超侵略侵攻 ベール 鎧神 グリーンハート (ガージェット)
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1.始まり

これは――貴腐の女神が治める『緑』の国から始まる物語。
ある朝、ベールさんの部屋に奇妙な女の子が降ってきた!?


「ふわぁ……あ」

 

 カーテンの隙間から、朝日が差す部屋の中。机の上で突っ伏した金髪の女性が、ゆっくりと体を起こした。彼女は大きくあくびをすると、ぐっとのびをした。青緑色のドレスを身に着けた、そのバストは豊満であった。

 それから女性は立ち上がると窓辺に近づき、カーテンを開けた。早朝の朝日が眩しい。

 

「――また、つい徹夜してしまいましたわ。さすがに連日の徹夜は、お肌に良くありませんわね……」

 

 目を細めつつ、窓辺から見下ろす街並みは、自然の緑色を残しながらも、高層ビルが立ち並んでおり、その間を幹線道路が通っていて近未来的な印象を受ける。ここは『ゲイムギョウ界』の『緑』の国、『リーンボックス』である。

 そして、窓辺にたたずむ金髪と豊満なバストの持ち主である彼女こそ、この国を治める女神『ベール』だ。とは言え、

 

「でも、ようやくクリアできましたわ。一週目に数日間つぎ込むなんて、いつ以来かしら」

 

 机の上に置かれたデスクトップ型パソコンを見やって、彼女は徹夜後とは思えぬ、生き生きとした表情でつぶやく。そのモニターには、ゲームのクリア画面が映し出されていた。

 ――そう。彼女、ベールはリーンボックスの統治者でありながら同時に、いわゆる廃ゲーマーなのである。趣味の為なら、連日徹夜なんて何のその。一度没頭すれば、その期間は部屋から全く出なくなるほどである。

 それでも自らの仕事はキッチリ終わらせる辺りは、要領がいい証拠だろうか。

 

「さて、朝食後に早速二週目を――って、あら?」

 

 と、ベールが部屋の中を振り返ったその時、どこからともなくジッパーの開くような音が聞こえてきた。けっこう近くで聞こえたような、と彼女が思った刹那、ガシャーン! と硬質のものが砕ける音が響き渡る。

 

「いった~い! 何コレ、何かのカドに頭打ったあ~!!」

 

 ベールは目の前の光景に我が目を疑った。

 先程まで、この部屋には自分以外に誰も居なかったはずなのに今、机の上には簡素なドレスのような服を着た小柄な少女が頭を抱え、悶絶している。その服と、ショートカットの髪ともに、鮮やかな橙色をしている。が、ベールにとって重要だったのはそこではなく、

 

「わ、わたくしの……わたくしの、神器がああああっ!!!」

 

 彼女の愛用していたデスクトップ型パソコンは、突如現れた少女の下敷きとなり、粉砕されてしまっていた。リーンボックス中に響き渡るかと思われたベールのその悲鳴に、謎の少女はようやく彼女の存在に気付いてそちらを向く。

 

「あ、ども。急にしつれ――ぎゃああ!?」

 

 そしてバランスを崩し、机の上から落下した。

 床に落っこちた彼女にすぐさま、ベールは詰め寄る。

 

「ちょっとあなた! 何ということをしてくれましたの!?」

「えっ、私何かやっちゃった?」

「『何かやっちゃった?』じゃありませんわ! わたくしの数日間の……これまでの努力の結晶を、よくも打ち砕いてくれましたわね!!」

 

 キョトンとする少女に、ベールは机上に散らばったパソコンの残骸を指し示す。すると少女は軽く頷いた。

 

「あ、ああ……アレ、大事な物だったわけね」

「当然ですわ! 然るべき責任を取ってもらいますわよ?」

 

 怒り冷めやらぬベールに、少女は一度残骸を眺めると再び向き直った。そして両手を合わせ、頭を下げる。

 

「ゴメン! あなたの言う通り、責任はキッチリ取るから」

「簡単に言いますわね。一体どうやって取るつもり……は?」

 

 両手を腰に当ててそう言うベールの目の前で、少女は目を閉じると、残骸の上に両手をかざした。するとスクラップの中から何やら、細いツタのようなものが一本生えてきた。直後、もう一本のツタが伸びてきて、更にまたもう一本……とどんどんその数を増し、にょきにょきと伸びてパソコンの残骸を覆い尽くしてしまった。

 それから少女が目を開き、かざした両手を下げると、生い茂ったツタが見る見るうちに縮んでいき、どこへともなく消えていった。そうして後に残ったのは、

 

「はい、終わったよ」

「こ、これは……って何ですの、このロゴは」

 

 元通りに復元されたデスクトップ型パソコンが、机の上に鎮座していた。外見は完全に、最初の状態である。しかし表面に『花道 ON STAGE!!』と筆で描いたような字と、何やら刀とオレンジのようなマークが新たに入っている。

 ベールの言葉に少女は得意げに胸を張った。そのバストは、平坦であった。

 

「私の趣味だよ、カッコいいでしょ?」

「まあ、変なロゴマークはともかくとして、確かに『見た目は』元通りになりましたわね」

 

 怪訝そうな視線を送るベールに彼女は、今度はむすっとした表情で返した。

 

「えぇー、『変な』ってヒドくない? それに、『中身』もちゃんと元通りにしといたもん。ウソだと思うなら確かめてみてよ」

「あら、直っていなければ承知しませんわよ?」

 

 ベールがパソコンの電源ボタンを押す。すると起動音がして、ディスプレイに先程のゲームクリア画面が映し出された。更に、コマンドを入力してみると、ちゃんと動く。ゲームのデータまで、完全に復元されていた。

 驚きに言葉を失ったまま、彼女が振り返ると少女は、どうよ? とばかりのドヤ顔で応じた。しばらくして、ベールは言葉を取り戻したかのように言った。

 

「あ、あなた……一体何者なんですの?」

「あっといけない、自己紹介してなかったね。私は『トウコ』。帝国『ヘルヘイム』の女神!……の、卵ってとこかな? ところであなたは?」

 

 自分を指し示して謎の少女『トウコ』はそう名乗った。唐突な彼女の自己紹介を聞いて、ベールは面食らう。

 

「め、女神? あなたが? ……失礼、わたくしはベールと申します。でも帝国『ヘルヘイム』なんて聞いたことのない国名ですわね」

「あれっ? えっと、ここどこ? ……あいたた、頭痛い」

「ここは『リーンボックス』ですわ。何が何だか分かりませんけれど、どうしてここへ来たのかしら?」

 

 目をバツ印にして首を傾げるトウコに、ベールは再び問いかけた。何となく、彼女の雰囲気と言動からして悪人ではなさそうだが、突如この部屋に現れたことといい、先程見せた『能力』といい、どうも普通の人間ではなさそうである。

 トウコは頭を押さえつつ、彼女の問いに答えた。

 

「ええっと、悪い奴に追われて――追い詰められて、誰かに『クラック』に放り込まれたことまでは、覚えてるんだけど……」

「『悪い奴』? 『クラック』? 詳しく聞かせて頂けるかしら?」

「『クラック』っていうのは、空間の裂け目のこと。で、『悪い奴』なんだけど……うーん、さっき頭打ったせいで、ちょっと記憶が」

 

 と、トウコが言い終わらないうちに、ジッパーの開くような音が響いた。今度は部屋の窓の向こう側、外から、しかも立て続けにいくつも聞こえてくる。

 いち早く気付いたベールが窓際に駆け寄り、外を見てみると、

 

「この音、さっきも……なっ! こ、これは!?」

 

 見下ろすリーンボックスの街並みの中に、突如としてジッパーのような空間の裂け目『クラック』が無数に出現していた。その向こう側には、何やら深い森のような景色がうかがえる。

 トウコも彼女に続いて窓際に、頭を押さえながらよろよろと近寄る。それとほぼ同時に、街の中心部の辺りからまた新たな裂け目が口を開いた。他のものよりも、一回りほど大きい。その中から人影が一つ、ぬっと姿を現す。そして何やら、メガホンのようなものを構えた。

 

「『リーンボックス』の女神、および国民の皆様へ。私は帝国『ヘルヘイム』の代表である。突然の無礼を許して欲しい」

「『ヘルヘイム』? さっき、あなたがおっしゃった……」

 

 現れたのは黒い服を着た、青紫色をした長い髪の少女だ。メガホンを用いて、演説でもするかのように話している。道行く人々も足を止め、突然現れた空間の裂け目と謎の少女を見ながら、ざわついていた。

 ベールがトウコの方を振り返ると、彼女は外の景色を見ながら、目を見開き、体を震わせていた。その震える唇が、どうにか言葉を紡ぎ出す。

 

「あ、あ……あいつ、は……!」

「『あいつ』が? もしかして『悪い奴』と言うのは、あの少女のことですの?」

「――しかし、我々は貴国に危害を加えるつもりはない。ただ、一つこちらの要求を聞いて頂きたいのだ」

 

 カタカタ震えているトウコの両肩に手を置いて、なだめるような口調でベールが問いかける。その一方で、外では少女の演説が続いていた。一呼吸ほど間をおいて、少女は言った。

 

「我々を裏切り、この国へ逃げ込んだ者がいる。その名は――『トウコ』、彼女の身柄を引き渡して欲しい。それさえ受け入れられれば、我々はすぐにでも帰ろう」

「裏切り、者――!?」

 

 彼女を前に、ベールは絶句した。全く、今日は朝から何度驚かされればいいのだろうか、混乱する頭を落ち着かせるため、一度深呼吸する。そんな彼女に、トウコは首を横にブンブン振って、震える声で訴えるように言った。

 

「ち、違う! 違うよ! 私は、そんなんじゃ、ない!」

「落ち着いて。向こうが一方的に言っているだけですわ、わたくしは何もしませんから、知っていることを話して頂けるかしら?」

 

 目尻に涙を浮かべ、はあはあと息を荒げつつもトウコは頷いた。ベールはそんな彼女の頭をそっと撫でてやる。

 どうも、彼女が『裏切り者』などと言われるゆえんが分からない。演技にも到底見えないし、向こうの勘違いか何かではなかろうか、ベールが思ったその時、外から大声が響いた。

 

「彼女、トウコは! 全能の力を司る『禁断の果実』を盗み出した張本人である!! これが、その者の姿だ」

 

 少女の大音声と共に、空間の裂け目が揺らぎ、ある人物の姿が映し出される。小柄で、橙の髪色をした少女――間違いなく、トウコの姿であった。

 なおも少女は続けて言う。

 

「幸い、彼女が盗み出したのは果実の半分。しかし放っておけば、その『力』を用いて何をするか分からない。早々に身柄を引き渡して頂けた方が、双方にとって益であると考えるが……」

「……少し、あの少女と話をつけてきますわ」

 

 ベールは顔を険しくした。国の代表としての責任もあるし、何より少女の話を聞いた周囲の群衆が大きくざわめいている。相手の話が真実かどうか、まだ判断はつかないが、まずは群衆を落ち着かせる必要がある。

 無言で頷くトウコを後に、彼女は窓辺に立つと、小さく叫んだ。

 

「変身!」

 

 その言葉と共に彼女の体を淡い光が包み込み、その姿を変えていく。光が収束した後には、白い服を身にまとった、青い瞳に緑の長髪の美女『グリーンハート』の姿があった。ベールの『女神』としての姿であり、そのバストは更に存在感を増している。

 

「へ、『変身』した……?」

「すぐに戻りますわ。この部屋から出てはいけませんわよ?」

「う、うん」

 

 呆気にとられるトウコを背に、グリーンハートは窓から飛び出し、宙を翔ける。そしてあの少女のいる地点まで接近し、相手から十メートルほど離れた空中で静止した。女神の登場に、周囲の人々がどよめく。

 




ベールの周囲で立て続けに起こる出来事。
トウコと名乗る少女は、そしてもう一人の謎の少女は一体何者なのか――?


まだ一話目ではありますが、ご意見ご感想などあれば嬉しいです。


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2.変身

「すぐに戻りますわ。この部屋から出てはいけませんわよ?」

「う、うん」

 

 呆気にとられるトウコを背に、グリーンハートは窓から飛び出し、宙を翔ける。そしてあの少女のいる地点まで接近し、相手から十メートルほど離れた空中で静止した。女神の登場に、周囲の人々がどよめく。

 こちらを見上げる少女に、彼女は言った。

 

「わたくしがリーンボックスの女神、『グリーンハート』ですわ。ええと、『ヘルヘイム』の代表様?」

「貴殿がこの国の『女神』か、要求は先程の通りだ。聞き入れては頂けないか」

「申し訳ありませんが、そのような者は存じませんわね。それに、仮にこの国にいるとしても、捜索には少し時間がかかりますわ」

 

 グリーンハートの答えに、少女はため息をつくと言った。

 

「偽りはよろしくないな、リーンボックスの女神よ。貴殿は、トウコのことをかくまっているのだろう?」

「……何を根拠にそのようなことを?」

「分かっているからこそ、こうして交渉に来た。すぐに彼女を引き渡せば、我々も貴国に危害を加える意図は」

「存じ上げないと言っておりますのに、一体どうしろと? それにあなた、初めに『危害を加えるつもりはない』とおっしゃっていましたが?」

 

 相手の言葉に、少しも表情を変えずにグリーンハートは答えた。国民の手前、弱気な態度は見せられないということもあった。しかし加えて、向こうの言い分は一見して正論だが、どこかおかしい気がする。トウコが何者かはよく分からないが、この相手にすぐさま引き渡す気にはなれなかった。

 少女は一旦黙ると、再びため息を一つついた。そして、メガホンを構えると静かに続ける。

 

「……先程、申し上げたが。彼女は、全能の力を司る『禁断の果実』を盗み出した者。一刻も早く確保しなければ、この国だけでなく、世界全体の脅威となり得る。どうしても、彼女を引き渡さないのなら――」

 

 トウコの姿を映し出した空間の裂け目が、再び揺らいでいく。そして、また深い森を映し出したその時、

 

「――こちらも、少々手荒な手段を使わざるを得ない」

 

 少女の言葉と同時に、空間の裂け目から甲虫のような姿をした異形の生物が飛び出してきた。それも一匹や二匹ではなく、街中の至る所に開いた裂け目から、何体も何体も飛び出してくる。

 誰かの上げた甲高い悲鳴と共に、異形の生物たちは近くにいた人々に襲い掛かった。一瞬で群衆はパニックに陥り、押し合いへし合い我先にと逃げようとする。グリーンハートは少女に、怒りを込めた視線をぶつけた。

 

「あなた……一体これは、どういうおつもり!?」

「交渉に応じないのなら、こちらで勝手に捜索させてもらうだけだよ。まあ、よく考え直してみることだ」

 

 少女は急に口調を変えると、そのまま背後に開いた空間の裂け目に飛び込んだ。グリーンハートは彼女を追おうとするが、その目の前でジッパーのような裂け目は閉じてしまう。

 

「お待ちなさい! ……くっ!」

 

 彼女は唇を噛むと、後ろを振り返った。無数の怪物どもが住民を襲い、周囲の建造物を壊している。手中に自身の得物である槍を召喚すると、グリーンハートは今まさに女性に襲い掛かろうとしていた怪物を、槍の一突きで刺し貫いた。

 背中から入った穂先が腹部の辺りから突き出し、怪物は気味の悪い断末魔を上げて爆散する。

 

「しっかり! 今のうちにお逃げなさい!」

 

 グリーンハートは女性の手を取って立たせると、避難を促す。礼を言う女性を背に、彼女は再び槍を構えると、今度は怪物の群れの中に切り込んだ。

 一方その頃、

 

「ど、どうしよう……」

 

 ベールの部屋に一人残されたトウコは、窓の外の光景を目にして言葉を失っていた。怪物どもがリーンボックスの住民たちを、その鋭い爪で引っ掻き、またその尖った牙で噛みついたりしている。

 そんな中を、緑色をした一筋の閃光が翔けていき、怪物を薙ぎ払っていった。トウコにはそれがグリーンハートだと分かったが、敵の数は中々減らない。また他に兵士らしき人々も戦ってはいるが状況は完全に、多勢に無勢であることは明らかだった。

 

「私のせいで、こんな……『女神様』だったら、こういう時どうするかな……」

 

 両手の拳をぎゅっと握りしめ、彼女はつぶやいた。

 とその時、トウコのその声に応えるかのように、突然彼女の左胸の辺りから、黄金色の光が溢れ出した。その光が彼女の体を包み込み、

 

「うわっ! 何!? 『果実』が……こ、これは?」

 

 光が弾けると、いつの間にか、トウコの腰に黒いバックルのついた黄色いベルトが巻かれていた。更に彼女の手にはオレンジのような形をした錠前が握られている。トウコは自分の腰のベルト、手にした錠前を交互に見つめると、再び窓の方へ向き直った。

 

「そっか。これが、『果実』の導きだって言うなら……」

 

 そして何かを決心したような表情になると、錠前の側面についたボタンを押す。電子音声と共にハンガーが開いた。

 

『オレンジ!』

「……私は、戦う。変身!」

『ロック、オン!』

 

 錠前をバックルのくぼみにセットし、ハンガーを閉じる。するとベルトから、ほら貝の笛の音と共に、和風ロックのような音楽が流れ始めた。同時に、トウコの頭上にジッパーのような空間の裂け目が開き、中から巨大なオレンジのような物体が現れる。

 それから彼女がバックルについた小刀のようなレバーを倒すと、セットされたオレンジ型の錠前がちょうど輪切りのような形で、パカッと開いた。続けて電子音声がベルトから流れ出す。

 

『オレンジアームズ! 花道、オンステージ!!』

 

 頭上にあった巨大なオレンジが落ちてきて、トウコの頭に被さる。直後、『それ』はまるで鎧のような形に展開し、彼女の体を覆った。そしてトウコは、オレンジをかたどった様な鎧を身にまとい、隻眼の仮面を被った武者のような戦士へとその姿を変えていた。

 心なしか、と言うより明らかに、身長が伸びている。小柄な少女であったのに、今はベール、もといグリーンハートと同じくらいの背丈だ。

 

「これが『禁断の果実』の力、か。これなら、ベールを助けられるかもしれない」

 

 大人の女性のような、低い声でそう言うと、彼女は窓辺から外に飛び出した。

 そして地面に着地すると、悲鳴の聞こえてくる方へ向き直る。が、ここからでは少々距離があるようだ。

 

「少し、遠いな。何か、乗り物があれば良いのだが……む?」

 

 彼女が呟くと、右の手の平から再び黄金色の光が溢れ出した。光が収束し、彼女の手の中で、新たな錠前となって実体化する。こちらは桜の花のような形だ。

 

「何という力……私の願望が、形になるとは」

 

 先程と同じようにボタンを押してハンガーを開き、放り投げる。すると錠前が空中で変形し、桜色をした小型のバイクに変わった。

 変身したトウコはバイクにまたがると、アクセルを全開して急発進させ、怪物の群れと戦うグリーンハートのもとへ全速力で向かった。

 



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3.共闘

「受けなさい、シレットスピアー!!」

 

 グリーンハートが手の平を前方にかざすと、彼女の横に魔方陣が形成され、その中央から巨大な槍が突き出した。長く伸びた穂先が怪物たちをまとめて刺し貫き、直後に砕け散る。その破片が更に周囲の怪物を巻き込み、吹き飛ばした。

 

「全く、次から次へと……!」

 

 が、後から後から怪物たちが、彼女のもとに押し寄せてくる。もう一度槍を構え、グリーンハートは周囲に群がる怪物たちを貫き、斬りつけた。

 とそこへ、

 

「ベール! 私も加勢しよう!!」

 

 不意に背後から、低めの女性の声がかかる。そして小型のバイクに乗った、橙色の鎧をまとった重厚な武者のような人物が姿を現した。周囲に群がる怪物たちをバイクの前輪で跳ね飛ばし、交戦中のグリーンハートのところへ駆けつけてくる。

 

「こ、今度はオレンジの鎧武者!?」

 

 呆気にとられるグリーンハートの前で、橙色をした鎧武者はバイクを急停止させ飛び降りると、二本の刀を取り出した。一本は一見普通の刀に見えるが、持ち手の部分にトリガーがついていて、もう一本は刃の部分が、くし型に切られたオレンジのような形をしている太刀だ。

 『彼女』は取り出した刀を構えると、

 

「この国の民まで巻き込むのなら……私も、容赦はしない!」

 

 逃げ遅れた子供を襲おうとしていた怪物に、その間に割って入る形で、鎧武者は右手のオレンジのような太刀で斬りつけ、更に左手の刀のトリガーを引く。すると鍔の部分に仕込まれた銃口からエネルギー弾が発射され、怪物を吹っ飛ばした。

 彼女は続けて刀を横に構え、トリガーを引くとエネルギー弾を連射し、住民を追い回していた数匹の怪物を転倒させる。

 

「皆、ここから離れよ! 巻き添えになりたくなければな!!」

 

 そう言うと彼女は、右手に持った太刀を腰に差すと、ベルトにセットされた錠前を取り外した。そして外した錠前を、左手の刀の側面のくぼみにセットし直す。

 

『ロック、オン! イチ・ジュウ・ヒャク……オレンジチャージ!!』

「はああああっ!!」

 

 刀から流れる電子音声と共に、その刀身が橙色のオーラをまとう。そして掛け声と共に鎧武者は手にした刀を大きく横に薙いだ。

 その横薙ぎから、橙色の巨大な衝撃波が生じ、前方に群がる怪物たちを一掃する。怪物の群れは次々と爆散していき、衝撃波の通ったその痕が、一瞬にして数メートほどの半円状に焦土と化した。更に強風が巻き起こり、周囲の建物のガラスを粉々にする。周りで戦っていた兵士たちや、逃げまどっていた人々も風にあおられ、悲鳴を上げて何人もその場に倒れ込み、吹き飛ばされて地面を転がった。

 

「な、何と言う……力」

「『禁断の果実』……まさか、これほどまでの力……だとは」

 

 グリーンハートがその光景に唖然とする一方、鎧武者も自らの行ったその行為に戦慄を覚えていた。焼け焦げた地面と破壊された建物、怯えた表情の人々を前にして、彼女は刀を下ろし呆然と立ち尽くす。

 先程までとは打って変わって、しんと静まり返ったところへ、

 

「やるじゃないか、『トウコ』」

「なっ、貴様は……!」

 

 不意に上空にクラックが開き、あの青紫色をした長髪の少女がその中から飛び出してきた。彼女は着地すると辺りを見回しつつ、身構える鎧武者に呼びかける。

 

「だいぶ派手にやったもんだね。きみは、追手を蹴散らすのに他人まで巻き込むのかい?」

「貴様、よくもぬけぬけと……!」

「えっ!? 『トウコ』って……あなたが?」

 

 少女の言葉に鎧武者の、刀を握る両手に力が入る。その傍らでグリーンハートは衝撃の事実に戸惑っていた。あの小柄な少女が、この重厚な仮面の鎧武者に……どう頑張ってもイメージが結びつかない。

 長髪の少女は深くため息をついて続ける。

 

「トウコ、そしてグリーンハート。自分たちのしたことがどれほどのことなのか……今一度、考えてみた方がいいんじゃないかな」

「何だと、この期に及んで何を言う!?」

「一体何をおっしゃっていますの? あなたこそ、ご自分のなさったことを考え直すべきではなくて?」

「さて、それはどうだかね」

 

 憤慨するトウコと、手にした槍の穂先を向けるグリーンハートに、長髪の少女は表情を変えずに言い返すと、

 

「さあ、みんなおいで」

「なっ、これは……!?」

 

 おもむろに右手をさっと上げる。するとグリーンハートと鎧武者……もとい、トウコの周囲に数個のクラックが開き、中から何やら古風な服を着た幾人もの人物たちが姿を現した。

 大人の男女から、少年少女まで様々な年齢層の人々が、二人を取り囲む。

 

「さあ、ショータイムだ。これからお二人に、『真実』をお見せしよう」

 

 少女の言葉と共に、『彼ら』の目が禍々しい赤色に輝く。そして、その体に変化が生じた。各々の肌の色が灰色、青色、黒色と変色していき、頭から足先にかけて人の形はかろうじて留めながらも、徐々に昆虫じみた姿に変態していく。

 ほどなくして、二人を取り囲んだ人々は、先程戦った怪物たちと同じ姿に変貌を遂げていた。中には変異種と見られる、長い触角の生えた青いカミキリムシのような個体や、翼のような皮膜を持った黒いコウモリのような姿をした個体も混じっている。

 

「分かったかい? きみたちは『彼ら』を手にかけたんだ」

「こ、こんなものはまやかしですわ! こちらの動揺を誘っても無駄でしてよ!!」

「ほう、現実から目をそらす? でもそこにいるトウコに聞いてみれば」

 

 淡々と言った少女にグリーンハートは強い口調で言い返すが、槍を持つその手が震えている。そんな彼女に目を細めつつ、少女がそう返した次の瞬間、

 

「貴様ぁああああああ!!!」

 

 トウコが突如、怒気を含んだ叫び声を上げると、周りを囲む怪物たちの頭を飛び越えて跳躍し、空中でベルトについた小刀型のレバーを一回倒した。

 

『オレンジスカッシュ!!』

「よくも同胞たちを! 貴様は、貴様だけは! 絶対に許さん!!」

 

 輪切りにされたオレンジのような、いくつものエネルギー体が、トウコのいる位置から地上の少女に向けて一列に並んだ。彼女はそのエネルギー体をゲートのように、次々とくぐり抜けて加速していき、相手に強烈な飛び蹴りを放つ。

 それに対して少女は拳を握り固めると、後方へ振りかぶった。

 

「いい機会だ。『禁断の果実』の力……どれほどのものか、見極めさせてもらおうかな」

 

 その拳にエネルギーが集中し、ドリルのようならせん型を形成する。

 

「せいはあーっ!!」

「うらああーっ!!」

 

 そして相手の蹴り込んでくるタイミングに合わせ、鉄拳を打ち込んだ。

 両者のキックとパンチがぶつかり合い、生じた強烈な衝撃波が地面を揺るがす。大量の砂埃が巻き上がり、二人の姿を覆い隠してしまった。ほどなくして、砂埃がおさまった後に現れたのは、

 

「……どうやら、私の『力』の方が上だったようだな」

 

 大きくえぐられた地面と、その中央で倒れた長髪の少女に刀を向ける、トウコの姿だった。彼女の方は無傷だが、少女の方は拳に装着したグローブがボロボロになっている。

 しかし少女はその状況をものともせずに、意味深な笑みをその顔にたたえていた。彼女はトウコを見上げると、言った。

 

「ふふ……確かに、今回はオレの負けだね。 でも、きみの『力』は十分に分かったよ」

「貴様、何を笑って――!?」

 

 問い詰めようとしたトウコの目の前で、少女の体が真っ黒に変色していく。先程まで少女だった『それ』は焼け焦げた植物のツタのような物質に変化し、直後に灰のようになって風に飛ばされていった。

 

「トウコ、今のうちによく言っておこう。この世界に、きみの居場所なんて無いと」

「なっ……何だと!?」

 

 あざ笑うような残響と共に、灰塵と化した少女の体は完全に消失する。トウコは灰の散っていった辺りをしばらくの間、呆然と眺めていたが、突如響き渡った悲鳴に我に返った。

 振り返ると、先程新たに現れた怪物たちが再び、逃げ遅れた人々に襲い掛かっている。

 

「怪物……しかし、元は人間ですわ。どうすれば……!」

 

 グリーンハートも周囲の怪物たちと交戦しているが、その槍さばきには明らかに迷いが見て取れた。ほぼ相手の攻撃を受け止め、防ぐばかりで攻撃に転じようとしていない。

 そんな中、カミキリムシのような怪物がその長い触角を鞭のようにしならせ、グリーンハートの体をからめ取り、拘束した。

 

「なっ!? しまっ……ぐあっ!」

 

 続けてコウモリのような姿の怪物が、腕に仕込まれた短剣のような武器で彼女に斬りつける。更にカミキリムシの方が頭を大きく横に振って、彼女を地面に引き倒した。

 そこへコウモリの方が踏みつけ、追撃を加える。勝ち誇ったように、二体の怪物が不気味な鳴き声を上げた。

 

「や、やめろ……!」

 

 トウコが震える声でそう口にする。その間にも怪物たちの狼藉はとどまることを知らず、人々の悲鳴も徐々に大きくなり、辺りに大きく響き渡っていった。

 腰に差した太刀を、トウコは再び手にすると、

 

「うう……ぬぉおおあああああ!!!」

 

 グリーンハートを一方的に痛めつける二体の間に割って入り、カミキリムシのような怪物の触角を斬り裂いた。続けてもう片方の刀のトリガーを引き、コウモリのような怪物にエネルギー弾の連射を浴びせる。

 更にトウコは手に持った刀と太刀の柄を連結し、薙刀のような武器に変形させ、

 

「せいっ! はぁー!!」

 

 掛け声と共に、ひるんだ二体の怪物を斬り裂き、その後ろへ駆け抜けた。直後、彼女の背後で怪物たちはほぼ同時に爆散する。

 そして、トウコは人々を襲う怪物たちに向き直ると、今度は無言でそちらへ向かって行った。群がる怪物たちを、手にした薙刀を振り回して斬りつけ、爆散させる。人々の悲鳴は段々と小さくなり、今度は怪物たちの断末魔の方が周囲に大きく響き始めた。

 

「トウコ、あなたは……」

 

 その光景を見つめ、グリーンハートは呟く。

 それからいくらも経たないうちに、周囲には静寂が訪れた。壊れた建物に、傷つき怯えた表情の人々。その中心には小柄な少女が両膝をついて座り込んでおり、焦点の定まらぬ瞳で、ただただ虚空を見つめていた。

 

「……彼女の保護をお願いしますわ。深く傷ついてしまったようですから、病院で診てもらって、よく休ませてあげて下さいな」

 

 グリーンハートは近くにいた兵士に指示すると、その場を離れた。トウコのことは心配ではあったが、今は一国の統治者としてすべきことがある。それに今の彼女には、かけるべき言葉が見つからない。

 後ろ髪を引かれるような思いはあったが、グリーンハートは空を翔け、リーンボックスの宮殿へと引き返していった。

 



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4.傷心

「……あれだけの力を持っているとは、ちょっと驚いたな」

 

 色とりどりの葉、花、果実で彩られ、ぼんやりとした青白い燐光が灯る、まるで王室のような部屋。少女の声が、静まり返った室内に響き渡る。誰かに話しているというわけではなく、ただ独り言を呟いただけのようである。

石造りの玉座に、青紫色をした長髪の少女は一人座っていた。手すりに頬杖をついて、かなりリラックスしている様子だ。

 

『どうした、初戦敗退かい? 『くろめ』ちゃん』

「ああ、してやられたよ『クロワール』。でも、そう気にする必要もないさ」

 

 とそこへ、どこからともなく黒い蝶がひらひらと舞い込んできた。長髪の少女の周りを飛び回りつつ、幼い女の子のような声で蝶は語りかける。

 『くろめ』と呼ばれた玉座に座った少女が、それに答えて口を開いた。

 

「あの力、確かに『禁断の果実』と呼ばれるだけはある。だが、『彼女』はどうやら制御し切れていないようだ。恐らく、まだ使い方もよく分かっていないんだろう」

『なるほど。で、どーすんだ? あの女神の後釜、そのまま放っといたら、力の使い方を覚えて攻めてくるかも』

「その点は心配ないだろう、しばらく『彼女』のトラウマは癒えないだろうし。それに『禁断の果実』の半分はこっちにあるんだ」

 

 くろめは『クロワール』と呼んだ黒い蝶にそう言うと、彼女に笑みを見せた。

 

「トウコ、そしてリーンボックスの女神共々……極限まで追い詰めて、全てオレが奪い尽くしてやるんだからね」

『ほほーう。こりゃまた、よからぬことが始まりそうだな』

 

 その、底知れぬ邪悪さのにじみ出るような笑顔に、クロワールは嬉しそうに声を上げるとくろめの肩に止まる。

 

『やっぱりお前は最高だよ。さて、じゃあこれから何が起こるのか……じっくり見物させてもらおうかね』

「きみが満足できる『歴史』は、記録できそうかい?」

『ああ、今度こそおもしれーモンが見れそうだ。んじゃ、行ってきまーす』

 

 肩を離れ、どこへともなく飛び去って行くクロワールに、くろめは無言で笑みを送った。それから部屋の一角に向かって声をかける。

 

「そうそう、きみの出番ももうすぐだよ」

 

 くろめが声をかけた先には、ひざまずいた姿勢で深く頭を垂れたまま、人形のように動かない女性の姿があった。漆黒のドレスを身にまとい、透き通るような白い肌に、太陽の如く煌めく長い金髪、よく見なければ本当に人形と間違えそうだ。しかしその肩が微かに上下していることから、息をしている、生きた人間だと分かる。

 再び意味深な笑みを浮かべると、くろめは続けて言った。

 

「『彼女』との再会、楽しみにしておくといい……『女神様』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、怪物たちの侵攻をどうにか退け、幾分か落ち着きを取り戻したリーンボックスであったが、その被害は決して小さくなかった。謎の少女が送り込んできた怪物どもの軍勢に、破壊された建物は数知れず、更に何人もの住人が重軽傷を負うこととなった。現在、リーンボックスの病院は怪我をした患者でどこも一杯である。

 そんな中、ベールはトウコのもとへと赴いていた。あの少女の狙いはトウコ、もしくは彼女が持っている『何か』のようであったし、詳しく話を聞いておく必要がありそうだと考えてのことであった。しかし、

 

「トウコ……あの子、大丈夫かしら」

 

今回の戦いで相当の精神的ショックを受けたようだし、恐らく大丈夫ではなさそうだが――などと考えつつも、彼女が運び込まれた病院へと足を運ぶ。そして、看護師に案内された病室へ入ると、

 

「……あ、ベール」

「ごきげんよう、トウコ」

 

 そこにはベッドの上で上体だけ起こし、遠い目で虚空を見つめるトウコの姿があった。ベールに気付き微笑んで声をかけるが、その目の焦点はどこかずれているように見えた。

 ベールも挨拶を返すと、ベッドの傍らに置かれた面会者用の椅子に腰かける。そして神妙な面持ちで口を開いた。

 

「トウコ、傷心のところを申し訳ありませんが……今回、あの謎の少女は明確にあなたを狙って、この国に攻め込んできましたわ。あなたがどういう身の上で、今どういった状況にあるのか、詳しく聞かせて頂けるかしら?」

「ああ……そういえば、ちょうど『あいつ』が攻めてきたせいで、結局話せてなかったね。うん、私の知ってること、全部話すよ」

 

 乾いた、か細い声で、相変わらず目の焦点の定まらないままトウコは言った。明らかに精神的ショックから立ち直れていない様子だったが、ベールは彼女の言葉に静かに耳を傾ける。

 一旦深呼吸をしてから、トウコは話し始めた。

 

「これは最初に言ったっけ、私が帝国『ヘルヘイム』の、女神の卵だって話。っと、その前に……私が元々住んでいた帝国『ヘルヘイム』っていうのは、『国』って言うよりは一つの世界だね。『あらゆる次元と通じる、時空の狭間に横たわっている世界』って言えばいいかな」

「は、はあ……まるで、ゲームやアニメの話を聞いているようですわ。でもそれなら、空間の裂け目を作って移動できるのも、少しは納得できますわね」

「まあ、それにはかなり生体エネルギーを使うから、普段はやらないけどね。私も『あいつ』も、クラックを開いたのはほとんど『禁断の果実』の力だし」

 

 と、そこでトウコの言葉にベールは問いを発した。

 

「その、あなたが『あいつ』と呼んでいるあの少女は一体何者なのです? それに、あの少女も口にしていましたが『禁断の果実』というのは、何かの果実か、それとも宝物なのでしょうか? 全能の力を司る、などと言っておりましたが」

「『あいつ』、あいつの、名前は……『暗黒星くろめ』。私の、いや私たちの故郷、帝国『ヘルヘイム』を乗っ取った、張本人……だよ」

「帝国を……世界を、乗っ取った?」

 

 重々しく、所々、言葉にもつっかえながら放たれたその言葉にベールは絶句した。あの少女が何者なのかよくは分からないが、トウコの話が本当なら、たった一人で一つの『世界』を掌握できるほどの力を彼女は持っているということになる。

しかし果たしてそんなことがあり得るのだろうか、とベールのその心を見透かしたように、トウコは続けて言った。

 

「それが、できちゃうんだよ。あいつは、半分とはいえ『禁断の果実』を手に入れた。それにあいつには、『人の心』を操る力があるから……私がこの『リーンボックス』に来る前に話はさかのぼるね。話すと長くなるけど、いいかな」

「ええ。あなたが構わないのでしたら、聞かせて下さいな」

 

 頷くベールに、トウコは一旦目を閉じるともう一度深呼吸した。そして目を開く。その目は先程までのような虚ろなものではなく、真っ直ぐにベールを見据えていた。

 彼女は語りだす。

 

「まずは私の身の上から。私は、生まれた時から『ヘルヘイム』の女神の後継者として、『女神様』から教育されてきたんだ」

 

 とそこで急に、トウコはバツが悪そうな表情になる。そして続けた。

 

「……まあ、しょっちゅう『女神様』の目を盗んで、勉強やら何やらほとんどサボって、遊んでばっかりいたけどね。今思えば、『不肖の弟子』だったよ」

「は、はあ……」

「当然、見つかったら怒られるわけで。いつもガミガミ言われてたなあ……でも思い出すとそんな日々も、とっても楽しかった……」

「ふふ、とても仲が良かったようですわね。あなたと『女神様』って」

 

 懐かし気に語るトウコの顔に、徐々に生気が戻りつつある。心なしか、頬にも赤みが差してきたようだ。微笑むベールに彼女は、今度は明るい笑みを返す。

 

「そうだね。ずっと一緒にいたし、母娘みたいなものだったなあ……でも」

 

 トウコの声のトーンが落ちる。絞り出すようにして彼女は続けた。

 

「でも、『あいつ』が急にやってきた……その日も私は、勉強サボって遊び回ってた。それで、見つけたんだよ……『黒いチョウチョ』を」

「『黒いチョウチョ』? それが、一体何を?」

「最初は、私も何とも思わなかった。でも、そのチョウチョが飛んで行った後……急に、みんなが周りで争い始めた。止めようとしたけど、私が何を言っても、何を言ってもダメで! そうそう、巻き込まれて殴られたことを覚えてるよ。痛かったなあ、とっても。どこを殴られたっけ、何発殴られたんだっけ? あれ、覚えてないや……うんうん、そうだった。口喧嘩なんてまだいい方! 血を流して倒れてる人もいたね……あ、ああああ……!」

「トウコ落ち着いて! 辛いのでしたら、もう話さなくてもいいですわ」

「あ、ああ……ご、ごめんねちょっと……うん、大丈夫だから。今思えばみんな、あいつの術にかけられてたんだろうね」

 

 話の途中からトウコの目がまた虚ろになっていき、内容もおかしくなってきた。ベールがなだめると彼女は我に返ったような表情になり、幾分かは落ち着きを見せる。

 

「続けるね。それからどうやってかは覚えてないけど、どうにか『女神様』のとこにまで逃げ出してきたんだ。そしたら、今でも忘れはしない……『あいつ』がいた」

「あの少女……『暗黒星くろめ』、ですわね」

「『女神様』も……既に、あいつの術で心を乗っ取られてた。それで私を……ああ、口うるさかったけど、お母さんみたい、だったのに……! 私を、その手にかけようと……してきた、けど……!」

 

 話している途中で、トウコは両手で顔を覆った。

 

「ああ、思い出した……もう、ダメだと思った、その時に『女神様』、正気に戻って……残った自我で私に、『禁断の果実』を半分託して、クラックに放り込んで、逃がして、くれたんだ……」

「……そう、でしたのね。この国へ来る前に、そんなことが」

 

 ゲーム機を壊された時は、ふざけた小娘だと思っていたが、目の前で泣いているこの少女は、故郷を追われ帰る場所を失くした、孤独な子供だった。

 そんなトウコを前にして、ベールはおもむろに椅子から立ち上がると、ベッドの上にトウコと寄り添うように腰を下ろす。そして彼女の小さな体をぎゅっと抱きしめた。不意に抱きしめられて、彼女は困惑したような声を上げる。

 

「えっ、あの……ベール?」

「本当に……辛くて、寂しかったのですね。でも大丈夫、あなたは一人じゃありませんわ。わたくしが、そばにいてあげますから」

「ベール……あ、ありが、とう。う、うう」

 

 優しく答えたベールに、トウコは嗚咽混じりにそう言うと、そのまま声を上げて泣きじゃくり始めた。これまで泣く余裕すらもなく、溜まりに溜まったものが解放されたのだろう。背中にベールのぬくもりを感じつつ、トウコはずっと泣いていた。これまでの悲しみに加えて、今は誰かがそばにいてくれる安心感、その二つが相まって涙が止まらない。

 泣きじゃくるトウコと、彼女に寄り添うベール。二人の姿はまるで、血を分けた姉妹のようであった。

 



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5.再戦

 病室で、未だに泣き続けているトウコと、そして寄り添うベール。姉妹愛を絵に描いたような情景であったが、突然、その絵を壊すかのように、病室のドアが勢いよく開けられた。

 

「ベール様! 患者たちが……ぐあああっ!!?」

「なっ……!? そ、そんな!」

 

 駆け込んできた病院スタッフの男性が、断末魔と共に倒れ込む。その背後から、あの甲虫のような怪物が姿を現した。しかも一匹だけではなく、後ろから何匹も、ぞろぞろと続けて湧いてくる。一体どこからやって来たのか。恐らくは、クラックを通って攻めてきたのだろうが、突然の出来事にベールは動揺を隠せなかった。

 その一方、泣きじゃくっていたトウコは怪物たちの襲来に気付き、顔を上げて涙を拭う。そしてベールの懐を離れ、ベッドの上で立ち上がると跳躍し、空中でオレンジ型の錠前を手にした。

 

『オレンジ!』

「ここは私に任せて、ベールはみんなを避難させて!」

『ロック、オン! ソイヤッ! オレンジアームズ! 花道、オンステージ!!』

 

 そのまま錠前をベルトにセットし、レバーを倒して鎧武者の姿に変身する。彼女は空中から飛び蹴りを放ち、最前列にいた怪物を後方へ蹴り飛ばした。着地と同時にすかさず、怯んだ怪物の群れに切り込み、変身したトウコは徒手空拳で怪物たちと応戦する。

 

「トウコ! これ以上戦っては……わたくしが戦いますわ!」

 

 トウコが怪物たちと戦うこと、それは同胞を傷つけることに他ならない。これ以上、彼女の心に傷を負わせたくはない、そう案じたベールだったが、

 

「いいや! もうこれ以上、目の前で他人が傷付くのを見ていたくはない。それに、同胞にこの国の民を傷つけさせたくないのだ! 先の戦いで力の加減も大体覚えた。心配は無用だ、私に構わず……どうか行ってくれ!」

「し、しかし……」

 

 その呼びかけにトウコは答えつつ、近くにいた怪物の一体に掴みかかると、背負い投げをかけて群れの中へ投げ飛ばした。そこから更に群れの中心へ切り込んだトウコを、怪物たちが取り囲む。とそこでどうにか、人が一人は通れそうな道が開けた。その上、敵の注意はほぼトウコのみに向けられている。

 怪物たちに取り囲まれ、人海戦術で押しつぶされそうになりつつも、彼女は未だ行動を渋るベールに向けて言い放った。

 

「早く! この国の女神として、果たすべき責務があるだろう!?」

「トウコ……すみません、感謝しますわ!」

 

 その言葉に決意を固めたベールは、トウコの開いてくれた突破口を抜け、他の患者や病院スタッフのもとへ駆けていった。

 

 

 

 

 

 後ろを振り返ることなく、彼女は廊下を走っていく。しばらくすると、背後で聞こえていた怪物たちの鳴き声と、トウコの声もほとんど耳に入らなくなった。静まり返った廊下を走り抜けると、怪我人の収容されている棟へ彼女はたどり着いた。悲鳴のような声や、怯えたような声が聞こえてくる。

 

「まさか、ここも襲撃を!? 怪我人たちを狙うなんて、何て非道な……!」

 

 この襲撃の首謀者であろう『くろめ』という少女に、はらわたを煮えくり返らせつつも、ベールは自らのすべきことを実行する。近くにあった病室へ入り、患者たちに避難を呼びかけようとした、その時、

 

「こ……これ、は……!?」

 

 扉を開け、病室へ飛び込んだ彼女が目にしたのは、これまでに目撃したこともない異様な光景だった。

 ベッドに横たわる患者たちの体を、ツタのような植物が巻き付き覆っている。その程度は人それぞれで、体の一部だけが覆われている者もいれば、完全に体全体を覆い尽くされ、まるで昆虫のサナギのような姿になっている者もいる。しかし共通していることが二つあった。一つは、誰一人としてその場から動かない、いや動けないでいること。そしてもう一つは、皆等しく、その顔を恐怖に歪めていたこと。

 

「め、女神……さ……ベール、様……たす、け」

 

 ベールの存在に気付いた一人の患者が、かすれた声で助けを求めつつ、ツタの絡まったその手を彼女の方に伸ばす。次の瞬間、ベールの目の前でその患者は、伸ばした手の傷口から突然生えてきた植物に、体を覆い尽くされてしまった。

 あとには物言わぬ、サナギのようなツタの塊があるのみだ。

 

「こんな、こんな……ことって……」

 

 ベールは恐怖にその身を震わせていた。愛する国民が、目の前で変わり果てた姿になってしまった、その衝撃に彼女の心は深くえぐり取られた。立ちすくむ彼女の眼前で、他の患者たちもツタに飲み込まれていく。

 気付けば病室の中にいた人間は、ベールを除いて全員がツタに覆われ、サナギのような姿に変わり果てていた。とそこで、ツタの塊の一つが、突然バリバリと音を立てて真っ二つに裂けた。そして中から現れたのは、

 

「う、嘘……そんな……! こんな……こんなこと、あり得ませんわ!!」

 

 人間ではなかった。あろうことか、あの甲虫のような怪物だったのだ。一匹が飛び出したのに続いて、他の塊も次々に裂けていき、昆虫が脱皮するかのように中から怪物が飛び出してくる。その中には、先の戦いで彼女を痛めつけた、あのカミキリムシやコウモリのような姿をしたものも混じっていた。

 地獄のような光景に、ベールは目を覆いたくなるほどであった。いつしか、病棟から聞こえていた悲鳴や怯えるような声は、怪物たちの上げる不気味な鳴き声に変わり果てている。打ちひしがれ、もはやその場から動くこともできなくなったベールに、怪物たちが周囲からにじり寄ってくる。そして一匹がその鋭い爪を振り上げ、

 

「ベール! 危ない!!」

 

 その瞬間、背後からの声と共にエネルギー弾が怪物の爪を弾いた。続けて橙色の影が飛び込んできて、その怪物に飛び蹴りを喰らわす。強烈な蹴りを受け、怪物は真後ろに吹き飛ばされた。爆散はしなかったものの、気絶したのかそのままぐったりと動かなくなる。

 空中で一回転して着地し、駆けつけたトウコはベールの方に向き直った。

 

「既にここまで襲撃を……ベール、怪我は?」

「トウコ……? どうやって、ここに」

「少々手を焼いたがどうにか、切り抜けてきた。だが、じきに追ってくるだろう」

 

 ベールの問いに答えつつ、トウコは彼女の手を引いて病室を抜け出した。

 

「さあ、他の場所にまだ生き残っている者がいるかもしれない。早く行かねば!」

「わ、わたくし……は……」

「どうしたのだ!? もたついていては……」

 

 なぜか躊躇するようなそぶりを見せるベールに、トウコがやきもきするようにそう言った。その時、離れた所で悲鳴が上がり、病室のドアが開いて患者が一人飛び出してきた。

 瞬時に反応したトウコは、彼女の手を引いたままそちらへ駆けつける。

 

「無事か!? 患者どの!」

 

 すぐそばに駆け寄り、空いた方の手で患者を抱き留める。怪我をしていたようで、足首に包帯が巻かれ、腕にガーゼが貼ってあった。変身したトウコとベールの姿を見て、患者は安堵の表情を浮かべる。

 しかし病室のドアの向こうから、怪物の群れが迫ってくる。トウコはそちらを見やると、ベールの手を放してトリガー付きの刀を構えた。

 

「すまない、痛いかもしれないが……! ベール、患者を頼む」

「トウコ! やめて!!」

 

 瞬間、ベールの表情が変わり、彼女の手にした刀を掴んで下ろさせた。突然の出来事にトウコは戸惑う。

 

「ベール! 気持ちはありがたいが、今は『彼ら』を一旦退けなくては」

「いいえ、いけない! そんなことさせませんわ!」

「しかしこのままでは逃げきれ……」

 

 とその時、トウコの抱き留めた患者が突然苦しみだした。腕の傷口を押さえてうめき声を上げ、

 

「なっ……何なのだ、これは!?」

「そ、そんな……」

 

 トウコの腕の中で、患者の傷を覆うガーゼを破り、ツタが生えてきて、みるみるうちに広がっていく。そして彼女とベールの見ている前で患者の体は、傷口から生えてきた不気味な植物に覆い尽くされてしまった。今、トウコの腕の中にあるのはサナギのようなツタの塊である。

 言葉を失う二人に、病室から出てきた怪物たちが襲い掛かる。トウコは刀を腰に差し直すとツタの塊を床に横たえ、両の拳を構えた。

 

「くっ、考えさせる暇も与えない気か!」

「もう……もう、やめて……」

 

 その傍らでベールはか細い声でつぶやくと、床に両手両膝をついてうなだれてしまう。

 とそこへ、彼女ら二人の視界に小さな黒い影が飛び込んできた。よく見ると『それ』は一匹の黒い蝶である。続けて、どこからともなく無数の黒い蝶が飛んできて、二人と怪物の群れの間に寄り集まってきた。蝶の群体が『ある形』を成していき、

 

「どうだい、お二人さん。今回は演出にも凝ってみたよ」

「あなた、は……!」

「貴様、またしても!」

 

 そして『暗黒星くろめ』の姿となった。

 ベールは顔を上げ、床についた拳を握り固めると相手を睨みつける。トウコも構えた拳を一旦解くと、二本の刀を手にしてその切っ先を相手に向けた。

 くろめはそれに対し、両手を上げてホールドアップの姿勢を取る。

 

「まあ待ってよ、女神のお二人に少し解説してあげようじゃないか。もっとも、トウコは本来『女神様』から聞いて、知っていて然るべきことだけどね」

 

 そう言うと彼女は二人の返答も待たずに話し始めた。



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6.暗黒の星

 くろめは二人の返答も待たずに話し始める。

 

「帝国『ヘルヘイム』は特殊な世界なんだ。次元を超えて他の世界を侵食し、取り込んでしまう。更に『それ』は……ヘルヘイムに蔓延するウイルスみたいなものかな。あらゆる生物に感染し、ヘルヘイムの動植物へと変えてしまう。結局何が言いたいかって言うと、『ヘルヘイム』は放っておくだけで全世界……いや全ての次元を侵食してしまう、素晴らしい世界だってことさ」

「なっ……! 何ですって!?」

「まさか、そのようなことが……」

 

 『それ』と言ってくろめは床に横たわるツタの塊を指し示す。驚愕を隠せない二人に彼女は不敵に笑いかけると、話を続けた。

 

「でも支配者である『女神様』はそのことに心を痛めていた。それで、心優しい彼女は『禁断の果実』の力を使って、ヘルヘイムの他次元への侵食と、感染を抑え込むことに成功した……でも、いかに『全能の力』といえども、この『世界の理』に干渉するのは並大抵のことじゃあなかったみたいだね。ヘルヘイムの侵食を止め、住人たちは元の姿に戻ったけど、『禁断の果実』の力はその維持にほとんど費やされ、おまけに彼女は『寿命』に己の生を縛られることになったのさ」

「……だから、私を後継者に、しようと……」

 

 呟いたトウコに、くろめは意地悪そうな笑みを浮かべつつ、肩をすくめて見せた。

 

「なぁんにも知らなかったんだね、トウコ。『女神様』の後継者が聞いてあきれるよ……おっと?」

 

 とその時、突然に緑色の影がくろめに躍りかかった。繰り出された一撃を彼女は右手のグローブで受け止める。甲高い金属音が鳴り響き、火花が飛び散った。

 くろめは振り下ろされた槍の穂先を受け止めつつ、笑みを崩さずに言う。

 

「奇襲なんてスマートじゃないね、リーンボックスの女神様」

 

 かしらの危機と見てか、周りの怪物たちが唸り声を上げ、ベールに襲い掛かろうとする。しかしくろめはそれを、空いた方の手で制した。

 

「みんな静かに。オレたちに手出しは無用だよ」

「……あなたはなぜ……このようなことをするの!?」

 

 彼女の指示で怪物たちは二人から離れる。

 直後、手にした槍を横に薙ぎ、ベールは相手の拳を弾いた。すかさず突きを繰り出すが、くろめもさるもの、体をひねってその攻撃をかわすと跳躍し、空中から殴りかかる。

 

「理由だって? そんなものは無いね!」

「ぐっ! 何ですって!? 何の理由もなく、他人の国を蹂躙するなんて納得がいきませんわ!」

「当然さ! 納得してもらおうなんて思ってないから、ねっ!!」

「ぐああっ!?」

 

 空中から繰り出されたパンチをベールはとっさに槍の柄の部分で防ぐ。しかし続けて二発目、三発目と次々に拳を打ち込まれ、彼女は段々と押されていった。懐にもぐり込まれ、槍の長さがかえって戦いの邪魔になってしまっている。

 そこへ体重を乗せたストレートが打ち込まれ、ベールは大きく後方へ押しやられた。ちょうどその先にいたトウコが彼女を抱き留める。

 

「ベール!」

「ま、理由らしいものを一つ挙げるとすれば……『気に入らない』んだよ。きみたちのいちいちが!」

 

 怒気を含んだ声色を初めてあらわすと、くろめは続けて言った。

 

「国民に愛され、悠々と毎日を過ごしてる……それが気に入らない。何で『お前たち』ばっかり、そんな日々を甘受できる? こんなのは不公平極まりないと思うんだよねえ!!」

「何なのだ? こいつ、急に……」

「ただの逆恨みではありませんの!? こんなことをしてもいい理由にはなりませんわ!!」

 

 吐き捨てるような言葉、しかしトウコは刹那、彼女の声色にどこか悲哀のようなものを感じ取った。

 一方でベールはその言葉に怒りを更に募らせた様子で、トウコを後ろへ押しやるようにして前に出ると、槍を構えなおす。そして彼女の体が淡い青色の光に包まれ、一瞬にして、青い瞳に緑色の長髪の女神、グリーンハートへと変身した。

 

「へえ、怒りのパワーで変身するなんて……いいじゃないか、来なよ」

「はあああっ!!」

 

 くろめは目を細め、挑発するように言って拳を握り、構えを取る。そこへグリーンハートが距離を詰め、

 

「罪の代価は……その命で払って頂きますわ!」

 

 目にも止まらぬ連続突きを放った。あまりのスピードに槍が幾本にも見えるほどである。しかしくろめもそのスピードに見合うだけのラッシュを放ち、両者が打ち合う。槍の穂先とグローブの金属部分が幾度となくぶつかり合い、激しく火花を散らした。

 だが徐々に押され始めたのは、くろめの方だった。相手の攻撃をいなしきれず、槍の穂先が何度かその体をかすめる。

 

「ぐうう、そっちだけ『変身』できるってズルくない、かな……!?」

「あなたの持つ『禁断の果実』というのも、大したものではないようですわね!!」

「ぐうああっ!?」

 

 強烈な横薙ぎを受け、くろめは両腕をクロスさせ防御するも、床を滑って大きく後方へ押しやられる。足を踏ん張ってブレーキをかけ、体勢を立て直そうとしたところへ、

 

「あなたにこれが避けられる? 冥途のお土産に受け取りなさい!!」

 

 間髪入れず、グリーンハートが右手を横に薙ぐ。するとそこから無数の槍が生成され、くろめを目がけて飛んで行った。回避行動もままならない彼女に槍が命中し、続けて疾風と共にグリーンハートが突貫する。

 そして繰り出された突きの一撃が、相手を後方の壁に叩き付けた。

 

「が、はあっ……!」

「……勝負、ありましたわね」

 

 叩き付けられた衝撃で壁にめり込み、動かなくなった相手のもとへ、グリーンハートは槍を構えて歩み寄っていく。と、その時、

 

「ぐうう……う、ああ……あーっはっはっはっは!!」

「……何かのハッタリ? それとも、本当に気が触れてしまったのかしら?」

「はっはっはー……あ、そうだ。ところで、他のみんなには『手を出すな』って言ったけど、聞いてなかった子がいたみたいだね」

「この期に及んで戯言を……はっ!?」

 

 服のあちこちが破け、血を流し、まるでボロ雑巾のようなズタズタの姿になりながらも、くろめは高笑いし、その顔には不敵な笑みが浮かぶ。彼女に止めを刺そうとしたグリーンハートだったが、そこで相手の言わんとしていることに気付き、その手が止まった。

 

「ぬああっ! くっ……あいつ、この国の住人までも……ぐあっ!?」

 

 後ろを振り返ると、トウコが虎のような姿をした怪物から一方的に攻撃を受けていた。その鋭く巨大な爪が、彼女のまとった鎧に斬りつけ、更に倒れ込んだ彼女を蹴り飛ばす。近くに真っ二つに割れたツタの塊が転がっており、先程の患者が変異した怪物であることは明らかだった。

 その様子をまるで観客のように、周りの怪物たちは手を出すこともなくただ見守っている。そこで再び、くろめが嘲るように言った。

 

「さすがにきみの国の人には、トウコも手が出せないみたいだね……ほら、早く助けてあげないのかい? 放っておいたら、いくら彼女といえどもヤバいんじゃあないかな?」

「あ、あなたという、人は……!!」

「ゆっくり考えてる暇があるのかい? ……さあ、どうする?」

「ぐはあっ! 駄目だ……そんな、ことは、ぬうっ! ベール! あなたの民を、手に、かけては……」

 

 さも愉快そうに笑うくろめと、怪物にその身を斬り裂かれながらも『その行動』を押しとどめようとするトウコ、二人の声がグリーンハートの頭の中で何度も、こだまのように響き渡った。

 彼女は一旦目を閉じ、そして開く。

 

「わたくし、は……」

「ぬうっ!? ぐ、ああっ……!」

 

 怪物が倒れたトウコの首根っこを掴んで持ち上げる。そして彼女に巨大な爪を突きつけた。

 刹那、トウコを掴んだ怪物の腹部から槍の穂先が突き出し、直後、怪物は爆散した。生じた爆風に巻き込まれ、トウコは後方へ吹き飛ばされる。それを見てくろめは歓声を上げ、手を叩いた。

 

「やった……やったねえグリーンハート! きみはよくやったよ! あっはっはっは!!」

 

 高笑いのような残響と共に彼女の体は焼け焦げたツタのようになり、グリーンハートが手を下すまでもなく、灰塵と化して崩れ去った。

 爆風で飛ばされ、倒れ込んだトウコはどうにかそこで体を起こす。

 

「……そ、そん、な……ベー、ル……」

 

 彼女の視線の先、無言で槍を構えるグリーンハートの目には感情と呼べるようなものはなく、ただ冷徹な光だけがその奥に宿っていた。彼女は両手で槍を構えた姿勢のまま、その動きを止める。

隙ありと見たのか、それともやられた仲間の敵討ちを図ってか、周りの怪物たちがそこへ襲い掛かってきた。が、

 

「はああっ!!」

 

 目を大きく見開き、発した掛け声と共にグリーンハートの姿が消えた。否、目にも止まらぬスピードで怪物たちの間を通り抜けた。直後、その背後で真空の刃が生じ、怪物の群れを幾重にも切り刻む。荒れ狂う風の刃に切り刻まれた怪物たちが、グリーンハートの後ろで次々に爆散していった。

 いつもなら、ここで笑顔と共にポーズを決めるところであるが、今の彼女は違っていた。構えを解くと、その感情を失った目を虚空に向ける。そして、ゆらりとよろめくと、そのまま倒れ込んでしまった。

 

「ベール! ベール、しっかり!!」

 

 トウコがすぐさま駆け寄り、助け起こす。彼女の腕の中でグリーンハートの体が淡い光に包まれ、ベールの姿に戻った。彼女に怪我は無かった。しかし、その目にはもはや何も映ってはおらず、完全に生気を失っていた。

 




評価を頂き、拙作ながらもお気に入り登録して頂きました。
本当に感謝です。もっと精進して参ります。


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7.侵略

「やれやれ、また黒星か。この名前が悪いのかな?」

 

 宮殿のような部屋の中、玉座の上でくろめはつぶやいた。しかしその表情に悔しさや怒りのような感情は欠片も見えず、

 

「でも、戦いに必要なのは『力』だけじゃあない。いや……むしろ、戦いに力なんて必要ない。どんなに力があろうと『戦う意思』を失えば、敗者だ」

 

 代わりに彼女の顔に浮かぶのは勝利を確信した笑みであった。そして彼女はパチンと指を鳴らす。

 

「さあ、遊びの時間はおしまいだ。『ヘルヘイム』よ、リーンボックスを喰い尽くせ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うう……!」

「あっ、ベール! 気がついた!?」

「トウコ……? ここは?」

 

 うなされ、ベールが目を覚ますと、その傍らにいたトウコが駆け寄ってきた。変身しておらず、小柄な少女の姿である。

 まだ頭がはっきりせぬまま、ベールはトウコに問いつつ周りを見渡した。先程まで寝かされていたのは、コンクリらしき固い床の上。ここは小さな部屋のようだが周りには何もなく、それに薄暗くて何だか埃っぽい場所だ。トウコが申し訳なさそうに答える。

 

「病院から、ちょっと離れたとこの廃屋だよ。ごめんね、手近な所ではここぐらいしか場所がなくって」

「ああ、そうでしたのね。病院……はっ! そうですわ、病院は!? 病院はどうなっていますの!?」

「そ、それ……は……」

 

 先程までの出来事を思い出したベールは、トウコの肩をがっしり掴み、ゆすって問い詰める。彼女は答えに詰まりつつも、声を絞り出すようにして答えた。

 

「……ごめん、なさい。私、何も、出来なかった……ベールを連れ出すのに、精一杯で……」

「そう……そう、でしたのね」

 

 うわごとのようにつぶやき、トウコの肩を掴んだ彼女の手から力が抜ける。とその時、外の方で悲鳴らしき叫び声が上がった。その声で我に返り、ベールは部屋の窓に駆け寄る。トウコも同じく窓に駆け寄り、背伸びして外の様子をうかがうと、通りを埋め尽くすかの如く人の波が流れていた。その流れの反対側には病院が見え、

 

「あ、ああ……!」

 

 ベールは言葉を失った。まるで蜂の巣のように、病院の窓という窓に怪物たちが群がり、外へ向かってなだれ込んでいたのだ。もはや院内の患者やスタッフの生存など望みようもあるまい。

 怪物の群れが押し寄せる最前線で、兵士らしき人々が市民の避難を誘導しつつ、怪物と応戦している。しかし敵の侵攻を食い止めるのに精一杯のようで、その上徐々に押されているのが見て取れた。ベールは窓から身を乗り出すと、そのまま外に飛び出す。

 

「あっ! ちょっと!? 待って!!」

 

 トウコの声を背中に聞きながら、彼女は人ごみを分けつつ病院の方へ走っていく。周りの人々は時々ベールの存在に気付き一瞬立ち止まる者もいたが、それはごく少数であった。大部分は怪物の群れから逃れることに必死で、彼女の存在にすら気付かず、時にぶつかっても気付かないか無視して逃げまどっている。

 グリーンハートに変身して空を飛べば良いようなものだが、彼女はただ、がむしゃらに人ごみの中を走っていた。行った先で何をするのか、怪物と化した国民と戦うのか……それは今の彼女自身にも分からなかった。そんな中で、ベールの目指す先から一際大きな声が上がる。

 

「!? 何が……」

 

 再び我に返った彼女の目の前で、逃げまどう人々が、向こうから波のように押し寄せてきた大量のツタのような植物に飲み込まれる。文字通り一瞬の出来事であり、彼女は眼前で起こっている事態を理解できなかった。

 立ち尽くすベールをも飲み込まんと、まるで大蛇のようにツタが押し寄せる。

 

「ベール、こっちへ!」

 

 とその時、何者かが彼女の手を強く引いた。変身し、鎧武者のような姿となったトウコだ。

 彼女はベールの手を引いて走りつつ、手にした桜の花のような錠前を開錠し、放り投げて小型バイクに変形させた。そしてベールを座席の後方に乗せると自らもバイクに飛び乗り、

 

「『アレ』を振り切る! しっかり掴まってくれ!」

 

 アクセル全開で急発進させる。人波を避けて裏路地の方に入り、狭い通りを二人はバイクで疾走した。後ろで聞こえていた、葉っぱの擦れ合う音や人々の悲鳴が段々と遠のいていく。ハンドルを握るトウコにしがみついたまま、ベールは無言で目を固く閉じ、唇を噛みしめた。

 道の幅はバイクが一台通れるぐらいで、途中に何度も曲道に突き当たったものの、トウコは巧みなハンドリングで裏通りを駆け抜けていく。狭い通りを抜け、また大きな道に出たところで、おもむろにトウコはバイクを止めた。エンジンはかけたまま、彼女は病院の方を見やる。

 

「そんな、街が……」

 

 彼女の見つめる先では、無数のクラックが開いており、そこからツタのような植物がまるで生き物のように流れ込んできていた。ヘビのように茎をうねらせながら、建物を、人々をどんどん飲み込んでいく。深い緑色の絨毯が、リーンボックスを覆い尽くさんとしていた。

 そして緑一色に染まった地上を甲虫、昆虫、コウモリ、虎のような異形の者たちが闊歩している。そこに、つい先程まであった近代的な街並みの面影は無かった。トウコの後ろでその光景を目にし、ベールは呆然とつぶやく。

 

「これが、『ヘルヘイム』……もう、リーンボックスは……」

「ベール?」

 

 めまいを起こし、彼女はトウコの背中に寄りかかった。怪物の軍勢や、あのくろめという少女が相手ならどうにかなったかも知れない。しかし、一つの『世界』という途方もない規模の相手では、女神とはいえ一人ではどうしようもない。

 このままリーンボックス共々『ヘルヘイム』の一部となるしかないのだろうか、そんな考えが頭をよぎる。その時、おもむろにトウコは言った。

 

「いや……諦めるのは、まだ早い」

「え?」

 

 そう言いつつ彼女が片手を前にかざすと、二人の目の前にクラックが開いた。空中に開いているようで、向こう側の景色が見下ろす形で見える。クラックの向こう側には森のような緑の大地が広がっており、その中心にまるで高層ビルのような巨木がそびえ立っている。

 

「……できた。これならば」

「トウコ、何をするつもりですの?」

「暗黒星くろめ……奴の根城に乗り込み、『禁断の果実』を取り戻す。奴の話が本当なら、『禁断の果実』が完全な状態となれば、ヘルヘイムを制御し、人々を元の姿に戻せるはずだ」

 

 ベールの質問に答えつつ、トウコはアクセルをひねって急発進の準備をしている。ベールは再び問いかけた。

 

「勝てる見込みは、ありますの?」

「……正直、分からない。だがこれより他に手は無いだろう。このまま待っていたところで、『この世界』諸共食い尽くされるだけだ」

 

 そこで一旦言葉を切って、トウコは静かに続けた。

 

「あなたと、あなたの国までも巻き込んでしまって……本当にすまない。だが、どうか手を貸して……もらえないだろうか」

「おっと、それは困るねぇ」

「何っ!?」

 

 突如聞こえた、あの忘れようもない声。トウコが頭上を見上げると、空中に開いたクラックから黒い影が飛び出し、飛び蹴りを放ってきた。とっさの判断でトウコはバイクを急発進させるが、

 

「遅いっ!」

「ぐあああっ!」

「あうっ……!」

 

 しかし刺客の方が早かった。相手の放った飛び蹴りを脳天に食らい、トウコは後ろに乗ったベール共々バイクから転げ落ちる。そのまま、エンジンのかかった無人のバイクはクラックの向こうへ走り去ってしまった。

 相手は空中で反転し、着地すると手にしたメガホンのようなものを構える。

 

「こ、の……! ぬおおおっ!?」

「うああっ……!?」

 

 悔しげにうめいて立ち上がるトウコ。しかしそこへ追い打ちをかけるように、地面を揺るがす強烈な衝撃波が襲いかかった。ベールもそれに巻き込まれ、二人は更に数メートルほど地面を転がる。

 

「まさか、クラックを自由に開けられるようになっていたとはね……少し、きみを見くびっていたようだ」

「くろめ……貴様ァ……!」

 

 手にしたメガホンで自分の肩を叩きつつ、黒い服の刺客は二人に歩み寄ってくる。その姿はもはや見間違えようもあるまい、暗黒星くろめである。彼女の背後で、トウコの開けたクラックは閉じてしまった。

 トウコはすぐさま跳ね起きると刀を構え、くろめに向かって言い放つ。

 

「三度も会えば嫌でも分かる。貴様、偽物だな?」

「ご明察。ヘタに出てきて、やられちゃかなわないからね」

「偽物に構っている暇など無いが……邪魔をするのなら、何度でも斬り捨てるまで!」

 

 彼女の言葉にくろめは拍手する。それに対し、トウコはもう一本の太刀を抜いて両手に刀を構えると、彼女に向かって斬りかかった。

 

「おお怖い。どんな教育をされたんだか、親の顔が見てみたいものだね」

「黙れ!」

 

 しかし依然として余裕の態度を崩さず、くろめは相手を煽るような口調で言った。トウコの一喝と共に振り下ろされた太刀をバックステップでかわし、続けて斬り払いをかがんで避ける。そして、

 

「そらっ! はあっ!」

「ぬううっ!」

 

 斜め前に跳躍しつつ空中から二段回し蹴りを相手に見舞った。刀を交差させ、トウコはその攻撃をしのぐ。くろめは二段目の蹴りをバネに後方へ飛び、宙返りして着地した。そこへトウコはすかさず、刀の持ち手のトリガーを引きエネルギー弾の連射を浴びせかける。

 

「おっ!? はっ! てっ! そりゃ!」

 

 と、これにはくろめも意表を突かれたようだが、すぐさま両の拳を構えると、正確な拳撃で飛んでくるエネルギー弾を次々にはじき返してしまった。パッパッと手を払い、彼女は得意げに言った。

 

「どうだい、オレも強くなっただろう? これまでのオレだと思ってもらっては困るね」

「くっ! だが私とて、これまでのような箱入り娘ではない!」

 

再びトウコは二本の刀を構えて距離を詰めてくる。くろめはそこで意味深な笑みを浮かべると、

 

「へえー……そうかい。だったらトウコ、『彼女』と戦う覚悟もあるんだろうねえ?」

「何だと?」

 

 指をパチンと鳴らす。それと同時に、突如くろめの前にクラックが開き、その中から矢のような形のエネルギー弾がトウコを目がけて飛んできた。一発目を斬り払いで軌道を逸らし、受け流した彼女だったが、続けて放たれた二発目の攻撃に右肩を射抜かれてしまう。

 

「ぐっ!? この、射撃は……!」

 

 肩を押さえたトウコの前に、クラックの中から新たな刺客が現れる。漆黒のドレスを身にまとった、色白で、輝く金髪をなびかせた女性だ。腰に、トウコのものと形は違うが、奇妙な形状をした赤いベルトを巻いている。

 手に持っているのはこれまた赤い色をした、アーチェリーのような武器だ。武器を構え、相手を見据えるその目は暗く、深く沈んでいる。彼女を前にして、トウコは声を詰まらせた。

 

「女神……様。やはり、あなたは……」

「感動の再会だ、涙が出そうだろう? 死ぬほど感動してもらえると嬉しいね」

 

 わざとらしく目元を拭ってくろめが言う。

 『女神様』と呼ばれた女性は、片手を開いて前にかざす。するとその手の中に黄色い光が収束し、レモンのような形をした錠前が現れた。彼女が錠前の側面のボタンを押し、開錠すると電子音声が流れる。

 

『レモンエナジー!』

 

 そしてトウコと同じようにベルトにはめ込むと、ハンガーを閉じてベルト側面のグリップを押し込んだ。電子音声と共に、セットされたレモン型の錠前が真ん中から二つに割れ、ベルトの下部にあるクリアパーツ部分に黄色い液体が溜まっていく。

 

『ロック、オン! ソーダァ!』

 

 それと同時に彼女の頭上にクラックが開いて、中から巨大なレモンのような物体が出現する。そのまま巨大なレモンは落ちてきて被さり、西洋風の鎧のような形に展開して彼女の体を覆った。

 

『レモンエナジーアームズ!! ファイトパワー! ファイトパワー! ファイファイファイファイファファファファファイト!』

 

 少々コミカルな電子音声と共に『女神様』は、レモンをかたどったような鎧に黄色いマントを羽織り、仮面を被った王侯貴族のような姿へと変身を遂げていた。

 変身した彼女は無言でアーチェリーのような武器を構え、弓の両端に仕込まれたブレードでトウコに斬りかかってくる。その振り下ろしの一撃を、トウコはオレンジ型の太刀で受け止めるが、攻撃を止められたと見るや『女神様』はすぐさま弓を引き絞り、相手を目がけて放った。

 

「ぐうあああっ!!」

 

 ほぼ零距離からのエネルギー弾が直撃し、トウコは数メートルほど後方へ吹き飛ばされた。倒れた彼女を間髪入れずに、二発目、三発目の矢が襲う。

 

「ぬおおお!? ……ふんっ!」

 

地面を転がりつつその攻撃をかわし、起き上がると同時に彼女は手にした刀のトリガーを引き、こちらも射撃で応戦する。

 しかし相手も素直に攻撃を喰らうはずなどなく、横方向へ走ってエネルギー弾の連射をかわすと、走りながら狙いを定めて弓を引き放つ。その射撃を横に転がって避け、トウコは再度、トリガーを引いた。が、エネルギー弾は発射されず代わりに空撃ちの音が響く。

 

「しまっ……!」



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8.決着…?

 変身を遂げた『女神様』の放ったエネルギー弾を横に転がって避け、トウコは再度、トリガーを引いた。が、エネルギー弾は発射されず代わりに空撃ちの音が響く。

 

「しまっ……!」

 

 直後、相手の放ったエネルギー弾が彼女に命中した。先程の倍はあろうかという衝撃が、痛覚となってトウコの体中に走る。

 

「――ッ!!」

 

――――

 

 さて、変身した『女神様』とトウコが戦っている中、地面に倒れたベールはゆっくりと体を起こした。が、その目は光を失った、虚ろなものであった。

 

「……どうして……どうして、こんなことに」

 

 ベールはうつむいたまま呟く。いつものようにゲームで夜更かしして、朝を迎えて少々気だるげながらも仕事に向かう……そう、『いつも通り』の日常が始まるとばかり思っていたのに、どこで間違えてしまったのだろうか。

 自国の国民を、やむを得なかったとはいえ手にかけてしまった。その上、自分の国と人々が他の『世界』に飲み込まれていくさまを、目の前ではっきりと目撃してしまったのだ。彼女の大事な物を、一切の容赦なく食い尽くしていく、あまりにも強大な『力』を前に、彼女は完全に立ち向かう意志を喪失していた。

 

「本当に、悲しいよね。辛いよね……自分の国が、こんなになっちゃうなんてさ」

 

 と、そこへ彼女の肩に手を置いて語りかける者があった。振り返ると、そこにいたのは憎き相手、暗黒星くろめだ。しかしこれまでのような邪悪な表情でもなければ、意味深な笑みを浮かべた顔でもない。今の彼女は穏やかで、相手を包み込むかのような優しい表情をしていた。

 彼女はベールの目を見据えて話し始める。

 

「国を失った悲しみ、民を失った辛さ、そして戦いの中での苦しみ……きみは、本当によく頑張ったよ。もう、これ以上無理をする必要なんてない」

「……もう、無理をしなくて……も?」

「ああ、リーンボックスはヘルヘイムと融合して生まれ変わる。そうすればヘルヘイムという世界の、一つの意志の下でみんなが暮らせるんだ。争いや葛藤のない、平和な世界にね」

 

 語りかけつつ、くろめはベールの手を取った。彼女の手の感触と眼差しに、なぜだかベールはひどく安心感を抱いていた。そうだ、彼女の言う通り、自分ひとりが戦い続ける必要なんて無い。この国もヘルヘイムの一部となれば、皆これまで通り一緒にいられるのだ。

 手を握られたベールの表情から、ふっと笑顔がこぼれる。と同時に、怪物たちとの戦いで負傷した左手の小さな傷から、緑色の細いツタが生えてきた。

 

「さあ、ヘルヘイムを受け入れるんだ。怖い事なんて無い、幸せな世界が待ってる」

 

 くろめがベールの手をぎゅっと握る。細いツタがゆっくりと、しかし着実にベールの体に広がっていく。同時に彼女は体の奥底から、強い力のようなものが湧き起ってくるのを感じていた。何だか今の自分を上書きしようとするかのような、得体の知れない激しいものだ。

 しかし今のベールはそれを受け入れようとしていた。自我が溶かされていくような感覚、でも悪い気分じゃない。むしろ心地よく、全てこのまま委ねてしまいたい気持ちになる。そして、無意識に目を閉じていた。

 

「くっくっく……はっはっはっは! 見てみなよトウコ、この国の女神はヘルヘイムとの同化を受け入れてくれるみたいだよ? もう戦う必要なんてないんじゃあないかな?」

 

 立ち上がり、勝ち誇ったような口調でくろめは言った。ちょうどその時、トウコは『女神様』の放ったエネルギー弾を受け、後方に吹き飛ばされてしまう。

 その拍子に、ベールとくろめが並んでいるのが彼女の目に入った。邪悪さのにじみ出るような笑みを浮かべるくろめの横で、眠ったように目を閉じ、不気味な植物に体を蝕まれつつあるベールの姿が見える。

 

「ぐあああっ! くっ……」

「考えてごらんよ、きみ一人っきりで戦う理由なんてある? この国の為に戦う理由がどこにあるんだい?」

 

 倒れ込む彼女に向けて、くろめは肩をすくめて言い放った。

それと同時に『女神様』はベルトにセットした錠前を取り外すと、手にした武器の側面のくぼみにはめ込んだ。弓から電子音声が流れ、

 

『ロック、オン! レモンエナジー!!』

 

 そしてトウコに狙いを定めて弓を引くと、錠前から弓の発射口にエネルギーが充填されていく。地面にうつ伏せに倒れ、トウコは土を掴むが立ち上がろうとしない。

 再び、くろめは彼女に言葉を投げかけた。

 

「もういいだろう? トウコ、今降伏すれば命までは取らないよ」

「……誰が諦める、ものか!」

 

 その言葉を背中で聞き流し、トウコは刀を地面に突き刺してなおも立ち上がろうとする。しかしダメージの蓄積が大きく、立つことさえままならないようだが、彼女は顔を上げ気丈に言い放った。

 

「ベールは私を……どこの誰とも分からない私を受け入れてくれた。だから貴様がこの世界ごと飲み込もうと言うのなら……私はベール自身が諦めようと戦う! この国を、世界を、貴様などに渡しはしない!!」

「はーあ、健気だねえ。だけど、そんなボロボロの体で何が出来ると言うんだい? せっかく命だけは助けてあげようと思ったのに……さあ、『女神様』。この小娘に引導を渡してやってよ」

 

 呆れたような声で、ため息交じりにくろめがそう言うと同時に、『女神様』は弓を引いた手を放す。巨大な黄色のエネルギー弾が発射され、倒れたトウコに襲い掛かった。

 が、その攻撃は彼女に届く寸前で、緑色をした閃光に弾き飛ばされてしまった。エネルギー弾はあさっての方向に飛んでいく。

 

「そんな、馬鹿な……! 『お前』が、なぜ!」

 

 背後を振り向いたくろめは、唇を噛んで怒りをあらわにした。目の前にいたのは、ベール……ではなく、彼女の変身したグリーンハートの姿だ。相手の放った攻撃を弾き、彼女は手元に戻ってきた槍をキャッチすると、その穂先をくろめに向ける。

 

「……意識を手放す寸前、トウコの声が聞こえましたわ。彼女の声、その諦めない心が、わたくしを引き戻してくれた」

「……ふざけるな。どうして絶望しないんだ、『お前たち』に勝ち目なんてないんだぞ!」

 

 まるで悔しがる子供のように、くろめは地団太を踏みつつ感情をあらわに叫んだ。

 

「見苦しいですわよ、お嬢さん? 『そちら』の方があなたの素なのかしら」

「この……減らず口を!」

 

 グリーンハートは腕を覆った植物をむしり取って投げ捨てると、お返しとばかりに煽るような返答をする。その態度が怒りに油を注いだようで、くろめは拳を握り固めると軽く助走をつけ、彼女に殴りかかった。

 槍の柄でその打撃を防ぎ、振り下ろしを繰り出してグリーンハートも応戦する。それをくろめはバックステップで避けると、その手にメガホンを構えた。

 

「あーもう頭に来た。 ううああああああああああああっ!!!」

 

 そしてメガホンに向かって絶叫すると、増幅された彼女の声が強烈な衝撃波となり、守りの構えを取ったグリーンハートをそのまま吹き飛ばしてしまった。

 そこへすかさず、くろめが拳を振りかぶって距離を詰めてくる。グリーンハートは空中で受け身を取ると、向かってきた相手を横薙ぎからの振り下ろしで迎え撃つ。しゃがみからのバックステップでくろめもその攻撃をかわし、

 

「振りが大きい! 隙だらけだね!」

「ぬうっ……!」

 

 続けてほぼ水平に跳躍し飛び蹴りを放ってくる。手元で槍を回転させ、グリーンハートは蹴りを受け止めると、そのまま大きく横に薙ぎ払った。しかしくろめもさるもの、相手の得物を蹴って大きく後方へ飛ぶと、再びメガホンを構える。

 

「さあ……ちっぽけな『希望』ごと吹き飛ぶがいい!」

 

 彼女が息を吸い込み、絶叫しようとしたその時、

 

「いいえ……消させはしませんわ!」

 

 ベールは一瞬の隙を突き、手にした槍を相手に投擲した。彼女の手を離れ、緑色に輝くオーラをまとい、その矛先は一直線にくろめを目がけて飛んでいく。それとほぼ同時に、くろめの発した絶叫が大気を切り裂くような衝撃波となって放たれた。

 衝撃波と輝く槍が衝突し、ぶつかり合ったエネルギーがスパークしてまばゆい電光を放った。ベールの放った槍はその光の中に消えていく。

 

「勝っ――!」

 

勝利を確信したくろめだったが、その言葉が最後まで続くことはなかった。緑色をした一筋の閃光が彼女の体を貫く。そして直後、大爆発を起こした。

 爆炎の中から、槍が持ち主の手元に戻ってくる。グリーンハートは得物をキャッチすると、相手の『いた所』に背を向け、言った。

 

「ごきげんよう」

 

 その言葉と共に、爆炎と爆風がおさまり、空中から焼け焦げたツタの破片のようなものが、はらはらと地上に舞い落ちていく。

 

「ベール……ぬうおおおおおおっ!!!」

 

 一方地上では、グリーンハートが作ってくれたこの機会を逃さず、トウコは声の限りに叫び、渾身の力を振って絞り立ち上がった。相手に向かって距離を詰め、手にした刀で斬りかかる。横からの斬り払いを、弓のブレード部分で受け止めた『女神様』だったが、間髪入れずにトウコはもう片方の手に持ったオレンジのような太刀で斬りつける。

 強烈な斬撃を受け、相手の鎧から火花が飛び散った。相手がのけ反ったところに、続けて彼女は刀のトリガーを引き至近距離からエネルギー弾を連続発射する。立て続けに繰り出された攻撃に、『女神様』は大きく後ろに退いた。

 

「『女神様』……あなたが、もはや『奴』の手駒となり下がってしまったというのなら……」

 

 そしてトウコは、二本の刀を腰に差すとベルトについたレバーを一回倒す。

 

『オレンジスカッシュ!!』

「いっそ、私の手で……あなたに、安らかな眠りを!」

 

 決意を込めた視線と言葉を相手に投げかけ、彼女は地を蹴り大きく跳躍した。空中から相手に向かって、輪切りにされたオレンジのような、無数のエネルギー体が一直線に並ぶ。そこに向かってトウコは空中から急降下しつつ飛び蹴りを放った。

 『女神様』もそれに対し、弓にセットした錠前をベルトにセットし直すと、ベルトについたグリップを素早く二回押し込んだ。

 

『レモンエナジースパーキング!!』

 

 そして無言で斜め上に跳躍する。エネルギー体をくぐり抜けながら加速し、飛び蹴りを繰り出すトウコに、彼女はレモン色のオーラをまとった飛び回し蹴りを放つ。両者のキックがぶつかり合い、空中で互いに激しく押し合った。

 

「ううおおおおっ!!」

「…………!」

 

 二人のパワーはほぼ互角と言ったところで、トウコのまとうオレンジ色のオーラと『女神様』のレモン色のオーラが拮抗している。ぶつかり合うお互いのエネルギーが衝撃波を生み、地面を揺るがした。

 押し合う二人のまとうオーラがひときわ大きくなる。そして遂に、橙と黄色の混じったような色の閃光と共に、大爆発を起こした。



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9.決着、そして……

 トウコと『女神様』、両者の放ったキックがぶつかり合い、空中で互いに激しく押し合った。

 

「ううおおおおっ!!」

「…………!」

 

 二人のパワーはほぼ互角と言ったところで、トウコのまとうオレンジ色のオーラと『女神様』のレモン色のオーラが拮抗している。ぶつかり合うお互いのエネルギーが衝撃波を生み、地面を揺るがした。

 押し合う二人のまとうオーラがひときわ大きくなる。そして遂に、橙と黄色の混じったような色の閃光と共に、大爆発を起こした。

 

「ぐうっ……!」

 

 生じたエネルギーの余波に、空中のグリーンハートも体を持っていかれそうになる。その衝撃に耐え、伏せていた顔を上げると、地上では変身の解けてしまったトウコが、同じく変身が解けて黒いドレス姿となった『女神様』をその小さな体で抱きかかえ、座り込んでいた。

 

「女神、様……ごめんね。本当、に……」

「トウコ……」

 

 うなだれ、消え入るようなか細い声で、トウコは呟くように言う。彼女の腕の中で、『女神様』は動かない。グリーンハートも地上に降りると、二人の元へ歩み寄っていった。そして何も言わずに、少し離れた所で見守るように立っていた。

 トウコに抱かれた『女神様』の体が、淡い緑色をした光に包まれていく。徐々に、その体の輪郭がぼやけていった。そして、

 

「彼女の体が……?」

「『女神様』……本当に、お別れ……なんだね」

 

 二人の見ている前で、細かい光の粒子となり、彼女は昇華してしまった。緑色に輝く粒が、空中に消えていく。彼女の着けていたベルトが乾いた金属音を立てて地面に落ちる。その後には、『女神様』のいた痕跡は何一つ残っていなかった。

 うなだれていたトウコが顔を上げ、グリーンハートの方を向く。その目には奥底に決意の炎が燃えていた。が、

 

「うぅっ!?」

「トウコ! どうしましたの!?」

 

 突如、彼女は目を大きく見開くと苦しげにうめいた。グリーンハートが駆け寄ろうとするとトウコの背後から、

 

「おっと、動いちゃダメだよ。うっかり心臓を潰してしまうかもしれないからね」

「あなた、暗黒星……くろめ!?」

「お、お前……本、物……!」

 

 もはや聞き間違えようもない声が響いた。いつの間にか、トウコの背後にクラックが開いており、彼女の背後に立ったくろめは、その小さな背中に右手を突き刺している。手を差し入れたまま、彼女は続けて言った。

 

「慧眼だねえトウコ。でもオレの接近に気付かないぐらいだ、もはや君に反撃する力なんて残ってないんだろう?」

「あ、うぅあ……」

「やっとだ、この時を待っていたよ。『禁断の果実』を手に入れるこの時を!」

「この……何て、卑劣な! 」

 

 背中から血を滴らせ、トウコは息も絶え絶えにあえぐばかりである。グリーンハートは相手を睨みつけ、そう言い放ったが、くろめは涼しい顔で応じた。

 

「何とでも言うがいいさ。方法や過程なんてどうだっていい、『勝てばよかろう』なんだよ!」

 

 そう言って右手を更に深く、トウコの体に差し入れる。とそこで彼女の表情が変わった。口角を上げ、急にくろめは笑い出す。

 

「ふ、はっはっはっはっは! ようやく手に入れた……『禁断の果実』のもう半分を! これでオレは『全能』の存在に……いっ!?」

 

 が、その勝ち誇った笑い声は途中で途切れることとなった。彼女の胸に一振りの刀、その刃が突き立てられている。トリガーのついたその柄を握っているのは、

 

「や、やっと……つか、まえた!」

「トウコ……お前、どこに……そんな力が!」

「下手に動くと、危ないよ。 『全能』の力を前に……刺し違えて、死にたくは……ないでしょ?」

「ぐぬううううぅぅっ!!!」

 

 トウコであった。くろめに背を向けたまま、いつの間にか手にした刀を突き刺している。血走った眼で悔しげにうめくくろめに、彼女は息を切らしつつも言い放ち、刀の柄を握る手に力を込めた。キッと結んだ唇の端から、一筋の血が流れる。

 

「無茶はおやめなさい! トウコ!!」

「……ベール、ごめんね。助けてもらって、ばっかりで。でも……こんな私でもあなたと、あなたの国の、ために!」

 

 グリーンハートの言葉に応じると、彼女はもう片方の空いた手で、オレンジ型の錠前を刀のくぼみにはめ込んだ。そしてハンガーを閉じたその瞬間、くろめの表情が青ざめる。狂ったように彼女は叫んだ。

 

「やめろトウコォ! 心臓を潰すぞ!!」

『ロック、オン!』

「お好きにどうぞ。でも、あなたもここで終わりだよ!!」

『イチ、ジュウ、ヒャク……』

「トウコ! 馬鹿な真似はよしなさい!!」

 

 刀から電子音声が流れる。口の中の唾と血を吐き捨ててそう言ったトウコに、考えるよりも先に体が動き、グリーンハートは駆け寄っていく。

 彼女が走り出したのとほぼ同時に、くろめは差し入れた右手を勢いよく抜き取った。赤く染まったその手には黄金色に輝く、半分に割れたリンゴのような形をした果実が握られていた。彼女の顔が一瞬、喜びに輝いたが、

 

『オレンジチャージ!!』

「はああああぁぁぁっ!!!!」

 

 絞り出すようなトウコの叫び声と共に、くろめの胸に刺さった刀身からオレンジ色の光が溢れ出し、何本もの光線が内部から彼女の体を貫いた。

 

「うわああああっ!! い、嫌だ……ようやく生き返った、のに……し、死にたくない! オレは、まだ、死にたく……」

 

 くろめはそのまま後方へよろめき、その手から果実が転げ落ちる。何とも情けない、悲鳴のような声を上げつつ拾い上げようとするが、落ちた果実に触れる前に、彼女の指は先端の方から黒い粒子となって消滅を始めた。ひいっ、と彼女は息をのむ。

 トウコは前方によろめきつつも背後を振り返ると、

 

「……終わりだよ、暗黒星くろめ」

「ふざけるなああああっ!!!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だああああっ!! こんな、の……あああぁぁぁぁ」

 

 そう言い放ち、そのままうつ伏せになって倒れ込むと、目を閉じた。一方でくろめの方は子供のように喚くが、体の消失は止まる気配も無い。やがて哀れな残響のみを残して、彼女の体は黒い粒子となって昇華し、完全に消え去ってしまった。その後に、空中からもう一つ、半分に割れたリンゴのような果実が地面に落ち、コロコロと転がる。

 そこへグリーンハートが駆けつけ、倒れたトウコを仰向けに助け起こした。流れ出す血液が手足を染めるが、そんなことを気にしている場合ではない。頬を叩いて、彼女は呼びかける。

 

「トウコ! トウコ! こんな所で死んでどうするつもりなんですの!? ヘルヘイムは!? あなたの国と、民を救えなくしてこの世を去るつもり!? そんなの女神失格でしてよ! だから起きて、トウコぉ!!」

 

 しかしその呼び声もむなしく、トウコは動く気配も、呼吸の兆しさえも見せない。手の中で、彼女の体が徐々にぬくもりを失っていくことが、グリーンハートには嫌でも感じ取れた。もはや手の施しようは無いのか、そんな考えが頭をよぎったが刹那、彼女は閃いた。

 すぐそばに、トウコから抜き出された果実と、くろめの残していった果実が半分ずつ転がっている。

 

「『禁断の果実』は『全能の力』を秘めている……それなら、もしかしたら!」

 

 グリーンハートはトウコを一旦地面に寝かせると、黄金色をした二つの果実を拾い集め、その断面を合わせると、まるで磁石が吸いつくようにぴったりと合わさり、一つの果実となった。

 ついに完全な状態となった『禁断の果実』を手に、グリーンハートはトウコのもとへ再び駆け寄る。すると、果実がひとりでに彼女の手を離れ、宙に浮かんだ。意志を持っているかのように、倒れ伏すトウコのもとへ飛んでいく。そして『禁断の果実』は彼女の真上で静止すると、下降していき、胸の辺りからトウコの体内へ入り込んだ。

 

「お願いですわ、トウコ……どうか生き返って……!」

 

 祈るような思いでその様子を見つめるグリーンハート。とその時、トウコの体に変化が起こった。不意に指先がぴくりと動き、続けて閉じられていたまぶたがゆっくりと開かれる。

 そして、彼女は地面に手をついて体を起こした。辺りを見回し、そして今度は地に足をついて立ち上がった。くろめが手を差し込んだ背中の傷も、跡形もなく消えている。

 

「奇跡ですわ……奇跡が、起こった! トウコ! 無事で……」

 

 彼女に駆け寄ろうとしたグリーンハートだったが、そこで踏みとどまった。はっきりとはしないのだが、違和感がある。今、目の前にいるトウコは『何か』が違う気がするのだ。

 足を止めたグリーンハートの方を向くと、蘇生したトウコは笑顔と共に言った。

 

「ありがとうベール、『オレ』を蘇らせてくれて」

「なっ……!? その口調、その雰囲気……まさかあなたは……一体どうして!?」

 

 グリーンハートは目の前のトウコ『らしきもの』に槍を向けた。



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10.復活

「ありがとうベール、『オレ』を蘇らせてくれて」

「なっ……!? その口調、その雰囲気……まさかあなたは……一体どうして!?」

 

 問いかけつつもグリーンハートは槍を構え、戦闘態勢に入る。しかし得物を持つその手は震えていた。なぜかは分からない、その姿こそトウコだが、彼女の口調とその顔に浮かぶ不敵な笑みは、まさに暗黒星くろめのそれであったのだ。

 トウコの姿をしたくろめは、たたえた笑みを崩さずに答えた。

 

「こんなこともあろうかと、保険をかけておいたんだよ」

「保険……ですって?」

「ああ、奪った半分の『果実』に、オレの意識の一部を記録しておいたのさ。たとえ負けたとしても、トウコが『果実』を取り込んだら、オレの意識が発現するようにね。ま、どっちに転ぼうがオレの勝ちには変わりなかったってコトさ」

「くっ……! この、外道が!!」

 

 涼しい顔で言ってのけたトウコ……もといくろめに、グリーンハートは槍を握りしめ、その場で跳躍すると空中から振り下ろしを繰り出した。くろめはその一撃を後方へバク転してかわすと、オレンジ型の錠前を手にする。形はトウコの持っていた物と同じだが、血のように真っ赤な色をしていた。

 

『ブラッドオレンジ!』

「おおっと、これからオレの変身を披露しようって言うのになあ」

「問答は無用ですわ。貫け! シレットスピアー!!!」

 

 相手に構わず、グリーンハートは右の手の平を相手に向けると、彼女の横に魔方陣が出現し、そこから巨大な槍が突き出した。とそこで、くろめは開錠した錠前を流れるような動作でベルトにセットする。

 

『ロック、オン!』

「おおっと、危ない危ない……ああ、怖いなあ」

 

 電子音声と共にくろめの頭上にクラックが開き、中から真っ赤な色をした、巨大なオレンジ型の物体が出現する。魔方陣から突き出した槍の穂先が届く寸前、彼女はベルトについた小刀型のレバーを倒した。

 

『ギュイィーン! ブラッドオレンジアームズ!!』

「ぐうぅっ!?」

 

 エレキギターのような電子音声が鳴り響き、真っ赤なオレンジがくろめに被さる。と同時に赤色をしたエネルギー波が生じ、グリーンハートの放った槍は打ち砕かれてしまった。更にグリーンハート自身も、その衝撃に思わず後ずさってしまう。

 くろめに被さったオレンジが展開し、そして鎧のような形となって彼女の体に装着された。

 

『邪ノ道、オンステージ!!』

 

 トウコの変身した姿とほぼ同じ、仮面を被った鎧武者のような姿がそこにはあった。しかし鎧のカラーリングが大きく異なっている。鮮血の如き真紅に輝く鎧をまとった戦士に、くろめは変身を遂げていた。

 しかも、変身しただけではない。彼女のまとった鎧から放たれる禍々しいオーラが、ピリピリと焼けつくような感覚を与えてくるのだ。彼女を前にしている、それだけでグリーンハートの背筋を冷汗が伝った。

 

「変身完了。どう? 似合ってるかな?」

「随分と余裕の態度、ですわね!」

 

 首を軽く回し、両腕を広げて言ったくろめに、グリーンハートは恐れを振り切り、手元で槍を回しつつ一気に踏み込んで相手との距離を詰める。対してくろめも腰に差した半月状の刃の太刀に手をかける。

 

「お、威勢がいいね。じゃ、少し遊んであげよう」

 

 そして居合抜きの要領で、片手だけで相手の放った斬り上げを受け流す。甲高い金属音と共に火花が散った。続けてグリーンハートは斬り下ろしを繰り出し、その斬撃がくろめをとらえた、その瞬間、

 

「おっと危ない」

「!?」

 

 その体が赤い霧のようになって散り、グリーンハートの攻撃は空を切る。

彼女が驚く間もなく、続けて背後に二つのクラックが開く。その中からツタのような植物が伸びてきて、グリーンハートの両腕に絡みついた。更に絡めとられた腕を左右に広げられ、磔のような形にされてしまう。

 

「しまっ……!」

「これで動けないね。さあ、今度はこっちの番だよ」

 

 ツタに拘束され、動きを封じられた彼女の前に赤い霧が収束し、元の鎧武者のような姿となって実体化した。くろめはベルトについた小刀型のレバーを一回倒すと、

 

『ブラッドオレンジスカッシュ!』

「そらあっ!!」

 

 電子音声と共に、手にした太刀の刃に赤いエネルギーが集中する。そのエネルギーをまとった太刀で、すかさず相手を十文字に斬りつけた。

 

「きゃああああっ!!」

 

 真紅の斬撃が、グリーンハートのまとったアーマーをえぐり取る。衝撃で絡まっていたツタが千切れ、彼女は後方へ吹き飛んでゴロゴロと地面を転がった。その途中、持っていた槍が手から転げ落ちる。更に彼女は何メートルも転がっていった後、うつ伏した状態でようやく止まった。

 そこへくろめがゆっくりと歩み寄ってくる。途中で相手の落とした槍を横に蹴飛ばすと、彼女はグリーンハートに向き直って言った。

 

「どうだい? これが『禁断の果実』を持つ者の力さ」

「ぐ、うう……ま、まだ……です、わ」

「おや、まだ起き上がるのかい?」

 

 両腕、両足に力を込め、うめきつつどうにか立ち上がったグリーンハートだったが、身にまとったアーマーは胸部から腹部にかけて大きく十字にえぐられており、その焼け焦げたような跡から煙が上がっている。加えて、立ち上がったとはいえそれがやっとのようで、足元がおぼつかない様子だ。

 それを見たくろめは呆れたように肩をすくめる。

 

「まったく……『女神様』やトウコといい、きみといい、往生際が悪いね。さっさと諦めてヘルヘイムと一つになれば、余計な苦しみを味わわずに済むのに」

「誰が、こんな……狂った『世界』なんかと! それに……リーンボックスは、わたくしの国、ですわ。誰にも、奪わせは……しない!」

 

 胸に手を当て、息も絶え絶えにグリーンハートは言い放つ。そして彼女は、足元に落ちていたものを拾い上げた。

 『女神様』が身に着けていた、あの赤い色をしたベルトである。拾ったベルトを腰の前でかざすと、自動でベルトが展開され、グリーンハートの腰に巻かれた。彼女はそのまま、ベルトについたグリップを押し込む。

 

『エナジー、シャットダウン……』

「え? ああああっ!?」

 

しかし、途端にベルトが火花を散らしてショートし、セットされた錠前が外れて弾け飛んでしまった。生じた電撃によるショックで、彼女はたまらずその場に崩れ落ちる。

そんな彼女を前にくろめは天を仰ぎ、高笑いした。

 

「はっはっは! 『ソレ』で変身しようって魂胆だったのかい? ざぁーんねんだったねえ、グリーンハート!」

「う、ぐうう……っ!」

「さあて。きみも、もう万策尽きたんじゃあないかな?」

 

 唇を噛むグリーンハートに向き直り、くろめはもう一本の刀を抜き放つと、更にベルトについたレバーを倒した。彼女の手にした太刀と刀が真紅に輝くオーラをまとう。

 

『ブラッドオレンジスカッシュ!』

「……遺言だけは聞いてあげるよ、何か言い残すことは?」

「何も……ありませんわ。あなたに、残す言葉……など!」

「そっか。じゃあ、もう……逝っていいよ!!」

 

 くろめの問いに、あえぎながらもグリーンハートは彼女を睨みつけて答えた。

 相手の答えに、二本の刀を振りかぶると、くろめはそれを大きく振り回して二発の斬撃を飛ばす。真っ赤な色の衝撃波がグリーンハートに襲い掛かった。それでも彼女は唇を噛み、相手を見据えたまま動かない。

 

『まだ……まだ、終わってない! もう一度、やってみて!!』

「!? 今の、声は――?」

 

 とその時、突如グリーンハートに語りかける声があった。

その声に導かれるように、彼女はほぼ無意識的に落ちていたレモン型の錠前を拾い上げ、開錠しベルトにセットする。そしてすかさずグリップを押し込んだ。

 

『レモンエナジー! ロック、オン! ソーダァ!』

「何っ!? そんな馬鹿な!」

 

 今度は弾け飛ぶこともなく、セットされた錠前は二つに割れ、ベルトのクリアパーツ部分に黄色い液体が溜まっていく。仮面の下、思わず目を見開いたくろめの前で、グリーンハートの頭上にクラックが開き、その中から巨大なレモン型の物体が落下して彼女に被さった。

 被さったレモンが盾の如く、くろめの放った衝撃波をはじき返し、直後に鎧のような形に展開してグリーンハートの体を覆った。

 

『レモンエナジーアームズ!! ファイトパワー! ファイトパワー! ファイファイファイファイファファファファファイト!』

 

 ベルトから流れだす電子音声が、変身の完了を告げる。『女神様』のものと同じ、メタリックな黄色をした、王侯貴族のような鎧とマントを身にまとったグリーンハートの姿が、そこにはあった。ただ一つ違うのは、仮面だったパーツがティアラのような形になって、額に装着されていることであろうか。

 更にその手には、これまた『女神様』の持っていた、赤いアーチェリーのような武器を携えている。変身を遂げた彼女を前に、くろめは低くうめいた。

 

「なぜだ。なぜ、その『力』が使えるんだ……分からない。気に喰わないなあ!!」

 



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11.将星墜つる

 変身を遂げたグリーンハートを前に、くろめは低くうめいた。

 

「なぜだ。なぜ、その『力』が使えるんだ……分からない。気に喰わないなあ!!」

 

 吐き捨てるように言うと、彼女は二本の刀を構えて距離を詰め、斬りかかってくる。グリーンハートはマントを翻して斜め上に跳躍すると、相手の頭上を飛び越えつつ弓を引き、空中からエネルギー弾を放った。

一発目をくろめは太刀の斬撃で受け流し、続けて二発、三発と放たれたエネルギー弾を、両手に持った刀の剣さばきでその軌道を逸らす。そして相手が着地した瞬間を見計らい、彼女はベルトについたレバーを倒した。

 

『ブラッドオレンジスカッシュ!』

「さっさと逝っちまいなよ! うらああああっ!!」

 

 赤いオーラをまとった両手の刀を振り回し、今度は四つの斬撃を飛ばす。それに対し、グリーンハートは着地と同時に、ベルトについたグリップを押し込んだ。

 

『レモンエナジースカッシュ!』

 

 アーチェリーについた刃の部分が黄色いオーラをまとい、輝く。そして振り向きざまに、グリーンハートはアーチェリーを振り回し、黄色い半月型の斬撃を連続で放った。空気を切り裂き、放たれた両者の斬撃が衝突し、相殺する。

 

「図に乗るなああああっ!!」

 

 表情一つ変えないグリーンハートに、くろめは怒りを込めて言い放つと、彼女に向けて右手をかざす。

 するとグリーンハートの背後にクラックが二つ開き、中からツタが伸びてくる。

 

「……二度も、同じ手は通じなくてよ」

 

 が、彼女は冷静にそう口にすると、マントを翻しアーチェリーを構え、その場で回転斬りを繰り出した。巻き付こうとしてきたツタを斬り裂き、更に、すかさず狙いを定めて弓を引くと、くろめに向けてエネルギー弾を放った。

 

「何っ!? ぐあっ!」

 

 正確な射撃が彼女の右腕を射抜く。と同時に、思わぬ反撃に集中を切らしたせいか、二つのクラックも閉じてしまった。

 撃たれた右腕をかばいつつ、くろめは仮面の下、燃えるような目でグリーンハートを睨みつける。

 

「馬鹿な、こんな……畜生!」

「余裕のないお顔ですわね、もう手詰まりかしら?」

「こいつ……っ! なーんてね」

 

 相手の放った言葉にくろめは低くうなる。が、急に彼女はからかうような口調になると、続けて言った。

 

「随分と調子に乗ってくれたじゃあないか、でも所詮はその『力』もオレが作ったモノ。自分で作ったのなら……壊すことだって難しくない」

「何ですって?」

「すぐにわかるさ!」

 

 グリーンハートの問いにくろめが指を鳴らす。するとグリーンハートのベルトにセットされた錠前が小さく火花を散らし、

 

「……何かと思えば、手品でも始めるおつもり?」

「はあ!? 何だ、どういうことだ!?」

 

 そして、それ以上は何も起きなかった。呆れたように、それでいて冷徹な口調でグリーンハートはそう言うと、うろたえるくろめに弓を向け、

 

「どうやらそれも、失敗に終わったようですが……」

『ロック、オン! レモンエナジー!!』

 

 錠前をベルトから外すとアーチェリーにセットし、相手に向けて弓を引いた。電子音声と共に、セットされた錠前からアーチェリーへとエネルギーが流れ込んでいく。

 それに対し、くろめもベルトから錠前を外すと、手にした刀にセットした。

 

「さっきから減らず口を……!!」

『ロック、オン! イチ、ジュウ、ヒャク、ブラッドオレンジチャージ!!』

「うぅらあああああああっ!!!」

 

 そして、真っ赤なエネルギーをまとったその刀で斬りかかってくる。グリーンハートは弓を目いっぱい引き絞り、放った。黄色い巨大な矢の形をしたエネルギー弾が発射される。

 くろめは飛んできたエネルギー弾を、振り下ろしの斬撃で受け止めた。ぶつかり合った矢と刀身が、花火のように黄色と赤の火花を散らす。しばらく両者は拮抗していたが、

 

「ぐ、う……おぉおおおおっ!!」

 

 くろめの方が徐々に押し負けてきた。じりじりと後ずさりながらも、彼女はうなり声を上げて相手の矢を押し返そうとする。しかし、

 

「う、うわああああっ!!!」

 

 遂に、矢の勢いに刀を弾かれた。持ち主の手を離れた刀が宙を舞い、直後に大爆発が起こる。

 生じた爆炎の中から、変身の解けた姿のくろめが吹き飛んできて、地面に転がった。体中がアザと傷だらけで、所々に火傷のような跡もある。仰向けに倒れた彼女にグリーンハートは歩み寄り、引いた弓を向けた。

 

「……勝負ありましたわね。さあ、お覚悟はよろしくて?」

「くっ……くっくっくっく!ひぃっひっひっひ!」

 

 しかしくろめは突如、腹筋を引きつらせるようにして笑い袋のように笑い出した。中々にシュールな光景だが、相手が相手である。グリーンハートは弓を引いたまま警戒を怠らず、彼女に尋ねた。

 

「……一体、何がおかしいのかしら?」

「ひっひっひ、気付いていないのかい? 自分のことって、意外と分かんないもんだね」

「何を言って……っ!?」

 

 不敵な笑みと共にくろめは言い放つ。とそこでグリーンハートは異変に気付いた。

 持っているアーチェリーが、光の粒子となって消失していく。矢を放とうとした時には既に遅く、発射口が消え去り、ほどなくしてアーチェリーそのものも、手の中から跡形もなく消失してしまった。戸惑う彼女にくろめは続けて言った。

 

「思い知ったかい? これが『全能の力』さ。あらゆるモノの『存在』まで、自らの意志で決定できる。どうだい、素晴らしいだろう?」

「この……っ!」

『レモンエナジースパーキング!!』

 

 ベルトのグリップを二回連続で押し込み、グリーンハートは倒れたくろめに止めの蹴りを放とうとする。が、

 

「……一つの世界に、女神は二人もいらないね。不要な『モノ』には消えてもらおうか」

 

 静かにくろめがそう口にすると、今度はグリーンハートの体が消失を始めた。手の先、足の先から量子化し、徐々に消えていってしまう。痛みも何もない。ただ、初めからそこには無かったかのように、『自分』が消えていくのだ。グリーンハートの顔が引きつり、青ざめた。

その様子を見ながら、くろめは愉悦の笑みを浮かべる。

 

「どうだい? 『死』なんかじゃない、存在そのものが『なくなる』感覚は」

「そ、そんな……あ、あぁ」

「そうだよ、オレが見たかったのはその表情だ! さあ、恐怖と絶望と共に消え去るがいい! リーンボックスの女神よ!!」

 

 最後通告を突きつけるかの如く、彼女が言い放つとほぼ同時に、グリーンハートは完全に光の粒子となって、空中に散った。彼女の着けていた赤いベルトが落下し、他には誰もいなくなった周囲に乾いた音を響かせる。

 

「やった……! これでもう、邪魔者はいない。オレの、勝ちだ! はっはっはっは!!!」

 

 高笑いすると、くろめは起き上がった。いつの間にか、体中にあった傷やアザは消え去っており、服の破れ目からは健康そうな肌が覗いている。起き上がった彼女は周囲を見回し、続けて言った。

 

「さあて……オレを見捨てた『世界』に、どう復讐してやろうか……ふふ、ひひひ」

 

 そして、抑えきれない様子で狂ったように笑い出す。辺りには彼女の笑い声と、地上を闊歩する怪物たちの不気味な鳴き声ばかりが響き渡っていた。

 



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12.闇の淵より

 暗い。果てしなく広がる暗黒の中へ、ベールの意識は沈みつつあった。

 抗いようもなく、ただただすーっと落ちていくように、意識が真っ黒に塗りつぶされていく。私はこのまま消えてしまうのか、愛するリーンボックスはあの侵略者に蹂躙されてしまうのか――消えゆく意識の中、彼女が思ったその時、

 

『――……って』

 

 ふとベールは何者かの声を聞いた。どこか聞き覚えのある、女性らしき声だったが、今何と言ったのか。耳――今の彼女にあるのか分からないが、とりあえずもう一度その声に耳を傾けようとした、瞬間、

 

『――まだです、気をしっかりもって! 『この世界』の女神よ!!』

 

 力強く、澄んだ女性の声が響き渡ると共に、黒く沈んだ視界が一気に晴れていく。

 気がつくとベールは黒々とした地面に足をつけ、そこに立っていた。辺りは沈む寸前の夕焼けのような、赤黒い色に染まった荒涼とした大地が広がっている。空は暗く、風も吹いていない、ひどく寂れた場所である。周囲を見回し、彼女はつぶやいた。

 

「ここは……? 確か、暗黒星くろめと戦って……」

『よく、生き延びてくれましたね。リーンボックスの女神、ベール』

「この声……! あなたは一体? どこにいらっしゃいますの!?」

 

 とその時、再び先程の声が聞こえてきた。なぜかどこにも姿は見えないが、気配だけは近くに感じる。そこでベールはようやく思い出した。くろめとの戦いの最中、もう一度変身を促してくれた声と同じだ。

 その主を探しつつ発せられた彼女の問いに、謎の女性の声は答えて言った。

 

『私はヘルヘイムの女神……『だった者』です。ええと、うちのトウコがお世話になっております』

「ヘルヘイムの……ではあなた、『女神様』!? なぜ姿をお見せになりませんの? それに、この場所は一体」

『落ち着いて。順を追ってご説明します』

 

 ベールの言葉を制して、声は話し始める。彼女は耳を傾けた。

 

『トウコから聞いているかとは思いますが……私は『暗黒星くろめ』の手によって、一度は闇に堕ちてしまいました。しかし、どうにか自我を取り戻した時に肉体を捨て、こうして『魂』の状態で生きながらえてきたのです』

「『魂』……それで、わたくしのサポートをしてくださった……ということ、ですのね?」

『ええ、その通りです』

 

 ベールの問いかけを、『女神様』は肯定する。思えばベルトを使って変身した後から、自らの身のこなしや思考が、自分のものではないように感じていたのだ。ベール自身、アーチェリーの経験はあるが、戦闘には役立たない嗜み程度のものであったし、それに変身できなかったはずが、なぜか二度目には変身できたり、くろめがベルトを破壊しにかかった時、なぜか何も起きなかったりと、不思議なことが立て続けにあった。

 とそこで、一旦言葉を切って相手は言った。

 

『しかし……私にはもう、残された時間がありません。帰るべき肉体も無き今、この世を離れねばならない運命なのでしょう……そこで、あなたに託したいことがあるのです』

「託したいこと? それが、わたくしをここに呼んだ理由ですのね?」

 

 彼女に体があれば、恐らく頷いたであろう。『女神様』は続ける。

 

『ええ。説明が遅れましたが……ここはトウコの心の中、『精神の世界』と言ったところでしょうか。消えかけていたあなたの『魂』を一時的に、トウコの精神と同化させることで、この世に繋ぎ止めているのが現状です』

「トウコの心? 精神? 彼女は、くろめの精神に乗っ取られてしまったのでは?」

『いいえ……トウコはまだ、死んではいません。くろめが彼女の体をもって生き返ったことで、本来の宿主であるトウコも一時的にではありますが、死を免れることができたのです。彼女の魂はまだ、『ここ』にあります』

 

 『女神様』の言葉と共に、ベールの目の前の地面に突如亀裂が入り、口を開いたクレバスの中から『何か』が地表に出現した。彼女の前に現れた、その淡い青色の光を放つ球体は、地表から数センチぐらいの所に静止しており、その中には、

 

「こ、これは……本当に!?」

『ええ。しかし今の彼女は、魂の『カタチ』だけが残っている状態です。私に残った力では、こうして『カタチ』を保つ程度が限界でしたが……』

 

 トウコの姿があった。しかし彼女は球体の中でうずくまり、眠ったように目を閉じたまま、動こうとする気配も無い。目の前の光景に息をのむベールに『女神様』は再度、語りかける。

 

『暗黒星くろめも今や、『精神』のみの存在。トウコの『魂』を蘇生させ、もう一度意識を取り戻すことができれば……彼女、を……倒せる……かも、しれな……』

「『女神様』!?」

『……本当に、私は……ここまで、のようです。でも、あなたの、『シェア』エネルギー、と……トウコへの『想い』の力が……あれば……必ず』

 

 『女神様』の声が、徐々に遠のいていくかのように小さくなっていく。消え入りそうな声で彼女はベールへ、最後に言った。

 

『必ず……でき、る……! トウコを……私の、愛する娘を……頼みます』

 

 言い終えると同時に、先程までベールのそばにあった気配が消え去る。一人取り残された彼女は、顔を上げるとトウコの入った球体に向き直った。

 そして、両手を広げて前に突き出すと目を閉じる。

 

「トウコも一つの『世界』を司る『女神』……だとしたらこの世界の信仰、『シェア』のエネルギーで力を取り戻せるはず……!」

 

 彼女が強く念じると、その手の平から青白い光が粒子となって溢れ出し、トウコの元へと流れ込んでいった。淡く光を放っていた球体が徐々にその輝きを増していく。

 しかしそれと共に、ベールの体の輪郭が少しずつぼやけていった。

 

「くっ、力が……! わたくしも、もはや残っているのは『魂』のみ……『シェア』のエネルギーを失えば、存在自体が危ういですわね。でも、トウコの為なら」

「この命惜しくは無い、ってかい?」

 

 更に強く念じようとしたその時、突如聞こえたその声と共にベールは、強い衝撃と共に前方へ突き飛ばされた。そのままトウコを包んだ光の球体に突っ込み、中にいた彼女と共に地面に倒れ込んでしまう。

 ベールが顔を上げると、『相手』は土煙を上げる右足を、苛立たし気に踏み鳴らしつつ言った。

 

「あーあ美しいねえ、感動的だ。だが……」

 

 そして、その青紫色の長髪をなびかせつつ歩み寄ってくると、

 

「無意味だ!」

「ぐああああっ!! あ、暗黒星……くろ、め……!」

「何かおかしいと思ってみれば、これだ。全くトウコもきみもしぶとい奴だよ、いや『しぶとい』なんて言葉じゃ片付かないほど……忌々しい!」

 

 うつ伏せに倒れたベールを思い切り踏みつけた。ギリギリとその足に力を込めつつ、くろめは続ける。

 

「ぶっ殺しても、ぶっ殺しても! なぜ『死なない』!?」

「ぐあああっ! 」

「一体何回! 殺せば! 死んでくれるんだ! 『お前たち』は!!」

「あああっ! あ、うう……」

 

 そして足を再度上げると、立て続けに何度も踏みつけを相手に見舞った。

 息も絶え絶えになったベールを、軽く蹴飛ばして仰向けに転がすと、くろめは怒りに燃えた瞳で彼女を見下ろし、睨みつける。

 

「まあいい、今度こそ終わりだ。ここできみを消し去ってしまえば、全ての『希望』は潰える。さあ、闇に堕ちろぉ!!」

 

 その右の拳を握り固め、漆黒のオーラをまとうと、大きく振りかぶってベールに振り下ろす。本当に、ここで終わりなのか――今度ばかりは彼女も覚悟を決め、目を閉じた。が、

 

「ぐ、う……っ!? な、何だ! これ、は……!?」

 

 急にくろめがうめき声を上げる。振り下ろされた彼女の拳は相手に届く寸前でピタッと静止し、まとったオーラも消えてしまった。

 そこでベールが目を開けたのとほぼ同時に、くろめは自分の右腕を押さえると数歩後ずさり、その場に膝をついてうずくまってしまう。

 

「体が……動かな、い……それ、に……く、苦しい……っ!」

「い、一体何が……?」

 

 目の前の事態に、くろめ自身だけでなくベールも戸惑いを隠せない。押さえた右手を胸に押し当て、うめく彼女の元に、

 

「何だ……なんだよ、これは!?」

「光、が……」

 

 どこからともなく無数の光球が、流星の如く尾を引いて飛来し、彼女の周囲を取り囲むように回り始める。淡い青色の輝きを放つその光球たちは、徐々に寄り集まって強い輝きを放っていく。

 その光が強くなるにつれて、くろめは声を上げ激しく苦しみだした。

 

「ぐ、ううっ……! この、光……信仰、の……『シェア』のエネルギー、か……! くそっ! 忌々しい……っ!! ぐうああああっ!?」

 

 彼女を取り囲む青い輝きは目もくらむほどのものになり、倒れたベールをも包み込んでいく。その中で、ベールは何者かの声を聞いた。

 

『暗黒の星よ、お前の思い通りになどさせない!』

『我々の『魂』までも、奪えると思うなよ!』

『我々の世界を……我々の女神、トウコ様を返してもらおうか!』

 

 あの『女神様』の声ではない。しかも一人ではなく、男の声に女の声、若い者から老いた者の声まで、多くの人々が話している声だ。

 ベールは思い当った。

 

「これは、まさか!?」

「ぐうおお……!! お、お前たち、『ヘルヘイム』の……! なぜ、だ……なぜ『魂』まで、闇に堕ちない!? うああああっ!!」

 

 くろめがもがき苦しむ一方で更に輝きは強さを増し、ベールの後方で倒れたトウコの元にも届いた。そして更に多くの声が響き渡る。

 

『ベール様をお守りする!』

『たとえ怪物に成り果てようと私達の、ベール様への信仰は変わらない!』

『ヘルヘイムの方々、私達も手を貸します!』

「……ふ、ふざ……けるな。ふざけるなぁっ! 民衆、なんて……都合が悪く、なれば……女神、だろうと……すぐ見捨てる、そういうモンだろ!? ええっ!?」

「み、みんな……!」

 

 思わずもらした声と共に、目尻から涙がこぼれる。愛する国民たちは、自国がどうなろうと、更には自分たちが怪物になろうとも、私への信仰心だけはずっと持ち続けてくれていたのだ。みんなの為にもここで倒れるわけにはいかない、ベールは体の奥底から力が湧いてくるのを感じた。そして、

 

「みんな、の……声が、聞こえる……?」

「ハッ!? や、やめろぉ! お、起きるんじゃあ、ないっ!!」

「トウコ!? 意識が……」

 

 背後から聞こえた、小さな声に振り返ると、倒れたトウコの体が微かに動きを見せる。それに気付いたくろめの表情に、明らかな焦燥が見て取れた。彼女は歯を食いしばり、右の拳を固めると、

 

「うるさい、奴らだ……『お前たち』は、消えろおおおオオオッ!!!」

「なっ……!? みんなの『魂』が……!」

 

 振り払うような動作と共に、自分を取り囲んでいた光球たちを消し去ってしまった。辺りを照らし出していた光は消失し、再び暗闇が舞い戻る。先程は動いたように見えたトウコも、今では再び倒れ伏したまま、沈黙している。

 息を切らせつつ、しかし不敵な笑みを浮かべてくろめは言った。

 

「はあ、はあ……ふふ、ふ……『光』が強く、なれば……それだけ、『闇』もその深さを増す、ものさ……今度、こそ……希望は、潰えたね」

「どうかしら。あなたも随分と消耗しているのではなくって? それに……」

 

 それに対しベールは立ち上がると、

 

「みんなが最後まで持ち続けた『信仰』の力、それがある今……わたくしは負ける気がしませんわ!」

 

 そのままグリーンハートへと変身した。その手の中に槍が生成され、彼女はそれを構えて戦闘態勢に入る。

 変身を遂げた彼女を前に、くろめは苛立ったように叫んだ。

 

「ああもう一体、何度きみの顔を見ればいいんだか……いい加減に消えてもらえると嬉しいんだけどなぁ!?」

「ぐうっ!」

「それに忘れてないかなあ!? ここはトウコの……いや、オレの『精神』の世界だ、全てがオレにとって有利に働く!!」

 

 突如、目の前に現れたくろめの右ストレートを槍の柄で防いだグリーンハートだったが、パンチの衝撃で後方へ押しやられてしまう。更に、足元の赤黒い砂がまるでコンクリートのように固化し、彼女の動きを封じ込めた。続けて砂が二本の柱のように吹き上がり、同じく固化して、両腕までも固定してしまう。

 磔のようにさせられたグリーンハートを前に、くろめはあざ笑うように言った。

 

「詰み、だね。もはやきみを支える者も一人としていない。せっかくここまで頑張ったのに、きみも哀れなものだ」

「いいえ、わたくしには今……リーンボックスとヘルヘイムの、全ての人々が共にいる!」

「ふん、たわごとを……何っ!?」

 

 相手の言葉を笑い飛ばしたくろめだったが、直後、グリーンハートを磔にした砂の塊が粉々に砕け散った。その衝撃に彼女は顔を伏せたが、すぐさま上げ直す。

 そこへ、砂煙の中から青白い光をまとったグリーンハートが姿を現した。

 

「わたくしは一人ではない。みんなが共にいて、その全ての希望を背負って戦っているのですわ! だからこそ、何度でも立ち上がる!!」

 

 彼女は再び槍を構えると、言い放った。

 

「暗黒星くろめ、あなたはここで……倒す!!」

「へえ、いきがっちゃって……やれるものなら、やってみなよ!」

 



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13.失墜する暗黒の星

 グリーンハートはは再び槍を構えると、

 

「暗黒星くろめ、あなたはここで……倒す!!」

「へえ、いきがっちゃって……やれるものなら、やってみなよ!」

 

 流星の如きスピードで距離を詰め、横薙ぎを繰り出す。くろめも再び右ストレートで迎撃する。槍の穂先と拳がぶつかり合い、

 

「ぬううっ!?」

「隙ありですわ!!」

 

 火花が散ると共にくろめの拳が打ち負け、彼女は一瞬ひるんだ。しかしその一瞬を見逃さず、グリーンハートは即座に斬撃を放った。相手の右肩から左脇腹辺りにかけて、服が斜めに斬り裂かれる。

続けて、手元で槍を回転させ構えなおすと、彼女は体重を乗せた横薙ぎで相手を斬り裂いた。強烈な横薙ぎを受け、くろめは体を真一文字に斬り裂かれ後方へ吹き飛んだ。

 

「ぐあああああっ!? 馬鹿、な……!」

「これが、みんなの希望の力……ですわ!」

 

 仰向けに倒れたまま、数メートルほど地面を滑って止まる。うめく相手にグリーンハートは言い放った。

 

「ふふ、今のは効いたよ……痛い痛い」

 

 が、しかしくろめはすぐさま立ち上がると、再び不敵な笑みを相手に向ける。そして傷口をさすると、一瞬にして何事も無かったかのように塞がってしまった。斬り裂かれた服も元通りに直り、彼女はそこで肩をすくめた。

 

「で、どうするんだい? まだ続ける?」

「愚問! 諦めるものですか!!」

「グワーッ!?」

 

 そこへ間髪入れずに距離を詰めたグリーンハートが突きを繰り出す。繰り出された槍の穂先がくろめの腹部を貫いた。が、

 

「……なんちゃって。まだ分からないのかい、無駄なんだよォ!!」

「がああっ!!」

 

 槍の柄を掴むと、彼女は空いた右手で再びストレートを放つ。その拳はグリーンハートの無防備な左頬にクリーンヒットし、鈍い音を響かせたが、

 

「ぐ、う……!」

「……おい、何してるんだ。離してよ」

 

 その手首を、グリーンハートはこれまた空いた方の手で捕えた。がっちりと掴まれ、くろめの右手が動かなくなる。

 切れた唇の端から血を流しつつ、グリーンハートは相手を睨んで言い放った。

 

「……離しま、せんわ!」

「諦めの悪い……! 無駄だって言うのが分からないのかきみにはよぉ!?」

「先程も申し上げましてよ。絶対に、諦めはしない! リーンボックスとヘルヘイムの人々が、最後まで信じてくれたように……わたくしも、みんなが信じた勝利を信じ続ける!!」

 

 ほとんど怒りに任せて叫ぶくろめに、グリーンハートは相手の手首を掴んだ手に力を込めてそう返した。同時に、彼女のまとった青白い光が輝きを増す。先程の、人々の『魂』が放っていたのと同じか、それ以上の輝きである。

その輝きに目を瞬かせ、くろめは再び苛立たしげに言った。

 

「本っ当に忌々しい奴だなきみは! だったらその光、更に深い闇で覆い尽くして……もう一度絶望の底に叩き落としてやる!!」

 

 その叫びと共に、くろめの体から漆黒のオーラが噴出した。組み合った二人の周囲を、見る間にドーム状に包み込んでしまい、更にはグリーンハートのまとった光さえも徐々に侵食していく。

 

「この、闇は……ああうっ」

「おや、さっきまでの威勢はどうしたんだい?」

「ぐ、う……うううっ……!!」

 

 それにつれてグリーンハートの体から力が抜けていく。必死に力を込めるがその手、それだけでなく彼女の体全体の輪郭が、陽炎のようにぼんやりゆらめいていった。それでもなお、彼女は相手を睨みつけたまま、掴んだ手を緩めようとしない。

 そんな彼女にくろめは言い放った。

 

「そんなに睨んだって無駄だよ。ちっとも怖くないし、きみはここで消えるんだ。これはもはや、確定事項なんだよ」

「……いいえ、あなたは……どこかで、恐れてる。人々の『信仰』を……そして、不屈の……『意志』の力を!」

「まだそのようなことを……戯言はもう聞き飽き」

 

 しかしグリーンハートの、目の奥に宿る決意の眼差しは変わることがなかった。あきれたようにくろめがそう言った、ちょうどその時、不意に彼女の言葉が途切れる。

刹那、漆黒の闇の中へ突如として橙色の閃光が差し込み、その直後、激しい光が闇を切り裂いた。そして、

 

『イチ・ジュウ・ヒャク……オレンジチャージ!!』

「せいっはーっ!!」

 

 電子音声と共に掛け声が響き渡り、橙色をした一筋の閃光が組み合った二人の間に割って入る。直後、繰り出された斬撃によってくろめの体は弾かれるように宙を舞い、地面に落下した。

 

「……深い闇の中で、あなたの声が聞こえた」

「あなたは……! あなた、本当に!?」

 

突如現れた『彼女』は、グリーンハートを背に低い声でそう言った。『彼女』の姿を目の当たりにしてグリーンハートは息をのむ。閃光の中から現れた、その姿は、

 

「お前は……! 馬鹿な、そんな馬鹿なぁ!!」

「今回も、また助けられてしまったな。ありがとう、ベール」

 

 橙色に輝く鎧に身を包んだ仮面の戦士、変身を遂げたトウコであった。くろめは体を起こし、先程の攻撃で斬り裂かれた胸の辺りを押さえて立ち上がる。

 二本の刀を連結させた、薙刀のような武器を彼女に向けてトウコは言い放った。

 

「ここまでだ、暗黒星くろめ。私の体を返してもらおうか!!」

「ふっっざけるなあああああ!! こんな、こんなことが……あってたまるかぁぁァァ!!!」

『ブラッドオレンジ!』

 

 狂気と怒りに満ちた絶叫と共に、くろめはどこからともなく取り出した、真っ赤な色をしたオレンジ型の錠前を開錠し、腰に巻かれたベルトにセットする。

 

『ロック、オン! ギュイーン! ブラッドオレンジアームズ! 邪ノ道、オンステージ!!』

 

 そしてレバーを倒すとエレキギター風の電子音声と共に、彼女はトウコと同じような姿をした仮面の戦士へと変貌を遂げる。

 

「トウコぉ、きみは死んだんだよ……ダメじゃあないか! 死んだ奴が出てきちゃあ!!」

『ブラッドオレンジスカッシュ!!』

 

 そう言うなり、くろめはベルトについたレバーを一回倒し、空高く跳躍した。そして空中から、真紅のオーラをまとった飛び蹴りを二人に向けて放つ。

 変身したトウコとグリーンハートは顔を見合わせると、互いに頷き合った。

 

「ここで……全てを終わらせる!」

『ロック、オン! イチ・ジュウ・ヒャク……オレンジチャージ!!』

 

 トウコは構えた薙刀に錠前をセットする。セットされた錠前から薙刀へエネルギーが流れ込み、その刀身がオレンジ色のオーラをまとって輝いた。それから彼女は薙刀を構えたまま、くろめに向かって跳躍する。

 

「せいやああああ!!!」

「でえええああああ!!!」

 

掛け声と共に、空中でお互いのキックと斬撃が交差した。そして、

 

「ぐううっ!? な、何だこれは!?」

「たああああっ!!」

 

 くろめの体は空中で、オレンジの形をしたエネルギー体に捕らわれてしまう。そこへグリーンハートが間髪入れずに突貫してきた。

 

「これはリーンボックスと、ヘルヘイムの人々の分! そして……わたくしと、トウコの分! 全て、あなたに! 受け取って頂きますわ!!」

「こ、んのォ……!!」

 

 斬り払い、斬り下ろし、横薙ぎ、とその槍から連続で繰り出される斬撃の乱舞。最後に放った突きの一撃と共に、グリーンハートは相手の背後へと抜けた。うめいたくろめだったが、相も変わらず体は動かない。

 一方、空中から着地したトウコは薙刀から錠前を外すと、ベルトにセットし直した。それからベルトについたレバーを倒し、

 

『オレンジスカッシュ!!』

「これで決める! いくぞ、ベール!!」

「ええ、トウコ!!」

 

 再び跳躍すると、彼女からくろめに向かって、いくつもの輪切りにされたオレンジ型のエネルギー体が一列に並んだ。足にオレンジ色のオーラをまとい、彼女はエネルギー体をゲートのようにくぐり抜けていきながら、相手に向かって加速していく。

 グリーンハートもトウコに応じると、空中で反転して槍を構え直し、投擲の姿勢に入った。そして、

 

「スパイラル……ブレエエエエイク!!!」

「せいッはァーッ!!!」

 

 グリーンハートの放った槍が一筋の閃光となり、くろめの体を貫く。そこへトウコの放った飛び蹴りが直撃し、直後、くろめを捕えていたエネルギー体が弾けて、オレンジ色をした果汁のような光の粒子となって飛び散った。

 

「ぐうおおお……おおあああああ!!!?」

 

 叫び声の残響と共に、くろめの体は空中から地面に落下する。着地したトウコはすぐさま、彼女の方に向き直る。そこへグリーンハートも降りてきて、トウコの傍らに立った。

 変身も解け、またもや体中傷だらけになりながら、地面に力なく横たわったくろめにトウコは言い放つ。

 

「貴様の負けだ、暗黒星くろめ」

「……なぜ、なんだ。なぜ……オレは、きみたちに勝てなかったんだ?」

「お答えいたしますわ」

 

 か細い声で問いかけた彼女に、グリーンハートが口を開く。

 

「理由は二つ。一つは人の心を支配し、弄ぼうとしたから。もう一つは……あなたが一人だったから、ですわ」

「私にはベールが、ベールには私が、そして……『私達』には、ヘルヘイムとリーンボックスの人々が共にいた。それだけのことだ」

「たとえ一時は人の心を支配できたとしても、人々の魂と『思い』は変わらない。その強さに勝るものなど何もありませんわ」

「……むかつく答えだね……本当に、最後まで……きみたち、って……やつらは」

 

 二人の返答に、くろめは毒づいた。が、その体が黒い粒子となって消失していく。消えゆく自らの体を見やって、彼女は言った。

 

「ま……今回は、オレの負けにしといてあげよう。だが……人々の心から『悪』が消えることはない。『悪』、すなわち『ネガティブ』のエネルギーがある限り……オレ、は……」

 

 最後まで言い終える前に、くろめは黒い粒子となって完全に消滅した。その後には装着していたベルトや、持っていた錠前さえも残ってはいなかった。

 そこで、トウコはグリーンハートの方に向き直った。ベルトにセットされた錠前を外すと、元の小柄な少女の姿に戻り、彼女に向かって微笑む。

 

「やったね、ベール! 私達、勝ったんだよ!!」

「ええ、やりましたわトウコ。あなたのおかげで……」

「いやいやー、さっき言ったじゃん。ベールと私、二人いたから勝てたんだよ?」

 

 グリーンハートも変身を解き、ベールの姿となって微笑みを返す。彼女の言葉にトウコは、そうは言いながらも嬉しそうである。

いつの間にか、暗かった空も夜明けを迎え始めていた。地平線から白い光が差し込み、周囲を徐々に明るく照らしていく。更に照らされた大地が、荒野のような地面から緑色の草原に変わっていった。

 

「さて、と……ヘルヘイムの『女神』として、全部の後始末をつけないと。ベールの世界にも、だいぶ迷惑かけちゃったしね」

「もう、今更そんなこと――」

 

 急にしんみりした口調と表情で言ったトウコに、ベールが言葉をかけようとした途端、彼女は思い出したように叫んだ。

 

「あーっ! 考えてみれば私、今『禁断の果実』の持ち主じゃん! 『全能の力』が使えちゃうよ、何でもできるよ! 後始末終わったら、何しよっかなー」

「トウコったら……まあその様子だと、暗黒星くろめのようなことにはとても使わなさそうですわね」

「当たり前じゃない。 侵略の道具なんて、つまんないことに使っちゃってさ。私だったらもっと楽しいことに使うね!」

 

 なぜか誇らしげな彼女に、ベールは無言で苦笑いを返した。何となく、ではあるが、トウコをこれまで育ててきた『女神様』の苦労がうかがえるような気がする。一時は彼女と共に戦っていたからだろうか――などと思考していると、

 

「んじゃベール、先に戻っといてね」

「え? 何を言って……!?」

 

 おもむろに投げかけられた、その言葉と共に、ベールの体は光の粒子となって消失を始めた。その現象には驚いたものの、しかしなぜか恐怖は感じなかった。むしろ、不思議な安心感に彼女は包まれていた。

 続けてトウコは口を開く。

 

「……『全能の力』で時間を逆行させてるんだ。全部が元に戻るよ。あなたも、あなたの国『リーンボックス』も、そして私達の『ヘルヘイム』も、ね」

「待ってトウコ! まだあなたに言いたいことが……」

「だーいじょうぶだって! 私は『全能の力』を持ってるんだよ? 後でいつでも会えるって、ね? だから、話の続きはまた後で。じゃね、ベール!」

 

 手を伸ばしたベールに、トウコは笑顔と共に手を振って言った。それと共に、彼女の前からベールの姿は消失してしまう。

 

「……ごめんね、ベール。私も、もっと言いたいこと、たくさんあるよ……でも、あんまり長く話すと、辛くなるからさ」

 

 他には誰もいなくなった、光あふれる平原の上で、トウコは一人つぶやいた。その目の端から一筋の涙が流れる。それを拭って彼女は、決意を込めた口調で言った。

 

「さあ、全てを……元通りにするよ!」

 



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14.再生する世界

今回で、最終回となります。それではどうぞよろしくお願いいたします。


「ふわぁ……あ」

 

 カーテンの隙間から、朝日が差す部屋の中。机の上で突っ伏した『彼女』は、ゆっくりと体を起こした。大きくあくびをした後、ぐっとのびをする。青緑色のドレスを身に着けた、そのバストは豊満であった。

 それから彼女は立ち上がると窓辺に近づき、カーテンを開けた。早朝の朝日が眩しい。

 

「――また、つい徹夜してしまいましたわ。さすがに連日の徹夜は、お肌に良くありませんわね……」

 

 目を細めつつ、窓辺から見下ろす街並みは、自然の緑色を残しながらも、高層ビルが立ち並んでおり、その間を幹線道路が通っていて近未来的な印象を受ける。ここは『ゲイムギョウ界』の『緑』の国、『リーンボックス』である。

 

「でも、ようやくクリアできましたわ。一週目に数日間つぎ込むなんて、いつ以来かしら」

 

 机の上に置かれたデスクトップ型パソコンを見やって、彼女は徹夜後とは思えぬ、生き生きとした表情でつぶやく。そのモニターには、ゲームのクリア画面が映し出されていた。

 とそこで彼女――ベールは、はたと思い当ったようなそぶりを見せる。

 

「!? この状況、前にも体験したような気が……なぜかしら」

 

 ゲームに時間をつぎ込んで徹夜、など彼女にとっては日常茶飯事である。しかしなぜか『今この時』と全く同じシチュエーションが、記憶の奥底にあるような、そんな感覚がするのだ。それが一体何なのかは、思い出せないのだが。

 何だか釈然としない気持ちになりながらも、ベールは気分転換にもう一度窓辺から、街を見下ろした。

 

「いつも通り……今日も、この国は平和ですわね」

 

 青空の下、無邪気に笑いながら通りを駆け抜けていく子供たち。それをたしなめている大人もいれば、笑って見守っている者もいる。他にもカバンを持った登校途中らしき学生の姿に、買い物をしている主婦らしき女性の姿、歩きながらスマホをいじっている女の子……今日はいつもより、みんなの顔がよく見えるような気がした。よく晴れているから、というのもあるだろうが、それだけではないような気がする。

 住人たちを見つめるベールの心から、愛おしさが溢れ出してきた。急に、と言うよりはごく自然に、この情景をいつまでも見つめていたいような気分になってくる。

 

「本当に、どうして……かしら? いつもの、景色……なのに」

 

 いつの間にか、彼女の両目からは熱い涙がこぼれていた。顔を覆ったが、愛しい思いは堰を切ったようにとめどなく溢れ出してくる。なぜ自分が泣いているのか、彼女自身にも分からなかった。しかしどうしてか、心の中はとても温かいものに満たされていた。

 ベールが窓辺で泣きじゃくる中、そっと、後ろからその肩に手を置いた者があった。そして、ぎゅっと抱きしめられるような感覚がした。

 

「ううっ、えぐっ……あ、あなた、は……」

 

 名前は出てこなかった。しかしこの感覚、ベールは『彼女』のことをどこかで知っていた。

 そして『彼女』は、

 

『ベール。この日常と、みんなの笑顔を……他の誰でもない、あなたが守ったんだよ』

 

 優しく、そうささやいた。

 

 

 

 

 

 

 

――これは、ベールの世界とは別の世界でのお話。

 一人の女性が、宮殿のような建物……よく見ると、高層ビルのように大きな樹木だが……の窓辺に立っている。透き通るような白い肌に、輝く金髪、胸部はベールよりも控えめだが……木の洞のようなその窓から、彼女はその下に広がる景色を眺めていた。

 

「はあ……この世界は、今日も美しい……」

 

 星空の下、どこまでも続く緑の絨毯のような景色。その中で、赤や黄色、紫……といった様々な色の光が灯っている。その光に照らされて、草木の間を行き来する人々の姿が幻想的に映し出されていた。

 その様子に、彼女の口から思わずため息がもれる。

 

「……なのに、なぜ……あの子だけが、いないのですか……?」

 

 が、直後にその顔がかげってしまう。目頭を押さえつつ、彼女は続けて言った。

 

「この親不孝者が……でも、この日常をありがとう。この『ヘルヘイム』を救ってくれて、本当に……ありがとう。ねえ、聞いているのでしょう――トウコ?」

 

 誰にでもなく、独り言のようにつぶやいた彼女の耳に、懐かしい声が聞こえてきた。

 

『うん、聞いてる聞いてる。これまで迷惑かけた分、今度は私が『女神様』やみんなのこと、しっかり守るからさ』

「ふふ、この未熟者が……一丁前の口を利くようになりましたね」

 

 

 

 

 

 

 

「ヘルヘイムとのリンクが切れた……まさか、こんなコトになっちまうとはねー」

 

 漆黒の闇に包まれた空間の中、幼い女の子の声が響く。背中に紫色の羽を生やし、本の上にちょこんと乗った『彼女』は、そう言うとおもむろに、手にした携帯ゲーム機のスイッチを入れた。

 そして液晶画面に向かって話しかける。

 

「おーい、くろめちゃーん?」

「やあクロワール。『コレ』を起動させたってことは……前の『オレ』が、何かやらかしたようだね?」

 

 するとその呼びかけに応じるかのように、画面にくろめの姿が映し出された。呆れたような表情の彼女に、クロワールと呼ばれた女の子はため息交じりに答える。

 

「ああ、計画は失敗だよ。どうも『お前』は完全敗北しちまったらしい」

「そうか……やれやれ、バックアップを取っておいて正解だったよ。不測の事態っていうのは、いつだって起こり得ることだからねえ」

 

 クロワールの答えにくろめは肩をすくめる。彼女に向けて、クロワールは頭を横に振って続けて言った。

 

「目覚めて早々悪いけどよ、悪い知らせがもう一つだ。あのトウコとかいう女神の後釜、あいつにヘルヘイムとのリンクを切られちまった」

「はあ!? 嘘だろ? そんなことできるはずが――」

「『禁断の果実』の力を使って、時間を巻き戻した上でヘルヘイム自体と同化したみてーだ。ま、時間の流れに干渉した時点で現世に留まれはしなかっただろうがね……って、うわっ!?」

 

 彼女の報告を聞いたくろめの顔色が変わる。段々とその表情は怒気を含んだものになっていき、突如、クロワールの言葉を遮るように、画面に向けて拳を叩き込んだ。

 実際に画面が割れることは無かったものの、衝撃を伴ったエネルギーが放出され、液晶にヒビのようなエフェクトが入る。

 

「あいつは、どこまでオレをイラつかせれば気が済むんだ……!」

「でもよ、良いニュースもあったり」

 

 怒りに肩を震わせるくろめに、クロワールが話しかけるが、それを無視して彼女は呟き始めた。

 

「……だが! オレと一時は同化していた以上、『ネガティブエネルギー』の因子は消しきれないぞ。結実を拝めないのは残念だが、その『種』がこれからどう成長していくか……楽しみに待っていてやろうじゃないか。くっくっく……!」

「ひえー、転んでもタダでは起きないってか? やっぱりお前は怖いねー。……んで、実は良いニュースもあるんだが聞いとくか?」

「おっと、オレとしたことが取り乱してしまったようだ……何だい、聞こうじゃないか」

 

 我に返るくろめに、クロワールはニヤッと笑みを浮かべて話し始めた。

 

「また『他の世界』に、面白えモンを見つけたぜ。お前の新しいボディも探さなきゃいけねーしな。正直、その中じゃ窮屈だろ?」

「いいねえクロワール、行動が速くて助かるよ……今度こそ、オレを見捨てた『世界』に復讐を果たしてやる……!」

 

 それを聞いたくろめの顔にも、邪悪な笑みが浮かぶ。

 

「んじゃ、再び旅に出ましょーかね」

 

 そう言ってクロワールが右手をかざすと、その空間に彼女が通れるほどの小さな穴が空いた。クロワールは空いた穴と、手元のゲーム機を見比べて小さく笑った。

 

「くく、ゲーム機に入ってて良かったなお前。そのままのサイズだったらワームホールをくぐれなかったろ」

「馬鹿なこと言ってないで早く行ったらどうなんだい? あと、ボディを手に入れたら覚えておきなよ」

「ゴメンゴメン、謝るからよ。そんじゃ、いざしゅっぱーつ!」

 

 クロワールが中に入ると同時にワームホールは口を閉じてしまう。そして、漆黒の空間は静寂に閉ざされた。

 




拙作にここまでお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。
どれだけ読者の方の期待に応えられたか、キャラクター達の魅力を伝えられたか(そもそも期待などされていなかったかも知れませんが……)分かりませんが、読んで下さった人をもっと楽しませられる作品が書けるよう、これから精進していく所存です。

それでは重ね重ね、本当にありがとうございました。


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