Attack on Titamon (柳之助)
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ビギニング・レジェンド

 ――それは一つの伝説の終焉だった。

 

 そこは電子世界(デジタルワールド)の辺境地域。特に何もない荒野で、周囲にはターミナルを始めたとした施設など一つなく、近づくデジモンすら滅多にいない場所だった。 

 そんな辺境でその二体のデジモンの決着は生まれていた。

 緑と青白だ。

 全身が隆起した筋肉で覆われていて、その上からも鋼と何かの骨で作られた鎧を纏っている。左手には身の丈ほどもある巨大な骨剣が。もう片方は青と白の装甲、細見のシルエットに同色の鎌のような武装を手にしていた。緑は三メートルほどの巨体で、青白はやや小さく二メートルほど。

 タイタモンとディアナモン。

 それが二体のデジモンの名だ。共にデジモンとしては究極体、それもその中でも最高位。ディアナモンはデジタルワールドでもその名を轟かせるオリンポス十二神族の一角であり、それと同等に戦えるタイタモンもデジタルワールドでも最上位の実力者と言ってもいいだろう。

 その二体の戦闘だからこそこの誰も何もいない場所は蹂躙し尽されていた。何もなかった場には地割れと洪水と猛吹雪が一遍の訪れたかのようになったいた。大地はタイタモンの骨剣で亀裂が刻まれ、その亀裂にディアナモンが生み出した氷で氷河になっている。どこもかしこも衝撃痕か氷漬けになっている場所ばかり。これらが凡そ数キロ、広ければ数十、数百キロ単位で広がっていた。究極体同士の決戦とはこれだけの被害がある。

 しかしその戦いにも幕が引かれていく。

 どちらも満身創痍という他になかった。それぞれの装甲は砕け、崩壊し、その下の肉体も血に染まって無事な所は欠片もない。タイタモンの各所のある角はほぼ全てが折れ、ディアナモンも月を彷彿させる装飾も悉くが原型を保っていない。骨剣も半ばまで折れて、ディアナモンの鎌もまた

 膝を折ったのはタイタモンだった。

 

「……っ、あ、が……」

 

「もう終わりにしよう、タイタモン」

 

 膝をつき、呻き声を上げるタイタモンにディアナモンは言う。

 

「我々へ戦いを挑んで何になるという。例え私を滅ぼして、その先に待っているのは修羅の道だ。いつか、絶対に終わってしまう。こんなことをして貴方に未来などない」

 

 諭すように、さらには憐れみさえ載せた言葉で語り掛ける。

 

「……黙れ」

 

 それでもタイタモンは吐き捨てる。最早彼に戦う力は残されていない。かろうじてデジコアは無事だがそれ以外のデータは壊滅的だ。ディアナモンとの三日三晩にまで及ぶ戦闘の果てに全ての力を使い果たしていた。

 しかしそれでも、その瞳から(狂気)は消えない。

 

「俺は、貴様らを殺すんだ……ぶち殺して、ロードして……てめぇら全員残さず殺さねぇといけねぇんだ……」

 

 声に力はない。しかしありったけの怨嗟が。戦う力を失ってもその執念は消えない。

 それこそがタイタモン全てであるから。

 オリンポス十二神族を滅ぼすためにこの深緑の鬼神が存在するのだ。

 故に言うまでもなく、

 

「残念だ」

 

 ディアナモンは最後の一撃は放つ。背に残った最後の突起を引き抜く。それは氷結の概念(データ)の結晶。最後の残った一矢だからこそ込められた力は膨大だ。今にも折れそうな鎌――クレセントハーケンにそれを番える。それこそが彼女たち(・・・・)、ディアナモンの必殺技。ありとあらゆる存在を凍結させる絶対零度。止めの一撃ととしてはこれ以外には在りえない。 

 引きぼれられるだけで周囲に氷の波動は満ちていく。

 

「……くそったれが」

 

 全身を凍らせていき、自身を滅ぼすであろう必殺技にもタイタモンは目を背けない。ただ忌々しげに睨みつけるだけだった。

 

『アロー・オブ――』

 

「――アルテミスッ!!」

 

 ――こうして一つの伝説は終焉していく。

 

 

 

 

 

 

 牧野巧斗は友達が少なかった。

 コミュ障という訳でもないし、誰かに話しかけられれば相応の受け答えや会話をする。電車でお年寄りを目にすれば席を譲るし、道に迷っている外国人相手ならば片言の中学生英語で、それでも通じなければ身振り手振りなりでの対応をする。

 親戚の叔母がファッションモデルなんかしているので、たまに服装を見繕ってもらったりしているので服装が悪いわけでもない。目つきはかなり悪いが、顔付自体は問題ないはず。

 けれど圧倒的に友達が少ない。

 何がいけないんだろうなぁとたまに彼自身考えないでもないが、特に何か自分を変えようとしているわけでもない。友達は確かに圧倒的に少ないが数人とはいえいることはいるのだ。彼らを親友といえるのならばそれでいいのだろうと巧斗は満足していた。

 よくよく考えれば三つほど上の従姉もかなり無愛想で友達も数人しかないかったはず。そのくせ彼氏がいるのが巧斗からしたら謎だった。一体あの無愛想な人間のどこに惚れたのか不思議過ぎる。未だに会ったことないというか、従姉が会わせてくれないのだが。

 ともあれ彼には友達が少なくて、だからこそ少ない友達のことは非常に大事にするのだ。

 だから、

 

「いよぉタクト。嫁さんいなくて寂しいのか、ん?」

 

「黙れ喋るなふざけたこと言うな」

 

 幼馴染の月冴佐奈が三日間学校に来ないが、ただ友達として心配しているに過ぎないのだ。

 

「はっはっは。この三日間アホみてぇに挙動不審の奴が言えた言葉かよ。出産待ちの旦那かっつうの」

 

「……いいか、俺とアイツはなんにもねぇってお前が一番よく知ってるだろう」

 

「知ってるぜぇ? サナはお前さんにぞっこんで、ヘタレのお前が逃げてるんだろ」

 

「……」

 

 口にしづらいことを当たり前のようにいうのは佐奈とは別の幼馴染の少年。金髪を逆立て、中学の夏服を着崩したのは篠谷凱。佐奈と同じく巧斗とは幼少の頃からの付き合いだ。巧斗の数えるほどしかいない友達の二人だ。中学から帰宅するのはこの三人組が基本だ。基本なのだが、その中の一人が三日前から学校に来ていなかった。家にも帰っていないというのでなにか事件に巻き込まれている可能性もないでもない。

 

「心配だよなぁ。学校終わってすぐに秋葉原走り回ってるもんなぁ。いや、実際色々問題だよな、あそこの親何考えてるんだって話」

 

「考えてねーんだろ。放任主義というか、どっちにしたって帰ってくるって信じてるんだろ」

 

 彼女の疾走は珍しいことではなかった。放浪癖とでもいうのか幼馴染の少女はよく消えたり現れたりするのだ。その旅に巧斗が探し回って、凱がおちょくって、ひょっこり佐奈が帰ってくるというのが幼いころからの恒例行事だった。

 

「俺が二、三日開けても全く探してくれねーのになぁ」

 

「別に。アレも性別的に見れば女なんだから、友達としては心配しないわけにはいかないだろ」

 

「ツンデレ乙」

 

「黙れ」

 

 殴りかかりたいが道の真ん中で他にも歩いている人間がいるので我慢する。オタク系や電器製品目当ての人間でごった返す秋葉原の街とはいえ中学生の喧嘩とか在れば当然目立つ。よくテレビで出るような街並みからほど騒がしくはない、比較的静かな街並みだがさすがに自重する。機会があればぶん殴るが。

 

「んじゃあなタクト。また明日。佐奈帰ってきたら今回くらいはキスの一つでもしてやれよ」

 

「地獄に落ちろ」

 

 分かれ道に手をひらひらと振りながら去っていく凱の背中に吐き捨てながら、巧斗は彼と別れた。普段ならば家まで十分ほどは佐奈と一緒だったが今日は一人だ。その幼馴染を探しに今日も巧斗は街の各所は巡るつもりだ。

 

「……キスって。拳骨の間違いだろう」

 

 呟きながら足を進める。一度荷物を置いて着替えたり、隣の佐奈の家に帰っているか確認する必要がある。だから気持ち、速度を高め、

 

『――――い』

 

「――なんだ」

 

 何かの声を聞いた。ノイズ染みたかすれた音。ともすれば空耳かのように聞き流してしまいそうな微かな音を巧斗は確かに耳にしていた。周囲を見回すが特別変わったようなものはない。数人の歩行者、車道。いくつかある街路灯。点滅しているがそれほど珍しいことでもないだろう。スマートフォンの着信音だったかとポケットから取り出してみれば、

 

「……どうなってんだ」

 

 反応がない。というよりも、液晶画面に光が付いたり、止んだりしている。街路灯の点滅のような現象だがまさか故障だろうか。一月ほど前に買い換えたばかりの最新機種なので軽くショック。

 

『――れ――い―』

 

「……」

 

 ノイズが再び響いた。気のせいなどではない。どこからか聞こえてくる不思議な声というのはオカルトチックにもほどがあるが、そういう類(・・・・・)のものを巧斗は数年前に経験している。だからそれを見過ごすことなどできなかった。あの時のようなことが再び起きるなんて絶対にあってはならないと思う。

 

「……くそったれ。ルキ姉に頼るのは御免蒙るぞ」

 

 ノイズの方へと足を運ぶ。何かの思念染みた声は、ずっと同じようなことを繰り返している。妄執染みた狂気を感じさせる声。なのに今にも消えそうなか細いものだ。十分、二十分と歩き続けていき、都市の中心部からはどんどん離れていく。学校が終わった時点で五時過ぎだったが、夏故にそれほど暗くなるわけではない。進んでいく途中にやたら渋滞や事故があったがきにしていられない。

 行き着いた先は一つの市町村には大体一つずつくらいはありそうな緑地公園だった。都市化が進んでいるというか東京の街にせめてものお情けと言わんばかりにある自然地域。お年寄りや子供の憩いの場所だ。

 

「……こっちか」

 

 ノイズは少しずつ明確になっていき、既に巧斗は言葉を認識していた。

 緑地公園の目玉というべきか、比較的広めの森の中に足を踏み入れていく。時間を確認しようと思ったスマートフォンは完全に機能を停止していた。最早諦めに近い感情で森を進んでいき――あっさりとそれを発見した。

 

「……まじかよ」

 

 二メートル近くはあるであろう緑の巨体と白髪。漂う鉄臭さと流れる赤い液体。太い木に背中を預け、というよりも倒れこんでいる。およそ地球上には絶対存在しないような鬼。

 あぁこれは言うまでもなく、

 

「……デジタルモンスター」

 

 確かオーガモンとかいうデジモンだった。従姉の影響でそこそこ詳しいつもりだ。

 

「……終われない、ね」

 

 完全に意識を失っているが、確かにあのノイズはそう言っていて、このオーガモンから発せられていたのだろう。何が何やら解らない。

 だから巧斗がしたのは、

 

「おい、生きてるか?」

 

 そんな至極普通極まりない声を掛けることだけだった。

 

 

 ――こうして新たな伝説は始まっていく。

 

 

 

 

 

 

 




実はフロンティアまでしか見てないし、ゲームもやっていない(

デュークモンが一番好きです


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トーキング・ウィズ・オーガ

 結論から言えばオ―ガモン(仮)は生きていた。巧斗の勘違いはなく(仮)でもなく木に身を投げ出していた鬼人はやはりデジモンのオーガモンだった。

 デジモン。正式名称デジタルモンスター。何年か前のカードゲームとして一世を風靡していた。実際巧斗も幼いころは従姉の影響で少なからず触れていることがあった。けれどあくまでそれは子供向けのカードゲーム。遊びの域を出でないただの空想でしかなかった。

 それら決定的に変わってしまったのは数年前、東京全域で発生したデ・リーパー事件。その名の通りにデ・リーパーとかいう訳のわからん存在に立ち向かったのが政府の組織、そして空想だと思われていたデジモンとテイマーと呼ばれる子供たちだった。なにやらおとぎ話の騎士とかでっかいロボットか尼さんとかライダーぽいのが東京を中心に跳梁跋扈し、なにがなにやら色々あって解決していた。その直前にも東京の街にでかい馬とか猪とかが出現したという事件もあったりしたし。

 その時はまだ巧斗はかなり幼かったので、何があったかはあまり知らないのだがかつての恐怖は覚えている。何を隠そうそのテイマーとか言うのが従姉の牧野留姫だったりするから常人よりは耐性のようなものがあるとはいえ――本人からデジモンの素晴らしさを語ってもらった。子供ぽいと言ったらぶん殴られた――やはりあの事件におけるデジモンの強大さとうのは忘れがたい。

 だからこそこのオーガモンと遭遇し、執念染みたノイズを耳にし、自分なりに最大限の警戒をしていたのだが――

 

「うまっ! なんだこれうめぇ! くそうっ、人間ていうのはなんていいもん食ってたんだよチクショウ! おかわりだタクト!」

 

 こうして目の前で一個百円のハンバーガーを嬉々として食らいつく緑に鬼には恐怖も何も感じなかった。

 

「……もうねぇよ」

 

「なにぃ!? どうにかならねぇのか!?」

 

「……いや、また今度ならなんとか」

 

「そうかそうか! じゃままた持って来いよ!」

 

 やたらフレンドリーだった。

 おかしい、なぜこうなったのだと巧斗は首を捻る。

 ボロボロの生死を確かめたら微かにだが息はあったのだ。血を流し、意識は朦朧としていたが、それでも僅かな反応があった。それこそノイズの正体、『終われない』という妄執の正体だと巧斗は確信し、息をのみ、

 

『……腹減った』

 

 そんな呟きが耳に届き思いっきりこけた。具体的にはオーガモンの鳩尾に脳天めり込むような感じで。ソレのせいでオーガモンは絶叫と共に覚醒し、すわ戦闘、というか一方的な苛めが発生するかと焦ったが出てきた言葉は変わらずに空腹を訴えるものだった。

 なんというか昔のルキ姉の恐怖話に色々文句言いたい気分だった。絶対あの人俺をビビらせるために物騒な話しただろう。

 ともあれ流石に放ってはおけないし、話も聞く必要があるのでオーガモンの空腹を満たすために近くにあった全国チェーンのハンバーガーショップへと走った。そこで一個百円の極めてプレーンなハンバーガーを野口分、つまりは十個も買ってオーガモンに渡したのだが一瞬で食い尽くされてしまった。見た目からして大食いなのだろうと思って大量に買ったのだがさすがに驚く。中学生には千円はそこそこのお金なのだ。

 

「はぁ。まぁ仕方ねぇ。当分俺は動けないから、できれば早めに持ってきてくれよ。――次は百個くらい」

 

「無茶言うな。というか、一応ハンバーガー十個食ったのにまだ動けないのか?」

 

 どういう構造をしているのか表面的な傷は消えていた。それでもオーガモンは最初に気絶していた場所から動かないままだ。

 

「ガワはとりあえず修復したがデジコアが損傷したままだからな、当分動けねぇ。ゲートも近くにないし、どうしようもねぇんだよ」

 

「あ、そう。まぁそこらへんは俺は知らんけど……お前、なんでこんなとこいるんだ? デジモンだろ? デジモンはデジタルワールドとかいう世界にいて、今はそう簡単にゲートは開かないって聞いてたんだが……」

 

「くわしいな、てめぇ。その通りだぜ。なんで俺がいるのかっていうとそれはだな」

 

「おう」

 

「……」

 

「……」

 

「……あれ、なんでだっけ?」

 

「えぇー」

 

 大丈夫かコイツ。凄い怪我だから頭打ったのか。元からだったらどうしようもない。なんとなくの勘だがこれは元からアホな気がする。できれば外れてほしい予想だったのだが、

 

「あっれー? なんで俺こんな怪我してるんだ? というかなんでリアルワールドとかいるんだ? あっれー!? どういうことだよ巧斗!」

 

「知・る・か」

 

 なにやら頭を抱えだした緑色の鬼は頭大丈夫か。大丈夫じゃないな。アホだコイツ。

 

「やれやれ……」

 

 嘆息しつつ、スマートフォンを取り出す。結局完全に停止したままだ。餅は餅屋ということでできるならばルキ姉に連絡をとって対応策とか聞きたかったのだがスマートフォンが壊れているならば連絡のつけようがない。このご時世公衆電話とかめっきり数を減らしているので探すのも一苦労だ。

 それにこのオーガモンを放っておくのもまずい。

 今は動けないとしても、いきなり動けるようになるという可能性はないわけではない。もしこのデジモンが街を練り歩けば間違いなくパニックだ。それだけは避けたいと思う。

 

「なぁ、どれくらい動けそうだ?」

 

「解んねぇよ。第一何故かデジコアが八割近くイカれてるんだそう簡単にはいかねぇって。多分、俺が色々覚えてねぇのもそのせいだな」

 

「それは大変なこって。あー、どうすっかなぁ」

 

「ハンバーガー買ってきてくれ」

 

「だからまた今度だ」

 

「ちぇー」

 

 強面で口びるをとがらせるな気持ち悪い。

 そうやってオーガモンと会話していたら大分暗くなってきた。時計がないので正確な時間は解らないが、夏で暗いということはかなりの時間だろう。それにデジモンの遭遇というイベントで麻痺していたが気温も相応に高い。制服にかなり汗が染みていた。巧斗の家は門限とかあるわけではないし、佐奈を探すのに夜遅く街を探索していたからうるさく言われるわけではない。それでも、なるべく早めに帰ったほうがいいのは確かだ。もしかしたら今この瞬間にもひょっこり佐奈が帰って来ているかもしれないのだから。

 

「……オーガモン」

 

「お? なんだ、やっぱハンバーガー買ってきてくれる気になったのか?」

 

「ちげぇ、しつこいぞ。……いいか、俺は今日は一端帰るから。明日また来て、デジモンに詳しい人連れてくるから、ここで大人しくしておいてくれないか? ハンバーガーは明日また持ってくるからさ」

 

「おお、いいぞ」

 

 意外にあっさりと受け入れてくれた。

 

「ガハハ! どうせ動けねぇからな。ハンバーガーがまた食えるなら文句ねぇよ!」

 

「……そうか。それじゃあ、な」

 

「おう、また明日な!」

 

 本当にデジコアとやらが破損しているのか妖しいほどに元気なオーガモンの声を背にしつつ、森から出ていく。来るときはやたら長く感じていたが、アレのキャラを知って緊張感が消え去ったらしく体感時間ではすぐに外に出ることができた。湿気が少なからずあった森の中に比べれば大分涼しい。

 

「あー……、いろいろ面倒になるなぁ……」

 

 デジモン。まさか実際に会って話すことになるとは思わなかった。凶暴な性格ではなかったとはいえ、もしも好き勝手に暴れるデジモンだったと思うとぞっとする。

 というか政府の組織とかは動かないのか、と巧斗は首を捻った。

 確かあの事件前とかにこっそりでてたデジモンはなんとかという組織が出現やら対処やらを管理していたという話だが、今回の場合はそれがないのか。まさか数年たったから組織そのものがなくなったわけではあるまい。

 

「って、考えても仕方ないか」

 

 所詮自分はただの中学生だ。従姉はデジモン関係では色々すごいらしいけれど自分はただのガキでしかない。速めに帰って彼女に連絡してどうするべきか聞いて、自分は放浪癖のある幼馴染の心配をしていればいい。

 

「さて、あのバカは帰って来てるかね」

 

 

 

 




オーガモンにシリアスなど無理だったんだ……(

感想とかもらえると嬉しいですよ?


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ゲット・ホーム

「あっちぃ……」

 

 オーガモンのいる緑地公園から家への帰り道。オーガモンのノイズに対して自分がかなり緊張していたことを実感していた。日本特有のやたら高い湿度に夏の高気温のせいで汗が噴き出て、シャツに張り付いて鬱陶しいことこの上ない。来るときにも同じ道のりを来たはずだが、あの声に集中していたせいかほとんど暑さを感じていなかった。森から出た時は開放感があったが、それも慣れてしまえば普通に暑い。

 

「明日もこの往復しなきゃいかんのか……」

 

 夏場に片道一時間は地味に辛い。巧斗は暑さが特に苦手ということはないが、それにしたって人並みに苦痛に感じる。いや、道のりだけではなくあの森の中のことも考えれば、

 

「憂鬱だ……」

 

 だからって放っておくのはまずいのだが。ため息を吐きつつも、家への道を。

 

「タクトォ、オオー!」

 

「ぐぇっ!?」

 

 横から衝撃と声があり、巧斗は思わず変な叫びを上げていた。

 

「どこに行ってたのさぁ、探したんだよ?」

 

「……それはこっちのセリフだぞ。あと離れろ、暑い」

 

「えー、いいじゃん役得でしょ?」

 

 そんなたわけたことを言いながら巧斗にしがみついてたのは一人の少女だ。鮮やかな青みがかったセミロングの髪と大きな瞳。ホットパンツと赤いタンクトップの上から薄手の灰色のフード付きパーカーを羽織っていた。

 ――月冴佐奈。

 篠谷凱と同じく巧斗の幼馴染。放浪癖持ちの変わった少女。巧斗に対してのスキンシップが過剰気味なのでそこらへん巧斗は困っていたりする。基本薄着や露出度高めの服だし。同い年の中二の割には発育がいいといのも無関係ではない。

 

「それで? タクトがこんな時間に出歩いているのは珍しい。なにしてたの?」

 

「……別に。お前こそ、今回はどこにほっつき歩いてたんだよ、三日もよ」

 

「まぁちょっとね」

 

「そうかい……とにかく離れろ、歩けない」

 

「はいはい」

 

 佐奈を離しつつ歩き出す。

 

「あ、おいていかないでよ」

 

 隣に彼女が並ぶ。真横の彼女の距離は変わらずに近い。それについては何も言わずに歩みを進める。

 

「なぁ」

 

「なに?」

 

「お前ってデジモン好きだっけ」

 

「……」

 

「サナ?」

 

「ん、んー、なんでもない。デジモンかぁ、最近流行ってないけど。どうしたの? ルキさんの影響?」

 

「いや……ふと思い出してな」

 

「ふうん、あんまいい記憶はないけどねぇ。ほら、二組の賀田さんとか完全トラウマになっててデジモンという単語にさえも反応しちゃうらしいじゃん?」

 

「だれだそれ」

 

「あはは、巧斗は相変わらず友達いないね。まぁボクがいるからいいんだけど」

 

「……」

 

 言いにくくいことをはっきりと言う奴がここにもいた。否定できないのでスルーする。友達がいないのが巧斗のキャラなのだ。考えると鬱になるけど。

 

「それでデジモンか。ボクは結構好きだよ。タクトは? ルキさんが結構話誇張してビビらせていたって言ってたけど」

 

 やっぱりか。しかし困ったことに彼女に口答えした場合ぶん殴られるか蹴り飛ばされるかのどちらかなので何とも言えない。佐奈の前で言っても告げ口されるだろうし。

 そしてデジモンが好きかどうか。 

 

 「んー」

 

 少し前ならば、従姉のせいで若干苦手と答えたかもしれない。けれど、つい数十分前まで一緒にいたオーガモンのことを思い出す。あんな強面でありながら、にやけ顔でハンバーガーに喰らいついていた緑の鬼の姿を。

 

「……まぁ、別に嫌いじゃない」

 

「そっか! それはボクとしても嬉しいよ」

 

「なんでお前が喜ぶんだ」

 

「ボクが好きなものがタクトも好きっていうことならそれは嬉しいことだよ」

 

「好きとか言ってない」

 

「あはははは」

 

 何故笑われた。

 そうやって腹の立つ佐奈の笑みを向けられながら家にまでたどり着く。牧野家と月冴家は隣同士だ。

 

「それじゃまたあとでね」

 

「あぁ」

 

 少しの別れの言葉を告げて、互いの家の中に入る。

 

「ただいま」

 

「おーうお帰りー」

 

 玄関で靴を脱いで帰宅の声を上げていたら、奥から聞こえてきたのは母親の声だ。リビングでテレビを見ていた。

 牧野玲子。

 巧斗の母で妹に牧野ルミ子がいる。茶髪を背中まで伸ばし、母親ながらも容姿が整っているのは解る。ただし巧斗以上に目つきが悪いのだが。

 

「父さんは?」

 

「まだ仕事。なんかここ辺の信号機とか電器製品がぶっ壊れたらしくてねぇ。なんかサイバーテロかもってことだからそのせいで今日は帰ってこれないって」

 

 巧斗の父である牧野章斗は刑事で、そういうこのせいで帰りが遅くなることはよくある。だからそれにはあまり気にせずに自分のスマートフォンを取り出す。

 

「お、動くな」

 

 少し前まで電源すら入らなかったが、今はちゃんと動く。母親もテレビを見ていることだし、不調は今の段階では治ったのだろう。

 

「ごはんどうする? 今すぐ食べる?」

 

「ん、ちょっと後でいいや。三十分くらいあとで」

 

「おーらい」

 

 途中洗面所でタオルを引っ掴みつつ、二階に上がって自分の部屋へと戻る。ベッドに机に本棚。押入れが一つと殺風景な部屋だ。唯一珍しいのが小型とはいえ液晶テレビがあることか。いくら趣味がなくてもテレビを見ていれば時間を潰すのは簡単だ。

 

「えっと、ルキ姉は……」

 

 電話張から彼女の電話番号を取り出す。電話を掛けて、

 

「……でないな」

 

 返ってくるのは機械的なシステムアナウンス。まぁでないのは仕方ないと思いつつ、一度部屋着に着替える。タオルで汗を拭いて、再び一階へ。洗面所へ制服やタオルを放り投げつつ、リビングへと戻り、

 

「母さん、おばさんの家の電話番号ってなんだったけ」

 

「電話のとこのメモにあるわよ」

 

「ありがと」

 

 今度は出た。

 

「あ、おばさんタクトだけど」

 

『あらー久しぶりねタクトちゃん! どうしたの? お正月振りじゃない!』

 

 常にテンションの高い叔母の声を聴きつつも、

 

「ルキ姉いる? 携帯に電話したけど繋がらなくて」

 

『あールキちゃん? それがねぇ、三日前から帰ってなくてねぇ』

 

「……ほんとに?」

 

『そーなのよ! それにルキちゃんの彼氏ちゃんとかお友達も家に帰っていないらしいのよ! もー心配で心配で!』

 

「……それは」

 

 留姫とその彼氏だけというならばまぁ解らなくもないが、他の友達も一緒となると僅かな違和感がある。それに巧斗は留姫の男を知らないが、ルミ子は知っているのだろう。あのいい加減な叔母ならば旅行とか言っても止めたりせず、寧ろ推奨しそうだし。

 

「どれくらい帰ってないの?」

 

『三日よー、全くあの子は小さい子から変わらないのよねー。まぁ昔からよくあったと言えばあったことだし、大丈夫だとは思うのだけど』

 

「三日……」

 

 佐奈が姿を消していたのも丁度三日前だった。同じ時期に留姫やその友人も一緒に消えた。

 

「……」

 

『ちょっとー? タクトちゃんー? 聞こえている?』

 

「あ、ごめん。ありがと、ルキ姉帰って来てたら俺が連絡してきたって伝えて」

 

『まっかせてー。タクトちゃんも連絡来たらお願いねー!』

 

 電話が切れた。受話器を置いたら玲子に声を掛けられた。

 

「なに、どうしたの?」

 

「なんかルキ姉が三日前からどっか行ってるらしい。その友達も一緒に」

 

「へぇ。まぁあの子なら大丈夫じゃないのー?」

 

 我が母ながら実に軽い。まぁ大丈夫だろと思うのは巧斗も同じなのだが。あのデ・リーパー事件で狐巫女ぽいのに変身して色々無双していたのは忘れらない。ああいうのがあるから、ルミ子も警察に捜索願を出すほどには心配していないだろう。

 いやそれよりも。

 

「……三日」

 

 佐奈と留姫とその友人たちが同じ時期に姿を消した。

 それはつまり、何らかの繋がりが――

 

「……ないな」

 

 あるはずがない。

 佐奈の放浪癖は昔からのことだ。それに佐奈だってちゃんと帰ってきているのだ。だから何の関係もない。ただの偶然だ。

 話を聞くまでもない。それに第一聞こうと思えば、常に顔を会わせているのだからすぐに聞ける。だから焦ることがないと巧斗はそう思った。思い込んだ。

 ――言葉に表しにくいしこりを胸に残しつつ。

 

「ちょっとー? 降りてきたってことはごはん食べるのー?」

 

「あ、うん、食べる」

 

 

 

 




セイバーズを見だしたり。

兄貴かっこいい(

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ボーイズ・アンド・オーガ

 オーガモンとの出会いから一夜明けて――ついでに日も登って放課後。授業は全て終了し、巧斗、佐奈、凱の三人が当然のように集まって家に帰路に付こうとした。

 したがしかし、

 

「カイと少し寄るところがあるから、サナは先に帰ってくれ」

 

「そんな!? タクトはボクよりもカイをとるの!? だめだよ男同士なんて! 非生産的だ!」

 

「脳みそふやけてんのか」

 

「わははははははははははは!」

 

 佐奈は割かし本気で顔を青ざめ、巧斗は額に青筋を浮かべ、凱は大爆笑した。教室の中だったのでクラスメイトから白い眼で見られたが気にしない。いつものことだし。巧斗は知らないことが周囲から変人三達とかそんな微妙に捻ったかどうかの呼び方で呼ばれていたりするのだ。

 ちなみに佐奈と凱は当然のように知っていた。

 

「それで?  嫁さん放っておいて俺とどこ行こうっていうんだ? ……先に言っておくが俺はノンケだぞ」

 

「ぶん殴るぞテメェ」

 

「はいはい、冗談通じねぇなぁ。まじでどこに行くんだ?」

 

「……もう少し言ってからな、三十分以上は歩く」

 

「ちぇー、ボクは完全除け者かい? いいさ、今度の休みはタクトはボクと買い物だよ。拒否は認めないから」

 

 唇を尖らせながら佐奈は文句を言う。それに巧斗はため息を吐いて、

 

「解ったよ、だから当分勝手にどっか行くなよ」

 

「あはは! じゃあまた明日ぁー!」

 

 誤魔化された。あれでいいと思われているのは巧斗としても激しく心外だったが、約束しておけば彼女はそれを護ろうとするのは確実なので安心といえば安心する。

 突然いなくなっても、約束を守る少女なのだ。

 少なくとも巧斗と佐奈で交わされた約束が破られたことは一度もなかったりする。これから先もそうであればいいと巧斗は思っていた。

 走り去って行った佐奈が校庭の外まで出るのを教室で確認してから、巧斗たちも教室から出る。

 

「それで? まじでどこ行くんだよ」

 

「まずはバーガーショップだ」

 

「え? おごってくれんの?」

 

「そんなわけねぇだろ」

 

「たかりかよ。てめぇ友達に飯おごってもらうとか人間性疑うぜ」

 

「三秒前のセリフを思い出せ」

 

 学校を出て、緑地公園の方角へ。バーガーショップはすぐ近くにあるので道のり自体は変わらない。昨日と変わらない暑さ、じめじめとした湿気。それによって汗が鬱陶しい。すぐ近くのコンビニでアイスを買ってその場をしのぐ。

 

「なぁお前、デジモンとか好きだったけ」

 

 それは昨日、巧斗が佐奈にも聞いた質問だった。

 

「あぁ? まぁトラウマ持ちってほどでもねぇし、家に押入れ漁ればカードも出てくるだろうが……なんだよ突然」

 

「いや、トラウマがなきゃいいんだよ」

 

 なければいいとは言っても、あればあったで面白かったかなぁとか思う巧斗である。そして小一時間ほど歩き続け、

 

「千円分買うぞ」

 

「お前今自分がすごい奇行に走ってるって解ってる?」

 

 解ってるけど必要な事なので仕方ない。確か百円バーガーとは中学生が一人十個、合わせて二十個も買うというのは普通はないだろう。巧斗自身一度の十個食べろと言われたら拒絶するだろう。けれど食べるのは巧斗ではない。あのオーガモンだ。人間としては奇行でもデジモンだし問題ないだろう。

 つまり自分は悪くない。

 理論武装を完了させて、巧斗は凱の分も合わせてハンバーガーが二十個を注文した。

 

「……お前、これでつまんないことだったら全裸で縛ってサナと密室に放り込むぞ」

 

「安心しろ。普段、クールぶってるお前でもほわぁ!?とか寄声上げること間違いなしだ」

 

「ははは、そんなのあるわけねぇだろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほわぁ!?」

 

「ほわぁ!?」

 

 昨日と変わらない所にいたオーガモンを目撃して凱は寄声を上げた。ついでになぜかオーガモンも同じような声を。野郎が上げても見苦しいだけだった。

 

「え、なにこれ、本物かよ」

 

「本物だよ。マジもマジの大マジ。ハンバーガー与えたらすげぇ勢いで喰うぞ」

 

「ハンバーガーあるのか!?」

 

「お、おう」

 

「昨日の倍あるぞ」

 

「おっしゃー!」

 

 歓喜の声を上げて包み紙を剥く動作もそこそこにかぶりつき始める。損傷しているのが本当でそれの修復のためというのなら解らなくはないが、元々データの存在がタンパク質とか炭水化物とか取っても激しく疑問だ。疑問だがそれは昨夜考えても答えなどでなかったので置いておく。

 

「おいタクト、どういうことだよこりゃあ」

 

「どういうことというのは俺も聞きたいんだよなぁ」

 

 ハンバーガーに喰らいつき続けるオーガモンから視線を外しながら凱と額を突き合わせる。

 

「昨日変な声に誘われてここまで来たらいたんだよコレ」

 

「不思議ちゃんキャラかよ。サナもお前も脳みそどうなってんだ。電波移すなよ? 絶対だからな?」

 

「振りかそれは。電波受信なんかしてないし、受信していたらお前は手遅れだ。俺にはお前とサナくらいしか友達いねぇんだから」

 

「お前言いにくい自虐ネタあっさり言うのな、悲しくね?」

 

 全然悲しくない。

 しかし昨日から佐奈や凱に対して巧斗も言いにくいことをはっきりいう奴だと思っていたが、凱も巧斗に対して同じ

ことを思っていた。 

 基本的に似た者三人組なのだ。

 

「とにかく。昨日の夜こいつ遭遇してな。デジタルワールドとかいうにも帰れないらしいし、対応に困ってな。とりあえずハンバーガー与えてる」

 

「それなんも解決になってねぇよ。つか、そんなのなんで俺に言った。ルキさんとかに頼れよ」

 

「頼ったよ。真っ先に思いついたよ。でも三日前から失踪してるんだとよ」

 

「彼氏と駆け落ちか」

 

「知らん」

 

 巧斗としても凱を頼ったのは苦肉の策なのだ。第一候補の牧野留姫が駄目だった時点で候補が消えていた。両親は仕事や家事があるのでダメ。佐奈には関わらせたくない。それ以外に友人はいなくて、知人にはこんなこと見せたら色々問題だ。元々候補に入っていない。

 だからこそ第二候補にして最終候補である篠谷凱を選択せざるを得なかったのである。

 人が人ならばお涙頂戴ものの話であることに彼は気づいていない。

 

「だったら……どうするんだよ」

 

「だからそれを悩んでるんだ」

 

 頭を抱えながらオーガモンに視線を戻す。

 

「うめぇー! ハンバーガーやっぱまじうめぇー!」

 

 二十個あったのが半分にまで減っていた。

 

「……」

 

「……とりあえず餌与えとけばいいんじゃね」

 

「…………だめだろ」

 

 一瞬頷きそうになったが頑張って否定した。

 繰り返すがデジモンはかつてのデ・リーパー事件で大きな被害を出したのだ。なんとか解決したとはいえ日本中、あるいは世界が混乱に陥った。このオーガモンがそんな危ない存在だとは巧斗は到底思えないが、それにしたって何も知らない人々は違うだろう。黙っていればなまはげよりもおっかない風貌なのだ。コイツが外を出歩けばこの街一つは大混乱だし、ガチで軍隊とか出てもおかしくない。

 

「だからほら、なんかいい案だせよ。ホラ」

 

「お前も大概にいい性格してるよなぁ」

 

「褒めるな褒めるな」

 

「ほめてねー」

 

「おい、もうねぇのか」

 

「ねぇよ」

 

「ちぇー」

 

 ちぇーとかこの鬼が言っても威嚇しているようにしか見えないというかぶっちゃけ怖い。

 デジコアとかいうのが損傷しているらしいが、巧斗や凱から見ても外見上の怪我はない。本人は外装だけ修復してとか言っていたが今はどうなっているのか。

 

「全然だなぁ。腹は減ってこうして飯食ってて劣化するのがやっとって感じだしよぉ。なんか他のデジモンいたらロードしてぇけど……この身体だときついしなぁ」

 

「デジモンにもいろいろあるんだな」

 

「そこらへんは人間と変わらない、か」

 

 少なくともルキとその仲間たちは人間とデジモンという異なる種族で絆を生んでいたのだ。人間みたいに色々あるからこそそういうことができたのだろう。

 しかしとりあえず凱を連れてきたわけなのだが、変わらずに対応策がない。現状では言葉通りにこうやって餌を与え続けるしかないのだ。それはどうかと思うし、

 

「金が続かない……!」

 

「中学生に毎日千円消費とか何気に苦痛だよな」

 

 残念ながら巧斗も凱の家も不自由はしていないけど、特別裕福ではないのだ。精々が中の上かどうか。巧斗の家の実家は結構な名家なのに母親の性格であまり頼ることは少ない。アルバイトだって好き勝手にやることはできず、毎月の小遣いに家事の手伝いで手に入れる駄賃程度。

 ぶっちゃければ、

 

「もう十個とか無理だわ。持って来ても一個な」

 

「なん、だと……!?」

 

 微妙にオーガモンが小さくなった気がする。どんだけ好きなのだコイツは。怒るでもなくマジで落ち込んでいた。

 

「ま、まぁルキ姉……デジモンに詳しい人が来たらその人がどうにかしてくれると思うからさ。それまでなんとか歩けるくらいにはしとけよ」

 

「歩くくらいならなんとかなるけどよ……まぁ仕方ねぇ、のか」

 

「意外に聞き分けがいいなコイツ」

 

 全くだ。けれど困ることはないので、オーガモンに悪いが我慢してもらう。

 

「まぁ、なるべく毎日来るし、お菓子とかなら持ってくるから。大人しくしとけよ。人様に迷惑かけるな、掛けるなら俺にしろ」

 

「うわやだこの子男前。……なんでそれをサナに見せないんだか」

 

「だまれチンピラ」

 

「はいはい」

 

「わりぃなぁ、巧斗」

 

「ん?」

 

 ぽつりとオーガモンが言った。強面をわずかに申し訳なさそうな顔をしながら頬を掻いて、

 

「お前ら人間にもいろいろあるだろう? なのにいろいろしてもらってよぉ。記憶もなんにもねぇけど、それくらいの恩義はあるから、俺にできることあったら何でも言ってくれ」

 

「……お前」

 

 この緑の鬼はまじめにそんなことを言っていた。

 なんとなく――留姫がデジモンのことを愛していたのを納得する。彼女ほどの気持ちは解らないがその断片程度には。

 とにかく純粋なのだ。少なくともこのオーガモンは。

 記憶がどうあれ、悪い奴ではないのだろう。

 

「いいって、乗りかかった船だよ。気にするんだったら早く体治して記憶取り戻せよ。それが一番だ」

 

「ついでのこの友達いないやつの友達にもなってくれ」

 

「余計なお世話だ」

 

 茶々を入れる凱を小突いて、

 

「じゃあ、また明日なオーガモン」

 

「んじゃ、そういうことで、俺も偶には来るぜ」

 

「おう、待ってるぜ。タクト、カイ」

 

 

 




副題にデジモンテイマーズ02を混ぜるか否か。

セイバーズ見終わりました。
デジソウルとか出そうか悩む

兄貴なら次元の壁とかぶちやぶってテイマーズ時空にも表れそうということに気付いた(白目

感想おねがいします


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テイキング・ホリデイ

 

 

「さぁて、デートの時間だよ!」

 

「それで何買うんだよ今日は」

 

「あれ、スルー? つまりデートって認めてくれてるの?」

 

買い物(・・・)に来たんだろうが。デートなんぞ浮ついた単語を使うな」

 

「なにその古風な感性……」

 

 日曜日だ。先日学校で半強制的に約束された佐奈との買い物に拓斗は来ていた。新宿だ。数年前は戦場になっていたが既に復興は完了し、かつてと同じような賑わいを取り戻している。家族連れやカップルたちが多い。自分たちもそう見られているのかなとか思いつつ、拓斗は足を進めていた。

 

「んー最初はどこ行こうかなぁ。服か、あと水着とかもいるかな。昼ごはんも食べなきゃだし、夕ごはんはどうしよっかな」

 

「戯け、夕方には帰るぞ」

 

「えー」

 

 自分たちは中学生なのだ。基本的に夕飯時刻にまでは帰った方がいいだろう。自分でも些か固いとは思いつつ、相手は放浪癖のある佐奈だ。先週帰って来たばかりなのに、夜の闇でまた姿を消されても困る。

 

「じゃあ適当に服と水着かなぁ。タクト、ちゃんと君が選んでね?」

 

「はいはい」

 

「お代はタクトで」

 

「……物によるぞ」

 

 ただでさえ最近はオーガモンのせいで出費激しい。彼と遭遇してから一週間近くたったわけだが、これまでと変わらずあの森の中に滞在したままだ。本人曰く、普通に動く程度ならばなんとか可能になったらしいが、激しい動きは無理らしい。拓斗も甲斐甲斐しく食料を届けた成果だろう。そのせいで今の拓斗はかなりの金欠だ。一応へそくり――つまりはお年玉の残り――持ってきたが足りるか心配だ。

 拓斗は知っている。

 女というのは買い物に恐ろしく情熱を掛けるものだと。

 元ヤンの母親は言うまでもなく、モデルの叔母、目の前の佐奈もそれは変わらない。従姉は覗く。幼い頃からつき合わされて疲労を極めた回数は少なくない。ちなみに拓斗流の対処術はなるべく逆らわずに時間が過ぎるのを待つことであった。

 

「ようし、まずは服だね」

 

「はいはい」

 

 こちらの手を取って率先して進むが、普段佐奈は何時も同じような恰好をしている。ホットパンツとタンクトップにフード付きパーカー。フードにファーが付いたり、色が変わったりするが基本的に一緒だ。靴はその日の気分で変わるが今日は編み上げのブーツ。

 ボーイッシュな佐奈らしいといえばらしいのだけど。

 

「たまにはタクトの服も買わないとねぇ、いっつも同じ恰好してるしさ」

 

「……」

 

 お前に言われたくないと思いつつ、その通りだったので返す言葉がない。

 凱などは色々バリエーション豊富でアクセサリー持ちではあるが、拓斗はかなり無頓着だ。叔母たちが選んでくれたものを着るのが多いので、野暮ったいというわけではないが。アクセサリー類も持っていない。地味系男子である。というか目つきが悪いのでそういうを付ける一発で不良と視られるのだ。我ながら洒落っ気など欠片もないがそれが自分というキャラなのでいいだろう。

 なので、

 

「俺は別にいい」

 

「えー、せめてなんかアクセでも買おうよ。うんうん、そうしよう。時間は限られてるんだから、指輪か腕輪か、ネックレスかなぁ。なるべく目立つやつがいいよね、解りやすいやつ」

 

 うんうんと水色の髪を揺らしながら佐奈は一人で歩き出していた。

 

「……参ったな」

 

 ああやって自己完結した佐奈を止めるのは無理だ。長い付き合いの拓斗は知っている。あの手この手で自分の包囲網を抜け出して目的を達成するのだ。

 つまり、

 

「……なるべく大人しいのしなければなぁ」

 

 呟きつつも佐奈の後を追った。

 

 

 

 

 

 

「ぬあー」

 

 オーガモンは暇を持て余していた。リアルワールドにリアライズしてから同じ場所にい続けているのでずっと暇なのだが、特に今日は拓斗が来ない。幼馴染とかいうのとデートらしい。デートがなんなのかはオーガモンは知らない。

 

「ハンバーガー喰いてぇ」

 

 想うのはこれだ。リアライズしてからしか記憶持たないオーガモンにとって今重要なのは友達である拓斗と凱、それにハンバーガーくらいしかない。食べたいが、それを買うには金がいるらしいし、デジモンであるオーガモンでは買いに行けない。森から出るのは拓斗から止められている。勝手に行った場合、断ハンバーガーが拓斗から言われているのでオーガモンは動けない。

 未だ全身の修復が終わっていないのだからどうせ動きたくても動けないのだが。

 

「……ん?」

 

 ふとオーガモンは空を見上げた。木々で視界は遮られて、見通しはいいとは言えないが、彼は何を感じていた。

 しばらくそのまま固まって、

 

「……!」

 

 目を見開いた。 

 そして――深緑の鬼は立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

「決まらいなぁ……」

 

 日が少しずつ落ちていく。夏だから完全な日没まで時間はあるが既に六時くらい。そろそろ家に帰りたいと思うのだが、目の前でフラフラと頭を捻る佐奈は止まる気配はない。昼前から新宿各所を回っているというのに佐奈による拓斗の装飾品探しは一向に終わらなかった。

 流石というかそういう類のものを探すのには事欠かない街ではあるが、そのせいで選択肢が多すぎて困る。

 佐奈のセンスもどうかと思うが。

 

「やっぱあの髑髏のフルフェイスが……」

 

「絶対嫌だ」

 

 悪趣味にもほどがあるだろう。他にもやたらキラキラした腕輪とか日曜朝ヒーローよろしくの変身ベルト的なのとか、トゲトゲのチョーカーとか。もうちょっと考えてほしい。

 

「やれやれ、タクトの我が儘にも困ったものだよ――アイタタタッ!? ちょ、痛いよタクト! 頭割れる、割れるから!」

 

「我が儘はお前だよ……!」

 

 拓斗渾身のアイアンクローである。

 

「……ったく、俺が付けるものとかいいんだよ。結局お前も何も買ってねぇし」

 

「何言ってるんだいタクト。だからこそ、何か成果がないと帰るに帰れないじゃないか。一日掛けて歩き続けて終わりとかいやだよボクは」

 

「はいはい。けど次で最後だ。もうそろそろ帰るぞ」

 

「まったく頭が固いねぇ……」

 

「うっせ」

 

 言い合い、変える方向へ足を向けつつ探索を進める。だがそれで簡単に見つかるのならばこうして一日彷徨ったりはしない。道なりにある大体のショップは回った。そうすると路地裏の目立たない店に行かなければならなくなるわけだが、中学生二人が顔を出せるわけがない。

 つまり選択肢はない。

 

「よし帰ろう」

 

「タクトォォッッーー!」

 

「ぐはぁ!?」

 

 脇腹に抱き付き気味に強烈なタックルを喰らった。

 

「まったく君は! 女の子がプレゼントをするって言ってるのにその態度はなんだい? もうちょっと喜ぶなり、嬉しがるなり、僕を抱きしめるなり愛をささやくなりキスするなりしたりどうだい!? 聞いてる!?」

 

「ぐ、ぁ……ちょ……痛……!」

 

 至近距離で色々叫んでいたが全く聞いていなかった。痛みでそれどころではない。いくら女子とはいえ全力で脇腹にタックル喰らえばそれは痛い。あまりの痛みに悶絶するレベル。

 痛みに絶句する少年とそれに構わず説教始める少女。

 それはもう、目立つ。

 たっぷり三分もそんな光景が繰り広げられていた。

 そしてようやく復活して、

 

「――あ?」

 

 視界の端の路地裏に緑色の影が過った。

 

 

 

 

 




なかなか難しいなぁとか思いつつ。

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ザ・シンボル

 

「……っ全く、何故俺がこんなことを……っ」

 

 汗を流し、息を切らせながらも拓斗は蒸し暑い路地裏を走り抜けていく。もうほぼ日は落ちているとはいえ夏の暑さは変わらない。寧ろ湿度が高いせいで汗が滲んで不愉快極まりない。

 佐奈との買い物中に見かけた緑色の影。あれはどう考えてもオーガモンだった。あの見た目だけでも子供が泣く外見に加え、デジモンだ。場合によっては大事件になりかねない。だからこそ佐奈を振り払って、彼を追いかけているのだが、

 

「見つから、ないッ……」

 

 もう既に三十分近く走っているにも関わらず一向にオーガモンは見つからなかった。実際、一瞬見かけた緑の背中の方向へと走っているのだから、全然見当違いの方へと向かっている可能性がないわけでもないのだ。呼吸が乱れるのは止まらず、脚もまた止められない。運動が苦手というわけでもないが、得意でもないのだ。昔サッカーに興味があってやろうとしたが友達がいなくて速攻で止め、今では観戦するくらい。その他のスポーツもやっていないのだからあまり長時間の運動は中々の負担だった。

 

「っ、はっ、ふっ……」

 

 勿論それで足を止めることはできないが。

 そして、それからどのくらい経ったのか。恐らく、愚痴を零してからそれほど経っていなかったはずだが、いつの間にか日は落ち切っていた。場所も随分と変な所に来たようで、見覚えのなく、人気の薄い廃工場らしき場所だ。やたら荒廃しているように見えるのはかつてのデ・リーパー事件の被害が直されるままに残っているのだろう。あまり珍しくない場所だが、

 

「……霧?」

 

 視界の全面を覆う白い靄。霧だよな、と拓斗は思う。彼がこれまで見てきた霧としては異常なまでに濃いが霧には変わりないだろう。

  

「まさか、この中ってことはないだろうな」

 

 正直こんな怪しさ満点の場所に突っ込むのは御免蒙る。御免蒙るが、しかし、

 

「あいつも怪しさ満点だからなぁ……仕方なし、か」

 

 どちらにしろ足を止めている暇はない。早急にオーガモンを見つけなければ面倒なことになる。

 そう思い、足を一歩踏み出し、

 

「待ちなよ」

 

 背後から声が掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り返った先にいたのは幾らか年上であろう少年だった。多分、高校生くらいだろう。顔つきや表情は暗くて見えないし、体系に関しても全身を覆うような大きなローブのようなもののせいで判断つかなかった。コスプレか何かだろうか。秋葉ではよく見かけるよいうか、見かけない日はないのだが、こんな人気のない場所では流石に驚く。何のコスプレか解らない。

 そして、拓斗の目を引いたのは。

 暗闇の中で微かな月の光を反射する首に掛けられたゴーグルだった。

 

「そこから先に進むのはお勧めしないよ」

 

「……誰だ」

 

 不躾な言葉に思わず口調が荒くなる。年功序列を意外に重用する拓斗だがいきなり変なことを言う相手に対しては必要ない。

 しかし、少年は拓斗の問いかけには答えず、

 

「そこから先に進むのは、よく解らないメールに自覚抜きにYesって答えること……それよりもよっぽど性質が悪い。君もこの先に何が待っているのか勘付いてるだろう? それは間違っていない、だからこそ、君は進まない方がいい。だから、ホラ、家に帰って御飯でも……」

 

「手前勝手なことを囀るなよ、曲者が」

 

「く、くせものっ?」

 

 拓斗の言葉に訥々と語っていた少年が驚き、雰囲気を崩すが、構わずに言葉を放つ。

 

「貴様が何を知っているかは知らんが、見ず知らずの勝手なことを聞くと思ったのか? そも、そんな暗い影にいないでもっとこっち来て顔を見せろよ」

 

「……あぁ、うん。なるほど気の強い所はそっくりだなぁ」

 

「聞いているのか」

 

 強めの言葉を放ったのに何故か苦笑されたから微妙に腹立たしかった。

 一体なにが面白いというのか。呟きも小さくて聞こえなかったし。結局その少年は立ち位置を変えないままだ。

 

「じゃあ聞こう。なんで行くんだい? この先はどう見ても怪しいし、実際危険がある」

 

「危険がある、だからはいそうですかと引き下がれるか。生憎友達が一人この先にいるようだからな、危険があるのならば猶更進み、首根っこひっつかんで連れ戻す必要がある」

 

「君にその危険は降りかかるよ?」

 

「構うものかよ」

 

 少なくとも。

 拓斗は嘘をついていない。拓斗が想像、想定しうるあらゆる危険があったとしても、彼はそれに対して立ち向かい、オーガモンを連れ戻すつもりでいた。

 

「……そうかい。言って聞く様な性質じゃなかったか。余計なお世話だった……というよりも、単純に無粋だったらしいね。行きなよ」

 

「言われなくとも」

 

 そのまま背を向けようとした。したが、

 

「これ、持っていきなよ」

 

 少年から何かを投げ、反射的にそれを掴んだ。

 何か――ではなく、ゴーグルだった。今しがた、少年が嵌めていたものだった。

 

「……どういうつもりだ」

 

「餞別、かな。その中視界が悪いからね、サングラスとかゴーグル付けてた方がおススメだよ。……それにまぁ、今の僕にそれは相応しくないしね」

 

「……何時返せばいい」

 

「いつでも。いつかまた会った時に、君と僕、そのゴーグルに相応しい方が持てばいい」

 

「ゴーグルがそんな重要なアイテムだとは……」

 

「そういうジンクスがあるんだよ。ほら、僕からはもう終わりさ。邪魔して悪かったね」

 

 いきなり足をとめさせたと思ったら、進むように促すこれは何なのだろう。正直腹が立たないでもなかったが、見ず知らずの変なコスプレイヤーよりもオーガモンの方が重要だ。だから今度こそ少年に背を向け、走り出していた。無論、受け取ったゴーグルを装着して。

 

「礼は言っておく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 霧の中に消えていった牧野拓斗の背中を松田啓人は無言で見送った。やがて拓斗が完全に霧の中に消えた後、背後から新たな影が現れる。

 

「タカト、本当によかったの?」

 

 それは人ではない。もしもそこに誰か一般人がいたのならば悲鳴か歓声を上げていただろう。真っ赤な恐竜。全長は啓人とそれほど変わらないほど。悲鳴を上げるのならば見た通りの外見に。歓声を上げるのならばそれぞれの記憶に。

 ギルモン。

 かつてデ・リーパー事件を戦い抜いたデジモンの一体であり、松田啓人もまたそのテイマーだ。

 

「いいんだよ、ギルモン。あの二人にはもう絆がある。デジヴァイスもすぐに手に入れるだろうしね。今更割ってはいるのは無粋だよ」

 

「違う、そうじゃないタカト。あのオーガモンは」

 

「それも、解ってる。解ってるさギルモン。解ってるからこそだよ。ま、僕も止めるつもりだったけれど、実際に会う考えが変わった。ルキをさらに頭固くしたような子だったじゃないか、止めるのならば、二人が出会う前に止めるべきだったんだ」

 

「……タカトがいいなら、ギルモンはそれでいい」

 

「ありがとう。僕らも行こうか、どうなるにしろ見届ける必要はあるからね」

 

「うん」

 

 そうして一人と一体はその場から去る。

 一歩、二歩と共に足を揃え、進み――三歩目には一人分の甲冑の音を鳴らしながら。

 

 その背には、薄暗い蒼(・・・・)のマントを棚引かせて。

 

 

 

 

 




気が向いたのでお久しぶりです。


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ファースト・エヴォリューション

デジモン恒例の進化BGMは当分モーツァルトのレクイエムで。


 

 ――霧が晴れた先には牧野拓斗が予想もしていなかった世界が広がっていた。

 

「……なん、だこれは」

 

 目を覆っていたゴーグルを額に押し上げながら、無意識に言葉を零す。動悸は気づかぬうちに加速し、全身から滲む汗もまた増えていき、そしてそのことに気付く余裕すらもない。年不相応に落ち着いている拓斗でさえもその光景を前にして平静を装うことはできなかったのだ。

 そこは戦場、或は地獄だった。

 拓斗が知っている言葉では、そう表現するのが精一杯。廃工場、だったのだろう。少なくとも此処に至るまで、霧のせいで視界は悪かったがそういう雰囲気だった。けれど今は違う。決定的に違っている。目茶苦茶なのだ。建造物や地面、霧が晴れた空間全域に至るまで全てが亀裂が入ったり、何か鋭い物で斬り裂かれたようになっている。デ・リーパー事件の痕などではない。明らかについ最近、それどころか今さっきできたような生の破壊痕。

 それらの情報は拓斗の思考を止めるには十分だった。

 

「っ……」

 

 喉が引きつり、忘我から抜け出す。そして気づく、亀裂や大穴が開いた地面、この謎の空間の中心部に緑の鬼が倒れているのを。

 

「オーガモンッ!」

 

 動かないオーガモンへと駆け寄る。うつ伏せに倒れ伏す姿は傷だらけだ。始めて会った時に比べればまだましだが、それでも緑の肌に赤い血で染められている。巨体を抱え、仰向けにすれば、意識は胡乱ながらも残っていた。

 

「……タク、ト……? なんで、おめぇが」

 

「それはこっちの台詞だ、一体ここで何が――」

 

「あぶねぇッ!」

 

 問いかける前に胸を突き飛ばされた。

 

「ガッ!?」

 

 小さくない痛みと共に肺から空気が押し出されながら身体が飛ぶ。流石はデジモンというべき膂力で、あの体勢、あの消耗からでも数メートルは飛んでいた。

 そしてそれが、拓斗の命を救ったのである。

 

「――!?」

 

 オーガモンの押しのけで吹き飛んだ拓斗の身体。そして彼がそれまでいた場所に大きな塊が落ちてきたのだ。

 ただの塊ではなかった。

 

「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

「――クワガタの、化物……?」

 

 地面を転がり、土埃塗れになった拓斗が見たのは巨大なクワガタのような化物だったのだ。そこら辺の工場と変わらない巨大な体高。鈍い灰色のボディ、鋭利な顎牙。それらを支える四本足。

 クワガタの化物。

 まさしくそう形容すべき怪獣。

 けれど拓斗は従姉の影響故に、その化物の名を知っていた。

 

「……オオ、クワモン」

 

 オオクワモン完全体ウィルス種昆虫型デジモン。牧野留姫からかつて叩き込まれた経験からその知識を浮かび上がらせていた。

 

「っ、ぁ……」

 

 知識は確かに持っている。けれど今、そんなものに何の意味もなかった。

 完全体。

 デジモンの状態としては基本的に六段階ある中でも上から二つ目。デジモンとしての戦闘力は高く、その中でもオオクワモンの闘争本能は極めて高い部類。拓斗は知らないが、かつて東京に現れた完全体デジモンの何体は街に大きな被害を与え、中には壊滅にまで追い込んだ者もいた。そんな化物が、目の前にいるのだ。

 ただの中学生一人にどうにかできるものではない。

 

「逃げろ、タクトッ!」

 

「!」

 

 呆然自失となった拓斗をまたもや救ったのはオーガモンの声だった。

 オオクワモンの足元、今の着地の衝撃でさらに満身創痍になりながらも必死の形相で拓斗の身を案じていた。

 

「づっ……」

 

 耳が痛いほどに動悸は鳴り響く、息を呑む音さえもがうるさい。恐怖と緊張が鉛のように全身を支配している。本音を言えば今すぐにでも逃げ出したかったし、逃げ出すべきだった。警察なり何なりに通報するのが最善の選択だった。

 だが、それでも。

 

「……ざけん、な」

 

 それができるほど牧野拓斗は利口ではない。

 

「ダチ見捨て自分だけ安全なとこ行けるかよーッ!」

 

 傷そのものは大したことない。そのあたりに転がっていた石ころを拾い上げ、オオクワモンへと投げつける。

 

「キシャァ?」

 

 そこで始めてオオクワモンは拓斗の存在に気づいたように視線を向けた。

 睨まれただけでも足がすくみそうになるのを、気合いでねじ伏せつつ、

 

「こっちだ害虫!」

 

  叫び、意識を引く。大きく迂回するようにオオクワモンの周囲を走りだした。

 

「馬鹿野郎、なにやってんだ!」

 

「うるせぇお前もさっさと逃げろ死にかけが! 大体こんなところで何してたんだよ!」

 

「デジモンの気配が会ったからやべぇと思って来たんだよ!」

 

「俺に話してからにしろ!」

 

「凱がお前はヨメとかいうのとデートだから邪魔するなよとか言われてたんだよぉ!」

 

「凱ィー!」

 

「キシャアアアアアアアアアア!!」

 

「うおおおおおおおおおおお!?」

 

「ぬおおおおおおおおおおお!?」

 

 コントをしている場合ではなかった。

 煩わしいと言わんばかりに全身を震わせるオオクワモンに思い切り吹き飛ばされる。翅の羽ばたきも含めたスピンアタック。いや、攻撃ではなく纏わりつくゴミを払った程度の動きでしかなかったのだろう。しかし、それだけでも拓斗やオーガモンを吹き飛ばすのには十分過ぎる。

 

「ガッ! ゴホッ、ゴホッ……ぁあ、クソっ」

 

 激突した工場の壁はコンクリートではなく、プレパブの類だったらしく壁を突き破り廃工場の中に転がり込む。舌に鉄の味が広がっているのは、口の中を切ったらしい。吐き捨て、拭いながら立ち上がる。身体そのものへのダメージは薄かったのが幸いだ。。外の光景は舞い上がった土煙で何も見えない。 

 ふらつきながらも外に出ようとして、

 

「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

「――ぁ」

 

 土煙から突っ込んできたオオクワモン、それが振り回した牙が拓斗の身体を掠めた。

 

「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッーーーーーーー!!」

 

 

 直撃ではなく掠めただけ。

 それでも、再び拓斗の身体を吹き飛ばし、致命傷を与えるだけには過剰過ぎる。

 掠めたオオクワモンの牙はあまりにも呆気なく拓斗の腹部の肉を切り裂き、内臓にまで尋常ではないダメージを与え、塵のように吹き飛ばした。

 

「ぁ……が、ぎぃ……」

 

 地面に転がり、漏れるのは声にならない血混じりのうめき声だけ。口の中を切ったどころではない。全身が血に染まり、痛覚すら振り切った激痛が全身を蝕んでいる。視界が赤熱してよく解らないが、内臓もはみ出しているに違いない。

 

「タク、ト……」

 

 擦り切れた聴覚に届いたのは同じように傷ついたオーガモンだった。先ほどの回転の時点で、いやそもそもが歩くのがやっとの重体の身だったのだ。完全体と僅かでも対峙したというだけでも僥倖だ。テスクチャは崩壊しかけ、サインフレームやデジコアにすらも尋常ではないダメージを受けている。

 最早本能で理解してしまう。

 もう、死が間近であることを。

 

「……う、ぁ……」

 

 覚悟がなかったわけではない。

 寧ろ年不相応なまでに彼は危険に対しての覚悟を持っていた。

 足りなかったのは見通しだ。

 謎の空間の先に完全体デジモンという死の具現がそこにいるということを予想できなかった。

 そんなことできるわけがない――それは言い訳だと拓斗は思う。

 かつてのデ・リーパー事件、それを乗り越えた留姫たちの失踪、そしてオーガモンとの出会い。

 今何か異常事態があればデジモンに関連あると考えて然るべきだった。

 何もかも、牧野拓斗が甘かったというだけ。死に体であるオーガモンが異変に走ったというにも、 何一つ生かすことはできなかった。

 その不手際の付けが今、死という形で迫っていた。

 

「――いや、だ」

 

 声にならない声が発したのは、そんな拒絶の声だった。

 込められたのはオオクワモン、この理不尽な状況に対する怒り。

 無様にも容易く殺されかけた己への不甲斐なさ。

 そして何より、死への恐怖。

 

「死に、たくないッ」

 

 牧野拓斗は所詮中学生の子供でしかない。死を前にして恐怖するなと誰が言えるというのか。

 脳裏に過るのは、これまで関わってきた人たち。

 

「父さん、母さん、叔母さん、ルキ姉……凱」

 

 他にも他にも、色々な人達。碌に友達のいない拓斗であっても沢山の人との絆を得ることができた。なのに、それをこんな所で、

 

「終わり、たくない……」

 

 終りたくない。

 死にたくない。

 こんな様で自分の生が消されてしまうなんて納得いかない。

 絶死の領域故に今の拓斗を占める想いを限りなく純粋で極まっている。

 

「……ッ」

 

 口から血の塊が吐き出され――場にそぐわぬ電子メロディが響いた。 

 

「……ぅぁ?」

 

 視線の先にあったのは拓斗自身の携帯だった。いつの間に吹き飛んでいたのか、ポケットに入っていたはずのスマートフォンが奇跡的に無事だったらしく、飛び出ていた。響いた電子音には聞き覚えがあった。幼馴染の少女が勝手に着信音を決めて、勝手に外さないようにした少し前に流行ったポップソングだ。

 

「……ぁ」

 

 聞こえてきたそれに、身体が動く。血を流しながら、這いつくばり、スマートフォンへと手を伸ばす。視界はもう碌に聞かないが、聞きなれたその音楽だけは理解できた。

 

「ぁ……な」

 

 芋虫のように無様に這いながら、鳴りやまぬ携帯へと手を伸ばす。あの少女は、きっと拓斗が姿を消してからずっと探していたのだろう。

 

「さ……な……」

 

「タク、トッ」

 

 死に体の身体で、それでも生を渇望するその姿を、オーガモンも見ていた。それには彼も既視感を覚えずにはいられない。なぜならばその姿は、オーガモンの記憶にある限りの自分と同じだったのだから。

 

「さな……ッ」

 

「あぁ、そうだ……」

 

 そう。

 終れないのはオーガモンもまた同じだ。

 

「終れる、かよ……ッ」

 

 ■■■■■■■■■を殺し尽くすまで己は終わらない。終われないのだ。そのデジコアに染みついた怨念と憎悪が終わらせはしない。

 故に、この場でどうすれば生き残れるのか。

 オーガモンはその答えを知っていて、無意識にそれを果たすために、彼もまた拓斗のスマートフォンへと手を伸ばしていた。

 

「佐奈……」

 

「まだだ……」

 

「死にたくない……」

 

「まだ、足りない……」

 

「帰りたい……」

 

「倒すんだ……」

 

『――こんな所で、終われねぇッ!』

 

 そして。

 重なり合った想いと共に、牧野拓斗とオーガモンの手もまた重なる。

 手の下で、スマートフォンは形を変え。

 液晶画面には青く染まり――

 

 

 

 

 

 

 

『MATRIX EVOLUTION』

 

 

 

 

 

 

 

 デジタルゾーンをぶち抜いて、秋葉原の街にどす黒い緑の光の柱が起立した。それは誰もが目撃したが、その意味を理解できたのは片手の指でも足りたであろう。

 そしてそれを正面で目撃したオオクワモンはよく解っていなかった。

 しかし現実として、死にぞこないだったはずの人間一人とデジモン一体。

 それが消えていた。

 代わりにいたのは、

 

「――」

 

 緑の鬼。

 発達した筋肉で体を包み、無骨な手甲や脚甲を装着していた。身長二メートルほどだが、それでもまだオオクワモンからすれば小さい。

 その鬼は不気味なくらいに静かに佇んでいた。

 

「キシャァッ」

  

 不審がるようにオオクワモンが威嚇するがそれすらも反応がない。

 ないように、見えた。

 

「――!」

 

 ギロリと、その血走った深紅の目が見開かれる。

 その眼光に思わずオオクワモンは四足を後ずさり、そのことに少なからず動揺する。オオクワモンはデジモンの中でも極めて凶暴な性質を持っている。例え相手が格上であろうとも、問答無用で襲い掛かるくらいには気性が激しい。

 そのオオクワモンがただ睨まれただけで気圧されるという事実は本来ならば在りえないことだった。

 

「キシャアアアアアアアアアア!!」

 

 故にそれを誤魔化すようにオオクワモンは鬼へと腕を叩き込んだ。それだけで車一つは粉々にするであろうだけの威力があった。

 にも関わらず、

 

「……」

 

「キシャア!?」 

 

 緑の鬼は右腕一つでその一撃を受け止めていた。

 否、受け止めるだけではなく、

 

「フン!」

 

 その腕を引き込み、その固く握りしめられた拳をオオクワモンの腹部へと叩き込んでいた。

 

「シャアアアアアア!?」

 

 めり込んだその一撃は灰色の甲殻を砕き、緑色の体液をまき散らす。

 そしてそれで終わらない。右の拳を引き抜き、また同じように左拳をぶち込んでオオクワモンを吹き飛ばした。

 

「グゥ……」

 

 血走った瞳のままに鬼は息を漏らす。そのまま無言でオオクワモンへと足を進めていた。当然オオクワモンもまた転がっているだけではない。その翅を広げ、高く飛び上がり、その顎の牙に光を灯す。

 

「シャアアアアアアアアアッッッ!!」

 

 『シザーアームズΩ』。

 その必殺の牙にてダイヤモンドすら紙のように容易く斬り裂く必殺技。事実リアルワールドに来るまでデジタルワールドで多くのデジモンをロードしてきた。それをさらに、デジタルゾーン内の高さギリギリまで舞い上がり叩き込む。先ほどの腕の一撃や、オーガモンや拓斗に放ったものとは比べ物にならず、何倍、何十倍もの威力を内包していた。

 それでも――、

 

「グオ……!」

 

 深緑の鬼は揺らがない。

 それどころか、輝く牙を両手で完全に受け止めいてた。手の平からは微かに血が滲み、受け止めた衝撃で足元の大地には亀裂が入っている。

 それでもそれだけ。

 完全体デジモンの渾身の一撃をたったそれだけのダメージで済ませ、さらに、

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 絶叫と共にその顎の牙を引き裂いた。牙から頭部の甲殻まで完全に裂かれ、しかしそれでも鬼は止まらない。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 雄叫びと共に拳を何度も叩き込む。 

 十回や二十回では済まされない。オオクワモンが既に絶命し、そのテスクチャが分解され始めているにも関わらず、執拗に両拳を振りおろす。

 まるで決して許せない仇のように。

 正気を失った狂人のように。

 それがなんであるか、この場にいる誰も知らない。

 幾万の不遇。

 幾千の無為。

 幾万の死者。

 幾千の愛憎。

 百の戦場。

 十の覇者。

 百の懺悔。

 十の諧謔。

 幾万の呪怨が。

 幾千の呪言が。

 幾百の夢想が。

 幾十の幻想が。

 唯一の理想が。

 鬼修羅を創造する。

 それはそうして生まれてきたものだ。

 ただひたすらに憎悪と執念と狂気だけがその鬼修羅を創り出している。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーッッッ!!!!」

 

 原型すら失ったオオクワモンは為す術もなくデータへと帰り、鬼修羅へとロードされる。

 

 それが深緑の鬼修羅――タイタモンと牧野拓斗の歩むの修羅道始まりだった。

 

  

 

 




途中の死の元ネタが解る人はいるのかな。


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シンキング・アトモスフィア

 

 それは血と屍で作られ、憎しみと悲しみが込められた道だった。

 幾万の不遇。

 幾千の無為。

 幾万の死者。

 幾千の愛憎。

 百の戦場。

 十の覇者。

 百の懺悔。

 十の諧謔。

 幾万の呪怨が。

 幾千の呪言が。

 幾百の夢想が。

 幾十の幻想が。

 唯一の理想が。

 それは0と1で形成されたデータだから生易しいというわけではない。寧ろ、データという純粋な情報の塊であるからこそより凄惨で、より悲惨だった。そこに生産性など欠片もない。絶望的なまでに破滅にしか至らない。屍山血河、屍人でできた道のり。

 一歩踏み出せば抜かるんだ血が。

 もう一歩進めば屍の骸が。

 さらに行けば誰かの得物の残骸が。

 進めば進むほど、行けば行くほど。足に何かが絡みついて歩みを重くしていく。

 けれど止まることはできない。例えどれだけ纏わりつくものが重くても、そこに込められた怨念と絶望が止めることを許さない。

 そう、もう止まることはできないのだ。

 一度足を踏み出し、その屍たちが遺したものを背負ってしまったが故、止まるという選択肢はない。許されているのは、力の限り進むこと。そして力尽きた時に、自身もまた死者の軍勢に加わるというだけ。

 終わりなど見えない。

 あるのやもしれない。

 意味があるのかも解らない。

 けれど進むしかない。

 もう、己だけの身体ではないのだから。

 その背に、魂に、幾千幾万の怨念が染みついているのだから。

 

 故にそれこそが――鬼修羅である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ッッ!」

 痛みすら伴う意識の覚醒だった。

 早鐘のように鼓動を刻む心臓、頭からバケツの水でも被ったように汗で濡れた身体。鼓動と汗、痛みと不快感、そして唐突な目覚めが牧野拓斗の五感を支配していた。自分が今どこでなにをしているのかすらも解らず、新鮮な酸素を求める体の本能に従いただ荒い呼吸を繰り返していた。

 呼吸を整えるのにたっぷり数分は要し、そこでようやく周囲に目を向ける余裕ができた。

 

「……俺の、部屋……?」

 

 未だ焦点がはっきりしない視界で移るのは見慣れた自室だ。かなり薄暗いが、もうずっと使っている部屋なのだ。解らないわけがない。

 時計を見れば午後十時を少し過ぎたくらい。

 こんな変な時間に何故目が覚めたのかを考え、記憶を探り、

 

「……!」

 

 鬼修羅としての記憶が回帰した。

 

「ぁぐぁ……っ、ぅぃ……!」

 

 嗚咽と共に喉の奥からこみ上げるものがあり、倒れ込むように這いつくばりながらベッドの脇にあるゴミ箱の下へ。

 

「おぇーーっ! 」

 

 胃の中の中身全てをぶちまける。

 吸えた匂いや鼻の奥でツンとした痛みが広がるが、それにも構わず吐き続ける。胃が空っぽになった後からも胃液すら吐きだしていく。

 

「ハッー、グ、っハー、ハーッ……」

 

 ようやく吐瀉物が収まってから分泌された唾液で口の中を可能な限り洗いつつ、ティッシュで汚れた口元を拭う。盛大に吐いたせいで体力を使い、また荒くなった息を整えるのに苦労し、

 

「……ぁ?」

 

 扉にもたれたオーガモンに気付く。静かに眠っているようで、動かないままだ。

 その姿を見て思うことは一つ。

 

「……なんで、ここにいるんだ?」

 

 記憶は最悪なことに鮮明だ。

 拓斗とオーガモン。人間とデジモンという異なる種族二人が合体し、鬼修羅へと変貌していた。ハッキリと覚えている。デジモンとなってオオクワモンを蹂躙したことも、その直前死に至るはずの傷を負っていたことも。

 あの時の吐き気や痛みだって残っていて、それを思い出しかけまた吐きそうになる。

 深呼吸を繰り返し、頭の中を落ち着かせた。無論あの時の記憶がそんな簡単に鎮静化するはずもなく、十分以上それだけを行っても結局精神が均衡を保てるはずもなかった。

 

「あぁくそ……おい起きろオーガモン」

 

「――」

 

「オーガモン!」

 

「っ、ぐ……ん、お……? タク、トか?」

 

 オーガモンは頭を何度か揺らしたが、確かに意識を取り戻した。

 

「俺は……ここは……」

 

「俺の部屋だ」

 

「タクトの部屋……なんでこんなところに」

 

「俺も知らん」

 

 疑問はそこだ。

 拓斗とオーガモンは融合し鬼修羅となった時の記憶ははっきりと覚えている。だが同時にオオクワモンを斃した後から先は全くない。壊れた映像記録のようにぷっつりと切れている。そして次の記憶は、今こうしてこの部屋で目覚めた所だった。

 まさか自分で、あの姿のままに帰って来たわけがあるまい。

 

「……解せぬ。これに関してはいくら考えても解さんか」

 

 ならば、考えるべきことは、

 

「……俺とお前、合体? 融合? 進化したよな」

 

「……あぁ」

 

 マトリックスエヴォリューション。確か、あの時そんな機械音声が響いたはずだった。

 拓斗自身は知らないが、本来は『子宮』を意味するラテン語。転じて生み出すという概念を持つ言葉だ。それ以外にも数学における数列で使われることもある。エヴォリューションは拓斗、というよりも大体の日本人でも知っている通りに進化だ。

 その英語に拓斗は聞き覚えがあった。

 デ・リーパー事件、その時に戦った留姫たちがデジモンと融合する時に彼らの持つ機械からそんな音が鳴り、テレビ等にも乗せられていた。原義的にはともかく、解り易くすれば融合進化といったところか。

 

「それが俺たちにも……む」

 

 そこでポケットにスマートフォンが入っていることに気付く。あの時のどさくさに紛れて壊れたり失くしてもおかしくなかったが、どういう訳か壊れていないままにポケットに入っていた。いや、壊れていないというよりも、

 

「変わって、る」

 

 それまで拓斗が使っていた時より大分無骨というか物々しいし、濃い緑と黒の骨らしきデザインになっている。電源を付ければそれまで使っていたスマートフォンとデータやアプリに違いはないが、デスクトップはフォーマットらしき真っ青な画面だ。着信通知のライトが点滅していたが今は無視だ。

 そしてもう一つ。 

 ダウンロードした覚えのないアプリが一つだけ入っていた。

 

「おいタクト、何見てるんだ? おーい?」

 

「……」

 

 オーガモンが声を上げるが気づいていなかった。というよりも反応が面倒だったし、その見慣れぬアプリがそれだけ興味深いものだった。

 恐竜のようなドット絵をクリックすれば表示されたのは同じようにドット絵となったオーガモン。何やらノイズ混じりなのが気になったがそれ以外にも視線を移す。ホームらしき画面に、下部にはいくつかのアイコンがあり、『pictorial』と書かれたところをタップすれば、

 

「これは……図鑑、か?」

 

 デジモンの名前らしきものがずらりと並んでいた。ア行から順番に始まっているそれは大体百あるかないかといった感じだ。

 

「む、91、これが記されている数か? デジモンの数はどれほどいたか……」

 

 そのままインターネットに接続し、デジモンで検索する。大体デ・リーパー事件のせいで色々なゴシップ記事が多いが、やはり一番上に来るのはWikipediaだ。そこによれば諸説あるが大体は千前後らしい。つまり十分の一くらいがあるということか。

 

「……ぬぅ、知らない名前が多いが、記入有無の差が解らんな。おい、オーガモン此処に載ってる名前知ってるか?」

 

「あぁ……? あー、なんか覚えはあるな。技とか戦い方とか名前は出てくるぜ」

 

「お前が知ってるけどない名前はあるか?」

 

「……解んねぇな」

 

「そうか」

 

 恐らくだが、オーガモンの知識――或はデータ――とリンクしているのだろう。ホームでオーガモンの絵にノイズが多いのはそれだけ彼の身体のダメージが大きいということだと考えられる。

 つまり――これはそういうことだ。

 

「テイマー、か」

 

 デジモンテイマー。

 牧野留姫を初めとしたかつての戦いの英雄たち。彼らはそう呼ばれ、そう名乗っていた。拓斗自身、留姫から直接聞いていた。

 それに拓斗もまたなったということだろう。

 

「おーい拓斗、なんだよお前、聞いてんのかー?」

 

 このオーガモンのテイマーに。

 彼らは端末のようなものを使っていたから、拓斗のこれも似たようなものだと思う。新しいカバーを買ったとでも言えば問題ないだろう。

 

「いや、問題しかない」

 

 テイマーというのはデジモンと一心同体の間柄であるということは留姫から聞いていたし、現に今更オーガモンを放置するなんてことはできない。確固たる理由などないが、今の拓斗は自然とそう思っていた。

 だから今の段階における問題というのは、 

 

「お前をどういう扱いにするか、だな」

 

「あぁ?」

 

 当たり前のことだがオーガモンは目立つ。こんなでかい緑の鬼なんて目立たないわけがない。だからこそ出逢ってからあの森に押し込んで不自由をさせていた。だがこうしてテイマーという繋がりができた以上、あんな扱いはできない。

 だがそれにしたって、

 

「家に居候させるのも現実的ではないか……」

 

 いくら色々アバウトというか大らかな拓斗の母といえどもこんな鬼を家に引き入れるなんてことは在りえないだろう。というか受け入れたらちょっと母の常識を疑う。

 

「ぬーぬぬ」

 

「タクト、おい、おーい」

 

「……ぬぅ」

 

「けっ、もういいぜ」

 

「……ふぅむ」

 

 考え込んでいた拓斗だが、普段の彼ならばオーガモンがふらつきながらも自室から出て行ったことに気づいただろう。それでも今の拓斗にはそれだけの余裕など欠片もなかった。それなりに平静を取り戻し、冷静に考察しているようにも見えるがしかし実際のところ全くもって平常の状態を取り戻してはいなかった。

 故にオーガモンに気付かず――それまで百近くあった月冴佐奈の着信にも気づけないまま、彼女からかかってきた着信に応答した。

 

『タクトおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』

 

「ううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?」

 

 スマートフォンから轟いた佐奈の絶叫に拓斗は思わずひっくり返った。

 

『君は! どこで! 一体! 何を! していたんだ! 君は今どこにいるんだよぉー!』

 

「ちょ、おま、一度、静かに」

 

『静かに!? 君の! 頭は! 空っぽなのか!? いきなり! いなくなった! 君が! ようやく! 出たというのに! 落ち着いてられるかぁーー!』

 

「み、耳が……果てる……」

 

 馬鹿みたいに大きな佐奈の声、それが拓斗の鼓膜に直撃し頭の中がガンガン殴りつけられる。

 疲労も相まって、ぶっちゃけ吐きそう。

 

「お前ホントにッ」

 

 思わず怒鳴りそうになったが、

 

『――ほんとに、心配したんだよ』

 

 涙混じりの 

 

「……すまん」

 

『ぐすっ……どこでなにをしてたのさ。ボクは君のこと凄い探して、ガイに電話してパシらせて、それでも見つからなかったっていうのに』

 

 何やら凱の扱いが酷いがどうでもいいことなので置いておいて、考えるべきは佐奈への言い訳。長い付き合いだ。下手な言い訳をすればばれるのは瞭然なので、ばれない嘘をつかなければならない。

 

「あー、まぁなんというかいるはずのない知り合いを見かけたから思わず追いかけてたら道に迷ってな」

 

『嘘だっ!!』

 

 速攻否定である。

 

『タクトにボクとガイ以外の知り合いなんているはずがない!』

 

「そこかよ!」

 

 いや確かに友達がいないのは否定できないし、数少ない友達はその二人しかいないが、それにしたって顔見知りレベルならば少しくらいいる。

 多分、きっと、めいびー、そうだといいな。

 

「とにかく、まぁそういうことだ。俺は無事だ、現にこうして自分の部屋でくつろいでる。心配懸けて悪かったな」

 

『――』

 

 返事は数秒の間なにも帰ってこなかった。

 別に嘘を言っているわけではないが、それにしても怪しいことは怪しい。どう言い訳したものかなと考え始めたが、

 

『解ったよ、うん。今回は、君が無事だったことを喜ぼう。――本当に大丈夫なんだね?』

 

「お、おう。特に問題はない」

 

『……なら、いいさ。うん』

 

「……」

 

 らしくもなくしおらしい、或は素直な雰囲気に思わず戸惑う。自由奔放を絵に描いたような幼馴染がこんな風になるのは滅多にない。多分数えるほどしかなかったはずだ。

 

「サナ? なんかあったのか?」

 

…それはこっちの台詞なんだけど。とりあえず、君が無事でよかった。また明日会おうね』

 

「あ、おいっ……切れたか」

 

 いつになく様子がおかしかった気がするが、タクトも人のことを言えない。

 彼女のことを思い浮かべ、

 

『さ……な……』

 

「っ……」

 

 同時、あの絶死の状況に於いて最後に読んだ名前が彼女だったことを思い出し、顔が赤くなりそうになったり、恥ずかったり、形容し難い感情が湧き上がってきたり、とにかく色々一杯一杯になりつつも、オーガモンへと視線を向け――そこでようやく彼がいないことに気づき、

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』

 

『なんだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?』

 

 下の階から響くパートナーと母親の叫び声に頭を抱える他なかった。

 

「……勘弁してくれ」

 

 

 

 

 



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