、と轡木は一笑に付す。欠陥品等、珍しくも無いと。織斑一夏の鍍金が剥がれて、本性がどんな物であろうと、織斑一夏の価値は変わらない。

 

 「どうかな?受けてみないか?」

 

 「悪くはない。前向きに考えたいです。でも、絶対に許さない人がいる。それはどうにかしてください」

 

 ふぅん、と鼻を鳴らす。会ったばかりの頃の猟犬に似ている。いや、今もそうか。

 

 「いいだろう。君は君の為に、私はこの楽園の為に。末永く」

 

 一夏は差し出された手を握り返す。食えない爺さんだ。奇しくも、その所感は猟犬と同じ物だった。轡木は手にしていた書類をテーブルに置く。見ろ、と。

 

 「最初の仕事だ。依頼では無い。ラインアークとしての作戦行動だ。さっさと、童貞を棄てたまえ」

 

 書類を眺めること数瞬。へぇ、と呟いて立ち上がる。

 

 「あんた、性格悪いよ。最高に悪いね」

 

 薄く、唇を歪ませて一夏は部屋を出た。

 

 廊下を歩くと、制服を着た楯無と鉢合わせた。おかえりなさい、と一夏が言う。ただいま、と楯無。

 

 「ロシアはどうでした?ボルシチ食べました?」

 

 「不味いレーションで口が死にそう。バジュレイの無人兵器を爆発させるだけの簡単な仕事よ。寒いだけ」

 

 「お疲れ様です。今から報告に?」

 

 「あなたはどうしたの?」

 

 手に持った書類をひらひらと揺らす。楯無はそれを手に取る。眉を潜め、ほんの少し哀しげな顔をする。

 

 「本当にこっちに来るの?今なら戻れる。悪いことは言わないから、やめなさい。ろくな事が無いわ」

 

 「心配してくれてる?」

 

 勿論、と楯無は一夏を見る。可愛い弟分を潰したくない。しかし、一夏はそれを否定する。彼の本質は研磨され、顕になりつつある。その上で彼は求道している。これも、その一環に過ぎない。

 

 「俺はやりますよ。その先に俺の歪みを、空っぽを埋める答があると信じている。俺には闘いが必要なんです。誰が何と言おうとね。好き好んで殺したくは無いけど、必要なんだ」

 

 そう、と短く答えると書類を一夏の胸に押し付けた。暫く俯き、一夏に微笑みかける。

 

 「この後、空いてる?」

 

 「ホームアローンを見るぐらいには」

 

 「じゃあ、付き合いなさい。ご飯食べるわよ。何か作って」

 

 「デート?誘ってる?」

 

 「さぁ?どうかしら。いつからそんなプレイボーイになったの?」

 

 「なっちゃいない。全部口から出任せですよ。また、後で」

 

 手を振って、一夏は自室に戻る。食材の準備をしなければならない。

 

 

 『篠ノ乃家奪還作戦』まで十八時間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 何年ぶりだろうか。リクライニングチェアにもたれ掛かる女性は思う。垂れ目をはっきりと開き、合金製の天井を見つめる。

 

 IS学園よりも前、その人工島が『国際先進宇宙工学開発研究所』という長ったらしい名前の牢獄であった頃から、その地にはいい思い出は無い。自分の為の監獄で、自分の為の箱庭で、自分の為の玩具箱だった。もっとも、求める水準に達していない、使いどころの無い玩具であったが、退屈で人を殺す凶器としては優秀だったとあの島は評価出来る。

 

 何の因果か、その忌まわしい地に再び根を降ろすことになるとは思わなかった。人生、何があるかは分からないが、よりによってあの島とは、と笑う。全て自分の描いた図面通りだが、どうなのだろう。きっと、何もかも変わっている。それは少し楽しみだ。出来るなら自分を守ってくれているあの男と共に里帰りしたかったが、連絡が着かない。暫く連絡はしない、とだけ言って世界中で暴れまわっている。うんともすんとも言わなければ、何処にいるかも分からない。娘も心配しているというのに、どうしようもない父親だ。

 

 大きく身体が傾く。上昇を開始したようだ。もう、目的地が近い。

 

 「束様、もうそろそろです」

 

 「そうだね、くーちゃん。もうすぐだね。着いたらあのトンチキ野郎の部屋を隅々まで漁ってやる。ヘビースモーカーめ、煙草全部捨ててやる。連絡の一つも寄越さない奴にはお仕置きが必要なんだ」

 

 海面から巨大な船体が浮上する。空母二隻分の大きさを誇る潜水艦──我輩は猫である(名前?ねぇよ、んなもん)がその姿を現す。黒い船体の上部が開き、人影が二つ船体の上に立つ。

 

 「クソ忌々しい人工島よ!!私は帰ってきた!!これはお約束だよね!!」

 

 世界一傍迷惑な天才、天災──篠ノ乃束が表舞台に返り咲く。

 

 

 

 

 

 

 

 






 一夏、傭兵やるってよ。


 ・小ネタ


 石井「なんだコレ?」

 『最近、謎の使命感に駆られているそこのアナタ!!その使命感を人類の為に使ってみませんか?急募、抑止力の代行者。勤務条件、応相談。アットホームな職場です。株式会社アラヤ。電話番号──』

 ???(弓)「新入りか?」

 石井「え?」





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Dear moment


 本屋「我が麗しの英雄、我が愛しい親友の義娘ならば、私の義娘とも言えるのでは?」

 猟犬「何言ってんだお前?」



 何言ってんだコイツ……


 ほんへ、どうぞ。


 

 

 

 

 

 

 

 格納庫で機体の整備をしていると声を掛けられた。ふと、振り返ると小麦色に肌を焼いた快活そうな男がいた。

 

 「あんた誰だ?」

 

 一夏が訊く。知り合いでもなければ、何処かで会ったことも無い。

 

 「つれないねぇ。まぁ、声だけじゃ分からないか。デルタスリー?」

 

 「あぁ……HQ……」

 

 そういうこと、と男。脇にファイルを抱えながら、手を差し出した。一夏は握り返す。

 

 「お前さんの担当オペレーターを務めることになった、フランクリン・デズモンドだ。フランクって呼んでくれ。出身は西海岸、海兵隊でEOSに乗ってた。その後、ここに来て警備科で二年、今は電子科でデスクワーク」

 

 「知ってると思うけど、織斑一夏。乳臭い学生で、さっき傭兵になったばかりのクソガキ。右も左も分からないから宜しくお願いしますよ」

 

 「タメでいい。俺らは今からパートナーだ。二番目に大事な、な。お前の一番は勿論、その可愛いお姫様(白式)だ。早速だが仕事の話をしよう。コーヒーはいかが?」

 

 プラスチックのタンブラーを受け取って、無骨なパイプ椅子を広げる。適当な作業大を持ち出して、フランクは脇に挟んでいたファイルを広げた。同じように、ディスプレイを投影して詳細を提示する。

 

 「今回の作戦は要人保護だ。目標は倉持第六生研に拘束されている篠ノ之箒と、その両親の計三名。位置は小笠原諸島付近の地図から抹消された島だ。情管(情報管理科)の話だと、元々はグアンタナモの真似をしたブラックサイトだったらしいが、倉持の役員をやってた国防族の議員が買い取っただとか。全体の戦況としてはGAジャパンと有澤が粗方、国内を制圧しつつある。倉持は篠ノ乃箒を新型に乗せて起死回生を図るつもりだろうが、ここで摘ませて貰う 」

 

 具体的なプランは、と一夏が促す。急かすなよ、とフランクはコーヒーを含む。力んでいるとろくなことが無いぜ?ガチガチに力入れてた同期は俺の隣で脳味噌ばら蒔いて婆ちゃんの所に逝っちまった。一夏(ルーキー)は手先でタンブラーを弄くる。気負いすぎない方が仕事はやりやすい。

 

 「回収用の部隊を向かわせる。お前はお迎えが来るまでに掃除をしてくれれば、それでいい。だが埃一つでも残したらアウトだ。確かに無駄な血を流すのはスマートでは無いかもしれないが、オーダーはきれいさっぱりだ。きちんと塵取りに入れなきゃならない」

 

 「戦力予想は?」

 

 「国家代表と打鉄カスタム、歩兵とEOS多数。各種兵器がより取りみどり。目標建造物に接近する際に、お前には超高速戦闘パッケージを装備して突っ込んで貰う。猟犬も第七艦隊にVOBで突っ込んだ。それのオマージュだ」

 

 「VOBを使う?」

 

 「いや、あれは猟犬専用だ。あんな物使ったらミンチになるぞ。あれよりは幾分か人間が使う物らしくなっている。目標の位置は追って知らせる。初陣だ、派手にやれ。お前の機体は修理以外は金が掛からない」

 

 了解、と短く返して作戦ファイルに目を通す。初陣で国家代表をぶつけられるとは思わなかった。だが、機体は第二世代を弄っただけの粗製。武装も目立って脅威になりそうな物も無い。専用機もあったのだろうが、破壊されたか修復中なのだろう。このパイロットは一度敗走しているらしい。GAのメイ・グリンフィールドと交戦した記録が記されている。こんな事にならなければ、モンドグロッソにでも出てたのだろう。

 

 年寄りは苦手だ、と一夏は笑う。態々、自分に篠ノ之箒を助けに行かせる理由は無いだろう。それ以前に篠ノ之束が滞在するタイミングでその血縁を同じ地に置く必要性が皆無だ。双方、望まないことは明白。老婆心だか、爺のお節介かは知らないが、自分に白馬の王子様の役をやらせて家族関係を修復させようとでもしているのか。今さら、篠ノ之家を握った所でアドバンテージは無いことぐらい分かっているだろうに、パフォーマンスのつもりだろう。

 

 溜め息を吐いて、タンブラーを口に運ぶ。傭兵としての初陣まで十二時間。力むなとフランクに言われたが、然程緊張もしてなければ、上がっている訳でもなかった。失敗するビジョンは浮かばない。良い傾向なのだろうか?

 

 「囚われのヒロインを助けに行く割りには随分と落ち着いてるな、相棒」

 

 「現代っ子は薄情だからね。クールなんだよ」

 

 「幼馴染みなんだろう?」

 

 「まぁ、そうだな、幼馴染みだよ。でも、たかが幼馴染みとも言える。家族と比べれば、劣る」

 

 他人への愛が理解出来ない破綻者。織斑一夏の自己評価であり、真実である。家族と言える人物や一部の人間を除き、彼は本質を見せない。織斑千冬と一部以外のその他大勢に振り撒かれる平等な偽愛。篠ノ之箒も他聞に漏れず、温厚で善良な善き青年としての虚像を現実に見ていた。実直で正義感溢れる朴念仁。そんな織斑一夏など、何処にもいない。

 

 一夏は幼馴染みの顔を思い浮かべる。黒髪のポニーテール。義だの正々堂々だのと、昔堅気な人間だ。端的に言えば不器用。柔軟性が無いというか、その癖美味い思いをしたら味を占める。それでも悪い奴では無いと思う。共にいて不快になる類いの人間ではなかった。だから仕事云々関係なく、助けたいとは思う。普遍的な道徳に照らし合わせて、それが一般的に正しい行動であると判断する。そこに一夏自身の意思は介在しない。

 

 「一夏」

 

 自分を呼ぶ女の声。最も愛する女性の声。一夏は搬入口へ視線をやる。最愛の姉が立っていた。いつもの黒いスーツとヒール。仕事終わりか、視線は鋭い。

 

 俺はお邪魔のようだ。そう言ってフランクは席を立つ。今夜はよく眠れ、と肩を叩き格納庫を去った。姉弟のみが残された。

 

 「束がさっき到着した」

 

 「そう。そりゃあ、良かった。久し振りに話すかも」

 

 一夏はふわりと笑った。無邪気で、屈託の無い、しかし太陽のように眩しい訳では無い笑み。視線を姉からファイルに戻す。然り気無く投影ディスプレイの電源を切る。ヒールを鳴らしながら、千冬はフランクが座っていたパイプ椅子に座った。

 

 一夏が淹れたコーヒーを両手で包み、弟の横顔を眺める。随分とじっくり眺めることの無かった整った相貌。伸ばしているのか、伸びた髪を耳に掛けてピンで留めている。年不相応な色気を纏っている。だが、それだけでは無い。決定的に変わっている、変わってしまった物がある。

 

 「それが本当のお前なのか?」

 

 意を決して、口を開く。目を背けてきた深淵を覗き込む。深淵(一夏)は姉を覗き返す。弟の顏で、弟の声で深淵(一夏)は言葉を紡ぐ。

 

 「あぁ、これが俺だ。誰のせいでも無く、気付けば壊れていた。破綻者だ。他人への愛を理解できない。認識出来る、でも理解できない。好意を向けられた所で、それがどんな物か分からないから返しようが無い。だから理解したい。分からない、気持ち悪い(理解できない)物を理解したい。当然の欲求だ。解を求めている」

 

 「だから戦場に行くのか?そこにお前の探す物があると?」

 

 あぁ、と些事のように一夏は返す。

 

 「ふざけるな!!」

 

 マグカップが作業台に叩きつけられた。広い格納庫には音がよく反響した。

 

 「何故、戦場で答えが得られる?何故、戦場で愛を知ることが出来る?お前が他人への愛を理解できないとしても、戦場に行く必要が何処にある?」

 

 「闘争の先に解がある。そう感じる。この求道の先に、何かが掴めると信じている。あの人(石井先生)は絶対的なハンデを己の意思だけで克服した。適正という分厚い、才能の壁を打ち壊して解を得て、新たな形へ至った。石井先生なら出来た。ならば、俺も出来る筈だ。あの人は才能の差で諦めなかった。ならば、俺も諦めない。解を得るまで諦めない」

 

 「石井は関係ないだろ!!」

 

 「いいや、ある!!あの背中に憧れた!!誰が何と言おうと、あの人は俺の追いかけるべき恒星だ。憧れが踏破した道を俺も征く。辿り着く場所は違えど、俺は俺の望みの為に歩み続ける。諦めなければ、解を得られると信じている。だから闘うんだ。俺は、誰かを愛したいんだ……身体が闘争を求めているんだ……でも、それ以上に」

 

 一夏は千冬を後ろから抱き締めた。突然のことに千冬は戸惑い、身を固くする。一夏は強く、強く千冬を抱き締める。そして絞り出すように、声を出した。耳元で囁かれる、その願いは甘くて、どろどろとしていて、千冬の脳髄を溶かすような麻薬性を持っていた。

 

 「あなたに……千冬姉に報われてほしい。千冬姉はもう十分、闘ったよ。俺を育てて、夜遅くまで仕事して、俺のことを守ってくれて。もう十分だ、十二分に守られたよ。少し休んでくれ。これからは俺が千冬姉を守るよ。俺が千冬姉の代わりに闘う。誰かを愛したい。でも、俺が今、全力で愛を向けているのはあなただ。唯一人の家族なんだ。だからあなたに害を成す物(塵芥)は俺が全部斬る」

 

 腕を離して、搬入口へと向かう一夏。弟の姉への愛はよく効いたようだ。姉としての苦労、苦悩へ報う。姉孝行とでも言うべき一夏の願いは千冬の心臓を掴む。千冬の顔には汗が浮かぶ。恋慕する男は闘い続け、弟もそれに続く。後者、唯一の家族に至っては己がその切っ掛けを作ったような物だ。

 

 「だから、俺は闘うよ。そんなに高尚な物じゃない。金で動く傭兵でも、それぐらいの願いは持ってても良いじゃないか」

 

 格納庫の扉が閉まる。作業台に頭を押し付ける。無力感に苛まれる。人生最大の無力感だ。力が抜けていく。

 

 弟は本当に何処までも闘い続けるのだろう。それこそ、四肢が千切れようとも、修羅に、悪鬼羅刹になろうとも己の願いと姉の為にその身を闘争へと投じ続けるのだろう。 

 

 十分なのはこちらの方だ、と独白する。確かに苦しい時もあった。折れそうになった時もあった。それでもここ迄来れたのは弟のお陰だ。その笑顔と優しさに何度救われたことか。その弟が笑って、楽しく暮らしてくれている。それだけで織斑千冬は報われていた。それなのに──

 

 「馬鹿な弟だ……本当に、教師も教え子も揃って、大馬鹿だ」

 

 力が欲しいと心の底から願う。何処までも闘い続ける馬鹿な男二人を殴れるだけの力が欲しい。職員室で馬鹿な同僚とアホらしい世間話をして、馬鹿な弟の料理を食べて、馬鹿な同僚と一緒に授業をして、馬鹿な弟のドジに共に頭を抱えて。そんな刹那が愛しい。どいつもこいつも闘うことばかり考えて、残される者のことをすっかり頭から追いやっている。石井も、一夏も、束も、滅茶苦茶に掻き乱して、もう戻れない。だからせめて、馬鹿共を殴って、もう一度やり直したい。崩れたならもう一度積み重ねればいい。

 

 その願いに、兎は笑い、蛇は嗤った。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 人が一人もいない街というのは、どうしようもなく不気味さを感じさせる。人の営みがすっぱりと途絶えて、風が路地を吹く。廃墟になったビルには出所の分からない音が響き、何処からか何かが倒れる音が鼓膜を震わす。成る程、ゴーストタウンとはよく言った物だ。

 

 耐弾外骨格(アーマー)を装備したISスーツにHK416を構えた白髪の男──猟犬は亡霊の街を歩く。生体反応は皆無。人一人として、犬の一匹もこの街にはいない。血の一滴も無く、屍の一つも無いままに街は死んだ。発令された避難勧告は正常に機能し、住人をシェルターへと誘った。残ったのは文明の象徴足る鉄筋の塔と脱け殻。

 

 白く照らされる。そう感じる。人の営みが途絶えた街は色を失っていた。瓦礫では無く、舗装された綺麗なアスファルトを踏み締めて命の無い街を歩くのは始めてだった。大体は舗装も儘ならない悪路か、瓦礫や燃える地を歩いて命の途絶えた街へと向かった。今回のようなケースは珍しかった。

 

 嫌味な程に歩きやすい戦場をただ一人、滑稽な程に警戒しながら進むと一つ裏の路地に昼間からネオンを付けるバーが目に入った。Aのライトは切れてるらしく、BとRが煩く点滅していた。年期の入った木のドアは所々に傷が見え、銃痕が一つ補修されていた。ハンドガンに持ち替えて、ドアを引く。

 

 「その物騒な物を下ろしてはくれまいか?」

 

 カウンターに立つ影絵のような男が両手を上げる。紺色のコートに身を包み、髪を黄色のリボンで纏めた胡散臭い知己。猟犬はホルスターにハンドガンをしまって、手近な椅子に腰を下ろした。

 

 「ご注文は?」

 

 「ビールかスコッチ。無ければ、適当で構わない」

 

 「承ったよ、猟犬殿」

 

 マッカランをグラスに注ぎ、ドライレーズンが盛られた皿を出してくる。猟犬はグラスを口に着けて、レーズンを摘まむ。影絵のような男──本屋もワインを味わう。

 

 「猟犬殿、チェルシー・ブランケットがそろそろ裏切る頃合いだが?」

 

 本屋が徐に口を開く。猟犬はちらりとカウンターの向かいに立つ詐欺師を見て、レーズンの皿へと意識を戻す。

 

 「それがどうした?前々から分かっていたことだろう。あれは元から亡霊の側の人間だ。今さら、そんな事を言う為に態々呼んだのか?」

 

 「いやいや、違うのだよ。チェルシー・ブランケットが裏切ることなど私も委細承知だが、私が君を呼んだのは別の理由だ。私としては君と直接会ってこうして飲み明かすことが愉しみの一つでもあるのだが、今回は君に耳寄りな情報を持ってきた」

 

 「相変わらず、回りくどい言い方が好きだな。何だ?」

 

 「これは癖故な。仕方ないのだよ。では、これを」

 

 出される記録媒体。端末に接続して、内容を改める猟犬を眺めながら本屋は続ける。

 

 「私が何故、ここを選んだか分かってくれたかな?ここは君のセーフハウスよりも、あの島に近い。飛ばせば、三時間程だろうか」

 

 「成る程、確かに理に叶っている。だが、セーフハウスにいても間に合ったと思うが?」

 

 「悲しいな、猟犬殿。そんなに私と顔を合わせることが嫌かね?」

 

 「私の他にも友人を作れば良いだろう。別に私に固執する理由も無いだろう」

 

 「違うな、違うのだよ猟犬殿、我が親友。私が真に心の底から敬い、友と認めるのは()()()だけだ。その所以は先日の通話で察してくだされ。私は真にあなたを想い、あなたの英雄譚を望んでいる」

 

 「またそれか……まぁ、良い。お前の交遊関係の狭さは今に始まったことじゃない」

 

 「然り、友など君だけいれば良いよ」

 

 そういう台詞は女に言ってくれ、と猟犬はグラスを空にする。本屋がそこに琥珀色の液体を注ぐ。

 

 誰もいない死んだ街で、男二人はひっそりと宴を開く。猟犬と蛇、互いを喰らわない稀有な組合せは夜の帳が降り、それが上がると街から消えていた。最期の客が帰った街は今度こそ死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 猟犬出撃→ガシッ、ボカッ→敵は滅びたガンマレイ♪すぎて容易に主人公を戦わせられないジレンマ。


 ・小ネタ『面接(強行)』

 ???「魔術の経験は?」

 石井「何ですかそれ」

 ???「あぁ、大丈夫ですよ。経験が無くても、ウチは大歓迎ですから。道具(宝具)も支給されますから、心配無いですよ」

 石井「業務内容って何ですか?」

 ???「清掃です(人類の自浄作用)」

 石井「清掃ですか(ビルの清掃とかかぁ)」


 フロムみをもっと出したいこの頃。


 御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!


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Storm

それにしてもこの男二人仲が良すぎじゃないっすかね^~

一夏君、憧れの先生を取られる。

そんなこんなのほんへ、ドゾ^~


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで、猟犬殿。酒の肴に一つ、小噺というほど面白くも無いかもしれないが、滑稽劇でもどうかな?

 

 いや、なに。こうして静かに飲むのも趣深いが、音楽も何も無く酒を飲むのは少々味気無いと思ってね。君だって、よく映画を見ながら飲むだろう?私も歌劇を肴にすることもある。それと同じだよ。

 

 では、一つ語るとしようか。語り手が未熟なのはどうかご容赦を。

 

 テーマは君とも少なからず縁のある篠ノ之家だ。君の主である束嬢、その妹君であり、君の教え子である篠ノ之箒。彼女らの家族関係について、今回は取り上げよう。

 

 君も知っての通り、篠ノ之家というのは家族関係が複雑だ。両親と妹は束嬢に対して好感は抱いてない。妹君は憎悪すら抱いていたようだ。曰く、家族がバラバラになったから。曰く、愛しの幼馴染みと離れ離れになってしまったから。全て、姉のせい。まぁ、結果だけ見ればそうなのだろう。そこに至るまでのプロセスを、他の者の心情を全て無視して、篠ノ之箒という被害者の振りをする女の供述だけに耳を傾ければ成る程、束嬢は一家離散の大元凶だ。

 

 何?辛辣ではないか?事実であるよ、猟犬殿。君も彼女と接したのなら、篠ノ之箒がどんな人間なのか分かるだろう。それこそ、束嬢に深く関わる君だからこそあれの言葉に違和を覚えるのではないか?

 

 事の仔細はそう大した物では無いのだ。

 

 篠ノ之箒が束嬢を嫌うのは矮小で単純な劣等感から来る嫌悪による物なのだよ。何でも出来る姉への凡庸な妹からの羨望と嫉妬。姉のせいで家族がバラバラになっただとか、姉のせいで家族が迷惑を被っただとか、色々言ったが結局は劣等感を隠すために摩り替えただけの事だ。別に兄弟姉妹間で関係が良くないというのは珍しくも無いが、このケースは過剰に姉を嫌悪している筋違いな例だ。

 

 だが、しかし。ここからが面白い。無知蒙昧たる愚かな妹は姉の真意を知るのだ。姉がどれ程深く家族を想っていたのかをだ。家でどれだけ強く当たり散らそうが、不当に罵ろうがだ。束嬢が彼の人工島に幽閉されている際、家族の自由と安全を保証する嘆願書を書いたのは君も知る所だろう。感服するよ。そこまでされながら、血の繋がった人間を案じ、思うとは。愚かだが、とても素敵だ。

 

 劣等感に苛まれて的外れな憎悪を抱いた妹は姉に謝りたいと願う。だが、嗚呼、全てが遅すぎる。両親も同じ思いを抱く。だが、全くもって遅すぎたのだよ。時は巻き戻らない、束嬢は既に血縁への愛を失ってしまっていた。束嬢は既に君を含めた血縁の無いごく一部の者にしか純然たる興味は抱いていない。人類という種で見た場合は違うかもしれんがね。

 

 では、何故束嬢が愛を失うまでに至ったか。それについても触れていくとしようか。

 

 人の子というのは往々にして、父母の遺伝が影響する。猟犬殿も目元が母似だの、鼻筋が父方に似た等と言う者を見たことがある筈。こんな一般常識についての講釈は置いておくとして、私が言いたいのは外見以外、性格や癖に才覚。そういう部分にも遺伝は影響してくるという事だ。

 

 鳶が鷹を生む、という故事があるがそういったレベルの話では無い。鼠が竜を生んだような、ある種の奇跡と言っても差し支えは無いだろう。明晰な頭脳や超人的な身体能力を持つ訳では無く、お世辞にも飛び抜けた才があるとは言えない両親から篠ノ之束という奇跡(化物)は生まれた。いやはや、全く、あのような凡愚から人類の至宝とも言える頭脳の持ち主が生まれたとは信じられんがね。

 

 束嬢は幼い頃よりその溢れんばかりの才を存分に発揮していた。一を聞いて十を知り、やることは全て人並み以上。明晰な頭脳、他の追随を許さない身体能力、整った容姿。それを鼻に掛けずに分け隔てなく、誰にでも優しく慈しみを持って接していた、と聞いている。

 

 あぁ、だが、ここで疑問が浮かぶ。束嬢の幼少期と現在の性格はかけ離れているとは思わないかね?世間一般のイメージも然り。会った頃も、今もそこまで変わっちゃいない?それは君だからこそだよ、猟犬殿。だがその所感は彼女の根底に善性が根付いているという証明だ。君は真実彼女に愛を向けられているのだよ。何もおかしいことは無いだろう。君は今に至るまで、彼女の騎士を勤めあげているのだから。

 

 哀しいことに人間という生き物は自分の理解の範疇の外にある事象を排斥することがある。知的好奇心と言うほど大仰な物では無いが、織斑一夏のように気持ち悪い物(理解できない物)を理解したいと考える者ばかりでは無い。相互理解を諦め、相手からの愛を跳ね除け、自分の安寧から異物を排除しようとする。もしくは、凡百の規格に当て嵌め、異端の烙印を押し、恐れを隠してハリボテの善意と愛を押し付ける。

 

 簡単なことさ。束嬢の両親、あの凡愚どもは恐怖したのだよ。己の子に恐れを抱いたのだ。余りにも出来すぎた、神に愛されたとでも言うべき子供を異端としたのだ。たかが少し古い程度の流派の剣道の師範と、何も無い女は実に最低なことをしてくれたよ。君とは違う。彼らは愛を与えなかった。彼女の心を凍らせた。彼女が彼らを喜ばせようとしてやったことを彼らは否定し、常識という牢獄へと繋いだ。例えば夏休みの自由研究で簡単なラジコンを作った時、彼らはそれをやめさせて水彩画を描かせた。さぞ、怖かっただろうな。自分たちの知らぬ間に膨大な知識を得て、自分たちの理解の及ばぬ地点へ飛翔していく神童は。

 

 彼らはその陳腐な常識で彼女を人並みに繋ぎ、抑圧した。その反動とも言えるのだろうが、束嬢は我らにも多少以上に縁のある代物──インフィニット・ストラトスを造り上げた。皮肉な事だ。抑圧の結果、彼女は世界を変えてしまったのだから。まぁ、それだけでは無いのだが、それはここではよそう。君も察しは付くだろうからね。

 

 と、長ったらしく語っている訳だがこれもそう大した事では無い。実にあっけないことだ。

 

 彼女は疲れただけだ。傷付けられながら、愛することに虚しさを覚えた。常人より大分遅いが、束嬢は漸く責め苦から解放された。掛け値無しの、無償の愛はとうとう潰えた。喜ばせようとしたことが全て糾弾される環境でよく持ったと思うよ。やはり彼女本来の根幹は聖母のような慈愛で構成されているのだろう。

 

 全てが余りに単純で少し肩透かしを喰らったような気分だろうか?そうか、それは重畳。なに、君を不快にさせるつもり等、毛頭無い。これは君が薪にしてしまった物を復元しているのだよ。どうだろうか?既知感、いや既聴感とも言うべき物を感じているだろう?ふむ、どうやら上手く行っているようだ。

 

 後は君も覚えているだろう。厚顔無恥にも妹は愛しの幼馴染みに追い縋る力、幼馴染みを守れるだけの力、自らが突き放した姉の力を欲し、地に叩き落とされた。その後、倉持の新型機のテストパイロットになると。捨てる神あれば拾う神あり、と言うが正にその通りになったようだ。

 

 ここまで散々に言っておいては説得力等無いかもしれないが、私は篠ノ之箒という人間は嫌いでは無い。実に良い役者ではないかね?劇的だ。己の浅ましさを自覚し、後悔に苛まれ、しかし己の道を切り開く力を求める。そして再びの挫折。既に彼女が取り戻したい物は取り返せないが、彼女が並び立ちたいと思った者はどうだろう?少女は夢から覚めなければならない。辛く、悲しく、されど残酷なまでに美しい現実を生きなければならない。厳しくはあるが、これが法ゆえ仕方あるまい。

 

 む?もっとましな話は無いのか?お気に召さなかったかな、猟犬殿?まぁ、これは前菜のような物だと思ってくれたまえ。

 

 では、こんな話はどうだろう?以前、私が出会った少女の話だ。実に聡明な少女だった。しかし身体が弱くてね、床に伏せる毎日を送っていた。あぁ、私としたことが名を言い忘れていたよ。君も聞いたことがあるだろう。その少女の名はエクシア・ブランケット。今はエクシア・カリバーンか。眠り姫だよ。実にタイムリーなテーマだが、この話は役者が良い。妹を探し彷徨い、亡霊に身を窶した姉は至高だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 地対空ミサイル(GAM)艦対空ミサイル(SAM)の群れが向かってくる。網膜に投影されたレーダーは赤点とアラートに埋め尽くされている。耳の中で反響し、鼓膜にぶち当たって不快だ。一度なら良い。作戦領域に入ってから鳴りっぱなし。いい加減うんざりする。

 

 直撃する物だけを斬っていく。あまり無駄な労力を費やしたくない。フレアもECMも搭載していない機体では回避手段が限られる。外装ブースターを接続した超高速戦闘下ではミサイルすらも置き去りにするほどの速度で目標へと接近する。しかし、僅かなミスが命取りになる。自身が高速で動いていれば、相対的に接近してくる物体も速く感じる。それを紙一重ので回避する。クイックブーストで左右へ回避しながら、右手に雪片弐型を持ち、左手──雪羅の防壁機構を展開する。シールドエネルギーを前面に発生させる障壁。対空砲の弾丸はこれで防ぐ。

 

 ラインアークの保有する空母から発艦して五分。白式──織斑一夏は倉持第六生研から十二キロの地点を飛行していた。予想されていた拠点からの攻撃に加え、情報には無かった艦船──ミサイル駆逐艦からの攻撃を受け、フランクが怒りを顕にしたがそれ以外は特に問題なく作戦は進行していた。いい加減な情報に踊らされた側の一夏はどうでも良いという風な素振りであった。元より圧倒的な物量の前に単騎で突っ込むのだ。艦隊戦だろうが、防備を固めた要塞に駆逐艦の一隻や二隻加わろうが然程変わりは無い。前提が変わってないのだから、今さら増援が来ようがどうしようがやることは変わらない。

 

 『熱烈な歓迎だな。目は回してないな?』

 

 「あぁ、吐きそうだ。鉄とミサイルに愛されてもな、嬉しくないんだよ」

 

 白亜の建物を捉える。予定外の駆逐艦は後詰めの部隊に任せて、目標建造物への強襲体勢を取る。外装ブースターの使用限界は間近。

 

 『パッケージ使用限界だ。パージする』

 

 慣性で進みながら、雪羅の防壁を解除。雪片弐型も拡張領域(パススロット)へと収納する。得物を使うほどの相手はいない。ならば、雪羅のみ(無手)で十分。滞空し、群がるEOSと通常兵器へと左手を翳し、荷電粒子砲を放った。呆気も無い帰結。圧倒的熱量の前に有象無象は成す術無く掻き消される。轟音と極光の先には何も残らない。

 

 腕を振るう、突く、掴んで投げる、殴る。左手が塵殺を為す。ダストトゥダスト。時には蹴り、敵の近接装備であるナイフを持ち主の喉元に突き刺し、屍と離れないEOSを敵にぶつける。もっと合理的に。工程が多ければ無駄が入る。無手だからと言って、それに拘る必要は無いのだ。殴るより落ちてるナイフを投げた方が早ければ、そうしよう。首を折るより蹴った方が早ければ、そうしよう。施設を進めば進むほど敵は増え、沸いて出てくる。ISは最強の兵器だが、無敵ではない。故に無駄を省き、迅速にタスクをこなさなければならない。被弾や機体損傷は出来るだけ避けたい。

 

 歩兵を潰し、対戦車ミサイルを雪羅で裂く。大仰な固定砲台も発射前に接近して、破壊する。気が狂うほど清潔な白で統一された壁は赤のコントラストを描いていた。鮮やかな赤、暗い朱。そして時折壁に付着している身体の一部だった物。

 

 施設の隔壁が降りて、硬化液が放出される。閉じ込めて、機体ごと一夏を固めて殺すつもりのようだ。隔壁で閉鎖空間となった通路で足元と頭上から降り注ぐ粘性のある液体を浴びながら一夏は雪羅を起動させる。

 

 確かにこの状況は危機的と言える。そう、いくらISでも無敵では無いのだ。箱の中で硬化液をぶちまけられ、化石にされてしまえば終わり。パイロットは窒息してしまうし、機体も少なくないダメージを被る。これがセシリア・オルコットなら、凰鈴音なら、ラウラ・ボーデヴィッヒなら無傷では済まない。死もあり得る。しかし、猟犬なら難なく脱出出来る。一夏にはそれだけで十分だった。

 

 雪羅に収束する光。荷電粒子砲。白式唯一の遠距離兵装。膝まで硬化液で固まっても涼しい顏で、充填を待つ。これをモニターしている者たちは嗤っているのだろう。最期の悪足掻きだと。しかし、一夏はその確信を嗤う。何時、俺が諦めたと言った?何時、これが危機的状況だと認めた?耳元で喚くオペレーターも同じだ。俺は諦めても、慌てても、危機に陥っても無いぞ?

 

 網膜に充填率が六割を越えたことが投影される。満タンで撃つ必要は無い。オーバーキルになってしまう。

 

 雪羅から放たれた光の奔流はいとも容易く隔壁を破壊し、進行上にある物を全て焼いていく。初撃とは比べ物にならない程の威力で蹂躙と言うにはやり過ぎな、灰塵一つ残さない暴力。猟犬には遠く、届く兆しも無い。しかし、歪な片鱗を見せるには十二分を越えている。

 

 だが、これでは終わらない。光を放出し続けている左手を一夏は、滅茶苦茶に振り回す。上下に、左右に、三百六十度、駄々をこねる子供のように振り回す。極大の熱量を帯びた光は施設を両断する刃と化す。硬化液は剥がれ、それを放出するシステムも壊れた。目標がいる区画には刃は届いていない。ならば、問題無い。

 

 嘗て猟犬が語った織斑一夏に内在する先天的な争いを忌避する因子は未だに彼の中に息づいている。彼は真実争いを嫌い、善しとはしない。しかし、何事にも例外が存在する。彼は自身の歪みを正しく認識し、己の解を求める求道を開始した。己の行く道、憧れが行く道を踏破すれば求める物を得られると信じている。その先に彼の可能性と答えがある。故に、これは仕方ないことなのだ。彼が殺すのも、たくさん殺すのも、虐殺するのも彼が人並みになる為に仕方の無いことで、彼にはその圧倒的才能があった。その歪さが現出した白い暴力は倉持第六生研を斬り裂いた。

 

 『全く、ヒヤヒヤさせやがって……滅茶苦茶だよお前は……前方よりISが一機。国家代表のお出ましだ』

 

 グレーの装甲と甲冑のような意匠。突撃型(アサルト)ライフルとシールドを構えた打鉄カスタム。近接戦を挑む気はさらさら無いようだった。頬の返り血を拭って、一夏は微笑む。

 

 「戦乙女(ブリュンヒルデ)の弟か……男の癖にやるようだな……」

 

 「そりゃあ、どうも。流行らない思想とシステム(女尊男卑と国家)に殉じて死ぬにはいい日だと思わないか?」

 

 強く出てみたものの、女は内心恐怖していた。決して侮っていた訳では無い。しかし、さすがに国家代表レベルの実力を持っているとは思っていなかった。だが、これはなんだ?目の前にいる男はそんなタマじゃない。織斑千冬の弟だからだとか関係なく、彼が恐ろしい。純然たる格の違いを感じる。勝つためのビジョンが浮かばない。白を朱に染めた左手で貫かれるイメージが頭から離れない。

 

 猟犬が有する圧倒的な経験と直感、それと対を成す圧倒的な才能。織斑一夏が有する最大の武器だ。剣や槍、射撃と細分化されない闘いの才能こそが織斑一夏を実力差を度外視にして格上殺し(ジャイアントキリング)を可能にさせる要因の一つ。単純な実力や練度で言えば、一夏は女に劣るだろう。しかしそれを才能がカバーする。そして求道を止めないという決意。

 

 動くのは一夏(挑戦者)。雪羅に紫電を纏い、爪を輝かせる零落白夜。得物は抜かない。女はシールドを構え、後退しながら射撃を開始する。白式は近接戦闘に重点を置いた機体。最適解は距離を保ったままの引き撃ちであることは容易に想像できる。あの爪が届く前に相手を殺す。女はトリガーを引く力を強めた。

 

 白式の装甲に銃弾が跳ねる。防壁を展開せずに突っ込む一夏はそのまま弾丸の雨を浴びている。シールドエネルギーは凄まじい勢いで減衰し、肩からは銃弾が掠めて血が出ている。しかし、止まらない。余計な回避行動を取っていたら、相手は更に距離を離して一方的に撃ち続けるだろう。それは不味い。元よりクロスレンジや超近距離に於ける一撃必殺を得意とする相棒(白式)にはどうしても分が悪い。地形も屋内で広くは無い。一夏の頭に浮かぶ選択肢は一つだけ。才能があっても無くても関係無い、シンプルな物だった。全力で近付いて殺す。

 

 スラスターでエネルギーを圧縮して放出する。俗に瞬時加速(イグニッション・ブースト)と呼ばれる技術で急加速し、距離を一気に詰める。それは余りにも早く、女は即座に反応することは出来なかった。世代の差、機体の差もが女を追い詰める。マシンスペックで既に女は敗北している。

 

 「ぐッ──!?」

 

 シールドに叩き込まれた衝撃の正体は蹴りだった。急速な加速から繰り出された蹴りはシールドを砕いた。白と朱の斑がシールドの破片が舞う中で見える。右耳に掛けた黒髪と憎悪の欠片も無い謹直な殺意。誰かを殺す為の動き。輝ける白夜。

 

 一閃。右肩から左脇腹へと抜ける紅い線。

 

 「へぇ、存外こんな物か……」

 

 装甲を裂き、肉を斬り、骨を絶つ。甲冑のような装甲は綺麗に斬られ、傷口も一つの美しい軌跡を描いていた。横たわる女を一瞥し、一夏は歩みだす。開いたままの瞼を手で閉じる。

 

 『敵ISの撃破を確認。外でも駆逐艦の撃沈を確認した。卒業おめでとうってか?』

 

 「あぁ、後は楽で良い。人探しだけだ」

 

 『淡白だな。まぁ楽なのは事実だ。三人とも無事だろうな?お前の無茶苦茶で死んじゃいないだろうな?』

 

 「大丈夫だろ。多分」

 

 暫く探索すると三つの生体反応を感知した。分厚い隔壁の先。シェルターだろうか?雪羅を起動させて扉を吹っ飛ばすと部屋の隅に固まる三つの人影を見た。

 

 「あぁ、お久し振りですねおじさん。少し痩せましたか?酷い顔だ。箒もおばさんもやつれてる。ホラ、助けに来ましたから」

 

 目標確保。作戦終了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一夏君、大暴れするの回。

本屋が準レギュラーになりつつある、この頃。

もう、光の亡者タグ付けようかな……。

御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!


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Betrayal


 アルテラァッ!!(サンタお前かよ)

 ファフナー一挙見てホラ胃ズーンしてました。

 そんなこんなのほんへ、どうぞ。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 亡国機業。

 

 その単語が指し示す物を正しく理解しえる者は多くない。ファントム・タスク。亡霊。集団なのか、それとも個なのか。第二次大戦の際、枢軸国、主に第三帝国の生き残りが地下で創設した国家社会主義者の墓場。或いは優生学を都合数世紀以上研究し続ける気狂いの集まり。テンプル騎士団やシオン修道会と密接な関わりを持ち、中世から現在に至るまで連綿と世界の裏で活動し続ける秘密結社。

 

 等と、少し調べれば陰謀論めいた与太話が掃いて捨てるほどに出てくる。この企業が国家を淘汰し、新体制──パックスエコノミカが実現目前と言われる御時世にそういうオカルトに片足突っ込んだ組織がある筈も無い。そもそも、気が狂ったように優生学を研究し続けている者は堂々と陽の下を歩いている。アラスカ条約機構の研究員はそういう類いの人間ばかりだ。

 

 では、全てが与太話の都市伝説なのかと言われれば、それは違う。亡国機業は確かに存在する。ただ、前述の通り、オカルティックな秘密結社でも無ければ、第三帝国の生き残りだとかありがちな小説の設定のような組織でも無い。前身は第二次大戦終結時に発足されたが、組織を構成する人種はバラバラ。白人から黒人まで多種多様な国家、地域から人が集まったとされる。少なくとも物語の黒幕が所属する組織によくある選民意識やそれに準ずる思想は無いらしい。しかし、目的や理念は未だに分からず、謎の多い組織である。

 

 そんな組織にチェルシー・ブランケットは所属している。もう長く籍を置いている。セシリア・オルコットのメイド兼付き人との二足のわらじ。副業であるメイドの仕事をこなしながら、己の目的の為に暗躍する。やりたくも無い子守りとオルコット財閥の力を使った情報収集。鼻息が荒い男に媚を売って得る手掛かり。全ては突然失踪した妹を探すために。偽りの主に、心にも無い忠誠を捧げる毎日だった。

 

 だが、不思議な事にその毎日を悪くない、と彼女は思うようになった。自分を姉のように慕う主が過去の虚像()と重なって見えた。幼くして家族を失い、時折顔を出す後見人と自分しか信用できない。傷を埋める為の家族ごっこ。彼女も幼い主も互いに家族を失った傷をそうして、無意識に舐め合っていた。眠れぬ夜に寄り添い、共に笑い、語り合い、たまに喧嘩して、直ぐに仲直りする。嘗てあった物がそこにはあった。

 

 それでもチェルシー・ブランケットはセシリア・オルコットを裏切る。虚像(二人目)の妹を裏切る。それは避けられぬ決定的な未来であり、現状である。安寧を捨て、実の妹に会う為に偽りの主に銃口を向ける。その決心は揺るがない。だが、彼女の感情は酷く不安定だった。申し訳なさ、後悔、罪悪感、それらは彼女の胸で嵐のように吹き荒び、爪を立てる。善性が悲鳴をあげる。だが、裏切らなければならない。彼女は漸く有力な手掛かりを手にした。彼女の妹──エクシア・ブランケットが失踪する直前に会っていた男。頻繁に病室に訪れていたようだ。容姿は分からないが、名は知ることが出来た。

 

 アーカーシャ、男はそう名乗っていたという。

 

 「ところで、メイドというのは主人に刃を向けるのも仕事なのか?初めて聞いたのだがな」

 

 スライドを抑えて、掴むラウラ。手には九ミリ口径のハンドガン。サプレッサーが付けられた銃身は想定よりも目立つ。メイド服の中に隠しておいた物を抜いた瞬間、チェルシーは身動きが取れなくなった。レーゲンのAICなのだろう。これでチェルシー・ブランケットは誰が見ても、明確に主を裏切った。オルコット財閥次期総帥を殺そうとした。

 

 これでいい、とチェルシーはほくそ笑む。セシリアの驚愕と衝撃の入り交じる表情を見て、満足する。これで自分は妹の不倶戴天の敵になれた。我が儘かもしれないが、殺される相手は自分で選びたい。どうしても避けられない別離なら後腐れ無く行こう。存分に恨み、殺意を乗せて欲しい。いつか、この恥知らずなメイドを殺しに来て欲しい。ただ、まだ死ぬ訳にはいかない。セシリアを殺したくも無い。態々、廊下で、ラウラが近くにいる時に銃口を向けたのはその為だ。

 

 警報のけたたましい音がラインアーク中に響く。しかし、それはチェルシーの行動が起因した物では無い。

 

 『敵襲──海上、第一防衛線が突破されました。保安部職員は直ちに配置に着いてください。代表より、第一種戦闘態勢への移行が発令されました。非戦闘員は直ちに──』

 

 「貴様、これが目的か……」

 

 AICに拘束された状態でチェルシーは口元を歪ませる。引き裂くように口角を上げ、眼帯の少女と元主人を嘲る。

 

 「チェルシー、何で……」

 

 「何で?勘違いしないで欲しいのだけれど、私は元からあなたに忠誠なんて捧げちゃいないの。私は私の目的の為に、あなたに近付いただけだから。勝手に家族ごっこを始めたのはあなたでしょう?」

 

 AICに皹が入る。例えば、人が焼かれてしまうほどに強力な大出力レーダーがあったとして、それに並のECM(電子対抗手段)が効かないように、単純な話として出力の小さい兵装はそれを上回る出力の兵装にはスペック上では勝てない。シュヴァルツェア・レーゲンを上回る機体。第三次欧州連合統合防衛計画(イグニッションプラン)に提出された第三世代前期型よりも後に製造された機体、第三世代中期型。現状、第三世代中期型の開発に着手していたのは旧イギリスとドイツの二か国だ。その一つ、旧イギリスの開発途上のプロトタイプが二機、強奪される事があった。BTシリーズの後発機二機。その姿を顕す。

 

 「ダイブトゥブルー、だと……!?」

 

 ブルーティアーズを継承した紺碧の機体。BT兵装を用いた全距離戦闘を想定し、後方支援機からの脱却、近接戦闘能力を大幅に上昇させたBTシリーズの最新鋭。

 

 碧い光がラウラを掠めた。ハイレーザーライフルによる射撃は壁を貫通し、遠くから炸裂音が聞こえた。着弾と同時に炸裂するレーザー。忌々しくチェルシーを睨み付け、ラウラもレーゲンを纏う。分は悪いが、やるしかない。

 

 天井を突き破り、上昇する二機。ハイレーザーライフルとレールカノンの応酬。それに加え、ビットによる死角からの攻撃をワイヤーにプラズマを纏わせ、落とす。回避行動と照準設定(ロック)、ワイヤーによるビットへの対処。砲戦型のレーゲンで高機動戦も想定したダイブトゥブルーに喰らい付くのは難しい。防戦一方になる。それでも被弾していないのは、偏にラウラの腕の良さなのだろう。

 

 距離が詰められないもどかしさに苦しめられる。ブルーティアーズのように後方支援──狙撃等の支援攻撃に特化した機体構成からの脱却を目指したダイブトゥブルーは主兵装に二丁のハイレーザーライフルを搭載している。高威力のレーザーと計九基の偏向射撃(フレキシブル)。徹底的な引き撃ちにより相対的に距離が離される。後、一機。白式(一夏)RAKAN(シャル)霧纒の淑女(更識楯無)のような前衛機がいれば、押し返せるだろう。しかし、シャルも一夏も楯無も今はラインアークにいない。いない者を宛には出来ない。

 

 AICで機動に負荷を掛ける。拘束することは出来なくても、動きを止めるぐらいの事は出来る。ダイブトゥブルーの速度が落ちる。目標を網膜に投影されたサイトに捉える。装填(ラーデン)発射(フォイア)

 

 僅かに回避されるが、右脇腹を掠める。装甲を破壊する。進行方向へとワイヤーを発射。網を作る。

 

 ハイパーセンサーにロックオンアラート。背後に不明機、六時の方向。ダイブトゥブルーでは無い。スラスターにエネルギーを回す。反転し、敵影を確認する。

 

 現在、ラウラが交戦しているのはラインアーク居住区。幾層にも設定されている都市防衛線、最終防衛ラインの内側だ。つい先程第一防衛線を突破されたというのに、これは些か早すぎる。防衛線への攻撃、チェルシー・ブランケットの裏切りすらもブラフだとすれば、本命は不明機か。経路は海中だろう。

 

 敵機を確認したラウラは溜め息を吐いた。幾らなんでもふざけすぎだろう、と呆れる。蝶の意匠を組み込んだ群青の機体が銃口を向けている。先端には銃剣(バヨネット)。BTシリーズ二番機──サイレントゼフィルスがラウラへ襲い掛かる。

 

 『隊長、ご無事ですか?』

 

 通信が入る。クラリッサだった。

 

 「何とかな。分は悪いが、粘ってはいる。増援はまだか?」

 

 『私を含め、ラファール一個小隊が後三十秒で到着します。第一防衛線付近に展開していた敵性部隊は凰鈴音が対応、撤退を確認しました。居住区の避難も完了』

 

 「早く来てくれ。BTシリーズ後発機二機を一人で相手にするのは、キツイ。連中の目的は分かるか?」

 

 『噂の亡国機業という組織らしいです。収容所への侵入は見られませんので、威力偵察かと』

 

 威力偵察にしては戦力が贅沢過ぎるな、とラウラは独り言ちる。BTシリーズ二機を投入するなんて、潰しに来たと言われても驚かないだろう。さらに、海中を感知されずに居住区まで侵入されたとなると些か不味い事になる。それだけの装備──ステルス侵入パッケージを装備出来るだけの組織なのか、ラインアーク内に内通者がいるか。前者はまだいいかもしれないが、後者は看過できない事態だ。 

 

 気が狂いそうな程のレーザーの檻。絶えず動き続けるビットの射撃を致命的な物以外を装甲で受ける。倍になったビットの全てをワイヤーで処理する事は不可能。手が回らない。ダイブトゥブルーを前衛として、サイレントゼフィルスが後方から狙撃支援に徹する。理想的な機体運用。レーゲンの残存シールドエネルギーは三十パーセント。機体損傷率は六十七パーセント。増援の到着まで二十秒、機体が持たない。

 

 ラウラがべイルアウトを頭の片隅に浮かべた瞬間、ビットの半数が動きを止めた。サイレントゼフィルスからの狙撃も止んだ。停止したビットをワイヤーで叩き落としていく。彼方で爆発音が聞こえた。ミサイルの着弾音。レーダーが新たな機体を感知する。四十八発のミサイルがサイレントゼフィルスを執拗に追尾する。IFFに反応あり、パーソナルネーム打鉄弐式、エンゲージ。

 

 肉薄した打鉄弐式の薙刀──夢現の高周波ブレードがサイレントゼフィルスの銃剣(バヨネット)を削り、火花を上げる。距離を開けるサイレントゼフィルスに肩部のチェーンガンを放つ。その全てがシールドビットに阻まれるが、更識簪は気にも止めない。この程度で終わって貰っては歯応えが無さすぎる。姉には及ばないが、十分強い。

 

 「楽しそうだねぇ、私も混ぜてよ」

 

 無言の蝶。簪は口元を凄惨に歪ませる。面白味の無いパイロットだが、嫌いでは無い。実戦慣れしていると見える。機体のテスト相手には持ってこいだ。何処まで通用するか測らせてもらう。

 

 「隊長、大丈夫ですか?生きてますね?なら良し」

 

 クラリッサたち、ラファール四機もラウラの援護に入る。数的優位が覆された。ダイブトゥブルーに対し、制圧射撃が行われる。レーゲンは後退し、砲撃支援に回る。

 

 「あぁ、そっちのラファール四機とボーデヴィッヒさんはこっちに手出さないでね」

 

 「正気か?貴様一人でサイレントゼフィルスを相手に出来るのか?」

 

 簪の注文にラウラが返す。先程までの戦闘で敵の強さを身に染みて感じたからこそ、単機で挑む簪の暴挙が信じられなかった。勝率はかなり低いだろう。

 

 「正気も何も、ここに正気が一つでもある?あなた軍属だったんでしょ?なら分かる筈だよ。つべこべ言わないで、あの目に悪い蝶々は私にちょうだい。あなたが相手出来る訳ないでしょう?そんな機体じゃあ、死にに行くような物だよ」

 

 「勝手にしろ。死んでも骨は拾わん」

 

 「結構」

 

 視線を、瞳を動かし、羽ばたく蝶を山嵐が追い詰める。ビットを使わせない程に敵を振り回す。荷電粒子砲とチェーンガンでシールドビットを叩く。そして距離を詰める。後方支援機が苦手とする近接格闘。それへの対策として搭載された銃剣(バヨネット)。だが、相手が悪い。夢現の刀身、高周波ブレードは生半可な装甲を豆腐のように容易く斬り裂く。事実、スター・ブレイカーと名付けられたスナイパーライフルのバヨネットラグや、刃は刃零れや損傷が激しかった。

 

 「所詮、機体テストだよ。刺激的にやろうか……」

 

 そう呟いて、膝に仕込まれたニードルガンを発射し、サイレントゼフィルスと離れる簪。眼鏡を外し、拡張領域へと仕舞う。夢現を軽く回して、構え直す。

 

 「サイレントゼフィルス……BTシリーズ後発機……。優秀な機体って話だけど、実戦想定機に試作機(プロトタイプ)が勝てる訳無いでしょ。行くよぉぉぉぉおあ!!」

 

 ラインアーク主権領域内での初の戦闘は熾烈さを増していく。

 

 

 

 

 

 






 簪「これより修羅に入る」

 一夏「分かりみが深い」

 猟犬「修羅……黄金……うっ、頭が……」

 本屋「『Ab ovo usque ad mala.(始まりから終わりまで)

    『Omnia fert aetas.(時はすべてを運び去る)』」


 書いてる時に【修羅残影・黄金至高天】流してたら簪ちゃんが古王になっていた……。



 以下、作者の独り言です。






 皆様、こんにちは、こんばんは、おはようございます。作者です。

 なんだかんだと、実は今回で50話らしいです。評価者も100名。評価を下さった皆様、お気に入り登録してくださった皆様、誤字報告してくださる皆様、いつも拙作を御愛読して頂いてる読者の皆様、ありがとうございます。

 まだまだ書きたい事がたくさんあるので、これからも頑張って更新していきたいと思います。応援してくださると作者が発狂して歓喜に打ち震えます。

 50話ということで記念で何かしら番外編でも書こうかなとか考えたり、考えなかったりしてます。本編の展開が遅いので、もしかしたらそのまま本編垂れ流しになるかもしれませんが。色々、考えてます。日常系ハートフルとか、ぼくの考えたアーキタイプブレイカーとか、石井さん抑止の守護者inカルデアとか。どれも難しくて頭の中で滅茶苦茶になっているのが、現状ですが。

 そういう感じで、次は100話目指してボチボチやっていきます。

 以上、最近、この作品書いてると能力バトル物を書いてる錯覚に陥る作者の独り言でした。

 御意見、御感想、評価お待ちしてナス!!
 


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Dive to swamp


 あぁ^~年末忙しいんじゃあ^~

 そんな訳でメリークリスマスですね、トナカイさん。

 作者サンタオルタからのプレゼント兼今年最後の投稿ですよ。

 難産&多忙でしたのでクオリティは保証しかねるゾ。


 皆様、よい御年を。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やりづらい。

 

 更識簪は段々とそう感じるようになった。闘い辛さというよりは、あと一歩が届かない。決めきれない。機体の相性は良い。夢現の高周波ブレードはサイレントゼフィルスに対して十分大きな脅威である。戦況は簪が優勢と言える。相手の苦手とする接近戦へと持ち込み、押し込めている。敵は防戦一方。

 

 だが、仕留めきれない。致命的な一撃を入れる事が出来ない。攻めあぐねる。銃剣(バヨネット)を用いずに、徒手空拳で攻撃を流し、一瞬を突き拳打を打ち込んでくる。ニードルガンも紙一重で避けられる。無理の無い数でビットを運用し、牽制してくる。守りに入っているものの、止めを刺されないように立ち回っている。

 

 巧いな、と簪は敵を評価する。成る程、確かに強い。相手を過小評価していたかもしれない。しかし、簪の想像とは違った。敵は闘い上手だった。力を以て制圧するのではなく、負けない戦闘をする。現に簪は止めをさせていない。戦況に於ける最適解を導いている。結果的に目標を達成出来なくとも、生存し、撤退の後に作戦を継続させられる選択を選ぶ。熱狂に呑まれない、簪と対極の位置にいる相手。

 

 拳を払う。石突きでサイレントゼフィルスの腹を突く。距離を開けてから、もう一度接近する。ビットを掻い潜り、夢現を振るう。上腕部の装甲を掠め、傷を付ける。下からの蹴り上げを仰け反り、回避する。その場で一回転し、返しに蹴り上げる。サイレントゼフィルスのパイロットの顎に鈍い衝撃が走る。生きているシールドビット一基を展開する。

 

 サイレントゼフィルスにロックオンアラート。ミサイル四十八発が至近距離で放たれる。ブラフでは無い。上空へと急上昇。拡張領域からライフル──スターブレイカーを取り出す。速度を維持したまま反転。スコープを覗き、FCSと同期する。二基のビットも展開する。シールドビットは格納する。後退しつつ、息を吐く。四回、引き金を引く。残り四十三発。一発は外れたらしい。ビットを操作。二発撃墜。残り四十一発。

 

 精度の高い機体コントロールと卓越した射撃技術に簪は目を見張った。最高速下での正確な狙撃。酷く不安定な環境下で七十五パーセントの成功率。安定した状態なら、限り無く百発百中に近い成果を叩き出すだろう。つくづく、やりにくい相手だ。

 

 同時に、クラリッサ・ハルフォーフも焦燥を感じていた。

 

 第三世代中期型に対して第二世代四機とボロボロの第三世代前期型。お世辞にも高機動戦に適性のある編成では無い。ある程度の改修(カスタム)を施しているとは言え、ラファールはマルチロール。汎用機だ。全環境適応型では無く、様々な用途に扱えることを想定した器用貧乏。元より機動戦下でのBT兵装の運用を想定されたダイブトゥブルーには及ばない。機体のスペック、世代差もある。パイロットの技量で喰らいついている。ラウラと同じように。

 

 「敵を動かすな、焦らずに数で潰す。囲うように動け」

 

 レーゲンからの砲撃支援を受けながら、四方を包囲するような機動を取る。ダイブトゥブルーの動きを制限する。拡張領域に抱え込んだ両手一杯の兵装を惜し気もなくばら蒔く。空対空ミサイル(AAM)も、突撃型(アサルト)ライフルも、滑腔砲(ハンドグライド)も撃ち続ける。無軌道にでは無く、進行方向へ弾幕を張り、機動性を削ぐ。地上のレーゲンが発するAICがダイブトゥブルーに絡み付き、更に機動を遅延させる。

 

 ビットがラファールに張り付いて離れない。振り切ることは出来ず、撃墜も難しい。その上でダイブトゥブルーからの射撃が機体を襲う。

 

 『損傷率七十三パーセント……やばいです、大尉』

 

 『こっちは八十二パーセントです。ベイルアウト寸前ですね』

 

 『私はまだ六十二パーセントです。まだまだ行けますよ。隊長なんて飛べないのに、闘ってるんだから、まだ降りられないですね』

 

 「相手も無尽蔵に動ける訳じゃない。一発だ、隊長に一発当てて貰えれば仕留められる。踏ん張れよ」

 

 突撃型ライフルを無誘導弾(ハンドロケット)に持ち替えてクラリッサは叫ぶ。勝機が無い訳ではない。目標は撃墜ではない。撃退出来れば、それで良い。ハードルは低い。

 

 地上から熱源反応。エネルギー兵装。IFFに反応あり。一条のレーザーがダイブトゥブルーの装甲を穿つ。

 

 「チェルシー、私はあなたが何を考えているか分からない」

 

 ビット四基が展開される。ラファールを攻撃していたビットを撃ち落とす。

 

 「あなたは何も教えてくれないのでしょうね」

 

 ショートブレード──インターセプターをパージ。拡張領域の余剰分にラファールに搭載されていたハンドガンを二丁、突っ込む。規格やシステムとの親和性を無視した兵装の追加。

 

 「なら、それはそれで構わない。知りたいし、理解したいけど、それをあなたは望んでいないのでしょうから……」

 

 スターライトmkⅢにマウントされていたスコープを外す。FCSとのリンクを解除、再接続。低倍率サイトとFCSをリンクさせる。

 

 「もう、既に言葉が意味を成さないというのなら」

 

 FCSとのリンクは良好。無理に兵装に組み込んだハンドガンも然程システムに負荷は掛けていない。コンディションは良い。

 

 「私があなたを墜としますわ。チェルシー・ブランケット。ここで、果てなさい」

 

 セシリア・オルコットは腫れた目元に力を入れる。的を睨み付ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 部屋に甘い香りが広がる。苺のショートケーキと紅茶。カップに角砂糖をたっぷり入れて、スポンジを流し込む。飲み込むと、すかさずフォークに刺した苺を口の中へ放り込む。

 

 「うまぁ……糖分は良い文明」

 

 黒いソファーに座り、顔を蕩けさせる女性──篠ノ乃束は普段のエプロンドレスではなく、黒のティーシャツとパンツの上に白衣を着ていた。与えられた自分の研究室に籠り、外の戦闘音を音楽で掻き消しながらケーキを貪る。隣にはクロエ・クロニクル。矢鱈と幸せそうにケーキを食べる保護者に苦笑いしながら、ティーカップにおかわりを注ぐ。

 

 「やっぱ、あれだね。月並みだけど、こう、糖分に溺れるって最高だね。糖分至高天だよ」

 

 「あまり糖分を摂り過ぎると、お身体に障りますよ」

 

 「あぁ、まぁ、でも。それなりに摂生はしてるんだよ?こんなにケーキ食べたのは久し振りだし」

 

 ヘラヘラと笑いながら返す束。溜め息を吐きながらケーキを口に運ぶクロエ。束の不摂生は今に始まったことではないが、自分の保護者は二人してそういう面に無頓着が過ぎるとクロエは考える。義父が最たる例だ。下手をしたら束よりも悪いかもしれない。人の事は面倒見良く世話をするのに、自分のことになると全く気を遣わない。大量に煙草は吸うし、酒も飲む。休日になれば映画を見るか、ゲームをやっているかで一日中外に出ない。定時に帰りたいと言う割には、よく残業をしていたりするらしい。食生活も食堂で適当に取ったり、作っても腹に溜まる物を優先する。どうして人に作る時の細やかさを自分に向けられないのだろうか。

 

 「くーちゃん、今いしくんのこと考えていたでしょ?」

 

 どうしてですか、とクロエ。見れば分かるよ、と束は笑う。

 

 「心配?いしくんとらーちゃんの事」

 

 心配では無い、と言えば嘘になる。とても心配だ。義父は連絡一つ寄越さず、戦果のみが情報として入ってくる。小国を滅ぼせる程の兵力を一人で叩き潰し、翌日には更に大きな規模の敵を塵殺する。息をつく間もなく世界中を飛び回っている。太平洋で闘ったと聞けば、半日後にはアフリカで闘ったと聞く。まともに休んでいないのは確実だろう。心配してもそんな気遣いはいらない、と遠ざけられるのかもしれない。だが、父に無事でいてほしいと願う事は悪いことでは無い。

 

 妹も心配だ。現に、今、外で闘っている。機体の損傷が激しいと束は言う。事も無げに、大したことでは無いようにさらりと言った。実際、束にとっては大したことでは無いのだろう。この状況でシェルターに避難もせずにケーキを頬張っているのだ。何かしらの策は講じているのだろう。それでも、姉としては妹が心配でならない。大きな怪我を負わないか、不利な状況になっていないか。胆が冷えっぱなしだ。何とか平静を装い、時折ケーキを口に運んで不安を隠す。

 

 クロエは頷いた。俯く彼女の頭を優しく撫でる束。フォークを弄びながら中空に視線を漂わせる。白衣のポケットからくしゃくしゃになった煙草のソフトパックを取り出して、テーブルに置いた。

 

 「そうだね。確かに心配だね。私も、少しだけ不安だよ。連絡ぐらいくれても良いと思うし、らーちゃんの機体に色々不備が無いか考えてしまう。らしくないのかもしれないけれど、糖分を取ると落ち着くんだ」

 

 昔ね、と言葉を紡ぐ。カチューシャをしていない束の横顔をクロエは見た。

 

 「昔、今外で闘っている連中とね、いしくんが派手にやりあったんだ。ロシアだか何処かの、北極近くでシングルナンバー機と他三機。四対一だったよ。その時も、今みたいに私に一言だけ言ってそこらをほっつき歩いていたんだけど、それは迎い撃ったんじゃなくて珍しくいしくんが頼んでもでも無いのに自分から打って出たんだ。何でだか分かる?」

 

 クロエは頭を振る。ほんの少し、束の口元が緩む。

 

 「ねぐらを荒らされたんだ。その時、拠点にしていたセーフハウスを潰されて怒ったんだ。笑っちゃうよね。全然、そんな理由でやったなんて思えなくてさ。聞いてびっくりしたよ。眉間に皺を寄せてさ、ねぐらを荒らしたシングルナンバー機を追跡して墜としたんだって」

 

 「それは……」

 

 「いしくんらしく無いよね。分かるよ。私だって最初は反応に困ったもの。でもね、これっていしくんらしいって言えばいしくんらしいんだよね。いしくんって自分のベッドの周りを弄られるの大嫌いらしいんだ。リビングとかキッチンは良いんだけど、ベッド周りだけはどうしても嫌だって言ってたんだ」

 

 クロエはそれを知らない。知る筈も無い。義父には遠ざけられてばかりで、彼の嗜好や癖を詳しく知れる環境ではなかった。部屋に行けば、すぐに何かと理由を付けられて追い出される。義父のよく分からないベッド周辺への拘り等、初めて知った。

 

 「そういう訳で、いしくんにはねぐらには少しばかり拘りがあるんだけど、言い様によってはここもねぐらと言えないかな?」

 

 束が人差し指を下に向けて指す。部屋が衝撃で揺れる。籠ったライフルの銃声が爆発音に掻き消される。

 

 「一度、ねぐらを荒らした連中がまたねぐらを荒らしに来たって知ったら、多分怒るよ。すごく」

 

 外で一際大きな音がした。甲高い、大出力のエネルギー兵装らしき起動音、もしくは発射音。束は優しく微笑んだ。ほらね、とケーキにフォークを刺す。

 

 口内で柔らかなスポンジを咀嚼しながら束は思う。口に出さずに、心の中で付け加える。

 

 ──それに、君たちがいる場所を襲う連中をいしくんは許さないと思うけどね。誰よりも君たちを愛してるんだから。多分、私なんて目じゃないくらいに──

 

 「おいしぃー、くーちゃんも食べなよ。流石に一人でホールは無理だからさ」

 

 「じゃあ、なんでホールで作れって言ったんですか?」

 

 「くーちゃんとらーちゃんの三人で食べるためだよ!!あ、らーちゃんの分も残しておいてね?」

 

 もう、騒がしい雑音は聴こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 サイトのレティクルと紺碧の機体が重なる。トリガーを引く。プルが重い。若干のラグ。システムに負荷が掛かり始めたようだ。回避される。機動を予測しづらい。

 

 ビットが展開される。同数をこちらも展開、迎撃。全弾インターセプト。再びトリガーを引く。やはり回避される。機動性では明らかにあちらが数段上。腕も恐らくあちらに軍配が上がる。マシンスペックも然り。そもそも、機動戦は得手では無い。よくて二流に届く程度だろう。

 

 だが、それがどうした、とセシリア・オルコットはサイトを覗く。二流が一流に勝てないという道理は無い。勝つために足りない物があるなら、他の要素でそれを補え。頭を使え、思考を止めるな、策を講じろ。格上殺し(ジャイアントキリング)なんて大それた物じゃない。計画し、実行し、結果を得るだけの単純な話。しかし、単純故に難しくもある。切り札も、圧倒的な暴威も無い自分に出来るのは簡略化された工程を経て結果を出すことのみ。スコープを覗き、敵を射つ。それと何も変わらない。

 

 状況は不利。(あちら)はそうでもないようだが、こちらが優位性を持っているのは数ぐらいだろう。セシリアの機動を邪魔せずにチェルシーの動きを制限するクラリッサたちをセシリアは高く評価している。素晴らしい腕だ、と称賛を贈る。実戦で鍛えられた一糸乱れぬ連携機動。集団として、部隊としての完成度は舌を巻く。マシンスペックの差に屈せずに、未だに一機も墜ちずに継戦している。これで然るべき機体──専用機をクラリッサに与えたのなら、この状況は全く違う物になっていただろう。

 

 だが、勝てない。クラリッサが第三世代機を駆ろうが自分達はチェルシー・ブランケットを墜とせない。確信する。根拠は無い。酷く不明瞭で、不定形な物。勘がそう告げる。更識簪がこちらに加勢しても恐らくは逃げ仰せる。優秀な戦士であると所感を抱く簪を擁しても、撃墜出来るビジョンが浮かばない。

 

 だからこそ、頭を使え、思考を止めるな、策を講じろ、陥れろ、欺け。高貴なる者に伴う義務(ノブレスオブリージェ)など、ここには無い。確かにセシリア・オルコットは貴族であり、それが付き纏い、それを享受する。しかし、ここにいるのはブルーティアーズのパイロットである、一人の小娘だ。旅を続ける淑女になりきれない少女だ。人生という遥かな旅路を歩む少女は、先を見るために生きねばならない。守る為に、犠牲を払うのも人生なのだろう。納得はしていない。それでも、姉のような人物は少女を裏切り、理由を話すことはない。幼い頃より、長く共に暮らしていたせいか言葉を介さずに理解してしまう。引けない理由があり、彼女が自分に殺されたがっていることを。少女は再び家族を失うのだ。一度目は事故で。二度目は自らが手をかける。

 

 拡張領域からハンドガンをコールする。FCSとのリンクが不完全なせいか、馴染まない。トリガープルが重過ぎてて気持ち悪い。ダイブトゥブルーが反転する。ハイレーザーライフルの銃口が光る。相対し、射線は互いの身体を貫いている。射程も、威力も、精度も、セシリアが勝る者は無い。だが、それで良い。このまま撃ち合えば負けることは明白だが、一向に構わない。セシリアはハンドガンを持つ腕を上げ──

 

 思いっきり投げた。二丁のハンドガンはくるくる回りながらダイブトゥブルーへと飛んでいく。全てが停滞する。その意図を、セシリア・オルコットらしからぬ行動を分析しようと脳が思考を回す一瞬。それがただ一つの光明となり得る。

 

 ダイブトゥブルーのシステムに負荷が掛かる。機体が重い。AIC。セシリアはライフルを構える。レティクルの先は頭。地上のレーゲンが展開する砲身が動く。捉えた。

 

 レーザーとローレンツ力で押し出された砲弾はダイブトゥブルーに着弾した。爆煙が機体を隠す。海中に没さない様子から、まだ生きているのだろう。だが、決して少なくないダメージを負った筈だ。セシリアやラウラはそう想定するが、事は上手く進まなかった。

 

 『敵機健在……いや、何の手品を使ったのよ……』

 

 ラファールの一機が絞り出すように口を開いた。確かに着弾した筈だった。スターライトは装甲を穿ち、レールカノンは装甲を吹き飛ばした。しかし、煙の向こうにはジェネレーターの出力は変わらず、無傷のまま佇むダイブトゥブルー。まるで狐に化かされたようだった。紺碧の機体は輝きを失わずに、セシリアを見据えていた。

 

 防壁か、それとも着弾していなかったか。何らかの不可視の障壁を展開している可能性と、CIWSのような近接防御兵装を搭載している可能性をセシリアは挙げる。否、防壁機構があったとしても、あの瞬間にダイブトゥブルーへと放たれた火力は無傷で防げる物ではない。レーゲンの主砲はそこらの防壁をいとも容易く貫通させる。スターライトも、シールドを抜けるだけの貫通力は備えている。では、近接防御兵装の線はと言われても、否だ。あの瞬間、何かしらの兵装の起動は確認されていない。確かにダイブトゥブルーに動きは無かった。この事から、セシリアは一つの仮説を提唱する。

 

 ダイブトゥブルーには未知の単一仕様能力(ワンオフアビリティ)、恐らく高速修復機構、もしくは装甲の流体金属化が発現しているのではないか、と。

 

 馬鹿馬鹿しい話だ。装甲の流体金属化なんて、一昔前のSF映画のようだ。機体の高速修復だって、どうやっているんだ。与太話もいい所だ。だが、それしか考えられない。頭は冴えている、寝ぼけちゃいない。何故、無傷でいられる?まさか、ワープでもしている訳ではあるまい。

 

 もし、セシリアの突飛な仮説が事実なら、装甲を修復させない程の速度でダメージを与え続けるか、修復不可能な程のダメージを一撃で与えるか。それか、流体化させた金属を一気に焼く。どだい、無理な話だ。そんな出力の兵装は無いし、機体が保たない。状況は混迷の一途を辿る。

 

 だが、この混迷を抜け出すとするなら、何が必要か。セシリアのような策を講じるのも是。簪のように熱狂に酔いしれて立ち向かうのも是と言える。不正解は無い。あらゆる選択が、可能性が、光明へと繋がっているだろう。例えば運の良さもその一つ。天恵だったのかもしれない。暗中模索の闇の中で、赫怒の焔を灯した断頭台と白夜に包まれるという幸運に巡り会えた事は、紛れもなく今日彼女たちの運の良さによる物であるだろう。

 

 もし、影絵のような男が猟犬を呼び出さなければ。もし、初陣を果たした求道者が予備の外装ブースターを持っていってなければ。ラインアークが猟犬のねぐらで無く、彼の義娘たちがいなければ。彼女たちは撃墜されていただろう。

 

 IFFに反応あり、凄まじい速度で交戦エリアへと突っ込んでくる。二機だ。目視で捉える。白と黒。回線が開かれた。

 

 『死にたくなければ、下がっていろ』

 

 酷く掠れた、低い声だった。何処かで聞いたことがあるような、しかし自分たちの知る者とは別人のような声色。

 

 『じゃあ、俺は向こうのを貰いますよ。手、出さないでくださいね』

 

 『勝手にしろ──』

 

 漆黒の機体の背部に搭載された巨大なブースターがパージされ、機体が青白い炎に包まれる。ジェネレーターがオーバーフローしている。エネルギーが溢れている。

 

 展開されたのは形容し難い物であった。無数の棒状の物が夥しく連なり、左右に展開し、三百六十度、全方位に向けられている。そして、それらは上下へ扇状に広がった。その様はまるで、針ネズミ(ヘッジホッグ)のようだった。

 

 その全てはパルスキャノン。十三門が五列。それを左右に展開した計百三十門のパルスキャノンが充填を終える。シュープリスのカメラアイが赭く燃える。

 

 《不明なユ──トが接続されまし──システムに深刻な障害が発生していま──ちに使用を停止してください──不明な──》

 

 規格外兵装──マルチプルパルス

 

 甲高い発射音の後、光が海上を包み、掻き消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 殺意マシマシのSECOM(やべーやつ)乱入。

 居住区でマルプルぶっぱなす猟犬マジ黒い鳥。



 何処かしらのタイミングで猟犬が極大の下衆ポジに負ける→しれっと仲間になっていた本屋が激昂して特効するも消し飛ばされる→千冬姉と束さんも死亡→一夏、夜刀様ルート突入。

 とか考えて、ねーよって一人で思ってました。書ける気がしないです。でも、一夏ニキが亡き猟犬の兵装とか単一仕様能力使ったら燃えない……?


 そんな妄想を垂れ流しつつ、本年度の締めくくりとさせて頂きます。

 改めまして、皆様、良いお年をお迎えください。

 それでは、また次回、来年にお会いしましょう。


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外典:■の細胞


 (本編は)今年最後の投稿。

 嘘は吐いて無いからセーフだね!!あぁ、止めて!!滅尽滅相しないで!!


 そんな訳で、FGO二部の不穏さとファフナー新作のPVの不穏さに吊られて書いてしまった番外編です。まぁ、50話記念も合わせて書いてみました。

 我らが副部長の登場に度肝を抜かれ、暫くピンク髪の女キャラに不信感を持ってしまいそうになる病に罹患しました。


 それでは、番外編どうぞ!!


 一夏君、夜刀様ルートです。


 

 

 

 

 

 此は外典である。本来、訪れることの無い形の滅びを迎えた可能性の果て。

 

 しかし、此は決して無視出来ない可能性でもある。『黒き鋼』が、『全能を騙る者』が。『開闢者』が『戦乙女』が■■■■■■に敗れ、滅ぼされ、彼らが死守してきた『深淵(アビス)』を握られた最悪の枝先。

 

 目を逸らしてはならない。何かを掛け違えれば、世界はいとも簡単にその者に塗り潰される。薄氷の上を全力で走っているようなものなのだから。

 

 狂い哭け、求道者。貴様の末路は───

 

 

 

 

 

 

 

 海に浮かぶ、白亜の残骸。崩れ、滅び、風化しかけている巨大な廃墟。栄華も、営みも、愛すべき平穏も、そこにあった全てが踏みにじられた地。嘗て、ラインアークと呼ばれた自由の楽園は今や見る影も無い。

 

 跡には一人、男が佇む。玉座に座りし、長髪の青年。血の涙を流し、呪詛を吐き、襤褸を纏う。肌も髪も変色し、本来の面影は何処にも無い。

 

 辺獄が王、琳菩。楽園の残骸を、嘗ての宝石の墓標を守護する墓守りの王。彼の眼前には若き新鋭たち。彼を睨み付け、滅びた世界の新生を成し遂げんとする勇士たちの倒れ伏す様が写る。

 

 どだい、勝てる相手では無かった。ここに集まりし勇士たちは救世を掲げた者たち。征伐軍と銘打った彼らは■■■■■■打倒の為、万全を期す為、目下最大の反抗勢力であるラインアークの残党──辺獄を討つ為にこの地へと乗り込んだ。琳菩の配下を打ち倒し、玉座へと辿り着いたが、彼の王の圧倒的な力で一瞬にして戦線は瓦解。部分展開のみであしらわれ、次々と墜とされた。無手で薙がれ、殴られ、突かれた。征伐軍は壊滅。彼らの救世は潰えた。

 

 琳菩は薄く開かれた瞳を地にむける。地を這う新鋭を一瞥し、目蓋を閉じる。部分展開された右腕を格納し、玉座から立ち上がった。息を吐き出し、天を仰ぐ。

 

 「時は満ちた──」

 

 琳菩の両眼が見開かれる。襤褸を脱ぎ捨てた彼に赤雷が纏わり付く。

 

 まず、感じたのは『嚇怒』。

 

 兄貴分であり、恩師であり、友であり、ライバルであった男を殺された。その胸は貫かれ、燃える大地へと墜とされた。彼の友も鏖殺された。彼の骸を貶める邪悪に激昂し、滅しようとして滅ぼされた。深淵の守り人のうち二名が絶え、恩師が守ろうとした叡智の結晶たる女も殺された。八つ裂きに、ばらばらに、原型を留めることなく、殺された。琳菩を愛した者たちも殺された。琳菩に助けを求めながら、涙を流しながらも最後まで邪悪に屈しなかった。共に学んだ友も、教えを授けてくれた先達も、死地を潜り抜けた戦友も、皆、殺された。そして、琳菩を逃がすために殿を務めた最愛の姉も──

 

 嗚呼、何故。何故、彼らが殺されなければならかった?無軌道に破壊を振り撒き、愛しき安寧(答え)を冒涜し、全て奪い去って行った理由は何だ?何故、俺の宝石を粉々に砕き、世を汚染と破滅に染めた?

 

 認めぬ、認めてなるものか。許さぬ、赦さぬ、赦さない、許さない、滅びろ、滅びろ、滅びろ。我が憎悪を知れ、■■■■■■よ。その存在すら許さない。確実に滅ぼしてやる。その罪は重いぞ。我が求道の果てを穢した報いを受けろ。

 

 「許さない。認めない。消えてなるものか」

 

 僅かに生き延びた友人たちと廃墟と化したラインアークに籠り、どれ程の時が経ったか。皆、肉体を捨て、人を辞め、そして消えていった。

 

 「シャル、セシリア、鈴」

 

 名を呼ぶ。もう、何処にもいない彼の宝石たちの名を己に刻み付けるように紡ぐ。

 

 「箒、クロエ、ラウラ、簪、先輩、フランク」

 

 絞り出すように、喉を震わせる。その声色に呪詛を吐いていた頃の負の感情は無い。何処までも真っ直ぐで、曇りの無い声が虚空に流れる。

 

 「本屋、束さん、先生」

 

 数拍置いて、弱々しく最後の名を謳う。

 

 「千冬姉」

 

 血涙を流していた姿は無く、雷がとぐろを巻き、彼の身体に在りし日の機体(姿)が戻っていく。純白の装甲と一振りの刀。背部に広がる都合八枚の赤色の刃。それは本来の彼の機体には無かった物。恩師より受け継いだ、全てを焼き尽くす暴力の具現だ。無垢で穢れを知らぬ、真夜中の雪のような静謐さと古の神話に語られる戦神のような威風を兼ね備える機体。あらゆる障害を一刀の元に斬り伏せた古き守り人が、新生し、顕現する。 

 

 「あなたたちの無念も、怒りも、全て私が背負う。あなたたちの死は無断ではない。その全てを私が晴らそう。あぁ、敗けはしない。勝つのは私だ」

 

 時を経て、完全な復活を果たした守り人は中空を睨み付けた。宣戦布告する。

 

 「感じるぞ、■■■■■■■。貴様の存在を。深淵は近い。もうすぐ、底に到達する」

 

 深淵を握られたあの時から、底への穴は穿たれ、ずっと潜行していた。ネットワークの最奥、電子と量子の無限の大海を肉体と意識を切り離し、底を目指して潜っていた。『開闢者』の残した叡智の全て、世界の全てがある場所。『開闢者』が創り、『全能を騙る者』が改編し、『黒き鋼』と琳菩が守護した極大の拡張次元。

 

 嘗て、深淵へ潜行する為に掛かった時間は大した物では無かった。ほんの少し息を止めている程の時間。体感にして三十秒と少し。だが、今は違う。深淵の主権を握った所有者の力量によって、底の深度は変動する。守り人たちが深淵を守護していた時とは比べ物にならない程の深さに座する怨敵。幾星霜の長きに渡り、潜行し続けてもまだ、辿り着けない。それは敵の絶望的なまでの力を如実に示している。

 

 「私を滅ぼし損なったことが貴様の敗因だ。それを教えてやる。貴様の底を砕いてやろう」

 

 だが、琳菩の瞳には諦念も恐れも無い。彼は一辺の曇りなく、勝利を信じている。

 

 逆巻く雷と粒子が光を増す。深淵に到達すれば、機体ごとそこに引き摺り込まれるだろう。まだ仮初めの肉体も、機体も、物質としてこの世界に存在している。ならば、早く済まそう。懸案事項は早めにクリアさせるべきであると、琳菩は考える。新生し、意識と肉体の結合を済ませた琳菩の思考は明瞭だ。怨敵に滅ぼされ掛けた傷とそれより生じた消耗は皆無。これまでの死人のような、自己防衛の為に纏った何も考えられない程の憎悪の殻を脱ぎ捨てた彼は過去最大の速度で潜行している。時間が無い故に、彼は口を開く。

 

 「なぁ、まだ息はあるんだろう?立てよ。四肢が繋がっているなら、まだ闘えるだろう?」

 

 倒れ伏す人型へ向けて、嘲笑とも取れる笑みを浮かべる。這いつくばる少年を見下し、一見意味の無いように見える挑発を投げ掛ける。

 

 「その程度で救世などと宣っているのか?笑わせないでくれよ、巫山戯が過ぎるぞ」

 

 雷が舞い、周囲の熱が上がっていく。琳菩の赫く淀んだ瞳が燃える。

 

 「来いよ、■の■■■■。お前が立たなければ、私が奴を滅ぼして、深淵を握るぞ?」

 

 瞬間、一つ、動く屍があった。

 

 「まだだ……、まだ、終わっちゃ……いねぇ……」

 

 臓腑が零れ、血が止めどなく溢れる。口元は赤く染まり、肌の色は塗り潰されている。辛うじて四肢が繋がっているものの、到底立ち上がることの出来る状態では無かった。だが、少年は四肢にありったけの力を込める。地を踏み締め、足を震わせながら懸命に起き上がろうとする。

 

 「そうだ、その程度でくたばっているのなら、救世なぞ夢物語に過ぎん。その程度で何が成せる?私の師ならば、その程度の傷で屈する事は無かったぞ?」

 

 「うるせェんだよ……まだまだ、くたばっちゃいねェ……勝手に殺してんじゃねぇぞ……」

 

 艶の無い純黒の機体を纏い、自分を睨み付ける少年に琳菩は懐かしさを覚えた。昔の自分のような目付き、何処となく恩師に似たカラーリングの機体、叩いても叩いても立ち上がる精神。何もかもが幸せだった、在りし日の情景が脳裏を過る。

 

 そうか、と琳菩は一人、胸中で納得する。こいつならば不足は無いだろう。奴を打倒しうる器だ。この少年に付随する要素ではなく、少年自身に対する評価を琳菩は下す。良い戦士だ。義と理想の為に闘う高潔な者だが、師を越え、過去最強と呼ばれるようになってしまった琳菩を越える程の暴威は無いだろう。

 

 『弟君よ、何時か奴の■■■■が現れるだろう。深淵を握るということは、必ずそういうモノを生み出すということでもある。その時は──』

 

 『全能を騙る者』の最後の言葉を回顧する。漸く現れた待ち人。器量は十分。気に入った。だがやはり、少しばかり力が足りない。故に、揉んでやろう後輩。今のお前では些か心許ない。老害になった自分に出来るのはそれぐらいなのだから、と琳菩は口角を僅かに吊り上げる。

 

 少年は本能で察知してしまう。眼前に佇む男の出鱈目さを感じ取ってしまった。一騎当千の征伐軍を片手で全滅させた古き守り人の完全なる姿は見る者に言い知れぬ重圧を掛ける。視線一つで内臓を潰されるような圧が身体を襲う。位階が違うのだ。自分たちと立っている場所が違う。雲泥以上、食物連鎖の最下位に座する生物と空想上、神話の修羅神仏程の差があると言っても過言では無い。

 

 「嘗めてんじゃねぇぞ、てめぇが本気出したぐらいで俺は倒れねぇ。倒れてたまるか。俺は止まれねぇんだよォ……!!」

 

 息を切らし、焦点の合わない目を見開いて少年は叫ぶ。恐怖?痛み?そのような雑念を打ち捨てて、腹の底から吠える。強がりでも虚勢でも無い、自分の勝利を信じ、覇を貫く男の矜持。勝つのは当たり前。勝たねば、幾人もの民をこの末世から救えない。見たところ、征伐軍の仲間は皆微かに息がある。手加減されていたかは兎も角、僥倖だ。

 

 静かに少年を見る琳菩に揺らぎは無い。機体のコアから流れてくる情報を読み取り、敵を分析する。少しずつではあるが、少年の傷が修復されていっているようだ。血中に治療用のナノマシンを仕込んでいる訳でない。コアが少年を生き永らえさせようとしている。大した可能性だ。単一仕様能力でも、コア特有の物でもなく、意思として早期の段階──人格形成以前からパイロットを生かそうとしている。

 

 やがて、機体を光が包み、損傷すら修復されていく。

 

 「大した啖呵だ。だが、それだけか?何の為に進む?私を倒し、この地を荒らしてでも成し遂げるべき理想があるのか?語ってみせろ、塵が」

 

 「てめぇを、ぶっ倒して皆を救う。俺の後ろで倒れてる奴らも、何も知らずにこの世界に苦しめられている奴らも、全員だ。だから、そこをどけ老害。もう俺たちの時代だ、てめぇがのうのうと居座って良い時代じゃねぇんだよ!!皆が心の底から笑える世界を、こんな冷てぇ世界じゃなくて、暖けぇ世界を作るんだ!!」

 

 「ほう、出来るのか?貴様に私を倒せると?道化としては優秀なようだな。ならば、証明してみせろ。貴様が真に奴の握ったこの世界で例外であるとするならば、出来る筈だ。私の師を越える資質の持ち主ならばな……」

 

 だが、と琳菩は続ける。背部に広がる刃が少年へと切っ先を向ける。

 

 「勝つのは私だ。醜悪な■の■■■■である貴様に、この地を渡してなるものか──!!奴を滅ぼし、深淵を握るのは私だ!!」

 

 「勝つのは俺だ。もう悲劇は沢山だ。皆が少しでも幸せを享受出来る世界を!!元凶をぶん殴るのは俺だァッ!!」

 

 憎悪にまみれ、誇りを捨て、化物に堕ち、ありとあらゆる物を破壊したかった。何もかも失い、心も枯れ、穢れの塊になってしまった。嘗ての思い出も磨耗が進み、時たま思い出せなくなることがあった。それでも、心の片隅にこびりついて離れなかった物があった。

 

 彼が愛し、彼を愛した者たちは差はあれど皆、人を愛していた。個人、人類問わずに大小あれど、彼らは確かに愛していた。

 

 『いっくん、私はね。人類はそう捨てた物じゃないと思うんだ』

 

 『弟君よ、その価値観には千差万別、人それぞれの解があるが、私は人類種という総体は愛すべき物だであると思っているよ』

 

 『一夏君、私はそんなに高尚な思想等持ち合わせていないが、クロエとラウラは愛しているよ。義理とはいえ娘だ。大きな括りで見た種への愛なんて、あいつじゃないんだ。明確な物は持ってないと言っただろう?あぁ、でも君は好ましく思っているよ』

 

 『一夏、私は人は愛すべきだと思っている』

 

 「だから、ここに生き恥晒してるんだよォッ!!もう、誰も居なくなってしまったこの世界でなァッ!!」

 

 だから次代に繋げなければならない。彼らが愛した世界を廻さなければならない。自分では相応しく無い。やっと訪れた終わり。最期なんだ。派手に行こう、盛大に。多少、壊しても許してくれるだろう。説教なら後で受けよう。姉に正座させられ、恩師に苦笑いされ、恩師の雇い主に姉を宥めて貰って、友人たちとそれを笑い話にしよう。嗚呼、だから──

 

 「改めて名乗ろう。辺獄が王、琳菩。力の差を教えてやるから掛かって来い、新鋭!!この先は言葉等不要。力こそが全てだ!!」

 

 見せてくれ、お前の力を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■■■■■■の座する深淵へと長きに渡り潜行し続け、断続的に攻撃し続けた琳菩。その影響は少なくなく、深淵の最大稼働を妨げる一因となり、救世が成される一助となった。

 

 狂い哭け(歓喜せよ)求道者(織斑一夏)。貴様の末路は英雄だ。

 

 

 

 

 

 此は外典である。本来、訪れることの無い形の滅びを迎えた可能性の果て。

 

 しかし、どんなに最悪の結末を迎えても、必ず希望は残っている。

 

 正史は今日も廻り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 モッピー知ってるよ。この後、外典主人公と『まだだ!!』しあって、覚醒合戦するんでしょ?

 という訳で前回の後書きで書いた一夏君夜刀様ルートでした。

 まぁ、年末なので頑張って書きました。少し時間も空いたので。


 それではちょこっと解説を……


 外典と銘打っている通り、このルートには絶対に入りません。何処かで何かを掛け違えた場合、最悪の結末として猟犬が死にます。

 まぁ、トンチキがそんな簡単に死ぬわけ無いので、そこからまずおかしいです。どうせ、まだだ!!って言って覚醒するし……。最悪、某ウルトラトンチキみたいになるので。主人公最強は伊達じゃない。

 外典の世界は一度滅んでいます。ACVDよりもヤバいです。コジマ汚染と核汚染で居住出来る場所は極端に少ない感じです。

 地下潜ろうぜ→地下も汚染始まってます。

 クレイドルは?空なら……→汚染が(以下略

 宇宙行こうぜ→宇宙関連はロストテクノロジーになりました

 地上は→ヒャッハーがたくさん

 ですが、全部が全部本編に関係無いという訳では無いです。これからの本編に大きく関わってくる設定や、単語も沢山出てます。大分ばら蒔きました。これまでも結構ヒントや、こういうのを所々に仕込んできたので、そろそろ結構な数になって来ているという。暇な時、色々想像して考えてくれれば暇潰し程度にはなるかもしれないし、ならないかもしれない。


 そんなこんなの番外編でした。これで多分本当に今年ラストです。

 ではまた来年、御会いしましょう。

 




 夜刀様かっこよすぎて、もうダメな作者でした。

 


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Ghost in the Ash

 明けましておめでとうございます。

 本年度もこのふざけた名前の作者と拙作をよろしくお願いします。


 

 

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、見慣れた天井が目に入り、少し遅れて眩しさを感じた。

 

 ベッドを降りて手頃なティーシャツを着て、姿見の前に立った。代わり映えのしない、眠気が抜けない惚けた顔が写る。寝癖が付いて、襟足が跳ねている。それを手で撫で付けて直そうとするが、随分と頑固な癖のようで中々落ち着いてくれない。

 

 寝室を出るとリビングから水道の流れる音と良い匂いがした。芳ばしい薫りが鼻腔を擽り、腹の虫を鳴かせた。

 

 「おはよう」

 

 廊下を進み、リビングのドアを開けるとあの人がフライパンを振っていた。髪を一つに束ねて、ベージュのエプロンを掛けている。彼女は俺を見るとふわりと笑って挨拶をした。俺も漸く慣れ始めた不自然でない笑顔を浮かべて挨拶を返す。顔を洗い、歯を磨いてテーブルに座るとコーヒーの入ったマグカップを彼女は出す。テーブルの上にはベーコンとホウレン草のソテーにポーチドエッグ。それとトースト。

 

 「起きるの早かったね」

 

 「そうかな?今、何時?」

 

 「十時」

 

 トーストを口に運びながら俺は訊いた。水曜日の午前十時。まぁ、そんな事もあるだろうと咀嚼を続ける。昨夜はずっと彼女と交わっていた。シャワーは後回しで良い。それよりも腹が減っていることが勝った。家には誰もいないし、親はもういない。妹は修学旅行で京都にいる。俺が何処にいようが文句を言う奴は近くにはいなかった。

 

 「学校はサボりだな。今日はここで何か手伝うよ。それより、そっちこそ大丈夫なの?今日って定休日じゃないんじゃないの?」

 

 「あぁ、大丈夫だよ。今日は定休日なんだ。午後に業者に来てもらう予定になっているんだよ。昨日言っただろう?ちょっと、ガス周りの調子が悪いって」

 

 「じゃあ、今日は二人でサボりだね。俺の学校も、この店も」

 

 「少しは真面目に学校に行けば良いのに」

 

 「寝坊したんだから、仕方ない」

 

 ポーチドエッグにフォークを立てると白身が割れて中からどろりと黄身が出た。ホウレン草に黄身を絡める。そこにベーコンも添える。何となしにやった組合せだったが、口内に塩気と濃厚な黄身の旨味が広がって、言い知れない充足感に満たされる。

 

 ふと、顔を上げると彼女が笑みを浮かべながら俺を見ていた。食事の手を止め、満足気に、気持ち悪いほど嬉しそうに俺の食事を眺めている。食事の様子を熱心に観察されて喜ぶ趣味は俺には無い。しかし、ここまで気分良さげにされると気になる。

 

 「どうかしたの?そんなにニタニタしてさ。何か顔に付いてる?」

 

 彼女は頭を振る。束ねていた髪を下ろしながら、俺から目を逸らさない。そう馬鹿みたいに凝視されると、こちらが恥ずかしくなってくる。だがきっと、彼女はそんなことは考えていないだろうし、もし考えていたとしても御構い無しに俺を見続けるのだろう。彼女はそういう人間だ。

 

 「いや、随分と美味しそうに食べているから。そんなに笑って食べられると、作った方からすれば嬉しくなってしまうよ」

 

 「確かに美味しいけど、俺、笑っていた?」

 

 「うん。綺麗にね。らしくなってきたんじゃないかな?」

 

 「そうなのかな……?」

 

 コーヒーを一口飲む。白いレースのカーテンの向こうは光で真白く塗り潰されている。音は無く、照明も付けずに、無垢な日光だけが俺たちを照らしていた。ほんのりと暖かい、午前の日溜まりに埋もれながら自分の変化を思う。

 

 「笑っていたんだね、俺は」

 

 「うん」

 

 彼女は変わらず微笑んでいる。俺も微笑み返す。ぎこちなさは抜けていただろうか?不自然では無かっただろうか?若干の不安を持ったまま浮かべた笑みはどうやら問題は無かったようだ。彼女は俺の手を握ってくれた。祝福してくれているのだろう。何も言わずとも、伝わる暖かさがそれを教えてくれる。

 

 きっと、俺は何かを取り戻せたのだと思う。何処かに置いてきてしまった何かが一つ、俺の中に帰ってきた。或いは欠陥を補填したか。外付けしたのか、復元したのかは分からないが、兎も角胸の奥がとても暖かった。外から伝わってくる物ではなくて、自分の内から熱が灯ったような暖かさだった。

 

 ありがとう、と口を動かした。喉を震わせた。心の底からの言葉であったと言える。彼女は自分は何もしていないと謙遜していたが、彼女のお陰で俺は自分の歪みを認識して、直そうと思うようになったのだから。でも、彼女は何でも俺の成果にする。慎ましいと言うか、自己評価が低いと言うか、短所と言うには些か日本人らしさが現れる物だった。

 

 「ねぇ、今度何処か遠くに行こうよ」

 

 「遠くって?」

 

 「分からない。だけど、君が行きたい所に行こうよ」

 

 「行きたい所ねぇ……思い付かないな」

 

 「ゆっくりで良いよ。時間は沢山あるんだから」

 

 唐突に出された提案に少し驚いたが、考えても行きたい場所なんて思い付かなかった。何処か遠くという曖昧な表現のせいもあるのだろうが、今いる場所を離れて何処か違う場所に行くというイメージがどうしても浮かばなかった。

 

 あぁ、でも、結末は知っているような気がする。

 

 俺は逃げたんだ。全部放り捨てて、独りで遠くへ行った。手の届かない場所へ、自分を跡形もなく変えて、見つけられないように。

 

 あの小さな日溜まりは無くなったんじゃなくて、俺が粉々に砕いたんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開くと、学園の大分近くまで来ていた。VOBの使用限界も近い。

 

 レーダーに写る友軍反応。白式、一夏君だ。

 

 一瞬、目を瞑っていただけだが、夢を見ていたような気がする。何処か懐かしくて、帰りたくて、酷い罪悪感に苛まれるような物だったと思う。内容は覚えていないが、白昼夢にしては夢見が悪い。思えば、随分と夢なんて見ていない。

 

 だが、()には関係の無いことだろう。そう決めつけて、自分に言い聞かせる。

 

 でも、何故だろうか。胸の奥がほんのりと暖かい。

 

 「会いたいな……■■■」

 

 自分の発した言葉が不思議と遠くから聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 ラインアークに雨が降った。

 

 空は鈍色に染まり、波は高く、防波堤にぶつかって砕ける。急に降り出した雨の勢いは強く、窓に雨水がぶつかる音がやけに響く。何も音の無い部屋には尚更だ。

 

 そんな天気の中、石井は久し振りに戻った自室でキッチンに立っていた。にんにくを微塵切りにして、ブラックオリーブもスライスする。濡羽のような伸びた()()をピンで束ねてフライパンにオリーブオイルを引いていく。

 

 あの後、結果は陳腐極まる、肩透かしを喰らったような物だった。マルチプルパルスの閃光が晴れるとダイブトゥブルーもサイレントゼフィルスも消えていた。撃墜したという訳では無い。それは石井が何よりも理解している。手応えが無かった。何らかの方法で離脱したのだろう。石井が到着する前にも似たような不可解な現象が起きたらしい。それ絡みなのだろう、と石井は思考を完結させた。

 

 被害は然程大きな物では無かった。居住区までの侵入を許し、大規模な戦闘が発生したとはいえ、死者はゼロ、施設への被害も軽微な物だった。不幸中の幸いなのか、敵の計画の内かは定かでは無いが、直ぐに復旧し平常通りの生活が出来るというのは喜ばしいことである。

 

 人員の被害も想定より大幅に微細な物に留まった。ラウラは機体をオーバーホールに出し、医務科で精密検査の最中だ。クロエが付き添って、二時間程で終わると石井は聞いた。一夏は輸送機の護衛に戻り、応援に簪が出た。元より輸送機内の要人の安全の確保の為に一足先にラインアークまで一夏は飛んできた。仕事は終わっていない。簪は獲物を取られたとぼやき、一夏に噛みついていたが、本気では無い。依頼された仕事の重要性や優先性は簪も弁えている。

 

 鯛をフライパンに入れる。焼き色が付くまで軽く焼いていく。じっくりとキッチンに立つことが懐かしく感じる。現状として、国家はほぼほぼ解体されたと言っても過言では無い。石井が参戦したことで戦況は急激に進み、半月足らずで世界の統治システムは変革された。本人はそんなことは頭の中で一欠片も考えておらず、ただただフライパンの中の鯛を見つめている。

 

 白いレースのカーテンの向こうは灰色の淀んだ世界が広がっていて、照明を付けていない石井の部屋は薄暗い曇天のような重さを漂わせていた。雨がガラスを叩く音だけ。冷たい部屋。

 

 鯛を裏返しにした所で鍵の開く音がした。誰にも合鍵は渡していないが、宛はあった。スリッパが床を引き摺る音が近付いてくる。そのリズム、歩調を石井は知っていた。

 

 やがて彼の首に誰かの腕が絡み付く。甘い香りが鼻腔に侵入し、彼女の存在を嫌が応でも知らせる。肩に力が掛かる。強く抱き締められた。

 

 「久し振りだね、いしくん」

 

 「あぁ、久し振りだな。元気そうで何よりだよ」

 

 「そう見えるのかな?なら、まぁ、私は元気なのかな」

 

 白衣を着た女──篠ノ之束はふわりと笑みを浮かべた。不自然でない笑顔、しかし自然とも言えない。何処かぎこちなさが垣間見える笑み。それが束が石井といる際に浮かべる篠ノ之束本来の笑顔。

 

 「相変わらず不器用な笑い方だ。気を抜くと、本当に君は間抜けというか、何と言うか」

 

 「え、そうかな……?大分、ちゃんと笑えるようになってきたと思ったのに」

 

 「でも、悪くはないさ。綺麗な笑顔ではある。以前の笑い方を知ってる身からすれば、という話だ」

 

 少しむくれたような表情を浮かべ、束は石井の腕をつねった。顔色一つ変えずに調理を続行する石井を見れば、大して効果を得られなかったことは明白だった。額を小突かれ、引き剥がされる。石井は戸棚から出したワイングラスに白ワインを注ぎ束に渡す。これでも飲んで待ってろ、と。

 

 石井の傍らでグラスを傾けていた束は何かに気が付いたように、フライパンに水を注ぐ石井の髪に触れた。柔らかな黒髪。悪くない手触り。だが、何かが違う。そんなぼんやりとした違和感が束の胸に沸き上がる。

 

 「髪、染めたの?」

 

 石井は腕を止めずに、肯定する。

 

 「白髪が生えてたんだ。だから、少しね。驚いたよ。若白髪なんてさ」

 

 「そうなんだ」

 

 「何で分かったんだ?」

 

 「何となくかな?確かな理由は無いよ」

 

 ふぅん、と石井。すごいな、まるで探偵だ。そう笑いながら束へ視線を向ける。自然な笑みだった。彼のそれは万人が好意的な感触を得るであろう。落ちてきたシャツの袖を捲り、向かい合った。

 

 石井という男の笑顔。束にとっては久しく見ていなかった彼女を彼女と認める外付けの自己承認装置。眉を下げて首を少し傾げる石井を見る。灰色の部屋に写る一つの色彩。黒いシャツと黒い髪。白衣と茜色の髪。救われてきた笑顔。どうしようもなく溺れてしまう。息が出来ないほどに。

 

 「何を作ってるの?」

 

 「アクアパッツァだよ」

 

 「みんなで食べるの?」

 

 「私は食べないよ」

 

 「どうして?」

 

 「仕事が残っているんだ」

 

 「じゃあ、どうして作ってるの?」

 

 「君と、あの子たちの夕飯さ」

 

 蓋を開けると湯気と共に食欲を誘う香りが立つ。スプーンを口に運ぶ。石井の口元が緩む。味に問題は無かったらしい。ほんの僅かに塩と胡椒を振る。それを束はただ見ている。仄暗いキッチンで石井をじっと見ている。晴れない心と、欠片ほどの不信が胸を刺す。石井の姿が影に溶けていく錯覚を見る。背中が冷たい。

 

 鯛と貝。オリーブにプチトマトとブロッコリー。にんにくとオリーブオイルの香り。そしてタイムやイタリアンパセリらの香草。部屋とのコントラストが激しい夕飯が出来上がる。石井は出しておいたバゲットを切り、皿に乗せた。皿とフライパンをテーブルに運ぶとエプロンを解き、ソファーに掛けていたジャケットを羽織った。

 

 「ラウラの検査が終わったら食べてくれ。そろそろ、終わる筈だ」

 

 ネクタイを締めながら石井は言う。日は落ちて、部屋には光源は何も無く、目が慣れなければ何も見えなかった。ぼんやりと浮かぶ人影に束は訊く。胸を刺す棘を、石井に投げつける。

 

 「ねぇ、いしくんはさ。あなたは、私を見ているの……?」

 

 ──私の後ろに誰を見ているの?──

 

 声は震えていた。石井は束を見た。認識した。

 

 「おかしなことを言うな」

 

 そして笑った。

 

 「()は君を見ているよ。侘葉音(たばね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 早足でしたが、こんな感じです。

 だらだらと戦闘シーンを書く気は無かったので、スパッと終わらせました。(何よりも描写が下手だからとは言えない)
 
 あっ、そうだ。(唐突)

 最近、ハイスクールD╳Dの二次創作書き始めました。光の奴隷が好きな方は是非。(ダイレクトマーケティング)



 以下予告














 



 ──対価を支払いたまえ、その先に貴方の新生を言祝ごう──



 国家解体戦争。企業による新たな秩序の創成。古き機構は跡形も無く淘汰され、世界は新生を果たそうとしている。


 言うなれば、正常なる闘争。人類が有史以来連綿と続けてきた支配体制の変換。此もその一つに過ぎない。字面や情報で伝え聞くスケールが幾ら大きくとも、あらゆる面でこの戦争も小さな血溜まりでしか無い。


 しかし、時計の針は確かに進んだ。終局への道程はまた一つ縮まった。


 では、次は?正常なる闘争と終局の狭間にある空白を埋めるモノ。其は残滓なり。


 次なる闘争は逆行する物である。流れに取り残された遺物。嘗て忘却の彼方へと追いやられた亡霊の逆襲。雄弁なる扇動家は革命を御旗に幼き世界を惑わせる。マイナスへの回帰。平和の名の元に、未だ、立つ事も出来ぬ新たな秩序を破砕する試み。


 さぁ、終わらぬ闘争を。欠片すら残らぬ大絶滅の前夜祭を。この世界の新生を祝う狂宴を。


 『忘却焼失闘争編』


 心したまえ、彼の者に護られる者らよ。彼の心に安らぎなど、この地に生を受けてから一度たりとも訪れたことは無い。


 その新生に万雷の祝福を贈ろう、我が愛しの英雄よ。


 鋼に成り果てよ、猟犬。その末路こそ、貴方の祈りなればこそ。


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Fly me to the paradise

 前回の感想で不穏だみたいな奴が多かったんで、今回はラブコメ全開だぞ!!


 さぁ、砂糖を吐け!!


 お前らの待ち望んだ日常回だぞ!!


 

 

 

 

 

 

 

 誰かの夢を見ていた。

 

 暗い。暗い何処かをひた走る誰かの夢を見ていた。じめじめした陰湿な熱帯雨林のような、夜風が身体を震わせる砂漠のような、誰もが物言わぬ骸に成り果てた街のようにも見える真っ暗な場所だった。

 

 闇に紛れる色のシャツの上にチェストリグを着けただけの軽装備でカービンを握り締め、サングラス越しに見える光の無い眼を目深に被ったキャップで隠す男が地を蹴る。何かを追い掛けて、何かから逃げている。後ろを振り返らず、遠い、影すら見えない何処かへ向かっている。そうやって自分の存在を変容させてしまおうとしている。

 

 顔つきはまるで違う。目付きもこんなに虚無感に満ちた物では無い。こんな機械のような、生きているだけのリビングデッドのような人では無い。しかし、確信出来る。この人はいしくんなのだ。私を守ってくれる傭兵、私に料理を作ってくれて、私を私として見て、叱ってくれて、認めてくれる人。優しい海みたいな人だ。

 

 いしくんは血だらけだった。肩から流れる血は止まらずに滴り落ち、返り血はシャツを汚していた。それでも表情一つ変えずに、声を漏らさずに走り続けている。ゼンマイを回した玩具のように、壊れたラジコンのように。時折蠢く影へと引き金を引き、淡々と影の息の根を止めていく。まるで人形。優しさの欠片すら見えない。

 

 手を伸ばす。私も走る。

 

 「ねぇ、いしくん、待ってよ」

 

 声は届かない。虚ろな眼に揺らぎは無く、グリップを強く握って前を見続けている。

 

 やがて、声が聞こえてきた。聞き慣れた筈の、聞き覚えの無い掠れた声が私の鼓膜を叩く。

 

 『殺せ』 『殺せ』 『殺せば考えなくて済む』 『仕事はきっちり』 『殺せ』 『芦になってしまいたい』

 

 走り続けるいしくんは声を発さない。等間隔のリズムで足を動かして旅をしている。では、誰の声だ?聞き間違える筈も無い。認めろ。これはいしくんの声だ、と。現状、発生している事象から眼を背けるな。そう自分自身に言い聞かせる。根拠は無い。直感や感覚等という非科学的な理合を基にして言っているだけだが、これも不思議と確信を持てる。夢だからだろうか?

 

 どうしようもない諦念と希死念慮が漂う。しかし、何処かズレを感じる。おかしな声は鼓膜を越え、ずるりと脳内へと這い入ってくる。蝸牛をじゅくじゅくと蹂躙し、形容し難い不快感が頭を駆けずり回る。吐き気すら掻き消されるおぞましさ。走り去るいしくんが霞む。声が頭蓋にぶち当たって、反響する。

 

 「待って……待っ……て、よぉ……」

 

 頭の中で別の声が涌き出る。蛆のように際限無く沸いて、私を貶し、貶め、汚し、蝕んでいく。

 

 『いい加減しろ』 『人様に迷惑をかけるな』 『お前のやることが害になっているとどうして理解出来ない?』 『姉さんは疫病神です。いつも父さんと母さんに迷惑ばかり』 『人並みでいなさい』

 

 止めてくれ、頼むから、お願いします、許してください。許さない、ふざけるな、何が理解出来る、底辺の凡俗の癖に、遺伝情報が似通ってるだけの他人の癖に偉そうに高説を垂れるな。口が勝手に動く。昔、口から出た言葉が唇を伝って溢れ落ちる。涙腺は壊れてしまったようだ。視界が揺らいで、何も見えない。

 

 いしくんが立っている。ぼんやりと、昨日のキッチンのように姿を捉えた。私は手を伸ばした。縋るように、足に手を絡ませた。助けを求めた。きっと、いや必ずいしくんは私を助けてくれると信じていたから。

 

 だが、感じたのは腹部に走る鈍痛だった。胃液が逆流してくる。嫌な感覚、苦しい、理解が追い付かない。何故、私の腹部に痛みが?蹴られた?誰に?思考を遮るように頭を踏みつけられる。コンバットブーツの底は髪を躙り、体重を目一杯に載せて頬を生暖かい地に押し付ける。

 

 「いしくん……やめて……いた、いよ……」

 

 ズレを感じる。決定的な。いしくんは私の言葉を反芻する。自分の名前を入念に繰り返し、壊れたオーディオのように『いしくん』という音を再生する。初めて聞いた言葉のように、自らに刻むように。そして──

 

 「いしくんとは誰だ?お前は誰だ?何でここにいる?敵か?何だ?」

 

 「待って……いしくん、私だよ!!束だよ!!束さんだよ!!君の雇い主で……」

 

 「知らんな。雇い主?俺は傭兵じゃない。陸上自衛隊───────所属の■■■■だ。人違いもいい加減にしろ」

 

 「何を言ってるの?だって、だって……」

 

 銃口が突きつけられた。いしくんはカービンを片手で持ち、側頭部にひんやりとした感触を感じる。まるで炉端の草を見るような目付きで私を見下ろし、引き金に指を掛けている。本気で私を殺そうとしている。

 

 「ここはおかしな物が多い。俺の癪に障る物ばかり出てくる。お前だって、あの人に似た顔をして……。あぁ、もういい。死ね。死んでくれ。そうすれば何も考えずに済むんだ。何もかも。一度逃げたんだ。もう、何度逃げても同じだ」

 

 何となく、理解した。感じたズレの正体。このいしくんは私を知らないんだ。私に似た誰かを求めていて、でも届かなくて、諦めてしまったんだ。色々なことを放棄して、抜け出せなくなってしまった。だから何もかも壊そうとしている。

 

 「ねぇ、悲しい?」

 

 「さぁな。昔は悲しかったのかもな」

 

 平坦な言葉。だが、そこには全てが込められていた。消えかけの炎に薪を継ぎ足して無理に走っている。

 

 銃声が鳴る。相変わらず、頭の中では最低な物が蠢いている。だけど、今は不快感を感じない。この構図を、結末を受け入れているのかもしれない。悪くないと思ってしまう自分がいる。彼の手で発射された銃弾が私の脳味噌をぶちまける。それは恐らく醜悪で、悲しくて、最高に幸せなのかもしれない。私を許容してくれる人の手で終われるなんて。

 

 でも、未だに私は終われない。脳裏を駆けずり回る某かは健在で、地は生暖かくて気持ちが悪い。

 

 ドサリ、と私に何かが覆い被さった。人型だろうか。ごてごてした感触と冷たさ。鉄臭い匂い。死体の匂い。誰かが私の上で死んでいる。

 

 「おかしなことばかりのこの場所にも、もう慣れたと思っていたが。まさか、君が迷いこむなんてことが起きるとはな。驚いたよ、束」

 

 私に被さった死体──私を知らないいしくんを足を退かしたのは、真っ白に髪の色が抜け落ちた、私の知る顔付きのいしくんだった。手には逆手持ちのナイフ。刀身はてらてらと赤く濡れていた。何時も着ている黒いスーツと黒いシャツ。ネクタイは外していて、胸元は大きく開いている。

 

 「いしくん……?なに、どういうこと……?」

 

 「あぁ、まぁ、混乱もするだろう。私も少しばかり混乱しているんだから。私が二人いて、私が自分を殺したとなれば、驚くのも無理はない」

 

 白髪のいしくんは優しげな笑みを浮かべながら、ナイフに付いた血をハンカチで拭き取る。汚れたハンカチをぞんざいに投げ棄て、ナイフを腰のシースに仕舞う。動かなくなったもう一人のいしくんをもう一度足で退かす。今度は強めに蹴った。

 

 立てるか、と手を差し伸ばされた。手を掴んで立ち上がろうとすると足に力が入らない。小刻みに震えて、私の身体では無いみたいに言うことを聞いてくれない。いしくんを見ると一言、大丈夫と言われた。そのまま私を抱き抱えて暗い何処かを歩き始める。ズレは感じられなかった。このいしくんが、私の知る、私を守ってくれるいしくんなのだ。

 

 「まだ、頭の中で声が聞こえるか?」

 

 そう聞かれて気が付いた。脳内を侵食していた呪詛の言葉はきれいさっぱり消えていた。首を横に振ると良かった、と笑った。

 

 「ねぇ、ここは何処なの?」

 

 「ここは廃棄孔だ。余分な物、醜悪な物、棄てた物が流れ着く掃き溜めだ。有り体に言えば、私の悪夢だよ」

 

 「いしくんの夢……ってこと?」

 

 「そう、これは()の夢。壊れた夢だよ。私も、君も夢を見ている。正確には私の夢に君が転がり込んできたという形だが。しかし、何故だろうな。何故、私のフィードバックに君が巻き込まれた……?君の意識がこちらに来るようなことは……アーカーシャが……?いや、偶然か……?それとも……?傍にクロエがいれば、或いは……」

 

 「いしくん……?それはどういう……」

 

 「いや、こちらの話だ。気にしなくていい」

 

 抱えられたまま、暗い闇を進む。確かな暖かさを感じながら、彼の首に手を回して胸に顔を埋めた。気持ち悪さも不気味さも、恐怖も何処にも無い。未だに不思議な悪夢の中だけれど、温いお風呂に入っているようだ。だんだんと眠くなってくる。

 

 「君は俺を見たんだな。あの俺を……」

 

 いしくんが何かを言っている。でも、上手く聞き取れない。壁を一枚隔てているように、声が隠れる。

 

 「あれも私だよ。大昔のね。ここにいる時は記憶も、記録も、一時的に戻るようだ。恐らくコアがバックアップを──」

 

 音が消える。コアとは何だろう?ISの?それに記憶が戻るというのは──。

 

 「あぁ、眠いんだね。消耗したんだ。当然か」

 

 「いしくん……」

 

 強く、強く抱き着く。出せる力を全て振り絞って、いしくんを掴む。

 

 「大丈夫だよ、束。別に私は消えたりしない。私の夢なんだから。覚めるまで、君の傍にいるよ」

 

 「覚めてからも、傍にいてよ」

 

 「そうだね、近くにはいるだろう。多分、自分の部屋にいる」

 

 地から這い出て、私たちを舐めるように憎悪の視線を向ける人型の影。これが彼の悪夢で廃棄孔なら、これまで感じた諦念や希死念慮、憎悪は何時感じた物なのだろう。このしつこく付き纏う影たちは彼の何なのだろう。その笑顔の下に何を隠しているのか。

 

 私はいしくんの──石井と名乗る彼のことを何も知らない。

 

 どれだけ経ったのだろう。夢の中で微睡むというこれまた不思議な体験を暫く味わうと、いしくんが歩みを止めた。

 

 閉じかけていた目蓋を開くと、断頭台と少女が立っていた。少女は恐ろしく美しかった。背筋が凍るような美貌が、血のような紅眼が私を射抜いた。深い夜のような黒髪が無風の悪夢で靡く。

 

 「世話を掛ける」

 

 いしくんの言葉に哀しそうに笑って、少女は首を横に振る。少女が指差した方向にはぼんやりとした光が見えた。手を振る少女に何処か見覚えを感じながら、いしくんに抱かれて光へと進む。

 

 「夜が明ける。夢の終わりだ」

 

 眩い光が近づいてくる。嫌な現実感を伴って、乱暴に夢を喰い破る朝の光だ。恐ろしくて堪らない。この短くも、気味の悪い夢よりも、私を解放する光の方が何十倍も恐怖を感じさせる。いしくんの胸の中で、ただ震えるしか出来ない。彼が光に掻き消されてしまわないように、身体を寄り添わせる。そういう気休め程度の抵抗を試みる。

 

 「きっと、目が覚めれば全て忘れている。その恐怖も、この悪夢も、何もかも。それで良い。君にも、知らなくて良いことはある」

 

 ──俺のことなんかは、特に──

 

 白に呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 お腹にしがみつくくーちゃんの暖かさと、喉元を圧迫するらーちゃんの腕の感触を味わいながら、目を覚ます。背中に貼り付くティーシャツの嫌な感覚に幾ばくかの面倒さを感じつつベッドを降りた。ベッドで眠る二人を起こさないように着替えて、ラボの隣に併設されたリビングへと向かう。

 

 急設された割りに過ごしやすい私のラボ。ひんやり冷たい床を裸足で踏み締めながら、薄暗い廊下を歩く。誰も起きてない早朝だから、足が床を捉える音が大きく聞こえる。床の冷たさと廊下の冷たさ。私の冷たさ。昨日のキッチンを思い出す。

 

 シャワーを浴びる前に何かを飲みたかった。喉が乾いている訳では無かったのだけれど、無性に喉を潤したいと感じる。いや、嘘だ。喉は焼けるようだ。嫌な夢を見たように、頭も鈍く痛む。汗は不気味で気持ち悪い類いの、恐怖から来る物だ。身体が寒い。

 

 リビングのドアを開けようとすると、芳ばしい薫りが鼻腔を擽った。明かりが漏れている。消し忘れ、ということは無いだろう。確かに消した筈だった。警戒心は無い。誰がいるか分かる。匂いがする。溺れそうになる海の匂いだ。

 

 テーブルの上には二つのマグカップ。ゆらゆらと湯気が立っている。コーヒーの薫りと煙草の煙たい匂いが混ざり合って、むせそうになる。

 

 チノパンに黒いシャツとカーディガンの男がソファーに背を預けている。肩まで伸びた黒髪を昨日とは違い縛らずに垂らしていて、毛先が緩やかにウェーブを描いている。疲れているのか、後ろ姿が小さく感じる。

 

 「おはよう」

 

 彼は振り返らずに言う。灰皿に吸いかけの、まだ長い煙草を押し付けて、マグカップを手にした。日の出前のリビングは廊下よりは明るくて、彼の擦れた横顔を垣間見た。何処かで見たようなどうしようもない諦念が滲み出る容貌だった。

 

 彼の隣に腰を下ろして、マグカップを両手で包むように握る。現実にある暖かさを余さず感じ取る。どうにも、私はまだ夢の中にいるような感覚だ。薄暗いリビングも、このコーヒーも、彼と過ごした時間も、何かの埋め合わせのような、何かの繰り返しをしているような錯覚を覚える時がある。でも、このコーヒーの暖かさは現実の物だ。

 

 「夢を見たの。たぶん、すごく怖い夢」

 

 「そうか」

 

 「内容は覚えてないんだけど、いしくんも出てきたと思う」

 

 「おかしな夢だな」

 

 「すごく怖かったんだ。今も、まだ。足が少し震えてる。寒さのせいかなって思ったんだけどなぁ……」

 

 「きっと、疲れてるんだ。もう一回眠りなさい。ここには君を傷付ける物は何も無いから。深く、眠ればいい。クロエとラウラと三人で」

 

 私の頭に彼の手が触れた。作り物みたいな柔らかな手だった。そのまま、彼に撓垂れ掛かる。胸に顔を埋めると、ついさっき同じことをしたような気がした。デジャヴという物なのかもしれない。そういう事にしておこう。

 

 「私……あなたのこと、何も知らない。あなたの本当の名前も、あなたが本当に考えていることも、あなたが私をどう思っているかも」

 

 「私の……あぁ、()のことなんてどうでも良いよ。君はそんなことは知らなくて良い。知ってても、何の足しにもならない、下らない事だ」

 

 「そんなこと無い。だって、あなたは私を……」

 

 彼の手が私の首筋を撫でる。耳元で彼の息遣いが漏れて、私の頭を甘く、優しく、野蛮に、溶かしていく。甘くて、深い底無し沼みたい。気道が緩く締まった。

 

 「信用なんて、初めから求めてない。信用してくれなくて一向に構わない。それでも俺は君の味方であり続ける。君が俺を不要と感じる迄、俺は君の傍にいるよ」

 

 「そんなこと言わないで。私には、篠ノ之束にはあなたが必要なの。信じてるよ。あなたが誰でも、何者でも。私、あなたになら……」

 

 彼は今どんな顔をしているんだろう。優しい顔、泣きそうな顔、困った顔。何れも違う。分かる。何の表情も無いんだ。心音は一定のリズムを刻んで、感情に揺れは皆無で。本当の事を話しながら、何も感じていない。不覚にも、思ってしまう。怖い、と。

 

 「ねぇ、今度何処か遠くに行こうよ」

 

 「何処へ?」

 

 「分からない。だけど、あなたが行きたい所に行こうよ。くーちゃんとらーちゃんも連れて」

 

 「行きたい所……」

 

 「ゆっくりで良いよ。時間は沢山あるんだから」

 

 「あぁ、一つ。ぼんやりとだが」

 

 何処、と訊く。心音は変わらずフラットなまま。

 

 「夢が見れるほど深く眠れる場所……昔の事をゆっくり思い返せる場所に行きたいな……。海の底のように静かな場所へ……」

 

 目蓋が重くなる。何故だろう、逆らえない。

 

 「だから、俺の代わりに眠ってくれ。溺れるのも、沈むのも、俺だけで充分だろうから……」

 

 おやすみ。その言葉と共に私は再び眠りに落ちた。これまで落ちたことの無い、心地よい、深い眠りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 君になら俺は──


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何かが違う


FGO二部の新オープニング
 ↓
歌詞と石井さんを当て嵌めてみる
 ↓
わぁお☆


今回は日常回です!!ほんわかしていってね!!


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 石井の様子がおかしいらしい。

 

 「みこっ……みこーん!!これは……イケてる魂、イケタマのニオイ!!だがしかぁしッ……!!その移り気、戦乙女が許してもこの学園最強が許しません!!弁明!!無用!!浮・気・撲・滅っ!!またの名を、一夫多妻去ヴゥッ……!!」

 

 「何やってんだよ、会長……ッ!!」

 

 「なんて声出してやがる、一夏……」

 

 「だって……だってぇ……!!」

 

 「私は生徒会長更識楯無だぞ。こんくれぇなんてこたぁねぇ。私は止まんねぇからよ、お前らが止まんねぇかぎり、その先に私はいるぞ!だからよ、止まるんじゃねぇぞ……」

 

 廊下に希望の花が咲いた。漂う空のどこか遠く、と誰かが歌ってる気もしなくもない。青い十二単姿の楯無が明後日の方向へと人差し指を指しながら倒れている。傍らに涙を堪えるライド・イチカ・サンタ・ユニコーン・オルタ・アイランド仮面。現在、十一月。

 

 何処と無く色々と混ざった挙げ句、火星の王になり損なった感を醸し出す夕暮れの廊下でそれを眺める男──石井は楯無渾身のメッセージとは裏腹に立ち止まっていた。先にお前がいられても困るし、お前がいるのなら動かねぇぜ?と言わんばかりに西陽を背に直立不動で冷たい視線を投げていた。何なのこいつ?的な恐ろしく冷静な俯瞰の元、拷問のような静寂を廊下へ叩き込んでいる。

 

 「────ッ!!」

 

 瞬間、ライド・イチカ・サンタ・ユニコーン・オルタ・アイランド仮面に稲妻が走る。

 

 無視、スルー、放置。いつもなら呆れながら声をかけるであろう石井が何の反応もなく、玉藻楯無とライド・イチカ・サンタ・ユニコーン・オルタ・アイランド仮面の横を通り過ぎた。成る程、確かにいつもと違う。まさにその衝撃は双腕・零次集束(ツインアーム▪ビッグクランチ)。まるで意味が分からない。そもそも、名前が長い。

 

 「駆けつけ三杯、寿司食いねぇ!!」

 

 何処から出したのか、赤い陣羽織を羽織って叫ぶライド・イチカ・サン(以下略)。錯覚だろうか、集中線が見える。

 

 嗚呼、だが無情。石井は首を鳴らしながら橙に染まる廊下を曲がり、姿を消した。諸行無常。これぞ詫び錆びのような気もしなくもないが、やはりそんなことはなかった。 

 

 本人たちが理解しているかは不明だが、これを俗にダル絡みという。お姉ちゃんたちのダル絡みマジめんどくさくて、しんどくて、でもやっぱお姉ちゃん尊い、とは更識簪の談。要するに傭兵二人はただの馬鹿であったらしい。

 

 「馬鹿な……ッ!?」

 

 まるで宇宙人を見たように驚愕の念を露にする楯無だが、端から見た場合楯無こそ宇宙人(やべー奴)──狐耳、狐の尻尾、十二単のイロモノ生徒会長──である。その傍の麻婆の臭いが染み付いてむせるお下がりのカソックを着たライド・イチ(以下略)も大概、どっこいどっこいだ。訂正すべきだろう。馬鹿ではない。石井もおかしいが、この二人は色々振り切れちゃった勢だった。若さって怖い。

 

 そういう訳で、石井の様子がおかしいらしい。

 

 初めは誰が言ったのか。気付けばその言葉は生徒たちの中で広がり、独り歩きしていった。教職に復帰(副業を再開)した石井に何らおかしい点は無かったのだが、不思議とこれまでの石井と微妙に違う部分がクローズアップされていくようになった。

 

 例えば、某世界最大の経済主体傘下企業の旧英国出身令嬢はこう語る。

 

 「エロい。兎に角、エロい。髪が長い。エロい。あー、何ですの?あの人妻感(男です)。妻に先立たれた男感、やべーですわ。ズブズブの沼に溺れたい。あー、あー」

 

 例えば、彼の義娘の妹の方はこう語る。

 

 「髪が長い父様も良いと思うぞ?初めはビックリしたが、もう慣れたな!!でも、最近姉様が父様を見るともじもじしてるのだ。あれは何なのだろうな?そういえば最近、父様が上の空でいることが多い気がする。二人とも身体を大事にして欲しいな!!」

 

 例えば、彼の友人である整備科の眼鏡フェチはこう語る。

 

 「アイツが最近おかしい?いや、年中おかしいだろうよ……。あぁ、でも最近ボーッとしてることは多いな。昨日も珍しく自分のマグカップを落として割ったらしい。疲れてんのかね?」

 

 ライド・イ(以下略)もとい、彼の教え子唯一の男子生徒も割りとまともな所感を抱いている。

 

 「上手く言えないが、確かに変だよな。単純に疲労って訳じゃなさそうだけど、俺には分からない。案外あれが素だったりするんじゃないか?」

 

 彼が足繁く通う中華料理店の店主、現在は学食の調理員と購買部の販売員を兼務する眼が死んだ男はこう語る。

 

 「あの男がおかしい?あぁ、そうだな。アレはおかしいとも。私と同じような類いの者だ。産まれながらにしておかしい、ある意味では魔性と言える。理由などあるまい……何?そういう話では無い?ふむ、ところで、このシャープペンシル。温めますか?」

 

 と、多くの生徒や職員が石井という男の変調を感じ取っている。ただの体調不良と言う者もいれば、深い別の問題であると言う者もいる。確かなことは分からないが、石井に何かしらの変化、恐らくは彼の内面に関することがあったのは確実だろう。

 

 伸びた髪を後ろで縛り、解れた髪を耳に撫で付ける石井は風評通り、別人のような雰囲気を感じさせる。上の空でいる時の冷たい表情と誰かと言葉を交わす時の差は、まるで別人だ。何かが欠落したような空虚な視線を中空に漂わせ、紫煙を燻らせる。

 

 実際には何かが変わった訳ではないのだ。仮面を被るのに戸惑っているだけ。その内、放っておけばいつも通りの石井が顔を出す。そういう意味では一夏の所感は的を得ている。生徒の馬鹿に呆れつつ、苦笑を浮かべて歓談する、『みんなの石井先生』という副業の勘を取り戻している最中なのだ。

 

 石井の素顔とは存外につまらない物だ。周囲に知られていないだけで、石井と名乗る無銘の猟犬は面白味の欠片も無い伽藍洞の生き物だ。現に彼は己のことに関して非常に無頓着だ。他人の生活を気遣う癖に己は散々な生活を送る、趣味と思われている映画も世間一般に於ける普遍的な人間を想定して適当に課した物である。

 

 彼がどのような人間なのか誰も知らない。彼がどのようなことが好きなのか、誰も知らない。彼が嫌いな物も、本名も、誕生日も、出身を、誰も知らない。彼がどのような存在なのか、誰も知らない。彼の飼い主すら知らないことを、どうして他の者が知れるというのだろう。

 

 石井が去った廊下で狐耳を外して溜め息を吐く楯無。眼を見開き、大声で叫び出した。 

 

 「何だあのヤロー!?無視しやがって!!怒らせちゃったねぇ!!私、怒りましたねぇ!!」

 

 「先輩、大分やばいっすね。キテますね、色々」

 

 「あ゛ぁん゛?キテるに決まってるじゃない!!あの長髪エセ教師、無駄に髪綺麗だし、結構恥ずかしいのにガッツリ無視するし、あー気に食わない」

 

 「割りと楽しんでませんでしたか?みこーんとか、止まるんじゃねぇぞとか」

 

 「そういうあなただって、そのカソック何処で手に入れたのよ?」

 

 「購買部の販売員から。という訳で次は魔法少女コスで行きましょう。とりあえず、円環の理を乗っ取る感じで」

 

 「あなたって結構アニメ見るのね……」

 

 「購買部の販売員……副部長が愉悦アニメだって言ってたんです」

 

 「え?副部長……?え?」

 

 「えぇ、愉悦部の」

 

 説明しよう!!愉悦部──IS学園愉悦部とは、紅洲宴歳館・泰山IS学園支店長を副部長とし、曰く、夜な夜な薄暗い学園内にある教会の地下に潜り込み、部員たちと酒を酌み交わしつつ、真の愉悦とは何かを延々問答し妄想し続けフハハハハッ!と邪悪に笑い合う紳士の社交場である!!ちなみに部長は永久欠番らしい。

 

 部員は新米の織斑一夏、マネージャー、妖怪無差別麻婆の石井、顧問、スーパークソ狸親父の轡気十蔵。

 

 「何その部活!?申請来てないわよ!?」

 

 「先輩を通さずに認可が降りました」

 

 一夏の顔にイイ笑顔が浮かぶ。何処かで戦乙女(ブリュンヒルデ)が啜り泣く声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 クロエ▪クロニクル、父親の部屋に立つ。

 

 三角巾と割烹着を着た銀髪の少女は掃除機片手に石井の部屋に仁王立ちする。そして──

 

 「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!入っちゃった、本当に入っちゃったよ!?どぉぉぉぉぉぉしよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 大いに混乱していた。

 

 事の発端を語るには少しばかり時を遡る必要がある。クロエは妹であるラウラと些細な喧嘩をしてしまった。切っ掛けは本当に些細極まる物。作り置きしておいたおかずをラウラが勝手に食べたという物であった。

 

 台所事情を一手に引き受け、キッチンを己のテリトリーとする姉はこれに憤慨する。一週間の献立が狂ってしまう。バランスを考えて毎週月曜日に七日間の献立を考える苦労、不摂生がちな母親のような人物が体調を崩さないように偏っているだろう栄養を含有する食材を栄養価を残したまま調理する手間。それらが可愛い妹に喰い尽くされた。

 

 勿論、妹もこれには反論する。一品ぐらい良いじゃないか、とラウラは主張する。悪かったとは思っている。でも、そこまで怒る必要は無いじゃないか。おやつのケーキ抜きとは外道畜生、悪鬼羅刹の所業。吊り合いが取れていない。いつもはそんなに短期では無い姉の怒り様に困惑し、反射的に反発してしまった。

 

 「どうせ、姉様は父様が帰ってきても話せてないから拗ねてるんだ!!」

 

 「は──?何を言ってるのかしら、ラウラ?」

 

 「あっ……」

 

 そして見事に地雷を踏み抜いた。

 

 「何故、私が拗ねてるって……?お姉ちゃん怒らないからもう一回言ってみせてくれないかしら?」

 

 「あわわわわわわわわわ……あわ、あわわっ……あわっ……」

 

 この後ラウラはほっぺたむにゅむにゅの刑に処され、頬をふにゃふにゃにされたのだが、それは別の話。しかし、ラウラの言葉は余りにも的確に、残酷なまでに真実を射ていた。

 

 石井がラインアークに帰還してから、クロエは一度も石井とまともに顔を合わせていない。一度だけ夕食を作ってくれたが、同席はせずに仕事に明け暮れている。遠目で見掛けることはあっても、中々声を掛けにいけない。臨海学校の件が頭を過ることもある。ラウラのように生徒として授業に出られる訳でも無い。

 

 アドバンテージはラウラの方が上だ。あらゆる面でも一歩先を行っている。石井と過ごす時間も自ずとラウラの方が長く、話す機会も多い。らしくは無いが、嫉妬してしまう。もう少しだけ、ほんの少しで良いから話したい。おかえりなさい、ぐらいは言わせて欲しい。クロエはそう思う。

 

 そういう訳で、クロエは強行手段へと走った。正にお眼眼ぐるぐる。何をトチ狂ったのか普段着慣れない割烹着などという和風テイストな、一部には非常に需要のあるであろう装備を身に纏い、半ば魘されながら石井の部屋を掃除するに至った。ラウラが御飯を作ったなら、私はお掃除すれば良いじゃない。そう自信ありげに語っていたクロエだが、現状は頭から湯気を出してオーバーヒートしている。

 

 「あわわわわわわわわわ……あわーっ、あわわっあわっ……あわー!!」

 

 やはり姉妹である。

 

 勇んで来たは良いが、問題は他にもあった。綺麗すぎるのだ。塵が一片足りとも無い、異常なまでに整頓された空間に掃除をする余地など何処にも無い。帰宅早々に石井が自分である程度の事をしてしまったのだ。幾ら無頓着とは言え、一応は長く根を降ろして使う拠点である。世界中に点在するセーフハウスやガレージとは事情が違う。

 

 今更恥ずかしさと、色々やらかしている現状に苛まれているとガチャリと背後から鍵の開く音がした。

 

 「え……?」

 

 「は……?」

 

 家主の帰宅。髪を一つに縛った石井が眼を丸くしていた。

 

 「何を、しているんだ?」

 

 義娘の割烹着姿に呆気に取られる石井。理解が追い付いていないのだろう。瞬きをせずにクロエを見ている。何故、割烹着なんだ?部屋にいたことは、まぁ良いとして。何故、割烹着を着ているんだ?石井の頭の中は混沌が渦巻き、宇宙創成の広がりを見せていた。

 

 「お父様の髪が長い……!?」

 

 「えっ……?」

 

 「あわー!!」

 

 ディスコミュニケーションここに極まれり。意味不明な、これも今更ながらの容姿に対する驚愕と、ポンコツ感溢れる叫び声と共に石井の部屋を飛び出すクロエ。三角巾は宙を舞い、掃除機を放り出して何処までも駆け抜ける。置いてきぼりにされた三角巾と掃除機は静かに訴える。解せぬ、と。

 

 静寂を取り戻した部屋にて石井は暫く立ち尽くした後、落ちたままの三角巾を拾おうとする。

 

 「────」

 

 上手く掴めない。するりと掌から滑り落ち、地へと戻る。

 

 「()()()か……」

 

 ぎこちなく、軋むような動きをする手を見ながら石井は小さく独り言ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






そろそろだと思っていたよ。

あぁ、然り、分かっているとも。その身体を用立てているのは私ゆえ、言わずとも分かるのだよ。

では、いつも通りに更新しよう。なに、すぐに終わる。












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男は大体拗らせている






 色んな物が削ぎ落とされていく。


 自分の純度が高まっているのを感じる。


 その度に、心は冷えていく。その度に、心よりも深い場所が熱くなる。


 火照りが止まらない。女を抱いても、冷水を被っても引かない火照り。


 寄越せ、闘いを。戦場を。死線を、寄越せ。


 俺に愚直さを、人間らしい熱狂をくれよ。








 

 

 

 

 

 

 トレーニングルームで戦闘亜人(バトルロイド)の対人格闘戦プログラムを起動する。

 

 無機質な部屋の内装と戦闘亜人(バトルロイド)の内装。それと対称的な生々しく、恐ろしく人間的な機動。外観は拡張現実(AR)が貼り付けられ、白人の筋肉質な男が拳を構えている。その虚像さえも、気持ち悪さを感じるようなリアリティを押し付けてくる。

 

 対する人間はこれもまた対称的だ。いや、矛盾していると言うべきか。人間らしさを感じさせない無機質さを漂わせる。ある種、悟りを開いたかのように穏やかで、凪いでいる。しかし、そこに生命の持つ活力は僅か足りとも感じられない。言われれば、此方が人形としても疑わないだろう。相対する対極の存在は酷く矛盾していた。

 

 僅かな弾力性を床に感じながら、人形はプログラムを実行する。無手の人形は人間に拳を放つ。鋭く、重い一撃。これも人間味のある、精緻な一撃だ。機械特有の空虚さを感じさせない、確かな殺意を乗せた拳が人間に飛ぶ。

 

 少しだけ半身になり、人間は拳を避ける。次々と繰り出される蹴りを、拳を、掴みを、後退しつつ往なす。冷たい視線は人形を、拳を眺めて、酷薄な迄に反撃せずに無力化させる。息を上げることなど無い。力に逆らわずに力を受け流す。真っ向から力をぶつけ合わせることは無い。それが最も効率的で、疲労が少ないと知っているから。

 

 感触も人間その物だ、と人間は感じる。人形の腕も、足も、内部には人工筋肉が埋め込まれている。そんなにリアリティを押し付けてくるな、俺は何も感じないよ。お前はプログラムなんだろう?人格も無いのに、人間の真似事か。笑えるな、滑稽だ。

 

 だが、それは人間にも当て嵌まる事だ。浮かべた嘲笑は自分への物でもあった。無知蒙昧、生来の欠落がある自分が、人形を嗤えるか?自分より格段と、眼前の人間擬きの方が人間らしいじゃないか。こんなにも一生懸命に自分を害そうとしている。確かに自分も懸命に誰かを害そうとすることもある。仕事の為、求道の為。しかし、これほどに何かに対して愚直になれたことはあるだろうか?

 

 息を吐く。人形の腕を掴んで、足を掛ける。この場で限り無く人間らしい人形を、人形らしい人間が投げて、寝技に持ち込む。抵抗する人形を組み伏せて、床へと頭を押し付ける。ある程度の制圧を確認し、腿に留めておいたシースから模擬戦用のナイフを抜き、人形の首筋と内腿を撫で斬る。

 

 中空に死亡判定が表示された。拡張現実が剥がれ、灰色ののっぺらぼうが姿を現す。もう、何処にも人間らしさは無かった。ただの木偶が転がっている。

 

 人間──織斑一夏はぴったりと貼り付いたインナーの胸元を扇ぎ、自分が殺したであろう仮想敵を眺めた。仕事終わりで落ち着かない身体をトレーニングで鎮める。まるで、ワーカホリック(戦争中毒)になりかけているようだ、と一夏はニヒルな笑みを浮かべた。

 

 反企業勢力のEOS部隊を殲滅するだけの単純な仕事だった。単純な仕事とは言うが、一夏にとってはどの仕事も同様に単純な仕事である。結果は同じなのだ。皆殺しなら、難しく考えることは無い。故に、単純明快。剣を振るい、極大の熱で焼き払い、屍を注文分作るだけ。それで金が貰えて、自分の求める物に近付く。実益しか無い、実に割の良い仕事だ。

 

 トレーニングルームを出て、シャワーで汗を流す。こびりつく血と硝煙の臭い。別段、それが気に入らない訳では無いが、何度念入りに洗おうともそれは取れることは無かった。石井に薦められたボディーソープの泡が身体を包む。ほんの少しの甘さとラグジュアリーで色っぽさを感じさせる香りがシャワールームに立ち込める。本来ならば背伸びし過ぎているチョイスも、今の一夏にはちょうど良い。春に比べて伸びた髪が彼の顔を隠す。

 

 「まだ、遠いな……」

 

 水の流れる音に紛れた独り言。目指す先は遠く、面影さえ見えない。それでも目指す先にある答えの存在を確かに感じる。

 

 「まだまだ、付き合って貰うぞ白式──ニクス」

 

 どれほどの屍を築けば辿り着けるのだろう。どれだけの物を切り捨てれば掴めるのだろう。どうすれば、他者への愛を理解出来るのだろう。自問は続く。友も、味方もいなくなるかもしれない。だが、織斑一夏は進むのだ。憧れと、問いを胸に、名の無い猟犬が辿った道を歩いている。

 

 ジャケットを着て更衣室を出ると、見知った顔が立っていた。

 

 「何だ、鈴?」

 

 「ちょっと付き合って」

 

 「何処へ?」

 

 いいから、と強引に手を掴んで凰鈴音は歩き出す。溜め息を吐きながら、一夏は成すがままに引き摺られる。本音を言えば、自室で本を読みたい。しかし、その望みは絶たれた。こうなってしまった以上、長くなると経験則が語る。加えて、鈴は何かに腹を立てているらしい。下手を打った覚えは一夏には無い。全くもって、こうして連行されている心当たりが無い。厄介極まる、と空いている方の手で眉間を摘まんだ。

 

 景色は流れ、ひんやりと身体を冷やす外気に触れる。曇天が多くなった今日この頃にしては珍しい夕焼けだった。ぼんやりとした橙と、空と火が交わったライラックが混じり合って、マーブルのように混沌を描く。夕暮れの屋上はやはり冷え込む。陽が沈む。無性に、偽りの感傷に浸りたくなる。

 

 「それで?態々、こんな寒い所に連れてきたんだ。余程大事なことなんだろう?それとも、天体観測か?星を見るには少し早い気がするけれど、まぁ、暖かい物があれば耐えられるか」

 

 無言。

 

 「晩秋だったか?暦ではそうらしい。鍋が食いたいなぁ。炬燵も出した方が良いな」

 

 「あんた、何で傭兵なんてやってるの……?」

 

 振り向いた鈴の眼は剣呑な物だった。日本刀のような鋭さとひしひしと伝わる怒りの念。はてさて、一夏はとうとう皆目見当も付かない故、お手上げだ。何故、鈴がそういった質問をするのかも。何故、そうも怒っているのか。その質問の意図。何もかも、分からない。それで態々屋上に来たとしたら、その質問は凰鈴音の中では重要なのだろう。

 

 「何でかぁ……。そうだな、仕事でもあるし、自分の利益と目的の為に最も適した職だからか?学業と兼ねているけれど」

 

 至って当然の事を答えとする。徹頭徹尾、織斑一夏が闘争へとその身を投じる理由はそれしか無い。

 

 「ところで、何でそんなこと訊くんだ?態々、外に出る必要があったか?」

 

 「目的って何よ……?」

 

 「あぁ、目的か……。それは、秘密だ。悪いことでは無いと思うぜ。別に安いアクション映画の悪役みたいに世界を滅ぼすとか、そういう類いの奴じゃない。俺自身に関わることだ」

 

 「だから、闘うの?」

 

 一夏は首を振る。宵闇が二人を包んだ。

 

 「その為に殺すの……?」

 

 鈴の眉間に力が籠る。一夏にも、漸く事情が見えてきた。

 

 「まぁ、理由は一つでは無いから、それらの為に致し方無くという訳だ。鈴、お前も元は代表候補生で、軍属だった。今はどうだかは知らないが、勿論、人を殺す為の訓練をした筈だ」

 

 「それは違う。私が軍でした訓練は誰かを守る為の訓練よ」

 

 「確かに、そう言えるな。だが、同義だろう?国にしろ、個人にしろ、企業にしろ、某かを守る為に兵器を用いれば確実に誰かを害する。殺すとまでは行かずともな。結局、俺もお前も同じだ。望む、望まざるに関わらずISという兵器を駆り、この時代にこうして生きている。闘いで溺れそうなこの時代に産まれた」

 

 淡々と、しかしその言葉には隠しきれない熱のような物が籠っていた。

 

 「座して平穏に浸るのも良いだろう。でも、俺は選択肢を与えられ、闘うことを選んだ。一生付き纏う命題と向き合うことを選んだんだ。それと同等に憧れと恩返しの念もある。お前が金で多くの人間を殺すことに忌避感を覚えるのも当然だ。一般的な倫理観に照らし合わせれば、お前は正常だよ。嗚呼、そうだ。俺は異常だ」

 

 「何で、そうなっちゃったのよ……」

 

 「何でも、何も、俺は昔からこうだったよ。お前らが勝手に貼り付けた織斑一夏のラベルをそのまま被っていただけだ。箒も、お前も、弾も、そう見ていただけだろう?何一つ、俺が自分で主張したモノなんて無い。剣道に、スポーツに、勉強に、心の底から打ち込んだことは無いさ。石井先生にも、千冬姉にも言ったが俺は誰のせいでも無く、産まれたその時から破綻していたんだよ。誤解はしないで欲しい」

 

 「それでも……殺戮は悪よ。私はそう思う」

 

 「あぁ、そう思うのならば、そうなんだろうな。お前の中ではな。だが、俺は俺自身が成す殺戮を良しとするよ。それが道だから。座して流されることは無い」

 

 「なら、私はあんたの前に立ち塞がるわ。あんたを止めてみせる。狂ってるなら、ぶん殴って正気を取り戻させる」

 

 そうか、と一夏。誰から聞いたかは知らないが、鈴は一夏と対立することを選んだらしい。それもまた是だろう。彼女は以前より正義感の強い性格をしていた。あり得なくは無い展開であった。そのあり方は一夏にとっても好ましく、善性と言える。相対した場合、敬意を払い、全力で相手をしよう。だから──

 

 「それは、俺に戦場で立ち塞がるということか?」

 

 旧友が一人いなくなる覚悟はしておこう。一夏は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 クロエ・クロニクル、オーバーヒートする。

 

 自分のやらかした事実と、その後の対応を思い出して苦悶する。ベッドの上を転げ回り、理解不能の呻き声を上げて枕を押し当てて絶叫する。

 

 「うぎゃあああ、ほへぇぇぇえええ、むへひゅるうぇええええ、とぅわっ……ぐふぅ……」

 

 数日間、正確にはクロエが石井の部屋に突貫してからずっとこの調子であった。食器は五枚割った。グラスも一個割ってしまった。何もない場所で転んで、顔面を打ち付けたり、ラウラとオセロをして負けたり。散々な有り様だった。

 

 「ひゃふはへうぇああああああぁ、ぷくぅ……」

 

 もうダメかも分からんね、とは束の談。完全にポンコツと化してしまったクロエを見て、そう言った。有り金を全部溶かしたような顔をしたと思えば、世紀末救世主のような顔になる。完全に色々な物が定まってなかった。例えばキャラとか、情緒とか。

 

 「何やってるんだろう、私……」

 

 勝手に一人で暴走して、勝手に自爆して。当の石井には呆れられる始末。本末転倒どころの話では無い。アホすぎる。何がしたかったのか自分でも分からなくなる。

 

 当然、石井と話すことは敵わず、悶々と過ごすばかり。何をするにも身が入らない。いつから、こんなにも自分は自分を思い通りに動かすことが出来なくなったのだろう。少し前まではこんな風ではなかった。もう少し冷静さを持ち、弁えて行動していた筈。

 

 やはり石井が原因だろう。これまでよりも酷く近い場所に義父がいることで意識してしまうのかもしれない。話したい、一緒に食事をしたい、話さなくてもいいから傍にいたい。先日の失敗もその欲から出た物だ。

 

 ドアをノックする音が三回。枕から顔を上げてネグリジェのままドアに向かう。ラウラだろう。ちょうど部屋に本を借りに来ると言っていた。クロエはゆっくりとドアを開けた。

 

 「ラウラ、何の本がいい……、の……?」

 

 「……」

 

 「……」

 

 「差し出がましいかもしれないが、服を着た方が良いと思う。肌寒いこの時期にそれでは風邪を引きかねないと思うのだが……?」

 

 「ソウデスネ……チョットマッテテクダサイ……」

 

 そっと静かにドアが閉じられる。黒のネグリジェを脱ぎ捨て、大急ぎでシャツとジーンズをクローゼットから引ったくって着た。

 

 「くぁwせdrftgyふじこlp(何でお父様が来るのぉぉぉぉ)──!?」

 

 「どうした?具合でも悪いのか?」

 

 部屋に石井を入れてからもクロエ・クロニクルの脳内は沸騰していた。石井のラノベ主人公のようなテンプレ台詞を一切耳に入れずに、石井の眼前で転げ回るほどには熱暴走を起こしていた。束がこの場にいれば、──信じられるか?これで親子なんだぜ?妬けるぜ、と茶化しただろう。

 

 ドエロいネグリジェと、とんでも無い醜態を見られたクロエは平静を取り戻して石井に訊く。

 

 「あの、それでお父様はどうして……?」

 

 「これを渡しに来た。忘れ物だ」

 

 石井の手には白い三角巾。クロエが石井の部屋に落としていった物だった。

 

 「あ、ありがとうございます……ごめんなさい……」

 

 「どうして謝る?」

 

 クロエの隣に腰掛ける石井。

 

 「お父様の部屋に勝手に入ってしまって、ご迷惑を……」

 

 「別に構わない。何か弄られた訳でもあるまいし、その程度で一々腹を立てていたら束と何年も一緒にやってられない」

 

 だから気にしなくて良い。そう言うと石井はベッドからドアへと歩を進める。用が済んだ故、帰るのだろう。名残惜しさはあるが、それ以上にクロエは喜びを感じていた。義父が態々部屋を訪ねてくれたこと、少しの間ではあったが会話出来たこと。それらが嬉しくて、それ以上を望む欲を抑えることに必死で、言葉が出なかった。

 

 「あぁ、そうだ……。言い忘れていた」

 

 石井が立ち止まった。

 

 「これからも束を頼む。今後、状況によっては私がここにいる事も少なくなるだろう。君とボーデヴィッヒと束の三人でどうか仲良くしてくれ。あれは繊細な性格をしているから」

 

 その言葉は寒気を感じさせた。決定的な分岐を幻視させた。

 

 「嫌です」

 

 クロエ・クロニクルは再び石井に逆らった。臨海学校の続きが、サシのタイマンという形で始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






 ──それじゃあまるでお別れみたいじゃない


 ──置いていないで


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犠牲


 三人、沈んだ。


 

 

 

 

 

 「それは浮気なのでは?」

 

 「いや、違うだろう。前提として、私は誰か特定の女性と関係を持っている訳では無い」

 

 「えぇ~ほんとにござるですか~?」

 

 「何なんだ……、いや、何なんだ本当に……?」

 

 クロエ・クロニクル、義父と闘う。誰も触れる事の無かった、ある意味タブー的な部分を右ストレートで殴りにいった。完全に色々拗らせている義父にキテいたのである。地雷を積極的に踏み抜きにいくスタイル。それなりに多くの者が気になっていた真実を本気で暴きに掛かっていた。

 

 「大体です、お父様。お父様は教師なのですよね?それなのに、生徒(金髪女)とデートするのは如何な物でしょうか?」

 

 「個人の付き合いだし、教員は副業だから。それに私は君の父……いや、待て。何で、知っている?」

 

 「お父様には束様という伴侶がありながら……」

 

 「待て待て待て!!何でそうなる!?すまないが、展開に着いていけない!!色々おかしい所がありすぎる!!」

 

 「では、違うと?」

 

 「あぁ、別に束とはそういう関係では無い」

 

 「じゃあ、童貞?」

 

 「何なん?どうしたんだ、本当に……?」

 

 非童貞の石井は頭を抱えた。拾った子供が実はエキセントリックな性格をしていた事実が発覚し、仕事疲れが溜まった頭をキリキリと締め付ける。目が据わっている子供に経験の有無を問われたり、ありもしない浮気を糾弾されたり、預けている保護者の如く著しくプライバシーを侵害したり、想定外も良い所である。

 

 そもそも、石井と名乗る男の認識として、彼は特定の女性と交際関係を築いているという訳では無い。彼の周囲の女性に対する認識はこうだ。篠ノ之束に関しては飼い主兼護衛対象、織斑千冬に関しては仲の良い同僚、セシリア・オルコットに関しては──不本意かつ意図せずにフラグを立てちゃった──教え子、といった関係性であると捉えている。本人にしてみれば、自分に気があるとかおかしいだろう、幾ら何でも見る目が無い、火遊びは直ぐに飽きるからオルコットさんもその内良い人が見つかる筈、等という自己評価のやたら低い所感を抱いている訳だが、これには女性側と余りにも大きな──マリアナ海溝ほど深い認識の差が生じている。

 

 俗に言う石井さんガチ勢女性武門──誤字に非ず──の三強たる彼女らは一辺の迷い無く彼に好意を向けている。何処ぞのハーレム系ラノベ主人公のような状況である。火遊び上等でそのまま燃え尽きても構わないお嬢様と、最近何だかんだと絡みが無いが一番多く飲みに行っていて弟と石井と三人で暮らす夢を見て鼻血を出したブラコン戦乙女。そして、ここ最近で一番倒錯的な雰囲気になった説明不要の依存度ナンバーワンのやべー奴。ただただ女難の硝煙の薫りしか感じられない、この布陣に整備科所属の山田先生と幸せいっぱいな某大内氏はこう語る。

 

 『死ぬわ、アイツ』

 

 そう、つまり、石井と名乗る男は教え子のナチュラルボーン破綻者系女難爆弾に匹敵する女難要員であったのだ!!でーん!!どうか、何を今さらという言葉は控えて頂きたい。

 

 さて、とんでもない女難の神に愛されたであろう石井。以前に、これ迄修羅場になんて遭遇したことも無いと宣っていたが、そんなことは無い。前世か今生か、それなりに危ない橋を渡って来たのだ。忘却の彼方に追いやったか、磨耗したのか、はたまた天然なのかはさておき、現在進行形で爆発寸前の爆弾を三つ抱えながら地雷原を全力疾走している。教え子のウルトラ求道破綻者のことを笑えず、自分に何時かのブーメランが突き刺さった。

 

 クロエの言葉がどんどん心に突き刺さる。やれ浮気、やれ手が早い、やれ生徒と教師と倫理。やたらめったら某御令嬢をディスるクロエ。そして過剰に束を持ち上げる。

 

 「つまり束様こそ、最高の選択肢。証明終了。これにはお父様もニッコリ」

 

 「なんでさ……」

 

 おっと心は硝子だぞ、と言いそうな表情を浮かべ、ドヤ顔を浮かべるクロエを見る石井。不毛な闘いが開戦してから五分、未だに状況に着いていけない石井年齢不詳独身は天を仰いだ。謂れの無い罪で糾弾される。これが冤罪か。違います、と空耳が聞こえた。何処かで胡散臭い影絵のような男が笑っている気もする。

 

 「兎に角、お父様が色んな意味で有罪なのは確定的に明らかです」

 

 「確定的に明らか……さっぱり分からん」

 

 考えるな、感じるんだ。弁護人ゼロ、検事と裁判官を兼ねた配役の酷い裁判である。法も人権もありゃしない。

 

 「という訳で私がお父様の頼みを聞く義理はありません!!ふん!!」

 

 勝利を確信して二度目のドヤ顔を惜し気もなく披露するクロエ。胸を張り、腰に手を当てて鼻から息を吹き出している。

 

 石井は嘆息する。さっさと自室に戻るつもりがおかしなスイッチを押してしまったらしく、長引いてしまっている。別段、無理難題を言った覚えは無いのだが、何故彼女がこうも腹を立てているか理解出来ない。自分が留守にすることが多くなる故の、頼みとまではいかずとも心得ておいて欲しい事項であるだけ。

 

 「あぁ、そうか。ならば、良い。他を当たるとしよう」

 

 誰彼構わず反抗したくなる年頃が誰しもある。俗に反抗期と呼ばれる物だ。これまで教師として接した生徒の中にも大勢いた。彼女にも反抗期が来たのだろう、そう石井は解釈した。年頃だし、仕方ないねというノリで先程の言葉を撤回した。そもそも自分がこのような事を頼める立場に無いことを失念していた、と猛省している。これからは、これまで以上に極力関わる事を避けた方が良いらしい、とも。やはり、この男、拗らせている。

 

 最近頭に靄が掛かったようにボーッとすることが多いからゆっくり休もう等と考えながら石井はクロエの部屋から出ていった。

 

 ドアの閉まる音と共に訪れる静寂。胸を張ったまま不動のクロエは漸く動き出し、ベッドに倒れ込んだ。

 

 「何やってんの私ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?これはマズイ!!アウトだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」

 

 自らの言動を振り返る。女性経験の有無、矢鱈と義父を女にルーズな風に誘導する、確定的に明らか。見るに耐えず、聞くに耐えない。

 

 「これは……嫌われた……嫌われましたね……ハハ……」

 

 項垂れ、微動だにせず沈み込んだクロエ。父が拗らせているならば娘も拗らせていた。

 

 その後、ラウラが白目を剥いて泡を吹くクロエを発見して大騒ぎになったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 「麻婆豆腐、辛さ『愉悦』だ。心して食すが良い」

 

 「ねぇ、セシリア……本当に食べるの?」

 

 「勿論ですわ!!私もあの人と同じ境地に行くのです!!私も一夏さんみたいに一緒に食事したいでーすーわー!!」

 

 「麻婆豆腐、辛さ『愉悦』だ。心して食すが良い」

 

 「え……?ボクが頼んだのって青椒肉絲だった気が……」

 

 「ほう、貴様が俗に言うクレーマーという輩か。私は確かに麻婆豆腐辛さ『愉悦』を二つと注文受けたのだがな?」

 

 「えぇ……」

 

 紅洲宴歳館・泰山IS学園支店に二人の少女が遅めの夕食を取りに来ていた。美しい金髪の美少女たち、セシリア・オルコットとシャル・有澤は無謀にも彼の悪名高き殺人麻婆に挑もうとしていた。尚、片方は理不尽な悪意によって愉悦の道連れにされた模様。店主の口元が歪む。

 

 「喜べ少女。君の望みはようやく叶う」

 

 「お礼申し上げますわ、店主。これで私もあの人と同じ領域を知る事が出来るのですわね!!」

 

 「君に祝福があらんことを……」

 

 何処からか取り出した十字架にキスをして不敵に微笑む店主。一目見て黒幕だと分かりそうな雰囲気を醸し出すこの男が飲食店の店長として適格であるかどうか、シャルは考えるのを止めた。

 

 「では行きますわよ、シャルさん!!」

 

 「ボク、死ぬの?」

 

 燃えたぎる──沸騰する麻婆を見てシャルの眼から光が消える。これが本物、これが頂点、これが地獄。赭、赭、赭、ただひたすらに赭いこの世ならざる食物。いや、食物と定義しても良いのだろうか。遠ざけても視覚情報として脳に伝わる辛さ。そこに旨みなど無く、殺意の片鱗すら見える。

 

 「では、いただきます!!」

 

 「コイツ、もう駄目だろ。やべぇだろ」

 

 蓮華を麻婆へと突っ込むセシリアを見てシャルがとうとうおかしくなった。宇宙的恐怖ならぬ麻婆的恐怖により多少おかしくなることは、泰山IS学園支店ではよくあることだ。しかし、それも一つの経験であり、誰もが通る道だ。店主もはじめての愉悦麻婆を優しく見守っている。その証拠に口元には何かを堪えきれないような笑みが浮かんでいる。以前は神父だったらしい。

 

 蓮華に掬われた赭は口内へと運ばれる。薄紅色の女性らしさを感じさせる唇と殺意の辛味を具現した赭。それらが交わり、唇は閉ざされ、何も掬われていない蓮華のみが手にある。

 

 さて、ここで突然ではあるが、この星の話をしよう。この星が生まれた時、地球は現在とはまるで似付かない姿であったという。曰く、溶岩とガス、灼熱と極寒が入り乱れる地獄。美しく青い姿は何処にも無く、赭い生を許さない極限環境が広がっていた。

 

 

 

 

 

 どうだろう?麻婆と似てないだろうか?

 

 

 

 

 ──それは、麻婆豆腐というにはあまりにも冒涜的すぎた。

 

 非常識極まりなく

 

 辛く

 

 痛く

 

 そして痛すぎた。

 

 それはまさに地獄だった。──

 

 

 シャルはこの星の創世を幻視した。宇宙の混沌、果ての無い大海、黄金の獣、そしてワイン片手に邪悪に笑う古代の王。

 

 辛味を感じない?否、認識出来ないのだ。理由は二つ。一つは脳の処理能力(キャパシティ)を大幅に超過するほどの情報ゆえに、味覚として感知出来ないのだ。それがIS操縦者の中でもエリートとされる専用機持ちの脳でも。そして二つ目。()()()()()()()()()()()()()

 

 『フハハハハハハハハハハハハッ!!綺礼よ、見ておるか?』

 

 幻聴まで聴こえてきたシャルはもう一口蓮華を運ぶ。食べ物は粗末にしてはいけない。本能に従い蓮華を動かす。

 

 「あぁ、ハンターハンター読みたい……から、うま……」

 

 麻婆が美味い。全然辛く無い。味が薄めな気がするが、これを何故みんなは怖がるのだろう?シャルは疑問を浮かべながら更に蓮華を動かす。

 

 汗は不思議と出ない。辛さが無いせいだろうか。店主も彼女たちの食事を微笑みと共に見ている。虚仮威しだったということだろう。

 

 そして視界がぐるん、と回る。

 

 「う、あ───ぁ?」

 

 呂律が回らなくなる。視界がチカチカ瞬いて、頭の中でパチパチ何かが弾けて、プチプチ潰れる。

 

 「えぅ……あぇ──」

 

 そうして漸く脳の処理が追い付く。

 

 「ひっ─────────」

 

 真っ白に塗り潰された視界と高い耳鳴りと、詰まる息。吹き出る嫌な汗。その後に

 

 「────────────」

 

 来た。それは、それは、それは!!それは辛味では無い。味覚は既に麻痺している。辛うじて生きている感触は痛覚。痛み、それは痛みと形容するには適さないだろう。未知の痛覚が舌を、口内を、気道を、食道を、脳を蹂躙し、害し、焼く。

 

 声を出す事ことが出来ない。声帯を震わせることが上手く出来ないのだ。痙攣しているのか、喉奥がひくひくしている。痛み、痛み、痛み、痛み、痛み。

 

 ちらりと横を見るとセシリアは既に絶えていた。麻婆か血か判別出来ぬ液体を口から溢して、伏している。

 

 「ほう、思ったより長く持ったな。これは予想していなかった。賞賛に値するだろう」

 

 店主の声が聞こえる。喜悦に満ちた声色だった。

 

 「だが、食べ残しは頂けんな。最後まで食して貰わねば困る──」

 

 声は途中で途切れた。意識が落ちる最中、シャルが最後に見たのは自分たちを見下ろす店主と見知った教師の顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やり過ぎじゃないか?」

 

 「それがこの少女らの限界だったという事だろう。注文は?」

 

 「麻婆豆腐、辛さ『天地開闢(エア)』。ラー油マシマシ、唐辛子三倍。それと赤ワイン」

 

 「承った」

 

 何処かでまた邪悪な高笑いが聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 夜か昼かは分からない。何処にでもあるような町の何処か。一軒の喫茶店がある。閑散とした店内は薄暗く、静かな赴きの店内には微かにベートーヴェンの月光が流れていた。

 一つのテーブルと向かい合う椅子に二人の男女。胡散臭い笑みを浮かべる影法師のような男と、橙色のコートを着た女が向かい合っていた。

 「という訳で我が友人の身体を再び用立てて欲しい。そろそろ、限界が来たようでね。ここ最近は酷使していた故、急速に負荷が掛かったのだろう」

 「ほう……。まぁ、私としては構わない。だが、お前ほどの存在がこうして私に態々頼む事も無いだろう?お前には借りがあるから協力はしよう。それでも、自分で造った方が楽ではある筈だが?」

 「ふむ、確かに君の言う事にも一理はある。成る程、確かに、私も我が友人の身体を用立てることは出来るが、こと()()という点に於いては君は他の追随を許さない。君の技量を見込んで、私は依頼しているのだよ」

 「そうか。引き受けよう。私もその男とは面識は無いが、接点はある。同好の士が随分と入れ込んでいてね。五日で仕上げよう」

 「感謝するよ、人形師」

 「その笑みを止めろ、詐欺師」

 女は御世辞にも美味いとは言えない煙草に火を付けた。男は既に何処にもいなかった。






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外典:IF/パパの話を聞かせてほしいな


 キャッチャー イン ザ lie




君は、ほんとうにそっくりだなぁ。


 

 

 

 

 以前、何処の誰とも分からない女を孕ませたことがあった。とうに希薄な物となった前世か、今生の話かは定かでは無いが、私はそういうことがあったと微かに記憶している。

 

 無論、仕事であった筈だ。遊びで引っ掻けたとか、狙って当てに行ったとか、断じて意図したことでは無いことは捕捉しなければならない。ハニートラップ、もしくは長期の内偵や潜入に於いて、情報やコネクションの為に抱いたのだろう。前世でも今生でも、そういう仕事はよくある物であった。

 抱いたのは一回ではなかったような気がする。浮かぶ情景は何時も違う部屋だったことから、私はその女と複数回、行為に及んでいたらしい。正確な回数は分からないが、相当な回数、まぐわったのかもしれない。

 勿論、避妊はきちんとしていた。余計なしこりや、後腐れは無しにしたかったからだ。ただの目標へと近付く為の一踏み台。私はそのようにその女を認識して、接触した。用が済めば、おさらばだ。

 

 詳細はやはり覚えて無いが、女はまんまと私の手に堕ちた。気丈な性格の持ち主だった。だからこそ、空隙も大きかった。彼女は私に溺れて、依存するようになった。何かにすがり、しがみついていないと窒息してしまうような女だった。脆くて、弱い。突けば崩れる砂の城。いつも真綿で気道を締め付けられていた。

 矮小で、愚昧な懇願を、汚濁しきった芥以下の愛の言葉で返して、私は女の相手をした。絹のような黒髪を優しく手でとかしながら、シャツを強く掴んで離さない女に前述のような耳障りの良い言葉を鼓膜へ当てる。そうすれば女は私の胸に顔を埋めて弱々しく泣き出すのだ。離れないでとか、傍にいてだとか、そういう風に私を求めて、ベッドの上で情報をポロポロ吐く。

 

 冬だった。珍しく雪が降った十二月上旬の某日、私はスノードームのような街を横切って女の待つ矢鱈と家賃と高度が高いマンションに入った。突然の呼び出しに応じた訳だったが、これ以上女から取れる情報も無いので、今回の接触を最後にしようと考えていた。

 首に巻いたストールを外して、女の部屋に入ると、柄にも無く女が手料理を作っていた。立場上、いつもは外食ばかりの女が指に絆創膏を巻いて、鍋をテーブルに運んでいたのだ。恥ずかしそうに私をソファーに座るように促して、付け合わせのバゲットを切っていた。

 テーブルで白ワインを飲みながら、女の作ったシチューを食べていると、女が言った。

 

 「あのね……子供が出来たの……」

 

 丁寧に数拍置いて、私は笑った。そうか、そうか、それは良かったよ。嬉しいな、僕が父親かあ、なんて言っていたのだろう。穏やかな顔で、笑んで、女の手を握って抱き締めて。女も毒づきながらも、私の背中をぎゅうっと握って。子供が出来て喜ぶ恋人、或いは父親になれることに歓喜する男を演じていた。

 内心は穏やかではなかった。避妊は完璧にしていた筈なのに、どうして孕んだのか。虚偽なのではないか。妊娠が事実にしろ、虚偽にしろ、私は女と迂闊に離れることが出来なくなってしまった。ライ麦畑で私は彼女に捕まってしまった。

 

 だから、私は彼女を殺した。面倒になってしまったから。

 薬を水に混ぜて、それを飲んだ女は眠るように目を閉じて、二度と目覚めることはなかった。

 短絡的且つ、安直で、馬鹿らしい幕の引き方だと自分でも思った。もっとスマートなやり方があった筈で、これが悪手であることは明白だったのだが、私は敢えてこの終わらせ方を選んだ。面倒を被るのならば、一も十も然程変わりは無い、と。

 屍を見て、私は女が死んだのではなくて、夢を見ているのではないかと思った。幸せな夢を見て、羊水の中をたゆたっている。そう思うほど女の顔は穏やかで、幸せそうな表情をしていた。

 彼女を抱えて、私は寝室へと向かった。ベッドに寝かせて、お気に入りのブランケットを掛けて、私は部屋からスノードームへと出ていった。

 

 幻影の赤子、私の子の声が遠くから聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、それは幻聴ではなくて、確かに現実の物で、私の鼓膜に当たって反響した音だった。分娩室で響いた泣き声は紛れもなく、私の子の声で、束の胎から出た生き物の発した産声だった。

 

 真っ赤な肌で、目は当たり前だがぴったりと閉じていた。人というよりは、猿に近い印象。人間も元は猿だったのだ。私も束も、人間は皆、このような姿で生を受けてきて、今に至る。赤子の姿は全人類の中で最も無垢で、汚れを知らず、天使に近いのだろう、とふと感じる。この世で最も美しい一つ。

 

 看護師が言うには女の子らしい。クロエとラウラは自分たちの妹を見て、束に抱きついて、涙を流しながら喜んでいた。私は壁に寄り掛かって、それを見ていた。彼女らの幸せの一ページを、俯瞰していた。

 

 後日、母子の容態が安定して個室に二人が移動した時、部屋を訪れた。着替えを持っていくついでに、顔を見に行った。

 束のベッドの隣にベビーベッドが付けられて、そこに子供が静かに寝息を立てていた。丸っぽい顔と、何処か束に似た面立ちを見て、彼女は微笑んでいた。

 

 「やぁ、いしくん。着替えを持ってきてくれたの?」

 

 「あぁ。ここに置いておくよ」

 

 椅子の上にバッグを置いて、ベビーベッドの中を覗きこんだ。

 

 「仕事は大丈夫なの?」

 

 「休みを取った。いや、取らされたと言った方がいいかな。取り敢えず心配は無い」

 

 そうなんだ、と束は笑った。窓の外ではちらちらと雪が降り始めてきた。粉雪だった。

 

 「君に似たな。目元はもう、君にそっくりだ」

 

 「そうかなぁ?私はいしくんっぽいと思うんだけどなぁ。鼻筋とか」

 

 無いな、と笑った。

 風の音が大きく、轟、と聴こえて、雪が強くなったことを知る。束が肩に掛けたカーディガンを前へ寄せた。

 風の音のせいか、子供が起きた。私を見て、言葉にならない声で何かを訴え、手を伸ばす。まるで何かにすがろうとしているみたい、と私は思った。同時に穿った物の見方だと思った。

 笑った。

 

 「手、出してあげなよ。()()

 

 伸ばされた手に、夢遊病のように指を差し出す。口から溢れる息は泡になる。海の底にいるようだった。光が歪められるように、時間も歪められる。一秒が平たく、引き伸ばされて、限りなく長く感じた。

 やがて、指を弱々しく包む微力。熱くて、熱くて、熱くて、骨をどろどろに溶かしてしまうような命の熱量と、風の向こうで聴こえる泣き声。

 

 ああ、これは──

 

 「脆いな(怖いな)……」

 

 その子供を私は恐ろしく感じた。おぞましい怪物のようにも、死告の天使のようにも思えた。この子が私を殺すのだと直感してしまった。巡り巡ったのだ。遂に、風の向こうから私の喉元に牙を突き立てに来た。

 

 「名前、この子の名前なんだけどね……」

 

 束の声が、あの女の声に変わっていく。視界に僅かに入った手には、絆創膏が巻かれていた。

 

 「雪の華……、雪華とか良いと思うんだ。どうかな?」

 

 その華の毒が私を殺すのだろう。ツケを払わせるつもりなのだろう。あの女が、私に放った刺客がこの子だ。

 柄にも無く、喉を焼くような灼熱感と足が震えるのを誤魔化し、張り付いたような声帯を震わせて、どうにか声を出す。

 

 「いいんじゃないかな?綺麗な名前だ……篠ノ之雪華。この子は、篠ノ之雪華だ」

 

 私は恐る恐る、指を離した。手は伸ばされたままだった。

 すがるのでは無く、喉元に手を伸ばしていたのか、と認識を改める。どの道、私は近い内にゲーム盤から降りる予定だったから、殺されることについては然程恐怖を感じない。それが自分の遺伝情報を分けた、子でも。

 ゆえに怖かった。理外の恐怖に私は恐怖した。

 

 外に出ると、吹雪いていた。ひっくり返したスノードームのような夜の胎内。

 

 幻聴は重なって、ハーモニーを奏でていた。

 

 

 

 

 

 

 

 「どうか、彼女らに幸多からんことを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 女は男が自分を真に愛してないことに気付いていた。全てが嘘偽りで、巧妙な偽装で包まれた虚言であったことに薄く勘づいていた。

 

 それでも、女は男を責めなかったし、男の求める情報を与え続けた。男の求める物を何でも、幾らでも供与した。男を罠に嵌め返す訳でも無く、虚偽の情報を伝えるなんて真似もしなかった。

 

 馬鹿馬鹿しい話だが、女はそれでも良いと思っていた。騙されていても、嘘だらけでも良かった。

 笑顔は仮面。

 愛の言葉は薄汚く、冷めた無機的な音の羅列。

 女を肯定する言葉はパターン化されたマニュアルのように返ってくるプログラム。

 行為の全ては粘膜接触の応酬。快楽を女に感じさせる為の、空虚な作業。

 

 それらは、全てが狙いを持って行われた物で、真実など何処にも無かったが、ほんの少しだけ、女にとって真実があった。

 髪を梳く手付きと、女を抱き締める時の力の強さ。コーヒーを飲むときの安心した顔と、疲れきった寝顔。

 

 それだけで、女は十分だった。男を理解した。僅かな間でも自分に幸せをくれた男を、嘘だらけの男を愛してしまった。

 

 そして、女は男に言った。

 

 「あのね……子供が出来たの……」

 

 仮面が歓び、彼女を抱き締める。その力は弱かった。

 男の思惑は女に筒抜けだった。それさえも、女の思惑の内とは気付かずに、悪手たる幕引きを選んだ。

 

 幻影の子供を胎に宿して、女は男の差し出した水を飲む。

 遠くなる意識と、押し寄せる眠気の中で、彼女が最期に見たのは、顔を歪める男だった。

 瞼を閉じる瞬間、彼女は願った。いるかも分からないが、すぐに会うかもしれない神とやらに。

 

 

 

 

 

 おお神よ、どうかこの寂しい男を救ってくださいませ、この男に幸あれ、と──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 艶やかな黒髪と、とろんとした垂れ目の少女は母の部屋の前に立っていた。厚い扉と冷たい合金の質感は入室を躊躇わせる。

 

 ひんやりとした感覚を掌に感じながら、扉を押すとそこにはがらくたの山だった。スクラップや、よく分からない電子機器が乱雑に積み重なり、崩れかけている。基板が剥き出しになったラップトップや、弾丸。足の踏み場が無いほどに散らかった薄暗い部屋を慎重に歩む。

 部屋の光源は奥で光る青いディスプレイの物だけ。カチカチとタイピングの音が、ファンの音と一緒に部屋に染みる。すぅ、と山に浸透するように響いて、消えていく。

 

 よろめきながら、無機の荒野を抜けると、茜色の髪を短く、ショートボブに切り揃えた女がディスプレイに向かって作業をしていた。少女に気付く様子は無く、意識は全てディスプレイの向こうへと注がれている。

 デスクの上には湯気の立つ安物のコーヒーと、見知った、されど会ったことの無い男と二人で写る女の写真。写真の中の女は髪を長く伸ばして、少女と同じ黒髪の男に腕を絡ませている。白い砂浜で、満面の笑みを浮かべていた。男は困った顔で、女を受け止めている。

 

 「ママ……」

 

 女──束は緩慢と振り向く。数瞬置いて、束は少女を見て笑顔を浮かべる。

 

 「どうしたの、せっちゃん?」

 

 「えぇっと、ちょっとお話ししたいかなぁって……。忙しかったよね、ごめんなさい」

 

 「大丈夫よ。待っててね、今コーヒー入れるわ」

 

 雪華の頭を撫でて、束はインスタントコーヒーをマグカップに入れた。ポットのお湯を注いで、資料がぶち撒けられたテーブルに置く。少し酸味のある薫りが顔にぶつかる。姉の淹れるコーヒーとは大違いの市販品の薫りだが、雪華は悪くは無いと感じた。

 

 「それで、どうしたの?くーちゃんがご飯食べに降りてこいって言ってたとか?らーちゃんが外に出てお出かけしようとか言ってた?ご飯はちゃんと食べてるし、外はお母さん苦手だから……」

 

 ソファーで向かい合った束は温くなったコーヒーを飲みながら、雪華に訊ねる。雪華と似た垂れ目が、娘をなぞる。視線の先は夜の闇のような黒髪と、鼻筋。

 

 「お姉ちゃんたちの伝言とかじゃなくて、今日はママに訊きたいことがあって来たの」

 

 「何かな?大抵のことは答えられるけど、何が訊きたい?勉強かな?恋の相談かな?それとも……」

 

 「パパのこと、教えて」

 

 瞬間、束の顔から表情が抜け落ちた。すっぽりと力の抜けた表情筋は一瞬、哀しさを浮かばせ、再び笑みを取り戻した。青い光に照らされる束の笑顔は生気が感じられなかった。

 

 「どうして、パパのことなんか知りたいの……?」

 

 俯いて、束が言葉を紡ぐ。心なしか声が震えていた。

 

 「みんな、昔からパパのことを教えてくれない。パパのこと訊いてもはぐらかすようなことばっかり言って、何も教えてくれない。お姉ちゃんたちも、千冬さんも、一夏お兄ちゃんも、大内のおじさんも。何なの?みんな私に何を隠してるの?」

 

 

 消えた父親。

 嘗て、猟犬と恐れられた男は姿を消した。雪華が生まれて以来、飼い主の元へと帰還する回数は減り、とうとう消息を絶った。あらゆる手を尽くして彼の行方を、多くの者が探した。天災が、戦乙女が、彼の教え子たちが血眼になって探した。しかし、彼の影すら掴むことは出来なかった。

 何故、姿を消したのか。それは謎のまま。天災と猟犬の実子の誕生が彼の失踪に関係があるのか、と噂されたこともあったが、真相は未だに分からない。

 

 雪華は父親と会ったことが無い。幼い頃、産まれて間もない時分に会ったことがあると言うが、勿論覚えている訳も無い。残された写真と、彼の伝説的な活躍のみが雪華の知る父親の断片で、それ以上は何も知らない。

 

 だからこそ、雪華は母に訊くことにした。見知らぬ父の面影を求めて。写真の中の父に近付きたくて。何故、母と姉を置いて消えてしまったか知りたくて。

 十五歳の誕生日、雪がしんしんと降る夜。雪華はこうして束の前に座っている。

 

 「やっぱり、この子は君に似てるよいしくん。垂れ目だけど、目付きは君そっくりだ」

 

 「え……?」

 

 「いや、何でも無いよ。そっか、もう、十五歳かぁ……」

 

 束が天井を見る。懐かしむように、ここでは無い何処かを見て、思いを馳せる。

 

 「そうだねぇ。もうそろそろ話しても良いのかもね。ねぇ、くーちゃん、らーちゃん」

 

 雪華の背後に立つクロエとラウラ。姉たちは哀しげに微笑んだ。クロエは雪華を優しく抱き締めて、肩に額を当てた。

 

 「そうだねぇ、じゃあ話そうか。君のお父さん、石井と名乗っていた男のことを。世界最強の、私たちを置いて消えてしまった大馬鹿のことを……」

 

 テーブルの上のスノードームは、キラキラ輝いていた。

 まるで、彼が雪華に指を握られた日のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「猟犬殿、あれから十五年ですな」

 

 「あぁ。それで、それがどうした?」

 

 「いや、別にどうという訳でも無いのですが、今日は貴方の三番目の御息女の誕生日だと思い出しましてな」

 

 「確かにそうだが、私にそれを言って何になるというんだ。私はもう現に関わることは無いと言った筈だ。今日がどんな日であれ、私が何かする訳では無い」

 

 「ははは、然り。そう、そうでしたな。貴方は既に世と繋がりを絶った身。御息女の成長を見守ることなど、容易いですな。()()()()()()()()()()()()()()()貴方ならば」

 

 「本屋、些か冗談が過ぎるな?今日は随分と喰って掛かるようだが」

 

 「おや、御不快でしたかな?これは失敬。何分、最近は退屈を持て余していましてな。少々口が過ぎたようだ」

 

 「退屈ならば、お前が好きな歌劇でも見に行けば良いだろう」

 

 「それは良いですな。是非、そうさせて頂こう。では……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「猟犬殿、我が友よ。兎が危機に陥った時、貴方は再び現へと舞い戻るのだろうか?嗚呼、ならば、そろそろ動くとしよう。第二幕の主役はやはり、華がある方が良い。役者は相変わらず良い。しかし、私の脚本は……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







 致命的な欠陥を抱えたまま、ヤっちゃって、子供が出来たらこのルートに入ります。

 でも、外典なので絶対にこのルートには入りません。




 あ、お久しぶりです。





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お前がママになるんだよ!!

 

 

 

 「私って、何なんだろうね……」

 

 

 

 

 

 ざあざあと雨が降っていた。

 やけに雨が多い冬の入りは、かれこれ七日ほど陽を見せない。GAの気象観測衛星は明日も、明後日も同じような天気だと予報を吐いていた。空を見上げれば重苦しい蓋がべったりと貼り付いて、おかげで寒さが酷いもので、それがたまに霙に変わると路面が凍って除雪班が人工島の道という道に片っ端から薬剤を散布していかなくてはならない。朝方、彼らとすれ違うと舌打ち混じりに愚痴を垂らす姿を生徒や職員たちは同情まじりに心中、労っている。

 打ち付ける雨音に混ざって、幽かに、遠くからピアノの音が聴こえる昼下がり。石井はソファに寝転がり、目を閉じていた。付けっぱなしのゲーム、エアコンのごぉぉぅ、という鳴き声。テーブルの上に散らかった酒瓶と、じりじりと燃え尽きる煙草の灰。雑多が過ぎるような部屋で、石井は死んだように、寝息も立てず夢と現をさまよっていた。

 断頭台の刃が石井の首を刈ろうとした刹那、彼は急激に意識を覚醒させた。頬に触れる温度を感じる。ゆっくりと、恐る恐る目蓋を開くと見知った顔が石井を見つめていた。

 

 「大丈夫?」

 「なにが……、なんだよ……」

 「汗が、すごいよ」

 

 石井は額を手で拭った。じっとりと貼り付くような、分厚い雲の中のような水滴の群れ。重い身体を起こして、キッチンで冷たい水を顔にぶつける。乾いた喉には、冷蔵庫のペットボトルの中身を流し込む。甘かった。いつぞや買ったアップルジュースが子供のように騒ぎ立てている。

 ソファに座り込んだ石井の隣に彼女は座った。何も言わずに、石井を心配そうに見るだけ。両手で顔を覆う石井はその視線が少しばかり煩わしく感じた。

 

 「何の用だ。人が寝てる時に、勝手に入ってきて……」

 「部屋の前を通った時、声が聴こえたの。魘されてるみたいだったから、心配で」

 必要ない、と石井は言って、「夢見が悪かっただけだ。別に、問題はない」

 

 問題はない。そう、口に出さずに繰り返す。

 汗は引いていき、代わりに嫌な寒気が襲ってくる。卓上のスコッチが胃を暖めてくれる。濡れたシャツを脱いで、背凭れにあったティーシャツに着替える。

 

 「ねぇ、いしくん」

 

 彼女が背の向こうから声を出す。見やると、膝を抱えて、窓の向こうを見ていた。

 

 「私って、何なんだろうね……」

 「いやに哲学的な質問だな。私には哲学は分からないよ」

 「そうじゃなくてね、あのね……」

 

 彼女は言い淀んだ。三十秒か、一分か。長く感じた。

 

 「くーちゃんと、らーちゃんにとって、いしくんは父親だよね」

 「認知した覚えは一切ないよ。勝手にあの子たちが言っているだけだ」

 

 彼女はそう言った石井を呆れた視線で刺した。石井は素知らぬ顔で煙草を吸い出して、彼女の視線には気付いていないようだった。

 

 「それでさ、思ったんだ。あの子たちにとって、いしくんがパパなら。じゃあ、私はってさ……」

 

 石井は紫煙を吐き出して、目を閉じる。分かりきった答えだった。

 彼女はあの二人の姉ではない。教師でも、監視役でも、雇用主でもない。彼女は保護者だ。母親だ、と石井は考えていた。自分が拾って、預けた上の子と、彼女が率先して拾った下の子。自分では相応しくないが、彼女ならば。そう石井は考えていた。

 

 「母親、なんじゃないかな」

 「ママねぇ……、私がママね」

 

 小さく、くつくつ。彼女は笑う。壊れているように、リズミカルに軽い音を奏でる。肩は動かず、目は薄く開いていた。石井は煙草を握って消した。

 

 「向いてないよ……」

 

 弱々しく呟いた。

 

 「束様。博士。そう呼ばれて、一緒にお風呂に入って、一緒にご飯を食べて、一緒に寝て。これってまるで、家族みたいだよね」

 「そうだな。家族みたいだ。血の繋がらない家族のようだよ」

 「君が父親で、私が母親。あの子たちは娘。まぁ、両親に問題はあるかもしれないけれど、家族に見えてしまうよね……」

 「何か、あったのか?」

 

 彼女は顔を膝の間に沈めて、再び黙する。外では雲がさらに厚くなって、暗くなる。雷光が瞬いた。

 今さらな話だったんだ。彼女は力なく言った。

 

 「今朝、起きた時、くーちゃんがね。寝惚けて私に、ママって、言ったんだ。ママってね……。それでさ、私驚いちゃって、泣いちゃったんだ。そうしたらくーちゃんとらーちゃんが慌てて……。嬉しかったんだ。とてつもなく、根拠もないけれど、そう呼ばれたら涙が溢れてきて。でも、それと同じぐらい足が震えたんだ……。怖かったんだと思う。あの子たちのことが怖いんじゃない。もっと、別の……、分からない何かが怖くてしょうがないんだ。その場では誤魔化せたんだけど、やっぱり、どうしようもなくて、さ……」

 

 温い風が石井をなぞって、部屋は夕闇と同じ明度になった。束は絞り出すように続けた。

 

 「私は、あの子たちの何を怖がってしまったんだろう。なるべく、それっぽく頑張って来たんだけどなぁ……。私じゃあ、やっぱり母親っていうのは力不足だったのかな?ねぇ、いしくん……」

 

 母親ってどうやって、やるの?

 満面の笑みを濡らしながら、彼女は訊いた。膝は震えて、目元を腫らして、声は歪に揺れて。

 親のやり方。子供に飯を作って、子供の世話をして、子供に知識と教養を授けて、子供の身を守って、子供の為に金を稼いで、子供を愛する。彼女にはそれくらいしか思い付かなかった。飯はたまに作ろうとしても子供がキッチンを譲らず、手を付けられない。世話、という面では互いに上手くやれている。知識と教養は完璧であると自負しているし、安全は抜かりない。金も一生遊んで暮らせる程度は有している。

 だからこそ。いや、当然、彼女には最後だけは分からなかった。子供を愛する、とはどうすれば良いのだろうか?

欲しい物を全部買い与えれば良いのか。我が儘を聞けば良いのか。厳しく叱りつければ良いのか。愛していると言えば良いのか。

 そもそも、愛とはなんだ。子供へと向ける愛とはどのようなものなんだろう。彼女は困惑した。それは彼女の知らないモノ、未知のウイルスのようであった。

 愛があれば何をしても良い訳ではない。愛があって、自分の子供だからと言って子供を何の理由もなしに殴り付けてはいけない。それはただの虐待で、その暴力に愛が付随されていることはない。同じように子供を縛り付けてはならないし、信じずに見切りを付けて頭ごなしに説教することが善き行いであるとは到底言えない。

 暖かい部屋で、テーブルを囲んで笑い合いながら今日あったことを話して、夕飯を囲む。彼女が幼い頃、通り掛かった近所の家庭のダイニングを見た時の光景。それはありふれた凡才たちのつまらない日常の一幕には過ぎなかった。それでも、その光景が忘却の彼方へと追いやられることはなかった。不思議と世界を回る内に見た絶景と同じように輝いて、消えてくれなかった。

 やりたいことをのびのびとやって欲しい。人に迷惑を掛けても、大事な物を守ることの出来る、心の強い子になって欲しい。誰かを心の底から労れる優しさも身に付けて欲しい。父親のようなろくでなしには引っ掛からないような、見る目を養うべきだ。そんな世界中を飛び回るろくでなしの代わりに、寂しい思いをさせないように精一杯優しく接しよう。でも、そんな父親は世界中でただ一人だけの自分の味方で、誰よりも不器用で優しい人だということを知って欲しい。

 彼女はそんな想いを胸に二人の少女と接してきた。生まれは関係ない。少女たちはれっきとした人間で、彼女は全霊で関係性が定かではない少女たちの保護者役を務めた。

 しかし、恐れを持ってしまった。持つべきではない感情だった。その出自以前に、自分を慕い、信頼してくれている子供に恐怖するなどという行為は彼女が許容出来るものではない。しかも、その感情の出所は不明。らしくもない、自己嫌悪に陥る。

 石井は俯く彼女の頬にそっと手を添わせた。

 

 「それが、守るべき命の、家族の重みだ。()()()()、母親としての君が背負うべき重荷だよ……」

 「母親なんかじゃないよ、私は。子供を愛することが出来ないやつが母親を名乗るなんて、おかしいじゃないか……。私は、あの子たちとの関係性を考えたことなんて、実は一度も無いんだ……。ただあの子たちに、あの子たちがせめて笑ってくれてればって……」

 「愛してないのか」

 「分からないよ。愛されたことがない、と思う。親に愛された実感なんてない。そんな私が子供への愛を……、子供を愛するとか……」

 「私には君は十分、あの子たちに愛を注いでいるように見える」

 「うそだよ」

 「慣れていないだけだよ。その重さが大きすぎてびっくりしただけさ。やり方なんて、ないだろうし、君はあの子たちの側にいるべきだ。これから、君は母親になっていくんだよ。ゆっくり、時間を掛けて、君たちは家族になる。今はまだごたつているが、情勢が落ち着いたら三人で出掛ければいい。家族旅行というやつだ。温泉にでも行って来たらどうだ」

 「愛せているの……?私はちゃんとあの子たちを」

 

 石井は笑んだ。暗闇の中で、雨音の中でピアノが弾ける帳の内で。

 

 「そっか……。私はちゃんと愛せているんだね。そうなんだ……」

 「君は向いていると思うよ。母親に」

 「当てずっぽうでしょう?」

 「いや、本心だよ。怖くて、今も手が震えているのに君はそんなに綺麗に笑っている。誰よりもあの子たちが愛しい証だろう」

 

 そんな顔をした女を何度も見たことがある。戦地で、酷い環境の中で腕の中の幼子に笑いかける母親たちは抱える不安や恐怖を悟らせないようにしていた。最期の瞬間も、ずっと微笑んでいた。石井はそんな記憶を回顧して、彼女に言った。

 

 「顔を洗って、あの子たちの所に行くといい。話してきたらどうだ?」

 

 彼女はそうだね、と言って勢い良く立ち上がった。目を手の甲で拭って、ドアへと向けて歩く。その途中で振り向いて、

 

 「ありがとね、お父さん」

 「やめろ。認知してないと言っているだろう」

 「家族なら、君も含めて四人家族だからね。いい加減、逃げんなばーか」

 

 あかんべをして、彼女は出ていった。石井はそれを見送って、立ち尽くしていた。

 そして、膝を着いた。身体を曲げ、苦悶を浮かべた顔をさらに歪ませ、声を圧し殺している。今にも叫び散らしそうな激痛を耐えて、のたうち回りそうな身体を抑えていた。

 痛、痛、痛、痛、痛、痛、痛、血、痛、痛、鉄、痛、血、日溜まり、コーヒーの薫り。

 せりあがってくる物を感じて、手で口元を抑えて石井は走った。むせかえるような、その味には馴染みがある。

 洗面台いっぱいに石井は吐血した。口内は赭く染まっていた。唇から糸を引く糸も赭。肩で息をしながら、ずるずると座り込みそうになるのを踏み留まって鏡に映る自分、自分を見る像を睨んだ。

 自分がぶれて、自分が現れる。ブレザーを着崩した少年が石井を見る。石井は少年を睨み付けて、鏡を殴り付けた。

 

 「消えろよ……。俺にはもう関係ないだろう、幻覚になってまで悔やんでいるのか……?」

 

 手から血が滴り落ちて、水溜まりが出来た。

 朧気な視界で、石井は少年が笑うのを見た。あてつけか、くそ野郎。今度こそ、ドアに壁に背を預けながら崩れ落ちた。

 

 「侘葉音……、束……侘葉……音……」

 

 石井は彼女の名を呼ばなかったのではない。呼べなかった。

 

 混濁した記憶の中で、石井は守るべき彼女の名を思い出すことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 





 昔話をしてあげる。

 世界が破滅に向かっていた頃の話。

 これはその少しだけ前の、終わりのはじまりの話──。


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顔亡し

 

 

 

 

 

 車内へ伝わる振動はほぼゼロに近い。どれだけ飛ばしていても、そのスムースな走りが乱れることはなく、タイヤと地面が擦れる音はたたない。だから、後部座席で寛ぐ二人に余計な雑音が邪魔をすることはない。

 ロールスロイスの内は車というには豪奢すぎるきらいがあった。普段、()()()()()()()クーペやオープンカータイプの車に乗り慣れている石井は若干落ち着かないような心持ちで窓の外を見ていた。

 

 「今日はほんとうにありがとうございました。急なおねがいにも関わらず、いっしょに出席していただいて……」

 「構わないよ。別段、用事がある訳でもなかったんだ。久し振りに有澤先生に顔を見せるいい機会でもあったから、ちょうど良かった」

 

 セシリアはニコリと笑みを浮かべて、石井の横顔を見つめていた。

 

 突然の電話だった、と石井は記憶している。朝方にセシリアから着信が来ていることに気付いた石井がかけ直そうとすると向こうから再びかけてきた。

 起きたばかりの早朝、何事かと思えばパーティーへの誘いだった。時間を考えろ、と言いたいところだが何分セシリアの方でもごたついていて、急な事だった。GAジャパン主催のパーティーでエスコートしてくれる男を探している、なんでも本来のエスコート役が急遽キャンセルになってしまい探そうにも夕方までに探しても間に合うかどうか。そこで、本来はラインアークを離れることが滅多にない石井に白羽の矢が立ったという訳だった。GAジャパンの、パーティーの運営からも是非にと声をかけられて猟犬のパーティー出席が決まった。

 それなりの格好、ネイビーのタキシードを引っ張り出して石井はオルコット財閥が手配したロールスロイスに乗った。セシリアはアズライト色のドレスを着ていた。似たような色が被ってしまったが、それはもう仕方のない事として諦めた。戻る時間もなかった。

 会場に行ってみれば、石井は化け物を見るかのような視線に晒された。彼の異名を考えればおかしくはない反応だった。築き上げた屍の山は万をも越えている。公の場に、姿を出すことの少ない彼の姿にGA傘下の企業の重役たちはパイプを作ろうとするも、脇はセシリアと有澤重工の面子によって固められていた。そんな中で一人だけ、遠巻きに星が瞬くような眩しい視線を送ってくる女性がいた。石井としては見覚えがなくもない、という曖昧な相手だったゆえに、受けのいいであろう笑みと共に会釈をすると彼女は脱兎の如く会場を飛び出し何処かへと消えてしまった。後から聴いたところによれば、彼女はメイ・グリンフィールドというGAジャパン所属のISパイロットらしい。随分と無茶苦茶をやるというが、もしかしたら何処かの戦場でニアミスしたかもしれない。

 やがて、パーティーは終わり、こうして寂しさがさざ波のように寄せる帰路についている。尤も、石井にはそんな感傷はなくて、ジョナス・ターラントから後々嫌味と小言を言われるかもしれないという憂鬱さが悶々と巡っている。

 

 「ほんとうはこのまま、何処か遊びにいきたいのですけれどね」

 「残念だが、私は明日から仕事だ。君も授業があるだろう」

 「サボればいいのですわ」

 「一応、教師の前で言うことではないと思うが?」

 「騙し騙しやっているのではなくて?」

 

 悪戯っぽく言うセシリアに、石井は視線を窓の外に戻す。

 

 「また、何処かに連れていってくれるの。待ってますわ」

 「時間が出来ればの話だな。それと、休みが長く取れたら」

 「篠ノ之博士や織斑先生は良いのですか?」

 「オルコット財閥との、ひいてはGAグループとの繋がりを作るためだ。伝が有澤重工一つでは、些か浅すぎると思ってね」

 「そういう建前」

 「本当さ。君は傭兵相手に色々と話せばいい。私は依頼の合間の世間話に付き合う。それだけだ」

 「悪い人ですわ」

 「何を今更……」

 

 戦争は終わった。とは言えない。

 国家というシステムの崩壊。企業という経済主体によるパックスエコノミカ、経済による平和。

 世界は様変わりした。なにも大地が荒廃しただとか、汚染物質による環境の激変だとかそういうことが起きた訳ではない。しかし、確かに世界は変わった。日々の暮らしにもその影響が表れ始めた。

 国民はいない。経済主体に属する企業構成員として、人類はみな企業の歯車の一部と化した。と言っても貧富の差が如実になった訳でもなく、彼らは普段通りの生活を送っている。

 その生活の細部。例えば社会保険や福祉制度が企業が管理運営するようになり、流通する食糧の生産が、大規模プラントによる一元的かつ効率的な安定供給を目的としたプランにシフトされた。GAジャパンと有澤重工はこれにより、土地の少ない旧ジャパニーズエリアで輸入や外部からの供給に頼らず自力での安定供給を目指して世界最大の洋上食糧プラントを建設した。太陽光と波力による電力の確保、ほぼ全てのラインのオートメーション化、淡水化機構による潤沢な水資源と広さによるグレートプレーンズ並みの規模で行われる稲作。

 そして、勿論、そのプラントを狙う者たちは数え切れないほどいる。国家主義の残党や、古くから活動するテロリスト、対立企業。全地球規模で大きく、短く、勃発した国家解体戦争の後。現在、発生する戦闘は紛争規模の物がほとんどだ。

 スクリーンの向こう側の戦争は終わらず、今も続いている。

 

 「オルコット財閥が本社機能をまた陸にあげるという計画があると聴いたが、本当か?」

 「そういう話が役員会議であがった、とターラントから聴きましたわ。どうしてそれを?」

 「知り合いから聴いた。しかし、この時期にまた引っ越しをするとはな。忙しいものだよ……」

 

 石井の言葉にセシリアは首を傾げた。何処か引っ掛かるものを覚えた。

 

 「おかしいとは思わないか……?」

 

 石井が言う。窓に写るその顔は穏やかなものではなかった。見えない何かを睨んでいた。

 

 「本社機能をクイーンズランスに移転させる以前に、ジョナス・ターラントは社内に蔓延る反抗勢力を一掃して実権を確かな物にした。今やオルコット財閥であの老人に逆らえるやつはいない。君という例外を除いてだがね。それは役員も同じ筈だ。ジョナス・ターラントの方針はクイーンズランスの機能増強、つまるところ、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだ」

 

 じゃあ、どうして役員会議でそんな話があがるんだ?

 隣に座るセシリアの顔に緊迫が滲む。

 

 「役員が反旗を翻そうとしている、と仰りたいのですか?」

 「いや、分からない。ただ、あの老人がし損じるというのは、少々思い浮かべるのに苦労するな。それにおかしな話はまだある。今日のパーティー、エスコート役の欠員は誰が連絡してきた?」

 「えぇっと、それは……、ターラントの代理人が……」

 「今まであの爺さんが代理人を使ったことは」

 「一度もありませんわ……」

 「そもそもおかしいだろう。オルコット財閥ほどの企業が人一人手配出来ない?出来ないではなく、手配しない、の方がしっくり来るな」

 

 パーティーの最中、石井は気を張っているように見えた。気のせいではなかった。

 誰かが食べて安全が保証されなければ料理をセシリアに勧めることはなかった。ドリンクも然り。毒が混入されている可能性は大いにあった。

 誰かがセシリア・オルコットを殺そうとしている。そして、自分も。

 

 「ターラントに確認しますわ……」

 

 セシリアがバッグからスマホを取り出そうとした手を石井は掴んだ。指を口の前に立てて、かぶりを振る。

 懐から出したペンで掌に言葉を綴る。

 

 『それは使わない方がいい。電源を切ったまま、SIMを抜いておきなさい』 

 

 石井の指示に従うセシリアを横に、石井はドライバーに学園までのルートを確認する。

 今走っている長い橋の上を渡って直進すれば学園と本土を結ぶさらに長い橋の入り口、最初の検問所がある。そこまでの道を迂回するように伝える。頻りに首を縦に振りながら、ドライバーはアクセルを踏み──。

 

 ドラム式洗濯機の中に放り込まれたような気分だった。きつい耳鳴りの中で、不謹慎かもしれないが可愛らしい悲鳴が混じっていた。声の主は胸の中にしっかり納めている。意識する前に石井はセシリアを抱きしめて、車内を転げ回っていた。

 朦朧とする意識で震えるセシリアを見る。逆さまになったロールスロイスの天井で抱き合っている。窓はひび割れているが、完全に破られたわけではなかった。

 

 「大丈夫か……?怪我は、あるか?」

 「はい……、大丈夫です……。一体なにが……」

 「IEDだ。やられたよ。不覚だ……」

 

 割れた窓ガラスを蹴破って外への道を作る。今は天井になっている座席の下からMP7とマガジンを取る。ドライバーは頭から血を流して、ぴくりとも動かない。もしかしたら、死んでいるのかもしれない。

 VIP仕様の、装甲車並みの堅さのロールスロイスが吹っ飛ばされた。下からかち上げられて、ひっくり返しになっている。こうして無様な姿を晒している。これは完全に想定外だった。

 石井は割れたミラーの欠片を出して、外を伺う。誰もいない。静かだった。

 手持ちの拳銃にもマガジンを叩き込んで、運転席のスモーク噴出ボタンと救援要請ボタンを押す。

 

 「なにしてる……?」

 

 セシリアがイヤリングに触れていた。

 

 「ISを……」

 「やめた方がいい。掠め取られるぞ……」

 「掠め取られる?」

 「静かだ。たぶんISもEOSもいない。マンパワーだけで潰しに来ているのなら、相手が剥離剤(リムーバー)を持っていることはまず間違いない。()()()()()()が、君のは多分、簡単に取られてしまうよ……」

 

 足音と言うには小さい、地を踏む音。スモークの向こう側で小さく揺れるぼんやりとした影。

 スモークが揺れた場所と、音が聴こえる方向に銃口を向ける。人数は四、近い。手先だけを出して、引き金を絞り、でたらめに弾幕を張る。敵が暗視装置を装備しているのなら、セシリアが危ない。早期の解決が望まれた。

 呻き声と肉が潰れるような音がした。スモークの揺れが大きくなった。一息に飛び出して、蹲る襲撃者とその身体を引きずって後退する仲間の前に出る。MP7を放って、カランビットで健在である方の喉を掻き切る。大きな叫び声をあげようとして、ひゅーひゅーと空気が抜けるような音を立てて崩れ落ちた。

 視界の端で風向きと逆にスモークが動いた。それを頼りに駆ける。音もなく近寄り、背後を取って動脈を切りつける。最後の一人には9ミリ弾を頭に二発撃ち込む。

 こうして、死体が四つ出来た。どれも暗視装置は装備していなかった。黒一色の装備とバラクラバ。アルテス傘下の企業がAKをベースに開発したカービン。それなりに上等なモノを身に付けていた。それらが全部、血で黒を上塗りされている。

 そんな死体たちの顔を見るためにバラクラバを剥がした石井は目を細めた。顔を見ると、車内にいるセシリアの元へと戻った。

 

 「先生……!血が……」

 「返り血だよ。あまり触らない方がいい」

 「そうですか。あぁ、良かった……」

 「まだ、外には出ないように。スナイパーがいるかもしれない」

 

 セシリアは頷いて、石井にもたれかかった。

 初めての実戦ではない。しかし、ISを使わない実戦は初めてだった。それに感じる物があったのだろう。セシリアはずっと震えていた。石井は血の付いていない手で彼女の髪を優しく梳っていた。

 

 「もうすぐ迎えが来る」

 

 石井は言いながら、外を見ていた。

 襲撃者の顔を見た時、彼はその首謀者にすぐ見当が付いた。相手は殺す気など元よりなかったのだ。所謂、宣戦布告や殺害予告に近いメッセージだった。

 その襲撃者たちの顔は焼け爛れ、のっぺりとした、突起のないものだった。顔はなかった。

 

 「亡霊が……」

 

 忌々しそうに、聴こえないほど小さな声で吐き捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





アポコラボぉ……?アキレウス実装……?

金と時間をくれ、俺にイベントを走るだけの時間を……ッ!!

てか、ISが次巻完結らしいですね。色々ありましたが感慨深いですね……。
これはハイスクールD╳Dやとあるみたいにセカンドシーズンへの区切りか、放課後バトルフィールド2巻のフラグか……?

誰かワンサマがホラ胃ズーンしたり、総士病になる小説書いてください、お願いします。なんでm……


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