東京喰種:re 皇と王 (マチカネ)
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第1章 出会い

 東京喰種:reとコードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORSのクロスオーバーになります。
 ライくんの名乗っている名前は、桜間ライ。
 ライくんが、安浦清子を踏み踏みいたします。



「あっ、そうか、解ったよ、ライさん」

 パッとリオの顔は明るく輝く。

 喫茶店『:re』の片隅の席で、プラチナブロンドの少年、桜間ライ(さくらま らい)と、抹茶色の髪の毛の少年、凛央(りお)、リオは向かって座っていた。

 とても綺麗な容姿のライと可愛い容姿のリオが、向かい合っている姿は、どこか絵になっている。腐っている方々には、たまらないシチュエーションかも。

 テーブルの上には、一冊の本とノートが置かれ、ライが教え、一生懸命、リオが勉強をしている。

 ライの前には、コーヒーとモンブラン、リオの前にはコーヒーだけが置かれていた。

 

 度々、喫茶店『:re』に訪れ、いつもモンブランとコーヒー、時おり、紅茶を注文して、片隅の席で読書をしていたライ。

 “彼”の影響で、本に興味を持っていたリオが、つい話しかけてしまう。

 とても難しい本だったので、真面にリオは理解が出来なかったが、ライが優しく教えてあげた。

 事情があって、リオは学校に通っておらず、2年前までは、碌に文字も読めなかった。

 その事がきっかけとなり、店長の霧嶋董香(きりしま とうか)から、ライはリオの家庭教師を頼まれる。報酬は喫茶店『:re』のモンブランとコーヒー、もしくは紅茶。

 この申し出を快く引き受けたライ。

 ライの教え方も良く、またリオの飲み込みも良かったので、リオの学力は、みるみる向上。

 

 ライと勉強をしているリオ、サイフォンの前でコーヒーカップを磨いている四方蓮示(よも れんじ)、ヨモ。

 そんな様子を楽しそうに見ている、店長のトーカ。

 こんな平穏な日常がいつまでも続いてくればいい、そうトーカは願う。

 からんからん、ドアのカウベルが鳴り、来客を告げる。

「いらっしゃいませ」

 店内に入ってきた4人の姿を見たトーカの表情が、微かに変わる。

 トーカだけではない、勉強していたリオの顔色も変わった。

「ウリエ、ここのコーヒーはホントに美味しいぞ」

 目付きの悪い、歯がギザギザの青年、不知吟士(しらず ぎんし)、シラズ。

(……確かに香りはいいな)

 つまらなそうにしている左目の下に並んだほくろのある青年、瓜江久生(うりえ くき)、ウリエ。

「才子ちゃん、来なかったね」

 男にしては細い、女にしては筋肉が付いている、左目に眼帯を当てている、六月透(むつき とおる)、六月。

「ダウン中だから仕方がないよ。まぁ、無理に連れ出すこともないしね」

 優しそうなプリンのような色合いの髪型の青年、佐々木琲世(ささき はいせ)、ハイセ。

 店内に入ってきたのは、この4人。

「こんにちは、また来ました」

 爽やかな感じで、ハイセが挨拶すると、

「いらっしゃい」

 どこかしら、嬉しそうなトーカ。

 そんな2人を横目で見ている、リオも複雑な表情。

 ハイセ、シラズ、ウリエ、六月、ここにはいない、米林才子(よねばやし さいこ)、才子を加えた5人組。

 

 

 食物連鎖の頂点、人を“食料”として狩る者たちが存在する。

 人の死肉を漁る、化け物として、こう呼ばれる。喰種(グール)と。

 人を上回る運動能力、再生力、頑強な皮膚。

 普通の人では太刀打ちできない喰種と戦う者たち、それが喰種対策局、略称、CCG。

 人を狩る喰種を狩るCCGの捜査官。喰種たちは畏怖を込めて、捜査官を白鳩(はと)と呼ぶ。

 CCGの捜査官には階級があり、ハイセは一等捜査官、シラズと六月は三等捜査官、ウリエは二等捜査官。ここにいない才子は三等捜査官。

 一等捜査官の上に、上等捜査官、準特等捜査官、特等捜査官がある。

 捜査官の中でも特殊な施術を施された捜査官『Q's』クインクス。メンバーは班長のシラズ、ウリエ、六月、才子。ハイセは、クインクスの指導者(メンター)。

 先日まで班長はウリエだったが、粗相をやらかし、ハイセに解任されて、新たな班長に任命されたのがシラズ。

 以前、ハイセ、シラズ、六月の3人で喫茶店『:re』に来たことがあり、とてもコーヒーが美味しかったので、今日はウリエと才子を誘う。

 3日間、徹夜でゲームをやり続けた才子はダウンしてしまい、来れなかった……。

 

 

「今日はここまでにしよう」

「うん」

 少々、残念そうなリオ。客が増えたので、リオも接客しなくて離せない。

 荷物を片付けて、鞄に入れ、帰ろうとするライ。

「ライさん」

 リオが呼び止めた。3歩、下がってから、ライは振り返る。

「今日もありがとうございました」

 お礼を述べる。

 笑顔を向け、一度、手を振ってから喫茶店『:re』を出て行く。

 

「今の人、無茶苦茶、綺麗な人だったな……」

 ライの出て行ったドアを見て、シラズは興奮気味。

(何が綺麗な人だ、あれは男だろ。いや、もしかして女か、男装の麗人? いや、やっぱり、男だよな……)

 誰にも聞こえないように、ぶつぶつ言っているウリエ。

「あれ、先生? どうしたんです」

 六月に声を掛けられ、ハイセは視線をドアから外す。

「いや、何でもないよ」

 注文を聞きに来るリオ。

「リオくん、さっきの人、よくここに来るの?」

「はい」

「どんな人かな」

「桜間ライって言う、学生さんで―」

 ごほんとトーカが咳払いをした。お客様のプライバシーをべらべらと話すなとの警告。

 それに気が付いたリオは、慌てて注文を聞きなおす。

 

 一時、六月、シラズ、ウリエが驚いた。佐々木琲が、他人に興味を示した。それもあんな綺麗な人に!

 が、3人同時、気を取り直す。

 佐々木琲世は色恋沙汰に縁が遠い。そんなことで他人に興味を持ったりしないだろうと。

 

 

 

 

 もう少しで夕方の時間。

 

 有馬貴将(ありま きしょう)。CCG本局所属、特等捜査官。死神と呼ばれている、CCG最強の捜査官。

 

 有馬に蹴っ飛ばされるハイセ。

「どうした、何を考えている。集中が出来ていない」

 有馬の表情は、ピクリとも変化なし。

「今日、面白い奴を見かけたんです」

 イタタと、ハイセは起き上がる。

 喫茶店『:re』から帰ってきたハイセは、久しぶりに訪ねてきた有馬の特訓を受けることにした。

 よくこうして、ハイセは有馬から特訓を受けている。

 今日は、ちゃんとしたトレーニングルームだが、会議室の机の上で特訓を受けたこともあり。

「まだ高校生ぐらいの少年なのに、呼びかけられた際、3歩、下がって振り返ったんです」

 微かではあったが、有馬の表情が動く。

「あれを自然にやるなんて、相当の武道の腕前がないと……」

 3歩、下がって振り返り方は相手との間合いを開けるため。こうやって振り向けば、いきなり襲われても対処できる。

「そいつはどんな奴だ」

 有馬も興味を持ったよう。

 ハイセはライのことを話した。ただ喫茶店『:re』は伏せておいた。そうしろ本能が囁く。

 

「まだ学生か……。一度、あってみたいな」

 おまいう。有馬も高校生のころから、強かった。

「案外、近くにいるかもしれませんね」

 何とはなしに、言ってみたハイセ。

 

 

 

 

「凝っていますね、清子さん。随分、お疲れなんですね」

 執事姿のライが、ぎゅぎゅぎゅと、ベットの上でうつ伏せで寝そべっている、安浦清子(あうら きよこ)の背中を踏み踏み。

 喫茶店『:re』での家庭教師の他に、この執事足ふみマッサージ屋で、ライはバイトをしている。

「仕事が大変だから、今日もこの後、夜勤よ」

「それは大変ですね」

 安浦清子の仕事はCCGの捜査官。それも女性でありながらも、特等捜査官まで上り詰め、女性の捜査官からは、憧れの的。

 自分が捜査官だとは、ライには話してはいない。

 ただ単純に、ライは踏んでいるのではない、足のつま先、踵、全体を使い、踏み踏み、ぐりぐり、すり足を上手に使い分け、硬くなった筋肉を解していく。体重の掛け方も絶妙。

 施術を受けながら、ある疑問を清子は持っていた。

 疲れた体を癒すために、ネットで見つけた、この執事の足ふみマッサージ屋。そんな趣味があるのてはなく、この店を選んだのは、仕事場からの距離が、丁度、良かったから。

 何人かの執事の足ふみマッサージを受け、ライの施術が気に入り、彼を指名するようになった。

 天井に付いてある手すりにつかまらずに、ライは施術をしている。それでいて、しっかりとバランスを取り、両足で足ふみマッサージをしている。

 まるで平地を歩いているような感じでありながらも、凝りを解していく。

(この子、もしかして……)

 

 

 

 

 

 閉店後、喫茶店『:re』でモップを持ち、掃除をしているリオ。

「“彼”、今日も来ましたね」

 以前も新しい仲間とともに“彼”が『:re』に来た。

 あの時、トーカが見せた顔をリオは忘れることが出来ない。トーカにあんな顔をさせることができるのは、“彼”しかいない。

 トーカは何も言わない、黙って店の片づけをやっている。

 重い沈黙だけが、流れていく。

 喫茶店『:re』の店員は、皆、喰種。それも人間に対しては友好的で共存を望む。

 そんな喰種の喫茶店に、捜査官になった“彼”がやってきた、何という縁か。

「……あれでいいのよ」

 ボソッとトーカが口を開いた。

「今の“彼”は新しい仲間に囲まれて暮らしている。もうこそこそ隠れなくてもいい、白鳩に怯えなくてもいい。堂々と、大手を振って生きていけるのよ、今の“彼”は」

 その事はリオにも解っている。2年前『あんていく』に拾われるまで、兄と一緒に白鳩から逃げ回り、廃墟を転々とし、暮らしていた。はたして、あれを暮らしと言ってもいいてのだろうか?

 『あんていく』に拾われ、ようやくリオは人並みの生活を送ることが出来た。

 だが兄は殺され、やっと出来た居場所『あんていく』は喰種の隠れ家であったことが白鳩に発覚して、失ってしまった。

 この2年、やっとのことで新たな居場所『:re』を作った。

 しかし、ここも《白鳩》にバレたら終り。

「蛇が出ると解っていて、藪を突く必要はない」

 きっぱりと言う。

 トーカの気持ちは、痛いほどリオは解る。

 頭では理解していても、“彼”とトーカの関係を知っているリオは、どうしたらいいのか気持ちの整理が付かない。

 2人分のコーヒーを、ヨモはテーブルの上に置いた。

「“あいつ”が記憶を取り戻して、居場所を失えば、ここで迎えいれればいい。そのためにここを作ったんだろ」

「「……」」

 トーカ、リオはヨモの淹れたコーヒーを飲む。

 この2年の間に、リオのコーヒーを淹れる腕前は上がった。けれど『あんていく』の店長やヨモ、トーカの淹れるコーヒーには、まだまだ及ばない。

 

 

 

 

 夜の帳の中、1人の中年の喰種が逃げている。追っているのは清子と、口ひげにリーゼントの大男、田中丸望元(たなかまる もうがん)。彼も特等捜査官。

 その後に続く、一等捜査官と二等捜査官たち。

 全員、手にアタッシェケースを持っている。

 喰種の皮膚は固く、生半可な物では掠り傷さえも負わせられない。そこでクインケ、CCGが対喰種用に開発された武器を使う。クインケは個人に応じた、様々な武器の形をしていて、普段はクインケはアタッシェケースに収納している。

 

 曲がり角から、1人の少年が出てきた。清子には見覚えがある、ライだ。

 バイトの帰り、たまたま通りかかったところ。

「邪魔だ餓鬼ィィィィィィ」

 中年の喰種がライに襲い掛かる。その肩からは大きな剃刀のような器官が出現。

 赫子(かぐね)。液状の筋肉とも呼ばれる、捕食器官。喰種は体内に赫包と呼ばれる器官があり、そこから放出する。手っ取り早く言えば、赫子は喰種の体に内蔵された武器。

「いかん!」

 田中丸が慌てて、アタッシェケースを開き、自身のクインケ、バズーカ砲のような形のハイアーマインド(高次精神次元)もしくは天使の羽ばたき(エンジェルビート)を展開したが、間に合いそうにない。

 他の捜査官たちもアタッシェケースを開き、各々のクインケを展開させるが、間に合わない。

 誰もが最悪の結果を予想した。清子以外は。

 ひょいと軽く、赫子の攻撃をライは躱す。

 中年の喰種は二撃目の攻撃を放つが、それもひょいと躱す。

「でかしたぞ、ボーイ。はいあぁぁぁぁぁぁ」

 田中丸は、今度こそはと、ハイアーマインド(高次精神次元)もしくは天使の羽ばたき(エンジェルビート)を放とうとした。

「待って」

 それを止める。

「? レディ清子」

 清子は、

「ちょっと、借りるわよ」

 一番近くにいた二等捜査官の持つ銛型のクインケを掴むと、

「ライくん、これを使いなさい!」

 とライに向かって、銛型のクインケを投げる。

 

 投げられた銛型のクインケを掴むと同時に、襲い掛かってきた赫子を足場にしてジャンプ。

「!」

 驚く中年の喰種に、容赦することなく、銛型のクインケを投げつけ、モズのはやにえに串刺しにし、着地。

 

 唖然として、一等捜査官と二等捜査官たちはライを見ていた。

 無理もない、捜査官でもない、クインケの使い方の訓練もしていない、一般市民のずぶの素人、それも少年が喰種を仕留めたのだから。

「見事だボーイ、いや、もしかして、ガールか?」

 特等捜査官だけあり、平静な田中丸。

「ボーイです」

「失礼したな、では改めて、ボーイ、出来れば名前を聞かせてくれないかね。私の名前は田中丸望元」

 手を差し出す。

「桜間ライです」

 田中丸の手をしっかりと握って握手。

 

(やっぱり、ライくん、ただものじゃ無かった……)

 何故か清子は、有馬と初めて出会った時のことを思い出していた。

 

 

 




 東京喰種:reとコードギアス 反逆のルルーシュ LOST COLORSのクロスオーバーになります。
 ライくんの名乗っている名前は、桜間ライ。
 ライくんが、安浦清子を踏み踏みいたします。


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第2章 テスト

 ライくんと清子のプチなデート? それを見てしまう晋三平。


「すいませんでした」

 清子は頭を下げた。

「レディ清子の責任だけではない、パートナーである私にも責任がある」

 田中丸も頭を下げる。

 椅子に腰を下ろし、机の向こうから、清子と田中丸を見ている男、和修吉時(わしゅう よしとき)、CCG本局局長。

 一般市民にクインケを渡し、喰種と戦わせた。これはCCGの喰種対策法に違反する行為で、下手をすれば捜査官の職を失う可能性も。

「その少年は、即戦力になるのか?」

 怒るでもなく、まず吉時はその事を聞いてきた。

「はい」

 自信をもって清子は即答。あの運動能力、何より、特等捜査官の“勘”がそれを告げていた。

「ライボーイのオーラは、常人の物ではない」

 田中丸はお寺の生まれで、霊感が高い。

「……そうか」

 ライの調書を手に取る。

 桜間ライ、バイトで生計を立てている、1人暮らし。高校2年生の17歳の少年。日本とアメリカのハーフで国籍は日本。

「未成年を捜査官に入れるのは心苦しいが、喰種が増えてきている、昨今、即戦力が欲しいのも本音だ。安浦くん、彼のことは君に任せよう」

 と結論を出す。

 前例が無いわけではない、CCG最強の捜査官、有馬も高校生のときから、現役で活躍していた。

「はい、解りました」

 再び清子は頭を下げる。

「後、喰種対策法に違反の件は、3ヶ月の減俸とする」

 ちゃんと処分を下す。

 

 

 個室でライは待たされていた。一応、いくつかの尋問もあったが、問題なくこなす。

 出されていたお茶とお茶菓子をいただく、遠慮はしない。

 ドアが開き、

「ごめん、待たせたわね」

 清子が入ってきた。

「いえ、CCGからの尋問なんて、滅多にない経験が出来ましたから」

 にっこりと微笑む。その笑顔の破壊力、歴戦の特等捜査官、清子もドキッとしてしまうほどの威力。

 少し頭を振って、清子は気を取り直した。

 この個室に入るためには、Rc検査ゲートを通過しなくては入れない。

 喰種は高いRc因子を持っている。普通の人間のRc因子数値は200から500、これが喰種になると1000から8000となる。

 Rc検査ゲートは高いRc因子に反応するように出来ているため、喰種なら、一発でバレる。

 Rc検査ゲートを通り抜けたということは、ライが喰種でないという証。

 また喰種は人肉とコーヒー以外は口にはできない。無理に口にすると、とても不味く感じ、体調を崩してしまう。

 お茶とお茶菓子を食べていることからも、クリアしていると言える。

「迷惑かけたわね。お詫びと言ったら何だけど、今日の夕食は、私が驕るわ」

 もうすぐ夕食の時間、お茶菓子だけでは空腹は満たされず。

「それはありがとうございます」

 また破壊力満点の笑顔を放つ。

 

 

 

 

 入ったレストランは高級な方。

 ライも清子も、店に合わせて正装してきている。

 ライの正装は、貸衣装屋で借りて来てたもので、とても似合っている。まるでどこかの皇子様と言っても通じるなと清子は思った。

 

 軽く5桁の値段のする料理の数々。普通の学生では、到底立ち寄れない場所。

「食べながらでいいから、聞いてちょうだい」

 店の雰囲気に慌てるわけでもなく、何故か、この手のお店のマナーをライは心得ていた。

「本題から入るわ、CCGはあなたをスカウトをしたいと考えているの。でも私たち捜査官の仕事は、とても危険な物よ、命の保証は出来ない。だから、よく考えて返事をしてちょうだいね」

 個室でライは大まかな話は聞かされている。喰種と戦う危険な仕事、優秀な捜査官は多ければ多いほどいい。

「直接、清子さんみたいな人から頼まれたら、NOと言いづらくなってしまいますね。それでも、少し考えさせてください」

 この時、ライは天然だと、清子は気が付く。

(あの顔で、無自覚と言うのが凶悪だわ)

 

 

 ライと清子が店を出た時間は、そこそこ遅い時間。

「あら、ライくん、あなた、ネクタイ曲がっているわよ」

 何の気はなしに、ネクタイを直してあげる。

 偶然の大悪戯、このタイミングで上背のある青年が、ひょこりと通りかかる。

 傍から見れば、そんなシチュエーションに見えてしまう、ライと清子の姿。

 カッと上背のある青年の頭に血が上る。

「おばさんに何をしている!」

 問答無用、ライに殴りかかる。

 叩き付けられた拳を片手で払う。それだけで上背のある青年の体は宙を舞い、アスファルトの上に叩き付けられた。

「三ちゃん!」

 慌てて清子は駆け寄った。

 ライに投げ飛ばされたのは安浦清子の甥の安浦晋三平(あうら しんさんぺい)。

 

 

「ごめん」

 清子から事情を聞かされた晋三平は、ぺこりと頭を下げた。前髪で目が隠れているので、表情は良く見えないが、申し訳なさそうにしているのは解る。

「気にしないでください、僕の方もぶん投げてしまったから」

 ここでライが謝れば、さらに晋三平に悪い思いを重ねさせるので、頭は下げない。

 一方、清子は感心していた。CCGの捜査官になるべく晋三平は、養成所の一つ、アカデミージュニアで特訓を受けている。

 その晋三平をいとも簡単に投げ飛ばした。

 間違いなく、ライは即戦力になる実力がある。ただ、まだ高校生の少年が、それだけの実力をどこで身に付けたのか?

 

 

 

 

 古びたマンションに帰ってきたライ。正装は返却、今、着ているのは、元々着ていた私服。部屋の鍵を開けようとしたら、出かけに掛けたはずの鍵が開いている。そこで何があったのか理解したライ。

 部屋に入ってみると、案の定いた。

「ライ、遅かったな」

 冷凍ピザをチンして、食べながらTVを見ているC.C.(シーツー)が。

 見た目はC.C.は少女、実年齢は不明。

「何か用かな?」

「用が無ければ来たら、ダメなのか」

 悪びれる様子すらなし。

「お前も私が来ることを見通して、冷凍ピザを用意していたんだろ」

 その通り、C.C.は来る時には来る、宅配を頼まれるよりはまし。鍵を掛けていても、自分たちには鍵は大した意味はない。

「また戦うつもりか?」

 ピザを食べながらも、急に心配そうに聞いてくる。

「今度の相手は人喰いだそうだ。“それだけ”じゃないけどね」

 ちゃぶ台の横に座る。

 どこへ行っても戦場が、ライを招く。

「“あいつ”も心配していたぞ、必要なら“あいつ”も使え」

 “あいつ”をまるで自らの所有物のような言い方。

 C.C.に言われなくても、戦友である“あいつ”は協力してくれる。

「私は、お前以外と“長い”付き合いをするつもりはないからな、無茶だけはするな」

「解っているよ、C.C.」

 

 

 

 

 本来、CCGの捜査官は養成所のアカデミーで特訓を、約2年間受けてからなる。アカデミーの生徒は喰種の犠牲になった遺族の子供が多い。

 『CCGの死神』有馬貴将はアカデミーに入ることなく、捜査官になっている。

 

 特等捜査官の清子と田中丸の推薦。和修吉時本局局長の許可もあり、ライは捜査官になることとなった。

 前例があるとはいえ、アカデミーを経ずに捜査官、それも未成年がなることを疑問を感じるものも少なくない。

 そこで、テストとしてライは、現役の捜査官1人と摸擬戦をするこことなり、相手に選ばれたのはウリエ。

 

 

(特等2人に選ばれたからなんだ、本物の捜査官の実力を教えてやる)

 トレーニングルームで構えを取ったウリエは、ぶつぶつ呟いている。

 それに対して構えも取らず、一見、ライは隙だらけ。

 周りにはハイセを始めとするクインクスのメンバーが集まっいる。今日はぽっちゃりとした女の子、米林才子も来ていて、少し眠そう。

 他にも、何人もの捜査官が来て、ライのテストを見分。その中にハイセの指導者(メンター)を受けていたクール系の美女、真戸暁(まど あきら)の姿もあり。

 

 隙だらけのライにウリエが仕掛けた。腰の入った右の正拳突き。

(入ったか)

 ウリエのみならず、これで試合終了だと誰もが思った。ハイセと暁以外は。

 刹那、ウリエの体は回転して、床に倒され、右腕の関節を決められてしまう。

 外そうともがけばもがくほど、関節ごとに激痛が走る。クインクスの力が強い分、痛みも激しい。

「くそっ」

 右肩から、鎌のような形状の赫子を出す。

 喰種でもない、まだ正式な捜査官でもない相手に対し、切り札を使う。

 この行為には、仲間のクインクスも驚く。

 ただし、ハイセは前もって、赫子の使用を容認していた。CCGの捜査官が戦う相手は、当たり前に赫子を使うのだから。

 もっともウリエは赫子を使うまでもないと、豪語していたが。

 

 まるで赫子の攻撃を読んでいたかのごとく、その攻撃も躱し、瞬時に関節技を変化させ、さらに右腕を捩じりあげた。あと、少し力を加えれば折れてしまうだろう。

 流石にウリエも思わず声を上げる。

「そこまで」

 ハイセが摸擬戦終了を告げた。

 テストの結果は誰の目にも明らか。最近、失態続きとはいえ、ウリエは現役の二等捜査官、それもクインクス施術を受けた、常人よりも運動能力の高いクインクスなのだ。

 右腕を抑え、悔しそうにライを見ているウリエ。だが実力は認めざるえない。

 

 テスト結果に、誰もが唖然としている中、ライに近づくものがいた。これにはハイセも驚いてしまう。

「有馬さん!」

 いつの間にか、有馬貴将が来ていたのだ。

「有馬だ」

「特等が、何故、ここに?」

 捜査官たちは、口々に驚きの言葉を漏らす。

 そう言えば有馬が、ライに一度、会ってみたいと言っていたのをハイセは思い出す。

(有馬さん、本当に会いに来たんだ……)

 

 有馬はライの前に来ると、表情一つ変えず、無言で見つめる。

 ライも見つめ返す。こちらは優しく微笑みを浮かべながら。

 誰も声を出せなくなる。ライと有馬の見つめ合い、睨み合いを見ていた。時間が長いのか短いのか解らなくなるほどの雰囲気に周囲は包まれていく。

 ウリエの腕の痛みも才子の眠気も吹っ飛ぶ。

「なるほど、面白い」

 ボソッと呟く。

「こんにちは、僕は桜間ライです」

「俺は有馬貴将」

 笑顔のまま、ライは挨拶。無表情で有馬も挨拶。

 一気に場の空気が抜け、へたれ込むものも。

 一礼して、有馬の横を通り抜けていくとき、

「あなたの望みを叶えるのは僕の役目ではありません」

 ライは彼にだけ、聞こえるように囁く。

 有馬もライにだけ聞こえるように、返答。

「そうだな」

 

 

 

 




 なんかウリエが噛ませ犬みたいになってしまいました。
 次回はライくんの初任務の予定です。


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第3章 初任務

 ライくんの初任務。
 誤字の指摘をしてくれた方、ありがとうございました。


「本日より、三等捜査官になりました桜間ライです。これから、よろしくお願いします」

 会議室で初任務を共にするクインクスに挨拶。

 アカデミーを卒業していないので、ライは三等捜査官になった。上司に任命されたのは、上等捜査官の真戸暁。

 暁はライの教育も兼ねる。

 ちなみにアカデミーを卒業したものは、普通は二等捜査官から始まる。

「噂以上の美形じゃ~」

 初顔合わせの米林才子。ハイセたちから、話は聞いてはいたが、話以上の美形、テンションが上がる。

 そんな才子を気にすることなく、ぺこりとお辞儀をし、クインクスの向かいの席に座る。

「今回のクインクスの任務、そしてライの初任務のターゲットはこいつだ」

 ホワイトボードにマグネットで止められた似顔絵を見た、クインクスの面々の目が点になる。

 普段、喰種は正体を隠すため、色々なマスクをして狩りを行う。

 似顔絵の被っていてるマスクはひょっとこ。あのユーモラスな顔のひょつとこ。

「アキラさん、冗談じゃないんですよね」

 恐る恐るハイセが聞く。

「冗談を言っているのではない、こいつは本当にひょっとこのマスクを被っている。通称もそのまま【ひょっとこ】だ」

 暁の顔は冗談を言っている顔てはない。ただ普段から、暁は真顔で冗談をいうが……。

「なんでひょっとこのお面なんか被ってんだ?」

 シラズの意見はもっともな疑問、人を喰う喰種にしては締まりのないマスク。

「そんなの大した問題じゃないだろ、要は喰種を倒せばいい」

 喰種がどんなマスクをしていようが関係ない、それぞれの好みや趣味でマスクを選ぶ。捜査官が気にする必要がないことと、ウリエは判断した。

 すっーとライは手を上げた。

「なんだ、ライ」

 暁から発言の許可を得る。

 露骨にウリエの目は、新人が余計なことを言うなと言っていた。

「もし、そのひょっとこのマスクに意味があるなら、用意した方がいいものがあります」

 

 

 

 

 既に【ひょっとこ】の隠れ家は突き止めている。ハイセを筆頭に、班長のシラズ、六月が慎重に隠れ家であるアパートに近づき、ドアを開けようとした時、よく刑事ドラマであるように、部屋の中で物音がして【ひょっとこ】が窓から飛び降りたのが解った。

 

 これは予想通りの行動、窓側を張っていたウリエ、才子。

 鉢合わせになるウリエ、才子と【ひょっとこ】と言っても、マスクは被っていない。素顔はひょっとこのようなユーモラスな顔でもなく、どこにでもいる普通の顔、ある意味期待外れ。

「《白鳩》め」

 右肩から赫子を出すと、その先からは火が噴き出す。

「スプラッシュ!」

 持っていた消火器から、才子は消火剤を噴出させた。

(ライの予想通りじゃないか)

 ウリエは会議室でのことを思い起こす。

 

 

 

 

 ホワイトボードの前に立ったライは、マジックを手に取ると、

「ひょっとこは火の男と書きます」

 火男と書く。

「法寺特等が中国で倒した赤舌連(チーシャリェン)の首領の焔(イェン)は炎を吹く赫子を持っていたと資料にありました。【ひょっとこ】がひょとこのお面を被っているのが、ただの思い付きやネタではなく、意味があるなら、似たような赫子を持っている可能性があるかもしれません」

(そんな赫子が、そうそうあるわけないだろう)

 この時、ウリエは内心、そう言っていた。

 まるでその心中を呼んでいるかのように、

「こんな稀有な赫子を持っている喰種は少ないでしょうが、かといって用心に越したことはありません」

 と言ったのだ。

「そうだな、対策はしないより、していた方がいい」

 上等捜査官の暁の容認もあり、消火器を持っていくことに。

 

 

 

 

 【ひょっとこ】の赫子から噴き出した火は、資料にあった焔のような強力な炎ではなく、ガスバーナー程度の火。

 消火剤が尽きることには、【ひょっとこ】の火も止まり、赫子が引っ込む。

 顔色も良くない、どうやら【ひょっとこ】の火を噴く赫子は燃費が悪いようで、スタミナ切れを起こしたよう。

 そこへ玄関に回っていたハイセ、六月、シラズが駆けつけてきた。

 意識せずにウリエは舌打ち、これで手柄を独り占め出来ない。

 逃げ出す【ひょっとこ】、スタミナ切れとはいえ、走るぐらいの体力は残っている。

 

 

 

 

 ハイセ、シラズ、ウリエ、六月、才子が、逃げる【ひょっとこ】を追う。

 普段からのぐーたら生活がたたり、才子の息は荒い、横っ腹も痛くなる。それでもついて行っているところは、腐っても捜査官。

 追いつかれたら、始末されるか喰種収容所『コクリア』に送られるので、必死に【ひょっとこ】は逃げていた。

 道の先に銛型のクインケを持ったライが、待ち伏せていた。作戦通り、待ち伏せポイントに追い込むことに成功。

 赫子が使えなくても5人を相手にするより、1人を相手にする方がいい、そう判断した【ひょっとこ】はライに襲い掛かった。

 向かってきた【ひょっとこ】を銛型のクインケの柄で足払いを掛け、倒れかかったところで、襟を掴んで投げ飛ばす。

 

 投げ飛ばされた先はクインクスのど真ん中。

 響き渡る喰種の悲鳴。

 

 

 物陰から、ライの戦いを見ていた暁。

「戦いを見せてもらったが、合格点と言わざる得ないな」

 この初任務は、ライが暁の部下に相応しいかどうか見極めるためのテストでもあった。

 危険を考慮し、クインクスと組ませ、やばい状況になれば暁も飛び出すつもりだったが、その必要はなかった。

「こんなカッコいい美人さんに、認められるのは嬉しいですね」

 清子からライの天然ぶりを聞かされてはいた暁。

(なるほど、いろいろな意味で相当な逸材だな)

 

 

 

 

 初任務の翌日、家庭教師をするために、喫茶店『:re』に訪れたライ。

「新しいバイトをすることになってね。これからは家庭教師の仕事は減るかもしれない」

 授業中、その事を話す。

「どんな?」

 少しやきもち。

 今日もライの前にはモンブランとコーヒー、リオの前にはコーヒーが置かれていた。

 店長のトーカもヨモもいつも通り、平穏な日常。

「CCGの捜査官だよ、バイトの帰りに捜査官にスカウトされてね」

 と言った途端、授業を受けているリオのみならず、トーカ、ヨモの動きも、一瞬、止まる。

 しばしの沈黙の後、

「ライさんも喰種は敵だと思っているの?」

 不安を隠しつつ、聞いてみる。

「ピンキリだろ」

「ピンキリ?」

「悪い喰種もいれば良い喰種もいる。そんなものでしょ」

 それを聞いたリオは、ほんの少しだけ安心を得た。

 珍しい反応。一般市民は喰種は人を喰らう化け物と言うだけで、被害を受けない限り、無関心。そして捜査官は喰種は敵としか見ていない。

「じゃ、あんたが任務中に良い喰種に出会ったちら、どうする?」

 ライの隣に来たトーカは、明らかに敵意を持っていた。

「正直に言うと、解らない。その時にならないと、判断はできないよ。戦場は何が起こるか解らない場所だからね」

 喫茶店『:re』は喰種の経営する喫茶店。捜査官《白鳩》は喰種を狩る。

 最悪、ライと『:re』は敵対する危険性も……。

 それを抜きにしても【白鳩】が喫茶店『:re』に来ること自体やばい。

 もしかしたらトーカは、ライに対し、もう来るなと言うかも。

 同じ年だがリオはライを兄の様に思い、親近感を持っている。家庭教師に来なくなるのは寂しい。

「そう」

 そのまま、トーカはキッチンへ引っ込む。

 何も言わないライ。

 トーカがもう来るなと言わなかったことが、リオは嬉しかった。

 それに捜査官のハイセも、『:re』には来て、よくトーカとは会話をしている。

 

 

 

 

 夏を乗り切れず潰れてしまったラーメン屋。町の外れにある立地条件も災いした。

 町の外れという立地条件は人間にとっては悪条件だが、喰種にしてみれば好条件となる。

 

 

 地下にある金属製の扉、元々は食材を保管していた倉庫。そこには頑丈な錠前が掛けられていた。

 そこへ殺人鬼の魂を宿した人形、それも縫い目のあるバージョンのマスクを被った男が降りて来る。ここを根城にしている喰種。

 マスクを外し、部屋の隅に積み上げた木箱の上に置く。素顔は細い釣り目が特徴。

 ポケットから鍵を取り出すと、ガチャと錠前を外して金属の扉を開ける。

 倉庫の中には5人の子供が閉じ込められていた。力の弱い子供ばかりを狙い、被っているマスでCCGからは【子供遊び】と呼ばれていた。

「ヒョヒョ、今日はどの子を喰おうだな」

 と舌なめずり、一般市民では大の大人も喰種には手も足も出ない。子供ならなおさらで、倉庫の隅で震え、泣くことしか出来ず。

 ふと、背後から足音が聞こえてきた。

「誰だな!」

 《白鳩》かと思い、振り向くと、そこにいたのは黒いヘルメット型のマスクに黒マントを羽織った相手。

「ヒョヒョ喰種(おなかま)か、食事の邪魔をするだな」

 マスクを被っているので、喰種と思い。追い出そう、しっしっと手を振った。

 黒マントは倉庫の子供たちを黙って見つめていて、出て行こうとはしない。

「さっさと、出て行け、さもないとお前も喰―」

 【子供遊び】が強引に追い出そうとした時、マスクの左目の部分が開く。

「貴様は2度と動くな!」

 左目が輝くが、赫眼ではない。

「――」

 何か得体の知れないものが炸裂。【子供遊び】は指一本どころか、声さえ出せなくなってしまう。

 黒マントは倉庫の中の子供たちに近づく。まだ怯えて、震えている。 無理もない、この子たちがここで見たことは子供には耐えがたいもの。

 それに子供たちにしてみれば、黒マントも怪しすぎる存在。

 再びマスクの左目の部分が開き、

「お前たちはここでのことを忘れ、家に帰れ」

 左目が光る。

 今まで怯えていたことが嘘のようになり、子供たちはフラフラとラーメン屋から出て行く。

 

 子供たちを見送った後、

「ジェレミア」

 名前を呼ばれ、地下に入ってくるジェレミア。

「こいつをバトレーのところへ運ぶぞ」

 黒マントでは体力がなさ過ぎて、運べない。

「畏まりました」

 一礼してから、動けなくなった【子供遊び】を担ぎ上げる。

 部屋の隅を見る。そこには助けられなかった子供たちの形跡が残されていた……。

「こいつなら、あまり心も痛まない……な」

 ライから持ち掛けられたある計画。

 人を喰らう喰種など、にわかには信じられなかったが、こんな嘘をライが吐かないのは熟知している黒マント。

 計画にはサンプルとなる喰種が必要。

 そこでどうせサンプルにするなら、外道な奴がいいと、調べ、見つけたのが【子供遊び】である。

「“帰るぞ”、誰かに見られたら、いろいろと厄介だ」

 【子供遊び】を担いだジェレミアと共に去って行く。

 

 

 

 




 ライくんの上司は暁さんか清子さんで迷いましたが、清子さんは田中丸とコンビを組んでいたので、暁さんにしました。
 ラストには『ゼロ』とジェレミアが登場。
 次はオークション戦の予定です


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第4章 オークション戦へ

 オークション戦の突入編となります。
 このライ章で専用のクインケが登場。


 『オークション』 浚ってきた人間を、セレブな喰種たちで競り合う。

 ハイセとクインクスの活躍によって、『オークション』の会場ばかりか、日にちまで突き止めることが出来た。

 しかし問題はある。囮捜査を行ったことで六月が『オークション』と関わりのある女性の喰種【ナッツクラッカー】に招待されてしまったこと。

 和修吉時本局局長の息子、准特等の和修政(わしゅう まつり)は危険だと、解っていて六月を『オークション』に参加させることを命じたのである。

 ハイセは異議を唱えたものの、和修家の立場と准特等の威厳で押し切られてしまう。

 政は和修家至上主義者。

 咄嗟の機転で准特等の鈴屋什造(すずや じゅうぞう)、ジューゾーも参加することとなった。それも女性として、つまりは女装で。

 有馬と同じように、アカデミーを卒業せず、ジューゾーは最短で出世した実力者。

 

 

 

 

 ライが暁に連れて来られたのは、1区にあるCCGのラボラトリー区画。

 ここは対喰種兵器を製作している場所。その他、様々な喰種の研究も行っている。

 

「やぁ、よく来てくれたね」

 白衣を着たキノコみたいな髪型の男が、親し気に声を掛けて来た。手にはアタッシェケース。

「彼が車で話しておいた地行博士だ」

 男のことを紹介。

「僕は桜間ライです」

「地行甲乙(ちぎょう こういつ)です」

 それぞれ自己紹介して挨拶。

 地行博士はラボの主席研究員で、クインケの製作を行っている。この道のプロフェッショナル。

「噂にはなっていたけど、本当に綺麗な子だね。君、男の子だよね」

「ハイ、男です」

 CCGに来てから、同じ質問をされた、何度も何度も。

「こんなクインケの注文するなんて。正直【ひょっとこ】で作りかった」

 今日はライのクインケを受け取りに来た。地行博士にしてみれば稀有な赫子の【ひょっとこ】で作りかっただろう。

「珍しい注文だったけど、希望通りには仕上げたつもりだよ。“一応”アタッシェケースには入れておいた」

 “一応”アタッシェケースに入っている自分のクインケを受け取る。

「あれ、開けて見ないの?」

 受け取ったアタッシェケースを、そのまま持ったライを不思議がる。いつもは誰でもアタッシェケースを展開して、中のクインケを確かめて見るのに。

「確かめる必要はあのません。地行博士、あなたは一流のクリエイター、注文通りに仕上がっていてるのは解ります」

 

 

 駐車場で車に乗ろしたライ。

「ライ」

 ふいに呼び止められる。

「今度の作戦、お前も六月たちに同行しろ」

「えっ?」

 六月とジューゾーと一緒に招待に参加しろと言うこと、それはつまり……。

「誰からも本当に男がどうか聞かれるんだ。バレる心配はない」

 笑みを浮かべる暁。それはそれは、とても楽しそうに。

 

 

 

 

 暁と別れた後、お昼ご飯を食べようかなと道を歩いていたら、

「おーい、ライ」

「おーい、美形」

 シラズと才子に声を掛けられた。一緒に見知らぬ黒い長髪の背の高い男がいる。

「始めまして、阿原半兵衛(あばら はんべえ)と申します。ライさんの噂は聞き及んでおります」

「桜間ライです」

 半兵衛はジューゾーの部下の二等捜査官。

「美形、お昼はまだか?」

 と聞いて来たので、

「これから、食べに行くつもりだよ」

 と答えた。

「よければ、ライさんも御一緒しましょう」

 断る理由も無いし、断れば失礼にもなるので承諾。

 

 

 お昼、ご飯に入った店は蕎麦屋。

 ライは関西風きつねうどんを注文した。実は関西風の薄味が好み。

 恐るべきは才子とシラズの食いっぷりだった。半兵衛に、

「鬼神のごとき、食欲……」

 と言わしめたほどの。

 

 食後、店を出たところで、

「お三方、この後、少々、よろしいですか?」

 ライ、シラズ、才子は、ある場所に誘われる。

 

 

 

 

「こんにちは、篠原特等」

 ベットに横たわる男に半兵衛は、そう挨拶した。

 ライたちが連れて来られたのは大きな病院。

「特等って、この人も喰種捜査官なんスか?」

「ええ」

 シラズが訪ね、半兵衛が認めた。

「『不屈の篠原』 数々の武勲を挙げながら、指導者としても多くの捜査官を育て上げた、名捜査官ですよ。『20区の梟討伐戦』で重傷を負い、それから、2年以上、意識の波を漂い続けています……。これ以上、状態が回復することは、ないと」

 眠り続ける篠原の生命を維持するための装置が繋がれている。

「彼の最後のパートナは鈴屋先輩でした。先輩の胸に燻るお気持ちは、私如きには量りかねますが、私であればきっと……」

 篠原特等のことは、ライも資料を読んで知っていたが、ジューゾーとの絆のことまでは書いてはいなかった。

「自責の念で、お見舞いにも来ることさえ、出来ないやもしれません。私めも、いずれは先輩の小さな背中をお守りしたいものです」

 普段、何かと騒がしいシラズと才子も黙って、半兵衛の話を聞いていた。

 すっーとライは、篠原の額に指先を付ける。

「本当に強い意志を持っている人ですね、この人」

 ごく自然に動いていたので、誰もおかしな行動とは思えなかった。不思議とライなら、そんなことも解ると思わせる。

 

 

 病室を出たところで、同僚のお見舞いに行く半兵衛と別れる。

 シラズと才子が、食事担当のハイセが会議のために、晩御飯をどうしよう話していると、

「あら、ライくん」

「ライさん」

 ばったりとトーカとリオに出くわす。お見舞いなのかトーカは花を持っている。

「どうも」

 ぺこりとシラズの横を通り過ぎていく。

「なんだい、シラギンのこれかい?」

 右手で三本、左手で二本の指を立てる。

「どれだよ」

 突っ込むシラズ。

 一度、リオはライの方を見てから、トーカに着いて行く。

 

 

 

 

 『オークション』戦の日が来た。

 

 

 集まったCCGの捜査官たち。

 ハイセ、暁、クインクス。捜査官たちは、皆、大きな戦いの前に引き締まったオーラを纏っている。

 白いをドレスを着た六月。クインクスに入るとき、女としての自分に疑問を持ち、男として生きることにした。仲間たちにも男と言っているし、一人称も俺と言って、今日も女装していることになっている。

 ジューゾーは黒いゴスロリ姿。こちらは本物の女装。

 心配そうに見ているハイセに、六月は拳でガッツポーズ。

「お待たせしました」

 花の模様の入った白い着物を着た、銀髪の美少女に声を掛けられた時、みんな首を傾げた。

「誰?」

 シラズが聞いた。シラズだけじゃない、一瞬、みんな同じことを思ったのだ。

「……ライくんだよね」

 最初にハイセが尋ねたら、みんなが絶句。

 似合いすぎている! 白銀の髪に碧眼に白い着物というコンビネーション。手に持っている扇子がアクセント抜群。

 白い着物を着た美少女は間違いなくライ。普段から女性に間違えられることがあるが、女装したら、凄すぎる。

「おお、これはこれは眼福ですな」

 両手を双眼鏡の形にして、覗いてる才子。

(アレで男なんて、反則だろ)

 ウリエさえも呟いていた。

「美しいです、すごいです、ライ、とても綺麗です」

 褒めちぎるジューゾー。恥ずかしいので満月に桜の柄の入った絵の扇子を開き、口元を隠す。

 本当の女性である六月はどうしょうもない、敗北感を感じていた……。

 

 

 

 

 待ち合わせの場所に、車にもたれて【ナッツクラッカー】はいた。

「お友達も一緒にいいですか」

 怪しまれたらどうしようと不安を感じながらも、六月は捜査官。表では平常で通す。

 品定めするような顔で、六月の後ろにいる女装したライとジューゾーを見つめている。

 ドキドキと鳴りまくる心臓の音が外へ漏れ出さないか、不安が一層ます。

「私と彼女は姉妹なんです」

 そんな六月とは対照的に、笑顔のジューゾーはライの手に自分の手を絡める。

 内心、なんてことを、と六月は思った。どっから見ても誰が見ても、ライとジューゾーは美少女そのもの。

 しかし、ライは白銀の髪、ジューゾーは黒髪。ありに違いすぎる。

 まだ【ナッツクラッカー】はライとジューゾーを見ている。

「親が違うんです、両親が再婚して」

 この状況で、サラッと言ってのけるジューゾー。かなりの神経の持ち主か?

 パタパタと、ライも平然と扇子を仰ぐ。

 扇子からは白檀の香りが漂う。白檀の香りには緩やかな鎮静効果があり、緊張や興奮、精神疲労に効果がある。すなわち、リラックス効果。

「黒と銀の姉妹、これはいける」

 ボソッと【ナッツクラッカー】は呟いたが、ライ、ジューゾー、六月の耳は聞き逃さなかった。

「2人とも、とても綺麗、それにいい香り、いいわ、車に乗りなさい」

 思わずホッとする六月。取りあえず第一関門は突破。

 

 

 【ナッツクラッカー】に促され、車の後部座席に乗った3人。

 道路を走る車、捜査官と喰種が同じ車内にいる。まるで質の悪い呉越同舟。

 緊張を押し殺している六月、窓の外を眺めているジューゾー、ライは扇子を衿に挟む。

 急に睡魔に襲われる六月。不意打ちで抗うすべはなかった……。

 

 

 

 

 政は有能で『オークション』の規模から会場を特定し、既に内部情報まで入手していた。

 誰かと同じく、頭で戦うタイプ。ただし、政は何よりも成果を“最重要”する、部下の命よりも。

 

 

 一方、仲間である六月を送り出したクインクスと指導者であるハイセは心配していた、一名を除き。

 持たせている通信機からの連絡が来ない。

 だからといって、勇み足を踏んだら事態を悪化させる可能性か高い。

 六月も三等捜査官とはいえクインクス。今は仲間を信じて待つしかない。

 通信機は離れているのか、届いてはいない。

 

 

 

 

 激しい競り合いの末、富裕層の喰種【ビックマダム】に2億を越える額で競り落とされた六月。

 

 次なる商品のオークションが始まる。

「こちらもカタログにございません。ふたたび高値が付きそうな、何とも美しい美少女のご紹介です。なんと、この2人は親違いの姉妹なのでセットでの商品となります」

 マスクを被った【ノーフェイス】の紹介した商品が舞台に出て来る。

 舞台に出てきた黒いゴスロリの黒髪の美少女と花の模様の入った白い着物を着た、銀髪の美少女に会場が息を呑む。

 “なんて美しい姉妹なんだ”。

「さて、スタートは―」

 【ノーフェイス】がオークションを始めようとする。

 ぺろりと舌なめずりした黒いゴスロリの黒髪の美少女、女装したジューゾーがスカートを捲りあげ、白い生足を見せた。

「お代は―」

 白い生足に見せかけた義足に仕込んだ、ナイフ形のクインケ《サソリ1/56》を引き抜き【ノーフェイス】の顔に三本、突き立てる。

 2年前、『20区の梟討伐戦』との戦いで、ジューゾーは右足を失い、義足を付けていたのだ。

 白い着物を着た、銀髪の美少女、女装したライは衿に挟んだ扇子を抜く。

「―結構です」

 一気に扇子を開き、【ノーフェイス】の体を袈裟懸け斬る。

 扇子型の形のクインケ《夜桜》 縁が切れるようになっている。これがライが地行博士に製作してもらったクインケ、白檀の香りも付けてもらった。

 《白鳩》の登場に騒然となるオークション会場。新人のライはともかく、ジューゾーのことは喰種には知れ渡っている。

 

 

 

 

 鈴屋準特等の連絡が入る。

 いつでも突入できる体制でオークション会場を取り囲んでいた捜査官たち。

「作戦を開始する」

 政より『人間オークション制圧作戦』の号令が出された。

 

 

 




 ライ専用のクインケ、《夜桜》のモデルは百円ショップで売っていた扇子。
 『キョウト』の皇家の血を引いているので、ライは関西の薄味が好みに致しました。
 病院のエピソードはライと篠原を合わせることがメイン。
 トーカと合わせませたが、本編でも、トーカが病院にいた理由は解りませんし。
 何故、いたんでしょうか?


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第5章  オークション戦!

 オークション戦の本編となります。
 ライは女装のまま。


 舞台に飛び込んで来た黒いウサギの仮面を被った【黒兎】。SSレートの喰種とジューゾーとの戦闘。強力な羽赫相手は《サソリ1/56》では分が悪い。

 潜入のため、大鎌型のクインケ《13’sジェイソン》を持ってこれなかった。

 人も喰種も弱肉強食で支配することを目的にする、最悪の喰種の組織『アオギリの樹』。オークションの護衛として雇われていたのだ

 【黒兎】の正体はトーカの弟の霧嶋絢都(きりしま あやと)、アヤト。アヤトは『アオギリの樹』の幹部。

 アヤトは距離を取りながらの遠隔攻撃を繰り出す。

 『アオギリの樹』の情報にもジューゾーのデータはある、強力な《白鳩》で危険な敵の1人として。

 じぃーとアヤトを見ているライ。

(見ない顔だな、新米ってとこか。あんな娘まで雇うとはな)

 ライの情報はない、そこで新米の捜査官だと判断した。それは間違ってはいない……。

 《夜桜》を構えたかと思うと、一気に攻めてきた。

「素人が!」

 いきなりの攻勢に迷わず、羽赫を連続発射。

 普通の新米なら、これで終わる。たがライは白い着物姿のまま、まるで、そこに攻撃が来ることが解っているかのごとく、羽赫を躱し、躱し損ねた羽赫は、閉じた《夜桜》で弾く。

 あっと思った時には、間合いにいた。

 開いた《夜桜》で斬り付けてくる。とっさに致命傷は避け、大きな赫子を降り下ろす。

 従来、羽赫は持久力が弱く、近接戦闘にも弱いが、アヤトには通じない。

 閉じた《夜桜》で赫子で受け止められ、捻られた瞬間、投げ飛ばされ、床に叩き付けられてしまう。

 そこへ、すかさず飛んでくる《サソリ1/56》。辛うじて避けることがてきた。

「テメー」

 ウサギの仮面の奥でライを睨み付けるアヤト。ただの新米ではないことを認識。

 その時、アヤトのイヤホンに『アオギリの樹』のナキの劣勢が伝えられる。

 それでも護衛の仕事を受けている。刹那の迷いはあったが、アヤトは選択した。

「チッ」

 舌打ちと共に、離脱。

 

 

「助かりましたライ」

 ジューゾーは邪魔になるカツラを外す。

「守ってやるつもりで、姉妹っていったのですが、守られてしまいました」

 ジューゾーが【ナッツクラッカー】に姉妹とはったりをかましたのは、新人のライを守るため、姉妹と言えば一緒に行動ができると考えたから。

 案の定、姉妹と言う商品価値から、2人一緒にオークションに出品された。

「僕なんて、まだまだ」

 パタパタ、《夜桜》で仰ぐ。

 あちらこちらで戦闘の音が聞こえてくる。もう『オークション掃討作戦』が始まっている。

「さて、早く阿原たちと合流しなくてはいけませんね。ハイセとの約束もあるですし」

 阿原たち鈴屋班に《13’sジェイソン》を託している。

 《サソリ1/56》は戦力不足。ハイセとの約束とは六月の護衛。

「ライはどうします?」

 本来なら、一緒に連れて行くのだが、実力を見たので聞いてみた。ジューゾーも三等捜査官の時から、単独で喰種狩りをしていた、勝手にだけど。

「そうだね、1人でやってみたい」

 

 

 

 

 モニターを見ている初老の男、嘉納明博(かのう ひろあき)、嘉納総合病院の元医師。

 嘉納は喰種の赫包を人間に移植して、千人以上の人間を犠牲にして、人工喰種を生み出す実験を繰り返していた。

「戦局は動き出したようだ。エトさん、どうかな、そろそろ【オウル】を投入してみては?」

 エトと呼ばれた包帯で顔を隠した女は、

「そうだね、どーう、イケる滝澤くん」

 滝澤くんと呼びかけられた、黒いフード姿に白い顔の男、【オウル】。

「早くしろ、腹減ってんだ」

 自分の口の中を、ぐにぐに弄る。

 

「そうそう、出来れば“彼女”も連れて来てもらいたい。驚くべき身体能力、実験素材としては理想的だ」

 嘉納の見ているモニターには《夜桜》で喰種を蹴散らしていく、ライが映し出されていた。

「生きていれば、多少、傷つけても構わないよ」

 嘉納は気が付いていない。一瞬、ライの視線がモニターに向いていたことに。

 

 

 

 

 【ノーフェイス】が所属する、構成数不明、活動区域不明、目的不明、享楽主義者の喰種集団『ピエロ』と交戦する平子班。

 『アオギリの樹』の喰種、ナキ率いる白スーツ集団と交戦する暁班。

 負傷した六月をウリエに託して、撤退させるハイセ。

 オークション会場の至る所で戦闘がおきていた。

 

 

 

 

 オークション会場のエントランスは地獄絵図。

 突如、現れた【オウル】により、初めに班長の阿藤が頭を引きちぎられ、次々に捜査官が、無残に殺されていく。

 

 

「解るよ、怖いか」

 生き残ったのは陶木陽菜(とうぎ ひな)二等捜査官と久木山翔吾(くきやま しょうご)二等捜査官のみ。

「怖いと感じるのは“違う”からだ。チビとデカいのが、男と女が、年寄りと若者が、お互い恐れ合うのは自分と違うからだ」

 何とか生き残った陶木と久木山も追い詰められてしまう。

「だから、同じになれば怖くない。人殺し、化け物、喰種」

 逃げようにも体が震え、体が言うことをきかない。アカデミーで訓練を重ねた捜査官でさえ、そうなってしまうほどの恐怖。

「お前らが怖いのは目の前の、死だ。だから同じにしてやる。“死”になれば“死”は怖くなくなる。怖がるのは、お前らが生者だからだ。……解るか」

「死ぬことなんて、対して怖くはないさ。本当に怖いのは……」

 パチンと扇子を閉じる音が鳴る。【オウル】が顔を向けると、そこには着物姿のライが立っていた。

「本当に怖いのは、死にたくても死ねないことだよ」

 せせら笑いで【オウル】はライの方を向く、陶木と久木山は、もう眼中にない。

「ちょうどいい、探す手間が省けた!」

 掴みかかってくる【オウル】の手を《夜桜》で反らす。

「いつからCCGは、こんな未成年の女を捜査官にするようになった。この2年の間に何があったんだぁっ」

 さらに掴みかかってくる手を、また《夜桜》で反したライ。

 いつしか陶木と久木山の恐怖は消えていた。準特等捜査官、上等捜査官、一等捜査官がなすすべなくやられた【オウル】の攻撃を、まだ捜査官になって間もない、三等捜査官が退けている。花柄の入った白い着物姿で、戦うライの姿の艶やかさに華麗さ、資料で見た性別が男とは信じがたし。

 陶木と久木山も二等捜査官、ライが【オウル】の攻撃の軌道を反らして、ヒットさせないようにしていることは解った。

 目配せでライが、逃げろと合図。

 三等捜査官を残して、二等捜査官が逃げる。何とも心苦しい選択ではあったが、死にたくないという生存本能が勝った。他班を呼びに行くんだと、自分自身に言い聞かせて。

 逃げ出す際、陶木は、ほとんど、無意識ではあったが、

「滝澤さん……」

 と呟いていた。

 【オウル】滝澤政道(たきざわ せいどう)、以前はCCGの二等捜査官。2年前の『20区の梟討伐戦』で重傷を負い、『アオギリの樹』に拉致され、嘉納の手により、半喰種にされてしまった。

 

 

 掴みかかろうとしていた攻撃法が変わる。最初こそ、少し痛めつければおとなしくなると思ったが、ことのほか、手強いので手足の一本ぐらいは取りに行く。

 捜査官のころ【オウル】も腕の一本を取られたことがある。

 ライは力で力に対抗しているのではない、むしろ、力を抜くことに、よって力を反らしている。

 頭をもぎ取る怪力も首をぶった切る手刀も、当たらなければ効果なし。

「『本当に怖いのは、死にたくても死ねないこと』ってか、なら“同じ”にしてやるよ。オレみたいに!」

 背後へ飛び、

「距離を開けてからの~」

 腰から赫子を伸ばす。

「~赫子攻撃」

 この攻撃も《夜桜》で反らすライ。軌道を変えられた赫子は後ろのカメラを破壊。

「イッヒヒヒヒヒヒヒヒ」

 続けさまに【オウル】は飛び蹴りを仕掛けてくる。真面に食らえば、骨なんて、簡単に砕ける破壊力。

 今度は反らすだけではなかった。《夜桜》で蹴りを受け流して投げ飛ばし、天井に叩き付けた。

 落ちてきたところを再度、《夜桜》で投げ飛ばす。今度は床に叩き付ける。

 ただ単に投げ飛ばしているのではない、【オウル】のパワーを利用して投げているから、衝撃も大きい。

「お前、アカデミーで学んだんじゃないな」

 起き上がる【オウル】、ダメージは見受けられず。

 ライの戦い方はアカデミーでは教えてはいないもの。

 ここで向こうから、捜査官たちが駆けつけてくるのが見えた。逃げた陶木と久木山が別班を引き連れて戻って来た。

『そこは、もういいわ、移動しなさい』

 イヤホンからのエトの指示を受け、

「またな、お嬢ちゃん」

 とてつもないスピードで逃げ出す。

「大丈夫ですか、ライ」

 久木山が駆け寄ると、その場にライはへたれ込む。

「なんとか、生き延びたよ。あぁ~しんどかった」

 大の字に寝っ転がる。

 誰も気が付いていなかったが、口では、ああ言っていても、汗1つかいていないことに。

 

 

 

 

 負傷したナキを庇い、捜査官たちのクインケの攻撃を全身に受け止め、ガギとグゲが倒れた。喰種の中でも部下思いのナキ、それ故、部下にも好かれている。

 号泣し、ガギとグゲに泣きすがるナキにとどめを刺そうとする捜査官たちが刻まれる。

「ズタズタに切り裂いて、死ぬまで殺してやる! 全員! 全員だッ!!!」

 ナキは激怒も激怒、大激怒。

「来い、引導を渡してやる」

 感情に任せ、暴れ回るナキを挑発。《フエグチ》で迎え撃とうとする暁。《フエグチ》は扱いが難しい、暁もモノにするまで一年を費やした。結果、今は自由自在に操れる。

「みじん切りにしてやる」

 まんまと挑発に乗り、真っすぐに突っ込んでくる。完全に《フエグチ》の攻撃範囲。

 《フエグチ》を振るおうとした時、ガギの手が暁の足首を掴む。

「!」

 最後の力を振り絞ったのか、それとも死してなお、ナキを守ろうとしたのか。

 予想だにしなかったことに対処しきれず、暁のバランスが崩れてしまい、こける、拍子に《フエグチ》も手放してしまう。

 この体制ではナキの攻撃をしのぐことは出来ないし、《フエグチ》回収も間に合わない。

 他の捜査官たちが助けようとするが、女性の喰種が立ち塞がる。【三枚刃】のミザ。元々は18区の喰種集団『刃(じん)』のリーダー。組織ごと『アオギリの樹』に参加した。

 Sレートのミザを退け、救出に向かうのは不可能に近い。

「アアァアアアァァアアアアアアアアアアアアアアッ」

 泣き叫びながら、暁に襲い掛かる。

「真戸上等!」

 捜査官の声が空しく響くかと思われた、その時、ナキの顔面に拳が入る。

 何が起こったのか? そこには怪鳥のマスクを被った小柄な喰種が立っていた。

「邪魔するな!」

 ガギとグゲが死んだこと、仇を取るのを邪魔されたこと、怒り心頭で飛びかかってきたナキにドラゴンの尻尾のような銀色の尾赫をフルスイング。

 吹っ飛んだナキ。野球ならホームランとは行かないまでも、三遊間突破は行く。

「よくもナキを!」

 仕返しに来たミザの【三枚刃】の赫子を尾赫で弾き、叩く。

 ナキの後を追うように、ミザも吹っ飛ぶ。

「あいつ【JAIL】だ……」

「えっ、キジマ式(きじま しき)準特等を殺した、あの【JAIL】」

「なぜ、ここに?」

 キジマ式準特等捜査官。かって【JAIL】にボロ雑巾のようにされながらも、復讐の意思で復帰。右足が義足というハンデを背負いながらも、準特等まで上り詰める。

 ツギハギだらけの醜悪な見た目と喰種に対する残忍さから、喰種のみならず、同僚からも恐れられた。

 それでいて、とても物腰は紳士的。

 2年前、復讐を果たすべく、【JAIL】と交戦すものの、殉職。

 あのキジマ式準特等を返り討ちにした【JAIL】のレートは、少なくともSを越える。

 捜査官たちは動揺を走らせながらも、クインケを構え、【JAIL】を取り囲もうとする

 すると【JAIL】は、捜査官たちの背後を指さす。

 背後ではナキとミザが起き上がっていた。戦闘本能は落ちるどころか、増している。

「そうだな、今は【JAIL】に構っている場合ではない」

 ガギの腕を振りほどいた暁の視線の先には【黒兎】アヤトの姿があった。《フエグチ》を拾う。

 

 暁の脇をすり抜け、【黒兎】に向かう【JAIL】。

 赫子には相性がある。持久力に難のある羽赫は耐久力の高い甲赫に弱く、スピードに難のある甲赫は、一撃のキツイ鱗赫に弱く、脆い鱗赫は攻防のバランスのとれた尾赫に弱く、特徴のない尾赫はスピードに適した羽赫に弱い。

 【JAIL】の尾赫は【黒兎】の羽赫との相性が悪い、さらに【黒兎】の赫子は近距離と遠距離に辛口。

 まずは遠距離攻撃と羽赫を放ち、躱したところへ近距離攻撃を仕掛けようとした。

 【JAIL】の肩から伸びた青く輝く長く太い太刀のような赫子、甲赫が振るわれた。

 間一髪、躱すことが出来た【黒兎】。

「この感じ、そうか、お前か!」

 【黒兎】のマスクの下でアヤトは笑う。【JAIL】の怪鳥のマスクの顔が誰なのか解ったのだ。

 そして【JAIL】も【黒兎】がアヤト、トーカの弟であることを知っている。

(2年前より、強くなってんじゃねぇか、甘ちゃんの癖に、なんで、こんなに強いんだ)

 2年前、アヤトは【JAIL】と戦い、3戦3敗。

 あの時より、アヤトは強くなったが、また【JAIL】も強くなっていた。

 

 

「“二種持ち”だと!」

 ナキと交戦中の捜査官たちも、二種持ちの出現に驚く。そういえば【JAIL】の資料では赫子の種類は不明とあり、キジマ式の残した資料にも二種持ちの可能性を示唆していた。

 恐ろしい相手ではあるが、Sレートのナキを相手にしている状況では【JAIL】を気にしている余裕はない。

 理由は解らないが、幸いなことに、味方になってくれている。今は【JAIL】のことは後回し。

 

 喰種の中には、稀に二種の赫子を持つ、“二種持ち”がいる。二種の赫子を持つことにより、長所と短所を補い合う。

 

 

 

「ぐうっ」

 負傷したミザが逃げ出す。

 《フエグチ》で狙うが外されてしまう。

 追撃はしない、下手に追うのは危険。

「アキラちゃん、どうします?」

 捜査官が聞いてくる。

「【黒兎】は【JAIL】に任せよう」

 決定に時間はかけない、ナキとの参戦を選ぶ。

(これはサンドウィッチのお返しかな?)

 本人も意としないで暁は微笑んでいた。

 

 

 

 

『ハハハハハ、すげえな、誰がこんな乙なことをしてくれたのは? 敷地内に響き渡っているじゃないか。いいこと思いついた。いろんなところを穴ぼこにして、お前のビブレショーン、仲間にも聞いてもらおうぜ』

 突然、オークション会場全域に放送が入る。

 ハイセと【オウル】の戦闘、音声からして、ハイセが一方的にやられている。

 

 放送はエントランスにいるライにも聞こえていた。

 駆けつけてきた班の捜査官の顔が青いので、

「どうした」

 相棒が聞く。

「オレ、前に危ないところを佐々木一等に助けられて……」

 その時のこともあり、すぐに助けに行きたい。

 指揮を取っている和修準特等と連絡を取った班長。

「……和修準特等からの指示だ。我々の班は真戸班と合流する」

 それが政の判断。そもそも単身ハイセに【オウル】と戦えと命じたのも彼。

「そんな、佐々木一等を見捨てろと!」

 助けられた捜査官は抗議。

「命令には従わなくては―ならない」

 下を向いている、班長も辛そう。

「大丈夫だよ」

 捜査官の1人に貰ったペットボトルのミネラルウォーターで、ライは喉を潤す。

「アレぐらいで、佐々木一等はやられてしまうような、やわな人じゃないよ」

 ふぅーと飲み干して一息つく。

 何故か、みんな、ライに言われたら、不思議と本当に大丈夫だと思えてしまう。

「これぐらいで、倒れるようなら、この先は生き残れないさ」

 

 

 

 

 ライの指摘は正しかった。か弱そうな見た目に反し、かなり強い喰種、ヒナミの介入により、ひと時、ハイセは危機を出したかに見えた。

 【オウル】は半赫者の力を解放。

 

 “共食い”を繰り返すことにより、Rc細胞に変化が起きて、稀に身に纏うような赫子を扱うものがいる。

 これを覚りし者と掛け“赫者”と呼ぶ。

 喰種の中でも、とびっきりやばい。

 

 【オウル】は発動率、50%の半赫者。半赫者でもやばいことには変わらない。

 今度はヒナミが追い詰められる。

 ヒナミを守りたい、みんなを守りたい、そんな思いがハイセの中にいる“彼”を呼び覚ます。

 ハイセ自身も半赫者の力を解放、【オウル】を撃退。

 

 

 別件が片付き、有馬率いる0番隊が駆けつけてきた。

「CCGの死神、有馬……貴将」

 ヒナミの退路はない、【オウル】との戦いで、満身創痍。万全の状態でも有馬1人相手では万に一つの勝目も無し。

 『私もこれまでか』とヒナミが思った時、

「彼女は僕が追い詰めました。所有権は僕が頂いて、よろしいですか?」

 自分も満身創痍ながら、堂々と宣言。

 しばしハイセをじっと有馬は見つめる。

「医療班を、佐々木一等が負傷だ」

 踵を返す。

 こうしてヒナミは駆逐されずに済む。

 

 

 別件で動いていた特等が率いる捜査官たちが、どっとオークション会場に駆けつけてきた。

 ナキ、ミザたち、生き残っていた喰種は撤退を開始。

 アヤトはヒナミを助けに行こうとしたが、ナキに止められた。

 この状況、助けに向かうのは自殺行為以外の何物でもない。

 ギリッ、歯軋りしながら撤退。

 

 

 

 

 なんと言う偶然の嫌がらせか、逃げていた【オウル】は暁と鉢合わせ。

「滝澤……」

 姿形は変わっていても、【オウル】が誰なのかは暁には解った。

「真戸だ」

 顔を隠し、逃げていく。滝澤政道が、もっとも会いたくなかった相手会ってしまった。もっとも見られたくなかった相手に見られてしまった……。

 

 

 

 

 【JAIL】も無事にオークション会場からの脱出に成功していた。

「まさか、CCGの死神が来るなんて」

 マスクを作ってくれたウタも言っていた、CCGの死神、有馬貴将を見たら、逃げろと。

 【JAIL】は怪鳥のマスクを外す。

「暁さん、前よりも綺麗でかっこよくなっていたな」

 リオは外したマスクを見つからないように、懐に隠す。

 

 

 

 




 阿藤たちもライくんに助けさせたかったのですが、ああしないと話が進まないので、原作通りの展開に。
 ゲームでのリオくんと暁さんの絡み、好きなので、暁さんのピンチには、リオくんに登場してもらいました。
 『:re』ENDの覚醒リオくんなので、キジマは故人。
 旧多との兼ね合いは次回に。


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第6章 笑う

 現在の季節は真夏なのに、クリスマスネタ。
 原作でクリスマスパーティーがあったので。


「こんばんわー」

 クインクスが共同生活をしているシャトーに訪れたライ。

「いらっしゃい」

 ハイセがエプロン姿でお出迎え。

 シャトーにはジューゾーと阿原、伊東倉元(いとう くらもと)一等捜査官と黒磐武臣(くろいわ たけおみ)二等捜査官、有馬と暁が来ていた。

 到着はライが、一番最後。

 才子、シラズ、伊東はゲームで勝負。結果は才子の圧勝。ゲームでは無双で強い。

 有馬と暁とジューゾーはソファーでくつろぎ、六月と阿原と武臣は、ハイセを手伝い、パーティの準備。

 ただ今、六月に命じられ、ウリエは買い物中。

 オークション戦で暴走しかけたウリエは、六月の乳固めで正気に返った。あれ以来、妙な旗が立っている。

 

 『人間オークション制圧作戦』から、一月、今日はクリスマス。ハイセは、多くの捜査官をクリスマスパーティーに招待した。

 

 買い物に行っていたウリエが帰ってきて、クリスマスパーティーが始まる。

 

 

 テーブルに並べられたハイセ手作りのクリスマス料理の数々。

 ハイセの料理の腕前は一流。だけど、ハイセは普通の食べ物は食べられない、喰種と同じく。

 

 

 クリスマス料理を食べながら、ガヤガヤザワザワ雑談が飛び交う。

 オークション戦でのクインクスの活躍が評判ななり、増員の話が出ていること。

 傘で喰種を倒したなど、数々の有馬貴将の武勇伝。

「正確には、クリスマスはイエス・キリストの誕生日じゃないんだ」

 ライが話し始める。

「元々、ローマでは不滅の太陽神、ミトラスを信仰するミトラス教が、広く信仰されていてね。もしキリスト教が無ければ、今のキリスト教の地位はミトラス教が占めていたと言われるほど。ミトラスは死んでも春になると、生き返ると言われているんだ。だから、冬に枯れた植物も春になると復活すると。これを死後3日、復活したイエス・キリストに重ね合わせた。このミトラスの誕生日が12月25日で、日本で言うところの冬至に該当する」

「おっ、カボチャ食って、ゆず湯に入るヤツだな」

 横から口を挟んだのはシラズ。そうだよと、ライ。

「ローマで廃れたミトラス信仰は、東へ東へと流れて行き、やがて仏教に取り込まれ、弥勒になった」

「ライは物知りなんですね」

 料理を食べながら、ジューゾーは褒める。

「じや、イエス・キリストの誕生日っていつ?」

 伊東が質問してくる。

「それは解らないよ、聖書には書かれていないから。いろんな学者が研究はしてね、聖書に出てくるヘロデ王の在位中の年代を割り出し、ベツレヘムの星を一種の天体現象と考え、例えば木星と土星の会合説や木星蝕、超新星、彗星などと考え、ヘロデ王の在位中と合わせて計算し、いくつかの候補は上がっているけど」

 まだまだクリスマスパーティーは続く。

 

 

「ウリエくんには、イヤフォン、高価めの」

 ハイセのプレゼントタイム。

「才子ちゃんは、例のゲーム。シラズくんには、バイク―の模型」

 良く出来ている模型をプレゼント。

「六月くんは……、なにが欲しいのか解らなくて、アイパッチ……とか、買ってみたけど、革の良さげな……」

 ことのほか、大喜び。

 暁には髪留め。有馬には馬の銀のネクタイピン。

「ライくんには、水晶の数珠。パワーストーンっとしての効果が高いから」

 天然水晶の数珠をプレゼント。

「ありがとう、大事に使わせてもらうよ」

 裏表のない、素直な気持ちのニッコリ笑顔。

 

 こうして、楽しいクリスマスパーティーは終わった。

 

 

 翌朝、シャトーの玄関には、3つのプレゼントが置かれていた。

 1つは“メリークリスマスHySyより”とのメッセージ付きの眼帯のマスク。

 もう1つは“誕生日おめでとう”とのメッセージ付きの高槻泉の小説『吊るしビトのマクガフィン』。金木研へとの高槻泉の直筆のサイン入り。

 カネキケン、その名前はオークション戦以降、調べていた名前。あの【オウル】がハイセのことをカネキケンと呼んだのだ。

 調べて解ったことは嘉納により、喰種にされた青年で、多くの仲間がいたこと。

 そして最後の1つはピルケース。中には赤いカプセルが1つだけ入っていた。備え付けてあったメモには“これは【柘榴】。飲むのも捨てるのも自由。ただ飲まないと後悔する”と印刷してあった。

「? ? ? これ何て呼ぶんだ?」

 柘榴が呼べないシラズ。

「ザクロだよ」

 ハイセは教えてあげる。

「ザクロって、つぶつぶの赤い果物のアレの事」

 と六月。確かにザクロには赤い印象がある。

 ピルケースから、赤いカプセルを摘み上げる。

「サッサン、捨てちまえよ、そんな気味の悪いもん」

 赤いカプセルを疑わしそうに見ていたかと思うと、いきなり、ハイセは口に放り込む。

 誰も止める間など無かった。

「先生!」

「サッサン!」

 しばし、じっとしていたハイセは口元を抑える。

 六月とシラズは吐くのかと思ったが、吐くことは無かった。代わりに驚きの表情を見せる。

「……これはRc細胞。でも、これは……」

 喰種は人間を喰うことでRc細胞を補給する。ハイセも、その味を知っている。

 でも赤いカプセルのRc細胞の味は薄い、天然の物よりも。

 天然ではありえない薄さのRc細胞。ここで、ハイセは1つの可能性を導き出す。

「まさか、このカプセルは人工のRc細胞……」

 

 

 

 

 

 以前より、回数は減ったものの、ライは時間を作っては、喫茶店『:re』での家庭教師のバイトを続けてくれている。

 

「ライさん、その数珠、どうしたんですか?」

 ライの左手首の水晶の数珠のことを聞くリオ。

「佐々木一等捜査官からのクリスマスプレゼントだよ」

 聞いた途端、コーヒーとモンブランを運んできたトーカの表情が固まる。

(“あいつ”からのクリスマスプレゼント? 私だって貰っていないのに!)

 下手すれば修羅場になる状況、どうしたらいいのか解らないリオは、ヨモに視線を送り、助けを求めた。

 求められたヨモは、巻き添えはごめんだと視線を逸らす。

「どうしたの、トーカさん。そんな顔して、笑ている方が綺麗なのに」

 『あんていく』に来ていた月山習(つきやま しゅう)も、こんなセリフをおくびもなく言っていたが、決定的にライは違うところがある。

 それはライは意図して言っているのではなく、天然で言っているところ。

 それが功をなし、トーカの表情が柔らかくなった。

「お待たせ致しました」

 ライの前に、コーヒーとモンブラン、リオの前にはコーヒーを置く。

 修羅場にならなくて、リオとヨモは、ホッと胸を撫でおろす。

 

 

 夕暮れが始まる時間。

「今日の授業は、ここまで」

「はい、ライさん」

 全くリオは疑ってはおらず、ただトーカとヨモは、当初、ライのことを警戒していた。お客様に不快感を与えるわけにはいかないので、表には出すことないが。

 喰種の天敵である《白鳩》になったライ。警戒するのも当然と言えば当然。

 トーカは家庭教師のバイトを断ろうとも考えたが、いきなり、断るのも不自然で、逆に疑われる危険性があるので続けさせておいた。

 『ここは喰種の喫茶店だな』と、ライが言うことは訪れることも無かった、いつまでも。

 

「リオくん、トーカさん、ヨモさん。それじゃ」

「またね、ライさん」

 喫茶店『:re』を出て行くライを見送るリオ。

 とってもリオは、ライのことを信頼している。

 そんな2人を見ているトーカとヨモ。リオほどに無いにしろ、ライのことを信頼できる人物だと判断している。ハードな喰種の世界に生まれながらも人間との共存を目指しているので、多少なりとも人を見る目は養われている。

 

 

 

 

 最初は普通に歩いていたライだが、途中で方向を変えた。帰路とは違う道を進んで行き、たどり着いたのはデパート。

 デパートと言っても、辺りには人の姿はない。一昔前は繁盛していたが、近場にショッピングセンターが出来たため、客足が遠のき、今は廃墟となった場所。

 誰もいないデパートの壊れた入り口を潜り抜け、中ほどまで進むと、

「出ておいでよ」

 振り返る。

「あら、やっぱり、気が付いていたのね」

 ひょつこり出てきたのは包帯で顔を隠したエト。右手にリンゴを持っている。

「ライは読んだことあるわよね、旧約聖書の『創世記』。賢そうだもの」

 廃墟となったデパートで向かい合うライとエト。

 捜査官と『アオギリの樹』の幹部が向かい合っているのにも関わらず、緊張感は漂ってはいなく、戦闘の空気も漂ってはこない。

「リンゴは知恵の実、禁断の果実とか言われているけど、なんで神様は『エデンの園』に知恵の樹を置いたんだろう。とても悪意を感じない?」

 シャクとリンゴを一口齧る。

「それは『エデンの園』に知恵の樹を置いたのはアイオーンだからだよよ」

 それを聞いた途端、エトの目が見開かれる。

「鳥は卵の中から抜け出そうと戦う、卵は世界だ。生まれようと欲するものは一つの世界を破壊しなければならない。でも外から卵を叩き叩き割ってしまったら、雛鳥は死んでしまう。だから雛鳥自身が卵の殻を割らないと、内側からね」

 エトは笑い出した。腹を抱えて、まるで無邪気な子供の様に。

 そんなエトに、捜査官でありながら、攻撃しようとはしないライ。

「面白い、面白い答えね。私的には、その答えは“大正解”」

「そりゃ、どうも」

 ようやく笑いを終えたエト。

「あなたを誘拐しようと思っていたけど、気が変わったわ。ライ、あなたは嘉納の玩具にするのは勿体すぎる」

 デパートの入り口に向かって跳躍。

「じゃあね、ライ」

 ライに向かって、まるで親しい友達にするような振り方で手を振り、ライも同じように手を振り返す。

「出来れば、今度、会うときは、包帯の下の可愛い顔の時に会いたいな」

 天然砲の炸裂、最初はキョトンとしエトだったが、また笑いだした。

「本当に面白い子ね、“あいつら”の手の内にあるのは癪ね」

 そう言い残して、ガラスの割れた作動しない自動ドアから去って行くエト。

 ライも追おうとはしない。

「さて、帰るか」

 

 

 

 

 春がやってきた4月。

 

 

「伊東倉元、佐々木琲世、半井恵仁(なからい けいじん)、林村直人(はやしむら なおと)一等捜査官。諸君らを上等捜査官に任命する、和修吉時本局局長」

 正装し、任命を受けるハイセたち。

「不知吟士、米林才子、桜間ライ、諸君ら三等捜査官を二等捜査官に任命する」

 『人間オークション制圧作戦』の活躍によって、昇進してする捜査官たち。

 情報入手、内部潜入、『オークション』の主導者であり、長年、CCGの追っていた、SSレートの喰種【ビックマダム】駆逐に貢献したことで六月は二階級昇進した。

 ウリエも一階級昇進で、一等捜査官に。

 ジューゾーと政は特等捜査官への昇進を果たす。

 

 

 式の後はパーティの時間。

 長テーブルに並ぶ、様々な美味しそうな料理、酒類、ノンアルコールの飲み物、立食タイプのパーティ。

 シラズや才子、六月たち、捜査官たちは料理を楽しむ。

 

 どんな豪華で美味しそうな料理もハイセは食べることが出来ない。場の雰囲気だけを楽しむ。

 【柘榴】のことは誰にも話してはいない。

 人工のRc細胞。そう判断した見たものの、確証のないことを報告するわけにもいかず、また、誰が届けたかもわからない品物、真偽を確かめようのないものを報告するわりにはいかない。

 シラズと六月にも口止めをしておいた。

「立派なものだな、その年齢で上等とはな」

 ハイセと同じように、正装した暁が祝福してくれた。

「真戸暁準特等捜査官」

 暁も昇進していた。

「その年齢で、準特等もとてつもないですよね」

「これまでと単純比較はできないがな。今は激戦続きで、功績を挙げやすい。私は、ようやく母に肩を並べたが」

 母親の真戸微(まど かすか)準特等捜査官は【隻眼の梟】と戦い殉職した。

「そうか、お前も上等捜査官か」

 ハイセの指導者の暁にしてみれば、いろいろ感慨深いものがある。

「アキラさん、ハグしても」

 以前、やったところ、速攻で『否だ』と拒否された。今回もネタのつもりでやってみた。

「よくやったハイセ」

「!」

 今度はしっかりと、ハイセを抱きしめる暁。

 

 

「あの時は助けていただいて、ありがとうごさせいました」

「どうも、ありがとうございます」

 陶木と久木山はライに、大きくお辞儀。

 ライも正装して、食事をしていた。未成年なのでお酒は飲まないけど。

 そんなライを見つめる陶木。

「本当に男の方なんですね」

 恐る恐る尋ねてみた。

「うん、そうだよ」

 何の気兼ねもなく返答。自分の容姿に、やはりライは自覚がない。

 その返答を聞いて嬉しそうな陶木と、残念そうな久木山。陶木からは、少々、腐臭が漂う。

 

 

 ライの二等捜査官昇進は有馬やジューゾーを抜いて、最年少記録を更新した。

 有馬もジューゾーも、多くの喰種を駆逐し、それが評価され、若くして昇進。

 有馬とジューゾーに比べ、ライの喰種駆逐数は、それ程多くない。

 今まで多くの捜査官を殉職させた【黒兎】と、『人間オークション制圧作戦』に突如現れ、大いなる脅威として、喰種捜査官の脳裏に刻み込まれた【オウル】と戦い、無傷で撃退したことを評価されての昇進。

 

 

「何が二等捜査官だよ。喰種捜査官は顔でするんじゃないぞ」

「ケッ、防御ばかりで駆逐できなかっただけだろう」

 酒が入ったことにより、不満が口から、飛び出す。

 『人間オークション制圧作戦』のライの活躍は話題になっていた。直に助けられた陶木と久木山が、その時のことを話したりしているし、ジューゾーも褒めていた。

 最年少の出世に対するやっかみ。女性の捜査官に人気があるのも気に食わない。本人にその自覚がないのが、尚、気に食わない。

「そんな言い方は感心せんな」

 背後から掛けられた窘め。

「ああん」

「誰だ」

 振り返った男の捜査官たちは硬直。そこにいたのは黒磐巌(くろいわ いわお)特等捜査官。

 29歳の時、襲撃を仕掛けてきた【隻眼の梟】を撃退、『20区梟討伐作戦』で左腕を失うも、捜査官を続けている。

 一気に男の捜査官たちの酔いも覚める。

「防戦に専念、攻撃を受け流すことにより、体力の消耗を避ける。新人が驚異的な力を持つSSレートと戦う方法としては合格だ」

 歴戦の戦士である黒磐特等に、言われれば真実味が輝く。

「すいません」

「すいません」

 委縮してしまう男の捜査官たち。

 捜査官、主に女性の捜査官たちと、雑談しているライを見る黒磐。

「しかし、あの若さで、どこであれほどの技術を身に付けたものか……」

 

 

 

 

 春の陽気も届かない場所、喰種収容所『コクリア』にやってきたライとハイセ。

「ライくん、くれぐれも気を付けて。“あの男”は一筋縄ではいかにいから」

 前代未聞なことに、ライは『コクリア』に収監されている、“あの男”から、ぜひ会いたいと指名を受けたのだ。“あの男”は、ライの噂を聞いて、会ってみたいと。

「解ったよ、十分に注意するから」

 そう言い、SS層へ向かうライの背中を見るハイセ。

 以前、六月と来たときは、完全に脅され、立ちくらみを起こしていた。

 心配しつつも、ヒナミに会いに行く。

 

 

 

 

「よくぞ来てくれた、是非とも君と話してみたくてね、桜間ライくん」

 ガラスの向こうには初老の男が立っていた。

 “あの男”ドナート・ポルポラ、ロシア系のSSレートの喰種。カトリック系の孤児院を経営していて、院の子供を捕食していた。通称『神父』。資料は、ちゃんと読んでいるライ。

 本来は処分されるべき、凶悪な喰種だが、聡明さから、プロファイラーして生かされ、実際、いくつもの事件解決に役だっている。

 ガラス越しにお互いを見合うライとドナート。

「これは随分と、美味しそうな“御使い”だな。喰えばさぞかし、至福の時間を味わえるだろう」

 と言っておいて、ライの反応を待つ。そこにはどんな反応を示すのか、楽しそうに見ている。

「ふーん、あなたには、僕がそんな風に見えるんだ」

 それがライの見せた反応。驚くのてもなく、怯えねのでもなく、怒るのでもない、平常心のまま。

「なら、君は私が、とんな風に見えのかな?」

 興味が芽生えたドナートは問いかけを投げかける。どんな答えが来るのか、そこには期待が隠れていた。

「『放蕩息子の帰還』」

 即答。

 その即答を聞いた途端、ドナートは笑い出す。

「フハハハハハハハ、君には、私がそんな風に見えているのか」

 とても楽しそうに笑い、一頻り笑う。

「桜間ライくん、君は実に楽しい。君とも捜査に関係なく、話してみたくなった。また来てくれたまえ、今度はチェスでも楽しみながら、話そうではないか」

「是非に」

 微笑みドナートに、微笑み返すライ。

 

 

 

 

 ヒナミとの面会を終えたハイセ。『アオギリの樹』に関する有効な情報が引き出せるうちはCCGは生かしておく。

 しかし、いずれ必ず“時期”が来る。

 ハイセの中で、ヒナミを助けたいという感情が木霊していた。

「ハイセさん、どうしたんですか」

 暗くなっていたので、声を掛けてきたライ。

「何でもないよ、ライくんこそ、大丈夫。怖いことされなかった?」

 ハイセは気を取り直す。

「全然、むしろ、中々、面白い話が出来ましたよ」

 ハイセ以外にドナートが、悪態をつかないのは珍しい。

 珍しいこともあるもんだ、でもドナートなら、ライくんを気に入るかもなと、ハイセが思っていたら。

 カツンカツンと床を打ち鳴らす金属音が、聞こえてきた。

「こんにちは、佐々木上等捜査官に、桜間二等捜査官どの。お2人の噂を耳にしておりますよ」

 そこにいたのは、優男を連れた黒装束の顔にツギハギのある男。金属音は男の義足が鳴らしていたもの。

「キ、キジマ式準特等捜査官!」

 ハイセが驚くのも無理はない。キジマ式準特等捜査官は2年前、【JAIL】との戦いで殉職したはず。

「私はキジマ式準特等の双子の弟のキジマ岸(きじま きし)と申します。階級も兄と同じ、準特等」

 資料の中には【JAIL】に襲われた捜査官の生存者の中には、確かにキジマ式とキジマ岸の名前が書かれていた。

 言われてみればキジマ式は顔の右側にツギハギがあり、右足が義足だったが、キジマ岸は顔の左側にツギハギがあり、左足が義足。それを除けばそっくり。

「建前は『ロゼ』の捜査に来たのですが、『人間オークション制圧作戦』で兄の仇の【JAIL】が現れたと聞きましたのでね」

 『ロゼ』とは大量誘拐を起こしている主犯喰種の総称。

「では行こうか、旧多くん」

 カツンカツン、『コクリア』の奥へ。

 優男、旧多二福(ふるた にむら)一等捜査官は、

「失礼します」

 ぺこっと一礼してから、キジマ岸の後を追う。

 一瞬、冷たい氷のような視線で、ライは旧多を見た。

 

 

 




 キジマ式は、ああなりました。リオくんとの関係で、どうしょうかと思っていたら、ピンと双子の兄弟とのアイデアが出てきました。
 なら、ツギハギと義足は左右対称にしようと思い、名前もしきをひっくり返して、きしになりました。漢字も式と同じく、一文字にしたかったので岸。


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第7章 探り合い

 いろいろと探り合いの話。


 口に赤い鉄のマスクを着けた白装束の男『アオギリの樹』の幹部、タタラ。

 足をブラブラさせて、いつになく楽しそうなエト。

 喰種化施術の実験体として、嘉納が目に付けたライの誘拐に失敗して帰ってきてから、妙にエトはテンションが高い。

 何かいいことがあった。これに気が付いているのはタタラを除けば『アオギリの樹』の幹部の1人、ノロのみ。

「ねぇ、タタラ。もし天使が現れて、『知恵の実』をくれたら、あなたは受け取る?」

 エトを見ているタタラの眼差しは、他の『アオギリの樹』のメンバーには見せたことのないもの。

「俺には必要ない」

 タタラの答えを聞いて、そうと呟いたエトは空を見上げた。

「彼が投げる知恵の実(りんご)は、この鳥籠に何をもたらすのかな……」

 

 

 

 

 シャク、青森のリンゴを1つ手に取り、ライは齧る。

 丁度、食べ終えたのを見計らったように、懐のスマホが震えだす。

 青い色のスマホを取ってみたら、反応はない。ああ、もう1つの方かと、“跨ぐ”黒色のスマホに出た。

「やぁ、バトレーか、ふーん、そうか、もう少しで【柘榴】の量産体制に入れるのか。どうやら、ゼロが連れて行ったサンプルが役に立ったようだね。他の方の成果は―」

 電話の向こうの相手は、ライに対して恐れを抱くと同時に、畏敬の念を持っている。

 何度か会話を交わした後、黒色のスマホを切る。

 今度は“こっち”でいつも使っている青色のスマホが振るえた。

 

 

 

 

 オープンカフェに到着すると、呼び出した相手である上司の暁は、意外な相手、キジマ岸と一緒に座っていた。

「朝早くにすまんな」

 横に座るように、暁は促す。

「何があったんですか?」

 座りながら、呼び出しの理由を聞く。どう見てもデートの雰囲気ではない。

「この御仁がしつこくてな」

 キジマ岸を指し示す。

「そんな言い方をされると、誤解されてしまいます。私は【JAIL】のことをお尋ねしていただけですよ」

 ちなみに旧多は書類整理が長引いたという理由で、ここには来ていない。

「『人間オークション制圧作戦』の報告書を読ませてもらいました。総合すると【JAIL】が真戸準特等を助けてように感じまして。決して、あなたが喰種と通じていると言っているのではありません。ただ、日常生活のどこかで【JAIL】に会っているのではないかと、その相手に心当たりはないかと尋ねているだけなのです」

 ハードな見た目に対し、あくまでソフトに聞く。

「答えは一緒だ、心当たりはない。会っていたとしても、誰が【JAIL】かは検討はつかない」

 暁の表情は変わらない。本当なのか虚偽なのか、判断しずらい表情。

 普通の相手なら、すぐに引き下がっただろう。しかし相手は『コクリア』で、兄と共に尋問官をしていた経験があり、兄の式は《削ぎ師キジマ》、弟の岸は《剥ぎ師キジマ》と呼ばれていた。そう簡単には引き下がらない。人間相手に非道な取り調べはしないが。

 そこでライを呼んだのだ。

「キジマ岸準特等捜査官、僕の上司の真戸準特等捜査官のことを信じてもらえませんか?」

 一応、笑顔ではあるが、異様な迫力があり、さしものキジマ岸も皮膚が残っていれば鳥肌が立っただろう。

「ご注文は何になさりますか」

 そこにウェイトレスがお冷を持ってきた。

「アップルパイとアップルティーを」

「かしこまりました」

 営業スマイルに、キジマ岸とは別種の天然キラー笑顔が炸裂し、頬を赤らめたウェイトレスが、慌てて戻っていく。

 やっと、場の空気が緩やかになる。

「話はここまでにしておきましょう。今日のところは」

 暁相手でも手強いのに、ライが加われば勝ち目無し。一旦、引き下がることにしたキジマ岸。

「お詫びに、ここのお代は私が持ちますよ」

 

 

 

 

「ねぇ、気が付いている?」

 共に歩いている暁とキジマ岸に尋ねた。

「ああ、勿論だ。私はお前の上司だぞ」

「ほ、気が付いていたのですか。最年少で二等捜査官に昇進したのは、伊達ではなかったようですね」

 暁とキジマ岸も気が付いていた。試しに人気のない路地を歩いてみても、反応は無し。

「なるほど――」

 周囲を警戒しつつ、“相手”に気が付かれないように、ひっそりとライは話す。

 

 

 

 

 広い公園。ちょうど、時間的に誰もいない。ライがたどり着いたら、待っていましたとばかり、ペストに感染した患者を扱っていた、鳥のような医師のマスク(ペストマスク)を被ったフード姿を中心にした、笑うドクロのマスクを被った一団が現れた。

「『アオギリの樹』か……」

 懐から《夜桜》を取り出す。マスクの種類から、相手の正体が解る。

 真っ先に襲い掛かってきた相手を《夜桜》で投げ飛ばした。放物線を描きながら飛ばされ、次に襲い掛かろうとしていた喰種の頭に頭がごっつんこ。あまり激しく衝突したので、精神が入れ替わっているかもしれない。

 次々と襲い来る喰種。

 赫子の攻撃を躱しながら、相手の目前に飛び込み、《夜桜》を開いて斬る。

 すぅーと静かに自然に移動するライ、正面の喰種が羽赫を発射。

 さらりと避けると、背後からの不意打ちをしようとしていた喰種に羽赫が命中。そうなるように誘導した。

 同士討ちに、一瞬怯んだ喰種を斬り捨てる。

 降り下ろされた赫子を《夜桜》を閉じて受け止め、足払いを掛けてひっくり返す。

「やれやれ、まだまだ、沢山いるねぇ、全部、倒すのは大変だな」

 多勢に無勢、『アオギリの樹』もライの消耗を狙っている。

「1人だったら、ね」

 途端、『アオギリの樹』の喰種の体が、上半身と下半身、二つに別れてしまう。

 何だとと、メンバーが顔を向けた先には《フエグチ》を操る暁の姿。

 驚く間など無かった。今度は左右真っ二つに裂かれる喰種。そこには意気揚々と、 チェーンソー型のクインケ《ロッテン フォロウ》を持ったキジマ岸が立っていた。

「真戸上等捜査官の勘の力は、兄ともども私も感服していましたが、娘にも引き継がれていたのですね」

 

 

 

 

 ちょっと時間が巻き戻る。

 

 何者かが、つけ狙っている。喰種捜査官を狙うものなど、喰種ぐらい。

 そこでライ、暁、キジマ岸は、態々、人気のない路地を歩いてみても、襲撃してくる様子はない。

「なるほど、僕たちが1人になるのを狙っているんだ」

 周囲を警戒しつつ、“相手”に気が付かれないように、ひっそりとライは話す。

「問題は僕たちの中で、誰が狙われているか……」

 ライ、暁、キジマ岸、3人の中で狙われているのは誰か?

「私でしょうな、私には心当たりが多すぎますので」

 何体もの喰種を解体してきたキジマ岸。尋問官としては《剥ぎ師キジマ》と呼ばれる。

 喰種に狙われても、おかしくはない。

「いや、狙われているのはキジマ準特等ではない」

 即刻、暁は否定。

「狙われているのはお前だ、ライ」

 完全に断言。

「いかにして、私やあなたではなく、桜間二等か狙われていると?」

 喰種に残酷なことをしてきたキジマ岸、暁も若くして準特等に出世したからには、数多くの喰種を討伐してきている。

 キジマ岸、暁も喰種に恨みを買っていても、なんだ不思議ではない。

 それに対し、最年少で出世したとはいえ、ライの喰種の討伐数は多くはない。

 ならば何故、ライが狙われていると断言できるのか?

「私の勘だ」

 

 

 3人は離れ離れになる。

 本人の提案で、ライが囮になることに。

 離れ離れになっても、相手に気づかれないように、すぐに駆け付けて来れる距離を保ちながら。

 暁の勘が外れ、誰が襲撃されても、これなら時間をかけることなく、集合できるように。

 

 

 

 

 ライ、暁、キジマ岸の3人が揃えば数の差など、簡単にひっくり返せる。

 ドクロのマスクは全滅、1人の残った医師のマスクは逃げようとする。

「裂きっ、と」

 そうは問屋が卸さない、キジマ岸は医師のマスクの両足を切断、逃亡を阻止。

「キヒヒヒ、あなたにはたっぷりと喋ってもらいますよ」

 歯をむき出して笑う、とても楽しそうに。

 

 

 

 

 狙われたライも、一緒に『コクリア』へ。キジマ岸の尋問にも付き合うことになる。

 

 部屋に並べられた尋問のための“道具”に素顔を晒した医師のマスクは青ざめ、ガクブル状態。

「さて、最初はどれにしようか……な」

 意気揚々と《剥ぎ師キジマ》の本領を発揮しようとしていたら、

「どうして、僕を狙ったのか、話してくれるかな」

 あくまで温和に優しく尋ねてみる。あくまで表面上は。

 キジマ岸への恐怖、優しく訪ねてくれるライ。

「い、依頼されたんです。ピエロの仮面を被った男に、桜間ライを誘拐して届けてくれたら、大金を出すって」

 あっさりすぎるほど、あっさりと白状。

「ほ、そのピエロの仮面の男が、桜間二等を狙う理由は何なんですか?」

 やっとこを手に尋ねるキジマ岸。

「そこまでは知りません、ただ金さえもらえれば、オレたちはいいので」

 べらべらと、ピエロの仮面の男の待ち合わせ場所まで話す。

 

 

 兄とキジマ式と同じく、キジマ岸も“尋問”のプロ。医師のマスクが、すぐに口を割るのは解っていた。

 でもまさか、“尋問”する前に口を割ってしまうなんて。

 聞きたいことは聞けたけど、キジマ岸にしてみれば物足りない。

「一応、待ち合わせ場所には行ってみますが、無駄でしょうな」

 相手だって馬鹿ではない、既に誘拐が失敗したことは悟っているだろう。

「桜間二等、狙われることに心当たりは?」

「さぁ」

 恍けるライ。

「そうですか、今後も狙われるかもしれませんので、ご注意を」

 ライが手にしたチェスの入ったカバンに目をやる。

「それは?」

「ちょっと、約束がありましたね」

 

 

 

 

 SS層、チェスの対局をするライとドナート。

 ガラス越しなので、ドナートの駒もライが動かす。

「狙われたのかね」

「ええ、『アオギリの樹』に」

 駒を動かしながらの会話。

「嘉納が、一枚噛んでいるのは察しが付くんだけど、直接『アオギリの樹』ではなく、ピエロの仮面の男を介してっているのが変でね」

 喰種化施術の実験体として狙っているのは、もう解っていること。

 今、嘉納は『アオギリの樹』に身を寄せている。

「今回、君を狙ったのは嘉納の独断ということか……」

 2人分の駒を動かすのは大変なのに、会話をしながらもドナートの指示する位置に駒を間違えることなく、進めていく。

「ピエロの仮面の男、つまりは『ピエロ』と嘉納は繋がりがあったってことかな」

 ドナートの反応を待つ。

「『ピエロ』のメンバーは、それぞれ、単独の目的で動くこともあるからな」

 ぱっと見は大した反応の変化は見られない。

「それにライくん、君のことだから、見当は付いているのではないかね」

「さぁ、どうでしょう」

 チェスの対局の姿をした腹の探り合い。

「やれやれ、ライくん、君は本当に恐ろしいね。この後、私がどんな手を打っても14手目にはチェックメイトを掛けられてしまうではないか」

 素直に負けを認める。

「もう一勝負どうですか?」

「いや、遠慮しておこう、もう十分だよ」

 席から立ち上がり、“殆ど”の人に腹の内を悟れない表情を浮かべた。

「実に楽しい時間を過ごさせてもらったよ、ライくん」

 

 

 




 将棋はやったことはあるのですが、チェスはないので、よくルール解らないんです。


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第8章 嵐の前

 揚げたてのカレーパンを食べてみたい。


 掃除をするため、欠伸をしながらリオは喫茶店『:re』のドアを開けた。

 ひらひらと、一通の手紙が落ちる。どうやらドアに挟んであったよう。

 何だろうと拾ってみると、そこには『リオくんへ』と書かれていた。差出人の名前は無い。

 嫌な予感、自分宛だったこともあり、封筒を開けて中の手紙を読む。たちまち、リオの顔色が変わる。

 

 

「しばらく、お暇を貰えませんか」

 トーカ、ヨモ、西尾錦(にしお にしき)、ニシキに向かって、リオは頭を下げた。

「随分と勝手だな、『:re』(ここ)に何か不満とかあるの?」

 冷たい言い方をするが、ニシキは実際に冷たい人間ではない。

「理由は聞かないでください」

 そんなリオの様子を見つめるトーカ、ヨモ、ニシキ。『あんていく』にいた時も同じようなことがあった。

 キジマ式との決着を付けるため、リオは『あんていく』を出て行ったことがある、みんなに迷惑を掛けないため。

 あの時と、全く同じ。

「そう」

 と言った後、トーカは真っすぐにリオの目を見た。

「好きにしなさい、でも帰りたくなったら、いつでも帰ってきなさい、『:re』(ここ)はそのための場所なんだから」

 ヨモは何も言わないが、顔がトーカと同じ意見だと言っていてる。そっぼを向いているニシキも同じだよと、顔が言っている。少し照れ臭そうにも見える。

「ハイ、ありがとうございます」

 もう一度、頭を下げるリオの目には、涙が滲んでいた。

 

 

 

 

 月山財閥。100年以上の歴史を持ち、財閥解体後、再結集し、現代に続くグループ。

 事業は食品、貴金属、鉄鋼、化学など多岐にわたり、20もの子会社を持つ大企業。

 『ロゼ』を追っていくうち、月山財閥の頂点に立つ月山家が喰種の一族であることが解った。

 毎年、提出していた医療診断書は、巧妙に偽造されたもの。各セクションに太いパイプを持つ、月山家だからこそてきた芸当。

 正し、この事が公になれば、経済的ダメージが大きくなるので、事は慎重に内密に進められる。

 

 そして、本局局長、和修吉時の父、CCG総議長、和修常吉(わしゅう つねよし)により、特等捜査官の宇井郡(うい こおり)は『月山家駆逐作戦』の指揮官に任命された。

 

 

「特等、今回の『月山家駆逐作戦』。私は辞退させてもらっても良いでしょうか」

 キジマ岸の申し出を聞いた時、宇井郡はムスッとした。

「随分、勝手な言い草ですね」

「どうしても外せない、野暮用がありまして」

 『ロゼ』と月山家の繋がり、月山家が喰種の一族であることを突き止めたのは、間違いなくキジマ岸の功績である。

 しかし捕らえた『ロゼ』を拷問にかけ、その動画をネットに流し、自らを囮にして敵を誘き出すという行為を働く。

 結界的には成功はしたものの、過激で違法な方法であり、その後始末は大変だった。

 尻拭いをさせられた宇井郡がムスッとするのも当然。

「そこで私の代理として、推薦したい捜査官が1人いましてね。実力は準特等として、十分に保証致します」

 

 

 

 

「桜間ライ、二等捜査官です。よろしく、お願いします」

 上等捜査官の伊丙入(いへい はいる)、ハイル。一等捜査官の岡平(おかひら)と旧多、ハイルの荷物持ちに挨拶。

 キジマ岸が自分の代理に指定したのはライであった。

 準特等の代理が二等捜査官。最初、宇井郡は呆れたものの、キジマ岸の強い後押しと、これまでのライの活躍に関する報告書を読んで、渋々ながらも宇井郡は承諾した。

 そこにはライの実力というより、組ませるハイルの実力を認めての事、ハイルがいれば何とかなるだろうと。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 たじたじと旧多。階級は旧多の方が上ではあるが、上司であるキジマ岸の代理として来ているので、立場がややこしい。

「桜間ライのお噂は聞いていますわ。なんでも有馬さんを抜いて、最年少で二等捜査官になったと」

 笑顔で手を差し出すが、ハイルの目は笑っていない。

 有馬率いる0番隊に所属し、有馬貴将に一種の憧れを抱いている彼女にしてみれば、有馬の記録を抜かれたのは面白くないこと。

 そんなハイルの気持ちを知ってか、知らないでか、ライは差し出された手を握って握手、天然キラー笑顔。

「一緒に頑張りましょう」

 

 

 

 

「風吹き荒れ 雨が降りつぐ 恋をなくした 男の背中に 広い荒野の果てをどこまで行くの」

 顔合わせの後、デパートで買てきた白と薄いピンク色の紙をハサミを起用に使い、鼻歌交じりでライは桜の花びらの形に切っていく。

 切り取った桜の花びらは買い物袋へ、残った紙切れは足元に置いたゴミ箱へ。

「おお、ライ」

「おお、美形」

 シラズ、才子、武臣が来た。

「どうしたの、その頭」

 真っ先にシラズの頭に目が行く。ぼうずになっていたのだ。

「ちょいと、気合を入れようと思って」

 恥ずかしそうに、ぼうずになった頭を摩る。

 チラッと武臣はライの手元を見る。そこには白と薄いピンクの桜の花びらの紙片。

「うまい物じゃな~」

 才子は褒める。桜の花びらは見事な出来栄え。桜の木の下に撒けば、本物の花びらと間違えられるかも。

「ちょっとした、小道具に使おうと思ってね」

 桜の花びらを買い物袋に入れる。

 作業を終えたライは椅子から立ち上がり、う~~んと背伸び、チラッと壁の時計を見る。

「もうお昼か……」

 時計は正午の少し前を指していた。

「いいパン屋があるんです、一緒に行きませんか」

 と武臣はライを誘う。

 

 

 

 

「こんにちは小坂」

 パン屋に入った武臣は、親し気に女性店員に挨拶。

 武臣とパン屋の店員、小坂依子(こさか よりこ)は小学生時代の同級生。以前、シラズと才子と共に来た時、ばったりと再会した。

「いらっしゃい、黒磐く―」

 途中で依子の言葉が止まる。彼女の目は武臣の横のライで止まっていた。

 

 

 ライはカレーパンとクロワッサン、カツサンド、デザート用にメロンパンを選ぶ。

 シラズ、才子、武臣も、それぞれのパンを持って席に着く。

 みんな、注文をしたパンに被りつき、味わいを楽しむ。

「わー、歯触りがサクサクしてる、香ばしくて美味しい」

 ライはお世辞は言わない、本心からの称賛。

「コーヒーです、どうぞ……」

 人数分のコーヒーを持ってきた依子の様子がおかしいことに、武臣が気が付いた。

「どうした、体調が悪いのか?」

 と、心配して尋ねても、依子は言いにくそうにしている。

 ピンと才子は来た。

「なるほど、お主、ライにやきもちを焼いておるのじゃな」

 この指摘に依子の顔は真っ赤になる。

 ライ、シラズ、武臣は意味が解らず、パンを食べる手が止まる。

「安心せい、ライは男だ。仕事の同僚、これでも二等捜査官だぞ」

 ああと武臣は、状況を納得。

「ライは最年少で二等捜査官になった。かなりの実力者だ」

 とライを紹介。この手のことに疎いシラズは、まだ理解しておらず、戸惑ったまま。

「そうだよ、僕は正真正銘の男。武臣さんもシラズさんも才子ちゃんも、優秀な先輩」

 自身のこととなると恐ろしいほど鈍いのに、他人のことなら、鈍くはないライ。何故、だろうと皆思う。

 

 

「すいません、私、てっきり、女の人と思ってしまって」

 と平謝り。

「いいよ、気にしないで、間違えられるのは慣れているから」

 優しく依子に頭を挙げさせる。

「まぁー、CCG(ウチ)に来た時も間違えていた奴、多かったから。てーいうか、未だに男装の麗人じゃないんかって疑っている奴いるぐらいもんな」

 気を取り直し、再びシラズはパンを食べ始めた。

 特に男性捜査官の中で、ライを男装の麗人であってほしいと願うものがいる。

「ライがあまり他人とシャワーを使いたがらないのも、噂の原因になっている」

 何気なく武臣は言った、悪気はない。事実、ライは、いつも1人でシャワーを使っている。

「お腹に銃創があるんだ。他の人が見て、怖がるといけないから」

 一気に重くなる空気。捜査官に怪我は珍しくはない。むしろ、ケガをしない捜査官なんて皆無に等しい。しかし、これまでの任務のなかでライが撃たれたという報告は無い。

 つまりは捜査官になる前に、撃たれということ。

 ライが嘘を言っていないのは誰もが解る。初面識の依子も嘘ではないと解った。

「すまない」

 知らなかったとは言い訳はしない。ちゃんと武臣は謝る。

「気にしないで、これは証なんだ、今度こそ、大切な人を守れたっていう、ね」

 

 

 

 

「腹に銃創って、何やってたんだ、あいつ」

 パン屋を出て、ライと別れた後、ついついシラズは呟く。

 若くして特等に昇進したジューゾーは【ビックマダム】に飼われ、人間の解体ショーをやらされたことで、常人離れした身体能力を手に入れた。

 また度重なる虐待により、痛覚が鈍くなっている。

 成人もしていないライが、どんな経験をしたのだろうか。

 それでいて、ライは壊れていない。ジューゾーも庇護者だった篠原が植物状態になる原因となった『梟討伐作戦』までは、性格に問題があった。

「……」

 武臣も何も言わない。

「戦場にいたんだ、きっと」

 当てずっぽうに才子は言ったが、それはあらかた外れではない。

 

 

 




 ライくんの言っている、お腹の銃創はゲームでユフィに撃たれた時の物です。
 口封じに旧多殺されたハイルさんの荷物持ちの名前が解らない。本編にも荷物持ちとしか、出ていなかったよね。


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第9章 執念と忠義

 『ロゼ』編のルナ・エクリプスの戦いがメインになります。


 月山家の豪邸の前に集まる捜査官たち。全員、クインケの入ったアタッシェケースを手に戦闘モードに入っている。

 空には政を乗せたヘリコプターが飛んで、豪邸全域を見張っていた。

 豪邸は捜査官は四方八方を包囲され、どこにも逃げ道は無いように見えた。

 ところが想定外なことが起こる。月山家の当主にして月山グループの頂点、月山観母(つきやま みるも)と使用人が、無抵抗で投降したのだ。

 

 

「よし帰ろ」

 もう帰る気まんまんの才子。面白くないのはウリエ、喰種と戦い、討伐数を稼ぎたい、手柄を稼ぎたい。そのためにジムに通って筋トレに励んできたのに。

 そんな中、ハイセはキナ臭さを感じていた。

 

 

 豪邸内を見回る宇井郡、大きな駐車場があるのに車が一台もない。

 地面を見ればタイヤ痕は、しっかりと残っている。

「月山観母の所有している車両を調べさせろ」

 宇井郡は部下に命じた。

 

 政と宇井郡はお互いを嫌い、目の敵にしあっている。そんな2人が奇しくも同じ推理に辿り着く。

 当主自ら囮になる理由とは――跡取り、息子を逃がすこと。

 

 ヘリの中で政は推理を続ける。

(奴らも馬鹿ではあるまい、検問や交通規制の可能性を考えれば、そう遠くへは行けないと解るはずだ)

 そこで達した結論は空路、つまりはヘリコプター。

 

 

 

 

 『ルナ・エクリプス』月山グループの所有するビルの中でヘリポートのあるビルの一つで、月山家から最短時間で辿り着ける。

 ここに月山グループの跡取り、月山習(つきやま しゅう)と使用人の松前が逃げて来ていた。

 

「習さま、小さいときにお姿を拝見した限りだったが、ずいぶんな美男と成長なされた」

「それでいて、あの知的な所作、若い時の観母さまを彷彿とさせますな」

「しかし目元などは奥方様にそっくりで」

 『ルナ・エクリプス』には月山グループ傘下の子会社の面々が、ズラリと集まっていた。全員が喰種である。

「ぜひウチのモデルになって欲しかったな、あのルックスだ、彼はモデルとしても成功していたよ」

「喰種の広告塔か、そいつはいい」

 みんな楽しげに、まるで日常でするようにな雑談を続けていた。

「観母さまのためだ。一族の恩義はここで」

「命を尽くし、お返ししよう」

「ええ」

 ヘリの到着までは時間が掛かる。そのための時間稼ぎのために、ここに集まってきた。習1人を逃がすため、全員、捨て身の覚悟で。

「……しかし、ずいぶんと“上”が優秀らしい、お早いご到着だ。感傷にひたる暇もないとは」

 喰種たちの見る『ルナ・エクリプス』の入り口には、ハイル率いる先行部隊が来ていた。

「殲滅開始。建物内の喰種を全て駆逐します」

 笑みを浮かべ、ハイルが前に出る。

「入り口でこの人数か、これは骨が折れそうだ。と言っても、本当に骨折はしたくないけど」

 懐から扇子型のクインケ《夜桜》をライは抜く。

 

 

 

 

 路地裏に単身、やってきたリオ。

 この場所はリオが自分が【JAIL】と自覚した場所。すなわち、キジマ式を葬った場所。

 そこで待っていたのはキジマ式の顔のツギハギと義足が左右反対になってること以外は瓜二つのキジマ岸。

「お初にお目にかかります、私はあなたに殺されたキジマ式の双子の弟のキジマ岸」

 丁寧な挨拶をする。

「この手紙を出したのはお前か」

 『リオくんへ』と書かれた封筒を取り出す。普段の優しい顔ではない、戦士の顔。

「いかにも」

 ニタリと歯を剥きだして笑う。

 手紙には今日の日付と今の時間、そして『【JAIL】 お前がキジマ式を殺した場所で待つ。来なければ、私たちがそこへ行く』と書かれていた。

「安心してください、あの喫茶店のことは私しか知りません、今のところは―ね」

 手紙には消印が付いていなかった。直接、キジマ岸が投函したということ。

 執念でキジマ岸はリオの居場所を突き止めた。

「あの場所は僕が守る!」

 両眼が真っ赤になる。赫眼。

「お前の兄で作られた、私の兄の形見で切り刻んでくれるジェイルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」

 アタッシェケースを展開、 チェーンソー型のクインケ《ロッテン フォロウ》を装備。

 このクインケはリオの兄で作られた。それを見たリオの顔全体に格子状の痣が広がる。

 ドラゴンの尻尾のような銀色の尾赫で《ロッテン フォロウ》を受け止める。飛び散る火花。

「ぬぬぬぬぬっ」

 刃を高速回転させ、尾赫を切断しようとするが硬い、一層力を込めたキジマ岸。

 切断されてたまるかとリオも力を込めた。尾赫と《ロッテン フォロウ》の接触面が摩擦で過熱する。

 守りたいという思いと仇討ちと執念がぶつかり合う。

 “守りたい”思いが勝った。リオの尾赫が競り勝ちキジマ岸をふっ飛ばす。

 壁に背中をぶつけたキジマ岸に、止めを刺そうと肩から出した青い太刀型の甲赫で切りつけようとした。

 倒れたままの体制で左足の義足をリオに向ける。キジマ岸の顔に浮かんでいるのは笑い。

 パン、軽い空気音と共に義足の先から発射されるQバレット。赫子を

溶かしこんだ、対喰種用弾丸。

 義足が仕込み銃になっていたのだ。咄嗟に甲赫を盾にして、Qバレットを防いだものの、がら空きになった胴を目掛けて、《ロッテン フォロウ》を振る。

 今の体制では躱すことは不可能、逃げることも不可能。すぐにでも体を上下で両断されてしまう。

「もらったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ここで殺されたら、次は喫茶店『:re』のみんなが殺される。

 “絶対に嫌だ”と強くリオが思った時、《ロッテン フォロウ》がキジマ岸の手から、つるんとすっぽ抜けた。

「滑っただと!」

 殆ど条件反射だった、自然に体が動いた。《ロッテン フォロウ》が『俺を使え、リオ』と言った気がした。

 リオは《ロッテン フォロウ》を蹴っ飛ばす。

 蹴っ飛ばされた《ロッテン フォロウ》は驚愕の顔を浮かべているキジマ岸の顔面を直撃、真っ二つに割る。

「わわわわわわわわわばわわわわわわわうばばばばばば」

 振動で震えるキジマ岸。

「るるるるるるるるるるるるるおおおおおおおおおおおおお!!!」

 顔面が真っ二つになりながらも、血を撒き散らし、襲い掛かってくるるキジマ岸、何という執念。

 しかし死に体の攻撃など、果って【JAIL】と恐れられたリオには通じない。

 容赦せず、甲赫の太刀で腹を貫く。

「チーズ、チーズが食べたい」

 ばたりと倒れ、もう動かない。

 コンクリートで舗装された道に投げ出された《ロッテン フォロウ》、もう動きを止めていた。それを見つめるリオ。

「兄さん、助けてくれたんだね」

 

 

 

 

 『ルナ・エクリプス』上層付近では、月山家の跡取りのいるヘリポートを目指すハイル率いる先行部隊と、それを阻止しようとする松前率いる喰種たちが衝突。

「今日はやる気ですね」

 薙刀のようなクインケ《アウズ》を片手にハイル。

「無論」

 右手には剣型の甲赫、左手に盾型の甲赫を構える松前。

「うふふふ、素敵な赫子ですね。もらうのが楽しみ」

 ハイル、松前、ほぼ同時に攻撃に入る。

 他の捜査官たち、喰種たちも激戦を開始。

 駆逐される喰種、殉職する捜査官。床はどちらの血でも赤く染まっていた。

 激しすぎる打ち合いを展開するハイルと松前。両者幼いころから、戦闘訓練を積んできた猛者中の猛者。一歩も引かず、怯まず、揺るがず。

 

「あのハイルさんが押されているなんて」

 何とか喰種の攻撃を避けている旧多。

 

 ハイルの一撃を甲赫の盾で弾く。

「それもいいな」

 すぐに次の攻撃を加えようとしたハイル。ズルッ、床の血で足を滑らせてしまう。

 体制を崩したハイル目がけて甲赫の突き出す、立て直す間は与えない。

「貫けェェェェェェ!」

 突然、沢山の桜の花びらが飛んできて松前の視覚を塞ぐ。

「けほっけほ」

 若干、呼吸器官も塞がれたため、咽せる。

 その合間に、ハイルは後ろへ飛んで距離を取る。

「ウッ」

 あんまりにも無茶な体制で飛んだため、右足を捻ってしまう。

 右足が痛くて動けない。これでは松前と闘っても、勝てる見込みは少ない。

 

 桜の花びらは、白と薄いピンクの紙を切って作られたもの。

 松前は桜の花びらの飛んできた方向を見る。

 《夜桜》を扇ぎ、ライが紙の桜吹雪を飛ばしていた。

 桜の花びらが打ち止めになると、パチン、《夜桜》を閉じ、進み出るライ。松前も攻撃を開始。

 激しい松前の甲赫の剣撃を《夜桜》で軌道ずらさせる。一撃、二撃、三撃、四撃、五撃、ことごとく反らす。

「あれが【オウル】の攻撃をしのぎ切った……」

 じっくりと“観察”するように見ている旧多。

 SSレート【オウル】の攻撃を反らし続けた技。強力な力を持っている喰種に対し、敢えて力を抜くことで攻撃を反らす。

 太い木は強風で折れるが、細い柳の木は折れない。

 

(抵抗を感じさせない、まるで風に舞う羽毛。こいつ出来る)

 人間離れしたパワーとスピードのハイルとは違う柔らかな動きに、松前は驚嘆しながらも純粋に評価していた。

 スタミナは人間よりも喰種の方がある。しかし松前は捜査官たちとの戦闘、ハイルとの激戦でかなり消費しているに対し、ライは柔の技を駆使し、攻撃も隙を突くかカウンターを使ってきたため、殆ど消耗はない。

 

 防御と攻撃の戦い、ライVS松前。途端、松前の動きに鈍りが見えた。

「今だ! ライさん」

 と叫んだ旧多。

「ライ、誘いに乗るんじゃねぇ!」

 訛って叫ぶハイル。

 2人が叫ぶまでもなく、ライは動かなかった。

「引っかかりませんか……」

 さっきの鈍りはどこへやら、

「大変、失礼いたしました」

 再び真っ正面からの強力な攻撃を始める。

 おろおろしている旧多に、

「罠だったんですよ、わざと誘った。でも誘いには乗らなかったようですね、ライちゃん」

 教えてあげるハイル。訛りは消えていた。

 防のライ、攻の松前、再度、繰り広げられる激しい攻防。

 

 

 戦っていた捜査官を片付け終えた、月山家の使用人のマイロ。

「松前ッ、今、加勢する!」

 言葉通り、松前に加勢しようとした。流石のライも二対一では不利、勝ち目は無くなってしまう。

「させるかよ」

 《アウズ》を引っ掴み、

「死にゃせ」

 また訛りながら、ぶん投げる。

 回転しながら《アウズ》はマイロに命中、上半身と下半身を両断。

 

 

 喰種を倒し終えた一等捜査官の岡平。

「ハイルさん、ライ二等のサポートに行きます」

 自身のクインケを手に、ライの加勢に向かおうとした岡平の胸を赫子が突き刺した。

「ど、どゆうこと」

 ドサッ、血を吐いて倒れる。

「……執事の生命力をナメるな。後、20秒は生きるぞ」

 体が真っ二つになっても、まだマイロは生きていた。なんという忠義心。

「松前、習さまをたのんだぞ」

 力尽きる。

 

 

 攻撃を通そうとする松前、されどライは通させない。

 周囲にいる喰種は松前を除き、全滅。捜査官はライとハイル、旧多、荷物持ちは生き残っている。ハイルは右足を挫いて動けない、旧多と荷物持ちは腰が引けて戦力外。

 実質、戦えるのはライと松前のみ。膠着状態の様相を見せた戦闘の決着は、あっさりと訪れた。

 宇井郡が隊を率いて現れたのだ。一目で松前は宇井郡の実力は悟る。「これまでか……」

 甲赫の剣と盾を下げ、目を閉じる。

(すいません、習さま、この松前、もうお守りすることはできません)

 パシッ、そんな松前に当身を打つ。

 ライを見つめながら意識を失う。松前の表情には感謝の意が隠されていた。

 

 

「医療班の手配と喰種に手錠を」

 宇井郡は周囲の状況を確認、指示を出す。

 部下はテキパキと指示を実行。

 気絶している松前に手錠を掛けた。この手錠は拘束と同時にRc細胞抑制剤の注射して喰種を弱らせる。これで意識を取り戻しても反撃は不可能、まともな抵抗すら無理。

 

「ハイル、足をみせろ」

「あら郡先輩、そんな趣味があったのですか」

「無駄口を叩くな、足の状態を確認するだけだ」

「ちょっとした、冗談です」

 靴と靴下を脱ぐ。

 ハイルの生足の踝は腫れあがっていた。

(これは捻挫か……、もしかしたらヒビが入っているかもしれない)

 専門家ではないが、そう診察。

「救急箱を」

 救急箱を持ってこさせ、

「伊丙上等、何があったか、報告を」

 応急手当をしなががら、ハイルから一部始終を聞く。

 

 

「ライ二等、なぜ駆逐しなかった」

 ハイルからの報告を聞いた宇井郡はライの前へ。

 松前を殺すチャンスがあったのに、ライは殺すことなく、当身で気絶させただけ。

 最低でも松前はSレート。駆逐したら大変な手柄となり、賞金も入ったはず。二等でSレート駆逐なら大金星である。有馬、ジューゾー、黒磐、篠原たちも大金星をあげ、特等への道を築く。

 なのに、そのチャンスを自ら放棄した。

「戦うことを止めた相手を殺す必要はないでしょう」

 その答えを聞き、最初は驚いたような顔をし、

「ライ、君のことが、少し解ったような気がするよ」

 ほんの少し楽しそうな表情になる。

「『コクリア』への護送の手配をしろ」

 松前の護送の手配をした後、

「【隻眼の梟】が現れたとの報告があった。これから屋上に向かう」

 ハイルはケガ、【隻眼の梟】と聞いて、たちまち青ざめる旧多と荷物持ち、ガクブル状態。とても戦力にはなりそうにない。

「すいません、宇井特等、今の私では足手まといになっちゃいます」

 しゅんとするハイル。不注意が招いた負傷。責任は全部、自分自身にある。

「すぐに医療班が来る。反省は後日でいい」 

 きつそうに言うが、ハイルの足の応急手当する宇井郡は優しかった。

「一緒に来てくれ、ライ二等」

 まともに戦えるのはライぐらい。

「解りました宇井特等」

 護衛に捜査官を1人残し、屋上に向かう宇井班。ライも付いていく。

 宇井郡の巻いてくれた右足の包帯を見つめているハイル。

 

 

 

 

 屋上に到着すると、何かの咀嚼音が聞こえてきた。

「静かに」

 宇井郡は他の捜査官を制止し、ポールウェポン型のクインケ《タルヒ》を握りしめ、様子を見に行く。

 そこで見たものは【隻眼の梟】を貪り喰うハイセの姿。

「佐々木上等! 君は一体何を……」

 佐々木琲世、ハイセのプリンの様な色合いの髪は真っ黒になっていた。

「すいません、“梟”との戦いで消耗したので、その補給を」

 血まみれの顔で言った。口の周りにも血がべっとり。

「それは、君は……、君……一人で、奴を駆逐したのか」

 戸惑いを見せる宇井郡。一人で【隻眼の梟】を駆逐したというのも驚くことなのに、ハイセの雰囲気がまるで別人。

「いえ、すんでのところで逃亡されました。致命傷を与えましたが、おそらく生きているでしょう」

 1人で撃退したというだけでもすごいこと。

「こいつが【隻眼の梟】か、まるで怪獣だね。ウルトラマンがいればよかったかな」

 【隻眼の梟】の抜け殻を物珍し気に見るライ。他の捜査官たちと違い、驚きも畏怖の感情も見せていない。

「頭、血か、拭きなよ」

 宇井郡は血を拭くようにいったが、

「まだ本命(しごと)が残っています」

 と断り、屋上を指し示す。そこには月山家の跡取り、月山習が壁にもたれ、使用人のカナエが倒れていた。逃げるどころか、動く力さえ残っていない様子。

 2人ともぐったりとして動かないが、息はしている。

「屋上に着き、すぐに奴と対峙しましたが、途中で“梟”の妨害を受けました。月山家と『アオギリの樹』は調査通り、つながりがあったようです」

 淡々と説明をするハイセを見ているライ。一見、喫茶店『:re』で出会ったハイセとは別人のように見える。

「宇井特等、このまま駆逐します」

 赫子を出し、

「ガハッッ」

 習を突き刺す。

「ああ、向こうは私がやる。ライ二等、サポートを」

「あいよ」

 《夜桜》を開く。

 突き刺した習を、そのまま投げ捨てた。この高さから落ちれば喰種とて無事には済まない。

「シウさまッッッッッッ!」

 まともに動く力さえ残っていないのにカナエは主君を助けるため、屋上から飛んだ。

「習さまあああああああああああああああああああああああ」

 そんな2人を冷たく見ているハイセ。

 使うことのなかった《夜桜》を閉じ、

「月山家、みんな見上げた忠義心の使用人ばかり、ちょっぴり、羨ましいかな」

 懐にしまう。

 

 

 




 ライくんをクインクスに着いて行かせようか、ハイルに着いて行かせようか悩みましたが、ハイルに着いて行かせることにしました。
 シラズの殉職がウリエに友情と仲間意識を目覚めさせることとなりましたし、オッガイに繋がるので。


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第10章 休日

 今回、ほとんど、戦闘はありません。


 墓地。

 ライ、上等捜査官の平子丈(ひらこ たけ)、伊東、黒磐が喪服を着て立っている。みんな沈んだ顔。

 『月山家駆逐作戦』でシラズは殉職した。『アオギリの樹』の幹部、SSレートのノロとほぼ相討ち。

 命がけで仲間を守った。それは壮絶な戦い。

 顔を伏せ泣いている伊東、ノロによって、伊東班は副班長の道端信二(みちばた しんじ)を始め、多くの殉職者を出してしまった。

 ポケットから白い折り紙を出し、ライは舟を折って並べられた花の横に置く。

 

 号泣している才子。

「泣いておけ、米林」

 支えてやる暁。

 無言で見ていた六月は、静かに移動。

 

 向かった先にはウリエがいた。

「来ないの?」

 班長のシラズが殉職したことで、ウリエは班長に任命された。念願のクインクス班の班長に返り咲けたのに、全く嬉しさは込み上げてはこない。

「……あそこに“シラズはいない”」

 シラズは墓の中には埋葬されてはいない。

「移送車がアオギリに奪われるなんて」

 六月は俯く。

 移送車は『アオギリの樹』に襲撃され、殉職者が奪われてしまう。

 その中にはシラズの遺体もあった。

「……骨はリン酸カルシウムの集合体、死体は単なる肉塊でしかない。と以前の俺なら、そう答えていた。だが――」

 空を見上げる。

「――死者を埋葬することには必ず意味がある。シラズが哀れだからじゃ無い、それは残されたものに必要な儀式だ。どんな形であれ」

 皮肉なことにシラズの殉職がウリエに仲間意識と友情を目覚めさせた。

 新たな決意をウリエは固めた。

「俺は必ず、シラズを取り戻す」

 

 

 墓地にハイセは来なかった。

 佐々木琲世は単独で【隻眼の梟】を撃退した功績により、準特等捜査官に昇進。

 ハイセ自身の希望でクインクス班の指導者の任を辞めた。

 

 

 

 

 ハイセに屋上から落とされた習は、カナエのこと、カレンが身を挺して守ったことで生き延びた。

 男と言っていたカナエは、カレンという名の女性。

 習を追跡していた捜査官が何者かに殺害されたことにより、追跡は絶たれてしまう。

 

 

 また護送中だった観母も自力で脱走し、行方をくらませる。

 

 

 

 

 宇井郡とハイルに食事に誘われたライ。『月山家駆逐作戦』のお礼がしたいと。

 ハイルは松葉杖を突いていた。右足は捻挫、まだ完治していない。

 宇井郡とハイルの感じから洋食のレストランかと思っていたら、やってきたお店は神田の和食の料亭。

 

 料亭の個室なので、当然畳。ライと宇井郡は正座をしているが、ハイルは捻挫しているので足を延ばしている。普段から彼女は正座はしない。

 ライも宇井郡も、一時間や二時間の正座では足は痺れない。

「ライ、君のおかげでハイルは生き延びた。私のパートナーを守ってくれて感謝している」

 宇井郡は礼を述べた。

「目の前に助けることの出来る命があるのなら、僕は誰だって助けるよ」

 自慢するのでもなく、謙遜するのでもなく、本音をかます。

「でもライちゃんがいなかったら、多分、私、えらいことになってた、きっと」

 間延びするような言い方だけど、しっかりと感謝はしている。

「ライ、おそらく君は捜査官として戦っているのではないね」

 『月山家駆逐作戦』でのライの戦い方で宇井郡は、その事に気が付き、先ほどのライの言葉で確信を持った。

「武人として戦っているんじゃないか」

「ブジンって、黒磐武臣(たけおみ)くんのこと」

「それは武臣(ブジン)」

 変な漫才をしていることに気が付き、ちょっぴり恥ずかしそうに宇井郡は咳払いをして漫才を終了させる。

「うん、そうだよ」

 あっさりとライは認めた。だから戦闘を止めた松前を殺さなかった。

「そんなところを私は好意的に見ている」

「私も―」

 と横からのハイルの横やりを無視しして、話を進める。

「でもCCGには、そんなところに不快感を持つ者もいる。そんな奴らには注意した方がいい」

 この時、宇井郡の思い浮かべた相手は政。

 

 

「郡先輩、ライちゃん、これどうぞ~」

 料亭を出た後、ハイルは『郡先輩、あそこへ行こう!』と言い出した。それだけで宇井郡はどこのことが解った様子。

 向かった場所はパン屋。中に入ったハイルは3個のメロンパンを買ってきて配った。

「郡先輩、この店のメロンパン、とっても美味しいって言ってましたから」

「覚えていたのか」

「ハイ、私たちパートナですから」

 ライは貰ったパンを齧る。ハイルが進めるだけあって美味しい。依子の店のメロンパンは美味しかったが、ここのメロンパンも負けてはいない。

「ちょこれーと」

 ケガしていない左足で、楽しそうにハイルはぴよんぴょん。

 ハイルの姿を見ながら宇井郡は、もしライがCCGに来ていなかったら、こんな光景が見られなくなっていたのではないかと何故かそんな気がした。

 

 

 

 

 赫子に切り刻まれているのは喰種。

「く、黒い死神―」

 怯えて逃げ腰の喰種も容赦なく切り刻むダークコートを着た眼鏡をかけてたハイセ。

「上官の推察どおり、アオギリの一派のようですね。残党はどうされます準特等」

 旧多が聞いた。キジマ岸が消息不明になったことにより、ハイセの部下に任命された。

「駆逐でお願いします」

 全く表情を変えず指示。

 白髪に白いコートを着て眼鏡をかけた有馬は“死神”と喰種に恐れられ、黒髪にダークコートを着て眼鏡をかけてたハイセは『アオギリの樹』に“黒い死神”と恐れられる存在となった。

 

 

 

 

「お前、何者だ!」

 6区の喰種を束ねるリーダー、万丈数壱(ばんじょう かずいち)は警戒を露にした。

 それもそのはず、怪しい奴がうろついているとの報告があり、リーダーの万丈自ら調査していたら、いきなり目の前に黒いヘルメットと黒マント、緑色の髪に金色のマスクに白い軍服を着た2人が現れたのだから。

 万丈の子分のガスマスクの3人、イチミ、ジロ、サンテも警戒はしているが、万丈ほどではない。黒いヘルメットと金色のマスクからは殺気や敵対心は感じないから。

「受け取れ」

 質問には答えず、黒いヘルメットはマントの中からブリーフケースを出すと、万丈たちの方に投げてよこした。

「なんだこりゃ」

 足で突いてみる、反応はない。少なくとも爆発物ではない。

「それは【柘榴】人工のRc細胞だ。それがあれば人を喰わなくても“食事”ができる」

 それを聞いた途端、警戒心はどこへやら、万丈はブリーフケースを開ける。中には赤いカプセルが詰まっていた。

 1つつまんで匂いを嗅ぐ。何も匂わないが、心なしか美味しそうな気はする。

「私の話を信じるか、どうかは君たちの自由だ。だが私の話が真実ならば喰種は人を襲わなくてもよくなる」

 『喰種は人を襲わなくてもよくなる』この言葉に万丈たたちは揺らぐ。人間との共生を望む喰種にとっては魅力的過ぎる話。

 黒マントを翻し、立ち去ろうとする黒いヘルメットと金色のマスクに、

「お前らは何者なんだ!」

 万丈は声を掛けた。警戒心は薄れたものの、完全に信頼したわけではない。どう見ても怪しすぎる。

「私は【ゼロ】。私と連絡が取りたくなったらばブリーフケースの中のスマートフォンを使うといい、一方通行だがね」

 黒いヘルメット【ゼロ】と金色のマスクは闇の中に消えて行った……。

 

 

 

 本来、捜査官は任務の際、上位捜査官と下位捜査官が一組となって行動するのが基本。

 今日は上司である暁が書類作成の仕事が入ったため忙しく、この仕事にライが手伝う余地はない。

 したがってライは1人でパトロール。

 これは暁の無責任というより、ライの実力を認めてのこと。1人で行動させた方が成長させれるとも踏んだから。

 

 パトロールと言っても『月山家駆逐作戦』以降、“黒い死神”の活躍で喰種が鳴りを潜めてしまい、捕食事件は減っているので、あまりやることはない。

 はっきり言ってしまえば散歩。

 

 

 向かった先は篠原の入院している病院。

「こんにちは篠原特等」

 ベットで眠り続ける篠原の隣に椅子を引き出し座る。

「多分、あいつは鈴屋特等に対するカウンター用の駒として――」

 

 

「あなたはどちらを選ぶ?」

 傍から見れば眠り続ける篠原に、1人でライが話しかけているように見える。

「……そう、それがあなたの決意なんだね」

 椅子から立ち上がる。

「篠原さん、あなたは本当に強い人だ」

 

 

 

 

 病院から出たライは黒色のスマホを出し、どこかへ掛けた。

 電話を終え、黒色のスマホをしまい、この後、本屋でも行って時間を潰すか、それともパトロール(と名目の散歩)をするかと考えながら、ブラブラしていると、小柄な緑髪の女性が走ってきた。

「すまん、悪漢に追われておる。匿ってくれないか」

 いきなり懇願。

 

 

 細くて妙になよなよした男が走ってきて、

「ね、そこのあなた小柄な女性をみなかった?」

 少々ヒステリックに聞いてくる。

「さぁ」

 ライが恍けると、

「もう一体、どこへ行ったのかしら」

 何処かへと走り去っていった。

 しばらくたち。

「世話になったな……」

 ぴょこんと物陰から緑髪の女性が出て来る。

「お礼と言うのもなんだが、私とデートをさせてやろう」

 いきなりライの手を掴み、強引に引っ張っていく。存外、緑髪の女性の力は強い。

「私のことは、そうだな―アンとしておこう」

「僕はライ」

 

 

 アンと名乗った緑髪の女性に連れて行かれた先はゲームセンター。

「最近は、全然来れなかったな、今日は目いっぱい楽しむぞ」

 とてもはしゃいでいる。本当に楽しそう。

「まずは定番からだ」

 最初に向かったのは定番中の定番、格闘ゲーム。

 ゲームが開始され、一戦目はアンの勝利。

「なんだ、大したことないではないか」

 勝利して大喜び。

「なるほど、操作方法が解った」

 ヘッとした顔になる。鳩が豆鉄砲を食ったような顔とはこんな顔なのかも。

「もしかして、格闘ゲームをやるのは初めてなのか?」

「そうだよ、今日が初めて」

 ライは頷いた。格闘ゲームだけではない、ゲームセンター自体に来たことはない。

 

 二戦目はライの勝利、三戦目もライが勝利した。

「容赦なしか……、こんな時は女性に花を持たせるものだぞ」

 ご機嫌斜め、ゲームとはいえ負けるのは悔しい。それも初めての相手に負けたのだから。

「えっ、そうなの?」

 相変わらずの天然ぶり。

「次へ行く。償いはしてもらうからな」

 

 

 UFOキャッチャーの前に来た。

「あのぬいぐるみが欲しいのだが、いつも途中で落としてしまう。あんまりお金を使いすぎて、塩――」

 わざとらしく咳払い。

 指し示されたのは丸々としたふくろうのぬいぐるみ。

「償いとして取ってもらいたいのだが、UFOキャッチャーも始めてなんだろ?」

 頷きながらライ、じぃーとUFOキャッチャーを眺めている。視線を横に向け、UFOキャッチャーをプレイしているのも見る。プレイしている人ではなく、アームの動きを。

「よし解った」

 と言うが早いがコインを投入、アームを動かしてふくろうのぬいぐるみを掴み、穴に落とした。

「はい」

 取り出し口から出したふくろうのぬいぐるみを渡す。

「本当に初めてなのか?」

 あんまりにもあっさりとふくろうのぬいぐるみをゲットしたので、つい聞いてしまう。

「初めてだよ、だから観察して取り方を探ったんだ」

 雰囲気だけで、嘘は言っていないのは伝わる。

「ありがとうな」

 欲しいふくろうのぬいぐるみを取ってもらえたので、ちゃんとお礼は言っておく。

 これで償いは終了。

(初めてで格闘ゲームで勝ち、初めてでぬいぐるみをゲットしてしまうとは、何という男だ)

 内心だけで呟く。

 

 

 次にやってきたのは高いビルの屋上。

「すばらしい景色だな」

 吹く風に緑の髪が靡く。ここからなら町の景色が一望できる。

 ライも横に立ち、一緒に町を眺める。

 子供のみたいな顔をしているアンと名乗った緑髪の女性、本当に楽しそう。

 屋上のドアが開き、

「やっと、見つけましたよ」

 なよなよした男が入ってきた。

「よくここが解ったな、塩野くん」

 振り返った時には子供のみたいな顔はし消えていた。そこにあるのは大人の顔。

「前に言っていたじゃありませんか、この場所が大好きだって」

「そうだったか……」

 なよなよした男、塩野はライの方を向く。恍けたことを怒るのかとなと思っていたら、

「先生がご迷惑かけました」

 ぺこぺこと謝り出す。すれ違っただけなので覚えていないのか、それでもライの風貌は目立つので、全て承知で謝っているのだろうか。

「さぁ、帰りますよ」

 謝り終えた塩野は屋上から出て行こうとした。

「楽しめましたか高槻先生」

 素直に塩野に着いて行くアンと名乗っていた緑髪の女性、高槻泉(たかつき せん)に声を掛けた。

「気が付いていたのか?」

「ハイ、本を読んだことありますから」

 無自覚のキラー笑顔を放つ。

 高槻泉は有名な小説家で、数多くのファンを持つ。

「ふっ、喰えない奴だ」

 

 

 階段を下りる高槻泉と塩野。マネージャーの塩野は締め切りが迫っているだとか、スケジュール調整が大変だとか、写真を撮られて週刊誌に載ったらどうするのかと小言を言った。

 確かに、あの容姿のライと高槻泉のツーショット写真が週刊誌に載ったら大きなスキャンダルになるだろう。

「すまんな塩野くん」

 あんまりにもあっさりと謝ったので、塩野が『えっ』と戸惑っていると、

「あの少年をモデルにした小説を書きたかったな」

 屋上の方を振り返る。

「何を言っているんです、いくらでも書けばいいじゃないですか?」

 その時、高槻泉の見せた笑顔はとても悲しそうだった……。

 

 

 




 サブタイトルの休日は『ローマの休日』から来ています。
 高槻泉の名乗ったアンは『ローマの休日』でのオードリー・ヘプバーンの役名。
 金色のマスクはジェレミア・ゴットバルトです。
 サイボーグにはなっていませんが、被っているマスクはサイボーグになった時に顔に付いていたアレと同じデザイン。


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第11章 重大発表

 ちょこっとだけ、クインクスの新メンバーが出てきます。


 『月山家駆逐作戦』から半年が過ぎた。

 クインクス班に新メンバーが介入。三等捜査官の髯丸トウマ(ひげまる トウマ)は、代々、自衛官や警官、消防士などを輩出している名家の出身。

 一等捜査官の小静麗(シャオ ジンリー)は有馬やハイルと同じ《白日庭》(はくびてい)出身で台湾生まれ。《白日庭》はCCGが全国で優秀な子供たちを集めて喰種捜査官への英才教育を施す特別教育機関。何故か出身者は身体能力の高いものが多い。

 特等の安浦清子の甥の安浦晋三平もクインクスに入った。

 副班長になったのは才子。

 

 

 クインクスを始めとするCCGの猛攻により『アオギリの樹』は、みるみる規模を縮小をしてゆく。

 

 

 

 特等捜査官会議、各区の特等捜査官が集まって開かれる会議。

 

 CCGと『アオギリの樹』との戦いも終焉に近づいてきていた。【隻眼の梟】との戦いを始まりとするなら、実に13年にも及ぶ。

 まさに『アオギリの樹』との決戦のための大詰め会議。

「その戦いの一端にかかわる奴が、2人も欠席ですがね」

 丸手斎(まるで いつき)が言うと、

「重要な立ち位置ですのにね」

 と安浦清子が繋ぐ。

 来てない特等捜査官の1人は有馬。普段から、よく有馬は特等捜査官会議に欠席する。多忙なのかさぼりなのか解らないが。

 有馬の代理としてハイセが来ていた。宇井郡が準特等だったころに特等捜査官会議に参加していた前例あり。

「まことにすいません」

 もう1人来ていないジューゾーの代理の阿原半兵衛は謝罪。一等捜査官が参加した前例はない。

「致し方あるまい、鈴屋ボーイもショックだったであろう」

 田中丸望元はジューゾーに同情的であった。

 

 

 

 

 檻の向こうのキリンを眺めているジューゾー。

 動物園には親子連れやカップルが、楽しそうに行きかっている。

『什造、私はお前が死んだら悲しいよ』

 この場所で篠原に言われた言葉をジューゾーは忘れたことはない。

 動物園にいてもジューゾーは楽しそうにはしていない、暗く沈んでいる。

「ここにいたのですね」

 特等捜査官会議を終えた阿原半兵衛が動物園来ていた。

「やぁ、はんべー」

 振り返った顔には暗さはなく、いつもの明るい顔。

「東京湾内にある、ル島が『アオギリの樹』の根城の可能性があるので調査するとのこと。結果次第では『アオギリの樹』との決戦になるそうです」

 簡潔に特等捜査官会議の内容を話す。

「そう、ついに『アオギリの樹』との決戦ですか……」

 いつもの明るい顔のまま、再びキリンの檻を見つめる。

「すいません、まだ篠原特等の行方は解りません」

 被っていた帽子を脱いで謝罪。

「はんべーが悪いんじゃないですよ」

 半年前、病院から篠原が消えた。寝たきりの篠原が自分で姿を消すことは無理、何者かに誘拐されたのは疑う余地は無し。

 鮮やかな犯行で警備員を掻い潜り、一つたりとも手がかりを残してはいない。目撃者も0、警備員さえ、何にも見ておらず。

 そのスマートな手口から『アオギリの樹』の仕業とも考えにくく、喰種の犯行にしてはおかしすぎる。

 生きている捜査官に戦いを吹っかけ、名を売ろうとする喰種はいても、態々警備員を掻い潜り、寝たきりの捜査官を襲ってもリスクは高いし、名を挙げるどころかひんしゅくを買いかねない行為。報復するにしても誘拐するのは意味がない。

 金銭目的にしても、この半年、脅迫は全くなし。

 犯行の目的も手口も不明な不可解な事件。

 篠原とジューゾーとの繋がりは親子そのもの、例え血は繋がっていなくとも。

 パートナを組んでるだけあり、阿原半兵衛は表面の明るさに惑わされない。ジューゾーのことが心配でたまらない。

「篠原さんのことですから、きっと元気でやっていますよ」

 この時、見せた元気は空元気ではなかった。篠原のことは心配であるが、何故かジューゾーは篠原は無事、そんな気がしてならない。

 

 

 

 

 局内にあった自動販売機で、ライは炭酸入りのグレープフルーツジュースを買う。

 プルトップを開け、ジュースを飲んでいると、取り巻きを連れた政が歩いてくる。

 ライと政の目が合うと、ピタっと足が止まる。

「貴様が桜間ライか」

「そうですよ」

 上から目線の政に、ジュースを飲みながら答えるライ。

「噂は聞いている。報告書によると歳の割には、中々の実力者のようだ」

 一旦、言葉を切り、睨み付けるような目でライを見る。

「ここは子供がいつまでも生き残れる世界ではないぞ、覚えておくんだな」

 取り巻きと共に去って聞く。去り際に、

「有馬の様な逸材は、そう簡単に出て来るものではない」

 と言い残す。

 最年少で二等捜査官になったライを有馬の再来と噂する者もいる。

「噂通りの人だな」

 飲み終えたジュースの空き缶をゴミ箱に投げ捨てる。

 政の言動に、どうしてもライを認めたくないとの感情が潜んでいるのをライは見逃さなかった。

 

 

 

 

 床に白く大きくVと書かれた部屋。《V》人間と喰種の混在組織。

 被った帽子のてっぺんから爪先まで黒ずくめのスキンヘッドの男、芥子(カイコ)が立っていた。クチャと口元で咀嚼音がする。

 芥子の後ろには有馬と旧多が立っていた。2人の態度から《V》における立場は芥子の方が上。

「ライの身体能力は常人よりも、まぁまぁ高いですし、武術をしっかやっていて、そこそこの腕前はあります」

 ニヤニヤしながら旧多が報告する。

「で、ライの戦闘の特徴は防御を中心にしているということ」

「防御だと」

「ハイハーイ、多くの捜査官は攻撃を中心にしています。だからケガが多いんだけど。逆に攻撃よりもライは防御を中心にして、隙を突いての攻撃かカウンターばかり。いうなれば防御一辺倒にすることでSレートやSSレートを“退けて”いるだけ。ただ頭が良いので注意はしておいた方がいいと思いまーす」

 “退けて”の部分を強調する。

「報告書でも討伐数自体少ない、最年少の出世も【オウル】を“退けた”からだと聞く。それなら邪魔になるとしても、手の打ち方は幾らでもある」

 クチャと咀嚼音、微笑む口元。

 芥子と旧多の会話にに有馬は無言を貫き、何の意見も言わなかった。

 

 

 

 フードを上げ、町を歩いているリオ。

 ヨモさんがキジマ岸の遺体をうまく処分してくれたので、未だキジマ岸は消息不明扱い、リオのことはCCGには知られてはいない。

 それでも迷惑が掛かるかもしれないので喫茶店『:re』には、まだ帰ってはいない。

 この半年、【JAIL】に対する捜査が強化はされてはいない、CCGは『アオギリの樹』殲滅のために全力を尽くしている様子。

「ライさん、僕が急に居なくなったこと、どう思っているのかな」

 トーカたちや習には、何度か会っていて、口には出さないが、早く戻って来いとサインが何度もあった。

 ただライと会うのには、少々の不安があるリオ。ライは捜査官、半年行方をくらましていたことをどう思うのだろうと。

 “高槻泉”の名前が聞こえてきたので、立ち止まりオーロラビジョンをを見上げる。

 カネキに勧められて読んだ小説の作者。何冊か読み、リオ自身、高槻泉のファンになった。

『こんなにも大勢を前に、話をするのは“黒山羊の卵”以来でしょうか』

 そこには笑顔の高槻泉と無表情のハイセ、“彼”金木研(カネキ ケン)、カネキが映っていた。

『長年温めてきた作品、私が最も書きたかったもの、このような場所でその作品の発表できることに感謝します』

 高槻泉は人気作家、多くの人が立ち止まり、放送を見ている。

『それは文字通り作家生命、“高槻泉”の個人のいのちをかけたものになります』

 

 

 放送は多くの人たちが見ていた。屋外で室内で。

 

 

『作品の紹介の前に“私について”、みなさんにお伝えしておきたいことがあります』

 ナキやミザ、アヤトたち『アオギリの樹』の高槻泉の記者会見を見ていた。

 

 

 ウリエ、才子、髯丸、晋三平、小静麗、クインクスのメンバーも高槻泉の記者会見を見ていた。

 今、六月は鉢川班と共にル島への調査に向かっているので不在。

 

 

 同じ時間、人間も喰種も同じ番組を見ている。

 

 

 

『私は喰種です』

 ソファーに座り、ライは放送を見ていた。

『“最後の作品”は私と同じように、この世に“生まれ間違え”血肉を貪る――孤独な同胞たちの為に書きました』

 リモコンを手に取り、テレビを消す。

「とうとう自分でばらしてしまったのか……」

 

 

 




 高槻泉、エトの逮捕と重大発表まで行きました。
 篠原特等の『什造、私はお前が死んだら悲しいよ』は名台詞だと思います。


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第12章 対面

 今回も嵐の前の回になります。


 喰種容疑者や協力者が収容される『コルニクルム』を訪れたライ。

「こんにちは」

「よく来てくれたな」

 密室にて机を挟み、ライと高槻泉は向かい合って座る。

 是非と会いたいと高槻泉の要請があり、それにライは応じた。

「新作の小説、読みましたよ」

「ライくんに読んでもらえたのは嬉しいことだ。出来るなら感想を聞かせてもらいたい」

「中々、興味深い作品でした」

「記者会見で言ったとおり、あれは私の命を賭けた作品たからな」

 高槻泉の新作の小説『王のビレイク』は主人公である隻眼の喰種【名無き】が“王”として、喰種を率い、喰種を虐げる世界に対し、反旗を翻す英雄劇。

 そしてこの作品における敵役のモデルは明らかに和修家。さらに和修家が喰種の協力者だと描写されている。それは読めば誰にでも分かるように。

 小説の作者と読者が、何の気は無しに会話を楽しんでいる情景、ここが『コルニクルム』でなければ。

 向かい合う喰種捜査官と喰種。場所が場所なら戦闘にもなりかねないシチュエーション。とても危険な状況にも拘わらず、両者からは戦う意思は感じられなず、ライに警戒心はまるでなし。

「君は私が怖くはないのかね」

 高槻泉は、かって単身でCCGを攻め込んだSSSレートの【隻眼の梟】。多くの敏腕捜査官を殉職させた怪物。

 捜査官にとって最恐の存在であり、最大の敵。

 なのにライには警戒心どころか、恐怖心さえもない。

「女の子と対話をするのに、恐怖心なんか持つわけないよ」

 安定のライ。

「ライくん、君という奴は」

 楽しそうに笑う、その仕草は普通の女の子にしか見えない。

 

 

 高槻泉との対話を終え、ライは部屋を出た。そこにはハイセと部下の旧多が待機していた。

 高槻泉が暴れた場合のカウンターとして、表向きは。

「ライくん、あなたは高槻泉が喰種だと、気付いていました?」

 いきなり旧多が質問を投げかけてきた。ライと高槻泉がデートをしたことは、高槻泉本人と塩野から証言を得ている。

 ニコニコした表情なので常人には、物腰か低そうに感じさせる。

「喰種捜査官だったら、喰種と解った時点で逮捕しないと違反になるでしょ」

 何の気もなく答える。

「それはその通りですね、これは失礼しました」

 謝ってはいるが表面だけなのは、鋭い人なら気が付く。

「それじゃ、僕は行きますね」

 一礼して去って行くライ、見ているだけの旧多。

「……」

 2人のやり取りを見ているハイセ。

 

 

 1人部屋に残っている高槻泉。

「ライ、君と顔を合わせるのは、恐らく、これで最後になるな。寂しい限りだ」

 

 

 

 

 鉢川班は副班長を務めていた穂木あゆむ(ほぎ あゆむ)上等捜査官1人を残し、全滅。

 穂木は護衛についていた六月と逃亡中、Aレートの喰種、トルソーに襲われ、六月が身を挺して彼女を逃がしたため、辛くもル島から生還することが出来た。

 準特等の鉢川忠(はちかわ ちゅう)を始め、3名の殉職者を出し、六月は生死不明。

 多くの犠牲を出したが、ル島が『アオギリの樹』の本拠地であることが判明。

「ご苦労、よく帰って来た」

 穂木に労い声を掛ける吉時、隣の政は掛けない。

「ル島に向けて編隊を行う」

 吉時は宣言する。

「目的は『アオギリの樹』の殲滅、最大の戦力で奴らを攻撃する」

 

 

 この作戦はかなりの大規模な作戦となる。

 

 

「大規模作戦は攻守一体の編成になることが基本だ」

 シャトーにてウリエがクインクスメンバーに説明した。

「俺たちクインクス班は『攻撃側』ル島の上陸部隊に組み込むだろう」

 真剣な顔をして聞いているクインクスたち。

「任務は出来る限り、多くの喰種を葬ること。そして可能であれば――」

 ウリエ自身のル島で、最も成功させたいこと。

「消息不明の六月一等を救出することだ」

 

 

 

 

 支部に帰ってくると、ライは暁に呼び出されてル島の作戦に参加することを告げられた。

「ライ、私たちは法寺特等と同じ一番隊だ。恐らくタタラと戦うことになるだろう。法寺特等とタタラは因縁があるからな」

 タタラは中国で名を知らしめた喰種集団【赤舌連】(チーシャーリェン)の首領、焔(イェン)の弟。

 焔を駆逐し、【赤舌連】を壊滅させたのは法寺。

 タタラはSS~レートの強力で危険な喰種。戦うには相当の覚悟が必要になる。

「SS~レート喰種か……」

 考えるライには不安も恐れも感じられない。

「暁さん、法寺特等に頼みたいことがあるんですが」

 

 

 ル島上陸まで、捜査官は各々の時間を過ごす。

 

 

(ああ、ハイルお姉さま)

「シャオの太ももはむっちりしっとりしてるっしょ」

 膝枕でシャオはハイルの耳そうじをしている。

「もうちよっと、右の奥が痒いんよ、あっ、そこそこ」

 耳そうじされているハイルはとても気持ちよさそう。

 同じ《白日庭》出身で先輩後輩の関係のハイルとシャオ。以前からハイルは耳そうじをねだってきた。

「シャオたん、次、私の耳をかいておくれ」

 ちょこんとソファーの陰から才子が顔を覗かせる。

「順番だから、次にやってあげる」

 可愛い先輩と可愛い上司の耳そうじ、シャオは幸せに包まれていた。

 

 

 

 『王のビレイク』が発売された当初は高槻泉の確保に関する世論は賛否は五分五分であったが、本が広まるにつれ、擁護する意見、喰種の権利保護を訴える団体まで出現。

 高槻泉の命を賭けた作品『王のビレイク』は大きな投石となった。

 

 

 

 『コルニクルム』の面会室。

「やあやあ、ショートもお似合いですね、高槻泉センセ」

「黙れ、嘉納の道化(ピエロ)が」

 ライとは違って硬質ガラスを隔てての面会。旧多と高槻泉がニコニコ顔で対面。腹の内では正反対の顔。

 嘉納と組み、喰種化の実験体を集めた。その中にはハイセの事、カネキも含まれていた。

 『月山家駆逐作戦』で護送車が沿われた時もルートを密告。

 全て旧多が行ったこと。

 それらのことを『アオギリの樹』の構成員を使って把握している高槻泉。

 繰り広げられるキツネと狸の化かし合い。

 

 そして旧多は宗太と名乗り『ピエロ』に潜入。目的は【隻眼の王】の正体を探るため。

 《V》は大衆をコントロールする方法として、敵と正義の味方、悪と善を広めた。すなわち喰種とCCG。

 だが【隻眼の王】は《V》にとって、イレギュラーな存在で邪魔もの以外の何者でもない。

 どうしても排除しなくてはならない存在。なのに、その正体が掴めない。

 そこで《V》は旧多に正体を突き止めるように命令した。

 様々に暗躍したが、未だ正体を掴めず。

 旧多は取引を持ち掛けた。【隻眼の王】の正体を話せば『コクリア』のVIPルームで過ごさせてやると。

 革命なんか起こしても悲しむ人や死体が増えるだけ、歪だろうが均衡が保てればそれでいいと語る。

 裏を返せば支配する側は、大衆は無知な方が好ましいということになる。

 旧多の持ち掛けたのは取引という名の脅迫。

「生憎、私は“排斥される側”でね、君の意見は、あくまで“排斥者”からの視点だろう」

 冷たい目で硬質ガラスの向こう側を見つめる。

「母も育ての親もお前らに奪われた身として、容易には聞き入られん」

 ため息を吐いた旧多、わざとらしく。

「君らが焦らなくても、近々【隻眼の王】は現れるさ」

 高槻泉の答えを聞き、

「交渉決裂、ということで『コクリア』の廃棄場で、あなたがゴミらしくプレス機に圧殺されるところを見物させてもらいますよ」

 へらへら笑いながら、面会室から出て行こうとした。

「おい【和修】」

 その一言で旧多の足が止まる。

「お前も哀れだな、父を父と呼べない気分はどうだ? ゴミはお前もだろう」

 ガン、硬質ガラスを叩く。

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」

 へらへらした笑顔はどこへやら、豹変した旧多、表情が完全に切れた人のもの。

 

 

 旧多と入れ違いに、面会室へ入って来たハイセは隠していたボイスレコーダーを回収、早速、再生。

 高槻泉と旧多のやり取りの一部始終がしっかりと録音されていた。

「僕に部屋へレコーダーを仕掛けさせたのは、これの為ですか」

「言っただろう、面白いことが聞けると。これで少しは私の言うことも信用したまえよ」

 『王のビレイク』で和修家が喰種の協力者だという描写。これは高槻泉の母親、憂那(うきな)の残したノートに挟んであったメモが元になっている。

 憂那は《V》の深いところまで突き止め、それが原因で《V》の構成員であった父、功善(くぜん)に殺されたのだ。

 高槻泉は《V》を籠の主、この世界を自らの所有物だと勘違いしている連中と称す。

 また検査ゲートには細工がしてあり、《V》に所属している喰種には反応しないことを教えた。

 これはCCGに喰種が紛れ込んでいる可能性を示唆している。

 

「カネキくん、君の考える“最後の仕事”は君が考えるよりも難しいぞ」

「あなたに僕がこれから何をするかなんて、解るんですか」

 高槻泉はハイセをカネキと呼び、カネキは訂正を求めない。

「解ってしまうんだよ、作家だからねぇ、もはや職業病。手を貸そうか? 奴らの妨害ぐらいはして見せよう。その代わり、私の願いも聞いてもらうけどね」

「あなたも言っているじゃないですか、“最後の仕事”だって僕はそこから先のことは考えてない。あなたの頼みを聞く時間なんて、残されてはいません」

 返答は早かった。

「そうかい」

 フー息吐く。

「近々私は移送される」

「ええ存じています」

 高槻泉が喰種であることが判明した以上『コクリア』送りは免れない。

「気が向いたら、ノックしたまえ。多分、下の方の部屋だから」

 『コクリア』の下層に行けば行くほど、警戒が厳重になる。下―行けば行くほど、強く凶悪な喰種が収監されている。

「念のため、私の願いを言っておこう。――【隻眼の王】を殺してくれ」

「……」

 返答せず、面会室から出て行こうとしたカネキ。

 そんなカネキの背中目がけ、言葉を贈る。

「最後に忠告をしておこう、決して【皇】は敵に回すな」

 

 

 

「随分と熱心ですね」

 法寺が部屋に入ってくる。

 ブルーライトカットの眼鏡を掛けたライはパソコンと睨みあいながら、焔のことを調べていた。

「法寺特等、ちょうどいいところへ、聞きたいことがあるんです」

 椅子を回して法寺の方を向く。

「焔の赫子と性質、弟のタタラも同じようなものなんでしょうか?」

 ええと法寺は了承。

「ですが、私はタタラの方が焔よりも危険性が高いと考えております」

 血縁者の赫子は類似するもの。

「そう」

 ブルーライトカットの眼鏡を外す。

「法寺特等、こんな作戦を考えたんですが……」

 

 

 ライの作戦を聞いた法寺は目を大きく見開いた後、

「そんな作戦を思いつくとは、あなたという人は本当に……」

 珍しくクスクスと笑う。

「面白い作戦ですね、やってみる価値はあるでしょう」

 笑い終え法寺はいつも通りの表情に戻る。

「ル島上陸までに必要な道具は揃いますか」

「はい、問題はありません。用意して見せますよ。これでもれっきとした特等ですから」

 

 

 

 




 正直な気持ち、ライと鯱は戦わせたかった。武術を身に着けている者同士なので。
 でもオリジナルでは有馬と0番隊と戦っているので、ライの出番はありませんでした。
 眼鏡を掛けたライを出したかったから、ブルーライトカットの眼鏡を掛けさせました。
 これからはハイセはカネキとなります。


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第13章 火の用心

 ル島決戦の前編になります。
 メインがル島なので『コクリア』でのカネキVS有馬はあまり出てきません。


 ル島に上陸した捜査官たちに赫子が突き刺さる。

「《白鳩》の上陸時を狙え、できるだけ数を減らす!」

 高台に立つ首領のミザの命を受け、【刃】の喰種たちが捜査官に攻撃を仕掛けようとしたが、今度は喰種たちがクインケに撃ち抜かれた。

 《ホロウ》を構える法寺。

 射撃系のクインケ《ホロウ》装填の隙を狙おうとした喰種が駆逐されていく。

「君ら如きに、隙を見せるわけないでしょう―」

 宇井が馬鹿かと言いかけたら、

「死にたい奴から、掛かってきなさい」

 いきなり飛び出したハイルが、喰種を切り刻んでいく。

 出かけた言葉を宇井は飲み込んでしまう。

 

『す、鈴屋特等、先行しすぎです。後続班が』

 船からのクレームなど何のその。

「ミズロー、オトガイの裏を狙ってください、殺せてないのがいますよ」

 ジューゾーを中心に襲撃、喰種相手に容赦はしない。

 

 ついに防御網が緩む。

 

 

「鈴屋は遊ばしておけ、第一は兵を半分置いて残りは侵攻、第三は追従!」

 船内で指示を出す丸手。

「瓜江、浜を綺麗にしろ」

 政も指示を出す。

 

 

「はっ」

(後処理か、つまらん仕事を寄越しやがって)

 口では従いながら、内心では愚痴。

「【刃】栄養不足の喰種の寄せ集めだ」

 ウリエを筆頭にクインクスが上陸、みんな赫眼を発現。

「五分で終わらせる」

(俺は六月を救う)

 本心を心中に秘めたまま、一斉突撃。

 

 

 ル島に上陸したライ、背伸びして体を解す。

 浜にいた喰種は駆逐されていて、周辺に姿は見えない。

 浜にブルーシートに包まれた大きな荷物が4つ下ろされる。

「慎重に扱ってください、今回の作戦の切り札になるかもしれない“もの”ですから」

 法寺に言われ、捜査官たちは慎重にブルーシートに包まれた大きな荷物を運ぶ。

 顔を見合わせ、頷き合うライと法寺。

 

 

 

 

「君か」

 『コクリア』に収監された高槻泉はつまらなそうに、牢屋の外の旧多を見る。

「そう邪険に扱わないでくださいよ、先生、傷つくな」

「疲れるんだよ、君と話すのは。まだ何か?」

「“給仕”ですよ、お食事をお持ちいたしました」

 牢屋の内と外、高槻泉と旧多。

「塩野さん、立派な編集さんでしたね」

 “でした”過去形の物言いを高槻泉は聞き逃さない。

「『王のビレイク』の刊行にあたり、編集部にはギリギリまで内容について伏せられていたとか。確かにCCGや和修を暗に否定する、あの内容じゃあ、ストップかかってもおかしくないもんですもんね、その後も本が広く出回るように、いろいろ画策されたと存じています」

 表面上は悲しい顔をしている、表面上は。

「……殺したのか」

 実の父親に、この世の全てを憎んでいると言われた高槻泉。その例外、憎んでいない相手の一人が塩野。

「“パテ”にしてみましたよ」

 “パテ”の入ったタッパーを取り出す。

「あっレバーとかもつかっているので、苦手でなければ」

 意気揚々に楽しそうな笑顔。

「男の手料理でアレですが、召し上がれ」

 足でタッパーを牢屋に押し込む。

「どうも」

 なんの感情もこもっていない声で呟く。

「いえいえ」

 その時、『コクリア』中に警報が鳴り響く。

「おやおや、大変だ。事故かな事件かな」

 口では大変だといいながら、あまり大変そうではない様子。

「じゃあ、僕はもう行きますね」

 立ち去ろうとした旧多は、

「ところで」

 振り返った、ニタリと微笑みながら。

「うまくいきましたか盗聴? 上には内緒にしてありますよ。個人的に興味がありまして」

 高槻泉は何の反論もしない。

「ま、うまくいくといいですね、上官にもよろしくどうぞ」

 勝ちを誇って旧多は去っていく。

 

 牢屋の中の高槻泉はタッパーを見つめていた。

 

 

 アヤトは『コクリア』を見下ろす。

 万丈とガスマスクの喰種たち、バンジョー一味も集結。

 『コクリア』にはヒナミが囚われていて、近々、処分される。

 誰にも明かしていないが、アヤトはヒナミに大切な思いを持っている。だからこそ『アオギリの樹』を抜け、ここにいる。

 処分される前に救い出す。いくらアヤトでも『コクリア』破りは1人では不可能。

 そこで万丈に協力を頼んだ。

 万丈もバンジョー一味もヒナミとは親しい間柄、作戦の失敗はそのまま、死につながる。そんな、とてつもなく危険な仕事と分かっていても拒否はせず、参加してくれた。

 かなりの戦力をCCGはル島を叩き込んでいる。今、本土は手薄になっている、そこを狙う作戦。

 

 以前、11区が『アオギリの樹』の本拠地だと思われた時、大規模な戦力を送り込んだ。その際、手薄になった『コクリア』がタタラたちに襲撃され、多くの喰種が脱走。その時、リオも脱走し、力尽きて倒れたところをヨモさんに助けられた。

 今回もその時の作戦を使う。

 

 

 『コクリア』が破られるという大失態を起こしてしまったCCG。そんな失態は2度と繰り返さないため、今回は手薄になった本土を守るべく、CCGの最強戦力を『コクリア』を中心にした防御陣を敷いた。

 『コクリア』の監獄長、灰崎深目(はいさき しんめ)、安浦清子、田中丸望元、有馬貴将、平子丈、0番隊、佐々木琲世(カネキ)、旧多二福を中心にした強力な布陣が『コクリア』に布陣していた……。

 

 

 

 

 ル島の至る所ではCCGと『アオギリの樹』の激戦が始まっている。

 

 

「慎重に進め」

 班長であるウリエが先頭になり、廃墟の中を進む。副班長の才子は別行動。

 その顔には汗が流れていた、戦闘による汗ではない。

 トルソーに拉致された六月の匂いを辿り、この廃墟に来たが、さっきから血の匂いが強くなってきている。

 血の匂いが強すぎる、それだけの大量出血があったという証拠。

(嫌な予感しかしない)

 新人メンバーの手前、ウリエは焦りと動揺は表には出さない。

 匂いの元にたどり着く。

 そこには布の被さった“何か“が置かれていた。大きさは成人の胴体ぐらい。

 トルソーとは女性の胴体のみを奪っていくことから、付けられた通称。

 血の匂いは“何か“からしていた。クインクスを待機をさせ、確認に向かう。

 

 恐れが手を震わせる、心臓の鼓動が早くなる。布を掴み一気に剥がす。

 息を呑むウリエ。

 そこにあったのは首と手足のない、胴体だけの“男性“遺体。

 CCGでは六月は男性として通しているが、ウリエは六月が女性であることを知っている。

 そこに飾られていたのはトルソーのこと、冴木空男(さえき からお)の遺体。

 ウリエの悪い予感は当人の思っていた方向と別の方向で当たった。

 

 

 船の中で総指揮をとっている吉時の元にも『コクリア』襲撃の一報は届いていた。

 報告によれば佐々木準特等が、囚われていた喰種を解放したという。

 この情報は捜査官たちに動揺が走るため、ここだけの話にして、ル島で戦っている捜査官たちには伝えてはいない。

 佐々木準特等が何を考えて裏切ったのかは解らない。しかし『コクリア』には有馬、SSSレート【不殺の梟】を退けた最強の捜査官がいる。

 和修吉時本局局長は有馬を信じ、『コクリア』の一件は彼に任せることにした。

 

「丸、指揮はどうした」

「ひと段落、つきましてね」

「構えている“ソレ”はどういうつもりだ? 笑えないぞ」

 背後に立つ丸手は右手で銃を構えている。

「吉時さん、俺はこんな下らない読み物に翻弄されたわけじゃないです。この本が言う“和修家が喰種の”協力者だって主張は……、コイツぁー“間違っている”」

 左手には『王のビレイク』がある。

「俺なりに“和修”を洗わせていただきました。食事やすべての行動、不審な点がないか洗いざらい」

 本をしまう。

「怪しい所はなかった。“ただ一点を除いては”」

 丸手の部下たちも様子を見ている。これから一体、何が起こるのか?

「『ゲート』に“仕込み”があるってのタレコミがありましてね。クインケの誤反応を避けるシステムが、特定の個人に対してつかわれていると」

 これは高槻泉がカネキに言ったのと同じ。

「詳しいヤツに頼んで調べました。“システムがいつ反応しているか”。反応していたのは、有馬貴将をはじめとする《庭出身者》クインクス所属、シャオ・ジンリー、そして……和修家のあなた方が通過するとき」

 黙って立ちモニターを見ている吉時。

 モニターには、『アオギリの樹』と各所で戦っている捜査官の姿が映し出されていた。今、この時もル島の戦闘は繰り広げられている。

「和修家が喰種の協力者じゃねぇ、“喰種”そのものだ」

 初めて吉時が振り返る。

「俺の知る丸手特等は、浅はかでなかったと思うが」

 表情は普段と変わらない、怒っているのでもなく、動揺もしていない、いつもの本局局長の顔。

「俺や有馬は付き合いも長いだろう、お前が気付かないはずがない。望むなら作戦終了後、有馬らの検査記録を見ればいい」

 堂々とした語り口、傍ら見れば正論を言っているようにしか見えない。

「確かに、これだけでなにが決まる、ってワケじゃないっス」

 それは丸手にも解っていること、状況証拠にすらなっていない。

「ただ古いダチの言葉でね、まぁ俺はこの言葉は嫌いッスけど」

 その古いダチはもういない。

「これは……」

 引き金に当てた指に力を込める。

「俺の勘です」

 船内に鳴り響く銃声、弾丸は吉時の眉間に命中。

 倒れる吉時、床に血が流れる、普通の人間なら即死間違いなし。

 撃った本人の丸手も勘が外れ、自身が人殺しになることを願っていたが……。

「失望したぞ、マル」

 起き上がり、赫眼を発現させた吉時が丸手に襲い掛かる。

 願いは叶わなかった。奇しくも勘は的中していた。

(なんだよ、チクショウ、嘘だったのかよ、ぜんぶ)

 丸手と吉時は新人の時からの付き合い、多くの死線を潜り抜けてきた戦友だった。

「お前の“タレコミ”通りだったぜ、永近」

 永近英良(ながちか ひでよし)果っての丸手の部下であり、カネキの親友。

(これじゃ、死んでいった連中が浮かばれねぇ……)

 

 

 

 

「【赤舌連】(チーシャーリェン)の首領、焔(リェン)を駆逐するのに、15名の特等と30名の準特等、100人以上の犠牲が出ました」

 淡々と語りながらも法寺には恐れは一切ない、班長が恐れを見せるわけにはいかない。

 このポイントで生き残っている喰種は、白髪に赤い金属製のマスクで口を覆ったタタラのみ。

「弟の彼の危険性は、それを凌ぐと評価しています」

 たった1人でも危険すぎる相手。

「暁さん、私が死ぬぐらいの想定は済ませた上で立ち回りをお願いいたします」

 流石の暁の顔にも緊張の色が宿る。

 何故か、この場にライの姿が見えない。突如、6人の捜査官と別行動を始めた。

 あのライが逃げるはずがないのだが……。

「法寺、俺は嬉しい。今日で全てが終わる、兄への無念もお前の憎しみも、そして……」

(『アオギリの樹』も)

 タタラの中に思い浮かぶ高槻泉、エトの姿。

「ええ、全てが終わるでしょう。あなたには」

 一旦、言葉を区切り、

「死んでもらいます」

 宿敵にお別れの言葉を放つ。

「お前、やっぱり嫌いだよ」

 上着を脱ぎ捨てた。赫子が体を覆い、異形の姿への変貌を始める。

 共食いを繰り返すことで、身にまとうような赫子を持つもの。喰種の中でも、とびっきり危険な喰種、赫者。

「似ていますね、兄に」

 『アオギリの樹』リーダーの【隻眼の梟】が赫者だというのは知っている捜査官たちも、タタラの赫者化には動揺が走る。

「も え ろ」

 炎を放つタタラ。【ひょっとこ】の火とは比べ物にならないほどの四千℃にも達する高温の炎、これが【赤舌連】、炎の舌。当たればひとたまりもない。

「炎にくべる薪は、私への復讐心ですか。炎の強さは、そのまま兄への想いの強さ。憎悪の火は果たされるまで燃え続ける」

 ガラスの瓶を法寺は投げつける。

「ならば、その炎、自ら味わいなさい」

 タタラに命中、ガラスの瓶は砕ける。中身はガソリン、自身の炎で引火、タタラが炎を纏う。

 このガソリンは粘性を高くしているので、流れ落ちず、体にへばりつく。

「こんなもので俺を殺せると思ったのか」

 攻撃を仕掛けるタタラ、法寺はクインケ、《イイツウ》を使いタタラを牽制。

「あなたもその程度では、兄の仇は取れませんよ」

「ほ~じほ~じほうじ」

 挑発して自分にだけ、攻撃を集中させる。

 その合間に背後から暁、回避や投擲に自信のあるものが、次々にガソリンの入った瓶を叩き付けて行く。

 タタラに当たり、ガソリンをぶち撒けるたび、纏う炎が大きくなっていく。

「だぁぐうぅぅぅぅ」

 全身に高温の炎で包まれながらも倒れることなく、平然と法寺に襲い掛かる。

 怒りと憎悪の炎の舌を躱し、1人至近距離で《イイツウ》を振るい戦う。

 

 それを見ている暁。

 前もって法寺は自分1人、前面で戦うから他の捜査官は距離を取るようにと指示していた。

 法寺特等に何かの策があるのは暁も解ってはいるが、

(炎ではタタラは倒せない)

 つい不安を持つ。

 炎に包まれるタタラから放たれた炎の舌を避け、《イイツウ》で攻撃、熱により額に汗が流れる。

 法寺はインカムマイクに囁く。

「ライくん、あなたたちの出番です」

 

 

「よし、法寺特等の連絡が来たぞ」

 法寺たちと、少し離れた場所に待機していたライ。

 ブルーシートを外した4つの器具にライを含め、それぞれ捜査官が2人ずつ着いている。

「これからが正念場だ、みんな、気合い入れて行くよ」

 捜査官たちは4つの器具を引き押し、法寺たちの元へ急ぐ。

 

 

「焔やフェイがどんな風に死んでいったか、知りたいですか?」

 さらに挑発を繰り返す法寺。

「ほ~じほ~じほ~じほ~じほ~じほ~じほうじほうじほうじほうじ死ねねねねねねねねねね」

 怒りを爆発させ、高温の炎を吹きかける。

 何とか躱した法寺の髪が掠り、チリチリと数本焦げる。

(私の中国時代はあなたの兄に攻略を費やした……)

 そこへライたちが到着、例の器具をタタラの四方に置く。

 法寺に集中していたタタラの対応が遅れる。

(ライくん、中国時代にあなたが部下でいて欲しかったと、本気で思いますよ)

 ライを初め、器具を運んで来た捜査官たちは大口のホースを構えた。

「火の用心!」

 ライの掛け声を合図に、ホースから高圧力で水が噴き出す。

 四方からの水がタタラを直撃。

 『焼け石に水』という諺があるが、物を熱すると膨張し、急激に冷やせば縮む。しかし冷却されていない部分は膨張したままなので歪みが生じ、その結果……。

 赫者化したタタラの全身にヒビが入り、そして割れた。

 ライの持った来た器具は水を高圧で放水するだけではなく、冷却する機能付き。

 砕け散る。このダメージは大きすぎた、満身創痍のタタラ、立っているのもやっと。

「【赤舌連】最後の生き残り、タタラ。もう憎しみの炎に身を焦がさなくていい」

 法寺は《イイツウ》を振りかぶる。

 死が迫る中、タタラの脳裏に『20区の梟討伐戦』の情景が浮かぶ。

 

 

 ズタボロのカネキを引きずっていく【王】に傅くタタラ。

「【王】“望みのもの”は手に入ったか」

 

 

(俺はどちらも……エト……)

 最後の瞬間、タタラは法寺を見ていなかった、彼の眼には映っているのはライ。

 

 

 ル島去り際にエトが言った。

『銀髪に碧眼の綺麗な少年が現れたら、それはあなたが死ぬ時、あの子には勝てないわ。私たちにどんなに強い力があっても―ね』

 

 

(そうか、あいつのことなんだな、エト)

 倒れるタタラ、赤いマスクが外れて落ちる。

「眠りなさい、タタラ」

 《イイツウ》を突き立て、法寺はとどめを刺す。

 宿敵を倒した法寺の中に、様々な思いが駆け巡っていく。

 

 

「ライ、これはお前の立てた作戦か?」

 暁は尋ねる。

 答えずにとぼけて見せたライだが、暁には解っていた。こんな奇策を思いつくのはライしかいない。

 ついに『アオギリの樹』の中でも恐れられるタタラを駆逐した。【隻眼の梟】も逮捕されているので、これで『アオギリの樹』は終わったようなもの。

 捜査官たちが喜びを分かち合おうとする中、

「こちら法寺班、タタラの駆逐を完遂いたしました。遺体の回収をお願いします。以後、我々は残存勢力の討伐に向かいます」

 インカムマイクを切る。

「まだ仕事は終わっていません、勝利に酔いしれるのはル島を去った後にしましょう」

 喜びを分かち合うのは後回し。

 法寺には、まだ“やり残した仕事”がある。ただ、その“やり残した仕事”が、すぐそばにいたことには気がついてはいなかった。

 

 

 




 ライくんの立てた対タタラ策は本編で使用した策の他にも、鉛を口に放り込むといアイデアもありました。鉛が解けて体内に流れ込むので。
 出番の無かった【オウル】滝澤は次回に出る予定です。


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第14章 ル島戦決着

 ル島決戦の後編。
 今回は滝澤がメインなので、ライくんの出番は少ないです。


 法寺班が去り、連絡を受けた回収班がタタラの遺体の回収も終わる。

 残されたのは戦闘の跡、焼け焦げた柱と床、ポツンと落ちている赤いマスク。

「……タタラ様」

 クインケを奪っていくことから【墓盗り(はかとり)】と呼ばれる、タタラ直属の女性喰種、巴ユミツ(ともえ ゆみつ)が打ち拉がれる。

 グシャ、法寺の“やり残した仕事”が赤いマスクを踏み潰す。

「畜生、タタラをぶっ殺す計画が台無しじゃねぇか」

 背後の【オウル】を【墓盗り】は睨む。

 ずっと、【オウル】はタタラの近くにいたのに助けずに見殺しにした。あまつさえ、チャンスがあればタタラを殺すつもりでいた。

 悲しみに怒りが勝つ。

「この裏切り者がッ!」

 向かってきた【墓盗り】の腹を殴りつける。

「俺が裏切り者なら、お前は役立たずだな」

 気を失った【墓盗り】は反応なし。

 上司だった法寺特等のピンチに助けに入り、手に入れた“力”でタタラを殺し、CCGを救い、英雄になり、果っての仲間の元に戻る。そのチャンスは訪れなかった……。

 あの水を使った策、あんな奇策を法寺特等は考えつかないのは部下だったからよく解る。アカデミーで学んだものも思いつくようなものではない。

 なら答えは、おのずと出る。

「あのお嬢ちゃんか……」

 オークション会場で戦った“あいつ“の仕業。

 かと言って、あの時、殺しとけば良かったとか、俺の獲物を奪いやがったとかの感情は沸いては来ない。それどころか、見事と正直に思っていた。

「あんな作戦を思いつくとは……」

 本人は気がついてはいないが、上司も同じようなことを言っていた。

「ああ、人の世界に戻りたかったな……」

 近づいて来る足音。

 CCGか『アオギリの樹』? 【オウル】が顔を向けた先には、予想していなかった相手、よく知っている人物が立っていた。

「あんたも来ていたのか、亜門さん」

 『20区の梟討伐戦』で滝澤政道とともに重傷を負い、『アオギリの樹』に拉致され、喰種化施術を受けさせられた亜門鋼太郎(あもん こうたろう)がそこにいた。

 

「何しにここへ?」

 対峙しあう亜門と滝澤。

「果っての仲間を救いに来た……。滝澤、お前を」

 大きく目を見開く。

「救うだと、亜門さん?」

 有無を言わせずに滝澤は亜門を殴り飛ばす。

「1人で逃げたくせに」

 何本もの赫子を亜門に打ち込む。

「コソコソ逃げ回っていたアンタが」

 亜門は攻撃を受けるだけで、反撃をしようとしない。

「救えるものなら、救ってみろよ!」

 赫子の腕で殴る。

「この喰種(バケモノ)を!」

 背後から羽交い絞めにして、赫子で腹部を貫く。

「弱すぎ、失敗作ってオッサンが言ってた通りスね」

 亜門だけではない、『20区の梟討伐戦』で拉致された捜査官63人の中で喰種化施術に成功したのは滝澤、ただ1人。

「喰種(バケモノ)か、そうやって、自分をごまかし続けるか」

 人間なら即死のダメージ。でも亜門も失敗作とはいえ半喰種、死なず。

「お前は罪を犯した。殺した捜査官、喰らった一般市民、許されることではない」

 ふらふらと起き上がる。

「だが、俺は知っている、お前の弱さも強さも。お前は喰種じゃない」

 滝澤を真正面から見据える。

「喰種捜査官だろう!」

「うるええええええええええええええええええええええっ!」

 お互い赫子を出し合い、打ち合う。

「罪を犯したのなら、償うんだ、お前の力で」

「死ねってか」

「違う! “死”以外の方法でだ! 俺と」

「わかんねぇよ、そんなのッッ!」

 亜門の熱い言葉は、最も滝澤が言ってもらいたかった言葉。そして最も自ら最も拒絶していた言葉。

 成功作と失敗作、力の差は歴然、力負けした亜門が吹っ飛ばされる。「生きて償えだとよ、この俺に……」

 意識せずに涙が出そうになっていた。そんな滝澤の左目にナイフが突き刺さる。

「ぐうう、くそがぁぁぁぁ」

 左目を抑えて呻く。

 入って来たのは六月。失ったはずの手足も再生していた。

「SSレート【オウル】……、それと」

 蹲っている亜門を見下ろす。

「【フロッピー】」

 【フロッピー】は出来損ないという意味。

 肩で息をしている【フロッピー】亜門は敵ですらないと判断。自身の尾赫を出し、笑みを浮かべ、滝澤に襲い掛かる。すでに左目は再生。

 凄まじい勢いで向かって来る尾赫を躱そうとしたが、躱しきれずに一本が腹に刺さる。

 それをものともせず滝澤は刺さった尾赫を引っ掴み、

「来いよ、ボッチャン」

 引き寄せ、抱擁。どうやら六月を男性と勘違いしている様子、未だライのことは女の子と勘違いしているし。

 お返しとばかり、六月の腹を赫子で貫く。

 ぷく~っと膨らむ六月の頬。

「笑える顔だな」

 余裕を見せた途端、毒霧ごとく口内に溜まった血を吐きかけて目潰し、反則技のコンボで金的蹴り。

 いくらSSレートでも滝澤も男の子、これはたまったものではない、もんぞり打って倒れる。

 ぽきゅん、さらにもう一撃、金的を踏む潰す。

 泡を吹いて、白目状態。

「イケるかもしれない」

 歓喜の顔を浮かべ、

(これで先生に褒めてもらえる)

 止めを刺そうと尾赫を出す。

 突然、亜門が指を加え、指笛吹く。

 指笛が鳴り響いた。訝しげな顔を六月は亜門に向ける。

「何のつもり? もしかして、先に殺してほしい―」

 巨大な銀色の尾赫が六月を殴り飛ばす。

 三回転がって起き上がった六月は、怪鳥のマスクを被った小柄な喰種の姿を確認。

「SSSレート【JAIL】……」

 

 【JAIL】は亜門の方を見る。

「俺は大丈夫だ。滝澤を守ってくれ」

 それを聞いた【JAIL】は六月の前へ。

 じっーと六月は【JAIL】を見つめて観察。

「……倒せたら、もっと先生が褒めてくれる」

 ぺろりと舌なめずりして笑う。

 【JAIL】リオも六月を見つめていた。六月は喫茶店『:re』の客、よく知っている相手。

(なんか雰囲気が変わちゃってる)

 いきなり金的を狙ってくる。

 六月の足を両手で乗せ、跳び箱の要領でジャンプ。頭を飛び越え背後に回る。

 六月は尾赫で攻撃すると同時に、振り返った。

 銀色の尾赫で尾赫を受け止め、反動を利用して距離を取る。

 何度か客として喫茶店『:re』に来ているハイセのことカネキの部下の六月。

 カネキの部下を殺したくはない、それがリオの本心。

 そんなリオに対して、六月は殺しに来ている。

 防戦一方とはいえ、リオのパワーはかなりのもの。何の苦も無く、六月の攻撃をしのげていた。

(このまま防いで、六月さんの体力切れを狙えば……)

 そんなことを思っていたら、

「避けろ!」

 亜門の叫びに、体が自然に反応。飛びのいた場所の床が抉られる。

「仕損じたか」

(すばしっこい奴め)

 SSレートの喰種、ノロの赫包で作られたクインケ、《銀喰》を持ったウリエが駆けつけ来た。

 才子、シャオ、髯丸、晋三平のクインクスが揃う。

 一気にリオが不利な状況に。

 

「六月……ッ」

(無事か、生きている、無事か、六月、無事か無事か無事か)

「瓜江くん」

 六月が駆け寄ってくる。

 生きていた無事だった。喜び勇みたいが、ウリエには班長としてやらなくてはならないことがあった。

「何があった、報告を」

 ウリエの受けた政からの指示は、タタラと戦っている法寺班のサポート。にもかかわらず、肝心のタタラの姿も法寺班の姿も見えない。

「援護に来たのですが、私が到着した時には、すでに法寺班もタタラの姿もなく、代わりに【オウル】と【フロッピー】がいました。一時的に【オウル】を戦闘不能に追い込み、止めを刺そうとしたところ、【JAIL】が現れ、邪魔されました」

 まだ法寺班がタタラの駆逐に成功した知らせは、全部隊に行き届いてはいない。総指揮をとっている政が落ち込んでいるから。

 六月の報告を受け、現場の状況を確認。

 【オウル】と、そして『アオギリの樹』の【墓盗り】が倒れている。

 健在なのは【JAIL】と【フロッピー】。

(よりにもよって【JAIL】だと……)

 キジマ式準特等を殺害、嘉納ラボでは篠原特等、亜門上等、当時、二等捜査官だったとはいえ、あのジューゾーと暁を退け、オークション戦ではSSレート【黒兎】を撃退した。持っている赫子も一種類ではない。

 法寺班のサポートでタタラと戦うつもりで来たのに、待っていたのは【JAIL】。それもクインクス班だけで戦わなくてはならない。

(チッ、やっかいだな)

「クインクス班、戦闘準備」

 指示に従い、クインクスたちは、各自戦闘配置につく。

 

 ウリエと同じようなことをリオも考えていた。

 普通の捜査官なら、骨の一本や二本を折ってやれば戦闘不能に追い込める。

 クインクスは再生力があり、多少の傷なら治してしまう。それこそ手足の一本や二本を取っても治す。

 そんな相手が6人もいる。

 殺したくはないし、殺されたくもない。

 攻撃の隙を伺うクインクス、未だ術を見いだせないリオ。

 突如、クインケ《ドウジマ》を持った亜門がクインクスに攻撃。

 予想もしていなかった襲撃に、一旦、混乱を引き起こすものの、

「有馬72番《銀喰》発動のタイミングを1.5秒ずつずらせ」

 状況に最も適した戦型をは選択し、真正面からウリエが攻撃。その一撃一撃を強力に弾き返す。

 発動させた《銀喰》が伸び、四方八方から亜門に向かってくる。

 これを赫子を飛ばし捌く。

 そこを左側からシャオが蹴りを打ち込み、防御した際に生まれた隙を晋三平、髯丸の赫子連携を食らわせる。

「っし」

「ヒゲ丸、避けろ!」

 ドヤ顔の髯丸に警告するも間に合わず、顔面を殴り飛ばされる。

 続けて晋三平の赫子を握り砕き、殴り倒した後、《ドウジマ》で足の骨をへし折る。

「【JAIL】、滝澤を“待ち合わせ場所”に連れて行ってくれ」

 亜門はクインケ《ドウジマ》を使い、ウリエと交戦中。

「お前と安久を迎えに来るつもりだったが、予定は変更だ。【JAIL】と一緒に行け!」

 いつの間にか、吐きながらも起き上がっていた滝澤は亜門を見る。

「弱いクセに俺よりも……」

 首に掛けていたロザリオを外し、滝澤に投げ渡す。

 このロザリオは亜門にとっての大事な品。孤児院で過ごした日々を忘れないため、自身の無知の罪の象徴。

「俺は馬鹿だ。お前の言うように弱い、それでも戦う」

 たとえ弱くても、その思いと意識は誰よりも強い。

「今度こそ、ちゃんと逃げてくれ、政道」

 ぎゅうとロザリオを握りしめ、ポケットに入れる。

「起きろ盗人女」

 【墓盗り】の髪を掴み、

「死にたくなけりゃ、着いてこい」

 強引に起こす。

「残るのなら、僕―」

 自分が残ると言いかけたリオの肩を掴み、

「“待ち合わせ場所”に連れて行ってくれよ、俺はその場所を知らないんだぜ、俺は死にたくない」

 と言った後、耳元で、

「亜門さんの気持ちを無駄にするつもりか?」

 と囁く。

「くっ」

 そう言われてしまったら、リオも逃げざるを得ない、走り出す。滝澤と【墓盗り】も逃げる。

「みすみす、逃がすかッ」

(馬鹿がベラベラと)

 リオたちの後を追おうとしたウリエの前に、亜門が立ちふさがる。

「通さん」

 

 

 宇井特等とハイルペア対【三枚刃】ミザと『アオギリの樹』ナキペアと白スーツのグループの戦闘。

 人数的にナキたちが勝っていたが、戦いは宇井とハイルのコンビが有利に進めていた。2人の能力の高さだけではなく、愛称もいい、まさしくベストカップル。

 そこへ、いきなり月山習が乱入。

 嘉納ラボで習とナキは顔を合わしているけど、ナキは、全く習のことを覚えてはおらず。

「僕はムッシュと違い、記憶力には自信がある、君には貸しがあるね」

 甲赫をハイルに振り下ろす。そこには怒りの感情が含まれていた。習の使用人、マイロを殺したのは彼女。

「あら、私にはありませんわよ」

 《アウズ》で受け止める。こっちはナキとは違い、惚けているだけ。

 すぐにハイルのサポートに回ろうとした宇井は、いきなり向きを変えた。

「……次から次へと」

 ぎゅ~強く《タルヒ》を握りしめる。宇井の向いた先には黒い犬のマスクを被った女性の喰種が立っていた。

「20区の亡霊が」

 『ブラックドーベル』のリーダーにして『あんていく』のメンバー【黒狗】、『20区の梟討伐戦』で死んだと判断されていたのに。

「亡霊はしつこいものよ」

 腰を低くして飛び掛かってくる【黒狗】を《タルヒ》で払う。

 払われながらも体制を立て直し、さらなる突撃。

 流石の宇井とハイルのペアでも、この人数差とこの顔ぶれでは不利。

「援軍が欲しいしょ」

 習と戦いながら、つい本音を漏らす。

 ハイルの本音は宇井も同感、このままではジリ貧。

「援軍ならいますよ」

 やってきたのは『アオギリの樹』の残存勢力駆逐に回っていた法寺。ライと暁、法寺班も健在。

「私たちは宇井特等と伊丙上等の援護します」

 法寺の号令とともに、法寺班は参戦。

「感謝します、法寺特等」

 何故、ここにとは宇井は聞かなかった。タタラと戦っているはずの法寺班が、ここにいる理由は一つしかない。自然と士気が高まる。

 一方、喰種サイドは気が付いていないので士気は下がらない。とはいえ、それを伝えるような隙を与えてくれるほど、敵さんも甘くなし。

 

「こんにちは」

 《夜桜》を広げたライの対峙しているのはフード姿の相手。得体が知れない。

 その得体の知れない相手も、同様にライに得体の知れなさを感じ取っていた。

 

 

 クインクスと亜門の戦い。シャオの四肢に装着されたブレード型のクインケ《クアイ》の攻撃、才子の赫子攻撃。

 この攻撃に耐えた亜門に、止めだとばかり、ウリエは《銀喰》を投げ付け、遠隔起動させた。

(俺はもう、誰1人、失いたくないんだ)

 ウリエの想いも強い。

 《銀喰》は亜門を貫き発動、喰らう。

 クインクスの誰もが、これで決まったと思った。

「班長、【JAIL】と【オウル】を追いましょう」

 シャオに同意を示そうとした時、異変に気が付く。

 亜門を赫子が覆い、体が奇妙な変形を始める。

 “半赫者”。

「く、来るな」

 必死に亜門は声を絞り出す。

 発射された赫子がウリエとシャオに突き刺さる。

(赫子の異常増大……、共喰い野郎が)

 倒れて、ウリエは血を吐く。

「シャオ」

 倒れたシャオに駆け寄る髯丸。

 半赫者の力が解放されてしまった亜門、自分自身で自分をコントロール出来ない。

 折れた晋三平の足の治癒の時間を稼ごうとした髯丸を壁にめり込ませ、バックアップしていた六月を捕食しようとする。

 起き上がり、刺さった赫子を引き抜いたウリエはフレームを解放。

 フレームを解放すればパワーや回復力は増大する半面、喰種化危険性あり。

(六月、一緒に帰ろう。俺はお前を……)

 右手に赫子を巻き付け、大剣のようにする。

「げりゃあああああああああああああああああッッ!」

 特攻を仕掛ける。

 ペッと六月を吐き出し、《ドウジマ》で迎え撃つ。

 その時、背後から投げ付けられた筒からガスが噴き出す。

 ガスを吸った途端、体が痺れ、ウリエは蹲って動けなくなる。意識も朦朧。

 ウリエだけではない、近くにいた才子、六月も同じ症状になる。

 Rc細胞抑制ガス、喰種の動きを鈍らせる、喰種にとっては毒ガス。赫包を移植したものにも影響が出てしまう。

 ガスの効果は亜門にも及ぶ、しかしウリエたちのように行動不能までには至らず。

 ダメージでシャオ、晋三平、髯丸は真面には動けない。

「この程度のガスでは、やはり動き封じるまでには至りませんでしたか」

 緑色の髪に金色のマスク、白い軍服を着た男が入ってきた。

「誰?」

 クインクスの中で、今、一番元気な晋三平が聞く。

 答えず金色のマスクは晋三平にも、Rc細胞抑制ガスを投げ付けた。

 ガスが噴き出し、晋三平も体が痺れる。

 金色のマスクは亜門を見つめ、

「亜門鋼太郎殿、あなたを一流の騎士と認め、私が相手をしよう」

 腰の剣を抜こうと、柄に手を掛けた。

「待て、そいつの相手は私がやろう」

 そこへキリンをヒーローにしたようなマスクを被った大柄な男が入ってきた。

「病み上がりの肩慣らしには、ちょうど良い」

 ぐるぐると、肩を回す。

 剣の柄から手を放し、素直にキリンマスクに譲る。

「じ、自我がと、飛ぶ、人殺しには、させないで……。殺してくれ、しの……じゅ―――ッッッ」

 抑えようにも抑えきれない。発射される赫子の槍、大きさは小さいが形は【隻眼の梟】と酷似。

 小さいと言っても、危険性はウリエたちで証明済み。

 キリンマスクの周りに、緑色のガラスのようなものが張り巡らされ、飛来した赫子の槍の軌道が捻じ曲がり、周囲に散らばって落ちる。

「全く、いつまで経っても世話の焼ける坊やだ」

 振り下ろされた《ドウジマ》を掴み、背負い投げで床に叩きつけ、起き上がってた来たところを右足で蹴っ飛ばす。

 信じられないほどの威力の蹴り、亜門でなければ粉砕されていたかも。

 倒れた亜門に馬乗りになり、金色のマスクの投げ渡した無針ジェット式注射器を受け取り、口腔粘膜からRc細胞抑制剤を注入。

 Rc細胞抑制ガスとRc細胞抑制剤の相乗効果で亜門は元の姿に戻る。

「どっこいしょと」

 意識を失った亜門を担ぎ上げる。

「お見事です」

 金色のマスクはお辞儀。

「私は自分のやれることをやったまでだよ」

 亜門を担いだキリンマスクと金色マスクは去っていく。

 ウリエたちは後を追おうにも、体が動かない、Rc細胞抑制ガスの効果が切れるまでは、まだ少しかかる。

 朦朧とする意識の中、ウリエはキリンマスクの声をどこかで聞いたような気がした。

 

 

 

 

『ル島上陸6日目、12月20日、0521。殲滅率が98%を突破した。ただいまをもってル島上陸作戦を終了する』

 船内から政が捜査官たちに宣言。

 長い長い『アオギリの樹』との戦いの終わりを告げられても、捜査官の誰もが喜んではいない。

 

『有馬貴将が死に、コクリアが突破された。有馬を殺したのは佐々木琲世だ。奴は喰種を率い、コリアの喰種たちを解放したのだ。そして愚かにも【隻眼の王】を名乗っているとも』

 

「何が最強の捜査官だよ、馬鹿が……」

 学生のころからの知り合いの上等捜査官、富良太志(ふら たいし)。煙草を吹かしながら愚痴をこぼす。

 背後では有馬を慕っていた宇井、ハイルの落ち込みが激しい。憧れを抱いていたハイルは特に。

 

 捜査官たちにとって『アオギリの樹』を壊滅同然に追いやった喜びより、有馬貴将を失った衝撃の方が大きい。

 

 ハイセの指導者を任されていた暁は何も言わず、座り込んでいた。

 一緒にタタラと戦った法寺は掛ける声が思い当たらない、有馬を失ったショックは彼も少なくない。

 さらに回復したクインクス班からの“やり残した仕事”の報告。

 宿敵タタラを倒したことに気を取られていたとはいえ、あの場所に滝澤がいたことに気が付かなかった。

(私もまだまだですね)

 自己反省。

 

「暁さん、どうぞ、ミルクを多く入れておきましたよ」

 暖かいコーヒーをライが差し出す。

「すまない」

 力ない笑みで紙コップに入ったコーヒーを受け取る。

 

『そしてもう一つ、今作戦で我々は、非常に大きな存在を失った。和修吉時局長が殺害された。作戦中、船上にて喰種の襲撃があった。対処が遅れ、私が到着した時、すでに局長は……」

 これが政が落ち込み、タタラ討伐の知らせが行き届かなかった原因。

『乱心したのか、丸手特等は海に投身し、自害した』

 

 

 放送を終えた政。

「丸手を探す、遺体を見るまでは安心はできない。“和修の秘密”を知ったからには生かしてはおけない」

 実際は丸手は海に飛び込んで逃げた。投身には違いないかもしれないが。

「和修の血を守ることが我々の使命、『和修』と『V』の……」

 そこへ部下が飛び込んで来て、和修家が皆殺しになったことを告げた。

 

 

「西野くん、実験資料は持ってきたかね」

 フレームを応用した喰種化施術を施された半喰種たちと、嘉納は撤退を開始。

「はい」

 頷いた助手は、姿を消したニシキの彼女の西野貴未(にしの きみ)。

 

 

 

 

 嘉納たちが去った後の研究施設に、音もなく現れたメイド姿の女性、手にはハンドカメラ。

 ずっと隠れていたのに誰にも喰種にも、その存在、気配すら気が付かせなかった。

「この記録、ルルーシュ様に届けなくてはなりません」

 凄惨な記録を収めたのに、あまり表情に変化なし。

 

 

 




 ジェレミアと咲世子が登場しました、そしてキリンマスク。
 本編で登場した宇井のクインケを受け止めたフード姿の喰種、その正体は本編でも明かされてはいません。
 一体、誰なんでしょうね。ネットではミルモ説とリゼ説が有力。以外にヒデかも。


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第15章 カネキVSハイル

 来年『東京喰種:re』がアニメ化!
 佐々木琲世の声優はカネキと同じ、花江夏樹さん。
 ウリエ、シラズ、六月、才子の声優は誰になるのでしょう、とても楽しみ。



 本来はル島から帰還するなり、“裏切り者”の討伐作戦を行うはずだった。

 今までCCGを支配してきた和修家が、政を残し、何者かにより。皆殺しにされた。

 総議長、和修常吉(わしゅう つねよし)の遺言状が見つかり、分家の旧多宗太(ふるた そうた)を次期局長に推薦すると書いてあった。旧多宗太とは旧多二福の本名で分家の血を引いていた。

 このようなことが重なり、政が放心状態になってしまったのである。

 

 ライは暁と一緒に、局に来た。

 ハイセの指導者であったため、CCGでの風当たりはきつい、それでも暁は来た、やることがあったから。

 やることをやる暁と別れたライは、暇を持て余してソファに座り、今朝買ってきたリンゴをカバンから出して齧る。

 『ル島上陸作戦』終了後、喰種による捕食事件が激減、下位捜査官のライには、あまり大した仕事は回って来ない。

 『アオギリの樹』が壊滅した影響も大きく、喰種たちは鳴りを秘めていいる様子。

 リンゴを食べ終えたころ、特等会議を終えた宇井と黒磐と法寺が出て来た。

 煙草を吸おうとした宇井。未成年のライがいたので、取り出した煙草をしまう。

 このところ、ハイルはCCGを休んでいる。今日も自宅で引きこもり中。

 宇井は有馬を失ったことが原因だと考えている。特等でなければ宇井自身もショックで寝込みたい気分。

 特等の立場は、それを許してはくれない。

「黒磐特等」

 黒磐の姿を確認した二等捜査官の五里美郷(ごり みさと)が呼び止める。傍には伊東と武臣。

「伊東、武臣、美郷、我々は我々なりにできることを」

 との言葉を贈る。黒磐の言葉にはどこかしら熱さを感じられる。

「宇井さん」

「伊東くんくん、何?」

 伊東が駆け寄る。

「タケさんから、何か聞いてなかったんスか」

「いや」

「そうスか」

 CCGを裏切ったのはハイセだけではない、平子と0番隊も裏切り、【隻眼の王】ハイセと行動を共にしている。

「確かにタケさんは、いつも何を考えているのか解んなかったけど、それでも俺はあの人に信頼されていると思っていました」

 元々伊東は平子の部下、とても信頼していた。

「タケさんが特別指名手配犯なんて、納得いかない!」

 感情が込み上がる。

「宇井さんにも言わず、あんなこと」

 壁に凭れて宇井は話を聞いている。

「それに琲世も、あんな恩を仇で返すような」

 黙って話を聞いていたライは、

「ちょっと、いいかな」

 手を挙げて話に入る。

「ハイセさんは私利私欲で裏切るような人じゃないと思う、現に彼の戦いは、いつもそうだったでしょう」

 言われてみればその通り、【オロチ】の時も【オウル】の時は危険な相手と分かっていて、あえて1人で残った。教え子を守るために。

「しかし佐々木琲世が、有馬貴将を殺害したのは事実では」

 法寺が言ったのように、ハイセが裏切った事実は揺るぎようがないこと。

「何か理由があった、それもCCGを裏切るだけの理由。それは決して私利私欲のためじゃないと思う」

 みんな押し黙る。最近のハイセの様子はおかしかった。それでもこれまでの彼の人となりを考えれば納得できる部分はある。

「じゃなんで、琲世はあんなことをやったんだ……」

 伊東の疑問はハイセに対してだけではない、平子に対してでもある。

「それは僕にも解らない、有馬特等とは、あんまり親しくなかったからね。親しい人なら、何か解るかも知れないけど」

 親しいと言えば、ハイセとともにCCGを出て行った平子と0番隊。平子は有馬の相棒である。

「!」

 この時、宇井の頭にはある人物の顔が思い浮かぶ。 

 

 

 クインクスにもハイセの探索の任が下る。特に晋三平は息巻いていた。『コクリア』で清子が重傷を負わされ、今も入院中なので。

 晋三平に付き合う髯丸。

 これも任務だと自分に割り切らせようとするウリエ、才子と六月は、それでも指導者だったハイセを信じている。

 ウリエがシャオに車を出すように言おうとした時、

「ちょっといいか?」

 話し掛けてきた暁。

「何でしょうか」

 班長が代表して応対。

「ル島でお前たちがあった“男”について聞きたい」

 喰種や【フロッピー】とは言わなかった。

「解りました―」

 ウリエはル島での一件を詳しく話す。

 

 

「連れて行った奴のことはどう思う?」

 話を聞き終えた暁。

「金色マスクとキリンマスクは喰種の可能性は低いでしょう。あの2人はRc細胞抑制ガスの中で平気で動いていた」

 自分たちクインクスも影響があったのに、金色マスクとキリンマスクには影響が出ているようには見えなかった。

 ウリエはキリンマスクの声に聞き覚えがあるかもとは言わない、不確かなことは口にしない方がいい。

 教え子が裏切った暁、指導者が裏切ったウリエ、才子、六月、それも同一人物なので想いは似ている。

 あっていなくても暁はル島に現れたのが、誰なのかは解る。

(亜門、今、お前はどこにいるんだ……)

 

 

 

 

 集まるカネキ、トーカ、ニシキ、ヨモ、習、アヤト、ナキ、白スーツ、ミザ、クロ、平子、0番隊。

 新しい組織の名前は【黒山羊(ゴート)】。

「ご迷惑をかけました習さま」

 恭しくお辞儀をする松前。

 『コクリア』に収監されていた松前、他の喰種たちと一緒に解放されていた。

「お前が無事で良かった、本当に良かった。カレンは僕を庇って……」

 松前を習は抱きしめる。

「お気づきなられたのですね」

 カナエという男性として習に仕えていた執事。実はカレンという名の女性で習に想いを寄せていた。松前は早くにそのことに気が付いていた。

「カネキくん、松前を助け出してくれて感謝する。この恩は必ず返す」

 カネキの前に行き、深く深く頭を下げる。紳士的な態度と口調で、何度もカネキを騙したことはある習も、今回ばかりは本心中の本心。

「恩を返さなければならない人物は、もう1人います」

 カネキに断りを入れてから、

「詳しく」

 再度、習は松前の前へ。

「『ルナ・エクリプス』にて万事休すに陥った私を殺さずに、気絶させるだけにしてくれました《白鳩》がいます。私を殺せば手柄になったというのに……。気を失っていなかったら、他の捜査官に殺されていたでしょう」

 駆けつけてきた捜査官はかなりの腕前、疲労していた松前では確実に駆逐されていた。

「その捜査官の特徴は?」

 使用人が恩を返さなければならない人物なら、主人である習も同じ。「プラチナブロンドにブルーアイ、とても綺麗な顔立ち、《白鳩》では見たこともない子供なのに、相当の手練れ」

 松前の攻撃の全てを凌いで見せたほどの実力。松前も武に秀でているからこそ解る。

「カネキくん、知っている《白鳩》かな?」

 知っているも何も、そんな特徴に一致する捜査官は1人しかいない。

 

 

 

 

 突如、16区、19区、22区の支部のCCGビルがピエロの襲撃に合う。

 それそれ、クインクス、ジューゾー、黒磐率いる班の活躍で殲滅率を1割を越えたところでピエロは撤退した。

 

 

 

 

 武臣は特等会議後の法寺を誘いお昼を食べに行く。ライ、才子も付き合う。

 

 ウリエに聞いたと言って武臣は次は本局を守るのかと質問、法寺はそうだと返答。

 道すがら法寺は、今回のピエロの襲撃のパターン、過去の攻撃パターンを分析した旧多は次に狙われるのは本局と判断、かと言って本局に守りを集中させれば各支部が襲撃されてしまう。

 以前、ピエロ相手に同じ状況に陥った時、吉時は各局の守りはそのままにして、有馬に本局を守らせた。

 今回は亡き有馬に代わり、ジューゾーが本局を守ることを提案し、本人も了承、特等会議にて、正式に受け入れられた。

 

「法寺特等、会議の内容をベラベラ話していいのですか?」

 武臣の言う通り、特等会議の内容を簡単に下位捜査官に話していいものではない、普段の法寺もベラベラしゃべるような人物でもなし。

「ライくんの意見を聞きたいと思いましてね。これも見てください」

 カバンから出した旧多の作った資料を渡した。これも違法に近い行為。

 歩きながら受け取った資料に目を通す。

 読み終えるのを見計らい、

「どうです」

 と問う。

 法寺、武臣、才子の注目を受ける中、

「そうだね“旧多一等がそう言うなら”その可能性は高いと思うよ」

 こんな風にライは答えた。

 聞いた答えを法寺は、よく噛みしめ、

「今度の作戦、鈴屋班には、あなたも加わってくれませんか?」

 と頼んできた。

「いいですよ」

 あっさりと受け入れた。2人ともあっさりとしているように見えて、しっかりと考えている。

 ライと法寺のやり取りを見て、才子と武臣も各々考えを巡らせていた。

 そうこうしているうちに、目的のパン屋、依子の働いているパン屋に到着。

 

 

 パン屋に入って、才子がお冷を飲んでいると、

「小坂」

 いきなり武臣が、

「結婚しないか」

 プロポーズをかます。思わず才子は水を噴き出し、もろに法寺は被害を被ってしまう。

 そして依子の返事は……。

「はい」

 再び才子は水を噴き出し、二度目の被害を受ける法寺。

 

「おめでとう、でもフラグには注意してね」

 マイペースで祝福したライは、意図してかしないでかフラグ折りもしてくれた。

 すでに両親の許可を受けていた武臣は婚姻届けも持参、ライ、法寺、才子を証人にしてサイン。

 その足で依子の両親に挨拶に行く。

 

 

 

 

 特等会議後、すぐに宇井は本局を抜け出していた。

 誰にも見つからないよう、向かったのはハイルの自宅。

 ピエロの襲撃時にもハイルは来なかった。心配な気持ちは本当、もう一つ、先延ばしにしていたことを聞こうと決めた。

 

 自宅の前まで来た時、出てきたハイルの姿を見かけ、物陰に宇井は身を隠す。

 出てきたハイルの両手にはアタッシェケースがある。

 後を着けることにした。ストーカーみたいな気はするが、そんなことは言ってはいられない、クインケの入ったアタッシェケースを2つも持て出かけるなんて、ただ事では非ず。

 

 

 喫茶店『:re』の調理場でカネキは料理をしていた。

「さぁ、出来たよ。温かいうちに食べて」

 0番隊の僧頭理界(そうず りかい)リカイ、有馬夕乍(ありま ゆさ)ユサ。伊丙士皇(いへい しお)シオの前に出来立ての料理を並べる。

 コーヒーを淹れているトーカの顔は複雑。

 以前、トーカが食事を作ったら、ユサとシオにまずいと不評を買い、そこでカネキが作ったらうまいと絶賛された。

 今日はリカイを交え、昼飯を作ってあげたカネキ。

 カネキの作った料理をリカイ、ユサ、シオが美味しいと喜ぶ姿を平子はカウンターの隅に座り、トーカの入れたコーヒーを飲みながら眺めている。

 カウベルが鳴り、来客の知らせ。

「悪い、しばらくは臨時休業なんだ」

 トーカがそう告げた後、一同は凍り付く、入り口に立っていたのは上等捜査官のハイル。

「ハイルお姉ちゃん」

 ただ1人凍り付いていないシオはハイルの遠縁の親戚にあたる。

「お久しぶりですね、佐々木準特等捜査官、いえ、金木研。有馬さんの敵討ちに来たっしょ」

 

 

 宇井も特等、ハイルに見つからないように追跡するのは難しいことではない。

 ハイルの入った喫茶店『:re』はライやクインクスが美味しいと言っていたのを耳にしたことがあり、一度は行ってみたいなと思っていた。

 コーヒーを飲みに来たと思ったのも一瞬のこと、ただ単にコーヒーを飲みたいのなら、クインケの入ったアタッシェケースを、それも2つも持って来るはずがない。

 喫茶店からハイルとハイセが出てて、続いて平子に0番隊の3人。最後に出てきたのはトーカ。

 重要指名手配犯が揃って出て来た。驚きのあまり、宇井は口を押える。そうでもしなければ声が飛び出していただろう。

 再び追跡を開始。特等なら連絡するのが当然の義務、それに大きな手柄にもなる。

 しかし宇井の中にある、何かが知らせるなと、告げていた。

「私が“勘”に従うなんて、焼きが回ったのかもしれませんね」

 

 

 喫茶店『:re』に訪れたハイルは、有馬の敵討ちと、カネキに一対一の決闘を申し込む。

 いくらハイルでも、いきなり店内では暴れることはしない、場所を変えることに。

 カネキも喫茶店『:re』で戦うよりはましと考え、有馬を殺したという建前がある以上は断れない。

 決闘の申し出を受け入れ移動。

 見届け人としてトーカ、平子、リカイ、ユサ、シオがついてきた。

 不測の事態に備え、ヨモ、カヤ、古間は留守番。

 シオは内心、ハラハラしていた。ハイルに喫茶店『:re』の場所を教えたのは彼。遠縁の親戚にあたるので昔から仲が良かったこともあり、アカウントを登録していたメールで頼まれ、つい教えてしまったのだ。

 

 やってきたのはコンテナ置き場。辺りにはカネキたち以外の人影はない。物陰で見ている宇井以外は。

「さぁ、始めましょう」

 左手のアタッシェケースを置き、右手のアタッシェケースを開き、《アウズ》を展開。

 トーカ、平子、0番隊を下がらせ、《アウズ》の一撃をカネキは赫子で受け止める。

 完全には防ぎ切らず、《アウズ》は赫子がめり込む。このままでは切り落とされる。

 そこで赫子で赫子を叩き、その衝撃でハイルを吹っ飛ばす。

 運動能力の優れたハイルは体制を立て直し、《アウズ》で突く。

 足で踏んで《アウズ》の突きを止める。

 すぐに《アウズ》を手放し、置いてあったアタッシェケースを展開、もう一つのクインケ、大砲型の《T-human》を取り出した。

 《T-human》から放たれる電撃。同じように電撃を放つ有馬のクインケ、《ナルカミ》よりは劣るものの、威力は十分。

 赫子を重ね掛けにして受け止める。

 何度も何度も電撃を打ち込むハイル、何とか防げているが、いずれは赫子の盾は砕けてしまう。

 電撃を受け止めながら強引に突進、ハイルに体当たり、すなわちシールドアタックを食らわせる。

 これにはたまらず、地べたを転がっていく。

 さらなる攻撃を繰り出そうとするカネキの姿を見た宇井、思わず飛び出そうとした。

 《T-human》を投げ捨て、両手を挙げたハイル、カネキも攻撃を止める。

「私の負けです、降参」

 呆気な過ぎる幕切れ、立ち上がったハイルはコートの土ぼこりを払い、

「有馬さんから言われていました。自分を倒すような相手が現れれば、その者に力を貸すようにと」

 言うまでもなく、敵討ちとは口実、本位はカネキの実力を試すため。カネキが弱かったら、殺すつもりだったけど。

「有馬貴将の遺言に従い、伊丙入、これより佐々木、いえ、金木研に力を貸します」

 手を差し出す、その手をカネキは握り握手。

「ようこそ、ハイルさん、歓迎します」

 

 

 隠れて見ていた宇井、パズルの一つ一つが組み見あがる。平子先輩と0番隊が裏切った理由が解った。有馬特等に、そう言われていたから。

 同じ理由でハイルもハイセ側に着いた。

 何故、ハイセが裏切ったかまでは解らない。ただ、やり取りを見ればライの言った『ハイセさんは私利私欲で裏切るような人じゃないと思う』の言葉は正しいことは間違いない。

 有馬特等と行動を共にしていた0番隊、有馬特等を慕っていたハイル、有馬特等の相棒の平子、有馬特等を父親のように思っていた弟子の佐々木準特等。

 そして有馬特等自身も、佐々木琲世に執着心を見せていた。

(金木研? 篠原特等が調べていた青年……。佐々木準特等が金木研だというのか?)

 あと一つピースが足りない、そのピースがはめたらパズルは完成するだろう。

 あと一つピースが知りたい、物陰から飛び出したい気持ちはあったが、何故か踵は返えり、コンテナ置き場から離れて行ってしまう。

 話を聞くのが怖かった。もし聞いたら、これまで宇井の積み上げてきたものが崩れそうに思えた。

 

 

 




 ラストでは宇井がカネキたちの前に出てきて、事情を聞く案もありましたが、旧多の関係を踏まえて、立ち去る方になりました。
 シオの名前に士皇、皇の字が入っていた……、気が付かず、タイトルがややしいことに。
 タイトルの皇はシオくんとは違いますからね。


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第16章 リンゴはいかが?

 ピエロ戦になります。前回で語っていた通り、ライくんは鈴屋班とともに本局警護。


 両親のお墓に訪れた暁。

「そうか、君と初めて出会ったのは、ここへ来る途中だったな」

 そこにはリオが立っていた。

 お墓に備える花を買う店を探していた彼女に、ちょうどいい店を教えた。それがリオと暁の初めての出会い。

「暁さん、来てもらいたいところがあります、一緒に来てくれませんか」

「花を供えた後でなら、付き合おう」

 暁はリオが喰種であることに気が付いているだろう。父親譲りの勘のいい彼女なら、リオが【JAIL】であることも気が付いているのかもしれない。

 お墓に花を供え終え、

「さて、リオくん、私をどこへ連れて行ってくれるのかな?」

 捜査官にとって、喰種は敵。しかしリオからは殺意も敵対心も感じられず。

「着いてからのお楽しみです」

「君も言うようになったな」

 

 

 電車に乗り、あとは徒歩で山中にある貸し別荘にリオは暁を案内した。季節によるものなのか、他の別荘には借り手はついていない。

 だからこそ、この別荘地を選んだ。

 

 振り下ろされる斧、小気味いい音を鳴らして割れる薪。

「……久しぶりだな」

 ピタッ斧を振り下ろす手を亜門は止め、暁の顔を見る。

「ああ、久しぶりだな」

 本当に久しぶりに、再会した者同士のような挨拶。

 亜門は暁の後ろにいたリオの方を見る。怒っているのか、怒っていないのかは解らない。

「私が連れてくるように頼みました。いつまでも隠しておいて良いことではありません」

 別荘から緑色の髪に白装束の男が出てきた。背格好が報告と一致するので、金色マスクに違いないだろう。今日はマスクは付けてはいないが。

「私の名前はジェレミア・ゴットバルト。あなたのことは亜門殿とリオ殿から伺っております」

 丁寧なお辞儀、まるで中世時代の様。と言ってもわざとらしそやキザたらしさは感じられない。

「ここではなんだ、中で話そう」

 亜門に促され、みんな別荘へ。

 

 

 別荘の一室。リオとジェレミアは気を利かせ、亜門と暁を2人きりにした。

「暁、まずはお前に何も告げずに、いたことを詫びさせてくれ」

 2人はテーブルに向かい合って座っていた。

「私は……君が死んだものとして、この数年生きてきた。いろいろな感情を白紙に、職務に邁進してきた。今更、何を話せばいい、詫びなどいらんよ、今は“喜ばしいも”“腹立たしい”もない。だたただ困惑している」

 流れる沈黙、少しの時間黙ったままだった亜門は立ち上がり、

「俺はしばらく、ここに身を寄せている。何かあったら頼ってくれ」

 部屋から出ていく、寸前、

「待っている」

 と一言残す。

 

 庭に出るとリオがいた。

「暁を連れてきてくれてありがとう」

 亜門はお礼。

「僕はジェレミアさんに頼まれただけで……」

 果って戦ったことのある相手にお礼を言われると、むずこそばしくなってしまうもの。

「それでも言わせてくれ、それに今日のことだけじゃない、ル島の時も文句を言わずに来てくれた」

 『ル島上陸作戦』の前、自らの力不足を実感していた亜門はリオに助っ人を頼んだ。

「僕は僕のできることをやりたかっただけなんです」

 自分の【JAIL】の力はそのために使いたい。リオは、そのために【JAIL】の力を持っていると信じたい。

 

 

「嘘はついていない、ついていないが」

 テーブルに顔を埋め、

「本当のことは何も言えてない感じだ」

 泣き出す。

「今更、どんな顔をすればいい?」

 

 泣き終えたのを見計らったように、ドアがノックされた。

 慌てて袖で涙を拭き、平静を装い、どうぞと招き入れる。

「失礼します」

 お盆を持ったジェレミアが部屋に入ってきた。

「紅茶をお持ちいたしました」

 暁に紅茶を淹れ、差し出す。

「すまない」

 気分を落ち着かせるため、一口。

「私は騎士の家に生まれ、私自身も騎士を目指しておりました」

 暁が紅茶を飲んでいると、姿勢を正したまま、話を始める。

「初任務の日、テロにより、守るべき主を失ってしまいました。その後、そのご子息まで失ったとの知らせを受け、騎士としての矜持を失い、私は自暴自棄になりました」

 口を挟む空気じゃないので、黙って話を聞く。

「ですが7年後、私はご子息との再会を果たしました。生きておられたのです! 本当に生きておられた。私は一度失った仕えるべき主を取り戻し、騎士としての道を取り戻すことが出来たのです」

 言葉に力がこもる。ジェレミアとは赤の他人のはずの暁にも、その気持ちが伝わってくるほど。

「貴殿は本物の騎士なんだな」

 暁はジェレミアが立ち聞きしていたとは思わない。死んだと思っていた大事な相手と思わぬ再会を果たした者同士、感じるところがあったのだろう。

「ありがとう、いい話を聞かせてもらった」

 飲み終えたティーカップをソーサーの上に置いた。

「そうだな、私も私のなすべきことをしよう」

 

 

 

 

 町がバレンタインの準備に入っている中、2区、9区、18区、ほぼ同時にピエロたちの襲撃が始まった、女子供容赦なく。

 

 一報とともに、伊東班、黒磐、田中丸班、クインクスたちは各区に出動、暴れ回るピエロたちと交戦を開始。

 

 

 次々と他の区にもピエロの襲撃が起こり、まさしく無差別テロ。

 

 

 1区の本局では対処に追われる。

「おやおや、ずいぶんな状況じゃないか、責任を取ると言ったな、宇井特等……いや、次に会うときは準特等か?」

 政は隣に立つ宇井に嫌味。

 旧多の立てた作戦を実行することに政は不快感を示し、宇井が自分が責任を取ることを条件に実行させた。

 普段から宇井と政は犬猿の仲。

 立ち去る宇井、嫌味に付き合う義理もない。

(どのみち降格は免れないさ……)

 旧多を支持したことではない、平子たちのことも隠している。ハイルがハイセ、カネキ側に着いた。なら上司として、責任を取らざる得ない。

 そんな中でも、宇井には旧多が正しいとの確信があった。

「鈴屋くん、本局を頼みます」

「いってらっしゃいです」

 ジューゾーにここを任せ、宇井は出撃する。

 

 

「あるかも解らん本局の襲撃を待つ……間に、支部が潰されるぞ、ここは俺に任せるといい」

 そう政に言われたジューゾーは無視。

 ムカッと来たところ、本局にピエロが攻め込んで来たとの知らせが入る。

 旧多の予想が当たっていたことに政の行動が遅れる。

「区内の捜査官は、第一種戦闘配置」

 そんな政に代わり、旧多は指示を出す。

 戸惑いを見せる捜査官たちに、

「急げ!」

 との恫喝、その声の響きは政に父親の声を思い起こさせた。

「鈴屋特等、S3班は正面防衛をお願いします」

 S3班とは有馬が率いていた部隊、それをジューゾー任せると。

「戦闘準備」

 ジューゾーの後ろに集まる鈴屋班。

「いきましょう、ライ」

 こんな混乱の中、落ち着いて本を読んでいたライ、

「はいよ」

 動揺も焦りもなし、しおりを挟んで本を閉じる。

 

 取り残された感の政は旧多に言われ、S2班を率い、背面の防衛へ。

 旧多に指図され、いい気分ではない。だからと言って今はそんなことを拘っている場合ではない。

「背面を防衛する!」

 S2班とともに政は出撃。

 

「ここからだ、CCGは僕が守る(笑)」

 旧多はほくそ笑む。

 

 

「とても厄介です」

 法寺は《赤舌》を振るい戦闘中。ピエロが強いから厄介なのではない、町で暴れ回っているピエロ集団はル島戦に比べれば大した相手ではない。

 数もさることながら、白昼堂々、襲撃を仕掛けてきたので、戦闘と一般市民の避難を同時に行わなくてはならない。

 決して市民に犠牲者を出してはダメだ。

「ライがいないのは辛いな……」

 今回も法寺の部隊副隊長として参加した暁は《フエグチ》で戦う。法寺の頼みでライは鈴屋班ともに本局の守り着いている。居ない人を頼っても仕方がないこと。

 背後からこっそりと、暁を攻撃しようとしたピエロが切り捨てられた。

「縁あって助太刀しよう」

 金色マスクを被ったジェレミアが参戦。

 マスク=喰種、そんな印象のある捜査官たち。それにしては赫子を使ってはおらず。

 次に不思議に思ったのはクインケでもないのに、手にしたサーベルで喰種を切っていること。

 これはジェレミアと面識のある暁も疑問に感じた。

 ジェレミアの剣はただの剣ではない、刀身に超高周波振動を起こす剣。これなら特殊装甲も切り裂く、喰種の固い皮膚もものではない。

 マスクを被っていても喰種でもない、敵ではないことは法寺たちも解った。

 今は手練れの助太刀は1人でもありがたい。

「今のうちに市民の避難を」

 一般市民の避難を法寺は急がせる。

 

 

「早く来てくれ、援護ッ」

 支局長は、必死に祈る。22区ではピエロの襲撃に手が回らず、このままではここは潰される。

 支部の窓から下を見ていると、やってくる白スーツの一団が見えた。マスクを被っている、援護に来たのは捜査官では無かった。

「終わっただ」

 もう22区支部は落ちたと、支局長が諦めかけたとき、白スーツの一団がピエロを攻撃をし始めたではないか、それも赫子を使って。

 白スーツの一団の行動に、戸惑いを見せていた捜査官に襲い掛かるピエロを、颯爽と現れた平子が切る。

 続いて裏切り者のはずの0番隊が参戦、ピエロを駆逐していく。

「死にゃせ」

 猫のマスクを被った女性は、クインケを使い、どんどんとピエロをぶった切り。

 彼女の着ている服装は0番隊と同じ。

 普段使っていたクインケを使っていないのも猫マスクを着けているのも素性がバレ、元上司に迷惑をかけないため。

 一団の中にはアヤト、ナキと部下の承正(しょうせい)、ホオグロたち、ミザ、月山、ニシキ、ブラックドーベルもいる。

 現れたのは集団は【黒山羊】と名乗る。

 

 眼帯のマスクのカネキ、複雑でいて正確高速な赫子でピエロを駆逐していく。

 それを見た捜査官たちに【隻眼の王】の存在と力を見せ付けた。

 

 

 【隻眼の王】ハイセと0番隊出現の報告は本局にも届く。

「やはり“喰種”は彼が率いたんですね」

 旧多にとって都合のいい展開。

「それが……」

 直接報告を受けた捜査官が戸惑いながら、

「現場のピエロと同士討ちを始めたと」

 と報告。

 考える旧多。ピエロの襲撃を合わせ、CCGを援護して、ピエロとは違うグループであることをアピールする計画。

(解りやすっ)

 【隻眼の王】が現れたのが22区と解っている以上、確実に『V』は向かう。

 攻撃されたなら、反撃せざる得ない。『V』には『本局特別捜査官』という表向きの看板あるのだから、『本局特別捜査官』を攻撃したなら、CCGの敵、ピエロの仲間と認識させるのは旧多には簡単なこと。

(精々、僕のために踊ってくださいね、ふふふふふ)

 

 

 各区の撃破状況、鎮圧の終わった班は別の区への援護に向かい、宇井特等たちも他区の応援に向かっていた。

 

 

 恐ろしいほどの数のピエロマスクの集団が、本局に通じる橋を渡って押し寄せてくる。

 道化師のマスクが悪魔の軍勢にも見えてしまう。

 その数に圧倒され、捜査官は怯え、神に祈るものまで。

 22区は『V』に任せることにした旧多。

「鈴屋特等! 橋を突破されたら、本局まで潜入されます。橋は必ず、死守して下さい」

 リーダーっぽく指示を出す。

(そうそう、全員、殺して下ちゃい)

 事は旧多の思惑通りに進んでいた。

 

 

「“死守”?」

 《13’sジェイソン》を手に取り、全員殺しに向かおうとしたジューゾーをライは、

「鈴屋特等、ちょっと、待って」

 《夜桜》で制す。

「どうしたんですか? ライ」

 早くピエロを制圧しなければ、こちらが制圧されるというのに。

 じぃーとピエロの集団を見ていたライ。途端、アスファルトを蹴り上げ、一気にピエロの集団に向かう。

「えっ、何、一番槍を取りたかったの?」

 それでジューゾーを制したかと、ミズローは思った。

「ライさんに限って、そんなことは」

 ライと面識のある阿原が否定。

 と話しているうちに、投げ飛ばされたピエロがジューゾーたちの前に降ってきた。

 有無を言わせず、《13’sジェイソン》で首を跳ねていく。

 ジューゾーに続き、阿原たち鈴屋班も、降ってきたピエロの駆逐を始める。

 ふと、ジューゾーがライを見ると、投げ飛ばすピエロとマスクを割るだけのピエロに別れている。

 マスクを割られたピエロの素顔は口を縫われ、涙を流しているではないか。

 ジューゾーも気が付く。

 

 

(あらら、思ったより早く感づいちゃったみたいですね、聡明だとは聞いていましたが……)

 モニターで旧多は状況を見ている。

(僕の邪魔のリストにライも入れちゃいましょう、メモメモ)

 こっそりと邪魔者リストにライの名前をメモる。

 遅かれ早かれ、邪魔者は始末するつもり。

 

 

「人ですか……、ライ、よく気が付きましたね」

「他のピエロと動きが、若干違ったからね」

 ジューゾーとライは戦いながらも会話。

 喰種を阿原たちの方へ投げ飛ばし、人間のマスクを割る。

 ジューゾーもナイフ形のクインケ、《サソリ1/56》で人間のマスクを割った。

「恩に切ります、僕にも何となく、解るようになりました」

 双方は離れて、戦闘を続行。

 

 

 そんな中、六月はピエロの顔を切り裂き、赫子を飛ばして、ピエロの眉間に突き立てる。

 喰種を叩き切る晋三平、力任せに戦っているので息は洗い。

「安浦くん」

 名前を呼ぶ。

「もっと、斬り込んで、良い感じだよ」

「はいっ……」

 六月に褒められ、嬉しそう。

 

 

「半井」

 鈴屋班の女性メンバーの(なからい けいじん)を呼ぶ。

「ピエロの中に人が混ざっています、このことを皆に伝えてください」

 辺りにはライとジューゾーにマスクを割られた、口を縫われた人たちがいる。

「解りました」

 走り出そうとした半井に向かってきた赫子を《13’sジェイソン》で弾く。

「やぁ、オークションぶり、糸の切れた人形くん」

 上から声がする。

「遊ぼうよ」

 街灯の上にノーフェイスが立っていた。

「あいつのことは任せてください、半井は早く」

 後ろ髪を弾かれる思いを振りほどく、早くしないと仲間がどんどん人を殺してしまう。

 ここは班長のジューゾーを信じる。

「たっぷり遊んであげますよ、そのお顔を描いて差し上げましょう」

 《13’sジェイソン》を構えるジューゾー。

 

 

「ピエロの中に人が混じっている。戦闘意思のないピエロに対しては攻撃は加えるな!」

 半井は大声で叫ぶ。

 人に何らかの方法で脅迫し、戦闘に参加させて兵士の水増しをした上、手にかけた相手に強烈な罪の意識を与える。

「コレ考えた奴、最低じゃねぇか」

 つい半井は吐き捨ててしまう。

 

 

 街灯から飛び降りてきたノーフェイスは、ゆっくり近づいて来る。

 手を突き出したところへ、《サソリ1/56》で喉を突き刺す。

 情け無用《13’sジェイソン》で全身の至る所を切り裂く。

「抵抗は無しですか」

 全く抵抗する素振りを見せないノーフェイスは、血を滴らせながらよろける。

「なんで、こんなことを……」

 顔を上げる。

「什造」

 ぴたりとジューゾーの動きが止まる。

「篠原……さん」

 顔を上げたノーフェイスの顔は篠原特等の顔。

 父親の様に思い、慕っていた篠原特等の顔が迫ってくる。病院から姿を消してから、まだ見つかってはいない。

 《13’sジェイソン》を持つ手から力が抜ける。

「おいおい」

 頬に手を触れ、

「あんまり無茶をするな」

 耳元で囁く。

「篠原さん」

 その胸に顔を埋めた。篠原の顔をしたノーフェイスの背中からは何本もの赫子が迫り出し、ジューゾーを狙う。

「伏せろ、什造」

 背後から聞こえてきた、懐かしい声に自然と体が動く。

 ジューゾーが伏せると同時に、ノーフェイスの体を赤い光線が貫く。

 いつの間にかキリンのマスクを被った大柄な人物が手に《大砲》のような武器を持って立っていた。

 クインクスの報告にあったキリンマスクの出現。

 有馬特等の《ナルカミ》や田中丸特等のハイアーマインド(高次精神次元)もしくは天使の羽ばたき(エンジェルビート)に似た攻撃だが、明らかにクインケとは異なる武器。

 《大砲》は小型のハドロン砲。ハドロン(陽子や中性子などの複合粒子の総称、百種類以上ある)を加速させて放つ、強力な熱量攻撃。

 起き上がったノーフェイスは後ろへ飛んで距離を取った。マスクが変わっている。

「什造、行くぞ」

「はい」

 《13’sジェイソン》で切りかかる。今度は当たらない、さっきはわざと攻撃に当たっていたのだろう。

 隙をついてキリンマスクが《大砲》で殴りつけた。それを避ければジューゾーが切りかかる。

 反撃してきた赫子を《大砲》で防御、無防備になったところを狙い《サソリ1/56》を突き立てる。それを腕で受け止めると《大砲》で殴る。

 完璧なほどに息の合ったコンビネーション。

 そこへ阿原、半井、ミズローの鈴屋班と六月と晋三平が駆けつけてきた。

 一同の顔ぶれを見たノーフェイスは橋を飛び降り逃亡、その後を追う六月も橋を飛び降りる。

「深追いは禁物ですよ」

 ジューゾーは注意する。

 注意されても六月を心配した晋三平も続く。

 突然現れたキリンマスク、何者かと半井は事情聴取しようとしたら、六月たちは反対側に飛び降りた。

 慌てて追跡しようとした半井に、

「キリンさんは追わなくてもいいですよ、あの人は喰種でも敵でもありません、とっても大きなヒーローです」

 そう言ったジューゾーはいつになく、嬉しそう。

 クインクスの報告書にも、金色マスクとキリンマスクは喰種の可能性は低いと書いてあった。

 ふと、阿原が辺りを見回す。

「あら、ライさんの姿が見えませんね」

 言われてみれば、いつの間にかライの姿は消えていた。ライのこと、逃げたとは思えないが?

 

 

 

 背面の防衛に回っていた政率いるS2班は、ニコ率いるピエロと遭遇し、交戦。

 

「えっ」

 背後から振り下ろされた刀が政の頭を切る。

 普通、死んでもおかしくないのに、刃を掴んで相手を投げ飛ばし、奪い取った刀で相手の顔を断つ。

 周囲を見渡せば、いるのはCCGと『V』とピエロ。

「そういうことか」

 すぐに状況を把握。

「―Scheisse」

 CCGと『V』とピエロを容赦なく、切り捨て回る。

 恋は盲目、恋した男は強い。その相手がウリエ(おとこ)でも。

 戦っているうち、何故か服が破れてゆく。

 ザッザッ、近づいて来る足音。

「来たか」

 振り向く。

「旧多の差し金だな、芥子」

 『V』を指揮している芥子がいる。

 本来、『V』は和修家のために活動しているはず。

「和修の血が邪魔でな」

 ニチャ、咀嚼音が鳴る。

「死ね、政」

 和修家に従っていたはずの『V』が政に牙を剥く。

「ナメるな」

 ついにズボンも弾け飛び、全裸に!

「修羅場なら、斬り抜けるまでだ」

 

 

「おぞましいもん、見ちまったな」

 ル島で殉死したはずの丸手は双眼鏡を下げる。

「……にしても、こんな事なら、アイツが跡を継いだ方が、まだマシだったのかもな……」

 

 

 各区を襲撃していたピエロの鎮圧には成功した。ただ一般市民にも多大な犠牲者を出し、あまつさえピエロに紛れ込んでいた人間の犠牲。

 今のところ、隠蔽をしているが、いつまでも隠し通せることてはない。

 いつかは知れ渡る、そうなれば捜査官たちの士気にも関わり、今後、喰種と戦いにくくなってしまうだろう。

 このままではCCGは潰されるかもしれない。

 

 

 また突如現れ、ピエロと一戦を交えた【黒山羊】を名乗る喰種たちは、一部の捜査官の脳裏に刻み込まれた。

 一人歩きをしていた【隻眼の王】の姿が、朧げに輪郭を表す。

 

 

「――襲撃されていた全区域において、ピエロの集団が鎮圧されたのを確認しました」

 戦いは終わった。

「旧多一等」

 捜査官たちは、今まで指揮を執っていた旧多を見る。

「皆さんのおかげです、ありがとう……ございました」

 手すりに凭れて伏せる、ガタガタ、旧多は震えていた。見たものに彼も怖かったのだ、それを押して、しっかりと指揮を取ってくれていたと思わせる姿。

 そんな姿を見た捜査官たちは一斉に拍手を送る。よくやったぞ、旧多! との声も上がる。

 捜査官たちに、大いなる支持を得た旧多一等。

 “整っていた、旧多二福が望むものが手にする、準備が整っていた”。

 伏せていた旧多の顔は、満面の笑みに歪む。

 

 

 人間には条件反射、自己防衛本能がある。

 唐突に背後から、強力な殺意が襲い掛かってきた。

 これに旧多の自己防衛本能と条件反射が働き、襲い掛かってきた相手を赫子で切り捨てた。

 拍手と絶賛の声が止まり、代わりに困惑が広がっていく。

「旧多が赫子を使った」

「まさか、旧多一等は……」

 称賛の声が動揺に変わる。

 床に転がる、赫子で真っ二つにされた赤いリンゴ、ごく普通のどこでも売っているリンゴ。

 引き攣った笑顔のまま、旧多はリンゴが飛んで来た方向を睨んた、その右目は赫眼。

「喰種だったですか、旧多一等」

 そこに立っていたのはライ。リンゴを投げたのは彼、強力な殺意を込めて。

「喰種なのに、よく和修の血を名乗れたね、偽物? それとも和修の姓も名乗れない、父親も父親と呼ばせてもらえない、和修の家の出来損ないかな?」

 笑顔で挑発。

 地雷を踏まれた、ブチッ、旧多は切れる。

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」

 赫子を唸らせ、ライに突撃をかます。

 ポイと、ライの投げ付けた筒からRc細胞抑制ガスが噴き出す。

「!」

 ガスを吸った旧多は蹲って嘔吐。

 つい先ほどまで信頼の頂点に立っていた旧多は、赫子を使い、喰種に効果のあるRc細胞抑制ガスが効いた。

 状況に付いていけない捜査官たちに、

「喰種が潜入している、早く警報を!」

 ライの一喝で我に返った捜査官の1人が警報を鳴らす。

 本局全土に鳴り響いた警報、内にも外にも。

 起き上がるなり、旧多はライを赫子攻撃。もとからRc細胞抑制ガスでふらついているので当たらない。

 ここに捜査官が集まってくるのは時間の問題、

「覚えていろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 二撃目を出す余裕はない、全力疾走で逃げ出す。

 抜け目のない旧多、いざというときの逃走ルートは把握していた。

 

 

 誰も旧多を追わない、まだ完全に困惑から抜け切れていないし、ライを除けば、ここにいる捜査官たちは戦闘向きではない。また旧多の赫子は、見るからに強力、1人で追うのは危険すぎる。

 ライは落ちていたリンゴを拾うと、

「これを鑑識へ、和修家襲撃の赫子痕と一致すれば、犯人はあいつだ」

 捜査官の1人に渡す。

 ここに至って、捜査官たちは旧多に騙されていたことに気が付いた。そして、旧多の嘘を見破ったライ。

 見た目の美しさも伴い、捜査官たちは尊敬の眼差しで見ていた。

 

 

 




 ハイルに猫のマスクを被せたのは、これが一番似合うとおもったから。
 原作ではカネキくんが怪獣になってしまいました……。
 【竜】の正体が何だろうと、いろいろ考えていたのですが、こう来るとは。


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第17章 赤、青、黄色の

 武臣と依子の結婚式。原作でも幸せになってほしいです。


 和修一族の抹殺に続き、ピエロ戦の最中、和修政特等が行方不明になり、和修の血族引く旧多二福は裏切り者として特別指名手配になった。

 こうしてCCGは局長不在の状態に。

 

 旧多の化けの皮を剥がしたところを、直接、見た捜査官の中にはライを次の局長にと推す声もあったが、本人が二等捜査官であることと、未成年であることを理由に遠慮。

 そのライの提案で新局長が決まるまで、特等全員が代行をするという案が採用された。

 言うならば旧多の育てた株を奪い取り、それをあっさりと特等たちに譲り渡した形。

 ただ特等たちの前で、ボソッと、

「名前に吉が付くのは嫌だ、吉ライやライ吉なんて……」

 と洩らす。

 

 

 政が消息不明なので、S2班は側近だったウリエが任されることになり、それに伴い階級も上等捜査官へ。

 

 本日の特等会議にはライが呼ばれた。ライの階級も一等捜査官に昇進した。

 まだ安浦清子は入院中、ジューゾーは私用で欠席。

 リンゴの赫子痕と和修家に残されていた赫子痕の1つが、完全に一致。このことから和修家襲撃の犯人の1人が旧多であることは確定したことになる。

 

「ライくん、君は旧多のことを気が付いていたのかな」

 黒磐に問われ、

「初めは何となくですけど、法寺特等に資料を見せられた時に確信しました」

 法寺はライに特等会議の内容を話したことと、旧多のまとめた資料を見せたことを、他の特等に話した。

 違法な行為でも、結果、旧多の正体を見破ったので不問になる。

 ピエロの集団の本局襲撃は旧多とのマッチポンプ。それなら旧多の予想が的中するのも当然。

 ここまで読んだライ。

 何故、その時に言わなかったとは追及しない。言ったところで、何の確証もないし、信じてもらえなかった可能性は高い。

 ライの話し方に感じるとこがあり、鈴屋班に参加させた法寺の判断が吉と出た。

「よく気が付きましたね」

 自虐的なニュアンスが宇井には含まれていた。宇井は資料を評価し、旧多を押してしまった。

「あんなタイプの奴を見たことがあるので」

 あんなタイプの奴は見たことがある。分家であるために、直系の血縁者に対する怨嗟、同時に自らの血に対する劣等感を併せ持つ。

 劣等感を持っているから、そこを突かれると切れる。

「何はともあれ、旧多の正体が見破られたことは良かったこと。あのままなら、奴にCCGは乗っ取られていたからな。グッジョブ、ライボーイ」

 怒ってはいないのに田村丸の鼻息は荒い。

「問題は、今後ですね」

 法寺の表情は良くない。

「あの旧多、このまま引き下がらないでしょう。同じ手で来てくれれば、手の打ちようがあるのですが……」

 特等の誰もが、それはないと解っている。あの狡猾な旧多、一度、しくじった手を再び使うことはしない。

「ならば、どんな手で来ても対処できるよう、気を引き締め、準備を怠らないでおくべきだな」

 最もな黒磐の意見。CCGは一丸となり、準備をしておくことになる。

 

 

 特等会議後、宇井は喫煙スペースで煙草を吹かしていた。

「横、いいか」

 隣に富良が座り、煙草を取り出し、吸い始める。

「正直、私はライくんのことが恐ろしいと思ってしまいました」

 自分には見抜けなかった旧多の本性を、あっさりと見抜いていた。

「お前は政への対抗心が目を曇らせただけだ。それにCCGで旧多を信頼していたのはお前だけでない、また怪しんでいたのはライだけじゃない」

 宇井以外にも信頼していた捜査官は結構いたし、政や側近のウリエなど、旧多を怪しいと思っていた捜査官は、それなりにいた。

「それでも、私に落ち度があったのは事実です」

 今のCCGにその責任を問うものはいない、宇井自身で責任を感じている。

「なぁ、煙草も酒も飲めねぇガキが、どこであんな能力を身に着けたんだろうな」

 フゥーと煙を天井に向かって吐く。

 ライと同じ年頃、富良は仲間とともに不良を気取り、好き勝手やっていた。

「順風満帆ではなかったでしょうね……」

 宇井は裕福な家で生まれ育った。ライの雰囲気からして、いい所の生まれの可能性は高いが、恵まれた家庭でないのは察しが付く。

 溜まった灰を宇井は灰皿に落とす。

 

 

「黒磐くん、何、その写真」

 武臣に六月は声を掛けた。

「依子の友達を探していてな、20区の梟戦で行方不明になったらしい。写真が嫌いで、残っているのがこれだけなんだ」

 写真を覗くと、依子と1人の少女が写っていた。

「もうすぐ式を挙げる。もし彼女を見つけることが出来れば、依子のために呼んであげたい」

 真面目でまっすぐな武臣、その思いもまっすぐ。

「写真、借りてもいい?」

 六月の思いは違う。

 

 

 

 

 特等会議を休んだジューゾーが、訪れたのは上野動物園。『20区の梟討伐戦』の前にも、ここへ来た、とても大切な思い出の場所。

「篠原さん、退院したんですか」

 キリンの檻の前にいる大柄な男に声を掛けた。

「迷惑かけたな」

 篠原幸紀は、あの時と変わらない顔でジューゾーを見た。偽物とは比べ物にならない温かな優しさ。

「退院というよりかは、脱走だがな」

 ジューゾーの頭を撫ぜる。

 嬉しそうなジューゾー。

 

「病院から脱走して、今まで何していたんです」

「ちょっと、改造手術を受けていた」

 2人はキリンの檻の前で腰を下ろす。

「すごいです、仮面ライダーさんになったのですか」

「はは、どちらかといえばサイボーグだな」

 他者が聞けば中二病炸裂の会話でも、ジューゾーはホラ話だとは思ってはいない。

「この体は、私自身が望んでなったものなんだ。あのまま、病院のベットの上で寝ていれば、旧多がお前を傀儡にするために、利用してたからな。それを防ぐ手立ては2つしかなかった。安らかな眠りか、この体になって、再び立ち上がるか。私は迷うことなく、こちらを選択してたよ」

 篠原が人質に取られたらジューゾーは何でもやった、どんなこともやる。そして鈴屋班もそれに従うだろう。

「やっぱり、篠原さんはかっこいいヒーローさんです」

 

 

 

 

「あっ」

 このところ臨時休業の続いていた喫茶店『:re』、今日は空いているかなと、ライが来てみたら、破壊されていた。

 壊れた入り口を通って店内へ、あっちこっちめちゃくちゃになっている。

「戦闘の跡……」

 一目で戦闘があったことが解る、それも赫子を使った。赫子痕の1つには見覚えがある。

(この跡は……)

 「お姉さん、そんなところで何をしているの?」

 いきなり外から、声を掛けられた。

「僕は男だよ」

 喫茶店『:re』の外へ出る。

「男の人なんだ、あんまりに奇麗なので、女の人かとかと思ったよ」

 そこに居たのは自転車に乗った、黒いニット帽の少年。

「この喫茶店の常連でね、とにかく美味しんだよ、ここのコーヒー。いつもモンブランと一緒に楽しんでた」

 自転車から降り、黒いニット帽の少年はライに顔を近づけ、くんくんと匂いを嗅ぐ。

「わぁ~、いい匂い」

 ゆっくり顔を離す。

「これは失礼。どうやら喰種じゃ無かったみたいだ」

 ニッと整えられた歯で笑顔を見せて、自転車に跨る。

「そこの喫茶店、喰種の隠れ家だったんだよ。喰われなくて、ほんと、運が良かった、お姉―じゃなかった、お兄さん」

 ペダルを漕いで去って行く。

「喰種の店……ね」

 

 

 

 

 武臣と依子の結婚式。

 赤、青、黄色の紙吹雪の舞う中、ライたちCCGの捜査官は、正装姿で祝福。

 ウリエ、六月、才子、シャオ、髯丸は来ているのに、晋三平の姿は見えない。

 ボーイミーツガールと大声を出している田中丸、ワインを飲む美郷、暁にアルコール類を飲まさないように注意している法寺。

 だらしなく正装を着崩しているジューゾーは、パーティー料理を楽しむ。

 父親の黒磐巌と母親は感極まって泣く。

 幸福の真っただ中にいる武臣と依子。

 後ろを向いた依子はブーケを投げた。

 空を舞うブーケ。これを取った者は、次に花嫁になれると言われている。

 パシッ、ブーケを取ったのは……、なんと、ライ。

「「「「「「「何で、お前が取るんだ!!」」」」」」」

 一斉に入る捜査官たちの突っ込み。

「ライなら、いいお嫁さんになれます」

 囃し立てるジューゾー、天然なのかからかっているのかは不明。

「ごめん、つい」

 慌てて、ライはブーケを投げた。

 今度、受け取ったのは暁。

 少々、ぎこちないが一同は、暁に拍手を送る。

 暁自身も複雑な顔。

 

 

「依子ちゃん、綺麗だったね」

「うん」

 結婚式場を一望できる高台の上に、カネキとトーカは並んで立っていた。

「ありがとう、連れてきてくれて」

 本心を言えば親友、依子の結婚式には参加して、祝福をしたかった。でも、それは悲しいけど、叶わない望み。

「局員の式場の定番、何か所に絞れるから、元捜査官で良かった」

 トーカが喜べはカネキも嬉しい、2人はそんな関係。

「カネキ」

 トーカは指輪の付いたネックレスを渡す。

 指輪にはアラタ、ヒカリと彫り込まれている。

「父さんと母さんの、これを握っていると2人のことを思い出せ目から、いつも力を貰っていた」

 つまりは形見の品。

「宝物だから、あなたにあげる」

「えっ、いいの」

 首に付けてみる。

「じゃ僕は、これを見て、トーカちゃんのことを思い出すね」

 

 

 

 

「来てくけたのね、ライくん」

 結婚式の翌日、清子の病室にライは訪れた。

「結婚式の動画を見たいかなと思って」

 武臣と依子の結婚式を録画したスマホを渡す。

「ありがとう」

 本当に見たかったので早速、再生。

「あらあら、武臣くん、幸せそう。この子が依子さんね、きっといいお嫁さんになる、私が保証する。まぁ、黒磐くんも泣いちゃって……」

 我が事のように喜ぶ。

「歩ければ私も行きたかったんだけどね」

 カネキとの戦いで、清子は両足を失ってしまった。

「あれでいて、佐々木准特等は優しいから」

 晋三平が聞いたら、ブチ切れしそうな台詞を、おくびもなく言う。

「解るのね、ライくんには」

 『コクリア』での戦いの時、殺そうと思えば十分に殺せた。清子、田中丸双方とも。なのに殺さなかった。

「三ちゃんも、そのことが解ってくれたらね」

 晋三平は結婚式には行かず、ここへ来ていた。今の彼に祝うことなど考えられない。

「憎しみに囚われていちゃ、碌なことにならないのに……」

 憎しみで人を殺めても、憎しみしか残らない。連鎖はいつまでも続く。

『これまでCCGは偽りを述べ、民衆を騙していた!』

 付けっぱなしにしていたテレビから、聞き覚えのある声が響く。

 ライ、清子が見た画面には、行方不明になっていた旧多が映っていた。

 

 

『何故、これまでCCGが喰種を全滅させず、野放しにしていたのか、多くの犠牲者が出ているにもかかわらず。それはCCGと喰種とグルだったからだ! それを告発しようとした僕はCCGに消されかけ、命からがら逃げ出して来たのです』

 マイク片手にパフォーマンス。

 本来なら荒唐無稽な話だが、『王のビレイク』のヒットが後押し。

『喰種に人が喰われようとCCGは黙認し、稀に羽目を外した喰種だけを狩る』

 今度は大きく、手を広げて演説。オーバーリアクションすることで、民衆の関心をひかせる。

『僕は喰種を野放しにしない! 全ての喰種を根絶やしにし、“間違いなき世界”を目指します』

 旧多が拳を振り上げると、それを合図に黒い服を着た少年たちが喰種の首を持って現れた。

『ごらんあれ! 彼らの名は《オッガイ》、CCGに代わる新しい対喰種組織、皆さんに平和を約束する組織です』

 いいぞ旧多! CCGを許すな! もっと喰種を殺してなど集まった群衆から声が上がると、それに釣られるように、どんどんと声が上がっり、周囲を包む。

 

 

「やられたわね、まさか、こんな手で来るなんてね」

 リモコンで清子はテレビを消す。

「サクラを使って民衆を扇動する、独裁者の常套手段だな」

 ライの分析。群衆にサクラを紛れ込ませ扇動、民衆を思い通りの思想へと誘導する。独裁者の他にもカルト教団も使う。

 さらにテレビというメディアを使うことにより、たちまち日本全国へと広がらせる。

「ライくん、これから、どうするつもり?」

「売られた喧嘩、CCG買わないの?」

「勿論、買うでしょうね」

 不敵に微笑む清子。

「こうなったら、私も早く地行博士に鉄の足を付けてもらわなくちゃ」

 

 

 




 原作ではブーケを受け取ったのは美郷さんでしたが、ライくんが受け取るシーンが浮かび上がったので。


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第18章 悪巧み

 オッガイたちが暴れ回ります。


 くんくん、匂いを嗅ぎながらオッガイたちは友達と雑談するする様に、コンテナ置き場を散策。

 オッガイ、クインクスと同じように赫包を移植し、さらに上のステップへ引き上げた部隊。

「はじめ」

「急かすな、待て」

 鼻がお目立ての匂いを補足。

「8番目だ」

 隊長のはじめを先頭に、匂いの元のコンテナの前へ走っていく。

 コンテナにたどり着き、はじめは戸を蹴破った。

 中には喰種の親子が隠れていた、娘は震えている。

「ビンゴォ、さっすが」

「軽口不要即刻駆逐」

 娘を守るため、母親は赫子を出した。

「あっ」

「赫子を出した」

「やべーやべー」

「あはは」

 あははははははは、ははははははははははははは。

 ははははははははははははははははははははははは。

 歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯歯。

 笑いながらオッガイたちは赫子を使い、母と娘共に抹殺。

 

 

 

 

 六月たちに喫茶店『:re』が見つかってしまったため、月山の用意した隠れ家へ移ったカネキとトーカ。

 第二の『あんていく』として育ちつつあった『:re』を失うのは辛いこと、失いながら、それでも喰種は生きていく。

 『:re』から持ってきた道具でトーカがコーヒーを淹れ、カネキに渡す。

「ありかどとう、トーカちゃん」

 飲む、相変わらず美味しい。

 2人きり、2人の世界、男と女、自然と高まってくるムード。どちらかともなく見つめ合う。

 カネキとトーカの心臓の鼓動が高まっていく……。

「カネキくん」

 息を荒げながら、月山と松前が飛び込んできた。

「とても大変だよ」

「緊急事態なので失礼いたします」

 

 テレビに映し出される喰種の屍の山、山、山、男、女、老人、大人、子供も無差別に。

「お山分、世界は平和になりました」

 “山”の上に旧多は立つ、まるでお立ち台の上に立つごとく。

「これまで人間は喰種に狩られ喰われるだけであった」

 “山”の周囲に、無言で立ち並ぶオッガイ。

「我々、オッガイの目的は“東京完塞”全職種の殲滅である!」

 ピッと人差し指を立てる。

「反撃だ」

 呆然と見ているトーカ。カネキはリモコンを手に取り、テレビを消す。

 

 

 アヤト、ミザ、ヨモを呼んで緊急会議。

「やられたのは【黒山羊】の第3メンバー。潜伏中というのに襲撃を受けた」

 月山は仕入れた情報を話し、

「他にも隠れ住んでいた喰種もやられました。おとなしくしていたのにも関わらず」

 松前は補足。

 オッガイの動きは予測できなかった。その日のうちに捜索し、その日のうちにアジトが見つかる。ひっそり潜んでいた喰種まで。

「赫子を使う、数は十、100はいるかもしれない」

 ヨモの言った赫子を使う捜査官。大いに心当たりのあるカネキ。

「……クインクスか」

 指導者だったからこそ、その強さは解る。

「しかし、CCGとオッガイは敵対しているだろう」

 ミザもテレビで旧多がCCGに宣戦布告をしているのを見ている。

「CCGとは別組織でしょう」

 CCG以外でクインクス施術できるのは1人しか思い当たらない。ならば、オッガイはかなり厄介な存在だろう。

「各アジトを解散しましょう」

 決断は早い。

「これからは常に移動する、動き続ける必要がある」

 移動し続ければアジトを襲撃されて全滅という事態は避けれるし、攪乱もできる。

 その反面、組織の連携が取らない。そこで各班に分け、班長同士で時間と場所を決めて落ち合う。

 そしていずれ、行きつく着く場所は……。

 

 

 

 

 都内某所にある定食屋、ちょうど今日で開店10年。

 

「早いな、月日が経つのは、常連さんも久々に顔出してくれてさ」

 しみじみと店長は、これまでのことを思い出す。

「憧れるよな、そういうの。僕もいつか自分の店が持ちたいスッよ」

 コップを磨く店員。

「冷やかしに行ってやるよ、ははははは」

 楽しそうに雑談を交わす店員と店長。

 りんりんとドアベルが鳴る。

「根暗班長がいねーで気楽だな」

「だね」

「索敵の制度は下がるけど」

 がやがやと少年の一団が店に入ってくる。

「トルチョックしようぜ」

「トルチョック」

 客にしては様子がおかしかったが、

「いらっしゃいませ……?」

 とりあえず店員は挨拶。

 店長が振り向こうとした瞬間、少年から伸びた赫子が頭を割る。

「ぎゃあああああああああああああ」

 あまりのことに悲鳴を上げる店員の口を掴んで黙らせる。

「喰種対策局、オッガイの黛(まゆずみ)でーす、捜査活動のご協力、ご理解に感謝いたします」

 黛の顔は笑っている。

「大方、一見客に目エつけて喰い漁っていたんだろうw」

 

 

「立ち読みはご遠慮は、ください」

 立ち読みをしていた女性は、慌てて読んでいた本を元の位置に戻そうとした。首が赫子で跳ね飛ばされ、店内を転がっていく。

 あちらこちらで店員、客たちの悲鳴が上がる。

「喰種処分終わりました」

「みなさん、大変失礼いたしました」

 と口で言いながら、へらへらしているオッガイたち。

 

 

 商店街の隅っこに追い詰められた男を、意気揚々とオッガイたちは取り囲む。

 辺りに集まる野次馬。

「お、俺は喰種じゃない」

 震えながら命乞い。

「残念、おれたちの嗅覚は騙せませーん」

「嘘吐きは泥棒の始まり」

「喰種は一巻の終わり」

 振り下ろされた赫子で、から竹割り。

 動かなくなった喰種を確認。

「安心してくださーい、悪い喰種は退治されました」

「もうすぐ、喰種のいない世界がやってきますよ」

「皆さんの平和は、我々オッガイが約束いたします」

 

 

 

 連日、メディアを使った旧多のCCGへの非難。この工作により、世間からの風当たりが強くなっていくばかり。

 旧多の暗躍の背景には和修家の血が作用しているのは明白。政財界に及ぼす和修の力は少なくない。

 今までCCGの力になっていたものが、敵になってしまった形。

 まさに事態は旧多の思い通りに進んでいる。

 

「武臣」

 廊下で姿を見かけた伊東は声をかけた。今は武臣は依子とハネムーンの真っ最中はず。

「旅行先でテレビを見た」

 それで急いで帰ってきた。

「しかし、お前……」

 折角のハネムーンなのに。

「みんなが大変な時に、俺だけが楽しむわけにはいかない。ハネムーンは後日にすればいい」

 これは依子も納得してくれたこと、彼女も喰種捜査官の妻なのだ。

 

 

 本日も特等会議にライは呼ばれた。

 

「今まで私たちは命がけで、喰種と戦ってきたのに……」

 宇井の言ったことは彼1人だけのものではない、CCGの捜査官共通の思い。

 これまでの命がけで喰種と戦い、殉職した捜査官も数知れず、それを旧多のデマ1つで踏み躙られてしまった。

 最悪、これからは助けようとした相手に攻撃される可能性もある。肉体と意味ではなく、精神的に。

 手を挙げるライ。否が応でも旧多の計略を破った彼に期待が高まる。

「政財界というところは面白い所でね、活躍する連中がいれば、それを快く思わない連中もいる。敵対関係が鍔迫り合いしながら成り立っている世界なんだ」

 ハーイハーイとお菓子を食べていたジューゾーが大きく手を振る。

「じゃ旧多の力になっている奴らを、気に食わないと思っている奴らもいるってことですか~」

 そうとライは頷く。

 旧多のバックに着いているのは和修家の息のかかった派閥。今までも対抗する派閥はあり、お互いが駆け引きをしながら、今日まで行動してきた。

「なるほど、その連中を動かすとしても、どうやるのでしょうか?」

 どうやるのかと宇井は問う。あの狡猾な旧多のこと、そう簡単には、この状況はひっくり返せない。

「目には目をデマにはデマを」

 にっこりとライは笑う、悪い笑顔でも綺麗な顔。

 

 

 

 

 黒いニット帽を被った少年が追われている、追跡者はオッガイでない旧多配下の捜査官たち。

 1人の捜査官が発砲、弾は溶かした赫子を練り込んだQバレット。これなら、喰種の皮膚も傷つけることができる。

 足を撃たれ、倒れた黒いニット帽の少年は赫眼を発現させた。落ちるニット帽。

「確保」

 捕獲しようとした捜査官たちは、突然現れた【黒山羊】のナギに一掃された。

「おわっ、早ェ」

「兄貴1人で」

 承正やホオグロの部下がやってきた時には片付いていた。

「大丈夫かガキんちょ」

 ナキは落ちたニット帽をかぶせてやる。

「ありがとう」

「“情けは人の為ならず者”ってな」

 微妙に間違っている。

「“黒いの”がくるまえに、早く地下に潜るぞ」

「お前も来るか?」

 ナギたちに誘われ、ニット帽の位置を直しながら、

「地下?」

 と尋ねた。

「【黒山羊】のアジトだよ、どうせ、行く当てはねーんだろ」

 子供には優しいナギ。

「お前、何て名前なんだ?」

「甲(こう)です」

 名前を聞いても、ナキは忘れたり間違って覚える可能性が高い。

 

 

 




 次の章と一つにしようと思いましたが、長くなりそうなので分けました。
 原作通り、甲くんは地下の24区へ行きまとた。


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第19章 風向き

 原作では悪役の旧多が謝罪したり、嘉納が自殺したり、すごい展開になってきています。


 山中にある、リオと亜門が暮らしている別荘。

 オッガイの手はここまでは及んではいない、今は……。

 

 ジェレミアは淹れたてのコーヒーをリオと亜門の前に置く。

 熱々のコーヒーを飲む、リオと亜門。

 悪くはないというより、芳村店長の淹れたコーヒーと比較するのはあんまりである。芳村店長や『あんていく』の人たちの淹れるコーヒーはプロフェッショナル中のプロフェッショナル。

 コーヒーを飲み干し、一息。

「私はあなたたちに、絶対に安全な場所へ案内することができます」

 オッガイの追跡は厳しい、いずれここも見つかるであろう。

「僕は逃げない、もう二度と」

 即答。『20区の梟討伐戦』の時、リオは逃げることを選択し、無事に生き延びることができて『:re』を店員として働けることができた。

 その反面、カネキが犠牲に……。もう逃げるのはごめんだ。

「俺だけが逃げるわけには行かない」

 亜門も同じ答え。大切な人や果っての同僚たちを置きざれにして自分だけ逃げる選択などは出来はしない。

「御2人なら、そう答えると思っていました。試すような真似をして失礼いたしました」

 ペコリ、ジェレミアは謝る。

「問題はどうやって、反撃に出るかだね」

 とリオ。ここでじっとしていても埒が明かないとはいえ、無謀に出て行っても返り討ちに合うだけ。

「そうだな、何とか反撃のチャンスを掴まなくては……」

 自分の力不足は十分に解っている亜門。

 四種持ちのリオは強いけど、それでもオッガイとやりあうには戦力不足。

「このジェレミア・ゴットバルトも協力させていただきます」

 3人ともオッガイと戦う覚悟は決まった。

 

 

 

 

「旧多はCCGと喰種と協力関係にあると言っていましたがね、それは人間と共存を願っている喰種のことだよ」

 テレビに喰種研究家の小倉久志(おぐら ひさし)が出ていた。

「え、そんな喰種がいるんですか?」

 驚いたように女性アナウンサーが聞く。

「人間の中にも悪い奴がいるように、喰種の中にも善良な奴らいてもおかしくないでしょう」

 最もらしく言う。

「表沙汰していなかったが、前々からCCGは善良な喰種と協力して『アオギリの樹』などの凶悪な喰種と戦っていたんですよ」

「そう言えば最近、ほぼ『アオギリの樹』は壊滅したと発表されましたね」

「ええ、旧多のやり方は、そんな善良な喰種も始末している。さて、それで旧多の言うような平和が本当に来ると言えるでしょうか?」

 と疑問を投げかける。

「さらなる問題がオッガイにはある」

 急に姿勢を正し、カメラ目線。

「それはオッガイは人間も殺している可能性があるといことだ」

 とんでもない発言に、

「それは本当のことなんですか!」

 女性アナウンサーは素で驚く。

「確かに東京には数多くの喰種が潜んでいるが、それでも短期間に駆逐される喰種の数が多すぎる、人間も殺害して水増ししている可能性は低くないでしょう」

「そういえば駆逐された喰種の中には女性も子供もいましたね」

「そこなんですよ、オッガイに殺された喰種の中には、全く抵抗せず、命乞いまでしているのに殺された者も少なくない。これは数多くの目撃者がいる上、防犯カメラにも、しっかり映っている。果たして凶暴なはずの喰種が何の抵抗も見せず、黙って殺されると思いますかな?」

 いつものような見下したような感じではなく、真剣な言い方が真実ぽい印象を与える。

「事実だとしたら、恐ろしいですね」

 信じているのか女性アナウンサーの顔色は良くない。

「現に旧多は喰種の協力したものに対しても、喰種と同じに扱うという法律を押し通そうとしている。すなわち喰種を穏健に扱ったものを殺しても構わないという法律を。これは“水増し”がバレた時の対策でしょうな」

 ここで嘆息。

「こんなことを話した私も他人ごとではない、旧多とオッガイに命を狙われるかもしれません。もし私が不審死したり、行方不明になったら旧多とオッガイの仕業と考えて間違いないでしょう」

 と締めくくる。

 

 

 喰種研究家の小倉の放った、一撃は大きな衝撃となった。

 元々喰種研究家として名を知らしめていた小倉の発言。『王のビレイク』が旧多を後押しした事と同じことが起こった。

 また『王のビレイク』のヒットによって高まっていた喰種との権利保護の動きが追い風となる。

 この背景にはライの予想通り、反対勢力がいつでも動きだせるように機会を伺っていたこともある。

 

 

 風向きが変わった。

 

 

 

 

 CCGに強く吹いていた風当たりはオッガイへと向き始めていた。

「街中で暴れたことが災いとなりましたね」

 しんみりと法寺。オッガイの活動と力をアピールし、CCGとの違いを見せつける計画だったのだろうが、それが裏目となった。

「オッガイのメンバーは喰種被害者の遺族だから、喰種に対する憎しみはのっぴきならない。で、安易に“力”を手に入れたことで鏨が外れちゃったんだね」

 今回の立役者のライも、当然のごとく特等会議に呼ばれている。

「子供ゆえの残虐性か……」

 と宇井。子供たちの喰種への恨み憎しみを利用した旧多、それを逆手に取ったライ。

 止めに小倉に旧多とオッガイが人を殺して、喰種の駆逐数を“水増し”していると言わせたこと。また狙われていると言わせて、彼を守る盾とする。

 公の場であんなことを言われてしまったら、おいそれとは手を出せないだろう。

「ライくん、あなたはここまで計算して、この計画を立てたんですか?」

 問いには答えないが、答えは明白。

「ライボーイ、CCGと穏健派喰種が協力関係にあるという嘘はやり過ぎではないのかな? いくら旧多のデマをひっくり返すためとはいえ」

 あまり嘘は好きではない田村丸。

「嘘が嫌なら、嘘じゃなくしてしまえばいい」

 ライの発言は特等たちを騒然とさせた。会議に参加している者なら、言葉の意味は理解できる。

「ライくん、君は喰種と協力するというのか、冗談じゃない!」

 いの一番に宇井は反応しめす。

「悪いことじゃないと思うよ、実際、穏健派の喰種もいる。何より【黒山羊】の助太刀が無かったら、今頃、22区は壊滅していたと思うよ」

 その通りである、いまだに22区は感謝の気持ちは忘れはいない。【黒山羊】が現れなかったら、本局特殊捜査官は現れなかった可能性は高い。奴らが目的は22区を助けるのではなく、【黒山羊】の殲滅であったのだから。

 その証拠に【黒山羊】の現れた22区以外、本局特殊捜査官は現れてはいない。

「だったら、またハイセと仲良くできるんですね」

 ハイセ(カネキ)と仲の良かったジューゾーは乗り気も乗り気。

「たが喰種には捕食の問題がある」

 尚も納得できない宇井。喰種は人肉とコーヒーしか食べられない。これがある限り、協力関係を築くのは困難。

「それなんだが……」

 おずおずと黒磐が右手を上げる。

「8区を中心に【柘榴】という赤いカプセルが出回っているという噂があってな。なんでもそれを服用していれば人間を捕食しないでいいらしい」

 『そんな馬鹿』と言ったのは誰だろう。ただそれは捜査官なら誰でも思うこと。

「最初、私もそう思ったよ。だが喰種の隠れ家に踏み込んだ時、まーもぬけの殻だったんだが、そこには赤いカプセルが5つほど残されていたんで地行博士に調べてもらったところ」

 スーツのポケットからビニールに入った赤いカプセルを1つ出してテーブルの上に置く。

「人工的に作られたRc細胞に間違いないそうだ」

 ジューゾーを除く特等の全員が驚く。ここにクインクスの初期メンバーがいたならば心当たりがあっただろう。

「これがどこで作られたかは解らんが、地行博士の話しではラボで量産は可能らしい」

 その時の地行博士の様子が思い浮かぶ。人工Rc細胞の量産が可能なら、様々な応用が期待できる。特にクインケの保管保存の問題は一気に解消する。

「ならば穏健派の喰種との協力は悪くないかもしれませんね」

 法寺も前向きに語りだす。

「ラボで【柘榴】の量産が可能ならばイニシアティブは私たちが握ることが出来るでしょう。それにいずれは旧多とオッガイとは決着を付けなくてはならなくなります。またピエロのような凶悪な喰種も見逃しはいけない。その際【黒山羊】の協力を得れれば大きな戦力となると思いますよ」

 喰種の食糧供給を握る、これならCCG側が有利に事を進められる。CCGの供給する【柘榴】を公式の品とすればなおさら。

「これはひょっとすると、喰種との百余年にも及ぶ、戦いに終止符を打てるきっかけになるかもしれん」

 田村丸も悪くはないと判断。

「……」

 悪くないと宇井にも頭では解っている、ただ感情が燻っていた。特にハイセ(カネキ)には有馬を殺されているのだから。

 ハイハーイと手を上げるジューゾー。

「一度、ハイセたちと話せばいいんじゃないですか、向こうには平子さんもいることですし~」

 確かに、一度は話し合いの席を設けるのが得策だろう。

「……そうですね、まずは【黒山羊】との話し合いを前提に考えましょう」

 何とか自分を納得させ、宇井は会議を締めくくった。

 

 

 【黒山羊】との話し合い、その結果次第では喰種との協力体制構築の可能性もありとの話は、瞬く間にCCGに駆け巡り、捜査官たちに巻き起こるのは賛否両論の嵐。

 

 

 CCG内部でも影響が大きかったのはクインクス。クインクスの初期メンバーはハイセ(カネキ)の教え子なのだ。

「本当にママンが帰ってくるのか!」

 隠しもせず、大歓迎なのは才子。

「アイツは敵だ! 駆逐すべき喰種だ!」

 激しく拒否を示す晋三平。

 ガルルルルッ才子と晋三平は睨みあう。

(ハイセと話し合い……。話し合いの結果では、ひょっとして、ここに戻ってくるのか? また一緒に暮らすのか? そうなったら家事全般はどうなる?)

 ブツブツとウリエは呟いている。

「ピエロや旧多と戦うとなると戦力の強化は必要でしょう。ならば【黒山羊】は申し分ないかと」

 シャオの視線は才子に向いている。

「巨悪と戦うために、果っての敵と手を取り合う。燃えるシチュエーションじゃあないか、かっこいい!」

 斜め上だけど髯丸も賛同。

 1人、無言の六月、何を何を考えているのか誰にも解らない。

 

 

 

 

「滅びの瞬間に立ち会えるなんて、最高って思っていたんだけど……」

 面白おかしそうに喋っていたピエロのイトリは、

「してやられちゃったわね、旧多ちゃん」

 旧多を横目で見る。

 正義の味方から一転、世間の目はオッガイを悪の組織と見始めている。

 このままではバックについている勢力が、旧多に全てをひっ被せて切り捨ててしまう。

 CCGの局長の机と椅子を模した椅子に座っている旧多。誰にしてやられたのかは調べるでもない。

「折角、ロマが鼻を利かせて【黒山羊】が24区にいるって突き止めてくれたのに」

 24区とは地下のこと、地上で行き場を無くした喰種が最後にたどり着く場所。

「ワンワン」

 ピエロのロマは犬真似。

「次は見捨てるから」

 ル島戦でロマはニシキたちに捕まり、つい先日まで閉じ込められていた。

「報いは与えるつもりですよ、“最終敵”ラスボスの登場のプレリュードにはちょうどいいですからね」

 ニンマリと旧多は笑う。

 

 

 




 喰種研究家の小倉さんが出てきました。最近、本編でも活躍していますし。
 今回は戦闘機はありませんでした。


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第20章 レーヴァテイン

 今回は戦闘があります。
 原作では喰種とCCGの協力体制が築かれましたね。


 その日、CCGに現れた人物を見た誰もが騒然となる。ル島で死んだはずの丸手だったからだ。

 堂々と正面玄関から入局、ぞろぞろと馬淵をはじめ部下を引き連れて。

「生きていたのか」

 黒磐が応対、後を追ってウリエも玄関へ。

「燻ぶっているのも飽きたんでな」

 

 丸手の帰還を見ていたライ、突然、振り返り、向かってきた日本刀を指先だけで白刃取り。

 刀身を捻って相手のバランスを崩させ、投げ飛ばす。

 相手の身体能力も高く、床に叩きつけられる前に無事着地。

「俺がいない間に、随分、勝手なことをしてくれたな」

「それでいきなり、斬りかかってきたんですか、和修政特等」

 体制を立て直した政が日本刀を鞘に納めた。

「噂通りの手練れだな」

 シャツだけのラフな服装で顎髭も伸び、額に縫い目。

 丸手が近づいてきた、後に黒磐とウリエも。

「瓜江、また会えたな」

 やってきたウリエに挨拶。

「詳しい話は部屋でだ、ライ、お前も来い」

 丸手に促され、ライと黒磐、政のたっての希望でウリエを伴い。局長室へ。

 

 局長室に入った政は、ちらりと局長の椅子を見ただけで座ろうとはしなかった。

「丸手、今まで何をしていた」

「いろいろ嗅ぎ回っていたら、旧多がCCG(ここ)を乗っ取ろうとしている計画を知ったんでな、対策を練ってたんだが――、俺が出てくる前にひっくり返しやがった。大した奴だよ、お前は」

 視線をライに向ける。

「おまけに喰種との協力関係なんて、とんでもねぇ爆弾を投げやがって」

 喰種を絶対的な敵と教えるアカデミーで学んだものでは、思いつかない発想。

「本来、喰種との協力関係なぞ、真っ当な捜査官なら受けいられないだろう」

 局長の椅子に座らなかった政は壁に凭れ、両腕を組む。

「ところが旧多がCCGを喰種の協力者、裏切り者に仕立て上げ、オッガイを正義の味方に仕立て上げた。さぞかし捜査官たちは誇りはズタズタされ、悔しかっただろうな」

 政の言う通り、今まで信じていてたものを踏みにじられたショックは大きい。

「それさえもお前はひっくり返した」

 睨んでいるわけではないが、顔が顔だけに睨んでいるように見える。

「普段の状況なら、捜査官たちも納得できなかっただろうが、名誉を回復したタイミングで自分たちを貶めた旧多とオッガイを凶悪な悪役に仕立て上げ、奴らを倒すためには喰種との協力も必要と印象付ける。その効果は大。本当に恐ろしい奴だ、お前は」

 怒っているのかどうか政の感情は、よく読めない、素人には。

「一言言っておく」

 黒磐に怯みはない、正当な和修家の跡取りを前にしても。

「協力関係は特等全体で決めたことだ。責任は私たち全員にある」

 真摯な立ち振る舞い。

「攻めるつもりはない」

 少し雰囲気が穏やかになった感じは気のせいだろうか。

「祖父と一族を皆殺ししたのは旧多だ。借りを返すには手段を選ぶつもりはない」

 和修家襲撃の赫子痕が完全に一致している、それ以前から政は旧多を疑っていた。

「ライ、お前のような人材を見落としていたのは、和修家の落ち度だ」

 素直にライの実力を認める。先ほどの一刀も見極めるたるのテスト。

「それでこれからどうする」

 問うウリエ。

 これからのことが肝心、喰種との協力体制となれば、混乱も生じるだろうし、納得できないものも出てくる。

 何より、必ず旧多は何かを仕掛けてくるはず。CCG側、喰種側のいずれかに。

「さて、どう動く?」

 丸手がドアの方を向く、いつの間にかそこにはへのへのもへじのかかしのようないで立ちの人物が立っていた。

「なんだ、貴様は!」

 ウリエは警戒心を露にした。無理もない怪しすぎる。

 へのへのもへはスケッチブックを出す。

『俺は永近ヒデヨシ 力をかしてくれ うりえ らい』

 スケッチブックには、そう書かれていた。

 永近英良(ながちか ひでよし)、カネキの幼馴染の親友と同じ名前。

 

 

 話しが終わり、政、丸手、黒磐、ウリエが局長室を出ていく。

 永近に肩を叩かれたライ、

『らい 話がある』

 2人で誰もいない部屋へ。

「何か用かな」

 尋ねるとスケッチブックに文字を書く。

『俺は きょうだんのメンバー もしかして らいもメンバー?』

 きょうだん=嚮団、普通なら意味の解らない言葉。

「新人だけどね」

 あっさりと認めた。永近は喋れないけど、やっぱりと言ったのは解る。

『俺は 末端だけど らいは?』

 再度、スケッチブックに文字を書く。

「僕はメンバーといっても、ほったらかして好き勝手にやっている。実質、何にもしてないもん」

 嚮団、【V】が鳥籠の王なら、嚮団は鳥籠の外から見守る、もしくは監視していると言われる組織。

 ほとんど、見ているだけだが、時折、干渉してくるとされ、干渉が起これば歴史が変わるとも。

 和修家も探ったものの、存在しているらしいとしか確認出来なかった。その全容は用として知れず。

 末端となれば、大した任務も与えられず、好きに行動ができる反面、大した情報も貰えない。

 ただ嚮団に無関係者に比べれば、豊富な情報を知ることができる。

 

 

 

 

 東京の地下、24区。

 地下と言っても広く深く、ちゃんと電気、水道、ガスなどライフラインも通っていて、ネットワークも完備。

 過去に地下に潜った喰種たちが、長い時間をかけ、この空間を作り出した。

 24区、その深淵は謎に包まれている。

 

 オッガイによって地上を追われた喰種たちは、この24区に逃げ込んで来ていた。

 先日、ナキに連れてこられた甲がオッガイの班長、葉月ハジメであったことが発覚、すなわちスパイ。0番隊とは顔見知りでもあった。

 あっさりと降伏、捕虜となり、ただいま監禁中。

 ちなみにカネキに憧れているらしい。

 

 ブルーライトカットの眼鏡を掛けたカネキはパソコンの前で、難しい顔をしていた。

「どうしたんだい、カネキくん」

 習が話し掛けきた、いつものように松前も控えている。

「月山さん、これを見てください」

 画面には『黒山羊さんへ 白山羊ならぬ、L.Sより』とCCGのウェブサイトに出ていた。

「やめまえ、碌なことにはならない」

 以前、月山も開いて痛い目を見た。

「でも気になるんです、ココ見てください」

 指示した先には『開くために必要な呪文は、弟子とL.Sに渡したクリスマスプレゼントと以前のバイト』と書かれていた。

「これは僕に宛てられたものだ。そして、このL.Sはライ・サクラマ」

 ライ・サクラマ、桜間ライ。ライなら自信を持って信頼できると言える。

「その御方は……」

 ルナ・エクリプスで助けてくれた人物。松前も信頼に値する人物と判断。

 松前が信頼できる人物なら月山も同じ。

 カネキはワードを打ち始める。イヤフォン、例のゲーム、バイクの模型、アイパッチ、水晶の数珠、家庭教師。

 ページ開が開いた。

 『【黒山羊】さんへ、旧多とオッガイと戦うために協力関係を築きたい。また今後、凶悪な喰種との戦うためにも協力関係を維持したい。見返りに十分な量の柘榴の提供と喰種の市民権、ライ・サクラマ』

 美味しすぎる見返り、本来なら罠以外の何物でないと判断できる内容。だが相手がライなら話は別。

 地上から持ち込んだ【柘榴】の数も心持なくなってきている。

「……」

 考えるカネキ、のるかそるか……。この判断は地下にいる喰種の全てに関わること、喰種の今後にも大きく関係すること。

「カネキくん、どんな判断をしても僕は君の判断を支持するよ」

 月山以外の喰種も支持するだろう、それだけカネキはここでは信頼されている。

 それ故、判断は重大な責任が伴う。

 決断したカネキは返事を打ち込む。

 

 

 

 

 自宅のマンションに帰る途中のライ。

「発見発見」

「コイツの所為で、俺たち悪者にされちゃったし」

「仕返し仕返し」

「根暗班長の言う通り、いい香りだ」

「本当に奇麗な顔してるね」

「これで男なんて、女の人が自信を無くしちゃうよ」

 曲がり角から、ゾロゾロとオッガイが現れる。

「桜間ライさんですね、ご存知でしょうがオッガイデース」

 1人のオッガイが前に出る。彼がリーダー格。

「こんばんわ」

 恐れも怯えもなく、挨拶、ただ普通に挨拶。

「こんばんわ、そしてサヨウナラ」

 リーダー格が笑顔で赫子を出した。それを合図にオッガイたちは、次々と赫子を出す。

 踵を返し、逃げ出すライ。

「逃げたぞ」

「ウサギ狩りだ」

「美人狩りだ」

「嬲り殺し」

「見せしめ見せしめ

「どこへ行こうというのかね」

 逃げるライを楽しそうに、追いかける。

 追いかけるオッガイは意気揚々。

 

 

 工事現場に追い詰められたライ。どこにも逃げ場所は、もう無い。

「はい、行き止まり~」

「どん詰まり」

「鬼ごっこ終了」

「人生も終了」

「GAME OVER」

「BAD END」

 はははははははははっ、オッガイは勝ちを誇って笑う。

 抵抗されてもこの人数差、自分たちには負けが無いとの自信。

 さらに旧多からはライが得意なのは防御で、攻撃は大したことないと聞いている。

 オッガイにあるのはどう嬲り殺すかのみ。

 喰種を始末したときと同じように、全員、ニヤニヤ。

 そんなオッガイに対して、おくびにもビビらず、ライは建築機材の隙間に隠しておいたアタッシェケースを掴みだした。

 オッガイたちの笑い声が止まる。全員、こう思った、なぜ、こんなところにアタッシェケースがあるのかと。

 アタッシェケースを開き、中にあった歪な槍のようなクインケを展開。

 オッガイたちの得ている情報には無いクインケ。ライ専用のクインケは扇型の《夜桜》のみだったはず。

 それでも人数的には圧倒的に有利、赫子をうねらせ、一斉に襲い掛かる。

「もえろよ もえろよ 炎よ もえろ 火のこを 巻き上げ天まで こがせ」

 クインケからは四千℃にも達する高温の炎が噴き出し、オッガイたちを一気に覆いつくす。

 たちまち上がる悲鳴と絶叫。

 タタラの赫包より作られたクインケ《レーヴァテイン》尾赫 Rate:SS+。

 四千℃もの炎に包まれたオッガイたち、逃げ場がなくなったのは彼らの方。

「照らせよ 照らせよ 真昼の ごとく 炎よ うずまき やみ夜を 照らせ もえろよ 照らせよ 明るく あつく 光と 熱との もとなる 炎」

 

 ピタリと炎が止まる。

「あれ?」

 今まで、轟々と噴き出していた炎が出なくなる。

「ガス欠だ」

「ざまみろっ」

「チャンス到来」

 少しの間、警戒していた生き残っていたオッガイの3人。もう炎を噴き出さなくなったと知り、余裕を取り戻す。

 クインケ《レーヴァテイン》の吹き出す、四千℃にの炎は強力だが燃費が悪い。

《ハイアーマインド(高次元精神領域)もしくは[天使の羽ばたき(エンジェルビート)》の様にエネルギーパックを付けることが出来れば、長時間の使用も可能だが、まだ《レーヴァテイン》には、その機能はついていない。

 《レーヴァテイン》が使えなくなった。今だどばかり、1人が一直線に攻撃を仕掛ける。

 残りの2人も攻撃。遠隔攻撃のクインケは距離を詰められると弱い、用心のために間合いを詰めての襲撃。

 1人目の赫子が到達するよりも早く、踏み込みで放った《レーヴァテイン》の一突きがオッガイの体を貫く。

 1人目がやられても残りの2人は攻撃を止めない、《レーヴァテイン》が刺さっている、今なら動けないはず。

 柄の部分が伸びて鞭のしなり、2人のオッガイをぶん殴って地面に叩きつけた。

 体制を立て直すよりも早く、引き抜いた《レーヴァテイン》で1人を斬り、最後の1人に突き立てる。

 《レーヴァテイン》は燃料が切れても十分に使用できる。火炎放射の遠隔、柄の鞭状鈍器での中距離、槍の近距離、三距離で戦えるクインケ。

 片手でスマホを取り出すライ。

「終わりました、作戦通りです」

 オッガイが襲撃してくることは予測済み。

 敢えてライはおとりになり、オッガイを誘い出し、逃げるように見せかけ、クインケ《レーヴァテイン》を仕込んでおいた、この場所に誘導。

 罠にかかったふりをして、逆に罠にかけた。ここなら、一般市民に迷惑は掛からない。

「解せない……」

 襲撃は予想していた。だが予想していたよりもオッガイの数が少ない。

 あの旧多がこれだけの人数で襲撃をかけてくるとは考えにくく、またピエロのメンバーが1人もいなかったことにも違和感を覚える。

 

 

 




 ライくんの新クインケの登場。レーヴァテインは北欧神話に出てくる武器で、時折、炎の魔神スルトの魔剣と同一視されることも。
 《レーヴァテイン》の柄の部分が鞭のように伸びるのは、原作でタタラがそのように赫子を使っていたことがあるからです、


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第21章 危機

 『東京喰種:re』のアニメ化。コミック版をそのままではなく、「『東京喰種√A』の2年後だそうで。
 コミック版との差異はどうなるのでしょうね。またスケアクロウはどうなるのかな?



 【黒山羊】からの返事はyesであった。

 CCGと喰種との協力関係、その先駆けとなる【黒山羊】と手を結ぶ。

 今後の対応、それぞれの取り決めのため、急遽、CCGと【黒山羊】との話し合いが行われることなる。

 話し合いの場所がCCGなら喰種側に不利であり、警戒されてしまう。かといって24区へ行くのも、とても危険。

 そこで選ばれたのは東京ドーム。

 ここならCCG、喰種双方の知っている場所であり、広い分、いざとい時に対処が取りやすい。

 

 

「やはり、こうなったか」

 私室で政は報告書に目を通す。

 それなりの数の捜査官たちがCCGを出奔、旧多とオッガイの仲間になってしまったとの内容。

 部屋にいるのは政とウリエの2人っきり。

「この事は予想していたが、思ったよりも多いな」

 喰種との協力関係の構築。喰種に対して、のっぴきならない恨みを持っている捜査官は多い。

 そういった者たちがCCGを出ていくことは予想していた。

「敵に回るなら、容赦する必要はないがな」

 いずれは旧多とオッガイとは戦うことになるだろう、なら敵に情けはかけられない。

「……」

 押し黙るウリエ。CCGを出奔した中には、六月と晋三平がいる。

 晋三平は、伯母の安浦清子のことで【黒山羊】のリーダー、ハイセ(カネキ)を憎悪し、逆に六月はハイセ(カネキ)に恋心を持っている。その恋しさゆえに、出て行った。

(戦うことになるのか、六月と晋三平……、俺はどうすればいい?)

 もし六月と戦うことになれば、戦えるのか戦えないのか、どうなるか解らない。

 どちらにせよ、六月に特別な感情を持っているウリエには辛い選択。

 

 ライ、ジューゾーはお菓子を食べながら、お茶を飲んでいる。

「もうすぐ、ハイセに会えるのですね。聞きたいことは山ほどあります」

「本名は佐々木琲世ではなくて、金木研だと、メールに書いてあった」

 佐々木琲世は記憶を失っているときに付けた名前。

「あ、そういえば、これからはカネキと呼ぶことになったって通達がありました」

 会議の時は本人の希望でカネキと呼ぶことになったと上層部より、通達があった。

「ハイセでもカネキでも一緒、同じ人。違いはありませんです~」

 美味しそうにお菓子を食べるジューゾー。

「僕たちはそうだけど、CCGの全員がそうじゃないからね」

 それが、この先の不安要素。

 

 

 

 

 地下、24区。

 CCGの申し出に乗ることにした【黒山羊】はカネキ、ヨモ、ニシキ、月山、松前、ミザ、ナキ、平子、ハイルで会議。

「まず遠征班と防衛班を組織します」

 カネキの案。話し合いに行く遠征班、24区に残る防衛班。

「CCGと【黒山羊】の合流は旧多にとっては、何としても阻止したいことでしよう。道中、襲撃がある可能性が高い、従って遠征班は戦力が必要です。かと言って、ここを手薄にするわけにもいきません」

 遠征班と防衛班のメンバー選びは慎重を期す。

「勿論、僕はカネキくんに着いていくよ」

「習様が行くなら、私も参ります」

 【黒山羊】のリーダーであるカネキは遠征班に加わるのは決定事項。それに着いていく月山と松前。

 後のメンバーは……。

「後、ライには注意しなくてはなりません」

 それを聞いたミザは、

「おい、ライは信頼できると言っていただろ」

 確かにカネキも松前も、ライは信頼できると言っていた。

「ええ、ライは信頼できる人物ですが、同時に油断の出来ない人物でもあります」

 何度か仕事もしたし、交流も深かったので、それなりにライの人物像を見ている。

「ライは他人の心理を読む術に長けています、それでいて決して自分の腹の内を他人には読ませません」

 その事はCCGから来た、平子とハイルも感じ取っていること。

「ライは敵に回したら、この上なく恐ろしい相手、味方にすれば頼もしい人物でもある半面、油断の出来ない相手」

 『コクリア』で高槻泉の言った“最後に忠告をしておこう、決して【皇】は敵に回すな”の台詞が思い出される。

「なるほど、交渉の相手としては有益であり、厄介いだね」

 月山財閥を動かしていた観母を父親に持つ月山は、多少なりとも交渉事には通じている。

「ええ、慎重に事を進めましょう。この交渉は喰種の未来がかかっています」

 

 

 出発前夜、24区で開かれるカネキとトーカの結婚式。日本式でもなく、西洋式でもない、独特のスタイル。

 高台に民族衣装のような正装で寄り添う、カネキとトーカ。

 すでに盛り上がっている面々、酔っぱらったヨモは普段の彼からは考えられないほどの乱痴気ぶり。

「夜もじ、今日は明るいね」

 そんなヨモを見たシオ。

「酒は憂いの叩きだな」

 酒は憂いの玉箒を間違っているナキ。

「アニキのペースに合わすなって」

 吐きそうにンっている承正を窘める、ホオグロ。

 いつも通り、黙って飲んでいる平子。

 人として生まれ、嘉納により半喰種にされたカネキ、喰種として生まれたトーカ。2人は出会い、そして、今宵、結ばれた。

 

 

 式の翌日、カネキはCCGとの話し合いに【黒山羊】を率いて地上へと赴く。

 居残りメンバーの中にはトーカの姿もあり。彼女はカネキの子供を身籠っていた。

 

 

 

 

 道を歩く、黒い帽子に黒いコート、片手には日本刀の一団。自称【本局特殊捜査官】、その正体は【V】、成熟した0番隊、旧多の手駒の1つ。

「どこへいくつもりかね」

 キリンマスクの大きな男が立ち塞がる。1人だけじゃない、怪鳥のマスク、金色マスク、そして、

「CCGと【黒山羊】の会議の邪魔はさせない」

 亜門鋼太朗は素顔。

「出来損ないが――」

 刀を抜き、独特の型を取る【V】たち。

 亜門に斬りかかる【V】、怪鳥のマスク、リオが羽赫を放つ。

 このチームの中で、一番、ちっちゃいリオ。でも戦闘力は一番高い。

 SSSレートの羽赫で全身を貫かれ【V】は1人が絶命。

 しかし他の【V】に怯む様子は無し、リオに斬りかかった。

 どしっと飛び出したキリンマスク、篠原が切りかかる。

 【V】は振り下ろされた武器を日本刀で受け止めた。

 篠原の手にした武器は鉈型のクインケ、《オニヤマダ》に似ているが、刃は超高周波振動。

 重量と超高周波振動の刃が受け止めた日本刀ごと【V】を真っ二つ。

 追撃を仕掛ける金色マスクのジェレミア、超高周波振動の剣を突き刺す。

 亜門も大きなブレード型のクインケ、《クラ》と同じ形の超高周波振動の武器で戦う。

 この中で、一番、弱いのは亜門。しかし技量と信念で、それを補う。

 斬りかかってきた日本刀を赫子で受け止め、《クラ》で胴を薙ぐ。

 亜門と篠原の武器は、彼らの使っていたクインケに似せて作られたもの。

 見た目だけではなく、長さ重量も2人の注文通り。

 【V】の連携は見事なではあった。だがリオたちの連携は、それを越える。

 

 

「全く骨の折れる仕事だわい、少しは年配者のことも考えろ」

 【V】を片付け終えた篠原は嘆息、首をコキコキ鳴らす。

 その時だった、物陰に隠れていた【V】が背後から斬りかかる。篠原や亜門たちが反応できないタイミングを狙っての攻撃。

 途端、【V】の首にワイヤーの付いた苦無が絡まる。

「!」

 ワイヤーを掴んだ咲世子が飛び降りてくる。反対に【V】の体が吊り上げられ、宙吊り、足をジタバタさせ、もがく。

 咲世子がワイヤーをピンと弾く、首つりになっていた【V】が絶命。

「篠原殿、油断をなさらぬように」

 ワイヤーを解くと、ドサッと【V】は落ちる。

「助かった、恩に着る」

 丁寧に礼を述べる。

 倒した【V】の遺体を確認するジェレミア。

「……変ですね」

 浮かぶ疑問。

「何が?」

 リオは首を傾げる。【V】を倒したのに、何が変なのか?

「襲撃するにしては戦力が不足しています」

 CCGと【黒山羊】の会議を阻止するにしては、明らかに戦力が不足。

「それにオッガイが1人もいないのもおかしい」

 亜門も同意。旧多の虎の子であるオッガイが1人もいないのはおかしすぎる。

 これではまるで捨て駒。

「だとすれば、こいつら目的はCCGと【黒山羊】の会議の阻止ではないということか」

 篠原の正確な分析、流石は特等。

「何を考えている旧多……」

 篠原は、すでに動かなくなった【V】たちを見る。

 

 

 

 

 東京ドームに集まるCCGと【黒山羊】。

 CCGの代表は政、丸手、黒磐、ジューゾー、宇井、ライ、ウリエ。

 【黒山羊】代表は月山、松前、ニシキ、万丈、ハイル、皆はマスクを被っている。

 護衛のためのCCGの捜査官と【黒山羊】の喰種。捜査官の中には才子とシャオと髯丸の姿もある。

 ハイルがマスクを被っていても宇井には誰なのか解った。自然に突っ張った宇井の顔が綻ぶ。

「見たところ、リーダーの姿が無いようだが」

 今日の政は髪と髯を整え、ちゃんとスーツを着ている。

 肝心なリーダーのカネキの姿が無い。会いたがっていたジューゾーは、どこかにいないかとキョロキョロ。

「“虫の知らせ”が働いてね、途中で引き返したんだよ。まさかとは思うが、騙し討ちなんかしてないだろうね」

 代理を任された月山。

「僕はそんなことしないよ」

 一歩、前に出るライ。

「いえ、ライ殿は信じておりますが、CCGはどうでしょう?」

 松前は顔を隠すケープに触れる。マスクをしているのは、完全にCCGを信用していない証。

 ふっと鼻で笑う政。

「今更、そんな騙し討ちをして、私たちにどんな得があると? 旧多を喜ばせるだけだ」

 CCGと【黒山羊】が決裂して対立するのを、一番、喜ぶのは旧多。漁夫の利である。

 ならカネキの“虫の知らせ”は取り越し苦労なのか?

「一つ、聞きたいことがある」

 【黒山羊】たちを眺めるライ。

「ここへ来るまで、オッガイの襲撃は無かったのか?」

 見たところ、戦闘があった形跡は見られない。

「ああ、襲撃はなくてね、こっちは拍子抜けしてしまったよ」

 そう月山は答えた。襲撃に備え、兵を集めてきたのに無駄骨。

「おかしい」

「ああ、おかしい」

 ライと政の意見が揃う。

 ここへ来るまで、CCG側にも襲撃は無かった。旧多にしてみればCCGと【黒山羊】の合流は、邪魔以外の何物でもないはずなのに。

「そちらで、何か異変はありませんでしたか?」

 24区で何か異変は無かったかと、ライが問う。

「異変、しいて言えば、捕虜を1人確保したぐらいかな。捜査官に追われていたのを助けて、地下に連れて来たんだがオッガイのスパイだった」

 月山が答える。甲と名乗ったオッガイのスパイ、葉月ハジメのこと。

「そいつは抵抗して捕まったのか、それともあっさりと降伏したのか?」

 ライの表情が険しいものに変わった。

「私たちが取り囲んだら、あったりと降伏しました」

 ハイルが平子と0番隊たちと、一緒に取り囲んだら、あっさりと降伏。

「やられたな」

 政は溜息を吐く。

「やられたって、どういう何ことだよ?」

 状況を万丈は掴めない。

「敵の本拠地を見つけ出すため、よく使われる手だよ。スパイを潜入させる。そいつが本拠地の位置を知らせることが出来ればそれでOK。捕まっても仕掛けておいた発信機や盗聴器で仲間に場所を伝えることができる」

 様々な知略にライは長けている。

「それはない! ちゃんとボディチェックはした」

 月山自身もボディチェックに立ち会ったので確かなこと。怪しいものは何も見つからなかったはず。

「体の中までは、調べてはいないだろう」

 政が言ったとき、月山も事態が掴め、サッと顔色が変わった。

 何も衣服に仕掛ける必要はない、体の中にも発信機や盗聴器を仕掛けることはできる。

「カネキくん!」

 慌てて戻ろうとする月山。

「止めたまえ」

 それを止める政。

「行ったところで、すでに手遅れだ」

 東京ドームから24区までは遠く、到底、間に合わない。

「じゃ、カネキくんを見捨てろというのか!」

 間に合わないとは解っていても、居ても立っても居られない。『20区の梟討伐戦』の時のような思いは、もう二度とごめん。

「何も見捨てるとは言ってねぇ、ただな、焦って行っても事態は好転しない、悪化するだけだ。それに旧多のこと、足止めの部隊も用意しているだうさ。まぁー、捨て駒だろうが、冷静さを欠いた状態でぶつかりでもしたら、痛い目を見るのはこっちだぜ」

 丸手も窘める。

 24区の危機、自分たちの王の危機、動揺が喰種たちの間に広がる、見て取れるほどに。

「旧多はCCGと【黒山羊】の合流阻止よりも地下へ行くことを選択した。つまり、それだけのことを地下で旧多はやろうとしているんだ。でもね、僕たちは、それが“何か”を掴めてはいない」

 ライもカネキとは親しい間柄、心配な気持ちを持っている。

「急いては事を仕損じる」

 焦りは禄でもないことしか、生み出さないことを理解している。

「局へ戻るぞ」

 唐突に出された政の指示。

 カネキや24区の者たちを見捨てるのか?

 旧多が地下で“何か”をやろうとして、其処へカネキが向かった。とても危険な状態。

 カネキと近い関係にあったウリエ、才子も気が気じゃない。

 喰種側だけでなく、捜査官側にも動揺が走る。

「旧多が何をやろうとしているかは知らんが、私たちのやることは変わらない。準備をする、各局の捜査官にも準備を急がせろ」

 支持を受けた、丸手を初め捜査官たちは行動を開始。

 月山たちの方を見るライ。

「おやおや、意外と早くにCCGと【黒山羊】の共同作戦が取られるみたいだね」

 

 

 




 リオくんたちの出番が欲しかったので、足止め部隊と戦わせました。
 ジューゾーが旧多に行っていないので、24区戦では代理が必要になります。


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第22章 “降竜儀”

 明けましておめでとうございます。
 今回、ライくんの出番は少ないです。



 いくつかの関節を外し、出来た隙間に赫子を通して拘束衣を脱いだハジメ。

 攻撃を受け、横たわっている喰種の府河、フカ。2人の仲間は仕留められて、拘束室の床に転がっいていた。

 脳震盪を起こしているので動けず、フカは回復までの時間を会話で稼ごうと試みる。

「幼稚園のときにさ、歯列矯正して整たんだ。両親とも医者だったから、気にかけていろいろ与えてくれた」

 自慢の歯を見せる。

「歯が痛むときは、母さんが食べやすいものを作ってくれて、将来どんな医学的メリットがあるか、父さんが話してくれた」

 淡々と両親の思い出を話す。

「まぁ、2人とも喰種に殺されたんだけど、病院で出た肉を提供しろと脅されたとか、それを拒否したら、そうなった」

 両親を殺された後、CCGに保護されたハジメは20区支部に連れてこられた、あの頃のハジメの目は死んだ魚の様。

「最後は顔を見せてもらえ何った。損傷が激しすぎて」

 喰種への復讐心でオッガイとなり、ここまで来た。

「歯並び、治療してあげるよ」

 赫子をフカの口に捻じ込む。

「お喋りで、隙なんか見せないよ、お馬鹿さん」

 拘束室から出ていくハジメに、

『着いたよ、ハジメ』

 体の中仕掛けておいた通信機に、仲間からの連絡が入る。

「オッケー、すぐ行く」

 

 

 ずらっと高台に並ぶオッガイたち。

「隠れて」

 とっさにトーカは子供たちを逃がす。

 クインケ片手に、一斉に飛び降り、襲撃。たちまち、地下にいた喰種たちの悲鳴が上がる。

「20番地下道に避難して、戦えない人は優先してあげて」

 避難指示をするトーカ、そこへ襲い掛かるオッガイを羽赫を飛ばして、串刺し。

 無抵抗な子供の喰種に襲い掛かろうとしたオッガイをヨモが殴り飛ばす。

「……ヨモおじさん……」

「トーカのところへ」

 トーカの所へ逃がす。

「オラァ、白スーツだ、ガキども!」

 ナキと白スーツの集団が駆けつけたきた、さらにミザも参戦。

 

 

 全部のオッガイが倒された。これで決着かと思われた時、六月と晋三平が現れる。

「アイツ」

 六月と晋三平とは面識のあるトーカ。

「寝んな」

 六月のその一言で、死に至る致命傷を受けたはずのオッガイたちが、ゆらりと、全員、起き上がる。

「あいあいあいや――」

「うーうー、おかあさんおかあさんおかあさん」

「なんで殺したんだなんでなんでなんでしたんだなんでなんで」

「死にたくない死にたくない死に死にい死にたい死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない」

「いやだいやだああいやだよおおいやだやだしだい」

 頭を壁に打ち付けたり、頭を押さえて自傷、もがき苦しむ。

「殺す殺せ」

「壊れる壊れる壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れる壊れろれろるえいえ壊れる壊れろれろおれえあり壊れる壊れろ」

「どうして僕を置いて行ってどうしてこうなるの」

「いやだああああああいやだあああああああああああああああああ」

 オッガイたちの赫子が暴れ回る。

「カレーにしちまえ」

 嬉しそうに微笑む六月。

 フレームアウト、リミッターが外れ喰種化する。

 暴走する赫子に切り刻まれる喰種たち。

「オッガイ! すべては【王】が戻る前に済ませる、キタロー分けの女を殺せ、【隻眼の王】の急所だ!」

 叫ぶ六月。

「蕩けた頭で理解できたなら、行け!」

 そこには歪んだ愛と嫉妬があった。

 襲い掛かってきた喰種を六月と晋三平は刻む。

「今日は逃がしません、ここで絶対に死ね」

 カミソリ型のクインケを取り出す。

 前に出るヨモ。

「先に行け」

「ヨモさん」

「行けトーカ、お前は、ただ見ているわけでも、何も出来ないわけでもない。守るべきものが他にあるだけだ……、そうだろ」

 めったに見せない微笑みを見せた。

「だから行け」

 覚悟を決めたものの笑顔。

「お姉ちゃん」

 ヒナミに袖を引かれる。

「行こう」

 トーカも覚悟を決めた、戦えない喰種を引き連れ、走り出す。

 見送るヨモ。

「強そうだよ、安浦くん」

 誰もここを通させるつもりはヨモにはない、命がけで。

「全力で逝かそう」

「ええ」

 睨みあうヨモと六月、晋三平、1対2の戦い。

 

 

 トーカとヒナミは喰種の子供たちを引き連れ、地下通路を逃げていた。

「あ~~、行き止まりでーす」

 ハジメがとおせんぼ、蠢く赫子が喰種を貪り回っている。

 こいつは強い上に危険、トーカとヒナミは自分たちが戦い、その間に子供たちを逃がそうとした時、そこへ平子と0番隊が現れた。

「進め」

 ハジメが邪魔できない立ち位置を取る。

「ここは俺たちが防ぐ」

 以前は敵対していた捜査官たちの助け、『20区の梟討伐戦』の時は『あんていく』の面々と戦った相手。

 複雑な思いはあるが、トーカたちは逃げ知ることに決めた。

「ユダ、地味な顔して、頭おかしいんじゃねぇの。自分が何をやっていねのか理解してます?」

 何も答えない平子。

「ねぇ~、何か言ってよ、オジサン」

 挑発には乗らない、平子と0番隊。

 CCGから離脱した捜査官たちが、ハジメに加わる。

 

 

 ヨモ、平子の足止めのおかけで逃げ出すことのできたトーカ一行。

 いきなり突きかかってきた赫子を、間一髪、トーカは自分の赫子で防御。

「お久しぶりです、先輩」

 そこ居たのはロマ率いるオッガイたち。

 ニヤニヤ笑っているロマ、トーカとヒナミは赫子を出し、臨戦態勢を取り、非戦闘員の喰種たちを下がらせる。

 後ろに控えていた旧多の、

「みなさん、よろしく、お願いします」

 合図でロマとオッガイたちが、一気に襲い掛かってきた。

 見た目に反してヒナミの戦闘力は高い、特に赫子はレアな二種持ち。上から襲い掛かってきたオッガイを返り討ち、トーカも負けじと戦う。

 それでも次から次へと襲い掛かってくるオッガイ、それらを倒していくトーカとヒナミ。

「やだ、怖いですよ、先輩」

 と口で言いながら、後方で小ばかにしている。

「頑張っても、でも、む・だ。あなたたちはエサにななるんですから」

 旧多も後方の安全なところで勝ちを誇る。

 戦力差は圧倒的、【黒山羊】で戦えるのはトーカとヒナミのみ。

 人海戦術、あまつさえ主戦力であるロマと旧多は攻撃してこない、ニヤニヤしながら、トーカとヒナミが力尽きるのを待っている。

 このままでは全滅してしまう。

「行ってお姉ちゃん」

 この状況で逃げるように促す。

「子供たちを守らないと」

 ヒナミは笑顔であった、とっても優しくて輝いていた。

 ヒナミの言うことは正しい、このままここで立ち止まっていたら、トーカとヒナミどころか、非戦闘員の喰種たちも、みんな殺されてしまう。

 トーカのもっともやらなくてはいけないことは、非戦闘員の喰種たちを無事に逃がすこと。そして、お腹の子供を守ること。

 唇を噛みしめ、トーカは逃げ出す。

 

 

 ヒナミは戦った、がんばって戦った。少しでもトーカの逃げる時間を稼ぐため。

 赫子が強力な分、消費も激しい、それを狙って敵も攻撃。

「隙あり」

 ロマの不意打ち、疲労しているところへ奇襲を避けきれず、まともに喰らう、千切れる赫子。

「!」

 それでも倒れずに持ちこたえたヒナミ。

「へー、頑張るんだ。でも次でおしまいだぞ」

 次の一撃は耐えきれない、それはヒナミにも解っていた。

(お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん、わたしきれいになれたかな、傍にいられるぐらい強くなれたかな、あなたと弱さと分かちあえたかな、ねぇ、お兄ちゃん、お兄ちゃん)

 瞳を閉じる。

「これでお終い」

 止めを刺しに来たロマ、その時、大きな赫子がヒナミを包み込み、守る。

 どよめくオッガイの中、旧多がニヤリと笑う。

「V」

 

「わーい、カネキ先輩だ!」

 憧れのカネキ相手に、ニコニコしながら攻撃。

 簡単に攻撃を弾くカネキ、【隻眼の王】の名前は伊達ではない。

「行ってヒナミちゃん」

 躊躇していると、

「すぐに行く」

 さっきまでのトーカと同じく、心苦しい思いを持ちながらも疲労困憊の自分は足手まとい、“すぐに行く”の言葉を希望に逃げていく。

「カネキ先輩相手に、ふざけてはいられないね」

 ロマの体が膨れ上がり、巨大化、赫者の力を解放。

「よっしゃ、オニツネのときみたいにゃ、行かないぞ~」

 幼く見えるロマは、実は50才を越えている。SSSレート【うろんの母】。ロマを捕らえた現役時代の和修常吉はオバQと呼んでいた、そんな外見。

 カネキも赫者の力を解放した。

 

 

「うろんなボディが……」

 血塗れで肩で息をしているロマ、その傍らには引き裂かれたうろんなボディ。

 だるま状態で倒れているカネキ、瀕死と言っても差し障りがない状態で声も出せない。

「鬼神の様でしたよ、カネキ先輩。うろんなボディを犠牲にした一撃がヒットしていなかったら、負けていたのは私でした」

 いつものような愚弄ではなく、本心で讃えている。ロマにとって、それほどの相手だった。

 うろんなボディを犠牲にしたロマの決死の一撃の命中、そこを付いたオッガイの集中攻撃。

 ほんの少し、ほんの少しタイミングがずれていたら負けていたのはオッガイたちの方だっただろう。

 ハジメと戦っていた0番隊のリカイとシオもやられ、カネキの近くに転がっている。

 旧多はCCGを離脱した捜査官とともに、去って行った。

 

 “GAME OVER カネキの完全敗北”

 

「憧れいたのに、本当に無様な姿になっちゃったね」

 真面に動けないカネキの頬を叩き、嘲笑うハジメ。

 周囲のロマとオッガイたちも勝利の余韻に浸っていた。

 カブッ、いきなり飛び上がったカネキがハジメの顔を喰い千切る。

「ハジメ」

「隊長ッ」

 慌てて駆け寄ってくるオッガイたち。

「顔、どうなっている? イケメンの顔……」

 顔を喰われ、オロオロするハジメの顔面を赫子が貫く。

 縦横無尽に暴れ回る赫子に引き裂かれ、喰われるオッガイたち。

「ち、ちょっと、タンマ、カネキ先輩!」

 負傷で素早く動けないロマの元へ、大口を開けたカネキが迫ってきた。

 虐殺と捕食、引き裂かれたうろんなボディさえも、残さずにたいらげた。

 

 

 

 

 

 東京ドームで紅茶を飲んでいたライ。

 政や丸手は準備のために局へ戻って行った。

 ここにいるのはライ、ウリエ、才子、シャオ、髯丸のクインクス、月山を代表代行にした、松前、ニシキ、万丈、ハイル、【黒山羊】たち。

 宇井、黒磐、暁、ジューゾーも残って待機していた。

 とても大きな音が外で響き渡る。

「あの音は何です、ガス爆発でもしたのですか」

 お菓子を食べているジューゾー。

 誰が反応するよりも早く、ライは外へ飛び出した。途中で見かけたゴミ箱に紙コップを捨てて。

 

 外へ出た時、目に映ったのは巨大な化け物、正しく怪獣、その姿を例えるなら“竜”。

「ワーム」

 ライの言ったワームはミミズのことではなく、ヨーロッパの伝説に出てくるドラゴンのこと。

『ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ』

 轟く怪物の絶叫。

「あれは何だ、喰種なのか?」

 飛び出してきた黒磐も“竜”を見上げた。あれに比べれば、果って死闘を繰り広げた【隻眼の梟】が可愛く見える。

 続々と飛び出してくる捜査官たちは、天へと鎌首を持ち上げている“竜”に戦慄を覚え、膝を笑わせた。

「カネキだ、あれは」

「カネキ? あれがハイセだというのか、あの怪物が」

 ライの呟きにウリエは、改めて“竜”を仰ぎ見る。どう見てもハイセ、自分たちのメンターをしてくれたカネキの欠片さえ、あの“竜”には見当たらない。それどころか、人間や喰種にさえ、見えない姿。

「あの声は、間違いなくカネキケンのものだよ」

 断言する。

「あの怪獣がママン……」

 それ以上の言葉が出てこない才子。

「これか、これが旧多の目的だったのか……」

 旧多が地下で何かをやろうとしていたことは読んでいたが、ライもここまでも読めなかった。

「なるほど、鳥籠をぶっ壊す、蟻の一穴か……」

 戦慄も恐れもライは抱いてはいない、あるのは微笑み。

 

 

 




 これで販売されている東京喰種:re13巻を消化いたしました。次章からは1月19日に発売される14巻の話になりますね。
 ライくんの言っているワームと、カネキの変化した“竜”はよく似ています。


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第22章 機身

 突然、天井が回って気分が悪くなってしまい、緊急外来へ行ったところ、良性発作性頭位めまい症でした。
 一月ほどで治るとのこと。


 唸り声を上げ、のた打ち回る“竜”。

「あれは何……」

 高台で見ているリオ、正体不明の震えがくる。

「喰種と言いたいが、あんな化け物、見たことないぞ」

 ベテランの篠原もビビってしまう程の怪物。

「……」

 亜門は何も言えなかった、尊敬する上司から、受け継いだ“勘”が囁いていた“竜”の正体を。

「ライ殿からの連絡がありました。あの“竜”は金木研だと」

 背後のジェレミアがスマホ片手に話す。

 驚き、再度、“竜”を仰ぎ見るリオと篠原。

「あれがカネキさん……」

 恩人の変わり果てた姿、それが震えの原因、ショックと悲しみが同時に押し寄せてくる。

「あの時の半赫者か……。あの時もヤバかったがとんでもなくヤバくなってしまったな」

 嘉納ラボで、一度、暴走状態のカネキと戦ったことのある篠原。

「【眼帯】……」

 果って追い求めたライバルの変貌に複雑な思いを持つ。

「ジェレミア、用意してくれ、“アレ”で出る」

 意を決した亜門。

「かしこまりました、すぐにでも出撃できるように準備致します」

 

 

 

 

 都会は眠らない、夜が更けても人々がいなくなることは無い。この日は雨が降っていた、それでも人々は行きかう。

 響き渡った咆哮。一斉に頭を上げ、そして見た。

 映画や漫画、創作の世界でしか見たことのない怪獣を。

 始めは何が起こっているのか、理解が追いつかず、全員、放心状態。

 “竜”は道を動き出す、その巨体に建物が壊れ、窓が割れる。ただ前進するだけで巻き込まれた都民たちが絶命。

 やっと思考が追い付き、呼び起こされたのはパニック。

 

 

 雨が降り出す中、東京都庁舎にへばりつき、“竜”は上っていく。

 自衛隊のヘリ部隊が一斉掃射。命中し、爆発を起こす。

 外殻に損傷、“竜”は落ちる。

 そこへ地上部隊の戦車の主砲が火を噴き、迎撃。

 第二射を撃とうとした時、“竜”が反撃をしてきた。

 この攻撃は強力な上、広範囲に及び、回避は不可能だと察したとき、自衛隊員たちは覚悟を決めた。

 

 いつまで経っても攻撃は来ない。何故と思い、状況を確認した。

 空に浮かぶ黒い機体、それを表現する言葉はロボットしかない。

 ロボットが発する光の盾、バリアーが“竜”の攻撃を防いでいた。

 “竜”に続き、ロボットの登場、錯乱しない自衛隊は流石。

『お前たちに出来ることはない、巻き込まれたくなかったら、去れ』

 この言い方に自衛隊はカチンときた。文句の1つでも言おうとしたら、

『“蜃気楼”今の言い方は良くない、彼らは立派に戦っているじゃないか』

 そこへ黒字に赤の入ったボディカラーのロボットが道路を滑るように来る。

 ロボットが一体増えた。

『“不動”君の言うとおりだ、自衛隊の方々よ、失礼した』

 素直に謝り、

『前衛は、私“蜃気楼”と“不動”に任せてほしい。君たちには後方支援を頼む』

 “不動”は鉈型の武器を取り出す。

 後方に下がった自衛隊の横をすり抜け、“竜”を切りつける。

 反射的に行われる“竜”の反撃を“蜃気楼”がバリアーで防ぐ。

 “不動”は攻撃を続ける。

「私たちも負けていられないぞ、一斉掃射」

 それ呼応するかのように自衛隊たちが後方から攻撃、“竜”の反撃は“蜃気楼”がバリアーで防いでくれる。

 攻撃は“不動”と自衛隊、“竜”の反撃は“蜃気楼”が全て防いでくれる。

 見事な連係プレイ。

 

『“ゼロ”』

『ああ、解っている、目的は倒すことではない』

『感謝する。俺はカネキを何としても助けたい』

 この会話は“不動”と“蜃気楼”の間だけで行われ、自衛隊には聞こえていない。

 

 

 二等捜査官の五里美郷(ごり みさと)は“竜”と“蜃気楼”“不動”と名乗るロボットの戦いを見ていた。

「あの声は……」

 “蜃気楼”の声に聞き覚えは無いが、“不動”の方にはあった。

 しかし、それはあり得ない、何故なら、その人物は『20区の梟討伐戦』で……。

「あなたも来たのですね」

 背後から掛けられた声に振り替えると、

「法寺特等」

 そこにいたのは法寺。

「私も“アレ”が現れたので、ここに来ました。痩せても枯れても捜査官ですのでね」

 五里も同じ理由でここに来た。法寺、五里双方の手にはクインケの入ったアタッシェケースがあった。

「ですが、残念なことに私たちの出る幕はなさそうでね、――今は」

 “竜”の巨体、捜査官2人では、到底太刀打ちできない相手。“今”のところ、“竜”の相手は“蜃気楼”“不動”と自衛隊に任せるしかない。

「五里二等、“不動”と呼ばれるロボットから発せられた声、私には“彼”と同じに聞こえました」

「私もです」

 大きく頷く五里。ただ、それを確かめる術はない。

「私たちは局に戻りますよ、皆も集まっている頃でしょう」

 CCGの捜査官ならば、必ず集まっている。何故なら、捜査官だからだ。

 

 

 夜明けとともに“竜”は動きを止めた、東京都庁舎に巻きついたままで。

 自衛隊の包囲は維持しているが、“蜃気楼”と“不動”と名乗ったロボットはいずこかへと飛び去り、姿を消した。

 

 

 “竜”の出現により、CCGは大忙し、見たこともない、巨大な喰種が現れたのだから。

 

 

 法寺の予想通り、捜査官たちは局へ向かう。

 その中にはクインクスの才子、シャオ、髯丸の姿も。

「あの怪獣もすごかったけど、2体のロボットもすごかったスね」

 髯丸の興奮は収まり切ってはいない。

「不謹慎よ」

 シャオに注意されるが、熱いマニア心は抑えきれない。

「……」

 実は才子も同じような感情を持ってしまった。ロボットVS怪獣、オタク心が揺さぶられて当然のシチュエーション。

 

 

 全身にあった眼は閉じ、眠っているのか死んでいるのか解らない状態。

 集まって調べる捜査官たち、指揮を執っているのは田村丸。

 確かめるため、1人がストックで刺してみた。

「反応がないな」

「死んだんでしょうか」

 何度か刺していると、突然、眼が開き、反撃が来た。

 碌に反応するまなく、首が飛ばされ、もう1人は腰を抜かす。

 “竜”は、まだ生きている。

 田村丸は退避を指示。

 

 

 

 

 サラサラと昨夜からの雨は、まだ降り続いていた。

 そんな中、東京都庁舎に巻きつく“竜”を見ながらトーカは座り込み、うなだれていた。

「……トーカさん」

 リオは声を掛けたが、それ以上の言葉が思い浮かんでこない。トーカに必要なのは自分ではなく、カネキさんなのだ。

 地下は旧多率いるオッガイと脱退捜査官の襲撃を受けた。

 ここにはトーカやヒナミ、ミザ、子供たち、地下から無事に逃げ出せた喰種たちが集まっていた。

「リオ、お前のことはナキもしっかり覚えておったぞ」

 ナキに恋心を持っていたミザ。物忘れの激しいナキが名前を憶えているのは大事な相手か、亡くなった仲間。

 みんなが無事に地上に逃げてこられたわけではない、ナキたち白スーツは自らの命を犠牲に殿を務めた。

 彼らの命を懸けてくれたことで、トーカたちは生き延びることが出来た。

 親しい人を失うことはリオも悲しい。

「ガキが冷えるぞ」

 座り込んでいるトーカに、ニシキは傘を差しだす。

「止めばいいよな、雨」

 リオに視線を移す。

「リオ、お前、今までどこにいたんだ?」

 ふらっと『:re』からいなくなって、【黒山羊】にも参加せず、24区にも来なかった。

「異世界の人と一緒にいた」

 カネキのこと、トーカのこと、ショックが大きかったためか、つい口走ってしまう。

「中二病か?」

 はぁ? な顔をするニシキ。

「ったく、なんでアタシが」

 と文句を言いながら、ふらふらのヨモを運んで来たイトリ、どっこいしょと下ろす。

 地下に埋まりそうになったところをウタが引っ張り出した。その理由は友達だから。

 こうもり傘を差しているウタ、ヨモとの付き合いは長い。

「ヤッホー、リオくん、相変わらず可愛いね。でも少し逞しくなったわね」

 ヨモに連れられ、始めてイトリの経営しているバー『Helter Skelter』に行った時、リオは男の子か女の子か聞かれたり、可愛いと気に入られた。

 また常連のニコとは黒歴史も作ってしまった……、俺は記憶の奥底にに封印してしまいたい出来事。

「ところでリオくんは、これからどうするつもり?」

 尋ねられ、一度、イトリの方を見た後、“竜”とトーカを交互に見る。

「僕は僕の出来ることをやるまでです」

 

 

 

 

 

 この事態なのにノンビリ本を読んでいるマイペースなライ。

「ライ、お前も来てたのか」

 ライの姿を見つけたウリエが声を掛けた。

「相変わらず、綺麗な顔じゃな」

「女から見ても綺麗ね」

「それで男なんて反則ス」

 才子を初め、クインクスもいる。だが六月と晋三平の姿はない。旧多、離脱メンバーと一緒に【黒山羊】討伐に行ったきり、音信普通、そして“竜”出現。

 当然カネキのことは心配、そして六月と晋三平も心配している。みんな、大切な仲間なのだ。

 俄かに騒がしくなる。何かとクインクスたちが聞き耳を立てていると、探していた嘉納の遺体が発見され、死因は銃器による自殺と聞こえてきた。

「これで重要な情報源が失われたか……」

 ウリエ、舌打ち。

 さらに玄関が騒がしくなった。何事かとウリエたち、クインクスは玄関に向かう。

 読んでいた本を閉じ、ライも玄関へ。

 

 玄関にいたのは嘉納の助手たち、沢山の資料を持参。率いている西野貴未(にしの きみ)は行方不明になっていたニシキの彼女。

 失ったと思った矢先、情報源が向こうからやってきた。

 ライと目の合った貴未、

「あなたがライくんね、嘉納が実験台にしたいと言っていたわ」

 物騒なことを言う。ウリエ、才子、シャオ、髯丸も引いている。

「そりゃ、光栄なことで、でも遠慮させてもらうよ」

 本人はこの調子。

「あなたにも聞きたいことがある、着いてきて」

 

 

 簡潔に話は進む、“竜”が消滅するには200年かかるということ、活動を再開すればエネルギーを充填するため暴食を始めるので、それまでに元となった個体を見つけ出さなくてはならないこと。

 あまりにも“竜”の体は巨大すぎる。個体を見つけ出すことは砂漠で蟻を一匹見つけ出すようなもの。

 

「で、ライくん、あのロボットのことだけど、何か知っているんじゃない?」

 貴未が問う。嘉納が出て行く前、ライくんなら、何か知っているだろと言い残した。

 道を踏み外しはしたが、嘉納も頭は、よく回る人物。

 確かにあのロボットなら“竜”への強力な切り札になる。

「僕がやりたいのはカネキさんを助けることで、倒すことじゃないんだ」

 一応、認めているような言い方。

「オイ、そんなこと言っている場合じゃねぇぞ」

 丸手が窘めようとしたら、いいタイミングなのか悪いタイミングなのか部屋がノックされ、捜査官の1人が顔を覗かせた。

「喰種が来ました、集団で」

 “竜”=カネキを見に行った喰種たちが帰ってきた。にしては捜査官の様子がおかしい、顔色が良くない。

 ともかく、玄関へ行ってみることにした。

 

 

 玄関に並んだ喰種の集団と動揺を隠せない捜査官たち。青白い顔で震えている捜査官やクインケを構えている捜査官もいる。

「何狼狽えているん――」

 すでに東京ドームで会見済み、今更、狼狽える必要が無いはずと思っていた丸手の言葉が途中で止まった。

「SSレートの【黒兎(ラビット)】がいる】」

 震える捜査官。

 数多くの捜査官を葬り去った【黒兎】の姿があった。その隣にはもう1人のぬいぐるみのようなウサギのマスクも立っている。

「ジェ、ジェ【JAIL】もいる」

 怯える捜査官。

 キジマ式キジマ岸兄弟を返り討ちにした、恐るべきSSSレートの【JAIL】。

 【JAIL】に【黒兎】、三枚刃のミザ、S~レートの【オロチ】までいるではないか。捜査官たちが怯えるのも無理はない。

 さらに捜査官たちを動揺させているのは、

「鋼太郎」

 暁がその名を呼んだ亜門鋼太郎は『20区の梟討伐戦』で行方不明となり、殉職扱いになっていた。

 法寺と美郷は顔を見合わせ、やっぱりと言った表情。

「篠原さん」

 嬉しそうなジューゾー。篠原幸紀も『20区の梟討伐戦』で意識不明となり、病院から姿を消していた。

 裏切り者として手配されている平子、0番隊の夕乍。CCGから姿を消した、同じく0番隊のハイルもいた。

「おいおい、永近、いくら機動力が必要と言っても限度があるだろ」

 特にSSSレートの【JAIL】は強烈過ぎる。

「問題ありませんよ、彼を助けるためなら協力してくれます」

 地行博士の作った人工声帯を付けた永近、マスクもへのへのもへじから鼻と口元を覆うスカーフになっている。

 自分の存在が足枷になっていると、いたたまれなくなる【JAIL】リオ。

「みんなに聞きたいことがある」

 亜門が進み出てた。手に何か青い細長い包を持っていた。形状からしてクインケではない。何よりクインケならアタッシェケースに入っている。

「捜査官にとって、最も重要なことは?」

 質問されても動揺している捜査官たちは、中々答えられない。

「喰種を駆逐することです」

 そんな捜査官たちに代わって、宇井が即答。

「違います」

 否定する亜門。

「喰種対策法“序文”最も価値のあるものは平和であり、対策局員は

その維持に最大の努力を払う。平和のために戦う、それが捜査官だ、戦うべきです。喰種や【JAIL】と一緒に」

「私は受け入れる」

 いの一番に才子が手を上げた。

「後輩は先輩に従います」

 髯丸とシャオも手を上げた。

「丸手さん、老婆でも使うのがあなたと聞きました」

 ウリエも手を上げた。

「そうだな【ラビット】だろうが【JAIL】が役に立つなら使うべきだ」

 暁も手を上げた。その眼はウサギのマスクを被ったトーカに向けられている。これには捜査官たちは衝撃を覚えた【ラビット】は暁の父、呉緒の仇なのに。

 呉緒を殺害したのはトーカなのだが、公式には弟の【黒兎】のアヤトとなっている。

「全く、どこへ行ったかと心配していたぞ。まぁ、元気で何よりだ」

「ベットで寝ているのは飽きたのでな、戻ってきた」

「また、お前と一緒に戦うことになるな」

「ああ」

 握手する。篠原に黒磐は、どこへ行っていたとは聞かなかった。それは2人の中では聞かなくてもいいこと。

 苦楽を共にした特等の再会。

「強力かつ恐ろしい敵ほど、仲間になれば頼もしいものはない」

 ライも手を上げた。

「あのワーム、再び“竜”が動き出せば無差別に捕食を行う。老若男女問わず喰いまくり、被害は東京23区全土に被害が及ぶ可能性は高い。その中には君たちの大切な人、家族親類恋人親友もいるだろう。捜査官のみんな、守りたくないのか? 守れる力が目の前に来て、協力を申し出ているのに、ちっぽけなこだわりで台無しにしてしまうつもりなのか? “こだわり”っていうのは本当は“気にしなくてもいいことを気にする”とか“細かいことにとらわれる”と言う悪い意味なんだ。今一度、考えてみると良い、本当に守りたいものが何なのかを」

 ライの言葉が捜査官たちの心に浸透していく。

 突然、喰種たちがマスクを脱ぎ捨てた。東京ドームの時はCCGを信頼していないと脱がなかったのに。

 この行為は、あなたたちを信頼するという意味に他ならない。

「“こだわり”なんてクソ喰らえだ。んなもんのために死ぬつもりかよ」

 素顔のトーカの可愛さに、

「マスク」

「可愛い」

 見とれる捜査官。

 だがそれ以上のがいた、マスクを取ったリオ。

「冗談だろ、あの子が【JAIL】だと」

「まだ子供じゃないか」

「めっちゃ可愛い」

 SSSレート【JAIL】の伝聞と素顔のギャップに萌えてしまう。

 男の子のリオの方が受けがいい、トーカにしてみたら複雑な心境。

「篠原さんが賛成するなら、僕――」

 僕も賛成ですと言ううとしたジューゾーの前に篠原がやってきた。

「お前のことはお前自身で決めるんだ。ジューゾー、お前はもう大人なんだぞ」

 以前と同じ優しい顔で言われた。

 最初、少し驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になり、

「そうですね、じゃあ、僕自身の考えで一緒に戦います」

 自分自身の判断で自らの行くべき道を決めた。

 これに鈴屋班が続く。

 捜査官たちの毒気が完全に抜け落ちた。東京ドームで結ぼうとしていたものより、強力な協力体制が築かれた。

「これもあなたの計略ですか?」

 宇井がライに問う。

「正直、あのタイミングでマスクを脱いでくれればいいと、考えていたのは確かだよ。でも一切、アドバイスはしていない」

 アドバイスはしなかった、喰種たちが自主的にやらなければ意味は無いのだ。

「なるほど、喰種たちに賭けたということですか。本当に絶妙のタイミングでマスクを脱いでくれましたね」

 賭けに大勝利。

「ライ」

 亜門が呼ぶ。

「これを渡してくれと頼まれた。“あの男”がそろそろ必要とだろうと言ってな」

 手に持っていた青い包、青い刀袋に包まれた一振りの刀を渡す。

「そうそう、これが欲しかったんだ。どうもクインケは性に会わなくて」

 首を傾げる宇井。刀袋に包まれているとはいえ、ライが手にしているのは日本刀、クインケの代わりにはならないはず。

 

 

 




 原作ではカネキが復活しましたね、でも“竜”が暴れています。
 この先はどうなるのでしょうか……。
 亜門の乗っているナイトメアフレーム“不動”の名前は亜門=アモン。
 アモンはデビルマンの合体した悪魔の名前。
 そこで不動明から“不動”と命名しました。


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第23章 極み

 東京喰種 reのアニメ放送開始、下口が漫画より、イケメンになっていました。


「すんだら、こなそめっさ、まんだまら、いんちいんち、つぐにつきて、あんどうぅ、よってたかって、はなずらすっばらし、ばらすいばらすて、あびいててくにか、しってもすとよぉ」

 アヤトが24区の最深部から連れてきた地下育ちの3人の子供が話す。

 地上と隔絶された世界で育ったため、独特の言語、訛りがあり、捜査官たちは当然、喰種たちにさえ、何を言っているのか解らない。

「あびたして、ほでだ」

 幸いにもトーカは地下訛りに精通いたので、翻訳を買って出てくれた。

「だらうん、どうんだ……か」

 ライが呟く。

「ライ、もしかして、何を言っているのか解るのですか?」

 ジューゾーが頷く。

「言語にはパターンがあるからね、それを抑えれば大体は解る」

 通訳の邪魔にならないように、小声で話す。

「凄いですね、ライは」

 かと言ってライは通訳に名乗り出ない、それはトーカの仕事なのだ。

「彼らは暴れ回る、王を制止するため、一斉に攻撃を加えました。効いている様子は見られませんでしたが、“眼球”を狙ったとき、王の攻撃が鈍りました。眼球を破壊し終わって、いくらかの時が過ぎ、ようやく王は動きを止め、石になったそうです」

 3人の子供の話したことをトーカは翻訳。

 “眼球”と聞いて貴未はピンときた。

「赫子の形成において、Rc細胞が密集すると“眼球模様”が現れることがあります。そしてRc細胞が最も密集するのは“赫包付近”」

 確かに喰種の赫子に目玉の模様があるのは多々ある。

「眼球の近くの“赫包”を持った“本体”がいる可能性も高いってことか?」

「その通りです」

 アヤトの質問に貴未が答えた。

「一つ一つ調べんのか、面倒には変わりねぇな」

 と丸手、何せ“眼球”は“竜”の体中にあるのだ。

「ええ、ですが大きな進展です」

 何の手掛かりもないよりは、大きく進展した。

「24区の情報のおかげです、ありがとうございます、霧嶋くん」

 と貴未に褒められ、

「そりゃ潜ったかいがあったな」

 フンと鼻を鳴らす。

「なにアンタ照れてんの?」

「ハァ? うっせえ、人間に感謝されると、変な感じがするんだよ」

 トーカにからかわれ、ますます照れるアヤト。

 しかし再活動までには時間が少ない、それまでに本体、カネキケンを見つけるのは大変な作業。

「本体を見つける決定的な方法があればいいのですが」

 貴未の言ったことは、CCG共通。どうやってカネキケンを見つけるのか?

「トーカさんがカギになるね」

 ライが口を開く。

「なんで私がカギなんだ」

 トーカだけでなく、丸手、ジューゾー、貴未、アヤト、24区の3人が注目する。

「一番、カネキさんと親しいのはトーカさんなんだ。最も近くにいて最も知っている。カネキさんを見つけ出すには、トーカさんの力が重要になる」

 一同の視線がトーカに集中。

 ああもうと頭を掻きむしる。

「頭を使うのは苦手なんだ」

 口で言いながら、やるつもり。カネキを助けたい、それはトーカの強い思いで願い。

 そしてそれが都民を助けることになる。

 自分が人間を助けるカギになる、今度はトーカが変な感じがしてきて、照れてしまう。

 

 

 

 

 都民たちを避難誘導する捜査官たち、手伝うのは喰種。ここに人間と喰種の協力体制が築かれていた。

 皮肉にも“竜”の存在が、カネキ【黒山羊】の目指したものを生み出す。

 そんな捜査官に、いきなり襲い掛かる【V】。

 間一髪、間に飛び込んだ喰種が赫子の盾て攻撃を受け止める。

 もう1人の【V】が喰種に切りかかった。今の体制では躱せない、躱してしまえば捜査官が切られてしまう。

 武臣が【V】目掛け一撃。

 咄嗟に一撃を受けとめた【V】。何を思ったのか、追撃することもなく【V】たちは後退していく。

 

 

 

 

「亜門くん、少しよろしいでしょうか」

「法寺特等、五里二等、お久しぶりです」

 法寺に呼ばれた亜門は挨拶。

「あの“不動”と名乗っていたロボットに乗っていたのはあなたですか」

 いきなり本題に入る。隣の五里もじっーと見ている。

「ハイ」

 あっさりと認めた。こんな時に嘘を吐けないのが長所であり短所。

「そうですか」

 本当に“不動”のパイロットなら、素直に認めると解っていて質問した。特等だけあり、亜門の性格を熟知している。

「あのロボットは何処で作られたものでしょうか?」

 あの“竜”と互角に渡り合い、空まで飛ぶ。驚異の技術で作られている。CCGでも同じものを作るのは不可能だろう。

「それは言えません」

 嘘は吐けなので、ありのまま答えた。“どこで”作られたのか、決して話せない、言ったところで信じてもらえるような話でもない。

 それ以上、法寺は追及しなかった。

「じゃ、もう1機に乗っていたのは誰だ?」

 五里の質問、これは純粋なる興味。

「お2人の知らない人です。少々、性格に難はあるが、悪い奴じゃありません」

 そう亜門が言うなら、そうなのだろう五里は納得。

 

 

 

 

「リンタロー」

 ジューゾーがリオに声を掛けた。

「あっ、違いました、本当の名前はリオでしたね」

 以前、リオはジューゾーに会ったとき、咄嗟に局員捜査官のリンタローと名乗ってごまかしたことがあった。

「あの時はごめんなさい」

「気にしなくてもいいです、もう過去のことです」

 怒りで我を忘れ、捜査官を虐殺して【JAIL】と恐れられたリオ。

 ビックマダムの飼人として、多くの人間を解体、喰種を嬲り殺しにしてきたジューゾー。

 人との出会いが彼らを変えた。もしかしたら似た者同士かもしれない。

「何としても佐々木は助けたいです」

「うん、助け出そうね、一緒に」

 人間と喰種が一緒になって助け合うえば、どんな不可能なことでも可能になる気がしてくる。

「おっジューゾー、ここにいたのか、カネキを探し出す方法が見つかったぞ。リオ、ちょうどいい、お前も来い」

 丸手に呼ばれた2人。

 

 

 結婚式の時、トーカがカネキに送った婚約指輪、これが目印になる。 1区~4区、13区、広範囲に広がった“竜”の“眼球模様”近辺で金属探知機を使い、カネキを探し出す。

 金属探知機が足りない問題も、月山習の父、観母が学友の総理に頼んで、用意できた。

 緊急時、人間だとか喰種だとか拘っている拘るような指導者でなかったのが幸い。

 

 

 それぞれコンビを組み、各区に散り、カネキ探索が開始された。

 

 

「霧島トーカ、見つかると良いな、カネキケン」

 トーカとミザがコンビとなり、カネキを探索中。

「私は、もう幸せなものだけを見ていたいよ」

 そう語るミザは悲しそうで寂しそう、彼女の大切な人は帰っては来ない、二度と。

「ありがとう、ミザさん」

 トーカがお礼を言ったとき、ミザの金属探知機が反応を示す。

 

 見つけた! トーカがウリエたちに報告を行い、さらに反応の強くなるポイント探していると……。

 六月と晋三平が襲撃を仕掛ける。

 

 

 ネジの吹っ飛んだ六月の襲撃で深手を負ったミザ。

 さらに攻撃したため、“竜”が動きだし、各区に薄気味悪い化け物“落とし児”が産み落とされ、暴れだす。

 トーカも奮戦するものの、六月と晋三平との二対一の戦いでは分が悪く、追い詰められてしまう。

「やめろ」

 そこへ現れたのはウリエとクインクス。

 トーカを逃がし、戦いが開始される。ウリエ&才子VS六月、シャオ&トウマVS晋三平。クインクス同士の戦闘。

 

 

 ぶつかり合うウリエと六月、お互いの攻撃を躱し、弾く。

 そこへ才子の攻撃が炸裂、難なく避ける。

「むつちゃん」

 自らの腕を巨大化させてのメガトンパンチを放つ。

 六月の赫子は模倣(トーレス)し、メガトンパンチ同じに変形、カウンター。

「うがっ」

 吹っ飛ばされる才子。

 果って芝先生にRc値を聞いた時のことをウリエは思い出す。

 普通の人間のRc値は100~300、喰種で1000~8000。

 クインクスのRc値はトウマが701、晋三平が980、シャオが892、才子が852、ウリエ、902。

「知らないからね」

 六月のRc値は3。それはRc細胞を制御しているし言うこと。

「死んでも」

 六月の赫子が“竜”を模倣した攻撃。ウリエは赫子の盾で防ぐものの、

「班長ッ!」

 防ぎきれず、“竜”の上をバウンド。

「殺したくないな、でも仕方ないよね」

 才子を見つめる六月、悲しそうに。

「むっちゃん」

 見つめ返す才子。

「班長もウチらも、ずっとアンタのこと心配しとったよ。でも、このデカブツが出たせいでむっちゃんの安否を調べるのもできんやった、歯痒かった。だから、生きててよかった、だけど……」

 生きてて嬉しかった。これは才子の思いだけではない、クインクス、六月を知るものの全員の共通の思い。

「解らんよ、むっちゃんはどうしたいの? ウチらはどうすればいい?」

 必死に呼びかける。

「大丈夫だよ、才子ちゃん」

 動かない表情。

「すぐ終わるから」

 一斉に赫子が才子を襲う。

「ッ月!!!」

 才子の前に飛び込み、今度こそ、赫子の盾で防ぐウリエ。

「……俺がッ、班長を解任された時、佐々木が言ってたな、班長はチームのために動ける人間が就くべきだと、俺もそう思う。俺はお前を見捨てたりはしない、米林を傷付けさせもしない。俺は班の、みんなのために戦う」

 クインクスに入ったばかりのウリエなら、こんなことは言わなかった。彼もいろんな経験を積み、成長している。

「気持ち悪い」

 ボソッと呟くように。

「その目、下心が透けて見える。私は嘘には敏感なんだよ、自分自身が嘘つきだから」

 あの時のことを思いだす。六月の着替えを見た佐々木(カネキ)は気が付かないふりをした。

 この時、六月は二つの嘘に気が付いてしまった。

 狼狽える六月を視線に入らないように、巧みに逸らしたこと。

 そして初めから六月が女であることに気が付いていながら、気が付いていないようにしてくれていたこと。

 私みたいに自分を守るための嘘ではなく。六月を、他人を傷つけないようについてくれた、優しい嘘。

 その時から、思ってしまった佐々木(カネキ)のことを理解できるのは自分だけだ、許してあげられるのも傍にいてあげられるのも自分だけ、トーカなどではなく。

「見捨てない?」

 表面は現れなくとも、悲しそうな顔。

「私が肉を喰っていても? 私の穢らわしさに」

 肉と言ってもスーパーや肉屋で買える肉ではない。

「欲しかったんだ、望んだ物が手に入る、強さが……手段を択ばないのは解っただろ」

 赫子が伸びる。

「もう、いいよね」

 そう、もういい“覚悟”が出来た。

「止めたきゃ、殺してよ!!!」

 六月を殺すことはウリエも才子も出来ないこと。

 躊躇するウリエへ、容赦せずに赫子で攻撃しようとした、その時、

「There was an old lady who swallowed a fly

 I don't know why she swallowed a fly

 Perhaps she'll die

 There was an old lady who swallowed a spider

 that wriggled and jiggled and tickled inside her

 She swallowed the spider to catch the fly

 I don't know why she swallowed the fly

 Perhaps she'll die.

 There was an old lady who swallowed a bir to swallow a bird

 She swallowed the bird to catch the spider

 There was an old lady who swallowed a cat

 Imagine that to swallow a cat

 She swallowed the cat to catch the bird

 There was an old lady who swallowed a dog

 What a hog to swallow a dog

 She swallowed the dog to catch the cat

 There was an old lady who swallowed a goat

 Just opened her throat to swallow a goat

 She swallowed the goat to catch the dog

 There was an old lady who swallowed a cow

 I don't know how she swallowed a cow

 She swallowed the cow to catch the goat

 There was an old lady who swallowed a horse

 She's dead, of course」

 マザーグースが聞こえてきた。何だと思って視線を向けると、そこに立っていたのはライ。

「そんなに死にたいなら、僕が殺してあげるよ」

 腰には白い柄に黒鞘の日本刀が差してある。亜門から渡された青い刀袋に入っていたのはこれ。

「殺せるものなら、殺してみろよ!」

 “竜”を模倣した赫子がライに襲い掛かる。

 恐れず逃げようともしないで抜刀。

 明らかに白い柄の日本刀はクインケとは違う。

 クインケでなければ喰種も赫子も切れない、今の六月も同じ。普通の武器では並の赫子さえ切れないのに、あんな巨大な赫子なら刀の方が砕けるはず。

 咄嗟に六月は飛びのく、巨大な赫子が切断され落ちる、クインケでしかはずの切れないはずの赫子が。

「よく避けれたね」

 ちぃん、刀を鞘を収める。

「斬鉄剣かよ」

 六月でも斬鉄剣は知っている。世界的にも有名だし放送されている年月も長い。

 ポタポタと足元に血が滴る。完全に避けたつもりだったのに避けきれなかった。傷は深くはないので、すぐに塞がる。 

「こいつの銘は小狐丸」

 言い終えると、間合いを詰めて抜刀。

「!」

 赫子を盾にすると同時に逃げ、致命傷を避ける。

 

 

「小狐丸……」

 この状況で才子もキツネ耳の美青年のこととは言わない。

「小狐丸、聞いたことはあるが……」

「名工、三条宗近が天皇の勅命で刀を打つことになったが、いい相槌を打つものが見つからなかった。そこで伏見稲荷に祈ったら、稲荷明神が童子の姿になって相槌を務めてくれ、結果、それは素晴らしい刀が出来あかったのじゃ」

 ゲームで知り、ネットで調べたことをウリエに話す。

「じゃ、あの刀は神様と人間の合作ということか?」

「まぁ、正確には謡曲『小鍛冶』出てくる話で小狐丸が実在するかどうかは不明だが……」

 しかし目の前でライが小狐丸を振るい、クインケでしか切れない赫子を切った。

「元をただせばクインケも人の作った物。それで切れるなら神様と人間の合作の刀なら切れてもおかしくないのということかの、美形よ」

 

 

 とてつもなく大きなスピアのような赫子。

 腹を貫こうとした赫子に飛び乗り、六月目掛け駆ける。

 払い飛ばそうとする六月、その前にジャンプして斬りかかるライ。

 クインケ、黒のリンシルグナット16/16と白の白のルスティングナット 16/16を放つ。

 刃を返すと峰で打ち返す、全てのクインケを。

「!」

 防御態勢を取り、何とか急所に刺さることだけは防ぐ。

 着地したライは息すら乱れてはおらず。

 

 

「ダメだ……」

 六月はライに勝てないとウリエは解ってしまった。武器の質なんか関係ない、向かってきたクインケを弾き返しただけではなく、全部、命中させるなんて並の実力では出来ない芸当。

 実力の差があり過ぎる。

「……六月を殺さないでくれ」

 六月を失うなんて耐えられない、仲間を失うなんて、もう二度とごめんだ。

「六月は家族なんだ!」

 クインクスのみんなは大切な家族、思わず飛び出そうとしたウリエ。

 その手首を掴み、才子は止めた。

 何故? と振り返るウリエに、才子は首を左右に振る。

 

 

「家族じゃない!!」

 ウリエの言葉を聞き、六月は叫ぶ。

「俺の家族は」

 何かのスイッチが入った。

「くそ最低親父とくそ母とくそ兄だけだ!」

 目の前にいたライに向け、赫子をしならせる。

「碌でもない父親や兄の中で育ったのはお前だけと思っているのか?」

 小狐丸で赫子を弾く。

「家族を死に至らしめたのは君だけではない」

 気を逸らすためにハッタリをかましているのではないのは言われなくても解る。油断するせず、赫子を放つ。

「手を、全身を血で染めたのも君だけではない」

 放たれた赫子を、またも弾いた。そこへ死角から赫子が襲う。二段構えの赫子攻撃。

 赫子がライをすり抜ける、それはまるで亡霊のように。

「なっ!」

 六月が驚いた時には目前に現れ、柄でのこめかみへの一撃。

 常人なら昏倒レベルの衝撃に耐える。それでもダメージは0とはならず、ふらつき、その場にうずくまる。

「殺れよ」

 もう勝てない、あらがうだけ無駄だろう。

 六月は両目を閉じる。

 無言でライは小狐丸を振り上げた。

 

「六月!」

 ライを止めようとするウリエ、だが才子は手首を離さない、その顔は真顔。

 振り下ろされる小狐丸。唐竹割り、六月が真ん中で真っ二つになる。

 

 に見えたが、ライの振り下ろした小狐丸は六月の頭の、ぎりぎりのところで止まっていた。ほんの数センチの所で。

 六月自身、切られて真っ二つにされたと思った、そう感じた。

「君にはいい家族がいるじゃないか、二度と失わないようにしろよ、それだけの力があるのだから」

 ちぃん、小狐丸を鞘に納め、立ち去る。入れ替わりにウリエと才子が駆けつけてきた。

 ライとすれ違う時、

「ありがとうな、美形」

 才子が呟く。

 

 

「六月、ケガはないか」

 ちょつぴり放心状態の六月をウリエは揺さぶった。

「俺、生きている。斬られたはずなのに……」

 斬られたと感じたにもかかわらず、その形跡すらない。

 ウリエも真っ二つにされたように見えた。

 どういうことなんだとウリエと六月が首を傾げていると、

「美形はむっちゃんを斬ったんだよ」

 才子の言った言葉に、ますます首を傾げる。

「刀や剣術の極みは“心”を斬ることなのじゃよ。美形はむっちゃんの悪い心を斬って“殺して”くれた、もうむっちゃんは新しく生まれ変わったんじゃ」

 言われて自覚する。心の中にあったドロドロと淀んだモノが消えて無くなり、何か晴れ晴れとした爽快感さえも。

 これが、一度死に生まれ変わったということ。

「“心”を斬る……か」

 ウリエもそんな話は聞いたことがある。

(しかし、それを本当にやっちまうなんて、なんて奴なんだ)

 

 

 




 ライが歌っているのはマザーグースの『ハエを飲んだおばあさん』です。
 歌詞と状況があっている気がしたので。


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第24章 スイーツタイム

 エトとナキが生きていた!
 嬉しいですが、あんな退場の仕方をしておいて……。エトが死んだ描写は無かったけど、ナキなんてモロでしたから。


 晋三平の方も上手く事が運んだ。

 文字通り、元の鞘に収まったのである。

 

 

 CCGのキッチン、ライは冷やした卵白と砂糖をボールに入れて混ぜ、

角が立つまで泡立てたところへレモンを絞り、少しだけ果汁を加え、さらに混ぜ、メレンゲを作る。

 別のボールに混ぜておいたホットケーキミックスと牛乳にメレンゲを混ぜる。正し一度に全部は混ぜず、分けて混ぜた。

 メレンゲの塊が無くなったところで生地の完成。

 十分に熱したフライパンに等分に分けた生地を入れて焼く。

 

「ライいる?」

 キッチンにシャオが入ってくる、髯丸と晋三平を引き連れて。

「ちょうどいいタイミングだね、今、パンケーキが焼きあがったところだよ」

 焼き立てで、ホカホカのパンケーキを皿に盛り付けている。

 思い出してみれば、朝からクインクスは何にも食べてはいない。特に晋三平は24区に入ってからは、何も口にしてはいなかった。

 シャオ、髯丸、晋三平の腹の虫が鳴く。

「バターとマーガリン、お好きな方をどうぞ。蜂蜜とメイプルシロップも用意しているよ」

 3人とも腹の虫の要求に抗えなかった。

 

「うめー」

 最初に声を上げたのは髯丸。声に出さないまでもシャオも晋三平も同意見。

 食感はふわふわ、口の中が蕩けるような美味しさ。空腹は最高の調味料というが、そんなのは関係なし。それこそ専門店を開けるレベル、お世辞抜きで。

「ライは強いだけじゃなく、料理も出来るんだ」

 髯丸の絶賛で、そうだったとシャオは当初の目的を思い出す。

「ライ、突然で失礼だが、私と一勝負していただきたい」

 これこそ、ここへ来た目的。

「六月先輩との一件を聞いた、武道を嗜むものとして、あなたと試合をしてみたいんだ」

 どうしても疼きを抑えることが出来ない、武人として。

「解った、受けよう」

 それはライにも言えること、一目でシャオが強いと知れる。そんな武人から試合も申し込まれたのだ、断ることなぞ出来ない。

「ありがとう、感謝する。ではトレーニングルームへ行こう――」

 シャオの視線は食べかけのパンケーキへ。

「その前に、これを食べてからだ」

 

 

 トレーニングルームで一定の距離を開けたまま、構えを取るシャオ、何の構えも取らず立っているだけのライ。

 両者、動こうとはせず、ただ時間だけが過ぎていく。

 

「なぁ、ライの奴、隙だらけじゃないか。なんでシャオは攻撃しないんだ?」

 髯丸の指摘通り、隙だらけで簡単に倒せそうに見える。

「……」

 晋三平も同じ、そうでなくてもクインクスと人間、戦闘力は桁違い。六月との話も信じがたし。

 

 攻撃しないのではない、シャオは攻撃できないのだ。

 一見隙だらけのライ。しかし、言い知れぬオーラが渦巻いている、それで踏み込めない。

(この感じ、もしかすると……)

 気が付いたことを確かめるため、シャオが仕掛ける。

 放たれる蹴り、躱すライ。

 躱されるのは計算済み、そのまま足を上げてつま先で顎を狙う。

 一歩下がって蹴りを避けると同時に、間合いに踏み込み、一本足だけでバランスの悪くなったところへ蹴手繰り(けたぐり)。

 さらに蹴り上げた足を掴むことにより、体制を立て直すのを封じ、押し込むことにより、ダメージを上乗せ。

 派手に転ぶシャオ。

 晋三平は驚きである、蹴られ殴られボコられたシャオを転ばせた、あんなに隙だらけなのに。

「すげえ」

 髯丸は思わず呟く。

「やっぱり――ね」

 自分の考えが正しい勝ったことをシャオは確信。

「瞬間空間判断力」

 それがライの能力、強さの1つ。

 “瞬間空間判断力”と聞いてもピンとこない髯丸と晋三平。

「そんな能力を持つ人を目の当たりにするなんてね」

「好きで身に着けたわけじゃないんだけどね」

 シャオの前に出て、手を差し出す。

「私の負けだ」

 素直に負けを認め、ライの手を掴んで起き上がる。嬉しそうなシャオ、ライほどの実力者に会えたこと、そして戦えたことが嬉しい。

「シャオ、瞬間空間判断力って何なんだ?」

 晋三平が問う。

「それは……」

 答え夕としたところ、

「ここにいたのか、ライ」

 篠原がトレーニングルームに来た、辛辣な表情。

「一緒に来てくれ、大変なことが起こっている」

 

 

 

 

 トーカ、永近、ニシキ、ヨモ、ヒナミ、リオ、亜門、暁、月山、松前、万丈、バンジョグループ、アヤト、ミザ、才子、ハイル。

 “竜”から発掘されたカネキケンの元に集まる面々。

 ライとクインクスの新人たちは、最初の再会を譲った。

 発掘されてから、ピクリとも動かないカネキケン。死んでいるのかもと思われもしたが脳波はしっかりとあり、生きていることは間違いない。

 ただ目を覚まさないだけ。

 カネキケンの体の中には、未知の器官が複数存在し、今のところCCGもお手上げ状態。

 みんな疲れていたのでうたた寝、才子はカネキケンに突っ伏して睡眠中。

 ゆっくり目を開くカネキケン、半身を起こす。

 夫婦の絆、一般にトーカが気が付き、目と目が合う。

「トーカちゃん」

 周囲を見回す。

「みんな……」

 涙が滲み出る。

 目を覚ました才子、妻であるトーカを差し置いて抱き着く。

 異変に気が付いて、次々とみんなも目を覚ます。

「カネキさん……」

 リオももらい泣き。リオだけじゃない、みんな泣く、嬉しさのあまり。

 

 

 

 

 篠原に連れてこられたのは医務室、丸手、黒磐、法寺も来ていた。

 そこは修羅場であった。ベットの上に寝かされた人たち、ストレッチャーで運ばれる人たち、みんな苦しんでいた。

「ライくん、どう見ますか?」

 法寺が訪ねた。全員、赫眼を発現させ、一見、喰種に見える人たち。

「なるほどね、“竜”は囮で、これが旧多の本命か」

 丸手はライの顔を見た。同じことを丸手も考えていたが、それを一目で思い至るとは。

「流石だな」

 褒める黒磐、ここにいる特等たちも同じ結論に辿り着いていた。

 篠原がライにアイサインを送る。

 頷き、スマホを取り出す。

「誰に掛けているんだ?」

 聞いてきた丸手。

「この事態に詳しい奴を呼ぶんだ」

 

 電話を終えたのを見計らったように、捜査官が飛び込んできた。その顔色は悪し。

「テレビで大変なことが!」

 

 

『レポーターのニムラです、現在4区の繁華街に来ております。ご覧ください、怪物が人を喰っます! これは黙示録の実現なのでしょうか、それとも悪魔の戯れか……』

 姿をくらましていた旧多が、レポーター気取りでテレビに出ているではないか。

 画面では人を襲う怪物と、怪物を駆除しようとする自衛隊が映し出されていた。

 撃たれた怪物は爆発、すると何故か自衛隊の何人かが倒れる。

『さてさてェ、何が起こるかワチゴナドゥ』

 

 篠原、丸手、黒磐、法寺はモニターを凝視、ライだけは違った目で見ていた。

「どうやって放送している!?」

「独自の送出システムを使っているみたいス、探知します」

 丸手に部下の馬淵が返答。

『こちら瓜江、現場付近にいたので向かいます』

 ウリエの通信が入る。目を覚ましたカネキのリハビリがてら、才子とともに散歩に出ていた。

「動ける奴は現場に急げ」

 急いで指示を出す丸手、緊急事態ながら旧多を捕らえるチャンス。

「丸手さん、あの爆発、マズイ気がします」

 警告を永近が出す。

 捜査官が騒然としている最中、

「現場に行っても旧多は捕まえられない」

 エッという顔で、一同はライに注目。

「これは録画だよ、何とか中継に見せかけているけどね」

 指摘され、この手のことが得意な馬淵は、改めて観察した見る。隅々まで、よくよく。

「確かに、これ録画ス」

 馬淵も気が付いた。

 全員がテレビを凝視。中には指摘されても、中継と録画の区別が解らない者も。

「よく気が付きましたね」

 法寺、よく見ることで彼も録画であることが解った。

「だって、あまりレベル高くないよ、この映像」

 と言ってのけた。

 レベルが高くない? 旧多の配信している映像はライに言われて、やっと馬淵も気が付いたほどの出来栄え。決してレベルが低いとは思えない。

 かと言って見破ったことを自慢しているのでも、見破れなかった奴を馬鹿にしていないのは誰にでも解る。

 種を明かせば、何度か中継に見せかけた録画を見ていただけ。その映像のレベルは秀逸で、聡明な人が見ても中継だと騙されてしまう程のもの、見破れるのはライぐらいだろう。

 そもそも彼の作った映像と比べられる方はたまったものではない。

「オイ、瓜江、あの映像は録画だ。おそらく、行っても旧多はいないだろう。それに奴のことだ、罠だと考えて間違えないだろう。引き上げた方が無難だ」

 無線で告げる丸手の目はモニターに向けられていた。

 画面の中では旧多が怪物の体内にある“毒”についての説明、その“毒”を吸った人間は喰種になると。

『“落とし児”たちは人を喰らい、そのエネルギーを卵管に運ぶ! エネルギーを蓄えた、さらに子供を産む! しかも怪物を殺そうとすれば毒を振りまき、仲間を増やす』

 

 

 人間の喰種化。生前、有馬が最も危惧していた状況、それは、全ての人間が喰種になること。

 

 

 

「入るよ」

 病室に入ってきたライ。

「お見舞い、ご苦労、美形」

 ベットで寝ている才子の目の上には、筍の様な物が生えていた。

 『ROS』Rc細胞過剰分泌症。赫子に似た嚢腫の形成と異常発達、進行すると激痛や強い嘔気、記憶の混濁、精神退行、五感の著しい鈍化を引き起こす。

 シラズの妹も発症している病で治療法は無い。

 “落とし児”の撒き散らした、“毒”を浴びた人たちの大半が『ROS』発症させていた。

 丸手から連絡を受けて撤退をしようとした時、“落とし児”たちに囲まれた。

 才子が“毒”を受けたのはカネキを救出したとき。

 『ROS』を発症した才子が殿を務めようとしたが、もう何も出来ず。大切な人を失いたくなかったカネキが一瞬にして、“落とし児”の群れを駆逐。

 その後、何故か赫子で出来ていた手が元の手になっていた。

 またウリエにも、その兆候が見られるが、微弱なので心配はないレベル。

 それほどまでに“落とし児”との戦闘は危険を伴う。

 

 ウリエの鼻孔をいい香りがくすぐる。香りの元はライの手にある紙袋。

「パイシューを持ってきたけど、食べれるか?」

 甘いもの体の疲れも心の疲れも、取ってくれる。

「おお、良い匂いがすると思ったら、それか」

 才子の食欲は健在、今のところは。

「よく店が開いていたわね」

 才子の体のケアをしている貴未。東京の都民は避難していて、開いている店などないはずなのに。

「僕が作ったんだよ、CCGの調理場を借りて」

 これに驚くウリエ。

(こいつ、何でもかんでもできんのかよ)

 バリバリのモテ技能なのに。本人にその自覚皆無。

「お茶、入れるわね」

 貴未はお茶を入れに行く。

 食べれるうちに食べておきたい、そう食べれるうちに。

 『ROS』患者を受け入れた施設では喰種化した患者が看護士を襲う事件も発生していた。

 そして才子にも喰種化の危険性がある。

「心配はいらないさ、もう少しの辛抱だよ」

 根拠のない慰めの言葉だが、何故か才子、ウリエ、貴未は本当に何とかなりそうな気がしてきた。

 

 

 




 今回はライくんのお菓子作りタイム。何となく、ライくんお菓子作りうまそうと思いました。


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第25章 女神の鉄槌

 東京喰種 reが最終回を迎えました。
 16巻、分厚い。



「バトレー・アスプリウスです」

 禿頭にモノクルを掛けた小太り男が、少々、おどおどしながら貴未に自己紹介。

「やぁ、待ってたよ、バトレー。よく来てくれたね」

 笑顔で出迎えるライ。

 ライに笑顔を向けられたバトレー、汗を拭きだし、ハンカチでかいた汗を拭く。

「は、話は聞いております、早速、診察を」

 慌てるように診察に乗り出す。

 

 施設に運び込まれた『ROS』を発症した患者たちを診察するバトレー。患者たちの中には喰種化して襲い掛かるので、拘束されている者も。

 

 一通りの診察が終わり、最後に才子の診察。部屋にいたウリエは期待と不安と疑惑の眼差しで見ている。

「どうバトレー、治せる?」

 ライに背後から声を掛けられたバトレー、いきなり冷水を浴びせかけられたようにビクッとした後、

「な、治せます、“例の研究”の応用で」

 愛想笑いを浮かべて言った。

「本当に治せるのか!」

「“例の研究”?」

 ウリエと貴未は別々の反応。

「ハイ、以前、亜門さんに頼まれたんです、喰種化施術を受けたものを人間に戻せるかと。あの人は自分の体も研究に使わせてくれましたが、残念ながら赫包移植型を人間に戻すのは不可能でした。ですがその研究を応用すれば今回の症状なら、治療は可能だと思われます」

「それは本当か!」

「本当です、私は嘘を吐いたことはありますが、こんなことでは嘘は吐きはせん」

 いきなり腕を掴み、食い入るように聞いてくるウリエへ、必死に訴える。

 慌てて手を離す、ついクインクスの力で締め上げそうになっていた。

 腕を折られずに良かったとバトレー。

 貴未はバトレーを見る。治療不可能、このまま『ROS』の患者が喰種になるのを指を銜えて見ているしかないのかと悔しい思いを誰もが思っていたのに。

 ライはこの男を、一体、どこから連れてきたのだろうか?

 

 治療が可能なら早い方がいい、早々とバトレーは開始。

「まずはこちらの女性から、始めましょう」

 ベットに横たわる才子に視線を落とす。

「えこひいきはいい、他の奴からやってくれ」

 にっこりと微笑さえ、浮かべて言った。自分は捜査官、優先されるべきは一般市民。

 内心、ウリエは余計なことは言うなと言ってしまった。

「いえいえ、えこひいきではありません、あなたはフレーム施術を受けておられるでしょう。この場合、早く治療しないと手遅れ、完全な喰種になってしまう可能性が高いんですよ」

 フレーム施術の影響で『ROS』の進行と悪化が他人よりも激しい。

「……そうか、それなら仕方がないな」

 才子も納得。

 内心、ホッとしたウリエ。

「ライくん、あの人は信用できるの?」

 小声で貴未は聞いた。

「あの“柘榴”あるだろ、アレを開発したのはバトレーだよ」

 言われてバトレーを再確認。

「そうね、“柘榴”の開発者なら信用できる“腕前”は持っているわね」

 

 才子の治療を始めるバトレー。

 まずは点滴、手伝う貴未。

 “柘榴”のこと、治療の手際の良さ、研究者としての腕は確か。どことなく水を得た魚のようなな雰囲気。

 少し気になることが貴未にはあった。“柘榴”にしろ『ROS』の治療技術にしろ、おいそれと出来るものではない。いくら亜門が研究に協力しても、それだけでは不可能。

 以前、嘉納が言っていたことを思い出す。

『最近、凶悪な喰種たちが姿を消している。CCGの仕業でもなし、もしかしたら、喰種を使って私と同じようなことやっている奴がいるのかもな』

 “同じサイド”の人間として、何か感じるものがあったのかもしけない。

「バトレー、1ついいかしら」

 カマをかけてみることにした。

「ライのことを怖がっているんじゃない」

 サッとバトレーの顔色が変わる。

「そ、そんなことはありません!」

 否定していても、動揺までは隠せない。

「絶対に敵に回してはいけないんですよ、ライ様は」

 やはり余程、ライを恐れている様子、さらに様付け。

「狂王や銀の獅子皇伝説には誇大じゃなかった、間違いは無かった。いや、むしろ伝説以上……」

 意味不明なことをブツブツと呟く、言葉の中に恐れと興奮が混じっていることだけは解った。

 確信した、バトレーは嘉納と“同じサイド”の人間でも小心者。

 今はバトレーしかできない知療技術。だが『ROS』の患者の数は多すぎる上、今後、増える可能性大。

 必ず多くの医療従事者や研究者に、この知療技術は広めなくてはならない。うまく彼の小心者を突けば、何とかなりそう。

 

 

 治療にひと段落がつき、一服しようとしていた貴未は廊下でライを見かけた。

「ちょつと、いいかしら」

 声を掛け、無人の部屋に連れて行く。

「あのバトレー、どこから連れてきたのと聞いても教えてくれないわね」

 それは質問する前から、解っていねこと。答えたところで信じてもらえるかも解らない。

「質問を変えるわね。これまでバトレーは人体実験をしたことあるんじゃない?」

 実はこれが、本当に聞きたかったこと。

「あいつは多くの戦災孤児を使ったよ」

 やっぱりと貴未は思った。バトレーの技術力は嘉納に勝るとも劣らないもの。

 嘉納は、あれだけの技術力を手に入れるのに、数えきれないほどの人間をモルモットにした、カネキもその一人。

 バトレーの技術力、喰種をモルモットにしただけでは身に付けれるようなものではない。喰種をモルモットにする前から、かなりの人間をモルモットにしていたんではないかと。

 その考えは的中していた。

 “あいつは多くの戦災孤児を使った”ならば、バトレーを突くのに遠慮はいらないだろうと貴未は判断。

「バトレーも使える主君を思ってやったんだけどね。あいつの忠義心はすごいものだった……、どんな非道なこともやってしまう程、だからって許せる所業ではないが。そこまでやって使えた主君は、今はもういない」

 ライの言葉には哀れみが混じっていた。

 忠誠を誓った主君を失い、行き場を失ったバトレーを拾ったライ。

「もしかして、ライくんもバトレーに……」

 さらに貴未が聞こうとした時、緊急事態が起こった。

 

 

 東京中に広がった“竜”のこと卵管から、産み落とされる“落とし児”たち。

 “落とし児”には『ROS』を引き起こす毒を持つものと、持たないものがいる。

 毒を持つ“落とし児”の個体が集中しているエリア、19区。

 その場所の地下には空洞があり、そこに“厄介”なものがある可能性が高いと貴未は推理した。

 そこでを19区の調査をしていた自衛隊が『V』との奇襲を受け全滅。

 

 

「向こうから来るってことは、それだけ来てほしくないものがあるってことじゃないのか?」

 緊急事態にCCGに呼ばれた英良。

「19区が“当たり”ってことだね」

 ライも呼ばれた。

 貴未の推理が正しかったということ、“落とし児”を産み落とす卵管があるのは19区の地下にある可能性が、すごぶる高い。

 ライ以外にも、連絡の取れた捜査官は集めるだけ、集められた。

 捜査官だけではない、カネキたち喰種も集められている。

「毒の元は、今すぐ調べるべきだ」

「それも一理あるね」

 英良の意見に月山も同意、ぐずぐずしていたら、手遅れになる。

 問題は地下は毒の濃度が高く、人間はひとたまりもない、喰種でさえ危険。

「僕が行きます」

 カネキが名乗り出る。彼には毒に対する体制があり、適任には違いない。

 ただ旧多と『V』が、黙って見ているはずもなく、襲撃を仕掛けてくるのは間違いなし。

「俺も行く」

 アヤトも名乗り出る、地下に詳しい案内人は必要不可欠。一度、奥の奥まで潜ったことがあり、とても地下には詳しい。

 他のメンバーは19区で『V』を足止めする。敵の戦闘力を考えれば、戦力はあればあるだけいい。捜査官、喰種、全員出撃することになるだろう。

「亜門くん、よろしいでしょうか」

 背後から声を掛ける法寺。

「“アレ”を用意していただけませんか?」

 尋ねるまでもなく、“アレ”とはナイトメアフレームであるとは察しが付いた。

 確かに“不動”と“蜃気楼”があれば戦闘が有利になり、毒の影響も受けにくい。

 大空洞の大きさによっては潜って行けるかもしれない、“不動”と“蜃気楼”が無理でも小型のナイトメアフレームはある。

「解りました」

 スマホを取り出し、ゼロと連絡を取り、話し合っていると、

「まさか、本気なのか!」

 亜門の顔色が変わる。

「それはダメだ、辞めるんだゼロ!」

 思わず大きな声を上げたので、一同の注目を受けてしまう。

 向こう側から電話が切れ、再度も掛けても繋がらない。

「どうした、亜門?」

 丸手が近づいて来る。

「“蜃気楼”が19区を更地にする……」

 それを聞いた篠原。

「まさか、例の物を使う気か」

 篠原の顔色も変わる。篠原も何のことか解った様子。

「例の物って何です?」

 ジューゾーが訪ねても答えてくれない、答えられないと言った方がいいかも。例の物とはそれだけの物。

「おいおい、19区に核爆弾でも落とすつもりじゃねぇだろうな」

 勿論、丸手はジョークのつもりで言った。

 ところが亜門と篠原は沈黙、それで理解する、ジョークじゃないと。

「本気なのか! 何を考えてやがる」

 事態を察した丸手は慌てる。丸手だけではない集まってきていた捜査官も喰種も慌て始める。

 1つの区とはいえ、東京に核爆弾を落とすなど、正気の沙汰ではない、人にとっても喰種にとっても取り返しのつかない事態になってしまう。

「F.L.E.I.J.A.、フレイヤ。核分裂反応を起こし、巨大なエネルギーの球体を発生させて、触れたもの全てを跡形もなく消滅させる。爆心地の空気すら消滅させるので真空状態になり、フレイヤの縮小及び消滅後には爆心地近辺の空気を吸い込み、強烈な突風を発生させ、広範囲に第二、第三の被害を引き起こす、甚大な、ね。 効果範囲は最大で半径100kmだが、リミッターを設定すれば効果範囲や起爆時間の調整が可能。起爆時には爆発、熱反応、放射能は発生しないので後遺症は出ない」

 フレイヤのことは良く知っている。何せ、開発者はライと同じ生徒会のメンバーなのだから。

 F.L.E.I.J.A.が何で出来ているかまでは伏せておく。

「ライ、止められないのか!」

 つい丸手は声を荒げてしまう。いくら爆発、熱反応と放射能は出ないと言っても了承できるものではない。

「多分、もう手遅れだよ。あいつのことだ、最もリスクが少なく、敵を殲滅する方法を選んだろうね」

 ゼロはやる時にはやる、どんな非常で冷酷なことも。それはライにも言えること、ライも必要な時は、どんな手段でもやる。

「オイ、誰一人として19区に近づかせるな、19区と近くにいる奴は、即刻、避難させろ!」

 止めることは不可能、ならばできることをやるまで。

 丸手の指示を受ける前に、すでに捜査官も喰種も動きだしていた。

 

 

 

 

 19区、戦闘準備を整えて待ち伏せている『V』。

 自衛隊の活動はCCG側に気づかれたということを意味する。

 あの場所に何人たりとも近づけるわけにはいかない、あの場所に立ち入っていいのは自分たちと同じ、選ばれたもののみ。

 すぐにでも来ると思われたCCGと【黒山羊】が一向に現れない、いつまで経っても現れる気配すら無し。

 

 

 ビルの屋上で『V』を見下ろしている【ピエロ】のメンバー。

「来ないわね、CCGや【黒山羊】を買いかぶっていたのかしら」

 ぼやくニコ。自衛隊が19区を調べ回っていたので、地下にいる“竜”の母体のことを調べていると判断し、皆殺しにした。

 そんなことすれば、確実にCCGと【黒山羊】に母体のことを感づかれてしまう。

 それでも母体を守らなくてはならなかった。

 母体を破壊するためにCCGと【黒山羊】が来ると踏み、【ピエロ】と『V』が待ち構えていたが一向に現れない。

 ニコと同じく、ウタもイトリも拍子抜けしていた。

「いや、そんなはずはないCCGや【黒山羊】は馬鹿ではない、聡明な奴らが揃っている。カネキ、丸手、スケアクロウ。特にライが気付かないはずがない。なのにどうして、現れない?」

 ドナードだけが、他の【ピエロ】と違い状況を分析していた。

「ここを離れるぞ!」

 何かに気が付き、急いで走り出す。

「CCGと【黒山羊】が来ないのは来られないからだろう。つまりば奴らは“それだけのこと”を場所で起こすつもりだ!」

 いつの間にかドナードの鳥肌が立っていた。

「ち、ちょっと、『V』に知らせないの」

 慌ててイトリも後を追う。

「どうやら、そんな暇はなさそうだね」

 楽しそうと言いながらも、ウタは緊急事態なのは解っていた。

 喰種の力を振り絞ってビルからビルへと飛び移り、出来るだけ【ピエロ】たちは19区から離れる。

「せめて、宗太ちゃんには知らせてあげないと」

 ジャンプしながら、ニコはスマホを取り出す。

 

 

 突然、上空に黒い機体、“蜃気楼”が現れた。ついに来たかと身構える『V』たち、皆の両目は赤い、赫眼。全員がすでに喰種になっている証拠。

 人間と喰種のハーフ、半人間の『V』たちは短命、だからこそ自ら進んで毒を受け入れ、喰種になって生き延びることを選んだ。

 空を飛んだまま“蜃気楼”は、音叉のみたいな銃身を持つ銃を取り出し、何をと思う間などなく、緑色の物体を撃ち出す。

 咄嗟に『V』は距離を取り、防御態勢を取った。

 アスファルトにめり込んだ緑色の物体は紫がかったピンク色の光を放ち、縮小を始める。

 それを見届けると、以後の攻撃は行わず“蜃気楼”は飛び去って行った。

 最初は爆弾か何かと警戒していた『V』たち、しかし一向に縮小したまま、爆発もしなければ攻撃もせず、何の変化なし、ただ光っているだけ。

「何だこけおどしか……」

 ホッとする『V』たち。

 次にアレは何なのかと興味を持ち、紫がかったピンク色の光の周りに集まり始めた。中には回収できるなら、回収しようとするものまで現れる。

 それを見計らったようにF.L.E.I.J.A.は炸裂。実際、ゼロは自分が逃げる時間と、興味を抱いた『V』が集まる時間を計算して、炸裂するようF.L.E.I.J.A.を調整していた。

 紫がかったピンク色が球体となって広がって行き、何もかも包み込む。建物も木々も『V』たちも“竜”も、19区に存在するありとあらゆるものを包み込む。

 

 

 紫がかったピンク色の光球が消えると同時に、周囲の大気を吸い込み、強烈な突風を巻き起こす。

 全力で逃げていた【ピエロ】も巻き込まれそうになるが、近くにあった建物の壁や床にしがみつき、何とか耐えきる。

 19区から離れていたことと、上級喰種の力が幸いした。あの突風、並の喰種のパワーだったら、巻き込まれていただろう。

 

 

「何なのよ、もう」

 ブツブツ文句を言いながら、ニコは屋上に這い上がる、手を掴んで助けてあげるイトリ。

 19区が見下ろせるビルの屋上に集まる【ピエロ】の面々。

「何もかも無くなっちゃった……」

 ウタの言葉通り、19区は消滅していた。建物も木々も『V』たちも“竜”も、何もかもがきれいさっぱり消え、まるごとクレーターになっていた。

 ここに町があったなんて、とても信じられない。

「危なかったわね、あと少し、逃げるのが遅れていたら私たちも消えていたよ。よく気が付いたわね、クラウン」

 イトリの労いの言葉はドナードの耳に届いていなかった。

 消え去った19区を凝視し、

「主は硫黄と火とを主の所、すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて、これらの町と、すべての低地と、その町々のすべての住民と、その地にはえている物を、ことごとく滅ぼされた」

 旧約聖書『創世記』を読み上げていた、その顔に現れていたのは歓喜。

 

 

 




 黒磐さんも生きていました。
 カネキとトーカの娘、ナキとミザの子供、可愛い。


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第26章 “皇”VS“和修の王”

 決戦の回になります。


「あーあー、本当に更地にしちまいやがった」

 丸手の見るモニターに映し出された19区。何もかも消え失せてクレーターになっている。

 捜査官たちも喰種たちも、モニターを見つめる。特に19区を守っていた捜査官、なわばりにしていた喰種たちには辛い光景。

「これをどう説明すりゃいいんだ? 正直に核爆弾を落としましたって、言うわけにもいかねぇだろうし」

 丸手だけでなく、CCG全捜査官の頭の痛い悩み。

「一層のこと、“竜”が自爆したってことにしてみたらどうッス」

 馬淵の提案。それも悪くないアイデアかも。

 不幸中の幸いなのは避難が早かったことで、『V』以外に犠牲者は出なかったこと、負傷者も無し。

「放射線量も自然放射線量しかありません」

 貴未の報告。本当にF.L.E.I.J.A.は爆発、熱反応、放射能の出していなかった。

「19区に露出していた“竜”卵管も消滅、“当面”の間は毒を持つ“落とし児”は産み落とされることは無いでしょうが……」

「“当面”の間ね」

 貴未の言葉のニュアンスに気が付く丸手。

「ええ、地下には本体が残っています。このまま放置していれば、いずれは地上に卵管が出てくるでしょう」

 そうなれば、再び毒を持つ“落とし児”が生まれ落とされ続ける。

「どのみち、地下の大空洞に行かなくてはならないということか……」

 行く気満々のカネキ、元々、そのつもり。

「でもF.L.E.I.J.A.で『V』は消えちゃったんだから、簡単にすむんじゃない」

 楽天的なハイル。

「あれぐらいで旧多が死んだと思うのか? そんな程度の奴なら、ここまで苦労はしない」

 おかんモードの宇井。相も変わらずのおかんモードと脳筋モードのベア。

「旧多も生きているし、『V』も全滅したわけじゃないだろうね」

 ライも、そう分析。

「これで『V』がF.L.E.I.J.A.を恐れてくれればいいんですけど……」

 ジューゾーの希望的観測、一罰百戒になってくれればいいのに。

「そんな程度の奴じゃないだろうな」

 篠原がきっぱりと否定。

「次に旧多が何を考えるのがは察しが付く」

 すでに旧多の行動が読めている様子のライ。

「何はともあれ、旧多たちの戦力が大きくダウンしたことは間違いない」

 英良の言う通り、今敵の戦力は大きく落ちている。

「今が攻め時ってことだな」

 丸手の決断は早かった。

 

 

 19区に集まるCCGと【黒山羊】。

「生きていたんですか、しっこいですね」

 やれやれと言った感じで話す、宇井の視線の先には『V』を率いる芥子。ただ『V』の数は少ない、代わりに“落とし児”で数を補っていた。

「良くもやってくれたな、おかげでこんな手段を取らざる得なくなってしまったではないか」

 ニチャと咀嚼音を立て、手を上げ合図を出すと、わらわらとピエロマスクの集団が現れる。

 捜査官たちに動揺が走る。果ってCCG本部が【ピエロ】に襲撃された際、人間の口を縫って喋らなくして数を水増ししていた。

 あの時は、いち早くライが気が付いたおかげで難を逃れたが、今回、ライの姿は無い、何故か、この任務に不参加。

 あの中にも人間が混じっているのかもしれない、そう思うと捜査官たちに狼狽えがでる。

 ニチャっと芥子が微笑む。

「ノンノン、騙されてはダメですよ、あの中に人間はいない、喰種の臭いしかしません」

 誰にでも聞こえるような大声で言う月山、隣で寄り添う松前。喰種の五感は人間よりも優れている。

「コーリさん、僕もそう思います、あの時とは動きが違います」

 喰種の動きと、無理やり参加させられている人間との動きには差異がある。それが今回は無いとジューゾーが指摘。

 月山、ジューゾーの指摘が正しいのは、悔しそうに歪んだ芥子の表情が証明していた。

「あの中に人間は混じっていない、気にすることなく殲滅しろ!」

 宇井の号令、捜査官たちは躊躇を追い出し、戦闘に突入。

 

 『V』は強い、喰種に死神と恐れられた有馬の部下で十分にサポートをこなしていた0番隊。その0番隊を成熟させたのが『V』、1人1人が一騎当千の猛者。

 だがF.L.E.I.J.A.で大部分を失い、“落とし児”と【ピエロ】で補っている。

 “落とし児”と【ピエロ】は数は多いが、『V』ほどの戦力は持ち合わせていない。

 それに対して宇井、ハイル、クインクス、篠原、ジューゾー、鈴屋班、黒磐、法寺、田中丸、平子、伊東班、月山、ニシキ、万丈など戦力はばっちり。

 恐ろしいのは『V』だけで、他は烏合の衆、戦力は捜査官側が勝っているかに思えた。

 空から、巨大な何かが落ちてきた。

 土煙を巻き上げ、飛来してきた相手を捜査官たちは戦慄を持って見つめる。

「フクロウ……か」

 宇井の顔色が変わる。

 CCG最恐の敵と言われていた【隻眼の梟】、『20区の梟討伐戦』で多くの殉職者を生み出し、数多くの捜査官のトラウマを与えた強敵。

 “頭”の形こそ違うが、姿は【隻眼の梟】に酷似していた。

 弾丸のごとく、フクロウ? から放たれる赫子。一撃目の攻撃で絶命、戦闘不能、負傷する捜査官、その数は少なくなし。

 凄まじい攻撃力、【隻眼の梟】と相違なし。

「“黒帽子”はこちらが引き受ける、お前は“梟”をやれ」

 『V』と交戦中ながらも、平子が叫ぶ。

「簡単に言ってくれるじゃないですか」

 《タルヒ》を構える。

「怖がりなんですよ、私はッ!」

 “怖がりなんですよ”と言いながら、

「体勢を立て直す、各員欠員時、マニュアルに従い5人編成を組め! 上位官は率先して誘導を頼む。急げ!」

 正確な指示を回す。

「サポートしちゃいます」

 《アウズ》を展開するハイル。

 後方支援に回る田村丸。

「赫者なら変態前の本体がある、そこを狙うんだ!」

 ウリエと、

「“首”です、佐々木捜査官の報告書で弱点は割れている」

 六月たちクインクスもフクロウ戦に参戦。

 《タルヒ》と《アウズ》の連携攻撃。ピッタリと息が合っているので、強烈な攻撃となる。

 フクロウの動きが止まった。そこへジューゾーが《13’sジェイソン》を振り下ろし、首を切り落とす。

 ゴトンと首が落ち、一瞬、決まったかに思えた。

 しかしフクロウは倒れない、切り落とされた場所には、女性の上半身。頭のあるべき部分には大きな十字架が刺さっていた、これが本体。

 攻撃態勢に入るフクロウ、その殺傷力は絶大。逃げる間などない、下位捜査官では防御しても防ぎきれない。

 多くの捜査官が死ぬ。条件反射で目を閉じる下位捜査官たち、何回も肉を貫く音が響く。

 痛くも苦しくもない、死んでいない、何ともない。恐る恐る目を開けた下位捜査官たちは見た、背中にいくつもの羽赫が刺さったフクロウの姿を。

「助かりましたリンタじゃなかった、リオ」

「ジューゾーさん、僕も一緒に戦います!」

 建物の屋上から飛び降りてきたリオ。フクロウに馬乗りになり、今度は甲赫の刃で切り刻む。

 【JAIL】と恐れられたSSSレートのリオの参戦、捜査官たちには複雑な思いを抱かせるが、強力な助っ人には違いない、結果的に士気を高めることなった。

「わしらも負けてはいられないな」

「ああ」

 篠原と黒磐も《オニヤマダ》と《クロイワSpecial》を展開させ、梟に向かう。

「リオくん、どいてください!」

 法寺に言われ、急いで飛びのく。

 リオが飛びのくと同時に、《レーヴァテイン》が炎を噴き出す。

(ここは私たちが引き受けます、そっちは任せましたよ、ライくん)

 

 

 

 

「我は海の子白浪の さわぐいそべの松原に 煙たなびくとまやこそ 我がなつかしき住家なれ」

 砂浜に座り、小狐丸を肩に立てかけたライが歌っていた。

「19区を吹っ飛ばすなんて、とんでもないことをやってくれましたね。どれだけの犠牲が出たことでしょう、罪悪感が沸き上がってきませんか」

 長巻きを片手に旧多がやってくる。

「犠牲になったのはあんたたちの仲間だけだよ。あいつは敵以外が避難する時間を計算して、F.L.E.I.J.A.を炸裂させたんだ」

 一度、自分の戦略で無関係者を巻き込むという失敗をやらかし、大事な人の家族を奪ってしまった経験から、そのことには抜かりはない。

「そうですか、アレはF.L.E.I.J.A.というんですね」

 ニマ~と笑う。

「やはり、あの兵器に一番近かったのはあなたでしたか。あれは“外”から持ち込んだ物なんでしょう?」

 旧多はライが“外”から来たことは、薄々感づいていた、ライも感づかれていることは承知、だから、この砂浜で出迎える。

「欲しいの?」

「欲しいですね」

 F.L.E.I.J.A.に魅せられた。F.L.E.I.J.A.の破壊力、もたらされる恐怖、畏怖。喉から手が出るほど欲しい、地下より、こちらへ来るほどに。

「気違いに刃物って言葉を知っているかい」

 小狐丸片手に立ち上がるライ、砂を片手で払う。

「そうですか、それなら――仕方ありませんね!」

 鞘を投げ捨て、いきなり斬りかかってくる。

 切ったと思った刹那、ライの姿が消えた。

「えっ?」

 目前に現れたライが放った掌打が顔面にヒット。

「ゲボッ」

 鼻血を撒き散らして倒れた旧多、足を振って反動で立ち上がる。

「あなたは“外”ではかなりの地位にあるんでしょう。ならばあなたを人質にしたら、どうなるかな?」

 見る見る間に鼻は治る。長巻で斬りかかる旧多、ひょいと躱すライ。

「牙突なんちゃって」

 片手一本突きを出す。

 向かってくる平刺突の刃を小狐丸の石突で弾き、片手で襟を掴み、投げ飛ばす。

 砂浜に叩きつけられる旧多。

「よくもやってくれましたね、こうなったら奥の手を使ちゃいますから、覚悟してください。究極絶大超旧多スペシャル奥義~」

 パッと起き上がり、

「三十六計逃げるに如かず」

 と逃げ出す。

 砂浜に座ったライ、ポケットからブラックサンダーを取り出して食べる。

 

 

「いで大船に乗出して 我は拾わん海の富 いで軍艦に乗組みて 我は護らん海の国」

 のんびりと浜辺で歌っていると、

「なんで追いかけいてこないんですか!」

 走って旧多が戻ってきた。

「だって罠でしょう」

 立ち上がり、腰のベルトに小狐丸を差す。

「そうやって人の心の内を読み取ってしまう、いとも簡単に!」

 今までへらへらしていた旧多の表情が歪み、腰から伸びる百足のような形の赫子がライを襲う。

 だが当たらない、外された赫子が砂を巻き上げる。

 飛び散る砂の中から、斬りかかってきた長巻の刃を指先で掴んで止め、捻ってバランスを崩させ、投げ飛ばす。

 今度は砂浜に叩きつけられることなく、体勢を立て直し着地。

「中々、強いですね!」

 赫子攻撃、容易く躱すが、いきなり向きを変え背後から攻撃。

 しかし、この攻撃も読んでた。

「言っておきますが、僕も意外と強いんですよ」

 死角からの一撃、長巻がライの首を狙う。

 まるで最初から全ての攻撃が見えているのかと、疑いたくなるように身を屈めて攻撃を躱し、そのまま旧多の懐に飛び込む。

 胸に両手で掌打を打ち込む、正し同時に打ち込むのではなく、少し時間差を付けて打ち込む。

「がはっ」

 その場に崩れ落ちる旧多。

 爆崩、ただの掌打ではなく、衝撃を透過させて体内に叩きこみ、内部から痛めつける。この時、時間差を付けて打ち込むことにより、体内において衝撃を衝突させ、体内全体にダメージを拡散させる技。

 追撃せず、旧多から離れるライ。

「あなたの能力の秘密、解ちゃいました」

 倒れたまま、旧多は笑う。

「爆崩の直撃を食らって、平気だなんて。普通なら絶命してもおかしくないのにね」

 と口では言いながら、少しも驚いてはおらず、最初から予想済みな感じ。

「瞬間状況判断能力」

 旧多は立ち上がる。

 瞬間状況判断能力、一目見ただけで、空間の状況、情報を認識、最も的確な行動を導き出す。

「これに加えて、読心術に先読み、正しく化け物です!」

 挑発。

「だから?」

 挑発には乗らない。

「【ピエロ】による本部襲撃といい、CCG乗っ取り計画といい、19区といい、あなたは僕の計画を、ことごとく粉砕にしました!」

 連続で斬りつける、的確に急所を狙った斬撃、一回でもヒットすれば致命傷。

 全ての攻撃を見切ってヒットさせない。

「ライ、あなたは鳥籠の中の異物だ! イレギュラーだ!」

 複数の目玉文様のある赫子で攻撃を食らわせようとする。

 ふわりと風に舞う羽毛の様に宙を舞い、赫子の上に飛び乗ってやり過ごす。

 その仕草、どことなく優雅。

「あなたから漂う優雅さ、気品、風格、正しく“皇”。どんなに僕が望んでも欲しても手に入らなかったのを、あなたは生まれながらに持っている!」

 赫子を変形させ、ライの顔面を狙うが、それよりも早く跳躍、旧多の眼前に着地。

 ズムッ、ライの拳が丹田の中心を打つ。

 ふらりふらりと、よろけて後方へ下がる。

「透かし……か、これじゃ、固い皮膚も意味をなさないじゃないですか、喰種じゃなかったら、何度も死んでいますよ。本当にやっててよかった嘉納式」

 ペッと血を吐き捨てて、口元を拭う。

 冷たい目で見つめているライ。

「僕が劣勢だと思っているんですかァ、マジウケルコウテイカッカ」

 ひゃははははははと声を立てて笑う。

「お前の持っているモノを、全部全部全部全部全部全部全部全部全部ぜんぶ~、僕にィィィィ寄越せええええ!」

 人外の姿、赫者化する旧多。

 腰に差した小狐丸をライは抜き放つ。

 絶え間なく赫子が襲い掛かってくる。避けれるものは避けるが、避けれない赫子は小狐丸を使う。

 大きさと衝撃、普通の人間には受け止めきれるものではないので、支点を逸らさせることにより、軌道を変える。

 上空から貫き押しつぶそうと、放たれた巨大な赫子。

 でかい分、躱しやすい。ところが躱したライを目玉模様の赫子が包み込み、磨り潰そうとする。

 斬! 目玉模様の赫子を切り刻み脱出。

 そこを旧多が狙って突撃をかます。

 ライは真っすぐ小狐丸を構える、切っ先を旧多に向けて。

「げえっ」

 旧多自ら、小狐丸に飛び込む形となる。

 このままでは串刺しになる。咄嗟に赫子で砂を掬って目潰し。

 身を翻して砂を防ぐ、その間に旧多は体勢の立て直し。

 小狐丸を鞘に納め、体に付いた砂を掃う。

 明らかに誘いではあったが、舐め切った態度にカチンときて、

「もらいましたぁッ!」

 誘いに乗る、そこには自身の有馬も認めた実力と強化された身体の自信がが内包されていた。

 赫子の槍がライを貫いたかに見えた。

 勝ったと、思わず旧多は微笑む。

 槍は貫いてなどいなかった、すり抜けただけ。

「!」

 最速かつ最小の動きで攻撃を躱すことにより、攻撃が体をすり抜けたかのような錯覚を起こさせ、相手によっては亡霊のように見えてしまう。

 間合いに飛び込み、ライは居合を放つ。一回ではない、抜刀と納刀を繰り返すことで連続の居合を放つ。六連抜刀術、六文閃。

 小狐丸を鞘に納め、爆崩を胸に続き、頚窩と腹に打ち込む、爆崩四門、ダメージは爆崩の二倍になる。

 これまでに蓄積されたダメージ、六文閃と爆崩四門のコンボ、限界を超えた。

 倒れる旧多。垣間見えのは、自分の子供を抱いているリゼとともに暮らしている平和な日常。

 

 

「かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ 出・や・る」

 仰向けに倒れ、旧多は歌を口ずさむ。

「こんな事なら、予定通りに地下へ行っとけばよかった。“皇”がこんなに強いなんて、予定外。どうしてそこまで強くなれたんです?」

 もう指一本、動かす力も残ってはいない。

「皇族に生まれるということがどういうことか解るかい? 兄弟親類が、みんながライバルだということ、命を狙い合う」

 『どんなに僕が望んでも欲しても手に入らなかったのを、あなたは生まれながらに持っている』自分自身の言ったセリフを思い起こす旧多。

「飯を食う時も注意をしなくちゃならない、周囲のものも誰が敵で味方か見極めなくてはならない。そうしなければ生き残れなかった」

 ライの驚異的な読心術。身に着けようとして付いたのではなく、生き残るために自然に身に付いた能力。

「僕の母親は日本でも長い歴史のある由緒正しい家出身。父は成り上がりの軍事国家の二代目、それ故に劣等感の塊。だからこそ、母親を側室として迎え入れた、歴史と由緒が欲しくてね。母親の家の方も、当時、権力の座から追われ、日陰もの。だからこそ、軍事国家の後ろ盾が欲しかった」

 つまるところ政略結婚、母親の意思などは無視。

「短期間で軍事国家として成り上がれた理由は民族主義を敷いたからさ。我が国の民はエリート中のエリート、世界を統べるべき選ばれた民だと。こうやって国民の意思を一つにまとめあげた。そんな国に由緒正しい家とはいえ、異国のものが嫁いだらどんな扱いを受けるか解るかい?」

 解る、十分すぎるほど、旧多も分家の家に生まれた。旧多だけではない、分家に生まれたものが和修家でどんな目で見られ、どんな扱いを受けてきたことか。

「僕自身のことならばいくらでも我慢が出来た。でも母さんと妹か泣くのだけは我慢が出来なかった。だから僕は強くなった、ありとあらゆる強さを身に着け、“魔王”とさえ契約を結んだ」

 ただ単に力を身に着けただけではない、古今東西の歴史戦記軍略戦略、ありとあらゆる知識も身に着けた。

「次期時期皇位継承権を巡り争わせて2人の兄を共倒れにし、13歳で初めてこの手で、直接、人を殺した、相手は父。いかにこの手が血で穢されようと、玉座さえ手に入れれば母さんも妹も泣かなくて済むようになる、そう思っていた……」

「でも、そうならなかった……。周辺諸国が攻めてきたんですね」

 その通り。軍事国家として成り上がった国、脅威とともに周辺諸国の関係は良くない。

 そんな国の皇位に13歳の子供が着いたのだ。これはチャンスと周辺諸国が攻め込んで来た。

「僕は戦った、常に前戦で戦って戦って、全ての敵を殲滅したとき、みんな死んでいた、敵も味方も、最も守りたかった母さんも妹も。僕だけが生き残った、自ら命を絶つこと考えたが、“魔王”との契約で死ぬことさえも許されない」

 生きることを許されなかった旧多、死ぬことを許されないライ。どちらが過酷か。

「アハッハハハハッ、僕が勝てないわけだ、ハッハハハハハハハハハハハハ」

 旧多は笑い出す。

「どん底でのた打ち回り、他人をどん底を引きずり込んでいた僕と、どん底から這い上がったあなたではレベルが違うんですね」

 ライを見れば解る、どん底から這い上がってきたことぐらい。

 絶望を乗り越えただけあり、なるほど強いわけである。

「僕一人の力では這い上がったわけじゃない。多くの仲間、“友”がいたから、僕は這い上がれたんだ。旧多、君にもそんな人はいなかったのかい?」

 旧多の脳裏に1人の女性の顔が思い浮かぶ。

「僕は普通に生きたかった。ライ、あなたはどうなんですか、あなたも普通に生きたかったのでしょうか、母親と妹と一緒に」

 ライの口が動き、旧多の“最後”の質問に答える。

 

 

 

 




 旧多はカネキではなく、ライと戦わせました。
 ブラックサンダー、あれ好きなんです。でも、どうしてブラックサンダーって名前なんだろう?


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第27章 終結

 あの御方が出てきます。


 19区の地下大空洞に潜ったカネキとアヤト。他には誰の姿もない、2人以外で存在しているのは“落とし児”のみ。

 貴未の予想通り、地下には“竜”が残っていて、多くの“落とし児”が胎児状態で眠っていた。

 地下の毒の濃度は高い、半喰種と喰種にもきついので2人はガスマスクを着用。

 無線で貴未のサポートを受けつつ、進んでいく。

 何故か進むに連れ、カネキは彼女、リゼの気配を強く感じるようになる。

『嘉……の……ノートに……った……資料と……致……』

 やがて電波状態が悪化、貴未との通信が不能に。

 それでも歩みは止めることは出来ない。

 バキッと殻が割れ、“落とし児”が産み落とされた、かなりの数の。

 目覚め動き出す“落とし児”たち。

 飛び降り、走り、カネキとアヤトは逃げるが、向こうも早い、このままでは追い付かれる。

「食い止める、行け!」

 立ち止まり、

「お前の代わりはいねーんだよ、こんな所で体力使うな!」

 叫ぶアヤト。

「真っすぐだ、進め、カネキ」

 向かい来る“落とし児”に立ち向かう。

「後で」

 まっすぐ進むカネキ、アヤトは背中で見送る。

「頼むぜ、クソ兄貴」

 

 

 

 

 最前線でリオはフクロウと戦い、盾と剣の両方の役目をこなす。六月は赫子を巻きつけ、拘束し動き封じ。

 そこを各捜査官たちと【黒山羊】の喰種たちが攻撃、整った連合連携。

 傍から見ればフクロウを追い詰めているように見えるが、このフクロウは傀儡に過ぎず、遠隔で操っている奴を何とかしない限り、倒せやしない。

 操っていた【ピエロ】のウタ、ドナード、イトリ、ニコを感覚に優れたヒナミが見つけ出し、亜門とヨモが戦う。

 

 

 突如、暴れ回っていたフクロウの動きが止まった。亜門とヨモがやってくれた証。

「“梟”の動きが止まったぞ」

「包囲して、抑制剤をボルトでぶち込め!」

 テンションマックスの捜査官たち。

 肩で息をしている六月、疲労が激しい。リオも疲労はしているが、まだ頑張れる。

 これで残る強敵は黒帽子『V』だけだと思われた矢先、新たな敵影が確認される、それも多数。

 現れたのは『魔猿』と『ブラックドーベル』、『あんていく』の仲間の古間とカヤが率いるチームのはず。

「終わったらコーヒーにしよううううううううう」

「あなたアナタアナタ冗談じゃないわんわんわんわん」

 様子がおかしい。

「これほど変態的なクインケ造り、嘉納はまことに惜しい人材だった」

 ニチャと芥子は笑う。

 【オルゴール】ドイツ語で【シュピールドーゼ】。過去に廃棄されたアイディア、自立式人型クインケ。クインケの赫包コントロールと遠隔起動機構を応用している。

 喰種の身体能力をそのまま生かすのが特長、ドイツで試験運用されたが、旨く行ってはいなかった。

「古間さん、カヤさん……」

 動揺するリオ。SSSレートの強さを持つ彼の弱点、優しさ。

 力の差はある、しかし古間とカヤ相手では、とてもではないがリオは戦えない、一歩ずつたじろぐ。

 古間が襲い掛かってくる、反撃できないリオ。

 振り下ろされた赫子を《ハイアーマインド(高次元精神領域)もしくは[天使の羽ばたき(エンジェルビート)》が受け止める。

 リオと古間の間に割り込んできた田中丸。

「ここは引き受けよう、リオボーイは“落とし児”を頼む」

 一瞬だけ、躊躇はあったものの、

「解りました」

 “落とし児”たちに向かう。

「やれやれ、操られるとは情けないではないか、お猿さん!」

 力任せに古間を殴りつける。

 

 

 和修家は捜査官の死体を喰っていた。

 ニチャニチャ、勝ちを誇ったように芥子は告げる。

「今、力は我にあり、我々こそが“法の王”。これからは我々が、我々にとって都合の良い、秩序をつくる」

 SSSレートの芳村の赫包で造ったクインケを展開、一振りで何人もの捜査官の命を奪う。

 フクロウとの激戦で疲労しているところへの敵の増援に加え、SSSレートのクインケを持った芥子。

 形勢は逆転してしまった。

 だが捜査官たちは諦めやしない、疲労し体に鞭を打ち必死の覚悟で戦う。

 芥子率いる『V』、『ピエロ』の雑兵、“落とし児”、クインケと化した古間とカヤ、『魔猿』と『ブラックドーベル』の猛攻。

 健闘むなしく、徐々に追い詰められていく捜査官と【黒山羊】たち。

 ウタを叩きのめしたヨモが駆けつけて、ニシキ、月山『あんていく』メンバーで芥子を連携攻撃。

「功善の使いガラスがっ」

 3対1という不利戦いなのに引けを取らず、むしろ押していたが、いきなり背後からの攻撃を受け、芥子は肩ごと右腕を切断される。

「秩序をつくる……か、たく、旧態依然とした、お前らの思想で法なんて作れるわけ、ねーだろうが」

 背後にいたのはエト、ドナードが死んだことにより、コントロールを脱して復活を果たす。

「秩序って言うのは“全員に都合がよくなきゃ”力も保てねーんだよ」 芥子に中指を立てる。

「だからバランスが壊れた今」

 上から飛び降りて来たのは、

「俺らには、クソほど話し合うことがある」

 24区で殿を務めて死んだと思われていたナキ。

 ナキだけではない、白スーツも健在し参戦。

「話し合う気がねーんなら、消えろ」

 オオッと、ナキに白スーツが声援を送る。

 

「ジェレミア・ゴットバルト、助太刀いたす!」

 戦線にジェレミアが乱入、メーザーバイブレーションソードで敵を斬る、今回はマスク無しで素顔のまま。

「ジェレミア殿、助太刀はありがたいが、我儘を言わせてもらえば、あと一人、腕利きの助っ人が欲しいところだ」

 感謝しつつ、篠原は本音を漏らす。何せ、フクロウ戦で疲労しているので。

「それなら心配ご無用と申しておきましょう、とびっきりの助っ人が来ています」

 

 

「やれやれ、遠路はるばる来たというのに、ライはいないのか」

 ジェレミアと同じ、小型の人間用メーザーバイブレーションソードを持った女性が現れた。

 周囲を見回し、

「どうやら、あんたが敵で最強のようだな」

 ピタリと芥子で視線を止める。

 芥子は交戦していたけヨモ、ニシキ、月山を同時に弾き飛ばす。

「なめるな、人間の女風情が」

 ニチャと相手を人間の女と侮った嫌な笑い。

「私はナイトオブナイン、ノネット・エニアグラム」

 彼女が名乗った時には、既に芥子は斬られていた、喰種でなかったら真っ二つになっていただろう。

「なっ」

 いつの間に移動した? いつの間に斬られた? 戸惑う芥子に連続攻撃。

 ヨモ、ニシキ、月山の三人を相手にしても引けを取らなかった芥子が防戦一方を強いられる。

 

 

 突然現れたノネットの戦いぶりに見入るヨモ、ニシキ、月山。

 一体、彼女は何者なのかと思っていたら、

「彼女と互角に渡り合えるのはライだけだ」

 と亜門が話してくれる、彼はドナードを倒し、ここへ来た。

 孤児院の仲間たちは亜門にとって家族、その家族を喰ったドナードは、許せない仇。

 同時に育ててくれた父でもあり、ドナードも亜門だけには手を出さす、捜査官に掴まった時も、致命傷を与えられているのに亜門の元へ向かおうとした。

 絡み合った葛藤を乗り越え、亜門はドナードを仕留めた。

「あのマドモアゼル、それほどに強いのですか」

 月山は、ライの強さは松前か聞いて知っている。

 そのライと互角に渡り合えるとは、どれほどの手練れか。

 ヨモ、ニシキにしてみても、現実に目の前でノネットの強さが示されている。

 見とれてばかりではいられない、ヨモ、ニシキ、月山、亜門も戦闘に加わる。弱ければ足手まとい、邪魔になるだけだが、この三人と亜門は、そうではない実力を有す。

 

 

 チッ舌打ちする芥子。とんでもない戦闘力を持つノネット、おまけにヨモ、ニシキ、月山に亜門まで攻撃を仕掛けてくる。

 “落とし児”、ピエロ、フクロウ、【オルゴール】。何重にも仕掛けをしていたのに、【JAIL】、死んだと思われていたナキたち白スーツの乱入、エトの復活、ノネットとジェレミアの参戦。

 ことごとく計算が狂い過ぎた。

 今や計画は破綻してしてしまった。ならばいつまでも戦っている意味はない、芥子は、この場を逃げし、体制を立て直そうことを決める。

 一気に後方へ飛び、距離を稼いでから逃げようとした。

「どこへ行くつもりですか、逃がしはしませんよ」

 退路を宇井とハイル、平子が塞ぐ。

「なっ!」

 最悪の失態、ノネットに全く無防備状態をさらけ出してしまう。

 しまったと認識したときには、背中を深々とメーザーバイブレーションソードで斬られたいた、一回ではない、二回もXの字に斬られる。

 Xの字の致命傷。動きが止まったところへ、平子が両手に持ったクインケで顔を輪切り。

「竜に、われわれの、せ――」

 それが芥子の最後の言葉。

 

 

 芥子が倒された上、残存勢力は一割。

「なんだ、殆ど終わっているじゃないか」

 腰に小狐丸を差したライが現れた。

 動揺が『V』を襲う。ライは旧多が殺しに行ったはず、なのに何故ここにいるのか?

 入れ違いになったのかとの僅かな願望も、ライの手にある長巻が打ち砕く。

 あの長巻は旧多の持ち物、それがライの手にあるということは1つしか答えがない、万事休す。

 生き残っていた『V』逃走を開始。

『追跡班以外は戦闘を終了する。各自、負傷者の保護に当たれ。繰り返す――』

 本部からの指令、『V』との決戦が終了した瞬間である。

「ライ、久しぶりだな!」

「ノネットさん!」

 瞬きの間さえも無かった。あっという間にライを捕まえ、ブリタニア式乳固め。

 流石のライも、この必殺技からは逃れらる術無し、幸せな悶絶を味あう。

 男性陣の中には羨ましそうに見ている者が多かったが、乳固めの経験者であるウリエは同情的に見ていた。

 

 

 

 

 ほぼ同じ時間、貴未は毒のある“落とし児”を産み落とす“竜”、卵管の消滅を確認。

 これで捜査官と喰種の連合の勝利が確定した。

 

 

 




 ノネット姐さんの登場! 腹パンチ、ブリタニア式乳固め、お持ち帰りのコンボ、あれ良かった。
 原作通り、次回は6年後になります。


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エピローグ

 これでラストになります。


 『V』との決戦の勝利。毒を持つ“落とし児”を生む“竜”卵管はカネキによって破壊したが、他の“竜”卵管は残り、“落とし児”改め、“竜遺児”は産み落とされ続けた。

 人類と喰種、共通の敵となった“竜遺児”。

 そして6年の月日が過ぎた……。

 

 

 

 

 CCGは解体され、“竜遺児”と戦う東京保安委員会、TSCが設立、初代長官になったのは丸手、次期長官は法寺項介(ほうじ こうすけ)。

 喰種側の《共同戦線》の代表は月山、副代表は万丈が務める。

 ちなみに万丈は三兄弟のジロと結婚。

 

 

 『柘榴』の量産化が可能になったより、喰種は人を喰わなくても良くなる。

 こうして人間と喰種の共存社会が築かれ、もう喰種は隠れて生きなくても良くなった。

 貴未は『柘榴』の研究を続け、喰種に人間らしい食事を味会わせることを目指す。

 そして姓を西尾にすることを夢見る。

 

 

 ライ、ジェレミア、英良を通じて饗団の存在を知った亜門は、所属しないまでも外部協力者となり、暁も共に歩んでいく。

 

 

 英良、一見風邪用に見えるマスクで口元を隠し、カネキの家に向かう。

 その途中に出会ったアヤトとヒナミと合流、一緒に家に行く。

 

「りお~」

 カネキとトーカの娘、一花(イチカ)はリオの肩に乗り、髪の毛にリボンを結んで遊んでいた。

 リボンを結んだリオの姿を見た英良、アヤトとヒナミは思ってしまった『良く似合っていて、可愛い』なと。

 そんな心情を察したリオの顔が赤くなった。

 遠目でヨモが自分がやられなくて良かったと、胸をなでおろす。

 一花のお気に入りのおもちゃになっているリオだが、他者のRc細胞を取り込み、新たな赫子を形成するという特殊な能力を持っていることで《共同戦線》の切り札中の切り札になっている。

「ああ、ヒデくん」

 キッチンにいたトーカが出てきた、すっかり主婦が板についている。

 

 英良、アヤト、ヨモ、リオと一花が遊んでいると、月山、万丈、ニシキ、ウリエ、才子が訪ねてきた。

「どこのお姫様かなっ、これは一段と美しくなられました」

「しゅー」

 一花を抱き上げ、くるくると回す月山。

「ママンワイフ、これむっちゃんから」

 才子はお土産のリンゴを渡す。

「うちの子、フルーツ好きなんだ。透にありがとうと書かなきゃ、ね」

 半喰種である一花は普通の食事も摂れる、特にリンゴと依子の焼くパンが大好物。

「やぁ、みんな」

 そこへカネキが帰ってきた。

 毒を持つ“落とし児”を生む“竜”卵管を破壊した後、体液の毒液の濁流に流されたところをアヤトに救出される。

 今はTSCと《共同戦線》の協力者。

 

 からんからんとドアベルが鳴る、一同が顔を向けた先、

「こんにちは」

 続いて入ってきた来訪者はライ。

「らい~きれい~」

 足元に駆け寄ってきた一花をライは抱き上げる。

「一花ちゃん、君だって大きくなると、かなり美女になるよ」

 意味を理解しているのかは解らないけど、きゃきゃと一花も大喜び。

 子供相手でも、容赦なく放たれるナチュラルジゴロ発言に、月山たちは引いてしまう。

 カネキは『僕の娘に手を出すな』と睨む。

 そんな視線には気が付かないライ、相も変わらず。

 

 

 一頻り遊んで遊び疲れた一花は眠りの中に落ち、トーカが部屋に運ぶ。

 その後はヨモの淹れたコーヒーで、コーヒータイム。

 

 様々な雑談を交わす中、

「なぁ、ライ。お前、どうして年を取っていないんだ?」

 ウリエの質問は、誰もが思っていた疑問。

 『V』との決戦から6年、どう見ても年を取っているようには見えないのだ。

 聞きにくかったが、ついにウリエが聞う。

 飲んでいたコーヒーカップをテーブルの上に置く、一同がライの答えに聞き耳を立てる。

「それはスーパーフードを食べ、適度な運動をかかざす、老化防止を務めているからだよ」

 おいコラと、みんなは突っ込みたがったが、誰も言葉には出てこなかった。

 

 多くの“竜遺児”を駆逐し、TSCの最強の保安官と呼ばれるジューゾーと同じく、ライも竜将の称号を得ていた。

 よく居なくなるので、新人の捜査官たちからは幻の美形と呼ばれている。

 

 (何が『新人だけどね』だ……)

 末端とはいえ饗団に片足を入れている英良は、ライが年を取らない原因には心当たりがあった。

 噂ではあるが、饗団のトップは年を取らないと。

 

 

 夜も更け、リオや才子は寝落ち、ソファーで仲良くすやすやと寝息を立てている。

 月山たちは大人トーク。

 

 

「ライさん、あなたなら、全ての“竜遺児”を何とかする方法に心当たりがあるんじゃないですか?」

 世代交代を繰り返し、“竜遺児”は急速な進化を続け、ついに姿も人間に近づき、5歳児ほどの知能を見に着け、グループを形成する個体も現れていた。

「どうして、そう思う」

「“勘”です」

 コーヒー片手に、ライとカネキは壁際に並んで座っている。

 カネキは、以前から感じていた考えをぶつけてみた。

「そんな方法は無い方がいい。人間と喰種の共存関係は“竜遺児”と言う、共通の敵がいることで成り立っている。悲しいことだけどね」

 コーヒーを一口飲み、カネキは表情を引き締める。

「“今は”そうでも、いつかは敵なんか必要なくなる。10年前、誰が人間と喰種の共存社会が出来ると思っていましたか。でもそれは実現した、なら敵などいなくても、人間と喰種の共存世界は築かれるようになる」

 ここまで言って、首を横に振る。

「いや、違う、必ず築いて見せる」

 その言葉を聞いたライ、嬉しそうにコーヒーを飲み干した。

 

 

 




 リオくんの能力が他者のRc細胞を取り込み、新たな赫子を形成するものでした。これが四種持ちの秘密だったんですね。
 ゲームでイベントをこなしたり、勝利するたびにスキルが増えていくのはゲーム上のシステムではなく、能力だったんですね。
 これってチートのような……。
 最終回でリオくんの目が王になっているのも気になります。


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