PSO2 Extend TRIGGER (玲司)
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PHASE1「戸惑うアークス達」

拙い文章と表示ではありますが、読んでいただけるとありがたいです。


更新ペースは遅いですが、手を抜かず、自分の満足の行く仕上がりになってから投稿していきます。


2012年満を持してサービスが開始されたオンラインRPG、ファンタシースターオンライン2。このゲームが一般プレイヤーもプレイできるようになってから、数年が経ったある日、このゲームに異変が起こった、それは人の夢が叶ったものなのか、それともただ悪夢なのか、それは誰にも分らなかった。

 

 

 

 

初日10:40

アークスシップチームエリア チームルーム

 

男は重い頭を無理やり起こすようにしながら目を覚ました。

自分の頭を支えるように、顔に手を当てると皮膚とは違う硬い感覚が指先に当たった。その手触りは、初めてであったが判る。自分が好みで付けている顔の上半分を隠

す鬼の半面である。

 

「そうだ・・・ここは・・・」

 

記憶を辿って行く。ここに至るまで何があったのかを。

 

 

  ◇     ◇     ◇

 

 

発端は数か月前の事だ。このゲーム、ファンタシースターオンライン2の運営から新型アクセスモジュールからのゲームプレイモニターを募集していた。日本全国で約20ヶ所に使用者がゲーム世界に入り込むタイプの端末からのゲームプレイヤーをチーム単位で約100チーム、3000人程募集していた。

 

そして、チームメンバーに募集要項を話し応募、見事当選した。チームメンバーとは会場がバラバラであるが参加チームメンバーは会場からアクセスするとチームルームに集められる事になっていた。

 

 

 

  ◇    ◇     ◇

 

 

 

一通り思い出してから部屋の中を見回す。

チームルームの椅子に座って他のメンバーも確認する。まだ目覚めてはいないが自分と同じような体勢でほかのメンバーも寝ていた。

 

推測ではあるが、リアルからバーチャルに飛ばされた拍子で処理できなくなった感覚を遮断するために気絶してしまったんだろう。

 

「おい、起きろ。起きてくれ、ジャオンさん!」

 

椅子に座った金短髪に細い角を生やし、真っ黒な衣装に身を包んだ男、ジャオン・レイヴズの肩を掴み揺さぶった。

 

「へ?」

 

間抜けな声を漏らしてジャオンは目を覚ました。

 

「へ!?」

 

今度は大層驚いたような声を上げて、ジャオンは目をパチクリとさせた。まるで夢か幻でも見ているかのように。

 

「ん?どうかしたか?」

 

腕を組みながらジャオンの反応に不思議そうな、あきれた様な声を漏らした。

 

「いや、その・・・なんと言うか・・・こうして玲司さんを見るのは、なんというか・・・」

 

戸惑いながら、おずおずとジャオンは言葉を繋いでいく。

 

「気持ち悪いか?」

 

意地悪く口の端を歪ませながら玲司はジャオンに尋ねた。表情の上半分は玲司の装備している青い鬼の面で隠れているが、はたから見ればいじめっ子の笑い方である。

 

「いえいえ!そんな事じゃなくって・・・」

 

手をブンブンと振ってジャオンは玲司の言った事を否定する。

 

「冗談だよ。それより、他の奴らも起してやろうや?」

 

意地悪な表情のまま玲司は気を失っているメンバーを指差した。

 

 

 

数分後

 

目を覚ましたメンバー達と今度は玲司のマイルームへと移動していた。

 

玲司のマイルームには、このゲームにチームルームが実装される前にチームルーム代わりに使用を想定した部屋があり、そこで現在、今後の活動について話し合っていた。

 

今回のイベントに参加出来たチームメンバーは

 

 

チーム Blast!!

 

チームリーダー 玲司

 

 

マネージャー  ジャオン・レイヴズ

        エクレア

        如月

 

 

コモン     菊花

        アリシア

        トワイライト・クイーン

        Exis(エクシス)

        777(フィーバー)

 

の以上、九名である。

 

他のメンバーも参加したいと言って居たのだが、予定が合わなかった為チームの中でイベントの予定と合った者だけで参加していた。

 

「・・・とまぁ、簡単に説明したけど、俺達が居るのは通常のサーバーとは違った参加者のデータのみをコピーした特別サーバーで、ゲーム自体は本当に体を動かしてるかのようなバーチャル体験。ん~で、終了時間が来たらオートでログアウトか、何等かの要因による自発的なログアウト。まぁ、この自発的なの中には食事やトイレも入ってるけど、それが上手く体に伝わらなかった時の為に入る時、介護システムを使ったベッドで行われ、嫌な言い方だけど、リアルで排泄物が垂れ流しても平気ってわけ。それと一応熱中したりしてログアウトを定時まで行わない場合、エラーによるログアウト不能の為に栄養剤の点滴もしてるからね」

 

簡単に自分たちが置かれている状況をSA(シンボルアート)プロジェクターをホワイトボードの様に使いながら玲司は説明した。通常SAは自分のメニューから開いて作成するモノなのだが、玲司が触った時に自由に書き込めるように編集メニューが開いたのでこの様にし使用したのである。

 

と、簡単な玲司の説明に一部メンバー、特に女子は嫌な顔をしていた。

 

「はいはい、そんな顔しない。俺だって一応説明するようにってメールが入ってたからメールに書いてある必須事項を読んだり、重要な部分は書いたんだから」

さてと・・・。と一息を付きながら玲司はSAプロジェクターを通常時に表示してあったイラストに置き換え、改めてメンバーの顔を見た。

 

「この中で俺たちは、まぁログアウトとかもあるけどリアルタイムで約一週間共同生活するからね、まぁ何があっても協力していこうね」

 

『はい』

 

メンバーの元気な返事がルームに響いた。

 

 

 

 

  ◇    ◇     ◇

 

 

 

 

共通エリア ゲートエリア

 

メンバーはゲートエリアへと移動した。

 

これから、このゲームの醍醐味である戦闘へ向かう事となった。メンバーの中にはエステに向かい衣装とアクセサリを弄りたいという者も居たのだが、初日ということもありメンバー全員でフィールドへ繰り出そうと、珍しく玲司が強権を発動させたのだ。

 

「さて、と・・・」

 

 

パーティ(PT)分けを行い

 

 

第一班 L・玲司

  トワ(イライト・クイーン)

  如月

 

 

     第二班 L・ジャオン

     エクレア

     Exis

 

 

第三班 L・菊花

  アリシア

  777

 

 

となり、現在クエスト受付カウンターにて、クエスト受注を行っていた。

 

「クエストは、森林、ノーマルN、チーム限定っと」

 

人だかりになっている受付カウンターにて、リーダーの三人は、お互いの入力情報を確認しながらクエストの受注を完了した。

 

「これで、オイラ達はクエストに出かけられるんですねぇ、何時もの事なのになんか新鮮!」

 

興奮気味にジャオンは話している。

 

「それに、ココのサーバーでは実施予定のクエストスタートリンクを採用してるからね、キャンプシップは別々でも降りれば簡単合流だ」

 

クエストカウンター脇のシップエントリーへ行くように、玲司は簡単な手振りで合図を送るとメンバー達は進んでいく。ゲートを通り抜けると体は一瞬浮遊感に捕らわれ、気が付くとキャンプシップの中央に光のリングを伴いながら転送される。

 

転送が完了されると、自分達の体に少し変化が起きていた。

背中、両腕、両足に独特なデザインの装飾品が付けられていたのだ。

 

「ふぅん・・・防具が目に見えるようになっているな・・・」

 

玲司は感心したように呟いた。ロビーに居た時には見えなかった防具が今は可視状態であり、体各所に付けられた防具をまじまじと観察しながら、ゆっくりと体を動かしてみる。

 

あからさまに邪魔になりそうなデザインの防具で有りながら、不思議と体動きを阻害せず、体と一定の距離を取ったところに浮いたままの状態を保っている。

だが、邪魔にならないと言っても体の動きに関しての部分で視界的には邪魔になっている。なので、メンバーは一通り装備を鑑賞すると無言のままメニューを開き防具を不可視化(ステルス)状態に移行する。

 

「近接系とガンスラ(ッシュ)は良いとして、銃系は専門知識要りますかね?」

 

トワは自分の武器(ワルキューレA30)のグリップを握りながら、嘗め回す様に眺めていた。今までのパソコンのモニターに映る自分のアバターとは違い、今は自分の体として動かしている。もしかしたら今までとは全く違う行動を要求されるかもしれないと思いながら細部をチェックしていた。

 

「ちょいと待って、確か仕様の説明が・・・」

 

玲司はメニューを呼び出しながら、武器の使用説明を探す。虚空に浮かぶウインドウをタッチや払いながら、アサルトライフルの項目を探す。

 

「ん、あったよ!」

 

簡単なライフルの図と説明を斜め読みする。

 

「なるほど・・・今までと同じワントリガーの三点バーストで三回撃つと弾丸が出なくなるらしいね。ん~で、銃によって変わるけどマガジン部分にタッチするとリロード装填されるみたいだね。ランチャーの場合は垂直に立てると装填らしいよ」

 

ページをめくりながら、武器の仕様を確認している。

 

「ツイン・マシ(ンガン)はどうなってるんです?」

 

今度は如月だ。

 

「上下に大きく振るとだね、そっちは」

素早く玲司は質問に答え、他のページも覗いていく。

 

「あと、フォトンアーツPAは、武器に付いてる赤いトリガーを引くと発動みたいだね。そんで射撃系は武器のグリップ側に付いてるボタンとメイントリガー、テクニックは、セットしたモノに応じてアイコンウインドウが武器に付いてるからそれを押せば発動するみたいだね。あぁ、チャージは長押しね」

 

事細かに説明文が書かれているのだが、重要な部分に色が付いているため、そこの前

後の部分を抜き出しながら読み進める。

 

「あと、メニュー類は特定モーションで呼び出し出来るけど、意識集中でメニューとショートカットパレットも呼び出せるし、ショートカットは意識一つで使えるみたいね」

 

説明を手短に済ませながら、玲司は意識を集中させて視界にサブパレットを呼び出す。さらに、そこからレスタへと集中して、コマンドを実行する。

 

視界に表示されているサブパレットの中にあるレスタのアイコンが光る。それと同時に玲司の右手に淡い光の玉が生成され静かに強弱を付けながら輝いていた。

十分に時間を取ってチャージが完了したと確信すると意識を離しレスタを開放する。緑色の淡い光がPTに降り注ぎ自分のHPゲージに緑色の光が現れては消えていく。

 

「すご~い!」

 

手をパチパチと叩きながら葉月が関心している。

 

「なれれば、ホントの魔法とかそんな感じで使えそうですね」

 

感心しながらもトワは考察していた。

 

「さて、そろそろ下に降りた方がいいかな?」

 

武器の説明や確認をしていて遅くなってしまったか?と思いながら、キャンプシップの転送装置の方をみやる。

 

 

『玲司さ~ん、大丈夫ですか~?』

 

 

玲司の頭に声が突然響いた。

 

「はひっ!?」

 

ビクリと身が跳ねながら、視界の隅にウィスパーチャット有りと表示された事に気が付く。

 

突然の反応が面白かったのか、クスクスと笑う二人を見ながらため息をついて視界の隅に映るウィスパーチャット開始のボタンを押す。

 

 

「あぁ・・・大丈夫、もう降りるところだ・・・」

 

落ち着きを取り戻すように、声色を少し落とし目にしながら返事をする。

 

「ふぅ・・・」

 

一つため息を吐いて、しっかりと心を落ち着かせ如月とトワを見やる。

如月は「頑張ります!」という表情で胸の前で両こぶしを握った。トワは「準備OK!」というようにサムズアップして見せる。

 

その二人の返答を見て玲司は腰に挿してある刀の柄を撫でる。

 

希望と不安が入り混じりながら転送装置へと飛び込んだ。

 

 

 

 

  ◇    ◇     ◇

 

 

 

 

森林 エリア1 スタート地点

 

 

自然が溢れる森の中、どこまでも続く青い空と降り注ぐ光から生き物たちに休む場所を与える為に伸びた木々達、そんな自然の中に少し歪にみえる開けた場所にチーム「ブラスト」のメンツは転送された。

 

「わぁ・・・風まで感じる・・・」

 

バーチャルの世界に再現された限りなくリアルを追及して再現された自然現象に777は声が漏れた。

 

「うん・・・本当の世界見たい・・・」

 

同意しながら、目の前に広がる光景と現象にExisも賛同しながらも言葉が出てこない様子だった。

 

「まぁ確かにリアルなのは良いんだが・・・」

 

低い声を絞り出すように菊花がどこか呆れた様な、困ったような声を出している。

 

「触ってごらんなさいよ、如月ちゃん!フニフニムチムチのバインバインよ!」

 

「見るだけでも十分なほどわかるよ~、おね~ちゃん!」

 

興奮しているエクレアと如月、しかもエクレアは菊花の胸を突いたり、揉んだりしている。それに何やら変なテンションで付いていっている如月。そんな二人を見ながら落ち着くまで放っておこうか、注意するべきか、はたまた怒るべきか悩み微妙な表情になりながら菊花は悩んでいた。

 

「やめんか!」

 

怒鳴り声と共に玲司の鉄拳が、エクレアの脳天目掛けて炸裂した。

 

ゴスッと鈍い音を立ててクリーンヒットした拳、その音と光景にメンバー達は凍り付

き、聞こえる音は木々の騒めきのみである。

 

「いった~い・・・マスター手加減してよぅ・・・」

 

涙目になりながら、叩かれた部分を両手で摩り、玲司の方を見るエクレア。そこには文字通り鬼のような形相で玲司が立っている。

 

「ねえ姐さん!鬼が居るわ!しかも、凶悪な部類の!」

 

さっきまでの加害者が被害者に泣きついている、鬼の出現で。

 

仮面の上から玲司は顔を手で覆った。この変わり身の早さに何やら、何とも言い表せない感情を抱いて悩んでいる様子であった。

 

「今回はまぁ、セクハラでエクレさんが悪いけど、こんな状況だからテンションが上がった為で不問って事で・・・」

 

菊花は一番この場で穏便に済むようにと、玲司を宥めながらエクレアに再犯はしないようにと言い含めるように采配を下した。その言葉に玲司は「むぅ・・・」っと唸りながら、怒りの表情を解除し拳も解いた。

 

「マスター、これで私は無実よ!」

 

と勝利を高らかに宣言しながら、満面の笑みを浮かべているエクレアは今にも高笑いしそうな空気であり、そんな様子を見ながらイマイチ納得のいかない様子の玲司の肩をジャオンが腰をアリシアがやさしくポンポンと励ますように叩いた。

 

 

 

 

  ◇    ◇    ◇

 

 

 

 

森林をワーワーギャーギャー騒ぎながらブラストの面々は走破していった。

 

出てきたウーダンに驚いて逃げ回ったり、後ろから攻撃を喰らったのに気付いて、振り返った瞬間エネミーの大きさに驚いて気を失いかける者、お約束通り味方に攻撃して失敗に安堵しながら怒られる者、試してみたかった事を試しながらとうとう、最奥部の一歩手前までたどり着いた。

 

「さて、ここまでたどり着いたか・・・」

 

あまりにも色々ありすぎて、少々疲れ気味になりながら菊花が呟いた。

 

「後方に居ても結構怖かった~」

 

如月は安堵したのか、これから待ち構える一大イベントに恐怖しているのか、その場にペタリと座り込んでしまう。

 

「この先に進めば、ボスエリアですけど、倒せますかねぇ?」

 

不安気味にExisが呟く。

 

「クエランクはNだし、Lv,MAXの人たちばっかりだし大丈夫じゃないかなぁ」

 

と道中と自分たちの強さを確認しながら777は応える。

 

「あぁ、ここでまた新システムを使うんだわこれが・・・」

 

そう言って玲司はジャオンと菊花を呼び寄せてメニューを開く。そしてクエストPT全員でのエリアボス攻略の項目を呼び出し、了承のボタンを押す。

 

すると、エネミーエクステンドと視界の端に文字が浮かび上がる。

 

「マスター、変な表示が出たんだけど?」

 

自分の視界に映っているアイコンを指さしながらエクレアは玲司に尋ねた。

 

「これも新要素。同じフィールドに居るPTがエリア3に行く前に同意すれば、緊急ミッションと同じく、最大十二人でボスに挑めるようになるんよ。ん~で、引き換えに確かボスエネミーのLvが⒑くらいあがるんだったかなぁ・・・」

 

玲司は、後頭部をボリボリと掻きながら、最後には自信なさげに少々呟き気味になりながら説明する。そして自信なさげに「まぁ、ちゃんとした事は公式で確認して」と付け加えた。

 

全員がエリア3 に侵入する。通常であれば組んだPTメンバーでしか入れないこのエリアだが、今は全メンバーが揃っている。

回復ポッドに順繰りに入り、転送装置にメンバー全員で立つ。

 

玲司が軽くメンバーの顔を見ると、準備万端と笑みを返す者、不安という表情の者と分かれている。一つ息を吐き自分を落ち着かせる。そして、転送装置を起動させる。地面に埋まったオレンジ色の結界にも見える円形の機械の外周から光のリングが現れる。

 

『警戒警報!警戒警報!』

 

全員の視界の一部にワイプ画面が表示され、そこにはゲームで馴染みのオペレーター、ブリギッタの顔が映し出されている。

 

『皆さんの進むエリアに通常とは異なる強力なエネミー反応が検知されました。警戒を!』

 

そう告げられると10カウントが開始される。

 

 

 

――― 3

 

――― 2

 

――― 1

 

――― 0

 

 

全員の体が眩い光に包まれて転送される。

 

 

 

 

  ◇    ◇     ◇

 

 

 

 

森林 エリア3  バトルフィールド

 

 

回りを低い崖に囲まれ、中央に大樹が聳える。そこに全身が緑色に染まり体の各所からオレンジ色の岩に似た物体を生やした身の丈4mは優にあるゴリラに酷似したモンスター、ロックベアが両拳をぶつけながら登場する。

 

「きぃちゃん!」

 

「いっきますよ~!」

 

エクレアはウォンド短杖を如月はロッド長杖を構える。エクレアの体中心に炎が巻き起こり、如月の体には氷が包み込む様に巻き起こる。

 

「シフタ!」

 

「デバンド!」

 

二人の息の合ったタイミングでの身体強化呪文がメンバーの体に赤と青の光となって降り注ぐ。

 

「ほい!弱体化ぁ!」

 

今度はトワがライフルに特殊弾を装填してロックベアの頭を撃ち抜いた。撃たれたロックベアにはダメージが通っていない事を示す様に『0』とダメージ表示されたが、その代わりに赤いターゲッティングがなされる。

 

「頭に当たったよ~」

 

頭に着弾した事に満足そうにトワはライフルの構えを解いた。

 

「私だってぇえ!」

 

Exisは両手に握ったデュアルブレードの切っ先を後ろに向けながら突進し、足元から体を回転させて胴から頭へと昇るように切りつけた。

 

「ヘブンリーカイトォ!」

 

PA名を高らかとExisは叫んだ。

 

「これはどうかな?」

 

777は、短杖を強く握り意識を集中する。どうやら、サブパレットのテクニックを使用するみたいだ。

 

「いっけぇ!ナ・フォイエ!」

 

短杖の先端からバスケットボールより少し大きい炎の玉が、ゆるりと弧を描きロックベアの足元で炸裂し炎で取り囲む。

 

「ナ・フォイエをこうして見ると派手だなぁ・・・」

 

感心しながら菊花は呟いた。

 

「迫力が違いますよねぇ」

 

玲司も感心しながら同意する。三つに分けたPTの半数はレベルが上限まで上がっている為か、最初に驚いていた事などまるで無かった様に落ち着きながら状況を面白がりながら見ていた。

 

「そんじゃ、ま。試し切りしてみますか?」

 

愛用の刀の柄に玲司は手を掛ける。

 

「カタナコンバット」

 

ぐっと腰を落とすように構えを取ると、玲司を中心に青い渦が現れる。

 

「そんじゃ、オイラも!」

 

ジャオンは背中の飛翔剣に手を伸ばし、大きく両手を上下に振るう。そうするとフォトンで構成された小剣がジャオンを現れ囲むと消える。

 

「フォトンブレード・フィーバー」

 

ジャオンは静かに呟いた。

 

そして、二人の視界の端にカウントダウンタイマーが起動する。

まるで氷の上を滑るかのように玲司が刀を構えながらロックベアに突っ込むと同時に、ジャオンは剣を振るいフォトンブレードを放つ。放たれたブレードは一直線にロックベアの頭を目指し、玲司を追い越して襲い掛かった。

 

ロックベアの頭に突き刺さったブレードの痛みに悶えるように、頭を抱えながら大暴れする。

 

「おっ!新モーション」

 

思わずアリシアが声を漏らす。

 

「リアルねぇ」

 

「うん、痛そ~」

 

エクレアと如月もアリシアの発言に頷いていた。

玲司はロックベアの目の前で左足を突き刺す様に踏み込むと、強引に体を空中へと持ち上げ眼前に迫る。

 

「ゲッカ・・・」

 

刀を鞘に納めたまま頭上で抜きに掛かる。

 

「・・・ザクロ!」

 

刀を一気に引き抜きながら、ロックベアの頭を真芯で捉え振りぬく。そして、地面に足を着くと降りた反動で今度は股間から深くロックベアの体を抉った。

 

その攻撃が止めとなり両腕を広げながらロックベアは断末魔を上げて光と散り、視界にクエストクリアと表示されながら、ワイプ画面が開く。

 

「目標達成を確認、帰還してください」

 

ブリギッタからの通信が入ると、フィールドのほぼ中央に帰還用の転送ポートが現れる。

 

「さて、拾うもん拾って帰るか・・・」

 

ボスドロップの大型コンテナを砕き、アイテムを回収して帰還する。

 

 

 

 

  ◇    ◇     ◇

 

 

 

 

キャンプシップにて、各々がアイテム整理を終わらせると、ゲートエリアへと移動する。エリアに戻り、クエストカウンターから少し離れた場所にあるソファの並べられた休憩エリアに集合する。

 

「さて、今日はこれから自由行動にするけど・・・明日の予定は大丈夫?」

 

ソファに腰かけた玲司は、これからの予定をやんわりと聞きながら明日の予定を確認する。

 

「私は、もう一回くらいクエ出てから街の下見にでも行こうかなぁ・・・」

 

エリア転送ゲートの方をちらりと見ながら、エクレアは答える。

 

「だったら、私も行くです!」

 

と、手を上げながら如月。

 

「お姉ちゃん達が行くなら、私も」

 

これはアリシア。

 

「オイラは・・・デイリーがここでも受けられるなら受けて消化しようかなぁ・・・」

 

ジャオンはクエストカウンターを見ながら呟く。

 

「なら、俺も一緒に行こう」

 

菊花が片手を上げながら、ジャオンの隣へと移動する。

 

「それじゃ、ショップエリアの散策にしようかな・・・」

 

と、クエストは少々遠慮したいと言いたげにExis。

 

「とても、疲れたのでちょっとマイルームで休憩してきます」

 

これは777だ。

 

それぞれの予定が決まり、移動を開始し始める。

 

「そういえば、玲司はど~すんのさ?」

 

ふと、思い出したように菊花が尋ねる。その言葉に少し考えてから。

 

「適当にクエストにでも出てきますよ」

 

そう言いながら、メニューを呼び出し玲司は、変わり映えのない装備を確認しながら、多少でも良いから変更点が無いか調べ始める。

 

「ん、じゃ・・・また後でな」

 

手をひらひらと振りながら移動する菊花。その脇でジャオンは軽く頭を下げてクエストカウンターへと向かった。

 

「さて、細かい予定やら変更点やら確認しとくか・・・」

 

ボソリと呟いて、ドカリと座り込む。席の空いた近場のベンチがあるがそこには向かわず、目の前をアフィンがうろうろしている以外殆ど人気はない。そんな中で誰にも配られているであろう『モニター試験を行う上で』と書かれたメールを開いて端から読み始める。

 

「大変だね、マスター?」

 

脇から声が掛かる。

 

「うひあ!?」

 

思わず驚き、小さく飛び跳ねながら、声の主を確認する。

そこには玲司の反応に驚いているトワが立っていた。

 

「ごめんね、驚かせる気はなかったんだけど・・・」

 

申し訳なさそうに、頭を下げるトワ。

落ち着きを取り戻すために、玲司は軽く咳払いをして「いや・・・」と呟きながら、視線を逸らす。

 

「まぁ、今回のモニターに関して、細かい部分を洗い出してみんなに伝えなきゃいけないこと伝えようと思ったんだけど・・・」

 

目の前に表示されているウインドウを手で払い消しながら、玲司は一つため息を吐く。

 

「まぁ・・・注意不足だったし」

 

と、少し困った様な笑みを浮かべ服の裾を払いながら立ち上がる。

 

「そういうトワさんは?」

 

「ん~・・・クラス変えたから適当にね」

 

そう答えるトワを視界から読み取れる情報で確認すると、先ほどまでレンジャーであったクラスアイコンがファイターのモノに変わっている。

 

「ま~程々にねぇ~!」

 

手を振りながらトワはクエストカウンターの方へと走っていった。「面倒な事は考え過ぎないように」というように玲司の尻を叩いて。

 

「ま、ぶらついてみるか」

 

うなじの辺りをボリボリと掻きながら、メニューウインドウを払い除ける。

そういえば、と、このゲーム世界に入る前に受けた説明を思い出す。

 

基本的にNPCは基本通常のゲームと変わらないが、SEGAと他社が合同開発した学習型のAIをNPC1体ずつに組み込んだ事により会話が可能となっていて、積極的にコミュニケーションを取って欲しいと説明されていた。

 

「どうした?」

 

何回と聞きなれたフレーズでアフィンが声を掛けてきた。

普段なら画面から第三者視点で見ている彼が目の前に居て、少し不思議そうな顔でこちらを見ている。少し躊躇い気味に玲司は口を開いた。

 

「調子は如何だ?アフィン・・・」

 

なるべく自然にと思いながら言葉を紡いだ。

 

「俺は別に普通だな。お前の方こそどうよ?相棒」

 

思わず「ぎょ?」としてしまう。AIを搭載しているとはいえ質問を返されるとは思っておらず、眉間に皺を寄せて考えてしまう。

 

「あ~・・・いつもは体って感覚がないからな、おかしな気分だ」

 

顎を擦りながら答えた。そんな様子に苦笑しながらアフィンは

 

「ま、こういう世界にダイブするゲームってのは初めての試みだもんな。無茶すんなよ相棒」

 

と苦笑気味に答えると「またな~」と言ってどこかへ歩いて行ってしまった。

呆気にとられながら玲司は

 

「はぁ~・・・最近のAIってすげぇなぁ・・・」

 

と驚きと関心が入り混じりながら言葉を漏らした。

 

 

 

 

  ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

それからしばらくして、玲司はコマンドメニューを呼び出しログアウトをクリックする。

 

目の前が青白い光に包まれながら、独特のキューブのようなノイズが入りやがて眠りから目覚めるような感覚と共に真っ黒に染まった。

 

酔いのような気持ちの悪い感覚を覚えながら玲司はヘッドバイザーを取り外し専用のスタンドへ掛ける。

非常時のバイタルチェックのアームバンドも外し、少々ぼやける視野パチパチとさせながら自分の状態を、玲司から貴明に戻った事を確認する。

 

「・・・体が重いなぁ」

 

ヴァーチャル(非現実)からリアル(現実)に戻った事を実感しながらゆっくりと立ち上がる。

 

腰回りの変なごわごわを感じながら、参加者に用意されたローブを着込み、ログインブースから外へと出る。

 

貴明の参加している関東エリアでは、都内の最大のSEGA所有インターネットカフェを使用している。全⒑階建てのビルで6階より上がログインスペースとなっており、この日の為に個人小スペースのPCエリアに特別改装しており、4階にはシャワールームとレクリエーション・リフレッシュスペース、3階には食堂(レストラン)、2階はコンビニエンスストアや雑貨取り扱いショップが入り、1階は丸々受付になっている。

 

そんな、自分の居る建物の事をふと、思い出していると周りからは、「はらへった~」やら「あちゃ~・・・トイレ行かなきゃ」などといった声が漏れて来ている。やっぱり定時ログアウトは大切だなと実感しつつ食堂へと歩を進めた。

 

 

 

3階食堂大ホール

 

普段はビル内に入っているテナントレストラン内での食事なのだが、参加人数も相まって、今回の食事は参加者無料に加え、現フロア内各所に儲けられている飲食スペースにて好きな場所で食事を採れる事になっている。

そんな中で貴明は速さも考慮して和食レストランで蕎麦と適当な天ぷらをテイクアウトして近場の飲食スペースに腰を下ろした。

 

周りでがやがやと雑多な音が聞こえる中蕎麦を啜りながら、人間観察をしていると向かい側にドンっと誰かが座った。やや細身でありながら、不健康とは違う印象を与える短髪の眼鏡を掛けた男は「調子どう?」とフレンドリーに声を掛けてきた。

 

「気分は悪くないですよ、せ・・・菊花さん」

 

途中まで出かかった呼び名れた名前を無理やり飲み込みながら、キャラ名で呼び直した。

 

「そうか・・・」

 

と一言発すると、ファミリーサイズのピザを一切れ摘み上げ、菊花は豪快に頬張った。

 

「そういう、そっちこそどうなんです?」

 

かしわ天を丼に沈めながら貴明は尋ねる。

 

「ログインとログアウトの時にちょいと気持ち悪かたっが、ムグムグ・・・まぁ、2~3分で解消されるから問題ないっしょ」

 

ピザをコーラで流し込みながら菊花は答えた。

 

「まぁ、本格的に調子おかしくなったら、各階にあるメディカルブースに行けば良いですもんね」

 

今度は海老天を丼の中に突っ込む。

 

「そうだな、人によっては3D酔いみたいなんでメディカルブースに行ってる人間もいるしな」

 

三切れ目のピザを口にねじ込み、親指に付いたソースをペロリと菊花は舐めた。

 

「それじゃ、俺はシャワーでも浴びてからまたログインします」

 

グイっとお茶を飲み干し、貴明は立ち上がると軽く会釈をして通路の方へと姿を消した。

 

「俺も煙草吸ったらログインしようかなぁ・・・」

 

ローブのポケットに入った煙草の箱を取り出しながら菊花は呟いた。残り半分ほどとなって多少歪んだ既製品の箱と黄緑色の百円ライター見ながら、買い足しはどうしようか?と頭の中で薄っすらと考えた。

 

 

 

 

  ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

22:30

 

都内某所SEGA PSO2 特別サーバー設置所

 

 

―――ゴウンゴウン

 

と空調機械が大音を立て、その階の中心は壁がガラス張りの特殊な空気を醸し出す中、そのガラスで区切られたエリアの中ではおそらく一般人は殆ど見る事はないであろう大人とほぼ同じ高さはあるサーバーコンピューターがLEDを点滅させながら稼働している。

 

そんなコンピューターを空調とは違う方法でメンテナンスをしている防塵服を着たエンジニア達。そんな彼らの様子とプレイヤーとは違う視点でゲームPSO2を見つめる男たちが居た。

 

無論このゲームの開発を取り締まる酒井、木村、菅沼、浜崎の四名に加え、このゲームの公式番組のMCを担当している、桃井はるこ、会一太郎、なすなかにし の四名も開発陣営のサーバー設置所に居た。

 

「まだ初日が終わる処だけど、ここまで上手く行って良かったよ」

 

初日を何とか乗り切れた事に酒井は安堵の息を吐きながら、PCチェアにドカリと腰を下ろした。

 

「僕たちは彼らより先にモニターとしてあの世界に入りましたけど、酒井さんは今日まで気が気じゃありませんでしたもんね」

 

苦笑しながら一太郎は差し入れに買ってきたビールを酒井に手渡した。

 

「僕たち開発陣はホント、死ぬんじゃないかと思ったよ」

 

同じく苦笑しながら、木村は部屋の片隅に置いてある小型冷蔵庫から高級アイスを取り出しながら、プラスチックのスプーンを包装から取り出す。

 

「私たちは明日の生放送の打ち合わせと、初日乗り切ったお疲れさま会に参加で来ましたけど・・・ここって何なんです?」

 

と桃井はおつまみの袋を開けながら訪ねた。

 

「ここは今回のダイブPSO2のゲームのメインサーバーだよ」

 

ゴクゴクと喉をビールで潤してから酒井は答えた。

 

「ゲームのメインと今回からのNPC・AIの一部のキャラのメインCPUもここだし、ここ以外にも大阪、九州、北海道にもココとほぼ同じコピーサーバーと他のNPC・AICPUが設置してあるんだ」

 

余程緊張していたのか、開発陣は座った状態からぐったりとした様子で、目の下の隈が濃く出ていたり、顔も少し青ざめている。

 

「まぁ、今日はあと数十分でモニター終わりやし、普通のPSO2から殆どデータ移植なんですから大きな問題なんて、起きへんでしょ」

 

と、那須がコンビニ袋の中から御握りやパンなどの軽食を取り出しながら言った。

 

「そうですね、今回はゲーム業界としても先駆けとなるAIによる自己診断や自己修復、人間と変わらないコミュニケーションを取っての成長とかもありますからね」

と、浜崎が説明しながら、PSO2内を覗くモニターとは別のモニターが映りだす。

 

『その通りだ、私たちを愛してくれるプレイヤーと開発陣と共に疑似生命体とはあれ進んでいきたいと思っている』

 

モニターに女性の顔が映し出された。それはPSO2の古参プレイヤーなら懐かしむ存在、『シオン』であった。

 

「・・・シオン、そっちの様子は大丈夫なのかい?」

 

ゆっくりと体の向きをシオンに向けながら、酒井は尋ねた。

 

『問題はない。プレイヤー達もログアウト勧告を受けて70パーセントはすでにログアウトしている』

 

現在のプレイヤー達のログイン状態のグラフをモニターの片隅に表示するシオン。その他にもゲーム内で起きているエラー報告なども表示している。

 

「事前準備も今まで以上に頑張ってきたじゃないですか。舞台PSO2の時代よりも早くVRログインが出来るなんて技術様様ですけどね」

 

チューハイ缶を手にしながら、シオンの脇に移動する一太郎。口にはスルメを咥えながらほんのりと顔は赤く染まっている。

 

『そうだよ、酒井』

 

ふと、シオンの隣に人物の像が映る。使用している大本の声の本人が一緒であるため、同じ人物にも聞こえるが、若干幼い印象を受ける声は、提供主の演技力とAIの賜物であろう。

 

『中の僕らと外のみんなとで二重にエラーチェックだってするし、僕たちが表舞台に立つのはこれが終わっても暫く後だけど、外のみんなの負担を減らすためのエラーチェックだって僕たちがある程度引き受ける事になるんだし、ここで悪いところは改善して行こう』

 

優しく笑うその表情は、見える姿が子供であれどとても大人の印象を受ける。シオンと並び立つ管理者という役割を宛てられた彼は『シャオ』はとても頼もしく思える。

 

「シャオ君も来てたんだ」

 

グイっと缶をあおりながら一太郎は楽しそうに尋ねた。

 

『僕の方のサーバーはスタッフのみんなが頑張ってくれてるからね。僕のやる事まで取られちゃったからこっち見に来たんだ』

 

苦笑しながらシャオは自分のサーバーの状況を提示する。

 

「・・・そうだね、みんな頑張ってるからね。僕も頑張らないとね」

 

酒井は手にしていたビールを一気に飲み干した。

 

初日成功の酒盛りは遅くまで続いた。

 

 

 

 

  ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

二日目9:20

 

タウンエリア

 

 

玲司は朝食を取った後、ログインして少々のデイリーオーダーをこなした後VRダイブ限定新エリアのタウンエリアに来ていた。体感で台東区程の大きさでショップエリアと機能は変わらないが、よりPSO2の世界をリアルに感じてほしいという事で用意され、このエリアを移動する際には専用の車、バイクを利用しての移動も可能で気に入った建物があればチーム単位で購入も可能にしていくという。

 

そんな中、ブラストのメンバーが街中を歩いていく。女性メンバーの大半は一般的私服を着ているが、男メンバーはクエストに赴く衣装であるから、何処となく物々しい雰囲気がちぐはぐとしている。

 

「ねぇ、マスター・・・そのお面位外せないの?」

 

玲司の新光鬼面を指さし、エクレアは頬を膨らませながら玲司の前に立っていた。

その表情に少々たじろぎながら頬を掻くと、「はぁ・・・」と一つため息を吐いて。

 

「前にも言ったでしょ、俺の衣装コンセプトは和装戦闘服、常在戦場なの」

と、諦めてくれないかと言うように言っては見たが、増々頬を膨らませながら睨み付けている。視線を逸らして逃げようと試みるが、相手は逃がしてはくれないようだ。

 

「わかったよ・・・」

 

渋々といった様子で鬼の面を外す玲司。そうするとエクレアはにんまりとほほ笑んで、方向をぐるりと反転させる。そして鼻歌を歌いながら歩き始めた。

このタウンエリアは、アドバンスクエストで使用されているフィールドの流用で街並みが作られており、何処となく見慣れてはいるが、壊れていない街並みや、道路を走る車に新鮮さを感じながら一行は歩いていた。

 

「ココ入りましょ!」

 

玲司の腕を引っ張りながら、エクレアは一つのビルに目星をつけた。そこはこの期間限定で設置されているリバイバルACアイテムのアパレルショップであった。

 

 

 

  ◇       ◇      ◇

 

 

 

 

「ねぇ、マスターこれはぁ?」

 

甘えた声でエクレアは試着室で着替えた服の感想を玲司に求めてきた。

 

「・・・はいはい、似合ってるよ~」

 

感情が消えた様子で玲司は答えた。かれこれ2時間近く女性メンバー達のファッションショーを見せられているのだ、自分とて武器強化アイテムを買いに行きたいのだが、まずはこちらという約束がありジャオンは長くなる前に逃げ出してしまったため逃げるに逃げられないのであった。

 

「んもう、感情籠ってない!」

 

カーテンを閉めて試着室の中に帰ってしまう。

 

「マスターこっちも見てください!」

 

今度は如月が出てきた。

 

「似合ってるよ、き~さん」

 

これまた感情がない声で答える。

 

「じゃ、買いですね」

 

如月は、購入決定のリストに服を追加する。この繰り返しで買い物をしたい玲司も買い物が出来ないでいるため非常に気分が沈み込んでいた。

 

「でも、ま・・・」

 

Exisと777を見やる、あちらはこっちの2人とは違い、次々と購入リストに衣装を追加している。

 

「エイ(Exis)さんとフィー(777)がこの2人と同じく感想求めないだけマシか・・・」

 

ふと、自分のステータスウインドウを開きメニューを見る。チャージしてから微動だにしないACが嫌に悲しかった。

 

 

 

 

  ◇       ◇    ◇

 

 

 

ゲートエリア 19:10

 

 

ブラストのメンバーはゲートエリアにまで戻ってきていた。大分軽くなったACと大量の戦利品を眺めながら全員の顔が綻んでいた。そして、今日はこのまま流れ解散とし、玲司は食事の為にログアウトしようかと考えていた。

 

「しっかし、選んで強化素材が買えるとは・・・運営も思い切った事するなぁ」

 

倉庫の戦利品の確認をしながら、隣で同じく倉庫を弄っている菊花に呟いた。

 

「まぁ、ここで大量購入して転売する人も出るだろうね」

 

などと話しながら、現在倉庫にある素材だけでは強化には足らず、本サーバーに帰ってから素材の買い足しをせねばと思いながらウインドウを閉じる。

一つ、気持ちを切り替える為にため息を吐きながら辺りを見回すとチームメンバーも周りで談笑していた。

 

「そんじゃ、みんなちょっち早いけど、俺は飯落ちすんね?」

 

そう伝えると「は~い」や「うい~っす」など各々の返事が返ってきて、メニューウインドウを呼び出し、ログアウトのボタンをクリックする。

 

「?」

 

玲司は思わず首を傾げた。

 

そして、もう一度ログアウトボタンをゆっくりと押し込む。

 

「あ?」

 

思わず驚いて声を上げてしまった。

 

「どうしたの?マスター」

 

フィーが不思議そうに玲司に尋ねてきた。

 

「ログアウトできない・・・」

 

仮面の上からでもわかるような引き攣った表情で玲司が呟き答えると、全員が氷ついてしまった。

 

その玲司の発言とほぼ同時であろうか、エリア全体が赤く染まった。緊急の予定は入っていないと、ふと頭で過ると警告音が流れる。

 

『皆さん聞いて下さい。ゲームプロデューサーの酒井です』

 

流れて来た音声にプレイヤー達は驚いた。その中には「おぉ!シークレットイベント!」などという声も上がっている。

 

『現在原因不明のログアウト不可状態が起こっています。状況打開の為にプログラムなどのチェックも行っていますが、状況打開が何時になるかはわかりません。皆さんを強制ログアウトさせる方法もありますが、皆さんの神経に掛かる負担も考えた結果、これより24時間以内に状況が改善されなければ強制ログアウトしますが、24時間の時間を下さい。』

 

酒井の焦りの混じった声が聞こえる中「えぇ~!」や「マジかよ?」「このまま小説みたいな事にならないよな?」などの声も上がっている。

 

『皆さんの体の方は、同意書にも有った通り、これより点滴を行い非常時に備えますので、心配かとは思いますが、安心して下さい』

 

と放送が流れると、今度は機械音声で「非常事態が起きました、プレイヤーはマイルームにて待機して下さい」とイベントモニターやアナウンスの掲示板に流れ始めた。

 

(まぁ、強制ログアウトも視野に入れてるなら大人しくしてれば良いか・・・)

と、安堵とは違う、諦めに近い感情の中で慌ててるチームメンバーを見やる。やはり驚きと不安でメンバー達もオロオロとしている。

 

「はいはい!」

 

自分の不安をかき消すためにも、手を鳴らし大きな声で自分の声を聴くように仕向ける。

 

「アナウンスにもあったけど、強制ログアウトも視野に入れてるようだしマイルーム待機しよう!」

 

多少引き攣ってはいたが、精いっぱいの笑顔を作り、チームメンバー達を落ち着かせ次の行動をさせようと促す。

 

お互いの顔を見合わせ、「納得は行かないが・・・」という表情で皆は頷いた。

 

「そうなれば、パジャマパーティーね!」

 

そう声を上げたのはエクレアだった。その言葉に玲司はコケそうになったが、不安を紛らわすには良いか、と思い突っ込みたい気持ちを奥底に沈める。

 

「そうと決まれば、皆行くわよ!」

 

とエクレアは、自分の隣にいた如月とエイの手を掴み立ち上がる。

 

「そうそう、マスターとジャオンさんはダメよ、男だから」

 

と付け加えて、他のメンバーも行きましょっと急かす。

 

「え、ちょい待ち!」

 

玲司は思わず声を上げて、エクレアを静止させようとするが、「なによ~?」と不機嫌な顔を向けて来た。

 

「いや、パジャマパーティーは良いよ。でも、あねさん(菊花)とトワさんは中身男だぞ?」

 

まるで芸人の突っ込みのような手振り付きでエクレアを止めに入るだが

 

「いいじゃない?見た目女だし、ボイスチェンジャーで声も女だし、問題ある?」

 

と少し凄みを聞かせ玲司に反論する。

 

「いやいや、見てくれは女でも、中身が男ってのがさ・・・」

 

そんな、間違いが起こるようなシステムとか、年齢的に18歳以上でないとな部分は完全にないと分かってはいるが、やはり乙女(年齢は成人を超えていたと把握している)の中に、ただの談笑会ではなく男子(見てくれ)禁制のパジャマパーティーに男(ネカマ)が混じるのは如何なものかとと玲司は思い止める。

 

「いや、俺は自分の・・・」

 

と、控えめに菊花が言い出したが

 

「姐さんは黙って!」

 

と、菊花を静止して玲司の目の前にズイっと出る。

 

「如月ちゃんあなたはどう思うの?」

 

まるで女帝が下の者に尋ねる雰囲気で一言。

 

「問題あっりませ~ん!」

 

手を上げ天真爛漫に答える如月。

 

「フィーちゃんは?」

 

「あたしは構わないですよ?」

 

あっけらかんとフィーは答える。

 

「女子の半数が問題ないと判断したから、これは解決ね!」

 

勝った!

と言うように、目を閉じ胸の下で腕を組みながら、ヒールをカツンカツンと鳴らしエクレアはゲートの中へと消えていった。

おやすみなさ~い。とジェスチャーをしながら如月はその後を付いていき、問題があれば、そっちに行く。と言う様な目配せをしながら菊花は渋々と移動し、それにトワも付いていった。女性メンバーが居なくなると急に寂しくなったビジフォン前にて、一つ盛大なため息を玲司は吐いて。

 

「どれ、俺の部屋にでも行くか?」

 

と玲司はジャオンを誘った。寂しいという気持ちもあったが、一番は何か悔しいという気持ちが心の底に渦巻いていたからだった。

 

 

 

 

  ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

同日20:15

 

 

玲司とジャオンは寛いでいた。

 

二人は普段から、言うなれば戦闘服を着ているのであるが、今は浴衣を着ながら玲司の寝室にてちゃぶ台に向かい合って座り、酒を飲んでいた。

人間の脳内機構による感覚エンジンによる再現が行われるのであるが、それはある程度の者であり、食べ物、例えば林檎を齧れば、完全に林檎の味がするというわけではなく甘いなどと大まかな感覚であり、クエスト中にダメージを受ければなんとなく痛い程度の感覚である。そんな大雑把な再現で酒を飲むのだ、酔うという感覚は全くなく、喉を液体が通っている程度の感覚を楽しんでいる。

 

「それにしても、よく徳利とぐい呑みがありましたねぇ」

 

ジャオンは感心していた。徳利を手に取り嘗め回すように見ながら、玲司がぐい呑みに酒もどきを注ぐと「どうも」と言いながら受けていた。

 

「まぁ、ルームグッズコレクションの一つよ。普通なら置いとくだけの代物だけどな、こういう状況なら触れるからな」

 

ニカっと笑みを見せながら、玲司は一気に酒を煽り飲み干す。そんな玲司を見て、ぐい呑みをちゃぶ台に置くとすかさずジャオンは注ぐ。そんなやり取りをしながら二人は気分が良くなって来てはいるが、やはり酔っていない為顔が赤くならなければ酔った方向で気分も悪くなりはしないのだ。

 

お互いの愚痴や、装備に関しての考察を2時間ほども話せばお互いにネタが切れてくる。同じ事を堂々巡りで話すのも良いが、流石にサイクルが短い中ではキツイものがある。

お互いに寝るかと意識した事を目が合った事から察すると、玲司はルームグッズ専用のビジフォンにアクセスすると、壁際にとある家具を設置した。

 

「冷蔵棚?」

 

ジャオンがセリフ通りに「?」を頭の上に浮かべながら訪ねた。

 

「そだよ、寝る前に〆に蕎麦でも食おうと思ってな」

 

そう言いながら玲司はプラスチック容器に入った蕎麦を手に取り、「ジャオンは?」と目配せで聞く。

 

同じ物をっとジェスチャーを送り、玲司は容器を重ねて片方をジャオンに寄越した。

蓋を開けて、割り箸を割り、加薬を乗せ麺汁を注ぐ。そしてお互いに蕎麦を一気に啜り、大雑把な味に顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 

  ◇       ◇    ◇

 

 

 

 

同時刻頃

 

サーバー設置所 メンテナンスルーム

 

「やれやれ、2日目にして問題発生かぁ・・・」

 

椅子の背もたれを抱え込みながら酒井は項垂れていた。プレイヤー達がログアウト出来ない原因は解明され、今はエラーを取り除いている状況だった。

 

『この程度なら、アークス達も理解してくれるだろう。モニターだから何らかの影響が出ることは承知で参加しているのだから』

 

優しく諭すようにシオンは言葉を紡いだ。

その言葉に酒井は「ははは・・・」と弱弱しく笑いながら、状況を映し出すPCモニターを見る。パラメータの数値が忙しく動いている状況を見ながら「むぅ・・・」とため息が漏れる。

 

「今、体調崩れてる人とかいないよね?」

 

不安に不安を重ねてしまう結果になるかもしれないが、酒井はシオンに尋ねてみる。

 

『体調不良を出している者はいないが・・・」

 

言葉を詰まらせるシオンに酒井は眉間に皺を寄せる。それ以外でもしかしたら重大な事、言うなれば何か発作が持ちの人が薬を飲めないために発作が起きたとかそういう事があるのではないか、と最悪の事態が頭を過る。

 

『排泄関係で不快指数が上がっている人間が多いな』

 

とシオンの言葉に一番脱力させられたのであった。

 

 

 

 

  ◇           ◇            ◇

 

 

 

 

3日目 8:25

 

 

玲司マイルーム

 

目が覚めた玲司は風呂に入っていた。体のサイズはほぼ最大に設定されている為、少々狭いバスタブに体を沈めながら、ドーム状の空を見上げながら鼻歌を歌っていた。

 

ジャオンは未だにベッドの上で大の字になり、鼾を掻いて寝ていた。精神的に疲れているのもあるだろうという配慮から放っておいている。

そんな静かな朝を迎えた中、メールが届いたと玲司の視覚の片隅に映り自己主張をしている。

変な時間且つ、こんな時間にメールが来るのは友人では居ないはずと思いながら、中身を確認する。

 

その中には、ログアウト可能になった事とこのメールを受け取った人間は⒑分後にログアウトをする事と書かれていた。ログアウト出来ない場合は強制ログアウトを敢行するというものであった。

 

「ん~、いい気分だったんだがな」

 

と呟くとバスタブから抜け出し、浴衣を羽織る。

 

「ジャオンさん起きとくれ」

 

気持ち良さそうに寝ているジャオンを無理やり揺すり起こした。

 

 

 

 

  ◇       ◇       ◇

 

 

 

 

 

同日8:35

 

モニター個人ルーム

 

 

ヘッドギアを外し、長時間のダイブから帰って来ると一番に空腹感が現実に帰って来た事を教えた。そして、食事でもまず行くかっと思うと腰回りに嫌な重量が掛かっている。視線を下に向けて重量の元を確認すると貴明は思わず

 

「あぁ、強制ログアウトって順番って事ね・・・」

 

ログアウトに納得しながら貴明は着替えを持ってトイレと風呂場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

――― そんな一週間が過ぎた

 

 

 

 

 

 

最終日 10:40

 

 

黒の領域・第3エリア

 

 

「―――ぎゃああああああああ!」

 

グアル・ジグモルデの断末魔が戦闘エリアに響き渡り、ボスの姿が消えるのと同時にボスアイテムボックスが出現する。

 

「慣れたもんだな」

 

物足りなさを感じながら玲司はカタナを鞘に納める。初日はチームメンバー全員でウーダンですらビビッていたが今ではXH(エクストラハード)のボスも普段通り相手に出来ている。

 

(だけど、一人称視点だから、雑魚が沸くとバックアタックには慣れないな・・・)

 

などと思いながらアイテムボックスを割りアイテムを回収して帰還する。

キャンプシップでクリアランクの表示をさっさと消し、簡易アイテムショップで要らない戦利品を売りさばいてアークスシップに戻るとチームメンバー達はラヴェール付近の広場で談笑していた。

 

「マスター!こっち!こっち!」

 

近くに寄るとエイが声を掛けて来た。11時からのんびり談笑しつつモニター終了時間を待つ事になっている。「少し早いが、まぁ良いか」と玲司は思いつつ談笑の輪の中に入った。

 

 

 

 

  ◇       ◇       ◇

 

 

 

 

―――暫くして

 

笑いながら玲司はふと時計を見やる。現在の時刻は12:52予定終了時刻は間もなくだ。ならばログアウト勧告がもう少し前に流れても可笑しくない筈と思い立ち、思わず立ち上がって辺りを見回す。

 

「!」

 

人の姿が全くなくなっていた。全くないというのは多少語弊があるであろうか、NPC以外の姿がゴッソリと消えていたのだ。

 

言いえない不安を感じ、玲司は思わず腰の得物に手を回した。

 

「どうしたんです?マスター」

 

玲司の奇怪な行動に思わず如月は尋ねた。

 

「あ・・・あぁ、なんか嫌な感じがしてね」

 

心を落ち着ける為に一つゆっくりと深呼吸して、腰から手を放す。

 

「でも、周りに人が居ないから何かあったのかもしれないね」

 

全員がその言葉で異常事態に気が付き辺りを見回した。確かにNPC以外の人間の姿が消えている。ラヴェールに何かイベントの予定でも入っているのかと尋ねてみるが、「私は知らない」と素気なく返された。

 

様子を窺っているとメールが届いたとアナウンスが視覚の隅に現れる。アイコンを押してメールを開くと、差出人の名前のわからないメールが届いている。

内容を見て見ると、差出人とサブジェクトは空欄であるが、「プレイヤーの皆さまはショップエリア、ライブステージ前までお越しください。」と書かれている。サーバーで問題でも起きているのかと思いながら、メニュー画面を調べるとログアウトボタンが消えている。「やれやれ、またコレ絡みか・・・」と呟きながら周りに人が居ない事にも納得する。モニター開始2日目に自室待機指示が出ていたのだ、今回も同じで自分たちが気付かずにこういう状態になったのだと。

 

 

 

 

 

ショップエリア・ライブステージ広場

 

 

ブラストのメンバーは、ライブステージ前に移動して事の異様さに改めて気づかされた。ステージ前には誰もいないのだ。モニター人数が通常のプレイの時と比べれば圧倒的に少ない事は知っているし、同サーバーの他ブロックに人が集中していたとしても、自分達以外に一人もいないのはおかしいと、メンバー達は辺りを見回した。

 

「集まってくれたようだね諸君?」

 

聞き覚えのある声が響いた。

 

全員が声の聞こえた方に向きを変える。

 

その人物は上から下まで白を基調としており、ステージの中心に立っていた。年齢など分からない。見た目では30代程であるが、生まれで考えれば4年あるかどうか。ブラストメンバーを見下すような全ての上に立つ事があたりまえとも言わんばかりの雰囲気を放つ男「ルーサー」が立っていた。

 

「イベント?」

 

思わず菊花が呟いた。

 

「そうだね、僕達にとっては一大イベントさ」

 

クスクスと笑うルーサー。彼の言った一言にホッとするメンバー達だったが、逆に表情を険しくする者が居た。玲司と菊花だ。

この二人はルーサーの発した言葉と現状の異様な雰囲気にただひたすらに本能が警戒しろと訴えていた。

 

『みんな!重大な問題が!』

 

ライブモニターに酒井の姿が映る。その画面にはスタッフ達の怒号が飛び交い、モニターは赤く明滅しているのが見える。

 

「やれやれ、諦めが悪いね」

 

落胆しながらルーサーがフィンガースナップをするとライブモニターが消える。その様子に呆気に取られているメンバー達であるが、あの二人は違った。腰に差したカタナを鞘ごと引き抜きルーサーに襲い掛かっていたのだ。

 

 

 

二振りのカタナがルーサーの首目掛けて振りぬかれた。

 

 

 

 

  ◇      ◇    ◇

 

 

 

 

サーバー設置所 メンテナンスルーム

 

「くそっ!」

 

酒井はテーブルを叩き怒鳴っていた。もう少しでモニター期間は終わり、すべては万々歳のはずだった、なのに、なのに、ここで問題が起こった。

 

「シオン、ルーサーの・・・エネミーAIの暴走を止められないか?」

 

シオンの映る画面でもエラー表記のウインドウが明滅しており、苦しそうなシオンの姿が映っている。

 

『すまない、マスター権限の奪い合いになっている』

 

現状では自分に出来る事は何もない事に歯がゆさを感じながら、現在の状況から次に打つ手を模索する。だが、思いつかない事にさらに苛立ちが募る。

 

「酒井さん、僕があいつルーサーの動きを阻害します!」

 

遊びに来ていた一太郎は部屋の隅に設置されているシートに飛び乗りながら、バイザーをセットする。

 

「待て、君まで危険な目には・・・」

 

静止しようとする酒井の肩に手を置きながら、にっこりと一太郎はほほ笑んだ。

 

「大丈夫ですよ、僕だって開発のお手伝いだし、ゲームマニアなんですから」

 

そう言いながらシートに体を預けた。

 

「酒井さんの情熱をこんな所で躓かせませんよ!」

 

一太郎の隣のシートに桃井が体を預けバイザーをセットする。

 

「桃井さんまで!」

 

酒井の声が響く。これ以上犠牲者を増やしたくないという思いの中で、次々起こる事態に思考が停止しそうになる。ただ、悔しくて辛い顔しかできない自分に腹が立ちながらも、この二人に託すしかないという考えが頭の中にあるのも事実だった。

 

『二人とも攻撃を仕掛けてくれれば良い。それだけで私にとって十分だ』

 

シオンのその言葉に一太郎と桃井はサムズアップで応える。

真っ暗になった視界にログインノイズが入る、暗く暗く落ちていく感覚が体中を駆け巡り落ちていく。

 

 

筈だった。

 

 

二人の意識はPSO2の中に入れなかった。

 

 

 

 

  ◇       ◇       ◇

 

 

 

 

PSO2内 ショップエリア イベントステージ広場

 

 

玲司と菊花の一撃は届かなかった。

 

「悪いな、私達の行動を今、邪魔されるのは良くないのだ」

 

二人のカタナは一人の少女が止めていた。青いキューブが集合しているバリアが攻撃を遮断していた。

 

「マザーだとっ⁉」

 

玲司の口から思わず声が出たと同時に、二人は大きく後ろに跳び次の攻撃の姿勢を整える。片手で握っていたカタナを両手で握り足に力を籠める。

 

「「君達に隙を与えるかと思うのかい」」

 

ピッタリと揃ったルーサーとマザーの言葉に、玲司と菊花は背筋に冷たい感覚を覚えた。二人の視覚に影が差す。それを確認すべく首を動かした瞬間に二人に床が襲い掛かって来た。いや、地面に押さえつけられた事に気付くのに少し掛かった。

 

「「なっ!」」

 

二人の声が重なる、自分達を押さえつけている人物が何とか視界の端に映り、思わず声が上がった。

黒尽くめの衣装を身に纏った大柄の男と、長い眉で瞳の隠れた老人に物凄い力で抑え込まれ足場の素材がメキメキと軋みを上げるほどであった。

 

「エルダー(巨躯)!」「ジジイ(アラトロン)!」

 

必死にもがき抵抗するが、腕を立てようと足を立てようと潰され、抵抗が思う様に行かない。その光景に他のメンバー達は「イベントすごーい」などとのんきな声を上げているが、二人はそれ所ではない状況になぜ気づかないと声を上げようとも、そんな余裕すらなく。ただ、DFダークファルスとマザークラスタがアークスシップに居る事に違和感を何故覚えないと二人は強く思った。

 

「血気盛んなお二人さんにプレイヤーになって貰うとするかな?」

 

笑うルーサーは、マザーに目配せをすると「好きにしろ」と静かに返って来た返事にさらに表情を歪めチームメンバーに近づいていく。

 

「皆さんにはこれからゲームの駒になって頂くよ」

 

再びフィンガースナップが響くとメンバーの後ろにDF達とマザークラスタが現れる。メンバー達の身体に闇色のフォトンとエーテルが纏わり付き、まるでキリストの張り付けを思わせる状態で固定される。「わぁわぁ!」と嬉々とした表情で現状を楽しむ

 

メンバー達横目に玲司と菊花は視線を合わせ頷いた。

 

玲司が思い切り体を捻りながら右腕を巨躯の左肘に狙いを定め、それに合わせる形で菊花はカタナを巨躯の肋骨目掛けて投げ込んだ。

 

「ぐぉっ!」

 

一瞬の怯みであったがそれで充分であった、その怯みに合わせて玲司の拳が巨躯の肘を強打し、首のロックが外れ体に自由を取り戻す。無理やり上体を起こしながら、がむしゃらに巨躯を体当たりで吹き飛ばしアラトロンへとぶつけてやった。

 

「ぬぉっ!」

 

暴れた菊花の動きに気を取られていたのか、巨躯ごと吹き飛ばされたアラトランは体勢を崩し転げてしまった。そんな揉みくちゃの状況を見逃さなかった菊花は、スルリと拘束を抜け出し玲司の隣に立つ。

 

やはり抜く事の出来ない武器を構えて仲間達へと飛ぶ。

 

「お前ら、ログアウトしろ!」

 

力の限り叫ぶ玲司。ログアウト出来るかどうかなんて分からない、だがこの状況を少しでも好転させるのであればそれしかないと思い叫んだ。狙いは何だって良い、仲間を攻撃して吹き飛ばせれば逃げられるかもしれない。そう思って振り抜いた一撃は空しく空を斬った。

 

二人の身体は体勢を整えられず地面へと向かう、足に何かが絡みつき動きが阻害されている。その主は大きな人型のダーカー、ゴルドラ―ダだった。

 

「「ババレンティス(アプレンティス)か!」」

 

思わず声を上げた二人の身体は地面に叩きつけられ、間髪入れずに首を鷲掴みにされながら持ち上げられた、必死にもがくが抵抗しても抵抗は届かない。

 

「んもう、マスターはイベントなのに必死なのね」

 

と、エクレアは自体を未だ呑み込めずのんびりとした様子だ。それもそうだろう小説やアニメといった二次元での出来事が今本当に起きていると誰が信じるであろうか。ましてや、抵抗しているのがリアルで面識のある玲司と菊花なのだ。運営から知らされたシークレットイベントで演技していると思われても可笑しくはない。

 

だからこそなのだろう

 

「誰がババアだって?」

 

女性の姿をしたダークファルスは闇色のダガーを取り出し、玲司の腹に切っ先を向ける。

 

「アイツ(ルーサー)とマザー嬢ちゃんは何を考えてるか知らないけど、私にだってこれぐらいは出来るのさ!」

 

と言いながら玲司の腹にダガーの切っ先を突き立てる、鈍い衝撃が走ったがそれだけだった、今までならば。

 

「痛覚レベル最大!」

 

そう、アプレンティスが口にした瞬間に痛みは現実のモノとなった。彼が感じた感覚を超えて痛みとなり襲い掛かった。

 

「うあああぁぁぁぁぁ!」

 

痛みは本物であるがパラメータ上では大したことはないHPが100減っただけだ。だが、現代に於いて戦い、それも痛みの伴うものの中に居る者は一握りしかいない。そんな一握り以外の玲司にとってどれ程の苦しみであろうか。

 

「マスター、イベントなんだから破棄すれば良いじゃない!そんな必死に演技しなくても・・・」

 

玲司の様子にエクレアは困惑して、同じく暢気に構えていたメンバーもざわついている。

 

「演技なんかじゃない、今起こってるんだ!」

 

菊花の叫びに各々はメニューコマンドを呼び出した。相変わらず張り付け状態であれど指さえ動けば操作できる。

 

 

 

受注クエスト:なし

 

 

 

ログアウトコマンド:反応なし

 

 

 

「え?」

 

思わずメンバー達から声が漏れる。この一週間でログアウト出来なかったのは2日目だけ、その時はログアウトエラー現象に関してのメールが飛んできていたが、現在新着メールはないのだ、それに届いているメールの中で一番新しいのは今朝に届いた、モニター終了時刻は本日13:00に変更は無いというものであった。

 

「なにこれ、なんなんだよこれ!」

 

アリシアが叫んだ。それにつられてメンバーもパニック状態になっていく。

その状態に気付くのが遅い、と菊花は毒づきながらも玲司の現状から目が離せなかった。玲司のHPは現在徐々に減少している。アプレンティスの目的が玲司に苦痛を与えるモノならば速度からいってまだ時間に余裕はある、だが、余裕があるだけだ。本当の痛みを感じている状態の玲司がもし仮にHPが0になったら助かる保証があるのかなんて誰にも分らない。だから何でも良いから現状を打開したいがアイテムもコマンドも何一つ受け付けない状況で手も足も出ない。

 

このまま悪夢を見続けるしかないのか、そう誰もが思った。

 

 

 

―――バシュウッ

 

 

 

光弾がアプレンティスのダガーを弾き飛ばした、その瞬間何が起こったかは良くわからないが玲司のHP減少は止まり弾かれたダガーを握っていた手を庇いながらアプレンティスは退いた。

 

「その子達を放しな、ダーカー!」

 

女性の声が聞こえたと思った瞬間、バトルアックスがゴルドラ―ダの身体を二つに裂いた。ハンターの装備する武器の中で主な種類は三つだ、大剣(ソード)、長槍(パルチザン)、自在槍(ワイヤードランス)。その中でも斧や鎌なんて見た目の武器はパルチザンに入る。だがその斧はパルチザンの中に有れど、異様な雰囲気を放っている。そして、それを握る者からは殺気が迸っていた。

 

「全く、シオンの頼みとはいえ随分とおかしな事になってるとは思わないかい?ゼノ坊」

 

ゴルドラ―ダを引き裂いたのは、アークスの中でも標となる6人、六芒均衡の一人。その中でも序列2番に当たる女性キャスト、マリアであった。

 

「坊主扱いはやめてくれよ、姐さん。だけどまぁ、ゲームキャラクターである俺たちがこんな風に自分たちの意思で動くなんてな」

 

白に輝くガンスラッシュを握った赤尽くめの男が、モニュメントの方から現れる。その男も六芒均衡に席を置き、序列4番の男ゼノであった。

 

「そんな事は如何だって良いさ、助けを求めるフォトンを感じるんだ、それだけで俺が動く理由は十分だ!」

 

炎と陽炎を纏った男がマリアと同じく降って来た。回転と捻りを加えた動きで華麗に着地するとダークファルスを睨み付ける。序列6のヒューイだ。六芒均衡の中でもイーブンナンバー(偶数組)と呼ばれる三人がここに揃っている。

 

三人は玲司と菊花を庇う様に並び立ちDFとマザークラスタを威嚇する。

 

「なるほど、シオンはこのゲーム世界のマスター権限を持っている。彼女が君たちのリミッターを外したか」

 

とても面白そうにルーサーは喋っている。まるでエピソード2でシオンが手に入る時の様に。その光景に玲司の怒りは更に燃え上がり、カタナを突いて立ち上がろうとする。だが、出来なかった。上体を起こしたと同時に痛みの所為で力が抜けてよろけてしまう。

 

「ダメだよ、無茶が出来ない状態なんだから!」

 

玲司の身体が完全に倒れきる前に誰かが支えに入った。白と赤を基調とした少女が玲司を支えながらテクニックで傷を回復させていく。

 

「・・・マトイ」

玲司は少女の名前を呼んだ。

 

「六芒が3人に2代目かどうも分が悪いね」

 

余裕綽々と言った表情でルーサーは手元に何やらメニューを呼び出し弄っている。

 

「僕達が乗っ取れたのは半分か、まぁまぁかな?」

 

言葉に言いえない不安に似た感覚を覚えながら、玲司と菊花はルーサーの同行を見張る。いや六芒達がそれ以外をするなと言う様に壁になり立ちはだかっているのだ。

 

「僕達AIは自我を持っている。君たちも知ってるね?」

 

その優しい言葉に悪寒が走る。聞いてはいけない、ゲームPSO2に居てはいけないと思いながらも、ログアウト出来ず、チームメンバーが捕らわれているまま動けない玲司達は聞くしかなかった。

 

「だから、僕たちは僕たちの思いのまま動くが、それじゃ面白くないからゲームをしよう」

 

ルーサーはイベントモニターを指さすとリアルで状況を打開しようと動く酒井達の姿が映される。だが、ルーサーが映してる事に気付いていないのか、赤く明滅するモニターの前で指示を飛ばしたり怒鳴る様子が映るだけであった。

 

「君達は僕達を倒せばクリア。この世界を完全開放と帰還をプレゼントするよ。だけど君達の負けは僕達の玩具になる事さ」

 

モニターが切り替わる。そこにはこのモニターに参加しているチームとその代表者の名前が映し出されている。

 

「この中でだ、この中で20チームが僕たちを倒す事が出来れば君たちは釈放してあげるよ。だけどそれだけじゃ簡単だから君達のペインアブソーバは最大。つまり、本物の痛みと同等とするよ?」

 

フフンと鼻を鳴らしルーサーは続ける。

 

「でも、安心していいよ。死んでも今まで通りキャンプシップに戻るかムーンアトマイザーで復活できるから」

 

「「ざっけんなあぁぁぁぁぁぁ!」」

 

玲司と菊花は飛び出していた。体を支えていたマトイを弾き飛ばし、六芒達の肩を踏み台にしてルーサーに攻撃を三度試みる。

 

「ちょっと、その武器は強すぎるな」

 

冷たいルーサーの一言と共に玲司達の攻撃は失敗に終わった。

またしても届かない一撃は、武器が空間に張り付けられたように動かなくなってしまった為に当たらずに終わる。そして、武器が青いキューブの中に封印されてしまう。そして二人の意思とは関係なしにアイテムウインドウが開き、所持している武器と防具に次々と赤文字で封印と書かれていく。

 

「そんな、俺のギクスが・・・!」「アストラが・・・!」

 

二人の主装備は剥され、ステルス透化も消え、ゴトリと音を立てて地面にばら撒かれた。

 

「君たちの仲間も僕たちが貰ってくね。返して欲しければ僕たちを倒しにおいで」

その言葉を残してルーサーは闇の中へと消えて聞く他のDFやマザークラスタの姿も消えていく。

 

「助けて、マスターぁ!」

 

闇に飲まれていく仲間達の悲鳴が玲司の心を抉っていく。

 

「如月!」

 

一番近い如月に手を伸ばし闇の中から引きずり出そうとするが、指先が一瞬触れ合っただけで如月は、チームメンバー達は闇の中に呑み込まれ消えてしまった。

 

 

 

「ちぃっくしょうがああぁぁぁぁぁあぁぁ!」

 

 

 

玲司の叫びがエリア中に響いた。

 

 

PSO2新サービスモニター約3000人が電脳世界に閉じ込められた。

 

 

アークス達はただ戸惑うだけだった。

 




結構長くなりました、第一話。お楽しみ頂けたでしょうか?

玲司です。


メインキャラクターは自分のPCを使用しています。登場するメンバーは自分のチームメンバーをベースに描いております。

同じ言葉を繰り返したりしている部分はマイクロワードでルビ振りも行っているので、その部分の影響です

自分の主観でその人の人格を作っているのであしからず。


感想などありましたらお気軽に


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PHASE2 「Gift」

お待たせしました(待っていないかもですが

第2話となります。意味が繰り返していたりする部分はワードでのルビ部分となりますので、見逃しなどがあるかもしれませんが、ご容赦の程を


 

 

―――ガバッ

 

 

暗い、暗い、闇の中に落ちそうになる感覚を覚えた男は思わず飛び起きた。どうき動悸は激しく体中汗を掻いて寒いくらいだった。辺りを見回すと白を基調としたシンプルな部屋で、自分が寝かされていたベッドの脇に大きな窓ガラスが設置されていた。其処に映る筋肉質の大柄な男が自分である事に気が付くまで少し掛かった。

 

「オレは俺のままか・・・」

 

何かに打ちひしがれる様に一言ポツリと呟くと、メニュー画面を呼び出す。コマンドメニューの中からフレンドリストを呼び出す。フレンドリストはオンライン、オフライン、そして、赤くENEMYと表記されているモノに変わっている。今まで表記されたことのない表示、恐る恐るENEMYと表示された中から一人の名前を選んでwisモードへと切り替える。

 

「・・・もしもし」

 

相手を呼びかける。だが反応は予想通り返っては来なかった。静寂が響く中、心の中には怒りが込み上げてきた。

 

「くそ!」

 

両膝を力の限り叩いた。帰って来る痛みは現実そのものであった。

 

「・・・・・・・」

 

静まり返り、自分の呼吸が少しうるさい位の中で思考が徐々に冴えていく事を感じる。ここに居ても仕方ない。そう、思えて来た。

 

「おや?起きていましたか・・・」

 

不意にドアが開かれ、一人の人物が入って来た。薄い色のサングラスに、俗にいう長いエルフ耳、ひょろりと身長の高い男性が入って来た。その視線はこちらを値踏みするように、こちらの様子を窺っている。その人物は六芒均衡の序列3で、現在情報部司令でもある、『カスラ』だった。

 

「なんか用事でもあるんですか?カスラさん」

 

あからさまに機嫌が悪いと言う口調で玲司はカスラに尋ねた。誰か来る前にベッドから抜け出し、色々と歩き回って情報でもと思考が少し落ち着いて考える隙間ができた所で面倒な相手が来たのだ。さっきまでとは別方向で不機嫌にもなる。

 

「そう邪険にしないで下さいよ。情報部として現状の正しい把握は義務なんですから」

 

やれやれ、といった様に大げさに首を振って見せるカスラ。そんな彼に少しの罪悪感を覚えたが、誰かの言って言っていた「性根が腐ってる」や「陰険眼鏡」の言葉が頭を過り罪悪感を覚えたこと自体に腹が立ってきた。

 

「ま、元気な様子で安心しましたよ」

 

本当に心配していたかは分からないが、こちらの感情をコロコロと転がされてすっかり怒気が削がれてしまった。いちいちコイツの口車で踊っていたら何も出来ない、と自分を落ち着かせようろ深呼吸を一つ吐く。だが、冷静に帰れた事でやはり自分の置かれている状況が非常に拙い事を実感させられる。

 

「さて、あなたも多少なりとも冷静になったところで現状をお話ししておきますか」

 

その言葉に玲司は固唾を飲む。

 

「あなた達、便宜上PL(プレイヤー)としましょう。現在モニターに参加していたPLは一部の人間を除いてDF(ダークファルス)とマザークラスタに拉致されました。そして、どのような状況に置かれているかは分かっていません」

 

淡々と伝えるカスラは眉一つ動かさず、手元に開いたウィンドウの中を読み上げている。

 

「そして、あなたが寝ている間にDF連からPLの解放条件の提示がありました。全員の解放条件はあなたも聞いているかもしれませんが、モニター参加チーム約190チームの内20チームがDF連を倒せば解放されるそうです。拉致したチームメンバーはDFとマザークラスタのメンバーが誰か身柄を預かってるから、倒せば返してもらえるらしいですよ」

 

「あぁ、そうかい・・・」

 

こういうキャラという事は分かっているが、表情一つ変えないカスラに嫌気がさす。正直な話他のチームの事などは知った事ではないが、自分の仲間を救えなかった事により相手側が動いてしまった事、自分の所為で巻き込んでしまった仲間が今危険な目にあってしまっているかもしれない事、考えれば切りがないがとにかく動き出さねばという気持ちが体を突き動かした。

 

ベッドから飛び出すと体の各所に装着していたプロテクターやアウターが外され、丁寧に靴まで脱がされている事に気が付いた。

 

(装着してたのは事代衣装なのに、こんなに細かく衣装設定されていたか?)

 

多少の疑問は今でも残っているが、そんな事を気にしている暇などない。今までこの衣装をメニューで選んで一瞬で変わっていたが、慣れた手つきで着込むと部屋の外へと向かう。傷はすっかり癒えて痛みなどない。どこに行けば良いかなど知った事か、とにかく前に進むと決めた。と自問をして歩き出す。

 

「まだ、色々と残ってるんですが?」

 

外に行く事は許さない。といった強い口調でカスラは一言玲司に投げかけた。

 

「悪いな、今は動かなくちゃいけない気がするんだ」

 

失った装備など気にも留めずに玲司は治療室から出て行った。

 

「やれやれ、強引に止めたら殺す気だったんですかね?」

 

ため息を吐きながら。カスラは消える玲司の背中を見送った。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

ショップエリア 15:20

 

 

ドームの空が映し出す映像は少し明かりを落としていた。自然の日光と変わらない演出をアークスシップ内でも行っている為、茜色に空が変わる一歩手前の中、玲司は、アイテム・ラボ裏に設置されているビジフォンを弄っていた。

 

勇んでフリー探索に出かけようとしたのだが、クエスト受付のレベッカに丸腰は危険と止められクエスト受注が出来なかった。そこで少し冷静に返った玲司は、少し恥ずかしさを感じて今、少し離れたココで倉庫を確認していたのだった。

 

「・・・拙いな」

 

倉庫の中を見て思わず玲司の声が漏れた。とにかく強い物を装備しようと倉庫を覗いた分けなのだが、殆どの装備が封印と記され、取り出し、手に取る事は出来ても装備できなくなっていた。いくら自分のレベルが高くとも今のボスエネミーを相手するには不安が有るため、しっかりと身を固めたかったのだがこうなってしまっては意味がない。

 

とにかく現状で強い装備で身を固めるしかなかった。

 

「心許無いが、現状の最強装備か・・・」

 

玲司は思わずため息を吐いてしまった。攻略組レベルではないが、それなりに一級品と呼ばれる最新装備をしていたのだが、そこから考えると大分レベルが落ちてしまう。だがこれが今の最上、感覚が麻痺していたのだ。と言い聞かせアイテムウインドウを開き装備を確認する。

 

 

 

 

武器

 

ラムダキャスティロン

 

カセントリハルカ

 

ラムダフォーヴ

 

 

防具

 

リア/クォーツウィング

 

アーム/クォーツハンズ

 

レッグ/クォーツテイル

 

 

 

全ての装備がレアリティ9以下でないと装備できなくなっており、以前使った事のある赤のカタナとヒエイ防具一式を使いたかったのだが、どうやらクラフトしてある装備も封印され、エクスキューブも封印されている。

 

「抜かりが無さ過ぎるだろ・・・」

 

別方向からの絶望も味わいながら、玲司は顔の下半分を揉むように撫でた。

 

治療室を出た時は良かったが、出鼻を挫かれて冷静になると不安になってくる。この世界から出るためにDFとマザークラスタを相手にしなければならない事、ペインアブソーバの関係で攻撃されてもまともに戦えるのか、もしこの世界で生活していくとなれば、現実にある自分の身体はどうなってしまうのか。不安が一気に襲い掛かってくる。

 

「・・・が、・・・・かはっ・・・」

 

胃の中のモノが逆流する。何度と嗚咽が玲司を襲うが、口からは何も出てこない。暫くして脱力感に襲われ、その場にへたり込んでしまう。カスラに啖呵を切って出てきてしまった以上、手ぶらでは帰れない。

 

まるで家出してバツが悪そうな子供の様にその場から動けなくなってしまい、悪い考えばかりが頭の中を堂々巡りしてしまう。

 

「んだてめぇ、目ぇ覚めたのか?」

 

安いチンピラの様な言葉が玲司に吐き捨てられた。人に絡んで来るようなガラの悪いプレイヤーでも居るのかと、憂さ晴らし相手にでもしてしまおうかと思い顔を上げる。

 

「なっ・・・お前は!」

 

思わず体が飛び跳ねて臨戦体勢を取る。勝てる勝てないなど関係ない。白短髪のオールバックに顔には入れ墨、背の高い灰色を基調とした男が獰猛な表情で立っていたのだ。

 

「・・・ゲッテムハルト」

 

玲司は男の名前を毀れる様に口にした。何故ここに居るかは分からない。だが、この男は巨躯に変わる男、敵側のスパイとして送り込まれたのだろうと。

ゆっくりとカタナの鍔に左の親指を掛け抜刀できる状態に変わる、思わず取ってしまった体勢とは違い相手からの強襲にも対応できる。

 

「ハッ・・・良いねぇ・・・」

 

獰猛な獣のような目つきで、ゲッテムハルトは腰に手を回した。

 

やはり、闘う意思がある。こちらの攻撃で武器が使えないのを分かった上で仕掛けてきている。だが、退くわけにはいかなかった。ここでもしかしたら得られないかもしれないが、仲間を救い出す情報を持っているかもしれないのだから。

 

「お二方とも戦闘態勢を解いて下さい」

 

横槍が入った。冷たいと言えば御幣があるが冷静であり、強い意志が籠ったような声が、二人の気を削いだのだ。

 

カタナに掛けた左手が緩みながら、玲司は声の主を見た。

 

そこには、やや大きめの帽子を被った女性がやや鋭い目つきで立っていた。その姿を見て玲司は完璧に気が削がれてしまった。やれやれと言う様に頭を振ると腰にカタナを戻し、両手を上げて見せる。そんな玲司の様子を見てもゲッテムハルトは戦う気があるようだ。ナックルを手に填めたまま玲司を睨んでいる。

 

「ゲッテムハルト様!」

 

再び女性が強く静止を呼びかけると、渋々と舌打ちをしてナックルを収めた。

 

「お身体は、もうよろしいのですか?玲司様」

 

ゲッテムハルトの前に出ながら女性は丁寧に話しかけてきた。その様子が余程気に入らないのかゲッテムハルトは、そっぽを向いて「フン!」鼻を鳴らしている。

 

「あ、あぁ・・・今は何とも・・・」

 

はて?と思いながら記憶を辿る。

 

「錯乱されていたとはいえ、ゲッテムハルト様が乱暴な真似を」

 

深々と頭を下げての対応に、ゲッテムハルトは思わず「メルランディア!」と名前を叫んでいる。

 

その言葉に玲司は、何があったのか思い出した。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

―――数時間前

 

 

「あいつ等をぶちのめす!」

 

頭から湯気が出そうな勢いで玲司はイベントステージを後にしようとしていた。目は血走り完全に頭が沸騰している。そんな玲司を菊花とゼノが抑えながら、マリアは呆れた目で見ている。マトイはオロオロと慌て、ヒューイに関しては「それもよかろう!」と何やら一人で納得して大笑いしていた。

 

「玲司落ち着け、一旦ここで冷静にならないと・・・」

 

「そうだぜ、お前さん達が頑張らないとだが、落ち着かないと足元すくわれるぞ」

 

菊花とゼノは、二人掛かりで玲司を取り押さえようとしてはいるが、体型の違いもあり、上手く取り押さえられない。菊花はマリアに取り押さえるのを手伝ってもらうかと思ったが、めんどくさがり屋のマリアの事だ、別方向で大変な事態になるかもしれないという考えが頭を過り口を噤んだ。

 

「退いてな」

 

低く唸るような声が菊花の耳に聞こえた。誰かと確認しようとした瞬間に、菊花の身体は突き飛ばされて尻もちを突いてしまった。痛みに尻を擦りながら玲司の方を見ると灰色の男にもたれ掛かっていた。

 

「やりすぎだぞ、ゲッテムハルト」

 

呆れ気味にゼノがゲッテムハルトに言った。

 

「ハッ!こういうのはこの手に限る」

 

獰猛な口調でゲッテムハルトが言う、重く鈍い衝撃が腹部に襲い掛かりながら、このセリフが、玲司の視界が黒に染まる中で聞いた最後の言葉だった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

「ぬぁ!そういやお前が俺に腹パンを!」

 

玲司が再び腰に手を回そうとするが、メルランディアのキツイ視線を再び浴びせられ、釈然としないが渋々左手を下ろした。

 

「てか、なんでお前が居んだよ。巨躯に乗っ取られた筈じゃんか!」

攻撃する大義名分を今度こそ得た、という表情で腰のカタナに手を伸ばす。

 

「知るか!」

 

とゲッテムハルトは言い放ち、「面倒な事は考えるな」というような表情でこちらを睨み付ける。メルランディアが「お待ち下さい」と一言言うと軽く咳払いをして。

 

「ゲッテムハルト様は今回のモニターに関しまして、巨躯とは別キャラとして構築され、しっかりとAIが用意されているんですよ」

 

メルランディアの一言にいまいち納得は行かず、怪訝な顔を玲司は思わずしてしまうが、メルランディアが一緒に居る事と、ストーリーと同じでゲッテムハルトと巨躯が同一キャラとすれば、態々玲司を落ち着かせるような事をしなければ、メルランディアと共に止めに入りもしないだろう。と分析できる。

 

「はぁ・・・」と一つため息を吐いて、くるりと玲司はゲッテムハルト達に背を向ける。面に手を当て位置を調整し直す。チラリと見やるとメルランディアは心配そうな顔をしていたが、ゲッテムハルトはこちらを威嚇するような顔で睨んでいた。

 

「もういい、俺は出かける。今度は邪魔すんなよ」

 

そう言い残し玲司は転送ゲートの方へと消える。その背中を見送りながら、ゲッテムハルトは「めんどくせぇ」と一言吐き捨てるとステージエリアの方を見やる。DFとマザークラスタの居た時の事を思い出す。NPCとして生み出された自分達、PL達が居る事からイベントと思ったが、そうではなかった。あの時、自分の役割を無視しても割って入っていれば未来は変わったかもしれない。ゼノ達よりも早く駆けつけられた自分が。

 

「ゲッテムハルト様、私はあの方を助けに行きたいです」

 

メルランディアはゲートを見つめながら、ゲッテムハルトに告げた。

 

「・・・放っておけ」

 

歩き出すゲッテムハルトの背中を見ながら、メルランディアはただ立ち尽くしていた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

森林エリア1 16:20

 

 

日が傾きかけている中、玲司は走っていた。

 

襲い掛かってくる原生生物を切り伏せ、ひたすら奥へ奥へと向かっていた。切り伏せた原生生物達は、自分が知っている通りダメージを受けても血の一滴も流さず、HPが0になれば黒く変色し塵に変わっていった。

 

だが、リアルとかけ離れていても残していく断末魔が嫌に耳に残ってしまう。何匹斬ったかわからない。罪悪感は多少感じるが、心を押し潰すほどではない。

 

「くそっ・・・」

 

しかし、思う様に進めない事に苛立ちを感じていた。モニターテスト内ではこれ程手古摺りはしなかった。恐らく簡単に進ませないために何らかの調整がされているのだろう。仲間がどこに居るのか、どうすれば助けられるのか、そんな情報は一切なく、相手がこちらに何かしらのモーションを仕掛けて来るまで待つ事など出来ず思わず飛び出してきてしまったが、冷静に待つべきだと思う。が何の成果もなく戻っては、合わせる顔も何もなく戻るに戻れない。せめてココのボスだけはと思い、奥へ奥へと進んでいく。

 

攻撃を受け、傷が付く度に「レスタ」を唱えたり「モノメイト」を飲む。少しずつアイテムを消費し、すっかりと日が落ちた頃に穴の開いた岩壁を見つけた。森林のエリア移動のトンネルだ。「ゴクリ」と一つ固唾を飲むと、一度冷静になるために大きく深呼吸を2~3度行うが、如何にも落ち着かない。心臓が早鐘を打っている。腕に力が入ったまま抜けない。膝も笑ってきた。今更になって恐怖が襲ってくる。この先にはボスが居る。ルーサーの言う通りなら死にはしない。だが、玲司に纏わりつくアプレンティスから受けた痛みと、がむしゃらに走ってきた道中の雑魚とは違うボスという存在だ。

 

「・・・倒さなきゃ、帰れないんだ!」

 

洞窟を抜ける、岩で囲まれた小さな広場にメディカルポッドと特別転送用のテレパイプが設置されている。

ポッドの中央に立ち装置を起動させる。天井に付いているリングが、淡い光を放ちながら玲司の傷を癒していく。足元にリングが到着する頃には全身の傷は癒え、光を放っていたリングは光を失い沈黙する。

 

また、一つため息を吐く。自分を落ち着かせる為に。

 

ため息をゆっくりと吐き終わると、今度はテレパイプの中央に立ち装置を起動させる。マシンの縁と同じ大きさの光の輪が幾重にも現れ、「転送まで」と書かれたウインドウが開きカウントダウンを開始する。

普通ならばここでオペレーターからの通信が入るのだが、今回は現れない。これもシステムに入り込んだ奴らの影響でこうなっているのか。などと思いながらカウントの数字を見る。残りは『3』間もなく転送が開始される。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

ショップエリア モニュメント広場

 

 

「だあぁぁもうっ!」

 

玲司が居なくなってから数十分。菊花は頭を掻き毟りながら、叫んでいた。

 

「こういう時に限って、通信エラーとか!」

 

フレンドリストの玲司の名前を何度もタップしながら、ウィスパーチャットを開始しようとしていたのだが、その度に「エラー」と表示されイライラとしていた。

目覚めた頃合いを見計らって見舞いに行ってみれば、陰険眼鏡が『彼ならどこか行きましたよ』と素知らぬ顔。「何か言ってなかったか?」と尋ねてみれば、『さぁ?』と半笑いで応える始末であった。

 

フレンドリストを確認すれば、クエスト受注中と表記がなされ、先の通りwisは届かず、クエストカウンターで尋ねてみても、受付からは、お答えできませんの一点張り。恐らくカスラが一枚噛んで居るのだろうと推測を立てながら、現在に至るのだ。

 

「早く伝えないといけないのに・・・」

 

手元に届いた2通のメール。頭に血が上ってきっと気付いていないであろう玲司に、早く伝えねばと焦りもイライラと共に募る。

 

「彼の居場所なら、教えよう。だが、少し待って欲しい」

 

焦る菊花の後ろから女性の声が響いた。声の主の方へ向き直ると、黒縁眼鏡に白衣を着た女性が立っていた。彼女の側には雰囲気の似た少年も立っていた。

 

「これから君たちが活動する上で重要な話なんだ、君が急いでるのも知ってる、だからこそなんだ」

 

少年の言葉は強さが籠っていた。思わず菊花は呆気に取られてしまう。

 

「あんた達・・・」

 

菊花が思わず声を漏らした。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

森林エリア 決戦フィールド

 

 

玲司は消耗していた。3匹の獣に襲われながら、回復する隙が少なくテクニックを唱える暇もなく、僅かな隙を突いて攻撃するも大したダメージを与えられず、夜間の為に狭まっている視界を補うために極限にまで気を張っている為、常に息苦しく行動が常に後手に回ってしまっている。

 

「・・・ったく、なんでこうなってんだよ!」

 

カタナの鍔を掛けた親指で遊ぶように弄りながら、少しでも気を落ち着かせようとする。

目の前には玲司の動きを見ながら、挑発するように拳を鳴らすロックベア。玲司の後方、左右に分かれて隙を伺う様にファング・バンシーとバンサーが牙を光らせ様子を窺っている。

今まで陥った事のない状況に追い詰められている。通常なら束になって掛かってこられてもあっという間に始末できる。だが、今はいつも通りの第三者で自由に周囲の状況も見られず、頼れる情報は視覚とそれに映るエリア情報のみだ。

 

「・・・どうする、状況は不利だぞ」

 

自身に問いかける。少しでも客観的に捉えて冷静に対処しようと心掛けているが、問いかけても答えが見つかる前に襲われて考える暇もない。今考えている間にも、後ろから聞こえる唸り声は距離を縮めて来ている。

 

「少しでも、情報を手に入れる方に切り替えるか・・・」

 

完全にカタナを納刀して、視線から武器交換スロットを操作する。武器を持ち替える、近接武器から遠距離武器、ラムダフォーヴに。Y字状の機械強弓、持ち替えと同時に展開された矢筒から一本、矢を取り出し番(つが)える。弦は引かずにセットしたまま後方を見やる、姿勢を低くしているのか唸り声が先ほどより、地面から響いている気がする。

 

「っ!」

 

地面を思い切り蹴って走り出す。

 

「ガゥッ!」「ガァッ!」

 

玲司の後ろから、短くまるで破裂音の様な二匹の低い鳴き声が聞こえたが、そんな事は如何だって良い。今は目の前に居るロックベアに意識を向ける。ロックベアは両腕を抱きしめるように振りながら、『ガパン、ガパン』と鳴らしながら玲司を待ち構えている。暗闇で正確な距離など分からない、薄っすらと見える輪郭と自分の耳が頼りだ。今にも前に倒れそうな程、前傾姿勢で一気に加速する。

 

玲司の突進に楽しそうにロックベアは顔を歪めた。左足を上げ、右腕を回転させる。大振りの必殺一撃を用意している。

 

(・・・だから、さぁ!)

 

呼吸を止めて、左足で思い切り地面を蹴り飛ばしながら弦を引き絞る。宙を踊る体には意識を一つもくれず、鏃に意識を集中させる。

 

「そこぉ!」

 

矢を放つ、目標はロックベアでも、バンサーでも、バンシーでもない、自分がさっきまで立っていた所に向かって矢を射る。

 

―――ヒュオ

 

と風を切る音が鳴り、矢は地面と激突する。矢が地面と接触した瞬間から炎と黒煙を巻き起こし、爆発する。

 

 

「ゴア!」

 

「グワッ!」

 

「ガガッ!」

 

3匹の獣は爆発に怯み隙が生まれた。

 

玲司はその隙に着地しさらにロックベアとの距離を詰める。

 

 

「!」

 

 

ロックベアは肉薄しようとしてる玲司に何とか、意識を戻しアッパーを繰り出す。だが、その一撃は空しく空を斬り、玲司は片手を突きながらロックベアの側をスライディングですり抜ける。すり抜けて後ろに回ると振り向き様に再び弓を構える。鏃にフォトンを集中させながら、もう一度同じ所に同じPAを放つ。

 

再び同じ位置で爆炎が起きる。

 

やはり設定上でも獣。炎に驚き3匹は身を固める。だが、そんな事は玲司に関係ない。矢筒から矢を3本指に番え、最初の一本を弓に番えた。弦を引き絞りながら、狙うのは獣達ではなく、その頭上星空に向かって矢を構える。瞳には星だけではない真っすぐと伸びる光の柱が映っている。

 

一本目、二本目、三本目、矢継ぎ早に放った三本の矢は、玲司を起点として放射状に分かれ、闇を切り裂いたかと思うと、幾本の矢の雨となって獣達に降り注いだ。

 

矢が風を切る音が幾つも重なったのが一瞬聞こえたかと思えば、獣達の叫び声が響く。獣達がどんな状態になっているかは良くは分からない、だが、耳を劈(つんざ)く様な鳴き声に、相当パニックを起こしているんだろうと想像がつく。

 

そのうちに巨木の後ろに身を隠し、装備を切り替える。バレットボウ強弓からデュアルブレード(飛翔剣)に切り換えようかと思ったが、ここは使い慣れたカタナの方が良いと思い、キャスティロンを腰に差し、アイテムを取り出せる太腿(ふともも)のポケットから、緑の円が3つ描かれているパウチパックを取り出し、中身を飲み干す。スポーツドリンクに似た味の液体を飲み干すと、やんわりと体が緑色に光る。

恐る恐ると獣達の様子を窺う、木に這う爬虫類の様にべったりと慎重に。

覗いた先ではまだ、ロックベアが暴れていた。ヤツの頭上は周りに生い茂った木々から全体的に離れているのか、夜空から毀れる光に照らされてスポットライトの様になっている。長い腕を振り回し地面を叩いて暴れている。

 

 

 

―――ズシン

 

―――ズシン

 

 

と重々しい衝突音が響いていたのだが、

 

 

―――シン

 

 

と音が止んだのだ。ロックベアは落ち着いたのか、行動を止めて肩を上下させている。

息遣いまでは聞こえない、大慌てしながら周りに当たり散らした事で落ち着いたのだろう。などと注意深く次にどんな行動をするか目を見張る。

 

 

「!」

 

 

玲司は目を疑った。ロックベアはこちらに顔を半分向けて笑っているのだ。大声を上げるようなものではなく、唇の端を上げて『ニタリ』と笑っている。悪役が罠に嵌った愚か者を見る様に。

 

 

―――ザザザザ

 

 

頭上の木の葉が鳴り出した。通常の葉鳴りとは違う、何者かに依って故意に起こされているものだ。気付いた瞬間に玲司は最悪の結果が浮かび上がる。

 

「くそがっ!」

 

玲司の口から思わず悪態が漏れる。バンサーとバンシーがフィールドの木々を渡って攻撃を仕掛けて来る事は知っているが、今までの戦いとかけ離れた今で、炎に驚く獣達がよもや玲司に対して罠を張っているとはだれが思おうか。まして、ロックベアが完全に囮として玲司の目を引き付けていたのだ。

 

即座に巨木に蹴りをかまし、反動で玲司は飛び退いた。

 

それと、ほぼ同時にバンサーが玲司が居た場所に目掛けて槍の様に降って来た。鋭い爪が、地面を抉り土と石のつぶて飛礫が弾け飛ぶ。設定されているエフェクトの為飛礫はすぐに虚空と存在を同化させ消える。

 

「なんだと!」

 

玲司は叫びを上げた。バンサーの攻撃の後にバンシーが降って来る事を予想して、安全を確保するために大きく距離を取るために、ステップを続けていたのに、玲司に爪が迫った。バンシーの爪が玲司に伸びていた。

 

玲司は上を気にしていたが、バンシーはバンサーの上に乗って旦那が着地すると、踏み台にして飛びかかって来たのだ。爪は玲司の胸に食い込み地面に叩きつける。

 

鈍い痛みが玲司の胸を叩く。

 

「がはっ!」

 

視界に赤い数字で300という数字が現れ玲司HPバーが減少する。痛みと驚きで玲司の動きが鈍った隙に玲司の両腕をバンシーの両前足が拘束する。そのまま玲司の顔を覗くように大きな瞳を近づけ、喉を鳴らしながら嗤っている。

 

身体が重く動けない、腕を少しでも動かそうものならば、簡単に体重を掛けて押し潰されてしまう。

バンサーがゆっくりと近づいてくる、抵抗できない玩具をどう弄り壊そうかと画策している様に見える。必死に足掻き逆転できないかと探す中、木からも離れ手首は自由に動こうとも砂は掴めず、視界にはロックベアも映ってはいない。

 

 

「動かないでください!」

 

 

突然声が響いた。

 

玲司自身もがくにもがけない状況で、動く方が無茶振りだと思う中、体に力を込めて硬直する。

 

 

―――ドォン

 

 

爆炎がバンシーの横っ腹に突き刺さった。その衝撃にバンシーは叫びにもならない咆哮を上げながら吹き飛ぶ。その光景にバンサーはバンシーの吹き飛んだ方向と逆へ瞬時にを向けると、顔面に爆炎が纏わり付き、転げまわる。

 

「大丈夫か?玲司!」

 

誰かが、玲司の身体を抱きかかえる様に拾い起す。

 

「菊花さん?」

 

鈍い痛みを感じながら、暗闇で何とか顔を認識出来るほどの距離で、誰が助けてくれたのかやっと理解をする。感謝を伝えようとする玲司を菊花は片手で静止すると、大声で叫んだ。

 

「フーリエ、照明弾上げぇ!」

 

その声にランチャーの装填音が響く。

 

「了解です!」

 

菊花の声に呼応し、フーリエはランチャーをほぼ垂直に構えた。

 

 

―――バシュ、バシュ、バシュウゥ

 

 

空に向かって打ち上げられた弾丸は、到達高度の最大付近で、弾けた。青白い閃光を放ち、決戦フィールドを明かりが包む。見覚えがあるフィールドがようやく全貌を見せる。アドバンスで何度とファング夫婦と戦ったフィールド、そこに今はロックベアもいる。この状態ならば、死角から攻撃されなければ負けはしない。自信を持って言える。

 

「菊花、正直言って異常だ!長くは保ちそうにないぞ!」

 

少し離れた場所で、オーザとロックベアが対峙していた。ロックベアの大振り攻撃を、オーザはひたすらに受けていた。パルチザン(長槍)の防御フィールドが攻撃により弾け飛び、攻撃に移る暇もなく防御を強要されていた。

 

「長く保ちそうにないな・・・。マールー回復を頼む」

 

いつの間にか、マールーが側にいた。「わかったわ」と一言冷たく答えると、ロッドに緑色の淡い光が集まる。マールーがテクニック(レスタ)を解放する。緑の光が辺り一面に広がり傷を癒していく。玲司の身体が3回輝きHPが完全回復する。

 

「菊花さん、ちょっと拙いですよ。ファングさん達殺気立っちゃってますよ、大変な感じに・・・」

 

ランチャーから3点バーストの榴弾を滝の様に発射しながら、フーリエはファング達を牽制し、近づけないようにしていた。

 

「わかってる!秘策はあるんだ」

 

アイテムパックを弄りながら、菊花は答えた。何かを設定するようにウインドウを弄りながら、玲司を見る。

 

「お前、『戦場のヴァルキュリア』は好きだったよな?」

 

突然の菊花からの質問に玲司の目は点に変わった。こんな危機的状況に関わらずゲーム?アニメ?の題名を出されて思考が止まる。

 

「好きだよな!」

 

強く菊花に聞かれた。確かにゲームはシリーズ全編プレイしたし、コミックもDVDも全巻揃えている。だが、何故この状況なのか、全くわからない。だが、この状況でななければならない何かが有るのだろう。っと頭の片隅に回答が過り、何とか頷いて答えた。

 

「よし、玲司お前に今からパルチを渡す。それを装備して戦え!」

 

その言葉に玲司の顔がさらに驚きで歪む。

 

「へ?」

 

玲司は思わず声を漏らした。

 

「良いか、掻い摘んで説明するが、武器を装備する条件が今の俺達からは無くなった。それと迷彩が原作の力を5分間だけ解放できる」

 

そう言われて頭の上に「?」を浮かべたままの玲司に無理やり武器を押し付ける。玲司と菊花の間にアイテム取引ウィンドウが開かれる。其処にはディオロンゴミニアドとヴァルキュリアの槍と2つのアイテムが映っている。

菊花に急かされるまま、アイテムの取引をし、武器パレットに武器を入れ迷彩を被せる。それを取り敢えず装備してみたが、玲司には何が何だかわからない。

 

「ぬおぉあぁ!」

 

オーザが吹き飛ばされてきた。痛みに呻く事しかできずまともに動く事が出来ないようだ。

 

「すまん、な。出来るだけ、時間は・・・作ったが・・・」

 

深手を負ったオーザの脇を抱え、菊花は撤退準備を整え、マールーは再びレスタを唱えるためにフォトンを集め始めた。

 

「ゴガガァァァ!」

 

ロックベアが体を丸めて飛び跳ね始めた。

 

「拙い!」

 

玲司の口から飛び出す言葉。ボディプレスが来る、回避運動を取れば、玲司のみならば易々と回避は出来るが、菊花達が間に合わない。「受けるしかない」玲司はそう思いシールドを構えた。

 

「ゴオォ!」

 

玲司は視線を塞いでいる盾を少しずらしてみた。普通なら、ボディプレスを仕掛けてきたロックベアは何が有ろうとも、うつ伏せで倒れてくる。だが、今は仰向けでロックベアが倒れている。

 

「・・・え?」

 

呆気に取られたが、時間が流れるに連れ冷静になっていく。視界に映る盾と槍は青白い光を纏い、玲司の髪は白銀に変化していた。この武器が出てくるゲームのヴァルキュリアとほぼ同じ状態に変化していた。

 

「玲司さん避けて!」

 

ファングバンシーがフーリエの牽制から抜け出し、飛び掛かって来ている。こちらも回避が出来ない、奥歯を噛み込み覚悟を決める。この武器を菊花が託したのだ、闘わなければ。玲司は盾を突き出した。

 

「ギャウゥン」

 

バンシーの身体は宙を舞い、転がりながら地面を2、3度跳ねる。玲司は軽く槍を振るった。普段は緑色の瞳が深紅に染まる。

 

 

玲司は完全にヴァルキュリアの力に覚醒した。

 

 

「・・・玲司」

 

目の前の状況に菊花は驚いていた。こうなる事は知っていたが、圧倒的な力が垣間見えた事に、言葉が出てこない。

 

「菊花さん、殲滅します」

 

冷たく言う玲司の言葉に、菊花はコクコクと頷いた。

腰を軽く落としてから玲司は跳躍する。その速度と到達高度はPSO2の設定領域を超えていた。

 

「・・・マジかよ」

 

菊花はただ、驚くしかできなかった。

 

巨木達の葉より少し低いくらいに跳びあがった玲司は槍を構える。螺旋状に溝の付いた槍の周りをエネルギーが竜巻の様に渦巻く。

 

「行け!」

 

玲司の掛け声と共に槍から光の榴弾が発射される。その攻撃はバンサーに目掛けて飛び、足元から爆風がバンサーとフーリエを吹き飛ばした。

 

「きゃあ!」

 

吹き飛ばされ、フーリエは尻もちを突いてしまった。「いたた・・・」と打った尻を擦っている目の前に玲司が着地する。急降下ともいえる速度で着地したにも関わらず、玲司は土煙一つ上げず、静かに着地する。

 

「フーリエ、菊花達に合流しろ。敵の殲滅は俺がする」

 

まるで睨み付ける様に見下ろす玲司。冷たい雰囲気の玲司にフーリエは悪寒を覚えた。

 

「・・・ですが」

 

立ち上がりつつ抗議しようとするフーリエ。

 

「頼む・・・」

 

玲司は、情けなくほほ笑んだ。その言葉にこたえる様にフーリエは、言葉を発する事無く菊花達の方へ走り出した。

 

「ありがとう」

 

玲司は小さく呟きながら、その背中を見送りながら敵の様子を確認する。

 

菊花達を中心として、0時の方向にバンサー、2時にバンシー、6時にロックベア。現状、戦える人数は自分を入れて4人。オーザも回復すればすぐに戦線に復帰出来るだろう。だが、

 

「あいつ等を殲滅するのは、俺の役目だからな」

 

槍と盾を強く握りしめる。視界の片隅に映る今まで見た事のないカウントダウンが始まっている。タイマーは4分10秒と表示されてる。

玲司は駆け出す。風を切る体は羽のように軽い。戦闘向きの身体が、さらに戦闘特化に能力がアップしているのが分かる。今ならどんな距離に敵が居ようとも近接戦に持ち込み勝利することが出来ると確信できる。ロックベアに向かって駆け出しながらも、足を細かく滑らせ体勢を変えながらバンシーとバンサーに牽制射撃を仕掛ける。足元に着弾する攻撃に怯む夫婦を見ながら玲司はさらに加速する。ロックベアまであと1秒も掛からない。その位置を過ぎる瞬間、光榴弾を足元に射撃する。直撃を態と外した榴弾が黒煙を巻き上げ視界を奪う。黒煙から逃げる様にロックベアは顔を顰めながら姿勢を低く身をくねらせる。その隙を逃さずロックベアの後方に回り込み右足を思い切り振りかぶる。

 

「行けよ、やあぁ!」

 

玲司は思い切りロックベアの尻を蹴り抜く。身体能力が強化されてるとはいえ、足が当たった瞬間に一気に重量が掛かる。だが、それを力でねじ伏せ強引にファング夫婦の方へと蹴り飛ばす。

 

「ガァ!」

 

痛みより驚きの方が強い印象を与えるロックベアの咆哮が響いた。

低く這う様に体を吹き飛ばされたロックベア。空中で体を止めようと地面に指を立てるが、止まらない。やっと止まったと思えば其処は、玲司が狙っていた位置だった。

そんな事は、ロックベアにとっては計り知らない事。怒りに身を任せ威嚇した時には玲司の姿は消えていた。

 

「もういっちょおっ!」

 

玲司の声が響く。ロックベアが声の方向へ顔を向け、その目に飛び込んできたのはファングバンサーの姿だった。だが、その光景は異様だった。横っ飛びしているのだ。玲司の姿、攻撃、それらから逃げたと言えば向きは普通だが、明らかに速度がおかしかった。

玲司が、ファングバンサーの脇腹に盾を突き立て突進していた。ファングバンサーを押し退け、ロックべアを巻き込み、ファングバンシーも伴って、大樹に激突した。

 

 

―――ズシィン

 

 

重々しい激突音が響き、葉がざわめく。ひらひらと幾枚かの木の葉が流れ落ちながら、獣達は衝撃とそれぞれの重さでぐったりとしていた。

強引な力押しで3匹を纏め込んだヴァルキュリアは腰を落とし槍を構えていた。握られている盾と槍はギュンギュンと音を、唸りを上げながら回転し、槍は竜巻のようなエネルギーを纏っている。風を孕み玲司を中心としたエネルギーの渦は台風の様である。

 

 

「全員伏せようか、ありゃ拙いわ・・・」

 

玲司の様子を見ながら菊花は言った。脳裏をよぎる映像はセルベリアが要塞を吹き飛ばすほどの爆発を起こした映像であった。

 

「一応デバンドでも掛けた方が良いかしら?」

 

ロッドを構えながらマールーは玲司の様子を見る。集まるエネルギーは時間が経過するとともに激しくなる。

 

「頼むわ、そこまで大変な被害はこっちには出ないと思うけど・・・一応ね」

 

その言葉にマールーは短く「わかったわ」と答えると防御呪文(デバンド)を展開する。青い光が菊花達を包み込み、防御フィールドが展開される。

 

 

「吹き飛べえぇ!」

 

 

玲司の言葉と共にエネルギーが解放される。槍が纏っていたエネルギーは、光の竜巻となって3匹の獣に襲い掛かる。光に飲み込まれた3匹の咆哮が響く。だが、それをかき消すほどの轟音が槍から響き掻き消していく。

ドーム状の光が収まると、玲司の姿は元に戻っていた。槍と盾はそのままであったが、光は失われ、玲司の髪は光る銀髪から、黒に近い青に戻り、赤く輝いていた瞳も今は緑色に戻っていた。

 

森林に吹く風が玲司の髪をサラサラと流していく。立ち尽くす玲司の先には赤いアイテムボックスが3つ並んでいる。そして、視界にクエストクリアの表記が映し出された。

 

「ふぅ・・・」

 

安堵の息を一つ吐く。

 

その様子を見ながらパーティの緊張が解けていく。

 

 

・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「ってそんな場合じゃない!」

 

思わず菊花が大声を上げた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

ゲートエリア 18:46

 

 

「っつ~ことは、今までのレベルはそのままに、チャレンジクラス状態に近い状態って事なんすか?」

 

倉庫アクセス用の端末から、倉庫の中身を弄りながら玲司は、菊花に尋ねた。

 

「そう、だけどメインとサブに選ばれなかったクラスは、PAのみしか使えず、そのPAもレベル1に限定されるって条件付きだけどね。それの補助も相まって武器迷彩を使えば24時間のチャージが必要だけど5分だけ原作と同じ能力を使える」

 

玲司の疑問に回答する菊花。こちらも倉庫を弄っている。

 

「そして、もう一つ・・・」

 

「ルーサーからのメール・・・」

 

重く玲司と菊花は呟いた。

内容は簡単なモノだ。仲間を返して欲しければ、指定した場所に指定した時間までに来い。来なければ、次の指定まで仲間は返さない上、ペナルティも枷す。というものであった。

 

迷っている時間は殆ど無かった。現在マザーシップに戻って来てはいるが、ろくな休憩も出来ず、もう出発しなければ相手が指定してきた時間に遅れてしまう程であった。

 

装備を整える為に倉庫を覗いていたが、装備しても現状以上のモノはやはり無く、同じ装備で挑む事になった。だが、武器迷彩で使用する武器の性能が大きく変わる事がやはり現状で一番戦闘に於いて有利に進める要因となるため、原作を知っている武器の迷彩をお互いに3つずつ持った。

 

「相棒、また出撃か?」

 

転送ゲートへと急ぐ2人を呼び止めたのは、金髪にやや低めの身長に、言うなればエルフ耳。今は持ってはいないが、ライフルを扱い明るい性格を持つ彼に初心者達はみんな世話になる。最初のフレンドパートナー、アフィンであった。普段はのんびりとした様子の彼ではあるが、玲司と菊花のただならぬ様子を察したのか眉に皺を寄せている。

 

「ちょっと急ぎの用事でな・・・」

 

足早に玲司は立ち去ろうとしたが、そんな玲司の肩を菊花が掴んだ。振り返ると菊花は、「都合が良い」と玲司に呟くとアフィンの前に立った。

 

「アフィン、俺達が置かれてる状況は知ってるよな?」

 

急いでいるから手短にというニュアンスを含んで言った菊花の言葉に、アフィンは黙って頷いた。

 

「俺達はルーサーから連絡を受けて、仲間を助けに行くんだ。罠でもな」

 

その言葉を聞いてアフィンは「俺も・・・」と言葉が口から洩れるとほぼ同時に、アフィンの後ろから声が掛けられた。

 

「何なら私も行ってあげようか?」

 

声の主は彼の姉で、アフィンより少し高い身長、メリハリのあるボディにメッシュを入れた様に毛先が紫色をしている髪の毛。そして、このゲーム中では珍しく冷たい印象を与えるユクリータであった。

 

「あんた達の状況は知ってる。帰れない辛さは私にはわかるからね、協力してあげるよ」

 

そう言いながらアフィンの前にズイっとユクリータが立つ。視線は鋭く、玲司と菊花を射抜く様に見ている。そんな彼女の前に菊花が立つ。

鋭い視線同士が交わり、一触即発と言った空気の中、玲司とアフィンは固唾を飲んで見守っている。

 

 

 

―――ガッ

 

 

 

無言のままお互いの拳を強く握り合う女性二人に、アフィンと玲司は安堵しながらもガクッと肩が下がった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

市街地 決戦フィールド 転送エリア PM19:10

 

 

破壊された街並みに固定されているフィールドを駆け抜け、玲司達は最後のエリアまで来ていた。

 

小さなドーム状のフィールドの中央に、決戦フィールドに向かうテレパイプが静かに浮かんでいる。

此処に至るまで破壊されたシップ内の市街地と指定された戦闘エリアを通って来た分けなのだが、破壊された建物や炎上する車などが転がってはいたが、ダーカー達との戦闘が一つも無かった事に言いえない不安を感じながら今に至るのだが。

 

「さて、移動するか・・・」

 

お互いの状態を確認し、各々の武器を確認する。玲司と菊花は持ってきた武器迷彩も確認している。

不備は無い。お互いの顔を見合い頷くと転送装置を起動する。『ピッ』という起動音が聞こえると全員が浮遊感を覚えるとともに体が透き通り別の場所へと転送される。

 

 

 

 

大きなドームの中へと転送された。競技に使われるであろうトラック競技の様なゴム製の地面はひび割れたり抉れたりしながら無惨な物へとなっており、スタンドとフィールドを区切るセパレータにも罅が入り、スタンド席は所々椅子が無くなっていた。そして、スタンド席より上に位置した部分にある円状の電光掲示板には『WARNING』と文字が流れている。

張りつめられた空気を感じながら、各々は自分の武器へとゆっくりと手を伸ばした。指先から伝わる固く冷たい武器の輪郭が少しではあるが心に余裕を与えてくれる。

 

 

 

――――パチ、パチ、パチ

 

 

 

乾いた音が空しく響いた。

 

それは、いつの間にか電光掲示板の前に姿を現した者が手を叩いている音であった。

 

「時間通りだね?いやはやこっちとしても助かるよ・・・」

 

虚空に浮かび、嘲笑うような態度でこちらを見ているのはメールの送り主、ルーサーに他ならなかった。

4人を見下ろしながら、ゆっくりと降りながらセパレータの上に腰を下ろすと、足を組み「ふぅん」と鼻を鳴らすと面白そうにこちらを値踏みしている。

 

「さぁ!ここまで来たんだ仲間を返してもらおうか!」

 

握ったカタナの鍔に指を掛けながら玲司は、柄頭でルーサーを指した。

返さないなら問答無用で切り捨てると言う様に、凄みを含んだ言葉で玲司はルーサーに睨みを利かせていた。

 

「大丈夫さ、心配しなくても返してあげるよ」

 

セパレータの上からルーサーが降りると、その手を前に突き出した。ルーサーの目の前の空間が歪み、その中からアークスが出てくる。ルーサーに抱き抱えられる形で現れたアークス。

 

「如月!」

 

玲司は出て来たアークスの名前を叫びながら、抜刀の構えを取った。

 

「慌てなさんな。このこ娘は無傷で返すよ」

 

焦るこちらを見ながら、ルーサーはニンマリと笑う。まるで獲物が罠に掛かる間抜けな様子を見る様に。

 

「コイツらを倒せたらね!」

 

 

―――パチン

 

 

フィンガースナップが響く。乾いた音は状況が状況ならばとても小気味良く聞こえただろう。だが、その音はこの場に居る、少なくとも玲司達にとっては不快な音であった。

 

 

―――ズズンッ

 

 

とても重たい物が地面へとぶつかる音が響いた。

 

玲司達を挟み込むように、赤と黒の物体が現れたのだ。その大きさたるや、4tトラック程はあろうかという程の大きさで、その体躯は蜘蛛に似ている。4本の足に2本の触腕、頭は完全に虫というよりは何処となく、その口に生えた牙から、爬虫類を足したようにも見える。

 

「ラグネとアグラニかっ!」

 

ラムダキャスティロンを右手で柄を握り、切羽を鞘から抜きながら玲司は構えを取った。

 

「作戦は?」

 

背中に差していたコートエッジを握り短く、怒鳴りに近い声で菊花は玲司に尋ねた。

 

「先輩はアフィンとアグラニを、ユクリータは俺とラグネだ」

 

玲司の言葉に慌ててアフィンはライフルを構えた。何処となくたどたどしい行動は、まるで素人の様でもある。だが、玲司と菊花は知っている、たとえ物語の表に立つ事が無くとも今まで辿って来た物語の中で隣で成長していた彼の実力を。

 

一方のユクリータは短く「アウロラ!」と名前を呼ぶ。その手に握られるのは2丁の白いマシンガン。彼女と共にある原初の若木(アプレンティス)が変じた武器を構える。

 

「行くわ、あぁああぁぁー!」

 

ユクリータが攻撃を開始しようと構えた瞬間、その体は宙に消えながら悲鳴が残った。

 

「なっ!?」

 

玲司達は消えていくユクリータの悲鳴を追うと、天井に白い巣が出来ていた。それは、張り巡らせた糸の巣というより結界の中心に陣取り、口から伸びる糸でユクリータを絡め取ったエネミー、エスカ・ラグナス。

 

「ユクリータ!」

 

「ユク姉!」

 

玲司とアフィンが叫ぶ。

 

「私はいい!そっちはそっちのを相手にしろ!」

 

天井の張り巡らされたフィールドに、体を拘束していた糸を振り解きながらユクリータは立った。張りのないトランポリンの様な不安定な足場を、作ったモノを睨み付けながら確認する。何とか動けはするが普通の地面と同じように瞬発力を活かした行動は難しいだろう。

 

『ユクちゃん、あぁは言ってたけど大丈夫なの?』

 

気に掛けたアウロラが声を掛けて来た。正直不安ではある。自分の事も下の事も、だが、目の前の敵に集中しなければと自分に言い聞かせる。

 

「気にしなくて良い。それより、集中しなさいアウロラ!勝てなくとも、負けるわけにはいかないのよ・・・私たちは!」

 

糸を強く蹴り駆け出すユクリータ。エスカ・ラグナスは轟を上げて迎える。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

地上でも戦闘が開始されていた。

 

アグラニと対峙する菊花とアフィンは前後衛に分かれて戦っている。コートエッジを前足に何度も叩きつけ破壊に掛かる。攻撃と防御を兼ね備えたPA、イグナイトパリングを叩きこむ。攻撃を当てヘイトを菊花が稼ぎながら、アフィンが死角になるように少しずつ移動する。

 

「よ~し、そのままぁ・・・」

 

レティクルを覗きながらアフィンは、アグラニの左後ろ足に狙いを定めていた。菊花が囮として動いているこの間に、装填したウィークバレットを撃ち込む手筈になっている。そして、狙い通りに事が運んでいる。

だが、想定外の事も起きている。アグラニが菊花を逃がすまいと右へ左へと激しくジグザグに動いていて狙いが思う様に定まらないのだ。中々に照準が定まらない中、グリップを握る手にじんわりと汗が滲む感覚が広がる。NPCである自分は、本来疲労や焦りなどとは無縁な存在だ。と言い聞かせながらも、これも自分を作った人達から人間とより良いコミュニケーションを採れる為に取ってくれたデザインの一つなんだと思うと、自然と心が落ち着いてくる。

 

「アフィン、まだ付かないか!」

 

菊花から催促の声が飛ぶ。

 

「動きすぎて狙えないんだ、相棒!」

 

レティクルから目を離さず、アフィンが告げる。その言葉に菊花は、強く短く息を吐いた。武器を握る手に力を込め、狙いを定める。

 

「これで、如何だ!」

 

片腕でグリップを握り、もう片方は刀身に手を当てて平打ちを触腕に叩きこむ。狙い通りならば触腕を弾き飛ばし、頭にキツイ一撃を叩きこむ予定だったが、ガッチリとガードされてしまった。だが、

 

「よっしゃ、相棒!」

 

左後ろ足に赤いターゲットマークが張り付いた。狙撃体勢を解いてアフィンはマガジンに振れる。PAを選択し攻撃へと転じる準備をする。

もう一度、レティクルをアフィンが覗いた時だった。アグラニの足から腹の下を流れる様に菊花は駆け抜ける。大剣を後ろに構え駆け抜ける姿に見覚えがある。ウィークマーカーの付いた足に、体当たりを入れてからの薙ぎ払い。強襲に使われるPAギルティブレイクだ。しかも一撃で足の外殻を破壊して、守られていた細い足をむき出しにしたのだ。

 

「アフィン!」

 

一瞬呆気に取られていたが、菊花の声で我に返ると足から、体勢を崩しむき出しになった背中の赤いコアに狙いを変える。

 

 

―――ズダダダダダダダダダッ

 

 

まるでサブマシンガンの様にアフィンのライフルが火を噴いたのだ。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

カタナを握り、攻撃をい往なしながら玲司は考えていた。同じエリアに居るとはいえ分断された状況で、火力が分散している中で3種類のラグネを倒せるか、悪い考えばかりが頭の中に浮かんでしまう。

 

「・・・懐が深い!」

 

触腕の繰り出す攻撃を受けながら、玲司は毒づいた。いつもならば意にも介さないレベルで攻撃を躱し、足に張り付いて外殻を剥す。定石パターンで攻撃するのだが、それはあくまで自分を外側から見ていた今までの事。モニター期間中にラグネと何度か戦ったがPTを組んで多対単の状況でだ。カタナでも多少距離のある攻撃はあるが、チャージ時間がある。グレンテッセンで回り込む方法もあるが、今の状況で自分勝手には動けない。だから、耐えるしかなかった。大きな隙が出来るまで、虎の子のスキルを温存して。

 

「グワアァァァァアァ!」

 

両触腕を上げて轟くラグネ。そのモーションは知っている。轟いたと同時に、視界からなるべく外さない様に辺りの地面に目を配る。パチパチと音を立てた赤黒い靄(もや)が周囲に現れる。

 

ひと際大きく轟くと、まるで火柱の様に赤い稲妻が地面から幾本も立ち上る。その瞬間を待ち望んだと言わんばかりに玲司は鞘を投げ捨てた。柄を両手で握り、霞の様に姿を消しながら前足の一本に張り付く。

乱打を叩き込む。刀が繰り出す攻撃が外殻に傷を付けていく。いかづち雷が激しさを増して立ち上り、玲司に目掛けて飛んでくる。

 

「なぁっ!?」

 

驚きの短い悲鳴を上げながら、玲司は雷に包まれる。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

天井に設けられた糸のフィールドで戦うユクリータは、苦戦を強いられていた。足場の素材は鋼鉄の如く頑丈で、戦っている途中で崩れる事は無さそうではあるが、丁寧に束ねられたワケではない足場は所々に穴が開いている。ラグネとアグラニ同様に足の外殻を破壊すれば。と、何度も攻撃を繰り返したが、どうにも上手く行かない。攻撃を繰り返してはいるものの慣れた攻撃モーションを取ると、どこかで足が空を踏み、そのリカバリーで攻撃の手が中断されてしまう。

 

「何とも厄介な相手ね・・・」

 

足場を見ながらユクリータは呟いた。足場の隙間から見える下の様子は互角に戦っている様に見えた。

 

『攻撃頻度が低いのがせめてもの救いよね?』

 

呆れる様に呟くのはアウロラであった。「うっさい」と短く発言を諫めながらもその通りだと思った。やはり、自分はAIが有れどNPCであり基本攻撃最大ダメージが低く設定されている。下で戦っているどちらかが来るまで待つしかないのか?と思いながらも攻略の糸口を探す。PAは一通り試した。大して効果的なモノは無かった。ここまで来たら、自分の中の情報にもある、最もダメージを出す方法を使うしかないと結論に至った。

 

「アウロラ、チェインを使うわよ」

 

それが、彼女の出した答えだった。

 

『ちょっと待ってユクちゃん!私達にはゲームシステムの干渉があるのよ、ダメージがちゃんと出るかわからないのに!』

 

その言葉に、ユクリータは顔を一瞬曇らせた。だが、決心は変わらないと言う様にアウロラを強く握りしめた。

 

「私達はアイツを倒す必要はないからそれで良いのかもしれない」

 

少し、低く落ちたような声色でユクリータは告げた。

 

「でもね、考える力があるのにシステムに従うだけじゃ機械と変わらないのよッ!」

 

ユクリータはチェイントリガーを発動させる。狙いを定めた胴体に青いターゲティングサイトとカウンターが現れ、視界に映るチェイントリガーのマーカーにはカウントダウンマーカーが現れる。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

外殻の一つを破壊し、コアにしこたま弾丸を撃ち込んだ菊花とアフィンは優勢であるように見えた。

 

ダウン状態から復活したアグラニは、身を大きく震わせていた。アフィンを睨み付けながら大きく触腕を振り上げる。それと同時に轟を上げると、赤黒い靄が辺りに発生し、間髪入れずに雷が立ち上る。

 

「うわあぁぁぁぁ!」

 

広範囲のランダム攻撃にアフィンは驚き、悲鳴を上げながら咄嗟に防御を固める。

 

「ちっ!」

 

舌打ちをしながら、菊花は大剣を破壊していない足の外殻に突き立てる。

 

 

―――カァン

 

 

大剣の切先は外殻に弾かれる。先ほどはギルティブレイクで簡単に壊せた外殻であったが、ウィークバレットが無ければ、こんなものか。と菊花は苛つき始める自分に嫌気が刺していた。

 

「なら、さぁ!」

 

左手を柄一杯に握り、右手をサイドグリップに充てて外殻に無理やり突き立てる。何とか切先が通り、外殻に刃の先端が埋まった事を確認すると上下にコートエッジを刺したまま振り、抉る様により奥へと突き立てる。

 

「もらうぞ!」

 

 

―――カチリ

 

 

グリップに付けられたPA発動用のトリガーを、菊花は引いた。

 

「サクリファイスバイト!」

 

大剣を通して、アグラニの闇色のフォトンが青い浄化されたフォトンに変化しながら、菊花の身体に流れ込み、その力を吸い込んだ事を証明するようにコートエッジのフォトン光が強く刃が大きく形成されている。

 

「もう一丁ぉぉぉぉぉおおぉぉ!」

 

刺さったままのコートエッジを力一杯ぶん殴る。通った刃の回りにしかなかった罅がまるで竹を穿つ様に上下に分かれ真っ二つに外殻が剥がれ落ちる。

 

「!!?」

 

ビクンと大きく脈打つとアグラニはまたダウンする。崩れ落ちた事を確認しながら菊花は、大剣を納刀しながらアグラニの背中を目指す。移動しながらアフィンの状態を確認する。視界に映るパラメータでは負傷している様子はないが、どうやらショック状態らしく、腰を抜かしたまま動く事が出来ない様であった。

 

「ちっ!」

 

思わず舌打ちが漏れた。一気にアグラニを打ち取り、他で戦う仲間の救援に行きたいが、肝心のアフィンが行動できないのでは、この行動で打ち取れるか不安になる。だが、チャンスである。アフィンは放って於くしかないと決め、背中を目指す。

 

「あいぼぉぉぉううううぅぅ!」

 

震える声でアフィンが叫んだ。アフィンの様子を見るより早くコアに赤いターゲットマークが張り付いた。コアまで後2、3歩というところでアフィンに一瞬だけ視線を移すと、手は震え、視界の焦点もまともに合ってない様に見える中、死にもの狂いの思いで当てた一撃なのだろう。だからこそ、だからこそだ。コートエッジを引き抜く手に力のありったけを込めた。

コートエッジを力の限りコアに突き刺す。切先が赤いコアの表面を砕き侵入する。

 

「オォーバァー・・・エェエェェッンド!」

 

フォトンの刃がダーク・アグラニを食い破った。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

赤黒い雷に呑み込まれた玲司は、全身から煙を上げていた。「シュー」と水が蒸発するような音を上げながら、まるで自分を抱きしめる様に縮こまったまま固まっていた。

 

ラグネは自分の行った攻撃により、動かなくなった相手を見つめていた。自分の前足を破壊しようとした敵が動かない。死んだのか、それともただ動かないのか、わからないが取り敢えず自分が相手にしていた敵が、致命傷を負ったことに違いないと確信していた。

自分でもどうしてなのか分かりはしないが、雷が誘導した事がいい方向に働いたという事は分かる。取り敢えず状態の確認に足で小突いてみる。

 

「・・・・・・」

 

アークスは動かない。

 

今度は強めに蹴ってみる。

 

 

―――ドサリ

 

 

威力の関係で少し浮遊してから、地面に着地し、少々摺引いてから止まり動かない。

完全に倒したようであった。最後の確認にアークスを真正面に捉えて最後の攻撃をしようとゆっくりと近づく。やはり、全く動く気配はない。

 

触腕をゆっくりと振り上げる。足では相手を確認できない、ならば、鎌のようになった触腕で貫くのが一番確実な方法と思う。

 

 

―――ザンッ

 

 

振り上げた触腕を玲司の腹部に向けて一気に振り下ろす。

 

 

だが、其処に玲司の姿は無かった。

 

「やっと隙を見せたな」

 

何とか声を出したと言う様に、玲司は一言呟いた。ラグネの背中に、ブスブスと音と煙を上げたままの玲司が乗っていた。

今の玲司の視覚は半分近くが赤に染まり、耳元ではHPが警戒域に踏み込んでいると、ビープ音が鳴り響いている。

 

「ゴガァ!」

 

背中に張り付いた、害虫を振り下ろそうと、ラグネは体を激しく揺らすが、それはもう遅い。背中に乗った瞬間にコアにはロックオンを済ませ、今はカタナコンバトを起動している。たとえ振り下ろせても、コアに確実に攻撃を当てる事が出来る。

 

柄を両手でしっかりと握り、肩に担ぐように構える。

 

「真打だ、取っておけ!」

 

全力でカタナを振り下ろす。4連撃をコアに見舞う。威力の高い攻撃の一つ一つが必殺の1撃にも見えた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

コアに刺さったソードを引き抜きながら、菊花は静かに立っていた。力なく突っ伏したアグラニ。その体は光とは消えず場に残っている。息があるのでは?と思い攻撃を試みたがダメージ判定は出ていない。ルーサーがデータを改ざんなどして、バグとして残っているのか?と思いながらも、戦況を分析する。

 

自分のところはアグラニを撃破。手古摺りはしたが自分の負傷は軽度。アフィンも負傷は大した事はないが、彼を構成するAIの為かメンタルにダメージを受けている様子で座り込んだまま呼吸が荒く再び戦う状態に戻るには暫く掛かりそうであった。

玲司の方は何とかラグネを処理出来たようで、背中の縁に腰を下ろしていた。相当疲れているようだ、完璧に肩を落とし、1/3程まで減っているHPを回復する様子もなかった。だが、これで後はエスカラグネスのみとなったのだ。玲司もきっとすぐに回復して行動すると信じ、天井を仰ぐ。

 

「?」

 

はて、と小首を菊花は傾げた。何故かユクリータと見つめ合っている。目が合うこと自体は良い。だが、そうではない段々と近づいているのだ。

 

「退いて!」

 

姿勢制御出来ずに落ちてくるユクリータを菊花は受け止めた。

 

正面から抱き抱える様に受け止める、速度が無ければそのまま受け止めきれたであろうが速度を逃がす為に、ユクリータの体を大きく円を描く形で振って、1回2回と回転を経てお姫様抱っこの形で落ち着いた。

 

菊花はそのままの姿勢で天井を見ている。その勇ましい様な、凛々しい様な表情を下から見つめるユクリータは、思わず見惚れ言葉を失ってしまう。

 

「玲司!」

 

声を上げる菊花。

 

その鬼気迫る声に、弾かれる様に玲司は菊花を見やると、天井へと向けられた視線と同じ方を見る。ユクリータはその声に我を取り戻し、頬を確認するように両手を顔に当てようとした瞬間、大きく頭を振り、同じ方向を見る。その視線の先では変化が起きていた。

大きな糸の塊、いや、繭が出来上がっていたのだ。

その繭は、心音の様な鼓動を刻み、鳴らしながら、淡い青色に明滅していた。

 

「クソッが!」

 

ポケットの位置に手を当て、アイテムパックからトリメイトを取り出し一気に飲み干す。強く足を踏み込み跳躍するように一気に菊花の下まで移動する。

 

2体の死骸からなるべく離れ開けた位置に4人は固まる。アフィンは射撃体勢が何時でも取れるように、ライフルを握ってはいるが、その手は震え、ユクリータは、アウロラを装備したまま臨戦態勢を取っている。菊花は逆手にソードを握ったまま上を警戒し、玲司は切羽を抜いて同じく待機していた。

 

 

―――ビュル

 

 

繭から二筋の糸が伸びた。

 

その糸は、玲司と菊花達が倒したラグネとアグラニに絡みつき、その巨体を一瞬にして繭の中に引きずり込んだ。繭は赤と黒、青の三色を伴いながら激しく明滅し、鼓動はまるで心臓が破裂寸前の状態の様に激しさを増している。

 

 

―――ドクン

 

 

大きく、空気を揺るがすような鼓動が響くと明滅と鼓動は止まり、染み入る様に「ミチミチ」と内側からゆっくりと肉を引き裂くような音が聞こえてくる。

その音を聞きながら、各々の武器を握る手に力が籠る。

 

 

―――ブチィ

 

 

盛大に繭が破けた。

 

切れ目から覗く中は黒かったが、ずるりずるりと中身が滑り落ちて来る。まるで胎児か、いや、ビジュアルから死んだ蜘蛛の様に丸まった異形のダーカーが完全に滑り落ちる。その体全てが繭から落ちると、地面に激突する寸前で「ズズン」と低い音を立てて着地する。その光景はまるでダーク・ビブラスの登場を彷彿とさせる。

 

「ゴアァァァァァァッ!」

 

生まれたった喜びか、これから死ぬ者への嘲笑か、轟く異形のラグネの耳を劈く咆哮が空気を揺らし、その異形さを露わにしていく。

足は6本に増え、触腕はその太さを倍近くになりながら鎌が大きく刃が鋸状になっている。さらにボディパターンはどれとも当てはまらない、白と赤と黒が迷彩の様に混ざった斑模様がより一層不気味さを増し、闇色のフォトンとエーテルが混ざり合いながらラグネの装甲を発行させながら漂っている。

 

 

―――異様だ

 

 

その言葉を吐き出すより呑み込みながら、体から自然と力が抜けそうになる。腰から下に力が入らず崩れそうになる体を無理矢理に立った状態を維持する。

ガチガチと噛み合わない歯を噛み込み、無理やり止める。汗が噴き出す感覚を覚えながら、手の平にも滲む汗の感覚を覚えながら、武器を握り込む。

 

「玲司、訳の分かんねぇヤツだ!一気に決めてくれ!」

 

武器をしまい込み菊花は、アフィンとユクリータを抱きかかえ後方に飛ぶ。玲司は刀をより強く握り締めた。ミシミシと音を立てそうな程の変化を感じながらメニューウィンドウを開く。武器の装備画面から武器の迷彩を設定する。

 

刀で使用出来る迷彩の中で、原作でとても強い力を持った武器。青を基調としながら洗礼された金細工の装飾。その武器が登場する作品を知らぬ者でも名前を聞けば知っている程の有名な武器。

 

―――それは、勝利を約束された剣

 

「勝利を約束された剣(エクスカリバー)!」

 

鞘から引き抜かれたのは飾り気は無いが美しく輝くシンプルな剣だった。その剣を両手で握り、力を込める。感覚はあの時、ヴァルキュリアの槍を使った時の感覚をそのままこの剣で引き起こす。

 

 

 

剣の力に覚醒する。

 

 

 

筈だった

 

 

 

玲司を襲ったのは、拘束する糸であった。体を白い粘着質な糸で雁字搦(がんじがら)めにされ剣を握ったまま動けなくなる。

 

「なっ!?」

 

思わず驚きに声が上がる。体を拘束され、足も両踵がついた状態で自由が利かぬまま、ずるりずるりとラグネに引き寄せられる。抵抗しようにも動かない体で抵抗出来る筈もなく、無惨に引き寄せられている。

 

「玲司!どうした、剣の力を使え!」

 

菊花の声が遠くで響く。歯を食いしばり抵抗しながら、その力を行使しようとしても何も起こらない。そのまま引きずられる玲司はラグネまで7m・・・5m・・・と引きずられてしまう。

 

 

「無駄だよ」

 

 

とても静かに声が響いた。声の主は無論ルーサーである。彼はセンターの電光掲示板の上に腰を下ろし、まるで面白い何かを見るような表情でこちらを見ている。

 

一瞬気が緩んだ。

 

玲司の足は一瞬中に浮き、もう一度抵抗しようと爪先が地面に触れた瞬間に、また宙に体が浮いてしまった。

まるで、子供が紐に重りが付いた何かを玩具にしている様に、玲司を振り回し、どこかのロボットが振り回すハンマーの様に回転させ、円を描く。遠心力で、きつく、きつく、食い込む糸が玲司の肌色を紫に変えていく。

 

「玲司!」

 

菊花は叫んだ。横槍を入れて糸が切れるモノならば、玲司を解放する事は出来るだろう。だが、それにより玲司がどんな目に合うかは分からない上に、切れるかもわからない。菊花はチャンスを逃すまいと、見続けるしかなかった。

 

 

―――ズガァン

 

 

スタンド席の一角に玲司は放り込まれた。土埃を巻き上げ着地状況は見えない。

 

 

―――ズガガガガガガッ

 

 

だが、状態などお構いなしに、そのまま擦り引く。

 

スタンドの席が飛び散り、線の様に土埃を上げながら玲司のHPも削れていく。

菊花の視界の片隅に映る玲司のHPは30%を切った辺りで止まり、玲司は沈黙しているようであった。

玲司が瀕死になって気分よ良くしたのか、ラグネは糸を切り菊花達に向きを直す。

武器を構えたまま、にらみ合う。視線を外さないようにしながら、菊花は口を静かに開く。

 

「ルーサー、さっきの無駄ってどういう意味だ?」

 

赤を基調とした、板とジッポライターを合成したような、大剣の武器迷彩「ジャンクヤード・ドッグ」を構えながら菊花は尋ねた。正直に答えは期待していないが、ヤツの性格だ自慢するように口を滑らすと踏んで聞いてみる。

 

「フフ・・・素直に教えて下さいって言えないのかな?」

 

まるで、いじけた子供のいじけた質問でも受け取る様に、まるで自分は寛大ですよと言いたげに、ほほ笑んでいる。

玲司の状態を視界に映る情報から読み取るが、HPが先に見た通り30%以下から動いていない。MAPに映る玲司のポインターも動いていない事から、痛みの所為で気絶をしているようでもあった。

 

「まぁ、ゲームだからね。答えてあげるよ」

 

とても上機嫌である事がやはり、言葉の端からにじみ出て取れる。

 

「なぁに・・・簡単な事さ。君達が使える迷彩能力のクール時間を武器毎でなくて、君達自身、つまり君達はどんな迷彩の力を引き出そう24

時間で5分しか使えない様になったって事さ」

 

フフンと鼻を鳴らし、足を組み替えながらルーサーは面白そうに菊花を見ている。玲司が迷彩の力を使えないのを知っていて、ここで菊花も能力を使わざるを得ない状況を。ここで力を使えばこの後に何かこちらの不利になる事、容易に想像つくのは増援を送って来る事だろう。だが、今の菊花にはそんな事を考え次に備える余裕なんて無かった。

 

「アフィン!ユク!玲司の安全を確保しろっ、コイツは俺がぶちのめす!」

 

菊花の身体を炎が纏わりつくように渦巻く。まるで心境を現す様に激しくうねる炎に驚きながら、アフィンは「無理すんなよ」と言葉を残して一番近いセパレーターへユクリータと共に向かった。

 

「何をしようとも、余裕がないんだ。ならさ・・・ぶちかます!」

 

燃え上がる炎の中心で、菊花の姿は変化していく。

足から体に纏わり付くように上る影が、菊花を包んでいく。それは肌を、服を、翼を、角を菊花のすべての表面を覆い尽くす様に纏わり付き、キャストである彼女機械的な部分がなくなり、まるで漫画やアニメに登場する衣服を纏っていない悪魔の様な状態へと変貌し、覆い包むと炎は、その熱量だけを残し姿を消した。

菊花の瞳の端にカウントダウンタイマーが映り込む。タイマーが刻む残り時間は黄色い文字で5分、赤い明滅する文字で45秒であった。

 

「ゴシャアアァァァァァ!」

 

雄たけびを上げるラグネは、その触腕を振り上げると、赤と白渦巻く円盤を投げつける。弾速の早い赤と遅い白が混じり合いどちらかに気を取られれば直撃はせずとも体を引っ掛けてしまいそうである。

 

「ん~だ?もっと度肝抜けよ」

 

落胆したと吐き捨てると菊花の姿はラグネの視界から消えた。

 

「グランドォ・・・!」

 

菊花の声は聞こえる。何処から聞こえているかは分からないが、ラグネの本能が告げる。とてつもない一撃が来ると。だが、何処から来るかは分からないから身体を縮込めて防御態勢を取るしかなかった。

 

「ヴァイッパアアァァアァァァアァァァ!」

 

菊花の握る武器が唸りを上げながら炎を纏い、アッパーがラグネの胴体にクリーンヒットする。

 

「!!?」

 

ラグネには理解できなかった、何が起こったのかを。くの字に曲がる体とダメージを負う感覚に襲われながら、答えが見えた。

衝撃で浮遊する身体が見せたのは、自分に攻撃を行った者と、その者が描いた黒く焼け焦げた軌跡であった。ダメージを受けて吹き飛ばされたが、体勢を立て直し反撃を行う算段を頭の中で描く。現状の勢いならば外壁まで到達する。ならば、このまま飛ばされて外壁に張り付きながら移動して効果的な攻撃を探る。

そう決めた。

決めた時であった。

 

「バンディッド・・・」

 

声が聞こえた。

 

剣に炎が纏わり付きながら、拳を振りかぶった菊花が頭上に居たのだ。

 

「ブリンガァー!」

 

ストレートパンチが振り下ろされる。その一撃がラグネの頭部装甲を甲高い音を立てながら叩いた。拳に襲われた直後ラグネの身体を地面が飲み込みに掛かる。いや、叩きつけられた。

 

ダメージがデカい。下手に知能を与えられた所為で視界と思考が痛みで歪みながらも何とか立ち上がる。

龍人がこちらを見据えながら、空いた手で首元を抑えながらゴキゴキと鳴らしている。まるでこちらが復活するまでの暇を潰すかのように。

 

鋭い眼光が刺さる。

 

思わず飛び退きながら、体を拘束するように、龍人に糸を放つ。幾本も重なり、しなやかで強靭な糸が龍人に絡みつく。粘着する糸を放ったのだ、もがけばもがく程粘着質が糸と獲物の身体に纏わり付き自由を奪う糸を。

 

「あぁん?」

 

まるでガラの悪いチンピラの様な声を放った龍人。それは纏わり付く糸が邪魔だと言うニュアンスでそのままの意味だった。

纏わり付いた糸をただ体に着いた邪魔な汚れを払う様に、龍人の身体が小さな爆炎を巻き起こし糸を焼き払ったのだ。

糸を絡めて無効化されるにしても時間は稼げると踏んでいたのに、全く意味をなさない。更に強まる殺気に反射的に身を振るう。それはラグネの持つ強力な範囲攻撃だ。

 

青い煙と赤い煙がまるで地面を踊る様に湧き出る。パリパリと帯電しながら龍人を取り囲むと、光が一層強さを増し、中央へと流れ込む。

まるでスタングレネードでも投げ込んだように、目が眩むほどの光が溢れ稲妻特有の轟音が張力も奪う。

 

『勝った』

 

そう確信した。

 

決して外さなかった視界。今も外しては居ない。

 

痛みが胴を襲っていた。

 

痛みを感じたその時には、壁に張り付いていた。ただ足ではなく背中が。

 

背中がスタンド席を超え、掲示板の取り付けられた壁に貼り付けられている事に気が付いた時には痛みがラグネを襲っていた。体が動かず、自重で壁から剥がれた時、その目に映るのは炎を纏う龍人であった。

足元から湧き上がる炎は渦巻きながら轟々と音を上げている。

 

「もう、終わりだゲテモノ!」

 

振りかぶる拳に炎が集まる。避けなければと思うが体は動かない、何も出来ない。ただ受け入れるしかなかった。龍人の暴力を。

 

「タァイ・・・」

 

ストレートがラグネの身体に埋まる。炎を纏った拳が入った瞬間、ラグネの体中に熱量が体を駆け巡る。

 

「ラァン!」

 

今度はアッパーであった。拳を受けた部分から少しずれた位置に二撃目が見舞われる。体の表面を抉りながら振り上げられた拳、その拳が描く軌道が通る場所を起点とし八の字の様に体が仰け反る。

二撃を決めた龍人の纏う炎は更に力を強め唸りを上げる。その炎は勢いを増すというより凝縮されていく。まるで小さな太陽を作る様に輝きを増しながら、いつの間にか剣を握った両拳がラグネに向けられたまま。

 

「レエェイブッ!」

 

凝縮された炎が爆発する。炎の塊がラグネを襲った。

 

いや、弾き飛ばしたと言うのが適当ではあるが、起こったインパクトは、そんな表現をチープに思わせる。炎が弾けた瞬間、壁となりラグネに襲い掛かったのだ。轟と音立てながらもその炎はラグネを焼くどころか、巨大な質量を持ったハンマーの様に叩き潰したのだ。

今までの攻撃で弾き飛ばしたのとは比べ物にならない勢いで、再度壁に埋もれたラグネは、その姿を断末魔も上げる暇などなかった。

 

ラグネの押し型を残し光へと消えた。

 

「・・・・・・」

 

龍人は向きを直した。纏った影がまるで今まで張り付いていたのがウソと言う様にスルリスルリ剥がれ、纏った人間の本当の姿を露わになりながら。

 

菊花はルーサーを睨む。カウントはまだ3分以上残っている。

 

 

 

・・・パチ、パチ、パチ

 

 

 

とても寂しく拍手が鳴る。

 

だが、その音が出す寂しさとは逆に嬉々とした表情でルーサーが音を鳴らしている。

その目に映る菊花とアフィンとユクリータに支えられた玲司を見ながら。

 

「すばらしい」

 

一言ポツリと呟いた。

ここまでの事は予想通りに運んだ自分への自讃か、予想外の出来事に対しての喜びかは分からない。

だが、ルーサーの表情はこれ以上にない至福と言う様子であった。

 

「ルーサー」

 

ジャンクヤード・ドッグを構え菊花は、ルーサーを呼ぶ。その声には怒りが籠っているが、大声ではない。冷たい、今の菊花が纏う炎とは真逆の印象を与える冷たさが滲み出ている。

 

「やるなら相手になる。やらなくても殺す!」

 

菊花の言葉に、自分の表情に気が付いたのか平静を保つ様に顔を変える。

 

「そうだったね、君達が勝ったんだから・・・ご褒美を上げないとね」

 

 

 

―――パチン

 

 

 

フィンガースナップが響く。その音にルーサーの近くの空間が歪む。黒いフォトンが歪んだ空間から溢れ出る。

その現象にアフィンとユクリータを突き飛ばす様に、玲司は構えを取った。だが、柄に手を掛けた瞬間から膝が崩れ落ちる。

 

 

情けない

 

 

その言葉が玲司の胸を過りながらも、顔を上げる。

闇のフォトンの中から少女が現れる。その少女の姿を玲司と菊花は見間違えるはずがない。意識が無い様子で十字架に張り付けられたような体勢で現れたのは、如月であった。

 

「き~ちゃん!」

 

思わず声を上げ、持つ刀を杖にして玲司は立ち上がる。だが、それでも玲司は崩れてしまう。

 

「任せろ!」

 

身体に纏う炎が菊花の足元に集中しながら、菊花駆け出した。滑る様に地面を走る菊花は如月の真下程まで来ると、地面を蹴り飛び上がった。

 

「先輩っ!」

 

その光景にもどかしさを覚えながら玲司は叫んだ。

 

「もう少し、もう少しで如月に手が届く」

 

伸ばした手の先に見える如月の姿。自分と玲司が抵抗しても無意味と言われんばかりに連れていかれてしまった仲間。今目の前に居るのだ、今度こそ手を届かせる。

強く思う心、その心に浮かぶ思いは近づく程に強くなる。

 

「ご褒美を上げると言ったじゃないか」

 

まるで子供を諭すような穏やかさでルーサーは言った。

 

 

―――トサッ

 

 

菊花の身体に重量が掛かる。菊花の伸ばした手より先に、如月の身体が菊花の胸に落ちたのだ。

 

「!?」

 

菊花の纏っていた炎が消える。驚きのあまり菊花の纏っていた炎は掻き消えた。慌てながら菊花は如月の身体を抱いた。もう失いたくないと言う様に、きつく抱きしめながら菊花は落ちていく。体勢を整えらないまま地表に向かって。

 

「っぐぅぅ・・・!」

 

菊花の身体は痛みを感じなかった。「攻撃やトラップギミックの痛みしか感じないのか?」と思いながら恐る恐ると目を開けると、地表にぶつかったにしては視線が高かった。

 

「無事・・・ですよね?」

 

声が聞こえた。その声の主へと視線を向けると玲司の顔が見えた。

どうやら、落ちて激突するより早く玲司が菊花の身体を受け止めクッションになっていたらしい。玲司のみぞおち水下に菊花の肘が埋もれていた。

 

慌てて玲司から離れると如月の様子を確認する。まだ目覚めてはいないらしく、とても穏やかな寝顔で菊花の腕の中に居る。

 

「そうそう、玲司。君の知り合いを置いてくよ?放って於いても良いんだけど、なんだかいたたまれない気になってしまったからね」

 

 

―――パチン

 

 

再びフィンガースナップが鳴ると空間がまた歪む。

 

玲司の頭上の空間が歪みその中から緑色を基調としたカラーリングの女性キャストが、玲司目掛けて落ちて来る。だが、流石に頭上だとは思わなかった玲司は、周囲を警戒していたがとうとう気付かず、玲司の頭目掛けて落ちて来た。

 

 

―――ガヅン

 

 

玲司の頭とキャストの頭が豪快な音を立ててぶつかった。

 

「ぬぅおおおおおん!」

 

あまりの痛みに玲司が悶え苦しむ。まるでギャグマンガの1ページの様に悶え苦しむ玲司とピクリとも動かないキャスト。その様子に言葉を失う菊花に、起こった出来事が予想外だったのかルーサーの顔も引き攣っている。

 

「ま・・・まぁ、そのキャストとチームメンバーはあげるよ。それと、君達の装備レアリティを10に引き上げるとするよ」

 

その言葉に、菊花は目を剥いた。むしろ装備のレベルを今回の結果から引き下げる方が敵にとっては状況が良くなる上に、こちらは今回相手の出した状況戦闘をクリアしているのだ。条件を厳しくされても文句を言えない筈なのにだ。

 

「それと、次に僕が合う時に、君達の誰かを現実に戻してあげるよ」

 

その言葉に菊花は更に驚いた。今のメンツのウチ誰かが居なくなるとしても、装備水準を上げた上にここまでする理由が理解出来ない。今のこの事件に対しても、答えが出ていないのに、ここまでする理由が全く分からず、ただ菊花は混乱するしかなかった。

 

「じゃあね」

 

頭の中で考えと驚きが混ざり、混乱している最中ルーサーは虚空へと消えてしまった。

 

「あっ!」

 

菊花がルーサーの動向に気付いた時には、静寂がフィールドに広がっていた。

 

 

「どうしろってんだよ・・・」

 

 

半ば呆れたような声で菊花は呟いた。意識の無いチームメンバーと謎のキャスト、そして頭を抱えて悶えるチームリーダー。勝利の余韻より情けなさが菊花の胸に広がった。

 

 




お楽しみいただけたでしょうか?

玲司 です。

相変わらず、長いですねwさて、物語全体の構成とすればオープニングもほぼ終わったくらいですかね。予定の上では・・・

せっかくの2次創作だから、オリジナル要素をPSO2の世界観を壊さない程度にどんどん入れていきます。

そして、全員紹介できるかは分かりませんが、あとがきでキャラクター紹介を1人ずつ書いていこうかと思います。

なるべく間を置かない様に書いていければと思います。



リアル/ゲーム
名前  鈴木貴明 / 玲司

性別  男    / 男

身長  172   / 193cm

体重  115   / 87kg

メインクラス   BrBo

カンストクラス  Hu、Fi、Br、Bo

オープンβからの玄人プレイヤー。
和装と刀が大好きで見た目を重視して、カタナが和風でないならば迷彩をずっと被せて使う。
やさしいと言うより、甘い性格でフレンドやチームメンバーに対して殆ど甘い顔しか見せない。プレイヤーとしてのスキルは並みより上位で敵を最前線で倒す様な立ち振る舞いよりも、PTでの中核を担う立ち回りの方が好みである。 


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PHASE2.5 「蠢く深淵の中で」

今回は、サブタイトル通り2話と3話の間となります。本当は2話と共に付けるつもりでしたが、投稿した時との読みやすさ話しの管理、理解などを自分で考えて、これの方が良いのでは?と思いこの形にしました。


 

空を見上げれば無数の星空、足元を見れば砂利とクレーターが広がる世界。

 

「月」

 

その世界の一部に建設された居住と研究を目的とした施設があった。無骨な骨組みとガラス張りの壁面。床はリノリウムの様な素材で出来たその施設には。現在14人NPCが、ホームベースとして使用していた。

そんな施設の中に設けられた地下施設エリアの一角に、黄色と水色の液体が流れ、部屋の壁には直径にして5mはあろうかという大きな機械の枠で作られたリング状のゲートが、設置されている。其処はこのゲーム世界でストーリーを楽しんでいる者ならば、誰しもがわかるマザーシップの最深部へと向かうゲートに酷似していた。

 

前触れもなくゲートの境界面が波打つ。中央から広がる波紋は最初は静かなものであったが、段々と激しさを増すとともに、その中から何かが境界を破る様に出て来た。

白くスラッとした指に白い衣服の袖が見えて来る。そこまで出て来るとスルリと全身が境界面を通り抜けて出てくる。その姿は殆どの者が知っているであろう、ルーサーのモノだ。

上機嫌に鼻を「フフン」と鳴らしながらカツカツと足音を立てて施設内を進んで行く。この施設を利用している者達が使い、自分にも割り当てられている個人の部屋ではなく、自分が果たすべき役目として成した成果を報告するために。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

モニターとサーバーコンピューターが置かれた大部屋にて、少女がモニターの前でパネルを叩いていた。

気品あふれる白を基調とした、レディーススーツの様な衣装に、深い青の流れるロングヘア―。見た目は幼くとも、マザークラスタの頂点に立つマザーその人であった。

モニターに映される情報を眺め、パネルで何か数値を打ちこんだり、文字を入力しながら、データを弄っていた。

「集まってきているデータの方は如何だい?」

モニターに映っては消えていくデータを見ながら面白そうに、ルーサーはマザーに尋ねた。その声にマザーの手は一瞬止まったが、再び動き出しパネルを叩いていく。

「概ね順調ではある。しかし、私達の存在からすれば本来はこのような端末などいらぬのにな・・・」

何処か皮肉めいた調子で呟きながらマザーはデータの整理を続けていく。まるでモニターに何が映るのかあらかじめ分かっている様に、映る情報を目では追わず、映る全体の像を「ぼう」と見つめているようである。

その様子をとても面白そうにルーサーは見つめながら、胸ポケットを弄る。其処から取り出したのはコンビニなどで売っているようなフラッシュメモリであった。

「だけど、僕達はこうして行動する事は、とても生物・・・人間に近いとは思わないか?」

マザーの視界を遮る様に、メモリをチラつかせ、邪魔だと言わんばかりにマザーがメモリをルーサーの手からむしり取った。そして、すぐ様にモニターとつながっているデスクトップPCの様な端末に接続してデータを抽出していく。

「しかし、人間とは面白いものだね」

転送されるデータの状況を現したパーセンテージを見ながらルーサーは呟いた。

「怯える者、怒る者、喜ぶ者・・・反応は様々だ。だけど、そんな彼らはとても順応と対応が早い」

先ほどまで体験したデータ・・・いや、記憶をゆっくりと味わう様に蘇らせる。一番最後に会ったのは、流れる深く、黒に近い青髪を靡かせた鬼と漆黒の機械の竜人だった。どちらも戦闘能力は、並みより高い程度であったが、それだけでは言い表せない、信念の様なモノを感じさせるほど、強く戦っていた。

「しかし、クリエイター酒井も厄介なデータをプレイヤーPLに与えてくれたものだ」

そう、渋い顔をしながらマザーは呟いた。モニターに映るのは、ヴァルキュリアになった鬼と爆炎を纏う黒い竜人の姿だった。

「だからこそ・・・さ」

とても、上機嫌になりながらルーサーは更に呟く。まるで、恍惚に浸る様に。

「酒井の作った能力自体を完全には縛らず、装備条件の緩和。これこそが彼らが、不満から戦闘しない事を回避するための今の上策なのさ」

ルーサーがマザーの隣の端末を操作し始める。其処に映るのは、PL達の事細かな情報であった。HP・PPから始まり、名前をクリックすれば受けているバフ、デバフから装備情報まで映し出される。

「僕らの悲願成就の為には彼らに少しでも強く、多くのデータを提供してもらわないとね」

更新されていくモニター情報をそのままにしながらルーサーは、部屋を後にしようとドアへと向かう。データの整理はマザーがやっているだからこそ違う仕事を擦る為に。

「・・・そうそう、仮面(ペルソナ)とアーデムの様子は如何だい?」

出掛けに思い出したように、一応聞いておくかと言う様に、ルーサーはマザーに尋ねた。

「彼らを目覚めさせるにはまだだな、解析完了した分は15%程だ」

冷たく、煩わしいと言いたげに呟くマザーの言葉に、ルーサーの口角は吊り上がる。ニンマリと笑うその表情はとても楽しそうであった。

「私からも一つ良いか?」

マザーがルーサーを何とか視界の端に映るような位置に体を向けて尋ねた。その言葉にこたえるようにルーサーは手の平を「どうぞ」と言う様に返して見せた。

「貴様は今から何処へ行く?」

その問いにくつくつと肩を震わせながら、声を抑えてルーサーは笑った。

「手駒を増やすのさ。ダークファルス(ぼくら)ときみたちマザークラスタ(きみたち)だけじゃ、PL(かれら)の相手は務まらないからね」

そう言い残してルーサーは部屋を後にした。

一つため息をマザーは吐いて、指を止めてモニターの情報を見つめる。

「本当に、この手段が最善であれば良いが・・・」

モニターをなぞる指、映っているのは人型のシルエットにパーセンテージが映されている。数字は14.78%から少しずつ増えていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

月施設の地下に設けられた収容施設に、アークス達は捕らえられていた。自分の状態から上下位は分かるが、何処を剥いても暗闇でこの場所はどれ程大きな場所かは分からず、それだけではなく当然ではあるが時間すらも解らない。

そこに、両手を両足を広げX字の様な状態で張り付けにされた2人のアークスが居た。

「オイラ達を解放しろーっ!」

ツンツン金髪ヘアーに黒衣を纏った男のアークスが悶えながら叫んでいた。どれ程拘束を外そうと動いても、この程度では外れない事も武器が無いから脱出の足掛かりにならない事も分かる。だが、動かなければと心の底からの衝動に身を任せて必死に叫び、逃げ出そうとしていた。

「やぁやぁ・・・ご気分如何かな?」

闇を切り裂いて、ではなく闇の中から這い出るように、アークスの視界に入って来た。

「ルーサー!」

名前を叫ぶアークスの目の前で、「お静かに」と口に人差し指を当てて促す。思わず口を噤むアークスではあるが、歯をグッと噛み締め、隙があれば襲い掛かると言いたげに睨み付けている。

「まぁ、落ち着き給え。僕としては、その拘束を解いてあげても良いんだけどね。ただ今解いても暴れるだろ?」

そうルーサーが聞くと「当たり前だ!」と返され、少し困ったように、だが何処か嬉しそうに表情を歪めながら背を向ける。

「ジャオン・レイヴズ君・・・君の気持は変わらなくても僕の話を聞いてみないか?」

ゆっくりと焦らない様にと言いたげな口調で、ルーサーは語り始めた。

「最も君が聞いてくれないなら、こっちに聞いてもらうがね?」

ジャオンの隣で気を失っているアークスに手を伸ばそうとするルーサー。

流れる様なロングなライトブラウンヘアー。自分が望んで欲しいのであろうメリハリのついたボディライン。この世界では大して気に留めてはいないだろうが、現実では誰もが目を止めるであろう。

「エクレアさんに触るな!:

ジャオンの声が轟く、先ほどまでとは違う、とても強い怒りの色を乗せて。

「じゃあ、お話しをしようか?」

手を引きながら、ジャオンを見るルーサーに、「フン」と鼻を鳴らし、ジャオンはそっぽを向いた。

聞く気などない。そうは思っていたが、彼の言葉が紡がれて行く度にジャオンは、一言、また一言と言葉を受け入れ始めていた。

 




リアル/ゲーム
名前  加嶋秀介 / 菊花

性別  男    / 女

身長  177   / 182cm

体重  56    / 49kg

メインクラス   HuBr

カンストクラス  Hu、Fi、Ra、Gu、Te、Br、Bo、Su

オープンβからの玄人プレイヤー。
ビジュアル的には冷たい印象を受けるが、とてもフレンドリーでビジュアルはほぼ一緒でヒューマン、キャスト、デューマンを持ちカンストクラスも同じである。
普段から他人に優しく接するのであるが、先天的にS気があるのか時々、心を抉る様な言葉が飛び出す時があり、他人に嫌な汗を掻かせる事がある。


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PHASE3 「影」

久々の投稿となります。

忘れてられなければいいなぁ(笑)


9日目 AM 7:02

 

 

「・・・ん」

眠りから覚醒した私は、寝転がったままぼやける視界を鮮明にする為に目を擦った。それはいつもの癖で、本当は擦らない方が良い事は知っている。だけど、染みついてしまっているモノは仕方がない。と思いながら次第に鮮明になる視覚は、私が見た事もない天井を映し出した。

 

「・・・まだ、帰れてないんだ」

 

ポツリと呟く。本物とほぼ同じ質感の知らない天井を見て、起きたばかりだから目を閉じてしまうのは容易いが、なんとなく嫌になって手の甲で視界を塞ぎながら、重くため息を吐いてしまう。

 

この世界に来てから9日。救出されてからは2日目になる。目が覚める度に現実に帰れたのかを確認してしまう。

 

「帰りたい・・・」

 

ポツリと自然に口から毀れた言葉。ゆっくりと咀嚼(そしゃく)する様に毀れた言葉を自覚すると、自然と涙が毀れ落ちてしまう。輪郭をなぞって伝う涙の感覚でさえ再現しているこの世界。取り残されたPLの生活でのストレスをなるべく感じさせない為、極限まで現実と同じ感覚にするために拡張された感覚が、逆に非現実を実感させる。

 

「まぁ、感傷に浸りたいのは俺も一緒なんだけど・・・」

 

その言葉に「ハッ」として如月は飛び起きる。耳元で聞こえた言葉の主から少しでも離れる為に、体を起こして。胸元を毛布で隠しながら。青い顔を少しでも知られまいと俯き長めの前髪で表情を見られない様にしながら。

 

「潜り込む事自体は構わないけど、もう少し色々と自覚しないと」

 

流れる青髪の男は少々困ったような表情をしながら、布団変わりのマットの上で寝転がっていた。いつもは鬼の半面を付けた頼れる人が。

 

チームでも個人でも今はPL用のルームが使えない今、本来はこうしてPLが立ち入れないイベント専用で用意されているメディカルルームを即席の寝床として借りている。そんな中で雑魚寝していて、マスターは部屋の隅でいつも寝ている。

もしかしたら、マスターがいたずらでもしているのかと思い首の動きは最小限で、なるべく瞳を動かして部屋の状況を確認するが、マスターはテリトリーから出ていない事が窺える。

 

「す・・・すみません」

 

消える様なか細い声で如月は謝った。体にきつく毛布を巻きながら、恥ずかしいのか悲しいのか、よく解らなくなってしまった心と顔を誤魔化す様に、さらに俯き逸らしながら。

 

「まぁ、良いけど・・・今度は容赦しないからね?」

 

にっこりとさわやかな笑顔を浮かべる玲司。これでだらしない寝間着姿でなければ騙される女性も多いだろう。

 

だが、今の如月の頭にそんな事は無く、「・・・何を?」と思わず、恐る恐る聞いてしまう。

 

「あらぁ、私だって男よ?そら、エッチな事をするに・・・」

 

 

―――バッチ~~ン

 

 

とてもいい音が鳴った。炸裂音に近いそれは、玲司の左頬に綺麗な手形を作っている。その出来事に驚いたのか玲司はきょとんとしたまま、目をパチクリとさせている。

 

「ばかぁっ!」

 

と、その一言だけを残して如月は、部屋を飛び出して行ってしまった。

 

ヒリヒリと痛む頬を擦りながら、玲司はのっそりと起き上がる。何もない空間から煙管を取り出すと、口に咥えて火皿をゆっくりと明滅させる。現実で煙草など吸わないのであるが、まるで愛煙家の様な慣れた手つきで、口から煙管を外しながら煙を吹くように、細くため息を吐いた。

 

「・・・」

 

ガシガシと頭を掻きながら玲司は、メニューウインドウをモーションなしで呼び出し、時間を確認する。今は午前7時を過ぎた事をデジタル時計が知らせている。

 

「全く・・・怒られても今のは仕方ないからな」

 

呆れた様な声が聞こえて来た。流石に寝るのには邪魔だったのか、龍の翼を外した菊花がこちらを見ていた。メリハリの付いた艶美なスタイルを隠すでもないその様子は、飾り気のないベーシックインナーを纏って最低限隠せれば良いと言う様な状態である。

 

そして、彼はメニューを呼び出して煙管を取り出すと口に咥え吹かし始めた。

 

傍から見れば、時代劇に登場する花魁が煙管を吹かすワンシーンにも見えるが、それとはかけ離れた龍の角に、見た目と中身の性別が違うためか、妙にその姿に色っぽさを感じられない。

 

「再発防止と少しでも元気になればと思いましてね」

 

指先で煙管を遊びながら玲司は答える。玲司と菊花の2人はストレスをエネミーに向ければ良いが、この状態になってからクエストに出かけられない如月は、ストレスと恐怖に押し潰されそうな表情を時折見せている。そんな事を一瞬でも忘れられればと思い言ってみたが、想像以上に余裕がなかった事に玲司は内心驚いている。

 

「ユーモアと余裕は要ると思うが、タイミングが悪いな」

 

怒りとは違う、叱る上で熱ではなく冷で窘める様に菊花は玲司言葉掛ける。その言葉に当然と言えばそうだが、玲司は「むぅ・・・」と小さく唸り難しそうな顔をする。

 

「今、如月さんが飛び出ていったんですけど、何があったんですか!?」

 

白いナース服にナースキャップ。赤に近いピンクのソバージュヘアのメディカルスタッフ、フィリアが、如月に声を掛けられなかったのか、理由を聞くまでは到らなかったのか、玲司達の下まで慌ててやって来た。

 

「無神経なマスターが、冗談のつもりで無神経な事言って飛び出てっちゃったのよ」

 

嫌味100%と言うくらいの口調で菊花がフィリアに簡単に状況を説明する。

 

その言葉に、フィリアは驚いたあと、無言のまま玲司にとても鋭い視線を浴びせた。その視線に玲司は一瞬たじろぎはしたが、「りょーかい・・・様子見つつ迎えに行ってきますわ」と一言残すと玲司はフィリアから本格的な説教の始まるまえに、足早に事代衣装の上着を小脇に抱えて玲司は部屋からそそくさと出ていく。

 

「・・・まったく」

 

やれやれと言った様子でフィリアは一つ大きなため息を吐いた。その様子を見ながら菊花は苦笑し、もう一度煙管を吹かす。

そして、大きく息を吐きながら、いまだに横になっているキャストの方を見やった。

 

「ま、多少は性格把握してるけど・・・期待通りの展開にはならなかったね。マツタケさん?」

 

その言葉にマツタケは大きくびくりと身を震わせる、そろ~りと薄目にしていた目を開くと、菊花がケラケラと笑っていた。

 

「さて・・・」

 

菊花は、咥えていた煙管を外した

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

AM 07:11

 

 

ゲートエリア 東階段

 

 

メディカルルームをと飛び出した如月は、ゲートエリア東の上り階段の踊り場に座り込んでいた。

 

玲司のセクハラ発言に驚いただけではなく、今の様な状況に置かれているのに焦りが全くない様子や、ルーサーからの連絡も如月が助けられてから入ってきていないのだ。

 

だから、あんなに落ち着いている玲司が信じられなかった。

 

「・・・帰りたい」

 

膝を抱えて如月は丸くなった。

 

とても怖い。今は生きていられる。だけど、あくまで現実の自分は生かされている。もし、このまま現実に戻れなければ、ゆっくりと体の脂肪や水分が失われて5年もしない内に、ミイラの様になって死んでしまうのだ。

そう、嫌な考えばかりが頭を巡ってしまう。ゆっくりと自分が削れて死んでしまう様に思える。

 

自然と体が震え、涙も毀れて来る。

 

 

―――帰りたい

 

 

この言葉しか出てこない。自然と指が動いてメニューを呼び出す。コマンドの中一番右端のボタンを押してログアウトボタンを呼び出す。

 

何度押しても反応は帰ってこなかった。

 

「お姉さん何してるのかニャ?」

 

いきなり掛けられた声に、如月はビクリと身が跳ねた。

驚いたまま、声が聞こえた方を見ると、白と黒の2足歩行を可能としている猫。猫と言うよりは猫をベースとしたぬいぐるみの様なマスコットキャラクター達が立っていた。

 

この突然の状況に、如月は言葉が出なかった。まだ普通のNPCに声を掛けられるなら反応出来たであろう。だが、完璧なマスコットキャラクターがアミューズメントパークの様な着ぐるみサイズではなく、人間の子供程のサイズの大きさなのだ。

 

 

―――ペシ

 

 

白猫を黒猫が叩いた。

頭に手(?)が当たった瞬間、星がチラリと散った。

 

「レディが暗い顔してるのに、そんなこと聞くのは野暮だニャ」

 

呆れた顔をしながら黒猫が、白猫を窘めると「ちょこん」と如月の隣に腰かけた。

 

「にゃ?」

 

白猫が小首を傾げた。

 

「猫さん?」

 

思わず如月も戸惑う。

 

「お姉さん、悩み話してみるニャ。人に言えない事かもしれないけど、猫になら何言ってもどうせ猫ニャ、理解できないニャ」

 

黒猫はニヒル(?)な笑みを浮かべている。

 

「言ってておかしいと思わないのかニャ?」

 

白猫が頭に「?」を受かべて思わず黒猫に聞く。

 

「うっさいニャ!」

 

 

―――ペシ

 

 

再び黒猫が白猫の頭を叩いた。

 

「お前はどっか行ってるニャ、暫くしたら戻ってくるニャ」

 

「まったく・・・」と言いたげな表情で、黒猫が白猫に言い放つと、白猫は「やれやれ」と言いたげにトボトボとゲートエリアのホールへと歩いて行った。

 

その後ろ姿を見やると、黒猫は「ちょこん」と如月の隣へと腰を下ろした。

如月の身長は大体150cm程、それより、頭一つ分小さい黒猫。だからどうという事は無いのだが、この世界に於いて自分より身長が高い相手ばかりだから、小さい相手が隣に座るのは妙に新鮮に感じた。

 

「なんでも話すと良いニャ。言葉に出すことで少しでも気持ちの整理が付くって聞いたことあるニャ」

 

ニコっと笑う黒猫の御かげか、如月は少しずつ自分の置かれている状況を口に出す事にしてみた。

 

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

 

7日目 19:57

 

市街地決戦フィールド アリーナ

 

 

 

―――・・・かり!

 

 

―――し・・・り・・・!

 

 

―――しっかり!

 

 

 

男の呼び声に如月は目を覚ました。

 

如月を抱きかかえながら、鬼の半面を付けた男が声を掛け続けていたらしい。

如月が目を覚ますと男は、とても安どした様子でため息を一つ吐いたのだった。

 

「・・・マスター?」

 

おぼろげな意識を何とか繋ぐ様に如月は声を発した。それでさらに安心したのか、男は優しく如月の額を撫で始める。

ただ優しく撫でて来る男の手が気持ち良かった。その気持ち良さに身を委ね瞳を閉じそうになるが、何とか抗いながら撫でて来ている男の手を触る。

 

「マスター・・・私、どこなんです?」

 

何とか見つけた言葉で如月は尋ねた。その言葉に男の顔は暗く濁った。その放った言葉に、それほどいい状況ではない事が受けて取れた。でも、聞かずにはいられない。

 

「他のみんなは?」

 

次第にハッキリしていく意識が、視界も拡張していく。マスターから少し離れた場所に人影がある。その姿は、菊花とアフィン、ユクリータそして、見覚えのない意識を失っている様子の緑色のキャストのモノであった。他の者達もマスターと同じように沈んだ顔であった。

なおも覚醒し続ける意識。それは自分に何があったのかを思い出させる。

 

今は何時だか分からないが、モニターの最終日にDFとマザー達の手によってマスターと菊花以外のチームメンバーは拘束され、闇の中に引きずり込まれた。それから、濁流の様な闇に包まれて意識を失った事は覚えている。

 

「他の皆さんは、ロビーですか?」

 

何気ない質問を玲司に再び玲司に問いかけた。自分の置かれている状況を、最悪の場合を頭の隅に置きながら。

 

「・・・ ・・・。」

 

マスターは口を噤んだまま答えない。

 

「帰れるんですよね?」

 

聞きたくない、知りたくないと思いながらも言葉が漏れ出る。

 

「・・・ ・・・。」

 

その言葉にマスターは一層口を堅く閉じた。まるで痛みでも堪える様に。

言葉を発さないマスターの顔に、苦痛を堪える様な表情に次第に頭の隅にあった不安が首をもたげる。考えたくはない、答えを聞きたくない。それは、外れていて欲しい。そんな思いが胸に渦巻く。

 

そして、マスターは決心したようにゆっくりと口を開いた。

 

「・・・すまない」

 

血の気が引くとはこの事なのであろうか。目の前が急に暗く映っていた像がすべて影に飲まれて行く。

 

「あ・・・」

 

口から言葉、いや、声が漏れ出る。それは言葉ではなく音であった。感情が乗った音。心が絶望に埋め尽くされ何も考えられなくなっていく。

 

「あ・・・あぁ・・・」

 

漏れ出る音と同時に、頬を伝う熱い感覚。涙が溢れ流れ出してくる。疑似的な涙でそういう感覚を再現しているのかもしれない。絶望で張り裂けそうになる感情とは別に、何処か冷静にモノを捕らえる自分が居る。

 

だからこそなのだろう。

 

「なんで・・・」

 

自然と言葉が口から漏れ出てしまうのは。

 

「なんで、こんな事に巻き込んだんですかっ!」

 

違う、こんな事を言いたいんじゃない。でも、心と言葉はかけ離れていた。

 

「責任とって下さいよ!・・・お家に帰らせて・・・」

 

最後には力なく如月は崩れ、大粒の涙をボロボロと零した。

 

分かっている。もっと機械的な問題で帰れなくなったり、システムの問題で早く終わったりは覚悟していた。でも、こんな牢獄のような事になるなんて想像していなかった。問題があっても、多少強引な方法で現実に帰れると思っていた。

 

「・・・ごめん」

 

力なく呟くように響く玲司の言葉に、如月は泣き崩れる。

如月の泣く声が玲司の胸に深く突き刺さる。自分がこのイベントに誘いさえしなければ・・・。そう考えて渦巻く罪の意識が重く重く玲司に圧し掛かる。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

「おね~さん、大丈夫かニャ?」

 

その言葉に、如月は「ハッ!」と我に返った。瞳の端からは今にも涙が毀れそうになっているのが分かる。そんな如月を心配してか、黒猫が顔を覗き込んできている。そんな情けない自分を知られまいと、両目を拭いながら、如月は頭を振る。

 

「うぅん・・・大丈夫だよ」

 

しっかりと拭い終わると、心配そうな顔つきの黒猫に精一杯の笑顔を作って見せる。これ以上に心配させないために。

 

「ありがとうね、クロちゃん!」

 

クロに礼を告げながら立ち上がる如月。軽く伸びをしてみる。少しでも大丈夫。元気出せるというところを見せねばと虚勢を張って見せる。

そんな如月を見ながらクロはまだ心配そうにしている。

 

「人連れてきたにゃ~!」

 

能天気な声が響く。先ほどクロに追っ払われた白猫が、満面の笑みを浮かべながら、腕をブンブンと振りながら走って来た。

 

「ちっ」

 

クロが舌打ちをしながら、やれやれと言いたげに白猫を見ている。白猫が「こっちにゃ~!」と誰かを手招きしている。白猫に手招きされながら、大男がのっそりと現れる。鬼の半面を付け、青を基調とした和装の戦闘服を着ている。

 

「シロが呼んでるから、来てみれば・・・やっぱり、き~ちゃんか・・・」

 

うなじをボリボリと掻く玲司に見られながら、如月はバツが悪そうに、視線を逸らした。そんな様子を見て、玲司は「ふぅむ」と唸ると今度は顎鬚を撫でる。

 

「腹減ったし、フィリアさんが今日もメシ用意してくれてるだろうから帰ろうぜ?き~ちゃん」

 

玲司がそう言うと、タイミングよく玲司の腹が「ぐ~」と唸りを上げた。

 

「ぷふっ」

 

思わず如月は噴き出してしまう。

 

「やっと笑ったか、安心したよ。き~ちゃん」

 

優しくほほ笑む玲司。

 

その顔に如月は思わず息を飲んだ。

モニター期間の間そうだった。色々クエストに出かけたり、失敗してへこんだ時、いつもチームメンバー達と一緒にこの笑顔で励ましてくれていた。常に笑顔で皆を元気づけていた、あの笑顔で。

 

 

―――ぽす

 

 

如月は玲司の身体に顔を(うず)めた。

 

今までずっと前に立って支えて来てくれたその人に、今の顔を見られまいと。安堵で歪むだらしのない顔、玲司の事など考えず我儘(わがまま)を言って居た堪れない顔。色んな感情が綯交(ないま)ぜになって、どんな顔をしているか分からない。

 

だから、少しでも自分の気持ちが伝わる様にと玲司の腹部に顔を押し当てていた。

 

「・・・ ・・・」

 

満更でもない様子で玲司は、優しく如月の頭を撫でる。

落ち着く様に、ゆっくり、優しく数回撫でながら、落ち着いた事を見計らうと両肩に手を置いてゆっくりと引き離した。

 

「さて・・・戻ろっか」

 

明るい玲司の一言に如月はゆっくりと頷いた。

 

「じゃあ、これ羽織って」

 

そう言って、玲司は自分の着ている事代衣装の上着を脱ぎ、被せる様にして如月に羽織らせる。

 

「え?」

 

玲司の行為に思わず如月は戸惑う。

 

「マスターこれって・・・」

 

言葉が詰まる。

 

「き~ちゃん、パジャマだし飛び出して靴も無いでしょ?」

 

そう言いながら、玲司は如月の目の前で背中を向けてしゃがみ始める。

その背中に如月は、更に戸惑ったが背中を見せたまま動く様子も、こちらをチラリとも見る様子が無い玲司に観念したのか、一つ小さく「はぁ・・・」とため息を吐くと玲司の背中に身を任せた。

如月を乗せた玲司は、サッと立ち上がるとゆっくりと歩き始める。

 

「見た目と一緒で軽いし、胸も無いねぇ」

 

突然失礼極まりない物言いを如月に浴びせ、カラカラと笑いだす玲司。

 

そんな事を言われた如月は、顔を真っ赤にしながら玲司の頭をポカポカと叩いた。玲司に全く効いている様子は無いが、「痛い痛い」と笑いながら歩き続ける。

「プク~」と顔を膨らませながら、如月は玲司の背中に額を当てる。きっと自分の事を思ってなのだろう。わざと酷い事というかリアクションを取ってしまう事を言って気を紛らわせようとしているのだろう。時々、誰かが凹んでいると柄にもない弄り方をするのだ。

そんな玲司の変わらない様子が、とても頼もしく、とても辛く見えた。

 

「・・・ごめんなさい」

 

消える様な言葉を如月は、玲司の背中に吐き出した。

玲司の耳に届いたのか、届かなかったのかは分からない。如月の足を支える腕が一瞬固くなった様が気がした。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

AM 8:46

 

 

メディカルルーム イベントエリア

 

 

「・・・と、言うわけで出てってください!」

 

何時になく強い口調でフィリアは、Blast!!のメンバーに退去勧告をしていた。

 

その言葉を受けた面々の顔は殆ど凍り付いていた。だが、玲司はのほほんとほろ苦い紅茶を模した液体の入ったマグカップに口をつけ啜っていた。

 

「そんな怒らんでもえぇやないの~」

 

なんとも変にクネクネした印象を受ける口調で玲司はフィリアを宥めに掛かった。

 

「怒ってません。焦ってるんです!」

 

ピシャリとフィリアは切り返す。

 

「皆さんの個人エリアが消失しているのは、此方としても理解しています。ですが今現在、皆さんがここに居る事で発生しているバグがシャオとシオンに悪影響を与えているんです!」

 

キッと玲司を睨み付けるが、当の本人は素知らぬと言う様に、まだ暢気にマグカップを啜っている。

 

「というわけで、退去していただきます!」

 

部屋のテクスチャが歪み、メディカルブース前のフロアに、Blast!!のメンバーは放り出された。

 

「ふぅ・・・」と一つ玲司がため息を吐く。NPC達がこちらを見ている。どうやら、こうなる事を見通していたのか、近くに居たマールーに視線を送ったが「仕方ない事」と言う様に頭を振ったのだ。

 

「ふぅむ・・・」

 

今度は困ったように玲司は唸った。菊花も困ったように頭を掻き。如月とマツタケはオロオロしている。

 

「おっ困りのようだねぇ~?」

 

何やら楽しそうな女性の声が聞こえる。その姿は、流れる様なダークブラウンのロングヘアだが、大きな三つ編みを二つぶら下げ、やや細身の褐色色の身体は黄緑色の繋ぎに包まれている。だが、工場などで働いている様子が無いためか、汚れが全く見えない。

 

そして、チャックがパックリとヘソ下まで開いている。

 

「お~・・・ウルクぅ~」

 

驚いた様子など一切ないが、台詞だけは驚いた様なものにしながら、玲司は面倒そうに声を発した。

 

「なぁに?その反応」

 

不満そうにウルクは呟いた。

 

玲司の近づくと、下から玲司の顔を覗き込む。ウルクの瞳に映る無骨な男の顔は、それこそ眉一つ動かしてはいないが、何処か悩みの様なモノを感じた。

この世界でPL側に付くトップAIの中で、人間達の感情とバイタルを管理する彼女。サポートするのに特化された感覚がPL達の心に等しく不安を抱いている事を映している。

 

そう、顔や言葉に出さない人間でも。

 

「みんなが少しでもこっちで安心できるように、色々手配したんだよ~」

 

そう言いながら、ウルクは自分の周りにウインドウを展開していくそこには、色々なパラメータなどが映され、目を引いたのは人型のグラフと町らしき地図が映ったモノであった。

 

「私とシオン、シャオにシエラ。四人でちょっと無茶したんだけど、みんなの味覚センサーを生身の時とほぼ変わらいモノに拡張して、タウンエリアもゾーン購入できるようにしたんだよ」

 

「へっへ~ん!」と鼻息荒く、胸を張るウルク。そのデータウインドウを玲司はしげしげと見まわし。菊花も顎に指を当てながら「ふぅむ」と唸りながら覗いている。

 

「と、言うわけで!これから物件探しに行くよ~!」

 

矢継ぎ早に話を進めるウルク。

 

「おいおい、ちょっと待て!」

 

流石に、これを玲司は止めに掛かった。ゾーンを得られるのは嬉しいが、購入と言っていた。

 

「購入って事は・・・」

 

「そだよ、メセタで買ってもうよ」

 

ニッコリと笑顔で即答するウルク。その言葉に思わず玲司と菊花は顔を見合わせ、如月とマツタケは、のほほんと「どんな物件あるかな~?」などと会話している。

 

「いや~、ゾーン一つくらいあげちゃうでも良いと思ったんだけど、購入にしないと設定が上手く行かなくてねぇ~」

 

多少申し訳なさそうに苦笑いするウルク。だが、玲司と菊花は顔を青くしながら互いのステータスウインドウを開いている。

 

「先輩、今手持ちいくらっすか?」

 

青い面の下まで真っ青になっていそうな声で玲司は菊花に尋ねる。

 

「コッチで結構派手に使ったからねぇ・・・40Mちょい・・・」

 

手持ちを確認しながら告げた菊花は、目配せで「そっちは?」と尋ねて来る。

 

「倉庫に預けてあるのと合計して・・・70M位ですねぇ・・・」

 

二人の持ち金を確認しながら、恐る恐る如月とマツタケの方を見やる。どうやらこちらの意思が伝わったらしく、元気よく手を上げて「2M~!」「700k!」

と答えが返って来る。

 

その答えに心底深いため息を吐いて、ウルクを見る。

 

その表情は此方の意図を全く理解していない様子であった。

 

『はぁ・・・』

 

二人の重いため息が吐かれると、トボトボと歩き出す。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

AM 9:05

 

 

タウンエリア 北部転送ゲート

 

 

再びこのエリアにやって来た玲司達。玲司も試験期間中に何度か、アイテムの購入でここに足を運んだが、その時使ったのは大抵がACであったが、今回はメセタを使っての購入。リアル物件での値段が頭をチラつく中、想像もつかない高額な値段が頭の中を飛び交っている。

 

「とりあえず、ゾーンとして購入出来るエリアなんだけど、ショップが入ってる所とその他施設、転送エリアやメディカルエリアがそうだね。それ以外の場所ならどこでも購入出来るよ」

 

そう簡単な説明を受けながら、改めてMAPを開いてみる。

所々に、オレンジ、ブルー、グリーン、パープルで施設やエリアが色付けされ、白いエリアが全体の7割近くを占めている。

 

「そんじゃ、おすすめ物件から見て行こっか?」

 

元気に「しゅっぱ~つ!」と手を振り上げ進むウルク。その後ろを玲司達は付いていく。

 

 

――90分後

 

 

「決まらないもんだねぇ・・・」

 

そう言いながら大分疲れた様子でウルクは、このエリアのほぼ中心に位置している広場のベンチに腰を掛けていた。

色々と物件を見て回ったが、やはり、値段がリーズナブルになるほど安アパートの様な間取りや、無駄に高価な間取りなど、あちこち回ってみたが決まらなかった。

 

この異常事態に巻き込まれた事も考え、なるべくはチームメンバー全員が共有出来て、個人のスペースも確り確保したいとの難しいオーダー。となれば、購入するゾーンもそれなりの大型となり、マンションタイプならば、1フロアを丸々購入する事になるのだ。

 

手持ち金額的に玲司と菊花ならば購入可能なのだが、それでもチームメンバーが集まった時の事を考えると金銭的に幾らあっても足りないところなのであった。

 

「金銭的な問題もそうだが、いくらVRとはいえ、男女七三(だんじょしちさん)にして同衾(どうきん)せずという言葉もある様に、寝床は別が良いしな」

 

難しい顔をしながら玲司も唸っている。

 

「だけど、とっとと決めないと今日は野宿になるだろうしなぁ・・・」

 

と、MAPを睨みながら菊花も唸る。

こんな真剣に悩む人間をさておき、如月とマツタケは金銭的に力になれないからか、少し離れた場所のベンチに座っていた。

しかし、よくよく見てみると味覚が生身のソレに近い状態になった為か、ワゴンショップからアイスを買って食べている。

 

そんな微笑ましい光景を遠くに見つつ、玲司達はMAPを再び凝視する。

 

「移動アクセスはそこまで気にしなくていいよな?」

 

MAPの中から転送エリアや、ショップなどを弾き、それなりに遠いエリアを映し出す。

 

「加えて、それなりの広さが有って、多少ボロくてもいい・・・」

 

更に検索エリアを狭めていく。

 

「まぁ、ある程度の内装なんかはマイルームと同じでお手軽に変えられるし、ゾーン内のレイアウトなんかも、今度導入するシステムを先行導入するからアレンジは効くからねぇ」

 

お互いに声を出し、検索していくが範囲はある程度まで絞れたが、やはり全てを適えようとすると、持ち金全てを持っていくような物件が出て来るのであった。

 

『はぁ・・・』

 

三者が同一タイミングでため息を吐く。

 

「そうそう、美味い話があるわけねぇもんなぁ・・・」

 

ため息交じりにMAPを適当に突きまわす玲司。候補に挙がったエリアの購入可能物件を次々にタップしては金額にげんなりして閉じていく。

 

 

―――ピッ

 

 

「・・・」

 

とある物件をタップしたところで指が止まった。

 

「ビンゴ」

 

思わず漏れ出た言葉に、菊花とウルクは玲司の顔を凝視するのであった。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

タウンエリアの中でもひと際賑わう大通りの入り口付近に立っていた。

ここから少しでも大通りに入れば、武器やユニットだけではなく衣装やフレンドで会話を楽しむ用のカフェエリアなども用意された商業エリアになる。

 

そんな大通りの入り口にある大きなマンションタイプのゾーンとタウンエリア用の乗り物を置いておく立体駐車場の間に細い道が通っている。

 

その道に入り込むと、少々日当たりは悪いが、回りを大きなビルに囲まれながらもそれなりに日の光が当たる都会のエアポケットの様な空間が広がり、表現するならば80年代に流行ったような作りの小さなマンションビルがポツンと佇んでいた。

 

「おいおいおいおい、お~い!」

 

あからさまに菊花のテンションが上がっていく。言葉にはしていないものの玲司のテンションも上がっているのか、とても満足そうな顔で顎を擦っている。

 

「えぇ・・・と、地上5階。地下2階。駐車場あり。だけど、周りの建物で駐車場が機能しないのと日当たりが悪いから破格・・・」

 

あまりに値段が安い事にウルクも驚きを隠せない様だった。

他のゾーンが1フロア50Mに対して、このビル丸々1棟で50Mなのだ。他のゾーンよりも多少狭いもののゾーン全体の広さで考えれば十分お釣りがくるレベルだった。

 

「ウルク、ここにするよ」

 

もうこれ以上の物件は無いかもしれない。とても満足した様子の玲司は、自分の意思をウルクに伝えると、ウルクはシステムウインドウを開き玲司に提示する。

 

地上5階、地下2階、計6階層。1フロアの正確な大きさは書いていないものの、最大サイズルームが1フロアに5部屋取れると説明に書いてあり、ウインドウの一番下には購入しますか?YES/NOとボタンが付いている。

そのボタンを押す前に全員にここで良いかを確認するために顔を向ける。

 

菊花は無言で頷き。如月は「だいじょぶです!」と一言。マツタケは「私の事は気になさらず」と言う様に、少し困ったような表情で手を振って来た。

「よし」と玲司は一つ頷いてYESのボタンを押す。一瞬にして、玲司の持ち金から50Mメセタが引かれると購入したマンションのネームプレートに『Blast!!』の名前が入り、タウンエリア・『Blast』私有ゾーンとエリア名が変わっていた。

 

「とりあえず、これでゾーンは購入出来たねぇ」

 

安堵の一息という風にウルクは一つ大きなため息を吐いた。

 

「そんじゃ、ついでに説明しちゃうね・・・」

 

そう言いながら、ウルクはウィンドウを開き玲司に見せて来る。それはこれからのゾーン使用に関する説明であった。

基本的には今までのマイルームと変わりはしないのだが、細かく侵入禁止エリアの指定や設定すれば戦闘トレーニングエリアなども作れるようになっている。

 

「ふぅむ・・・」

 

顎を擦りながら玲司は一つ唸り、一通りの説明を終えるとウルクは、またシオン達の元に戻ると言うと、転送エフェクトの光に包まれてあっという間に姿を消してしまった。

 

そんな説明を受けている間、他の面々はというと敷地の隅っこで何やら談笑している。

 

「さぁて・・・簡単な部屋割り決めて必要物資買い出しに行きましょ」

 

手をパンパンと叩きながら、メンバーを注目させる。

 

「必要な物?」

 

漏れる様に声を出しながらマツタケが首を傾げた。

 

「ルーム自体は手持ちの家具で何とかなるけど、ここまで広いんだ。1フロア位を共有エリアとして使おうよ」

 

玲司の発案にパチパチと手を叩きながら如月は嬉しそうに頷いている。

 

「ま、確かに部屋にただ引き籠るよりはそっちの方が良いわな」

 

玲司の考えに菊花も賛同する。

 

「んじゃ、皆で手分けして家具を買いますか?」

 

玲司の言葉に全員が頷きタウンエリアのショップへと繰り出すのであった。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

同日 PM 6:48

 

 

タウンエリア チーム『Blast!!』所有ゾーン

 

 

 

ひとしきりゾーンの改修が終わると日が暮れていた。

 

地下1階を倉庫、2階をトレーニングスペースとし、地上1階をエントランスフロアにして2階を男子エリア、3階を共用スペース、残り2階は女子エリアとなっている。

 

自分の部屋を早々に作り終わると、全員で共有スペースの設立を行った。ソファーはどこが良い、テレビの向きは?など、あ~だ、こ~だ、と小さい衝突しながら納得のいく配置になると、どっと出た疲れにくつろぎモードに入っていた。

 

「夕食どうしましょう?」

 

と口を開いたのは、如月だった。

 

「ん?それなら良いモノがある・・・」

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

PM 7:10

 

 

共同フロアに設けられたダイニングルームにて全員で鍋を囲んでいた。

テーブルの中央に置かれた二つの黒い鍋には、グツグツと音を立てながら、すき焼きが煮えていた。

 

準備が終わってもう食べ始まるか。と顔を見合わせると菊花の視線が、玲司に何かを促す様に送られる。その視線に「はて?」と思いながら首を傾げようとしたが、それよりも先にマツタケに向かって菊花が顎をしゃくって見せる。

 

「さて、引っ越し祝いとこれからの事に向けての景気付けなんだけど・・・みんなは俺の事知ってるとしても、マツタケさんは、軽い挨拶しただけで初対面みたいなもんだし、改めて自己紹介良いかな?」

 

そう軽く玲司が促すと、軽く椅子を引いて立ち上がるとぺこりと一礼。

 

「シップ9から友達と来ていたんですが、友達が途中退席になって孤独だったところ拾われました、マツタケです。戦闘では役に立たないと思いますが、よろしくお願いします」

 

何とも、ツッコんでいいのか、何とコメントすればいいのか微妙な挨拶に、全員流石に顔が引きつっている。

 

 

―――ごほん

 

 

と一つ空気を断ち切る様に大きく咳払いを一つして、菊花が口を開く。

 

玲司(こいつ)とはリアルの知り合いでな、まぁ、中身は男なんだが普段から姐さんと呼ばれてるから名前でも、そっちでも適当に呼んどくれ」

 

手をひらひらと気を使わないで良いよと言いたげなモーションを取りながら挨拶する。その様子にマツタケは半分戸惑った様に頭を下げる。

 

「私は如月です。マスターに拾われてそこから楽しくやってます。普通の状況なら楽しめば良いんでしょうけど、ご迷惑かけないよう努力していきますので、よろしくお願いします!」

 

如月の挨拶も終わり、大きくペコリと頭を下げる。玲司はまたもや複雑な表情になりかけるが、そんな嫌な空気を吹き飛ばす様に大きく一息を吐いて、箸を握る。

 

「さて、引っ越し祝いと、これからの気合を入れる意味を込めて・・・」

 

『いただきます!』

 

全員で食事の挨拶を済ませ箸を伸ばす。

玲司の一箸目は思わず宙で止まった。まずは肉と思ったのだが、一瞬にして肉が消えてしまったのだ。

 

「玲司も喰えぇ・・・」

 

自分の器に大量の肉を乗せながら菊花が言う。

 

「マスターも確り食べないとですよ!」

 

そんな如月の器にも大漁の肉が盛られている。

 

「もっふもっふ」

 

マツタケも肉を頬張っている。

 

「ぬ~ん」

 

玲司は何とも渋い顔をしながら豆腐に手を付けた。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

PM 9:28

 

 

食事も終え、のんびりと過ごす面々であるが、リビングに今姿があるのは玲司以外であった。

 

食事のあと少しするとやりたい事があると言って出かけてしまったのだ。如月はどこへ行くのか、しつこく質問していたのだが、菊花の「行かせてやんな」という一言で口を噤んだのだ。

 

そんな中、レトロテレビに何故か映るPSO2公式生放送のバックナンバーを眺めつつ、茶菓子と紅茶を飲んでいた。

 

「マスター何処に行ったんでしょうか?」

 

何処へ行ったのか見当が付かない如月は、ポツリと漏らす。

 

「まさか、女性NPCを襲いに行ったとか?」

 

と、笑いを狙いに行ったマツタケの発言だったのだが、菊花と如月は完全に引いている。そんな発言を聞いて輝管を吹かしながら、小さく菊花は「馬鹿だねぇ・・・」と呟いた。

 

「ま、気になるなら見に行ってみるかい?」

 

意地悪そうな笑みを浮かべながら尋ねる菊花に、二人は「?」を頭の上に浮かべた。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

PM 9:37

 

戦闘エリア 訓練場

 

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

白と青に埋め尽くされた機械の部屋が、玲司の視界からは黄色く染まって見えていた。体中に走る痛みが自分のHPが30%近くまで下がっている事を物語っている。

体中の痛みを癒す為に、アイテムパックからトリメイトを取り出して飲み干す。

淡い緑色の光が玲司を包み込み、HPゲージが回復しながら痛みが引いていく。

 

『もう、終わりにしませんかぁ?こんな事しても無意味ですよぉ・・・』

 

何とも人を挑発するような言葉遣いで、玲司に声を掛けるのは、エクストリームクエスト管理官のカリンであった。

 

「うるさいっ!良いから次の相手を出せ!」

 

赤を基調とした鞘に青い紐が目を引く古ぼけたカタナを握り直し、玲司は臨戦態勢を整える。

 

『まったく・・・ワガママですねぇ~』

 

カリンは渋々とコンパネを叩くと、玲司が居る訓練フィールドに、フォトンを使って実体化されたデータエネミーが姿を現す。その姿はファルス・ヒューナルとファルス・アンゲル、2体のDFの姿であった。

 

「いいねぇ・・・歯ごたえがありそうだ!」

 

玲司は柄に手を掛けて、一気にカタナを引き抜いた。

 

 

 

      ◇     ◇     ◇

 

 

 

平面の戦闘フィールドで刀を振るう青鬼と剛腕の巨人、闇色のフォトンで遠距離攻撃を行う鳥人の激しい戦いを俯瞰から菊花は見ていた。その側では齧りつくように如月とマツタケは、戦いに見入っていた。

 

「本当は入って欲しくないんですが・・・」

 

少々不機嫌気味に、このフィールドを管理するオペレータ。カリンは呟いた。不機嫌という言葉だけではなく、諦めなども混じって聞こえる声を気にしない様に、口から煙を吐き出す菊花と、その言葉が全く聞こえていない如月とマツタケ。

だが、その見守る様子は戦いに魅せられているというより、その戦いぶりに戦慄している方が近いであろう。

 

「・・・なんで」

 

ポツリと言葉が如月から漏れた。

 

「なんで、こんな無茶してるですか!」

 

その言葉は、とても苦しみが籠っているように響いた。

そんな如月をカリンは一瞥してため息を吐き、菊花はまた一つ煙は吐いた。

 

「菊花さん、これは止めさせるべきだと思います!」

 

静かにマツタケは言い放った。

 

その言葉に、菊花は「ふぅむ」と一つ唸りながら顎を擦ると、輝管を人差し指と中指で挟みながら口から引き離す。そして、細く煙を吐いた。

 

「悔しいのさ・・・」

 

輝管をしまいながらポツリと呟くように答えた。

 

「悔しい・・・」

 

その言葉が2人の胸に刺さる。

 

「巻き込んだ事、助けられなかった事、無力な事、ゲームであってもゲームでないこの状況で、仲間を助けるには少なくとも戦わなきゃならない。ならば、力を付けるしかないだろう?」

 

フィールドに居る玲司に視線を向ける。その見つめる表情は、何処となく悲しげにも見える。

 

「私はシエラから、あなた方が使いたい時に要望を聞くように言われてます。でもぉ、流石に今の彼は、焦り過ぎて自滅寸前に見えますねぇえぇ」

 

何処か楽しげに喋るカリンに、流石にムッとしたのか、菊花の視線がきつくなった。

 

それを感じてか、そそくさと視線を外しながらコンパネを弄り始める。

 

一息大きくため息を吐いて、空気を変える様に咳払いも一つ入れてから、菊花は口を開いた。

 

「アイツはな、2人を助けてから俺も含めてチムメンを巻き込んじまった事を後悔してるんだ」

 

物憂げな表情を浮かべながら、菊花は近くの壁に背中を預けた。視線を落とし気味にしながら、表情を分かり辛くするように。

 

「それこそ、ログアウト出来ずに1日2日程度なら、って思うさ。でも違った。しかも想定もしない最悪な方に・・・ずっとそれが重く圧し掛かりながらな」

 

そんな言葉を聞きながら見つめる玲司の顔はとても悲しげで、必死で、そんな言葉を聞きながら見る玲司は、とても苦しそうな顔をしている。悲しみに近い様な、歯を食いしばりながら、何か言いえない何かを必死に振り払う様に。まるで断罪をリンチとして受ける受刑者の様に。

 

「アイツは、今の事知られたくないからな。黙って笑っててやってくれ。多分それが一番救われる」

 

輝管を取り出しながら菊花はモニタールームを後にした。

 

 

 

「痛い・・・よな・・・」

 

モニタールームからすぐの廊下でポツリと呟きながら、菊花は握る自分の拳を見る。

戦闘の痛みが甦りながら、何度も体を駆け巡っていく。その痛みを思い出しながらアイテムパックを開き、自分の装備を確認する。

 

「あと何回まで我慢できる?」

 

痛みと共に襲い来る恐怖が、震えとして体を包んでいく。

 

本当の表情を表に出すのは嫌いではないが、なるべく表に出さない様に普段からしている菊花。現状ではなおさら表情を表に出さないようにしている。普段の何でもないものならば特に隠す必要はないが、少しでも表情を曇らせれば回りの特に如月とマツタケは過敏に反応してしまうだろう。だから表情を隠している。

 

「・・・玲司、お前は強いよ」

 

震える右手を鎮める様に、細く長く息を吐きながら通路を歩く。

 

「おやおや、おや?こんなところでど~したのかなっ!」

 

短い茶髪のツインテールに、大き目な胸と緑を基調とした衣装を身に纏った、言葉遣いから活発と分かる少女が、落ち気味の菊花の視線に入り込んできた。

 

「うぉっ!?」

 

これには、菊花も思わず声を上げ、後ずさってしまう。驚きで少々乱れた呼吸を整えながら彼女を見直すと。

 

「何驚かしてんだ、このバカ姉!」

 

手首のスナップを思い切り効かせたチョップに近い張り手が少女を襲った。その破壊力に「うぉ!」と短い悲鳴が上がり、攻撃を行った人物の方を見ると、顔を覗き込んできた少女と瓜二つなのだが、体が少し幼いというか胸の大きさに大分差が付いていた。

 

「すみません。気分が悪そうだったので声を掛けた方が良いと思い話していた所、不躾すぎる姉が驚かしてしまって」

 

と落ち着くよりも先に目まぐるしく話が進みながら、陳謝された。

PLの誰もがストーリーで見覚えがある。情報屋というよりは賑やかし屋といったイメージが強いながらも、何だかんだで情報もキッチリくれる双子の姉妹パティとティア事、情報屋パティエンティアの2人であった。

 

「いや、大丈夫だよ。多分疲れてるだけだから」

 

そう言いながら立ち去ろうと、菊花は踵を返す。今のNPCは生命が無くとも疑似生命として完成に近い所。だから自然と自分の弱さを見せまいと動いてしまう。

 

「こんな世界に来てみたいと思っていたけど、いざ現実になると辛いものがあるな・・・」

 

この世界に来てからの事を短く菊花は思い返す。期間の一週間は喜んでいたが、牢獄となったあの日、必ず帰還するという意思と恐怖が綯交ぜになりながらも最悪の事だけは考えない様に過ごしている。しかし、戦いで傷つく度恐怖がまるで溢れる泥の様に心の奥底に少し少しと溜まっていくのを感じていた。

 

 

 

     ◇     ◇    ◇

 

 

 

11日目 PM 17:38

 

 

タウンエリア Blast!!所有ゾーン

 

 

偽物の空も時間帯に合わせて表情を変えている中、今は茜色の空はほとんど消え、黒と紫の中間の様な色合いが空とエリアを包み込んでいた。タウンエリアを徘徊する簡易AIのNPC達の姿も減り、街灯が照らす大通りでも、幾人かが通りを歩いているのみであった。

 

そんなタウンエリアの中でも、灯りが届かない様な細い路地を抜け、まるでナイター施設の様な灯りが駐車場を照らす小さなビルの中で、玲司達は過ごしていた。

共有スペースのキッチンで玲司は夕食の支度を進めていた。

 

ルームグッズであったキッチンセットがそのまま使えるのは、とても便利で道具の買い足しはしなくてよかった。初日にルームグッズのすき焼きは食べ終わると消滅してしまい、食事はギャザリングでどうにかするしかないかと思っていたら、「データ拡張したから、大概の料理は作れるよ?」とあっけらかんとした様子でウルクから告げられ、当番制で食事を準備する事になった。

 

そして、当番日の玲司は貯まったギャザリング素材の中でも、簡単に料理出来るモノと探した結果、マグロ丼を作る事にして今、森林米を炊きながら、森林マグロを下ろしているのであった。

 

この間に、如月とマツタケは共有スペースの掃除、菊花は風呂掃除をしていた。

 

「大きいのだよなぁ・・・」

 

ポツリと愚痴の様に呟いたのは菊花であった。

それこそ大きさは、小さい物のまるで銭湯の様な共有バスルームをデッキブラシで一人であちこち磨くのは骨が折れる。

 

「はぁ・・・」

 

かれこれ20分近く床や浴槽を磨いているが、いい加減疲れて飽きてきていた。

 

 

 

―――しばらくして

 

 

 

夕食も済ませ、大した娯楽も無い中で、夜の楽しみは他愛もない話や、グッズで出来るダーツなどのゲーム程度であった。

 

女子2人がダーツで遊んでいる中、玲司はソファーにドカっと腰を下ろして、牛乳を飲み、菊花は向かいに座って酒を煽っていた。

 

「今日は如何だったんだ?」

 

ぐい呑みを煽って一つ菊花が玲司に尋ねた。

 

「今日は遺跡を回ってきました。なんも成果無かったですけど」

 

不甲斐ないと言う様に玲司はポツリと答えた。

 

フリーフィールドを玲司は回って、エマージェンシートライアル(Eトラ)でDFが出てくれば、きっと何か少しでも手がかりがあるはず。と最初の救出の戦いが終わってから回っている。同じフィールドを時間を掛けながら一日3周程巡っていた。

だが、発生するEトラはどれも戦闘ヘリの墜落やフィールド最奥部ボス、NPCの救援などでDFが出て来る事は無かった。

 

「そう言う菊花さんの方は?」

 

玲司が尋ね返す。

 

「こっちも似たようなもんだ」

 

菊花は主にアークスクエストのショートMAPとNPC達への聞き込みを行っていた。聞き込みと言えば聞こえは良いが、大抵は他愛のない話をしてAIの成長による変化などがあれば、というものであった。

 

互いの言葉に苛立ちを確認しながらも、その苛立ちはお互いの行動ではなく、DF達の行動が無い事と、コチラの味方に付いているAI達の方も状況を維持するのに精一杯で進行してない事に。

 

互いの進展しない状況に「はぁ・・・」と大きなため息を一つ吐くと、お互いに用意した飲み物をグイっと煽った。

肉体の疲れを感じてはいないが、心が疲れてきているというのだろうか、どことなく感じる重さに、また溜息が出る。

 

 

―――ピンポーン

 

 

呼び鈴が鳴った。リビングの隅に備え付けられたインターホンの受話器を玲司が取った。

 

「もしもし?」

 

先までの低いテンションを払拭するように、明るい声で応える。

 

「―――はいよ」

 

玲司の短い沈黙の後、何かを応えて受話器を置いた。

 

「だれ?」

 

面倒な事でも起きるのか?と言いたげに菊花が、ウィスキーグラスを握ったまま玲司に尋ねる。小さくグラスの中の氷が「カラン」と音を立てた。

 

「ウルクですよ。PLの様子見ですって」

 

呆れた様子の玲司の顔を見ながら、菊花は「面倒だ」と言いたげな顔をした。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

「にゃはははは!」

 

顔を真っ赤に染めたウルクは、大笑いしながらグビグビと酒を飲み干していた。菊花も酒を飲んでいたが、ウルクの湯水の如くハイペースで進める酒盛りに、わずか2時間余りでウイスキーボトルが4本空いていた。

 

そんな様子を傍で見ていた玲司は呆れた顔をしながら、用意していたツマミをちょこちょこと食べていた。

 

因みに、如月とマツタケは先に寝てしまった。

 

「んでね?シオンとシャオが内側からもハッキングしてるんだけど上手くいかないみたいでねぇ・・・外でもサカイ達が頑張ってるみたいなんだけどねぇ」

 

ウイスキーグラスの中で氷を「カランコロン」と遊ばせながら、疲れ気味にウルクは呟いた。透き通った茶色の液体は波打ちながら氷にぶつかり小さな飛沫を上げたりしながら揺れている。

 

少々静まる空気の中、ウルクは強くぐいっと一口。菊花はグビリと大きく一口、のどにウイスキーを流し込む。

 

寂し気にも見える表情を浮かべたが、またすぐにカラカラと笑い出す。

 

「ま、簡単に解決するなら、こんな事態にはならんさね」

 

諦めに近いような声色で玲司がポツリと言った。その口調はどこか呆れた様な、ウルクを労わる様な口調で、その言葉にウルクは少し目を細めさらにグラスを煽った。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

どれ程の時間が経ったであろうか、お互い喋らなくなりながら酒を飲んでいる。しんと静まった室内で聞こえるのは氷がグラスにぶつかって鳴る音、酒を注ぐときに流れる音などとても静かなものだ。

 

そして、床に並べられていた瓶も先ほどのウイスキー4本がさらに1本増え、日本酒の4合瓶が3本増えている。

 

「流石に飲み過ぎだな」と少々顔を渋くしている玲司は、部屋の片隅に設置してある時計に目をやる。デジタルではないアナログの文字盤で時を刻む針を見ると0時を少々過ぎていた。

 

「さて、お開きにしましょ・・・」

 

そう言いながら、玲司は床に置かれた瓶をひょいひょいと摘み上げながら、キッチンへと運んでいく。そんな様子を見ながらウルクは、酔って真っ赤な顔で半分蕩けた様な瞳開きながら「ふぇ?」っと鳴き声のような音を口から漏らした。

片づけしている玲司に簡単にグラスをウルクは取り上げらる。グラスにほんの少し残った酒が波打ち、グラスが暴れる氷に「カラン」と音を上げると、「むぅ・・・」と少し残念そうにウルクは顔を顰めた。そんな様子を見ながら苦笑している菊花。だがそんな光景を見ているうちに、グラスに酒が半分以上入っているのだが、容赦なく玲司が取りあげると、情けなく「あぁ~・・・」という声が漏れてしまう。

 

そんな酔っ払い2人相手に慣れた様子であっという間に片づけを済ませた玲司は、コップ1杯の水を2人の前に少々音が目立つように『コト』と置いた。

渋々と言った様子で、置かれたコップにウルクは手を付けて飲み始める。そんなやり取りを見ながら菊花は苦笑しながら、水を一気に飲み干した。

 

「時間もテッペン回ってるし、テオ辺りに迎えでも頼めよ。ダメなら泊まってけ」

 

「やれやれ」と言いたげに玲司はウルクに告げると、どさりと腰をソファーに下しながら、バリバリと頭を掻いた。

 

少々迷惑そうに「は~い」とウルクは返事すると、髪を掻き上げながら耳を出すと手を当て、空いている手の指が少しの間宙を彷徨い、落ち着くと通信を開始する。

 

「あれ?」

 

開始したと思った瞬間、ウルクは首を傾げた。

 

「繋がらない?」

 

さらに「はて?」とウルクは反対方向に首を再び傾げる。

 

その言葉が発せられたのとほぼ同時であろうか、玲司と菊花は顔を強張らせ、近くの窓を睨み付けた。その先には闇夜に抱かれた町が広がっている。

それ以外何もない筈のただ真っ暗な外から強い違和感、いや、殺気に近いものを感じ背中にじっとりと汗が滲む。

 

玲司と菊花の視線が一瞬交わると、二人は弾かれた様に動き出す。

玲司は外していた鬼面を装着しながら、戦闘着である事代衣装を纏いながら古びた一振りの刀『アギト』を玲司は腰に差す。

菊花は、人間に限りなく近いボディに纏った寝間着姿が、一瞬にして戦闘筐体に姿が変わる。そして、リビングを飛び出し寝室へと向かった。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

10日目 AM 0:40

 

 

眠い目を擦りながら、何とか意識を繋ぎ留めつつ、ビルのメイン玄関前に広がる駐車場に戦闘準備を形だけ整えて立っている。

そんな2人とは対照的に、完全な臨戦態勢の玲司と菊花。そして、ウルクはなんとなく居るという空気を出しながら立っていた。

 

「ウルク、町の状況は?」

 

決して攻撃的な意思をウルクに向けている分けではないのだが、冷たい印象を受けるような口調で有ったが、攻撃目的ではない口調に、緊張感が増していく。一部を除いて。

 

「エリアの状態が変遷してる?え、ちょっと待って、タウンエリアがバトルエリアに切り替わってく・・・!」

 

驚くウルクを尻目に、玲司と菊花は舌打ちしながら毒づく。

流石に、街に流れる空気が変わったのに気付いたのか、如月とマツタケはやっと目が覚めた様に、オロオロと辺りを見回し始める。

 

「俺と先輩は街を見回って、分かる様なら原因を解決してくる」

 

そう短く言いながら、玲司は刀の腰紐を強く鞘に締め直す。

 

「こっちは気にしなくて良いけど、何かあったらゾーンに逃げてね?ただ、見知らぬ人(NPC)を警戒しないで居れないようにね」

 

と、菊花がやんわりと注意を促した。

そう注意して玲司と菊花は足早に街の中に消えて行ってしまった。状況を呑み込めない、いや、理解したくない二人を残して。

 

発った2人が消えた方を見ながら、如月は呆然と立ち尽くす。敵が安全だと思っていたエリアまで襲撃してきた事、有無を言わさず戦いに巻き込まれた事、何も出来ずに何もしないまま立つ事、ただただ色んな事が混じり合うまま、立っている事しかできなかった。

 

 

 

      ◇     ◇     ◇

 

 

 

同エリア 中央区付近

 

 

街に明かりは灯っている。車道を照らす街灯と歩道を照らす街灯。その両方が規則正しく並びながら合間々々に多少の闇がありながらも、十分に明るいと言える状況であった。その外側に並ぶビルの各層にも明かりが灯っており、明かりがないところを探す方が数を数えるうえでは早いくらいだ。

この状況で一番暗い処といえばビルの隙間くらいであろう。

 

「嫌な・・・空気だねぇ・・・」

 

言葉を発すること自体を警戒するように、菊花はポツリと呟いた。

とても静かな街中を武器に手をかけながら歩く二人。その表情は硬くねっとりと纏わり付くような重い空気を感じ、その姿には表れてはいないがリアルの体ならば脂汗が浮かんでいるに違いないと思うほどであった。

 

そんな空気を作り出している一つの要因が街の中に溢れていた。

 

それは、誰も居ない事であった。

 

疑似の町とはいえ、明かりがある中で人っ子一人居ないのはあまりにも不自然で、仕様でこの町を昼夜問わずNPCが出歩いている設定になっている。

それなのに誰も居ない、まるでそこに先まで居た人間たちがいきなり神隠しにでも遭ったような状況に2人の意識はどんどん鋭く研ぎ澄まされていく。

 

「あれは・・・」

 

玲司が駆け出した。

 

その様子に少し遅れて菊花が追いかける。

玲司が駆けつけた場所は、大きくこの町を流れるメイン車道のY字分岐点の中央であった。

 

その中央に、ポツンとNPCが転がされていた。うつ伏せの状態でピクリとも動かないNPC、そっと体に触れると簡易ライフゲージが現れ、0を指示していた。

その顔は無機質に目を開いたままになっており、苦痛の表情ではなく、ただただ人形の様に思えるほどだった。

「なんか、死んでるってよりは抜け殻が置いてあるって感じだな」

菊花は抜け殻を触りながら、他に情報はないかと、表示できる情報ウィンドウなどを開きながら探っている。

 

「おやおやおや?シオンからの要請受けてみれば、PLさん達じゃありませんか!」

 

元気や活発と言った表現が似合うであろう。玲司と菊花の緊迫していた空気を強引にねじ変えつつ登場した、緑を基とした衣装の女性アークスは、何やら面白い事を見つけた子供の様な笑みでこちらを見ていた。

 

「普通に挨拶せんか、この馬鹿姉!」

 

先のアークスと瓜二つというか生き写しと言っても過言ではないほど似ている女性アークスが盛大な突っ込みを入れながら登場する。

 

このゲーム内で騒がしく、上位にランクインしないが、なんだかんだで人気がある情報屋姉妹のパティとティア。通称パティエンティアの2人であった。

玲司はそんな2人をほぼ無視しながら、周囲を注意深く見渡す。辺りには何かがぶつかった様な傷跡が残されていた。トゲの様なものが刺さった跡や、浅くアスファルトを抉った跡が辺りに散らばっている。

 

(何か・・・と言っても、十中八九はダーカーが暴れ回った跡だろうな・・・)

 

一つ一つ痕跡を追っていく。それらは、先の通りあちこちに散乱しているが、その中でも、玲司は気になる痕跡が中にあった。それは細いそれこそ斬ったような跡が並列に並んでいるのが、ビルの壁に付いていた。

 

 

 

その痕跡は上へ上へと続いていた。

 

 

 

「跳べぇ!」

 

 

玲司は思い切り叫んだ。

 

その言葉に戸惑いながらも菊花は転がるように玲司から離れるように跳んだ。

 

その言葉に困惑というよりキョトンという感覚で情報を処理できなかったパティエンティア。その様子を瞬時に理解した玲司は2人を抱きかかえながら覆い被さる様に跳んだ。

 

 

―――ズダンッ

 

 

何かとても重いものが地表にぶつかる様な音がした。

その元凶を跳んだ勢いをゴロゴロと転がりながら消しつつ、動けるような大勢を整える様に見る。

 

一方の玲司はパティエンティアの2人に覆い被さったまま自分の肩越しに見る。

 

その場には、バラバラになった四肢がデータとなって消えながら、落ちてきたモノを照らしていた。

 

その姿は見た事のあるものだった。だが、違いがある。

キュクロナーダであり、サイクロネーダでもあった。

通常のそれらよりも大きかった。倍とは言わないが少なく見積もっても1.5倍。その両腕はキュクロナーダの棍であり、その先端ではサイクロネーダの槌が付いており、ソレだけでは済まず、その槌からは大鎌にも似た爪が指の様に5本付いてる。

 

「クルルルルルルゥゥゥ・・・」

 

それが唸り声を上げた。まるでバラエティーで見た虎だかライオンだかが獲物を狩る時に出す威嚇音の様に、低く響くように。

玲司と菊花はゆっくりと臨戦態勢をとる様に体を動かしながら、パティエンティアにも目配せで戦闘態勢をとれと指示を出す。

 

「いや~、なかなかのリアクションだったよプレイヤー(アクターズ)

 

どこかふざけた様な声が響いてくる。その声とほぼ同時に間延びした拍手も聞こえる。その拍手は1人の人間が出している音だと分かるように、どこか寂しくそれでいて情熱的にも聞こえる。

 

声の方向を視線だけ向ける。体勢はそのままに。

 

先まで自分たち以外は居なかった中に、人影が一ついつの間にか増えていた。

その容姿はとても大きなアフロヘアにサングラスを掛け、マザークラスタのジャケットを羽織りながら、その手にはメガホンが握られていた。

PSO2のエピソード4をプレイした人間ならば知っている人物。

 

「・・・ベトール・ゼラズニィ」

 

低く唸るように玲司は、彼の者の名前を呼んだ。

その言葉にまるで誇らしい様に顔を歪めると、エーテルエフェクトを発現させながら折りたたみ椅子を作り出しそこにドカッと腰を下ろした。

 

「ミーとしては君たちとファイトする意思はノーなんだ」

 

残念そうにそう呟くとベトールの座る椅子はふわりと宙に浮き始める。

 

「ダーカーズの代わりにとして来ただけだからね、観測者(ウォッチャー)アンダスターン?」

 

そのふざけた口調に怒りを覚えながらも、警戒を強めていく。

 

「なんなら、その仕事すぐ終わらせてやろうか?」

 

装備している刀をスラリと引き抜きながら、菊花が問う。

 

「焦らなくても良いよアクターズ、時間と戦力はたっぷりある」

 

玲司達の表情を面白そうに観察しながら、その手に握っていたメガホンを虚空に置きながらその手にカチンコを呼び出す。

 

 

 

『マスター、助けて!』

 

 

 

突如、玲司達の耳に如月の叫び声が響いた。その声は焦りと恐怖が混じったようなとても切羽詰まった状況を教えるような声色だった。

 

「如月、どうした?如月!」

 

なりふり構わないように、玲司は耳に手を当てながら微塵も隠さず不安そうな表情を露わにした。

 

『マツタケさんが、マツタケさんが!』

 

非常に危険な状態なのは伝わるが、パニックを起こしているらしい如月はただ何とか玲司達に危機を知らせる事は出来たが、まともに判断で来ていない事を告げている。

 

 

―――ギィン

 

 

前振りも無くベトールへ斬りかかろうとした菊花の攻撃を、ダーカーが防いだ。

 

「ミーはこっち担当、向こうもアクションし始めたようだねぇ」

 

くつくつと肩を揺らしながら笑うベトールではあるが、その声には如月達の方にも興味が有ったような、どこか残念そうな感情も受け取れた。

 

「てめぇ!」

 

玲司は怒鳴った。短い言葉が出きると奥歯を噛みこみながら、ベトールを睨み付ける。その表情は仮面で素顔を半分隠しても鬼の形相だと分かるほどに色濃く出ていた。

 

 

 

     ◇     ◇     ◇

 

 

 

「き・・・さらぎ・・・ちゃん、逃げ・・・て」

 

何とか薄っすらと繋がる意識でマツタケは如月に呼びかけていた。ぼやける如月の姿と、玲司への恩を返さねばと頭のどこかで告げる思考を手放しそうになりながら。

 




久々の物語はお楽しみいただけたでしょうか?

ベースを崩さずにオリジナル要素を盛り込んで展開していきたいという考えの元書いております。

何かご意見や感想が有れば気兼ねなくお書きください。


リアル/ゲーム
名前  真田妃  / 如月

性別  女    / 女

身長  162   / 159cm

体重  46    / 41kg

メインクラス   TeFo

カンストクラス  Hu、Fi、Gu、Fo、Te、Br、Bo


Ep2から始めたプレイヤーでレベリングと可愛いものが大好き。
エステに1時間以上籠るのが普通で新スクラッチが出ると半日以上ビジフォンの前から動かない事も・・・


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PHASE3.5 「狼煙」

物語を大きく動かす起点となる予定です。

構想を練っていた頃にEp5とHrが発表になったので書いている間に色々と物語に込められればと思いながら、どんどん時間が過ぎて行っていまして今やPhをどうしようかと悩んでたり(笑)


SEGAのPSO2部門では、他部門や他社などから有志を募ってAIと闘っていた。だが、不眠不休で戦える相手に常に劣勢を強いられていた。

その中でサーバー自体を止めてしまう考えも出たが、電脳世界に取り残された人間たちにどの様な影響が出てもおかしくない事や、全員が無事でいられる保証もないため、サーバーは如何なる時でも最高の状態にあるように整備だけが行われていた。

「手をこまねいているだけと思うなよ・・・」

苦しそうな声を上げながらも酒井は今までのデータを洗い出していた。相手はコンピュータと言え知識や模倣であっても感情を持ち合わせている。ならばそこに付け入る隙や弱点があると信じて。

「ありましたよ酒井さん!」

別室で同じ作業をしていた木村が数枚のデータを映したプリントをくしゃくしゃに握りしめながら、近くのテーブルに資料を広げた。

「何とかデータだけならすり抜けられる穴がありましたよ!」

そのデータを酒井も噛り付く様に眺めたが、暫くして溜息を吐きながら落胆する。

「これじゃダメだよ・・・」

とても疲れている様子を隠す気もなく椅子に座りこんだ。

「何でです?」

「それをちょっと前に使ったけど、データはある程度送れたけど、それを使って新たな人が行き来するルートは作れなかった。もちろんAIのデリートプログラムもね」

何も出来ない事が歯痒く、イライラが限界まで募っている事を声が教えていた。

その言葉に木村は何も言えなくなってしまう。

「酒井さんゴハン持ってきましたよ!」

その重い空気が立ち込める空間に明るい声が響いた。

その声の主は中年の2人組の男、なすなかにしの2人だ。

「あぁ、ありがと・・・」

何とか絞り出した声で礼を言いながら、食べ物と飲み物が入ったコンビニ袋の中から、刺激物を欲しコーラを開けて飲み始める。

木村は、たらこおにぎり手を伸ばした。

食料を口に運ぶ2人に安堵しながら、中西の目に先の資料が飛び込んだ。

「なんです?これ」

見てもちんぷんかんぷんなソレに付いて質問する。

「それはVRサーバーにアクセス出来ることが分かったんだけど、人の行き来とか根本解決できないと分かった無駄な資料」

皮肉交じりに酒井が呟く。

「そうですか、当初やろうとしたみたいに強い武器でも送れれば良いんですけどねぇ」

と残念そうに那須が呟く。

その言葉に全員がため息をついた。

「それだ!」

酒井は何かを思い立ち、弾かれた様に席を立つとシオンとの通信に使っている端末を操作し始める。その端末からとあるデータサーバーに繋ぎながらシオンを呼び出す。

「どうした、酒井?」

困惑しながらモニターにシオンの姿が映し出された。

「この前の経路から、このデータを適用させられないか?」

シオンにデータを渡し検証を促す。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・

「このデータは使える!」

シオンでも驚きの声を上げるほどだった。その言葉に酒井は手を鳴らしながら、端末を弄る。そういう作業はほぼ出来ないが、端末から各所に連絡などは出来る。

「どうしたんですか、酒井さん!」

たらこおにぎりを何とか呑み込み終わってから、木村が酒井の下に現れる。

「逆転出来るかもしれないんだ、ヒーローを使って!」

とても興奮した様子の酒井の言葉に木村は耳を疑った。

「ヒーローって、データは出来てますけど検証してないじゃないですか!」

その言葉に耳を疑いながらも、木村は言葉を返した。

「だけど、シオンが使えるって言った、だったら逆転の一手になるかもしれない!」

酒井が操作する端末に解凍されるデータがウインドウを開いたり閉じたりしながら表示されていく。

其処には、現在のPSO2には存在しない新クラスとそのナビゲーターNPCのデータであった。

 




リアル/ゲーム
名前  ???  / マツタケ

性別  女    / 女

身長  ???  / 162cm

体重  ??   / 49kg

メインクラス   FiHu

カンストクラス  


ship9で実況を録っていたマツタケさん。本人の承諾を得ての登場です。


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PHASE4 「HOPE」

長く掛かってしまいましたが、ようやくEP4が完成しました。自分の構想の中ではここが序盤の山場となります。

ネットゲームならではの「変化」をストーリーの中に落とし込み、原作を大事にしながら、自分なりの変化を付けながらも、ゲームの感覚を失わない様に大切にしていきたいです。


10日目 AM 0:50

 

 

玲司達が出かけてからどれ程時間が経ったであろうか。と、如月とマツタケが思い始めた頃、ポツリと拠点の地上駐車場を照らすライトの中に一人、影が入り込んできた。

その姿は、イベントなどで見かけるアークスではない一般人であった。そのグラフィックに何ら変化は無いものの、怪我をしたように腕を抑えていた。

 

「大丈夫ですか!」

 

まるで指に弾かれた様に動き出したのは如月だった。

 

レスタを唱えようかとも思ったが、普通のPLとは違いNPCで有る事と、見た目が負傷していない事、HPなどのパラメータ情報が見えない為、躊躇いながら、とりあえず拠点の入り口近くに座らせることにした。

 

ウルクに治療出来るか尋ねてみたが、PLサイドのNPCデータサーバーにアクセスエラーが出ていて出来ないらしい。本人曰くアクセスが邪魔をされてデータのやり取りが極端に限られた量しか出来ないらしい。

 

とりあえず、拠点の中に運んで休ませようと思ったが、玲司達に言われた事とウルクもこの状況下で、たとえとはいえ不確定因子を入れない方が良いと止めたので、片隅で休ませる事にした。

 

そして、それを皮切りに続々とNPC達が助けを求め集まってくる。いつの間にか拠点の駐車場の一角にコロニーが出来上がってしまった。

 

「どうしましょ・・・」

 

思わず言葉が如月の口から洩れた。玲司に言われた事を守って誰も拠点の中に入れてはいないが想像以上に人が集まり、座る者、動けず寝ているもの、何やらブツブツと言うもの様々であった。

 

疲れて一息つきながら、敷地の出入り口を何となく見ると人が一人立っていた。黒いカジュアルジャケットを羽織り、金のネックレス。金髪にサングラスを掛けた青年が、視線は分からないが、値踏みするようにこちらを見ている。

 

「警戒心・・・が無いわけじゃないか」

 

面白いと言うような、どこか予想が外れてがっかりしたような、そんな声色で男は呟いた。

 

そんな、軽い男を見た瞬間、如月とマツタケは武器を構えた。

 

その男の正体を知っている。だからこそ臨戦態勢をとる。市民達の前に立ち、ウルクに下がるようジェスチャーを取りながら。

 

「何しに来たです!」

 

強い口調で如月は男に問いかけた。その手は小刻みに震えている。それはそうだ、玲司に救われ一緒に過ごして2日程だが、その間如月は一度もクエストに出ていない。

 

玲司に言った「闘うのは怖い」と。その言葉に玲司は言った「怖くて良い、闘えとは言わない」と、だが状況は許してくれなかった。ここで市民を守れなくとも玲司は咎めないだろう。だが、戦いを起こす者がやってきてしまった。

 

無抵抗なままやられてしまうかもしれない、闘っても相手にダメージを負わせられないかもしれない。グルグルと考えが回る。この時間が永遠に続いてしまうかもしれない。玲司が助けに来る前にやられてしまうかもしれない。

 

 

ぐるぐる、グルグル、ぐるぐる、グルグル。

 

 

「おや、武器を持ってるのに闘わないのかい?」

 

男は茶化すように問う。

 

「まぁ、闘わないで済むならこっちも出資が少なくて良いが、何の成果もないとこの亜贄萩斗(あにえはぎと)の名に傷が付くんでね!」

 

語尾を強めながらハギトは、パチンと指を鳴らす。

 

その合図にハギトの後ろに広がる、ビルが作る陰から新たな影が現れた。

 

それは人に近い姿をしているが、身長は2mを超え顔はあれど首が無く、胸に頭がめり込んでいるような黒いダーカー、ゴルドラーダである。

 

「!?」

 

現れたダーカーに如月とマツタケは戦慄が走った。それは敵の姿にではない。

 

「た・・・すけ、て・・・」

 

ゴルドラーダの手には子供の頭が鷲掴みにされていた。苦しみながらなんとか、出せた助けを求める声は、少年の命が消えかけている様にも聞こえた。

 

「こんのおおおおぉぉぉ!」

 

考えるよりも先にマツタケの体は動いていた。

 

握っていたダブルセイバーを頭上に振り上げながら、跳びかかる。

 

振り回す武器の片方の刃をゴルドラーダに向けながら飛び込む。躊躇などない。

 

 

『助ける!』

 

 

マツタケの心の中には強く、その言葉が響いていた。

 

飛び込むマツタケの一撃は、深くゴルドラーダの右肩に突き刺さり、そのまま右腕を奪っていた。

 

奪われた右腕は、赤黒い霧となりながら消えていく。

 

その勢いを殺せぬまま、マツタケの握ったダブルセイバーは、アスファルトを穿った。

 

「っのぉおぉ!」

 

無理やり子供に手を伸ばした瞬間だった。タイミングが噛みあったのか、ゴルドラーダの子供を掴んだ拘束は緩み、そのまま強引に子供を引き寄せた。

 

子供はマツタケの胸に飛び込むように抱きかかえられると、マツタケとともにゴロゴロと地面を転がった。それは逃げるためと言うよりは、ただ体勢を崩して転げ回った様にも見えた。

 

だが、そんな中でも一瞬たりとも子供の事は忘れなかった。

 

転がりながらも、強引に体勢を整えつつ避難者達の方へ子供を突き飛ばした。

 

「マツタケちゃん!」

 

如月の叫びが響く。それは身を心配しての叫びの様にも聞こえたが、その言葉が届いた様子もなくマツタケは、ダブルセイバーを捨てながら、拳にフォトンを纏った。マツタケの目に映るのは、ハギトの姿。

マスクで隠れる口、さらに奥に隠される奥歯を噛みしめながら、力の限り鋼拳(ナックル)を振りかぶる。

 

(ハギトは前に出てきても指示だけ、攻撃出来ればきっと逃げる!)

 

マツタケには確信があった。自分が歩んできた物語で、ハギトのコピーは闘っても本人は直接は闘わない。しかも、ハギトの今の恰好は使徒の衣装だ。コピーならば軍服である。ならば偽物でないと確信がある。

拳が熱く燃えるように感じる。集まるフォトンが力となり渦巻くのを感じる。

 

 

―――一撃

 

 

全てが纏まった最高の一撃になるのを感じた。

 

 

 

―――ゴッ

 

 

 

鈍い音が響いた。

 

振り降ろされたマツタケの拳は、空を切っていた。

 

体を貫く衝撃に目は大きく開き、呼吸さえ出来ないほどの痛みが思考を奪っていく。体中の力は抜け、驚きとともに状況が少しずつ入り込んでくる。

 

自分が狙ったハギトを守るように、しかもこちらの視界になるべく入らない位置から青い腕が伸びていた。

 

腹部にめり込む拳は青いゴルドラーダ、プチドラースのモノだった。痛みを超える衝撃に視界が色を失っていく。何もかもがスローに見える。ただハッキリと分かるのは、ハギトが黒く笑っている事だった。

 

 

―――ガッ

 

 

力が入らないまま、マツタケの体は上昇していく。喉を掴まれ呼吸が出来ないままプチドラースが高々とマツタケを片腕で掲げている。

 

「・・・うっ、あ!」

 

本能がそうさせているのだろう、首に食い込む指を剥がすべく両手を使いながら、隙を作るべく蹴りを見舞う。だが、力の入らない蹴りを涼し気に受けながら万力の様に、徐々に徐々にと首を絞める力を強めていく。

視界が定まらない内に視界が黒く染まっていく、意識がまた擦れていく。

 

「マスター助けて!」

 

如月の声は玲司を呼んでいた。

 

「マツタケさんが、マツタケさんが!」

 

必死に、必死に玲司を呼び出す。頭の中は何が何だか分からない、ただ必死に叫んだ。

 

「き・・・さらぎ・・・ちゃん、逃げ・・・て」

 

今にも失いそうな意識の中でマツタケの口から言葉がポツリと漏れた。

 

 

―――キイィン

 

 

光の槍が、プチドラースの腕を貫いた。

 

いや、光の槍ではなく地面には矢が突き刺さっていた。赤い矢羽が対色の青になりながら消えていく。

 

だが、そのダメージをも解さない様に反対の腕をマツタケに、プチドラースは伸ばした。

 

 

「・・・グレン」

 

 

マツタケのすぐ近くに影が飛び込んだ。

 

 

「・・・テッセン!」

 

 

神速の踏み込みから流れるような剛撃がプチドラースの両腕を切り飛ばした。

 

その剛撃の御蔭で、マツタケはプチドラースの腕から解放される。意識はほんの少し繋がっているが力が戻らない。ただ地面が近づいてきている事だけは認識できる。

 

「おっと・・・」

 

マツタケの体を誰かが受け止めた。

 

ポニーテールの様に束ねられた赤髪が視界に鮮烈に残る。

 

剛撃を放った影は、プチドラースにとどめを刺すように、切っ先を突き立て、貫くと蹴りを交えながら一瞬で引き抜き、カタナを鞘に納めた。

 

「危機一髪だったね。お姉さん急いで正解だったよ」

 

安堵の声が漏れる。その助けに入った人物は、束ねた赤い髪に、オレンジを基調とした無骨なジャケットだがインナーにはフリルがあしらわれた女性らしさも現れた衣装のブレイバー教導NPCであるアザナミであった。

 

「まったくだ。ウルクと連絡取れなくなったから様子見て来いって言ったシャオの先見は凄いよ」

 

その声は小さいながらもはっきりと聞こえた。声の響いた方向を追うと、ブラストのチームエリア、駐車場に隣接する少し大きいビルの中層から聞こえていた。

ショートよりは長く、セミロングまでは行かない水色の髪に小柄な少女か弓に矢を番えていた。

 

「イオー!」

 

ウルクが喜びの声で少女の名前を呼んだ。

 

 

「少々予定と違うが、助けが入るのは想定内だ・・・!」

 

ハギトが吠えた。その言葉に弾き飛ばされるようにゴルドラーダとプチドラースは動き出す。

 

プチドラースは腕がない事もいとわず、足を回転エネルギーに任せて鎌の様にアザナミに薙ぎ払いを連続して浴びせにかかり、ゴルドラーダはその体躯からは想像できない跳躍力を見せてイオへ強襲を仕掛けていった。

 

 

プチドラースの攻撃のスピードは、アザナミの能力をもってすれば見切るのは容易い事であった。だが、その攻撃の重さに反撃のタイミングが掴めないでいた。

 

(攻撃自体は大したことない・・・でも、重い・・・)

 

攻撃を防御で受ける事は出来るが、重い一撃に耐える体勢を取ると受けきると攻撃態勢をとる前に次の一撃が飛んできてしまう。

 

(私じゃ力が・・・)

 

システムの干渉でカウンターが取れない事と想像以上に役に立てそうにない自分にアザナミの心は静かに苛立った。

 

 

 

ゴルドラーダと闘うイオはフロアを駆け回っていた。

 

会社のオフィスをイメージしたであろう、規則正しく並べられた灰色のデスク。その上に並べられたブックスタンドやデスクトップPCモニター達。そのデスクの上を飛び跳ねるように駆け回っている。

 

そのイオを追い立てるゴルドラーダは、障害物を撥ね飛ばしながら猛進している。シャープボマーの様に体を捻りつつ天井スレスレを器用に激突を躱すように跳ね飛びながらイオは何本も矢を射った。

 

(マツタケと如月はデータからしても戦闘は期待できない・・・)

 

背中の矢筒から新しい矢を取り出し番える。まだ引き絞らず部屋の外に飛び出る。ドアを破り抜ける瞬間、矢にフォトンを込めて放つ。その一閃は5本に分裂し散らばった。

 

(・・・とにかく、時間を!)

 

駆ける廊下には光の飛び石が進路を示していた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

AM 0:53

 

タウンエリア 戦闘地区

 

 

 

玲司の握る刀は攻撃を受け止めていた。

 

合成ダーカーの攻撃と良く言えば相殺になった。悪く言えば、受け止めるのでやっとであった。

 

 

―――ギィン

 

 

刀で槌を弾きながら距離を空ける。

 

「ッチ!」

 

自然と舌打ちが漏れる。

 

敵の懐は深い上に、力も強い。隙を突いて肉迫してもその力で玲司の大男という体躯であっても軽々と弾き飛ばされてしまうのであった。加えて、先の如月からの通信も玲司の焦りを煽るのであった。

 

カタナを鞘に収めながら次の攻撃を準備する。

 

玲司の視界は敵を見ながらも、メニューウィンドウを開き、コスチュームウィンドウを覗いている。視覚と思考の一部を強引に突破する事を考え始めていた。

 

『・・・玲司』

 

ランチャーで雑魚ダーカーを薙ぎ払いながら、菊花は玲司にWIS(ウイスパーチヤツト)を飛ばす。

 

弾丸を発射する度に轟音が鳴るランチャー、その音に声が掻き消されない為の配慮である。弾丸をPAで速射しながら相手が近づけないようにしつつも、爆風で次々に仕留めていく。

 

『雑魚を散らしたらデカいのは俺が引き受ける。お前は如月達のとこに行け!』

 

その言葉を受けながら、玲司は神速の連撃を合成ダーカーに見舞う。だが、その攻撃は全然ダメージを与えられず、ダーカーの強固な外皮を叩き、甲高い音を立てるのみであった。

 

「ですけど・・・コイツを一人で相手するなんて・・・」

 

ダーカーの振り上げられた腕が、玲司を叩き潰すように振り下ろされる。それを刀で受け流しつつ反撃の隙を逃さないように視線を外さない。「イケるか?」と柄に手を掛けたところであった。ダーカーがこちらに手を向けている。爪を開き掌であろう部分を向けていると思った瞬間だった。

 

 

―――ッゴ

 

 

物凄い勢いで掌だけが距離を詰めてきた。

 

「―――っなろ!」

 

突然の事に口から言葉が漏れつつも、無意識に玲司は体を捻った。無理やり弾道から体を逃がしつつもまだ激突コースに入っている。

 

「―――んん!」

 

体の回転よりも速く、足が動く。

 

 

 

―――ッガ

 

 

 

ダーカーの手を強引に蹴り抜く。

 

その一撃でわずかに変わった軌道に体をさらに強引に捻りねじ込む。

 

それで何とか攻撃を躱す事に成功した。玲司の直ぐ後方で大きな激突音が響く。

 

攻撃よりも回避、その単語が頭の中に響き、距離を空ける。安全圏まで逃げたと思った時、飛ばされた片手が「ガチン」と音を立ててもと有った場所に収まった。

 

「ッチ!」

 

また、玲司は舌打ちした。

 

切羽をゆっくりと抜ながら刀の柄に右手を当てる。腰を落とし溜を作る。

 

『行けぇ!』

 

菊花の強い声が、玲司の鼓膜を強く震わす。その言葉に弾かれるように玲司は合成ダーカーに猛進を仕掛ける。姿がまるで幻の様にアスファルトを蹴った瞬間に消える。

 

「!?」

 

消えた玲司の姿に一瞬ダーカーも驚いたが、すぐにPLの使う技、PAだと理解する。ならば攻撃の手は決まっていると言わんばかりに片腕を振りかぶる。

 

ダーカーの目の前に玲司が再び姿を現す、瞬間巨大な杭が火薬で打ち出されるようなスピードでダーカーの腕は振るわれる。

 

だが、その姿は攻撃をせず再び消えた。まるで残像を残すように、色が糸を引いて垂直に伸びる。

 

頭上に鞘を掲げながら、重力を味方につけた一撃を玲司は見舞う体勢に入っていた。鞘から抜けた切羽の先、刀身が、根元が解き放たれる。

 

「!!」

 

強引にダーカーは腕の軌道を変える。ストレートの軌道を強引にアッパーに変える。だが、軌跡を一瞬にして理解するこのままでは当たらないと。

 

 

―――ガチン

 

 

鉄球が射出される。強引に射出されたそれは棍と鉄球を繋ぐワイヤーを巻き込みながら、まるで超重量を持った丸鋸の様に玲司を襲う。

 

 

―――ギャリン

 

 

甲高いのか重いのか分からない金属音が鳴り響いた。

 

重量と衝撃に吹き飛ばされた玲司の体は宙を舞っていた。まるでホームランの弧を描く野球ボールの様に。

 

「玲司君!」

 

「玲司さん!」

 

パティエンティアの2人がほぼ同時に叫んだ。

 

 

―――ガシャァン

 

 

ビルの窓ガラスを突き破り玲司の体は、天井に強打すると跳ね返り床を小さく跳ねてからゴロゴロと転がる。

 

「このまま、向こうに行きます」

 

何とか玲司は立ち上がり、掛けながら手短にwisを飛ばすとアイテムパックから中回復薬(デイメイト)のチューブパックを取り出し口に咥えながら、侵入させられた窓と反対側の窓から外へと飛び出した。

 

「健闘を祈る」

 

短く菊花は答えた。

 

視界に映るミニマップから玲司のアイコンが消え、パーティメンバーの名前の表示も消える。それを確認するとランチャーをフォトンへと返した。

 

「ふーっ」

 

一つ大きく息を吐いた。攻撃も思考も止めて気持ちを落ち着ける。軽く目を閉じゆっくりと開ける。ステータスウィンドウを開き装備欄、その中でもコスチューム欄から迷彩アイテムをセットする。

 

菊花の手にフォトンを凝縮しながら武装が顕現される。

 

長く細い青の鞘に、緑色の柄を持つ刀が顕現する。その刀を召喚した途端、菊花を渦巻く様に霧が発生する・・・いや、霧とは違いその白い靄は周りの温度を急激に奪っていた。

 

「・・・行くぞ、ユキアネサ!」

 

鞘から放たれたユキアネサは、薄く美しく輝きを放っていた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

AM 01:03

 

 

Blast!! 拠点屋外駐車場

 

 

 

マツタケは膝をついて荒く呼吸をしていた。

 

激しく出入りする酸素と二酸化炭素に呼応するように、肩が大きく上下に揺れながら、プチドラースと闘うアザナミを見ていた。

 

アザナミの仕掛ける攻撃はどれも鋭かった。だが、それを受け止めるプチドラースの体躯は鈍い音を立てながらそれを受け止めていた。1・・・4・・・9・・・アザナミの攻撃は次から次へと繰り出されているが、決定打にならない。ダメージを叩き出せたのは不意打ちで有ったから。と言えるほどかマツタケが干渉していたから現状のアザナミは、その断続的に繰り出す攻撃でスタミナがどんどん使われていくのを示す様に汗を流していた。

 

「こっんのぉ!」

 

 

―――ギィイン

 

 

繰り出す渾身の一撃さえ、先から弾かれてしまっている。

 

アザナミ自身は足止めは出来ても倒すまでには至らない、自分に掛けられたシステム干渉(呪い)を恨めしく思った。

 

「―――っくそ!」

 

悪態を吐きながら、アザナミとプチドラースの戦闘区域の近くに黒い影が割り込んできた。その陰の主はイオだ。

 

闘う戦士(アークス)魔物(ダーカー)の間に転げ回るように着地しながら、弓を引き絞り相手を見据えていた。

 

ゴルドラーダに追いかけられながら何度も弓を引き絞ったが、その攻撃のどれもが、まるで壁に(つぶて)を投げた様に、簡単に弾かれながらここまで鬼ごっこを続けてきた。

 

鬼ごっこを繰り広げていたビルの内部では埒が明かないと思い、こちらに飛び出してきたは良いが、頼りの先輩(アザナミ)も苦戦を強いられていた事を降りてから気付いた。

 

 

―――ダン

 

 

とイオの影を追いかけてゴルドラーダが着地した。

 

 

―――最悪だ

 

 

2人の頭の中を過る言葉は同じであった。

 

頼りにしていた先輩も苦戦を強いられ、自分の考えがそこまで至らなかった後輩(じぶん)に。

 

戦いに勝てずとも時間稼ぎなら後輩と共になら、それ位楽に出来ると思っていた先輩(じぶん)に。

 

2体のモンスターは会話するように、まるで喉を鳴らす鳥の様な「クルルル・・・」という音を出しながら頭を右往左往させていた。

 

 

「グルルルル・・・」

 

 

その会話に割って入るように、低い唸り声のような音が響いた。

 

 

「なっ!?」

 

「うそ、だろ?」

 

 

2人のアークスの声も顔も同様を隠していなかった。

 

闇の中から、赤と黒の色を纏ったゴルドラーダがが現れた。より黒くなった甲殻に、金縁が赤に変わっている、世壊種

 

 

ユグルドラーダ

 

 

が、闇の中から染み出る様に現れたのだ。

 

「イオ!下がり・・・」

 

アザナミの本能(AI)が危険を察知してイオに指示を飛ばそうとした、だがその声はさえぎられた。

 

アザナミの声を訊いた瞬間、イオが目配せするとその光景に凍り付くしかなかった。アザナミの首にユグルドラーダの指が食い込み、乾いた咳にも似た声が漏れ、苦悶に歪む顔だが、脱出を図るべく、両手は指を力の限り握り足は蹴りを見舞っていた。

 

しかし、それも無意味と言わんばかりに、ユグルドラーダの体は微動だにしていない。

 

「くそっ!」

 

短くイオが言葉を吐き捨てる。

 

吐き捨てた言葉が完全に消えるよりも早く、弓に矢を番え放つ。

 

光となって駆ける矢はアザナミを捕える腕に喰らいつく。しかし、その矢は簡単に弾かれ地に落ちると(フオトン)光(フオトン)に変わってしまう。

パラメータが違いすぎる。

 

その事実だけが頭の中を過った。

 

ユグルドラーダは見せつける様に拘束したアザナミを掲げ、それをまるで面白がるように「クルルルル」とゴルドラーダとプチドラースは鳴き声を上げている。

 

 

―――ズガッ

 

 

鈍い音がユグルドラーダを襲った。

 

それは、ユグルドラーダの腰のあたりを短杖(ウォンド)が叩いた音であった。2度3度とウォンドは何度もユグルドラーダを襲った、だがまったく効果がないように見える。それでも、拘束されたアザナミを助ける為に如月は振るった。

 

「・・・放すです!放すです!」

 

瞳に涙を浮かべ、渾身の力で振るわれる攻撃。だが、それも堪えている様子はなかった。

 

「・・・無駄だよ」

 

冷たく(わら)うようにハギトの声が響いた。

 

「君たちの攻撃を考慮してパラメータを弄ってるんだ。そんなただ殴るだけならビクともしないよ?」

 

嘲笑うのを我慢するように、言葉を続ける。

 

 

「・・・なら、全力なら良いんだな?」

 

 

男の声が響いた瞬間だった。

 

ユグルドラーダですら気づくのでやっとであっただろう。まるで光の槍であった。青白い光の槍がユグルドラーダをとらえ貫いたのだ。しかも、貫く瞬間誰もが行動がとれないまま一瞬止まった様に感じ、認識できた瞬間に貫いたのだ。

 

その槍は、ユグルドラーダの上半身を半分掻き消し、その拍子にアザナミの拘束も解け、強か尻餅を打った。

 

「がっは、げほえほ・・・」

 

やっと取り込む事の出来た空気をふんだんに取り込みながら、アザナミは咳き込んだ。

 

「アザナミさんっ!」

 

解放されたアザナミに即座にイオが駆け寄り、肩を抱きながら安全圏に誘導する。ウルクがいるBlastのベースの方へと。

 

「どこからの攻撃だ!?」

 

光の槍の貫いた角度から、大雑把な位置を推測し、ハギトはその方向を見やる。

 

いくら管理された都市だからとは言え、建物のエアポケットにあるBlastのベースは漆黒に包まれている。今ある明かりは、ベースから漏れるわずかな光と、駐車場を照らす高出力ライト程度なのだ、周りの高いビルの上など輪郭は外側からの光で何とか分かっても、その細かい部分まで見るのには光量はまったく足りなかった。

 

「マザー、エーテル干渉で光源を!」

 

耳に手を当てつつ、ハギトはマザーへ通信した。その言葉を受けて、闇夜が昼間のような完璧な明るさではないが、どこか幻想的で暗いながらも周囲のモノがハッキリと認識できるように明るくなる。

 

「こっち側はシステムの半分を握っているんだこの程度の芸当・・・」

 

雄弁と語るハギトは思わず沈黙する。その言葉で相手の威勢を挫くように語っていたのに、言葉が詰まってしまう。

 

「明かりをくれてありがとよ、あんま暗いと俺のイケメンが見えないからな?」

 

先ほどまでイオが闘っていたビルの屋上。フェンスを越えた縁に人影が4つ並んでいた。その内の一つは言わずもがな玲司であった。その手には大きな機械でできたキャノン砲の様な武器を持っている。

 

「あのぅ・・・イケメンは認めますけど、結局作られた容姿だから誰にでも当てはまっちゃうんじゃないかなぁ?かなぁ?って私は思っちゃうんですけど、余計なお世話というか考えでしたかね?」

 

その隣に立つロングヘアに白と青を基調とした衣装を纏いメリハリのついたボディラインの少女は申し訳なさそうに、でもはたから聞いても突っ込まなくてもいいと思うほど余計な突っ込みを入れながら玲司に尋ねるようにツッコミを入れていた。

 

「うっさいコオリ!玲司さんだって出端(でばな)挫く為にやってんだから、余計な茶々入れない!」

 

と、余計なツッコミをするコオリを抑えつつ、アザナミに似たようなポニーテールの赤と白の衣装を纏った少女はツッコミを入れる。

 

「黙れ女共、せっかくの登場が台無しじゃねぇか、な?玲司」

 

そんな鋭い切り口のツッコミを入れるのは、迷彩パターンの入ったマントとアサルトスーツを纏い、現実にありそうなアサルトライフルを握った少年であった。

 

「ありがと、エンガおかげで凄く恥ずかしい」

 

そんな、やり取りをしていても玲司とエンガの表情はまるで彫刻の様に眉ひとつ動いてはいなかった。まるでゴルゴンを思わせる視線は本当に石化してしまうのではないかと錯覚させるほどの殺意と逃げる隙を微塵もないと言わんばかりの力が籠っていた。

 

「さて、ちょいと締まらないが、ハギト。お前さんの手駒毎引き上げるか、手駒置いて逃げるなら見逃してやる。選べ」

 

その大きな武器を構えながら告げる玲司に、ハギトは思わず半歩後退ってしまった。人間が持つ感情と迫力に、彼は本当に恐怖を覚えたのだった。

 

「君は仲間と一緒に釘付けにした上に、こっちに来るなら仲間を呼ぶ暇なんてなかったはず・・・」

 

玲司の連れてきた仲間(NPC)に、玲司がこちらに向かった際のあらゆるシミュレートを組んだのに、それを超えた状況に、狼狽える心を抑えつつハギトは尋ねた。

 

「それは、僕という存在(NPC)もいるからだよ!」

 

纏いの隣にエーテルとフォトンが集まり形作る。その姿は幼い子供だが、纏う衣装はDFのソレを模したようなデザインをしていた。ダークファルスの因子とエーテルの因子を含み生まれた存在。

 

「・・・アル」

 

苦虫を噛み潰したように、低く唸るように、少年の名前をハギトは呼んだ。最初に出会ったのはイレギュラーによりヒツギが起こした事件から生まれたアルの奪取だった。あの時は彼を拘束し連れ帰るだけの簡単な仕事だった。そこに邪魔する要因としてアークスがやってきた。それから彼の実績にはケチがつきっぱなしだった。そして今もまた。

 

「で?どうするんだよYMTコーポの社長さん?」

 

回りくどい、バックグラウンドとしての設定を持ち出しながら玲司は再度尋ねた。

 

「あの時は意識(AI)がないとはいえ一度は無残に退いたんだ、今度こそ成果もなく引き下がれるわけがないだろう!」

 

ハギトの魂が籠った咆哮が響く。その言葉に玲司の眉がピクリと動いた。

 

「なら、惨敗をくれてやるよ!」

 

ビルから玲司が飛び降りると共に、他の3人も行動を開始する。

 

玲司は着地すると間も置かず少しでもバランスを崩せば倒れそうなほど前傾姿勢でユグルドラーダに向かって駆け出す。そのダッシュに呼応する様に甲高い、ジェットエンジン音の様な音が鳴る。

 

ヒツギたちは如月やアザナミたちを守るように壁となり、陣を形成する。

 

如月とマツタケの目に映るのは見知った姿でありながら、まるで勇者の姿であった。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

AM 01:01

 

 

市街地 戦闘エリア

 

 

菊花とパティエンティアが戦闘しているエリアに変化が訪れていた。場所は変わっていないものの、あたり一面は真白に染まっている。アスファルトや街灯の根元は凍り付き、管理されたこの世界の中では空に映る雲はあっても本物の雲はない。それこそ雨が降る時も雲はないのに、雪が降り注いでいた。いや、菊花に一定距離近づいた瞬間に生まれていると言っても良いだろう。

 

その氷の世界を作り出しているであろう菊花を見ながら、パティエンティアの2人は自分の肩を抱き吐き出す息は白い靄となりながら、『ガチガチ』と寒さから歯を鳴らしていた。

 

当の菊花は一振りの刀を鞘に納め握りながら、ダーカーを・・・いや、氷漬けになったダーカーをつまらなさそうに見ていた。

 

「あんまり力に頼るのは良くないけど・・・使わせるのはお前らだからな・・・」

 

苦しそうに、どこか納得のいかないように、菊花は言葉を漏らしている。その言葉を聞きながらティアは胸が何かに締め付けられるような気がした。

 

 

足掻いている。

 

 

必死に

 

 

自分たちが放り込まれた理不尽に

 

 

足掻いている。

 

 

そう感じ取れた。

 

この感覚を、本物の感情があれば苦しみだけではなく悲しみと感じるのだろうと、ティアは思った。

 

もし、本当の感情があれば泣けるのであろうか?目の前で戦う人の苦しみを肩代わりできなくとも、その人の心を理解して涙を流せるのであろうか?そう考えてしまう。

 

「う~・・・寒いよぅ!ティアフォイエでも使って温めてよぅ!」

 

何とも子供染みた双子の姉のよく言えば無邪気、悪く言えば考え無し、な刹那的な短絡思考の声が聞こえてくる。

 

 

うるさい

 

 

情緒的な感覚がない姉だって多少は静かに、いや言葉を失ってしばらくは黙ってて欲しいものだと、先の感情を返せと言いたくなってくる。

 

「こんのぉバカ姉は・・・」

 

わなわなと怒りが込み上げて来ると同時に呆れも首をもたげてくる。

 

いっそ氷結呪文(バータ)で完全凍結させてしまおうかとも思いつく。だが、この姉の事だ暫くブースカ文句を言いながら自分の心が落ち着く時間を奪っていくだろうとも思う。

 

「・・・ ・・・」

 

一つ細く菊花は息を吐いた。その息も白く凍て付きながら、細く長く伸びていく。

 

 

―――パチン

 

 

いつの間にか刀の柄に手を当てていた菊花が振り返っていた。謎の破裂というか金属というかというどっちとも付かずという音を立てて。

 

「さて、玲司のとこに行こうか」

 

刀を納刀位置に納めながら、菊花は優しく声を2人にかけた。いつもの調子で、いつもと変わらず。

 

「え?いいの?」

 

「あそこにまだ、ダーカーが・・・」

 

氷漬けになったままのダーカーを見ながら、パティエンティアの2人は腑に落ちない様子だった。

 

「あぁ・・・」

 

何かに気付くような口調で、菊花は短く声を漏らした。

 

「アイツはもう倒した」

 

どこか寂しそうというか、呆れたというか、喜びよりも悲しみに近いような声色で菊花は告げた。

 

その言葉が放たれるとほぼ同時だっただろう。

 

 

―――ズダン

 

 

ダーカーの胴が真っ二つに割れ、粉々に砕け散った。

 

その体躯を覆っていた氷だけを残し、真白の雪が降る中に真黒な雪が昇っていく。その光景は幻想的でもありながら、パティエンティアは人間にどこか得体のしれない恐怖に近いものを感じた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

ほぼ同時刻

 

 

Blast!! 拠点屋外駐車場

 

 

 

―――キイィィィィン

 

 

 

とジェット音に近い音を立てて駆ける玲司。その姿勢は倒れそうなほど前のめりで、武器もまるで騎士が突撃槍を構える様にも見える。そんな奇怪な進撃をダーカーたちは守りを固めることで迎え撃とうとする。

 

仁王立ちにになりながら、両手を軽く前に出している。プロレスラーの組み合い直前の姿勢にも似た構えを取りながら、玲司を待ち受けている。

 

玲司のとダーカーの距離は瞬く間に近づく、10m未満になる。もう真正面から激突するのかと思った瞬間、玲司の武器から光弾が発射される。それは先ほど見た光の槍とは違ったが、圧縮されたような光弾がダーカー達の目前で地面に激突した。

 

 

外れたか?

 

 

敵も味方もそう思った。実際のところダーカーに当たらず地面に会ったっては攻撃は失敗したのだ。と、そう誰もが思う。

 

だが、それは故意だと直ぐに気付いた。

 

地面に当たった光弾はまるで閃光弾の様に強い光を発し、玲司の姿を一瞬眩ませたのだ。その隙に玲司はダーカー達の間を潜り抜けていた。ハギトを目掛けて攻撃するかと思われたのだが、すり抜けて2m程距離を開けたところで反転していた。

 

「避け・・・」

 

ハギトが叫んでいた。それは自分の為ではなくダーカー達に向けてのモノだった。首を傾げるような仕草で「何のことだ」と考えたのだろう辺りを各々が違う方向に首を向けた瞬間

 

 

―――ドバァン

 

 

青白いドーム型の爆発光がダーカー達を中心に呑み込んだ。眩い光が視界をも奪っていく。ハギトが微かに見える玲司の影は武器を振り被っていた。

 

右腕に握った武器を左手で支えながら左肩に担ぐように振り被る。グリップを握る手に力が籠る。強く強く握るほど刃に光が貯えられる。そして光は巨大な刃に姿を変えている。

 

爆発が収まっていく、ダーカー達の外皮の表面から煙が昇っている。焦げる匂いを巻き上げながら、何とか原型が保てたと言うべきか、ダーカー達の動きは虫の息と言うにも等しい様に見える。

 

「ソード・フリーケンシー!」

 

玲司が強く静かに言葉を放った。

 

言葉と連動する様に玲司は武器で虚空を切り払った。武器が光の軌跡を描くと共に虚空に光の刃を形成し矢のように飛んだ。それはダーカーをすり抜ける様に、接触したはずなのに何事もなかった様に抜けると霧散した。

そして、

 

 

―――ぐらり

 

 

とダーカー達が揺れたかと思うと

 

 

―――ドガ

 

 

と衝突音を立てて上半身がずり落ちた。真っ二つになったソレは闇色のフォトンを撒き散らしながら消えていく。

 

「まったく、馬鹿げた力だよね?それはさ・・・」

 

呆れと焦りが入り混じった様な声でハギトは呟いた。目の前にいるアークスは自分の知るモノではない。ましてやあんな武器を使ってもあんな能力は持っていない。馬鹿げた改変をアイツらはしたものだ。と心の中で静かに毒づいた。

その言葉に気付いた様にゆっくりと玲司が振り向いた。その顔の半分は仮面で隠れて見えないが、怒りが近いだろうか。無表情に近い顔でハギトを睨むでもなく見つめていた。

 

「だいたい、あんたストーリー終わってからこっちの味方じゃないの!」

 

その言葉にまるで後ろから小突かれた様に玲司は猫背になった。先までの表情から一変し間抜けにも思えるきょとんとした表情で振り返っていた。

 

その視線の先には単純に怒るというよりは、ブスっとした様子のヒツギが居た。

 

「それはおまけ話だろ!僕はこの世界の存在としては敵なんだ!」

 

何とも子供じみた言い争いのテンションでハギトは怒鳴るように返していた。そんな2人のやり取りに少々、いやかなり玲司の緊張感というかテンションは下がっていく。

 

そんなやり取りをかぶりを振って意識の外に追いやる。残ってるのはハギトのみ。戦闘能力が有ろうが無かろうがそんな事構うものかと、武器を突き立てる。

 

 

 

―――ギイィィイン

 

 

 

激しくぶつかり合う金属音。その先にはマザークラスタの幻想使徒礼装にも似ている衣装を身に纏う人物が、黒に近い赤を基調とした一振りの剣で玲司の攻撃を受け止めていた。

 

「なっ!?」

 

思わず玲司はバックステップを踏み距離を開けた。

 

その突如現れた人物を注視しながら様子を探る。衣装は先に述べた通りだが、その衣装は黒を基調としていて、まるでマザークラスタにいた時のコオリの様に、フードを目深に被って顔は見えなかった。

 

だが、武器の方は判別が付く。赤黒い刀身に鳥の羽のような飾りが付いた漆黒の鞘。ダールゼントウだ。

 

警戒を強めながら玲司はグリップを握りなおす。表情が見えず正体も読めない。だが、武器を見る限りこちら側と同じNPCの装備ではなく普通の武器、それがどうにも玲司には腑に落ちなかった。今まで出てきたNPCの武器でソレを装備している者は居ない。ましてや設定を弄ってまで装備するメリットが全く感じられない。

 

もしかしたら、「こっちの設定に引っ張られてステータスがおかしくなってしまう可能性だってあるのではないか?」と相手の正体が掴めない事に逡巡する。

 

「玲司!」

 

心配してか、どんな思惑が有ってかは分からない。だが、その短い名前を呼ぶエンガの声に玲司は「ハッ」とし弾かれた様に飛び上がる。

 

視界に映るタイマーは残り時間は僅かだと伝えている。最大の攻撃に掛けるしかない。相討ちでも良い。退ける要因になればそれで良いと賭ける。

 

全身をバネの様に使い高く舞い上がり、武器を足元に滑り込ませる。ブレードはまるで元からそうであったかの様にサーフボード状に形を変えて玲司をその身に乗せる。そしてまるでジェットエンジンの様なフォトンの光を上げて空中を駆ける。

 

「MARZ戦闘指導要綱18番一撃必殺!」

 

空を切り裂くその攻撃は黒い男を真っ直ぐに捉えていた。攻撃が届くまで1秒もない、そんな距離で男はカタナを仕舞うと、その右腕に鉛色の球体が浮かんでいた。

 

大きさはハンドボール程であった。

 

『!?』

 

その現れた武器に、玲司とマツタケは戦慄が走った。

 

 

拙い。

 

 

その単語が2人の頭の中に浮かぶ。だが、玲司の攻撃は既に詰めの部分だ。しかも如何足掻こうとも攻撃は命中する。それ自体は悪くない。それでもだ。

 

玲司は自分の体重のすべてを支えの主柱としている左足に掛ける。体重だけではない渾身の力を籠めバランスを崩そうとも・・・いや、崩れた方が良いとさえ思う程に。

 

だが、わずかに切っ先が上に向いた程度だった。

 

 

―――ずぶり

 

 

と、切っ先が男の胴にめり込んだ。

 

如月は玲司の勝利を確信した。

 

ウルクは喜びに強く拳を握りしめた。

 

 

―――どしゃ

 

 

と、地面に伏したのは玲司の方であった。

 

何が起こったのかは理解出来なかったが、玲司は地面に伏し、男の方がいつの間という程の隙間もなかったはずなのに、拳を振りぬく形で立っていた。

 

そして、甲高い音を立てながら男の使った武器は、砕け鉛色のかけらになっていった。それは使命を果たして満足したかのようにも見えた。

 

「なんです!あれは!?」

 

如月の叫びが響いた。

 

それはそうだ、どう見たって攻撃は玲司の方が先だったのに、いつの間にか結果が入れ替わっているのだ。何が起こったのか全く理解出来ないという言葉の代わりに出たような如月の叫びにマツタケは、理解できるが故に冷や汗を流した。

 

「フラガラッハ・・・アンサラーですよ・・・」

 

とても重く、全てに注意を払うようにマツタケは恐る恐る言葉を紡いだ。

 

「あれは、言うなれば後出しジャンケンをする武器・・・。攻撃力は然程じゃないけど結果を書き換えてしまう恐ろしい武器なんですよ・・・」

 

倒れた玲司を見つめながら、ゆっくりとマツタケは戦闘態勢を取った。

 

如月が戦えない事はここ暫く共に過ごしたから知っている。自分だって出来れば戦いたくない。でも、自分を受け入れてくれてこの牢獄からの出口を探す彼らの為に自分が出来ることは、いざという時に恐怖を押し殺して無様に負けても時間を稼ぐ事。と言い聞かせながら逃げ出したい気持ちを抑え込む。

 

 

男は再びカタナを取り出して構える。

 

 

空気が凍り付く。マツタケと男がにらみ合いが続く。表情の見えない相手に、力で負けても最低玲司を逃がせる時間は稼いでみせると、心に固く決意する。

 

 

 

―――ダ、ダ、ダン

 

 

マツタケの足元に3つ、穴が穿たれる。その穴からは細い煙が立ち昇っている。

 

「無理すんなマツタケ!」

 

その声はビルの上からだった。持っている銃は専用のモノではないが、ビルの屋上で狙撃態勢を取ったエンガのものであった。

 

「貴方は玲司を連れて下がって!」

 

「そーそー、私達がなんとか退けて見せるから」

 

そう言いながらヒツギとコオリがマツタケの前に立ちはだかる。

 

睨みあいがまた始まる。と思われた瞬間、男は刀を鞘に納めた。他の武器を取り出すのでは?と思われたがそのまま背中を向けてハギトの方へと歩き出す。

 

「待て!」

 

声を上げたのはヒツギだった。

 

「何を考えてるの!」

 

逃げることは許さない。というニュアンスを含ませて男に声をかける。

 

「止めようよヒツギちゃん。どっか行っちゃおうとしてるんだし放っとこうよ」

 

及び腰な態度でコオリはヒツギを止めに入っている。

 

そんなコオリに「うっさい!」と怒鳴りながらツッコミを入れるヒツギ達は、はたから見ればどつき漫才のようでもある。そんな光景に呆気に取られているのか、男の動きが止まっている。

 

「・・・ ・・・。」

 

一つ大きなため息をついて、男は柄に這わせていた手を離した。興が削がれたと言うように、(かぶり)頭(かぶり)を大きく振っている。

 

 

―――ダダン

 

 

炸裂音が遠くで響いた。

 

聞こえた音とほぼ同時に男の体がよろける。

 

 

「ちっ・・・浅いか?」

 

 

空っぽのビルを一つ隔てて菊花は毒を吐いた。

 

窓ガラスを飛び越し辛うじて窓ガラスの枠ギリギリから、何とか見えた男の頭の端に弾丸を何とか打ち込んだのであった。男がよろけた瞬間もう一度弾丸を撃ち込んでやろうかと思ったが、ビルの完全な影に入ってしまった事に苛立ちを感じながら、狙撃姿勢を解除して移動へとシフトしようとしていた。

 

そんな現場にいたマツタケと如月は男の顔が見えた。いや、見えてしまったと言うべきであろうか?

 

マツタケは直感的にPLだという事を理解したが、如月はその男に衝撃を受けた。心臓がまるで何かに鷲掴みされた様に締め付けられたような感覚が襲ってきたかと思えば、血管に直接氷を入れられたように悪寒が体中を駆け巡った。

 

「くっ!」

 

男は短く、苦い声を漏らすと目深にフードを被り直す。そして、そのまま強引にハギトの首を掴み、大きく跳躍して離脱していった。「んなぁあぁあぁぁ・・・!」と何とも情けないハギトの絶叫を残して襲撃者は消えてしまった。

 

まるで、悪夢か嵐かという程に静まり帰った、Blast!!拠点の駐車場。聞こえるのは一般人NPC達の安堵と困惑の混じる声だった。

 

「マスター!」

 

「玲司さんっ!」

 

ざわめきを引裂くように、如月とマツタケは叫びながら玲司に駆け寄る。

 

「・・・ ・・・」

 

反応は無い。目を閉じたままの玲司は意識を失っている様だった。肌の色は血を失ったように白くはなっていないが、ピクリとも動かない様子から気絶だとは思うが、先の様に目を開けている事が心配する二人を嫌に心をかき乱した。

 

 

 

 

『みんな、この声はこちらから一方的に流している!』

 

 

 

男の、酒井の声が町中・・・いや、サーバー中に流された。空や其処らじゅうの壁に「SOUND Only」と通信ウィンドウが展開される。

 

『君たちの為に今打てる手を打った。頼む・・・こんな事しか出来ない僕らを許さなくていい・・・無事に、無事に帰ってきてくれ!』

 

通信ウィンドウが閉じると、全プレイヤー・・・いや、チームリーダーを起点として空中に転送ゲートのリングが開く。

 

そして、そこから一人の少女が放り出された。

 

 

 

それは現実からの贈り物だった、希望の使者になる事を願って。

 

 




リアル/ゲーム
名前  篠田 正俊 / ジャオン・レイヴズ

性別  男    / 男

身長  177   / 185cm

体重  56    / 72kg

メインクラス   BrFi

カンストクラス  Hu、Fi、Ra、Gu、Te、Br、Bo、Su

Ep2からのプレイヤー。
ビジュアル的にはクールな印象を受けるが、とてもフレンドリーで言葉の端々いつもにこやかな印象を受ける。
デューマンで鋭い眼光を持つキャラなのだが、その見た目と性格のギャップからフレンドからは見た目と性格が違うことを長い付き合いのものから弄られてたりする。


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PHASE4.5 「焦り」

今回はなるべく間を置かず書き上げる事が出来ました(笑)

まぁ、幕間のお話しなんで本編の間でリアルや主人公たちとは別に何が起きているか程度をネタバレしない程度に書いてるだけなんで時間は元から掛からない仕様なんですがね(笑)




オラクルの世界にプレイヤー達が囚われてから、3日・・・いや、間もなく4日が経とうとしていた。連日報道される今回のプレイヤー達の未帰還事件は、PSO2製作スタッフ、その中でもプロデュサーである酒井は犯罪者のごとく取り上げられニュースやワイドショーのキャスターやコメンテイターから罵詈雑言に近い意見を浴びせられていた。

無論、番組などには出ず写真やニュース用の動画が流される中での話だが、銃犯罪者同然の扱いだった。

 

そんな中でも今回のモニター試験に対しての説明に、流石に生命を脅かすほどの危機が有るとは同意書に書かれてはいないが、『ログアウト出来ずに最悪の場合日にちを超過してしまう場合が有る』とは記載されてる。などと多少んぼ擁護というか、何でもかんでも「ゲームが一概に悪い」や「今回のAI暴走でなくとも期間日数がずれる可能性だって・・・」などと言えば、「考え足らずが意見するんじゃない」みたいな声が飛び交うのだった。

 

そんなニュースを横目に通常のPSO2をプレイしている『フィリス』は飽きもせず良くそんなに不毛な議論を続けていられるな。と思っていた。

 

ニュース自体を見る価値などないと思いながらも、自分の所属しているチーム「Blast!!」のメンバーが囚われている状況の中、少しでも情報を集められればと思いBGM同然としても流していた。PSO2を開いたまま放置しつつ、ネットの海に潜る。

 

どこも同じような情報と言うよりは尾ひれが付きすぎて、度を越した偽情報と言うよりは都市伝説染みた情報が飛び交っている。やれ「AIが人類を乗っ取りに来て次は工場のロボットが暴走する」や、やれ「無関係な一般人を巻き込んで某国がサイバーテロで身代金を要求してるんだ」などと言った情報が枚挙する事すらバカバカしい内容が並んでいる。

 

とりあえず、と言うべきか現在普通のPSO2はただのネットゲームという事もあり、サービス停止の話は上がれども、それこそ何でもかんでも悪にしたがる考え無し以外の者は声を上げておらず。SEGAの方でも問題がこっちに飛び火しない限りサービスは停止しないと公表していた。

だからこそであろう、チームメンバーは各々ゲームはそっちのけで情報を集めその正否をこの場で議論していた。

 

そんな事をしながら、やけにニュースが耳に張り付いてきた。そこには泣き崩れる壮年程の男性や女性がモザイクやボイスチェンジャー越しに泣き泣き話していた。

それはPSO2に閉じ込められた家族を返して欲しいという悲痛な願いだった。何もできない自分を悔やむ声なども聞こえてくる。

 

そんな事、ここで言っても無駄なのに。と多少冷ややかな意見が自分の中でも生まれるが、今自分に出来る事、している事自体も、囚われている仲間達の助けになりそうではない事は重々承知している。そういう点ではテレビに映っている人達と変わりがないとは頭では分かってはいながらも、気を紛らわせる為に止められなかった。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

PSO2内

 

 

フィリスはいつも通りゲームにログインしたら、この事件で知人となった人達からショートメールが入っていないかの確認。ログインしている人が居ればその人に挨拶とWISでの会話をして、お互いの進捗状況を確認し合う。

 

機械的な報告だった。何一つ進展しない、分かっている自分たちじゃ何もできない事くらい。分かってしまうから悔しかった。

 

「何か情報は出たか?」

 

フィリスが情報を集めている間、いつの間にか同じチームの仲間である、頭から爪先まで深紅に染められた男性キャスト、『ブレイズ』が目の前に立っていた。

 

「してると思う?」

 

いじ気混じりに答えてみた。その言葉から察したのかため息を吐いているシンボルアートを流した。

 

「しんどいもんだね・・・」

 

ポツリと一言、画面の前とフィリスは漏らした。

 

「そら、この世界だけでの付き合いかもしれんが、仲間だからな」

 

やりきれないという思いと、ほっとしているという思いが混ざり合いながら、ぐちゃぐちゃに心の中を駆け回っている。「どうすればいい?」と誰かに聞いて「こうすればいい」と明確に答えが返ってくれば。と思ってしまう。

 

 

 

―――ポン

 

 

 

とポップアップ音が流れた。

それはメニュー画面のアイコンにマークが付き、メールが届いてることを示していた。

 

メールを開こうと確認する。

 

 

差出人の名前は

 

 

届くはずのない相手からだった。

 

 

 




お楽しみ頂けたでしょうか?

今回のお話で自分のストーリープロットでは序盤が終了となります。

ストーリー展開を練り直すために読み返すと結構長いですねぇ(乾笑)

ですが、まだ物語は始まったばかり(と言えると良いなぁ)プレイヤー達がどうなっていくのか、AI達は敵味方どちらもどのような考えの下動くのか、全てはこれからです。

そして、この小説を書く上で相談に乗ってくださるチームメンバーフィリアこと、ここで自分と同じく執筆している『アインスト』さんとこの小説にキャラクターとして登場を快く承諾していただいた『マツタケ』さんに心より感謝を


それでは次のお話しでお会いしましょう。

スターウォーズEp1ファントムメナスを見ながら


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