かくして幻想へと至る (虎山)
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最後の魔女
プロローグ


 いつからだろうか自分が周りと浮いていることに気づいたのは。少なくとも物心がついたときには、何処かおかしいと思っていた。輪の中にいても孤独を感じる事が多々あった。自分という存在を第三者の視点で見ているような気がしていた。

 

 そんな自分は世界からも浮いてしまったようだ。

 

「グルル・・・」

 

目の前には、犬のような何かがいた。熊のように大きく、鋭く大きな牙をのぞかせる。此方に対して明らかな敵意を向けている。

 

(・・・さっきまで寝ていたはずなんだが・・・)

 

 いまいち現状を把握できずに少し混乱している。その間にもジリジリと犬は寄せてくる。

 

(・・・それにしても、こんなやつ日本にいたか?)

 

 思考が一周回ってクリアになっている。命の危機かもしれないが、焦ることはない。焦りは自分を変える。だから、危機感はこれまで自分から‘浮かせてきた’。だが、それも命を奪われる危険性が少ない日本にいたからの話だ。

 

「グ,ガァ!」

 

 一撃で仕留められる距離と判断したのだろう、犬のような何かは此方に飛びかかってきた。どれだけ浮かせてきたとしても、その牙や爪が無理矢理に意識を危険の領域に持っていく。あくまでも浮かせているだけであるから、認識してしまえば掬い上げられる。

 

(ッ、やば!)

 

 気づいたときには、その爪は肩に食い込んでいた。肉を抉るように爪は入り込む。

 

「う、くっ・・・」

 

 あまりの痛みで声が出ない。犬はそのまま自分を押し倒し、押さえつける。そしてその口が開かれる。光る牙が自分の終わりを照らしているように思える。

 

(・・・いったい何が起きているんだ。目が覚めたら訳のわからないところで、訳のわからないやつに襲われるなんてな。まるで悪夢のようだ。そうか、これは夢なのか。)

 

 自分のなかで納得する。夢なら早く覚めてほしいと願うも、覚めない。大きく開かれた犬の口は勢いよく迫る。咄嗟に目をつむる。

 

 顔の上を眩しい光が覆った。独特な音を放って、目を瞑ってもなお目映い光が通った。牙はいつまでも襲ってこない。

 

 光が無くなり、目を開けると犬の姿はなかった。いや、自分を押さえていた手足を残して消えていた。力無くだらりと犬の手は倒れた。

 

「おやおや、珍しいのう、こんなところに人間が入り込むのは。む、その服装、お前さん外来人じゃな。いや~本当に珍しいのう。外来人なんてここ5、60年見とらんかったからの。」

 

しわがれた声が聞こえる。顔をそちらに向けると、そこには黒いとんがり帽子と真っ黒のローブを羽織った、いかにも魔女ですと言っているような服装のお婆さんがいた。助けてくれたのだろうか。

 

「う、あ・・・」

 

「無理せんでええ。外から来た人間ならしょうがない。運が良かったのお前さん。こんなご時世じゃ、例え外から来たとしても助けてくれるやつなんぞおりゃせんぞい。」

 

お婆さんは何処からか袋を取りだし、その中に入っていた粉を自分にふりかける。痛みが無くなっていくよう感じがする。それと同じように意識もなくなっていってるようだ。どんどんまぶたが落ちる。

 

「安心せい。麻酔みたいなもんじゃ、そのまんまじゃきつかろうと思っての。まあ、もう聞こえとらんじゃろうが。」

 

なにか言っている気がするが、分からなかった。そしてそのまま目の前は真っ暗になった。

 

 

 

 

 




ボチボチできたらいいなと思っています


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霧雨の魔女

 魔法使いのコスプレをしたような金髪の少女が話しかけてくる。声は聞こえない。ただ、楽しそうな雰囲気が読み取れるにこやかな表情だった。何だろうか、この感じは。心からの信頼なのだろうか、少なくとも自分は知らないものだ。

 

何処からか声が聞こえた。いや、自分が発しているようだ。

 

「魔理沙、あんた・・・」

 

 

映像が途切れるように、ハッと目が覚める。目に飛び込んでくるのは少し古い木目の天井だった。起き上がろうとすると、右肩に違和感を覚える。右肩から胸にかけて包帯が巻かれている。少々痛みがある。

 

「目が覚めたかい?まだ、安静にしとかなあかんよ。」

 

 椅子に座ってこちらを見ているお婆さんがいた。服装は違うが気を失う前に見た魔女のようなお婆さんだった。黒い帽子の無いその頭は白髪が混じり金髪が目立つ。

 

(・・・夢じゃなかったのか。・・・夢と言えば、さっき何を見ていたっけ。)

 

「まだ、状況をよく把握しとらんようじゃから、聞きたいことがあれば何時でも聞きな。」

 

 こちらの様子を見て、なにか思ったのだろうか、お婆さんがそう尋ねてきた。

 

「・・・まずは助けてくれてありがとうございます。なにがなんだかわからないが、ここが何処か、そしてさっきの化け物は何か、そもそも何でここにいるのか、聞きたいことはたくさんあります。答えられるだけお願いします。」

 

「ふふ、最近の若いやつは見とらんが、お前さんはだいぶ落ち着いとるの。それに私の若い頃と違って礼儀正しいの。」

 

 何処か懐かしんでいるようだった。ふと、部屋を見渡してみる。ベッドと椅子と鏡がある机しか見当たらない質素な部屋だと思った。

 

 机に目を向けると、西洋風の人形といくつかの写真が見える。どの写真にも共通して魔法使いのような白黒の服装の女性が見える。

 

 夢の内容は思い出せないが、僅かな引っ掛かりがある。

 

(・・・夢で見た少女に似ている。)

 

「さて、何処から話そうかの。」

 

 お婆さんの声に思考を一旦引き戻す。

 

「そうじゃの、まずここについて話そうかの。ここ、いやこの世界は‘幻想郷’というところじゃ。」

 

 幻想郷?聞いたことの無い地名だ。

 

「まあ、知らんのももっともじゃ。何せ、ここはお前さん方がおる世界から隔離された世界なんじゃからな。」

 

「隔離?それじゃ何で俺はここにいるんですか?」

 

 勿論だが、そんな世界に入った覚えなどは無い。そもそも家で寝ていて起きたらここにいたのだ。

 

「お前さんみたいな外来人がここに入り込むにはいくつかの方法があっての、昔はこの世界の管理者が迷い混ませるのが多かったんじゃがの。そいつが今、それをするほどの暇があるかと問われれば恐らくは無いんじゃがの。そして、他の方法で今起こりそうなものは一つしかない。」

 

 その一つを言い出すのを何だか躊躇しているような気がする。

 

「・・・その一つとはなんですか?」

 

「・・・そうじゃな、それを言う前にまず、幻想郷について少し説明しておこうかの。」

 

 そう言ってお婆さんは話を切り替える。

 

「幻想郷は別の言い方をすれば、‘忘れられたものの最後の終着点’、そういわれとる。あの化け物、妖怪じゃが、お前さんの世界から消えたものが行き着くんじゃ。じゃからの、恐らくお前さんは・・・」

 

ー世界から消えたんじゃなかろうか。

 

 その言葉に納得してしまった自分がいた。群れに馴染めないやつは弾かれる。だから居場所の無い世界が生きるところだった。それが当たり前だ。自分のように親もわからない者は少なくはない。それでも忘れ去られるなんて、自分はおかしいのだろうか。

 

「・・・本当に世界からも浮いてしまったんだな。やっぱり普通とは違ってたんだな、俺。」

 

「もしかして、お前さん、能力持ちなのかもしれんの。いや、よく見ればお前さん、霊力を持っとるの。」

 

能力?霊力?訳のわからない事を言っている。それに浮くことが能力だと言うのなら、これはもう・・・

 

「呪いみたいだ。」

 

「・・・能力のなかには、それに振り回されるものも少なくはなかった。お前さんも何かしらのものを背負っているんじゃろうが、生憎今は頼り処は無いんじゃ。」

 

「・・・この世界の管理者は今どこに?」

 

「会いに行くのは止めておいた方がええ、さっきの妖怪と太刀打ちできん人間が行けるところじゃない。」

 

 もとの世界に戻りたいかと言われれば、別に戻らなくともいい。だからといって、この危険な場所にはそれほどいたくはない。

 

「とはいえ、一人である程度戦えな、生きていけんやろ。私ももう長くはない。お前さんを多少マシにするのが、最後の仕事になるのかもしれんの。」

 

「・・・俺にあの化け物を倒せるようになれと。」

 

 正直言って無理だと思う。例え武器があっても、それを扱えるようになるにも時間はかかる。

 

「いや、倒せなくともよい。ただ、逃げられるくらいの力は持っといた方がええ。贅沢言うなら脅すくらいの力は欲しいんじゃがの。」

 

 逃げる力、それも結構怪しいが確かに最低限は必要だ。あの時、ほぼ棒立ちだったのだからやられて当然だったか。

 

(そういえば、危機感を感じているな。浮かすのはやめといた方がいいだろう。)

 

「ただ、今日は休んどれ。薬と魔法でほぼ治っておるが、完全ではないからの。」

 

 その言葉を残し、杖をつき、部屋を去っていこうとするお婆さん。

 

「あの、もう一つ聞きたいことがあります。」

 

「ん、なんじゃ?」

 

「お婆さんの名前を教えてください。これからお世話になるものとして、恩人の名前は知っとくものだと思いますし。」

 

「ああ、そういえば、言ってなかったの。」

 

 ゆっくりこちらを振り向く。

 

「私は‘霧雨魔理沙’、魔法が使えるだけの人間じゃよ。とは言っても里の人間達からは霧雨の魔女といわれ、妖怪扱いされたが。そういうお前さんの名前を聞いてもよいかの?」

 

「・・・霊吾(れいあ)、名字は一応あるが、あくまでも必要だったからであって、俺にはいらない。これからよろしく頼みます、霧雨さん。」

 

「霧雨さんってのは止してくれや。あんまりこっちで呼ばれるのは好きでなくての。さっきまでのお婆さんでええ。」

 

「・・・では、魔理婆さんと呼ばせてもらいます。」

 

「くっく、随分と可愛らしい名前をつけてくれたの。ああ、それがいい。それから今日は随分大人しいの。」

 

 そういって魔理婆さんは机の人形を見つめる。

 

「・・・ばらさないでよ魔理沙。」

 

 置いてあったと思った西洋風の人形が突然動きだし喋った。

 

「え、人形が!」

 

「くくっ、いい反応ね。いやー久々の来客だし、幼い少年を驚かす機会なんてあるはずないって思ってたからね。」

 

 笑いながら喋る姿は少女のように思えた。

 

「こやつは‘上海(しゃんはい)’、自立人形といっての自我をもった人形じゃ。人形といっても大きささえ考えなければ、もうほとんど人間と遜色なかろう。」

 

「・・・驚いたな、これも魔法なのか?」

 

「私だけの魔法ではないがの。まあそういうわけじゃから、仲良くしてやってくれ霊吾。」

 

「これからよろしくね、少年!」

 

「・・・霊吾でいい。」

 

「わかった、少年!」

 

こちらをおちょくっているような感じだ。

 

「・・・もうそれでいいや。」

 

 何が面白いのか、ニコニコしている。何だか悪ガキみたいだ。

 

 妖怪だの魔法だの、よくわからないものが飛び交うこの世界で自分はやっていけるのだろうか。

 




私の中の魔理沙は、どんなに魔法に精通しても意地でも人間でいそうなイメージです。

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霊力

 迫り来る鉤爪を間一髪で避け、避け距離をとる。そこそこ大きな熊のような化け物だが、あまり動きは速くないらしい。とはいったものの逃げるだけしかできない身でこれ以上の対処が思い付かない。避けては、逃げての繰り返しを淡々と行う。途中、二本足で立ったところを蹴って見たが、此方に衝撃が走り向こうはびくともしていない。

 

「まあ、そこまでできれば十分じゃの。」

 

 熊のような化け物がフッと消えていく。魔理婆さん曰く魔法による幻のようなものらしい。

 

 あれから数日が経ち、体も十分に動かせるようになっていた。普通、あの傷では最低でも一、二ヶ月はかかりそうなものなのだが、随分と薬と魔法は効いたらしい。

 

 ずっと避けることだけをしてきたが、どうやらそれもおしまいらしい。個人的にはまだまだ全然だと思ったが。

 

「・・・俺はこれで対処できるとは思いません。避けるだけでも今のところ手一杯な感じで、逃げきれる気がしません。」

 

「そりゃそうじゃ、武器も持たない人間のただの身体能力では、妖怪の攻撃を見切るにはそれこそ数年位は最低必要じゃ。素人で予測と勘だけでそれだけできるなら十分じゃ。これ以上やっても、進歩は少ないじゃろう。だから、二段階目にいくぞい。」

 

「二段階目?それは何ですか?」

 

「お前さんも感じたと思うが、避け続けるだけでは埒が明かない。かといって、隙を見て攻撃しても堪えない。知性のない、のろまな妖怪相手だが人間が逃げきるのは簡単ではない。」

 

 幻の相手をしてみての自分の感想と大差無いものだった。あれがあの妖怪だったら、そもそも攻撃の機会すら無かっただろう。

 

「じゃがの、中には妖怪と渡り合えるような人間はいたんじゃよ。武器と呼べるものも持たずにの。」

 

「・・・それは、魔理婆さんのいう魔法なのか?」

 

 自分を助けたときの、あの妖怪を消し飛ばした光線のようなものだろうか。

 

「そういうものじゃ。私は魔法を使う能力を持っとったからの。人間であっても魔力と呼ばれる力を使えたんじゃ。だが、人間には誰にでも備わっている力をお前さんは少しだけ多めに持っとる。無理に魔法を覚えるくらいなら、それをうまく使いこなす方が楽じゃ。」

 

「誰にでも備わっている力とは?能力とは違うのか?」

 

「能力と違って、霊力といっての人間や人間との関わりが強い者が誰でも生まれつきに備わっている力じゃ。魔力のように応用性が無いが、使いやすい力と思えばよい。幻想郷は外の世界よりその霊力を感じやすいらしいからの、試しに目を瞑って、血液の流れを感じてみるんじゃ。」

 

 魔理婆さんに言われるまま、目を閉じ、体の血液の流れを感じる。

 

(・・・?、何か、あたたかい感じがするな。これが霊力なのか。)

 

 何気なしに、流れを手に集めるような感じをイメージする。流れが渦を巻き手のひらに集まっていくような感じがする。

 

「・・・想像以上じゃ、お前さん、知ってたってことではないじゃろうしの。もう目を開けてよいぞ。」

 

 魔理婆さんにいわれ、ゆっくりと目を開ける。右手が青白い光を放っているようだった。

 

「これが、霊力・・・」

 

「そうじゃ、まさか一発で霊力を放出できるようになるとはの。しかし、これでよく分かった。お前さん、少しどころか十倍近く、人より持っとるぞ。だからこそできたんじゃろうがの。大抵の人間は一度も認知できずに終わるものなんじゃがの、外の世界でもいずれ芽が出ていたことじゃろう。」

 

「・・・ちなみにだが、霊力を使って妖怪と渡り合っていた人ってのはいたのか?」

 

 魔理婆さんと違って、純粋に霊力だけで、人間の力だけで妖怪と戦える人がいるのだろうか。

 

「ああ、おったぞ。渡り合うどころか、妖怪たちから恐れられるほど強い者がおったぞい。」

 

「その人と俺とではどちらがより霊力を持ってた?分かるなら教えてほしい。」

 

 人の十倍程度の自分、その人が自分と同じくらいなら、自分も十分に妖怪の相手ができるのではと思った。

 

「比べ物にならんの。お前さんが十倍だったとして、そいつ、博麗霊夢はそのさらに十倍以上は有していたろうかの。人間として別次元の存在、ともにいながらにそう感じとった。」

 

 魔理婆さんにして別次元の存在、いったい何者なのだろうか。

 

「まあそれは別によいとして、お前さん、その右手の霊力を押し出す感じで空にやってみな。」

 

 空に手をつきだし、腕の中から追い出す感じで空に手のひらを向ける。

 

 すると、手のひらから青白い光球が飛び出す。勢いよく出ていった光球は空の何かにあたって弾けた。

 

「まあまあじゃな、初めてにしては上出来もいいところじゃ。結界に当たった感じじゃと威力はまだまだのようじゃがの。当たり前じゃから気にすることはない。」

 

 少し感動を覚えたが、まだ全然足りない感じが否めない。

 

「俺は魔理婆さんのような光線を出すことができるのか?」

 

 妖怪を消し飛ばすほどの威力をもった光線、魔力ではないができないだろうか。

 

「あの光線ことマスタースパークはそんなに難しいものではない。ただ、単純に魔力の大きさに比例するレーザーを打ち出すだけじゃ。とはいっても、私のマスタースパークは例外じゃがの。だてに十八番としておらんよ。」

 

 できないわけではない、しかし単純に霊力の量が物を言うからこそ自分の威力は見こめるほど高くはならない、そういうことだろう。

 

「・・・ん?私のってことは魔理婆さん以外にも使う人ってのはいたのか?」

 

「人ではないがの。本来はとある馬鹿みたいに妖力をもった妖怪が使ってた技じゃ。それにも少しコツというものがあってのそれを少し盗んだんじゃよ。」

 

 どこか自慢気に話す魔理婆さん。

 

「まあ感覚みたいなものじゃから、お前さんも見て盗め。説明してもよいが、これはあくまでも私とその妖怪にとってのコツ、言わばクセみたいなもんじゃ。お前さんが私のをみて、感じる通りにやるのが一番ええと思うぞい。」

 

 まあ見ておれ、と言って魔理婆さんは両手でもっていた杖を片手にして、空いた手をつきだした。

 

「ここは魔法の森じゃから、標的には困らん。そこの木でええか。『マスタースパーク』」

 

 突き出された手に光が集まるようだった。集まった光が一瞬強く発光すると、表現しがたいレーザー音を発し、人を飲み込むほどの巨大な光線が出現した。

 

光線に飲まれた木はジュウという音と、焦げ臭いにおいを発し、炭のようになっている。

 

「ざっと、こんなもんじゃ。足腰がしっかりしとるうちは反動を考えずもっと高威力のマスパがうてたんじゃがの。年を取ると、あれぐらいがちょうどええわ。」

 

 木を一瞬で炭に変えるほどの火力をあれぐらいという魔理婆さん。不思議なことに回りの木にはいっさい被害がない。それも魔理婆さんが狙ってやっているのだろうか。

 

「これぐらいできれば妖怪を追い払うには十分じゃろう。ほれ、とりあえず練習してみな。」

 

 魔理婆さんにいわれ、マスタースパークをイメージする。

 

(・・・巨大なレーザー、霊力をだし続ける感じなのか。)

 

 さっきと同様に霊力を感じとる。

 

(あれだけの威力を持たせるには、それだけの霊力がいるのだろう。)

 

 自分の出せる限界の霊力を手に集める。体全身からエネルギーを吸い出す感じに手に集中させる。

 

 すると、ボンっという音とともに霊力が弾けた。その反動で吹き飛ぶ。

 

「ぐっ、なにが起きた?ッ!いた!」

 

 すぐに立ち上がり、手を確認すると少し焦がれている。軽い火傷のようだった。

 

「まあ、予想通りじゃの。霊力に限らず、力は巨大であればあるほど制御は困難。誰でもできるマスタースパークじゃが、その威力に伴う制御が大変なんじゃよ。」

 

 そういって魔理婆さんがぶつぶつとなにかを唱えると、水が火傷をしている手を包み込む。痛みがだんだん和らいでいき、傷が治る。

 

「まあ、これから先は霊力を少しずつ扱えるようになることじゃ。それとお前さん、あまり意識しとらんかもしれんが、筋力がないの。体力はそこそこじゃが、軸がしっかりしとかんとマスタースパークを使うのは難しいぞ。」

 

「筋トレでもするのか?」

 

「いや、手っとり早くこれでいくぞい。」

 

 ドンッと魔理婆さんの前にリュックサックのようなものが落ちた。

 

「手に取ってみな。」

 

 手でつかんで持ち上げようとすると、すんなりとは上がらない。両手で何とか持ち上がるくらいだ。

 

「・・・これを背負ってやれってことか。きついな。」

 

「毎日、それを背負って周辺を走ってみると少しは早く変わるじゃろ。」

 

 リュックサックをおいた状態で腕を通して持ち上げるが、後ろに引っ張られる感覚が強く、フラフラする。

 

「がんばれよ、霊吾。今の幻想郷で生きていくのは難しいぞい。」

 

 

 

 






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人形遣いの人形

久しぶりの更新


「はぁ、はぁ、、」

 

 異様に重たいリュックサックを背負い、同じ様な木々の間を走る。少しゆらつくと、何かにぶつかる。これが結界だと分かったのは、走り始めて二日目ぐらいだった。最初は疲労からか何かに当たったとは分かったが、考える気力がなかった。

 流石に同じことが続けば、違和感を覚える。魔理婆さんは結界を張っていると言っていたのを思いだし聞いてみたら、その通りだったわけだ。

 

 何のために結界を張っているのか、と聞いたことがあるが、魔理婆さんは「いろんなやつに見付からないようにするためじゃ」と、言った。

 

 

 自分が幻想郷に来て季節が移った。だいたい3か月位は経ったのだろう。ひたすらに鍛練に打ち込んでいた。

 幻想郷については少しずつ理解した。自分と同じ様な人間が人里と呼ばれるところにいるということや、妖怪が数多犇めく妖怪の山など、箱庭と言っている割には幻想郷は狭くはないらしい。

 

 人間と妖怪の関係に関しては、魔理婆さん曰く最悪とのこと。ある日を境に人間が過度に妖怪を恐れ、それにより妖怪達の本能が刺激され、より凶暴になった、とのことらしい。

 

 走っている間は思考の整理を行い、頭と体の両方を限界まで疲弊させる。そうやってる間に、木々を抜け家のある広場に出た。

 

「五十週目しゅーりょー!ウォーミングアップ終わり、次いくよ。」

 

 広場で、木に正の字を書いている上海の声で、足を止める。そして、背負っている重りをドサッと外して落とす。

 

「・・・少しは慣れてきたかな。」

 

 同じことを毎日すれば、どんなきついことでも当たり前になる。そして、それを防ぐために魔理婆さんは慣れ始めたくらいで、新しいことを勧めた。

 

「じゃあ、構えて少年。」

 

 それが上海との手合わせである。最初は人形が相手をするのはどうかとも思ったが、実際に戦ってみて機敏に飛び回る上海に攻撃が当たらない。そして何より、、、

 

「いくよ、同胞たち。」

 

 上海の周りに同じくらいの大きさの人形が飛び交う。四体ほどの人形を上海が操っているらしいが、生きているような動きをする。なんでも、お母さんのを見てきたとか。まあそれは今は関係ないな。

 

 霊力を全身に流し、体を強化する。もとより恵まれた体格ではないため、筋力を補えるようになったのはかなり大きい。

 

「そーれ!」

 

 上海の掛け声とともに四体の人形が飛んでくる。四体とも木の棒のようなものを持って、それぞれがこちらの退路を塞ぐように木の棒を振りかぶる。

 

 左右から一本ずつ、上から二本の木の棒が襲い掛かる。霊力を両腕に集中させ、飛ぶ。上からくる棒を防ぎながら能力を使って浮き上がり左右の攻撃をよける。幻想郷では自分の持つ能力がより強力になっている。

 

 木の棒ごと人形を左右に飛ばし、腕に集中させた霊力を掌に少し集め、霊力を打ち出す。自分の制御できる範囲での全力では、精々拳ほどの大きさのレーザーしか出せない。そしてその霊力のレーザーは人形たちが持つ木の棒で防がれた。

 

「・・・相変わらず、いい反応だな。」

 

「当たり前じゃん、第三者が操っているんだから。」

 

 後ろからの声に反応して、とっさに霊力を打ち出す。

 

「おっと、危ない。」

 

 至近距離にもかかわらず、さらっとよける。そして、二体の人形をそばに呼び寄せる。

 

「うんうん、少しずつ反応がよくなってるね。でもまだまだだね。いけ!」

 

 四体の人形がそれぞれ、襲いかかる。しかし今度はそれに加えて人形達の隙間から魔力弾が飛んでくる。

 

「ふっ、」

 

 四体の攻撃を捌きながら、魔力弾を避ける。この戦いにおいては上海だけをダウンさせればよいのだが、それが簡単にはいかない。

 

「はあ!」

 

 体を覆っている霊力を解き放ち、人形達を一瞬だけ吹き飛ばす。その隙に霊力を上海と逆の方に打ち出す。

 

 霊力の威力で加速しながら上海に突進する。まだ、慣れない加速方法だが機動力で上海に合わせるにはこれしかない。

 

 上海は踊るようにフワッと避ける。体を捻り、上海に拳を当てようと振りかぶるも、上海は自分の動きに合わせて背中に回る。

 

「えい!」

 

 そんな掛け声と共に背中に衝撃が走る。吹き飛ばされてさらに上空に上がる。下を振り向くと上海がニコニコしながら両手を向けていた。

 

「弾幕ごっこなら敗けてたね。私はあっちが好きだったけどな~。」

 

「残念ながら、そっちのルールはよく知らないんだ。」

 

 そういいながら、両手を上海の方につき出す。両手であれば片手に比べてマスタースパークの制御ができる。今、上海のもとには他の人形達はいない。この間に自分のマスタースパークを当てれば勝ちだ。

 

(いや、待て。他の人形は何処に!)

 

 パッと見渡しても見付からない。しょうがなく、上海に目標を定めマスタースパークを放とうとする。

 

「いやー惜しかったね。次は背後にもっと注意を配ろうね。」

 

 その言葉と共にガツンっと体をぶっ叩かれる感覚と痛みが押し寄せる。スゥと意識が遠退いていく。チラッと背後に目をやれば、人形がいつの間にかいた。

 

「くっそ・・・」

 

 落ち始める自分の体。意識が朦朧として能力の制御ができない。

 

「おっと危ない。気を失ったら駄目だよ。何とか持っとかないと、本当に危ない場面で無防備になっちゃうよ。」

 

 そんな体を小さな身で受け止める。人形のくせして人を抱えるとはどういう力をしてるのだろうか。

 

「少年が小さいからだよ。」

 

「・・・自然に心読むなよ。」

 

「読んでないよ。釈然としない顔してたからそう思ってたんじゃないかと予想しただけよ。」

 

 よく人を見ているなと心のなかで思った。

 自分の体は徐々に降下していき、足が地についた。その頃には少し回復している。

 

 ふらつく体で何とか立つ。人形の一体が木の棒をつき出してきた。使えということだろうか。それを受け取り杖のようにして歩いて家に戻る。もう昼時だった。

 

「おや、終わったかい霊吾。相変わらずボコボコじゃの。」

 

 机に料理の乗った皿を並べている魔理婆さん。味噌汁に白米と言う魔法使いとして似つかわしくない食事だ。自分にとって意外だったが魔理婆さんは和食が好きらしい。

 

「でもまあ、ちょいちょい良くなってるよ。霊力の使い方はうまくなってるし、能力の方も使ってるからある程度はやれるよ。まだ複数相手は難しそうだけど。」

 

 上海から評価の声が上がる。最初はボロクソに言われたもんだが大分よくなったようだ。

 

「・・・そもそも人形が相手ってのは普通あるのか?」

 

「いや、そうそうはないじゃろ。ただそうじゃな、上海に弾幕の一つでも当てられるなら、たいていの相手には攻撃が当たると思っておればいい。」

 

つまり、上海を相手にしていれば命中力は上がると言うことなのだろうか。

 

「ちょっと休憩してまたするつもりじゃろ。ふらついておるようじゃから止めた方がよいと思うのじゃがの。」

 

「それじゃ、いつまでたっても強くはなれない気がする。魔理婆さんだって最初は無我夢中にやってたって言ってたから俺だってそれくらい頑張らないと。」

 

 魔理婆さんからだけじゃなく、上海からも少し聞いていた。まだ完全な自立人形でなかった頃でも外界の情報は取り入れることができたらしい。そのなかで魔理婆さんは貪欲に知識や力を求めたらしい。お母さんの本とか勝手にもっていくのはどうかと思うけど、とも上海は言っていたが。

 

 この幻想郷で生きていくために必死に何かを身に付けなければならない。元の世界にはそれほどの未練はない。それよりも今、魔理婆さんや上海と暮らしていたいと思っている。

 

(・・・それと、夢についても。俺に何かを訴えている。あの景色が幻想郷のものとはわかるが、いったい誰の目線なんだ。)

 

 時折見る夢、実をいうと幻想郷に来る前から似たような夢は何回か見た。だけど若い頃の魔理婆さんといった人は見ていない。ただ神社の風景が流れていただけだった。あれはいったいなんなのだろうか。

 

「霊吾、食わんのか?」

 

「食べないと大きくなれないぞ少年。」

 

二人から声がかかりハッとして、椅子に座る。

 

「まあ確かに霊吾は年の割りには小さいのう。それに少食じゃからある程度は無理に食った方がええかもしれんのう。」

 

「・・・あんまり小さい小さい言わないでほしいんだけど。」

 

 十四歳で130センチと小柄な体な自分。少しだけでも気にはなる。これでは小学生とすらも間違われる。

 

「私は可愛くてええと思うのう。それより冷めるから早よう食いな。」

 

「・・・いただきます。」

 

 釈然としながらも食べるご飯は美味しかった。その後は昼も同じ様に上海にボコボコにやられて、夜を迎える。

 

 そんな日々が続いた。短い人生の中で初めて、明日に悲観的な感情を抱くことがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ストックがちょい貯まった


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十字架の少女と決意 前

今更ですが原作キャラが死んでいくことに耐性が無い方は注意です。


 目の前で八角形の何かを構える魔法使い風の少女。まるでこの時を楽しみにしていたと言わんばかりの笑顔をしている。

 

 満月を背に輝く少女はまるで彗星のようであった。そんな少女を憧れを抱いているように見ている気がする。この胸の高まり、楽しみにしているのはこちらも同じ様だ。

 

 

 

・・・

 

 

 

「・・・お前は誰なんだ?」

 

 何時ものようによくわからない夢を見ていた。あの少女はきっと魔理婆さんなのだろうか。かなりの頻度で出てくる魔理婆さんだが、夢の主と仲がよかったのだろうか。

 

(霊夢、と言う人なのだろうか。)

 

 神社にいることが多いことから巫女なのではないだろうか。

 

(何を伝えたいのだろうか。今のところ魔理婆さんくらいしか出てきていない気がする。)

 

 まあ、そんなことを考えてもどうしようもないので、いつも通りにいこう。

 

 部屋を出て、軽く体を動かすため外に向かう。いつも通りの静かな朝、と言うわけではなかった。

 

(!人だ。)

 

 結界があり向こうからは認識されないが此方は認識できる。見た感じだと十数人というところだ。手には各々物騒なものを持っている。ここまでくるのだから妖怪相手の対策だろうか。しかし何故だろうか。何かを探しているような、そんな感じもあるが別の目的もありそうだ。

 

 目的のものがないと思ったのかぞろぞろと引き返していく。

 

(ん、あれはなんだ?・・・っ!)

 

 一人が持っている不自然な布袋に違和感を感じた。しかし、すぐに確信に変わった。

 

(チラッと見えた金髪、ところどころ見える赤い斑点、人一人分の大きさ、正確には子供一人分だがあれは人を入れているのか。)

 

 遠目からでは具体的には分からない。幸いながら結界の出入りは最近出来るようにはなっている。

 

(魔理婆さんはまだ寝てるし、関知されることはないだろう。行ってみるか。)

 

 結界を抜けて、気配を殺しながら近付く。木陰に隠れ、聞き耳をたてる。

 

「やっぱり、もう食われちまってるよ。昨晩からなら生きてる方が奇跡にちかい。」

 

「だからといって、諦めろってか!俺は死体を見るまでは絶対に止めないからな。どうしても嫌ってんなら、一人でも探す。」

 

「あんたに死なれるとこっちが面倒になるんだよ。夜が明けたことだしいったん里に戻ろう。」

 

 会話から察するに誰かを探しているらしい。誰かの子供なのだろうか。それでも夜に出歩くのは滅多にないはずだ。

 

(それにあの袋は、・・・やっぱり人か。いったい何のために。)

 

 気になるがこの不気味な団体に気付かれるのも厄介なことになりそうだ。とりあえずこの場を離れよう。

 

「・・・けて。」

 

(ん、何だこの声。)

 

 団体とは違う方から微かに聞こえた。団体は少し離れているから聞こえないのだろうか。

 

(行ってみるか。)

 

 隠れながら、声のする方に向かう。

 

「グゥゥゥ」

 

 獣のような唸り声が聞こえた。草影に隠れ、観察する。最初に遭遇した妖怪と似たような妖怪だ。

 

 木を必死で引っ掻いているようだ。

 

「誰か助けて!」

 

 その木からやや高い声が聞こえていた。よく目を凝らすと、自分よりも小さい子供だった。泣きながら助けを求めていた。

 

(・・・今の俺にいけるか。他に妖怪の気配はしないが、、、いや、やろう。)

 

 両手に霊力を集める。全力の一撃を油断しているあいつに叩き込む。

 バキッと妖怪によって木が折れた音と同時にマスタースパークが放たれる。ギューンと言う音と、眩しい青白い光線が飛び出し妖怪を突き飛ばす。

 不意打ちをくらった妖怪はよろめいている。今のうちに子供の前に立ち、背中ごしに声をかける。

 

「大丈夫か?」

 

「え、あっはい何とか。けど、足を挫いちゃって。」

 

「逃げられそうか?」

 

「・・・難しいです。」

 

「そうか、ならあいつを何とかしないとな。」

 

 さっきの爆発音であの団体か魔理婆さんのどちらかが聞こえてくれればいいが、あまり期待しない方がいいだろう。

 

 妖怪はところどころ毛が焦げているのか煙をあげながら、此方に怒りの眼差し向けている。

 

(霊力でのマスタースパークは対した威力がでないのは分かっている。それでも今の全力が精々よろけさせる程度か。意外と厚い皮膚でもしてるのか。)

 

 ならばと思い、全身に霊力を纏わせる。身体の強化、霊力の本質をより出すのはこういうやり方だ。

 砲撃が効かない相手なら接近戦しかない。

 妖怪は自分に目標を定め、飛び掛かってくる。自分を最初に仕留めた方がいいと感じたのだろうか。

 飛んできた勢いそのままに鉤爪で引っ掻く。身をかがめて鉤爪をよけて、木の陰に隠れる。単調な攻撃であってもまともに当たれば無事ではすまない。だが、むこうの図体がでかく、木の多いここではこっちが有利。

 裏を突き妖怪の腹をぶん殴る、そして回避、隠れる。今まで小さい者と鍛練していたためか、攻撃はかなり当てやすい。

 

 相手にダメージを与えていっているが、なかなかくたばらない。流石に妖怪と言ったところだろうか。

 迫り来る牙を避け、すれ違い様に顔に向けて小さいマスタースパークを放つ。それが的確に眼球に当たったのか、妖怪は悶えている。

 

(人間にとっての弱点だが、妖怪にも当てはまるな。しかし、どうするか。)

 

 一方的に見えて、実際はそこまで一方的ではない。小さいながらも霊吾の体には切り傷が多くあり、出血もそれにともない少くはない。このまま続けば、霊吾の方が先に倒れるかもしれない。

 

(・・・一か八かでやるか。どっちにしろこれで通らなかったらもう打つ手はない。)

 

 右手に限界まで霊力を集中させる。最大限の強化を施す。妖怪の攻撃を掻い潜りながら、懐まで潜り込む。

 

「っら!」

 

 小さい雄叫びを上げ全力で喉元を突き上げる。何回か攻撃を当てた中でも一番軟そうだった場所だが正解だったようだ。皮膚を貫き、ぐちゃと嫌な音と感触がした。

 

「ガァァァァ!」

 

獣のような雄叫びを上げ、何とか爪を降り下ろそうとする。喉を潰した程度では妖怪は止まらない。

 

「まだ終わってねーよ、マスタースパーク!」

 

 妖怪の体が爆発と青白い光線と共に浮き上がる。制御の出来ない威力ではあるが、ゼロ距離であるなら問題はない。ただ、こちらの手も無事と言う訳ではないが。

 

 妖怪はドサッと地面に倒れたあと、ピクリともせずに動かなくなった。爆発と砲撃で内部から焼き焦がしたら流石にくたばるか。

 

「ふー、何とかやったか。」

 

 血濡れの右手を見てみると、爆発で皮膚が焦げているのか黒くなっている。結構痛い。持ってたタオルでぐるぐる巻きにしておく。

 ふと、襲われていた子供をみると、驚きの表情で此方を見ている。よく見れば少女であった。

 

「終わった、早く戻った方がいい。お前を探していると思う人達を見たからな。」

 

 しかし、少女はなかなか立てそうにない。

 

(そういえば足を挫いたっていってたか。)

 

 屈むように体を落とし、乗るよう催促する。

 

「あの、その、ありがとうございます。」

 

 おずおずといった感じでのっかかる。

 

「人里の場所は分かるか。分かるなら教えてほしい。」

 

「はい、大丈夫です。」

 

 まず、こっちと言って顔の横から手が延びて方向を指す。それに従い歩いていく。

 

 

 

 

 淡々と歩いて、大分経った。

 

「・・・あの、あなたは、人間ですよね。」

 

「それ以外に見えるのか。」

 

「いえ、そう言うわけではなくて、妖怪を身一つで倒せる人間って里では凶さんしかいないし、あなたを見たことがなかったから。」

 

「俺は外の世界からやってきた人間だ。里に行ってないからだろう。」

 

 魔理婆さんのことは伏せよう。それと気になっていたことを聞こう。

 

「何故、あそこにいた?妖怪が出る場所に子供一人では普通はいかないと思う。」

 

 その質問にどこか言い渋っているような感じを見せる。

 

「・・・その質問を答えるまえに一ついいですか。」

 

「何だ?」

 

「あなたは妖怪の事をどう思っていますか?」

 

少し前までおどおどした印象だったが、何処か強い意思を感じる。

 

「・・・俺は妖怪をそれほど見てきた訳じゃないからなんとも言えない。ただまあ、人間も妖怪も話を聞くやつは聞くし、聞かないやつは聞かない、それ位の認識だ。」

 

 魔理婆さんの話でも妖怪にもいろんな奴が居ると聞いている。まだ獣型の妖怪である、妖獣としか会っていないが。

 

 少しの沈黙が流れる。

 

「あなたなら、大丈夫だと思います。実を言うと、妖怪と妖精の友達に会いに来たんです。そしたらどちらもいないし、別の危ない妖怪も出てきたから隠れてたんですけど、夜になってますます帰れなくなってしまったんです。」

 

「人里の人間は妖怪を嫌っていると聞くが。」

 

「いえ、違うんです。妖怪の中にも人間と友好的な方達もいるんです。けど、里の人達はほとんど妖怪は害悪だって言ってるんです。一人は分からないんですが。」

 

 珍しい人間なのだろうか。しかし、こういう考え方をよく持つことができるな。

 

「何故、そういう考え方を持てた?」

 

「昔、助けてもらったことがあったんですよ。行ってはいけないとこまで行って、あんな妖怪に見つかってしまって、そこを助けってもらったんです。」

 

 なるほど、そういう経緯があったのか。

 

「そういえば、名前を聞いていなかった。教えてほしい。」

 

「八枝と言います。あなたは?」

 

「霊吾だ。」

 

「霊吾さんですか、あ、もうそろそろつきます。」

 

 木々を抜けると壁のようなものが見えてきた。里はこれに囲まれているらしい。

 

「っ!」

 

「わっ!」

 

 突然の殺気に飛んで身を引く。

 

「これはこれは随分と可愛らしい少年だな。それに似合わず強そうだね。」

 刀を持った青年とおぼしきものが現れた。

 

「あ、凶さん、違いますこの人は私を助けてくれた人です。」

 

 凶と呼ばれたその人は今にも斬りかかりそうだったが、八枝の一言で止まったようだ。

 

「そうか、礼を言う。だからと言って君の事を信用はしたわけではないけど。」

 

 刀を納めてくれた。それでも警戒を解いてはいない。何時でも斬りかかれる雰囲気だ。

 

「・・・あんたとは敵対したくないな。」

 

 勝てる気がしない。少なくとも今の自分には。

 

「僕も好んで人間を斬りたくはないよ。ああ、そうだ八枝ちゃん、今は里に入らない方がいいよ。うちの小屋にいな。」

 

 何だか微妙な表情をする凶。

 

「けど、お父さん達が心配していると思いますし。」

 

(お父さんと言えば、あの団体にいた人のどれかだろうな。ん、団体といえば。)

 

「なあ、あんた。」

 

 凶に呼び掛ける。

 

「何かな。」

 

「少し前に八枝を探しに来てたであろう団体が何かを持ってたようなんだが、あんた、それがなにか知らないか?」

 

「・・・見たのか。」

 

「少し見えた。俺の予想通りなら正気を疑うものだな。」

 

 はぁー、と溜め息をついたような素振りを見せる。

 

「八枝ちゃん、君にとっては残酷なものだけど、悲しんではいけないよ。最悪、俺と同じように人から嫌われたくなければ。」

 

 八枝は少し疑問に思っているようだ。自分もよくわからない。

 

「まあ、注意して入るか、いや入るとまずいね。こっちから見て判断しようか。」

 

 そういうと凶は壁を探って一か所をブロックのように取り出した。八枝は訝しげな眼で見ている。

 

「二人とも見てみな。八枝ちゃんは気を付けてね。」

 

 二人で人里を見る。

 

 目に飛び込んできたのは十字架に磔にされた金髪の少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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十字架の少女と決意 中

 何とも惨たらしい光景だった。見た感じ幼い少女が血まみれで磔にされていた。

 八枝はカタカタと少し震えているようだった。

 

「うそ、ルーミアちゃん、何で。」

 

「この場を離れよう。ここでもあんまりいると里の連中には気付かれる。それに、八枝ちゃんの気持ちの整理のためにもここにはいない方がいい。」

 

 凶が先頭してこの場を離れる。

 

 

 少し歩くと、ところどころ修理跡がある小屋に着いた。八枝はまだ少し震えている。

 

「あれはなんだ、随分と悪趣味だが、ここの人間はあんなことをするのか。」

 

 人間の所業ではないように思える。

 

「君はあれが何に見えた?」

 

 凶の質問の意図がよくわからない。まるで自分が違うように見えているのだろうか。

 

「幼い少女、俺にはそう見えた。違うのか?」

 

「そうだね、結論からいうとあれは妖怪。人からは宵闇の妖怪と言われている人食い妖怪だね。恐怖心を無くすため、ああやってるんだよ。」

 

「・・・人間と変わらないな。妖怪ってのは化物みたいなやつばかりかと思ってたが、不思議なもの、っ!」

 

 突然、頭が裂けそうな痛みが走る。それと共に脳裏にある光景が写る。

 暗い空に、漂う闇。その闇から金髪の少女が現れる。十字架のポーズをとっている少女が何かを語りかけている。

 

「おい、君、大丈夫か。そういえば手を怪我してるじゃないか。」

 

「・・・ああ、問題ない。それより八枝は大丈夫か。」

 

 あの反応から察するに友達なのだろう。

 

「・・・助けなきゃ。」

 

「駄目だよ。助けようとすれば、間違いなく八枝ちゃんは里では生きにくくなる。」

 

「でも、あのままじゃ・・・」

 

 不安そうな表情を浮かべる八枝。

 

「俺が行っても、たぶん次こそ里の連中から大勢で殺られるだろうな。」

 

 凶はちらっと此方を見る。

 

「君に頼めないかな。俺もあんまりああゆうのは見たくないし、子供たちの教育にも悪影響だしね。これだから人に近い妖怪は厄介なんだよね。」

 

「・・・俺か。顔はばれてないからか。一応隠すが、いずれはわかるだろうな。けど、まあいい。俺もあの少女が苦しんでいるところをみたくはない。」

 

 何故か笑顔の少女が想像される。まるでそれが求めるものとばかりに。

 

「とは言ったものの、どうやればいいんだ。少くともあの十字架から離そうとすれば間違いなく見つかる。壁を越えていこうにもばれる。」

 

「俺と八枝ちゃんで注意を引く。その間に何とか頼む。ちなみに妖怪を連れて壁を越えることはできないよ。何代か前の博麗が結界を張っているからね。」

 

 投げやりもいいところだが、それ以上の策が思いつかない。能力を使えば何とかなるかもしれないと思っていたが、空がダメか。まあいいさ。

 

「じゃあ、やろう。八枝、頼んだ。」

 

 

 門を開けると先程は人がいなかったが、ちらほらと人がいる。自分は咄嗟に家の影に隠れ潜む。それを確認し凶が叫ぶ。

 

「助六!八枝ちゃんを見つけてきたぞ!」

 

 それを聞いて、何人か出てくる。凶は八枝を連れて、里の奥の方に歩いていく。それにつられて人も付いていく。運がいいことに十字架と離れたところが八枝の家だったようだ。

 

「おお、八枝、無事だったか!」

 

「すいません、お父さん。」

 

「今度から遠くへ行くでないぞ。・・・助けたのは貴様か。」

 

「だったら何だ、俺だったらいけなかったか。」

 

 不服そうな顔をする八枝の父親。

 

「チッ、とりあえず礼は言おう。だが、あまりうちの娘には関わらないでほしい。」

 

 周りからもそれと同じ様な事を言われる。「必要以上に里に入るな。」、「うちの子供に変なことを教えるな。」など罵声が飛び交う。

 

 

 

 その間に霊吾は能力で最大限まで気配を浮かせ、それこそ空気のように移動して、十字架の裏までたどり着いた。里の人々も話によると男連中が徹夜だったことからある程度はばれないだろうと思われる。

 

「・・・ヒュー、フー・・・」

 

 微かに呼吸の音が聞き取れるが、明らかに虫の息だ。足はブラブラしていたが手は釘で打ち付けられているため、外せない。

 

(少々荒っぽいがこっちでやるしかない。)

 

 手に霊力を集中させ、手刀で素早く十字架を叩き折る。そして、少女を担ぎ上げ、脱出しようとする。

 

「おい!妖怪が逃げるぞ!」

 

 その言葉で、門の周りにいた人が門を閉めようとする。閉じ込められれば袋叩きだろう。

 

(くそっ、限界の体で人1人背負っての浮遊がうまく出来ない。どっちにしろ壁を越えて脱出しようとするのは無理だったな。門を閉められるとまずい!)

 

 落下するように、跳ぶ。滑空しながら空いている片手でマスタースパークを放ち、閉まろうとする門に滑り込む。

 

(間に合え!)

 

 ドサッドサッと地面に投げられて体を強く打ち、ぼろぼろの体にとどめでも刺すかのような衝撃が回る。着地は考えてなかったが何とか出れたようだ。後ろを向くと、門がまた開こうとしている。

 

(追いかけてくる気か。)

 

 少女を拾い上げ、駆け抜ける。魔理婆さんの結界まで辿り着けば何とかなる。

 

 

 

 だいぶ、走ったせいか、追ってはこない。相変わらず少女は背中で弱々しい呼吸をしている。

 

「しっかりしろ!妖怪なんだから強いんだろ。」

 

「・・・お腹すいた。」

 

 返事ともとれない言葉が返ってきた。

 

(お腹すいたか、こいつは人食い妖怪だったか、、、どうしようか。)

 

 自分の左手を見つめる。

 

(・・・ふー、よし。)

 

 人差し指を少女の口に突っ込む。

 

「食え、多少はましになるだろ。」

 

「・・・あーお肉・・・」

 

 ふにゃふにゃと軽く噛まれた感覚がしたが、指を持っていかれるほどの痛みがこない。

 

「あふぇ、ひゃめない。」

 

 もう噛む力も残っていないのだろう。

 

「・・・仕方ないか。」

 

 唇を少し噛み千切り、背負った少女を前に抱き上げる。

 

「・・・お兄さん?」

 

 頭を抱え込み口移しで直接血肉を流し込む。

 

「んー!」

 

 少し驚いたような声をあげる。

 

「ふー、どうだ。少しましになったか?」

 

 少し苦々しい表情をしたが、無理に作ったような笑顔になった。

 

「・・・情熱的な暖かい味なのだー。いい最後の晩餐なのだぁ。」

 

 絞り出したような声だが、少しは元気が出たのだろうか。

 

「・・・不吉なことを言うな。もう少し待ってくれ、きっと元気になれるから。」

 

 少女を背負い直し、歩き出す。

 

「穏やかな気持ちなのだぁ・・・」

 

 それから静まりかえった。もう寝たのだろうか。

 

 

 昼ではあるが暗い森を歩く。静けさも相まって何ともいえない悲壮感を生み出す。

 

「ねぇ、お姉さん?いや、お兄さん?」

 

 突然後ろから声が聞こえた。振り向くとそこには白い髪の少女がいた。全身にコードの様なものが伸びている。

 

 人ではないと直感で分かる。

 

「・・・妖怪だな。何のようだ。」

 

 不気味な雰囲気をだしているが、敵対心がないように思える。

 

「んーちょっと気になってね。」

 

「じゃあ、後にしてくれ。悪いが今はつき合ってられない。」

 白い少女に背を向けて歩き出す。

 

「・・・何で死体を大事そうに持ってるの?」

 

 ピタッと足が止まる。

 

「もしかして気づいてない。その子もう死んでるよ。」

 

 もう呼吸の音は聞こえない。そんなの気づいてないわけがない。

 

「・・・だからなんだ、死んだからってそこら辺に捨てろと言うのか。」

 

「その子、妖怪だよ。あなたは人間なのにどうしてその子を見捨てないのかなって。」

 

「そんなこと、俺が知りたいよ。」

 

「ん?どういうこと。」

 

「分からないんだよ。会ったこともないこの子の事を知っている気がするんだよ。そのせいか、どうしようもなく悲しくて。」

 

 何故か涙が出る。この感情は自分のものなのだろうか。

 

「・・・優しいんだね、お兄さん。」

 

「どうなんだろう。なあ、あんたは、」

 

 そういって振り返るも少女の姿はない。

 

(・・・なんだったんだ。)

 

 

 

 結界まで辿り着き、中に入る。入るとすぐに上海が家から出てきた。

 

「少年!何処に行ってた、」

 

 上海の言葉が止まる。血まみれの自分と背負っている少女に唖然としている。

 

「ただいま、この子を頼むよ。俺は少し寝る。」

 

「いや、少年の傷も手当てしなきゃ、手の傷もほっといたら大変なことになるよ!」

 

「俺は大丈夫だ。その子を綺麗にしてあげてほしい。」

 

 言い争っている間に魔理婆さんが出てきた。

 

「・・・ルーミアか。」

 

 悲しげな表情を浮かべる魔理婆さん。

 

「知り合いだったのか、魔理婆さん。」

 

「まあの、一番最初の相手だったからの。このご時世、いままでよく生き残ったの。何があったかは後で聞こう。上海、霊吾の手当てを頼むぞ。私はルーミアを何とかせんとな。」

 

 少女、ルーミアを魔理婆さんに渡し、上海に連れられて治療を受ける。

 

 

 

「少年、無理しすぎだよ。今は大丈夫かもしれないけど、明日から痛みがくるよ。切り傷、火傷、それとたぶんだけど肋骨が折れてるよ。何やってたのよ。」

 

 包帯を巻きながら、若干怒った口調で問いかける上海。心配してくれたのだろうか。

 

「人間を助けるため妖怪と戦って、人間からルーミアを助けようとした。今、思えば何をやっているか意味不明だな。」

 

 助けられなかった事に少し自虐的な笑みを浮かべる。

 

「少年にどっちもなんて無理だよ。魔理沙ですらできなかたんだから。無理ならいっそどっちの味方にもならなければいいのに。」

 

 ここで三人でいようよ。上海はそう言っているようだった。

 

「・・・ごめん、上海。たぶん俺はどっちの味方にもなるよ。いやどっちの敵でもいいかな。なんかさ、うまくいえないんだけど、人間と妖怪ってのが殺し殺されるだけの関係ってのが認められないんだ。」

 

 妖怪を殺し、ルーミアが死んだのを見て、何かしら心が動いた気がする。自分とは別の誰かが囁いている気がする。

 

「俺は俺のために戦うよ。どっちかなんて選べないからな。それこそ、不毛な争いがない幻想郷にしたいな。」

 

 上海が呆れたような溜め息をつく。

 

「そんな夢物語を語ってると、次は死んじゃうかもしれないよ。」

 

「けど、そんな時代があったんだろ?」

 

「それは霊夢がいたから成り立っていただけだよ。博麗の巫女でなくて霊夢だったからできたはなしだよ。」

 

 だからといって時代がそんな簡単に変わるわけがない。それに人と妖とを繋ぐものが霊夢だけだったなら増やせばいい。

 

「・・・霊夢じゃなくても、やってみるさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ルーミアは好きです。紅魔郷メンバーの中では二番目くらいです。


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十字架の少女と決意 後

 天に上る煙が死者の旅路を表すようにうねっている。八枝に会ったとき何て言えばいいのかよくわからない。この手にある赤いリボン、、、ルーミアの頭からほどけたこれでも渡せばいいのだろうか。

 

「・・・聖者は十字架に磔にされました、だったかの。」

 

 隣で火を見つめる魔理婆さんが口ずさんだ。

 

「どういう意味なんだ。」

 

「さーての、よくはわからん。ただルーミアが両手を広げて言った言葉だったか。」

 

「・・・縁起でもないことだな。」

 

 本当に磔にされるとは思ってもいなかっただろうな。ルーミアにそこまでの危険性があったのだろうか分からない。それでもあのようにするのは間違っている気がする。それは自分がまだ幻想郷についてよく知らないからなのか。だから、、、

 

「なあ、魔理婆さん。」

 

「なんだい霊吾。」

 

「妖怪と人間が争うことがない幻想郷にまたできると思うか?」

 

 魔理婆さんに率直に聞いてみるのが一番だろう。

 

「どうだろうかの、かつてはなりかけたんじゃがの。今となっては昔より厳しいじゃろう。知性のない狂暴な妖怪も増えとる。そもそもなぜあれほど良好だった関係が崩れたのか解っとらんからの。」

 

 否定的な意見を並べる。上海と似たような事を言っているあたり本当に無理なのだろうか。

 

「・・・けど、無理とは思っとらん。」

 

 魔理婆さんの力強い声に強い意思、強烈な願望を感じた。

 

「妖怪の中にも未だに人間に敵対しないものもおるじゃろうし、きっと人間の中にも妖怪に理解のある者もおるじゃろう。それらの者達がいて、協力しあえば、きっとできると私は信じとる。」

 

 八枝と凶を思い浮かべた。人間の中でも変わった考え方を持った者達。八枝にいたっては妖怪を友達としていたくらいだ。彼らなら何とか協力してくれるだろうか。

 

「霊吾ならもしかしたらできるかもしれんの。」

 

「・・・まだそこまでの力はないと思うが。」

 

 いずれはやるつもりだが、なんだか魔理婆さんが過大評価してる気がする。

 

「なんじゃろな、お前さんからときどき霊夢に似たようなものを感じるんじゃよ。霊夢に比べれば才能なんて無いに等しいんじゃがの。まあ何かを成し遂げそうな、そんな感じじゃ。」

 

 ここでも霊夢かと思う。見たような名前だけで全く違うと思うが。

 

「・・・絶対やってみせるよ。」

 

 

 

・・・

 

 

 

「ねえ!安静にしてって言ってるでしょ!」

 

 ぺちぺちと小さな手で叩かれる。

 

「そうは言うけど、多少は動かないと体が固まってしまう。」

 

 あれから数日、傷が癒え始めるくらいだろうか。まだ痛みが残っているが、寝っぱなしはあまり良くないと思い、朝軽くあたりを走っていると上海に見つかり怒られた。

 

「大きな傷も無いんだし、大丈夫だよ。」

 

「それでも重症だったんだからね。一昨日まで満足に動けなかったくせに。」

 

 あの翌日、傷の痛みだけでなく、体の酷使による筋肉痛と霊力の消費による疲労でボロボロだった。一人で歩けるようになったのも昨日からだ。

 

「ちょっとだけで終わるから、お願い。」

 

「まったく、少しだけだからね。早く戻って来るんだよ。」

 

 そういって家に戻っていった。小さいがまるで姉のようだ。また怪我をしないか心配しているのだろうか。

 

(年的にはもうだいぶ一人立ち出来るくらいだと思うんだけどな。)

 

 それでも家族がいると思えるのは幸せなことだった。だからまあ当分はお姉さん面をさせてやろう。

 

 軽くあたりをジョギングして調子を確かめる。切り傷の方は問題ない。右手の火傷がまだ痛む。痕が残るのはもうしょうがない。それと胸がときどきズキッと痛む。

 肋骨の方はまだ回復してないらしい。折れていたから当然か。

 

(しかしまあ、一日で随分とズタズタになったな。やっぱり妖怪相手に無傷とはいかないもんだな。)

 

 ルーミアの件で聞いた話によれば人に近い見た目の妖怪の方が強いらしい。

 

(狂暴とは言え、知性のない妖怪に満身創痍じゃまだ話にならないかもな。そういえば、あの白い少女は何だったのだろうか。)

 

 ここに帰る道中、会った白い少女。雰囲気的に間違いなく妖怪だと思った。

 

(魔理婆さんなら知ってるかもしれない。聞いてみるか。)

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「それはこいしじゃ。‘古明地こいし’という覚妖怪じゃ。しかし、地底は塞がれとると聞いたが地上に残っておったか。」

 

「どういう妖怪何だ?覚妖怪と言うと心を読む妖怪なのか?」

 

 有名な妖怪ではあるが、彼女が心を読むといったことはしていないはず。単に読んだことを言っていないだけかもしれないが。

 

「なんと表現すべきか、覚妖怪を止めた妖怪ってところかの。いかんせんこいしについては誰もよく知らんかったんでの。」

 

「・・・よくわからない妖怪なのか。」

 

 実際、何しに来たんだろうか。声をかけられるまで、気配がわからなかったのは不思議だが、まだ妖力をよく感じ取れないからなのだろうか。

 魔理婆さんからの視線を感じて、そっちに目を向けるとなんだか心配そうな目を向けられている。

 

「・・・霊吾、焦らんようにの。」

 

 目が合ったのを確認すると、魔理婆さんはそう言った。

 

「突然どうしたんだ、魔理婆さん。」

 

「上海が怒っとったからの、無理しすぎは良くはないの。それに私も霊吾は少し休んだ方がいいとも思っとる。まだ回復しきれてないじゃろうし。心がの。」

 

 心、、、確かに多少はまだ悔いに残っているところがある。自分にはどうしようもないことだがなんだがもやもやする。別に無理をしているわけではないが、二人にここまで言われたら流石に自覚しないといけない。

 

「・・・なるべくは控えるよ。」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 昼に寝過ぎたせいか、夜に眠りにつけない。これがあるからなるべくは活動したいのだが。

 

(ん、外が意外と明るい。月明かりにしては明るすぎる気もするが。)

 

 気になって外に出てみると、月だけでなく星々も非常に輝いていた。それこそ手に届きそうなほどに。

 

「ん、起きてきたのか霊吾。どうじゃ、随分と綺麗じゃろ。」

 

 椅子に腰かけている魔理婆さんが空を見上げて言った。隣に寄り添うようにいく。

 

「・・・幻想郷から見る星は違う気がする。」

 

 コンクリートの世界から見上げるものと変わらない夜空なのに、こうも違うものなのだろうか。

 

「この時期にこの場所でしか見れない光景じゃぞ。小さい時に連れて行ってもらってから、毎年ずっと見ておる。幻想郷が変わっても変わらない輝きじゃ。」

 

 ふと、魔理婆さんの横顔を見ると、そこにはまるで憧れを抱いている少女のような表情が見えた。星々の光に照らされて輝いているように思えた。

 

「・・・思えばこれが私が星を目指そうと思ったきっかけだったかの。あの輝きのように私も輝きたかった。じゃが、私より輝いとったものがいたからの。私はきっと霞んで見えるのじゃろうな。」

 

 どこか喪失感が伴う。弱気になっている魔理婆さんは初めて見た気がする。珍しいがあまり見たいとは思えない。

 

「・・・俺から見たら魔理婆さんは眩しいほどに輝いていた。魔理婆さんにとって星が憧れだというのなら、俺にとっての憧れは魔理婆さんだった。上海もだったけど、俺に家族を教えてくれた二人はずっと輝いていて暖かかった。」

 

 こんな言葉でも元気を出してくれるだろうか。今の俺の偽りのない本音だった。

 

「・・・ありがとの、霊吾。私にとってもお前さんは家族じゃよ。私にはできすぎたくらい良い孫じゃよ。それにしてもの、下手な告白みたいな言葉じゃったの。」

 

 フフッと笑う魔理婆さん。多少元気になったようだが、そこには突っ込んでほしくなかった。人に対しての感謝の言葉をうまく表現してきてないからよく分からないからしょうがない。

 

「・・・別に魔理婆さんのことは嫌いじゃないからいいよ。」

 

「クック、それはお前さんがこれから先に好きな人ができたときに言うんじゃよ。こんな老いぼれに告白なんぞもったいない。私が言うのもなんじゃが老い先の短いものに入れ込まんほうがええぞ。」

 

 ・・・もう少し前の時代に来れたらよかったのだろうか。まあ無駄な想像だろう。

 

 後で振り返ればこれは霊吾にとって、初恋だったのだろう。決して叶わない恋であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




恋に年齢は関係ないけど叶うかは別なんですよね、、、


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魔女の休暇

 あれから一月ほど時が流れた。結界の外には人の気配はここのところ見つからない。ただ妖怪が活発に動き始めてきた気がするが、、、まあ別に気にしても仕方ないだろう。

 それ以上に大きな事態が起こっていたのだ。

 

「・・・いきなりすぎだろ。」

 

「・・・しょうがないよ、もう年齢的にも限界だったし、魔法の研究をやめないんだから負担もかかる・・・今までもってた方が奇跡だったよ。」

 

 どこか悲しげな上海。俺よりもずっと前から覚悟していたんだと思う。それでも長く一緒に暮らしていた分簡単には飲み込めるものではないんだろう。

 

 魔理婆さんが倒れた。俺と上海がいつも通りの実践を終え、家に戻ると魔理婆さんは床に伏していた。すぐにベッドに運び込むも意識はまだ戻らない。弱々しくも呼吸を繰り返しているがいずれ止まりそうな感じが否めない。寝ている魔理婆さんを見つめながら上海と一緒に目覚めるのを待っている。気を紛らわす為に会話のネタを探す。

 

「魔法の研究か・・・俺は気づかなかったな。いったいどんなことをしていたんだ?」

 

「さあね、珍しく教えてくれなかったし、何の研究をしていたんだろう。私の予想では少年に関することだと思うよ。」

 

「俺に?」

 

「そうだと思う。魔理沙が研究室に久しぶりに籠ったのが少年が来たくらいの時期だったからね。」

 

 俺に関してか、、、言うに俺のために体を壊したようなものなのだろうか。俺としては一日でも長く魔理婆さんと暮らしたいんだがな。

 

「・・・ああ、そうか。」

 

 ベッドの上から小さな声が聞こえた。

 

「魔理沙!」

 

 上海が魔理婆さんが起きたのを確認してベッドに飛び乗る。俺もベッドのそばに近づく。魔理婆さんをよく見ると生気が薄く、力強さがない。上海の言っていた通りこれまでに張ってきた気が今になって限界になっていたのだろう。

 

「・・・意外に早かったの、もう少し持つかと思っとったが。」

 

「全く魔理沙はいつも、いつも、いつも、無理ばっか。人の言うことは聞きはしない。」

 

 上海の目には涙が浮かんでいる。その上海の頭に魔理婆さんの手が乗る。撫でようとしているのかどうか分からないが手は動かない。

 

「・・・そういう説教臭いところ、アリスに似てきたの。じゃが、分かっとったことじゃろ。私は結構頑固なことくらいは。」

 

 魔理婆さんはこちらに顔を傾ける。もう片方の手をこっちに伸ばし、その手を取る。その手はしわしわでいかにも年寄りといった感じの手だが何よりも愛おしい手だ。目線を手から魔理婆さんの目に向けると魔理婆さんは話し始めた。

 

「すまんの霊吾、私の予定ではまだまだ倒れるはずじゃなかったんだがの。どうも体が音を上げたようじゃな。まだまだしてやりたいことは多くあったんじゃが、どうやら一つしかできないらしいの。上海、研究室の台の上にあるものを持ってきてほしい。」

 

「・・・わかった。もう入っていいのね。」

 

 上海はベッドから浮き上がり、ふわふわと部屋を出ていく。

 

「その研究っていうのは俺のためなのか?」

 

「いーや、私のためじゃよ。」

 

 訳が分からず、どういうことか聞く。魔理婆さんはとびっきりの笑顔で答える。

 

「なーに、孫にプレゼントをやる理由なんて孫に好かれたいくらいしか理由なんてなかろう。婆っていうのはの頑張る子供を見ると何かをしてあげたくなるんじゃよ。」

 

 ・・・なんだか言葉が出ない。そんな俺は魔理婆さんにつられて、、、

 

「くくっ、霊吾、初めて笑ったかの。それにしても不思議な奴じゃの笑いながら泣くなんて。私も若い頃はよくあったかもしれんが。」

 

 笑っていた。だらだらと涙を流しながら。

 

「はっは、そうだな。下手な笑顔だと思うけど。」

 

 複雑な感情だ。こういう感情がよく出てくるようになったのはやっぱりここに来てからだ。そんなことを考えていると上海が両手で本のようのものを持ち、その上に八角形の何かが乗っていた

 

「持ってきたよ魔理沙、これだよね。」

 

「ああ、それじゃよ。霊吾に持たせてやってくれ。」

 

 上海から本と八角形の何かを受け取る。黒く分厚い本はずっしりと重く、八角形の物体も軽いものというわけではなく、金属で出来ているようだった。

 

「最初に言っておくが、霊吾、お前さんに魔法を使う才能はない。そもそも魔力を扱うには能力を持っておくか、人間をやめるかの二通りしか存在せん。それでもお前さんが魔法使いを目指そうとしとったからの、私なりに補助アイテムを作っておったんじゃよ。」

 

「・・・魔力の使えない俺に魔法が使えるのか。」

 

 これまでのようなマスタースパークではなく、本来のそれを出せるのだろうか。だが、アイテムがあろうと媒体となる魔力が無ければどうしようもないだろう。

 

「・・・まさか魔理沙、使ったの?だから早まったのね。」

 

 魔理婆さんは答えない。その沈黙が肯定を表しているようだった。

 

「使ったって、何を使ったんだ?」

 

「これから先、生きて生産されるはずだった魔力素体、簡単にいえば余命のことよ。魔法使いにとって最後の最後にどうしようもなく行き詰った時に使う禁術、人間が使えるものじゃないよ。お母さんだって、使った後もたなかったんだから。」

 

「こんな老いぼれの短い命をこれから幻想郷を変えようとする者に託すんじゃよ。それに上海も分かっておるじゃろ、魔法使いっていうのは自分勝手なんじゃよ。」

 

 そんな会話を聞きながら、二つの道具を見つめる。八角形の物体に魔理婆さんの魔力のようなものを感じる。

 

「気づいたかの霊吾、それは小型の八卦炉というものなんじゃよ。魔力を媒体に動くものじゃったんがの、少し改造しての、霊力を媒体にしての起動が可能じゃよ。それの使い方はその本に少し触れてある。いろいろと便利じゃぞ。」

 

「・・・ここまでされたら嫌でも魔法使いにならなきゃな。」

 

「くっく、じゃがのお前さんにとって魔法はあくまでも道具として思っとくんじゃよ。それにのめり込まんようにの。」

 

 魔理婆さんがそう言うと、目線を戻し天井を見る。いや、天井ではなくその先を見ているようだった。

 

「小町や映姫に会うのも久しぶりかの。あいつらあんまり変わっとりゃせんじゃろうな。」

 

 何か独り言をつぶやく。声はだんだん小さくなっていく。

 

「・・・悪い人生じゃなかったの。最後の最後まで何が起こるかわからんな、霊夢よ、、、」

 

 すぅと目が閉じられる。まるで眠るように静かに息を引き取った。

 

 上海の泣き声が部屋に響く。魔理婆さんが逝くその時まで我慢していたのだろう。頭を膝に押し付けて声を殺そうとしているが、それ以外の音が無いせいでよく聞こえる。すぐに俺の膝はびっしょりと濡れた。上海はしばらく泣き続け、ある程度落ち着きを取り戻す。

 

「・・・弔おうか、上海。」

 

「・・・そうだね。」

 

 

 

・・・

 

 

 

 適当な石を見繕って墓石のように置く。この下には魔理婆さんが眠っている。土地に悪影響を与える妖怪とは違い、人間は埋めても問題ないらしい。何故か研究室においてあった棺桶に寝かせ、魔理婆さんを埋める。もうそろそろ天に届いただろうか。上海に聞けば昔は飛んで行けたらしいが。

 

 事が起こった時は明るかったがもう暗くなっている。八卦炉で小さな火を起こしランプをつける。消えないように八卦炉を通じて霊力を送り込む。まだ慣れないせいかすぐに消える。

 

(・・・やっぱり難しいな。魔理婆さんのようにはいかないか。)

 

 魔法っていうのは以外に繊細なものらしい。上海はすでに寝ている。いつも遅くまで起きていた魔理婆さんはもういない。夜に一人になるのはこっちに来てからは初めてかもしれない。

 

 一人になると寂しくなる。昨日までは対面に座って昔話でも話してくれていたのに。これからどうしようか考えていた時には魔理婆さんによく聞いたものだができない。自分なりの考えで動くしかない。

 

(・・・いくか、博麗神社。)

 

 この世界の管理者に会う、まずはそこから始める。幻想郷を変えるための第一歩を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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舞い戻る紅の風
少年の一歩


「極力飛んでいくのは避ける事!厄介な妖怪に見つかれば無事じゃすまないよ。それと神社についたら、、、」

 

 長々と説明してくれる上海。かれこれ三十分ほどあれを持ったかやどういうことに注意しろなど言ってくる。心配なのも分かるがもう腹をくくってるから大丈夫だと言っているが。

 

「・・・ちゃんと聞いてる?」

 

「聞いてるよ。」

 

 疑ったような目を向ける上海。いや、本当にちゃんと聞いてはいる。

 

「・・・私がついていかなくていいの?一人より二人の方がやっぱり安全だし、私がいれば博麗神社までは普通に行けると思う。」

 

 上海からの提案だった。俺が博麗神社に行くと言い出した時、まず先にダメ。次に行ってもいいけど私も行く。いろいろ粘って何とか一人で行かせてくれた。今の俺の実力的には人形の数にもよるが上海と同じくらいなので、上海を連れていきたい気持ちはある。ただそれ以上に俺にとって大事なこともある。

 

「何回も言ったけど、ここに帰ってくるために上海にはいてほしい。俺の帰る場所にいて欲しいのは上海しかない。全部終わった時、俺はここに戻ってどっぷりと魔法の研究をするんだ。その時まで俺が帰ってくることを信じて待っていてほしい。自分勝手で悪いけど、帰る場所があるとさ意地でも死んでやれない気がするんだ。」

 

 この場所を上海に守ってもらいたい。俺がこの先何度も危ない橋を渡るとき必ずここが思い浮かぶように。

 

「・・・そう言われたって、怖いんだもん。また周りの人がいなくなっちゃうかもしれないから。」

 

 少し暗くなる上海。元気づけるため頭をポンポンする。

 

「俺は絶対帰ってくる。とりあえず何か進展があって一段落したら戻ってくるよ。」

 

 ずっといなくなるわけではない。たまには顔を出す。孤独のつらさは知っている。

 

「・・・絶対だよ。」

 

「ああ、絶対だ。」

 

 最低限用意した道具を持ち家を出る。

 

「待って!最後だから。」

 

 上海から最後のストップがかかる。

 

「髪、邪魔にならない?」

 

 ・・・言われればだいぶ長くなっていた。ここに来てもう半年も過ぎるころだが一回も切っていない。それは長いわけだ。

 

「紐持ってくるよ。」

 

「・・・いや、これでお願いできるかな。」

 

 手に取ったのはルーミアのリボンだ。何故かボロボロにならず綺麗な状態だった。魔理婆さんが言っていたが相当な霊力が込められているらしいので、普通の紐よりはいいだろう。

 

「分かった。後ろ向いて。けど、いいの。このリボンを知っている妖怪とかいたら疑われるよ。」

 

「ルーミアと仲のいい妖怪なら話は通じるだろう。そういう意味でもこれはつけておく。」

 

 上海に髪を委ねる。小さな体で頑張っているようだ。

 

「・・・できたよ。髪も相まって変な格好だね。私が仕立てたものだけど、、、」

 

 白の長袖インナーのようなものの上に黒のコート、黒のズボンタイプの袴のようなものを着ている。白の靴下ときて見事に白黒だ。女物を無理やり男物にしてくれたので文句は言えない。それどころか個人的には結構気に入っている。

 

「じゃあ、いってらっしゃい、霊吾。」

 

「・・・いってくるよ上海。」

 

 そのまま振り返らず扉を開け出ていく。外は微妙な天気だ。ギンギンに晴れた空よりはどんよりと曇った空の方がいい。森の中がより暗く妖怪たちに見つかり辛くなるから。

 結界を抜ければそこからもう始まっている。

 

 

 

・・・

 

 

 黒の分厚い本に書いてある初歩的な魔法、方角の固定。そのページにある魔法陣に魔力を通し適当なものに付与させると、それはその瞬間向いていた方向を指す。方位磁針のようなもので、適当な木の棒に付与させたが意外に便利なものだ。森の中にいても迷うことなく進める。

 

 分厚い本に関していえば、魔法のまとめのようなものが書かれてある。今の自分にできる事は少ないが、役立つ魔法が使えるのは心強い。

 

 だが、妖怪を避けれるような魔法はない。しかし逃げ切れるだけの速さは手に入れた。

 

「ガゥガゥ!」

 

 大きな犬型の妖怪がこちらを捉え叫ぶ。それを見て、八卦炉を持つ。

 

「またお前らか、似たような見た目のやつばっかりだな。」

 

 妖怪は走って飛びつくが、そこには誰もいない。

 

 霊吾は先ほど妖怪がいたエリアよりかなり離れたところにいた。

 

(・・・だいぶ慣れてきたが、まだ軽く酔うな。)

 

 能力で浮いて体勢を安定させ、魔力による強力なマスタースパークを一瞬強く噴かし、弾丸のように移動する。完全な制御はできないが、十分な機動力だ。

 

(まだまだ長そうだな。)

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 できる限りの戦闘は避けて進むのでだいぶん大回りになる。それでも一体を相手すればもっと集まる可能性もあり、そっちの方が危険だ。

 

(一発でやれれば問題ないが、無理して倒す必要はないな。)

 

 そうやってゆっくり進んでいくとまた妖怪の気配がする。ここら一帯は他の場所より多くいるように思える。

 

(・・・動く気配がない。寝ているのか。)

 

 普通の獣のような妖怪たちとはどこか違う雰囲気を漂わせている。犬というよりは狼のような風貌、今まで見たやつらより一回り大きい。

 

「・・・人間よ、何しに来た。」

 

 狼の妖怪は人の言葉を発した。他の妖怪よりは知性があるようだ。こちらを警戒、威嚇しているような感じだ。

 

「・・・俺はこの森を抜けたいだけだ。できれば見逃してほしい。」

 

「そうか、ならいい。さっさと行けばいい。」

 

 ぶっきらぼうに言う。襲い掛かる感じがない。

 

(ん、血か。怪我でもしてるのか。)

 

 よく見ると腹から出血がある。動こうにも動けない、実際はこんな感じなのだろう。だとするなら近づいてもいきなり襲うようなことはないだろうし、あったとしても避けれるだろう。逆に最後の一撃とばかりに攻撃するかもしれないが、知性が感じられるこの妖怪は行わないだろう。

 

「・・・その傷、見せてみろ。」

 

「近寄るな人間!この傷はお前らから受けたものだ。」

 

「そのままじゃ死ぬぞ。俺なら何とかできるかもしれない。お前だってこんなところで死にたくはないだろう?」

 

 妖怪は黙りこくる。苦々しい顔を浮かべて、迷っているようだ。

 近づいても暴れようとしないとこから、どうやら受け入れてもらえたようだ。本を取り出し、魔法を選ぶ。魔理婆さんが使う組織縫合は難しすぎて使えない。その代わりに付与の魔法を使い、魔力で傷口を覆う。妖力とうまくまじりあい再生を促す。目に見えて少しずつ回復しているが、妖怪にしては回復が遅い気がする。

 

「・・・なぜ、我を助ける。殺そうとしたのはお前らなのに。」

 

「俺が殺すのは話にならないような奴らだけだ。お前とは意思疎通ができる。妖怪の事情についても知りたいんだが、知性のある妖怪を知らないから生かした。それにしてもなぜ治らない。傷が癒えるのを拒否してるみたいだ。」

 

 妖怪の傷はふさがり切れない。まるで呪いか何かのようにも思える。

 

「・・・お前から、人間のにおいはするが人間臭さはない。人里の人間ではないな。」

 

「ああ、そうだ。」

 

「・・・お前と似たような奴に切られた。人間のくせに妖怪臭いやつだった。まだ我を探しているだろう。そいつの刀に切られた傷がこれだ、なかなか癒えないのはあの刀だ。」

 

 人間、刀、妖怪を倒せる、以上のキーワードで誰がやったのかを想像した。

 

(どういうことだ。妖怪に理解がある人間だと思っていたんだが。)

 

 少なくともいたずらに殺傷を繰り返す人とは思えない。何かしらの理由があるのだろうか。そのような考えをしていると背後でガサガサと音がした。

 

「いたいた。ん、君は以前の少年かな。」

 

 血濡れの刀を手にした青年が現れる。気配をだいぶ探れるようになったとはいえ、気づかなかった。霊力が随分と少ないのか感じ取れなかったかもしれない。

 

(・・・もともとの身体能力だけで妖怪を圧倒するのか。化け物なのか、、、)

 

「そこ、どいてくれないかな。」

 

 鋭い殺気は俺の恐怖を駆り立てる。まだ一日目だっていうのに何でこうなるんだ。

 

 

 




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凶刃

久しぶりの投稿


 明確な死の風景。俺の脳が逃げろと警告を鳴らしている。しかし、ここで逃げるわけにはいかない。せっかくの話が分かる妖怪、ここで殺させるわけにはいかない。目の前の青年、凶は刀の切っ先を俺に向ける。

 

「どかないの?なら、人間でも容赦はしないよ。君は人里の人間ではないからね、俺の守備範囲外だよ。おっさんからすると若いやつは殺したくないんだけど。」

 

「・・・あんたは妖怪にある程度理解があると思っていたんだが。この妖怪は意思疎通がとれるし、同じ種族や似た種族であるなら統率できるくらいの力の差はある。ここで殺せば知性のない妖怪たちが荒れるぞ。」

 

「へぇ、憶測にしてはいい線いってるね。」

 

 凶が刀を下した。自分と凶との間に張り詰めた空気が一瞬和らいだ。話の中で一つ分かったこともある。凶が人里を守ろうとしていることだ。あれだけ非難されたにもかかわらずよくやれるなとは思ったが。

 だから、俺の提案に乗ってくれる可能性も零ではないはず。

 

「けど、俺の狙いはそれなんだよ。定期的に主を殺すことで縄張り争いを誘発する。その間は妖怪同士殺しあってるせいか人里近くにあらわることが少なくなるんだよ。今回はたまたま知性のあるやつだっただけでこれから先も変わらないさ。」

 

 ・・・これにはどうしようもない。確かに凶の言っているほうが正しく思える。けど、それには欠点がある。

 

「・・・凶、一つ聞きたい。お前はこの妖怪のように人の言葉を話す妖怪を切ってきたのか?」

 

「いや、獣型で人語を話す奴は初めてだね。で、それが?」

 

 そうか、やっぱりな。妖怪を殺し続けるデメリットを把握していない。この妖怪がそうであるかは分からないが、利用させてもらおう。

 

「妖怪の死体を放置しておけば土地が穢れ、より強い妖怪が現れるかもしれない。凶のやり方はあくまでもお前が妖怪に勝てるからできる話だ。お前を超える妖怪が現れたら、それまでだ。」

 

 妖怪が増えてきているという話からつながることだが、強い妖怪ももちろん現れる。ただ、いまのところ質より数なのかあんまり強くなっているわけではない。例外を除けば。

 

「それもそうだけど、生憎その程度で強くなったって言われるなら、俺が死ぬまでは大丈夫そうだな。だけど、君が言いたいのはその後どうするかってことかな。」

 

 そうだ、と返す。やっぱり話は通じるようだ。

 

「そのために妖怪とある程度の関係性はもっておけ、そういうことかな。」

 

 面白そうに笑う。まるで馬鹿にしてるように。実際に馬鹿にしてるだろうが。

 

「ああ悪い悪い、別に君の言いたいことが分からないわけじゃないさ。ただ、それは確実性がないからね。結果が大事な世の中だけど、過程の中で収穫がないと待てないんだよ、俺ら人間はね。だからそこをどきな。これ以上の時間はやれない、その妖怪の傷が塞がる。」

 

 これ以上は無理か。あと少しだったんだがな。時間を稼ぐか。

 八卦炉を構えて、マスタースパークを放つ。力加減がうまく分からないが、死なないような威力に調整した。見た目は派手だが威力のない、見かけ倒しの閃光だ。

 

 しかし、捉えた感じはない。避けられた。ほとんど奇襲に近いものだったのに、そうとう感覚が鋭いのだろうか。

 

「厄介だね、けどそれは速い相手には当たらないだろ。」

 

上から声が聞こえる。見ると、木に掴まっている凶がいた。足腰の力だけで飛んだのだろうか。

 

また、目標を定め放つが、避けられる。見切られているのか。

 

「・・・それ。」

 

凶が刀を振るう。血が斬撃のように飛び出す。かなり速く避けられない。

 

(くっ、防御だけでも、、)

 

霊力で限界まで強化した片手を前に出し受け止める。しかし血の斬撃に威力はなく、単なる水鉄砲の様なものだった。だが、逆にそれがこちらを苦しめる。

 

血の斬撃は腕を超えて目に飛び込んできた。

 

「っあ!」

 

目を拭い視界を取り戻すが、そこには刀を振り上げる凶の姿がある。

 

「っ!」

 

ブーストによる加速で一瞬で消える。障害物の計算ができなかったから上空に飛んだが小さな枝などが邪魔になり、それほどの距離は飛んでいない。

 

(・・・人間相手にマスタースパークは加減が難しいか。だが、こちらの姿を見失っている。今の機会だ!)

 

ブーストで背後に急接近しようと飛び込む。

その刹那、自分の未来のビジョンが浮かぶ。肩から腰にかけて切られ、分離する体。目に写るのは上半身が途切れている己の体。

 

(・・・まずい!)

 

咄嗟に木を殴り、進路をずらす。

だが、体に異物が入り込んでくる感じがした。

 

「ぐあっ!」

 

ドサドサと倒れ転がる。胸に手を当てると、ぱっくりと切れ血が出ている。

 

「・・・よく避けたね。あのままだったら楽になれたのにね。」

 

「・・・くそ、何でわかった。」

 

「生憎、俺は目と耳が良くてね。小さい音や一瞬の事でも理解だけはできるんだよ。あとは経験則だけどね。それにしても速いねえ。」

 

(・・・とことん化け物だな。)

 

凶はかつかつと此方に歩み寄る。そして、刀を首に添える。

 

「悪いけど君は俺にとって脅威になり得る。ここでくたばってもらうよ。」

 

刀が一旦はなされ、凶は振る構えをとる。

 

(・・・俺はまだ終わるわけにはいかないんだよ!)

 

地面にマスタースパークをうち、その反動で体全体を飛ばす。最後のあがき、突進だ。間合い、刀の位置、心情を考慮しても避けられない。

 

(最後の最後まで気を抜くんじゃなかったな、凶、、がっ!)

 

だが、地面に叩きつけられる。刀の柄、正確には柄頭で打ち付けられた。

 

「その根性は流石だね、同じ人間ながら尊敬するよ。だがもう立ち上がれないだろうね。首筋を少々強めに打ったから、ちょっとした全身麻痺を起こしてるだろ。」

 

確かに体が動かない。ピクリともしない。

 

(・・・くそ、ここで終わりかよ、、、)

 

「そういえば、君の名前を聞いていなかったね。教えてくれないか。」

 

辛うじて動く口を何とか動かし、答える。最後だとしてもまだ諦めるな。数秒でも生き残れる時間を作れ。

 

「・・・霊吾、ただの霊吾だ。」

 

「霊吾か。覚えておくよ、勇気ある若者。」

 

刀を上げる凶。霊力で限界まで首を強化して最大限の悪足掻きを見せ、これから来る衝撃に耐えるため目を瞑り、歯をくいしばる。無駄な抵抗かもしれないがやらなきゃどっちにしろ御陀仏だ。

 

しかし、衝撃はなかなかやってこない。目を開けると、白で視界が埋まっていた。それが妖怪だとわかった。凶は少し距離を取り、構えていた。

 

「・・・人間、妖怪ながら我は震えたぞ。だから我はおぬしに懸ける。この命散らすなら少しだけ他の妖怪のために使ってやるわ。霊吾といったか、無事に生き残れ。」

 

爪を服に引っ掛けられ、飛ばされる。上空に漂っている間にかろうじて見えた一瞬で妖怪の首が凶によって落とされていた。

あの妖怪にとっても最後の足掻きだったのだろう。

 

もといた場所がだんだん小さくなっていく。意識は保っているが、体が動かないせいで能力もうまく使えない。幸いと言っていいのか、少し硬直しているおかげで八卦炉が手から離れずにいた。

 

やがてどんどん落ちていき、戸惑う。このまま地面にぶつかれば怪我じゃすまいだろうが、霊力で強化しても受け身がとれないのでかなりの衝撃になるだろう。

 

何回目かの全力の強化をおこなった瞬間、物凄い音と水飛沫が上がり、全身を打ち付けられたような衝撃が走る。

 

(がぼっ!水!まずい今は泳げる状態じゃない!それにもう意識が飛び、、)

 

ゆっくりと沈んでいく体。さっきの衝撃で脳も働きが遅くなっていく。やがて、頭も水に浸かり呼吸もできなくなる。

 

(・・・はっはっは、流石にもうどうしようもな、、い、、、)

 

意識を失う直前、腕を引っ張られる感覚があった。人の手だったそれはずっと冷たかった。俺に何かを言っているようだったが、何を言っているか分からない。辛うじて見えたものはその特徴的な少し灰がかった青色の長髪だった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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赤い館

新生活にやっと慣れましたね


小さなものだ。妖精の癖に妖怪たちと仲良く、妖精の癖に友達のためなら妖怪に立ち向かう。その姿はどうしようもなく被る。私が親友と思っている人に。

身の丈に合わないものに手を伸ばしているようで、馬鹿だなと思った。それでいて羨ましいと思った。

小さなものはいつか私に勝つと言って挑戦しに来る。たまたま親友がいるときはその親友が相手をする。人間にしては強きもの、妖精にしては強きもの。二人はよく似ていた。だから二人は仲良くなれたのだろうか。

 

私はやっぱり違う。人間とは別次元だと言われる。そう自分も思っている。

 

けど、馬鹿達はそんな私を目標にしているようだ。だから暇を見つけては来るのだろう。そんな馬鹿達を私は好きだったらしい。

 

 

小さきものは私にとって大きな存在になっていた。

 

 

 

・・・

 

 

 

「・・・赤いな。」

 

目を覚ませば、視界に広がる赤、赤、赤。真っ赤な部屋は目覚めに悪く、いい感じはしない。おまけに窓もない。

体は多少痛みはあるが動けないほどではない。胸には布が巻かれている。包帯代わりだろうか、誰か処置をしてくれたらしい。

 

「・・・八卦炉と本はどこだ。そういえばリボンもない。」

 

もしかして水のなかに落としてしまったのだろうか。だとしたら絶望的だ。命があっただけでもいいと思えるが、憂鬱になる。

 しかし、こうも赤に囲まれると落ち着かない。少し外に出たい。とりあえず部屋を出るためにドアを開ける。廊下と思われるところも赤だった。どうもここの主は赤が好きなようだ。

 

「目が覚めましたか。」

 

後ろから声がかけられる。振り向くと赤い長髪の女性がいた。ただ少し異様だった。右腕がなく、片目も潰れていて、表情からは生気が感じられない。痛々しい姿だが美しい女性だ。しかし、身長が足らず見上げる形になるのはつらい。

 

「・・・はい、これはあなたがしてくれたんですか?」

 

自分の胸を指し、聞いてみる。

 

「そうですね、放置すると人間は死ぬかもしれませんから。」

 

機械のように淡々と言っている。表情の変化が無いような感じだ。

 

「あの、八角型の物体と黒い厚い本を知りませんか?」

 

とりあえずこの二つがあれば何とかなりそうだが。

 

「八卦炉と魔導書、リボンの三つはありますよ。あなたを助けた人が持っています。それであなたはその人から呼ばれてました。今はどこか出掛けていますが。」

 

欲しければ待っていろと言うことか。しかし、ここで待つのも個人的にはきつい。

 

「・・・屋敷内なら動いても大丈夫ですか?」

 

「それくらいならどうぞ。」

 

どうやらうろうろするのはいいようだ。じっとしているよりかは動いておきたい。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

紅魔館、湖の近くにたつ吸血鬼の館だったような話を聞いた気がするが、それがこの館なのだろうか。

魔理婆さんの話では小さい吸血鬼姉妹と魔女が住んでいるらしいが、人の気配がない。館自体もところどころボロボロで場所によっては廃屋のようにも思える。

 

(しかし、不気味だ。こんなに広いものなのか。まるで空間が歪んでいるような、、考えてもきりがないか。)

 

目的もなく廊下を歩く。極端に窓が少ないのは吸血鬼の住まいだからなのだろうか。

 

ふらふらしているうちにやけにでかい扉に行き当たった。開けると、中はずらっと本棚が並んでおり図書館のような場所だった。魔女の資料室のようなものなのだろうか。

 

机に置いてあった本を適当に手に取ってみる。『不老の美女と刹那の王子』というタイトルの本だった。

 

(・・・明らかな恋愛小説だな。そういえば娯楽の本を見るのは幻想郷(ここ)では初めてか。少し読んでみるか。)

 

内容はいたって簡単なものだった。何百年という時を生きる魔女と言われた少女が城から脱走した王子様に惚れ込み、どうにかして伴侶になるために画策するという話だ。

しかし、どうやらまだ途中のようで空白のページが残っている。

 

(・・・これはここの魔女が書いたものなのか。随分と痛々しい。それに王子のモデル、、、明らかに魔理婆さんな気がする。名前もマリスだし、金髪で活発な少年って感じだしな。)

 

魔女の意外な側面を見てしまった気がするが、その間に時間はだいぶ経ったのだろう。時計がないから正確な時間は分からないが。

 

(・・・戻るか。)

 

図書館を出て部屋に戻る。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 少し迷ったが、部屋にたどり着いた。中に入ると、赤の部屋とは対照的な青い髪の少女がいた。入ってきた俺をまじまじと見て、観察しているようだった。

 その少女には見覚えがある。俺を水の中から引き揚げてくれた人だった。背中の氷のような羽からして人ではないのだろうけど。

 

「・・・あんた、これらをどうやって手に入れた?」

 

 机に広げられた、八卦炉、魔導書、リボンを指して言った。仮にこの少女がルーミアの友達だとすると疑われても仕方無いのだろう。

 

「・・・その八卦炉と本は魔理婆さん、、、霧雨魔理沙から貰ったものだ。そのリボンは、、、ルーミアという妖怪が死んだときに頭から落ちたものだ。」

 

 それを聞くと少女は、ベッドに座り、落ち込む。

 

「・・・そう、ルーミアは逝ったのね、、、」

 

「・・・俺の事を疑わないのか?」

 

 俺の言ったことを信じ込んでいる少女に聞いてみる。この反応からすると、ルーミアとは友達だったのだろう。ならば、一番怪しいのは俺のはずだが。

 

「あんたは違う気がする。あたいは妖精だから何となくわかる。」

 

 何とも理解しがたい答えだった。

 

「妖精だから何でわかるんだ?」

 

「あんたの言葉を発したときに心が泣きそうになってた。悲しそうに死んだと言ってくれたあんたを少しは信じるよ。」

 

 感情を読む。妖精にはそんなことができるのだろうか。

 

「魔理沙は今どこにいるの?」

 

「・・・少し前に。」

 

「そっか、、、しょうがないのかな、魔理沙は人間だしね、、、」

 

 少女の目には涙が見える。魔理婆さんとも仲がよかったのだろうか。だとすると二人を一遍に失ったようなものだ。俺にはきつい。

 

「・・・あんた名前は?あたいはチルノっていうんだ。」

 

「霊吾。」

 

「レイアね、覚えた。それにしても何で湖に飛び込んできたの?あたいがいなかったら溺れていたよ。」

 

チルノにここまでの経緯を話した。何故か分からないがこの少女は信頼できると確信している。

 

 

 

「・・・なるほどね。まずはありがとう、八枝を助けてくれて。ルーミアの最後も見届けてくれたことも。あと、とりあえずその凶って男のことは美鈴には言わない方がいい。」

 

「・・・美鈴って、あの赤い髪の人か?」

 

「そう、レミリア達、、、紅魔館の住人を人間達が襲ったときに主にやられたのがそいつらしい。確信があるわけじゃないけど、特徴的に似てるからそう判断した。」

 

 あまり聞きたいことじゃないだろうな、仇のようなものだろう。それにしても凶の強さを計れない。

 

「それでどうするの。博麗神社にいくのはいいと思うけど、そいつには注意することだね。」

 

 しかし、対抗できる手段がない。向こうは剣術でかなりのもの。それに比べ見習い程度の魔法と素人に毛が生えたくらいの戦闘技術。機動力と身体強化でカバーしているが地力がまだまだ弱い。

 せめて接近戦でもある程度やれるようにはなりたいが。駄目元でチルノに聞いてみる。

 

「・・・博麗神社に行く前に一つやりたいことがあるんだが。チルノ、妖怪の中で格闘が強いやつって知ってるか?」

 

「格闘?それなら美鈴だよ。」

 

 どうやら運がいいらしい。しかし、今の美鈴さんを見てどうだろうか。はたして教えてくれるものだろうか。そもそも人間にたいしていい印象を持っていないと思うが。

 

「・・・頼み込んでみるか。ありがとうチルノ。」

 

「ははっ、美鈴なら大丈夫だよ。何だかんだで優しいし、何より、、、まあ、とりあえず言ってみたら。あたいからも言ってみるよ。」

 

 二人で部屋を出て美鈴さんを探す。並んで歩くときにチルノが自分より少し身長が高く、自分の小ささを見せつけられる。

 

 

 

 

 美鈴さんを見つけた。玄関の広間のような場所で立ったままぼーっとしていた。

 今日初めて会った相手に何て頼み込もうか考えたがあまりいい言葉が思いつかない。当たって砕けろくらいの勢いでいこう。

 

「美鈴さん、俺を弟子にしてください。」

 

「・・・はい?」

 

 

 

 



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微小の変化

久しぶりの投稿です


 見上げる空は珍しく澄み切っていて、いかにもという晴天だった。いつまでも倒れていても仕方ない。立ち上がり、師匠に向き直る。

 

「まだ、やりますか?」

 

 相変わらず感情の読めない顔の師匠。

 

 あれから何だかんだで教えてくれることになった。というよりも組み手をやって、なるべくスキのない戦い方に近づいていくようにするだけだが。

 

「・・・もちろん。」

 

 霊力による強化はなし、能力による飛行もなし、八卦炉でのブーストもなし。ただ単純に肉体だけで戦う。手加減しているとはいえ、師匠の拳にはそれ相応の威力がある。まともにくらえば一発で落ちるように力加減されてるらしいがそれは手加減というのだろうか。

 

 両手を構えて、じりじりと近寄る。まともに一本いれるのが目標ではあるが、師匠の立ち振る舞いにはスキがない。

 距離を縮め、師匠の右側に飛び込むように走り、潜り込む。体のひねり、肩や肘の関節を利用しての拳は以前より確かに強くはなっている。スムーズとはいかないが、実践慣れはある程度しているためはまってはいた。だが、師匠の弱点になりうるところを攻めているが、体勢を崩せず常に攻撃はいなされる。片手のみで拳の軌道を変えさせられ、はじき落とされる。

 突き出した手を抑えられながら、流れるような手刀が迫る。

 

「ぐっ!」

 

 首をひねって何とかかわすが、視界が上に行っている間に足に衝撃が走り、地上から離れる感じがした。足が浮き上がり、上半身が倒れようとする。

 体勢を整えようにも手を捕まえられ、そのまま抑え込まれる。地面に押さえつけられ完全に無力化される。

 

「・・・まだ、捕まえられる事への危機感が薄いですね。拳自体はうまくやれてますが、こちらを受け流せるくらいにならないと避けるばかりでは足元をすくわれますよ。」

 

 そういって師匠は手を放す。

 

「さすがに今日は終わりにします。」

 

 師匠は紅魔館に戻っていった。

 

 師匠の武術、人間の武術を極めたものらしいが、本来の人間の武術とは少し変わっている。しかし武術の大まかな基礎は変わっていない。護身術が主であるが殺人に特化したものなどもその延長であるらしく、美鈴式武術は攻める要素が大きい。体の動きを合わせて一点に力を集中させることによって今まで以上の力を発揮できるようになってきた。速さではなくタイミングを合わせることが重要であるがもちろん速さがあればそれだけ威力は増す。ただ、今の自分は速さの中で活用できるレベルではない。

 

 なぜ、妖怪である師匠が武術を極めているのか分からないが、目的としては妖怪の力を人間の武術で限界まで引き出すためなのだろう。

 

(それにしてもよく了承してくれたな、条件はあれだが、、、)

 

 チルノからの頼み込みでいったんは分かりましたと言ってくれたが、後で条件を付けられた。チルノがいない時なので嫌な予感がしたが、想像以上だった。

 

『私を殺すこと、それが条件です。貴方は強さを必要としているなら断らないと思ってます。この幻想郷で人間に近い戦い方ができる者が果たしてどれくらいいるでしょうかね。』

 

 一種の脅しのようにも聞こえたが、確かに弾幕ごっこを除けば戦闘で人間のまねごとをする妖怪はそれほどはいないと聞いた。だからといって殺せと言われてもどうしようもない気がする。

 

(変わってくれることを祈るか。どっちにしろ今の段階で言っても聞いてはくれないだろうし。)

 

 師匠は大概のことは答えてくれるが過去と条件の変更だけは一貫して受け付けてはくれない。過去に関してはチルノにでも聞いてください、だそうだ。自ら口にしたくはないのだろう。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

「美鈴についてね、、、正直に言うとよくわからないんだ。今でこそあんな状態だけど、前はもっと柔らかくて、妖精を馬鹿にしないくらい優しかったんだ。今も優しいけどやっぱり前の感じが好きだったな。」

 

 後日、チルノに師匠について聞いてみるがよく知らないらしい。紅美鈴という名の紅魔館の門番だった妖怪、そうな風に言われていたらしい。何の妖怪なのか、なぜ門番をしていたのか、謎が多い存在だったらしいが、強い印象はなかったと言っていた。

 

「・・・確かに妖怪らしい力を見ていないが、人型の妖怪は強い者が多いと聞いた。師匠も例外じゃなく相応の強さを持っていたんじゃないか?」

 

「ん~そうだな、美鈴って弾幕ごっこも強くなかったし、よく魔理沙に侵入されてたからな。紅魔館が来たばっかりの時は近づいたことなかったから、争っていた時期を知らないんだ。レミリア、紅魔館の主に美鈴って強いのって聞いたことがあるけど、弱くはないって言ってた。レミリアも本気の姿は見たことがないらしいけど。」

 

 弱くはない、これに関しては自分の意見と同じだった。圧倒的に強いと思わせるわけじゃない。けれど、手合わせをしていて弱さが見えない。妖怪側から見てもそのように見えたのだろうか。

 

「まあ、あんまり探っても変わらないしこれぐらいにしとくよ。それよりどう、なんか変わったことある?」

 

「変わったこと?師匠のことでか?」

 

「そう、いやーさ、妖怪ってさ良くも悪くも人間に関わることで変わったりするんだ。レミリア達も霊夢と関わってから人間を信じるようになったし、妖精や弱い妖怪にも目を向けるようになったしね。」

 

 変わったことは極端に言えばない。そもそも以前をよく知らないし、会った時と今までほとんど同じようなものだ。最近は少しだけ会話が増えたくらいだが、一言の受け答えが二言になったくらいの変化だ。

 

「多少言葉が増えたくらいだと思う。」

 

「おお、いいね、ちょっとづつでいいから明るくなってると私も思うよ。レイアを助けといてよかったよ。」

 

「・・・チルノがいてやればいいと思うが、やっぱりだめか?」

 

「悪いね、私もまだやるべきことがあるから。自然が汚れたりなくなったりすると私のような半端な妖精になってしまったり、最悪消えてしまうものもいるからね。ある程度守っておかないと。」

 

 妖精にしてはそこいらの妖怪に太刀打ちできるくらいの力を持つ彼女だが、元々ほかの妖精より強く、また湖が穢れたのを耐えきったことで少し妖怪に近づいたらしく、それがより力を与えたようだ。ただ、本人が言うには妖精の性質である存在が消えても発生することができなくなったらしい。

 

 妖精自体、現象という存在らしく、そこからチルノは外れた存在なのかもしれない。チルノ自身が守れる範囲が少しでも広がったならそれでいい、といっているがどこか悲しそうでもあった。

 

「・・・もう外が暗いな、どうする?」

 

「今日は泊まらせてもらうよ。美鈴にも言っといたし、勝手にどこかで寝とくよ。」

 

「そうか、寝れる場所がないならこの部屋で寝てもいいよ。」

 

「ん、何だいレイア、そっちにも興味があるのか?まあ別に珍しくもないけど、随分素直だね。」

 

 にやにやした顔でからかうように言ってきた。意識してなかったが確かに発言的には一緒に寝ようといってるようなものか。

 

「・・・そうじゃなくて、今日は少しやりたいことがあるからこの部屋を使わないだけ。」

 

「ん、夜だってのに何をするんだ?」

 

 机の引き出しから、銀の懐中時計を取り出す。部屋を掃除していたら棚から落ちてきたこの時計、ほんのわずかに何かの不思議な力を感じる。

 

「・・・時計みたいだけど、何だい?」

 

「よくわからない。だから、これを調べてみたい。何かしら使えるものかもしれない。」

 

 これからやっていく上で手は多い方がいい。それにあの図書館にも興味深いものがあったしここですることは少なくない。

 

(・・・歩みを止めるわけにはいかない。それでもここで強くならなければ、俺の足は前に進むことなく折れてしまうかもしれない。)

 

 



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紅魔館のとある日

この回は自己解釈が多いです


 紅魔館というのは不気味な空間である。外から見る以上に中は広い。感覚ではなく実際に空間が歪んでいる。正確にいうのなら空間ではなく時間軸が微妙にずれているのだ。廊下を普通に歩いているつもりでも、歪んだ境界を跨ぐ時に体が奇妙な錯覚を覚える。

 

バラバラの時間軸を越えることは一種の平行世界の移動のようなもの。体もそれに合わせるように何とか対応しようとするが、そう簡単にはいかない。それを無意識のうちに脳が拾い上げ、あたかも広い空間を歩いているように思わせる。

 

 つまるところ、広いのではなく、歩いている時間が他の場所より長く感じ、それが広く感じてしまう原因である。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「昔というほど前ではありませんが、人間が仕えていた時がありました。その人間というのがそういう能力を持っておられたので、それを館に使っていたのでしょう。あなたとの関連で言えば、博麗霊夢や霧雨魔理沙たちと仲が良かったようでしたよ。」

 

 吸血鬼の館で人間が働いているのはどうかとも思ったのだが、どうやらその人間も普通の人間ではなかったのだろう。第一空間を歪めるほどの能力とはどれほど強力なのだろうか。

 

「その人の名前はなんですか?それにその能力というのは空間を操るといったものなのでしょうか?」

 

「名前は十六夜咲夜、能力は時間を操るというものです。おそらく幻想郷においても最上位に位置していた能力だと思います。」

 

 時間を操る、なるほどそれであの空間を作り出していたのか。

 

「彼女は若くして亡くなりましたね。時間を止めるというのは毎回のように世界の強制力に反発しているようなものなのです。彼女の能力でその負担は無くなっていると思われますが、ほんの少しづつでも確かに生命力は削られていったのでしょう。」

 

 それもそうだ。魔法で時間を操ることは一応できる。だけど、時間を止めるにはかなりの準備と魔力が必要であり、それほどの労力を費やしても精々数秒が限界だろう。

 

「・・・彼女が亡くなっても空間は歪んだままなんですね。」

 

「当たり前です。一度歪んでしまったものが自然に元に戻ることはありませんよ。それも時空に関することは当人でない限り完璧に直すのは不可能でしょうね。」

 

 壊れたものは勝手には直らない。それは紅魔館のことを言っているようで、それ以上のことを言っているようにも感じ取れた。

 

「・・・師匠はその方と仲が良かったのですか?」

 

 お互いに同じ相手に仕えている身だったのだろうし、短い間だったとしても彼らは関わっていたはず。

 

「・・・どうですかね、彼女は友人たちやお嬢様にも見せない顔がありましたが、唯一私だけに見せたことがあるらしいです。」

 

「らしい、とはどういうことですか。」

 

「・・・彼女と初めて会ったのはまだ彼女があなたより小さい時です。その時、いつも通りに門番をしていましたが昼間に彼女が現れまして、私が相手をしました。」

 

 女性で自分より小さい身で妖怪と戦ったのだろうか。勝てるはずなど全くないといっても過言ではないが。

 

「あれは驚きましたね。生まれながらの殺人鬼は初めて見ましたね。一瞬で後ろに回り込み首にナイフを突き立てようとしたのは、少しだけ冷や汗をかきましたね。」

 

「殺人鬼ですか?」

 

「そうですね、少なくとも最初に相対した時の彼女の行動は殺人衝動から来たものだと、本人が言っていましたから、間違いではないでしょう。」

 

 殺人鬼、それでよく魔理婆さんたちと仲良くできたな。

 

「バンパイアハンターというものはいるものですが、子供であそこまでの腕を持っているものは異常でしょうね。」

 

「異常ですか、、、」

 

「いろいろと仕込まれたようでしたね。適度な技術を身に着けさせた子供は厄介ですよ。子供らしさはどんなものでも油断を誘う。あなたも心当たりはありませんか。」

 

 心当たりと言われても、よくは分からない。ただ、獣たちも自分を襲うときに楽だと考えて襲っているのだろうか。

 

「それでよく友人としていれましたね。その二人だからこそなのかもしれませんが。」

 

「そうでしょうね。本人も人間の友が欲しいと言っていましたが、同格かそれ以上の人間はあの世代は多かったです。私も暴走しないように適度に相手をしてほしいと頼まれましたし、それ相応の努力で付き合っていましたよ。」

 

 ほんの少し懐かしむような表情になった気がする。

 

 紅魔館に来て、だいぶ時間がたったが、師匠が他人について詳しく語ったことはない。だいたいはチルノに聞いてくださいと言って話さないが、今日はよく話してくれる。

 

 主以上に大事にしていたのだろうか、それともやはり妖怪にとっては人間というものが占める存在感が大きいのだろうか。

 

「・・・お嬢様が興味本位で拾って、私が少しだけ見てあげたのですが、一人で育ったようなものだと思ってたんですよ。けれど、咲夜はお嬢様から生命を、私からは温度をいただいたと言って、すべての行動において紅魔館の住人を第一に考えてましたね。」

 

 従者の鏡のような人だ。いや、なんとなくその気持ちが分からないわけでもない。自分にとっての魔理婆さんや上海のように、その人にとっての光がお嬢様だったり師匠だったりしたのだろう。

 

「それでも同じ従者だからでしょうかね、何かしらの相談事は私にきましたね。殺人衝動を抑えるにはどうしたらいいか、といったものや館が広すぎてさすがに掃除がきついといった愚痴までいろいろ聞いてきましたよ。完璧な従者は裏の顔をきっとお嬢様方には見せないでしょうね。」

 

「・・・やっぱり仲良かったんですね。」

 

「・・・否定はしませんよ。」

 

 すこし微妙な空気が流れた。せっかくの穏やかな雰囲気を覚ましてしまったと思ったが、来訪者がそんな空気を壊してくれた。

 

「美鈴、レイア、ここか?」

 

 その声と共にドアをノックする音が聞こえる。チルノの声だ

 

「・・・いますよ。入っていいですよ。」

 

「じゃあ、失礼。お、今日の美鈴は少し明るいね。何かいいことでもあったのか?」

 

「・・・どうですかね、お茶を入れてくるので、ここで待っていてください。」

 

 そういうと、師匠は逃げるように部屋を出ていく。チルノから的確な一言をもらい、少し否定していたこともあり、ちょっとだけ居づらくなったのかもしれない。

 

 部屋から出ていくと、チルノが笑顔で聞いてきた。

 

「それで何の話をしていたの?美鈴が感傷に浸るような話だったのかな?」

 

「昔の話を少し。それにしてもよく分かったな、やっぱり少し明るく見えたかな?」

 

「それはもうね、普段と全然違うからね。あそこまで明るくなるって、咲夜の話だろ?」

 

「・・・知ってたのなら話せばよかったんじゃないか?」

 

「私じゃ意味がないからさ。レイアだからこそ、咲夜の話題を振られたときに反応してしまうんだろうね。人間と過ごした時間は妖怪にとって貴重であり、毒のようなものなんだ。忘れたくても忘れられない、人間というのは良くも悪くも妖怪に影響してしまうんだ。」

 

 これも実はチルノの計算通りだったのだろうか。あまり頭がよさそうには見えないが、師匠をよく見ていたのだろう。いや、実際よく見ているのだろう。そうでなければ、毎日一緒に手合わせしている自分でも確信が持てないような変化に気づくはずがない。

 

「・・・さすがだな。」

 

「ん、何が?」

 

「いや、なんでもない。」

 

 つい口に出てしまった感嘆の言葉。チルノはきっと大勢の人妖から好かれていたのだろう。

 

『あたいは馬鹿だけど、友達を馬鹿にするのは許せない。』

 

 身に覚えのない、いやおそらく霊夢の記憶がよぎる。妖精のわりに強いのではなく、チルノであるからこその強さ。一人のつらさを知っている故に、友は見捨てない。

 

 群を抜いて強いわけではない彼女にすべてを救えるわけじゃない。それでも諦めない。どれだけ掌から零れ落ちようとも残ったものはある。その残ったものを必死に守っている。自分と大して変わらない大きさの少女が。

 

(・・・師匠は分かっているのだろうか。)

 

 

 

 

 

 




更新ペースを週一に持っていきたいですね


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いつしかの白

ぼちぼち週一投稿。


「くっ、」

 

 拳を弾き、軌道を僅かにそらし避けながら体の回転を利用し裏拳を叩き込む。が、足で捌かれ、浮き上がるように蹴りが飛んでくる。蹴りを受けながら反動を利用して下がる。

 

 相手の片足がまだ浮いている間に懐に潜り込み、胸に両手で掌底を放つ。リーチが短くこちらが手薄になるが、逸らされにくい技だ。たとえ師匠であったとしても簡単には躱せない。

 

「ふっ、」

 

「なっ!」

 

 渾身の両掌底を片手で受け止められた。力をぶつけたのではなく、掌底を使い全身で威力と速さを殺すような感じだった。

 

 横っ腹に衝撃が走り、飛んで転がりながら体勢を整える。顔を上げると師匠は目前に迫っていた。低い体勢のまま足払いをかけてみようとしたが、同じく足で抑え込まれた。そしてそのまま蹴り上げられた。

 

 空中に投げ出され、そのまま落下し倒れた。何とか立ち上がれるが、まともにくらって少しふらふらしている。

 

「・・・今日はよく持ちましたね。」

 

「ふぅ、まだまだ大丈夫です。」

 

「そうですか、、なら、あれの相手をしてもらいましょうか。」

 

 師匠が指さす先には獣型の妖怪がいた。紅魔館周辺は多少妖怪がうろついているが、実際に近づいてきたことはない。それはここに来ても利がないからだろう。ただし、今は俺がいる。

 

「霊力は使わないように、今のあなたならやれるはずです。では、私は下がっておきます。」

 

 そういうと師匠は門の向こうに行った。師匠を警戒していたのか、去っていったのを確認すると、妖怪は走り、飛び掛かってきた。

 

 振り降ろされる鉤爪を流し、獣の勢いをそのまま利用して後ろ足に拳を叩き込む。バキッという音がなり、妖怪が唸りを上げる。これまでとは違い生身でも相応の威力が出るようになったとはいえ、随分と強くなったものだ。

 

 今までまともな威力の検証ができなかったが、力試しには丁度良かった。妖怪は、片足を引きずりながらもまだこちらに敵意があるようだ。吠えて威嚇をしてくる。

 

「・・・お前じゃ俺には勝てない。今はまだ見逃す帰れ。」

 

 一応声はかけてみたが、もちろん呼応することはない。相変わらずギャアギャアと叫びながらのろのろと近づいてくる。

 

(・・・しかたない。悪く思うなよ、、!)

 

 ガサガサといたるところから聞こえた。あたりへの警戒を強める。木陰から複数の妖怪たちがこちらをうかがっている。

 

(まずいな、五,六体はいるな。俺に捌ききれるか。)

 

 隙を見たのか背後からガサッと少し大きい音がし、妖怪が一体飛び出してくる。ちらっと背後を見ると開かれた口からギラリと鋭い牙が見えた。目前に迫る牙を間一髪で躱すも、体勢が崩れたところに左右から二体が飛び出してきた。右からくる妖怪が鉤爪を振るう。

 

(こいつら、協力でもしてんのかよ!)

 

 右からくる妖怪の前足を叩き、それを反動に浮き上がり後ろから頭を殴りつける。左からも鉤爪が迫っていたのが功をなし、丁度良く右のやつの頭が自分のいた位置にいったのもあり、頭が切り裂かれ一体がいなくなった。

 

 そのまま振り返り、食い込んだ爪を抜こうとしている一体の目をめがけて拳を振り切る。拳は目をつぶし頭の骨を砕く。が、まだ動けるようだ。

 

 目に突っ込んだ手を支えにして、妖怪に飛び乗る。自分がいた場所にはガチッとした音が響き、飛び乗った妖怪の顎をかみ砕いた。手を引き抜くと、ばたっと倒れた。

 

(・・・二体を何とか瞬殺できたが、、、これが一対多の戦い方か。うまく攻撃を流しながら当てるのは難しいが何とかなりそうだ。)

 

 目の前の一体、未だ機会をうかがっているのは二体ほど、一体は消えたが、最初に足を叩き折ったやつもまだやる気だ。

 

(いける!無傷のやつが三体、手負いが一体、力的には倒した二体と変わらない、、はず。)

 

 こい!と意気込み強く踏み込む。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

「はあ、はあ、、、ふぅ、、、」

 

 木にもたれかかり、呼吸を整える。あたり一面には妖怪の死体がごろごろと転がっている。その数は少なくとも二十体以上はいるようだった。

 

 消えた一匹があれから呼んできたのかさらに数が増え、気づけば四面楚歌。

 

 体が返り血と自分の血でドロドロになっている。手もかなりの摩擦で爪が剥がれ落ちたりしている。最後は多少無理にでも数を削るために拳をねじ込んだ事などが手の傷には影響している。それだけではなく、師匠との手合わせの件も響いてるのか体のいたるところから悲鳴が上がっている。

 

(・・・気配はしないか、あんだけやれたのは意外だったが、やっぱり楽とはいかないな。だが、霊力なしでここまでやれるなら凶クラスの相手でもなんとかやれるのか。)

 

 何とか、木を支えにして立ち上がるが、少しふらつく。久しぶりにここまで大量の血を流したが、どうやら少しは体も頑丈になったのか以前よりは耐える力も強くなっている気がする。それでも厳しいことには変わりないが。

 

「・・・また、傷ついてるね、お兄さん。」

 

 目の前から聞こえる声にとっさに警戒し、顔を上げる。そこには何時か見たことのある顔があった。

 

(体に巻かれたようなコードのようなもの、それに白い髪。誰だったか、確か名前は、、、)

 

「古明地こいし、だったか。ざっと一年ぶりくらいか。」

 

 そうだった、この少女は前もこんな感じで現れたんだったか。今、対面して分かるが気配が一切しない。強者とも弱者とも取れない、まったくなにもない少女という感じだった。まともに顔を見たのが初めてだが、表情は豊かだ。

 

「私の名前知ってたんだ、嬉しいな。お兄さん、名前なんていうの?」

 

「・・・霊吾だ。」

 

「ふーん、覚えておくよ。お兄さん。それよりも何してるの?遊びかな?」

 

 こいしは転がっている妖怪の破片を足で触りながら、聞いてくる。行動を見ても、子供のようであった。死体の山を見ても平然と笑っているところから子供っぽくはないが。

 

「・・・こんな遊びがあってたまるか。」

 

「そう、私はたまに昆虫の足とかをとって遊んだりするからね。あなたもそうじゃないかなと思って。」

 

 子供特有の残虐性なのだろうか、楽しそうに語っている。

 

「・・・今日もかまってる暇はないんでな。」

 

 話を打ち切り、妖怪の死体を木々が生えていないところに、一箇所に集める。一先ずは安全確保ができたので、処理をしてさっさと傷を癒したい。

 

「死体を集めて何するの?」

 

「放置しておくと地が穢れる。穢れを少しでも薄めるためにこいつらを燃やす。そのためだ。」

 

「ふーん、私も手伝うよ。」

 

 こちらが返事をする前に妖怪を拾い出した。早く終わるに越したことはないので、手伝ってもらうことはありがたかった。

 

 二人である程度死体を詰め重ねて、木や葉をかき集め、火をつけようとするが肝心なことを忘れていた。

 

「・・・こいし、火を起こせるか?」

 

 八卦炉がない今、火を起こす手段がない。霊力の衝撃だけではうまく発火できない。

 

「できるよ、これを燃やすの?」

 

「そうだ、頼む。」

 

 いいよ、といってこいしは火の玉を発現させた。それは木や葉を燃やし死体を焼いていく。火はだんだん強くなっていき、煙を上げる。

 

「・・・戻るか。ありがとう、こいし。お前はどうするんだ?」

 

「んーついて行ってもいいかな?することもしたいこともないし、私暇なんだ。」

 

「・・・どうだろう、聞いてみる。たぶんいいとは思うけど。」

 

 敵意などは感じないし、おそらく師匠はダメとは言わないだろう。個人的にも妖怪らしくない妖怪で、友好的な妖怪だから大丈夫だとは思う。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

「早かったですね。もう少しかかるかと思っていましたが、あなたの戦い方がやや攻撃寄りになったからでしょうかね。」

 

 師匠の部屋に行くと、声がかかる。口ぶりからするとあの数がいたことを知っていたようだ。

 

「知っていたんですか。」

 

「そうですね、最近うろうろしていた数は来るのでは、と思っていたくらいですね。私の戦い方は集団を相手にした場合により強くなる。見極めるなら、多数の妖怪の中に落とすのが分かりやすいですので。」

 

 それでも一歩間違えば死んでいましたとはいえない。師匠はあれくらいで死ぬならと思っているだろうし、俺もそう思う。

 

「私が教えることはもうないです。これ以上は極めることになりますし、あなたには必要のないこと。ですが、私から最後に一つだけ、餞別があります。明日は無理でしょうね、早ければ明後日からでしょう。それが終わればすべて終わりです。今日はもう休みなさい。」

 

 次が最後なのか、それが終われば約束を果たさなければならない。あまり考えたくはない。

 

(・・・そうだ、こいしのことも言わないとな。)

 

「師匠、古明地こいしっていう妖怪を連れてきていいですか?もう入れてしまいましたが、特に危ないこともなさそうなので。」

 

「いいですよ。あなたがそう感じたのなら反対することはないですし、危険だということは聞いたことがないですので。」

 

 あっさり了承を得た。いつも通り興味ないという感じだ。こいしには適当な部屋に案内しておいたのでこの場にはいない。

 

「こいしのことを知っているんですか?」

 

「聞いたことがあるくらいです。心の読めない覚妖怪といわれているくらいのことしか知りません。」

 

 やはりそれほど知られていないのか。

 

「ただ、そうですね。彼女は少し狂気を抱えていると思われます。あくまで推測ですが。」

 

 師匠は不吉な言葉を残す。冗談を言う人ではない。少なくとも思い当たることがあるのだろうか。できれば杞憂に終わってほしいものだ。

 

 

 

 




紅魔館編終了までは週一で


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修行は終わり、

「月が綺麗っていう言葉は何だったかな?こんな日に死ねるあなたは幸せでしょうっていうのかな?」

 

「・・・まだ満月じゃないし、あんまりそういうことは言わないでくれ、今の俺にはきつい冗談だ。」

 

 これからのことを考えると悲しくなってくる。自然回復能力が異常なまでに働くようになり、明日からは修行再開となる。一日休めば、傷こそ治らないものの十分に体を動かせるようにはなる。

 

 だからといって今抱えている問題は解決しない。その時が来ることは分かっていたが、思っていたよりも師匠に惹かれ、簡単に終わりにできるほど自分は非情にはなり切れない。それこそ向こうがそう望んでいたとしても。

 

「何とかできないものか、、、」

 

「ん~もうさ、力尽くでいけば?」

 

 チルノには話せなかったが、こいしには少し相談した。案の定まともな返答は返ってこなかったが、彼女なりに考えているのだろう。

 

「力尽くって、どういう意味だよ。そもそも師匠に最初に提示された条件がそれだったからもうしょうがない気もするんだがな。」

 

 そう、あの時交わした約束は絶対のものだ。だからこそ師匠は動いてくれたし、自分を鍛えてくれたのだと思う。

 

 俺はどうすればいいのだろうか。

 

「力尽くはそのままの意味だよ。気に食わないことがあれば戦って勝った方が決めればいい。昔からずっと言われてるでしょ?」

 

 物騒な案だが、最後の最後はそれしかないのだろうか。確かに話して何とかできるとは思わないが気が進まない。

 

「・・・そもそも、できれば苦労しないし、師匠は納得しない。」

 

 強気に出ても師匠に勝てる見込みはほとんどない。そのまえに取り合ってすらくれないだろう。

 

「頼み込めばいけるよ。だって、殺されたいと思ってるんだよ。本気で戦ってくれって頼んだら、それに乗じて死のうとすると思うよ。」

 

「そうだろうか。というよりなんで俺に殺してくれっていうんだろうか、本当に死のうと思えば自分で首を落とせる人だとは思うけど。」

 

 最初に思った疑問だった。当たり前のように師匠は答えてくれなかったので流してきたが、なぜ俺に頼んだのだろうか。

 

「・・・知らないの?妖怪を完全に消すには人間に殺されるしかないんだよ。」

 

「・・・なんだそれ、聞いたことない。」

 

 そんなことは魔理婆さんも言ってはいなかった。聞いていなかったのもあるが、知っていたのだろうか。

 

「私もよくは知らないけど、そういわれてたよ。ただ、妖怪同士の争いでは肉体が損傷して回復できなくなっても復活するんだって。転生?だったかな。」

 

 まだ妖怪について知らないことが多そうだな。それにしても人間が殺すことでの完全な死か。

 

「・・・そうだな、、、考えてみるか。」

 

「言っておいてなんだけど、勝てるの?」

 

「・・・師匠の本気がどれくらいによるかだが、全力でいけば可能性はある。どれだけ強くても、それはあくまでもこの世界の概念の中でだ。」

 

 机に置かれた懐中時計を手に取る。もしかしたらと思ってみたが、これが俺の切り札になるものだった。

 

「明日は満月か、たしか妖怪は満月の夜に妖力を増し、より強くなるんだよな?」

 

「そうだね、もし戦うんなら避けた方がいいよ。」

 

「・・・いや、満月の夜に活発になるのは妖怪だけじゃない。」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「気力、ですか?」

 

「そうです、霊力、妖力といった力とは違い、生物のほとんどが有している力です。人間でも鍛錬次第では扱うことができ、纏うことで強化はできますが、霊力のような強化ができるわけではありませんし、妖力のように応用性があるわけでもありません。ただ、先ほど言った通り気力は生物のほとんどが有しているという点が強みです。」

 

「・・・それが強みですか。いまいちパッとしませんが。」

 

 誰もが持っている力だからこその強み、よくわからない。誰も持っていない力の方が強みになるのではないだろうか。

 

「気力は変化します。強い者はそれだけ強い気を宿していますし、また生命力を図ることもできます。探索能力的には役立つのです。また、軽い強化を長時間維持するなら気力をおすすめします。そしてあなたはある程度使うことができます。」

 

「・・・霊力と同じ感じですか?」

 

「魔力よりかは霊力に近しいですかね。私が少し送ります。気力は量が違うだけですべての存在が同じものを持っています。私の気力をもとに引き出してみてください。」

 

 そういうと頭に手を置かれる。ここに来た時より少し伸びたが、まだ師匠より頭一つ分ほど小さい。そんなことを考えていると、体に気力と思しきものが巡っているのを感じた。

 

 それを察してか、師匠は手を放した。

 

「わかりましたか、それが気力です。今度はあなただけで発現させてみてください。」

 

 先ほどまでの感覚を頼りに気力を集める。霊力とは違い微々たるものが常に体を巡っているようだった。川の流れを一点に絞り込むように気力を集める。手に少しずつ集まっていき、目視できるほどのエネルギーの塊となった。

 

「・・・確かにそれほど力は感じませんが、扱いやすさはありそうです。」

 

 ほとんど自分の意識通りに操作できる力だ。強力な技には向きそうにないが、小技にはいろいろ使えそうだ。

 

「私の武術の本質は気を操ることでしたが、霊力や魔力を扱っていたあなたはもう十分に操れます。基本は教えました、この後どうするかはあなた次第です。ですが、もう私が教えることはないです。」

 

「・・・これで終わりということですか、、、」

 

「・・・そうですね。」

 

 沈黙が流れた。師匠は自分が迷っているのを感じているはずだ。だからこそ、「殺してください。」という言葉が簡単には出ない。師匠も迷っているのだろうか。

 

「・・・あなたといた日々は悪くなかったですね。これまで私はずっと迷っていたんです。どこかで死んでいるべきだったと。」

 

「・・・それはレミリアという人が死んだときですか?」

 

 これを聞くのは無粋だと思うが、ここで聞かなければもしもがあった時に何も聞けなくなる。

 

「・・・いえ、それより前です。レミリアが死のうとしたとき、私も死ぬ予定でしたが、また死に損なったんでしょうね。生憎、生命力が桁違いですから、首を落とすか、心臓をつぶさなければなかなか死ねませんから。」

 

 ・・・ここに来て、いろいろと情報が入り込んできた。話から察するに死ぬつもりだったのか、そして元から変っていなかったのか。いや、チルノが言うには昔は優しかったと聞く。レミリアという人が死んでのダメージがやっぱりあるのだろうか。分からないことが多い。

 

「またっていうのは?今思えば、ここの主とどんな関係だったんですか?」

 

 師匠のなぞに少し踏み込んでみる。今なら答えてくれそうな気がする。

 

「・・・そうですね、誰にも話すつもりはなかったんですが、あなたになら教えてもいいでしょうね。私と紅魔館の関係、そしてレミリア達の最後。」

 

 師匠は語りだす。

 

「最初に言っておきますが、私はレミリアよりも前から紅魔館にいました。」

 

 チルノから聞いたことの中にはレミリアの年齢があったが、約五百歳ほどといっていた。師匠はそれ以前から存在していたのだろう。

 

「・・・レミリア、そして妹のフランは私にとっては複雑な存在でした。彼女たちが悪かったわけではありませんが、なんていうんでしょうか、私も女だったというわけでしょうね。」

 

 何が言いたいのかよくわからない。ただ、二人にいい感情は持っていなかったことだけは分かる。

 

「私が最初に消えるべきだったときは二人が生まれる前、ヴラドが私を選ばなかった時ですかね。ちなみにヴラドというのは二人の父にあたる存在です。」

 

 今の師匠からは考えられないような色恋沙汰のようだ。

 

「それでも私がいたのはヴラドに居て欲しいと言われたからでしょうね。そして、妥協点というのが門番でした。あの輪に入ると居心地が悪いんですよ。向こうは仲良くしようとしてる分、余計に質が悪い。」

 

 離れようと思えば離れることはできる。でも師匠にそれはできないと思う。

 

「・・・フランを生んで、フランの能力故に母親は亡くなってしまい、私が彼女たちを育てることになったのですが、どうも子供というのは慣れなかったですね。私がどう思っているのか、考えることもなく彼女たちは私に笑顔を見せるのです。その時に初めて、いてよかったと思えましたよ。」

 

 珍しく少し微笑んだ。彼女にとって、きっと大事な記憶なのだろう。

 

「ですが、子供はいつの間にか育っていて、大人になっていました。」

 

 そう話す彼女の顔は嬉しいようで悲しそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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昔語り

「はぁ、明日ですか?」

 

「ええ、私はもう決めたわ。フランもそれでいいみたいだし、他の面子には悪いけど、私たちはこの道を選ぶわ。」

 

 突如告げられた言葉。

 

『明日、人間が来るわ。何もしなければ私達は普通に死ぬわ。だからといって生きる気もしないから、明日死ぬわ。』

 

 明日、出かけてくるといった、そんな軽い感じで彼女は死ぬといった。

 

「なぜ、ですか?」

 

「それは何に対する疑問かしら?私があなたを呼び出してこの事を言ったこと?それとも死ぬと決めたこと?」

 

「全部です。」

 

 他にも聞きたいことはある。まずはその二つ。

 

「そうね、咲夜もパチェも逝ってしまったのも理由だけど、今の幻想郷には魅力がないのよ。あの隙間妖怪が何とかしようとしてるみたいだけど、もう無理ね。均衡を保つ存在というのはこの時代に生まれることはないわね。」

 

「それが死ぬ理由ですか。些か、らしくありませんね。お嬢様なら今の幻想郷を支配するくらいは言いそうだったのですが。」

 

 きっと彼女ならそういうと思っていました。彼女は吸血鬼としてはまだ幼いお嬢様だったのですから。

 

「今の幻想郷には興味ないわ。あなたも知っているでしょうに。吸血鬼というのはね我が儘なのよ。そして何よりも強く、美しくありたいのよ。ただただ、延命として生きるくらいならここでばっさり終わるわ。それが私達姉妹よ。」

 

 何時までもお嬢様のつもりだった。しかし、こうして対面で話している彼女はまさに紅魔館の主だった。いえ、これまでまともに見ようとしていなかったから分からなかったのかもしれませんが。

 

「・・・ご主人に似られましたね。」

 

 何時しかの彼もこう言って消えていった。彼とは違う子だと思っていたのに、同じ道をたどるのは親子の定めなのだろうか。

 

「お父様に?それは私が吸血鬼として一人前になったということかしら?」

 

「そうですね、最初はどちらとも奥様似だと勝手に思っていたのですが、あなたはより誇り高くあろうとしたご主人に、フランのあの自由なところは奥様そっくりですね。」

 

「・・・美鈴が私をあなたと呼ぶのは久しぶりね。いえ、本来はそういう呼び方だったんでしょうけど。」

 

「どうせ、ヴラドと同じく私を置いていく気でしょう?流石に二回目となれば分かりますよ。最後まで従者を気取る気はありませんよ。」

 

 レミリアにフラン、育てていたころは普通に名前を呼んでいたはずなのに、彼女らが母親の面影を見せ始めたころからお嬢様、妹様に変わっていった。壁を作っていたのだろう。子供相手にどうかとも思っていたが、私自身もまだ幼いところがあったのだろう。

 

 だけど、もうその壁はいらない。彼女達はそれぞれが独立した存在であると理解した。彼女の決意に敬意を表して、レミリア、フランを個人として見よう。惜しむべきはこれが最後だということか。いや、最後まで彼女たちの成長に目を向けなかった私の落ち度でもあるのでしょう。

 

「置いていくかはあなたが決める事よ、美鈴。あなたには二つの選択肢があるわ。一つは私達と共に逝く。もう一つは、、、」

 

 選択の余地はない。前者一択であった。もう一つなど聞く気にもならなかった。

 

 

 

・・・

 

 

 

 全身を雨が打ち、片方の目が覚める。心臓を突かれたはずだが、どうやら一突き程度では死にきれないらしい。右手の感覚はない。左手で胸を触るも、傷はもう塞がりかけていた。綺麗な突きで空いた穴は案外塞がりやすいらしい。

 

「・・・また死ねなかったんですか。それとも生かされたんですかね。」

 

 流石に今度ばかりは終わってほしかった。もう残っているものは何もない。この身はもう誰のためにも使われることはないでしょうに。

 

「・・・はあ、もう疲れましたね。」

 

 このまま眠っていれば死ねないだろうか。その思いが自分の瞼を下していく。

 

 

 

・・・

 

 

 

 目を覚ませば紅魔館の一室だった。腕には包帯が巻かれていた。

 

 そして何より椅子に座り、ベッドに頭を落として眠っている水色の髪の少女。

 

「チルノ、、、あなたですか。」

 

 ベッドには涙の跡が見える。

 

(・・・私だけでしたか。きっと悲しいでしょうね。特に心優しい彼女は。)

 

 ここ数年においてはチルノは紅魔館の外部では最も関わりがあった。きっと嫌な予感がしたのだろうか。妖精は不思議な存在だ。

 

(チルノには悪いことをしましたね。)

 

 疲れてぐっすり眠っているチルノの頭を撫でる。

 

(・・・次の区切りまではまだ少し生きていましょうか。)

 

 

 

・・・

 

 

 少し驚いたようでどこか納得したような少年、霊吾を見る。

 

「その区切りが俺ということですか?」

 

「そうですね、チルノもあなたと仲良くなったようですし、私はこれでお役御免です。出来ればすぐにでもこの生を終えたいものですが。」

 

 一区切り置いて向こうの返答を待つ。

 

「・・・一つ聞いてくれませんか?」

 

「何でしょう。」

 

「俺と本気で戦ってくれませんか?」

 

「・・・それであなたは何を望みますか。」

 

 多少の要望なら応えてもいいでしょう。おそらく彼の要望は予想通りなら、私に生きて欲しいというところでしょうか。

 

「・・・俺が勝てば、俺が終わらせるはずの師匠のこれからを貰います。」

 

『お前に勝って、本当の友と認めてもらう!』

 

 何時しかの記憶がよみがえる。そういえばそうでした。誇り高き吸血鬼の最初の一歩はあの時だったのでしょう。決して強いわけではない彼が当時の私の隣に立つために向かってきたのは少し驚きましたね。私はずっと隣を歩いていたつもりだったんですが。

 

 そして目の前にいる少年も何かを為すために私と対峙するのでしょう。彼の真意は分かりません。私にただ生きて欲しいのか、はたまた別の目的でもあるのか。どちらにせよ彼は抗う事を選んだ。

 

(・・・まだ、若さがあっていいですね。レミリア、人間はどの時代も変わりませんよ。あの巫女のように時代を築くような英雄はおそらく出てこないでしょうが、流れに抗う人間はいますよ。貴方は好きになれない人でしょうが。)

 

 自然に笑みがこぼれる。どうやらいつの間にか彼の成長を少し楽しみにしていたようだ。ここで終わりたくもあるが、見届けたい思いも少なからずある。

 

「師匠?」

 

 怪訝な顔でこちらを見つめる霊吾。随分と久しぶりに、表情に出ていたのでしょうか。

 

「いいでしょう、私に勝てたら考えてあげますよ。ただし、私が本気である以上、全力で来てもらわないとすぐに終わりますよ。」

 

 彼が私に何をしてほしいのか分からないが、どちらにせよ楽しむ戦いは最後になるかもしれない。私に本気で来いといった以上、彼もおそらく霊力、また魔法を使ってくるでしょう。

 

「それで、いつしますか?今この瞬間からというのも私は可能ですよ。」

 

 彼には少し意地悪く言ったが、これぐらいの余裕は持って当たり前だ。まだ力の差を感じさせるためにも、一つ一つの言動で押しつぶす。その方がより彼は強くなれる。

 

「・・・明日の夜にお願いします。」

 

 明日の夜。彼は客観的に見て最も分の悪い選択をしているようにも見える。ただ、何かしらの企みはあるのだろう。それこそ彼の本職が魔法使いであるなら。

 

 そうはいっても、彼の選択は少なからず妖怪を甘く見ている節があるのは感じる。

 

「・・・それで本当に問題ありませんか?」

 

「・・・問題ありません。」

 

 確固とした決意の眼差し。そこ以外を全く考えていないという雰囲気が感じ取れる。勝てる確信はあるのでしょうか。

 

 互いに全力ではなかったにせよ、少なくとも格闘では勝てないということは分かっているはず。それでも彼は格闘で挑んでくるのでしょう。それが霊吾という少年なのだから。

 

 

 

 



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決戦 

なんとか土曜日にあげることができました



「いってらっしゃい、がんばってね。」

 

 こいしからの声援を受け取り部屋を出る。おそらく彼女は今日去っていくだろう。こいしという少女について少しわかったことがある。彼女は野良猫のような存在だ。気まぐれでふらっと現れては消えるような少女だ。

 

 自分にとって魔法使いである証の一つの黒いコートを羽織り、魔導書などを忍ばせる。やはりこちらのほうが落ち着く。普段はインナーだけで動いていたから、やや動きづらいが大きな問題はないだろう。

 

 準備は整った。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 紅魔館を出ると、真夜中だというのに月明かりで輝いて見える女性が背を向け佇んでいる。痛々しいと思っていた姿はもう見慣れてしまった。その姿であっても女性は自分を凌駕する。全盛期の姿を想像してみたが勝てる気がしない。だからといって今の師匠に勝てるとは言わないが。

 

 こちらを振り向き、出てきた自分を見据える。

 

「・・・私が妖怪というのを忘れてるわけではないでしょうが、今夜を選んだのは愚策ではありませんか?」

 

 師匠からの苦言、ほんの少し苛立ちを感じる。それはそうだ、妖怪の常識としてある満月の夜に活発になるという性質を知らないわけではない人間が、あえてその日を、その夜を選んでいる。しかも、その人間が弟子ときたものだ。最大級になめられたと思われても不思議ではない。

 

 だが、こちらにも選んだ理由はある。それは今夜でなければ、また先になる。

 

「もちろん忘れるわけないじゃないですか。ただ、今日でなければ、今夜でなければ師匠に拳を入れるのは難しいでしょうね。それが妖怪にとって最も力を発揮できる時だとしても。」

 

「・・・そうですか、ではどうぞ。先手は譲ります。」

 

 気力で全身を強化し、体を低く落とし込む。

 

「・・・いきますよ。」

 

 地を蹴り、弾丸のように突っ込む。気力の強化により動体視力も強化されており、高速の移動にも何とか頭が追いつく。

 

 ただ、それは向こうも同じ。いや、身体能力においては圧倒的に向こうが高い。それでもこの突きは相当な威力を発揮し、まともにあたればそれなりに効くだろうと思っている。

 

 僅かに師匠の気力を感じ取る。それでも、先手を譲っのだから一撃は避けるまたは受け止めるだろう。少なくともこの拳が止められることはないだろうが、まともにあたることはない。

 

 だからこそ勝負はニ撃目。理想としては師匠の攻撃を受け流して、カウンターを叩き込む。

 

 疾風の如き拳の突きは、すうっと避けられる。そして師匠は間髪入れずに拳を振り下ろす。

 

(これを受け流して、!)

 

 想像以上の重さで体が抑え込まれる。片手で受け流そうとしていたが、とっさに両手で支えて、持ちこたえる。

 

「くっ!」

 

 何とか流すが、後方に飛ばされる。

 

「・・・そう簡単に流させるほど、妖怪の力は弱くありませんよ。」

 

(・・・今まで全力でないにせよ、ほとんど筋力だけで持っていかれるとは思わなかったな。)

 

「あなたも気力だけでの持久戦はやめたらどうです。その程度の強化では私の一撃は持ちませんよ。」

 

 師匠相手には気力だけじゃ心許ないか。

 

 霊力を体に纏うように操る。気力の上からさらに強化してより力は増すだろう。

 

 こちらが強化するのを確認すると、師匠が目の前から消える。とっさに腕でガードした瞬間に衝撃が走る。師匠の突きを受け止めきれたが、強化していなかったらへし折れていただろう。現に、強化していても衝撃でしびれている。

 

 攻撃の手は止まない。突きの後には頭を狙ったような蹴りが来る。

 

 身をかがめて避け、頭上を足が通るのを感じる。ここまでは普段の修行とさして変わらない動きではある。そうここまでは。

 

 空中で空気を蹴るように跳ね上がり、回転による足技で追撃をしてきた。防御を弾かれ、がら空きの胸に強烈な一撃をもらう。

 

「ぐふっ、」

 

 距離を取って、胸をさする。威力的には骨折していてもおかしくはなかったが、骨には異常はないようだ。

 

「・・・基礎だけで私に並んだとでも思っていたのですか?何かしら面白いものがあると思っていたのですが、期待外れですね。」

 

 冷たい言葉を浴びる。

 

「・・・すみません、自分なりに確かめたいこともありましたので。強化だけでも、と思っていたところはありましたが、さすがに諦めます。」

 

 コートのポケットから八卦炉を取り出し、魔力を放出させる。八卦炉はそのまま魔法で周囲に浮かせておく。紅魔館(ここ)で新しく覚えた初期魔法の一つだ。おかげで魔法を使いながら両手を使える。

 

 先手と同じように、しかし今度は霊力での強化をしている状態で接近する。速さは最初ほど早くはないにせよ、遅くはない。

 

 やや捨て身気味で体重を乗せた手刀で首筋を狙う。それを塞ごうとしようと師匠の手が動こうとした瞬間、唱える。

 

 

 

 

 

「・・・時空変換 二倍速(タイムドライブ セカンド)

 

 

 

 

 師匠の手より速く手刀は止まることなく振り切れた。狙いが少しそれたが何とかあごには当たった。

 

 それが逆に功を奏したのか、師匠が少しふらつく。一瞬でも脳にダメージがいったのだろう。

 

 その一瞬は逃さない。追撃で強く踏み込み渾身の一撃を腹に叩き込む。

 

 それでも師匠は倒れずに、自分の肩を殴りつける。師匠にしては大した威力ではない。耐えきって、両手での掌底で全力で突き飛ばす。

 

 だが、飛んだのはこっちの方だった。掌底を耐えきり、自分を蹴り上げた。受け身を取って、師匠に向き直る。妖怪だからか回復は早いのだろう。ダメージは残っていると思うが、立直りが早い。

 

「・・・時間操作の類ですか。あなたにそんな能力はなかったはずですが。」

 

 一発で当ててくるあたり、戦闘経験が豊富なのだろう。それとも前の住人が使っていた能力がヒントになったのだろう。

 

「・・・さすがですね、そのとおりです。この時計とここの魔女の月魔法、そして俺の能力があってのものですが、苦労した甲斐あって師匠に二撃も叩き込めましたよ。」

 

 首にかけてある銀の懐中時計を見せながら、応える。前の持ち主である十六夜咲夜の能力を受け、僅かに時に干渉する能力を持つ。

 

 時計で時間への干渉が、自分の能力で正規の時間軸からの離脱ができるようにはなったが、最後のピースは紅魔館の魔女パチュリー・ノーレッジの魔法だった。五行は魔理婆さんとの性質上で難しいが、月魔法は何とか手が付けられた。

 

 そして月魔法の性質の一つに時間制御があった。制約や前準備の割りに効果は見込めないと書き込まれていたが、そのもろもろの条件は今夜が満月の夜ということで揃っていた。

 

 時間を止めるのではなく、自分の時間を一瞬だけ二倍にする。師匠と言えど時間軸を越えることはできない。

 

 だが、もちろんデメリットもある。心機能が普通の時間軸と二倍速の時間軸を行き来するため、多少の異常はきたす。今まで動かない状態で試していたが、当たり前だが動きが入ると余計に変化が大きいようだ。その結果はもちろん体に表れている。

 

「ぐはっ、」

 

 血を吐き出す。内臓へのダメージで体が少し悲鳴を上げている。意外性の一発としては使えそうだが、実用性は微妙だし、複数回は使えない。だがもうこの戦いにおいては使うことはないだろう。

 

「内臓へのダメージですか。確かに驚きましたが、随分と苦労した割には欠陥技ですね。」

 

「・・・さすがにもう使いませんよ。ただ単に師匠に拳を入れるためのものですから。」

 

 魔導書を手に取り、八卦炉を構える。そして、このためだけに使われるものたちを浮かび上がらせる。

 

「ですが、ここからは手段は選びませんよ。魔法使いの時間です。」

 

 自分の周囲を囲むように浮いているのは複数の模造品の八卦炉。パチュリー・ノーレッジが作成した、本人のメモにはガラクタと書かれたものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




大事に長く使っているものには命が宿るらしいですね。


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目覚めし者

長く間が開いてしまいました。これからもボチボチやっていきます。



 二つの閃光が目標に向かう。

 

 目標にぶつかり、バンと爆発音が鳴り周囲に黒煙が立ち込める。

 

(・・・はずれたか。)

 

 両手にそれぞれ持っている八卦炉の一つがピシピシという音を上げ、ひびが入り、ばらばらと崩れていく。壊れた一つをすぐさま持ち替え、マスタースパークの推進力を使って移動する。

 

 黒煙から人影が飛び出し、さきほどまでいた場所に突っ込む。そしてすぐにこちらに向かってくる。速さはこちらの方が上だが、常に魔力を流し続けているので長くはもたない。だが、今は違う。

 

 パチュリー・ノーレッジ作のレプリカミニ八卦炉、材質は金属のようではあるが強度は高くはなく、ある程度の魔力を通すと崩壊する。もちろんだが霊力では起動しないし、火力を上げるためのものとして作られたため魔力での繊細な作業には向かない。魔理婆さんからもらったものと比べて性能は大きく落ち、制作者本人もガラクタと言っていた通りのものだった。

 

 ただ、この八卦炉達に魔力の付与をかけてみると、やや暴発しそうではあったが少しの魔力が保存できた。精々マスタースパーク一発分位ではあるが、元がガラクタなのだから十分だ。それが十個程もなればだいたい自分一人分の魔力になるだろう。

 

 おおよそ二人分の魔力を使えば、惜しみなく魔法を使える。

 

 片方の八卦炉で移動を、もう片方で攻撃を行う。師匠の動きは機敏で厄介だ。追いかけていても普通のレーザーなら避けるだろう。それなら広範囲にばら撒けばいい。

 

「飛び散れ、スターダストレヴァリエ!」

 

 八卦炉の中の魔力を開放。視界を埋め尽くすほどに輝く星々が飛び出す。七色の流星群は師匠を飲み込んだ。

 

 スターダストレヴァリエ。過去に行われていた弾幕ごっこにおける魔理婆さんのスペルカードという一種の大技の一つ。そのルール上、必ず避けることのできる空間を開けなければならないが、そのルールが適用されていない今、隙間なく埋め尽くした星々を避けるのは不可能。

 

 威力に関していえばマスタースパークと比べれば低いが、それを補うだけの範囲を持つ。マスタースパークだけを見せておいてのこれは奇襲にも似たようなものだ。

 

 二つのレプリカ八卦炉がパチッという音と共に崩れ去る。持ち替えようとしたとき、星の波を越えて師匠が飛び出してくる。一切ひるむことなく一直線に飛んできた。

 

(・・・間に合わない!)

 

 何とか腕だけを強化したが、全身には回らなかった。いや、ここは意外に絶好の機会かもしれない。

 

 魔法をいくらか直撃させたのもあるおかげか、師匠の攻撃は少し読みやすくなっている気がした。来るのは胸元の伸びてくる正拳突き。博打気味になるが、片手で受け止めて、こちらの攻撃をあてる。師匠の突きの威力は十分に知っているが、手ごたえのある攻撃をぶち込む機会だ。

 

 空中のため受け流すのは難しいが、力をしっかり込めて受け止めることはできるはず。

 

 目前に迫った師匠の突きを左手で受け止める。溝まで押し込めれられたがそこまでの間に手で威力を受けきっていた。後はゼロ距離から打ち込む。

 

「・・・言ったはずですよ、基礎だけで並んだ気ですかと。」

 

 止まった拳が胸を強く打ち込む。強化していない溝には重い一撃だった。空いた片手で手繰り寄せた八卦炉でマスタースパークを苦し紛れで放ち、攻撃と離脱の同時を狙う。

 

 一瞬で離れ、とっさに距離を取ろうとし、マスタースパークを放つが、待ち伏せをしたように素早く回り込まれ、叩き落される。

 

 木々にぶつかりつつ、能力を使い落下のダメージを抑えるが、師匠の攻撃で今度こそ肋骨あたりに異常をきたしたようだ。まともな強化が間に合わなかったから仕方ないか。

 

「・・・あえて受けさせた、のか。」

 

 何とか立ち上がり、前を向くと師匠が近づいてきた。

 

「そうですね、二段突きという技と鎧通しに似た技の合わせ技です。たった数か月で私の攻撃を片手で流せると思わないでください。」

 

 そんな技を十や二十は持っているだろうと、接近戦を最低限にしたのだ。少なからず遠距離なら勝てると思っていたが、甘くはないか。すぐに間合いを詰められてしまう。

 

「速さは評価しますが、扱いきれない速度では簡単に読み打ちされますよ。特にあなたのように要因が分かりやすいものは。」

 

 速ければいい、そんなわけはなかった。今思い返せば、凶に切られた時も制御できずに突っ込んでいた。確かに速さで優っても意味はないか。

 

 手に持った八卦炉が崩れる。 

 

「十個目。随分と持っていたようですね。ここで使わずに持っていればよかったでしょうに。」

 

「・・・今にも爆発しそうな爆弾を持つほどの危険は冒せませんよ。」

 

 オリジナルの八卦炉に持ち替える。

 

「あれが最後でしたか。私も無傷ではありませんが、あなたほどの傷は負っていないですよ。」

 

 直撃した攻撃もいくつかあるのに疲弊した様子のない師匠と、まともにくらった二発で致命傷間際の自分。

 

 さて、どうしたものか。打つ手が無くなったに等しいな。時間変換は使いたくなかったが、この際ガタガタ言ってられないか。

 

 そんな時だった。ふと頭に言葉がよぎった。

 

『世界から離れるのは怖いわ、なんだか人間じゃなくなってしまう感じがするもの。』

 

 内なる記憶が語り掛けてくる。それと同時にとある映像が流れる。

 

(・・・なるほど、今の俺ならできるかもしれないな。前任者よりも不完全なものだが。)

 

 一か八かの賭けになるが、有効手段がない。時間変換は問題なく使えるがこの状況では師匠も読んでくる。

 

 ここで出来なければ負ける。

 

 体の痛みなど気にしない。全身の力を抜き、霊力を体を覆うようにして流し続ける。構えを解いたのを不審に思いつつも師匠は警戒を解かない。流石である。

 

 片手に八卦炉を構え、全力で加速し突進する。師匠は目の前に手刀を入れようとしている。倍速に対応するためにより早く打ち出している。

 

『このスペルを見せるのはあなたが初めてよ。』

 

 一瞬の走馬灯のように駆け巡る記憶。いつか見た満月の夜だった。 

 

『できるものなら私を見つけてみて、たぶん無理だろうけど。』

 

 悲観的だが、どこか希望を持っているようだった。

 

(・・・なるほど、あんたにとってこの技は特別だったのか。悪いな使わせてもらう。)

 

『「夢想天生!」』

 

 脳に響く詠唱と重なる。その瞬間、自分の存在は幻想郷から認識されなくなった。

 

 師匠の手をすり抜け、体をすり抜け、すぐに自分は戻ってくる。そして振り向き八卦炉を向ける。

 

 それと同時に本当に最後のレプリカ八卦炉を自分と師匠の間に投げる。師匠は顔だけを振り向かせたが、驚いた表情でこちらを見ていた。もう遅い。

 

 レプリカ八卦炉を飲み込むようにマスタースパークを放つ。二つ分の魔力が重なりあったより太く、強力な閃光が師匠を押し飛ばす。

 

 師匠はぐんぐん飛ばされていき、紅魔館の門にぶち当たった。

 

「・・・名付けて、重閃光(デュアルスパーク)ってとこか。近距離でこれは効くだろう。」

 

 

 

 紅魔館に近づき、師匠の様子を確認しようとするが、そこには壊れた門があるだけで師匠はいない。

 

(避けた、いや直撃したはずだ。)

 

 嫌な予感がよぎり、身をかがめ、全身を強化する。さっきまでで大量に霊力を使っているが、まだ何とかなりそうだ。どこから来ても対処できるように、警戒する。

 

(・・・上か!)

 

 上空からの攻撃を避ける。相当な威力のようで地面に拳が突き刺さっていた。

 

 師匠の姿はボロボロでやはり直撃はしたようだが、まだ倒れてはくれないようだ。

 

 その目は今までと違い輝きが見える。それこそ妖怪のように。

 

「・・・ここまで痛めつけられるとは思いませんでしたよ。短時間でそんな奥の手まで用意できるのも、一種の才能でしょうね。」

 

「・・・最後の技は俺の選択肢になかったものです。この戦いの中で閃いたも同じです。」

 

 あれがなかったらあそこで終わっていただろう。

 

「・・・これだから、人間は面白い。」

 

 笑みを浮かべる師匠。これまでとは違い、はっきりと読み取れるほどの笑顔だ。愉快そうに笑っている。

 

「あなたに敬意を表し、最後に少し見せてあげましょうか、かつての紅美鈴を。」

 

 師匠の体から力を感じる。そうだ、師匠が今まで妖力を使ったところは見たことがない。

 

 師匠から感じるのは気力ではなく妖力だった。そして、師匠の体に変化が訪れる。

 

 頬に僅かにひびが入り、さながら鱗のように広がっていく。目も人間のそれとは違い、爬虫類のような目をしていた。

 

 それは図書館で調べたある妖怪の特徴に一致していた。

 

「・・・竜人。」

 

「そうです。太古の昔、人の憧れた竜の成れの果てです。まあ竜としての記憶はもうありませんが。」

 

 今まであったどの妖怪よりも恐怖を感じる。五感のすべてが危険信号を発している。

 

「あなたは初めてですかね。これが大妖怪の壁です。あなたの目標達成にはこの壁を越える必要があると思いますよ。」

 

 そんな恐怖の中でも、不敵な笑みは妖艶で、ほんの少しだけ見惚れてしまった。

 




妖怪は恐怖の対象でもありますが、どこか惹かれるものがあるのでしょう。


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遠き理想と近き友

「ぐぁ、げぉ、ぉぉ、、」

 

 血の塊を吐きながらも、何とか意識を保つ。右手はプラプラと肘から先が揺れている。左の足首も反対方向を向いている。

 

 もうまともに戦える状態ではなかった。

 

「・・・しぶといですね。もう諦めたらどうです?このままでは死ぬかもしれませんよ。」

 

 諦めろと言われたのはもう何回目かわからない。ただここで負けるわけにはいかない。ここで負けるなら俺は最初から闘っていない。手足の一本ぐらいで師匠が手に入るのなら安いくらいだ。

 

 しかし大妖怪とこれ程の差があるとは思わなかった。強い妖怪だとは思っていたが、まさかマスタースパークを片手で受けきり、拳一発で強化した腕をへし折られるとは。

 

 もう勝てる算段はない。このままでは本当に死ぬかもしれない。だからもう後は運頼みだ。

 

「すいませんね。まだ諦めきれないみたいです。師匠に負けを認めさせるまでは。」

 

「・・・あなたは意外に馬鹿ですね。」

 

「いや、結構馬鹿だと思いますよ。自分のことながら。」

 

 師匠の表情の変化がよく分かる。やはりどこか楽しそうに笑っていた。

 

「まだ、何かあるんですか?あったとしてももう使えないと思いますが。」

 

 夢想天生を使ったとしても、今の師匠に決定的なダメージを与える技はない。あやふやな可能性にすべてを賭けて最後の一撃を考える。

 

(・・・これしかないか。)

 

 魔力を全身に回す。痛覚を浮かし、さらに霊力で左足を固定して、何とか支える。

 

 マスタースパークを後方に放ちながら、踏ん張る。

 

「・・・これが最後の技です。彗星、ブレイジングスター!」

 

 夢で見たことがある流星の如き魔理婆さんの瞬き。星になりたいと願ったものの想いが形になった魔法。

 

 全身が輝き、自らもマスタースパークと同化する。自爆突進のようなものだ。

 

 この程度のスピードなら師匠は防ぐ。

 

 だが、さすがに三倍は難しいはずだ。

 

時空変換 三倍速(time drive   third)

 

 自分の限界を超える。今まで見たことのない領域へと進む。より遅くなった空間は、元の空間での自分の速度をさらに上げる。二倍速より重い負担を背負うが、これで駄目なら終わりだ。

 

 自らが光の槍となって、師匠に向かう。片手で受け止めようとしているのが分かる。すでに防御の体勢を取っていた。

 

 そして、衝突した。まるで強固な壁にぶつかったような感じだった。山のように動かない存在を手で押している気がした。

 

 それでもマスタースパークを自分のできる限界まで放ち、威力を高める。ほんのわずかに山がずれた。押し込んでいけばいけると確信した。耐えるにも限界は来る時が来る。片手しか使えない師匠が崩れるのは時間の問題かと思っていた。

 

 だが、そんな時間を待っている暇はない。足の踏み込みと腰の回転を同時に重ね、ゼロ距離での突きを放つ。さっきの二段突きを見様見真似で再現した一撃だ。

 手の骨が軋み、筋肉が悲鳴を上げるも、攻撃は師匠に通っていると感じる。一瞬だけ苦悶の表情を浮かべる。もう一歩くらわせれば、というところで反撃は終わった。

 

 突然、マスタースパークが弱まり、消えた。ハッとみると八卦炉は煙を上げていた。

 

(まさか、オーバーヒートか!)

 

 連続での使用やマスタースパークの短時間での連発で八卦炉が悲鳴を上げていた。普段ここまで使っていなかったから分からなかったが、ここ一番って時に出てしまうとは。

 

「うごぉ!」

 

 腹を蹴り上げられる。吹っ飛ばされ、門の壁にぶつかる。痛覚を浮かせたとはいえ、それがかえって不気味な感覚だった。

 

「・・・もう終わらせてあげましょう。」

 

 師匠が近づいてくる。徐々に妖怪らしい姿から人間に戻っていく。もう必要ないと感じたのだろう。もう動く力がない。さっきの一瞬で抜けてしまったようだった。手から八卦炉が零れ落ちる。

 

 時空変換を使った代償で血を吐き出す。もう体の中はぐっちゃぐっちゃだろう。内臓まで強化できればいいのだが。

 

(・・・だが、俺はついてるな。)

 

 師匠の手が振り下ろされる。

 

 

 

 

 しかし、その手が自分に届くことはなかった。

 

「・・・チルノですか。」

 

 一瞬で自分と師匠の間に氷の壁が出来ており、その氷の壁で手は止まっていた。

 

「・・・何やってんの美鈴?何で二人ともボロボロなの?何が起こってるの?」

 

 困惑、そして不安が見て取れる。チルノには知られたくはなかったが、もうこれしか手段はなかった。

 

「・・・チルノ、邪魔するな。この勝負、師匠が負けを認めてくれるまでは、俺は諦めきれないんだ。」

 

 最後の力を振り絞って立ち上がり、今の状況では使えない八卦炉を拾う。あくまでも戦う姿勢だけを何とか取って師匠に向き直る。師匠の方はどこかやりづらい感じに見える。

 

「何でそこまでして戦うの?美鈴も何もここまでしなくてもいいじゃないか。」

 

「・・・これは互いに己の大事なものを賭けた戦い。その大事なものがある限り、師匠も俺も倒れるまで続ける。」

 

「レイアはそこまでして何が大事なの?」

 

「少なくともチルノには言えない。」

 

 八卦炉を師匠に向ける。まだ、続行するという意思を伝える。

 

「・・・そうかい、ならあたいはこっちに付くよ。」

 

 チルノは美鈴に背を向け、こちらに手をかざす。

 

「あたいにとっては残された数少ない妖怪の仲間なんだ。みすちー、リグル、大ちゃん、そしてルーミアまでもいなくなってしまった。あたいの独りよがりな思いでも美鈴がいなくなったら悲しいからあたいは美鈴を守る。痛くしたりはしないけど、これで諦めてくれなかったら何かしらはするよ。よく考えてよ、レイア。」

 

 チルノが俺か美鈴かで選ぶとき、十中八九美鈴を選ぶだろうと半ば確信すらしていた。それでも彼女の性格からして、もう一人を攻撃するのはあまりにつらい選択だろう。けど選ばないといけない。チルノからの悲痛な訴えを聞いて、それでも首を横に振る。

 

 師匠は何だかよく分からないという顔をしている。今まで、チルノについてそこまで考えていなかったのかもしれない。小さな妖精がいつの間にか自分を守ろうとしていると、師匠は思っているのかもしれない。そして少し時間が空き、師匠は笑った。

 

「・・・なるほど、これがあなたの狙いですか。なかなかやるじゃないですか。」

 

「この状況を理解した上でも、師匠は戦いますか?師匠も一人残される辛さを知っているのでは。チルノがどう思っているか分かりましたよね?俺にはもう何もできません。ですが、師匠ならここにいる誰もが笑うことができる選択肢を選べるはずです。」

 

 諦めたような、そして少しの喜びを表したような表情をした。どうやら自分は師匠を変えることができたようだ。

 

「美鈴?」

 

 師匠は手を上げる。

 

「・・・そうですね、私はまだ一人ではありませんでしたね。降参します。私の負けです。」

 

「え、え、何が起こったの?」

 

「・・・うう。」

 

 ばたっと倒れる。全力で張りつめた気を解き放ったら、もう立つ気力も残っていない。勝った嬉しさより、安心感よりも悔しさが残る。

 

 結局、一人で変えることはできなかった。強くなって、心のどこかでは何でもできると少なからず思っていた。

 

 意識がなくなる中、師匠が語り掛けてくる。

 

「・・・私に負けを認めざるを得ない状況を土壇場で作ったのは、もとから考えていたんですかね?」

 

「・・・紅魔館付近であれだけドンパチやっていればいずれチルノが気づくだろうとは思いました。あまり使いたくはない手ではありましたが、真っ向から戦って無理と感じたのでなるべく時間を稼ぎましたよ。それに彗星って意外に目立つんですよ。」 

 

「ちょっと!話す前に治療しないとレイア死にかけてるよ!」

 

 たぶん大丈夫だと思うが、チルノはやや心配性かもしれない。俺が人間だからそう言っているのかもしれないが。ただまあ客観的に見たらだいぶボロボロだからな。

 

「ではチルノ、霊吾をお願いしていいですか?」

 

「分かった。美鈴は?」

 

「私は少しやることがあるので、ちょっと残っておきます。あとそれと一つ言いたいことがあります。」

 

「何?」

 

「・・・ありがとうございます、今まで私を守ってくれて。」

 

「何言ってるのか分からないけど、どういたしまして。じゃあ、先に行ってる。レイア行くよ、、、って気絶してるし。」

 

 霊吾を背負い、紅魔館に入っていくチルノ。

 

「・・・さあて、このひしゃげた門をどうしましょうか。いや、もう必要ないですかね。」

 

 

 その日から紅魔館の門は無くなった。門番という肩書はもう彼女にはない。それでも彼女は何かを守るために生きる。それがただの門から大事な人に変わったのは大きな変化だろう。いや、彼女にとっては戻ったといった方が正しいのかもしれない。

 



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博麗の御子
博麗神社


天候のいたずらにより久々の連休になりましたね
玄関先が池になるのは初めての経験です
そんなわけで投稿です


 幻想郷に来てかれこれ二年が経とうとしていた。

 

 これまでの傷の比にならない重傷だったらしく、完全に直すまで半年近くかかった。見た目もそうだが、内臓のダメージが想像以上に響いた。ズタボロだった体が何とか立てるまでになるのに意外に時間がかかってしまった。

 

 年月というものは人を成長させる。例外に漏れず自分も成長が見て取れる。数か月で急激に背が伸びた。とは言っても、未だに百六十センチ未満であるから個人的には年相応というわけではないのだろう。師匠はまだ見上げる形だがチルノとはどっこいどっこいである。

 

 そして今日で紅魔館にいるのは最後の日になるだろう。

 

「・・・ありがとうございます。」

 

「それは何に対する礼ですか?」

 

「まあ、いろいろです。あなたにはいろんなものを貰いましたからね。」

 

 ここに来た時とは打って変わって晴れやかな表情の師匠。悲壮感漂う隻腕隻眼の姿はなかった。

 

「チルノとは会っていかなくていいのですか?最後の別れになるわけではないと思いますが、頻繁に会うことはないと思いますよ。」

 

「一応出ていくことは言っていたんで問題はないです。それで師匠はこれからどうするつもりですか?」

 

 あの日からは自分の相手をしてくれたが、チルノが訪れるとはいえ、何をするのだろうか。

 

「そうですね、、、まだ考えていませんね。私もどこかふらっと見て回ってみようかなと思ったりもしますね。」

 

「そうなったら紅魔館に誰もいなくなるじゃありませんか。いいんですか。」

 

「いいんですよ、ここには思いはたくさんありますが命はありません。大事ではありますが、紅魔館のたどる道は主たち同様、誇り高くあることではと考えましてね。私がいても、いなくても根本的に変わりませんよ。」

 

 師匠の中で区切りがついたのだろう。紅魔館の住人から、ただの妖怪に変わったのだろうと思う。それがいい事か悪い事か、分からないが師匠にとっていい方向に働くと思っている。

 

「では、師匠こ、」

 

「ああそれと、もう師匠と呼ばずに、美鈴と呼んでくださいよ。」

 

「・・・美鈴さん、これまでありがとうございました。」

 

 門なき紅魔館を抜けていく。向かうは当初の目的地である博麗神社だ。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・この上か。」

 

 広い森を抜けると長い石造りの階段が見える。誰もいないと聞いていたが、不自然に草がかかっていないところを見ると掃除はされているようだ。

 

 長い階段の先に鳥居が見える。その際においても注意は怠らない。低級の妖怪はもう相手にはならないどころか足止めにすらならないが、だからといって油断すれば一撃でも最悪の展開になるかもしれない。

 

 階段を上がりながら、上にいる存在に気づく。

 

(・・・妖力。幻想郷の管理者なのだろうか。それにしては強い気がしないが、隠しているのか。)

 

 階段を上がり切ると、頭に猫の耳が生えた少女がこちらを見据えていた。堂々とした立ち振る舞いに少し警戒する。

 

「・・・人間、何の用だ?用がないなら帰れ。」

 

「・・・幻想郷の管理者に会いに来た。」

 

 すると猫の少女は怒りを表し、威嚇するように言った。

 

「紫様まで狙うか、人間が!」

 

 猫の少女はそういって飛び掛かってくる。

 

(話を聞いてもらえないか。人型の妖怪である以上相当の力は有しているはずだ。全力で叩き込む。)

 

 飛び掛かってきた少女の手を弾き、無防備になった胴体に掌底を叩き込む。

 

「へっ、ぐえっ、」

 

 潰れたような声を出し、吹っ飛んでいく。ドンと木にぶつかり、倒れる。

 

 次に備えて構えるも、起き上がってこない。

 

(・・・近づいたところを狙うのか。)

 

 霊力を放つとまともに食らいビクッっとした。

 

 どうやら本当に伸びているようだった。近づいて起こしてみると白目をむいており、口から少女が出してはいけないものが出ていた。

 

「・・・すまん。」

 

 口を拭いてやり、神社の縁側に寝かせる。

 

 襲ってきたとはいえ少女にはあまりに強すぎた攻撃だったようだ。強い気がしなかったのは本当にそれほど強くなかったからなのだろう。

 

 しかし、紫様か。どうやらここにいるので間違いないらしい。

 

「橙、何かあったのか?」

 

 奥から声が聞こえる。すぐ後に障子が開かれ、女性が出てくる。

 

 多くの尻尾が後ろで漂っており、その形と毛並みから狐の妖怪であることが想像できる。それも伝説上の九尾の狐の可能性が極めて高い。

 

 そして近くに来て分かる。自分より強い。それも恐らく竜人化した美鈴さん並に強いのが分かる。

 

 とっさに離れ警戒する。今度は八卦炉を構える。何時でも逃げることができるように。

 

「・・・なるほど、君が例の外来人か。一応、話は聞いている、上がれ。橙、その少女のことは気にするな。まあ後でいろいろ言われるだろうが。」

 

 猫の少女を拾い上げ、奥に戻っていく。少し考えたが、敵意は感じなかった。自分も後に続くように入っていく。

 

 

 

 

 

「・・・聞いていたとは、誰にですか?」

 

 橙と呼ばれた少女を寝かせて、こちらに向き直る女性。

 

「その前に私の名前を言っていなかったな。八雲藍、幻想郷の管理者の式といったところか。霊吾だったな、紫様から聞いている限りでは多少霊力が扱えるくらいで能力がある少年だったが、随分と変わったもんだ。」

 

 立ち上がりこちらを観察するように見る。相変わらず見下ろされる形になるのはしょうがないが、敵意がないとはいえ、迫力があり、対面するだけでも威圧感を感じる。

 

「・・・なるほど、限界まで警戒範囲と精度を維持しているのか。その状態で私といるのは辛いと思うが。安心しろ、ここは安全なところだ。」

 

 見抜かれていたか。まあ力のある妖怪なら広い範囲に展開している気力に感づくのだろう。

 

 気力を解き、力を抜く。さっきまで感じていた威圧感もない。無意識のうちに自分の中で実力を測り、警告のサイレンを鳴らしていたのだろう。

 

「紫様からは希望の欠片と言われていたが、ふむ、あの竜人が認めるだけはあるようだな。少なくとも人間の中では上の部類だろう。だが、希望となりえるほどの才がないゆえに欠片だろうな。」

 

 希望の欠片?随分と持ち上げられている気がするが、その紫様は自分の何を見たのだろうか。いや待てよ。

 

「・・・竜人って、知ってたんですか?」

 

「古くは同じ大陸で争った存在だ。勝敗はつかなかったが、持久戦であったならば私は負けていただろうな。ここであったからといって昔を懐かしむ仲ではないのでな、互いに触れないようにしていただけだ。」

 

 道理で威圧感があるわけだ。

 

「・・・それでその紫っていう方はどこに?」

 

「・・・紫様は倒れておられる。本来は冬眠を必要とする妖怪故にここ数十年ずっと結界の管理をしていたつけが来たのだろう。それも霊力で張られた結界を妖怪が操るのは負担が大きい。」

 

 倒れたか。しかし話からするに自分がまだ魔理婆さんの小屋にいたころはまだ起きていたはずだ。

 

「その紫様からの伝言がある。」

 

「俺にですか?」

 

「そうだ、紫様曰く、彼なら断らない、そうだ。」

 

 あったこともない自分に一体何を見出したのだろうか。

 

「『博麗の代理をお願いします。この幻想郷を救ってください。』、倒れる寸前に残した最後の言葉だ。正直、君にできるかは不安だが。」

 

「・・・博麗の代理とは何をすればいいのですか?」

 

「そうだな、大きい役割は結界の管理だ。この幻想郷は今、妖怪と人間の関わりが極端にない。その結果としてこの世界の性質が外の世界にやや近づいているのだ。今すぐ問題があるほど近づいているわけではないが、無視できるものではない。」

 

「・・・結界でよりこの世界の性質を保つようにするのですか。」

 

「理解が早くて助かる。そうだ、博麗大結界という結界の補強は人間がやるのが適役であり、妖怪にできるものではない。だがな、一つ問題があるんだ。」

 

「・・・問題?結界なら少しは張れますが。」

 

 魔理婆さんの魔導書や実際の結界を見ているから、多少はできるだろう。

 

「そうではない。結界の補強自体は既存の結界に霊力を流し込むのが主であるため、技術はそれほど必要というわけではない。単純に霊力が足りない。いや、足りないわけじゃないか。ちょうど君の霊力一人分くらいだろう。」

 

「それならば問題ないのでは?」

 

「一気に霊力をすべて持っていかれるというのは、精神に響くぞ。死ぬとまではいかなくとも、命を削ることにはなる。それでもやるのか?」

 

 なるほど、徐々に減っていくのではなく一気に減るのか。今まで経験がないから何とも言えないが、死ぬわけではないのか。

 

「それほど問題ないじゃないですか。これまでも下手したら死ぬだけだったのが変わらないだけ。たとえ死ぬ危険があると言われても答えは決まってますよ。」

 

 今まで通りだ。楽な道ではないことくらい分かってる。

 

「至らぬ身かもしれませんが、任せてください。」

 

 




この話とは関係ありませんが...
美鈴と藍はとあるうつくしい同人における関係が好きです


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博麗代理

高校野球が終わり、夏休みの終わりを感じますね。


「起きろ!」

 

 布団を引っ張られ、無理やり叩き起こされる。

 

「・・・橙、なんか用か?」

 

「藍様から様子を見て来いって言われただけ、じゃなければ来ないわよ。」

 

「・・・ありがと。」

 

「あんたのためじゃないわ。命令よ命令。」

 

「いや、それでも来たくもないやつの元に来てくれたんだからな。」

 

 この少女、橙は自分が初対面で吹き飛ばしてしまった少女だ。起きてすぐ襲われかかったが、藍さんの説得もあり和解はしたが、あくまでも藍さんの前だけであり、こうして二人になれば小言を言ってくる。

 

「それで、何か異常は?」

 

「・・・体が異様に気怠いくらいだな。あと結界を張った後くらいに極度の疲労感が来た事かな。」

 

 あれから数日置いて、結界の補強を行ったが、前後の記憶があんまりない。すぐに寝てしまったことは覚えているが、それまで意識が朦朧としていたようだった。

 

 藍さんも言っていた通り難しいということはなかった。ただ、霊力を引っこ抜かれるような感覚で奪われたのは驚いたし、恐らくはそれで魂が疲弊しているのだろうとのこと。

 

「ふーん、じゃあまあ特に異常なしってことね。」

 

「そう伝えといてくれ。」

 

 はいはいといって橙は出ていく。

 

 紫という方もそうだが藍さんも相当疲れていたようだった。橙に聞けば、心配しなくても藍様なら大丈夫といっていた。今はマヨヒガという場所で少し休んでいるらしい。

 

 というわけで神社には一人だけでいる。幻想郷に来て今まで誰かと一緒だったせいか、一人で住むことにはやや違和感を覚える。少しだけ寂しさはあるが、慣れていくだろう。

 

だが、ここにきて少し問題ができた。

 

(ここの食料、どうなってるんだろうか。)

 

 魔理婆さんの家では魔法による保存などで蓄えられてあったし、紅魔館でも時空の歪みで腐敗が起こっていなかったので問題なかったのだが、生憎ここにはそれらしきものはない。

 

(・・・藍さんは忙しそうだし、橙は絶対に命令じゃない限りはやらないだろうしな。自分で何とかするかな。)

 

 とは言ったものの、当たり前だが何の知識もない。現段階では少しの手持ちと森でとれるもので何とかしていくしかない。

 

 思考の整理が終わり、体を動かすために外に出る。気怠いとはいえ、動かさないと体は簡単になまってしまうので、とりあえず境内の掃除をしておくか。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

「お前、誰だ?」

 

 箒をもって外に出ると少女がいた。一目で人間ではないことが分かった。

 

 頭から突き出た二本の角が少女を妖怪と知らしめる。それだけではない。これまであった大妖怪特有の威圧感のようなものを感じる。今のところ敵意は感じないが、警戒はしておく。

 

「一応、博麗の代理をしてる者です。あなたは?」

 

「・・・ああ、外来人か。にしても、ふーん、、、」

 

 こちらの質問には答えず、観察するように見てくる。

 

「・・・何とも言えないな、、、あんた何だ?」

 

 要領を得ない質問が来た。

 

「・・・どういう意味ですか?」

 

「お前の姿がほんのわずかに重なったからね。霊夢と。」

 

 こちらの質問に答えたと思ったら、ここでもその名前が出てきた。彼女も霊夢に影響された一人なのだろうか。

 

「・・・俺は霊吾です、霊夢という人は俺とは無関係ですよ。」

 

「そりゃそうだろうね。でもな、ちょっとくらいは期待させてみなよ。」

 

「何を言って、!?」

 

 突然、拳が飛び込んできた。警戒していたおかげで拳を弾き流すが、思っていたより力が強く、痛みが走る。体が本調子じゃないのも相まって体勢を崩してしまった。

 転がりながら起き上がり、体勢を整える。前日に霊力を使い切っていたため、まだ回復しきれていない。気力だけで強化を施し、構える。少女の方は追撃はせずにこちらを見ていた。

 

「へー、よく反応できたね。それにうまく流されたし、若い人間にしてはやる方だね。今時珍しいがそれだけか。」

 

「・・・いきなり何すんですか。博麗には手を出せないんじゃないですか。」

 

 藍さんから聞いていたことだが、本来、妖怪が博麗の関係者に手を出すのは禁止されているらしい。知性のない妖怪たちもよっぽどのことがない限りは神社に乗り込んで襲ってくることはないらしい。それを聞いて少しは安心していたのだが。

 

「なーに、あの程度の軽い一撃で死んでるような奴が博麗だなんて言わないさ。」

 

「・・・あの程度か。妖怪の軽い一撃でも人間からしたら急所に当たれば死ぬようなものばかりだ。それを分かって言ってるのか?」

 

 流すために弾いた手がまだビリビリする。強化していなかったのもあるが、そのまま頭に食らえば意識を失うこともあったのかもしれない。少女の言葉にいら立ちを隠せない。

 

「いちいち小さいことを気にするガキだな。いいだろ、生きてんだから。」

 

「・・・それで、なぜ殴ってきた?」

 

「ちょっと確かめたかっただけだったが、最近ご無沙汰だったもんだからな、、、もうちょっと付き合ってくれや。」

 

 そういうと少女は自分に向かってきた。

 

 さっきの一撃を軽いと評した少女の攻撃をまともに受ければどうなるか理解できる。気力だけでの強化でやっていけるか分からないが、少ない霊力を使うべきだろうか。

 

 そのような思考の間に少女は距離を詰め、殴りかかってきた。

 

「ふっ!」

 

 攻撃を流しながら反動を利用し、体勢を保ちながら滑るように距離を取る。まだ相手の間合いを把握できないためカウンターを仕掛けようにも躊躇してしまう。

 

(美鈴さんほどリーチが長いわけじゃない。力があるとはいえ、あの時の美鈴さんに比べれば対応できるほどだ。そしてなにより、、、)

 

 そして同じような攻撃を仕掛けてきた。

 それをさっきと同様に流し、今度はカウンターを仕掛けるため、踏み込んで中に入り込む。

 

(隙が大きい!)

 

 がら空きの腹に拳を叩き込む。

 

 当たる直前で、拳に衝撃が加わり軌道が変わる。そのまま空を切る。

 

「あまいね。」

 

 横から聞こえる声。自分より小さい体ということもあり、うまい具合に死角に潜り込まれた。見えない状況でなりふり構わず攻撃を繰り出した手とは逆の手にのみ霊力を集中させ、直感頼りで構える。

 

 運良く拳が丁度手に収まり霊力で強化していたおかげで受けきった。

 

「なかなかやるじゃないか。」

 

「・・・これで満足か?」

 

「いいや、もっとだ。」

 

 掴んでいた手を逆に掴み返され、上空に投げ出される。そのまま能力で浮遊する。

 

「飛べるのか、なら今度は空中戦といこうじゃないか。」

 

 飛び上がり、殴りかかってくる。空中での接近戦はあまり得意ではない。地に足がついていない分、流す要領が掴み辛く、また踏み込みも不完全なものとなるため純粋な力で簡単に弾かれてしまう。

 

 それも力が格上の相手だ、まともに打撃が通ることはないだろう。

 

 だから空中戦はない。ここで落とす。残念ながら八卦炉が手元にない。両手を突き出し、少ない霊力を振り絞り、霊力の砲撃をぶちかます。近づいていた相手は真正面から受ける。

 

「くっ、意外に重いが、この程度、弾き返せるんだよ!」

 

 威力そのままにして、霊砲が跳ね返ってきた。

 

(はっ、嘘だろ!)

 

 避けれる距離じゃない。とっさにガードして受ける。自分の技とはいえ、自分が食らうには重い技だった。

 

 何とか受けきり、相手を探す。

 

「相手から目をそらすなって教わんなかったか?」

 

 後ろ上空から声が聞こえた。振り返るところに蹴りを入れられる。伝わる衝撃により、能力が解け、落ちていく。

 

 落下寸前で何とか止まり、落下の衝撃をなくす。だが、腹に食らい、やや意識が飛びかけていた。

 

「おいおい一撃で落ちんのかよ、弱々しいな。」

 

 地面に降りこちらを見て笑う少女。ギリギリの状態でも、今までに比べたらまだ戦える状態だ。痛覚を浮かすのはまだ早い。痛みをこらえ立ち上がる。

 

「・・・根性はいいな。いいね、いいサービス精神だ!」

 

 そういいながら笑顔で突っ込んでくる。受けきってのカウンター狙いはきつい。ならばあえて、相打ち狙いの一撃を叩き込む。

 

 残りの霊力を全部右手に乗せ、向かってくる相手に一歩踏み込む。そして拳を振るう。

 

 だが、不気味な空間が現れ、拳は空を切った。それだけでなく相手を見失ってしまった。

 

(一瞬で消えた!?なにが起こったんだ。あいつの技か?)

 

「・・・邪魔すんなよ、紫。」

 

 後ろから聞こえる声。先ほどまで高ぶっていた気持ちが冷めているのが分かる。そして不気味な空間が現れ、そこから女性が現れる。

 

 長い金髪に綺麗な顔立ちだが、かなりひどい見た目だ。目の下に大きな隈を作り、ぼさぼさの髪に、病的なまでに白い肌。その女性は服装が藍さんに似ていること、そしてなにより少女が紫と呼んだことから分かる。

 

(この人が八雲紫、、、)

 

「やめなさい萃香、博麗関係を殺す事がどういう意味か分かっていますよね?」

 

「分かってるから、そう本気になるなよ紫。ちょっと手合わせしただけだ、もうしねーよ。」

 

 少女の鬼の如き気が弱まり、戦闘意欲がないことが伝わる。それを感じ取り、膝をつく。体力の消耗が想像以上に体に蓄積されているようだった。

 

 そんな自分の元に八雲紫が寄ってくる。

 

「・・・初めまして、八雲紫といいます。あなたのことは藍から聞いています。今はお休みください、もう立つだけでも辛いでしょう。」

 

 そういうと自分の意識が揺れる。起きているか寝ているか、あやふやな状態になり、そのまま意識がなくなっていった。




紫さん登場です。
そういえばですが、ヒロインが決まってないんですよ。
決める気もないですが。


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これから

お久しぶりです



 胡散臭い、みなが揃えて口にする。私もそう思っていた。何かを企んだような笑みを浮かべ、飄々とした態度で話しかけてくる。異変が起こっても、薄ら笑いを浮かべ、訳の分からない助言を言ってくる。掴みどころのない雲、そんな存在だった。

 

 そいつが感情を露にするのを見たのは初めてだった。神社に岩が落ちてきたとき、そいつは激昂した。それを見て気づいた。

 

 そいつが本当に幻想郷を愛していると。そいつが薄ら笑いを浮かべている時が幻想郷の平穏であると。

 

 だから笑顔でいるようにしてほしい。

 

 頼んだわよ、霊吾。

 

 

 

・・・

 

 

 

「!?」

 

 突然の出来事にはっと目が覚ます。記憶、いつもと同じように何かを切っ掛けに蘇ると思っていたが、彼女の意思が俺に向くとは思わなかった。

 

博麗霊夢という存在がいかに規格外であったか。死後においても夢への侵入、言わば精神的接触が可能であるなどもはや人間離れしている。

 

「目が覚めたか、意外に回復が早いな。」

 

 博麗霊夢について思考を凝らしていると声が聞こえた。そっちに振り向くと、気を失うまで戦っていた少女がいた。

 

 とっさに立ち上がり距離を取る。頭の中は夢の内容から少女の挙動に切り替わっている。

 

「そう警戒するなよ、気の小さいやつだな。もう手は出さないと言っただろう。鬼ってのは難儀な生き物なんでね、嘘が嫌いなんだよ。」

 

「・・・鬼?」

 

 角にしろ、力にしろ鬼の要素はあるが、こんな小さい少女が鬼とは想像がつかなかった。いや、美鈴さんや藍さんからもあんまり容姿はあてにはならないか。

 

「そういえば名前を言っていなかったな。伊吹萃香、ただの鬼だ。」

 

 そういうと伊吹は大きいひょうたんを口にする。そういえば戦闘中常に背負っていた気がする。匂い的にそれがなんとなく酒であるのが分かる。

 

「・・・いるか?」

 

 こちらが訝しげに見つめていると、伊吹はひょうたんを突き出してきた。

 

「いらない。あれからどうなった。」

 

「つれねーな、、、お前がぶっ倒れた後、紫も寝ちまったから私が見てるんだが、その感じだと別段問題なさそうだな。」

 

 伊吹は立ち上がり、背を向ける。来た時もそうだが若干酔っているような印象だ。実際酔っているのかもしれないが。

 

「すぐに紫が来るだろうから待ってな。私はもう行くから。あいつの小言は面倒だからな。」

 

 部屋から出ていき、飛んで行った。

 

(・・・魔理婆さんが言ってたような妖怪らしいやつだった。正直言って、あれは苦手だな。)

 

 

 

・・・

 

 

 

 結局、今日は休むことができずに終わってしまった。夕方ごろになり、神社の居間に佇んでいると不気味な割れ目が出現した。

 

 八雲紫である。相変わらず悪い顔色であり、隣には藍さんがついていた。

 

「今晩は、霊吾さん。こうして挨拶が遅くなったこと、申し訳ございません。ここに来ていただき、結界の管理を担っていただいたことなど、あなたには深く感謝しております。」

 

 記憶の中の八雲紫とは違い余裕を感じられない。必死さが伝わってくるほどの焦燥、今にも倒れそうなほどの疲労を見ていて感じる。

 

「こちらも助けてもらいありがとうございます。俺の事は霊吾でいいです。紫さんでいいんですよね?」

 

「自己紹介がまだでしたね、もうご存知でしょうが八雲紫といいます。好きなように呼んでください。あれはこちらの責任でもありますの。萃香も本来はあのようにいきなり手を出す妖怪ではございませんが、一時の気の迷いだったと思いますので。」

 

「・・・紫様。」

 

 藍さんが何かを言いたげな風に紫さんを呼ぶ。

 

「分かってるわよ。霊吾、改めてお願い申します。今後、博麗の巫女が見つかるまでのつなぎの役割を担っていただけませんか。」

 

 八雲紫は頭を下げて、頼んだ。夢で見た彼女からは想像がつかないほど、弱々しい姿だった。それでも、たかが人間に頭を下げるという行為が、妖怪の賢者といわれた者の重責を感じさせるほどの意地が見えたような気がした。

 

「私からも改めて頼む。紫様の頼みを受け取ってほしい。」

 

 続けて藍さんも頭を下げた。

 

「二人とも頭を上げてください。断るつもりは毛頭ありません。それどころか、俺にできる事があったら、ぜひ頼んでください。」

 

 もともと断るつもりはない。幻想郷は自分にとって大事な居場所になっている。人との繋りが居場所を作るとはよくいったものだ。道理で外の世界では居づらいわけだ。

 

「ありがとう、ございま、、」

 

「紫さん!」

 

「紫様!」

 

紫さんがいきなり倒れこんだ。藍さんと支えて、様子を確認するが普通に寝ているようだ。紫さんを神社のなかにつれていき、寝かせる。ほんの僅かに安心した顔をしているような気がする。

 

 しかし、なぜこれほどまで弱っているのか、大妖怪と言われる存在なのに。藍さんに聞いてみた。

 

「本来、紫様は冬眠により脳の休止を行う。それがここ数十年は冬眠はおろかまともな睡眠すら取らずにおられる。」

 

「・・・それがあそこまで弱くなっている原因ですか。」

 

夢で見た紫さんを思い浮かべても、立っているだけで圧倒されるほどの威圧感を感じた。今の姿は少しつつけば壊れてしまうような、砂の城を思い浮かべる。

 

「やはりわかるか。要因はそれだけではないが、大きな割合を占めているだろうな。紫様のことはひとまず置いておくとして、霊吾についてだ。君が結界の管理を担うこと、これはつまり昨日のように毎週あの経験をすることになる。」

 

あの経験、体の霊力を吸いとられるような感覚。曰く、あれは微妙にだが魂を削っているのだそうだ。霊夢とは言わないが、これまでの博麗の巫女たちですらその定めに漏れず、みなが短命だったそうだ。

霊力が少ないほど衝撃が大きいらしい。また身体に対する負担も圧倒的に女性より大きいらしく、過去に男の“御子”も一人だけいたらしいが一年ほどで体に限界が来たらしい。

 

「・・・藍さんが思うに俺はどれくらいもつと思いますか?正直に答えてください。安心してください、今さらやめるなんて言いませんから。」

 

一瞬、不安そうな顔をしたが、諦めたように話してくれた。

 

「前の子に比べれば、随分と体力がある。それを考慮して、霊力の大きさからすると長くて五年ほどだろう。あの門番に随分と鍛えてもらっていたのが活きていたな。」

 

五年か。長いと見るべきか、短いと見るべきか。それが博麗として自分が存在できる期間。

 

「私は外界で巫女候補を探す。ここ十数年出向いていないので、見つかる可能性はあるかもしれん。君を壊すわけにはいかないのでな。見つけたらすぐに戻ってくる。」

 

つまるところ、これから一人でやっていくことになるのだろう。今朝のようなことも相まって不安があるが、あれは例外と受け止めるしかないか。

 

「君はここを拠点としてもらうだけでいい。結界の管理さえしてくれれば、基本自由に動いても問題ないがあまり危ないことに突っ込まないように。一応、橙にはここに来るようには言っておく。まあ、仲良くやってくれ。」

 

若干の苦笑い。おそらく橙が自分のことを嫌っている節があるということを理解はしているのだろう。

 

「分かりました。橙に関して言えば向こう次第ですが。」

 

「そう言ってもらえると助かる。最初のことを根に持ってるだけで時間が立てば橙も気を許すようになるだろう。確信はないが。」

 

互いに笑った。

 

これから長い時をここで過ごすのだろう。今までのように余裕のない戦いとは少し離れるかもしれないことだろうと思っていた。

 




どうでもいい事ですが
妖怪についての小説やライトノベルを読むのですが、捉え方や独自解釈がどれにおいても素晴らしいですね。


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あれから

だいぶ飛びます


五年。

 

霊吾が博麗の代理として役割を果たせる期間であり、あと一年というところまで来ていた。

 

幻想郷にきて六年。少年の背丈はすでに大人のそれであった。おおよそ六尺ほどの背丈は幻想郷の他の住人と比べても頭ひとつ抜けている。

 

成長は見た目だけではない。自らを痛めつけるほどの修練に加え時折の妖怪退治により、力も技も魔法でさえも上達した。

 

だが反面、結界の管理は着実に霊吾の内面を壊していった。どれだけ強い器であろうと、叩けば衝撃は通る。何回、何十回、何百回、何千回と重ねるうちに衝撃は器に罅として表に出るようになる。

 

その罅は人体にも僅かながらに出ている。

 

 

・・・

 

 

 

「・・・随分と遅かったですが、その様子だと見つかりましたか。」

 

神社の一室に響く一人言。だが、すぐに会話へと移行する。

 

部屋に突然としてスキマが開き、中から藍さんと幼い少女が出てきた。

 

「久しいな霊吾。最後に会ったのは二年前だったか。・・・また無理をしたのか。まだ若いのに髪が白くなるとは。」

 

 一通り、自分を見た藍さんの率直な感想だった。前髪の一部が白くなっている。個人的にはかっこいいと思うが。 

 

「お久しぶりです、藍さん。まあ、いつも通りの感じですよ。」

 

「・・・すまない。私にできることはせいぜい謝罪くらいだ。実際に助かっている面が多いから、やめろとは言いづらいのだ...」

 

「謝ることはないですよ。それに紫さんも多少は回復してくれましたし、今はそれほどの負担はありません。」

 

両手をあげて、なんともないような仕草をする。

 

「それについては後で言いたいことがあるが、何とか間に合ったようだな。」

 

この四年で起こったことと言えば、紫さんの調子が落ち着いたくらいだ。人里にも妖怪にも大きな変化はなかった。単に気づかなかっただけかもしれないが。

 

報告もある程度終わり、次の話題に移る。少女についてだ。

 

「それでその子が博麗の巫女候補ですか?確かに霊力は俺以上にありますが、まだ幼い。すぐにつかせるって言うわけではないでしょう?」

 

さっきから静かにこちらの様子を見ている。正確には観察あるいは警戒かもしれない。少なくとも心を開いてくれている感じではない。

 

「ああ、どうやら不気味な子供として捨てられていたようだ。今の時代にはかなり珍しいが、この子の人を見抜く力は異常だからだろうな。嘘を嘘と見抜き、人の雰囲気で人格の特定までできるほどだ。それでいきなりで悪いが、この子をここに住まわせてやってはくれないだろうか?巫女候補として育てることも兼任で。」

 

 自分と同じように、人になれることが難しい生き方を余儀なくされる運命にあるのだろう。霊力が大きいということは他の人が持つ感性とのズレの大きさに比例する。少し程度であれば天才と呼ばれる存在になるだろうが、規格外の力を持つものは化け物といわれる。

 

 自分たちが産んだ子供くらいは受け入れてやれないものか。誰か一人くらいは受け入れてやってもいいのではないのか。孤独は人を変える。あの時、魔理婆さんや上海との出会いがなければどうなっていただろう。少なくとも俺の生きることに対する往生際の悪さはないだろうな。

 

「・・・あなたがれいあ?」

 

 か細い小さい声だ。年のわりにはかなり落ち着いた印象を受ける。だいぶ警戒は薄れている感じはするが、まだ距離を測っている最中だろう。

 

「そうだね、初めまして。一応、博麗霊吾と名乗ってるよ。君の名前は?」

 

「・・・かよ。何回かしか呼ばれたことはないけど...」

 

 名前を覚えてる。おかしいと思うのは俺だけではないはず。だがその気持ちが分からないでもない。慣れてしまうのだ。おい、お前、ガキ、この単語で反応するようになるころには名前を必要としなくなるのだ。そしていつしか誰からも呼ばれることなく忘れられる。

 

 名前とは存在の証。一番に存在を証明できるもの。呼んでやるだけでも嬉しく思えるものだ。

 

「かよ、話は聞いているか?」

 

「少しだけ。らんかられいあに教えてもらえって言われた。」

 

 藍さんに目を向ける。何で教えてないという事を目線で伝える。

 

「・・・博麗の巫女は代々先代の巫女が伝えていくものだ。それにだが霊吾は今人里との交流はないだろう。ここを訪れるやつはほとんど妖怪だけだろ?」

 

「それはそうですけど、それと何か関係が?」

 

「霊吾も人間との接触が少ない。妖怪ばかり相手にしていたからたまには人と接するのも重要だぞ。それにだ、この子に人間の温度を伝えられるのも霊吾だけだろう。」

 

 ちらっと少女を見る。どこか達観したような、諦めたような感じだ。またかといった表情をする。

 

(・・・昔の俺とどことなく似てるんだよな。)

 

「・・・もともと断るつもりはありませんよ。ただちょっと驚いただけです。」

 

 かよが一瞬ほっとしたような表情を浮かべる。

 

「・・・ありがとうございます。」

 

 礼儀正しい。というよりはなるべく顔色を窺い、機嫌を損なわないようにする。一気に壁を作られた感じだ。

 

「ありがとうでいいさ。これから一緒に暮らすんだ、無理に丁寧に話さなくていいよ。」

 

 横から髪を上げるように頭を撫でる。個人的に上から抑える撫で方より横からの方が怖くはないだろうと思うが...どっちにしろ変わりはないか。

 それでも多少は表情を和らげてくれた。やっぱり子供らしく甘えたいのだろう。

 

「そういえばだけど、かよ、年はいくつ?」

 

なんとなく幼い感じはするが、実際に年齢はどれくらいなのだろうか?妖怪ばかり相手にしていると年齢感覚がずれてくる。

 

「7才。」

 

(まあ、そんなもんだよな。だけど、笑わない子だな。俺が言えたことじゃないが...)

 

「・・・お父さん...」

 

撫でている中でボソッと声がした。ほんの少し顔が赤くなっている様子から、無意識にでた言葉だろう。

 

「・・・ごめん、いやだった?」

 

「いや...ではないさ。好きに呼べばいいよ。」

 

いやと言った瞬間に悲しそうな顔をすれば、しょうがない。できればやめてほしいと言おうと思ったが自分のくだらない感情より、かよが優先だ。

 

「ありがとう、お父さん。」

 

お父さんと言われるのは慣れないな。だが自分もこうして魔理婆さんと言いながら慕っていたし、やっぱり家族というのは欲しいものだ。一人のつらさは耐えることはできても、慣れることはない。

 

「とりあえずは二人とも仲良くできそうでよかった。博麗の巫女になりえそうな女たちはどいつもひねくれたやつが多くてな、先代が代々教えていたのだが互いに合わないなんてことも少なくはなかったのだ。霊吾が男であるからよかったかもしれんな。」

 

 それから藍さんはかよについて、これからの事を話し始めた。結界の管理に伴い、霊力の扱い方や戦闘面も教え込む必要があるらしい。実際に妖怪と戦えなければやっていけないのは重々承知だが、まだ幼い女の子に戦い方を教えるのは躊躇う。

 

 

 そんなこんなで説明がある程度終わるころに、かよがうとうとし始めた。

 

「眠い?」

 

「うん...」

 

 そういうと膝にこてんと頭を落とした。かなり頑張っていたようだ。

 

「境界での移動で疲れているんだろうな。隙間移動が慣れないものにとって不快感が拭えないものらしいからな。小さいかよにはきつかったのだろう。寝かせてやってくれ。」

 

「まあ見た目からしていいものではないですからね。あんな目玉だらけの空間にいたらそれだけでストレスが溜まりそうですよ。報告は以上でよかったですか?」

 

「一通りは終わった。こちらの事が落ち着いたら、後日また来る。」

 

「了解です。」 

 

 かよを抱きかかえ、寝室へ運ぼうとする。

 

「いや、一言あったな。」

 

 言い忘れていたようで、言い辛い事を言おうとしている感じだった。

 

「紫様とのことだが...回復したこともあるから強くは言えないのだが、あまり妖怪と交わるのはいいことではないぞ。」

 

「・・・まあ、気を付けときます。それとその事は紫さんに言っていただけると大変ありがたいのですが。何だかんだで俺も嫌いじゃないですので、断れないんですよ。向こうから来られたら。」

 

「・・・お前も男ということか。」

 

 藍さんは若干呆れたような表情をする。それに対して、苦笑いですみませんとしか言えないものだ。

 

 

 

 

 

 




空白期間は番外編で出すかもしれないです。


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帰省

月1ペースがずれてしまいました


 娘ができて一週間ほどが過ぎた。最初はいろいろと不安だったが、かよは一人で何でもできてしまうのであまり生活に変化はない。まあそれでも一人よりは二人の方がずっといいものだ。

 

 かよは基本的に自分の要望を言わないので、こちらから促さないと何も欲しがらない。もっと子供らしくあれこれ欲しいと言わないのだろうか。

 

(物を多く知らないから欲しいものが分からないのだろうか。俺もここに来たときの欲しいものは魔理婆さんの八卦炉くらいだったからな。しかし、幻想郷で何が手に入るだろうか。)

 

 物がありそうなものなど人里にでも行くしかなさそうだが、あそこはあまり行きたいとこではない。

 

 博麗だからといって無差別に妖怪を退治することはできない。しかし彼らはそれを受け入れてはくれることなく、自分を妖怪側とみなしてくる。別に退治していないわけではないのだが。向こう側の気持ちも分からなくはないのだが。

 

 となると、外の世界のものがありそうなところは俺が知る範囲ではあそこしかない。

 

(帰ってくるとは言ったが、結局一度も帰らなかったし、ここらへんで顔を出すくらいはしないとな。)

 

 今日は結界の管理もない。かよにいろいろ教えなくてはいけないが、子供の頃から強制されるのは些か可哀想だ。ちょっとくらい楽しみを見つけて欲しいものだ。

「かよ、今日はちょっと出かけるよ。」

 

「ん、どこにいくの?」

 

「ん~何て言うんだろうね。俺の大事な人がいるところかな。」

 

「、、、女の人?」

 

「人かどうか怪しいところだけど、女の子だよ。かよよりも小さいから、仲良くなれるといいね。」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 魔法の森。あたり一面に木々が生い茂り、上空から見るとさながら樹海のようである。そこのある一帯に認識しなければ感知されない結界がある。紫さんや藍さんでも分からなかったあたり、幻想郷最後の魔女の力が分かる。

 

 結界を抜けると木々がなく、一軒家がポツンと立っている空いた場所に出た。

 

「すごい、どうなっているの?」

 

「俺もよくわかないけど、結界があるんだ。藍さんには秘密にしてね。」

 

 魔理婆さんのことは俺から言っているが、場所に関しては詳しく言っていないし、分からないらしい。

 

 ドアをノックすると、中から小さな少女が出てきた。怒っているようで泣いているようなそんな顔だった。

 

「遅ーい!まったく何年たっても来やしないから私から、、、」

 

 怒号と共に現れた少女。かよがびっくりして腕の中に隠れた。飛んできてそのままだったため抱いていたのだが、かよを見た瞬間、少女、上海はわなわなと震えだした。

 

「誰よその子、、、」

 

 声が震えている。何かを言おうとする前にかよが言葉を発した。

 

「お父さん、この人何?」

 

 どうやら、かよには上海が人間ではないという事が分かるようだ。パっと見では五、六歳ほどの少女だが、何かを感じ取ったのだろう。

 

 だが、その一言で上海が切れた。

 

「何ってどういうことよ!お父さんってどういうことなの!帰ってこないで、どこの女と子供作ってたのよ!」

 

 魔法の森に木霊するようだった。結界が無かったら博麗神社まで聞こえてるかもしれない。

 

 

・・・

 

「・・・ふーん、いろいろあったのね。」

 

 まだツンツンしているが何とか理解してくれたようだ。ご機嫌取りからの説明はここ一番に疲れたかもしれない。

 

「しかしまあ随分とむちゃしてるね。」

 

 ペタペタとあちこちを触りながら、少し咎めるように言ってくる。結構、こそばゆいのだが、どかそうとしたら悲しそうな顔をするのでできない。長々と帰ってこなかったので心配していたのだろう。

 

「ちょっと無理しないとやばいことがたくさんあったからな。上海はとくに変わりないか?」

 

「全くと言っていいほどないわよ。土産話とかすぐ聞けるかなって期待してたのに、来ないんだもん。」

 

 じとーとした目線でこちらを見てくる。

 

「・・・ごめん。思っていたより、いろいろありすぎた。」

 

「・・・いいよ、元気な姿で帰って来てくれたから。それで何か用でもあってきたんでしょ?」

 

「まあ、何かしら珍しい物とかないかなと思って。この子、かよが何かしらの興味がでるような物を探しに来たっていう目的もある。」

 

 そのかよはというと、人形と遊んでいた。おそらくある程度のプログラム化された動きではあるが、以前見た人形よりは人らしさを感じる。

 

「ん、この人形は前に訓練で使ってたやつか?」

 

「へー、よく分かったね。人形たちの中で一番、君になついていた子だよ。」

 

 確かにこの人形はいろいろとおせっかいな事をしてくれていたような気がする。他の人形とは少し違い黒く長い髪で、やや日本人に近いような見た目をしている。

 

 それにしてもなついているとは。

 

「上海が操っていたんじゃないのか?」

 

「私もその子たちと同じ人形よ、心が読めるのよ。戦闘以外で操っている時は気持ちに沿って動かしているわ。」

 

 なるほど、それでその子がよく俺の元に来ていたのか。だが、今は上海が操っている気配がない。となると魔理婆さんが使っていた命令式の魔法だろうか。前にも見た気がするが。

 

「しかし、随分と人間らしい動きをするようになった気がするが。」

 

 何となくだが、操られている感じではない気がする。

 

「お母さんと魔理沙が作り出した以前の自律魔法陣はあくまでも、一定の動きを命令して実行するというものだったけど、私はそれからもう一つだけ加えたわ。」

 

 かつての魔女たちにもできなかったことを成し遂げたのか自慢げな上海。

 

「まあ、これは人形だった私だからできた事なのよね。君がいなくなってから一人は寂しかったし、時間だけはあったからね。私も研究したのよ。そしてできたのが半自律人形よ。人形たちが考えたことに近い動作を実行させるという単純な魔法だけど、人形たちの意思での行動が可能になったわ。でもあくまでも想定される動作や可能な範囲での動きしか組み込めてないけどね。」

 

「なるほど命令、操作を削除してあくまでも自律を促す魔法陣というやつか。もともとが人形だった上海ならではの魔法だろうな。」

 

 

 それでも自律はできない。それはやはり上海の言うお母さん、アリス・マーガトロイドの偉業だったのだろう。

 

「本来は私みたいに自由に動き回ってほしいけど、お母さんみたいにエネルギーの発生源を生み出せないからできないんだよね。お母さんの過去の研究資料残ってないし、魔理沙も知らないみたいだったしね。」

 

「まあ、代償が大きいものなら残す必要性がなかったかもしれないな。」

 

 真意について、実は上海よりは知っている。だけど、本人には話せない。

 

「そうね、まあ今はいいわ。それより、珍しい物ね、、、裏の場所にあるわね。」

 

「裏?そんなところあったか。」

 

 以前住んでいた時の記憶からしても、裏と呼ばれる場所に思い当たるところはない。

 

「危ない物もあるかもしれないから魔理沙が認識妨害をかけていたのだけど、今の霊吾だったら問題ないと思うわ。案内するわ。かよちゃんはここで遊んでてね。」

 

 そういうとふよふよと浮かんで飛んでいく。かよは黒髪の人形と遊んでいる。そこだけ見ると年相応なんだがな。

 

 以前暮らしていた時には何もない空間だったが、今だからこそ分かる魔力の名残がある。位置的にも家の裏にあるという感じだった。

 

「ここか。」

 

「やっぱり分かるんだね。魔理沙もそれくらいの実力が付いたら見せるって事にしてたんだと思うよ。自分で解除できる?」

 

「とりあえずやってみる。」

 

 とりあえず何もない壁に手を付ける。認識妨害の解き方はいくつかある。魔法陣を壊す、一帯を破壊して魔法ごと消すなど、荒っぽい方法の方が簡単だが、それを魔理婆さんは求めていない。

 

 だとすると自分の中では一つしかない。それに上海が分かっているという点からも魔法の性質が分かる。

 

 片手に八卦炉を持ち、魔力を放出し、壁に沿わせる。魔理婆さんの魔導書に書かれてあった魔法の一つである解析魔法、名付けて「スキャン」だそうだ。罠などを見つける際に便利と書かれていた。

 

 なんもない壁だが、ある部分において不自然な凸凹があり、壁のわずかな変化を捉えることが出来た。そしてそれが扉であるという事も分かる。

 

 この魔法は知っているものが見たときには普通の景色、知らないものが見たときに術者の作った景色になる。そして俺はこの壁一面のどこに扉があるかを知った。それを魔力を通してこの認識妨害魔法に認めさせた。

 

「・・・お見事だよ。」

 

 霧のように何もない空間から扉が出てきた。まるで歓迎されているように。

 

「ふぅ、初めてだったが成功したか。」

 

「何だかんだで、魔法使いとしても成長してるっぽいね。じゃあ、さっそく入ろうか。」

 

 扉を開けると、まず埃が舞った。随分と掃除をしていなかったのだろうが、久々だったため少々咳き込んだ。

 

「上海、俺は人形じゃないんだから言ってほしかったんだが、、、」

 

 手で少し払って、あたりを見る。近くには木の板が置いてあり、何か書いてある。

 

「・・・香霖堂?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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新しい住人

お久しぶりです。
もう年末ですね。



 ブン、ブンと空を切る音が響く。落ちた木の葉に切れ目が走る。

 

「おとーさん、お腹すいた。」

 

 ピタッと音が止まる。

 

「ああ、すぐ行く。」

 

 先ほどまで振っていた刀を鞘に収め神社に戻る。

 

 台所に立つと小さな影が食料を持ってきてくれた。食料はといっても肉や魚はあまりなく、庭で作っている野菜が主だ。

 

「ありがとう、黒姫。」

 

 そういうと小さな影、半自律人形の黒姫はぺこりと頭を下げて戻っていった。さっそく材料たちを調理するが、別段料理がうまいという事はない。芋やニンジンといったものと森で取っている茸を適当に鍋に突っ込み火を通すだけのものだ。もちろん多少の味付けはしているが。

 

 魔理婆さんの家から持ってきたものは結局のところ二つしかない。実際は一つで、もう一つというより一人ついてきたという感じだが。裏の倉庫に入っていたものはそのほとんどがガラクタであった。外の世界の一昔前の電化製品であったり、燃料でもって動くようなものばかりなため、これといったものはなかった。実際に危ない物もいくつかあった。

 

 持ってきたものの一つとして刀である。一目見たときに直感だが、ただの刀ではない気がした。格闘、魔法が主な戦闘法であるが、二つとも消費が激しいため別の方法を探っていた時に見つけたため、上海に交渉のすえ、借りさせてもらった。

 

 もう一つであり一人は、かよと遊んでいた人形だ。かよから黒い髪のお姫様という意味の「黒姫」と名付けられた。上海曰く、俺とかよのところに居たいそうだ。珍しく悔しそうにしていたが。動力源である魔力を定期的に与えれば問題ないのだが、上海からなるべくは見せに来るようにという助言を受けた。まあ、上海も心配なのだろう。

 そんなわけで今現在は黒姫に手伝いとかよの相手を少ししてもらっている。

 

 次に行く時に何かしらの土産でも持っていくかなどと考えているうちに野菜スープが出来上がった。ずっと同じようなものを作っていると慣れてくるものだ。器に入れて、炊いてあった米と一緒に持っていく。

 

「ほら、できたよ。」

 

 座って待っている間に黒姫と魔力の糸で遊んでいるかよにやめさせて、目の前にスープとご飯を置く。

 

「「いただきます。」」

 

 二人そろっていただきますをするのも慣れてきたものだ。やっぱり一人で食べるより二人の方がいいものだ。黒姫は大人しくかよの横で座っている。

 幼い子供には味気ないと思いつつも美味しいと言って食べてくれるかよにはだいぶ救われている。

 

 食事も終わり、かよの修行に移る。博麗の巫女として必要なのは最低限として結界の管理ができるくらい霊力が扱えること。戦闘に関しては巫女代々で変わるようだ。先代巫女・博麗霊夢は術を主体とした戦闘方法であり、スペルカードルールを生み出した要因の一つだったらしい。その一つ前の代は格闘主体としていたようだ。かつての巫女には刀や槍を使うものもいたという。

 

 霊力を操るための鍛錬を行い、はや一週間で霊力弾を作れるまでになった。まだ掌の上でフワフワと浮いているだけの玉だが、霊力を形に変えるというのは俺が一月はかかった。霊力を操る才に長けているのだろうか。

 

 というわけで弾を作ることが出来たので次は結界である。結界といっても種類はさまざまであり、博麗大結界のように大規模な結界術から護身用の小規模結界というように性質と規模で変わってくる。

 ただ、基本的には霊力を張り巡らせるだけではある。

 

「むぅ・・・」

 

 手を合わせて結界を張る。自分の周囲、足元に届く範囲ではあるが自身を囲う程の円形の結界が出来ている。かよの今の段階での限界ではあるが一か月程度でできるのは十分すぎるできだった。

 

「ふふふ、意外に早かったわね。先生が優秀だったからかしら?」

 

 かよが驚き周りを見渡すが誰もいない。そして俺のほうを向く。

 

「誰?」

 

「ああ、そういえば会うのは初めてだったかな?」

 

「ええ、そうね。藍から話は聞いているけど、実際に会うのは初めてね。」

 

 ぱかっと空間が開き、中から金髪の女性が出てくる。初めて会った時のように青白く、死んだ表情をした病人のような姿ではない。血色のいい肌や余裕が出てきたからか出てくる妖艶な笑みは、まさしく妖怪の賢者。回復したのは見た目だけではないが。

 

「初めまして、かよ。私は八雲紫、幻想郷の管理をしている者と思ってね。」

 

 かよは紫さんから離れ、こちらに近づく。座っている俺の背に隠れるように動き、背中越しに紫さんを見ているようだ。

 

「あら、嫌われちゃったかしらね。」

 

「・・・どうしたの?」

 

 ぎゅっと服を掴んで紫さんを警戒している感じだった。

 

「あの人、不気味。ぐにゃぐにゃしてる。」

 

 ぐにゃぐにゃ。おそらく紫さんの妖怪としての本質なのだろうか。かよの能力はよく分からないが、異常な程の見抜く力がある。そして紫さんの能力である境界を操る能力、また妖怪としての性質が、かよにとって形容し難きものだったのだろう。

 紫さんに関しては問題ないだろうな。

 

 かよの頭に手を置いて落ち着かせる。

 

「大丈夫だよ。紫さんは悪い人じゃない。少し変わってるけど、かよの周りにも変わってる人が多いよね。」

 

 俺の横に佇んでいる黒姫が自分を指さしている。私の事と言いたいのだろうか。

 

「・・・くろひめみたいないい子?」

 

「いい人だよ。」

 

 顔だけをのぞかせていたが、体ごと隣に移動する。まだ警戒はしているが、悪い人と思ってはいなさそうだ。

 

「初めまして、博麗かよです。」

 

「うふふ、ありがとう。礼儀正しいのね、あなたに似たのかしら。」 

 

 楽しそうに笑いながら、こちらを見つめてくる。

 

「もともとかよは礼儀正しかったですよ。それで、何か用でも?それとも博麗の巫女の様子見ですか?」

 

「んーまあ、それもあるわね。どれくらいの修行期間がいるのかと思っていたのだけれど、あなたの体の限界までにはいけそうね。術が得意な子でよかったわ。」

 

 俺が持つまでとなると半年ほどだろうか。代替わりとしては早い気がする。今の年から結界の管理をさせるのは、一応親の身としてはやめて欲しいものだ。

 

「あんまり納得いってなさそうね。」

 

「それはそうですよ。娘には長く生きてもらいたいと思うのは普通じゃないですか?」

 

「幼くして父を失うよりはいいんじゃないかしら?」

 

 ぐうの音も出ないな。こういう事も踏まえたうえで俺に任せたのかもしれないな。

 

「俺って、そんなに大事なんですか?」

 

「私個人ではとっても大事だけれど。」

 

 嫌な言い方をする。

 

「私の事はさておいても、万能型の人間はいて欲しいのよ。総合的な能力値で言えばあなたのような人間は数世紀ぶりの逸材よ。」

 

 総合力ね。。。純粋にその道を究められなかったからこそ辿りついた道だ。その道に特化した奴らには勝てない。

 

「・・・それでそんな俺に何の用ですか?」

 

 かよの件とおそらく俺に何かしらの用でもあるのだろう。最近は藍さんが来ていたから、俺も会うのは久しぶりだった。

 

「ふふ、分かってるくせに。」

 

 いつの間にか隣に来て、腕を絡ませてくる。なんとなく予想はしていていたが流石に昼間からは来ないだろうと思っていたのだが。

 

「かよがいるんですから、あまりそういうことはしたくないんですが。」

 

「・・・寝た後ならどうかしら?」

 

「俺と一緒に寝てるんで駄目です。」

 

 不貞腐れたような顔でこちらを見てくる。

 

「・・・藍から何か言われたかしら。」

 

 ぼそっと言っているあたり怖い。

 

「それもありますが、あのころと違ってあんまり必要性は感じないでしょう?」

 

「私がそれだけのためにするとでも、そんなに薄情じゃないわよ。」

 

 少し怒ったような表情を見せる。

 

「・・・まあいいですよ、寝静まった後にまた会いましょうか。」

 

 ぱあっと笑顔になる。もういい年であろうというのに少女のようである。

 

「そうね、また来るわ。今夜は久々だからけっこう頑張」

 

「早く戻ってください。」

 

 言葉を遮り、帰りを促す。それでもニコニコしながらスキマに入っていく姿を見て、かつての賢者が少々残念な人になっている気がする。

 

「・・・よし、じゃあ再開するか。」

 

 何となく疑いの目で見られている気がするが、気を取り直してかよの修行に移る。

 

 

 




そういえばですがヒロインって決めてないんですよね
そもそも必要なのかっていう話ですが


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かつて見た背中

お久しぶりです

今回は途中から視点が変わってます


 妖怪の出生は様々だ。ある現象から人々の恐怖を通して妖怪が生まれたり、人が生み出した道具が年月を費やし、いつしか妖怪としてみなされたりする。妖怪は基本的に人間の恐怖が生み出しているといっても過言ではない。そんな妖怪の体は人間の恐怖が”穢れ”として体に残る。特に位の低い妖獣など、人を襲うことが多い種族が穢れを溜め込む。

 

 妖怪の死肉はその土地に穢れを流し込む。穢れが多き地では普通の獣から妖獣が生まれたり、自然に発生する悪霊が増える。さらに死肉を喰らえば普通の動物でも異形の妖獣に豹変する。

 

 

・・・

 

 

「この数は正直きついな。」

 

 遠くの気配を探りながら駆ける。

 

「ごめん、美鈴がいなかったし、レイアにしか頼めそうになかったから。」

 

 隣に低空飛行でついてくるチルノ。俺の速さについて行くには飛ぶしかないらしい。

 

 チルノからの依頼。今朝、突如として現れた妖獣の群れを何とかしてほしいとのこと。力のない妖怪や妖精たちが襲われており、チルノが安全を確保したらしいがいつまでも安全というわけではないらしい。近くで頼れるのが美鈴さんと俺だけだったようで俺に来たようだ。

 

 かよも連れて行こうかとも思ったが、流石に規模が大きい。今回は黒姫とお留守番である。

 

「それについては問題ない。俺の落ち度でもある。最近はあまり妖怪退治に行けてなかったことも関わっているだろうな。」

 

 かよの修行というのもあるが、やや放置してしまっていた。だがそれにしても早い。こうも群れるのだろか。

 

 近づく妖気に反応する。一匹こっちに気づき、接近している。獲物を独り占めしようとしているのだろう。妖獣にしては感知能力が高く厄介な奴だが、一匹なら対処は容易だ。

 

「チルノ、少し下がって。」

 

「わかった。」

 

 隣のチルノがやや後ろに行った。気で正確な敵の位置を探り、腰に携える刀に手をかける。

 

「グギャァァァァ」

 

 正面斜め。木々の陰から飛び掛かってくる。俺より一回り大きい狼の妖獣、妖獣にしては強いが油断している。それそうだろう、奴らにとって人間は餌だ。餌にかぶりつこうと大顎を開ける。

 

 だが、顎が閉じられることはなかった

 

 前足と上顎が体から離れ、ドサーっと倒れ込んだ。走りながらチラッと後方を確認するが、動く様子はない。妖獣の中には頭を落としても動くやつがいるが、うまく仕留めきれたようだ。

 

「刀使えたんだね。」

 

「付け焼き刃程度だがな。一発で仕留めるには便利なものだが、加減ができないのが難点だ。」

 

 刀を鞘に戻す。

 

 抜刀。剣術なんてものを独学で出来るわけでもないことから辿り着いた道は純粋な速さ。刀を振る速さだけを鍛え続けた結果、抜刀という形に落ち着いた。抜刀術とは言えない拙いものだが、不意打ちではほとんど避けられないだろう。

 

 できれば死体を処理したいが、ここで時間を取られるわけにはいかない。後回しだ。

 

「・・・誰か戦っているな。気配からして人間だが、、凶にしては霊力があるな。誰だ?」

 

 近くまで来ている中、妖怪の気配が一つ一つ減っていると同時に霊力を感じた。凶とは博麗の代理中に一度出会ったことがあるが、気配を感じる力が強くなっているにも関わらず霊力も気力も感じなかった。近くに来て僅かに感じたくらいだ。

 

 では誰だ。妖怪相手に個人で戦える人間など他にいるのか。

 

「・・・もしかしたら八枝かもしれない。」

 

「八枝?確か、俺と同じくらいの女の子だったか。人里からそんな人間が出てくるのか?」

 

 幼き頃の記憶が蘇る。か弱き少女だったが、友達(ルーミア)のために森に入るほどの行動力を持っていた。無謀であっても、その勇気は決してマネできるものではない。

 

 だが、あの子は人里でも有力者の娘だったはず。凶と仲が良かったこともあり、あれ以来、外に出ることを禁じられていると思っていたが、まさか妖怪と戦う術を身につけていたとは。

 

「最近あったけど、槍みたいなのを背負ってたから、もしかしたら妖怪と戦っていたんじゃないかと思う。」

 

「なるほどな。だが、ちょっとやばそうだな。」

 

今、彼女が相手をしているのはまだ弱い妖怪どもだ。機動力があり俊敏だが人間の一撃でも運次第で葬れるレベルだ。そういった妖怪は頭が弱いこともあり、我先にと獲物に飛び付く。故に最初に相手をしているのだろう。

 

脅威は後からくる奴らだ。普通の人間では武器を持ってしても歯が立たない連中だ。銃を使えば倒すことはできるが、一人二人では話にならない。そんなやつらがなだれ込もうとしている。

 

「チルノ、飛ばすぞ。」

 

「え、ちょっと、」

 

チルノを脇に抱え、八卦炉を後ろに向ける。

 

「マスタースパーク!」

 

砲撃の推進力で加速する。木々を避けながら、

 

(間に合え!)

 

 

 

・・・

 

 

「はぁ、、はぁ、、」

 

 何匹殺しただろうか。やっと倒し終わった、そう思っていた。

 

「はは、これは死にますね。」

 

 目の前に迫ってくる妖獣の群れ。先ほどまで相手をしていた奴らよりも強そうに見える。最後の一匹だと思って油断して一発貰ってしまい、どっかの骨にひびが入ったかもしれない。吐き気と頭痛に襲われるが何とか持ちこたえる。

 

 そんなこちらのことなど向こうはお構いなしのようだ。

 

「まあ、最後まであがきますか。」

 

 槍を構え、迎え撃つ。頭によぎるのは走馬灯などではなく、鮮烈な死のイメージ。最初の一匹に八つ裂きにされて終える。

 

「・・・竜神様、もし見てくださっているのでしたら、私の事は見捨ててもらってかまいません。ですが、里の弟だけは助けてあげてください。」

 

 その中でも唯一の願いは、里にいる幼い弟の未来。何時の時代も神様が人を助けることはないと、頭では分かっていても言わずにはいられない。

 

 だが、願いは届く。神でもなんでもない人間と妖精に。

 

「・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ。」

 

「竜神じゃなくて悪いな。だがその願いは聞き入れることはできないな。姉を失うのは弟の身で考えたら酷な事なんでね。弟を助けることと、あんたを見捨てる事は繋がらないんだよ。」

 

 かつて見た背中。強烈な閃光と泥臭い戦い方とは裏腹に、知らないものの為に危険に飛び込むような、優しく勇気のある心は今でも脳裏によぎる。幼き頃に見た姿とは変わり男らしく様変わりしているが、優しい眼差しや言葉は変わっていない。

 

「チルノ、ツララを生やせるか?ここで迎え撃つ。」

 

「りょーかい!はぁぁぁぁ!」

 

 両手を地につけて氷の針山を生み出す。向かってくる妖獣達が次々に突き刺さっていく。だが、先に刺さった妖獣を肉の足場にして次々に押し寄せてくる。

 

「これ、預かっといて欲しい。」

 

 刀を投げ渡された。ぱっと見で普通の刀では無いと感じたが、それどころではない。彼は武器を持たずして妖獣の群れに飛び込もうとしている。

 

「あなた!武器も持たずに戦う気なの!?」

 

「ん?ああ、いや、それはまだ集団戦で使える程扱えなくてね。本来の戦い方はこっちの方なんだ。正確にはちょっと違うけど。」

 

 そういって拳を握る。まるでそれが武器であるかと言わんばかりに。

 

「チルノ!あとは、守りながら俺が討ち漏らした奴の撃退を頼む!」

 

「分かった!けど、無茶はするなよ!」

 

 チルノちゃんが前に立ち、氷の壁を張る。

 

「チルノちゃん!あの人を一人で戦わせていいの!?あの群れはかなり強い妖怪がいるのよ。」

 

「・・・大丈夫だよ。レイアなら。」

 

 チルノちゃんも若干、不安そうにしている。

 

 だが、それも杞憂に終わった。

 

 

 

「・・・凄い。」

 

 一発一発が致命的な妖怪の牙や爪を躱しながら、一撃で仕留めていく。時折発する閃光が妖怪たちを貫く。さらがら舞踏のようにすら見える。自身に戦い方を教えてくれた凶でさえも、これほどの群れを相手に無傷で立ち回るのは不可能だろう。

 

「あたいも久しぶりに戦うところ見たけど、前より強くなってる。」

 

 となりのチルノちゃんもどことなく羨望の眼差しを向けている。やはり妖精の目線からも彼は別格なのだろう。

 

 妖怪を粗方倒し、残りも数えるほどになったころだった。彼が何かに気づいたように辺りを見回した。

 

「・・・どこからだ。」

 

「レイアー!どうした!」

 

「こいつらがやけに逃げない。妖獣とはいえこれだけ仲間がやられたら、本能で逃げるはずだ。最後まで残ったこいつらを見ても、向かってくる気配はするが、逃げる気がしない。こういう場合はもっと恐ろしいやつが来てる可能性がある。」

 

 残ったやつらはこっちの様子を伺っているが、確かに足が後ろに行くことはない。

 

「今思えば、少し腑に落ちないことがあった。こいつらが向かう先が人里の方角だということ。それと群れで移動をしたということだ。」

 

「群れ?こいつらが?」

 

 倒れている妖怪どもを見ても見た目はバラバラで統一性がない。

 

「こいつらの妖気はほとんどが同質のものだ。数体違うやつがいるがな。俺の予想だと、こいつらは同じ一体の妖怪ないし妖獣を喰らって妖獣と化した獣だろう。今残ってるやつらは少し違うが。」

 

 互いに警戒しあっている中、突如として妖怪たちがバラバラに逃げ出した。向かってくることも引くこともなく左右にばらけ出した。

 

「逃げるよ!追わなくていいの!」

 

「いい、あいつら恐らく里には行かない。否、行けない。里に向かってこれから来る奴と鉢合わせるのが最も恐れる事だろうからな。」

 

「そんな怖がらなくてもいいのに。」

 

 どこからともなく聞こえる少女の声。妖怪たちの死体の上に忽然と姿を現していた少女は何時しか見た事のある顔だった。チルノ、ルーミアといった幼少期に出会った妖怪であり、人知れず行方が分からなくなった少女だった。

 

 その少女にはチルノちゃんも驚愕の表情を浮かべる。

 

「「リグル!」」

 

 

 



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妖蟲

随分と更新が遅れてしまいました。



 妖獣どもが逃げて行ったのも束の間にして、新しい刺客が来たようだ。緑色の髪に黒いマントのようなものをしている少女のようである。

 

「リグル!生きていたの?」

 

 チルノが飛び出てきた。どうやら旧知の仲のようだ。だが、恐らくあいつは違う。

 

「待てチルノ。」

 

 向かおうとしてるチルノの腕をつかみ、止める。

 

「大丈夫だよ。あいつはあたいの友達だから。」

 

「友達の見た目をしてるだけだ。お前の口から友達・・・リグルはもう死んでると聞いたのは数年前だ。」

 

「え、いやだって、あそこに、、、」

 

 そういって指をさす。そこには確かにリグル・ナイトバグである少女がいる。チルノの記憶と合わせても違いのない彼女だろう。

 

「そうだよ。僕はここにいる。」

 

 リグルと呼ばれた少女はそう言ってこちらに歩み寄ろうとする。

 

「動くな!」

 

 八卦炉を構える。得体の知れない存在だ。警戒した中でも一瞬の隙に現れたのだ。こいつは妖力の扱いがかなり上手い、もしくはかなり上等な移動術を持っていると思っていた。

 

 だが、違う。こいつから漂う不気味な感じ。妖怪とも言えないナニカを感じる。それにかなり濃い死臭。辺りに転がる妖怪どもじゃなく、こいつ自身から発せられているように感じる。

 

「そうやって脅しても無駄だよ。」

 

 一歩踏み出そうとする前に、閃光が貫く。妖怪だろうと顔を狙えばただじゃすまない。

 

「レイア!何も本当に撃つ必要ないだろ!」

 

「リグルちゃん!、、、!?」

 

 チルノの声と八枝の驚愕の声が重なる。

 

「・・・チルノ、よく見てみろ。あれがお前の友達か?」

 

「レイア、何を言って、、、」

 

 目を向けた先には顔の右目を中心に穴が空いても、笑って何事もなかったかのように振舞っている存在がいた。

 

「痛いじゃないか、まったくお友達の姿なら余計な消費も済むかなと思ってたのにな。」

 

「・・・なるほど、それがお前の正体か。」

 

 空いた穴に小さな虫が集まり顔を成形する。

 

「「「まいった、まいった。こんなことなら最初から奇襲すればよかったのにね。」」」

 

 声が何重にもなって聞こえる。さっきの一撃で少し歪んだようだ。

 

「じゃ、じゃあ、リグルはどこにいるんだ!」

 

「「「さぁ、僕たちは知らない。」」」

 

「「「私も知らないわ。」」」

 

「「「ただ、そうだね。この形をみんなで作るにあたって、この子をたくさんいただいたからね。といっても僕たちは少ししか食べる必要がないから残りは多いはずだよ。」」」

 

「「「ちなみに僕達は目を少し齧ったよ。」」」

 

「「「私達は脳みそを少し吸ったわ。なかなか美味しかったわ!」」」

 

「「「俺達はみんなで心臓を突き破って食っていった。」」」

 

 おぞましい声だ。ぐちゃぐちゃに混ぜられた声から発せられたのは彼女、リグルの死であった。

 

「そ、んな、、、うぇ、、」

 

 べちゃっと、チルノが吐き出した。友達の壮絶な最期を想像したのか。それだけでなく、先ほどまで抑えていたであろう虫どもの強烈な死臭にも当てられたのだろう。

 

 チルノの状態を見て虫は動き出した。伸ばした手が分離し、虫の群衆がチルノに向かう。

 

時空変換 三倍速(タイムドライブ サード)

 

 一瞬にしてチルノを持ち上げて、氷の壁まで下がる。八枝の様子を見るが、どこか怪我をしているのか万全とは言えない状態のようだ。

 

「八枝、チルノを頼む。ここに居れば、俺が死なない限りは問題ない。・・・たぶんな。」

 

「・・・あなた一人で大丈夫なの?」

 

「問題はないと言いたいが、何とも言えん。」

 

 どちらか一人でも動ける状態ならよかったのだが。

 

「「「へぇ、よく助けたね。流石だよ!」」」

 

「・・・随分と余裕だな。」

 

「「「君の拳も蹴りも僕達には効かない。さっきの閃光でも僕達は殺しきれない。つまり君に有効手はないってことだよ!僕達に負けはない。」」」

 

「そうか、、、勝負ありってわけか。」

 

「「「そう!君の負けでね。君はおいしそうだから、あとに残して先に、、」」」

 

 

 

「おまえの負けでな。実れ、マスタースパーク!」

 

 リグルの頭上に眩い閃光が輝く。全身を焼き焦がす強い光が叩きつけられる。

 

「口が多いっていうのも面倒だな。」

 

 全身を形成している虫のうちほとんどが死滅すれば、こいつらの殺傷能力は皆無となる。最初の一撃で仕掛けておいたが、油断していなかったらばれていたかもしれない。

 

「やったの?」

 

 八枝が氷の壁から顔を覗かせる。相変わらずチルノはぐったりとしている。

 

「いや、どうやらまだ終わりじゃないみたいだ。」

 

 生き残った数匹の虫が戻っていく。撃ち落としてもよかったが、まだ確証がない。こいつらだけで終わりのはずがない。よく当たる悪い勘が告げている。

 

 戻っていく先に大きな妖力の塊が確認できた。いや、今現在塊になっているところだった。

 

「なるほど、集約しているのか。だとするとそこに本体があるのか。」

 

 妖力が巨大になっていくにつれて、それが姿を現す。辛うじて人の形を保っているが、異様に手が長い怪人の姿をした巨人が作られていく。四つん這いのように見える姿でのそのそと這うように近づいてくる。

 

「あれは!?」

 

「さあ、だけどあれを倒さないと人里は消える。よく見てみろ。」

 

 どこからともなくあちこちが食われた妖獣が連れてこられ、一瞬のうちにして骨になった。その後また一瞬で何もなくなった。周囲の草木も消滅しているかのように食われている。

 

「マスタースパーク!」

 

 極太の閃光を放つが巨人に穴をあけるだけで、またすぐに塞がる。さきほどリグルの形をしたものに食らわせたものより太く、強力だが、やはり効かないか。 

 閃光ではここまでが限界か。

 

「ちょ、ちょっと!どうするのよ!効いてないよ!」

 

「落ち着きなよ。あれの移動はかなり遅い。さっきまでのように数が少ないなら連携がとれるみたいだけど、あそこまで集まったら逆に駄目みたいだね。」

 

「そんな呑気に言ってないで、どうにかしてよ!」

 

「まあ、見てなって。」

 

 懐から一枚の札を取り出す。少し前の時代においては主流であった’遊び’で使われたものだ。

 

「一部を破壊しても無駄だけど、あいつらは虫だ。あれは多くの虫が集まって形作ってるわけで、さっきみたいにほとんどを殲滅できれば勝手に消滅する。」

 

 札に霊力を流し込むと、描かれている魔法陣が光りだす。

 

「そして虫っていうのは火に弱いって、よく聞くよな。」

 

 辺りに火の粉が舞う。火の粉を振り回し、空中に陣を描く。

 

最上級 (ロイヤル)・・・」

 

 動かない魔女の最も得意とする魔法であり、彼女が万全であったなら、その威力はマスタースパークすらも凌駕する可能性を持つ。

 

 火炎魔法 (フレア) !」

 

 燃え盛る業火が虫の巨人に飛び込む。全身に回り、体が弾けたように火の粉が周りに散乱する。パニックになった虫が本能のままに好き勝手に逃げ出したようだ。

 どちらにせよもう遅い。あたり一面、火の海になっており、どこに逃げようとも飛び火が襲い掛かる。

 

それでも火の中から飛び出してくる虫。道連れにでも持ち込もうとしているのか。単細胞なりに考えたのか分からないが、マスタースパークでは太刀打ちできない太さで押し寄せる。

 マスタースパークより太く強く激しく。霊力、気力を八卦炉に集中させる。

 

「消し飛べ、『ファイナルスパーク』。」

 

マスタースパーク以上の太さを誇る閃光が最後の虫の塊を呑み込み、消滅させる。あとはもう時間の問題だ。

 

「とりあえずは終わったか。八枝、すまないがチルノを起こしてくれ。消火しないとひどいことになる。」

 

 ロイヤルフレアと虫が逃げ回っているせいで、ちょっとした火事になっている。ここら一帯を浄化する目的もあるのだが、あまりに燃えすぎると人里まで被害が出る可能性もある。

 

(それにしても、、、あの虫、自然に発生したのか。あんなに強大な妖力になるには時間がかかるはずだが。誰かが手引きしなければの話だが。)

 

 起き上がったチルノ、八枝たちと消火を行いながら考える。今の幻想郷では候補が多い。手あたり次第に探すのも一苦労だろう。

 

 

 

 

 



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花を添えて 前編

久しぶりの更新です


 妖蟲事件から数日がたち、事件の後処理を行っている。藍さんから、リグル・ナイトバグの死体が何処かにあるだろうという事を聞き、捜索しているところだ。

 

あの巨大な虫が発生した付近を探したらすぐに見つかった。そこだけが異様な妖気を発してる。

 

何者かに埋めらた跡があり、少し掘り返してみる。

 

「ここだろうとは思ったが、やっぱりひどい有り様だな。」

 

かろうじて人の形と分かる骨だが、骨のあちこちが食われたりしている。まだ虫が数匹蠢いているが、以前の虫とはちがう。かなり弱っているが、不気味な妖気は発していない。おそらくはリグルの眷属だったやつらだろう。

 

辺りを飛び交う虫に構わず、運び出す。守ろうとしているのだろうか。

 

森のなかでも開けた場所に骨を置く。その頃には虫たちも諦めたようだ。

 

辺りの木々を集め、完全に燃やし尽くす。虫たちは火を見ると避けていたが、やがて一匹一匹と火に飛び込み始めた。何を考えているのかよくわからない。

 

『どこかで死んでいるべきだった』

 

 かつて美鈴さんが言っていたが、従者、眷属にとっての死に場所は主と共にあるのかもしれない。こいつらにとって死ぬ時、場所というのがここだったのだろう。

 

 

頭に響く雑音と映される記憶。

 

暗い竹林の中、その少女は蛍のように輝いていた。争いを好まない性格だろうことはわかる。それでも虫の妖怪の性質上、好かれることはないだろう。可哀想な存在だ。いや、だった。

 

 映像が途切れ、途切れになる。最初はリグルと虫たちだけの風景だったが、チルノが、羽の生えた妖怪が、ルーミアが、加わっていった。

 

 

・・・

 

 霊夢の記憶なのだろうが、視点がやや不気味だった気がした。だが、きっと霊夢にはそう見えていたのだろう。

 

「流石だな、チルノ。」

 

 記憶の最後、みんなで笑いながら遊んでいる風景を見た時、何とも言えない気持ちになる。そう思っていると、本人の気が近づいてくる。

 

「あれ、レイアだったの?もしかしてリグルを、、、」

 

「そんなところだ。もう少しで燃え終わる。」

 

 リグルの体はかなりの妖力が溜まり込んでおり、たとえ骨だけでも残すことはしたくない。

 

「・・・終わったね。」

 

「ああ、花でも添えてやろうか。」

 

「ならさ、幽香のとこに貰いに行こうよ。リグルもあそこの花が好きだったから。」

 

「幽香?」

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 風見幽香。藍さんから注意された妖怪の一人。彼女が愛する花に何もしなければ基本的には害はないらしいが、だからといって友好的に接する事はないらしい。要するに中立を保つ妖怪とのこと。時代が変わっても彼女が変わることはない。

 

 向日葵が一面に生い茂る景色は圧巻だった。風見幽香はこの花畑のどこかにいるらしい。

 

「じゃあ、幽香呼んでくるから待ってて。知らない人が勝手に入ると、幽香が怒るからね。」

 

 そういってチルノは花畑の中に消えた。花が幽香に知らせてくるとか何とかで、花畑を歩いていたら自然と家につくようだ。ちなみに飛んでいると打ち落とされることがあるらしい。

 だが、今回はどうだろうか。

 

「花畑には触れてないはずですが、何か悪い事でもしてたんですか?」

 

「あら気づいていたの。よかったのかしらあなた一人だけで?」

 

 後ろの茂みが避けるように動き出し、作られた道から出てきた緑の髪に紅い目をした女性。馬鹿でかい妖力がにじみ出ているのを感じる。大妖怪クラス、それも美鈴さんや藍さんに匹敵するほどかもしれない。いや、もしかしたらそれ以上の可能性もある。

 

 こいつが風見幽香と確信した。

 

「どっちにしろ勝手に入ったら攻撃してくるだろうに、よく言いますよ。それに俺は風見幽香があなたと今しがた認識したので。最初からわかっていたらチルノを止めてますよ。」

 

「ふふ、なるほどね。それで私に何か用があるんじゃないかしら。」

 

 何かしら考えているそぶりを見せながら風見が聞いてくる。

 

「リグルという妖怪に添える花が欲しい。チルノが言うにはそいつはここの花が好きだったようだ。」

 

 少し表情が変化する。微笑みが少し歪んだような気がした。

 

「そう、、、最近全然来ないと思ったら、死んだのねあの子。」

 

 どこか儚げで、少し泣きそうな表情のようにも思える。

 

「用件は分かったけど、あなたは何者かしら?見た感じでは博麗の関係者ってとこかしらね。」

 

 黒のアンダーに赤の巫女服を着ているがこれまでの博麗の巫女とは違い、白の色彩がない。純粋に血で汚れるのが面倒だからというのが理由である。紫さんや藍さんからは霊夢の先代の巫女に似ているそうだが。

 

「一応、御子という立場です。」

 

「ふーん、というと紫が熱心にしてるのはあなたの事だったわけね。だろうと思ったけど。」

 

「紫さんから聞いてたんですか。」

 

「一方的にだけど、いろいろ聞いたわ。私自身、あまり他者との交流に疎いから情報はそこからしか来ないのよ。あなたの事だけど、どうでもいいことはいらないとして、そこそこ強いらしいじゃない。」

 

 嫌な予感がする。無駄に力と暇を持った妖怪にある特徴的なもの。

 

「・・・何が言いたいんですか?」

 

「ちょっと遊びに付き合わないかしら。」

 

 手に持った傘を振りかぶる。少し後ろに下がり、間合いから外れる。この瞬間から風見幽香は敵になる。

 

「妖怪っていうのは相変わらず物騒だな。」

 

「それが素かしら。あなたそっちの方が素敵よ。」

 

 二撃目。何なく避ける。遊びでやっているのが分かるが、腑に落ちない。

 

「あら、不満そうね。」

 

 三撃目。少し早く鋭い。受け流して、距離を取る。

 

「・・・測ってるのか?」

 

「そうね。これくらいがちょうどいいのかしら。なるほど、人間にしてはちょっとやるじゃない。でも、その程度かしら。」

 

 傘をこちらに向ける。一点に妖力が集中しているのが分かる。

 

(これは!)

 

「避けられるかしらね。」

 

 閃光が解き放たれる。辺りに爆煙が巻き起こる。

 

「・・・避けられると思っていたのだけれど、思い違いかしら。」

 

 残念そうな声が聞こえてくる。生憎様こちらは無傷だ。

 

「直撃したと思ったけど元気そうね。・・・どこかで見たことあるわね、それ。」

 

「あんたの技も見たことあるな。俺以外でマスタースパークを使ってるやつは二人目だ。」

 

「同じ技をぶつけて相殺したってところかしら。それと一つ言っておくけど・・・」

 

 傘の先に妖力が集まる。先ほどより密で濃ゆい妖力を感じる。

 

「これは私の魔法なのよ。」 

 

先程より巨大な閃光が弾ける。

 

(マスタースパークじゃ無理だ!)

 

「ファイナルスパーク!」

 

風見幽香のマスタースパークは止まらない。

 

(段違いだ。真っ向からの打ち合いは負ける。)

 

衝撃で爆煙が巻き起こる。

 

 

 

・・・

 

 

 

煙が収まると人影がいない。

 

「消し飛んじゃったかしら、ごめんなさいね。あの程度の威力なら大丈夫と思ってたんだけど。」

 

紫から聞いていた話では大妖怪とも渡りあえるくらい強いとあって少し本気をだした。

 

それでも精々人間クラス。かつての人間のように規格外な存在ではない。単純に弾幕ごっこでの制限を忘れてしまったのもある。

 

(期待しすぎたかしらね・・・!)

 

 背後に向けて傘を振るう。長年の直感であり、数多の戦闘経験による危険予知であった。

 

 ガキンという鈍い音。傘で止めたのは刀だった。

 

「大妖怪っていうのはどいつもこいつも出鱈目だな。遊びを油断していた。殺す気で行く。」

 

「やっと本気かしら。いいわね、その表情。」

 

 完全な不意打ちだった。霊吾にとってこれで決めるはずの一撃。それを難なく受け止められた。

 

「なるほど、マスタスパークでの反動ってとこかしら。」

 

 さきほどのマスタースパークに魔力をぶつけて、より早い推進力とする。初めてにして上出来だが、失敗すると衝撃を直接くらう諸刃の技。

 

 傘で刀を弾かれる。その瞬間に霊吾の姿が消える。

 

 その直後に横からくる斬撃を受け止める。

 

「見えているわけではないな。」

 

「見えなくても分かるものよ。」

 

 その言葉通り、何度も攻撃を止められる。ただ、向こうからの攻撃はこない。

 

 一種の賭け。危険予知や勘を信じての特攻のようなもの。

 

時空変換 二倍速(タイムドライブ セカンド)

 

 さらに加速し、反応のできないスピードで切り裂く。当たり前のように刀は止められる。

 

 だが、先ほどよりも一段と速い状態の攻撃では予測が少し狂う。故に止めるために振る傘の勢いが少し強くなる。わずかな違い。しかし、決定的な隙。

 

 刀は弾かれた。刀だけが。

 

「はっ」

 

 がら空きの胴体に拳を叩き込む。たとえ大妖怪といえど、通ればそれなりのダメージが入る。休む暇すら与えない。連撃で打ち込み、溝に掌底を叩き込む。

 

「マスタースパーク!」

 

 霊力での波動とはいえ、ゼロ距離で喰らえばまともではいられない。

 

 ゼロ距離マスタスパークで風見幽香を吹き飛ばした。これで決まるといいんだが。

 

 

 

 



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花を添えて 後編

久しぶりの更新です


「ふぅ」

 

 花畑に飛び込んだ風見幽香に注意を向けながら、思考する。草木の一本一本がクッションのようになり衝撃を吸収している。思っていたよりもダメージの通りが悪い。

 

 それだけじゃないだろう。本人も相当タフだ。妖力の総量が減ってはいるが、堪えている様子がない。美鈴さんだけが特別頑丈というわけではなく、大妖クラスの耐久度というのが妖力に比例して高いのだろう。

 

 のそりと起き上がってくる。

 

「・・・痛いじゃない。やればできるのね。」

 

 風見幽香は不敵な笑みを浮かべる。そして拳を握り、こちらに向ける。

 

「私もこっちの方が好きなのよ。相手を叩きのめしてる感じがあるから。」

 

 地面を蹴り、勢いをつけて拳を振るう。一撃が重い。美鈴さんや伊吹ほどの威力を感じる。ただ、美鈴さんほどの技術はない。伊吹ほどの出鱈目さはない。

 

 格闘だけならこいつと対等に渡れる。

 

 拳や蹴りを受け流して攻撃の隙を作る。あの頃とは違う。竜人化した美鈴さんからボコボコにされたり、伊吹に手も足も出なかったあの頃とは。

 

 相手の両手を掴み動きを封じる。

 

「抑えられるかしらね。」

 

 両手の妖力が上がっていくのが分かる。抑えた拳が抗っている。気力、霊力で二重に強化をかけて無理矢理抑えこむ。できるならこのまま体ごと抑え込む。純粋な力比べだが何とか互角だ。

 

「ぐぅ!」

 

「ふぅ、」

 

 互いの力が相殺し、互いに距離を取る。今の風見と俺の力は同じくらいだ。確かに強い相手だが、絶望的な強さはない。

 

 目線だけが交差する。余裕そうな表情の相手。笑っているまるで、、、

 

「楽しそうにしてるかしら?」

 

「は?」

 

 自分の思っていることが言い当てられたのか。

 

 ・・・それとも俺がそう見えたのか。

 

「その不敵な笑み。いいわね。ますます惚れるわ。」

 

 どうやら気付かず内に望んでいたらしい。俺と同じくらいの強さのやつを。力をつけるまでは格上とばかり戦ってきたし、付けた後は格下ばかりだった。心のどこかでギリギリの戦いというのを欲していたのだろう。

 

「・・・俺もあんたの事、結構いいなと思ったな。」

 

 互いに笑う。そして飛び出す。だが、二人が衝突することはなかった。

 

 ピキンという音が走り、風見幽香との間に氷の壁が張られる。体のあちこちに草が絡んでいるチルノがいつの間にか花畑から出てきていたようだ。

 

「二人とも何やってんだよ。」

 

 若干、怒ったような声でチルノが言う。

 

「あら、こんにちわ。もうちょっと花たちと戯れててもよかったのに。」

 

「やっぱり幽香の仕業だったのか。いきなり絡んでくるから、花が妖怪になったと思ったよ。」

 

 最初からこうなるように仕組んでたのか。

 

「まあいいわ、十分楽しめたし。あの子に添える花だったわね。いいわよ。持っていきなさい。ここに咲いている子たちもあの子は好きだったようだし。」

 

 荒々しい妖力が収まっていく。もう敵意がないようだ。

 

「向日葵でいいかしら。ごめんなさい、あの子と共に行ってあげてくれないかしら、、、ありがとう。」

 

 花に話しかけているのだろうか。向日葵を数本折り、腕に巻いてあるスカーフでくるんだ。

 

「感謝はこの子達にしてちょうだい。私が頼んでも嫌と言われれば、花は渡せないのよ。」

 

 綺麗に咲いていた向日葵を受け取る。花を愛する妖怪が花を折るのはかなり珍しい事ではないのか。

 

「・・・あんたの気持ちはないのか?」

 

 きっと風見にも思うところがあるのだろう。最初に見せたあの顔は演技ではない。傷ついたものの痛みを感じた。リグルという少女をどうでもいいと思ってる人じゃ出せない顔だった。

 

「少し寂しくなったわね。足繫く通ってくる子は見てて元気が出るじゃない。」

 

 チラッとチルノを見る。

 

「いつかは居なくなる。そう思って接しても、いざ居なくなると悲しくなるのは当たり前でしょ。つまりそういう事よ。私の気持ちはそのスカーフに乗せておくわ。墓石か何かに括りつけといてくれるかしら。」

 

「幽香は来ないの?」

 

「行かないわ。あの子が来なくなっても探そうとすらしなかった私が行くべきではないわ。あの子が好きだったのはここの花たちであり私ではないもの。」

 

「・・・あんたはそれでいいのか?」

 

「いいわよ。私はずっとこんな感じだから。」

 

 風見幽香という妖怪の側面が見えた。孤独におびえる少女のように思えた。無くなってしまった他者とのつながりを認識しないように頑張っている感じがした。おそらく、俺と戦ったのも憂さ晴らしだったのかもしれない。

 

 根本的に優しい人物なのだろう。戦っている間も妙な違和感があった。

 

「そうか、じゃあな。行くぞチルノ。」

 

「あ、じゃあね幽香また来るよ!」

 

 チルノと共に幽香に背を向けて歩き出す。

 

「・・・一つだけあなたに言っておくわ。」

 

 立ち止まって聞く。

 

「マスタースパーク。あなたがどう思っているか知らないけど、その技はあなたには合わない。本来は魔力の多い魔法使いや才能があるやつしか使えないものなのよ。練度の高さは申し分ないものだけれど、おそらく今の段階が限界よ。私としてはお勧めしないわ。」

 

「・・・分かってるさ、十分に。分かったうえで磨いてきたものだ。」

 

 風見幽香からの返答はない。忠告だけだったのだろう。また歩き出す。

 

 

 

・・・

 

 

「にしても、レイアって思ってたより強いね。幽香と戦えるなんて。」

 

 さっきの戦いを少しだけ見たのか。チルノがそんな感想を言ってきた。

 

「風見が本気だったら分からなかったが、俺の実力に合わせていたようだったからそう見えただけだろう。」

 

 それだけではない。チルノの足止めの際にも意識を向けていたこともあるのだろう。花を操る力があると聞いたが、攻撃に使われないところを見るに一度に操れるのも限界があるのだろう。

 

「でも実際レイアはどれくらい強いの?」

 

「相性による。妖怪との戦闘においてなら、俺の格闘も魔法も刀も二流がいいとことだ。美鈴さんみたいな格闘特化型には負けるだろうな。」

 

 大妖怪にも差があるらしいのだが、今までその中でも上位に入る者たちとばかり戦ってきたせいか、いまいち腑に落ちない。

 

 実際の自分の実力は中級妖怪以上、大妖怪未満といったところだろう。

 

「そうなのか、最初に拾った時は弱そうだったのに、強くなったなって思ってね。あたしが見てきた人間は基本的に強かった人間が多かったからさ。まあ、その頃はバカだったから分かんなかったかもしれないけど。」

 

 チルノの言う人間とはおそらく博麗霊夢の時代の人間たちなのだろうか。魔理婆さんや紅魔館のメイドであった人間の事を言っているのだろう。

 

「レイアもこれまでの人間みたいに強くなっていくんだなって思うと、幽香とか超えるのかな?」

 

「いや、俺はもう今が限界だ。」

 

「え、なんで?」

 

「俺は自分の道が何なのか理解していない。魔法使いを目指していたはずなんだが、いろんな道に手を出してしまっている。これまでチルノが見てきた人間でも何でもできるやつはいなかっただろ?」

 

「言われてみれば、霊夢は基本的に術ばっかだし、魔理沙はマスタースパークばっかり使ってたな。咲夜もナイフとか投げてた気がするけど、他に何か見たことはないな。」

 

 天才と言われる者たちにしても、一つの道を究めるのが限界だ。決められた容量を分配しても行き着く先は器用貧乏がいいところだ。

 

(だが、博麗霊夢だけは違う。あえて術に特化しただけ。術の方が便利だったと言うだけだった。)

 

あの世代の人間たちが総じて天才といわれるのであれば、博麗霊夢は化物と言われるほど差はあったはず。

 

「俺には魔法使いとしての才はない。だからといって捨てはしない。魔理婆さん、霧雨魔理沙が俺に託してくれたものだから。」

 

(・・・それでも守れるものと人。二つを天秤にかけた時、捨てざるを得ないだろうな。)

 

 リグルの墓に花を添える。妖怪は人間から殺されない限りは転生する。

 

 次の彼女も美しき虫として羽ばたくだろう。

 

 




今年は大雨や台風などであまり向日葵を見れなかったですね、、、


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君が見た景色
開戦の狼煙


章タイトルをつけてみました



 その日はいつも通りの日常だった。かよの修行に手を貸しながら、世代交代の時期を考えていた。娘の成長は早い。博麗の巫女として代替わりが近づいている。

 

 あまり娘に負担を背負わせたくはない。幻想郷の状態としては良くなっているが、かよが博麗の巫女になるまでには人里との関係を修復したい。未だに彼らと博麗の関係はよろしくない。妖怪は基本的に排除の的という思考は変わっていない。紫さんも干渉が出来ないほど、人間たちの意思が固いようだ。

 

 八枝が言うには人里の中でも少数だが、こちらに好意的な者もいるそうだ。

 

「レイア―!大変だ!」

 

 叫びながら飛んでくるのは、いつも厄介事を抱えてくる友人だ。しかし、今日はいつにもまして焦っている。

 

 嫌な予感がする。博麗の勘ともいうべきものだが、こういう時に当たってしまう。

 

「どうしたチルノ?」

 

「それが、妖怪の山の妖怪たちが人里に攻め込むみたいなんだよ!早くいかないと殺し合いが始まる!」

 

 妖怪の山。ノーマークだったが、なぜ今になって動いた。あそこのトップは天狗だったが、なぜ人里に。紫さんや藍さんも天狗が幻想郷の存続を脅かすことはないと言っていたはずだが。しかも、季節が変わり紫さんが久しぶりに冬眠に入ったタイミングで。

 

「何人か知り合いがいるけど、もう決定事項だって。正直あたしだけじゃ無理だ。レイアに来てもらわないと人里自体が無くなるかもしれない。」

 

「分かった。とりあえず藍さんに報告する。そのあとすぐに動くぞ。橙!」

 

 近くにいるであろう橙を呼ぶ。基本的に神社付近に待機して、藍さんとのつなぎの役割をしてくれている。まれに出てきてくれないが、声色で緊急事態という事が分かるだろう。

 

 すっと飛んできたが、橙にも焦りの色が見える。

 

「まさか、藍さんとつながらないのか?」

 

「いや、この感じはつながらないとか以前の問題な気がする。念話の応答が無い。意識がない時でも藍様は反応できるのに何で!」

 

 藍さんとの連絡が取れない。つまるところ紫さんに伝えることができない。

 

 最悪の状況だ。

 

「・・・橙は藍さんのところへ行ってくれ。直接言いに行くしかない。チルノは先に人里に向かってくれ、頼める妖怪たちに声をかけながら。かよは神社に待機。黒姫、できれば上海の元へ行って助けを求めに行って欲しい。俺は妖怪の山に向かう。そこで止めれたら十分だ。」

 

「その必要はない。」

 

 神社の階段から声が聞こえる。焦って気が付かなかったが、妖力から伊吹だとわかる。

 

 だが、様子がおかしい。伊吹の妖力も少なくなっている。だけじゃなく、伊吹の傍らに僅かに感じ取ることが出来る妖力。

 

(この妖力、まさか!)

 

「もうちょっと早く気づいたらやばかったな。」

 

 階段を上ってきた伊吹。所々に戦闘の跡が見える。がそれよりも目を引くのがある。

 

「藍様!」

 

 血塗れの藍さんを引きずっている。僅かな妖力でも、まだギリギリ生きている。だが、時間の問題だ。

 

「なかなか強かったぜ。油断してなかったらやられてたかもな。」

 

「貴様!」

 

 橙が飛び出す。涙を浮かべて、今まで見たことがないほどの妖力をにじみ出している。

 

「そんなに大事なら、ほらよ。」

 

 伊吹が乱暴に藍さんを投げる。慌てて橙が受け止める。

 

「一緒の場所に送ってやるよ。」

 

時空変換 三倍速(タイムドライブ サード)

 

 振るわれる拳を止める。そのまま投げ飛ばす。

 

「おいおい、せっかくの心遣いを無駄にさせるなよ。」

 

 にやにやした笑みで挑発する。

 

「何をやってるのか分かってるのか。」

 

「紫が出てくると厄介だからな。だが、流石九尾。本気で行っても少しきつかったな。」

 

 これで分かった。今回の騒動、主犯格はこいつだ。

 

「・・・チルノ、黒姫はさっき言ったところへ急げ。橙、藍さんを頼む。かよ、橙の護衛を。博麗の巫女として初めての仕事だ。」

 

「そう簡単に行かせると思うなよ。ガキども!」

 

 上空に飛んで妖力で圧倒させる。妖精も人形も委縮して動けない。恐怖で縛り付けるのに加え、妖力で上から重圧をかけているのか。

 

「チルノ!黒姫!」

 

 二人を呼び、意識を戻させる。今ここで足止めをくらうわけにはいかない。

 

「こいつは俺が相手をする。その間に急げ。」

 

「だから言ってるだろ、行かせるわけな、」

 

「お前も油断してるだろ、伊吹。」

 

 視線がチルノたちに向いた瞬間に近づく。伊吹も少し虚を突かれたのか驚いた顔をする。

 

 気力、霊力を右手に集め、全力の一撃を叩き込む。

 

「うおぉ!」

 

 伊吹を神社の境内に叩き落す。八卦炉を構え、追い打ちを狙う。

 

「ファイナルスパーク!」

 

 直撃し、爆煙が巻き起こる。

 

「二人とも急げ!」

 

 チルノと黒姫は急いで飛んでいく。

 

 残念だが、さっきの攻撃でも伊吹はまだ戦える。煙の中でも確かに強い妖力を感じる。

 

「かよはこっちに注意を向けておけ。」

 

 煙の中でも動く様子がない。少しは効いたのだろう。

 

「・・・容赦のない攻撃だな。顔見知りだってのによ。」

 

 伊吹が煙を払い、歩いてくる。ぼろぼろではあるが、徐々に回復している。普通の妖怪なら動けなくる程の攻撃だったんだがな。

 

「・・・お前が紫さんを裏切るようなことをするとは思わなかった。鬼は嘘をつかないと言っていたが、裏切りは違うとでもいうのか?」

 

 伊吹らしくない。今回の騒動においても、単身で俺に乗り込んでくればいい。こいつの性格上こういう回りくどいのは好きじゃないはずだ。

 

「お前には分からない。」

 

 伊吹の顔から笑みが消える。

 

「嘘をつかない。それが私達、鬼。そう。そのはずなんだよ。私も嘘が嫌いだ。裏切りも嘘と同じさ。人の思いに、心に嘘をつく行為だ。」

 

「ならなぜだ。なぜこんなことを、」

 

「鬼が自分に嘘をついてんだよ!」

 

 まるで嘆くかのように叫ぶ。

 

「鬼っていうのはな、自分の赴くままに生きる奴らだ。一つ話をしてやろう。私が初めて霊夢を見た時だ。その時代には珍しい人間だった。生まれながらにして博麗の巫女っていう存在だと感じた。だがそれよりも思ったことがある。」

 

「・・・こいつを食ったらどれほど美味いんだろうなってな。」

 

「だが、あいつと生きていく中で共に生きる事も悪くないと思っていた。あいつが死ぬまでな。」

 

「あいつが死んだとき、食っておけばよかったと後悔した。たとえその時、消されてもよかった。己の心に嘘をついてまで生きる事に何の意味がある。」

 

 伊吹の独白。そうだこいつの様子。霊夢の記憶にもない素面だ。

 

「だからさ最後くらいは自分に正直に生きようと決めたんだよ。」

 

 初めて見る表情。諦めたようで、吹っ切れたような笑顔。何でこいつはこんなにも不器用なんだ。

 

「賛同した奴は多かった。くく、天狗だけだと思うなよ。暴れたい奴らってのはたくさんいるんだぜ。よーく感じ取りな、お前なら分かるだろ。」

 

 伊吹に言われるまま。妖怪の山付近に探りを入れる。目の前の鬼を警戒したままに。

 

(・・・!、なんだこれ、大妖怪クラスが何体いるんだよ!)

 

 多くの妖怪が集まっているのか、妖気の塊が進行しているように思われる。少なくとも十は大妖怪と言われる存在がいる。

 

「お前らは幻想郷をつぶす気か。」

 

 拳に力が入る。藍さんも紫さんもいない現状において、この状況はもうどうしようもない。俺一人で相手できるのだって伊吹で手いっぱいだ。

 

 そもそも伊吹だって俺が仕留められるかどうか。

 

「だから言ってるだろう。自分に正直に生きると。幻想郷の外でのうのうと生きている人間どもにかつての恐怖を教えてやるんだよ。鬼に震え、泣き、許しを乞うたあの頃に戻るんだ!」

 

 伊吹の周囲に妖気の嵐が吹きおこる。感情に作用され、妖力も暴走しているのか。こういう状況の妖怪は基本的に弱い。だが、これまでの相手とは一線を画す相手だけに不安だ。

 

 だけど、こちらも負けていられないんだよ。

 

「絶対にお前に、お前らに幻想郷を壊させない!この身砕けても、殺す!伊吹!」

 

 最初から全力だ。どの道、時間はかけられない。

 

 霊力と気力を高め、極限まで強化する。ある程度の攻撃は受けてもいい。回避や流すくらいなら攻撃に手を回す。捨て身の戦法だ。

 

「行くぞ、霊吾!止めるものなら止めてみろ!」

 

 鬼と人間が交錯する。人間と妖怪が戦う最後の決戦の幕開けとなった。

 

 

 




萃香は個人的には好きなキャラです。
そもそも鬼という種族というか括りが好きですね。


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最強の妖精

ちょっと時間が出来ましたので


 今日の人里は一層に騒がしい。慌ただしく駆け回り、男どもが武器を手に取る。

 

 対妖怪の武器として今最も使われているのが銃である。といっても弾数に制限があり、やたらに使うことはない。基本的に妖怪を狩りに行くときも数人で一つ持っていく程度だ。それほどに希少である。だが、妖怪に対して、急所に当たれば一撃で仕留めることが出来る代物である。

 

 それを見る限りの人が持っている。

 

 今朝の高台からの知らせ。妖怪の山に見える妖怪が徐々に下ってきている。百は超える大群が押し寄せてくるとのこと。それに天狗がちらほらと見える事から、最悪の状況として天狗の参戦も考えられる。

 

 八枝も里の一人として防衛に立ち合う。普段はこそこそとやっているが、今日は隠れる必要がない。だが不安が残る。最も頼りになる人間達がいない。

 

(霊吾君、凶さん。人間の中でも一線を超す強さを持ってる人がいない。今の人里でいったいどのくらいの妖怪達と戦えるのだろう。特に凶さんは絶対に来るはずなのに。)

 

 博麗の御子である霊吾。術、格闘主体であり集団戦での立ち回りを意識した戦い方をしていた。戦力はよく分からないが、中級妖怪の集団を難なく潰すことが出来るだけで人間として異常だ。いや、代々伝えられてきた博麗の巫女達もそれほどの力があったのだろう。

 

 ただ一つの目的のために里から離れた凶。戦い方は霊吾とは対照的に対一個体に特化している感じだ。自分の気配を消しての暗殺染みた戦い方をする。並外れた感覚を持っており、絶対的にそれを信じている。剣の腕としては人里の人間とは絶対的な差がある。

 

 また、二人ともに人里との関係が険悪である。人里の人間にとって彼らは理解し難き存在と見られている。

 

(・・・せめて友好的であったなら、助けを期待するだろうに。)

 

 八枝はもう諦めかけている。妖怪退治をするようになり、力量が少なからず分かるようになってしまったからだ。自分の実力が対妖怪において里の中でもトップクラスであること。それでもなお、二人の足元に届かないこと。そして、その二人であっても止められるかどうか分からないほどの妖怪たちであること。

 

 他の人は気づかない。確かに銃は強い。だけど無限ではない。弾が切れる、もしくは銃が効かない妖怪が来た場合、人里はあっさりと壊滅するだろう。もし仮に霊吾があの時、虫の妖怪を倒していなかったら、きっと人里は滅んでいた。

 

「おい、何だあいつは!」

 

 里の誰かが声を上げる。妖怪たちが迫ってきている中で里中の目線が妖怪たちではなく一人の元に集う。

 

 八枝も顔を上げると、人里を背にして妖怪に向き合う一人の妖精がいた。氷の妖精でありながら、誰よりも熱い存在。妖精でありながらその力は妖怪の域まで達している。

 

「チルノちゃん!」

 

 顔だけをこちらに向け、ニコッと笑う。

 

「八枝か、それに懐かしい顔も何人かいるみたいだが、やっぱり知らないやつだらけだ。」

 

 人里のみんなが警戒する中、何事もないように話している。

 

「なあ、誰でもいいが、一つ答えて欲しい。お前らが狩ってきた大妖怪の中で、人里に攻め込んできたやつはいたか?」

 

 人里の面々が話し合う。誰かはチルノを撃つかどうかなど言っている。すぐに一人が答える。

 

「・・・今まで、大妖怪と言われる存在が人里を襲ったことはない。いつもこちらから対策を立てて討ったものばかりだ。」

 

 里の中でも権力を持つ者の一人が答える。

 

「なるほど、つまりは防衛はしたことがないってことか。それにしても、久しぶりに見たな、史。人間は年を食うのが早いからな、すぐ爺さんになるな。」

 

 チルノが両手に妖力を溜めているのが分かる。いや、全身から冷気が漏れ出ている。ほぼすべての力を込めているかのようだ。

 

「お前さん、覚えているのか?ならなぜ、我々を助けようとする?たとえ害は無くとも、お前たちを追い出したのだぞ。」

 

「さあな。ただな、一つだけあたしの中でどうしても我慢ならねー事があるんだ。」

 

 チルノが両手を合わせる。それに伴い冷気が舞い上がる。

 

「知った顔が死ぬ時だ!」

 

 自分の背に叩きつけるように両手を広げる。巨大な氷の壁が瞬く間に広がっていく。やがて、ガキンという音で氷の壁が止まる。上空の何かにぶち当たったようだ。縦横見ても、捉えられないほどの氷の壁が妖怪の群れと人里を隔てている。

 

「全員逃げろ!」

 

 声を荒げて、叫ぶ。遠目に見ても凄まじい汗の量であり、彼女が限界まで作った壁であろうことが分かる。

 

 妖怪達が困惑したように立ち止まる。ぱっと見で妖獣は少ない。人型の妖怪が多数を占めており、種族の特定はできないが、天狗が数体いるのが確認できる。

 

 そして最悪なことに鬼がいる。

 

「おいおい、何だこりゃ。人間の中に術師でもいたのか?」

 

 一人の鬼が笑いながら酒を飲んでいる。明らかに場違いな存在。だが、目にするだけで圧倒的な力の差を感じる。

 

「いえ、恐らくはそこの妖精がやったのだと思われます。」

 

「へー、妖精にしてはなかなかやるじゃないか。今の人間は妖怪や妖精を根絶やしにしてると聞いていたが、あいつは違うのか?」

 

 天狗に鬼が問いかける。その姿は主と従者のような関係に見える。

 

「それは私には分かりませんが、あの妖精は変わり者ですので、常識が当てにならない存在です。とはいえ、精々妖精程度、障害にはなりません。数名で抑え込めます。誰でもよい!最低三人で挑め!」

 

 天狗が叫ぶと、一匹の妖怪が出てきた。天狗の中でも階級が下の方ではあるが、若いがゆえに勢いがある妖怪だ。

 

「私が行きましょう!妖精一匹など私一人で十分です。」

 

「待て!あいつは妖精と言えど・・・」

 

「よし、行ってこい!」

 

「はい、勇儀様!」

 

 天狗のまとめ役より、あの鬼のいう事を聞く若い天狗。若い天狗は刀を構え、チルノに突撃する。

 

「・・・舐めるなよ。」

 

 手に纏う氷で刀を止める。もう片方の手に氷で剣を生成する。

 

「安心しろ、殺しはしない。」

 

 氷の剣で切りつける。傷跡が氷で覆われ、身動きを封じる。その天狗は動けなくなり、叫びながら地面に倒れる。

 

「・・・だから言ったであろうに。」

 

「まあ、いいじゃねえか。それにしても妖精ってあんな奴もいたんだな。」

 

「あの妖精だけが別格です。多くの妖精が消滅していく中、妖怪に近づくことで変異したためと思われます。それだけあって、並の妖怪くらいにはなっています。いえ、今の状態を見るに大妖に近い存在になっている可能性もあります。」

 

 剣を構えるその姿は覚悟を決めた少女のようである。もうほとんど妖力は残っておらず、後ろの壁で完全に人里を隔離しているため、一人での戦いを余儀なくされる。

 

 周りの妖怪たちは先ほどの天狗がやられたのを見て、少し困惑している者もいる。

 

(油断したとはいえ、天狗を一撃で仕留めたのだ。それにあの雰囲気はこちらが見誤ったとしてもおかしくはないか。)

 

「姐さん!俺が行ってきていいか?」

 

「いいんじゃねえか?」

 

(・・・やはり地底から来た者どもとはやりづらいな。)

 

 地底から来た妖怪がチルノを襲う。実力は拮抗しているように見えるが、

 

「勇儀様、加勢に行かせてよろしいですか?」

 

「やめろよ。あいつは一人で守るために戦ってんだ。それを簡単に踏みにじるのは嫌いだね。もう勝敗は決まってるんだ。あいつは負ける。黙って見てな。」

 

 流石に地底の荒くれものに勝てるほど強くはない。徐々に動きが鈍くなっている。それに合わせて遊んでいるように戦っている。それもすぐに終わりを迎える。

 

「くっ」

 

 力が入らないのか、チルノの手から剣が零れ落ちる。

 

「まあ、よく頑張ったよ。じゃあな。」

 

 衝撃が来る瞬間に目をつむる。

 

 だが、いつまでたっても来るはずの痛みが来ない。

 

 目を開ければ、頼もしい背中が目に映る。燃えるような綺麗な赤い髪の妖怪。

 

「めい、りん?」

 

「遅くなってすみません。ですが、安心してください。もうあなたには傷一つ付けさせない。」

 

「おい、何だお前、」

 

 バシュッという音と共に崩れ落ちる。片手で首筋を叩き折るように薙ぎ払う。気を失っているようだ。

 

「おいおい!あいつは何だ?随分強そーな奴じゃねえか。」

 

「・・・紅魔館の門番です。報告では抜け殻のようだとありましたが、、、」

 

「冗談よせよ。抜け殻?あれがか。やっぱり天狗と言えども把握できていない奴らもいたようだな。」

 

 鬼、勇儀の言葉と共に後方に砲撃が飛び交う。数名が吹き飛ばされる。

 

「弱い者いじめは感心しないわね。大の大人が寄ってたかって、可哀想じゃない。」

 

 鬼にも引けを取らぬ覇気を纏った女性が現れる。

 

「・・・風見幽香か。完全に想定外だ。あの妖精を侮っていたのは私もだったか。」

 

 その生き方こそが最強の武器。たった一人の妖精のためだけに強者は盾となり、矛となる。

 

 

 



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鬼哭

神社にて


「おら、どうした!そんなもんじゃねえだろ!」

 

 伊吹の攻撃を流しながら、隙を伺うも、手数の多さと威力に受け身の一方になるばかりだ。

 

 やはり鬼と真正面でやるべきではない。強化を施しても、体に響く打撃。掠るだけで削れる皮膚。強化していなければ消し飛びそうな威力だ。

 

「くっ、うら!」

 

 マスタスパークを放ち、攻撃と回避を行う。威力が低い分早い砲撃は近距離という事もあり、伊吹にぶち当たるが、、、

 

「効かねーな、その程度の威力じゃ。そんな小賢しい事で勝てると思ってるのか?」

 

 全くと言う程手ごたえがない。

 

 霊力、気力の消費も考えなければならないが、決定打になるものがない。打撃もまともに通らない、マスタスパークも効かない。

 

 だが伊吹も限界に近い疲弊を感じる。藍さんとの戦いを経て、随分と消耗している。

 

 それでも勝てるビジョンが思いつかない。徐々に押される。

 

「そら、いくぞ!」

 

 拳を構え、突撃してくる。踏み込みで一つフェイントを入れて、カウンターを狙う。

 

 一瞬、違和感を感じる。博麗特有の勘というもの。だが、考えている暇はない。伊吹を目前まで引き寄せ、タイミングをずらし、拳をくぐり抜けて掌底を叩き込む。これまでの相手もゼロ距離のマスタースパークを受けて無傷の奴はいない。

 

 強烈な閃光と共に伊吹が消える。消し飛んだのではなく、まるで残像であるかのように簡単に消えた。

 

「分身!?」

 

 妖気を読んでも確かに変化はなかった。間違いなく伊吹萃香そのものであった。

 

 だが、一つ見落としていた。伊吹の能力。妖力がまったく同じの分身などを作ることは出来る。

 

「小細工はこうやるんだよ。」

 

 背後から聞こえる声。素早く振り向くが、防御が間に合わない。

 

「ぐぅ!」

 

 右手の肘を蹴り込まれ、その勢いで飛ばされる。気力、霊力で強化しようが無防備な状況では気休め程度しかならない。関節部が砕け、激痛が走る。右腕はまともに使えない。

 

「お前の感知能力は確かに高い。だが、それは私の前では無意味に近い。分かるか、よーく感じてみろ。ここら周囲の妖気がどうなっているか。」

 

 右腕の痛覚を消し、周囲を感知する。一帯に薄く妖気が広がっている。伊吹の妖気で間違いはない。

 

「分かったか、私の能力を使えばどこからでも攻撃をすることが出来る。お前の見えないところからの攻撃なんざ容易い。まあそれをしてしまえば楽しくも何ともないんだがな。」

 

 力の差。言ってしまえば生まれ持った能力の強大さ。ただの妖気ではなく、限りなく小さい自分自身の分身を周囲に展開している。それにより、全方向からどのタイミングでも攻撃できる。

 

 それが分かっただけで十分。

 

「俺が気付かないとでも本気で思ったのか?」

 

「どういうことだ?」

 

「この妖気自体は感知していた。妖気自体がマスタースパークを避けるような動きを見せた時、違和感を感じたがお前の一言で確信に変わった。」

 

 魔力札を周囲に散らばらせる。それに合わせて、戦いながら地面に残していた魔力を作動させる。

 

「これが全部分身であるなら、ここら一帯を吹き飛ばせばダメージが全部お前に行くはずだろ。」

 

「ちっ、まさか!」

 

「もう遅い『最上級火炎魔法』(ロイヤルフレア)

 

 灼熱の炎が周囲を消し飛ばす。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 伊吹が炎にとらわれもがき苦しむ。魔力の消費量がマスタースパークとは比べ物にならないが、威力は申し分ない。だが、これだけで終わらせない。

 

 動く左手に八卦炉を構える。

 

「ファイナルスパーク!」

 

 業火を巻き込みながら伊吹に放つ。霊力が大分尽きているが、これで終わってくれるといいんだが、、、

 

「ぐあぁ、はぁ、はぁ」

 

 伊吹が膝をつく。あれだけの攻撃を受けてもそれだけだ。死にかけのようにも見えるが、妖気の反応からするにまだ立ち上がっている。

 

「この程度、耐えられ、んだよ!どうしたよ!私を殺すんじゃないのか!そんな調子で殺せるのか!」

 

 徐々に回復している。いや、正確にはあらゆる場所から妖気が集まり伊吹一点に集中している。追い打ちを仕掛けるにも動きが分からない。

 

「油断していたわけじゃなかったが、お前如きにこんなくらうなんざだめだな。全力でつぶす。」

 

 立ち上がった伊吹は腕と腰に繋がれている鎖を千切る。妖力が集まるにつれて、姿が変わる。童子程の背丈は成人程のものとなり、角もそれに伴い肥大化している。

 

「この姿になったのは久しぶりだ。いまいち加減が分からないな。」

 

 これまで削ってきた妖力が元に戻っている。いや、それ以上のものを感じる。これまで拡散していた自分を全部集めたのだろう。それにあの鎖。

 

(拘束具だったのか、妖力自体は変わらないがおそらく出力が桁違いに跳ね上がっている。あいつの攻撃を今の俺で対応できるか、、、)

 

 否、できない。左腕だけで攻撃を流せるほど器用じゃないし、何より行動が絶対に遅れる。痛覚を浮かせたとしても動かない腕のせいでバランスが崩れる。ここらが限界なのだろう。

 

 人間の限界が分かった気がする。あいつに勝つのは不可能。

 

 人間のままでは。

 

「俺も最後の手段ではあったんだが、使わざるを得ないな。」

 

「ああ、何を言って、、!」

 

 霊吾の周囲に強大な力が巻き起こる。

 

(こいつ、どこにこれだけの力を秘めていた!いや、この力は、、、)

 

「お前、その身を妖怪にしたのか!その妖力、紫のものにそっくりだ。」

 

「まあ、半分だけだがな。正確に言うには人間性を浮かせたというものだ。俺の体に眠っているはずだった妖力を引き出すにはこれしかない。」

 

 気力、霊力が尽きたなら頼るのは妖力だけだ。

 

「くくっ、度々紫とやってたのは、そういう目的もあったのか。聞いたことはある。それは所謂、房中術ってやつだろう。あいつが早期に回復したのも納得がいく。お前の妖力もな。」

 

「なんだよ覗いていたのか。趣味が悪い。」

 

 右手に妖力を集中させる。半分は妖となったこの体ならいけるはず。激痛が走っているはずだが、徐々に動くようになっている右手。痛覚を元に戻しても痛みはない。流石、妖怪の体だ。この程度なら回復する。

 

「だからといって、それがどうした。お前が半妖になったとしても、私と同じ位置になったと思っているのか?互角になったと思っているのか?己惚れるなよ。多少強くなったところでお前一人に負ける私じゃない。」

 

 怒りかどうか知らないが妖気が不安定に揺れる。この状態になったことで少しは戦える。

 

 それに一つ嬉しい誤算がある。

 

「そうだな。俺一人ではおそらくだがお前を倒せない。」

 

「なんだぁ、降参か。・・・何を考えてやがる。」

 

「何も言ってること通りだ。一人では倒せないだろうなってことだ。」

 

 妖力を辺り一帯に充満させ、注意をこちらに向ける。

 

「何を考えてるか知らないが、まあいい。死ね。」

 

 伊吹が走り出す。拳を振り上げる。

 

 ギリギリまで引き付けられるだけ引き付ける。避けようと思えば避けられるが、ほんの僅かな時間でも出来るだけ時間を稼ぐ。

 

 だが、一瞬伊吹が止まり、上体を逸らす。

 

「ぐぅ!」 

 

 どこからともなく刃が伊吹の首をかすめる。明らかに落とすつもりの斬撃だが、刃が通らない。それでも伊吹に一太刀入れたのは流石だ。

 

「・・・人里の方はいいのか?」

 

「俺が行っても足手まといだ。あんな大勢の前では俺もただの人間に毛が生えた程度だね。」

 

 刀の持ち主。はぐれもの、凶。一度争った相手ではあるが、今は協力関係にあると思われる。いつもとは違い背中に凶の等身程の刀を抱えている。六尺(約180cm)程度の刃渡りを持った刀。

 

「それにしても何者だい?あの妖怪。首を落としたつもりだったんだけど、半分も切り落とせてない。鉄塊でも切っているような感じだった。」

 

「伊吹萃香。かつては酒吞童子と言われた存在だ。」

 

「道理で。この刀じゃ通らない相手かもと思って持ってきて正解だったたな。」

 

 刀を戻し、腰に据えてある鞘ごと地面に置く。そして背中の大太刀を抜いた。

 

 凄まじい妖力を感じる。元の刀も数多の妖怪を切り妖力を秘めた妖刀であったが、格が違う。生まれながらにして妖刀として存在していると感じるほどの威圧感だ。

 

「妖怪が鍛えた刀”楼観剣”。本来は太刀と大太刀の二刀流として作られた片割れらしいけどね。」

 

 妖刀に凶の霊力が吸われているのを確認できる。おそらくだが命を吸われている。それに加え刀の妖気が凶を浸食しているように感じられる、

 

 人間に扱える代物ではない。それが分かっているからこそ、普段は使わないのだろう。

 

「・・・人間一人増えた程度で変わらねーよ。くくっ、人間かどうか怪しい奴らだがな。」

 

 伊吹が首をさすりながら、立ち上がる。あの程度の傷なら瞬時に回復するのだろう。

 

 半人半妖に成りかけの人間。妖怪が鍛えた刀を持った人間。純粋な人間では勝てなくとも、道を外れた人間ならば鬼を討てる。

 



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妖々乱戦 

久しぶりの更新です



 前方では数体の妖怪を軽々とあしらう紅魔館の門番。後方では多くの妖怪を薙ぎ払うフラワーマスター。

 

(どちらもかなりの脅威だ。すでに大妖クラスが数名戦闘不能になっている。)

 

 同じ大妖怪と言えど強さは天と地ほどの差がある場合は多い。大妖怪というのは天井がない。妖力の大きさ、生きた年数である程度決まることもあり、純粋に強い妖怪が成るわけではない。

 

 といってもある程度の強さを持っていることは確かだ。しかし、今障害となっている二人の妖怪に一対一で勝てる妖怪は隣にいる星熊勇儀だけであろう。

 

「・・・勇儀殿。目の前の相手をお願いしてよろしいですか?それ以外の者は後ろの風見幽香に当てます。」

 

「なんだ、目の前の奴を全員でやった方が早いんじゃねーの?」

 

「後方の風見幽香は広範囲の攻撃を持っています。それにあの門番は体術こそ圧倒的ですが、弾幕が苦手だったという事からおそらく大したものは持たない。加えて集団戦を得意としている相手に集団で挑むのは悪手です。個人で勝てるのは勇儀殿くらいでしょう。」

 

「それなりに強いやつもついてきたんだがな。手は出さないつもりだったんだが、私もあいつとはやりたいなと思ったところだ。」

 

 盃を近くの者に預け、拳を握る。

 

「・・・それほどの相手だという事ですか。」

 

「見りゃわかるだろ、あれはかなりやる。相手は隻腕だが、こっちもちとブランクがあるからな。全力でやるさ。」

 

 門番が妖怪たちを倒す。地底の妖怪も立ち向かうのを躊躇している。丁度いい頃合いだ。

 

「そこの赤髪!次は私が行く!」

 

 勇儀が一歩踏み出すと他の妖怪たちはすぐさま下がる。地底の妖怪も盃を手にしていない勇儀は久々に見るのだろう。

 

「他の者、後方の風見幽香を相手にしろ。」

 

 

 

 

・・・

 

 

「・・・すごい。美鈴ってこんなに強かったんだ。」

 

 よく霊夢や魔理沙に紅魔館に侵入されていたし、咲夜に怒られたりしてたこともあり、強いとは言われていたことはあまりなかった。レミリアは強いと言っていたが、実際に目にしたことはない。

 

 紅美鈴と霊吾が戦っていた際も最後のボロボロの二人を見ただけだった。その頃の霊吾より強い程度しか認識していなかった。

 

 目の前で数多の妖怪を壁に寄せ付けずに戦う姿はまさしく門番のようである。地底の妖怪の中には鬼もいたが、何食わぬ顔で攻撃を流し、カウンターを叩き込む。そうやってある程度の妖怪を倒した。

 

「・・・来ますか。」

 

 美鈴が構えなおす。妖怪たちがささっと下がり、司令塔のような鬼が出てきた。話には聞いたことがある。地底、地獄で最強の存在。星熊勇儀という名の鬼。

 

「あんた随分強いな。何者か聞いてもいいか?久しぶりに全力で戦う相手なもんでな、聞いておきたいんだよ。」

 

「そんな大層な者ではありませんよ。名を紅美鈴。肩書はないんですが、強いて言うならば氷精のお友達とでも名乗っておきましょう。」

 

「はっはっは!いいね。私は星熊勇儀。見ての通りただの酔っ払いだ。興味本位にもう一つ聞いていいか?」

 

「私は構いませんよ。何より時間を稼げればよいのですから。」

 

「そうか。なら一つ聞こう。なぜ人間を守る。チラッと聞いたが、お前の主はどうやら人間にやられたそうじゃないか。んでだ、そいつらを背に戦う理由は何だ?」

 

 怪訝な表情の勇儀。純粋な疑問だが、チルノも同じように思っていた。

 

「友を助けるのに理由はいらないじゃないですか。私が守っているのは人間を守っている友達ですから。彼女が人里を守り続ける限りは私はここに立ちますよ。」

 

「・・・これはまた私好みの理由だ。ならもう言葉は要らないな。」

 

「あなたには最初から全力で行きましょう。」

 

 美鈴の周囲の空気が荒ぶる。彼女を取り囲むような竜巻が生じる。見えづらくはあるが美鈴の変化に気づく。角が生え、鱗のように皮膚がひび割れる。

 

 竜巻が収まると美鈴の変化した姿がはっきりとわかる。まるで龍を人に模したかのような姿。

 

「ほぉ、龍は初めて見るな。」

 

 美鈴が足元に落ちている氷の剣を拾う。

 

「チルノ、この剣貰いますね。」

 

「美鈴、そんなもの使っても、、、」

 

 美鈴は氷の剣を無い腕に突き立てる。血が噴き出し、氷の剣を濡らす。

 

「ちょっと!何やってるの?」

 

「説明は後でします。この剣を腕の形にしてもらえませんか。」

 

「・・・分かった。」 

 

 剣の形が腕に変わる。義手にも劣るただの氷の模型だが、不気味な点がある。

 

 中に取り込まれた美鈴の血がまるで脈を打っているように感じられる。

 

 パキンという音がなり、氷が少し砕ける。まるで関節部のようなものが見える。本物の腕のように美鈴が動かす。

 

「・・・驚いたな。そんなことまでできるなんてな。一説には龍の血を飲めば不老不死になれるっていう人間たちの話も強ち嘘じゃないみたいだな。」

 

「そんな噂もありましたね。今できるのはこの程度が精々ですよ。片手ではあなたを相手に持たない。とは言ったものの右手も久々の感覚ですから、ちょっとは違和感がありますが。」

 

 

 

・・・

 

 

 

「あっちは随分楽しそうね。私もできればあっちがよかったのだけれど、、、」

 

 目前の妖怪の群れ。風見幽香は多数相手が苦手というわけではない。ただ彼女は集団相手にする戦い方ではない。大技で薙ぎ払ったり、砲撃で落としたりするが、長時間戦うためのものではない。実際に小さいながらも妖力の弾丸が当たったり、刀剣類での切り傷があったりする。

 

 それでも耐えられるほどの耐久力、持久力を持っている。幽香が大妖怪でも上位に位置するのはそういうのが理由でもある。

 

「もっと強いやつはいないのかしら。」

 

 傘を薙ぎ払い、吹き飛ばす。殺さないのはチルノの意思である。紅美鈴も同じく強く意識しているが、本来守りの戦い方をする彼女とは違い、相手を叩き潰す、消し飛ばすといった殺すことに特化した戦い方をする。その方が楽であり、手加減して相手をするときは遊びであったり、気に入った者を成長させるためといったように自分本位である。

 

 それと合わせてだが、幽香は乱戦が苦手である。特に傷つけてはならない者がいるときなど、使えるものが限られてくる。周囲を丸ごと消し飛ばすような威力のマスタースパークは使えない。あたりの植物を操っても、多勢を前に対処される。出来る事と言えば傘を用いた打撃と大した威力のないマスタスパーク。大した威力はないとは言うが、霊吾のものと同程度である。

 

「ふっ!」

 

 とある天狗に傘を止められる。一瞬の間。注意を怠ると見失う程の速さの斬撃だ。それほどの速さから繰り出す斬撃でも風見幽香の一振りを止められる程度である。

 

「烏天狗も来てるなんてね。あなた天魔の奴の右腕じゃなかったかしら。あなたまで出てくるなんてね。大変ね上司の命令というのも。」

 

「そう思うてくれるなら、引いてはいただけないか。そなたの思っている通り、好んで来ているわけではない。だが、私にもやらねばならないことがあるのだ。」

 

 傘を力で払う。刀で滑らせて、流れるように回避される。

 

「あなたの目的がどうであれ、私も失いたくないものがあるのよ。あなた達が引き下がるまで、いや、逃げかえるくらい痛めつけてあげましょうか。それと一つ言ってあげるわ。」

 

「あなたは優秀でも、全員が優秀ってわけじゃないわ。大妖怪でも上位に位置する二人の対決の余波に気を付けるようにね。」

 

 その瞬間、爆音と衝撃波が襲う。大妖怪の中でも一際別格の存在同士、一撃のやり取りが回りに影響を与えないわけがない。近くにいた妖怪が吹き飛ばされる。

 

(・・・氷壁に衝撃がいってない。まさか、あの龍人、あの戦いの中で衝撃をこっちに流しているのか!)

 

横目に見る。その瞬間が仇となった。

 

「脇見する余裕なんてないでしょ。」

 

 烏天狗は振るわれる傘に投げ飛ばされ宙を舞う。

 

 始まったばかりのこの戦、どっちが勝つにしろ長い時間はかからない。

 

 

 

 

 

 



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刹那の攻防劇

久しぶりの更新です
神社にて



 睨みあう人間と鬼。

 

「・・・三秒後に出るぞ。俺は遊撃、お前は隙を見て切り込め。」

 

「了解。」

 

 凶との取り決めはこれでいい。俺も凶も時間をかければかけるほど不利になっていく。向こうは完全体だが、こちらは不完全な存在。何もしなくとも妖力が漏れ出ている。霊力や気力のように操れず、放出する事しかできない。それは凶も同じ。いや、向こうが妖刀に少しづつだが気力を吸われ続けている分、体力的消耗が大きい。

 

「参」

 

 こちらが構える。漏れ出る妖力を足に集中させる。

 

「弐」

 

 伊吹が警戒する。だが、遅い。お前は早く動き出すべきだった。

 

「壱」

 

 同時に妖力を一気に放出させ、伊吹に急接近する。無謀にも思える真正面からの突撃。向こうはそう思っているだろう。

 

 飛び出した直後、どこからともなく氷の壁が伊吹に向かう。

 

「なに!」

 

 相手の警戒網でも捉えきれない攻撃。そもそも、攻撃ですらないし、伊吹に当たる軌道ですらない。だが、一瞬以上の隙ができる。伊吹が起こした現象以外の全ては伊吹本人にとって攻撃になりうる可能性がある。

 

 顔面に掌底を叩き込む。どこに攻撃してもまともに通らないなら狙うは視界。

 

 伊吹は姿を変えたことで跳ね上がった通常の攻撃が通らないほどの装甲とほぼすべての攻撃を避ける必要になるほどの怪力を手に入れた。その代わりに失ったものもある。伊吹の能力を最大限に生かした遠距離かつ精密感知。

 

 感知能力が低下しているなら、視界を奪えるだけでも十分に大きい隙を生み出せる。

 

「ぐぅ、うら!」

 

 出鱈目に振るわれた拳。顔を掴み支点として能力により浮き上がり、回避する。

 

 そのまま妖力の砲撃を叩き込む。頭上から体全体を覆う程の威力なら、マスタースパークでなくとも十分に通用する。

 

「くっ、あめーよ!」

 

 顔を掴んでいた手を掴まれる。

 

(まずい!)

 

 手に妖力を集中し、強化させる。凄まじい力で握りつぶされそうになるが、何とか持ちこたえる。

 

「うら!」

 

「ぐ!」

 

 が、地面に叩き落とされる。まだ、手は掴まれたままだ。そして掴んでいない片手を握りしめ、妖力を集中させている。衝撃が体中に伝わり、回避行動に出れない。まともにくらえば、半身が吹き飛ぶ威力だ。

 

「消し飛べ、、!」

 

 何かに気づいたように身をかがめる。頭上を斬撃が通り過ぎる。

 

 体をひねり、伊吹の足を蹴り飛ばす。かがんだ状態では足に力が入らないなら、バランスを崩せる。

 

 蹴った勢いで離れようとするが、掴まれた手が離れない。何が何でも離さないつもりのようだ。なら無理矢理、切り離してもらおう。拘束力の無い今なら、ある程度の自由が利く。腕をつかみ返し、捻り上げる。

 

 刃はすぐそばにいる。

 

「凶!」

 

 こちらの声にこたえるまでもなく、刀を振り上げていた。

 

「ぐぅ!」

 

 振り下ろされた大太刀により、伊吹の腕が切り離される。掴まれている手の力が緩んだが、離れていない。腕だけでも大した力を持っている。

 

 伊吹が上空に退避する。片手を奪ったとはいえ、伊吹の回復力なら戻るだろう。だが、無から有を作り出すのに消費する妖力は馬鹿にはならない。大妖怪であっても再生しながらの戦いは厳しいものがあるはず。

 

 未だに腕をつかんでいる伊吹の手を引きはがし、消し飛ばす。これで零からの再生になった。伊吹の顔が多少歪むのが分かる。とはいっても瞬く間に虚空に霧が集まり、手が現れる。

 

「・・・何回切れば死ぬのかな?」

 

「さっきの切断から再生であいつの全体の妖力が十分の一程度減った。単純な計算だったらあと十回手足を切り落として消し飛ばせば、再生が追いつかなくなる。不意打ち気味でもっていけたのが片手だけだったってのは痛いな。」 

 

「なるほどね。でだ、勝てる見込みはあるのかい?あの鬼がそう簡単に切られてくれるとは思わないけど。」

 

「さっきのでその刀が通るのが分かった。俺自身の打撃も砲撃もある程度のダメージは期待できる。が、正直厳しいだろうな。一対一に持ち込まれたら、まず相手のペースにのまれる。あいつが引き下がったのは俺たちが次の攻撃態勢に移れたからだ。もし、どちらかが倒れた場合は手足を切り落としたとしてもそのまま向かってくるはず。」

 

 伊吹が辺りを警戒している。こっちとしては先ほどのような事は相手の先手を取るには十分だが、おそらくもう来ることはない。チルノが引き起こしたものではあろうが、人里からここまでの範囲で広げた技だ。彼女の妖力では限界ギリギリのはず。

 

(チルノ、、、そっちは大丈夫なのか。)

 

広域探知で探っても結果は変わらない。可能性を信じろ。自分は目の前の相手に集中しろ。

 

伊吹が片手に妖力を集める。強化しているのだろうか。迂闊に近づけば、かすっただけでも吹き飛ばされそうな力を感じる。

 

(・・・強化する必要があるのか?俺に対する牽制にしても無駄に妖力を消費する行為だ。まさか!)

 

「凶!避けろ!」

 

それと同時に俺たち二人の間に向かって拳を突き出す。片手に溜め込んだ妖力の砲弾が発射される。互いに避けるが分断されてしまった。だが、この程度の距離なら対応できる。

 

「まずはお前からだ。」

 

 目前に聞こえる声。伊吹の移動速度をあまく見ていた。地を蹴ることでの推進力が無い空中からの移動では動いてからの対応が出来ると判断していた。

 

 遅れて聞こえてくるダンッという着地音。頭に体が追いつかない。自分の中で思いつく回避行動の中で完全回避は不可能だ。ならばこそ、辿り着くのは行動不能を避ける事であり、ダメージを最小限に抑える。

 

(『時空変換 三倍速(タイムドライブ サード)』!)

 

 妖力で八卦炉を起動し、魔法を使う。三倍速の時間の中でも避けられない。拳の速さが遅くとも避ける前に当たる。無理に加速すれば半妖の状態でも体への負担を軽減できない。

 

 片手を伊吹の拳の到着地点に構える。

 

 拳が触れた瞬間、倍速を解き、片手を引きながら、後方に飛ぶ。

 

「ぐっ」

 

 体全体を使っての受け流しでも、吹き飛ばされる。左手は押し込まれ、肘から骨が突き出る。鳥居にぶつかり、倒れ込む。

 痛みを浮かしているが、体が動かない。意識も途切れようとしている。目に水が入る感覚がある。ぶつかりどころが悪く、頭をぶつけたようだ。 普段であれば絶対にやらないはずだった。さっきのやり取りで半妖の体であれば受けきれないまでも、片手だけで済むかと思っていたが。

 

(くっそ、、、ここにきて意識が持っていかれるほどの損傷を受けるとはな、、)

 

 痛みを浮かせたところで動けるには限界がある。妖力による回復でも間に合わない。

 

(・・・凶はどうなってる?)

 

 朦朧とする意識の中で目を上げる。もう一人が終われば、この戦いも終結に至る。一対一では不利と見る状況の中でどうなっているのか。

 

 目に飛び込む景色はまだ勝負の終わりを映してない。

 

 大太刀を片手に持ち、もう片方の手に持った小刀で伊吹の顔を切り上げていた。独特な形をした小刀だった。伊吹の外皮を切りつけるほどのものだ、普通の武器ではないだろう。

 だが伊吹はのけぞらない。切られながらも拳を振るう。それを紙一重で避ける凶。そのまま大太刀で空ぶった腕の手首を突き刺す。凶の戦い方を知っているわけではないが、かつて負けたからこそ分かる。相手を自分の距離に呼び込み切り伏せるというもの。ただこれには確実に相手を仕留めきれる技と相手の攻撃を一度は防ぐまたは避ける必要があるという事だ。

 

 凶にとって紙一重の回避は生命線だった。一度もらえば死に至るという経験は、凶は霊吾に比べ圧倒的に多い。霊力、気力を扱えるようにしてきた霊吾はそれによる強化で受け流しを主に磨いてきた。完全な回避は失敗した時のリスクが大きいと考えての選択だ。

 

 凶は接近戦しかなかった。人の身のままではたかが生まれたばかりの妖獣の引っ搔きでさえも重傷になりうる。だからこそ長年、避けることを鍛え上げてきた。次の行動に繋げる回避を妖獣を殺しながら、常に考え実行してきた。

 

 培われたのは最短の殺戮。異端の刃より脅威となる人間の経験。

 

 

 



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死の願い

回想から
神社にて


「さて、最後の授業になるな。何をしようか?教えたいことは多々あるが、時間もないし、何か希望でもあるかな?」

 

「・・・先生、何で逃げないんですか?」

 

「逃げる必要がどこにあるんだ。私は妖怪の前に先生なんだ。この学び舎に生徒が来る以上は私はここに立つよ。君一人といえどね。」

 

 静まり返った寺小屋。まだ数か月前までは多くの子供がいた。かつては妖精なども来ていたようだが、自分がここに来るようになった頃からは人の子しかきていない。人間と妖怪の関係はここと言えど例外ではない。妖怪の教えを受ける事を拒絶するようになった。今の人里の大人たちの多くがここで学んでいったというのにだ。

 

 先生にはある条件が突きつけられた。人里から出ていくというのであれば、追うことはしないというものだ。妖怪に対して殲滅の意を示している人里にとってみれば珍しい事だった。どんなに妖怪であれど助けてもらったこともある。だからこそ平和的解決を提示したのだろう。

 

「・・・僕がここに来なければとっくに逃げていましたよね。」

 

「どうかな、結構思い入れもあるし、案外今の今まで残っているかもしれないな。」

 

「いや、先生なら絶対に去るはずです。先生は自分を殺すであろう人の事も理解しているはず。だからこそ、里のために去ると考えました。」

 

「買いかぶりすぎだぞ。」

 

「・・・僕は先生が残ってくれると、きっと先生が僕を置いて行かないだろうということを思いながらも、今日まで来てしまった。僕は先生に生きて欲しいと言いながら、逆の行動をとっていたんです。」

 

 天秤にかけてしまった。どこかで生きていけるかもしれないが会えない可能性と生きていけないが最後まで会える事を。自分勝手なところは他の人間と変わらない。

 

「・・・君の言う通り、私は誰も来なければすぐにでも去っていただろう。だけど君には感謝している。私をただの妖怪ではなく先生として終わらせてくれたんだ。だからそう辛い顔をするな。」

 

 笑顔を向けられる。この時の自分の表情はどうだったろうか。いい顔をしていないことは覚えている。

 

「最後に何しようか考えていたが、『死』という事について話し合おうか。これには答えが無い。だが、最後にたどり着くべきところである以上、その意味を知ってもらいたい。」

 

「『死』ですか、、、縁起でもない。ただの悲しい結末。それ以外の意味はないと思います。」

 

「それはどうかな?確かに悲愴という側面はある。だけどそれが全てではない。以前に教えたと思うが妖怪にとっての死を覚えているか?」

 

「人が恐怖を乗り越える、または受け入れたときに妖怪と言う存在が死ぬということでしたか。妖怪は人の力で持って殺すことで死ぬことが出来ると言っていたのを覚えています。例外はいくつかあったと思いますが。」

。」

 

「よく覚えているじゃないか。概ねその通りだ。ここからは私の想像だが、妖怪というのは人間にとっての試練となる存在だと思うのだよ。」

 

「試練ですか?」

 

 難しい事を言う。そのような考えであるならば、まるで妖怪は人間から殺されるために生まれてきたかのように思える。

 

「そうだ。半妖だからこそ分かることもあるのだが、妖怪は死に場所を求めることがある。自身の役目を終えると途方に暮れる。人ならざる者の中でも特に妖怪がそうだと思うのだよ。幻想郷という世界はそういう妖怪にとっては確かに楽園だった。私にとってもいいところであった。だが、人間達がかつての恐怖を思い返し、立ち向かおうとしてきた。」 

 

 どこか嬉しそうに話す。授業では見る事の出来ない見惚れるほどの笑顔を浮かべながら。

 

「嬉しいのだよ。かつての私の教え子たちが成長し、私に立ち向かう。きっと多くの葛藤があったのだろう。私に恩がある、大いに世話になったという一方で、妖怪である以上は里に置けないという。妖怪に攻撃を仕掛けても、最も近くにいる私に最初に来ないあたり、悩んでいたのであろう。そして妖怪の排除を選んだ。如何にも人間らしいと思う。」

 

「・・・理解が出来ません。」

 

「そうだろうな。だけど最初に言ったように知っていてもらいたいのだ。妖怪にとって役目を果たした後の『死』は喜びとなるんだ。里の者には多くを教えてきた。こうなる可能性も示唆してきた。長く教えを説いてきたが、もう十分、私の考えや思いを伝えてこれた。ただ人として思い残すことは君の未来を見れないことくらいか。」

 

 難しい。妖怪であり、人間であり、先生であろうとした者の言葉はあまり記憶に残っていない。ただ覚えているのは、笑顔でありながらも時折見せる寂しい表情。

 

「君には辛い事をさせるかもしれないが、一つ私の願いを聞いてくれないだろうか。」

 

「願いですか?」

 

「人里を守っていて欲しい。他の人との関係はよく分かる。君の苦しみを軽々しく分かるなんて言うつもりもない。選ぶ権利は君にある。断ってくれてもいいさ。」

 

 僕は人里からは忌むべき子供だったのだという。外来人という外の世界から来た人間と人里における特殊な存在との間に生まれた子供だという。先生によれば子孫を残さない代わりに転生することが出来るという契約を交わしていたそうで、人里において妖怪の記録をしていたらしい。妖怪を熟知しており、人里で重宝していたそうだ。

 

 僕が生まれたことにより、契約と能力が消えたそうだ。その後の話は聞いていないが、今その屋敷は一人で持て余している。外に出れば軽蔑、奇怪な目で見られるこの里を守るのは嫌だった。

 

「・・・僕は上手くできません。ですが、先生の願い、受け入れます。」

 

 今の僕があるのは先生のおかげだ。

 

「よかった、、、これで私は終われる。ありがとう。」

 

 妖怪として、人として満足したような顔をしている。本当にそうであったか分からないが、そう見えた。

 

「僕もあなたに会えてよかったです、、、慧音先生。」

 

 

 

・・・

 

 

 手首から先を切り落とされ、引き下がる。このまま突っ込んでも相手にいいようにやられる。切りつけられた目に違和感を感じる。瞼を切られただけだが、治らない。

 

「浅いか、眼球まで届いていないね。」

 

「くっそ、傷が治らない。何だその小刀。」

 

 大太刀で切られた右手は再生できたが、小刀で切られた顔の傷が再生しない。まるで傷そのものが最初から存在しているように。

 

「説明してやる義理はないんだけど、どうせ通らないみたいだしいいか。この小刀はとある妖怪の角をそのまま削って刀の形にしただけのものだ。願いと一緒に託されたものだけど、その妖怪の能力を持っている。」

 

「妖怪だと?」

 

「そう、小刀で付けた傷は妖怪の能力によって『歴史』になる。『その傷はもとからあったという歴史』が再生しない原因。浅い傷でも少しは視界に影響がでるだろ。」

 

 大した傷ではないが、確かに痛みを与えている。決定打にはならないかもしれないが、削り続ければ殺せる目途が立つ。これまでの妖怪たちもそうであったように。

 

(だけど、そう長くはこちらも持ちそうにない。)

 

 凶にとっては戦いやすい状況にあった。伊吹はこれまで霊吾の相手をしており、その動きに合わせて戦っていた。早く、大きな動きで戦う彼に攻撃を当てるにはある程度の予測が必要。常に高速を維持する霊吾に対して、自分はほんの少し早く動ける程度。先ほどまで戦っていた相手に比べれば確実に当てれると思うからこそ、そこに隙ができる。無意識に力み、対応が遅れてくる。

 

 だが少し戦えば慣れる。そう何回も避けさせてはくれないだろうし、自分の間合いに入り込んでくれなければ正直相手にならない。

 

(掠っただけでも皮膚が焼けるとはね。あっちは受け流したみたいだけど片腕がボロボロだな。おそらく内臓や肋骨あたりも怪しいところだ。俺がまともに食らったら果たして五体中何体残るのかね。)

 

 鬼が動き出す。先ほど霊吾に向かう速さよりも随分と遅い。あの速さを出すのは簡単とはいかないらしい。一歩踏み込み、大太刀を地面に突き刺す。

 

(・・・二度同じ手は通用しない。これで決めなければ、俺に打つ手はない。)

 

 太刀を支点に加速する。一瞬だけの加速で相手の腕を潜り抜ける。体をひねり、首をめがけて大太刀を振るう。

 

(獲った!)

 

 背後からの一閃。不意打ちではないにしろ、避けるのではなくあえて突っ込むという行動は予測できないはず。であれば確実にあたる。

 

 ガチンという音が響く。頬に食い込んでいるが、噛んで止められた。

 

「ははっ、嫌になるな。」

 

 刀を手放し、離脱する。当たり前だが向こうも簡単に逃がしてくれない。振り向かずに裏拳を仕掛けてくる。片手で受け止めるがもちろん受けきれない。

 そのまま吹き飛ばされ、氷の壁にぶち当たる。霊吾と比べ強化していない体へのダメージは顕著に表れる。肋骨が数本折れ、内臓に突き刺さる。痛みに悶えながらもなんとか立ち上がる。腕自体は無事のようだ。

 

「・・・惜しかったな。」

 

 食い込んだ刃を抜き捨て、歩いて寄ってくる。絶望的な状況だった。

 

 

 




妖怪観は個人的なものです


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龍門

ほぼ1年ぶりの投稿になります。
人里にて


「力と力のぶつかり合いができるなんてな、何百年ぶりだ!」

 

 衝撃は空気を伝い辺りに広がる。風が荒れ狂い、砂利が凄まじい速さで飛び交う。人間、いや妖怪ですらその空間では、まるで戦場のようにどこからともなく訪れる脅威に身震いしてしまう。

 

 大妖怪同士の衝突というのはこれまでないわけではない。だが、純粋な力比べのような衝突は希少である。怪力の代名詞でもある鬼はその力故に一撃で争いが終息してしまう。その鬼の中でも頂点を誇る者、星熊勇儀がこれまでの戦闘において一撃を避ける者こそいれど、受けきれる者はいない。

 

 彼女は歓喜している。制限なく戦える相手の出現に高ぶっている。

 

「噂に違わぬといったところでしょうか。この姿でなければ一撃で体が破裂しそうですよ。」

 

「涼しい顔で言いやがってよ!」

 

 怪力乱神を名乗るにふさわしい出鱈目な威力。紅美鈴にとっても威力を流さなければ長くは戦えない。といっても有効的な攻撃手段がない。

 

 妖怪はほとんどが己の種族や能力、または特徴に合わせた攻撃を行い、それを磨いていく。妖怪同士の戦いにおいては相手をいかにして潰すかが存続を左右する。だからこそ勝ち残っていく妖怪はより強くなっていく。大妖怪の中でも戦闘経験の多い妖怪程その強さは計り知れない。

 

 紅美鈴は戦闘経験の多い妖怪の中では相手を一撃で葬り去る攻撃が無い。そのような妖怪の中で戦い抜くための一つの方法である消耗戦に磨きをかけてきた。大妖怪になればなるほど一度の戦闘による消耗も激しくなることもあり、相手に合わせて力を抑えて戦う。予測と判断で相手を上回るに十分な力のみを持ちだし、相手が耐える、または効かないようならそれを上回る力を出す。長く生き、強大な大妖怪ほどそれを無意識のうちに行っている。

 紅美鈴はそれを逆手に取った戦闘法で戦う。力を技術で流し、相手の力を最大限まで引き出させる。自分の力を出し切ってなお倒れない相手に対して焦りが生まれ、攻撃は粗くなり、最大限の力を出し続けることにより、疲労が蓄積し、隙が生まれる。そこを狙い撃てば、格上の相手であろうと必殺の一撃などいらない。

 

 だけど、相手がそれを見破れば対処される。それだけじゃない。

 

 ピシッという音がなり、頬の亀裂が大きくなる。鱗のように見える罅割れは徐々に広がっている。咄嗟に距離を取る。

 

 怪訝な表情の鬼。まるで驚愕しているようだ。

 

「・・・お前、その身に竜を閉じ込めているのか。竜人ではなく、竜から人になったのか。大した奴だ。」

 

「あなた相手には分かりますか。」

 

「今気づいた。徐々に人から竜になっているな。最初は元の姿に戻ったのかと思ったが、その姿はどうやら途中段階か。」

 

 強い相手との闘い。まだ人が妖怪と戦っていた時代には数々の戦場において常に竜人の姿を維持していたが、随分と長い間閉じ込めていたせいで、加減が分からない。

 

 竜になるわけにはいかない。確実に目の前の鬼は倒せるが、その余波は守るはずの友人や人里を傷つける。それだけはいけない。

 

「・・・はは、お前なら試せる。」

 

 鬼、星熊勇儀は大きく距離を取った。

 

「全妖力を込めた一撃、受けきれる奴はお前を除いてはいないと見た。せっかくの機会だ、試させてもらうぞ。」

 

 妖力が爆発するように周囲に弾け出る。全力の一撃というのは本当だろう。まともにあたれば竜になっていたとしても無事ではない。

 

「・・・三歩必殺。」

 

 一歩目を踏み込む。浅い踏み込みだが、大地が揺れる。

 

(距離を測りましたか。噂程度でしか聞いたことはありませんが、間合いに入れば必ず相手を殺すまさしく必殺。三歩とは言いますが、彼女なら目前に見える相手なら離れていても無意味。)

 

 二歩目。先ほどよりも強く。足が大地にのめり込み、辺りが陥没する。

 

(狙いは胴体。絶対に当てる技である以上、受け流すことは困難。本来は技を発動させる前に叩くのが正解ですが、こちらの攻撃はほとんど通らないなら、受けきるしか手はない。)

 

 目前に迫る鬼。二歩目の踏み込みで距離を詰めてきた。

 

 氷の右手を突き出し、甲を左手で支える。妖力、気力を氷の掌に集中させる。

 

(本来の自分の腕ではない。だけど、この腕は私以上に私を信じている者の願いが詰まってる。守ることに関していえば、本来以上の力が出る。)

 

 三歩目と同時に飛び出す拳を受け止める。氷の腕にひびが入り、衝撃が全身に伝わる。体中が悲鳴を上げ、骨が軋む音が感じ取れる。爆発音と共に衝撃波が周りに飛び交う。踏み込んだ際の石の破片が頬を掠り、傷を作る。

 

(くぅ!まるで山を動かしているかのようですね。こんな威力を出せる妖怪がいるとは、まだまだ私も未熟者ということですか。流すことは出来ない。だけど、この状況を打開する手はある。)

 

 氷の腕全体に亀裂が走り、腕が砕け散る。

 

(・・・よくここまで持ってくれました。十分です。十分あなたは戦ってくれましたよ。威力はだいぶ押し殺すことが出来た。ここからは私自身の番です。)

 

「うらぁ!」

 

 威力を押し殺したとはいえ、十分すぎるほどの破壊力を秘めた拳。添えていた片手に衝撃が来る。手首が壊れ、心臓まで押し込められる。そこで一瞬止まる。

 

(ここしかない!)

 

 幸いしたのは相手が右腕だったこと。氷の腕が壊れた段階で相手が油断したこと。そのうえで申し分なく威力があること。

 

 一瞬で歩幅を変え、左手を投げ出し、相手のがら空きの胴体に背中を叩きつける。どれだけの装甲があろうとも予期せぬ技は通る。さらにそれだけではない。相手の威力を上乗せして弾き出した一撃は確かな感触があった。

 

 だが、上空に投げ出された鬼の表情は笑っていた。

 

「はっは、返されるとは思わなかったな。体に力が入らねえが、その程度で私は止められないぜ!」

 

 高らかに笑いながらも飛ぶこともできずに地に落ちようとしている。

 

「いいえ、止められますよ。私はあくまでも盾ですので。」

 

「何を言って」

 

 言葉の途中でボゴッという嫌な打撃音が響き、勇儀が吹き飛ばされる。

 

「遅かったですね。その様子だと随分苦戦したんですか?」

 

 打撃音を響かせた傘を肩に担ぎ、悠々とした様子で風見幽香が近づいてきた。

 

「ちょっと厄介なカラスがいただけで苦戦なんてしてないわ。まあ、少し前に速いやつを相手にしていたおかげで落とせたわけだけども。」

 

 手足が片方ずつむき出しになっているあたり、切り落とされたのだろう。即座に再生している様子だが、妖力も随分と大人しくなっている。流石にあの数を相手取って無傷といかない。

 

「で、あなたはまだいる気?その右手、再生しないのだったら足手纏いになるわよ。逃げるなら主力を叩いた今だと思うのだけれど。」

 

「再生できればしていますよ。そういうあなたこそ一人でまだあれだけ居る妖怪の相手を出来るんですか?」

 

 目前にいる妖怪の数は確かに減ってはいる。風見幽香が蹴散らした者もいれば、紅美鈴が流した衝撃で倒れた者もいる。ただ強い妖怪というのは残る。勇儀ほどの存在はいないにしろ、満身創痍の二人で相手になる奴らではない。

 

「紫が目を覚ますまでどんちゃん騒ぎするには、ちょっときつい物があるわね。」

 

「八雲頼りにしてるのを見るに自信は無さげですね。」

 

「あの鬼がやられて、戦意喪失したんなら話が早いのだけれど、向こうは逆にわくわくしてるのを見るとね。流石の私も弱音を吐きたくもなるわ。」

 

 随分弱気になっている様子だが、言葉とは裏腹にその表情は生き生きとしている。やはりこの手の妖怪は平和で退屈な日常よりは危険で殺伐とした戦場を好むのだろう。

 

「まだ、終わったわけじゃない!二人に任せてばっかじゃいられないんだ!」

 

 チルノが立ち上がって肩を並べる。妖気が回復したわけじゃない。ただ、気合で立ち上がり、意地で立ち向かっている。

 

「・・・どうやら、決着がつきましたか。」

 

「めいりん?」

 

 この一戦が始まる前から上空にある気配が慌ただしく動いている。もう片方の戦が終わったようだ。そして、こちらに近づいてくる。

 

 

 

 風と共に現れた天狗。星熊勇儀のとなりに舞い降りる。

 

「勇儀様、萃香様が、、、」

 

 

 

 

 

 

 

 



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最後の魔法(おまじない)

神社にて


 立ち上がる。まだ片腕が使える状況じゃない。だが動ける。八卦炉を見ると、バチバチと火花を散らせている。魔理婆さんが組んだ魔術は霊力を魔力に変換させるものであり、妖力には対応しない。妖力による無理な起動により、不可解な挙動をしている。

 

(使えてあと一回。保険を残しても意味がないか。)

 

 凶が吹き飛ばされていた。頬に刀が突き刺さっているのを見ると仕留め損なったのだろう。十分に威力の出ない攻撃でも凶には致命的になっている。何とか立ち上がっているが、ギリギリといった感じだろう。

 

 伊吹は刀を抜き取り、凶に振り返り歩いて行く。背中を見せた。が、奇襲はできない。背後とはいえ物音無しの接近は不可能だからだ。伊吹も分かっていて、放置しているのだろう。俺が動けば反応できると思っているはずだ。

 

 奇襲はできないが奇策は通じるはず。足元に妖力を集中、爆発させる。その音で伊吹が振り向いた。

 

(腕はまともに使えなくとも、、まだ武器はある!)

 

 伊吹は構えるが無意味だ。位置とタイミングを計っての急加速。目的は伊吹じゃない。

 

「借りるぞ!凶!」

 

 全力の蹴り込みを刀の柄に叩き込む。弾丸のようにはじき出される刀。

 

「なに!」

 

 手を突き出し防御される。手を貫き、刀身が肩から飛び出る。

 

「はあ、はあ、いてーな。」

 

 息が上がっている。やはりだが、体がついていってない。これまでのダメージと疲労は着実に伊吹を苦しめていた。道が見える。

 

 刀を抜く暇は与えない。一気に懐に潜り込む。伊吹が拳を振るう前に腕を弾く。刀が突き刺さり再生できない片手は満足に動かせない。こちらも片手は使えないが、速さで伊吹の動きをつぶせる。足を払い、倒れ込む上体に掌底を叩き込む。その間には八卦炉が挟み込んである。

 

 俺の最高の一撃。原点でもあり、どんな技の中でも単純で大雑把なもの。

 

「くらえ、『マスタースパーク』!」

 

 ゼロ距離からのマスタースパーク。ありったけの妖力で起動し、爆発するような威力の閃光が飛び出す。これまでの黄金の輝きではなく、禍々しい黒々とした閃光は伊吹を上空へと弾き飛ばす。これまで放ったどのマスタースパークよりも強力で巨大な閃光だった。

 

 妖力も使い切った。結局、左手は再生できなかったか。

 

「凶、大丈夫か?」

 

「まあ、何とか。あいつは死んだか?」

 

「・・・何とも言えないが、少なくとも致命傷は与えたはずだ。」

 

 決定打になり得る一撃であっても、消し飛ばせることはおろか妖力を削り切れるかどうかも分からない。

 

 上空から何かが落ちてくる。ゆっくりと落下するそれはまだ戦闘が続くことを意味している。

 

「まだ、戦えるよな。」

 

「無茶を言う若者だね。こちらの主力武器は、、、あの様子だと無いようだね。」

 

 伊吹の腕には刀はない。おそらく抜いた後に投げ捨てたのだろう。

 

「互いにボロボロで武器もまともにないと。まあ、あちらも満身創痍のようだけど。」

 

 地に立つ伊吹。再生こそしているが、妖力もほとんどない。純粋な力も落ちていると思われる。だが、片手の俺と小刀を主体とした凶で破れるか怪しい。

 

 八卦炉は形を保っているが力のない音を上げている。

 

(まともな運用はできないか、、、すまない魔理婆さん。)

 

 一つだけ出来ることがある。おそらく原型が残ることはないであろう技。だけどこれしか思いつかない。

 

 対面する二人と一人。今度は伊吹から動き出す。同時に動く。手を強化し、残りの妖力、霊力、気力を八卦炉に集める。異なる力が合わさることはない。何が起こるか分からないが、予測はできる。

 

 伊吹の拳にぶつける形で八卦炉を叩き込む。三つの力が反発しあい爆発する。その威力で吹き飛ぶが、伊吹も同様に吹き飛んでいる。手を強化しなければ消し飛んでいた。八卦炉は粉々に砕け散った。

 

 意識に何かが介入してくる。

 

 

 

・・・

 

 

 真っ白な空間。一瞬何が起こったか分からなかった。今も理解しているわけではない。だけど目の前に立つ人物がここが現実の世界ではないことを分からせる。

 

「魔理婆さん?」

 

 だが、俺の知っている姿ではない。若く、力強さを感じる。

 

「久しぶりだな、霊吾。私がここに出てこれるってことは八卦炉が壊れた時だと思うんだが、何かあったのか?」

 

 若くとも表情は変わらない。優しい微笑で語り掛けてくる。ここが何処か、なぜいるか。そんなことはどうでもよかった。優しく抱き着くと確かに感触があった。初めてもらったぬくもりや想いがこみ上げてくる。

 

「おいおい。大きくなったのは図体だけか。前よりずいぶんと泣き虫になったんじゃないか。」

 

「・・・今戦ってる相手があまりに強くて、八卦炉を無理に使ったんだ。ごめん。」

 

「いいさ。物はいずれ壊れる。お前がいたずらに壊すことはしない子だって分かってるさ。誰と戦ってるのかは分からないけど、きっと私の知っている奴なんだろうな。」

 

 いつまで抱き合っていたか分からないが、少し落ち着いて話し出す。現状を理解し始める。

 

「婆さんは何でここにいるんだ。そしてここはどこなんだ。」

 

「ここは精神世界みたいなところだ。私がここにいる理由としては八卦炉とお前さんにかけた魔法が原因だな。自分の意思をそのまま具現化させる魔法。実はその八卦炉は回数制限があったんだ。魔導に染まるか、染まらないかの直前に作動するようになっていたんだ。私の役目はそれを引き留める事だった。」

 

 準備と代償さえ整えば無限の可能性がある魔法に溺れないためのストッパーだったのだろう。もし、魔法だけだったらと考えるとその危険性も分かる。

 

「だけどお前さんは魔法に頼り切らなかった。嬉しく思うよ。」

 

「そして壊れた時の作動。八卦炉が壊れることはほとんどない。だけど例外はある。物である以上は物理的破壊は可能なんだ。それはおそらく戦闘中に発生する。だからこそ、その時に助けになれるように組み込んだ。」

 

 二つの役割を持った魔法。最後に手を握った時、その時に組み込んだ最後の魔法だったのだろう。

 

「私の最後の魔力を預ける。たった一度だけ魔法が使えるようになる。私にはこれくらいしかできない。」

 

「いや、そんなことはないよ。ありがとう、魔理婆さん。俺、行ってくるよ。」

 

「ああ、行ってこい、霊吾!」

 

 背中をバンっと叩かれ、意識が飛ぶ。

 

 

・・・

 

 

 吹き飛んでいる体を止める。あの時握った右手には確かに魔力を感じる。目を上げると凶が追撃をしており爆発で飛ばした腕の傷口に小刀を突き刺していた。あれで片手の再生はできないはず。凶がこちらに一瞬目を向けた。こちらの様子を見て、離脱しようとしている。

 

「伊吹!」

 

 叫び声を上げ、注意をこちらに向ける。正真正銘、最後の魔法。声高らかに唱える最強の閃光魔法。

 

「『ファイナルマスタースパーク』!」

 

 極太の閃光が大地を抉りながら伊吹に衝突する。

 

「舐めるなよ、霊吾!」

 

 激しくぶつかりながら、突き進まれる。魔力の波をかき分け、こちらに向かってくる。

 

(こいつ!何処にそんな力があるんだよ!)

 

 もし、両手が健在だったら破られていたであろう。だが片腕の今なら押し切れる。

 

「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」」

 

 意地と意地のぶつかり合い。互いに限界を迎えていたのであろう。閃光にのまれながらも接近し、拳を振り上げる。それでもまだ届かない。

 

 一歩踏み込まれる。まだ届かない。

 

 もう一歩進む。閃光の隙間から顔を覗かせた。届かせない。

 

 放出し続ける魔力を最後に押し出すように放つ。その衝撃で距離を取る。伊吹の胸は肉が剥がれ、焼け焦げている。それでも意識を持って、拳を振り下ろしていた。

 

「ゴホッ!」

 

 血を吐き出し、こちらを睨めつけている。焼け焦げた内臓がずり落ちても、立ち上がってくる。再生する妖力もなく気合で立っているのか。

 

 もう終わらせる。今の伊吹なら強化せずとも貫ける。

 

 伊吹も立ち上がり、近づいてくる。びちゃびちゃと嫌な音を立てながら歩いてくる。普通の妖怪、いや大妖怪と言えど死滅するほどのダメージを受けつつも確かな敵意を持って向かってくる。

 

 拳を振り上げるが遅い。こちらの方が圧倒的に速い。心臓めがけて鋭く速い突きを繰り出す。

 

 グシャという感覚が残る。確実に心臓を潰した。力なく伊吹が凭れかかってくる。

 

 人と鬼の戦いは決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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誤字報告毎度感謝しております。


「ごほっ!」

 

 肩に倒れ掛かり、血を吐き出す伊吹。もう力が入っていないのか、ずっしりとした重みを感じる。まだ呼吸音が聞こえる辺り、辛うじて息はあるようだが、もう終わる。

 

「ああ、く、そ、負け、、たか。」

 

 かすれた声だが確かに耳に届く。最後の言葉だ。

 

「ひとに、より、かかる、、のは、わりと、悪い、気は、しない、な。」

 

「・・・なんで、お前は俺に殺させるような真似をさせたんだ。最初からずっと小さいままでいたらお前は俺に勝っていた。屍になっていたのは俺だ。」

 

 確かに変身後の姿は強い。最強の鬼にふさわしい力を持った存在であった。だが、あくまでも鬼の範囲をでなかった。能力を駆使した戦い方なら勝てなかった。

 

「最期、くらい、は、、抗い、たい、んだ。せめて、お前、、と、戦う、時、くらい。」

 

 ずっと心にある違和感。どこか伊吹の姿が本来のものとは違う感じがしていた。

 

「抗うとは何だ?お前の本当の目的は何だったんだ?」

 

「ごほっ!、も、う長く、ない。お前、も、気づい、てる、はず。私は、ただ、本能の、まま。」

 

「・・・そうか。」

 

 その言葉で確信に変わってしまった。

 

「な、あ、一つ、頼ま、れて、くれ。」

 

「なんだ?」

 

「私を、抱き、しめて、くれ。」

 

「口が動くお前をこのまま放置してるだけでもありがたく思ってほしいんだがな。」

 

「な、に、もう、、噛み、つく、ちか、ら、も、ねえ。鬼は、嘘、を、、つか、ない、のを、知って、いる、だろ。」

 

 これまで嫌なことを言われたことはあれど、伊吹が嘘を言ったことは無い。最後の願いだ、要望通りに従おう。

 

 伊吹を抱きしめる。焼け爛れた血肉が体中にこびりつく。正直不快だ。

 

「存外、わる、くはない、な。さい、ごに一つ、忠告し、ておく。」

 

 表情は見えないが力なく笑っている気がした。

 

「女、は、嘘を、つく。」

 

 その言葉と共に首筋に鋭い痛みが走る。

 

「伊吹!」

 

 一瞬声を荒げたが、力なく伊吹が肩から滑り落ちたのを見て、冷静になった。

 

 死んでいる。どこか満足そうにしている。

 

 首筋には歯形が出来ており、確かな妖力を感じる。どうやら呪いの類のようだ。だが、この呪いのおかげで半妖の部分が吸い取られ、半人半妖ではなく、人間として戻ったようだ。

 

 

(とんだ置き土産だ。まったく、厄介な奴だったよ。)

 

 

 

 

 

 

「・・・まさか、萃香様を倒すなんて。」

 

 そよ風と共に突然現れた妖怪。大きな黒い翼を持ち、烏帽子を被った少女の姿。妖怪だ。

 

「カラス天狗か。」

 

「そうですね。別に構えなくても殺しはしないですよ。私の目的はこの戦況を報告することですので。あとはあなたのことを一目見ておきたいなと思いましてね。」

 

「そうか、なら、俺は行くぞ。」

 

 ボロボロの体だがまだ動く。人に戻ってしまったため、回復は期待できない。

 

「やめた方がいいと思いますよ。休んでないと死にますよ。」

 

 死にに行くつもりはない。

 

 が、どうやら自分でも分からぬうちに焦っていたらしい。少し気持ちを落ち着かせる。

 

「あんたは今から人里に行くのか?」

 

「そうですけど、それがどうかしました。」

 

「終わったら頼みがある。こっちに来てくれないか。」

 

「まあ、いいですけど、状況が分かっているなら私が人里に加勢しに行くとは思わないんですか?」

 

 いたずらっ子のような笑みを浮かべる天狗。厄介な存在であるが敵ではないだろう。

 

「・・・妖怪で頭を殺されて弔い合戦に持ち込むようなやつはいないだろう。伊吹にとってのと他の妖怪にとっての戦は違うはずだ。それにお前ら天狗の立場としても鬼の命令だった方がいいだろ?」

 

「あやや、言われてみればそうですね。ではすぐ戻ってきますね。」

 

 そう言い残し凄まじい速さで消えていった。

 

(とりあえず今の状況だ。)

 

 もう一人の人間、凶に近づく。

 

「大丈夫か?」

 

「なーに、問題はないかな。でもまあ、しばらくは布団から動けそうにないね。俺よりも君の傷の方がひどかったと思うけど。」

 

「心配はない。内臓の修復は何とかなっている。左腕は繋がっているだけましだが。それにそろそろ着くだろう。」

 

 小さい気が二つ近づいてくる。上海と黒姫の気配だ。

 

「急いで来たんだけどもう終わってる!」

 

「上海、悪いがそっちの人間の治療を頼む。俺はちょっと内に戻る。」

 

「いや、霊吾もひどい傷じゃない!動かない方がいいよ。」

 

「後で頼む。時間がない。」

 

 境内から感じる妖気が小さくなっている。藍がもう長くない。

 

 部屋に上がると寝ている藍を心配そうに見つめる二人がいた。今にも泣きそうだ。いや、涙を見せないように頑張っているようだ。

 

「・・・終わったか霊吾。」

 

「藍さま、無理をしないでください!死んでしまいます!」

 

「もういい、橙。心臓を破壊されてはどうしようもない。」

 

 起き上がり、こちらを見つめる。目に光がない。死体が動いているように感じる。

 

「これは私の不手際だ。お前に責任はない。だが、頼む。この異変を解決してくれ。」

 

「・・・言われるまでもないですよ。元からそのつもりです。それに責任は俺にもあります。俺は、」

 

「いい、お前はよくやってくれた。幻想郷において異変を未然に防ぐことなど不可能だ。そういう風に紫様が望んでいるのだから。今回は思いもよらなかったことだろうがな。」

 

 すべてを受け入れる幻想郷において異変は珍しいものではない。悪意の有無とは関係なく、本能に従うというのは生けるものにとって当然の事である。多様な妖怪においては本能からくる衝動的行動というのもある。

 

「かよ、次の巫女としてしっかり果たせ。お前の才能は歴代の巫女達を見ても引けを取らない。」

 

「うん、、、わかった。」

 

「橙、手を握ってくれ。」

 

「はい、藍さま。」

 

 藍の片手を両手で握りしめる。よく褒めて、撫でてくださった手だ。その手にひかれ式となり、妖怪としてただの猫又から九尾の従者にしていただいた。まだ教えてもらわなければならないことがたくさんある。

 

「よく私についてきてくれた。一人前になるときを見れないのが悔いに残るな。」

 

「ほんと、ですよ。まだ橙は未熟です。置いて行かないでください、藍さま。」

 

「・・すまない。」

 

「謝るのは橙の方です、、藍様からたくさん教えてもらっても橙は上手くできないことが多かったですし、、ついて行くだけで精一杯だった私をずっと見守ってくださいました。」

 

 まだ言いたいことがたくさんある。だが、もう長く話せない。最後に伝える事は一つだけだ。

 

「ありがとうございました。」

 

 涙ながらに発した感謝。

 

「ああ、私も感謝しているよ。」

 

 最後の力を手に込める。妖力が橙に伝わっていく。

 

「・・・私の全ての力を託す。これからも修練に励むようにな。いつか紫様を支えられるように。」

 

 そういうと手がするりと零れ落ちる。

 

「・・・霊吾。」

 

「はい。」

 

「紫様を頼むぞ。」

 

「・・・任せてください。」

 

「ああ、安心だな。」

 

 短い会話であるが、十分である。

 

 それだけを言い残し目を閉じる。おそらく次開かれることは無いだろう。泣き出す二人を背に外に出る。

 

「霊吾!」

 

 橙から声がかかる。足が止まる。

 

「・・・生きて帰って来いよ!」

 

「・・・努力しよう。」

 

 歩き出そうとすると、今度は手を掴まれる。かよだった。

 

「離してくれ、かよ。」

 

「やだ。」

 

 泣きながら手を引っ張っている。

 

「約束して欲しい、絶対帰ってくるって。」

 

「・・・常々、戦闘において絶対はないと言っているだろう。」

 

 そういっても無言で手を離そうとしない。強引に振りほどくこともできるが、振り向いて目を合わせる。手を握りしめる。

 

「無事かどうかは分からないけど、生きて帰ってくる。だから待っててくれ、頼む。」

 

 渋々といった感じで頷く。おそらくは直感的に危険を感じているのだろう。

 

 

 

 

 外に出ると上海が凶の治療を行っていた。魔力の糸を人体に通して骨の固定や内臓の修復をしている。簡易な処置にしては出来すぎたものだ。

 

 近づくと上海はこちらに気づいた。凶は気を失っているようだ。

 

「治りそうか?」

 

「命に別状はないけど、動かない方がいい。この人よくこんな状態で戦えたね。普通の人間なら立てないほどの傷だよ。まあ大方の治療は終わったし、次は霊吾の番だよ。」

 

 ボロボロの左手を差し出す。骨が完全におれて関節が一つ増えているようだ。

 

「内は問題ない。腕の治療を頼む。荒っぽくていいから急いでくれ。」

 

「・・・また無茶をしに行くんでしょ。しっかり処置しとくよ。」

 

 腕に魔力の糸が刺さる。数分程度で繋がるが、激しい衝撃があれば元に戻ってしまう。おそらく一撃が限界。

 

 どっちにしろ長くは戦えない。一撃を叩き込めるなら、それにすべてを賭けるしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




萃香も藍も嫌いではありません。


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神への挑戦

「私が行けるのはここまでです。ここから先は自分でお願いします。」

 

 妖怪の山。その中腹辺り。出来れば頂上まで戻ってきたカラス天狗に運んでもらいたかったが、これ以上は無理という。上司に言われているのか、それとも本能的に嫌な予感がするのか。

 

 確かに頂上付近から禍々しい気配を感じる。おそらく今回の異変の首謀者がいるであろう場所だ。

 

「助かった。後は自分で何とかするさ。」

 

「そう言ってくれて助かります。私も見てみたい気もあるんですが、ここから先に行くなと頭の中で警告されているような感じがするんですよ。ここにいるのも正直、いっぱいいっぱい何です。」

 

 チラッと様子を伺うと、冷や汗を垂らしている。やはり本能的に危機感を感じてるのだろう。

 

「あなたが行くのもあまりお勧めはしませんが、解決していただかないと私たちも無事とはいかないですからね。お願いしときます。」

 

 それだけを言い残し、飛び去って行った。

 

 さあ、行こうか。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 頂上に着くと寂れた神社が現れた。かつて神が三柱いたと聞いたことがある。

 

 その神社にとある妖怪が座っていた。

 

「久しぶりだね。お兄さん。」

 

 古明地こいし。今回の首謀者、または関係はしているだろうと予測していたが、やはり当たっていたようだ。

 

 いや、こいつは

 

「誰だ、お前は?」

 

「あんまり会わないから、忘れちゃったかな。私はこいしだよ。」

 

「違うな。古明地こいしではない。俺もあいつのことを理解しているわけではないが、一つだけ分かっていることがある。」

 

 今回の異変。かつて幻想郷で人間が妖怪を徹底的に排除しようとしていた現象に少し似ていた。人間が妖怪に感じる原始的恐怖を強められた結果だという結論だが、それは博麗の巫女が不在だった期間に起こった。

 

 妖怪との結びつきが強くなってしまった起因となる博麗霊夢の死去が大きな要因だと紫さんや藍さんが言っていた。あまりに近づきすぎた恐怖に気づいてしまったからだと、言っていた。一種の発狂状態であり、半ば受け入れるしかない状況だったそうだ。

 

 言うべきか迷ったが、古明地こいしが元凶の可能性が高いと感じていた。結論に至るまでの材料がないが、彼女の能力である無意識を操る能力であれば可能にできる。

 

 無意識とは本能である。生物が本能的に感じる異形への恐怖、またその恐怖を排除する欲求。それらを強められた結果、かつての異変が起こったと考えられる。

 

 今回と前回の違いは本能を煽られた対象が妖怪だったという事。それも対処しなければ確実に人里を消滅できるほど厄介な存在を対象にしたことだ。

 

 伊吹とおそらくは少し前の蟲の集合体であろう。もし放置すればどうなるかは分かる。つまるところ結果が分かりやすくなるように対象を取ったのだろう。

 

 古明地こいしの危険性はそういう分かりやすいものではない。純粋なまでの好奇心や思い付きだからこそ、紫さんや藍さんが見逃した。

 

「今のお前のように確固たる目的をあいつは持たない。こいしの能力を使えるようだが、おそらく憑依しているのだろう?」

 

 にんまりと笑顔を浮かべる。こいしが笑っている姿を見たことはあるが、邪悪に感じた笑みを見るのは初めてだ。

 

「この子の記憶ではあまり会ったことがないように思えたけど、よく見てるんだね。それとも知っていたのかな?」

 

「知っているかどうかといわれると知らなかったな。お前と相対するまではこいし本人の可能性が高いと感じていた。だがまあ、よく考えれば分かることだったな。」

 

 妖怪ですらこの領域には入りたがらないほどの邪悪な気。大妖怪のような圧倒される妖気ではなく、体に纏わりつくような気持ちの悪い妖気とも言えないようなもの。

 

 こいつの正体はおそらく、

 

「モリヤ神だな。」

 

「ご名答。若いのに物知りだね。それでどうするかい?私を殺す?私を殺せばこの子も死ぬだろうね。まあもっとも君に私が見つけられるかな?」

 

 瞬間、こいしの体が消える。憑依した状態で能力が使えるのはかなり厄介だ。

 

 だけど、こいつはこいしではない。

 

 顔に飛んでくる刺突を避ける。

 

「・・・何で?」

 

「そこにいるか。」

 

 声のした方を蹴り上げる。

 

「ぐふっ!」

 

 確かな感覚とくぐもった声。どうやら攻撃は当たったようだ。宙に投げ出され、どさっとした音の方向を注意すると姿が浮かび上がる。腹に直撃し、悶絶しているようだ。

 

「なぜ、、わかった?お前の意識からは確実にいないはずだ。見えるわけがない!」

 

「お前が声に出したから場所がわれただけだ。意外に頭が弱いんだな。」

 

「違う!おまえは避けただろ!なぜ避けられた!」

 

「それを馬鹿正直に言うと思うか、間抜け。今度は俺から行くぞ!」

 

 接近し、足で踏みつぶそうとするが避けられる。こいしの体だけあって身軽そうな動きだ。やはり相当なダメージを与えないことには立ち上がるか。

 

 またこいしの姿が消える。何度やっても同じこと。気を体の周りにドーム状に張り巡らせ、意識を集中させる。古明地こいしなら存在自体が無意識の領域にいるため、簡単には捕まえられない。

 

 こいつは体だけを俺の意識から外そうとしている。溢れ出る邪悪な気を捉えれば、避けるまでもなく叩ける。だが、確実に当てるには正確さが足りない。

 

 軽く蹴り飛ばしても、殴り飛ばしても大した痛手にならない。長々とやってるようじゃ、流石に気付かれる。

 

 全身全霊の一撃にかける。

 

(避けてのカウンターでは足りない。多少はもらう覚悟で攻撃される瞬間に仕掛ける。)

 

 さっきの攻撃が避けられたなら相手は背後からくる。さっきはおそらく様子見と少しの痛手を負わせるために目を狙ったと考えられる。相手が警戒している以上は急所を狙ってくるだろう。

 

(こいしに首を吹き飛ばせるほどの威力が出るとは思えない。妖怪といえど純粋な力はそうでないはず。いや、そうであって欲しいが根拠はない。先ほどのカウンターでだいぶ警戒しているのか、動きがないように思われる。少なくとも気の範囲内にはいない。こう長いと気での警戒も限界だ。一か八かで賭けるしかない。)

 

 僅かな時間であっても、気力での警戒は厳しいものがある。放出している気を抑え、完全無防備の状態になる。

 

 そしてありったけの気力を右手に集中させる。

 

(勘にすべてを委ねた一撃になるとは。)

 

 これまで勘を頼ってきたことはあれど、任せきったことは無い。不安に駆られる。位置、タイミング、姿勢、すべてを考えない。感じるままに動く。

 

 先代の巫女、博麗霊夢はほとんど勘で動いていたという。

 

(大した度胸、見習いたいものだ。)

 

 

 

 

 

 

 腰を落とし、体をねじり、全力の一撃を突き出す。ぐしゃっとした感覚と共に思考が蘇る。

 

「・・・ごふぅ!」

 

 俺の腕はこいしの体の心臓を貫いていた。相手は俺の腕をかすめただけで終わっていた。

 

「・・・すまない、こいし。」

 

「お、まえ、これで、終わったと、思うな、よ。どんな、形であれ、触れることが、できた。」

 

 両手で貫いている腕を掴まれる。体が瀕死であっても動かれるなら、残す手は一つしかない。

 

 右手が邪悪な気に浸食される。腕から乗っ取られているようだ。

 

「お前の体をもらうぞ!」

 

 最後に言い放つとこいしの体は力なく両手を離した。完全に俺の腕に移ったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・夢想天生」

 

 体を霊力で纏い、自身の存在を世界から浮かす。死と生の間の世界。自身だけがこの世界にいる。浸食されている影響か体が動かないが関係ない。邪神であっても殺せる唯一の方法。

 

「聞いているか分からないが、言っておく。妖怪であっても神であっても、人間の恐怖や信仰で存在している。そいつらを問答無用で消す方法はある。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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渇望

 腕に乗り移ったモリヤ神を消す。

 

 人の思いが届かない虚無の空間において、唯一の人間は俺だ。モリヤ神の存在を意識から浮かせば、こいつは消える。夢想天生を行った段階で勝負は決まっていた。

 

 そのはずだった。

 

(なんだこれ、どうなっている!)

 

 意識を浮かせることが出来ない。何かに縛られているように感じる。動かない体が震え、寒気を感じる。思考が割り込んでくる。

 

(・・・・・・ね。)

 

 自身の脳に直接語りかけるようなノイズ。体の芯から冷えるような憎悪を感じる。

 

(死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね・・・・・・)

 

 怨嗟の声は徐々に大きくなって響いている。

 

(な、んで、こんなに苦しい。考えることが、出来ない。術が、解ける。力が入らない。)

 

 多量の汗、涙が流れる。膝をつきそうになるほどの絶望を感じる。理解できない反応が起こる。

 

 怨嗟の嵐の中でくっきりした声が聞こえる。

 

(くっく、阿呆が。痛覚を浮かしていると聞いていたが、ここまで慣れていないとは思わなかったぞ。)

 

 小馬鹿にするような声が響く。モリヤ神の声だ。チラッと腕を見ると浸食されている場所が広がっている。肘までは完全に呪われているが精々腕だけだ。

 

(人間は痛み、恐怖を避けることが出来ない。妖怪との戦いに身を置く人間というのは痛みや恐怖の耐え方を徐々に覚えて強くなっていくんだ。だからこそ能力に頼ってきたお前には耐性がないんだよ。どうだ?初めて本当に感じる死の恐怖は?動けないのは私が体を操作しているからじゃない。お前が恐怖で動けないだけだ!)

 

 死の恐怖。何度か死にそうになったことはあれど、恐怖は感じなかった。いや、感じないわけじゃないのか。本来の痛み、苦しみを避けてきただけ。あるはずのものを浮かしているだけでそいつらは確かにあった。

 

(死の呪い。浸食が心臓に届くまで一分程度。たかだか一分だが一生分の苦痛、苦しみを味わえるぞ。しっかり堪能しろよな。)

 

 術を維持するだけで精一杯。それ以上はもう考えることが出来ない。術を維持するのはモリヤ神をもとの世界に戻さないようにするためじゃない。ただ、自分が死にたくないからだ。

 

(死に、たくない!)

 

 死ねば楽になれる。その思考がよぎる。すべてを放り投げてこいつと共に消えるのも悪くはない。そう思い始めた。

 

『必ず、帰ってきて。』

 

 どこかで待っている人の声が怨嗟の中から響く。

 

(まだ、死ねない!死ぬわけにはいかない!)

 

 体は恐怖で縛り付けられ、力が入らない状態だが、何とか奮い立つ。光明は見えない。どうにかする算段はない。考え終わるころには死んでいるだろう。だけど、最後まで抗う。

 

 

 

 ふと、顔に何かが触れる。無の世界において、存在するのは自分しかいないはずだった。目線を上げる前に口に柔らかい感触が来た。血の味が口に広がっているが、不快な感じはしなかった。

 

 意識が無くなったように思えた。ただ一つの思考以外が消えた。

 

(・・・生きたい。)

 

 何も感じない、何も届かないような、ただ、真っ白の世界で生きたいと願う。たった一瞬、それ以外の考えが頭から抜けていた。

 

(やだやだやだやだ!消えたくない!さなえぇぇぇ!助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!)

 

 先程聞こえていたはずの全てが何も聞こえなかった。

 

 すぐに意識が戻る。その時には恐怖による縛りは解けていた。

 

 能力で体を元の世界に戻し、術を解いた。

 

(モリヤ神は、、、消えたか。)

 

 呪いの跡は腕にあっても、浸食は止まっている。僅かながら怨嗟の声は響くが、もう大きくなることは無いだろう。

 

 腕には貫いたこいしの死体が垂れ下がっている。もう動かないはずだった。

 

(お前に助けられたな。)

 

 異変の終わりだ。

 

「・・・つかれた。」

 

 失ったものが大きい。解決しても喜べない。なぜ殺さなければならなかったのか。ずっと考えるだけで憂鬱になる。終わった後に押し寄せるのは純粋な疲労だけだった。

 

 こいしの死体を抱きかかえ、歩き出す。このタイミングなら丁度いいかもしれない。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 妖怪の山の中腹。大穴が開いており、どこまで続いているか分からないほどの闇が見える。塞がれていたはずだったが、何者かが結界を壊した跡がある。おそらく伊吹であろう。

 

 近くにこいしを横たえる。今にして思えば、こいつを放置するべきではなかった。滅多に人前に姿を見せないと聞いていたが、少なくとも二回は俺の前に姿を現した。能力のおかげで姿を見れると思っていたが、あれはこいつが意識して見せていたのだろう。

 

 おそらくは友達を作りたかったのだろう。一瞬だけ見えた記憶の中、一番強い感情は孤独への拒絶であった。ずっとサインは出していた。俺が気付いていれば、ちゃんと向き合っていれば、違った結末だったかもしれない。

 

 もう遅いと思っても考えてしまう。

 

 

 

 

 遠くの方でガヤガヤと話声が聞こえた。感知する力もないが、地底の妖怪達だろうという事は分かる。少し待つと先頭の方が見える。両腕を抱えられ、自力で歩けない鬼がいた。星の模様がついた一本角の鬼、星熊勇儀だろう。

 

 こちらと目が合うと、にやりとした。抱えている妖怪たちは怪訝な目でこちらを見ているが、星熊勇儀は何かしらの確信を持っていた。

 

「お前だろ、萃香を討った人間っての。」

 

 他の妖怪たちがどよめく。ただ鬼と思しき妖怪たちは一際驚愕しているように見て取れる。

 

「なかなかいい男じゃないか。で、どうだった?萃香の最後は?」

 

「・・・鬼っていうやからでも嘘をつくってのを教えてくれたよ。」

 

「あっはっは!天晴だ人間!私らは嘘を絶対に付かない。まあだが、もし仮にだ、嘘をつくときがあるとするならば、、、」

 

 少し溜める。どことなく穏やかな顔になっている。

 

「そいつは惚れたやつの気を引くくらいだ。それもどうしようもなく気に入ってるやつのな。特にあいつは不器用だからな。」

 

 首筋に触れる。治る様子のない噛み跡がそこにはある。だが、不思議と痛みはない。

 

「お前とは一度拳を交えてみたいもんだな。」

 

「・・・もう勘弁してくれ。鬼はしばらく見たくない。」

 

 星熊勇儀も分かっていると思うが、もう会うことは無いだろう。

 

「最後の頼みがある。」

 

「何だ?言ってみろ。萃香を倒した人間だ、私らが出来ることなら一つだけ何でもしてやるよ。」

 

 他の妖怪達を見てみると、異論はないように見える。それだけ伊吹萃香という鬼の存在は大きかったのだろう。

 

「こいつを地霊殿に送ってやって欲しい。」

 

 こいしを抱きかかえ、差し出す。

 

「そいつは古明地の妹の方か。で、そんなことでいいのか?」

 

「俺にとっては重要な事だ。本来なら俺が行くべきかもしれないが、こいつの姉に合わせる顔がない。だから頼む。」

 

「・・・分かったよ。誰か、受け取ってやれ。」

 

 近くの妖怪が近寄ってきた。そいつにこいしを渡し、背を向けた。もうここには用はない。

 

「じゃあな、人間。」

 

 律儀に返す必要もない。振り返ることはせず、歩き出す。

 



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未来は

 妖怪が人里に襲来した日から1ヶ月ほどの時間がたった。未だに妖怪と人間の亀裂というのは大きく変わってはいない。ただ、スペルカードルールがあった以前の状態までは戻っていると感じられる。人里の人たちもチルノといった友好的な妖怪には少しだけ歩み寄るようになった。それでも強大な妖怪にはまだ抵抗はあるらしい。

 

「それで、美鈴さんはまだ人里には入れないんですか?」

 

「特別、入る必要はないですがね。まあでも、友好的な人間もいますよ。あなたみたいになりたいって言ってる女の子とか。」

 

 八枝のことだろうな。人里で妖怪とのつなぎ役を率先して行っているらしい。

 

「教えがいがありそうな子ですよ。」

 

「・・・俺の時みたいに殺しかけたりとかしてないですよね?」

 

「あんなやり方するわけないじゃないですか。あれは気を扱えるようにするためにちょっと無理をさせました。どの道、あのやり方で耐えてこなければ、ここでこうして呑気に話すこともなかったでしょう。」

 

「まあ、それはそうですね。」

 

 久しぶりに訪れた美鈴さんと少し話し込んだ。

 

「さて、そろそろ行きますね。あなたもあまり無理はしないように。」

 

 それだけを言い残し、去っていく。

 

 あの戦いで俺の体はボロボロになっていた。半妖ですらない存在、ほんのわずかに妖が入り混じった人間という存在になった。おかげで本来短くなっているはずの寿命が延びたのは悪い事ではないだろう。

 

 ただ、霊力が満足に使えない。少なくとも御子としての役割を果たすことは出来ない。博麗の巫女はかよが受け継いだ。まだ、早い気はするが仕方がない。

 

 首筋の噛み跡、腕の呪いは消えない。噛み跡は効果はほとんどないといえど、禍々しい跡だとわかる。腕の呪いに関しては札を貼り付けて封印している。

 

 

 

・・・

 

 

 美鈴さんが去って、少し経つと何者かがやってきた。うまい具合に妖力を隠しているがおそらく大妖怪の類であろう。桃色の髪にシニヨンを付けた女性。右手を包帯で巻かれており、腕には鎖がはめられていた。

 

「・・・鬼か。」

 

「いえ、仙人です。」

 

 まだ見習いですがね、と付け加える。他の鬼ような気性の荒さは特にみられないが、嫌な予感がしている。確実に鬼ではある。

 

「まあ、危害を加えない限りは客として扱いますよ。で、どちら様でしょうか?」

 

「茨木華扇といいます。萃香を討った人間というのを見てみたかったもので。」

 

 あれ以来こうして妖怪がくることがある。ほとんどが大妖怪であるが、初見で俺が伊吹を倒したと断言される。そんなにもこの首筋の呪いは強いのか。そもそもこの噛み跡の意味はなんだろうか。噛み跡に手を近づける。

 

「気になりますか、それ。」

 

「伊吹が最後に残したものだから、気にはなりますよ。それにこいつを見た時の反応が鬼とそれ以外とで違った。」

 

 地底の妖怪達の反応。鬼だけはこいつを見る目がどこか他の妖怪達と違った。

 

「昔の話ですが、鬼と人間が婚姻を交わす際の証と言われていました。首筋を噛むと深々と突き刺さり、傷と残り香を永遠に残す。恐怖や緊張がないほど綺麗な跡になるのですが、あなたのは見事ですね。」

 

 まあ、聞いた話ですけどね、と付け加える。誤魔化しているつもりなのだろうか。あくまでも鬼とは言わないつもりだ。

 

「他の妖怪にはこの人間は自分の獲物だという印くらいにしか思われていないでしょう。多少力を持った妖怪なら手を出して来ないとは思いますよ。まあ、弱い妖怪や悪霊何かは寄り付くと思いますが。」

 

 大層なものを付けられた。道理で分かるわけだ。右手同様に封印しといた方が安全かもしれない。

 

「・・・まだ巫女の役割を担っていますか?」

 

「いや、もう次の代になってますよ。」

 

「そうですか。これからは何をなさるおつもりで?」

 

「さて。考えてはいますが、当分は今の巫女の手伝いに当たると思いますよ。」

 

 そういえば何も考えていない。考える必要があるのかもしれない。

 

「では私はこれで。あなたを一目見れて良かった。」

 

 茨木華扇はそう言い残し去っていった。珍しい妖怪もいるものだ。同じ種族とはいえ、こうも性質や性格が変わるのだろう。

 

(仙人を目指すだけの事はある。)

 

「・・・もう出てきていいのでは?」

 

 虚空に向かって声をかける。美鈴さんと話していた時からちょくちょく視線を感じていたが、茨木がいた時には見ているようだった。流石に最後は茨木も気づいたようではあったが。

 

 何もない空間が開き、中から紫さんが出てくる。異変後に会った時は意気消沈としていたが、最近は少しだけ元気が出てきた。友と従者を失った辛さは計り知れない。

 

 静かに近づき、隣に座った。お茶でも出そうと立ち上がろうとすると手を掴まれる。

 

「・・・分かりました。」

 

 紫さんが来た時にこういう二人で静かに座っている時間が増えた。というよりも紫さんが全く話さず近くにいることが多くなった。孤独の辛さを少しでも紛らわせようとしているのだろう。

 

 少し時間が経つと紫さんが話し始めた。

 

「華扇が貴方に言っていたわね、これから何をするかとか。もう貴方は自由なのだから好きに生きていいのよ。」

 

「好きで俺はかよの手伝いをしています。それに紫さんとこうして静かに座っているのも悪い気はしないですよ。」

 

「・・・そう。」

 

 それからまたしばらく静かな時間が過ぎた。

 

 紫さんが立ち上がり、台所に行こうとした。

 

「お茶なら俺が淹れますよ。」

 

「たまにはやらせてちょうだい。いつも貴方や藍に任せていたもの。」

 

 二人分のお茶を注ぎ、持ってくる。誰かに淹れてもらうのは久しぶりだ。二人でお茶を飲み、ゆっくりする。湯呑を置き、紫さんが話し出す。

 

「・・・もし貴方が私に力を貸してくれるのであれば、一つだけお願いがあります。」

 

 こちらを向き、改まってお願いされる。以前にもこんな感じでお願いされた気がするな。これから先も博麗関係の事をお願いされるのだろうと、そう思っていた。

 

「貴方に、こんな事を頼むのは、駄目だと分かっています。」

 

 声が途切れ途切れになっている。

 

「・・・過去に行き、幻想郷に影響を与えて欲しい。これから築き上げていく未来を貴方に捨てていただきたい。」

 

 真剣な眼差し。だからこそ生半可な返答はできない。

 

「俺にはできません。俺はこの幻想郷で生きていくと決めてます。たとえ行く先がどうであれ、この先の未来に生き、作っていくことを諦めることはしたくないです。それに俺にはかよがいる。」

 

 娘を残していくことは俺にはできない。まだ博麗の巫女になったばかりだというのに。

 

「ここからやり直すことは出来ますよ。橙やかよ、チルノといった勢いを持った者が出てきますし、風見や美鈴さんのように力を持った者が協力はしてくれる。俺も共にいたい。そう焦らずに考えましょうよ、紫さん。」

 

「・・・そうね。確かにまだ終わったわけではないわ。でも、緩やかに終局に向かうしか道はない。今の幻想郷のパワーバランスでは長くは持たない。」

 

「それが幻想郷なのでしょう。全てを受け入れた結果です。それを受け止めるしかない。」

 

 何でも受け入れる事、それはとても残酷な事だと紫さんは言っていた。何が悪いわけでもない、誰が悪いわけでもない。だけど責任や負担は必ず誰かが受け持つ。ここはそういう世界であることを忘れてはいけない。

 

「厳しいのね。優しくしてくれると思ったのだけど。」

 

「紫さんが現実を受け入れて立ち上がろうとするなら俺も手助けをしますよ。現実を否定するのなら、そこだけは賛同できない。それに藍さんからもそう言われていますから。」

 

 紫さんがこちらを見つめる。ふっと儚い笑みを浮かべる。

 

「・・・やっぱり無理でしたか。貴方ならそう選ぶと思っていました。」

 

 ふと違和感を覚える。紫さんの姿が微かにぶれる。体に力が入らない。

 

「・・・嘘をついてごめんなさい。お願いといいましたが、私の中では決定事項でした。」

 

『女は嘘をつく』

 

 伊吹から言われた忠告が蘇る。紫さんが近づいてくるが、体が動かない。お茶に何かしらを盛られたか。

 

「やめてください、紫さん。俺はまだ、」

 

「ごめんなさい。どれほど恨まれても構わないわ。」

 

 隙間に落とされ、不気味な空間を漂う。紫さんの声も微かにしか聞こえない。

 

「あなたしかこの未来を変えることはできないの、霊吾。」

 

 それが最後に聞いた声だった。

 

 

 

 




初期構想ではここで物語は終わりです。


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現代の日々と異能の者達
現代


第二部開始



「霧雨さん、そいつ運んだら今日はもう上がっていいよ。」

 

「分かりました。」

 

 大量の角材を倉庫に直し、今日の業務を終える。

 

「では、先に上がります。」

 

「はいよー。ああ、ちょっと待って。さっき宇佐見さんが呼んでたから、事務所に寄って行ってね。」

 

「宇佐見さんがですか。分かりました。」

 

「そそ。んじゃお疲れ様。」

 

「お疲れ様です。」

 

 過去に飛ばされ、半年ほどが過ぎた。幻想郷での年数があやふやであったため正確な年数は知らないが、およそ八十年前だと思われる。

 紫さんは俺に何をして欲しいのかなど全く言っていないし、ここが何処かもわからない状況だったが、何とか現代の社会に生きている。

 

 今の目標は幻想郷にたどり着くことだが果たして何年かかることやら。能力を使えば行けるかもしれないが、確信がないし、不安定な空間に飛ぶ危険が伴う。紫さんと接触することはほぼ不可能。地道に探していくしかない。

 

 事務所に立ち寄ると、三十半ば程の男がソファーに座っている。

 

「今終わったところか、霊吾君。」

 

「待たせたようですみません宇佐見さん。」

 

「問題はない。噂には聞いているが、結構な重労働でも顔色1つ変えないでやっているそうじゃないか。どこにそんな力があるんだ、と皆が驚いている。」

 

 宇佐見さん。半年前路頭に迷っていた俺を助けてくれた人だ。困っている人を見捨てないというのが心情だそうで、助けられた人は多く、俺のような若者もちらほらいるようだ。

 

「ちょっと慣れてるだけですよ。それで何かご用で?」

 

「その事なんだが、目的地に向かいながら話そうか。だいたい30分くらいでつく。」

 

 二人で事務所を出て、宇佐見さんの車に乗る。結局、目的地を言ってもらってない。

 

 

 

 

 車で走り出して少ししたら宇佐見さんが話し出した。

 

「・・・噂で聞いた1つに面白いことがあった。何でも君のおかげで体が軽くなったとかどうとか。」

 

 流石に耳が早い。以前、そういう相談があった。所謂、悪霊が取り憑いていた。よく俺と一緒にいたがその影響かもしれないと思って祓った。本人には気のせいだと言い聞かせたが。

 

「相談を受けただけですよ。人に話すだけで少しは気が休まることだと思いますが。」

 

「本当にそうだと?その人の回りにも聞いたがまるで憑き物が落ちたかのようだと。」

 

 ほとんど確信をもって否定されている気がする。能力を持っていることなど誰も知らないはず。宇佐見さん自身が俺と同様の存在というわけではない。

 

「君はそういう人ならざる者を見える人だと思っている。もしくはちょっとした超能力でも持っているのではないかと。」

 

「・・・仮にそうだとしてですけど、そういう存在を探しているんですか?また、身内にそういう方がいるんでしょうか?」

 

 この二つが候補に上がる。普通の人とは異なった能力を持つ者はそういない。だけど確実に存在はするし、必要とされる。

 

「・・・その両方だ。昔から人とは違うといわれている子がいる。その子を君に見て欲しい。」

 

 俺が見たところで何が起こるというのだ。

 

 だが、かつては俺もそうだった。人から気味悪がられ、嫌われ、疎外される。

 そういう子に対しても宇佐見さんは相変わらずといった感じだ。いい大人だと感じるが、彼が何時ものような雰囲気ではない。気がやや不安定だ。大きな不安や焦りを感じる。それでも彼はその子を見捨ててない。

 

 俺は協力しなければならない。かつて救ってもらったのだから。宇佐見さんにも恩がある。できるだけ力になろう。

 

「俺と会ったからといってどうなるかは分かりませんが、用件は分かりました。それで具体的には何をすればいいんですか?」

 

 昔の俺であったら理解者となってくれるだけでよかった。だけど、その子が何を求めているかは分からない。

 

「出来ればだけど、その子が人の中に溶け込めるようにして欲しい。無理だとしてもその子とは仲良くして欲しい。人に会いたくないだろうから、その子にとっては辛いだろうが。」

 

 人の中に溶け込むときたか。霊力が多い人間というのは人を惹き付ける人間が多いが、多すぎると拒絶される。本人自身の性格もあるが、根本的な問題もある。天才と呼ばれる者も時代や地域によっては排除されることがあり、本人がどうしようもない場合もある。

 人の輪に入れるかどうかは実際に見てみないと分からないが。

 

「とりあえずは分かりました。俺よりももっと適任はいるとは思いますが。そういう方々を調べなかったわけではないでしょう?」

 

「・・・自称の霊能力や超能力を語る者は数人会わせようとした事がある。だいたいは紛い物だったが、本物もいた。紛い物はその子が見抜いたが、本物は彼らが会いたくないと言った。」

 

「・・・本物でもその子より力が弱い方だったら、接触を避けるでしょうね。自分より強い力を持っているとなると本人からしたら化物の類いになる。特に能力があると言っている人ほど自信があるでしょうしね。」

 

 現代ではあまり見ないが昔ではそれこそ妖怪や異形だと言われていただろう。

 

「君もそういう経験が?」

 

「どうでしょうか。俺はちょっと特殊な事例ですのであてにはならないかと。俺が子供の頃は宇佐見さんのような方はいなかった。貴方みたいな人と出会ってからは救われましたが。」

 

「なるほど、やはり君はその子と同じかもしれない。こういうのは私も好きではないのだが、雰囲気と言うのだろうか。君を初めて見た時から他の人とは違うと思っていた。」

 

 雰囲気ときたか。その子と似てると言われるとそうかもしれないが、雰囲気で分かるとなるとかなり接してきたのだろう。となるとだ。

 

「・・・お子さんですか?」

 

「・・・一人娘だよ。」

 

 道理でよく分かるわけだ。

 

「いろんな人を助けてきた自負はある。そんな私だが、娘一人助けられない。様々な手を尽くしてきたが、私には無理だった。親としては私は駄目なのだろう。」

 

 そんなわけはない。むしろよく投げ出さなかったと言いたいくらいだ。だけど、宇佐見さんには届かないだろう。その娘さんを救い出さないことには彼の頑張りは彼自身が認めないはず。

 

「・・・失礼かと思いますが、奥方はどうされているか聞いてもよろしいですか?」

 

「娘を産んだときに亡くなってしまったよ。それも要因があるのだろう。私自身も悩んださ。最初はほんの少しだけ憎かったこともある。それが伝わっていたんだろう。娘が産まれたことは喜ばしいことだと、理解はしていた。でも心のどこかには少なからず、、、」

 

 後悔が見える。難しい問題だ。

 

「それでも宇佐見さんは娘さんを救おうとしている。どんなに考えても娘を愛していることには変わりはないと思いますよ。」

 

「・・・もしかして君にも子供がいたのか?」

 

「・・・まあ、実の子ではありませんが娘がいました。素直な子でしたよ。」

 

 今は元気にしているだろうか。友達はできただろうか。博麗の巫女として役割を果たしているかよりも気になることは多い。

 もう二度と会えないだろうが。

 

「・・・悪いことを聞いたな。君には私が滑稽に見えるだろうか?」

 

「そんなことはないですよ。宇佐見さんは俺から見たら立派な父親ですよ。まあ、少し不器用な感じは見えますが、俺も同じくらい不器用な父だったと思いますよ。」

 

 不器用というか、おそらく普通の子供であれば宇佐見さんもここまで悩むことはなかっただろう。

 

「どんな結果であれ、ずっと悩み苦労してきたであろう宇佐見さんを尊敬します。」

 

「・・・そう言ってくれて助かる。」

 

 それからしばらく静かな時間が続いた。

 

 

 

 豪邸といえるような家についた。ここが宇佐見さんの家だろう。車を出ると、荒々しい気が二階の一室から感じ取れる。どこか怒っているようで、警戒している、そんな感じだ。確かに霊力や気力を感じ取れる人間なら関わり合いたくはないだろう。

 

「・・・やはり何か感じるか?」

 

「随分と不機嫌だという事は分かります。そういえば年はいくつですか?あと名前も聞いていませんでしたね。」

 

「今年で十三になる。名前は菫子という。」

 

 

 



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超能力少女

 玄関に入っても、不機嫌な気を感じる。やや強くなっているようにも思える。

 

「二階の奥の部屋ですか?」

 

「・・・どうやら君は本物というわけだ。正解だ。では早速向かおう。」

 

 二人で歩き出すが、近づくにつれて霊力が荒々しくなっているのが分かる。流石に音で気付くだろう。

 

 部屋の前に来ると、寄るなと聞こえてくる程の強い気を感じる。

 コンコンと宇佐見さんがドアを叩く。

 

「菫子、ちょっといいか?」

 

「・・・何?お父さん。」

 

 不機嫌そうな声だ。ただ拒絶はされていないような感じだ。警戒心は強いが好奇心を抑えきれないといった感じだろうか。

 

「お前に会わせたい人がいる。今回が最後だ。だから今回は会って欲しい。お願いだ。」

 

「・・・」

 

 勘ぐられている。ドア越しでも関係なくこちらを探るような感じがする。

 

「誰?」

 

 宇佐見さんがアイコンタクトで何か伝えてくる。自己紹介をしろという事だろうか。

 

「霧雨霊吾といいます。君のお父さんに助てもらった人です。少し君と話がしたくてね。中に入れてもらっていいかな?」

 

「・・・」

 

 無言になった。何を考えているのやら。宇佐見さんを見るとこちらも何か考えているようだ。

 

「・・・あんただけで入ってきて。」

 

 どうやら向こうも少し興味が出てきたようだ。

 

「菫子が部屋に招くのは初めてだ。どうやら君を連れてきて正解だったようだ。娘を頼むよ。」

 

 ポンと肩を叩かれ、戻っていく。

 

 少し不安はあるが、部屋に入る。

 

 

 

 

 

 部屋自体は普通のように見えた。ただ、中学に上がった女の子の部屋と見ると、異物が多いように見える。年代物の骨董品が所々に見える。そのどれもが霊力や妖力を秘めている。

 外から感じた荒々しい気はこの子だけのものじゃなかったか。

 

 件の少女は椅子に座って何かを読んでいた。目線だけをこちらに向けた。

 

「・・・お父さんは?」

 

「下に降りていきましたよ。」

 

「ドア越しで聞いてないでしょうね。」

 

「大丈夫ですよ。彼の気は確かに一階にあります。よほど大きい声を出さない限り、聞かれることはないと思いますが。何か聞かれるとまずい事でも?」

 

 少し目線を泳がし、何かを見ているようだ。俺の言葉だけじゃ、安心しないのだろう。

 

「・・・確かに大丈夫そうね。で、あなた何者?」

 

「と言われても、僕は君のお父さんに助られた人としか言いようがないですね。普通の人とは少し言い難いですが。」

 

 近くに来て分かったが、この子はかなり霊力を持っている。少なくとも俺よりは確実に多い。そしてだが、おそらく能力を持っているだろう。宇佐見さんはこの子が人とは違うとしか認識していないようだが。

 あんまり探られているのも気持ちのいいものではない。こっちから探ってみるか。

 

「君はどんな能力を持っているのかな?」

 

「・・・お父さんには能力の事は言っていないのだけれど、何で知っているの?」

 

「おや、そうでしたか。その言い方からするに何かしらの能力を持っているようだね。」

 

「・・・カマかけてくるって大人としてどうなのよ。」

 

「そんなつもりはないですよ。君が何かしらかの能力を持っていてもおかしくないと思っただけですよ。」

 

「・・・そういやお父さんの気がどうとかも言っていたわね。それがあなたの能力ね。気配察知、または探知の類とみた。」

 

「いえ、これは能力ではないですよ。といっても今となっては能力よりも使いやすいものになりましたけどね。」

 

 能力が限定される分、探知能力は鍛えておいてよかった。霊力でなく気力で探知する力は美鈴さんに唯一勝ったほどだ。

 

「ほんと何者よ・・・まあいいわ。どちらにせよ、やっとまともな人が来てくれた。いや、どちらかというとあなたは異常でしょうけど。あと、その気持ち悪いしゃべり方はやめて欲しい。」

 

 気持ち悪いと言われると少し傷つく。気難しい年の女の子とはまともに話したことないし、宇佐見さんも他と違うと言っていたから一歩引いた話し方をしていたがお気に召さなかったようだ。

 

「そこまで気持ち悪いか?恩人の娘さんだからな、最初は丁寧にいこうとしたんだがな。嫌だというならこのまま話すことにしよう。聞いていたよりも随分と話してくれるな。」

 

「これまでの奴らがちょっとおかしかっただけよ。ただの詐欺師やちょっと霊能力があるだけで特別感に浸ってる連中に比べれば、あなたはまとも。だからこそ参考になる。社会への溶け込み方は私も気にはなるのよ。」

 

 十三と聞いていたが随分と大人びている。大人と話しているような感覚を覚える。神童といわれる部類の子供であろうが、明らかに規格が違う。

 

「俺にはあまり必要ないように見えるが。」

 

「私も必要ないと思っているわ。だけどお父さんがね。」

 

 何なら普通の子よりいい子だと思う。この年では甲斐甲斐しい父親に反抗の一つでも見えると思うが、全くそんなことを思っていないと見える。

 

(やはり父親としても立派な方だ。だからこそだろうな。この子の中で大人の基準が宇佐見さんになっているのだろう。)

 

 宇佐見さんのような人は少ない。異物や恐怖に対して避けるわけでもなく、受け止めてなお立ち上がる人間はそういない。正義感や人情、責任感を強く保つ人が基準となったら大抵の人は信じられないだろうな。

 

 逆に言えば、父親への信頼は絶対的なものだと言える。こうして話をしてくれる俺もそれなりに信頼を得ているのだろう。

 

 とりあえずはこの子の要望を受け入れよう。

 

「社会への溶け込み方も色々ある。適度に能力を使いながら隠していくのが個人的には一番いいと思う。」

 

「使いながら隠す?」

 

「能力を一切使わないのは逆に難しい。ふとした拍子、何らかのきっかけで能力が発動してしまうと、制御が困難になる。能力を使わない期間が長いほどより困難になる。」

 

 能力というものが正直どういうものなのかは詳しく説明できないが、その者の生き方や在り方に大きく関わっている。隠すというのも難しいものがある。自分の能力をよく理解しておかないとできない。

 いざという時のため、適度に能力を使うことは重要だ。能力の限界も知っておいて損はない。

 

「ふーん。で具体的には何をしたらいいの?」

 

「さっき聞いたけど、能力を教えて欲しい。少なくとも君が把握している分だけでも。」

 

「超能力よ。念動力、瞬間移動、発火はできる。あとは少しだけ集中力が必要だけど透視ができる。他にもいろいろとあるけどね。」

 

「・・・驚いた。随分と使い勝手がいい能力だな。超能力と言っているのならかなり可能性が広がる。正直、俺の手にも余るものだ。」

 

 超能力という広い範囲においてはおそらく出来ないことはない。幻想郷であっても純粋な能力だけなら間違いなく最強レベルだ。

 

「今あげた三つはよく使っているのか?」

 

「そうよ。もしかして能力っていうのは成長したりもするの?」

 

「成長というよりは慣れだろう。能力といえ精々一人の力だ。限界はある。だけど限界まで引き出すにはある程度使わなければいけない。」

 

 その三つをよく使っていると言ったが、部屋の物を見るに良くない使いかたをしている可能性がある。

 

「・・・この部屋のもの、買った物か?」

 

「それを知ってどうするつもりよ。」

 

「言いたいことはいくつかある。どうやって得たのか、それとなんでこういうやつを集めているのかっていうのを聞きたい。」

 

「・・・ふーん。まあいいわ。そのガラクタ自体にそこまで興味は無いけど、あなたなら何かわかるんじゃない。呪われた骨董品なんて店主も扱えない物を引き取っただけよ。盗んだわけじゃない。」

 

 言われてみれば普通の物は解呪された跡が見える。あの人の子供だ。異常かもしれないが少なくとも一般常識はある。かなり珍しい子だ。

 しかし解呪が出来るほど力を操れるのか。本格的にやることがない気がする。

 

「それに盗んだと万一にもお父さんにばれたらただじゃすまないしね。少なくともお父さんの前では娘でいたい。」

 

 ・・・まあ娘と父親の関係というのは複雑と言うし、杞憂に終わってよかったという感じだ。

 

「そう思っているのなら問題ないな。話を戻そう。能力を使うにあたって1つ聞いておきたい。君はその能力で何をしたい?」

 

「・・・さあね。まだ分からないけど、やってみたいことはある。」

 

「やってみたいこと?」

 

「どこかに忘れ去られたものが行き着く世界があると聞いた。そこを見つけたい。ん、どうしたの?」

 

 動揺が見て取れたようだ。長くなると思っていたが案外早く幻想郷に行けるようだ。だが、この子が興味を持っていいのだろうか。おそらく、この子ならそう遠くない内に自力でたどり着けるだろう。だけど、この子は帰る場所がある。

 俺は情報を与えてはいけない気がした。ただの興味本位で行っていい場所ではない。

 

「いや、何でもない。面白い話だなと思ってな。どこで聞いたんだ?」

 

「たまに行く古物商店のじいさんから聞いた話よ。あなたも興味があるの?」

 

「まあ、少しな。」

 

 目的変更だ。能力を慣らす事で普通の人と関われる様にしようとしていたが、もし幻想郷にたどり着いた場合の事を考えると足りない。

 力を付けさせよう。最低限身を守れるくらいには。

 

 




時系列は考えてたり考えてなかったりします。


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交渉

 能力を知るというのは意外に簡単だったりする。直感的にできることとできないことが分かる。とはいえ、実際試してみないと分からないこともある。

 

「俺の能力はそんなに万能じゃない。"浮く"というのが俺の能力ではあるが、多少は浮かすこともできる。」

 

「そもそも浮くって言うのがよく分からないんだけど、体を宙に浮かせたりできるってこと?」

 

「概ねその認識で間違ってない。この浮くという範囲だが対象が俺であるなら何でもできる。痛覚、記憶、感情といったものでも肉体から浮くという事ができる。」

 

「へー便利じゃない。万能じゃないという割にはそこそこ使えそうだけど。」

 

「デメリットはある。例えばだが、痛覚を浮かしたからといって万全に動ける訳じゃない。意識はあるが体が動かない状態になることもある。」

 

 骨折や裂傷の場合、より酷くならないように痛みで体の動きを制限している。

 その枷を外すというのは危険を伴う。内臓付近の骨折の場合など、無理に体が動けば内臓をズタズタにすることもある。

 それでも動かないと死んでいた場面が多かった。

 

「そんな状態にまでなることってあるの?」

 

 現代においてはそんなことはほとんどない。よほど荒れている地域や荒っぽい事をしている奴らでもそこまではいかないだろう。あくまでも人間の住んでいる地域では。

 幻想郷でもあの時代でない限りはそこまでの危険はないと思われる。それでも十分危ない場所なことには変わりないが。

 

「どんなに社会に馴染めても、能力を持った人間っていうのは何かしらかを引き寄せる事がある。まあ良くないものが多いが、そいつらが時には害をなすこともある。」

 

「そんな事もあるのね。」

 

 幻想郷での事を伝えるわけにはいかない。信憑性は微妙だが、納得はしてくれたようだ。

 

「そういうわけで君には能力に慣れるだけじゃなく色々と対処できるようになってもらいたい。」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 今回は顔合わせだったこともあり、実際に超能力を試すのは後日という事になった。

 

「君を連れてきて正解だったよ。で、菫子は君から見てどうだった。」

 

 一階のリビングにて、宇佐見さんと向かい合っている。いろいろと行うにあたり、親の許可というのは絶対だ。超能力に関して話していないようだったが、知らせていいのだろうか。

 宇佐見さんもある程度は感づいている節があるから時間の問題だとは思うが、本人が伝えた方がいいだろう。

 

「いい子でしたよ。菫子さん自身は少なくとも宇佐見さんが心配するようなことはないと思いましたよ。」

 

「そうか、それを聞いて安心した。なんせ私とはあまり会話がないものでな。それで、菫子とどんな話をしたんだい?」

 

「すみません、詳しくは話せません。大まかな内容は普通とは違う人の生き方というのを少し話しただけです。」

 

「詳しくは言えないか。まあ仕方がない、」

 

 董子が問題ないと分かり、少しホッとした様子の宇佐見さん。

 

「菫子さんの事なんですけど、先ほど宇佐見さんが心配することはないと言いましたが、少しだけ危険性はあります。その危険性を把握したうえで、とある許可が欲しいんです。」

 

「・・・危険性とは何かな?」

 

「菫子さんはおそらく周りに溶け込めなくてもいい人だと思います。周りから拒絶されるからという理由だけではなく、彼女自身の問題もある。それは宇佐見さんも思っているからこそ、僕に相談したと思うんです。彼女の本質的な異常性はそこじゃないんです。」

 

「社会に溶け込めないというより大事なのか?」

 

「溶け込む必要が無くなる場所に行く可能性が高いです。」

 

「・・・それはどういう意味だ?」

 

「その前にですが、幻想郷という地に聞き覚えはありますか?」

 

 宇佐見さんは少し考え込む素振りを見せる。分からないはずだが、もしかしたら心当たりがある可能性もある。

 

「私は知らない。そこと関係があるのか?」

 

「彼女がそこに行く可能性が高いと思われます。行くだけならと思っているかもしれませんが、おそらく帰ってくることはできない。」

 

「・・・そんな場所が本当にあるのか?」

 

 正直に伝えるべきか。今、宇佐見さんからの信頼を失うわけにはいかない。といっても信じてくれるだろうか。超能力などは見せてしまえば信じてくれるだろうが、全くの空想に近い話を聞いてくれるだろうか。超常現象であっても理解の限界はある。

 

 だけど、話しておこう。この人なら信頼できる。得体のしれない俺を拾ってくれた人だ。

 

「幻想郷はあります。詳しい場所は俺も知りませんが、確実に存在はします。」

 

「・・・君がそれほど言うのだったら信じよう。君が意味もなく嘘をつくとは思えない。それに、こんなことで嘘をつく意味も分からない。」

 

 一応、信じてくれたようだ。

 

「もしかして、君もそこに行きたいのか?」

 

「・・・このことは菫子さんには内密でお願いします。幻想郷は俺の故郷のようなものです。俺は帰らなければなりません。」

 

「・・・その言い方からすると出入りが容易いわけではないのか。分かった。菫子には言わないでおこう。だが、幻想郷とはどういう場所なんだ?」

 

「あまり想像がつかないかもしれないと思いますが、妖の類が多数いる世界です。正直言うなら場所というよりは別世界のような感じだと思います。普通の人間もいますが、俺や菫子さんのような人間も珍しく思われないところです。」

 

 厳密に言えば霊力の強い人間や能力を持った人間が珍しくないというだけで、董子のように強力な能力を持った人間は珍しい部類だ。

 

「信じるといった手前だが、俄かには信じ難い話ではある。だが、菫子が惹かれる理由も分かる。」

 

「今の段階では菫子さんも存在は知っているというだけですが、いずれ行く方法を見つけるでしょう。あと数年はかかるでしょうが。」

 

 時間はかかるが必ず菫子は幻想郷にたどり着く。向こうから接触してくる可能性もあるが、彼女がたどり着く頃の状況次第だろう。

 

「そうか、、それでその危険性とやらを踏まえた上での許可という事か。」

 

「そうです。なるべく彼女に力を付けさせてやりたい。宇佐見さんがよければ、定期的に菫子さんに会わせてもらいたいです。」

 

 話の内容も詳しく伝えず、危険性だけを強調して、要望だけ叶えてもらうっていうのは都合のいい話になる。

 宇佐見さんも少し考えているようだ。

 

「・・・菫子はそれでいいと言っているのか?」

 

「そうですね。宇佐見さんの許可が降りれば問題ないです。」

 

「そうか。・・・分かった。だが、私も忙しい身だ。それに私がいても大した力になれないだろうから、君だけでも会っていい。むしろそっちの方が菫子もいいのだろう。」

 

 許可は降りた。最も都合のいいようになったが、信頼してくれているのだろうか。半年前に会った不気味で、意味の分からない事を言っているような男に娘を頼めるのだろうか。

 真意は分からない。危険性を伝えたとはいえ、全部を把握したわけではないだろう。その上で承知してくれたと思っていいだろう。

 

「分かりました。ありがとうございます。」

 

「それとだが、私からも君に頼みたいことがある。」

 

「頼みたい事ですか?」

 

「今回のように普通ではない人や事件といったものを君に任せたい。幻想郷とやらについても私の方で調べてみる。その過程で起こったことや会った人について君に伝えていく。悪い話ではないだろう?」

 

 宇佐見さんの人脈はかなり広い。確かに情報については適任かもしれない。それにこういう仕事は博麗の時にしていたことに似ている。まあ相手は違うが、それなりに対処はできるだろう。

 

「問題ないです。何でも解決できるわけではありませんが、任せてください。」

 

「ありがとう、これからもよろしく頼む。」

 

 差し出された手を握り、話は終わった。これが幻想郷への第一歩と感じた。

 

 

 




ここまで第二部のプロローグみたいなものです。


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限界への挑戦 前編

月1は最低続けたいですね


 ある平日の昼間。本来なら子供は学校に行っている時間だが、宇佐見邸にて菫子といる。宇佐見さんが言うには、最低限行っておけば問題ないそうだ。中学まではそれでいいらしいが、中学でその状態だったら今後やっていけるのだろうか。董子だからこそ心配はしていないのだろうが。

 

 菫子は頻りにこちらを探るような会話をしてくる。正体を知りたいのもあるだろうが、知られると面倒になることもある。かといって全く何もしゃべらないとすれば、信頼されない。さっさと本題に入るとしよう。

 

 超能力の話に入る。超能力を使うにあたり、場所が問題になってくる。瞬間移動、念動力、発火といった能力は町中で使うには目立ちすぎる。特に発火はかなり場所を選ぶ。規模も知りたいところではあるが、水場周辺でない限りは使えないだろう。

 

 そういうわけで菫子の修練場を話し合っていた。

 

「適当な山とかじゃダメなの?川の近くなら問題ないと思うけど。」

 

「近くにあるのか?」

 

「近くじゃないけど、行けるわよ。」

 

「・・・瞬間移動か。」

 

「そ、一度行ったことがある場所なら行けるわ。遠すぎる場所だと疲れるけどね。」

 

 一度行ったことがあるなら瞬間移動で行けるか。障害物や距離はあまり関係ないと考えると、空間転移していると思っていいか。

 

「一人くらいは運べるか?」

 

「やったことないから分からないけど、たぶん出来る。」

 

「・・・近くで試してみるか。ここから見える範囲だったら行けそうか?」

 

「行ける。」

 

「ここから見える範囲だと、あの公園辺りに飛ぶか。瞬間移動は接触が必要か?」

 

「そうね。触れてないと運べない。」

 

「じゃあ頼む。」

 

 手を握られた瞬間、世界が変わった。部屋の風景から一転して外に変わった。

 

(一瞬だったな。空間転移で間違いないだろう。)

 

 菫子を見ると少し汗をかいているようだった。

 

「人を運ぶのは初めてだったけど、意外に行けるのね。」

 

「少し消耗してるようだが、自分一人と比べるとどうだ?」

 

「・・・運べる限界が少し見えたわ。少なくとも見える範囲内が限界だと思う。」

 

 部屋から公園までそんなに離れてはいない。やはり人ひとり運ぶのはそれなりに負担があるか。

 

「予定変更だな。近くの河川敷に行くか。橋の下なら幾分かはいいだろう。」

 

「そんなとこでやってて人に見られないの?発火能力は目立つわよ。」

 

「人の気配を探りながらやるから問題ない、見える範囲内の人なら全方位感知できる。」

 

 現代で戦闘能力を鍛える事は難しい。適度な時間、場所、相手が必要になる。特に現代ではあまり派手なことができない。

 その代わりに感知能力は磨き続けた。戦闘能力は落ちたかもしれないが、感知範囲は以前より上がった。

 

「それ私もできるの?」

 

「できるだろうな。ただ、どの程度のレベルまでいくかは分からない。」

 

「・・・というか能力じゃないなら、どういう原理でやってるの?」

 

「それも教える予定だ。」

 

 

 

・・・

 

 

 河川敷。橋の下は上を通る車両からは死角になっていて見えない。多少の音なら問題なく、発火能力も水場があるので使えるだろう。

 

「さてと、さっそくだが霊力を扱えるようになってもらおうか。」

 

「霊力?」

 

「説明より見せた方が早い。よく見ていろ、霊力というのはこういうもんだ。」

 

 左手に霊力を集める。圧縮させて小さな弾を作り出す。青白く発光している霊力弾が発現した。

 

(久しぶりに霊力を扱ったが、この程度なら呪いの影響は受けないか。やはり幻想郷より発現する力が弱いな。)

 

「・・・すごい。体に流れている力を一点に集中させてる。それも高密度に保った状態を維持してる。私にこれができるの?」

 

 透視能力だろうか。力の流れを見ることができるとは便利な能力だ。見れるならより分かりやすいだろう。

 

「できるはずだ。透視能力で自分を見てみるといい。同じようなものが流れているはずだ。本来なら感覚に頼ることでしかできないが、君なら見ることができる。俺のように一点に流れを集中させてみろ。」

 

「・・・やってみるわ。」

 

 片手を広げ、真似をする。

 

(これまでの董子はおそらく霊力という存在は知らなかったのだろう。ただ、力の流れが分かるのであれば、一度見せただけでもこいつならできる。自分で能力を試してきたなら、霊力は扱える。)

 

 董子の霊力が一点に集まるのが分かる。掌に具現化する霊力弾の大きさは俺の倍以上だ。幻想郷ならどうなっていることやら。

 

「これが霊力なの。」

 

「そうだ。霊力自体は体を巡っている力の一つだ。基本的に人間は誰しもが持っている。ただ、扱うには修練が必要になる。そうやって目で見えるほどに具現化させるには修練だけでなく、才能も必要だがな。」

 

「才能?」

 

「君も見てきた人の中には力が大きい奴や体から力が溢れているように見える奴もいただろう?」

 

「確かにいたけど。」

 

「霊力の大きさはだいたい生まれた時から決まっている。俗にいう天才といわれる人の多くが強大な霊力を持っている。君はその中でも群を抜いている。少なくとも俺が見てきた中では。」

 

 俺やかよといった博麗の巫女よりも強大な霊力。博麗霊夢が今の時代に巫女をしているかどうかは知らないが、時代によっては紫さんが幻想郷に引き込んだかもしれない。

 

 宇佐見さんがいる以上はあまり手を出してこないと思うが、この子の存在を認知しているのだろうか。知っているなら俺に何らかの接触があるはずだが、スキマからの目線もない。紫さんはこの子を知らないとみていいだろう。

 

「集中をやめて、霊力弾を少しづつ辺りに発散させろ。今の状態を維持したまま、俺の真似をして霊力弾を消していくぞ。」

 

「分かった。」

 

 掌の霊力を徐々に発散させる。俺の霊力弾は簡単に消せるが、菫子のものは違う。力の大きさや圧縮度を見るに、爆発する可能性もある。目視できるほどのエネルギーの塊だ。最初のうちは簡単にはコントロールできない。

 

 互いに霊力を発散し終え、次の段階にいく。

 

「霊力というのが分かったなら、能力もより効果的に使えるだろう。」

 

「・・・感知能力も元はこれかしら?」

 

「半分正解だ。感知能力といっても俺は二種類ある。一つは菫子には難しいが、もう一つが力を使ったものだ。よく辺りを見てみろ。」

 

 菫子が目を細めて周りを見渡す。ハッとしたように、こちらに振り返る。

 

「ここら一帯に分散してる力って、もしかしてあんた?」

 

「そういうことだ。霊力ではないが、霊力でも同じようにできる技だ。自分の周囲に力を分散させ、範囲内の存在、動き、状態を感知する。」

 

 広範囲精密感知。伊吹萃香が能力を使って得意としていた技だ。原理は単純であるが、集中力の維持、力の繊細なコントロールといったものが求められる。

 

 一瞬だけの展開なら前々から使うことができたが、常に維持するのは現代に来てからできるようになった。

 

「慣れればいずれできるようになる。さて、話を能力に変えるぞ。念動力、発火の範囲はどのくらいだ?あとは負担も知っておきたい。」

 

「発火の範囲は広くはないわ。対象を正面に捉えないとできないし、燃えないものだと火はすぐに消える。念動力はそうね、、、これくらいかしら。」

 

 浮遊感を感じた。なるほどこれが念動力か。不気味な感覚だ。空を飛ぶとは訳が違う。浮かされている。さらに言うなら動きに制限がかかっている。気力で強化すれば難なく振りほどけるが、素の身体能力では少し厳しいだろうな。

 

 すぐに解除されたが、瞬間移動後のように疲弊した様子はない。

 

「人ひとりが限界か?」

 

「よく分からないけど、生きてるなら一人しか動かせない。長時間は動かせないけど、手より若干先の範囲までなら自由に動かせる。発火と念動力の負担は分からないわ。そこまで使ったことないもの。」

 

 どうやって能力を使っていくか難しい。本来、能力とは固有のもの。能力の制御は能力所有者ごとに違う。霊力、気力の扱いを通して、能力を制御していく道もあるが、幻想郷とは違い現代ではあまり使う事はない。

 

 菫子は制御できていると感じているようだがまだだ。感情の起伏で爆発的な力で能力を使う事がある。まだその状況が来てない以上、限界を知る、自分の能力の危険性を知るのは重要だ。

 

「負担は知らないか、、、だとすると瞬間移動と同様に限界を知る必要があるな。」

 

 とりあえず菫子には考えていたことを話し、納得してもらった。

 

「・・・で私はどうすればいいのかしら?ここら一帯の水でも蒸発させれば限界が見えてくるんじゃない。」

 

「・・・面白い。力の限りしてみろ。」

 

「え!、ほんとに?」

 

「能力は自分の感覚で試した方がいい。君がそう思ったのならやってみるといい。周囲の警戒と逃走は気にするな。」

 

「・・・分かったわ。全力で焼き尽くして見せるわ。」

 

 どこか嬉しそうに手を突き出す。力を試したいのだろう。これまでよく抑えてたものだ。能力を自覚し、使える状況ながら制限をかける。子供離れした強靭な理性だ。

 

 その理性を解き放った時感じた。菫子はすでに化け物だった。




これからしばらくは日常が続くかな。現代であまり殺伐とすることはないと思います。
あまりね。


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先生

少し気分が乗ったので更新です
あまり進んでませんが




「・・・にて爆発が起きたと見られる現場に来ています!幸い被害は出ていませんが、危険物が残っている可能性もあり、立ち入り禁止になっています。警察官も慎重に調査しており、近隣の住民は近づかないようにしてください!また、怪しい人物など、、、」

 

 昼休憩時、食堂に流れるニュース。

 

「物騒なもんだ。近くでこういう事件が起こると、うちの子供が心配になるよ。霧雨さんも気を付けなよ。」

 

「・・・そうですね。あんまり近づかないようにします。」

 

 ここで働いている人の中には、爆発が起こった場所の近くに住んでいる人も少なくない。朝の朝礼時には全体に注意喚起がされた。

 

 軽率だった。発火能力を水面に試しても、一瞬だけの火が発生する程度だろうと思っていた。

 

 発火なんてものじゃない。爆発。一瞬にして一帯の河川が蒸発し水蒸気爆発を発生させた。威力、規模共にでたらめだった。

 

 試しておいて正解だったが、場所は考えるべきだったな。幸いにして怪我人がでなかったのはよかった。

 

(あの場所はもう使えないか。悪くない場所だっただけに勿体無いことをしたな。)

 

 すぐにあの場を離れたため、犯人と思われることはないだろう。

 

「そろそろ戻ろうか。霧雨さんは今日も早上がり?」

 

「そうなります。すみません。」

 

「いや、いいさ。宇佐見さんから別件の仕事を頼まれているのだろう。良くあることさ。最初はここにいろんな人が来るけど、宇佐見さんがその人にあった仕事を探してくるんだ。合わなくてもここに戻ってこれる。誰もが恩を感じているから、あの人の頼みごとは最優先だよ。」

 

 流石の人望だ。埋もれた才能をどうにか生かそうとする思いは真似できない。

 

「そういうことだから、霧雨さんも気にしなくていいさ。君もまたここから旅立っていく人と言うわけだ。疲れたら戻ってくるといい。といっても肉体労働だがな。」

 

 

 

・・・

 

 

 

「体調は、、悪くはなさそうだな。」

 

「そうね。疲労感はあるけど、それぐらいよ。で、今日は何をするの?昨日あれだけ目立ってしまったから、今日はなるべく超能力は控えたいのだけれど。」

 

 宇佐美邸のリビングにて休憩をしていた菫子と話す。度々一階で見かけるようになったが、宇佐美さん曰く俺のおかげらしい。

 

 特別なことはしていない。菫子も父親のことを尊敬しているし、宇佐美さんも菫子に歩み寄ろうとしているのだから話をしていれば、すぐに親子間の問題はなくなるはず。

 

 そういうわけで菫子にはなるべく一階のリビングにいるように促した。

 

 これまで、菫子は能力を隠れて使うしかないため、二階の自分の部屋にいることが多かったらしい。衝撃や音などを考えるとかなり神経質になっていただろう。能力の規模だけに制限された状態で使っていくのはかなりのストレスだったはずだ。

 

 ある程度発散させ、力のコントロールができるようになれば、心に余裕ができるだろう。実際に、昨日の爆発で体力は消耗したかもしれないが、雰囲気は少し柔らかくなっている。単に疲れているだけかもしれないが。

 

「昨日はすまなかった。君の能力の規模を見誤った。宇佐美さんには詳しくは伝えてなかったが、何か言われなかったか?」

 

 疲労困憊の娘が背負られて帰ってきたのだ。かなり心配していた。本当に申し訳ないと思ったが、どこかで試さなければならないし、早くに越したことはなかった。

 

 菫子が部屋に行った後に少し話したが、完全に納得していた訳じゃなかった。

 

「あまり聞かれなかったけど、何か言ってくれてたんじゃないの?体の調子とかを聞かれたくらいよ。」

 

 納得してくれたと見ていいのだろうか。宇佐美さんも菫子の様子は見てるだろうし、良い方向に変わっていると見て判断したのだろうか。後で聞いておくか。

 

「今日は基本的に昨日の振り返りだ。昨日は疲れていただろうから話すことなく終わったが、霊力の扱い方や能力の限界を見たことでのこれからの進め方だな。」

 

「昨日やってみた霊力なら少しは扱えるようになったわよ。ほら。」

 

 そういうと掌に霊力の玉を出現させた。そのままフッと霊力玉を消した。集中、拡散はある程度できている。

 自信に満ちた顔。暇を見ては扱っていたのだろう。

 

「・・・あまり無理はしない方がいいが、その様子だと問題ないか。霊力の扱い方は昨日少し見せたが、様々な応用がきく。拒絶、感知、封印といった感じで本来は妖の類いを相手取るために磨かれてきたものだからな。」

 

「何でそんなに詳しいの?どっかの坊さんとかだったりするの?」

 

「似たような者だ。どうしても気になるか?」

 

 ならない訳はないだろう。能力、力の使い方に詳しい謎の人物。信用はしているが、謎であることにはかわりない。

 

「当たり前でしょ。一応は私の先生ということになるんだから。」

 

「先生か。」

 

「そうね。私が教えを乞うのはあんたくらいよ。少しは素性を教えてもいいんじゃないの?」

 

「そうだな、、、いつかは教える。君が俺を越えるくらいに能力を使いこなせるようになった時だな。」

 

「なにそれ。基準が分かんないじゃない。教える気が無いってことは分かったわ。」

 

 今の君に教えるわけにはいかない。何時幻想郷に行けるかは分からないが、菫子が行くにはまだ早い。

 

「じゃあ、一つだけ答えて。申し訳ないって言う気持ちがあるならいいでしょ?」

 

「事にもよるが、何だ?」

 

「あんたの右手、どうなってるの?」

 

 長袖に革手袋。端から見ると変な感じだろうが、菫子の目には違うものが映っているだろう。

 

「霊力を扱ってみて、いろいろと分かるようになってきた。私の部屋にあるものが不気味な力を発しているということ。ずっと嫌な感じがしていたあんたの右手がそれよりも禍々しく感じる。それは何?」

 

 やはり霊力が強い人間なら何かしら感じるのだろう。もっと封印を強くした方がいいかもしれない。

 伝えておいてもいいだろう。警告になるかもしれない。

 

「ただの呪いだ。術者はもういないが、封印をしても怨念は滲み出るほどだよ。もし君がずっと独学でやっていたら何時かは降りかかるかもしれない。」

 

 革手袋を取り、手に巻いた包帯を少し捲る。包帯にしろ革手袋にしろ封印には関係ない。外部への僅かな漏れを閉じ込めているだけで、自身への影響はない。僅かな漏れでも菫子なら分かるだろう。

 

「・・・何をしたらこんな呪いを受けるのよ。」

 

 冷や汗が見える。直接的に触れずとも、危険性は理解できたと感じる。

 

「神様には喧嘩を売らない方がいいというわけだ。あまり出過ぎた真似は身を滅ぼす。気を付けておくことだ。」

 

「・・・」

 

 警告はこんなもんでいいだろう。素直に聞くやつではないが、考えはするだろう。

 

「俺の話はここまでだ。君の話に移るぞ。能力の限界を知ってどうだった?」

 

「限界、、、発火能力にあそこまでの威力が出るとは私も思わなかった。けど、体力の消耗が激しいから使うことはないと思うわ。」

 

「少なくとも人を殺せる威力は十分にあることが理解できただろう?」

 

「・・・それを知りたかったのかしら?」

 

「君が理解しておく必要がある。前に言ったと思うが、咄嗟に能力を発動してしまう原因の一つに感情の動きがある。怒り、悲しみ、負の感情ほど爆発的な能力に繋がる。」

 

 個人差はあるが、強い感情は能力を強化する。本能と関連があるのだろう。能力にもよるが、理性で制限されているのがほとんどだ。

 

「分かるだろ?他に人がいる場所であれほどの威力が咄嗟に出てどうなると思う?」

 

「・・・大惨事は免れないわね。能力のコントロールってそういう意味もあるのね。」

 

「大事なことだ。君の感情の揺れによってはあの威力を越える可能性も十分ある。最終的には限界まで昂った状態でのコントロールもして欲しいところではあるが、そんな機会はないだろうな。いや、ない方がいい。」

 

 無理に危険を求める必要はない。ある程度抑制できれば菫子なら大丈夫だろう。

 

「でだ、使える場所を探している間の内容を考えていたわけだが、いくつか宿題を出そう。」

 

「宿題って言葉はあまり聞きたくはないわ。強制されているみたいで嫌。」

 

「まあそう言うな。やって欲しい事だが、とりあえず二つだ。能力の同時使用と霊力で周囲に結界を作る。この二つをやっていくか。ゆっくりやっていけばいい。」

 

 能力の同時使用、霊力での結界はどちらとも細かい制御の前段階だ。どちらも集中力の維持にはいい練習になる。

 

 

 

 

 できれば格闘術も鍛えてやりたいところだ。菫子次第だが。

 

 

 

 




前回に前編と書いて、今回後編じゃないのは間違いではないです

後編はたぶんまだ先


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依頼と寄り道

誤字報告毎度助かっております
気分が乗ったので更新です


 ガラガラの店。古い木の匂いが立ち込める。それなりの年季を感じさせるが、それを感じさせないほどの異質さを感じる。

 

 店に在る物のいくつかが明らかに妖気や霊気を発している。まともな造られ方や使い方をされていないような、怨みや悲痛な叫びのような、そんな感じがする。

 

「珍しいな、まともなお客人が来るのは久しぶりじゃ。如何様かね?」

 

「ここのお得意様って言ってる少女から教えてもらったのですが、随分といろいろ在るものですね。」

 

「・・・あのお嬢ちゃんの知り合いだったか。ということはあんたもこっち側の人間かね?客じゃないなら帰って欲しいんだがの。」

 

「こっち側と言われても分かりませんが、今の僕は単なる客ですのでそう警戒しないでください。」

 

「ならいい。あの嬢ちゃんはわしより力が強いからの、いろいろ捲し立てられた事もあったもんでね。客として来ているのならなんの問題もないさね。」

 

 好きに見ていい、そう言われていろいろなものを物色する。

 現代において妖の類いと戦闘になることは殆どないとは言え、準備にこした事はない。格闘が主体ではあるが、八卦炉や刀がないとやや不安がある。

 

 仮に戦闘になる場合必ず苦戦を強いられる。現代に生き残っている妖怪に弱い存在はいない。

 

 とはいったものの目ぼしい物はない。呪術に使用したと思わしき物や妖怪が作ったと思われる物等、珍しい物が置いてある。

 

(・・・こいつは付喪神か。こんな場所にあるとは思わなかったな。)

 

 木刀や真剣といった長物がまとめて立てられているところに紫色の唐笠が一緒にされている。

 少し気になった事もあり手を伸ばそうとするが。

 

「そいつは止めときな。」

 

 店主から声がかかる。

 

「・・・非売品ですか?」

 

「そういうわけじゃねえ。お前さんも分かっているだろ?そいつはもう妖の類だ。」

 

 ここの店主も物が物だけに感覚で妖力や霊力が分かる人間なのだろう。忠告はありがたく受け取るが、店主は本音を言っていない気がした。

 

「菫子さんにはいろいろと道具を渡すそうですが、この唐傘も店主さんが扱えないようなら俺が買いましょう。」

 

「・・・へたな言い訳が通じないのは厄介だな。本当の事を言うとだ、そいつは人を驚かすという目的がある。お前さんが持ってしまえば、それこそただの傘も同然の扱いだ。そいつは普通の人の手に渡ってこそ意味があるとみてんだよ。」

 

 道具の意図、目的がわかる能力といったところか。限定的な能力といってしまえばそれまでだが、こういう商売ならそれなりの使い道があるのだろう。

 物が妖となるのは、人が原因である。独特な色の唐傘だ、それこそ何人もの手に渡り何回も棄てられたのだろう。付喪神になる物というのは必ずしも負の想いが宿っているわけではないが、この唐傘はかなりの怨念というのを感じる。人に使われる物である以上は人を害するほど強大にはなれない。だからこそ驚かすという目的が精々なのだろう。

 

 何とも悲しい存在ではないか。

 

「店主さんはこいつを物と見る?それとも妖と見る?」

 

「そいつは妖だ。」

 

「そうですか、なら賭けをしましょう。もし俺の声にこの傘が応えてくれなかったら、こいつには触れないです。ただ応じてくれたら買わせてもらってもいいですか?」

 

「・・・いいだろう。やってみな。」

 

 今まで横目に見ていただけだった店主がこちらに顔を向けた。それなりに興味があるのだろう。

 

「・・・なあお前寂しいだろ。自分という存在が理解されないという孤独。人から捨てられ人を恨む道理は分かる。だがな、それだけじゃ絶対に心の隙間は埋まらない。妖となったお前の原動力である恐怖を俺は与えることはできない。だけど、道具としてお前を使ってやれる。少しの間だけでも俺の道具になって欲しい。今日は夕方から雨が降るらしいからな、さっそく出番がある。」

 

 こんなところだろう。興味本位かもしれない。ただの勘だが、こいつは俺の力になってくれる気がする。

 

 

 

 

 

 

「・・・長々と店をやってきたが、こんなことは初めてだ。よかったじゃねえか小傘。」

 

 少し顔を店主に向けた隙にずしっとした重みが手に来た。いつの間にか右手には紫色の唐傘が握られていた。

 

「小傘って言うんですか。面白い名前ですね。普通の傘より重いんですけどね。」

 

 傘の妖気が少し揺れた。どうやら重いと言ったのがお気に召さなかったようだ。

 

「ごめん、ごめん。俺には丁度いいくらいだ。」

 

 少し妖気が引っ込んだ。ちょっと扱いにくいが面白いやつだ。

 

「というわけで買わせてもらいますがいいですか。」

 

「持っていきな。へたな値段付けて、そいつに恨まれたくないんでね。」

 

 やや上機嫌な様子だ。この店主はきっと道具の行く末が気になる人なのだろう。菫子に譲っているのもおそらく道具の目的を優先していたのか。

 

「ありがたくもらっておきます。もう一つあなたに聞きたいことがあるのですが。」

 

「何だ。」

 

「幻想郷という場所をどこで知りましたか?」

 

「・・・さあな。嬢ちゃんから聞いたのか知らんが、俺もそういう場所があるっていうのを聞いただけだ。」

 

「誰から?」

 

「食い気味だな。もしかして何か思い入れでもあるのか?まあいい、道具の中には帰りたがってるやつもいるのさ。俺はそういう道具が同じようなところから来たと推測している。」

 

 幻想郷から現代に道具が来るのか。一度幻想入りしたものは何であろうが簡単には出ることはできないはず。

 

 改めて店の物を見る。曰くつきの物が多い。なるほど、外へ追い出しているのか。人里にあっては良くない物も少なくはない。

 

「古い文献を読んだ時に『幻想郷』という地があったとある。忽然とある時にその場所は姿を消したそうだと。まあそれも大分前だ。」

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 どんよりと曇った空。目的地の途中に菫子が言っていた古物店があってよかった。情報収集はあまりできなかったが、面白いものを手に入れることが出来た。

 

 今回は宇佐見さんからの依頼でとある学校に向かわなければならない。個人的にも少し気になったのでちょっと見てみたいという思いもある。

 

 菫子と同じように周りから少し浮いていると思われる少女だそうだ。というのも無愛想で口数の少ない少女とのことだが、問題は強さだそうだ。剣道一筋に生き、男であっても勝てないと言われるほどの実力だそうだ。

 強い剣道少女であるならちょっと腕試しでもさせて欲しいところである。男でも勝てないと言われるほどだ。天才の類であろう。剣道はやったことないが興味はある。

 

 そうこう考えているうちに件の学校に着いた。小雨が降ってきており、ちらほら急いで帰っている学生も見える。校舎から少し離れた武道場に向かう。

 けたたましい声と竹刀がぶつかる音が響く。入口に向かうと顧問の先生と思わしき人がこちらに寄ってきた。

 

「宇佐見さんの言っていた霧雨さんかな?」

 

「はい、そうです。」

 

「随分と若いんですね。島といいます。今日はよろしくお願いします。」

 

「島さんですか。お願いしますといっても、お願いするのはこっちなんですけど。それよりあの子ですか?」

 

 稽古だと思われるだろうが、傍目には蹂躙にしか見えない。剣道っていうのは声に出すのも重要だと聞いているが、黙々と竹刀を捌き、面や胴に打ち込んでいる。同年代の男がまるで赤子のように振り回されている。

 

「また、あいつは、、、魂魄!声を出せと言っているだろ!」

 

 竹刀の先を倒れた相手に向けてこちらに顔を向ける。

 

「止め!魂魄はしばらく打ち込み台を相手にしろ!」

 

 そういうとこちらに頭を下げ、スタスタと武道場の隅に行った。

 

「霧雨さんの言う通りあの子です。魂魄妖見(ようみ)といって、剣道は出鱈目に強いんですが、如何せん言う事を聞かないので扱い辛いんです。私も彼女には勝てないもので。」

 

 島さんの実力はよく分からないが、それなりの経験がある大人相手でも勝てないほどの強さ。確かに出鱈目だ。

 まあでも一応言うことは聞くのか。熱中すると駄目なタイプなのかもしれない。

 

「・・・他の生徒が帰った後でよければ、相手をしましょう。」

 

「私が立ち合うのであれば問題ありません。他の生徒には見せられませんか?」

 

「剣道であれば見せられますが、魂魄さん相手に剣道では自信がないです。自分なりのやり方になるので島さんもよくは思わないかもしれません。」

 

「・・・どちらも怪我をしないようでしたら問題ありませんが、そこは大丈夫なのですか?」

 

「絶対大丈夫とは言いませんが、島さんも思うところがあって宇佐見さんに話していたのでしょう?あの子の成長のため、一度は完全な敗北というのを経験させたいのでしょう?」

 

 このまま自由奔放にさせておいてどうなるかは分からないが、いい方向には向かない。特に力を持った者が拗れると厄介な存在になる。

 大人の方々が心配するのも分かる。

 

「・・・分かりました、いいでしょう。宇佐見さんがあなたに任せれば何とかなると言っていた意味少し分かった気がします。」

 

「買い被りすぎです。僕はそんな大層な人じゃないですよ。」

 

「魂魄と少し似てるようで違う。そんな感じがしました。きっとあなたも人並外れた実力を持っているのでしょう。」

 

 宇佐見さんにしろ島さんにしても、感づくものがあるのだろう。

 

 魂魄は無心で打ち込み台をしばいているが、こちらに興味を向けている。目線がなくとも分かる。

 

 魂魄は楽しみにしているように感じた。

 

 

 




独自解釈

店主の能力
・道具の「目的」が分かる

霖之助の能力
・道具の「名前」と「用途」が分かる

「目的」は道具主体、「用途」は人主体
普通の道具であれば「目的」と「用途」はほぼ同じになる




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辻斬 前編

書き溜め分を投稿していきます



「我が儘言ってすみません。他の生徒には悪いことをしました。」

 

「いえ、早く帰れるようになって嬉しいくらいだと思ってますよ。雨も強くなりそうでしたし、霧雨さんを長居させるのも悪いですし。」

 

 武道場の玄関で生徒達の帰りを見ながら話し合う。雨が強くなっていることもあり、傘をさしている生徒がほとんどだ。外の部活動も早めに帰っているようだ。

 傘立てから微かに妖気を感じた。チラッと見ると紫色の傘、小傘が期待しているように妖気を漂わせている。お前の出番はもう少し後で来る。

 

「それにしても本当に大丈夫ですか?防具なしで試合をするなど本来であるなら絶対に許可しませんよ。今回が特別ですから。」

 

「その点については本当に申し訳ないです。ですが、防具がありだと魂魄さんに勝てそうにないので。大丈夫です。絶対に怪我とかしないんで。」

 

 武道場を見る。珍しい白髪の少女がじっと空を見ている。帰っている男子生徒などその姿に見惚れているようだ。それほど絵になる少女だ。儚げな雰囲気を醸しているが、誰よりも強い。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 雨音が武道場に響く。此方を射ぬく鋭い眼光が見える。こちらは防具を付けていないが、向こうは防具を付けている。そのことについては何も言ってこなかった。

 

 対面して分かる。竹刀を向けられて初めて気づいた。

 

(・・・これはちょっと本気でいかないとケガするかもな。)

 

 物静かな少女と思っていたが、内に激しい炎を感じる。こういうタイプは爆発すると厄介だ。

 

「始め!」

 

 魂魄が物凄いスピードで距離を詰め、突きを繰り出してくる。肩を狙っての突き。防具を付けていないため、躊躇していたのだろう。

 竹刀で突きを逸らし、鍔で押し込めて近づく。

 

「遠慮するな。絶対に当たらないから急所を狙ってこい。」

 

 押し返し距離をとる。相手が深く息をつく。

 

 目がぎらつく。獲物を逃がすまいとする獣のような雰囲気だ。

 

 接近し竹刀を振るう。今度は肩から叩き落とすような軌道だ。急所を狙ってこいとは言ったが、こちらの実力をまだ探っているのだろう。とりあえず片腕を使えないようにさせようという考えだろう。

 

 竹刀で流しながら避ける。鋭い振りだが、逸らして避ける。

 流されても踏み込みを変え、足元を狙ってくる。

 

 飛んで躱すと、直ぐ様突きを繰り出してきた。狙いは喉だ。こちらも竹刀で逸らし、小手を打ちながら着地をする。

 

「・・・一本!」

 

 島さんの声がかかる。

 

 魂魄は呆気にとられているようである。普通の剣道とは違い相手は防具なしで動き回る。自分の技も簡単に逸らされるだけでなく、カウンターまでしてきた。初めての経験だろう。

 

 

 仕切り直しでもう一本。今度は攻めてこない。守りに入ったのだろうか。流石に少し大人気なかったか。

 

「どうした?攻めてこないのか?」

 

 問い掛けても返事はない。出方を見ているのか。

 

「じゃあ、こちらから行くぞ。」

 

 魂魄がついてこれるギリギリの早さで間を詰める。面を打ち込むが流石に防がれる。

 

 いや、防ぐだけでなくこちらの竹刀を逸らして、手首を狙ってきた。先ほど見せたやつを一瞬で真似て来るとは。

 だけどこいつなら出来ると思っていた。

 

 鍔で何とか防ぐも、体勢的には向こうが有利。そのまま押し込めようとしてきた。

 

(見よう見まねでやったにしては上出来な竹刀捌き。体勢有利を覆そうにも普通の大人だと力負けするな。身のこなしにおいても申し分ない。こいつは化けるぞ。)

 

 普通なら負けているが、向こうの両手での押し込みとこちらのほぼ片手の押し込みで釣り合っている。

 

(こっちも普通とは言い難いんでな。悪いな魂魄。負けてもらうぞ。)

 

 相手の竹刀を押し飛ばし、体勢を崩す。その隙にコツンと面を打つ。

 

「一本!」

 

 

 

 

・・・

 

 

 あの後、島さんが終わりを告げると直ぐ様防具を脱いで出ていった。

 

「よほど悔しかったのでしょう。それにしてもすごい実力ですね霧雨さん。剣道はしていなかったと言ってましたが、剣術や武術など極めているのですか?」

 

「極めているとは言えませんが、格闘術を主に修練してましたね。刀も少々扱えますが。」

 

「あれで極めていないと言いますか。魂魄が手も足も出ないような相手は初めてですよ。どこで教わったのか聞いてもいいですか?」

 

「すみませんが言えません。」

 

「そうですか、残念です。」

 

 少々雑談を交わした後、お開きとなった。またいつか来て欲しいとのことだが、考えておきますと言って保留にした。

 自分のやり方は良い影響を与えることはない。特に魂魄が真似るのは良くない。圧倒的な攻めに変則的な小手技を使い出したらより厄介な存在になる。

 

 

 

・・・

 

 

 

 紫色の傘を差して帰る。雨も随分と強くなっており、日も落ちているので街灯以外の明かりはない。傘もなかったら面倒な状況だっただろう。

 

「お前を貰って正解だったよ、小傘。」

 

 本来の使われ方をされてご機嫌なのか妖気が漏れ出ている。怒っている感じは一切無く、喜びの感情が伝わってくるようだ。

 

 魂魄妖見という少女についてだが、確かに人の在り方から逸れる可能性はある。霊力の強さや、対面した時感じた存在感は間違いなく天才の類いを越えている。

 宇佐見菫子に近しい存在。それ故に魂魄妖見にも両親など近くで支える人物がいるのだろう。

 

 だが、魂魄妖見の両親はすでに他界していると島さんが言った。孤児となっている状況で魂魄妖見のように力のあるものは幻想入りすることが多々ある。

 俺のようにいろいろと分かった上で面倒を見てくれている誰かがいるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 どしゃ降りの雨のなか、近づいてくる気配を感じる。心当たりしかない気だ。

 

「・・・こんな雨の中傘も持たずに何処へ行ってる?」

 

 目の前で止まった少女に問いかける。暗い中で街灯が少女を照す。雨で濡れた長い白髪がキラキラと光ながら姿を現す。その背には竹刀ではなく、真剣だと思われるものがある。

 

 ただの刀じゃない。それを知っている。妖刀であり、普通の人間なら使うことができない代物。

 

「・・・楼観剣。何でお前が持っている。」

 

 かつて凶が使っていた刀。六尺程の大太刀だった筈だが、魂魄妖見が背負っている楼観剣は四尺程だ。だが、妖気の感じから間違いなく楼観剣だと思われる。

 

「へぇ、これは楼観剣と言うんですね。私の家で家宝のように扱われていた刀何ですけど、何であなたが知っているんですか?」

 

 初めて聞いた声。武道場では、無口とは言っていたが、話すことすらしなかったのは意外だった。楼観剣を知らずに持っている様子から見るに妖刀という認識は無いようだ。

 

「昔見たことがあるだけだ。もっと長い刀だった筈だが。」

 

「さあ、私はこれしか知りません。」

 

「そうか。・・・話を戻そう、何をしている?早く家に帰ったがいい、風邪をひくぞ。心配している人もいるんじゃないのか?」

 

 魂魄はにこりと微笑む。こういう奴らの微笑みは当てにならない。いやと言うほど考えていることが伝わってくる。

 

「忘れ物を取りに行くと言ってきましたので、多少は時間がかかっても大丈夫です。」

 

「へたな言い訳だ。それでよく通ったな。いや、急いで出てきたのか、家の人も止めただろうに。でだ、忘れ物を取りに行くのにそんな物騒な物を持ち歩く理由は何だ?」

 

 凡そは分かる。

 

「勿論、忘れ物は嘘ですよ。あなたも分かっているでしょう。あそこまで手も足も出なかったのは初めてです。本気ではなかったといえ、油断しているわけではなかった。それでも勝てないと感じた。だから本気であなたと戦いたい。この心の高ぶりの理由を知りたい。」

 

 そう言いながら、刀を抜く。禍々しい妖気に覆われた刀身はかつて見た姿より明らかに存在感がある。本来は持ち主の生命力を吸うはずだが、その気配はない。

 

(・・・妖刀に選ばれた存在というわけか。)

 

「この感情、あなたと言う人間、私の強さ。全ては切れば分かる!」

 

 

 

 

 

 

 



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辻斬 中編

 雨の音だけが響く夜。街灯の明かりだけが対峙する二人を照らす。

 

(霊力の感じが武道場でのものとは違う。より荒々しく、鋭い。まるで刀を模したような霊気だ。命のやり取りが初めてとは思えない。)

 

「行きますよ!」

 

 地を蹴り飛び出してくる。刀を降り雨の斬撃を繰り出し距離を詰めてくる。

 

(速い!防具を着けてないとしてもこの速さは普通じゃない!)

 

 斬撃を避けて、迫り来る魂魄に距離を詰める。刀の範囲内に行けば、格闘の方が早い。

 呆気に取られている魂魄の溝に掌底を叩き込む。強く打ち込めば、戦闘不能にできる。

 

 

 

 

 

 だが、柄で手を叩き落とされる。そのまま刀を振り下ろしてきた。

 

「くっ」

 

 咄嗟に距離をとって回避しようとしたが、左肩から胸にかけて僅かに切られた。

 傷は浅く、戦闘続行に支障はない。だが、魂魄の反応速度、対応をみる限り素手での戦いは不利だ。

 

「その刀は使わないのですか?」

 

 魂魄の目線には小傘がある。

 

「何を言ってるんだ。お前にはあれが刀に見えるのか?」

 

「だから持ってたんじゃないんですか?この楼観剣と同じような物だと感じていたので武器だと思ったのですが。」

 

 魂魄の言い方からするに小傘は妖刀の類いなのだろうか。だが、真偽を確かめている暇はない。

 

「丸腰の相手を切るのは性分ではないのですが、さっきのやり取りで簡単に切られてくれない事は分かりました。たとえ武器を持たずともあなたは強い。」

 

 嬉しくない評価だ。興味を失ってくれればよかったのだが。

 

(・・・小傘にかけてみるか。こいつの言い方からするに間違いなく武器の類いではあるはず。)

 

 地面に転がっている小傘を拾い上げる。妖力が乱れている。

 

(・・・この重さ。違和感の正体は分かった。だが、こいつが力を貸してくれるだろうか。)

 

 再び魂魄が動き出す。さっきより速くなっている。身体能力が無意識の内に上がっていると見ていいだろう。持久戦に持ち込めば勝てるかもしれないが、こいつの身体がどうなるか分からない。

 

(能力が暴走して無理矢理身体を動かしているなら、長く戦えば戦うほど魂魄の身体は壊れていく。早めに決めなければ。)

 

 迫り来る斬撃を躱す。距離をとって見極めれば躱せる速さではある。少なくとも今の段階では。

 

 地面を蹴り上空に飛ぶ。飛行する手段がない魂魄相手なら多少は時間が稼げる。

 

 小傘と交渉する時間は十分だ。

 

「小傘。ここで力を貸してくれなくともお前を捨てることはない。人を守る傘として、人を殺す刀として作られたお前に無理をさせる事はしたくない。驚かせるという目的は傷つける事への抵抗だろ。」

 

 仕込み刀。相反する二つを組み合わせた道具。意思を持てば必然と歪んでいくはずだった。それでもこいつは傘として道具であろうとした。その意思を無視してまで武器にしていいはずがない。

 

「約束しよう。お前で人を切らない。だから俺に力を貸して欲しい。お願いだ。嫌なら無視してくれて構わない。」

 

 魂魄は電柱を伝い空中に上がってくる。俺の頭上に飛び上がり、刀を振りかざす。

 

(後は信じるだけだ。ただの傘であっても骨組みの材質は頑丈な物。一度くらいなら壊れない。だが、俺の声に再度応えてくれ、小傘!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 キンっという金属音が鳴り響く。

 

「・・・大好きだぜ、小傘。」

 

 魂魄の刀を受けた傘は刀に変化していた。呆気に取られる魂魄の服を掴み、地面に投げつける。

 魂魄も投げられる寸前、不安定な体勢で刀を振るう。僅かに避けきれず掠める。

 

 互いに地面に降り立ち、相対する。普通なら十メートル近い高さから落ちて無事なわけはない。さっきの上空に上がってきたのもそうだが、身体能力だけで説明が付くものではない。

 

「・・・可笑しな武器ですね。てっきり仕込み刀だと思っていたが、傘が刀に変化するとは。あなたは魔法使いか何か?」

 

「俺が魔法使いとして、俺の動きについてくるお前は何者だ?人間離れした身体能力と戦闘センス。天才剣道少女の域を越えている。」

 

「私もここまで身体が動くのは初めてです。これまで私より強い人は少し本気をだせば倒せた。けどあなたは違う。常に自分の限界を越え続けてもまだ勝利が見えない。」

 

 徐々に上がっていく速さ、斬撃の鋭さ、滲み出る霊力。こいつの能力が少しだけ見えた。

 

「自分のリミッターを常に外していってるのか。その状態で戦い続ける先には破滅しかないぞ。」

 

「それがいい。全身全霊、本気を出して終われたら幸せです。ですが、私の限界はまだです!」

 

 姿が一瞬ぶれる。見えなくとも場所は分かる。だが、斬撃の位置までは正確に把握できない。

 

(細かい動きでこちらを撹乱しているのか?いや、直線的で動きが大きい。速さについていけてないがそれを上手く使っているのか。)

 

 こういう場合、防ぐ手段は絶対に相手が届かない位置に行くのが正解だろうが、もう一つの手段を使う

 

(・・・鈍ってないといいな。)

 

 目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませる。出鱈目に動いているなら、追って防御するのは困難。

 

 一瞬感じた危険に全てを賭ける。最短距離で刀を出し、相手の斬撃を止める。

 

「なっ!」

 

 隙を逃さない。刀で相手の刀を弾き、がら空きになった胴体に掌底を打ち込む。

 一度は防がれたが、今度は通った。だが、手応えが薄い。当たる瞬間に後ろに飛んで威力を押さえたか。

 

 それでも弾き出した身体は吹き飛ぶ。

 

(ここで決める。現状こいつの意識を持っていく攻撃は難しい。なら、動きを封じればいいだけだ。)

 

 体勢が整う前に回り込み、組み付く。

 

「くぅ、ああ!」

 

 凄まじい力で抵抗する。だが、腕を締め上げているため、無理に抜けようとすればどうなるかは分かっているだろう。

 

 少し抵抗が収まる。際限なく力が上昇する訳ではないようだ。

 

「・・・さっきの攻撃、見えていませんでしたよね。何で防ぐことができたんですか?」

 

 組み付かれながらこちらに質問してくる。諦めたと言うわけではない。だが、どうしようもないはずだ。

 

「勘に動きを委ねただけだ。どうせ見えたところで対処できるわけではない。」

 

「勘ですか、、、試してみましょうか。」

 

 そう言うと、魂魄は手首だけで刀を振るう。威力はほとんどでないが、刀そのものに力がある。

 刀は自分の首筋に向けていた。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・やはり守ってくれますよね。」

 

 刀を掴み止めている。

 

(こいつ、今のは確実に首筋を切り裂くつもりだったな。)

 

 力が緩み、組みつきを外される。だが、こっちもただでは終わらない。肩の関節を外し、片腕を使えなくした。

 

「くぅ」

 

 刀から手を離し距離を取る。あのまま持っていたら手を切り裂かれていた。それでも刀を掴んでいた手は深い傷から流血している。

 ハンカチで縛り上げて止血する。もう勝負は付いている。

 

(・・・ここまで傷付いたのは幻想郷以来だな。魂魄の力もあるだろうが、鈍っているな。)

 

 魂魄はブラブラと片手を揺らしてもまだ立ち上がってくる。目に闘志の火を浮かべて、戦おうとしている。

 

「まだやる気か。もう止めておけ。」

 

「まだ立てる、刀も振れる。まだ終わってない!」

 

 距離を詰めてくるが、さっきまでの速さはない。能力の限界が来たか。よく戦った方だ。能力が暴走した状態でも技術を失わずにいられるのは本人の才能もあるだろうが、常に修練を繰り返していたと思われる。

 

 時代が違えば、最強の剣客になっていただろう。

 

「よくここまで戦った。お前はまだ強くなれる。だから、今は敗北を知れ!」

 

 ここから先は消耗戦だ。能力はもう考えなくていいだろう。霊力の収まりから考えても、身体の限界だ。

 

 受けきってやろう。辻斬紛いの行動であっても、正面切って戦いに来た魂魄に対して応えてやろう。

 

 片手での全力の一撃。防ぎながらも感じとれる強さはこいつの底を感じさせなかった。

 斬撃は止めたはずだが、微かに頬を滑る感覚があった。

 

 一筋に流れる血を見ると笑いながら、倒れるように崩れ落ちた。

 

「とど、かなかったか、、、」

 

 身体を受け止める。力を出し切り、気絶したようだ。

 

 後に残ったのは雨音だけだった。

 

 

 




現代初戦闘


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辻斬 後編

いつもより少し長くなってしまいました


 暗闇の道を人を背負い歩く。魂魄の手持ちの物に生徒手帳があってよかった。細かい住所までは分からないが、近くまで行けば家に届けることはできる。

 

(時間帯もそうだが、この天候もある。普通ならそう長く外を出歩かないだろう。)

 

 雨は相変わらず強く、何時の間にか傘に戻った小傘を差す。もうびしょ濡れだが、背負った人の体温を下げないためにも必要だろう。

 

 

 魂魄家の住人。両親はすでに他界していると聞いている。魂魄の話から一番可能性があるのが祖父母だろう。

 

 探しに行くとしても範囲や距離は限られてくるだろう。だが、近くまで行けば俺が気付ける。忙しなく動く気なんかを探ればどこかであたるだろう。

 

 

 

 

 

「ほう、妖見を倒したのか。対した実力だ。」

 

 近くで聞こえた声。声のした方を咄嗟に警戒する。

 

(気配が薄い。心霊の類い、いや僅かに気力を感じる。心霊ではない。どちらにせよ個人を特定し、なおこいつの力を知っている。何者だ。)

 

 何もないところからスウッと姿が現れる。白髪の壮年。現代では風変わりな袴のようなものを着て、腰に刀を差している。身体の周辺に霊魂のようなものが浮いている。人間ではないと断言できる。

 こちらに対して敵意は感じない。

 

「・・・何者だ?心霊ではなさそうだが、妖気も感じない。妖の類いでもないな。」

 

「それはこちらの台詞でもある。感のいい人間にしては随分と力がある。その子を無力化するほどの力の差、それに妖怪と関わりがあるのか。」

 

 互いに今の状況は分からないことだらけか。敵意がないなら話し合いに応じてくれるか。

 

「霧雨霊吾。今は少し力のある人間だ。あんたはこいつの関係者か?」

 

「ふむ、関係者かどうかと言うなら合っている。面識はないが。」

 

「・・・どういうことだ?」

 

「私の名は魂魄妖忌。君の言う通り純粋な人間ではない。半人半霊という種族だ。」

 

 半人半霊。聞いたことはある。幻想郷での特殊な種族の一つだったはず。基本的には人間、妖怪、神に分類されるらしいが、どれにも当てはまらない種族。

 現代にいるとは思わなかった。

 

「察しの通りその子は私の子孫に当たる。といってもそれなりに離れているが。その子の祖母から様子を見に行って欲しいと言われてきたと言う事だ。」

 

「・・・あんたに預ければいいのか?」

 

「それでもよいが、道ながら聞きたいこともある。よければお主がそのまま背負ってくれるか?」

 

「・・・俺もあんたに聞きたいことがある。背負うのは問題ない。道案内は頼む。」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

「あんた、幻想郷の住民か?」

 

 直球的な質問。やや考え込む様子。

 

「そうだ。その言い方からすると、幻想郷はあると確信しているのか。どこから知った。」

 

「その情報をあんたに伝えるには幾つか条件がある。というかこの事に関しても幾つか頼み事がある。」

 

「何だ?」

 

「八雲紫に俺の事を伝えないでくれ。」

 

 魂魄妖忌の目が一瞬鋭くなった。

 

「どこまで知っているのだ、、、そうだな、情報にもよるが、幻想郷に害するようであるなら、刃を向ける事になるだろう。不気味な妖怪とは言え、八雲は我が主のご友人。裏切りはできぬ。」

 

「俺は幻想郷を救いたいだけだ。」

 

 少し無言が続いた。

 

「話してみよ。それで考える。」

 

「分かった。」

 

 自分が未来の幻想郷から来た人間だということと未来での幻想郷のことを話した。

 全部話した訳じゃないが、今の俺の目的である幻想郷を救うことには繋がる。後はこの人がどう考えるかだ。

 

「・・・俄に信じがたいことではあるが、お主の実力と知識の裏付けとしては十分か。それに八雲の能力であるならば過去へ飛ばすというのは可能ではあろう。」

 

「俺の話で条件を受け入れてもらえるか?」

 

「確かに八雲にお主の事を話すとどうなるか分からんな。ああ見えて八雲は変化を恐れる。最悪、お主を消そうとするやも知れんな。」

 

 紫さんの性格なら不穏因子を手もとに置いておきたくはないだろう。幻想郷に入り込めば、認知されても問題ないが、外の世界で存在が知られると幻想郷に入れなくなる。

 

「我が主は特に関係がないようであるならば、伝える必要はなさそうだ。」

 

 黙っていてくれるとのことだ。

 

「助かる。あんたが聞きたいことはないのか?」

 

「さっき話した内容でお主の事がある程度分かった。聞きたいことは幾つかあったがもうよい。」

 

「ならもう一つ聞きたい。あんたはどうやって幻想郷と此方を行き交いしている?その方法で俺は幻想郷に行けるか?」

 

 幻想郷の住民であり、格好からしても外の世界で生きているという感じではない。妖見のことも知っている様子なら定期的に外の世界に訪れているのだろう。

 

「・・・答えてもよいがお主は使えない方法だ。」

 

「一応聞かせてくれ。」

 

「ふむ、冥界という場所を知っているか?」

 

「・・・紫さんが言っていたかもしれないな。聞き覚えはあるが詳しくは聞いていない。名前から察するに死後の世界か。」

 

「正確には少し違うがその認識でいい。死後の世界は外の世界との隔たりが薄くなる。霊というのが境界をすり抜ける事ができるというのもある。」

 

 確かに俺には使えない方法だ。逆に言えば境界をすり抜ける事ができれば入れるのか。

 

(・・・問題は境界を見つけることか。この世界の博麗神社を探さないとな。)

 

「さて、私は質問に答えてきた。私の願いを聞いてくれるか?」

 

「あんたの子孫に斬りかかられた件で十分対価になると思うが。まあでもあんたも俺のお願いを聞いてもらってる。願いとは何だ。」

 

「妖見に能力の抑え方を教えてやってくれないだろうか。」

 

「あんたが教えればいいんじゃないのか?剣士のあんたが教えた方がいいと思うが。」

 

「私は子孫と関わるわけにはいかない。この子の祖父母の代までと決めていた。人間ではないものに此方の世界は生きづらいのだ。特に関わりを持つとな。今回こちらに来たのは緊急事態だったからだ。」

 

「・・・そうか。」

 

 

 

 

・・・

 

 

「後は真っ直ぐ行って、突き当たりの家だ。表記があるから分かるだろう。住人には私の名前を出せば問題ない。」

 

 そう言って立ち止まった。ここから先は行かないのか。

 

「あんたは帰るのか。」

 

「そうだな。」

 

「・・・この子には一生会わないつもりか。」

 

「そうだ。」

 

 複雑な表情を浮かべる。本意ではない。当たり前だ。どんな形とは言え、かわいいものだ。

 剣の道に進み、頭角を現す少女だ。何らかの形であれ関わりたいと思っているはずだ。

 

 時代とは残酷なものだ。

 

「もう会うことはないだろう。では頼んだぞ霊吾。」

 

「ああ、こっちも信じてるぞ妖忌。」

 

 スウッと姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 魂魄という表記がある広い屋敷。玄関を叩くと騒がしくやって来る気配を感じる。

 

 玄関が開かれ、老いた女性が現れる。祖母であろう。驚いている様子だ。びしょ濡れで傷だらけの男が孫娘を背負っているのだから当然か。

 

「夜遅くにすみませんが、妖忌さんから頼まれて来ました。妖見さんは無事です。安心してください。」

 

「・・・ありがとうございます。中に入りください。傷の手当てもしなければいけませんから。」

 

 タオルを貸してもらい、体を拭く。あまり床を濡らしたくはないが、しょうがないか。居間に通される。 

 

「こちらをお使いください。本来なら病院に行く必要があると思うのですが、大丈夫なのでしょうか。」

 

「慣れてますので、この程度であれば問題ないです。妖見さんの事を頼みます。」

 

「・・・すみません。すぐに戻ります。」

 

 服と医療品が渡される。事情は分かっている様子だ。

 

 

 

 

 

 治療を終え、着替えた頃、時間にして十分ほどで戻ってきた。

 

「魂魄里見と言います。此度は誠にすみませんでした。」

 

 謝罪。誠意は伝わる。それと同じくらいに自責の念を感じる。

 

「・・・分かってて妖見さんを止めなかったと言うわけですか。まあ止めたところで素直に聞く状態だったとは思えませんが。」

 

「いえ、本気で止めようと思えば方法はいくらでもありました。すぐに妖忌さんを呼べば、あの子を止めることはできたのです。」

 

 妖忌の到着が遅かったのは幻想郷から渡って来たからと考えていたが、この言い方からすると近くにいたのかもしれない。

 

(この子のために現代に残っていたのか。)

 

「・・・私はあの子を止められなかった。学校から帰ってきて刀を手に走り出したあの子の輝きは本当に久しぶりだったのです。主人、あの子の祖父が亡くなり、剣の師を失ったあの子は毎日を退屈そうに過ごしていました。悪い結果になると分かっていても、満足させてあげたかったのです。私にはもうあの子しかいないのですから。」

 

 妖見を思っての見過ごしか。苦しい判断だったのだろう。あの子しかいないと言っていながら、真剣を持って行くのを見ていて止めなかったか。

 

 矛盾しているが、考えは分かる気がする。どちらにせよ後悔はしたはずだ。いや、止めれば失う可能性はなかった。それでも行かせた。

 

「・・どうかこの事は内密にお願いします。無礼で、不義理で、愚かな事だと分かっております。私にできることなら何でも致します。だから、どうか。」

 

 頭を地に付けて頼まれる。

 

「・・・もし俺が屍になっていたとしたら、どうしていたんですか?」

 

「その時は隠します。あの子の罪がばれぬように。そして明るみに出ても私が代われるように。」

 

 頭をあげることなく続ける。一切の嘘はない。それだけの覚悟がある。代わりに罪を背負うつもりだったか。

 

「・・・頭を上げて下さい。できるだけ内密にはします。ですが、関わっている人には気付かれると思います。」

 

 島さんとは暫く会わないと思うが、宇佐見さんは間違いなく気付く。依頼を頼んだ後に傷があったら、何が起こったかは問われる。見えない肩から胸にかけての浅い傷だけならよかったが、左手の傷と頬の傷は誤魔化せない。

 

 未だに頭を上げない里見さんにそういう事情などを説明する。

 

「・・・分かりました。あの子も無事に届けていただいたことも含め、本当にありがとうございます。」

 

 やっと頭を上げる。ご老体が頭を下げる姿は何となく見たくはない。

 

「それと妖忌さんから妖見さんを頼まれてますので、また後日来ると思います。」

 

「妖忌さんにですか?」

 

「俺ならあの子の相手をできます。どこまで知っているかは分かりませんが、あの子の力を抑える方法を探っていこうと思ってます。それでよろしいですか?」

 

 里見さんが妖見の能力、力を知っているかは分からないが、妖忌さんを知っている事から全く知らない訳じゃないだろう。

 

「・・・そこまでしていただいてよろしいのですか?あなたに得があるようには思えませんが。」

 

「俺にも色々と得はありますよ。」

 

 衰えた戦闘能力を戻し、武器を持った相手との戦闘対策も考えることができる。

 

「まあでも何より、個人的に祖母と孫の関係って大事にしているんですよ。」

 



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同世代

気分が乗ったので更新です


「そうか。菫子に似た少女だったか。」

 

「境遇は違いますが、似ていました。菫子よりかなり危険な状態で厄介でしたよ。菫子には武力がなく、本人の性格もあって落ち着いていたからよかったんですが、武力があって高揚している相手はなかなか骨がおれましたよ。」

 

「島さんが言うには霊吾君が敗北を教えてくれたと聞くが、武術に関しても長けているのかと驚いているよ。」

 

 島さんからすでに学校での事は報告されているだろう。

 

「でだ、話に聞く限りでは君が傷付く事はなかったはずだが。何があった?」

 

「島さんには言わないで下さい。学校からの帰りに斬りかかられました。この通り問題はないです。向こうにも大きな怪我はありませんので安心してください。」

 

「・・・君がいいならそうしておこう。ただその子が他の人に同じような事をする可能性はないのだろうか?君だからこそ対処できたのだろうが、他の人だったら取り返しのつかない事になったはずだ。」

 

 そういう心配はするだろう。近くに人を斬ってくる存在がいるというのは恐怖だ。

 

「ないとは言いきれません。なので暫く様子を見に行こうと思ってます。抑えられるようにしていきます。」

 

「・・・分かった。一つ聞きたいが、菫子もそうなっていたのだろうか?」

 

「タイプが違うのでどうとは言えませんが、可能性は低くなかったです。」

 

 超能力が暴走すれば、周囲まで影響を及ぼす。規模を考えればより悲惨な事になるだろう。

 

 とりあえず依頼完了の報告は終わった。後は個人的な相談だ。

 

「菫子さんと会わせてみたいのですが、よろしいですか?」

 

「危険で厄介と聞いた相手に会わせても大丈夫なのだろうか?」

 

「基本的には大丈夫です。向こうも人を拒絶するタイプではないですし、個人的には菫子さんと気が合う可能性が高いと思ってます。」

 

 性格的にも相性が極端に悪くはないだろうし、仲介に入ればいざこざは起きないだろう。

 

「・・・確かに菫子には年が近い友人を作ってもらいたいところだ。」

 

 

 

・・・

 

 

 土曜の午前中。菫子とは違い、高校には毎日行っている妖見に会わせるには土日しかない。土日でも部活動はあるのだが、島さんからの許可はいただいている。

 

「あんたを斬ったやつのとこに行くの?」

 

「そうなる。そういってやるな、あいつもそれなりに反省してる。」

 

「・・・あんたがいいんならそれでいいんでしょうけど。何で私と会わせるのよ?」

 

「いい刺激になる。君にもだが、向こうにも。」

 

「ふーん、そういうことにしといてあげるわ。で、彼方さんはどういう能力を持ってるの?あんたを斬れるくらいだから強力なものでしょ。」

 

 あんまり菫子に力を見せている訳ではないが、其れなりに感じているか。

 

「具体的には俺も分からない。自身の身体能力を上げる能力だと推測はしているが。俺の速さについてこれるくらいだ。」

 

 一度、菫子には見せている。姿を捉えることができない程の高速移動。

 

「・・・敵対すると厄介そうね。」

 

「仲良くしてくれると助かるんだがな。」

 

 

 

・・・

 

 

 玄関を開けて、声をかける。奥から妖見がやって来た。

 

「こんにちは、霊吾さん。今から修練ですか?道場に行きましょう!」

 

 あれから二度ほどここには来ているが、来る頃には決まって準備ができている。

 基本的には素直な子だ。

 

「相変わらず気が早い。里見さんは?」

 

「おばあちゃんなら買い物に行きました。そういえばその子は?」

 

「お前に紹介したい人だ。宇佐見菫子といって、似たような存在だと思ってくれればいい。」

 

 先ほどから静かにしている菫子。チラッと見ると警戒しているようだ。感知能力が上がっている分、何か掴んでいるのだろう。

 

「そうですか。初めまして、魂魄妖見と言います。気軽に呼んで欲しい。」

 

「・・・私も好きなように呼んでいいわ。」

 

 問題は特になさそうだな。

 

 

「妖見、今日は修練前にやってもらうことがある。菫子もだ。」

 

 

 

 

 玄関から道場に移動した。魂魄家は広い屋敷で道場があり、そこで妖見は祖父から剣術を学んだそうだ。

 

 持ってきた紙風船とプラスチックのバットを渡す。

 

「今からしてもらうのは遊びだ。互いに風船を頭に付けて、相手の風船をバットで叩いて割るだけ。」

 

 二人から懐疑的な目を向けられる。これに何の意味があるのかと目線で訴えている。

 

「色々考えずにとりあえずやってみろ。」

 

 すぐに終わればいつもの修練に戻るといったら、二人とも準備を始めた。

 

(まあ、すぐに終わることはないだろう。)

 

 始める前に妖見に聞こえないように菫子に耳打ちする。

 

「発火以外なら能力は使っていい。」

 

「・・・いいの?相手にならないわよ。」

 

「それならそれでいい。」

 

 

 

 二人が向き合って対峙する。妖見はバットを構えているが、菫子は片手に持っているだけだった。

 武術も何も知らないし、能力を使ってすぐ終わらせるつもりだろうから関係ないと考えているのか。

 

「始め。」

 

 妖見が先に動き出す。距離を詰めて、菫子の頭に振り下ろそうとする。

 その瞬間に菫子が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・うっそ。」

 

「・・・面妖な術を使うのか。」

 

 背後に回り、振り下ろしたバットを見ることなくバットで受け止めている。

 

 これで互いの相手がただ者じゃないというのは理解できただろう。次からが本番だ。

 

 妖見は振り返りながらバットで菫子のバットを弾く。そのまま流れるように攻撃に移る。

 バットが弾かれるや否や、両手を突きだし、妖見を離す。念動力での限界は一人分を浮かす程度だったはずだが霊力を使って吹き飛ばしている。

 

 距離を取って牽制しあう二人。どちらも相手に決定だがない状況だ。菫子は瞬間移動している限り、攻撃は当たらない。妖見も鋭い勘で一撃を防いだときに、警戒しているはずだ。

 

 ここからは持久戦になる。

 

(どっちが勝つかな。妖見は集中力、菫子は体力が切れたら負ける。まあ、慣れている方が勝つな。)

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 パンッと風船が弾ける音がした。

 

「はい、止め。」

 

 二人ともへたりこんだ。まあ随分長くやっていたから気付かぬ内に疲労が蓄積していたか。

 

 風船を破られた菫子は不服そうな顔をしている。

 

「はあ、はあ、、妖見さんだったかしら。何で見えない攻撃が防げるのよ?」

 

 普段、あまり動かない菫子の方がだいぶきてるな。妖見の方は少しの時間で呼吸が整っている。

 

「んー勘かな。いや、ほんとに説明するほどのものではないんだ。危ないと感じたときに咄嗟に防いでいる感じだからな。」

 

「・・・対処のしようがないじゃない。」

 

 バタンと仰向けで倒れる。よくやった方だ。

 

「互いに相手はどうだった?」

 

「霊吾さんが連れてきたというから普通ではないと思っていたんですが、超能力を使うとは思ってなかった。」

 

「あんたを斬った相手とは言え、こうも移動先を読まれると手がでないわ。」

 

 互いが互いにそれなりに思うことがあるといった感じか。特に菫子に関しては相性の悪さを感じているだろう。

 

「さて、勝負はついた事だし、霊吾さん!いつものやつしましょうよ!」

 

「分かってるから少し休んだ後だ。菫子はその間、ゆっくりしておけ。」

 

「・・・分かったわ。」

 

 妖見との修練。能力を抑える、扱えるようになるための訓練だが、やっていることは単純に木刀での試合だけ。身体能力を上げるという能力であるなら、実戦で学んだ方が早い。

 

 菫子はその試合をじっと見ていた。

 

 

 

・・・

 

 日が落ちかけている時間。道場での修練を終え帰路に着いている。

 

「ねえ、私も戦える方法ないの?」

 

「何だ、悔しかったのか。安心しろ、妖見が異常なだけで本来なら後ろに瞬間移動した段階で勝負は付いている。」

 

「・・・そうなんでしょうけど、あんたも戦えるじゃない。私も能力に関係なく力に抗う方法が欲しい。」

 

「お前の能力上あまり必要性は感じないが、どうしてもと言うなら教えてやろう。といっても格闘術になるが。」

 

「お願い。私に教えて欲しい。」

 

 

 




そろそろストックがなくなってきました


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怪奇事件

誤字報告いつも助かっております


 菫子と妖見に色々と教える日々が続き、現代に飛ばされてから一年が立った。

 少しだけ寒さを感じ始める時期だ。

 

 宇佐見さんに呼ばれ、宇佐見邸に来ている。ここも大分通ったものだ。今日は菫子が学校に行っているらしく、珍しく宇佐見さんだけが家にいるようだ。

 

 いつもの依頼だろうか。紅茶を淹れていただき、席についた。何時も通り世間話から入る。といっても宇佐見さんは菫子の事が多いが。

 

「菫子から君以外の話も聞くようになったよ。楽しくはなさそうだが、学校の話もね。なんというか、大人になっていってるなとしみじみ感じるよ。」

 

 大袈裟のように言っているが、いい傾向だ。周囲にしかなかった関心が少しは広がったのだろう。広く物を知ろうとするのは悪いことではない。

 何時までも菫子の話をするので、こちらから切り出す。毎回の流れだ。

 

「余裕が出てきたというんですかね。菫子さんの話は置いときましょう。今回はどんな用件なんでしょうか?」

 

「・・・今回は少し厄介な事だ。人探しをして欲しい。」

 

「人探しですか。俺の得意分野ではありませんが、頼んでこられるという事は普通の人ではないのでしょうか?」

 

 もとより依頼はそういうものに限られている。

 

「普通なのは人ではなく、状況とでも言うべきか。事の成り行きは四人のキャンプだ。男女二人ずつでキャンプに行ったようだ。場所はここだ。」

 

 地図を広げて、ペンで印を付ける。

 

「警察の捜査もあったが、道具だけが取り残されていた状態だったそうだ。食料も漁られた後もなく、熊という線は無いようだ。ある警察官からの情報だが、白い粘着性の物が付着していたようだ。蜘蛛の糸と似たような物で僅かに毒性を持っているらしい。」

 

「・・・確かに不可解な点が多いですね。ちなみにですが、帰ってくる予定は何時で、捜査は何時行っていたんですか?」

 

「帰宅予定は五日前、捜索は三日前に行われている。周辺も捜索したが見つからず、失踪という事になったが、私はそうは思えないのだよ。キャンプに行った人の親からも頼まれてね。それで君はどう思う?」

 

 毒性を持った粘着性の物か。まあ間違いなく妖怪だろうな。現代でも目立つとは、よほど世間知らずなのか、見つからない自信があるのか。

 

 現代まで生き残っている時点で厄介な奴であろう。

 

「妖怪の類いの可能性は高いです。五日前となると全員生きている保証はありません。血痕とか他に気になる点はなかったんですか?」

 

「・・・妖怪か。まあ野生動物にしろ人間にしろできる事ではないか。他に特筆すべき点はなく、血痕もなかったらしい。」

 

「・・・厄介です。傷付けずに四人を確保できるくらいには頭が回る見たいですね。」

 

「・・・全員生存は絶望的か?」

 

「いや、半分は生きていると思います。」

 

「その根拠は何かな?」

 

「この時期に動き出すという事は冬眠の準備だと考えます。より体に栄養が蓄えられるよう、自分の血肉を分け与えていると思われます。」

 

 妖獣などは行わないが、知性を持った中級妖怪なら行う。自分の血肉。おそらくは糸でも食べさせているのだろう。僅かな毒性とあるが、妖力を人に送り込むには十分だろう。

 衰弱し、逃げる事もできずただ食われるのを待つという恐怖も狙いか。

 

「・・・下準備というところか。」

 

「そうです。一人を食らい、その分を与えていると思われます。この推測がどうであれ、早く動かないと手遅れになる可能性は高いです。」

 

「行ってくれるか?」

 

「任せてください。」

 

 

・・・

 

 

 早速準備を行う。妖怪退治など一年ぶりだ。正直不安が大きい。相手の特徴が少ししか分からない今、対処を考えても仕方ない。

 

(蜘蛛の妖怪で、毒性となると土蜘蛛の可能性が高い。幻想郷では地底にいたとあるが、同一の存在か?いや、現代まで残っている妖怪が、幻想郷の地底に行くとは考えづらいか。)

 

 思考を続けながら、車に向かう。

 

 後部座席に人影が見える。気付かなかった。いや、巧妙に力を抑えているようだった。

 

(まさか!)

 

 開けると菫子と刀を持った妖見が座っていた。

 

「何故お前らがここにいる?」

 

「話は後にした方がいいんじゃない。急いでいるんでしょ?」

 

 絶対に引かない様子の二人。ここで言い争っていてもしょうがない。

 

「・・・この不良娘どもが。好きにしろ。ただし来る以上は俺の指示に従ってもらうぞ。」

 

 運転席に乗り、エンジンをかける。

 

 

 

・・・

 

 

「どうやって会話を知った。お前らは学校にいたはずだが。」

 

「あんたの気配は感知しやすい。私の家にその気配が入っていくのを感知したから気になって、飛んで聞き耳を立ててたのよ。そしたら面白い話をしてるじゃない。あんたが感知能力が高いといっても抑えた霊力を完全に感知するのは不可能でしょ。」

 

 随分と力を使いこなしてるな。微妙に妖気を発している分、俺の存在は確かに分かりやすい。だが、学校からこの家までの距離をよく感知できたものだ。

 

「で、妖見は何故いる?」

 

「菫子に呼ばれましたので。後は私も興味がありますしね。異形の存在に。」

 

 呼んだか。わざわざ飛んで行ったのか。

 

『飛んでいったわけではないわよ』

 

 バックミラーで後ろを見ると、菫子が頭を突っつき、してやったりの顔を浮かべた。

 

「・・・新しい超能力か。」

 

「精神感応。テレパシーといった方が伝わるかしら。個人への発信しかできないけど、要件を伝えて屋上まで行ってもらえば、妖見さんの霊力なら感知できる。」

 

「ビックリしたよ、いきなり頭に声が響くから何事かと思ったよ。聞く限りでは面白そうな事だから着いていきたいなということだ。」

 

 感知能力を鍛える中で発現したか。

 

「今の私なら一人を連れてここまで瞬間移動でこれる。最初みたいに能力に限界も感じなかったわ。成長したってことかしら?」

 

「・・・確かに能力は使っていけば影響や範囲、精度は上がっていく。基本的には徐々にしか上がらないが、能力にもよるだろう。」

 

 能力の扱い方は以前からそれなりにやっていただけあって目を見張るものがある。

 自己学習能力が高いのだろうか。霊力もそれなりに扱えるようになっている。

 

「本題だ。今からの目的はどれくらい理解している?」

 

「妖怪退治でしょ。」

 

「違う、人探しだ。可能性は高いが妖怪と決まったわけではない。相手にしないならしないに越したことはない。」

 

「それでは戦わないのですか?」

 

「妖怪でないなら単なる捜索で終わる。菫子もいる事だ、すぐに終わる。だが、妖の類いであったら確実に戦闘にはなるだろう。」

 

 持ち場を荒らされて怒り狂う場合は対処しやすいが、罠を仕掛けて誘い込んでくるような妖怪だと面倒だ。

 

「それでだ、役割の確認だ。もし戦闘になった場合、俺が相手をする。二人は捕らわれている人達の救出をしてくれ。お前達ならそこまで時間は掛からないはずだ。」

 

「私一人でもやれると思うけど。」

 

「瞬間移動があれば出来るのは分かる。だけど、相手次第では救出後にこっちに回ってもらうかもしれない。なるべくは力を温存させておけ、危険なことはさせたくはないが、俺がやられれば全員終わる。」

 

「なら三人で妖怪とやらを倒してから救出するのはどうですか?」

 

「悪くはないが、地の利は向こうだ。救助する人を人質にされては困る。いいか、あくまで優先は救出だ。相手の力がどうであれ、何とか時間は稼ぐ。」

 

 瞬間移動が使える菫子がいれば確かに救助は早く済む。だが、瞬間移動も連続で行えば消耗は激しい。特にどれほどの距離を往復するか分からない状況なら瞬間移動を当てにするのはやや不安が残る。

 

「運が良くて最大4人。まあでもおそらくは2、3人だと思われる。瞬間移動は1往復分は使っていい。妖見は頑張って運んでくれ。」

 

「・・・随分と用意周到ね。それだけ厄介な相手ってことかしら。」

 

「情報が少ないからな。どういう相手かもよく分かっていない状況だ。警戒は最大限しておけ。」

 

 二人とも各々違うが感知能力は高い。連れていきたくはないが、実際二人がいてくれた方が頼りになる。

 

 今出来るのは戦闘になることがないのを祈るのみ。



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蜘蛛

最低でも月1ペースは維持したいですね


「・・・着いたぞ。ここから先は車では行かない方がいいな。」

 

 茶色がかった木々が生い茂る山。端から見れば何の変哲もない普通の山だ。

 

 

 

「これは、、罠?」

 

「気付いたか。罠かどうかは分からんが、少なくとも狩り場であることは分かるな。」

 

 山に広く分散している妖力。行方不明事件は妖怪の仕業で間違いないようだ。向こうも警戒はしているのだろう。警察が捜索して見つけることができないのも頷ける。

 

(やはり知恵があるな。現代の人間を少なからず恐れてはいるか。)

 

「・・・違和感はあるが、菫子みたいには感じ取れない。何が見えているんですか?」

 

「そうだな、、、妖見は感覚で一番危険な方向を見つけてみろ。そういう勘は俺より鋭い。」

 

 危険察知という勘は数多の経験で養うことが出来る。生存、戦闘においても大いに影響してくる力ではあるが、その経験がないものでも勘が働くものもいる。

 

 天性の勘。経験など不要だと嘲笑うかのように持っている奴はいる。妖見もその傾向がある。

 

 俺や菫子では山全体に広がっている妖気で、正確に本体を見つけることは難しいが、妖見の勘と菫子の能力があれば見つけることが出来る。

 

「そうですね、、、あそこら辺から危ない感じがします。」

 

 山の中腹辺り。やや離れたところを指差す。

 

「菫子、透視で見てみろ。この距離ならよほど感知能力の高い妖怪くらいしか気づかない。山全体に張り巡らせた妖気からしても素の感知能力が高いわけではないようだから安心しろ。」

 

「分かったわ。」

 

 距離があっても一点集中での透視は可能であることは分かっている。

 

 菫子を顔を歪める。そして口を抑える。

 

「・・・遅かったか。確認のため聞く、何が見えた?」

 

 苦しそうにしながらも、何とか言葉を捻り出しているようだ。

 

「・・・化物が人を食ってる。巨大な蜘蛛の体に人間の上半身がくっついているようなやつが見えた。あと、生きてるか死んでいるかは分からないけど女の人が二人いるのは確認できたわ。」

 

「そうか。よくやってくれた菫子、無理をさせてすまなかった。」

 

「・・・問題ないわ。あんたについて行くって決めた時に覚悟してたことよ。気にしないで欲しいわ。」

 

 人が食われる場面を見て、よく耐えている。大人でも恐怖で身動きが取れなくなってもおかしくない。

 すまないが、もう少し頑張ってもらおう。

 

「行動確認だ。まずは、、、」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 山の中に単独で入り込む。あちらこちらに妖気を感じる。注意して見なければ分からないくらいに細い糸が辺りに張り巡らされている。

 

 その糸を踏む。プツンと切れるほど脆く、普通に当たっただけではおそらく気づかないだろう。

 糸を気にしないように歩く。まるで何も知らないように歩き続ける。

 

 

 

 しばらくすると頭に声が響いた。

 

『動いた!あんたの方に向かってるわ。』

 

 その言葉を頼りに妖気を探る。辺り一帯に妖気が充満している状況では範囲の中に入っていても相手に動きがない限り索敵は難しい。

 だが、動きさえあれば見つけることはできる。さらにこっちに向かっているのであれば容易くなる。

 

(・・・来る!)

 

 速さはそれほど無いが、慣れた様子で木々を飛び交い向かってくる。上に滞在しているようだ。木々が不気味に蠢き、ざわめいているように感じる。

 

(俺に恐怖を与えるつもりだろうな。こちらの様子を探っているわけではないようだ。一先ずは普通の人間と思い込ませることはできたとみていいだろう。)

 

 一切のリアクションを起こさないなら、次の手段に出るはず。

 

 目の前に突き刺さる脚。目線を上げれば、人間体がこちらを見下ろしている。菫子の情報通り、蜘蛛の胴体に人間の上半身、三メートルに届く巨体。

 怪訝な表情をしている。

 

「・・・驚いた。あなた一切恐怖してないのね。」

 

「知性はあるみたいだな。大妖怪のなり損ない程度ってとこか。」

 

「へぇ、知ってて来たのね。それにしても興味深い。私が大妖怪のなり損ないだって言ったわね、人間。」

 

 妖気が荒々しくなり、怒りの感情が読み取れる。

 

「そうだな。お前からは大妖怪特有の威圧感を感じない。」

 

「まるで大妖怪と会ってきたみたいな言い方ね。」

 

「幻想郷。」

 

 ピクリとして目を細めた。どうやら知っているようだ。

 

「・・・なるほど、幻想郷の人間か。で、ここに何しに来た。」

 

 問答無用で争うということはしないようだ。こちらの実力が未知数な間はむやみに戦闘を起こさないようだな。長く現代で生き残っているだけに慎重だ。

 

「争いに来たわけではない。あんたが攫った人間を返してもらいに来た。十分長生きしてるようだが、これまでも人を食ってきたのか?」

 

「いいえ、人間を食べるのは久しぶりよ。山でひっそりと暮らしてたのに深くまで入ってきて騒いでいたら流石の私も我慢できないわ。」

 

 こっち側の責任だったか。こいつ自体、積極的に人を襲うタイプではないのか。

 

「で、返せと。お前らから入ってきたのにか?」

 

「虫のいい話だとは分かっている。だが、人間が支配しているこの世界ではあんたは弱い。武装した集団を相手にしなかったのは自信がなかったのだろう?現代の武器の脅威を知っているから身を潜めていると思っているんだが。」

 

「・・・だからどうした。」

 

「死ぬまで隠れている方が身のためだ。あんたも分かっているはずだ。多くの人が入ってきて焦ったのか、痕跡を残してしまった。遅かれ早かれ見つけ出される。今あんたが取るべき選択はここから離れることだと思うが。」

 

 相手を逆撫でする言い方かもしれないが、向こうも自覚はあるのだろう。こちらの言い分に反対する気は無いようだ。

 

「・・・私もね。そう思っていたのよ。ここに人間がやって来るようになって離れた方がいいのかもしれないと。でもね、、」

 

 不気味な笑みを浮かべる。血塗れの歯を剥き出しにして、頬が裂けるような笑み。人の心に恐怖を刻み込むような表情だった。

 

「人を食べたときに思い出した。私、いや私たち妖怪は原始的な本能には勝てない。人を食べた時に涌き出る力を久しく忘れていたのよ。人を食べ続ければ、こそこそとする必要はないわ。ここにいれば人は来るのだから離れる道理はない。」

 

 まさしく妖怪のあるべき姿だった。自分の欲求に従い暴れ続け、いずれ討伐される。

 交渉の余地はない。野放しにするわけにもいかない。ここで終わらせる。

 

「・・・そうか。一つ聞きたい事がある。幻想郷が何処にあるか知っているか?」

 

 最後に聞いておく。期待はしていないが、何かしら情報を持っているといいんだが。

 

「知らないわ。私は興味がなかったから。それに今から死ぬあなたには関係ないわよね。あなた美味しそうだから、すぐに食べてあげる。」

 

 咄嗟に回避行動を行う。二本の脚が自分の居た場所に突き刺さる。

 

「・・・なかなか速い。やっぱり妖怪相手に慣れてるようね。だとしてもここでは私が有利だわ。」

 

 周囲に張り巡っている糸があるなら高速移動でも捉えられるか。糸を避けながらの移動は不可能だ。

 回避優先の戦法でいく。今の俺の力でどこまでやれるか測るにも特攻は得策ではない。

 

「・・・持久戦だな。小傘、妖怪は切ってもいいか?嫌ならこれまで通りでいく。」

 

 仕方がないという感じの反応。相手が人間でないからこそ、受け入れてもらえたのだろうな。

 

(流石に人の部分は切らせないようにするか。小傘の意に反して武器として使っているのだから、それくらいはしてやらないとな。)

 

 傘を振り、刀にする。小傘との息もあってきた。ある程度自分の意思で形態を変えれられるようになった。

 

「そんな刀で倒せると思わないことね、人間。」

 

「やってみないと分からないだろう、妖怪。」

 

 ここまでの会話、さっきの回避行動を見てこいつも警戒するだろう。

 だとしても対処できるはずだ。かつて戦ってきた妖怪達に比べればこいつは弱い。

 

 



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戦闘と救出

いつもより少し長めです


 迫り来る脚を刀で切り落としながら回避する。同時に二、三ケ所から来る攻撃は今は回避だけで精一杯だ。

 

 大妖怪のなり損ないと言ったが、それでも現在の実力では一気に倒しきれない。

 切り落とした脚がすぐに再生する。直前に人を食っていただけあって妖力は高まっているのか、再生が速い。

 

「うろちょろと動き回ってまるで蝿ね。面倒だ、わ。」

 

 六方向からの突き刺し。敢えて懐に飛び込み、体を捻りながら刀を振り脚を切り落としながら接近する。

 人間部分の腹部に掌底を叩き込み、押し飛ばす。それなりに通っている感じだが、辺りの糸を手繰り寄せて木にぶつかる際の衝撃は吸収している。

 

「ぐぅ、くそが!」

 

 悪態をつきながらも脚を再生させている。妖力を削っていけばそのうち倒せるだろうな。

 

「あと何回切り落とせば、再生できなくなるのだろうか。」

 

「なめるなよ、人間!」

 

 激昂しているように見えても、勢い任せに来ることはない。純粋な戦闘では不利と考えているのだろうな。

 

 ふと何かに気づいたように視線を外した。いいタイミングだ。

 

「よそ見していいのか?」

 

 急接近し首を蹴る。脚で防がれ、反撃をもらう前に距離を取る。

 

「・・・あんたは囮役か。小賢しい真似してくれるわね。」

 

「その様子だと無事救出できそうだな。途中であんたが引き返して人質に使われると面倒だったが、これでもう問題ない。」

 

 捉えた人を糸で管理していたのだろう。菫子が瞬間移動で連れ去るのだから、消えたように感じたのだろうな。おそらくこの様子だと二人同時に移動させたか。

 

(無理はするなと言ったはずなんだがな。いや、一人残っていた時の事を考えると無理して瞬間移動したのは結果的によかったか。)

 

「・・・もう許さない。全ての力を使ってあなたを殺す。」

 

 妖力が跳ね上がる。蓄えた力を開放した影響か、辺りの糸から妖力を感じなくなった。

 感知を捨てて、俺を殺す為だけに力を割いたか。

 

(これが全力か。脅威ではあるが、絶望を感じるほどのものではない。どちらにせよこいつは詰んでいる。)

 

 これまで以上の速さで動き回り、突き刺してくる。それだけじゃない。糸を戦闘に使い、変則的な軌道で攻撃を仕掛けてくる。

 手数も多くなり数ヵ所に傷をつくる。

 

(くっ、やはり一筋縄ではいかないか。)

 

「あなたが囮役ってことは戦闘能力が一番高いからとみた。そんなあなたでも防ぐのに精一杯ね。」

 

 僅かな隙をついて相手の下に陣取る。

 

 霊力の砲撃を打ち上げる。幻想郷ほどの力はでなくとも牽制程度にはなる。

 

 だが、なんなく避けられる。

 

「霊力まで扱えるなんて益々珍しい。あなたを食べる楽しみが増えたわ。」

 

「簡単に食えると思うなよ。」

 

 手を握り、打ち上げた霊力を拡散させる。爆発音と光が発し、霊力の弾丸が降り注ぐ。

 高威力砲撃は出せずとも、高速であれば小さい弾丸であってもこの妖怪の体を貫ける。

 

「・・・外皮も硬化しているのか。」

 

 刀で切り落とした感覚から十分な威力だと思ってたが妖力の上昇と共に身体を強化したのか、弾丸は外皮に弾かれる。

 

「強化して正解だったわ。脚の再生は容易いけど、それ以外の再生は面倒だからね。あなたの攻撃はもう通らないわ。」

 

「・・・一つ誤解をしている。」

 

「この期に及んで何を言うつもりかしら。辞世の句でもあるとでも。」

 

「いや、戦闘能力についてだ。お前は俺が一番強いだろうと言ったな。それは間違いだ。純粋な戦闘能力なら俺より強いやつが来てるぞ。」

 

 草木をかき分ける音が響く。その音で注意を向けるがもう遅い。

 注意をそらした隙に顔に霊力をぶつける。

 

「くっ、目潰しか!」

 

「・・・切れ、妖見。」

 

 鋭い斬擊が妖怪を襲う。見えない状態でも回避しようと跳ぶ。それでも避けられない。

 

「きゃあぁぁぁ!」

 

 甲高い悲鳴が轟く。蜘蛛の部分が切り裂かれ、内蔵が飛び出す。

 間一髪で致命傷は回避したか。残っている脚を木に突き刺し体を支えている。もう少し余力がある様子だが、切られた断面から血や臓物が流れている。しぶとい妖怪だ。

 

「・・・これが妖怪ですか。」

 

 刀に着いた血を払い飛ばし鞘に納める。

 

「そうだ。種族は分からんが見た通り蜘蛛の特徴を持っている。さっきの攻撃で蜘蛛の部分の半分以上が切り落とされたがな。」

 

 息が上がり険しい表情を浮かべる妖怪。さっき言っていた通り脚以外の再生は苦手のようだ。強敵との戦闘経験があまり無いのだろうな。

 だからこそ大妖怪には成りきれない。

 

「妖見は人間部分の手を狙え。残った二本の脚では速い移動はできないから狙えるだろ。」

 

「分かりました。ついでに脚も切っておきます。」

 

 木を伝い急接近し、妖怪を通過した。いつの間にか刀は抜かれており、体を支えていた脚と人間部分の手がズルリと離れ、妖怪は地に落ちた。

 

「いつの間に、切ったの、よ。」

 

 目で捉えきれない速さからの斬擊。俺の速さに慣れた上でそれ以上の速さに瞬時に対応できるはずはない。糸での感知を続けていれば対処できたかもしれないだろうが。

 

 地に落ちた苦しみのたうち回る妖怪に近づく。

 

「最後に言い残すことはあるか?」

 

「取引があるわ!八雲紫って言う妖怪についてよ!幻想郷の管理者の妖怪だからあなたにとっても悪い話じゃないでしょ?だから今回はみの」

 

「悪いもう知ってる。」

 

 これ以上ベラベラ喋られても困る。霊力の砲撃で頭を消し飛ばす。

 少し痙攣した後、動かなくなった。

 

「・・・容赦無いんですね。」

 

「悪戯に長く生きながらえさせるわけにもいかない。それに妖怪の相手をする時は確実に仕留めるまでは油断できない。」

 

「覚えておきます。聞きたいのですが、さっきこの妖怪が言ってた幻想郷って何ですか?」

 

「俺もよくは知らん。菫子が探してる場所だ。異形の者達が集まると言っていたから聞いてみたが、たいした情報は持っていなかった。」

 

 霊力で妖怪に火をつける。焼き尽くすまではここで見張っておこう。

 

「・・・さっきの合図といい、今の火を起こしたのも気になるんですが、菫子みたいな超能力ではないんですよね?」

 

「違う。霊力を変化させるのは後天的にできるようになっただけだ。」

 

「私も菫子もあなたが何者なのか未だに理解できませんし、何故妖怪との戦闘も慣れているのかも分かりません。教えてはくれないんですか?」

 

「そうだな、、帰りに少し話すか。」

 

 燃えかすになるまで素朴な話を続けた。

 

 

 

 

・・・

 

 

 車に戻ると近くに女性が二人寝かされていた。やや衰弱した様子ではあるが生きているようだ。

 車を背にして座っている菫子も少し疲れているようだ。時間が経ったとはいえ、二人を運んだのはそれなりに無理をしたのだろう。

 

「随分と遅かったわね。」

 

「後処理をやっていたからな。そっちはどうだった?」

 

「最悪だったわ。ぐちゃぐちゃの人間なんてもう見たくないわ。」

 

「そうか。すまなかったな。二人同時に瞬間移動したのも結果的には助かった、ありがとう。」

 

「どういたしまして。で、この二人どうするの?」

 

「目を覚めすまで待って説明したいこともあるが、この状態では無理だろう。後の対応は任せるだけだ。」

 

 宇佐見さんを通して警察に来てもらおう。直接警察に伝えても信じてもらえないだろう。

 

「二人の拘束を解いてやってくれ。」

 

 二人の拘束、糸を切っている間に事のあらましを伝えた。

 

『そうか、二人だけでも無事だったか。それにしても妖怪の存在か、、、』

 

「どうしますか?信じてくれるとは思ってませんが、被害に遭った二人の証言や現場の不可解な点を含めると野生動物とは思われない。宇佐見さんに連絡を入れた警察に来てもらえないですか?」

 

『連絡はしておこう。少し待ってもらうことになるが、その二人は病院に連れていかなくてもいいのかい?』

 

「衰弱している様子ですが目立った外傷はないので、急いで対応する必要はないと思われます。起きたら水と食料を与えながら様子を見ます。」

 

『分かった。今回もありがとう。』

 

「いえ、お互い様ですよ。また後日報告しにいきます。」

 

 電話を切る。二人の様子を見ると目が覚めたようだ。こちらを見渡して困惑している。

 

「目が覚めたようですね。あなた方二人は助かりました。水と軽い物でも入れてください、話はそれからです。」

 

 二人にペットボトルの水とパンを与える。困惑しながらも状況が分かり始めたのか、おずおずと手にする。

 少し食べるのを待ち話に入る。

 

「どこまで覚えていますか?嫌な事もあるでしょうし、思い出したくないなら構いませんよ。」

 

 旅行の始まりから教えてもらう。大学のサークルらしく、同学年の三人と先輩一人で来たそうだ。山に入る前に危険な場所については聞いていたそうだ。

 

 危険な場所というのも昔からその周辺には行かないようにと近隣では言われていたそうだ。

 

「・・・最初に先輩が何かいる気がするって言って、行ってはいけない場所に入っていったんです。一人では危ないだろうということで、みんなでついて行ったんですがそこであれに、、、」

 

 苦い表情をする。恐怖で体が強張っている。

 

「そこから先は大丈夫です。無理させたようですみません。」

 

(目の前で食われるのも見ただろうし当然か。それにしてもその先輩とやらが少し勘が鋭かったのが原因か。)

 

 普通だったら不気味程度だが、何かがいると直感的に分かるなら、それなりの霊力を持っていたかもしれない。

 

(始めに食べた人間が力を持っていたとしたら、妖怪が快楽に浸るのも無理はないか。)

 

 霊力の大きい人間ほど食べたときの衝撃は大きいと言うが、今回はとことん運が悪かった。

 

(・・・ん、この二人の体に宿る妖力はまさか、、、)

 

 自分の妖力を馴染ませる魂胆かと思っていたが、二人の気力が体の妖気の一点に集中している。

 

「・・・ちょっと失礼。」

 

「え、あ!」

 

 一人の服を捲り、お腹に手を当てる。集中して、小さな妖気の動きを感知する。

 

(・・・生きている。あの妖怪、自分の子を産み付けたか。)

 

「・・・何してんのよ。」

 

 怪訝な目で見られる。いきなり服を捲って触りだしたらそうなるか。

 

「菫子、透視で今俺が押さえている部分を一点集中で見てみろ。」

 

「・・・卵?何これ?」

 

「おそらくは産み付けらたものだ。丁寧に糸で付けられて生半可な衝撃じゃ取れないようになっているな。」

 

「放っておくとどうなるの?」

 

「予想でしかないが内側から肉を食い破って出てくる。この様子からして孵化までそう時間はかからないだろうな。」

 

 ここまでの会話を聞いて二人が青ざめる。

 

「・・・私達は助からないんですか?」

 

「いや、助けることはできます。早めに取り出さなければいけませんが、病院に行ったところですぐに手術できるとは思えない。あなた方二人とも体力が低下している状況では先ずはそっちを優先するでしょうしね。」

 

 だが、気力を吸われてるのもあり回復は遅くなるか、そもそも回復しないか。

 どっちにしてもこの場で処理した方がいいか。

 

 捲った服を戻して、問いかける。

 

「痛い方法と恥ずかしい方法、どちらが良いですか?すみませんが僕ができる方法は限られてるので。」

 

「・・・痛くない方法でお願いします。」

 

「分かりました。この事は忘れてくれるとありがたいです。」

 

 顎を上げ口を開けてもらう。開いた口に自分の口を重ねる。

 

「んー!」

 

 方法を言わなかったのは悪いが、どっちにしろこの方法が一番負担が少ない。

 霊力、気力を与えながら中の妖気を拒絶させて引き剥がす。剥がれたところを吸出して体から出してやる。

 

 口を離し、吸出した卵を吐き出す。微妙にうねっており孵化が近いことが分かる。踏み潰して死滅させる。

 女性は顔を赤らめて息を荒くしている。術の都合上感覚を狂わすから仕方ないか。

 

「・・・お前らもあんまり見るな。」

 

 菫子、妖見の二人からじっと見られる。治療行為とはいえなにも思わないわけではない。

 

「生で接吻は初めて見たわ。」

 

「同じく。少し興奮しますね。」

 

 見ないという選択肢はないようだ。

 

「・・・あんたはどっちだ?」

 

 もう一人に問いかける。

 

「・・・さっきの方法でお願いします。」

 

 同じようにして妖怪の卵を取り除いた。

 

 とりあえずはこれで一安心ができる。戦闘と治療でそこそこ消耗した体力を回復しながら警察の到着を待った。

 

 




当初の作戦→囮:霊吾君 救出:菫子、妖見
変更後→囮:霊吾君 救出:菫子 奇襲:妖見


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事件後、そして次の目的

感想ありがとうございます
誤字報告も毎度助かっております


 後始末を警察に任せ帰路に着く。宇佐見さんを通しただけあって話を聞いてくれる。信じてくれたかは別だが。死体の状況からしても野生動物とは思えない食われ方をされているのを見て普通ではないと思ってはくれたようだ。

 

 被害者の二人については菫子と妖見のことを内密にするようにお願いした。警察が来たときは隠れて過ごしたが二人については隠しようがなかったが、素直に聞いてくれた。

 

 空は赤くなっており、夜になるまで時間はかからないだろう。早く事がすんでよかった。

 

「二人ともだが、今回は助かった。俺だけでは簡単にはいかなかったな。」

 

 救出では菫子、戦闘では妖見にそれぞれ助けられた。俺一人でも妖怪相手に立ち回ることはできる。だが、その中で二人の人間を救うのは難しい。

 

「そうかしら。あんたが自分の手を明かさないから結構強いって思ってたけど。」

 

「能力で言えば菫子の方が強力だ。純粋な戦闘だけで言えば俺は妖見にはもう勝てないだろうな。」

 

「模擬戦では互角じゃないですか?」

 

「楼観剣を持てば話しは別だ。楼観剣を持ったお前の剣を捌ける自信はない。」

 

 木刀を持っての戦闘では妖見の能力は発揮されない。それでも強いのだが、真剣を持てば別格になる。

 切る能力と呼んでいるが、切るために力、速さを上昇させる能力のようだ。石や鉄などを容易く切り裂くだけでなく、結界や弾幕も切れる。

 

 普通の刀では耐久性の問題があるが、楼観剣なら妖見の能力に耐えることができる。

 

「でもあんたは変な術をいろいろできるじゃない。さっきの何かもただ単に吸出したわけじゃないみたいだし。あれは何なのよ?」

 

「・・・房中術だ。詳しくは言いたくないが、力のやり取りを体を通して行うものと思ってくれればいい。」

 

「房中術ねえ。聞いたことあるようなないような。」

 

「確かに菫子にはまだ早いと思いますね。ようはあれのことでしょう。エロいやつって何か見たことありますし。」

 

 そういう認識されるから詳しくは言いたくなかった。

 

「ああ、そういうやつね。顔色変えずにできるようだし、慣れてるようね。」

 

「意外ですね。」

 

 小娘二人から複雑な目で見られる。

 

「で、そろそろ答えてくれるかしらね。」

 

「・・・何が聞きたいんだ?」

 

「あんたが何者なのか知りたい。妖見さんにもあまり言ってないようだし、言いたくない事でもあるわけ?」

 

 どこまで話すか悩む。幻想郷の事を話すのは駄目だな。

 様々なことができる事を納得させるにはもともと目指していたものを話すしかないか。

 

「・・・俺は魔法使いに成れなかった人間だ。霊力の扱い方が秀でているのも本来は魔力という霊力よりも変化に富んだ力を使っていたからだと思う。」

 

「成れなかったっていうのはどういう事?それに魔法使いって種族の事?」

 

「そもそもだが魔法っていうのは魔力を媒介にして様々な現象を起こすものだ。菫子の超能力を能力以外の力を使って再現するようなものだ。俺にはその魔力を生み出す術がなかった。種族としての魔法使いは確かにあるが、どうやってなるかは俺には分からん。」

 

 幻想郷の魔女は魔理婆さんを除くと種族としての魔法使いがほとんどと聞いている。

 魔力を使えない以上、人の身で魔法使いに成れる人間は理論上いないからだ。

 

「魔法使いってあんな化物を相手にもよく戦っていたりするんでしょうか?」

 

「それは俺が例外的な存在だからとしか言えない。どっちかには前に御子のようなものだと言ったことがあるかもしれないが、そこで妖怪退治のような事をやっていた。」

 

「今回みたいな妖怪とかですか?」

 

「そうだ。ああいう人食いは珍しくはない。本当に厄介な妖怪は今の俺では相手にならない。」

 

「厄介な妖怪ですか?」

 

「妖怪っていうのは滅多に人前にでることはない。今回みたいに本来は人が足を踏み入れない場所に隠れている事がほとんどだろう。だが、本当に力を持ったやつは違う。お前らが今回見た妖怪で何か思ったことはないか?」

 

「そうですね、、、人の部分があるとは思わなかったですね。もっと異形のような感じだと思ってたんですけど。」

 

「同じね。人と合わさったような見た目とはね。逆に不気味だったわよ。人の部分があるだけで余計に嫌悪感を感じたわ。」

 

 二人とも似たような感じだ。人と化物が合わさったような姿。化物の姿より人が混ざっている姿の方が恐怖がより煽られる。

 

「菫子が言ったように嫌悪感や恐怖を与える姿をした妖怪っていうのは基本的には表にでてこない。昔ながらに興味本位で訪れた奴らや迷い込んだ者に恐怖を与え糧とするくらいだ。」

 

 妖怪は基本的にこちらから接触しようとしなければ遭遇することはない。

 

「厄介な奴らだが、ほとんどが人と変わらない見た目だ。なんなら現代に溶け込んでいる妖怪もいるだろうよ。」

 

「人間の姿ですか?」

 

「強い妖怪ほど人と見た目が近くなる傾向にある。人の恐怖から産まれたようなものだからかもしれんが、詳しくは分からん。気まぐれ何かで被害に遭うことがある。災害みたいなもんだ、知らない限り対処のしようがない。」

 

「・・・私達の近くにも居るのかしら。」

 

「菫子、俺を感知する時に分かりやすいと言っていたな。それに妖怪の気配も探ったことだし何か分かったことでもあるだろ?」

 

「・・・あんたの気配に少しだけ妖怪の気配が混ざっていると思ったわ。もしかしてあんた、、、」

 

「俺は人間だ。俺の中に妖怪を感じる理由だが、こいつが原因だ。」

 

 首の包帯を少し捲る。未だに治る気配のない傷をバックミラー越しに見せる。

 

「昔、手負いの妖怪に油断して付けられた傷だ。如何な妖怪と言えど死ぬまでは何をするかは分からない。人間とは違い四肢が無くとも人を殺める事はできる。」

 

「それが妖怪に容赦しない理由ですか。」

 

「まあ、理由の一つだな。菫子への質問の答えだが、少なくとも俺達が住んでいる周辺には妖怪はいない。そもそも絶対数が少ないからな。」

 

 

 

・・・

 

 

 

「じゃあな、婆さんには、、言い訳できないか。刀持ち出してる時点で無理だな、後日謝りに行く。」

 

「私が勝手に行ったので怒られるのは私だけですよ。」

 

「本来なら止めるべきなんだよ。そういうわけだ、次の休日にまた来る。」

 

「分かりました。それではまた。」

 

 妖見を置き、走り出す。次は宇佐見邸か。

 

(宇佐見さんには何と言うべきか。とりあえずはこっちも謝罪だな。)

 

 後部座席で寝ている菫子。あまり人前では弱みを見せずに気丈に振る舞っているが、相当疲弊していたのだろうな。

 

 

 

 

・・・

 

 

 宇佐見邸に着いた。少し揺さぶったが菫子が起きる様子はない深い眠りについている。仕方ないが運んでやるか。

 

 菫子を持ってチャイムをならす。少しして宇佐見さんがでてきた。

 

「・・・帰りが遅いと思っていたら君に付いていってたのか。すまない、迷惑をかけたようだな。」

 

「夜も遅いですが報告もかねてよろしいですか?」

 

「後日でもいいのだが、私も聞きたいことがあるから今日の内に話を聞いておこう。」

 

 家に上がり、菫子を部屋に連れていく。ベッドに寝かせて1階のリビングで話をする。

 

「今回も助かった。君が会った警官から話は少し聞いている。亡くなった方は残念だが、二人は無事に帰れたそうだ。君も含め事情聴取はあるだろうが。」

 

 事情聴取か。どこまで言えばいいか。結局は公にでないだろうが。

 

「何故菫子が君といたんだ?警官から報告では君一人のはずだったんだが。」

 

 気になるだろう。あの場は間違いなく俺と宇佐見さんしかいなかった。俺が連れていこうとしない限りは菫子が一緒にいることはありえない。

 能力について菫子から話をした方がいいと思っていたが、宇佐見さんにある程度は伝えておいた方がいいか。

 

「以前菫子さんには能力があると言いましたが、覚えてますか?」

 

「ああ、覚えているよ。その能力が関係しているのか?」

 

「直接彼女が伝えるまで待っておこうと思ったのですが、今回のようなことがこれから起こる可能性もあるため話しておきます。彼女の能力についてですが、一言で言うと超能力です。」

 

 超能力についての説明。それにより今回の事を知られたことを話した。透視、念動力、発火、瞬間移動等ができ、おそらくできることは増えてくる。

 

「・・・なるほど、君がそういうのであればそうなのだろう。益々あの子が人間離れしていくな。私は彼女に何もしてやれないのか、、、」

 

 どこか悲しそうな顔をする。恐怖ではない。この感じは自分に対する情けなさか。それを再認識してしまったのだろう。

 

「特別なことをする必要はないですよ。何時も通りに接してやってください。宇佐見さんが自分を責める必要はないです。」

 

「・・・そうだな。私は私のできることをするだけだな。」

 

 その後も報告が続いた。妖怪についてと被害者の二人についてだ。一応、二人については無事ではあるが今回の事での心の傷や妖気を体に取り入れた事での後遺症なんかもある。

 少し様子を見ておきたいこともあり、その旨を伝える。

 

「その二人なら暫くは病院にいるだろう。かなり衰弱した様子だったとあるから回復次第元の生活に戻るだろうが、私から連絡させてもらうよ。」

 

「助かります。少し気がかりなので。」

 

「それとだが、一つ面白い情報がある。菫子や魂魄さんのように変わった少女の話になる。」

 

 新しい情報だ。というか随分と少女が多いな。

 

「何でも奇跡を操る少女だそうだ。」

 

 

 



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幻想郷へ
奇跡


気分が乗ったので更新です


『次は~』

 

 電車のアナウンスが耳に響く。随分と遠くまで来たが、今回は宇佐見さんからの依頼ではない。だが宇佐見さんに聞いた噂ではある。今から行く地域で熱心に信仰を集めている少女がいるとのこと。不思議なのはその少女と関わった人が口にする「奇跡」という言葉。

 

 奇跡を操る少女。かつて幻想郷にそのような存在がいたというのを聞いたことがある。幻想郷に行くための手がかりになり得る可能性は高い。

 

 駅のホームに立ち、辺りを見渡す。田舎といっても遜色ない場所だが、意外にも人が多い。若い人が多い気がする。キョロキョロと辺りを見ていると、女の人が話しかけてきた。

 

「あなたももしかして奇跡を見に来たんですか?」

 

 あなたもということはこの人は実際に奇跡とやらを見に来たのだろう。あんまり期待してはいないという感じだが。

 

「そんなところです。奇跡といってもあなたは何を期待しているのですか?」

 

「まあ、何というか。出会いかな。」

 

 そういうと少し照れているようだ。・・・面倒だな。少し惹かれている。人より霊力を感じる人間は呪いを受けている自分に惹かれることがある。自意識過剰というわけではないが、ある一定の人にはかなり目立つようになっている。

 菫子や妖見ほどの強さを持っていても、二人とも初見でそれなりに興味を持っていたようだったからな。

 

「あなたは何か叶えたい事でもあるんですか?」

 

「俺は奇跡が起こる瞬間を一目見たいだけですよ。」

 

 適当に話を合わせながらよく現れるという場所に向かう。山の麓にある小さな公園で不定期で演説をしているとのことだ。

 

 目的地に着くとちらほら人が見える。駅で見た顔がほとんどだ。

 

「結構噂って広がっているんですね。」

 

「そうみたい。やっぱり本当に奇跡ってあるのかな。」

 

「さあ。けどこの人集りを見るに嘘というわけでもなさそうだ。」

 

 十人近くが田舎の小さな公園に集まっている。周辺住民はどう思っているのだろうか。ここに来るまでの道中であまり現地の人には会っていない。

 

 

 

 山道から少女が現れる。菫子よりも少し幼い少女だと思われる。

 よく目立つ緑色の髪、霊力の質、僅かに感じる神力。間違いなく人間以外の血が入っている。

 手に大麻を持ち、小走りでやってくる少女。

 

 ゾワリと右腕に不気味な感覚が走った。神の呪いが強くなったような気がした。

 

(・・・気のせい、ではなさそうだが一先ずは置いておこう。それにしても少女一人で山から来たか。この辺りの住人だろうが親は何をしているんだ。平日の昼間だっていうのに、学校には行っていないのだろうか。)

 

 いろいろとおかしな点はある。というか学校に行っていない子供が多い気がする。やはり強い霊力、能力を持った人間は適応が難しくなるのだろうか。

 

「今日もたくさんいますね!こんにちは!」

 

 元気の良い少女の挨拶が響く。挨拶を返しているもの、戸惑っているものなど各々に纏まりはないようだ。

 少なくともサクラのような奴らは居なさそうだ。

 

「あのー、君が奇跡を叶えてくれる子かい?」

 

 壮年の男性が問いかける。興味本位で見に来たにしては真剣な表情に見える。

 

「はい、そうです!何か悩み事や困った事がありますか?」

 

「・・・家内、奥さんなんだけど、少し前から入院しててね。もう目を覚まさないかもしれないんだ。医者はもう長くはないと言っているのだけれど、諦められないんだ。だから、奇跡を頼りに来た。」

 

 最後の頼みの綱というわけか。人の生死を操るなんて無理だろう。神でもない限り。神といっても死に特化しているやつもいるが。

 

「・・・それがお願いですか?」

 

「そうだね。お嬢ちゃんに奇跡を起こしてほしい。できるかい?」

 

「頑張ってみます!」

 

 手を合わせて目を瞑る。祈りに近い様だが、神に願いでも届けているのだろうか。

 

(・・・待てよ。こいつ対象の名前どころか依頼者の名前すら分かっていないはずだ。どういうものかは分からないが、術の対象がいない状況でなぜできると言える。それとも本当に奇跡を起こすという単純な能力なのか。)

 

 奇跡を操るといわれ、対価を支払い願いを叶える系の術、もしくは能力かと考えた。

 

 だが、違うようだ。ただ純粋に奇跡を起こすだけの能力。故に制限がない。

 

 壮年の男性の携帯が鳴った。全員の視線が一点に集まっているのが分かる。

 

「はい、、、ちょっと遠くにいますんですぐには、、ほんとですか!いえ、すぐに向かいます。電話はかけてもよろしいのですか?、、はい、分かりました!」

 

 電話を切り、少女に向き直る。

 

「・・・君のおかげかな。奇跡というのを信じてよかったよ。」

 

「奥さんからでしたか?」

 

「病院からでね。意識を取り戻したそうなんだ。」

 

「よかったですね!早く行って上げてください!」

 

「お礼でもしたいのだけれど、君はまたここに来るのかい?」

 

「でしたら、山に神社がありますので、そこに来ていただけると嬉しいです!」

 

 また後日お礼をさせてくれと言って壮年の男性は立ち去る。

 そのやり取りを見て、数人が寄っていった。奇跡がその場で叶うものもいれば、時間が立って分かるものもいる。どちらにせよ、少女は自信満々に応えている。

 

 

 一人一人と去っていくなかで、共に話していた女性も少女の元に寄って願いを叶えてもらうようだ。

 

「出会いですか?」

 

「できますか?」

 

「うーん、やってみましょう!あなたが望む相手を思い浮かべてください。」

 

 同じような祈りを捧げる。どんな奇跡であっても変わらないか。

 

「・・・すぐに見つかると思います!出会った時は二人で神社に来てください!」

 

「どこで会えたりとかって分かりますか?」

 

「そこまでは分からないです。けど、普段通りにしてるとどこかで必ず会えます。信じてください!」

 

「・・・分かりました。」

 

 女性はこちらを向いて頭を下げて帰っていった。

 

「えーと、最後の方ですかね。あなたも何か望みがあって来たんですか?」

 

 少女がこちらに向かってきた。

 

「望みは特にないかな。ただ、奇跡を少し見に来ただけでね。少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

「何でしょうか?」

 

「幻想郷と言う言葉を知っているかな?」

 

「・・・私は分かりませんが、諏訪子様や神奈子様が話しているのを聞いたことがあります。どこかの場所の事なんですか?」

 

 様と呼ぶのか。人ではない可能性が高いな。それにこの子が近づいてきてから呪いが強くなった。

 

 嫌な予感だ。

 

「そうだね。遠い場所だと思う。詳しくは知らなくて聞いたんだけど、その二人とは会えるかい?」

 

「えーと、神社に来ていただければ、会えるかもしれないです。」

 

 含みを持たせた言い方だ。幼い子だろうが、色々と経験はしてきているだろう。

 存在が認知されなかったと考えるのが妥当か。神様はここにいると見えていても、誰もが信じてくれない状況。奇跡という分かりやすい結果での信仰集めは、彼女なりの考えか。

 

「安心してほしい。こう見えて霊力の扱いには長けている。元々は神社の仕事もしていたから、神様がいるかどうかくらいは分かるよ。」

 

 そう言うと、驚いた顔をした。

 

「ライバルですか!私の秘密でも探りに来たんですね!」

 

「・・・そういう訳じゃないよ。それに今は関わりがないからね。ただの興味だけだよ。神社に連れていってくれるかい?」

 

 少し思い込みの激しい子なのかもしれない。

 

「そういうことですか。では、神社に行きましょう!」

 

 嬉しそうにこちらの手を引き、歩きだそうとした。

 

 手が触れた瞬間、本能に死の警告が響いた。かつて受けた呪いが頭に呼応する。

 

 咄嗟に手を離す。少女も何か感じ取ったのか、振り払われた手を見ていた。

 

「・・・この感じ、まさかあなた!」

 

 ハッとしたようにこちらを真っ直ぐに見つめる。

 

(あの神の末裔だったか。もう少し幻想郷で調べておくべきだったか。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「運命の相手ですね!」

 

「・・・は?」

 

「いやー実は見たときから胸がドキドキしてたんですけど、この感じは恋ですね!」

 

 おそらく違う。呪いを受けた俺はこの少女からすると天敵のようなものだ。だが、まだ幼いこの子にとってはその衝動を理解できないのだろう。

 

(よりによってそう思うのか。騙しているみたいで悪い気がするな。)

 

「手を繋ぐと胸が爆発しそうになりそうでしたし、もう少し大人になってからですね。今日は私に着いてきてください!」

 

 より嬉しそうに歩きだした。変に誤解されるよりはよかったか。

 




早苗は現代過去で出したかったキャラです


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呪い

誤字報告、感想ありがとうございます


 山道を歩く。近づいてはダメだ。勘がそう告げている。

 

(・・・呪いが徐々に強くなってきている。封印で抑えているとはいえ、どこまで耐えられるか。)

 

 封印が解ければどうなるか。すぐに死ぬわけではないだろうが、これ以上の対処ができない現状では時間の問題だ。

 

「霊吾さんと言うんですね。私は東風谷早苗と言います。この先の守矢神社の風祝をしています。まだ見習いなんですけどね。」

 

 こちらの事情には気付いていないようだ。名前を聞かれたが、幻想郷に行くであろうこの子に霧雨というのは言わないでおこう。珍しい苗字ということもある。

 

 風祝、巫女に近いものか。修行でもしているのだろうが、霊力の質が普通の人とは違う。やはり神の血が入っていると独特のものになっているのだろう。

 まるで風祝になるために生まれてきたような、そんな感じがした。

 

(・・・幼い少女で見習いか。かよを想ってしまうな。)

 

 もう会うことはできない。同じくらいの年で似たような境遇。ずっと心にあるが、つい考えてしまう。

 

「・・・泣いているんですか?」

 

 自分でも気付かないうちに涙が出ていたようだ。現代に来てからの疲労、人への隠し事の罪悪感、戻れない幻想郷への想い。それが一気に出たのだろうか。

 

(呪いで死を感じることも影響していたか。我ながら情けないな。)

 

「すまないね。何でもないよ、気にしないで。」

 

「・・・霊吾さん、叶えたい願いとか無いんですか?せっかく来てくれたんですから、奇跡を信じてくれませんか?」

 

「すまないね。僕の本当の願いは絶対に叶わないんだ。それに今の目的にもまだやれることがある。早苗ちゃん、奇跡の価値を考えたことはあるかい?」

 

「価値ですか?」

 

 考えたこともない感じだろう。それもそうだ、奇跡を操れるのだったら、価値も何もないだろう。

 まだ幼いこの子が考える必要はない。これはただの自己満足だ。

 

「これから言うことは君には少し失礼かもしれない。聞きたくないなら大人の嫌な戯言と思って欲しい。」

 

「大丈夫です!嫌なことはいっぱい言われてきました。聞かなくてもいいって言ってくれるだけで十分です。それに奇跡の価値も知りたいです。」

 

 ・・・例に漏れずこの子もきっと苦しい環境で生きてきたのかもしれない。それでも明るく振る舞い、熱心に信仰を集めるのは神のためだろう。

 だからこそ、この子には自分の価値を知って欲しい。これ以上噂が広まってこの子が大々的に利用される前に。

 

「大したことじゃないよ。それにこれはあくまでも僕の考えだからね。奇跡というのは本来、起こるものではない。」

 

 起こらないからこそ奇跡と言われる。

 

「君の能力を見て、奇跡的な確率を手繰り寄せる能力だと思ったけど、それはおそらく副次的なものだと感じたよ。その能力は奇跡そのものを操る神に等しい能力だ。」

 

 実際の神がどんなかは分からないが、この子の能力は人の運命をねじ曲げることができる。

 

「今の段階ではまだ興味本位の人や必死な人しか来てないから分からないかもしれない。君の噂がそれこそ本当の事であると思われてしまった時、どうなると思う?」

 

「・・・いっぱい人が来ると思います。」

 

 自信がないように答える。この子も分かってはいるのだろう。分かった上で人の良い部分を見ようとしているのか。まだ、この子に背負わせるには早すぎる。

 

(本来なら止めてくれる人がいるはずなんだがな。)

 

 これ以上言うのは酷だな。

 

「・・・分かっているようだね。奇跡を思いのままにできるなら人は争うかもしれないね。これ以上は言わないよ。ただ、君のためにもあまり人の願いを叶える事はしない方がいいと思うよ。」

 

「・・・それでも私はお二方のため、、」

 

 小さくボソッと呟く。こちらに聞こえるか聞こえないかどうかと言う声。

 聞こえなかったことにしておいた方がいいのかもしれない。幼いこの子の想いを無下にするのもどうかと考え直す。

 

「そうですね。難しいことはよく分かりませんが、それでも願いを叶えることでみんなが幸せになるのは間違ってないと思います!」

 

 どこまでも真っ直ぐな目。本当にそれを信じている。いろいろと見てきたと思うが、それでも人を信じるようにしているのだろうな。

 

(俺がどうこう言うのも筋違いか。)

 

「まあ、間違ってはないだろうね。一つ付け加えるなら、そのみんなに自分を含めることだね。」

 

 自分の事を顧みずに人の為だけに尽くしているだけでは、いつか壊れてしまう。

 

 

 

・・・

 

 

 鳥居が見えた。そして理解した。

 

 あれをくぐったら死ぬ。

 

「・・・すまない、早苗ちゃん。ここから先は行けない。」

 

「ええ!何でですか?」

 

「理由は言えないけど、ごめんね。君が悪いわけではないよ。」

 

 この子を裏切ることになり、心が痛む。少し無用心だったかもしれない。

 

 ふと鳥居に気配を感じた。人間でも妖怪でもない感じ、神だな。

 目を向けると、大縄を背負った女性が見えた。そちらを見ていると、早苗ちゃんも気づいたのか目を向けた。

 

「あ、神奈子様!」

 

「・・・早苗、その人から離れなさい。」

 

 やや険しい表情。得体のしれない者を見るかのようだ。呪いが分かっているのだろう。

 こちらも早苗ちゃんを説得する。

 

「どうやら僕が元いたところの神様とここの神様は仲が悪かったかもしれないね。君が感じた高揚感はもしかしたら敵対本能だったんだろうね。」

 

「そんな、、でも、霊吾さんはいい人です!」

 

「ありがとう。そう思ってくれて嬉しいよ。だけど今回は運が悪かったみたいだ、あの方が言っている通り僕から離れな。」

 

 渋々と行った感じで鳥居をくぐった。

 

「早苗は諏訪子のところに行ってなさい。私はこの人と少し話があるから。」

 

「分かりました、、、ばいばい霊吾さん。」

 

 悲しそうに手を振って、奥に向かっていった。

 

 

 

 さて、神様とのご対面だ。

 

「お前何者だ。」

 

 毎回聞かれている質問だ。これから先もずっと聞かれることになるだろうな。

 

「何者と言われても人間としか答えられない。」

 

「・・・質問を変えよう。どこでその呪いを受けた?少なくともここ数百年はあいつが人間に呪いをかけたとこは見ていない。何故その呪いを受けている。」

 

 可笑しい。ある程度漏れでてるとはいえ、封印されている呪いが分かるほどではないはずだ。

 

「・・・この呪いがなぜ特定できる?」

 

「あいつがお前の存在を認識できないからだ。私はこの山に早苗と共に不思議な人間がきたと分かったが、相方はお前について何も感知できなかった。もしかしてと思って来てみれば死の呪いを受けた人間がいるとはな。」

 

 呪いをかけた側からしてみれば、死んでいるはずの存在として認識できないか。

 

「・・・下手に誤魔化せないから言うが今から言うことは真実だ。先ずは俺は未来から来た人間だ。」

 

「未来か、些か信じられないな。まあいい続けろ。」

 

「この呪いは未来で受けた。俺が生きている理由はその時に神を殺す事ができたからだろうな。呪いが消えたわけじゃないがな。」

 

「・・・何があった。そもそも我々はいたのか?」

 

「俺が居た未来ではモリヤ神が元凶で異変が起きていた。それを止めるために戦った。あんたはいなかったよ。」

 

「場所はここか?」

 

「いや、幻想郷ってとこだ。知ってるか?」

 

 何か考え込んでいる。幻想郷について知っているようだ。

 

「・・・お前が未来から来たと言うのは嘘ではないようだな。幻想郷に移るかどうかを考え始めていたところだ。おそらくそう遠くない内に移ることになるだろうな。」

 

「あの子のためか。」

 

「それだけではないが、最も重要なのは早苗のためだな。我らを見捨ててくれるならよかったのだが、救おうとしている。普通に信仰を集めるだけならまだよかったのだが。」

 

「・・・なるほどな。神に成ろうとしているのか。」

 

「信仰が我々ではなく早苗本人に向かっている。認識されない我々と早苗ではどちらが人に感謝されるかなど分かりきっている。もう見えないものに想いを馳せる時代ではないのだ。」

 

 悲しそうではあるがそれを受け入れている。

 

「俺から一つ聞きたいことがある。」

 

「何でも答えよう。その呪いについてはこちらの非が大きいのだろう。知っている範囲なら答えよう。」

 

 この神の非ではないのだが、責任を感じているのだろうか。関係ないに等しいと言うのに律儀なものだ。

 

「幻想郷にどうやって行くつもりか聞きたい。」

 

「我々はおそらくだが神社ごと結界の中に転移させる予定だ。」

 

「場所は特定できているのか?」

 

「問題ない。ああ、なるほど。戻り方を知らないのか。人のみではどう行けばいいかはすまないが分からない。一つだけあるとするなら、博麗神社に行き運良く結界内に入るくらいか。」

 

 博麗神社だと。幻想郷にあるものが現代に残っているのか。

 

(境界の境目が博麗神社周辺だとすると、こっちにも同じものがあるのか。分からんが確認する必要がある。)

 

「博麗神社はどこにあるか知っているか?そもそも幻想郷にあったものが現代にあるのか?」

 

「残っているはずだ。迷い込んだ人間が正規の手段で出るにはそこしかないそうだ。詳細な場所は分からないが地名は覚えている。確か、、、」

 

 聞いたことはない地名だ。だが、そこにあるのか。

 

「・・・ちなみにだがその情報は八雲か。」

 

「何だ知ってるのか。大分前に来て誘われた時に話してくれたことだ。」

 

 信憑性はあると思っていいか。

 

「そうか。教えてくれてありがとう。そういえば、名前は何て言うんだ。」

 

「八坂神奈子。今は力なき軍神だがな。お前の名前は何だ?」

 

「霊吾と名乗っている。悪いが上の名前は本来ならない。」

 

「霊吾か。覚えておこう。早苗の事、真剣に向き合ってくれたこと感謝する。ありがとう。次に会うことがあれば幻想郷になるか。それまで生きてることを願っている。」

 

 生きていることを願うか。神様の目でも長くないのが分かるのだろうか。

 

(流石は神様か。だとしても俺は生き残ってみせる。ここに飛ばされた俺だからできることがあるんだ。)

 

 




もう少しで幻想郷に行けそうです


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道の前に

誤字報告ありがとうございます
何回たっても無くならないですね


「博麗神社と言う場所だが見つかったよ。ここがその場所だ。君が言っていた地名だけど今はあまり使われていないらしい。」

 

 頼んでおいて何だが、かなり広い情報網だ。寂れた神社ということもあり見つけ出すのが難しいと思ったが。

 

「山奥ではあるが人が訪れる事は多いようだ。それに不定期だが祭事も行っている様子もある。君が言う寂れた感じはしないと思うが。」

 

 地図と写真を渡される。写真では間違いなく博麗神社だと分かる。

 

「・・・いや、ここに間違いないです。ありがとうございます。」

 

「いつものお礼だ。気にしないでくれ。」

 

 博麗神社周辺のどこかに外と内を分ける境界線があるはずだ。本来であるなら干渉することすらできない。

 

 だけど結界を管理していた身なら干渉はできる。だからといって簡単に入れるわけではない。

 

(大結界と霊力を同調させて通り抜けるのが現実的か。紫さん以外の大妖怪も出入りしていたと聞いていたが、詳しく聞いておくべきだったか。)

 

 大妖怪のやり方で入れるかは別として、似たようなやり方ができたかもしれない。

 

(季節的に紫さんは冬眠の時期が近い。入るならこの時期がいいな。)

 

 大妖怪でも誤魔化す方法はある。満月の前夜から夜にかけてはどんな妖怪といえど妖力の変化は抑えられない。藍さんといえど感知は難しいはずだ。

 満月の日の朝に向かえばいいか。

 

「・・・やはり行くか。ここに残ってはくれないだろうか?」

 

「すみませんが行かなければいけません。宇佐見さんへの恩はありますが、どうしても譲れません。」

 

「・・・そうか。寂しくなるな、、、」

 

 短くはない付き合いだった。俺を拾ってくれて、幻想郷に行くための手助けもしてくれた。

 宇佐見さんには感謝しかない。

 

「菫子にはこの事を言うのかい?」

 

「悩んでいます。不義理かもしれませんが、黙って消えるのがいいのかもしれません。」

 

 間違いなく付いてくる。超能力を使われれば簡単に付いてこれる。

 菫子の実力なら幻想郷でも問題なく立ち回れるくらいにはなっている。格闘術を学ぶ前の俺よりも強くなっている。

 

 だけど家族がいる。もし行くつもりであれば宇佐見さんと話し合う必要がある。帰ってこれるか分からない場所に彼女を連れていくわけにはいかない。

 

(まだ菫子には早い。こっちで学ぶことも多い。よく知って、考えてからでも遅くはない。)

 

 こっちの勝手な言い分かもしれないが、理解して欲しい。それだけ自分を大事に思ってくれる家族というのは大事にして欲しい。

 

「何時ここを発つのかは決めてるのか?」

 

「予定であれば四日後の朝方だと思います。」

 

「そうか。何か要るものはあるかい?こちらで用意できるものは何でも言ってくれ。」

 

「大変気持ちはありがたいですが、特にはないです。こちらの物を持っていっても使えない物も多いですし。」

 

 動力の関係上仕方ない。紫さんに燃料など頼めなくもないだろうが、今の俺が友好的な関係を築けるかは分からない。

 向こうからすると怪しい存在だ。幻想郷は何でも受け入れるが、個人がどうかは分からない。

 

 未来の幻想郷を受け入れられないからこそ、俺を過去に飛ばしたのだから。

 

「・・・これで最後になるのか。君に手を差し伸べてよかった。私も君に大きな恩がある。もしこちらに来ることがあれば、また頼って欲しい。」

 

「ありがとうございます。本当にお世話になりました。」

 

 

 

・・・

 

 

「・・・そうですか。妖見も寂しいと言うでしょうね。」

 

 魂魄家。妖見が帰ってくる前に里見さんに話をする。

 

「私の我が儘になりますが、妖見を連れていってはやれないでしょうか?」

 

「・・・あの子には里見さんがいます。もしあの子が一人だったら考えたかもしれません。妖見さんはおそらくこの時代には生きにくい。ですけど適応はしてきている。無理してまでこっちに来ることはないですよ。」

 

「あの子を貰ってくれるのは霊吾さんくらいしかいないと思っていたんですけど、無理のようですね。」

 

 口に手をやり微笑を隠すような仕草だ。上品に見える行動の裏ではそんな事を考えていたのか。

 あの子の祖母だ。まあ普通ではないよな。

 

「私は長くはありません。ずっと心配だったんです。妖見が私亡き後、普通の人生を過ごせるとは思っていませんでしたので、あなたの存在は私にとってもありがたいものでした。口を開けば霊吾さんと面白そうに言う妖見を見るのが好きです。・・・もう一度考え直してはくれませんか?」

 

 こういう手には弱い。特に祖母と孫の関係については。妖見の事をみるのも里見さんのためと言うのもある。

 

 里見さんにとってはやっと手に入れた安らぎ。失わせるのは辛い。それでも俺は。

 

「・・・すみません。」

 

「ふふ、少し意地悪に言ってしまいましたね。ここで曲がってくれる人ならあの子も苦労しなかったのでしょうけど。霊吾さん、一つだけお願いです。」

 

「お願いですか?」

 

「妖見に黙って行くような事はしないで欲しいのです。また知らぬ間に慕っている人が居なくなるという経験をさせたくないのです。それだけはお願いします。」

 

 祖父の事だろう。確かに酷だな。菫子にも悪いか。

 

(・・・黙っていくのは止めるか。妖見には直接で問題ないと思うが、菫子は、、それまで考えるか。)

 

「・・・分かりました。」

 

「ありがとうございます。今日はせっかくですし、一緒に晩御飯を食べていかれてください。何時も通り妖見と稽古をするのでしょう?」

 

 

 

 

・・・

 

 

「楼観剣を持ってきたな。今日が最後になる。お前の今の力を見たい。」

 

「最後ですか、、やはり何処かに行かれるのですね。」

 

「分かっていたのか。」

 

「・・・あなたが日を追うごとに離れていく感覚がしていました。」

 

 流石の勘の鋭さだ。それが発揮されるのは戦闘面だけではない。あの婆さんといい、厄介な家族だ。

 

「冷酷そうに見えてお人好しで、小言を言いながらでも異質な私を受け入れてくれる。それと容姿から体格に関してはド・ストライクです。私を連れていってください。」

 

 真正面からの好意は慣れていない。真っ直ぐにこちらを見つめる目。目を反らすわけにはいかないか。

 

「・・・悪いな。」

 

「・・・はあぁ、分かってましたけどやっぱり辛いですね。でもいいです。ここからが私の勝負ですから。」

 

「勝負だと?」

 

「互いに条件を提示して戦いましょう。私からの条件はあなたがここに留まる事です。」

 

 

 

 

『俺が勝てば師匠のこれからを貰います』

 

 かつての記憶が蘇る。絶対的強者に向かっていった若き自分。

 妖見と俺にあの当時の俺と美鈴さんほどの差はない。純粋な戦闘では勝ち目はない。

 

 だが俺の手札を妖見は知らない。そこが俺の唯一の勝ち筋だ。

 

 

 「小傘、すまないが人を切る。殺しはしない、協力して欲しい。殺さないように刃をできるだけ収めてくれないか。無理、もしくは嫌なら形は変えなくていい。」

 

 信頼関係があったとしても頼みづらいが俺の意思を汲み取ってくれただろうか。

 拒否の反応は返ってこない。ただどことなく悲しむ感じが伝わってくる。こいつも意思を持っているんだ、それなりに人を識別しているのか。それとも純粋に俺に呆れているのか。

 

 傘を振るうと刀に変形した。

 

「最初に打ち合った時を思い出します。あの時と今は違います。」

 

 楼観剣に手を添えて腰を落とす。抜刀術の構え。妖見の能力を最大限に発揮させるために二人で考えついた一つの技。

 

 ただ一点を斬るためだけに特化させた技であり、最速の斬撃。完全に速さをコントロールできるわけではないが、目で相手を捉える相手には絶対に避けられない。

 

 だが、防ぐ手段は無くとも当たらない方法はある。

 

(この手を使うのはまだ早いな。勝負自体は一瞬だが、妖見の力を見るためにもギリギリまで奥の手は残しておくか。)

 

 

 

 




小傘の扱いが悪くなってますが、嫌いではないです


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悲壮剣劇

 静寂の間。妖見最速の技を完全に回避するのは不可能。来ると分かった上で五分五分といったところだ。

 

(何発も連続で出せる抜刀術ではない。強敵相手に長く戦うこと無く、一撃で相手を仕留めるための技だ。これまで実戦で使ったのは妖怪相手の時のみ。)

 

 微かに音と片足の踵が浮く。抜刀直前の予備動作だ。

 

(来る!)

 

 ダンという音が響くと同時に小傘を構え、衝撃に備える。

 衝撃が来た瞬間に、楼観剣が振りきられる方向に小傘を支えにして刃を渡るように体を流す。

 避けられない流せない攻撃なら自分が攻撃に合わせて流れるように動けばいい。その考えは持っていたが、実際にできる状況は限られてくる。打撃、斬撃の中でも一撃に全てを込めることで、次の動きまでのインターバルが長いものに限られる。

 相手の攻撃に身を任せる訳であって、瞬時に攻撃を繰り出せるような状況下ではあまり役に立たない。

 

 だが、発動後の隙が大きい抜刀術ならこれが使える。

 

 体を投げられ、妖見に向き直る。肉眼では捉えることのできない速さの斬撃と最高潮の速さからの急停止に顔色一つ変えない。それでも負担は小さくない。深く息をし妖見も振り返る。

 

「・・・正真正銘全力の一撃だったんですけど、やっぱり当たりませんか。やはり確実に当てるには隙を突くしかないようですね。」

 

 刀を鞘に収めずに接近してくる。抜刀術でなくとも重く速い斬撃ではあるが、接近故に振り幅は限られる。距離さえ離されなければ対処はできる。

 

 だからといって攻撃の手があるわけではない。刀で流す、または手で側面から弾くだけで精一杯だ。そこから抜け出すにはこちらも隙を突くしかない。

 

(・・・間合いを見極めろ。こいつに隙ができる一瞬は抜刀術の間。敢えてこちらの隙を作るのも手だが、抜刀術を繰り出すかは分からない。仕掛けてくるまで待つか。)

 

 

 

 長く打ち合いが続く。今まで妖見と打ち合うと大抵は痺れを切らして仕掛けてくる頃だが何かおかしい。

 

(・・・力を抑えているのか。防戦に回っているとは言え、ここまで長く無傷でいるほど俺は器用じゃない。)

 

 確かに速い斬撃ではある。警戒しすぎかもしれないが何かがおかしい。こいつが力を抑える理由はなんだ。ただ単純に長く打ち合いを続けたいのか。体力勝負になるとしても向こうが不利になるだけだ。

 

 油断はしていなかった。だが反応が遅れた。妖見の斬撃が肩に食い込む。小傘で斬撃を弾き返したが、浅い傷ではない。

 

 したり顔で見つめてくる。

 

「ぐっ、考えたな。」

 

「前に教えてくれましたから。速さを変えれば対応が遅れる。最高速度を維持して切られてくれる相手なら苦労しないんですけど、霊吾さんはそんな単純に切れませんから。」

 

 高揚とした表情で語る。速さを変えるといっているがそんなに簡単にできるものではない。魔法を使うなら出来るが負担は軽くはない。

 

 能力があっても菫子ほど万能ではない。戦闘センスと身体能力があってのもの。

 

「・・・小傘の刃を元に戻してください。」

 

「駄目だな。こいつに人を殺させるわけにはいかない。俺なら多少の傷なら問題ないが、お前は少し切られてだけで危ない。」

 

「だとしてもです。私は真剣勝負を挑んでいるんです。こういう手は嫌いではないですがあなたと全力でぶつかりたい。私だけが安全圏にいるのは私が許せない。」

 

 難儀な性格だ。このままで戦えば勝つ可能性が高いのだが、それでは意味がないのだろうな。

 手段を選ばなければ勝敗は決している。俺に条件を叩きつけたのだから速攻でくると思っていたが、悩んでいたか。

 

 若い。そして甘い。

 

(それはお互い様か。俺もこいつの力を試してたな。)

 

「・・・小傘。」

 

 拒絶の意はない。心配、不安の想いが伝わる。

 

 ただそれ以上に喜びも感じている。求められる喜びは例え殺しの道具だとしても隠しきれない。それが道具として生まれた運命か。

 

(俺が絶対に殺さないという信頼か。悪いな、もう少し人間達の遊戯に付き合ってくれ。)

 

 刀を振るう。禍々しい妖力と神々しい神力が刀身に宿っている。付喪神としての小傘を確かに感じる。

 

「それでこそ、、、倒しがいがある。」

 

 深い呼吸、スッと腰を落として構える。妖見は霊力を使って飛んだり、弾丸や砲撃を放つということはできなかった。ただ無意識に霊力で身体能力を上げている。

 

(構えてから霊力が一気に抑えられている。動と静を極めたような霊力の動き。最初の一撃とはわけが違う。来ると分かっても対処できそうにないな。奥の手を使うか。)

 

 こちらの一挙一動を見逃さないと言わんばかりの眼光。俺がどう動こうとも関係ないということだろう。

 ただ初撃のこともあるのか、妖見から攻めてくる気配はない。

 

(いつもその姿勢なら負けることはないんだが、今回は裏目だ。俺が先に動き出せばいかに速かろうが、ほぼ同時に攻撃が当たる。妖見のことだ、俺が捨て身の技をしてこないと高を括っているな。)

 

 僅かに歩幅を変える瞬間、妖見の姿が消えた。俺は刃を妖見の進行方向に撫でるようにして置けばいいだけだ。

 こいつの斬撃が俺に当たることはない。

 

「夢想天生」

 

 体を何かが通過したのを感じた。

 

「・・・面妖な、術ですね。やっぱ、り厄介な人、、」

 

 肩から脇腹にかけて切り裂かれ倒れる。

 

「死ぬなよ、妖見。」

 

「あん、なに優しいざん、げきでは殺せませんよ。」

 

 手加減したとはいえ浅い傷ではない。血を止めなければ死ぬことに代わりはない。

 

(・・・はぁ、しょうがない。それも含めて決めたことだ。)

 

「良いもの、ですね。切られるのも、」

 

「バカなこと言ってないで傷の手当てだ。これから俺がやることはできれば忘れてくれ。」

 

「・・・ああ、きたいしてます、よ。」

 

 ぐったりとした妖見を抱え上げて寝室に急ぐ。ここで救急箱の場所を知っていてよかった。

 一番幸運だったのは里美さんが買い物に行ってる間に道場の血も拭き取れた事だ。俺から吹っ掛けた事で傷付けたと知られたら何を言われるか分からない。

 

 

 

・・・

 

 

「それで妖見を切りましたか?」

 

「・・・やっぱり分かりますか。」

 

 家に帰るや否や直ぐ様リビングに座るように催促され、お茶を持ってきていただいた。

 笑顔は威嚇の意もあると言うことがよく分かる。

 

「血の匂いはそう簡単には落ちませんよ。それにあの娘もいませんし、何かあったのは想像できますよ。」

 

「本当にすみません。」

 

 深く頭を下げる。何も言えない。

 

「・・・頭を上げてください。妖見に伝えて欲しいと言ったのは私ですから。少し荒っぽいやり方だとは思いますが、あの娘にとったら最初で最後の楽しみかもしれません。」

 

 本心ではどうか分からないが、そういってくれるのはありがたい。だけど人を切ったことには変わりはない。せめて少しでも彼女に尽くそう。

 

「・・・妖見さんの傷痕はしっかり治療します。今日は少し長く居させて下さい。」

 

「あらら、私はお邪魔かしら。妖見が面白いことを言ってましたからねえ。大丈夫ですよ。あの娘の部屋と私の寝室は少し距離がありますので。」

 

 なんとも言えない気遣いだ。

 

 

 

・・・

 

 

 宇佐見さんから場所についてのメモと地図、写真を貰ってから四日後。学生達が登校しているのを見ながら、電車に向かう。

 

 前日から目的地付近に行っておきたかったが、魂魄家で長居したのもあり、当日の出発になってしまった。

 

 肌寒い季節ではあるが、清々しいまでの快晴で温かい気候だ。だが、心はどんよりと曇っている。

 

 

 

 

 会いたくはない人物が立ちはだかる。

 

 

 

 

「・・・学校はどうした。菫子。」

 

「あんな手紙一つで納得できると思ってんの。それも直接じゃなく妖見さんを通して渡すなんて、思春期の男子でももうちょっと勇気あるわよ。しかもあんたが居なくなった後に見るような内容にしてたわね。気にくわないわ。」

 

 言葉の節々に怒りを感じる。鋭い目付きでこちらを睨みつける。

 

「・・・悪かったな。」

 

「信頼してくれていると思っていたのに。何で私にだけ黙って行くのよ。」

 

 裏切りのような行為は否定できない。言い分けはしない。

 

「その手紙は全部見たか?」

 

「見た上で聞いてんのよ。」

 

「なら聞くが、俺が幻想郷に行くと言ってお前は付いてこないか?」

 

「・・・」

 

 何も言えんだろうな。幻想郷を探し求めているんだ、興味本位でも行きたいに決まっている。

 

「お前は幻想郷に来るべきではない。お前にはお前の居場所があるだろう。少なくともまだお前は父親のもとにいろ。」

 

「それじゃ、あんたが待っておきなさいよ。お父さんが私に好きにして良いって言うまで。」

 

「それはできない。」

 

「これじゃ平行線ね。埒が明かないわ。」

 

 菫子が手を伸ばす。何かを掴むようにして強く引っ張る。

 その瞬間、体が強く引き寄せられる。踏ん張りが効かない。

 

(ぐっ、こいつ、念動力でここまでの出力を!)

 

 もう片方の手に霊力を集中させ、引っ張られる俺に叩きつけようとした。

 念動力の拘束が外れた一瞬でガードするが、地面に叩きつけられる。

 

「参ったって言うまで叩きのめしてやるわ。絶対に行かせるものか!」

 

 念動力は精々相手を引き寄せる程度の技だった。体の自由を奪えるほど強いわけじゃない。

 

(興奮状態じゃない菫子でも発火による大爆発を起こせる。念動力の強化だけじゃないだろうな。きつい連戦だが、俺が招いた結果だ。やるしかない。)

 

 

 

 超能力の暴走。強靭な理性で押さえ込んでいた怪物は解き放たれる。

 

 

 




小傘は基本的には傘として使ってくれることを願ってますが、主人とその回りにはわりと寛容です


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限界への挑戦 後編

感想、誤字報告ありがとうございます




 地面を蹴り、起き上がりながら距離を取る。だが、それが通らない。

 念動力でこちらの動きを抑制してくる。

 

「ぐぅ、うら!」

 

 気力で全身を強化し、抵抗する。気を抜くと菫子の良いようにやられる。だが、抵抗するだけで精一杯だ。

 こちらの様子を見ると、握った手を離し押し出す。その動作で体が飛ばされる。

 

 菫子の霊力が一瞬で背後に回る。霊力が乗った回し蹴りを受け止める。腕から身体中に衝撃が走る。

 

「場所を変えようかしら。」

 

 一瞬で景色が変わる。背後には先程までの道路ではなく、石垣が広がっていた。回し蹴りを受け止めた体勢で蹴り落とされ、石垣に叩きつけられる。

 

「ぐぁ!」

 

 霊力で重ねて強化してなかったら背骨が砕けていた。何とか無事に状況確認を行う。水平線には大海原が広がり、何処かの島だと分かる。

 本土が辛うじて見えるが、この距離を二人分で瞬間移動したのか。

 

「やっぱり頑丈ね。あんたを潰すにはあそこじゃ動きづらいし、全力発火なんてしたら流石に死人がでる。ここなら全力をだしても問題ないわ。」

 

 辺りを見渡す理性は残っているのか。俺への怒りで暴走状態には入っているが、目的が俺をここに留めるというなら確かにあそこで暴れるのは得策ではないか。

 菫子の全力での能力行使が大規模の災害クラスの被害を与えてしまえば、どうなるかは分からない。

 

(こちらから動いていても、瞬間移動で裏を取られる。受けに回らざるを得ないが、さっきのような菫子の猛攻を防ぎきれるとは思えない。それにこいつの異常なまでの威力は菫子自身の身体が持たない。)

 

 危険性は言ってきたつもりだが、こうなった以上は考える余地はない。

 

 小傘を地面に置く。妖見にはよかったが菫子相手には部が悪い。不意を突かない限りはこいつに攻撃は当たらない。

 

 菫子の姿が消える。背後に感じる気配。肘で突き上げるが反応がない。同時に正面に現れ掌底を叩き込もうとしている。防御で弾く瞬間にまた消える。

 

 側面からの衝撃で弾け飛ぶ。岩壁にぶち当たり、体から嫌な音が聞こえる。

 

(く、速いな。感知で追える速さではない。一方的な防戦、いや蹂躙だな。手も足もでないと思ったのは久しぶりだ。)

 

「考え事してる暇なんかあるの。」

 

 いつの間にか目の前にいる菫子。下から突き上げるように蹴り込む。腕で防御するも上空に投げ出される。

 上に弾かれるだけなら問題ではないが、こいつ相手には意味がない。

 

 引っ張られる感覚と共に菫子に引き寄せられる。手に霊力を集中させ殴り込む気か。

 

 霊力の砲撃を引っ張られながら放つ。瞬発的移動を鍛える必要の無い菫子が避けるには瞬間移動するしかない。

 

「ちっ、ふん!」

 

 霊力を纏った拳で砲撃を消し飛ばす。少しでも拘束が緩めば振り払える。

 

「逃がすか!」

 

「逃げねえよ。」

 

 拘束を振りほどいても引っ張られた感覚のまま距離を詰める。距離を取ることに意味はない。それに動いてさえいれば瞬間移動で一方的にやられる事はない。

 

 懸念点が一つある。こいつの能力を俺が把握しきれていないことだ。次から次に新しい超能力を発現させるこいつの限界を俺は知らない。

 

(だが、考えている暇はない。接近戦に持ち込めば俺の方が有利。)

 

 格闘術の手解きを受けても菫子が妖見の様に素の戦闘能力が格段に高くなることはなかった。そもそも護身術程度で十分だった。

 

 霊力を乗せた一撃は重い。身体能力はそこまで高くなく、戦闘スタイルはよくて俺の劣化版と言っていいが身体能力を補うだけの霊力を持ち、護身術は必殺の拳に昇華している。

 

 だが、当たらなければいい。

 

 懐に潜り込む。

 

「接近戦ならいけると考えるほど弱気になったの?止まらないなら止めるまで!」

 

 手を突きだし握る。その瞬間体が硬直する。抵抗するも全く体が動かない。だが菫子も全力でこちらを拘束しているのか両手を握っている。

 

「ぐ、いちいち抵抗が強い!」

 

 完全な硬直状態。こちらからは仕掛けることができない。

 

(瞬間移動と拘束の外れはほぼ同時。姿が消えた瞬間に菫子に対応するのが一番だが、普通の俺なら無理だな。、、、幻想郷まで取っておくつもりだったんだが使わざるを得ないな。)

 

 菫子の姿が消える。と同時に拘束は解かれたが、後ろに気配を感じる。先ほど同様、瞬間移動での撹乱をしてくるだろうな。

 

 袖から札をだし、起動させる。

 

(『時間変換(タイムドライブ)』)

 

 菫子の拳を掴む。俺の動きで当たる直前に瞬間移動する算段だったかもしれないが、止めてしまえば問題ない。

 

「なっ!止められるはずないのに!」

 

「・・・俺は魔法使いに成れなかったと言ったが魔法が使えないとは言っていない。まあ、ここで使うつもりはなかったんだが。」

 

 がら空きの胴に掌底を叩き込み弾き飛ばす。手応えに違和感を感じるが、すぐに答えが出る。

 

 吹き飛んだ菫子が途中で止まった。まともに当たれば強化していても通るはずの攻撃、落とす気で打ち込んだが。

 

「はぁ、はぁ、やっぱり奥の手を隠していたわね。準備しといて正解だったわ。少しでも隙があったら絶対ここに打つはずと思ってたわ。」

 

 腹を叩くと金属音がなった。局所的に防御策を講じていたか。全部でないにしろ衝撃を抑えたか。

 

「・・・戦闘を様々な物で補うか。教えたことに忠実で何よりだ。」

 

 左手に持った札が光を失う。紙自体が力を蓄える性質を持つものだが、一度きりの代物。また組み直せば使えるが魔力を造りだし蓄えるまでに時間がかかる。

 古物店に立ち寄った際に交渉の末三枚ほど買うことができた。

 三回分の魔法だがそれなりに制限はつく。時間変換は倍速が限界、他二つも威力は抑えられている。

 

(他の二つは直接使うには危険すぎる。できるなら使いたくないが、、無理だろうな。だが簡単には使わない。)

 

 気力を足に集中させる。菫子の不意を作る手段はまだある。まだこいつに見せていない技はある。

 

 高速で詰め寄る。瞬間移動で背後に来る。気力を爆発させて加速し、側面から掌底を叩き込むが消える。

 

(ここだ!)

 

 菫子が蹴り込みをする瞬間に消え、足が頭を通過した。だが俺の姿は煙のように散る。

 

「ちっ残像か!」

 

 瞬間移動でその場を離れるが遅い。俺と一緒で後ろに下がる癖までついてしまったならこいつが当たる。

 瞬間移動の直前に霊力の砲撃を移動線上に放つ。

 

 砲撃は姿を現した菫子に直撃した。たいした威力ではないが、隙を作るには十分。

 

(今なら落とせる!)

 

 首筋を手刀で叩きつける。見えない今なら瞬間移動での回避もままならない筈だ。

 

 

 手刀がピタッと止まった。手刀を掴まれた。セメントで固めたようにピクリとも動かない。尋常じゃない霊力の強化。

 

 鋭い眼光がこちらを覗く。僅かに赤くなった頬が怒りの形相を強調させる。

 

「乙女の顔を傷付ける男は嫌われるわよ、タラシ野郎。」

 

 霊力の乗った拳が腹に突き刺さる。まともにもらい転がりながら吹き飛ぶ。胃の中の物が吐き出て、咳き込む。何とか立ち戻るが、目の前に菫子がいない。

 

(どこに飛んだ!)

 

 辺りに姿が見えない。感知範囲も少し前から維持できていないこともあり見失った。

 

 直感が命の危機を伝えた。咄嗟に上を向くと巨大な炎の壁が迫り来る。回避が間に合わない。

 

「燃え尽きろぉ!」

 

 爆炎の主は高らかに叫んでいる。叩きのめすことを忘れ、殺すことに全力を出している。

 

 辺りが火の海に包まれた。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

「・・・呆気ないものね。」

 

 勝敗は決した。一応、少しだけ手加減はしたが、無抵抗でくらって死ぬことはないだろうという算段のもとに放った火炎だ。

 

「死んでないわよね?」

 

 火の海に近づく。生きていたら拾って病院に連れていってやるかという程度にしか思っていなかった。

 

 

 

 炎の中から爆音が鳴り響き、蒼い炎が中心から広がる。自分の炎ではないその色は戦闘続行を意味していた。

 

「・・・そうよね。この程度であってもあんたは倒れないわよね。」

 

 

 

 

 



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極限の衝突

現代編最終局面です。


「・・・虚日・ロイヤルフレア。」

 

 札の光が消える。二枚目の広範囲攻撃を目的とした魔法。純粋に威力を高めることは出来ないが、炎の性質を変えることで強化できた。

 

 より高温を求めた結果、炎は蒼く変わり普通の火さえも焼き尽くすほどのものになった。

 

(防御に使うとはな。だがこの蒼い炎はまだ俺の制御化にある。)

 

 蒼い炎を集め、炎の波を放つ。

 

「この程度、防ぐことは出来るのよ!」

 

 菫子の炎と蒼い炎がぶつかり消滅する。菫子の爆炎といい勝負なら改良の結果は出ているな。

 

「はぁ、はぁ、くそ!」

 

 膝をつき、額から大量の汗を流す。体力の限界が来たか。念動力、瞬間移動、発火といった超能力を短時間で使用している。しかも限界を超えている威力や回数で体が持つわけがない。

 

「・・・諦めろ菫子。これ以上、戦うな。」

 

「うるさい!黙れ!」

 

 走りながら詰め寄る。瞬間移動する力も惜しむほど消耗している。

 互いに霊力の強化を行っていない格闘戦。菫子だけが消耗しているわけではない。菫子の動きに付いていくための身体強化、時間変換での負荷、菫子からの打撃でこちらも戦闘続行はきつい状況だ。

 

 互いに意地の張り合い。先に体力が底を尽きた方が負け、いや立ち上がる力も無くなった方が負け。

 だが純粋な格闘で俺が菫子に負けることはない。だが、互いに打撃を避けることはしない。

 

 俺は最後の菫子の抵抗を受け止めるため。菫子は純粋に負けず嫌いな性格だからだろう。

 

 

 

 

 

 

 殴り、殴られ、蹴り、蹴られを繰り返す。どこに当てるかなど関係ない。振るう拳が、蹴り出す足が相手に当たりさえすればいい。互いの拳は二人の血が混ざり合い赤く染まっている。

 

 血反吐を吐き、腹に掌底を打つ。金属の板があろうが通る技はある。

 

 鎧通し。幻想郷では内蔵にダメージを与える技だが、本来の使い方である装甲を無効化するために使う。

 

「うっ、、、があぁぁ!」

 

 獣のような叫びをあげ、心臓を殴り付けられる。

 

「ぐっ、うらぁ!」

 

 一瞬、気が飛びそうになりながら気付け代わりに頭突きを頭に叩き付ける。

 

 二人ともフラフラになりながら後方に仰け反る。

 

「はぁ、はぁ、、、いい、かげん、くたばってよ。」

 

「悪いな、往生際は悪いんだ。俺との根性勝負は分が悪いぞ。早く家に帰って休め。」

 

「あんたも!一緒なら!帰ってやるわよ!」

 

 距離を詰めてその勢いのまま蹴り上げる。脇に差し込まれ、肩が外れる感じがした。久しぶりに痛覚を浮かしているため痛みは感じないが、久しい感覚で思うように体が動かせない。

 

「それは、無理って言ってるだろ!」

 

 体全体で菫子を突き上げる様に突進する。衝撃で無理やり肩を嵌め込み、体勢を整える。

 

 突き飛ばしても、踏ん張って着地する。膝が少し震えているが、腿を叩き動かそうとしている。どこまで意地を張っているんだ。

 

「・・・これ以上の続行は死ぬぞ。お前がもし幻想郷に行くなら、よく考えろ。ここで朽ちてお前は満足か?」

 

「何度、言われても、変わらないわ。でも、そう、ね。最後の一撃、受け止めたら、諦めて、あげるわ。」

 

 瞬間移動で距離を取った。

 

「今まで、やったことはない、けど最高威力の技よ。持てる力、全てをこれに込める!」

 

 両手を前に突き出し重ねる。あたりに爆炎が発生し、重ねた手に集まる。一点に炎を集中し、留めている。

 

(発火を念動力で無理矢理ねじ曲げているのか。霊力も同じく手に集まっている。あれを解き放ったら凄まじい砲撃になる。二つの超能力の同時使用と平行して霊力を操るか。相当な集中力と精神力だが、負担はそれだけ大きい。)

 

 鼻血を垂れ流しながら、無我夢中で力を集めている。負担やその後の事などどうでもいい。ただただ全力をぶつける。

 

 

 

 

「・・・いく、わよ!これが私の全てよ!」

 

 力が極太の赤い閃光となり解き放たれる。限界を超えた一撃は、無抵抗で受ければ消し飛ぶな。

 

 

 

 

 最後の札を起動する。札に書かれた文字が目映い光を放つ。

 

 届かない憧れに想いを馳せた起源の魔法。

 

「悲恋・マスタースパーク!」

 

 極太の黄金に輝く閃光が赤い閃光に衝突する。轟く爆発音と激しい光が辺りを包みこんだ。

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

「・・・生きてる。痛っ!」

 

「目が覚めたか?もう少し大人しくしてろ。」

 

 衝撃で気を失っていた菫子が目を覚ました。戦闘中は麻痺していた感覚が正常に戻ったか。あれだけの攻撃と負荷を受けて痛みがないわけがない。

 暫くはベッドの上だろうな。

 

「威力はほぼ互角だった。ただお前は力を出し尽くして倒れ、俺は立っていられた。たった、それだけの差だ。」

 

「・・・負けたんだ、私。」

 

 

 静かに涙を流す。嗚咽する声が聞こえる。初めての敗北、何も感じないわけがない。

 

 敗者は何かを失う。勝者でも失うものが多い事もある。争いっていうのはそういうものだ。一番失ってはいけないもののために削り合うだけの戯曲。

 

「ねえ、もういいでしょ。本当の事を教えて。」

 

 縋る様に語りかけてくる。

 

「手紙に書いてあることは本当の事だ。だが、言っていないことはある。この事は宇佐見さんにも妖見にも言っていない。」

 

「やっぱりまだ言ってない事があるじゃない。何を隠しているの?」

 

「・・・俺は未来から来ている。そこでの異変を受け入れきれない者によって過去に送られたってところだ。」

 

「・・・未来ねえ。幻想郷で生まれたってこと?それにしては現代に馴染むのが早いんじゃない。それとも幻想郷って別に現代とあんまり変わらないのかしら?」

 

「いや、幻想郷の時代の流れはそう大きく変わっていない筈だ。確かに明治以前だった気はする。俺が現代に馴染めたのは俺がもともとはこっちにいたからだ。」

 

「あんたも幻想郷を目指してたってこと?」

 

「俺は偶然迷い込んだだけだ。親から捨てられ名前を呼ばれることの無い少年は誰の記憶からも消えたんだろう。」

 

「・・・あんたがお父さんや妖見さんのお婆ちゃんを大事にしろっていう理由なのね。」

 

「親であってもその子が異質な存在だった場合、拒絶する事がある。というか多いだろうな。特にお前や妖見なんかはその中でも各別だ。それでもお前らを心配したりするっていうのはその人が真に強い人だからだ。腕っぷしとか経済力とかを抜きにな。それを愛と言うのかもしれないな。」

 

 ただの責任だけじゃそう上手くはいかない。そこに家族への愛が無ければ、いつかは投げ出せる。

 

「そういう人たちは少ないが確かにいる。俺が少年の頃はいなかったからな。大事にして欲しいんだよ。」

 

 

 

・・・

 

 

 早朝に出たというのにもう昼前か。早めに向かわなければいけない。問題なく神社に入ることができればいいのだが、別の場所に出た場合はどうなるか分からない。夜に妖怪とかち合いたくはない。

 

「菫子、少し回復しただろう。瞬間移動できるか?」

 

「あんたも連れては無理よ。私一人なら何とかいけるけど。」

 

「できるなら問題ない。やってみたいことがある。とりあえず俺の手を握って駅周辺を思い浮かべろ。」

 

 菫子の手を掴み、霊力を同調させる。気力を分け与えていた分、馴染みやすくなっている。

 完全に霊力の流れが一体化した。

 

「跳んでみろ。」

 

 

 

 

 

 

 一瞬で景色が変わる。朝に跳ばされた駅に俺達は戻ったようだ。行先は菫子に一任していたので素直に来れてよかった。

 

「何をしたの?二人であの距離だったら負担が大きい筈なのに何で感じないの?」

 

「お前の霊力と俺の霊力を一体化させて一人の瞬間移動としたが上手くいったみたいだな。じゃあ、元気でな。」

 

 背を向けて歩き出す。

 

「・・・絶対、幻想郷に行ってみせるから!その時、また一発殴らせなさいよ!」

 

 涙ながらに言い残して姿が消えた。最後になることはない。あいつは必ず幻想郷にくる。そういう確信があった。

 



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幻想入り

天気の影響で引きこもりになってるので更新します



 菫子からの打撲、妖見からの切傷、それと純粋な疲労で思ったよりボロボロだ。満身創痍の中、電車に揺られながら目的地を目指す。

 

 小傘の神力が体に纏わり付く。気休め程度にしかならないが力を分けているのだろう。

 

「・・・大丈夫だ、小傘。」

 

 それでもなお、戻そうとしない。小傘から流れる寂しい、悲しいという感情。

 

「・・・あいつらならまた会えるさ。」

 

 そう遠くないうちにきっと幻想郷にたどり着く。何時になるかは分からないが。

 

 

 

 

 

 長いこと電車に揺られてやっと目的地に着いた。博麗神社までは距離があり、時間的には思っていたより余裕はあるが、歩いて行くのは辛いものがある。

 ただ現代には便利な物がある。 使わない手はない。

 

 

・・・

 

 

 

「兄ちゃん、止めといたがいいと思うぞ。何の目的かは知らないけど、この時期にあそこの神社は行かない方がいい。というか病院に行った方がいい。」

 

 タクシーの運転手からそう言われる。宇佐見さんの話ではそう言った曰く付きの事はなかった筈だが、地元特有のものだろうか。

 病院に関しては電車でも散々言われてきたからもういい。

 

「病院は大丈夫です。あの神社って何かあるんですか?この時期にと言いましたし、冬はあまり人が寄り付かない場所ですかね?神社にしては珍しいと思いますが。」

 

「・・・何だ、兄ちゃん、訳アリか。知ってるのか?」

 

 この感じは当たっているか。紫さんの寝惚けで結界が不安定になる時がある。普通なら結界を越えることがないものでも飛び越える事がある。

 

 一般的に幻想入りと言われる現象の一つだろうな。それも込みでこの時期にしている。

 

 バックミラーでチラッと俺の表情を見てくる。怪訝で呆れたような目。何人か噂を聞いて行ったことがあるのだろう。この人が全員と関わっているわけではなさそうだが、周知の事にでもなっているのか。

 

「いえ、人の通りも少なくないと聞いているので。この時期に少ないということなら寒い時期はよろしくないのかなと思いまして。」

 

「・・・そういうことにしといてやる。本当にいいんだな?」

 

「行けるとこまでいいのでお願いします。」

 

 簡単には回復しない傷だが、電車内での睡眠と小傘から力をもらったことで少しだけ回復した。

 完治するにはそれなりに時間はかかるが、ある程度動けるくらいにはなった。タクシーでも少し寝させてもらうか。

 

 

 

 

 

 

 

「兄ちゃん起きな、着いたよ。本当に病院に行かなくていいのか?」

 

 運転手の声で目が覚める。建物が広がっていた駅周辺から山の麓に来ていた。

 

「・・・ありがとうございます。」

 

「ちと高くなってるが手持ちはあるのか?」

 

「これくらいで足りるでしょうか?」

 

「多すぎだ。その半分くらいだよ。」

 

「まあ、もらってて下さい。迷惑料も兼ねてるんで。」

 

 お代を残してタクシーから降りる。運転手は何とも言えない表情でこちらを見ていた。どうせ向こうでは使えないものだ。

 

 山の麓まで来ても懐かしい感じはしない。まあ、まだ境界じゃないか。舗装された山道を歩いて神社に向かう。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「・・・小綺麗だな。」

 

 博麗神社に着いた。鳥居から周辺の木々に至るまで、間違いなく幻想郷の博麗神社と同じだ。不思議な感じだ、博麗神社一帯を切り取ったのかと思うほど類似している。

 

 どこかに境界がある筈だ。一通り探してみるか。

 

 

 

 やはり幻想郷と結界の場所は微妙にずれている。境内の奥で管理していたが、ここは鳥居から正面の間に結界が感じられる。霊力を感じ取れる人間なら境界を通った時に違和感を感じるがほとんど素通りで終わる。

 

 その境界を絞り込み、手を付ける。

 

(俺を受け入れてくれ、幻想郷。)

 

 結界の霊力と自分の霊力を同調させて、同化する。そのまま進んでいけば中に入れる筈。

 歩き続ける。視界はやや歪んでおり、境界にいるという事が理解できる。

 

 

 

 足場が消え、何かに落ちる。

 

(!何だ、異空間にでも入ってしまったか。いや、この感じは水?)

 

 底に足がつき、起き上がると視界が安定していた。どうにか中に入ることが出来たか。神社の側にある池に落ちたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 裸の女性と目が合う。黒髪の麗人、所々に傷跡が見られるが、それが気にならないほどの神秘性を感じる。少なくとも結界に触れる前にはいなかった存在。

 達成感と疲労でぼーっとしていたが、向こうも呆気にとられている。

 

「・・・堂々とした覗きね!」

 

 女性が突っ込んでくる。自分の身の事など考えずに蹴り込んでくる。嫌な方向で勘違いされたか。

 身を屈んで躱し、足を突き上げて転ばす。水場であるから多少の衝撃は大丈夫だろう。

 

「あんまり激しい動きをしない方がいいぞ。いろいろ見える。」

 

「ええい、うるさい!覗き魔!」

 

 立ち上がり格闘を仕掛けてくる。実践で鍛えられたような攻撃、霊力の質もそうだが、ここで水浴びをしているならこいつは間違いない。

 

 博麗の巫女だ。それと同時にここが幻想郷であると確信できる。

 

(時期的にも博麗霊夢の先代か。霊夢の記憶にも出てきたのを見たことがない。おそらくそれ以前に亡くなっている。)

 

 博麗の巫女は代々で引き継ぐことは希だと聞いている。当代の巫女が亡くなった段階で探し始め、新しい巫女を育てる。詳しい事情は分からないがパワーバランスの関係上とのこと。

 

 巫女の素質に共通するものは他者を拒絶する力。かよもそうだったように結界が外からの干渉を弾くような性質になっていたりする。戦闘においてどのように使われるかは代々違うが、霊夢のように術を主体とする巫女がほとんどで妖気を弾き祓うような術を使うとあった。

 術主体ではあるが、ほぼ全員が妖怪と太刀打ちするために武器を持っていたらしい。

 

(霊夢の先代、藍さんの話によれば接近戦で妖怪と戦うタイプだった筈。博麗の巫女の中でも珍しく武器を持たなかったとあるが、必要なかったと考えるのが妥当。下手に流そうとして接触しない方がいい。)

 

 気力が掌底に集まっている。霊力だけじゃなく気力まで扱えるのか。

 とっさに小傘で防ごうとするが背中にある筈の小傘がない。落とした感じはしなかったが忽然と消えている。

 

(結界内で弾かれたか!)

 

 道具なら俺と一緒に入り込めると思っていたが、小傘は付喪神として認識されたか。幻想郷に入ったかも確認できない。

 

 その隙に拳をもらう。霊力で強化していない拳とはいえ、今の体では受けきれない。気力強化でも十分すぎる威力だ。

 

「うっ、がはぁ!」

 

 バシャッと水が舞う。地に手を付き、嘔吐する。痛覚を浮かしていなかったのもあるが、受け身の体勢を取れなかった。

 内出血や折れた骨が暴れだす。少しは回復しかけたがまた振り出しに戻ってしまった。

 

「当たり処が悪かったかしら、、、ちょっと、そこまで強くやってないわよ。」

 

 こちらの様子を見て冷静になったのか、心配そうに声をかけられる。

 

「て、あなたよく見たら怪我してるじゃない!」

 

「・・・とりあえずこいつを羽織ってくれ。」

 

 自分の姿を確認したのか、こちらの上着を取り急いで羽織った。

 

「・・・えーと、自分で立てるかしら?」

 

「何とかな、それより、落ち着いたか?」

 

「・・・あー、悪かったわね。ちょっと取り乱してたわ。流石に怪我人をどうこうすることはないわ。」

 

 ばつが悪そうに顔を背ける。この人から見るといきなり池から上がってきた男だ、警戒して当たり前だ。

 

「とりあえず中に上がって。まともな治療はしてやれないけど、少しは休めると思うわ。」

 

「分かった。こっちもすまなかった。」

 

 慣れ親しんだ神社に上がる。何年も生活していたはずなのに懐かしくも何処か別の場所のように感じた。

 

 

 

 



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先代巫女

気分が乗ったので更新です


「・・・はい、お茶。」

 

「ありがとうございます。」

 

「悪かったわね。ただ、怪我してるならもう少し弱々しくしてなさいよ。」

 

「無茶言わないでくれ、弱々しくしても一発いれるまでは許さないだろう?」

 

「怪我人をいたぶる趣味はないわよ。」

 

 一悶着あったが何とか落ち着いてくれた。こっちも万全とは言い難い状況なだけに博麗の巫女から敵と見なされたら厄介だった。それこそ今後の事も考えるとなるべくは友好的にしておきたいところではある。

 

「何者かしらあの状況でも平然としていたし、ただ者じゃない事は分かるわ。」

 

「・・・」

 

 幻想入りしてその場に疑問を持たないことは確かに変だ。ここが何処か?どうやって帰ることができるのか?などの質問がないのは不自然か。だからといって勘の鋭い博麗の巫女にあまり嘘を言いたくはない。だが本当の事を言うわけにもいかない。友好的な関係は難しいかもしれないな。

 

「まさかあなた、男色家!」

 

「・・・は?」

 

「私の裸を見て何も反応しないのは可笑しいわ。」

 

 こっちの心配を余所に可笑しな事を言ってきた。

 

 随分な自信だ。そもそも博麗の巫女をやっている身で他の人とほとんど関わりがないはずなのにその評価はどこから来るんだ。

 

「何でそうなる。別に驚いてただけだ。昼間っから外で堂々と水浴びしてたら誰だったそう思う。」

 

「そこが可笑しいのよ。たまに来る男の人はいろいろな視線を飛ばし、気を引かせようとしてくるのよ。間違いなく私は男受けがいいはず。そんな私の体で眉一つ動かさず私の体術を捌けるやつは普通じゃないわ。」

 

 人里との交流があるのか。まだ人里に妖怪が自由に出入りしている時期では無さそうだ。人里にとっては重要な存在か。

 確かに見た目はいい。というよりも博麗の巫女は基本的に似ている。血の繋がりなど無いというのにだ。俺の記憶にある博麗霊夢とこの先代の巫女も例外無く似ている。あくまでも似ているだけで特に意味はないかもしれないが、人から一目置かれる存在というのはそれなりに容姿端麗になるのだろう。

 

 

「とまあ、冗談は置いといて、言いたいことはあるわ。どうやって結界を通ってきたのよ?」

 

「気づけばここにいた。幻想郷に行く可能性がある場所に来て運良く入れたって感じだと思う。」

 

「ふーん、嘘ってわけでもなさそうだけど何かが引っ掛かる。まあいいわ、それにしても幻想郷を知ってるとはね。あんた向こうで何やってたの?」

 

「いろいろだな。」

 

「・・・無職?」

 

「せめてフリーターと言ってくれ。無職呼びは辛いものがある。そもそも決まった事をしていたわけではないからな。例えば、、、妖怪退治とかな。」

 

「・・・へえ、興味深いわね。外には妖怪がほとんどいないと聞いているのだけれど。」

 

「確かにほとんどいない。外の世界で生き残っている奴らも人目に一切でない妖怪だ。だが、人間がそいつらの領域に侵入すればどうなるかは分かるだろ。」

 

「なるほどねえ、あんたが怪我したのもその仕事とやらかしらね。」

 

「まあ、化物相手にしてたという意味では合ってる。」

 

 そこらの妖怪よりも厄介な人間だがな。

 

「で、何の目的で幻想郷に来たわけ?妖怪の脅威が分かっているのに何で幻想郷にくるのよ。」

 

 最もな疑問。興味本位で幻想郷を目指す人間なら話は分かる。

 

「・・・すまないが言えない。やるべき事があってここに来た。幻想郷に害する事はないということは信じて欲しい。」

 

「ふーん、まあいいわ。とりあえず何もしないならいいんじゃない。」

 

「・・・いいのか?怪しい存在だとは自覚しているが。」

 

「言ってくれないならしょうがないじゃない。それに怪しいといっても人間が幻想郷に与える影響なんて大したこと無いわよ。紫、、幻想郷を管理している妖怪が何でも受け入れるって言ってる位だから問題ないでしょ。」

 

 興味がないというわけではないがどうしようもないから放置するということか。

 

「それに妖力やら神力を発する人間を下手にどうこうしたくはないわ。何が起きるか分からないしね。」

 

「やっぱり分かるか。妖力の方は問題ないが、神力の方についてだがお願いがある。巫女としての力でこいつの封印を強めてくれないか?」

 

 接近戦が主体とはいえ博麗の巫女だ、封印術なども俺より長けているかもしれない。

 腕の包帯を捲る。霊力の籠ったリボンに術式を加えて押さえ込んでいるが完全ではない。

 

「うわぁ、嫌なもんもらったのね。神様にでも喧嘩売ったの?」

 

「そんなところだ。邪神だったが消滅させてもこの様子だ、完全に押さえ込むことはできなかった。できるか?」

 

「多少はましにしてやれるけど、私にも無理よ。少し痛むかもしれないけど我慢してね。」

 

 棚から針を持ってきて、リボンを取り、腕に直接何かを刻んでいる。事前に痛覚を浮かしているので何とも感じないが、自分の体に傷ができていくのをじっくり見るのは気持ち悪いな。

 

 霊力を流し込み、刻んだ印が輝く。自分で施した封印よりも効果があり、頭に響く呪詛も小さくなった。

 

「とりあえずはこれでいいわね。直接腕に刻む封印だから、その布切れは外してていいわよ。たぶんあまり変わらないから。、、ん、それ私の奴と似ているわね。やっぱり赤い布は向こうでも封印術に使われるのね。」

 

 というよりもおそらく同じ物だろう。俺のはかなり汚れているので似てる程度の認識かもしれないが。

 

「ありがとう。やはり幻想郷の巫女となると術の精度や速さが違うな。」

 

「他がどうか分からないけど、私は歴代博麗神社の巫女でも術は苦手な方よ。ま、そいつを完全に祓える奴がいるとは思えないけど。」

 

 苦手でこれか。博麗の御子としてやっていたとしても代理だった自分との差か。

 

「ふぁぁ、少し疲れたわ。私はもう寝るけど、あんたは?一応、ここで寝てもいいわよ。布団はそこに入ってるから勝手に使って。」

 

 いろいろあって日も暮れているのでもう寝る時間か。封印術での疲労もあるだろうが、電気の無い幻想郷では夜にやることもないか。

 

「じゃあ、おやすみ。」

 

「ああ、いろいろとありがとう。」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 電車やタクシーの中でそれなりに寝ていたので微妙に寝付けない。勝手にうろちょろするのも悪い気がするが、静かにしておけば問題ないだろう。

 縁側に移動して座る。今日は満月ということもあり、真夜中だというのに明々としている。

 

 

 

(それにしても懐かしいな。ここで修行していたし、かよの修行も見ていたな。)

 

 縁側から見える物は変わっていない。未来の事なので変わっていないというのも変だが。

 

「あんた、まだ寝てなかったの。怪我人はうろうろしないで寝てなさいよ。」

 

 やや寝惚け眼の巫女で近づいてきた。

 

「少し寝れなくてな。悪い、起こしたか?」

 

「私も寝れないだけよ。同い年位の男がいたら少しは何かあるかなと思ったけどね。」

 

「・・・仮に何かしようものなら殴り殺すだろ。」

 

「そうね。」

 

 我が儘というのか分からんが、面倒な奴というのは分かった。

 

「で、そんな物思いに耽ってどうしたの。大切な人とか思ってたりしてる?」

 

「・・・まあそんなところだ。」

 

「へー、満月の夜に縁側で好きな人を想う。意外にロマンチストね。悪くないわ。」

 

 寝る前に話している時も感じたが、妙に品定めされている気がする。博麗の巫女は基本的に孤独な存在。耐えることはできても慣れることはない。こいつも少しは寂しいのだろう。

 自分といてくれる人が欲しいのかもしれない。

 

「あんた、明日からどうするつもりよ。普通なら外に帰してやるんだけど、ここで何かをするんでしょ。」

 

「そうだな、図々しいお願いかもしれないがしばらくはここに居ていいか?迷惑にはならないようにするから頼む。」

 

 場所として別にどこでも問題はないが、神社を拠点としていた方がいざという時に対応できる。

 巫女の手助けも多少はできるしな。

 

「いいわよ。えーっと名前聞いてなかったわね。」

 

「霊吾という。これから世話になる。」



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未来の名残
面影


休みが終わってナイーブになったので更新です


 幻想郷に来て翌日。体の痛みは抜けないが活動に支障は無い。

 

「大人しくしてた方がいいんじゃないの。」

 

「動けるから問題はない。それに幻想郷の事を知っておきたい。夕方までには戻る。」

 

「せっかちね。分かってるとは思うけど満月の後だから妖怪に気をつける事ね。不安定な状況で積極的に人間を襲ったりなんてよくあるから。あんたなら大丈夫でしょうけど。」

 

 

 

・・・

 

 

 

 未来と今の違いを探すのだが、霊夢が巫女になるまでがどのくらいの時期なのか全く分からない。現状分かっている事の整理と調査が必要だ。

 

(分かっているのはリボンの事からルーミアはまだ封印前だということくらいか。知っておきたいのは紅魔館の有無、人里についても少し調べてみるか。)

 

 未来の幻想郷が崩れかけた原因としては古明地こいし、洩矢諏訪子あたりだが、古明地こいしは居場所の特定が困難、洩矢諏訪子については幻想郷に来ていない。

 現状この二人については手のつけようがない。それに前提としてある大きな要因をどうにかする必要がある。

 

 博麗霊夢への依存。スペルカードの衰退もその影響だと思われる。紫さんも例外無く囚われていた。

 実際の影響度を見ておきたいため、不在時期の紅魔館と人里を知っておく。魔法の森は特に変化は無いと思われるため後回しだ。

 

 先ずは紅魔館の方を行く。神社から紅魔館までの道は過酷ではなく、途中で遭遇するのも妖獣、妖精といった存在だろう。

 それに妖精であれば会いたい奴もいる。

 

(たとえ、覚えていなくとも俺にとって大事な存在は会いたいな。幻想郷の未来に関わらなくとも仲良くしていきたいものだ。)

 

 

 

・・・

 

 

「まだ紅魔館は幻想郷に来ていないか。もうすぐ幻想入りする頃だと思うが、、下手に近づかない方がいいかもな。」

 

 魔女の空間転移でやって来るだろうが、正確な時期は把握していない。霊夢が巫女になる前に吸血鬼異変は起こっている事を考えると近い内に吸血鬼はやって来るとは思うが。転移した瞬間に目を付けられると厄介だ。

 

 

 人里に向かう前に湖周辺を歩く。未来では妖気で嫌な空気を醸していたが、その気配はなく、霧に隠れて綺麗な水と草木が広がっている。

 

「おい、人間!ここに何しに来た!」

 

 声がかけられる。振り向くと小さな少女がいた。水色の短髪で同じ色のワンピースを着ており、涼しい印象を受ける。小さな氷の羽が彼女が人間ではないことを表している。

 

 チルノだ。俺の記憶にある大人びた感じはなく、幼い少女そのものだ。霊夢の記憶で少し覗いたくらいか。

 

「散歩かな。君は何をしているんだ?」

 

「あたいは怪しい奴がいるって他の妖精が言ってたから来た!なあ、怪しい奴いなかった?」

 

「・・・たぶん俺の事だと思うけど。」

 

「何!お前、悪い奴か!でもそんな感じはしないな。」

 

「そうなのか?」

 

「そう!他の人間や妖怪みたいに妖精をバカにした感じがしない。良い奴っぽい!」

 

 妖精は人の感情を機敏に感じとることができると言っていたが、けっこう鋭いな。

 

(未来のチルノは妖怪に近くなっていたためか、その能力は突出していなかったが、人や妖怪を的確に判断する観察眼はあった。もとからよく見るタイプだったのかもな。)

 

 二人で湖の畔に座り談笑する。姿は変わっていても久しぶりに会う友人、少しだけ気分が上がる。

 

「人間がここを通るのは珍しいな!それにあたいをバカにしない人間も初めてだ!」

 

「・・・妖精っていうのは下に見られるのか?」

 

 未来では妖精がほとんどいなかったため、ここら辺の事情はよく分からない。

 

「下?」

 

「悪い言い方をすると、バカにされやすいのかい?」

 

「そうなんだ!妖怪も人間もちょっと弱いからってバカにするんだ。みんなあまり力がないから強い抵抗ができない。だからあたいがやっつけるんだ!」

 

 賢くは無いかもしれないが、弱いものや友達のために戦うところは変わっていない。

 それが彼女の強さだ。妖精にしては強い力を持つという部分ではなく、諦めること無く抵抗する精神力こそチルノの真骨頂。そこに大妖怪も惹かれるのだろうな。

 

「強いんだな、君は。」

 

 頭を撫でる。まだ俺がチルノより小さかった頃にしてもらっていた。低い体温でも暖かい気持ちになる不思議なものだった。

 

「だってあたいはサイキョーだから!」

 

 少し照れ臭そうにそう言った。霊夢の記憶では自信満々に叫んでいた気がするが、あれは一種の鼓舞だったのだろうな。

 無邪気な笑顔。可愛いものだ。できればその笑顔が曇ることの無いような未来を。

 

「頑張れよ、最強。」

 

 撫でていた手を止めて、立ち上がる。夕方までには神社に戻るため、次の目的地に向かう。チルノと会えてよかった。

 

「あ、待って!名前、何て言うの!あたいはチルノって言うんだ。」

 

「霊吾だ。博麗神社にいるから会いたかったら来るといい。」

 

「分かった!じゃあね、レイア!今度遊びに行くから!」

 

「ああ、楽しみにしてるよ。」

 

 目一杯に手を振る少女に見送られながら人里に向かう。

 

 

 

・・・

 

「あんちゃん、外来人か?」

 

「そうですね。巫女さんにこちらに人がいるとのことなので訪ねて来ました。中に入ってもよろしいでしょうか?」

 

「神社から一人で来たのか?あんちゃん、けっこう強いだろ?」

 

 単体で妖怪と渡り合える人間は珍しいのか。確かに未来では凶くらいしかいなかったが、この時代でもそこは変わらないのか。

 

「俺だけじゃ判断ができねえから、ちょっとここで待っててくれ。」

 

 門から見た感じでは人里は未来と差程の違いはない。文明としてほとんど変わっていないのもあるが、妖怪の出入りが全く無い。霊夢の時代の産物だっただけにまだ人里が好意的に妖怪を受け入れてはいない。

 

(人間と妖怪の関係性としては悪くはない。本来なら馴れ合う事はない。例外的存在はいるがな。)

 

 その例外的存在が近づいてきている。白髪の中に青が混じった長い髪を揺らしている。人里の守護者と言われている半妖だ。判断を任せられているほど信頼されている。

 

「珍しい外来人と聞いて来てみたが、本当に外来人か?」

 

「外来人が結界の外から来た人間だとすると合っています。そんなに変ですか?」

 

「すまない。失礼かもしれないが普通の人間には見えなかっただけだ。それにしても傷一つ無くよく来れたものだな。」

 

「慣れてますし、不思議と妖怪は寄ってこないんですよ。」

 

 伊吹の残り香が妖怪を遠ざけてくれている。力のある妖怪なら関係ないが本能で動く妖獣などは寄ってこない。

 

「ほう、珍しいな。外の世界から来た人間で妖怪に慣れているのか。」

 

「妖怪もいろいろいますしね。貴方みたいな妖怪もいることですし。」

 

「分かるのか。」

 

「見た目もそうですけど、妖力を感じ取れるので分かりますよ。」

 

「・・・巫女でもない人間で君のような存在がいるとは。外の世界にもいろいろあるのだな。自己紹介が遅れたな、上白沢慧音と言う。よろしく頼む。」

 

 手を差し出してくる。随分と人間味のある妖怪だ。手を握り返す。

 

「ええ、こちらこそ。霊吾と言います。」

 

「ああ。それで何しに人里に来たんだ。こっちに住むつもりで来たのか?」

 

「考え中です。しばらくは博麗神社に居させてもらう事になっているんですけど、流石に長居するのは迷惑になると思うので探してるところです。」

 

 何時までも巫女に頼るわけにはいかないからな。だが、巫女の死は遠くない未来に来る。その時までは神社に居て巫女の死を回避できないだろうかと考えている。

 

「ここに住むのであれば声をかけてくれ、少しは力になってやれるぞ。力のある人間が人里にいてくれると私も助かる。」

 

「その時が来たらお世話になります。」

 

 

 

・・・

 

 

 

 入る許可もおりて人里を見て回る。人の様子も未来からすれば随分と生き生きしているように見える。俺が嫌われていたのもあるかもしれないが、人里の守護者がいなかったのもあるだろうな。

 

 人間達だけで人里を守っていく中で緊張状態になっていたのかもしれない。それに比べればずっと良い環境だ。人の通りも少なくなく、外から来た人が珍しいのか声をかけられることもある。

 

 一人の女性とすれ違った時に懐かしい感じがした。見た目や匂いではなく直感だった。

 ばっと振り返り、手を握った。咄嗟の行動だった。すぐに離して謝罪する。

 

「すまない、いきなり失礼な事をした。」

 

「・・・あらら、少しビックリしただけよ。女性に手を出すのが早い殿方かしら。でもごめんなさいね、こう見えても私母親なのよ。」

 

 振り返り顔を見る。どうみても子を生んだ女性のようには見えないが、少女にはない落ち着いた雰囲気がある。

 

 それにこの雰囲気や表情を俺は知っている。子供ながらに恋した恩人にそっくりだった。そして姿も心なしか若かりし時に似ている。

 

「いや、そういうわけではない。知り合いに似てたから咄嗟に手が出てしまった。本当に申し訳ない。」

 

 自分の中でも動揺していたのか素の言葉が出てしまっていた。

 

「まあ、そういうことにしておきましょう。それにしても見ない顔ね、外の世界から来られた方かしら?」

 

「・・・そうですね。」

 

「あ、じゃあ外の世界の事を少し聞かせてくれるかしら。この後用事がなければどうかしら?家に来ない?」

 

「・・・不審な男を家に上げない方がいいと思いますが。」

 

「大丈夫よ。勘ですけど、あなたは悪い人では無いと思うわ。それに私は主人一筋ですので。」

 

「そうですか。それで何処に行くのですか?」

 

「よかったのかしら?」

 

「ええ、まあ特にこれから用事があるわけでないですし。」

 

「よかった。じゃあ、行きましょうか。お名前は何て言うのかしら?」

 

「霊吾です。あなたは?」

 

「霊吾さんとお呼びしますね。私は霧雨真理菜と言います。以後お見知りおきを。」

 




霊吾君もチルノの前では心を全開にしてます
警戒の必要性もないし、心のあり方が変わっていないため、現状霊吾君の癒しを担っている感じだと


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遠い家族の為に

 他の家屋に比べて一回り大きい家、霧雨商店という看板が目立っていた。

 

「ここですよ。少し店内でお待ち下さい。」

 

 玄関を開け、案内される。未来の人里では見たことがなかったが立派な店だ。生活に必要なものから雑貨まで揃っている。流石に外の世界の物は無いが。

 

 真理菜さんは奥にすいすいと消えていった。待てとは言われたが生憎幻想郷の通貨など持ってはいない。そもそも未来では見たことがない。

 

「・・・真理菜さんのご主人さんですか。」

 

 机で肩肘ついてこちらを忌々しく見ている男性。

 

「そうだが、あんたは誰だ。真理菜が人を連れてくるのは珍しくてな。それも若い男を連れてくるのは初めてだ。」

 

 少しだけ不機嫌な感じはする。俺も逆の立場なら分からない事はないが。

 

「外の世界から来た霊吾と言います。いろいろあって連れてこられましたが、霧雨さんが心配することは無いですよ。」

 

「どうだかな。まあ、あいつもああ見えて人を見る目はあるし、そこまで疑ってはねえよ。」

 

「ならよかったです。真理菜さんがいない間に少し聞きたい事があるのですがよろしいでしょうか?」

 

「何だ、あいつが居ちゃ話せないのか。」

 

「そういうわけではないですが、真理菜さんは話したくなさそうにしていたので。娘さんの事です。」

 

「・・・あんたには関係ないだろ。」

 

 露骨に嫌そうな顔をする。まあ余計な詮索とは理解しているが知っておきたい。

 余計なお世話かもしれないが、力になれることがある。決めるのは俺ではないが。

 

「言ってしまえばそうですが、気になったので。真理菜さんにお子さんの事を聞いたら悲しそうにしていたので止めたのですが、一言、『元気にしていると思う』ということから一緒に暮らしているわけではないのでしょう?」

 

 この時期には既に魔女の道に向かっていたのは想定内ではある。菫子、早苗ちゃんの例に幼くして頭角を現す存在を見てきた以上不思議ではない。

 

「・・・そこから先を聞かなかった事は素直にありがてえな。お前も分かっているかもしれんが娘は家出中だ。人里を離れて魔法の森に居るらしい。」

 

 居るらしい。確定的な情報ではないのか。だとしても何処から情報が来ているんだ。今の霧雨魔理沙が素直に人里に顔を出すとは考えづらい。

 

「その言い方だと誰かに見てもらってはいるんですね。」

 

「一時期家で働いてた奴に頼んでな。顔を出した時に聞くくらいだ。」

 

 香霖堂の主だろうな。頼りになるかは一切分からないが半妖であるならそれなりの力はあるだろう。

 その人から定期的に報告してもらっているというところか。その報告もどのくらいの頻度かは分からないが。

 

「・・・娘さんが出ていった理由は真理菜さんのためですか?」

 

「何でそう思った?」

 

「1つ目が真理菜さんの会話から彼女が悲しくかつ自分を責めているような感じがした。母親としての責任かとも考えたが、2つ目でその考えが消えた。勿論母親としての責任もあるとは思いますがね。」

 

 真理菜さんの気力を探った際に気づいてしまった。

 

「真理菜さんの病気。それを治すためにも出ていったと考えると腑に落ちる部分がある。いくら頼み込んだとしても魔法の森にいる娘を放置はしない。霧雨さん、あなたも託しているのでしょう?」

 

「・・・あんた、何者だよ。医者でもしてたのか?」

 

「期待に応えられなくてすみませんが、人の気力が感じ取れるのでそう判断しただけです。年齢に比べて気力が消え入りそうになっているのを見ると病気、それも幻想郷では治せないようなものだと。」

 

 病気が分かるわけではなく、生命力が著しく低いことが分かるだけだ。だからといってどうすることもできない。

 

「まあ、だいたい合ってるよ。元々体は弱かったんだが、娘を産んだのを境に年々悪くなっていきやがるもんでな。何処から聞いたか知らねえが、娘がそれで魔法の森に行ったって訳よ。変な能力を持って産まれただけに可能性を棄てきれなかったんだろうよ。止めなかった俺も一緒だ。」

 

 主人も責任を感じているだろうな。娘に押し付けてしまった罪悪感と何もできない自分の無力感に苛まれている感じがした。

 それでも気丈に振る舞っている。真理菜さんが無理しているようにこの人もだ。難しい問題だな。

 

 

 

 

「お茶を持ってきましたよ。二人共何で険しい表情をされているのかしら?」

 

 ややどんよりとした雰囲気の中、その雰囲気を壊すように穏やかな声が響いた。

 聞こえてはいないと思うが、怪しまれている感じはする。どう誤魔化すか。霧雨さんに少し悪いが合わせてもらおう。

 

「・・・霧雨さんから怪しまれましてね。年頃の男は警戒されてしまいますから。」

 

「あら駄目よ、あなた。」

 

「・・・ああ、悪かったな。ちといい兄ちゃんだったんでな、色目でも使われてんじゃねーかと。」

 

 気まずそうに目線を真理菜さんから逸らしている。合わせてもらって何だが、演技ではなく、本当に何処かにそう思っている部分があるのかもしれない。

 霧雨さんも悲しみを抱えているのが分かった。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

「一つ聞きたい事がある。」

 

 長く話した疲れもあるのか、真理菜さんによりお開きになった後、帰り際に呼び止められる。

 

「何でしょう?」

 

「・・・真理菜は後どのくらい持つ?」

 

 真実を知りたくはない。だが、知っておかなければならない。そんな思いを感じる。

 気力はあくまでも経験則にしかならないが、それでも弱っている人間なら残酷なまでに理解させられる。

 

「・・・正直に言うと半年持てば良い方だと。」

 

「そうか、、そうか。」

 

 深く考え込んでいる。葛藤しているようにも思える。少し経ち顔を上げる。その目には覚悟が見えた。

 

「俺の頼みを聞いてくれないか?」

 

「事によりますが引き受けましょう、それで何をすれば?」

 

「娘に帰って来てもらうように説得してもらいたい。半妖の奴に頼んでも良かったが、何時ここに訪れるか分からねえ。俺が魔法の森に行ったところで妖怪どもに襲われるだけだがあんたは違うだろ。」

 

「・・・そうですね、妖獣程度なら対処できます。」

 

「やってくれねえか。今すぐにとは言わないが近い内に帰って来てもらいたい。真理菜の最期にはいて欲しいんだ。会ったばかりのあんたに頼む事じゃないのは分かってる。」

 

 頼む。そう言って頭を下げる。

 

「・・・父親が家族のために下げる頭っていうのは特別なものなんです。立派ではないと自覚し、絶対家族の前では見せられない姿。それでも必要だからこそ恥も誇りも捨てる事ができる。」

 

 外の世界でも見てきた姿。

 

「・・・まさか、あんたもいたのか。」

 

「もう会うことはできませんがね。それに外の世界でもあなたみたいに娘に振り回されていた父親を見てたもので、少し安心しました。人は変わらない。」

 

 どの時代であっても家族を守るために悩む人はいる。自分の力ではどうすることもできないものでも諦めきれない人達。誰が悪いわけでもないが背負い込む。

 

 俺の手が届く範囲であれば手を伸ばして力になってやりたい。

 

「声はかけます。ですが選択するのは娘さんだということは承知していただきたい。」

 

「分かってる。あいつがそう判断したとしても構わない。それがあいつの決断なら俺は何も言えない。」

 

「分かりました。なるべく早く見つけて話します。」

 

 俺に頼むのは間違いだと言っているが、一番適任なのかもしれない。何処にも所属していない自由で妖怪が蔓延る場所でも行ける存在はいない。人に友好的な存在は特にだ。

 

「ありがとう。」

 

「気にしないでください。お礼は娘さんが戻ってきた時にお願いします。」

 

 家族の最期に立ち会えないというのは後々に後悔する。本来なら霧雨魔理沙が戻ってくることはない。未来が変わる可能性もある。スペルカードルールで博麗霊夢と同格の人間が居なくなるかもしれない。

 

 それでも俺はこの家族に悲しみだけを背負わせて終わらせたくはない。この二人は血が繋がっていなくとも俺にとったら曾祖父母にあたる方々、力になってやりたい。

 

 




原作キャラ死亡タグで忌避されている方も見ていただいるようで、ありがたい限りです



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協力者

お注射の日が近づいてきたため更新です


「どこほっつき歩いてたのよ。やられたかと思ったじゃない。」

 

 神社に戻ると階段を上がったところに仁王立ちの巫女がいた。

 

「悪いな、人里で少しのんびりし過ぎた。一応、夕方には帰って来ただろう。」

 

「夕方までに帰ってこいって言ったのよ。流石にその怪我で妖怪とバッタリ会いでもしたらあんたも無事じゃないでしょ。」

 

 心配してくれているのだろう。あんまり人に干渉しない方かと思っていたが、甲斐甲斐しく夕飯の準備をしている。

 手ぶらでは悪いと思ったので帰り際に貰った食料を渡す。今度からも何かしら持ってくるようにしよう。

 

 

 

・・・

 

 電灯などは勿論無いため、日が暮れたら寝ざるをえない。十六夜であるためやや明るいが電気があった外の世界と比べると心許ない。一応、蝋燭はあるが勿体ないので使わないだろう。

 

「で、人里に行ったってことは住むつもり?」

 

 食事が終わり、お茶を飲みながら話す。基本的にこんな時間に食べることはないらしい。俺が遅くなってしまっただけに申し訳ない。

 

「そういうわけではないが、出ていって欲しいか?」

 

「それは好きにしていいけど、あんたに人里は合わないと思うわよ。勘だけど。」

 

 その勘は正しい。別に人が嫌いなわけではない。人里も悪い感じではなかった。

 

 脳に刻み込まれた光景、張り付けにされた少女を見せしめにしていた未来の人間達。それが一種の退治方法であると理解はしている。だがそれが俺が人里を受け入れきれない原因だ。

 

(分かっている。この時代では関係ない事だ。あの時いた人も一人一人向き合えば酷い人ではなかった筈なんだ。)

 

 憎み合うのが常の世界だった。少なくとも今はあの時代ほど過激ではないが、現在の幻想郷に慣れるまでは人里に移住はしないな。

 

「まあ私もなんだかんだで話し相手がいるとありがたいわ。それに組み手相手も欲しかった事だし。相手が妖怪ばっかりで飽きてきたところなのよ。」

 

 乾いた笑いが出ている。人もほとんど来ない、やることもないとすると何をしていたんだろうか。

 

 俺が博麗の御子をしていた時代は妖怪退治と修行、休息で暇だったという記憶はない。最初の方の結界管理後では特に疲労で寝ていた気がする。

 

 この巫女は霊夢とは違い、どちらかと言えば俺に近い。特に気力が研ぎ澄まされており、修練を怠っていないことがわかる。実力を見ておきたいところだ。

 

「そういうわけだから早く怪我を治しなさいよ。」

 

「・・・善処する。」

 

 さっさと寝ろと言わんばかりに見つめられ、寝床に向かう。

 

 

 

 

・・・

 

 

(・・・気力が穏やかになったな。眠りについたとみていいか。)

 

 巫女が寝静まったのを確認し、神社の外に出る。満ち足りない月明かりが照らす。

 

「少し話がしたい、八雲藍。」

 

 虚空に話しかける。今日一日中付きまとってきた視線の主に目を向ける。

 

「・・・なぜ分かった。それに私の事を何処で知った?少なくとも今日お前が回った処で私の話はなかった筈だが。」

 

「その事も含めて、話がある。八雲紫が冬眠している間に済ませておきたい事だ。」

 

 警戒が強くなる。知り得ない情報を開示すればそうなるか。

 

「そこまで警戒しないで欲しい。俺は幻想郷に害を成しに来たわけではない。その逆だ。」

 

「逆とはどういう事だ?」

 

「幻想郷の未来を救いに来た。俺は八雲紫によって過去に跳ばされた人間だ。ここでは霊吾と名乗っているが、未来では博麗霊吾と名乗っていた。」

 

「博麗だと!博麗の巫女を男に任せる事はない!」

 

「過去に一度あるだろ。短命だったこともあり、男を博麗の巫女にしなくなった理由と聞いていたが。」

 

「・・・その事情まで知っているのか。」

 

「教えてくれたのは藍さん、あなただ。」

 

「そうか、、お前が結界を通り抜ける事ができたのはその経験からか。」

 

「五年近く結界を管理していれば、同化くらいはできるようになりますよ。」

 

 警戒は解いていないが、敵意は無いといった感じになった。少し考え込んで口を開いた。

 

「・・・それで話とはなんだ。」

 

「俺に協力して欲しい。協力といっても俺の事をある程度見過ごして欲しいというものです。」

 

「幻想郷を救いたいなら紫様に頼めばいいと思うのだが、何故私なんだ?」

 

「紫さんは俺を受け入れない。今の紫さんは幻想郷が何でも受け入れると思っている。この認識に間違いはないか?」

 

「ああ、残酷な事も含め全てを受け入れる。常々そう仰っている。」

 

「幻想郷は受け入れても、紫さんが受け入れる事ができない事が起こったから俺はここにいます。絶望を知ったからこそ、紫さんは気づいたという訳です。今の紫さんに何を言おうとあの人はそれが運命と言う筈。滅び行く妖怪の運命を歪曲させているのに可笑しい話だと思いませんか。」

 

 愉快な話だ。何でも受け入れると言っていても絶対不変ではない事くらい理解している筈なのに。

 

 親友の裏切りと死、信頼する従者の死は疲弊した紫さんにとっては受け入れる事などできなかった。伊吹萃香、八雲藍の両方とも幻想郷で居なくなることはないと思っていたことだろう。

 大妖怪の中でも上位に来る二人を消せる存在など限られてくるほどであり、その者達が争うことはない。

 

「何が、あったんだ?」

 

「幻想郷の壊滅まで後一歩というところまではいってたと思います。何とか防ぐことはできましたが、それなりに犠牲はありました。」

 

「・・・それでも紫様が幻想郷を否定するとは思えないな。これまでの幻想郷の異変でも失ったものは少なくない。」

 

「そうですね。あなたや友人の死なんかじゃなければ耐えられたでしょうね。」

 

「・・・なるほどな。詳しく聞きたいところではあるが、今夜は少し整理したい事が多い。今の状況では判断できない部分もあるがお前の事は外から来た術師とでも伝えておく。紫様から敵視されても庇うまではしないぞ。」

 

「いえ、十分です。今の紫さんなら何でもかんでもは否定しないでしょう。」

 

 それに紫さんには一応対策がある。

 

「後、最後になりますが藍さんを選んだ理由は信頼です。未来では紫さんが不安定だったこともあり、主に藍さんが動いていましたので。俺もお世話になってましたし、唯一頼りにできる。」

 

 これは俺の本音だ。衰弱している紫さんと長く関わっていたのもあるだろうな。

 

「・・・紫様を知った上で私が頼りになると言われたのは初めてだ。厄介事は引き受けてきたが紫様には敵わない。それにだ、九尾の狐を従えるほどの力を持つという、一種の牽制にもなる。まあこれは私が勝手に思っていることだが。」

 

 少し表情が緩んだ。藍さんの悩みというよりは愚痴に近いものだろう。九尾の狐として恐れられた存在でもここでは従者として見られる事が多い。

 

 紫さんの存在に霞むほど弱い存在ではない。だが、どこかでそう思っているのか。大妖怪としての誇りと従者の瀬戸際で苦労しているのだろう。

 

 どの時代でも苦労することには変わりない人だ。少し張り詰めた気を解く。

 

「明日、少し俺を監視しててください。運が良ければ面白いものが見れるかもしれません。」

 

「何をするつもりだ?あまり不穏な事をされると私も協力はできないが。」

 

「今日中俺をつけてたのは藍さんだけじゃないんですよ。そいつに会いに行きます。まだ俺が未来から来たと信じきれていないなら、良い判断材料になると思います。」

 

 神社に戻ってくる頃には身を引いていたが、それまでは感知され続けていた。

 

「お前に気づいた奴が私以外にいたのか。それも私が気づかないとなると一人思い付く。だがそいつが一人の人間に固執するとは思えんな。まあ、見させてもらうよ。ではまた明日に。」

 

 そう言って隙間に消えた。気配も共に消えたことから戻ったのだろう。

 

(さて、これで明日の保険は打てたとみていいか。あいつの機嫌次第ではあるだろうが。)

 




ちなみに未来幻想郷での霊吾の信頼度(上から3人)

魔理沙(老) > 美鈴 > 藍 

何かあった時に頼る順ならこんな感じになるかも


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誤字報告、感想、毎度ありがとうございます


 妖怪の山。人間なら近寄ることがない危険な場所。妖獣もだが、天狗といった組織的に動く妖怪も見られ、命が惜しいのであれば入るべきではない。

 

 ただ一定の力を持っているなら、川に野生動物、山菜と資源が豊富なので来ることもあるらしい。というのも天狗の管轄外の場所だったら妖獣さえ相手にできれば問題ないのだ。

 

 未来ではほとんど来たことがない。一度だけ来たことがあるだけだな。

 

(・・・まだ監視しているな。)

 

 藍さんがこちらを見ているときがある。スキマを感知しているので監視されている時はこちらも分かる。相互監視状態のようになっている。

 

 釣りという体で来ているので針に適当な虫を付けて竿を放置する。

 

(・・・もうそろそろいいか。藍さんがついていると考えればそれなりに強くでれるな。)

 

「・・・こっちに来てから頻りに俺の周りに来てる奴、出てこいよ。」

 

 もう一人、俺を付きまとっている奴に声をかける。

 

 背後に妖気が集まっているのを感じる。振り返れば小さな鬼がいた。

 

 険しい目付きで俺を睨み付ける。表情と様子から素面か。気になって酒も進まないだろうな。

 

「どうした、伊吹萃香。禁酒でもしているのか。」

 

 こちらの言葉には反応してくれない。目線は俺の首一点に集中している。

 

「・・・お前、その首の包帯を捲ってみろ。」

 

 何よりも気になったのだろうな。最初の一言がそれか。

 

 包帯を外す。依然として傷は残っており、妖力も僅かに感じ取れる。妖力といっても特定できるほど濃いわけではないが、傷を付けた本人は気づくだろうな。

 スッと近づいてきて首に触れられる。殺意はなく、困惑の気が読み取れる。こいつ相手に下手に抵抗しても意味はない。

 

「何で、お前にこの傷がある。こいつは私が付けたのか?」 

 

「そうだ。お前は記憶にないだろうがな。」

 

「・・・何時だ。どんなに酔っていてもそいつを付けるわけがない。そいつは、」

 

「契りだろ。古くは人間と鬼の親愛の証だと聞いている。男女間に置いては別の意味を持つ事もあるらしいが。」

 

「・・・お前、何者だ。その意味を知っているのは鬼だけだ。その傷がある人間などいない。いない筈なんだよ。」

 

 この傷を持つ人間はいない。だからこそ、この時代では絶対に誤魔化せない妖怪の一人。

 

「未来から来た人間と言えば可能性はあるだろ?」

 

「・・・嘘だろ。」

 

「嘘ではない。それに先に嘘を付いたのはお前の方だったぞ。」

 

「そんなことあるわけない!その傷があるお前なら鬼が嘘を付かないというのを知っている筈だろ!」

 

 胸倉を捕まれる。否定して欲しいという懇願を感じる。鬼というのに少し弱々しく見えた。

 だけど嘘をついてはやらない。

 

「『女は嘘を付く』、この傷を付けた時にお前が言った言葉だ。星熊勇儀に言われたが、どうしようもなく気を引くときならあるかもだと。」

 

 唖然とした表情。認められないといった感じではない。少し混乱しているのだろうな。

 

「・・・ははっ、それが本当に私だとしたら堕ちたものだな。いいよ。信じてやるよ、人間。名前は?」

 

 乾いた笑いと愉快そうな表情がどうにも未来のこいつと被る。

 掴んだ手を離し解放された。

 

「霊吾だ。信じてくれて助かった。」

 

「信じるしかないだろ。私の気配を察するだけじゃなく、私を目の前に狼狽えない精神力。首の傷なしにしても私が気に入る要素はあるしな。」

 

 隣に座ってきた。酒の匂いがしない伊吹は珍しい。それにあの死闘を思い出す。

 

 伊吹の敵意が消えて藍さんも監視を止めたようだ。

 

「まあ、話してくれよ。未来の私はどうだった?」

 

「そうだな、初対面から襲いかかってきて面倒な妖怪だと思ったよ。俺にある奴の面影を見たとの事らしい。」

 

「ある奴?誰だよそいつは。少なくともお前に似た人間には出会ってねえぞ。、、、これから会うのか。」

 

「そうだ。次代博麗の巫女こそお前が囚われた人間。まあ、お前だけではないがな。八雲紫を始め多くの人外がそいつの存在に依存していた。」

 

「そんな奴がいるのか。博麗の巫女の役割としては妖怪退治が主だったはずだがな。今の巫女も妖怪と友好的ではない。つまりは次代で決定的な変化が起きたとみていい。」

 

 やはりこれまでの巫女も妖怪と交遊があったわけではないのか。

 

「ああ、面白い決闘方法を編み出していたよ。スペルカードルールという決闘方だが、人間と妖怪の力関係を均一にするものだ。」

 

 人と妖怪の関係上、人と妖怪の対立関係は絶対だ。この箱庭が正常に機能しているのは人里が恐れの集約地になっているからだ。

 本来恐怖の源である死の脅威を薄めるような事をすれば妖怪の存在意義は歪められる。だが強めすぎた脅威は人間の反乱を起こす。幻想郷というのはそんな薄氷の上に成り立つ楽園だ。

 

 一見すると妖怪の弱体化だ。増えすぎた大妖怪のパワーバランスを整えるためのものでもあったのだろうな。

 

「・・・んなルール妖怪が受け入れるとは思えないが。」

 

「受け入れていたのを知っている。お前もな。恐怖というのは何も脅威だけじゃないってことだ。それこそがスペルカードルールの原点だと思う。」

 

 あくまでも考察の域をでないが、脅威だけでは限界が来ると感じたのか、はたまた命のやり取りが面倒になっただけなのかは分からないが恐怖の形を変えようとしたと思われる。

 

「脅威でない恐怖というのは何だ。」

 

「美しさ。人は美しい物を見たときに神々しい、妖艶なものという表現をする。心を奪われるなんて言葉もあるくらいだ、心の支配は恐怖の一種だとしてるんじゃないか。」

 

「・・・お前もよく分かっていないようじゃないか。」

 

「俺が生きていた時代では既に廃れていたものだ。原因はいくつか考えられるが、一番大きい要因はその博麗の巫女の死去だと考えられる。」

 

「それほど大きい存在だったのか。気になるなそいつ。お前に似てるんだろ?」

 

「どうだか。似てると言われた事はあるが思ったことはない。ちなみにだがそいつはスペルカードルールがなくても強い。お前でも勝てるか分からんくらいにはな。」

 

 純粋な戦闘力でも人間とは逸脱していた。大妖怪にも無傷で勝つ姿を想像できる。例え伊吹萃香であっても。

 

「へぇ、私の事をよくご存じで。」

 

「まあな、殺し合いをした仲だからな。」

 

「・・・その傷をつけた奴と殺し合うとはな。いや、その時につけたのか。なんとなく分かるんだ、お前の私を見る目と私の思い。きっと私は死に場所を探していたんじゃないか?」

 

 今もそう思っているのか。妖怪っていうのも難儀なものだと思うな。

 

「・・・かもしれんな。お前は幻想郷を破壊するために藍さんを倒し、博麗神社にいた俺に攻撃を仕掛けてきた。お前が反乱の頭だったのにも関わらず一人で来たんだ。」

 

「で、お前に倒されたと。そこまで強いわけではなさそうだがな。」

 

「二人だな。俺ともう一人腕の立つ人間がいた。もとから消耗していたがそれでもお前は強かった。もしその姿であったら負けていたかもしれない。」

 

「はは、てことは鎖を外した姿を見せたのか。こりゃほんとに惚れてたのかもな。」

 

 ゲラゲラと笑いながら酒を飲んでいる。頬も少し赤くなり酔い始めている。

 

「ふ~、この姿は確かに便利だ。お前も分かっているかもしれないが能力を最大限に使える。大妖怪としてはまあ強い方だという自負もある。だがな、鬼じゃねえんだ。お前に鬼としての自分を見てもらいたかったんだろうな。」

 

「別にその姿でも力は間違いなく鬼のそれだと思うが。」

 

「違うな。力だけじゃない。全妖力を解放した時の威圧感はお前の心に姿と一緒に張り付いているだろう?忘れさせてやらないほどの執念と意地もあるんだ。」

 

 未だに鮮明に思い出すあの姿。心臓を潰した感覚も首筋に突き立てられた熱も忘れられない。

 

「・・・お前の盃を受け取るのは初めてだな。」

 

「何だよ、飲めるだろ?」

 

「そうだな、頂こうか。」

 

 伊吹の手から盃を受け取る。水のように透き通っている綺麗な酒だ。

 

「ん。」

 

 瓢箪を押し付けられる。注げということか。瓢箪を受け取り伊吹の盃に酒を注ぐ。

 

「・・・これもなにか意味があるのか?」

 

「大した意味はねえよ。まあ友好の証くらいに思っとけ。お前の事を面白い人間という風には思ってんだ。生きてる間くらいはたまに付き合えよ。」

 

 顔を少し背ける。照れ隠しのようにも見える。未来では酔っていてもどこか満ち足りない表情をしていたが、少しだけ明るいように思える。

 

(渇ききった時に俺の存在が毒だったのかもしれない。霊夢を知らない時のお前だったらこうやって穏やかな時を過ごせたのかもな。)

 

 互いに盃を傾ける。鬼の酒は度数が強い筈であったがすんなりと飲めてしまった。美味い。

 

 こちらを見て笑っている伊吹。この感じはよく似ていた。

 

 

 嘘をついた時の伊吹萃香に。

 

 

「・・・お前、何か黙ってるな?」

 

「はは、大した事じゃないって。それよりお前じゃなく萃香と呼んでくれよ。」

 

 どこか釈然としない形で伊吹萃香との邂逅は幕を閉じた。

 

 

 




対した事じゃないというのは本当です
霊吾君にとってはね


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幼き魔女

更新が少し遅れぎみになります


「そうか、この時代ではここは違うんだったな。」

 

 香霖堂という看板が見える。俺が人の温もりを知った場所。過去では半妖が商売をしていたとは聞いていたが詳しい話を聞いていたわけではなかった。

 まだ霧雨魔理沙はここに住んではいないのか。

 

 ドアを開けるとごちゃごちゃとした雑貨が辺り一面に散らばっている様子が見て取れる。幻想郷では少し珍しい物も多い。使えない物も多いが。

 奥に本を読んでいる白髪の男性が見える。本から目を離し、興味深そうにこちらを見た。

 

「おや、人間がここに来るのは珍しいな。人里から来られたのかな?」

 

「いえ、神社に住まわせてもらっている者です。霊吾と言います。」

 

「ご丁寧にどうも。僕は森近霖之助、ここ香霖堂の店主をしているよ。といっても客はほとんどいないけどね。」

 

 立地もそうだが、扱っている物が物だけに人里では役に立たない物が多いことから普通の人が来ることは無さそうだ。

 

「君は外から来た人かな?」

 

「そうです。最近来たばっかりですね。」

 

「へえ、珍しい。人間が一人で来るには少し面倒なところだけどよく来れたね。それなりに力のある人かな?」

 

「まあそれなりにですがね。」

 

 やっぱりあまり人が来ないとこか。商売というよりは趣味といった感じかもしれない。いきなり訪問して頼み事というのもどうかと思うが、情報収集に力を貸してもらいたい。

 

「早速で悪いんですが、とある人物、、、霧雨魔理沙について教えていただきたい。両親から依頼を受けて探しているんですけど、何か知らないですか。」

 

「親父さんから言われてるのかい?僕も魔理沙が何処にいるかまでは分からないよ。あの娘は気分屋だからね。」

 

「周辺にはいると思うけど、僕も彼女がどこに住居を構えているかは知らないんだ。力になれなくてすまないね。」

 

 前の住みかについては俺も知らない。ここに頻繁に来ているわけでもないのか。

 

「いえ、ありがとうございます。」

 

「・・・何かあったのかい?」

 

「真理菜さんが長くない。あの人のためにも呼び寄せたいんでしょう。」

 

「・・・なるほどね。」

 

 納得しているようだ。彼も知らないわけではないはず。

 

「探しにいくのかい?」

 

「そうですね。結果がどうであれ、早めに伝えておきたいので。」

 

「・・・僕からも一つお願いがある。」

 

「お願いですか。」

 

「あの子を見るように言われているけど、僕には荒事を教えられるほど強くはなくてね。もし君がよければだけど彼女にいろいろと教えてやって欲しい。ここにくる度に傷を増やしてくるあの子を見たくはないんだ。」

 

 彼も悩みを抱えている存在であったか。関わりのある少女の傷付いた姿を見たくないのは人妖関係ないか。

 

「分かりました。その子次第にはなりますがね。」

 

 

・・・

 

 

 

 魔法の森では感知が難しい。霊気、妖気が入り交じってる感じだ。ここに関しては未来とあまり変わらない。

 だが、動き回る気配なら感知できる。

 

(飛び回っている気配、、妖怪かどうかは分からないが、近づいてみるか。)

 

 こちらに気づいたのか近づいてきた。箒に跨がりこちらを見下ろしている。白黒のエプロンドレスに大きなとんがり帽子。服装は俺が知っている霧雨魔理沙と同じ。

 ただ一回り小さく幼い。それでもなお気高さを感じる。俺の先入観もあるだろうが。

 

(・・・また会えたな。)

 

 会えた歓喜、脳裏に甦った別れ、変わることのない憧れ。複雑に入り乱れた感情を押し殺す。冷静になれと自分に言い聞かせる。

 

 よく見るとあちこちに生傷がある。彼女もまだここでの生活に苦労しているのだろうということが分かる。

 

 互いに硬直している。こちらから声をかける。

 

「霧雨魔理沙で合ってるよな。」

 

「あんたは誰だ?見たこともないから、人里の人間じゃないのは分かる。」

 

「外の世界から来た人間だ。お前の両親から連れ戻して来て欲しいと言われたからな。」

 

「・・・まだ私は戻れない。母さんを救う手立てがまだ無いから戻れない。」

 

 背負った植物は何かしらの研究材料か。魔法を扱う能力があるとはいえ、ほとんど独学のはず。この時期から手探りでやっていたか。

 

「どの程度でできる?」

 

「分からないけど、魔法なら不可能じゃないんだ!」

 

「それはそうだ。魔法というのに不可能はない。準備や代償さえあればできないことはない。それを含めた上でどの程度進んでいるのか聞いている。」

 

 残酷な事を聞いている自覚はある。俺もどう説得するか悩んでいた。

 現状確認だけで十分だ。目を逸らさせずに直視させる。酷なやり方だと理解しているが、納得させるにはこれしかない。

 

「・・・進んで、ない。」

 

 悔しそうに呟く。

 

「だろうな。人の生死を左右するには時間がかかるはずだ。それこそ人の身なら絶対に叶えられないほどの時間がな。別にお前の努力が無駄だった訳ではない。だがその努力は報われない。」

 

「じゃあ、私はどうすればいいんだ!どうすれば母さんを救えるんだ!」

 

「一緒に居てやってくれ。傍に居ることは確実にできるだろ。誰かに見届けながら終わりを迎えたのなら、悪くない終わり方かもしれんな。」

 

「・・・」

 

「まあ、よく考えてみることだ。親父さんの希望は言ったが決めるのはお前だ。最後まで諦めること無く足掻くのも一つの道だ。俺の提案としては定期的に帰ってやってくれ。容態が急変しても気づけるくらいにはなってて欲しい。」

 

「・・・私がここで諦めたら絶対に助からないんだ。もし戻って母さんから一緒にいようと言われたら私はたぶん自由に動くことはできない。」

 

 親の願いには弱いと理解しているから戻りづらいのであろう。弱さを見せられて強くでれるほど非情な子ではない。悩んでいるのだろう。戻ることは諦めることと同じと思っている。

 

「真理菜さんは持って後半年だと思う。もし戻るなら早めに決めたがいい。」

 

 後は彼女がどう決断するかだ。難しい決断なのは分かる。

 

「なあ、あんたは何者なんだ。魔法の森でそんなに余裕でいられるのは普通の人にはできない。」

 

 さて、この子にはなんと言おうか。森近霖之助にお願いされたのもある。少しでも俺に興味を持つようにしておくか。

 

 

 

 考えている最中に近寄る気配。妖獣のそれだ。魔理沙が気付く様子はない。

 

「魔理沙、避けろ!」

 

「え、」

 

 背後から妖獣が襲いかかる。俺ではなく魔理沙の方から飛び出してきた。飛んでいる状態から突然の襲撃にバランスを崩して落下しようとしている。

 

(まずい!近づくまで気付けなかった俺の落ち度だ。あの状態でもらえば今の魔理沙なら耐えきれない。)

 

 妖気の小さい妖怪であれば魔法の森では気付けない事はある。だが、この妖獣は違う。この瞬間まで隠していたように妖気が膨れ上がった。

 

(魔理沙を食うためだったか。油断するまで耐えていた奴とすればそれなりに頭が働く。後に面倒事になる前に消す。)

 

 1枚の札を取り出す。

 

(『時間変換(タイムドライブ)』)

 

 魔理沙と妖獣の間に滑り込む。そのまま妖獣の頭を叩きつける。魔理沙を抱え着地する。妖獣は立ち上がる。本当に知恵がある奴なら逃げるはずだが、こちらを威嚇している。

 痛みと怒りで感情的になっているのか。ここでも強い部類と見ていいか。勢いで殺れると思っているのだろうな。

 

「・・・何が起こったんだ。あんたの技か?」

 

 一瞬の出来事で混乱している様子だ。

 

「そうだ。俺が何者かについてだが、一つの答えがこれだ。」

 

 もう1つの札を取り出す。牙を剥き出し、こちらに突っ込んでくる。手が塞がっていると思ったのだろうか。

 

「霊吾。魔法使いに成れなかった人だ。」

 

 札の輝きと共に巨大な閃光が放たれる。

 

 飛び込んできた妖獣が閃光にのまれ消し飛ぶ。パラパラと塵になった物だけが残った。

 

「・・・すごい。」

 

 それはかつて自分が思った事と同じものだったのかもしれない。

 

 腕から魔理沙を下ろす。ここで放置するのは怖いが彼女はこれまで一人で生きてきた。俺との会話で少し油断していただけだろう。

 

 彼女には考える時間が必要だ。そこに俺は介入できない。

 

「またここらに来る。その時にここに君が居ないことを願うよ。今日は酷い言い方をしてすまなかった。」

 

 そう言い残した。できれば彼女が家族と共にいられますように。

 

 




感想毎度ありがとうございます



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巫女遊戯

忙しいときほど更新したくなります



 幻想郷に滞在してから2週間程たった。あれから人里にはあまり行かずに霧の湖や妖怪の山を中心に散策していた。

 

 霧雨魔理沙についてだが、あれから見ていない。一時的に家族と暮らしてるのかもしれない。たまたま会わなかっただけかもしれないが。

 

 今日は何をするかと考えながら起き上がり、居間に行くと巫女が戦闘服に着替えていた。普通の巫女服とは違い、黒いトータルネックに赤い羽織。未来の俺がよくしていた服装に似ているその格好は血が付着しても目立たないという理由があった。

 

 

 

「さあ、やるわよ!」

 

 

・・・

 

 

 時間が経ち傷も癒えてきたのもあり、巫女との組手をすることになった。予てより言っていたので向こうは楽しみにしていたようだ。

 普段の息抜きみたいなものだろう。

 

 俺も巫女の実力を見ておきたい。代々、人から外れるほどの力を持っていたとある。初対面の時とは違い条件は同じ。どこまで通用するか。

 

「ルールはどうする?」

 

「特になしでいいだろ。まあ良識の範囲内なら何やっても問題ないってことだな。」

 

「了解。」

 

 先手を取っておきたいとこだが、向こうの手を知りたい。回避優先で手の内を把握しながら反撃するといういつものやり方。

 

 

 巫女が腰を落として低い体勢を保っている。何かの準備か。

 

 

 地を蹴り、その勢いで地面を這うかのように低い位置から潜り込んでくる。

 

 拳を下に叩きつけるがすいっと避けられる。下から突き上げるように拳が飛んでくる。後ろに下がりながら避ける。

 勢いそのままに上空に飛び上がり、空を蹴って動き回る。

 

(速い。それに動きが変則すぎる。)

 

 空中に小さな結界を作り出し、それを足場に変則的な動きを可能にしている。

 正面に構えることなく、上下左右に位置を変動させ狙いを絞らせないようにしている。妖怪相手に培われたものだろうが人間であっても対応できるものじゃない。

 

 頭上から拳が飛んでくる。それを流すが、巫女はその場から動かない。

 

(動きが窮屈になってやりづらい。俺以上に戦闘に慣れてるな。)

 

 真上からの攻撃は対処しづらい。雪崩れ込んでくる攻撃を流し続けられない。

 

「うらぁ!」

 

 体を捻り頭上にいる巫女を蹴りつける。巫女は下がりながら両腕で蹴りを受け止める。回りながら勢いを殺しまた地を這うように低い体勢になった。

 

 こちらから仕掛ける。一瞬だけ脚力を強化する。瞬間的な速さなら俺の方が速い。

 

「ふっ」

 

 目の前に接近して掌底を叩きつける。狙いが付けにくいが胴体に向けて叩き込めば当たるはずだったが、直前に手で地面を叩き方向を変えて避けられる。

 叩きつけた手を引っ張られ、こちらが逆に叩きつけられる。

 

 足で顔を踏みつけようとしてきたが、両手で防ぐ。変則的な動きと翻弄からの攻撃の速さ。防御が主体の俺とは相性が悪い。

 全てが攻撃のための動き、どんな相手でも倒すための戦い方だ。

 

「やっぱりそこそこやるわね。実力差があっても何とか張り合うような感じかしら。」

 

「・・・正解だ。お前と違ってこっちが主体じゃないんでね。」

 

 徐々に力を込められる。この巫女、性格がよろしくないな。

 

(能力を使わざるえないな。浮き上がれ!)

 

 体を浮上させる。何かを感じ取ったのか、巫女が少し離れた。だが切り返しが速い。離れた瞬間に足元に結界を作り、再度勢いを持って飛び込んでくる。

 珍しく正面から来た。フェイントかもしれないが迎え撃つしかない。

 

(いや、敢えて受けきる!)

 

 変則的な動きを封じるには掴むしかない。流しても躱しても次の攻撃は対処できないなら受けきるのみ。

 

 左手に霊力を集中させて巫女の拳を掴む。が、それを読んでいたかのように俺の腕を支点にして勢いを殺すことなく肩に蹴り込んでくる。腕ごと体を屈めて蹴りを避けると共に巫女を押さえ込む。

 

「ふん!」

 

 掛け声で首に足が巻き付く。下半身の力だけで挟まれた首を持ち上げられ叩きつけられる。強化の質が段違いだ。

 叩きつけられた俺の背中を蹴って離脱してまた動き回る。攻撃と離脱が上手い。対個人なら間違いなく最強だ。

 

(・・・参った。これは勝てんな。)

 

 常に霊力で身体能力を上げているため、普通の攻撃は通りにくい。そもそもまともに攻撃を当てるのが難しい。妖怪相手に戦ってきただけに一撃を受ける危険性を分かっている。

 

 やはり博麗の巫女といったところだ。だが俺も博麗と名乗っていた誇りはある。簡単には倒れてはやらない。

 

 大振りの拳で飛び回る巫女を突き上げる。

 

「そんな攻撃が当たるわけないじゃない。」

 

 懐に潜り込まれる。がら空きの胴体を晒す。部の悪い賭けは何度も行ってきた。絶対に勝てないと思った相手に対してのみ行う捨て身の技。

 

 掌底を溝に叩き込まれる。普通の人なら痛みで動けない、勝ちを確信しただろう。対人ならこの一撃で決まるほどのものだ。

 

 相手が油断した一瞬、痛みを感じなければここから反撃ができる。

 

「・・・お前の勝ちだが、ただで終わらせてはやらんさ。」

 

「なに、ぐっ!」

 

 全力の蹴り上げで巫女を蹴り飛ばす。

 

「・・・降参、がはぁ!はぁはぁ。」

 

 痛覚を戻すと呼吸が儘ならない感覚が襲い座り込む。蹴り飛ばされた巫女だがスッと立ち上がって近寄ってきた。悪くない感覚だったんだが、そう簡単に起き上がってくるとあんまり効いていないか。

 

 不機嫌な表情を浮かべているから強がっているだけか。

 

「変な能力ね。そんな戦い方やってると早死にするわよ。」

 

 忠告を受ける。それについては俺もよく分かっている。

 

「・・・お前に一撃くらい与えるにはあれくらいで隙を作らんと無理だ。それにこのやり方で戦わないと死んでいた可能性もあった。」

 

「外の世界が怖くなってきたわよ。幼少期に私もいたはずの世界はそんなんじゃなかったと思うけど。ほい、手貸してやるわ。」

 

 倒れている俺に手を差し伸べてきた。

 

「ありがとう、助かる。」

 

 

 

・・・

 

 

 縁側で休憩。巫女も少し疲れた様子はあるが、相変わらずの様子だ。あれだけ強化して動き回ってもこれだけの疲労で済むのか。

 

 お茶を啜りながら二人でぼーっとしている。

 

「で、どうだった。俺はお前の御眼鏡に適ったか。」

 

「霊力が私くらいあったら違ったんでしょうけど、十分強いわ。私が見てきた中でも強い部類になる。」

 

 十分か。あれだけ鍛えても捨て身の一撃を食らわせるのが精一杯だった。大分衰えてしまったとはいえ、悲しい事実だ。

 だが称賛自体は嬉しいものだ。

 

「そうか、お前にそういわれるんだったら光栄だ。」

 

「というか、あんた格闘主体じゃないのね。鍛え方や最初に会ったときの立ち振舞いから向こうの武道家と思ってたのだけれど。」

 

「元は魔法使いを目指してた身だ。今はあまり使えないがな。後は武器もそれなりに使える。」

 

「意外に芸達者ね。私も武器を持とうとしたことはあるけど邪魔になるのよね。結局、拳が一番強いし。」

 

「俺もお前ほどの霊力があるなら武器は手に取っていない。格闘にせよ強化が必要だからな。武器というのはそういう才能を補う物でもある。俺にとってはだがな。」

 

 その後も縁側でゆったりしていた。冬の風が暖まった体を癒してくれる。穏やかな時間が流れた。

 

 

「おーっす、レイア!」

 

 神社に珍しい来訪者だ。なんならここに来てから初めてだ。

 

「チルノか、ここに来てどうした?」

 

「今日は誰も見てないって言ってたから心配できてみた!疲れてるみたいだけど何かあったの?」

 

 チルノのコミュニティも広いものだ。俺が普段からあの周辺にいるだけあって妖精や妖怪からも認知されているようだ。そこからチルノに伝わっているのか。

 

「少し巫女と戦っただけだよ。」

 

「あの巫女と?レイア強いんだね!」

 

「負けたけどね。流石に勝てるとは思ってなかったけど一方的だったのは悲しかったな。」

 

「じゃあ、あたいが仇をとってやる!」

 

 俺を挟んで睨み合う。

 

「めんどいから嫌よ。あんた、随分懐かれてるのね。心が綺麗な人にしか友好的にならない妖精が懐くのは珍しいわよ。」

 

「懐いてるわけじゃないと思うが。まあ友達だな。」

 

「そうだ!」

 

「ふーん、そういうことにしといてやるわ、幼女趣味(ロリコン)。」

 

「・・・何を言っている。」

 

「こっちの美人が見たことがない優しい笑みをしてたからそういう事でしょ。私の裸への反応も納得できる。」

 

 いつまで根に持っているんだ。

 

「よかったわね。妖精は年をとらないから。」

 

「変な勘違いはやめてくれ。」

 

「なあ、レイア、ろりこんって何?」

 

「あなたみたいな子が好きな人達の事よ。よかったわね。」

 

 嫌な笑みを浮かべている。その説明だと否定しづらい。

 

「レイアはろりこんなのか。あたいもレイアの事は好きだぞ!」

 

「・・・ありがとうチルノ。」

 

 

 堪えきれなくなって爆笑している巫女に僅かに苛立った。

 

 

 




博麗の巫女は幻想郷の調停者という認識なので基本化物です
霊吾君は例外的になっているのでその括りではない


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家族の元に

台風が怖いですね



 魔法の森で魔理沙が見つからないため、人里にやってきた。運悪く霧雨商店に人が多かったため、少し時間を置くことにした。だが、どこで時間を潰せばよいやら。

 

 通りがかった茶屋に見知った顔がいた。賑わっていた商店の店主がいた。こちらに気づいたのか手招きをした。

 

「・・・忙しそうでしたが店はいいんですか?」

 

「最近うちに帰ってきた娘が店番やってるよ。たまには休めだとさ。俺より商才があるとはな。」

 

 何とも面白くなさそうな顔をしている。

 

「魔理沙は帰って来ているんですね。どのくらい前に出ていったかは分かりませんが久しぶりに戻って来て、親孝行をしたいんでしょう。いい娘さんじゃないですか。」

 

「・・・ありがとう。あんたのおかげだ。」

 

「僕は声をかけただけで、決めたのは魔理沙です。」

 

「声をかけただけであいつが心変わりする奴じゃねえのは分かってんだ。あんたに汚れ役押し付けちまったな。本当は俺が言うべき事だったんだ。それでも、俺は、、言えなかった。」

 

 家族の前では言えない後悔。一家の主が見せない姿だった。意地でも家族の前では強くいるのだろう。

 

「・・・霧雨さんの立場なら僕も言えるかどうかは分かりませんよ。だから自分を責めないで下さい。」

 

「・・・愚痴ぐらいは言わせてくれよ。」

 

「そのくらいなら何時でも付き合いますよ。家族仲良くといっても思うところはあるでしょうし。」

 

「・・・ほんと何者だよ、あんた。若そうに見えるが実際は違うのか。人を見る目はあると自覚していたが自信がなくなるな。」

 

「そうですかね。見た目通りだと思いますけど。」

 

 茶屋で暫く話が続いた。宇佐見さんもそうだったように娘の話になると長くなる。魔法使いとしてやっていけるのかと、彼女の行く道に否定的ではないにしろ不安はあるのだろう。

 やっぱり父親としては心配になるのだろうな。その気持ちはよく分かる。

 

「霊吾に何度も頼むようで申し分けねえが、あいつを見てやってくれねえか。帰ってきた時もボロボロだったのを見るに魔理沙でも一筋縄ではいかないんだろう。あいつにどれ程の才があろうと森で普通に暮らすには幼すぎる。」

 

 暮らすというが生き残るだけでも人間にとっては困難なところだ。ボロボロになりながらも生存しているだけで魔理沙の非凡さが分かる。

 それでも傷ついた娘を見たくない。

 

「森近さんにも頼まれてますので大丈夫ですよ。魔法は教えてやれませんけど、生き残る術は叩き込む予定です。魔理沙次第ではありますが。」

 

「そうか、霖之助にも頼まれてたのか。あいつから見ても頼りになるとしたらよほどのものなんだろう。」

 

 

 

・・・

 

 

 俺と霧雨さんが商店に戻ると人集りが落ち着いていた。奥で勘定の整理をしている魔理沙が見えた。

 

(こうやって店を継ぐ未来もあるのだろうか。その未来も見てみたいが彼女に人里は狭いか。)

 

 物音で気付いたのか、顔を上げてこちらを見た。以前に見た切羽詰まった様子とは違い、年相応の少女に見えた。

 

「・・・もう帰ってきたのか。ん、霊吾さん!」

 

「森で会って以来だな。随分と穏やかになったじゃないか。」

 

「そうですか?人里で暮らすようになってよく寝れているかもしれないですね。」

 

 過酷な環境だったんだろうが、本当によく生きてたな。だからこそ妖怪に太刀打ちできる実力者になったんだろうが。

 

「ありがとな、魔理沙。後は俺がやっとくから、霊吾の接待を頼む。」

 

「分かった。とりあえず上がってください。」

 

 

 

 

 

 

 小さな気力が穏やかに揺れている。前に会った時よりも弱々しくなっている。予想より早くなるかもしれない。

 

 その表情が伝わったのか、魔理沙が心配そうに聞いてきた。

 

「やっぱりお母さんは治らないんですか?」

 

「・・・すまない。」

 

「謝らないで下さいよ。諦められない私が悪いんですから。」

 

「お前は悪くないよ。自分の母親を助けようとしているんだから悪いも何もない。力になってやれなくてすまない。」

 

「だから謝らないで下さいよ。」

 

 そういうわけにもいかない。決断したのはこの子だが、誘導したのは俺だ。最後まで諦めずに踠いていたこの子に現実を教えて理解させてしまった。

 

「こういうのは可笑しいと思いますけど、感謝してるんです。私も迷ってたんです。治す手立てが一向に見えないけど誤魔化しながらやってたんです。きっとあそこで引き返せなかったら私は二度とここには戻れなかったと思います。」

 

 子供の成長というのは早いなと感じる。菫子もそうだったようにこの子も。ずっと走り続けていたんだろう。苦しかったはずだ。辛かったはずだ。それでも諦めなかったのはそれだけ家族を大切にしたかったのだろうな。

 

 確認することでもないが本人から聞きたい。

 

「・・・魔法使いになりたいか?」

 

「なりたい。」

 

 即答だった。真っ直ぐな目は俺に希望を与えてくれた人のそれだった。

 

「何故魔法使いになりたいんだ。能力があったとしても魔法使いに拘る必要はないと思うが。」

 

「・・・何でかは分からない。いろいろなきっかけはありますけどきっと私は生まれた時から魔法使いになる運命だったと思ってます。」

 

 能力はそいつの生き方や道を決める。彼女も例外に漏れず魔道を進むか。それでも人として終えたのは彼女の抵抗だったのだろう。

 魔女ではなく魔法使いとして生きる。同じようでその道は違う。

 

 魔女は時として人の道を外れる。魔法を極めるというのは人間では不可能だからだ。永劫の時と多くの代償を必要とするからこそ魔法は何でもできるのだから。

 

 魔理沙は知ってもその道に行かなかった。俺が憧れた魔法使いはそういう人だ。だから安心した。この幼い少女に憧れの女性が被ってくれてよかった。

 

「そうか。」

 

「今はもう叶いませんけど、昔はお母さんを夜空に連れていってやりたいと思ってました。お母さんは星が好きで昔からずっと見てたんですよ。いつか星を近くで見せてあげたかった。」

 

「・・・連れていってやろうか?」

 

「いいんですか!」

 

「一人程度なら軽々運べるし、一人なら体に負担をかけないようにもできる。魔理沙さえよければ夜空の散歩でもしようか。」

 

 バタバタと走り出した。慌ただしい子だ。

 

(この子があの落ち着いた老婆になるとは思えないが、分からないもんだな。芯の強さは間違いないが。)

 

 真理菜さんの雰囲気は間違いなく魔理婆さんと同じだった。俺が咄嗟に反応してしまうほど、よく似ていた。

 

(真理菜さんくらいになっても落ち着くとは思えないが。確かに俺への話し方からは育ちの良さは感じるが、霊夢の記憶と今の魔理沙の行動力を見ても同世代の中でも群を抜いているだろうし、性格的に落ち着くのはまだまだ先だな。)

 

 真理菜さんに聞いてきたであろう魔理沙が戻ってきた。

 

「お母さんも行きたいそうです。何時にしますか?」

 

「そうだな、、、今夜にでも行けなくはないがどうだろうか。二人に聞いてみるか。魔理沙は真理菜さんに今日大丈夫か聞いてみてくれないか?」

 

「分かりました!」

 

 

 

 

 

 

「・・・というわけ何ですがどうですか?」

 

「真理菜が望むんならこっちからお願いしたいところだ。持って半年と言ったが寝込むことが増えてきて早まったんじゃないかと思う。気掛かりだったのが魔理沙の元気な姿を見て安心したのかもしれねえ。」

 

「かもしれないです。僕が見ても衰弱の早さが以前見た時より早くなっています。あの調子だと、、、」

 

「一月位だろうな。年は違うが俺の母親と同じ感じがするんだ。明日には寝たきりになるかもしれない。だから頼む、最期に幻想を見せてやってくれ。」

 

「任せて下さい。真理菜さんにも聞いていますがおそらく今日になると思うので、また夜に来ます。」

 

 真理菜さんは自分の状態を分かっている。だからこそ魔理沙との時間を選ぶ。

 

 

・・・

 

 

 人里の入口で上白沢慧音と出会った。この人が昼間に人里から離れているのはあまり聞かないが何かあったのだろう。

 

「おや、霊吾殿ではないか。」

 

「出られていたようですが、何かあったんですか?」

 

「行方不明だった子が戻ってきたんだが、何でも金髪の女性に助けられたらしい。人形を操っていたそうだが、気になってな。少し見回りをしていたところだ。」

 

 人形。幻想郷で人形を操る奴は一人しか知らない。人外とはいえ友好的ではあるか。

 

「人形ですか。助けてもらったという子は他に何か言ってませんでしたか。」

 

 もう少し情報が欲しい。友好的かもしれないが子供だけかもしれない。その魔女の目的を知っておきたい。

 

「そうだな。その女性から人里についていろいろ聞かれたらしい。といってもその子を安心させるためかもしれないが。友達が多いかなど聞いてもどうしようもないだろう。」

 

 友達か。子供の数が知りたいのか。

 

(・・・これは不味いかもな。早めに対応した方がいいかもしれん。)

 

「・・・そうですね。人形劇でもしたいんじゃないですかね。」

 

「そんな物好きな奴だったら是非とも一度やって欲しいな。」

 

「はは、そうですね。僕の方でも少し探してみます。会ったら序でにお礼を言っておきましょう。」




全体を見直すと誤字がチマチマあったのが気になったので隙を見て修正していってます

何時までも誤字が減らない、、、


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星の輝き

しばらくは平和な話が続くと思います


「夜に出歩くなって言ってんのに、何そんなに気合い入れた格好してんのよ。逢い引きにでも行くつもりかしら?」

 

 神社で巫女に小言を言われる。止めないところをみるに小言を言いに来ただけか。嫌な予感がすると言われなければ基本的に自由なのでありがたい限りだ。

 

「いや、散歩だ。」

 

 白のインナーに黒のコートを羽織る。自分の思い描いた魔法使いとしての格好だが、やっぱり白黒の配色になってしまう。

 

「そう。まあ無事に帰ってきなさいよ。」

 

 興味がなさそうに手を振って戻っていった。

 

「ありがとう、少し行ってくる。」

 

 

 

・・・

 

 

 人里は基本的に夜間は門が閉じている。夜に里の外に出る人間はいないが、昼間に外に行った人が帰ってくることもあるので警備をしている人が門の周辺にいる。

 用件を言えば入れてくれる。妖怪でないため人里の結界に弾かれることはないが、後々問題にしたくないので警備に了承を得る。

 

「こんばんわ。お疲れ様です。」

 

 十代後半から二十代前半と思われる若い男性だ。

 

「・・・夜に人里に何のようですか。」

 

 警戒の色が強い。外の人間だからという理由もあるだろうが、何より怪しいのだろうな。

 霧雨さんところとしか交流がないのもあるだろうが。

 

「寒い夜ですが、霧雨家の母娘と散歩をしようと思いましてね。今夜は星がよく出ていますので。」

 

「霧雨の旦那は何も言わなかったのか?」

 

「任せると言われたので問題ないです。」

 

「・・・何でこんな余所者を頼りにするんだ。」

 

「余所者だから頼り易いんですよ。」

 

「そんなもんかあ?個人的には入れたくはないが、霧雨の旦那に言われてるならしょうがない。入れよ。」

 

 渋々といった感じで門を開けてくれた。

 

「ありがとうございます。」

 

 

・・・

 

 

 夜の人里は静かだ。街灯などは無いため今日のように星が出ていなければ目の前さえ見えない。

 その中で一人の通行人を見つけた。人里の中とは言え、この時間に子供一人で出歩くことはない。

 

 普通の子供では無さそうだ。こちらを見ると声をかけてきた。

 

「あら、こんばんわ、噂の外来の方。」

 

「こんばんわ、噂とは?」

 

 良くない噂だとは思う。

 

「何でも霧雨商店の奥さんを狙う若い男と聞いてます。中々の色男と聞いていたので一目見たいと思っていたところでした。噂通りとはいかないものですね。色男ではありますが、思っていたよりも誠実そうな方じゃないですか。」

 

「・・・一目見て判断できるんですか?」

 

「多くの方を見てきたので人を見る目は確かだと思います。」

 

 年からすると魔理沙と変わらない少女のはずだが、纏う雰囲気は妖怪のようだ。長い時を生きてきたであろう雰囲気、人間の少女から感じ取れるわけがない。

 

 俺も話には聞いていた。転生を繰り返し行っている人間。

 

「稗田の者、御阿礼の子ですか。」

 

「知っていたんですね。どうも、稗田阿求と言います。少し物覚えが良いだけの人間ですよ。」

 

 見たものを完全に記憶する能力だったはずだが、少し物覚えが良いだけというのか。

 その記憶には転生の度に知識と経験が追加されているのだろう。 

 

「・・・なるほど、どこか見られている様に感じるのはあなたの特殊な観察眼ですか。」

 

 少し見られただけで全身を汲まなく見つめられる感覚だった。

 

「悪いものではないのですが、人を見るときに類似した人を記憶から探る癖が出るのは何とかしたいですね。珍しいことにあなたに似た人間を私は、いや私達は知らないんです。」

 

「そこまで分かるものなんですか?」

 

「人妖問わず自分の意思とは関係ない動きを見ると意外と分かることが多いですよ。例えばあなたの本来の喋り方とかですかね。固い感じだと思いましたので、そういう話し方に不誠実な人ってあまりいないんですよ。」

 

「固いというのが、こんな感じであるのならそれは間違っていないが。経験則で物を言われるとあんたには敵わないな。」

 

 本来の話し方を当てられるとはな。何を見てそう判断したのかは分からないが、この少女の前では取り繕う必要はないか。

 

「ふふ、稗田家の事情も知っているようですね。どこで聞いたのかは知りませんが、人里で知っている人はほとんどいないんですよ。」

 

「・・・詳しい人に少し聞いている。あんたがどういった契約で転生を繰り返しているかは知らないが。」

 

「それは言えないですね。それにしてもあなたに伝えているんですね。稗田の事をいたずらに広めることはないはずなんですが、その詳しい人とやらがあなたに話した理由は気になりますね。」

 

「すまないがその理由について俺からは言えない。」

 

 未来では稗田家は続いていなかったため、興味本位でも答えてくれた。

 

「・・・一つ聞きたい。その螺旋から弾かれるとしても人として生きたいと思わないのか?」

 

「契約を知らない割には確信めいた事を聞くんですね。まあ、答えましょう。御阿礼の子としては人を愛することは絶対にありません。ですが、阿求としては分からないというのが答えです。」

 

 御阿礼の子がここで跡絶えることを受け入れているのだろう。

 

「・・・転生を繰り返すなかで唯一体験できなかったことは人を愛する事なんですよ。最後に契約を破ってでも知りたい事なんです。この代まで来てしまったからこそ、契約を破るのであれば人を愛してみようと思います。」

 

 未来で外来人と結ばれたのは彼女の意思でもあったのか。契約からして無理矢理だったとの話もあったが、そういうわけでもなかったか。

 

「・・・そうか。その願い、叶うといいな。」

 

「まるで私は眼中に無いという言い方ですね。」

 

「まだ子供だ。もう少し成長してから考えてみたらどうだ?」

 

 それにあなたには将来のお相手がいる。そして凶と呼ばれた子供を授かるはずだ。

 

「・・・中々に面白い話でしたよ。急いでおられる様でしたが、呼び止めてすみません。」

 

「いや、こっちもいい話を聞けた。今度、あんたが編集している物を見せてもらいたいが、よろしいか?」

 

「何時でもいらしてください。お待ちしてますよ。」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 稗田阿求と別れ、霧雨商店の方に行くと灯りがついていた。小さな提灯が店の前の長椅子に座っている二人を照らしていた。

 

「お待たせしました。」

 

「いえ、魔理沙と一緒に佇むのも久しぶりでしたので。」

 

「・・・霊吾さん、その格好ってもしかして私の真似?」

 

「魔法使いと言えばこんな感じだろ。真似と言われたら真似だが。駄目だったか?」

 

「そんなことはないです。お揃いですね!」

 

「そうだな。じゃあ、行きましょうか。」

 

 真理菜さんに手を差し伸べる。

 

「ええ、お願いします。」

 

 

 

 

 

 

「・・・綺麗。」

 

 背負った真理菜さんが感嘆の声を溢した。夜空の星もそうだが、夜空を駆け回る魔理沙も輝いていた。

 

「それはよかった。そう思っていただけたら満足ですよ。」

 

「あの姿を見るとやっぱり魔理沙は人里で商いをして終わる娘じゃ無いってことが分かります。自由に空を駆け回る姿はまるで御伽噺の魔法使いですね。」

 

 笑顔で星が煌めく夜空を飛び回る姿は彗星のようだった。星形の魔力が軌道を彩り、天の川のようにも思える。

 

「・・・あなたと会うのは最後になると思います。ありがとうございます。夜空を見せたかったというよりは魔理沙を見せたかったんですかね。」

 

 本当の目的という訳ではないが、魔法使いとしての魔理沙を見せたかったのはある。

 彼女の輝きというのは人に興味を示さない巫女の心を掴む程の美しさだ。

 

「どの星よりも輝いて見えます。昔、お星様になってお母さんが何処でも見れる様になるって言ってたのを思い出しました。」

 

 それが魔法使いの起源だったのだろうか。

 

「僕にはこれくらいしかできませんので、満足していただけたら幸いですよ。」

 

「これくらいではありません。こんなにも尽くしてくれて私には勿体無い限りですよ。」

 

 本当なら救ってやりたい。手段を選ばなければ方法はいくらでもある。未来では交流がなかったが、迷いの竹林の奥に行けば治せる者がいる。

 

 だが、その者達への干渉は現時点ではできなかった。あそこの結界を破ることはできない。例え辿り着いたとしても、協力してくれるとは限らない。隠れている身だと聞いていたからだ。

 

 

 

「・・・魔理沙をお願いします。あの星が堕ちてもまた上がっていける様に支えてあげて下さい。」

 

「魔理沙の行く道に絶対はないので、安心して下さいとは言えません。ですが、任せて下さい。力の限り支えましょう。」

 

 支える必要性は無いのかもしれない。事実、未来では一人で生き残っていたほどだ。

 知っている俺だから言えることだろう。

 

「・・・ありがとうございます。これで私は安心して寝ることができます。」

 

 



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七色の魔法使い

「やっと見つけた。」

 

 魔法の森の一帯に張られている結界。認識阻害を伴っているため特定するのに時間がかかったが、魔理婆さんが張っていた結界と同じであったため侵入できる。

 結界を抜けると一軒家が現れた。

 

 結界に干渉したため、感知はされているはず。家の周囲に罠が張られているから放置しているのだろう。

 

 魔力で設置されている物であるため避けるのは難しくない。全ての罠を潜り抜けて、玄関の前に立つ。

 扉を叩くと、警戒した様子の少女が出てきた。魔理婆さんの写真に写っていた魔女、アリス・マーガトロイド。上海の生みの親であり、その容姿も上海に似ている。

 

「・・・誰かしら。結界、罠を全部すり抜けて来るなんて只者じゃないわね。」

 

 魔力の糸が辺りに張られている。魔力の状態からワイヤーのような性質を持っているとみた。使い勝手の良い魔力だからこそできる芸当。

 

 人形を操る副産物としての操糸術だが柔軟で鋼鉄の強度を誇る魔力の糸が合わされば殺傷能力は高い。

 

 その気になれば何時でも拘束できるだけじゃない。強化していない人体程度ならバラバラにできるだろう。

 

「初めまして、霊吾という者です。人里からのお礼をいいに来たんですよ。怪しい者ではありますが敵対する気はないので安心してください。」

 

「・・・人里の人間って訳じゃなさそうね。お礼を言いにわざわざ魔女の住処に入ってくるとは思えないけど。特にあなたみたいに力のある人間はね。」

 

「個人的な興味もあってですね、魔法使いってのを見たかったんです。僕も少しだけ魔法を扱っていたもので、気にはなっていたんですよ。」

 

「魔法を使う人間ね。」

 

「今は使えませんがね。まあ、この程度でしたらできますが。」

 

 近くの魔力糸に触れ、気力を合わせる。一時的にだが魔力の支配権を得る。指の動きに連動して、魔女の指も動く。

 複数の操作は無理だが、操糸術は俺も上海から手解き程度はしてもらっている。多少の人形操作ならば可能だ。

 

 驚いた様子だが、直ぐに支配権を離すと少し考えた後に口を開いた。

 

「・・・ふーん、まあいいわ。私もあなたに興味が出てきたわ。たいした物は出せないけど上がって。」

 

 魔女の領域に無用心に入る危険性は理解している。だがたった一つの間違いさえ起こさなければ危害は加えてこないだろう。

 

 人形を傷付ける事だ。俺には出来ないが。

 

「それではお邪魔します。」

 

・・・

 

 居間のような場所。多くの人形に囲まれた部屋だ。

 

(見たこともある奴も多いな。懐かしい気分だ。)

 

「・・・あまり驚かないのね。」

 

「少しは驚いていますよ。随分と多いなと。この可愛らしい人形は貴方が作られたのでしょう?」

 

「そうね。可愛らしいという評価が男から出てくるとは意外だけど。」

 

 西洋人形の中に混ざっている日本人風の人形。かよが黒姫と名付けていた人形だ。この時からいたのか。

 

 キッチンらしきところから人形がフヨフヨと飛んできた。トレーでお茶と菓子を運んできてくれた。

 

 他の人形よりも一回り大きく、アリスに酷似した人形。上海と呼ばれたその人形は記憶にある人のように感情が表れているわけではない。

 ありがとうと礼をすると奥に下がっていった。魔力の糸は見えるが操っている感じではないな。動きの補助を行っているのか。

 

「半自立人形ですか。意思を持った行動のように思いましたけど、やっぱり動きの補助を行うくらいで十分なんですかね。」

 

「一目見て分かるような単純なものではないけど、よく分かるわね。魔力の糸も見えていたようだし、感知能力が高いのかしら。」

 

「それなりに高いという自負はあります。それにしても人間に近い良い動きですね。」

 

 上海が人形達に施した魔術はこれが基になっていたんだろう。動きの補助を人形の感情に任せるのは上海にしか出来ないのだろうが。

 

「・・・あなた珍しいわね。人形に対する恐怖心が一切ないなんて。」

 

 表情からかどうかは分からないが、よく気づいたと思う。最初の家族だった者達だ。懐かしい気持ちはあるが怖がる理由はない。

 

「そうですか?可愛い人形を恐れろというのも難しいんですけど。」

 

「そうじゃないわよ。人に似た形というのは本能的に嫌悪感を持つもの。精巧であればあるほど物言わぬ形は不気味に見えるはずよ。」

 

「確かにそうかもしれませんが、こうやってお菓子を持って来てくれる小さな子を恐れろというのも難しいですね。例え、あなたが操っていたとしても。」

 

 姿も形も変わらないなら、抱く気持ちも変わるはずがない。寂しい気持ちにはなるが、それだけだ。

 

 

 

「・・・なるほど、愛情に近しいものを感じるわ。一般的に見ると気持ち悪いわよ、あなた。」

 

「お互い様ですよ。そろそろ本題にはいりますか。」

 

「本題ねぇ、興味って言ってたから何かあるんでしょうけど、何かしら?」

 

「まあ興味本位にはなるんですけどね。、、、器は順調ですか?」

 

 表情が消えた。固まって動かずにこちらを凝視している姿はまるで人形のようだった。

 短い沈黙が終わり魔女が口を開いた。

 

「・・・なんでそれを知ってるの。」

 

「ここで話すのも良くはないでしょうし、場所を変えませんか。あなたもその子達に聞かれたくはないでしょう。」

 

 ずっと意識があるわけではないが、人形の時にも周りの情報が入っていたと聞いている。上海に聞かせたい話ではない。

 

「・・・分かったわ。付いてきて。」

 

 

・・・

 

 

 リビングの奥の薄暗い廊下。僅かな違和感と魔力の痕跡。

 

(認識阻害の魔法か。未来の魔理婆さんのところにかけられていたものと同じだ。)

 

 アリスが廊下の壁に手をつくと階段が現れる。魔女の心臓部に近づく危険性は重々理解している。それでも彼女に話しておく必要がある。

 

(本来のアリスがどうかは分からないが、現時点のアリスは俺の勘では危険だ。それに助けられた子供の証言からも気になる点はある。)

 

 先に見える蝋燭の明かりを頼りに階段を下る。一段、一段が重々しく感じる。

 

 辿り着いた地下室はまさしく魔女の研究室といったところだった。作りかけの人形が並べられ、

 

 奥の台座に厳重に保管されている霊気の集合体。ガラス越しでも確認はできるが、具現化された魂だ。

 形容し難き物を見て、少し驚いたため素が出てしまった。

 

「・・・できている様に見えるが、人里の子には手を出していないよな?」

 

「そうね。それは完成した状態でここに来たからまだ使ってはいないわ。警告かしら?」

 

「まあそれもあるが、魔法使いに興味があると言ったのはこれを見たかったのもある。人形を使う魔法使いの最終目的である自立人形を作るのだったら魂は必要不可欠だ。」

 

 人形を捨てることで付喪神として宿ることはあっても絶対にその選択肢を取ることはない。

 だからこそ魂の精製が必要になる。人の、特に少女の魂から人為的に器を作り出す外法。魔理婆さんの魔術書に記載があったがその部分は上海には見えないようになっていた。

 

 一人ではなく複数の少女を材料にすることなど、自分の目的のためなら問題ない。その価値観の違いこそが種族としての魔法使いと人間でありながらの魔法使いを分けるもの。

 

「・・・随分と詳しいわね。で、それを知った上で何がしたいのかしら。わざわざこっちの土俵に来るわけだからそれなりの目的でもあるんでしょう?」

 

「器の中身についてだ。あんたも分かっていると思うが、器を作ったところで中身がなければ空の魂だ。恐らくあんたがこの地に来たのも中身の為だろ?」

 

「そうよ。魂を封じ込める方法を探すためにここにいる。半永久的に製造される力の源が必要なのだけれど、霊力だと人間の寿命程度しか持たないし、妖力だと何が起こるか分からないから迂闊に試せないのよ。」

 

 結果として魔力になる。だからこそ自分の寿命を閉じ込めることでの魂の完成に繋がる。

 理想としては人間の少女の魂か。だからこそ人里の子供が気になっているのか。

 

 だが、それをさせるつもりは無い。

 

「一つの答えを知っている。物に魂を入れ込んだ人がいたんだ。その人は過去に同じことをして亡くなった魔女の研究を発展させていた。」

 

 魔力を宿らせるだけではない。他の力を魔力に変換する魔術を組み込むという魔理婆さんの晩年の研究成果。

 

「・・・何が言いたいの?」

 

 懐から分厚い本を取り出す。自立人形の研究だけをまとめ挙げた一冊。二人の魔女が作り上げ、一人の魔術使いが少しだけ付け加えたもの。

 

「その研究を続けてきた俺の成果物だ。あんたに授ける。どれ程構築しても俺には組めない魔術だから、俺には無駄な物なんだよ。」

 

「・・・いいのかしら。それほどの物を簡単に教えるとは思えないわ。対価は何?」

 

 対価を求められる。魔法使いらしい考え方だ。対価によって結果を導く者達だからこその考え方。

 魔理沙ならありがとうで済ますだろうな。

 

「考えてはいなかったが、三つ出てきた。一つは俺が無事に帰れること。」

 

「・・・分かったわ。これが渡されてなくても無事に帰れたわよ。例えあんたを殺せたとしても私も無事じゃすまないだろうし。」

 

「二つ目だが、ここら辺に小さい魔法使いがいたと思うが、見つかっても危害を加えないで欲しい。まあ、あんたと気が合うと思うが。」

 

「ああ、あの人間ね。私と気が合うとは思えないけど、まあいいわ。向こうが何かしてきたら殺しはしない程度に痛め付けるくらいにしておくわ。」

 

 自分の最も大事なものを託すほどの仲だ。気が合わないとしてもその仲が切れることは無いだろう。

 

 

 

「三つ目、自立人形ができたら俺に会わせてくれ。これが一番重要だ。」

 

 笑って話してくれる元姉貴分が見たいという願望。呆れたような表情だが、悪い気はしていない様子だ。

 

「・・・はあ、本当に珍しいわね。まあそうね、これが役立つなら考えておくわ。」

 

「手厳しいな。まあそれでいいさ。これからよろしくマーガトロイド。」

 

「アリスでいいわ。私も霊吾と呼ばせてもらうわ。」

 

 

 

 

 




人形に対して謎に愛情深い20代男性と考えると変な人ですよね


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地道な修練

更新が遅くなってしまいました


「29、、30、終わり。」

 

 バタッと地面に倒れ込む。

 

「少し休憩してもう1セットだな。」

 

「・・・なあ師匠、魔法使いの修行って筋トレばっかりなのかよ。」

 

「そんなことはない。だが魔理沙は基礎体力や筋力が弱い。魔法にもよるが、お前が使う威力の高い魔法を扱うには最低限の力は必要だ。少なくとも俺が提示したメニューを軽くこなす程度にはなってもらいたい。」

 

 同世代の子供と比べれば筋力や体力といった身体能力は高い。だが、魔理沙の比較対象としては過去の自分、もしくは菫子と定めている。

 体術が苦手の菫子であっても、最終的には格闘戦で打ち合える程までになっていた。極限状態の菫子は例外的なものであるため参考にはならないが、最低限の身体捌きが出来ていなければ魔法の反動に耐えられない。

 

「魔法は扱わないんですか?」

 

「魔法はイメージによるところが大きい。特にお前の能力は細かい事を省くことができる。人の身でありながら魔力を扱えるっていうのは本来はできない事もあり、俺も補助道具を使って魔法を扱っていたに過ぎない。つまりは力の扱い方は教えることができても魔法については自主的にやった方が良い。」

 

 魔法については俺が教えることで魔理沙の天性の才を潰す可能性を考えるとあまり得策ではない。

 俺が出来るのは魔理沙が魔法を使うまでの基礎を作ってやることだ。そもそも一人で魔法の森を生き抜いて来たのならその内に鍛えられていく。

 

「それにだ。お前が使いたい魔法とお前の性質が違うのは理解しているだろ?本当に魔法使いの道を行くのなら俺は閃光や灼熱といった火の系統は教えないな。」

 

「・・・意地悪ですね。」

 

「俺が正統な魔法使いならそうするはずさ。」

 

 圧倒的な火力での砲撃は魔理沙本来の属性とは対極にある。これは今の魔理沙に関わって分かった事ではある。

 魔法に口出しはしないとはいえ、どの程度使えるかを見せてもらった。その過程で他の属性の魔法を試してみたが、水系統、つまりは防御に特化した魔法に長けているのが分かった。

 

 魔法使いなら自分の属性を特化させる、もしくは長い時間をかけて全ての属性を扱えるようにしていく。

 その点では魔理沙は異端だ。自分の対極の属性を特化させようとしているのだから、並々ならぬ努力と執念が必要だ。

 

 魔道に反してまでも自分の魔法を突き通すからこそ、人間から外れることがなかったのかもしれない。

 

(本当に難儀な人だな、あなたは。)

 

 今の少女を見ているからこそ、あの老婆がどれほどのものを積み重ねてきたか見えてくる。分かるなんて事は言わないが、決して楽な道ではなかったはずだ。

 霧雨魔理沙と言う人間は楽に手に入る力に魅力を感じない。

 

 休憩中に慣れ親しんだ気配が近づいてくるのを感じる。

 

「オッス、レイア!魔理沙もいたのか。」

 

 相変わらず何処にでも現れる。魔法の森は彼女が遊びに来る場所の一つでもあるが、彼女の行動範囲は今のところ湖と森だ。必然的に合うことも多くなる。

 

「修行中だな。魔理沙、休憩終了だ。」

 

「分かりました。」

 

 筋トレを続けさせる。

 

「またこれやってんの?」

 

 会う度に筋トレをしていたらそう思われるか。

 

「強くなるには大事な事だからな。今日もやるか?」

 

「やる!」

 

 妖精が筋トレで変わるかは分からないが、力の使い方を学ぶ一貫としてはいいのかもしれない。

 美鈴さんのように人の武術を極めている妖怪もいる。妖精だって地道に強くなることも可能だと思う。

 

(未来でのチルノは氷の剣を作り出し戦っていた。接近戦を鍛えたとして悪い未来に行くことはないはずだ。)

 

 基礎的な修行を暫くは続けるか。チルノも参加してくれる事もあり、競いあってくれるかもしれない。

 

「妖精には負けないぜ。」

 

「人間の子供があたいに勝てると思うなよ。」

 

 負けず嫌いな二人だ。無茶は流石に止めてやるか。

 

 

 

・・・

 

 

 一通りの修行が終わる。あんまりやり過ぎると身体を壊す可能性があるため、長くはやらない。

 段階的に強度を上げていくのが必要ではあるが、菫子に格闘を教え込んでいた事でどの程度上げていけばいいかというのは推測できる。

 

(菫子は素人同然だった。身体能力は魔理沙の方が高いが、体術は同様であるなら、参考に出来るな。)

 

 切り株の上に座っている魔理沙に問いかける。ちなみにチルノは遊びに行った。バテるのは早いが回復も早い、元気な奴だ。

 

「魔理沙、お前に足りないものはなんだと思う。ここでの暮らしについてだ。」

 

「足りないもの、、、欲しいのは技の威力だけど足りないものって言われたら分からない。何ですか?」

 

「接近された時の対応だ。強力な魔法とそれによる高速移動で何とか凌いでいるようだが、魔法を使わなくてもある程度戦えるようになっておいた方がいい。」

 

「必要なんですか?逃げる手段があれば十分だと言ってたと思うんですが。」

 

「まあそうだな。逃げる手段は今のままでも十分だ。お前のスピードを越える奴はそうはいない。だが、逃げられない戦いというのがこれから先にある。その時に接近戦はお前にとっての奇襲手段になるかもしれない。」

 

「逃げられない戦いですか。そんなのあるんですか?」

 

「大事な人を守らなければいけない時だ。外敵から守る事と考えると分かりやすいだろう。」

 

「・・・それならその人を連れて逃げます。」

 

「それが出来ない事もある。外敵から守るって言うのは分かりやすいから出した例だ。厄介なのは守る対象と戦う事だ。」

 

 状況としては特殊だが、魔理沙がその状況にあう可能性はあると思われる。

 

「守る人と戦うって矛盾してませんか?」

 

「言葉だけではどうにもならない事もある。力や能力が突出している者に多い傾向だが、固い信念というのを持っている奴らはいる。分かり合えない場合、そいつらを止めるには戦って言い聞かせるしかない。」

 

 最終手段ではある。だが、力が無いものには自分の意見を通すことは出来ない。

 

「・・・師匠にはそういった経験があったんですか?」

 

「それなりにな。言葉だけでは分かり合える事がない奴らは俺よりも強かったり、相性が悪かったりと一筋縄ではいかないような奴等だったよ。」

 

 数多の強敵達との戦闘の記憶。言葉では変えることが出来ない事は多かった。

 

「なるほど、、、逃げられない戦いがあるというのは分かりました。奇襲手段とはどういう意味ですか。」

 

「魔法主体の相手をする時に何が弱点になるかと考えた時に一つが接近だ。特にお前のように高威力の砲撃を使うなら間違いなく接近戦を仕掛けてくる。」

 

 本来の霧雨魔理沙なら決して接近戦はしない。広範囲の魔法と高速移動で自分の距離に相手を留めるような戦い方をしていた。基礎的な筋力と体力を教え込めば十分だ。

 

 正直格闘術を教え込むかは悩んだ。魔法使いとして伸びていくのなら必要はない。それどころかそれに割く時間や労力が魔法使いとしての成長を邪魔する可能性もある。

 

 それでも教えると決めた。俺という存在で少しづつではあるが変わりつつある未来のためだ。

 

(それともう一つの目的もある。いずれ出会う博麗霊夢の為だ。世界から外れたあいつを見つけ出せる人間は魔理沙をおいて他にいない。)

 

 未来においても霊夢の存在は大きい。短命の未来を変えられるかどうかは分からないが、彼女に生きたいと思わせる事が出来るのは魔理沙しかいない。

 

 

 

 

 

 話は変わり、魔理沙の近況について聞く。魔理沙というよりは真理菜さんの事だが。

 

「・・・真理菜さんの容態はどうだ?」

 

「もう立ち上がるのも辛そうになってます。」

 

「そうか、、、」

 

 やはり死期は早まっているか。

 

「・・・死に際に立ち会わないつもりですか?」

 

「家族が居るならいいさ。暫くは修行を止めておく。自分の出来る範囲で続ければ問題ないから魔理沙は居てやってくれ。」

 

 俺の役目は終わっている。真理菜さんに輝く星を見せることが出来た。

 

「最後の言葉を俺に使わせるのは勿体無い。娘に言いたいことは沢山あるはずだ。しっかりと聞いておくようにな。」

 

「・・・分かりました。」

 

 

 

 それから数日後、想定していた時期から早く訃報が届いた。



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蚊帳の外で

寒くなって来ましたね


 静かな夜。普段であれば落ち着いている人里の気配が今日は揺れ動いている。多くの人が動いているのが分かる。それだけ皆から好かれていた人だったのだろう。

 

 俺は人里には混ざれない。幻想郷に来て日が浅いわけではないが、霧雨家以外との交流は避けてきた。周りの人からすれば不気味な人間だ。それに無理に入り込まなくてもいい。

 

 巫女から酒を貰い一人縁側で呑む。巫女は昼間に人里で式の仕事があり、その時に霧雨さんから酒を渡されたらしい。

 

(・・・後日顔を出すか。あの人も強がりだからな。)

 

 宇佐見さん同様、弱みをあまり見せない人だ。特に娘の前では。

 

「珍しいな、お前がここに顔を出すとは。」

 

 隣にはいつの間にか萃香が座っていた。酔うと上手く感知できないが、ここまで接近に気付かないのは何とかしたいものだな。

 

「一人でしんみりと酒飲んで楽しいのか?」

 

「人を送る酒だ。楽しんで飲むもんでもないだろう。」

 

「それなら逆だよ。そいつのためにも楽しく飲んでやれよ。辛気臭くなるよりは笑顔で送り出してやんなきゃ、安心して逝けねえだろ?」

 

 そういうものなのかどうかは分からない。ただ、萃香の言っている事も理解できる。

 

「・・・そうだな。だが、俺一人ではどうしても難しい。萃香、付き合ってくれないか?」

 

「たく、しょうがねえな。この萃香様が付き合ってやるよ。で、そいつは何者だったんだ。あの人間の女だろ?お前が未来で関わる人間ではないはずだが。」

 

 しょうがないと言いながらも嬉しそうに見える。

 

 しかしよく見てる。こいつが興味を持つ人間では無いはずだが、俺に関わっている人物なら把握しているのか。

 

「・・・俺が今教えている少女は知っているか?」

 

「あの娘か。あれは化けるな。昔見てきた術師より明らかに術の規模が違う。確か、亡くなった人間の子供だったか。」

 

 やはり知っているか。それに術の規模と言ってることから修行中も見ているのだろう。

 

「そうだ。あの娘についてだが、俺が未来で生き残れたのはあの娘のお陰だ。未来では老婆だったが、俺に生き残る術と魔法を教えてくれた人だった。」

 

「なるほどな、、、似てたか?」

 

「・・・そうだな、、、穏やかながら心の強い人だった。どちらも俺が関わった時にはもう終わりに近かったのを含めてもな。」

 

「はは、まるで恋をしている乙女みたいじゃないか。ええ、どうなんだよ。」

 

「否定はせんさ。あの人に惹かれる人は多いと聞いていたし、誰からも好かれる人だった。俺も例外ではないだけだよ。」

 

「妬けちまうな、お前にそんな顔させるとはな。とりあえずは忘れるくらい飲めよ。」

 

 萃香の持つ酒を注がれる。まだ残っていたんだがな、、、

 

 

・・・

 

 

 膝に頭を置く酔い潰れた男を愛おしそうに見つめる。最初に気づいた時は警戒したが、ここまで惹かれるとは萃香自身も思っていなかった。

 

 未来の自分が残した傷痕。人間ではなく、一人の男として欲しがったと分かる。

 

(素直になっていれば、お前は過去に飛ばされる事も無かっただろうに。恨んでくれても良かったんだ。それが在るべき姿なのにな。)

 

 

 

「そんなに警戒しなくても取って食うことはないさ、博麗の巫女。」

 

 襖が少し開き、警戒した様子の巫女が覗く。

 

「・・・また幼女か。それにこんな大物とはね。相変わらずそいつは変なのに好かれるわね。」

 

 妖怪を前に無防備に眠りこける霊吾とは違い。見せない様に武器を構えている。普段なら武器を持たないが、大妖怪を相手にする時は針を拳に挟み込む。

 

「面白い男じゃないか。それなりに腕が立ち、妖怪への恐怖と立ち向かう勇気の両方を持ってる奴はそうはいない。あんたら博麗の巫女と似て、人のまま強くなってる。今の時代にこんな人間はそうそういない、惹かれる奴も多いだろうよ。あんたも例外ではないだろ?」

 

「私とそいつの関係は家の主と居候。それ以外に何の関係もないわ。」

 

「正直になれよ。こんないい物件は他に無いぞ。特にあんたらにとっては都合の良い奴だと思うがな。」

 

「条件としてはこれ以上無いくらいなのは理解してるつもりよ。だけどそいつは絶対に私だけを見ることはない。というかそいつが何処に気持ちを寄せているか分からないのよね。その様子だとあんたかしら?」

 

「いや、私でもないさ。こいつにもいろいろあるのさ。」

 

「はあ、色んな奴をたらしこんで来るわね。」

 

 それに関しては萃香も同意だ。人間にしろ、人外にしろ好意を寄せる者はいる。そしてこれからも増えるだろうということも分かる。

 

「・・・本当にそいつに危害を加えないのね。」

 

「こいつの頭を膝にのせて鼓動を感じるのはそうそうできるもんじゃないからな。強がりな奴の弱音を受け止めるのも悪いもんじゃない。」

 

 白がかった髪を撫でる。鬼の姿というよりは慈母の様に見えた。ここに来てからそれなりに時間は経っているが、これ程の妖怪と親密になるのはおかしい。少なくとも巫女の中では考えられない事だった。

 

「・・・そいつの事情何か知ってるのね。」

 

「お前よりは知ってるかもな。何か聞いてるのか?」

 

「そいつはあまり過去を話さないからね。勘だけどそいつは外の世界の人間ってだけじゃないわ。だからといって悪さする奴でもないし気にはしていないけど、1点だけ気になっているところはあるわね。」

 

「気になっているところね、、、すまんが約束でね、私の口からはこいつの事は言えない。」

 

「まあこれは独り言よ。私の予想だとそいつは外界の博麗の御子かしら。人外への対応が明らかに普通の奴じゃないわ。あんたの事を知った上でもそうやって心を許しているのも普通の感性ならできることじゃない。何より封印していた赤布は間違いなく代々受け継いできた物だった。あれが存在するとすれば外の世界にあると言われる博麗神社しかないと考えているわ。」

 

 その独り言を残して神社の中に戻っていく。巫女の目では今の伊吹萃香に危険はなかった。

 

 

 

・・・

 

 

 巫女の気配もようやく大人しくなった。寝たのだろうな。

 

「・・・出てこいよ、藍。」

 

「・・・まったく、霊吾といいあなたといい何でそう気付くのか。」

 

「あいつは知らねーが、私は経験則だよ。お前はこいつの、霊吾の事情についてどの程度知っている?」

 

「そう聞くという事はあなたも聞いているのか?」

 

「まあ、詳しくは言えないがな。私の予想ではお前も自分の最後を聞かされたんじゃないのか?」

 

「・・・当たりだ。未来で私は殺されたようだな。恐らくあなたに。」

 

「だろうな。それでお前はこいつに何と言われた?」

 

「協力して欲しいとのことだ。基本的には彼の行動に干渉しないようにはしている。」

 

「なるほどなあ、あんたに頼むってことは紫対策か。」

 

「だろうな。紫様が霊吾を過去に送った理由は何となく分かる。紫様にとっても大事な人間だったと思う。そいつの体から僅かに感じる妖気の一つは萃香だが、もう一つは紫様だ。あなたの妖気はその傷だが、紫様の妖気は中に僅かに残っている程度だ。」

 

「くっく、あいつもか。」

 

 基本的に人が中に妖気を宿す事はない。禁忌に手を出し、妖怪に近づく事はあるが、肉体の変貌が伴う。

 

 例外として幾つかあり、萃香のように傷と共に妖気を体に残す場合や、長い期間で交わり続ければ可能性はある。

 

 八雲紫の妖気は後者だろうと二人は確信している。

 

「・・・でだ、私に何の用だったんだ。」

 

「次代の博麗の巫女は見つかったか?」

 

「あなたも気になるか。霊吾が言うほどの人間がいるのかとも思い、外の世界を探した。」

 

 本来なら博麗の巫女が未だに衰えを見せていないため、探す必要はない。萃香も気になっているように藍も同様だった。

 

 二人から見ても霊吾は人間としては上位に入ってくる。博麗の巫女と渡り合える程の戦闘力と博麗の巫女以上に優れた感知能力を持ってしても化物という人間がいるのかとも。

 

「・・・一人外の世界で化物がいた。博麗の巫女は基本的に人間社会に溶け込めない人間が多い中でそいつは平然と生活していた。霊力は過去の巫女達と比べても強大な少女がだ。」

 

「へえ、珍しいもんだな。」

 

「珍しいなんてもんじゃない、不可能だ。迫害を受けるからこそ、拒絶する力を持つようになる。もしくはその逆もある。そういう博麗としての素質を持ちながら周りに溶け込む人間は異例だ。それだけではない。あいつは私に気づいた。隙間にいた私をだ。」

 

 経験則から分かる萃香とも感知能力を極めた霊吾とも違う。純粋な勘で特定できる人間はこれまでいなかった。歴代の博麗の巫女であっても初見で気づけないものをその少女は気づくことが出来る。

 大妖怪から見ても化物に見える少女。博麗の巫女になった場合、どれほどのものになるか想像もつかない。

 

「まあ、そのくらいの人間じゃなければこいつが化物とは言わんだろうよ。」

 

「あれは私の手には負えない。紫様に任せる予定だ。」

 

「そういえば、あいつが目覚める時期になったな。こいつの事、どう説明するんだ?」

 

「下手な誤魔化しが通用する方ではないが、霊吾自身はそこまで脅威的な存在ではないと認識させればいい。幻想郷のルールとして人が妖気を纏うのはよろしくはないが、私が何とかしよう。」

 

「大丈夫か、、お前一人で?」

 

「・・・何が言いたい?」

 

「私も協力してやるよ。本気で紫がこの人間を消そうとしたら私が出る。」

 

「良いのか?それは友人として紫様に歯向かう事になる。」

 

「あんたの存在は替えが効かない。霊吾が危惧しているかは知らんが状況として一番最悪なのはあんたら主従の関係にヒビが入る事だ。」

 

 時として非情に成らざるを得ない事でも八雲紫単独で行動を起こすことは少ない。気紛れな事もあるが、重要事項は藍に情報がいく様になっている。

 どれほど優秀であっても一人で対処するには限界があるためだ。

 

「お前の役目はあくまでも霊吾という人間の危険性がたかが知れてるというのを伝える程度にしておけ。紫も馬鹿じゃねえ。外から来た得体の知れない人間に肩入れし過ぎると何が起こるかは分からん。」

 

「・・・承知した。しかし、あなたも随分と心を許しているな。まあ、気持ちは分からなくもないが。」

 

「だろ?未来でもけっこう好かれてただろうから、紫は恨まれてんじゃねえか。」

 

 

 

 

 

 

 

 




物語がなかなか進まない


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賢者邂逅

私生活が少し慌ただしかったので更新が遅くなってます



 冬が終わりを迎える頃になった。暖かくなり始め、妖怪達が意気揚々とする時期でもある。

 博麗としての仕事に妖怪退治とあるが、この時期になると忙しくなることもある。

 

「別に私一人でも問題はないわよ。」

 

「手伝いに行くというよりはあんたの戦い方を見に行くといった感じだ。」

 

「いつも見てるっていうか、知ってるじゃない。」

 

「対人はな。まあ大きくは変わらんとは思うが、集団を相手にしての立ち回りを見てみたい。」

 

 常に動き回り、回避優先で相手の虚を突く戦い方では妖怪の集団を捌くのは難しいと感じた。何処から攻撃が飛んでくるか分からない中で動き回るのはかなり繊細な空間把握と感知の能力が必要になる。

 巫女も高い方ではあるが、二つの能力では自分が勝っている。それでも常に感知しながら集団を相手取るには最低限の動きを意識しなければならない。

 

 巫女のように回避を続けながら攻撃を仕掛けるのは範囲感知を張っていても俺には無理だ。

 

「ふーん、まあいいわ。邪魔にはならないでしょうしね。」

 

 これまで組手をやってきた中で巫女もこちらの実力を把握している。同行には問題ないと思ってもらえているか。

 

 

 

・・・

 

 

 

 妖獣の群れと言えど、未来では厄介な存在は多くいた。土地が穢れていたために奇妙な特徴を持った奴もいたが、こっちでは未だに見てはいない。

 野生動物の延長線上といった妖獣が大半だ。合成獣のような見た目もいない事から種族としてもそれほど多いわけでは無さそうだった。

 

 だが、数は多い。春先からは眠っていた妖獣が一斉に動き出す事もあり、感知できる範囲では妖獣、妖怪共に犇めいている様子だ。

 それでも未来よりかはましだが。

 

(・・・未来では冬でも特異体がけっこうな数いたが、殆どいないな。大体の妖獣が単一の動物からの派生のような感じだな。)

 

 合成獣のような奴らは未来では珍しく無かった。土地の穢れと多種多様な妖獣が合わさった結果だったんだろう。厄介な存在がいないのは多少は楽に退治できる。

 

 

 

 目の前を先行する巫女が飛び出す。弾丸のよう速さで妖獣の群れの中でも妖力が大きい存在の首をへし折る。

 巨大な犬のような妖獣はその巨体を揺らして倒れる。一瞬、その妖獣の群れが止まる。群の長を真っ先に仕留める事でその群を潰す。凶なんかがよくやっていた戦法だ。だが、別の群れも交ざっているため、長期戦では利点が薄くなる。

 

 妖獣達が巫女を囲い込む。だが、巫女に攻撃が当たらない。そもそも妖怪が近づいていない。いや、近づけないといった様子だ。

 

(能力か。博麗の巫女は代々似たような能力を持つと言われていたが、例に漏れずに拒絶・孤立系の能力だろうな。)

 

 かよの能力は結局分からず終いだったが、他の存在を拒絶する能力であったはず。

 この巫女も俺や博麗霊夢のように自身を孤立させる能力か他の存在を拒絶する能力だと推測できる。

 

 

 一体一体潰していく巫女。彼女に集団相手をするような戦い方は必要ない。一対一に持ち込めるのなら、それだけを磨き続ければ敵はいない。

 

(・・・やはり博麗の巫女は別格か。)

 

 迫り来る妖獣を流しながら、巫女の戦闘を見る。殴った箇所が内側から破裂していた。俺との修練では使った事がない技だ。使われたら洒落にならないが。

 

(霊力の塊を押し付けての破裂。妖力と霊力は基本的には反発し合う性質を上手く利用している。少しの霊力でも致命傷を与えることが出来る技だな。)

 

 ゼロ距離霊力砲と似ているが、内部に流し込む分コントロールが難しい。出来なくはないが、少なくとも戦闘中に何回も続けるのは難しい。それも一対一に持ち込むことが出来るからこそだろう。

 

 一体ずつ着実に仕留める巫女と集団全体を少しづつ削り取る俺。格闘戦では巫女に勝てないが、倒している妖怪の数は同じ程度だ。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 暫くして妖怪達が散っていった。数も大分減らしたし、今季は十分だろう。

 

(異常繁殖や発生は聞いていないが、今の幻想郷では起きていないとみていいか。)

 

「今季は多い方ね。秋頃にある程度は片付けた筈何だけど、何処から来るのかしらね。」

 

「普段からあの程度ではないのか?」

 

「あんなうようよしてたのはそう無いわ。いくつかの群れを従える奴らを複数潰さないと逃げ出さないのは久しぶりだわ。」

 

 妖怪が急激に増えた原因は何だ。巫女としては冬の間でも霊吾がちまちまと退治していたのもあり、普段よりも少ないだろうと考えていたらしい。

 

 別々の群があれほど一斉に集う事は確かに珍しいらしい。とすると外的要因か。

 

「・・・あなたの仕業ですか?」

 

 虚空に向かって声をかける。戦闘中もずっと観察していた気配を感じていた。藍さんとは違う妖気。

 

「・・・何私には見えない系の奴?ちょっと止めてよね。」

 

「巫女が何を言ってるんだ。見えないが分からなくもないだろ。」

 

「・・・あー、あいつか。」

 

 まあ思い当たるだろう。

 

「そろそろ出てきて下さい、あんまり黙り決め込むと俺が悲しい奴になりますので。」

 

 無視するかのように声だけが響いた。

 

(せっかく様子見で来ているのなら会話くらいはしたいのだがな。あまり使いたくは無かったが、今後のために試しで使ってみるか。)

 

 藍さんから何かしらは言われていると思うが、どういう印象を俺に持っているかを確認しておく。

 

 範囲感知においては範囲内にいる力を持つもの全てを把握できる。伊吹萃香のように微少に分身を飛ばしているものから藍さんのように隙間で空間に接触している者までだ。

 正確な位置を掴み、虚空を払う。

 

(捉えた!)

 

 隠れていた存在を空間から弾き出す。

 

「え!嘘!」

 

 情けない声と共に隠れている者が虚空から現れた。

 

 隙間から引き摺り出される感覚は初めてだろうな。

 

「あいたた、、珍しい人間って言ったから見に来てみればなかなかやるじゃない。」

 

 立ち上がり土埃を払っている。怒っている様子ではないか。寝起きで機嫌が悪いかとも思ったが、かなり上機嫌だ。

 未来での借りはこの程度で返しておくか。それに紫さんに対抗できる手段を確認できた。

 

(・・・それにしても妖怪は大きく変わらんか。)

 

「盗み見はよくないですよ、八雲紫。初めましてですね。」

 

 驚いた様子ではあったが、挨拶をすると表情を戻した。

 

「ええ、初めまして、霊吾。色々と話は聞いています。藍が個人的に興味を持った人間というのが気になってね。それにしても、、、」

 

 舐めるようにこちらを見る。

 

「不思議な人間ね。貴方よりも霊力の使い方が上手なんじゃない?」

 

「力のコントロールは正直そいつには負けるわ。でも術にせよ、体術にせよ負けているわけじゃないから。」

 

「貴方に勝てるようならそれは人を越えている存在ですわ。博麗の巫女という存在はその世代の絶対的強者なのですから。特に戦闘面では歴代でも並ぶものがいない貴方にはね。」

 

 霊夢という存在が出てくるまではこの巫女が最強だったのか。

 

「・・・よく言うわよ。」

 

 あまりいい顔をしている訳ではない。紫さんとは合わない、そんな感じがした。

 基本的に巫女は一人だ。誰かと親しく接しているところは見たことがない。博麗の巫女は本来ならそういう役なのだろう。

 

「妖怪についてはあなた方なら問題ないという認識で少しだけ集めていました。霊吾、あなたには期待しているのよ。」

 

(期待?どういう事だ。)

 

「それはどういう意味ですかね。」

 

「今回の件でどの程度戦力があるか見てたのですが、巫女と比べても劣っているわけでは無いということが分かりました。博麗の巫女は貴重な存在故に替えが効かない事もあり、是非とも支えて頂けるとありがたいですわ。」

 

「・・・まあ、行く宛もありませんし、もう暫くは神社に居ようと思ってますよ。支えは要らないと思いますし、居付けるかどうかは巫女次第ですが。」

 

 チラッと巫女を見ると、しょうがないという顔で溜め息を吐く。

 

「好きにしていいって言ってるじゃない。」

 

 少しだけ喜びの感情がある気がする。

 

「良好な関係で何よりですわ。また、顔を出すと思いますのでその時にでもゆっくりお話したいものですわね。」

 

 そういって隙間に消えた。空間から消えたのも確認できた。

 

 八雲紫には自分の存在がどう見えたのだろうか。

 

(どちらにせよ、予想通りで助かったか。相変わらず人が悪い事には変わりないか。)

 

 長く共にいたのだ、表情と声である程度は分かる。嘘を言ってはいないが本当の事を伝えていないのは理解できた。

 

 

 

・・・

 

 

 

 彼が良い人でよかった。巫女に勝らないにしろ引けを取らない人間は博麗の巫女同様に貴重な存在だ。巫女と違い人妖に関わらず他者との交流が出来る点も強みだ。

 

 

 巫女を失うのは不安があるが彼を失っても惜しい存在ではある事に変わりはないが大した痛手にはならない。支えるというのは負担の肩代わりを任せるという意味もある。

 

 

 それに交渉役としても彼は最適だ。巫女には任せることが出来ない事を頼むことが出来る。実に悩ましい。

 

 何にせよ八雲紫にとっては使い勝手の良い人間と認識している。

 

(思った以上にお人好しで助かりましたわ。隙間を捉える事は驚きましたが、敵になることは無いでしょう。藍が言うように危険な存在では無いと見ていいでしょうね。)

 

 外界の術師であり、どこで知ったかは分からないが幻想郷に辿り着いた人間。それだけなら数年に一人は見るが、技量は比べ物にならない。

 

(だけど不確定要素に変わりはない。次の博麗の巫女が来るまでには彼の事を詳しく把握しておきたいわね、、、)

 

 若くしてあれほどの戦闘技術と感知能力を併せ持つ者であれば、幼少の頃から目立つ筈なのに把握していなかった。何かを隠している。

 

 

 

 八雲紫との邂逅は無事に終えた。

 




次は異変になります
少し間に小話を挟みますが


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閑話:束の間の平穏
忘れ傘 前編


久しぶりの更新



小話
時系列的には霧雨真理菜葬式後日です


「来たか、霊吾。てっきり葬式に顔を出すかと思ったが、巫女さんだけだったからな。」

 

「僕はもう十分関わらせてもらいましたから。短い間でしたがね。」

 

 その先は家族の時間だ。自分が干渉するべきではない。

 

(・・・違う人物とはいえ、似ている人をもう一度見送るのは辛いものがある。)

 

 それだけではない。どうしても消えない僅かな後悔。

 

「・・・それにやっぱり僕が魔理沙を」

 

「何度も言わせるな。あいつが満足して逝けたのはお前のお陰だ。そこに間違いはねえ。この話は終わりだ。」

 

 言葉を遮られる。彼らが許したとしても自分が納得できないものだが、何度も蒸し返すのも違うか。

 

「・・・分かりました。ですが出来る限りの要望にはお応えさせて下さい。」

 

「俺の頼みは変わらねえ、魔理沙を頼む。ここに居てくれるのはありがたいが、あいつの縛りになりたくはない。口では俺が死ぬまでは店に居るとか言ってるが、窓の外を眺めるあいつを見ると自由に飛び回りたいんじゃないかと思ってな。あいつは無事に暮らしていけるのか?」

 

「もう一人でも十分にやっていけます。ですが、もう少し鍛えるつもりです。魔理沙はその内に幻想郷中を飛び回る魔法使いになると思いますので、少しでも力を付けてやりたい。魔理沙は今日、どちらに?」

 

 今日は修行の時間よりも早めに来たが、魔理沙の気配がしない。

 

「真理菜の墓に花を持っていってるよ。人里から離れている場所にあるから、定期的に数人がかりで行くんだが、あいつは一人でも問題ないと思ってな。」

 

「逃げる術は持ってますので、一人であるなら問題ないです。力を持った危険な妖怪は居ないでしょうし。」

 

 墓の場所を詳しくは知らないが、数人で行ける程度なら元々妖怪が集る危険性の少ないところではあるだろう。

 

 

 

・・・

 

 

「うらめしやあ!」

 

 紫色の毒々しい大傘を持った少女が声を荒げた。静かな墓場でいきなり大声を上げれば人は驚く。

 真っ昼間の時間帯であってもさほど関係はないが、相手が悪かった。

 

「・・・妖怪か。何のようだ。」

 

 魔法の森ではいきなり襲い掛かって来る妖怪も多く居たため、驚かす程度では対した反応は見せない。それに今の自分が大きな感情の動きを見せる事がないと自覚している。

 

 母が亡くなって次の日だ、覚悟はしていたが、喪失感は拭えない。

 

 勿論警戒はしているが、危害を加えて来ない限りは手出しはしないようにしている。

 

 弱い妖怪といえど人を殺めるのに十分なものを持っている。無闇に敵対行動を取って痛手を負う可能性があるのなら争わないに越したことはない。

 

「ええ、何その反応、面白くなーい。」

 

 残念そうに肩を落とす。

 

「人を驚かす類いの妖怪か。それで驚かせた人いるのか?」

 

「・・・はあ、今時の少女は強いなあ。」

 

 自分以外にも驚かそうとした子供でもいたのだろうか。ここに一人で来る子供なんていない筈だが。

 

「で、驚かすだけが用事だったのか?」

 

「いやー実を言うととある人間を探していまして。昨日はあまりに人が多すぎてびっくりしたけど、人間一人なら何とかなるかなーって思ったんだけどなあ、、、」

 

「人探し?お前妖怪だろ?」

 

「こう見えても付喪神なんですよ。探しているのは私のご主人様ですー。」

 

 付喪神。幻想郷ではさほど珍しくはないが人間体を持てる程の奴はそうそう居ない。

 

「・・・捨てられたか。」

 

「違いますー。はぐれただけなんですー。ご主人様は私の事を大好きと言って下さいましたし、両想いなんです。」

 

「まあ、あんたらの関係はどうでもいいが、ここらはあまり人が来ないぞ。人探しをするなら人里付近がいいんじゃないか?」

 

 墓で人を驚かせようとしていた奴が人探しをしているのも可笑しな話だ。

 

「ええ、でもー、他の人間に否定されたら悲しいですし、、、」

 

 道具である故に人からの否定には弱い。その癖して人を驚かせる事を主にやっているのだからめんどくさい奴だ。

 落ち込んでいる様に見えるが、チラチラと此方を見ている。

 

「ああ、分かった分かった。知り合いの道具屋に連れて行くから。何かしらの切っ掛けは掴めるかもな。」

 

 ぱあっと表情が明るくなった。分かりやすい奴だ。

 

「ありがとうございます!あのお嬢さんの名前は何ですか?」

 

「霧雨魔理沙。お前は?」

 

 驚いた様子の付喪神。もしかしたら名前が広がっているのかもしれない。

 

(そんなわけはないか。師匠と比べてもまだまだ弱いしな。)

 

「・・・わちきは多々良小傘。魔理沙ちゃん、親族とかに妖怪と戦えるくらい強い男の人っている?」

 

「いない。そもそも妖怪を相手にできる人間は私が知っている限りでは博麗の巫女か私の師匠だ。」

 

「・・・師匠さんの名前は?」

 

「下の名前しか知らないが、霊吾と名乗ってるな、、、どうした?」

 

 歓喜の表情。

 

「やっと見つけた!いやー長かったな。」

 

「でも、師匠は幻想郷に来てそんなに長く経っていないと聞いている。人違いじゃないか?」

 

「わちきも一緒に幻想郷に来たから間違いない!妖怪と戦えるくらい強くて、霊吾って名前なら間違うはずないよ。結構カッコいい感じの人だよね?」

 

「そうだな、人里でも密かに人気があるくらいには格好いいんじゃないか。それにしても師匠がご主人様ねえ。」

 

 寡黙で美形、それに何処か影のある外来人。店番をしている時に時折どういう人なのか聞かれる事が多い。

 人里としてはあまり信用していい人間か分からないとやや警戒しているが、嫁入り前の女性陣からの評判は悪くない。

 

(・・・もう少し大人だったら、よかった。)

 

 魔理沙も例に漏れない。感謝と尊敬の思いだけではない。

 

 頼りになる年上の男性に憧れるお年頃。

 

「会いたい!会いたい!」

 

「・・・分かったよ、とりあえず神社にでも行くか。師匠は普段そこに住んでるし会えるだろ。」

 

 まだ修行時間まで時間がある。それに師匠なら感知で見つけてくれるだろうとの期待。

 

 

・・・

 

 

「思っていたより遅いですね。」

 

 帰ってくるであろう時間からは少し経っている。修行時間まではもう少しあるが。

 

「感知能力とかいうので探れないのか?」

 

「出来なくはないですが、墓地はどちらの方ですか?」

 

 魔理沙の霊力は人より大きいため、感知はしやすい。といってもある程度の位置を把握していなければ流石に分からない。

 

「あっちだ。」

 

 スッと方角を指す。魔法の森とも神社とも離れた場所に位置しており、危険性が薄いのも分かる。

 

(未来でも訪れたことはないな。そんな場所があったのか。)

 

 共同墓地があるというのも聞いていなかった。人里との交流がなかったため、今回の巫女のように出向くことが殆ど無かったからだろう。

 

 気配を探る。範囲感知とは違い、集中力を高めることで自分以外の霊気、妖気を把握する。正確な距離は分からないが、ある程度の予測は出来る。

 

「・・・居ないですね。ここに戻ってきている様子もないですし、何処かに出かけたんですかね。」

 

「一応、帰ってくるとは言ってたんだがな。面倒ごとに巻き込まれて無ければいいが、、、待っとくか?」

 

「そうですね、、、少し香霖堂に用事がありますので、魔理沙が戻ってきたら何時もの場所に居ると伝えてください。」

 

「分かった。それにしても霖之助のとこね。何か必要な物があるなら家で用意できるが。」

 

「一度、見に行った時に目に入った物があるんですよ。妖怪相手に格闘だけでは分が悪いですので、武器があると少しは楽になるので。」

 

 目に入ったというよりもある事を確認したというのが正しいのだろう。

 

「そういうことなら家よりかはあいつのとこだろうな。」

 

「魔理沙と途中で会った場合、一旦帰るように言いましょうか?」

 

「いや、いい。わざわざ帰ってこんでもどうせ日が落ちる前には帰ってくるだろ?」

 

「まあ何時も通りに終わる予定です。後もう一つあるのですが、霧雨さんは今晩は空いていますか?」

 

「・・・まあ、空いてはいるが、何を企んでやがる。」

 

「企みって訳じゃないですよ。強い人もたまには弱音を吐かないと生きていくのは辛いと思うんですよ。そんな訳で僕の話し相手になっていただけるとありがたいんですけど。」

 

「・・・っち、相変わらず余計な気を使うやつだ。まあ、ありがとよ。」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

「師匠、いますか。」

 

 博麗神社にて声をかける。神社に居て起きているなら階段辺りで気付いているだろうし、師匠が寝坊するようなことはないだろうから何処かに行ってるのか。

 

 神社から巫女さんが出てきた。

 

「魔理沙ちゃんじゃない。あいつなら朝早く人里に行ったわよ。」

 

「そうですか、、、」

 

 朝早く。つまるところ修行前に私と父さんに用があったのだろう。

 

「何かあったのかしら、、、その妖怪は?」

 

 僅かだが確かな敵意を感じる。小傘はビクッとしている。

 

「付喪神だそうで、師匠がご主人様らしく会いたいとの事で連れて来たんですけど。」

 

「ご主人様?霊吾が?」

 

「はい、ここに来る前から大事に、時に乱暴に使ってくれた最高のご主人様です!」

 

 巫女さんが眉間に皺を寄せて、顔をしかめる。

 

「・・・言い方があれだけど、付喪神だから問題ないわね。それであいつは居ないけどどうするの。ここで待っといてもいいけど、今日帰りが遅いって言ってたわよ。どうせこの後修練でしょ?そこでいいんじゃないかしら。」

 

「そうですね。そろそろですので向かおうかなと。」

 

「連れてって下さい、魔理沙ちゃん!」

 

 小傘としても怖い巫女よりは魔理沙の方に付いていきたい。それに魔理沙に付いていった方が早く会える。

 

「分かった分かった。一緒に行くか。」

 

 

 



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忘れ傘 後編

遅くなりましたが、新年あけましておめでとうございます



 人が来る事は少ない店を訪れる。何度考えてもここで商売する理由は分からない。店主としては穏やかに過ごす場所であればいいのかもしれない。

 

 扉を開けて入ると、座って本を読んでいる店主がこちらに気付いた。

 

「おや、珍しい顔だね。」

 

「久しぶりという程ではありませんが、こんにちは森近さん。今回は客として来ました。」

 

「お客さんとして来る人間は初めてだね。親父さんの所じゃなくて僕の所に来るとあれば何をお求めで?」

 

 傘立てのようなものに無造作に刺さっている刀を抜き取る。

 

「これですけど、頂いてもよろしいですか?」

 

 森近さんが少し考え込む。価値を知っているかは分からないが、名前と用途を理解できる能力を持っていると聞いている。

 未来では名刀の類いとして予想はしていたが、結局名前は知らずに使っていた。普通の刀よりも耐久があり、刃毀れすらしない代物だっただけに持っておきたい。

 

「・・・非売品ではあるんだけど、魔理沙の件もあるし、特別に無料で譲ろうか。」

 

「いいのですか、ありがとうございます。この刀、名前はあるんですか?」

 

「草薙の剣。僕の能力でその名前が浮かぶということは偽物ではないはずだよ。下手な値段を付けるとバチが当たりそうだから、コレクションになっていたんだよ。」

 

 かつて神を切り伏せたとの伝説もある。対神においてはもしかしたら対抗手段になり得たかもしれない。

 

(あの時、刀を持っていっていればこいしを殺さずに済んだのかもしれないな。今さら遅いか。)

 

「だからまあ持っていっても問題ないよ。それにしても刀ね。魔理沙からは君が扱うのは格闘と霊術と聞いているんだけど、刀も使えるのかい?」

 

「それなりにですがね。主には格闘と術ですけど、自分の力だけで妖怪達に対して打つ手が無いって事もあるんですよ。それに刀ですと一撃で葬り去るのに力がそんなに要らないので長く戦闘を行う場合でしたら少し楽になるんですよ。」

 

 この刀であれば格上相手にも通用する。通用すると分かれば刀に意識を向けさせる事もでき、戦闘の幅が広がる。

 強力な一撃を叩き込む為の隙を作るにもあって損はない。

 

「君でも打つ手が無いという相手と戦う事があるのかい?」

 

「何が起こるか分からないですので。大妖怪のような存在とも相対する事もないとも言いきれないでしょう?」

 

「・・・彼らが表だって動く事は無いだろうけど、絶対はないということか。その時が来ない事を願う限りだよ。」

 

「僕もそう願ってますよ。まあ、八雲主従と博麗の巫女が居る限りは対処してくれるとは思ってますけど。」

 

 あくまでも異変においては彼女らが動いてくれる。俺が大妖怪と衝突する時があれば、切羽詰まっている時くらいだろう。

 

 俺単体に用があるものは別になるだろうが。

 

「では、これは頂いていきます。」

 

「ああ、いいよ。一つだけ、対価と言っては何だけど、時間がある時でいいから、ここの道具達について教えてくれるとありがたい。外の世界の物はどうも複雑でね、名前と用途が分かっても使い方が分からない物もあるんだ。」

 

 店の中を見ると現代にいても古いと思うものもある。それでも幻想郷で使えるかどうかは分からない。灯油ストーブといった燃料を使う物などは果たしてここで使えるのだろうか。

 

 使えるのかどうかは別として使い方は一通り分かる物が殆どだ。

 

「僕が分かる範囲でしたらお答えしますよ。今日は少し時間が取れそうにありませんので、また後日来ます。」

 

「気が向いた時でいいさ。君との付き合いも短くないだろうしね。」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 普段修行を行っている魔法の森の一帯。近くに来ているのであれば感知できたが、未だ来ている様子はない。

 

(墓参りだけといっても随分と遅いな。何かに巻き込まれたのか。)

 

 少し待っていると霊力と妖力を感知した。霊力は魔理沙だということは分かったが、もう一つの妖力については分からない。何処かで感じたことはあるが、確信が持てない。

 

 魔理沙と共に現れた少女は水色の髪に珍しいオッドアイ。手に持った化け傘と妖気から想定はできたが、付喪神が人間体を持つことがあるのかという疑問はあった。

 

 少女は目を潤ませる。感情が僅かに伝わってくる。

 

「・・・小傘?」

 

「会いたかったよ!ご主人様!」

 

 飛び込んできた少女を受け止める。流れ込んでくる妖力は間違いなく小傘のものだ。

 

「もう捨てられたかと思った事もあったけど、やっぱり覚えててくれたんだ。」

 

「探さなかった事はすまない。言い訳になるが、この幻想郷から付喪神と言えど傘一本見つけるのは困難だと思ってな。」

 

 探す暇がなかった訳ではないが、妖気を辿っての探索はどの程度時間がかかるか分からなかった。

 外の世界と違い限られた世界とはいえ、行った事の無い場所もあり、下手に彷徨いて危険な目に合うこともある。

 

「いい。会えたからもう大丈夫だよ。人としての姿になっても私の事を分かってくれたんだもん、それだけで十分です!」

 

 姿が変わっても妖力は変わらない。ただ視覚の情報と一致しないため断定はできなかった。

 

「・・・姿が変わったんですか?」

 

 共にいた魔理沙が怪訝な目でこちらを見ている。少女にご主人様と言わせていたのはやっぱり良くは思われないか。

 

「そうだな。外の世界では人間体ではなく、紫色をした古い傘だった。ただの傘ではないがな。」

 

「ただの傘じゃないって言うのはどういう事です?」

 

「仕込み刀としての側面があった。俺の手に来たときには道具としての仕込み刀はなかったが、付喪神になった為か刀に変形してくれたよ。まあ、小傘の意思によるものだったが。小傘、もういいだろ。」

 

「まだ、物足りないです。一人彷徨っているのは寂しかったんですよ!、、、ご主人様、これは何ですか?」

 

 腰に刺さっている草薙の剣を見て、何かを問う。見て分かるものだとは思うが。

 

「刀だが。」

 

「刀だが、じゃないです!あちきが居るじゃないですか!」

 

「お前、刀として使われるの好きじゃ無かっただろう。それにいつ会うか分からなかったからな。」

 

「それでも、その場所に他の物が居座るよりはあちきが居たいんです!」

 

「・・・我が儘な奴だな。安心しろ、お前を手放す気はないさ。基本的には傘としての役割になるがな。」

 

「ありがとうございます!」

 

 満面の笑みで感謝を述べる。可愛い奴だ。

 

「師匠、刀も使えるんですか?」

 

「基本的には一瞬の加速と合わせての必殺を目的としている。剣術なんて大それたものはないが刀を振るう速さを鍛え上げていたからな。」

 

 抜刀術と純粋な剣撃の速さのみを追求した歪な剣術。真価を発揮するには身体能力が条件になるため、剣術として成り立つものではないが格下の者なら一瞬で仕留めることが出来る。

 

 それでも妖見には届かなかった。刀の擬人体のような存在だったから剣で勝てる相手ではなかったがそれなりに戦える程度ではある。

 

「ご主人様は強いんですよ。あちきが見てきた中でも最強です!基本的には格闘ですけど、時としてあちきを刀として使ってくれたんです!人を殺さないと言う誓約をしてくれてましたし、あくまでもあちきに委ねてくれてましたから。」

 

 小傘が嫌がるようであれば基本的には武器としては使わないように心掛けてはいたが、結局は一度も断られることはなかった。

 

 人を斬ると分かっていても渋々了承してくれた。随分と手間をかけてしまった。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 修行も終わり、疲労気味の魔理沙。基礎体力の強化と基本的な格闘の手解きは十代前半の少女にはきついものもある。

 

 だが、弱音を一切吐かずにこなす姿は流石の精神力と言ったところだ。本来なら一人で魔法使いとして成長していたのも頷ける。

 

「魔理沙、悪いが今日は魔法の森の方に帰ってくれないか?」

 

「私はいいんですけど、何かあるんですか?」

 

「少しだけ霧雨さんと話があってな。」

 

「・・・まあそういうことなら分かりました。頼みますよ、師匠。」

 

 察してくれたのだろうか。深くは追求してこなかった。

 

 

・・・

 

 

 霊吾と別れて、魔理沙の家に向かう。定期的に此方で寝泊まりをしているが片付いているわけではない。無造作に置かれた道具達で散らかっている。その中で研究材料だけは丁寧に保管されているのが目立ち異彩を放っている。

 

 霊吾から今日のところは魔理沙についていって欲しいと言われ渋々了承した小傘も付いてきている。やっと会えたと言うのに間が悪い。

 魔理沙としても昔の霊吾を知っている存在であるため、聞きたいことが幾つもありいい機会だと思っている。

 

「小傘は師匠と一緒に居たんだろう?外の世界での師匠って何をしてたんだ。」

 

 早速の質問。基本的に霊吾は質問に対しては答えているが、自身の過去についてはあまり話そうとはしない。魔理沙に限った話というわけではない。

 

「ごめんなさい、魔理沙ちゃん。あちきからは喋れないんです。ご主人様から言われているって訳じゃないけど、ご主人様が知られたく無い事を伝えて仕舞わない様にね。答えられる範囲で言うと、何でも屋みたいなのをやってた感じかな。」

 

「まあ、それなら仕方ないか。それにしても何でも屋ね、、師匠らしいな。外の世界でも妖怪退治とかあったのか。」

 

「ここみたいにうじゃうじゃはいないけど、たまに人を襲う妖怪が現れた時には行ってたと思う。あちきは一度しか知らないけど。」

 

「へえ、随分慕っているようには見えたが、そんなに長くはないのか?」

 

「一年くらいかな、あちきに時間を言われても正確には分からない。孤独の中で百年過ぎると時間感覚はよく分からなくなるんだよ。」

 

 人間と人外の時間感覚は大いに違う。百年というのは現実的にあり得ない事はないが、想像はつかない。特に今十代前半である魔理沙にとっては。

 

「・・・何か悪かったな。」

 

「今が幸せならいいんだよ。あちきを不気味な傘だと認識している上で大事にしてくれるのはご主人様が初めてだった。武器として使われるのは好きじゃないけど、ご主人様が望むのならあちきは応えるしか無いんだ。それが道具としての幸せだから。」

 

 付喪神としての価値観の一片が見えた。

 

「じゃあ、小傘を拾ってから強くなった訳じゃないのか。」

 

「んー答えていいのかどうかは分からないけど、少なくともあちきと会う前から強かったよ。」

 

「なるほどなあ、向こうの世界がどうかは知らないけど師匠はそこまで年を取ってないのに随分と妖怪の知識があるし、戦闘経験もあるっぽいから、外法かなにかでも行ったんじゃないかなと。」

 

「それはないと思うから安心していいよ。」

 

 強さの理由については知らないが、推測はできる。

 幻想郷では小傘だけが知っている霊吾が外で名乗っていた名字。道具だとしても意識があったが故に記憶している真実。

 

(この子は間違いなくご主人様と関わりがあった。霧雨という名字もそうだけど魔法使いというのも偶然じゃないはず。ご主人様の事を知りたがっているのを見ても未来から来たのは知らないっぽいね。)

 

 道具は持ち主の元にいる限り主人を第一に考える。霧雨魔理沙という少女に自分の名前を明かしていないのであれば、勝手に伝える訳にはいかない。

 

「相変わらずよく分からない人ってのは分かった。不思議な人だけど何者なんだろうってずっと考えてるんだ。」

 

 外来人というのは多くはないが、見たことが無いわけではない。霊吾だけは幻想郷への慣れが異常だと感じた。

 妖怪への向き合い方も術師だからという理由だけでは説明がつかない点もある。

 

「まあ、魔理沙ちゃんを裏切るような事は無いとは思うよ。」

 

 外の世界で接していた少女達と違う。霊吾にとっての終着地がここであるかぎり、霊吾が魔理沙と敵対する事はない。

 

 だが、未来に絶対はない。

 




この後も女子会は続いていきます


その裏で男達は飲み会をやっています


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氷精の友人達

相変わらずの遅い更新です

ちょっと長くなってしまったので区切って二話構成になりました


〈氷精と魔法使いの師弟〉

 

 

「魔法の質が変わった実感はあるか?」

 

「はい、マスタースパークの威力が上がっていました。威力を上げる事が出来るようになりましたし、疲労を感じるまでの回数も増えた感じです。体を鍛えてたら魔力も増えるんですか?」

 

「霊力や魔力といった宿っている力は変わらない。だが、力の使い方を知れば効率良く使える。砲撃の反動に耐えるために無意識の内に魔力で強化をしていたり、無理な体勢で砲撃を放つ事での負荷は軽減できている。」

 

(未だマスタースパークだけか、、、多彩な魔法を使っていたはずだが、現状としては一つしか実用できるものはない。基礎修行としてはこの程度で十分か。)

 

 

 

 

 魔理沙も修行ばかりでは魔法が伸びない可能性もある。基礎的な体力、筋力、格闘術を教え込んだところで、俺との修行頻度を少なくし、自らで魔法を鍛えていってほしいと説得した。

 

「魔法について教えるほど詳しい訳ではないが、知っている事はある。が、それがお前に活かされるかは分からん。だから取り敢えず魔法は自分にあったやり方で模索していけ。迷ったら助言ぐらいはするさ。」

 

 俺が知っている晩年の霧雨魔理沙と今の霧雨魔理沙は違う。試行錯誤で生存能力を上げてきた末に辿り着いた結末とは異なった道を行く可能性はある。

 

(体に叩き込んだ格闘術がどうなるか。悪い方向には行かないと思っているが、魔理沙次第か。)

 

 魔理沙の接近戦のセンスは悪くはない。それだけに極めようと思えば、数年で俺を越える可能性はある。

 だが、それは格闘に全てを注いだ場合だ。魔法との両立ではどちらも中途半端なものになってしまう。俺のように。

 

「・・・魔法については私も何も知りません。師匠の光に追い付きたくて、あの輝きに手を伸ばしたくてあなたについて行きました。私はまだ教えてもらうことがあります。ここで終わるというのはまだだと思います。」

 

 受け入れがたいと言った様子。魔理沙が俺を目指す事はいいとは言えない。

 

「すまない、魔理沙。これ以上お前に教えてしまうとお前の良さを潰す可能性がある。」

 

「師匠は私の何を知っているんですか!私の可能性は私が決めます!」

 

「・・・俺は魔法使いに憧れただけの人間だ。お前の様に魔力を扱える訳ではない。俺の教えというのがお前の邪魔になる。」

 

「そんな事はないです!」

 

「お前は素直で、根性があって、俺には勿体ない弟子だ。だからこそ自分を信じて欲しい。」

 

「何で、そんな事を言うんですか!もう私の事は見限ったんですか!」

 

 瞳に浮かぶ涙。違う。お前を捨てた訳じゃない。ただ俺は、、

 

 居たたまれなくなったか魔理沙は飛び出していった。

 

 

・・・

 

 

 

 言い争いになって飛び出していった魔理沙。魔法の森の奥に消えていった。

 

「よかったんですか、ご主人様。魔理沙ちゃん悲しんでましたよ。」

 

「・・・何がいいのか、分からない。俺はあいつの未来を知ってしまっている。あの二人とは違う。一つの道を極めた姿を知っている。中途半端だった俺が教える事で俺と同じになるのではないかと恐れている。」

 

 戦闘能力で言えば俺より強くなるだろう。格闘のセンスもあって魔法での技で俺より多彩な攻撃ができる筈だ。

 

 だが弾幕ごっことなるとどうなるか分からない。一番の危惧は彼女が最も輝いていた場所から離れてしまう事だ。

 

「珍しいですね、ご主人様が悩むなんて。」

 

「幻滅したか、小傘。」

 

「そんわけないじゃないですか。人の事を考えての言葉と想い。だから人間は愛おしいんです。」

 

 人間体になった小傘が後ろから首に抱きつく。安心させようとしているのだろう。自分が思っている以上に気落ちしていたようだ。

 

「・・・ありがとう、小傘。もう大丈夫だ。少しは引き摺るがな。」

 

「早く、元気出して仲直りしてください。」

 

「もうちょっと落ち着いたら行くさ。」

 

 

 

 どう接すればよいかと考え、項垂れていると気配を感じ取った。

 

「あ、レイア!」

 

「どうしたチルノと、、、そちらは友達か?」

 

「そ、大妖精って言うんだ。皆からは大ちゃんって呼ばれてるんだ。」

 

「は、初めまして、話はチルノちゃんから聞いてます。とても強くてカッコいいって言ってました。」

 

 妖精にしては落ち着いた雰囲気を持っていた。それにしても格好いいか。チルノの中ではそれなりに大きな存在になっているのだろうか。

 なにはともあれ今の疲れた心には癒しになる。

 

「・・・そうか。ありがとう。」

 

 ひんやりした頭を撫でる。

 

「えへへ、そういえば魔理沙は?」

 

「いろいろあってな、今はたぶん魔法の森の家にいると思うが、用でもあったのか?」

 

「レイアに教えてもらってる格闘術を試せる相手だからな。今日もやりたいなって思ったんだ。」

 

「なるほどな、、、よかったら魔理沙の相手をしに行ってくれないか?あいつを元気付けてやってくれ。」

 

 今の俺では無理でもチルノであれば魔理沙も少しは落ち着いて話せるかもしれない。

 

「レイア?何かあったのか?」

 

「少し魔理沙とすれ違いがあってな。俺はあいつの事を考えているようで見ていなかったのかもな。」

 

「喧嘩でもしたのか?だったら一緒に反省しないとな!あたい、連れてくるよ!」

 

 何処にいるかも伝えていないのに飛んでいった。

 

「チルノちゃん!」

 

「はは、相変わらず親切な奴だ、、、」

 

 取り残された大妖精がチラチラと此方を見てくる。

 

「あ、あの霊吾さんに聞きたいことがあるんですけど、、、」

 

「答えられる範囲ならいいが、なんだ?」

 

「結構噂になっていまして、妖怪を退治する事もあれば、見逃す、談笑している事もあるって聞いて不思議な人間だなと思ってました。結構チルノちゃんから話は聞いているんですけど、チルノちゃんと仲良くしてるのは何でかなと思いまして。」

 

 妖精という種族にしては客観的な物の見え方だ。大妖精という名の通り、知性も妖精のそれとは違うのだろう。

 

「そうだな、、、一言で言えばいい奴だからか。」

 

「いい奴ですか?」

 

「いたずら好きというのは一重に妖精だけのものというわけでもない。妖精としての性質はおそらくチルノも変わらない。だが、あいつの中に秘める友達を大事にしている部分は何者よりも強いと思った。君もそう感じたからチルノと共にいるのだろう?」

 

「・・・そうです。それだけではありませんが。」

 

「俺がチルノと仲良くしてるのはその部分が大きい。いい奴という総評も現に今も俺や魔理沙っていう少女のために動いている。誰からも好かれるはずだ。」

 

 友達に対しては打算も思惑も無い純粋な好意で接する。いたずらも友達とそれ以外とでは加減が異なる妖精らしさはあるが最近は減っている。俺と接してきた事で少なからず思考能力が育ってきたのだろうか。

 

「なるほど、よく分かりました。やっぱりチルノちゃんの勘は当たるもんですね。」

 

「勘?」

 

「『大ちゃんもきっとレイアを好きになる』と言ってたもので。妖精は基本として感情を読む力があるんです。チルノちゃんが全面的な信頼を寄せていることから悪い人ではないのは分かっていましたが、あなたの心には誰かを思う暖かさがあるんです。」

 

「俺に限った話では無いと思うが、そう思ってくれてありがたい。まあ、弟子に愛想を尽かされてるがな。」

 

「それもきっと弟子さんを思っての事でしょう?」

 

「だとしても俺にも非はある。」

 

「うーん、思ったよりはひねくれてそうですね。」

 

「・・・意外にはっきり言うんだな。」

 

「あなたなら大丈夫だと思いましてね。すみませんが、私も少しは甘える相手が欲しいんですよ。」

 

 穏やかな性格の大妖精ではあるが、彼女も内々に思うことがあるのだろう。

 

 大妖精の話に付き合っている間に近づいてくる気配を感知した。

 

「レイア~!魔理沙を連れて来た!」

 

 ぼろぼろのチルノと魔理沙が戻ってきた。小競合いでも起こったのだろうが、この様子だとチルノが勝ったようだな。

 

(これは頭が上がらないな。)

 

 魔理沙が近づいて来て真っ直ぐ俺の目を捉える。

 

「・・・師匠、ごめんなさい。私の事を考えてくれていたのは分かります。でも今日で終わりと言われたのは受け入れられないです。」

 

「俺もすまなかった。お前を見ていなかった。教えるのは終わりだが、俺との修行は続けていこう。」

 

 忘れる事はできないが、今の霧雨魔理沙を恩人と切り分けるように考えていく。

 でも教える事はしない。魔理沙の才能を最大限引き出すには教えるより適切な表現がある。

 

「盗め。俺の持つ全てをお前に見せる。その中から己の力とすべきものを見定めろ。いずれは俺だけでなく全ての存在から技でも何でも盗めるようになれ。」

 

「はい!」

 

 輝かしい笑顔で答える。もう二度と曇らせてはいけないと感じた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

〈夜の歌姫〉

 

 

 どこからともなく聞こえる綺麗な歌声。視界になにも映らない。どこまでも暗い闇が続いているような感覚。

 

 普段であれば夜の森に向かうことは無いが、周辺の妖怪を知る為にも探索がてらにふらつく。ある程度妖獣の活動も収まってきた事もあり、知能がある者達が出てくる頃だ。

 

 この歌声もそのような妖怪達の一人だろう。

 

「~♪、あら夜にこんな所に人間が居るなんて危ないよ。私の歌聞いちゃった?」

 

「綺麗な歌声だった。聞いた結果が何も見えなくなる、、、夜雀という妖怪の特徴だったな。声の主、お前がそうか。」

 

 人里でも注意で言われる程度だった為、積極的に人間を襲うタイプでは無いのだろう。

 稗田から聞いた特徴では歌が好きな妖怪で、歌声を響かせて聞いたものを鳥目にする事で歌に聞き入ってもらうといった目的ではないかと考えているらしい。

 

「正解よ、随分と肝が座った人間ね、、、もしかして霊吾って言う人?」

 

「知ってるのか。どこから聞いたかは知らないが合っている。霊吾と名乗っている外来人だ。」

 

「道理で襲えそうに無い訳か。見えていないのに一切の隙がない人間は初めてよ。」

 

 妖怪らしく搦め手を使うようだ。これまで争ってきた妖怪達とは違い力で攻める事は無いと見ていいか。

 

「物騒な奴だ。チルノの話では優しい奴と聞いていたんだがな。俺の事はチルノから聞いたのか?」

 

「ええ、嬉しそうにしてたわよ。どんな人間か興味はあったのよね、、、見えてるの?」

 

 見えないはずだが、目線が捉えている。

 

「見えている訳じゃないが分かる。妖怪にしろ、人間にしろ、力を持っていれば感知ができるんでな。そして生憎だが、俺の感知領域にお前がいる。」

 

 盲目になった瞬間に感知精度を上げた。漠然とした広範囲の感知ではなく、範囲内の全ての動きを捉える精密感知。消費は激しいが、見えていなくとも戦闘に支障はでない。

 

「なるほど妖力を感じ取っているのね。」

 

「そういうことだ。ちなみにだが、背後で様子を伺っている妖怪も俺の感知範囲に入っている。」

 

 元から気配だけは感知していたが、動きから間違いなく俺を標的にしている。襲ってきそうな様子はないが、把握はしている。

 

「・・・驚いたわ、誇張抜きで最強の人間って言うのは強ち間違っている訳じゃなさそうね。リグル、ばれちゃってるわよ。」

 

「・・・博麗の巫女でも気付かれなかったんだけどな。」

 

 背後から声が聞こえた。敵意も感じずに近づいてくる。

 

「あいつは正確な感知はしないタイプだ。おおよその勘だけでも何とかできる奴だ。勘づいてはいただろうが、脅威がないと判断すれば無理に退治する事はない。」

 

「あら、私達は敵に値しないということ?」

 

「敵意をぶつけない限りは敵ではないという認識だろう。妖怪の脅威というのは何も純粋な力というわけではない。特異な能力を持った妖怪はそれだけでも脅威だ。俺でなければ無力化されているだろう。」

 

 視界を奪う能力も厄介だが、リグルという妖怪についてもその能力は使いようによっては人里を滅ぼせる可能性もある。

 

(未来での蟲は広範囲の攻撃魔法がなければ詰んでいた。群を一瞬で破壊する必要がある分、相性のよい相手にはとことん強い。)

 

 戦闘能力は高くないかもしれないが、戦った場合に無傷とはいかない可能性はある。敵対しないに越したことはない。

 

「お詫びも兼ねてなんだけど、私の店に来ないかしら?」

 

「・・・店?」

 

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

 案内される道中で視界は元に戻った。数分程度ではあるが戦闘中にあの状態になった場合、感知していたとしても混乱するだろう。

 

 森の中でひっそりと佇む屋台。こんなとこに客が来るのかと疑問に思うが、妖怪相手にしていると言ってる事から立地としては問題ないのか。

 それにしても女将というのが似合っている。

 

 

「ミスティアとリグルか。話には聞いていると思うが霊吾と名乗っている者だ。」

 

「あのチルノが成りたいと言っている程だからただ者じゃないのは分かってたけど、」

 

「普段ならあたいより弱いって言うけど、霊吾だけはあたいより強いって言ってたからね。」

 

「・・・二人ともチルノとは知り合って長いのか?」

 

「まあそれなりにね。小鳥を凍らせて遊んでたチルノに痛い目見せてやろうと思ったら中々にしぶとかったから驚いたのだけどね。妖怪と戦える妖精なんてほんと厄介な存在よ。でもチルノのおかげで面白い日々になっていったのは確かだけど。」

 

「遊びで凍らされたりして、ほんと参ったよ。僕とはその時からかな。こいつとやっていけるか何て思ってたけど、ミスチーや大ちゃん達が仲良くしているのを見て僕もという感じだったね。」

 

 妖怪達からもチルノというのは異常に見えるのか。

 

「そうそう、チルノが強くなっているのはあなたのおかげなんでしょ?」

 

「俺は特別な事をしてる訳ではないがな。ちょっとした手解きをしてるくらいだ。素直に聞いて取り組んでるあいつの努力が凄いだけだ。」

 

 実際の成長は魔理沙に比べれば遅いが明らかに動きは変わった。氷を飛ばしたり、凍らせたりといった単純な能力での技に合わせて接近戦が出来るようになった。

 もとから身体を動かすのが得意だった方だとは思うが、氷という武器にも防具にもなる能力がなによりも便利だ。

 

 教えただけで出来る様にはならない。チルノが考えて実践してきたからこそのものだ。

 

「素直に人の言うことを聞くタイプじゃないわよ。妖精らしく嫌なことはしたくないはずのチルノが続けられるのはあなたのおかげと言うことよ。少なくとも私達じゃ無理なことよ。」

 

 

 

 

「・・・そうか。」

 

「ふふ、そうやって照れてる姿はなかなか可愛いのね。」

 

 見た目は少女だが、雰囲気や言い回しは大人の女性のものだ。見た目に引っ張られている奴が多い中でミスティアという妖怪はあまり会ったことが無いタイプだ。

 

「・・・大の大人が可愛いというのはどうかと思うが。」

 

「私達からすれば大人だろうと人間は変わらないものよ。妖怪として強くは無いけど、長く生きているだけはあるんだから。昔から人に化けて紛れ込んだりもしていたんですよ。」

 

「この商売はその名残もあるのか。」

 

「そう、意外とお客さんも来るんですよ。」

 

「最近は大妖怪も来るせいか、圧がすごいんだ。ミスチーはよく平然としてられるね。」

 

「まあ、常連さんも多いからね。」

 

 

 

「・・・お前も常連か?」

 

 誰もいない席に目を向ける。正確に言うならば目を向けるまで誰もいなかった席だ。

 

「あれ、萃香さん、入らしてたんですか?」

 

「まあな、お前が色目使ってるところ、しっかり見させてもらったよ。」

 

 若干不機嫌になっている。萃香からしてみれば自分の獲物が盗られるとでも思っているのだろうか。

 

「ふふ、いいじゃないですか。こんな人間居ませんでしたし、私も少しだけは仲良くさせて下さいよ。」

 

 リグルがあわわとしてるのを境に少しピリッとした雰囲気が漂う。

 

「止めておけ、萃香。鬼のお前が暴れると面倒だ。」

 

「別に何もする気はねえよ。ちょっと気に障っただけだ。それにお前も悪い。ふらふらと付いていきやがって。」

 

「別にいいだろ。警戒を解いている訳ではない。」

 

「だとしてもだ。」

 

 グイっと瓢箪を傾ける。 

 

「なるほど、最近ご機嫌だったのは霊吾さんのおかげだったんですね。珍しいですね、萃香さんが人間に熱中するなんて。」

 

 萃香の席にスッと食べ物を出す。

 

「うるさい、雀だ。つまみを出していなかったら一発殴ってたよ。」

 

 暫く妖怪達の談笑に付き合い、夜は終わった。

 

「またいらしてください。今度は一人の時にでも。」

 

 艶かしい目線が突き刺さる。人間を虜にする際によく見る目だ。こっちに来てからは初めて見るな。

 

「おい、簡単に誘いに乗るなよ。この手の輩は何をしてくるか分からないからな。」

 

 力ずくで欲しいものを手に入れる妖怪とは違い、引き寄せて自分から離れないようにする妖怪も多い。ミスティアとしては萃香の反応を楽しむ目的の方が大きいだろうが。

 

「暇があったら来る。一人ではないかもしれないがな。」

 

 今回は目立たない為にも小傘は連れてきていない為、ご機嫌を取るにも連れてこよう。

 

「はい、楽しみにしてますね♪」

 

 

 

 

 

 

 




弟子が成長すればする程、恩人の面影を感じる為、結構心がざわつく霊吾君


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訪問

何とか月一ペースは維持したいところです


「師匠、森に住んでる魔法使いって知ってますよね?」

 

「アリス・マーガトロイドか。知ってるよ。」

 

 接触したのだろうか。今の魔理沙でも結界を見つけることは不可能ではないと思うが、破る事が出来たのだろうか。結界と同調してすり抜けるのが正規の手段ではあるが、衝撃でも破ることは一応可能だ。

 ただ、俺のマスタースパーク程度では威力が足りないだろう。八卦炉があれば可能性はあるというくらいだ。

 

「知ってたのなら教えてくださいよ。」

 

「その内に会うだろうと思ってな。会ったのか?」

 

「研究材料を収集してた時に声をかけられたんですよ。魔法使いの男を探してるって言ったんで師匠の事かなと思いまして。」

 

 自称魔法使いだが、俺の他に似たような存在はいない。

 

「俺だろうな。思い当たる部分もある。」

 

 探している理由は十中八九、研究内容だろう。魔理沙、俺と経て微妙に変わっている部分はあれど、元の理論はアリス本人のものである以上気付かない訳がない。問われはするだろう。

 アリスの生存によって上海の孤立は避けられると踏んでの選択だ。今回でアリスに素性が知られたとしてもそこに悔いはない。

 それにアリスは魔力操作に長けている。魔理沙との交流は遅かれ早かれにはなっていただろうが、学ぶところは多い分早いに越したことはない。

 

「少し立ち寄ってみるか。本物の魔法使いからの助言というのも重要だろうしな。」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 魔法の森でも霧の湖に近い場所。人里に近い方面には森近霖之助、中心部には魔理沙とバラバラに位置しているのは個人的には面倒なところだ。

 

 

「結界ですか。ここに?」

 

「ある。認識阻害の結界が巧妙に張り巡らされている。普通なら結界を通過するための方法を適応するか、力業で破るかのどちらかをする必要がある。まあ、今回はその必要はなさそうだがな。」

 

「え、何でですか?」

 

「魔女の感知に引っ掛かっているからだ。この結界もそうだが、結界の外周りに魔力の糸が張り巡らされている。結界に向かって行くものを感知するためのものだろうな。そのうち向こうから出迎えが来るだろう。」

 

「そんなのあったんですか?」

 

「俺が前に来た時はなかった。一度結界内に侵入されたから簡易的に施しているのだろうな。違うか?」

 

 認識阻害の結界の向こうから気配が近づいて来ていた。

 

「・・・正解。そこの魔女っ子が気付かなくても無理無いわよ。気づくのはその男くらいよ。ほんと勘のいい人間ね。」

 

 魔理沙は突然姿を現したアリスに警戒している。一度会ったことはあるとはいえ、人外への警戒は忘れていない。教え込んだだけはあるか。

 

「あんたがアリスで合ってるよな?」

 

「そうよ、小さな魔法使い。その男を連れてきてくれてありがとね。」

 

 僅かに笑みが見える。

 

「まあ、その男に聞きたいことがあったからって言うのもあるけど、貴女にも純粋に興味があるのよ。人の身でありながら魔法を使う貴女にね。」

 

 妖怪特有の執着を感じた。それにいい印象はない。

 

「・・・アリス。」

 

「安心なさい。あれが手に入った以上、その少女には手を出さないわよ。こう見えて同業者というのは大事にする質よ。あなたも含めてね。」

 

「それならいいが、、、」

 

「まあ、上がりなさい。魔理沙だったかしら、紅茶は好きかしら?」

 

 

 

 

・・・

 

 

 

「に、人形?」

 

 訝しげに人形を見る魔理沙。

 

「勝手に動いているのか?」

 

「半自律人形と言って程度は変わるけど、魔力を与える事で予め組み込んだ動作を行うようになっているわ。勝手に動いている訳ではないけど、紅茶を淹れる程度の動作なら私が操らなくとも組み込んだ術式を起動するだけで十分だわ。」

 

「・・・すごい、これが魔法使いか。それにしても人形が人間みたいに動くのって何かあれだな。」

 

「怖いかしら?」

 

「いや、そういうわけじゃないけど、、、悪いとは思うけど、ちょっと不気味だなって感じがした。」

 

 魔理沙でもそう思うか。

 

「・・・まあこの反応が普通よね。少女でも人に近い存在には少なからず恐怖心があるわね。人形であっても変わらない。」

 

 チラッとこっちを見る。何かを言いたげにしていたが、それよりも気になった事があったのだろう。

 訝しげな目線を俺の背後に向ける。

 

「その背中の傘、何?」

 

「ああ、これは、、」

 

「ばあ!、ちょっ!」

 

 人間体になった瞬間に身体中に糸が絡まり身動きが取れなくなった小傘。流石の警戒と反応だ。

 

「・・・相手を選べ、小傘。アリス、そいつは付喪神だ。離してやってくれ、さっきのは習性みたいなものだ。」

 

 魔理沙は特に驚く様子もなく紅茶を飲んでいる。小傘の悪戯にはもう慣れている。

 

「付喪神?これはまた随分と珍しい物を引き連れているわね。」

 

 泣きつく小傘をそのままにして、話を続ける。

 

「あなた個人との対話を希望しているのだけれどいいかしら?その間に魔理沙には少し手伝って欲しいことがあるのよ。」

 

「私に?」

 

 ふよふよと動いている人形がアリスの側に近寄ってきた。

 

「上海、、この子だけでの戦闘が可能かどうかを試したいのよ。軽くでいいのだけれどいいかしら?」

 

「分かった。人形相手にするっていうことは無かったから、壊したらごめん。」

 

「この結界を破れないならこの子を破壊することはできないわよ。そう心配しなくてもいいわ。」

 

 こちらをチラッと見る。俺からも何かしら言えとの事か。

 

「・・・いい機会だ。自分より小さい相手ってのはそうそういないが技を当てる精度を高めるにはいい相手だ。」

 

「分かりました、やってみます。」

 

「小傘、見守っててやりな。必要は無いだろうが。」

 

「は~い、了解しました。」

 

 上海と小傘を連れて魔理沙が外に出た。

 少しの間、沈黙が流れる。自分から俺個人との対話を望んだというのに。

 

「・・・俺に用があったんだろ?」

 

「そうよ。あの資料どこで手に入れたの?」

 

「詳細な出所は言えない。」

 

 にじり寄って来る。無機質にも見える瞳が此方を覗き込んでいる。

 

「質問を変えるわ。私の研究をどこで盗んだの?」

 

「・・・やっぱり誤魔化せないか。話すから少し落ち着け。一つ言っておくと盗んだわけじゃない。」

 

「そうだとする正当な理由を話してちょうだい。」

 

 認識阻害の結界があるが念のために感知領域を広げる。

 

「ここからの話は絶対に誰にも言わないでくれ。少なくとも俺が生きている間は頼む。」

 

「内容によるけど、誰かに広めるほど交流は無いわよ。よかったわね。」

 

 

 

・・・

 

 

 

「未来か。辻褄は合うわね。あの研究では自分の命を削って魂を作っていたとある。私が想定していた自分の分身を埋め込む方法が適応された未来だったわけね。」

 

「正解だ。お前の成果であった命の創造は確かに凄まじい技術だ。その分代償も大きいがな。大まかに二つの要素である自我の確立と永久的な動力源を同時に行ったが為に術者に負荷がかかる。」

 

 ヒントは小傘だった。妖力を持った道具が永い年月を経て付喪神になり、実態を変える。

 

「妖力に近い魔力の動力源については前任者の研究がある。それを付与することで自然からの気力を僅かながら魔力に変換し人形に馴染ませる。それで永い時間が経てば原理上は付喪神になる筈だ。」

 

「・・・なるほど、命を埋め込むのではなく、発生させるということね。付喪神の在り方を面白い捉え方をしたのね。最後の工程になる付喪神となるほどの年月への対応、あれはあなたの魔法かしら?」

 

「時間制御系の魔法は基の理論はあんたとは別の魔法使いのものだ。俺の能力を持ってどうにか成立するものだったが、何とか魔術として形にしてみた。違和感はあるだろうな。」

 

 紅魔館の魔女の研究と時空間制御の名残があった懐中時計を元に作り上げた魔法。世界の時間と自分の時間をずらすことでの倍速以上の動きを可能にするもの。物を対象にする事で擬似的に物の体感時間を狂わせる事が出来ると想定している。

 

 他の資料とは違い殆ど一から作ったため、読んでいれば違うことは気づくだろう。

 

「それだけ戦闘に特化していた名残があったわ。あなたあれをよく使っていたわね。」

 

「生きていくには自分の術にするしかなかったからな。妖怪の攻撃をまともに受ければ無事ではいられない以上避ける手段として重宝したよ。動くに支障がない程度の負担で済む。」

 

 少し呆れたような表情をするアリス。

 

「理性的な人間かと思ってたけど、意外に変なところもあるのね。それだけの環境だったという事よね。」

 

 基本的に使えるものは使って戦う。人体に使えば割に合わない魔法かもしれないが、物体への運用はアリスにとっては有益なものになってくれるとの思いだ。

 

「あなたが人形に忌避感を持たない理由も納得したわ。魔理沙達も戻ってくる頃だからまた今度詳しく聞かせて欲しいわね。」

 

「そうだな、思い出話で良ければさせてもらうよ。」

 

 

 

 

 




次回から異変になると思います


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白玉楼

感想・誤字報告ありがとうございます

少し長くなっていますが、次章前に入れておきたかった話です



「西行寺幽々子という人物について知っているか?」

 

 藍さんとの近況報告。紫さんが寝ている間に時折、情報交換を行っている。

 主には紫さんの動きを教えてもらっている。敵対こそしてはいないが紫さんが無条件に俺を信頼することはない。

 

 西行寺幽々子ときたか。話題に出すということは嫌な予感がする。

 

「会った事はありませんが、話には聞いていました。あの紫さんが親友と言った希少な存在ですので覚えてはいますよ。それでその方がどうかされました?」

 

「何でも君に興味を持ったようでな、一度会いたいそうだ。」

 

「俺はいいのですが、行っても良い場所なんですかね?未来で会いに行かなかった理由は幾つか会ったんですが、人の身で行くのは負荷がかかる場所だという風に聞いています。」

 

「普通の人間なら苦痛を感じる可能性はある。死に近い場所故に本能が拒否するのだが、霊吾であれば自身と世界を隔てる能力があるのだろう?」

 

「・・・能力について説明していましたっけ?」

 

「侮ってもらっては困るぞ霊吾。紫様を隙間から弾き出したあの技、空間操作の能力によるものだ。それも他の能力に干渉できる程だ。」

 

 自身を浮かすという現象から空間操作と見たか。一瞬だけだったがよく見ているな。隙間を特定していた事から注視していたかもしれないが、流石の観察眼だ。

 

「で、その西行寺さんが何故俺に興味を持っているんですか?藍さんの話を聞けば興味を持たれても仕方ないと思いますが、話したわけではないのでしょう?」

 

「紫様との会話で霊吾の話題になったそうだ。」

 

「そこまで話題になるとは思いませんが。それこそ実力では巫女に劣っていますし。何かの企みでもあるんですかね?」

 

「そこまでは私にも分からん。近々紫様から案内されるだろうが、気を付けてはおくようにな。」

 

 藍さんも思うところはあるようだ。この時代で厄介なことにならない事を願う。

 

 未来で会わなかった理由で場所というには些細な事だった。本当の理由は別にある。

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 後日、藍さんの話通りに紫さんが現れ、白玉楼に行かないかと言われた。断ってもいいのだが、これからのことを考えるとある程度は従っておいた方がいいだろう。

 

「じゃあ、案内するわ、、、避けなくていいじゃない。」

 

「心臓に悪いので、いきなりは止めてください。」

 

 いきなり隙間で送ろうとされた為、咄嗟に避ける。座っている場所に隙間を発生させたとしても、浮いて飛べる。

 

(突然、訳も分からず隙間送りはもう勘弁してほしい。あの中では能力が使いづらいから気分も悪い。)

 

「もう、ほら入って。」

 

 開かれた隙間に入る。不気味な空間は相変わらずだ。

 

 

 

 

 

 隙間を抜けると気温が下がったのを感じた。長い階段の前に繋いでいたようだ。

 

(どうせなら目的地まで繋いで欲しかったが。いや、この地に身体を慣れさせるためか。)

 

 階段を上がっていると上から人影が飛んできた。案内人だろうか。

 白髪と周囲をフヨフヨと漂っている霊魂のようなもの。人とも妖怪とも違う独特な気配。

 

(・・・魂魄妖忌だったか。似ているな、、、!?)

 

 腰に刺さっている刀は見間違う筈はない。幾度と打ち合いをしてきた刀だ。独特な柄だけでなく刀から感じる妖気まで同じ。

 

「・・・楼観剣?」

 

「え、知っているのですか?」

 

 二振りあったのか。朧気ながら凶が言っていた記憶がなくはない。

 

「まあ、知ってはいます。」

 

「おかしいですね、貴方とは会ったことは無いと思いますが、、、どこでこれを?」

 

 目の前の少女。年の程は分からんが、人間の年齢感とは合わないだろう。少なく見積もっても百とすれば確かに俺が知っているのはおかしいと感じるか。

 

「外の世界で見たことがあるというだけです。」

 

「ふむ、そうですか。ちなみになんですが持ち主は私と同じような感じでしたか?」

 

 二振りあることは知っているという様子だ。外で見たことに驚いた様子はない。妖見に何かあって此方に流れたということは無さそうだ。

 

 私と同じような感じか。魂魄妖忌の事でも探しているのだろうか。同種族がそうそう居るとは思えない。

 

「・・・いや、普通の人間でした。剣士としては天才だが貴女のような存在ではなかった。」

  

 妖見とは遠い血縁関係だろうと思われるがそこまでは言わなくてもいいか。複雑な関係も見える以上あまり深入りしない方がいい気がした。

 

「人間が扱える代物ではない筈ですが、、、不思議なものですね。失礼しました、魂魄妖夢と言います。幽々子様から話は聞いています。霊吾さんでよろしかったでしょうか?」

 

「はい、こちらこそいきなり驚かせて申し訳ないです、妖夢さん。」

 

 基本的に初対面で名前で呼ぶことは無いが、魂魄と呼ぶとあの二人を思い出す。特に気にしてもいないようなので名前で呼ばせてもらおう。

 

 妖夢さんが腰の刀に目をやる。

 

「その刀、なかなかの名刀のように思えますが、霊吾さんも剣士なのでしょうか?」

 

「剣士と名乗る程使いきれてはいないです。まあ人間が妖怪に対峙するに辺り武器は持っておいて損は無いのである程度使える位ですよ。」

 

「なるほど、もしよろしければ私と一戦交えてもよろしいですか?」

 

「問題ないですが、剣術と言える程のものはないので期待しないでいただけると助かります。」

 

 俺も二刀流の剣術には興味がある。草薙の剣を手にしても小傘が健在であるなら使わない手はない。小傘は武器として使って欲しくは無いというのは重々承知しているが、使える手段は増やしておきたい。

 

 魂魄と言うからには妖見と似て、剣の腕が立つのだろう。

 

「ありがとうございます。剣士で無いと仰ってますが、立ち振舞いから強い方だとは思っておりますので楽しみです。幽々子様と話し合われた後でお願いします。ではこちらです。」

 

 変に期待されているようだ。妖夢さんは階段を先に上がって行く。小声で小傘に語りかける。

 

「小傘から見てどうだ?あれは本物か?」

 

(間違いなく本物です。妖見ちゃんが持っていた楼観剣と同じ感じがしますが、別物です。兄妹剣という感じが近いかなと。)

 

 念の為の確認だが、想定通りの様だ。付喪神である小傘が言うのであれば間違いないだろう。

 

 妖夢さんに続くように階段を登る。改めて見上げると先の見えない長い階段だ。

 

 

 

・・・

 

 

 

 階段を上がれば豪邸というのが近い屋敷が見えた。中に通され、客間の様な場所に連れられた。

 

 小傘から僅かに神力が流れてくる。小傘からの警告だ。守るという役割を持った小傘が本能的に何かを感じ取ったのだろう。

 

(大丈夫だ、分かっている。)

 

「濃厚な死の気配、、、確かに普通の人間なら立ち入る場所ではないですね。」

 

「元々霊魂達が集まる場所ですし、人間には居辛いところだとは思います。それにしても分かるんですね。」

 

「何回か死に近づいたからですかね。ここに長くいると死に誘われる気がしました。それもたぶん本人が気付かない内に穏やかに。貴方の能力もあるんでしょうね。」

 

 襖から覗いている存在に目を付ける。こちらの目線に気づいたのか桃色の髪をした女性が現れた。足があるべき場所に霊魂の様なものが伸びている不思議な存在だ

 

「幽々子様、何をされているんですか?」

 

「妖夢が楽しそうに殿方とお話をされていたから、覗いてたのよ。紫の言ってた様に流石の感知力ね。気配を殆ど消していたのだけれど、よく気付けたのね。」

 

 穏やかな笑顔の女性。こちらに笑みを向けてくる人外達に良い印象はない。

 

「気配は消えても違和感は拭えないんですよ。明らかに死を誘っている様でしたので警戒していたのもありますが。」

 

「流石の人間ね。大抵は意識を失うものよ。」

 

「誘ってる程度では優しいものですよ。厄介なのは引き摺り込もうとしてきますしね。これのように。」

 

 右手を上げる。よく分かっていない魂魄妖夢と納得といった表情の西行寺幽々子。

 封印を施していても亡霊にはどういった類いの物かは分かるようだ。

 

「物騒なものを持たされましたね。それを受けて無事ということでしたら私の誘いなんて軽いものでしょうね。」

 

「貴女が本気で能力を使えば同格とは思いますが。お試しは終わりですか?」

 

「ご免なさいね、紫からちょっかいかけても良いと言われたから期待してたのに。」

 

 探りだろうな。藍さんが能力の推測をしているように紫さんも推測して試しているのだろう。

 

 俺の能力を特定させることが目的とあれば無駄手間だ。そもそも直接的な死を呼び起こす能力には関係なく耐性がある。

 

「残念ですが、乗ってはやれないですね。未だやることがありますので。それで用とは何でしょうか。」

 

「本当に一目見たかっただけよ。紫が気になる男の子って言ってたからどんな人間かなと思ってね。中々にいい男ね、妖夢?」

 

「ええ!まあ、そ、そうですね、、格好いいと思います。」

 

 見た目相応な感じに違和感を感じる。あまり他の存在と接していなかったのか。

 

「お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます。」

 

「ふふ、お世辞なんかではないですよ。ほんと好い人なだけに、、、」

 

 残念とボソリ呟いた。

 

 一瞬、嫌な気配が過った。咄嗟に霊力で全身を覆う。精神に作用するなら一応の対策にはなるが、完全に防げるわけではない。

 

「霊吾さん、どうしました?」

 

「・・・何でもないですよ。ちょっと警戒し過ぎていました。気を張っていただけですよ。」

 

 西行寺幽々子に目を向ける。相も変わらず笑みを浮かべていた。

 

 

 

・・・

 

 

 ところ変わって綺麗に整備された庭。いつも稽古はここで行っている様だ。

 

「では始めましょうか。先手は譲ります。」

 

「いいんですか?」

 

「攻めるのは得意ではないんですよ。それに貴女の剣術を見てみたい。」

 

「そうですか、ではいきます!」

 

 楼観剣を抜いて、切り上げてくる。刀で受けると短刀を抜いて、飛び上がりながら斬りかかってくる。身のこなしと斬撃の速さは妖見を想起させるほどだ。

 

 短刀を避けて、一度離れ反撃を試みるも短刀で受けきられ、続く長刀は避けざるを得ない。

 

 これまでの剣士が実戦で相手を切り殺すことを念頭に置いていたのもあり、剣術としては綺麗なものと分かる。相手に敢えて隙を見せることもなく、基本に忠実となる防御と攻撃ができる様に構えている。

 

(実戦に慣れているわけではない。だが、長い間鍛え続けているだけあって型が崩れない。生まれ持った力や才ではなく、培った術で圧倒されているようだ。)

 

 二刀を捌くのは中々に厳しい。一太刀が強いということはないが、手数が多いのは厄介だ。集団戦での多さとはまた違った難しさがある。

 

 まず一つ試してみるか。

 

 一瞬だけ力を込めて、妖夢さんの短刀を強く弾き、その勢いで距離を取る。

 

「小傘、任せられるか?。」

 

 背の傘に手をかけたのを見て、妖夢さんが警戒する。背から引き抜くと同時に刀となる。

 

「せっかくの二刀流というにはこちらも学ばせてもらいます。」

 

「ただの傘じゃないと思ってましたが、不思議な物を持っていますね。刀に変化する傘ですか。」

 

「小傘と言って、頼りになる奴です。あんまり武器として使って欲しくはないと言われているんですがね。」

 

 幻想郷に来たことで意識を強く持つようになった小傘は、人間体を持ち、意思表示も分かりやすくなった。であれば小傘の強い意思で持って任せる事ができるのではと思い小傘の妖力に同調させる。

 

 本来霊力と妖力は反発しあうが俺との繋がりが強い小傘だからこそできる芸当だ。

 

「刀を同時に別目的で振るいますか。随分と器用な真似ができますね。」

 

 小傘自身は攻撃を行わない。だが、迫る攻撃には素早く反応して防ぐ。力さえ入れておけば自動防御ができる。

 小傘自身に任せるため、どうやって防ぐのかを覚える必要があるのだが、妖夢さんの短刀を参考にしたのだろう。

 

 これで片方の刀では攻撃だけを意識すればいい。相手と場合によっては二本で守りに入る事もあるが、妖夢さんだけであれば小傘でも十分受けきれる。

 向こうの攻撃は小傘で受け止めながら、草薙の剣で攻撃する。妖夢さんも二刀流を活かして攻撃は受け止められるが、防戦一方から互角と言える状況までは持っていける。

 

 暫く打ち合いが続き、一定の距離を保っていた妖夢さんが一度攻撃の手を止めて少し引いた。

 

「温まってきましたね。そろそろ本気できてください。」

 

「本気ではあるんですが。」

 

「今しがた覚えた剣では無く、貴方本来の剣が知りたいのです。例え本気だとしても全力では無いのでしょう?」

 

 本来の剣。手合せで見せる代物ではない。だが、妖見と別れた後で使う機会が無かった技を試しておきたい気持ちもある。

 

「・・・分かりました。小傘、ありがとう。」

 

 小傘が傘に戻り、背中に置く。

 

 草薙の剣を鞘に戻し、腰を落とす。抜刀術の構えだ。

 

「最初に言いましたが、これは剣術と呼べるものでは無いですし、実戦で使える様なものでもないです。ですが、間違いなく全力です。」

 

「かかってきて下さい。」

 

 霊力で全身を強化して、相手が動いた瞬間を狙う。目を閉じ、相手の霊力、鼓動を感知して一瞬の振れを逃さない。

 速く刀を振ることから極めた抜刀術。ここまでの集中は実戦ではまずできない。

 

 

 

 停滞した緊張の中、妖夢さんの霊気が一瞬だけ揺れた。

 抜刀に対して受けきれるように力を入れ直しただけだが、俺が動いた瞬間により力みが増した。

 

 そしてその瞬間には抜刀している。

 

「くっ、はやっ」

 

 刀で受けようとしていたが悪手だ。自身の速度に抜刀術の速度を合わせた最速の一撃。この一撃だけは唯一、妖見に比べても遜色はない。

 

 受け止めようとした刀を強く弾く。

 

「ぐっ!」

 

 身体ごと持っていかれない様に踏ん張って耐えきるつもりだったのだろうが、想像以上の威力と衝撃で受けきれていない。

 硬直した隙だらけの姿を晒しており、首に刃を向けるだけで終わった。妖夢は呆気に取られている表情だ。

 

「妖怪相手の実戦ではここまで極限状態に集中はできない。今の実力では本来、全力を出すことはできないのです。」

 

 妖見との修練の末、二人で作った型。というよりは一撃で葬ることを念頭においていた当初の思想を妖見が形にしたもの。

 霊力での範囲感知と強化。それに合わせての集中でかなりの体力を使うため、まともに使える技ではない。相手が知らぬ間に仕留める奇襲の剣だ。

 

(尤も妖見なら俺ほどの消耗はなく連発できていた。)

 

 受けきろうとすれば刀を弾かれる。もしくは身体ごと飛ばされる威力から、妖見との手合わせでは抜刀術は受け流すか、躱すかの二択だった。

 

「・・・完敗です。人間だからと侮っていました。」

 

 未だ痺れが残っているであろう手を抑えて、目に涙を浮かべている。悔しかったのだろう、悪いことをした。

 言うなれば初見殺しのようなもの。命のやり取りでは重要となるが、手合わせでやるべきではなかったか。

 

「すみません、全力と言っても威力をここまで高める必要はありませんでしたね、、」

 

「いえ、、これは、見切れなかった、わたしが、弱かっただけですから。」

 

 涙ながらに述べる。本当に申し訳ない事をしている感じがする。

 

 人外ではあるが妖夢さんの剣術への熱意や努力に憧れを感じた。才能として絶対的なものはないと思うが、型を見ただけでも腐らずに修練を行ってきたことが分かる。こういう存在に会えたことに高揚していたようだ。

 

(未来でも会っておきたかったな。)

 

「一旦、休憩にしませんか。こちらも久しぶりだったので疲れていますので。」

 

「はい、、」

 

 二人で屋敷に戻った。

 

 

 

・・・

 

 

 

「紫が言うものだからどうかと思っていたけれど、強いのね。それにしても可愛いでしょ、うちの妖夢。」

 

 縁側で見ていた西行寺幽々子が声をかけてくる。

 

「悔し泣きしている少女を見て可愛いとは思えないですが。それで俺に用があるんだろ?」

 

 一人称と共に言葉遣いを変え、西行寺に敵意を示す。藍さんも警戒するように言っていたが、こいつは厄介な存在だ。

 

「それが貴方の素なのね。」

 

「こちらの方が気は使っていないだけで、どちらも俺だ。従者である妖夢さんの前では控えるが、害を成そうとする者に丁寧に接する義理は無い。一度、本当に俺を殺そうとしただろ。それに妖夢さんとの手合せ中もずっと伺っていたように感じたが。」

 

 直接的な恐怖も物理的な攻撃も一切無い。どちらかと言えば甘い誘い。だが、誘いというのは厄介なものだ。苦痛に抗う者に楽を見せればそちらへ流れるように行ってしまう。

 さらにこいつは途中で誘いを切り替えた。楽に引き摺り込むように意識に割り込んできた。もはや腕の呪いと変わらない。

 

「いたずらに人を殺すとは思えない。何が目的だ。」

 

 紫さんもただ殺すために俺を送ったとは思えない。

 

「・・・記憶を取り戻したいの。亡霊という中途半端な存在ではなく、幽霊となれば生前の記憶が蘇ると聞いているのです。魂が強く、死後も意思を持つような存在を死に向かわせて私自身の死を想起させることで幽霊に成れると思ったのよ。」

 

「・・・亡霊のあんたが俺に取り憑き、もう一度死を向かえる気だったか。」

 

「そうね。貴方が少しでも私に揺れるようなら取り憑いていたかも知れないわ。終わりへの誘惑は逆らえないもの、死が苦痛であるという潜在意識は絶対に拭えないのに、貴方は快楽に抗って苦痛を受け入れた。何でなのかしら?」

 

 苦しみを与えることで疲弊させて呪殺するものと違い、何も感じずに楽に死ねる。

 

「死ぬ事は苦痛を伴う事は十分承知している。それに苦痛を受け入れる訳じゃない。」

 

「では何故乗ってくれないのです。」

 

「これまで苦痛を伴わせて殺してきた奴らに顔見せができないだけだ。結果楽に死ねたとしても、俺が求めてはいけないと思っているからだろう。」

 

 呪いに抗い続けることができる理由でもある。

 

 伊吹萃香、古明地こいしだけではないが、二人の死に際は決して穏やかなものではなかった。二人を貫いた感覚は、何かを握り潰した感覚は消えるものではない。

 

 誰かが許したとしても、しょうがないと言ってくれたとしても俺はまだ自分を許しきれていない。

 

「・・・義理堅いのね。貴方の敵だった者達でしょうに。」

 

 僅かな沈黙が流れた。

 

「・・・ごめんなさい、改めて言わせて欲しいの。」

 

 ここに来て一番嫌な予感がした。

 

 

 

 

 

 

 

「私と一緒に死んでくれないかしら?」

 

 恐ろしく美しく見えた。息を忘れるほど見惚れるということを実感させられた。

 

 

 根幹の意識が無ければ持っていかれていただろう。

 

「悪いが、俺はあんたとは死ねない。それに俺が死ぬ時はおそらく消耗しきっている。あんたが求める強い意思は無いだろうよ。」

 

「そう、残念ね。」

 

 最初に仕掛けた時から分かっていたのだ。残念という言葉をずっと使っているように彼女も理解している。

 

(・・・未来での西行寺幽々子は紫さんが疲弊していた間に変わったと言っていた。)

 

 霊夢といった人間達に永遠を求めるために若く強い人間を死に誘い、己の支配下にしようとしている。

 

 紫さんが俺を会わせたくないと言った理由だ。

 

 

 

(違うな、こいつは元からだ。)

 

 




霊吾君の二刀流秘話になってます


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吸血鬼異変
挑戦状


異変始動


「挑戦状が来ました。お相手は吸血鬼ですわ。」

 

 紫さんが唐突に出てきて、手紙を投げ寄越した。受け取って中身を確認したところ、本日に攻め入るとある。

 

 綺麗な字ではあるが、紅魔館で見た文字にはなかった特徴がある。おそらくレミリア・スカーレットではない。吸血鬼異変での首謀者はブラドという名の吸血鬼か。美鈴さんの話で少し聞いた気がするがあまり覚えていない。レミリア・スカーレットの父親だと聞いている程度だ。

 

「あんた一人でもどうにかできるでしょ?」

 

「無理とは言わないけど相手が相手だけに難しいわ。吸血鬼一人なら容易いけど、お仲間さんと向こうのはぐれ妖怪も乗り込む可能性を考えると厄介だわ。そこで貴方達二人に手を貸して貰いたくてね。」

 

 紫さんの力でも全てを掌握することは不可能。強大な力ではあるが、それなりの代償はある。それが冬眠であり、それによって力を蓄えなければ能力をフルに使えない。

 それにいざという時に頼りにするには紫さんを遊ばせるくらいに留めておきたい。

 

「どこに来るかも分からないけど、主要拠点を守ってもらうわ。博麗神社、人里の守護を主にして欲しいのだけれど、来た段階で早期に対応してもらえると助かるわ。私は妖怪の山に行って少し話をしてきます。どこに行くかは二人で話し合ってちょうだい。」

 

 それだけ言い残し、隙間に潜っていった。相変わらず神出鬼没だ。

 巫女が紫さんが消えた後の何もない空間を叩き出した。

 

「何してるんだ。」

 

「あんたみたいに隙間から弾き出せるかなって思ったけどできなかったわ。どうやってるのよ?」

 

「あの主従の移動は空間を繋げる事によって成立するものだ。つまりはどちらにも接触しているということになる。覗くときも同じで必ず見ている空間に繋いでいる。そこをピンポイントで弾けばできる。」

 

 まあそれも能力で浮き上がらせているので実質的に俺にしかできない。巫女も似た系統ではあるが、独自の感覚で行っているため教えたとしてもできるものではない。

 

「そんな事をやっている場合じゃないだろ。とりあえずは場所を決めるか。書かれている日程は今日とあるがおそらく夜に攻めてくるはず。それまでには準備しておきたい。」

 

「そうね。人里との交流があるあんたが人里を守って、私がここに居る。これでいいでしょ。」

 

 面倒というのが全面的に出ている要望だが、俺も同じ考えだったため特に異論はない。

 俺が居たことで変わっている可能性もある。人里と神社なら人里を優先していたはず。本来なら巫女が人里の防衛に行っていた可能性が高い。

 

 人里からは紅魔館が転移してくる場所までより遠くなってくるが、これがどう影響するか。

 

(吸血鬼異変は主に紫さんが解決したとある。博麗の巫女が何もしなかったとは考えにくいが、ルーミアの封印が行われていないのを考えるにまだ死ぬことは無い筈だ。)

 

「そういえばだけど、あんた大妖怪を退治した事あるの?実を言うと私は無いのよね。」

 

「・・・個人で方をつけたのは一回だ。あとは二人がかりで仕留めたのが一回。戦闘経験だけで言えば複数回あるが。」

 

 モリヤ神が大妖怪と言われると微妙だが、脅威としては上だった。

 

「外の世界にもいるのね。どれくらいの力を持ってたのよ。」

 

「八雲と変わらない力はあった。あくまでも個人的な感覚だがな。」

 

 紅美鈴、風見幽香、伊吹萃香といった存在は間違いなく八雲紫と同程度の力は有していた。全力だとそもそも相手にすらならない。

 

「ふーん、今回は頼りにするかもね。正直、大妖怪相手にするのは私も自信がないのよね。」

 

 珍しく自信が無い巫女。本来であればさっさと片付けると言うような感じだが、何か嫌な予感でもするのだろうか。巫女の勘はよく当たる。悪い方ならなおさら。

 

「俺も倒せる訳ではないんだがな。あんたなら直ぐに対応できるだろうよ。」

 

 純粋な戦闘能力としては俺よりも上の巫女だ、大妖怪を相手に引けを取ることはないだろうが、、、

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「なるほど、そういうことなら私の出番だな。」

 

 人里にて吸血鬼の襲来を伝える。俺が防衛に回ってもよいがここで吸血鬼と争いが起きればその余波が人里に来る可能性が大きい。最終的な砦は慧音さんに任せて、俺は接近する妖怪を早めに撃退する事に専念した方がいいだろう。

 

「頼みます、慧音さん。俺は近づいてくる妖怪への対応に回ると思いますので。魔理沙は人里から離れない範囲で撃退を頼む。今のお前ならある程度なら妖怪相手にも立ち回れるが無理と感じたら逃げろ。」

 

 今の魔理沙でも砲撃だけなら俺と同等の力を持つ。閃光魔法は吸血鬼にとって弱点になり得る可能性もあり、撃退を任せる。

 

 一番の危惧は魔理沙の行動力だ。少なくとも防衛を任せておけば魔理沙が攻め入る事はない筈。

 

「分かりました。」

 

 それは突然だった。まるで転移してきたかのように一気に複数の妖気が出現した。

 

「!」

 

 紅魔館の来る方面を知っているのもあり、直ぐに感知できた。距離があるため正確に感知する事は出来ないがちらほら大きい妖気を感じる。

 

「どうした霊吾。そっちは霧の湖がある方向だが、、、来たのか?」

 

「・・・多くの妖気が一瞬で入り込んできました。夜に来るとばかり思っていたんですが。。慧音さん、人里の方をよろしくお願いします。能力で一旦消すとはいってもここに人里があることには変わり無いんでしょう?」

 

「そうだ、気づかれれば侵入される。あくまでも隠すにすぎない。私より強い妖怪に多数攻め込まれると流石に耐えられない。」

 

 やはりここでの戦闘は最終手段か。

 

「近づけさせない事を優先します。時間稼ぎでもできれば八雲主従が対応すると思われます。ですので、すみませんがここを離れます。」

 

「分かった。死ぬなよ、霊吾。」

 

「師匠、お気をつけて。」

 

 紅魔館の方に向かう。妖気の大きさからして大妖怪が多いわけではない。

 だが吸血鬼の厄介さは再生力にある。集団で来るとなると大妖怪でも相手にならない。

 

(はぐれ妖怪もいるとはいえ基本的には吸血鬼の集団。日が出ている昼に攻め入るのは何かしらの策があるはずだ。それさえ抑えてしまえば勢いは止まるはずだ。)

 

 霧の湖から妖気を一つ感じた。この距離でも存在感を放つ妖気は大妖怪のものだが何者だ。

 

(吸血鬼で単騎行動をとる奴かはたまた賛同したはぐれ妖怪か。どちらにせよ人里に近づいているこいつを対処するべきだな。)

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

「はぁ、面倒だけど行くしかないわね。」

 

 博麗神社でも同じく多数の妖怪を感知していた。人里より紅魔館に近い事もあり、感知が得意というわけではないが把握することが出来た。

 

(人里方向にでかい妖気が一体、妖怪の山に多数の妖気が向かって、残りは転移してきた場所か。本来なら人里に向かっている妖怪を対処すべきでしょうけど、あいつがいるなら私は転移してきた場所に直接向かった方がいいわね。)

 

 博麗神社を壊されると厄介だが、力を持った妖怪が近づいてくる様子はない。早めに異変を終わらせる為にも本拠地に乗り込む。

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 霧に覆われた湖は闇が広がっている。闇の中心には輝く金色の髪と紅い目の妖怪がいる。手には背丈ほどの剣を持ち、不気味な笑みを浮かべながら着実に人里に向かっていた。

 

「おい!そこの妖怪!」

 

 甲高い声に振り向く闇の妖怪。

 

「・・・また妖精。ここには妖精が多いのね。」

 

「ほかの妖精達を何処にやった!」

 

「何処にやったも何も出会った妖精を片っ端から食べてきた。」

 

 何事もなくいい放つ。悪びれもしていない。当人からしてみればただの食事なのだから。

 

「妖怪はあまり美味しくないけど、妖精はなかなかだったわ。自然の歪みだけあって面白い味がした奴もいたわね。」

 

「お前!」

 

「そう怒らなくていいじゃない、妖精なんてまた復活するんだし。食料に困らなくてよかった。」

 

 その言葉でチルノは飛び出した。これ以上は聞いていられない。言葉でどうにかできる相手じゃないと理解した。

 

 食われる側と食う側が対等に話し合う事はできない。

 

 拳を氷で固めて闇の中心に殴り込む。剣で受け止められるがそのまま押し込む。ただ元々の力の差が大きく簡単に体ごとはじき返される。

 本来のチルノであればこの時点で闇に取り込まれて終わっていた。

 

 霊吾、魔理沙との戦闘経験を経た彼女は違う。はじき返された反動で距離を取りながら氷の弾丸を飛ばす。体勢を整えながら攻撃の手を加える事で仕切りなおす。

 

 周囲の闇が格子状に飛び出し弾丸が塞がれる。

 

「へえ、妖精のくせにそこそこやるじゃない。馬鹿そうに見えて力の使い方が上手いのね。興味が湧いてくるわ。」

 

 体から闇が吹き出す。妖気を感じ取れないチルノでも分かる事があった。

 

 この妖怪が自分を敵と認識したことだ。

 

「氷の妖精はオードブルに合いそうにないけど仕方ないわね。できればデザートで食べたかったけど。」

 

 剣をこちらに向けて舌舐りをする。その行為に恐怖が駆り立てられる。

 自分が食べられる姿の想像。少しだけ物事を考えるようになったチルノにとっては想像だけでも身動きがとれなくなる程の恐怖で縛られる。

 

 復活するとしても痛みはある。死の恐怖は確かにそこにある。

 

(怖い、逃げたい、食われたくない。けど、こいつを倒さないと、ここから先にいる友達も食われる。人間なら復活することもなく死んでしまう。アタイが逃げるわけにはいかない!)

 

 拳で腿を叩き込み気合いを入れる。僅かの痛みで恐怖を誤魔化す。

 

 勝てるかどうかじゃない。勝つんだ。倒すんだ。どんな手を使っても。

 

 

 霊吾との修行の記憶を想起する。普段なら言わない弱音を吐いてしまった時の忘れられない言葉。

 

『あたいってやっぱりさいきょーじゃないのかな、、』

 

『弱音を吐くとは珍しいな、どうかしたのか?』

 

『レイアに全然あたんないもん!パンチもキックも弾幕も!』

 

『戦闘経験の差だ。安心しろ、チルノ。お前が最強を目指す限り必ず最強になれる。どんな形であってもな。』

 

『ほんとぉ?』

 

『俺が保証する。だから頑張ろう。それと自分は最強って言い続けるのは止めない方が良いと思うぞ。』

 

『そうなの?』

 

『言霊と言ってだな、言い続けることで本当になってしまうという話がある。それに俺は最強と叫ぶお前の方が輝いて見える。』

 

『そっか!ならさいきょーって言っていいんだ!』 

 

『ああ、それでこそチルノだ。』

 

 

 憧れの存在に押された背中。馬鹿にしているわけではなく心の底から信頼してくれるからこそ、力強く感じる。

 

「アタイは最強だ!誰にも負けない!」

 

 己を鼓舞する言葉。恐怖に立ち向かう勇気がなければあの背中には届かない。

 

 片手は氷の拳、もう片方の手には氷の剣を持ち構える。

 

「妖精程度が最強っていうのはどうかと思うわよ。まあ、それなりに楽しませてね。」

 

 力の差は歴然の大妖怪と妖精。本来では取るに足らない存在として片付けられた筈だった者の戦い。

 



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砕けぬ氷 前編

 闇の妖怪が振るう剣を氷の短剣で流し、拳を叩き込む。武器を持った相手に対し、懐に潜り込んで武器の使用を封じながら戦うという基本的な戦法。

 氷で覆われた固い拳で殴るチルノに霊吾が教え込んだ接近の戦法。冷気、氷を今以上に自由に扱えるようになれば防御にも応用できるため近距離戦闘なら格上の相手でも倒せると見込んでのものだ。

 

 拳を受けて妖怪が少し下がる。それと同時に周囲から闇の手が襲いかかる。実体の無い闇だが妖力と合わせれば実体を持つ武器になる。

 

 身を覆うようなドーム状に氷のバリアを展開して防ぐ。早く精製したため薄くなっているが十分。バリアが壊れる間に闇の隙間を判断して回避する。

 

 一旦距離を取る。懐に潜り続けて相手を封殺できれば一番いいのだが闇が邪魔になる。

 

 周囲に展開している闇から何かが飛び出す。氷のシールドを造りだし、防ぎながら攻撃の機会を伺う。

 

 

 

 教えられたことの中でも特に覚えさせられた事は距離を離されず一定に保つということ。攻撃を当てる、かつ防御、回避に瞬時に切り替えられる距離であれば一方的にやられることはない。

 

 問題はその距離が相手によって変わり、その中でも状況によって変わるというのだ。強い存在は自分の距離に相手を誘い込むように戦うらしいが無理だと言われた。

 

(レイアでも相手に合わせて戦うのが精一杯と言っていた。本当に強くないとできないってことは分かった。)

 

 格上の存在との実戦は初だが、条件として悪いわけではない。

 力の差が大きすぎると思っているからか相手はほとんど全力を出していない。恐怖、威圧感から考えてもそこいらの妖怪よりは確実に強い。だけど直ぐにやられていないのは戦い方を学んでいたのもあるが、妖怪が遊び目的で戦っているためだ。油断しているのなら隙はある。

 

 もう一つ絶好の条件としては場所だ。霧の湖は他の場所より寒く、冷気が漂っている。森の中だった場合に比べて、能力が使いやすい。

 能力による製氷の速さと大きさがここなら段違いだ。

 

 氷のシールドを張りながら距離を詰める。常に内側に氷を造り続ければ瞬時に壊れることはない。闇による攻撃は妖怪を中心に出ているため、よく見ておけばシールドの横から来る攻撃は回避できる。

 

(操れる闇と射程距離を判断するのは無理だ。レイア、魔理沙ならできるかもしれないけど、あたいには難しい。)

 

 相手を知る事の大事さは二人と接してきたから分かる。有利に戦うためには必要だと分かってはいるが、出来ていない。

 だから見に回らない。これまでの相手で出来ないならこの妖怪相手に出来るわけがない。

 

 妖力を無駄に使うが常に氷を辺りに展開し直ぐに攻撃を防ぐ様にしておく。

 

 

「・・・この違和感、戦い方が人間みたいと言っていたけど違うわ。攻撃をもらわない事を念頭に置いたそれは人そのものね。妖精。あなた名前は?」

 

「・・・チルノ。」

 

「チルノね、覚えたわ。精々妖精と舐めていたけど、あなた強いじゃない。だから少しだけ本気を出してあげるわ。」

 

 妖気を感じ取れないチルノでも分かるほどの圧迫感。今までが遊びだったと理解できる。

 

(もとから分かってることだ!怖気付くな、アタイ!)

 

 依然鋭い眼光で睨む。

 

「あなたは忘れるかもしれないけど教えてあげるわ。私の名前はルーミア。宵闇を操る大妖怪よ。」

 

 闇が鞭のようにしなり、襲いかかる。

 

(防御!)

 

 上からの衝撃から守るため氷壁を動かし、さらに重ねて氷を作った。

 

 無数の鞭で波打つように叩きつけられ、氷が崩れ落ちる。波打つ鞭は多層の氷を瞬時に砕きながら、チルノを叩きつける。

 

 一撃では壊せないのであれば一点を連撃で叩き込むことで崩壊させる。大妖怪ともなれば技を見抜いた上で対処できる力がある。

 

 瞬時に作り出す防御としては限界だが、少し力を出しただけの攻撃を防げない。

 

「うぐぅ。」

 

 何とか立ち上がり離れるが足を捕まれる。そのまま吊るされて叩き落とされる。

 

「あぁ、いたいよ、、」

 

 心が折れそうになる。翼はもう折れている。気が遠退く。まだ全力を出しているわけではないのに足元にも及ばない。

 

(何でこんな目にあってるんだっけ。逃げとけばよかったのに。勝てるわけなかったのに。)

 

 吐かないと決めた弱音が頭を巡る。意識が飛びそうになる瞬間、記憶に新しい言葉が甦る。

 

『強くあろうとする心こそが最強への道だ。諦めるなよ、チルノ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦っている理由を思い出せ。消えかけた心の火が再び盛り返した。

 

「・・・ああぁぁ!」

 

 捕まれている足を切り飛ばす。激しい痛みと共に意識が完全に覚醒する。

 

「はぁはぁ、まだだ。」

 

 氷で足を作り出す。痛みに堪えて動く。

 

 闇に動きがない。妖怪を見ると唖然としていた。

 

「・・・凄まじい執念ね。あなた本当に妖精?」

 

「そうだよ。お前にとっては取るに足らない程度の存在だ。だけど、あたいには守りたい奴らがいる。あたいはどれだけやられようとも蘇る。叩かれるのも切られるのも痛い。けど友達がいなくなるのはもっと痛いんだ!」

 

 原初の思い。誰かを守ること。

 

 もう恐れるものはない。

 

「妖精を舐めるなよ、ルーミア。」

 

 周囲に氷の槍を展開する。物量で攻めて勝てる相手ではない。でも何もしなければ絶対に勝てない。

 

(こっちは死んでもいい。もう痛みで止まる事はない。だから一撃でもぶちこんであいつを止める。)

 

 展開した槍を一斉に飛ばす。それと共に突っ込む。

 

「最後に特攻なんてね、美しいじゃない。」

 

 闇に打ち落とされる槍。そいつらは誘導だ。

 

 戦闘の中で無意識の内に成長していた。霊吾、魔理沙との鍛練の結果はここに来て開花する。

 

(全力じゃないにしろ、扱える分はだいたい分かった。全部打ち落とされてもあたいが近づければいい!)

 

 槍だけじゃなく。こちらにも闇が飛んでくる。最低限だけを防ぎ走りを止めない。

 

 掠めとられる体なんて気にするな。動きを止めてこない攻撃は無視しろ。

 

「ちっ、面倒ね。」

 

 だが相手も甘くはない。足を突き刺され、無理矢理動きを止められる。

 

(思ったより近づけなかった。それでも、この距離なら!)

 

 ずっと握ってきた剣ならあいつの意識にあったとしても届く距離じゃなければ考えない。絶対に届かないと思っているからこそ生まれる隙。

 

 溜め込んだ妖力を解き放ち、剣を伸ばす。

 

 全力で最速の奇襲。

 

「な!」

 

 初めて見えた焦り。

 

「とどけぇぇ!」

 

 闇で防ごうとしても遅い。氷の刃は妖怪に突き刺さった。その感覚が間違いなくある。

 だが、その姿が闇に包まれて確認できない。

 

 体のあちこちに穴が空き、両足ともボロボロで立てる状態ではない。飛ぶ気力も残っていない。正真正銘全力の一撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・惜しかったわね。」

 

 闇が晴れ、姿が露になる。心臓を目掛けて飛び出した刃は肩に深々と突き刺さっていた。速さを求めた故に細く、肩を貫通させた程度では致命傷にならない。

 

「避けきれないとは、、、妖精相手に貫かれるとは思わなかったわ。」

 

 氷の槍をへし折り、こちらに歩み寄って来る。距離を取らないと。そう思い動き出そうとするが体が言うことを聞かない。

 なによりここは相手の領域。周囲の闇が襲いかかった。

 

「ぐぅ、あぁ!」

 

 手に、足に続々と闇が突き刺さる。完全に動きを封じられた。

 

「勿体ないけどあなたを食べるのは少し危ないわね。私が直々に切り殺してあげるわ。死んでしまえば消えるんでしょうけど。」

 

 目の前で剣を振り上げる。

 

「今度会ったときは素直に食べさせてくれるとありがたいわね。」

 

 剣が振り下ろされる。だが、最後まで睨み付ける。

 

 

 

 

 その目に緑色の髪が映り込んだ。よく知っている友達だった。

 

「だい、ちゃん?」

 

 こちらを庇うように斬撃を受けていた。誰か認識した束の間に景色が変わった。大ちゃんの能力の瞬間移動だろう。

 

「大ちゃん、、、何で、」

 

 肩から大きく切り裂かれ、もう助からない。

 

「チルノちゃん、だけにがん、ばらせちゃ、それに、いたい、こわいってずっと言ってたから、少しは助けになりたいと思ったけどだめだったね。」

 

 守りたい友達が消えかかっている。妖精が死なないとは言え、友達が苦しそうにしているのを見たくはなかった。

 でもそれは大ちゃんも同じだったんだ。心の声を聞くという種の特性により、大妖精にはチルノの苦痛が常に聞こえていた。

 

「ふっか、つ、したら、また、遊んでね、チルノちゃん。」

 

「大ちゃん!」

 

 抱き締めるが淡い光となって消える。

 

「・・・何が最強だ。友達一人守れやしない。」

 

 妖怪が近づいてきた。

 

「さっきの妖怪の能力かしら。一瞬で消えたと思ったけど、ちょっと離れただけじゃない。」

 

 守ると決めていたのに。

 

 レイアのような人間であれば、守れただろうか。

 

(・・・こいつを倒せる程の力があれば、、、もっとあたいが強ければ!)

 

 力を振り絞り、立ち上がる。

 

「まだ立ち向かうつもり?諦めが悪い妖精ね、、、!」

 

 頭を過る危機感。闇を飛ばし、攻撃を仕掛ける。

 

 ほぼ同時に辺り一面が凍りつく。闇すらも凍り付き、闇を伝いルーミアの体にまで侵食する勢いだ。

 

「なに!」

 

 体が凍り付く前に闇を離し、上空に飛ぶ。近付かず、接していなければ凍らないようだが、何が起こったのか理解できない。

 

 チルノの様子がおかしい。妖気が爆発的に膨れ上がっている。

 

 霧がチルノの周りを覆う。草木が凍結し、湖が凍り始めている。明らかに周辺の温度が変わった。

 

 大妖怪の勘。間違いなく今倒さなければいけないと感じた。

 

 闇を切り離し、上空から霧ごと押し潰す。妖力で固めた闇はそれ自体が引力を持った質量の爆弾。周囲を丸ごと消し飛ばす力を持った小さな星の落下を防ぐことはできない。

 

 だが暗黒の星は凍り付き砕け散った。

 

「・・・これはとんでもない地雷を踏んだかしら。」

 

 遊んだことを後悔した。たかが妖精と思い込んでいたのが仇になった。そいつは妖精の姿にしては明らかに異質だった。

 

 折れた妖精の羽に変わり、鳥の翼のような大きな氷の翼が霧を払い姿を現した。

 

 さっきまでの幼い少女の面影があるが背丈、風格共に大人のそれだった。翼を払えば周囲の空気が凍り付き、氷の礫が散らばる。

 

 自然の歪みではなく自然そのものの体現者。

 




チルノにはカッコいいがよく似合う


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砕けぬ氷 後編

氷にしても闇にしても物語では強キャラが使っている印象を持っています


 精霊とは自然そのものが具現化した姿。美しさもあるがそれ以上の脅威を体現する。特に暴走状態のチルノは歩く災害にも等しい。

 ルーミアも形振り構わずに大妖怪たる能力で対応する。

 

 

 闇と氷の衝突は辺りの環境を変えるには十分。霧の湖は闇に包まれ、氷の棘が至るところに発生している。人が踏み入れることができない領域。

 

「・・・ほんと、止めてよね。」

 

「こっちの台詞だ、ルーミア。先に止めておけばよかったのはお前だ。」

 

 鋭い礫が混じった吹雪。強固で形を持たない氷像。技とも言えない能力の暴力だ。

 猛攻を防ぐのに精一杯だ。向こうも力が変わったばかりで上手く扱えていないが、純粋な能力での物量戦では妖力が多く、また周囲に漂う冷気による相性からチルノが有利だった。

 

 能力同士の衝突は劣勢ならばと接近戦に持ち込む。近付きたい相手ではないが、現状打つ手がない。

 剣で迎え撃つだろうと思い込んでいた。剣を持ってして力で押し飛ばした一瞬で全方向から闇で突き刺して終わらせる気でいた。純粋に妖力で強化した腕力ならまだ力に慣れていない精霊程度相手にならず、至近距離でならこちらの技が速い。

 

(力が上がっても速さに対応できる程都合よくはいかないはず。それに感覚はまだ妖精の域を出ていない。)

 

 妖力強化での瞬発力、筋力での速攻。上手くいけば反応もできずに葬れる。

 

 だが、想定と異なり、こちらの剣を相手が掴む。凍り付き離れない。ここまでで一切見せていない速さからの斬撃だったが簡単に捕まれた様に見えた。

 

「は!?」

 

 一瞬の動揺。その隙に剣を持った手を掴まれ、瞬時に感覚が消えた。

 

「その腕貰った。」

 

 至近距離で闇を放出するが、一歩遅かった。チルノは距離を取り闇を避ける。僅かに掠め取るも失った片腕と比べて足りない。

 

「やっぱり近付くと速くなるな。危なかったが、もう当たってはやらない。」

 

 直ぐ様再生している様子はなく、再生能力が高まってはいない事は分かる。

 だけどチルノに戦闘不能にまで追いやれる傷を付ける事ができない。

 

「くそ、、」

 

 剣は相手に取られ、片腕は完全凍結している。再生が得意ではないが、大妖怪というだけあって再生に力を注げば腕は生えてくる。溶けそうにない氷よりは切り落とした方が使えるようになるまでが早い。

 

 だが妖力の消耗も早く、瞬時に再生するわけではない。切り落とすという選択肢はない。

 

 

 

 思考の結果は様子見。完全に闇の中に姿を眩ます。

 

(妖精は常に妖気を放出し続けている。とすればあの姿は長時間持たない筈。加えて感知能力も高くないなら闇に籠って避け続ける事は出来る。まったく、妖精相手にとんだ様ね。)

 

 真っ向からの勝負では不利。持久戦へと持ち込めば勝機はあると踏んだ。

 圧倒的物量で攻めて来ると思ったが、妖精は止まっている。下手に手を打ってこちらの領域に踏み込まないようにしているのか。

 

(好都合ね。だからと言ってこっちから打つ手もないし、一旦離脱した方が賢明ね。)

 

 闇を操る能力は様々な使い方ができる。視覚の闇に潜り込むように気配を断つのも容易くできる。物理的に闇を操作するだけでなく概念的な領域においても本領を発揮する。

 戦闘からの離脱は最善の策。真っ向にぶつかり合えば間違いなく負けるのなら逃げに徹するのみ。

 

 

 だが、判断が遅かった。

 

 目映い閃光が横を抜ける。闇の中を切り裂く熱線が僅かに腕に触れた。

 

「がぁ!」

 

 直撃などしていない筈だった腕は煙を上げていた。凄まじい熱と衝撃。直撃すれば間違いなく消し炭になる。

 

(なに?!あいつは氷の妖精の筈!どれ程の力を得ようとも性質が真逆の技をこのレベルまで使いこなせる筈がない!)

 

 閃光で闇が晴れ、チルノの姿が露になる。正面に歪んだ氷の膜を張っており、本人は空に手を伸ばし、目を瞑っている。

 

「・・・外れたか。」

 

 突き上げられた手の上空、太陽の光が不気味に見える。

 

「・・・そんな事がありえるの、、、」

 

 上空に張り巡らされた数多の氷で光を歪ませている。

 

 覚醒したチルノは氷の性質もを変化させる。元から溶けにくい氷を産み出す事ができたのだ、溶けない氷など容易に造れる。

 

 太陽の光を一点に集中させて放つ。ルーミアの射程範囲に近付かず、気付かれないための技。上空からの閃光であるならば間違いなく奇襲は成立した。

 ぶっつけ本番での技であるため制御は難しく、細かな標的に合わせる事はできないが、掠めただけで大妖怪を焼け焦がす事ができるのなら必要ない。

 

 氷の壁を更に産み出す。先程の威力で無くても十分通用する。威力を多少抑えて逃げ場を無くしてしまえばいい。

 

 一点集中で放つ太陽光を拡散させる。どこに逃げようが必ず当たる必殺の技。

 

 ルーミアには防ぐ手段がない。闇で壁を作ったとしても意味をなさない。光を飲み込む闇ではあるが、今のルーミアに太陽を防げるほどの力は出せない。

 

 片腕は凍りつき、もう片腕は焼け焦げていた。

 

 どれ程の防御も無意味だ。

 

「・・・はは、ここまでね。」

 

「じゃあな妖怪、消えろ。」

 

 上空の輝きが増し、手を下ろす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寸前に姿が元の妖精に戻った。

 

 それと同時に空中に浮遊していた氷が砕け散った。精霊の力で展開していた氷の制御は元に戻ってしまった。 

 絶対に溶けない性質の氷は頑丈の域を出ない氷に変わり、蓄積した太陽のエネルギーに耐えきれず崩壊した。

 

 精霊と化していたのは感情の揺れによる一時的な変化に過ぎなかった。勝負が決まったと思った瞬間に高まった怒りが途切れた。

 

「うぐぅ、後少しだったのに、、、」

 

「・・・はは、惜しかったわね。復活しても困るわね。どうすればいいのかしら?」

 

 近付いてくる。立ち上がる力もない。手を闇に捕まれ、吊り上げられる。

 

「はな、せ。」

 

 心では負けていないが体が動かない。どこにも力が入らない。

 

「よくやってくれたわ、ほんと。人間も食べられてないのにここでくたばる訳にはいかないのよ。あなたに1つだけ聞きたいのだけれど死にたいって思ったことあるかしら。」

 

 足元に触手のように闇が蠢く。

 

「自ら死を望むものが復活するか試すいい機会だわ。」

 

 ザクザクと致命傷にならない部分が刺される。妖精の復活は全くの同じ状態で戻ってくるため、復活されると厄介な存在だ。だが、心の傷はどうか。記憶が残るのであれば、その身に受けた恐怖も残すことができるのではないか。ここで完全に心を砕いてしまえば復活したとしても立ち向かう気も無くなるだろう。

 

「ちく、しょぉ、お前なん、かレイアが」

 

 ズタボロの身体でも目の輝きだけは失っていない。諦めない妖精に苛立ちを感じる。

 

「都合よく助けが何度もくるわけっ」

 

 側面からの衝撃でのけ反る。

 

 闇の中の僅かな隙間を潜ってきたのか、一切の気配を感じなかった。

 

 人間の男と思われる存在がチルノを抱えていた。

 

「れい、あ」

 

「遅くなってすまない。」

 

 存在を認識した瞬間に虚空を突き抜ける闇。僅かに掠め取った感覚はあるが、それだけだ。

 確かに拘束していた筈だが、闇が断裂している。凄まじい速さで拘束を切り外し、救出された。

 

「・・・何者かしらね。」

 

 闇の範囲内から気配が消えた。追いかけるか悩んだが、闇に付着した血液に目がいった。

 

 

・・・

 

 

 

 

「あたい、守れなかった。さいきょうって言っておきながらあたいは弱かった。」

 

「・・・お前は強いよ。圧倒的格上の相手に立ち向かえる者に弱い奴はいない。よく頑張ったな、チルノ。あとは任せろ。小傘、頼む。」

 

 鍛練のせいで死ねなかったか。限りなく妖怪に近い耐久力を秘めている分、苦痛が長く続いてしまう。

 

「分かりました。ご主人様一人で戦われるのですか?」

 

 チルノを背負い、心配そうにこちらを伺う。

 

「大妖怪といえど手負いだ。それにあいつの能力と吸血鬼の侵略を結びつけると、昼間に攻め込めたのはあの闇の能力だろう。あれさえ封じ込めれば吸血鬼の侵略は止まるはずだ。」

 

 ここで抑え込めば、今回の異変は収まる。吸血鬼が日中は動いてこないという想定を裏切っての侵攻だ。最も力が高まる夜に攻めて来なかったのは、他の妖怪であっても同じ条件であり、制圧できないと考えてのものだろう。

 

 

 

 

 妖怪の元に戻る。闇についた俺の血を舐めとっている。恍惚な表情を浮かべる。

 

「・・・美味しいわ。洗礼された人間の味。もう少し若かったら極上の物だったわね。」

 

 獲物を見るような目で俺を見てくる。恐怖は感じるが、これまでの妖怪達に比べて圧倒される感じはない。

 手負いで消耗しているからではなく、記憶にある小さな存在と被ってしまう為だ。

 

 

『温かい味がするのだぁ』

 

 己の血を分け与えた少女、救えなかった存在を思い出す。

 

「そうか。最後の晩餐に上手いものを食わせることができてよかった。」

 

 

 

 

 

 

 




霊吾や魔理沙の早さで慣れていない場合は切り裂かれて終わっていました


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赤い館へ

「最後の晩餐ですって。人間風情が私を殺せるとでも。」

 

 片腕が凍り付き、もう片方も黒焦げになっている。辺りに散らばる氷塊がチルノとの戦闘跡か。

 

 チルノの妖力が爆発的に上がっていた事も要因だろうが、よくやってくれた。

 再生していないのを見るに再生が得意ではないか、もしくは相当消耗している筈だ。

 

「殺す必要はないさ。能力さえ封じてしまえばいい。闇を吸血鬼どもに纏わせているから昼に仕掛けることができたと俺は見ている。随分と器用な能力だが、そのせいで十分に能力が使える訳じゃないだろ。」

 

「・・・」

 

 無言は肯定と見ていいか。取引でもしたのか、はたまた使われただけかは分からないが、元から万全の状態ではない事は確か。

 

 その状態で手負いとあれば俺でも対応できる。

 

「封印させてもらうぞ、宵闇の妖怪。」

 

「あなたにできるかしらね。」

 

 闇を広げ、辺り一面が暗闇で覆われる。

 

「闇の中で手も足も出ずに食われなさい、人間。」

 

 どこからともなく声が聞こえる。闇というのは視界だけじゃなく他の感覚も狂わせる。視覚、聴覚による索敵は使えない。普通の相手ならそれを奪ってしまえばなす術はない。

 

 現代で鍛えていなかったら俺も苦しかっただろう。

 

 迫り来る妖気を避けて、急接近をする。

 

「っち!」

 

 目前で妖気を察知して距離を取り、動き回る。警戒しているだけあって簡単には捕まえさせてはくれないか。

 

「この中でなお、迷いのない動き、、、でも、ここは私の領域よ!」

 

 動き回る気配に闇を突き刺す。出来るだけ損傷の無い状態で仕留めるという考えは捨て、もう二度と接近を許さないように全方位から一斉に闇の矛を飛ばす。感知しようが避ける事は不可能。

 

 気配を貫いたが、肉を裂いた感覚がない。

 

 僅かな気配の接近を感知したが、同時に頭を叩きつけられ、地に押さえつけられた。

 

「がっ!」

 

「相手が悪かったな。感知系の弱点は俺もよく知っている。」

 

 チルノに持っていかれた両手があれば分からなかったが、腕が使えない状態であれば先程のように闇で攻撃してくる手段を使うだろう。

 

 闇を展開しながら、高速で動き回る標的を射つには集中力がいる。感知領域を広げた状態での戦闘を行っていた自分にはその感覚は分かる。

 

 だからこそ霊力での残像は効果を発揮する。限界まで気配を抑えてしまえば残像に気を取られ、気付かずに接近できる。範囲感知は精度こそ高いが範囲内の全てを処理できる訳ではない。自分もそうだが、莫大な情報はあっても無意識の内に不必要な情報は切っている。

 

 体勢を整える前に瞬時に腕を足で押さえつけて馬乗りの状態になる。疲弊している状態でなければ即座に対応されていたかもしれないが、今なら封印が出来る。

 

「くっそ、好きにさせるか!」

 

 辺りの闇が一斉に動き出したが、もう遅い。

 

「・・・眠れ、夢想封印」

 

 妖魔封印術。強力な霊術で妖気を押し込める封印術であり、代々博麗の巫女達が継承していた術。完全封印をするには俺の力だけでは出来ないが、媒介があれば俺も十分使える。

 

(お前に還すよ、ルーミア。)

 

 強力な霊力が込められたリボンを頭に押し付けながら括りつける。俺の封印術とこいつがあって始めて封印ができる。

 闇がルーミアに吸い込まれる。殺してしまえば闇が消えるかどうかは分からない以上、封印の手が安定だ。

 

 妖気が小さくなり、記憶にある小さな妖怪が倒れていた。気を失っており、放置しても問題はないか。闇が吸い込まれている感じから封印で展開していた能力も切れたか。

 

(今の巫女がこいつの相手をしたと考えると相討ちだった可能性が高いな。あいつの勘は確かに鋭いが、暗闇の中で常に勘頼りの動きは出来ない。相性的には悪い相手だったかもな。)

 

 本来の未来なら相討ちになっていたのかもしれない。博麗の巫女が吸血鬼異変でルーミアを抑えた事で被害が少なくなったのだろう。

 

(先を急がなければ。)

 

 紅魔館周辺からは認識阻害の魔法か気配が上手く感じ取れない。近づいていった霊力が巫女だと分かったが巫女だけで制圧できるとは思えない。

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 闇と氷の衝突の中で気にせずに赤い館に訪れた巫女。目に悪そうな建物という印象だった。館全体に結界のようなものが張ってあり、空からの侵入はできない様子。おまけに闇とはまた違った暗い霧がかかっており、人体に有害だと感じる。

 

 

 入口と思われる門には門番らしき存在が確認できた。

 

「早いですね、もう来られましたか。てっきり向こうに手を取られていると思ってたんですがね。」

 

 赤髪の妖怪が立ち塞がる。弱くはなさそうだが、大妖怪程の威圧感は無い。

 だが巫女の勘がこいつは厄介な存在であると伝えている。

 

「挑戦状を叩きつけてきたのはあんたらよね。まあ、それなりに叩きのめしてやるわ。」

 

「これはまあ、強そうな人間。博麗の巫女で間違いなさそうですね。ここの主人から言われてますし少し相手になりましょう。」

 

 赤髪の妖怪が構える。その構えがどうも霊吾と被る。

 

(・・・似てるわね。立ち振舞いから気力の流れまで似るのは流石に可笑しい。)

 

 先手を取る。確信を得るためだ。同じ戦い方なら厄介だ。守りの型を妖怪にされると攻め手に欠ける。妖怪が武術を扱うことはないと思っていたが、考えを改めるべきか。

 

 

 地を蹴り、宙に舞う。相手の頭上から肩を砕くように殴り付ける。

 

「なかなか面白い動きですね。人間の動きにしては変則的で攻撃的、歪な戦い方ですね。」

 

 しっかりと受け止められた。霊吾なら間違いなく流そうとするはず。受けきれるだけの耐久力があるのか。

 

 体勢を変えなが連打を叩き込むがどれもが受け流され、受け止められる。

 

 こっちのペースも長くは続かない。体勢を変える直前に鋭い突きが飛んでくる。避け辛い瞬間を突く攻撃一つとっても戦闘慣れしている事が分かる。手を強化し、突きに合わせて自分が流れるようにして距離を取る。

 

 

 確信、霊吾の格闘術と同じだ。いや、守りにより特化している分厄介だ。それにこちらの攻撃を捌きながら手を出せる余裕もある。

 

(霊吾よりも守りが強固。動きで崩せるものじゃないわ、こっちの戦い方では無理ね。長々とやる相手じゃない。)

 

 全身の強化を上げる。分厚い装甲を持った妖怪を相手にする際の型。動きで翻弄するのではなく、力で捩じ伏せる戦い方だ。霊力で常に強化状態を保ちながらも瞬間的に強化を一点集中にした一撃を叩き込む。

 

 妖怪が構えを少し変えた。力の流れを読んだだけで理解できるほどの経験があるのか。

 

「威力を高めた型に変えましたね。流石にそれを受けきれるとは思いませんよ。」

 

 隙もなければ、こちらに合わせて戦い方を変える。妖怪らしい存在ではないが、そこいらの妖怪より断然厄介だ。

 

「・・・あんた下っ端じゃないわね。」

 

 この妖怪が下っ端なら幻想郷はかなり危ない状況だ。

 

「門番に何をいっているんですかね。人間相手に苦戦気味で下っ端じゃなかったら侵略なんてできないでしょう。」

 

「妖気も出さないで妖怪が限界なんて言うはずないわ。」

 

 この妖怪と対峙しての違和感。妖気を一切感じない。封印されている状態に近いが、自ら進んで押さえ込んでいる変わり者か、封印していなければ居るだけで災害をもたらすほどの存在か。

 

 どちらにせよここで討つのは危険か。

 

「いろいろあるんですよ。私はあくまでも門番ですので。」

 

 再び構える。妖怪としては珍しく武術を使うだけあってそれなりに強い。

 底が見えない。倒れるビジョンが思い描けない。現時点の強さであるなら倒すことは可能であると思っても自信が持てない。

 

(不気味な妖怪ね。勝てないって思った奴はいるけど、勝てるか分からない相手は初めてだわ。)

 

 力を測り取れない。もう一度様子見で対応するか。

 

 赤髪の妖怪に接近する刹那。生命の危険を感じ取る。

 

 上空から巨大な火の玉が堕ちている。

 

「うぉぉぉ!」

 

 巫女が両手を突き出すと火の玉が弾き返された。その火の玉は館にぶつかる前に濁流に飲み込まれた。

 

「奇襲なんてせこい戦法してくるわね。」

 

「・・・なるほど、能力ですか。あれだけの威力を霊力や気力で弾き返すことは出来ないでしょう。」

 

「はぁ、正解。戦闘以外での使い道はそんなに無いんだけど。」

 

「やっぱり一筋縄ではいかないですね。術の類いは受けつけないとすれば遠距離からの魔法は無意味ですか。」

 

 スッと手を上げた。攻撃の構えには見えず、術者に何らかの合図を送ったのだろう。

 

(術は効かないと知って止めさせた、もしくはタイミングの指示かしらね。どっちにしろ頭に入れておく必要がある。)

 

 妖怪の言葉を鵜呑みにはできない。先程の威力であれば勘で察知する事はできるが、威力が弱く素早い攻撃に対しては勘が働かない事もある。

 

 博麗の巫女特有の勘というのは最悪の事態に対してのみ鮮明に働く。故に弱点になる。

 

(対複数相手とは厄介ね。格闘による近距離と術による遠距離、流石に同時対処は骨が折れる。)

 

 一対多での戦闘は慣れていない。能力で対象以外を離すことで擬似的に一対一に持ち込むからだ。

 

「・・・はぁ、やっぱり面倒ね。」

 

「諦めてくれましたかね。」

 

「あんたが門番しているくらいだからあんまり消耗したくなかったのよ。でも正直言って今のままだとジリ貧よね。」

 

 そこから先の言葉はない。一切の余念を捨て去る。

 

 洗練された霊力が吹き出る。全力で倒しにいけば悩む必要はない。倒せなければどちらにせよ自分は生きてはいないのなら全力で挑む外ない。

 

(!やっぱり、化物ですね。)

 

 構えた瞬間には既に巫女が懐に入り込んでいる。

 

(これが人間の速さですか!?)

 

 防御が間に合わない。

 

「がはっ!」

 

 呼吸が一瞬止まり、意識が遠退く。

 

「ふぅ、とりあえずは一体。」

 

 仕留めてもよいが、素性の分からない存在故に気を失った状態で放置しておいた方がいいと感じた。

 妖力を発しない妖怪という不気味な存在。下手に殺そうとした場合に何が起こるか予想が付かない。普通に殺せる可能性もあるが、対処できないモノが出てくると厄介だ。

 

(放置が安定と見ていいわね。)

 

 単独で悪魔の館に潜り込む。ここから先は間違いなく自分が相手をしてきた中で最も厄介な存在になる予感がした。

 

 




なぜか活きる霊吾君との戦闘経験


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吸血姉妹 前編

今回は少し長めです


 ルーミアの封印を施して紅魔館に向かう。慣れない封印で消耗はしたが途中で小傘が追い付いてくれた為、万全の状態ではある。

 

 門の前で倒れている存在が目に留まる。俺に戦い方を教えてくれた妖怪であり、その強さは大妖怪の脅威を体に覚えさせる程のものだった。

 

「寝たふりか、門番。」

 

「・・・よく気付きましたね。あなたはさっき攻め込んできた巫女さんの協力者ですかね。」

 

 スッと立ち上がる。寝ているかどうかについては気力での判断は出来ないが、美鈴さんが気を失ったままでいるのが想像つかない。

 鎌をかけた感じだが、乗ってくれたようだ。立ち上がってはいるが戦闘の意思は無い。

 

「協力者といえばそうだ。ここの主を叩けば上手く収まると思うんだが、あんたはどう思う?」

 

 互いに戦う気が無いのなら話に乗ってくれるだろう。美鈴さんがどの程度説明されているか分からないが、今回の騒動は乗り気では無さそうだ。

 

「どうでしょうね、言っていいのかは分かりませんがここにいない妖怪は暴れたいからこっちに来たというのが多いんですよ。それに支配欲が強い吸血鬼達にとってみれば主がやられるのは好都合でしょうね。」

 

 はぐれ妖怪をまとめて幻想郷に連れてきたか。人里に仕向けたのがルーミアだけだったのも純粋に人を食らう目的がルーミアだけしかいなかったのか。

 妖怪の山に向かったのは自らの強さを誇示するためだろうな。

 

(だがまあ、本当に厄介な奴は単体で手に負えない力を持っている。確かに集団で来られると面倒な妖怪達ではあったが、圧倒的な個の力には破れるだろうな。)

 

 紫さんが伝えるであろう前に妖怪の山で最も強い奴には伝えている。闇を払い弱体化した吸血鬼達を相手に万全のあいつが負ける姿は想像できない。

 

 気になっている事を問う。

 

「あんたの主人、死ぬ気か?」

 

「そのつもりは無いと思いますが、どうでしょうね。本意は私にも分かりませんし、分かる必要はないんでしょう。」

 

 美鈴さんも薄々は理解している。少なくともまともに説明されている訳ではないな。

 

「死んでもいいというわけか。」

 

「・・・それが望んでいるのであれば仕方ないんですよ。」

 

 よく見た表情だ。チルノが昔は明るかったと言っていたが、心の奥では常に何かを諦めていたのだろうな。

 周りに誰もいなくなればあの姿に戻るのだろう。

 

「仕方ない、、、あんたの本音はどうなんだ?俺はそっちが気になる。」

 

「敵の望みが気になるなんて変な人間ですね。」

 

 訝しげな表情。

 

「変に拗らせた妖怪は面倒な存在になる。幻想郷っていうのは何でも受け入れるらしいが、望みに素直になったらどうだ?もしかしたら叶うかもしれない。」

 

 ここで紅美鈴が暴れるようなことは起きない筈だ。竜の力を解放しているのであれば紫さんが幻想郷に残すとは思えない。

 本来ならその道を辿るのだろうが、既に変わっている。

 

「・・・本当に変な人間ですね。あなたが叶えてくれるとでも?」

 

「そうだと言ったらどうだ。」

 

「とんだお人好しですよね。まあ、今から言うのは独り言ですのでお気になさらず。」

 

「最後位は本音が聞きたいですね。吸血鬼としてではなく、ヴラドとして私をどう思っていたか。長く共にいたのですから気になるんですよ。」

 

 願いがそれか。吸血鬼の傲慢さを知って受け入れている。

 

(最後の言葉を俺から伝えても美鈴さんは変わらない。吸血鬼に負けず劣らず頑固な妖怪(ひと)だ。変えるなら前と同じようにするしかないな。)

 

「その独り言叶うといいな。じゃあ、通るぞ門番。」

 

「紅美鈴です。名も知らない親切な人間、また会ったら名前を教えてください。」

 

 

 

・・・

 

 

 

 霊吾が到着するよりも前に遡る。巫女は勘を頼りに紅い館を探索する。元より索敵は得意な方ではないが魔力が漂っている独特の空気のせいで詳細な感知ができない。

 

(館に残っている奴らは少なくないと思ってたけど、館内の魔力だったかしら。どっちにしろ術者を捕まえて吐かせた方が早いわね。)

 

 門番に聞き込みをするのが早い手段ではあったが何処から術が飛んでくるか分からない為、館に入り込んだ。

 取りあえずは強い妖気を辿って奥に入り込む。

 

(他の扉に比べて、強い作りになっている。)

 

 部屋に入ると子供部屋のような場所についた。煌びやかな西洋風の部屋だが、壊れた玩具が散らばっている。ベッドの上でのそっと気配が揺れる。

 

「ふぁ、誰?、、、人間?」

 

 金色の髪に紅い瞳の少女。輝く羽が彼女を異形の存在だと知らしめている。

 

「そういうあなたは吸血鬼かしら。」

 

 寝惚けた目から一瞬にして輝きだした。幼子のような純粋な眼が見つめてくる。

 

「珍しい人間もいるのね。よかったらさ、私と」

 

『あそんでくれない』

 

 言葉と共に荒れ狂う妖気が吹き出る。

 

「お父様ったらせっかく来たのにお留守番って言うんだもん、お家に入ったのなら好きにしたっていいと思うんだ。そう思うでしょ、お姉さん?」

 

「・・・大人しくしておきなさいと言っても無理そうね。」

 

 

・・・

 

 

 

(空間の歪みは感じられない。未だ十六夜咲夜は館に来ていないと見るべきか。少なくとも今回の戦に参戦する事は無さそうか。)

 

 一時期住んでいた時よりも狭く感じる館内。何処の部屋に誰がいるかは分からないが、主は上にいると思われる。

 かつて住んでいた時の記憶では最後の当主だった吸血鬼の部屋が最上階にあった筈だ。

 

 だが、行く手を阻む者が現れた。最上階に上がる階段からゆっくりと何者かが降りてくる。内在する妖気の大きさはそれなりだが、近づく度に増す威圧感はそこいらの妖怪とは比較にすらならない。

 

「生で見ても、やっぱりいい男ね。殺してしまうには惜しいわ。」

 

 幼き姿の少女。姿に似合わぬ気配だ。それに俺の事を見ていたか。どこから探られていたのか。

 

「・・・主人の娘か。」

 

「ええ、レミリア・スカーレット、以後お見知りおきを。さて、挨拶も済ませた事だし。」

 

 手に三叉の槍が現れた。穏便にすませられそうだと思ったんだが、そうもいかないか。

 

「運命を変える程の力、どの程度なのか見させてもらうわ。」

 

 

 

・・・

 

 鬼に及ばぬ力、天狗に及ばぬ速さとはよく言ったものだ。

 

「よく付いて来れるわね。もう少し飛ばしても良さそうね。」

 

 槍と爪の攻撃。間合いを測らせないためか変則的な動きだ。少しでも距離を取れば妖力の弾丸を飛ばしてくる。

 

(強い!流石に力や速さだけじゃないか。それに妖力ではないな。魔力か。)

 

 種族としての特徴はあくまでも目安にすぎない。主観ではあるがレミリアという個体はどちらにも匹敵している。それだけじゃなく、魔力を扱う分、別の脅威がある。

 

「才に頼った戦い方ではなく、数多の戦闘を経て培ってきた対応といったところかしら。」

 

 戦闘の中で息切れることなく語りかけてくる。

 

「・・・さて、どうかな。」

 

 悟られぬように流す。

 

「分かるものよ。動きにしろ、力にしても完全に抑え込まれたと理解しているでしょ?」

 

「・・・」

 

 よく見えている。それだけの余裕がある。

 

 未だ余力を残す吸血鬼とそれを受け止めるだけで精一杯の自分。狭い通路での戦闘は素早く小回りが効く吸血鬼の方が機敏であり、反撃の隙も無い。

 

 開けた場所であればもう少し戦いやすい。瞬間的な速さだけなら追い付くことはできる。

 

 切り札を使うにしてもここでは相手次第で巻き込まれる。自身を省みずに反撃してくる可能性はある。

 

(紅魔館の中で最も広い場所、、、あそこしかないか。)

 

 間取りはある程度把握している。十六夜咲夜の能力が関与していない状態でもあの魔女が細工をしているであろう場所。

 

 霊力をレミリアに放ち、推進力を使って勢いよく飛び出る。背中を晒す危険性は十分に把握している。

 

「逃がさないわよ。」

 

 砲撃を弾き、こちらに迫る。純粋な速さ比べでは負けているため、追い付かれる。

 

 全速力で移動しつつも、攻撃を受け流す。常に笑みを浮かべているが、こちらの思惑が分かっているのか。どちらにせよ、行動を変えるつもりはない。

 

 こちらが相手をしないと見るや魔力の弾幕を放ってくる。

 

「小傘!」

 

 背中の小傘を弾幕に向かって広げる。人を守るという目的を持った物であるならば弾幕を受け止めることはできる。

 

 受けた勢いを推進力に変えて速さを増す。

 

 辿り着いた大きい扉を蹴破る。紅魔館の中で最も広大な部屋である図書館だ。

 

 

 入って直ぐに魔力を感知した。肌に感じる熱。

 

 灼熱の太陽が落ちてきた様に思えた。切り札の一つを発動させる。

 

『虚日 ロイヤルフレア』

 

 蒼い炎と衝突させる。打ち消す程の威力は無い。

 

(流石はオリジナル。だが、遅らせるだけで十分!)

 

 威力は多少落ちたが、遅れて入ってきた吸血鬼にぶつける。

 

「きゃぁぁ!」

 

 叫び声をあげながら炎に包まれる。姿が消えて蝙蝠となって飛び回る。

 術者と思われる存在の横に集まり吸血鬼の姿に変わる。

 

「ちょっと、パチェ!危ないじゃない。」

 

「・・・まさか二回も止められるなんて。それに彼のさっきのは魔法に近い。パッと見で同じような火系統。興味深いわね。」

 

「何一人でぶつぶつ言ってるのよ。」

 

「道具を介した魔術使いってとこかしらね。レミィ、殺さないで捕まえてくれるかしら。」

 

「もう完結してるし。まあいいわ、あの男を殺すつもりは無いわよ。」

 

 魔女と吸血鬼が頭上で見下してくる。この二人で組まれると不味いな。

 

 妖気が凄まじい勢いで近づいてくる。

 

 図書館の壁を突き破り、何者かが飛んできた。素早くレミリアが受け止めた。

 

「いぃぁ、」

 

 首がへし折れた金髪の少女。折れてなお死んでおらず、七色に輝く羽から吸血鬼だろう事は分かる。

 

「フラン、随分とやられてるようじゃない。」

 

 レミリアが折れた首をもとに戻すと直ぐ様目を輝かせる。回復が早い。やはり再生能力は群を抜いている。

 

「お姉様!なかなかに強い人間がいるよ!」

 

 

 壊れた壁から遅れて巫女が入ってきた。普段より気力が乱れている。姿を確認すれば明らかだった。

 

「巫女、そいつは、、、」

 

「気にしなくていいわ、でもちょっと不味いかもね。」

 

 右手の手首から先が消失している。顔色をほとんど変えていないが、珍しく冷や汗が見える。

 

「フラン、壊しちゃ駄目じゃない。」

 

「ごめんなさいお姉さま。でもかなり強かったから許してね。能力使っても手を持っていくだけで精一杯だったんだから。」

 

「へえ、存外いるものね。あなた達みたいな人間が。フラン、あの男の人は本当に壊しちゃ駄目よ。それが呑めるんだったら一緒に遊んでもいいわよ。パチェも混ざる?」

 

「私はいいわ。ここで暴れるなら本を守らないといけないし、館全体の結界もあるのよ。どっちも面倒なのに戦闘なんてまともにやってられないわ。」 

 

 魔女は戦線を外れるか。

 

 

「下がっておけ、その状態で長くは戦えんだろう。それにあいつは俺は本当に壊さないと言っている。」

 

「あんた一人でいけるの?あの吸血鬼姉妹も厄介だけど、あいつらの主が残っているわよ。」

 

「能力を使った殺しあいと言うなら二人の相手は話にならないが、遊びとあれば可能性はある。どこまで対処できるかは知らないが、勝機はある。それにお前には術者の対処を頼みたい。館周辺の結界がなければ八雲も侵入できる。」

 

 片手を失くすほどの負傷だが、吸血鬼を一方的に打ちのめす力はある。魔女だけならば巫女は負けない。

 

「無茶言うわね。術者はどうか分からないけど、あなた一人であいつらの相手をする気?」

 

「死ぬ気はない。」

 

「・・・分かったわ。とりあえずあの金髪の吸血鬼だけど、力任せの部分が大きい。武器を振り回しているだけだと私も問題なく対処はできた。一つだけ注意するのは手を此方に向けて握る動作。避けきれずにこの様よ。」

 

 壊す能力。巫女の勘でも追い付かないか。手だけですんでよかったというところか。

 

「気をつけておく。」

 

 巫女の腕を掴み、感覚を浮かせる。大丈夫とは言いつつも欠損した痛みを抱えながらでは上手くは闘えない。気丈に振る舞ってはいるが気力の乱れは誤魔化せない。

 

「助かるわ。便利なもんねあなたの能力。」

 

「無理はするな、浮かせてはいるが強い痛みが加われば戻ってくる。あの魔法使いは体力的に長く戦える奴じゃなさそうだ。魔法を使わせて疲労させるだけでもいい。」

 

 即興の結界は維持に意識を取られる。さっきの言動から魔女も余裕ではないだろう。

 

 睨み合い。魔女が何かの魔法を発動させたと同時に動きが起こる。

 

 魔女と巫女が同時にその場から離れる。吸血鬼姉妹もそれに付いていこうとしたが、間に立ち塞がる。

 間に入ったことで吸血鬼姉妹の標的が完全に俺になった。

 

 

 右手には草薙の剣。左手には小傘改め、妖刀多々良。

 

 焔の剣と朱の槍が此方を見据える。

 

「へえ、あなた一人で私達を相手する気かしら。場所が変わった程度でどの位できるかしらね。」

 

「簡単には壊れないでね、せっかくの遊び相手なんだから。」

 

「・・・大妖怪相手に戦闘する事は無いと思っていたんだがな。」

 

 

 

 

 

 




やっと吸血鬼が出てきた吸血鬼異変です


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吸血姉妹 後編

誤字報告毎度助かっております


 左にはフランドール、右にレミリアを常に保ちながらの防衛戦。武器の扱い方としては恐らく姉のレミリアの方が長けていると想定してのものだが、半分は当たった。

 

 槍の速さ、突きの正確さは高く、意識を割いて対処しなければ串刺しだ。先ほどの戦いから変わってはいないのを見るにギリギリ俺が捌ける程度に収めているようだ。

 

 一方でフランドールは大雑把に炎の剣を振り回しており、小傘の補助だけで対処できる。だが、巫女の言うように力任せに振っている分、止めの剣に力が入る。

 

「器用ね。意識はこっちに向いているけれど、フランの剣を上手く捌いているわね。私一人を相手にした時より動きがいいじゃないの。」

 

「こんな頑丈な人間に二人も会えるなんて幸運ね!」

 

 僅かな隙間を縫うようにして双方の得物を流し、躱す。レミリアの言うように先程より動きが良いのは元より集団戦に慣れているだけだ。

 

 仲間ごと葬る事を容易くできる存在はいない。俺一人に向かって来るよりも攻撃は読みやすくなる。手数が増えようとも虚を突かれない限りは対処できる手段はある。そして虚を突かれる攻撃の延長にどちらかを持ってくれば態々無理して狙っては来ない。

 

「・・・ふーん、なるほどね。フラン、私ごと切る勢いできなさい。」

 

 だが、再生能力が高い奴らを複数相手する場合にはその限りではない。

 

 槍を短く持ち、刀を挟み込まれた。瞬時に切り落とそうとしたが、レミリアの腕を裂いて止まった。腕に食い込ませ無理矢理斬撃を止められた。

 レミリアがニヤリと笑う。

 

「捕まえた。武器を放して逃げるかしら。フラン、今よ!」

 

「しっかり捕まえててね!」

 

 背後から熱を感じる。炎の剣を持って斬りかかってくる。

 

(まあ、こいつならすぐ気づくと思っていた。想定通りだ。)

 

 全身を霊力で包み込む。

 

(夢想天生!)

 

 身体を炎の剣が通り抜ける。そしてレミリアを焼き切っていった。腕から胴体を切り裂かれ拘束が外れた。

 

「っは、これは、想定外ね。」

 

「当たったはずな、うっ!」

 

 剣を振りかぶった後の隙だらけのフランドールを蹴り飛ばす。

 

 レミリアに再生させる隙は与えない。距離を取ろうとしたレミリアに追撃をかける。刀を持ったまま札を指に挟み込み起動させる。

 

『悲恋マスタースパーク』

 

 マスタースパークを叩き込み、レミリアを吹き飛ばす。再生されるまでの僅かな時間だがこれでフランドールに集中できる。

 

 どちらの力も強大だが、力に頼った部分が大きいフランドールなら戦える。技術を持たないなら大妖怪だって討てる。

 

 能力を使わなければ、という前提だが。

 

 大振りな炎の剣なら対処したうえで懐に入り込める。一本の刀で流しながら、接近する。

 剣を振るう前に抑え込み、切りかかる。胸を切り裂くが、顔を少し歪めるだけで致命傷にはならない。

 

「くぅ、この!壊れちゃえ!」

 

 激昂したら、能力が使われるか。ただの口約束で制限できるほど理性が強くはない。ここまでのやり取りで凡その性格は把握している。

 

 

 

 こっちに手を伸ばした瞬間に手を切り飛ばす。こちらに向かって手を突き出すのだ、切ってくれと言っているようなものだ。

 

「握る動作ができないのであれば能力は使えない。残念だったな。」

 

「いったーい!もう怒った!」

 

 片手で掴んでいた剣を離し、残った手をこっちに向ける。だがこちらに手が向く前に切り飛ばせる。

 

 ニヤリと笑った。勘は働かないが少しの違和感が生まれる。

 

 思い返せば、巫女が態々もらうようなものじゃない。

 

 切り飛ばした手が宙に浮き、此方を向いていた。感知だけでは拾えない情報なだけに見なければ気づけない。

 

(切った手でも能力が使えるというのか!)

 

 草薙の剣を投げて、手を壁に張り付けた。

 

「流石の反応だけど、教えて上げる。切れた手では能力が使えないんだ。」

 

 ブラフ。幼い性格だと思っていたが、狡猾な考えができるのか。もう片方の手を切り落とそうとしたが、向こうが早い。

 

「巫女のお姉さんとお揃いにして上げる。」

 

 俺の右手に向けて手を握った。握られた直後に腕を切り飛ばしたが、間に合わなかったか。迫り来ると予想した痛みに備え痛覚を浮かせた。

 

 脳に響く怨嗟の声、久しぶりに不快感が頭を駆け巡る。死の恐怖を直接叩きつけられた気分だ。

 

 恐怖によって僅かに硬直していた。追撃されていれば無防備にやられていたが、両腕が切り落とされたフランドールが腑に落ちない顔をしている。

 

「・・・何で壊れないの?」

 

 戸惑った今が好機。

 

「壊れたさ。厄介な事をしてくれたな。」

 

 呆気に取られていたフランドールを障壁が張られた本棚に蹴り飛ばし、針を投げ磔にする。霊力と封印術が施された針は妖力と相殺し、妖怪の強さの一つである再生を抑え込むことができる。

 

 弱い妖怪に対してはいくつか差し込むだけで消滅まで追いやる事はできるが、再生能力が高い吸血鬼相手では傷の再生を抑える程度にしかならない。

 

(だが、ここならこいつを押さえ付けることができる。ここの魔力なら俺に扱える!)

 

 本棚の魔力がフランドールの手足を固定する。展開してある強力な防衛魔術をそのまま拘束に利用した。

 

 図書館には持ち主の魔力が宿った本は多くあった。既存の魔術を利用できる程度にはここの魔術は学んでいる。

 

「むぅ、下ろして!」

 

 ジタバタと騒ぐ様子から力を抑え込む事は出来たか。再生能力が戻り能力が使用可能になったら壊されるだろうが、十分だ。

 

「この騒動が終わるまではそこで大人しくしておくんだな。」

 

「いじわる!」

 

 背中で聞こえる罵倒を無視して、レミリアの方に振り返る。

 

「後はお前か。」

 

 紅い目の吸血鬼が笑みを浮かべながら瓦礫の中から出てくる。まともにマスタースパークを受けても悠然としている。

 二回は致命傷を負っているはずだが、堪えていない。

 

「なに負けてるのよ、フラン。」

 

「お姉さまだって吹っ飛ばされてたじゃない。それにその人間、フランの能力でも壊れなかったんだもん!」

 

「へえ、能力を無効にでもできる手段を持っているのかしら。」

 

「そんなものはない。お前の妹の能力は確かに俺に届いた。」

 

 呪詛の声は僅かにだが、脳に響く。完全に封印も何もしていない状況で長くいれば精神的苦痛になる。痛みを浮かせることは出来ても、呪いについては痛みではなく、死そのものを呼び起こす最悪のもの。

 

 表面上は冷静に保っているが、心臓を捕まれたかのような感覚がする。

 

「その中でお前を倒さなきゃならないのか。」

 

「レディからのお誘いよ。いい男なら乗ってくれるわよね?」

 

「そいつはどうも、、、いくぞ、小傘。」

 

 俺が飛び出したと同時にレミリアも飛んだ。刀状態の小傘を投げ飛ばしながら札を起動する。

 

 槍で小傘を弾く瞬間、懐に潜り込む。爪による攻撃も牙も届かせない。

 

時間変換(タイムドライブ)

 

 加速した状態での格闘戦なら、虚を衝ける。もしレミリアが美鈴さんとの戦闘を幾度も行い、熟知しているのなら防がれるかもしれない。

 武器と爪を合わせた接近攻撃に美鈴さんの面影は感じなかった。例え戦闘経験があったとしても教わってはいないと思われる。数回程度の手合わせでは対処できない技。それも初めて会った俺が使うのであれば必ず通る。

 

「はっ、う!」

 

 手足の先に至る全身に打撃を打ち込んでいく。反撃する隙も与えない連打。

 

「嘘!めーりんと同じ技だ!今日覚えたとしたら、お兄さん凄いね!」

 

 後ろで張り付けにされたフランドールが絶賛している。技自体は知っていたか。

 

 再生能力の高い相手に対しての有効打はどれだけ再生し辛い状況にするかだ。実戦で使う機会があまりなかったが、美鈴さんから叩き込まれた技の一つだ。

 

 初撃の感覚から相手にとって致命傷になり得ない程度の威力での波状攻撃。

 

 一つの致命傷より、動けない程度のダメージを体に残す方が再生能力が高い妖怪にとっては有効的だ。重症であっても瞬時に再生しないことはフランドールの首を戻していた事から推測出来た。おそらくは再生の補助だろう。

 

(萃香クラスでは気休め程度だが、レミリアはどうか。)

 

「見た通り、不思議な人間ね。久し振りにこれほどの重い技をくらったわ。」

 

 よろよろと起き上がる。驚異の再生能力だが、再生阻害にはなっているようだ。

 

 本来なら手足の骨も砕き、起き上がる事はできない威力はあるはずだった。

 

「でも、私を殺すのであればあの十倍くらいは必要かしらね。霊力で強化もしていない攻撃にしては見事だと言いたいけど、少しでも優位に立つのだったら強化をするべきだったわね。無理をしてでも。」

 

 強化を施していない打撃では比較的に攻撃が通りやすい吸血鬼でも大した痛手にはならない。

 

「・・・いいや、十分だ。」

 

 十分に時間は稼いだ。レミリアは槍を取り出して向かってきた。

 

「後は頼みます、、、紫さん。」

 

 目の前のレミリアの姿が消えて、背後に気配が移動した。

 

「・・・パチェ、やられたのね。」

 

 空間系の能力が使われた事で魔女が倒れた事を悟ったか。

 

 隣に紫さんが現れる。

 

「巫女の方は神社で藍に見てもらっているわ。あなたも離脱するかしら?」

 

「いえ、残ります。紫さん一人でも大丈夫だとは思いますが、俺はここの主の元に行きます。」

 

「ヴラド・スカーレットとあなた一人で戦う気?」

 

「戦闘能力だけで言えば、ここの主はあの吸血鬼ほど強くはない。あくまでも俺の感知でとらえた感じはですがね。」

 

 妖気の総量だけでは戦闘能力は決まらない。だとしても凡その力は把握できる。

 

「俺の感覚にはなりますが、レミリア、あの吸血鬼は相当強い。が、話の分かる妖怪です。ここの管理者として残しておいても良いと思います。」

 

 ここで俺が言わずとも消すことは無いはずだ。魔女の気配は僅かながら感じる。巫女は殺さなかったのか。

 

「ふ~ん、何か考えがあるかは知らないけど、全員を消すつもりは無いわよ。まああなたが一人でヴラドを相手するようだから、少し遊んでやろうかしら。」

 

 不敵な笑みを浮かべてレミリアに向き合う。この様子だと他の吸血鬼は問題ないようだ。

 

「八雲紫、どの程度の存在かしらね。」

 

 レミリアが構え直す。目線を一瞬だけ合わせた。

 

「霊吾、お父様をよろしくね。」

 

 何かを期待するような目。

 

(・・・あいつは俺を運命を変えると言っていたな。いったい何が見えたんだ。)

 

 考えても答えはでないな。二人に背を向けて図書館を出る。

 

 

 

・・・

 

 最上層に駆け上がる。解かれた封印を無理矢理抑え込む。

 

(っ!痛いな。)

 

 痛覚を浮かしても呪いの進行が早まる以上は痛みを戻したままで処置する必要がある。元から持っていた赤布も無ければ封印術も十分に施せない。

 巫女からもらった針を打ち込んで何とか抑えることは出来た。これだけやってもあくまでも応急処置だ。

 

 

 

 紅魔館最上層。俺の記憶にある窓が割れて吹き抜けになった場所ではなく、王の間に相応しい部屋だった。

 

 

 

 

 



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吸血鬼異変終局

やや長めになってます
吸血鬼異変最終話です


 紅魔館最上階。唯一窓が存在している。人間なら三十前後程に見える男が座っている。

 

「博麗の巫女くらいだと思っていたが、存外居るのだな。お前のような人間は久しく見ないが。」

 

 低く威圧するような声。声だけで重圧を受けているようだ。

 

「お前が館の主で合っているんだな。ヴラドだったか。」

 

「いかにも、ヴラド・スカーレットだ。」

 

 立ち上がりこちらを見据える。随分と余裕がある。いや、余裕ではなく、どこかで感じたことがある何かだ。

 

「最後になるやもしれぬぞ、何か聞きたいことでもあって来たと見える。お前がレミリアを退けて我の元に来るとは思えないからな。」

 

 見ただけである程度の実力を判断できるか。戦闘経験が多いのか、もしくは天性の感覚を持つ者か。まあその内分かる事だ。

 

 それより随分と話が早いな。敵対しているというのに話を聞いてもらえる。答えてくれるかは分からないがいい機会だ。

 

 吸血鬼異変での違和感。俺の想像は間違ってる訳じゃない気がした。

 

「・・・ずっと疑問に思っていたことがある。本当に幻想郷を支配する気だったのか?」

 

「何が言いたい。要領を得ない質問は好ましくないな。」

 

「自らの首と引き換えに娘達を幻想郷に残すつもりではないかと考えていたのではないか。外の世界でいずれあんたみたいに諦めを感じるならとここに来たんじゃないかと思ってだな。」

 

 目線が鋭くなった。不愉快と言わんばかりの表情。僅かに圧が重くなった気がした。

 

「貴様、我を侮っているのか。己を紅魔館の為の礎とするといいたいのか?」

 

「何となくだが、お前と俺は少し似てる気がする。だから分かる。自分を未来の糧としようとしてんじゃないか?安心しろ、この事は誰にも伝えてはいない。純粋に俺が気になったことだ。・・・まあ、その反応からすると強ち間違いって訳じゃないな。」

 

 余裕ではなく、諦め。ここで終わっていいという思いだ。未来で何度も感じてきたものだ。

 

 こういう奴らの扱いは面倒だ。

 

「仮にそうであった場合何だ。素直に殺されてくれとでも言うつもりか?」

 

「いや、それに意味はない。ちょっと頼まれている事もあって、聞いてみるが、異変のことは紅美鈴に伝えたのか?」

 

「たかが門番に伝えるものか。」

 

「たかが門番ね、、、かつて頼りにしてきた相棒ではないのか?」

 

 動揺。その情報は本来知り得る筈がないもの。唯一知っているのは九尾の狐位だが、千年以上前であり力を抑えている紅美鈴を即座に特定できるとは思えない。

 

 霊吾の言い方は聞いただけじゃない。何か確信を持っている言い方だった。

 

「別に未来のために己を捨てるのは否定はしない。残る存在、出てくる存在が一方で消えていくというのは幻想郷でも無いわけではない。」

 

「貴様はいったい何が分かっている!」

 

 美鈴さんから詳しく聞いた訳じゃない。殆ど知らないも同然だが、美鈴さんが紅魔館に残る程の関係位は分かる。

 

 後はブラフで十分。

 

「知りたいか?一つ条件がある。」

 

 刀をその場に置く。上着を脱ぎ捨てる。仕込み武器等も捨てる事で一切の余念を失くす。

 

「武器、術を一切用いない格闘のみの勝負でお前が勝てば教えてやるさ。あんたと紅美鈴の関係、何処で知ったか位は教えてやろうか。」

 

 霊力を使うと嫌でも呪いが進行する。応急的な封印では現状維持が精一杯の為、これ以上の進行は命に関わってくる。

 こっちが相手の土台に乗れないなら相手を乗せるしかない。

 

 それに吸血鬼であるなら必ず俺に合わせる。それ故に誇り高いと言われてきた種族だ。安い挑発だとしても乗らざるを得ない。

 

「・・・それでお前は何を得るつもりだ。」

 

「お前の本音を聞きたい。小傘、道具は頼んだ。」

 

 実体化した小傘が道具を集める。

 

「ご主人様、ご無事で!」

 

 小傘は扉から出ていった。

 

 こいつから本音を引き出すにはただ勝つだけでは無理だ。

 

 

・・・

 

 

 

 純粋な格闘戦。理不尽で強力な術もなければ武器による攻撃もない。

 身体強化すらも施していない己の肉体のみで戦うのは久々だ。

 

 大妖怪を相手にして純粋な肉弾戦を挑むのは初めてだが、不思議と余裕が出てきた。ここで負けても全てが終わるわけではない。最低限の警告は伝えている。

 

 それにこいつの接近戦闘は俺と似ている。美鈴さんの守りが主体な武術であり、相手の攻撃を受け流し、カウンターを狙うところ。

 

 そしてなによりも、不完全であるところ。

 

「何故だ!何故、あいつの戦い方と同じなのだ!」

 

 困惑している。相手が全く同じ戦い方をしているのは互いに分かる。ヴラドの接近戦を予想できた分の意識とヴラドが長く使ってこなかったと思われる空白期間が顕著に現れる。

 

「勝てば教えると言っている。ほら、一発でも入れてみろよ。」

 

 掌底を叩き込むが、少しの怯みで反撃してくる。

 

 大振りではあるが、間違いなく名残がある。長く関わっていなければ付かない癖のようなもの。

 吸血鬼としての戦い方はレミリアに大きく劣っているとすら感じた。威圧感は間違いなく大妖怪のものだが戦闘力は高くは無い。ちぐはぐな存在だ。ここも一つの共通点だった。

 

「・・・お前、後天性の妖怪だろ。」

 

 俺が魔力に溺れた場合に行き着く先ではないかと感じた。武術を捨て、魔法使いらしく生きた道もあったのかもしれない。

 だけど何かを捨てて成るには頼りすぎていたものだ。どうしても体は忘れてはくれない。不要なものと切り捨てようとすれば自分では制御できない癖のような枷になる。

 

 受けを主体とする美鈴さんの武術と吸血鬼の持つ力と速さは相反する。併せ持って鍛えていけばその限りでは無かった筈だった。

 

「貴様、どこまで!」

 

「ただの推測だ。俺も似たような者だからかも知れんな。」

 

 心が乱れた相手には優位に立ちやすい。頭を強く打ち付け、意識を飛ばそうとしたが、力が足りない。少しふらつく程度に収まっている。

 

 好機を逃さずに追い討ちをかけようと首筋に突きを打ち込もうとしたが、フラフラからのカウンターを片手で流しながら身を引く。吸血鬼だけあって力はそれなりにあり、地を滑らせる。

 

「・・・何だ、やっぱり身体が覚えているもんだな。」

 

 咄嗟に出てくるには身体に染み込ませなければならない。癖と言ったように無意識の反応であればかつての技術が表に出てくる。

 

「・・・こんな技術など我には必要のないものだ。」

 

「だが、それで生き残って来たんだろ。それほどまでに大事か、吸血鬼の誇りって奴が。」

 

「誇りなくして吸血鬼に非ず。妖怪の中でも上位に君臨する我が何時までも持っているべきものはない。」

 

「確かにお前は強い。なら何故逃げる?」

 

「逃げる?我が何から逃げていると言うのだ!」

 

「相棒を頼れよ。連れてくるのなら相談してみろよ。本当の気持ちを伝えるのも聞くのも怖いんだろ?」

 

 一瞬、顔が歪んだ。

 

「・・・あいつには我の事を忘れて生きて欲しかった。捨てたと思われても仕方がない事をした。我の目的のために付き合わせてきたのだ、我が居なくなるのであればあいつも自由にする筈だ。態々聞かずとも分かる。」

 

 やっと本音が出てきたな。

 

「でも付いて来たんだろ?なら責任を持てよ。お前はここの主なのだから。」

 

「貴様に我の何が分かる!」

 

「俺には分からんさ。だけど黙って残されていく側というのは残していく方よりも辛いらしい。」

 

 掌底を叩き付ける。ねじ込み、押し潰し筋肉を引きちぎる。

 

「く、たかが人間の分際で、、、」

 

 再生は吸血鬼の例に漏れず早い。瞬時とはいかないまでも動ける様になるのに殆ど時間がかからない。それでも十分な隙は出来る。

 

「人間の技術を下に見たお前の敗けだ。俺の技術は新しいものなんかじゃない。古くから伝わる技術でお前も知っているものだ。ずっと鍛え続けていれば、お前は俺なんかが相手にならない位に強かった筈だ。吸血鬼の強み無しに俺に勝てただろう。」

 

 俺の完全な上位者に成れた。吸血鬼と守りの武術は極めることが出来れば大妖怪でも上位の存在だったのだろう。

 

「貴様ぁ!」

 

「何時までも引きこもってないで、外に出たらどうだ。行くぞ。」

 

 動けない吸血鬼を全身全力の一撃でもって殴り飛ばす。

 

 

 

・・・

 

 

 紅魔館の窓を突き破り、何者かが落ちてくる。

 

「ヴラド!」

 

「くそっ!」

 

「やはりしぶといな、吸血鬼というのは。」

 

 一方的にも思える打撃の応酬。

 

(やはりレミリアの方が吸血鬼としては上だったな。そもそもこいつは純吸血鬼ではない。まあ武器を持っていれば話は別だったかもしれないが。)

 

 内臓破壊は着実にヴラドに効いている。血反吐を吐きながら、耐えてはいるが再生が追い付いていないようだ。

 レミリアであればもう立ち上がって向かってきている。

 

 もう少しで大人しくなると思い近付こうとしたが、美鈴さんが立ち塞がる。

 

「すみません、ヴラド。やっぱりあなたを失いたくはないです。私達の見えない所で消えるつもりだったのかもしれませんが、目の前で終わりを見届けたくはない。」

 

「め、美鈴、、」

 

 ご主人様ではなくヴラドと呼んだ。

 

「約束とは違うぞ、紅美鈴。そいつの本音を聞き出すのだろう。大分出るようになったがもう少し痛みを覚える必要があると俺は思う。」

 

「もう少し穏便なやり方かなと思ってたんですけどね。ちょっと手荒じゃないですか。」

 

「穏便な方法で解決できるならこの騒動は起きていないだろうよ。あんたも分かっているはずだろ?」

 

「だとしてもです。目の前で大事な人がズタボロになって、幕切れというのは堪えるんですよ。どうせ終わるのなら共にこの地で朽ち果てるのも悪くないと思いませんか?」

 

 美鈴さんから妖気を感じる。

 

 竜人化。萃香とは違い弱体する部分は一切無い本気の姿。竜のごとき目がこちらを捉える。あの時の目と違い力強く全てを壊す様な眼光。

 

(・・・さて、後はどうでるか。)

 

 美鈴さんが構える。強化をしていないこの身で受ければ半身が捥がれるかもしれない。

 だが戦闘は起きないだろう。

 

「・・・美鈴、下がれ。」

 

 ヴラドが美鈴さんの肩を叩く。

 

「ヴラド?」

 

 美鈴さんを押し退けるように前に出てきた。まるで相手は自分であるかのように。

 

「これは我のけじめだ。」

 

 目付きが変わった。傲慢な吸血鬼の王ではなく、何かを目指していた人間の目だ。

 紅美鈴からすれば、かつての相棒の姿。夢に向かってただひた走る人間だった者。

 

「名を何と言う人間。」

 

「霊吾だ。どうだ、相手がどう思ってるかなんて分からないものだろう?」

 

「全くだ。高々二十年程しか生きていない人間にそう言われるとはな。」

 

 己を嘲笑うかのような表情と声。ヴラドが呆気に取られている美鈴さんを見る。

 

「これほどの情けない姿を晒すのはこれが最後だ。我は、いや、俺はお前にはもう見限られていると思っていた。だからこそ、新しい世界を求めた。レミリア、フランを頼めるお前にも共に生きて欲しかった。」

 

「だが、違った。お前には俺が必要らしいな。」 

 

 自分の存在が他者にとってどうなっているかを本当に理解した時、そいつは変われる。

 かつて小さな友達のために自分を変えた存在と長く居ただけはある。

 

(やっぱり似てるよ、あんたら。)

 

「これで最後になるのであれば俺は昔の姿で終わりたい。」

 

 翼が焼き切れ、牙が引っ込んだ。吸血鬼の名残は紅い瞳だけか。

 

「その昔、吸血鬼を目指した男だ。名前はもう覚えていない。ただ吸血鬼になるだけの能力を持った人間だ。」

 

 構えは変わらず不恰好。だが意識は変わっている。

 

「遠慮はしてくれるなよ、霊吾。」

 

「元より俺は全力だ。その時その時に悔いは残さないようにしている。それは今だろうと変わらない。」

 

 二人同時に飛び出す。ヴラドに先ほどまでの俊敏さはない。吸血鬼の力は殆ど残っていないようだ。

 そんな相手に負ける道理などない。

 

 相手の拳を受け流す。意地の一撃といえど大した力はない。

 

 流れるように懐に潜り込み、拳の威力を身体に伝え、全身で突き上げる。ヴラドが宙に投げ出される。

 

 勝負は決した。

 

 

 

・・・

 

「あなた一人でよく無力化出来ましたね。手間が省けましたわ。後は任せておきなさい。」 

 

 紅魔館での戦闘が終わったであろう紫さんが隙間から現れた。ヴラドを用済みと言わんばかりの物言いだ。ヴラドに近付こうとしたが呼び止めた。  

 

「もういいんじゃないですか、紫さん。他の吸血鬼は消滅したならこいつまで消す必要は無いと思いますが。」

 

「けじめを付けるべきです。主犯が生きているようであれば、他の妖怪達も好き勝手暴れだす可能性があります。それにあの姉妹、特に姉の方は話が分かる妖怪ですので、彼は必要ない存在です。それに反乱を起こす可能性もあるのですよ。幻想郷をよく知った上で起こすなら今度は最悪の存在になるかもしれないわ。」

 

「もうならないですよ。そいつは自らを人に戻した。正確には人に限りなく近い吸血鬼ですがね。唯の隠居爺さん位に思えばいいですよ。」

 

 譲ってはやらない。ここでヴラドが美鈴さんとの別れを切り出して綺麗に終るというのであればヴラドを見逃すとは言わないだろう。

 だけど、ヴラドは生きる事を選択した。随分と弱体化した吸血鬼紛いなら残しても問題ないんじゃないか。

 

 紫さんが少し考え込む。妖怪から人に近い存在にその身を変えたのであれば対応は楽になる。

 霊吾だけで抑え込んだのも加味すれば、手間はかかるが反乱されても対処できる。

 

「・・・今回はあなたに免じて彼は見逃すとしましょう。何かよからぬ動きがあればその限りではありませんよ。」

 

「ありがとうございます、紫さん。」

 

「私は戻ります。あなたも来るかしら?」

 

「自分で戻りますので戻っていてください。巫女の状態も気になるのでしょう?」

 

「そうですね。では戻っておきますわ。」

 

 紫さんは隙間に消えていった。

 

 

 倒れたヴラドとそれを見下ろす美鈴さんに目線を向ける。

 

「・・・悪かったな、美鈴。ずっと蔑ろにして、」

 

「許しますよ。」

 

「また、俺に格闘術を教えてくれないか。もう大分忘れてしまったから基本から頼む。」

 

 失くした物を取り戻すのは時間がかかる。術も信用も同じだ。

 

「しょうがない人ですね。あの時と違って振り向いて欲しい方は居ないんですよ。」

 

「いいのだ。ただお前の隣に立ちたいだけだ。」

 

「『お前に勝って、本当の友と認めてもらう』あなたがいつしか私に言った言葉です。覚えていますか?」

 

「・・・よく覚えているのだな。」

 

 

 

 

 

 




槍か剣であればヴラドの方が強いです
久しぶりの格闘戦と何故か本美鈴や自分と同じような闘い方をする人間に困惑したことで手玉に取られた感じです




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弾幕遊戯黎明期
異変の爪痕


半年ぶりの更新になります




 吸血鬼一同が侵略を試みた異変は解決した。だが、大規模の異変なだけに被害が全く無いとは言えない状況だった。

 

「巫女の様子はどうだ?」

 

「大分落ち着きましたよ。体調も安定してきましたし、付きっきりでの看病はもういらないでしょう。妖怪の山、魔法の森周辺はどんな様子ですか?」

 

 第一の問題としては巫女の容態。出血と痛みを堪えての戦闘が長く続いた代償は小さくない。異変が終わるまでは神社に戻っても強気だったそうだが、異変解決後から糸が切れたかのように床に伏していた。

 

 俺が神社にいるということもあり、巫女の看病を任せられ、紫さんは被害状況の確認と各地域への説明、後は紅魔館への牽制にも行っているのだろうか。

 

 藍さんも同様に動いており、妖怪の山、魔法の森周辺での状況を監視している様だ。

 

「先ず妖怪の山だがこちらの被害はない。天狗に話を聞けば殆どが萃香が倒したとのことだ。頼んだのは君だろう?」

 

「興味があれば動いてくれとしか伝えてないですよ。萃香の判断です。」

 

 そもそも吸血鬼だけで妖怪の山全体が落とされることは無いと踏んでいた。萃香がいればまず問題ないが、萃香がいなくとも拮抗する程度の筈だ。

 

「魔法の森周辺は暫くすれば妖精が復活して元に戻るであろうな。森に入る前に対処した分想定より被害は少ない。」

 

 第二の問題として妖精の喪失だ。自然の象徴であり、表裏一体の存在であるため、一斉に姿を消せば今の環境が崩れる可能性があった。

 

 侵された自然環境は異常現象が起こりやすい。異形の妖怪の発生や動植物の妖怪化等、人が生きていくには厄介な奴らが出てくる要因になる。

 

 未来ではチルノが妖精を守るために奔走していたのもあったのだろうが、人間が生きていく環境としては何とか保っていた。それでも兆しはあった。

 

「一つ気掛かりなのが異変の生き残りである妖怪だ。」

 

「あの闇妖怪ですか。封印術で抑え込んだ妖力から脅威にはなり得ないと思います。俺の術からしてあまり信用はできないかもしれないですが。」

 

 一度きりの最高の封印術。歴代博麗の巫女が引き継いできた霊媒と術。術者が博麗の巫女であれば大妖怪であれ何であれ封印できる術だ。

 

「あれは外の世界でもそれなりに目立っていた人食い妖怪だ。人を食うのは妖怪としての本能でもあるが、大妖怪ともなれば別だ。普通の人間を取り込んだところで対して満たされることはない。つまるところ種族、個体としての特性であろう。君の封印術を疑っているわけでなく、肉体の弱体化を伴うほどの強力な封印でもなお、害を及ぼすというのを理解して欲しい。」

 

「人食いの性質が強いことには変わり無いということですか。どちらにせよ力は抑え込んだ状態であれば人里を襲う様な真似はできないと思いますが。」

 

 妖力の大きさが絶対では無いとはいえ、そこらの妖獣より僅かに力がある程度だろう。

 今の魔理沙でも対処はできる。それに人里には上白沢慧音がいる。

 

「奴の能力があれば力はいらない。まだ傷は癒えておらず動きは見せていないが暫くは警戒しておく。」

 

 周囲に闇を展開し、闇の中であっても標的を見失わない能力。聞いた話によればルーミア自身も見えないとのことだが、封印された事による影響だろう。

 俺との戦闘では闇の中で的確に狙われていた。闇の中での索敵が可能なままであれば確かに脅威だ。

 

 そもそも未来でも人食い妖怪として知られている存在だ、力が落ちた状態でも自由にさせるわけがないか。

 人里にも入っていたと話もあるが、時間の問題で受け入れられるものなのだろうか。

 

(吸血鬼侵攻で人里に被害は出ていないのもあり、認識が無かったのかもしれないな。何よりはあの性格だ。無邪気な少女の様な性格であるから受け入れられたのもあるだろうな。)

 

 直に分かる事だ。今のところは放置でも問題ないだろう。

 

 

「とりあえず異変後の後始末は目処が立っている状態ではある。霊吾が居なければ被害は甚大になっていたかもしれない。でだ、紫様から話が来るだろうが私から伝えておく事が一つある。新しい博麗の巫女についてだ。」

 

「新しい巫女ですか。」

 

「そうだ。片手を失った巫女の代わりとして連れてくる予定だ。君の想定通り霊夢という名の少女だ。確認したが家族はおらず一人で生きているようだ。」

 

 とうとう来たか。歴代最強と言われた博麗の巫女。

 年端もいかないのに一人暮らしか。一体どういう状況だ。例に漏れず孤独の存在か。

 

「俺に伝えるという事は何かして欲しい事でもあるんですか?」

 

「少しの間稽古を付けてやって欲しくてな。」

 

「基本的に巫女は先代から教わると聞いていますが、、、単純な戦闘にしろ、術にしろ俺よりも熟練の巫女の方が良いと思いますよ。」

 

 代々は先代から教わるのが通例ではあるが、巫女の役割は常に一人だ。それ故に巫女としての力が衰えた場合に先代として一線から引くらしい。

 大抵は衰えを見せずに亡くなるとのことで術は藍さんや紫さんが教え、その後の対妖怪戦術は個々で磨き上げたものとなっている様だ。

 今回もおそらくは同様の状況になっていた筈だ。

 

「傷が治るまでの間ではある。手を失って早々に立ち直る人間はいない。いきなり子供を連れてきて教えろというのも酷な話だろ?」

 

「霊吾!ご飯は!」

 

 寝室から大声が聞こえてくる。やっと落ち着いてきたというのに元気な声だ。

 

「立ち直ってる気はしますがね。まあ強がってはいるんでしょうけど。少し居なくなるだけで呼びつけられる以上、外にも出られない状況なのは勘弁していただきたいところですが。」

 

 なんとも言えない表情の藍さん。

 

「巫女も初めて大きな怪我を負ったのだ。人恋しくもなるのだろう。稽古の件で言えば、霊吾の方から教えてもらいたいのだ。生き残る術を多く持ってる分、巫女よりも幅広く戦える君の方が適任だと思っている。」

 

 博麗の巫女自体が勘を頼りに成長してきた存在であるが、今代の巫女はより独自の進化をしている。戦闘だけで見ても自分の範囲に持ち込む。術も対した事が無いと言ってはいるが能力による応用で封印術は中々のものになっている。

 言ってしまえば今の巫女の術はそれ以外の者では使えるものではない。

 

「だとしても基礎的な事だけにはなると思いますが。」

 

「それができるのであれば十分だ。博麗の巫女としての素質を持っている人間なら基礎だけで何とかなる。」

 

 あの博麗霊夢であるなら少し見せれば十分だろう。

 

 

 

 

 

「そういえばだが、傷の治りが予定より早いが何かしたのか?」

 

「巫女の再生力じゃないですか?」

 

「巫女も人間に変わり無い。君の様に混ざっていない純粋な人間だ。それに薬や術等も効き辛く、他の人間に比べて自己の治癒力でしか治らない巫女だ。」

 

 巫女の性質上、薬や術の効果は薄くなる。厄介な性質を持ったものだ。

 

「・・・あまり言いたくは無いのですが。」

 

「言いたくないか。まあいい、予想は付く。お前から巫女の匂いが強くするのが原因だろうな。」

 

「分かった上で聞いてるのなら、意地が悪いですよ。安心して下さい、変なことはしていませんよ。寝るときに隣で気力を送り続けてるだけですので。」

 

 深く繋がっていない分直ぐに効果が出るわけではないが、回復能力の促進を行う事はできる。術の効果が低いとは言え藍さんから見て回復が早いと分かるのであれば効果は出ているか。

 

 あれでも巫女である、肉体的な接触は避けた方がいいとは理解している。

 

「・・・格闘術もそうだが気力の使い方、今回やってきた竜人に教えられたのか。」

 

 そういえば藍さんは美鈴さんが竜人であることを知っていた。以前に争った事があるとも言っていたな。

 気力操作に思い当たったのも美鈴さんを見て思い出したか。

 

「それも確信があるようですね。まあ、その通りですよ。紅美鈴が居なければ、今の俺はいません。俺に生きる術を教えてくれた一人です。大妖怪の強大さをこの身に叩きつけたことも含めて。」

 

「なるほどな、君がやけに執着していたからもしやとも思ったが、あの館の住人と交流があったのか。」

 

「いえ、俺のいた未来では紅魔館には紅美鈴以外の住人はいなかった。紅魔館の住人は幻想郷の変化に興味を示し関わっていたと聞いていたので、長くいてくれた方が良いという判断です。その為には本来ここで消えていたであろうヴラドを残したかった。」

 

 紅美鈴だけでなく、吸血鬼の姉妹にも何らかの影響があると見ている。今のヴラドを残しておいたとしても幻想郷の未来に悪影響は及ぼさないだろう。

 

「それも考えての行動か。やはり未来を知っていると言うのは心強いな。」

 

「まあ今回の異変で俺の居た未来とは大きく変わると思いますよ。消えていた筈の存在が残るというのは今回が初めてだと思いますので、今後の事は俺も分からないですね。」

 

 それでも一つ確定で断言できる。

 

 

 新しい決闘方式の準備が始まる。

 

 

 

 

 




藍さんとのお話し回


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闇の欠片

およそ半年ぶりの更新です



 藍さんへの経過報告の翌朝。朝食の準備や寝間着の洗濯等やることが多く、巫女が起きるより早くに目を覚ます。

 

 基本的に来訪者はいないが、来るのであれば主に昼だ。妖獣もそれほど活発に動かない昼であれば人里からも来ることはできる。とはいうものの数人の団体にはなるが。

 

 早朝に来訪が来るとすれば緊急事態なのだ。

  

「霊吾さん!」

 

 神社の外から声が聞こえた。

 

(近づいてくる気配はなかった筈だが、、、巧妙に隠していたにしては今ははっきりと分かる。)

 

 巫女が万全の状態ではないこともあり、それなりに警戒はしている。大きな妖気ではないが、気づかない程小さくはない。呼び方からして敵ではないと思われるが誰だ。

 

 早朝ということもあり、寝ている巫女から離れ。外に出ると、いつか見たチルノの友達がいた。緑髪の妖精にしては大人びた風貌と性格。確か、、、

 

「大妖精だったか。慌てた様子だが何かあったか。」

 

「あの時の妖怪とチルノちゃんが戦ってて!チルノちゃんから霊吾さんを呼んで欲しいと言われたので、来てもらいたいです!」

 

 思い当たるのはルーミアか。大人しくしていたようだが動き出したか。傘立てのに声をかける。

 

「小傘、留守を頼む。巫女が起きたら少し出ている事を言っておいてくれ。」

 

 傘から人間体に代わる。

 

「分かりました。お気を付けて。」

 

 草薙の剣を渡される。相変わらず気が利く。

 

 渡された刀を腰に差す。

 

「ああ、大妖精、案内を頼む。」

 

「はい、、あの、失礼します!」

 

 大妖精が手を掴むと景色が変わる。

 

 異変でチルノとルーミアが争っていた魔法の森と湖の間にいた。目の前でチルノとルーミアが相対している。

 

(瞬間移動だったか。道理で気配がいきなり現れる訳だ。)

 

「お前はあの時の!?」

 

 こちらに俊敏とは言えない動きで距離を取る。どうやら身体の動きが上手く制御できていない様だ。

 

(記憶が残っている?妖気も小さく封印は成功している筈だ。記憶だけが残っていると見ていいか。)

 

 赤布の霊力が落ちていたか。俺の封印術が巫女ほどの強さを持っていなかったか。どちらにせよルーミアも俺の知る存在から外れたか。

 

「レイア、こいつどうする?」

 

 僅かに戦闘の後は見える。息遣いの荒いルーミアと無傷のチルノ。周囲の氷の状況からして大規模の争いでは無さそうだ。

 それにチルノは無傷であることから間違いなく力は抑え込まれている。

 

(チルノが強くなったと言えど力がそのままなら無傷とまではいかない筈だ。)

 

「目立った害を成さないなら放置でいい。それに今のお前が牙を向けるのなら俺が消し飛ばす。不完全な封印である以上は仕留め損ねた妖怪と同じで、本来ならこの場で消滅させるんだがな。」

 

 霊力の圧を飛ばす。弱くなったと言えど、人食い妖怪であることに変わりはない。

 

 無邪気で幼き性格ではなく元の性格であるなら、藍さんが言っていたように力がなくとも害を与えることはできる。幻想郷を脅かすほどの脅威は無いにしろ好き勝手に暴れれば被害は出る。

 

(俺のミスだ。ここで処理した方が適切か。今のこいつはどちらに転ぶかは分からん。)

 

 ルーミアは恐怖で動けない。

 封印前の時ですら目の前の二人を同時に相手取るのは不可能。

 それに目の前の男はもう封印という手は使わない。今度こそ終わりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・レイア、そこまでしなくてもいいんじゃない。今のルーミアはあたいでも抑えられるし。」

 

 隣でチルノに腕を掴まれる。

 

「大妖精を一度は殺し、お前を殺そうとした存在だ。情けをかける相手ではないだろ。」

 

 大妖精を見る。チルノに反対する気は無いようだ。とりあえずはチルノに任せているようだ。

 

「いや、何て言うんだろうか。レイアに怯えてるルーミアを見るとさ、こいつもあたい達と同じ弱い存在だと思うんだ。悪い奴ではあったけど、でも、、、」

 

 一度は殺されかけたというのに庇うか。それは優しさではなく、甘さだと言うべきだろう。

 

 だが、その底なしの甘さに救われてきた者達もいた。切り捨てるべき妖怪達も何とか拾おうと駆け回っていたチルノを思い出す。例え敵だったとしても変わらないか。

 

 

 ルーミアを見る。威勢はいいものの力が伴わない虚勢にも思える。

 

(・・・己と重ねたか。)

 

 自らを最強と鼓舞するチルノとは違い、この妖怪はただ傲慢なだけだろうが。

 ただ、この子の判断に任せてみたい。常にいち早く危険を察知してきた彼女なら仮にルーミアが暴挙にでても未然に防げる筈だ。

 

(例えルーミアの性格が大妖怪だとしても肉体に多少は引っ張られる筈だ。それにチルノとの関わりでも変わる可能性は十分にある。)

 

「・・・そうか。じゃあ、チルノ、暫くこいつを頼む。ただ、少しだけ話をさせてくれ。」

 

「ほんと!」

 

 パッとこちらに笑顔を向けるチルノ。

 

 硬直しているルーミアに近付き、首根っこを掴み持ち上げる。

 暴れる気は無いようだ。諦めだろうか。

 

 少し離れた場所でルーミアを離す。ここでなら聞かれることはないだろう。

 

 

「聞いていただろうが、そういうわけだ、宵闇の妖怪。チルノに免じて暫くはお前を放置する。まあここは悪くないところだ。拾った命を無駄にすることは止すんだな。」

 

 警戒は解いていないが、どこか安堵している様に思われる。

 

「・・・それは私に人を食うなと言うことかしら?」

 

「そんなことは言わんさ。妖怪としての性質、特性上、お前が人を食うことを否定する訳じゃない。人間とて人里の外に出る時に無防備な訳じゃない。簡単に食えるとは思わんことだな。」

 

「たかが人間が妖怪に立ち向かう訳がない。いくら力が落ちたと言えど、私を止められるかしら。」

 

「そのたかが人間にその姿に追いやられたのだろ。俺より強い人間は直ぐに出てくる。古い価値観は捨てた方がいい。」

 

 図星と驚愕でルーミアは黙り込む。幻想郷という地での人間を誤解していたのかもしれない。

 助け船という訳ではないが、一つの役割を伝える。

 

「食える人間は選べ。ここは外の世界の人間が迷い込むことがある。そいつらなら問題ない。」

 

「寛容なのね。」

 

「少なくないとは言え一定数存在するもんだよ。妖獣に食い荒らされることもある等どうしようもない部分もある。そして希にだが不穏分子になることがある。」

 

 外からやってくる人間がまともかどうかは正直怪しい。霊力の高い子供や孤独な老人等が迷い混んでも長くは生きていけない。

 

 厄介なのは霊術に通じてきた人間。意図的に幻想郷に訪れる存在はいるのだ。

 古くからの文献もそうだが、紫さんが流している部分もある。大人しく幻想郷に適応できるのであれば問題ないが、下法に手を出す可能性もある。

 

(・・・完全に予想外の俺とは違い。小道具屋の店主等は紫さんの工作があった。本人に向かう意思が無かったかどうかは不明だが、あれはおそらく招いている。)

 

 招き入れるのが一種のバランス調整かどうかは知らないが、下手な妖獣が食らうよりはルーミアの方が適任だろう。

 

「・・・それは貴方も含まれているとみていいのね?」

 

「未だ立ち向かって来ると言うのであれば、相応に相手をする。」

 

「何れはあんたを食ってやる。」

 

 捨て台詞を吐いて、離れていった。

 

「あ、おいルーミア!待ってよ。」

 

 それを追いかけるようにチルノが付いていく。暫くは様子見をしておくか。

 

 

 

・・・

 

 

 

 神社への戻り道、一連の観測者に話しかける。

 

「藍さん、見ていたのでは?」

 

「観察してはいた。だが、あの氷精が一人で抑え込んだのを見て、一度離れたよ。私が手を下さなくとも氷精がやると思ったのだが、君を呼ぶとはね。」

 

 藍さんから見てもルーミアは危険因子か。俺も未来を知っていなければ、消す可能性はあった。

 

「あいつは、、、もういいでしょう。害になることはないと思います。」

 

「そうだな、今の闇妖怪なら大した脅威にならない。まあ、君の言い分には少し引っ掛かるがな。外の世界の人間なら食ってもいいと言うのは些か言い過ぎだ。」

 

「一つは納得させる為ですよ。それにルーミアを当てるのが適任かと思いまして。」

 

「それは未来を見てきたが故のものか?」

 

「いえ、完全に俺の判断です。未来のルーミアと今のルーミアは姿のみが同じの別物です。知性がある分敵対すると厄介な存在になるかもしれませんが、チルノと関わる内に変わる可能性が高いと見込んでのものです。」

 

 チルノが眼を光らせ、ルーミアもチルノを探ってる間に変化は起こる。力が衰え、知性が残っているが故に狡猾な妖怪になる可能性もあるが、チルノに寄る可能性が高いと見込んでいる。

 

「随分とあの氷精をかっているのだな。」

 

「俺から見ればチルノは希望です。あの世界でただ一人戦い続けていた。管理者たる貴女方とは違い、純粋までに自分と自分の周りを救おうとしていた。」

 

 あの気持ちは、想いは俺が見てきた中でも尊いものだった。

 

「仮に幻想郷が崩壊の道を行ったとしても彼女は立ち上がる。俺がやっているのは立ち上がった時に少しでもチルノの思う方向に行けるように力を付けさせる事なんですよ。」

 

 決して弱くはない。大妖怪には及ばないながらも強さはあった。ただ、それでも力の無さで救えなかった者達もいたと聞いた。後悔と成長の果てに未来の彼女がいた。

 例え未来の様な結末が待っていたとしてもチルノが救える存在が増え、チルノを助けてくれる存在が現れるようにしたい。

 

「なるほど、それほどの存在になるのか。」

 

「そうですね。チルノの在り方は結果として、地底や妖怪の山からの群を人里から退ける事にも繋がった。あの時、チルノが居なければ確実に幻想郷は崩壊していました。」

 

 俺と凶が萃香を討つ前に全てが終わっていたかもしれない。チルノが動かない時点で美鈴さんも風見幽香も動くことは無い。

 

「影響力だろうか。今のあの子を見てそれほどの力は感じないのだがな。」

 

「いずれ分かりますよ。」




来年はもう少し更新頻度を上げたいですね


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