魔法科高校の先導者 (Shirasagi)
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入学編
入学


ーアイチ side

 

 

 

はじめまして。僕の名前は先導アイチ。

突然ですが、僕は今、人生の中で一番困っています。

 

「ハァ~・・・・・」

 

入学式当日、僕は国立魔法大学附属第一高校の門の前にいた。

 

新たな高校生活を夢見て心を踊らせる新入生たちがいるなか僕だけ暗い表情で下に俯いていた。

 

「ハァ・・・・・何でこんなことになったのかな・・・・・」

 

再び溜め息。この高校に入学することが決まってから何度、この言葉を呟いたことだろうか。

 

ここ、国立魔法大学附属第一高校は毎年、優秀な魔法師を最も多く輩出しているエリート校。

そんな高校に入学すること事態、何の取り柄もない僕が入学するなんて、何かの間違いではないか?と、何度思ったことか。

 

僕は俯き、真新しい制服とブレザーに印された八枚の花弁をデザインしたエンブレムをじっと見つめる。

 

成績が優秀な生徒の集まる一科生、通称『ブルーム』

とその一科生の補欠である二科生、通称『ウィード』

 

一科生にはエンブレムがあるけど、二科生には“それ”がない。

 

「あぁ・・・・・真由美お姉ちゃんは『大丈夫よ♪』って、言っていたけど・・・・・僕がここにいるなんて、やっぱり場違いだよね・・・・・。それに、まさか一科生なんて・・・・・」

 

僕は生まれつきサイオン量が通常の人より多く、魔法師としての才能にも恵まれているようで、これは母曰く父のご先祖様がすごく優秀な魔法師だったようで、「ご先祖様のお蔭かもしれないわね」と話していた。

 

桜舞い散る道を暗い気持ちのままトボトボと歩いていると、入学式が行われる講堂が見えてきた。

 

まだ時刻が早朝なので、新入生はおろか在校生の姿が少ない。いるとすれば入学式の準備のため駆り出された生徒くらいだろうか。

 

入学式まで、あと二時間。それまでどうやって時間を潰そうか思案していると、一組の男女が言い争っている声が耳に届いた。

 

「納得いきません!」

 

目を向けてみると、まず目に飛び込んできたのは誰もが目を引かずにはいられないほどの容姿を持ち十人中十人が美少女と認める女子生徒と僕より背が高い男子生徒が何やら言い争っていた。

 

ふと、彼らが着ている制服に目が止まり、女子生徒の制服の胸には一科生を示す八枚の花弁のエンブレムがあったが、男子生徒のブレザーにはそれがなかった。

つまり、男子生徒は二科生ということになる。

 

「何故です!何故お兄様が補欠なのですか?入試の成績は私よりもお兄様の方がトップだったじゃありませんか!本来ならば私ではなく、お兄様が総代を務めるべきです!」

 

「お前がどこで入試情報を知ったのかは置いとくとして、魔法科高校なのだからペーパーテストではなく魔法実技が優先されるのは当然じゃないか」

 

話を聞いていると、あの二人はどうやら兄妹ということになる。

 

妹は一科生で兄は補欠と蔑まれている二科生。

 

うーん・・・・・何かよくわからないけど、複雑だということは何となく伝わってきた。

 

それでも納得いかないのか、女子生徒は激しい口調で男子生徒に食って掛かり、男子生徒は女子生徒を何とか宥めようとしていた。

 

「そんな覇気のないことでどうしますか!勉学も体術もお兄様に勝てる者などおりませんし、魔法だって・・・・・」

 

「深雪!分かっているだろう?それは口にしても仕方のないことなんだ」

 

激しい口調で言われ、女子生徒はしゅんと項垂れた。

 

「・・・・・申し訳ございません」

 

「深雪・・・・・お前の気持ちは嬉しいよ。俺の代わりにお前が怒ってくれるから、俺はいつも救われている。・・・・・それに、お前が俺のことを考えているように俺もお前のことを思っているんだ」

 

頭をなでながら女子生徒の機嫌をとっていると、男子生徒の言葉を聞いた瞬間、何故か女子生徒は頬を赤らめた。

 

「そんな・・・・・お兄様・・・・・『想っている』だなんて」

 

 

・・・・・・・・・・。これって、何か色々と間違っているような・・・・・。

 

男子生徒は気づいてないようだが、この手に関して疎い僕でも女子生徒が何を考えているのか、よーく分かった。

 

 

うーん・・・・・。世の中には、色んな人達がいるんだな・・・・・。

 

僕はそんなことを思いながら、入学式が始まるまでの時間潰しのため取り敢えず校舎内を散策するため講堂前を後にしたのだった。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

校舎内を散策すると決めた僕だったけど、この魔法大学附属第一高校は『エリート校』と呼ばれるだけあって、とにかく校内が広い。講堂もそうだったが、校舎や敷地を見ていると高校と言うより大学と言ってもいいくらい、そんな趣が感じられた。

 

広い敷地内を歩くのに疲れたので、僕は側にあったベンチに腰を掛け一息ついた。

 

「ハァ~・・・・・」

 

時間確認で端末をつけてみても、入学式までまだ時間はたっぷりあり、どうすることもできず、ただボーッと端末に映されたニュースを眺めていた。

 

すると、入学式の準備をしているのだろうか、校舎から在校生と思われる女子生徒のグループが出てきて、僕の前を通り過ぎて行った。

 

通り過ぎた瞬間、女子生徒たちの会話が僕の耳に届く。

 

ーー・・・・・ねぇ、あの子『ブルーム』よね?

 

ーーへぇ~、今年の新入生にはあんな子もいるのね~。何か中学生みたい。

 

ーーてか、あの子ちょっと可愛くない?何か女の子みたいじゃない?

 

女子生徒たちに悪意はないとはいえ、『中学生』さらには『女の子』と間違われ、僕にも一応、男としてのプライドってモノがある。けど、これは何度聞いても傷つくな・・・・・。

 

そう言えば、さっき講堂前で言い争っていた男子生徒、僕よりかなり背が高かったな・・・・・。

顔立ちもそれなりに整っていて、僕にもあれぐらい身長があればなぁ~・・・・・。

 

などと、何となく考えていると時間はあっという間に過ぎていき、ハッと端末を確認すると、時刻は入学式の20分前を示していた。

 

「あぁっ!しまった、時間が・・・・・!」

 

慌てた僕は端末の電源を急いで切って、ベンチから立ち上がった。端末をブレザーのポケットに仕舞おうとするが、慌ててた僕は手を滑らせ端末を地面に落としてしまった。

 

端末を拾おうと手を伸ばすと、先に手が伸び僕が落とした端末を拾った。

 

「新入生ですね?もう、開場の時間ですよ」

 

ふと、顔を上げ誰が拾ってくれたのか確認すると、そこにいたのは僕がよく知った顔が目に飛び込んできた。

 

「ま・・・・・じゃなかった、七草先輩?」

 

「いつものように『真由美お姉ちゃん』でいいわよ、アッくん。ハイ、これ」

 

差し出された端末を受けとると、僕は改めて目の前にいる人物を確認した。

 

目に付いたのは、左腕に付けられた幅広のブレスレット型のCAD。僕と同じエンブレムの付いた制服を着た女子生徒はふんわりと笑みを浮かべている。

 

この女子生徒は七草真由美。僕に魔法の使い方などを教えてくれている先生であり、僕のことを本当の弟のように想ってくれてて、僕も『真由美お姉ちゃん』と呼んでいる。もちろん、『真由美お姉ちゃん』と呼んでいるけど、本当の姉ではない。

 

真由美お姉ちゃんは、数字付き《ナンバーズ》と呼ばれる優れた魔法師の家系の一つ『七草家』の長女で、この魔法科高校の生徒会長を務めているスゴいヒトなんだ。

 

「アッくん、君は仮にも新入生なのよ?少しは緊張感というものを覚えた方が良いわよ?」

 

「へっ?・・・・・あぁっ!?す、すみません!・・・・・って、何で真由美お姉ちゃんがこんなトコにいるの?入学式の準備とかあるんじゃないの?」

 

真由美お姉ちゃんこそ、こんなところにいて大丈夫なの?と、僕が訊ねるとお姉ちゃんは笑顔でこう答えた。

 

「入学式に遅れそうな新入生を案内するのも、生徒会としての仕事の一つよ・・・・・って言うのは建前で、式までまだ少し時間があるから、ちょっと抜け出して可愛い弟の入学祝いをしに来たの」

 

可愛い弟って・・・・・真由美お姉ちゃん、こんなとこでそんなこと言わないでよ・・・・・。

 

真由美お姉ちゃんは魔法師としての腕は一流なのだが、その実、僕のことをかなり溺愛している。それは時に暴走してしまうほどで、それで僕はいつも振り回されているのだ。

 

「真由美お姉ちゃん、僕がここにいるのよく分かったね?」

 

「フフ、私はアッくんのお姉ちゃんよ?アッくんがいそうな場所くらい簡単に予想できるわ」

 

「ハハハ・・・・・真由美お姉ちゃんには叶わないなぁ・・・・・」

 

『アッくん』とは、真由美お姉ちゃんが僕のことを呼ぶときの愛称のようなものだ。

真由美お姉ちゃんは何かに気づいたのか乾いた笑いをしている僕の顔を覗き込むように突然、訊いてきた。

 

「で、どうしたの?何だか、元気がないようだけど・・・・・」

 

真由美お姉ちゃんには本当に叶わないなぁ、と内心で呟くと僕は今まで溜め込んでいた思いを溢した。

 

「・・・・・何だか、自信がなくて・・・・・僕なんかがこんなとこにいて良いのかなって・・・・・。しかも、一科生に選ばれるなんて・・・・・何かの間違いなんじゃ・・・・・って思うんだ」

 

「アッくん・・・・・。そうやって、自分のことを卑下に捉えてしまうの、アッくんの悪い癖よ?」

 

「真由美お姉ちゃん・・・・・でも・・・・・」

 

「アッくんがここにいるのは、アッくんの力が認められたからなのよ。大丈夫、アッくんは本当は私なんかよりもずっと強いんだから。・・・・・自信を持って良いのよ」

 

「それに、そうやっていつまでもウジウジしていると、一科生になれなかった人達にも失礼ってモンよ」

 

項垂れる僕に真由美お姉ちゃんは笑いかけながら僕の頭に手を置くと優しく撫でてくれた。

 

「大丈夫・・・・・何たって、アッくんは私の自慢の弟!なんだからね♪」

 

「真由美お姉ちゃん・・・・・ありがとう。何だか、自信が出てきたよ」

 

「クスッ、入学式まで時間がないわ。私もそろそろ戻るから、アッくんも遅れないようにね」

 

そう僕に言うと、遠くから真由美お姉ちゃんを探す声が聞こえてきた。

 

「会長~、そろそろ戻っていただかないと式の準備が~」

 

「僕、そろそろ行くね。・・・・・真由美お姉ちゃん、ありがとう!」

 

「じゃあ、また後でね。アッくん」

 

真由美お姉ちゃんのお陰で何だか心の内がスッキリした僕は、笑みを浮かべながら入学式が始まる講堂へと向かうのだった。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

僕が講堂に付いた時には、時刻は式の開始時間まで残り10分を示し、早朝の静けさはどこへいったのか、多くの新入生でごった返していた。

 

席は半分以上埋まっていて、座席の指定はされていないため、さて、どこに座ろうかと迷っていると、ポンっと僕の肩を誰かが叩いた。

 

「あれ?もしかしてアンタ、先導アイチ?よね?」

 

「ふぇ?」

 

突然のことだったので、僕は気の抜けた声を上げてしまう。誰だろう?と思いながら後ろを振り返ってみると、そこにいたのは一組の女子生徒。

 

一人は髪をショートカットに切り揃えた活発そうな女子生徒で、もう一人は眼鏡をかけてて大人しそうな女子生徒だった。

 

声をかけたのはどうやら、活発そうな女子生徒の方である。

 

「あーっ!やっぱりそうだ!久し振り、アイチくん!」

 

「・・・・・えーっと、ひょっとして・・・・・千葉・・・・・エリカさん?ですか?」

 

小学校の頃、とある事情で訪れた道場での記憶を思い出しながら僕は名前を呟いた。エリカさんは、明るい笑顔で頷きながら、話し掛けてきた。

 

「そう!いや~、まさかこんな場所で会うとはね~!四年振りよね?」

 

「そう・・・・・ですね。僕がエリカさんトコの道場を辞めて以来ですから・・・・・。あの、エリカさん・・・・・そちらの方は?」

 

「え?あぁ、この子?さっき、案内板の前で知り合った子」

 

「あの・・・・・えと、柴田美月・・・・・です。よろしく、先導くん」

 

「先導アイチです。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「ねぇ、アイチくんがここにいるってことは、アイチくんも今日からこの学校に通うの?」

 

「・・・・・エリカさん、それ・・・・・制服見れば分かることかと思うんだけど・・・・・」

 

「いや~・・・・・だって、アイチくん見た目かなり年下に見えるし、ちょっと訊いてみただけ」

 

「エリカちゃん・・・・・それ、先導くんに対してかなり失礼だと思うよ?」

 

「アハハ・・・・・(傷つくなぁ)」

 

何ともまぁ、明るいというか、サバサバしているというか・・・・・。落ち込んでもいいものだろうかと思案する僕は時間を確認する。

 

入学式開始まで、残りわずか。

 

「うーん、こう混んでると中々空いてないなぁ・・・・・あっ、あそこ!三席空いてる!」

 

そう言ってエリカさんが見つけた場所は後ろの中央に位置する席。確かに三人分の空席があったが・・・・・あの場所周辺、なんだか二科生が集まっているみたいだ。

 

一科生はというと、前半分の席にほぼ座っているようで、前半分が一科生で後ろ半分が二科生と綺麗に分かれていた。

 

それを見た瞬間、僕はこの学校に根付く暗い闇が見えたような気がした。

 

 

前の席はほぼ満席の状態で、座れるのはエリカさんが見つけた場所だけだった。

 

まぁ、座る席なんて決まっている訳じゃないので、僕は二人の後に続くように空席の場所へと向かった。

 

「すみません~、ここ空いてますか?」

 

「どうぞ」

 

エリカさんは空席の隣に座る男子生徒すると、僕も美月さんも男子生徒にお礼を言いながら席につくと、僕は男子生徒を見てあることに気がついた。

 

あれ?あのひと・・・・・確か、今朝がた講堂前で言い争っていた兄妹のうちの『お兄様』って呼ばれてた男子生徒だよね?

 

僕がある事実に気づいているとこれで隣になったのも何かの縁とでも言いたげに、エリカさんは男子生徒に挨拶がてら自己紹介する。

 

「アタシ、千葉エリカって言うんだ。よろしく」

 

「司波達也だ。こちらこそ、よろしく」

 

エリカさんに続くように美月さんも自己紹介する。

 

「あの・・・・・私、柴田美月って言います。よろしくお願いします」

 

「こちらこそ、よろしく」

 

エリカさん、美月さんと続いたので、僕も緊張しながら自己紹介した。

 

「僕は先導アイチです。アイチって呼んでください。その・・・・・よろしくお願いします」

 

「なら、俺も達也で良い。こちらこそよろしく、アイチ。・・・・・ところで、つかぬことを尋ねるが、その制服のエンブレムを見る限りだと君は一科生のようだが・・・・・」

 

あちゃ~・・・・・やっぱり尋ねてきたか・・・・・。うーん、どう答えれば良いものかと考えて、僕は苦笑しながら正直に答えた。

 

「アハハハ・・・・・その・・・・・出遅れたというか・・・・・朝早くに来たんだけど、時間を潰しすぎちゃって・・・・・それで・・・・・」

 

「話をまとめると、つまり君は遅刻をしたと、そう言うことでいいか?」

 

「ハイ、そうなります・・・・・」

 

まさか、ウジウジ悩んで、それで遅れたなんてとてもではないが人前では言えない。達也くんが何だか、学校の先生のように見えた気がしてきた。

 

「ふーん・・・・・てか、アイチくんって一科生だったんだ?何か意外」

 

「エリカちゃん・・・・・」

 

「・・・・・それは、本人を前にして言う発言ではないと思うのだが」

 

「アハハハ・・・・・」

エリカさん、言葉厳しすぎ!てか、達也くんの言う通りだと思うのですけど・・・・・。

 

年下発言に引き続いて、エリカさんの厳しい指摘に僕は内心、溜め息をついてしまう。

 

あっ、これで溜め息何回ついたのかな?

 

自分の容姿に自信を無くしそうになってしまいそうな僕は、ふと、顔を上げてみる。

 

達也くんに視線を向けると、僕の目に飛び込んできたのは、見つめ合う達也くんと美月さんの姿だった。

 

達也くん、ひょっとして美月さんのこと・・・・・などと考えながら眺めていたが、達也くんの視線が美月さんではなく、美月さんの眼鏡・・・・・つまり、瞳を見ていることに僕は気がついた。

 

何だろう?何か、よく分からないけど・・・・・達也くん、美月さんの瞳を警戒してる・・・・・?

 

達也くんの顔が若干ではあるが、警戒の意思を醸し出しているように見えて、僕は眉を潜める。

 

二十一世紀中頃から、視力の矯正治療が普及したため、美月さんのように眼鏡をかけた少女は大変珍しいのだ。わざわざ眼鏡をかけているのだとすると、よっぽどの事情があるのだと、僕は考えた。

 

美月さんが話さない以上、何も言えないし、達也くんが何で美月さんの瞳に警戒しているのか訊くことも出来ない。

 

美月さんも達也くんに見つめられて緊張したのか、困った様子を浮かべながら視線を外し始めていると、そこに割って入るかのようにエリカさんが声を上げた。

 

「でも面白い偶然、と言っても良いのかな?」

 

「何が?」

 

「だってさ、シバにシバタにチバでしょ?こうして並べてみると、何だか語呂合わせみたいじゃない。・・・・・アイチくんは違うけどさ」

 

あっ、確かに言われてみれば・・・・・

 

「・・・・・なるほど」

 

達也くんがエリカさんの苗字を聞いて、何やら思案しているみたいだけど、僕は敢えて気づいてないフリをした。

 

「確かに・・・・・」

 

「言われてみれば・・・・・」

 

これほど近い苗字が揃うなんて、こんな偶然もあるんだなと感心していると、時間はあっという間に経ち、入学式の開始時刻になり、講堂内に開始を示すアナウンスが流れた。

 

校長の長い挨拶が終わると、次に新入生の答辞になり、代表の女子生徒が壇上に姿を現した。

 

そして、その女子生徒を見た瞬間、僕は驚きのあまり息を飲んだ。

 

あれ、達也くんの妹さん・・・・・だよね?

新入生の総代だったんだ。

しかも、主席だなんて何だかすごいな~。

 

彼女のスピーチは見事なもので、堂々としていながらも慎ましく、しかも並外れたその美貌に新入生だけでなく上級生も釘付けだった。

 

時々、スピーチの中に『皆 等しく』や『魔法以外にも』『総合的』だのと、何だか気になる言葉が出てきたのだが、皆 彼女の容姿に夢中になって気づいてないようだった。

 

もしかして、達也くんのことを言ってたりするのかな?

 

そう考えて僕は達也くんが座っている席に視線を投じる。

達也くんも妹さんの際どい言葉に冷や汗をかいているように見えた。

 

それにしても・・・・・妹さん、綺麗だし主席だし明日から色々と大変だろうな~。

 

 

答辞が終わり、達也くんの妹さんが壇上から下がると、入学式はこれで終了。続いてIDカードの交付が行われた。

 

窓口でIDカードを受け取った僕は達也くんたちの元へ戻ると、達也くんたちもすでに受け取っていたようで、エリカさんがワクワクさせながら問い掛ける。

 

「アイチくん、何組?」

 

「え・・・・・っと、1-A・・・・・ですね」

 

「A組ですか!?それって、一科生の中でも優秀な成績を修めた人たちが集まるクラスじゃありませんか!」

 

「えぇ、うそ!?アイチくん、そんなに頭良かったの?」

 

「人は見かけによらないとは、まさにこのことだな」

 

「ハハハ・・・・・(何だか、誉められてる感じがしないな・・・・・)ちなみに、皆は何組になったの?」

 

「アタシたち、三人ともE組よ」

 

「あの・・・・・これからどうします?」

 

「うーん、そうね・・・・・取り敢えずホームルームにでも行ってみる?司波くんやアイチくんはどうするの?」

 

「悪い。妹と待ち合わせをしているんだ」

 

「僕も・・・・・ある人と待ち合わせをしているので・・・・・」

 

ある人とはもちろん、真由美お姉ちゃんのことだ。

 

「アイチくんの言う“ある人”てのが気になるとこだけど・・・・・司波くんの妹なら、さぞかし可愛いのでしょうね」

 

エリカさんたちは知らないだろうけど、可愛いってもんじゃない。絶世の美少女です。

 

心の中でひっそりとそう呟いた僕。

 

「あの・・・・・妹さんって、もしかして新入生総代の司波深雪さんですか?」

 

美月さんの質問に対し、達也くんは頷いて答えた。

 

「えっ、そうなの?じゃあ双子?」

 

「よく訊かれるけど双子ではないよ。俺が四月生まれで深雪は三月生まれなんだ」

 

双子ではなく、年子だったのか。

僕にも三歳年下の妹がいるが、年子でしかも同学年になるなんて今時珍しい。

 

「それにしてもよく分かったね。司波なんて珍しい苗字でもないのに」

 

「いやいや、珍しくないって」

 

「そうですね」

 

僕とエリカさんが苦笑混じりに言うのに対して、美月さんは自信なさげに笑みを浮かべる。

 

「面差しが似ていますから・・・・・」

 

「似てるかな?」

 

「そう言われてみれば、確かに・・・・・」

 

「うん・・・・・似てる似てる。顔立ちとかじゃなくて、雰囲気がどことなく似ているわね」

 

「顔立ちが別なら、結局は似てないってことだろ・・・・・」

 

「そうじゃなくってさ・・・・・うーん。何て言うのかな・・・・・」

 

「お二人のオーラは凛とした面差しがとてもよく似ています。さすが兄妹ですね」

 

それを聞いた瞬間、達也くんが纏っていた雰囲気が微かに一変する。

 

「・・・・・本当に目が良いんだね」

 

美月さんも目のことについて知られたくないことがあったのか、達也くんの言葉を聞いた途端、目を見開いて固まってしまう。

 

やっぱり、達也くん美月さんの目に警戒してる・・・・・。

 

そのことについて、僕は以前真由美お姉ちゃんから聞いた話を思い出し、確か、魔法などの頂上現象で観測される粒子“霊子《プシオン》”の光が見えすぎてしまう、霊子放射過敏症というのがあり、その症状を持つ人たちは美月さんみたいに特殊なレンズの眼鏡をかけているのだという。

 

達也くんは、恐らく眼鏡を見た瞬間から美月さんが霊子放射過敏症だと気づいたのだろう。

 

エリカさんはそのことにはまだ気づいていない様子で美月さんの眼鏡を覗き込んでいた。

 

「えっ?美月、眼鏡かけてるよ?」

 

達也くんの視線が一層鋭くなり、僕はどうしたらいいか分からず困り果てていると、

 

「お兄様!」

 

「お帰り、早かったね?」

 

人垣をかきわけて、達也くんに声をかけたのは、先の入学式で総代を務めていた達也くんの妹さんの司波深雪さんが現れた。

 

「こんにちは、また会いましたね。司波くん」

 

続いて人混みから抜け出して声をかけたのは何と真由美お姉ちゃんだった。

 

達也くんは真由美お姉ちゃんがいることを知ると、無言で頭を下げた。

 

何だか、真由美お姉ちゃんにも警戒してるみたいだけど・・・・・お姉ちゃん、達也くんに何かしたのかな?

 

ちなみにお姉ちゃんは、僕がいることを確認すると、誰にも気づかれないように、そっと僕に向かって微笑みながらウィンクして、それを見た僕は苦笑した。

 

「お兄様、その方たちは?」

 

視線を戻すと、深雪さんは僕たち・・・・・というか、エリカさんたちの存在に気づくと、達也くんに質問を投げ掛けていた。

 

「あぁ、彼女たちは同じクラスになる千葉エリカさんと柴田美月さんで、こっちにいるのは先導アイチだ。ちなみに、アイチはA組だそうだ」

 

「そうですか・・・・・A組ということは私とクラスが一緒になりますね。初めまして、同じA組の司波深雪と言います。よろしくね、先導くん」

 

「あっ、アイチで・・・・・大丈夫です!・・・・・えっと、せ・・・・・先導アイチです!こちらこそ・・・・・よろしくお願いします!」

 

間近で見ると、すごく綺麗なヒトだな~。

僕は思わず緊張していまい、自己紹介も舌を噛みそうになってしまった。

 

深雪さんは僕への自己紹介を終えると、すぐに達也くんと向き直ると、纏う雰囲気を一変させ、冷ややかな笑みを浮かべながら問い掛けた。

 

「で、早速、クラスメイトとデートですか?」

 

その時僕は、深雪さんの背後に絶対零度の吹雪のイメージが見えたような気がして、怖くなり少し後ずさった。口では微笑んでるが、目が笑ってない。

 

達也くんは、やれやれとした雰囲気で息をつくと、深雪さんに語りかけるように話した。

 

「そんなわけないだろ、深雪。それに、その言い方は二人に対して失礼だろう?」

 

達也くんの非難も混じったような言葉を聞くと深雪さんはハッとした表情を浮かべると、エリカさんと美月さんに向き直ってお淑やかな笑顔を作った。

 

「申し訳ありません・・・・・柴田さん、千葉さん。司波深雪です。お兄様同様、よろしくお願いします」

 

「柴田美月です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

「よろしく。アタシのことはエリカで良いわ。貴女のことも深雪って呼ばせてもらっていい?」

 

「えぇ、どうぞ。苗字ではお兄様と区別がつきにくいですものね。アイチくんも、どうか名前で呼んでくださいね?」

 

「あっ、はい・・・・・!」

 

三人の少女が自己紹介を交わし終えると、三人は意気投合した様子で会話を楽しんだ。

 

すっかり打ち解けた様子の三人に、置いてきぼりを食らった僕と達也くんは二人で肩を竦めながら視線を交わした。

 

「深雪。生徒会の方々の用事は済んだのか?まだだったら適当に時間を潰しているが・・・・・」

 

「大丈夫ですよ。今日はご挨拶させていただいただけですから。・・・・・では深雪さん、詳しいお話はまた、日を改めて」

 

「しかし会長・・・・・それでは予定が・・・・・!」

 

講堂から立ち去ろうとする真由美お姉ちゃんに、後ろに控えていた一科生の男子生徒が呼び止める。がしかし、そんな男子生徒を真由美お姉ちゃんは目で制して深雪さんや達也くんに微笑みを向けた。

 

「予めお約束していたものではありませんから。別に予定があるなら、そちらを優先すべきでしょう?私としても、これから少し用事があるので」

 

なおも食い下がる男子生徒を目で制して、深雪さんや達也くんに微笑みを向けた。達也くんに関しては、どこか意味ありげな感じだったが、僕は気づかないフリをして気づかれないように静かに溜め息をついた。

 

「それでは深雪さん、今日はこれで。司波くんもいずれまた、ゆっくりと」

 

再度会釈して、真由美お姉ちゃんは講堂から立ち去っていった。その背後に続き、先程の男子生徒がついていくが、一瞬、男子生徒が振り返り、達也くんのことを舌打ちしながら睨んだのが見えた。

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

達也くんたちに挨拶を交わして別れた僕は、講堂を後にして端末に映された校内の案内板を見ながら、ある場所へと足を運んでいた。

 

校舎の中に入り、階段を昇り廊下を歩いていた僕は、目的の場所の前に到着する。

 

目の前にあるのは、他の教室と同じ合板の引き戸。戸の中央にはプレートがあり、壁にはインターホンや数々のセキュリティ。

 

僕は約束した時間と今現在の時間を確認して、扉につけられたプレートの文字を見る。

 

「生徒会室・・・・・って、ここだよね?」

 

生徒会室に来るなんて、中学時代でも滅多になかったため僕は戸惑いながら扉を睨むこと数十秒。

 

よし・・・・・っ!

 

意を決して、僕は壁のインターホンを押した。

 

「いっ、1-Aの先導アイチです!」

 

『どうぞ』

 

セキュリティロックが解除された音を確認し、僕は引き戸を開ける。

 

「いらっしゃい、ようこそ生徒会室へ」

 

「し、失礼します!」

 

部屋の正面奥にある机から声をかけられ緊張を引きずったまま中へと入った。声の主は真由美お姉ちゃんだった。

 

「そんなに緊張することないわ。さっ、遠慮しないで中へどうぞ」

 

「ハッ、ハイ!」

 

室内を確認してみると、正面奥の机に座って手招きをしている真由美お姉ちゃんと、その横に三人ほどの女子生徒が立っていた。

 

「アッくん、だからそんなに緊張しなくても大丈夫よ。どうぞ、そこに掛けて。お昼にしましょう」

 

「そう言えば、真由美お姉ちゃん入学式の片付けって大丈夫なの?」

 

「ええ。あらかた片付いから。まだ、細かい事務作業が残ってるけどね」

 

真由美お姉ちゃんに会議用の長机に座るよう勧められた戸惑いながら僕は椅子に座った。

 

「そう言えば、アッくん今日お弁当は?」

 

「うん、ここにあるよ」

 

鞄の中から弁当箱を取り出し、机の上に置いた。

真由美お姉ちゃんたちも長机に移動すると、一人の女子生徒が自動配膳機《ダイニングサーバー》に向かう道すがら、お姉ちゃんにメニューをどれにするか尋ねる。

 

「うーん、そうね・・・・・じゃあ、今日は魚にしようかしら」

 

「わかりました」

 

「あっ、あの・・・・・!僕、手伝います!」

 

「アッくんは良いのよ。一応、お客様なのだし」

 

「でも・・・・・」

 

「これくらい、大丈夫ですから。先導くんはどうぞ座って待っていてください」

 

そこまで言われては仕方がない。僕はしぶしぶ椅子に腰を下ろした。

食事の配膳が終わると女子生徒たちもそれぞれの椅子へと座り席につくと、真由美お姉ちゃんが話を切り出した。

 

ちなみに席順はこうだ。ホスト席に真由美お姉ちゃん。その隣の僕の正面に三年生らしき女子生徒、その隣にボーイッシュに髪をショートカットにした三年生の女子生徒、その隣に小柄な二年生らしき女子生徒が座っていた。

 

「さて、食事の前に自己紹介をしましょうか。まず、私のすぐ隣に座っているのが会計の市原鈴音、通称リンちゃん」

 

「私のことをそう呼ぶのは会長だけです」

 

うーん、確かに市原先輩はどう見ても『リンちゃん』という雰囲気ではないような気がする。

本人もその呼び方に納得してないようだし。

 

「その隣に座っているのは、風紀委員長の渡辺摩利」

 

「よろしく」

 

「それから書記の中条あずさ、通称あーちゃん」

 

「会長・・・・・お願いですから下級生の前で『あーちゃん』は止めてください」

 

うん、中条先輩は『あーちゃん』と呼ばれても不思議じゃないな・・・・・。本人には可哀想だけど。

 

「あと、他にも生徒会役員は二人いるんだけど、二人とも用事で席を外しているの。取り敢えず、今いる生徒会役員はこれで全てよ」

 

「私は違うがな」

 

生徒会側の紹介が終わり、真由美お姉ちゃんは続いて僕の紹介をした。

 

「もう名前は知ってるかもしれないけど、改めて紹介するわ。1-Aの先導アイチくん、通称アッくん。私の自慢の『弟』よ」

 

「真由美お姉ちゃん、その言い方だと先輩たちに色々と誤解を生むから・・・・・」

 

「へぇ~、会長の弟さんですか~」

 

「真由美とは違って、随分と真面目そうだな」

 

「会長と先導くんはどういった関係なんですか?」

 

「・・・・・10年前、僕はその時のことをあまり覚えていないんですが、ある組織に誘拐されたらしくてその時に助けて貰ったのが『七草家』だったんです」

 

「ある組織に誘拐って・・・・・また物騒な話だな・・・・・」

 

「アッくん、生まれつきサイオン量が人より多いらしくて、その関係からいろんなところから狙われてたの。二度とそんなことがないようにって、私の父がアッくんの後見人をしているのよ。・・・・・ちなみにこの話は誰にも他言無用でお願いね」

 

「そうですか・・・・・。すみません、失礼なことを聞いてしまって」

 

「いえ、僕は気にしていませんので大丈夫です。真由美お姉ちゃんとは本当の姉弟ではないんですけど、姉弟のみたいに接してくれてるんです」

 

僕と真由美お姉ちゃんの関係について話したら、みんな俯いてしまい空気が重苦しくなってしまった。せっかくの食事がまずくなってしまう。

 

「そっ、それより、真由美お姉ちゃん!僕を呼び出した理由って何?」

 

「それはね・・・・・実はアッくんにお願いしたいことがあるの」

 

「お願い?」

 

お願いって何だろう?

 

「お願いっていうのは、アッくんに生徒会に入って欲しいってことなの」

 

「僕が・・・・・生徒会に?あの、真由美お姉ちゃん・・・・・確か生徒会役員に選ばれる人って、一科生の中でも最も成績優秀者が選ばれるんだよね?」

 

「そう。今年の新入生総代の司波深雪さん・・・・・って、アッくんもさっき会ったから知っていると思うけど、彼女にも生徒会に入るよう声をかけたところよ」

 

「うん、深雪さんは主席入学だから生徒会に選ばれるのは分かるけど・・・・・何で僕も?」

 

「だって、成績優秀者って点で言えばアッくんにも当てはまるの。何せ入試の成績、実技は深雪さんに惜しくも僅差で二位、筆記試験は七教科平均で95点で三位、合わせて総合二位という成績を叩き出しちゃってるのよ」

 

「・・・・・それ、本当なの?」

 

「本当よ。この件についてはまだ勧誘の段階だから、無理にとは言わないわ。どうかしら?」

 

「・・・・・真由美お姉ちゃん、それって別に今すぐ答えなくても大丈夫なんだよね?」

 

「ええ。けど、あんまり遅くても困るから、そうね・・・・・明後日の昼休み辺りに返事を貰えるとありがたいわ」

 

まるで何かを企んでいるような、イタズラっぽい笑顔を浮かべながら僕を見つめている。

この笑顔の時のお姉ちゃんに僕、弱いんだよね・・・・・。恐くて。

 

「続きはまた今度。それより、アッくんお腹空いたでしょ?お昼、いただきましょ」

 

拭えきれない不安を抱いたまま、僕はお弁当を食べた。

 

 

 




先導アイチ・・・・・魔力量は司波兄妹、それ以上かもしれない資質と才能を秘めている。けれど、本人は自信がなくて魔法科高校に入学したのも何かの間違いじゃないかと思うほど。

小中学時代は後ろ向きな性格故に常にいじめられていたが、櫂トシキとの出会いによって少しずつ前向きな性格になっていく。心優しく、誰にでも分け隔てなく接し、時には敵である存在も躊躇わず助けようとする。が、そのことを達也から危険視されており、「その優しさがいずれ命取りになるだろう」と忠告を受けてしまうが、それでも「例え相手が悪い人であっても命を簡単に奪っていいものではない」と自分の気持ちを貫き通そうとする強い信念を抱く。

真由美のことを実の姉のように慕っており、真由美もアイチを弟のように大事に思っており、互いに『アッくん』『真由美お姉ちゃん』と呼びあっている。
あまりにも高すぎる資質せいで、五歳の時に誘拐されそうになり、その時、十師族である七草家に救われた過去を持つ。一時期、千葉家の道場に通ってたことがあり、エリカや幹比古ともその時に知り合う。
剣の腕前はそこそこ。剣士としてであればエリカの足元にも及ばないが、修練を積み重ねて魔法師としての才能も合わせれば千葉家の次男をも凌ぐ歴代随一の剣士になる、かもしれない。

達也のことを魔法科高校で始めてできた友達と思っているが、背が高くて、妹から兄として尊敬されている達也のことを羨ましがる一面も持つ。
達也と深雪が四葉家であることは知らないが、二人が普通じゃないことは何となく気づいている様子。

CADは汎用型を使用しているが、魔力量があまりにも膨大なため普段、魔法を使う時は限り無く抑えている。
後に達也が造った試作剣型デバイス『ブラスターブレード』も使用する。

得意魔法は固有魔法『ピンポイント バースト』
この魔法は原作にも載っていないオリジナル魔法。
能力はブラスターブレードのスキルのままです。
ある一定エリア内の敵味方を識別し、武装だけを分解する。


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友達

第二話になります!

一話と比べて、文字数は少なめですがら、楽しめたらと思っております!  

できるだけ早く投稿できるよう頑張ります!


魔法科高校に無事?入学することができた僕は今まで張り積めていた緊張が途切れたのか、安心しきった様子でベッドの中で毛布に包まって眠っていた。

 

時刻は朝7時30分

 

ーーピピッ、ピピッ、ピピッ・・・・・

 

頭の上で目覚まし時計が鳴っている。今時珍しいアナログ式のものだ。

 

「う~ん・・・・・あと5分・・・・・」

 

昨日珍しく早起きしたせいか、何だかすごく眠い・・・・。目覚まし時計がずっと鳴りっぱなしだけど、止めるのも面倒でこのまま、僕は自然に止まるのを待っていた。

 

でも、

 

 

 

ドタドタドターーーーバタンッ!!

 

 

 

 

「アイチッ!いつまで寝ているの?もう朝よ、いい加減起きなさい!!」

 

勢いよく開けられたドアから、第二の目覚まし時計・・・・・ではなく、妹のエミが眉を釣り上げながら入ってきた。

 

未だに鳴り止まない目覚まし時計を止めると、エミは起きる様子がない僕を見下ろして「はぁ・・・・」と、ため息をついて、むんずと毛布を掴み勢いよく引き剥がした。

 

「早く、起きなさい!!」

 

「・・・・・っ!??」

 

毛布を剥ぎ取られたことで一気に寒さで目を覚ました僕。眠たげに目を開くと、両手を腰に当てて怒った表情で見下ろすエミと目が合った。

 

「んもう、昨日珍しく早起きしたと思った途端にこれなんだから!遅刻して真由美お姉ちゃんに起こられても知らないんだからね!!」

 

「ふぁ~~・・・・。おはよう、エミ」

 

「『おはよう、エミ』じゃないわよ!いつまで寝惚けているの?今、何時だか分かってるの?」

 

そう言ってエミは目覚まし時計を渡してきた。まだ頭の半分が眠っている状態で渡され、僕は仕方なく時間を確認してみた。

 

「時間・・・・?んーー・・・・・7時、30分・・・・・え?7時30分!?」

 

時計に表示された7時30分の文字に、僕は一気に目が覚めた。

 

「あぁ~~!!完全に、遅刻だあーーーー!!」

 

転げ落ちるようにベッドを降りると、僕は洗面所へ向かうため開けっ放しのドアから勢いよく出ていった。

バタバタバタ、と大きな足音を立てながら階段を降りる僕の後ろ姿をエミは呆れた表情を浮かべながら呟く。

 

「んもう、アイチったら!高校生になったんだから少しはしっかりしてよね!」

 

僕より二歳年下の妹のエミは、気が弱い僕とは違って、世話好きのしっかり者で、少し気が強いところもあるけど、すごく良い子だ。

周りから、あんまり似てないね。とよく言われいて、僕の世話を妬いていることから兄妹、ではなく姉弟じゃないか?って言われることもある。

だからか、昨日、達也くんと深雪さんのやりとりを見ていて、僕はちょっぴり羨ましく思った。

 

 

 

階段を降りて洗面所に駆け込んだ僕は、手早く顔を洗い、歯も磨いて、それらが終わると制服に着替えるため再び階段を駆け上がる。

僕が準備をしている間に、エミは自分も学校があるので玄関口で母さんに挨拶をしていた。

 

「じゃあ、お母さん。行ってきまーす」

 

「行ってらっしゃい。途中、車に気を付けるのよ」

 

「はーい。アイチー、遅刻しないよう気を付けなさいよー!」

 

あはは・・・・・。エミったら・・・・・相変わらずというか、これじゃあどっちが上だか本当に分からないや・・・・・。

エミの言葉に僕は苦笑すると、ハンガーに掛けてあった白いブレザーに袖を通す。

机の上に置いてあったCADをブレザーのポケットにいれて、鞄も持って僕は部屋を出た。

 

「母さん、おはよう!」

 

「おはよう、アイチ。今日は随分とお寝坊さんだったわね」

 

リビングに入ると、キッチンで僕の弁当を作りながら母さんが挨拶をした。丁度、弁当も作り終えていたので、青い弁当包みに包まれた弁当箱をダイニングテーブルの上に置いて、母さんは優しい笑みを浮かべる。

本当だったらゆっくりと朝ごはんを食べたいところだけど、今はそんなことをしている時間がない。

時計を見ると、一刻も早く家をでないと遅刻してしまう。

 

カップに注がれたミルクを急いで飲み、トーストの上におかずのベーコンエッグを載せ、さらにその上に再びトーストを載せて即席サンドイッチを作ると、片手にサンドイッチ、もう片方の手に弁当箱を持つと玄関へと向かう。玄関口に置いた鞄の中に弁当を入れて、靴を履く。

 

「ごめん、母さん!明日はちゃんと早起きして朝ごはん食べるから!」

 

「あらあら、そんなに慌てると危ないわよ。気を付けて行ってらっしゃい」

 

「うん。行ってきます!」

 

勢いよく家を飛び出すと、サンドイッチを食べながら、真っ直ぐある場所へと向かった。

僕の家がある後江市から高校がある八王子までの通学手段は隣町とはいえ電車しかないので、プラットホームを駆けキャビネットと呼ばれる一人乗り用の電車に乗った。

キャビネットに乗る時点で朝ごはんのサンドイッチを食べ終えていたので、駅に着くまでの間、端末を開いて予習として履修したい授業について調べることにした。

このデータは、入学するにあたって真由美お姉ちゃんから今後の参考になるようにって、貰ってあったものだ。

 

普通の教科はもちろん、魔法に関する授業がたくさんある。中には魔法実技なんてのもあり、僕は改めてすごいところに入学したんだなって実感した。

僕が通っていた中学は公立の中学校だったこともあり鞄のなかに教科書やノート、鉛筆が必需品だったが、魔法科高校では教育用端末の普及により、それらを持ち歩く必要はなくなった。

通学用の手提げ鞄を持っているのは、中学の時の癖が抜けきれてなくて、手ぶらだと何だか心配なので筆記具とノート数札、それと、朝、母さんが作ってくれた弁当が入ってある。

 

カリキュラムを読み進めていると、僕を乗せた電車が低速レーンへと入っていく。もうすぐ駅に着く合図だった。

端末の電源を切ってポケットにしまう頃に、魔法大学付属第一高校前駅に到着した。

電車を降りて、プラットホームと階段を降りて、僕はひたすら走る。

駅から高校まで、ほぼ一本道とはいえそれなりに距離はある。

どうして、寝坊なんてしたんだろう?と、途方もないことを考えながら走っていると、

 

「おっ、お前もひょっとして遅刻か?なら、俺と同じ遅刻仲間だな」

 

僕の右隣で、同じく走っていた男子生徒に突然声を掛けられた。制服のエンブレムをみると、達也くんやエリカさん、美月さんと同じ二科生であることがわかった。

 

「えっと・・・・君は?」

 

「おっと、自己紹介してなかったな。俺は1―Eの西城レオンハルト。レオって呼んでくれ!」

 

「僕は1―Aの先導アイチです。あの僕もアイチって呼んでくれるとうれしいな」

 

「OK、アイチ。同じクラスじゃねえけど、ヨロシクな!」

 

走りながら僕とレオくんは簡単ながらも自己紹介をした。レオくんは僕が一科生と分かって最初は驚いていたけど、すぐに態度を変えることなく僕と接してくれた。

魔法科高校に入って、また一人友達ができた。

 

その後、学校に着くまでの間、僕はレオくんと話をした。どこの中学を通っていた、とか、どこの部活に入りたい、とか、将来、何になりたい、とか・・・・話を聞きながら、僕はこの高校に入ることができて、初めて嬉しいって思えた。

 

 

 

 

 

門を通り過ぎ、校舎へ入ると僕は教室に向かうためレオくんと別れた。

 

レオくんはもっと僕と話をしたいって、昼休み一緒にランチを食べようと話を切り出してきた。

特に予定とかないし、お弁当だけど、それでもいい?って僕は言いながら一緒に食べることを了承することにした。

今まで友達がほとんどいなかったから、そんな約束ができて、寝坊するのも捨てたもんじゃないな。

 

など考えつつ、僕は教室に入った。

時計を見て、遅刻でないことにホッとした僕は端末に表示された自分の席を見つけて、鞄を机の横に掛けて席についた。

 

「おはよう、アイチくん。今日は随分と遅かったわね?遅刻するのではないか、心配したのよ?」

 

椅子に座って静かに息を吐き出していた僕は名前を呼ばれたので顔を上げて声の主を探した。すると、僕の左隣の席に二人の女子生徒と会話をしていた深雪さんが僕に向かって微笑んでいた。

僕は声を上擦らせながら、何とか挨拶を返す。

 

「あっ、み、深雪さん!おはようございます!えっと、これはその・・・・別に寝坊とかそんなんじゃなくって・・・・」

 

深雪さんが僕の隣にいる!?こんな美少女と席が隣同士だけでも緊張するのに、話しかけられて僕の心臓は緊張で張り裂けそうだ。その証拠に、無意識に僕は自分で「寝坊した」って、暴露してしまっている。

 

「先導くん、それ自分から寝坊したって言ってるもんだから」

 

「でも、真面目そうな先導くんも寝坊するなんてなんか意外だな~」

 

顔をトマト並みに真っ赤にさせた僕を深雪さんと話していた二人の女子生徒がじっと見つめている。

まだ名前も知らない二人の顔を僕は困った表情でいると、

 

「あっ、自己紹介をしてませんでしたね。私、先導くんと同じクラスの光井ほのかって言います」

 

「同じく、クラスメイトの北山雫。よろしく、先導くん」

 

「あっ、こちらこそよろしく。光井さん、北山さん。えーっと、ところで何で二人は僕の名前知ってるのかな?」

 

光井さんと北山さんの自己紹介が終わって、僕は何で二人が僕の名前を知っているのか訊ねた。

すると、二人は顔を見合わせてクスッと小さく笑い合い、

 

「先導くん、知らないの?」

 

「このクラスで先導くんのことを知らない人は、多分いない」

 

「え?ど、どういうこと?それ・・・・」

 

僕は二人が言っている意味が理解できず首を傾げると、その様子を見ていた深雪さんが代わりに答える。

 

「『先導者(ヴァンガード)』、この世界に初めて"魔法"という言葉を確立させた伝説の魔法師。アイチくんの御先祖様のことをほのかたちは言ってるのよ」

 

そう、僕の両親は父さんも母さんも魔法師ではない。妹のエミももちろんそうなのだが、どういうわけか僕にだけ魔法の才能があった。というのも、なんでも母さんの御先祖様が今、深雪さんが説明したとおり、約百年前、人類滅亡を企てた組織をたった一人で壊滅したと言われているとてもすごい人なのだ(真由美お姉ちゃんが言うには)。

 

「『先導者(ヴァンガード)の奇跡』たった一本の剣で人類滅亡の危機を救った英雄。今ではただのお伽話として認識されているけど、アイチくんが現れたことでそれがお伽話などではなく実際に起きたことだと改めて確認されたのです」

 

「へ、へえーー・・・・・そうなんだ・・・・・」

 

深雪さん・・・・・その話、僕、初めて聞きました。確かに『先導者の奇跡』は、僕が小さい時から知っている物語で、今では小さい子向けに絵本になったり、中には漫画化されてたりもしている。

 

「私も、小さい時よく読んだな~『先導者の奇跡』。お話に出てくる“先導者”がスッゴくかっこよくて!!」

 

「うん。たった一人、一本の剣型デバイスで世界を平和へと導いた英雄。魔法師を目指す者なら誰だって憧れる」

 

あー・・・・・、そういえば真由美お姉ちゃんの双子の妹たちも光井さんや北山さんみたいに『先導者の奇跡』、スッゴい好きだったな~~。その主人公に憧れて魔法師になることをあっさりと決めちゃうくらい。

 

こんなキラキラと目を輝かせながら語る二人を見て、僕はどう反応したら良いか分からず、困ったような笑みを浮かべる。

 

「先導くんって、魔法師の間では『先導者の再来』なんて呼ばれてるもんね」

 

「ーーッ!?うえぇ!!?な、なんでそれ知ってるの??」

 

目の前で、光井さんの口からその呼び名で呼ばれた僕は、あまりの恥ずかしさにこの場を逃げ出したくなった。

“先導者の再来”、僕は魔法師の間でそう呼ばれている。その理由としては、僕のご先祖様がさっき言ったように『先導者』と呼ばれた伝説の魔法師であって、僕もご先祖様に匹敵する魔法力を秘めているからだった。

僕はこの呼び名がスッゴく苦手である。

 

 

だって、『先導者の再来』なんて恥ずかしいでしょ!!

 

 

僕は顔を真っ赤に染めてなんで知っているのか理由を尋ねると、北山さんが代わりに答えてくれて、

 

「さっき、深雪から聞いた」

 

「ごめんね、先導くん。実は昨日、先導くんのことについてお兄様から聞いたの」

 

と、申し訳なさそうに謝りながら、深雪さんは説明してくれた。

なんでも、達也くんは僕が自己紹介をした時から薄々気がついていたようで、家に帰ったあと、“知的好奇心”というやつで、僕のご先祖様についても更に調べ上げた・・・らしいのだ。

その中には、もちろん、僕が幼い頃、テロリストに誘拐されたことも、七草家との繋がりについても含まれているが、それらについては光井さんや北山さんには話してない、とのことだ。

 

「そ、そうなんだ・・・・・」

 

ご先祖様については、どっちみち知られてしまうし、七草家との繋がりも真由美お姉ちゃんと一緒にいれば、いずれ気がついてしまっただろうし、僕としては知られたとしても何の問題はないけど・・・・・でも、“知的好奇心”だけで、そこまで調べ上げてしまう達也くんの恐ろしさと凄さを感じて、僕は苦笑した。

 

入学したばかりで、不安だらけの高校生活を送るかと思っていたけど、達也くん、深雪さん、エリカさん、美月さん、レオくん、それに光井さんと北山さん、こんなに友達ができるとは思いもよらなかった。

 

 

 

あれから、深雪さん、光井さん、北山さんと談笑をしているうちに、ホームルーム開始のチャイムが鳴り、深雪さん、光井さん、北山さんは自分の席へと戻っていく。

教室のドアが開き、中にこのクラスの担任と思われる人物が入ってきて、入学のオリエンテーションが始まった。初めは、この魔法科高校のシステムについての説明を受け、授業について、そして、一科生と二科生について、詳しく説明してくれた。

 

僕は入学前、真由美お姉ちゃんから魔法科高校について事前に聞かされていたけど、改めて聞いてみると、どれだけこの高校の中で格差が生まれているのかがよくわかる。

 

“ブルーム”と“ウィード”、真由美お姉ちゃんは説明をしながら、この格差をいずれどうにかしたい、無くしていきたい、と辛そうに言っていたのを僕はふと、思い出した。

 

一科生のクラスには担任教師がついているけど、二科生のクラスになると担任はおらず、全ての授業はモニターで行われる。

 

 

こんなところにも差別があることに、僕は何だか心が痛くなってきた。

 

ーーなんとか、ならないのかな・・・・・?

 

そう思いながら、僕は昨日、真由美お姉ちゃんから受けた生徒会への誘いを本気で受けることを決意しつつ、教師の話を真面目に聞いた。

 

 

 

 

 

 



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トラブル

お久しぶりです。
やっとの第3話で、本当にすみません・・・・・。


 

 

 

ーアイチサイド

 

入学二日目、何のトラブルもなく無事に一日が終わりますように・・・・・と願うも、僕の願いは、いとも簡単に砕かれることとなった。

 

「あ、あの・・・・みんな、そんなに怒らなくても・・・・・」

 

「アイチ、今更止めたって無駄だと思うぞ。逆に彼らの怒りを煽るだけだ。深雪も謝ったりするなよ」

 

「お兄様・・・・しかし・・・・・」

 

「これは深雪のせいではないし、一厘一毛たりともお前のせいじゃないから」

 

深雪さんも今も目の前で繰り広げられている展開に困惑と不安を表情に出しながら、兄である達也君の顔を見上げている。

達也君も深雪さんの不安な様子を見て、彼女を力づけるためにあえて強い口調で返事を返した。

 

まるで仲が良いカップルだよな~~と現実逃避をしながら、僕はこの一触即発の状況を回避できないか考える。

僕も、達也君と深雪さんも一歩引いたところから、エリカさん、レオ君、柴田さんたちと僕と同じく新入生である一科生の対立を眺めていた。

 

 

 

 

 

ことの発端は、昼食の時まで遡るーーーー

 

オリエンテーション、授業の見学が終わって、お腹がすいたので僕は鞄の中から母さん手作りの弁当を取り出した。

 

「あら、アイチ君はお弁当を持ってきたのね」

 

「う、うん。母さんが作ってくれたんだ」

 

お弁当を取り出したところで、隣の席に座っていた深雪さんが声をかけてきた。

未だに深雪さんが隣の席に座っているという状況に慣れず、胸が緊張でドキドキしている。僕は緊張していることを悟られないように、なるべく平静を装って答える。

 

「深雪、先導君、一緒に食堂行かない?あっ、先導君、お弁当持ってきたの?」

 

光井さんと北山さんがお昼を一緒に食べないか誘ってきた。僕はお弁当を持ってきたけど、それでもいいなら、と言いながら彼女たちの誘いを受けた。深雪さんも彼女たちの誘いを受け、僕と深雪さんと光井さん、北山さんの四人で食堂に向かうことになった。

 

しかし、

 

「司波さん、先導君、僕らと一緒に食堂へ行こうよ」

 

と声をかけてきたのは、同じクラスの森崎駿君。

彼の後ろには数名の女子生徒や男子生徒が集まっていた。

みんな、学年トップである深雪さんに少しでも近づきたいと思っていることが雰囲気で伝わってくる。

深雪さんは僕らの顔を見て躊躇うような視線を向けてきたが、僕は「僕は別に構わないよ」と彼女を気遣うように微笑みながら答え、光井さんと北山さんも「いいよ」と言ってくれたので、クラスごと移動するように大人数で食堂へと向かった。

 

食堂に到着すると昼時とあって、かなりの混雑で賑わっていた。中でも、大人数で座れるテーブルはどこも満席で座れそうにもない。

 

「おっ、アイチじゃねえか!」

 

どこか座れないかと、周りを見回していると近くの席から、先に昼食をとっていたレオ君が僕に気がついたらしく手を振っていた。他にも達也君、エリカさん、柴田さんも同じテーブルに座っており、どうやら食堂が混雑する前に見学を切り上げて昼食をとっていたらしい。

 

「レオ君。達也君にエリカさん、柴田さんも一緒だったんだ」

 

「おう!アイチはこれから昼飯みたいだな」

 

「うん。お弁当持ってきたんだけど、どうせならみんなで食べようって」

 

僕は手にした弁当包みを見せ、その横で兄妹の会話をする達也君と深雪さんの様子を横目で窺った。

表情がさっきよりも和らいでいることから、やっぱりクラスメイトよりも家族と一緒にいた方がいいよね、と感じた。

 

「へえ~~、それってもしかして彼女からの手作り弁当的なやつかしら?」

 

「え?先導君、彼女さんがいるんですか?」

 

達也君、レオ君の隣に座っていたエリカさんが僕の弁当包みを見ていたずらっぽい笑みを浮かべながら爆弾発言をしてきて、エリカさんの言葉を聞いた柴田さんが驚いた表情で僕に訊ねてくる。

 

「アハハ・・・・これは母さんが作ってくれたお弁当なんだ」

 

エリカさんは僕の何を期待していたのか知らないけど、それを聞いた途端、「なーんだ、違うんだ」と言って肩を落とし、レオ君や柴田さん、それに達也君と深雪さんも話しに加わって僕が持ってるお弁当をマジマジと見つめていた。

 

 

 

「お話中のところ失礼ーーーー」

 

和気あいあいとみんなで話をしているところに森崎君が割って会話に入ってきた。

 

「君達、二科生だよな?悪いがそこの席を僕たちに譲ってはくれないだろうか?」

 

達也君たちが座っているテーブルは六人掛けのもの。

他には座れそうなところは見当たらず、僕は困った表情で森崎君を見て、そして、深雪さん、達也たちへと視線を移した。

 

「はあ?アンタ、何言ってんの?」

 

「ウィードである君達は、ブルームである僕たちに席を譲る義務がある。だから、そこを退いてくれって言ってるんだ」

 

森崎君の明らかに達也君たちを見下しているような言い方にレオ君、エリカさん、柴田さんまでもが座席から立ち上がっている。

今にも爆発しそうなレオ君とエリカさんが反論しようとすると、達也君が食べ掛けのプレートに手を掛ける。

 

このままじゃダメだ!僕はそう思うと、プレートを持って立ち上がろうとする達也君の間に割って入った。

 

「あぁぁ!も、森崎君、あっちに席が空いたよ!」

 

「え、せ、先導君・・・・ちょっ!?」

 

驚く森崎くんの背中をグイグイ押しながら、僕は偶然にも空いた席へと向かう。

 

「先導君!」

 

森崎くんを強引に深雪さんから引き剥がしている僕の背中に声を掛ける深雪さんだったが、そんな彼女の耳元で僕の考えを読み取った北山さんがこっそりと耳打ちする。

 

「深雪、ここは先導君と私たちに任せて」

 

「雫・・・・・」

 

「深雪はお兄さんたちと食事をして。森崎君は私たちで何とかするから」

 

「ほのかも・・・・二人とも、ありがとう」

 

深雪さんは光井さんと北山さんに礼を述べると達也君のところへ向かった。エリカたちはどこか複雑そうな表情をしていたが、達也君だけはじっと僕の背中を見つめていた。

 

『ありがとう、アイチ。・・・・すまない』

 

達也君の謝罪する声が聞こえたような気がして、僕は振り向きながら静かに笑みを浮かべて目で返した。

 

 

 

あの後、僕と光井さん、北山さんは森崎君と午後の授業のことについて話をしながら昼食をとった。

森崎くんは深雪さんとも話をしたかったみたいだけど、幸いにも僕達が座っている席は深雪さんと達也君たちが座っている席から大分離れているため、トラブルになることはなかった。

 

 

けど、午後の専門課程の授業見学の時に第二幕は上がった。

通称「射撃場」と呼ばれる遠距離魔法用の実習室では、三年生の実技が行われていて、今、僕の目の前で生徒会長であり僕の“姉”でもある真由美お姉ちゃんが遠距離魔法の実技を披露していた。

真由美お姉ちゃんは遠距離魔法のエキスパートで十年に一人の英才と呼ばれるほどの使い手で、九校戦では第一高校に何度もトロフィーをもたらしている。

 

その噂を聞き付けてか、多くの新入生が実習室に詰めかけてきていて、僕らの前にも真由美お姉ちゃんの姿を一目見ようと人垣ができていた。

 

最前列に一科生がいるなか、その中になんと達也君、エリカさん、柴田さん、レオ君の姿があった。

一科生を遠慮してしまう二科生がいる中、彼らは堂々と最前列を陣取っていたのだ。

それは当然のごとく、悪目立ちをしていて実技を見れなかった一科生の反感を買ってしまうのは言うまでもない。

 

 

 

 

そして、第三幕。それは今まさに現在進行中で、僕の目の前で柴田さんが森崎君に啖呵を切っている最中だった。

 

「いい加減にしてください!深雪さんはお兄さんと帰りたいって言ってるんです。他人が口を挟むことではないでしょう」

 

ことの発端は、深雪さんの帰りを待っていた達也君にクラスメイトである森崎君や取り巻きの女子生徒が難癖つけてきたのが始まりだった。

 

「別に深雪さんはあなたたちを邪魔者扱いなんてしてないじゃないですか。一緒に帰りたかったら、ついてくればいいんです。何の権利があって二人の中を引き裂こうとするんですか!?」

 

森崎君たちの理不尽な行動と言動に、意外なことに最初に柴田さんがキレた。

丁寧な物腰から容赦なく正論を叩きつけ、森崎君たちを相手に一歩も引いていない。

そう、最初は正論のはずだったのだが・・・・・

 

「引き裂くとか言われてもなぁ・・・・・」

 

「柴田さん・・・・いくらなんでもそれは色々と誤解を招くと思う・・・・・」

 

少し離れたところで呟く達也君と僕。達也君も思っているだろうが、何かが決定的にずれているような気がする。

 

「み、美月は何を勘違いしているの?」

 

若干一名、深雪さんだけは何故か頬を赤らめて慌てていた。

 

「深雪・・・・何故お前が焦る?」

 

「えっ?別に、焦っておりませんよ?」

 

深雪さん、返答が疑問系になっている時点で焦っているのバレてますから。僕にだって分かりますから・・・・・。

 

 

などと思いつつも、敢えて僕は口には出さず混乱し始めている二人を眺めていた。

 

一方、そんな兄妹を他所に、思いやりのある友人たちのやり取りは益々ヒートアップしていく。

 

「だーかーらー、深雪は達也君と帰りたいんだって言ってるんでしょうが!」

 

「僕達は司波さんに相談したいことがあるんだ!」

 

「そうよ!司波さんには悪いけど少し時間をもらうだけなんだから!」

 

「ハンっ、相談なら別に明日だっていいだろうが」

 

皮肉たっぷりで言い返すエリカさんと笑い飛ばすレオ君。明らかに森崎君たちをバカにしているかのような二人の言動に僕はただ見ていることしかできなかった。

 

あわわ・・・・これ、どうやって止めたらいいの?

 

「相談だったら予め本人の同意を取ってからにしたら?深雪の意思を無視して相談もあったもんじゃない。高校生にもなってそんなことも知らないの?」

 

案の定、相手を怒らせることが目的のようなエリカさんの台詞に、とうとう森崎君がキレた。

 

「うるさいっ!ただのウィードごときが僕達ブルームに口答えするな!」

 

“ウィード”

 

多くの耳目が集まる中、使用が禁止されている言葉を口にした森崎君に正面から反応したのは、やはりというか何というか・・・・・柴田さんだった。

 

「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているんですか?」

 

決して大声で言ってる訳でもないのに、柴田さんの言葉は不思議と校庭に響き渡った。

 

「えっと、柴田さん・・・・・もうそれくらいにしといた方が・・・・・。森崎君も、相談事ならまた明日にしよう?ねっ?」

 

止めとけ、と達也君は言っていたけど、このまま放っておくわけにはいかない。

そう思った僕は柴田さんと森崎君に声をかけながら間に入っていく。

 

「先導君。ですが・・・・・」

 

「先導君!君は自分が何を言ってるのか分かってるのか!?そこにいるウィードに味方するとでも言うのではないだろうな!?」

 

「えっ、別にそう言うことを言ってるんじゃなくて・・・・・僕はただ、ケンカを止めたいだけであって」

 

「何よ、アイチ君。まさか、そこのブルームの肩を持つの?」

 

「ち、違うよ・・・・エリカさん!」

 

「アイチ!お前は俺たちの味方だよな?」

 

「レ、レオ君も・・・・・」

 

ふぇぇ~!た、大変なことになっちゃったよぉ~!!

 

止めに入ったつもりが、僕が間に入ったことで火に油を注いでしまったようだ。

状況は悪い方向へと突き進んでいき、柴田さんたちと森崎君たちの溝は深まる一方であった。

 

 

ーーーーー

 

 

「だから、止めとけと言ったのに・・・・・」

 

「お兄様、このままで良いのですか?」

 

止めに入ったつもりが、余計な諍いを生んでしまったアイチに、達也は呆れてため息をついた。その隣では深雪が心配そうな表情で達也を見上げている。

 

「これはアイツが蒔いた種だ。俺たちには関係ない」

 

「ですが、ことの発端は私にあります。このままアイチ君を放っておくわけにはいきません」

 

じっと見つめる深雪の視線に達也は静かに息をついた。

深雪の言い分も分かる。けれど今更、達也や深雪が行ったってどうにかできるとは到底思えない。アイチの二の舞になることは明白だった。

 

しかし、それ以前に達也はもうそろそろこの事態が終息することを予想していた。

 

「深雪。アイチなら、おそらく大丈夫だ」

 

「?どうしてですか?」

 

「いずれ分かる。アイチには頼もしい姉(・・・・・)がついているからな」

 

不思議そうに首を傾げる深雪だったが、すぐに達也の言っている意味を理解することとなった。

 

「ちょっとそこの新入生たち?そこで何をしているの?」

 

声の主は、第一高校生徒会長でありアイチの頼もしい姉でもある七草真由美だった。

 

「私は風紀委員長の渡辺摩利だ!正門前で新入生がケンカをしているとの連絡があった。これは一体どういうことだ?」

 

真由美の隣にいたショートカットの女子生徒、渡辺摩利の声が響き渡り、言い争いをしていた森崎、美月、エリカ、レオは言葉を止める。

 

「生徒会長の七草真由美です。あなたたち、1―Aと1―Eの生徒ね?」

 

生徒会長と風紀委員長が現れたことでその場は静まり返った。

アイチは真由美が現れたことでホッと胸を撫で下ろすと張り詰めていた緊張の糸が切れて、ぐらり、と体を傾ける。

 

「「アイチ(アッくん)!」」

 

側にいたレオが咄嗟に抱き止めたことで地面に叩きつけられることは免れたアイチだったが、顔は白を通り越して真っ青になっていた。

 

「レ、レオ君・・・・・ありがとう」

 

「アッくん大丈夫!?」

 

倒れたアイチを心配して真由美が心配そうな表情を浮かべて駆け寄る。

 

「真由美お姉ちゃん・・・・・大丈夫だよ。少し、疲れちゃっただけだから・・・・・」

 

「アッくん・・・・・」

 

“真由美お姉ちゃん”、“アッくん”。まるで姉弟のようなやり取りをするアイチと真由美を眺めていた達也は、やはり、と心の中で呟いた。

 

昨日の夜、先導アイチのことが気になった達也はすぐに彼のことについて調べ上げた。

アイチの先祖について、幼い頃に魔法師の資質を狙われて拐われかけたことがあること、そして、彼の背後に数字付き(ナンバーズ)である七草家がついていることを・・・・・。

 

アイチと真由美が姉弟のような関係にあることは知っていた。もし、アイチが危険な目に遭うようなことがあれば彼を溺愛する真由美が黙っている筈がない。

 

「お兄様は分かっていらしたのですね?七草生徒会長が来ることを」

 

「ああ。大方、マルチ・スコープで見ていたんだろう。彼女はアイチのことを実の弟のように可愛がってるらしいからな」

 

遠距離魔法のエキスパートである七草真由美、遠隔知系魔法マルチ・スコープは実体物をあらゆる角度で知覚する多元レーダーのような魔法で、すぐにこの場に駆けつけることができたのもこの魔法があってこそ。

 

「先導君、ごめんなさい・・・・・私・・・・・」

 

「柴田さんのせいじゃないよ。・・・・・僕は大丈夫だから」

 

美月はアイチを巻き込んでしまった罪悪感からか眼鏡の奥に涙を浮かべながら謝罪を述べ、アイチはそんな彼女を心配かけまいとふらつきながらレオの腕から離れる。

 

「そんな真っ青な顔で言ったって説得力ないっての。ていうか、アイチ君まだフラフラじゃん!」

 

足元が覚束ないアイチを心配してエリカも駆け寄ってきた。

 

「さて、君達には色々と事情を聞きたいことがある。ちょっと生徒指導室まで来てもらおうか?」

 

摩利の冷たいと評されても仕方のない、硬質な声にその場にいたものは言葉なく硬直していた。

ただ一人を除いて。

 

雰囲気に呑まれず、達也は泰然とした足取りで、背後に付き従う深雪とともに、摩利の前に出た。

突然出てきた一年生に、摩利は訝しげな視線を向けた。達也はその眼差しに動じることなく受け止め、軽く一礼をした。

 

「すみません。悪ふざけが過ぎました」

 

「悪ふざけだと?そこの一科生の一年はCADを手にしている。これのどこが悪ふざけとでも言うんだ?」

 

唐突に思えるその台詞に、摩利の眉が軽くひそめられる。

彼女の言う通り、森崎の方へ視線を向けると彼の手には特化型のCADが握られていた。

 

「森崎一門のクイックドロウは有名ですから、後学の為に見せてもらうだけだったんですが、あんまりにも真に迫っていたもので、彼がケンカをしていると勘違いをして止めようとしただけです」

 

森崎はCADを持ちながら目を丸くして驚いている。アイチもエリカに肩を貸してもらいながら、不安そうに眉をひそめながら達也と摩利のやり取りを静かに見守っていた。

 

「・・・・・ではその後にそこにいる1ーAの女子生徒が構えているCADはどう説明するんだ?」

 

そう言って摩利はある一点へと静かに視線を投じた。そこにいたのは腕輪形状の汎用型CADを構えるほのかの姿があった。

 

 

 

 

ーアイチサイド

 

皆の視線が光井さんと達也君へと自然と集まる中、レオ君に支えてもらいながら僕は悠然と渡辺先輩の前に立つ達也君の背中を見つめていた。

 

森崎君だけでなく、光井さんまで・・・・・しかも魔法を発動しようとしていたなんて、これではいくら達也君でも言い訳はできないだろう、と僕は思った。

しかし、達也君は表情一つ変えずチラリと光井さんを一瞥すると、静かに口を開いた。

 

「彼女は目くらましの閃光魔法を発動しようとしただけです。それも失明したりするほどのレベルではありませんし、攻撃性は限りなく無いでしょう」

 

躊躇いもなく断言する達也君に、僕だけでなく周りにいた人たちも息を呑む。

渡辺先輩の冷笑が感嘆へと変わり、

 

「ほう・・・・・どうやら君は、展開された起動式を読み取ることができるらしいな」

 

「実技は苦手ですが、分析は得意です」

 

いくら分析が得意だとしても、魔法の起動式を意識して理解するなんて、できるものだろうか?

事も無げに達也君は「分析」の一言で片付けているが、彼が行ったことは普通の魔法師にはできないことだ。

 

不安な表情で達也君と渡辺先輩の会話に耳を立てていると頬に手の温かな温もりが触れた。

 

「・・・・・真由美お姉ちゃん」

 

「アッくん、怖い思いをさせてごめんね」

 

真由美お姉ちゃんは僕の頬に手を添えて優しく微笑みを浮かべている。

 

「ありがとう、心配してくれて。・・・・・レオ君も、ありがとう」

 

「アイチ・・・・すまん。俺、頭に血が昇ってた。お前に迷惑かけちまったな」

 

力が入らず立つことすらできない僕を支えるレオ君の顔にはさっきまで感じた怒りといった感情はすっかり消え、静かに謝罪の言葉を述べた。

と、達也君と渡辺先輩とのやり取りを終えた森崎君が肩を落とし、俯き加減で歩み寄ってきた。

 

「先導君、その・・・・・僕・・・・・」

 

「森崎君どうしたの?」

 

「ーーーーっ、先導君。先程は、本当にすまなかった!」

 

首を傾げる僕に、森崎君は校庭に響き渡りそうな声で謝ってきた。

突然大きな声で謝罪をしてきたので驚いて目を丸くする僕やレオ君、真由美お姉ちゃんまでもが信じられないと思う中、森崎君は言葉を続ける。

 

「僕は森崎の本家に連なる者として、君に迷惑をかけてしまった。一歩間違ってたら、君のことも傷つけていたかもしれない」

 

森崎君、渡辺先輩に言われたことが相当堪えたのか、さっきまでの勢いは微塵もない。

あー、人ってこんなにも変わるものなんだ、と僕は考えながら、優しく微笑んだ。

 

「森崎君、僕は本当に大丈夫。だから、そこまで気にすることはないって。それに、友達のケンカを止めるのは当たり前でしょ?」

 

「友達、僕が?」

 

友達、その言葉を聞いた森崎君は俯いていた顔をあげる。驚いてしまったのか、ポカンと口を開いて僕の顔をじっと見つめた。その表情が何だか可笑しくて、僕は思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えた。

 

「うん。レオ君やエリカさん、柴田さん、達也君、深雪さん、光井さんに北山さん、それに森崎君もみんな友達だから」

 

森崎君は僕のことをどう思っているのか分からないけど、僕は森崎君のことを大切な友達だと思っている。この気持ちは本当だ。

だから、森崎君。ブルームとかウィードっていう考えをもう少し考え直してもらえると・・・・・

 

「・・・・・っ、司波達也。これは借りだとは思わないからな。今日のところは先導君に免じて引き下がってやる」

 

「安心しろ。俺も貸してるなんて思ってないから。俺は深雪の誠意に答えたまでだ」

 

森崎君も森崎君だけど、達也君も達也君だよな・・・・・。

達也君への敵意は薄れたものの、やはりというか森崎君の刺のある言い方と達也君のシスコンぶりに僕は苦笑いを浮かべた。

 

「お兄様は言い負かすのは得意でも説得するのは苦手ですもんね」

 

「ああ、違いない」

 

兄妹のほのぼのとしたやり取りに気を削がれた森崎君は「フンッ」と鼻息を鳴らすと真由美お姉ちゃんに一礼をして、僕たちに背を向け、そのまま立ち去った。

 

「いきなりフルネームで呼び捨てか」

 

立ち去る背中を見つめながら独り言のように呟く達也君。そんな達也君の隣では深雪さんが困惑の表情を浮かべている。

 

「お兄様、もう帰りませんか?」

 

「そうだな。七草生徒会長、渡辺風紀委員長、俺達もそろそろ帰りたいんですが、よろしいでしょうか?」

 

チラッと達也君が僕のことを見たのは気のせいだろうか?

 

「・・・・・そうだな。今回のことは不問にするが、以後このようなことの無いように」

 

「魔法の見学、生徒同士で教え合うことが禁止されているわけではないけど、魔法の行使には起動するだけでも細かな制限があるから、これからは控えるようにお願いね」

 

真由美お姉ちゃんはそう言って達也君に微笑むと、今度は僕へと向き直った。そして表情を曇らせ、僕をじっと見つめる。

 

「アッくん、あんまり無茶しないでね。今回は怪我がなくて良かったけど・・・・もし、アッくんに何かあったら、私・・・・・」

 

「ごめんなさい・・・・・真由美お姉ちゃん」

 

「本当なら一緒に帰りたいところだけど・・・・・。ごめんね、生徒会の仕事が残ってて、まだ帰れそうにないの」

 

ゴメンね、と真由美お姉ちゃんは謝るが、そこまでお世話になるわけにもいかない。

僕はレオ君に小さな声で「ありがとう」と礼を言って、自分の足で立ち上がった。

 

「僕は大丈夫!だから、お姉ちゃんも生徒会の仕事頑張ってね」

 

「・・・・・アッくんの“大丈夫”って、あんまり信用できないのよね(ボソッ)」

 

お姉ちゃんから見ても僕がやせ我慢をしているのは見え見えで、僕がいくら「大丈夫」だと言っても納得できない様子。

渡辺先輩は風紀委員の仕事があるからと、先に校舎へ戻っているためこの場にはいない。

まさかとは思うが、真由美お姉ちゃん、このまま生徒会の仕事を放棄して帰る・・・・・なんてことにはならないよね?

 

真由美お姉ちゃんもそうだけど、エミも含めて何で僕の周りには心配性なひとが多いのだろうか?

中々帰してくれない真由美お姉ちゃんと足元がまだふらついている僕を見兼ねてなのか、僕の背後で溜息を付く声が聞こえた。

 

「大丈夫です会長。先導のことは俺達が責任を持って家まで送ります」

 

「分かりました。では司波達也君、アッくんのことお願いしますね」

 

達也君の言葉で真由美お姉ちゃんはやっと納得してくれたようだ。といっても、家に着いたらちゃんと連絡をいれることを条件に、だけど。

 

ほぅ、と息を吐くと、気が抜けたせいか再び足元がふらついた。倒れると思ったが、すぐ隣にいた達也君が咄嗟に支えてくれたお陰で校舎へと戻る真由美お姉ちゃんに何とか気付かれずにすんだ。

 

「・・・・・ありがとう、達也君」

 

「さっさと帰るぞ。歩けるか?」

 

「あ、うん。何とか」

 

答えながら見上げてみると、達也君が無表情で僕を見下ろしている。

真由美お姉ちゃんが校舎に戻って、友人達も心配そうに歩み寄って来た。

 

「アイチくん、荷物お持ちしますよ」

 

「ありがとう、柴田さん」

 

地面に落ちた僕の鞄を代わりに拾ってくれた柴田さんに感謝の言葉を述べる。

レオ君やエリカさんもすまなそうな顔で、こちらへと歩み寄ってくるのが見えた。

 

「レオ君、エリカさん・・・・・」

 

「あ、アイチ・・・・・その・・・・・」

 

「「さっきは、ゴメン(スマン)!!」」

 

ほぼ同時、いや、見事にシンクロして頭を下げてきて、僕は思わず驚いて目を丸くしてしまう。謝罪の言葉も息ピッタリで、謝った本人達さえ驚いて顔を合わせている。

 

「な、何よアンタ!真似しないでくれる!?」

 

「それはこっちのセリフだ!お前こそ、真似すんなよ!」

 

お互い気が合うのか、それとも性格が似ているためか、睨み合いから漫才のような言い争いへと発展するレオ君とエリカさん。

 

「プッ、フフフ・・・・・」

 

体は疲れているのに、二人のやり取りを見ていると何だか可笑しくて、頬が緩んで思わず僕は吹き出してしまった。

肩を震わせて笑う僕を見て、レオ君やエリカさんは言い争いを止めて僕の方へと視線を向ける。

そして、柴田さんや光井さん、深雪さんも僕の笑い声に攣られるように笑い声を上げる。

クールな達也君と北山さんだけは笑い声は上がらなかったものの、やれやれと肩を竦めながら苦笑をして僕らを見守っている。

 

 

トラブル続きの一日ではあったものの、最後にはこうして笑顔になれたことに感謝して、僕らは校門を潜って、帰路へとついた。

 

 

 

 




~オマケ~

もし、森崎がアイチに向かって魔法を発動していたら?


「うるさい!ただのウィードごときが僕達ブルームき口答えをするな!」

「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れていると言うんですか?」

「えっと、柴田さん・・・・・もうそれくらいにしといた方が・・・・・。森崎君も、相談事ならまた明日にしよう?ねっ?」

「先導君。ですが・・・・・」

「先導君!君は自分が何を言ってるのか分かってるのか!?そこにいるウィードに味方するとでも言うのではないだろうな!?」

「えっ、別にそう言うことを言ってるんじゃなくて・・・・・僕はただ、ケンカを止めたいだけであって」

「何よ、アイチ君。まさか、そこのブルームの肩を持つの?」

「ち、違うよ・・・・エリカさん!」

「アイチ!お前は俺たちの味方だよな?」

「レ、レオ君も・・・・・」

「先導君、君という奴は・・・・・!良いだろう、そこまでたかがウィードに肩を持つのならっ!」

森崎は懐から特化型CADを取り出して、あろう事かそれをアイチへと向ける。

「う、うえぇぇえええ!?ちょっ、森崎君!それはダメだよ!!」

「・・・・・どれだけ僕らが優れているか、知りたいのなら教えてやる」

「ハッ、面白ぇ!是非とも教えてもらおうじゃねえか!」

売り言葉に買い言葉、アイチを挟んで今にも暴発寸前のレオと森崎を止める者は誰もいない。

「レオ君、ここは冷静に・・・・・ケンカはダメだって!!」

CADを突きつけられながらも懸命に仲裁するアイチだったが、二人には最早アイチの姿すら目に映っていなかった。

「だったら教えてやる!」

「森崎君、ダメだって!!」

レオに向かって照準を合わせる森崎の前にアイチが両腕を広げて飛び出した。

「あ、アイチっ!?」

「・・・・・っ、間に合え!」

CADに掴み掛かろうとしていたレオは驚きの声を上げ、エリカは警棒のような物を振り抜いて駆け出す。

「お兄様!」

深雪の声が終わらぬ内に、達也は右腕を突き出した。
そして、森崎の魔法が発動せんとしたその瞬間、どこからか放たれたサイオンの弾丸によってはじき飛ばされた。

「ヒッ!」

CADをはじき飛ばされ、悲鳴を上げる森崎。誰がCADをはじき飛ばしたのか探ってみると、右手を突き出しながら一人の女子生徒が歩いてきた。

「自衛目的以外の魔法による対人攻撃は犯罪行為ですよ?」

声の主にして、CADを魔法ではじき飛ばしたのは生徒会長・七草真由美だった。

「七草生徒会長!?」

突然現れた真由美に森崎は顔面が蒼白となった。
アイチは真由美の姿を見て、目を丸くして驚いていた。

「ま、真由美お姉ちゃん・・・・・」

「アッくん。もう大丈夫よ。何も恐くないわ」

そう言ってニコッと、アイチに笑いかけると、真由美は森崎へと向き直る。

「あなたかしら?私の可愛いアッくんにCADを向けたのは」

「あ、えっと・・・・・その・・・・・」

ニコニコと顔は笑っているのに・・・・・何故だろう、目だけは全然笑っていない。
森崎は真由美の背後から怒り狂う般若のような影が見えた気がして、足がすくんで動くことができない。
それはアイチの後ろにいるエリカやレオも同様だった。
このまま声を出してしまったら、間違いなく矛先がこちらへと向いてしまうのは一目瞭然で、何故かアイチの後ろに隠れてしまう。
美月は真由美の体から溢れ出るサイオンの輝きを目にして、それが通常より多くて見ていられず顔を背ける。

「森崎君、だったかしら?この落し前、どうつけてくれるの?」

森崎に目の前の恐怖に言い返す力は残されていない。ガタガタと震えて、目には涙が浮かんでいる。

「あ~あ、真由美の奴・・・・・。ありゃあ、完全にキレてるな・・・・・」

一緒に来ていた風紀委員長の渡辺摩利は呆れた表情を浮かべている。
傍観に徹している摩利の側では、同じように司波兄妹が目の前で起きている事態を眺めていた。

「お兄様、あれは一体どういう状況なのでしょうか?」

「そうだな深雪。・・・・・あえていうなら、“障らぬアイチに祟り無し”とでも言っとこうか」

目の前の状況に説明を求めてくる妹に、兄は無表情で答えた。
不思議そうに首を傾げる深雪のさらに隣では、ガタガタと恐怖で震えるほのかを雫が優しく抱き留めていた。

「し・・雫、私、魔法使わなくて良かった・・・・・」

「うん、そうだね」



“障らぬアイチに祟り無し”


この件がきっかけで森崎は風紀委員の教員推薦枠から外されてしまい、それ以来真由美に逆らえず生徒会(主に真由美の)犬となった。エリカやレオ、それにほのかや雫もアイチを怪我させてはいけないと意識が働いてか、より一層アイチに対して過保護になった。

アイチをケンカに巻き込んだり、怪我させたりしてはならない。
なぜなら、彼には恐ろしいくらい彼を溺愛する姉がいるから。


その日、真由美のブラコン説が噂で一気に広がると同時に、第一高校に新たな教訓?が刻まれることとなった。


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