艦これ ー黄禍を論ずる手前に捧ぐー (アテネガネ)
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1話

このお話は自分が書いている『さざんかのように』というお話と同じ世界での話になります。なのでそっちを見ていないとわからない事が多々あります。ただそれだとよろしくないので一話目で出てくる用語や世界観みたいなものを簡単に説明します。

艦娘は人間です。成長とともに艦種が変わったりします(駆逐が軽巡にクラスアップしたり)。
鎮守府を統括する委員会という組織があります。
委員会の怪しい計画により、艦娘は民衆から神と認識される事で強くなるとこの世界では考えられています。
「艤検」とは艤装の検査・修理とかする人達の略称です。
自分でも時々わからなくなるのですが、摩耶を番長と呼ぶのが秋月で体長と呼ぶのが照月です。ちなみにボクっ娘が初月ですがこの娘は一人だけぶっ飛んでいるので多分一人称を間違えていても判別がつきます。

こんな感じになります。つまり摩耶様が神ということは周知の事実ですね。崇め奉るのが常識ですのでよろしくお願いいたします。


 私は魅せられていた。

 咲き乱れる、その閃光に。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

「いーち! にーい! さーん!」

「おらぁ! 声が小せえぞ! もっとケツの穴ふん縛って腹から声出せや!」

「はい!!!」

 

 いち、に、と更に大きな声が空に響く。

 

『通達、高雄型重巡洋艦三番艦摩耶改造二号ヲ、舞鶴鎮守府新設部隊旗艦兼隊長ニ任命ス』

 

 先月の通達である。

 以前より進行していた『敵航空艦隊撃滅部隊設営』の走りとなるべく発足されたこの部隊は、現在摩耶を隊長、以下駆逐三隻から構成されている。

 

 通達があった当時、摩耶は大分と渋った。

 ガキのお守りなんぞごめんである。

 

 摩耶の古巣は舞鶴の第一艦隊であり、対深海棲艦の花形とも言える誉ある所属だった。

 そんな自分が上の自己満足で作り出されるピーキー突貫部隊への配属とは、心境的には左遷されたのではないかと考え、実際に飛ばされたのだろうと落胆した。

 

「隊長ぉ! きついです!」

「ったりまえだろ! だから訓練なんだよ!」

「はい!」

「文句垂れてんな! 口じゃなくて身体動かせ!」

「はい!」

「ったく」

「……」

「……」

「……」

「……掛け声言えよ!」

「えっ?!」

「ボケてんのかてめえら!」

「はい!」

 

 これだよ、と摩耶はより落胆の色を濃くする。

 

 絶対わざとだ。

 この駆逐艦達は、摩耶を小バカにする事にかけては命を賭けている。

 何故だかはわからないが、摩耶の胃を掘削する事が好きらしい。

 

 そんな摩耶の配下にいる駆逐艦は秋月型駆逐艦の一番艦「秋月」、二番艦「照月」、四番艦「初月」である。

 

 触れ込みはよかったのだ。

 何でも秋月型駆逐艦は防空を旨として建造されたもので、摩耶と近しい役割を持つ艦とのことだった。

 秋月姉妹の前所属横鎮では、品行方正、質実剛健、一所懸命、それが彼女達の評価だった。

 摩耶は「左遷されたが地獄に仏」と多少気持ちに折り合いをつけようとしていたのだが……。

 

「隊長ぉ! 今、カウント何回目でしたっけ?!」

 

 これだよ、と本日何度数えたかわからないため息を吐く。

 

「ゼロ回だ」

「えっ?!」

「おい、あんまりふざけてっとぶっ殺すぞ!」

「はい!」

 

 おい、こっちはブチ切れてんのにニコニコしながら返事をするなよ。

 

 カタログスペックのアテが外れるのは世の道理か、しかしこれは酷すぎる。

 泣きっ面に蜂とはこのことだ、許してほしい。

 

 摩耶の切実な思いは、今日も彼女らの笑顔を引き立てる事しかできそうもない。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

黄禍を論ずる手前に捧ぐ

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

「そういえば隊長、今日らしいですね」

「あ? お前らの葬儀の日取りが決まったのか?」

「盛大な式にしてください!」

「……」

 

 早朝訓練終了後、適当に訓練報告書を書き事務に提出した摩耶は、早速秋月に絡まれていた。

 

「ニコニコしてんな、横鎮から神通取り寄せるぞ」

「! 失礼しました!」

 

 新設部隊が発足してから二週間が経過した。

 その間、摩耶がまともに隊長を務める事ができたのは最初の一時間だけである。

 その一時間ですら、危険な片鱗を見せていが。

 

『隊長、これからは敬意を込めて番長とお呼びしてもよろしいでしょうか』

『やっぱり紙ひこうきが飛んでいても撃ち落としたりするんですか?』

『……やはり防空巡洋艦といえど、重巡洋艦同様おっぱいの大きさで格付けされるのか?』

 

 はっ倒すぞガキどもと思いながらも、まあ駆逐なんてこんなもんか? と内心もやもやさせながらおざなりに返事をした。

 

『隊長にしろ』

『そりゃもうバンバン撃ち落とすぞ』

『トップシークレットだ』

 

 これがいけなかった。

 諦め切れなかったのか番長と書かれたハチマキとはっぴを渡してくるし、紙ひこうきがどこからともなく飛んでくるし、メジャーを巻きつけてくるしで舐めてかかられた。

 

 そんな日が続くものだから一度秋月姉妹の元嚮導艦、神通の名を出して脅してみた。

 駆逐にとっての最大の脅威は言うまでもなく嚮導艦なので、取り敢えず牽制になればいいやと思い言ってみたのだ。

 

 しかし秋月姉妹は遠く離れた横鎮から、神通を呼べる筈がないと高を括った。

 

『神通さんは忙しいから、こんな所までこれませんよ!』

 

 それはもう凄いニヤつきだった。

 

 ーーー気に食わねえ。

 

 上下関係がガバガバの現状は、艦隊運動に不和をもたらす要因になりかねない。

 また、ここらで締めとかないと取り返しがつかなくなると予感し、貴様らの上司は無理を通して道理を踏み殺すだけのヤバいやつだぞと知らしめる必要があった。

 

 ので実際に神通を呼んだ。

 それはもう、途轍もなく迷惑だったろうが摩耶には関係ない。

 

 追加で「嚮導の教育がなってなかったからこうなったんだろうか」と、秋月姉妹の前で神通にも聞こえるよう愚痴った。

 

 愉快痛快とはこの事だと実感した。

 

 神通はかつてないほどニッコリし、全力投球を開始した。

 程なくして秋月姉妹は訓練用プールをゲロまみれにし、「お借りしたプールが汚れてしまいましたね。では掃除しましょうか」と、もどしたものを舐めるように拭き取る事を命じられた。

 

 振り返ってみると随分小さい女だなと評価せざるを得ないが、円滑なトップダウン方式を採用するため、断腸の思いで行った事なのだ。

 胸とかが痛む。

 

「何が今日なんだ?」

「はい! 今日は我らが部隊に空母が配属される日だと聞きました!」

「……あたし教えてないんだけど?」

「それはつまり、自分で調べろという愛ゆえの教育方針ですよね?」

「憎しみが溢れた結果なんだが?」

「今日もツンデレが眩しいです!」

「あたしの知ってるツンデレと違うな……」

「認識の違いは、これから擦り合わせていけばいいんですよ?」

「喧しい、ぶん殴るぞ」

「左の頬も差し出しましょうか?」

「いい根性じゃねーか」

 

 お前ごときが聖人の真似事とは恐れ入る。

 取り敢えず二回ビンタした後に再び向きなおる。

 

 神通召喚の結果はご覧の通りだ。

 効果は遅効性のものなのだと信じている。

 

「本日ヒトロクマルマル付けだ。そこで正規空母二隻が配属される。メンドクセーから他のバカにも伝えてこい」

「は、はい。ありがとうございます!」

 

 暴力したのに感謝を述べるな。

 そのレベルの変態なのだろうか、少し怖い。

 

「あの、隊長。もう一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」

「あ? 次は腹でも殴って欲しいのか?」

「それは素敵な提案なんですけれども」

 

 素敵ではない。

 

「なぜ空母を倒す部隊に空母が所属するのでしょう? それにヒトロクマルマルって……社長出勤がすぎませんか?」

「一つじゃねーじゃねーか」

「あ、本当ですね! さすが番長! よくお気づきで!」

「あたしは番長じゃねえ、人違いだ」

 

 と言い腹を小突く。

 ……おい、きゃっきゃするな鬱陶しい。

 

 正規空母が所属するのは元から決定されている事であり、そもそも全員に通達がいってるはずで、その理由もしっかり説明されている。

 

 ざっくり言うと"毒を以て毒を制する"だ。

 そも敵機を撃墜するだけでは制空権は得られない。

 真に航空戦を制するには、空をこちらの機体で埋める必要がある。

 

 摩耶は正直に言うとこんなくだらない初歩中の初歩な説明したくないのだが、きっとわざと尋ねたのだろうと思い至り嘆息する。

 

 時間についてはわからない。

 ただならぬ理由でもあるのだろう。

 

「と言う事だ、理解したか?」

「え? 今何もおっしゃってませんよね?」

 

 駆逐は地の文を読み解く特殊技能があると聞いていたのだが、そうか嘘だったのか。

 

「そんなものあるわけないじゃないですか!」

「しっかり読み解いてんじゃねーか!」

 

 メンドクセー奴だよ本当に。

 

「そんな事よりもどんな空母が来るんですかね? 五航戦の先輩方だといいなあ」

「それはねえだろ。多分、普段クソみたいな態度のお前らをぶちのめすために、神通が空母に改装したはずだ。それが来る」

「冗談きついですね……」

「……」

「何で黙るんですか?」

「冗談だといいな」

「え……、え?」

 

 冗談はさておき、あたし自身もどの空母が配属されるのか聞いていない。

 恐ろしいほどの職務怠慢だ。

 普通部隊長くらいには事前に連絡がいくものなのだが……。

 まあ龍驤とかならどんな手を使ってでも情報封鎖する事くらい意味もなくしそうだ。

 龍驤は軽空母なので違うだろうが。

 

「はーあ、まあ嘘だ嘘。そんなクソでも漏らしたみたいな面してんじゃねーよ」

「……」

「何で黙るんだよ。え……、え?」

「ば、番長……」

「嘘だろお前」

「はい! 嘘です!」

「キック!」

「いっ、ありがとうございます!!」

「何でだよ!」

 

 何にせよこれで説明の手間が一回で済んだ。

 これは僥倖だ。

 三回もこんな調子で説明していたら大破しそうになる。

 それでは配属される空母に申し訳が立たない。

 というか舐められる。

 

 一だか二だか、五の字だか知らないが空母に下に見られると後々に影響が出る。

 奴らが艦ではなくプライドの擬人化なのだと信じてやまない摩耶は、今日のファーストコンタクトを結構重要視している。

 

 奴らは自分が認めない者に忠誠を誓う事はまずない。

 まあ忠誠なんて持たれても鬱陶しいだけなのだが、従うか反目するかのゼロか百かの連中だらけだと疑わない摩耶にとっては繊細な問題だ。

 

 実際に、誇りに塗れた者が空母には多いので摩耶の警戒は的を射ている。

 

「それは空母だけに、ってことですか?!」

 

 失敗は『敵航空艦隊撃滅部隊設営』という計画自体を頓挫させかねない。

 

「無視ですか……?」

「あ? ああ、罰走したいって話か?」

「的を射ている、が空母の弓矢とかけてるナイスジョークかっていう話です!」

「やっぱり罰走の話か」

「違いますけど、番長がお望みならばそれも構いません!」

「……ヒトロクマルマルまでには帰ってこいよ」

「はい!」

 

 秋月は散歩でも行くかの様にステップを踏んだ。

 

「あ! おい! 秋月!」

「! 何ですか?!」

 

 名前を呼ばれただけで喜ぶな。

 犬かお前。

 

「番長って呼ぶな!」

 

 いちいち面倒だが大事な事だ。

 訂正させなければならない。

 

「気をつけます! 番長!!」

 

 

 神通の効果は、未だあらわれそうもない。

 

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 

「隊長、聞きたい事があります」

 

 昼、照月にナンパされた。

 

 部下が自分の昼飯を「空母盛り」した事を姉妹艦の鳥海に愚痴っている最中である。

 その主犯がこいつだ。

 いったいどのツラ下げてやって来やがった。

 鳥海も引いて……いや、よく見るとニヤついてる。

 お前もか。

 

「何の用だ、今あたしは鳥海といちゃついてんだよ。邪魔すんな」

「そんな事言わずに! お願いします!」

「いいんじゃない? 摩耶、聞いてあげても」

「あのな鳥海、こいつらは一回事を許すと、神通を目の前にするまで延々とつけあがるんだぞ?」

「そんなに酷くはないですよぉ」

 

 犬かお前。

 しゅんとするんじゃねえよ。

 鳥海がキュンときちまってんじゃねーか。

 

「何があったの? 私にも聞かせてくれる?」

「チョロすぎんだよお前はさあ……」

「はい! それじゃあ聞きますね? ……本日付けで空母が来るってほんとおですか?!」

「秋月呼んでこい、しばいてやる」

「何でですか?!」

 

 やろう説明せずに散歩行きやがったな、許せねえ。

 

「詳細は秋月に聞くか秋月を拷問して聞き出せ。いいな?」

「お、穏やかじゃないですね……」

「それが嫌なら、聞く事自体を諦めろ」

「もうっ! 摩耶? 自分の子たちに冷たくするだなんてかわいそうでしょ?」

「あたしのガキみたいに言うな」

「違うんですか?!」

「艤検に診てもらえ、その頭」

「姉妹共々すごいって言われてるから平気です!」

「平気じゃねえ!」

 

 それは絶対やばい方のすごいだ、そんな評価を受け入れるな。

 正気でもないのか。

 

「ふふ、聞いてた通り本当に可愛い子ね」

「え! 隊長! 陰ではそんな評価をしてくれていたんですね?!」

「たまたま鳥海の耳がぶっ壊れてる時に、お前らの不満を言っちまってたらしいな」

「普段から私たちの話をしてくれているなんて感激です!」

「壊れてんのはお前の頭か?」

 

 何がこいつらをここまでポジティブにしているのか皆目検討がつかない。

 薬でもキメてるんだろうか。

 だとしたら隊長としての責務を果たさねばならない。

 頭の二、三ひねれば、薬も絞り出せるだろうか。

 

「おい、お前の脳みそ捻転させるからちょっと頭カチ割れよ」

「それは暗号文ですよね……?」

「ああ、死ねって意味だ」

「鳥海さぁん……!」

 

 鳥海に抱きつく照月、だが残念だったな、そいつはこっち側の人間だ。

 以前、砲塔が破損した際に拳で敵を討とうとしたくらいだ。

 肉体言語に文句をつけるような女じゃない。

 

「摩耶! どうしてそんなに酷い事を言うの?! 謝りなさい!」

「……」

 

 味方が陥落した。

 おかしい、高雄型の真面目担当が畜生の陣営に取り込まれてしまった。

 これが世に聞く闇堕ちってやつか。

 

 このままでは秋月姉妹の謀略により、高雄型姉妹離散の憂き目にあいかねない。

 仕方ねえ、質問に答えてやろう。

 

「今日の四時に来るんだってよ、空母」

「あ、隊長が軍用語を使わない時は本当にめんどくさがってる時だって、前に教わりました」

「よく知ってるね照月ちゃん」

「はい! 愛宕さんに聞きました!」

 

 高雄型重巡洋艦二番艦「愛宕」は摩耶の姉妹艦であり、高雄型頭ゆるゆる系女子担当だ。

 主に駆逐への餌付けと懐柔、あわよくばねんごろを目指すロリコンだ。

 

「おい、姉貴には気をつけろよ。あいつは触れた相手の脳みそをスポンジに変える能力を持ってる」

「牛ですか……?」

「似たようなもんだろ」

「そうなんですか……? あ、そうですね」

 

 不思議な顔をした後に自分の胸を見てカラッと言った。

 そのうちこいつも大きさに悩まされる日が来るのだろうか。

 というかこいつ、駆逐のくせに結構でかいんだったな。許せねえ。

 

「とは言えお前の頭はすでに海綿体だから気にすんな」

「確かにそうですね!」

「そうじゃねーよボケ」

 

 あたしがバカにしたのに、あたしに撤回させるな。

 お前は否定する事を覚えろ。

 

 ……そんな事は置いておくとしてだ。

 喫緊の問題は愛宕だ。

 やろう、ついにあたしの部下に手を出しやがった。

 危険な兆候だ、奴がかかわったが最後、BSEじゃないが部隊がスカスカになってしまう。

 ……仕方がない、手を打っておくか。

 

「あの、何で愛宕さんに気をつけなくちゃいけないんですか? 悪い人には感じなかったのですが」

「摩耶は嫉妬してるのよね?」

「ええっ?! 隊長がジェラシー?! ギャップ萌えですか!!」

「さっさと頭を切り開け、スカスカになったぶんを粘土で詰めなおしてやる」

「愛宕姉さんは私たちが軽巡の頃からの付き合いなんだけどね? その頃から仲良くしてた娘を横から捕ってっちゃう人だったのよ。だから警戒してるのよねー?」

「隊長ー! かわいいー!」

「ひっつくな保菌者やろうが!」

 

 鳥海もいい加減にしろ。

 そんな嘘にまみれた宣伝をのたまうな、こいつが信じたらどうするつもりだ。

 残りのバカどもにも誤認されてしまう。

 

 愛宕については、何の事はない。

 単純に部隊の駆逐が奴の手に堕ちると、そちらにうつつを抜かしまともな艦隊運動がとれなくなるのだ。

 それは統治する側として、とても面倒臭い。

 つまり迷惑を被る前に対処する、それだけだ。

 

「姉貴と仲良くするのはお前の勝手だ好きにしろ。でもな、それで仕事サボるような事があったら罰走じゃ済まさないから覚悟しておけよ」

「……何をされるんですか?」

「お前、脳みそ触った事あるか? 結構プニプニしてるんだが、……特別に触らせてやる」

「もしかして、それは私のモノでは?」

「よく気づいたな、生きたまま自分の頭の中触るだなんてなかなかできない事だぞ。よかったな」

「私の頭に執着しすぎです隊長」

「あ? 心配してるんだよ。あたしはお前の頭に脳じゃなくてクソが詰まってると疑ってるんだ。この目で見させろ、疑いを晴れさせろ」

「そんな人間はいませんよぉ……」

 

 ふむ、どうやらあたしの沈痛は通じたようだ。

 これで少しはマシになるといいのだが……。

 

「おい鳥海何だその顔は、にっこりするな」

「ん? ふふ、本当に仲が良いんだね貴女達。ねえ照月ちゃん、摩耶をお願いね?」

「うん! お任せください!」

「うんじゃねえよ」

「ゆりかごから墓場まで面倒見ます!」

「先に死ね」

「私が死んでもあとの二人が……」

「立ちはだかるな」

「ううん、あの世に引きずり込みます」

「仲良しこよしはお前らだけでやれ!」

 

 何が何でもあたしを殺そうとするな、引導を押し付けるな。

 

「おい、もういい頃合いだろ。さっさと行け」

「え? 頃合いとは?」

「秋月もそろそろ帰ってくる頃だって言ってんだよ」

「あ、空母の件ですね? いや、でもそれは隊長が教えてくれたじゃないですか」

「あ? なに抜かしてんだ、交代で罰走行けってんだよ。ボサッとしくさってんな」

「そ、そんな……」

「秋月は喜んで駆けて行ったぞ、お前は違うのか?」

「秋月姉の変態性を、私に求めないでくださいぃ」

 

 驚いた、こいつにも一般的な見地があったとは、部下の意外な一面を発見してしまった。

 別段嬉しくないが。

 

「まああたしは、お前の良し悪しは聞いちゃいねえ。走るか営倉か好きな方を選べ」

「横暴です……」

「お? 嫌なら隊を抜けていいぞ。早速書類持ってこい」

 

 三人分な、と言いかけたところで「防空駆逐艦照月、抜錨します!」と叫び飛び出して行った。

 

 別に脱隊してくれてもいいのだ。

 そうすれば、まあ、第一艦隊に復帰できるかはさておき、この謎の部隊からあたしも逃げ出せる公算が高くなるのだから。

 

「摩耶、しっかり勤めなきゃダメだよ?」

「やる事はきちんとやるよ、でも奴らの自由意志は尊重しなきゃなんねーだろ」

「……」

「辞めたいって思うんじゃ、仕方ねーから辞めさせる他ないだ……、その顔やめろ」

「ちゃんとしなさい」

「……」

 

 鳥海にこう強く言われると、あたしとしては大きく出れない。

 

 仕方がない、鳥海の顔に免じて隊長職は続けてやろう、と内心思う摩耶であった。

 

 

 

 

 ■ ■ ■ ■

 

 

 

 

「隊長、特に用はないのだがコバンザメしてもいいか?」

「よくねえ」

 

 昼過ぎ。

 事務に今日配属される空母の情報を聞き出そうとして、失敗した帰りのことだ。

 イライラしたから鎮守府通常船舶用埠頭で海に向かい呪詛を吐いていたら、初月にストーキングされていた。

 

「お邪魔する」

「マジで邪魔なんだが、腹に擦り寄るな」

「おっぱいでもいいのか?」

「あたしに触れるなって言ってんだよ」

「それじゃあコバンザメになれないじゃないか!」

「早く人間になれ」

 

 なぜか怒鳴られてしまった。

 上官に向かって何をしているんだこいつは、バカなのか?

 

「ふん、艦娘に向かって人間になれ、とはジョークに気が利いているな隊長。そんなに僕の身を案じているのか? 健全に職務を全うし社会復帰して欲しいと望んでいるのか?」

「ジョークじゃねーし滅びろと思ってるしお前は社会に出せねーよ」

 

 元艦娘逮捕、何て報道見たくない。

 軍で密やかに処分すべきだこいつは。

 

「つれないな、そんなにコバンザメが嫌いか?」

「コバンザメに己の罪をなすりつけるな」

「しかしだな隊長。艦隊においては、旗艦やそれに類する艦に従う義務が生じるだろう? ならば普段から、その意思を徹底して鍛えておくべきだとは思わんか?」

「鍛えるべきはテメーの儒教観だボケ」

「そこでコバンザメだ」

「うるせーよいい加減!」

 

 言っても聞かない(効かない?)事を思い出し、取り敢えず初月を引っぺがす。

 ……力強いなこいつ。

 

「おい、離れ、ろ。諦めろ、お前は、人だ!」

「まだ、わからない、だろう。ぐう……、離れてなるものか……!」

「この!」

「何?!」

 

 引いてダメなら理論で、引き剥がせないからこちらに引き寄せ、勢いで足をかけこちらに向けたケツを蹴飛ばす。

 

 そのまま海に落ちろ!

 

「まだだ!」

「何だと?!」

 

 尻に蹴りを入れた瞬間、こちらに振り向き片手を握られる。

 あたしの重量が乗った分、速度は落ち水面に没する事なくコンクリートに倒れ込む。

 

「……大胆だな隊長」

「そう思うならさっさと手を離せ」

「大胆で過激で僕の事が大好きだな隊長」

「そう思われたくないから手を離せ」

 

 今、埠頭では重巡が駆逐に覆いかぶさっている犯罪待ったなしの現場が出来上がっている。

 このままではまずいと思い、鎮守府から貸与されている拳銃を向ける。

 

「ま、待つんだ隊長! より悪いぞそれは!」

「それを決めるのはあたしだ」

「くっ、かっこいいセリフを言うじゃないか……!」

「減らず口の元を断つからちょっと待ってろ」

「や、やめて!」

 

 ぎゅっと目をつむり、ハンズアップする事でようやく手を離す初月。

 最初からそうしろ。

 

「まったく、あんましバカなことすると墓石に小便引っ掛けるぞ」

「すでに死んだ体で話を進めないでくれ」

「次にバカした時が死ぬ時だって言ってんだよ」

「それにしても隊長、おしっこかけるだなんてまるで犬だな」

「ぶち殺すぞクソガキ」

「え?! 冗談も返しちゃダメなのか?!」

 

 まさかここにきて、あたしが犬と呼ぶ前に犬と呼ばれてしまうとは思わなかった。

 ついうっかり気持ちがストレートに出た。

 

「ふう、何が琴線に触れたかはわからないが一応謝ろう」

「……謝ろうっつって、ごめんなさいを付けなくていいのは偉い奴の特権だ。てめーはしっかり、ごめんなさいするんだよ」

「……ごめんなさい」

「それでいい」

 

 と言ったそばから、コバンザメし始める初月。

 

「死にたいのか? 何でだ? 何でだ?」

「いや、待ってくれ隊長。これはコバンザメとは違うんだ」

「コバンザメはそんなに種類がいるのか?」

「別のコバンザメというわけではなくてだな……」

 

 その、と言い淀む初月。

 こいつの度し難さにはドン引きだ。

 これで「金魚の糞の真似だ」とか言い出したらどうしよう。

 頭がオーバーヒートする。

 怒るというか、あきれてしまう。

 

「これを話すのは、凄く恥ずかしいのだがな?」

「お前にそんな感情があったのか」

「ああ、気前のいい母親が誕生祝いにくれたんだ」

「挨拶に行かせろ、その不完全な恥をリコールしに行くぞ」

「会ったことがないんだ」

「え……わりい」

 

 いいんだ、と初月は言うがそうもいかない。

 艦娘は、少女ならば誰でもなれる可能性がある。

 これは時に残酷で、愚かで、優しさに満ちた事実だ。

 

 艦娘の一定数が家と家族を失った者たちだ。

 数が数だけにその事を当たり前のように扱いがちだが、本人達からしたらたまったものではないだろう。

 確かに、全体的に見たらそれはよくある事なのだが、当人達には特別で異常な出来事だ。

 

 そしてそれは失った者にしかわからない痛みがあり、そうではない摩耶には本当の意味で理解をする事は出来ない。

 配慮が必要な事だ。

 

「僕らは……、三人ともそうなのだがな? 僕らは気付いた時には孤児でな、親の顔は知らないし、周りにろくな人間はいないし、それは酷いものだった。生きるためには何でもした、死なないために全てに従った。犯罪も一通りやってきた」

「……」

「引いたか? まあいいさ、とにかく激動の人生を歩んでしまったせいで僕らは愛に飢えていたんだ。……そんな折に隊長と出会った。いや、正確には遠くから見た、が正しいな」

 

 そうした生活をしていたのは港町だったらしい。

 

 港町というのは、どこも混沌としている。

 いつ敵の侵略があるかわからない。そのため人が居つき難く、閑散としがちだった。

 しかし、国としては国防の、まさしく壁となる場所をデッドスペースにはしたくないらしい。

 まあ当然だ、艦娘をはじめとした軍が羽を休める拠点となるのだから、何も無しじゃあ話にならない。

 そこで政府は、沿岸部のあらゆる税を軽くしたのだ。

 こうする事で空洞化、というか人の流出を防いだ。

 しかしそうしてやってきたのは、一山当てたい商売人とゴロツキだ。

 かくして港町という場所は、とにかく手が早くて汚い奴らの吹き溜まりと成り果てた。

 

 初月達のいた港町も例に漏れずそうした環境であったと言う。

 

 そしてある時、税を軽くしたツケを払わせるかのように深海棲艦が侵攻してきた。

 だが舞鶴鎮守府の艦娘らが出撃し深海棲艦を撃滅、被害はあまり出なかったそうだ。

 

 で、その艦隊の中に当時の私がいたらしい。

 三年前との事だが、ギリギリ重巡に格上げされたか、という頃だ。

 そんな前の事さっぱり覚えていないが、こいつらにとっては違ったのだろう。

 

「あの時は、違うな。今もそうなのだが、僕はあの敵に感謝してるんだ」

「……何でだ?」

「あの時は、あの町が壊れる事に安心したんだ。僕らにとってあそこは負の遺産だ、リセットできるならこんなに喜ばしい事はない」

「だがその町に被害は出てないんだろ? わりーがちっとも覚えてねーけど、あたしらが助けたんだからよ。するとなんだ? 今は何に感謝してるっつーんだよ」

「隊長の対空射撃を見る事ができた」

「あ?」

「綺麗だった。美しかった。敵機が壊れる事に対してではない、……隊長に見惚れたんだ」

「見る目がねーな。そん頃のあたしは、良くて只の『摩耶』だったはずだぞ。対空武器はそこまで積んじゃいねーはずだ」

「しかし、見入ってしまったんだ」

「わかんねーな」

 

 ただの対空射撃に見所なんてない。

 ぱっと撃ってばら撒くだけだ。

 

「そして隊長に会いたいと思い、艦娘になった。そして何と隊長と同じ防空艦になれた。三人ともだぞ? 凄いとは思わないか?」

「知るか」

「ふふっ」

 

 まあ、何だかわからないが、見知っていた人間に会えてハイになったって事か?

 

 何だよ、じゃあ今までこいつらに暴言吐きまくってたあたしは間違いなく悪者で、嫌な奴してたんじゃねーか。

 先に言えよ。

 

「いや、実際僕らは性的に倒錯してるから今のままでいいぞ隊長」

「台無しじゃねーか」

「これからもどんどんいじめて欲しい。できる事なら粘膜を重点的に責めて欲しい」

「オススメを述べるな」

「ただ照姉さんはまだ羞恥心が大分あるから注意するんだぞ?」

「レクチャーを始めるな」

「僕はバリネコだが隊長が望むなら逆転してもいいぞ?」

「提案をするな」

「僕らはみんな隊長が好きだ」

「……」

 

 だから構って欲しくて、ついちょっかいをかけてしまうんだ。と告げられた。

 

 気にくわないが理由はわかった。

 ……とはいえ鬱陶しいからやめて欲しいのだが。

 

「だからこれからも、ふふ、そうだな……。コバンザメさせてくれ」

「キック!」

「ぐえ!」

「やっぱりコバンザメなんじゃねーか!」

「バカな! いい話をしたのに蹴るのか?!」

「知った事じゃねえ! うざいってんだよ! 何でそこでコバンザメなんだよ! 変だろーが!」

「僕らは性的に倒錯してるからな」

「理由にするな! 理由になってねえし!」

「まったく隊長は、何やかんや言いながら僕の性的嗜好に合わせてくれる。……いい人だよ」

「世界一不名誉ないい人だぞそれ!」

 

 まったくはこちらのセリフだ。

 途中まではまあ良かったが、こいつはこいつだったという事か。

 

「……おい、『間宮』に行くぞ」

「どうした? 気を遣ってくれるのか?」

「ちげーよ、そろそろ約束の時間だ。隊の交友を円滑にするために、菓子折り買ってくんだよ」

「はは、そういって僕らにも買ってくれるんだろ?」

「あ? ……置いてくぞ」

「照れないでくれよ、隊長。それ! ひっつき虫!」

「鬱陶しいっつーの!」

「ははは!」

 

 くそが、と思いながらも摩耶は初月を強く引き剥がす事もせず、歩みを共にした。

 

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 

「本日1600付けで艦隊に配属された、Graf Zeppelin(グラーフ ツェッペリン)級正規航空母艦一番艦Graf Zeppelinだ」

「Buon Giorno! 同じく本日配属されたAquila(アクィラ)級航空母艦一番艦Aquilaです! よろしくっ」

 

「……おう」

「番長ー! 押し負けないで!」

「圧倒されないで!」

「こっちを見るな」

 

 まさかのグローバリズムの波が到来した。  

 どういう事だこれは。

 

「……あたしは『敵航空艦隊撃滅部隊設営前段階部隊』旗艦兼隊長の高雄型重巡洋艦三番艦摩耶改造二号だ。……よろしく頼む」

「番長ー! えらい! ちゃんと言えた!」

「噛まずに言えた!」

「僕を睨まないでくれ」

 

 結局事務から情報を聞き出す事が出来ずに今という勝負に臨んでしまったが、完全に虚を衝かれた。

 

「ふん、しけた面だな」

「ちょっとグラーフ!」

「いきなりバカにされてしまったな隊長」

「私は隊長のご尊顔好きですから安心してください」

「私もですよ番長」

「うるせえよ」

 

 お前らも自己紹介しろ、と促す。

 しかし、しけた面とはな。失礼な奴だ。

 

「では、私は秋月型駆逐艦一番艦の……」

「もういい」

「え?」

「必要ない」

「グラーフ!」

 

 随分とまあ……、困った奴だ。

 

「おい、挨拶くらいはさせろ。こいつらはイジメられると喜ぶ質(たち)なんだ。欲を満たすのは程々にさせとかないと躾にならない」

「私は違います!」

 

 照月が抗議するが、タレコミが先程あったので無意味だ。

 シカトしよう。

 

「隊長、その無視も悦ばせているんだぞ」

「微妙に文字を変えてくるな。……グラーフ、犬じゃないんだからフラフラすんな。こっちに戻れ」

「くだらん」

「くだらなくねえ。いい歳こいて、そんくらい言われなくてもしゃんとしろ」

「……貴様、私を馬鹿にしているのか?」

「そうだよ。そんでその原因はお前に有るってさっさと気づけ馬鹿たれ」

「なんだと?」

「あー、おいおいまてまて、海越えてケンカしにきたわけじゃねーだろ? いや、わるかったよ、あたしは口が悪いんだ。今のをマイルドに言い直すと『もっと仲良くしよ』って意味だ」

「番長ぉ、それは意訳がすぎますよ」

 

 秋月、いま丸く収まりそうなんだから黙っててくれ。

 

「今ので丸く収まると思ってるなら、隊長も随分とまあるくなりましたねっ!」

 

 照月、後で罰走だ。

 

「僕も一緒に走ろう」

 

 初月、お前は神通監修のもと横鎮にピットインだ。性癖を治してこい。

 

「まあなんにせよ、よろしくって事に変わりはねぇ。グラーフ、アクィラようこそ日本へ、ようこそ舞鶴へ。これから一緒に頑張ろうな!」

「無理くりまとめたぞこの人」

「隊長も私たちに引けを取らないくらいキャラ濃いですよね」

「番長はすごい人ですね」

 

 だから喧しいってんだよ馬鹿ども。

 

「……おい、一つ、聞かせろ」

「あ? 何だ、気を遣うな。一つと言わず沢山聞いていいぞ?」

「貴様は何故、艦娘になった?」

「なぜ? って……」

「……答えられないならもういい」

「あ、ちょっとグラーフ! ええーと、皆さん、失礼します!」

 

 行ってしまった。

 何だったんだあいつは、というか困ったぞ? 完全に下に見られたのではなかろうか、めんどくせえ。

 

「番長、追いかけなくていいんですか?」

「……いま行っても効果ねえだろ。無闇に喧嘩して終わりだ」

「隊長、ですがこのままでは良くないですよね? 会うたびにつっけんどんな態度されたら困ります」

「そうだな」

「隊長、今のは『私は隊長の態度も気にくわない』という宣戦布告だぞ」

「何だと?」

「ち、違いますよ隊長?!」

「照は欲しがりさんだから……」

「不器用な求め方しかできないんだな」

「違うって!」

「だからうるせえってお前ら」

 

 ああー、どうすっかなー。と悩むが妙案は浮かばない。

 駆逐なら生意気でも、力で抑える事ができる。

 しかし空母となると話は変わる、子供騙しは通用しない。

 

「ところで番長、一つお聞きしてもいいですか?」

「あ? ろくでもない話だったらグラーフと仲良くなってもらう」

「それを条件に持ってくるあたり、隊長もよっぽど参っているみたいだな」

「うるせーよ。で、何だ?」

「あ、いや私も番長が何で艦娘を目指したのか気になりまして。……あ、もしかして赤札ですか?」

「……いや、志願だ」

「へー、そうなんですね。番長面倒臭がりだから、強制されてやってるのかと思いました!」

「ちゃっかり失礼な事言ってんじゃねーよ」

 

 まあ、あたしの事はどうでもいい。

 今はグラーフをどうするか考えなくてはいけない。

 

「よし、これから意見を募る。いいか? 採用された奴は、今日一日だけあたしと会うたびにビンタを受けれる権利をやる」

「俄然!」

「やる気が!」

「……わきません」

 

 何の事はない、単にグラーフと仲良くなろう作戦を実施するにあたりご意見を募集するだけだ。

 

「さあ、集(つど)えスポンジ脳ども」

「はい!」

「良いぞ秋月、言ってみろ」

「はい! なぜかはわかりませんが、グラーフさんは我々を気にくわないご様子です!」

「おう、そうだな」

「なので国に送り返しましょう!」

「無邪気にあたしを困らすな」

「良い案だと思ったのですが、どこかダメでしょうか!」

「強いて言うなら、奥の手を手前に持ってきた事だ」

「わかりました! まだ伏せておきます!」

「おう、それでいい」

「は、はい!」

「よし、むっつり言ってみろ」

「照月です!!」

「知ってるぞ」

 

 秋月はダメだった。横暴な案を出すとは正直驚いた。

 多分挨拶を中断させられた事を根に持っている。

 

「私はグラーフさんと敢えて仲良くする必要はないと思います!」

「お前らあたしの話聞いてたか? これは仲良くなろう作戦なんだが? ビンタの前借りが欲しいだけなのか?」

「ち、違いますよ?!」

「じゃあ、その案の何たるかを言ってみろ」

「はい。……グラーフさんは少し怖いので、あまり関わりたくないからです!」

「お前の気分でものを言うんじゃねえ!」

 

 最高にマイペースじゃねーか。

 無論却下だ。

 

「ふむ、では僕からも」

「なるほど、案は出尽くしたか」

「……あれ? 隊長? 僕が残ってるぞ?」

「あーあ、どうしたもんかねえ」

「隊長ー?」

 

 とりあえず取っつきやすそうなアクィラに菓子を渡して様子を見よう。

 そんでしばらくは衝突しないよう気をつけよう。よし、これで行こう。完璧だ。

 

「僕は無視するのか?」

「そんな面で見るな」

「悲しいぞ? 隊長」

「手を握るな」

「……」

「なんか言え、脚を絡めるな。おい、ちょっ、触るな!」

「なるほどな、今日のパンツは純白か、いいぞ? そのギャップ」

「待て、今のタイミングのどこでパンツを見た?」

「ふむ、ほんとに白か……」

「いや、今日は真っ赤なヒモだ」

「なんだと?!」

「いえ! 今日の番長ファッションは水玉のはずです! 私にはお見通しです!」

「待て、待て」

「隊長はズボラなので、上下は揃えていないはずです。なので上はピンクのレースです」

「やめろ、的確に当ててくるな」

「隊長、あのだな? いくら女所帯とはいえ、もっとしっかりした方がいいぞ?」

「喧しい」

 

 仕方がないだろう。

 こちとら前所属が第一艦隊だったんだ。

 出撃数はかなり多い、つまりそれは、損傷しやすいという事を意味する。

 そして損傷のツケは制服が支払うのが艦娘のしきたりなのだ。

 

「あたしの下着は犠牲になったんだよ……。どいつもこいつも、いいやつだったのにな」

「戦友みたいに語るな」

「あいつら今、どこにいるんだろうな」

「海の底だと思いますよ?」

「深海の奴ら、許せねえ」

「あ! 番長良い事思いつきましたよ!」

「何だ?」

「海に出て、艦娘の下着をサルベージする事業を始めるんです! 絶対儲かりますよ!」

「そうか、頑張れよ」

「いくらだい?」

「一欠片五千円からスタートです」

「いいだろう、二万出す」

「ではこちらが駆逐艦初月の物と思われるパンツのパーツです」

「馬鹿な……、僕のパンツだと? こんな所で、また逢えるなんて……!」

「やだ、感動の再会ですよ隊長……!」

「よかったな」

 

 どうでもいいが初月がパンツをちゃんと履いているとは思わなかった。

 意外だ。全身タイツが下着とか主張してそうだから驚いた。

 

 ん? そういえば何の話をしてたんだっけか。

 

「あ、おい、三文芝居はやめろ。話を戻すぞ」

「「「はーい」」」

「んで、グラーフのパンツが何色かわかったか?」

「そんな話はしてないぞ!」

「しっかりしてください隊長!」

「番長がこわれた!」

 

 冗談だ馬鹿。

 

「んじゃあ、良い案は出そうもねーから今日は解散にする。寄り道せず真っ直ぐ帰れよ」

「「「はーい」」」

「はい、じゃねえ、敬礼だろうが」

 

 了解。と三馬鹿の言質を取り、解散する。

 これでこの地雷どもは大人しく待機するだろう。

 

 空母とのファーストコンタクトは、まあほぼ失敗したが何とかなるだろう。

 幸いにして片割れのアクィラはまともだ。

 取りつく島が無いわけではない。

 

 柄じゃねえが、頑張っていくか。そう思い摩耶は一人、さっそく空母寮に向かって行った。




ところで『さざんかのように』をまともに進めていないのに新しいお話を書き始めてしまい、自分まじで何してんだって思ってます。
でも、叢雲だけでなく摩耶様の良さも伝えたかったので仕方ないですね。


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2話

ご無沙汰しております。このお話を読んでくださりありがとうごさいます。というよりかこんなに間が空いたにも関わらずお手に取って(?)いただくという仏の御心のような皆様に感謝しかありません。

ところで話は変わりますが月三姉妹ですが、ゲームの方ではいつの間にか四姉妹に増えていましたね。このお話では三姉妹のままで突っ切っていきたいと考えています。

それとこのお話を書いている自分は理解できているのですが、三姉妹が一斉に話していると誰が発言しているか全くわからない感じになっていますね。基本的に「!」が語尾に付いて摩耶を「番長」と呼ぶのが秋月で、おっとりしているのが照月です。初月はボクっ娘クールな変態なのでわかりやすいですね。
それでもこれは誰?ってなった場合は、正直誰が喋っていても関係のない会話になっているので想像を膨らませてみていただければなと思います。


 

 

 あの時の女は、上手く生きられてるだろうか?

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「げえ! 対空番長!」

「テメーがそのあだ名の発端か? 瑞鶴さんよお」

 

 空母寮入口前、五航戦こと翔鶴型正規空母二番艦「瑞鶴」に失礼をかまされた。

 げえ、とは何だこんちくしょう。

 

「え?! あはは、まっさかぁ。うん、はい……」

 

 おもっくそ睨みつけた。

 

「ちょっと待って! 私は悪くない! ただ秋月が摩耶の事を教えてって言うから、私はありのままを伝えたまでで……!」

「奴らの不敬はお前譲りか」

 

 小突こうか、と思ったがやめておく。

 こいつらは何が原因で堪忍袋の緒がブチ切れるか、全くわからないのだ。

 以前龍驤に出身を尋ねたら憤慨された。悲劇を繰り返してはならない。

 だから龍驤は空母ではないのだが。

 

「お前らの同胞に横文字が増えたろ、今そいつらどこにいる?」

「そんなこと言ってるから不良扱いされるんだと思うけど?」

 

 口の悪さは標準装備だ、許せ。

 

「つーか今のそこまで悪口じゃなかったろ」

「程度が問題なんじゃなくてさぁ」

 

 言っちゃうことが問題なのよ。と瑞鶴。

 なるほど、そんなもんか?

 

「いや、そうじゃねーよ。いま国語の授業受けてる場合じゃないんだ、部隊崩壊の危機なんだよ。おら、居場所吐けよ」

「どっちかっていうと道徳の授業なんだけどね」

「いいから吐け、吐かせるぞ」

「やめて、カレーが出ちゃう」

 

 結局小突く。

 心なしか喜んでるように見えるのは、さすがは秋月姉妹の元締めという事か。

 気持ちが悪い。

 

「ていうか、ついに部隊なくなるの?」

「ちゃんと聞け、危機だってんだ。まだだよ」

「いずれなくなる口ぶりね」

「いずれはな」

 

 そもそもが、『敵航空艦隊撃滅部隊設営前段階部隊』と名前の通り、お試し隊なのだ。

 テストケースとしての部隊であり、データ取り要員である。

 

「それにしても意外じゃない? 摩耶が消えちゃうものに執心したり、言うこと聞かない娘にうつつをぬかすなんて」

「そんな儚く生きてねーし、ぞっこんしてるわけでもねーよ。一応隊長然としてねーと評価さがっちまうだろが」

「……まだ第一艦隊に戻りたいの?」

「ったりめーだろうが」

 

 あたしは諦めていない。人間、一度高みに立つとそこに執着してしまうと何かで言っていたが、どんぴしゃに当てはまる。

 早くあそこに戻りたい。

 

「あぁ、この話するとしんみりしちまうから、さっさと教えてくれ瑞鶴」

「そうなるのはすでに諦めてるからじゃ?」

「重巡キック!」

「ごふっ……!」

 

 まったくもって酷い女だ。

 乙女心にカミソリ当てるなんて。

 

「……ナイフとかじゃなくてカミソリなあたり、やっぱり不良よね」

「拳を握って中指の両隣にカミソリの刃を挟むんだよ。そんで殴る。殴った箇所は当然二本の切り傷ができて……」

「やめて、聞きたくない」

「そうか」

 

 というか今時の不良もカミソリなんか使わないだろう。多分言葉のナイフとかの方を達者に使いこなしてると思う。

 

「自分で言ってなんだけど、多分どの時代の不良もカミソリはニッチな武器だったんじゃないの?」

「そうかもな」

 

 そんなことより。

 

「グラーフとアクィラは結局どこにいる? ここまで焦らしといて知りませんじゃあ、タダじゃおかねーぞ」

「そういうセリフが、雑談を増す原因なんだけどね。……あの二人なら今頃部屋で荷ほどきしてると思うわよ」

「そうか、それなら入国届けがいるな」

「空母に悪いイメージ持ちすぎでしょ。言えば寮ぐらい、すぐに入れるわよ」

「重巡は存外適当な人種だから、ビザの発行はしてないんだよ。それでもいいか?」

「良いって言ってんでしょーが」

 

 ほら、さっさと入りなさいよ。と背中を押される。

 

「そういや一航戦はいるか? ついでに第一艦隊復帰の口添えを頼みたいんだが……」

 

 と言いかけ自らの失策を悟る。

 

「あ、いや。やっぱり今度にするわ、悪かったな……」

「二度と加賀さんの話するな!」

「いや、加賀ピンポイントで話してねーよ!」

 

 瑞鶴に一航戦の、というか加賀の話題はタブーだ。

 二人は拗れたツンデレ関係にある。

 

「ああーー!! 何が足元にも及ばないよ! 加賀さんのやつ! 腹立つぅぅ!!!」

 

 瑞鶴が加賀大好き病を発症してしまったので、そそくさと退散する。

 これさえなけりゃ、そこそこいいやつなんだがな。残念な女だ。

 

「ああー……、じゃあな。あたし行くわ」

「誰がターキーだこらぁ!!」

 

 知るか。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「何の用だ」

「おう、菓子折りをちょっとな」

 

 失敗は続く。

 こっそりアクィラに会ってバリクソ美味い間宮をくれてやろうかと思った矢先、寮のエントランスでグラーフに遭遇した。

 

「いらん」

「そう言うなよ。日本の菓子も美味いんだぞ?」

 

 比較して言ってみたもののドイツとイタリアの菓子など知らない。

 ドイツが年輪なのはかろうじてわかるが、イタリアってなんだよ。

 

「あ、パスタって菓子か?」

「蕎麦は菓子か?」

「……違うみたいだな」

 

 それにしても空母は面倒なやつが多い。

 軽空母くらいのフランクさを見習ってほしい。

 

「まあ何だ、二人で食ってくれ」

「いらないと言っている」

「なんだと? あんまり拒絶してくれんな。悲しいだろうが」

 

 知ったことかと言わんばかりの面で睨んできやがる。

 やめてほしい、実はあたしの心は強くないんだ。

 

「あー、わかった。じゃあこれはアクィラに渡しといてくれ。そんでどうしても我慢できなくなったらお前も食っていいぞ、ほれ」

 

 と言い手を掴み無理やり包みを握らせる。

 まったく、菓子くらい喜んで受け取れ。

 巷の女子は甘味で懐柔できると聞く、それに比べてこいつは手間のかかる奴だな。

 

「……」

「あん? どうした?」

「……なんでもない」

 

 そうか、と言う前にグラーフは奥に、多分自室に引っ込もうとする。

 

「食ったら感想聞かせろよー」

「……」

 

 シカトだ。つらい。

 

 ところでグラーフは何しにエントランスまで出てきたのだろうか。

 用事があってここまできたんだろうに、あたしと遭遇したばかりに引き返したのか?

 

「……まあ、いいか」

 

 考えても仕方がない。

 

 とりあえず賽は投げたし、あとは間宮に感動したあいつらがあたしに尻尾振るのを待つだけだな。よしよし。

 

「帰るか」

 

 一仕事終えて清々しい気持ちだ。今日は良い事ありそうだ。もう夕方だけども。

 

 そんな前向きな気持ちで寮を出た。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「あ、番長! ここで会ったが百年目、いざお覚悟!」

「ビンタはしねーぞ」

 

 秋月は、あたしに覚悟を決めさせといて頬を差し出す。

 

「おかしくはねーか? 何であたしを身構えさせる? 居直さなきゃなんねーのは、てめーの痛覚じゃないのか?」

「え、私の感覚機能は全て正常ですが……」

「生まれ持ったもんがイかれてるのは……、そうだよな、認めたくないよな」

「そんなに悲しそうな目を……!」

「すまなかったな……」

 

 絡み方が全力投球すぎて鬱陶しい。

 今後の課題は上手なあしらい方の習得だな。

 

「そんな事より袖の下は成功しましたか?!」

「歯に衣を着せろ。お前らは文明を身に纏えねーのか」

「ええー、じゃあ。山吹色のお菓子は渡せましたか?」

「代案になってねーぞ!」

 

 相も変わらずぶっ飛んでいやがる。

 つーかなんでこんな所にいる? ここは重巡寮なのだが。

 

「ところでおい、ビンタ標的器官 。あたしは待機を命じたはずだ、何してんだ」

「またまた、番長は『真っ直ぐ帰れ』としか言ってないじゃないですか」

「それがつまり待機命令だってんだよ。命令違反で便所掃除言い渡すぞこら」

「ああ! それなら心配には及びませんよ!」

「なんだと?」

「なぜなら私たちは全員、一度真っ直ぐ帰った後に数瞬の待機をしてから自由行動に移りましたから!」

「嘘だろ」

 

 こいつらまじかよ、なに言いつけは守ってますアピールしてんだ。

 

「じっとはしてられねーのか」

「過ぎ去る時を、漫然と過ごすのはナンセンスですよ?」

「お前が軍人じゃなかったら褒めてやったんだがな」

 

 そのスタンスは規律を守るべき艦娘がとってはいけない。

 

 でもまあ、いいか。

 ちょうど手持ち無沙汰になったし、暇でも潰すか。

 

「お前の片割れにさっき脳みその話をしたんだよ」

「局所的で限定的な話題すぎるのでは?」

「脳みそってつまり頭の話だから、お前には玉つながりで……」

「ああー! うら若き乙女に何て話をしようとしているんですか番長! 不潔です!」

「誰も金玉の話をしようとはしてねーよ」

「言ってしまっては意味がないのでは!」

「なんだよ、まあそれで睾丸の話に戻すけどな?」

「結局モノの話なんじゃないですか!」

 

 いちいち反応がでかいな。

 悪い気はしないが。

 

「陰嚢に毛が生えてる奴とそうじゃない奴がいるのは今や常識だな?」

「いつから常識にイノベーションが」

「この陰嚢に生えてる陰毛、抜く時に気を付けないといけないんだよ」

「待ってください番長、このなんの役にも立たないお話、話しきるおつもりですか?」

「将来役立つかもしれねーだろ」

「例え男の人ができたとしても、下の毛を引っこ抜く機会は訪れないのでは?」

「わかんねーだろ。多分、まあ、……そうだな」

「諦めた」

 

 細かい事は置いておけ馬鹿。

 

「で、抜く時に毛が生えてる走行に沿った方に引っ張らなきゃ血が出るんだよ」

「あああ、色々な意味で生々しい」

「怖いよな」

「はい……。え? もしかしてこれで終わりですか?」

「なんだよ、欲しがりかよ」

「いや、引っ張った割にはパンチが弱いと言いますか」

「血まで出しといて足りねえってのか?」

「引っ張ったのはお話の方って意味なのですが」

「パンチが欲しいのか?」

「はい! あ、いや今のはグーって意味ではなくてですね」

「わかっとるわ」

 

 仕方ねえ、もう少し話してやろう。

 何の話がいいかなー。

 

「……毛っていうのは剃らずに引っこ抜くと危険なんだよ」

「毛ぇ引っ張りすぎでは」

「抜くと皮膚に穴が開く訳だろ? つまり傷ができたのと同じ扱いになる訳だ」

「ふむふむ」

「で、自然にしとくと傷が塞がるな」

「そうですねぇ」

「でも毛はまた生えてくるな?」

「おや?」

「すると皮膚の中で外に出ていけない毛が生まれるんだよ」

「ええ、気持ち悪いですね」

「まあ、学術的な観点から話してるわけじゃあねーから、傷が塞がってんのか真っ直ぐ生えずに出口直前で小便カーブしてんのかは知らねーけどな?」

「何にせよ嫌ですね」

「だろ? そんでこの毛、そのまま放置しとくと皮膚下で無限に伸びそうだろ?」

「知りませんよ……」

「なんと救出するには皮膚を切り裂かなきゃいけねーんだ」

「なぜすぐ流血沙汰に」

「金玉傷だらけにしたくなかったら毛は無闇に抜かない事だ、わかったな?」

「はい! いや、生えてませんよ!?」

「つるつるか」

「そうではなくて!」

 

 気にするな、お前らくらいの年頃なら無くても気に止む事はない。

 なんならグラーフとかの真似して自分から剃り込んでもいい。

 

「グラーフさん達のを見たんですか!?」

「あ? 想像の話だが?」

「会って間も無い方々の陰毛を想像するなんて、思考回路アグレッシブ過ぎではありませんか?」

「青少年ならみんなそうだぞ」

「私達に青少年ならの話は適応されませんよぉ」

 

 それもそうだな。

 ところで陰毛の話をしすぎた。食傷気味だ。

 

「ほら、次はお前の番だろ?」

「今の話への対抗馬は持ち合わせてないのですが」

「いや、便所掃除の話だ」

「嘘ですよね番長! その体罰有効だったんですか?!」

「神聖な罰を体罰と称すな」

「そんな、待ってください!」

「ああ、あたしがクソするまでは待っててやるよ」

「あ、番長が致している間、そのお隣の個室掃除してますね?」

「おい、あたしの排泄音を聞こうとするな」

「集音器とかって幾らしますかね?」

「録音は控えろ」

「下から覗くのはありですか?」

「倫理って言葉を知らねーのかよ」

 

 まあ仕方がないから便所掃除は免除してやろう。

 罰を与えるだけではいつか噛みつかれる可能性も出て来てしまう。引き際は大事だな。

 

「そういえば番長、バルトリンと言うものをご存知ですか?」

「何だそれは、新しい兵器かなんかか?」

「このバルトリンと言うものは物理的な損傷を防ぐものなのです」

「はあ、便利だな。で? 結局何だ?」

「はい! 女性器の分泌液を排出する穴の事です!」

「その話は何かまずいだろ!」

「なぜですか! 男性の方は良くて女性の方がダメだなんて差別です! フェミニズムの敵です!」

 

 そうは言われても。正直な話をすれば多分玉の話もだいぶギリギリを攻めていたので、どっちもダメだろう。

 

「あたしが言ってんのはな、男女が揃うのがダメだと言ってるんだ。いいか? 片方の話をしたらもう片方は控えろ」

「それはきっと何の解決もしてはいない気がしますが心得ました!」

「よろしい」

「ホモは許されるという解釈でよろしいですか?!」

「よろしくねえ」

 

 良いわけねーだろボケナスが。

 

「ではレズは? これなら番長も満足なさるでしょう?!」

「なぜ満足すると思った。そう言う話じゃねーんだよ」

 

 いけねえ、段々とめんどくさくなってきた。そろそろ逃げるか。

 

「ああー! やっとこさエンジンかかってきましたよ! 番長、もっと私と遊んでください!」

「あたしが逃げる算段を立ててる最中に追加注文するな」

「逃がしません!」

「ここで背後から夾叉だぞ隊長」

「初月だと」

「うおー! 姉妹でサンドです!」

 

 おかしい、なぜ初月までいるのだ。

 こいつの出番は照月の次のはずだろう。

 

「出番とか、何の話をしている隊長」

「誰もが次は照月だと思ったはずだ。空気を読め馬鹿たれ」

「何の話をしているんだ」

「初は空気を吸って吐く事しか出来ないので無駄ですよ番長!」

「おい、言われてるぞ変態」

「隊長の中を循環した謂わば体液とも言える物質を僕の中に取り込み再び隊長の中にお返しする能力を有していると考えると興奮するな」

「一息に凄い気色悪い事を言うな」

「初がいると全ての人間が普通に見えるステキマジック!」

「本当にな」

 

 初月がいると、こちらが一生懸命考えた話が霞むから正直帰ってほしい。

 

「ところで秋月姉」

「はいはいなあに?」

「君がいると純粋培養の隊長エキスが採れない。息を止めていてくれ」

「お前それは、お前」

「……」

「おい、本当に止めるな」

「隊長、こちらを向いてくれ」

「犯行予告をあっさりするな」

「早く! 秋月姉はそこまで長く口を閉じてはいられない!」

「好都合じゃねーか」

「あ、良い事思いつきましたよ」

「ほう、聞こう」

「私が隊長の呼気を吸い込んで初の口元まで輸送するんです。そうすれば良いのでは?」

「待て、お前それは純粋にキモいしうっかり初月の要望もガン無視してんぞ」

「いや、それでいこう」

「何でだよ」

「この際僕は何でもいいんだ! 美少女二人分の循環液を体内に吸収できると考えれば全て丸く収まる! さあ、実行しよう!」

 

 しねーよ。

 考える事が人類に許容された範疇を凌駕し過ぎている。

 神は何を考えてこんなに重たい咎を背負わせたのか、さすがに可哀想だ。

 

「ふ、まあいいさ」

「何をクールに決めてやがる」

「僕は知っているんだ。人間の皮膚は不感蒸泄という形で体液を排出している事を。つまり隊長の下肢に顔を近づければ、いや、隊長の股ぐらに顔面を密接させればそれだけでいいのさ」

「凄い! これは私もびっくりの発言です!」

「おい、姉にもどんびかれてんじゃねーかよ」

「では失礼して」

「キック!」

「「痛い!」」

 

 秋月も引いてるかと思いきや感心しているだけだった。

 二人してあたしの身体に擦り寄るな。

 

「何なんだよお前ら。ちょっと変だぞ」

「ちょっとと言わずたくさんと言ってほしい」

「このちょっとは尺度じゃねえ。拒絶の心だ」

「日本語は難しいですね!」

「てめーらの性癖ほど難解じゃねえ」

 

 本当にここいらでやめにしないと無限に無駄話が展開されそうだ。

 ほんの出来心での暇つぶしだったが、こいつらの手にかかると身の危険まで考慮せねばならなくなる。怖い。

 

「おい、そろそろあたしは部屋に戻るから、お前らもはけろ」

「あ、そうなんですね。じゃあお泊まりグッズがいりますね」

「何泊するかは不明だが、パンツだけは多めに用意しよう」

「は? 営倉に荷物持ってけるわけねーだろ。手ぶらで行け」

「え、番長って営倉で寝泊まりしてるんですか?!」

「意外と質素倹約な生活をしていたんだな」

「二人分の営倉、まあ空いてるだろう。ついてこい」

「ぃやったー! 番長のお部屋にお泊まり!」

「あ……、僕は遠慮しよう」

「どうした突然、気にする事はねえ。さあ、来い」

「済まない体長、僕ら二人突然用事が出来たんだ。これで失礼する」

「そんなものありま……! むごむご」

 

 どうやら初月は気づいたようだ。秋月の口を抑え撤退の準備を始めた。

 

「そうか、残念だ。でも来たくなったらいつでも言えよな、憲兵には話を付けておくからよ」

「……ああ、うん。平気だ。たった今、雅やかな御心を手にしたから、気を遣わないでほしい」

「そうか」

 

 よし、撃退には成功したみたいだな。

 初月が微妙に察しが良くて助かった。実際には、あたしは軍規に触れてない奴を営倉にねじ込むだけの権限はない。

 面倒だから嘘をついた。バレる前にあたしもトンズラしよう。

 

「じゃあお前ら、自室で待機すること。いいな?」

「「了解」」

「よろしい」

 

 達者でな。と言い残しあたしはこの場を立ち去った。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 日もどっぷり暮れた。

 もう今日のタスクは何もなく、あとは飯を食ってクソして寝るだけだ。

 

 ということで食堂へ向かう。途中照月に遭遇するかと思ったのだが、何と誰にも会わずに食堂の席に着けた。

 それだけでなく食べてる最中もトイレにいるときも、誰の影に怯える事なく済んだ。

 

 正直物足りなさを感じている。

 

「そう言うと思っていたんですよ隊長」

「言ってない」

 

 風呂場だ。

 あたしが全力で羽を休めなければいけない場所だ。

 

「最初に言っておくがこの場であたしを怒らせたら、もうあれだぞ」

「どれでしょう」

「怒るぞ」

「あ、え?」

 

 湯船に浸かりぐだっていたら照月がすり寄ってきた。

 ゆっくりしたいから構って欲しくないので釘を刺す、が面倒くささが先行し中途半端に終わる。

 

「隊長お疲れでしょうか?」

「……そうだな」

「そうですか」

 

 やけに聞き分けがいい気がする。普段からこうしていればいいものを、まあいいか。

 

「そういえば隊長はご存知ですか?」

「あ? 何をだ?」

「このお風呂、実はアルカリ性のお湯なんですよ」

「へー、そうなのか。もしかしてこの肌がヌルヌルするのは、そのアルカリ野郎のせいなのか?」

「アルカリ野郎という呼称はさすがにヤバさを感じますがその通りです」

「なんでぬめるんだ?」

「人間の肌が弱酸性と言うのは、さしもの隊長でも存じているかと思うのですが」

「いま馬鹿にしたか?」

「とんでもないです」

 

 隙あらば人を貶すこいつらのスタンスは眼を見張るものがある。もっとあたしに気を抜かせろ、気づかえ隊長を。

 

「肌は弱酸性で保たれていますが、アルカリに触れると溶けるんです」

「は? じゃあこれに浸かりっぱだとそのうち消えて無くなっちまうってことじゃねーか」

「いえ……、そんな兵器じみたもの溜め置きませんよ?」

「腹まわりが気になりだしたら丁度いいかもな」

「おっぱいも減量しそうですね」

「それは困るな」

 

 この年齢になってようやっと大きくなりはじめたんだ、消えてもらっては困る。

 

「肌、というよりも古い角質が溶けたものがそのヌルヌルの正体です」

「なるほどなぁ」

「そのため、こういったアルカリ性のお風呂や温泉はその性質上、お湯が出ているところ以外は他人の垢でいっぱいなんです!」

「汚ねえ!」

「ぬめりの正体は汚物と言って差し支えないでしょう」

「最悪な気分になっちまった」

 

 なんで人がくつろいでいる時に、それをぶち壊す情報をリークするんだこいつ。

 

「ちなみにこの現象は、おむつかぶれと同じです」

「おむつかぶれって何だ? パンツのゴムで赤くなるみたいなもんか?」

「まあそれもそうですが、ここで私が言うおむつかぶれとは、糞尿でかぶれることを言います」

「何でお前らって会話に下ネタねじ込むんだ?」

「隊長の背を見て育ってますから」

「いま馬鹿にしたか?」

「とんでもないです」

 

 この風呂が垢まみれだとは知らなかった。とは言え他人と入る風呂なんてどこでも汚いと言えば汚いので、どうでもいい気がする。

 

「隊長」

「なんだ?」

「百数えたので私は先にあがりますね?」

「……そうか」

 

 百数えてたのか。随分と可愛らしいことしてんだな。

 そういやあたしも小さい頃は数えてたな。

 まあ、愛宕の姉貴に無理矢理やらされてたんだけども。

 

「さすがに陰毛を百本数えると骨が折れますね。えへへ」

「気持ち悪っ!」

 

 想像を絶する気色の悪さだ。

 なに陰毛を数えるって。

 

「あ……、そうですよね」

「自分のイカれ具合についに気がついたか」

「さすがに数を数えてからお風呂を出るだなんて、子供っぽすぎましたよね……」

「そうじゃない」

「次からは、私より大人な隊長の陰毛を百本お借りしますね」

「誰が貸すか!」

 

 陰毛借りるってなんだよ。おそらく人類史上初めての発言だろう。

 

「そんな……。あ、では代わりに私の毛と交換っこいたしませんか? それなら隊長も満足していただけますよね」

「お前と陰毛を植毛し合うつもりはかけらもない」

「一本いっぽん丁寧に抜き取りますのでご安心ください」

「そういやさっき、秋月に陰毛を引っこ抜く手順をレクチャーしたんだよ」

「え」

「今晩は鉄のパンツ履いて寝ろよ」

「唐突に私の貞操に危険が」

「じゃああたし、あがるから」

 

 私も一緒に、と言う照月を伴いあたしは風呂を出た。

 結局ゆっくりはできなかったが、何となく気持ちは落ち着いてしまった。




なんというかそれっぽいタイトルを付けてしまったことに後悔を感じたりします。これはふと思いついたタイトルなのですが、思いついた瞬間自分天才なんじゃないか?とか感じましたが寝言だったみたいです。そういうタイトル付けても文章作る実力が見合ってなかった。
なのでただ駄弁っているだけの話を挟んでいけたらなって思ってます。でもこの話ってそもそも雑談しかしてなかった。じゃあこのままで……。


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3話

予備知識として。
叢雲の話の方に出てきた設定を流用していますので、説明とかをお話の中では省いています。なのでここで概要をば。
あとちょっとした説明も。

艤検:艦娘の艤装を管理・整備する人たち、まあつまり工廠の人。国家公務員。正式名称『艤装検査点検及ビ修理担当係員』である。
作者はソラでは言えない。
事務:叢雲の話の方に出てくる事務の正式名称は『一般事務哨戒班担当連絡係員』である。このあたりの名称を考えていた時は、とにかく長ったらしい名前をつけることに凝ってた。
摩耶さまの話に出てくる事務は『特別部隊担当連絡係員』です。


 私たちがその気になれば、なんでもできる。

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

「今日からお前らの対空戦闘訓練を本格的に開始する。協力者はグラーフとアクィラだ、ばんばん撃ち落としていいぞ」

「……」

「……」

「おいグラーフにアクィラ、意気込みが聞こえないぞ」

「喋っていないからな」

 

 本日はいい天気だ。実に訓練日和と言えよう。それなのにグラーフ達ときたらやる気が見られない、ガキどもを見習ってほしい。

 

「番長! 今日の天気予報ちゃんと見ましたか?!」

「当然だ。あたしの朝は、お天気お姉さんと共に始まる」

「今日台風来てますよ?!」

 

 うるさいな、知ってるよ。でも仕方がないだろ今日のために結構準備してきちゃったんだよ。

 

「ピーヒャラピーヒャラやかましい。ちょっとはグラーフを見習え」

「隊長、それは少し都合が良すぎるんじゃないか?」

「隊長、手のひらを返しすぎると腱鞘炎になっちゃいますよ?」

「助けろアクィラ」

「ええ……?」

「どうなんですかアクィラさん?!」

「さあ、答えてもらおうか」

「ちょっとぉ」

 

 最近気がついたのだが、アクィラはあたしのスケープゴートに向いている。

 この調子でどんどんこいつらの相手をしてほしい。

 

「ところでグラーフ」

「……何だ」

「菓子食ったか?」

「食った」

「うまかっただろ?」

「……」

「なぜ途中で喋るのをやめる? 生理か?」

「あ! 番長がグラーフさんをナンパしています!」

「丁度いい、グラーフはバッテリー切れだ充電してやれ」

「それ以上近づいてみろ、殺すぞ」

「圧倒的に近寄りがたいな。僕はまだ死にたくない」

「うおー! 私は行きます! でも、死なば諸共ですよ番長!」

「助けろアクィラ」

「……私は照月ちゃんと遊んでいますね〜?」

「訓練しろ馬鹿」

 

 さて、じゃあ早速訓練に移行しよう。

 艤装はすでに艤検から取り寄せている。

 そういえば艤装の使用申請を出しに行った時の艤検どもの顔は忘れられない。「え、正気?」って顔をされた。

 

「隊長、これは僕の予想なのだが、艤検だけでなく事務にも同僚にもヤバいやつだと思われていたのではないか?」

「何だと、上司に向かって暴言か?」

「そうだ」

「何を開き直っていやがる」

「罰を与えろ」

「出番だグラーフ」

「僕が悪かった」

 

 ヤバいやつと思うのは勝手だが、こういう荒れた日こそ訓練をすべきだろう。ラノベで読んだ。

 

「番長! さすがに命を張るタイプの訓練でラノベをエビデンスにするのは、はっきり言ってクソ野郎です!」

「ちょっと待て、今のは傷ついた」

 

 そういや秋月型は横文字好きだよな。時々なんて言ってるのかわからなくて困る時がある。

 会話は一人でするもんじゃないんだから、皆がわかる言葉を使ってほしい。

 

「知らなかったのか隊長。人に言われて嫌なことは自分も言ってはいけないのだぞ」

「わかった、これから暴言は改めよう」

「……え!」

「どうした照姉? 隊長にイジめてもらえなくなりそうで焦っているのか?」

「ち、違うよ?!」

「照は欲しがりさんだから……」

「おい、訓練をするならさっさと準備をしろ」

「あ、はい」

「ごめんなさい」

「すまなかった」

 

 グラーフがしびれを切らした。というかこいつらグラーフに苦手意識持ちすぎだろう。

 普通に怯えてんじゃねえか。

 

「おい秋月、お前らグラーフ苦手すぎないか?」

「番長? そういうのは本人を前にして言ってはいけないんですよ?」

「馬鹿を言え。あたしだって断腸の思いで言ってんだよ」

「嘘下手くそか隊長」

「隊長は嘘をつく訓練をした方が良いと思いますよ?」

「このまま不和を抱えたままじゃいけねーだろ。おい、仲直りするか寮を同室にするかの二択だ。選べ」

「うおー! 実質一択!」

「貴様ら早く艤装を背負え」

「……はい」

 

 よしよし、なんだかんだ言ってグラーフは訓練に前向きみたいだな。安心した。

 早くしろ、だなんて誰よりもやる気じゃないか!

 

「いやー、ほらお前ら。せっかくグラーフがやる気なんださっさと支度しろ」

「……本当にやるのねぇ」

「どうしたアクィラ、具合でも悪いのか?」

「天気が悪いのよ?」

「よしよしいい天気、ぐらい言え」

「よしよし、いい天……。いえ、嘘はつけない」

「正直か、でもこれは決定事項だ。いいか? 日本では一度決まったことを覆すには、自身の進退をかける必要がある」

「そんな……」

「上司に刃向かうと、明日からデスクがなくなるぞ気をつけろ」

「陰険すぎるわ……」

「おもてなしってやつだ」

 

 アクィラは和の心にいたく感銘を受け機能不全に陥ったが、まあ訓練が始まればしゃんとするだろ。

 

「隊長、そもそも僕らにデスクはないぞ」

「お前らは知らないと思うが、あたしらにはある」

「ええー! 本当ですか?! 明日乗っかってもいいですか?!」

「デスクに乗っかるって何?」

「誰よりも一段高い所でサタデーナイトフィーバーするんです!」

「営倉でやってろ」

 

 さて、いい加減にしないとグラーフがブチギレる。全員の準備も整ったので、さあ行くか。

 

「抜錨だ」

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 抜錨だ。とキメてみたものの、この天候は馬鹿だろ。舐めてんの?

 

「おらぁ照月ぃ! 死にたくなきゃ舵を取れ舵を!」

「や、やってますよぉ?!」

「敵艦載機来たぞ! 対空戦闘よーい!」

「番長! 構えるだけで精一杯です!」

「秋月舵忘れてんぞ!」

「僕らは二つのことを同時にできないからな!」

「堂々と言うな! ……よし、各員対空機銃斉射ぁ!」

「うおー! 当たる訳がない!」

「気合が足んねーぞおらぁ!」

 

 大時化(しけ)もいいところだが、こいつらの手前、あたしがぶーたれるわけにはいかない。

 それにしてもグラーフもアクィラも容赦がない。訓練だし、まあ手加減する必要などないのだが、結構苛烈だ。

 

「番長! 訓練だから手加減しない、って少し変では?!」

「あ?! どう言う意味だ?!」

「訓練で手加減がなければ、どこで手加減を拝見できるのでしょうか!」

「深海棲艦にでも聞いてみろ!」

「今日の隊長は無茶しか言っていないな!」

 

 対空機銃を使用した訓練はこれまでにも行ってきたが、今日ほど厳しい条件下は初めてだ。

 まず足場が安定しない。

 普段は脚部艤装のスタビライザーがそれなりに作動するので安定する。加えて–––習熟度によりけりだが–––艦娘、人型艦艇という性質上、二本足でバランスを取ることが可能なため、より安定性はより増す。

 しかしここまでの時化では、艤装も艦娘故の利点も意味がない。

 ただただ個人のセンスだけが頼りだ。

 

 センスが頼りって、これ訓練する意味あるのか?

 

「きゃあ!」

「秋月姉さん!」

「隊長ぉ! あの、お聞きしたいことが!」

「は?! やかましい! こっちが聞きたい!」

 

 そして次に、なぜか迫ってきている艦載機の半分が、実弾を放っている点だ。尊い犠牲のもと、今気がついた。

 

「あいつら馬鹿なんじゃねーか?!」

「ぐうぅ……、私の明晰な頭脳によると、恐らくこれはグラーフさんの仕業です!」

「元気そうだな秋月!」

「まだやれます!」

「本当に命を張ったりするなよ?!」

「そのさじ加減は、グラーフさんに聞いてみてくださいっ!」

「やい! 手加減しろぉ!」

「本当に聞いた……!」

 

 まあ聞こえるわけもなく、何考えてんだ本当に。

 ブチギレそう。

 ただこのまま終わるわけにもいかないので、絶対にぶっ殺してやる。

 

「おい、被害報告しろ」

「秋月、左舷軽微損傷! 小破です!」

「照月、主砲損壊。小破、辛いです」

「初月、無傷だ。残念ながら」

「残念なのはお前の頭だ!」

 

 各員、パーセンテージで見れば無傷に等しい。しかし秋月は駄目だ。足はどれだけ軽い損傷だとしても、敵からしたらいい的になる。

 

「よし、あたしにいい案がある!」

「ふむ、では僕が的になろう」

「黒い魚みたいなことをのたまうな」

「どうせ突貫だろ隊長」

「なぜわかった」

「隊長の前頭葉には僕の精神が宿っているからな。当然だ」

「気持ち悪っ! でてけよ!」

「あ、隊長。私が頭をかち割りましょうか?」

「さては根に持ってるな照月?」

「あの! お楽しみのところ申し訳ありませんが、私の艤装を慮っていただければ!」

「おう、すまん秋月」

 

 つい雑談に興じてしまったが、代償は秋月の艤装が払ってくれたらしい。さらに機銃の掃射を受けており、どうみても中破だ。

 すまねえ。

 

「ではこれより、敵に突撃をかける。あたしと初月が突っ込むから、残りはここでお留守番だ」

「任せろ」

「あぁ、動きが鈍いです!」

「秋月姉は私にお任せください」

「おう、じゃあ行くぞ!」

 

 ということで駆け出す。あたしは右から、初月は左から攻める。

 まあ単なる突撃なのでセンスとかはいらない。必要なのは殺すという気持ちだけだ。

 

「隊長、本当に殺すなよ?」

「お前、あたしに対する信頼と敬意が足りなくないか?」

「ふん、……おっと。いやなに、こうすればいじめてもらえると思ってな?」

「あぶねっ! ……自分の性癖に他人を巻き込むのはよせ」

「善処しよ、う!」

 

 相手に近づくにつれ、攻撃が激化してくる。いや、おかしくないか? あいつらどんだけ艦載機積んでんだよ。これ訓練だぞ。

 さては奴らあたしらをここで沈める気だな?

 

「それは本当にシャレにならないな、隊長!」

「国際問題になりそうだ!」

「将来のために、裁判を経験しておくのはありかもしれないな!」

「ねーよ!」

「ははっ! 返しが雑になってきたな!」

「くらえっ! ……くそ、やかましい手を動かせ!」

「心得た!」

 

 本訓練は、あたしたち対空戦闘班とグラーフ・アクィラの空母班に分かれており、両者は遮蔽物を挟む距離20000を開始地点としている。

 人間の身からしたらかなり距離はあるが、艦を宿している我々はそれなりに速度が出るので飛ばせばすぐだ。

 とは言え、あたしが全力で航行してもだいたい20分はかかる。

 

「……なあ隊長、気合いで速くできないのか?」

「やかましい、あたしより速力ねえくせに煽るんじゃねえ!」

「ふっ、そんな紙に書いてあるスペックで語られてもな」

「なんだと?」

「見せてやろう。隊長よりもおっぱいが足りない分の速力を……!」

「……みっともない!」

 

 何をふざけた事を言ってんだ、と思ったら本当に加速し始めた。速いという事はおっぱいがないという事なのか? 限界を超えた貧乳なのか?

 

「ふはは! コツはおっぱいを抉るように走る事だ!」

「無茶言うな!」

 

 抉っちゃダメだろ、空気抵抗増すし。

 

「は? そしたらおっぱいはより鋭角にする方がいいんじゃないか?」

「なに」

「大気を味方につけるには尖らせた方がいいんじゃないか?」

「くそっ! 負けた気分だ。しかし隊長、もしそうならばもっと胸を張って航行してみてはどうだ?」

「ん? ああ、確かにそうだな」

「……どちらのおっぱいへの哲学が正しいのか、競争だ!」

 

 哲学もここまでバカにされたのは初めてだろうが、まあおっぱいで速くなるのならそれでもいい。許せよ哲学。

 

 そんなバカをやっているうちについにグラーフ・アクィラ両艦を目視できた。心なしかアクィラは顔が青ざめて見える。

 

「あちゃあ、困ったな。アクィラ風邪でも引いたか?」

「なるほどな、では僕が温めよう」

「あたしがボケたら突っ込んでくれる?」

「隊長に突っ込んでいいのか?」

「今日は鉄のパンツ履くわ」

 

 アクィラは真面目だからあたし達に実弾をぶつけた事に焦っているんだろう。アクィラは模擬弾しか使用していないだろうからただの貰い事故だけども。

 そう、だから本当にやばいのはグラーフだ。何がやばいって普通に営倉入り確定なのに、なおも顔色を変えずに実弾を放ってくるところだ。

 

「隊長? あの人は開き直っているのか?」

「知らねーよ……。とんでもない胆力ウーマンだな」

「罰としておっぱいを揉みしだいてもいいか?」

「屈辱だろうな」

「真面目に答えてくれ!」

「慎重に検討する」

「よし!」

 

 何故喜んでいるんだこいつ。

 

「可能性がゼロでない限り、僕は諦めないからな」

「得意げにキモいな」

「得意げにキモい」

 

 復唱するなよ。

 

「素敵な響きだ、朝の挨拶にしてくれ」

「グラーフ! ようやく会えたな!」

「シカトだと?」

 

 ここまでであたしは小破、初月は中破といったところか。

 あたしはいいとして、初月は多少心もとないな。

 対する空母どもは当然無傷だ。

 絶対に抉ってやるという決心とともに、奴らに呼びかける。

 

「……ち、ここまで来たか」

「あ、あのね? これはその……、違くて」

 

 艦載機をなおも発艦させるグラーフは、その眼にギラつくものを見せていた。一方アクィラはおどおどしている、きっとグラーフを止めようとして失敗したのだろう。

 

「隊長! どちらの乳を揉んでいい?! 早く決めてくれ!」

「アクィラはかわいそうだからグラーフにしておけ」

「あ……、うん」

 

 普通に怖気づいてんじゃねーか、まあこいつの変態度もこんなもんだろう。

 よく頑張ったほうだ。

 

「おい、怖いならやめておけ」

「そんなのダメだ!」

 

 やめろ頑張るな。

 

「おっぱいに貴賤はないし、どんな破綻者が持っていようともそのおっぱいに罪はない!」

「そうか」

「逃げるなと、僕の魂が叫んでいるんだ!」

「そうか」

 

 なぜ限界を超えていく、踏みとどまれよ、常識で。

 

「よく聞くがいい空母の二人よ!」

「おい勝手に演説を始めるな」

「僕が成敗する!」

「聞こえは良いけどな」

 

 実際はセクハラを公言しただけだ。

 さて、しかしそれで困るのはやっぱりアクィラだ、あたしとしてはアクィラを罰してもしょうがない。

 グラーフを抉らねば。

 

「隊長、抉りたがりな年頃か?」

「どうにもおっぱいを抉るって語感が気に入っちまった」

「猟奇的すぎないか?」

「Aカップにしてやる」

「抉った部分は僕が貰ってもいいか?」

「何に使うの?」

「ふふ」

 

 ふふってなに、怖すぎんだろこいつ。

 

「おい、こいつにおっぱいを独り占めされたくなければ投降しろ」

「……訳のわからない事を言うな」

「訳のわからない状況に陥りたくなければごめんなさいしろ」

「断る」

 

 うん、そうだろうな。簡単に応じるならばこんな強行には出ないだろう。

 そもそもこういった説得にわかりましたって言っているやつを見たことがない。様式美なのだろうか? この問答は。

 

「おーいアクィラ、お前は戦線を離れろ。うっかりおっぱいを消失することになるぞ」

「……あのね? 本当はグラーフは」

「攻撃隊、出撃」

「グラーフ!」

「おいこらグラーフ! 会話くらいさせろっていつも言ってんだろーが!」

「問答無用! 行くぞ隊長!」

「お前も案外血の気多いよなくそ!」

 

 グラーフから発艦された艦載機はさほど多くはない。ここまでたどり着くのにそこそこ潰したからだ。

 しかしこちらは全艦模擬弾しか積んでいなかったので手間がかかった。そのため被害は深刻なものになってしまったのだが、結果的に思う存分砲撃を当てれると考えれば、まあいいだろう。

 

「おい変態! お前はあたしの背後につけ!」

「ふざけるな! 隊長を弾除けにできるか!」

「言うこと聞けないなら、あいつらのおっぱい揉ませねーぞ!」

「ピタっ!」

 

 うわぁ、こいつピタって口で言った。

 まじキモい。

 

 とは言えちゃんと従ったのは良かった。こんな土壇場で味方にも問題を抱えるのはごめんすぎる。

 

「よし、対艦戦闘よーい!」

「対艦戦闘よーい!」

「攻撃隊、蹴散らせ……!」

 

 あたしは、装備はレーダーやら機銃やらを多く積んでいるので、主砲は三号一基のみである。初月に至っては高角砲が頼りだ。

 まあつまり、余裕だ。

 

「てー!!」

「Feuer!」

 

 互いの攻撃が交錯する。

 

 

 

 ■ ■ ■

 

 

 

 ここは『人型艦艇用船渠』である。まあ要するにドックとか呼ばれてる場所だ。

 昔は乾ドックとかいって、文字通り船を水に浸けず修理してたらしい。詳しくは知らんけど。

 まあそんなことより、重要なのは過去ではなく今だ、今は乾ドックではなく湿ドックだ。

 なぜなら……。

 

「番長! 大変です!」

「そうだな」

「水鉄砲忘れてきちゃいました!」

「本当だな」

「隊長……、その……」

「便所なら一人で行け」

「ち、違います!」

「隊長、心配いらないぞ。照姉の廃液は僕が飲み干す」

「死ね」

 

 ご覧の通り現在のドックと言えば艦娘用の入渠ドック、つまりは風呂場を指すからだ。

 傷に染みる。

 

「……」

「……」

「おい貴様ら、何でそんなに離れた場所で湯に浸かっていやがる。もっと近くに寄れ」

「あ! 番長が外人組に公然セクハラを!」

「なに、僕も混ぜろ」

 

 ドックは不可思議な効力が働いており、何だかわからないが傷が治る。かなりキモい速度で怪我が治るので見ていて気持ちのいいものではない。

 以前に、あまりにも生理的に受け付けない修復を見てしまったことがあったので、「これは何だ」とドックに詳しい明石に聞いたのだが、なぜだか泣き出してしまった。そんなにやばいものなのだろうか?

 

「隊長? おそらく、明石さんは隊長が怖くて泣いちゃったんだと思いますよ?」

「馬鹿を言うな。怖れからもっとも遠い位置にいるあたしを怖がるだと?」

「あー! 番長がまた寝言を言っています!」

「僕らの隊長は睡眠障害を患っていたのか」

 

 やかましい、あたしのしゃべりを遮るな。

 

「おいグラーフ、特にお前は罪が重い。あたしの命令にはワンと鳴いて服従しろ」

「ワン!」

「ワン!」

「……わ、ワン」

「わんきゃんうるせーぞクソども」

「きゃいーん」

「わおーん」

「助けろアクィラ」

「あ、その。……わん」

 

 本当に言うなよ。虐めてるみたいだろ、風評被害が出回ったらどうしてくれる。

 

「安心しろ隊長。すでに手遅れだ」

「どういうことだ」

「隊長? 私たちを毎日虐めているのを忘れてしまったんですか?」

「虐めてねえ、教育だ」

「クソ教師感あるな」

 

 さて、先ほどの対空戦闘訓練は無事終了した。誰も怪我せず禍根も残さずみんな仲良しで終了した。

 

「番長今日ってエイプリルフールでしたっけ?」

「何わけのわかんねえこと言ってんだ」

「隊長の記憶は失われた。先の訓練で高次脳機能障害を患った」

「唐突に難しい日本語をぶっこむな」

「……ぶっこむ」

「おいむっつり、公共の場で盛るな」

「ち、違います!」

 

 詳細を語ると、双方が攻撃を繰り出しなんやかんやあって初月が落ちて、うっかりアクィラをやってしまって、最後にはグラーフをぶん殴って終わった。

 高雄型は肉体言語が好きなのだ。

 

「仕方ねえ、グラーフが来ないのならこちらから行く」

「え! 正気ですか番長!」

「もちろんだ」

「隊長、今日はフルスロットルだな」

「よし行け初月」

「え!」

「何を驚いていやがる、抉ってこい」

「心の準備が……」

「いまさら初心かよ」

「おっぱいの準備が」

「年単位で準備が必要なことをかますな」

 

 お前のおっぱいの成長なんぞ待ってられるか。

 ざばざばと、仕方がないので自分がグラーフに近づく。

 おら、わざと波立たせてやる。

 

「……近づくな」

「ワンと鳴けば認めるぞ」

「……」

「沈黙はなんとやらだなぁ、おい」

「やだ、番長ヤの字」

「多分チンピラだと思うぞ」

「隊長は不良です」

 

 うるせえ、役満感だすな。

 

「おら、何であんなことしたか話してもらおうか」

「うるさい」

「パンチ!」

「ぐっ……?!」

「あー! 暴力に訴えた?!」

「あたしはガキだろうがガキっぽい大人だろうが、分け隔てなく教育をする平等原理主義者なんだよ」

 

 だからでけー声で暴力って言うんじゃねえ。肩を組み穏やかに問いかけてるだけだろうが。

 

「隊長、誤解を招くようなことを言うな。それは穏やかではなく恫喝しているだけだ」

「ジャンプしろって言いそうですよ? 隊長」

「あああ、あの!」

 

 なぜこいつらはあたしを不良に仕立て上げようとするのか? 酷い奴らだ、酷い奴らだが、アクィラがついに口を開いた。

 

「お前、ワン以外に口を開けたのか」

「んもー! 番長はすぐそうやって話の腰を折るんですからー」

「折りたがりですね」

「鯖とかすきそうだな」

「おめーらに言われたくはねえ」

 

 あと鯖折りはさすがにしたことはない。馬鹿にするな。

 

「……あの」

「おう、喋っていいぞ」

 

 気をつかうな、どしどし喋れ。

 

「あー!!!」

「てめーまじ、黙れよクソガキ」

「隊長が言えたことではないな」

「あの!」

 

 本当にすまないとは思う。

 話してくれ。

 

「グラーフは……」

「もしかしてグラーフさんは、番長のことが好きなんですか?!」

 

 しばくぞ糞餓鬼、と口に出す前に手足が出ていた。

 とは言え、この処置は真っ当なものだ。こいつはそれだけ、あたしの寛大なる堪忍袋をズタボロにしたのだから。

 

 と、そんなあたしの尻目で、あたしの腕の中にいるグラーフが震えていた。

 




秋月型:かわいい(変態)。摩耶のことが大好きだけどレズという訳ではない。小児期特有の甘えが爆発している。本当は3話冒頭に『摩耶番長会議』を挟む予定であったが雑談で一万字いけちゃうなと思ったのでフルカットした。
陸軍としてはレズという可能性に賛成である。

摩耶:番長。本当は強い人だけど秋月型にいじられているせいで最近威厳とかがない。でも昔から愛宕に可愛がられているので元から威厳などない。
対空番長って呼称を考えついた人は天才だと思う。

グラーフ:菓子は食った。

アクィラ:秋月型にいじられているが最終的には懐柔している。その性格が天然なのか養殖なのかは神のみぞ知る。

摩耶番長会議:本日の議題は『摩耶の暴力耐性(秋月型が被暴力者の場合)』であった。


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