転勤先は異世界でした ~社畜冒険者の異世界営業~ (ぐうたら怪人Z)
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第零話 全ての始まり


 

 

 

 “室坂陽葵(むろさかひなた)”は、ごく普通の学生である。

 特に偏差値が高いわけでも低いわけでも無い学校に通い。

 成績はクラスで中の上程度。

 友達はそれなりにいるし、部活動もぼちぼちやっている。

 総合的に見て、学生として平均的な存在と言える。

 

 今日も陽葵は部活を終え、下校のために昇降口へやってきた。

 下駄箱を開けて――

 

「――うわ、またか」

 

 げんなりする。

 そこには、山のような(・・・・・)ラブレターの束。

 箱に収まりきらなかった分が、ドサっと零れ落ちる。

 無記名のものから、律儀に差出人の氏名を記入しているものまで、様々だ。

 ぱっと見た限り、上級生から下級生、陽葵の知ってる人や知らない人、色々な男子学生の名前が書いてある。

 

 これだけのラブレターを出されれば、喜ぶにせよ嘆くにせよ、戸惑いの一つや二つ浮かべそうなものだが――

 

「――いたずらにしたって、笑えないっつーの」

 

 陽葵はため息を一つ吐いた後、手慣れた手つきで(・・・・・・・・)手紙を纏めると、近くに設置してあるゴミ箱へ投げ入れた。

 驚くべきことに、コレは陽葵にとって日常茶飯事(・・・・・)なのだ。

 

 ――最初の紹介を訂正しよう。

 室坂陽葵は、容姿が非常に(・・・)整っていることを除けば、ごく普通の学生である。

 

「暇人が多いね、どうにも」

 

 また嘆息。

 一大決心をしてラブレターを書いた男子達にとってはとても残念なことに、陽葵はあの手紙を本気のものとして受け取っていなかった。

 ただ、暇な学生が悪戯でやったものだとしか捉えていないのだ。

 ……哀れとしか言いようが無い。

 

 と、それはそれとして。

 

「お、室坂じゃないか。

 今、帰りか?」

 

 どうでもいい一仕事を終えた陽葵に、一人の男子生徒が話しかけてくる。

 

「ん?

 ああ、田中か。

 そうだよ、今帰るとこ」

 

「そうか、じゃあちょうどいいや。

 一緒にそこまで帰ろうぜ」

 

「おう」

 

 彼は、クラスメイトだった。

 陽葵とはよくつるむ、友人の一人だ。

 

 他愛無い話――教師に愚痴であるとか、最近出たゲームであるとか、実に学生らしい話題をしながら、歩を進める。

 そろそろ、田中とは帰り道が別れる頃合いに差し掛かった時。

 

「と、ところでさ、室坂」

 

「どうした?」

 

 少し震える声で、田中が話しかけてきた。

 

「“あの話”、考えてくれたか?」

 

「あの話?

 どの話だよ?」

 

「そ、それはその――」

 

 田中の顔が赤くなる。

 そして意を決したような表情で、口を開く。

 

「――お、俺と、付き合ってくれないかって話だよ!」

 

「はぁ?」

 

 彼とは対照的に、陽葵の表情は冷めたもの。

 呆れ返ったような口調で、

 

「お前、それ本気で言ってんのか?」

 

 陽葵はそう言い放った。

 表情一つ変えないその姿は、脈が一切ないことを露骨に示すもので――

 

「――じょ、じょじょ、冗談に決まってんだろ!?

 俺とお前が付き合うとかあり得ねぇし!!

 こ、ここは笑うところだったんだぞ!?」

 

「だよな!

 ――まったく、最近そういう遊び流行ってんのか?

 何度もやられると、流石に腹立ってくるぞ」

 

「な、何度もされてるのか……」

 

 愕然とする田中だが、それに陽葵は気付かない。

 そのまま道をしばし進んでから、

 

「――と、俺はこっちか。

 じゃあな、室坂。

 また明日!」

 

「おう、また明日な、田中!」

 

 笑顔で見送る。

 それを見た田中が「あーくそ、やっぱ可愛いな、こいつっ」と零したのは、やはり陽葵の耳に届かなかった。

 かわいそうな田中である。

 

 

 

 男子生徒と別れ、今陽葵は大通りの横断歩道前に立っている。

 ここを渡れば、もうすぐ自宅だ。

 信号は赤。

 車の通りは多い。

 幅の広い道路なので、青になるまで時間がかかる。

 

 陽葵は何をするでもなく、ぼーっと信号待ちをしていた。

 その時、だ。

 

「――え?」

 

 陽葵は、後ろから背中を押された。

 突然だったので踏ん張ることもできず、道路へと身を投げ出してしまう。

 

「――うそ」

 

 すぐ目の前には、大きなトラック。

 

 速い。

 青信号だから当然か。

 

 避ける?

 無理、転んでる。

 

 どうする?

 どうにもできない。

 

(――うぁああああああっ!!?)

 

 視界がスローモーションになる。

 ゆっくりと、トラックが近づく。

 自分の身体はぴくりとも動かせない。

 昔の出来事が、頭にフラッシュバックする。

 

 目を瞑る。

 激突する。

 陽葵の人生が、終わる。

 

 ――いや。

 

 最期の瞬間、陽葵の身体が光に包まれた。

 その光と共に、陽葵は消える。

 この世界から、消失する。

 

 

 トラックは、何事も無かった(・・・・・・・)かのように(・・・・・)走り去った。

 

 

 

 

 

 

 ――少し離れた場所で“一連の流れ”を見ていた人物がぼそりと呟く。

 

「ふん、“かくて、運命の扉は開かれた”か。

 待たせたな、勇者共。

 これからお前達を――」

 

 

 

「――(みなごろし)にしてやる」

 

 

 



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第一話 異世界の街ウィンガスト


 

 

 東京。

 かつて私が住んでいた街。

 科学によって栄える文明の都。

 ウィンガスト。

 今、私が住んでいる街。

 剣と魔法によって栄える、冒険者達のフロンティア。

 

 かつて、私はつまらない男だった。

 毎日、同じように職場に向かい、同じように仕事をし、同じように家に帰り、同じように飯を食い、同じように寝る。

 それをただひたすら繰り返し。

 

 勘違いしないで欲しいのだが、私自身そのような暮らしが嫌いだったわけではない。

 何の代り映えの無い日常にも愛着はあったし、社会の歯車として動くことに誇りすら感じていた。

 私のような生き方を嘲笑う人は多いだろうが、しかし私はその生活に充足を持っていたのだ。

 

 そんな日々が、突然終わるとは考えてもいなかった。

 下る辞令。

 異動先は“六龍界”と呼ばれる異世界の街(・・・・・)ウィンガスト。

 

 最初は、笑った。

 次は、うちの人事は頭がおかしくなったのかと心配した。

 全て本気だったのだと気づいたのは、本当に(・・・)異世界へ送り込まれた後だった。

 漫画や小説で読んだような、ファンタジーの世界に。

 思わず、乾いた笑いをしたのを覚えている。

 

 ――うちの会社、まさか異世界に支社を持っていたとは。

 

 平凡な日常よ、さようなら。

 驚きばかりの非日常よ、こんにちは。

 

 ごく普通の会社員であった私――黒田誠一(くろだせいいち)はこうして、現代社会の常識がまるで通じない世界での生活を余儀なくされた。

 そんな私が、現在どうやって暮らしているのかと言えば――

 

 

「お、クロダじゃないか。

 今日も時間通りだな」

 

 

 声がかかる。

 考え込んでいたら、もう“目的の場所”へ到着したようだ。

 

「ボーさん、お疲れ様です。

 今日もいつも通り、仕入れてきましたよ」

 

 持っていた袋を目の前の男性へ渡す。

 筋骨隆々のとてつもなく背が高い人で――3mは優に越している。

 無論、ただの人ではない。

 巨人族の生まれなのだそうだ。

 本名はボーレンクイロン・ヴァキャ・アンラマウェンスタ・ヴィーマゲウォンという方なのだが、それでは余りに長いので、ボーさんと呼んでいる。

 

 彼は荷物をひょいと受け取ると、中を確認し出す。

 

「ほほーう、流石はEランク主任(・・・・・・)様だ。

 きっちり、ノルマ分揃ってんな!」

 

 チェックが完了した。

 ボーさんは袋を――魔物を倒して手に入れた“素材”が詰まった袋を、棚へ仕舞い込む。

 

 ここは、私の勤めるウィンガスト支社――現地での名は『セレンソン商会』という――の『資材部』だ。

 彼は、商会の資材担当なのである。

 “社員”がその日集めた素材の管理や、必要な物資の調達を主に行ってくれている。

 

 なお、私は商会の『仕入部』に所属。

 それはそれとして。

 

「あのー、そのEランク主任というのは、もう止めて頂けませんか?」

 

「何言ってんだ、商会(うち)の名物じゃないか。

 素材収集ノルマを達成できなかったことは一度もない『仕入部』期待の有能社員な癖に、まだ冒険者ランクが最低のEだってんだから。

 飲み会があれば、一回はお前の話題が出る位だぜ?」

 

「そ、そうですか」

 

 肩を落とす。

 身から出た錆なので仕方ない。

 

 さて、ちょうど話に出たので、冒険者について軽く説明しておこう。

 この街で冒険者とは、『冒険者ギルド』に登録した者を指す。

 冒険者は、この街の中央に鎮座する(・・・・・・・)<次元迷宮>の探索が主な任務だ。

 無論、それ以外に様々な仕事を請け負ってもいいのだが。

 そして冒険者は、その功績に応じてA~Eまでのランク付けがなされる。

 最高がAで、最低がEだ。

 

 私もこの世界で仕事をするにあたって冒険者登録は済ませている。

 ランクは――ボーさんが言った通り、Eである。

 

「お前がこっちに来てもう“1年”経つだろう。

 1年間冒険者を無事に(・・・)続けられるなんて、そうそう無いことなんだぜ?

 それで未だにEなんだってんだから、逆に凄い!」

 

「まあ、ランクによる不自由はしないので」

 

 苦笑いする。

 高いランクの方が高級な武器防具を優先的に購入できたり、高位のスキル(・・・)を習得できたりと、色々恩恵があるのだが。

 私には、特に必要はない。

 何故ならば――

 

「そりゃそうだわな!

 お前さん、初心者用の白色区域(・・・・・・・・・)にしか潜ってないんだから!」

 

 大笑いしながら、ボーさんが私の肩を叩いてきた。

 若干痛い。

 私が顔をしかめたのを見て、彼はすぐに謝ってくる。

 

「おっと、悪い悪い

 ――つうかな、なんでもっと奥の方行かないんだ?

 そっちの方が見入りもいいだろうに」

 

「それはそうなんですが――」

 

「ですが?」

 

「――その、怖いじゃないですか。

 まだ踏み入ったことのない場所を探索するのって」

 

「……冒険者が言っていい台詞じゃないな」

 

 今度はボーさんが苦笑い。

 

 つまりどういうことかと言えば。

 私は、迷宮表層の安全な区域だけ(・・・・・・・)を周り、ちまちまと魔物を狩って素材を集めをしていたのである。

 

 冒頭で、私はつまらない男だった(・・・)と言ったが、アレは嘘だ。

 私は、今でも(・・・)つまらない男なのだ。

 この世界でも私は毎日、同じように職場に向かい、同じように仕事をし、同じように家に帰り、同じように飯を食い、同じように寝る。

 東京にいた頃と変わらぬ生活を送っている――送ってしまっている。

 異世界への転勤などという、前代未聞の事件がその身に起きていながらこの体たらくとは、私のつまらなさはもう筋金入りと言えよう。

 

 ――これから始まるのは、そんなつまらない男のお話だ。

 

 

 

 

 

 

 ボーさんと別れて私が向かったのは、商会の『販売部』だ。

 街の住人に売る商品は勿論、冒険者が使うアイテムも揃っている。

 今日の“探索”で消費した分を買い足しに来たのだ。

 

「失礼します。

 備品を購入したいのですが」

 

「あっ、クロダさんっ!」

 

 挨拶するなり、販売担当の一人が応対に来てくれた。

 長い黒髪の、美しい女性。

 

「今日もお疲れ様です。

 探索で怪我などはありませんでしたか?」

 

「ええ、お陰様で。

 いつも通り、こなしてきました」

 

「それは良かったです。

 あ、今日も“いつもの品”をお求めなんですよね?」

 

「はい」

 

「少し待っていて下さい。

 今、ご用意しますから」

 

「ありがとうございます、ローラさん」

 

 挨拶の後、棚から備品を取り出していく女性。

 この人は、ローラ・リヴェリさんという。

 年の頃は私より少し下で、25歳。

 セレンソン商会の販売担当をしている社員の一人だ。

 私が備品を購入する際は、大抵この人にお世話になっている。

 

「――ほほぅ」

 

 棚に向かっているローラさんの後姿を見て、思わず息を吐いてしまう。

 

 ローラさんの背は、女性にしては少し高めで大体160を少し越えた位。

 物腰丁寧でいつも柔和な表情を浮かべている、商会内でも――いや、ウィンガストでも評判の美人さんだ。

 髪は鮮やかな黒色で、それを腰にまで伸ばしたストレートロングヘア。

 髪質には艶があり、最早それだけで芸術品といっても良い。

 さらに、彼女が着るシックなデザインのロングスカートドレスは、彼女の淑女としての雰囲気をより補強する。

 しかも、ドレスの上から見える彼女の肢体は、実に豊満。

 豊かな胸に、大きなお尻――まさにボンキュッボンを地で行くスタイルの良さ。

 また、スカートからチラリと見える彼女の脚は、グレイのタイツに覆われており、それもまた大人の色気を醸し出す。

 

 ……説明がやたらと詳しい?

 気に障ったなら申し訳ないが、ご容赦頂きたい。

 女性の美しさを細やかに説明するのは、男の義務なのだ。

 

 ちなみに、そんなローラさんを目当てに商会へ通う冒険者も多いと聞く。

 中にはプロポーズをした者もいるそうだが、彼女はそれを全て断ってきた。

 その理由は――

 

「お待たせしました」

 

 ――見惚れている間に、用意が終わってしまったようだ。

 ローラさんが、私の探索(仕事)に必要なアイテムの詰まった袋を持ってきてくれた。

 

「鉄製の矢40本と銀製の矢10本、体力回復用ポーションが5個に、魔力回復用ポーションが2個。

 これでよろしいですか?」

 

「はい、問題ありません」

 

「では、お受け取り下さい」

 

 荷物の入った袋を渡してくれる。

 その際。

 

 ――ぎゅっ

 

 私の手を、握ってきた。

 

「――あっと」

 

 ローラさんの手の暖かさに、どきまぎしてしまう。

 そんな私にお構いなく、彼女はにっこりと魅力的な笑みを浮かべ、

 

「明日も、頑張って下さいね」

 

 そんな励ましの言葉を口にする。

 

 ――いかん。

 心がドキドキしてしまう。

 ひょっとして――もしかしたら万に一つの確率で、この女性(ひと)は私に気があるのではないかとか考えてしまう。

 まったく、勘違いも甚だしい。

 

 先程言いかけた、彼女が数々のプロポーズを断ってきた理由。

 ……彼女には愛する夫がいた(・・)のだ。

 

 夫が“いた”。

 そう、彼女は未亡人である。

 仲睦まじい夫婦だったと聞いているが、私がウィンガストへ来る1年前――今から2年程前に旦那さんは病気でお亡くなりになったらしい。

 

 本人は否定しているが――ローラさんが商会の制服ではなく黒いドレスを着ているのは、喪に服す意味も込めているのだと思う。

 2年経った今でも、彼女は亡き夫を愛しているのだろう。

 

 そんなローラさんとオフィスラブを夢見てしまうほど、私はロマンチストではない。

 手を出そうなど、考えるだけでも失礼に当たる。

 

「ところで、クロダさん」

 

「なんでしょうか?」

 

 改まって、ローラさんが話しかけてきた。

 

「私、今日はこれで仕事が終わりなんですけど、クロダさんはどうですか?」

 

「ああ、私の方も終わりです。

 後は夕飯を食べて家に帰るだけでして」

 

「そうですか!

 それなら――」

 

 一瞬、躊躇うような様子を見せてから、

 

「――この後、私と夕飯ご一緒しませんか?」

 

「え?」

 

 動きが止まってしまう。

 

「その、昨日少し料理を多く作り過ぎてしまいまして。

 余り日持ちしない物なので、なるべく早く片付けたいんです。

 ……あの、クロダさんの御都合がよければ、ですけどっ!」

 

 顔を赤らめ(・・・・・)、そんなことを言ってくる彼女。

 

 …………。

 勘違いしてしまうやろぉおおおおおっ!!?

 貴女が私のこと好きなんじゃないかって、勘違いしてしまうでしょうがぁっ!!

 

 いや、ダメだ、落ち着け私!

 彼女は単に未だ独り身で、寂しく夕飯を食べる私を心配して食事を提供しようとしているだけ!

 ただそれだけ!!

 それだけなのだ!!

 

「い、いや、悪いですよ。

 ローラさんの手料理を味わいたいのは山々ですが、その、作り過ぎてしまったといういことは、料理は今貴女の家でしょう?

 私の家はそこから少々離れていますし――いえ、運ぶのが面倒だからとか、そういうわけではないんですよ!?

 運んでる最中に冷えたらとか――いや冷えたらローラさんの料理がまずくなるとかそういうことを考えているわけでは決して無いのですが、まあなんかそんな感じで――!」

 

 ……まったく落ち着けていなかった。

 しどろもどろになり過ぎて、自分でも何言ってるか分からなくなる。

 当然、ローラさんはきょとんとして、

 

「いえ、私の家で御馳走しようかと思っていたんですが」

 

 …………。

 駄目ぇえええっ!!

 勘違いするっ!!

 勘違いしちゃう!!

 夜に女性の家で一緒に食事!?

 手料理の次は貴女を味わう番とか、そんな妄想が頭の中に湧いてきてしまう!!

 

「――あの。

 何でしたら、クロダさんの家で御一緒しても――」

 

 上目遣いで私を見るローラさん。

 

 ――ふぅ。

 私は何を慌てていたのだろう。

 ローラさんが私を好き?

 そんなバカな。

 

 彼女は、成人した立派な人間だ。

 亡夫への愛を貫いている、一途な女性だ。

 そんな彼女が、間違いを犯すような真似をするはずがない。

 だから――ローラさんの自宅で夕飯を一緒にしたとしても、何も問題無い(・・・・・・)のだ!

 

 自分に都合の良い判断をしている?

 いやいや、違う。

 現状をしっかりと把握した上で辿り着いた、合理的な判断である。

 

「――分かりました。

 では、今夜はローラさんに(・・・・・・・・・)甘えさせて貰います(・・・・・・・・・)

 

「っ!!

 は、はいっ!

 しっかり、お相手させて頂きますっ!!」

 

 ローラさんの顔は真っ赤になっていた。

 おや、おかしい。

 何か私は、変なことを言ってしまっただろうか。

 

「そ、それじゃあ、すぐ支度しますから!」

 

「はい、お待ちしております」

 

 ローラさんが仕事場を片付けだし、私はそれを見守る。

 少しは手伝いしたいとは思うのだが、いくら同じ会社とはいえ、別部署の備品に軽々しく手をだすのはよろしくない。

 

 ――慌ただしい足音が聞こえてきたのは、そんな時だ。

 

 

「――ク~ロ~ダく~んっ!!」

 

 

 続いて、腹へ衝撃。

 何が起きたかもわからず、私は吹き飛んだ。

 

 

 



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 突然のことに、私はもんどりうって倒れてしまう。

 

「クロダさんっ!?」

 

 ローラさんの悲鳴。

 いきなり大の男が転がれば、それは驚くだろう。

 

「んー、大丈夫、クロダ君?」

 

 そしてもう一人。

 私をふっ飛ばした張本人(・・・)が、心配そうに顔を覗いてきた。

 

「へ、平気です。

 しかし、もう少しお手柔らかにお願いします――エレナさん」

 

 倒れたまま、私はその少女に返事した。

 

 彼女は、エレナ・グランディ。

 背丈が150㎝にギリギリ届くか届いていないかという、小柄な女の子だ。

 栗毛色の髪を、後ろで結わえてポニーテールに。

 小悪魔的というか、コケティッシュな魅力のある顔立ちをした、これまた美少女である。

 

 服装は、上がブラウス、下がフレアのミニスカート。

 そのミニスカートからは、黒いタイツに覆われた脚がスラッと伸びている。

 洋服の上からの推定出しかないが、胸も大きい。

 いや、単純なバストの大きさであれば、ローラさんよりも小さいのだが。

 しかし、彼女の背丈がここで効いてくる。

 いわば、トランジスタグラマー。

 小さな身体が、肉体的魅力を数値以上に引き立てているのだ。

 

 ――熱くなって説明してしまったが、どうか気持ち悪いなどと思わないで頂きたい。

 

「もー、クロダ君ってば、仕事が終わったんなら真っ先にボクのとこへ来てくんなきゃダメじゃない!

 ボク、キミの『パートナー』なんだよ?」

 

「すみません、今日はこれといって報告するようなことも無かったので」

 

 頭を下げる。

 倒れたままなので、床に頭をぶつける羽目になった。

 

「あの、エレナさん?

 いきなり人にぶつかってきて、謝罪の一言も無いんですか?」

 

 私の傍へ駆けてきてくれたローラさんが、エレナさんを睨みつけた。

 顔の造りが綺麗な方なので、そういう表情をされると結構怖い。

 

「んー?

 本当は抱き着きたかったんだけど、目測を誤っちゃったんだよねー。

 ごめんね、クロダ君。

 次は、ちゃーんと抱き着くから♪」

 

 てへ、という感じに舌を出して笑うエレナさん。

 とても可愛らしいのだが、謝っているように見えないのは私の心が汚れているからだろうか。

 どうもローラさんも同感だったようで、

 

「は、反省の色が見えません……!

 ――あと、『パートナー』とか紛らわしい単語を使わないで下さい。

 単に、クロダさんと迷宮探索のパーティーを組んでいるだけじゃないですか。

 貴女が迷宮に行くところを、見たことありませんけど」

 

「えー、でもパートナーなのは間違いないでしょ?

<次元迷宮>に探索行ってないのは、ボクが居ても足手まといになっちゃうからってだけだし」

 

 間違ってはいない。

 一人で探索した方が、効率は良い。

 ――私の探索の仕方が少々特殊だからだ。

 ただ、それでも私がエレナさんとパーティーを組んでいるのには、“理由”があるのだ。

 それをローラさんは知らない。

 知らせるわけにはいかなかった。

 

 だからか、ローラさんは不満そうな顔をする。

 同じ社員であるにも関わらず、片方だけ待遇が明らかに違うのだ。

 不公平感は、どうしたって否めないだろう。

 

「だったら、パーティーを組んでいる必要は無いのではないでしょうか?」

 

「んんー、でもボクだってちゃんと手伝ってるんだよ?」

 

「何をです?」

 

「ん、例えば――クロダ君を楽しませてあげたり(・・・・・・・・・)とか」

 

 そう言って、エレナさんはスカートの裾をチラッと捲った(・・・)

 うぉぉおおおっ、こ、これは――!?

 

「ね、その位置からなら、ボクの下着見えるでしょ?

 どう、似合ってるかな?」

 

「あ、いや、その――」

 

 もう、バッチリ見えていた!

 いや、床に寝た姿勢だったので、そうでなくともかなり際どいところまで見えちゃっていたのだが!

 今はもう、完璧に目に入った!

 黒タイツ越しの、エレナさんが履く青と白の縞パンを!

 

「な・に・し・て・る・ん・で・す・かっ!!?」

 

「んわっ!?

 急に怒鳴らないでよー」

 

 ローラさんの一喝で、エレナさんはスカートを元に戻した。

 無念である。

 

「それで、エレナさんは何の用で販売部に来たんですか。

 もうすぐクロダさんは、私と一緒に(・・・・・)帰る予定なんですけれど」

 

「あ、そうだったの?

 それじゃ、ちょうどいいタイミングだったねー。

 クロダ君、アンナさんが呼んでたよ」

 

「アンナさんが、ですか?」

 

「うん、これから会議をしたいんだって」

 

「そうでしたか」

 

 アンナさんはこの商会の代表で、会社で言えば支社長に相当する。

 本名はアンナ・セレンソン。

 セレンソン商会とは、彼女の名前から付けられているのである。

 

「すいません、ローラさん。

 せっかくのお誘いだったのですが――」

 

「分かっています。

 大丈夫ですよ、クロダさん。

 お食事はまたの機会に――絶対、して下さいよ?

 約束ですからね?」

 

「はい、それは勿論。

 申し訳ありません」

 

 好意を無下にしてしまったのだ。

 私は深々とお辞儀する。

 

「じゃ、行こっか」

 

 エレナさんが私の手を取って先導する。

 そこへ、

 

「……エレナさんも一緒なんですか?」

 

「うん。

 だってボク、『パートナー』だから」

 

「――そうですね。

 “パーティーを組んでいる”んですものね。

 仕方――ありませんね」

 

「うんうん、仕方ない仕方ない!」

 

「――――」

 

 っ!?

 なんだろう、今、背中に悪寒が走ったような。

 き、気のせいだろう、きっと。

 

 

 

 

 

 

 それから、私達はアンナさんが待っている会議室へ移動する。

 中に入ってみたものの、代表の姿はどこにもない。

 ――そうか、今日はアンナさん、同席しないのか。

 

「さて、会議を始めるか」

 

 部屋に、そんな冷たい声が響いた。

 ここには今、私とエレナさんしかいない。

 私が発言していない以上、それはエレナさんによるものであり――

 

「――どうした?

 固まっているようだが」

 

「い、いえ。

 やはり、“エレナさんの姿”でお話をされると、違和感を感じてしまいまして」

 

「いい加減慣れろ、馬鹿者」

 

「申し訳ございません、社長(・・)

 

 エレナさん――いや、“社長”に向かって頭を下げた。

 先程まで見せていた彼女の親し気な笑顔は消え、表情が引き締まり、目つきは鋭くなっている。

 今、彼女は我が社の社長なのだ。

 

 ――これは別に、実はエレナさんの正体が社長だとか、そういうわけでは無い。

 やや長くなってしまうが、説明させて頂きたい。

 

 セレンソン商会は我が社の支社である。

 となれば、当然相互連絡は不可欠だ。

 だが、異世界の転移には莫大なコストがかかる。

 定期連絡の度に人を移動させていたのでは、会社が大きな負債を抱えてしまうのだ。

 

 故に開発されたのが、<思考転送(テレパシー)>というスキルを応用した異世界間連絡手法である。

 <思考転送>とは、自分の思考を他の人物へと飛ばすスキルだが、これを地球と六龍界の間でも(・・・・・・・・・・)行えるようにしたのだ。

 とはいえ、異世界へ<思考転送>を送れる程の熟練者(・・・)は我が社で社長しかおらず、その社長をして波長の合う人間にしか思考は送れない。

 そして、社長と波長が合う人物というのが、このエレナ・グランディという少女だったのだ。

 

 これが、エレナさんと私がパーティーを組んでいる理由。

 彼女が『仕入部』所属にも関わらず探索(仕事)をしないで済む理由だ。

 何せ、エレナさんが居ないと本社との連絡もままならない。

 完全にVIP待遇で商会に抱えられている形だ。

 

 なお、エレナさんを介する会話では細かいニュアンスが伝わらないということで、社長は彼女の身体を操る形で<思考転送>を行っている。

 思考を送っているというより、エレナさんに憑依していると言った方が正確な位だ。

 本来、このスキルにそんな使い方は無いはずなのだが――社長は色々と規格外(・・・)な方なので、疑問に思うだけ時間の無駄だろう。

 

「さて、もう定時は過ぎている。

 手早く済ませよう」

 

「承知しました。

 すぐに今週の業績を――」

 

「――いや、それについては既にアンナから報告を受けた。

 この会議で話す議題は一つだけだ」

 

「と、申しますと?」

 

 私の質問に社長は鷹揚に頷いてから、続ける。

 ……外見は美少女エレナさんなので、なんともチグハグな印象を受けてしまう。

 

「アンナの調べで、由々しき事態が判明した。

 冒険者ギルドが、我が社との契約違反を犯したそうだ」

 

「えっ!?」

 

 セレンソン商会は、冒険者相手の商売を多数行っている。

 業務を滞りなく進めるため、冒険者を管轄する『冒険者ギルド』とは様々な契約を取り交わしているのだ。

 それが破られたとなると、一大事である。

 

「本日付で、<訪問者>がウィンガストに現れたが、冒険者ギルドはそれを我々に報告しなかった。

 東京からの<訪問者>は、セレンソン商会の預かりになるという規約があるにも関わらず、だ」

 

「――それはまた。

 分かりやすい、契約違反ですね」

 

「全くだ。

 バレないとでも思っていたのか」

 

 ため息を吐く社長。

 

 <訪問者>とは、地球からこの六龍界へ“偶発的に”来てしまった人物のことを指す。

 セレンソン商会には私をはじめとして東京出身のスタッフが幾人かいる。

 そのため、<訪問者>の応対は商会が行う決まりになっているのだ――が。

 

「――ギルド長を問い質さなければなりませんか」

 

「その通りだ。

 <訪問者>の隠蔽工作は、一般のギルド構成員には不可能だ。

 必ず、上層部の人間がかかわっている」

 

「はい」

 

「明日、朝一でギルド長に掛け合って来い。

 相手の真意を確認し、<訪問者>をこちらへ連れてくるんだ。

 できるな?」

 

「承知しました」

 

 首肯する。

 一介の冒険者がギルド長と交渉するなど、そう容易いことではない。

 しかし、これは社長直々の社命である

 社命であるならば、達成せねばならない。

 

「社長。

 こちらが入手している情報の子細を確認したいのですが」

 

「ああ、これから説明する。

 まずアンナからの報告については資料がある。

 それを読んでくれ」

 

 会議室にある机の一角に、紙の束が置かれている。

 それが報告書なのだろう。

 

「それに加え、別途、本社の方で調べた<訪問者>の情報がある。

 まず、名前だが――」

 

 

 

 それから小一時間ほど社長との話は続いた。

 大まかな段取りの打ち合わせも終えたところで、

 

「では、これで連絡会議を終了とする。

 他に情報が必要であれば、アンナに直接聞け」

 

「はい」

 

 会議が終了する。

 それと同時に、

 

「――ん?

 もう、お話は終わったのー?」

 

 エレナさんの言動が元に戻る。

 社長が<思考転送>を止めたのだ。

 

「ええ、会議は滞りなく進めることができました。

 エレナさんのおかげです」

 

「んふふふふ、良かったねー。

 じゃあさ、ご褒美に撫でて撫でて?」

 

「ええ、いいですよ」

 

 頭を撫でてあげると、エレナさんは嬉しそうに目を細めた。

 こういう仕草を見ると、年相応の――いや、実際よりも幼い印象さえする少女だ。

 

「――頭じゃなくて別のところ(・・・・・)を撫でて欲しかったんだけどねー」

 

「え? 何か?」

 

「ううん、こっちの話だよー。

 ――今はまだ」

 

 今、エレナさん獲物を見るような(・・・・・・・・)眼になったような?

 気のせい、だろう。

 うん、気のせい気のせい。

 

「それで、クロダ君はこれでお仕事終わり?

 だったら、一緒にごはん食べてこーよ!」

 

「いえ、まだ確認が終わっていない資料もありますので、もう少し会社に残ります。

 エレナさんは、先にお帰りになって下さい」

 

「……そっかー。

 うん、分かったー」

 

 残念そうにしながらも、エレナさんは頷いた。

 残業する私を慮ってくれているのだろう。

 なんだかんだ言って、いい子である。

 

 彼女の退社を見送ってから、私は残った仕事に取り掛かった。

 

 

 

 



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第二話 冒険者ギルド


 

 

「失礼します」

 

「うむ、よくきたのぅ、クロダ」

 

 受付で案内されたギルド長の執務室へ入ると、中では白髪の老人――ギルド長本人が既に待ち構えていた。

 皺の多い顔には、おそらくはビジネス的な意味合いでの笑顔が浮かべられている。

 彼は年齢を感じさせない、しっかりとした口調で話しかけてきた。

 

「こんな朝早くからご苦労じゃったの。

 ま、座ってくれ」

 

「――では、失礼しまして」

 

 勧められるまま、部屋の客用のソファーに座る。

 ギルド長もまた、私と机を挟んで反対側にあるソファーへ腰を下ろした。

 

「さて、何の用件だったかな?」

 

「<訪問者>の出現を冒険者ギルドが隠蔽した件について、です」

 

 単刀直入に話を切り出す。

 

「昨日の夕刻、ウィンガストに<訪問者>が現れたことはこちらも掴んでいます。

 そして、冒険者ギルドがその<訪問者>と接触したにも関わらず、こちらに一切連絡が無かったことも確認済みです」

 

「しっかりしとるの。

 ギルド(うち)が<訪問者>と会ったのはもう夜遅くでな。

 ちょうど動いておる事務担当がおらず、手続きに時間がかかってしまった――というのはどうじゃろ?」

 

「……そのような方向性でお話をしたいというのであれば、お付き合いいたします」

 

「ほっほっほ、なんじゃ、付き合ってくれるのか!

 お主とは一度じっくり話をしてみたいと思っとったからな。

 今日をその機会に使ってもいい――が」

 

 ニヤリ、と老人は嗤った。

 

「時間の有り余っとる暇な老人はともかく、勤勉な若者の時間を無駄に浪費させるのは流石に忍びない。

 ああ、認めるよ。

 儂が<訪問者>の出現を隠すよう指示を出した」

 

 何も悪びれることなく、ギルド長は言い切る。

 

「規約の違反を認めるのですね」

 

「……規約か」

 

 彼は私の方へと身を乗り出してきた。

 

「そもそも、じゃ。

 “<訪問者>は商会預かりとする”という規約――少々商会に有利すぎる内容だとは思わんか?」

 

「そうでしょうか?

 この世界において右も左も分からぬ<訪問者>に対し、私達は事態の説明や衣食住の確保、今後の相談から当面資金の融通まで行っています。

 それらにかかる費用は全て商会が受け持っており、冒険者ギルドの負担はありません。

 有利不利でいえば、冒険者ギルド側に有利な規約かと存じますが」

 

そこだけ(・・・・)を切り取れば、な。

 大事な要素が抜けておるぞ。

 <訪問者>の、人材として希少性が」

 

 ギルド長はコツコツと机を指で叩きだす。

 

「<訪問者>――地球の住人(・・・・・)は、ほぼ例外なく極めて優秀な“冒険者適性”を持っておる。

 <訪問者>の身柄を預かるということは、つまり有能な人材を抱き込むのと同義じゃろう?

 実際、商会に属する冒険者の実績は大したもんじゃ。

 ……なぁ、クロダよ。

 そろそろ、儂らにもその“甘い蜜”を分けて欲しいもんじゃがのぅ?」

 

「……ウィンガストは、他の街と比較して<訪問者>が暮らしやすい環境が整えられています。

 しかし、それでも彼らの保護は、同じ<訪問者>である商会のスタッフが行うのが適切かと。

 こちらに来たばかりでは、言葉も通じませんし(・・・・・・・・・)

 

『日本語なら、儂も使えるよ?』

 

 ――っ!?

 ショックで鼓動が跳ね上がった。

 ギルド長が“日本語”を話し始めたからだ。

 

『今までは、コミュニケーションが難しいためにギルドも<訪問者>の保護を商会に譲っとった。

 冒険者登録が完了する(・・・・・・・・・・)まで、彼らは“大陸共通語”を喋れんからの。

 ……だが、儂らだって勉強をする。

 儂以外にも、幾人かの構成員は日本語を使えるようになった。

 これなら、<訪問者>とも円滑に話し合えるんじゃないかのぅ?』

 

「設備や、資金の問題は如何するつもりですか?

 冒険者ギルドには、<訪問者>を宿泊させるに適した施設も、彼らの生活費を工面する予算も無いはずです」

 

『おいおい、クロダよ。

 せっかく儂が日本語を使っとるんじゃから、お主も日本語で話さんかい』

 

「…………」

 

 思考を“大陸共通語”から“日本語”へと切り替える。

 

『……これでよろしいでしょうか?』

 

『おお、初めて聞いたの、お主の日本語は。

 流石に様になっとるじゃないか』

 

『それで、先程の質問に対する答えは?』

 

 ギルド長は少し間を取ってから口を開く。

 

『ま、正直に言ってしまえば、金策は厳しいのぅ。

 どこぞの商会が、冒険者の産み出す利益をごっそり持ってっとるから』

 

 意味ありげな視線を送ってくるが、私は努めて反応しない。

 

『では、その準備が整いますまで、変わらず商会預かりという形でよろしいでしょうか』

 

『平然と皮肉を無視かい!

 もちっと譲歩する姿勢を見せても罰は当たらんじゃろ!?』

 

『そうは申されましても。

 契約で決まったことですし』

 

 社会において、契約の効力とは絶対である。

 個人の意見でアレコレ動かせるものでは無いのだ。

 しかし、老人は納得いかないようで、

 

『こっちだって、かなり目溢ししてやっとるじゃないか。

 “誰かさん”の冒険者ランクを、Eのままにしてやってる、とか』

 

『……Dに昇格する条件は、満たしていないはずですが』

 

『んなもん、最終的には儂の胸先三寸に決まっとるじゃろ!?』

 

『堂々と権力濫用を宣言されても困ります』

 

 今の言葉を記録して然るべきところへ提出すれば、この人を解任させられるんじゃなかろうか。

 

『はっきり言って、お主程の冒険者が未だにEランクというのは困るんじゃよなぁ。

 ランクの判断基準がおかしいのではないかと、槍玉に上げられることがしばしばあるし。

 低ランクでも冒険者暮らしはできるとか考えて、敢えてランクを上げない冒険者も出てきておる有様じゃ』

 

『高ランクになると、ギルドから貰える恩恵が大きくなる代わりに、ギルドへの義務も大きくなりますからね』

 

『ギルドへ納める“冒険者継続料”も高くなるし、ギルドから仕事を強制されることも増えるからの。

 ……どうじゃ、明日からAランク冒険者になってみるか?』

 

 からかうような口調で、ギルド長。

 ただし、目は微妙に笑っていない。

 

 ……仕方があるまい。

 

『はぁ――それで、ギルド長としましてはどこまでの譲歩が欲しいのでしょうか?』

 

『うむうむ、色よい返事がもらえて嬉しいぞ。

 で、条件じゃが――件の<訪問者>に対する“保護”と“教育”に、ギルドの人員も一名同行させて貰いたい』

 

『……なるほど』

 

 <訪問者>の取り扱い方を学びたい、ということか。

 まあ、妥当なところではある。

 実際問題、いつまでも商会だけで<訪問者>を預かるのは、無理があるだろうと思っていたところだ。

 

『分かりました、その条件を飲みましょう。

 しかし、そちらも関わる以上、費用は折半でお願いします』

 

『ちゃっかりしとるのぅ。

 まあ、ええよ。

 それ位の金なら有る』

 

 向こうの了承も得られた。

 これで、この打合せは終了だ。

 スムーズに話が進んだことにほっとする。

 もっとも、この老人が基本的に“話の分かる人”であることは把握しているので、然程緊張もしていなかったのだが。

 

『では、早速<訪問者>のところへ案内を――』

 

「ああ、ちょっと待ってくれるか?」

 

 ギルド長は急に大陸共通語へ戻った。

 ややこしいことをしないで欲しい。

 

「実はな、儂の話とは別に、若干の問題があるんじゃよ。

 その<訪問者>を受け渡すことに、ちょっと納得いっていない奴がおってのぅ」

 

「――は?」

 

 

 

 

 

 ギルド長に連れられてやってきたのは、模擬戦場。

 その名の通り、冒険者同士が訓練、或いは力試しのために模擬戦を行うために作られた広場だ。

 周辺に“飛び火”しないよう、周囲は高い壁で取り囲まれている。

 

 今、この場に居るのは私とギルド長、そして――

 

「あんたが、クロダ・セイイチ?」

 

 私を睨んでくる、一人の女冒険者だ。

 

 肩に触れる程度まで伸ばされた――セミショート、という髪型でいいのだろうか――赤い髪は、女性特有のきめ細かさを持っている。

 顔も可愛らしく整っており、美少女と呼ぶに申し分ない。

 残念ながら、今は表情を険しくしており、可愛さからは少しかけ離れていたが。

 

 Tシャツとスパッツというアンダーの上に、皮鎧を纏っている。

 背丈はおよそ155程くらいだろうか。

 冒険者としてはかなり軽装な部類で――こう言うと私が下品な男に思われるかもしれないが――肢体の“形”が浮き彫りになっていた。

 そこから分かる彼女の胸は豊満と形容するにはやや足りないものの、綺麗なお椀型の形をしたいわゆる美乳である。

 スラリと伸びた健康的な脚は、程よく細く、張りがあり、それでいて女性の柔らかさを十分に感じさせる肉付きをした、魅惑的な脚。

 スパッツ越しに見える形の良い曲線で表された2つの双丘も、男の視線を捕らえてやまない色気を放っていた。

 

 ――頼みがある。

 皆さん、私のことを嫌いにならないで欲しい。

 

「はい、私が黒田です――――と、どうしました?」

 

 少女は、最初に居たところから数m程後ろに下がって何やら身構えていた。

 どうしたというのか。

 

「い、今あんた、あたしのこと凄いいやらしい目で見なかった?」

 

「何を言っているんですか。

 初対面の女性にそんな失礼な真似しませんよ」

 

「そ、そう?」

 

「ええ。

 その程度の礼儀は弁えているつもりです」

 

 ――可能な限り気配は殺していたはずだが。

 この少女、かなりの勘が鋭いようだ。

 気を付けなければ。

 

「そ、そう、それならいいわ……

 えーと、それであんたがあたしの拾った<訪問者>を引き取りに来たってことね!?」

 

「その通りです。

 ギルド長とは既に話が付きました。

 リア・ヴィーナさん、貴女がそれに不服を申し立てていることも聞き及んでおります」

 

「いちいちフルネームで呼ばなくてもいいわよ」

 

「では、リアさん、と。

 リアさん、貴女が反対している理由を教えて貰えないでしょうか?」

 

「ギルド長から聞いてないの?」

 

「一通りは聞きましたが、こういうことはご本人からも伺いたいので」

 

「あ、そう」

 

 ふんっと女冒険者――リアさんは鼻息を鳴らすと、

 

「要するにね、あいつはあたしが育てたいってことよ。

 唾つけたの、あたしが先なんだから。

 <訪問者>って、鍛えれば凄い冒険者になるんでしょ?

 ちょうど、一人(ソロ)じゃ辛くなってきたところなのよね。

 いいパートナーが欲しいわけ」

 

「リアさんのお眼鏡にかなうかどうかは分かりませんよ?

 何せ貴女は、期待の新星ですからね」

 

 このリア・ヴィーナという女冒険者、伊達に年上に対して生意気な口をきいているわけでは無い。

 ギルド長に伺ったところ、冒険者に登録したのはつい1か月前。

 そこからあれよあれよという間に昇格し、今ではBランク冒険者にまでなったという。

 しかも誰ともパーティーを組まず、単独で<次元迷宮>を探索しているとか。

 いわゆる、天才というヤツだ。

 その上、見た目は見目麗しい美少女なものだから、今ギルド内ではアイドル的な人気があるそうな。

 

「強い相棒が必要ということでしたら、それこそ商会にお任せ頂けませんでしょうか。

 その<訪問者>を、貴女に相応しい強さの冒険者にまで育てて御覧に入れます」

 

「そうかしら?

 あんたみたいに、むさいおっさんが教育しても大して強くなれないんじゃないの?」

 

「む、むむむ、むさいおっさんっ!?」

 

 その言葉は傷つくぞ!

 本当に傷つくぞ!

 

「た、確かにリアさんよりは年上かもしれませんが、私はまだ26で――」

 

「26って十分おっさんじゃない」

 

 そうかっ!!

 26はおっさんかっ!!

 十代の若者から見れば!!

 そうかもしれませんねっ!!?

 

 

 



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「おい、リア!

 それ位にせんかっ!!」

 

「――す、すみません、ジェラルドさん」

 

 ギルド長に一喝され、しゅんとなるリアさん。

 ……今、彼女はギルド長を“名前”で呼んでいたな。

 彼と、個人的に親しい仲、なのだろうか?

 まさか孫娘ということは無いだろうが。

 

「すまんのぅ、クロダ。

 結局、彼女が言いたいことは、じゃ。

 <訪問者>の教育に同行するにあたって、教育担当であるお主の実力が信用できない、と。

 そういうわけなんじゃよ」

 

「まあ、どこの馬の骨とも分からない輩と一緒に<次元迷宮>へ潜りたくない、というのは分かります」

 

 ここまでの流れから察せられるかもしれないが、<訪問者>への教育に立ち会うギルド構成員とは、リアさんのことだ。

 確かに、うだつの上がらないEランク冒険者である私と冒険を一緒するのは、彼女のプライドが許さないかもしれない。

 

 ……実のところ、まだその<訪問者>の教育を私がやると決まったわけではなかったりする。

 いや、リアさんのような美少女と共に冒険ができるというのは、かなり魅力的な案件ではあるが。

 それは商会の決定次第だ。

 とはいえ、その辺りをいちいち指摘しても面倒なので話を先に進めよう。

 

「では、私の力をお見せすればいいということですね。

 つまり、私と模擬戦を行いたい、と」

 

「ええ、あんたが万に一つあたしに勝てたら、認めてあげる。

 万年Eランク冒険者のあんたが、Bランクのあたしに勝てたら、ね」

 

 その台詞、負けフラグですよ。

 喉から出かけた言葉をどうにか飲み込む。

 

「それでは、時間も惜しいですし早速始めましょう。

 準備はよろしいですか?」

 

「ええ、あたしは――これで十分よ」

 

 リアさんの手には金属製の棍が握られていた。

 長さ2mはあるソレをびゅんびゅんと華麗に振り回す彼女。

 なるほど、様になっている。

 まず間違いなく、<戦士(ファイター)>系の職業(クラス)だ。

 

「あんたは?

 見たところ、鎧も着てないみたいだけど」

 

「私もこれで十分ですよ」

 

「――は?」

 

 少女が、露骨に顔をしかめた。

 私の返事が気に障ったらしい。

 

「何それ。

 鎧どころか武器も無し?

 ひょっとして、あたしのこと舐めてるの?」

 

「まさか、そんなことはありません。

 この状態で勝負をするという、ただそれだけのことです」

 

「そんな軽装であたしの攻撃受けたら、下手すりゃ死ぬわよ!?

 分かってる!?」

 

「構いませんよ。

 それとも模擬戦は中止しますか?

 その場合、私の提案を承諾したということになりますが」

 

「――むぅうう!!」

 

 埒が明かないと思ったのか、リアさんはギルド長の方へ矛先を変える。

 

「――ちょっと、ジェラルドさん!!

 このバカになんか言ってやってよ!?」

 

「何か問題があるかのぅ?

 準備完了と本人が言っとるじゃないか」

 

「――うぅぅ」

 

 ギルド長にもきっぱり断言され、呻く少女。

 しばし迷っている風だったが、頭を二度三度振ってから、改めて棍を構えた。

 

「死んでも、恨まないでよね!」

 

 リアさんの視線が私を射貫く。

 

 ――ああ、そういうことか。

 あの子は、私の身を案じてくれていたわけだ。

 気は強そうだが、根本的に優しい人なのだろう。

 

 場違いな感想を抱く横で、ギルド長が私達に見えるように腕を上げた。

 

「これより、クロダ・セイイチとリア・ヴィーナとの模擬戦を始める。

 立会人は儂、ジェラルド・ヘノヴェスが務める。

 双方、用意は良いな?」

 

「はい」

 

「……ええ」

 

 私とリアさん、それぞれが頷く。

 

「では――始めぃ!!」

 

 ギルド長が手を降ろすのを合図として模擬戦は始まり――

 

 

 ――そして終わった。

 

 

「――あれ?」

 

 きょとんとした、リアさんの声。

 彼女の手には、もう棍が握られていない。

 弾き飛ばされた(・・・・・・・)のだ。

 

「勝負有りっ!!」

 

 ギルド長が私の勝利を宣言する。

 うむ、これにて一件落着――

 

「ちょっと待ちなさいよ!!」

 

 ――という訳にはいかず。

 

「なに、今の!?

 あんた、何したのよ!!」

 

「何をしたと言われましても――矢を飛ばした(・・・・・・)だけですが」

 

「……矢?」

 

「クロダの袖口から(・・・・)矢が飛び出たんじゃよ」

 

 ジェラルドさんが補足してくれる。

 

 そう。

 私は予め、スーツの袖に矢を隠し持っていたのだ。

 模擬戦が始まると同時にその矢を飛ばし、リアさんの棍を弾いた次第。

 

「と、飛ばしたって、どうやって!?

 ちょっとした“仕掛け”じゃあり得ない位の速度で飛んで来たわよ!?」

 

「それはまあ、<射出(ウエポン・シュート)>のスキルを使いまして」

 

「<射出>!?

 あんた、<魔法使い(ウィザード)>だったの!?」

 

「知らなかったのですか?」

 

「教えておらんよ。

 聞かれなかったからのぅ」

 

 飄々と、ギルド長が答える。

 まあ、私もリアさんの職業を知らなかったので、平等ではあるが。

 

 なお、<射出>とは<魔法使い>が使う低級スキルの一つで、文字通り矢等の武器を飛ばす効果がある。

 火や雷などの魔法攻撃が通用しない相手へ使うことが多い技だが――予め矢を用意しておかなければならないため、少々使い勝手が悪いスキルでもある。

 

「いや、いやいやいや!

 <射出>を使ったとしてもよ!?

 おかしいでしょ、あの威力!!

 ちょびっと油断してたとはいえ、あたしが視認できないだなんて!!

 それに、スキルの発動光も見えなかったし!!」

 

 通常、スキルを使うと発光現象が起きる。

 それが発動光だ。

 これがあるため、スキルを“隠れて”使うのは至難の業なのだが――

 

「スキルは、“スキルレベル”を上げることで効果が増します。

 低級スキルであっても、レベル次第では高級スキルと同等の威力となり得る。

 同時に、スキルレベルが高くなることで、発動光を抑えることも可能なのです」

 

「そんなこと分かってるわよ!!

 でもスキルレベルを上げるどうこうの話じゃないでしょ!

 完全に別物じゃないの!!」

 

 むう、なかなか理解して頂けない。

 困っていると、ギルド長が助け船を出してくれた。

 

「のう、リアよ。

 スキルレベルの最大値が幾つか知っておるか?」

 

「そ、それは勿論、知ってます。

 100ですよね?」

 

「うむ。

 クロダの<射出>はレベル500じゃ」

 

「――ごっ!?」

 

 リアさんが息を詰まらせる。

 正確には524だが。

 

「ご、500?

 500って、あんた――え?

 スキルレベルの最大は100なんじゃ――?」

 

「100より上にレベルを上げる奴が滅多にいないというだけの話じゃ。

 儂もレベル100を超えるスキルの持ち主は数人しか知らん。

 クロダはその中でも極め付けじゃの。

 どうじゃリア、納得いったか?」

 

「……はい、分かりました。

 我が儘を言ってしまい、申し訳ありませんでした、ジェラルドさん――それに、あんたも」

 

 しおらしく頭を下げるリアさん。

 ギルド長だけでなく私に対してもやるあたり、好感度が高い。

 だが、突然がばっと顔を上げて、

 

「で、でも最後に!

 スキルレベル500だなんて、どうやって上げたの!?

 100にするのだって、普通は何年もかかるのよ!?」

 

「ああ、それは簡単です。

 私、<射出>以外にスキル使えないんですよ」

 

「――え?」

 

「他のスキルには一切『ポイント』を振り分けず、ひたすら<射出>だけを鍛えたのです。

 気付いたらこんなレベルになってました」

 

「――お、おう」

 

 リアさんがなんとも言えない表情になった。

 そして何かに気付いたように、

 

「ひょ、ひょっとしてあたし、最初の一撃さえ防げば勝てたんじゃ?」

 

「そうでしょうね。

 そうならないよう、細心の注意を払いましたから」

 

 そもそも(おそらくは)<戦士>であるリアさんに、<魔法使い>である私が真っ向からやりあって勝てるわけが無いのだ。

 スキルだけの比べ合いなら<魔法使い>が有利だが、身体能力は<戦士>に大きく水をあけられている。

 1対1で<魔法使い>が<戦士>に挑むなど、酒屋での笑い話程度にしかならない。

 

「な、なんか――納得いかない」

 

 がっくりと肩を落とすリアさん。

 

 いや、申し訳ない。

 しかしこれが大人の戦い方なのだ。

 ――どうか、私を反面教師にして、真っ直ぐに育って頂きたい。

 

 



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