遊戯王5D's 〜彷徨う『デュエル屋』〜 (GARUS)
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第一章 『デュエル屋』編
『デュエル屋』の日常 その1


 怠い。

 怠いのだ。

 怠過ぎるのだ。

 机に突っ伏しながらそんなことを思う。

 側の窓から差し込む日差しすらも心地よいとは感じない。

 ただただ時間だけが刻々と過ぎていく。実に不毛極まりない時間だ。

 早く終わっちまえよ。

 空をゆっくり動いていく雲をぼんやり眺めながらそう思った。

 

『マスター……マスター……』

 

 俺の視界にふわふわと浮遊している半透明の女が入ってくる。

 半透明というのは存在感が薄いという比喩でもなく『半透明』という文字通りの意味。彼女を通して後ろの黒板の字を読むことが出来る程、彼女の体は透けている。要するに幽霊みたいなものだ。

 俺の周りには俺同様席に腰掛ける同年代の男女が大勢いる。

 普通、そう言った幽霊のような少女が現れれば周りで騒ぎになるのだろう。だけど、実際にはそんなことは起きない。

 なぜならこいつは俺にしか見えてないからだ。

 うっすらピンクがかった艶のある白髪を揺らしながら、俺の顔を除き込んでくる少女。この距離で見つめられたら間違いなく惚れてしまうであろう破壊力を持つ超が付く程の別嬪さんだ。だが生憎俺は何の関心も示す気はない。あぁ、かったりぃ。

 

『……マスター、体を起こさないと当てられてしまいますよ?』

 

 無視。

 そう決め込んだ俺は瞼を落とす。恐らくしょんぼりとした顔になり、俯いたまま完全に透明になってゆく流れが容易に目に浮かぶ。

 まぁ何はともあれこのまま意識を落とせば後は時間が勝手に過ぎていくだろう。

 

「じゃあこれを……八代。答えてみろ」

 

 だが、現実はそう上手くはいかないらしい。

 先生様からのご指名だ。

 “はぁ。”と少しため息を漏らしゆっくり立ち上がる。

 教室の生徒の視線が僅かに集まるのを感じる。こっちを向いたところで面白いことなんか起きないことぐらい分かってるだろうに……

 話なんざ聞いてなかったから何を聞かれてるのかすら分からない。

 

『マスター、今の先生の質問はですね……』

「……聞いてませんでした」

「ぼーっとしてないで授業を聞くように。それじゃあ……」

 

 ガァっと椅子を引き席に座る。

 わずかに集まった視線は霧散する。

 ほぉらな、なんもねぇだろ?

 

『マスター……』

 

 しょんぼり落込んだような表情で俺の横に佇む少女。

 なんてことはない。

 いつも通りの授業の時間だった。

 

 

 

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 五月病。

 この体の言いようの無い怠さ、そして無気力感の原因はおそらくこれなんだろう。そういうことにしておく。

 授業の時間をだらだらと過ごし気が付けば放課後になっていた。通学鞄もいつもより重たく感じる。部活などをやる気も毛頭なく授業が終われば直帰する。それが日常になっていた。

 友人?

 言わせんな恥ずかしい。

 

 

ブルルッ

 

 

 ズボンのポッケが振動する。

 メッセージが届いたようだ。

 俺から連絡を送ってないのにメッセージを寄越すヤツなんてのは一人しか心当たりは無い。あの青髪の同居人だろう。

 メッセージを確認すれば案の定だった。

 

 

From 狭霧

ごめんなさい。

今日も仕事で遅くなるから夕飯は机においておくので一人で食べてね(><)

遅くなるようだったら連絡して下さい。

 

 

『狭霧さん、今日も遅くなるみたいですね……』

「らしいな、まぁ今日は俺も依頼があるから遅くなるし。帰る時間はそんなに変わらないだろ」

 

 会話の最中、短い返信の文面を打ち込む。

 

 

To 狭霧

わかった。でも、今日は俺も帰るのは遅い。

 

 

「送信っと。さて、今日の依頼は……」

『……………………』

 

 プライベート用のアカウントから仕事用のアカウントに切り替える。ぶっちゃけ今日は怠いから仕事なんてしたくもないんだが、仕事なんでそうは言ってられない。ふむ、なるほどな。

 

 

 

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 人や車、バイクが賑わう大通り。

 その喧噪は煩わしい以外の何でも無く単純に嫌いであった。

 故に道を外れる。

 と言ってもそれだけの理由で道を外れたのではない。俺の受け取る依頼のほとんどはこういった日の当たらないところで行われる。

 人通りの極端に少ないビルの間の細道。

 大通りとは打って変わってビルの影で薄暗くなっている通りには人の気配も無く実に静かだ。物音もしないこの空間は自然と心が落ち着くから、俺は好んでこういう道を歩いたりする。

 さて目的の場所についた。暗い通りの建物の地下へ進む階段。そこの横に立っているサングラスに黒いスーツを身につけた男の前に立つ。俺の姿を見た男はビクッと後ろにたじろぐ。それもそうだろう。目の前に銀の髑髏の仮面に、顔だけ出るような体全体を覆う焦げ茶色のローブの男が現れたのだ。着ている自分も思うが相当に怪しい。

 

「……ここは関係者以外立ち入り禁止だ」

「依頼でここに来た。パスの確認はここで?」

「あ、あぁ。『マシンナーズ』」

「『スナイパー』」

「確かに。うちで呼ばれた『デュエル屋』はあんたで3人目だ。もう、うちのヘッドは相当キてるぜ」

「関係ないな。俺は依頼をこなすだけだ」

『……………………』

「……そいつは頼もしいこった。場所は地下だ。せいぜいヘッドを失望させねぇでくれよ?」

「愚問だな。報酬分は働くさ」

手をひらひらと振りながら階段を下っていく。

重厚な金属の扉が開く鈍い音と共にいつも通りの日常が始まる。

 

 

 

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 寂れた裏通りの様子とは一変、俺の通された地下の一室の内装は豪勢なものだった。価値は分からないが装飾が施された額縁に収められている巨大な絵画なんてのは相場が高いと決まっている。床に敷かれた金の刺繍のしてある赤い絨毯や、天井から吊るされたシャンデリア、専用の置き場の用意された奇怪な形の壺どれをとっても一級品なのだろう。

 目の前のソファにドカリと腰掛ける恰幅の良いおっさん、これが今日の依頼主だ。煙草を吹かしながら両脇に女を侍らせてる様はまさにマフィアのボスと言ったところか。「まぁ……」とおっさんはおもむろに口を開きながら煙草をクリスタルの灰皿に押し付ける。

 

「依頼通りお前さんにはデュエルで勝ってもらいたいだけだ」

「必ず」

 

 間髪入れること無く即答する。それが『デュエル屋』というものだ。デュエルが重要なウェイトを占めるこの世界だ。全く、何がどうなればそうなるのかは理解に苦しむが、そう言った世界である以上この手の商売は当然需要が生じる。依頼された場所、相手にデュエルで勝つ。

 ただ、それだけ。

 だが、俺の返事が気に入らなかったのかおっさんはやけに芝居がかったため息をついて言葉を続けた。

 

「そう言ってきた『デュエル屋』が今までうちで2人負けている」

「誰を雇ったのかは存じませんが、腕が無かっただけかと」

「ほぅ」

 

 値踏みするように顎に手を当てながら俺を見つめる。

 両隣の女は面白いものを見るように俺とおっさんを見比べていた。

 

「では、このデュエル。依頼通り必ずや勝利を収めると?」

「そう言ったつもりですが?」

「……………………」

「……………………」

 

 短い沈黙。

 そしてその沈黙はおっさんの弾けるような笑い声に破られる。

 

「ぶわっはっはっは!! 流石は雑賀と言ったところか! 良い人材を紹介してくるわい!」

「お眼鏡にかなって何よりです」

「うむ、ではゆけ。分かっているかと思うがもし負けるようなことがあれば……」

「この身切り刻んで売却するなり好きにすれば良い」

『………………っ!』

「……もっともそんなことは万が一にも起きやしないですが」

「くくく、期待しておるぞ」

「では……」

 

 SPの人間に扉を開けられて豪勢な応接間を後にする。

 1階のホールの上は吹き抜けとなっており、応接間を出れば目の前に階下の様子が見える。ホールの中心に用意された牢獄。あれが今日の仕事場だった。

 

 

 

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 罪を犯したわけでもないのに牢獄に入るとは妙な気分だ。

 この牢を囲むように配置されたいくつもの円卓の周りに目元だけをサングラスで隠した紳士淑女の方々が腰をお掛けになっている。

 

『マスター、ここって……』

「あぁ、違法な賭博デュエル施設だろうな」

 

 仮面をしたまま小声で喋るため周りに気取られることはない。

 『デュエル屋』にもよるが、俺のスタンスは基本的に依頼人の事情は一切問わない。込み入った依頼人の事情に首を突っ込む気もないし、何よりも下手に事情を知って巻き込まれたくないからだ。そのために依頼は相互不干渉の契約書の受諾が条件となっている。もっともこういった違法賭博デュエルが一斉検挙された場合は無関係ではいられないだろうが、そのときはそのときだ。

 

『……………………』

 

 いつも依頼の時が来るとこいつはこうだ。

 何か言いたいけどそれを我慢するかのような悲しそうな顔になる。まったく、そんなに嫌なら俺からとっとと離れていけば良いものを。謎である。

 

「おい」

 

 どうやら相手が来たようだ。

 不意に背後から呼び止められる。

 振り返れば不快な笑みを浮かべた柄の悪い三人の男がそこにはいた。

 左からモヒカン、スキンヘッド、リーゼントと時代を感じさせる独特のヘアスタイルの男共。全員お揃いの袖を破った革ジャンを着ており、そこから出た腕はどれも皆筋肉質。小さい子どもが見たら間違いなく泣き出しそうな人相をした男共であったが、そのあまりにも如何にもと言った雰囲気にその類いの反応をするような感情は起こらない。

 

「お前が相手か?」

 

 感情のこもってない声でそう問いかける。その反応が気に食わなかったのかスキンヘッドの男の両脇のモヒカンとリーゼントがいきりたつが、それ制するスキンヘッド。“だけどよ、兄貴……”とか言う何ともテンプレ通り本当にどうもありがとうございました、と言いたくなるような寸劇が目の前で繰り広げられ、半ば飽きれ帰ろうかとすら考えたところで、ようやくスキンヘッドの男が一歩前に進み出て無言で左腕を突き出す。

その腕には金属製の円盤が装着されていた。

 

 デュエルディスク。

 

 この世界では最早見慣れた代物。

 デュエルが全国的に普及しているこの世界ではごく自然な光景。

 当然賭博デュエルでも使われないはずが無い。

 立体映像として現れるモンスターや魔法・罠の応酬は見ているだけでも迫力があり人気が高いのだ。

 

「あぁ。今日お前を血祭りにあげる男だ! せいぜい冥土の土産にでも覚えておくが良い!」

 

 下衆な笑みを浮かべるスキンヘッドの男の顔が何とも腹立たしいことこの上ない。さっさと終わらせて帰ろう。鞄からデュエルディスクを出しながらそう決意する。

 

ガチャ。

 

 デュエルディスクが腕にフィットする。ここでの生活も長くなりデュエルディスクの付け方もこのデッキも、もうしっかり肌になじんでしまった。ディスクをつけた左腕をスキンヘッドの男に突き出すとスキンヘッドの男は一層その笑みを深くした。

 

「「デュエル!!」」

 

 掛け声とともにディスクの形状がデュエルモードへと変化する。差し込まれたデッキはシャッフルされ、電源が入ったディスクにライフポイントが表示される。現れたライフを示す4000が点滅してないことから相手が先攻らしい。

 デッキからカードを5枚抜き取る。まずまずの手札だ。

 

「俺の先攻ぉ! ドロォー!!」

 

 勢い良くカードを引くスキンヘッド。ガタイがやたら良いだけにカードもディスクも小さく見えてくる。

 

「俺は『神獣王バルバロス』を召喚!」

 

 スキンヘッドの前に現れたのは金色のたてがみを棚引かせる獣人。下半身は黒い毛に覆われた獣、上半身は褐色の筋骨隆々の人間のもので顔はライオンと、まさに獣戦士そのもの。右手には身の丈程の長い赤いランス、左手には青のシールドを携えいつでも戦えると言わんばかりの雄叫びを響かせる。

 

 

神獣王バルバロス

ATK1900  DEF1200

 

 

 本来8つ星の最上級モンスターである『神獣王バルバロス』の召喚には生け贄が2体必要である。だがこのモンスターは生け贄無しで召喚できると言う効果があるため、いきなり召喚することが可能。だが、この召喚方法で場に出た時は元々の攻撃力3000にはならず、攻撃力1900になると言う制約を負う。もっともそれでも下級モンスターの最高クラスの打点には到達しているので十分な性能と言えるだろう。スキンヘッドのエースモンスターが場に出たことで周りのチンピラ達のテンションが上がる。スキンヘッドは満更でもないようでカードをさらに2枚セットしターンエンド宣言をした。

 はぁ……全くこんなのが相手だとはな……

 

「俺のターン、ドロー」

「おぉっと! この瞬間、速攻魔法発動だぁ!」

 

 スキンヘッドの前に伏せられた2枚のうちの1枚のカードが露わになる。

 

「『手札断殺』! これによりお互い手札を2枚墓地に送る。そして新たにカードを2枚ドローする! さぁ! とっとと手札を墓地に送りやがれ!」

 

 やかましいヤツだ……

 だがこの効果はこちらとしても好都合でもある。これでありがたくカードを墓地に送れた。

 

「この時、手札から墓地に送った『ダンディライオン』の効果発動。場に2体の綿毛トークンを守備表示で特殊召喚する」

 

 

綿毛トークン1

ATK0  DEF0

 

綿毛トークン2

ATK0  DEF0

 

 

 墓地に送る処理を終え2枚ドローし、新たに手札に揃った6枚のカードを確認し少し動きを考える。まぁ、まずは下準備からか。

 

「永続魔法『魔法族の結界』を発動」

 

 俺の足下に青紫色の光を放つ魔方陣が形成される。そして形成された魔法陣は上空5メートル程の位置まで上昇し緩やかに回転を始めた。上から降り注ぐ青紫の光はいつ見ても神秘的な光景だ。

 

「そして俺は『見習い魔術師』を召喚する」

 

 人一人が入れる程の大きさの魔方陣から飛び出した小柄な魔術師。メタリックブルーの衣装に短めの緑のロッドを持った中性的な顔のこいつも俺のデッキでは見慣れたものだ。

 

 

見習い魔術師

ATK400  DEF800

 

 

「召喚に成功した『見習い魔術師』の効果発動。フィールド上で表側表示の魔力カウンターを乗せることの出来るカード1枚に魔力カウンターを1個乗せる。俺はこの効果で『魔法族の結界』に魔力カウンターを乗せる」

 

 『見習い魔術師』のロッドに形成された緑色の光球は空高く打ち上げられ、上空に展開された魔方陣の中央付近で滞空し続ける。

 

 

魔法族の結界

魔力カウンター 0→1

 

 

「何をするかと思えば、たかが攻撃力400のモンスターを攻撃表示? くくくっ! 今度のデュエルの相手は素人かぁ? そんなんじゃすぐ終わっちまって観客の皆さんに申し訳ないだろう?」

「……俺はさらに『バウンド・ワンド』を『見習い魔術師』に装備」

「ちっ……!」

 

 安い挑発だ。聞くに値しない。

 『見習い魔術師』の持つ緑のロッドが消え、変わりに赤いクリスタルが埋め込まれたロッドが手元に現れる。その柄は金属で作られた老人の顔のように見える。

 

「『バウンド・ワンド』は魔法使い族モンスターにのみ装備できるカード。そして装備されたモンスターの攻撃力は、そのモンスターのレベル×100だけ上昇する。『見習い魔術師』のレベルは2。よって200ポイントアップだ」

 

 

見習い魔術師

ATK400→600

 

 

「おいおい、たかが攻撃力が200上がったところじゃ俺のバルバロスには攻撃力は遠く及ばないなぁ?」

「バトルだ。『見習い魔術師』で『神獣王バルバロス』を攻撃」

「バカか?! 攻撃力の低いモンスターでバルバロスに攻撃してくるなんてよぉ!」

 

 当たりの観客もざわめき始める。やれやれ……自爆特攻という言葉も知らないのか。

 

「そのままでもダメージは必至だろうが、俺はそんなちゃちなダメージで許してやる程甘くねぇぞ!! 速攻魔法『禁じられた聖杯』を発動! これによってバルバロスの攻撃力を400ポイント上げるぜ! さらにこのカードの対象に選んだモンスターの効果は無効化される! この意味が分かるかぁ?!」

「くっ……」

 

 やはりセットは『禁じられた聖杯』だったか……。

 妥協召喚して弱体化したモンスターと相性抜群のカード。弱体化したステータスを元に戻してかつさらに攻撃力の上昇を望める。『見習い魔術師』を召喚した時点で発動しなかったから『スキルドレイン』の線は消えてたのだが、最悪の想定の範囲内だ……何も考えてない脳筋野郎かと思えばなかなか味な真似をするな。

 

 

神獣王バルバロス

ATK1900→3400

 

 

「そぉら!! バルバロスよ、迎え撃て!!」

 

 果敢にもバルバロスに突っ込んでいく『見習い魔術師』だが、『見習い魔術師』の背丈よりも大きい槍による容赦ない反撃を受け破壊されてしまう。

 

 

八代LP4000→1200

 

 

「ぷはっはっはっは!! 何を企んでたかは知らねぇがこんな大ダメージを受けてザマァねぇな!!」

 

 まったく、ダメージが通ったぐらいでいい気になりやがって……

 だが俺のライフが一気に減ったのを見て途端に観客達は「何をやっているんだ……」「勝つ気はあるのか……」「本当にやる気はあるのか……」などと宣い始める。ったく観客共もド素人が多いようだな。

 

「魔法使い族モンスターが破壊されたことにより『魔法族の結界』に魔力カウンターが乗る」

 

 

魔法族の結界

魔力カウンター 1→2

 

 

「そして戦闘で破壊された『見習い魔術師』の効果発動。デッキからレベル2以下の魔法使い族モンスターを場にセットする。俺は『シンクロ・フュージョニスト』をセットする。さらに『バウンド・ワンド』の効果発動。装備モンスターが相手によって破壊された時、そのモンスターを場に特殊召喚する。『見習い魔術師』を守備表示で特殊召喚」

 

 再び俺の場に戻ってくる『見習い魔術師』。これで俺の場には4体のモンスターが並んだ。

 

「特殊召喚された『見習い魔術師』の効果により、俺は再び『魔法族の結界』に魔力カウンターを乗せる」

 

 

魔法族の結界

魔力カウンター 2→3

 

 

「これで俺はバトルフェイズを終了する。そしてこのメインフェイズ2に俺は魔法カード『魔力掌握』を発動する。このカードによりフィールド上に存在する魔力カウンターを乗せられるカードに1つ魔力カウンターを乗せる。俺は『魔法族の結界』を選択」

 

 

魔法族の結界

魔力カウンター 3→4

 

 

「その後デッキから『魔力掌握』を手札に加える」

 

 デッキの中にある『魔力掌握』を見せ、それを手札に加えデッキをディスクに戻す。デッキをディスクに戻すだけで自動でデッキがシャッフルされるなんてのにも違和感を感じなくなったのはいつだろうか。…まぁ、今はどうでも良いか。

 上から降り注ぐ青紫の光がより一層強い輝きを放つ。その変化に戸惑う外野を他所に俺はデュエルを進めていく。

 

「『魔法族の結界』の効果を発動。このカードと場の魔法使い族モンスターを墓地に送ることでこのカードに乗ってる魔力カウンターの数だけデッキからドローする。俺は『見習い魔術師』とこのカードを墓地に送る」

 

瞬く光に包まれ『見習い魔術師』と上に展開されていた魔方陣が消える。

 

「『魔法族の結界』に乗っていた魔力カウンターの数は4つ。よって、4枚ドロー」

 

 手札に来た新たな4枚を確認。これで手札は7枚。どうやら上手く回ってくれてるようだ。

 

「カードを2枚伏せてターンエンド」

「このターンのエンドフェイズ時にバルバロスの攻撃力は元に戻る」

 

 

神獣王バルバロス

ATK3400→3000

 

 

 効果が無効化されたことで本来の攻撃力になったのはエンドフェイズに戻ったりはしない。外野が“これが兄貴の強力コンボだぁ!”とか騒ぎ立ててるが聞かなかったことにする。

 

「俺のターンっ! ドロォー!!」

 

 引いたカードが余程良かったのかスキンヘッドはにんまり口元を歪める。

 

「ぐふふっ、どうやらお前はもう終わりのようだっ!」

「……………………」

「その生意気な態度もいつまで続くかな? 俺は『可変機獣 ガンナードラゴン』を召喚っ!」

 

 現れたのは赤い戦車。センターに大小異なる砲門が2門、両キャタピラの上にも1門ずつつけられた戦車だった。

 

ガコンッ!

 

 機械が稼働し始めるような音が戦車から響く。内側から聞こえてきた音は徐々にその外側へと移っていく。連鎖的に響く音とともにやがて戦車はその形状を変えていく。センターの砲門が付いている部分とその逆の部分が伸び、全面部分は龍の首、背面は龍の尻尾に変形する。

 

可変機獣 ガンナードラゴン

ATK1400  DEF1000

 

 

 『可変機獣 ガンナードラゴン』、元祖妥協召喚可能な最上級モンスター。妥協召喚の際、攻撃力、守備力が半減するデメリットを負う。しかしその半減したステータスは下級モンスターのアタッカーとしての次第点には及ばない。

 果たして何を仕掛けてくるのか。

 

「さらに俺は『神禽王アレクトール』を手札から特殊召喚! こいつは相手の場に同じ属性のモンスターが2体以上いるとき手札から特殊召喚できる!」

 

 空中から舞い降りてきたのは鳥人。全身を鋭利な銀の鎧で身を包み背中から飛び出した紅蓮の翼の羽ばたきが辺りに風を舞い起こす。

 

 

神禽王アレクトール

ATK2400 DEF2000

 

 

 綿毛トークン2体が並んでいるのを逆手に取られたか。なるほど、強かな戦術だ。

 

「アレクトールの効果発動! こいつは場のカード1枚の効果をエンドフェイズまで無効にすることができる! 俺が無効化するのは当然ガンナードラゴン! それによりガンナードラゴンの攻撃力、守備力は元に戻るぜ!!」

 

可変機獣 ガンナードラゴン

ATK1400→2800 DEF1000→2000

 

 これで場には攻撃力2400、2800、3000のモンスターが並んだか。

見た目通りのパワーデッキ使いと思えば繊細なコンボを見せるな。報酬がデカいだけあって流石に腕はそれなりにあるらしい。

 

「俺のコンボはまだこんなもんじゃねぇ!! さらに俺は墓地の機械族モンスター『メカハンター』、獣戦士族モンスター『不屈闘士レイレイ』を除外し『神獣機王バルバロスUr』を特殊召喚!!!」

 

 その姿はバルバロスのの大きさを一回り大きくしたようだった。ただ褐色の肌だったバルバロスとは違い体全体が黒灰色になっており、両腕には赤く光る銃器が見て取れる。武器が変わっただけでなく体にも金属装甲が装着されていた。

 

 

神獣機王バルバロスUr

ATK3800  DEF1200

 

 

 『手札断殺』の効果で墓地に送った2枚か。デッキ構成はまさにパワーデッキと言ったところのようだ。

 

「さて、ここで問題だ。このモンスターの特徴はなんだ?」

「……高打点の最上級モンスターで比較的召喚条件が緩いと言うメリットがある。だが、相手に戦闘ダメージを与えられないと言うデメリットがあるモンスターだ」

「うむ、カードの知識だけはあるみたいだな。大正解だ!」

 

 最早勝利を確信したと言わんばかりの余裕の笑みを浮かべているスキンヘッド。そして、「だが…」と一旦言葉を区切りさらに言葉を続ける。

 

「そのデメリットもこのカードによって克服される! 装備魔法『愚鈍の斧』を『神獣機王バルバロスUr』に装備! これにより装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップ! さらにその装備モンスターの効果は無効化される! これによってバルバロスUrのデメリットは無くなる!!」

 

 バルバロスUrの片腕の銃器が消え、変わりに刃が人の大きさ以上もある巨大な斧が手元に収まる。斧の中心には歯が所々抜け鼻水を垂らしているまさに愚鈍そうな男の顔が彫られている。そんなマヌケなデザインとは裏腹に斧の刃は鋭く光っていた。

 

 

神獣機王バルバロスUr

ATK3800→4800

 

 

「もっとも自分のスタンバイフェイズごとに装備モンスターのコントローラーは500ポイントのダメージを受けるが……このターンで終わるのだからそんなものは関係のない話だ!! さぁ、終わりのときだ!! 『神禽王アレクトール』で綿毛トークンに攻撃!!」

 

 スキンヘッドの最強のエースモンスターの出現にこのデュエルが終わったかのような盛り上がりをみせる外野の二人。観客のボルテージも最高潮に高まる。そしてスキンヘッドもまたこのターンでの終了を確信していたようだ。

 

 

 

「罠カード『和睦の使者』発動」

 

 

 

「「「……………………」」」

 

 このカードの発動を見る前は。

 

「これによりこのターン俺の場のモンスターは戦闘では破棄されず戦闘ダメージも0にする」

「「「……………………」」」

「手札をすべて使い切ったお前に、最早このターン出来ることは無いだろう。俺のターン、ドロー」

 

 固まっているスキンヘッドを他所にカードをドローする。さて、どう料理したものか。思考中に先にもとに戻った外野が「どうせ、この布陣を突破なんて出来ませんよ!」とか「1ターン生き延びたからってこの強力なモンスター達の前に何が出来るってんだ!」など喚き始め、その声にハッとなりスキンヘッドも再び余裕の表情を取り戻す。やれやれ、酷い負けフラグのオンパレードを見たものだ。

 

「俺は『マジカル・コンダクター』を召喚」

 

 ロングの黒髪でエメラルドのローブを纏った女性が姿を現す。額につけられた金細工に古代文字が刻まれたローブと言い、その容姿は古代の儀式を執り行なう日本人を思わせる。

 

 

マジカル・コンダクター

ATK1700  DEF1400

 

 

「手札のモンスターカード『終末の騎士』を墓地に送り、魔法カード『ワン・フォー・ワン』を発動。デッキからレベル1のモンスター『スポーア』を特殊召喚」

 

 現れたのは毛玉。大きな青色の目に口の形がもろ『ω』で愛らしい容姿のモンスターだった。

 

 

スーポア

ATK400  DEF800

 

 

「さらに魔法カードを使ったことで『マジカル・コンダクター』に魔力カウンターが2つ乗る」

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター 0→2

 

 

「そして『シンクロ・フュージョニスト』を反転召喚し、レベル2『シンクロ・フュージョニスト』、レベル1『綿毛トークン』2体にレベル1『スポーア』をチューニング。シンクロ召喚『TG ハイパー・ライブラリアン』」

 

 白色の学士脳にブルーのサングラス、白黒のツートンの衣装に裏地が紅色の白いマントを羽織った謎のファッションの男性が現れる。手に持った分厚い本で司書である体裁を保っているつもりだろうが、それがあっても普通に怪しい格好である。

 

「「「シンクロ召喚っ!?」」」

 

 シンクロ召喚などされるとは思っても見なかったのか驚きの声を上げるチンピラ達。このご時世シンクロ召喚など当たり前のように蔓延ってるのにこれだけ驚かれるとは余程無知だったのか、はたまたそれだけ舐められてたのか。俺の勝利に賭けているであろう観客もシンクロ召喚を見て、少しは落ち着きを取り戻したようだった。

 

「シンクロ素材となり墓地に送られた『シンクロ・フュージョニスト』の効果発動。デッキから『融合』または『フュージョン』と名のついたカードを1枚手札に加える。俺は『簡易融合』を手札に加える。そして墓地の『レベル・スティーラー』の効果を発動。『TG ハイパー・ライブラリアン』のレベルを1つ下げることで『レベル・スティーラー』を墓地から特殊召喚する」

 

 地面に現れたそこの見えない闇から引き上げられた背中に一つの大きな黄色の星印が刻まれた巨大な赤いテントウ虫。

 

「『レベル・スティーラー』だと!? いつの間に……」

「『手札断殺』で墓地に送ったもう1枚のカードだよ。さらにリバースカードオープン、『リビングデッドの呼び声』。これにより俺は墓地から『スポーア』を特殊召喚。そしてレベル1の『レベル・スティーラー』にレベル1の『スポーア』をチューニング。シンクロ召喚、『フォーミュラ・シンクロン』」

 

 黄、赤。白、緑の4色に彩られたボディのF1カーが光の中から出現する。その車のフォルムから形状を変え始め、座席から頭が飛び出し、その真下から足が生え、後部車輪から腕が飛び出した人型にフォルムチェンジをする。

 

「シンクロ召喚に成功した『フォーミュラ・シンクロン』の効果で1ドロー。さらに『TG ハイパー・ライブラリアン』の効果によりシンクロ召喚が成功する度にカードをドローする。これによりさらに1枚ドロー。そして魔法カード『簡易融合』発動。1000ポイントライフを払うことでレベル5以下の融合モンスターを1体特殊召喚する。俺が出すのは『音楽家の帝王』」

 

 

八代KP1200→200

 

 

 突如現れたカップ麺の容器の中から伸びた金髪を立てた上半身裸にジーパン、肩から赤のエレキギターをかけた何ともロックなお兄さんが飛び出てきた。ライブパフォーマンスで見せるためなのかむき出しの上半身は分厚い筋肉で覆われていた。

 

 

音楽家の帝王

ATK1750  DEF1500

 

 

 しかしライフがついに200になったことで観客達が再びざわめきだす。さらに観客の一際大きなざわめきが上がっている場所を見れば依頼主のおっさんがやってきていた。周りのヤジが飛び交う喧騒の最中、おっさんは口パクで確かにこう言った。

 

「分かっているな?」

 

「はぁ……」

 

 ため息が溢れる。

 やれやれ、どうやらこの状況を正しく認識できてる人間は一人もいないようだ。確かに相手の場には攻撃力2400、2800、3000、4800の超大型モンスターが並び、LPも相手は無傷、対する俺は200で素人目からしたら俺が追いつめられているように映るかもしれない。

 

 だけど。

 

「教えてやるよ!」

 

 声を張り上げる。

 ここにいるデュエルのいろはも分かってねぇド素人どもに伝わるように。

 

「てめぇのライフを0にするなんざ、俺のライフが1でもありゃ十分ってことをよ!!」

 

 それは宣誓。

 このデュエルに勝利するという。

 このデュエルでこれから起こすことを刮目してみよ。

 

「俺が魔法を使ったことにより『マジカル・コンダクター』に魔力カウンターが乗る」

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター 2→4

 

 

「レベル5の『音楽家の帝王』にレベル2の『フォーミュラ・シンクロン』をチューニング。シンクロ召喚、『アーカナイト・マジシャン』」

 

 姿を見せたのは紫色の波模様の入った白いローブを纏った中性的な魔術師。肩が三日月型にそり上がっており袖口も大きく広がっている特徴的なローブの中から飛び出した手には黄緑色に輝く宝玉の付いた杖が握られていた。

 

 

アーカナイト・マジシャン

ATK400  DEF1800

 

 

「シンクロ召喚に成功したことにより『TG ハイパー・ライブラリアン』の効果で1枚ドロー。そして『アーカナイト・マジシャン』のシンクロ召喚に成功した時、自身に魔力カウンターを2つ乗せる。また、『アーカナイト・マジシャン』の攻撃力は自身に乗っている魔力カウンターの数×1000ポイントアップする」

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 0→2

ATK400→2400

 

 

「『マジカル・コンダクター』の効果発動。自身に乗った任意の数の魔力カウンターを取り除くことでその数と同じレベルの魔法使い族モンスターを1体手札、または墓地から特殊召喚する。俺は魔力カウンターを2つ取り除き、墓地の『見習い魔術師』を特殊召喚。特殊召喚された『見習い魔術師』の効果で『アーカナイト・マジシャン』に魔力カウンターを1つ乗せる」

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター 4→2

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 2→3

ATK2400→3400

 

 

「墓地の『スポーア』の効果発動。墓地の『ダンディライオン』を除外し墓地から特殊召喚。そして『スポーア』のレベルは除外した『ダンディライオン』のレベル分アップする」

 

 

スポーア

レベル1→4

 

 

「レベル2の『見習い魔術師』にレベル4となった『スポーア』をチューニング。シンクロ召喚、『マジックテンペスター』」

 

 その容姿はマジカル・コンダクターと瓜二つ。違うのはローブの色が紺色になったのと手に持った透明な刃の大鎌を持っているという点だ。

 

 

マジックテンペスター

ATK2200  DEF1400

 

 

「『TG ハイパー・ライブラリアン』の効果で1枚ドロー。そして『マジックテンペスター』はシンクロ召喚成功時、自身に魔力カウンターを1つ乗せる」

 

 

マジックテンペスター

魔力カウンター 0→1

 

 

 勝負を決めた気になり騒いでいた外野もこの怒濤の展開を前に威勢が無くなってきていた。まぁ1ターンでシンクロ召喚を4回した上に手札が7枚もあるこの状況で何も感じないような素人では無いようだ。

 

「そして魔法カード『魔力掌握』を発動。『アーカナイト・マジシャン』に魔力カウンターを1つ乗せる。さらに魔法カードを使ったことで『マジカル・コンダクター』にも魔力カウンターが乗る」

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 3→4

ATK3400→4400

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター 2→4

 

 

「そしてその後デッキから『魔力掌握』を手札に加える」

「ふ、ふははっ! だが、その攻撃力では俺のバルバロスUrには届かない!! 残念だったな!!」

 

 この展開を見てやっと絞り出した虚勢も次の展開で完全に沈黙することになる。

 

「『アーカナイト・マジシャン』の効果発動。フィールド上の魔力カウンターを1つ取り除くことで相手の場のカードを1枚破壊する。俺は『マジカル・コンダクター』に乗った魔力カウンター4つを取り除き、『神獣王バルバロス』、『可変機獣 ガンナードラゴン』、『神禽王アレクトール』、『神獣機王バルバロスUr』を破壊」

 

『アーカナイト・マジシャン』の杖は『マジカル・コンダクター』から飛び出した魔力弾を吸収し宝玉が目映い輝きを放ち始める。そしてその杖を勢い良く天に突き出すと、杖から魔光線飛び出し天に吸い込まれていく。すると上空に突如暗雲が立ちこめ、天から4本の雷がスキンヘッドのモンスターすべてにそれぞれ突き刺さる。ゴァァァ!!っと断末魔の叫びを上げ破壊されていくモンスター達。こうしてスキンヘッドを守る壁モンスターはいなくなった。外野、スキンヘッド共々目の前で起こってる状況に頭が追いつかないのか口をパクパク開閉しているだけで声が出てこない。

 

「死神の魔導師……」

 

 ポツリ、観客の誰かがそう零した。

 その言葉を皮切りにざわめきが波紋を起こしてく。

 2年間、『デュエル屋』で未だ無敗記録を更新中の裏では知らぬもののいないデュエリスト。

 数多の同業者を葬り続ける魔法使い族の使い手。

 そしていつしかついた通り名が『死神の魔導師』だった。

 まぁ、本人から言わせると超がつく程どうでも良いことでしかなかったのだが。

 

「『マジック・テンペスター』効果発動。手札を任意枚数捨てることで捨てた枚数分だけ魔力カウンターを乗せることの出来るカードに魔力カウンターを乗せる。俺は手札7枚をすべて捨てその魔力カウンターをすべて『アーカナイト・マジシャン』に乗せる」

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 4→11

ATK4400→11400

 

 

 目の前で繰り広げられる光景を前に観客はもはや言葉を失ったようだ。その目は見開かれ目の前で起こる光景をその目に焼き付けていた。

 

「こ、こ、こ、攻撃力、い、いい、11400っ!!??」

 

 ただただ対戦相手だけは目の前の超高攻撃力のモンスターの前に恐れ戦くことしか出来ないようだった。

 

「バトルだ。全モンスターでダイレクトアタック」

「いぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 実に耳障りな悲鳴を上げながらスキンヘッドは光に呑まれていった。

 

 

スキンヘッドLP4000→0

 

 

 

————————

——————

————

 

 報酬はたんまり入った。

 学生なら一年しっかりアルバイトしてやっと手に入るぐらいの量だろうか。前金と合わせたらその倍である。依頼の中でもなかなかのものだ。

 もう辺りはすっかり暗くなった夜道。

 既に変装の着替えは済ませ制服の姿に戻っていた。

 このまま帰宅すれば23時頃といったところか。

 狭霧も既に戻ってる頃だろう。

 

「……………………」

『……………………』

 

 特に話すこともないので自然と沈黙が訪れる。

 まさに彼女の名前通りだな。

 横目に映るフワフワと浮かびながら移動する半透明の魔女の姿にそんなことを思う。髪同様に透き通るような白い肌にすらりと伸びた細長い手足、存在を主張する腕の間の双丘とスタイルはモデルさながら。身につけた魔導師の服も白で性格も汚れの無い純粋な心の持ち主。

 この世界に来てからずっと一緒にいるが、何で俺なんかと一緒にいるのか本当に謎だ。

 押し慣れたマンションのインターフォンの前でいつもそんなことを思う。

 

 常に物憂げな表情な男の隣に浮かぶ少女は果たして何を想うのか。

 そのことを理解するのはもう少し後のお話。

 八代の今の(・・)日常はこう繰り返されていく。

 



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『デュエル屋』の日常 その2

『……すた……ま……』

 

 午前8時。

 部屋の窓から差し込む温かい日差し。

 この時期の朝は暑過ぎず寒過ぎずで実に快適である。

 自然とベッドの甘い誘惑も増し意識が混濁した微睡みの時間にもう少しだけ浸っていたいと言う欲望が沸々と湧いてくる。

 

『マスター……マスター……』

 

 先ほどから聞こえる小鳥のさえずりのような可愛らしい声が意識を覚醒へと導いていく。まったく、今日は日曜なんだ。もう少しこのままでいさせてくれ。

 

『マスター……起きないと狭霧さんが来ますよ?』

 

 体を優しい手つきで揺すられる。俺の意識を完全に覚醒させようと繊細な指先の感覚がパジャマ越しに伝わってくるが、それでもこのぼんやりとしたフワフワする感覚の中にいたいと言う欲望が勝った。故に。

 

「……………………」

 

 この俺に憑いている精霊の少女のことは無視した。

 目を閉じたままゆっくりと自分の意識を落としていこう、そう決意した矢先。

 

「八代君! 起きなさい! もう朝よっ!」

 

 勢い良く開け放たれたドアと共に眠気を一気に吹き飛ばすような快活な一声が俺の部屋に響き渡った。

 青髪のショートカットの美人キャリアウーマンである狭霧深影、この人が俺の同居人であった。

 

 

 

————————

——————

————

 

「いただきます!」

「いただきます」

『………………』

 

 食卓に並ぶのは一般家庭でも並ぶスクランブルエッグにハム、トースト、サラダと言った定番メニュー。狭霧の料理の腕は確かなもので出てくる料理はどんなものでも外れることは無い。半年間の同居で分かったことである。うん、ハムうめぇ。

 日曜の午前なのに彼女が早く起きるのには理由がある。なんでも彼女は治安維持局に勤務し、さらに現キングであるジャック・アトラスの秘書をしているらしい。キングとはこの世界のデュエリストの頂点に立つ者に与えられる称号でデュエルが中心のこの世界ではキングはアイドルのような存在だ。

治安維持局の勤務は週末休みが取れることが多いのだが、キングの秘書ともなると週末に休みが取れることは少ない。なにせこの世界におけるデュエル界のキングなのだ。当然休みの少ない多忙なスケジュールで動いているわけで、その秘書だけが休みを取れるなんてこともあるはずも無い。そのため平日同様に起床し朝食を作り身支度をして出勤していく。

 狭霧は朝の料理だけでなく家に帰れば家事全般もそつなくこなす姿はまさに女性の鑑。そんな彼女だが唯一の欠点があるとすれば男っ気が無い点だ。外見も間違いなく美人の部類に入るしスタイルも良い、家庭的であると言う男のまさに理想の女性なのだが、アトラス様アトラス様と秘書として仕事をしている相手にぞっこんで他の男には見向きもしないのだ。そろそろ叶わぬ恋なんて追いかけずに現実を見ないとアラサーもすg……

 

「八代君?」

「はいなんでしょう?」

「今失礼なこと考えてなかった?」

「……いいえ、なにも」

 

 疑わしそうな目を向けてくる狭霧。こっちの思考を読んだのかと思わせるような鋭い勘というのは女の勘というヤツなのか。恐ろしいものを感じる。

 

『………………』

 

 ちなみに俺の傍らで佇んでいる少女はと言うと精霊化して言葉を発することも無くただ俯いている。実体化も出来るがその姿を他人に晒す気は無いため他人がいる時は精霊化することを約束している。食事は摂っても摂らなくても良いらしいので二人きりのときに稀に摂っている。こいつもそうだが狭霧も何で俺なんかと同居しているのか謎である。もちろん衣食住に不自由の無い生活が送れて感謝はしている。ただ…

 

「八代君、今日は何か用事はある?」

「……いや、特には」

「なら、私と一緒に来てくれる?」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい」

 

 なんというか少し……いや、かなり強引な節が多い。出会った日もそうだった。依頼終わりですっかり遅くなった帰り道に俺はうっかり彼女に職質で捕まってしまったのだ。普段はそんなヘマはしないが、その時の運悪く依頼はいつもよりもハードで完全に周りへの注意力が欠けていたためバッタリ遭遇してそのまま御用という訳だ。仕事関係で知り合った情報屋の雑賀の伝手で作ってもらった偽造戸籍のおかげで身元が証明できたから良いものの無かったらと思うと寒気が走る。一応、戸籍上は両親無し親戚無しの一人暮らしになっているため今まで自由に生きてこられたけどそのときはそれが仇となった。狭霧は名前の確認をして俺の素性を調べたると何を思ったのか突然俺を保護すると宣いだしたのだ。

 曰く「15歳とは言えまだ子どもなのに身寄りの無い生活は危ないでしょ?」とのことで抵抗も虚しく狭霧宅に半ば強引に拉致される形で同居生活をするようになった。保護責任者になるまでの速度はまさに電撃作戦なんて生温いもんじゃない。それからもデュエルアカデミアへの入学手続きなどもされて学校に通う羽目になったり、一度こうと決めたことは曲げずに押し通してくることが多い。週末一緒に仕事場に連れてかれるのも依頼のない日は部屋にこもりっぱなしの俺を見かねていつもの様に出かけることを押し通されているのだ。ちなみに抵抗は無意味さは学んだ。圧のある笑顔の裏に感じる何かが俺に抵抗するなと囁いている。

 

「ごちそうさま!」

「ごちそうさま」

『……………………』

「それじゃあ、出る支度をしたら出ましょ」

「わかりました」

 

 どうせ向こうに行けばあいつに絡まれるんだろうな。めんどくせぇ。一応デッキの準備はしておこう。

 

 

 

————————

——————

————

 

 治安維持局。

 これはこの世界における実質のトップであると言っても差し支えの無い組織。

 その完全なる実態は把握していないが、セキュリティといういわゆる警察組織を下に抱えており、治安維持の名の下に市民を取り締まることが出来る時点でその権力の大きさが伺える。セキュリティには大きく分けて二種類の仕事があり、一つは俺の住んでる町、すなわちシティでの警備活動である。

 そしてもう一つはシティとは海峡で隔てられているサテライトと呼ばれる地域の監視である。サテライトとは身分の低い人間や犯罪者が住んでいる場所で、サテライトの住人はシティの人間から差別されると言った風潮がある。またサテライトの住人がシティに入ることは原則禁止されているため、セキュリティはその監視をするらしい。

 この世界に流れ着いた俺から言わせりゃシティだろうがサテライトだろうが住む場所が違うだけで同じ人間としか思えないんだが、どうにもこの世界の住人とは感覚が違うらしい。中にはサテライトの住人をクズと罵り見下してる人間もいる始末だ。ほら、今休憩室に入ってきたこいつとか。

 

「ちっ! 休憩室に来てテメェの顔を拝まなきゃならねぇなんてのは今日はよっぽどツイて無いらしいなぁ」

「……………………」

『……………………』

 

 俺を見るなり悪態を吐きはじめるおっさん。

 日焼けした浅黒い肌に太い眉、頬には大きな傷跡があり全体的にガタイが良いため、凄い厳つい。緑のセキュリティの制服を身につけているが、この顔で凄まれたらどっちが悪人なのか分からなくなるだろう。

 なぜだが分からないが俺はこのおっさんに出会った時から目の敵にされている。まぁ俺もこのおっさんが嫌いだからどう思われてようがどうでも良いことだ。このおっさんが嫌いなのはこの精霊の少女も同じらしく普段はあまり見せない敵意を向けた視線をおっさんに送っている。もっとも相手には見えてないので何の効果もないのだが。

 

「けっ! 相変わらず何考えてんのかわかんねぇ薄気味悪いガキだ」

 

 反応を示さなかったのがお気に召さなかったのか顔を不快そうに歪めている。さっさとその缶コーヒー飲んで帰ってくんないかなぁ。

 大体狭霧が居ない時はこうやって悪態を吐くだけ吐くとそのまま帰ってくれるのだが、狭霧が居るとなぜかコイツはデュエルを挑んでくる。全くその思考回路は理解できないが、今日はまだ運が良い。狭霧が居ないんじゃわざわざデュエルしないで済みそうだ。早くこのまま帰ってくれ。

 

「今日の仕事は早く終わったわ。帰りましょ、八代君。ってあら? 牛尾君じゃない」

「…………はぁ」

 

 花が咲いたような笑顔を浮かべ帰ってきた同居人の間の悪さに思わずため息が溢れる。結局か……

 

「……おい、八代。デュエルだ」

 

 この瞬間、なぜか先ほどよりも機嫌が数段悪くなったこのおっさんとのデュエルが確定した。

 

 

 

————————

——————

————

 

 デュエルの場所はセキュリティのデュエル場。

 ここで普段セキュリティの人間はデュエルをし、お互いにその腕を磨いている。おっさんとデュエルする時はいつもここのため、もうここの景色は見飽きた。セキュリティ内でこのおっさんとのデュエルはちょっとした見せ物になっているようで、まわりにはガヤガヤとセキュリティの人間が集まってきている。依頼での仕事なら人前だろうが割り切れるけど、こういうどうでも良いデュエルのためにわざわざ人前に出るのは好かない。なるべく早く終わらせよう。

 

「それじゃあ、二人とも準備は良い?」

 

 おっさんと相対する間に立ってこのデュエルを仕切るのは狭霧。あの時あのまま一緒に帰ってくれればこんなことにはならなかったんだけどなぁ。おっさんに聞こえないように頑張ってねって言ったつもりだろうけど、耳打ちした時点で俺のことめっちゃ睨んでたぞ。

 

「はい! ……今日こそコテンパにしてやるぜ!! 覚悟しなぁ!!」

 

 人が変わったような誠実そうな声で狭霧に返事をしたが、その後俺に向けられた声はドスの効いた敵意あふれる声だった。

 ちなみに毎回そう言ってるおっさんだが今まで一度も負けたことは無い。OCGでの禁止カードも使ってんのに、情けないこった。今回のデッキは昨日少し弄ってたデッキ。ちゃんと回れば余裕で封殺できるだろう。

 

「デュエル!!」

「デュエル」

 

 今回は俺が先攻のようだ。先攻だったらまず勝ちが確定したようなものか……っておや? なんだ、この手札は?

 

『…………………………』

 

 思わず精霊の少女にジト目を送る。少女はというと申し訳なさそうに頬を僅かに赤らめながら俯いてもじもじしている。

 はぁ、前回の依頼のときに場に出さなかったせいか……まぁコイツが手札に来るのはまだ良い。だが、この手札はなんだ? 入れた覚えも無いカードまで手札に来てやがる。こんなカード、このデッキじゃ発動の機会なんかまず無いだろ。昨日デッキ弄ってるときに他のデッキのパーツが混ざったのか? スリーブに入れてないから他のデッキのカードとの見分けがつかないんだよなぁ。それにそれだけじゃなくて全体的に見てもこのデッキコンセプト的に事故だろう。まぁ泣き言は言ってられないか。一度始まったデュエルは今更どうしようもない。

 

「俺のターン。ドロー」

 

 手札に新たに加わったカードを確認する。うん、ひでぇ。

 こうなるともう出来得る手は限られてくる。

 

「俺は『サイレント・マジシャンLV4』を召喚」

 

 小さな魔方陣から姿を現したのは長めのうっすらピンクがかっているようにも見える白髪の小柄な少女。その容姿はいつも俺の側にいる少女の姿を少し幼くしたものそのものだ。ブルーとホワイトのツートンカラーのローブを纏い、体格にあったサイズの小さいロッドを持ち、頭に被った白色の尖り帽を被ったその様子はまさに魔法少女だった。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK1000  DEF1000

 

 

「申し訳ありません……」

 

 ソリッドビジョンで実体化した『サイレント・マジシャンLV4』は俺だけに聞こえるようにぼそっと呟いた。その謝罪は今手札で起きていることへのことか。

 

「こういったリスクがあるのを承知の上での構築だ。覚悟は出来てる」

 

 同じくサイレント・マジシャンにだけ聞こえるように背中に言葉を投げる。

さて、そうは言ったもののあまり状況は良くない。

 

「俺は永続魔法『強欲なカケラ』を発動。そしてカードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 本来なら『大嵐』や『サイクロン』の対策のキーカードを出して安全に『強欲なカケラ』を発動したかったんだが、こう言う事故が起きた以上は止むを得ない。

初手で『大嵐』を握られてなければ良いが……

 

 

「俺のターン! ドロー!!」

「この瞬間、『サイレント・マジシャンLV4』の効果発動。相手プレイヤーがドローする度にこのカードに魔力カウンターを乗せる。そしてこのカードの攻撃力は自身に乗っている魔力カウンターの数×500ポイントアップする」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 0→1

ATK1000→1500

 

 

 魔力カウンターが乗ったことでその容姿は少し成長し、髪も身長も伸び小学校の高学年相当の体つきになった。

 

「俺は『カオスライダー グスタフ』を守備表示で召喚!」

 

 大型バイクに股がる筋骨隆々な男が爆走しながら現れる。体には肩に金属で出来た棘付きの肩パットや肌の色がほとんど分かる程露出するような金属を巻き付けるだけと言うなんとも世紀末を彷彿させるような格好だ。表側守備表示で召喚されたため手持ちの長刀を構えず、また全体のカラーリングがすべてブルー系になっている。

OCGルールとは異なる点の一つとしてこの世界では表側守備表示での召喚が許されている。これの利点としてパッとあげられるのはディフォーマー系のモンスターは守備表示での効果を直ぐに使えると言ったところか。

 

 

カオスライダー グスタフ

ATK1400  DEF1500

 

 

「さらにカードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 どうやら初手に『大嵐』は無かったようだな。

 伏せカード1枚。牛尾のデッキなら攻撃反応型の相手モンスターを破壊する類いの罠か、表示形式を変更するタイプの罠か。まぁどちらにせよ問題は無いか。

 

「俺のターン、ドロー。通常ドローをしたことで永続魔法『強欲なカケラ』に強欲カウンターを置く」

 

 

強欲なカケラ

強欲カウンター 0→1

 

 

 一応、ここはあの罠を警戒する意味でも堅実に動こう。

 

「俺は『魔導騎士 ディフェンダー』を召喚」

 

 金縁の重厚なメタリックブルーの鎧を身に纏った騎士がサイレント・マジシャンの横に並び立つ。右手の剣の大きさはナイフ程の長さと短いのに対し、左腕の盾はサイレント・マジシャンの身の丈程もあるくらい大きい。その能力もまさにディフェンダーの名に恥じぬ強固なものだ。

 

 

魔導騎士 ディフェンダー

ATK1600  DEF2000

 

 

「このカードの召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1つ置く」

 

 

魔導騎士 ディフェンダー

魔力カウンター 0→1

 

 

「バトルだ。『魔導騎士 ディフェンダー』で『カオスライダー グスタフ』を攻撃」

 

 左手の巨大な盾の中心の赤い宝玉に光が集まり青白い光の壁が『カオスライダー グスタフ』に迫る。衝突した光の壁の衝撃に耐えようと踏ん張りを見せる『カオスライダー グスタフ』だったが、耐えきることが出来ず吹き飛ばされ破壊されていった。

 

「このときトラップカード『ブロークン・ブロッカー』を発動! このカードは自分フィールド上の攻撃力より守備力が高いモンスターが戦闘によって破壊されたとき発動することが出来る。そして、そのモンスターと同名のカードを2体まで自分のデッキから表側守備表示で特殊召喚する。俺はデッキから『カオスライダー グスタフ』をデッキから2体特殊召喚するぜ」

「……カードを1枚セットし、ターンエンドだ」

「へへっ! 俺のターン! ドロー!!」

「『サイレント・マジシャンLV4』の効果で魔力カウンターが一つ増える」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 1→2

ATK1500→2000

 

 

 あまり良い状況じゃないな。モンスターを残してあいつにターンを回してしまった。となると、あの禁止カードが間違いなく来る。今のところこの手札じゃ処理できない以上なんとか耐えるしか無いか…

 

「俺はマジックカード『増援』を発動するぜ! 俺が手札に加えるのはチューナーモンスター『トラパート』だぁ!!」

 

 よりにもよって厄介なモンスターを加えやがって……あのモンスターは戦士族シンクロモンスターのシンクロ召喚にしか使用できないと言う制約を負う代わりに、シンクロ召喚したモンスターが戦闘を行う時、ダメージステップ終了時まで相手の罠カードの発動を封じる効果がある。シンクロ召喚されればこのデッキにおいてはかなり厄介な存在になる。

 

「今加えた『トラパート』を召喚! そしてレベル4の『カオスライダー グスタフ』にレベル2の『トラパート』をチューニング! シンクロ召喚! 『ゴヨウ・ガーディアン』! 見やがれ、これが権力だ!」

 

 まったく初手に召喚反応型の罠が無かったことが悔やまれる。

歌舞伎役者のような隈取りで顔を彩ったが体の良い大男。髪型から服も江戸の時代感を持ったモンスターで武器も長い紐に結んでつけた十手と江戸時代の警察を彷彿させる。

 

 

ゴヨウ・ガーディアン

ATK2800  DEF2000

 

 

 六つ星シンクロモンスターの中でも破格の攻撃力を持つこのモンスターはOCGでシンクロが出現した初期のもので、まだシンクロの有能性を理解してなかったのかデメリットも存在しない。その出しやすさと強力な能力故に禁止カードとなってしまったカードだ。

 

「さらに『カオスライダー グスタフ』の効果発動。このカードは1ターンに墓地の魔法カードを2枚まで除外することができ、除外した枚数×300ポイント攻撃力が相手のターン終了時までアップする。俺は墓地の『増援』を除外し攻撃力を300ポイントアップさせるぜ!」

 

 

カオスライダー グスタフ

ATK1400→1700

 

 

 おっさんの場にエースモンスターが出たため見物する同僚のセキュリティの連中は盛り上がりをみせる。その様子に満更でもないような得意げな表情を浮かべたながらおっさんはデュエルを進める。

 

「行くぜ! 『カオスライダー グスタフ』で『魔導騎士 ディフェンダー』を攻撃!! 暴走上等 参連悪辰苦!」

「トラップカード『攻撃の無敵化』を発動。このターン『サイレント・マジシャンLV4』の効果破壊及び戦闘破壊を防がせてもらう」

 

 『ゴヨウ・ガーディアン』の攻撃宣言時は『トラパート』できないため、ここ以外でこのカードを発動するタイミングはない。『魔導騎士ディフェンダー』に使うことも出来たが、効果破壊カードを万が一握られていたら新たな札を使うことになる。先を見据える意味でもここはあまり多くのカードを使うリスクは避け堅実に動く。

バイクを勢い良く発進させ『魔導騎士 ディフェンダー』と距離を詰めると、長刀で一閃。『魔導騎士 ディフェンダー』は斬りつけられる。

 

 

八代LP4000→3900

 

 

「このとき『魔導騎士 ディフェンダー』の効果発動。自身に乗った魔力カウンターを取り除いて破壊を免れる」

 

 

魔導騎士 ディフェンダー

魔力カウンター 1→0

 

 

 この『攻撃の無敵化』でこのターンのサイレント・マジシャンの破壊は出来なくなった。本来だったら『ゴヨウ・ガーディアン』がサイレント・マジシャンを攻撃してきたときに『攻撃の無敵化』を発動することでダメージを最小限に減らしてかつ『魔導騎士ディフェンダー』を奪われることを防ぎたかったのだが……『トラパート』を使われた以上は仕方ないことだ。あの『ゴヨウ・ガーディアン』を突破できるのはこのデッキにはこのサイレント・マジシャンの他には無い。それを破壊されたら本末転倒だからな。まさか『攻撃の無敵化』が適用されているサイレント・マジシャンに攻撃を仕掛けてくることは無いだろう。さぁ『魔導騎士ディフェンダー』を攻撃するが良い。

 

「……さらに『ゴヨウ・ガーディアン』で『魔導騎士 ディフェンダー』を攻撃! ゴヨウラリアット!!」

 

 本来はサイレント・マジシャンに攻撃を仕掛けたかったみたいだな。まぁ後半厄介になるのはサイレント・マジシャンだ。

 紐付きの十手を振り回し勢い良くそれを投擲する。十手は『魔導騎士 ディフェンダー』の盾を容赦なく貫きそのまま破壊した。

 

 

八代LP3900→2700

 

 

「この瞬間、『ゴヨウ・ガーディアン』の効果が発動だぁ!! 戦闘で破壊した相手のモンスターを自分の場に守備表示で特殊召喚する!」

 

 『魔導騎士 ディフェンダー』を貫いた十手はそのまま虚空を締め上げるように回りだす。そしてそれを勢い良く引く動作とともにその虚空を巻き上げていた中に『魔導騎士 ディフェンダー』が出現し、おっさんの場に守備表示で置かれる。面倒くさい能力だ。

 

「これで俺はターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー。通常ドローをしたことで『強欲なカケラ』に強欲カウンターが1つ乗る」

 

 

強欲なカケラ

強欲カウンター 1→2

 

 

「そして強欲カウンターが2個乗った『強欲なカケラ』を墓地に送ることでデッキから2枚ドローする」

 

 ……流石に制限カードの『オネスト』とか『月の書』が都合良く来てくれるなんてことはないよな。ここは耐えるしかないか。

 

「俺は『マジシャンズ・ヴァルキリア』を守備表示で召喚」

 

 『マジシャンズ・ヴァルキリア』は守備表示で召喚したために屈んでいるが、立てば隣に並び立つサイレント・マジシャンよりも少し身長がある女性平均よりは少し高い程度の背丈の魔法少女。その出で立ちは整っており、帽子から溢れる長いサラサラのオレンジの髪や細足掻くスラリと伸びた手足からは気品を感じる。ややグリーン寄りのブルーの魔導師のローブから大胆に露出した肩や胸元、太ももはとても色っぽく目に毒である。

 

 

マジシャンズ・ヴァルキリア

ATK1600  DEF1800

 

 

 こいつでサイレント・マジシャンの魔力カウンターが溜まる時間をなんとか稼ぎたいところだ。

 

「バトルフェイズ。『サイレント・マジシャンLV4』で『カオスライダー グスタフ』を攻撃」

 

 まだ完全に魔力を充足させれた訳ではないが、レベル4の中では十分強力な打点のになったサイレント・マジシャンの放った白色の魔力弾は『カオスライダー グスタフ』をあっさりと吹き飛ばす。

 

 

牛尾LP4000→3700

 

 

「ちっ!」

「そしてカードを1枚伏せてターン終了」

「俺のターン! ドロー!」

「『サイレント・マジシャンLV4』に3つ目の魔力カウンターが乗る」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 2→3

ATK2000→2500

 

 

 ようやく普段の見慣れている精霊状態程の背丈に成長した姿になったサイレント・マジシャン。日常生活のときのどこか儚げな印象はデュエルのときは無く、その瞳には強い意志を感じる。

 

「くっ……」

 

 おっさんの表情からは焦りが見える。どうやらサイレント・マジシャンをこのターン処理できるカードが無いようだ。これはチャンスか?

 

「バトルだぁ!」

「いや、このメインフェイズ終了時リバースカード発動。『ガガガシールド』を『マジシャンズ・ヴァルキリア』に装備。装備モンスターは1ターンに2度まで戦闘破壊とカード効果による破壊を無効にできる」

「なにぃ!?」

 

 『トラパート』の効果で『ゴヨウ・ガーディアン』の攻撃するときにこのカードを発動することは出来ない。故にこのタイミングで発動。『マジシャンズ・ヴァルキリア』の効果でこの『マジシャンズ・ヴァルキリア』以外の魔法使い族モンスターへの攻撃が封じられてる今、『マジシャンズ・ヴァルキリア』の守備力を突破できるモンスターは『ゴヨウ・ガーディアン』以外居ないため、このバトルフェイズは手札に『サイクロン』でも握ってない限り無意味なはず……

 

「……ならばモンスターをセットしてターンを終了だ」

「俺のターン。ドロー」

 

 よし、こっちの思惑通り時間は稼げてる。それにしてもここでセットモンスターか。リバース効果で破壊するようなモンスターは入ってなかったと思うが、万が一それでも対応は出来る。だからここは普通に攻める。

 

「俺は『魔導戦士 ブレイカー』を召喚。このカードの召喚成功時、このカードに魔力カウンターを1個乗せる。そしてこのカードの攻撃力は乗ってる魔力カウンター1個につき300ポイントアップする」

 

 『魔導騎士 ディフェンダー』とは対照的に金縁に紅の細身の鎧を身に纏った戦士が現れる。右手の剣も左手の盾もバランスのとれたサイズで『魔導騎士 ディフェンダー』と比較すると機動力が高そうな印象だ。

 

 

魔導戦士 ブレイカー

魔力カウンター 0→1

ATK1600→1900  DEF1000

 

 

「バトル。『サイレント・マジシャンLV4』で『魔導騎士 ディフェンダー』に攻撃」

 

 先程よりも一回り大きくなった白色の光弾が『魔導騎士 ディフェンダー』目掛けて放たれる。その巨大な盾で光弾を迎え撃つも盾の範囲をも上回るサイズの光弾はその姿全体を覆い尽くし光の中で『魔導騎士 ディフェンダー』は消滅した。

 

「さらに『魔導戦士 ブレイカー』でそのセットモンスターに攻撃」

「破壊されたのは『マッド・リローダー』だぁ! このカードが戦闘で破壊された時、自分の手札を2枚墓地に送り、2枚新たにドローする」

「ドローしたことで『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターがさらに乗る」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 3→4

ATK2500→3000

 

 

 今となっては後の祭りだが『魔導戦士 ブレイカー』から先に攻撃しておけば、『ゴヨウ・ガーディアン』を処理できたという訳か。まぁサイレント・マジシャンの魔力カウンターが増え、良い方向に流れが出来たと前向きに考えよう。

 

「俺はカードを1枚伏せターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

「この瞬間、『サイレント・マジシャンLV4』に最後の魔力カウンターが乗る」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 4→5

ATK3000→3500

 

 

「『サイレント・マジシャンLV4』の攻撃力が俺の『ゴヨウ・ガーディアン』を上回ったからっていい気になるなよ?」

「…………………………」

 

 相手の手札は依然5枚。油断するなんて文字は当然ない。まして、こちとら軽く事故を起こしてるんだ。伏せてある3枚のうちの1枚は間違って混ざってたカードでブラフにしかなっていないし、残りの2枚の伏せも正直心許ない。このターンが勝負。

 

「ちっ! その澄ませた顔をしてられるのも今のうちだ! マジックカード『大嵐』発動!フィールド上のすべての魔法・罠カードを破壊する!」

「カウンタートラップ『魔宮の賄賂』発動。その『大嵐』の発動を無効にする」

「くっ、だがその後『魔宮の賄賂』の効果で俺は1枚ドローするぜ!」

 

 危なかった。『魔宮の賄賂』が無ければ守りが無くなるところだ。本来なら伏せるカードを今のような『大嵐』で処理されないように、『大嵐』そのものを発動できないようにするんだが。キーカードが今回はことごとく来ていない。

 

「俺は『悪夢再び』を発動! 墓地から守備力0の闇属性モンスター2枚手札に加える。俺は墓地の『マッド・リローダー』と『ダーク・スプロケッター』を手札に加える」

 

 これで手札は6枚。さて、何を仕掛けてくる。

 

「俺はディスクライダーを召喚!」

 

 猛々しいエンジン音とともに姿を見せたバイクを駆るモンスター。大部分の緑色の肌を露出しており、そこから見える筋骨隆々の鍛え上げられた肉体はたくましいの一言に尽きる。メタリックブルーとシルバーの2色をベースにしたバイクのカラーリングは『カオスライダー グスタフ』と対照的だ。

 

 

ディスクライダー

ATK1700  DEF1500

 

 

「さらに墓地の『ヘルウェイ・パトロール』を除外することで、手札から攻撃力2000以下の悪魔族モンスターを特殊召喚する。これにより『ダーク・スプロケッター』を特殊召喚!」

 

 さっき戦闘破壊した『マッド・リローダー』のコストを上手く使っているな。それにしても『ダーク・スプロケッター』とはこの場合は厄介なチューナーだ。

 

 

ダーク・スプロケッター

ATK400  DEF0

 

 

「レベル4の『ディスクライダー』にレベル1の『ダーク・スプロケッター』をチューニング! シンクロ召喚! 現れよ、泣く子も黙る双子の野獣刑事! 『ヘル・ツイン・コップ』!」

 

 赤い二つのライトを照らすバイクに乗っているのは双頭の野獣。分厚い筋肉に覆われた肉体の背中からは翼が生えており、その姿はまさに化け物。その化け物が乗るバイクもハンドルに4つの目がついていると言う怪物バイクと、まさにおっさんが言う通りこんなモンスターを見たら泣く子も黙ると言う言葉も頷ける。それにしてもこのおっさんやたらバイクに乗ったモンスター好きだよな。

 

 

ヘル・ツイン・コップ

ATK2200  DEF1800

 

 

「『ダーク・スプロケッター』が闇属性モンスターのシンクロ素材に使われた時、フィールド上の表側表示の魔法・罠カードを1枚破壊できる。これにより『マジシャンズ・ヴァルキリア』に装備された『ガガガシールド』を破壊だぁ!!」

 

 これで『マジシャンズ・ヴァルキリア』は処理されてしまう。だが、これではまだサイレント・マジシャンを突破することは出来ない。残りの手札4枚で何が来る?そう考えているとおっさんの顔がニヤリと歪む。

 

「まだ『サイレント・マジシャンLV4』が突破できないと思って落ち着いているようだが、まだ俺のモンスターは出そろっちゃいねぇ!! 俺は手札の3枚のモンスターを墓地に送り、手札から『モンタージュ・ドラゴン』を特殊召喚するぜ!」

 

 それは三つ首の竜だった。

 特徴的なのはブルーとホワイトのツートンカラーも然ることながら、細身な二の腕と比べて圧倒的にアンバランスな腕の大きさである。その手の大きさは一つの竜の頭をも軽々と覆えてしまう程の大きさだ。

フィールド上のどのモンスターよりも大きく滲み出る威圧感は強大なもので、体の巨体に見合った巨大な翼で羽ばたく姿はただただ見るものを圧倒する。

 

「くくくっ、『モンタージュ・ドラゴン』の効果は知ってるよなぁ? 墓地に捨てたモンスターのレベルの合計の300倍の攻撃力を得るってことをよぉ。今俺が墓地に送ったのはレベル1の『マッド・リローダー』、レベル5の『手錠龍』、そしてレベル8の『モンタージュ・ドラゴン』! よってその合計は14! 攻撃力は4200だぁ!!」

 

 

モンタージュ・ドラゴン

ATK4200  DEF0

 

 

 これでこのおっさんの主力モンスターが揃った。

 周りのおっさんの同僚達も「今回……いけるんじゃねぇか……?」「ついに、牛尾のヤツやるのか?」「行けぇ! このまま押し切れ牛尾ぉ!!」などとボルテージが上がってきていた。確かに攻撃力2200、2800、4200のモンスターが並ぶ光景は錚々たるものだ。一方の狭霧はどこか不安げな表情でこちらを見ている。審判ならちゃんと全体を見ていて欲しいもんだ。

 

「覚悟は良いか!! 今日でお前には敗北を味合わせてやるぜ!! 『ヘル・ツイン・コップ』で『マジシャンズ・ヴァルキリア』を攻撃!」

 

 バイクに股がった『ヘル・ツイン・コップ』は爆走しながら『マジシャンズ・ヴァルキリア』に突っ込んでいき容赦なく弾き飛ばす。

 

「さらに『ヘル・ツイン・コップ』の効果発動! 相手モンスターを戦闘で破壊した時、攻撃力を800ポイントアップさせもう一度続けて攻撃することが出来る!!」

 

 

ヘル・ツイン・コップ

ATK2200→3000

 

 

「続けて『魔導戦士 ブレイカー』に攻撃だぁ!! やれぇ、『ヘル・ツイン・コップ』!!」

 

 さらに速度を上げ『魔導戦士 ブレイカー』に突っ込んでいく。手に持った盾で受け止めようにも攻撃力の差が開いたこのバトルで盾など意味をなすはずも無く撥ね飛ばされ破壊される。

 

 

八代LP2700→1600

 

 

「そして『モンタージュ・ドラゴン』で『サイレント・マジシャンLV4』に攻撃ぃ!! パワーコラージュ!!」

 

 『モンタージュ・ドラゴン』の三つの口に光が集まっていく。そして口元が見えなくなる程の発光量に達した時、それぞれの口から同時にそれは放たれた。攻撃力4200となったそれの一撃。それはこのデュエル場を照らし尽くすには十分な威力で目の前が真っ白になっていく。周りから聞こえる声や音も消えていき聞こえるのは迫り来る攻撃の轟音、視界に映るのはサイレント・マジシャンだけとなる。そのサイレント・マジシャンは迫り来る一撃を前に動じること無くその背中を俺に預けていた。

 

「リバースカードオープン……」

 

 俺の声もまた轟音に掻き消され目の前が白で塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はっはっはっ! これで俺の勝ちは決まりだぁ!! わっはっはっはっは!!!」

 

 初めに聞こえたのはおっさんの勝利を確信したような笑い声だった。くそっ、まだ視界がチカチカしてちゃんと見えねぇな。向こうもそろそろ気付く頃か?

 

「はっはっ……は……は……?」

 

 ようやく気付いたみたいだ。俺の場のサイレント・マジシャンが破壊されてないことに。そして俺のライフが削られていないということに。

 

「バカなぁ?!! なぜ『サイレント・マジシャンLV4』が破壊されてねぇ?!! どうしてテメェのライフが削られてねぇんだ?!?!」

「よく見ろよ、おっさん。俺の場で発動しているカードをよ」

「あぁん?! リバースカードだぁ?!」

 

 おっさんの視線はサイレント・マジシャンからその後ろの俺の場で発動しているリバースカードに向けられる。そしてそれを認識するとその表情は一変、驚愕したものへと変わった。

 

「禁じられた……聖……杯……だと……?」

「そう、俺は戦闘のダメージステップ時に速攻魔法『禁じられた聖杯』を発動させてもらった。この効果の対象となった『モンタージュ・ドラゴン』の攻撃力は400ポイントアップしたが、その効果は無効化されたため自身の効果で上がった攻撃力は0になったってことだ。よって攻撃力400となった『モンター・ジュドラゴン』の攻撃を受けても『サイレント・マジシャンLV4』は破壊されないのは当然だろ」

 

 

モンタージュ・ドラゴン

ATK4200→400

 

 

 静まり返るデュエル場。

 盛り上がりを見せていた周りの連中も一斉に黙り伏せる。

 圧倒的に押していたと思われた形勢が瞬く間に逆転してしまったその光景を呆然とその目に焼き付けていた。

 

「さて、それじゃあ反撃だ。いけ、『サイレント・マジシャンLV4』」

「はい」

 

 俺にだけ聞こえるような小さな返事を残し、サイレント・マジシャンは『モンタージュ・ドラゴン』の元へ飛んでいった。そして三つ首の真ん中の頭上に浮かぶとその杖を振り下ろす。

 

 閃光。

 

 杖の先が一瞬輝いたと思った瞬間、『モンタージュ・ドラゴン』を覆い尽くす白い魔力弾が膨張しその姿を包み込む。そして巻き起こる爆風。

 

「ぐぅぅぅ!」

 

 なんとか吹き飛ばされないよう踏ん張りきったおっさんの目の前には既に『モンタージュ・ドラゴン』の姿は無かった。

 

 

牛尾LP3700→600

 

 

 その表情は呆然としたものから苦々しげなものに変わる。気付いてしまったのだ。もう手札が無く打てる手だてが無いことに。

 

「ターンエンドだ……」

「俺のターン、ドロー」

 

 なんだよ、やっとお出ましか。だけどもう出番は無いカードだ。では、ずっと手札に来ていたカードを使いますかね。

 

「『サイレント・マジシャンLV4』の効果発動。魔力カウンターが5個乗っているこのカードを墓地に送ることで、手札またはデッキから『サイレント・マジシャンLV8』を特殊召喚する。俺は手札から『サイレント・マジシャンLV8』を特殊召喚する」

 

 『サイレント・マジシャンLV4』の姿が光に包まれその姿を変えていく。と言ってもその姿が大きく変化することは無く言うなれば完全な大人の女性の姿になった感じだ。表情が大人びるのも然ることながら胸元の膨らみが魔導師のローブ越しでもはっきりと見て取れる。

 これと一緒に初手に来たこのデッキに入れた覚えの無いカードを見たときは死に札過ぎて全く役に立たなかったが、なんとか出せて良かった。それにせっかく入ってたんだ、このカードもあまり意味をなさないけど使うか。

 

「さらにリバースカードオープン。『拡散する波動』。1000ポイントライフを払い、自分の場のレベル7以上の魔法使い族モンスター1体を選択する。このターン、選択したモンスターのみが攻撃可能になり、相手モンスターすべてに1回ずつ攻撃する。これにより『サイレント・マジシャンLV8』はすべてのモンスターへ攻撃が可能になった」

「なんだとぉ?!?!」

 

 

八代LP1600→600

 

 

「バトル。『サイレント・マジシャンLV8』で『ゴヨウ・ガーディアン』、『ヘル・ツイン・コップ』に攻撃!」

 

 サイレント・マジシャンが生み出した白く輝く魔力弾。その大きさは『拡散する波動』の効果も相まってか留まることを知らない。おっさんから見たらそれは最早『弾』と言うレベルではなく肉薄する『壁』のように映るだろう。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 おっさんの叫びとともにこのデュエルは幕を閉じた。

 

 

牛尾LP600→0

 

 

 

————————

——————

————

 

「相変わらず強いわね〜八代君は」

「……いえ、ただおっさんが弱いだけです」

 

 デュエルが終わり帰路につきながら狭霧が話を振ってくる。

 今回使ったのは【光軸里メタビート】

 ……だったはずなのだが、他のデッキパーツだった『拡散する波動』が混じってたり、初手に『サイレント・マジシャンLV8』が来てたり、肝心の『魔法族の里』や『奈落の落とし穴』、『次元幽閉』、『神の警告』などの妨害系の罠が全くこないと言う盛大な事故を起こしていた。いや、『魔法族の里』は最後に引いたけど来る頃にはもう必要なくなっていた。

 そんな状態なのに勝ててしまった今回のデュエルは偏におっさんが弱かっただけと言う結論を下すには十分な判断材料だ。ちゃんと回っていればダメージを受けること無く完封もありえただろう。

 

「あらあら、手厳しいわね……本人が聞いたらショックがるわよ?」

「……でも、事実ですので」

 

 俺の返答に苦笑いを返す狭霧。

 愛想が無いのは自覚している。というよりも会話をする気がそもそもあまり無い。だから、あのおっさんのような対応を受けるのは日常茶飯事であり、というよりもあのような態度を取られることの方が自然な対応だとすら思う。

 なのにこの狭霧深影と言う人間は俺と普通に接してくる。俺からすればそのことが不思議でならない。俺と同居することに彼女は何のメリットも無いはずなのに。

 この人の表情を読もうにもこの笑みの裏側の感情など読心術の心得の無い俺からは何も読み取れない。

 

「ん? 私の顔に何かついてる?」

「……別になんでもないです」

 

 キョトンとした顔で尋ねられた問いでようやく狭霧の顔を注視していたことに気付く。何でも無いと言う答えに“そう”と言い、続けて“……変なの”といきなりの笑顔が咲く。不意打ちでこんな笑顔向けられたら普通の男だったら一発で堕ちるんだろうなぁなどとどうでも良いことに思考を巡らせながら顔を背ける。

 夕方になり目の前で沈んでいく太陽がやけに眩しい。

 

「……………………」

「……………………」

『……………………』

 

 訪れる沈黙。

 だけど出会って間もない頃のような沈黙の気まずさのようなものは感じない。

 

「あっ!」

 

 思い出したかのように立ち止まり狭霧が声を漏らす。

 遅れて俺も足を止める。

 

「……どうかしましたか?」

 

 俺の問いかけになぜか一瞬、驚いたような表情を浮かべる。だが、それは一瞬であり直ぐに今日一番の満開の笑顔に変わると嬉しそうに答える。

 

「今日の夕飯は頑張ったご褒美に八代君の好きなカレーよ!」

 

 この同居生活が始まって半年が過ぎたが、この生活も悪くない。

 ふと、そんなことを思った。



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『デュエル屋』と十六夜

「学年混合デュエル……?」

 

 それはサイレント・マジシャンから教えられた突然の情報だった。そもそもいつものようにただただ机の上に突っ伏して過ごしていた俺にこの学校の情報など一言も入ってくるはずも無い。

 

『はい、この休み時間が終わったらデュエル場にてくじ引きで対戦相手を決めるそうです』

 

 机の横に立っているサイレント・マジシャンはそう情報を付け足す。なるほど、俺の周りに人が居ないってのはそう言うことか。周りが静かだったんで誰にも邪魔されること無く寝てられると思ったんだが。

 

「はぁ……」

 

 小さなため息が溢れる。ため息をすると幸せが逃げるというのが本当だとしたら俺から幸せなんて文字はとうに消滅しているのだろう、と勝手なことを思いながら重たい腰を持ち上げる。

 週末にまた弄ったデッキの内容はもう確認済みだ。適当に漁ったカードの中で偶然使えそうなカードを見つけ、それが加えてある。まぁ1枚しか入れてないが上手く使えれば上々だろう。

 ゆっくりと伸びをして体をほぐし、既に人が居なくなっている教室を後にした。

 

 

 

————————

——————

————

 

 学年混合デュエル。

 これはデュエルアカデミアの授業の一環として取り組まれた文字通りの学年混合でやるデュエルである。毎日ある自由デュエルの授業とは異なるところは中等科、高等科が合同でデュエルを行う点とこのデュエルは強制的に全員参加しなければならない点だ。そのデュエルの内容を見て高等科の生徒はその中等科の生徒のデュエルのプレイングのアドバイスやデッキ構築に関する意見などを述べる。それにより中等科の生徒はプレイングやデッキ構築の改善をし、デュエルの腕を向上させ、高等科の生徒は他人に教えられるまでにデュエルの理解を深めることが目的とされている。高等科としてはこの時間のデュエルで負けるなんてことはプライドが許さないため全力で取り組むし、中等科も自分の腕にさらに磨きをかけるため全力で臨むから良い授業だとは思う。ただ、中等科に居る高等科に匹敵するような腕の持ち主はそうは居ないし、退屈が予想されるのでやる気が出ない。

 そういやデュエル場ってここには結構いっぱいあるけどどこ集合なんだろうか?

 

『集合はデュエル場Aみたいです』

 

 さすがサイレント・マジシャン。ちょうどどのデュエル場か迷ってたところにすかさず会場を知らせてくれる気の利かせ方に感動を覚えつつ、デュエル場Aへと歩を進める。

会場に着けば既に人集りが出来ていた。

 中央に出来た列の周りに人が適当なグループを作っているようだ。周りのグループからはくじ引きの番号がどうとか言った話で盛り上がっているようだが、そんなもん誰とやろうが変わらんだろうに。なんだか16番の数字にはなりたくないとか話されてるが相手がよっぽど強いのだろうか? そうなら少し気になるが。

 

「次の者」

「はい」

 

 さて、順番が回ってきたか。どうせデュエルをするのは強制なんだ。せめて退屈しないようなデュエルがしたいものだ。箱の中に手を入れ折りたたまれた紙を取り出す。

 

「じゅう……ろく番です」

「……!」

 

 番号を告げると教師は表情を僅かに歪める。そう言えば周りの連中も16番がどうのこうの言ってけど、なんなんだ?

 

「八代。このデュエルは……するのか?」

「え? 学年混合デュエルなんですからするのでしょう?」

「それは……そうだな。まぁ、相手とよく話し合ってしなさい」

「はぁ」

 

 なんともよくわからない助言だったが一体なんだったのだろうか。

 天井からぶら下げられたモニターで対戦相手を確認する。俺は高等科の16番だから対戦相手は中等科の16番だ。えぇっと、16番の人は………じゅう、ろく、よる? なんて読むんだ、この苗字?

 苗字を確認しても読み方が分からない上に、分かったとしても相手の顔と名前が一致しないことに遅れて気付く。一体どんな相手なんだろうか?

 

『……あの人が……対戦相手みたいですよ?』

「…………?」

 

 サイレント・マジシャンが見ている方向に顔を向けると、人がまるで俺の視界から避けるように引いていく。そして人が避けた中ただ一人動くことの無かった入り口の壁に佇む女の子。

 赤い髪で全体的にミディアム程度の長さに整えられているが、髪の両端の部分だけ胸元まで伸ばしている独特の髪型。年齢の割に発達した丸みを帯びた体つき(主に胸元)で顔も美人さんだ。

 だがそんな彼女のパッと見の印象は“寂しそう”だった。このアカデミアでどのような立場なのかは周りに友達らしき人が居ないことからも容易に想像つく。それに好き好んで一人で居る俺と一緒な訳じゃないらしい。

 なるほど、今日の対戦相手は彼女なのか。それにしても周りのヒソヒソ話が非常に鬱陶しい。

 デュエル場はA〜Zまでの26箇所に別れており、一つの会場で3組ずつ試合が行われる。俺の番号は16だから会場はFで順番は一番目だ。元々人集り自体嫌いな質なんで早々に会場に向かうことにした。

 入り口の壁に佇む女の子とふと目が合う。

 

「…………………………」

「…………デュエル……するの……?」

 

 短い言葉だが確かに彼女はそう呟いた。

 

「そりゃ、学年混合デュエルなんだからするだろ?」

「そう…………」

 

 僅かに驚いた表情を見せた後に能面のような無表情に戻り踵を返し会場を後にする。まったく、教師といいあいつといい何を言ってるんだ?

 首を傾げつつ俺もデュエル場Fを目指して会場を出ようとしたとき、微かに右腕に違和感を感じた。

 見ると、精霊化したサイレント・マジシャンが俺の右手首の袖を掴んでいた。

 

「?」

 

 そのサイレント・マジシャンの表情に明るさは無く、その瞳からは不安がひしひしと伝わってくる。

 

『マスター、彼女からは……何か危険な力を感じました。このデュエル……避けましょう』

 

 それはこのデュエルから引くことの提案だった。おそらく精霊だから感じられる危険の気配なんだろう。一瞬感じた右の袖を引くような感覚は一瞬だけ実体化することで俺との物理的接触を図ったのだとようやく理解する。人前でその姿を晒すことをしない約束を破ってしまうというリスクもあっただろうが、そのリスクを冒してまで俺の注意を引いたのだ。そこまでのリスクを賭ける程の相手なのだとそれは言外に俺に告げていた。ただ、精霊化した状態で袖を掴む力は余りも儚く、振り払えばすぐ振り切れてしまうものだった。おそらく、この後俺の取る選択も分かっているのだろう。だから。

 

「行くぞ」

 

 だから俺は簡潔に答える。

 一度向き合ったデュエルからは引かない。

 その意思を示すために。

 その手は振り切られた。

 

 

 

————————

——————

————

 

 最初のデュエルということでデュエル場Fに着くとすぐにデュエルの準備へと移った。対戦相手の彼女これと言った表情の変化も見せること無く俺の前に対峙する。

「おい、“いざよい”がデュエルするらしいぞ」「マジか!」「ねぇ、“いざよい”さんがデュエルするみたい」「えぇ!? 本当!」などと言いながら、なぜか周りにギャラリーが続々と集まってくるのが非常に不愉快なことこの上ない。

 

「両者、ともに準備は良いか」

「はい」

「……はい」

 

 彼女は審判の教師の問いにも無機質な返事を返すだけだった。まぁこれに関して言えば俺も人のことを言えたものではないのだが。周りにはデュエルをしていない他の生徒のほとんどが集まったのではないかと言う程の人数のギャラリーで埋め尽くされていた。

 

「それではこれより、高等科1年八代と中等科2年十六夜の学年混合デュエルを始める!」

「デュエル」

「……デュエル」

 

 あれで“いざよい”って読むのか、などと関係のないことを思っていたらコールが遅れてしまった。ほう、このデュエルの先攻は俺のようだ。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 新たに加えた手札を確認する。今回の手札は普通に良好なようだ。さて、サイレント・マジシャン曰く、危険な力を感じるとのことだが、何をしてくるのか。

 とりあえず様子を見るか。

 

「俺は『デュアル・サモナー』を召喚」

 

 魔方陣から出てきたのは深緑色をベースに金縁の魔導師の装束に身を包んだ魔法使い。鼻から上は仮面で見えず、仮面の赤く染まった瞳が怪しく光っている。遊戯王の魔法使いのイラストの中では珍しい二つに分かれた尖り帽を被っているのが特徴的だ。

 

 

デュアル・サモナー

ATK1500  DEF0

 

 

「カードを1枚伏せてターンエンド」

「私のターン、ドロー」

 

 彼女の手に新たな手札が加わる。どんなデッキなのか気になるところだ。

 

「私は『ローンファイア・ブロッサム』を召喚」

 

 突然、地面から黄土色のツタが伸びてくる。そしてその先端に現れたツタよりも色の薄い実は丸く膨らみ、その頂点からは火花が迸っている。それはまさしく爆弾の様な実であった。

 

 

ローンファイア・ブロッサム

ATK500  DEF1400

 

 

 なるほど、彼女のデッキは植物族デッキか。『ローンファイア・ブロッサム』が出てくる辺り強力な相手だと思われる。

 

「『ローンファイア・ブロッサム』の効果発動。自身をリリースしてデッキから植物族モンスターを1体特殊召喚する。私はこの効果で『ギガプラント』を特殊召喚」

 

 『ローンファイア・ブロッサム』の実が弾け爆発し灰が地面に飛び散る。すると、地面から新たな巨大な植物が生えてきた。木の幹のように太い茎、その後背部を覆う苦瓜のような襞付きの体表、顔面部分は真っ赤なカスタネットのようになっており左右3つずつある瞳に開いた口に並ぶ何重もの歯の列からは凶悪さが滲み出ていた。胴や背中からいくつも生えている先端が白色の鎌のようなツタからもその攻撃性が表れている。

 

 

ギガプラント

ATK2400  DEF1200

 

 

「バトル、『ギガプラント』で『デュアル・サモナー』を攻撃」

 

轟っ!!

 

 まさにそんな音を響かせながら振るわれる先端が鎌のようなツタ。

 普段なら何ともないはずのソリッドビジョンによるモンスターの攻撃。

 だが、そのとき全身が粟立つのを覚えた。

 体の本能がこの攻撃は危険だと警鐘を鳴らしたのだ。

 そのことを理解した直後、その攻撃が『デュアル・サモナー』に直撃した。そしてその余波の衝撃が俺の体を貫いた。

 

「くっ……」

 

 吹き荒れる風は俺の体を揺るがすだけでなく、俺の後ろに居た生徒達まで襲う。

 悲鳴が響くデュエル場。

 なんとかその衝撃を堪えたもののその衝撃波によって床や壁には罅が入っていた。

 デュエルの攻撃が実体化した……だと?

 

「先輩……」

「………………?」

 

 それは対戦相手の彼女からの呼びかけだった。

 まさかデュエル中に彼女から話しかけられるとは思ってもいなかったので、内心驚く。

 

「…………デュエル……するの……?」

 

 それは先ほどの問いかけと同じものだった。

 そしてそこでようやくすべてを把握する。

 初めからこうなることが分かっていたから彼女は俺にそう問いかけたのだと。

 初めからこうなることが分かっていたから教師は俺にそう問いかけたのだと。

 

「………………」

 

 審判の教師はこちらを見ながらどうするのかと無言でそう問いかけている。

 

『……………………』

 

 うっすら涙を浮かべながらこちらを見るサイレント・マジシャンは首を横に振りもうデュエルを続けないで欲しいと言外にそう訴えていた。

 ここで俺がデュエルの放棄をしても誰も咎めるものはいないだろう。教師だって話し合ってデュエルをするのかを決めろと言うくらいだ。彼女も俺がやめるとただ一言告げるだけであっさり身を引く心算だと思われる。何も怪我をしてまでデュエルをする必要は無いのだ。だから……

 

 

 

 

 

 

「デュエルは……………………………………続行だ」

 

 

 

 

 

 

「「『!?』」」

 

 一度向き合ったデュエルからは引かない。

 

 その信条をこの程度のことで曲げるなんてことはあり得ない。確かに何時ぞやの依頼での地下デュエルで悪趣味な首輪を嵌めてやったときのダメージごとに流れてくる電流何かよりは数倍危険だろう。

 だが、だからどうしたと言うのだ。

 久々に対峙する手応えのありそうなデュエリストとのデュエル。

 それから引く理由にはまったくなり得ない。

 

「……そう」

 

 俺の反応が予想外だったのか動揺した様子が残りつつもデュエルディスクを構える。

 

「『デュアル・サモナー』は1ターンに1度だけ戦闘では破壊されない。さぁ、どうする?」

 

 

八代LP4000→3100

 

 

 もっとも戦闘ダメージは適用されるため俺のライフは減少するのは免れないのだが。

 

「私はカードを1枚伏せて、ターン終了」

「このエンドフェイズ時、『デュアル・サモナー』のもう一つの効果発動。500ポイントライフを払うことで手札、または場のデュアルモンスターを通常召喚する。俺は手札の『クルセイダー・オブ・エンディミオン』を通常召喚する」

 

 

八代LP3100→2600

 

 

 『デュアル・サモナー』の杖が輝き描かれた魔方陣から新たに西欧の鎧を纏った倔強な男が飛び出してくる。銀縁の群青色をベースにした鎧は体全身を覆う程巨大だ。特に腕を覆う手甲部分が一際目立って大きいが腕を囲むように描かれた魔方陣の力で浮遊している。

 

 

クルセイダー・オブ・エンディミオン

ATK1900  DEF1200

 

 

「そして俺のターン。ドロー」

 

 あの伏せカード、恐らく『ギガプラント』を次のターンまで残すための布石のはず。『ギガプラント』はこの『クルセイダー・オブ・エンディミオン』と同じくデュアルモンスター。デュアル状態になれば1ターンに1度、手札または墓地から植物族か昆虫族モンスターを特殊召喚できる能力を得る。そうなれば十中八九また『ローンファイア・ブロッサム』を墓地から呼び戻してまた大型の植物族モンスターが場に出てくるのは想像に難くない。なんとかこのターン中にあの『ギガプラント』を処理しなければ……

 

「俺は『クルセイダー・オブ・エンディミオン』を再度召喚する。そして永続魔法『魔法族の結界』を発動」

 

 『魔法族の結界』により形成された巨大な魔方陣が上空に浮かび上がる。

 

「そして『クルセイダー・オブ・エンディミオン』の効果発動。1ターンに1度、魔力カウンターを乗せることの出来るカードに魔力カウンターを1つ乗せ、自身の攻撃力をエンドフェイズまで600ポイント上昇させる。この効果で俺は『魔法族の結界』に魔力カウンターを乗せる」

 

 

魔法族の結界

魔力カウンター 0→1

 

 

クルセイダー・オブ・エンディミオン

ATK1900→2500

 

 

 あのセットカードが仮に攻撃反応型の攻撃モンスターを除去するタイプの罠でも対応は出来る。攻撃無効型でないことを祈るだけだ。

 

「バトルフェイズ、『クルセイダー・オブ・エンディミオン』で『ギガプラント』に攻撃。」

「トラップカード発動『棘の壁』。植物族モンスターが攻撃の対象に選択された時、相手の攻撃表示のモンスターすべてを破壊する」

 

 『クルセイダー・オブ・エンディミオン』が『ギガプラント』に突っ込んでいくと突然『ギガプラント』の前にその姿を覆い尽くす程の巨大なツタの壁が地面から生えてくる。そのツタにはビッシリと棘が生えており、その様はまさに名前の通りの棘の壁だった。そして。

 

 噴射。

 

 その言葉がふさわしいだろう。棘の壁から大量の棘の生えたツタが飛び出してくる。それは向かってくる『クルセイダー・オブ・エンディミオン』、そして背後に控える『デュアル・サモナー』に襲いかかってきた。

 

「トラップカード『ガガガシールド』発動。このカードは発動後、魔法使い族モンスターの装備カードとなり装備モンスターは1ターンに2度まで戦闘破壊及びカード効果による破壊を無効にできる。俺は『クルセイダー・オブ・エンディミオン』に装備する」

「っ! だけど、『デュアル・サモナー』は破壊される」

 

 『クルセイダー・オブ・エンディミオン』の前に現れた赤字で“我”という文字が中心に刻まれた巨大な盾がそのツタの攻撃を押しとどめる。だが、『デュアル・サモナー』を守るものは何も無くそのままツタに貫かれ破壊されてしまう。

 

「フィールド上の魔法使い族モンスターが破壊されたことで『魔法族の結界』に魔力カウンターが乗る」

 

 

魔法族の結界

魔力カウンター 1→2

 

 

「そして『クルセイダー・オブ・エンディミオン』の『ギガプラント』への攻撃は続行される」

 

 『ギガプラント』を破壊せんと再度突撃を仕掛ける『クルセイダー・オブ・エンディミオン』。やはり、あの伏せカードは攻撃反応型の罠だったか。『ガガガシールド』が無かったら次のターン生き残った『ギガプラント』をデュアルされて総攻撃で負けてた可能性があった。まぁ、だがこれで……

 

「ダメージ計算時、手札の『ガード・ヘッジ』を墓地に送って効果発動。自分フィールド上のそのモンスターはその戦闘では破壊されず、攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで半分になる」

「何っ!?」

 

 『ギガプラント』の大きさが半分になり『クルセイダー・オブ・エンディミオン』の至近距離で放った魔力弾が直撃し『ギガプラント』を吹き飛ばした。だが、『ギガプラント』が破壊される代わりに何本もの竹の束が不気味に蠢いているモンスターの『ガード・ヘッジ』が現れ砕け散る。

 

 

ギガプラント

ATK2400→1200

 

 

十六夜LP4000→2700

 

 

 まさか『ギガプラント』が処理できないとは……こいつは予想外なのと同時にあまり状況的に良くないな。

 

「これで俺はターンエンドだ。そしてエンドフェイズ時、『クルセイダー・オブ・エンディミオン』の攻撃力は元に戻る」

 

 

クルセイダー・オブ・エンディミオン

ATK2500→1900

 

 

「この時『ガード・ヘッジ』の効果で攻撃力が半分になっていた『ギガプラント』の攻撃力も元に戻る」

 

 

ギガプラント

ATK1200→2400

 

 

「私のターン、ドロー。私は『ギガプラント』を再度召喚する。そして『ギガプラント』の効果発動。蘇れ、『ローンファイア・ブロッサム』」

 

 『ギガプラント』のツタが地中に突き刺さりツタが脈動を始める。恐らくエネルギーを送っているのだろう。そして地中から再び『ローンファイア・ブロッサム』がその姿を現す。

 

 

ローンファイア・ブロッサム

ATK500  DEF1400

 

 

「そして『ローンファイア・ブロッサム』の効果発動。自身をリリースしてデッキから『椿姫ティタニアル』を特殊召喚」

 

 地面から生えてくる巨大な椿の花。その蕾が花開き中から出てきたのは美しい女性だった。椿の花の冠を被った姿はまさしく姫。肩から手先まで椿の葉で覆い胸元に椿の赤をモチーフにしたアクセサリーを身につけるなど至る所を豪華に着飾っていて煌びやかな姿だ。

 

 

椿姫ティタニアル

ATK2800  DEF2600

 

 

 『椿姫ティタニアル』とはまた強力なカードを……予想してた最悪の展開だ。

 

「バトル、『ギガプラント』で『クルセイダー・オブ・エンディミオン』を攻撃」

 

 再び振るわれる鎌形のツタ。それは『クルセイダー・オブ・エンディミオン』の体を容赦なく打ちつけてその余波が俺を襲う。

 

「ぐぅ……」

 

 足腰に力を込め吹き飛ばされまいと踏ん張りを利かせどうにかその衝撃波をやり過ごす。俺の背後は危険だと分かったらしく、ギャラリーの生徒達は俺の背後には誰もいなくなっていた。だが、床や壁に刻まれた罅割れは一層深刻なものになっていた。

 

 

八代LP2600→2100

 

 

「さらに『椿姫ティタニアル』で『クルセイダー・オブ・エンディミオン』を攻撃」

 

 『椿姫ティタニアル』が放った攻撃は椿の花弁が舞い散る烈風。

 『クルセイダー・オブ・エンディミオン』の後ろにいる俺までその烈風は勢いを殺すこと無く易々届く。花弁は烈風に乗り形を赤く光る刃へ変化させ烈風の力を受けて飛来し体を斬りつけていく。

 

「ぐぁっ!」

『マスターっ!!』

 

 最早、声を押し殺すことなど不可能。

 身を切り刻まれる痛みに堪えながらその場に必死に立ち留まる。

 サイレント・マジシャンが悲鳴にもにた叫びをあげて精霊化した状態で俺を支える。実体化している訳ではないのでその行為には意味は無いのだが、最早半泣きの状態のサイレント・マジシャンの顔を見ればその気持ちは伝わってくる。

 そして、ようやく烈風は止んだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 別に体を激しく動かした訳ではない。

 そうだと言うのに体からは力が抜けそうになり息も切れてきている。それほどまでのダメージだったと言うことか。体の状態は制服の至る所が切り裂かれ、赤い血が所々滲み出ており、頬は浅く切れたらしく血が滴っていた。

 

 

八代LP2100→1200

 

 

「カードを一枚伏せて、ターンエンド」

 

 彼女の抑揚の無い声でエンド宣言が行われる。

 だが、その前の一瞬確かに見た。

 その表情が微かに歪むのを。

 

『まだ……続けるんですね……』

 

 俺を支えていたサイレント・マジシャンは俺の横顔を見てそう呟く。

 流石にこの世界で俺と一番長く一緒にいただけある、俺のことをよくわかっている。

 

「俺の……ターン」

 

 体に思うように力が入らず指先が震える。

 この手札じゃこの形勢を覆すことは不可能か。だけどまだ可能性はある。

 

「『クルセイダー・オブ・エンディミオン』の効果で……『魔法族の結界』に魔力カウンターを乗せる」

 

 

魔法族の結界

魔力カウンター 2→3

 

 

クルセイダー・オブ・エンディミオン

ATK1900→2500

 

 

「そして……はぁ……『召喚師セームベル』を召喚」

 

 ポンッ! 

 という小気味良い音を立てながら登場したのはツインテールの少女。被っている赤い頭巾には目が描かれており正面から見ると少女の頭を赤い悪魔が咥えているように見える。水色のミニスカートに長靴を履いたその姿は童話に出てくる登場人物のようだ。

 

 

召喚師セームベル

ATK600  DEF400

 

 

「『召喚師セームベル』の効果発動。メインフェイズに……このカードと同じレベルのモンスターを手札から特殊召喚できる。この効果で……俺は手札からレベル2の『見習い魔術師』を守備表示で特殊召喚。そして……はぁ……特殊召喚された『見習い魔術師』の効果で……『魔法族の結果』に魔力カウンターを乗せる」

 

 

見習い魔術師

ATK400  DEF800

 

 

魔法族の結界

魔力カウンター 3→4

 

 

 上空の魔方陣に光が満ちる。

 このカードの優しい光を浴びるとなんだか少し癒される気がする。

 

 

「『魔法族の結界』の効果発動。魔力カウンターが乗ったこのカードとフィールドの魔法使い族モンスターを1体墓地に送ることで、このカードに乗っている魔力カウンターの数だけドローする。俺は『召喚師セームベル』とこのカードを墓地に送り4枚ドローする」

 

 新たに加わったカードを確認する。くっ……これでひとまず耐え凌ぐしか無いか。

 

「バトルフェイズ、『クルセイダー・オブ・エンディミオン』で『ギガプラント』を攻撃」

 

 『クルセイダー・オブ・エンディミオン』の至近距離で放った魔力弾が今度こそ『ギガプラント』を捉えた。直後、爆散する『ギガプラント』の姿体。

 これで『ギガプラント』を破壊したから大型植物族の展開の足止めは出来たか。

 

 

十六夜LP2700→2600

 

 

「俺は永続魔法『魔法吸収』を発動。このカードが存在する限りマジックカードが発動される度に俺はライフを500ポイント回復する。そして手札からマジックカード『闇の誘惑』を発動。デッキからカードを2枚ドローし、その後手札から闇属性モンスターを除外する。俺は手札から『見習い魔術師』を除外」

 

 

八代LP1200→1700

 

 

「さらにカードを2枚伏せて……ターンエンドだ。」

 

 頬から伝う血を拭いながらターンエンド宣言をする。

 ふらつく自分の足に気付き先の攻撃だけでここまで体力を持ってかれるのかとここまで来ると笑えてくる。

 たまにぼやける視界の中相手は次の行動に移り始めた。

 

「私のターン、ドロー。私は永続魔法『増草剤』を発動。効果でこのターンの通常召喚を放棄することで墓地の植物族を復活させる。私は『ギガプラント』を特殊召喚する」

「くっ、だが永続魔法『魔法吸収』の効果で魔法カードが発動する度にライフを500回復する」

 

 せっかく前のターン倒した『ギガプラント』がこうもあっさり復活するとは……

 デュアル植物を相手にしている以上、想定されていたことだがやはり手強い。

 

 

ギガプラント

ATK2400  DEF1200

 

 

八代LP1700→2200

 

 

「そして『ギガプラント』を墓地から特殊召喚した時、トラップカード『オーバー・デッド・ライン』を発動する。このカードがフィールド上に存在する限り墓地から特殊召喚した植物族モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする」

 

 攻撃力が強化されたことで『ギガプラント』の姿は巨大化し俺の前に立ちはだかる。

 

 

ギガプラント

ATK2400→3400

 

 

「さらに装備魔法『スーペルヴィス』を『ギガプラント』に装備。装備したモンスターはデュアル状態になる」

「魔法カードの発動によりライフを500回復する」

 

 

八代LP2200→2700

 

 

 これは……マズいな……

 

「『ギガプラント』の効果発動。墓地から『ローンファイア・ブロッサム』を蘇生。そして『ローンファイア・ブロッサム』の効果発動。自身をリリースしてデッキから『姫葵マリーナ』を特殊召喚」

 

 巨大な向日葵が花開き姿を現したのは褐色に日焼けした女性の上半身。細身のスレンダーな体格に、こんがりと日焼けした様子はとても健康そうだ。向日葵の花弁で彩られた冠を揺らしながらこちらに活発そうな笑みを向ける。

 

 

姫葵マリーナ

ATK2800  DEF1600

 

 

「バトル、『椿姫ティタニアル』で『クルセイダー・オブ・エンディミオン』を攻撃」

 

 先程の烈風攻撃が再び『クルセイダー・オブ・エンディミオン』に襲いかかる。だが、今回は対抗する策がある。

 デュエルディスクの1枚のセットカードのスイッチを起動する。

 

「攻撃宣言時、トラップカード『奇策』を発動。手札のモンスターカードを墓地に捨てそのモンスターの攻撃力分だけ対象モンスターの攻撃力を下げる。俺は手札の『サイレント・マジシャンLV4』を捨てて『椿姫ティタニアル』の攻撃力を『サイレント・マジシャンLV4』の攻撃力、つまり1000ポイントダウンさせる」

 

 半透明な『サイレント・マジシャンLV4』が攻撃の間に割って入り迫り来る烈風の勢いを殺していく。これが決まれば『椿姫ティタニアル』の攻撃力は1800となり『クルセイダー・オブ・エンディミオン』の攻撃力1900を下回る。

 

「『椿姫ティタニアル』の効果発動。自分の場の植物族モンスターをリリースすることでフィールド上のカードを対象にするカードの発動を無効にし破壊する。私は場の『ギガプラント』をリリースすることで『奇策』の発動を無効にする。そして『増草剤』によって特殊召喚されたモンスターがフィールドを離れたため、『増草剤』は破壊される」

 

 『椿姫ティタニアル』にエネルギーを吸い取られたように萎んでいき破壊される『ギガプラント』。そしてそのエネルギーが雷のように奔り場にオープンした『奇策』のカードを破壊していく。

 だが、その反撃は想定済みだ。

 

「さらにトラップカード発動、『スーパージュニア対決!』。こいつは相手の攻撃宣言時発動できるカード。その戦闘を無効にし、その後相手の攻撃力の一番低い表側攻撃表示モンスターと自分の一番守備力の低い表側守備表示のモンスターで戦闘を行い、そのバトルフェイズを終了させる。この効果も無効にするか?」

 

 さぁ、どう出る?

 これでもう一度『椿姫ティタニアル』の効果を使い『姫葵マリーナ』をリリースすれば、その後『スーペルヴィス』の効果で蘇生する『ギガプラント』との連撃でダメージは通せる。だが『ガガガシールド』で守られている『クルセイダー・オブ・エンディミオン』の破壊は出来ない上に、このデュエルを決めきることは出来ない。ダメージを取るかモンスターを残す方を取るか……

 

「私は……無効にしない……」

「ならば『スーパージュニア対決!』の効果でこの戦闘は無効になる。そして相手の場の一番攻撃力の低い表側攻撃表示モンスターと俺の場で一番守備力の低い表側守備表示のモンスター、つまり守備表示の『見習い魔術師』で強制的に戦闘を行わせる」

「『椿姫ティタニアル』で攻撃」

 

 烈風とともに放たれた花弁が鋭く『見習い魔術師』を貫き破壊する。

 『スーパージュニア対決!』。

 このカードが週末にカードプールを漁っていたら見つけたものだ。

 表側守備表示で召喚できるこの環境なら『見習い魔術師』などのリクルーターと強制的に戦闘を行わせることが出来ると踏んで入れてみたが、なかなか今回はうまくいったものだ。

 

「『見習い魔術師』の効果発動。このカードが戦闘によって破壊された時、デッキからレベル2以下の魔法使い族をセットする。この効果で俺がセットするのは『マジカル・アンダーテイカー』。そしてバトルフェイズは終了となる」

「『スーペルヴィス』の効果発動。このカードがフィールドから墓地に送られたとき墓地の通常モンスターを特殊召喚する。これにより『ギガプラント』を復活させる」

 

 

ギガプラント

ATK2400  DEF1200

 

 

「さらに『オーバー・デッド・ライン』の効果で1000ポイント攻撃力がアップする」

 

 

ギガプラント

ATK2400→3400

 

 

「ターン終了」

 

 このターンダメージを受けなかったおかげで息は大分整ってきた。

 ダメージは最小限に抑えないとマズいみたいだ。

 

「俺のターン、ドロー」

『………………』

 

 俺の視線に答えるようにサイレント・マジシャンが頷く。

 

「俺は『マジカル・アンダーテイカー』を反転召喚。このカードのリバース効果発動。墓地からレベル4以下の魔法使い族モンスターを特殊召喚する。俺は墓地の『サイレント・マジシャンLV4』を守備表示で特殊召喚」

 

 表になったカードから黒いハットに紺のスーツ、赤紫のマントを羽織ったメガネの男性が飛び出す。そしてその手に持った鞄を開くとその中から『サイレント・マジシャンLV4』が飛び出してくる。

 

 

マジカル・アンダーテイカー

ATK400  DEF400

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK1000  DEF1000

 

 

「マジックカード『アームズ・ホール』発動。このターンの通常召喚を放棄するかわりにデッキの一番上のカードを墓地へ送りデッキまたは墓地から装備魔法カードを1枚手札に加える。俺はデッキから『ワンダー・ワンド』を手札に加える。さらにマジックの発動により『魔法吸収』の効果でライフを回復」

 

 

八代LP2700→3200

 

 

「そして装備魔法『ワンダー・ワンド』を『マジカル・アンダーテイカー』に装備。このカードは魔法使い族モンスターにのみ装備が可能。装備モンスターの攻撃力を500ポイントアップさせる」

 

 『マジカル・アンダーテイカー』の手に緑の宝玉が先端についた杖が出現する。宝玉を留めている銀の部分には老人の顔のようなものが描かれており、怪しく笑っていた。

 

 

マジカル・アンダーテイカー

ATK400→900

 

 

八代LP3200→3700

 

 

「そして『ワンダー・ワンド』のもう一つの効果発動。装備したモンスターとこのカードを墓地に送ることでカードを2枚ドローする」

 

 銀で出来た老人の顔の目の部分に埋め込まれた赤く輝く宝石が輝く。そして その輝きとともに『マジカル・アンダーテイカー』の足下に黒い穴が出現しそのままその闇に引きずり込まれていく。

 手札に来たカードは……この場をひっくり返すものではないか…

 

「『クルセイダー・オブ・エンディミオン』を守備表示に変更し、効果を発動。『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターを1つ乗せる。そして『サイレント・マジシャンLV4』は魔力カウンター乗ったことで攻撃力が500ポイントアップする」

 

 

クルセイダー・オブ・エンディミオン

ATK1900→2500

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 0→1

ATK1000→1500

 

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 

クルセイダー・オブ・エンディミオン

ATK2500→1900

 

 

 攻勢に出れないのは辛いが今はこうやって場を保たせて凌ぐよりほか無い。

 

「私のターン、ドロー」

「相手がドローしたことにより『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターが1つ乗る」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 1→2

ATK1500→2000

 

 

「私は手札から『マジック・プランター』を発動。フィールド上の永続トラップカードを1枚墓地に送り2枚ドローする。これでフィールドの『オーバー・デッド・ライン』を墓地に送る」

「相手がドローしたことで『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターが乗り、さらに『魔法吸収』の効果でライフが500回復する」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター2→3

ATK2000→2500

 

 

八代LP3700→4200

 

 

「そして『オーバー・デッド・ライン』が消えたため『ギガプラント』の攻撃力は元に戻る」

 

 『オーバー・デッド・ライン』が場から消えたため巨大化した『ギガプラント』の姿は元に戻っていった。

 

 

ギガプラント

ATK3400→2400

 

 

 確かに『オーバー・デッド・ライン』はこのターンのエンドフェイズに自身の効果で破壊される。だがなぜこのタイミングで『マジック・プランター』を? 残しておけば少なくともこのバトルフェイズの間は攻撃力を上昇させられるはずなのに……

 

「そしてマジックカード『大嵐』を発動。フィールド上のマジック、トラップカードをすべて破壊する」

 

 なるほど、そう言うことか……

 流石にその程度のことは考えているわな。

 

「このときトラップカード『和睦の使者』を発動。このターンの戦闘ダメージを0にし俺の場のモンスターの戦闘での破壊を無効にする」

 

 巨大な竜巻が俺の魔法・トラップゾーンを蹂躙しカードを破壊していく。

 『魔法吸収』に『ガガガシールド』が墓地にいったが……これでこのターンは凌げる。

 

「……『ギガプラント』を再度召喚する。そして『ギガプラント』の効果発動。『ローンファイア・ブロッサム』を場に復活させる。そして『ローンファイア・ブロッサム』の効果でデッキから『桜姫タレイア』を特殊召喚する」

 

 ひらり。

 どこからともなく桜の花びらが降り注ぐ。

 そして積もり積もった桜の花びらから巨大な桜の蕾が誕生した。

 花弁が開くと中からは着物を羽織った女性が現れる。右手に桜を象った扇子を持ち、髪留めに桜の木の枝を刺した和風美人が妖しく微笑みかけてくる。

 

 

桜姫タレイア

ATK2800  DEF1200

 

 

「『桜姫タレイヤ』の攻撃力は自分の場の植物族モンスター1体につき100ポイントアップする。場にいる植物族モンスターは4体のため400ポイントアップする」

 

 

桜姫タレイア

ATK2800→3200

 

 

「カードを1枚伏せてターンエンド」

 

 なんとか凌げたか……

 体の傷は痛むがダメージを負わなかったおかげで体力は少しだけ戻ってきた。このままダメージを負わずに戦えれば良いんだろうが現実はそう上手くはいかないっていうのが目に見えている。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 フィールド的にはかなり劣勢。

 この場を一発でひっくり返せるような札など当然存在しない。

 『椿姫ティタニアル』の効果でフィールド上のカードを対象に取る効果は場の植物をリリースすることで無効にされ、『桜姫タレイア』の効果でフィールドの植物族モンスターは効果破壊されなくなっている。だからと言って戦闘破壊しようものなら『姫葵マリーナ』の効果で俺の場のカードも1枚破壊されてしまう。攻撃力も2800が2体に3200と2400が1体ずつと1体を倒すのにも一苦労だ。そしてセットされているカードが一枚。警戒しなければならないのは間違いないだろう。

 だが、このまま防戦に回っていても勝利のときは訪れない、ならば!

 

『………………………………』

 

 俺に背中を預けるサイレント・マジシャンを見据える。

 振り返ること無くただ相手を見続けるその様子は頼もしく感じられる。

 ここで攻めるしか無い!

 

「俺は『魔導騎士ディフェンダー』を守備表示で召喚。このカードの召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを1つ乗せる」

 

 青い魔導甲冑の騎士は俺の覚悟に応えるように短く声を発し現れる。守備を堅めるように屈み守りの体勢となった彼の様子は心強さを感じさせる。

 

 

魔導騎士ディフェンダー

魔力カウンター 0→1

ATK1600  DEF2000

 

 

「そして『クルセイダー・オブ・エンディミオン』の効果で『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターを1つ乗せる」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 3→4

ATK2500→3000

 

 

 これでサイレント・マジシャンの攻撃力が2800を超えた。

 普段傍らにいる姿よりも少し背丈が伸び大人の女性に一歩近づいたと言ったところだろうか。うちから溢れ出る魔力の力で棚引く艶のある髪も背丈の伸びとともに伸びた気がする。

 

「『サイレント・マジシャンLV4』を攻撃表示に変更しバトル。『サイレント・マジシャンLV4』で『椿姫ティタニアル』に攻撃」

『はぁ!!』

 

 俺の命令とともに既に貯めてあった杖に込められた魔力弾、いや最早魔力による砲撃と言っても良い規模の大魔力弾が椿へと放たれる。心無しかその威力はいつもよりも強い気がする。

 そして椿の姿は白で埋め尽くされる。

 リバースカードがオープンした様子は無かったが……

 

 

十六夜LP2600→2400

 

 

 光が収まると椿の姿は無く焼け焦げた花弁が燃え尽きた。

 どうやらあの伏せカードは発動しなかったらしい。

 だが、油断は出来ない。

 

「場の植物族モンスターが戦闘で破壊されたことにより『姫葵マリーナ』の効果発動。相手の場のカードを1枚破壊する。この効果で私は『サイレント・マジシャンLV4』を破壊する」

 

 『姫葵マリーナ』から放たれる炎が入り混ざった竜巻がサイレント・マジシャンに迫る。だが、この効果は想定済みだ。

 

「『魔導騎士ディフェンダー』の効果発動。自身に乗っている魔力カウンターを取り除き『サイレント・マジシャンLV4』の破壊を無効にする」

 

 『魔導騎士ディフェンダー』が盾を向けるとサイレント・マジシャンの周りに青い透明の球状の膜が張られる。炎の竜巻が直後サイレント・マジシャンの姿を覆い隠すも竜巻の効果が消えるとそこからは無傷のサイレント・マジシャンが姿を見せる。

 

 

魔導騎士ディフェンダー

魔力カウンター 1→0

 

 

 なんとか厄介な椿を処理できた……

 だが、まだまだ劣勢には変わりはない。

 手札のカードも守りを固めるカードばかり。

 俺に残された勝機はサイレント・マジシャンを守りきって次のターンに繋げることのみ。元々このデッキはサイレント・マジシャンを守りながら魔力カウンターを貯めていくデッキなのだ。後にも先にもサイレント・マジシャンしかない。

 

「手札から装備魔法『ワンダー・ワンド』を『クルセイダー・オブ・エンディミオン』に装備し、このカードと『クルセイダー・オブ・エンディミオン』を墓地に送りカードを2枚ドローする」

 

 新たに手に現れたロッドとともに闇に消えていく『クルセイダー・オブ・エンディミオン』。思えばこのデュエルで長いこと俺の場を繋げてくれたカードだ。感謝の気持ちを込めながら新たにカードを2枚引く。

 

「俺はカードを4枚伏せて……ターン終了」

 

 手札のすべてのカードを伏せた。

 『大嵐』を相手が使った今、複数の魔法・罠の除去を警戒する必要性は下がっている。このカードでサイレント・マジシャンを次のターンまで繋げてみせる。

 

「私のターン、ドロー」

「『サイレント・マジシャンLV4』に5つ目の魔力カウンターが乗る」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 4→5

ATK3000→3500

 

 

 これで『桜姫タレイア』の攻撃力を上回った。あの手札の枚数的にこの攻撃力が3500になった程度で止まるとは思えない。そして何よりこの中等部の彼女は強い。恐らくこのターン、仕掛けてくる。

 

「『ギガプラント』の効果は発動。『ローンファイア・ブロッサム』を蘇生し、『ローンファイア・ブロッサム』の効果で自身をリリース。デッキからチューナーモンスター『コピー・プラント』を特殊召喚」

 

 ここに来てチューナー? 植物族デッキでシンクロモンスターと言えば……おい、この世界に来て全然見てなかったから俺としたことがすっかり失念してたが……まさか、来るのか!

 

「レベル6『ギガプラント』にレベル1『コピー・プラント』をチューニング。冷たい炎が世界のすべてを包み込む。漆黒の華よ、開け! シンクロ召喚! 現れよ、『ブラック・ローズ・ドラゴン』!」

 

 光の柱。

 それは目映い閃光を放ちながら彼女の後ろで立ち上る。

 爆発的な輝きとともに中から姿を現したのは薔薇。

 真紅の花弁を纏いし竜が顕現した。

 

 

ブラック・ローズ・ドラゴン

ATK2400  DEF1800

 

 

 黒薔薇ぶっぱしてくるならセットカードの2枚はフリーチェーンで発動は出来るが残りのセットカードは破壊されてしまう。だがこの優勢な展開で大量に強力なモンスター抱えている状況でその効果は使うのか……?

 

「墓地の『ガード・ヘッジ』を除外し『ブラック・ローズ・ドラゴン』の効果発動。相手の守備表示モンスターを攻撃表示に変更しその攻撃力を0にする。これにより『魔導騎士ディフェンダー』を攻撃表示に変更しその攻撃力を0にする。ローズ・リストレクション!!」

 

 なるほど、狙いはそっちか!

 『ブラック・ローズ・ドラゴン』から伸びる青く発光するツタが『魔導騎士ディフェンダー』の四肢を締め上げる。ツタから生えた鋭い棘が食い込み苦痛の声を上げる『魔導騎士ディフェンダー』からその力が奪われていく。

 

 

魔導騎士ディフェンダー

ATK1600→0

 

 

「さらにマジックカード『死者蘇生』を発動。墓地から『ローンファイア・ブロッサム』を蘇らせ自身をリリースしデッキから『ギガプラント』を特殊召喚。そして『ギガプラント』を再度召喚し効果で再び『ローンファイア・ブロッサム』を蘇らせ『ローンファイア・ブロッサム』の効果を発動。デッキから2体目の『桜姫タレイア』を特殊召喚する」

 

 目紛るしく展開される彼女のフィールド。

 『ギガプラント』が再び場に戻ってきた上にさらに新たな植物族モンスターが出てくるとは……

2体目の『桜姫タレイア』のせいで完全な効果耐性の布陣が出来上がってしまったわけだ。

 

桜姫タレイア

ATK2800→3200  DEF1200

 

 

「そして装備魔法『憎悪の棘』を『ブラック・ローズ・ドラゴン』に装備。装備モンスターの攻撃力を600ポイントアップさせる」

 

 装備魔法の力でツタの棘が伸び鋭さが増す。

 『憎悪の棘』の厄介なところは攻撃力を上げることではない。その真価は相手モンスターを攻撃したときにその相手モンスターを破壊せずに攻撃力・守備力を600ポイントダウンさせる効果があること。

 

 

ブラック・ローズ・ドラゴン

ATK2400→3000

 

 

 このまま何も出来ずに『魔導騎士ディフェンダー』を攻撃されれば3000ポイントのダメージを受けるうえに攻撃力が0のままの『魔導騎士ディフェンダー』を晒すことになるわけだ。

 嫌な汗が流れるのを感じる。

 

「バトル、『ブラック・ローズ・ドラゴン』で『魔導騎士ディフェンダー』を攻撃! ブラック・ローズ・フレア!」

 

 『ブラック・ローズ・ドラゴン』の口に溜められた紫のブレスが放たれる。目の前に迫り来るブレスの熱だけでその威力の高さが伝わってくる。

 だが!

 もちろんただで攻撃を受ける気なんてさらさらない。

 

「トラップカード『聖なるバリア-ミラーフォース-』発動! 相手の攻撃表示モンスターをすべて破壊する」

『魔導騎士ディフェンダー』を焼き尽そうと迫るブレスを前に、それを阻む半透明の膜が出現し受け止める。

『桜姫タレイア』がいる限り植物族モンスターを効果で破壊することは出来ない。でも、ドラゴン族である『ブラック・ローズ・ドラゴン』は別。

これで……

 

「させない! カウンタートラップ『ポリノシス』を発動! 場の『ギガプラント』をリリースし『聖なるバリア-ミラーフォース-』の発動と効果を無効にし破壊する」

 

 カウンタートラップでチェーン!?

 光となって消えていく『ギガプラント』。

 マズいな、やりたくないけどやるしかないか!

 

「カウンタートラップ『魔宮の賄賂』発動! 『ポリノシス』の発動を無効にし破壊する。そしてその後相手はカードを1枚ドローする」

「くっ……」

「これにより『聖なるバリア-ミラーフォース-』の効果は適用される」

「だけど『桜姫タレイア』が存在する限り場の植物族モンスターはカード効果で破壊されない。よって破壊されるのは『ブラック・ローズ・ドラゴン』のみ」

 

 バリアによって跳ね返された紫のブレスは相手フィールドに四散し破壊の嵐を巻き起こす。向こう側でこのデュエルを見ていた生徒達は悲鳴を上げながら散って行く。最早このデュエルを安全に見物出来る場所など無い。そのことに気付いたようで見物していた生徒達や審判までもが安全な場所を目指して避難していく。

 爆発によって巻き起こされた粉塵が視界を覆っていくが『ブラック・ローズ・ドラゴン』は断末魔の叫びを上げるとともに破壊され消えていくのが確認できた。

 粉塵が収まりフィールドを見渡せば以前無傷の植物族モンスター達。

この光景は分かっていたが、いざ目にすると気が遠くなってくる。

 

「『姫葵マリーナ』で『魔導騎士ディフェンダー』を攻撃。このとき手札から速攻魔法『旗鼓堂々』を発動。墓地の装備魔法を正しい装備対象に装備することが出来る。私は墓地の『憎悪の棘』を『姫葵マリーナ』に装備。これにより『姫葵マリーナ』の攻撃力は600ポイントアップする」

 

 向日葵の花弁が燃え、炎の渦を形成し『魔導騎士ディフェンダー』に迫る。

 その渦の中を棘の生えたツルが勢い良く突き進む。

 

姫葵マリーナ

ATK2800→3400

 

 

 冗談じゃねぇぞ……

 ここにきて『憎悪の棘』が来るのは予想外だ。

 『旗鼓堂々』を使用するターン特殊召喚は出来なくなるが、使用する前に特殊召喚することは確かに可能。本当に中学生の腕とは思えないな。

 保険が無かったら本当にヤバかったとこだ。

 

「速攻魔法『神秘の中華なべ』を発動。『魔導騎士ディフェンダー』をリリースし、リリースしたモンスターの攻撃力、または守備力分ライフポイントを回復する。俺は『魔導騎士ディフェンダー』の守備力2000ポイント分ライフを回復する」

 

 『魔導騎士ディフェンダー』に迫った攻撃は目の前で対象を失ったことで外れ背後の壁を容赦なく抉っていく。

 壁には穴ができ回りは焼け焦げていた。

 

 

八代LP4200→6200

 

 

「ならば『姫葵マリーナ』で『サイレント・マジシャンLV4』を攻撃」

 

 再び迫る炎の渦と辺りに破壊をまき散らす棘のツタ。

 だが攻撃力はサイレント・マジシャンの方が上のはず……

 ダメステ時に攻撃力上昇カードを使う気か!?

 一応『憎悪の棘』を装備したモンスターの攻撃では対象モンスターは戦闘破壊されない。よってこの戦闘でサイレント・マジシャンは破壊されないが……

 

「手札から速攻魔法『狂植物の氾濫』を発動。このターン自分の場の植物族モンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで自分の墓地の植物族モンスターの数×300ポイントアップする。私の墓地の植物族モンスターは『ローンファイア・ブロッサム』、『椿姫ティタニアル』、『コピー・プラント』『ギガプラント』2体の合計5体。よって攻撃力は1500ポイントアップする」

「くっ、やっぱりか!」

 

 

姫葵マリーナ

ATK3400→4900

 

 

桜姫タレイア1

ATK3100→4600

 

 

桜姫タレイア2

ATK3100→4600

 

 

 その瞬間のことはあまり良く覚えていない。

 ただ、目の前が真っ赤に染まって、直後体が浮く浮遊感と全身が燃え上がったような熱さに襲われた。

 

『きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!』

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 俺の口からちゃんと声が出てるのか、俺が聞いているのはそもそも俺の声なのか、そんなことも分からず俺は地面に叩き付けられた。

 

 

八代LP6200→4800

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK3500→2900

 

 

「うっ……」

 

 なんとか瞼を開ける。

 目の前はぼやけ意識が飛びそうだ。

 感じられるのは全身を襲う体全体が焼け焦げるような痛みだけ。

 特に痛みが酷い胸元を見れば棘のツタで打たれたのか制服が破けシャツが真っ赤に染まっていた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 俺のすぐ横ではサイレント・マジシャンが倒れていた。

 『憎悪の棘』の効果でその体は傷だらけで純白の肌には無数の赤い切り傷が出来ていた。

 

『ます……たー……』

 

 俺が体をゆっくり起こしているとサイレント・マジシャンも意識を取り戻したようだ。その瞳は真っすぐ俺を見つめていた。すると軽く息を吐き俺と同じように体を起こす。そして俺の前に背を向け立ち言葉を零す。

 

『もう……何を言っても止まらないのは…知っています……』

「はぁ……はぁ…………」

『それなら……私もついて行きます……あなたと共に……』

「はぁ……好きにしろ……」

『はい……』

 

 本当によくわからないヤツだ。こんな危険な目にあってるのにどうして俺の側にそこまで固執するのか……

 まぁ今は余計なことに思考を回してる場合じゃないか……

 気合いで立ち上がってみたもののその足はいつ崩れてもおかしくない。

 次の一撃を喰らって俺の意識が保つかどうか……

 

 

「……『桜姫タレイア』2体で攻撃」

「はぁ……トラップカード『攻撃の無敵化』……発動。このターンの『サイレント・マジシャンLV4』は戦闘及び……はぁ…………カード効果で破壊されない」

「だけど……ダメージは通る」

 

 そのときの十六夜はどこか苦しそうな表情を浮かべていたような気がした。

 水流に流れる桜の花びらが刃となり圧倒的な質量の水と共に迫り来る。

 目の前まで押し寄せた水流を前になす術などあるはずも無く俺は目を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一体どれくらいの時間が経ったのだろう。

 もしかしたら死んでしまって感覚がすべて無くなってしまったのかもしれない。

 そんなことを思う程、周りは静かで何も感じなかった。

 

 

ピチャ。

 

 

 雫の落ちる音がする。

 どうやら音が聞こえたと言うことは俺はまだ死んでないらしい。

 瞼を開ける。

 ぼやける視界の中、最初に目に入ってきたのは赤と白のツートンカラーの十字架。その配色はサンタクロースを彷彿させる。

 徐々にそれは輪郭を取り戻していく。

 そして、気付いた。

 それがいつも自分の側にいる者であることに。

 それが赤く見えるのは滴る血がその服を染めているからだと言うことに。

 それが俺の前に十字架のように盾になり俺を庇ったと言うことに。

 

「なんで……だよ……」

 

 理解が追いつかない。

 なぜ、こんなことが起きているのか。

 なぜ、コイツが俺を庇ったのか。

 疑問が渦巻く俺を前に傷だらけのサイレント・マジシャンはフラフラになりながらも言葉を紡ぎ始める。

 

『もう…………これ以上…………マスターは……傷つけさせません……』

 

 思考が止まった。

 今にも倒れそうなボロボロの体。それにもかかわらずその声は芯が通った揺らぎ無いものだった。

 

 

八代LP4800→1400

 

 

「あなたも……? いや……これは……違う……」

『うぅ……』

「おい!」

 

 理由なんて分からない。

 ただ、目の前で苦しそうに膝をつくサイレント・マジシャンを見て駆け寄らずにはいられなかった。

 

『私は…………平気です……』

「何言って……」

『次のターン……』

「……!」

 

 サイレント・マジシャンに向けられた真っすぐな瞳。

 その真意を汲み取ると彼女の後ろに立つ。

 そして今向き合うべき相手を真っすぐに見据える。

 

 

「……ターン終了。エンドフェイズ時『狂植物の氾濫』の効果で自分フィールド上の植物族モンスターはすべて破壊される。しかし『桜姫タレイア』が存在するため植物族モンスターはカード効果で破壊されないため、その効果は受けず攻撃力は元に戻る」

 

 

姫葵マリーナ

ATK4900→3400

 

 

桜姫タレイア1

ATK4600→3100

 

 

桜姫タレイア2

ATK4600→3100

 

 

 攻撃力の減少に伴い植物族モンスター達の狂気に満ちた紅い光を放っていた瞳の色が元に戻っていく。

 『狂植物の氾濫』の破壊のデメリットを計算した上でのこのターンの動き。

 それは実に見事なものだった。

 

「また『旗鼓堂々』で装備した『憎悪の棘』もエンドフェイズ時に破壊される」

 

 

姫葵マリーナ

ATK3400→2800

 

 

 鋭い棘が生えたツタも『憎悪の棘』が無くなったことで消えていく。

 

「……ッ!」

 

 サイレント・マジシャンが『桜姫タレイア』の攻撃のダメージは防いでくれたもののその前からダメージが蓄積した体はもう限界が近づいていた。

 少し意識を逸らしただけで体が傾いてしまう。

 

「まだ……続けるんですか?」

 

 俺のそんな様子を見かねてか、対戦相手の十六夜にそんなことを言われる始末だった。

 

「手札は0、場にあるのは傷ついた『サイレント・マジシャンLV4』だけ。次のターン『サイレント・マジシャンLV8』になったとしても残り手札1枚で何が出来るんですか?」

 

“サレンダーして下さい”

 

 言外に彼女はそう告げていた。

 なるほど、確かに状況は良くない。

 次のターン『サイレント・マジシャンLV8』にしたとしても、相手の場には『桜姫タレイア』が2体、そして『姫葵マリーナ』が居る。

 いずれのモンスターにも攻撃力は勝っているものの、『桜姫タレイア』を戦闘で破壊すれば『姫葵マリーナ』の効果でサイレント・マジシャンは破壊されてしまう。仮に『姫葵マリーナ』だけこのターン倒したとしても彼女の手札は2枚残っている。

 恐らく次のターンで俺のライフを削りきる算段がもう出来ているのだろう。

 まさに八方塞がりとはこのことか。

 

ドクンッ!

 

 心臓が激しく高鳴る。

 天井は砕け見上げれば空が見える。

 あたりには瓦礫が散らばり焼け焦げた跡も残っている。

 そんな惨状となった場所には気が付けば見物していた生徒達はいなく審判の教師も避難してしまったようだ。

 

「そういや…………これ授業だったな……」

「…………?」

「だったら……一つ……授業らしく……指導してやるよ、後輩……」

「何を……」

 

 俺は訝しげな目を向ける十六夜に向かってはっきりとこう告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良いか……相手のライフを0にするなんざ……俺のライフが1でもありゃ十分ってことだ!」

「っ!?」

 

 ここで引くべきカードは分かってる。

 そして手をデッキの一番上に添える。

 

「――――っ!」

 

 来た!

 直感が俺にそう告げていた。

 

「俺のターン……ドロー!!」

 

 手札に来たカードは確認せずとも分かっている。

 デュエルで極限状態になると陥るこの感覚。

 これに気付いたのはいつ頃からだろうか。

 

「俺は『サイレント・マジシャンLV4』の効果を発動。魔力カウンターが5つ乗ったこのカードを墓地に送りデッキから『サイレント・マジシャンLV8』を特殊召喚する」

 

 俺を庇い傷ついた姿から一転、完全な大人の女性の姿となったサイレント・マジシャンには傷一つついていなかった。

 さっき次のターンと告げた理由はこれだろう。レベルアップしてしまえば傷も回復するとは便利なものだ。

 

 

サイレント・マジシャンLV8

ATK3500  DEF1000

 

 

「そして墓地からトラップカード発動……」

「墓地からトラップ!?」

「墓地の『スキル・サクセサー』は除外することで自分の場のモンスター1体の攻撃力をエンドフェイズ時まで800ポイントアップさせる」

「そんなカード、いつの間に……」

 

 

 

————————

——————

————

 

『マジックカード『アームズ・ホール』発動。このターンの通常召喚を放棄するかわりにデッキの一番上のカードを墓地へ送りデッキまたは墓地から装備魔法カードを1枚手札に加える。…………』

 

 

 

————————

——————

————

 

「あのとき……」

「そう言うことだ……これにより『サイレント・マジシャンLV8』の攻撃力は800ポイントアップする」

 

 彼女から発せられる魔力のオーラがより濃密なものになるのが目で確認できる。

 

 

サイレント・マジシャンLV8

ATK3500→4300

 

 

 そしてこれがこのデュエルに終止符を打つ最後のカード。

 そのカードをデュエルディスクに差し込む。

 

「そしてマジックカード『拡散する波動』を発動。1000ポイントライフを払い、自分の場のレベル7以上の魔法使い族モンスター1体を選択する。このターン、選択したモンスターのみが攻撃可能になり、相手モンスターすべてに1回ずつ攻撃する。これで『サイレント・マジシャンLV8』は相手モンスターすべてに攻撃が可能となった!」

 

 

八代LP1400→400

 

 

「そんな……!!」

 

 この土壇場でこのカードを引き当てたことへの驚きなのか、彼女の表情は初めて大きな驚愕へと変化する。

 

「バトル、『サイレント・マジシャンLV8』で『姫葵マリーナ』に攻撃!」

『はぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 巨大な白い魔力光が『姫葵マリーナ』の姿を飲み込んでいく。

 

 

十六夜LP2400→900

 

 

「場の植物モンスターが減ったことで『桜姫タレイア』の攻撃力はダウンする」

 

 『姫葵マリーナ』が消えたことで『桜姫タレイア』は少しその姿から力が無くなっているようだ。

 

 

桜姫タレイア1

ATK3100→3000

 

 

桜姫タレイア2

ATK3100→3000

 

 

「ッ!!」

 

 一瞬視界が激しく揺らぎ地面が迫ってくる。

 前のめりになって倒れそうになったようだ。

 寸前で踏みとどまったものの体は既に限界……

 もう……もうこのデュエルは……終わる……

 それまで保ってくれ。

 

「続いて……『桜姫タレイア』を攻撃!」

『はぁぁぁぁぁぁ!!!』

 

 続く二撃目の魔力光が瞬く間に1体の『桜姫タレイア』の姿を消滅させる。

 

 

十六夜LP900→400

 

 

「『桜姫タレイア』が破壊されたことで……場の植物族モンスターが減って……『桜姫タレイア』の攻撃力はダウンする……」

 

 場の植物族モンスターがすべて居なくなり『桜姫タレイア』の姿はもはや一回り程縮んで見えた。

 

 

桜姫タレイア

ATK3000→2900

 

 あと一回……

 これで……

 

「これで……最後だ……『サイレント・マジシャンLV8』で『桜姫タレイア』を攻撃!!」

『はぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!』

 

 先程までの攻撃よりも格段に巨大な魔力光が『桜姫タレイア』、そして十六夜の姿もろともを包み込み爆散した。

 

 

十六夜LP400→0

 

 

「なぁ……言っただろ? ……十分だって……」

 

 煙が晴れるのも確認せずそれだけ最後に残して俺は意識を手放した。

 それから十六夜が学校を休学したということを知るのは意識を取り戻してからだった。



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『デュエル屋』と刺客 前編

 PM16:30(教室)

 

 夕暮れ。

 特に記憶に残ることもなく一日の授業が終わる。

 今はHRの時間。

 そもそもHRの時間だろうが授業の時間だろうが関係なく終わる。

 いつものことだ。

 

「そして次がHR最後の連絡だ。……おい、八代。HRくらいシャキッとしろ!」

「…………………………」

 

 今日は放課後に依頼が入っている。

 パーティー会場だっけか。たしか時間と場所的にのんびりしている時間はないはず。

 これが終わったら着替えを済ませて急いで向かおう。

 

「八代っ!!」

「っ! ……はい」

「今俺はなんて言った?」

「…………聞いてませんでした」

「まったく……最近ぼーっとしてることが多いぞ。しっかりしろ」

「はい…………」

『……………………………』

 

 最近ぼーっとしてるか……俺は。最近と言われて思い当たる節は無い。前からずっとこんな感じだったと思うのだが。

 窓の外をぼんやり眺める。

 何でだろう。

 ここのところ空が灰色な気がする。

 

「せんせー! 八代の分の資料が足りませーん!」

 

 前に座ってる生徒が挙手しながら何か言っている。

 まぁどうせ俺には関係ないことだろう。

 

「ん? おかしいな……うちのクラスの分は今配ったもので全部だったんだが……まぁなら今先生の持ってるものを渡そう。八代、取りにきなさい。……………八代ぉ!!」

「はいっ?!」

「前に来なさいと言っている」

「…………はい」

 

 ……何かマズいことでもしたか?

 授業をいつも聞いていないこと……?

 いや、それは流石に今更だろ。

 教壇に向かうと担任から無地のDVDディスクが入った黒いDVDケースが渡される。

 

「…………これは?」

「はぁ……また話を聞いて無かったのか……」

「……すいません。」

「まぁ良い……これは来月の第一月曜日に提出のレポートの資料だ。中身はこの前のジャック・アトラスのキング防衛戦の映像が入ってる。このデュエルの分析した上でこのデュエルの考察をしてレポートを提出しなさい」

『レポートはA4サイズで5枚と先生はおっしゃっていました』

「分かりました」

 

 聞いてなかった大事な授業内容をきっちり補填してくれるサイレント・マジシャンにはいつも助けられている。

 ジャック・アトラスのデュエルか。そう言えば一度も見たこと無かったな。

 

「それではこれでHRを終わりにする」

「起立! 気をつけ! 礼!」

「「「「「さようなら!!」」」」」

 

 

 

—————————

——————

————

 

 PM17:45(とある仕事部屋)

 

 カタカタカタカタカタカタ

 

 連続的に鳴り続けるキーボードを叩き続ける音。

 デスクにはいくつもの書類やファイルが山積みにされ机の面を見つけることすら困難になっている。だがそんなことはお構いなしと言ったようにデスクの前に腰掛ける男は黙々とキーボードを弾きPCのディスプレイと向き合い続ける。

 

 コンコン

 

「どうぞ」

「失礼するよ」

 

 電動の横開きのドアが開き入ってきたのは小太りな男だった。パッと見は身長やや低めでお腹はだらしなく飛び出したどこにでもいる中年太りのおっさん。ただ整えられたスーツにネクタイはどれも一級品だったり、袖口から顔を覗かせる時計はダイヤの装飾がなされているブランド物だったりと、かなりの資産家であることが伺える。

 

「どうだね、調子は?」

「首尾は上々。データの収集に抜かりは無い。それにしても相手が彼の有名な『死神の魔導師』とは……」

「……不安なのかね?」

「はっ、まさか。むしろ同じ『デュエル屋』としてこの手で奴の不敗の伝説に終止符を打てることが嬉しくてたまらないぐらいだ」

「そいつは頼もしい! では期待しているぞ、来宮君。」

 

 ノシノシと去っていく男を横目に来宮と呼ばれた男は再びPCのディスプレイと向き合いカタカタとキーボードに指を走らせていく。

 

(『死神の魔導師』……2年程前から現れた『デュエル屋』で依然として不敗のこの業界では最早生ける伝説になりつつある男。使うデッキの内容はそのときによって変わるが魔法使い族を主事軸にしたデッキということには変わりはない。1番使用頻度の高いシンクロモンスターは『アーカナイト・マジシャン』。過去のデュエルにおいてこのカードが勝負の決め手となることが多かった。そして一応注意しなければならないのは目撃情報が少ないドラゴン族のシンクロモンスター。過去のデュエルでも片手で数える程しか現れてないモンスターで詳細なデータが無い。だが……)

 

 キーボードは叩く音が止む。

 マウスの横においてあったデッキを愛おしげに取ると部屋を出て行く。

 来宮の座っていたデスクの前のPCディスプレイ。

 そこには『Complete』とだけ書かれていた。

 

 

 

————————

——————

————

 

 PM18:00(パーティー会場)

 

 「それではただ今よりデュエルを始めます。両家代表、前へ!」

 

 スーツの司会の男性がデュエルを取り仕切る。

 デュエルリングを囲むのはスーツやドレスで着飾ったご大層なご身分な方々。大方貴族か何かだろう。周りのテーブルには豪華な食事が並び、使用人らしき人達は銀のトレーに酒をついだグラスを乗せて配り歩いている。

 

「お前も不憫なヤツだ、『死神の魔導師』。この俺と戦うことになるとは……お前の今までのデュエル屋としての人生はこの40枚に集約されている」

「………………………………」

 

 どうやら今回の依頼は貴族のパーティーの催し物として行われるもののようだ。主催となった2つの家がそれぞれデュエリストを雇ってデュエルをする、と言うものらしい。それにしてもこんなパーティーの会場で俺をわざわざ雇うとは……

 一体どこ繋がりで俺の情報なんか仕入れたのやら……

 雇い主も神妙な表情で「この試合は絶対勝って貰わなきゃ困る……」とか言ってたっけ。依頼主の込み入った事情に首を突っ込む気はさらさら無いんで何があるのかはまったく知らないが、依頼された仕事だ。俺は報酬分働くだけ。

 

『マスター……マスター』

「…………?」

 

 サイレント・マジシャンが困った顔をして話しかけてくる。依頼のデュエルで話しかけてくるとは珍しい。何かあったのだろうか?

 

『デュエル……もう、始まってますよ』

「……!」

 

 周りを見渡せば俺に視線が集まっている。大勢の視線に晒され実に不愉快だ。

 対戦相手らしき長身メガネでやたらものすごい肩パッドの入ったジャケットの相手がぼやいてるのはそのせいか。その前に先攻は俺だったのか。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 最近よく思うことだが、毎日がますます空虚になっている。

 ほぉ、この手札なら……

 

「『ワン・フォー・ワン』発動。手札の『シンクロ・フュージョニスト』を墓地に送りデッキから『スポーア』を特殊召喚」

 

 

スポーア

ATK400  DEF800

 

 

 十六夜とか言う中等部の子とデュエルからもう既に3ヶ月も過ぎていると知って驚いたのは記憶に新しい。ぼんやりと時間だけが過ぎていった。あのデュエルの前はもう少し記憶に残る出来事が多かった気がする。

 

「『ジャンク・シンクロン』を召喚。このカードの召喚に成功した時、墓地からレベル2以下のモンスターを効果を無効にして特殊召喚できる。効果で『シンクロ・フュージョニスト』を特殊召喚」

 

 帽子も服も靴もすべてオレンジで統一された衣装のメガネをかけた3頭身の少年が墓地から全身オレンジの悪魔を呼び出す。

 

 

ジャンク・シンクロン

ATK1300  DEF500

 

 

シンクロ・フュージョニスト

ATK800  DEF600

 

 

 頬に出来た傷。

 これはあの時のデュエルのダメージで負ったもの。

 あの時は浅い傷だと思っていたが思ったよりも深かったようだ。

 この傷に触れる度に思い出すあの時のデュエル。

 思えばあの時のデュエルに匹敵するようなデュエルにはあれから巡り会っていない。

 

「レベル2『シンクロ・フュージョニスト』にレベル3『ジャンク・シンクロン』をチューニング。シンクロ召喚、『TG ハイパー・ライブラリアン』」

 

 

TG ハイパー・ライブラリアン

ATK2400  DEF1800

 

 

 デュエルが終わってあの後は意識を失ってそのまま病院に運ばれたらしい。丸二日も目を覚まさなかったとか。

 

「シンクロ召喚の素材に使われた『シンクロ・フュージョニスト』の効果で、デッキから『簡易融合』を手札に加える」

 

 目を覚ましたらサイレント・マジシャンが手を握ってたっけ。夜で誰も居ない病室だったから実体化していたようで、手を握られてる感触がはっきりとした。目があったら瞳から雫が滴るのが見えて、それからボロボロ泣き始めた時はどうしたらいいのか分からなかったな。

 

「『おろかな埋葬』を発動。デッキから『ダンディライオン』を墓地に送る。そして墓地に送られた『ダンディライオン』の効果で綿毛トークンを2体特殊召喚」

 

 

綿毛トークン1

ATK0  DEF0

 

 

綿毛トークン2

ATK0  DEF0

 

 

 翌日、狭霧も朝一でやってきたな。仕事も投げ出して。狭霧に軽く泣きながら「意識が戻って……良かったわ」って言われたときもどう接していいのか分からなかった。

 

「レベル1の綿毛トークンにレベル1の『スポーア』をチューニング。シンクロ召喚、『フォーミュラ・シンクロン』」

 

 

フォーミュラ・シンクロン

ATK200  DEF1500

 

 

 それからデュエルアカデミアに戻ってみれば、十六夜が学校に来なくなったと知らされた。そのときからか?この世界が色褪せて見え始めたのは……

 

「『フォーミュラ・シンクロン』のシンクロ召喚に成功した時、デッキからカードを1枚ドローする。さらにシンクロ召喚をしたことで『TG ハイパー・ライブラリアン』の効果発動。デッキからカードを1枚ドローする。そして『簡易融合』を発動。1000ポイントライフを支払ってエクストラデッキから『音楽家の帝王』を特殊召喚」

 

 

音楽家の帝王

ATK1750  DEF1500

 

 

 思えばこの世界に来て初めてかもしれない。もう一度デュエルしてみたいと思える程の強い相手に巡り会ったのは。

 

「レベル5の『音楽家の帝王』にレベル2『フォーミュラ・シンクロン』をチューニング。シンクロ召喚、『アーカナイト・マジシャン』」

 

 

アーカナイト・マジシャン

ATK400  DEF1800

 

 

 十六夜よりも強いデュエリストとも戦ったことはある。だが、それはここに来る前の話。

 

「『アーカナイト・マジシャン』のシンクロ召喚成功時、自身に魔力カウンターを2つ乗せる。そしてこのカードの攻撃力は自身に乗っている魔力カウンター1につき1000ポイントアップする。さらに『TG ハイパー・ライブラリアン』の効果でカードを1枚ドロー」

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 0→2

ATK400→2400

 

 

 微かに光る思い出の記憶。それは淡い光となって脳裏を掠めては消えて行く。

 

 

「墓地の『スポーア』の効果発動。墓地の植物族モンスター『ダンディライオン』を除外し自身を特殊召喚する。このとき除外したモンスターのレベル分自身のレベルは上がるため『スポーア』のレベルは4となる」

 

 

スポーア

ATK400  DEF800

レベル1→4

 

 

 そう、それは過ぎ去ってしまった昔の話。縋ったところで何の意味も持たない。

 今を生き抜く。

 それだけだ。

 

「『死者蘇生』発動。墓地から『シンクロ・フュージョニスト』を特殊召喚。そしてレベル2の『シンクロ・フュージョニスト』にレベル4となった『スポーア』をチューニング。シンクロ召喚、『マジックテンペスター』」

 

 

マジックテンペスター

ATK2200  DEF1400

 

 

 これで場に『アーカナイト・マジシャン』、『マジックテンペスター』、『TG ハイパー・ライブラリアン』が並んだ。

 

「『マジックテンペスター』がシンクロ召喚に成功したことで自身に魔力カウンターを1つ乗せる。さらに『TG ハイパー・ライブラリアン』の効果でカードを1枚ドロー。そしてシンクロ召喚の素材に使われた『シンクロ・フュージョニスト』の効果で、再びデッキから『ミラクルシンクロフュージョン』を手札に加える」

 

 

マジックテンペスター

魔力カウンター 0→1

 

 

 これだけ展開しても依然手札は6枚。今回は随分と初手が良かったおかげで1ターン目なのによく回っている。

 

「『魔力掌握』を発動。効果により『アーカナイト・マジシャン』に魔力カウンターを1つ乗せ、さらに同名カードをデッキから手札に加える」

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 2→3

ATK2400→3400

 

 

「『マジックテンペスター』の効果発動。手札を任意枚数墓地に送ることで、場の魔力カウンターを置けるカードに墓地送った手札の枚数の数魔力カウンターを置く。この効果で手札を4枚墓地に送り『アーカナイト・マジシャン』に魔力カウンターを4つ置く。魔力カウンターが増えたことで『アーカナイト・マジシャン』の攻撃力は上昇する」

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 3→7

ATK3400→7400

 

 

「こ、こ、こ、攻撃力7400?! だ、だが、いくら攻撃力の高いモンスターを出しても先攻1ターン目は攻撃することが出来ない!!」

「マジックテンペスターの効果発動。フィールド上の魔力カウンターをすべて取り除き、取り除いた数×500ポイントのダメージを与える」

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 7→0

ATK7400→400

 

 

マジックテンペスター

魔力カウンター 1→0

 

 

 『アーカナイト・マジシャン』から飛び出した7つの魔力の光球が『マジックテンペスター』の周りに集まり元からあった1つの光球にと合流し8つの緑の光球がゆっくりと『マジックテンペスター』の周りを回っていく。

 

 

「取り除いた魔力カウンターの数は8。よって4000ポイントのダメージを与える」

「バカな……そ、そんなことが……」

 

 8つの緑色に光るハンドボール程の大きさの光球が飛んだ跡の光の筋を絡ませながら相手に突き刺さる。

 

 

「うぎゃぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

 

 

来宮LP4000→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「………………………………………………」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沈黙が訪れる。

 いや、沈黙が訪れていると言うことにやっと気付いたと言うべきか。

 何が起きたのか分からないと言うように周りの人々は目を見開いていたり、ただ口を開けたままだったりで誰も動かない。

 これ以上ここに居る理由は無い、そう判断すると踵を返し移動を始める。

 その歩を今回の依頼主に向けながら。

 動き始めたことを皮切りに周りの人々も動きを取り戻していく。

 野次や歓声、様々な声が入り交じった会場から依頼主と共に抜け出す。

 

「本当に……本当に……勝っていただいて……なんてお礼を言ったら良いのか……」

「礼は良い。依頼をこなしただけだ。報酬確かに受け取った」

「はい……あのっ! 本当にありがとうございました!」

 

 

 

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——————

————

 

 PM 18:40(町外れの裏路地)

 

 日もすっかり落ち外は月明かりが照らす夜に変わっていた。

 周りにある建物はツタが巻き付く古い建造物や罅が入った崩れかけのビルなど廃れた物ばかり。人気は当然少なく誰も居ない空間を見つけるなど容易いものだ。

 今日の依頼も滞りなく終わってあとは着替えて帰宅するだけ。

 誰にも見られない場所を早く見つけてとっとと帰ろう。

 それにしても長いこと『デュエル屋』稼業をやっているけど『マジックテンペスター』の効果使って先攻ワンキルを決めるのは初めてだったな。

 いや、ひょっとしたら『マジックテンペスター』のバーン効果を使うの自体初めてだったかもしれない。

 そもそも『マジックテンペスター』のあの効果でワンターンキルをすることに特化したデッキではない。だけど、今後それも作ってみるか……?

 

『っ! マスター!』

「……あぁ。つけられてる……な」

 

 こう言ったケースは珍しくない。

 元々『デュエル屋』と言う職業柄、他人の恨みを買うことは多い。つけられる理由なんて同業者の腹いせ、今までの負かしてきた相手による仇討ち、負かした相手の後ろの組織からの復讐……いくらでも思いつく。

 

「サイレント・マジシャン。次の曲がり角だ」

『はい。分かりました』

 

 そう言った時はサイレント・マジシャンの力を借りて追っ手を撒いている。誰にも見られない場所に行ってサイレント・マジシャンの転移魔法で誰も居なくカメラの死角になっている場所に移動するのだ。当初毎回『運び屋』に依頼するつもりだったのだが、これはサイレント・マジシャン自ら協力を申し出てきたことである。曲がり角まであと5メートル。追っ手との距離はまだ全然ある。これなら……

 

 

 

 

 

「デュエルしろぉ」

 

 

 

 

 

 デュエル?

 

 足が止まる。

 

『マスター!?』

 

 非常に渋みのある独特の声だった。

 背後の追っ手が歩を進める気配も消える。

 振り返るとそこには鼻から上が隠れる仮面を付けた大柄な男が立っていた。黒のハットに銀の仮面、それにあれはデュエルコートとでも言うのだろうか。胸元にデュエルディスクのデッキを入れる銀の措置を肩から下げた黒のロングコートを身に纏っている。左腕にはデュエルディスクのカードを置く部分がつけられていることからも分かるが先の言の通りこいつの目的は俺とのデュエルのようだ。

 

「どぉした? それとも逃げるか、『死神の魔導師』ぃ」

「……………………」

『はっ!! いけません、マスター! これは明らかに罠です!!』

 

 どうやらこいつは俺の性質を理解しているらしい。

 鞄にしまってあるデュエルディスクとデッキを取り出す。今日の依頼で使ったデッキのままで変更はできていないが問題ないだろう。

 

「ふはは、それでいい」

『マスターっ!!』

 

 サイレント・マジシャンの訴えはよくわかっているつもりだ。明らかに依頼を終えた後を狙ったタイミングでのデュエル。十中八九何者かの意図が働いたのだろう。

 だが、そうだとしても。挑まれたデュエルに背を向けるつもりはない。その程度のことが俺の信条を曲げる理由になる筈がない。

 

「デュエル」

「デュゥエルッ!!」

 

 こういった状況でデュエルになった場合、大抵相手は強かったりする。

 脳意を掠める悲しそうな表情の薔薇の少女。

 久々に強敵の予感、気が引き締まるのが分かる。

 あっ、帰りは遅くなるって狭霧に連絡しとけば良かったな。

 

「先攻は私のようだ。ドローぉ」

 

 デッキのトップのカードが射出され添えてあった手に収まる。見た目も特徴的なデュエルディスクだが機能も一般的なものには無い独特なものがあるようだ。

 相手の状況はまだ分からないが少なくともこちらの手札はいまいち、この手札では初動での展開はまずできない。相手の初動次第ではかなり厳しい戦いになりそうだ。まぁ何れにしてもどんなデッキなのかの把握が先決。それによって俺の取るべき行動も変わってくる。

 

「私はぁ、マジックカード『手札抹殺』をぉ発動するぅ。お互い手札のカードをすべて捨てぇ、そして捨てた手札の枚数だけ新たにドローする」

 

 ありがたい、こちらとしても墓地に送りたかったカードを2枚も抱えてたところだ。まぁこちらに利があるように相手にもまた何か利がある動きなのだろうが。

 

「そしてこのとき『手札抹殺』によって墓地に送られた『トリック・デーモン』の効果が発動するぅ。このカードがカードの効果によって墓地に送られた時、デッキより“デーモン”と名のつくカードを手札に加えることが出来る。私はデッキより『デーモンの騎兵』を手札に加える」

 

 相手の側に目元から上を隠す髑髏の仮面をつけた幼女が半透明な姿で浮かび上がる。人型をしているが肌の色が薄紫なことから悪魔族であることが分かる。そのまま幼女は仮面の男の周りを無邪気に駆け回った後に墓地へと続く暗い闇の穴に沈んでいった。

 なるほどな、今回はデーモン使いと言うことか。

 

「手札から『ジェネラル・デーモン』を捨てることでぇ私はデッキより『万魔殿―悪魔の巣窟―』を手札に加えるぅ」

 

 次ぎに浮かび上がったのはオレンジ色の筋繊維がむき出しなデーモン。随所を外骨格となる骨が覆っているがそれも微々たるもので体表のほとんどがオレンジ色の筋繊維となっている。肘から先、膝下は鎧に覆われていて背中の翼の下にマントからは“ジェネラル”の風格を感じる。手に持った剣を地面に突き立てると墓地へ向かう黒い穴が出現し静かに沈んでいった。

 

「そしてフィールド魔法『万魔殿―悪魔の巣窟―』を発動ぉ」

 

 デュエルディスクにカードが差し込まれると地面を突き破り2体の竜の頭蓋骨が姿を現す。竜の頭部の下には首から胴体までの骨が繋がっており最終的に頭が5メートル程の高さから見下ろす格好になった。頭部ばかりに気を取られていたが足下も既に変化しており、只の地面はお互いの間を中心に何層もの金属サークルに変わっていた。中央にはマグマが煮えたぎっておりその明かりが紅く周りを照らしている。

 

「ふははは! これがさしずめ地獄の一丁目と言ったところだぁ。そして『デーモンの騎兵』を召喚」

 

 藍色の甲冑馬に股がった赤い鎧の騎士が闇の中から馳せ参じる。身の丈程の巨大なランスを軽々振り回しその切っ先を真っすぐ向けてくる。随分と好戦的な様子だ。

 

 

デーモンの騎兵

ATK1900  DEF0

 

 

「さらに自分フィールドに“デーモン”と名のつくカードが存在する時『デーモンの将星』は特殊召喚できる。現れよ、『デーモンの将星』ぃ!」

 

 一本の太い落雷が降り注ぐ。

 そこから現れたのは甲冑馬を駆る『デーモン騎兵』程の大きさのデーモンだった。頭部や肩から巨大な角を生やしているが『ジェネラルデーモン』同様に体表のほとんどはむき出しの筋繊維でその色は赤紫だった。額、胸部の中央、腹部の中央にそれぞれエメラルドに輝く宝玉が埋め込まれておりその煌めきの強さにあわせて周りに雷が迸る。

 

 

デーモンの将星

ATK2500  DEF1200

 

 

 それにしても『デーモンの騎兵』に『デーモンの将星』の布陣ってことは完璧に良い展開に持ち込まれているな。『手札抹殺』で墓地が肥えている状況だ。先程の手札のままだったら非常にマズい状況だったが、幸いこちらも手札交換のおかげで初動である程度動ける。

 

「この効果で『デーモンの将星』を特殊召喚したとき、自分の場の“デーモン”と名のついたカードを破壊するぅ。『デーモンの騎兵』を破壊ぃ」

 

 『デーモンの将星』から発せられた雷が『デーモンの騎兵』に降り注ぐ。断末魔の叫びを上げながら『デーモンの騎兵』は跡形も無く消え去り墓地への穴だけがその場に残る。

 

「『デーモンの騎兵』はカード効果で破壊された時、墓地から“デーモン”と名のつくカードを蘇生させるぅ。蘇れぇ! 『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』!」

 

 地鳴りが始まる。

 消えずに残っていた墓地へと続く穴が広がりそこから巨大なものが出てくる気配を感じる。まずそこから出てきたのはデーモンの頭部だった。驚くべきことにその大きさは頭部だけで『デーモンの将星』の身丈程もあった。徐々にその姿は露わになっていき最終的に体全体が出てくるとその大きさに息を呑むほか無くなる。その全長は『デーモンの将星』の優に十倍はあるのだ。紫色の表皮は所々剥げ傷ついた姿から歴戦の猛者の風格がにじみ出ている。両膝小僧にはデーモンの頭の骨がはめ込まれており一瞬それが顔だと勘違いしそうになる。

 

 

戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン

ATK3000  DEF2000

 

 

『………っ!』

 

 よりにもよってデーモンの中で最高攻撃力のモンスターを墓地に送ってるとは。あの『手札抹殺』は向こうにとって最高の状況を作り出したらしい。サイレント・マジシャンの息を呑むのが伝わってくる。

 

「さらにぃ! 『万魔殿―悪魔の巣窟―』の効果発動ぉ! 場の”デーモン”と名のつくカードが戦闘以外で破壊され墓地に送られた時、そのカードのレベル未満の”デーモン”と名のつくモンスターを手札に加える。破壊された『デーモン騎兵』のレベルは4。私はデッキよりレベル3の『トリック・デーモン』を手札に加えるぅ。そしてカードを1枚伏せて、ターンエンドだぁ」

 

 これだけ展開しておいて手札を3枚残している上に伏せカードまであるとは……予想通りこの相手は強い。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 だがこの状況が絶望的と言う訳でもない。あの『手札抹殺』はこちらにもまたいい流れを持ってきた。問題なのはあのセットカードだが、果たしてこちらの思惑通りに事が運ぶか……

 

「墓地の光属性『エフェクト・ヴェーラー』と闇属性『ジャンク・シンクロン』を除外し手札から『カオス・ソーサラー』を特殊召喚」

 

 右手には光の炎、左手には闇の炎を灯す魔術師。それが『カオス・ソーサラー』。上半身は切れ切れのデザインで肌を大きく露出させる魔術師の装束。十字に自分の体を縛めるベルトが特徴的である。

 

 

カオス・ソーサラー

ATK2300  DEF2000

 

 

 召喚誘発系の罠は……無いようだ。これでひとまず第一ステップはクリアと言ったところか。

 

「『カオス・ソーサラー』の効果発動。1ターンに1度、フィールド上の表側表示のモンスター1体を除外できる。この効果で『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』を除外」

「くぅ……!」

 

 空間に罅が入る。その罅はどんどん大きくなり大きな亀裂となりついに空間に巨大な穴が空いた。

 それは一瞬。

 あれほどまで巨大で威圧感を発していた『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』は空間に飲み込まれ跡形も無く消えて無くなった。

 『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』は強力な効果を持っているが自身に耐性は持っていない。よって効果による処理が非常に有効である。どうやらあのセットカードが効果に反応するものでも無いらしい。となると残る警戒すべきものは攻撃誘発か。

 

「さらに『ゾンビキャリア』を通常召喚」

 

 でっぷり太った紫のゾンビが地面を突き破り出現する。体には機械による改造の跡や様々な動物のパーツを縫合した跡が残っていた。

 

 

ゾンビキャリア

ATK400  DEF200

 

 

 こっちで使うのは1年ぶりぐらいか? 使うまでもなく魔法使い族のシンクロモンスターだけで勝てることがほとんどだったせいもあって全然出していなかったな。まぁこの相手には出し惜しみをしている場合では無さそうだ。

 

「レベル6の『カオス・ソーサラー』にレベル2の『ゾンビキャリア』をチューニング」

 

 『ゾンビキャリア』は二つの緑の光の輪になりその中を『カオス・ソーサラー』が飛ぶ。『カオス・ソーサラー』は六つ光の玉となり輪の中の光が最高潮に達する。

 

「シンクロ召喚、『スクラップ・ドラゴン』」

 

 大きく広げた翼はトタン板の寄せ集め。

 それを動かすのは廃工場の歯車群。

 廃材置き場から集まった金属パイプから煙を噴かせその体を羽ばたかせ浮上させていく。

 浮上する際に体のパーツが次々と落下していくがそれでも動きが止まることは無い。

 使い捨てられたタイヤ、破られた鉄柵、何かわからない工業製品の金属部品、そう言ったものが集まり生まれたドラゴン、それが『スクラップ・ドラゴン』。

 目に当たる部分の赤いランプが灯り金属が軋み上がる咆哮の音を辺りに響かせる。

 

 

スクラップ・ドラゴン

ATK2800  DEF2000

 

 

「なるほどぉ……これが噂の奴のドラゴン……」

「……?」

 

 何か口元が動いていた気がするが『スクラップ・ドラゴン』の体を動かす轟音に掻き消され上手く聴き取れない。

 

「墓地の『レベル・スティーラー』の効果発動。場の『スクラップ・ドラゴン』のレベルを1つ下げ、墓地から『レベル・スティーラー』を特殊召喚する」

 

 墓地から引き上げるようにして現れた背中に黄色の星が描かれたテントウ虫。『スクラップ・ドラゴン』が居る今、こいつには少々働いてもらうことになる。

 

 

スクラップ・ドラゴン

レベル8→7

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEF0

 

 

「『スクラップ・ドラゴン』の効果発動。1ターンに1度自分の場のカード1枚と相手の場のカード1枚を選択して破壊する。俺はこの効果で俺の場の『レベル・スティーラー』とお前の場のセットカードを破壊する」

 

 『スクラップ・ドラゴン』の体から落ちる部品が『レベル・スティーラー』を押しつぶすと同時に背中からタイヤが高速で射出されセットカードへと向かう。

 

「ふはははは!! 伏せカードを恐れるあまり大局を見誤ったようだなぁ!トラップカード発動ぉ! 『デーモンの雄叫び』! こいつは500ポイントライフを支払うことで墓地から“デーモン”と名のつくカードをエンドフェイズ時まで蘇らせる。私が復活させるのは『ヘル・エンプレス・デーモン』!」

 

 雄叫びに応えるように黒い穴から一人の女性が現れる。その姿は『トリック・デーモン』が大人になった姿で、目元から上を覆う厳つい角の生えた仮面をとってしまえば美しい相貌が露わになるのは想像に難くない。上半身は無骨で刺々しい鎧に包まれているが、下半身は無防備なもので股の部分以外に装飾品は無く大胆に太ももを晒している。

 

『……………………』

「……どうした?」

『……いえ、なんでもないです』

「…………?」

 

 サイレント・マジシャンから少し強い視線を感じ問いかけてみたが何も無いらしい。一見いつもと変わり無いように見えるが、何となく不機嫌そうな気がする。気のせいだろうか?

 

 

仮面のデュエリストLP4000→3500

 

 

ヘル・エンプレス・デーモン

ATK2900  DEF2100

 

 

 それにしても面倒な状況だ。このタイミングで『ヘル・エンプレス・デーモン』が出てくるか。初動の『手札抹殺』でつくづく良いモンスターを落としている。

 

「……バトルだ。『スクラップ・ドラゴン』で『デーモンの将星』を攻撃」

 

 『スクラップ・ドラゴン』はその口を大きく開け『デーモンの将星』に狙いを定める。直後、蒸気機関車の汽笛を鳴らす音が聞こえてきそうな程の蒸気を体から飛び出たいくつものパイプから放出し、口からオレンジ色の熱線を放射した。

 

「こぉの瞬間! 『ヘル・エンプレス・デーモン』の効果発動ぉ。このカード以外の自分の場の闇属性・悪魔族モンスター1体が破壊される場合、代わりに自分の墓地に存在する闇属性・悪魔族モンスター1体をゲームから除外することがぁできる。私は墓地に存在する『ジェネラルデーモン』除外しぃ『デーモンの将星』の破壊を無効にするぅ」

 

 熱線が『デーモンの将星』を貫く直前、半透明な『ジェネラルデーモン』がその熱線を受け止め消えていく。だが、その余波が僅かに相手のライフを削った。

 

 

仮面のデュエリストLP3500→3200

 

 

 『ヘル・エンプレス・デーモン』が出てきた瞬間から予想されていたことだが状況としては非常に良くない。

 

「俺は再び墓地の『レベル・スティーラー』の効果発動。場の『スクラップ・ドラゴン』のレベルを1つ下げ、墓地から『レベル・スティーラー』を守備表示で特殊召喚する」

 

 再び場に戻る『レベル・スティーラー』。『スクラップ・ドラゴン』との相性の良さは今に始まったことではないが久々に使ってみるとやはり強力だと改めて実感させられる。

 

 

スクラップ・ドラゴン

レベル7→6

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEF0

 

 

「カードを1枚伏せて、ターン終了」

「このエンドフェイズ時、『デーモンの雄叫び』によって復活した『ヘル・エンプレス・デーモン』は破壊される。だが、『ヘル・エンプレス・デーモン』が破壊された時、『ヘル・エンプレス・デーモン』の効果発動ぉ! 墓地からレベル6以上の闇属性・悪魔族モンスター1体を復活させる! これにより私は2体目の『デーモンの将星』を特殊召喚するぅ!」

 

 『ヘル・エンプレス・デーモン』は甲高い叫び声を上げて砕け散り砂に変わる。そしてその砂から新たに2体目の『デーモンの将星』が姿を現した。

 

 

デーモンの将星2

ATK2500  DEF1200

 

 

 まったくまだ墓地に高攻撃力の悪魔族を隠してたとは……まぁこれで2体目の『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』が出てくるなんてことが無いだけマシか。

 

「そして『ヘル・エンプレス・デーモン』が破壊されたことによりさらに『万魔殿―悪魔の巣窟―』の効果発動ぉ! 破壊された『ヘル・エンプレス・デーモン』のレベル8ぃ。よってぇ私はこの効果でレベル4の『トランス・デーモン』を手札に加える」

 

 さてカードも伏せた訳だが果たしてこれだけで次のターン凌ぎきれるか。『デーモンの将星』の攻撃力は『スクラップ・ドラゴン』に届いていないとは言え、正直なところ『万魔殿―悪魔の巣窟―』の効果で手札に加えられた『トリック・デーモン』、『トランス・デーモン』が見えている時点でほぼ間違いなく次のターンで『スクラップ・ドラゴン』が破壊されるだろう。俺の予想の範疇の動きをしてくるか次のドローで予想を超えてくるか……どちらにせよマズい。

 

「私のタァーン、ドローぉ。私は手札よりマジックカード『悪夢再び』を発動ぉ。墓地の守備力0の闇属性モンスター2体を手札に加える。私は『トリック・デーモン』、『デーモン騎兵』を手札に加える」

 

 これで手札は6枚。うち4枚はネタが分かってるとは言え『トリック・デーモン』は効果で墓地に送られれば“デーモン”と名のつくカードを何でもサーチできる。つまり向こうには選択の幅が実際の手札枚数よりも広い。

 

「『トランス・デーモン』を召喚。そして効果を発動。1ターンに1度手札の悪魔族モンスター1体を捨て自身の攻撃力をエンドフェイズ時まで500ポイントアップさせる」

 

 三頭身ほどの淀んだ薄い青色の肌の悪魔が羽ばたいてきた。ひょろひょろのモヤシのような細長い手足に皺だらけの肌は老人のようにも見える。鎧など一糸纏わず肌を露出させたその姿は一言で言うなら気味が悪いものだった。

 

 

トランス・デーモン

ATK1500→2000  DEF500

 

 

 この効果で重要なのは“手札から悪魔族をモンスター1体を捨てる”と言うのがコストではなく効果だと言うことだ。つまりここで奴が手札から捨て墓地に送ったのは……

 

「このとき墓地に送られた『トリック・デーモン』の効果発動。デッキからフィールド魔法『伏魔殿―悪夢の迷宮―』を手札に加える」

 

 やはり『伏魔殿―悪夢の迷宮―』を手札に加えてきたか。字面から“伏魔殿”を“デーモンパレス”と読むなどと誰が想像できようか。

 

「そして『伏魔殿―悪夢の迷宮―』を発動ぉ!」

 

 フィールド魔法が変わったことで周りの景色も一変する。見下ろしていた竜は崩れ去り地鳴りと共に相手の背後から何かが生えてくる。あっという間に姿を現したのは城のような建物群だった。センターに聳え立つ一番高い建物は円柱型の高層ビルのようだったが上部にデーモンを象徴する角や翼をモチーフにした装飾がなされておりその様はまさに“悪魔の塔”と呼ぶにふさわしい。他の建物はそれぞれまったく形が異なる作りになっておりその様子は世界各国の地域ごとの伝統的建造物を一カ所に集めたようだった。暗雲が立ち籠め紫色の稲光が空の至る所で起きているのが一層不気味さを演出している。

 

「『万魔殿―悪魔の巣窟―』が地獄の一丁目ならばこの『伏魔殿―悪夢の迷宮―』は地獄の本殿。その恐怖身を以て味わうが良い。『伏魔殿―悪夢の迷宮―』の効果により場の悪魔族モンスターは攻撃力が500ポイントアップするぅ!」

 

 センターの“悪魔の塔”を中心に建物群の外までの範囲に描かれた悪魔的な模様が描かれたサークルが光を発する。その光に呼応するように場の“デーモン”達の瞳が妖しく輝きだす。

 

 

トランス・デーモン

ATK2000→2500

 

 

デーモンの将星1

ATK2500→3000

 

 

デーモンの将星2

ATK2500→3000

 

 

 これで『デーモンの将星』の攻撃力が『スクラップ・ドラゴン』を上回った。問題なのはここから。まだ分からない残りの2枚の札がここで飛んでくるかどうか……

 

「バトルだぁ!!1体目の『デーモンの将星』で『スクラップ・ドラゴン』を攻撃ぃ!!」

 

 『デーモンの将星』の手に集められた雷が放出され『スクラップ・ドラゴン』に直撃する。元々繋がしっかりしている体ではない『スクラップ・ドラゴン』は一撃を受け体が崩れ落ちていく。

 

 

八代LP4000→3800

 

 

「攻撃はまだ終わらん! 『トランス・デーモン』で『レベル・スティーラー』を攻撃!」

 

 甲高く不快な笑い声を上げながら飛んできた『トランス・デーモン』は鋭いつ目で『レベル・スティーラー』を引き裂き破壊する。これで俺を守る壁となるモンスターは居なくなった。

 

「ふははは!! 覚悟は良いかぁ! 2体目の『デーモンの将星』でダイレクトアタックぅ!!」

 

 2体目の『デーモンの将星』から放出された雷が眼前に迫ってくる。どうやらこのターンの行動は俺の想定の範囲で収まってくれたらしい。

 

「トラップカード発動。『ガード・ブロック』。この戦闘で発生するダメージを0にしカードを1枚ドローする」

 

 俺の前に透明のドーム状の膜が張られその雷を受け止める。雷との接触部分が虹色の波を表面にたてながらその攻撃を受け流していく。

 

「ふん、流石に簡単には通らないかぁ。私はこれでターンを終了する」

 

 

トランス・デーモン

ATK2500→2000

 

 

 エンドフェイズ時になり攻撃力が元に戻りその大きさが元に戻る。

 

 月も隠された不気味な夜空。

 緊迫したデュエルの序章は幕を閉じる。

 真剣な面持ちで対峙する二人の決闘者を他所に影で道化が笑った。



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『デュエル屋』と刺客 後編

PM19:10(町外れの裏路地)

 

仮面のデュエリストLP3200

手札:4枚

場:『デーモンの将星』×2、『トランス・デーモン』

フィールド:『伏魔殿―悪夢の迷宮―』

セット:無し

 

 

八代LP3800

手札:4枚

場:無し

セット:無し

 

 

 デーモン軍団の猛攻をなんとか凌ぎきったこのターン。まぁ俺の予想通り動いてくれた上にセットカードも無く攻めるには絶好の機会なのだが……生憎手札に動ける札が揃ってない。なんとか次のターンは凌げるかもしれないがそれじゃジリ貧になるのが見えている。このドローでなんとかしなければ。

 

「俺のターン、ドロー。っ! 『闇の誘惑』を発動。カードを2枚ドローしその後闇属性モンスターを1体手札から除外する。俺は手札から『見習い魔術師』を除外」

 

 ここに来ての手札交換カード。ありがたい、これで反撃のための札が揃った。

 

「そして『マジカル・コンダクター』を召喚」

 

 俺のデッキを支える大和撫子。このデッキで大量展開をするときの始動となることが多い。今回もその力を借りるぞ。

 

 

マジカル・コンダクター

ATK1700  DEF1400

 

 

 「手札からマジックカード『ワン・フォー・ワン』を発動。手札のモンスターカードを墓地に送ってこのカードは発動する。デッキからレベル1のモンスターを特殊召喚する。俺は手札の『キラー・トマト』を墓地に送ってデッキから『スポーア』を特殊召喚する」

 

 

スポーア

ATK400  DEF600

 

 最早おなじみであるこのデッキの優秀なチューナー。今日の依頼でも活躍してくれた連続シンクロのお供となっているモンスターだ。

 

「魔法カードが使用されたことで『マジカル・コンダクター』に魔力カウンターが2つ乗る」

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター 0→2

 

 

 緑色の魔力光を発する2つの球体が『マジカル・コンダクター』の周りを浮遊し始める。

 

「『マジカル・コンダクター』の効果発動。自身に乗った魔力カウンターの数を任意の個数取り除きその個数と同じレベルの魔法使い族モンスターを手札または墓地から特殊召喚する。俺は魔力カウンターを2個取り除くことで墓地からレベル2の『シンクロ・フュージョニスト』を特殊召喚する」

 

 『マジカル・コンダクター』の周りに浮いていた緑に発光する魔力球は墓地へと通じる黒い穴に吸い込まれ新たにそこから『シンクロ・フュージョニスト』を引きずり上げる。

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター 2→0

 

 

シンクロ・フュージョニスト

ATK800  DEF600

 

 

「レベル4の『マジカル・コンダクター』にレベル1の『スポーア』をチューニング。シンクロ召喚、『TG ハイパー・ライブラリアン』」

 

 光の中から姿を見せたいつも頼りにしているシンクロモンスター。このデッキにおいて展開しながらドローできるいわばエンジン的存在。そのメガネの先の敵を真っすぐ見据えていた。

 

 

TG ハイパー・ライブラリアン

ATK2400  DEF1800

 

 

「墓地の『スポーア』の効果発動。このカードは墓地の植物族モンスター1体を除外することで墓地からを特殊召喚できる。このとき除外した植物族モンスターのレベルだけ自身のレベルが上昇する。俺は墓地の『キラー・トマト』を除外し『スポーア』を特殊召喚する。そして除外した『キラー・トマト』のレベルは4。よって『スポーア』のレベルは5となる」

 

 レベルが上がったことにより一回りも二回りも大きくした『スポーア』だったがその愛らしい顔はそのままで緩キャラの巨大なぬいぐるみを思わせる。

 

 

スポーア

ATK400  DEF600

レベル1→5

 

 

「レベル2の『シンクロ・フュージョニスト』にレベル5となった『スポーア』をチューニング。シンクロ召喚、『アーカナイト・マジシャン』」

 

 魔力カウンターを操るこのデッキのエースモンスター。杖の先の宝玉の輝きにあわせてあふれる魔力がそのローブを棚引かせる。

 

「シンクロ召喚の素材となり墓地に送られた『シンクロ・フュージョニスト』の効果発動。デッキから『融合』または『フュージョン』と名のついたカードをデッキから手札に加える。俺はデッキから『簡易融合』を手札に加える。また『アーカナイト・マジシャン』はシンクロ召喚時、自身に魔力カウンターを2つ乗せる。そしてこのカードの攻撃力は自身に乗った魔力カウンターの数×1000ポイントアップする。さらに『TG ハイパー・ライブラリアン』が存在する時、シンクロ召喚に成功した場合カードを1枚ドローする」

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 0→2

ATK400→2400  DEF1800

 

 

 手札は4枚ある。ここまで順調に展開できたがここからどうすべきか。さらに展開して一気に押し切ることもできると言えばできる。ただ万が一そこで手札誘発によるなんらかの妨害を受けた時、手札をすべて失った状態で次のターンを迎える状況になりかねない。ここはやはり堅実に動くか。

 

「『アーカナイト・マジシャン』の効果発動。自分フィールド上の魔力カウンターを1つ取り除き相手の場のカードを1枚破壊する。自身に乗った魔力カウンターを1つ取り除き『伏魔殿―悪夢の迷宮―』を破壊」

「くぅ…………」

「……………………」

 

 自身の回りに浮かぶ緑光を放つ魔力球の一つが杖の宝玉に取り込まれる。その杖を天に翳すと杖から白く輝く光が天に昇る。直後、暗雲立ち籠める空から一筋の白い雷が相手の背後に聳え立つ建物群の一番高いタワーに直撃した。音を立て崩れるタワーの倒壊する衝撃が周りの建物に伝わり連鎖的に建物群は崩れていった。『伏魔殿―悪夢の迷宮―』の破壊と共に空を覆っていた暗雲は霧散し月明かりが照らす夜空の景色に戻っていた。

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 2→1

ATK2400→1400

 

 

トランス・デーモン

ATK2000→1500

 

 

デーモンの将星1

ATK3000→2500

 

 

デーモンの将星2

ATK3000→2500

 

 

「さらに自身に乗った最後の魔力カウンターを取り除き『デーモンの将星』を破壊」

 

 『伏魔殿―悪夢の迷宮―』を襲った白い雷が今度は『デーモンの将星』を襲う。直撃した『デーモンの将星』は体が石化していき全体が石化すると砂となって体が崩れていった。

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 1→0

ATK1400→400

 

 

 手札誘発による妨害は無しか……これは強引に勝負を決めにいっても良かったみたいだな。だが、まだこのターンで勝負を付ける方法は残ってる。

 

「『簡易融合』発動。1000ポイントライフを支払いエクストラデッキからレベル5以下の融合モンスターを特殊召喚する。俺はレベル4の『カオス・ウィザード』を特殊召喚」

 

 巨大なカップ麺の容器の中から大鎌を持った鎧の男が現れる。黒と赤のツートンカラーの鎧を纏っている上に仮面をつけているため肌の露出が一切無い。

 

 

八代LP3800→2800

 

 

カオス・ウィザード

ATK1300  DEF1100

 

 

「墓地の『ゾンビキャリア』の効果発動。手札を1枚デッキトップに戻すことで墓地から特殊召喚できる。この効果を使ったこのカードがフィールドを離れた時このカードは除外される」

 

 

ゾンビキャリア

ATK400  DEEF200

 

 

 再び場に『ゾンビキャリア』が戻りこれでシンクロ召喚のために必要なモンスターが場に整った。

 

「レベル4の『カオス・ウィザード』にレベル2の『ゾンビキャリア』をチューニング。シンクロ召喚、『マジックテンペスター』」

 

 

マジックテンペスター

ATK2200  DEF1400

 

 

 『TG ハイパー・ライブラリアン』に『アーカナイト・マジシャン』、それに『マジックテンペスター』。まさか依頼で受けたデュエルと同じ布陣が完成するとは思ってなかった。

 

「『マジックテンペスター』のシンクロ召喚時、自身に魔力カウンターを1つ乗せる。さらに『TG ハイパー・ライブラリアン』の効果でカードを1枚ドロー。」

 

 

マジックテンペスター

魔力カウンター 0→1

 

 

「『マジックテンペスター』に乗った魔力カウンターを取り除きもう一方の『デーモンの将星』を破壊」

 

 

マジックテンペスター

魔力カウンター 1→0

 

 

 『マジックテンペスター』の周りを浮遊する緑色の魔力光を放つ球が『アーカナイト・マジシャン』の杖に吸収される。そして先程と同様に白い雷が『デーモンの将星』を打ち砕く。

これで残る相手の場のモンスターは『トランス・デーモン』のみ。いける!

 

「『アーカナイト・マジシャン』に『ワンダー・ワンド』を装備する。『ワンダー・ワンド』を装備したモンスターの攻撃力は500ポイントアップする」

 

 『ワンダー・ワンド』を装備したことで『アーカナイト・マジシャン』の手にあった杖が『ワンダー・ワンド』に変化する。

 

 

アーカナイト・マジシャン

ATK400→900

 

 

「バトルフェイズ、『TG ハイパー・ライブラリアン』で『トランス・デーモン』を攻撃」

 

 『TG ハイパー・ライブラリアン』は指先を『トランス・デーモン』に向けるとその指から青白い光線が放射される。その細長い光線は『トランス・デーモン』を縦に真っ二つに切り裂いた。『トランス・デーモン』はそのまま爆散しその爆風が相手のライフを削る。

 

 

仮面のデュエリストLP3200→2300

 

 

「ぬぅぅ!! 『トランス・デーモン』の効果発動。このカードが破壊され墓地に送られた時、除外されている闇属性モンスターを手札に加える。私はこの効果で『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』を手札に加える」

 

 ……………おかしい。

 あとはモンスターの総攻撃でこのデュエルが終わると言うのに相手が冷静過ぎる。負けると分かって開き直ってる……? いや、そうじゃない。

 まだ何かある、そんな気がしてならない。

 

「『アーカナイト・マジシャン』でダイレクトアタック」

 

 『アーカナイト・マジシャン』が持つ『ワンダー・ワンド』の先端の深緑色の宝玉から赤黒い閃光が相手に迫る。

 

「させん。相手が直接攻撃を仕掛けてきた時、手札の『バトル・フェーダー』の効果発動。このカードを特殊召喚しバトルフェイズを終了させる」

「なっ!?」

 

 盾となるように十字形のモンスターがその閃光の前に立ちはだかる。閃光は『バトル・フェーダー』に直撃する直前、それを阻む半透明の膜の壁に阻まれ霧散する。

 

 

バトル・フェーダー

ATK0  DEF0

 

 

 迂闊だった……この世界でトラゴやゴーズを使用するプレイヤーが今まで居なかったせいでバトルフェイズ中に手札から発動するモンスターのことをすっかり忘れていた……

 

「……墓地の『レベル・スティーラー』の効果発動。場の『アーカナイト・マジシャン』のレベルを1つ下げ、墓地から『レベル・スティーラー』を特殊召喚する」

 

 

アーカナイト・マジシャン

レベル7→6

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEF0

 

 

 『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』が手札に加わったことで相手の手札は4枚。うち3枚は分かっているが1枚がまだ分かっていない。初手から使われていないが一体あれはなんだ?

 

「そして『ワンダー・ワンド』のもう一つの効果発動。このカードを装備しているモンスターとこのカードを墓地に送りデッキからカードを2枚ドローする。これでターンを終了する」

 

 墓地へと続く穴を出現させた『ワンダー・ワンド』は『アーカナイト・マジシャン』とともにその穴に消えて行く。これでこちらも手札は4枚。このターンを思い返せばデュエルを終わらせる方法はあった。だがその反省はとりあえず後だ。今はこのデュエルに集中する。

 

「私のタァーン、ドローぉ」

 

 さぁ、このターン何から来る?

 『エフェクト・ヴェーラー』を握ってる今、この状況を完全にひっくり返せるようなことはそうそうないと践んでるが油断はできない。パワーカードで押し切られることも十分あり得る。

 

「私は『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』を召喚。このカードは攻撃力守備力を半分にすることでリリース無しで召喚できる。そしてこの効果で召喚したこのカードはエンドフェイズ時に破壊される」

 

 完全な状態でないためか『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』の姿は初めて出てきたときの半分程度のサイズしか無かった。とは言えあの巨体が半分になったところで見上げる程の大きさは十分ある。

 

 

戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン

ATK3000→1500  DEF2000→1000

 

 

「『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』の効果発動ぉ。1ターンに1度、手札または墓地から“デーモン”と名のつくカードを除外しフィールド上のカード1枚を破壊する。私は墓地の『伏魔殿―悪夢の迷宮―』を除外しこの効果を発動ぉ!!」

 

 この破壊する効果を手札にある『エフェクト・ヴェーラー』で止めることは出来る。だがそうした場合『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』の弱体化したステータスが元に戻ってしまい戦闘でモンスターが破壊されダメージも負ってしまう。厄介なモンスターだ、まったく……

 

「破壊するのは……『TG ハイパー・ライブラリアン』!!」

 

 『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』の赤い瞳が一瞬輝きを放つ。次の瞬間、『TG ハイパー・ライブラリアン』は跡形も無く爆発しその姿は消えていた。

 

「さらに私は『おろかな埋葬』を発動。デッキから『トリック・デーモン』を墓地に送る。そしてカード効果によって墓地に送られた『トリック・デーモン』の効果発動。デッキから2枚目の『伏魔殿―悪夢の迷宮―』を手札に加える。そして『伏魔殿―悪夢の迷宮―』を発動ぉ!」

 

 月明かりが照らす夜空は再び暗雲立ち籠める空へと早変わりする。

 まさか破壊して1ターンでフィールドを持ち直してくるとは……

 これは一気に旗色が怪しくなった。

 

 

戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン

ATK1500→2000

 

 

バトル・フェーダー

ATK0→500

 

 

「『伏魔殿―悪夢の迷宮―』のもう一つの効果を発動するぅ。自分の場の『デーモン』と名のついたモンスター1体を選択し、選択したモンスター以外の自軍の場の悪魔族モンスター1体を選んで除外することでぇ、自分の手札・デッキ・墓地から選択したモンスターと同じレベルの『デーモン』と名のついたモンスターを1体特殊召喚する。私は『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』を選択し効果発動ぉ! 『バトル・フェーダー』を除外しデッキから2体目の『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』を特殊召喚するぅ!」

 

 完全なステータスで現れた『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』。妥協召喚して出したものと比べるとその大きさの差は歴然で小さい方が可愛く見える程だった。

 

 

戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン2

ATK3000→3500  DEF2000

 

 

「そして特殊召喚された『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』の効果により墓地から『デーモンの雄叫び』を除外し効果発動ぉ!」

「手札から『エフェクト・ヴェーラー』の効果を発動。このカードを手札から墓地に送ることで相手フィールド上のモンスター1体の効果をエンドフェイズ時まで無効にする。この効果で『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』の効果を無効にする」

「ぬぅ。このターンで決着といきたかったところだがぁ……まぁいい。行くぞ! まずは最初に召喚した『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』でぇ『レベル・スティーラー』を攻撃!」

 

 『レベル・スティーラー』が破壊される。

 遅れて暴風の圧が体にかかる。

 何が起きたか一瞬理解できなかったが、やがてそれが『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』の振るった大剣によるものだと気付く。ボロボロに錆び付いた『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』の肩までの長さはある赤い大剣。

 冷や汗が頬を伝う。

 あんな馬鹿でかい大剣の攻撃をダイレクトアタックで貰ったら只じゃ澄まないなんてことは火を見るより明らかだ。

 

「さらにもう一体の『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』で『マジックテンペスター』を攻撃ぃ!」

 

 『マジックテンペスター』がいとも容易く破壊される。

 直後体を襲う吹き荒れる暴風。

 ソリッドビジョンだと言うのに凄まじい迫力だ。

 

 

八代LP2800→1500

 

 

「私はカードを1枚伏せターンを終了する。そしてエンドフェイズ時妥協召喚した『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』は自壊する」

 

 小さい方の『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』が砂となりその場に崩れていく。危なかった……『エフェクト・ヴェーラー』が無ければこのターンで勝負はついていた。

 相手の場には一体の『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』とフィールド魔法『伏魔殿―悪夢の迷宮―』、そして分からないセットカードが1枚。

 俺の手札にこの状況を完全に覆す手は揃ってない。このターンのドロー次第と言うわけか。

 

「俺のターン、ドロー。————っ! 『貪欲な壺』発動」

 

 ここに来て最高の引きだ。

 このドローでなんとか立て直しをしたいところだ。

 

「墓地の『スクラップ・ドラゴン』、『アーカナイト・マジシャン』、『マジック・テンペスター』、『TG ハイパー・ライブラリアン』、『カオス・ウィザード』をデッキ戻しカードを2枚ドロー。」

 

 …………流石にそう簡単に逆転の札は呼び込めないか。

 

「『大嵐』発動。フィールド上のすべてのマジック・トラップカードを破壊する」

「ぬっ? ならばこの時『リビングデッドの呼び声』を発動。墓地から『ヘル・エンプレス・デーモン』を特殊召喚。そして『大嵐』によって『リビングデッドの呼び声』が破壊され『ヘル・エンプレス・デーモン』も破壊される。『ヘル・エンプレス・デーモン』が破壊されたことで私は墓地から『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』を特殊召喚する」

 

 目の前に完全状態で復活した『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』が姿を現す。並ぶ巨体は山が二つ聳え立っているようにすら見えてくる。

 

 

戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン1

ATK3500→3000

 

 

戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン2

ATK3000  DEF2000

 

 

 『伏魔殿―悪夢の迷宮―』の効果によるこれ以上の展開を阻止するための手がまさかこうも裏目に出るとは……

 今日に限ってセットカードを破壊して優位に立てた試しがない。

 『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』が居る今、手札の『見習い魔術師』は壁としての役割も果たせない。ここは手札を温存した方が賢明か。

 

「……ターンエンド」

「ふはははは! カードを出さずしてターンエンドとはとうとう打つべく手が無くなったかぁ」

「……………………………………」

「ふふふ、私のターン。ドローぉ。このデュエルもいよいよ終わりが近づいているようだぁ。私は手札から『暗黒界の取引』を発動。お互いカードを1枚ドローし、その後手札からカードを1枚捨てる」

 

 ここに来てなんて引きだよ。奴の手札には『トリック・デーモン』があるのはもう既知のこと。このドローで次のターンの展開の布石を呼び込めないとマズい……

 

「そして『暗黒界の取引』によって捨てられた『トリック・デーモン』の効果発動。デッキから最後の『伏魔殿―悪夢の迷宮―』を手札に加える。そして『伏魔殿―悪夢の迷宮―』を発動ぉ!」

 

 最後の『伏魔殿―悪夢の迷宮―』が発動した。

 稲妻の轟音が一帯に響く。

 

 

戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン1

ATK3000→3500

 

 

戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン2

ATK3000→3500

 

 

『マスター……………………』

 

 その呟きはか細く今にも消えてしまいそうなものだった。

 俺の横に居るサイレント・マジシャンの顔など見ないでもどんな表情をしているか想像がつく。

 

「…………………………」

 

 だが語ることは何も無い。

 いや、語る余裕など無いと言うべきか。

 俺の場には俺を守る壁となるモンスターも無ければ、相手の動きを封じる魔法も罠も無い。このメインフェイズで手札から発動できるモンスターも無いのだ。

 俺に今出来るのはただこのターンの相手の行動を見ていることだけ。

 背中に嫌な汗が流れる感触がする。

 

「『デーモンの騎兵』を通常召喚。さらにマジックカード『デビルズ・サンクチュアリ』を発動。『メタルデビル・トークン』を特殊召喚する」

 

 『デーモンの騎兵』の横に現れたのは魔方陣。

 その中央から辺りの光を反射する銀色のデッサン人形のような人型の物体が姿を現す。

 

 

デーモンの騎兵

ATK1900→2400  DEF0

 

 

メタルデビル・トークン

ATK0→500  DEF0

 

 

 『伏魔殿―悪夢の迷宮―』の発動のコストをこのタイミングでこうもあっさり出してくるとは……この男から感じた強敵の予感はやはり的中だったか。

 

「『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』を選択して『伏魔殿―悪夢の迷宮―』の効果発動。場の『メタルデビル・トークン』を除外してデッキから3体目の『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』を特殊召喚する!」

 

 3体の『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』が並ぶ。

 遥か上から見下ろす赤く輝く6つの瞳。

 その光景はただただ圧巻の一言に尽きる。

 

 

戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン3

ATK3000→3500

 

 

「このデュエルを終わらせる前に1つ聞いておこう」

「…………?」

「『闇のデュエル』、と言うものに心当たりはあるかぁ?」

「…………初耳だ」

「そう……かぁ……」

「……………………?」

「…………………………」

『…………………………』

 

 考えに耽っているのか間が訪れる。

 『闇のデュエル』。

 その単語に聞き覚えは無く、今の問答の意味も推し量れない。

 

「ではこのデュエルの幕を下ろすとしよう。バトルだぁ! 『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』でダイレクトアタック!!」

 

 思考の答えを見つけている間もなくデュエルは進められていく。

 真ん中に鎮座する『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』の攻撃が今始まろうとしていた。

 残りライフは1500。

 当然この攻撃を受けたら俺の敗北が確定する。

 だが……

 

「相手の直接攻撃宣言時、手札の『速攻のかかし』の効果発動。このカードを墓地に送ることでバトルフェイズを終了する」

「ぬぁにぃ?!!」

 

 見えない程の剣速で振るわれた大剣の切っ先が俺を捉える直前に現れた一体のかかしがその大剣を受け止める。赤い火花を散らせながら拮抗した状態がしばし続いたがついにその威力は相殺される。役目を終えたかかしは墓地に沈んでいく。

 

「くぅ……墓地の『伏魔殿―悪夢の迷宮―』を除外して『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』の効果発動。『デーモンの騎兵』を破壊。そして『デーモンの騎兵』が破壊されたことにより墓地から『ヘル・エンプレス・デーモン』を特殊召喚する」

 

 上から見下ろす6つの目のうちの2つが一瞬輝くと直後『デーモンの騎兵』が爆散する。そしてその跡から『ヘル・エンプレス・デーモン』が出現する。

 

 

ヘル・エンプレス・デーモン

ATK2900→3400  DEF2100

 

 

「なんとか首皮一枚繋がったようだなぁ。私はこれでターンエンドだ」

 

 危なかった……

 手札をすべて使い切ってくれたから良かったものの、未判明な1枚のカードがあったときはそれが『月の書』じゃ無いかと内心冷や冷やしていた。

 ただこれはこのターンを凌いだだけに過ぎない。

 問題なのはこれからだ。

 この手札の内容、枚数じゃどうあってもこの状況は覆らない。

 思えばこのデュエルは毎回のドローにデュエルの行方が委ねられてたな。

 ならば俺に出来るのはこのデッキを信じてカードを引くだけ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 

 ドクンッ!

 

 

 心臓の一際大きな脈動を感じる。

 引いたカードを確認する。

 

「――――っ!」

 

 全体除去といった都合のいいカードでは無い。

 だがこのデュエルの行方はこれでまだ分からなくなった。

 いや、このデュエルの流れを掴んだ、そんな感覚を覚える。

 

「相手の場にモンンスターが存在し自分の場にモンスターが存在しない時『アンノウン・シンクロン』は手札から特殊召喚することができる」

 

 突如飛来したのはバレーボールのような形状の銀色の球体。

 その表面は金属で覆われており電波の送受信を行うためか先端に黄色い玉がついたアンテナのようなものが2本伸びている。

 一カ所だけ表面に大きめの穴がありそこからは赤いレンズが顔を覗かせていた。

 

 

アンノウン・シンクロン

ATK0  DEF0

 

 

「チューナーか……」

「さらに手札を1枚捨て手札から『THE トリッキー』を特殊召喚」

 

 ふわりふわりと降ってきた青色のマント。

 ただそれを身に纏うものの姿は見えず風にもまれながらそれは落ちていく。

 一際強い風が吹いたときだった。

 気が付けばそこに人が立っている。

 風に漂っていたマントを身に着けた道化師。

 顔からつま先まで黄色と黒のツートンカラーの衣装を身に着け、顔面と腹部に赤字で大きく“?”マークが描かれている実に奇妙な姿の道化師だった。

 

 

THE トリッキー

ATK2000  DEF1200

 

 

「墓地の『レベル・スティーラー』の効果発動。場の『THE トリッキー』のレベルを1つ下げ、墓地から『レベル・スティーラー』を特殊召喚」

 

 

THE トリッキー

レベル5→4

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEF0

 

 

 相手は既に手札を使い尽くしている。故に迷う理由は無い。やれる限りの手を尽くさせてもらおう。

 

「レベル4となった『THE トリッキー』にレベル1の『アンノウン・シンクロン』をチューニング。シンクロ召喚、『TG ハイパー・ライブラリアン』」

 

 

TG ハイパー・ライブラリアン

ATK2400  DEF1800

 

 

 このデュエルで二度目となる登場の『TG ハイパー・ライブラリアン』。こいつの効果でどこまで良いカードを呼び込めるかが鍵だ。

 

「『ジャンク・シンクロン』を召喚。『ジャンク・シンクロン』の召喚に成功した時、墓地からレベル2以下のモンスターを特殊召喚できる。この効果で墓地から『アンノウン・シンクロン』を特殊召喚する」

 

 『ジャンク・シンクロン』の登場により先程シンクロ召喚に使われた『アンノウン・シンクロン』が再び場に戻ってくる。

 

 

ジャンク・シンクロン

ATK1300  DEF500

 

 

アンノウン・シンクロン

ATK0  DEF0

 

 

 これですべての手札を使い切った。

 ここからは未知の領域。

 

ドクンッ! ドクンッ!

 

 心臓が激しい鼓動を刻む。あの時と同じ。それは緊張とはまた違う奇妙な感覚だった。根拠は無い。只このデュエルを完全に掌握したビジョンが脳裏を掠める。

 

「レベル1の『レベル・スティーラー』にレベル1の『アンノウン・シンクロン』をチューニング。シンクロ召喚、『フォーミュラ・シンクロン』」

 

 颯爽と登場したF1カーが直ぐさま人型にフォルムチェンジを遂げる。

 

 

フォーミュラ・シンクロン

ATK200  DEF1500

 

 

「『フォーミュラ・シンクロン』のシンクロ召喚時、カードを1枚ドローすることができる。さらに『TG ハイパー・ライブラリアン』の効果でドロー」

 

 この2枚のドローにすべてを託す。そんな思いでカードを引いた。

 賽は投げられた。

 

『――――っ!!』

「『簡易融合』発動。1000ポイントライフを払ってエクストラデッキからレベル5の『音楽家の帝王』を特殊召喚」

 

 カップ麺の容器から筋肉質な体つきの赤いエレキギターを肩からかけた上裸の男が飛び出してくる。『簡易融合』で特殊召喚する『カオス・ウィザード』と同様、お馴染みのモンスターだ。

 

 

八代LP1500→500

 

 

音楽家の帝王

ATK1750  DEF1500

 

 

 このドローに隣でサイレント・マジシャンが目を見開くのが横目に映る。この土壇場のタイミングで最高のカードを呼び込んだのだから驚くのも無理は無い。

 

「レベル5の『音楽家の帝王』にレベル3の『ジャンク・シンクロン』をチューニング。シンクロ召喚、『スクラップ・ドラゴン』!」

 

 金属同士がぶつかり擦れる激しい音を立てながら場に廃材から生まれた竜が舞い戻る。

 立ちはだかる3体の悪魔の王と1体の王妃。それらに対し反撃の火蓋が切られたと言わんばかりに『スクラップ・ドラゴン』が咆哮する。

 

 

スクラップ・ドラゴン

ATK2800  DEF2000

 

 

「ふふふ、ここに来て『スクラップ・ドラゴン』を出したことは褒めてやろう。だが、そのモンスターではこの状況を動かすことが出来ないことぐらい貴様にも分かっているだろう」

 

 『スクラップ・ドラゴン』の効果は強力だ。だが奴の言う通りその効果で相手の場に並ぶ『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』を破壊しようにも『ヘル・エンプレス・デーモン』が居るため墓地の悪魔族が身代わりとなり破壊は出来ない。かといって『ヘル・エンプレス・デーモン』を破壊すれば墓地からまた上級の悪魔族が復活してくる。この『スクラップ・ドラゴン』だけではこの状況を打開できない。

 

「シンクロ召喚に成功したことにより『TG ハイパー・ライブラリアン』の効果でカードを1枚ドロー」

 

 引いたカードは『魔力掌握』。この場で役に立つカードではない。だがいずれにせよやることは変わらない。

 

「そして墓地の『レベル・スティーラー』の効果発動。場の『スクラップ・ドラゴン』のレベルを1つ下げ、墓地から特殊召喚」

 

 

スクラップ・ドラゴン

レベル8→7

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEF0

 

 

「『スクラップ・ドラゴン』の効果発動。俺の場の『レベル・スティーラー』と『伏魔殿―悪夢の迷宮―』を破壊」

 

 『スクラップ・ドラゴン』は轟砲を上げると共に体から伸びたいくつものパイプから蒸気を放出させながら背中から大量の廃材を射出していく。その蒸気を至近距離で浴びた『レベル・スティーラー』は破壊された。射出された鉄パイプ、鉄骨、古い印刷機などを含んだ廃材は雨霰の如く建物群に押し寄せ建物を次々に倒壊させていく。そして建物の倒壊と共に暗雲は消え月明かりが照らす夜空に戻った。

 

「『伏魔殿―悪夢の迷宮―』が破壊されたことで上昇していた攻撃力は元に戻る」

「だが攻撃力が下がったところでその『スクラップ・ドラゴン』では私のぉデーモン達を倒すことは出来ない」

 

 

戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン1

ATK3500→3000

 

 

戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン2

ATK3500→3000

 

 

戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン3

ATK3500→3000

 

 

ヘル・エンプレス・デーモン

ATK3400→2900

 

 

「そして『レベル・スティーラー』の効果発動。もう一度場の『スクラップ・ドラゴン』のレベルを1つ下げ、墓地から特殊召喚する」

 

 

スクラップ・ドラゴン

レベル7→6

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEF0

 

 

 今場に並んでいるのは『スクラップ・ドラゴン』、『TG ハイパー・ライブラリアン』、『フォーミュラ・シンクロン』に『レベル・スティーラー』。いずれのモンスターも相手の言うようにどのモンスターも相手の場で1番攻撃力の低い『ヘル・エンプレス・デーモン』にすら届いていない。だがこれで良い。

 これで更なるシンクロ召喚のための布石は場にすべて揃った。

 初めてだな……この世界でこのシンクロモンスターの召喚を行うのは……

 

「レベル6となった『スクラップ・ドラゴン』とレベル1の『レベル・スティーラー』にレベル2の『フォーミュラ・シンクロン』をチューニング」

「なっ!? 『スクラップ・ドラゴン』を素材にしてシンクロ召喚だとぉ!?」

 

 相手の驚愕を他所に『フォーミュラ・シンクロン』が緑に輝く2つの輪に姿を変えその中に『スクラップ・ドラゴン』と『レベル・スティーラー』が飛んで行く。2体のモンスターの輪郭が無くなっていき『スクラップ・ドラゴン』からは6つ、『レベル・スティーラー』からは1つの光球が飛び出した。そしてまばゆい光が満ちる。

 

「ぐぅ……!! …………………………む……?」

 

 その強烈な光のあまりたじろぐ相手だがやがて違和感に気付いたようだ。目の前で輝いていた光は確かに収縮した。だがその光源だった場所は依然白かった。それは光の輝きによる白さではない。巨大な濃い霧の固まりが宙に浮いている、この表現が一番正しいだろう。

 その濃い霧はゆっくりと地面に近づいていく。

 直後だった。

 

 ペキペキペキッ!

 

 アスファルトで黒かった地面は白く染まっていた。

 霧が地面と接触した部分を中心にその“白”は周りに広がっていく。

 その“白”の正体は氷。

 アスファルトの表面は音を立てながら凍っていく。

 霧のように見えたのは極低温の冷気の固まりだった。

 

「シンクロ召喚、『氷結界の龍 トリシューラ』」

 

 俺の言葉を皮切りにその冷気の固まりは霧散する。

 刹那、周りの景色は一変。

 目の前には月明かりが照らす氷の世界が広がっていた。

 その世界の王として君臨するが如く現れたのは三つ首の龍。

 白銀と深青色に彩られた体躯は見るものを引き込む危険な魅力を放つ。

 一対の翼の羽ばたきが起きる度、周りに冷気が振りまかれ大気中の水蒸気が凍りつき氷の粒と化していく。

 

 

氷結界の龍 トリシューラ

ATK2700  DEF2000

 

 

 シンクロ召喚の全盛期、猛威を振るったカード、それが『氷結界の龍 トリシューラ』。氷結界の住人が封印していた三龍の中の一体にして最強の能力を持つとされ、三龍の中で最後にその禁が解かれその世界をすべて凍らせ世界を滅ぼしたとか。最強のシンクロモンスターかは議論の余地が残るがその能力が強力なのは間違いない。

 

「このカードのシンクロ召喚時、相手の場、手札、墓地からカードを1枚ずつ除外することができる」

「ばぁ、バァカなぁ?!!」

「この効果で場の『ヘル・エンプレス・デーモン』と墓地の『トリック・デーモン』を除外する」

 

 効果発動の宣言と共に三つ首の頭は同時に雄叫びを上げる。その雄叫びは共鳴し周り影響を及ぼしていく。突如地面から隆起した巨大な氷塊。それは一つだけでなく二つ、三つと連鎖的に増えていく。そして氷塊が生まれる連鎖は収まるどころかむしろ加速していく。『ヘル・エンプレス・デーモン』に向かうように。

そのことに気付いた『ヘル・エンプレス・デーモン』だが、気付いたときにはもう遅い。悲鳴をあげる間もなくその体はすっかり氷に包まれていた。

 そして雄叫びが止むと共に一瞬のうちに生まれた氷塊は跡形も無く砕け散っていく。月明かりに照らされながら舞う氷の粒子はダイヤモンドダストさながらの美しいものだった。

 

「そしてシンクロ召喚に成功したため『TG ハイパー・ライブラリアン』の効果でドローする」

 

 引くべきカードはもう分かっている。

 後はそのカードをこのドローで引き込むだけ。

 デッキの上に手を乗せる。

 

「――――っ!」

 

 体に電流が奔る、そんな感覚だろうか。

 それは忘れもしない、あの時と同じ。

 これは望むカードがここにある、俺の中の何かがそう告げている。

 

「ドロー!!」

 

 すべてが揃った。

 聳え立つ3体の悪魔の王。それらを打ち砕くカードが今ようやく手中に収まった。

 

「『死者蘇生』発動。墓地から『スクラップ・ドラゴン』を蘇らせる」

 

 墓地から引き上げられるように姿を現した『スクラップ・ドラゴン』。燃えるように赤く輝くその瞳は倒すべき敵を真っすぐ見据えている。

 

 

スクラップ・ドラゴン

ATK2800  DEF2000

 

 

「墓地の『レベル・スティーラー』の効果で場の『スクラップ・ドラゴン』のレベルを1つ下げ、墓地から自身を特殊召喚」

 

 

スクラップ・ドラゴン

レベル8→7

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEF0

 

 

 今日だけで何回特殊召喚したか分からない程の過労死っぷりの『レベル・スティーラー』。だがこれでようやくその仕事も最後になる。

 

「『スクラップ・ドラゴン』の効果発動。俺の場の『レベル・スティーラー』と『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』1体を破壊する」

 

 蒸気を体から噴かせながら一気に羽ばたき上空に舞い上がる『スクラップ・ドラゴン』。その羽ばたきの烈風は容赦なく『レベル・スティーラー』を粉砕した。『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』の頭上よりも高く飛んだ『スクラップ・ドラゴン』は天から無数の鉄の雨を降らせる。上空から射出されたそれらは重力によってさらに加速し『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』の巨体を貫いていく。やがてその巨体は崩れ灰となって消えていった。

 役目を終えた『スクラップ・ドラゴン』は再び上空から舞い戻る。

 

 まずは一体。

 

 次に最後に引いたカードをディスクに差し込む。

 

「『ミラクルシンクロフュージョン』発動。このカードは自分のフィールド、墓地から融合モンスターに決められた融合素材を除外し、シンクロモンスターを融合素材にする融合モンスターを融合召喚扱いでエクストラデッキから特殊召喚する。俺は場の『TG ハイパー・ライブラリアン』と墓地の『音楽家の帝王』を除外!」

 

 墓地から一時的に姿を現した『音楽家の帝王』。そして場に揃った融合素材の2体のモンスターは重なるように体が渦に引き込まれていく。そしてその渦に光が満ちる。

 

「『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』を特殊召喚する」

 

 顔は『アーカナイト・マジシャン』と何ら変化の無い中性的な魔術師。変化したのはまず衣装だ。肩が三日月型にそり上がった特徴的なローブはより一層流線的になり、模様も白地に紫の波模様が入ったものから黒地にメタリックブルーの波模様に変化し縁も同様のメタリックブルーのものとなっている。黄緑色の宝玉が先端に埋め込まれた杖は二回り程大きくなり、杖に埋め込まれた宝玉と同じものが衣装の節々に埋め込まれ杖と呼応するように魔力光を放っている。

 

 

覇魔導士アーカナイト・マジシャン

ATK1400  DEF2800

 

 

「『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の融合召喚に成功した時、自身に魔力カウンターを2つ乗せる。そしてこのカードの攻撃力は自身に乗っている魔力カウンターの数×1000ポイントアップする」

 

 『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の両端に魔方陣が出現する。それぞれ生まれた緑色に輝く魔力球が体に取り込まれる。直後、『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』から吹き出す風。それは充足した魔力が外に溢れて出てきたものだ。

 

 

覇魔導士アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 0→2

ATK1400→3400

 

 

「ぐぅ……攻撃力……3400……」

 

 『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』を上回る攻撃力のモンスターが出てきたことで流石に顔色が変わってきたようだ。

 そして最後の手札のカードを発動する。

 

「『魔力掌握』発動。魔力カウンターを乗せることのできるカードに魔力カウンターを1つ乗せる。そしてその後デッキから『魔力掌握』を手札に加える。これにより『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』に魔力カウンターを1つ乗せる」

 

 

覇魔導士アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 2→3

ATK3400→4400

 

 

「『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の効果発動。1ターンに1度、自分フィールド上の魔力カウンター1つを取り除くことでフィールド上のカードを1枚破壊する。自身に乗った魔力カウンターを取り除き2体目の『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』を破壊」

 

 体から溢れる魔力が緑光を放つ一つの魔力球に形を成す。その魔力球は杖の宝玉にとりこまれると宝玉の周りに黒い雷を迸らせ始める。そして杖を天に翳すと黒い閃光が天に昇る。

 何も無かったはずの夜空。

 そこから突如黒い雷が降り注ぐ。

 その太さは『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』の巨体を易々飲み込む程だった。そんな一撃を受け耐えきれるはずも無く『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』の体は灰となり散っていく。

 

 

覇魔導士アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 3→2

ATK4400→3400

 

「ぬぐぐ、おぉぉぬぉれぇぇぇぇ!!!」

 

 2体目撃破。

 これで相手の場には『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』1体を残すだけとなった。

 

「バトルフェイズ、『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』で最後の『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』を攻撃」

 

 攻撃命令受け『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』はその杖に魔力を溜めていく。魔力が溜まるにつれ宝玉は点滅のペースは加速する。そして点滅が止まり宝玉が輝きを増した瞬間、恐ろしい量の緑光を発する魔力の波が津波のように押し寄せる。その波は瞬く間に『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』の巨体を飲み込んでいった。

 

「ぬぐぅぅぅおおおお!!」

 

 『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』がその姿を消す中、余波が相手に襲いかかりライフを削っていく。

 

 

仮面のデュエリストLP2300→1900

 

 

 これで相手を守る壁となるモンスターはすべて消え去った。あれだけ威圧感のあった『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』3体の姿が無くなるとこうもすっきりするのか。

 

「終わりだ。『氷結界の龍 トリシューラ』でダイレクトアタック!」

 

 呼吸をする度に白い冷気を放っていた三つの口にエネルギーが溜め始められる。だんだんとその口の周りからは口を閉じているのに冷気が漏れ始めていた。そして同時に開かれる三つの口。直後放たれる触れるものすべて、いや、触れずとも周りの物すべてを凍らせる青白く発光した光線。三つのそれは途中で束ねられ一本の太い光線となり相手に迫る。

 

「ぬぅぅぅぅうううおおおぉぉぉぉぉおおあああああぁぁぁあ!!!!!!!」

 

 野太い叫びが響く中このデュエルは一つの決着を迎えた。

 

 

仮面のデュエリストLP1900→0

 

 

 

—————————

——————

————

 

 PM20:00(町外れの裏路地)

 

 

「…………誰の差し金だ?」

「………………………………」

 

 デュエルを終え向かい合う男にそう問いを投げる。

 もっともこの問いに素直に答える場合は極めて少ない。『デュエル屋』稼業において依頼者と結ぶ契約の中には“依頼人の情報を決して漏らさない”と言う内容が必ず含まれる。これを破れば二度とこの仕事が回ってこなくなり『デュエル屋』としての職業生命を絶たれてしまう。これをあえて聞いたのはいわゆるお約束と言ったものだ。

 

「………………………………」

「………………………………」

 

 当然素直に答えるはずもなくしばらく沈黙が続く。

 

「質問を変えよう。デュエル中に“闇のデュエル”と言ったな? あれはどういう意味だ?」

「………………………………」

 

 この質問に対する返答も無く無言。

 そのまま先程同様の沈黙が続く。

 答えを聞くのを諦めかけたそのとき相手が口火を切った。

 

「……関わるな。関わればぁ永遠の闇を知ることになる……」

「………………?」

 

 言ってることにいまいち理解が追いつかない。

 永遠の闇?

 それは比喩的な何かなのか?

 

『………………………………』

 

 思い当たることがあるのか、それとも俺と同じく思考を巡らせているのか。どっちともとれるような難しい顔を浮かべるサイレント・マジシャン。

 

「依頼が果たされた今ぁ私の仕事は終わりだ。では、さぁらばだぁぁ!!」

「待て! 話はまだ……」

 

 聞きたいことを残して目の前から高速で移動し消えていった仮面の男。その動きはどういう原理か地面を滑るように移動しており決して背中を見せること無く後ろ向きに消えていった。

 

「なんだったんだ…………いったい……」

『マスターっ!!』

 

 パチ……パチ……パチ……パチ……

 

 それはサイレント・マジシャンの呼びかけと同時の出来事だった。人気の全くない通りに響く乾いた手を叩く音。

 その音は上から聞こえてくるものだった。

 

「イーッヒッヒッヒッヒ!」

 

 耳につく甲高い笑い声。

 見上げると建物の上にその声の主は立っていた。

 

「とうっ!」

 

 掛け声と共に6メートル程の高さから飛び降りると空中で一回転した後、着地の衝撃を感じさせない鮮やかな着地を見せる謎の人物。

 ウェーブのかかった藤色の髪、顔には紅色の口紅、瞼とクロスするように紅色のラインも引いてある。その様子はまさにピエロを思わせるものだ。白で統一された清潔感のあるシャツ、ズボンに手袋と良い、その上から羽織っている襟の整った紅色のロングコートと良いそれなりの身分の人間と見ていいだろう。

 

「先程のデュエル拝見させていただきました。いやはや噂に違わぬ実力者、流石は未だ無敗の『死神の魔導師』」

「………………何者だ?」

「はっ、申し遅れました。治安維持局特別調査室室長のイェーガーと申します。以後お見知りおきを」

 

 自己紹介の後に恭しく一礼をするイェーガーと名乗る男。だがそこから感じるのは妙な胡散臭さ。こいつに隙を見せてはならないと直感的に認識する。

 

「それで? 治安維持局特別調査室室長殿が俺に何のようだ? デュエルを見に来ただけか?」

「左様にてございます。ホッホッホッ!」

「嘘だな」

「ホッ?」

「デュエル見るだけが目的なら見終わった後黙って帰れば良い。なのにアンタはそうはせず俺の目の前に姿を現した。すぐ見抜ける嘘だ。試してるつもりならもう少し程度を上げてくれ」

「……ホッホッホッ、これは大変失礼致しました」

 

 やはり油断ならない人物だ。先の直感は確信へと変わった。わざわざ俺の前に姿を見せたのは本当にただ試すためなのか、それとも何か別の理由があるのか。まだ読めない。

 

「態々大枚叩いて腕のある『デュエル屋』を雇って俺にぶつけてデュエルを見てたらしいが……俺はお眼鏡にかなったか?」

「…………実力は大変素晴らしい。ですが、少々当ては外れました」

「ほう? それはどういう意味だ?」

「そのままの意味にてございます。イーッヒッヒッヒッヒッ!」

「……そうか」

 

 当てが外れた……か。

 となるとこいつがデュエルを見ていたのは俺の実力を見るためではなく何か別の理由がある……何かカードでも探していたのか……?

 

「ふむ、今回の目的は果たせました。私はこれにて失礼します」

 

 そう言うとまた恭しく一礼をし背を向け歩き出す。

 

「あぁ! そう言えば……」

「…………?」

 

 まるでその場で思い出したとでも言うようにわざとらしく立ち止まるイェーガー。顔だけ振り向くといじらしい笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

「『デュエル屋』そのものは取り締まりの対象ではありませんが……違法デュエルは当然取り締まりの対象になると言うことをお忘れなきように」

「…………肝に銘じておく」

「ヒッヒッヒッ! それでは……」

 

 ポケットから取り出したハンカチがどんな手品か気球へと早変わりしそれに掴まったまま夜空に飛び立ち消えていく。

 

『マスター……』

 

 心配そうな表情でこちらを見つめるサイレント・マジシャン。

 治安維持局とはまったく厄介な組織に目を付けられたものだ。今後の活動はより慎重にすべきか……

 

「サイレント・マジシャン」

「……はい?」

「すまないがこれからはもう少し力を借りたい」

「……っ!? はいっ!!」

 

 着替えを済ませるとサイレント・マジシャンの力を借りて転移魔法でその場を離脱する。なぜかは分からないがそのときのサイレント・マジシャンはとても嬉しそうだった。

 

 ギシッ。

 日常の歯車が少し軋んだ音がする。

 八代の目に映るその日の夜空は黒さを忘れていなかった。



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『デュエル屋』と狭霧

 街路の端の並木もすっかり色が変わってしまった十一月の中頃。

 日はもうすっかり昇っているのにも関わらず肌寒く感じる。早朝などは吐いた息が白くなる程だ。

 日は既に昇っていると言った通り、枕元の目覚まし時計も既に10時3分を示していた。いつも狭霧が起こしてくる時間を大幅に過ぎた時刻である。

 

『お目覚めですか、マスター? おはようございます』

「……おはよう」

 

 俺が起床したことに気付いたサイレント・マジシャンは、ベッドの脇に姿を現し柔和な笑みを浮かべ朝の挨拶を交わす。

 その姿は服が乱れると言ったことや髪に寝癖が付いていると言ったことも無い整えられたもので、いつもと変わりない。

 治安維持局に目を付けられてからと言うもの、依頼における移動には細心の注意を払っていることもあり、サイレント・マジシャンの転移魔法に依存することが多くなっている今日この頃。あまりこちらの世界で魔法を多用するとサイレント・マジシャンは体型が『サイレント・マジシャンLV4』の状態に近づく、要するに体が幼くなるという性質があるのだが、今日はその様子は見られない。1日も経てば魔力が回復するようで体も元に戻るらしい。

 机の上を見るとそこには新着メッセージ1件の文字を示す端末があった。

 

 

 

From 雜賀

お前からの依頼とは珍しい。

確かにその内容は請け負った。

相手が相手だけに俺のできうることも限られてくるがなるべく情報を集めてみる。

情報が入り次第、また連絡を入れる。

 

 

 

 雜賀に依頼したのは、治安維持局の裏の情報調査。これは連中と再び接触したときの交渉の材料となる手札を集めるためだ。できればそういった事態は避けたいのだが、備えておくことには越したことは無い。

 

『狭霧さんならまだ……』

「あぁ……そうだろうな」

 

 今日は日曜日。

 そして珍しく狭霧に何の仕事も無く、俺も特に依頼も無いという1ヶ月に1度あるかどうかと言った滅多に無い日だった。こう言った日は日頃の疲れを取るため狭霧は翌日の朝もぐっすり眠るのだ。そのため今日は早朝のモーニングコールは無い。今もぐっすり寝ているのだろう。

 とは言え、そうなると当然朝食が用意されているなんてことがあるはずも無いので、必然的に朝食は自分で用意することになる。

 特に出かける予定もないので寝巻のまま部屋を出ると、洗面所で軽く顔を洗い意識を完全に覚醒させる。

 狭霧の寝室の前を通ると案の定寝ているようで、耳を立てれば寝息が聞こえてくる。起こしても悪いので気配を殺し足早にキッチンに向かう。

 そこそこ良いマンションなのかダイニングキッチンも新しいもので調理器具も必要なものは一通り揃っている。冷蔵庫の中身を確認すると昨日炊いた米に残っている鮭の切り身、漬け物があり、コンロには作り置きされた味噌汁の入った鍋がある。それらを温めて後は目玉焼きでも作れば朝の和食としては申し分ないだろう。

 早速作り始めようかと思ったが時間を確認するとまだ10時半にもなっていない。朝食を作ると言ってもほとんどは温めるだけで、作るのに10分程度しかかからないはずだ。この程度のことなら1人分も2人分も然して変わらない労力で作れる。あと10分で起こすのも悪いし作り始めるのはもう少し後にした方が良いだろう。

 

『部屋に戻って何をするんですか?』

「特にやることも無いし、新しいデッキの型でも作ろうと思う」

『それは………………どっちですか?』

 

 サイレント・マジシャンが尋ねる“どっち”と言う言葉の意味は“日常用のデッキ”なのか“依頼用のデッキ”なのかと言う意味だ。“日常用のデッキ”と“依頼用のデッキ”で明確に分けていることは主軸となるモンスターである。共に魔法使い族を中心にしたデッキであることには変わりはないのだが、“日常用のデッキ”ではサイレント・マジシャンが、“依頼用のデッキ”ではシンクロモンスターが主軸となっている。そこを分けているのは“八代”と言う“デュエリスト”と“死神の魔導師”と呼ばれる“デュエル屋”を決定的に結びつけるものを無くすため。デッキを支える下級モンスターや魔法、罠が被ることは魔法使い族を中心のデッキなら割とあり得ることだが、核となるモンスターまで被ってしまえばその繋がりは否応無く疑われてしまう。

 話が逸れた。

 何か落ち着かないような表情を浮かべ答えを待つサイレント・マジシャン。精霊化していることも相まって、その姿は吹けば消えてしまうロウソクを想起させる。何がそうさせるのかはよくわからないが答えは決まっていた。

 

「“日常用のデッキ”だ」

『そうですか』

 

 返事の声のボリュームはいつも通り。

 ただその表情は一転、喜色に満ちた良い笑顔に変わる。直視すると眩しいと感じる程だ。

 今は10時半ぐらいで狭霧を起こすのは11時半頃で良いからちょうど1時間ぐらいか。それまでに新しい型がいくつできるか……できれば2つ、最低でも1つは作りたいところだ。

 

『頑張ります……!』

 

 何をだ。

 両手を胸の前で握りしめ意気込みを漏らす精霊を相手に、咄嗟に口から出かかった言葉をグッと飲み込む。謎のやる気を出しているサイレント・マジシャンを不思議に思いながら部屋に戻った。

 

 

 

—————————

——————

————

 

 仄かに感じる甘い香りが鼻腔に広がる。

 普段生活しているから気が付かないだけで、このマンションの一室全体にもこの香りが広がっているのかもしれないが、この部屋は特別この香りが強いのだろう。

 ここは狭霧の寝室。

 目の前のベッドでは布団をかけた狭霧がスヤスヤと眠りについている。冬間近と言うこともあって、掛け布団がめくれ上がって……と言うようなお約束の展開が起きることも無く、その体は掛け布団の中にキチンと収まっている。

 この部屋に来たのは無論起こす時が来たからである。

 デッキはとりあえず新たに1つの型が完成し、もう1つも方向性は決まったのでもう少し枚数の比率を煮詰めれば出来そうだ。デッキ構築の際、サイレント・マジシャンの機嫌がやたら良さそうだったのは気のせいではないと思う。別段話しかけたわけでも無く、ただ無心に俺はデッキ構築をしていただけなんだが……人がデッキ構築をしている様子なんて見て面白いのだろうか?

 

「ん……ゃ…………ん……」

 

 狭霧が寝返りをうつ。

 どうやら余程疲れているようだ。普段なら部屋に入った段階で起きることもあるのだが。このままこの部屋に突っ立っていても起きることは無いと判断した俺は声をかけることにする。

 

「狭霧さん」

「……ぁ…………すぅ…………」

 

 返事は無い。聞こえてくるのは一定の間隔の気持ちの良さそうな寝息、そして上手く聴き取れない寝言のようなものだけだ。

 普段の仕事前のキリッとした引き締まった表情も今ではすっかり弛み、無防備な寝顔を晒している。良い夢を見ているのか口元はだらしなく緩んでいる。

 声をかけてでも起きないとなると正直気は進まないが、揺すって起こすよりほかは無い。

 

「狭霧さん、起きて下さい」

「…………ん…………んん……」

 

 声をかけながら肩を揺する。流石にそこまですれば意識は覚醒へと促されたようで、手で目を擦りながらぼんやり目が開いているのが見て取れる。

 うっすら開けた瞳に自分の姿が映るのが分かる。

 

「もう11時半ですよ。朝食の準備はもうできてますから」

「…………んぇ?」

 

 狭霧の口から間の抜けた声が漏れる。そして半開きだった目が徐々に大きく見開かれていく。

 

「狭霧さん……?」

「きゃぁああ!!」

 

 直後、悲鳴をあげながら上体を起こし布団を抱き寄せた。

 目があったときにも微睡んだ意識で焦点が合っていなかったのか、まるで突然目の前に俺が現れたかのような驚きようだ。

 布団を抱き寄せるときに一瞬見えた青のギンガムチェック柄のパジャマ。露出の少ない長袖のシャツ型のパジャマとは言え、他人に見られるのはやはり恥ずかしいのだろうか、頬が若干赤くなっている。

 

「…………朝食はもうできてますから冷めないうちに……じゃあ」

「………………」

 

 それだけ言い残すとそそくさと部屋を後にする。

 そうして俺が部屋を出てから数分後、狭霧はリビングに姿を表した。

 

「おはよう」

「――っ! ……おはようございます」

 

 リビングに来た狭霧は、パジャマのままだった。

 上下同じ柄の長袖で上のボタンは首元までしっかり閉じてあるため肌の露出はほとんどない。ただ肌の露出がいくら無かろうと1枚だけの生地で体のラインまで無くせるはずも無く、女性らしい部位がしっかり主張してくる。

 本人はそんなこと気にする素振りはおくびにも出さず、朝食に並ぶ品々を見て満足そうに笑っている。パジャマ姿を見られて恥ずかしかったのではないのか、と訝しんだがどうやらそれは思い違いだったのかもしれない。

 

『……………………はぁ……』

 

 珍しい、サイレント・マジシャンは小さくため息をついた。

 自分の服が気に入らないのか自分の服の胸元を引っ張って見下ろした後、狭霧のパジャマを見てまた小さくため息をつく。

 

「それじゃあ頂こうかしら」

 

 狭霧の一言でようやく食卓に着く。幸い作ってから時間がまだそんなに経ってなかったので、並ぶ品からまだ湯気は立ち上っている。

 

「いただきます」

「……いただきます」

 

 味噌汁を啜る。美味い。

 体が内側から暖まるのを感じる。

 毎度思うことだが、やはり狭霧は料理が上手である。

 

「学校は楽しい?」

「……普通です」

「そう…………」

 

 こう言ったゆっくり一緒に朝食が摂れるときのお決まりのやり取り。質問の内容も返答の中身も何も変わらない。そのはずなのに。

 

「ふふっ」

 

 今日の狭霧は嬉しそうに笑うのだった。

 いつも通りのやり取りのはずなのに、どうして狭霧が笑うのか?

 ふと、そんな疑問が湧き立つ。

 いつも違う狭霧の反応がそうさせたのか、俺もまた気が付けば問いを投げかけていた。

 

「どうかしましたか?」

『―――っ!?』

「―――っ!?……いや、ただ八代君が元に戻ったって思ってね」

「元に……戻った…?」

「あれ? 自覚無かったの? ここ3ヶ月ぐらい話しかけても、なんだか上の空だったのよ?」

「……………………」

 

 ここ3ヶ月ぐらい、と言うと十六夜とデュエルをして倒れてからと言うことになる。そう言えばつい最近、担任からもそんなことを言われたような気もする。

 “心当たりないです”と思ったことを述べると“そう”と返事をしてまた嬉しそうに微笑む狭霧。

 

「なんだか今日は嬉しそうですね」

『―――っ!』

「―――っ! ……そ、それはそうよ。だって今日、初めてあなたから話してくれたじゃない?」

「……? ……いえ、狭霧さんとは話したことはありますよ?」

「そうじゃなくて、私と暮らすようになってから初めて話しかけてくれたじゃない。さっき、“どうかしましたか?”って」

「………………」

 

 気付かなかった。

 意識したことが無かったから指摘されて初めて気が付いた。確かに俺から人に話しかけるなんてことは今まで無かったかもしれない。いや、無かったのだろう。だけど今話しかけたことが何か特別な意味があるわけでもない。たまたま気になったことを聞いた、それだけのことだ。

 

「それに“なんだか今日は嬉しそうですね”なんて、私のことに気付いて何か言ってくれることも初めてのことよ? ふふっ、彼女でもできたのかしら?」

「無いですよ」

「そうなの? じゃあ最近何か良いことでもあったとか?」

「……良いこと…………」

 

 最近あったことと言えばデーモンの使い手と久々に本気のデュエルをしたことぐらいか。あのデュエルは今でも鮮明に思い出せる。緊張感に包まれたあんなデュエルは十六夜とのデュエル以来だった。だが果たしてそれが良いことに部類されるかは自分でもよくわからない。

 俺の沈黙をどう受け取ったのかは分からないが、狭霧は優しい笑顔をこちらに向けている。ぼんやり思考の海に潜っていたところ、狭霧の何かを思いついたかのように声をかけられたことによって現実に意識を戻される。

 

「ねぇ、八代君。今日は空いてるの?」

「……はい、一応空いてますが」

「そう」

『………………?』

 

 怪しい。怪し過ぎるぐらいに良い笑顔だ。

 大体こう言ったときの狭霧は何か良からぬことを企んでいるのだ。

 そしてあの圧のある笑みの前には抗うこともままならず、その要求を呑まざるを得なくなるのだ。

 

 ゴクリッ

 

 一体どんな要求が来るのか。

 思わず生唾を飲み込む。

 全神経が研ぎすまされ時計の針が刻むカチッカチッという音すらはっきりと聞こえてくる。俺の視線は狭霧がこれから言葉を発するであろう口元に集中する。

 そして、そのときは来た。

 狭霧の口が開かれる。

 

「じゃあ今日は私とデートしましょ?」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はい?」

 

 カチッ

 

 その瞬間、俺の中の時が止まった。

 

 

 

—————————

——————

————

 

「それじゃあ、準備は良い?」

 

 声をかける狭霧。その服は普段の仕事に着ていく服ではなく私服だ。

 ブラウス生地のブルーのトップスに黒の少しゆるめのパンツ、靴は青のパンプス。新鮮に感じるのは私服を初めて見るからだろう。

 

「はい、いつでも大丈夫ですよ」

『……………………』

 

 先程のミスを引きずっているのか、サイレント・マジシャンはどこか落込んでいるような、それでいて機嫌が悪そうなと言った状態で俺の背後に居る。

 来る前の狭霧のデート宣言になぜか俺以上に驚いたようで、その場で足をもつらせてテーブルに向かって倒れてしまったのだ。その時は精霊状態だったから良かったのだが、テーブルの下で踞ってから立ち上がる拍子に実体化してしまうというらしくないミスをしでかし、結果テーブルに頭を強打し危うく狭霧にサイレント・マジシャンの存在がバレてしまうところだった。なんとか誤摩化せたから良かったものの、一時はどうなるかとヒヤヒヤしたものだ。

 

「それにしてもデートなんて言うんで驚きましたが、これってただデュエルするだけのことですよね?」

 

 目の前でデュエルディスクを構える狭霧に問いを投げる。

 デートと言って家を出た後、狭霧に言われるがままに着いて行ったら、なぜか職場である治安維持局に連れて行かれ、職員専用のデュエル場にたどり着いたのだ。いったい狭霧が何を考えているのかイマイチ読めない。

 

「あら? 異性と2人っきりで出かけているんだからこれもデートよ? それとも私ともっとデートっぽいことしたかった?」

 

 俺の気を知ってか知らずか小悪魔のような笑みをこちらに向ける狭霧。大人の余裕を感じさせるその微笑みにいったいどれだけの男が虜になったのだろうか。

 

「……いえ、そういうわけでは……」

 

 デート経験と呼べるようなものが無いのに、そんなこといったい何をしたら良いのか分からない。デート聞いた時はそう思っていたが、今のこの状況はこちらとしてもやりやすくてありがたい。

 幸い日曜で職場に出てくる人も少なく、このデュエル場にギャラリーが集まって衆目に晒されるなどと言う心配は無い。

 

「それじゃあ始めましょうか」

「はい」

 

 先程の笑顔は消え表情は引き締まったものとなる。その表情はデュエリストのそれであった。

 そう、それでいい。

 デュエルをする以上こちらとしてもハナから手を抜く気なんぞサラサラ無い。いかなる状況においても全力で勝利を奪いに行く。それが俺のデュエルだ。

 

「デュエル!」

「デュエル」

 

 今朝、構築が完了したデッキからカードを5枚引く。うむ、初手としては申し分ないバランスのとれた手札だ。

 

「私の先攻ね。ドロー!」

 

 先攻の方が良かったが後攻でも問題ない。

 狭霧とデュエルをするのは今日が初めてだからデッキの内容は不明。表情を見るに狭霧も悪くない手札のようだ。初手だけでデッキの内容が分かるかは定かではないが、じっくり様子を見させてもらおう。

 

「まずは『光の援軍』を発動! デッキの上からカードを3枚墓地に送ってデッキからレベル4以下の“ライトロード”と名のつくモンスターを手札に加える。この効果で私は『ライトロード・サモナー ルミナス』を手札に加えるわ」

 

 『光の援軍』で『ライトロード・サモナー ルミナス』をサーチか。これは“ライトロード”デッキの可能性が濃厚か。どういった型の“ライトロード”かは分からないが、“ライトロード”の時点でその辺の依頼で戦うデュエリストよりはよっぽど強いだろう。こりゃ近くにとんだ伏兵が居たものだ。

 

「そして『ライトロード・サモナー ルミナス』を召喚」

 

 狭霧の前に現れる金髪で褐色の少女。髪はショートで整えられ、衣装は白に統一された胸に巻いた晒しに腰に巻いたパレオとシンプルなもの。シンプル故にへそ周りや肩から腕、そして脹ら脛などを大胆に晒すことになっている。

 

 

ライトロード・サモナー ルミナス

ATK1000  DEF1000

 

 

 そのまま召喚してきたと言うことは『光の援軍』で肥やした墓地、あるいは手札に既に有用な“ライトロード”の下級モンスターが居ると言うことだろう。初手に『光の援軍』を持っている時点で“ライトロード”としてはかなり理想的な流れだ。

 

「『ライトロード・サモナー ルミナス』の効果発動。手札を1枚捨て墓地のレベル4以下の“ライトロード”と名のつくモンスターを特殊召喚する。私は『ライトロード・ウォリアー ガロス』を特殊召喚!」

 

 ルミナスの効果で墓地から現れたのは純白と金で彩られた鎧を纏った青髪の戦士。鎧の隙間から見える腹筋は見事に6つに割れていることからも、その肉体は鍛え上げられていることが伺える。得物は余程手に馴染んでいるらしく手に持った身の丈程の戟を軽々振り回してみせる。

 

 

ライトロード・ウォリアー ガロス

ATK1850  DEF1300

 

 

 ルミナスの効果でガロスを並べる。『光の援軍』といい“ライトロード”の初動として最高の形の流れだ。先攻の相手の行動を唯一妨害できる『エフェクト・ヴェーラー』を初手で引けなかったことが悔やまれる。

 

「私はこれでターンエンドよ。そしてエンドフェイズ時、『ライトロード・サモナー ルミナス』の効果により私のデッキの上から3枚カードを墓地に送る。さらに『ライトロード・ウォリアー ガロス』も効果発動よ。“ライトロード”と名のつくカードによってデッキからカードが墓地に送られる度にデッキの上から2枚カードを墓地に送る。そしてこの効果で墓地に送られた“ライトロード”と名のつくモンスター1枚につき、デッキからカードを1枚ドローする。やったわ! この効果で墓地に送られたのはうちの1枚は『ライトロード・モンク エイリン』! よってさらにカードを1枚ドロー!」

 

 ガロスの効果で手札が増えたことに子どものように顔を綻ばせる狭霧。1ターン目で9枚も墓地を肥やした上、見事にガロスのドロー効果で手札を増やしてくるとは……やるじゃないか。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 残念ながらこちらの手札は立ちふさがるこの2体のモンスターを同時に処理できる程ではない。だが相手が墓地に依存するデッキ、まして“ライトロード”ならこのカードが容赦無く突き刺さる。

 

「俺は『霊滅術師カイクウ』を召喚」

 

 どこからともなく歩いてきたのは藤色の衣に鶯色の五条袈裟を身につけた坊主。小豆色の数珠を持ったその姿は一見普通の坊主に見える。だが人体模型のむき出しになった筋繊維のような色の仮面で右半面を覆う坊主を、はたして普通の坊主といえるだろうか。

 

 

霊滅術師カイクウ

ATK1800  DEF700

 

 

 ガロスの打点に及ばないのがこの状況ではネックだが、それでも初ターンの大幅なアドバンテージを削り取ることが出来るはず。

 この状況で懸念すべきは狭霧の手札に『オネスト』があること。だが、それを警戒するあまり何もしないと言うのは愚の骨頂。ここは腹を括って攻めるしか無い。

 

「バトル。『霊滅術師カイクウ』で『ライトロード・サモナー ルミナス』を攻撃」

「うっ……」

 

 カイクウがお経を唱え始めると頭を抱え苦しみ始めるルミナス。狭霧の手札から『オネスト』を発動するような気配は見られない。

 

 

狭霧LP4000→3200

 

 

「『霊滅術師カイクウ』が相手に戦闘ダメージを与えた時効果発動。相手の墓地に存在するモンスターを2体まで除外できる」

 

 さて、目論見通りカイクウの効果を使用することができた。

 狭霧の墓地は現在、『ライトロード・ハンター ライコウ』、『ライトロード・モンク エイリン』、『カオス・ソーサラー』、『邪帝ガイウス』、『ソーラー・エクスチェンジ』、『光の援軍』、『奈落の落とし穴』、『トラップ・スタン』、『神の警告』の9枚。

 墓地の様子を見る限り狭霧のデッキは“ライトロード”に闇属性モンスターを混ぜた“カオスロード”と言ったところか。既に“ライトロード”のモンスターが3種類も落ちているとは恐ろしい。4種類揃えば“ライトロード”の強力な切り札の召喚条件がクリアされてしまう。ここは賢明に“ライトロード”の種類を削らせてもらおう。

 

「墓地の『ライトロード・モンク エイリン』、『ライトロード・ハンター ライコウ』を除外する」

 

 “喝!”、カイクウのその一声によってルミナスは爆散した。

 これで墓地の“ライトロード”は1種類。先攻での大量の墓地肥やしによるアドバンテージをなんとか削り取れた。だが相手は一時期猛威を振るった“ライトロード”。当然油断は出来ない。

 

「カードを2枚伏せてターン終了」

「私のターン、ドロー!」

 

 ドローしたカードが良かったのか、真剣だった表情はみるみるいつもの眩しい笑顔に変わっていく。

 

「行くわよ! マジックカード『ソーラー・エクスチェンジ』発動! 手札の“ライトロード”と名のつくモンスターを1枚捨てデッキからカードを2枚ドローして、さらにデッキの上からカードを2枚墓地に送る。私は手札の『ライトロード・ビースト ウォルフ』を捨てるわ!」

 

 1枚は墓地に落ちていたから引く確率は減ったと思ったが、こうも簡単に素引きしてくるとは……

 それに手札で腐っているウォルフをコストにしてきたと言うことは手札が事故状態から動き始めたと言うこと。こちらとしては嬉しくない展開だ。

 

「『ライトロード・ウォリアー ガロス』をリリースして『邪帝ガイウス』を召喚! このカードの召喚に成功した時の効果で私は『霊滅術師カイクウ』を除外するわ! そして除外するカードが闇属性モンスターだったとき相手に1000ポイントのダメージを与える」

 

 ギラリと光る赤い瞳、頭から伸びた顔程の長さの角、黒と紫の体表。悪魔だ。

 頭の大きさと比べ体の大きさが異常に大きく、体型としては非常に釣り合いが取れていない。闇の衣を纏って出現した『邪帝ガイウス』は、赤い爪が伸びた両手で黒のような紫のような色の禍々しい光を発する球体を生成すると、それをカイクウに向かって放つ。

 名前に“帝”を持つ上級シリーズの中でも最も強力な効果を持つとされる『邪帝ガイウス』。その効果の前ではなす術もなく、その球体の中に取り込まれたカイクウは今にもその球体の収縮と共に押し潰されそうになる。

 だが、ただこちらもやられるだけで終わる気は無い。

 

「『激流葬』発動。モンスターが召喚、反転召喚、特殊召喚されたときフィールド上のすべてのモンスターを破壊する。これにより『霊滅術師カイクウ』、『邪帝ガイウス』は破壊される」

 

 フィールドに突如発生した激流。それはフィールドに居るモンスターすべてを襲い、抵抗する間も与えること無くフィールドのモンスターをすべて押し流してしまった。

 

「『激流葬』の効果で『霊滅術師カイクウ』が破壊されたことで『邪帝ガイウス』の効果対象はいなくなった。よってその効果ダメージは発生しない」

「…………カードを2枚伏せてターンエンドよ」

 

 流石に『邪帝ガイウス』のバーンダメージとダイレクトアタックの合計3400ポイントのダメージをそう易々受けるつもりはない。

 攻勢の芽を摘まれ先程までの勢いを失い、あからさまに落込んだ様子の狭霧。

セットカードが2枚、か。

 

「エンドフェイズ時、『サイクロン』を発動。俺から見て右側にセットされたカードを破壊する」

「―――っ!」

 

 先のターンで伏せたもう一枚のセットカードが起き上がり、そこから発生した竜巻が狭霧のセットカードを襲う。あまりの風圧に耐えきることも出来ず襲われたセットカードはめくれ上がり破壊される。

 破壊したのは『奈落の落とし穴』か。なかなか良いカードを破壊できた。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 先程の『サイクロン』で『奈落の落とし穴』を破壊できたのは良かった。だがまだ狭霧にはセットカードが1枚残っている。召喚反応型の罠じゃないことを願うしかないな。

 

「『魔導戦士ブレイカー』を召喚」

「………………」

 

 なるほど、この召喚に反応してこないと言うことは召喚反応の罠ではないようだ。後は警戒すべきなのは速攻魔法、或はフリーチェーンの罠。

 だが、あのセットカードは恐らくそのどちらでもないだろう、狭霧の顔にそう書いてある。

 

「このカードの召喚成功時、自身に魔力カウンターを1つ乗せる。そして自身に乗った魔力カウンター1つにつき攻撃力を300ポイント上昇させる」

「……………」

 

 

魔導戦士ブレイカー

魔力カウンター 0→1

ATK1600→1900

 

 

 魔力球を剣で吸収した『魔導戦士ブレイカー』から上昇した魔力がオーラとなって吹き出される。

 このタイミングでもあのセットカードは発動しないか。一応攻撃反応の罠の可能性もある以上、『魔導戦士ブレイカー』の効果で当然あのセットカードは破壊する。そのときに速攻魔法かフリーチェーンの罠か、そのどれでも無いかが判明する。

 

「『魔導戦士ブレイカー』の効果発動。自身に乗った魔力カウンターを1つ取り除くことで場の魔法・トラップカードを1枚破壊する。これで残りのセットカードも破壊」

 

 

魔導戦士ブレイカー

魔力カウンター 1→0

ATK1900→1600

 

 

 気合いの籠った掛け声と共に振り下ろされた剣撃は魔力を乗せた飛ぶ斬撃となり未だに分からないセットカードを切り裂く。

 

『トラップ・スタン』

 

 このターン、このカード以外のフィールドの罠カードの効果を無効化するフリーチェーンの罠カード。

 なるほど、強力なモンスター効果を持つ“ライトロード”を妨害する罠を防ぐためか。なかなか渋いカードをチョイスしたものだ。

 

「『魔導戦士ブレイカー』に『ワンダー・ワンド』を装備。これにより攻撃力を500ポイント上昇させる」

 

 

魔導戦士ブレイカー

ATK1600→2100

 

 

 『ワンダー・ワンド』の装備によって、持っていた剣が緑の宝玉が埋め込まれた短い杖に変化する。

 狭霧の手札は3枚、場にカードは無い。よってこの『魔導戦士ブレイカー』の攻撃を妨害する可能性があるとすれば、この前の“デーモン”使いのような手札からのモンスター効果、もしくは“ライトロード”デッキと非常に相性のいい墓地で起動する効果を持つ『ネクロ・ガードナー』など。

 だがこの攻撃でそれらを使ってくれるなら、むしろこちらとしては好都合。こんな攻撃で今後の妨害札を1つ減らせるなら安いものだ。

 

「バトルフェイズ、『魔導戦士ブレイカー』でダイレクトアタック」

 

 『ワンダー・ワンド』を振りかぶると先端の宝玉に光が集まり、振り下ろすと同時に放出される緑色の光線。

 

「きゃっ!」

 

 攻撃を受け短い悲鳴をあげる狭霧。ソリッドビジョンの映像とは言え、やはり慣れていないと眼前に迫る光線と言うのは恐怖を感じるのは無理もないことだ。

 

 

狭霧LP3200→1100

 

 

 その辺の火力が出ないデッキが相手だったら、『ワンダー・ワンド』を装備した状態で『魔導戦士ブレイカー』を残しておくと言う選択肢もある。だが相手は“ライトロード”デッキ。次のターン手札が4枚になれば『魔導戦士ブレイカー』はまず容易く処理されてしまうだろう。ならば……

 

「『ワンダー・ワンド』のもう1つの効果発動。このカードと装備対象のモンスターを墓地に送りカードを2枚ドローする」

 

 墓地に沈む『魔導戦士ブレイカー』を見届けながらカードを新たに2枚引く。

 これで手札は5枚。良い引きをして良い流れができている。

 

「カードを1枚伏せてターン終了」

「私のターン、ドロー! マジックカード『闇の誘惑』発動! カードを2枚ドローし、手札の闇属性モンスターを1枚除外する。私は『ネクロ・ガードナー』を除外するわ」

 

 闇属性を多く採用しているからこそデッキに入れられる『闇の誘惑』。『ネクロ・ガードナー』を除外しているところを見ると、他に闇属性モンスターが無いか、それとも他に『ネクロ・ガードナー』を除外してまで手札に残しておきたい闇属性モンスターがいるかのどちらかだろう。前者であって欲しいところだが、こう言った場合相手に良い方向に事が進んでいることが多い。

 

「さらに『ソーラー・エクスチェンジ』を発動。手札から『ライトロード・マジシャン ライラ』を捨て2枚ドローし、デッキの上から2枚カードを墓地に送るわ」

 

 『闇の誘惑』で最後の『ソーラー・エクスチェンジ』を引き込んだか。これで墓地のライトロードは3種類は確実。はたしてこの1枚のセットカードで凌ぎきれるかどうか、雲行きが怪しくなってきたな。

 

「『おろかな埋葬』を発動。私はデッキから『ライトロード・ビースト ウォルフ』を墓地に送るわ。そして墓地に送られた『ライトロード・ビースト ウォルフ』の効果発動」

「ならばここで手札から『増殖するG』を墓地に送って効果発動。このターン相手がモンスターを特殊召喚する度にデッキからカードを1枚ドローする」

「増殖する…………G? まさかね……『ライトロード・ビースト ウォルフ』はデッキから墓地に送られたとき、自身を墓地から特殊召喚する!」

『……………………』

 

 墓地より現れたのは白い狼男。肩と下半身を白と金の鎧で覆い、右手には鍵爪、左手にはトライデントを持ち武装している。むき出しになっている胸部や腹部は分厚い筋肉に覆われており、片手で人一人分程の長さのトライデントを軽々振り回せることも納得できる。

 

 

ライトロード・ビースト ウォルフ

ATK2100  DEF300

 

 

 どうやら狭霧はこのカードを知らないようだ。俺の傍らでいつもデュエルを見てきたサイレント・マジシャンは、これから起こることを予期しているようでその場から一歩後退る。

 

 カサカサッ

 

 そして、それは現れた。

 ウォルフの足下。そこを蠢く黒い影。

 

「………………?」

 

 狭霧は気付いた。視界の端で動くものに。

 そしてそれを確認しようと反射的に視線を落とす。

 直後、それは飛翔した。

 一匹、二匹などの数ではない。十、いや数十匹もの大群が一斉に飛び出してきた。

 

「ひっ! ご、ゴキ○リっ!!」

 

 Gの突然の出現で悲鳴を上げ後ろに倒れ込む狭霧。尻餅をつくのも無理は無い。一匹でさえ突然現れれば人間を恐怖に突き落とすには十分過ぎる威力があるのだ。ましてこの数を初見で見れば当然の反応だろう。

 飛び出したGは俺、いや俺のデュエルディスクを目掛けて飛んでくる。デュエルディスクを盾のように前に突き出すとそこに吸い込まれ消えて行く。

 

「…………『ライトロード・ビースト ウォルフ』の特殊召喚成功により俺はカードを1枚ドロー」

『………………』

 

 狭霧はなんとか立ち上がったものの、未だにショッキングな光景を目の当たりにしたせいでよろよろしている。

 いつの間にか俺の背後に回っていたサイレント・マジシャンは、俺の背中からゆっくりと顔だけを出してGが消えたことを確認すると安堵し、また俺の横に並ぶ。怖いのは分かるがそろそろサイレント・マジシャンはこれに慣れても良いと思う。

 

「『ライトロード・ビースト ウォルフ』をリリースし『ライトロード・エンジェル ケルビム』をアドバンス召喚」

 

 『ライトロード・ビースト ウォルフ』の体が光の中に消え、空から白い翼に包まれた何かがゆっくり降りてくる。地面より少し高い位置でそれは停止すると、その翼は開かれた。中から現れたのは太ももまで髪を伸ばした青髪の女性。ライトロード共通の金細工が施された純白の鎧と衣装を纏っているが、その隙間から顔を覗かせる透き通るような白い肌は人の容姿でありながら人間離れしたものを感じさせる。

 

 

ライトロード・エンジェル ケルビム

ATK2300  DEF200

 

 

 『おろかな埋葬』でウォルフが出てきた時点で察しはついていたが、やはり『ライトロード・エンジェル ケルビム』のお出ましか。残り2枚の手札次第ではこのターンでゲームエンドもあり得る。無傷のライフポイント4000でも一瞬で削りきれる程の火力を持つライトロードだけに本当に油断できない。

 

「このカードが“ライトロード”と名のつくカードをリリースして召喚に成功した時、デッキの上から4枚カードを墓地に送って効果を発動。相手の場のカードを2枚まで選択して破壊する。八代君の場にある1枚のセットカードを破壊よ」

 

 鈴の音が響く。

 それはケルビムの持つ杖からだった。先端に大きな円盤が付いておりそこから青い円筒がいくつもついている。その青い円筒が左右に揺れる度に鈴の音が響く。

 ゆっくりとケルビムはそれを上に翳すと円盤の中央が青い光を放ち始め、その光が俺のセットカードを破壊せんと放射される。だが、俺が伏せたのは……

 

「トラップカード『奈落の落とし穴』発動。攻撃力1500以上のモンスターが召喚、反転召喚、特殊召喚された時、そのモンスターを除外する」

 

 発動宣言と同時に『ライトロード・エンジェル ケルビム』の足下が罅割れ、次元の狭間に通じる落とし穴が出現する。翼で羽ばたたかせ抵抗を試みるも穴の吸引力の前ではなす術もなく、穴に引きずり込まれ目の前から消え行く。

 

「くっ……まだよ! 私は墓地の闇属性モンスター『邪帝ガイウス』と光属性モンスター『ライトロード・ビースト ウォルフ』を除外して『カオス・ソーサラー』を特殊召喚するわ!」

 

 

カオス・ソーサラー

ATK2300  DEF2000

 

 

「相手が特殊召喚に成功したことで『増殖するG』の効果が再び発動する」

「あっ……!」

『…………っ!!』

 

 『増殖するG』の効果を忘れていたのか間の抜けた声を出す狭霧。

 だが後悔してももう遅い。場に現れた『カオス・ソーサラー』の足下から大量のGが飛び出す。

 

「…………カードを1枚ドロー」

 

 手で目の前の光景を見まいとガードすることで狭霧はなんとか2回目のGの出現をやり過ごしたようだ。

 ……………………サイレント・マジシャン、お前もそうすれば良いんじゃないか? いちいち俺の背後に隠れるなんてことしないで。そしてさりげなく手だけ実体化して俺の服を摘むのは止めて欲しい、動きづらい。

 

「……Gは消えたぞ」

 

 俺の背中から出てこないサイレント・マジシャンにしびれを切らし、サイレント・マジシャンにだけ聞こえる小声でそっと呟く。

 

『えっ? ……あっ、はい。……っ! …………すいませんでした……』

 

 サイレント・マジシャンはGの存在が無くなっていることに気付くと安堵した返事をし、そして自分が俺の服を摘んでいる状況に気が付いたのか蚊の鳴くような声で謝ると、その手を離した。

 別に気にしてはいないので“んっ”とだけ返事をすると、再びデュエルに集中する。これで狭霧の手札は1枚。召喚権を使っているとは言え、残りの手札が攻撃力1700以上のこの状況で特殊召喚できるモンスターだった場合、次の『増殖するG』でのドローにすべてが掛かってくる。そうなるとこちらとしては非常に厳しいものがある。だが、その心配は杞憂に終わる。

 

「ば、バトルよ! 『カオス・ソーサラー』で八代君にダイレクトアタック!」

 

 俺も使っているモンスターである『カオス・ソーサラー』。そのモンスターを相手が使ってくると言う体験は久しいものだ。迫り来る黒と白の炎の混ざった混沌の焔。防ぐ術も無くその攻撃の直撃を受けた俺のライフは大幅に削られた。

 

 

八代LP4000→1700

 

 

「やった! これで私はターン終了よ」

 

 攻撃が通ったことで諸手を上げて喜ぶ狭霧。

 まぁライフを削れれば嬉しいと言うのは分かる。だが、この『カオス・ソーサラー』の特殊召喚ははっきり言って悪手だ。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 これで手札は5枚。対する狭霧の手札は1枚。

 先程のターン追撃のモンスターが出てこなかったことからあの手札は特殊召喚できるモンスターではない。セットしていないことから相手のターンで発動可能な速攻魔法や罠と言った可能性はないだろう。考えられるのは通常召喚でしか出せない下級のモンスター、または上級モンスター。それかなんらかの通常魔法。

 『カオス・ソーサラー』の特殊召喚のおかげで増えた1枚の手札。どうやらこの1枚が勝敗を分けたようだ。

 

「マジックカード『ブラック・ホール』発動。フィールド上のモンスターをすべて破壊する」

 

 上空に生じた黒い穴。

 その穴は次第に巨大なものへと変貌を遂げていく。周りにあるものを吸い込みながら。圧倒的な引力はフィールドにいるモンスターを引き込まんとその力を増していく。自然では星をも丸ごと飲み込んでしまうとも言われているブラックホールを前に抗いきれるはずも無く、『カオス・ソーサラー』はその穴に引き込まれて消えて行く。

 

「『召喚僧サモンプリースト』を召喚。このカードの召喚・反転召喚に成功した時、守備表示になる」

 

 魔方陣から現れたのは座禅を組んだ薄い青色の肌の翁。袖口が金色の紫の僧服を着て、頭には紫色をベースにし正面に白の太いラインが入った尖り帽を深く被っているため、肉体がどのようになっているのかまでは確認できない。分かるのは額の辺りに輝く赤い宝玉と同じ色の瞳、そして帽子から飛び出て地面まで伸びた銀髪だけ。

 

 

召喚僧サモンプリースト

ATK800  DEF1600

 

 

「………………」

『………………』

 

 目配せをすれば準備はできてると言うように頷いてみせるサイレント・マジシャン。

 

「『召喚僧サモンプリースト』の効果発動。手札の魔法カードを1枚捨てることでデッキからレベル4のモンスターを1体特殊召喚する。俺は『貪欲な壺』を捨て、デッキから『サイレント・マジシャンLV4』を特殊召喚」

「サイレント・マジシャン……」

 

 あのおっさんと俺がデュエルするのを何度も見てきた狭霧だからこそ、こいつの能力も強さも分かっているのだろう。厳しそうな面持ちでサイレント・マジシャンを見つめていた。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK1000  DEF1000

 

 

「『召喚僧サモンプリースト』の効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。だが、このカードがあればサイレント・マジシャンはその制約から解き放たれる。マジックカード『レベルアップ!』を発動」

「『レベルアップ!』?」

「このカードはフィールド上の”LV”を持つモンスターを墓地に送り、そのカードに記されているモンスターを、召喚条件を無視して手札またはデッキから特殊召喚効果を持つカード」

「召喚条件を無視してってことは……まさか!!」

「そう、これにより『サイレント・マジシャンLV4』を墓地に送りデッキから『サイレント・マジシャンLV8』を特殊召喚できる。『サイレント・マジシャンLV8』を特殊召喚」

 

 いつものような段階的な攻撃力の上昇を経てのレベルアップではなく、急激なレベルアップ。それは『サイレント・マジシャンLV4』が光の中に包まれることから始まった。

小柄な身長の『サイレント・マジシャンLV4』を包む光は徐々にその膨らんでいき、輝きが最高潮に達した時、閃光の中からそのレベルアップした姿を現した。

 腰まで伸びた滑らかな白髪を揺らし、ゆっくりと俺の前を浮遊する。この状態のサイレント・マジシャンはローブ越しでも女性のらしさが際立つ丸みを帯びたボディラインが見て取れ、大人の女性の体つきになっている。

 

 

サイレント・マジシャンLV8

ATK3500  DEF1000

 

 

 そう、この今朝作ったこのデッキは魔力カウンターをサイレント・マジシャンに乗せてレベルアップを狙うことをコンセプトにしたものではなく、『レベルアップ!』を使うことでサイレント・マジシャンを素早くLV8の姿へ進化させることをコンセプトにしている。

 いきなり『サイレント・マジシャンLV8』が現れたことに驚いているのか、言葉を失った様子の狭霧。まぁ初めて見るレベルアップ型のサイレント・マジシャンデッキなのだから当然のリアクションとも言えるかもしれない。いつも時間をかけて魔力カウンターを5つ乗せて進化させているものが、いきなりレベルアップしたのだ。

 さて、狭霧の場にサイレント・マジシャンの攻撃を阻むカードは何も無い。この一撃が決まれば狭霧のライフは0になるのだが……

 

「バトルフェイズ、『サイレント・マジシャンLV8』でダイレクトアタック」

 

 サイレント・マジシャンの杖に白い魔力光が灯る。その光は時間が過ぎると共に大きさを増していき威力が増していくのが見てとれる。

 振りかぶられた杖。

 そしてそれは放たれた。

 狭霧のライフを0にする一撃が。

 

「でも、まだやられないわ! 墓地の『ネクロ・ガードナー』の効果発動! 自身を墓地から除外することでこのターン、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする!」

 

 やはりか。

 サイレント・マジシャンの一撃が防がれるのを見てそう思った。

 『霊滅術師カイクウ』の効果で墓地を確認した時から『ソーラー・エクスチェンジ』を2枚使って、さらに『ライトロード・エンジェル ケルビム』の効果まで使っているのだ。墓地に『ネクロ・ガードナー』がいてもおかしいことではない。

 

「ターンエンドだ……」

 

 攻撃は阻止された。

 だが狭霧が追いつめられていることには変わりない。ここで逆転のカードを引けなければ自分が負ける、狭霧はそう理解しているのだろう。

 意識を集中するように目を閉じデッキの上に手を添える。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 目の前に『サイレント・マジシャンLV8』がいるこの状況。狭霧がここで引かなければならないカードは決まっている。はたして狭霧はそれを引けるかどうか。

 狭霧は閉じていた目をゆっくり開き引いたカードを確認する。

 

「やったわ! マジックカード『死者転生』を発動。手札を1枚捨て墓地のモンスターカードを1枚手札に加える。私は『裁きの龍』を手札に加えるわ!」

 

 ついに来たか。

 “ライトロード”デッキ最強にして最後の切り札、『裁きの龍』。その破格の能力と圧倒的な力により一時期は環境が“ライトロード”一色に染まる程だった。

 

「墓地に存在する“ライトロード”と名のつくモンスターが4種類以上のとき『裁きの龍』は手札から特殊召喚できる。私の墓地には既に『ライトロード・サモナー ルミナス』、『ライトロード・ウォリアー ガロス』、『ライトロード・ビースト ウォルフ』、『ライトロード・マジシャン ライラ』、『ライトロード・ドラゴン グラゴニス』の5種類の“ライトロード”と名のつくモンスターがいる。よって私は『裁きの龍』を特殊召喚するわ!」

「うっ…………」

 

 閃光。

 狭霧がデュエルディスクにカードをおくと共にそれはやってきた。

 あまりの眩しさに目の前を手で覆わなければならない程だ。

 やがてその光は少しずつ収まっていき光を放っていたものの姿が露わになっていく。

 白い龍の頭、長いヒゲが伸びたそれは東洋で描かれている伝承に残る龍のもの。

 白い体躯、尻尾まで獣のように短い体毛で覆われたそれは白い獅子のもの。

 白い一対の翼、巨大な体に見合った大きなそれは白き鷹のもの。

 グリフォンの頭が龍に変わった姿と言うべきか。神聖な輝きを放つ姿は触れることすら許されない圧を感じる。

 

 

裁きの龍

ATK3000  DEF2600

 

 

『……………………』

 

 そんな強力なモンスターが立ちはだかろうともサイレント・マジシャンは毅然として相手だけを見据えている。

 そして裁きの時は来た。

 

「1000ポイントライフを支払って『裁きの龍』の効果を発動! このカード以外のフィールド上のカードをすべて破壊する!」

 

 狭霧の効果発動宣言と共にそれは始まった。

 咆哮のように辺りに響く声、それはどこか唄のようにも感じられる不思議な声だった。そしてその唄の中、『裁きの龍』の姿が光に包まれていく。

 やがて体をすべて光が包み眩い光球へと姿を変えたとき、唄が止んだ。

 

裁きの威光(ジャッジメント・オーソリティ)!!」

 

 白。

 ありとあらゆるものが白に包まれていく。

 『裁きの龍』を包む光球が肥大化していくのだ。飲み込んだものをすべて破壊していくように。

 音は消えた。

 

「……か……ン……………………!!」

 

 自分の声が正しく出せているかも分からない。

 そしてその光はサイレント・マジシャン、そして俺を飲み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……うぅ……」

 

 狭霧の声がした。

 どうやら自分のモンスターの効果で自分もフラフラになっていたらしい。

 とは言え、俺自身も人のことを言えたものではない。何時ぞやの十六夜とのデュエルのように実際のダメージは生じないものの、あの光量は体に悪い。

 だがチカチカする視界も徐々にだが元に戻ってきている。

 

『……………………』

「そんなっ! ……どうして!?」

 

 どうやら先に狭霧の視界が元に戻ったらしい。その驚く理由は分かっている。

 俺の目の前に悠然と立つサイレント・マジシャン。

 それが原因だろう。

 

「………『裁きの龍』の効果が発動したとき、俺は手札から『エフェクト・ヴェーラー』効果を発動していた。このモンスターは手札から墓地に送ることで選択したモンスターの効果をこのターンのエンドフェイズ時まで無効にする効果がある。これで俺は『裁きの龍』の効果を無効にした。だから『裁きの龍』の効果は不発に終わり、こうしてサイレント・マジシャンは生き残っている」

「そん……な……」

 

 

狭霧LP1100→100

 

 

 これで『裁きの龍』の効果を使うライフも無くなった。

 もう狭霧に残された手札は無い。このターンできるのはせいぜい……

 

「……『裁きの龍』で『召喚僧サモンプリースト』を攻撃」

 

 バトルフェイズに入って『召喚僧サモンプリースト』を戦闘破壊することぐらい。

 『裁きの龍』の口から放たれた光の柱が『召喚僧サモンプリースト』に降り注ぐ。最上級モンスターの攻撃を下級モンスターが受けきれるはずも無く、拮抗する間もなく『召喚僧サモンプリースト』は消滅した。

 

「……ターンエンドよ」

 

 攻撃のできるモンスターもいなくなり、手札も無く、場に効果を発動できるカードもない狭霧には、エンド宣言をする以外の手は残されていなかった。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 俺のドローに呼応するようにサイレント・マジシャンは体から魔力を溢れさせる。杖をゆっくりと構えるサイレント・マジシャンは次に俺が何をするのか理解しているようだった。

 

「『サイレント・マジシャンLV8』で『裁きの龍』に攻撃」

 

 杖に光が収束する。

 溢れる魔力が杖の先端に集まり魔力の塊がみるみるその大きさを増していく。

 そして今度こそ狭霧のライフを0にすべくその魔弾は放たれた、『裁きの龍』に向かって。それを阻むものは現れない。

 

 直撃。

 

 『裁きの龍』の体を勢い良く貫いた魔弾は炸裂し、狭霧のライフを削りきった。

こうして初めての狭霧とのデュエルは幕を下ろした。

 

 

狭霧LP100→0

 

 

 

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————

 

「うぅ……やっぱり八代君は強いわねぇ……」

 

 苦笑を漏らしながら狭霧がやってくる。その雰囲気からは負けた悔しさと言うよりは、力を出し切って満足しているような印象を受ける。

 

「まぁこれが取り柄ですから」

 

 結局未だに何で俺にデュエルを挑んできたのかは分からなかったが、“ライトロード”と言う強テーマの一角のデッキとデュエルできたのは良い刺激になった。もっとも欲を言えばもう少し強くなって欲しいと言うのが本音だが。

 

「でも私も惜しかったと思うんだけど……なんで勝てなかったのかしら?」

「まず……心構えですかね……というか勝つ気だったんですか?」

「当たり前じゃない。いくらデュエルが本業じゃないとは言え、負ける気でデュエルなんてしないわよ」

「……なるほど」

 

 この勝ち気な一面はデュエリストに向いているのだろう。いや、デュエリストだけでなく普段の職業でもこういった男勝りな部分があることがプラスに働いているのだろう。

 

「それで……その心構えって?」

「勝つためには相手のライフを削ることが目的じゃない。相手のライフを0にするのが目的だということ」

「そんなことは……」

「それと。手札が増えれば反撃の可能性を増やせる、それは自分だけではなく相手も」

「…………自分だけでなく相手も……」

 

 狭霧は俺の言ったことを反芻し考えに耽っているようだ。沈黙が続く。

 

「……今言った二つの意味を正しく理解すれば、少しは強くなれますよ」

「……………………うん、わかった。考えてみるわ」

「デッキの力はあると思います。あとはそれに見合うデュエリストとしての腕を磨くだけです」

「………それって暗に私のこと弱いって言ってるわよね?」

 

 ジト目でこっちを睨みつける狭霧。

 だが、そこにはこのやり取りをどこか楽しんでいるような雰囲気を感じる。

 

「えぇ、狭霧さんは弱いですよ。腕はまだまだ未熟だと思います」

「……うっ……ハッキリ言うわね」

「……優しく言った方が良かったですか?」

「ふふっ、むしろハッキリ言って貰えて良かったわ」

「そうですか」

 

 微笑みを向ける狭霧から思わず顔を背ける。余裕を感じさせるこの笑顔はやはり大人の余裕と言うものなのだろうか。

 そんなことを思いながら狭霧を横目に見れば、優しい慈愛に満ちた笑みをこちらに向けていた。その理由は分からない。ただその表情はとても眩しくて、ちょっぴり悔しかった。

 

「―――っ!」

 

 それは突然だった。

 何かに気が付いたように狭霧の表情が変化する。

 目線は俺の背後に固定されぶれることは無い。

 その顔は何か信じられないものを見つけたかのように目を見開き驚いているようだった。

 狭霧が視線の先のものを口にするのと、狭霧の視線の先のものを見ようと振り返ったのは同時だった。

 

「アトラス様っ?!」

「っ!!」

 

 金髪で長身。表は白、裏地は青に近い紫のロングコートを羽織ったその姿はテレビや広告などで見かけるものと一致する。今や世界中でその名を知らぬものはいないネオドミノシティのライディングデュエルの頂点に君臨するキング、ジャック・アトラス。今までの数々のデュエルは人々を魅了し、ファンも後を絶たない。

 そんな超大物有名人が目の前にいるのだから流石に俺も驚いた。

 狭霧が秘書をやっている関係上、狭霧に用があるのかと思ったが、狭霧のことは眼中に無いようでその視線は俺に注がれていた。

 

「……貴様、名は?」

 

 デュエル場の入り口からこちらに歩を進めながら問いを投げかけられる。その態度はキングと言う立場故なのか、初対面であるにも関わらず不遜な態度であった。

 

「……八代だ」

「八代……か」

 

 俺の名前を聞くと俺を値踏みするように見つめるジャック・アトラス。相手の意図を読むため思考を巡らそうとした時、再びジャック・アトラスの口が開かれた。

 

「これはキングたるこの俺を興じさせたほんの礼だ。受け取れ」

 

 そう言うと懐から取り出した1枚のカードを投げて寄越す。投げられたカードは真っすぐ手元まで飛んできた。

 興じさせたと言う口ぶりからするにこのデュエルを見ていたのか?

 

「――っ!?」

「……………………?」

『……………………?』

 

 これは! ………………なるほど、そういうことか。

 手元に飛んできたカードからその真意を一瞬で看破する。

 ならばこちらも応えなければなるまい。手持ちのカードケースを漁ると目的のカードを見つける。

 サイレント・マジシャンと狭霧は何がなんだか分からないようで、状況にただただ取り残されていた。

 カードを渡したジャック・アトラスは用が済んだとばかりに踵を返し、入り口の扉に戻っていく。

 

「ジャック・アトラス!」

「………………?」

「一方的にカードを受け取るのは性に合わない。俺からもカードを受け取れ」

 

 そう言って先程見つけたカードを投げ渡す。先程よりも長い距離であったが、カードは一直線にジャック・アトラスの胸元目掛けて飛んでいった。

 そのカードを確認すると、何も言うこと無くその場を立ち去った。

 

『マスター。何を受け取ったのですか?』

「大したものじゃない」

『…………?』

 

 不思議そうに首を傾げるサイレント・マジシャン。

 

「キングからの決闘の申し込みだ」

 

 俺の手には先程受け取ったカード、『王者の看破』。そして、時間ととある場所が書いた紙があった。

 

 

 

—————————

——————

————

 

「それでは定期報告を聞きましょう」

「はっ、それでは……」

 

 とある一室でのやり取り。

 デスクの前に腰掛ける男とその前で報告を始める小男。

 その小男はピエロを思わせるメイクを施した胡散臭い雰囲気の男、イェーガー。ただこの場においては普段の人を小馬鹿にした笑みを浮かべることも無く真剣な様子だった。

 その報告を聞くのは灰色の髪を伸ばした男。薄い青のスーツの下からは鳥の地上絵のようなイラストが描かれた水色のシャツが見える。服の張り具合からガタイの良さが伺える。

 

「……今回の定期報告の内容は以上です」

「そうですか……『死神の魔導師』の当ても外れましたか……最有力候補と思われた『暴虐の竜王』の足取りも依然掴めていない……」

「それらしいデュエリストは見つかっておりません」

「…………わかりました。定期報告ご苦労様です。フォーチュンカップまで1年半も無くなりましたが、引き続き調査をお願いします。」

「はっ!」

 

 

 

 ウィーン

 

 

 

 まるで報告会が終わるのを見計らったかのような絶妙なタイミングで自動ドアが開く。自動ドアと言ってもこの扉を抜けられるのは階級が高いなどの選ばれた人間だけ。今ここに入ってきたのは……

 

「おやおや、これはキング。どちらへ行かれていたのですか?」

「ふん、休日俺がどこへ出歩こうとそれを教える義務は無い」

 

 先程の真剣だった雰囲気は一転、いつもの人を食ったような態度で問いかけるイェーガーに対して、つっけんどんで取りつく島も無いような返事をするジャック。

 ジャックはこの部屋の主は俺だと言わんばかりにズカズカと部屋に入ると、ドッカリとソファーに腰を下ろした。

 

「ひっひっ、それは失礼致しました。それにしても何やらご機嫌が良さそうなようで」

「さてな……」

「………………?」

 

 普段ならまた冷淡な返事を飛ばすところだと言うのにそれが無い。ジャックの様子を不審に思うイェーガー。ジャックが見つめる手元に目をやると、何やらカードを見ているようだった。

 

『下克上の首飾り』

 

 何の変哲も無いただのノーマルカード。

 ただそのカードを見つめるキングは不敵な笑みを浮かべるのだった。



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『デュエル屋』とキング 前編

「八代、お前なんだか今日は嬉しそうだな。何かあったか?」

 

 担任の教師から突然そんな話を振られる。

 

「……いえ……特には」

『………………』

 

 担任から今まででそんな話を振られた事が無かっただけに内心驚いた。狭霧にもそんな話題を振られた事があったなと思い出したが、あれから何かあったかと聞かれてもこれと言って良い事があった覚えは無い。

 

「本当か? 今日は珍しくお前がどの授業でも起きていたと、職員室では騒ぎになっていたぐらいだぞ」

「はぁ……」

 

 確かに、今日は授業中珍しく寝る事も無く起きていた。それに今朝も狭霧のモーニングコール前には目がすっきり醒めていた。なんと言うのか体が普段より軽いような、そんな高揚感のようなものを感じている気がする。

 

「まぁ何があったかをこれ以上深く追求する気は無いが……なんにせよ授業を起きていたのは良い事だ。この調子で頑張りなさい」

「……善処します」

「そこを『はい』と言わない辺りはいつも通りか……」

 

 飽きれたような笑いを零す担任の教師。だが温かさを感じさせるその表情は、徐々に真剣なものに変わっていく。

 

「それで? ここに呼ばれた理由は、分かっているな?」

「…………はい」

『………………』

 

 長いデスクが部屋に3つ並び、この部屋で仕事をする人間には自分の作業する分のスペースが割り当てられている。その限られたスペースの中で、ある者は新聞に目を通し、ある者は書類の山に黙々と目を通していき、ある者はパソコンでの作業に没頭している。窓からは階下の校庭を見下ろす事ができ、生徒の放課後の一風景を覗く事ができる。

 そう、ここはデュエルアカデミアの職員室。

 ここに放課後わざわざ担任から呼び出しをくらったのは……

 

「それじゃあ今日提出のはずだったレポートをいつ出すのか聞かせてもらおうか」

 

 先月に出されたレポートを提出しなかったためだ。

 今日と言う日を迎える前には、当然優秀な精霊であるサイレント・マジシャンからレポートの提出日は知らされていた。だが、それを今日までやるわけにはいかない理由があった。そのためにこうしてレポートの未提出者の烙印を押され、ここに呼び出しまでくらっているのだ。

 

「2週間……待っていただけませんか……?」

「2週間……?」

 

 2週間と言った俺の言葉に眉を顰める担任。

 周りの教師からも刺すような視線を感じる。

 ハッキリと言ってその期限が叶うとは思っていない。常識的に考えて1ヶ月も前から出された課題なのに、それをさらに2週間も待ってくれと言うのは通用しない事だろう。ただ、現状としてレポートの課題である資料にまったく目を通していない上、ここ最近の依頼が立て続けに入っていることからそのくらいの余裕が欲しいのは事実。せめて1週間、それぐらいは欲しいところだ。

 幸い他の教師に比べてこの担任は俺に対して特別毛嫌いする節は無い。そこに一縷の望みをかけて頭を下げる。

 

 

 

「3日だ」

「…………っ!」

 

 が、現実とはやはりそう甘くはいかないようだ。

 3日と言う厳しい期日に言葉を失う。

 依頼を放棄するわけにはいかないので、これをやるとなると夜通しぶっ続けでやらないと間に合わないだろう。寝不足のままの依頼をこなすのは避けたいところであったが仕方が無い。そう覚悟を決めたところで担任の言葉が続いた。

 

「……………と言いたいところだが」

「…………?」

「今回のレポートの量は通常の3倍以上。それで納得のいくレポートを作ると言うならその2週間、提出の延長を認める。できるか?」

 

 それは一見すると3日と言う期限の方がまだ楽なのではないかと思われるかもしれない。確かに3倍の量ともなれば書くのにそれ相応の時間がかかるだろう。だが、俺にとってこれはむしろ好都合であった。このレポートにおいて俺が一番時間を取られるのは資料の分析だ。一つのプレイングに対するそれぞれプレイヤーの思惑、それをそれぞれの視点に立って考察し、さらに自分の立場の見解を示す。あらゆる可能性を考慮した上で、それぞれの状況下に置いて取り得る手を考えていく。こう言った事を一つ一つ分析していくにはどうしても纏まった時間がかかってしまう。逆にそれを書き起していく作業はこの分析にかかる程のものではない。故に答えは決まっていた。

 

「はい」

「わかった。では必ず2週間後にレポートを提出するように」

 

 そう言うと担任はどこか満足したような顔を一瞬浮かべ、“帰って良いぞ”と一言告げると今日提出されたレポートに目を通し始める。

 

「失礼しました」

『………………』

 

 敵意が含まれた視線も随処で感じながら職員室を後にし、今日の次の目的地へ向かった。忙しい一日は始まったばかり。

 

 

 

————————

——————

————

 

『マスターは律儀ですね』

「何がだ?」

 

 雜賀との待ち合わせ場所に向かう道中、突然サイレント・マジシャンはそう口火を切った。既に依頼時の衣装に着替えを済ませ、顔には不気味な髑髏の仮面をつけているため、小声ならば精霊化しているサイレント・マジシャンと会話しても周りに怪しまれる事は無い。

 

『今日の事ですよ』

「今日の事……?」

『ほら、今日レポートの事で職員室に呼ばれたじゃないですか』

「……あぁ」

『あれは今日のデュエル約束のためですよね?』

「…………………まぁな」

 

 そう、今日がジャック・アトラスに渡された紙に記載してあった約束の日。レポートをやらなかった理由と言うのは、その内容がジャック・アトラスのキング防衛戦だったからだ。折角の現キングとされるデュエリストの頂点に君臨する相手と戦えるのだ。互いにお互いの手の内を知らないフェアな条件でやりたい、そう思った。この前のデュエルで俺の手のうちは既に相手に知られていると言われるかも知れないが、生憎と今回のデッキは前回のデッキとは型が違う。サイレント・マジシャンがデッキの中心であることは変わらないが、それを知られたところでこちらも相手のエースモンスターぐらいは知っている。これなら事前情報としても十分フェアとして言えよう。

 

『ほら、やっぱり律儀じゃないですか』

「………そうでもないと思うぞ?」

 

 別に普段からフェアに拘っている訳ではない。相手のデッキを分析し対策を練る事も立派な戦術だと思う。ただ依頼の度に一々相手のデッキの分析と対策を考えると言うのは現実的では無いため、それを自分はやっていないと言うだけ。逆に相手が自分のデッキの対策を講じてくることは決して少なくない事で、それをされてもなお勝ち続けられるように常に自分のデッキの型を変えたり、同じデッキでもカードの比率を弄ったりしている。別にフェアプレイ精神に乗っ取って常にデュエルをしている訳ではない。

 

『そうなんですか? ……ふふっ』

「…………何かおかしかったか?」

『ふふふ、ごめんなさい。ただ、今日のマスター、可愛くって』

「…………………は?」

 

 可愛い? 俺が?

 サイレント・マジシャンが言った言葉を反芻させる。だが何度その言葉を繰り返してもその言葉に理解が追いつかない。そんな俺の呆然とした様子を楽しむように、サイレント・マジシャンは純朴な笑みを浮かべている。

 

『マスターは無意識のうちだったのかもしれませんが、昨日からソワソワしてて、落ち着きがない様子でしたよ? まるで遠足に行く前のバテルみたいに』

「……………………?」

 

 “遠足に行く前のバテル”?

 “バテル”と言うのは『魔導書士バテル』で良いのか? 脳裏をよぎるのは知的そうだがどこか生意気そうな少年。つまりそれを訳すと“遠足に行く前の子ども”と言う意味で良いのだろうか? サイレント・マジシャンの微妙に分かりづらい例えに困惑しながらも、なんとか言っている意味を理解する。

 

『今日のデュエル、“楽しみ”なんですね?』

「“楽しみ”………なのか…?」

 

 “楽しみ”

 その感覚の実感がイマイチ分からない。そしてそのとき気付いた。そもそも“楽しみ”なんて感覚など、ここにきてから感じた事など無いと言う事に。ただ、この朝から感じるこの体の妙な軽さや高揚感の正体が“楽しみ”と言う感覚なのだとしたら悪くはない、そう思える。

 しばらく黙っているとサイレント・マジシャンは優しい笑みを浮かべてこちらを見ていた。その笑顔は最近見た誰かのものと重なるような、そんな気がした。

と、ここまで思考を巡らせてふと疑問が浮かび上がる。

 

「なぁ」

『はい、なんでしょうか?』

 

 いつもとはどこか違う、大人の余裕を感じさせる包容力のある微笑みを浮かべて受け答えをするサイレント・マジシャン。その表情を見てようやく誰の面影と重なったかにも気が付く。

 

「今日はやけに饒舌だな。それに……なんだか無理してないか?」

『なっ!? え、えっと、そそ、そんなことないですよ? 私はいつも通りですっ!』

「そうか? なんだか無理して大人の雰囲気を装おうとしてるように見えたが……」

 

 それを指摘するとテンパってアタフタと意味の分からないジェスチャーをしながら弁明をするサイレント・マジシャン。顔を真っ赤にして焦っている様子は愛嬌があった。その弁明の中には“狭霧さんを意識した訳じゃ……”とか、“大人の雰囲気の女性の方が……”とかいう言葉が聞き取れた。だがテンパった状態で弁明をするサイレント・マジシャンは途中何を言っているのか分からなく、伝えたかった事の全貌までは分からなかった。兎に角、伝わってきたのは大人の雰囲気を装おうとしていたことだ。

 しばらくしてようやく落ち着きを取り戻したサイレント・マジシャンは、ふとこんな言葉を投げかけてきた。

 

『…………マスターは私と話すのは嫌いですか?』

 

 顔を俯かせて問いかけてくるサイレント・マジシャンの様子は暗くとても寂しそうだった。なぜ、そんな表情までして俺の側にいるのか? 相変わらず理解はできない。ただ、そんなサイレント・マジシャンに対してかける言葉は決まっていた。

 

「……嫌いじゃねぇよ」

『…………っ!』

 

 暗かった表情は一転、キョトンとした顔になりそして安心したような柔らかい笑みに変わって、

 

『そうですか』

 

 ただ一言、そう呟くのだった。

 そんなやり取りをしているうちに目的の場所が見えてきた。

 シティのどこにでもあるようなビルの一角。その地下のバーが今日の呼び出された場所。本来なら未成年であるためそう言ったバーへの出入りは禁止されているのだが、成人男性の平均身長はある体格の上に、依頼時に着るローブと仮面をつけ変装してしまえば、未成年であることなどバレることは無い。

 木製の戸を潜ると目に入ってきたのは、丁寧に磨かれた床に天井で回るシーリングファン、テーブル、椅子、酒棚どれをとっても木製にこだわられたそのバー。その雰囲気はまさに中世。スローテンポな生演奏のジャズがBGMに流れるここでの時間は、ゆったりと流れているようだった。とりあえずバーで働くウェイターに声をかける。

 

「雑賀の連れだ」

「ひっ……! あっ! ……し、少々お待ちください!」

 

 この姿に驚いたのかテンパった様子でカウンターに居るマスターと思しき人物のところまで小走りで行く。すると、わざわざマスターが直々にこちらまで歩いてきた。

 

「それでは雑賀様のところまでご案内します」

 

 ウェイターとは違い落ち着いた雰囲気の初老のマスターは恭しく一礼すると店の奥の扉まで案内される。その扉を開けるとそこは一本の廊下に通じていた。その廊下の両側には一定の間隔で扉がついており、その扉には部屋の番号らしきものが書いてある。

 

「雑賀様はこの廊下の突き当たりの16番の部屋にいらっしゃいます。ご注文がお決まりになりましたら、呼び鈴でお呼び出しくださいませ」

「注文はサラトガ・クーラーで」

「かしこまりました」

 

 サラトガ・クーラーとはライム・ジュースとシュガーシロップ、ジンジャエールを混ぜたノンアルコールカクテルだ。まだ未成年である故にアルコール類は控えるようにしているが、依頼の関係上こういった酒場などに足を運ぶことも少なくないため、ノンアルコールカクテルの種類をいくつか覚えてある。それでこういった場で激しく浮く事態を回避している。

 廊下の奥まで進み扉を開けるとそこには雑賀が一人腰掛けていた。部屋の広さはテーブル一つに二人掛けのソファー1つと、一人用ソファー2つが余裕を持って入る程度の大きさだった。

 

「待たせたか?」

「いや……時間通りだな」

「そうか……」

 

 今日ここに来たのはこの前の依頼の結果報告を受けるため。一人用のソファーに腰掛ける雜賀は、俺に二人用のソファーに座るよう促す。

 

「お前からの依頼の調査の結果だが……」

 

 俺が腰を下ろすと、雜賀はそう口火を切って鞄の中からいくつかの資料を取り出し机の上に並べてみせる。その種類は分厚い束になっているものから紙1枚のものまで様々で、この短期間でここまでの調査を成し遂げた雜賀の仕事の手際の良さを改めて思い知らされる。

 

「この期間で集められるだけの情報をここに纏めといた。流石に治安維持局の黒い情報なんて大雑把な括りでの調査となると、色々な方面からボロボロと情報が出てきた訳だが……」

「…………………」

 

 『セキュリティの暴挙』、『サテライトへの差別教育』など一度は耳にした事がある内容がテーマとなっている資料は分厚い紙束で複数に分けられており、『キングの黒い噂』、『治安維持局長官の知られざる過去』などの眉唾物の噂程度と思われる薄い資料は一つの束で纏められている中、俺は1枚の紙を手に取った。

 

「…………まぁ、それが気になるだろうな」

「『イリアステル』………?」

 

 見慣れないカタカナ6文字。その紙はただその文字だけ書かれているだけでその単語の説明は一つも書かれていない。びっしりと文字で埋められた紙が何枚も重なって束になっている資料がある中、その紙の存在はあまりにも不自然で際立っていた。

 

「まぁお前も薄々察してるだろうが、その単語は間違いなく治安維持局が抱えている黒い情報の中でも闇の最深部の入り口だろう。とりあえず俺がこの期間で分かったのはその単語だけ。それがなんなのかについての調査を追加でするなら別料金だ」

 

 淡々と説明をする雜賀だったが、ここで“だが……”と一旦言葉を区切り言葉を続ける。

 

「これはあくまで今までの仕事の経験上での忠告だが……これに深入りはしない方が身のためだ」

『――――っ!』

「………わかった」

 

 雜賀の真剣な面持ちからもその先の情報の危険さが伺える。サイレント・マジシャンもその危険さを感じ取ったのか、隣で生唾を飲み込む音がした。

 残りの資料にパラパラと目を通し大方の内容を把握すると、その資料を鞄にしまう。

 

 コンコン

 

 会話が途切れたタイミングを狙ったかのようにノックの音が響く。

 雑賀の“大丈夫だ”と言う返事を受け、扉を開けたウェイターはさっきの注文したものを運んでくる。飲み物を置くとウェイターは“それではごゆっくりお過ごしください”と一礼して部屋を出て行く。最初のテンパった様子も無くなり、落ち着いた接客になっていたあたりこの姿に慣れたのか。

 

「……………………」

「……………………」

 

 ちょうど会話の切れ目だったこともあり互いに飲み物に手を伸ばす。ノンアルコールカクテルなんてオシャレに言うが要するにジュースだ。普通に美味しい。

 

「ぷはぁぁっ!」

「……………日は暮れているとは言え、この時間から酒とは良い身分だな」

「おかげさまで報酬は貰ってるからな。……と言うかお前の仮面、そうなってるんだな」

「……こうでもしないと飲めないからな」

 

 若干引いた面持ちでこちらを見る雜賀。確かに仮面の前歯を1本外してそこからストローを入れて飲み物を飲むのは絵面的にシュールなものだろう。

 

「…その仮面を外せば良いんじゃないのか? 監視カメラや盗聴器の類いは既に確認済みだからここには無いぞ?」

「あぁ、わかってる。ただ仕事絡みの時はこれを付けてないと落ち着かなくてな」

「そうか……」

 

 シンプルな円筒型のコリンズ・グラスに注がれたサラトガ・クーラーは細長いグラスの性質上、見た目よりも量が少なく感じる。もう飲み干してしまった。

 

「行くのか?」

「あぁ」

 

 荷物を纏め部屋を出ようとする俺の背中に雜賀が声をかける。

 

「……お前がこれから何を始めようが知った事じゃないし、お前がそれでくたばろうと興味も無い」

「…………………」

「ただ、金さえ用意すれば欲しいものを揃えてやる。それだけだ」

「………あぁ、またそのときは頼む」

『…………………』

 

 これが雜賀との関係。お互いに情など無い金だけの付き合い。金さえあれば雜賀は揃えられるものすべてを揃え、俺は依頼されたデュエルで勝利を持ち帰る。出会ってからその関係は変わる事は無い。それを改めて確認し、俺は今日の最後の目的の場所へ向かうためこの部屋を後にした。

 

 

 

————————

——————

————

 

 人の気配のしないスタジアム。人のいないスタジアムだがライトはなぜか点灯していた。指定されていた場所とは言え、こんなに堂々と無断でデュエルリングに入って良いものかと疑問に思ったが、指定された場所がここだったのだからそれに従うより他は無い。天に昇った月が今日はやけに明るい気がする。夜もすっかり更け込み、夜気に晒される肌はすっかり冷えきっている。だが、肌が冷たいだけで不思議と体の芯は熱く心臓の鼓動も普段よりも激しかった。こうして再び着替えを済ませ私服に身を包んだ俺は、ただここに呼びつけた張本人を待っている。

 そして時は訪れる。タイヤがアスファルトを擦り、エンジンが唸りを上げる音が徐々に近づいてきた。

 

「……っ!」

 

 正面に現れた眩い光を放つライト。それはDホイールのヘッドランプの輝きだった。ボディのベースカラーはホワイトで、巨大な一つのタイヤの中に座り込む構造の一輪バイクこそ、キングであるジャック・アトラスが愛用するDホイール。俺の前でそれを止めると降りて目の前に対峙する。

 

「ふん、怖気付かずに来たか」

「……………」

 

 俺は言葉ではなくデュエルディスクを構える事で準備ができている事を示す。その様子を見たジャック・アトラスも特注モデルの長い直線型のデュエルディスクにデッキをセットし距離をとると、反対側のデュエルリングで振り返り構えを取る。

 

「……………………」

「……………………」

 

 もはや言葉など不要。俺たちはこのためにここに来たのだ。

 “早くカードを引かせろ!”

 まるでそう語りかけてくるように心臓が激しく脈打ち、体中が熱くなってくるのを感じる。こんな気分になるのは初めてだった。

 

「デュエルッ!!」

「デュエル!」

「先攻はチャレンジャーである貴様からだ!」

 

 余裕の笑みを浮かべそう告げるジャック・アトラス。

 デッキからカードを5枚引く。この前、狭霧とデュエルをしたときに作っていたもう一つの型。それをこのデュエルのためにさらに煮詰めたデッキだ。そして今、このデッキは激しく昂るこの気持ちに応えるように最高の手札をもたらした。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 ドローしたカードを手札に加えこのターンの流れを思考する。キングの余裕と言うものなのか、腕を組み俺がこのターン何を仕掛けるのかを静観しているジャック・アトラス。だが、その余裕もいつまで続くかな?

 

「『王立魔法図書館』を守備表示で召喚」

 

 まず召喚したのは巨大な図書館。地面に描かれた魔方陣から生えてくる本棚は何段、いや何十段の棚が重なったもので上を見上げても天辺が見えない。そんな棚が正十角形を作るように配置されているのだから、この図書館に保管されている本の数は数万を優に超える事が想像に難くない。

 

 

王立魔法図書館

ATK0  DEF2000

 

 

 このモンスターを軸にエクゾディアを揃える事を目的にしたデッキができる程、このカードのドローの能力は特化すれば強力なもの。今回のデッキはそれを主眼にしている訳ではないが、この手札ならこのターンはそれなりにカードを引く役割を果たせそうだ。

 

「マジックカード『テラ・フォーミング』を発動。このカードはデッキからフィールド魔法をサーチするカード。俺が選ぶのは『魔法都市エンディミオン』。そして魔法カードが発動したことで『王立魔法図書館』には魔力カウンターが1つ乗る」

 

 図書館の下の魔方陣から緑色の光球が浮かび上がる。それはフワフワと上昇すると3メートル程の高さで停滞し宙を漂う。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 0→1

 

 

 今手札に加えた『魔法都市エンディミオン』、これが今回のデッキの軸となっている。

 

「俺は手札に加えた『魔法都市エンディミオン』を発動」

 

 俺の背後を中心とした魔方陣、その大きさは対峙するジャック・アトラスをも軽く範囲に収める程の巨大なものだった。魔方陣を描く光はその光量を増していき、一瞬視界が真っ白になる程の光を放つ。

 

「……なるほど、これが貴様の用意した今日の戦場と言う事か」

「あぁ」

 

 背後に聳え立つ巨大な塔。それを中心に広がる建物の間を水路が巡っている町並みはヴェネチアの風景を思わせる。四方には中心の塔の半分程の高さの塔が建ち、そこから都市全体を囲む弧を描いた塀が作られていた。光が満ちた瞬く間の一瞬でこの都市が姿を現したのは、まさに魔法そのもの。

 そして『魔法都市エンディミオン』の発動により、図書館の中に緑光を放つ魔力球が浮かび上がる。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 1→2

 

 

「さらに永続魔法『魔法族の結界』を発動。このとき『王立魔法図書館』同様『魔法都市エンディミオン』にも魔力カウンターが1つ乗る」

 

 足下に現れた青紫色の魔方陣。緩やかに回転しながら上昇したそれは、都市を覆うように空中からこの場所を照らす。上空から降り注ぐ青紫の光は魔法都市の水路の水面に反射して、魔法都市全体が光を放っているように見える。結界に覆われた魔法都市のこの光景は神秘的で荘厳の一言に尽きる。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 2→3

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 0→1

 

 

 魔力カウンターが乗ると共に魔法都市の中心に聳え立つ巨大な塔の頂点に緑色の光が灯る。さらに図書館の中も3つの魔力球が揃った事で光が溢れ出してくる。これで図書館に魔力が満ちた。

 

「そして『王立魔法図書館』に魔力カウンターが3つ乗ったことで効果を発動。このカードに乗った魔力カウンターを3つ取り除くことでカードを1枚ドローする」

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 3→0

 

 

 図書館内部の3つの魔力球は俺のデュエルディスク目掛けて飛び出し、デュエルディスクに吸い込まれていく。そうしてデッキの1番上のカードをドローできるようになる。このドローで手札は4枚。

 

「マジックカード『魔力掌握』を発動。このカードは魔力カウンターを乗せることのできるカードに魔力カウンターを1つ置くことができる。俺は『王立魔法図書館』に魔力カウンターを1つ置く。そしてその後デッキから『魔力掌握』を手札に加える」

 

 魔力カウンターを乗せる効果の『魔力掌握』自体も魔法カードのため、図書館の中にはまた2つの魔力球が浮かび上がる。そして魔法都市にも変化が訪れた。魔法都市の四方に配置された塔のうちの1つの屋根が浮き始めたのだ。よく見れば上昇が止まった円錐型の屋根は、緑色に輝く光球1つが持つ魔力で支えられていた。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 0→2

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 1→2

 

 

 この様子だと魔力カウンターが増えると、残りの周りの塔の屋根も浮かび始める事が予想される。魔法都市のソリッドビジョンを見るのは久しぶりだが、これが魔力の叡智の結晶と言う事なのだろう。里とは比べ物にならない複雑な建物の構造をしている。

 

「『強欲で謙虚な壺』を発動。デッキからカードを3枚めくり1枚を選択して手札に加える」

 

 デッキの上から3枚のカードを一気に抜き取りそれを公開する。デッキの上の3枚のカードは順に『魔法都市エンディミオン』、『見習い魔術師』、『召喚僧サモンプリースト』。『魔法都市エンディミオン』は既に発動済みだから候補から外れるとして、残りの2枚の内から選ぶ訳か。

 

「さぁ、貴様は何を選ぶ」

「………俺が選ぶのは『召喚僧サモンプリースト』。そしてこれにより『王立魔法図書館』と『魔法都市エンディミオン』に魔力カウンターが1つずつ乗る」

 

 手札に『見習い魔術師』があった訳ではないが、次のターンの動きを考えるに展開の都合上、優先度は『召喚僧サモンプリースト』に軍配が上がった。もっとも本音を言えばどちらも欲しかったところだが。でもデッキに3枚入っている『見習い魔術師』を素引きする可能性はそう低くはないだろう。

 そしてこれで再び図書館の中に魔力が満ち、魔法都市の四方を囲む塔うちの2つ目の屋根も浮かび上がった。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 2→3

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 2→3

 

 

「『王立魔法図書館』の効果で俺は再びカードをドロー」

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 3→0

 

 

 また図書館から放出された魔力球がデュエルディスクに吸い込まれていく。ドローしたカードは『見習い魔術師』。先の予想がまさに的中と言ったところだ。

 

「さらに『魔法都市エンディミオン』の効果発動。このカードは1ターンに1度、自分フィールド上に存在する魔力カウンターを取り除いて自分の場のカードの効果を発動する場合、代わりにこのカードに乗っている魔力カウンターを取り除くことができる。これにより『王立魔法図書館』の効果を『魔法都市エンディミオン』の魔力カウンターを取り除くことでもう一度発動し、カードをドローする」

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 3→0

 

 

 魔法都市の四方の塔の屋根はゆっくり下降していき元のように戻り、中央に聳え立つ巨大な塔の天辺の魔力球と共にデュエルディスクに吸い込まれる。そして新たに手札に加わったカードは……『見習い魔術師』。3枚入れていれば手札で被る事もあるが、こう2連続で引くとは珍しい。

 場には『王立魔法図書館』、『魔法都市エンディミオン』、『魔法族の結界』。そして手札は未だに6枚ある。本当随分と初手で良い動きができたものだ。

 

「カードを2枚伏せてターンエンド」

 

 『魔法都市エンディミオン』には今魔力カウンターが乗っていないから『大嵐』でも来て吹き飛ばされてしまえば、カードを4枚も一気に持ってかれる事になるが、リスクを恐れて勝てる相手ではない。ここは強気で行く。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 さて、快調に先攻で飛ばせた訳だが、これに対して相手がどう出るか。お手並み拝見だ。ジャック・アトラスはこちらの高速回転を目にしても物怖じする事無く、堂々とターンを進め始める。

 

「俺は手札から『バイス・ドラゴン』を特殊召喚! このカードは相手の場にモンスターが存在し、自分の場にモンスターが存在しない場合、手札から特殊召喚できる。ただし、この効果で特殊召喚したこのカードの元々の攻撃力、守備力は半分になる」

 

 上空から雄叫びを上げながら滑空してきたのは紫色の竜。肉食恐竜のような形の頭をしているが、体は無駄な脂肪の一切無い発達した筋肉と骨と皮で構成されている。体を支える翼は骨の入った部分は紫色だが、それ以外は鮮やかな緑色をしていた。

 

 

バイス・ドラゴン

ATK2000→1000  DEF2400→1200

 

 

 『バイス・ドラゴン』のレベルは5。そしてこのターンはまだ召喚権を残していると言う事は……これはまさか早速エースモンスターのご登場か?

 

「さらに俺は『ダーク・リゾネーター』を通常召喚!」

 

 一頭身の黒い悪魔。灰色の兜から覗かせる赤い瞳と同様のエリザベスカラーを首に付けた姿はゆるキャラのように愛嬌がある。紺色のボロボロのローブをから飛び出した短い手足には音叉とそれを叩くマレットが握られている。

 

 

ダーク・リゾネーター

ATK1300  DEF300

 

 

 どうやら予想は的中したようだ。『ダーク・リゾネーター』はレベル3のチューナー。これでシンクロ召喚のためのモンスターは揃った。キングであるジャック・アトラスの絶対的エースモンスターのアイツが来る。

 

「俺はレベル5の『バイス・ドラゴン』にレベル3の『ダーク・リゾネーター』をチューニング!」

 

 音叉を叩く『ダーク・リゾネーター』。周りに響く音波に共鳴するように『ダーク・リゾネーター』の輪郭がブレていく。やがて解けた『ダーク・リゾネーター』の体はそのレベルの数、すなわち3つの緑色の光の輪へと姿を変化させる。その輪の中に入るように飛翔する『バイス・ドラゴン』。そして『バイス・ドラゴン』もその体を自らの持つレベルと同じ数の光輝く星へと変化させる。

 

「王者の鼓動、今ここに列を成す! 天地鳴動の力を見るが良い!」

 

 光の柱が輪を突き抜け輪の中を満たす。その光はまるでその中から飛び出そうとするモンスターの力強さを誇示するかのように荒々しく強い光を放っていた。

 

「シンクロ召喚! 我が魂! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』!!」

 

 轟っ!

 

 それは魔法都市全体を振るわせるような轟咆。それと共にその光は散り散りに引き裂かれる。燃えるマグマのようなワインレッドと深淵に続く闇を思わせるブラックのツートンカラーの体の竜。悪魔を思わせる太い角を2本生やし、その爪はすべてを引き裂かんばかりの力強さを感じさせる。

 

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン

ATK3000  DEF2000

 

 

『………………』

 

 ジャック・アトラスがエースとして絶対の信頼を寄せるモンスター。それが『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。目の前に立ちはだかるそれは、今まで対峙してきたどのモンスターよりも雄々しく強大で圧倒的な力を感じさせる。俺の傍らで見つめるサイレント・マジシャンもその力を感じたのか、杖を取り出して身構えていた。

 

「これが我がエースモンスターの『レッド・デーモンズ・ドラゴン』! キングの前では壁モンスターなど無意味である事を知るが良い!」

 

 まるでその言葉に応えるように再び咆哮を響かせる『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。その語りは観る人々を魅了し相手を飲み込み追いつめていく。その手腕こそジャック・アトラスの武器なのだろう。召喚を妨害する手段も無く早々にエースモンスターの召喚を許してしまったのは確かに手痛い。

 

「バトルだぁ! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』よ! 壁モンスターを蹴散らせぇ!! アブソリュート・パワーフォース!!」

 

 雄叫びを上げながら迫る『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。その右腕は触れるものすべてを焼き尽さんばかりの紅蓮の炎を纏い『王立魔法図書館』に振り下ろされる。

 

「くっ……」

 

 俺にそれを止める術は無い。振り下ろされた破壊の一撃は『王立魔法図書館』を崩壊させるには十分過ぎる威力だった。本は焼き尽され本棚は無惨に薙ぎ倒され『王立魔法図書館』崩れていく。それにしてもダメージは無いのになんて迫力だ。

 

「場の魔法使い族モンスターが破壊されたとき、『魔法族の結界』に魔力カウンターが1つ乗る」

 

 破壊された『王立魔法図書館』の残骸から生まれた緑光を放つ魔力球が上空で回転する魔方陣まで昇っていく。

 

 

魔法族の結界

魔力カウンター 0→1

 

 

 『魔法族の結界』に魔力カウンターを乗せられたとは言え、所詮永続魔法。先程の手で『魔力掌握』を使うのを見せている以上、相手がキングでは効果を使う前にこのカードを破壊しにくるだろう。

 

「カードを3枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 おや?

 予想に反して破壊されなかった『魔法族の結界』。これは僥倖か? だがセットが3枚とは固い。こちらがカードを使って『魔法族の結界』に魔力カウンターを乗せたところで破壊してくる可能性は十分にあるし、油断する事は当然できない。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 さて、どうしたものか。手札にある『召喚僧サモンプリースト』を使えば、このデッキのエースである『サイレント・マジシャンLV4』を呼ぶ事はできる。『魔力掌握』もあるから魔力カウンターをこのターン増やし攻撃力を上げる事もできるのだが、このターンで『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を打ち倒すことのできる攻撃力に達させる事はできない。ならばこの場で俺が打つべき手は……

 

「俺は『召喚僧サモンプリースト』を召喚。このカードは召喚に成功した時、守備表示になる」

 

 目の前に現れるのは赤い瞳の翁。肌の色が青みがかっているその様は、人の形をしていながらその域を逸脱してしまった成れの果てなのだろうか。魔力のオーラが一際強いと言った様子は見られないが、熟練された魔術を使う腕は本物で、特に召喚魔法を使う事においては一流の腕を持っている。

 

 

召喚僧サモンプリースト

ATK800  DEF1600

 

 

 3枚伏せられたカードが発動する様子は今のところ見られない。どの道このターンあの『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を倒せないのなら、このターンは倒すための札を揃えに行くまで。

 

「『召喚僧サモンプリースト』の効果発動。手札のマジックカードを捨てることでデッキからレベル4のモンスターを特殊召喚する。俺は手札の『ワンショット・ワンド』を捨て、デッキから『マジカル・コンダクター』を特殊召喚」

 

 サモンプリーストはコストにした魔法カードから魔力を一時的にブーストさせると呪文の詠唱を始める。そしてそれによって現れた複雑怪奇な魔方陣の中から現れたのは黒髪ロングの女性。エメラルドグリーンの鮮やかな衣装には古代文字が刻まれており、腰の部分で結ばれた金糸と重なった文字の部分はウジャド眼を描いていた。

 

 

マジカル・コンダクター

ATK1700  DEF1400

 

 

 このデッキにおいて『召喚僧サモンプリースト』と肩を並べる召喚魔法の使い手。『マジカル・コンダクター』の召喚にも反応するカードが無いところを見ると、あの3枚のセットカードは召喚反応のカードが無いと予想できる。

 

「『魔力掌握』を発動。効果で『魔法族の結界』に魔力カウンターを1つ乗せる。そしてマジックカードが発動したことで『魔法都市エンディミオン』には1つ、『マジカル・コンダクター』には2つ魔力カウンターが乗る」

 

 上空の魔方陣に昇っていく魔力球。そして魔法カードの使用により再びこの魔法都市の一番高い塔の頂上に魔力球の輝きが灯る。さらにこの魔法の力は『マジカル・コンダクター』の周りに2つの魔力球を浮かび上がらせた。

 

 

魔法族の結界

魔力カウンター 1→2

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 0→1

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター 0→2

 

 

「そしてデッキから『魔力掌握』を手札に加える」

 

 召喚反応のトラップは仕掛け無い事は分かったが、まだ『魔法族の結界』を破壊するようなカードが伏せられている可能性は残っている。警戒するべきだが、それを阻止するような手が無いのが歯がゆい。とは言え、このターンを始めた以上はこのターンでできる事をやりきるしか無い。

 

「さらに『マジカル・コンダクター』の効果発動。このカードに乗った魔力カウンターを任意の数取り除く事で、取り除いた数と同じレベルの魔法使い族モンスター1体を、手札または自分の墓地から特殊召喚する。俺は『マジカル・コンダクター』に乗った魔力カウンターを2つ取り除き、手札から『見習い魔術師』を守備表示で特殊召喚」

 

 『マジカル・コンダクター』の周りに浮かぶ2つの魔力球が両手にそれぞれに吸い込まれる。祈りを捧げるように目を閉じ、地面に膝を付け、合わせられた両手。すると『マジカル・コンダクター』の隣に小さな魔方陣が描かれる。そこに召喚されたのは小柄な魔術師。短いロッドを振りかざす様子からは若さを感じる。

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター 2→0

 

 

見習い魔術師

ATK400  DEF800

 

 

「そして『見習い魔術師』の効果発動。このカードが召喚、特殊召喚に成功したとき、魔力カウンターを乗せる事のできるカードに魔力カウンターを1つ乗せる。これで『魔法族の結界』に魔力カウンターを乗せる」

 

 『見習い魔術師』のロッドから打ち上げられた魔力球もまた上空で回る魔方陣まで昇っていく。これで3つの魔力球が魔方陣と共に上空で回っている。

 

 

魔法族の結界

魔力カウンター 2→3

 

 

「何を出すかと思えば……そんな壁モンスターを並べて守りに徹するだけでは、このジャック・アトラスは倒せんぞ!」

「さらに永続トラップ『漆黒のパワーストーン』を発動。発動時、このカードに魔力カウンターを3つ乗せる」

 

 伏せられていたカードが捲られ、そこからボーリングの球程のサイズの黒球浮かび上がる。その黒球の中には逆三角形型の黄金板が入っており、その頂点には緑色の輝きが灯っていた。

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 0→3

 

 

 これで『魔法族の結界』を完成させるためのピースは揃った。これでこの結界を破壊してくる可能性があるタイミングは、最後の魔力カウンターを乗せたときだろう。『魔法族の結界』に魔力カウンターを溜めきる事を主眼に置いたターン運びをしたために、ここは重要な局面だ。もし破壊されれば流れが一気に相手に流れると言っても過言ではない。

 

「そして『漆黒のパワーストーン』は1ターンに1度、このカードに乗った魔力カウンターを別のカードに移す事ができる。この効果で『魔法族の結界』に魔力カウンターを1つ移す」

 

 浮かぶ黒球の中の黄金板から緑色の光が飛び出す。緑の光は光球へと形を変え、空へと昇っていく。4つの魔力カウンターが溜まった上空の魔方陣は魔力が充足し極光を放ち始める。

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 3→2

 

 

魔法族の結界

魔力カウンター 3→4

 

 

 上空から降り注ぐ極光は絶えずその色を変え、魔法都市はそれに合わせてその風景の色合いを変化させて行く。

 

『綺麗………』

 

 傍らでポツリと言葉を漏らす『サイレント・マジシャン』は俺の気持ちを代弁していた。

 “美しい”

 この光景を見たものならば誰しもがそう感想を漏らすだろう。魔法の叡智が集結された都市に降り注ぐ色鮮やかで優しい光は、夢のような浮世離れした幻想的な光景を作り出していた。

 依然としてセットカードが発動する気配は見られない。となると『魔法族の結界』を破壊する類いのカードでは無かったということか。

 

「『魔法族の結界』の効果発動。魔力カウンターが乗ったこのカードと、自分の場の魔法使い族モンスター1体を墓地に送る事で、このカードに乗った魔力カウンターの数だけドローする。俺は『召喚僧サモンプリースト』とこのカードを墓地に送り、4枚ドロー」

 

 『召喚僧サモンプリースト』はその姿を光へと変化させ、その魂は上空の魔方陣に昇っていく。その光が魔方陣まで届くと魔方陣の輝きは最高潮に達した。魔方陣の中心から降り注ぐ光の柱はデュエルディスクに吸い込まれる。これにより新たに4枚のドローができる。

 

「――――っ!」

『…………』

 

 ようやく来たか。手札に来た『サイレント・マジシャンLV4』のカードを見た傍らのサイレント・マジシャンは無言で頷く。

 再び6枚になった手札を確認し次の一手を練る。とは言えこのターンは既に『召喚僧サモンプリースト』に召喚権を使っているため、サイレント・マジシャンを召喚する事はできない。次のターンで出すしか無いようだ。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

「ふんっ、どうやら攻めるための手を引けなかったようだな。俺のターン、ドロー」

 

 流石にその程度の事は察されてしまうか。それにしても俺の場には5枚のカードがあり手札も5枚あるこの状況を前にして、なおも余裕を崩さないのは強がりなのか、それともこの状況を覆せると言う自信からなのか。そんな俺の思考を他所にジャック・アトラスはターンを進め始める。

 

「『おろかな埋葬』を発動。デッキからモンスターを1体墓地に送る。俺が送るのは『トリック・デーモン』」

 

 『トリック・デーモン』。あれは刺客として送り込まれたデーモン使いも使っていたカード。半透明の姿で現れた悪魔の童女は可愛らしくその場で一回転すると、墓地へと消えていく。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 1→2

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター 0→2

 

 

 マジックカードの発動により魔法都市を囲む塔の1つの屋根が再び浮上する。そして『マジカル・コンダクター』もまた2つの魔力球を周りに浮かび上がらせる。

 

「そして墓地に送られた『トリック・デーモン』の効果発動。デッキからデーモンと名のついたカードを1枚手札に加える。俺が加えるのは『ランサー・デーモン』」

 

 『ランサー・デーモン』とはまた味なモンスターを加えてきたな。この状況でそれを加えると言う事は、このターン仕掛けてくる……!

 

「俺は『ランサー・デーモン』を召喚」

 

 金と紫の2色の西洋鎧を装備した髑髏の騎士。腰から真紅のマントを翻し、両腕のランスを挑発するようにこちらに突きつける。

 

 

ランサー・デーモン

ATK1600  DEF1400

 

 

 相手の場にはこれで『レッド・デーモンズ・ドラゴン』と『ランサー・デーモン』が並んだ。『レッド・デーモンズ・ドラゴン』は守備表示のモンスターを攻撃したとき、すべての守備モンスターを破壊する効果がある。それで『見習い魔術師』を攻撃されれば、『見習い魔術師』は効果による破壊扱いとなりその効果を使えない。

 フィールド上での圧倒的優勢であるこの状況を楽しむかのように、ジャック・アトラスは余裕の笑みを浮かべていた。

 

「バトルだ! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』で『見習い魔術師』を攻撃!」

 

 右腕に灼熱の炎を宿した『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の魔手が『見習い魔術師』に迫る。『ランサー・デーモン』が居ると言う事は当然その効果を使うのだろう。

 

「そしてこのとき『ランサー・デーモン』の効果発動! 自分の場のモンスターが相手の守備モンスターに攻撃する時、そのモンスターに貫通能力を与える!」

 

 予想通り『ランサー・デーモン』の効果を発動してきたか。『ランサー・デーモン』の瞳が妖しく光る。直後、『ランサー・デーモン』の体から半透明の魂が幽体離脱し、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』と重なる。『ランサー・デーモン』の力を得たことで、その勢いは突き出された神速の槍の如く一気に増す。だが、そう簡単に攻撃を通す気は毛頭ない。

 

「トラップ発動、『スーパージュニア対決!』。相手モンスターの攻撃宣言時にこのカードは発動できる。その攻撃を無効にし、相手の場の一番攻撃力が低い表側攻撃表示のモンスター1体と、自分の場の一番守備力の低い表側守備表示のモンスターでバトルを行う。そしてそのバトル終了後、バトルフェイズを終了する」

「なんだと?!」

 

 寸っ!

 

 直前で『見習い魔術師』の目の前で突き出された『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の腕は止まる。

 

「これにより、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃は無効。『ランサー・デーモン』と『見習い魔術師』でバトルを行う」

 

 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が身を引く中、『ランサー・デーモン』が飛び出す。その両手のランスを同時に突き出した一撃が『見習い魔術師』を貫いた。

 

「そして戦闘によって破壊された『見習い魔術師』の効果発動。デッキからレベル2以下の魔法使い族モンスターを1体自分の場にセットする。俺がセットするのは『水晶の占い師』」

 

 これでリクルーター殺しである『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の効果による破壊を阻止し、ダメージを無くした上で『マジカル・コンダクター』の破壊を防ぎ『見習い魔術師』の効果を使う事ができた。

 

「『スーパージュニア対決!』の効果でこのバトルフェイズは終了される」

「ふん、どうやら首の皮一枚で繋がったようだな(・・・・・・・・・・・・・・)。俺はこれでターンエンドだ!」

『………………?』

「………俺のターン、ドロー」

 

 とりあえずこちらの思惑通りになんとか凌ぎきれたが、どういうことだ? ジャック・アトラスの言葉が妙に引っかかる。

 

「『水晶の占い師』を反転召喚。リバース効果でデッキからカードを2枚めくり1枚を手札に加え、残りをデッキの一番下に戻す」

 

 何があるにせよ、俺はそれを上回る戦略を練るだけ。

 場にセットされていた『水晶の占い師』がその姿を現す。紺色のロングヴェールを羽織り、同色のフェイスヴェールで口元を隠した女性。口元が隠れているため顔は確認できないが、目は切れ長で美人である事が想像できる。手元の水晶を魔法で浮かび上がらせて、その周りで小さな水晶を回している様子はとてもミステリアスだった。

 

 

水晶の占い師

ATK100  DEF100

 

 

 『水晶の占い師』の効果でデッキから2枚のカードを捲る。捲られたのは『闇の誘惑』と『魔法都市エンディミオン』。『魔法都市エンディミオン』は既に発動しているため、ここで手札に加えるカードは決まっていた。

 

「俺は『闇の誘惑』を手札に加える」

 

 普段ならここで直ぐに『闇の誘惑』を発動するところだが、今回は手順が少し違う。

 

「『死者蘇生』を発動。墓地から『王立魔法図書館』を特殊召喚する」

 

 墓地から再び現れる『王立魔法図書館』。魔法の発動で2つ目の四方の塔の屋根が浮かび上がる。さらにこれで『マジカル・コンダクター』に必要な魔力カウンターも十分に溜まった。

 

 

王立魔法図書館

ATK0  DEF2000

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 2→3

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター 2→4

 

 

「『闇の誘惑』を発動。デッキからカードを2枚ドローし、その後手札から闇属性モンスターを1体除外する」

 

 『闇の誘惑』の発動により魔法都市の四方の3つ目の塔の屋根も浮遊し始め、『マジカル・コンダクター』の周りには6つの魔力球が回り始める。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 3→4

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター 4→6

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 0→1

 

 

 『闇の誘惑』によって入れ替わった手札を確認する。だが依然として『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を破壊できるカードは無い。

 

「俺が除外するのは『見習い魔術師』。そして『テラ・フォーミング』を発動。デッキから『魔法都市エンディミオン』を手札に加える」

 

 先程『闇の誘惑』の効果でドローした『テラ・フォーミング』を使いデッキの圧縮を図る。これでデッキ『魔法都市エンディミオン』の枚数は0枚。つまり既に残りの2枚は手札に加わっているのだが、今の魔法都市にはもう十分魔力カウンターが溜まっているためもう手札で腐っている。この場合はピンチなときに引かなかったと喜ぶべきなのか、手札の2枚を占める『魔法都市エンディミオン』を見ながらそんな事を思う。

 

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 4→5

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター 6→8

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 1→2

 

 

 すべての塔の屋根が先程の魔力カウンターが溜まった事により浮遊をし始めたため、新たに出現した魔力球は中央の塔を中心にして上空で回り始める。

 

「『魔法都市エンディミオン』から魔力カウンターを3つ取り除き、『王立魔法図書館』の効果を発動。カードを1枚ドローする」

 

 四方の塔のうちの3つの塔の屋根を浮かす魔力球がデュエルディスクに吸収される。できれば『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を打ち倒すカードを引き込みたいところだが、やはりなかなかうまく都合のいいカードは引けない。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 5→2

 

 

 だけどこのターン手札を増やす方法はまだ残されている。

 

「装備魔法『ワンダー・ワンド』を『水晶の占い師』に装備。このカードを装備したモンスターの攻撃力は500ポイントアップする」

 

 何も持っていなかった『水晶の占い師』の手元に出現した短い杖。緑色の宝玉が先端に付けられたの付け根の人面は不気味に笑っている。

 

 

水晶の占い師

ATK100→600

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 2→3

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 2→3

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター 8→10

 

 

 これで『王立魔法図書館』の効果と『ワンダー・ワンド』の効果を使えば手札を3枚増やせる。

 

「『王立魔法図書館』の効果で自身の魔力カウンターを3つ取り除き、カードを1枚ドローする」

 

 図書館の中を浮遊していた魔力球がデュエルディスクに取り込まれさらにドローする。だが、それも『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を突破するための鍵となるカードではない。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 3→0

 

 

「『ワンダー・ワンド』のもう一つの効果を発動。このカードとこのカードを装備したモンスターを墓地に送る事で、カードを2枚ドローする」

 

 『ワンダー・ワンド』と共に墓地に沈んでいく『水晶の占い師』。このターンでできる最後のドローに思いを託し、カードを2枚引き抜く。

 

「………くっ」

 

 違う。

 ターン開始時よりもカードを増やし9枚まで手札を補充したが、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を倒すためのカードは引けなかった。だがそろそろこちらから仕掛けないと防戦一方になる。

 

「『王立魔法図書館』をリリースし『ブリザード・プリンセス』をアドバンス召喚」

 

 『王立魔法図書館』が光となって消え、そこに新たに現れたのは王冠を被った水色の髪の女性。白と水色をベースにした清潔感のあるロングドレスを着こなし、髪にはクリスタルの装飾がなされている姿からは一国の姫の品格を感じる。手に持った身の丈程の杖には先に鎖が繋がれており、その鎖の先には『ブリザード・プリンセス』の身長の半分以上の直径の巨大な氷球が付けられていた。

 

 

ブリザード・プリンセス

ATK2800  DEF2100

 

 

「このカードは魔法使い族モンスターを1体リリースして召喚することができる最上級モンスター。そしてこのカードを召喚に成功したターン、相手はマジック、トラップカードを発動できない」

「何っ!?」

 

 『ブリザード・プリンセス』がその杖の末端を地面に叩き付けると、ジャック・アトラスのセットしたカード3枚が同時に凍り付く。これで何を伏せたのかは知らないが、もうこのターン発動する事はできなくなった。後は好きに展開できる。

 『マジカル・コンダクター』に乗った魔力カウンターは10。手札には『氷の女王』も加わっているがここは……

 

「『マジカル・コンダクター』の効果発動。自身に乗った魔力カウンターを4つ取り除き、手札から『サイレント・マジシャンLV4』を特殊召喚する」

 

 『マジカル・コンダクター』の周りに浮遊する4つの魔力球が術のために取り込まれ、再び召喚の呪文を唱え始める。前のターンよりも2つ魔力カウンターを多く使ったせいなのか、その魔方陣のサイズは一回り程大きくなっていた。そしてその中から現れるこのデッキの主力のサイレント・マジシャン。光の反射の具合によってはうっすらとピンクがかっているようにも見える髪を揺らしながら、ゆっくりとその目を開け相手を見据える。相手の場には強力な『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が立ちはだかっているが、その様子は落ち着いたものだった。

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター 10→6

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK1000  DEF1000

 

 

 『サイレント・マジシャンLV4』は次のターンで召喚すると言う手もあったし、『氷の女王』は最上級モンスターなので『マジカル・コンダクター』がいなければ手札で腐ってしまう。だがあの『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を倒すためにはここでサイレント・マジシャンを出さなければいけない。そんな気がしたのだ。

 

「ほう、それが貴様のエースモンスターか」

「あぁ」

 

 俺のエースの登場を楽しむかのように笑みを浮かべるジャック・アトラス。その余裕は自分のエースである『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に対する絶対的な信頼によるものなのか。

 

 

「『魔力掌握』を発動。『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターを1つ乗せる。そして『サイレント・マジシャンLV4』は自身に乗った魔力カウンター1つにつき500ポイント攻撃力を上昇させる」

 

 『魔力掌握』によって『サイレント・マジシャンLV4』を成長させる。願わくばこの効果で『魔力掌握』を手札に加えたいところだが、これが最後なのでそうはいかない。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 0→1

ATK1000→1500

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 3→4

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター 4→6

 

 

「『漆黒のパワーストーン』の効果で魔力カウンターを『サイレント・マジシャンLV4』に移す」

 

 黒球の中の光り輝く黄金板でできた逆三角形の頂点から飛び出した魔力球がサイレント・マジシャンに取り込まれる。魔力カウンターが増えた事でその姿を変化させ、第二次性徴に入った頃ぐらいの体にまで成長する。

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 2→1

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 1→2

ATK1500→2000

 

 

 このターンでできる事はこれでやり尽した。『ワンダー・ワンド』を『ブリザード・プリンセス』に装備できれば、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を突破できたのだが……『ワンダー・ワンド』の効果で『ブリザード・プリンセス』をドローしたのでそれは叶わなかった。

 

「バトル。『ブリザード・プリンセス』で『ランサー・デーモン』を攻撃」

 

 『ブリザード・プリンセス』は飛び上がると振りかぶったその杖を勢い良く振り下ろす。その動きに合わせて鎖で杖につながれた巨大な氷球が『ランサー・デーモン』の真上に落ちる。その氷球は落下しながらもその大きさを膨らましていく。

 

 

ジャックLP4000→2800

 

 

 まずは先制のダメージを与える事ができた。だが手札の枚数も優位に立てているのに全く余裕を感じられない。所詮いくらライフを削ろうともライフを0にしなければデュエルに勝つ事はできないのだ。相手は現キングであるジャック・アトラス、そのライフを0にするまでは油断などできるはずも無い。

 

「『マジカル・コンダクター』を守備表示に変更し、ターンエンドだ」

「このターンで我がレッド・デーモンズを倒せなかった事を後悔するが良い! 俺のターン、ドロー!」

 

 確かにその事は悔やまれる。3枚ものセットカードを『ブリザード・プリンセス』の効果で封じ込めていたあのターン。恐らく『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を打ち取る最大の好機だったろう。だが過ぎてしまった以上は今ある手を尽くすしか無い。

 

「相手プレイヤーがドローしたとき、『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターが1つ乗る」

 

 魔力球を吸収したサイレント・マジシャンの姿は普段の精霊状態程にまで成長を遂げた。まだ発達の見込みを感じさせる若々しい姿。しかしその状態では『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に立ち向かうには心許ない。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 2→3

ATK2000→2500

 

 

 このターン、恐らく『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃の矛先はサイレント・マジシャンに向けられる。あの3枚のセットカードが未だに何かは分からない上、このターンまだ何を仕掛けてくるかも読めない状態。はたしてこの1枚のセットカードで凌ぎきれるかどうか……

 

「『終末の騎士』を召喚。このカードは召喚成功時、デッキから闇属性モンスター1体を墓地に送る事ができる。この効果で俺は再び『トリック・デーモン』を墓地に送る」

 

 風で黒い長髪を揺らしながら歩いてきたのは錆び付きくすんだ色をした鎧の騎士。ボロボロになった紅色のスカーフを首に巻き、無言で手のサーベルを振るう。

 

 

終末の騎士

ATK1400  DEF1200

 

 

 おもむろにそのサーベルを地面に突き刺すと墓地へと続く黒い穴が生じ、そこに『トリック・デーモン』が沈んでいく。

 

「墓地に送られた『トリック・デーモン』の効果で、俺は『マッド・デーモン』を手札に加える」

 

 『マッド・デーモン』は貫通効果持ちの高打点下級モンスター。確かにそのモンスターなら『マジカル・コンダクター』の守備を突破できるが、召喚権を『終末の騎士』に使った今、そのカードを出す事はできない。このタイミングで『マッド・デーモン』を手札に加える真意が読めないのだ。このまま何も無ければ『終末の騎士』の打点で突破できるモンスターはいない現状を見るに、次のターンまで『マジカル・コンダクター』を残せるかも知れない、そんな事を思っていた時だった。

 

「っ?!」

 

 突如そいつは現れた。こちらのフィールド上で確かに存在していた『漆黒のパワーストーン』、それを丸呑みにしながら。

 

「『トラップ・イーター』は相手の場の表側表示で存在するトラップカード1枚を墓地に送った場合のみ特殊召喚できるモンスター。貴様の『漆黒のパワーストーン』は良いエサにさせてもらったぞ」

 

 巨大な口を開けた紫色の顔。そいつを端的に表すとその表現が一番しっくりくる。顔面の割合の半分は口に割かれている顔だけの悪魔は、口の中に収まった『漆黒のパワーストーン』をバリバリと噛み砕いてみせる。

 

 

トラップ・イーター

ATK1900  DEF1600

 

 

 まさかこちらのトラップカードを逆手に取ってモンスターを展開してくるとは。これは完全に予想を裏切られた。しかも『トラップ・イーター』はチューナーモンスター。『終末の騎士』とシンクロする事ができる。だけどジャック・アトラスのレベル8のシンクロモンスターは『レッド・デーモンズ・ドラゴン』以外は知らない。いったい何が来るんだ……?

 

「光栄に思うが良い。このモンスターを召喚してみせるのはお前が初めてだ! レベル4『終末の騎士』にレベル4『トラップ・イーター』をチューニング!」

 

 『トラップ・イーター』の姿が光りながら解け4つの緑色の光輪へと変化する。その並んだ輪の中に飛び込む『終末の騎士』。『終末の騎士』の中からは光り輝く4つの玉が解き放たれ一直線に並ぶ。

 

「大いなる風に導かれた翼を見よ!」

 

 光輪の中に光が奔る。その光はそこから解き放たれようとするモンスターの気高さを感じさせる美しいものだった。

 

「シンクロ召喚! 響け、『スターダスト・ドラゴン』!」

 

 光を解いた白銀の翼。大きく広げられたその翼の羽ばたきにより光の粒が舞う。その輝きは星の光さながらのものだった。その姿は『レッド・デーモンズ・ドラゴン』とは対照的で澄み切った水面のようなマリンブルーと汚れ無き光を思わせるホワイトのカラーリングの体の竜。無駄の無い細身の体つきだが、その姿からか弱いなどと言う印象は感じられず、むしろ底知れぬ力が伝わってくる。

 

 

スターダスト・ドラゴン

ATK2500  DEF2000

 

 

 まさか『レッド・デーモンズ・ドラゴン』以外にこんなエースを隠し持っているとは……並び立つ『レッド・デーモンズ・ドラゴン』と『スターダスト・ドラゴン』の光景はただただ圧倒的だった。

 

「これが『スターダスト・ドラゴン』。今宵限りの特別ゲストだ!」

「まさかそんなエースを持っているとは思わなかったな」

「観る者を魅了する、それはチャレンジャーも同じ。そう、キングのデュエルは、エンターテインメントでなければならない! 行くぞ! バトル! 『スターダスト・ドラゴン』で『マジカル・コンダクター』を攻撃!」

 

 『スターダスト・ドラゴン』の口に光が収束する。そして放たれたブレスには輝く星の粒子が数多に含まれており、勢いに乗ったそれらが『マジカル・コンダクター』に殺到する。守備力1400の『マジカル・コンダクター』ではその攻撃を受けきれるはずもなく、跡形も無く消し飛ばされてしまった。だが……

 

「魔力カウンターが乗ったカードが破壊された場合、破壊されたカードに乗っていた魔力カウンターと同じ数の魔力カウンターを『魔法都市エンディミオン』に乗せる。『マジカル・コンダクター』には魔力カウンターが8つ乗っていた。よって『魔法都市エンディミオン』に魔力カウンターが8つ乗る」

 

 『マジカル・コンダクター』が残した8つの魔力カウンター。1つは最後の塔の屋根を浮かび上がらせ、残りは魔法都市の上空に散らばると中央の塔を中心に回り始める。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 4→12

 

 

 残る攻撃は『レッド・デーモンズ・ドラゴン』のみ。ここでサイレント・マジシャンを守りきれるかがこのデュエルを大きく左右することになる。もっとも最悪の場合でも『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃は一回のみ。このターン残った方で次のターン『スターダスト・ドラゴン』は突破できるはず。

 

「ふん、大方このターンの攻撃で生き残った方で次のターン、我が『レッド・デーモンズ・ドラゴン』には及ばないがせめて『スターダスト・ドラゴン』を倒そうと言う魂胆だろうが……キングのデュエルは常にその先を行く!! トラップカード発動! 『破壊神の系譜』!」

「なっ! そのカードは……」

「このカードは相手の守備表示モンスターを破壊したターン、自分の場のレベル8以上のモンスター1体を選択して発動するカード。選択されたモンスターは1度のバトルフェイズ中2度攻撃が可能となる。俺が選択するのは当然、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』!!」

 

 『破壊神の系譜』により力を得た『レッド・デーモンズ・ドラゴン』は力強い雄叫びを上げると、その力を誇示するかのように周りに炎を溢れさせる。

 

「っ!!」

 

 そのときようやく妙に引っかかっていたジャック・アトラスの前のターンの言葉の意味を理解した。

 

首の皮一枚で繋がったようだな(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 あのとき『スーパージュニア対決!』であの攻撃を止めていなかったら、貫通能力の得た『レッド・デーモンズ・ドラゴン』によって『見習い魔術師』を破壊され2200のダメージ、さらにこの『破壊神の系譜』によってもう一度攻撃が可能となった『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の2度目の攻撃で『マジカル・コンダクター』を破壊され1300ダメージ、『ランサー・デーモン』のダイレクトアタックで1600ダメージの合計5100ダメージを受けワンターンキルをされるところだったのだ。

 

 ゾクリッ

 

 一瞬、悪寒が奔る。

 

「覚悟は良いか! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』で『サイレント・マジシャンLV4』に攻撃! アブソリュート・パワーフォース!!」

 

 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の右腕に集まる紅蓮の炎。その右腕を振りかぶり勢い良くサイレント・マジシャンの元へ迫る。そしてその腕がサイレント・マジシャンの眼前に振り下ろされる時。

 

「トラップカード発動。『ガガガシールド』。このカードは発動後、装備カードとなり自分の場の魔法使い族モンスターに装備する。そして装備モンスターは1ターンに2度まで戦闘およびカードの効果では破壊されなくなる」

 

 サイレント・マジシャンと『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の間に大きな盾が出現する。中央に赤文字で“我”と言う文字が書かれている金縁の青い盾は、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の一撃を受け止めた。

 

「くっ、なんとか凌いだか。だが戦闘ダメージは受けてもらうぞ!!」

 

 だがその勢いを完全に殺す事はできず、衝撃の余波がビリビリとこちらに伝わってくる。もっとも『ガガガシールド』を無効にする類いのカードが無かっただけマシだが。

 

 

八代LP4000→3500

 

 

「そして『破壊神の系譜』の効果により『レッド・デーモンズ・ドラゴン』はもう一度の攻撃を残している! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』よ、『ブリザード・プリンセス』を打ち砕けぇ!!」

 

 サイレント・マジシャンを破壊できなかったことを怒るように力強い咆哮をあげると、再びその右腕に炎を宿し『ブリザード・プリンセス』に迫る。セットカードも無い今、その攻撃を防ぐ術は残されていなかった。勢い良く振り下ろされた炎を纏った右腕は、容赦無く『ブリザード・プリンセス』の氷を溶かし尽くし吹き飛ばした。そして短い悲鳴と共に『ブリザード・プリンセス』はフィールドを離れた。

 

 

八代LP3500→3300

 

 

「これでターンエンドだ!」

「…………ふふっ……」

『————っ!』

 

 思わず笑いが漏れてしまった。

 一瞬の判断ミスが命取りになる緊張感のあるデュエル。飛び出してくるカードは『トラップ・イーター』、『破壊神の系譜』など予想もつかないカードばかり。それらを使いこなすジャック・アトラスとのこのデュエル、それは予想通り、いや予想以上に体を昂らせ心臓に早鐘を刻ませる。

 立ちはだかる紅蓮の炎を操る悪魔の竜と星の煌めきを放つ白銀の翼の竜、それらと相対するは数々のデュエルを共にしてきた白魔導師。

 

「はわわわわわっ! なんだかよくわからないけどすごいデュエル! しかもジャックの対戦相手はよくわからない学生っぽい子! これは絶対見逃せない、もんんの凄いスクープなんだからっ!」

 

 スタジアムの片隅でこっそりとその光景を覗く視線に晒されながら、夜中のデュエルはより一層苛烈を極めるのだった。



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『デュエル屋』とキング 後編

 事の発端は一本の電話だった。

 それは治安維持局勤めでの書類との格闘を終え、翌日のアトラス様のスケジュールを確認している最中、廊下でバッタリ上司であるイェーガー室長と出くわしてしまったときのことであった。

 いじらしい笑みを浮かべたイェーガー室長との会話が始まって間もなく携帯が鳴った。内心では苦手な上司との会話を避けることができると思い心を躍らせながらも、電話に出る許可を頂いてから通話を開始した。

 その電話の相手は治安維持局のコールセンター窓口からだった。コールセンター窓口からかかってくることなど身に覚えも無く、不振に思いながら電話に出ると、なんでもその相手はデュエルスタジアムの警備員からの電話を受けたらしい。

 その内容を要約すると“スタジアムでキングと見知らぬ学生らしき人間がデュエルをしているのだが、スタジアムの使用申請がされていない。そういうことは事前に申請をしてからやってくれ”とのクレームがきたとのことだ。このクレームの対応は無事済ませたのだが、はたしてキングは今日スタジアムでデュエルをするスケジュールがあったのか、それを秘書の私に確認するために電話を繋いだらしい。

どうかと問われれば答えはNOなのだが、ここでNOと答えてコールセンターから再びスタジアムの警備員に繋いで、デュエルを中止させるよう依頼すると言うのも今更だ。そんなことをすれば治安維持局の信用問題にも関わる。それに堂々とスタジアムでデュエルをすると言う選択は、恐れる事を知らない彼の判断なのだろう。ともなれば、その相手はアトラス様自らがデュエルをする事を望んだ相手と言う事になる。そんなデュエルを中断させられたら、アトラス様の機嫌が損なわれる事は容易に想像できる。そう判断した私は“スタジアムの申請をし忘れてしまったのかも知れない”と適当にごまかしながら電話を切った。

 とは言え、キングであるアトラス様のフリーなデュエルがそう簡単に許される事であるはずもない。私の一存でこのデュエルを許可することはできない以上、ゴドウィン長官への報告が必要だろう。

 私の電話する様子を見ていたイェーガー室長は概ねの事態を把握していたようで、二言三言のやり取りを済ませると先にモニタールームに向かっていく。その後、急いで長官室に向かい長官への報告をすると、その内容には長官も珍しく驚いた様子を見せた。そう言った経緯で、今私はゴドウィン長官と一緒にモニタールームへ向かっている。

 

「長官」

「…………」

 

 呼びかけに足を止めるゴドウィン長官。長官室でのやり取りでは、アトラス様がスタジアムで学生と思わしき一般人とデュエルしていると言うことの報告しか出来ていなかった。そのために伝えていない事がある。

 

「報告が遅くなってしまい、申し訳ありません」

「…………」

 

 それは謝罪。今日はアトラス様の休日で秘書としての仕事は無かったとは言え、こんな事態になってしまった事に対する責任が全くないとは言えない。仮にも秘書として近い場所にいる以上、業務内容には無いがアトラス様の行動の先読みも求められるのだ。深々と頭を下げていると、顔を上げるように声がかかる。

 

「今回の件は不測の事態でした。今日はキングの貴重な休日。そのスケジュールの管理までされる事を、彼は良しとしなかったでしょう。報告の遅れも仕方がありません。むしろ今回のような場合にも関わらず報告が挙がったことだけでも僥倖と言えます。それに幸いにも相手はただの一般人。スキャンダルとして取り上げられたとしても、彼のキングとしての経歴が危ぶまれる事は無いでしょう」

「…………」

 

 “キングとしての経歴が危ぶまれる事は無い”と言うのは、アトラス様が勝つ事が前提の事。もちろん相手が誰であろうとも、アトラス様が負けるなどとは毛頭思っていない。

 ただ、気がかりなのはその学生だった。アトラス様が特別興味を持った様子の学生の心当たりなど、一人しか思い当たらない。自分が引き取った同居人の青年の顔が頭に浮かぶ。

 

 まさか…………ね……

 

 相手が学生らしき人と言う事であって、学生だと決まった訳ではない。それに万が一相手が八代君だったとしても……と、ここまで考えて思考が停止する。

 

 相手が八代君だったらどうなるのだろう?

 

 確かに八代君はアトラス様を除く私の身近にいるデュエリストの中では一番強い。セキュリティの中の凄腕とされる牛尾君にも毎回勝っているし、デュエルアカデミア内でも負け無しらしい。この前自分も戦ってみたが、やっぱり全然敵わなかった。

 アトラス様が負ける未来は見えない。ただ、八代君が相手なら八代君があっさり敗北する未来もまた同じく見えなかった。

 

「どうかしましたか?」

「あっ、いえ。なんでもありません」

 

 ずっと俯いていた事を不審に思われたらしい。つい考え事に耽ってしまった。アトラス様が誰と戦っているかはこの扉を潜れば分かる事。

 ただ、この時なぜだかこの扉を潜りたくない。そんなことを思った。

 自動ドアが開くと中には既にイェーガー室長がいた。ちょうど携帯での連絡を終えたところのようだ。入ってきたゴドウィン長官に気が付くと恭しく頭を下げる。

 

「お待ちしておりました、長官。既にスタジアムの警備員には箝口令を敷き、その場の権限は治安維持局に移譲させました。スタジアムの出入り口もすべて監視中なので、万が一スタジアム内に鼠が紛れ込んでいたとしても、今回の件の情報が漏洩する恐れは無いでしょう」

「流石ですね、イェーガー室長」

「恐縮でございます。イッヒッヒッ」

 

 タイミングを見計らったかのように設置された巨大モニターにスタジアム内の映像が流れる。そしてその両脇に2つずつ小さな空中ディスプレイが展開され、別の角度から対峙する2人のデュエリストが映し出された。

 

「…………」

「おやおや、これはまぁ」

 

 様子を見るにもう既にデュエルは始まっているようだった。アトラス様の場に並ぶ2体の竜。一つは彼の代名詞とも言える絶対的力を持つ『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。もう一つは見た事の無い竜だった。白くしなやかな体つきをした美しい竜。一見細身で儚いように見える姿だが、その内からは力強さを感じさせる。そんな2体の竜を従えるアトラス様を見せられ、改めてその実力に驚かされる。だが、それ以上に驚くべき事があった。

 

「八代君っ?!」

 

 2体の竜と正面から向き合っているのは、エースカードであるサイレント・マジシャンを場に出しているデュエリスト。それは見紛う事も無い、同居している青年であった。

 

「ほう、ジャックの相手を知っているのですか?」

「あぁそう言えば。もうすぐで1年にもなりますか。あなたが保護責任者になってから。彼が……その彼なんですね?」

「…………はい」

 

 頭の中で否定していた。まさかそんな事がある訳が無いと。だが現実を見てみれば、まるでそこにいるのが当たり前と言うようにアトラス様と対峙する八代君の姿があった。

 

「ふむ。彼もそれなりのようですが……ヒッヒッヒッ! やはりキングに及ばないようですね。彼が倒れるのも、最早時間の問題」

「…………」

「…………」

 

アトラス様の優勢と断じるイェーガー室長と無言のゴドウィン長官。確かにフィールドを見れば2体の竜を場に出しているアトラス様の方が優勢だ。だけど……

 

“手札が増えれば反撃の可能性も増やせる”

 

八代君に言われた言葉が思い出される。手札の枚数を見ればアトラス様は1枚なのに対し、八代君は6枚。これはつまり八代君はまだ反撃の手を残していると言う事になる。このデュエルが早々に決着がつくとは到底思えなかった。

 

『これでターンエンドだ!』

『…………ふふっ……』

「————っ!」

 

 モニター越しに聞こえる彼らの声。その時、確かに見えた。うっすらだが八代君が初めて笑うところを。その表情の変化はとても小さなものだったが、なんだかとても楽しそうだった。

 

「中断させますか?」

「いえ、もう少し見守りましょう」

 

 イェーガー室長のこのデュエルを中断させる提案を切って、真剣な眼差しでモニターを見つめるゴドウィン長官。長官の目にはこのデュエルがどのように映るのか、それを推し量る事は出来なかった。

 

 

 

————————

——————

————

 

八代LP3300

手札:6枚

場:『サイレント・マジシャンLV4』(『ガガガシールド』装備)

フィールド:『魔法都市エンディミオン』

セット:無し

 

 

 

ジャック・アトラスLP2800

手札:1枚

場:『レッド・デーモンズ・ドラゴン』、『スターダスト・ドラゴン』

セット:魔法・罠2枚

 

 

 

「俺のターン、ドロー」

 

 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に加え『スターダスト・ドラゴン』を並べられ、さらにカードを2枚セットされたこの状況は辛いものがある。だがここを突破できれば、今ジャック・アトラスの手札は『マッド・デーモン』1枚。勝利の流れは一気にこちらに来るはず。『漆黒のパワーストーン』を処理されてしまったが、サイレント・マジシャンに魔力カウンターを乗せる手は残っている。このターンで攻勢に打って出る。

 

「『黒魔力の精製者』を召喚」

 

 『ガガガシールド』を構えたサイレント・マジシャンの側に現れたのは、分厚い魔術の本を片手に抱えた魔術師。着ているのはシャープな形状の金と群青に染まった魔導服だが、帽子は他の魔法使い族モンスターのような尖り帽ではなく、天辺が平らな兜のような形状の帽子だった。口元は白い布で隠れており顔は見えないため、どのような表情をしているかは全く読めない。

 

 

黒魔力の精製者

ATK1200  DEF1800

 

 

「このカードは1ターンに1度、表側攻撃表示のこのカードを表側守備表示に変更し、自分の場の魔力カウンターを置くことができるカードに魔力カウンターを1つ置くことができる。『黒魔力の精製者』を守備表示に変更し、『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターを1つ乗せる」

 

 『黒魔力の精製者』の掌に魔力が集中していき、1つの光の小球が精製される。その光球はサイレント・マジシャンに向かって飛んでいき、体の中に取り込まれていく。吸収した魔力によって体を更に成長させたサイレント・マジシャンはまだ顔に幼さは残すものの、より大人の女性の体つきに近づいていった。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 3→4

ATK2500→3000

 

 

 セットカードは残り2枚。ここで一番注意すべきはあのカードが攻撃反応型の罠の可能性が残っていると言う事。モンスターを破壊する類いのカードだったら『ガガガシールド』の効力を受けているサイレント・マジシャンを守る事はできる。だが、攻撃反応型の除外する効果を持つカード『次元幽閉』だった場合は守る事はできない。しかしセットカードを恐れて攻めに転じるタイミングを逃せば勝機は訪れない。

 

『…………』

 

 サイレント・マジシャンを見れば俺の意思に応えるように頷いてみせる。どうやらサイレント・マジシャンも覚悟はできているようだ。

 

「バトル。『サイレント・マジシャンLV4』で『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を攻撃!」

 

 サイレント・マジシャンの杖に込められた魔力が一気に膨張する。その瞳に映るのは相対する強敵、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』のみ。その相手を倒すためだけに集中された魔力を解き放つべくサイレント・マジシャンがその杖を振りかぶる。そのサイレント・マジシャンを迎え撃つため『レッド・デーモンズ・ドラゴン』はその右腕に炎を纏い始める。その様子を眺めるジャック・アトラスは余裕の笑みを浮かべたままだった。

 

「なるほどな。『ガガガシールド』を装備した『サイレント・マジシャンLV4』は1ターンに2度まであらゆる破壊をされない事を利用し、レッド・デーモンズだけを倒そうと言う訳か。だが! そんな小手先の手で我がレッド・デーモンズを倒せはせん! ダメージステップ時、永続トラップ『闇の呪縛』を発動! このカードは相手の場の表側表示のモンンスターを選択し、そのモンスターの攻撃力を700ポイントダウンさせる」

「……!」

 

露わになったセットカード。そこから飛び出したのは何本もの鎖。

 

『うっ……!』

 

噴射された鎖はサイレント・マジシャンの四肢に巻き付きその体を縛り上げる。攻撃のモーションに入っている最中の出来事。振り下ろされるはずだった杖は途中で止まり、結果そこに蓄えられていた魔力は中途半端な状態で発射される。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK3000→2300

 

 

 しかしそんな半端な状態での攻撃が通じるはずも無かった。サイレント・マジシャンの攻撃はあっさりと『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の前に弾き飛ばされる。

 

「レッド・デーモンズに刃を向けた事を後悔するが良い!! 反撃のアブソリュート・パワーフォース!!」

『……っ!!』

 

 ギラリと『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の瞳が光った。炎に包まれたその右腕がサイレント・マジシャンに迫る。咄嗟にガードしようと前に突き出した『ガガガシールド』がその攻撃を受け止めた。

 

『きゃぁぁああ!!』

 

 予想外の衝撃に悲鳴を上げ弾き飛ばされるサイレント・マジシャン。その攻撃の余波が俺のライフを削り取る。

 

 

八代LP3300→2600

 

 

「『闇の呪縛』の対象となったモンスターは攻撃も表示形式の変更もできない。攻撃の手を失った貴様に、最早このバトルフェイズは続行できまい」

 

 鎖を解こうと藻掻くサイレント・マジシャンを見て、ジャック・アトラスがそう告げる。まさにその攻撃は予想通りだったと言わんばかりの表情だ。

 

『うぅ……』

 

 鎖にしばられ自由が利かず苦しそうなサイレント・マジシャン。その様子を見た途端、不意に心がざわついた。

 

「まだだ!」

「何?」

 

 声を張り上げたのは無意識。なぜこんな気持ちになるのかなんてことはどうでも良い。今はただあの『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を倒す事だけが頭を支配していた。怪訝そうな顔のジャック・アトラスを他所に、俺は更なる手札のカードを切った。

 

「速攻魔法、『ディメンション・マジック』発動。自分の場の魔法使い族モンスター1体をリリースし、手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する。俺は場の『黒魔力の精製者』をリリース」

 

 黒い煙が立ち籠めると共にその中から出てきたのは人型の棺だった。それは巨大マジックの大脱出ショーで使われるセットような鉄パイプの立方体の中に鎖でつながれている。その棺は開き『黒魔力の精製者』がその中に入ると、再びその扉が閉められる。

 

「っ!! 永続トラップ、『ディメンジョン・スイッチ』発動! 自分の場のモンスター1体を選択してゲームから除外する。この効果で『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を除外!」

「くっ……逃がしたか……俺は手札から『氷の女王』を特殊召喚」

 

 空間に亀裂が走り異次元に繋がるゲートが開かれる。そしてその中に消えていく『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。そして直後に棺が再び開かれた。そこから姿を現したのはその中に入った『黒魔力の精製者』では無く、透き通るような白い肌の女性。水色の髪も肌と同じ色の白いドレスもよく見ると氷で作られていた。氷で出来たロッドが地面に触れると、途端にそこから氷が広がっていく。

 

 

氷の女王

ATK2900  DEF2100

 

 

「その後、フィールド上のモンスターを1体破壊できる。俺が破壊するのは『スターダスト・ドラゴン』」

 

 『氷の女王』はそのロッドを『スターダスト・ドラゴン』に向けると青白い光線が放たれた。その光線が直撃した『スターダスト・ドラゴン』の体は隅々まで凍り付き氷の彫像となる。ロッドを地面に付けるとその氷の彫像は木っ端微塵に砕け散った。

 『スターダスト・ドラゴン』はあらゆる破壊効果を無効化する効果を持っている。だが『ディメンションマジック』の効果のモンスターを破壊する効果は効果解決時に選択するものであって、発動時は手札の魔法使い族を特殊召喚する効果扱いとなっている。そのため『スターダスト・ドラゴン』ではそれを無効にする事は出来ない。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 12→13

 

 

「これで壁モンスターは居なくなった。『氷の女王』でダイレクトアタック!」

「キングのデュエルは常に相手の先を行く! 『ディメンジョン・スイッチ』のもう一つの効果発動! このカードを墓地に送る事で、このカードの効果で除外したモンスターを特殊召喚する。舞い戻れ! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』!!」

 

 空間に亀裂が奔る。そしてその罅割れから獰猛な鉤爪が飛び出す。その空間をこじ開けるように入った亀裂を鉤爪は広げていき、中から『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が飛び出してきた。

 

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン

ATK3000  DEF2000

 

 

「くっ……これでターンエンドだ」

 

 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。正直なところ打点こそ高いものの耐性がある訳でもない。今まで対峙してきたモンスターと比べても特別強力な効果を持っていると言う事でもない。なのに、この6ターンの間、この『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を突破できずにいる。それは『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の力と言うよりも、ジャック・アトラスが『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の力を十二分に引き出した結果なのだろう。

 

「俺のターン、ドロー!」

「相手プレイヤーがドローした事で『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターが1つ乗る」

『うぅぅ……あぁぁ!!』

 

 魔力カウンターが増え、体が成長したサイレント・マジシャン。だが、その成長した体に巻き付いていた鎖が一層深く食い込み苦悶の声を蒸らす。特に胸元はキツく締め上げられる事になり、かなり息苦しそうだ。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 4→5

ATK2300→2800

 

 

 次のターンになれば、既に魔力カウンターが5つ乗っているサイレント・マジシャンをレベルアップさせ、『闇の呪縛』の鎖から解き放つ事が出来る。そのためにもこのターン、サイレント・マジシャンを守りきらなければ……

 

「マジックカード、『紅蓮魔竜の壺』を発動! このカードは自分の場に『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が居る時のみ発動する事ができるカード。デッキから2枚ドローする。ただし制約として、次の相手のターンのエンドフェイズ時までモンスターの召喚、特殊召喚はできなくなる」

 

 ジャック・アトラスの前に『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の顔が描かれた壺が現れる。その壺から出た光がジャック・アトラスのデュエルディスクに注ぎ込まれる。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 13→14

 

 

 これで相手の手札は『マッド・デーモン』と『紅蓮魔竜の壺』の効果でドローした2枚。まさかこのタイミングで手札の枚数を増やされるとは。

 

「『闇の誘惑』を発動! デッキから2枚ドローし、俺は手札から闇属性の『マッド・デーモン』を除外する」

 

 更にデッキからカードを2枚ドローし『マッド・デーモン』が除外される。これであの3枚の手札は完全に未知のものとなった。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 14→15

 

 

「ふははっ! どうやら運は俺に味方したようだ! さらに俺は2枚目の『紅蓮魔竜の壺』を発動! カードを2枚ドローする」

「なんだと!?」

 

 このターンに2回目となる『紅蓮魔竜の壺』の出現。それにより手札は4枚まで増加する。このターンの開始前は1枚だった手札が3枚も増加するとは、流石に驚きを隠せない。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 15→16

 

 

 だが『紅蓮魔竜の壺』にはデメリットである発動したプレイヤーは次のターンのエンドフェイズ時までモンスターを召喚、特殊召喚出来なくなる制約を負う。つまりこのターンこれ以上モンスターが出てくる事は無い。

 

「バトルだ! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』で『氷の女王』を攻撃!」

 

 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃が『氷の女王』を襲う。攻撃力の差は100と言えども、そこには絶対的な差が存在する。『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の炎を帯びた右腕と『氷の女王』の杖から放射される青白い光線は拮抗しているように見えるが徐々に押され始める。

 

「如何に氷を操る最上級魔術師が相手と言えども、我がレッド・デーモンズの業火を止める事など出来ん! やれぇ!!」

 

 ジャック・アトラスの声に応えるように咆哮をあげると、その拮抗は完全に崩れ右腕の炎は『氷の女王』を焼き尽くした。場に残ったのは『氷の女王』付けていた白銀のティアラのみ。

 

 

八代LP2600→2500

 

 

「『氷の女王』が破壊され墓地に送られたとき、墓地に魔法使い族モンスターが3体以上いる場合、墓地の魔法カードを1枚手札に加える事ができる。俺の墓地には既に魔法使い族モンスターが3体以上いるためこの効果は使用可能。俺が手札に加えるのは『死者蘇生』!」

 

 残されたティアラが輝きを放ち始める。その輝きを受けたデュエルディスクは墓地から『死者蘇生』のカードを戻した。

 

「……カードを4枚セットしてターンエンドだ」

 

 4枚の新たなセットカードか。随分と強固の布陣だ。こいつはサイレント・マジシャンの攻撃を簡単には通してくれなさそうだな。

 

「俺のターン、ドロー」

「このドローフェイズ、トラップ発動! 『デモンズ・チェーン』!」

「なっ!?」

「その様子だとこの効果は知っているようだな! 対象は当然『サイレント・マジシャンLV4』だ!」

 

 セットカードが捲られると、そこから緑色に錆び付いた鎖が噴射される。それはサイレント・マジシャンに巻き付くと、『闇の呪縛』の束縛に加えてさらに鎖に締め上げられる。

 

『うっ……くぅ……うぅぅ……』

 

 力の抜けるような声を漏らしながらサイレント・マジシャンの体は輝きを放つ。そしてその光は『デモンズ・チェーン』の鎖に伝播していく。

 

『は、はぅぅ! ふぅあっ! あ……んっ! あぁぁぁ!』

 

 やがてその声は喘ぎ声へと変わっていき、体もどんどん幼い『サイレント・マジシャンLV4』の姿へと戻っていく。まるで鎖に力を奪われていくかのように。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 5→0

ATK2800→300

 

 

 『デモンズ・チェーン』。それは対象のモンスターの効果を奪う悪魔の鎖。そしてその鎖に捕われた者の攻撃する力も奪っていく。『闇の呪縛』、『デモンズ・チェーン』の双方の鎖に捕われたサイレント・マジシャンは四肢を縛られて宙につり下げられた。その両目は閉じられ力なく眠っているようだ。

 

「くっ……」

 

 思わず噛み締める力が強くなる。一刻も早くサイレント・マジシャンを鎖の呪縛から解放しなければ、このままだと次のターンに『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃を受けてゲームエンドになってしまう。だが、幸いこの状況を打開できるカードを引けたのが救いか。

 

「『魔法都市エンディミオン』の魔力カウンターを6つ取り除き、俺は手札から『神聖魔導王エンディミオン』を特殊召喚する」

 

 中央の塔の周りを回る魔力球の中の6つがその軌道を変化させ、サイレント・マジシャンの横で円を描く。そしてその6つの光球は光の線で結ばれ、円の中に六芒星が描かれる。立ち籠める黒い煙。その中から現れたのはシャープな魔導服を着込んだ漆黒の魔術師。縁はグラスグリーンで彩られ、所々に薄紫の宝玉が埋め込まれている。身丈の半分程の大きさの金属輪が背中に付けられ、そこを通した紫のマントが時おり風で靡く。クワガタ顎のように二股に分かれた紫の帽子と、羽をモチーフにした目元を覆う仮面が一体となっていて、仮面から覗かせる瞳は妖しく光っていた。

 

 

神聖魔導王エンディミオン

ATK2700  DEF1700

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 16→10

 

 

 こいつのこの効果での特殊召喚時の魔法回収効果と、手札の魔法をコストに場のカードを破壊する効果があれば、この状況を一気にひっくり返す事が出来る。そしてたとえ破壊されようとも自身の効果での特殊召喚は墓地からでも可能。つまり魔法都市にはまだ10の魔力カウンターが残っている今なら、破壊されても直ぐに蘇生する事が出来る。しかし『神聖魔導王エンディミオン』を前にしてもなお、ジャック・アトラスは焦る様子は無い。

 

「この効果で特殊召喚に成功したとき、墓地から魔法カード1枚を手札に加える事ができる。俺は墓地の『闇の誘惑』を回収する」

 

 紫の宝玉を囲む鉤型に曲がった部分を先端にした長い杖。それを振るうと墓地へと続く漆黒の穴が開かれる。そこから周りを照らす光が現れ、杖の動きに合わせデュエルディスクに向かって飛んできた。光を吸収したデュエルディスクは墓地から『闇の誘惑』のカードを吐き出させる。

 

「トラップ発動! 『奈落の落とし穴』! 特殊召喚した『神聖魔導王エンディミオン』を除外する!」

「しまっ……!!」

 

 言い終わる前に異変は起きた。地鳴りと共に『神聖魔導王エンディミオン』の足下の空間が割れる。その先に続くのは異次元空間。そこに引きずり込まんとする引力は最上級魔術師の『神聖魔導王エンディミオン』ですら抵抗する事を許さない。そうして何事も無かったかのように閉じていく空間の後には何も残らなかった。

 

「頼みのエースの『サイレント・マジシャンLV4』は鎖に繋がれ、反撃の一手である『神聖魔導王エンディミオン』は除外された! さぁ、どうする!」

「……………………」

 

 残り3枚のセットカードによる妨害、完全に失念していた。別に警戒していたからと言って、それを避ける手段は無かった。ただ、あらゆる可能性を思考して動くいつものデュエルが出来ていない。

 

『ます……た………』

「――――っ!」

 

 今にも消えてしまいそうな力ないサイレント・マジシャンの声。体の自由を奪われ、四肢を軋み上げる2つの鎖の呪縛に捕われた痛々しい様子。

それを見るとどうしてこうも心がざわつくのだ?

 

「………確かにこの手札の中にこの場を逆転するカードは無い」

「ふん、ならばターンエンドでも……」

「だが! 逆転のカードが無いなら引き込むまでだ!! マジックカード『闇の誘惑』を発動!」

 

 まただ。声を張り上げるなんて、どうにもいつもの調子ではない。感情的になったところで引くカードは変わらないのだ。ただ、ここであのカードを引けなければ敗北が確定する。

 

 

 ドクンッ!

 

 

 心臓が激しく高鳴る。あの感覚だ。デッキに置いた指先にカードの感覚が伝わってくる。ここで唯一の逆転に繋がるただ1枚のカード、そいつをこの手中に引き込む。

 

「ドローッ!!」

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 10→11

 

 

「っ!! 俺は『闇の誘惑』の効果で『召喚僧サモンプリースト』を除外」

 

 『召喚僧サモンプリースト』のカードを除外しながら思う。多分、今俺は笑っているのだと。

 手札に来た只1枚の逆転のカード。引き込んだそれを迷わずデュエルディスクに挿入する。

 

「そして俺はマジックカード『レベルアップ!』を発動! この効果で『サイレント・マジシャンLV4』を墓地に送り、デッキから『サイレント・マジシャンLV8』を特殊召喚する」

『はっ!!』

 

 直後、力強く目を見開いたサイレント・マジシャンの体から爆発的な光が広がっていく。サイレント・マジシャンを縛っていた2つの鎖は、その衝撃で吹き飛ばされ跡形も無く消えていった。

 やがて閃光からその姿が露となる。先程まで力なく宙吊りにされていた少女だった姿はどこへやら、ゆらりと滑らかな髪を風に揺らしながら力強く大地に立つ女性がそこにはいた。“純白”、まさにその言葉が一番似合う白魔術師。完全に成長したこの姿からは幼さはすっかり抜け落ち、顔つき体つき共に大人の女性のものとなっている。ついにこのデッキのエースが真の姿を解放した。

 

 

サイレント・マジシャンLV8

ATK3500  DEF1000

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 11→12

 

 

 素の打点で『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を突破できる唯一のカード。サイレント・マジシャンは対峙する『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を倒すと言う意志を示すかのようにその杖を向ける。

 

「ほう、この土壇場でまだ抗う術を引き込むとは。そうでなくては面白くない!」

 

 完全な姿のサイレント・マジシャンを前にしても、ジャック・アトラスはこの状況を楽しむかのように笑みを浮かべていた。

 残りのセットカードは2枚。『レベルアップ!』の発動で『サイレント・マジシャンLV8』の特殊召喚には成功している事から、召喚反応の罠では無いようだ。攻撃反応型の可能性も残っているが、まだ返しの札も残っている。とは言え、それは除去カードに対するものであって、先程のように除外されてしまうと正直もうお手上げになってしまう。

 だが『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を打ち倒すこれと無い好機。ここで畳み掛ければゲームエンドまで持ち込める可能性も十分にある。いつだってそう、勝利と敗北は紙一重。勇気ある一歩が勝利を掴み取る時もあれば、その一歩が敗北の地雷を踏み抜いてしまう時もある。ただ、その一歩を踏み出す事をしなければ永遠に勝利を掴み取る事は出来ない。故にここは攻める!

 

「さらに『死者蘇生』を発動。墓地から『ブリザード・プリンセス』を特殊召喚する」

 

 サイレント・マジシャンの真横に現れた黒い穴。そこから生えてきたのはマンホールより二回り程太い氷柱。高さは2メートル程だろうか。卵が割れ新たな生命が誕生するかのように、砕け散った氷柱から姿を現したのは氷の姫。楽しそうに杖を振るうと、その杖に鎖でつながれた巨大な氷球がそれに合わせて舞い、重力に従い地面に落ちて辺りに地鳴りを響かせる。

 

 

ブリザード・プリンセス

ATK2800  DEF2100

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 12→13

 

 

 この2人の攻撃が通れば勝利が確定する。布陣は整った。この手が吉と出るか凶と出るか。立ちはだかる『レッド・デーモンズ・ドラゴン』、そしてそれを従えるジャック・アトラスを倒すべく攻撃の火蓋を切った。

 

「バトル。『サイレント・マジシャン』で『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に……」

「貴様の攻撃などレッド・デーモンズの咆哮で掻き消してくれる! トラップカード『威嚇する咆哮』発動! これにより貴様はこのターンバトルフェイズを行えない!」

 

 大地を揺るがす今日最大の咆哮。ビリビリと伝わってくる嘗て感じた事の無い強さの音の波。それだけで2人の魔術師の体の自由は奪われていた。

 

「ちっ……カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 仕留めきれなかったか。『サイレント・マジシャンLV8』と『ブリザード・プリンセス』が並んだ状況を目の当たりにしても、全く動じる様子もなかったことから何かあるとは践んでいたが、それが『威嚇する咆哮』とは……ここは場に2人の魔術師を残せた事を喜ぶべきなのか。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ジャック・アトラスの手札は今引いた1枚のみ。その手札から何を繰り出してくるかは未知数。こちらのセットカードでは2人を守る事は出来ない。固唾を呑んでそのカードの行方を見守る。

 

「バトル! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』で『ブリザード・プリンセス』を攻撃! アブソリュート・パワーフォース!」

 

 業火を纏った右腕が『ブリザード・プリンセス』を襲う。氷を操る最高の攻撃力を誇る『氷の女王』ですら受けきれなかった一撃を受け止められるはずも無く、氷は水に還りその姿は消滅した。『ブリザード・プリンセス』の防ぎきれなかった炎がライフを削っていく。

 

 

八代LP2500→2300

 

 

「せっかく蘇生したモンスターも我がレッド・デーモンズの前では無力だったようだな」

「だがその『レッド・デーモンズ・ドラゴン』でも、俺のサイレント・マジシャンには手も足も出ないようじゃないか」

『………!』

「ほう、言ってくれる。俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

 俺の受け答えにニヤリと笑ってみせるジャック・アトラス。やはりどうも調子が狂う。普段なら受け答えなどしなかっただろう。だがそれがこの胸の高鳴り、高揚感の正体である“楽しい”と言う感覚のせいなのか。

 あの1枚はセットカード。これで伏せは2枚。セットカード増えた事で再び召喚反応、攻撃反応などの警戒すべきカードの可能性が生まれた。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 くっ、やはり序盤でのドローターボで引きたいカードを引き過ぎたか……デッキを安定させるために複数枚積んでいたカードが手札で被って死に札となっている。そろそろ決着を付けないとデッキも保たないな。デュエルディスクに差し込まれた残り枚数が一桁になっているデッキが危機感を煽る。

 

「永続トラップ『リビングデッドの呼び声』を発動。墓地から『マジカル・コンダクター』を攻撃表示で特殊召喚する」

 

 墓地から呼び戻したのは『マジカル・コンダクター』。思えば先のターンの『死者蘇生』でこいつを特殊召喚する手があった事をすっかり失念していた。どうにも『サイレント・マジシャンLV8』の特殊召喚に成功したことで油断が生まれていたようだ。

 

 

マジカル・コンダクター

ATK1700  DEF1400

 

 

 ここでも召喚反応のカードが発動する兆しは見られない。これはもう召喚反応の罠が仕掛けられていないと見ても良さそうだ。

 

「『魔法都市エンディミオン』の魔力カウンターを使って『マジカル・コンダクター』の効果発動。8つの魔力カウンターを使って墓地から『ブリザード・プリンセス』を特殊召喚する」

 

 中央の塔の周りを回るすべての魔力球が『マジカル・コンダクター』の元に集まっていく。8つの魔力球を吸収した『マジカル・コンダクター』は今日描く最大級の魔方陣を作り上げる。その中央から現れた氷柱から再び『ブリザード・プリンセス』がその姿を現す。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 13→5

 

 

ブリザード・プリンセス

ATK2800  DEF2100

 

 

 場に3人の魔術師が並ぶ。今度こそ『レッド・デーモンズ・ドラゴン』もろともジャック・アトラスを倒しこのデュエルに勝つ!

 

「バトル! 『サイレント・マジシャンLV8』で『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を攻撃!」

 

 白い光を放つ魔力がサイレント・マジシャンの杖に集中する。今日3度目の『レッド・デーモンズ・ドラゴン』とのバトル。1度目は向こうからの攻撃を『ガガガシールド』で受け止め引き分けた。2度目はこちらから仕掛けたが反対に『闇の呪縛』に捉えられ反撃を受けた。これも『ガガガシールド』の効力があったおかげで引き分けに持ち込めた。この3度目は、この3度目こそは勝ってみせる。サイレント・マジシャンも同じ気持ちなのだろう。その後ろ姿からはそんな決意のようなものを感じる。そしてその決着をつけるべくサイレント・マジシャンが地面を蹴って飛び出す。

 

「トラップカード『陰謀の盾』を発動! このカードは発動後、装備カードとなり自分の場のモンスターに装備する。俺は『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に装備!」

 

 サイレント・マジシャンの行く手を阻むように『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の前に盾が出現する。ブラウンをベースとした金縁の盾。そこには向かい合うように銀のペガサスが描かれ、その前足を描かれた盾の上に乗せている。盾の中に描かれた盾は十字に配色を分けられ、同色が隣り合わないように赤と白の2色で色付けられていた。

 それに構う事無く振りかぶった杖を振り下ろすサイレント・マジシャン。攻撃力3500の魔法使い族史上最強を誇るサイレント・マジシャンの一撃。白き輝きを放つ膨大な魔力の奔流がその盾に押し寄せる。盾はその勢いに押され徐々に亀裂が入り始める。

 

『はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 気合いの一声と共に放出される魔力が膨れ上がる。目の前を白一色で染上げんばかりの魔力はその盾をついに打ち砕く。しかし……

 

『なっ!?』

 

 白い光が収まり見えたのは無傷の『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。全力で放った一撃をもってしても盾を砕く事だけに留まってしまった事実にサイレント・マジシャンは驚愕を隠せないようだ。

 

「無駄だ! 如何に強力な攻撃力を持つサイレント・マジシャンであっても、この『陰謀の盾』は1ターンに1度、装備モンスターの戦闘破壊を無効にし、更にそのダメージを0にする!」

 

 また防がれた……この場に既に10ターンも居座り続けている『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。それはこの場に君臨する絶対王者のようだ。サイレント・マジシャンの攻撃が防がれた今、俺の場に『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を突破できるモンスターはいない。

 

「……ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー。……っ!」

 

 最早防御する札も残っておらず、『マジカル・コンダクター』や『ブリザード・プリンセス』は『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃の格好の的となっている。

 

「……………」

「……………」

 

 しかし、いったい何を引いたんだ? 先程からあの引いたカードを見たまま固まって、ターンの進行をしていない。そのカードをどうするのか思考しているのか?

 

「…………ふっ、どうやら今度はこちらの番と言う訳か……」

「…………?」

「くくくっ、ふははははははっ!! この感覚だ! この俺の渇きを満たす事の出来るデュエル、それを俺は待ち望んでいた! 奴とのデュエル以外でそれは満たされる事は無いと思っていたが、やはり俺の目に狂いは無かった! 八代! 貴様も今、感じているのだろう? この昂りを!!」

 

 突如弾けるように笑い出すジャック・アトラス。その様子だと、どうやらお互い同じ気持ちでデュエルをしていたらしい。気が付けば口はまた勝手に動き出していた。

 

「あぁ、そうかもしれない。いや……そうだ! この感覚、このデュエルで満たされる確かな実感を感じている!」

「そうか! このデュエルでキングたるこの俺の、幾重にも張り巡らされた未知の罠を恐れず進む貴様の勇気は見事だった! そしてならば俺もその未知の領域に足を踏み入れよう!」

「なにを……?」

「『アドバンスドロー』を発動! 俺は場のレベル8以上のモンスターをリリースして2枚ドローする。俺がリリースするのは『レッド・デーモンズ・ドラゴン』!!」

「なっ!? 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を自ら捨てただと?!」

「捨てたのではない!! 生まれ変わるのだ!!」

 

 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の姿が光へと変わっていく。最期の雄叫びを上げるとその姿は光へと変換されジャック・アトラスのデュエルディスクに降り注ぐ。

 

「行くぞ!! ドロォォー!!」

 

 固唾を呑んでその様子を見つめる。このドローは何を導くのか。このデュエルの行方を決める運命の賽は投げられた。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 5→6

 

 

「……っ! どうやら運命は俺に味方したようだ! さらにマジックカード『貪欲な壺』を発動! 墓地の『レッド・デーモンズ・ドラゴン』、『スターダスト・ドラゴン』、『ランサー・デーモン』、『トラップ・イーター』、『トリック・デーモン』の5体をデッキに戻し、更に2枚ドロー!!」

 

 ここに来て『貪欲な壺』を引くドロー力。運命すらも自分に引き寄せるドロー力が無ければキングと言う地位を維持する事は出来ないのだろう。このドローで何を引くのかは分からない。ただ、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』がエクストラデッキに戻った今、このターン中に再び『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が召喚される。そんな予感がしていた。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 6→7

 

 

 だが、ただ『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を再び出したところで、それでは『アドバンスドロー』発動する前と状況は変わらない。いったいこのターン何を仕掛けてくるのか。

 

「貴様の場の『リビングデッドの呼び声』を墓地に送り『トラップ・イーター』を特殊召喚! そして『リビングデッドの呼び声』が場を離れた事で『マジカル・コンダクター』は破壊される!」

「くっ……」

 

 場の『リビングデッドの呼び声』を丸呑みにしてジャック・アトラスの場に現れた『トラップ・イーター』。まさか1度のデュエルで2度もその姿を見る事になるとは。

 

 

トラップ・イーター

ATK1900  DEF1600

 

 

 『リビングデッドの呼び声』のカードが噛み砕かれると同時に、『マジカル・コンダクター』は胸の辺りを抑えて苦しみ始める。そして真下に出現した墓地に続く穴へと沈み消えて行った。これで場にはレベル4のチューナーが1体で、まだ召喚権が残っている。先程の予感が確信へと変わった。

 

「さらに『バイス・バーサーカー』を召喚」

「ここで『バイス・バーサーカー』だと!?」

『…………?』

 

 腕を組みながら体表が水色の人型の悪魔。頭や肩、肘先、胸、股、腿に膝下は特に分厚く発達した紫色の鎧のような肌が覆っている。『バイス・バーサーカー』はその体よりも大きな一対の漆黒の翼を羽ばたかせながらゆっくりとフィールドに降りてきた。

 

 

バイス・バーサーカー

ATK1000  DEF1000

 

 

 レベル4のモンスターの中ではステータスは低いモンスター。場にいる時は特に能力も無いのだが、その真価はシンクロ召喚に使用されたときに発揮される。

 

「レベル4の『バイス・バーサーカー』にレベル4の『トラップ・イーター』をチューニング!」

 

 『トラップ・イーター』が4つの緑光を放つ輪に姿を変化させ、その中を『バイス・バーサーカー』が飛翔する。輪の中で『バイス・バーサーカー』の輪郭が解け4つの輝く光球が体内から飛び出した。

 

「王者の鼓動、今ここに列を成す! 天地鳴動の力を見るが良い!!」

 

 光の柱が輪の中を抜ける。確信した通りの事が起きた。そこから現れようとする力、その圧倒的な威圧感を前に嫌な汗が背中を伝う。

 

「シンクロ召喚! 我が魂ぃ!! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』!!!」

 

 光が弾けた。中から溢れるのはその熱で光を歪ませる程の業火。すべてを焼き尽さんばかりの紅蓮の炎を纏った悪魔の竜は、再びこの場に戻った存在感を誇示するかのように高らかな轟咆を上げる。

 

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン

ATK3000  DEF2000

 

 

 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の前とは違う只ならぬ圧を感じ取ったのか、サイレント・マジシャンは俺を守るように間に割って入る。

 

「『バイス・バーサーカー』を素材としてシンクロ召喚を行ったプレイヤーは2000ポイントのダメージを受ける」

 

 足下に出現した黒い穴から溢れ出す黒い靄のようなものがジャック・アトラスを包み込む。ライフが大幅に削られているのにも関わらず、そこにある表情は勝利に飢えた肉食獣のような獰猛な笑みだった。

 

 

ジャックLP2800→800

 

 

「だが、そのかわりこのカードをシンクロ素材としたシンクロモンスターの攻撃力はこのターンのエンドフェイズ時まで2000ポイントアップする。よって『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃力は5000!!」

 

 ジャック・アトラスのライフを削っていた闇が『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に吸収されていく。

 

 爆発。

 

 溢れる力を周りに放出しなければ体を保てないとでも言うように、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』は雄叫びを上げ、体を纏う炎がその勢いをより一層増す。筋肉を隆起させその体つきも一回り大きくなっていた。

 

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン

ATK3000→5000

 

 

『…………』

 

 圧倒的の力の前にサイレント・マジシャンはただ言葉を失っていた。

 『バイス・バーサーカー』の能力で攻撃力が上昇するのはエンドフェイズまで。『ブリザード・プリンセス』を攻撃したところで俺のライフは100残る以上、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃の矛先は確実にサイレント・マジシャンに向かう。

 

「くっ!」

 

 その攻撃が来るのが分かっていながら、それを止める術を持たないこの状況が歯がゆい。そしてサイレント・マジシャンにとっての死刑宣告が告げられる。

 

「受けろ! 我が魂の一撃を! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』で『サイレント・マジシャンLV8』を攻撃! アブソリュート・パワァーフォォォース!!!」

『……はっ!』

 

 絶対に敗北すると彼女も理解しているはずだろう。それでもサイレント・マジシャンはその手の杖に持てる魔力のすべてを注ぎ込み、迫る『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に向かっていく。

 放たれる白い魔力の奔流。今までもあらゆる敵を打ち倒してきた一撃。されど今回は相手が悪かった。

 

『……っ!』

 

 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の炎を纏った右腕はまるで紙を千切るように、サイレント・マジシャンが放った濁流の如く押し寄せる魔力の奔流を引き裂いて行く。そこには拮抗など起きる事無く、あるのは一方的な蹂躙。そして『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の右腕は魔力の放出源であるサイレント・マジシャンの杖まで到達する。

 直後、右腕に弾かれるように吹き飛ばされるサイレント・マジシャン。その体が宙を舞う様子はスローモーションで、足下からゆっくり光の粒子となって消えていく。サイレント・マジシャンがフィールドから消えると同時に、押し寄せる熱風と衝撃が俺のライフを大幅に削っていった。

 

 

八代LP2300→800

 

 

 長かった両者の戦いに決着がついた。『レッド・デーモンズ・ドラゴン』は元の場に戻ると戦いに勝利した事を誇示するかのように咆哮をあげる。

 

「カードを1枚セットし、ターンエンドだ」

 

 ターンエンド宣言が終わると『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の姿は一回り縮み、元の姿に戻っていった。

 

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン

ATK5000→3000

 

 

 だが、まだこれで終わりじゃない。逆転の手は残されている!

 

「俺のターン、ドロー。マジックカード『貪欲な壺』を発動。墓地の『サイレント・マジシャンLV8』、『召喚僧サモンプリースト』、『見習い魔術師』、『水晶の占い師』、『マジカル・コンダクター』の5枚をデッキに戻し2枚ドローする」

 

 サイレント・マジシャンを失った現状、こちらの場には『ブリザード・プリンセス』のみ。対するジャック・アトラスの場には『レッド・デーモンズ・ドラゴン』と先程セットされたカード1枚に5ターン前から伏せられているカードが1枚。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 7→8

 

 

 今ある手札は『レベル調整』、『魔法都市エンディミオン』が2枚、『テラ・フォーミング』。そしてこの『貪欲な壺』で引いた『旗鼓堂々』と『手札抹殺』の6枚。まず『手札抹殺』を使ってこの手札で腐っている『魔法都市エンディミオン』2枚と『テラ・フォーミング』を別のカードと交換しておきたい。ここまでは確定なのだが、問題は『レベル調整』と『旗鼓堂々』の2枚だ。

 まず『レベル調整』。このカードは墓地の”LV”と名のつくモンスターを召喚条件を無視して特殊召喚できる通常魔法。デメリットとしてはそのモンスターのこのターンの効果の発動及び攻撃が出来なくなる事、そして相手は2枚ドロー出来ると言う事。これを使えば『サイレント・マジシャンLV4』を復活させられる。ただ現状サイレント・マジシャンをレベル8にするための手は無いため、『手札抹殺』でもう一度あのカードを引き込まなければならない。さらに相手に2枚ドローさせる効果がどうもネックだ。とは言え、あの『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を倒せるビジョンが思い描けるのは後にも先にもこいつしかいないのも事実。発動するならジャック・アトラスの手札が無い事を利用し、先にこのカードをセットしてから『手札抹殺』を発動することで墓地にカードを送る機会を与えない方が賢明だろう。

 次に『旗鼓堂々』。このカードは墓地の装備カードを場の正しい対象に装備できる速攻魔法。デメリットしてはこのターンのその後の特殊召喚を封じられる事。これで『ブリザード・プリンセス』に攻撃力を上昇させる装備魔法を付ければ『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を突破できる可能性はある。だが、これで反撃を受け『ブリザード・プリンセス』が破壊された場合、その後の『サイレント・マジシャンLV8』を特殊召喚すると言う道は完全に絶える。かといってこのカードを『手札抹殺』を発動する前にセットすればこのターンで発動は出来なくなる。

 つまりこのターンの最大の悩みどころは『ブリザード・プリンセス』で仕掛けるか、否かと言う事になる。サイレント・マジシャンでしか『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を倒せるビジョンが湧かないと言うのは、俺の直感であって論理的な根拠は何も無い。それにサイレント・マジシャンをレベル8にできるかどうかすら分からない。もしかしたらここで仕掛ければ『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を倒せる可能性だってある。

 

「どうした? ターンを進めないのか? 今更我がレッド・デーモンズの前で恐れを成した訳でもあるまい!」

「………!」

 

 そうだ、いったい俺は何を恐れている?

 2枚のセットカードがあると言ったところで、それを恐れて仕掛けなければ勝機など巡ってくる事なんてありはしない。僅かでも可能性があるならそこに賭けて攻めるべきなんじゃないのか。

 

「俺は………」

 

 

 

『マスター……』

 

 

 

「――――っ! カードを2枚セットし、マジックカード『手札抹殺』を発動! お互い手札をすべて捨て、捨てた枚数だけ新たにドローするっ!」

 

 一瞬、脳裏を過ったサイレント・マジシャンの姿。そして聞こえた声。当然フィールドを見回したところでサイレント・マジシャンの姿などあるはずも無い。一度デュエルで場に出たサイレント・マジシャンはそのデュエルが終わるまで精霊化して俺の側に来る事は無いのだから。だが、それは直前で俺の判断を変えた。セットカードを前に恐れを成した訳ではない。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 8→9

 

 

“あの『レッド・デーモンズ・ドラゴン』にリターンマッチしてやるのはお前なんだろ?”

 新たに手札に加えた3枚のカードの先頭のカード、『サイレント・マジシャンLV8』の姿を見ながらそう思った。

 再び視線を相手に戻す。倒すべきは『レッド・デーモンズ・ドラゴン』とジャック・アトラス。立ちはだかる強固なコンビネーションを打ち砕かない限り俺に勝利は訪れない。

 何気なく視線を戻したつもりだったが、そこで信じられないものが目に飛び込んできた。

 

「なっ! どうして手札が2枚に増えている?!」

「ふん、今頃気付いたか。貴様が『手札抹殺』を発動した瞬間、こちらもトラップカードを発動していた」

「何っ?」

 

 ここでジャック・アトラスの場で露わになっているカードの存在に気付いた。随分と考える事に集中し過ぎて周りが見えていなかったらしい。

 

「トラップカード『無謀な欲張り』。このカードは2回のドローフェイズをスキップするかわりに、2枚カードをドローする効果を持つ。これにより俺は2枚カードをドローした。そして貴様の『手札抹殺』の効果でそのカードを捨て新たに2枚カードをドローしたのだ。さぁ、随分と思い悩んでいたようだが次の手は決まったか?」

「くっ、伏せていた『レベル調整』を発動。相手は2枚ドローし、自分は墓地から“LV”と名のつくモンスターを召喚条件を無視して特殊召喚する。俺は墓地から『サイレント・マジシャンLV4』を特殊召喚する」

 

 光を放つ小さな魔方陣からサイレント・マジシャンが召喚される。ただ、その姿からは先程までの凛々しさは無くなり、むしろあの強大な『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の前では儚さすら感じる。そんな状態でも彼女の背中からは微塵も迷いを感じない。そこにあるのは確かな信頼だった。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK1000  DEF1000

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 9→10

 

 

「ふん、今更『サイレント・マジシャンLV4』を呼び出したところで、我が『レッド・デーモンズ・ドラゴン』には遠く及ばんぞ!」

「だったらその距離を縮めるために俺がその背中を押してやるまでだ! 手札からマジックカード『レベルアップ!』を発動! 『サイレント・マジシャンLV4』を墓地に送り、『サイレント・マジシャンLV8』を手札から特殊召喚する!」

 

 爆発的な光が降り注ぐ。

 その光に包まれたサイレント・マジシャンは魔力を吸収し真の力を取り戻していく。そして『レベルアップ!』による導きのもと、再びデッキのエースたるサイレント・マジシャンがその姿を現す。墓地の暗闇とのコントラストのせいか、そのとき現れたサイレント・マジシャンは神々しく目に映った。

 

 

サイレント・マジシャンLV8

ATK3500  DEF1000

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 10→11

 

 

「流石だ。1ターンにして召喚条件の厳しいエースを呼び戻すとは。貴様をデュエルの相手に選んだこのジャック・アトラスの目に狂いは無かったようだ」

「いつまで余裕でいられるかな? もう『バイス・バーサーカー』によるステータスアップは無くなっているんだぞ?」

 

 相手の手札が増えたのは痛いところだが、これで相手の場には5ターン前から伏せられているカード以外の防御をし得るカードは無い。だが、あれが仮に強力な攻撃反応型のカードなら発動する機会はいくらでもあった。なのにこのカードは一向に発動する事は無かった。つまりここから導かれる結論は、今この『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を守るカードは何も無いと言う事だ。

 

「バトル! 『サイレント・マジシャンLV8』で『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を攻撃!」

『いきます……』

 

 サイレント・マジシャンが小声で呟く。

 既に魔力の充填が終わったその杖を『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に向けると、先程のお返しとばかりにすべてを飲み込まん勢いの白い魔力が放出される。セットカードが発動される気配はない。

 

 

 

 いけるっ!!

 

 

 

 そう確信した時、突如サイレント・マジシャンの攻撃は掻き消された。

 

『あっ…………?』

「えっ…………?」

 

 口から間の抜けた声が漏れる。それは攻撃していたサイレント・マジシャンも同じだった。

 何が起きたか理解が追いつかない。ただ、目の前のありのままの事実を述べるなら、サイレント・マジシャンの攻撃は打ち消され、依然として『レッド・デーモンズ・ドラゴン』は健在でありジャック・アトラスのライフポイントは1ポイントも減っていないと言う事だ。

 

 

「墓地の『ネクロ・ガードナー』の効果だ。墓地のこのカードをゲームから除外する事で、相手ターンのバトルを1度だけ無効にできる」

「馬鹿な!? そんなカードを墓地に送るタイミングは…………っ!」

 

 

 

 

 

 

————————トラップカード『無謀な欲張り』。

 

————————このカードは2回のドローフェイズをスキップするかわりに、2枚カードをドローする効果を持つ。

 

————————これにより俺は2枚カードをドローした。

 

————————そして貴様の『手札抹殺』の効果でそのカードを捨て新たに2枚カードをドローしたのだ。

 

 

 

 

 

 

「そう、貴様が発動した『手札抹殺』。あれにより『無謀な欲張り』で手札に加わっていた『ネクロ・ガードナー』を墓地に送っていたのだ」

 

 勝利を確信していた。だが、仕留めきれなかった……

 完全に『手札抹殺』を利用されている。あのタイミングで『無謀な欲張り』を発動させる事で、墓地に送るべきカードを手札に呼び込む神業的ドロー力。これがキングと称されるこのシティのトップに立つ男の実力か……

 

「くっ…………」

 

 改めてジャック・アトラスの手札が4枚である現状が重くのしかかる。相手に手札を与える事の危険さ、それを狭霧に説いたばかりだったな。そんな事をふと思い出す。まして相手がジャック・アトラスともなると、その危険度は計り知れない。使用するカードが予想できないのだ。下手にモンスターをセットすれば『マッド・デーモン』や『ランサー・デーモン』の様な貫通効果を持ったモンスターで、残り僅か800のライフを削りきれる可能性すら十分あり得る。その攻撃を止める術も無い今、不用意にモンスターをセットする事すら憚られる。だが、この場の布陣を返された場合、ここで守備モンスターを出すための召喚権を使わなかったことが敗北に直結する可能性もある。

 

 逡巡。

 

 それが俺の次の一手を決めかねたとき、サイレント・マジシャンと目が合う。

 

『………………』

「………………」

 

 一瞬の視線の交錯。その揺るがない瞳に強い意志を感じた。言葉など不要。我ながら細い神経だとごちる。このターンの初動を『手札抹殺』に決めた時点でサイレント・マジシャンにこのデュエルの行方を預ける覚悟を決めたはず。それなのに相手の手札の枚数が増えた途端これだ。

 だが、もう迷わない。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンド」

 

 最早、守るためのモンスターなど出す気は無い。サイレント・マジシャンにこのデュエルの運命を預ける。睨み合うお互いのエースモンスター。生き残るのはサイレント・マジシャンか『レッド・デーモンズ・ドラゴン』か。この決着がこのデュエルの決着を意味するだろう。そしてその決着の時が迫る。

 

「ふん、『無謀な欲張り』の効果によりドローフェイズはスキップされる。だが、先程の『レベル調整』によるドローで俺に勝利の手札は揃っている! このジャック・アトラスに手札を与えた事を後悔するが良い!」

 

 ジャック・アトラスの手札は4枚。場には『レッド・デーモンズ・ドラゴン』とセットカードが1枚。迎え撃つ俺の場には攻撃表示の『サイレント・マジシャンLV8』と『ブリザード・プリンセス』が並び、セットカードが2枚ある。普通のデュエリストなら素の攻撃力で勝っている『ブリザード・プリンセス』を標的に攻撃を仕掛けてくるだろう。だが恐らくジャック・アトラスは、このターン素の攻撃力で劣る『サイレント・マジシャンLV8』に仕掛けてくる。

 

「くくく、楽しいデュエルだった。だが、楽しい時間と言うのは常に早く過ぎ行くもの。このデュエルもいよいよ決着の時は近いようだ」

「あぁ、同感だ。そろそろここいらで白黒はっきりさせよう」

 

 やけに舌が回る。本当に今日は調子が狂いっぱなしだ。目を閉じれば瞼の裏に映る今日のデュエルの激しいぶつかり合い。過去最高と言っても良いデッキの回り。だが、それをもってしても倒す事が出来ない立ちはだかり続ける壁。それに一度は破れもした。

しかし! それでも! こうして再び見えている!!

 目を見開く。そして宣誓する。それは宿敵を打ち倒すと言う決意を。そして傍らにいる者に伝える覚悟を。計らずもお互いに口火を切るタイミングは同時だった。

 

 

「貴様のサイレント・マジシャンを倒して幕を閉じる!! 勝つのはこの俺だ!!!」

「あんたのレッド・デーモンズを倒して仕舞いだ!! 勝つのはこの俺だ!!!」

 

 

 そして間が生まれた。まるで向かい合う手練の剣士が構えてお互いの隙を探りあっているように、張りつめた空気がこの場を支配している。手札を持っていない右手で軽く握りこぶしを作れば、手にはじんわり汗が滲み、自分の心臓の音はゆっくりと、しかし力強く脈拍を刻む。時間にしたら僅かなものだったのかも知れない。されど研ぎすまされた感覚はその間を何倍、何十倍まで引き延ばしているようにすら感じさせる。

 やがて動き出したジャック・アトラス。手札にある1枚のカードを抜き取るとそれをデュエルディスクに差し込む。そのモーションすら動画のコマ送りを見ているように、動作の一つ一つが鮮明に脳に伝えられる。

 

「俺は『デーモンの斧』を『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に装備。これにより攻撃力は1000ポイントアップする」

 

 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の右腕に出現した巨大な斧。刃は分厚くその斧の半分程の大きさを占め鈍く光っている。そこまでならただの巨大な斧で済む。だがその刃が生えている場所が深緑色の皺だらけの人の頭部と言う光景を見れば、誰もが制作者の悪魔的狂気を感じるだろう。

 

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン

ATK3000→4000

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 11→12

 

 

 どんな手で来るのかと思えば、自身の攻撃力を上昇させる正攻法で来たか。『団結の力』や『魔導師の力』、『巨大化』と言ったカードが出る前まで最大の攻撃力の上昇値を誇っていた装備魔法。その上昇値1000と言う数値は今でも大きいと言える。それを軽々振り回す様子から『デーモンの斧』は『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の右腕によく馴染んでいる事が伺える。

 

「これで『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃力は貴様の『サイレント・マジシャンLV8』を上回った! 行くぞ! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃! アブソリュート・パワァァーフォォォォース!!!」

 

 こうしてサイレント・マジシャンと『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の6度目の戦いの火蓋は切られた。『レッド・デーモンズ・ドラゴン』はこの戦いに勝利すると言う意思を示すかのように、力強い雄叫びをあげるとその右腕に炎を集める。

 その炎は腕だけでなく『デーモンの斧』までにも及び、灼熱の業火に包まれた『デーモンの斧』は妖しげな赤黒い光を放ち始める。そしてその状態で勢い良くサイレント・マジシャンに迫る…………と思われた『レッド・デーモンズ・ドラゴン』だが直前で角度を変え、天を目指して急上昇を開始した。その高さは魔法都市の一番高い塔の高さをも越え、あっという間にその姿が豆のように小さくなる。どうやら落下する力も利用して、持てる力をすべて出し切る算段なようだ。

 

「攻撃宣言時、速攻魔法『旗鼓堂々』を発動! 墓地の装備カードを正しい装備対象に装備する。俺は『ワンショット・ワンド』を『サイレント・マジシャンLV8』に装備。そして『ワンショット・ワンド』の効果により『サイレント・マジシャンLV8』の攻撃力は800ポイントアップする!」

 

 『旗鼓堂々』の使用によって新たに魔力球が精製される。そして魔法都市の中央の塔の周りを回る他の魔力球の輪の中に入ろうと上昇を開始するそれと共に、その塔の天辺を目指し飛び上がるサイレント・マジシャン。右手に持っていた杖は光に包まれると、先端が三日月型になっているロッドに変化した。こちらは上から振ってくる『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を塔の天辺で迎え撃つつもりらしい。

 

 

サイレント・マジシャンLV8

ATK3500→4300

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 12→13

 

 

 空から赤黒い光の点が降ってくる。その光はだんだん大きくなっているように見える。その光景は隕石の落下を思わせた。

 対するサイレント・マジシャンは落下してくる『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に杖を向ける。その杖には白い光が集まってくる。その輝きは一等星の輝きにも勝るとも劣らないもの。そして落下してくる赤黒い火球が『レッド・デーモンズ・ドラゴン』だと視認できる距離まで迫った時、魔法都市の空を白が覆った。

 

 衝突。

 

 その衝撃は10メートル以上離れた地上をも揺るがす。魔法都市全体、いやもしかしたらこのスタジアムの外までこの地鳴りは響いているかも知れない。見上げれば夜だと言うのに空は明るく白で塗りつぶされている。その中にある白い雲間から顔を覗かせる夕日のような紅点。それこそが『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。空を食いつぶさんとする勢いの膨大な魔力の壁と真っ正面からぶつかり、そして拮抗しているのだ。

 だが、攻撃力ではサイレント・マジシャンの方が上。通常ならサイレント・マジシャンが勝つはずである。それでも、この緊張感が緩まるなんてことはなかった。相手はジャック・アトラス、こんなにあっさり倒せるなら苦戦なんてするはずが無い。まだ、何かある!

 

「キングのデュエルは常に相手の先を行く! ダメージステップ時、トラップカード『燃える闘志』を発動! このカードは発動後装備カードとなりモンスターに装備される。俺はこれを『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に装備!」

 

 そしてその予感は現実のものとなった。6ターンも前から伏せてあったセットカードが今ようやく露となる。ずっと発動しない様子を見てブラフだろうと勘ぐっていたが、なるほど発動しなかった理由も頷ける。確かに思い返してみても今まででこのカードを発動するタイミングは無かった。しかしこんなカードを伏せているとは、本当にセオリー通りの読みが出来ない相手だ。

 

「そして装備されたモンスターが元々の攻撃力よりも攻撃力が上昇しているモンスターと戦闘を行うとき、装備モンスターの元々の攻撃力を倍にする! 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の元々の攻撃力は3000。よってその倍、6000が元々の攻撃力となる!」

 

 『燃える闘志』の発動により点だった紅はその大きさを増していく。白い布地に血痕が広がっていくように、白く光っていた空は赤みを帯びていく。白い魔力と巨大な炎のせめぎ合いはまるで太陽が落下してきたかのような光景だった。

 

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン

ATK4000→7000

 

 

「攻撃力……7000……」

「相手を圧倒するパワー! これこそがキングたるこの俺のデュエル! 確かにこの俺をここまで苦戦させたデュエルの腕は見事なものだった。だが! それでも俺は常に貴様の先を行く!!」

 

 絶え間なく揺れ続ける魔法都市の中、勝利を確信しているような笑みを浮かべたジャック・アトラス。どんどんと押し返される白い魔力は魔法都市の周りを浮遊する魔力球にも影響を与え、その光を様々な色に変化させていく。

 

「さぁ! 終焉だ! 貴様のエースの最期を見届けるが良い!!」

 

 空を埋め尽くしていた白い魔力が焼き切られ、紅蓮の炎は膨大な魔力を霧散させる。姿を現す『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。あれほどの魔力を放出しきった後の事。サイレント・マジシャンの体は一瞬だが硬直していた。そしてその一瞬のうちに『レッド・デーモンズ・ドラゴン』は斧を振り下ろした。

 そして決着。

 

 

 

————————

——————

————

 

 天へと昇る『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。そしてそれを迎え撃つべく塔の天辺で構える『サイレント・マジシャンLV8』。見ていただけでもこれまでに4度にわたる激しいぶつかり合いが、この2体のモンスターの間では起きていた。そしてこれが5度目のぶつかり合い。もう、モニタールームでこのデュエルを見る者は誰もが言葉を失っていた。

 そして何よりも驚いたのが、あの普段全くと言っていい程感情を外に出さない八代君が、感情を曝け出してデュエルしている事だった。原因は何であれ、楽しそうな様子の八代君を見れる事はとても喜ばしかった。

 

「……どうやら決着のようですね。あの八代と言う少年も健闘しましたが、ここまでのようです。もっともキングのデュエルの結果なら当然のものですが……ヒッヒッヒッ」

「…………」

「…………」

 

 アトラス様の発動した『燃える闘志』の発動を受け、攻撃力を7000まで上昇させた『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の様子を見ながらイェーガー室長はそう締めくくる。

 攻撃力7000。その圧倒的なパワーはまさにアトラス様のデュエルらしいものだった。これが通ればアトラス様の勝利。

 

 ズキンッ

 

「…………?」

 

 自分の胸を抑える。今奔った胸の痛みはなんだったのか?

 自分の想い人が勝とうとしているのに、どうしてこんな気持ちになるのだろうか?

 自分の気持ちの整理を行うため、アトラス様への想いを抱くようになったときの事を思い出してみる。あれは初めてアトラス様のデュエルを見た時のことだった。魅せられた。その華麗な戦術で相手を翻弄し、圧倒的な力で相手をねじ伏せていく力強さに魅了された。そして誰よりも側でそのデュエルを見続けたい。誰よりも近くで彼を支えていきたい。そう思った。そう思ったから彼の秘書を希望し、今まで働いてきたのだ。彼の勝利は自分の喜びだった。それなのに……今こうして彼が勝利を手にしようとしているのに…………胸が痛い。

 

「————っ!」

 

 ふと思い出されるここの扉を潜るときの事。

 あの時、自分が扉を潜るとき抱いたここに入る事を拒絶したかった理由がようやく分かった。

 分かっていたのだ。アトラス様と八代君がデュエルをしていると言う事が。

 そして嫌だったのだ。自分の想い人であるアトラス様が敗北すると言う結末も。同居人である八代君が敗北すると言う結末も。

 異性としてアトラス様を想う気持ちとは違う。まだ1年にも満たない間の八代君との同居生活がもたらしたもの。それは親族を想うような気持ちだった。まだまだ出会ってから、決して長いとは言えない期間しか一緒に過ごしていない。だが、いつからだろう?  気が付けば彼の事をまるで弟が出来たかのように感じていたのだ。

 だが、どれだけ片方が敗北しまうことを拒絶していても決着は訪れる。スタジアムの夜空を覆う『サイレント・マジシャンLV8』の白い魔力が、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の纏う紅蓮の炎に押されていく。

 

「イェーガー室長」

「はい」

「キングのお迎えに上がって下さい。スタジアムの点検もよろしくお願いします」

「かしこまりました」

「それと狭霧さん。あなたも彼の保護責任者として、彼を迎えに行くと良いでしょう」

「はい」

 

 長らく沈黙を保ってきたゴドウィン長官の口が開いた。このデュエルの終わりを見越して事態の収拾の動きに入るようだ。

 モニターの映像でついに『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が『サイレント・マジシャンLV8』の魔力を焼き払った。

 

「急ぎましょう、狭霧さん。あなたと同居する八代と言う少年は敗北してしまったのですから。ヒッヒッヒッ!」

「くっ…………」

 

 いちいち嫌味を混ぜてくるイェーガー室長に言い返せず、苛立ちが込み上げる。そして『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の斧は振り下ろされる。

 

「む……」

「なっ?!」

「なんですとっ?!!」

 

 直後の予想外の出来事にそれぞれが驚きの声を上げるのだった。

 

 

 

————————

——————

————

 

 斬っ!!

 

 触れるものすべてを真っ二つにしてしまうであろう重い斬撃。それは空気すらも例外無く切り裂いていった。一瞬、遅れて大気が裂ける音が響く。だが、この場合は大気だけが裂ける音がしたと表現すべきか。

 そう、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が振り下ろした斧は見事に空を切ったのだった。

『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が突然現れた巨大な丸い影に襲われ、体勢を大きく崩したことによって。そしてその衝撃は大空を羽ばたくための翼を負傷させた。翼を満足に動かせなくなり空中での自由も利かなくなった『レッド・デーモンズ・ドラゴン』はそのまま落下してくる。

 

「なぜだ!! なぜ『ブリザード・プリンセス』が攻撃をしている?!」

 

 そう、『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を襲ったのは『ブリザード・プリンセス』の持つ杖に付けられた巨大な氷球。『レッド・デーモンズ・ドラゴン』とサイレント・マジシャンの戦いに割って入ってきたイレギュラーにジャック・アトラスは驚愕を隠せないようだ。そして俺のフィールド上での変化に気が付く。捲られた最後のセットカードに。

 

「援護……射撃……」

「そう、トラップカード『援護射撃』。このカードは相手のモンスターが自分の場のモンスターを攻撃する場合、ダメージステップ時に発動できるカード。そして攻撃を受けた自分の場のモンスターの攻撃力は、自分の場の表側表示で存在する他のモンスター1体の攻撃力分アップする」

「『ブリザード・プリンセス』の攻撃力は……まさかっ!?」

「そう! 『ブリザード・プリンセス』の攻撃力分、つまり『サイレント・マジシャンLV8』の攻撃力は2800ポイント分アップする!」

 

 翼を満足に動かす事も出来ず落下を続ける『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を追いかけるように、塔の天辺からサイレント・マジシャンと『ブリザード・プリンセス』が降下を開始する。反撃の攻撃に回る事すらままならないこの絶好の好機を2人が逃すはずも無い。魔力の蓄えられた2本の杖先が『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に向けられる。悔し紛れのように『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の口から炎が吐き出される。

 

 

サイレント・マジシャンLV8

ATK4300→7100

 

 

「バカな!? 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃力7000を上回っただと?!!」

 

 放たれた白い魔力の閃光と青白い魔力の氷撃。2本の魔力は2匹の絡み合う蛇のように途中で混ざり合い『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に襲いかかる。溜めすらも碌に出来なかった炎のブレスなどでは相殺する事など出来るはずも無く、それを受けた『レッド・デーモンズ・ドラゴン』は地面に叩き付けられる。衝撃を殺す逃げ場を失ったその体は一瞬で凍り付くと、光に飲み込まれ跡形も無く消し飛ばされた。

 

 

ジャックLP800→700

 

 

 速度を落としながらゆっくり地面に着地するサイレント・マジシャンと『ブリザード・プリンセス』。13ターンの間、フィールドに君臨し続けた『レッド・デーモンズ・ドラゴン』をついに倒しようやく安堵の息をつけた。降りてきたサイレント・マジシャンの表情もやりきった達成感を感じさせるものだった。

 

「『ワンショット・ワンド』を装備したモンスターが戦闘を行ったダメージ計算後、このカードを破壊する事でカードを1枚ドローする。そして『援護射撃』の効果もダメージ計算後無くなりサイレント・マジシャンの攻撃力は元に戻る」

 

 戦闘を終え『ワンショット・ワンド』は解けて元の杖に戻った。そしてその一瞬だが、僅かにサイレント・マジシャンの体が傾くのを俺は見逃さなかった。流石にこの激しいバトルの連続で体力を消耗してしまったのだろう。

 

 

サイレント・マジシャンLV8

ATK7100→3500

 

 

 しかし本当に予想外の事しか起きない。『旗鼓堂々』と『援護射撃』を使ってサイレント・マジシャンの攻撃力を7100まで上昇させれば、いくら攻撃力を上げたところで返り討ちにして決着がつけられると思っていた。だが、蓋を開けてみれば『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃力を7000まで上昇させられ、結局与えられたダメージは僅か100。いや、ここは『レッド・デーモンズ・ドラゴン』だけでも倒せた事を僥倖と思うべきか。

 

「くぅ……俺は『死者蘇生』を発動し墓地から『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を呼び戻す」

「何っ?!」

『————っ?!』

 

 驚く俺とサイレント・マジシャンの前に墓地へと続く漆黒の穴が開かれる。そして先程のバトルでのダメージも全く感じさせない『レッド・デーモンズ・ドラゴン』が再び立ちはだかる。

 

 

レッド・デーモンズ・ドラゴン

ATK3000  DEF2000

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 13→14

 

 

 ここまで来ると最早笑いすら込み上げてくる。あれだけ倒すのにターンを費やし、苦労して倒したと思ったらまた蘇ってくるとは……とは言え、よく考えてみれば先程のバトルでジャック・アトラスもまた勝負を決める気でいたはず。攻撃力を7000まで上昇させる事の出来る札を揃えていたのだ。勝利を確信していただろう。そしてそれを破られた今、追いつめられた心境なのは向こうも同じ、いや向こうの方が大きいのではないか?

 

「カードを2枚伏せターンエンドだ」

 

 これでセットカードは2枚。場には『レッド・デーモンズ・ドラゴン』1体で手札は0枚。状況的に見れば確実に追いつめている。

 残りデッキは僅かに3枚。

 

「俺のターン、ドロー!――っ!」

 

 引いたカードは『サイクロン』。

 フィールド上のマジックかトラップを1枚破壊する速攻魔法。

 そう、破壊できるのは1枚だけ。

 どちらも直前のターンに伏せられたカード。つまりセットカードは何の情報も無い。召喚反応型のトラップかも知れないし、攻撃反応型のカードかも知れない。はたまた只のブラフの可能性もあり得る。

 ただ、いずれにせよこの『サイクロン』で破壊できるカードは1枚のみ。

究極の二択だ。

 

「速攻魔法『サイクロン』を発動。俺が破壊するのは……」

 

 ここに来て心臓が鼓動を早める。もしかしたらこれが勝敗を決する選択の可能性もある。その重圧が今にも心臓を押し潰しそうだ。

 だが、選ばなければならない。選ばなければ道は開けない。この選択を迫られた時に俺が信じたのは……

 

 

 

「俺から見て右のカードを破壊する」

 

 

 

 只の己の勘だった。

 

 

 

 発動された『サイクロン』により突風が吹き荒れる。渦を巻く風は右側のセットカードに直撃し、そのカードの正体を明かす。破壊されたのはトラップカード『プライドの咆哮』!

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 14→15

 

 

危なかった……『プライドの咆哮』は自分のモンスターが戦闘を行う相手モンスターよりも攻撃力が低い場合にダメージ計算時にその差分のライフを払って発動するカード。そしてダメージ計算時のみその自分のモンスターの攻撃力を相手モンスターの攻撃力よりも300ポイント上昇させる効果を持つ。もし左側の1枚を破壊していたら、サイレント・マジシャンは『レッド・デーモンズ・ドラゴン』との7度目のバトルで返り討ちになっていただろう。

 しかし、これで安全に攻撃が通る事が決まった訳ではない。残りの1枚のカードも攻撃反応型の罠の可能性は残っているのだ。だが、そうなった場合は正直もうお手上げだ。返す札など手札はおろかデッキにも残っていない。

 正真正銘のこれがラストバトル!

 

「バトル!! 『サイレント・マジシャンLV8』で『レッド・デーモンズ・ドラゴン』を攻撃!!」

 

 サイレント・マジシャンがゆっくりと杖を向ける。心なしか魔力の収束する速度が遅いように見える。考えてみれば1日で放出した魔力の量は、今までで一番多かったはずだ。体に残された魔力はほとんど残っていなくてもおかしくはない。

 だがそんな心配は杞憂だったようだ。杖の周りから光の粒子が少しずつ集まってくる。それは体の中の魔力ではなく、外に散らばっていた魔力の残滓。流石は最上級魔術師と言うべきか、自身の魔力が尽きようともそれを補って戦う術を心得ている。杖の先に魔力が溜まり直径2メートル程の巨大な光の球体が精製される。

 狙うは『レッド・デーモンズ・ドラゴン』。最後を締めくくるサイレント・マジシャンの杖に込められた魔力が解放される。しかし、それを遮るようにジャック・アトラスの声が響いた。

 

「トラップカード『ショック・ウェーブ』発動!」

「…………『ショック・ウェーブ』?」

 

知らないトラップカードだった。どんなカードであっても、このタイミングでの発動してくる時点で嫌な予感がする。放たれた光の軌道は真っすぐと『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に向かっていく。

 

「自分のライフが相手より低い場合このカードは発動できる。そしてフィールドのモンスター1体を破壊する!」

「なんだとっ!?」

 

発動条件はあるがフリーチェーンのコストなしのモンスター破壊効果?

ふざけるな! もうこちとらそんなカードを防ぐ手だてなんて残っちゃいないんだ……ここまでか………

だが、このとき目に映ったジャック・アトラスの表情はいつもの余裕に溢れるものではなく、苦虫を噛み潰したような顔だった。

 

「俺が破壊するのは『レッド・デーモンズ・ドラゴン』!」

「何っ?!」

 

 さらなる驚愕だった。

 

 何故?

 

 その答えを考える間もなく『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の体が光を放つ。それはサイレント・マジシャンの放った魔力が直撃する寸前。最期の叫びを上げるとともに大爆発が起きた。それは火山の噴火を目の前で見ているかのように、天高くまで火柱が上がり周りのものすべてを炎に包んでいく。

 

「そしてお互いのプレイヤーは破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを受ける! つまり『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃力3000のダメージがお互いのライフを削る!」

「馬鹿な!? そんなことをしたら……」

 

 言葉を言い切る前に目の前は真っ赤に染まっていった。

 

 

八代LP800→0

 

 

ジャックLP700→0

 

 

 

—————————

——————

————

 

 ソリッドビジョンの魔法都市、そしてサイレント・マジシャンが消えていく。お互いのライフポイントは同時に0になった。つまり、引き分け。

 

 ギリッ!

 

 聞き慣れない音。それが自分の歯を噛み締めている音だと気が付いたのは、口の中から鋭い痛みが奔ってからだった。

 

 悔しかった。

 

 持てる力をすべて出し尽くした。デッキの回転も最高だった。それなのに、それなのに……勝利を勝ち取る事は出来なかった……

 

『マスター…………』

 

 気が付けば疲弊しきった様子のサイレント・マジシャンが、精霊化した状態で脇に立っていた。拳を握りしめる力が強くなる。

 ここに来てから初めての経験。唯一己に勝利を譲らなかったデュエリスト、眼前に立つジャック・アトラスを見つめる。多分、向こうとしてもこの結果に満足していなかったのだろう。ぶつかる視線は火花が散っていた。そして先に口を開いたのはジャック・アトラスだった。

 

「今回のデュエルは引き分けと言う結果に甘んじてやる。一時の間、キングと肩を並べられた事を誇りに思うが良い! だが、次回でこの決着をつける! それで良いな?」

「あぁ、望むところだ」

 

 お互いに納得のいかない結末。これの決着を次回つけると言うデュエリスト同士の誓いがなされた。

 だが、それに水を差すようにスタジアムに第三者の声が入る。

 

「それは勘弁していただきたいですね、イッヒッヒッ」

「…………っ!」

『…………っ!』

「…………イェーガーか」

 

 独特の笑い声。スタジアムの入場口から現れたのは以前イェーガーと名乗った男だった。依頼を終えた後に刺客を送り込んできた道化の男。胡散臭い雰囲気は相変わらず健在のようだった。もっとも会ったのは依頼時であり、プライベートの状態で会うの初めてだ。そしてその脇にいる女性もまた自分のよく知る人物だった。

 

「狭霧さん……」

「随分と楽しそうだったじゃない、八代君?」

 

 狭霧のお小言が始まるのかと思ったが、予想に反してその声色は随分と嬉しそうだった。何か良い事でもあったのだろうか?

 

「えぇ、まぁ。というか、見ていたんですか?」

「そうよ。途中からだけどね」

「オッホン! 狭霧さん、そういったお話はご家庭でなさって下さい」

「はっ! 失礼しました!」

 

 わざとらしい咳払いでイェーガーは会話を切ると、ジャック・アトラスに向き直り言葉を続ける。

 

「キング、今回はゴドウィン長官のご配慮で大目に見ましたが、このような軽率な行動は今後慎むようお願い致します」

「ふん、休日をどのように過ごそうと俺の自由だ」

「お立場を考えて下さい。あなたはキングなのですよ」

 

 指を弾いた乾いた音と共に黒いスーツに黒のサングラスを付けた3人の男が現れる。その内の2人に取り押さえられていたのは、深緑の肩まで伸びたロングヘアでグルグルの渦巻きレンズのメガネが印象に残る女性だった。

 

「離してぇ!! 離してったらぁ!!」

 

 2人掛かりでもじたばたと暴れるその女性を押さえるのは大変そうだった。残りの1人が持っているのはその女性の私物だろうか、カメラや手帳、携帯などを持っていた。

 

「ちょっと返しなさいよぉ!! 今回のジャックの非公開デュエル、絶対スクープにしてやるんだからぁ!!」

「常にこういった輩に嗅ぎ回られていると言う事をお忘れなきように」

「あわわわわわ!! どこ連れてくのよぉ!! ねぇちょっとぉぉぉぉ……」

「ぐっ……」

 

 ジャック・アトラスの表情が歪む。イェーガーの指摘の通りキングと言う立場である以上、スキャンダルと言う問題が常に付きまとう。下手な記事が出回ればキングと言う立場そのものが危ぶまれる。デュエルの決着はつけたいが、それを安直には行えないと言うもどかしさが彼を苦しめているのだろう。

 

「八代! いずれこの決着は必ずつける! それまでせいぜい腕を磨いておけ!!」

 

 それだけ言い残すと、ジャック・アトラスはDホイールに乗ってスタジアムから消えていった。

 残されたのは俺と狭霧、そしてイェーガーだった。唐突に口を開いたイェーガーから話しかけられる。

 

「デュエルを拝見しましたが、あなたも相当の腕の持ち主のようですね」

「はぁ……どうも。えっと……初めまして」

「ヒッヒッヒッ! 初めましてでは無いでしょう。つい最近お会いしていますよ、八代さん?」

「えっ……?」

『————っ!』

 

 初めましてではない?

 まさか、正体がバレてる? 俺が『死神の魔導師』と呼ばれるデュエル屋だということを気付かれた?

 警戒心が強まる。心臓が嫌なリズムを刻んでいき、背中を冷たい汗が伝う。

 

「あぁ、つい最近と言っても、もう2ヶ月程前ですか。セキュリティのデュエル場でデュエルをしているのを偶然見ましてね」

「…………それって俺が気付いてないんだから、会ったとは言わないんじゃ?」

「おや、そうでしたか。それは失礼しました。私はイェーガーと申します。以後、お見知り置き下さい。ヒッヒッヒッ」

「……分かりました」

 

 こいつ……紛らわしい言い方しやがって……

 内心この人を食ったような態度に苛立ちながらも、改めて隙を見せられないと確信する。実際どこまで俺の事情を知っているのかすら不明だ。

 

「そんな顔をなさらなくても、キングと戦う機会はまたあるかもしれませんよ?」

「————っ?!」

 

 考え事をしていた表情を見て、どうやらジャック・アトラスとのデュエルの事を思っているのだと取られたようだ。そしてその思いもよらないセリフに耳を疑った。

 

「それってどういうことですか?」

「イッヒッヒッ! それはそのうち分かる事でしょう。それではこれで」

 

 言いたい事だけ言うと、その場から歩いて去っていくイェーガー。取り残された俺はしばらくの間、その言葉の意味について深く考えていた。そして無意識にポツリと言葉が漏れていた。

 

「なんなんだ、あの人?」

「……あぁ言う人なのよ」

 

 狭霧の言葉は職場での経験からか、重みを感じた。



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『デュエル屋』と元プロ 前編

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 

 浅く、短く、荒い呼吸。

 心臓の鼓動が激しく胸を打ちつけ痛みが絶えない。地面を蹴って足を一歩一歩踏み出す度に風を切る体に冷たい空気が、降り注ぐ雹のような雨が、容赦なく突き刺さる。黒と白の絵の具を混ぜたような濁った空の下、傘をさしている余裕なんて無い。

 初めてきた場所。シティの外れにある廃れた建物群の間を、俺はひたすら駆けていた。

 

————————俺は……なんで走っているんだ?

 

「いたぞぉぉ!!」

「っ!」

 

 右の曲がり角に入ろうと走りながら僅かに首を捻り、背後で声のした方向に目をやる。視界に映ったのは黒いスーツに黒のサングラスの男。サングラスのせいで視線がどこを向いているか確認する事は出来ないが、俺を追ってきていると言う事は空気で伝わってくる。

 明らかに堅気の人間ではない。両手でしっかりと握りしめられた黒光りする重金属がそれを決定づけた。

 

「っ!?」

 

 撃たれる!

 そんな言葉が頭を通り過ぎようとした。曲がり角に入って、サングラスの男が視界から途切れようとした時だった。

 そして。

 その引き金が引き絞られた。

 

『マスター!!』

 

 上から叫びのような声が聞こえるのと乾いた音が建物の間に響くのは同時だった。

 

「うっ、く……ぁ……はぁっ! はぁっ!」

 

 直後に壁に突き刺さる小さな鉄の塊。

 それを尻目に走り続ける。致命傷は免れた。足はさっきまでと変わらぬペースで水溜りを蹴散らしながら体を突き動かす。

 だが、外れた訳でもない。あの時、ちょうど戻ってきたサイレント・マジシャンの咄嗟に出した障壁は、確かに致命傷に繋がるルートは完全に塞いでいたようだ。しかし、あの銃弾はその軌道からわずかに逸れていた。結果、障壁の端を擦り軌道がさらに逸れて、左の脇腹の肉を数ミリ程持っていかれる事になった。それでも体に風穴が空かなかっただけ僥倖と言えよう。

 

————————何故忘れていたのだろう? 追われていた事なんて

 

 ひたすら細い壁面のコンクリートがボロボロになった建物の間の道を走る。

 次の曲がり角は確か右が行き止まりだったはず。左に行けばまだ道は続く。

 

『マスター!! 次の曲がり角を左に! その次を右です!』

「…………」

 

 建物の上を飛びながらサイレント・マジシャンがナビゲートをする。逃げる算段としてはサイレント・マジシャンが転移術式を人気の無いところで組み上げ、俺はそこに逃げ込むことになっている。つまり、サイレント・マジシャンがナビゲートできる状態と言う事は、その手筈は整ったと言う事になる。

 

————————何かが頭の中で引っかかっている。だが、考える余裕は無い

 

 背後で地面の水を蹴る足音はしない。追っ手との距離はまだあるようだ。時折、遠くの方で怒声や銃声が鳴り響く。まったく、組織同士の抗争に巻き込まれるとは、我ながらツイて無い。いや、そもそもの事の発端が俺にある以上は他人事では無いか。

 先の方に3本の分かれ道が見える。その3つに分かれた道の左に行けば転移地点の……

 

『この先を左に進めば転移地点です!』

「っ!?」

 

————————待て。おかしい。今のは明らかにおかしい。

 

————————サイレント・マジシャンの指示の前に、なぜ転移地点がわかった?

 

————————初めて来るはずの場所の道をどうして知っている?

 

『マスター! あそこです!』

「っ!」

 

 左の道を進むと、杖を象った魔術印が施された光り輝く魔方陣が見える。走る体は羽毛のように軽く、雨風の肌に突き刺さるような冷たさも脇腹に出来た傷の痛みも気が付けば感じなかった。一歩一歩踏み出すごとに周りを囲んでいた寂れた建物の壁面、舗装された罅割れだらけの道路、空を覆う灰色に染まった雨雲の色彩はぼやけていき、白い光に変わっていく。まるで白い光のトンネルを走っているように感じた。変わっていく周りの景色の中、目指す魔方陣だけはその形を変質させる事は無い。そして、俺の足が魔方陣の中に入った瞬間、視界は白で埋め尽くされた。

 

————————なんだ……そういうことか

 

 

 

————————

——————

————

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 意識がある事を自覚してから現実の感覚を取り戻すのにしばらく時間がかかった。ぼんやりとした視覚は僅かばかりに差し込む陽の光を吸い込んだ天井と、プラスチックカバーで覆われたまだぐっすりと眠ったままの丸い蛍光灯の識別を時間をかけて行う。同時進行で聴覚は周りの音を正確に聞き分けていった。一秒ごとに針を進める目覚まし時計の音、窓に吹き付ける風の声、いつもより早く打ちつける心臓の鼓動……そして、乱れた呼吸の音。気が付けば体中から吹き出た汗がパジャマだけでなくベッド、掛け布団までグショグショに濡らしていた。

 

『大丈夫ですか、マスター? 随分うなされていたみたいですが』

 

 心配そうに顔を覗き込むサイレント・マジシャン。嫌な夢を見た。彼女の言う通り、どうやらかなりうなされていたようだ。12月半ばの朝方だと言うのに、掛け布団はお聞くめくれ上がり、足は布団からはみ出ていた。

 

「……大丈夫だ」

『そうですか……』

 

 枕元の目覚まし時計が示す時刻は5時57分。普段の起床時刻よりも1時間以上も早い。このままもう一寝入りぐらいは出来そうな時間だ。

 だがこのびしょびしょに濡れたパジャマとベッドでは、気持ちよく寝る事は叶わないだろう。諦めて起床する事にした。

 

『もう起きるんですか?』

「あぁ」

 

 ベッドから降りると床は霜を敷き詰めたかのように冷たかった。その感覚が寝ぼけていた意識を完全に覚醒させる。

 我ながら何も無い部屋だと思う。流行しているアイドルのポスターも無ければ、タレントの雑誌も無い。お気に入りのアーティストもいないのだから、CDが置いてあるなんて事もある訳が無いし、世界中で無数に刷られている小説やマンガに心魅かれる事も無かった以上、小説やマンガが本棚に収まる事も無い。あるのは、スカスカの本棚の端に小ぢんまりと置いてあるデュエルアカデミアの教材と、広々としたデスクの中央に置かれたノート型のPC、そしてここにある物で一番長い付き合いとなる机の下のジュラルミンケースに収められたカード。クローゼットを開ければハンガーにかけられた制服と3着ある柄違いのネルシャツ、1着のダウンジャケットが顔を覗かせる。当然クローゼットのハンガー掛けはスカスカだ。足下には肌着が入ったカゴと夏服や使わないものが入った透明のプラスチック衣装ケースが並んでいて、ケースの上にはカーディガンとセーターが1着ずつ畳んである。

 

「………………?」

 

 漠然と自分に割り当てられた部屋の様子を眺めていたとき、ふとその衣装ケースに目が止まった。

 

『……マスター?』

「……なんでもない」

 

 いや……気のせいだろう。

 思い込みを現実にある物だと知覚が認識し、視覚に影響を及ぼすなんて言う話はよくある話だ。

 ハンガー掛けにかかっている制服を取り出すと肌着を漁る。ヒートテック素材の白の肌着を見繕うと、ブラインドにかけられたハンガーに吊るさったバスタオルを取り部屋を出る。廊下の空気は人の寝るときに発せられる熱ですら温められておらず、寝ていて火照った体も濡れたパジャマを通して触れる空気に熱を奪われていく。

 廊下を包むのは静寂。この時間は同居人の狭霧すら目を覚ましていない。

 

『シャワーですか?』

「そうだ」

 

 思えばここに来て初めて浴びる朝のシャワーだった。

 

 

 

————————

——————

————

 

 肌を伝う人肌に温められた水滴。すっかり冷えてしまった体を表面から芯にかけて徐々に温めていく。髪を伝い流れ落ちる温水は床にぶつかり、風呂場に水が砕ける音を絶え間なく響かせる。

 

「……………………」

 

 随分昔の夢を見た。いや、随分と昔のように感じるだけで、実際はまだ1年も経ってないのか。あれは依頼すれば必ず勝利を持ち帰るデュエル屋、“死神の魔導師”と言う異名が裏側の世界で知れ渡った頃だと思う。狙われた理由というのも結局のところそれだった。“依頼すれば必ず勝利を持ち帰る”、言い換えれば“相手に必ず敗北をもたらす”と言う事になる。依頼できれば勝利をもたらすが、敵に回ったら必ず敗北が訪れる。この諸刃の剣のような不確実な存在を抹消しようと言う動きが働いたのだ。

 

「ふぅ…………」

 

 首筋に当たるシャワーがじんわりと体を温めていくのを感じる。床に落ちた水滴が弾け、弾けた水滴が大きな水滴と合流し、やがてそれが流れて排水溝に消えていく。ぼんやりとそれを眺めていると腰掛けた風呂場の椅子と体が一体になってしまったような気がした。

 あの顛末はと言っても組織等のいざこざはなんて事の無い日常へと収束しただけだ。俺を消す側に回った組織と守る側に回った組織は俺が離脱した後、いくらかの衝突を経て和解に持ち込まれたらしい。すんなりこの結末に持ち込まれたのは偏に俺を消す側に回ったのがマイノリティだった事からだろう。それはバックに大きな組織がついていたとも言える。おかげで今では組織絡みであれほどの規模で命を狙われる事は無くなった。だがその後、俺の日常が大きく変化させる出会いがあったのは別の話だ。

 

 キュッ

 

 金属同士が蛇口を捻るとシャワーから絶え間なく流れ出ていた温水が止まった。

 いったいどれぐらいシャワーを浴びていたのだろうか。少なくとも体は十分過ぎる程に温まった。体から立ち上る湯気がはっきりと見える。このまま立ち上がったら立ちくらみがしそうだ。すこし体を冷ました方が良いかも知れない。

 

「はぁ…………」

 

 サイレント・マジシャンが側にいる生活の中、本当の意味で一人になる空間は風呂場とトイレぐらいなものだ。そして、そんなときに一人物思いに耽っているといつも頭に浮かぶ事がある。

 

“いったいこの生活はいつまで続くのか”

 

 その事を考える度に灰色に濁った深い霧に閉じ込められたような感覚に陥る。いくら手で掻き分けようとも、纏わり付いたそれは一向に晴れる事は無く先が見える事は無い。一歩先に足を出そうにもそこに道があるのかさえ分からない。もしかしたら一歩先には道がなく断崖絶壁が待ち受けているのかも知れない。けれど俺はその一歩を踏み出し続けている。たとえその先に道がなくても、どこに通じているか分からなくてもそうし続けなければならない。

 

「………………」

 

 火照り過ぎていた体も程よく冷めた。そろそろ上がろう。

 風呂場から上がると洗面所の鏡が白く曇り始める。外の冷えきった空気が今では心地よく感じられた。タオル掛けにかかっている紺色のバスタオルを手に取って、髪から適当に拭く。

 今日は時間をかけたレポートを提出して、放課後は依頼だったか。立て続けに依頼をこなしてからはレポートに専念していたおかげで久々の依頼でのデュエルだ。もちろんだからと言ってデッキの調整は怠っていない。新しいカード達が一体どんな動きをするのかが気になるところだ。

 体を余すところなく拭き曇っていた鏡で体に拭き残しが無いかの確認を終えると、バスタオルをタオル掛けに戻す。少し体を冷ましていたおかげで後から汗が滲み出るような事もなく心地の良い朝のシャワーだったと思う。

 

『マスター!』

 

 焦りを含んだサイレント・マジシャンの声が扉越しに聞こえる。声の具合からしてかなり緊急を要することが伝わってくる。だが家の中で焦るような事など特に思いつかなかった。まして自分は今シャワーを浴びたばかりなのだ。その事情を知っているはずのサイレント・マジシャンがそれでも扉越しで声をかけてくると言うのは余程の事態なのだろう。

 “どうした?”と口を開きかけた時、そのときにはもう遅く一気に事は動き出す。

 

『大変です! 狭霧さんが……』

 

 ガチャ

 

『待っ………………』

「………………えっ?」

「………………?」

 

 そのときサイレント・マジシャンは狭霧を止めようと手を伸ばして、固まった。

 そのとき狭霧は眠たそうに目を擦りながら扉を開けて、固まった。

 そしてそのとき俺はパンツを取る途中で手を虚空に伸ばし、固まっていた。

 

「「『…………………』」」

 

 それぞれが言葉を発する事を忘れていた。

 分かったのはそのとき三者三様に時が止まっていたと言う事だけだ。それから止まっていた時間は固まった時間の分だけ後の時の間隔を縮めるかのように動き出す。

 

 バタンッ!

 

 扉を閉めた勢いで掛けてあったバスタオルが風で揺れた。

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

 扉越しでそれだけ言うとドタバタしながら狭霧の気配が消える。どうやら自室に戻ったようだ。男の裸に対してこの反応と言うだけで、彼女の男性との今までの関わりについての真実が伺えると言う事については何も言わないでおこう。

 

『…………な、なにも見てませんから!』

 

 扉越しでテンパったことを言うのはサイレント・マジシャン。声の様子から察するに両手で顔を覆いながら耳まで真っ赤にしているのだろう。扉が開いて目をしっかり見開いていたヤツが“何も見てない”とは、ここまで分かりやすい嘘も珍しい。

 

「はぁ……」

 

 パンツを穿きながら思った。

 普段しない事をするのは控えよう。

 

 

 

————————

——————

————

 

 どうしようもない雨が降っている。ただでさえ冬の寒さで指先が冷えきっていると言うのに、それに追い討ちをかけるような雨。傘を持つ手の感覚が無くなりそうだ。本当にどうしようもない。

ビニール傘をさした髑髏仮面の全身ローブで見に包んだ人間と言うのは我ながらシュールな姿になっていると思うが、どうやら自分の感性は正常なようだ。裏通りの住人ですら1度は奇妙なものを見るような目でこの姿に目を留める。

 今日の依頼の場所は何時ぞやの地下デュエル場。人通りの少ないビルの間の細道を進むと地下への入り口にあの時と同じように黒いスーツの男が立っていた。パスの確認を済ませ地下へ降りていくと扉の開けてすぐのところに依頼主である恰幅の良いおっさんが立っていた。

 

「よう、来たか」

 

 だが以前あった時よりも覇気は無くどこかやつれているような雰囲気を感じる。そもそも俺を迎えるためにわざわざここで待っていたと言うのはおかしい。

 

「……それが依頼ですから」

「……くくっ、そうだな。それはそうだ」

 

 俺の返答に少し満足したような表情を浮かべ、おもむろに懐に手を入れる。襟元に小さく刺繍のされた皺一つない黒の背広の内ポケットから出てきたのは一本の葉巻とマッチ箱。慣れた動作でマッチを擦ると葉巻に火をつける。その煙は嗅いだ事の無いフルーツのような匂いがした。

 

「報酬は全額前払いとは随分と信用を頂けてなによりです。ご期待には必ず応えます」

「……あぁ、別にそう言うつもりで全額前払いで報酬を出した訳じゃねぇんだ」

「…………それはどういう意味です?」

「今回の依頼はお前さんが参加してくれるだけで良かったんだ。今回はここのデュエルでの客引きの目玉の対戦カードとして呼ばしてもらっただけ。元プロのデュエリストと“死神の魔導師”、表と裏の世界の実力者の対戦となれば客の注目は十分集まる」

 

 プロと言う言葉を聞いて真っ先に頭に浮かんだのはキングであるジャック・アトラスだった。引き分けに持ち込まれた苦々しい記憶が蘇る。元プロと言う事はアイツが戦っていた舞台に立っていたと言う事になる。どうやら負けられない理由がまた増えたようだ。

 一旦、葉巻を吹かした後、“まぁ”とその言葉は続く。

 

「お前さんだったら乗り越えるんだろうよ」

「……それは信用と受け取っても?」

「直感だ」

「……………………」

 

 ニヤリと笑う、ただそれだけ。後退を始めている前髪や額に刻まれた深い皺、服越しからでも分かるくらいに飛び出た腹などはおっさんでしかないはずなのに、その表情からはその凄みを感じさせる。

 

「ふっ、まぁ無事今日を乗り越えることだ(・・・・・・・・・・・・・)

 

 それだけ言うとおっさんは扉を潜り地下から出て行った。外の空気でも吸いに行ったのだろう。そう適当に当たりを付けて用意された控え室に足を運ぶ事にした。

 控え室は前に入ったおっさんの部屋と比べれば豪勢さは劣るものの、テーブルやソファーなど寛ぐには事足りる家具が取り揃えられていた。おそらく依頼関係の荷物を置いてある自分の隠れ家のマンションの一室よりも快適な空間だろう。と、ここで自分の隠れ家の散らかりようを思い出して少し嫌気がさした。今は雜賀に依頼した資料で部屋の中が荒れているのだ。

 手提げの鞄をテーブルの上に置くとソファーの上に腰を下ろす。ソファーは表面の皮が所々剥げかかっていたが、座り心地はそこそこ良かった。

 

『聞いても良いですか?』

「ん? あぁ」

『どうして配布された資料を返さなかったのですか?』

「あぁ……そのことか」

 

 アカデミアでの事を少し思い出す。と言ってもほとんどの授業を寝て過ごしていたら、いつものように放課後がやってきたわけで、記憶に残っている事と言えば本当にそのレポートを無事提出できたことぐらいだ。丸々3日も割いたおかげで20枚を超える量となったレポートを見て担任も満足そうだったのが印象的だった。

 サイレント・マジシャンが聞いているのはその時の事だ。担任からその資料として借りていたジャック・アトラスの防衛戦が記録されているDVDディスクを返却しなかったのだ。そのとき“忘れてしてしまった”と嘘までついて。

 

「ちょっと気になる事があってな」

『気になる事……?』

「可能性としてはどっこいどっこいってところだが、もしかしたらこっちの切り札になるかもしれない。だから手札として取っておいてるんだ。コストが担任の軽いお小言なら安いもんだ」

『…………?』

 

 小首をかしげるサイレント・マジシャン。そして俺の言葉の意味を考えるようにしばらく左手を顎に当てて俯いていた。その真剣そうに考えているところ少し申し訳ない気もしたが、思考を遮るように声をかける。

 

「あぁ、あと頼みたい事がある」

『何でしょうか?』

「これからのことだが……」

 

 そうしてサイレント・マジシャンに伝えるべき事を伝えきると、ちょうどいいタイミングで控え室にノックの音が鳴り響く。どうやら出番が回ってきたようだ。

 

 

 

————————

——————

————

 

 罪を犯したわけでもないのに牢獄に入るとは妙な気分だとか、前にここに入った時も思った気がする。おっさんの目論見通り牢の周りを囲む客席は満員で、中には立ち見をする人までいた。時折聞こえる下品な笑い声や野次が飛び交うあたり客層はこの前よりも粗暴な人間が多いようだ。人の熱気と酒の匂いが籠った地下のデュエル場の居心地は最悪で、一刻も早くこの場から出て行きたいと言う衝動に駆られる。

 

「…………」

 

 牢の扉が開き新たに人が入ってきた。どうやら今日の対戦相手の話に聞いた元プロのデュエリストのようだ。薄汚れた青髪を頭頂部やもみあげ、背面のみ短めに整え、頭頂部を囲む伸ばした髪は棘の鋭く固められている。その様子はまるで王冠を被っているようにも見える。身長は高く、ガタイも良く、顔もゴツいため見て呉れはものすごく厳つい。厳つさで言ったらセキュリティのあのおっさんと良い勝負だ。

 

「お前が無敗の伝説を持つ“死神の魔導師”か」

「……世間ではそう呼ばれている」

「そうか……ならお前を倒せば或は昔の名声が取り戻せるかもしれねぇ。くくく、そうしたらいつものマズい酒も少しは美味く感じれそうだ」

「………………」

 

 元プロと言っても落ちればとことんまで落ちるようだ。こんな違法デュエル場でのデュエルで過去の名声にしがみ付き、酒に溺れてしまっている姿はどうしようもなく惨めに映った。

 

【それでは本日の最後にしてメインデュエル、元プロデュエリスト“氷室仁”と絶対勝利のデュエル屋“死神の魔導師”のデュエルを執り行ないます! ……なーんて堅苦しい前口上を言っちまったがテメェら!! 今日最後の祭りだ! ド派手に盛り上がっていけやゴォラァァァ!!!】

 

 スピーカーで地下全体に響くマイクの声。

 どうやら今日は司会まで用意されているようだが、客層に合わせた荒々しい進行だ。観客もそれに応え、まるで有名アーティストのライブ会場のような盛り上がりをみせる。野太い雄叫びに囲まれ、サイレント・マジシャンは顔を少ししかめ耳を塞いでいた。

 その雄叫びを皮切りに互いにデュエルディスクを起動させる。オートシャッフルによって切られたデッキからいつものように5枚の手札を抜き取る。

 

「デュエル!」

「デュエル」

 

 使うのは初めての新型のデッキのお披露目だ。果たしてどんな動きを見せてくれるのか……

 

「……っ!?」

『…………マスター? どうかなさい……っ!?』

 

 なんだ……これは……?

 思わず自分の目を疑う。だが、何度瞬きをしようとも、その手札カードが変わる事は無かった。婉曲な表現を使わずにこの手札を表現するなら、“凄惨な事故”。この言葉程、今の状況に適した言葉は無い。

 

「俺のターン! ドロー!」

 

 先攻は向こう。こちらの状況などお構いなしにターンを進行される。正直今すぐ手札をデッキに戻してカードを引き直したい。それが無理なら後は相手の手札も盛大に事故っている事を祈るしか無い。

 

「『トリオンの蟲惑魔』を召喚!」

 

 フィールドに現れたのは煤けた白髪の少女。頭に茶色の角を生やしている事を除けば、どこにでも居そうな可愛らしい女の子のように見える。だがよく見れば背中から伸びたツタのようなものが地面に突き刺さっている。まだその姿は現れてないが、そこから先に何が潜んでいるのか俺は知っている。

 巨大なアリジゴクだ。

 可愛い容姿の少女を疑似餌に獲物をおびき寄せ、頭上に近づいた獲物を地面に引きずり込む捕食者。それが『トリオンの蟲惑魔』の正体だ。

 

 

トリオンの蟲惑魔

ATK1600  DEF1200

 

 

 このカードだけでは何デッキなのかまだよくわからないが状況としては良くない。このカードには召喚の成功時に発動する効果、こいつが厄介だ。

 

【氷室が最初に出したのは何やら可愛らしい女の子だぁぁ! その姿はまさにむさ苦しいこの豚箱に咲く一輪の花! おい野郎共ッ! 一応御夫人方も見ていらっしゃるんだ! 欲情して脱ぎだすのは良いが、全裸は自重しやがれぇ!!】

『見てません! 何も……何も私は見て無いですから!』

 

 興奮した男共の下品な野次と熱気が非常に煩わしい。サイレント・マジシャンは服を脱ぎだす観客の男共を見まいと手で顔を隠し耳まで真っ赤にしている。その様子は今朝の俺の想像と寸分違わぬものだったということは言うまでもない。

 

「へへっ、可愛らしい姿だからって見くびるなよ。こいつは召喚成功時、デッキから“ホール”または“落とし穴”と名のついた通常罠カード1枚を手札に加える事ができる。俺がデッキから手札に加えるのは『奈落の落とし穴』だ!」

 

 落とし穴シリーズの中でも召喚、反転召喚、特殊召喚にも対応し、モンスターを除外する効果を持つため、最も汎用性の高い『奈落の落とし穴』。たとえそれがある事を分かっていても厄介である事には変わりない。

 

「カードを3枚セットしてターンエンドだ」

【どうやら氷室はこのターン守りを堅くしてお嬢ちゃんを守りきる算段のようだ! だがその厳つい顔じゃ騎士様ってのは無理があり過ぎる! 百歩通り越して一万光年程先を譲ってようやく美少女と野獣ってとこだ!! はぁ? 譲らなかったらどうなるって? そんなもん美少女とロリコンHENTAI魔人に決まっ……ひっ!】

 

 無礼極まりない実況を一睨みで黙らせる氷室。

 実況は汚いが司会の言う通り3枚のセットカードは防御札の可能性が高い。3枚と言う枚数から見て、さっき手札に加えていた『奈落の落とし穴』はセットされていると考えた方が良いだろう。そうなるとどのモンスターに『奈落の落とし穴』を踏ませるかが勝負の流れを左右する。

 ……などと思考しながらいつもはデュエルの一手を決めていた。だが、この手札はそれ以前の問題だ。防御札はおろかモンスターも無い。とにかくこのドローでモンスターか防御札を確保しないと、下手をしたら次のターンにゲームエンドなんて言う可能性すらある。嫌な汗が仮面の内を伝う。心拍数が上昇しているが、これはジャック・アトラスとのデュエルの時のような高揚感をもたらすものではない。

 

「……俺のターン、ドロー」

 

 良かった……モンスターだ……

 情けないと思うがこれほどまでに手札にモンスターが来る事を望んだ事は無い。新たなカードを手札に加える。ここまで何をするかを考える必要も無い手札も珍しい。出来る手が1つしかないのだから。

 

「『召喚僧サモンプリースト』を召喚」

 

 『奈落の落とし穴』はもちろん『落とし穴』にすら落ちる事の無い低ステータスモンスター。ここで召喚無効をするカードが来たらもう匙を投げるしか無くなってくる。

 

 

召喚僧サモンプリースト

ATK800  DEF1600

 

 

 俺の前に展開された魔方陣から現れた銀髪の仙人が出現しても氷室がカードを発動する様子は無い。コストでライフを2000ポイント支払う『神の警告』、コストでモンスターを1体リリースする『昇天の角笛』など、召喚を無効にするカードの類いはその分リスクも重い。『召喚僧サモンプリースト』程度の下級モンスターには使ってこない可能性もあるため、あのセットカードが召喚無効の類いのものではないと断じるのは早計だ。

 

「このカードは召喚成功時、守備表示になる。そして手札から魔法カード『テラ・フォーミング』をコストにして『召喚僧サモンプリースト』の効果を発動」

 

 『神の警告』の効果はモンスターを特殊召喚する効果を含むモンスター効果、魔法、トラップも無効にする事が出来る。『神の警告』を発動するなら手札をコストで捨てたこのタイミングの可能性が高い。

 

「………………」

「……デッキからレベル4のモンスター1体を特殊召喚する。『終末の騎士』を守備表示で特殊召喚」

 

 コストの魔法カードから魔力を得た『召喚僧サモンプリースト』によって展開された魔方陣から1人の騎士が現れる。ボロボロになった紅のマント、黒く煤けた甲冑は、数多の戦を超え世界の終末まで辿り着いた証。その騎士は片膝を立ててしゃがみ守りの姿勢をとった。

 

 

終末の騎士

ATK1400  DEF1200

 

 

 フィールド魔法を使う事を前提のデッキでは、そのフィールド魔法をデッキに当然複数枚入れる。ジャック・アトラスとのデュエルの際も同じフィールド魔法をデッキに3枚入れていた。そしてさらにはそのフィールド魔法を手札に呼び込むためのサーチカード、『テラ・フォーミング』を入れる事が多い。その『テラ・フォーミング』でフィールド魔法をサーチする事無く、コストとして捨ててしまう状況。それは言外に手札にフィールド魔法が存在している事を伝える事になる。そして絶望的な事に、今俺の手札にはそのフィールド魔法が3枚揃っている。

 

「『終末の騎士』の特殊召喚成功時に効果を発動。デッキから闇属性モンスター1体を墓地に送る。この効果で俺は『シンクロ・フュージョニスト』を墓地に送る」

 

 『終末の騎士』も『奈落の落とし穴』に落ちる事の無いステータスのモンスター。とりあえずはこのデッキの中核を成すカードを墓地に落とす事に成功し、壁モンスターも並べられた。とは言えこの状況は褒められたものではない。『トリオンの蟲惑魔』を処理する事も出来ず、自分を守るためのカードも無い状況だ。『召喚僧サモンプリースト』の守備力が『トリオンの蟲惑魔』の攻撃力と並んでいるからと言って、この壁が突破されないなどと考えるのは楽観的過ぎる。まずは相手のターンをこれで凌げるか、そして凌げたらその次のドローに勝負がかかってくる。

 

「カードを1枚セットしてターンエンドだ」

【これはなんだぁぁぁ?! 悪名高い“死神の魔導師”ともあろうお方が、この序盤で守備固めに入ったぜぇ! あの固そうな3枚のセットカードの守りにぶるっちまったのかぁ?! ひょっとして不気味な仮面の下は、いざって時にビビって何も出来ないヘタレチェリーボーイなん……ひっ!】

 

 司会の方に顔を向けると怯えた悲鳴を上げ黙った。…………悪かったな、大正解だよ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 意識を相手に戻す。『トリオンの蟲惑魔』だけでは、まだ相手がどんなデッキであるかの判別がつかない。恐らくこのターン相手は仕掛けてくるはず。そこで相手を見極める。

 

「まずは『トリオンの蟲惑魔』をリリースして、俺は『牛鬼』をアドバンス召喚」

 

 『トリオンの蟲惑魔』の姿が光となり消えていき、両腕抱えられる程のサイズの黄金の壺が出現する。そしてその壺から吹き出すように現れたのは筋骨隆々の人の上半身。体の色は青で統一されているが、その顔は黄土色の毛の牛そのもの。歯茎をむき出しにしてこちらを睨みつける表情は、まさに鬼の形相だ。

 

 

牛鬼

ATK2150  DEF1950

 

 

 『牛鬼』とは……また随分と懐かしい上級モンスターだ。上級の通常モンスターの中でも決してステータスは高くないどころか、むしろ低いと言っても良い程だ。それをあえて採用している理由が理解できなかった。

 

【来たぜぇ! 氷室のフェイバリットモンスター! U☆SI☆O☆NI!! 可愛い娘が消えたからってメソメソすんな野郎共! もしかして、もしかしちゃうとこっから氷室のエースモンスターが登場しちゃうかもだぜ! お前ら目ん玉良くほじくって刮目しやがれぇ!!】

「…………?」

「へへへっ、オーディエンスには応えてやらねぇとなぁ。さらに『牛鬼』リリースして手札から『大牛鬼』を特殊召喚するぜ!」

 

 『牛鬼』の姿が光に変わり、新たに現れたのは先程よりも筋肉が発達した人の上半身を持つ牛だった。変わったのは顔の色までも青になった事と、下半身が巨大な蜘蛛に変わった事だった。下半身は茶色で、八本の足すべての間接からピンク色の毛が生えている。

 

 

大牛鬼

ATK2600  DEF 2100

 

 

【で、で、で、出たぁぁ!! 氷室をプロ時代も支え続けたモンスター、『大牛鬼』! こいつの登場で流れは一気に氷室に傾いたかぁぁ?! 『大牛鬼』の登場で会場の盛り上がりも良い感じに乗ってきたじゃねぇか!】

「良いぞぉぉ! 氷室ぉぉ!!」

「そいつを待ってたぜぇぇ!!」

「死神を殺せぇぇ!!」

「『大牛鬼』は場の『牛鬼』をリリースする事で手札から特殊召喚できる効果を持つ最上級モンスター。こいつが俺のデッキのエースだ」

 

 『大牛鬼』の登場によって観客と司会のボルテージは上がってきた。

 なるほど、それで『牛鬼』を採用しているのか。しかし『牛鬼』をリリースして手札から特殊召喚できるモンスターが存在したとは知らなかった。共通している事は最上級モンスターにしては攻撃力が物足りないと言う点だろう。まさか特別な特殊召喚方法があるだけで効果は他にないと言うこともあるまい。果たしてどんな能力を持っているのか。

 

「行くぜ!! 『大牛鬼』で『召喚僧サモンプリースト』を攻撃!」

 

 攻撃宣言を受けると『大牛鬼』は八本の足すべてを駆使して『召喚僧サモンプリースト』目掛けて突撃を開始する。その勢いのままに豪腕から振り下ろされた拳を受け、『召喚僧サモンプリースト』は紙くずのように吹き飛ばされた。

 

「『大牛鬼』の効果発動! 『大牛鬼』が相手モンスターを戦闘で破壊した時、『大牛鬼』はもう一度だけ続けて攻撃できる!」

「――――っ!」

「『大牛鬼』で『終末の騎士』を攻撃!」

 

 『大牛鬼』は『終末の騎士』の方へ向き直ると口から糸を噴射する。鋭い弓矢の如く吹き出された糸は『終末の騎士』の鎧ごと貫き破壊した。

 

「カードを1枚セットしてターンエンドだ」

【圧倒的制圧力! 守りに入った“死神の魔導師”の布陣を一瞬で粉砕! こいつがプロとアマチュアの差なのか? 予想外に状況は一方的だが、ちっとは反撃しねぇと賭けになんねぇぜ死神さんよぉぉ!!】

 

 こちらの状況も知らずに好き勝手言ってくれる……

 だがそれは事実なのだから仕方の無い事だ。相手の場には『大牛鬼』とセットカードが4枚。対する俺の場には全く機能していないセットカードが1枚。フィールドは圧倒的優位に立たれているのは一目瞭然だ。しかし幸い相手は既に手札は1枚のみ。ここの場さえひっくり返せればどうにかなるのは間違いない。こちらの手札3枚はすべて腐りきっているフィールド魔法だが、墓地にキーカードを落とせた今、残りのキーカードさえ引ければ一気に動き出せる。ここのドローが正念場だ。

 

『………………』

 

 心配そうな表情で俺の様子を伺うサイレント・マジシャン。まぁあの手札を見られれば心配になられて当然だろう。さっきは次のターンに繋げるためのドローだった。そしてこれはこのデュエルの流れを変えるためのドロー。ここがこのデュエルの行方を左右する一番のドローと考えると、少し高揚感が湧き立つ。

 

 ドクンッ

 

「俺のターン、ドロー…………っ!」

 

 来たか!

 ここで引くべき最高のカードが手札に収まる。もっともデッキに3枚入れているカードなので引ける可能性は十分あったと思うが。兎に角こちらもこれで動ける。セットされている『奈落の落とし穴』が発動されても問題なく動けるはずだが、それ以外の妨害を受けた場合は腹を括るしか無い。

 

「フィールド魔法『ブラック・ガーデン』発動」

「ん? うぉぁっ!」

【ついに死神が動き出したぁぁあ! だが檻の中を黒い茨のツタで覆われちまって中の様子が良く見えねぇ! おいおいおい、そんな人目のつかねぇ中で一体何をおっぱじめようってんだぁ?!】

 

 ソリッドビジョンでフィールドが変化しざわめきが起こる。なるほど、こうしていれば不快な視線に晒されずに済むのか。

 

「『ヴァイロン・キューブ』を召喚」

 

 白い立方体の物体が召喚された。プレゼントのリボンのようにそれぞれの面に金色のラインが十字に描かれている。正面に埋め込まれた琥珀色の宝玉が輝き始めると両脇からは金色のアームが、底面からは金色のラグビーボール状の浮遊装置が、上面からは小さい鳥の顔ような頭が展開される。

 

 

ヴァイロン・キューブ

ATK800  DEF800

 

 

「チューナーモンスターか……」

「そしてこの時、『ブラック・ガーデン』の効果が発動する。モンスターが召喚、特殊召喚された時、そのモンスターの攻撃力を半分にし、そのモンスターのコントローラーから見て相手フィールド上にローズ・トークンを攻撃表示で特殊召喚する」

 

 足下から伸びてきた茨のツタは『ヴァイロン・キューブ』に絡み付くとその力を奪っていく。そして相手の場にその力を養分にして一輪の薔薇の花を咲かせる。

 

 

ヴァイロン・キューブ

ATK800→400

 

 

ローズ・トークン

ATK800  DEF800

 

 

「馬鹿な! 自分のモンスターの能力を下げてまで俺の場にトークンを出しただと? 一体何を企んでいる……」

「そして『ブラック・ガーデン』の更なる効果を発動。このカードとフィールド上の植物族モンスターをすべて破壊する」

「くっ……」

 

 『ブラック・ガーデン』の崩壊と共にローズ・トークンが弾け飛んだ。茨の檻が無くなり再び観客の視線に晒される。

 

「そして自分の墓地からこのカードの効果で破壊したモンスターの攻撃力の合計と同じ攻撃力のモンスター1体を選択して特殊召喚する。破壊した植物族モンスターはローズ・トークン1体。よって墓地から攻撃力800のモンスター、『シンクロ・フュージョニスト』を特殊召喚する」

 

 甲高い笑い声上げながら墓地からオレンジ色の悪魔が場に現れた。

 

 

シンクロ・フュージョニスト

ATK800  DEF600

 

 

【おぉぉおぉぉ! なんだか良く分かんねぇが、兎に角死神が2体のモンスターを並べたようだぜ! しかも一体はチューナーときやがったぁ! ってことは『怒れる類人猿』ばりの知能指数しか持ち合わせてねぇテメェらでも、次に起きる事ぐらい分かるよなぁ? わからねぇなら一旦ママの子宮に戻って受精卵から出直してきやがれ!!】

「レベル2の『シンクロ・フュージョニスト』にレベル3の『ヴァイロン・キューブ』をチューニング。シンクロ召喚、『幻層の守護者アルマデス』」

 

『ヴァイロン・キューブ』と『シンクロ・フュージョニスト』がその形を変え生み出した光の柱から現れたのは古代ギリシャの彫刻のような肉体美を持つ男。身につけているものはうっすら青みがかった胸当てと下がボロボロになっている白の腰巻きのみ。逆立った白髪は炎のように揺らめいていた。

 

 

幻層の守護者アルマデス

ATK2300  DEF1500

 

 

「おぉっと、そうはさせねぇ! トラップ発動! 『奈落の落とし穴』! これにより召喚、特殊召喚された攻撃力1500以上のモンスターは除外だ!」

 

 登場して間もない『幻層の守護者アルマデス』だったが、あっさりと異次元へと続く穴に引きずり込まれ俺の場から姿を消す。攻撃力では『大牛鬼』に劣るため、見逃してもらえるかもと思ったが、そう上手くはいかないらしい。

 

「だが、シンクロ召喚には成功した。よって『シンクロ・フュージョニスト』の効果発動。デッキから“融合”または“フュージョン”と名のついたカードを手札に加える事が出来る。さらに『ヴァイロン・キューブ』が光属性のシンクロモンスターのシンクロ素材に使われた事により効果発動。デッキから装備魔法1枚を手札に加える」

「速攻魔法『相乗り』発動! 相手がドロー以外の方法でデッキ・墓地からカードを手札に加える度に、カードを1枚ドローする」

「くっ……俺は『シンクロ・フュージョニスト』の効果で『簡易融合』を、『ヴァイロン・キューブ』の効果で『ワンダー・ワンド』を手札に加える」

「デッキからカードを2回手札に加えた事ため、『相乗り』の効果で2枚ドローする」

 

 ここで『相乗り』とは……そう簡単には勝負を譲ってくれる気は無いか。俺の場はガラ。ここで展開を止めれば次のターンに4000ライフを持っていかれる。ここは動くしか無い。

 

「『ブラック・ガーデン』を発動」

「ちっ……まだ動くか」

【なにぃぃ! 2枚目の『ブラック・ガーデン』だとぉ?! おいおいここまで実況泣かせのカードはねぇ! 見たいけど見えないのはAVのモザイクだけで十分ってもんだ!】

 

 実況の声が遠くなり、再び場は茨の檻で閉ざされる。

 これで相手の手札は2枚、セットカードも2枚。残りの2枚のセットカードに召喚妨害の札があると苦しいが、いけるか?

 

「さらに1000ポイントのライフを払って『簡易融合』を発動。エクストラデッキからレベル5以下の融合モンスターを融合召喚扱いで特殊召喚する。俺が出すのはレベル4の『カオス・ウィザード』」

 

 巨大なカップ麺の容器から飛び出してきたのは、おなじみの鎌を持った仮面の魔術師。赤と黒のツートンカラーの鎧はこの茨の檻の中だと目立たない。

 

 

八代LP4000→3000

 

 

カオス・ウィザード

ATK1300  DEF1100

 

 

「そして『ブラック・ガーデン』の効果で『カオス・ウィザード』の攻撃力は半分となり、相手フィールド上にローズ・トークン1体を特殊召喚する」

 

 場に出た『カオス・ウィザード』に絡み付く茨のツタ。エネルギーを吸い取られ苦しむ『カオス・ウィザード』とは対称的に、相手の場に咲いた薔薇の花は美しかった。

 

 

カオス・ウィザード

ATK1300→650

 

 

ローズ・トークン

ATK 800  DEF800

 

 

「『ブラック・ガーデン』のもう一つの効果を発動。このカードと植物族モンスターをすべて破壊。破壊されたローズ・トークン1体分の攻撃力800と同じ攻撃力のモンスター、今度は『ヴァイロン・キューブ』を墓地から特殊召喚する」

 

 『ブラック・ガーデン』が朽ち果てると『ヴァイロン・キューブ』が墓地から復活を遂げる。これでシンクロ召喚に必要な札は揃った。カードを発動する様子は無いようだ。

 

 

ヴァイロン・キューブ

ATK800  DEF800

 

 

【『ブラック・ガーデン』の効果はこっからは見えないせいで詳しくはわからねぇが、状況から察するに墓地からモンスターを蘇生させる効果があるみてぇだ! 死神の場にまたチューナーを含んだ2体のモンスターが並んでやがる! 聞いた話じゃ前にここでデュエルした時、死神は1ターンに4回シンクロ召喚をしてたらしいぜ! 1ターンに2回程度のシンクロ召喚は鼻歌まじりにやってのけちまう! やはりこいつもただやられっぱなしで終わる男じゃねぇようだ!!】

「レベル4の『カオス・ウィザード』にレベル3の『ヴァイロン・キューブ』をチューニング」

 

 『ヴァイロン・キューブ』が緑に輝く3つの輪になり空を舞う。その中に入るように飛び出した『カオス・ウィザード』の輪郭は解けていき、体内から4つの光球を飛び出させる。それらがすべて一直線に並んだ時、光が輪の中を突き抜けた。

 

「シンクロ召喚、『アーカナイト・マジシャン』」

 

 光の柱が霧散して中から出てきたのは三日月のようなカーブを描いている白いローブに身を包んだ魔術師。依頼用のデッキでは常に最前線で戦っているエースモンスター。それがようやく俺の場に姿を現した。

 

 

アーカナイト・マジシャン

ATK400  DEF1800

 

 

【来やがった! 来やがった! 来やがったぜぇ!! 噂に名高い死神のエースカード『アーカナイト・マジシャン』!! 通称トラウマ・マジシャン! 対戦相手を気絶させた上に小便ちびらせちまったなんて話聞いたときは、どんなおっかないモンスターだと思ったが、見てくれは全然可愛いじゃねぇか! 果たしてこいつは一体どんな鬼畜外道効果を見せてくれるんだぁ?!】

「『アーカナイト・マジシャン』はシンクロ召喚成功時、自身に魔力カウンターを2つ乗せる。そして自身に乗った魔力カウンター1つにつき攻撃力を1000ポイント上昇させる。また、『アーカナイト・マジシャン』は光属性。よって再び『ヴァイロン・キューブ』の効果によりデッキから装備魔法を手札に加える事が出来る。俺が加えるのは『ワンダー・ワンド』」

「デッキからカードを加えた事よって、『相乗り』の効果によりカードを1枚ドローする」

 

 この際の相手のドローは仕方が無いと割り切る。『ヴァイロン・キューブ』の効果を使わないといてもあったが、今回はデッキの圧縮を優先した。

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 0→2

ATK400→2400

 

 

 『月の書』や『強制脱出装置』と言ったフリーチェーンの妨害カードや召喚無効系のカウンターが来ない。となるとあのセットカードの危惧すべき可能性は攻撃反応のみ。

 

「『アーカナイト・マジシャン』の効果発動。魔力カウンターを1つ取り除き相手の場のカードを1枚破壊する。自身に乗っている魔力カウンター1つを取り除き『大牛鬼』を破壊する」

 

 『アーカナイト・マジシャン』の体から出てきた魔力球が杖に装填される。そして緑光を放ち始める杖先から閃光が天に向かって放たれた。するとどこからとも無く発生した暗雲から雷が『大牛鬼』に降り注ぐ。断末魔の叫びを上げるとともに『大牛鬼』はフィールドから消えていった。

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 2→1

ATK2400→1400

 

 

【こぉいつはエゲツねぇ!! 氷室のエースモンスターがこうもあっさりと破壊されちまうとは俺も予想してなかったぜぇ! てかそんな予想が立てられるなら、とっくに賭博でぼろ儲けしてこんな暑苦しいところから一抜けしてらぁ!!】

「『アーカナイト・マジシャン』の効果発動。自身の魔力カウンターを1つ取り除き、俺から見て右のセットカードを破壊する」

「ならばそのカードを発動しよう。トラップカード『凡人の施し』。デッキからカードを2枚ドローし、その後手札から通常モンスターを除外する。俺は2枚ドローして、手札から『牛鬼』を除外する」

 

 外したか……

 残りのセットカードは1枚。こちらの手札3枚のうち2枚は『ワンダー・ワンド』と割れていて、残りの1枚も先のターンセットしなかった事から妨害の札ではないとバレている。この状況が分かっている以上、たかが攻撃力400の『アーカナイト・マジシャン』と言えども攻撃反応型のカードを使ってくるはず。仮に攻撃が通ったとしても与えられるダメージは400。『ワンダー・ワンド』を装備しても900。仕掛けるのは流石にハイリスクローリターン過ぎる……か。

 

「『アーカナイト・マジシャン』に『ワンダー・ワンド』を装備。『ワンダー・ワンド』は装備モンスターの攻撃力を500ポイントアップさせる」

 

 『アーカナイト・マジシャン』の杖が柄に人面が描かれた短いロッドに入れ替わる。氷室の顔がニヤリと歪むのを俺は見逃さなかった。

 

 

アーカナイト・マジシャン

ATK400→900

 

 

 攻撃力900程度のモンスターなど壁にもなら無い事は目に見えている。だが『ワンダー・ワンド』のドロー効果で『アーカナイト・マジシャン』を失えば、召喚権を使ってしまっている以上、壁となるモンスターは出せない。ライフは3000と最上級モンスターの一吹きで消えてしまうような数値だ。なんとかここで防御の札を呼び込みたい。

 

「『ワンダー・ワンド』の効果発動。このカードと装備対象のモンスターを墓地に送りカードを2枚ドローする」

「………っ! おいおい、攻撃してこないのか。つれないヤツだぜ」

 

 『ワンダー・ワンド』に導かれ『アーカナイト・マジシャン』は墓地に消えていく。そしてそれを糧に得た2枚の手札を確認する。

 

「……カードを1枚セットしターンエンド」

【おぉぉっとぉ?! まさかのここでターンエンド?! そりゃねぇぜ、それでもテメェ玉ついてんのかぁ? それとも攻めるよりむしろ攻められる方が好きなマゾ野郎なのかい? なんにせよこれで無傷で氷室にターンが回ったぁ!!】

『…………マスターが……M……?』

 

 ……サイレント・マジシャン、今のは聞かない事にしておいてやる。そう言う意味を込めた視線をサイレント・マジシャンに向けると慌てた様子で頭を下げ謝ってきた。純粋過ぎるのも考えものだ。

 

「俺のターン! ドロー!」

 

 気を取り直してデュエルに意識を集中させる。これで相手の手札は6枚まで回復された。場にはモンスターが残されていないとは言え、あの枚数の手札を抱えていればモンスターを展開するのは容易だろう。

 

「先のターン、仕掛けるかどうかの判断だが、あれで正解だと思うぜ。リスクとリターンの天秤は圧倒的にリスクに傾いていた。裏世界のトップと言えども、所詮はアマチュアだと思っていたが、なかなかどうしてデュエルを知ってやがる」

「…………そいつはどうも」

「では答え合わせと行こうか! リバースカードオープン! 永続トラップ『闇次元の解放』! こいつは除外されている闇属性モンスター1体を特殊召喚する。俺はさっき『凡人の施し』の効果で除外した『牛鬼』を呼び戻す! 来い!」

 

 次元の歪みを抉じ開けて『牛鬼』が場に戻ってきた。『牛鬼』がフィールドに戻ってきた事で会場は再び歓声の渦に包まれる。

 

 

牛鬼

ATK2150  DEF1950

 

 

「つまりさっきのターンは仕掛けてきても来なくとも、お前の前にはこいつが立ち塞がったと言うわけだ。どっちみち攻撃は通らなかったぜ。そして俺は『牛鬼』をリリース! 『魔族召喚師』をアドバンス召喚だ!」

 

 『牛鬼』の姿が光に変わると、その光が新たに魔方陣を描き始める。完成した魔方陣からは妖しげな煙が上り、やがて人影が現れる。煙が晴れるにつれて体のシルエットが浮かび上がってきた。しかしそれは人の姿とはまるで似つかぬもの。まず目を引いたのは濁りきった青白い肌と頭から生えた2本の内側に曲がった角。さらに尻尾が生えており、魔族を召喚することを専門に魔術を極めた者の成れの果てがそこにはあった。

 

 

魔族召喚師

ATK2400  DEF2000

 

 

 セットカードは『闇次元の解放』だったのか。それなら確かに相手の言う通り攻撃しても結果は変わらなかったな。

 『魔族召喚師』はデュアルモンスター。もう一度召喚権を使って再度召喚する事でその能力を解放する。これで残り手札は4枚。このタイミングでそいつを出してくると言う事は恐らく……

 

「そして装備魔法『スーペルヴィス』を『魔族召喚師』に装備。このカードを装備したモンスターは再度召喚した状態となる。これにより効果を得た『魔族召喚師』の効果発動。1ターンに1度、手札または自分・相手の墓地から悪魔族モンスター1体を選んで特殊召喚する。この効果で俺は墓地から『牛鬼』を特殊召喚する!」

 

 やはりか。

 『魔族召喚師』によって墓地から引きずり出された壺から『牛鬼』が姿を現す。『牛鬼』をこうも容易く場に揃えると言うのは、これが元プロの手腕と言うヤツか。

 

 

牛鬼

ATK2150  DEF1950

 

 

 これで2体のモンスターの合計攻撃力は俺のライフ3000を上回った。残りの手札でまだ何か仕掛けてくるのか、それともバトルに入るのか。

 

「へっ、冥土の土産だ! 『牛鬼』をリリースして、手札から『大牛鬼』を特殊召喚する!」

 

 どうやら前者だったらしい。

 壺が砕け巨大な蜘蛛の下半身が姿を現した。さきほど倒したモンスターをこうもあっさり出されると言うのはこちらとしては苦しいところだ。

 

 

大牛鬼

ATK2600  DEF2100

 

 

 この判断の場合、俺の新たにセットしたカードが攻撃反応型の全体除去『聖なるバリア―ミラーフォース―』だった時は被害は増えるが、『リビングデットの呼び声』などの蘇生系のカードだった時は『大牛鬼』の能力を使えば俺のライフを確実に削りきれる。一長一短の判断ではあるが、リスクもある分この場合だと勝利と言う絶対的リターンが存在する以上、この判断も十分ありな判断だろう。

 

【ここでこのデュエルで2体目の『大牛鬼』の登場だぁぁ!! どうやらいつになく氷室は絶好調なようだぜぇ!! 早くもこのデュエルの決着がついちまうのかぁぁ?! おいこら、まだ決着はついてねぇんだから項垂れてねぇで、瞼抉じ開けて見届けろや!!】

「バトル! 『大牛鬼』でダイレクトアタック!!」

 

 俺のライフを削りきらんと駆け出す『大牛鬼』。ふと牛に迫られる闘牛士とはこんな感覚なのだろうかと思ったが下半身の蜘蛛の足を見て、おそらく別物だろうと確信した。俺を捻り潰そうと『大牛鬼』は腕を振り上げる。だが、このライフをそう易々とくれてやる俺ではない。

 

「トラップカード『ピンポイント・ガード』発動。相手の攻撃宣言時、墓地からレベル4以下のモンスターを守備表示で特殊召喚する。そしてそのモンスターはこのターン戦闘及びカード効果では破壊されない。俺が特殊召喚するのは『召喚僧サモンプリースト』」

 

 俺と『大牛鬼』の間に割り込むように『召喚僧サモンプリースト』が出現する。攻撃のモーションに入っていた『大牛鬼』だが、その拳を『召喚僧サモンプリースト』の前でピタリと止める。先程は容赦なく吹き飛ばした攻撃だったが、その拳は見えない壁に阻まれているようにピクリとも前に進まない。

 

 

召喚僧サモンプリースト

ATK800  DEF1600

 

 

「ちぃっ! そいつで守られてんだったらしょうがねぇ……これでターンエンドだ」

【どうやら決着はお預けのようだ! そりゃそうだ! 今日のメインデュエルがこんなに簡単に終わっちゃいけねぇ!! “死神の魔導師”側に賭けてた連中が息を吹き返したようだぜぇ!! 依然フィールドでは氷室が優位に立っているが、死神はこれをどう返してくるのか見物だぜぇぇ!!】

「ったく、こんな辛気臭いとこまで来て、見る価値のある面白いもんが見れるのかよ!」

「——————」

「………………」

『…………!!』

 

 また育ちの悪そうな輩が入ってきたようだ。どうやらわざわざこのデュエルを見るためにこの時間から入ってくる観客もいるらしい。

 

『……………』

 

 構わずデュエルを続けようとした時、サイレント・マジシャンがある一点を見つめて固まっている事に気付く。視線の先を追えばそこには先程入ってきた3人組がいた。1人はこちらにも聞こえる声で喋っていたくすんだ金髪の男。獰猛な顔つきで、どこかの円卓から奪ってきたのだろう、1人椅子に腰をかけ足を組みながらこちらを見ている。

 その脇に立つもう1人はそれを諭していたサングラスをかけた男。全体的に長めな褐色の髪で前髪を大きく右に流している。表情は柔らかく金髪の男の横暴も黙認しているようだ。

 そしてサングラスをかけた男の側に立っている最後の1人に目を移した時、視線が固まった。頭から体をすっぽり覆う黒いローブを身につけ、顔には白い仮面を付けているため何者なのかはっきりとは分からない。だが仮面の横から零れ出ている長い赤髪、それは見覚えがあるものな気がした。数少ないはっきりと記憶に残るデュエルをした少女の姿が頭を過る。

 

 ズキリッ

 

 その時、頬に出来た傷に痛みが奔った。

 



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『デュエル屋』と元プロ 後編

————————待たせたな。俺がキングだ!

 

 ヤツは突然現れた。デビュー戦での勝者インタビューでいきなりそう宣言したのだ。

 

————————見せてやろう。大いなる我が力を!

 

 ヤツは世間を席巻した。そして宣言通り勝利を重ねると本当にキングの座まで上り詰めた。

 

————————キングは一人、この俺だ!

 

 ヤツは強かった。キングの座を狙う挑戦者を悉く打ち破り、その椅子に堂々と座り続けた。

 

————————キングのデュエルは、エンターテインメントでなければならない!

 

 ヤツは人を魅せた。時にピンチすらも演出し観客の緊張を煽り、しかし最後は華麗に勝利する。

 

 そんなデュエルに気が付けば俺自身も引きつけられていた。だが当時はプロとしてのランクは離れていて、遠目で眺めることしかできなかった。またその頃はそれだけで満足していた。だが、そのヤツのデュエルを見る回数を重ねるごとにヤツへの憧れは増し、見ているだけでは満足できなくなっていった。

 

 同じプロとして、同じ舞台で戦いたい。

 

 いつしかその憧れはそんな気持ちへと変わっていった。そう思うのは強者とのデュエルを望むデュエリストの欲求として至極当然のことと言えるだろう。

 その気持ちに気付いた時、俺は決心をした。プロのランキングを上り詰め、キングへのデュエルの挑戦権を手にすると。

 それから俺は通常のDホイーラーがこなす大会の倍以上の大会にエントリーした。すべては早くランキングの上位に食い込み、ヤツとのデュエルを実現するため。元々ヤツ程ではないがデビュー当時はデュエルの腕に光るものがあると注目を集めた事もあって、コツコツと勝利を積み重ねていった。何人もの強者と戦い、時には負けたりしたものの、着実にランキングを上げていった。

 

 だが、それがすべての崩壊への引き金だった。

 

 無茶なペースでライディングデュエルをこなし続けたせいで、体に溜まる負担は日に日に増していった。また壊れていったのは体だけではない。Dホイールのメンテナンスも短いスパンで行われる試合に追いつかず、試合中のDホイールのトラブルも多発した。早くランキングを上げたいと逸る心と、それについてこない体とマシン。そのジレンマに苦しめられながらも折れなかったのは、目指すべき光が輝きを失わずに前で道を示し続けたからだ。

 そうして俺はとうとうキングへの挑戦権を得た。

 

 そして、その日。

 

 待ちこがれたヤツとのデュエル当日。

 

 崩壊の引き金は引き絞られた。

 

 試合途中、既に限界を迎えていた体はふとした拍子にDホイールの制御を失い、同時に起きたエンジントラブルでDホイールは大破。デュエルの半ばで試合続行不可能になり俺は敗北したのだ。奇跡的に怪我を負わなかったのが不幸中の幸いだったのか。ただ目標にしてきた舞台での散々な有り様に試合後、気が付けばスタジアムの外で呆然と座り尽くしていた。

 

————————キングの対戦相手を名乗りながらこの程度か。最悪のデュエルだったなぁ

 

 その時ヤツのかけた言葉で、俺の中の何かが壊れた。

 

 

 

————————

——————

————

 

八代LP3000

手札:3枚

場:『召喚僧サモンプリースト』

セット:魔法・罠1枚

 

 

 

氷室仁LP4000

手札:3枚

場:『大牛鬼』、『魔族召喚師』(『スーペルヴィス』装備)

魔法・罠:『闇次元の解放』

セット:無し

 

 

「どうした? ターンを進めないのか?」

「……! ……俺のターン、ドロー」

 

 相手の言葉でようやくデュエルに意識が戻る。相手の場には『スーペルヴィス』を装備した『魔族召喚師』と『大牛鬼』の2体が並んでいる。魔法・トラップゾーンには『牛鬼』を特殊召喚した際に使った『闇次元の解放』が残っているだけでセットカードは無い。手札起動の妨害が無い限りこちらの動きは制限される事は無い絶好の機会だ。やや強引にデッキを動かす事になるが、それでもやるしか無い。

 

「手札の『ブラック・ガーデン』を捨て『召喚僧サモンプリースト』の効果発動」

「この瞬間、手札から『増殖するG』を発動! この効果によりこのターン相手がモンスターを特殊召喚する度に、俺はカードを1枚ドローする」

 

 このタイミングで『増殖するG』……最悪だ。

 劣勢時に展開し返さなければならない状況で、こいつを打たれるのはかなり苦しい。優勢時、拮抗時なら最悪展開を止め相手のドローを抑えると言う選択があるのだが、劣勢時この場を返さなければ次のターンライフを根刮ぎ持っていかれる状況まで追いつめられると、もはや展開する以外手は無い。こちらは展開のために手札を減らす一方、相手はその間に手札を肥やす。それは即ち仮にこの場を返せたとしても、相手はそれをさらに返すための札を引く可能性が増す事を意味する。

 

「……俺はデッキから『マジドッグ』を特殊召喚する」

 

 『召喚僧サモンプリースト』の敷いた緑色の発光する魔方陣から召喚されたのはクリーム色の毛並みの犬だった。赤いマントと茶色の腰巻きを身につけ、二足歩行をする事で空いた前足には身の丈程の杖が握られていた。

 

 

マジドッグ

ATK1700  DEF1000

 

 

 『マジドッグ』の足下で蠢き始めた黒い影が一斉に相手のデュエルディスク目掛けて飛び出す。

 

『…………っ!!?』

【ノォォォォォォォォォォォォォ!! Gだっ!! Gの大群だ! こいつは茶の間じゃ絶対見せられねぇショッキングな光景だぁぁ! そこらで吐瀉物まき散らす音がここまで聞こえやがるッ! だが、客席で僅かに聞こえる甲高い悲鳴のお陰でここにもまだ華が残ってる事が分かった! それだけで俺はまだ実況できるぜ!】

「『マジドッグ』の特殊召喚によりカードを1枚ドローする」

 

 いつ見てもグロテスクな光景だ。自分が使った事もあるカードだが、相手に使われるのは初めてで、すっかりこのリアルな映像のことを忘れていた。観客の厳つい野郎共もこれには引いている。

 それとサイレント・マジシャン……突然で驚いたのは分かるが、腕にしがみ付くな。デュエルが進められん。

 

「……『ワンダー・ワンド』を『召喚僧サモンプリースト』に装備する」

 

 『ワンダー・ワンド』が『召喚僧サモンプリースト』の手に収まる。自分が腕にしがみ付いていた事を自覚したサイレント・マジシャンは慌てて離れた。

 涙目になるほど怖かったのか……

 

 

召喚僧サモンプリースト

ATK800→1300

 

 

 ここで何かを特殊召喚する札を手札に呼び込めば、この場だけはとりあえず返せる。

 

「『ワンダー・ワンド』の効果で『ワンダー・ワンド』と装備対象モンスターを墓地に送りカードを2枚ドローする」

 

 墓地に消えていった『召喚僧サモンプリースト』の魂が新たに2枚のカードのチャンスを繋いだ。これでキチンとこの場を返す動きは出来る。

 

「『アンノウン・シンクロン』を召喚」

 

 銀の鉄板を張り合わせて作ったバレーボール状の球体が『マジドッグ』の横に飛来する。一カ所空いた穴から覗く赤いレンズはピントを合わせながら周りの様子を分析しているようだった。

 

 

アンノウン・シンクロン

ATK0  DEF0

 

 

 本来なら相手の場にのみモンスターが存在する時、自身を手札から特殊召喚できる効果を持っているのだが、既に俺の場には『召喚僧サモンプリースト』が存在していたため、その効果を使う事は叶わない。

 

「レベル4の『マジドッグ』にレベル1の『アンノウン・シンクロン』をチューニング。シンクロ召喚、『TGハイパー・ライブラリアン』」

 

 『マジドック』、『アンノウン・シンクロン』の魂が形を変え生み出した光の柱から一人の司書が姿を見せる。シンクロ召喚で場を展開する時、消費する手札を補充してくれるこのデッキの支えとなるキーカード。こいつの能力で引くカードがこの場を返された後の相手の布陣を突破する鍵となる。

 

 

TGハイパー・ライブラリアン

ATK2400  DEF1800

 

 

【ちょっ、おまっ! そんなまた特殊召喚したら……】

「『TGハイパー・ライブラリアン』の特殊召喚により『増殖するG』の効果でカードを1枚ドローする」

 

 Gが舞う。それは遠目で見れば黒い雲が動いているようにしか見えないかも知れないが、近くで見ると一個一個の個体を視認できてしまうためあまり気分のいいものではない。

 

【やめろぉぉぉぉぉ!! まただよ! またやりやがった!! こんなGの群れもう見たくねぇ! こんなGばっか見てたら嫌なもん思い出しちまったじゃねぇか! うっぷ……なんだか俺まで吐き気が……】

「魔法使い族のシンクロ召喚に使われた『マジドッグ』の効果を発動。墓地のフィールド魔法を1枚手札に加える。俺は墓地の『ブラック・ガーデン』を手札に加える」

 

 これでこちらの手札は4枚、相手は4枚。こちらも騙し騙し展開しながらも手札を稼いで来たが、展開をする度に勝手に相手の手札も増えていくのだから、これ以上の展開をすればは相手との手札の差が開いていくのは目に見えている。ざっと、2対7までは開くか……

 

「『ブラック・ガーデン』を発動」

【ここでついに3枚目の『ブラック・ガーデン』が発動されたぁぁぁ!! これが発動されたって事は、死神の野郎はまだこのターン特殊召喚する気満々らしい! だがあの悍ましい光景も、こう茨の檻に囲まれちまえば見ようにも見れねぇ! 今回ばかりは中身が見えねぇ事に感謝しとくぜ!】

「1000ポイントライフを支払い『簡易融合』を発動。エクストラデッキからレベル5の『音楽家の帝王』を特殊召喚」

 

 1000ポイントのライフをコストに出現した巨大なカップ麺の容器から、新たにエレキギターを肩からかけたミュージシャンが姿を見せる。4000ポイントのライフだと2回も『簡易融合』を使っただけでライフが半分になってしまうと言うのが苦しいところだ。

 

 

八代LP3000→2000

 

 

音楽家の帝王

ATK1750  DEF1500

 

 

 『音楽家の帝王』の足下から一斉に飛び立ったGの群れを見る時、ピントを合わせなければ、この距離でも暗雲が移動しているように見えた。俺の側で体育座りをして帽子を深く被っているサイレント・マジシャンは雷を怖がる子どものようだ。どうやらこのターンはずっとその状態でいるつもりらしい。

 

「モンスターを特殊召喚した事で『増殖するG』の効果により1枚ドローする」

「『ブラック・ガーデン』の効果により『音楽家の帝王』の攻撃力は半分になり、相手の場にローズ・トークンが特殊召喚される」

 

 茨の庭に踏み入った者を養分とし薔薇の花が咲く。初手でこの『ブラック・ガーデン』を3枚握っていたときはどうなるかと思ったが、なんとかすべて捌ききれた。

 

 

音楽家の帝王

ATK1750→875

 

 

ローズ・トークン

ATK800  DEF800

 

 

「へへっ、良いのか? 俺にこれ以上手札を与えちまって」

「こんな中途半端な場でターンを明け渡すよりマシだ。『ブラック・ガーデン』の効果発動。このカードとローズ・トークンを破壊し攻撃力800の『ヴァイロン・キューブ』を蘇生させる」

「『増殖するG』の効果でカードをドローする」

 

 周りを囲っていた茨の檻が崩れ落ち『ローズ・トークン』が破壊されると、墓地から『ヴァイロン・キューブ』が浮上する。

 

 

ヴァイロン・キューブ

ATK800  DEF800

 

 

【うおぁぁぁ!! 檻を開けてみたらこれかよっ! 嫌がらせか?! 嫌がらせなのか?! こうなりゃ嫌がらせついでに俺の思い出した吐き気を催す記憶を話すぜ! テメェらも道連れだ!!】

「レベル5の『音楽家の帝王』にレベル3の『ヴァイロン・キューブ』をチューニング」

 

 『ヴァイロン・キューブ』から解き放たれた3つの光の輪の中を『音楽家の帝王』が飛ぶ。5つの光球が『音楽家の帝王』の体から飛び出し一直線にそれが並んだ時、光の柱が光の輪を突き抜ける。

 

【あれは小学校の頃の担任だった先生から聞いたんだが、弟さんが小ちゃい頃、飴食いながら寝てたらしい。その年の夏は異様に暑く、夜も息苦しい熱帯夜。うっかり口を開けたまま寝ちまった弟の口の中のご馳走を求めて黒い影が入りやがった! ……ってなんだ? 何が出てくんだ?】

 

 金属がギギギッと擦れる音が光の中から響く。ゆっくりと金属同士が噛み合って動き始めるのが音で伝わってくる。月夜に崖の上でオオカミが遠吠えをしているような音を出しながら、光からは蒸気が漏れ出す。光の中から徐々に浮かび上がってきたシルエットは竜。

 

「シンクロ召喚、『スクラップ・ドラゴン』」

 

 呼びかけに応えるように光の中に赤い光が灯る。直後、光を吹き飛ばし『スクラップ・ドラゴン』は稼動を開始する。金属が軋む音をたてながら体中を震わせる咆哮は、このデュエルの流れを変えると言う宣誓のように聞こえた。

 

 

スクラップ・ドラゴン

ATK2800  DEF2000

 

 

【おいおい、“死神の魔導師”ってのはこんな隠し球を持ってたのかぁ?! 風の噂で“死神の魔導師“はドラゴン族のシンクロモンスターを使うとは聞いた事があるが…… こいつはドラゴンなんて呼んで良い代物なのか?! 名前の通りただ廃材の寄せ集めじゃねぇか!!】

「どんな能力を持ってるかは知らねぇが、『増殖するG』の効果でドローさせてもらうぜ」

 

 『スクラップ・ドラゴン』の影から吹き上がるように湧いてくるGの大群。その量は特殊召喚したモンスターの大きさに比例するのか、はたまたドローした回数に比例するのか。一瞬、視界が真っ黒に染まる程のGが飛び出していった。

 

【………………知ってるか? 寝てる間は唾液の分泌って止まっちまうらしいぜ? さっきの話の続きだが、半溶けだった飴は口の中でまた固まっちまったんだ。すると飴の良い香り誘われてやってきたGはどうなる? 口の中から出ようにも足場が固まって抜けられねぇ。そうして迎えた朝、起きた哀れな弟は気持ちよくあくびをして目覚めた。直後、異物を飲む込む感触と口からこぼれ落ちた数本の黒い足。…………良い子のみんな! 寝ながらものを食べるのは止めときやがれよ!!…………うぼぇぇぇぇぇ!! おっ、おゔぉぇぇぇ!!】

「お、おい、司会!? お前が吐くのか!!?」

 

 氷室の突っ込みは恐らくこの地下の人間全員の気持ちを代弁していただろう。観客の中にも吐いた人間は複数いたらしく、地下の匂いは酒に煙草、汗、吐瀉物の匂いが混ざり、掃除のされていない公衆便所のような匂いがした。サイレント・マジシャンも心なしか青い顔をしている気がする。思わず声をかけそうになるが、今は大衆の前でのデュエル中。デュエル以外の事に気を回すべきでないと判断し、そっとしておいた。

 

「シンクロ召喚に成功した事で『TGハイパー・ライブラリアン』の効果によりこちらもドローする。そしてバトル。『スクラップ・ドラゴン』で『魔族召喚師』を攻撃」

 

 『スクラップ・ドラゴン』の口が開くとオレンジ色の光が集まり始める。その光が口から溢れ出始めた時、体中から突き出た鉄パイプから一斉に蒸気が吹き出す。それを合図に放たれたオレンジ色の熱線は『魔族召喚師』の体を跡形も無く消失させた。

 

 

氷室LP4000→3600

 

 

「『スーペルヴィス』が墓地に送られた事により効果発動! 墓地から通常モンスターを1体特殊召喚する。俺が特殊召喚するのは『魔族召喚師』だ!」

 

 『スクラップ・ドラゴン』の攻撃などまるで無かったかのように、無傷のその姿を晒す『魔族召喚師』。弧を描く口元はこちらを嘲笑っているようだった。

 

 

魔族召喚師

ATK2400  DEF2000

 

 

 予想通りの流れだ。この『スーペルヴィス』での蘇生対象は『牛鬼』と『魔族召喚師』のみ。ステータスも能力も『牛鬼』を上回っている『魔族召喚師』を差し置いて『牛鬼』を特殊召喚する理由は無い。

 

「『TGハイパー・ライブラリアン』で『魔族召喚師』に攻撃」

「……! 相打ち狙いか。良いぜ! 迎え撃て、『魔族召喚師』!」

 

 片や白い手袋をはめ込んだ人差し指から放たれた青白い光線、片や黄金で作られた人の頭蓋骨を先端にはめ込んだ杖から放たれた黄色い魔力の波動。それらはフィールドの中央で衝突すると激しい拮抗を見せる。

 

「ダメージステップ時、手札から速攻魔法『禁じられた聖杯』を発動。『TGハイパー・ライブラリアン』の攻撃力をエンドフェイズまで400ポイント上昇させる」

「何っ?!」

 

 『TGハイパー・ライブラリアン』の空いている手に黄金の聖杯が現れる。その杯を一気に呷ると指先から迸る青白い光線の太さが倍程に膨れ上がる。これによりフィールドの中央での激しい拮抗は傾く事になった。黄色い波動を押しのけた青白い光線は黄色い魔力の放出源であった杖を砕くと、そのまま『魔族召喚師』の胸を貫いた。

 

 

TGハイパー・ライブラリアン

ATK2400→2800

 

 

氷室LP3600→3200

 

 

「くっ……」

 

 これで相手のフィールドは『大牛鬼』を残すのみ。

 ここでバトルを終了した今、次の手を悩む事になる。『スクラップ・ドラゴン』の効果を使用して『大牛鬼』を破壊するか否かだ。その効果で自分の場で破壊できるのは『TGハイパー・ライブラリアン』とセットカードのみ。このセットカードを破壊すると言う選択もこのターンに入る前だったらあったのだが、このターンのドローカードを見るにどうやら使用する機会がありそうなので、ここでは温存しておきたい。となると普段だったら『大牛鬼』を残せば、次のターン『TGハイパー・ライブラリアン』は戦闘で破壊されてしまうと判断し、『TGハイパー・ライブラリアン』と『大牛鬼』を『スクラップ・ドラゴン』の効果で破壊するだろう。

 だが、今は相手の手札は7枚、次のドローで8枚まで手札が増える。恐らくデッキコンセプトからしてこのターン『大牛鬼』を破壊したとしても、あの手札の枚数があれば確実に再び『大牛鬼』は復活する。それに加え『スクラップ・ドラゴン』を除去する札を握られていた場合、『スクラップ・ドラゴン』の効果の仕様の有無に関わらず待っているのは敗北のみ。『大牛鬼』の攻撃力を増すカードを握っていた場合は、ここで効果を使えば『スクラップ・ドラゴン』諸共散る事になるが、使わなければ『TGハイパー・ライブラリアン』と『スクラップ・ドラゴン』を盾に生き残る可能性がある。僅かな生き残るための可能性に賭ける他、このデュエルで勝機は無い。

 

「……ターンエンド」

「へへっ、行くぜ! 俺のターン! ドロー! まずはマジックカード『マジック・プランター』発動。自分の場の永続トラップを墓地に送り、カードを2枚ドローする。場に残ったままの『闇次元の解放』を墓地に送り、2枚ドローする」

 

 まだ手札を増やしてくるか……

 これで相手の手札は9枚。そこまでの手札を握っていたら、このデュエルを終わらせる手段なんて選ぶ程ありそうだ。氷室は新たに加わった手札を確認すると、悪い事を思いついたような獰猛な笑みを浮かべ、手札から1枚のカードを抜き出す。

 

「よく見てな! この俺のデュエルを! 俺は『大牛鬼』をリリース! 『死霊操りしパペットマスター』をアドバンス召喚する!」

「……!?」

 

 『大牛鬼』が光となってフィールドから消えていく。形を変えたその光から新たに現れたのは道化だった。先が二股に分かれた黄色と青に塗り分けられている帽子に、それと同じ配色の衣装はサーカスにでも居そうなピエロのものだが、それを身につけているのは茶色く腐った体のゾンビ。歯も隙間だらけで、少し体を突いただけで崩れ落ちそうな様子だ。

 

 

死霊操りしパペットマスター

ATK0  DEF0

 

 

【うっぷ……さっきは失礼! んで戻ってきた途端、何なら珍妙な事が起きてるじゃねぇか! 高攻撃力のエースモンスターを捨てて、新たに不気味な攻撃力0のモンスターのご登場だ! さっきのGの群れのショッキング映像でうっかり吐瀉物と脳髄をシェイクしちまったみてぇな事が無い限り、なんかの意図があっての事なんだろうが、一体こいつにはどんな能力が備わってんだ? このターン何が起きるか俺にはさっぱりわからねぇぜ!!】

「このカードのアドバンス召喚成功時、ライフを2000ポイント支払って効果発動! 墓地から悪魔族モンスターを2体特殊召喚する。この効果で俺は墓地に存在する『大牛鬼』2体を復活させる!」

 

 『死霊操りしパペットマスター』の陥没した目に赤い光が灯る。すると両手のすべての指先から赤く光る糸が垂れ始め、それが地面と接触するかのところまで伸びると墓地へと続く黒い穴が2つ開かれる。そしてその糸はどこまで続くかも分からない暗闇中を沈んでいく。『死霊操りしパペットマスター』の目が一層輝いた時、その赤い糸はグイと引き上げられた。それぞれの手の糸の先には『大牛鬼』が1体ずつ付いており、『大牛鬼』達は墓地から引き上げられると、その糸を引きちぎり再誕の喜びを示すように雄叫びを上げた。

 

 

氷室LP3200→1200

 

 

大牛鬼1

ATK2600  DEF2100

 

 

大牛鬼2

ATK2600  DEF2100

 

 

【こ、こ、こいつは驚いたぁぁぁ!! ライフコスト2000とはちと思いが、リリースされた『大牛鬼』が今度は2体に増えて場に戻ってきやがったぜぇ!? だが、この『大牛鬼』じゃぁ死神の『スクラップ・ドラゴン』には攻撃力が足りねぇ!】

「俺の攻め手はまだまだこれからよ! 今日の観客は運が良い! 何せこの俺の送る最高のショーを見れるんだからなぁ! さらにマジックカード『冥界流傀儡術』を発動! このカードは自分の墓地の悪魔族モンスター1体を選択して発動する。そしてレベルの合計が選択したモンスターのレベルと同じレベルになるように、自分の場のモンスターを除外し、その後、選択したモンスターを墓地から特殊召喚するカード。俺が選択するのは『牛鬼』! 『牛鬼』のレベルは6! よって『死霊操りしパペットマスター』のレベルと同じって訳だ! 『死霊操りしパペットマスター』を除外して『牛鬼』を復活させる!!」

 

 『冥界流傀儡術』の発動により『死霊操りしパペットマスター』は呻き声を上げながら苦しみ始める。まるで喉に何か詰まったかのように自分の首を抑えていたが、口から白い光の玉が抜け出すと、その様子は一転。体は操り糸を切られた人形のように力なく崩れ落ちる。そしてピクリとも動かなくなった体は次元の亀裂へと落ち、ぼんやりとした白い光球は墓地へと続く黒い穴に沈んでいった。残されたのは2体の『大牛鬼』とその間にあるどんな光を持ってしても照らす事の出来ない深淵の穴。やがてその穴から浮き上がってきた大きな壺から『牛鬼』が姿を現す。

 

 

牛鬼

ATK2150  DEF1950

 

 

【このタイミングで『牛鬼』ってこたぁ……まさかっ!?】

「察しが良いな! 俺は場の『牛鬼』をリリースし、3体目の『大牛鬼』を特殊召喚する!!」

 

 『牛鬼』の下半身であった壺が弾け飛び巨大な蜘蛛の下半身が現れる。特別な専用サポートカードも無い最上級モンスターである『大牛鬼』を場に3体並べるとは、これはまた随分と趣向を凝らしてくれたものだ。

 

 

大牛鬼3

ATK2600  DEF2100

 

 

【うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁああああ!! 三体目の『大牛鬼』の降臨だぁぁぁぁ!! プロを引退して尚もこの実力! いや、これはひょっとしたら現役プロ時代の全盛期をも上回ってるんじゃねぇのか?! エースの『大牛鬼』を3体が並んでる光景なんて見た事ねぇ!!】

 

 司会の熱の籠った実況に負けず劣らずと観客もヒートアップして止まない。地下を包み込むように籠った熱気は吐瀉物の匂いすらも掻き消す程の人の臭気を引き起こした。対戦相手である氷室はそんな沸き立つ観客の声を受け満更でも無さそうな様子だ。…………だが、何か違和感を感じる。

 

「はっはっはっ! 観客もノってきたみてぇだな! さらにフィールド魔法『ダークゾーン』を発動! これにより場の闇属性モンスターの攻撃力は500ポイント上昇し、守備力を400ポイントダウンさせる」

「…………!?」

 

 暗雲が天井を覆う。照明の光は分厚い雲で阻まれ部屋は一気に暗く染まった。絶えず雲の中を雷が駆け巡り、それがこの地下を照らす唯一の光となっていた。

 

 

大牛鬼1

ATK2600→3100  DEF2100→1700

 

大牛鬼2

ATK2600→3100  DEF2100→1700

 

 

大牛鬼3

ATK2600→3100  DEF2100→1700

 

 

TGハイパー・ライブラリアン

ATK2400→2900  DEF1800→1400

 

 

【おぉぉぉぉぉぉぉおお!! ついに! ついに『大牛鬼』の攻撃力が『スクラップ・ドラゴン』を上回ったぞぉぉ!! 死神の場には一向に発動する気配が見られないセットカードが1枚のみ! 氷室の『大牛鬼』軍団の総攻撃が決まれば一発でお釈迦だぁぁ!! このデュエルもいよいよ決着がつくのかぁぁ?!!】

「くくくっ、安心しな。『死霊操りしパペットマスター』の効果で特殊召喚したモンスターはこのターン攻撃できない。このターンこいつら全員に袋にされるなんて事はねぇよ。だが、このままバトルなんてのも味気ねぇ。そこでだ! さらに装備魔法『ドーピング』を発動! こいつを最後に召喚した『大牛鬼』に装備するぜ! これにより装備モンスターの攻撃力は700ポイントアップする!」

 

 センターの『大牛鬼』の筋肉がはち切れんばかりに膨れ上がる。血管は浮き出て他の2体の『大牛鬼』よりも体は二周り程大きくなっている。目を真っ赤に光らせ、口からは涎を溢れさせながら雄叫びを上げるその様は辺りに狂気を振りまいていた。

 

 

大牛鬼3

ATK3100→3800

 

 

 怒声や野次が飛び交う会場。そんな中感じていたのはやはり違和感だ。果たしてこれを感じているのは俺だけなのか。その正体はまだハッキリと分からない。が、確かなのはこの違和感は、言いようの無い胸の内のもやもやとしたものに繋がっていると言う事だけだった。

 

「バトルだ! 『大牛鬼』で『スクラップ・ドラゴン』を攻撃!」

 

 地面を蹴って飛び出す『大牛鬼』。それだけで地面は爆ぜる。それを迎え撃とうと『スクラップ・ドラゴン』は宙を舞う『大牛鬼』目掛けて口内に溜め込んだオレンジ色の熱線を放った。対する『大牛鬼』はそれを避けようともせず、岩石のように肥大した両手を組み合わせて振りかぶり、それを勢い良く振り下ろす。それだけで『スクラップ・ドラゴン』の放った熱線は、まるでホースから出る水のように蹴散らされていく。そして振り下ろされた両手は『スクラップ・ドラゴン』の頭を砕いた。直後、爆散する『スクラップ・ドラゴン』の姿体とそれを飛ばす爆風によりライフが大幅に削られていく。

 

 

八代LP2000→1000

 

 

【なんと言う事だぁぁぁぁ!!! 死神の出したドラゴン、『スクラップ・ドラゴン』はその能力を発揮する事も無くフィールドから退場していったぞぉぉ!! 正直拍子抜け過ぎてがっかりだぜぇ! パッケージ絵が可愛いと思って借りたAVを見たら、思いのほか中に出てくるパッケージ絵の女優が残念な感じだった時以上にがっかりだぁぁ!】

「モンスターを戦闘で破壊した事により、『大牛鬼』はもう一度続けて攻撃できる! 『TGハイパー・ライブラリアン』を攻撃!」

 

 『大牛鬼』の噴射した鋭い何本もの糸に対して『TGハイパー・ライブラリアン』は指先から青白い光線を放ち迎え撃つ。衝突した糸と光線は相殺されるも、討漏らした糸は容赦なく『TGハイパー・ライブラリアン』の体を貫いた。

 

 

八代LP1000→100

 

 

「…………俺はカードを2枚セットしターンエンド」

【首の皮一枚! まさに首の皮一枚! 死神はギリギリライフが残ったようだぁぁ!! しかしフィールドは……】

「…………っ!」

 

 ギリギリライフが残った……?

 その言葉でようやく感じていた違和感の正体に気が付いた。そしてその瞬間、司会の声も観客の声もすべての音が遠ざかっていく感覚に陥る。

 

 偶然ギリギリライフが残ったわけではない。

 手を抜かれたんだ……

 

 『冥界流傀儡術』、『死霊操りしパペットマスター』、『ダークゾーン』、『大牛鬼』の4枚を手札に握っていたのなら、『死霊操りしパペットマスター』をアドバンス召喚した時の効果で『牛鬼』と『大牛鬼』を特殊召喚すれば良かった。そこから『冥界流傀儡術』で『大牛鬼』をコストに墓地から『大牛鬼』を特殊召喚し、場の『牛鬼』をリリースし手札の『大牛鬼』を特殊召喚すれば2体の攻撃可能な『大牛鬼』が場に揃う。『ダークゾーン』でこの2体をバンプアップすれば俺のライフを削りきれた……

 

「……俺のターン」

 

 ざわっ

 

 不意に胸の奥がざわつく。体の内から何か出してはいけないものが飛び出そうとしている。徐々に視界が紅く染まっていった。

 

『マスター…………?』

「……ドローッ!!」

 

 返しの手は既に揃っている。俺のライフが尽きずにこのターンが回ってきた以上、後は相手の場を殲滅する!

 

「墓地の光属性『ヴァイロン・キューブ』と闇属性『召喚僧サモンプリースト』を除外し、手札から『カオス・ソーサラー』を特殊召喚ッ!」

 

 光と闇を操る漆黒の魔術師が次元を切り裂いて現れる。体を戒めとして縛る十字のベルトは溢れる魔力でビリビリと震えていた。

 

 

カオス・ソーサラー

ATK2300→2800  DEF2000→1600

 

 

「『カオス・ソーサラー』の効果発動! 場の表側表示のモンスター1体をゲームから除外する。除外するのは『ドーピング』の効果を受けた『大牛鬼』だ! 消えろ!!」

 

 効果の発動の命に応え、高笑いしながら『カオス・ソーサラー』は次元を引き裂く魔術を発動する。それにより肥大化した『大牛鬼』すら抗う事も出来ず次元の裂け目に消えていく。

 

【どうやら死神のヤツはまだ勝負を捨ててねぇようだぜぇ? 強化された『大牛鬼』をあっさり葬りやがったぁぁ!! て言うかなんかさっきまでと様子が違くねぇか? なんつーか見てるとこっちまで緊張してくるような……】

「『ジャンク・シンクロン』を召喚!」

 

 オレンジで統一された帽子、鎧、小手に長靴を身につけた4頭身の少年が飛び出す。凶悪なモンスターが並ぶ中、その凡庸な容姿は酷く浮いて見える。

 

 

ジャンク・シンクロン

ATK1300→1800  DEF500→100

 

 

「このタイミングでまだチューナーを出してくるとは……楽しませてくれるじゃねぇか」

「このカードの召喚成功時、墓地からレベル2以下のモンスターを効果を無効にし守備表示で特殊召喚する。『シンクロ・フュージョニスト』を特殊召喚!」

 

 『ジャンク・シンクロン』の横にカートゥーン風の全身オレンジ色に染まった悪魔が呼び出される。

 

 

シンクロ・フュージョニスト

ATK800→1300  DEF600→200

 

 

 楽しませてくれる?

 誰が、いつ、テメェを楽しませるためにカードを抜いたって?

 その余裕に満ちた表情をすぐに驚愕に塗り替えてやる……

 

「レベル2の『シンクロ・フュージョニスト』にレベル3の『ジャンク・シンクロン』をチューニング。シンクロ召喚、『A・O・Jカタストル』」

 

 シンクロ召喚の光の内から4足歩行の機械が姿を見せる。ショウリョウバッタのような反り返ったボディをしており、顔は単眼のレンズが搭載されている。白銀がベースのボディに足の先端やレンズ部分の周りは金色に塗り分けられていた。光を刈るために生み出された殺戮兵器がフィールドで稼働し始める。

 

 

A・O・Jカタストル

ATK2200→2700  DEF1200→700

 

 

【死神の新たなシンクロモンスターだぁぁ!! こいつといい『カオス・ソーサラー』といい、氷室の『ダークゾーン』の効果を受けて高攻撃力モンスターになってはいるが、そいつらじゃあ氷室の『大牛鬼』軍団を突破するには至らねぇ!! となると注目すべきはこのシンクロモンスターの効果だ! こいつはどんな能力を持っているんだぁぁ?】

「『シンクロ・フュージョニスト』がシンクロ素材に使用されたことで、デッキから“融合”または“フュージョン”と名のついたカードをデッキから手札に加える事ができる。俺が手札に加えるのは『ミラクルシンクロフュージョン』!!」

 

 俺の手札に加えた『ミラクルシンクロフュージョン』を見て、氷室の表情から僅かに余裕さが失われたのを見失わなかった。

 

「『ミラクルシンクロフュージョン』を発動! 自分の場・墓地から、融合モンスターによって決められた融合素材モンスターを除外し、シンクロモンスターを融合素材とするその融合モンスター1体を融合召喚扱いでエクストラデッキから特殊召喚する。俺は墓地の『TGハイパー・ライブラリアン』と『マジドッグ』を除外し『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』を特殊召喚!!」

 

 光の柱が天に昇る。吹き荒ぶ魔力の奔流の中、現れたのはこのデッキの切り札、『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』。己が内に秘められた魔力を溢れさせメタリックブルーのローブを揺らしながらゆっくりと光の柱から歩み出てきた。

 

 

覇魔導士アーカナイト・マジシャン

ATK1400  DEF2800

 

 

「『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の融合召喚成功時、自身に魔力カウンターを2つ乗せる。そして自身に乗った魔力カウンター1つにつき攻撃力は1000ポイントアップする!」

 

 精製された2つの魔力球を吸収すると、一度は収まった魔力の流れが再び体外に放出される。荒れ狂う魔力の流れの生み出した風が体に当たるのは何とも心地よい。

 

 

覇魔導士アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 0→2

ATK1400→3400

 

「ん……?」

【なんだぁ……? こいつは……風?】

『…………っ!』

 

 

 

————————

——————

————

 

「なぁ……こいつが、アンタがわざわざここまで来て見たかったものか?」

「いや……これでは無い。だが、これはこれで面白いものが見れた」

 

 『死神の魔導師』が『カオス・ソーサラー』を出した時、僅かに震える檻の様子を感じ取った柄の悪い金髪の男の問いに褐色の髪の男が答える。

 

「……『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』を特殊召喚!!」

「この様子じゃまだ力は弱ぇが俺たちと同類ってことか?」

「彼が私の探す人物なら間違いなくそうなんだがね。なにぶんこの様なか細い力の発現だと判断しかねるよ。この程度の力だと偶然と言うのもあり得る」

 

 『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の召喚と共に緩やかに流れ始める風を感じながら、金髪の男と褐色の髪の男の話は続く。ゆっくり流れる風に周りの観客は徐々に気が付き始めざわめきが起こる中、それを全く意に介す様子は無い。

 

「まっ、アンタの探す人物かはともかく、このデュエルなかなか楽しめるじゃねぇか。初めは退屈だろうと期待してなかったが、盛り上がってきやがった。クライマックスは近そうだ」

「ふふっ、気に入ってもらえたなら良かったよ。私もここまで楽しい見せ物になるとは思っていなかった」

「…………そろそろ時間」

 

 今まで無言でデュエルを見ていた赤髪の仮面の人物は、おもむろに会話をする二人の男に向き直りそう告げる。

 

「ん? もうそんな時間か。目的の人物かどうかは曖昧だが、時間が押しているならしょうがない。そろそろ御暇するとしよう」

「おいおい、そりゃねぇぜ! 折角こっから面白くなってきそうってところだぜ? ここで出てくなんてねぇってもんだ!」

「……結果はもう見えているわ」

「あぁ?」

「折角目の前まで転がり込んだ勝機を見す見す逃したあの男に勝利は無い」

「はぁ?! まさかまだあの死神とか言うのが勝つと思ってんのか? なんかが擦っただけで消えちまいそうなライフのあれが?」

 

 食って掛かる金髪の問いに無言で頷いて答える赤髪。その様子を褐色の髪の男は口を挟まずに楽しそうに眺めていた。

 

「そりゃねぇな! 随分と勢い良くモンスターを展開してるが、状況が見れてねぇ。相手のセットカードの事も考えず突っ込んだところで、元プロらしいおっさんが何の策も無しに勝機を逃した訳ねぇだろ! このターン凌がれて返しで終わりだろ」

状況が見れてないのはどっちかしら(・・・・・・・・・・・・・・・・)? それに相手のライフを0にすることなんて、自分のライフが1でもあれば十分よ」

「けっ、またどっかの先輩のご高説か。上等だ! なら俺はこのデュエルの結果を是が非でも見てやる! 二人で先帰ってな!」

「ちょっと! そんな勝手な事……」

「いや、構わないよ」

 

 口論になりかけた二人の間に褐色の髪の男が割って入る。それに不満そうな様子の赤髪と満足そうな金髪。

 

「確かにこのデュエルの行方は気になるからね。このデュエルの後の展開を見て、それを報告する任務を命じよう」

「へへっ、そう来なくっちゃな」

「それじゃあこっちは頼んだよ。行くぞ、アキ」

「えぇ」

 

 それだけ残すと褐色の髪の男と赤髪の仮面の人間は出口へと歩を進め始める。だが、数歩進んだだけで一旦立ち止まると、兼職の髪の男は何かを思い出したように振り返り金髪に声をかける。

 

「あぁ、それと……」

「……?」

「これから来るお客に対して、あまり失礼の無いように」

「……あぁ、分かってるよ」

 

 褐色の髪の男の忠告に対し、金髪の男は檻へと再び向き直り顔すら向けずに適当な様子で答える。だがその時、金髪の男の口元は緩やかな弧を描き、目には獰猛な光を宿していた。

 

 

 

————————

——————

————

 

 少しずつだがその風は勢いを増してく。これで相手の場を殲滅する布陣は整った。後はこれを使って相手を……

 

『ダメです、マスター! 落ち着いて下さいっ!!』

「……っ!」

 

 見れば精霊化した状態でサイレント・マジシャンが腕にしがみ付いていた。その琥珀色の潤んだ瞳からは悲しみが伝わってくる。その瞳を見ているうちに胸の中心にジンワリとした痛みが広がる。だが、同時にそれは胸の中に染み入る温もりを感じさせた。

 

『……らしくないですよ、マスター』

「………………」

 

 真っすぐ俺の瞳を見ながらポツリと溢れたサイレント・マジシャンの言葉。徐々に細波が広がっていた心が落ち着いていく。理性を取り戻すにはその一言だけで十分だった。紅く染まっていた視界も元に戻り、思考もクリアになっていく。気が付けばもう風は止んでいた。

 

「どうした? そんだけモンスターを並べておいて、よもやバトルをしねぇなんてこともねぇだろ? 来いよ」

【おぉぉぉぉっとぉぉぉ!! こいつは挑発だぁぁ! 氷室の野郎、死神を挑発して誘ってやがる!! さぁここでこの挑発に乗ってくるのかぁぁ! それともここでもチキッて、攻めるよりも攻められる方が好きな真性マゾ野郎だって証明しちまうかぁぁ!?】

 

 やたら五月蝿い司会は置いておいて、ここは冷静な判断をすべきだ。先程までは勢いに任せてモンスターを展開したが、この展開は今冷静になってみても概ね正解と言える手だろう。やれる手は尽くしている。

 問題なのはここで仕掛けるか否か。こちらの理想としては『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』で『大牛鬼』を戦闘で破壊した後、さらに効果で残りの『大牛鬼』を破壊することだ。

 だが、あの挑発。確実に攻撃反応型の罠が仕掛けてある。それこそ攻撃力変動系のカードをセットされていたら反撃のダメージだけで死にかねない。

 

「おいおい、仕掛けてこないのか? そんなことじゃ観客も白けちまうなぁ」

「…………!」

 

 いや、違う。あれは攻撃力変動系のカードではない。それどころか俺が攻撃を仕掛けてあっさりとこのデュエルを終わらせるようなカード伏せられていないだろう。

 

————————よく見てな! この俺のデュエルを!

 

————————今日の観客は運が良い! 何せこの俺の送る最高のショーを見れるんだからなぁ!

 

————————はっはっはっ! 観客もノってきたみてぇだな!

 

 よくよく思い出せばそうだ。こいつは観客に自分のデュエルを魅せるように意識している。攻撃変動系のカードであっさりとデュエルを終わらせるはずが無い。本人の言葉を借りるなら、観客が白けちまうから。

 これから前のターン以上の見せ場を作るとなると、あのセットカードはその見せ場への布石の手のはず。恐らくモンスターを守って更なる上級モンスターの召喚に繋げてくる可能性が高い。ならばここでその守りのカードを使わせ無い限り勝機は訪れない……

 

「俺にこのターンを与えちまった事を後悔しろ! バトルっ!! 『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』で『大牛鬼』を攻撃!!」

 

 『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の杖に魔力が溜まっていく。先端の宝玉は魔力が溜まるにつれ点滅の周期が早まり、光量も格段に増えていく。そしてその輝きが最高潮に達した時、杖から夥しい量の緑色に輝く魔力が濁流のように押し寄せる。狙うは1体の『大牛鬼』。『大牛鬼』の姿が完全に光に飲み込まれると、爆発と共に煙が相手のフィールドを包む。

 

【なんという反撃だぁぁぁ!!風前の灯火と思われた『死神の魔導師』だったが、その恐ろしい展開力で瞬く間にフィールドの形勢をひっくり返しやがったぁぁぁ!! こんな熱いシーソーゲームになるなんて事を誰が予想したぁぁぁ?!! これでまた死神にゲームの流れが……ん?】

「…………?」

 

 煙の中で黒い影が蠢く。だが、それは『大牛鬼』のものではない事は直ぐに分かった。大きさが違いすぎるのだ。『大牛鬼』の数倍はデカい。そしてその影は煙を引き裂くと、その巨大な存在感を誇示するように地下全体に響き渡る雄叫びをあげた。

 全身を血で染めたような赤一色の巨大な魔人。筋骨隆々なその肉体も然ることながら、ギョロリと見つめてくる3つの目、凶悪そうな剥き出しの歯列、頭から生えた2本の大角を揃えた顔からの威圧感は並大抵のモンスターが出せるものではない。

 

【なぁぁぁぁぁんじゃぁこりゃぁぁぁぁぁ!?? とうとう俺の目はAVの見過ぎで逝っちまったのかい? 俺の目には氷室の場に『大牛鬼』じゃない別のモンスターがいるように見えるぜぇ? 一体何が起きたんだぁぁぁぁ?!】

「なぁに簡単な事だ。お前が仕掛けてきた時、俺は永続トラップ『血の代償』を発動したのさ。こいつは自分のメインフェイズ時及び相手のバトルフェイズ時のみ発動カード。そしてその効果は500ポイントライフを払う事で、モンスター1体を通常召喚する。俺は500ポイントライフを支払い『大牛鬼』2体をリリースし、この『絶対服従魔人』を通常召喚したって訳だ」

 

 

氷室LP1200→700

 

 

絶対服従魔人

ATK3500  DEF3000

 

 

 攻撃力3500の高攻撃力を誇る最上級モンスター。特殊召喚制限も無いカードだが、如何せん自らの攻撃制限効果を持ち扱い辛いカードだ。破壊耐性もある訳ではないこのカードをこのタイミングで出してきた意図が読めない。

 

「的がデカくなっただけじゃねぇか……ならばバトルフェイズは終了。そして『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の効果を発動! 自分の場の魔力カウンターを1つ取り除き、相手の場のカードを破壊する。『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』自身に乗った魔力カウンターを1つ取り除き、『絶対服従魔人』を破壊!!」

 

 体の内に吸収された魔力球を杖に移すと、先端の宝玉に黒い雷が迸る。その杖を掲げると黒い閃光を天に打ち上げる。『ダークゾーン』によって出来た暗雲の中に吸収されたそれは、天をうねる黒龍のような雷となって『絶対服従魔人』の頭上に降り注いだ。

 

 

覇魔導士アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 2→1

ATK3400→2400

 

 

 雷撃は『絶対服従魔人』を丸呑みにした。満を持して繰り出してきたデカ物をこんなにあっさりと葬れてしまうと却って興醒め感は拭えない。2枚の魔法・トラップゾーンのカードのうち1枚は『血の代償』と割れている。となると本命は残りの1枚だったのか。まぁなんにせよそれを乗り越えれば……

 

「なっ……!」

 

 今度こそ驚愕の声が漏れる。

 確かに『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の効果は発動していた。そしてその効果は確実に『絶対服従魔人』に直撃し、その体を一片も残さずにフィールドから抹消したはずだった。

 

 だが、何事も無かったかのように煙の中から『絶対服従魔人』がその姿を見せる。その体にはダメージを受けた様子も無く無傷のままで健在だった。破壊耐性も無いただのデカ物のはずなのに……

 

「不思議そうな顔をしているなぁ。なぁに簡単な事だ。俺の場を良く見てみな」

「っ! 『帝王の凍志』……」

「そうトラップカード『帝王の凍志』。こいつは自分のエクストラデッキが存在していない場合、自分の場の表側表示のアドバンス召喚したモンスター1体を選択して発動するカード。そしてその効果は選択したモンスターの効果を無効になり、このカード以外のカード効果を受けなくなる。つまり『絶対服従魔人』はお前の『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の効果を受けなくなっていた訳だ」

【アメェェェェイジィィィンングゥ!! 信じられねぇ!! それじゃあ今この場にはあらゆる効果を受けない攻撃力3500の無敵要塞が誕生したって言ことじゃねぇかぁぁ!!! あの『大牛鬼』軍団すらもこの布陣を整えるための布石だとでも言うのかぁぁ?!! 今日の氷室はプロ時代の全盛期はおろかキングにすらも匹敵する力を発揮してる気がしてならねぇぜ!!】

 

 なるほど、ようやく合点がいった。わざわざあんなデカ物をお膳立てまでして出したのは、すべてはこのため。『絶対服従魔人』は自分の手札が0でさらにこのカード以外のカードがフィールドに存在しない時のみ攻撃可能なモンスター。自分で発動した永続トラップ『血の代償』が存在する時点で攻撃する事は叶わない。だが、『帝王の凍志』でその効果を無効にし、さらにあらゆる効果耐性を与えれば、デメリットなしの効果耐性持ちの高火力アタッカーとなる。

 

「……カードを1枚セットしターンエンドだ」

「行くぜ! これがラストターンだ! ドロー!!」

 

 先のターンはおとなしく『大牛鬼』1体を確実に効果破壊しておけば良かったのか?

 いや、『血の代償』が伏せられていた以上、手札にもう1枚通常召喚可能なモンスターがいた場合、いずれにせよこの状況になっていたか……だが、もし手札に通常召喚可能なモンスターがいなかったら……

 

「へっ、どうやらこのデュエル、美しく終わりそうだ! マジックカード『ライトニング・ボルテックス』発動! 手札の『戦慄の凶皇―ジェネシス・デーモン』をコストに相手フィールド上の表側表示モンスターをすべて破壊する!」

「…………!?」

 

 天から降り注ぐ雨、霰の如く雷が俺のフィールドに突き刺さる。俺の場に並ぶ『A・O・Jカタストル』、『カオス・ソーサラー』、『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』はいずれも破壊耐性など無い。天災に抗う事も出来ず降り注ぐ雷を受け、砕け、打ち抜かれ、燃え尽きた。

 

【まっさらだぁぁぁ!! もう死神を守るモンスターはいねぇぇえ! まっさらさらのツルッツルだぁぁ!! ロリっ娘にだってツルっぺたの地平に蕾が咲いてるってのに、死神の場には小山の一つもねぇ!! 『死神の魔導師』は絶体絶命! 『死神の魔導師』に賭けた連中は完全に御通夜モードだぁぁぁ!!!】

「はっはっはっ、観客共ぉぉ! いよいよショーのクライマックスだ!! 無敗神話などと言う伝説を築き上げてきた死神は、今日死ぬ!!」

【おぉぉぉぉぉぉ!! これは氷室の勝利宣言だぁぁぁ!! とは言えこの状況なら勝ちが決まったも同然!! 死神の場にはセットカードが2枚あるとは言え、『絶対服従魔人』はあらゆる効果を受けなくなっている無敵モード!! たとえ相手の攻撃表示モンスターすべてを破壊する『聖なるバリア―ミラーフォース―』を伏せてようが、攻撃してきたモンスターの攻撃を無効にしてその攻撃力分のダメージを与える『魔法の筒』を伏せてようが無意味っ!! もう氷室の完全勝利待ったなしだぁぁぁ!!!】

 

 デュエルの終わりが近づき観客は三者三様の行動を起こす。氷室側に賭けたと思わしき人間は指笛を吹いたり、歓声を上げたり、酒を飲みながらのお祭りムードだ。対して俺に賭けたと思われる人間は罵声や野次を飛ばしたり、自棄酒で潰れていたり、帰るものまで現れる始末だ。

 後から入ってきて目立っていた柄の悪い金髪の男が腰掛けている場所に目をやると、褐色の髪の男と赤髪の仮面をつけていた2人がいなくなっている事に気付く。どうやらその2人も先に帰ったらしい。金髪の男は堂々と背もたれに背中を預け、獰猛な笑みを浮かべながらこちらを見ていた。それだけで凶悪な肉食獣に睨まれているような錯覚を覚える。

 

「最後に『死神の魔導師』さんの言葉を聞こうか、なぁ? くっくっくっ、どんな気分だよ?」

「……とっととターンを進めろ」

「なるほど……どうやらさっさと死にてぇらしいな。なら、望み通りくたばらせてやるよ!! 『絶対服従魔人』でダイレクトアタック!! オビディエンス・インフェルノ!!」

 

 『絶対服従魔人』の手の中に紅蓮に染まった炎が球体に集まっていく。そうして精製された巨大な業火球を地面に勢い良く叩き付けると、地響きと共に地面からマグマが吹き出す。高くまで噴き出したマグマは流れる方向をこちらに定め一斉に押し寄せる。それは燃え上がる炎の壁だった。目の前が真っ赤になると認識したときには既に体は炎の波に飲み込まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

【決まったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! 完全なる終幕!! これがやはりプロを知る男との実力の差なのかぁぁぁ!! これにて本日の大取にしてメインデュエルはコンプリィィィィィィィィ……】

 

「……おい、司会」

 

【……はい?】

「俺のライフは減ってねぇぞ。よく見ろ」

 

 煙が晴れ視界が開ける。高攻撃力モンスターの能力や攻撃はいちいち大きいエフェクトがかかるからいけない。すっきりとした視界には予想通りのマヌケ面がずらりと並んでいた。

 

「なぜだ! なぜライフが0になってねぇ!!」

「不思議そうな顔をしてるな。なに簡単な事だ。俺の場を良く見てみろ」

「っ! くっ……『和睦の使者』か……」

「そうトラップカード『和睦の使者』。このターンのモンスターの戦闘での破壊を防ぎ、戦闘ダメージをすべて0にするカードだ。これはモンスターに効果を与えるものでもないため、『帝王の凍志』でカード効果を受けなくなった『絶対服従魔人』の戦闘ダメージであろうと問題なく0にできる」

【な、な、な、なんとぉぉぉぉ!!! 『死神の魔導師』は生存していたぁぁぁぁぁぁ!! なんつー恐ろしいまでの生への執念っ!! いや、相手を敗北に至らしめるまで死なない死神の怨念とでも言うのかぁぁぁぁぁ!!】

 

 会場全体にどよめきが広がる。一度死んだと思われていた男が生きていたのだ。確かに驚くのは無理も無い事だろう。

 

「手札も使い果たし、場にセットされたカードも無い。墓地で発動するカードも無いようだが、さてどうやって俺のライフを0にしてくれる?」

「ちっ、確かにこのターンでテメェのライフは削れねぇが、それで粋がってんじゃねぇぞ! 手札がねぇのはテメェだって同じじゃねぇか! 場には1ターン目からセットされて一向に発動する様子の見られねぇカードがあるだけ。大方、ただのブラフでずっと腐ってるんだろ? たかが1ターン凌いだぐらいじゃあ、俺の場の完全耐性を持った『絶対服従魔人』がいる限り、俺の絶対勝利は揺るがねぇ!!」

 

 鶴の一声と言うヤツか、一時はどよめいていた観客だが、氷室の言葉を聞き口々に野次や罵倒が散弾銃のように押し寄せる。だから、こう言う見せ物になるデュエルは嫌なのだ。デュエルとは本来一対一でこそ然るべきなのに、外野がいると言うのは野暮なことだと思っている。外野が騒ぐなんざ以ての外だ。だが、現実ってのはままならないもので、周りを見ればこの有様だ。本当に嫌気がさす。気が付けば考えるよりも先に口が動いていた。

 

 

 

「うるせぇ」

 

 

 

 いったいどれ程の大きさの声が出たのかは自分でもよく分からない。ただその時の自分の声に抱いた感想は、自分のものとは思えない程酷く冷たかった。気付いたときには観客一人一人の呼吸の音が聞こえてきそうな程、地下は静まり返っていた。

 

「どうやらてめぇら覚えていないらしい。まぁ半年以上も前だったら忘れるか? いや、そもそも半年以上も前にやったここのデュエルを見たヤツも少ないだろうから無理も無いか……」

「何を言って……」

「なら、もう一度教えてやるよ!」

 

 誰も物音すら立てない地下デュエル場。そんな中、自分の声はやけに響いた。前にここでデュエルした内容まではもう詳しく覚えていないが、あの時もこんな感じに周りは静かだった気がする。観客の目が、耳が、俺の一挙手一投足にまで向けられている。高らかに右手の人差し指立て掲げるとそれを氷室に向け振り下ろし言葉を続けた。

 

「てめぇのライフを0にするなんざ、俺のライフが1でもありゃ十分ってことをよ!!」

 

 誰しもが口を開こうとしない静寂の間が訪れる。これもあの時と同じだ。ただ違ったのは、この後この静寂を打ち破ったのは俺ではなく第三者であったと言う事だ。

 

 

パチ……パチ……パチ……パチ……

 

 

 乾いた拍手の音が地下全体に響く。誰も音を立てないこの中だと、その行為はより一層の注目を集めた。その音の音源に視線をやると、そこにいたのは堂々と足を組んで腰掛けるあの金髪の男だった。

 

「スゲぇよあんた。まだ次のカードすら引いてねぇのに良くそんな啖呵切れたもんだ。マジでおもしれぇ」

 

 そう言うとひょいっと軽やかに飛び起き歩をこちらの檻の方へと進め始める。その男の余りにも凶暴そうな相貌、そして異質な雰囲気に人の波が引きその男が通る道が生まれた。

 

「それじゃあよぉ、ズバリ聞いちまうけど。アンタ、このデュエルこれから勝つのか?」

「あぁ」

 

 金髪からの試すような問いに迷わず答える。こんな不気味な仮面を付けている知らない相手に物怖じする様子も無く話しかけてくるとは、この男なかなかの曲者のようだ。

 

「ははっ! 即答かよ! くくくっ、こりゃ良い! 本当におもしれぇな、アンタ! まぁ、そこまで自信たっぷりに言うならお手並み拝見といこうか。おい、司会!! なにボサッとしてやがんだ!! とっととこのデュエルの進行しやがれ!!」

【ん? えぇぇ、俺!? えっと、なんだっけ!? なんか色々あり過ぎて何すりゃ良いのかさっぱり分からなくなっちまったぜ! てか、今どっちのターンだ?】

 

 金髪のドス効いた声でやっと我に返った司会だが、それでもまだ混乱中のようだ。その司会のなんとも抜けた様子にピリピリと緊張感が漂っていた地下の空気は僅かに緩んだ。だが、直ぐにそれも引き締まる事になる。目の前で鬼の形相を浮かべている男が口を開いたからだ。

 

「良いだろう……やれるもんならやってみな。これで俺はターンエンドだ」

【あぁ、そうだ! そう言う流れか。 これにて氷室のターンは終了! 辛くも一命は取り留めた死神だが、氷室に続いて今度は“死神の魔導師”が勝利宣言!!! だが、こんなボロボロの状態でよくもまぁそんな事を言えたもんだ! 俺はホラでもすげぇと思うぜ】

 

「俺のターン……」

 

 地下にいる全員が固唾を呑んで俺の動きを凝視している。

 ここで俺が引くべきカードは特別な1枚のカードと言うのでも何でも無い。デッキを構成する茶色のカード、緑色のカード、赤色カードの内、デッキのおよそ半分を占める緑色のカードを引くだけ。

 目を閉じ精神を集中させる。集中力を研ぎすませると、すべての音が遠くなり世界が遠くなる。あるのは自分とデッキだけ。ゆっくりとした動作でデッキの一番上に指を乗せる。瞬間、全身に電流が駆け巡ったような感覚が奔る。

 

「ドロー」

 

 声と同時に目をカッと見開く。だが、もはや引いたカードを確認する必要も無い。ただ、相手を見据え自分の思い描いたデュエルをするだけだ。

 

「俺のセットカードが腐ってるただのブラフって言ってたよな?」

「あぁ? あぁ、そうなんだろ?」

「正解だよ。今までは確かに腐っていた只の死に札だ。だがな、今までの状況では使えなくて腐ってただけで、完全に使えねぇカードじゃねぇんだよ。てめぇが完全に警戒を解いちまったこのカードの威力、身を以て知ってもらおうか!! リバースカードオープン。『異次元からの帰還』」

「なっ!? 『異次元からの帰還』だと!?」

「ライフを半分支払い効果発動!! 除外されているモンスターを可能な限り特殊召喚する。除外されているのは『幻層の守護者アルマデス』、『TGハイパー・ライブラリアン』、『マジドッグ』、『召喚僧サモンプリースト』、『ヴァイロン・キューブ』の5体。それらをすべて特殊召喚する!!」

 

 上空の空間に巨大な亀裂が奔る。ピキピキッと音を立てながら広がっていった亀裂だが、外からの力が加わり完全に空間そのものが割れた。別世界へ続くその穴の修復が瞬時に始まるが、その穴が閉じる前に俺の場に5体のモンスターが並んだ。

 

 

幻層の守護者アルマデス

ATK2300  DEF1500

 

 

TGハイパー・ライブラリアン

ATK2400→2900  DEF1800→1400

 

 

マジドッグ

ATK1700  DEF1000

 

 

召喚僧サモンプリースト

ATK800→1300  DEF1600→1200

 

 

ヴァイロン・キューブ

ATK800  DEF800

 

 

【うぉぉぉぉっとぉぉぉぉぉお!!? 何のモンスターもいなかった死神の場に一気に5体のモンスターが並んだぁぁぁぁ!! だが、こいつらじゃあ『絶対服従魔人』の足下にも及ばないのは明白! 死神はいったいどうやってあの無敵要塞を攻略してくるのかぁぁ?!! あの難攻不落っぷりは一昔前、氷の女王と話題になったデュエルアカデミアでの美人教師を思わせるぜぇぇ!!】

「レベル4の『マジドッグ』にレベル3の『ヴァイロン・キューブ』をチューニング。シンクロ召喚、『アーカナイト・マジシャン』」

 

 フィールドに並ぶ『マジドッグ』、『ヴァイロン・キューブ』が光に消え2体目の『アーカナイト・マジシャン』が場に現れる。

 

 

アーカナイト・マジシャン

ATK400  DEF1800

 

 

「魔法使い族のシンクロ素材となった『マジドッグ』の効果で、墓地からフィールド魔法『ブラック・ガーデン』を回収。また光属性モンスターのシンクロ素材となった『ヴァイロン・キューブ』の効果で、デッキから装備魔法『ワンダー・ワンド』を手札に加える。さらに『アーカナイト・マジシャン』のシンクロ召喚時、自身に魔力カウンターを2つ乗せる。そして『TGハイパー・ライブラリアン』が存在するときに、シンクロ召喚に成功したためカードを1枚ドロー」

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 0→2

ATK400→2400

 

 

「へっ……何を出すかと思えば、『アーカナイト・マジシャン』か。忘れたのか? テメェの『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の効果でさえ俺の『絶対服従魔人』は破壊できなかった。今更『アーカナイト・マジシャン』を出したところで何になる?」

「こいつはただのつなぎだ。『ワンダー・ワンド』を『アーカナイト・マジシャン』に装備。攻撃力を500ポイント上昇させる」

 

 デッキの最後の『ワンダー・ワンド』をデュエルディスクに差し込む。それにより『アーカナイト・マジシャン』の持つ長い杖は見慣れた短い杖に書き換えられる。

 

 

アーカナイト・マジシャン

ATK2400→2900

 

 

「『ワンダー・ワンド』の効果発動。このカードと装備対象モンスターを墓地に送り、カードを2枚ドローする」

 

 『アーカナイト・マジシャン』の持つ魔力が『ワンダー・ワンド』を通して白い光に変換されデュエルディスクに降り注ぐ。力を出し尽くした『アーカナイト・マジシャン』は役目を果たしたとばかりに墓地へと沈んでいった。

 これで手札は5枚!

 

「フィールド魔法『ブラック・ガーデン』を発動。これによりフィールドは上書きされ『ダークゾーン』は破壊される」

 

 上空を埋め尽くす暗雲は晴れていき、薄汚れた地下の天井が顔を覗かせる。新たに場を埋め尽くすは茨。瞬く間に成長を遂げた茨は観客の視線をを遮る檻を作り上げた。『ダークゾーン』によって能力値を底上げしていた俺の場のモンスターの力は元に戻っていく。

 

 

TGハイパー・ライブラリアン

ATK2900→2400  DEF1400→1800

 

 

召喚僧サモンプリースト

ATK1300→800  DEF1200→1600

 

 

 そして手札の中でこのターン一番最初に引いたカードに視線を移す。その瞬間、僅かに口角が緩んだことを自覚した。

 

「『召喚僧サモンプリースト』の効果発動。手札からマジックカード『おろかな埋葬』を墓地に送り、デッキからレベル4の『復讐の女戦士ローズ』を特殊召喚する」

 

 魔法カードの力を吸収した『召喚僧サモンプリースト』が作り上げた青白く輝く魔方陣から現れたのは立て膝をついている赤髪の女性。闇に溶け込む黒い忍びの衣装に身を包んでいるが、燃え上がるような赤く伸ばした髪は茨の檻の中でさえ美しく見えた。

 

 

復讐の女戦士ローズ

ATK1600  DEF600

 

 

「『ブラック・ガーデン』の効果で特殊召喚された『復讐の女戦士ローズ』の攻撃力は半分となり、相手の場にローズ・トークンが特殊召喚される」

 

 召喚に反応した黒薔薇の庭の獰猛な茨は『復讐の女戦士ローズ』の足下から絡み付き体中を締め上げる。その苦痛を養分に薔薇花弁は凛と咲き誇っていた。

 

 

復讐の女戦士ローズ

ATK1600→800

 

 

ローズ・トークン

ATK800  DEF800

 

 

「『ブラック・ガーデン』の効果発動。このカードと場の植物族モンスターをすべて破壊し、その攻撃力の合計と同じ攻撃力のモンスターを墓地から特殊召喚する。俺は破壊されたローズ・トークンの攻撃力800と同じ攻撃力の『シンクロ・フュージョニスト』を墓地から特殊召喚する」

 

 茨の檻の崩壊を迎えると同時に死んだ茨の残骸の中から『シンクロ・フュージョニスト』が復活を遂げる。これで再び俺の場には5体のモンスターが並んだ。

 

 

シンクロ・フュージョニスト

ATK800  DEF600

 

 

「レベル2の『シンクロ・フュージョニスト』にレベル4の『復讐の女戦士ローズ』をチューニング」

 

 『復讐の女戦士ローズ』の体を囲む4つの緑光の輪が出現し、『復讐の女戦士ローズ』の姿は光の粒子となって消える。残された4つの輪の中に飛び込んだ『シンクロ・フュージョニスト』はその内に宿した二つの光球を体外に放出し役目を終えた。そして輪の中を突き抜ける一本の光の柱。

 

「シンクロ召喚、『マジックテンペスター』」

 

 光の中からふわりと舞い降りてきたのは、このデッキのエクストラデッキに眠るもう一人の魔術を修めた者。手に持った巨大な大鎌には妖艶な笑みを浮かべた彼女の顔が映っている。そして、その大鎌こそがこれから相手の命を刈り取る死神の鎌。

 

 

マジックテンペスター

ATK2200  DEF1400

 

 

「シンクロ素材として使われた『シンクロ・フュージョニスト』の効果でデッキから『ミラクルシンクロフュージョン』を手札に加える。『マジックテンペスター』のシンクロ召喚成功時、自身に魔力カウンターを1つ乗せる。そしてシンクロ召喚に成功した事で『TGハイパー・ライブラリアン』の効果でカードを1枚ドローする」

 

 魔力球を吸収した『マジックテンペスター』の体からは優しく魔力が溢れ出し、それは滑らかな黒髪を揺らす。

 

 

マジックテンペスター

魔力カウンター 0→1

 

 

 これで場には『TGハイパー・ライブラリアン』、『召喚僧サモンプリースト』、『マジックテンペスター』、『幻層の守護者アルマデス』の4人の役者が揃った。そしてこのデュエルに勝つための最後の役者を呼び込むべく、手札の1枚のカードをデュエルディスクに入れる。

 

「『ミラクルシンクロフュージョン』を発動。墓地の『アーカナイト・マジシャン』と『カオス・ウィザード』を除外し、『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』を融合召喚」

 

 墓地で眠る『アーカナイト・マジシャン』と『カオス・ウィザード』の魂を融合させ新たに誕生した『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』。思えばエクストラデッキに入れた『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の2枚目を使うのは初めての事だ。

 

 

覇魔導士アーカナイト・マジシャン

ATK1400  DEF2800

 

 

「『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の融合召喚時、自身に魔力カウンターを2つ乗せる。そして攻撃力を乗っている魔力カウンターの数×1000ポイント上昇させる」

 

 

覇魔導士アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 0→2

ATK1400→3400

 

 

「また出てきやがったか……だが、その万全の『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の攻撃力でも『絶対服従魔人』には届かねぇ!」

「あぁ、まだ万全じゃない『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』じゃあ、その『絶対服従魔人』には届かないな……だから! 『マジックテンペスター』の効果発動。1ターンに1度、手札を任意枚数墓地に送り、送った枚数の数だけ魔力カウンターを自分の場の表側表示で存在するモンスターに置く。俺は残り4枚の手札をすべて捨て、4つの魔力カウンターを『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』に乗せる」

 

 手札から墓地に送った4枚のカードから4つの魔方陣を同時に描く『マジックテンペスター』。それぞれ魔方陣の中心から4つの緑光を放つ魔力球が精製されると、それは『マジックテンペスター』の手に導かれるままに移動し『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』に取り込まれる。

 

 

覇魔導士アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 2→6

ATK3400→7400

 

 

「こ、攻撃力7400だと!?」

「これだけあれば十分だろ?」

 

 十全に満ちた魔力。それは『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』の体から穏やかに流れ出す。足下は魔力が流れ、黄緑色に輝く海の浅瀬のような神秘的な世界にいるようだった。

 

【すげぇ……俺ぁ実況失格だぜ……目紛るしい展開に飲まれて、最後は実況なんて忘れて魅入っちまってた……】

「行くぜ。バトル! 『覇魔導士アーカナイト・マジシャン』で『絶対服従魔人』に攻撃!!」

 

 攻撃宣言を待っていたかのように充填されていた膨大な魔力が杖から放出される。その眩い輝きは『絶対服従魔人』の巨体はもちろん相手だけでなく視界、いや、ひょっとすると地下全体をも埋め尽くしたのかもしれない。圧倒的な魔力の波が何もかもを飲み込む轟音の中で、確かに相手のライフが0になる音は聞こえた。

 

 

氷室LP700→0

 

 

 

————————

——————

————

 

 光が晴れれば地面に突っ伏している氷室が真っ先に目に入る。周りの観客はただぼんやりとすべてが終わったデュエルリングを眺めているだけで、誰も口を開こうとしない。

 

「俺の戦術は完璧だったはずだ……全盛期をも上回る最高の流れだった……なのに…………なぜだ……」

「……てめぇの敗因は客に魅せるデュエルをするあまり、相手を見る事を疎かにしていたことだ。デュエル中に相手を見てないヤツに負ける道理はねぇよ」

 

 それだけ告げると檻の中の出口へと向かう。その様子に気が付いた司会はようやく立ち直ったようであのやかましい実況が再開される。

 

【今度こそ正真正銘コンプリィィィィィィィィィィィト!!! 激しい攻防を見せた今日のメインデュエル、元プロデュエリストの“氷室仁”vs絶対勝利のデュエル屋“死神の魔導師”の対決を制したのはっ!! “死神の魔導師”だぁぁぁぁぁぁ!!!】

 

 

 

「そこまでだぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 その怒声が地下に響いたのはドアを勢い良く突き破る音が聞こえた直後だった。無事試合が終了した矢先に無粋な輩が入ってきた。ここにいる人間全員から刺すような視線がそのドアから入ってきた人間に向けられたが、その人物の容姿を確認した途端、地下にいる人間全員の血の気が引いていく。

 

『マスター、あれは……』

「あぁ……依頼主のおっさんの様子がおかしいから、なんかあると思ったが……まさか、このタイミングで……最悪だ」

 

 浅黒い肌に海苔を貼付けたようなぶっとい眉、左頬には古傷を負った厳つい顔。そして氷室に勝るとも劣らないガタイの良さ。緑色の制服を身に着け、胸元にはセキュリティのバッチが光っている。

 

「おうおう、クズがゴロゴロいやがるなぁ。テメェらおとなしくしやがれ!! ドラッグの密売の容疑及び不法な賭博デュエルの現行犯でここにいる全員を豚箱いきだぁぁ!!」

 

 セキュリティのおっさん、牛尾哲の登場によりこの地下デュエル場の空気は一瞬で凍り付いた。登場をいち早く察し状況に気付いた無法者達が逃げ出そうと動き始めた時、その心を折りに行くように無慈悲な宣告が下される。

 

「おぉっとぉ、逃げようとしたって無駄だぜ? この建物は既にセキュリティが包囲してる。妙な真似しやがったら減刑のチャンスを失うと思いなぁ」

 

 意地の悪いニヤケ面でこちらを見下すその顔はどっちが悪党なのか分からなかった。そんな冷たい現実を突きつけられ地下にいる人間は諦めたように動く事を放棄していた。

 さて、どうしたものか。サイレント・マジシャンの転移の準備は既にできている。後は合図一つで魔方陣を起動できる状況なのだが、それだとサイレント・マジシャンの姿をこの場に晒す事になる。今後の活動の事も踏まえると、サイレント・マジシャンの姿を無闇にさらす事は得策ではない。だが、四の五の言ってられない状況なのは間違いない。

 周りの様子を観察しながら思考を巡らしていると、件の金髪の男と目が合う。向こうも何かを考えている様子だったが、俺と目が合うと途端にその表情は悪い事を思いついた悪人の笑顔に変わる。

 

「“死神の魔導師”って言ったっけ、アンタ? まさか本当に勝っちまうとは、やっぱりアンタおもしれぇよ」

「あぁ!!? おい、そこの金髪!! なに喋ってんだ! 神妙にしねぇか!!」

「こんなところで捕まるなんてまっぴら何でよぉ! 俺ぁこの辺で御暇させてもらうぜ!! 縁があったらまた会おうじゃねぇか、“死神の魔導師”!!」

 

 それだけ言うと腕のデュエルディスクを起動し何かのカードを発動する。すると金髪の男を中心に煙幕が発生する。直後、上の方で何かが壊れる音が響くと共に人々は一瞬でパニックに陥る。

 

「うわっ!! テメェらおとなしくしやがれ!! さもねぇと逃亡罪を適用して刑を増やっ……ぐぼぁ!!」

 

 おっさんの情けない声が聞こえてきたが、このチャンスを逃す手は無い。俺の“今だ!”と言う呼びかけに応え、サイレント・マジシャンは転移の魔方陣を作動させる。目の前の煙で覆われた世界は一瞬で光に包まれた。

 

 

 

————————

——————

————

 

『危なかったですね、マスター』

「あぁ……」

 

 転移により隠れ家のマンションの一室に一度戻った俺たちは、その後デュエルアカデミアの制服に着替え荷物の整理を済ませて、再び転移で人のいないポイントに来ている。今日の事を振り返れば、あの金髪の男が何者か、セキュリティのタイミングのいい突入など気になる事は多々ある。だが、それについて考えるには少し疲れ過ぎた。今日は帰って風呂に入った後、すぐ寝よう。そんなことを考えている時だった。

 

 コツコツコツ

 

 アスファルトを叩く足音。音からして良いブーツだろうか。だが、ここはまだ人通りの少ない路地。逆に言えば人がいると言う事は大体が碌でもない連中の可能性が高い。警戒心を強めるが、その姿を見て僅かにその緊張は溶ける。目の前から歩いて来たのは見知った顔だったからだ。

 

「イッヒッヒッ! これはこれは、こんなところで会うとは偶然ですね」

 

 他人を見下したような意地の悪い笑い方が特徴的な狭霧の上司。小柄な背丈の道化のようなメイクをした男、イェーガー。

 この時は、何故このような人通りの少ないところにイェーガーがいるのか、と言う事に疑問さえも覚えず、自然を装って適当に挨拶を済ませて帰ろうなどと思っていた。

 

「こんばんは、イェーガーさん」

「こんばんは、八代さん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いや、“死神の魔導師”さんとお呼びした方がよろしかったですかな? イーッヒッヒッヒッ!!」

 

 

「…………!?」

『…………!?』

 

 突然、心臓を鷲掴みにされたような感覚に陥る。

 今日の空模様は遠い昔のように感じた1年前と同じ雨。

 



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『デュエル屋』とチンピラ

 冷たい雨。

 その雨は廃ビルだろうと罅割れたアスファルトだろうと、お天道様を隠すこの雲の下にあるものになら皆平等に降り注ぐ。それはここで傘をさす二人の男にとて同じ事。傘に落ちた雨粒が弾ける音がけたたましく鳴り続ける。そんな中、その男が放った言葉は、まるでその時の他の音をきれいさっぱり切り取ってしまったかのように鮮明に聞き取れた。

 

「……いや、“死神の魔導師”さんとお呼びした方がよろしかったですかな? イーッヒッヒッヒッ!!」

 

 ドクンッ

 

 一際大きい心臓の鼓動。

 それにより大量の血液が一瞬で体を駆け巡る。

 そうして周りの音が元に戻った。冬場の寒い雨の日だと言うのに口の中は渇いていく。

 とうとう勘付かれたか……

 

「…………なんですか? その“死神の魔導師”って言うのは?」

 

 心臓の早鐘が治まらない。だが、それを決して外に出さず努めて冷静な受け答えをする。それを知ってか知らずか、問いを投げたイェーガーには意地の悪い笑みが張り付いたままだ。

 

「図太い神経をしていますね。以前にお会いした時、一度申し上げたはずですが? 違法なデュエルは当然取り締まりの対象になる、と」

「何の話ですか? 前に会った時と言うと、キングとのデュエルの時が初めてだったはずですが? その時にそんな事を言われた覚えはありませんよ?」

 

 大丈夫だ。いずれこうなる事は分かっていた。その時を迎えた時の準備もしていた。

そう自分を鼓舞しイェーガーと向き合う。

 

「ホッホッホッ、あくまでシラを切りますか……『デュエル屋』として依頼を受け、不法な賭博デュエルに参加していた事は既に分かっているんですよ」

「はぁ……それで、それが僕と何の関係が?」

「ですから! その『デュエル屋』、“死神の魔導師”があなただと言っているんです」

「へぇ……」

「へぇ……って、なに他人事だと思ってるんですかっ!! コホンッ、とにかく治安維持局までご同行いただきますよ」

「それは困りますよ。家で狭霧さんが待っています。余り遅くなると心配すると思うので、そのよくわからないお話はまた今度」

 

 徹底して関係がない体を装い、相手を苛立たせる振る舞いをすることで、イェーガーのペースを掻き乱す。腹の探り合いをする上で大切なのはまず相手のペースに飲まれないと言う事だ。

 

「状況が分かっていないようですね。ここに逮捕状を持って来て、あなたを連行しても良いんですよ?」

「……! 色々と勝手に決めつけているようですが、証拠はあるんですか?」

「フフッ、証拠? 我々は容疑者として浮上したあなたのここ最近の動向を、シティの監視カメラで追っていました。するとあなた姿はいつもカメラも人通りも無くなった場所に消えています。さらに“死神の魔導師”の活動もあなたがカメラにも人の目からも外れたときに限って行われています」

「……偶然じゃないんですか?」

 

 やはりとは思ったが、監視カメラでも姿を追跡されていたようだ。だが、イェーガーの言葉には俺が“死神の魔導師”たる決定的な証拠はない。まだ完全に尻尾を掴まれた訳ではない。

 

「では、お聞きいたしましょう。あなたは今日、さっきまでいったい何をしていたんでしょうか?」

「それは……」

「それと! 下手な嘘は止めた方が良いですよ。どうせすぐバレますので」

「…………」

『…………!』

 

 もはや獲物を追いつめ、いつでも仕留められるように銃口を突きつける狩人のような残虐な笑みを浮かべるイェーガー。俺の苦しそうな沈黙にサイレント・マジシャンの顔色はみるみる不安に染まっていく。

 

「おやおや、答えられないのですか? やましい事をしていないなら、はっきりと答えられるでしょう?」

「………………」

 

 獲物をなぶるのを楽しむように、顔を覗き込みながら言葉が続く。下衆な笑みを見るに絶えず目を逸らすと、それに気分を良くしたようで詰問はヒートアップする。

 

「ヒッヒッヒッ! どうやら答えられないようですね。その沈黙は何かを隠している? そう言う事でよろしいですね?」

「………………」

 

 それでも沈黙を貫く俺の様子を見て、鬼の首を取ったかの如くイェーガーは勝ち誇った笑みを浮かべていた。完全に自分のペースで場の空気を掴んだとばかりに嬉々として言葉を続ける。

 

「イーッヒッヒッヒッ! 隠しても無駄ですよ。どうせすべてバレているのです。だったらここですべてを自供した方が、罪は軽くなりますよ?」

「……そうですね。もう隠すのは疲れました……分かりました。すべてを話します」

『マスター?!』

「ほうっ、賢明な判断ですね」

 

 素直に自供する様子にイェーガーは意外そうな反応を見せる。傍らのサイレント・マジシャンは自供を始めようとする俺に慌てふためいている様子だ。

 おもむろに自分の鞄を開け、中からあるものを取り出す。

 

『………………っ!?』

「……? これは?!」

「実は……」

 

 俺がまず鞄から取り出したのは2枚のDVDケース。

 そのパッケージのタイトルは

 

“濡れぬれ悪魔ッ子☆〜エンプレスと蜜なるひと時〜”

 

“マジマジ?マジじゃん!ギャル娘っとしよ?”

 

の二本。

 ……まぁ、例のアレである。パッケージの写真では露出の多いコスプレをした女性が映っており、裏面ではもう見えちゃいけないものが丸見えになって、あられもない状態になっている。サイレント・マジシャンは耳まで赤くしながらそれを見まいと手で顔を覆っているが、指の隙間が明らかに空いていた。

 

「その……いけない店で部屋を借りて、こういうものを見たり借りたりしてました」

「ふむ、正直でよろしい。これに懲りたら次からはこんな真似は……って何を言っているんですか、あなたは!! 私が聞きたかったのは“死神の魔導師”としての今までの活動の自供ですっ! こんな嘘……」

「嘘じゃないですよ? あそこのビルの4階で……」

 

 詳しいビルの位置を教えると、“こんなくだらない嘘を……”と悪態を吐きながらも襟元の小型マイクで部下をその店に手配する。どうやらこの近辺を既に部下で包囲していたらしい。しかし部下がその店にたどり着き、店主からの事情徴収の情報をリアルタイムで受信していくうちに、イェーガーの顔色から余裕は消えていく。

 

「えぇ……本日の17時頃からですが……なんですと?! 確かに今日も利用していた? そんなはずは!! えぇ、他の日は? 確かにちょくちょく顔を見せて……って、あなたの若い頃の話など知りませんよ!!」

 

――――――――ここに逮捕状を持って来て、あなたを連行しても良いんですよ?

 

 この言葉の裏を返せば、今の段階では逮捕状はまだ発行されていないと受け取れる。この言葉を聞いた時点で、今回の勝利を確信していた。

 逮捕状がまだ出ていないと言う事は、俺が“死神の魔導師”であると証明する決定的な証拠をまだ掴めていないと言う事。多少は切れ者だと認識されていただろうが、相手はまだ子どもと油断していたな。大方強気に出て逮捕と言う言葉をチラつかせながら、その時間帯に何をしていたかを揺すれば簡単にゲロると思っていたのだろう。

 だが、それは甘い。こいつに目を付けられてからは隠れ家に行き来するための転移は確実に人のいないポイント、即ち密室を利用している。そこで俺が利用したのは裏通りのアダルトショップ“ふぁんしー”。看板も広告も出していない知る人ぞ知る店で、適当なじいさんの店主が経営している。DVDのレンタルはもちろん、個室も30分単位で利用可能。そこではそこにあるDVDを見る事もできるため、そこを利用して持ち帰るためのDVDの中身の確認に使ってもよし、その場でそのDVD使っても良い。

 話を戻そう。兎に角、そこの個室を利用しそこから転移をしたとしても、個室からの出入りが無い以上、“死神の魔導師”が活動している間もそこに俺がいると言うアリバイが成立する。転移と言うサイレント・マジシャンの使う魔術の存在が掴めてない以上、俺が“死神の魔導師”である事を決定づける証拠は何も無い。

 

「一度出直したらどうでしょう。それでも僕を連れて行きたかったら逮捕状を持ってきて下さい。えぇっと罪状はエロガキがR-18のAVを見ていた罪とかですか? だけどこれって逮捕状は出るんですかね?」

「くっ……」

 

 苦虫を噛み潰したような顔と言うのはまさにこの事だろう。自らの勝利を確信し最も油断が生じている時を突き、逆転の手札を切る。古典的だが有効な手であるからこそ、それは現代まで生き続けているのだ。

 

「……今回は引き下がらせてもらいます。お騒がせ致しました」

「いえいえ、間違いは誰にでもある事ですから。あぁ! そう言えば……」

「…………?」

 

 これによりこの場の会話の主導権は完全にこちらに傾いた。サイレント・マジシャンは先程のDVDのパッケージを見て完全にフリーズしてしまっているが、今この時の流れを利用するためにも構っている時間はない。

さぁボチボチ反撃といこうか。

 

「ジャック・アトラスの八百長説……と言う話をご存知でしょうか?」

「はっ、何を言い出すかと思えばくだらない。根も葉もない噂です。キングとのデュエルをしたあなたなら彼の実力は身を以て知っているはずでしょう?」

「えぇ、僕自身も先日のデュエルを終えた時は、改めてそのような事実は無いだろうと思っていました。ですが……」

 

 そう言葉を区切り、鞄の中に手を再び突っ込む。再びあの如何わしいものが出てくるのではと思ったのか、イェーガーはビクッと体を強ばらせる。だがそこから出したのは何の変哲も無い黒いDVDケース。

 

「この前、デュエルアカデミアの方で課題が出ていましてね。ジャック・アトラスのとある試合についてのレポート課題が。これはその時、担任から渡されたそのデュエルの映像が入ったディスクです」

「それが何か?」

「僕は出席番号が一番最後だったせいで、たまたま資料のディスクが足りなくて先生の持っている資料を借りたんです。どうやらそれは先生の私物だったらしく、今までのジャック・アトラスの試合のほとんどが入っていたので興味本位で見ていたんですよ。その中で見つけたのがジャック・アトラスとドラガンの試合なんですが……覚えていらっしゃいますか?」

「……えぇ」

 

 一瞬、返答に間があくのを俺は見逃さなかった。五分五分の可能性だと思っていたが、案外これは黒かもしれないな。

 

「そうですよね。“北欧の死神”と名を馳せた神の力を持つカードを従えるヨーロッパリーグでは腕利きのデュエリストだ。ただ、その試合を見るとおかしな点がいくつか。なぜだかドラガンはそのエースモンスターらしきカードを出していない。それどころか抵抗らしき抵抗をしていない」

「それはキングの圧倒的なパワーの前になす術が無かっただけでしょう」

「そうかもしれませんね。ではジャック・アトラスが先攻で召喚した攻撃力1100の『トップ・ランナー』に対して、なぜドラガンは攻撃力800の『極星獣ガルム』を敢えて攻撃表示で出したのでしょうか? 『極星獣ガルム』の守備力は1900もあり、壁モンスターとしての方が優秀にも関わらず」

「そんな事……私には分かるはず無いでしょう」

 

 冷静に答えているようにも見えるが、さっきまでとは打って変わって歯切れが悪い。やはりこの一件、何かある。

 

「そうでしょうか? 少し考えれば分かるはずです。あの時、ドラガンはカードを1枚セットしていた。あれは明らかに相手の攻撃を誘っている戦い方だ。しかし、結果はその伏せカードを発動することもなく、次のターンに召喚された『レッド・デーモンズ・ドラゴン』の攻撃で破壊され2200ポイントのダメージを受けている。なぜ、あのセットカードを発動しなかったのでしょうか?」

「……あなたの読み違いではないでしょうか? あのセットカードはあのタイミングでは発動する事の出来ないカードだった。そう考えればなんの不自然な要素はないではありませんか」

「えぇ、その可能性もあります。でもそうなるとおかしいですよね。なんの策も無いのなら『極星獣ガルム』を攻撃表示で出すメリットは何も無い。ダメージだけ受けているのを見ると……まるでわざと負けにいっているように思える(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

「い、い、言い掛かりです!」

 

 その返事には明らかな動揺が見てとれる。取引材料として使うために残しておいた甲斐があったようだ。

 

「まだあるんですよ? 『レッド・デーモンズ・ドラゴン』に『極星獣ガルム』が破壊された次のターン、ドラガンは何もせずにターンエンドし、最後は『レッド・デーモンズ・ドラゴン』のダイレクトアタックを受けて試合が終了しています。この映像の中にはその時のデュエルのテレビ中継の録画だけでなく、観客席から撮影した映像も入っていたんですが、手持ちのビデオカメラでなんとかズームして少しでも試合を間近で捉えようとしたのでしょう。目の前のコースを走っている時なんかはなかなかの大きさで撮れていました。おかげでカードの内容までは見えませんが、それでも手札が映っていたんです。そこには確かにモンスターである茶色のカードが残っていました。モンスターが手札に残っているのになぜドラガンはそれを出さなかったのでしょうね?」

「それは上級モンスターだったからでしょう! くだらないお話はもう」

「ドラガンは! 過去のデュエルで上級モンスターを使用した事は一度もありませんよ?」

「っ!!」

 

 悪化の一途をたどる天候は雨脚を強め、気が付けば雷が鳴り始めていた。

 

 

 

—————————

——————

————

 

 あれから1ヶ月が過ぎようとしていた。

 あの後、あの情報を出汁に治安維持局を相手にバラして欲しくなければ、などと言う要求はしていない。そうすれば完全に相手と敵対する事になるからだ。願わくば治安維持局を取引相手に“デュエル屋”としての仕事を依頼されるような関係を築いていきたいところだが、事を急けば思わぬところで躓くこともある。

 今回はただこちらの持つ手札をチラつかせた事で、あちらとしても不用意に俺の近辺を嗅ぎ回る事は出来なくするに止めた。要するに牽制だ。今後も手札を集めて向こうの新たな動きに備える必要がある。

 しかし、日常にこれと言った変化は無い。治安維持局の方もここまで音沙汰がないと、かえって不気味だった。いや、一度狭霧を通しての間接的なコンタクトがあったか。

 

「その、年頃なのは分かってるけど……悪魔とか魔女とかは……と、とにかく! 程々にするのよ?」

 

 唐突に狭霧に切り出された時は何の話かと思ったが、そこでイェーガーに没収されたあれの事が直ぐに思い出された。その時ものすごく気まずくなった事は言うまでもない。

 いつの間にか新年を迎えていた訳だが、それ以外は概ね特に変わった事も無かったと思う。思い出せる事と言えば、サイレント・マジシャンがお汁粉好きだと判明したと言う事と、狭霧と二人での家族クリスマスパーティーをやった事、正月に数年ぶりの初詣に行きおせちを食べた事ぐらいだ。改めて思い出してみると1ヶ月と言うスパンの中では思い出せる事柄の量が増えたと思う。

 

「……ねぇ、聞いてる?」

「…………?」

 

 どうやら考え事をしている間に話しかけられていたようだ。俺の反応を見て聞いていなかった事に気付いた狭霧は少し機嫌を損ねてしまった。

 

「もう……久々の休日を使ってのデートなのに、その相手をほったらかして他の考え事?」

「デートって……からかわないで下さいよ」

 

 珍しく休日の狭霧と出かけると言う事で、狭霧は当然私服だった。首にはファー付きのベージュのストールを巻き、アウターには黒に近い紺のコートを羽織っている。前を閉じていないためチラリと見えるインナーのグレーとイエローのボーダーニットがオシャレポイントと言うヤツなのか。下はコートと同色のピッチリとしたパンツに明るいブラウンのハイブーツ。全体的に落ち着いた大人の雰囲気を感じる。

 

「この前も言ったでしょ? 異性と2人っきりで出かけてるんだからこれはデートよ。しかもこの前と違って一緒に買い物なんて尚更デートっぽいでしょ?」

「はぁ……その気もないくせによく言いますね」

「ふふっ」

 

 俺の反応を楽しむように悪戯っぽい笑みを浮かべる狭霧。その笑顔を向けられると顔を直視できなくなる。端から見れば初心な男とそれをリードする大人の女性のカップルと勘違いされるのだろうか?

 自然と町を歩く男女のカップルに意識がいく。休日の昼下がり、それも大雪に見舞われここ数日思うように外出することが出来ない状態だった道が、ようやく落ち着いたところに合わせるかのような気持ちのよい晴天の日だ。町の通りには人通りも多く、カップルも必ず視界には2、3組は入ってくる。どのカップルも腕を組んだり、肩を寄せ合ったり、手を繋いだりしながら仲睦まじく笑い合っていた。

 それを見て自分の考えを改める。どう見ても女の方は辛うじて笑顔だが、男は年中仏頂面をぶら下げて碌に喋りもしないと言う男女を、カップルと思うような輩はいないだろう。

 

『………………』

 

 背後霊の如く俺の後ろについてくるサイレント・マジシャンは一言も発しないが、何故だか機嫌が悪そうだ。

 

「どう? そのマフラー? 温かい?」

「はい、温かいですよ」

「良かったぁ。色々回って決めた甲斐があったわ」

 

 今日の買い物に来たのは俺の冬服が寒そうと言う狭霧の言葉がきっかけだった。肌着にシャツを着て、セーターかカーディガンを羽織った上にダウンジャケットを着込めばそこそこ温かいのだが、マフラーが無いと寒いの一点張りで結局買い物に出る事になったのだ。

 

「でも、こんなトップスに住んでいる人も足繁く通っているような店まで来て、わざわざ高価な物を買わなくても良かったんですよ?」

「良いの。今までこうしたプレゼントなんてした事も無かったんだから。それに大人にはカッコつけたい時だってあるのよ」

「……別に普段仕事と家事を両立してる狭霧さんもカッコいいと思いますけどね」

「……! なにサラッと嬉しい事言ってくれてるの、もう!」

 

 一瞬、言葉が理解できなかったのかキョトンとした顔になったが、その言葉を飲み込むと背中を叩かれる。少々気障ったらしかっただろうが、これで少しはさっきの仕返しが出来ただろうか。何事もやられっぱなしは性に合わないのだ。

 

「マフラー、ありがとうございます。大事にしますよ」

「高かったんだから、無くしたら承知しないわよ?」

『………………』

 

 

 ミシッ

 

 

 背後で空間が軋むような音が聞こえたような気がした。

 だが依然として後ろには無言なサイレント・マジシャンがいるだけで特に変わった様子はない。ただ、サイレント・マジシャンからは言いようの無いオーラが発せられていて、何故だか圧を感じる。気のせいなのだろうか?

 

「あら、何かしら?」

「…………?」

 

 人の流れがおかしいところがあった。まるでそこの一カ所を避けるかのように人が流れている。足を止め道の端に避けると、人の間の切れ目から目に入ってきたのは3人の屈強そうな男達。それぞれがモヒカン、スキンヘッド、リーゼントと個性溢れる髪型をしており、冬場だと言うのにお揃いの袖を破った革ジャンを着用している。これにバイクまでつけたら完全に世紀末スタイルだ。様子を見る限り何か揉めているように見える。

 

「おいおい、ボクぅ? なに兄貴にぶつかってくれてんのぉ?」

「だからさっきからそれは謝ってるじゃないか!」

「謝るだけで事が済むならセキュリティはいらねぇよ! どうすんのこれ? 兄貴の大切なボトル割れちゃってるよ?」

「うぅ……それは……」

「…………」

 

 よく見ればその3人に囲まれて二人の子どもがいた。同じようなライトグリーンの髪色から考えるに兄妹なのだろう。一人は怯えて何も言わないが、それを庇うように少年が前に出ている。

 床に散らばったボトルビンの破片から見るに、あれは“ボトルマン”だろうか。わざと相手にぶつかり持っている安物、あるいは偽のワインのビンを落として割り、相手にその壊した物の弁償代を請求する質の悪い連中だ。しかしこんな子どもをターゲットにしたところでお金もそんなに持っていないだろうに……

 

「坊ちゃんにお嬢ちゃん。この辺の子だったらお金には困ってないよね? 大事なボトルだったんだ。君が壊しちゃったんだから弁償してくれるよね?」

 

 最近の“ボトルマン”はさらに悪質な手口を使うらしい。この辺を出歩く子どもの両親の稼ぎは良さそうな事に目をつけたのだろう。相手の物を壊してしまったと言う罪悪感に苛まれる子どもを丸め込んで、その子の貰っているお小遣いから金を要求するとは、何ともあくどい連中だ。

 

「そもそも、そっちがぶつかってきたんじゃないか! しかも態とらしく自分でビンを落として割ったのに、なんで俺たちがそれを弁償しなきゃいけないんだよ!」

「兄貴ぃ、この坊主全然反省してないみたいだぜぇ? ケへへッ!」

「グヒヒッ、ちょっとお仕置きが必要かな?」

「どうやらそのようだなぁ? 本当はお兄さんもこんな事はしたくないんだけどなぁ」

「くっ……」

「…………やだ……やめて……」

 

 見るからに近寄りがたい男達だ。面倒ごとに巻き込まれる覚悟で割って入ろうと言うお人好しや正義感を持ち合わせた人間など、俺を含めそうそういるものではない。

 そう思考の海に意識を埋没させていた時だった。

 

「ちょっと、あなた達!」

「あん、何だぁ? この姉ちゃんは?」

 

「……………………ん?」

 

 俺の脇に立っていたはずの狭霧はいつの間にか消え、気が付けば目の前の避けられていた問題の渦にズカズカと切り込んでいるではないか。

 

「言いがかりをつけて子どもの親からお金を巻き上げようなんて、良い大人が恥ずかしくないの?」

「関係のない部外者は引っ込んでてくれるか? これは俺たちとこのガキ共の間の問題だ」

「いいえ! 悪い大人から子どもを守るのも大人の仕事よ! 大体、割れた割れたって騒いでるけど、割れたって言ってもどうせ安酒かハリボテでしょ?」

「なぁに勝手に決めつけちゃってんのぉ? こっちは兄貴が楽しみにしてた高級ワインを割られちゃってんだよ」

「あら? てっきり赤くもないから、ただの水だと思ったわ」

「赤いだけがワインだと思ったか? それは高級白ワインだ」

「高級白ワイン? 銘柄は……」

 

 そう言葉を区切ると、狭霧は足下に散らばったビンの破片の中からラベル部分がついたものを確認し始める。

 

「へぇ……“シャトーカロン・セギュール”なんて、確かに良いお酒じゃない」

「だから言ってるんだ。高い酒が割られたって。分かったらさっさと」

「だけど“シャトーカロン・セギュール”って

 

 

 

 

 

 

……歴とした赤ワインよ?」

「…………!!?」

 

 その言葉は連中にとどめを刺すには十分な威力だった。

 これも人生経験が成せる技なのか、銘柄を見ただけで赤ワインか白ワインを見極めるなんて事はまだ出来る気がしない。

 

「中身を入れ替えて“シャトーカロン・セギュール”クラスのお金を弁償させようなんてのは、これって立派な詐欺行為よね? セキュリティに通報される前に消えてくれる?」

「なんだよ。おじちゃん達、嘘つきだったんじゃん」

「あの……助けて頂いてありがとうございます」

 

 間に入った狭霧のおかげでどうやら事件は解決を見たようだ。子ども達のお礼を受け笑顔を返す狭霧。何も言わずに先に行ってしまった事に対して文句の一つ出も言ってやろうと歩を進めた時だった。

 唐突に狭霧の表情が凍り付く。それは子ども達も同じだった。

 狭霧の耳元でスキンヘッドは何かを囁くと、苦々しい表情で狭霧と子ども達は移動を始める。そしてその後に続くようにチンピラの集団も移動を始める。

 

 その時、俺は見た。チンピラ共の手に握られた太陽の光を反射する鋭利な金属を。

 

『マスター! このままじゃ狭霧さんが!』

 

 サイレント・マジシャンも焦っているようだが、俺も内心焦っていた。他人に見られない死角から刃物で脅迫されているとは誰が思おうか。

 昔までの俺なら迷わずここでも見て見ぬ振りをして立ち去っていただろう。ただ、仮にも同居人である狭霧に何かあったら、これからの生活で合わせる顔が無い。故に俺が起こす行動は決まっていた。

 

「おい、人の連れを勝手に連れてくのは止めてくれるか?」

 

 自ら面倒事の渦へと飛び込むと言う選択を……

 

 

 

————————

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 どんなに発達した町にも影はある。

 連れてこられた場所は人の気配のない路地。富裕層の集まる清掃の行き届いた表通りとは違い、この裏通りは日当りも悪く、雪もまだ大量に残っている上にゴミがそこかしこに埋まっている。悲鳴を上げたところで、雪の音を吸収する性質や表通りまでの距離を考えれば、まず他人に助けを求める事は不可能。それに一人でも変な動きをすれば、他の人質にされている者に危険が及ぶ。だが、全員がそれを意識しているせいで、誰も動けない状況にあるのが現状だ。それを良い事に連れてこられた狭霧と子ども達は次々と電柱に縛り付けられてしまった。もう自由の身なのは俺だけとなっている。

 策も無しに勢いに任せて行動するとは、全くらしくない。それでも安直にサイレント・マジシャンの力に頼って、彼女の存在を露見させるような隙を作らない保身っぷりはいつも通りだが。

 

「まさか彼氏の登場とは予想してなかったなぁ、ケヘへッ!」

「グヒヒッ! 彼女に仲裁をさせておきながら、今更ノコノコご登場とは随分と意気地がないと見える」

「あぁ、全くだ。どうやらこいつらのお仕置きの前に、まずこの兄さんの性根を叩き直す必要がありそうだ」

 

 ジンワリと手が汗ばむ。スキンヘッドが一歩一歩近づいてくるのに合わせて、心臓の鼓動が一拍、また一拍と強くなっている。ふと、俺の手提げに気付いたスキンヘッドは悪い事を思いついたような笑みを浮かべた。

 

「お前、デュエルができるようだな?」

「……? あぁ」

「ならお前には、これを付けて俺とデュエルをしてもらおうか」

「…………!」

 

 差し出されたのは7つの黒い金属のリング。狭霧や一緒に連れてこられた子ども達はこれが何なのか理解していない様子だったが、俺は一度それを付けた事があったので知っている。それぞれに赤いセンサーが埋め込まれたそれは、正直もう二度と付けたくないと思っていたものだった。だが、俺に拒否権は無い。

 

「これはどこに付けるんだ?」

「あぁそうか、くくくっ、これが何なのか知らないのか。いや、それは当たり前の事だろう」

 

 当然付ける場所も付け方も知ってはいる。これはせめてもの俺に出来る抵抗だった。俺がこのリングについて知らない事に気を良くしたようで、スキンヘッドは意地の悪い笑みを浮かべながらそれの付け方のレクチャーを始める。相手を真似て、おとなしくそれを手首、二の腕、足首に嵌め込み終えると、最後に首に付けるよう言われる。流石に買って貰ったばかりのマフラーを台無しにする訳にもいかないので、マフラーを預ける許可を貰い狭霧にそれを渡す。そして互いにデュエルディスクの準備に取りかかった。

 

「ケヘヘッ、あの兄ちゃんも運が悪ぃ」

「裏世界を実力で勝ち抜いてきた兄貴とこんなデュエルをする事になるなんてな。御愁傷様って言葉はこのためにあるんだろうよ、グヒヒッ」

「ふふっ……」

「あぁ? 何がおかしいんだ、姉ちゃんよぉ?」

「……どこのデュエリストだか知らないけど、八代君にデュエルを挑むなんて命知らずはあなた達の方よ。ギタギタにやられちゃいなさい」

 

 傍らで見張りについているリーゼントとモヒカンに対し、縛られている状況にも関わらず狭霧は強気だった。それは俺のデュエルの腕に対する信頼からだろう。

 その狭霧の言葉を聞くとより一層嬉しそうにゲラゲラと笑い始める。

 

「何がおかしいの?!」

「ケッヘッヘッ! いや、あの兄ちゃんに希望を抱いてるアンタが余りにも滑稽でよぉ」

「グッヒッヒッ! 普通のデュエルでいくら強かろうがこのデュエルでは関係ない。それを思い知る事になるだろうぜ」

「…………?」

 

 デュエルディスクを腕に着けデッキをセットし終えると、ちょうど相手のスキンヘッドも準備を終えたようだ。その顔には相変わらず嗜虐的な笑みが張り付いている。

 デュエルディスクを同時に起動させオートシャッフルが終わった瞬間に、互いにカードを5枚抜き取る。

 

「デュエル」

「デュエルっ!」

 

 ディスクの反応はない。どうやら先攻は相手のようだ。子ども達や狭霧、そしてサイレント・マジシャンが緊張した面持ちで見守る中、デュエルの火蓋は切って落とされた。

 

「俺のターン! ドロォー!」

 

 先攻を取られた以上は相手の動きを注意深く見て、デッキを見極めるしか無い。連れてこられた少年と少女、そして狭霧が緊張した面持ちで見つめる中、相手は動き始める。

 

「カードを3枚セットし『カードカー・D』を召喚!」

 

 ほとんど平面に近い青色の車がフィールドを駆け回る。そのボンネットのセンターには赤い文字でDと書かれており、それを胴体に見立て金色の翼と首が伸びた鳥のロゴが描かれていた。

 

 

カードカー・D

ATK800  DEF400

 

 

 『カードカー・D』を出してくるとなるとこのターンは全く動きを見せる気がないと言う事か。

 

「このカードは召喚に成功したメインフェイズ1にこのカードをリリースして効果を発動する! デッキからカードを2枚ドローし、このターンのエンドフェイズを迎える! さぁ、お兄ちゃんよぉ、テメェのターンだ!」

「俺のターン、ドロー」

 

 先攻時すぐに『カードカー・D』を召喚し効果を使った場合、手札が7枚となり手札制限に引っかかってしまう。そこでたとえ伏せる必要の無い魔法カードであっても1枚はセットしてから『カードカー・D』の効果を使うのが普通だ。

 しかし今回のセットカードは3枚。セットカードの枚数から見て、あれは恐らくすべてトラップか速攻魔法だろう。場の魔法、トラップカードをすべて破壊する事が出来る魔法カード『大嵐』がある中で、あの中にブラフのカードを伏せるリスクを冒す必要は無い。

 セットカードが気になるところだが、こちらも動かない事にはそれを確認する事も出来ない。

 

「俺は『召喚僧サモンプリースト』を召喚」

 

 依頼用、日常用問わず俺の魔法使い族デッキに採用される事が多い魔術を修めた僧。現れた時から座禅を組み、このデュエルの流れを静かに見ているようだ。

 

 

召喚僧サモンプリースト

ATK800  DEF1600

 

 

 セットカードを発動する様子は見られない。この段階ではまだセットカードの当たりをつけるのは難しい。

 

「このカードは召喚成功時、守備表示になる」

 

 さて、問題はここからだ。

 この状況、下っ端の二人がそれぞれ双子と狭霧についている。下手に攻撃を仕掛けてデュエルで追いつめようものなら、あの3人に危害が及ぶ可能性がある。つまり人質がいるため迂闊にこちらからは仕掛ける事が出来ない以上、ここは守りを固めるしかない。

 

「そして手札から魔法カード『アームズ・ホール』を墓地に送って効果発動。デッキからレベル4のモンスターを1体特殊召喚する。俺は『サイレント・マジシャンLV4』を守備表示で特殊召喚」

 

 『召喚僧サモンプリースト』が発動した魔術によって光り輝く魔方陣からサイレント・マジシャンが召喚される。まだ魔力が充填されていない幼い状態だが、何度も守られてきたその後ろ姿は安心感を抱かせる。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK1000  DEF1000

 

 

 守りを固め続けなければならないこのデュエルに勝機が無いかと問われれば、それは否。狭霧の事だ。恐らくあいつらと接触を図る前に、セキュリティに何らかの連絡をしているはず。何の策も無しに無鉄砲に行動するような人ではない。

 

「『ワンダー・ワンド』を『召喚僧サモンプリースト』に装備。これにより『召喚僧サモンプリースト』の攻撃力は500ポイントアップする」

 

 『召喚僧サモンプリースト』の手に先端に緑の宝玉を嵌め込んだ短い杖が現れる。魔力の込められた杖から力が伝わり、『召喚僧サモンプリースト』の体から一瞬うっすらと淡い光が発せられる。

 

 

召喚僧サモンプリースト

ATK800→1300

 

 

 纏めると今回のデュエルはセキュリティが来るまでは守りを堅めて相手の攻撃を絶え凌ぎ、セキュリティが現れたタイミングで攻勢に出ると言う流れを作らなければならない。

 相手の腕にもよるが、そもそも自分の手の中でデュエルの流れを完全にコントロールすると言うのは非常に困難な事だ。

 

「あれ? どうしてお兄ちゃんは守備表示の『召喚僧サモンプリースト』に攻撃力をわざわざ上げる装備魔法を付けたんだろ?」

「そして『ワンダー・ワンド』の効果により、このカードと装備対象モンスターを墓地に送って2枚ドローする」

 

 少年の疑問に答えるように『ワンダー・ワンド』の効果を使ってみせる。墓地に飲み込まれた『召喚僧サモンプリースト』の繋いだ2枚のカードを手札に加える。

 俺の意思に応えるように守るための札が揃った。これでセキュリティが来るまで持ちこたえれば良いのだが……

 

「カードを3枚セットしてターンエンド」

「この瞬間、トラップ発動! 『ライバル登場!』。このカードは相手の場のモンスター1体を選択し、そのレベルと同じレベルのモンスターを手札から特殊召喚するカード! 俺は『サイレント・マジシャンLV4』を選択し、手札からレベル4の『不屈闘志レイレイ』を特殊召喚する」

 

 相手の場に出現したのは筋骨隆々の男の上半身に、茶色の毛で覆われ尻尾が生えた獣の下半身を持つ獣戦士。鎧で胸から膝上までは覆われているが、それ以外は肉体が剥き出しになっており体の屈強さが見てとれる。

 

 

不屈闘志レイレイ

ATK2300  DEF0

 

 

 4つ星の下級モンスターの中でもトップクラスの攻撃力を持つモンスター。ただし攻撃を仕掛けた時に、その次の自分のターンのまで守備表示になってしまう効果があるため余り使い勝手が良いモンスターとも言えないカードだ。

 

「さらに永続トラップ『最終突撃命令』を発動! これによりフィールドのお表側表示のモンスターはすべて攻撃表示になり表示形式を変更できない! さぁて、テメェの『サイレント・マジシャンLV4』には起き上がってもらおうか!」

『あ……うっ……』

 

 『最終突撃命令』の効果により自由の効かなくなった体はサイレント・マジシャンの意志に反し体を攻撃の構えを取らせる。

 

「まっ、まずいよぉ! このままだと、あのゴツいモンスターに攻撃されたら大ダメージを受けちゃうよ!」

「くくくっ! 俺の前で壁モンスターを並べて凌ごうなんて考えは甘ぇんだよ! 俺のターン! ドロー!」

「相手がドローした事で『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターが1つ乗る。そしてこのカードの攻撃力は自身に乗った魔力カウンター1につき500ポイントアップする」

 

 魔力を吸収したサイレント・マジシャンは髪も身長も少し伸び、人質とされている少女よりも成長した姿になる。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 0→1

ATK1000→1500

 

 

「どうやらあの兄ちゃんは魔法使い族使いのようだな」

「ケヘヘ! どうやら運がねぇどころかアイツの頭上には死兆星が光っているようだ。魔法使い族使い嫌いの兄貴の相手になるたぁ……あの兄ちゃん惨たらしくぶっ潰されるぜ」

「俺は『神獣王バルバロス』をリリースなしで召喚する! ただし、このカードはこの召喚方法で召喚した場合、攻撃力は1900となる」

 

 『不屈闘志レイレイ』の横に現れた新手は、ライオンのような長い金のたてがみを風になびかせていた。上半身は褐色の肌の人間、下半身は黒く短い毛に覆われた四足歩行の獣。右手には赤いランス、左手には青い盾を持った獣戦士が開戦の雄叫びを上げる。

 

 

神獣王バルバロス

ATK3000→1900  DEF1200

 

 

 どこかで見た事のある連中だと思ったが、前に非合法で賭博が行われていたあの地下デュエル場で対戦した相手だったか。確かあのとき使っていたのはバルバロスなどの上級モンスターを多用するハイビートダウンデッキだったはず。様子を見る限りデッキの内容は大幅には変わっていないようだ。

 

「トラップ発動。『奈落の落とし穴』。召喚、反転召喚、特殊召喚された攻撃力1500以上のモンスターを破壊し除外する」

 

 『神獣王バルバロス』の足下に亀裂が入る。そしてその重みに絶えきれなくなった地面は砕け、異次元へと続く穴が開かれた。耐性の無い1500以上の攻撃力を持つモンスターにその穴から逃れる術は無い。

 

「はっ! そう思い通りにいくかよ! この瞬間、永続トラップ『炎舞―「天権」』を発動! 場の獣戦士族モンスター1体を選択し、このメインフェイズ1の間だけその効果を無効にし、このカード以外の効果を受けなくする。これにより『神獣王バルバロス』は『奈落の落とし穴』の効果を受けなくなる」

 

 異次元へと続く穴からは『神獣王バルバロス』を吸い込もうと激しい引力が発生する。しかし『炎舞―「天権」』の効果を受けた『神獣王バルバロス』はその引力を受けようとも微動だにしない。

 

「くっ……」

「さらに『炎舞―「天権」』の効果には続きがある。このカードがフィールド上に存在する限り、自分の場の獣戦士族モンスターの攻撃力は300ポイントアップする! 効果が無効となった『神獣王バルバロス』の攻撃力は元に戻った上に300ポイントアップだぁ!!」

 

 マズいな。何らかの妨害は予期していたが、カード消費無しで対処されるとは思わなかった。

 『炎舞―「天権」』の効果を受けて、相手の場に並ぶ2体のモンスターの攻撃力が上昇しその威圧感を増させる。

 

 

神獣王バルバロス

ATK1900→3300

 

 

不屈闘志レイレイ

ATK2300→2600

 

 

「攻撃力3300!? この攻撃が全部通ったらあのお兄ちゃんは……」

「『不屈闘志レイレイ』で『サイレント・マジシャンLV4』が破壊されて1100のダメージ。その後の『神獣王バルバロス』のダイレクトアタックで3300のダメージ。その合計4400ダメージであの人のライフは0になるわ……」

「そんなっ……」

「行くぜぇ! 『不屈闘志レイレイ』で『サイレント・マジシャンLV4』を攻撃!」

 

 クラウチングスタートで飛び出した『不屈闘志レイレイ』はサイレント・マジシャン目掛けて突っ込んでくる。丸太のように太いその腕の肘を前に突き出し、それでそのまま体当たりを仕掛けてくるつもりなのだろう。

時間を稼がなければならない以上、こちらとしてもそう簡単には負けるわけにはいかない。

 

「トラップカード『ガガガシールド』を発動し『サイレント・マジシャンLV4』に装備。このカードを装備した対象モンスターは1ターンに2度まであらゆる破壊をされなくなくなる」

『…………っ!』

 

 サイレント・マジシャンの前に現れた巨大な盾がその攻撃を吸収する。だが攻撃力の差もあり、その攻撃をすべて受け流す事が出来ず後ろに軽く飛ばされる。それでも倒れず踏みとどまったのは流石と言うべきか。

 

「だが、ダメージは通るぜ!!」

「うっ!? ぐあぁぁぁぁああっ!!」

 

 それはライフポイントの減少を確認した瞬間だった。

 首輪から流れ出す電流が容赦なく体を駆け巡る。筋肉は硬直し、脳に直接伝わる痛みで意識が一瞬飛びかける。過去にも経験した事があるが、この電気が流れる痛みは慣れる気がしない。

 

 

八代LP4000→2900

 

 

「八代君っ!?」

 

 狭霧が悲鳴のような声で名前を呼ぶのが聞こえる。顔を起こせば心配そうな面持ちでこちらを見るサイレント・マジシャンがいた。まだやれる事を示すためにもふらつく足に喝を入れ、再びデュエルディスクを構える。

 

「何がおきているの?!」

「グヒヒッ、あの黒いリングはデュエルの衝撃増幅装置。文字通りデュエルのライフが減少するとプレイヤーに本当の苦痛が奔る」

「ケヘヘッ、しかも1000ポイント以上のダメージは次元が違ぇ! この調子ならライフが尽きる前に終わっちまうだろうぜぇ」

 

 1000ポイント以上のダメージは威力が違うのか。前に受けた苦痛よりもキツいと思ったがそういうことか。一発喰らっただけで膝が笑っている。

 

「ヒュー、この電流を受けて膝をつかないとはなかなか根性あるじゃねぇか。バトルを行った『不屈闘志レイレイ』は守備表示になる。だが永続トラップ『最終突撃命令』の効果により、再びレイレイの攻撃力は攻撃表示となる! さて、一発は耐えられたようだが、二発目はどうかな? さらに『神獣王バルバロス』で攻撃だぁ!」

 

 四本の足で大地を駆ける『神獣王バルバロス』はその赤いランスを引きサイレント・マジシャンに狙いを定めていた。それを受けるべくサイレント・マジシャンは目の前に盾を構える。

 

 衝突。

 

 突き出されるランスとそれを正面から受ける盾は甲高い金属音を響かせた。

 

『うぅっ! きゃぁぁぁあ!!』

 

 拮抗したと思われたのは一瞬。その突き出されたランスを受けきれず、サイレント・マジシャンは後方へ弾き飛ばされる。攻撃力3000オーバーの攻撃をまだ魔力カウンターを1つしか吸収できていない状態で受けきるなんて事は無理な話だ。

 そして直後に訪れる電流。

 

「っ!! あぁっ……がぁ……ぅ……ぐぅぁっ……ぁぁあ!!」

 

 視界が完全に白く染まる。最早、地面に2本の足がちゃんと着いているのか、それすらも分からなかった。絶叫を上げる事もままならず、口から絞り出されたのは断続な悲鳴にもなり得ぬ呻き声だった。

 

 

八代LP2900→1100

 

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 

 意識がようやくハッキリした時、顔の前にあったのは地面。両手を地につき四つん這いの状態で、それでも倒れないようにする事で精一杯だった。先程のダメージを受けてから回復する間もなく再びダメージを受けたため、体力がゴッソリ持っていかれている。

 

「こんな危――――エル今すぐ止め――――!!」

 

 狭霧が何か叫んでいる。まだ聴覚が完全に戻っていないせいか、途切れ途切れにしか言葉の内容は伝わってこないが、非難めいた雰囲気は伝わってくる。それに対しチンピラ共は下衆な大笑いをするだけだった。

 

「カードを2枚セットしターンエンドだ。この『最終突撃命令』がある限り、『サイレント・マジシャンLV4』を守備表示で盾にする事も出来ねぇ。既に退路は断たれてる、諦めてサレンダーしたらどうだ? 今サレンダーしたらテメェだけは見逃してやっても良いぜ?」

「はぁ、はぁ……はっ、冗談はそのヘアスタイルと……季節感の無いフェッションセンスだけにしな……はぁ……てめぇ如きに勝利をくれてやる程……うっ……俺のデュエルは軽くねぇ……」

「ほぅ。これだけやられときながら、まだそんな事を言う元気があるか」

 

 視界がぼやける。気をしっかり保たなければ、すぐに意識が落ちてしまいそうだ。それでも幸いまだ思考を巡らす事はできる。

 ダメージを受けてまで切り札を温存したのは、相手を優位に立たせて調子付かせるため。ここで少しでも時間を稼げるカードが引ければ尚良いところだ。

 

「はぁ、はぁ……俺のターン……ドロー」

 

 ……やはりそう都合の良いカードを引けるものでは無いらしい。

 そのカードを確認すると、左手に持った手札に加える事無く腕を下ろす。

 

「……はぁ……さっき盾って言ったか? ……サイレント・マジシャンは盾じゃねぇよ……」

「なに?」

 

 訝しむスキンヘッドだが、俺は僅かに口元を緩めていた。なんだか今引いたカードを見ると自分の数奇な運命が可笑しくてならない。

 

「サイレント・マジシャンはなぁ……はぁ……」

 

 俺は時間を稼ぐ“守り”のカードを望んだ。そして、それに対するデッキの答えはこれだ。

 

「テメェのライフをぶち抜く大事な俺の最強の矛だよ! マジックカード『レベルアップ!』発動! 場の“LV”モンスターを墓地に送り……はぁ、そのカードに示されているモンスターを……召喚条件を無視して手札またはデッキから特殊召喚する。『サイレント・マジシャンLV4』を墓地に送って……俺は『サイレント・マジシャンLV8』をデッキから特殊召喚!」

 

 『レベルアップ!』の発動によって、サイレント・マジシャンの足下から魔方陣が広がっていく。

 

 光柱。

 

 それは魔方陣の遥か上空から降り注いだ。その実は彼女に強力な力を与える莫大な魔力の塊。光の中に飲み込まれ姿が見えなくなったサイレント・マジシャンだが、やがて光の中でその影が大きくなっていく。上から降り注いでいた魔力が途切れると、魔方陣の上に溜まっていた魔力はその向きを変え球状に流れを作っていった。徐々にその規模を収縮させ魔力が球形を保てる臨界まで達した瞬間、それは激しい発光と共に爆ぜる。

 それはサイレント・マジシャンの最終形態の降誕。

 内に膨大な魔力を秘めた魔術師は静かにフィールドに立っていた。先程までの荒れ狂っていた魔力は凪ぎ、サイレント・マジシャンの艶やかな髪も揺れ動く事は無い。

 

 

サイレント・マジシャンLV8

ATK3500  DEF1000

 

 

 一方的な“守り”などお前の性に合うまい。何もかもに抗う“攻め”こそお前にはお似合いだ。

 

 

 まるでデッキからそう言われているような気がした。

 

「よしっ! これで『神獣王バルバロス』の攻撃力3300を上回ったぞ!」

「でも相手にはまだ伏せカードが2枚残ってるわ。そう簡単に攻撃が通るかしら……」

「バトル! 『サイレント・マジシャンLV8』で『神獣王バルバロス』を攻撃!」

 

 攻撃宣言に迷いは無かった。ライフポイントの差は既に大きく開いている。ここでこの反撃が通ったとしてもそのダメージは極僅か。人質に危害が及ぶような事はまずあるまい。

 その杖に魔力を集中させたサイレント・マジシャンは躊躇う事無くそれを『神獣王バルバロス』へと放出する。放たれた白い光は氾濫する川の如くバルバロスの元へ到達する。バルバロスは左手の青い盾でそれを受け止めるが、光に押されその盾には少しずつ罅が入っていく。

 

『はぁっ!!』

 

 気合いの掛け声と共に膨れ上がった魔力は罅割れていた盾を貫き、バルバロスを光の中に消失させた。

 

「ぬぐぅおぉ!」

 

 戦闘ダメージが生じた事でスキンヘッドの体にダメージに相当した量の電流が奔る。

 

 

スキンヘッドLP4000→3800

 

 

 だがそのダメージは僅か200。体を襲う実ダメージは軽微なものだ。

 依然としてライフで優位に立っているからなのか、ダメージを受けたと言うのにスキンヘッドの顔には笑みが張り付いていた。

 

「ぐふふっ、自分の場のモンスターが破壊され墓地に送られたこの瞬間、『ヘル・ブラスト』を発動! こいつはフィールドで1番攻撃力の低いモンスターを破壊し、その攻撃力の半分のダメージをお互いに与えるトラップカード。この場で攻撃力が一番低いのは、俺の場の攻撃力2600の『不屈闘志レイレイ』! よってその攻撃力の半分、1300のダメージをお互いに喰らおうじゃねぇか!」

 

 『不屈闘志レイレイ』の体が内側から砕け散る。その体の内から飛び出したのは地獄の色に染まった紫電。それは天に昇ると二つに分岐しお互いのプレイヤー目掛けて降り注ぐ。

 

「大層な矛を持っているようだが、その矛が俺をぶち抜く前にテメェが死んだら世話ねぇよなぁ? あばよ!!」

 

 紫色の光が頭上に迫る。

 残りライフ1100の俺の命を削りきるには十分な威力の一撃。

 チンピラ共は勝利を確信した笑みを浮かべ、人質にされた者の表情は絶望に染まっていく。

 しかし敗北を下す地獄からの一撃は遮る物体によって阻まれた。それは大きな黒い板。目の異常に細かい巨大な黒いスポンジにも見えなくないそれは、頭上に落ちてきた命を刈り取る破壊その物を吸収し、淡い青色の光に変化していく。

 

「トラップカード『エネルギー吸収版』だ。……はぁ……こいつは自分にダメージを与える効果を相手が発動した時に発動できるカード。そのダメージを受ける代わりに……その数値分だけライフポイントを回復する」

「なっ!? う、ぐぉぁぁあああ!!」

 

 結果、こちらはライフを回復し相手だけがダメージを受ける形になった。1300のダメージを受けて、スキンヘッドも少しふらつき始めたようだ。それを見ていた外野のチンピラは地団駄を踏み、捕らえられた者達は安堵の表情を浮かべる。

 

 

八代LP1100→2400

 

 

スキンヘッドLP3800→2500

 

 

 自分の『マジックテンペスター』のバーン効果を思い出し、バーン対策にと入れておいたカードが功を奏したようだ。しかし、この一撃を防がれて尚もスキンヘッドの表情には余裕があった。

 

「やるじゃねぇか……だが、それも想定の範囲内だ! 一命を取り留めたこの瞬間こそ、隙が生まれる! トラップ発動! 『油断大敵』! この相手のライフが回復した時、相手の場のモンスターを1体破壊する!」

 

 露わになった最後のセットカード。そこから鋭い閃光がサイレント・マジシャン目掛けて放たれる。それが通り過ぎた後には何も残らない、そんな鋭利さを秘めた一撃だった。無論それをサイレント・マジシャンが受けきる術はない。

 

「物騒な矛を向けられる事が分かってるなら、俺がぶち抜かれる前にその矛をぶっ壊すまでよ!!」

『…………!』

 

 迫る閃光を前にサイレント・マジシャンは手で顔を覆う。そして光がサイレント・マジシャンの姿を包み込んだ。

 

 

 

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 スキンヘッドの男の発動した『油断大敵』。

 『ヘル・ブラスト』による効果ダメージを防がれる事を見越して張られていたトラップカード。この一連の流れと良い、このデュエル全体を見ていて分かるのは、このスキンヘッドの男が手練だと言う事。

 このカードの効果が成立すれば八代君の場には八代君を守るモンスターがいなくなる。デュエルにそこまで詳しくない私でも、その状態で相手にターンを渡す事が如何に危険であるかぐらいは分かる。

 

 絶体絶命。

 

 閃光がサイレント・マジシャンの眼前に迫った時、不可思議なことが起きた。サイレント・マジシャンの体が光に包まれて消えたのだ。結果、その閃光はサイレント・マジシャンがいたはずの場所を突き抜ける事になる。そして……

 

「うっ!!」

 

 閃光はその真後ろに立っていた八代君に突き刺さった。直後に八代君の背後が発光すると共にサイレント・マジシャンが姿を現す。光に消える直前、迫る閃光を前に手で顔を覆ったままの状態で。

 まるでサイレント・マジシャンを敵の魔弾から守るように、八代君は両腕を広げサイレント・マジシャンの前に立っていた。

 

『――――っ!!』

 

 目の前で八代君が仁王立ちする姿に気が付いたのか、サイレント・マジシャンはソリッドビジョンとは思えない程、リアルにその表情を驚愕へと変える。

 

「はぁ、はぁ……速攻魔法『我が身を盾に』。ライフ1500ポイントを犠牲にして……はぁ、場モンスターを破壊する効果を持つ……うっ! はぁ、はぁ、カードの発動を無効にし破壊する……」

「その状態で1500のライフを支払うだと……? テメェ、正気か?」

 

 八代君がその問いに答える事は無かった。1500ポイントのライフを支払ったことにより、その分の苦痛が八代君を襲ったのだ。痛みで硬直する体の四肢、その苦痛の色に染まった声は見ているこっちも辛い。まして子ども達には刺激が強過ぎる。

 

 

八代LP2400→900

 

 

「ケッヘッヘッヘッへッ! モンスターを庇って自分から死ににいきやがったぜぇあいつ!」

「グッヒッヒッヒッヒッ! これで通算4000以上のダメージだ! もはやデュエル続行はできまい」

 

 ギリッ

 

 奥歯を噛み締める力が強過ぎて、その音が外まで漏れたような気さえした。

 この光景を見て品のない笑い声を上げるリーゼントとモヒカンの2人組を前に、それを許せないと思う気持ちよりも、こうして只縛られて何も出来ずにいる自分が許せないと言う気持ちの方が強く沸き上がってくる。

 

「そんなっ……」

「もう……いやっ……」

 

 少年は絶望した様子でその光景を呆然と眺め、少女は瞳に涙を溜めながらデュエルから目を逸らす。

 そして八代君の体が傾く。両腕はぶらりと垂れ下がった様子からも完全に体から力が抜けているのが分かる。立っている状態を維持できなくなった体は、重さの集中した頭が前に傾くのに合わせて前に倒れていく。

 

 デュエル続行不可能はデュエルの敗北となる。

 

 つまり八代君の敗北。

 あの現キングであるアトラス様と引き分けた程の実力を持つ彼が敗北する。目の前で崩れていく彼の姿がスローモーションのように映るのに、その言葉は全く現実味を帯び無かった。

 

 こんなところで彼が敗北するような事は無い。

 

 彼の頭が地面に近づいていくにつれて、自分の中でそれが徐々に膨らみ確信へと変わっていく。

 

 ザッ!!

 

「なっ!!?」

 

 力強く右足を踏み出し、体の傾きは止まる。

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 

 背中を大きく上下させながら、足をガクガクと震えさせながら、それでも折れる事無くデュエルディスクを構える。その目から光は消えてはいない。

 

「馬鹿な……なぜ立てる……?」

「はぁっ、はぁっ、確かに一瞬、意識はぶっ飛んださ……はぁっ、けどな……世の中には……体を本当にぶっ飛ばされるみてぇな、もっとこたえるデュエルもあるのさ。はぁっ、そいつと比べたら……こんなもん大した事はねぇよ……」

 

 息も絶え絶え、意識も定かであるかは怪しいと言った状態。そんな様相でも決してその闘志が消える事は無い。この時の彼の瞳には、いつ何時でも敵の首を狙う獣のような殺気すら感じた。

 

「強がりを……自分の体が傷ついてまで、どうしてモンスターを守る?」

「はぁ、はぁ、言っただろ……大事な最強の矛だって? その矛も守るのが……はぁ、盾の仕事だ」

「まるでテメェが盾みてぇな口ぶりだな……まず一番大事にすべきはテメェの身だろうが」

「デュエルってのは……はぁ…自分の残り1のライフを取られる前に……相手のライフを0にすればいい。ってことは……自分の身ってのは残り1のライフポイントの事だ。自分の最後の1以外のライフなんてのは……はぁ……盾みてぇなもんだろ」

「狂ってやがる……」

 

 騙し騙し普通にやり過ごしているように見えるが、そう長くは保たない事は明白。

 セキュリティには10分が過ぎて連絡が無かったら出動してもらうよう連絡は入れてある。だが、既にここに着いて20分は過ぎようとしていた。恐らく出動できる人数も限られている上に、今日の通りの人出の多さや裏通りに残った雪と言った要因に時間を取られているのだろう。

 八代君の手札は既に残り1枚。場には『サイレント・マジシャンLV8』を残すのみで他に何も無い。対する相手も残り手札1枚で、場には永続トラップの『炎舞―「天権」』と『最終突撃命令』しか無い状況。一見すれば八代君が優位に見えるが、デュエルに絶対はない。セットカードも無しにこのままターンを相手に渡すのは危険を伴う。

 

「はぁ……俺はこれでターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー」

「…………!」

 

 八代君は最後の手札を伏せなかった。つまり、このターン八代君を守るカードは何も無い。となると、このターンの相手のドローがこのデュエルの行方を左右すると言っても過言ではない。

 

「へっ、テメェの自慢の最強の矛も俺の最強の矛には敵わねぇ! 墓地の機械族『カードカー・D』と獣戦士族『不屈闘志レイレイ』を除外し『神獣機王バルバロスUr』を特殊召喚!」

 

 スキンヘッド場に現れたモンスター。それは先のターン倒された『神獣王バルバロス』ととても似通った姿をしていた。いや、サイズが一回り大きくなった事と上半身の肌の色が茶褐色から灰色に変わった事、そして手に持っている武器が槍と盾から赤い金属で出来た巨大な二つの銃火器に変化した事以外見た目は全く変わっていない。

 

 

神獣機王バルバロスUr

ATK3800→4100  DEF1200

 

 

「グヒヒッ! ついに出たぜ! 兄貴の最強エースモンスターが!!」

「攻撃力……4100……?」

 

 ポツリとその絶望的攻撃力の数値が無意識のうちに口から溢れた。『サイレント・マジシャンLV8』の攻撃力は3500。その数値を上回るモンスターが出された事で、完全に八代君の場の優位性が失われた。

 冬場だと言うのに服の下には汗が滲んでくる。

 

「さらに『神獣機王バルバロスUr』に『愚鈍の斧』を装備。これにより装備モンスターの効果は無効にされ、攻撃力は1000ポイントアップ! 効果が無効化された事で相手プレイヤーに戦闘ダメージを与える事も可能になる!」

 

 右手の銃火器が無くなり、代わりに巨大な刃のついた大斧が握られる。刃の付け根にある金の円盤には、歯がスカスカで大口を開けている抜けた表情の男の顔が描かれているが、そのマヌケ面とは裏腹に刃は凶悪なまでに研ぎすまされている。

 

 

神獣機王バルバロスUr

ATK4100→5100

 

 

「ケヘヘッ! 出た! 兄貴のマジックコンボだ!!」

「攻撃力5100なんて……もうダメだ……勝てる訳ないよ……」

 

 心臓の早鐘が治まらない。この攻撃が通れば八代君に1600のダメージが通る。残りライフ900の八代君が負けるのはもちろん、このダメージが通れば確実に肉体的にも只では済まなくなる。

 最早、一刻の猶予もない。それだと言うのに、まだセキュリティのバイクはその姿を見せない。

 

「今度こそ正真正銘の最後だ!! 『神獣機王バルバロスUr』で『サイレント・マジシャンLV8』を攻撃!」

 

 それは死刑囚に告げられる無慈悲な死刑宣告だった。『神獣機王バルバロスUr』はその死刑執行命令を果たすため、サイレント・マジシャンに歩み寄る。コツ、コツ、コツと地面と足の蹄がぶつかる音は死神の足音のように聞こえる。その足音が一歩、一歩、また一歩と近づく度に心臓がその鼓動を強くする。

 そうして『神獣機王バルバロスUr』はサイレント・マジシャンの前まで来ると、手に持ったその巨大な斧をゆっくり振りかぶる。

 

 キィィィィィっと言うタイヤが地面を擦る音が聞こえたのはその時だった。

 

 その音源を見れば、見慣れたセキュリティの白いバイクがこの脇道を見落としかけたが、こちらに気付き急ブレーキをかけたところのようだ。

 しかしこのデュエルを止めるには、それではあまりにも遅過ぎた。この時には振りかぶられた斧は『神獣機王バルバロスUr』の豪腕によって、まさに振り下ろされるところだった。

 死刑執行人のが断罪の斧を振り下ろした時、死刑囚である八代君は……

 

 

 

 

 

 

 笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「やっと来たか……」

 

 ガキィィィィィィィン!!

 

 金属と金属が甲高い音を立ててぶつかる。それは『神獣機王バルバロスUr』の振り下ろした大斧をサイレント・マジシャンがその杖で受け止めた結果だった。一体あの華奢な体のどこにそんな力が眠っているのか。原因は分からないが目の前でおきているありのままの事は、『神獣機王バルバロスUr』の大斧とサイレント・マジシャンの杖の衝突は互いに拮抗していると言う事だ。

 

「なんだ?! 何が起きている!!」

「光属性モンスターが戦闘を行うダメージ計算時、手札から発動した『オネスト』の効果だ! このカードを手札から墓地に送ることでエンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力は、戦闘を行う相手モンスターの攻撃力分アップする」

 

 サイレント・マジシャンが杖を薙ぎ払うと『神獣機王バルバロスUr』の体は大きく後退し地面を滑る。相手が体勢を崩している隙にサイレント・マジシャンは杖に白い光を集め始める。

 

 

サイレント・マジシャンLV8

ATK3500→8600

 

 

 『神獣機王バルバロスUr』はその杖の輝きの危険を察知し、4本の足で地面を蹴って跳躍するとサイレント・マジシャン目掛けてその巨大な斧を振り下ろす。

 

「なっ!? 馬鹿な!! 攻撃力8600だと!?」

「終わりだ!」

『はぁぁぁぁぁ!!』

 

 掛け声と共に杖から飛び出した白い光。それは『神獣機王バルバロスUr』を易々飲み込むと、その断末魔も相手プレイヤーの絶叫も何もかもを包み込みこのデュエルの終焉をもたらした。

 

 

スキンヘッドLP2500→0

 

 

 

————————

——————

————

 

「怪我は無いですか、狭霧さん!?」

「えぇ、私は無事よ。来てくれてありがとう、牛尾君」

 

 駆けつけてきたセキュリティの顔はやはり見知ったものだった。いつもなら顔も合わせるのも嫌な相手だが、今回ばかりはこのおっさんが出てきたおかげで人質に取られた三人に怪我も無く、俺は勝利のためのカードを切る事ができたのだから感謝しなければなるまい。もっとも仮に最後にこのおっさんが現れなかったとしても、勝利と敗北の選択を迫られれば勝つためにカードを使っていただろうが……

 

「でも、それより八代君は……」

「俺も……大丈夫です……」

 

 狭霧に心配そうな目を送られるが、重ねて大丈夫だと答える。体の節々に痛みが残っており足下はまだふらつくが、今は割と意識はハッキリとしていた。

 おっさんはこちらを見るなり汚物を見るような目を向けてくる。

 

「けっ、デュエルでボコられるとはざまぁねぇな」

「どっかの税金泥棒が職務怠慢して……チンタラ駆けつけてなかったら、こんな事にはなってないですよ……」

「なんだと! このガ……キ…………?」

 

 思わず本音が出てしまった。

 怒りを露にするおっさんだったが、言葉を続けようとしたところで驚いたような間抜けな表情に変わる。まるで何か奇妙なものを見るような目だった。いつまでも口を開かないおっさんに痺れを切らし、マヌケな面をしている事を伝えるとようやく口を開いた。

 

「いや、前までは何考えてるか分からねぇ不気味なガキだと思ってたが……口を開いたら生意気で憎たらしいクソガキだって思ってな」

「……そうですか」

「まぁ今回は狭霧さんが無事だった事に免じて、テメェの事は不問にしておいてやるよ」

「…………? お咎めされる事は何もしてないはずですが?」

 

 するといつもの人を見下したような傲慢な態度はどこへやら、顔を近づけて他の人間に聞こえないようこっそり耳打ちしてくる。

 

「お前が……ほら、二人でいた事だよ」

「……はい?」

「だから、お前が……あぁぁ、もう良い!!」

「…………?」

 

 途中まで小声だったが、最後は投げやりな様子で声を荒げる。相変わらずおっさんの行動はよく分からないことがある。狭霧もおっさんの行動がよく分かっていないらしく、頭の上にクエスチョンマークが浮かんで見える気すらする。

 

「牛尾さん! 遅れて申し訳ありません。ただ今、到着致しました!」

 

 見ればチンピラ共を連行するようの車が到着したようだった。スキンヘッドはあのデュエルの最後のダメージで完全に伸びており、リーゼントとモヒカンは抵抗する様子を見せずおとなしくお縄についている。

 

「おう、それじゃあチンピラ共を車に乗せろ」

「はい!」

 

 部下と思われるセキュリティ隊員は一人ずつ車に乗せていく。ガタイの特に良いスキンヘッドが意識を失っているため乗せるのに苦労しそうだと、他人事のように適当な感想を抱く。

 

「衝撃増幅装置ねぇ……ったく、どこからこんな違法物を手に入れやがったんだか……日頃の行いが悪いからテメェはこんな事件に巻き込まれるんだよ」

「………………」

 

 おっさんは証拠品として透明の袋に回収した衝撃増幅装置を訝しげに眺めながらも毒を吐く。もっともそれに関しては返す言葉も無いところだ。

 デュエルが終了した事であのリングはすべて外れた。大方互いに装置を装着しデュエルを開始する事で動作し、デュエルに決着がつくと外れる仕組みだったのだろう。

 

「では、身柄の連行をお願いします」

「はい! 狭霧さんもお気をつけておかえり下さい!」

 

 全員を来る前に乗せ終えると、セキュリティらしく敬礼しおっさんはこの場を去った。すると、離れたところで二人話していた兄妹がこちらに駆け寄ってくる。恐らくあの強面が居たから近寄りがたかったのだろう。

 

「お兄ちゃん、デュエル強いんだね! 最後は一瞬でドバーッてやっつけちゃって本当にカッコ良かった!!」

「もう、先にお礼でしょ! 今日は助けて頂いて本当にありがとうございました」

「あっ、そうだった。お兄ちゃんとお姉さんのおかげで助かりました。ありがとうございます」

 

 そう言うと二人揃って頭を下げる。こう近くから見るとこの兄妹が双子である事が改めて分かる。髪を後ろで束ねている方が兄で髪を左右でそれぞれ束ねている方が妹と、髪型でしか区別がつかない。

 

「礼をされる事なんてしていない。俺はただデュエルをしただけだ」

「はぁ、全く素直じゃないんだから。セキュリティが来るまで時間を稼いでくれたのはあなたでしょ?」

「そうだよ! お兄ちゃんが来てくれなかったら今頃は……」

 

 そう言うと大げさに身震いをしてみせる。どうやら兄の方は明るくて人懐っこい性格のようだ。狭霧は微笑ましくその様子を眺めている。

 

「…………!」

 

 ふと、妹の方に目を移すと何やら一点を見ていた。その視線の先を辿ると俺の背後にいるサイレント・マジシャンの方を見ているようだった。だが、精霊化している状態のサイレント・マジシャンを一般人が見れるはずもない。特に気にも止めずに、熱心に話している兄の方に視線を戻すと丁度こちらに話を振ってきたところだった。

 

「そうだ! 今度は俺とデュエルしてよ! こう見えて俺もデュエル出来るんだぁ」

 

 デュエルの申し込みを受けたなら、何時いかなる時もそのデュエルから逃げない事を信条にしているため、そのデュエルを受けないと言う選択肢は俺に無い。だが、本音を言えば体に大分負荷がかかっているこの状況でデュエルはしたくはない。そう思っていたところ妹の方から助け舟が出された。

 

「ダメに決まってるでしょ。さっきまであんなに厳しいデュエルをしてたんだから疲れてるのよ。それにこれ以上一緒にいるのも迷惑になるわ」

「あぁそっか……じゃあ、今度あった時は俺とデュエルしてくれる?」

「デュエルを申し込まれたら、断る理由は無い」

「やったぁぁぁ!! あっ、俺は龍亞って言うんだ! それでこっちが妹の龍可」

「よろしくお願いします」

 

 兄からの紹介を受け妹はぺこりとお辞儀をする。

 なるほど、妹の方はしっかり者のようだ。兄に足りないところを補っている良い妹だと言う印象を受ける。

 

「……八代と呼んでくれ」

「狭霧深影よ。呼び方は任せるわ」

「分かった! 八代お兄ちゃんに深影さんだね」

「八代さん、深影さん。改めまして今日は本当にありがとうございました。私たちはこれで行きますね。行こう、龍亞」

「うん。じゃあ、またねぇぇ!!」

「あぁ、ちょっと!」

 

 狭霧が呼び止めるよりも先に二人は走っていってしまった。あの位の年頃の子どもと言うのは元気なものだ。

 

「もう、危ないから表通りぐらいまで送っていこうと思ったのに」

「セキュリティがここに来た直後ですし大丈夫でしょう」

 

 小さくなっていく背中を見送っていると、狭霧が正面に回り込んできた。琥珀色の瞳の色がはっきりと見てとれる程、顔と顔の距離が近い。何事かと思っていると、手が首の後ろに回された。スラリと通った鼻や形の良い唇など顔のパーツ一つ一つが鮮明に目に映る。

 

 ドクンッ

 

 心臓が強く脈を打つ。それは今まで感じた事の無い鼓動だった。

 目の前にある狭霧の瞳に自分の顔が映っているのすらも見えそうなくらい狭霧の顔が近くにある。それだけのはずなのに体が火照っていくような感覚がした。そして首元に温かい感触が広がる。

 

「はい、出来た!」

「…………?」

「何惚けた顔してるの? せっかく買ってあげたんだから、ちゃんとマフラー着けてよね」

 

 どうやら狭霧は預けていたマフラーを巻いてくれたらしい。そのために腕を顔の後ろに回していたのかと先程の行動に納得がいった。

 またやられたな……

 

「はぁあ、でも折角の休日のはずがとんでもない事に巻き込まれちゃったわね」

「そうですね。まさか、こんな展開になるなんて事は考えられませんでした」

「でも、意外だったわ。てっきり私たちが連れて行かれた時、真っ先にセキュリティに連絡をするのかと思ってたわ」

「それは狭霧さんが済ましていると思ってましたから」

「なるほどね。でも八代君って、慎重に尾行したりとか策を練ってから行動する人じゃない? どうしていきなり割り込もうと思ったの?」

「それは……

 

 

 

 

 

 

デートの相手を横取りされるなんて許せないじゃないですか」

「……!」

 

 俺の言葉を聞いて驚いたような表情を浮かべる狭霧。だが、それは直ぐにいつもの小悪魔のような笑顔に変わった。

 

「ふふっ、分かってきたじゃない」

『………………』

 

 

 

 

 ミシッ

 

 

 

 まただ。

 背後でまた空間が軋むような音がした。しかしやはり振り返ってみても、そこには無言のサイレント・マジシャンがいるだけである。

 

 本日のお天気は晴れ、ときどき空間の軋み。

 



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『デュエル屋』とカラス 前編

 セキュリティ本部。

 シティの権力の中枢で多くのビルが並ぶシティの中でも、窓一つないダークブルー一色のカラーリングの建物と言ったらこれしか無いだろう。屋上には衛生と通信をするためなのか、巨大な電波の送受信を行う円盤が設置されており他のビルと並んでも目立っている。

 よもやそんなビルの中に足を踏み入れる時が来るとは、数年前の俺なら考えもしなかっただろう。まして実質このネオ童実野シティのトップである治安維持局長官レクス・ゴドウィン氏との交渉の席を設ける事になるとは今でも信じがたい事だ。

 俺が通されたのは上階の応接間。部屋の中央には透明なガラスのテーブルがありそれを挟んで2つずつの黒いソファーがおいてある。別段そのインテリアが豪華な訳でも格式がある訳でもないのだがその部屋は輝いて見えた。それは部屋の隅から隅までの汚れの一切を排したピカピカに掃除された部屋だからだろう。

 きれい過ぎる部屋と言うのも窮屈なものだ。

 

「それでは、私ども治安維持局は今後とも一切あなたの業務に関わらない。ただし、報酬さえ支払えば我々からの依頼も受けていただく。この2点での合意でよろしいですね?」

 

 目の前で腰掛ける男、レクス・ゴドウィンは最後にそう締めくくった。

 灰色の髪を伸ばしたガタイの良い男だ。ガタイが良過ぎてなのか仄かに青みがかったグレーのスーツの上はボタンが留まっていない。おかげでそのスーツの下のシャツが大きく開けて見える。何かのマークなのか、シャツに印刷されている羽を広げた鳥を上から見た様子を象ったと思われる模様が、その存在感を大きく主張している。

 

「えぇ、それで構いません」

 

 相変わらず髑髏の仮面を付け全身をローブで覆った不気味な状態で机越しに腰掛ける俺だが、果たしてこの男にはどのように映っているのだろうか。

 

 この会談に至る経緯と言うものは実にシンプルなものだった。

 2月に入って間もない日、いつもの様に依頼をこなした帰りの道中にふらりとイェーガーが現れたのだ。流石にこの短期間で治安維持局に対する新たな手札を得る事は出来ていなく、またこちらを揺さぶりにきたのかとその時は焦ったが、相手の目的はこちらの予想とは違っていた。

 

“治安維持局にて長官がお待ちです”

 

 と一言だけ俺に告げると、イェーガーは一通の封筒を俺に渡し去っていったのだ。そしてその時に渡されたのがこの会談の日程の記された親書だった。当然、親書自体に何か仕掛けてないかと疑い指定された日時と場所を記憶するとその親書はその場で燃やしたが、今日の様子を見る限りそれも杞憂だったようだ。

 

「………………」

 

 ゴドウィンの脇に立つイェーガーは今もニヤついた表情を顔に貼付けながらこちらを見ている。

 こうもすんなりと事が運ぶとかえって邪推が働く。だがサイレント・マジシャンに調べさせたところ、今のところ罠らしきものは見つかっていない。罠でないとすると事の運びから推察するに初めからこうするつもりだったと考えるのが自然だろう。となると、この前の接触は俺を捉える事が目的ではなく俺を試していただけと言う事になる。

 

「………………」

 

 相変わらずイェーガーからニヤついた笑みが剥がれる事は無い。

 どうやら俺は勝手に一人相撲をとっていただけのようだ。やはりこのイェーガーとの腹の探り合いにそう簡単に勝つ事は出来ないか。何を考えているのか底が見えない。

 

「それではこの契約書にサインを」

 

 机の上に差し出された契約書に目を通す。契約の内容は先の口頭でのやり取りの内容がそっくりそのまま記されていた。もちろん手に取れば分かるが、裏側にカーボン紙が敷いてあって、その下の別の書類にサインをさせると言ったセコいやり手はされていない。正式な契約書と言う事で紙の上部には治安維持局のロゴが印刷されており、紙の素材も良いものを使っているらしく手触りが柔らかい。

 受け取った万年筆も一見するとベースが黒で縁やペン先が金のよく見る形だが、ペン先にはゴドウィンのシャツの柄と同じ文様が刻まれている。これもオーダーメイドの高級品なのだろう。

 契約書にペンを走らせサインを終えると、それを確認するためにゴドウィンは再度それに目を通す。

 

「Ni……ke……これは……ニケ……と読むのですか?」

 

 俺のサインを見て少し訝しげな視線を向けてくるゴドウィン。俺のサインの欄に書かれた“Nike”と言う見慣れない文字に疑問を覚えたようだ。

 

「そうです」

「失礼ながら、あなたは“死神の魔導師”と言う名ではなかったのですか?」

「“死神の魔導師”というのは勝ち続ける噂が広まるにつれていつの間にか付けられていた通り名。自分からそれを名乗った事は一度もありません」

「そうでしたか。そうとは知らず失礼しました」

 

 ゴドウィンは恭しく一礼し名を間違えていた事を詫びる。その姿勢からはどこかの道化のように胡散臭さは感じず、誠意が籠っているように見てとれる。だが、この男も決して他人には見せない何かを胸の内に秘めている、そんな印象を覚えた。

 

「イッヒッヒッ、それにしても“ニケ”ですか。古代ギリシャ神話に出てくる勝利の女神の名を自ら名乗るとは、それも勝利への絶対の自信からでしょうか?」

「……そんなところです」

「それは頼もしい。では、こちらからの依頼でのご活躍を期待していますよ」

 

 そう言うとゴドウィンは手を差し伸ばしてきた。握手を求めてきているようだ。こちらとしても治安維持局とは良いビジネスパートナーとしての関係を築き上げたい、そんな意味を込めてその握手に応じる。

 握手を終えてここでやる事を済ませたので“それでは”と一言挨拶をし出口に向かう俺をゴドウィンは呼び止めた。

 

「ところで……“暴虐の竜王”と言う通り名を聞いた事はありませんか?」

「…………さて、聞き覚えはありませんね」

「そうですか。あなたの名が世に知れる前に世間を騒がせたデュエリスト。あの噂もありますしご存知かと思いましたが……」

「噂は噂でしょう。用件はそれだけですか?」

「えぇ、わざわざお呼び止めして申し訳ありません。イェーガー室長、出口まで」

「はっ、かしこまりました」

 

 それだけのやり取りを終えると今度こそその部屋を後にした。

 部屋を出てからはイェーガーの半歩後を続くように歩いていた。沈黙が続く事は無いだろうと踏んでいたが、案の定口を開いてきたのはイェーガーだった。

 

「改めまして、あなたを雇えた事は僥倖でした」

「……雇う? 雇われた覚えは毛頭ない。ただ、依頼を受けたら依頼をこなし報酬を受け取る関係になっただけだ。別件の依頼でそれが治安維持局の意にそぐわなかったとしても俺は依頼を遂行する」

「ホッホッホッ、そうでしたね。それは失礼」

「……それにしても2回しか会ってないと言うのに、よく依頼を持ってくる気になったものだ。初めからそのつもりだったのか?」

 

 あくまで会ったのは刺客を送り込まれた時と招待状を受け取った時の2回と言う事を強調しつつ問いを投げる。これは俺の中の答え合わせのようなものだ。だが、正直答えはあまり期待していない。答えを聞ければラッキー程度のものだ。

 

「ヒッヒッ、色々試した結果ですよ」

「…………」

 

 表立ってデュエルアカデミアの学生である“八代”と言う男とデュエル屋である“ニケ”と言う男の同一性については触れてこない。言葉通り試した結果と取るなら、刺客とのデュエルで実力を認めたと取れる。だが、敢えて“色々”と言う言葉を使う事でこちらにあの雨の日の邂逅をチラつかせてきている。やはり食えないヤツだ。

 

「それではあなたには早速依頼があります」

「何だ?」

「なぁに、ちょっとしたピクニックがてら“カラス狩り”に興じて頂くだけですよ。ヒーッヒッヒッヒッ!」

 

 

 

————————

——————

————

 

“カラス狩り”

 

 その依頼を受け連れて行かれたのは、なんとサテライト区域のセキュリティの押収品保管庫の前だった。時刻は既に深夜を回っており、丁度満月が一番高い位置で輝いている頃だ。流石に2月の半ばと言う事で真夜中の気温は一桁台。手先が痛む程冷たい。

 この時間まで外出と言うのは狭霧の許しを得られなさそうなので、今日は知り合いの家に泊まりにいっていると言う事にしておいた。今までそんな事が無かっただけに誤摩化すのは一苦労したが、なんとか了承は得られた。

 

「おいおい、なんで今日に限って俺が警備担当なんだぁ? こんな不気味な格好のヤツと待ち伏せ作戦なんて居心地悪くて仕方ねぇや」

 

 そう愚痴をこぼすのはDホイールに腰をかけているセキュリティの男。顔馴染みとなった牛尾のおっさんである。最近色々な場所で顔を合わせている気がする。ただ、プライベートの状態で会う時もデュエル屋として会う時もこの接し方は変わらないようだ。

 

「しかし上層部も何を考えてやがるんだ。“カラス”くらいこの牛尾哲様がいれば一発でお縄を頂戴できるってのに、外部からこんな得体の知れない野郎を雇うとはなぁ」

「…………」

 

 訝しげな視線を送られたところでこちらが返す言葉はない。その様子が気に入らなかったのか、態度はますます不機嫌そうになり唾を地面に吐き捨てる。

 それから数分間の沈黙が続いたが、その沈黙を破ったのはやはり牛尾のおっさんであった。

 

「あぁ、そうだ。渡すの忘れてたぜ。ほらよ」

 

 投げ渡されたのは透明なビニールに包まれた丸いパンと白い液体が入った分銅型のビンだった。治安維持局からの支給品だろうか。

 

「……パンと牛乳?」

「あんぱんと牛乳だ。張込みの時はこれって相場が決まってんだ」

「そうなのか……」

 

 今時携帯食なら他にもいくらでもあるだろうに。これがジェネレーションギャップと言うヤツなのか。

 そんな事を考えていると牛尾のおっさんは自分のパンを齧りながら牛乳ビンを開けていた。喉を鳴らしながら牛乳を半分程飲むと、頬を僅かに緩めるおっさんは少し幸せそうだった。

 そんな顔もするんだなとちょっと意外に思う。そんな様子を見ているとこちらも少し小腹が好いたのであんぱんの包装を破いて仮面の歯を外していく。ストローを挿す程度なら一本歯を外すだけで事足りるのだが、何かを食べるとなると上下五本ずつ程外さなければならないので少々手間がかかる。

 

「え゛っ? お前の仮面ってそうなってたのか?」

「あぁ」

「便利っつーかなんつーか……徹底してるんだな」

 

 こちらを見た時のギョッとした表情から今度は少し同情したような表情に変わる。顔を明かせない事情を何となく察したのだろう。

 とりあえずあんぱんを口に運べる程度の空間を確保できたのでそれを口に運ぶ。あんことパンの比率は程よく一口で中身のあんこのところまで到達できたのは評価が高い。だが味にこれと言ったインパクトがある訳でもなく総評すると只のあんぱんだった。そんな評価を下しながら次に牛乳を流し込む。

 

「…………!」

 

 どうせただの牛乳だろうと高を括っていたが、これは紙パックの牛乳よりも少しコクがあるように感じた。口に残っていたあんぱんの甘みと合わさり旨味が一層引き出されている。この組み合わせも悪くないな。そう先程の認識を改めるのであった。

 

「……来やがったな、カラス野郎」

 

 あんぱんと牛乳の相性について考えていたところだったが、どうやら相手の位置情報を捉えたようだ。どっちが悪人か分からないような笑みを浮かべDホイールのエンジンを起動させる。作戦ではここで待ち伏せて、カラスがやってきたらそれをとっちめると言うものだったはずなのだが、牛尾のおっさんのこの行動に一瞬理解が追いつかなくなる。

 

「上層部の信頼を取り戻す良い機会だ。俺がキチッと始末をつけてやる。お前はせいぜいここで指を咥えてみてやがれ」

 

 それだけ言うとヘルメットを被りDホイールで深夜のサテライトの道に消えていった。

 残された俺のやる事はと言うと依頼されたカラスと呼ばれるデュエリストが来るまでここで待っている事だけだった。やれやれと口から溢れそうになるのを抑える。そのままやる事もなく今日の朝に作ったデッキについて数分間考えていたのだが、ただ体を動かさずじっとしているとどんどん寒さが増してくるような気がしたので建物の中に入って待つ事にした。

 

 来訪者用のパスカードを入り口の横のカードセンサーに通すとセキュリティが解除され自動ドアが開く。そのまま一直線の廊下を抜けると巨大な空間が広がっていた。その大きさはちょっとした国立体育館と同じぐらいはあると思われる。廊下と繋がる空間には何もおいてない長方形のスペースがあり、その向かい側には押収品の棚がずらりと並んでいた。それは図書館の本棚のように人の通れる道をあけて何列にもわたって設置されている。天井にはポツポツと監視カメラが目を光らせておりここの様子を見張っている。

 ただ、今日の警備ははっきり言ってザルだ。警備室はおろかこの周辺にセキュリティ隊員はいない。そのため監視カメラ映像をリアルタイムで確認している人間もいない。なんでもここのセキュリティは皆Dホイールのライセンスの更新でここを空けているとか。本来ならばここの部署の人間を何回かに分けて実施するはずなのだが、今回はカラスをおびき出すために敢えてここの警備を薄くしているらしい。それだと他のゴロツキがやってきそうなものだが、この界隈では牛尾が警備担当と言うだけで抑止力になり小物は寄り付かないそうだ。

 

『…………』

 

 時折サイレント・マジシャンの視線がチラチラとこちらに向けられる。何やら落ち着かない様子だ。何事かと思ったが、そこで最近分かった彼女の好物を思い出す。

 

 ひょっとして、これの事か?

 

 手に握られた食べかけのあんぱんに視線を移す。確かにサイレント・マジシャンの視線はこの手のあんぱんに向けられている気がしなくもない。

 牛尾のおっさんが勝つにせよ負けるにせよ、ここに人が来るまではまだ時間がある。そこで適当に歩きながら監視カメラの死角を見つけそこで足を止める。

 

『…………』

「……あんぱん、食べるか?」

『……え?』

「さっきからこっち見てただろ?」

『でも、実体化したら監視カメラに……』

「ここなら大丈夫だ」

 

 そう言って聞かせるとサイレント・マジシャンはコクリと頷いて実体化して姿を現す。半透明だった姿にしっかりと色がつき、デュエルの時に見ているサイレント・マジシャンが目の前に立っていた。薄暗い保管庫の中だが間近で見るサイレント・マジシャンはやはり美しかった。そんなことを考えていたせいなのか、近く手に持ったあんぱんを半分に千切りそれを差し出すと恥ずかしそうにもじもじとするだけでそれを取ろうとしない。

 

「どうした? いらないのか?」

「いえ、その……小さい方で良いです……」

「ん? こっちは俺の食べかけだぞ?」

「そ、それはマスターの物なんだから、マスターが多く食べた方が良いんです! それに、そ、そんなに多く私食べられませんから!」

「お、おう。それならしょうがないな。ほら」

「あ、ありがとうございます」

 

 俺が齧った方のあんぱんを受け取るとサイレント・マジシャンは小さな口で齧りかけの部分から食べ進めていく。頬をほんのり朱に染め顔を綻ばせて食べるサイレント・マジシャンはとても幸せそうだった。やはりお汁粉と共通しているあんこが好きなようだ。

 サイレント・マジシャンが一口一口を噛み締めながら食べている間に俺は最後の一口を口に放り込んだ。それを咀嚼して飲み込むとそのまま牛乳を半分程残すように流し込む。そして残った牛乳をサイレント・マジシャンに差し出す。

 

「パンだけじゃ喉に詰まるだろ。残りは飲んでいいぞ」

「え、良いんですか?」

「あぁ、俺は満足した」

「それじゃあ……頂きます」

 

 目の前に差し出された牛乳を前に生唾を飲み込むサイレント・マジシャン。それから俺から牛乳ビンを受け取るとサイレント・マジシャンはあんぱんの最後の一口を口に入れる。そして牛乳に口をつける……かと思いきやその口を遠ざける。また口をつけるのかと思えばそれを遠ざける。と言う事を繰り返し、なかなかそれを口にしようとしない。その様子を疑問に思い、つい思った問いを投げかけてみた。

 

「ひょっとして牛乳嫌いだったか?」

「い、いえ、そんなことはありません! むしろ牛乳大しゅきです!」

「……そうなのか。なら遠慮しないで良いんだぞ」

「……は、はい」

 

 珍しい、サイレント・マジシャンが噛んだ。それを自然にスルーしたつもりだったが、やはり噛んだのが恥ずかしかったようでサイレント・マジシャンはその白い肌を真っ赤に染めていた。だが、あそこまでの気迫をサイレント・マジシャンが見せるとは余程あんこと牛乳が好きらしい。

 意を決したように掛け声をかけると口をゆっくりと牛乳ビンに近づけていく。よく見れば手は僅かに震えていた。そしてその距離は縮まっていき、ついにそのビンにサイレント・マジシャンは口を付けた。

 

「…………」

「…………」

 

 しかしその状態のままサイレント・マジシャンは動かない。目をギュッと閉じたままビンを傾ける事もせず、ただビンに口を当てたまま固まっていた。その様子だけを見るとまるで恋人と初めての口づけを交わしているような初々しさを感じる。

 

「…………」

「……サイレント・マジシャン、ビンを傾けないと牛乳は飲めないぞ?」

「はっ! そ、そそ、そうですね! すっかり忘れてました!」

 

 俺が指摘すると慌てた様子でそのビンを傾け腰に左手を当てながらゴクゴクと一気に残りの牛乳を飲み干してしまった。実に良い飲みっぷりだ。だが、果たしてさっきまで飲めなかったのは何でだったのだろうか。少し疑問に思ったが、別に特段気にかかるような事でもなく些細な事だったので思考を停止する。

 ビンを受け取ると、余程美味しかったのかサイレント・マジシャンはその余韻醒めやらぬ様子で頬を緩めている。顔は噛んでしまった後よりも赤くなっており、アルコールでも入っていたのではと一瞬牛乳を疑った程だ。よくその様子を観察すると口が小さく動いていた。

 

「間接き……マスターと……お汁粉…………これで二回目……」

「…………?」

 

 聞こえたのは途切れ途切れの単語だけで上手く聞き取れなかった。でもサイレント・マジシャンが幸せそうだったのでもう少しそっとしておく事にした。

 

 ガチャン!

 

 だが、時間はあまり待ち時間をくれないようだ。上でガラスが砕ける音がした。やっとお出ましみたいだ。その音でようやくこちらの世界に戻ってきたサイレント・マジシャンは俺の目配せに応え精霊化する。

 牛尾のおっさんは負けたようだ。わざわざ上の窓ガラスを割って入ってきた侵入者の様子を伺いながらそう確信する。足音の方向からして廊下と繋がっている何もないスペースに向かっているようだ。足音を極力殺して侵入者の向かっている方向に歩を進める。

 

「あらよっと」

 

 掛け声の後にスタンッと言うこのフロアに着地した音が響く。ちょうど何もない場所に降り立ったようだ。それはこちらとしても好都合。棚の影から侵入者に気付かれるよう姿を現す。

 

「誰だ!?」

 

 俺が姿を見せた事で侵入者は警戒するように歩を引く。

 侵入者は身長が男性平均よりも低い小柄な男。オレンジ色の髪を逆立て、額にM字の形のマーカーが刻まれている。冬だと言うのに着ているのはオレンジ色のシャツと茶色のベスト、ズボンも深緑のデニムと肌寒そうな格好だ。

 

「何者だ?」

 

 俺が相手の風貌を観察していたように向こうも俺を観察していたようだ。この不気味な格好を見て警戒心を強めている様子だった。

 

「雇われの“デュエル屋”だ。お前が最近ここに忍び込んでるカラスか?」

「……だったらどうするってんだ?」

「俺とデュエルしろ」

「はぁ? なんで俺がテメェとデュエルしなきゃならんねぇんだ?」

「お前とデュエルする事が依頼だからだ。だが、そう言ったところでデュエルはできそうにない……か」

「そう言うこった。無駄足だったな」

「待て」

「…………?」

 

 俺をスルーして押収品に手を付けようとする侵入者を呼び止める。俺は懐から交渉のための鍵を取り出してみせる。

 

「そいつは?」

「これはここのパスカード。ここのセキュリティを解除できる代物だ」

「そいつをどうしようってんだ」

「俺にデュエルで勝ったらこいつをくれてやる。出入り口の赤外線センサーも素通りして何もなかったかのように帰れるぞ?」

「そいつが本物かって言う証拠がねぇ」

 

 俺はそれに対して廊下への入り口の横のカードセンサーに読み込ませ、この建物の入り口を解放する事で証拠を示す。

 

「……どうやら嘘じゃねぇみてぇだな」

「どうする? このカードを賭けてデュエルをするか、それとも俺の前から尻尾を巻いて逃げるか、どっちを選ぶ?」

「けっ、安い挑発だ。だが良いぜ! 乗ってやるよ、その挑発に。さっきのデュエルが少し物足りなく感じてたところだ。鉄砲玉のクロウ様の実力、見せてやるぜ!」

「良い返事だ。ただし、受けたからには負けた時は……」

「あぁ、煮るなり焼くなり好きにしやがれ」

「……ここは狭い。表でやろう」

 

 セキュリティを解除しこの建物の出口に向かうと、クロウと名乗った男もその後に続く。誰も見ていない深夜の決闘が始まろうとしていた。

 

 

 

————————

——————

————

 

 表に出ると距離をとり互いに向き合う。月は傾き始めていたが、相手が不敵な笑みを浮かべている事ぐらいは分かる程の光量は残っている。

 何かが合図になった訳ではない。ただ、気が付けば同時に同じ言葉を発していた。

 

「デュエル」

「デュエル!」

 

 このデュエルの先攻は俺のようだ。5枚引いた初手を確認する。

 初手としては申し分無い札が揃っている。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 先攻はこちら。6枚目の手札を確認し、自分が取るべき最善の手を頭の中で組み上げていく。

 

「『ライトロード・サモナー ルミナス』を守備表示で召喚」

 

 天から降り注ぎ始めた光の中から金髪の少女が召喚される。着ている白で統一された衣装は露出度が高く、胸回りと腰回り以外はその健康的な褐色の肌を外に晒している。

 

 

ライトロード・サモナー ルミナス

ATK1000  DEF600

 

 

 狭霧も使っていた“ライトロード”デッキにも投入されていたカード。手札1枚を捨てる事で墓地のレベル4以下の“ライトロード”と名のつくモンスターを蘇生する効果を持つ、言わば“ライトロード”のエンジン的存在だ。ただし、墓地に“ライトロード”と名のつくモンスターが存在しなければこの効果は使う事が出来ない。

 

「カードを1枚伏せてターンエンド。そしてエンドフェイズ時、『ライトロード・サモナー ルミナス』の効果発動。デッキの1番上からカードを3枚墓地に送る」

 

 だがエンドフェイズに墓地にカードを送る効果は別だ。デッキの上から墓地に送るカードを1枚ずつ確認していく。

 よし、この状況において最高のカードが墓地に行ってくれた。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 さて、牛尾を倒した実力は如何ほどのものか。デッキをこのターンで見極められれば良いのだが。

 

「悪いが、速攻で片付けさせてもらうぜ! 永続魔法『黒い旋風』を手札から2枚発動!」

「…………!」

 

 この時点でこいつのデッキは確定した。しかしよりにもよってデッキの中核となる『黒い旋風』を初手に2枚も握っているとは、なるほど牛尾じゃ倒せない訳だ。

 

「そして俺は『BF—暁のシロッコ』を召喚! こいつは上級モンスターだが、相手の場にしかモンスターがいない時、リリースなしで召喚できるモンスターだ!」

 

 黒い翼を羽ばたかせ相手の場に巨大な鳥が舞い降りる。黄色いくちばしに顔周りは青い毛で覆われており、人間の大人と同じぐらいのサイズで二足歩行をしている。だがその様子を良く観察すると、開いたくちばしの中には人の顔があったり、手の鉤爪も肘まですっぽり覆えるただの手袋だったりしている。そして極めつけは二の腕部分で露出している人間の肌だ。これらの事から分かる通りこいつは鳥の被り物をした人間である。

 

 

BF—暁のシロッコ

ATK2000  DEF900

 

 

 この男が使っているデッキは“BF”。モンスターが闇属性・鳥獣族と統一されており、闇属性の幅広いサポートカードや鳥獣族関連の尖ったカードの恩恵を受ける事が出来る強テーマ。これ程の強テーマとのデュエルは狭霧の“ライトロード”以来だろうか。

 『黒い旋風』を投入している事から、おそらく型は“旋風BF”と推察される。だが既存の概念は通用しないと考えた方が良いだろう。普通は採用しないようなカードが飛んでくる場合だって大いにある。

 

「そしてこの瞬間、『黒い旋風』の効果が発動するぜ! 自分の場に“BF”と名のつくモンスターが召喚された時、そのモンスターよりも攻撃力の低い“BF”と名のつくモンスター1枚をデッキから手札に加えることができる。俺の場にはその『黒い旋風』が2枚あるため効果は重複する。この効果で俺は『BF—疾風のゲイル』と『BF—黒槍のブラスト』の2枚をデッキから手札に加えるぜ!」

 

 『BF—疾風のゲイル』に『BF—黒槍のブラスト』。どちらも“BF”と聞けば馴染みの深いモンスターだ。ただ1枚は『BF—月影のカルート』辺りを手札に加えるものと思っていたが、初手で既に握っていると言う事か?

 

「そして手札から『BF—疾風のゲイル』と『BF—黒槍のブラスト』を特殊召喚! こいつらは自分の場に他の“BF”と名のついたカードがある時、手札から特殊召喚できる!」

 

 『BF—暁のシロッコ』の両隣に2体のモンスターが出現する。

 俺から見て左の方に降りてきたのは、全体的に紫色とエメラルドグリーンの2色の印象を受ける小柄な鳥。胸を境に顔などの上の部分はエメラルドグリーンで、翼などそれ以外は紫色に塗り分けられている。

 もう一方に現れたのは紺色の翼をした鳥だった。黄土色の長いくちばしにオレンジ色の頭、胸回りには長い黄色の毛が伸びている。名前の通りドリルのように渦を巻いている巨大な槍を持ち、それを軽々と振り回してみせる。

 

 

BF—疾風のゲイル

ATK1300  DEF400

 

 

BF—黒槍のブラスト

ATK1700  DEF800

 

 

 俺のセットカードを恐れずに一気にモンスターを展開してきたか。どうやら向こうは勝負を決めにきている。

 

「『BF—疾風のゲイル』の効果発動! 1ターンに1度、相手の場のモンスターの攻撃力、守備力を半分にできる。これにより『ライトロード・サモナー ルミナス』の攻撃力と守備力は半減だ!」

 

 『BF—疾風のゲイル』がその翼を羽ばたかせ、その風を『ライトロード・サモナー ルミナス』へとぶつける。風の煽りを受けダメージを負ったルミナスは体をよろめかせていた。

 

 

ライトロード・サモナー ルミナス

ATK1000→500  DEF600→300

 

 

 その効果を使わなくてもこのターン4000以上のダメージを与えられるだろうに、随分と徹底しているな。

 

「さらに『BF—暁のシロッコ』の効果発動! 1ターンに1度、自分の場の”BF”と名のついたモンスターを選択し、エンドフェイズ時までそのモンスター以外の場の”BF”と名のつくモンスターの攻撃力をそのモンスターに加えることができる。ただし、このターンその選択したモンスター以外は攻撃できなくなる。この効果で俺は『BF—黒槍のブラスト』にすべての力を集める!」

 

 薄紫に発光する光を腕に宿した『BF—暁のシロッコ』と『BF—疾風のゲイル』は、『BF—黒槍のブラスト』の周りを旋回し飛び始める。その光は飛んでいった軌跡に光の帯を残し『BF—黒槍のブラスト』の体に巻き付いていく。体がその光にすべて包まれると、光は一瞬膨張を見せ引き裂かれる。中からはそのサイズを倍以上に膨らませた『BF—黒槍のブラスト』が出てきた。

 

 

BF—黒槍のブラスト

ATK1700→5000

 

 

 こうもあっさり攻撃力4000台を超えてくるとは、ライフ4000のルールだと“BF”ではワンキルが横行しそうだ。いや、それは“BF”に限った話ではないか。

 

「『BF—黒槍のブラスト』には貫通効果が備わってる! これで終わりだ!! 『BF—黒槍のブラスト』で『ライトロード・サモナー ルミナス』を攻撃! ブラック・スパイラル!!」

 

 巨大な力を得た『BF—黒槍のブラスト』が『ライトロード・サモナー ルミナス』目掛けて一直線に飛び出す。真っすぐ向けられた槍の切っ先が風を切っているのが見てとれた。

 

「そう簡単には終われないな。トラップ発動、『和睦の使者』。このターンの戦闘ダメージを0にし、モンスターの戦闘破壊を無効にする」

 

 轟速で迫ってきた槍がルミナスの眼前でピタリと止まる。如何なる攻撃をもってしても和睦が取りなされた今、自軍のモンスターを戦闘で破壊する事も叶わず、戦闘によって生じるダメージも0になる。

 念のためと伏せていたカードが次のターンのワンターンキルを抑止する鍵になるとは思っていなかったが、何事も備えあれば憂いなしと言ったところか。

 

「くっ、一筋縄ではいかないって事か」

「そう言う事だ」

 

 相手の目つきが変わる。先程まではこちらを道ばたに転がる石ころ程度にも障害と思っていなかったようだが、今ようやく初めてこちらを倒すべき敵として認識したようだ。ここから本当のデュエルが始まる。

 

「なら、バトルを終了。俺のエースを紹介してやるぜ! レベル4の『BF—黒槍のブラスト』にレベル3の『BF—疾風のゲイル』をチューニング!」

 

 『BF—疾風のゲイル』の体が解け緑色に輝く三つの輪が内側から放たれる。その輪が一直線に並ぶとその中に『BF—黒槍のブラスト』が飛び込む。『BF—黒槍のブラスと』の輪郭が透け、体の内に眠る自らが持つレベルの数の光球がその輝きを増すとその姿は夜の闇に解けていった。

 

「黒き疾風よ、天空へ駆け上がる翼となれ! シンクロ召喚! 吹き荒べ! 『BF—アーマード・ウィング』!」

 

 光が輪の中を突き抜ける。それは両腕で抱える事の出来ない程の太い光柱。それを吹き飛ばし中から出てきたのは羽の生えた黒いアーマーで身を包んだ男だった。六枚三対の翼に尾羽までついたその姿は、変身ベルトで変身したヒーローアニメのキャラクターのようだった。

 

 

『BF—アーマード・ウィング』

ATK2500  DEF1500

 

 

 『BF—アーマード・ウィング』。

 戦闘破壊耐性があり、さらに戦闘での自分へのダメージを0にする効果を持つ戦闘には滅法強いシンクロモンスター。だが効果耐性はないため、フィールドから退かすには効果破壊、もしくは除外するのが手っ取り早い。

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 やはりカードを伏せてきたか。このターン俺が警戒すべきはあのセットカードだろう。“BF”に採用され得るトラップなど汎用召喚反応型の『奈落の落とし穴』や、フリーチェーンバウンス効果を持つ『強制脱出装置』、言わずも知れた攻撃反応型の『聖なるバリア―ミラーフォース―』、モンスター効果以外なら全て無効にする事が出来るカウンタートラップ『神の宣告』、はたまた鳥獣族専用サポートの強力除去カード『ゴッド・バード・アタック』など数えればきりがない程思いつく。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 よし、このターン動くには申し分無い札が集まった。

 とは言えこの手札では、召喚にチェーンされる形で発動するトラップに耐性があるモンスターは呼び出せない。特に警戒すべきは『ゴッド・バード・アタック』。自軍の場の鳥獣族1体をリリースしフィールド上のカードを2枚破壊するフリーチェーンの強力な除去効果を持つ。下手な順番で展開してその効果の直撃を貰ったら、次のターンをガラで明け渡す事になりかねない。そうなれば今度こそゲームエンドだ。幸いなのは2枚カードを破壊するのは強制効果なので、場に2枚以上カードを出さなければ相手は自軍の場のカードを破壊する事になると言う事か。

 つまりこのターンまず俺がやるべきは極力カードを場に出さずにあのセットカードを処理しにいくと言う事。運良く先の『ライトロード・サモナー ルミナス』の効果で墓地に送れたカードのおかげでそれは可能だ。

 

「『ライトロード・サモナー ルミナス』の効果発動。手札を1枚捨て、墓地の“ライトロード”と名のつくモンスター1体を特殊召喚する。俺は『ライトロード・アサシン ライデン』を蘇生する」

 

 召喚師の名を持つ『ライトロード・サモナー ルミナス』の真骨頂とも言えるのがその蘇生術。彼女の描いた魔方陣は容易く墓地へと続く黒い穴を開くと、その中から呼び出すべき者を引き上げた。

 現れたのはルミナス同様の褐色の肌を持つ短い黒髪の青年。上半身に身につけているのは首に巻き付けた青藤色のストールだけのため、しっかりとした体の筋肉が見てとれる。下半身にはジーンズを履き、腿や膝、脹ら脛に白い装甲を宛てがっているだけで非常に身軽そうだ。両手に握られた金のナイフは刃渡りが40センチ程で刃が広いため、暗殺者が持つ暗器には向いていないように見える。

 

 

ライトロード・アサシン ライデン

ATK1700  DEF1000

 

 

 これで俺の場にモンスターは2体並んだ。だが相手のセットカードは発動しない。仮に『ゴッド・バード・アタック』を伏せていたとしても、こちらの手の内を把握していない以上、召喚権も使っていない段階でそれを使ってくるかと言われれば微妙なところか。ともかく第一段階はクリアだ。

 

「『ライトロード・アサシン ライデン』の効果発動。1ターンに1度、デッキの一番上からカードを2枚墓地に送る」

 

 デッキの上から2枚のカードを確認しながら墓地に送る。先程と言い今日の墓地の肥え方は非常にこのデュエルの追い風となっている。

 では相手のエースシンクロモンスターも登場なさったところだ、こちらもこのデッキを支えるシンクロモンスターを出すとしよう。

 

「レベル3の『ライトロード・サモナー ルミナス』にレベル4『ライトロード・アサシン ライデン』をチューニング。シンクロ召喚、『アーカナイト・マジシャン』」

 

 『ライトロード・サモナー ルミナス』と『ライトロード・アサシン ライデン』。これらのカードでこの『アーカナイト・マジシャン』を呼び出すのは初めてだったが、だからと言ってその様子に変わった事は無い。肩部が三日月のように反り返った白いローブ、その表面に描かれた紫色の波模様、それと同様の装飾がなされた三つ又に分かれた尖り帽、そしてその内から顔を覗かせる中性的な顔立ち。依頼用のデッキを使用すればまず使うであろうデッキの支え手が場に現れた。

 

 

アーカナイト・マジシャン

ATK400  DEF1800

 

 

「へぇ、こうもあっさりシンクロ召喚してくるとは、なかなかやるじゃねぇか」

 

 『アーカナイト・マジシャン』を出した事で少し感心したような目が向けられた。だがそれを見ても焦る様子は無い。

 あのセットカードは『アーカナイト・マジシャン』の除去効果への対抗策なのか、それとも単に『アーカナイト・マジシャン』の効果を知らないだけなのか。その判断はこの状況からはしかねる。少なくとも召喚無効はされないようだ。

 

「『アーカナイト・マジシャン』のシンクロ召喚成功時、自身に魔力カウンターを2つ乗せる。そしてその攻撃力は自身に乗っている魔力カウンター1つにつき1000ポイントアップする」

 

 2つの拳大の大きさの魔力球を吸収した『アーカナイト・マジシャン』はその力を一気に増大させる。その姿を見ても相手に動揺する様子は見られなかった。

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 0→2

ATK400→2400

 

 

 『アーカナイト・マジシャン』の召喚に成功し魔力カウンターが増えても相手の妨害は無い。これで第二段階はクリアだ。さて最終段階まで無事通るかどうか。ここが一つの節目だ。ここで『アーカナイト・マジシャン』が処理されると正直形勢は一気に相手に傾く。だがこれが通れば勝機は俺に傾くはず。

 

「『アーカナイト・マジシャン』の効果発動。フィールドの魔力カウンターを1つ取り除いて相手の場のカードを1枚破壊する。自身の魔力カウンターを取り除きそのセットカードを破壊する」

「ならトラップ発動! 『針虫の巣窟』! この効果により俺はデッキの上からカードを5枚墓地に送るぜ!」

 

 『アーカナイト・マジシャン』が天から降らせた雷がセットカードを射抜く前にそのセットカードが露わになる。そしてその効果の処理を終えると直撃した雷によりフィールドからカードが燃え尽きた。

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 2→1

ATK2400→1400

 

 

 貴重な『アーカナイト・マジシャン』の魔力カウンターを無駄にしてしまったようだ。だがこれでこれからの行動を阻む札は無いと今は喜ぶべきか。

 兎に角ここまで順調にターンを運べいるが、まだ問題は残っている。戦闘破壊耐性がある『BF—アーマード・ウィング』、攻撃力を集約する効果のある『BF—暁のシロッコ』、後続を補給する『黒い旋風』が2枚。どれも次のターンまで残しておきたくないカードだ。この内、戦闘破壊に持ち込める可能性があるのは『BF—暁のシロッコ』のみ。しかしこれも相手の手札次第では成し得るかどうかは分からない。ただあの『BF—アーマード・ウィング』は効果破壊でしか処理できない以上、ここで破壊しておくしか無い。

 

「もう一度自身に乗った魔力カウンターを使って『アーカナイト・マジシャン』の効果発動。『BF—アーマード・ウィング』を1枚破壊する」

「げっ! その効果1ターンに1度じゃないのかよ!?」

 

 『アーカナイト・マジシャン』の効果を知っていた訳ではないようだ。場の『BF—アーマード・ウィング』が貫かれる後ろで驚く相手のリアクションを見ながらそう確信する。

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 1→0

ATK1400→400

 

 

「『スポーア』を守備表示で召喚」

 

 ポンッという小気味良い音と共に場に現れた青白い毛玉。その毛玉にはくりくりした瑠璃色の大きな瞳に“ω”の形をした口があるだけのシンプルな姿で、どこかのUFOキャッチャーでぬいぐるみになっていそうな気がする。二、三度ぴょんぴょんその場を跳ねる姿は見るものを和ませる。

 

 

スポーア

ATK400  DEF800

 

 

 相手は“BF”だ。単体のスペックも高く、それぞれの力が合わさる事でより大きな力を発揮する。だが一度フィールドを制圧し手札アドバンテージで差を広げてしまえば、“ライトロード”とは違ってトップ『裁きの龍』のような起死回生の札は無いため逆転する事はまず難しい。

 相手が不用意に勝負を焦った今こそ攻め入る好機だ。

 

「レベル7の『アーカナイト・マジシャン』にレベル1の『スポーア』をチューニング」

「何!? まだシンクロするのか?」

 

 『スポーア』の生み出した一つの光の輪の中に『アーカナイト・マジシャン』が入ると、7つの光の玉が『アーカナイト・マジシャン』の体の中から解放される。

 そして新たなるモンスターを生み出す光の柱がその輪の中を貫く。

 

「シンクロ召喚、『スクラップ・ドラゴン』」

 

 錆び付いた金属同士が擦れ合いギコギコと耳障りな音をたてながらその廃材達は動き始める。その音は次第に大きくなり、蒸気を吹き出す甲高い音が夜空に響き渡るのと同時に真っ赤な二つのランプが点灯する。

そうして光の中から廃棄品で生み出された竜はその活動を開始するのであった。

 

 

スクラップ・ドラゴン

ATK2800  DEF2000

 

 

 この『スクラップ・ドラゴン』の効果であと1枚のカードを効果破壊する事が出来る。さらにこの手札ならこのターンで合計4000以上の戦闘ダメージを叩き出せるだけの戦力を場に整える事が出来る。つまり相手の場の『BF—暁のシロッコ』を効果破壊で片付けて一気に勝負に出る事も可能。

 ただここで気になってくるのは墓地に送られた5枚のカード、そして手札から発動するモンスター効果。それらの妨害でこのデュエルを決めきれなかった場合、場に残した2枚もの『黒い旋風』の供給により手痛い反撃を受ける事は必至。特に『針虫の巣窟』を使ってわざわざ墓地にカードを送っている程なのだ。墓地に送る事でメリットになるカードが多めに採用されている事は明白。だが、そう都合の良いカードを墓地に送れているかも不確定だ。

 どれ、ここはこの新型デッキのエースを出して少し相手に揺すってみるか。

 

「マジックカード『儀式の準備』を発動。デッキからレベル7以下の儀式モンスターを手札に加え、その後墓地から儀式魔法を1枚選んで手札に加える事が出来る。俺はデッキからレベル7の儀式モンスター『救世の美神ノースウェムコ』を手札に加え、更に墓地の『救世の儀式』を手札に加える」

「儀式モンスター? これはまた随分と珍しいカードを」

「儀式魔法『救世の儀式』発動。手札、またはフィールドからレベルの合計が7以上になるようにモンスターをリリースし、手札から『救世の美神ノースウェムコ』を特殊召喚する。この時、俺の墓地の『儀式魔人リリーサー』、『儀式魔人プレサイダー』は自身を墓地から除外する事で、儀式のリリースに必要なレベル分のモンスター分のモンスターとして扱う事が出来る。『儀式魔人リリーサー』のレベルは3、『儀式魔人プレサイダー』のレベルは4。よってこの2体を除外する事することで儀式召喚を行う」

 

 周りの景色が変化する。

 今までは月明かりで周りの物が見えていたが、俺たちを囲うように何かが出現したため光が遮られ視界が利かなくなる。辛うじてデュエルディスクが放つ光で手の届く範囲は見えるのだが、一歩踏み出した先にあるものが何なのかを正しく認識できないでいた。

 

「な、なんだ?」

「…………」

 

 相手もこの演出には少々驚いているようだ。かく言う俺もこのカードを使うのは初めてなだけに少々戸惑っているのだが。

 そんな事を思っていると、突如背後で火が灯った。その明かりに照らされ、初めてこの周りの景色に起きた変化を認識する事が出来た。

 振り返って真っ先に目に入ってきたのは腰の高さ程の白い台座だ。その上には独特のクロブークが鎮座している。独特と表現したのは純白のヴェールがついているまでは普通だったのだが、帽子のデザインが紺地に金のラインで模様が描かれたものになっており、形状も通常の物とは違って扇のように頭頂部の方が広がっているためだ。

 その台座の背後の両脇で火が灯った台が設置されている。そのさらに奥は壁でその一面がステンドグラスとなっていた。それは巨大な太陽の輝きを表現しているようにも見えるし、巨大な丸い眼のようにも見える。

 火が灯った台の両横には真っ新な白い石柱が2本あり、その間隔よりも広く間を空けた鼠色の石柱が俺の両脇に立っている。相手の方に振り返ってみればそれが等間隔で前の方に並んでいる。並んでいるのは石柱だけではない。横長の椅子が中心を空けるように二列にずらりと並んでいた。そしてここの周りを囲む壁の窓は様々なものが描かれたステンドグラスと言う事から分かるように、ここは協会の内部のようだ。

 

『………………』

 

 サイレント・マジシャンもこの光景に落ち着かない様子で周りを見渡していた。

 

 火の光が揺れる。

 

 再び火が灯った台の方に視線を戻すと、ちょうど半透明で姿を現していた『儀式魔人リリーサー』と『儀式魔人プレサイダー』が青白い光の玉に変化しそれぞれ焼べられるところだった。二つの火はその青白い光を吸収するとその役目を終えたと言うように静かに消えていく。

 そして協会の中は暗闇に戻る。だがそれも束の間のことだった。上から淡い白い光が台座の前に降り注ぐ。それは後ろのステンドグラスの上に空けられた小さな小窓から入る月の光だった。

 

「…………?」

 

 ふとその光に違和感を覚えた。初めは何が原因かは分からなかったが、じっくりその光を見つめているとその正体に気付く。

 青白い光の粒だ。それが降り注ぐ光の中に含まれていた。その光の粒は台座の前に集まっていき、やがて人が入れる程の大きさの光の繭のような形を作る。そして光が十分に集まると、少しだけ強く発光しその光が収まっていった。中から現れたのはのはブロンドの髪の女性。台座に鎮座するクロブークと同じ配色の衣装を身に纏い、紺の二の腕まで隠れる程の長手袋に包まれた両手の指を組み合わせ、祈りを捧げるように床に座り静かに頭を下げていた。彼女は静かに目を閉じたまま動く気配はない。

 

『マスター、そのクロブークを彼女に』

「…………」

 

 ソリッドビジョンであるクロブークに触れるはずも無いのだが、サイレント・マジシャンに言われるがままに台座においてあるクロブークに両手を添えると、まるで自分の手の動きに合わせるようにクロブークは移動する。そしてそのクロブークの向きを合わせて祈りを捧げ続ける彼女の頭にそっと被せた。

 すると彼女はゆっくりと両目を見開きこちらを見上げる。

 

「…………!」

 

 綺麗だ。

 最初に抱いた感想はそれだった。サイレント・マジシャンに勝るとも劣らない白い肌、人形のように整った形をした鼻、ほんのりとピンク色に染まった形の良い唇、そして何よりもサファイアのように美しい澄んだ青色の瞳に吸い込まれそうな感覚に陥る。ただ呆然とその顔を眺めていると、仮面越しのその視線に気が付いたのか少しこちらに微笑んで見せたような気がした。そして彼女が立ち上がりくるりと振り返ると周りの景色は元のものに戻っていた。

 

 

救世の美神ノースウェムコ

ATK2700  DEF1200

 

 

 流石は美しき神の名を冠するだけの事はある。

 そんな事を考えていると突き刺さるような視線を感じた。それは目の前の対戦相手からのものでは無い。むしろ相手も『救世の美神ノースウェムコ』の姿に目を奪われているようだった。

 

『マスター……ターンを』

 

 俺の傍らに立つサイレント・マジシャンからの一言。そちらを見ればサイレント・マジシャンが無表情でこちらを見つめていた。それと同時に突き刺さるような視線の感覚は消えていた。ただ、先程のサイレント・マジシャンからの言葉は気のせいか少し棘のあるようにも感じた。

 

「『救世の美神ノースウェムコ』の儀式召喚に成功した時、効果発動。このカードの儀式召喚に使用したモンスターの数まで場の表側表示のカードを選択する。そして選択したカードが場に存在する限り、このカードはカード効果では破壊されなくなくなる。儀式に使用したモンスターは『儀式魔人リリーサー』と『儀式魔人プレサイダー』の2枚。よって場の俺から見て左にある『黒い旋風』と『スクラップ・ドラゴン』の2枚を選択し、破壊耐性を得る」

 

 優しい光が『スクラップ・ドラゴン』と『黒い旋風』を包み込む。

 これによってノースウェムコは効果破壊耐性を得た。『スクラップ・ドラゴン』には耐性は何も無いが、もう1枚を『黒い旋風』に指定した事でその『黒い旋風』を自身の手で破壊しない限りノースウェムコを効果破壊する事は叶わない。

 

「何やら随分と美人なお姉さんを出してきたじゃねぇか。その不気味な格好に全く似合ってないぜ」

「それに関しては同感だよ。墓地の『レベル・スティーラー』の効果発動。場のレベル5以上のモンスター、俺は『スクラップ・ドラゴン』のレベルを1つ下げ、墓地から自身を特殊召喚する」

 

 墓地から引き上げられたのは赤い背中の中心に黄色い星マークが刻まれた中型犬程のサイズのテントウ虫。右から『スクラップ・ドラゴン』、『救世の美神ノースウェムコ』、『レベル・スティーラー』と並ぶ様はノースウェムコを守る番竜と使い魔のようだ。

 

 

スクラップ・ドラゴン

レベル8→7

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEFE0

 

 

「……随分とモンスターを並べるじゃねぇか。だがそいつを攻撃に加えても俺のライフを削りきる事はできねぇぜ」

「それはどうだろうな?」

「……何?」

「『スクラップ・ドラゴン』は1ターンに1度、自分の場と相手の場のカード1枚を選択し、そのカードを破壊する効果がある」

「なっ……」

「さらに『儀式魔人リリーサー』を儀式召喚の素材に使用した事により、その儀式召喚を行ったモンスターが場の存在する限り相手はモンスターの特殊召喚を行う事が出来ない」

「……それじゃあ『スクラップ・ドラゴン』の効果で『BF—暁のシロッコ』を破壊されたら、俺は何もモンスターを特殊召喚できずに負けちまうって訳か!?」

「そうなるな」

「うわぁぁぁあ!! なんてこった!! この俺ともあろうものがこんなところで負けちまうのかぁぁぁ! ちくしょう!! すまねぇ! 俺を待ってるみんなぁぁ!」

「…………」

 

 頭を抱えて嘆き始める相手だが、さてそれをどう見るべきか。

 率直な感想を言えば態とらしいオーバーなリアクションだ。そもそも相手に自分がピンチであると言う情報を渡す必要など無い。寧ろそんな事をしたら自分が不利になるだけである。セキュリティを何人も倒してきた男がよもやそんなミスを犯すとも考え辛い。とすれば、この場合もし俺が『BF—暁のシロッコ』を効果破壊し一気に攻め入ったとしてもそれを止める手だてがあると考えた方が良さそうだ。

 しかしここで決めきれないと『黒い旋風』2枚を残しターンを渡す事になる。現状相手の手札は2枚。次のドローで3枚に増え、さらに“BF”の通常召喚をされれば『黒い旋風』の効果で4枚まで手札を増強される。そうなれば流石にこの状況すらもひっくり返す事も容易だろう。

 まだデュエルは序盤、ここは堅実に動こう。

 

「『スクラップ・ドラゴン』の効果発動。俺の場の『レベル・スティーラー』と俺から見て右の『黒い旋風』を破壊する」

 

 俺の効果発動の宣言に合わせて『スクラップ・ドラゴン』は羽ばたき宙に浮かぶ。そのまま『レベル・スティーラー』の真上に浮かぶと体から鉄骨がこぼれ落ち『レベル・スティーラー』の体を容赦なく押し潰す。さらに蒸気を噴かせながら背中から発射された何本ものH形鋼が『黒い旋風』に突き刺さりそれを破壊した。

 

「……『BF—暁のシロッコ』を破壊するんじゃなかったのか?」

「ここで勝負に出て決めきれなかった場合の事を考えての事だ。バトル。『スクラップ・ドラゴン』で『BF—暁のシロッコ』を攻撃」

 

 甲高い音を立てて蒸気を噴かせながら口を開けた『スクラップ・ドラゴン』は『BF—暁のシロッコ』に狙いを定める。蒸気の噴出量が増えるのに比例して口内に輝くオレンジ色の光はその輝きを増していく。

 その光景を眺めながら相手の様子を伺う。ここの状況で最も発動されたくないカードは『BF—月影のカルート』。“BF”が戦闘を行うダメージステップ時に手札から墓地に送る事で発動し、その戦闘を行う“BF”の攻撃力エンドフェイズ時まで1400ポイント上昇させる効果を持っている。その効果を使われれば『スクラップ・ドラゴン』は返り討ちに合い、最悪次のターン何らかの“BF”を出されて、場に残った『BF—暁のシロッコ』の攻撃力を集約する効果でノースウェムコの攻撃力を上回り、戦闘でノースウェムコも処理されるだろう。

 だが、恐らく『BF—月影のカルート』は握っていないと推察する。勝負を焦り『黒い旋風』の効果でそれをサーチせず一気に勝負を決めにきていた相手に、その後のこのような展開でフィールドをひっくり返されるとは予想できていなかっただろう。

 良くて墓地起動の攻撃を止めるカードかダメージを軽減するカードがあるのだろうと当たりをつけたところで、『スクラップ・ドラゴン』の口からオレンジ色の熱線が発射された。

 

「ダメージ計算時、手札からモンスター効果発動!」

「っ!?」

「『BF—蒼天のジェット』はこのカードを墓地に送る事で、自分の場の“BF”をその戦闘で守る!」

 

 『BF—暁のシロッコ』を易々と消し飛ばす威力を持つ『スクラップ・ドラゴン』の熱線に向かって、小さな鳥が猛スピードで突撃していく。黒い眉に朱色の顔、それ以外は水色の体をした『BF—蒼天のジェット』は水色のオーラを放ちながら熱線と正面衝突した。体は小さいが攻撃力2800の攻撃をものともせず受け止めそれと拮抗してみせる。流石に完全に受け止めきれずライフは僅かに削られていたが、その攻撃が終わっても『BF—暁のシロッコ』は場に健在であった

 

 

 

クロウLP4000→3200

 

 

 ダメージステップ時の手札から発動するモンスター効果と聞いて一瞬ひやりとした。だが、結果攻撃力の変化も無く『BF—暁のシロッコ』が生き残ってくれたのはこの場合は僥倖だ。

 

「ならば『救世の美神ノースウェムコ』でもう一度『BF—暁のシロッコ』を攻撃」

 

 何も持っていなかったノースウェムコの手に長い金の杖が現れる。先端には七つの手を持つヒトデのような形のオブジェがついており、その中央には機嫌の悪そうなおっさんの顔が彫られている。その様子は機嫌を悪くした太陽がメラメラと日差しを強くしているようにも見える。

 その杖を天に翳すと青白く細い光が四方から集まり一つの球体を精製していく。その球体が大きくなるにつれ光の集まるスピードも上がっていき最終的に直径2メートル程の光球が作られる。杖を振り下ろすとその青白い光球は『BF—暁のシロッコ』に向かって放たれる。光球に飲み込まれた『BF—暁のシロッコ』は光球の爆発と共に跡形も無く四散した。

 

 

クロウLP3200→2500

 

 

「『儀式魔人プレサイダー』を儀式召喚に使用した儀式モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、そのコントローラーはカードを1枚ドローする」

「もう片方の儀式魔人にも効果があるとは思ってたが、随分と便利な効果だな。これも計算のうちか?」

「さて、どうだろうな? 再び場の『スクラップ・ドラゴン』のレベルを1つ下げ、墓地の『レベル・スティーラー』を守備表示で特殊召喚する。さらにカードを1枚伏せターンエンドだ」

「けっ、つれねぇヤツだ」

 

 場に『レベル・スティーラー』が戻り、俺の場には再び3体のモンスターが並んだ。特に『スクラップ・ドラゴン』と『救世の美神ノースウェムコ』の2体が並んでいるのは非常に頼もしく感じる。

 

 

スクラップ・ドラゴン

レベル7→6

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEF0

 

 

「行くぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 相手の手札はこのドローで2枚。手札2枚まで追いつめられた状態の“BF”でこの場を逆転すると言うのは難しい。この状況をひっくり返すには『ブラック・ホール』と攻撃力1400以上の“BF”と名のついたモンスターの2枚を揃えない限り無理だろう。

 だがノースウェムコがいる限り特殊召喚も行えないと言う絶望的な状況にも関わらず、相手の目には諦めた様子は無い。こう言う目をした輩は何をしでかすか分からないと言うのが経験則だ。油断せずに相手の出方を伺う。

 

「マジックカード『終わりの始まり』を発動! 墓地に闇属性モンスターが7体以上ある時、このカードは発動できる。墓地の闇属性モンスターを5体除外してデッキからカードを3枚ドローする。俺の墓地には既に『BF—暁のシロッコ』、『BF—蒼天のジェット』、『BF—疾風のゲイル』、『BF—黒槍のブラスト』、『BF—東雲のコチ』、『BF—アーマード・ウィング』、『D.D.クロウ』等、墓地に闇属性はたんまりある! この内の『BF—暁のシロッコ』、『BF—蒼天のジェット』、『BF—黒槍のブラスト』、『BF—東雲のコチ』、『D.D.クロウ』の5体を除外してカードを3枚ドローするぜ」

 

 おいおい、ここでいきなり最強ドローソースか……

 何かやるとは思ったがまさかいきなり手札を4枚まで回復されるとは思わなかった。手札が4枚まで増えたとなるとこの状況も覆す札は十分に揃え得る。自分の中の警戒度が上がっていく。

 

「よしっ、俺は『BF—蒼炎のシュラ』を召喚」

 

 相手の場に新しく現れたのは漆黒の翼を生やした蒼い顔の鳥。体のサイズは成人男性程ある。二の腕や膝下は細く黄色い棒のような骨張った体をしているが、肘より先の腕は熊の手のように毛深く太い。

 

 

BF—蒼炎のシュラ

ATK1800  DEF1200

 

 

 下級モンスターの中でもアタッカーとしての性能は随一を誇る『BF—蒼炎のシュラ』の登場。この時点で嫌な流れを感じる。

 

「そして『黒い旋風』の効果により、俺は攻撃力1800未満の『BF—月影のカルート』を手札に加える」

 

 ここのサーチとしては予想通り『BF—月影のカルート』だった。これでノースウェムコを突破される事は確定した。だがノースウェムコが存在する限り特殊召喚が出来ないこのターンでは、モンスターを除去するカードでも持っていない限り『スクラップ・ドラゴン』を倒すことは出来ないはず。

 

「さらにマジックカード『二重召喚』を発動。これによりこのターン俺はもう一度通常召喚を行う事が出来る。これにより俺はさらに『BF—漆黒のエルフェン』を召喚。このカードは上級モンスターだが、自分の場に”BF”と名のつくモンスターがいる時、リリースなしで召喚できる。そして召喚成功時、相手の場のモンスターの表示形式を変更できる。俺は『救世の美神ノースウェムコ』を守備表示に変更する」

「っ!」

 

 『BF—蒼炎のシュラ』の隣に降りてきたのはそれよりも一回り大きい黒鳥。名前通り体全体が黒い羽で覆われており、くちばしは先端が丸く太いため顔だけ見ればオオカミのようにも見える。その口の中には肌色が見え、よく見ると二の腕や腹回りにも人間の肌が見えることから、これも被り物を被った人間である事が分かる。

 『BF—漆黒のエルフェン』はその翼を力強く羽ばたかせると、その風に乗り数本の羽が矢の如く『救世の美神ノースウェムコ』に突き刺さる。苦しそうに膝をついたノースウェムコは守備表示にならざるをえなかった。

 

 

BF—漆黒のエルフェン

ATK2200  DEF1200

 

 

 不味いな……

 『救世の美神ノースウェムコ』の守備力は僅か1200。それは相手の場のどのモンスターの攻撃力よりも劣る数値。相手の手札に『BF—月影のカルート』が加わっている今この布陣は確実に突破される。

 

「さらに『黒い旋風』の効果により、攻撃力2200未満の”BF”と名のついたカード、俺は『BF—極北のブリザード』を手札に加える」

「くっ……」

 

 これで後続も確保されてしまったと言う訳だ。まさか手札2枚の状態からこの布陣を突破されるとは思わなかった。どうやら次のターン、今度はこちらが盤上をひっくり返す手を考えなければならないようだ。

 

「墓地の『BF—尖鋭のボーラ』を除外し、自分の場の”BF”と名のついたモンスター1体を選択して効果発動! このターン選択したモンスターが戦闘を行う場合、自分への戦闘ダメージは0になり、選択したモンスターは銭湯では破壊されず、戦闘を行った相手モンスターをダメージ計算後に破壊する。俺はこの効果で『BF—漆黒のエルフェン』を選択」

「ぅっ?!」

 

 漏れかけた驚愕の声をなんとか押し殺す。仮面をつけているため向こうにこの動揺は悟られなかったようだが、この展開は非常にこちらに不利だ。『BF—月影のカルート』の消費無しでこのターンを返されると後のターンにかかる負担が一気に増す。せめてこのセットカードを警戒して手を緩めてくれれば良かったのだが、どうやら向こうはそんな気はサラサラないようだ。

 

「さぁ行くぜ! まずは『BF—蒼炎のシュラ』で『救世の美神ノースウェムコ』を攻撃!」

 

 『BF—蒼炎のシュラ』がノースウェムコに迫る。振り上げた熊のように太くなった右腕の五本の爪が鋭く光ると、それは容赦無くノースウェムコの体に五本の線を刻み付けた。その一撃に倒れたノースウェムコは一度申し訳無さそうにこちらを見ると光りの粒子となって消えていく。

 

「へへっ! 『救世の美神ノースウェムコ』が消えた事で、俺のモンスターを特殊召喚できないっつー制約は無くなった訳だ。ここで俺は『BF—蒼炎のシュラ』の効果を発動! このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、デッキから攻撃力1500以下の”BF”と名のついたモンスターを特殊召喚する。俺が呼ぶのはこいつだぁ! 来い、『BF—大旆のヴァーユ』!」

 

 新手として相手の場に飛び出してきたのは頭に赤い羽を生やした小柄な鳥だった。ブラックフェザーの名を持つくせに白い羽を生やしている上、学ランを着込んでいたり下駄を履いていたりと見て呉れは突っ込みどころ満載である。

 

 

BF—大旆のヴァーユ

ATK800  DEF0

 

 

 バトルに入る前にもうこの展開になる事は読めていたが、やはり『BF—蒼炎のシュラ』とは実に厄介なモンスターだ。ノースウェムコが突破されない限り発動の機会はないと思っていたが、もうこのカードを発動するとはな。

 

「この瞬間、速攻魔法『終焉の地』を発動。相手がモンスターを特殊召喚した時、デッキからフィールド魔法を発動する。俺が発動するのは『魔法都市エンディミオン』」

 

 これにより周りの風景は一変、ヴェネチアの町並みのような水路が張り巡らされた都市が出現する。背後には巨大な塔、四方にはその高さの半分程度の塔が建てられ都市全体は堀で囲まれている。

 

「なんだ……?」

「ここが今晩の戦場だ」

「なるほど……良いぜ、真っ向勝負だ! さらに『BF—漆黒のエルフェン』で『スクラップ・ドラゴン』を攻撃!」

 

 建物の隙間を飛び抜けながら『BF—漆黒のエルフェン』が『スクラップ・ドラゴン』に迫る。照準を合わせようにも建物の間を器用に通りながら飛行する『BF—漆黒のエルフェン』を捉える事が出来ない。あれよあれよとしている間に『スクラップ・ドラゴン』の眼前まで肉薄した『BF—漆黒のエルフェン』はその鋭い爪を振り下ろす。金属同士がぶつかったような甲高い音を響かせ激突した両者だが、共に無傷のまま一旦距離をとる。

 

「『BF—尖鋭のボーラ』の効果を受けた『BF—漆黒のエルフェン』の攻撃により『スクラップ・ドラゴン』は破壊される!」

 

 ピキッ

 

 渇いた音がしたかと思うと『スクラップ・ドラゴン』の頭部に亀裂が奔る。それは徐々に広がっていき体全体が罅で覆われる。そしてついに自重を支える事すら出来なくなった体は派手な音をたてながら崩壊した。

 

「これでデカ物を撃破だぜ! そしてこの瞬間、さらに速攻魔法『グリード・グラード』を発動! このカードは相手のシンクロモンスターを戦闘、またはカード効果で破壊したターンに発動できる。そして効果はデッキからカードを2枚ドローする」

「相手が魔法カードを使用した事で『魔法都市エンディミオン』に魔力カウンターが乗る」

 

 相手の魔法カード使用によって背後にそびえる巨大な塔の天辺に緑色に輝く魔力球の明かりが灯る。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 0→1

 

 

「魔力カウンターを乗せる効果か……なるほどな。まぁ今は関係ないか、まだ攻撃は続くぜ! 『BF—大旆のヴァーユ』で『レベル・スティーラー』を攻撃!」

 

 空高く飛び上がった『BF—大旆のヴァーユ』は空中で一旦動きを止めると、勢い良く『レベル・スティーラー』の体目掛けて滑空する。そして『レベル・スティーラー』にぶつかる直前で前転の要領で綺麗に体を回転させると履いている下駄を叩き付けた。それは鮮やかな踵落としだった。そんな攻撃を受けきれるはずもなく『レベル・スティーラー』は破壊される。

 

「ふー、これで大掃除は完了だ。だが、まだ俺のターンは終わっちゃいねぇ。『BF—大旆のヴァーユ』レベル4の『BF—蒼炎のシュラ』にレベル1の『BF—大旆のヴァーユ』をチューニング。黒き翼よ! 光纏いて大空に煌めく星となれ! シンクロ召喚! 『BF—煌星のグラム』!」

 

 新たなシンクロモンスターとして場に現れたのは白銀の甲冑に身を包み、背中から黒い翼を生やした戦士。手足は鳥の足のような形状をしているのだが、胴体は人型なのだからそれを人と呼ぶべきなのか鳥と呼ぶべきなのかは判断がつかない。ただ少なくともその手に握られている鳥の足を柄にした剣を見る限りはその剣を武器に出来る程の技術を持ち合わせているようだ。

 

 

BF—煌星のグラム

ATK2200  DEF1500

 

 

「カードを1枚セットしターンエンドだ」

「……っ……」

 

 手札に逆転のカードは揃っておらず、先の見えない劣勢状況。それだと言うのに込み上げてきたのは笑いだった。

 今回の相手は今までの依頼の対戦相手の中でも最強クラスの実力者でありデッキパワーも紛れもなくトップクラス。奇しくも戦いの場となったのは以前俺と戦い倒しきれなかった男と同じ魔法都市。そこに数奇な運命を感じる。

 

 このデュエルは長くなる。

 

 この時ふと、そう確信するのだった。

 



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『デュエル屋』とカラス 中編

 シミ一つない見慣れた天井。

 十六夜アキはただじっとそこを見つめていた。

 部屋はカーテンを閉め切ったおかげですっかり真っ暗だ。時計の針が重なってからもう一時間が過ぎようとしている。普段0時にはベッドに入って寝てしまうのだが、今日はいつになく寝付きが悪い。と言うのも今日は掛け布団の外の冷えきった空気とは反対にベッドの中が寝苦しい程に暑いのだ。さらに暑苦しいのを無視して寝よう寝ようと意識する程、思考が冴えてくると言う悪循環に陥っている。

 

「はぁ……」

 

 仕方が無い。一旦寝るのを諦めよう。幸い明日の能力の調整は午後からだ。多少夜更かしをしたところで明日に支障はない。

 完全に目まで冴えてしまったのでホットミルクでも作ろうとベッドから抜け出す。フローリングの冷たさが足の裏に伝わるが、火照った体にはそれが心地よく感じられる。

 もうここで生活を始めてどれくらいの月日が経ったのだろう。休学届けをデュエルアカデミアに出して学生寮から出たのが遠い昔のように感じる。元々この呪われた力によって学園でも孤立していた身なので未練は無い。

家族だってそうだった。人を傷つけてしまうこの力に私が目覚めてから父は私を遠ざけるようになった。私をデュエルアカデミアに入学させたのも厄介払いのためだろう。思えばここで拾われて初めて自分の居場所が出来たのかもしれない。居場所と言ってもそれが指すのはこの寝るだけのための物理的空間の事ではない。

 

 ディヴァイン。

 

 私を必要とし、初めてこの力を受け入れてくれた人。そして今は人を傷つけることしか出来ないこの力をコントロールするために色々と体の検査や調整をしてくれている。本当にいくら感謝をしてもし足りないくらいの恩人だ。

 彼に拾われなければ今頃どうなっていたことだろう?

 冷蔵庫から取り出した牛乳をマグに注ぎ、レンジに入れながら考える。

 もしかしたら破壊する事に無理矢理快楽を見出して、周りに暴力を撒き散らすだけの存在になっていたかもしれない。

 あの男のように。

 脳裏によぎるあの金髪の男。それだけで身震いがする。

 ここに来て初めて出会ったあの男から唯一得たものは、私はあぁは成れないと分かった事ぐらいだ。

 同じサイコデュエリストとしてディバインに拾われた身でありながら、あの男は自分の欲望のままに行動し時にディヴァインの命令すら無視する。ディヴァインはそれを許している節があるが、私はどうしてもあの男の身勝手な振る舞いを許す事は出来ない。それは自分が嫌悪する自分の嫌なところ(他人を傷つける力)を見せつけられて生じる拒絶反応によるものかもしれない。

 

 チンッ

 

 嫌な方に傾き始めた思考を遮るようにレンジが鳴った。取り出した牛乳からはうっすらと湯気が立ち上る。温度は70℃といきなり呑むのには熱めだが、火照った体を冬の夜気で十分に冷ませたおかげで胃の中に流れ込むその熱は心地よかった。

 体がちょうど良く温まったおかげで思考も幾分か明るいものになる。具体的にはこの力をコントロール出来るようになったらの事だ。もちろんその時もディバインが求めるのならこの力を躊躇い無く使うつもりだ。だけどディヴァインが許してくれるなら……

 

「私は――――」

 

 ここは赤毛の少女の部屋。彼女の呟きを聞く者は誰も居ない。

 

 

 

————————

——————

————

 

八代LP4000

手札:2枚

場:無し

フィールド:『魔法都市エンディミオン』(魔力カウンター 1)

セット:無し

 

 

 

クロウ・ホーガンLP2500

手札:3枚

場:『BF—煌星のグラム』、『BF—漆黒のエルフェン』

セット:魔法・罠1枚

 

 

 

『…………』

 

 相手の場に並ぶ2体の“BF”がこちらを見下ろす。それらはどちらも攻撃力2000以上と並の下級モンスターでは手の届かない力を持っている。さらに相手にはセットカードが1枚ある上、手札は3枚残っている。

 相対するこちらの場にはモンスターも伏せられた魔法も罠も無い。あるのは『魔法都市エンディミオン』とその塔の天辺に寂しく光る一つの魔力カウンターのみ。手札も2枚こっきりと状況は圧倒的劣勢。

 これだけでも先行きが暗いところだが、相手の手札・墓地の状況を考えると、ますますその先は暗くなる。なぜなら相手の手札3枚の内、2枚は『BF—極北のブリザード』と『BF—月影のカルート』である事が判明している。さらに墓地には『BF—大旆のヴァーユ』と『BF—アーマード・ウィング』が揃っている。これが意味するのは、仮にこの場をひっくり返したとしても、次のターン『BF—極北のブリザード』や『BF—大旆のヴァーユ』を利用する事で高攻撃力のシンクロモンスターを並べる事が出来ると言う事だ。

 脇に立つサイレント・マジシャンが不安げな表情でこちらを見るのも無理はない。並大抵の人間なら匙を投げてもおかしくは無いだろう。

 

「どうだ! これが鉄砲玉のクロウ様の実力だ。サレンダーするならとっととしてくれよ? こちとら急いでるもんでね」

「……サレンダー? 冗談じゃない」

「あん?」

 

 このターンやらなければならないのはこの場をひっくり返し、且つ次の相手ターンの展開を阻止する、もしくはその展開してきた場をも返すためのキーカードを手札に揃えること。これがマストオーダーだ。

 それをこの今ある手札2枚と次のドローカード1枚の合計3枚でやらなければならない。まったく馬鹿げている。だが……

 

「こんなに気分が昂るデュエルを途中で投げ出す訳がないだろう」

 

 だからこそ戦い甲斐がある。心臓が一気に大量の血液を体の中に巡らせていく感覚、脳みその奥が痺れているような独特の高揚感、そして胸の奥から沸き上がるこのデュエルへの闘志が空っぽのこの体を満たしていく。

 

「へぇ」

 

 俺の消え得ぬ闘志を感じ取り、どこか感心したような笑みを浮かべるクロウと言う男。だが表情は笑っているがその瞳は笑っていない。こちらが何を仕掛けるかを警戒している様子だ。

 仮面の下で静かに瞳を閉じる。視覚は塞がれ目の前は真っ暗に染まる。普段頼り切っている感覚が遮断された事により、その他の感覚が研ぎすまされていくのが分かる。

 

 

 ドクンッ!

 

 

 この感覚。まるでデッキが自分の体の一部となったようなそんな感覚だ。

 前にはこの感覚を使い、さらにデッキが過去最高の動きをしたにもかかわらず勝てなかった相手がいた。再戦を誓ったあの男に勝つためにはあの時以上の動きをしなければならない。目指すべきは自分の限界を超えたその先の地平。それなのに並のデュエリスト程度が不可能だと断じ諦めてしまう壁ごとき、鼻歌混じりに遣って退けなくては一体どうしてアイツを超えられようか?

 

「俺のターン、ドロー」

 

 繋がっている。目を見開き引いたカードを確認した瞬間、この時、このターンに何を成すべきかが手に取るように分かった。いや、今ならこの先に引くカードすら分かる気がする。

 

「『マンジュ・ゴッド』を通常召喚。このカードの召喚に成功した時、デッキから儀式モンスターか儀式魔法を手札に加える事が出来る。俺は儀式モンスター『救世の美神ノースウェムコ』を手札に加える」

 

 がら空きの場に最初に姿を現したのは万の手を持つと言う名の通り大小様々な手を体中から生やした人型のモンスター。深い緑の金属のような体表をしており光の当たる角度によってその色合いが変化していた。

 

 

マンジュ・ゴッド

ATK1400  DEF1000

 

 

「何だぁ、またあの美人なお姉さんの登場か?」

「それは後にお預けだ。マジックカード『七星の宝刀』を発動。手札、または場のレベル7のモンスター1体を除外する事でデッキからカードを2枚ドローする。『救世の美神ノースウェムコ』を除外し2枚ドロー」

 

 魔法カードの使用によりこの魔法都市の四方に建てられた大きい塔の内の1つの屋根が魔力により浮かび上がる。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 1→2

 

 

 新たに加わった2枚のカード。これは未来へと繋ぐバトンだ。そしてこのバトンが繋ぐ先こそが脳内で描かれた明確なビジョンへと繋がっている。そう確信していた。

 

「マジックカード『モンスター・スロット』を発動。自分の場のモンスター1体と、選択したモンスターと同じレベルのモンスター1体を自分の墓地から除外する。俺は場のレベル4の『マンジュ・ゴッド』を選択し、墓地の同じレベルを持つ『ライトロード・アサシン ライデン』を除外。そしてその後カード1枚をドローし、そのカードが同じレベルのモンスター場合、そのモンスターを特殊召喚する」

「なんだよ、大口を叩いておいて結局は運頼みか」

「運頼み? そいつは語弊があるな。ドローとは引きたいカードを引き寄せるものだ。強者とは元来そう言うものだろう」

「言うじゃねぇか……おもしれぇ。だったらやってみな!」

「言われずともだ! ドロー!」

 

 

 ドクンッ!

 

 

 カードを引く。ただそれだけの動作。そのはずなのに、カードを引いた瞬間、僅かにローブを揺らしていた風が、魔法都市に張り巡らされた水路のせせらぎが、世界のあらゆる音が止まったように感じた。いや、ひょっとしたらこの瞬間だけ本当に世界が動きを止めてしまったのかも知れない。

 

「……っ!」

「……どうした? 意中のカードは引けたか?」

「俺が引いたのは……モンスターでは無い…………」

「おいおい、大見得を切ってそのザマ――」

「だが! こいつこそが意中のカードだ! 俺が引いたのは『ワン・フォー・ワン』!」

 

 そう、これこそ俺が引くべきデッキにただ1枚しか入っていないカード。この時の感覚を安定して引き出せるようになれば、少なくともあのデュエルで出来た程度のデッキの力を引き出せるのだが、流石にそんな芸当はまだ出来そうに無い。ただイメージしたカードを引けた確かなこの感覚がより一層精神を昂らせていく。

 

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 2→3

 

 

「そして今引いたマジックカード『ワン・フォー・ワン』を発動。手札のモンスターを1枚墓地に送り、デッキからレベル1のモンスター1体を特殊召喚する。俺は手札の『ダンディライオン』を墓地に送り、デッキからレベル1の『エフェクト・ヴェーラー』を特殊召喚する」

 

 次に場に出てきたのは腰まで伸びたエメラルドブルーの髪をツインテールにした少女。背中から生えた二枚一対の翼は半透明で非常に薄く、まるで小さな穴から一枚の布を引っ張り出したような不安定な形状をしており儚さを覚える。

 

 

エフェクト・ヴェーラー

ATK0  DEF0

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 3→4

 

 

 『エフェクト・ヴェーラー』は本来なら手札から墓地に送って発動し、相手のモンスター効果を無効にする役割を担うモンスターだ。だが既にデッキのレベル1のチューナーモンスターである『スポーア』を使ってしまっているため、残りのレベル1のチューナーモンスターはこいつしかいない。ただのレベル1のチューナーとしてこいつを使うには少々勿体無い気もするが、状況的に四の五の言ってられないのが辛いところだ。

 

「さらに『ワン・フォー・ワン』のコストで墓地に送られた『ダンディライオン』の効果発動。場に綿毛トークン2体を守備表示で特殊召喚する」

 

 『エフェクト・ヴェーラー』の横に並んで二体のタンポポの綿毛をデフォルメしたトークンが現れる。綿の部分には顔が描かれており、一体は穏やかな表情で笑っているがもう一体は眉を吊り上げ怒った表情を浮かべている。

 

 

綿毛トークン1

ATK0  DEF0

 

 

綿毛トークン2

ATK0  DEF0

 

 

「何をするかと思えば壁モンスター作りか? そんなんで俺に勝とうなんて百年どころか一万年は早いぜ」

「結論を急くな。まだ俺のターンは終わりではない。墓地の『スポーア』の効果発動。墓地の植物族モンスター1体を除外し、自身を墓地から特殊召喚する。俺は墓地の『ダンディライオン』を除外して『スポーア』を特殊召喚。この時、『スポーア』のレベルは除外したモンスターのレベル分上昇する。よって『ダンディライオン』のレベル3だけレベルを上昇させ、『スポーア』のレベルは4となる」

「……!」

 

 墓地から浮上した『スポーア』は先のターンと比べ二倍程膨らんだ大きさになっており、『エフェクト・ヴェーラー』の腰までの高さがあった。これで場には5体のモンスターが並んだ。

 

 

スポーア

レベル1→4

ATK400  DEF800

 

 

 俺の場に現れたレベル4のチューナーモンスターにより相手から軽口を叩く余裕は消え去り、真剣な表情でこれから起こる展開を見ている。

 出来る手は全て使った。今のところ妨害がないが、果たして今後も無いかと問われればそうは言いきれない。とは言え動かなければ敗北する以上はこのまま動ききるしか無い。

 

「レベル1の綿毛トークンにレベル4となった『スポーア』をチューニング。シンクロ召喚、『TGハイパー・ライブラリアン』」

 

 穏やかに微笑んでいた方の綿毛トークンと『スポーア』のシンクロにより場に現れたのは仰々しいマントを羽織った一人の司書。メガネを人差し指でクイッとあげる動作一つとっても気障な印象を受ける。

 

 

TGハイパー・ライブラリアン

ATK2400  DEF1800

 

 

 手札が尽きている今、こいつのドローする効果が今後の鍵となる。

 どうやらこの召喚を妨害するようなカードは無いようだ。畳み掛けるように更なるシンクロモンスターを呼び出す。

 

「さらにレベル1の綿毛トークンにレベル1の『エフェクト・ヴェーラー』をチューニング。シンクロ召喚、『フォーミュラ・シンクロン』」

 

 今度は残っている怒った表情の綿毛トークンと『エフェクト・ヴェーラー』によるシンクロによって場にレーシングカーが颯爽と現れる。スピードを落としながら『TGハイパー・ライブラリアン』の真横に停止すると、その姿は変形し戦隊ものの乗り物が合体して出来る人型のロボットのような形状になる。

 

 

フォーミュラ・シンクロン

ATK200  DEF1500

 

 

「『フォーミュラ・シンクロン』のシンクロ召喚に成功した時、カードを1枚ドローする。さらに『TGハイパー・ライブラリアン』が存在し、自分または相手がシンクロ召喚に成功した時、カードを1枚ドローする。よって合計2枚ドロー」

 

 これで手札は再び3枚に戻った。この状況を見る限り次のターンの相手の展開云々以前に上手くいけばこのデュエルを決めきれそうだ。

 

「レベル5『TGハイパー・ライブラリアン』にレベル2『フォーミュラ・シンクロン』をチューニング。シンクロ召喚、『アーカナイト・マジシャン』」

 

 このデュエルで2体目の『アーカナイト・マジシャン』の出現。肩部分が三日月のこのように反り返り袖口は大きく切り開かれた流線型の独特の白いローブを纏った魔術師は静かに杖を構える。

 

 

アーカナイト・マジシャン

ATK400  DEF1800

 

 

 やはり召喚反応カードの類いは伏せられていないようだ。これで勝利への道がグッと近くなった。

 

「『アーカナイト・マジシャン』のシンクロ召喚成功時、自身に魔力カウンターを2つ乗せる」

 

 体に2つの魔力球を吸収し体内に循環した魔力が爆発的に『アーカナイト・マジシャン』の攻撃力を増長させる。サイレント・マジシャン曰く『アーカナイト・マジシャン』は吸収した魔力を効率よく運用する力を極めた魔術師らしい。

 

 

アーカナイト・マジシャン

魔力カウンター 0→2

ATK400→2400

 

 

「ちっ、またそいつかよ!」

「『アーカナイト・マジシャン』の効果がお気に召さないようだな。『アーカナイト・マジシャン』の効果発動。『魔法都市エンディミオン』に乗った魔力カウンターを1つ取り除き、セットカードを破壊する」

 

 悪態を吐く相手を他所に『アーカナイト・マジシャン』は魔法都市の周りの塔に配置された魔力球を雷に変化させ、それを無慈悲にセットカード目掛けて発射する。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 4→3

 

 

「トラップ発動! 『闇霊術―「欲」』! 場の闇族性モンスター1体をリリースして発動する。俺は『BF—漆黒のエルフェン』をリリース!」

 

 雷が直撃する直前に発動されたトラップカード『闇霊術―「欲」』。そのコストとして『BF—漆黒のエルフェン』は墓地へと続く底の見えない闇に沈んでいった。

 

「相手は手札から魔法カードを見せる事でこのカードの効果を無効にできる。見せなかった場合、俺はカードを2枚ドローする。さぁ、見せるか見せねぇのか選びやがれ」

「……俺は魔法カードを見せない」

「へっ、どうやら魔法カードが無かったようだな。ならば俺はカードを2枚ドローするぜ」

「だが、そちらも『アーカナイト・マジシャン』の効果を止める術はないようだな。『アーカナイト・マジシャン』の効果で『魔法都市エンディミオン』二つの魔力カウンターを取り除き、『BF—煌星のグラム』と『黒い旋風』を破壊する」

 

 墓地や手札からも『アーカナイト・マジシャン』の効果を止めるカードは無く、雷に変換された魔法都市に灯る2つの魔力球はそれぞれ『BF—煌星のグラム』と『黒い旋風』目掛けて一直線に飛びそれらを貫く。降り注いだ雷はその衝撃で土埃を巻き上げながら爆発を起こした。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 3→1

 

 

 一つ寂しく光る魔法都市の頂の魔力球。土埃が収まり薄暗くなった相手の場には何も残っていない。

 一方こちらの場には『アーカナイト・マジシャン』と『マンジュ・ゴッド』の2体が並んでいる。相手のライフは残り2500。全てのダイレクトアタックが通ればゲームエンドだ。とは言え、やはりここまでの使い手となるとそう簡単に勝利を譲ってはくれないだろう。手札からダイレクトアタックを防いできた俺に対する刺客なんて言う例もある。防がれる前提で次のターンの事を考えておいた方が良さそうだ。

 

「バトル、『マンジュ・ゴッド』でダイレクトアタック」

 

 『マンジュ・ゴッド』は体に畳まれていた全ての手を広げ始める。それは花が光を浴びて開花していく映像を早送りで見ているようだった。やがて背後から御威光が放たれ始め、その光が数多にある手に集まり始める。そして万本あるとされる全ての手から同時に照射される光線が放たれようとした時、それを遮るように相手は言葉を被せた。

 

「させるかよ! 相手の直接攻撃宣言時、『BF—熱風のギブリ』は手札から特殊召喚できる。『BF—熱風のギブリ』を守備表示で特殊召喚!」

 

 何もいなかった相手の場の上空から新手の“BF”が滑空してきた。燃え盛るような赤いたてがみの三対六枚の翼を持つ黒鳥。黒い翼のセンターには赤い羽がラインを描いている。

 

 

BF—熱風のギブリ

ATK0  DEF1600

 

 

 新たな攻撃対象が出来た事で『マンジュ・ゴッド』はその攻撃を一旦中止する。

 やはり何かしらあるとは踏んでいたが、なるほど、確かにそんな“BF”がいたな。

 

「ならば『マンジュ・ゴッド』の攻撃を中止する。『アーカナイト・マジシャン』で『BF—熱風のギブリ』を攻撃」

 

 『アーカナイト・マジシャン』の放った赤黒い閃光が真っすぐ『BF—熱風のギブリ』を撃ち抜く。

 これでダメージは与えられなかったが、この場は切り返せた。この状況も次のターンでひっくり返される事は分かっているが、こちらも手札を残せている。それをひっくり返せる可能性も途絶えちゃいない。後は俺の予想を超えるモンスターの展開をされない事を祈るだけだ。

 

「カードを1枚セットしターンエンド」

「俺のターン、ドロー。まずは『BF—極北のブリザード』を召喚」

 

 高山の溶ける事無い雪を思わせるようなうっすらと水色がかった羽の鳥が姿を見せる。申し訳程度に眉が黒く染まっているだけで、その他の一体どこに“BF”の要素があるのか制作者にツッコミを入れざるを得ないデザインのモンスターだ。

 

 

BF—極北のブリザード

ATK1300  DEF0

 

 

 デュエルディスクを装着した方の腕を前に出すと『BF—極北のブリザード』は器用にそのデュエルディスクに止まってみせる。その鳥の扱いはまさに鳥使いといったところか。

 

「『BF—極北のブリザード』の召喚に成功した時、墓地からレベル4以下の”BF”と名のついたモンスター1体を選択して表側守備表示で特殊召喚できる。俺は『BF—蒼炎のシュラ』を特殊召喚するぜ」

 

 『BF—極北のブリザード』が黄色いくちばしでデュエルディスクをコツコツと突くと、墓地にカードを送る入り口から光が溢れそこから青白く輝くスイカ程のサイズの光球がヌッと飛び出す。その光球は相手の正面で静止し弾け飛ぶと中から『BF—蒼炎のシュラ』が姿を見せる。

 

 

BF—蒼炎のシュラ

ATK1800  DEF1200

 

 

 予想通り『BF—極北のブリザード』から相手のターンは始動した。『BF—極北のブリザード』はレベル2のチューナー、『BF—蒼炎のシュラ』はレベル4の非チューナー。その2体が並んだと言う事はやはり……

 

「レベル4の『BF—蒼炎のシュラ』にレベル2の『BF—極北のブリザード』をチューニング! 漆黒の力! 大いなる翼に宿りて、神風を巻き起こせ! シンクロ召喚! 吹き荒べ! 『BF—アームズ・ウィング』!」

 

 案の定のシンクロ召喚だった。

 黒い金属で出来た翼を生やした仮面の戦士。肩からはくすんだ灰色の羽が、腰の付け根当たりからは漆黒の尾羽を生やしているが体型は完全な人型。全体的に黒系統の暗い色の中、目を引くのは仮面から後頭部にかけて伸びている赤い羽、そして手に握られている身の丈程の長い銃剣だ。

 

 

BF—アームズ・ウィング

ATK2300  DEF1000

 

 

 『BF—アームズ・ウィング』。

 こいつは守備モンスターを攻撃する際には攻撃力を500ポイント上昇させ貫通能力を持つモンスターだが、それ以外に効果は持たない。つまり手札の『BF—月影のカルート』のサポート無しの素の攻撃力では『アーカナイト・マジシャン』を突破は出来ない。ここで『BF—月影のカルート』の効果を使ってくれるならこちらとしてはありがたいところだが、おそらく相手はおいそれと手札を使ってはくれないだろう。少なくとも逆の立場だったら俺は使わない。

 

「さらに墓地に存在するチューナー以外の”BF”と名のついたモンスター1体を選択して、墓地の『BF—大旆のヴァーユ』の効果発動! 俺が選択するのは『BF—アーマード・ウィング』!」

「来たか……」

「そして選択した『BF—アーマード・ウィング』と『BF—大旆のヴァーユ』を除外する事で、そのレベルの合計と同じレベルの”BF”と名のついたシンクロモンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する。レベルの合計は8! よってエクストラデッキからレベル8の『BF—孤高のシルバー・ウィンド』を特殊召喚!」

 

 地面に巨大な黒い穴が出現する。先陣を切ってそこから飛び出したのは『BF—大旆のヴァーユ』。その後に続くように墓地から飛び出した『BF—アーマード・ウィング』も飛翔していく。両者共に実体を持たない半透明の姿だが、その二体は一つの緑光を放つ輪と七つの青白く輝く光球となり全ては光柱に包まれる。

 光を切り裂いて現れたのは銀色の翼をつけた男。巨大な黄色いくちばしの黒い羽に包まれた顔は一見本物の鳥であるように思わせるが、黒ベースのオレンジ色のラインが引かれたダイビングスーツのような衣装を身につけるその体は人のそれだ。2メートルはくだらないであろう大太刀を右手一本で振り回す様子からその攻撃力の高さが窺い知れる。

 

 

BF—孤高のシルバー・ウィンド

ATK2800  DEF2000

 

 

「これが“BF”の中で最強のシンクロモンスターだ! ただ、この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化される。だが、この場合はそれで十分だ」

「…………」

 

 これも予想の範囲内。これらの攻撃を止める術は無いが、この攻撃が全て通ったとしても俺のライフを全て削りきる事は出来ない。残り4枚の手札の内の1枚は何度も繰り返している通り『BF—月影のカルート』。“BF”の攻撃力を1400ポイント一時的に上昇させる効果を使ってもこのターン受けるダメージは2700。未判明な残りの手札で俺の場のモンスターを1体でも除去するカードか攻撃力1300以上のモンスターを用意されない限りこのターンは凌げる。

 

「行くぜ! 『BF—アームズ・ウィング』で『マンジュ・ゴッド』を攻撃! ブラック・チャージ!」

「…………!」

 

 『BF—アームズ・ウィング』は『マンジュ・ゴッド』目掛けて一直線に滑空し、手の銃剣の銃口を『マンジュ・ゴッド』に向けると一息で十数発もの弾丸を連射する。銃の精度が高く無いのか、それとも飛行しながらの射撃と言う不安定な体勢故なのか、放たれた弾丸は全て一点を目掛けて飛ぶなどと言う事は無かったが、それでも『マンジュ・ゴッド』の体には全て命中した。低い断末魔をあげると『マンジュ・ゴッド』は爆散しフィールドから消え去った。

 

 

八代LP4000→3100

 

 

「さらに『BF—孤高のシルバー・ウィンド』で『アーカナイト・マジシャン』を攻撃! パーフェクト・ストーム!!」

 

 相手の攻撃の手はまだ続く。大太刀の切っ先を頭上に向けると『BF—孤高のシルバー・ウィンド』はそれを軸に高速回転を始める。回転の速度が上がるにつれ目は『BF—シルバー・ウィンド』の実体を正しく認識できなくなり、やがてそれは銀色に塗りつぶされた竜巻へと変わっていた。銀色の竜巻は上昇しながら向きを変え、その中心を『アーカナイト・マジシャン』に向けるとそのまま突撃を開始する。高速回転して迫る大太刀の切っ先はまさにドリルそのもの。『アーカナイト・マジシャン』は真っ向からそれを受けようと杖を構えた。

 そして訪れる衝突。金属同士が激しく削られていく甲高い音を響かせながら『BF—孤高のシルバー・ウィンド』の大太刀と『アーカナイト・マジシャン』の杖は拮抗を見せる。だが、それも僅かの間の事。元々『アーカナイト・マジシャン』の杖は魔力を放出するデバイスとして作られた訳で、決して物理攻撃を仕掛けるために作られた物ではない。亀裂の入っていった杖はとうとう砕け散り高速回転する大太刀の切っ先はそのまま『アーカナイト・マジシャン』に突き刺さる。『アーカナイト・マジシャン』が光の粒子となって砕け散るのと同時にライフポイントが削られていく。

 

 

八代LP3100→2700

 

 

「魔力カウンターを持ったカードが破壊された時、そのカードに乗っていた魔力カウンターの分だけ『魔法都市エンディミオン』に魔力カウンターが乗る。破壊された『アーカナイト・マジシャン』には魔力カウンターが2つ乗っていた。よって2つの魔力カウンターが『魔法都市エンディミオン』に乗せられる」

 

 『アーカナイト・マジシャン』とて魔力カウンターを持ったままタダで墓地に行った訳ではない。『アーカナイト・マジシャン』の残した魔力残滓が集まり出来た二つの魔力球は再び魔法都市を照らす光となり塔に灯った。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 1→3

 

 

「相手のシンクロモンスターを破壊した事で速攻魔法『グリード・グラード』を発動! 効果によりカードを2枚ドローする」

「くっ……!」

 

 悪態を吐きそうになるのをなんとか堪える。“BF”は一度手札を消耗してしまえば供給手段に乏しくスタミナの無いデッキだ。しかし後続を繋げる『黒い旋風』を全て破壊したこの状況で尚も手札を増やされる展開と言うのは予想していなかった。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 3→4

 

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 結局終わってみればターン開始時から1枚手札を減らしただけの4枚。こちらに対して一歩も引く気は無いようだ。ここでこの場を切り返してもそれをも軽々切り返してきそうな気がしてならない。

 思えばこのデュエル、始まってからターンプレイヤーが必ずフィールドの流れを引き寄せている。俺が『ライトロード・サモナー ルミナス』を使って墓地を整えれば、『BF—暁のシロッコ』と『BF—黒槍のブラスト』、『BF—疾風のゲイル』を使ったワンショットキルを狙われた。返すターンで『救世の美神ノースウェムコ』による特殊召喚ロックと『アーカナイト・マジシャン』、『スクラップ・ドラゴン』の連続シンクロで相手の場を制圧したと思いきや、『BF—蒼炎のシュラ』、『BF—漆黒のエルフェン』、そして墓地に送られていた『BF—尖鋭のボーラ』のコンビネーションであっさり巻き返しを喰らった。なんとか『TGハイパー・ライブラリアン』と『フォーミュラ・シンクロン』で手札を稼ぎながら『アーカナイト・マジシャン』に繋げ相手の場を一掃すれば、お返しとばかりに『BF—アームズ・ウィング』と『BF—孤高のシルバー・ウィンド』に盛り返される。まったく、ここまでターンで戦況が変わるのも珍しい。シーソーゲームとはまさにこの事を言うのだろう。

だがこの流れが永遠に続く事は無い。デッキにもライフポイントにも限りはあるのだ。いずれ決着の時は訪れる。その時の勝利を掴むために、まずは目の前のこの状況を覆す。そしてその連鎖の果てで相手の対応できるキャパシティを上回ったプレイヤーこそがこのデュエルを制する事が出来る。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 大丈夫。俺のデッキはまだ死んじゃいない。

 手札に来た新たな可能性を使ったこのターンの流れを脳内で瞬時に構築する。

 

「永続トラップ『漆黒のパワーストーン』を発動。発動後このカードに魔力カウンターを3つ乗せる」

 

 俺の目の前にバスケットボール程の大きさの黒球が浮上する。その内には逆三角形の黄金板が埋め込まれており、それぞれの頂点には緑色の光が灯る。

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 0→3

 

 

 さて、相変わらずセットカードが発動する気配が無いのだがこれをどう読むべきか。今までにセットされたカードは『針虫の巣窟』と『闇霊術―「欲」』。どちらも相手の行動を妨害するカードではなく、ただの墓地を肥やすカードとドローソースだ。これだけ見ても少なくともセオリー通りの構築がなされていない事は分かる。だが、だからと言って妨害用のトラップが入れられていないと断じるのは余りにも早計だ。

 

「『漆黒のパワーストーン』の効果発動。1ターンに1度、このカードに乗っている魔力カウンターを1つ別のカードに移す。俺はこの魔力カウンターを『魔法都市エンディミオン』に移す」

 

 『漆黒のパワーストーン』の中の黄金板の頂点に灯っていた一つの緑色の輝きが外に溢れ出す。その光は一点に集まると拳大の魔力球となり魔法都市の四方を囲む最後の塔へと飛んでいった。

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 3→2

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 4→5

 

 

 相手は警戒した様子でこちらの動向を伺っている。緊張感のあるこのデュエルは確実に神経をすり減らしている事だろう。だがそれはこちらも同じ。いや、ひょっとしたらこちらの方が神経を張っているかもしれない。セットカードや手札、墓地のカードに対する警戒をする機会はこちらの方が多いだろうし、何よりも次の自分のターンで確実に戦況をひっくり返す札を残せていないからだ。仮面で表情が相手に悟られないのが唯一の救いである。

 このターンも頭の中では逆転までの流れを思い描けているが、どの行程でも妨害を受ければ崩れる脆い物だ。このターンの一手、一手を進めるのには薄氷を踏む思いである。

 

「『召喚僧サモンプリースト』を召喚」

 

 先陣を切ったのは頼れるこのデッキの召喚師。見かけは枯れ果てた老人であるが、それで頼りない印象を与えるのではなく年を重ねる事で得た一流の召喚師としての力が風格となって表れている。

 

 

召喚僧サモンプリースト

ATK800  DEF1600

 

 

 一手目。このカードの召喚に対してカードを発動する意義はあまり高く無い。やはり相手もこの召喚に対してこれと言った反応は見せていない。むしろ問題はこれからだ。

 頬に冷や汗を伝わせながら次なる一手に踏み込んでいく。

 

「手札の魔法カード『魔法都市エンディミオン』を捨て『召喚僧サモンプリースト』の効果発動」

 

 『召喚僧サモンプリースト』の効果を発動するためには対価として手札の魔法カード1枚をコストに支払わなければならない。その際にモンスター効果を無効にするカードによる妨害を受けると完全に手札を消費した事が無駄になってしまうのでリスクが大きい。

 

「…………」

「…………」

 

 数泊の間が生まれる。相手が何かを仕掛けてこないかと様子を見たが、どうやら心配は杞憂だったらしい。これはモンスター効果を無効にする類いでは無いと判断して恐らく大丈夫だろう。

 

「デッキからレベル4のモンスター1体を特殊召喚する。俺は『マジカル・コンダクター』を特殊召喚」

 

 『召喚僧サモンプリースト』の作った魔方陣から『マジカル・コンダクター』が呼び出される。これにより召喚魔法を極めた双璧が場に並び立った。

 

 

マジカル・コンダクター

ATK1700  DEF1400

 

 

 懸念要素が一つ消えた事で僅かに緊張の糸は解れたが、ここまででまだ二手目であると思うと再び気が引き締まる。手札を確認しこのターンの流れを脳内で瞬時に構築した時点でやるべき事は決まっていた。瞬時に決まったと言うのは勝つためには一通りの流れしか存在していなかったからだ。メインプランのみで保険など何も無い。だがそれでも勝利を掴むために歩みを止めるわけにはいかない。

 

「『マジカル・コンダクター』の効果発動。自身に乗った魔力カウンターを任意の数取り除くことで、その数と同じレベルの魔法使い族モンスターを墓地から特殊召喚する」

「あぁん? だけど『マジカル・コンダクター』には魔力カウンターは乗ってねぇぞ?」

「『魔法都市エンディミオン』は1ターンに1度、魔力カウンターを使用する効果を発動する場合、このカードに乗った魔力カウンターを変わりに取り除く事が出来る。よって『マジカル・コンダクター』の効果に使用する5つの魔力カウンターを『魔法都市エンディミオン』から取り除き、墓地からレベル5の『TGハイパー・ライブラリアン』を特殊召喚する」

 

 魔法都市に輝く全ての魔力球が『マジカル・コンダクター』の元に集まる。魔力球の力を借りてブーストされた力を存分に振るった『マジカル・コンダクター』は墓地へと続く直径3メートル程の穴を抉じ開ける。中から青白い光を纏って『TGハイパー・ライブラリアン』が場に現れた。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 5→0

 

 

TGハイパー・ライブラリアン

ATK2400  DEF1800

 

 

「おいおい、まだ動けるのかよ……」

「生憎だがまだ終わる気は無い。そして『TGハイパー・ライブラリアン』のレベルを1つ下げ、墓地から『レベル・スティーラー』を特殊召喚」

 

 引きつった顔を浮かべる相手の様子から召喚反応系のトラップは無いと判断。手を緩める事無く駆け抜けるように次の一手へと繋ぐ。

 

 

TGハイパー・ライブラリアン

レベル5→4

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEF0

 

 

 ターン開始時に何も無かったフィールドに今では4体のモンスターが並んでいる。これを手札消費2枚でやりきったと言うのだから我ながら良く動かしたと思う。

 そしてこのターン使う最後のピースとなる手札を発動する。

 

「『A・ジェネクス・バードマン』の効果発動。場の表側表示のモンスターを手札に戻しこのカードを特殊召喚する。このコストで俺は『召喚僧サモンプリースト』を手札に戻す」

 

 『召喚僧サモンプリースト』がフィールドから光に包まれ消えていく。代わりにその場所に現れたのは三頭身の緑色のロボット。顔の七割り近くを占める黄色いくちばしをつけた鳥の大きい頭、腹の出た寸胴な緑色の胴体とそれに釣り合わない小さな手足は典型的な幼児体型である。そんな間の抜けた姿をしているロボットだが白い二枚一対の金属で出来た白い翼で器用に落下速度を抑えながら綺麗に地面に着地してみせた。

 

 

A・ジェネクス・バードマン

ATK1300  DEF400

 

 

 これで場にこのターン動かす全ての駒が揃った。後は盤上でこの駒を動かしきるだけである。かなり運要素の強いターン運びに精神が参りそうになってくるが、反面それでも変わらずこのデュエルを楽しんでいる自分もいる。まったくいつからこうなってしまったのだと自分ですら呆れるところだが、今はこの変化も悪く無いと感じられる。

 

「レベル1の『レベル・スティーラー』にレベル3の『A・ジェネクス・バードマン』をチューニング。シンクロ召喚、『波動竜フォノン・ドラゴン』」

 

 チューナーである『A・ジェネクス・バードマン』が生み出した三つの光輪の中を『レベル・スティーラー』が飛ぶ。『レベル・スティーラー』から一つの星の輝きが放出された時、光の柱が光輪の中を突き抜ける。

 生誕の産声をあげたのは陽炎のように揺らめく群青色のドラゴン。頭部、両腕、両足、尻尾の先には金の装飾がなされており、両足以外の装飾にはそれぞれに色違いの宝玉が埋め込まれている。

 

 

波動竜フォノン・ドラゴン

ATK1900  DEF800

 

 

「このカードのシンクロ召喚成功時、このカードのレベルを1から3にする事が出来る。俺はこの効果で『波動竜フォノン・ドラゴン』のレベルを1に変更。さらにシンクロ召喚に成功した事で『TGハイパー・ライブラリアン』の効果が発動。デッキからカードを1枚ドローする」

 

 『波動竜フォノン・ドラゴン』の金の装飾に埋め込まれていた宝玉のうち頭部に埋め込まれていた黄色い宝玉が輝き始める。どうやらあれが自身のレベルをコントロールする器官のようだ。

 

 

波動竜フォノン・ドラゴン

レベル4→1

 

 

 フィールドの準備は全て整った。やはり推察通りあのセットカードは召喚反応系のトラップでは無かったようだ。これで心置きなくこのカードを使う事が出来る。4ヶ月ぶりだろうか? このカードをデッキから取り出すのは。

 指先がそのカードに触れた瞬間、まるで早くフィールドに俺を出せと言う叫びが体を駆け巡ったかのように自分の中で熱い血潮を感じた。

 それに応えるようにエクストラデッキからこの場を覆す逆転のカードを呼び出すべく、声を上げてターンを進める。

 

「レベル4『マジカル・コンダクター』とレベル4となった『TGハイパー・ライブラリアン』にレベル1『波動竜フォノン・ドラゴン』をチューニング!」

「んなっ?! レベル9のシンクロモンスターだと?!」

 

 相手の驚愕の声を遮るように『波動竜フォノン・ドラゴン』は一際大きな咆哮をあげる。そして天を舞うフォノン・ドラゴンの輪郭は透け巨大な緑色に輝く光輪を展開した。その中に続くように『TGハイパー・ライブラリアン』、『マジカル・コンダクター』はそれぞれがその身を解き放ち四つの星を生み出す。一つの輪の中に一列に並ぶ八つの星。それを貫くように天から巨大な光の柱が降り注いだ。

 

「ぐっ……」

 

 夜の闇を引き裂かんばかりの光に相手は思わずたじろぐ。降り注いだ光の衝撃で魔法都市の張り巡らされた水路の水面に波紋が広がっていく。それはまさに圧倒的な力の顕現の前触れであった。

 

「シンクロ召喚、『氷結界の龍トリシューラ』!」

 

 呼び出したモンスターの名を宣言した時、光が収束した。しかし中にそのモンスターの姿は見えない。光の中から現れたのは白い煙で包まれた巨大な球体だった。煙の中では時折黒い影が蠢く。

 

「何が……」

 

 相手が言葉を漏らしたその時だった。球体だった白い煙は一瞬で四散する。そして瞬きする間もなく周りの景色は一変した。

 ヴェネチアを思わせる水路の張り巡らされた美しい町並みは凍て付き白銀の世界へと変貌を遂げる。吐く息が白くはっきりと見えるのは2月の冬のせいなのか、それともこの場に現れた龍の力なのか。氷の世界へと様変わりしたこの都市の天辺に、まるでそこに居るのが当たり前と言わんばかりにその龍は鎮座していた。

 三つの首を持つ白銀と深青色に塗り分けられた体躯の魔龍。その巨体を空中で優に支える事の出来る体に見合った巨大な翼が羽ばたけば氷の雨が地面に降り注ぐ。結界に封印されていた最凶の龍の解放の叫びが夜空に響き渡る。

 

 

氷結界の龍トリシューラ

ATK2700  DEF2000

 

 

「『氷結界の龍トリシューラ』のシンクロ召喚成功時、効果発動。相手の場、手札、墓地のカードをそれぞれ1枚までゲームから除外することができる」

「…………っ!」

 

 言葉を失って『氷結界の龍トリシューラ』の姿に魅入っている相手にその強力な効果を告げると、その表情は驚愕へと変わる。確かにこれは手札、場、墓地に干渉する強力な効果だ。だがこの効果とて万能ではない。ここで相手の手札の『BF—月影のカルート』を討抜けなければこの場を完全に切り返す事は出来ないのだ。さらに言えば仮に目論見が叶って『BF—月影のカルート』を討抜けたとしても、あのセットカードが攻撃反応型のトラップであればやはり逆転は出来ない。先にセットカードを除外する手もあるが、そうなれば『BF—孤高のシルバー・ウィンド』が残ってしまい本末転倒である。分の悪い賭けではあるが、相手の手札の『BF—月影のカルート』を除外し、セットカードが攻撃反応型のトラプでない事に賭けるしか無い。

 

「俺が除外するのは場の『BF—孤高のシルバー・ウィンド』、墓地の……っ!?」

 

 その時『氷結界の龍トリシューラ』の効果によって相手の墓地のカードのリストを確認して、言葉が止まった。

 

『マスター……?』

「どうしたよ、俺の墓地のカードを除外するんじゃなかったのか?」

「…………」

 

 こいつはまた……飛んだ食わせ物じゃねぇか。

 相手の墓地のカードを見てそんな感想を抱く。墓地で起動する効果を持つカードは2枚、『BF—天狗風のヒレン』と『BF—陽炎のカーム』があった。どちらも『針虫の巣窟』の効果で墓地に送ったのだろう。となると記憶を辿っていけば『針虫の巣窟』の効果で墓地に送ったと考えられるのはこの2枚と『終わりの始まり』のコストで除外された『BF—東雲のコチ』、『D.D.クロウ』、そして『スクラップ・ドラゴン』を倒すのに貢献した『BF—尖鋭のボーラ』の5枚。墓地の肥え方に神懸った物を感じるが、問題なのはそこではない。

 問題なのは『BF—天狗風のヒレン』と『BF—陽炎のカーム』がどちらも墓地の“BF”を特殊召喚する効果を持つモンスターだと言う事だ。俺が相手に揺さぶりをかけた3ターン目、相手の残りの手札は『BF—蒼天のジェット』ともう1枚は『BF—漆黒のエルフェン』か、『BF—蒼炎のシュラ』か、または『終わりの始まり』なのか、それとも『二重召喚』か、『グリード・グラード』の可能性もあるが、とにかく手札で発動できるカードは無かった。つまりあそこで『アーカナイト・マジシャン』と『スクラップ・ドラゴン』でモンスターを全て一掃する強攻策に出ていれば、『儀式魔人リリーサー』の効果を受けた『救世の美神ノースウェムコ』によって特殊召喚が封じられていた相手にこちらのダイレクトアタックを封じる術は無かったと言う事だ。

 

 勝てたはずだった。

 

 過ぎた事だが、その事実は重くのしかかる。

 あの時、あの判断を下したのは相手のピンチに陥っている事をアピールした白々しい演技を見ての事。あの演技を見て逆に何かあると思い込んだ俺は堅実に動いた。だが、蓋を開けてみればまんまとブラフに引っかかってしまったと言う訳だ。どこぞのピエロがふと脳裏にチラつくが、こいつもまた人を化かすのが得意らしい。

 

「……墓地の『BF—陽炎のカーム』、そして俺から見て1番左のカードを除外」

 

 『氷結界の龍トリシューラ』は俺が選んだ効果対象を見定めると上から見下ろす全ての頭が雄叫びを上げる。互いの声が共鳴し合うとそれは辺りに巨大氷塊を生成する。その生成された氷塊は一つ、二つと連鎖的に生成され、塔の天辺から『BF—孤高のシルバー・ウィンド』に向かっていく。その途中にある建物すらも丸ごと飲み込んでしまう氷塊から逃れる術があるはずも無く、『BF—孤高のシルバー・ウィンド』は氷付けにされるのもそう時間のかかる事では無かった。

 雄叫びが止むと共に氷塊は全て砕け散る。そこには初めから何も無かったかのように。

 

「ちっ!」

 

 あの時の勝利は逃したもののまだ勝利の女神には見放されてはいなかったようだ。相手の脇で消えていく半透明の『BF—月影のカルート』の姿を見て、このデュエルの勝機がまだ残されている事を確信する。

 

「バトル! 『氷結界の龍トリシューラ』で『BF—アームズ・ウィング』を攻撃」

 

 三つの口に蓄えられる全てを氷結させるエネルギー。溢れ出す冷気が周りの水蒸気を一瞬で氷の粒に変えていく。六つの瞳が赤く光った時、同時に全ての口から放出される青白い光。その軌道の付近にある物全てを氷付けにしていく光線が射線上で交わり、『BF—アームズ・ウィング』を飲み込む。

 

「ぐっ! ダメージ計算時、トラップ発動! 『ガード・ブロック』! この戦闘でのダメージを0にし、カードを1枚ドローする」

 

 雪崩のように押し寄せる極寒の猛威からなんとかライフを守ったようだが、もはや相手の場には何も残っていなかった。

 

「くっ……まさかこうもあっさり返されるとはな……憎たらしいヤツだぜ」

「……褒め言葉として受け取っておこう。かく言うお前もコソ泥にしておくのは勿体無い実力の持ち主のようだが」

「コソ泥ねぇ……まぁ端から見ればそうなんだろうし、それは否定しようの無い事実だろうよ」

 

 この時、相手の表情に影が差した様に見えたのは丁度月に雲がかかったからだろうか。

 だがたとえ相手が訳有りでこんなコソ泥を行っていたとしてもこちらのデュエルの手を緩めるなんて事はあり得ない。そもそも如何なる状況であろうとも一度始めたデュエルに対して恥じるような事はするつもりは無い。

逸れかかった話題からデュエルに戻す意思を伝えるために俺はただ短く告げた。

 

「俺はこれでターンエンドだ」

「っと、今はデュエルだったな。俺のターン、ドロー!」

 

 こうして再びデュエルは続行される。

 『氷結界の龍トリシューラ』の効果のおかげで相手の手札の『BF—月影のカルート』を処理できた。だがそれでも相手の手札は5枚。墓地で起動する効果を持つ『BF—天狗風のヒレン』もこのタイミングで使える効果ではないとは言え、5枚もの手札があればこの状況も容易く覆せるはず……

 相手の動きに最大限の警戒をしながらターンの行方を見守る。

 

「マジックカード『黒羽の宝札』を発動! 手札の”BF”と名のついたモンスターカード1枚を除外し、デッキからカードを2枚ドローする。ただし、このカードを発動するターン俺はバトルフェイズを行えないと言う制約を受ける。俺は手札の『BF—空風のジン』を除外し、2枚ドローするぜ」

「……!」

 

 魔力球が全て消えた魔法都市の中央に再び明かりが戻る。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 0→1

 

 

 『黒羽の宝札』?

 バトルフェイズを放棄すると言う事はこのターン仕掛ける事は無いと言う意味と同義。5枚も手札がありながらも実は中身が腐っていたと言うオチか?

 思わぬ肩透かしを喰らい拍子抜けだ。いや、バトルフェイズを行わないからと言って何もしないと決まった訳ではないか。

 

「俺はカードを1枚セットし、『カード・カーD』を召喚」

 

 そう思考を切り替えたが、どうやら相手はこのターン動く気は全くないらしい。

 相手の場にセットカードが現れた直後、颯爽と現れた平面の如く薄い青色の車を見てそう確信する。なるほど、バトルフェイズを放棄する『黒羽の宝札』とエンドフェイズに強制的に移行する『カード・カーD』を組み合わせは確かに合理的だ。

 

 

カード・カーD

ATK800  DEF400

 

 

 このカードと言い『グリード・グラード』と言い相手は“BF”の弱点であるスタミナを見事にカバーしている。そのカードをデッキに入れる事なら凡人にも出来る事だが、この相手はそれをタイミング良くて札に呼び込んでいる。それには惜しみの無い賞賛を送ろう。

 

「『カード・カーD』の効果発動。自身をリリースしてデッキからカードを2枚ドローし、このターンのエンドフェイズになる」

 

 だがこの瞬間、このデュエルの流れは変わった。

 ターン事に揺れるシーソーゲームは終わりを告げ、初めて俺に連続の攻勢に出るチャンスが訪れた。

 墓地の『BF—天狗風のヒレン』は2000ポイント以上の直接攻撃のダメージが入った時、墓地から自身とそれ以外のチューナーモンスター1体の効果を無効にして特殊召喚する効果を持つだけ。相手のライフは2500で『氷結界の龍トリシューラ』の攻撃力は2700のため、この攻撃が通ればそもそも効果を発動させるタイミングはない。だが問題となるのはあの1枚のセットカード。あれらは俺の連続の攻勢に出る機会を与えたとしても、それを凌ぎきれる自信のあるカードなのだろう。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 良いドローだ。

 だが今回はこのターンの一手目を決めかねている。それはもちろん1枚あるセットカードのせいだ。ここで不用意な通常召喚を行使して召喚反応型の全体除去効果を持つトラップである『激流葬』を踏もうものなら、そのモンスターだけでなく『氷結界の龍トリシューラ』まで失う事になる。とは言え、ここでこれが単体除去効果ないし単体を対象に取る妨害系のカードなら勝機を見す見す逃す事になる。いや、待てよ……

 

「……『王立魔法図書館』を守備表示で召喚」

 

 地面に描かれた魔方陣は夜の魔法都市を照らす。そこからは竹の生長を早送りで見ているように何十段もの棚が積み重ねられて出来た本棚が次々と生えてくる。魔法都市随一の本の数を備える王立図書館が目の前で開館した。

 

 

王立魔法図書館

ATK0  DFE2000

 

 

「…………」

 

 やはり何も発動してこないか。

 この時、既に俺は召喚反応系の罠の可能性を排斥していた。何故ならそれではこちらが何も召喚を行わないでバトルに入るだけで勝利できるからだ。

 あの枚数の手札を持っていながら、果たして俺が召喚を行うか行わないかの有無だけで勝負が決まってしまうようなカードだけ伏せてターンを終わらせるだろうか? 

 答えは否。こいつがそう簡単に終わる玉じゃない。そう考えるとあの状況で伏せたカードは自ずと絞られてくる。考えられる選択肢は攻撃反応型の全体除去『聖なるバリア―ミラーフォース―』、それか攻撃無効やダメージ軽減、ライフポイントの回復系のカード、もしくはモンスターを特殊召喚し壁を作るカードのうちのどれかだろう。

 

「魔法カード『闇の誘惑』を発動。デッキから2枚ドローし、その後手札から闇属性モンスター1体を除外する。俺が除外するのは『召喚僧サモンプリースト』。そして魔法カードの使用により『魔法都市エンディミオン』だけでなく『王立魔法図書館』にも魔力カウンターが乗る」

 

 図書館内部と魔法都市の塔の一角のそれぞれに緑色の魔力球が浮かぶ。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 1→2

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 0→1

 

 

 あわよくば『王立魔法図書館』の効果を使えたらと思っていたが、こいつは良いものを呼び込んだ。しっかり自分に応えてくれるデッキはジャックとの一戦を彷彿させる。

 

「魔法カード『儀式の準備』を発動。デッキから『救世の美神ノースウェムコ』を手札に加え、墓地の『救世の儀式』を回収する」

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 2→3

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 1→2

 

 

 相手が俺の予想の範疇のカードを伏せていた場合、このターンで決着がつく確率は30%と言ったところか。心許ない数値ではあるが、そのチャンスをモノにするためにも全力を尽くす。

 

「さらに魔法カード『光の援軍』を発動。デッキの一番上から3枚カードを墓地に送り、デッキから”ライトロード”と名のついたモンスターカード1枚を手札に加える。俺が手札に加えるのは『ライトロード・サモナー ルミナス』」

 

 『王立魔法図書館』を召喚してから3枚目の魔法カードの使用により、図書館の中には緑色の魔力球の輝きが満ちる。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 3→4

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 2→3

 

 

 ……『針虫の巣窟』でモンスターを5枚落としきった相手もあれだが、『光の援軍』でこの3枚を落とす俺も大概だな。自分が墓地に送ったカードの良さに内心ほくそ笑む。

 先程の勝率の計算の中にここで墓地に送るカードは入っていない。良いカードを墓地に送れたと言う追い風を受け、自然と気持ちに余裕が出てくる。そしてここからのドローで引くカードは勝率の計算には入れられていない。ここで勝負の詰めに影響を及ぼせるカードが引ければ勝率はぐぐっと上がってくる。さて、何が出るか。

 

「『王立魔法図書館』の効果発動。自身に乗った魔力カウンターを3つ取り除きカードを1枚ドローする」

 

 図書案内部の3つの魔力球が同時にその輝きを増すと、それらは引き寄せられるように俺のデュエルディスク目掛けて飛来する。その力を受けた事により飛び出したデッキの1番上のカードを勢い良く引き抜く。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 3→0

 

 

 流石にここでチェックメイトと言えるようなカードは引けないか。だが俺にはドローのチャンスがもう一度ある。

 

「さらに『魔法都市エンディミオン』に乗った魔力カウンター3つを使う事でさらに『王立魔法図書館』の効果を発動。もう1枚ドローする」

 

 今度は魔法都市の周りの3つの塔で輝いていた魔力球が俺に向かってくる。それらを全てデュエルディスクで受け止めると、先程の再現のようにデッキトップのカードが引いてくれと言わんばかりに飛び出す。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 4→1

 

 

 そのカードを手札に納めたものの結果は芳しいものではない。良いカードではあるのだが、このターンの戦局に影響を及ぼすものではないのだ。とは言え、その結果に肩を落とすと言った気分ではない。元々さっきの状態で勝負を付けにいく腹積もりだったのだ。このドローは特に期待もしていないでやった福引きのようなもの。寧ろ参加賞のティッシュが貰えるようにカードが引けるだけでも価値がある。それに先程の『光の援軍』の効果で墓地に行ってくれたカードだけで十分満足できるものだ。

 

「儀式魔法『救世の儀式』発動。場のレベル4の『王立魔法図書館』をリリースし、墓地のレベル3の『儀式魔人プレコグスター』を除外する事で、手札から『救世の美神ノースウェムコ』を特殊召喚する」

「また来たか……」

 

 『救世の儀式』の発動により魔法都市の景色が一変、辺りが暗闇に包まれる。そしてぼんやりと浮かび上がるように灯った二つの炎が再び周りを照らし出す。一度見た協会の内部。やるべき事も分かっているため前程の驚きは無い。炎に焼べられた『王立魔法図書館』と『光の援軍』によって墓地に送られていた『儀式魔人プレコグスター』の姿を確認しながらそんな感想を抱いた。

 火の光が消え、月明かりの粒子が集まりその中から祈りを捧げる女性が現れる。最早やる事を迷う事も無い。壇上に置かれた彼女のクロブークを頭にそっと被せると、目を閉じていた彼女と目が合う。視線の交差はほんの少しの間の出来事だったが、なぜかその瞳からは力強い意思のようなものを感じた気がした。彼女が立ち上がったのを境に周りの協会の景色は消え、魔力光と月明かりが照らす魔法都市の風景が戻ってきた。

 

 

救世の美神ノースウェムコ

ATK2700  DEF1200

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 1→2

 

 

「『救世の美神ノースウェムコ』の儀式召喚成功した事により効果を発動。今回の儀式に使用したモンスターの数は2体。よって場の『魔法都市エンディミオン』と『氷結界の龍トリシューラ』の2枚を選択。それらが表側表示で存在する限り効果破壊耐性を得る」

 

 今度は優しい光が『氷結界の龍トリシューラ』とこの魔法都市全体を覆った。

 『魔法都市エンディミオン』には魔力カウンターを取り除く事で破壊を免れる効果がある。つまりノースウェムコは実質的には完全効果破壊耐性を持ったと言っても過言ではない。これにより『聖なるバリア―ミラーフォース―』がセットされていようとも問題なく勝負を付ける事が出来る。

 

「そして墓地の『救世の儀式』の効果を発動。墓地のこのカードをゲームから除外し、自軍の場の儀式モンスターを対象に発動する。選択したモンスターはカード効果の対象にならない」

「…………」

 

 『救世の儀式』の加護を受けたノースウェムコの体表に一瞬青白い光の膜が張られる。この効果の発動に対するチェーンは無い。これで彼女を対象に取る妨害全てを無力化した。決めきれるか……?

 

「さらに『儀式魔人プレコグスター』を儀式に使用した儀式モンスターが相手に戦闘ダメージを与えた時、相手の手札をランダムに1枚捨てさせる。さぁ、バトルだ。『救世の美神ノースウェムコ』でダイレク――――」

「おぉっと! バトルフェイズに入るってならまずはこのカードを使うぜ! 速攻魔法『異次元からの埋葬』を発動!」

「そうきたか……」

「除外されているモンスターを3体まで墓地に戻す。俺は除外されている『BF—孤高のシルバー・ウィンド』、『BF—アーマード・ウィング』、『BF—陽炎のカーム』の3体を墓地に戻す」

 

 相手の場で露わになった唯一枚しかないカードに思わず視線が鋭くなる。発動した魔法カードにより新たに生まれた魔力球が力なく浮かぶ様子は今の俺の気持ちを代弁しているようだった。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 2→3

 

 

 止められると分かっていても攻撃しなければならないと言う事実が、先程まで勝機がチラついていただけに一層の虚しさを携えて訪れる。

 

「……『救世の美神ノースウェムコ』で攻撃」

「『BF—陽炎のカーム』の効果を発動! 相手のバトルフェイズ時、自分の場にモンスターが存在しない場合、墓地のこのカードを除外することで、自分の墓地のシンクロモンスターを蘇らせる! この効果で『BF—アーマード・ウィング』を呼び戻すぜ」

 

 一時的に開かれた墓地への窓口から『BF—アーマード・ウィング』が飛び出して来ると、ノースウェムコが杖に集めた青白い光の玉は勢いを無くし収束していく。攻撃の射線上に新たなターゲットが出てきたのだから仕方が無い。

 

 

BF—アーマード・ウィング

ATK2500  DEF1500

 

 

「『BF—アーマード・ウィング』は戦闘では破壊されず、このカードの戦闘によって発生する自分へのダメージは0になるぜ。さぁどうする?」

「……マジックカード『おろかな埋葬』を発動。デッキから『神聖魔導王エンディミオン』を墓地に送る。さらに『漆黒のパワーストーン』の魔力カウンターを『魔法都市エンディミオン』に移す」

 

 マジックカード使用とパワーストーンの魔力カウンター移譲により魔法都市を囲む四方の塔全てに緑色の明かりが灯る。

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 2→1

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 3→5

 

 

「そしてカードを1枚セットしターンエンドだ」

「『BF—陽炎のカーム』の効果で特殊召喚したモンスターはエンドフェイズ時に除外される」

 

 凌がれた……

 勝利を確信していた訳ではないが、やはりここで決めきれなかったのは辛い。先のターンで手札を稼がれたせいで、相手のターンでのドローを含めれば手札は6枚まで回復される。このターンしかけてくる事は想像に難く無い。

 冷や汗が肌を伝う。勝機の裏に潜む敗北の危機が今、俺に牙を剥こうとしているのを感じた。

 

 こうして白魔術師と黒鳥の一進一退の攻防は、いよいよ終盤に突入する。

 



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『デュエル屋』とカラス 後編

 俺は焦っていた。

 息切れで肺に痛みが奔るが、それでも走るのをやめる気は毛頭なかった。

 いつも通い慣れている緩やかな上り坂を駆け抜け、俺たちがいつも作業しているガレージを目指す。

 

 サテライト初のDホイールエンジン開発。

 

 俺たちの恩人がその夢の第一歩として買ったサテライトの外れにあるガレージ。所々ガタがきているのが玉に瑕だが、子ども達が二十人以上同時に集まったとしてもスペースの半分も埋まらない程の空間は、作業するには申し分ない場所だった。

 そこはその夢を追う場所であると同時に、身寄りの無い子ども達が本当の意味で自立が出来るようにと、デュエルディスクの配線を組むなどの仕事を学ぶ場所でもあった。そして目標を失いただ日々を漫然と過ごしていた俺にとってそこは生きる希望になっていた。

 

 そしてその日。

 

 そんな俺たちの居場所は炎に包まれていた。

 

 火は屋根にまで燃え移り、建物全体から発せられる煙が空に昇っていくのは遠くからも確認できた。

 気が付いた時には体は動いていた。なぜかとてつもなく嫌な予感がしたのだ。だからとにかく走った。何度も転びそうになりながらもスピードを落とす事無く走り続けた。ガレージに近づくにつれ肌がヒリヒリするような熱を感じたが、それも無視してガレージの中に駆け込む。

 

「うわっ! なんだよ、これ!」

 

 ガレージの中は火のオレンジ色に染められていた。俺たちが作業していた机も使っていた機材も炎の海に呑まれていた。天井にも既に火はまわっていたせいで時折火の粉が落下してくる。

 火事の原因はすぐに分かった。地面に落ちている割れたランプ。中の油が漏れ出し周りの物に引火していったのだろう。

 

「はぁっ……あぁ! うっ……うぅ……」

「っ!」

 

 聞きたく無かった声だった。苦悶に歪んだ声が轟々と燃える音の中から聞こえた。

 

「ピアスンっ!?」

 

 それは俺たちの恩人の名だ。身寄りの無い子ども達を集め仕事を教えている張本人。サテライト初のDホイールエンジンでシティの連中をあっと言わせてやろうっていうピアスンのDホイール開発を俺はいつも楽しみにしていた。

 そんなピアスンは崩れた木材や鉄骨の下敷きになり仰向けで倒れていた。

 

「待ってろ! 今助ける! ん? あぁぁっ!!」

 

 ピアスンに近づいて助けようするのを阻むように天井から木片が落下してくる。もうこの建物の倒壊が時間の問題である事は明らかだった。しかしそれでも彼を助けなければならない。覚悟を決め駆け寄ろうとした時、ピアスンがこちらに気が付いた。

 

「うっ! クロウか……?」

「ピアスン! 何があったんだ!? なぜこんな事に!?」

「き、君には……関係ない……私、個人の問題だ……はぁっ……それより私のブラックバードを!」

 

 そう言うとピアスンは残っている力を振り絞り自分のデュエルディスクをこちらへ投げた。それは通常のデュエルディスクとは違い黒色で、ピアスンのDホイールであるブラックバードにフィッティングするように設計された完全オリジナルのデュエルディスク。

 

「ブラックバード?」

 

 一瞬、なぜこれが自分に渡されたのか理解が出来なかった。幸いガレージの入り口脇に止めてある黒色のDホイールは火の手を逃れている。だが、その持ち主は自分ではなくピアスンだ。

ピアスンをここから助け出してブラックバードも運び出す。

 そうすれば万事解決。こんなものを俺が受け取る必要は無いじゃないか。

 

「子ども達の事は……頼んだぞ……ううぁっ!」

「っ!!」

 

 そんな言葉が欲しかったんじゃない。

 

“助けてくれ”

 

 ただその一言があれば俺の体は動く。

 だからそう言って欲しかった。

 そんなもう助からないみたいな事を言わないで欲しかった……

 願いは虚しく一際大きく苦悶の声を上げるとピアスンは意識を失ってしまった。

 

「ピアスン! ピアスンっ!!」

 

 どれだけ呼びかけても彼はもう応えない。

 そして本格的に屋根が崩れ出し、火のついた木片が彼の上を覆った。俺が動いていたら今頃あの下敷きになっていたのだろう。死ぬ間際にもまた助けられたのだ。そしてもうピアスンにその恩を返す事は出来ない。

 俺はただピアスンの遺品となったブラックバードを運び出す事しか出来なかった。

 

 翌日、ピアスンに世話になっていた子ども達と一緒にいつものようにガレージがあった場所に集まった。心のどこかでは昨日の事は全部悪い夢で、今日行ったら元通りになっているのではと淡い期待をしていた。

 

 だが、そこにはあったのは黒く焼け焦げた残骸だけ。

 

 涙は出なかった。この焼け焦げた跡地を見てピアスンが死んだ事を頭では理解しているのだが、それでもピアスンが死んだ事に心がついてきていない。

 集まった子ども達も誰一人泣かなかった。彼らもまた恩人の突然の死を現実として受け止められずにいるのだろう。

 

————子ども達の事は……頼んだぞ……

 

 それが俺に残された最期の言葉。

 あの日から俺はピアスンと言う恩人(希望と言う名の道標)を失い、彼から託された最期の言葉だけを頼りに当ても無く走り続けている。

 

 

 

————————

——————

————

 

八代LP2700

手札:1枚

場:『氷結界の龍トリシューラ』、『救世の美神ノースウェムコ』

フィールド:『魔法都市エンディミオン』(魔力カウンター 5)

魔法・罠:『漆黒のパワーストーン』(魔力カウンター 1)

セット:1枚

 

 

 

クロウ・ホーガンLP2500

手札:5枚

場:無し

セット:無し

 

 

 

 きっかけはなんて事は無い、いつも通りの事だった。

 『デュエル屋』としての依頼を受け、デュエルをする。ただそれだけ。少しいつもと違ったのはその依頼主が治安維持局だったと言う事だ。だが依頼主が誰であれやる事は変わらない。殊更意識する事無くいつものように依頼を受けた。そしてその依頼をそつ無くこなす。ただ、それだけのはずだったのだが……

 

 長きに渡るデュエルも気が付けば10ターン目を迎えようとしていた。

 

 ライフポイントはほぼ互角。フィールドはこちらが圧倒的優勢。何もない相手の場に対して、こちらは攻撃力2700の『氷結界の龍トリシューラ』と『救世の美神ノースウェムコ』を並べ、更にセットカードもある。

 だが、今このデュエルの流れは間違いなく相手にあった。勝負を決めにいった先の攻撃は空振りに終わり、これから相手の反撃ターン。既に相手は手札が5枚まで潤った状態だ。間違いなく強烈なカウンターがやってくる。

 俺は油断無く相手の動向を見ていた。

 

「俺のターン、ドロー。よしっ! マジックカード『貪欲な壺』を発動。墓地の『BF—孤高のシルバー・ウィンド』、『BF—アームズ・ウィング』、『BF—煌星のグラム』、『BF—熱風のギブリ』、『BF—極北のブリザード』の5体をデッキに戻し、デッキからカードを2枚ドローする」

 

 まだ手札を増やしてくるか?!

 今日何度目になるかも分からない冷や汗を流しながらその様子を眺める。これで手札は初ターンの手札をも上回る7枚まで回復された。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 5→6

 

 

 7枚もの選択肢があればいくら効果破壊耐性があるノースウェムコでも突破する事は難しくないはず。一気に雲行きが怪しくなってきた展開に不安が募っていく。

 

「『BF—銀盾のミストラル』を召喚」

 

 相手の場の一番槍として登場したのは藍色の翼の鳥。名前の通り銀色の盾を体の前面に装備している。

 

 

BF—銀盾のミストラル

ATK100  DEF1800

 

 

 能力は破壊され墓地に送られた場合に、そのターン受ける戦闘ダメージを1度だけ0にすると言うものだったはず。この場合だとこの能力を使うとは到底考えられない。となると召喚してきた意図はレベル2のチューナーとしてと言う事か。既に召喚権を使った状態でシンクロに繋げるには『BF—黒槍のブラスト』を握っている? しかしそれではレベル6の『『BF—アームズ・ウィング』にしか繋げられまい。それでは攻撃力2700のトリシューラもノースウェムコも突破できないが……今度は何を仕掛けてくる気だ?

 

「マジックカード『死者転生』を発動。手札を1枚捨て、墓地からモンスターカードを手札に加える。俺は墓地の『BF—疾風のゲイル』を手札に戻す。そしてそのまま『BF—疾風のゲイル』を特殊召喚する」

 

 魔法都市の中心の塔の周りをゆっくり回る魔力球が生成される中、相手の場には本日二度目の登場となる『BF—疾風のゲイル』が姿を見せる。そのサイズは『BF—銀盾のミストラル』と変わらない小柄なものだが、内に秘めた能力の高さは“BF”の中でも切ってのものだ。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 6→7

 

 

BF—疾風のゲイル

ATK1300  DEF400

 

 

「『BF—疾風のゲイル』の効果発動。1ターンに1度、相手の場のモンスターの攻撃力、守備力を半分にする。対象は『救世の美神ノースウェムコ』だ」

 

 

 『BF—疾風のゲイル』の羽ばたきはその小さな体躯から考えられない程の突風を生み出す。その突風はノースウェムコに容赦無く吹き付け彼女の体力をみるみる奪っていく。それは風の力によるものなのか、それとも風に乗せて何かを飛ばしているのかの判断はつかない。ただ耐性の無いノースウェムコはそれを受ける事しか出来なかった。

 

 

救世の美神ノースウェムコ

ATK2700→1350  DEF1200→600

 

 

 これで確かにノースウェムコの攻撃力は半減すると言う痛手を負った。だがそれでも攻撃力は1350と言う相手の場のモンスターでは超えられない値だ。『BF—疾風のゲイル』、『BF—銀盾のミストラル』はいずれもチューナーモンスターのためその二体ではシンクロ召喚する事は出来ない。相手の狙いは一体なんだ?

 

「さらに墓地の『BF—精鋭のゼピュロス』の効果発動。自分の場の表側表示のカード1枚を手札に戻し、墓地からこのカードを特殊召喚する。コストで俺が手札に戻すのは『BF—疾風のゲイル』だ」

「『死者転生』のコストで墓地に送っていたか……」

 

 『BF—疾風のゲイル』と入れ替わりで新手の人型の“BF”が墓地より舞い戻る。天狗の鼻のように長いくちばしが目を引く青いたてがみの鳥の頭。上半身を覆うワインレッドベースの金属スーツとベルトはアメコミに出てきそうなヒーローを思わせる。

 

 

BF—精鋭のゼピュロス

ATK1600  DEF1000

 

 

 このセットカードがこのタイミングで発動できない事が歯痒い。そして発動できない以上は黙って相手の行動の行く末を見届けるしか無い。

 

「そしてこの効果で『BF—精鋭のゼピュロス』を特殊召喚した時、400ポイントのダメージを俺は受ける」

 

 紫色の閃光が上空から相手目掛けて降り注ぐ。だがライフが減る事などおかまいないしと言わんばかりに好戦的な笑みを崩す事は無い。

 

 

クロウLP2500→2100

 

 

 確かに初期ライフの10分の1のダメージと言えば聞こえが良いかもしれないが、今のタイミングでこのダメージはあってないようなものだ。

 そして場にレベル4の非チューナーモンスターを出すだけでなく、『BF—疾風のゲイル』を手札に戻す事でもう一度効果を使えるようにしたこの一連の流れに思わず舌を巻く。

 

「さらに『BF—精鋭のゼピュロス』の効果で手札に戻した『BF—疾風のゲイル』を再び手札から守備表示で特殊召喚。『BF—疾風のゲイル』の効果で今度は『氷結界の龍トリシューラ』の攻撃力と守備力を半分にするぜ!」

 

 『BF—疾風のゲイル』の効果が今度はトリシューラに牙を剥く。如何に最凶の龍と言えどもその所以たるは力を解放した時の絶対的な破壊にあるのだ。決して耐性を持ち合わせている訳ではない。効果を受けたトリシューラは力なく地面に伏すのは当然の結果だ。

 

 

氷結界の龍トリシューラ

ATK2700→1350  DEF2000→1000

 

 

 場の2700の主力となる攻撃力を誇る二体の攻撃力が半減されたこの状況は確かに苦しい。しかしどうやら絶体絶命の状況では無いらしい。理由は簡単、『BF—疾風のゲイル』が守備表示になっているこの状況。これではこのターン攻撃力1350の二体の壁を同時に突破する事は出来ないと暗に告げているようなものだ。

 

「レベル4の『BF—精鋭のゼピュロス』にレベル2の『BF—銀盾のミストラル』をチューニング! 漆黒の力! 大いなる翼に宿りて、神風を巻き起こせ! シンクロ召喚! 吹き荒べ! 『BF—アームズ・ウィング』!」

 

 光の中から銃剣を持った赤いたてがみが目を引く“BF”が姿を見せる。

 『貪欲な壺』で墓地から一度エクストラデッキに戻って、そのターンにシンクロ召喚にかり出され場に出張してくるとはなんとも仕事熱心なものだ。

 

 

BF—アームズ・ウィング

ATK2300  DEF1000

 

 

 皮肉はさておき、十中八九これで相手はトリシューラではなくノースウェムコを狙うはず。効果耐性に加えハンデス効果が付与されたノースウェムコを、こちらが守りたいと思うのと同じくらい相手は破壊したいと思っているはずだ。それで戦局は再び相手に傾く。

 それが分かっていながらこのターンで盤面の状況をひっくり返されるのを、ただ指をくわえて見ている事しか出来ないと言うのは気分が良いものではない。

 そうして逃れようのないバトルフェイズが幕を開けた。

 

「バトル! 『BF—アームズ・ウィング』で『氷結界の龍トリシューラ』を攻撃! ブラック・チャージ!!」

「っ!?」

 

 しかし開幕早々に当初の予想は裏切られる事になる。

 攻撃対象は間違いなくノースウェムコだと思っていたが、その矛先はトリシューラに向けられていた。一瞬固まった思考は置き去りにされ状況だけが目紛るしく変化していく。

 攻撃命令を受けた『BF—アームズ・ウィング』は建物の間をかいくぐりながらトリシューラを目指して飛行を開始する。力なく地面に三つ首をつけていたトリシューラだが、最後の反撃とばかりに中央の首だけ持ち上げブレスを放つ。が、如何せん勢いが無い。建物を盾にそれを容易く躱したアーマード・ウィングは手に持つ銃剣の射程圏内に入ると躊躇する事無くその引き金を引く。一発一発の弾丸はトリシューラの巨大な体躯に対して小さい。しかしその一発一発がトリシューラの体表に触れた途端、決して小さく無い爆発を起こす。

 トリシューラの絶叫が響き渡る。だがアームズ・ウィングの追撃は止まらない。さらにそのまま一気に距離を詰めたアームズ・ウィングはトリシューラの中央の頭に銃剣を振り下ろす。

 振り下ろした鶴嘴が鉱石にぶち当たったような頭に響く音がした。同時にトリシューラはピタリと止まる。

 用は済んだとばかりに銃剣を引き抜いたアームズ・ウィングはトリシューラと距離をとる。

 トリシューラの体に変化が起きたのはその時だった。

 トリシューラの体全体が一瞬にして氷に包まれる。嘗て世界を滅ぼしたとされる圧倒的なまでの力も、統制を失えば自らをも滅ぼす力となると言う事だろうか。氷像と化した体は何の前触れも無くミリ単位の氷の粒となりフィールドから消え去った。

 

 

八代LP2700→1750

 

 

 『儀式魔人プレコグスター』の恩恵を受け、さらに効果破壊耐性を有するノースウェムコではなく、何故既に効果を失ったトリシューラを攻撃対象にした?

その疑問は直後に口を開いた相手によって解消される。

 

「そして相手のシンクロモンスターを戦闘で破壊したこの時、手札から速攻魔法『グリード・グラード』を発動! デッキからカードを2枚ドローする」

「ちっ、『グリード・グラード』ガン積みとは本当に思い切った構築だな!」

「へっ、褒めても何もでねぇよ!」

 

 本当にあきれる程タイミング良くドローソースを手札に引き込んでいる。おかげで息切れする様子が全く見られない。不幸中の幸いはこのターンで墓地の『神聖魔導王エンディミオン』の特殊召喚条件が満たされた事か。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター7→8

 

 

「これでバトルは終了だ。ここで俺はマジックカード『闇の誘惑』を発動! デッキからカードを2枚ドローし、手札から闇属性モンスター『BF—そよ風のブリーズ』を除外する」

 

 空に浮かぶ魔力球の数が増えた事で真冬の夜空だと言うのにすっかり明るくなったものだ。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 8→9

 

 

「カードを3枚セットし、ターンエンドだ」

 

 手札を2枚残しての3枚セットカード。このデュエルで伏せられた最大枚数のセットカードに今までのデュエルで染み付いた本能が最大の警鐘を鳴らしている。墓地に『神聖魔導王エンディミオン』が落ちているとは言え、ここでドローしても手札は2枚。この3枚のセットカードを突破して逆転するのはそう容易く行える事ではない。

 

「……俺のターン、ドロー。……っ!」

 

 有り難い……

 まるで相手のデッキが魅せる動きに対抗するようにこのデッキも良い動きをしている。強者と対峙するとデュエリストがそのデッキの力を引き出すのはもちろんだが、今はそのデッキの方もそれに応えてくれるような感覚がする。

 

「魔法カード『貪欲な壺』を発動。墓地の『アーカナイト・マジシャン』2体と『フォーミュラ・シンクロン』、『TGハイパー・ライブラリアン』、『波動竜フォノン・ドラゴン』の5枚をデッキに戻し、カードを2枚ドローする」

「お前もデッキに入れてたか……」

「『貪欲な壺』は何も“BF”だけの専売特許じゃあるまいよ」

 

 軽口を叩きつつもカード処理を進めていく。

 五体のシンクロモンスターをエクストラデッキに戻したため、シンクロモンスターの再利用が可能になり且つ2ドローの両立が出来た。これはこのタイミングで絶大なアドバンテージをもたらした。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 9→10

 

 

「ふっ……」

『…………』

 

 最高だ。

 心の中でそう呟く。この口角がつり上がっているのが分かるのは仮面の下で表情を隠している俺だけだ。いや、ひょっとしたらサイレント・マジシャンは空気だけで察しているのかもしれないな。

 良い札が揃っているがそれが通用するかは試してみないと分からない。ここまで互角に戦ったのはそれこそアイツ以来だ。このデュエルがもたらす昂り、緊張感、五感に訴える全ての刺激が心地よく感じる。

 恐らくこのデュエルの終焉は近い。上手くいけばこのターン、デッキの残り枚数的に考えても次の俺のターンまでには決着を付けなければ不味い。それまで俺についてきてくれよ……

 

「魔法カード『死者蘇生』を発動! 墓地から『スクラップ・ドラゴン』を特殊召喚する」

 

 墓地に繋がる穴が最大級の大きさで展開される。ギギギギッと錆び付いた金属が軋む音が底から響き渡る。それは相手に死を告げる不吉な呪詛のようだ。徐々に露わになったのは今にも崩れそうな廃材の寄せ集めで形作られた竜。一度は崩れたその体は今一度ゴミ溜めの中で命を得て、再び現界へと帰還を果たす。

 

 

スクラップ・ドラゴン

ATK2800  DEF2000

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 10→11

 

 

 相変わらず召喚反応系のトラップが発動する様子は見られない。『奈落の落とし穴』の発動タイミングなら恐らくここが一番適切と思われるが、ここで来ないならもう無いと判断しても問題ないだろう。

 

「『スクラップ・ドラゴン』のレベルを1つ下げ、墓地の『レベル・スティーラー』を特殊召喚」

 

 『スクラップ・ドラゴン』の腰巾着の如く、『スクラップ・ドラゴン』の影に『レベル・スティーラー』が呼び出される。ドラゴンとテントウ虫と言う何ともちぐはぐな組み合わせのようだが、この二体が場に並ぶと頼もしさを覚える。

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEF0

 

 

スクラップ・ドラゴン

レベル8→7

 

 

 さて、ここで考えるべきは貴重な『スクラップ・ドラゴン』の効果で何を破壊するかだ。一枚のセットカードだったらセットカードを撃ち抜いていただろうが、セットカードが三枚もある上にモンスターまで並んでいると安易なその選択は憚られる。それこそセットカードを破壊しにいっても、そのカードを発動されてしまったら、『スクラップ・ドラゴン』の1ターンに1度の貴重な破壊効果が無駄撃ちに終わってしまう。しかも相手には手札が残っている。『BF—アームズ・ウィング』は攻撃力2300と『スクラップ・ドラゴン』より下だが、戦闘を仕掛けた時あの手札の中に『BF—月影のカルート』でも握られていたら返り討ちだ。ここは確実にボードアドバンテージを取りにいこう。

 

「『スクラップ・ドラゴン』の効果発動。俺の場の『レベル・スティーラー』とお前の場の『BF—アームズ・ウィング』を破壊する」

 

 『スクラップ・ドラゴン』が動き始める。錆び付いた歯車が回転を始めトタンで出来た翼がゆっくりと動き始める。体から突き出たパイプからは高温の蒸気を吹かせその体は段々と上昇していく。その際に勢い良く振られた尾が『レベル・スティーラー』の体を無情にも粉砕した。そして咆哮と共に高速回転した背中の歯車によってH字鉄骨が雨あられの如く射出されていく。殺到する鉄骨は『BF—アームズ・ウィング』の逃げ道を塞ぎ、最後にはその体を押し潰し破壊した。

 

「くぅ、高火力な上に破壊効果持ちなんて本当に厄介なモンスターだ!!」

 

 舞い上がる粉塵の中、相手は心底苛立たしげにそう零す。『スクラップ・ドラゴン』と『レベル・スティーラー』の組み合わせを相手にすればその感想も至極当然だろう。

 そんな事を考えながらこの状況について再び思考を始める。効果を封じるようなカードもないらしく、ここまでは順調な流れだ。召喚反応系もないのならいけるはず。

 

「『魔法都市エンディミオン』に乗った魔力カウンター6つを取り除く事で、墓地から『神聖魔導王エンディミオン』を特殊召喚する」

 

 魔法都市に浮かぶ六つの魔力球が地面に集まる。それらは円周上に並ぶとそれぞれを繋ぐ六芒星が描かれる。中心から立ち上る黒い煙。その中から現れたのはこの魔法都市を統べる王たる漆黒の魔術師。シャープな魔導服の縁はグラスグリーンに彩られ、所々に薄紫の宝玉が埋め込まれている。その姿も他の魔術師には出せない凄みがあった。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 11→5

 

 

神聖魔導王エンディミオン

ATK2700  DEF1700

 

 

「この効果で特殊召喚に成功した時、墓地の魔法カード1枚を手札に加える事が出来る。俺が加えるのは『死者蘇生』」

「はぁ?! 制限カードの『死者蘇生』を再利用だぁ? インチキ効果もいい加減にしろ!!」

「先のターン『BF—疾風のゲイル』を使い回していた相手には言われたく無いな!」

 

 この段階まで発動するカードがないとなると、相手が仕掛けてくるのは間違いなくバトルフェイズ。一瞬『神聖魔導王エンディミオン』の効果の発動も考えたが、そのコストが折角回収した『死者蘇生』では割に合わない。となれば後は、このまま突っ切るのみ!

 

「バトル。『救世の美神ノースウェムコ』で『BF—疾風のゲイル』を攻撃」

 

 先のターンで攻撃力を半減されたノースウェムコはフラフラと立っていたが、攻撃の命を受けその手に身の丈程ある杖を呼び出す。今にも崩れそうなように不安を覚えるが、それが杞憂であるとすぐに思い知らされる事になる。

 

 突如、ノースウェムコの姿が消えた。

 

 それが地面を蹴って飛び出していた事に遅れて気付く。人形のように儚い印象からは想像もつかない身体能力に内心驚いていた。そして距離を半分程詰めると一際力強く地面を蹴り、一気に距離をゼロまで詰める。その瞬間、確かに目に映ったのはローブの中に隠れていたサイレント・マジシャンに負けず劣らずの白い肌の生足とそして……

 

『ダメです!』

「!?」

 

 迫り来る透明の十本の指だった。眼前に迫るそれに反射的に目をつぶったが、しかしそれも一瞬の出来事で直ぐさま目を見開く。戦闘の結末はノースウェムコが『BF—疾風のゲイル』に杖で一閃。その体を綺麗に真っ二つにすることまで見届けた。

 しかし何故サイレント・マジシャンが突然目隠しをしてきたのか?

 

『見ちゃダメですよ……マスター』

 

 当の本人は先程から頬を赤くしながらモジモジした様子だ。相手に気取られないようにサイレント・マジシャンに行動の理由を問いつめようかと思考したが、それは相手によって遮られる。

 

「自分の場のモンスターが戦闘で破壊されたこの瞬間、トラップ発動! 『自由解放』! 場の表側表示のモンスターカード2体をデッキに戻す」

「くそっ!」

 

 思わず悪態をつく。

 何か仕掛けてあるとは思ったが、デッキバウンスとは質の悪いカードだ。相手のライフが2100である以上、これで『スクラップ・ドラゴン』と『神聖魔導王エンディミオン』を相手が指定する事は明白。デッキに戻されては折角手札に戻した『死者蘇生』で『スクラップ・ドラゴン』を蘇生する事も叶わない上、魔法都市に魔力カウンターが溜まっても『神聖魔導王エンディミオン』の自己蘇生をする事も出来ない。このタイミングで一番厄介なカードだ。

 

「俺は『救世の美神ノースウェムコ』と『神聖魔導王エンディミオン』の2体を選択するぜ! その2体にはデッキにお帰り願おうか」

「!?」

 

 何故?

 心の中で思ったそれに答えられるものなどいる訳もなく、ただ俺の場の二人の魔術師は白い光となってフィールドから跡形もなく消え去った。

 残されたのは『スクラップ・ドラゴン』のみ。このターン攻撃宣言を行っていないため、当然これから攻撃する事も可能だ。相手のライフは残り2500と攻撃力2800の『スクラップ・ドラゴン』の攻撃を受けきる事は普通に考えたら出来ない。

 これは明らかにこちらの攻撃を誘っている。

 残りのセットカードは2枚。敢えて攻撃可能な『スクラップ・ドラゴン』を残したと言う事は、あの中に攻撃を切っ掛けに発動するカードが伏せられていると考えてまず間違いない。ここは攻撃をしないままターンを明け渡して、次のターンの『スクラップ・ドラゴン』で安全にセットカードを処理すべきか? いや、手札が3枚もあればこいつなら『スクラップ・ドラゴン』を突破してくるな。つまり現状セットカードを処理する手段はない。どうせここで踏まなかったところで、いずれは踏まなければならない地雷だ。やるしかない。

俺は腹を括って攻撃宣言を続ける。

 

「『スクラップ・ドラゴン』でダイレクトアタック」

「……!」

 

 『スクラップ・ドラゴン』が動き出す。廃材で作られたその体は悲鳴をあげるように痛ましい音をたてながらゆっくりと攻撃の態勢へ移っていく。脇に飛び出したパイプからは夥しい量の蒸気を噴かせて夜の空気を白く染上げる。周りを漂う白い蒸気とは対称的に『スクラップ・ドラゴン』の体の奥は徐々に赤く染まっていく。その赤い輝きはだんだんと大きく広がっていき体表までもオレンジ色に変わっていった。それだけでとてつもない熱量が体の中に蓄えられている事が分かる。まるで至近距離で太陽を見ているようだ。

 そうして発射口である『スクラップ・ドラゴン』の口が開かれる。その標的は相手そのもの。

 そして。

 残りライフ2100を一瞬で蒸発させる熱線が放たれた。

 その攻撃を受ける壁となるモンスターは存在しない。

 オレンジ色に染まった熱線は流星のように尾を引きながら相手に吸い込まれていく。

 相手が何か仕掛けてこないかを熱線の光が相手の姿を掻き消すその瞬間まで見届ける。

 直後、魔法都市に激震が奔った。

 それは『スクラップ・ドラゴン』の攻撃が相手に直撃した衝撃によるもの。

 着弾と同時に生じた爆発は相手の姿を覆い隠した。

 相手はこの攻撃を防ぐ素振りは見せなかった。間違いなく攻撃は直撃していたはず。どういうことだ? まさかあのセットがブラフなんて事はあるまい。それだったらおとなしく『神聖魔導王エンディミオン』と『スクラップ・ドラゴン』を『自由解放』でデッキに戻しているはずだ。相手の行動の意図が読めずモヤモヤとした疑問だけが頭を渦巻く。

 その疑問の答え合わせをするかのように爆発によって生じた煙が晴れていく。

 

 

クロウLP2100→3300

 

 

「何が……?」

 

 相手のライフポイントが1200増えている。目の前で起きている事実をありのままに言えばそう言う事だ。だが、あのタイミングで攻撃のダメージを1200ポイントのライフ回復に変換するカードなどあっただろうか?

 新たに疑問が生じたが、その答えは相手の場で起き上がっている一枚のカードによって示されていた。相手は宴会芸の手品の種を明かすおっさんのように得意げな調子でこの状況の解説を始める。

 

「トラップカード『体力増強剤スーパーZ』だ。こいつの効果はダメージステップ時、相手から2000ポイント以上の戦闘ダメージを受ける場合、その戦闘ダメージがライフポイントから引かれる前に、一度だけ4000ポイントライフを回復する。あの時、2800のダメージを受ける前にライフが4000回復した結果、俺のライフが増えたって訳だ」

「くっ……なるほどな……」

「まだ終わりじゃないぜ。相手の直接攻撃によって2000ポイント以上のダメージを受けた時、墓地の『BF—天狗風のヒレン』の効果発動! 墓地に存在するレベル3以下の”BF”と名のついたモンスター1体とこのカードを墓地から特殊召喚する。ただしこの効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化されるがな。俺は『BF—銀盾のミストラル』とこのカードを復活させるぜ!」

 

 地面を突き破るように二羽の鳥が墓地から飛び出す。一羽はシンクロ召喚で使用された銀色の盾を装備した『BF—銀盾のミストラル』。もう一羽は黒い翼を生やした人型の“BF”。黄土色のはっぴに袖を通し左手には錫杖、右手には天狗の団扇を持っている。赤く伸びた髭と髪に鼻元から伸びた黒いくちばしは名の通りの赤面の天狗を思わせる。

 

 

BF—銀盾のミストラル

ATK100  DEF1800

 

 

BF—天狗風のヒレン

ATK0  DEF2300

 

 

 本当にやってくれる……

 敵ながらあっぱれ、このギリギリのデュエルの中でよくもまぁ綺麗にこの一連の流れを決めたものだ。死に札となっていた『BF—天狗風のヒレン』をこんな方法で利用してくるとは予想外にも程がある。ここまで気持ちよくやられるとむしろ清々しく感じる。デュエル中に相手の流れるようなカード運びに心を揺すられると言うのは初めての経験だ。

 

「俺は再び『スクラップ・ドラゴン』のレベルを1つ下げ、『レベル・スティーラー』を墓地から特殊召喚する」

 

 バトルが終了した以上、次の相手のターンに備えるべく壁となる『レベル・スティーラー』を場に呼び戻す。

 

 

レベル・スティーラー

ATK600  DEF0

 

 

スクラップ・ドラゴン

レベル7→6

 

 

「『漆黒のパワーストーン』の魔力カウンターを『魔法都市エンディミオン』に移す。魔力カウンターがすべて取り除かれた事により『漆黒のパワーストーン』はその役目を終え破壊される。そしてカードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 1→0

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 5→6

 

 

 やれる備えは尽くした。この布陣で次の相手の攻勢を凌ぎきる。そして今度こそ次の攻勢で決着を付ける。そう気概を新たにする俺だが、一方の相手はこれ程の事をやってのけてまだ不満があるのか、表情を曇らせていた。そして相手は絞り出すように言葉を漏らした。

 

「なぁ……」

「……なんだ?」

「なんで……アンタはこんなところでデュエルしてんだ?」

「……どういう意味だ?」

「そんだけの実力があるなら十分プロにも通用するだろ! なんでそれがセキュリティの犬なんかやってんだよ! あんたにデュエリストとしてのプライドはねぇのか!!」

 

 怒声が夜空に吸い込まれる。

 相手の怒りの感情が明確にこちらに向けられていた。それは分かる。だがなぜ突然怒り始めたのか、それが理解できなかった。とにかく相手の突きつける問いかけに冷静に答える。

 

「生憎と人の見せ物にされるデュエルなんてのはご免でな。衆目に晒される事自体好きではないんだ。とは言え出来る事と言えばデュエルぐらいしか無い人間だ。だからその自分の能力に見合った“デュエル屋”の職に就く事になんらおかしい点はあるまい。それにその発言はブーメランと言う物だろう」

「いくらプロになりたくてもサテライト住民の俺がおいそれとプロに成れる訳ないだろ……」

「それはそうだったな。だがだからと言ってそれがコソ泥をする事とどう繋がるかが全く見えないが」

「っ!! 俺だって……俺だってなぁ! 好き好んでこんな事やってんじゃねぇんだよ!」

『……っ!』

 

 地雷だったらしい。相手はさらに怒りを剥き出しにして叫ぶ。塞き止められていたダムが決壊するように、抑えられていた感情が止めどなく言葉となって流れ出す。

 

「俺と同じような身寄りがねぇガキ共にサテライトで生きるための道標となってくれていた人がいた。その人はサテライト初のDホイール開発プロジェクトを立ち上げて、サテライトで生きるために手に職を付けさせようとガキ共にいろんな事を教えてくれた。俺もいつかはその人のように成りたい。そう思ってたさ!」

 

 その瞳にはうっすらと涙まで浮かべて語り出す。今まで溜めていた感情をどっと吐き出すかのように、その言葉には強い想いが込められているのを感じた。

 

「だけどなぁ! ついこの前その人が突然死んじまって! 俺は……俺たちはいきなり生きる道標を失っちまったんだ! ガキ共はそれから表情にどこか影を作るようになっちまった……それであいつらに少しでも笑顔を取り戻すために俺が出来る事を考えた! 考えたんだ! けど結局俺があいつらのために出来る事なんて、あいつらの大好きなカードを盗んでくるぐれぇしか思いつかなかったんだよ!!」

『…………』

 

 それがこの行動原理。セキュリティの押収品倉庫に度々押し入り盗みを働いていた理由だった。サイレント・マジシャンはその瞳を僅かに潤ませその話を聞き入っていた。

 

「……そうか」

 

 それを聞いて俺も相手の怒っている原因をなんとなくだが理解した。

 盗みが犯罪なのをこいつは重々承知している。それに対する罪悪感も持っている。ただ、生まれがサテライトと言うだけでシティの人間のようにカードを買うと言った当たり前の事も許されない。だからこいつは罪悪感を抱えながらもセキュリティと敵対しカードを盗むと言う生き方を進んだ。

 そんな事情を抱えている人間の前に現れたのが俺だ。俺がただの雑魚だったらこいつは俺の事を気にも止めなかっただろう。だが、俺は仮にも現キングのジャック・アトラスと引き分けた身。実力はプロ並みと言っても過言ではない。そんな男がプロにもならずに遥々サテライトまでやってきて立ちはだかったのだ。自分の邪魔をするためだけに。

 俺に対する怒りと言うものも分からなくは無いものだ。

 

「そうかって……まぁ所詮は赤の他人の出来事か。どこの誰とも知らない野郎の事情なんてのには関心はねぇだろうよ」

「……違いない。そもそもお前がどんな理由でここへ来ようとも、俺はそれで報酬を受けているんだ。それをとやかく言うのは筋違いだろう」

「そう言えばそうだったな。ったく、阿漕な商売してやがる。反吐が出るぜ」

「耳が痛いな。生憎と俺は口下手だ。こう言う時にかける気の利いた言葉なんてものは持ち合わせちゃいない。ただ……」

「……?」

「事情はどうあれこうしてデュエルディスクを構えて相対しているんだ。俺たちは同じデュエリスト。ならば語って聞かせる言葉よりも、もっと確かなものがあるはずだ」

「……!」

 

 そう言ってデュエルディスクを相手に向かって突き出す。それを見た相手は憎々しげな表情から一転、驚いた表情へと変わった。そして俺の意図が伝わったらしくシニカルな笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「……はっ、何だよ。結局あんたも肩書きはどうあれデュエル馬鹿って事かい」

「否定はしない。最近分かった事だが、特に相手が強ければ強い程燃える質らしい」

「へへっ、良いね。おもしれぇよ、あんた。こんな出会いじゃなければもっとこのデュエルを楽しめたのにな……」

「そうか? 俺はもうかなり楽しんでたけどな」

「……あんた、一応それが仕事なら不謹慎じゃねぇのか?」

 

 呆れたようにこちらを見る相手だが、その声色はどことなく嬉しそうだ。

 

「クライアントが俺に求めるのは勝利だけだ。俺がどんな態度でデュエルに臨もうと、勝利を持ち帰りさえすればクライアントは何も口出ししないさ。それに仕事だ、依頼だと肩肘張ってデュエルするよりも、目の前の相手とのデュエルだけに集中した方が実力も出し切れる」

「なるほど……あんたが強い訳だ」

「だからお前もここからはこのデュエルに集中しろ。立場なんて忘れて、自分の持てる想い全てをこのデュエルに乗せてかかってこい」

「っ! おいおい良いのかよ、敵の俺にそんなやる気を出させる事を言って?」

「構わんさ。寧ろこれ程の相手とのデュエルで相手が不完全燃焼のまま勝ったとしてもつまらないだけだ。それにどうなろうと勝つのは俺だ」

「はははっ! 言ってくれるぜ! あんた、本当おもしれぇよ! 良いぜ! その自信、正面からぶつかって木っ端微塵に吹き飛ばしてやらぁ!」

 

 剣幕だった雰囲気はどこへやら、心底楽しそうに相手は笑う。抱えていた感情を吐き出したおかげか、思い悩んでいた表情は影を潜め随分と吹っ切れた様子だ。

 今までのデュエルも勿論本気だっただろう。ただ、これからのデュエルはそれすらも超える。俺の勘がそう告げていた。

 

「俺のターン、ドロー!!」

 

 力強いドローだ。相手に最早迷いはない。このデュエルを純粋に勝ちにきている気合いがビリビリと伝わってくる。そんな気合いを当てられてはこちらも一層気持ちが入るというものだ。熱くなる気持ちを維持しながらも、脳は極めて冷静な状態で相手の出方を伺う。

 

「トラップカード『ブラック・ブースト』発動! 場の”BF”と名のついたチューナーモンスター2体を除外し、カードを2枚ドローする。『BF—天狗風のヒレン』と『BF—銀盾のミストラル』を除外し、2枚新たにドロー!」

 

 『BF—天狗風のヒレン』はこのカードの発動のための布石だったか……

 空間の亀裂に飛び込む二羽の“BF”を見届けながら相手の計算された動きに感心する。場のチューナー2体を除外しなければ発動できない重いドローソースであるが、それの発動条件をカードの消費を極力抑えて見事に使いこなしている。

 これで手札は5枚。このターンで勝負を決めにくるには十分な枚数の札だ。

 

「『BF—蒼炎のシュラ』を召喚」

 

 このターンのトップバッターは熊のような毛深く太い腕を持つ蒼色の“BF”。下級モンスターで攻撃力1800と言うのは高打点の部類に含まれるが、最上級モンスターである『スクラップ・ドラゴン』の前ではその姿は小さく映った。

 

 

BF—蒼炎のシュラ

ATK1800  DEF1200

 

 

 このタイミングでの『BF—蒼炎のシュラ』の登場について相手の意図を考える。『BF—蒼炎のシュラ』は戦闘で相手モンスターを破壊した時に効果を発動するモンスター。この場でその効果を使うためには『レベル・スティーラー』を倒せば良いが、それでは『スクラップ・ドラゴン』を突破する事は不可能。このターン俺のライフを脅かすのなら残りの手札に『BF—蒼炎のシュラ』の攻撃力を上げるか、それとも『スクラップ・ドラゴン』の攻撃力を下げる類いのカードがあると言う事か?

 

「マジックカード『アゲインスト・ウィンド』発動。こいつは墓地の“BF”と名のついたモンスター1体を選択し発動する。そのモンスターの攻撃力分のダメージを受け、そのモンスターを手札に加える。俺はこれで『BF—疾風のゲイル』を回収するぜ」

「やはりそういうことか!」

 

 『アゲインスト・ウィンド』の発動による突風が相手を襲う。1300ポイントと言うライフコストは決して少なく無い値だが、『体力増強剤スーパーZ』でライフを回復していたおかげで先のターンの開始時とほとんど遜色無いライフを保っている。まったく、本当に隙のない動きだ。

 

 

クロウLP3300→2000

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 6→7

 

 

 これで『スクラップ・ドラゴン』の攻撃力を下げるカードが来ると言う予想は的中した。相手の次の動きを予想できたからと言って、それを止める術があるかと言われたらそうではないのが辛いところだ。

 

「行くぜ! 俺は『BF—疾風のゲイル』を手札から特殊召喚!」

 

 このデュエルで三回目となる『BF—疾風のゲイル』の登場。まさか一度のデュエルで三度もこいつの顔を拝む事になるとは思わなかった。こいつの効果には本当に辟易させられる。

 

 

BF—疾風のゲイル

ATK1300  DEF400

 

 

「『BF—疾風のゲイル』の効果発動! 『スクラップ・ドラゴン』の攻撃力、守備力を半分にする」

 

 『BF—疾風のゲイル』の効果が『スクラップ・ドラゴン』を襲う。羽ばたきによって生じる強風は『スクラップ・ドラゴン』の体をつなぎ止めていたパーツに負荷をかけていく。ギギギィッと言う金属の擦れる悲鳴が聞こえた直後、『スクラップ・ドラゴン』のトタンで出来た翼がずり落ちた。それは翼だけではない。腕や足など体を構成する半分程が胴体から落下していく。突風が収まる頃には『スクラップ・ドラゴン』は力なく地を這う無惨な姿に変えられていた。

 

 

スクラップ・ドラゴン

ATK2800→1400  DEF2000→1000

 

 

 不味いな。

 こちらの残りライフは1750。残りの手札でさらに追加のモンスターが並べばこのセットカードで対応しきれない可能性がある。チラつく敗北の可能性に緊張が高まっていくのを感じる。

 

「バトルだ! 『BF—蒼炎のシュラ』で『スクラップ・ドラゴン』を攻撃!」

 

 『BF—蒼炎のシュラ』が高く舞い上がる。魔法都市の一番高い塔の天辺でピタリと停止すると、今度は勢いをつけて落下を開始する。狙いは『スクラップ・ドラゴン』。それを迎え撃とうと『スクラップ・ドラゴン』も頭を上げようとするが、体のパーツを大幅に失ったせいでそれすらもままならない。そんな攻め落とす絶好の好機を逃すはずもなく、『BF—蒼炎のシュラ』は重力すらも味方につけ一気に『スクラップ・ドラゴン』に肉薄する。

 魔法都市に鈍い地鳴りが響いた。

 それは『BF—蒼炎のシュラ』が振り下ろした熊のように毛深く太い腕が『スクラップ・ドラゴン』の頭蓋を叩き潰した音。頭部が破壊された事で『スクラップ・ドラゴン』の体は完全に崩れ落ち激しい爆発を起こす。

 

「トラップカード『ダメージ・ダイエット』発動。このターン受ける全てのダメージは半分になる」

 

 爆風がライフを削る直前、『ダメージ・ダイエット』がその勢いを半分殺す。だが爆発によって生じた土煙で潰された視界に思わず目を顰める。

 

 

八代LP1750→1550

 

 

「流石においそれとダメージを貰ってはくれないか……ならモンスターを戦闘で破壊した事により、『BF—蒼炎のシュラ』の効果発動! デッキから攻撃力1500以下の”BF”と名のついたモンスター1体を特殊召喚する。俺が出すのはこいつだ! 来い、『BF—隠れ蓑のスチーム』」

 

 ドロロンッと言うSEと共に白い煙の中から現れたのは緑がかったグレーの道着に袖を通した鳥。向日葵色の顔とダークグリーンの鶏冠が特徴的だ。

 

 

BF—隠れ蓑のスチーム

ATK800  DEF800

 

 

 『ダメージ・ダイエット』の発動によりこのターン勝負がつけられない事を察し戦術を変えてきたか。ならばここは敢えて今の一撃をそのまま受けて、ライフを1350まで減らしてみせることで、攻撃力は1400あるが場にいても何の効果もない『BF—月影のカルート』の特殊召喚を誘うべきだったか? いや、それでも結局こちらの伏せを警戒して勝負を急ぐ事はしないか。

 

「『BF—隠れ蓑のスチーム』で『レベル・スティーラー』を攻撃」

 

 俺の僅かの思考時間の間にも攻撃は続く。

 『BF—隠れ蓑のスチーム』は懐からクナイを取り出すとそれを『レベル・スティーラー』目掛けて投擲する。クナイが『レベル・スティーラー』に突き刺さった様子は現実だったら血が吹き出そうなものだが、ソリッドビジョンであるが故にそのような過激な演出はなされない。しかし『レベル・スティーラー』はこの攻撃で破壊され、光の粒子となってこのフィールドを離れていった。

 

「『BF—疾風のゲイル』でダイレクトアタック」

 

 相手の場で唯一攻撃権を残す『BF—疾風のゲイル』が攻撃命令を受ける。息をつく間もなく迫り来る『BF—疾風のゲイル』は俺目掛けて体当たりを仕掛けてきた。その攻撃を代わりに受けるモンスターは場にいないため、その攻撃をもろに受ける事を余儀なくされライフが削られる。

 

 

八代LP1550→900

 

 

「カードを3枚セットしターンエンドだ」

 

 なんとか凌ぎきった。だがここに来ての手札を全てセットしてくるか……

 一つ一つの攻防が一歩間違えば命取りとなるこのデュエル。常に緊張感に包まれていたため神経を休める暇などなかった。

 そして迎えたこのターン。ここで勝負を決めきれなければ、恐らく待っているのは敗北だろう。と言うのもデッキの残り枚数は一桁となっており、このデッキで出来る攻め手はもうほとんど残っていない。

 手札は『ライトロード・サモナー ルミナス』と『死者蘇生』の2枚。この札とここのドローで手札に加わるカードでこの相手の布陣を突破しライフを削りきらなければならない。

 

「くくっ」

『……?』

 

 ダメだ。笑いが込み上げてくる。

 サイレント・マジシャンには聞こえたようだが、距離がある相手には悟られなかったようだ。

 状況的にはピンチであるはずなのに、どうにもこの1ターンの密度が濃いこのデュエルは俺を昂らせる。もう気温は0度近くまで下がっているだろうが体は熱いくらいだ。それとは対称的にここでは極めて冷静な思考を要する。最後の詰めの部分だからだ。待ち受ける3枚ものセットカードの圧倒的存在感。それだけでガリガリと精神を削ってくる。

 だが、それでもこの強者と対峙した時のこの“楽しい”と言う感情は抑えがきかない。まったく、この感情を知って以来どうしようもなく己が度し難い。

 ここいらでいい加減に最後のターンとしようか!

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 これが最後のドローフェイズだ。

 そう自分に言い聞かせ引き抜いたカード。それを見た瞬間、笑みが深くなる。

 

 良いじゃねぇか。

 

 心の中でそう呟く。当たり前かもしれないが、このデュエルは始まりから今まで全て繋がっている。過去の俺が未来の俺に託したカードが現在の俺を支える武器になる。そう教えてくれるようなカードだ。

 

「『ライトロード・サモナー ルミナス』を召喚」

 

 俺の前に出現した魔方陣から褐色の肌の女性が召喚される。

 こいつは『光の援軍』で俺の手札に来ていたカード。墓地のレベル4以下の“ライトロード”と名のつくモンスターを手札一枚をコストに蘇生する効果を持つ。だが墓地には『ライトロード・サモナー ルミナス』しかないため、召喚する機会を失っていたカードだ。

 

 

ライトロード・サモナー ルミナス

ATK1000  DEF600

 

 

 俺の手札に『死者蘇生』があることがバレているためか、やはりここでカードを発動する様子は見られない。その『死者蘇生』を発動するまでそのセットカードを温存しておく腹積もりならチャンスは俺にある。

 

「『ライトロード・サモナー ルミナス』の効果発動。手札を1枚捨て、墓地から“ライトロード”と名のつくレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する。俺は今手札から捨てた『ライトロード・メイデン ミネルバ』を特殊召喚」

 

 墓地から呼び出されたのはルミナスよりも小柄な赤毛の少女。褐色の肌を大胆に露出させている健康的な容姿のルミナスとは対称的に、『ライトロード・メイデン ミネルバ』はみずみずしい雪肌の露出を控えており箱入り娘のような印象を受ける。

 

 

ライトロード・メイデン ミネルバ

ATK800  DEF200

 

 

「さらに先程、手札から『ライトロード・メイデン ミネルバ』が捨てられた事によりデッキの一番上からカードを1枚墓地に送る」

 

 墓地に送られたカードは『テラ・フォーミング』。流石にここまでデッキを消費しては墓地に送って意味のあるカードも大分無くなってくる。あわよくば『神聖魔導王エンディミオン』が墓地に行かないかと期待したが、それは叶わなかったようだ。

 

「レベル3『ライトロード・サモナー ルミナス』にレベル3『ライトロード・メイデン ミネルバ』をチューニング」

「レベル6シンクロか……」

 

 『ライトロード・メイデン ミネルバ』の体の輪郭が解け、体の内から自身のレベルの数の光輪が解き放たれる。その中に飛び込んだ『ライトロード・サモナー ルミナス』もまたそのレベルの分の光球を体から解き放つ。

 そして突き抜けた光の柱。

 それは今日俺が呼び出す最後のシンクロモンスターの招来の輝きだった。

 

「シンクロ召喚、『エクスプローシブ・マジシャン』」

 

 光に導かれ現れたのは白銀と金色の二色で織りなされた魔術ローブを纏った魔術師。『神聖魔導王エンディミオン』のようにローブには金色に輝く宝玉がいくつも埋め込まれている。

 

 

エクスプローシブ・マジシャン

ATK2500  DEF1800

 

 

 ステータスは『アーカナイト・マジシャン』より高いが、能力は『アーカナイト・マジシャン』の方が汎用性も燃費も優れているためあまり使う機会がなかったカード。ただし、この状況においてはこれ程頼りになるカードはない。なぜなら……

 

「『エクスプローシブ・マジシャン』は自分の場の魔力カウンターを2つ取り除き相手の場のマジック、トラップカード1枚を選択し破壊できる」

「……っ!!」

「俺は『魔法都市エンディミオン』の魔力カウンターを2つ取り除いて、俺から見て一番左に伏せられているカードを破壊する」

 

 『エクスプローシブ・マジシャン』は魔法都市に浮かぶ魔力球を杖に集めると、それを直接電気に変換し俺の指示したセットカードを的確に撃ち抜く。流石に魔力カウンター二つを要するだけあってその威力は凄まじい。『エクスプローシブ・マジシャン』の放った一撃はセットカードはもちろんその下の魔法都市の地面までも砕き土埃を巻き上げる。

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 7→5

 

 

 魔法都市にはまだ魔力カウンターが五つ残っている。つまり残りのセットカード二枚もこの効果で全て排除する事が可能。セットカードの障害が無くなれば後は『死者蘇生』で『スクラップ・ドラゴン』を蘇らせ、総攻撃を仕掛ければゲームエンドだ。

 この時、『エクスプローシブ・マジシャン』の効果発動に対しても相手が何のアクションも起こさなかった事で油断が生じていたのかもしれない。そんな俺の甘い見通しを粉々に砕くように土埃の中から声が響く。

 

「こいつは賭けだった」

 

 まだ煙は晴れない。その声は淡々と発せられる。まるで誰に告げているのでもない独白のように。

 

「あんたはカードを破壊する手段があれば必ずセットカードから破壊してくる。だから俺はこのカードを伏せ、敢えて他のカードは発動しなかった」

「……!」

 

 徐々に収まっていく土埃。相手のシルエットが徐々に浮かび上がってくる。

 この瞬間気が付いた。相手が敢えて俺の『エクスプローシブ・マジシャン』の効果を使わせていたという事に。そして、淡々と話していたのは相手を罠に嵌めた興奮を意識して抑えるためだったという事に。

 

「そして俺は賭けに勝った!!」

 

 煙が晴れる。

 そこには勝利を確信した獰猛な笑みを浮かべる相手の姿があった。

 

「あんたが破壊したのはトラップカード『BF—マイン』。セットされたこのカードが相手によって破壊された時、自分の場に”BF”と名のついたモンスターが表側表示で存在する場合、相手に1000ポイントのダメージを与え、自分はデッキからカードを1枚ドローする」

「なっ?!」

 

 三分の一の確率で文字通りの地雷を踏んでしまった自分の運の無さを嘆くべきか、それとも相手の悪運の強さを恨むべきか。とにかく相手の反撃の引き金は引き絞られた。

 

「あんたのライフは残り900! つまりこの1000ポイントのダメージで終わりだぁぁ!!」

 

 わずかに生じた油断。その一瞬の隙をついての逆王手だ。まったくどちらが攻勢だったのか分かったものではない。

 こうして思考している間にも俺のライフを削りきらんとする魔弾がこちらに迫る。それは緩やかな放物線を描きながらその距離を縮めていく。

 オレンジ色の卵の形を模した爆弾。一見コミカルな玩具のような見てくれだが、それこそが俺のこのライフ全てを奪うポテンシャルを秘めた兵器だった。しかしそんな間の抜けたカードにとどめを刺されるなんて言うのは冗談じゃない。声を張り上げながらそれに対抗するカードを宣言する。

 

「墓地からトラップカード『ダメージ・ダイエット』の効果を発動!」

「んなっ!? 墓地からトラップだと?!」

「墓地のこのカードを除外する事でこのターン受ける効果ダメージは半分になる」

 

 俺の周りを虹色の膜が覆う。それは一瞬の出来事で、その膜はすぐに透明になり視認不可能になる。

 

「ちっ、首皮一枚繋がったか。ならそのカード効果に対してトラップ発動! 『ゴッドバードアタック』! 自分の場の鳥獣族モンスター1体をリリースし、フィールド上のカード2枚を破壊する。俺は『BF—隠れ蓑のスチーム』をリリースし、『エクスプローシブ・マジシャン』とセットカードを破壊する」

「くっ!!」

 

 『ゴッドバードアタック』のコストとなった『BF—隠れ蓑のスチーム』は勢い良くこちらへ突撃を開始する。そのスピードは自身の現界を優に超え大気との摩擦で体がオレンジ色に輝く程だ。そしてそれは『BF—マイン』によって放たれた爆弾を軽く追い抜かすと、『エクスプローシブ・マジシャン』とセットカードを巻き込む形で地面に着弾し爆散する。その衝撃を間近で受けた『エクスプローシブ・マジシャン』とセットカードの破砕音が鳴り響き、目の前が舞い上がった土煙で覆い尽くされた。

 爆発は連鎖する。間髪入れずに土煙の中を割って入ってきた卵型の爆弾が頭上で轟音をあげると共に瞬く。

 

「ちっ!」

『きゃっ!』

 

 至近距離では音と光の知覚は同時のように感じると言うのは本当らしい。よもやそれをデュエル中に学ぶ事になるとは思わなかったが。それにしても『ダメージ・ダイエット』で威力を半減できているのだろうか? 目の前を一瞬で黒からオレンジ色に変えた爆発を見てそう思う。

 眩しい。反射的に腕で目を覆っていた。ただのソリッドビジョンとは言えこう目の前で爆発が連続で起きると舌打ちの一つもしたくなる。サイレント・マジシャンが短い悲鳴をあげるのも無理はないだろう。

 周りの音が収まる中、己のライフポイントが削られていく無機質な音だけが鳴り響いていた。

 

 

八代LP900→400

 

 

 そうして視界が回復した。見れば相手はここで決めきれなかった事を悔やむような表情は一切しておらず、むしろこのデュエルが続く事を喜ぶように笑みを深くしていた。それだけで分かる。まだ勝負を付ける手段は残っていると。

 

「くくくっ」

 

 それだけで自然と笑いが込み上げてくる。最早声を殺しきる事など出来ていない。漏れた笑い声は相手の耳にまで届いていた。

 

「へへっ、どうした? 何がおかしいんだ?」

「いやぁな。楽しいって思ってよ。くくっ、ダメだ。抑えられねぇ。はっはっはっはっはっ!」

『マスター?!』

 

 声を上げて笑うなど何年ぶりだろうか。付き合いが長いサイレント・マジシャンは弾けるように笑い出した俺を見て気でも触れてしまったのではないかと動揺を露わにする。そして当の本人である自分もまた自分の変化に驚いている。自分が自分でなくなってしまったのではと疑う程だ。

 だが。

 そんな些細な事はどうでも良い。

 今はこの沸き上がる衝動のまま笑っていたかった。相手からしたら螺子が外れてしまったかのように笑い続ける髑髏仮面の様子はさぞドン引きものだろうと思っていたが、存外そうではなかったらしい。と言うのも、

 

「ぷはっはっはっはっはっ! 奇遇だな、そいつは! 俺も今そう思ってたとこだ!」

 

 相手も同じように腹を抱えて笑っていたからだった。ここが住宅街だったらさぞ近所迷惑だったろうが、ここは閑散としたセキュリティの倉庫前。いくらこんな夜更けに大声で笑おうと誰も気付かない。

 結局のところ相手もこのデュエルが楽しくて楽しくてしょうがないらしい。一頻り笑うと意図せずして同時に先程の流れの処理の続きを開始する。

 

「破壊されたセットカードはカウンタートラップ『リ・バウンド』。セットされたこのカードが相手によって破壊された時、カードを1枚ドローする」

「『BF—隠れ蓑のスチーム』の効果発動。このカードがフィールドを離れた場合、場にレベル1のスチームトークン1体を特殊召喚する」

 

 相手の場にポンッと言う小気味良い音をたてて出現したのは蒸気で体を構成する二頭身の人をデフォルメしたようなトークン。赤く丸いレンズのサングラスをかけており、ご当地ゆるキャラとしてあってもおかしくなさそうな容姿である。

 

 

スチームトークン

ATK100  DEF100

 

 

 さて、多少計算は狂っているがこれがどう出るか。

 一頻り笑い終えたところで冷静に戦況を分析する。相手の場には『BF—蒼炎のシュラ』、『BF—疾風のゲイル』、スチームトークンが並んでおりセットカードは残り一枚。そして手札が一枚。

 対するこちらは場には単体では意味をなさない『魔法都市エンディミオン』があるだけで、手札は『死者蘇生』と今し方引いた『バウンド・ワンド』の二枚。なぜこのタイミングで『バウンド・ワンド』が手札に来たのかは分からない。このままターンを進めればはっきり言って死に札だ。

 当初の予定では『エクスプローシブ・マジシャン』でセットカードを殲滅し、『死者蘇生』で『スクラップ・ドラゴン』を復活させてゲームエンドのはずだった。甘い見通しであるのは分かっていたが、『エクスプローシブ・マジシャン』の召喚に成功し、効果発動まで漕ぎ着けた時点では半ば現実味を帯びていたプランであった。それが頓挫した今だが、セットカードを一枚まで減らしたのは寧ろ僥倖だ。あのセットカードが『死者蘇生』ように温存された召喚反応系なら俺の詰み、そうでないなら『スクラップ・ドラゴン』を蘇生しセットカードを破壊してから仕掛ければ相手のライフを削りきれる……はずなのだが、妙に何かが引っかかる。

 

「ん……?」

 

 待て。

 張りつめた思考を一旦停止させる。

 ここでもう一度、相手の手札の枚数を確認する。

 一枚。

 そう、『BF—マイン』の効果によって相手は手札が無かった状態から一枚カードをドローしていた。

この瞬間脳内に電流が奔ったような感覚に陥る。そしてそのカードが直感的に分かったような気がした。いや、分かったような気がしたのではない。時間が過ぎれば過ぎる程、それは確信に変わっていく。

 

 こいつは間違いなくあのカードを引いていると。

 

 今日何度目か分からない冷や汗が頬を伝う。

 だとしたら相手に余裕がある理由も頷ける。手札にあのカードが来ているのなら、たとえ『スクラップ・ドラゴン』を蘇生してセットカードを破壊してから攻撃を仕掛けても、ライフを削りきる事は出来ない。仕留め損なえば場に『BF—蒼炎のシュラ』とスチームトークンを残して相手は反撃のターンを迎える事になる。その場合、相手は確実にこの場を覆すカードを引き込むだろう。

 

————————ドローとは引きたいカードを引き寄せるものだ。強者とは元来そう言うものだろう

 

 それは自分が言った言葉だったか。強者とされるデュエリストの条件、それはデッキ構築やプレイングタクティクスだけではない。その状況にあわせたカードを引き込む力もまた重要な要素だ。特にジャックやこの目の前の相手は顕著だが、ピンチな時に逆転のカードやそのピンチをやり過ごす事が出来るカードを引き込んでいる。

 

 手詰まりか……

 

 いかん、何を弱気になっている。

 もう一度、相手の手札を踏まえた上で戦略を練り直せ。

 今ある手は何だ。

 

「……!」

 

 そこで手札の『バウンド・ワンド』が目に留まる。魔法使い族専用の装備魔法と言う時点で『スクラップ・ドラゴン』に装備できないと切り捨てていたカード。だが、このカードが手札に来た事に何か意味があるとしたら?

 『リ・バウンド(過去)』がドロー(未来)に繋がり『バウンド・ワンド()』がある。これも更なる未来へと繋がるバトンだとしたら?

 

「っ!! マジックカード『死者蘇生』を発動! 墓地から『救世の美神ノースウェムコ』を特殊召喚する!」

「……!?」

 

 この瞬間、迷いは振り切れていた。

 過去の俺なら間違いなくしないプレイング。相手の手札を己の直感で読み、セットカードを度外視するなど言語道断だろう。

 だが、それでも!

 このデッキが俺の託したカードを、そして!

 この彼女の背中を信じてみたい!

 そう思ったのだ。

 

 

救世の美神ノースウェムコ

ATK2700  DEF1200

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 5→6

 

 

 彼女の背中は何も語らない。ソリッドビジョンなのだからそれは当然の事だ。しかしそれでもその背中は俺の側にいる白魔術師から感じるものに近い何かを俺に与えていた。

 

「さらに装備魔法『バウンド・ワンド』を『救世の美神ノースウェムコ』に装備する。このカードを装備したモンスターの攻撃力は装備したモンスターのレベル×100だけ上昇する」

 

 ノースウェムコの手にロッドが握られる。普段持っている杖と比べると半分程度の長さで、先端には掌大の赤いクリスタルが埋め込まれている。

 ロッドが装備されると赤紫色の魔力の光がノースウェムコを包み込む。それを受け入れたノースウェムコからは増幅した魔力が感じられた。

 

 

救世の美神ノースウェムコ

ATK2700→3400

 

 

魔法都市エンディミオン

魔力カウンター 6→7

 

 

「それが、あんたがこのデュエルを預ける最後のモンスターか?」

「あぁ、そうだ」

 

 俺の意思を確認するような問い。それは暗に『スクラップ・ドラゴン』を蘇生させなくて良かったのか、と言う問いの意味も含まれている。それに対して俺は間を空ける事なくはっきりと答える。この『救世の美神ノースウェムコ』こそがこのデュエルの大取を飾るに足る者であると。

 

「…………」

「…………」

 

 静寂が魔法都市に訪れる。

 その間に果たして相手が何を思うのかは推し量る事が出来ない。

 ただ、己の決意は揺るがない事を示すようにはっきりと宣言した。

 

「バトルだ! 『救世の美神ノースウェムコ』で『BF—疾風のゲイル』に攻撃!」

 

 攻撃の合図を得てノースウェムコが動く。

 装備されたロッドを腰に差すと、標準装備されている金色の杖を手に出現させる。先端には『BF—疾風のゲイル』を切り裂いてみせた太陽をモチーフにしたような装飾がなされている。

 ノースウェムコはその杖を下段に構え、膝を僅かに曲げる事で下半身に溜めを作る。

 そして、瞬きをする間もなく目の前からノースウェムコの姿が消える。

 攻撃力を半減されていた時よりもその動きは俊敏さを増し、気が付けば『BF—疾風のゲイル』の懐深くまで間合いを詰めていた。

 攻撃力の差は2100。この戦闘が成立すれば相手のライフは一発で削りきれる。

 そんな必殺の一閃はしかし、虚空を切った。

 

『えっ?』

 

 サイレント・マジシャンの口から思わず声が漏れる。

 確実に捉えたと思った逆袈裟切りの要領で放たれた杖は僅かに『BF—疾風のゲイル』の羽を散らすと言う結果に終わった。ノースウェムコが攻撃のモーションに入った瞬間に弾かれるように上空に飛び上がることで間一髪のところで一撃を回避したのだ。しかし、一体どうやって……

 

「トラップカード、『緊急同調』」

 

 ゾクッ

 

 全身の肌が粟立つのを感じる。

 相手の場で露わになった最後のセットカード。

 それが反撃の牙を剥く。

 

「このカードはバトルフェイズ中にのみ発動する事が出来る。そしてシンクロモンスター1体をシンクロ召喚する! 俺はレベル1のスチームトークンとレベル4の『BF—蒼炎のシュラ』にレベル3の『BF—疾風のゲイル』をチューニング!!」

 

 ノースウェムコの上空を陣取った『BF—疾風のゲイル』は更なる高みを目指さんと舞い上がる。それに惹き付けられるように『BF—蒼炎のシュラ』とスチームトークンも後を追う。

 天上に輝く三重の緑輪。

 連なる五連星がその中心に位置した時、光柱が輪を駆ける。

 眩い光が夜空を引き裂き魔法都市を揺るがす。

 只ならぬ気配を感じたノースウェムコは一瞬にして俺の目の前に戻ると、俺を守るように立ち塞がる。

 

「吹き荒べ嵐よ!」

 

 光の元に風が集まる。

 水路の水面にさざ波が立つ中、光は球体に収束していく。

 その光球は新たに命を芽吹く卵のように胎動を始める。

 

「鋼鉄の意思と光の速さを得て、その姿を昇華せよ!」

 

 魔法都市全体を大きく揺さぶる激しい暴風。

 さざ波は水路の周りに打ち跳ねる荒れ狂った波に変わり、光球は解放の時は今か今かと待ちわびるように激しく脈動を繰り返す。

 

「シンクロ召喚! 『BF—孤高のシルバー・ウィンド』!!」

 

 光が烈風によって引き裂かれる。

 夜空を照らす二つ目の月と見紛う程の輝きはさっぱり無くなり、銀の羽が空から柔らかく降り注ぐ。

 現れた巨大な黒き怪鳥の姿を纏った戦士は何も語らない。ただ、片手で軽々と振るう大太刀の切っ先をこちらに向けるだけで戦意を示す。

 

 

BF—孤高のシルバー・ウィンド

ATK2800  DEF2000

 

 

「『BF—大旆のヴァーユ』の効果で呼び出した時とは訳が違うぜ? 何せその秘めた力を存分に振るえるんだからなぁ! 『BF—孤高のシルバー・ウィンド』のシンクロ召喚成功時、相手の場のこのカードの攻撃力以下の守備力を持つモンスターを2体まで破壊できる!」

「…………」

『そんなっ!!』

「当然、『救世の美神ノースウェムコ』の守備力は1200と十分破壊圏内だ! 行くぜ!!」

 

 『BF—孤高のシルバー・ウィンド』は更に高度を上げ、天を目指す。銀の翼を存分に羽ばたかせ、瞬く間にその姿は点に見える程小さくなった。

 

 空で銀が煌めく。

 

 その時は何が光ったのかは分からなかった。

 だが、徐々に近づいてくる甲高い空気を引き裂く音、そしてだんだんと膨れ上がってくるオレンジ色の輝きがその正体を俺に掴ませた。

 高速で迫るそれは投擲された大太刀。

 上空から投げ下ろされたそれは『BF—孤高のシルバー・ウィンド』の恐るべき腕力と重力によって異常加速し、大気との摩擦熱で赤く輝いているのだ。それはさながら赤い尾を引く隕石のようだ。そして夜の闇を食破りながら進む大太刀はノースウェムコに吸い込まれていく。

 

「撃ち抜けぇぇぇぇぇぇぇぇええ!!!」

 

 クロウが叫ぶ。

 ここを突破し勝利をもぎ取らん意思を感じる魂の咆哮。

 それに負けない轟音を響かせる大太刀は寸分の狂いも無くノースウェムコの心臓目掛けて直進する。

 最早、回避する事は間に合わない。

 

『っ……』

 

 その光景を見ていられないとばかりに目を逸らすサイレント・マジシャン。

 

 

 

 そしてノースウェムコの命を散らさんとする凶刃は

 

 

 

 ノースウェムコの左胸に引き込まれていき

 

 

 

 その切っ先が傷一つない彼女の柔肌に触れ

 

 

 

 

 

 

 

 

 音も無く砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 全ての音が静寂だけがこの場を支配する。

 砕け散った大太刀は煌びやかな赤い粒子へと変わり風に流されていく。

 同時に揺れる長いブロンドの髪。二本の足を地面につける金髪の修道女は傷一つ負う事無く健在であった。

 

『え……?』

「馬鹿な……どうして……どうして『救世の美神ノースウェムコ』は破壊されてねぇんだ!!」

 

 止まっていた時の歯車が動き出したかのように世界に音が戻る。サイレント・マジシャンは依然として俺の前に立つノースウェムコの姿を呆然と眺め、クロウは目の前で起きている事を受け止めきれず声を荒げる。

 

「手札もセットカードも無しでシルバー・ウィンドの効果を止められる訳ねぇ! 一体何しやがった!?」

「確かに俺には手札もセットカードも残されて無かった。だが、忘れたのか? それでも俺にはもう一カ所だけカードを発動する場所が残されている事を」

「っ! ……墓地か」

「そう。俺は墓地のトラップカード『ブレイクスルー・スキル』を発動したのさ。こいつは墓地のこのカードを除外する事で相手の場のモンスターの効果を無効にする事が出来る。もっともこの効果は俺のターンにしか使えないんで万能って訳でもないんだが。まぁ兎に角これにより『BF—孤高のシルバー・ウィンド』の効果は掻き消させてもらった」

「くっ……」

 

 上空から地上へと降りてきた『BF—孤高のシルバー・ウィンド』。その手には先の攻撃で使った大太刀が再生成されており一見何の変化も無いように見えた。が、着地と同時に『ブレイクスルー・スキル』により能力を無力化されたのが堪えたのか、一瞬体がふらつく。

 これでお互い全てのセットカードを使いきった。

 俺のすべてを託したノースウェムコとクロウのすべてが託されたシルバー・ウィンドのバトルを遮る無粋なカードは存在しない。正真正銘の打点と打点を競う純粋な殴り合い。本来の攻撃力ならノースウェムコの方が僅かに劣っているものの、こちらにはこのターンで引き込んだ『バウンド・ワンド』による能力強化がなされている。そのためこのバトルが成立すればシルバー・ウィンドを下す事が出来る。

 

 ドクンッ! ドクンッ!

 

 心臓が早鐘を打つ。

 熱い血が体中を駆け巡り体中が熱を帯びるのを感じる。それは体から湯気が出ているのではないかと錯覚する程だ。

 何も握られていない両手で軽く握りこぶしを作る。その手はジンワリと汗ばんでいた。普段なら不快に感じるそれも今は全く気にならなかった。

 全感覚が研ぎすまされ全身でこの戦いを感じる。それがたまらなく心地よかった。

 

 こちらから仕掛けるチャンスは一度きり。

 俺はその戦いの引き金を躊躇無く引く。

 

「バトルだ! 『救世の美神ノースウェムコ』で『BF—孤高のシルバー・ウィンド』を攻撃!!」

 

 俺の声が合図となりノースウェムコが動く。まずは牽制、白く発光する小球を三個素早く空中に生成するとそれらを一斉に発射する。シルバー・ウィンドはそれに対して大太刀を一度、二度と振るいすべて両断してみせた。

 だが、それこそがノースウェムコの狙い。その間に膝を曲げ、腰を落とし、下半身に溜めを作ったノースウェムコは一気にシルバー・ウィンドに肉薄する。そして下段に構えた杖を逆袈裟切りの要領で切り上げる。それを受けようとシルバー・ウィンドは大太刀を振り下ろすも体勢が悪い。結果、金属同士が激しくぶつかる甲高い音が響いた直後、シルバー・ウィンドの腕は大きく弾かれる形となる。

 その致命的な隙をノースウェムコは逃さない。腰に差した『バウンド・ワンド』を左手で抜き取ると瞬時に魔法を発動させる。

 

 拘束魔法。

 

 白い光のリングがシルバー・ウィンドの四肢を固定する。『バウンド・ワンド』のよって魔力がブーストされた状態で放たれたバインドは強力で、シルバー・ウィンドはその四肢を自由に動かす事は完全に封じられた。

 そしてそれがこのバトルのチェック。バインドを維持しながらノースウェムコは距離をとり右手の太陽の杖を天に翳す。すると杖の先端に白い光が集まり始める。光は球体に収束していき徐々にそのサイズを大きくしていく。

 

『すごいな……ウェムコちゃん……』

 

 ポツリとサイレント・マジシャンがそう零す。

 流れるような体捌き、戦いの中で織り交ぜられる魔術の数々。サイレント・マジシャンの言う通りそれは最上級魔術師の名に恥じない見事なもので、つい俺も見惚れてしまった。

 

「でけぇな……おい……」

 

 ノースウェムコが杖に集めた魔力球の大きさに冷や汗を流しながらクロウはそう漏らす。その大きさたるや既に直径5メートルは越しており、その輝きは間近で太陽を見ているかのようだった。

 

 ノースウェムコが杖を下ろす。

 その先を拘束されたシルバー・ウィンドに向けて。

その動きに合わせて杖の先に集められた白く輝く膨大な魔力を孕んだ光球はシルバー・ウィンド目掛けて放たれた。その移動速度が速いと言う事は無い。全力でその射線から逸れれば直撃は免れられるくらいの速さだ。ただ、強固なバインドで拘束されたシルバー・ウィンドに逃れる術は無い。

 

 結果、直撃。

 

 上から押し潰すように放たれたノースウェムコの一撃は魔法都市の地面を大きく抉りながらシルバー・ウィンドの体を飲み込んだ。地鳴りを響かせながら触れる地面すらも蒸発させていく圧倒的な破壊が振り撒かれる。

 戦闘は成立した。故にこのバトルには当然結末が訪れる。この光景から見てもこの勝負の勝者は火を見るより明らかだった。

 

 

 

 それなのに。

 

 

 

「まだだ!」

 

 

 

 地面を光球が削る轟音が響く中、その声はやけにはっきりと聞こえた。

 その声色は力強く、このバトルを微塵も諦めてない事が伝わってくる。白い輝きに遮られているせいでクロウの姿は見えないが、それでもその声だけで全く衰えていない闘志を感じた。

 そして変化は突然訪れた。

 轟音を響かせ地面を浸食していく白い魔力の塊が、突如大爆発を起こす。

 一瞬にして白一色になった戦場。何もかもを跡形も無く消し飛ばすであろう膨大な魔力の奔流。しかしその中で黒い陰が蠢く。

 

「俺は……俺は、ガキ共のためにもこんなところで捕まる訳にはいかねぇんだよぉぉぉ!!!」

『…………!』

 

 剣閃。

 それは白い破壊の嵐を真っ二つに切り裂く。

 中から飛び出したのは、この場にいるはずの無い『BF—孤高のシルバー・ウィンド』。体中の至る所に焼け焦げた跡があるが、それでもその活動は止まる事は無い。

 

「『リ・バウンド』の効果でアンタが起死回生の『バウンド・ワンド』を手札に呼び込んだように、俺も引いたぜ! あの『BF—マイン』が破壊された時に起死回生の一手をな! “BFと名のついたモンスターが戦闘を行うダメージステップ時、手札の『BF—月影のカルート』を墓地に送る事で、そのモンスターの攻撃力をエンドフェイズ時まで1400ポイントアップさせる!」

 

 シルバー・ウィンドの瞳がギラリと光る。

 そしてそれが合図だった。

 気が付いた時にはシルバー・ウィンドの振るう大太刀の間合いまでノースウェムコとの距離が詰まっていた。超スピードで行われたそれに対しノースウェムコもギリギリで反応してみせる。

 が、しかしそれは完全に反応しきった訳ではない。先程の一撃に膨大な魔力を消費したノースウェムコは技後硬直状態だったのだ。それを持ち前の反射神経でなんとか体を動かした状況。当然万全な対応など出来るはずもない。

 放たれる逆袈裟切り。それはノースウェムコが仕掛けた時と奇しくも同じ形。いや、これは先の意趣返しなのだろうか。対してノースウェムコは後ろに飛びながら咄嗟に『バウンド・ワンド』を突き出しそれを防ぎにかかる。

 衝突する互いの得物。

 勢い良く振られた太刀とそれを受けるように出された杖。

 直後、赤い光の粒が宙を舞った。

 それは『バウンド・ワンド』の先端につけられた赤いクリスタル。杖が全力で振られた剣との衝突の衝撃に耐えきれるはずも無く、それは鮮やかに砕け散っていく。

 

 

BF—孤高のシルバー・ウィンド

ATK2800→4200

 

 

 『バウンド・ワンド』を犠牲にする事でなんとかその太刀を受けずに済んだノースウェムコだが、危機を逃れきった訳ではない。後ろに跳んだノースウェムコにシルバー・ウィンドの二撃目が迫る。

 続く一撃は右上段からの袈裟切り。羽を持たないノースウェムコに空中でそれを躱す術は無い。

 

 ギィィィィン!!

 

 耳を劈くような甲高い金属の衝突音が鳴り響く。

 ノースウェムコは右手に残された太陽の長杖でその一閃を受けてみせたのだ。しかし足のつかない空中ではその衝撃を踏ん張って堪える事が出来ない。結果、車に撥ねられたかのようにノースウェムコの体は弾き飛ばされる。

 

『……!』

 

 目を見開くサイレント・マジシャンの真横を通り抜けノースウェムコは魔法都市の建物の壁に勢い良く叩き付けられた。その衝撃で建物には大きく罅が入るどころか、ノースウェムコの体がめり込んでいた。

 ダメージは大きい。彼女にはもうそこから抜け出す力は残されていなかった。

 

「止めだ、シルバー・ウィンド!! パァーフェクト・ストォォーム!!!」

 

 そして告げられる無情な死刑宣告。

 上に切っ先を向けた大太刀を中心に、空中で凄まじい速さで回転を始めたシルバー・ウィンドは文字通りの竜巻となる。その竜巻は緩やかに上昇しながらその中心をノースウェムコに向けていく。

 対してノースウェムコは今にも力尽きそうになるのを堪え、その右手に握られた杖を震えながらシルバー・ウィンドに向ける。既に先の一撃で残された魔力は少ないはず。しかしそれでも彼女は諦めず体に残された魔力を振り絞るように杖先に白く輝く魔力球を精製する。だが、やはり出来た魔力球は太陽のような輝きを見せた先の物とは比べ物にならない程小さく、牽制で放っていた拳大の魔力球に毛が生えた程度のサイズまでしか膨らまない。

 

 そうして両者最後の激突が始まった。

 

 示し合わせたかのように両者は同時に動く。

 ノースウェムコはその両手で包める程のサイズの魔力球をシルバー・ウィンド目掛けて放ち、シルバー・ウィンドはドリルのように高速回転する大太刀の先をノースウェムコに向け突撃する。

 互いの一撃の交差は一瞬だった。

 シルバー・ウィンドの正面を捉えた白い魔力球は一瞬の足止めにもなる事無く、高速回転する大太刀に弾かれ四散する。

 それが意味するのはもうシルバー・ウィンドの攻撃を阻む者は無いと言う事。

 それからは色々な音が連鎖した。

 

 

 サイレント・マジシャンが息を呑む音。

 

 

 クロウの気合いが伝わる絶叫。

 

 

 竜巻が巻き起こす風の音。

 

 

 金属同士がぶつかった甲高い音。

 

 

 そして。

 

 

 

 何かが体を貫いた鈍い音。

 

 

 

 バトルに終幕が訪れた。

 

 

 

————————

——————

————

 

「おいおい。まさかこれで終わりか、“死神の魔導師”?」

 

 一人の男が呟く。

 その声には失望と言うよりも疑念の色が含まれていた。まるでこんな状況であっても“死神の魔導師”がまだ何か出来ると言うように。

 流れる雲の気まぐれか月が隠れたせいで、その男の風貌は黒い影になっている。分かるのはこの男がデュエルを斜め上から見下ろす形で見ているという事だけ。しかし距離が大きくあるせいで場に出揃っているモンスターも豆粒程の大きさにしか見えない。にも関わらず男は変化を見せる場を眺めては時折くつくつと笑い声を漏らす。

 

「いや、そうじゃねぇよな。お前もそう思うだろ?」

 

 呼びかけは夜に吸い込まれる。

 その答えを返す者はいない。その男の他に人はないのだから。

 いや、そもそもいるはずが無い。ここはサテライト。ビルの建ち並ぶシティとは違って地上を見下ろせる建物などほとんどない。セキュリティの押収品保管倉庫の周辺なら尚更だ。それなのにこの男は地上から100メートルはあろう高さからこのデュエルを眺めている。それだけで異常なのだ。

 男の足下が揺れた。そして獣のうなり声のようなくぐもった声が男の足下から聞こえる。それはまるで男の問いに応えるかのようだった。そこから推察するに男は何かの生き物に乗っているのだろう。

 だが、果たして現存する生物で人間を乗せて飛べる種などいただろうか?

 

 上空100メートルで巨大な影に乗った男が嗤った。

 

 

 

————————

——————

————

 

 金属が振動する甲高い音が遠ざかっていく。

 音源であるそれは月明かりや魔法都市を照らす魔力球からの光を反射しながら宙を舞う。夜だと言うのに日の出のように黄金色に輝く太陽の杖は空を昇っていった。

 そうしてその音がついに聞こえなくなると、戦場には静けさが訪れる。先程までの激しい攻防が嘘だったかのように、今では水路のせせらぎ以外の音は消えていた。

 

『そんな……』

 

 サイレント・マジシャンの視線の先、そこにこの攻防の結果があった。

 建物の壁にめり込んだ状態のノースウェムコ。彼女と顔がぶつかりそうな程の至近距離にシルバー・ウィンドは立っていた。互いに睨み合いながら身動き一つ見せる様子は無い。

 両者の全体様子は似通ったものだ。片や魔力の爆発に巻き込まれたことで翼や体の至る所を焦がし、片や勢い良く壁に叩き付けられたことで体は傷だらけ。五体満足ではあるがそれでも満身創痍と言った状態だ。

 そんな両者だが、一点だけ大きく異なる点があった。

 それは両者の手。

 得物である太陽の杖を失ったノースウェムコの手は力なく垂れているのに対し、シルバー・ウィンドの手には未だに得物の大太刀が握られている。

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 その刃はノースウェムコの胸を貫いていた。

 

 

 

 

 

 変化は突然起きた。

 ノースウェムコの足下が白く輝き始めたのだ。

 その輝きの正体は白く光る光の粒子。細かい光の粒はそよ風に流され消えていく。その光は彼女の操る魔力の光と似ていた。ただ、その光はそれと比べると酷く弱々しく、そして儚く目に映った。

 そうして光の粒子が風に流され消えていくにつれ、ノースウェムコの足先は徐々に透明になっていく。

 そう、それはノースウェムコがもう長くフィールドに留まれないと言う事、そして、それこそがこの戦いの終焉を示していた。

 

 

 

「俺の……勝ちだ!」

 

 

 

 ゆっくりとクロウは、そう口火を切る。初めは目の前の事実を確かめるように、最後は確信した事実を宣言するように力強く発せられる。その言葉は雑音の消えた魔法都市ではっきりと聞こえた。

 それに対して俺も思っている事が自然と口から零れ出た。

 

「クロウ、お前は強かった」

 

 自分の声とは思えない程、その声は気持ち良く響く。

 デュエルがいよいよ終わろうと言うのに未だに興奮は覚めやらない。本当にこのデュエルが終わってしまうのか、自分の中でもまだ実感を持てていないようだ。

 

「デッキのスペック。それを操るタクティクス。そしてデッキから力を引き出すドロー力。どれも今まで戦ってきた中でトップレベルだった」

 

 それはお世辞でもない正直な感想だ。息切れしやすい“BF”の弱点を見事補いテーマの強みを十全に引き出したクロウは間違いなく強敵だった。ここまで楽しくデュエルをしたのはジャックとの戦い以来だ。

 

「だから俺は」

 

 ノースウェムコの体は光の粒子になって消えていく。足は完全に透明になり、光の粒は腰の辺りまできている。俺にはそれを止める術は無い。

 その光景がこのデュエルの終わりに現実味を帯びさせる。

 本当は認めたく無かった。可能ならばこの熱いデュエルにずっと身を投じていたかった。だが、永遠に終わらないデュエルなど存在しない。始まりがあれば終わりも訪れる。それがデュエルだ。

 故に認めなければならない。このデュエルの終焉を。

 

 ここまで俺を支えてくれたデッキへの感謝を込めて

 

 ここまで全力でぶつかり合った相手への敬意を払い

 

 俺は宣言する。

 

 

 

「このデュエルに勝った!!」

 

 

 

 その瞬間、空が光った。

 刹那、一条の白光が天から降り注ぐ。

 その光はシルバー・ウィンドの真上に落ちた。あまりにも突然の出来事に反応すらできず、シルバー・ウィンドの姿は光に飲み込まれる。

 続いて目を開ける事も出来ない程の眩い光と共に魔法都市に今日一番の揺れが襲う。

 

『きゃあっ?!』

「くぉぁっ! なんだ!?」

 

 不意をついた閃光に俺を除く人間から驚愕の声が上がる。声こそ出さないものの俺も激しい光に目をやられないよう腕で目を覆う。直前、直視したら目を痛めそうな光に、たまらず目を隠すクロウの様子が一瞬見てとれた。

 それからたっぷり十数秒の間、その光は収まる事無く魔法都市に降り注ぎ続けた。

 

 

 

 そして、ようやく夜の暗闇が落ち着きを取り戻す。

 

 

 

 キンッ!

 

 

 

 天に跳ね上げられたノースウェムコの杖が地面に突き刺さる。

 そこは先程光が降り注いだ場所であり、シルバー・ウィンドがいた場所だった。

 そう、そこにシルバー・ウィンドの姿は無かった。

 あるのは地面に突き立てられたボロボロの杖のみ。まるでシルバー・ウィンドの墓標のようだ。

 ノースウェムコは役目を終えたとばかりにシルバー・ウィンドの後を追うように消えていく。その最期の表情は穏やかだった。

 

 

救世の美神ノースウェムコ

ATK3400→4200

 

 

「なにが……どう言うことだ……」

 

 呆然とクロウは呟く。

 

「ダメージステップ時に効果を発動したのは……お前だけじゃない。俺も発動したんだよ! 俺の仕込んだ最後のトラップカード、『スキル・サクセサー』。こいつは墓地のこのカードを除外することで、自分の場のモンスター一体の攻撃力を800ポイントアップさせる」

「なっ! ……いや、確かにそれでノースウェムコの攻撃力は4200とシルバー・ウィンドと同じ攻撃力だ。だが、シルバー・ウィンドにはまだ効果がある! 1ターンに1度、“BF”と名のつくモンスターの戦闘破壊を1度だけ無効にする効果が! それは自身にも有効だ!! なのに、なんで……」

「忘れたのか?」

「……?」

「俺の発動した『ブレイクスルー・スキル』がこのターンの間、シルバー・ウィンド全ての効果を無効にしたってことを! 無効にしたのは何もあのときの破壊効果だけじゃない!」

「っ!! ……ってことは」

「見ての通り、このバトルは引き分けだ」

「…………」

 

 それを聞きクロウは言葉を失ったようだった。そして目の前の何も無いフィールドを一通り眺める。自分のフィールド、俺のフィールド、手札、そして魔法都市を照らす魔力球の順に視線を動かすと力なく俯いた。それから肩を震わせ始めたのを見て、このデュエルを決めきれなかった事へのやりきれない想いが溢れているのかと思った。が、同時にくくくっと押し殺したような笑いが聞こえ始め、その予想が間違っていた事が分かった。それからその声は弾けたような笑いに変わった。

 

「はっ、はははっ! くくくっ! くははははっ!! つまりこれでお互い手札は全て使い果たしちまったって訳か?」

「……そうだな」

「はははっ! なんだよ、ちくしょう! 今ので決めきれたって思ったんだけどなぁ……悔しいぜ。だが、お互いの場はこれでまっさら! ってことは俺が次のターン攻撃力400以上のモンスターを引けば、俺の勝ちって訳だな?」

「いや……」

「あん?」

「言ったはずだ。“俺はこのデュエルに勝った”と」

 

 何も無いはずの場に小さな赤い光が灯る。

 その数は全部六つ。

 輝きは時間が経つと共に増していく。

 

「な、なんだ?」

 

 相手の理解を置き去りに事は進む。

 赤い光の点は互いに繋がるように光の線を伸ばしていく。

 描き出された図形は六芒星。

 赤い光によって作られたそれは、一際強い輝きを放つと中心に黒い穴が出来上がる。夜の闇よりも深く底の見えない穴。

 底から顔を出したのは金縁に紺のクロブーク。続いて流れるようなブロンドのロングヘア、人形のように整ったパーツで出来た綺麗な相貌が現れる。双肩の肌が露出させる作りの紺ベースにくすんだ金の文様が描かれた上半身衣装、同色の二の腕でまで隠れる長い手袋とロングスカートをを纏い、黄金で作られた太陽の杖を持つ女性。それは先の戦闘でフィールドから消えたノースウェムコだった。

 

 

救世の美神ノースウェムコ

ATK2700  DEF1200

 

 

「馬鹿な!? どうして『救世の美神ノースウェムコ』がお前の場に?!」

「装備魔法『バウンド・ワンド』にはもう一つの効果があった。装備対象モンスターが相手によって破壊された時、そのモンスターを墓地から特殊召喚すると言う効果がな」

「なっ!? それじゃあ……」

「あぁ……終わりだ」

 

 驚愕で見開かれるクロウの瞳。

 それに対して短くはっきりと、このデュエルの終わりを告げる。

 

「『救世の美神ノースウェムコ』でダイレクトアタック!」

 

 ノースウェムコが掲げた杖に光が集まる。

 その大きさは『バウンド・ワンド』を装備し能力を上げていた時よりは小さい。ただ、遮るものも何も無いこの場において、攻撃力2700を誇るノースウェムコの攻撃は相手のライフを削りきるのに十分過ぎる威力だ。

 ノースウェムコは静かに杖を振り下ろす。

 それがこのデュエルの幕を下ろす最後の一撃だった。

 

「ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!!」

 

 

クロウLP2000→0

 

 

 

————————

——————

————

 

 魔法都市のソリッドビジョンが消え、セキュリティの押収品倉庫前は薄暗く静まり返っていた。

 今の今まで戦っていたクロウは両膝を地につき項垂れている。

 

「くそっ! 負けだ、負けだ! 後は煮るなり焼くなり好きにしやがれ!!」

 

 覚悟を決めたのかクロウはその場で胡座をかき、やけくそ気味にそう叫ぶ。その表情からは悔しさが滲み出ていたが、それでもデュエル開始前に自分で言った事は曲げないあたりデュエリストとしての潔さを感じる。

判決が下されるのを待つ被告人のように頭を垂れるクロウに俺はこれからの事を淡々と告げた。

 

「勘違いしているようだが……」

「……?」

「俺はあくまで『デュエル屋』。依頼を受け、依頼主が望む場所で、依頼主が望む相手をデュエルで倒すのが俺の仕事だ。今回の依頼はここに侵入しようとする輩をデュエルで倒す事であって、コソ泥を捕らえるのは管轄外だ。帰りたければ帰るが良い」

 

 俺の答えに対し目を見開くクロウ。まるで俺が言った事が心底理解できないと言うように。

 

「……良いのか?」

「良いも何も俺はセキュリティじゃない。一般市民としてコソ泥を捕らえる権利はあるが、捕らえる義務は無い。流石に今のデュエルで俺は疲れた。お前がまだここに入ろうとするならもう一度デュエルをする事になるが、そのつもりが無いなら俺は何もせんよ。何せ捕まえる体力が残っていないからな。つまりここにセキュリティがいるのであれば話は変わるが、いない以上お前が逃げても止めるものはいないって事だ」

「すまねぇな……」

「気に病む事はない。たまたま俺の仕事の範疇を超えていただけだ」

「そうじゃねぇ……カッとなったとは言え、セキュリティの犬なんて言っちまったことだ。このデュエルを通して、あんたのデュエルに対する想い、確かに伝わってきたぜ。言葉にはしてねぇが、あんたにも事情があるんだろ? それを何も知らねぇくせにプライドがねぇだの好き勝手言っちまって……悪かった!」

 

 立ち上がってそう言うと頭を下げるクロウ。

 謝罪をされる事自体に慣れない感じがして内心戸惑っていた。そこで、そう言えばちゃんとした謝罪を受けるのもずっと無かった事だと気が付く。

 

「……律儀なヤツだな。だが、それこそ気にも止めてない事だ。それより早くいかねぇとセキュリティが戻ってくるぞ?」

「あぁ、どうやら借りが出来ちまったようだな。この借りはいずれしっかり返させてもらうぜ! あばよ!!」

 

 それだけ言うとクロウはこの場から走り去っていった。それからDホイールのエンジンの音が遠ざかっていくのが聞こえた。

 

 貸しにしたつもりは無いんだがな……

 

 当然、俺の心の呟きを聞く者はいない。

 

『あの、マスター?』

「ん? なんだ? って着信かよ。悪いが話は後だ、サイレント・マジシャン。 もしもし?」

【おい、てめぇ!!】

 

 端末に入った着信に対して応答した途端、野太い怒声が耳を貫く。予想通りの反応とは言え、いきなり怒声を浴びせられるのは気分が良いものではない。僅かに声色が刺々しくなるが、相手が相手だけにそれを隠す気もなかった。

 

「……いきなりデカい声出すなよ、おっさん。何かあったのか?」

【何かあったのかじゃねぇ! 一体どう言うことだ?! カラス野郎のDホイール反応がそっから遠ざかっていくじゃねぇか!! テメェまさか負けやがったのか?!】

「いや、依頼通りクロウにはデュエルして勝った」

【嘘つきやがれ! じゃあなんでアイツの反応がそっから離れてくんだ!】

「デュエルに勝ったは良いんだが、逃げられた。それだけの事だ」

【それだけの事って……てめぇ、肝心なとこで大ヘマこきやがって、よくもまぁ堂々と出来るなぁ、おい。覚悟は出来てるんだろうな?】

「覚悟? 何の話だ?」

【舐めた野郎だ。減俸だ! げ! ん! ぽ! う! 標的逃がしといて全額報酬受け取れる訳ねぇだろ!!】

「おいおい、勘違いしてねぇか? 俺は『デュエル屋』。あくまで今回の依頼はここに侵入しようとする輩をデュエルで倒す事。捕縛は俺の仕事には含まれて無い。そもそも本来ならここにいるはずだったセキュリティの誰かさんが、なぜかここにいねぇんだ。それなのに逃げられたのが俺の責任ってのはお門違いな話だろ?」

【まさか! てめぇ、最初からそのつもりで……】

「最初からそのつもりも何もおっさんがいなかったら逮捕だって出来ねぇよ。それに俺が捕まえる手柄まで取っちまって良かったのか?」

【ぐっ……それは……】

「今日は無事倉庫を守れただけでも十分だろ。話す事は以上なら切るぞ? とっとと向こうまで送ってくれ」

【おい、待て! スピードワールドの効果でエンジンがまだ――――】

 

 おっさんはまだ何か言いかけていたが、構わず通話をオフにする。向こうの様子から察するに、こちらに来るのは当分時間がかかりそうだ。サイレント・マジシャンと話す時間が出来たと思えば丁度良いか。

 

「それで? さっき何か言いかけてたな」

『その前に……良かったのですか?』

「何がだ?」

『今日のデュエルの相手は投降の意思を見せていました。捕まえようと思えば捕まえられたのでは?』

「……良いんだよ、あれで」

『ですが、少なくない追加の報酬も請求できたはず。そうしたらマスターの目標にまた近づけたのでは?』

「確かにそうだろうな。だけど俺が捕まえちまったらセキュリティのメンツが完全に丸潰れになる。今後も関わっていく相手である以上、下手に幅を利かせすぎるのは良く無いのさ。それこそ大きな組織とのやり取りで出る杭は打たれるってのは、すでに経験済みだろ?」

『そうでしたね……』

 

 サイレント・マジシャンの表情が苦いものになる。あの雨の日に巻き込まれた銃撃戦を彼女も思い出しているのだろう。その表情もすぐに元に戻った。

 

『マスター。今日のデュエル、楽しかったですか?』

 

 その問いの答えを彼女は知っているはず。何せデュエル中に俺が盛大に笑ってみせたのだ。分かっていないはずが無い。つまりこの会話には意味が無い。意味が無いはずなのだが、なぜかこれはとてつもなく大事な事のような気がして……

 

 

 気が付けば、俺は素直に返事をしていた。

 

 

「あぁ、楽しかったよ」

『そうですか、それなら良かったです』

 

 俺の答えを聞くと、サイレント・マジシャンはそれがまるで自分の事のように嬉しそうに笑った。その笑顔を見ると、こちらもまた喜びがぶり返してくるような感じがする。

 

 この日を境に彼らの心の距離はまた少し縮んでみせた。

 こうしてカラスと呼ばれたデュエリストとの激闘は終わったのだ。

 



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『デュエル屋』と休日 前編

 ダイモンエリア。

 

 シティの外れにあるこの地域は開発が進んでおらず、都心に立ち並ぶ華やかな建物とは対称的に古く寂れた建物ばかりが並んでいる。ツタが絡み付いたレンガ造りや、壁面が割れていたり窓ガラスがガムテープで止められたりしている建物も珍しく無く、罅割れだらけのアスファルト一つ見てもここの空気というものが伝わってくる。当然こんな地域に集まる人間はゴロツキばかり。マーカーを付きやシノギの人間など脛に傷を持っていて、シティでも暮らせないが、サテライト生活まで落ちぶれたく無いというような連中が肩を寄せ合って生きている。そんな連中が集まれば揉め事は日常茶飯事で、白昼堂々銃声が聞こえる事もしばしば。

 しかしそんな治安が悪い地域であるのにも関わらず、ここにはセキュリティの影は見当たらない。しょっちゅう問題が起きるのであればパトロールしているセキュリティが常駐すべきと考えるだろう。だが、実際のセキュリティの方針は真逆だった。パトロールに割く人員を無くし、通報が無い限り極力この地域には干渉する事は無い。その理由は年がら年中いざこざが絶えないこの地域に人手を回している余裕が無いというのもあるが、一番はこの地域に根付く裏組織の影響という側面が強い。下手に手を出せばそう言った組織と全面抗争なんて事になりかねないためセキュリティも迂闊には動けないのだ。

 そしてそのダイモンエリアには一際荒廃した場所がある。めくれ上がったスファルトから土の地面が見え隠れし、周りの建物は崩れかけているものばかり。屋根が無くなっている建物や、上のフロアが丸ごと崩れ落ちているビルも中には存在する。そんな状態のまま放置されている事もあり、この地域に住む人間すら滅多に人が寄り付く事も無い場所だ。

 しかしこの日は珍しくそこに人影があった。壁にまるで巨大な鉤爪で抉ったような大穴が空いたビルの中。穴は壁だけに止まらず、二階と三階の床を吹き抜けのようにぶち抜いている。電気がついていないせいでまだ日の沈んでいない夕刻だというのに、その中は不気味な程薄暗い。

 

「ぜぇっ! ぜぇっ! ぜぇっ!」

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 

 そんな中で男達の激しい息づかいが木霊する。余程激しい運動をしてきた直後なのか、肩で息をして地面にへたれる二人の影がそこにはあった。そしてその二人を見下ろす大きな人影が一つ。

 

「はぁ……はぁ……おい、てめぇら情けねぇぞ。はぁ……もうちっとシャキッとしたらどうだ!」

「ぜぇっ、ぜぇっ! だけどよ! っ兄貴ぃ!」

「はぁっ、はぁっ! 流石にっ! 一日走り通すのはっ! キツいっすよ!」

「ちっ! はぁ……仕方ねぇ。五分だけここで休憩だ」

「ぜぇっ! うっす……」

「はぁっ! おっす……」

 

 その三人の容姿は一度見たら忘れないインパクトのあるものだった。地面に座り込む二人はそれぞれモヒカンとリーゼントという一昔前の不良のようなヘアスタイル。さらにその前に立つ男は髪を剃り上げたスキンヘッドだ。一般人がこの三人が一緒に街で歩いているところに出会したら、間違いなく顔を合わさないようにしてそっと距離を取ることだろう。

 

「はぁっ、兄貴」

「なんだ?」

「そろそろ……教えて下さいよ……はぁ……俺たちは、一体何から逃げてんすか? それもわざわざ人のよりつかねぇ“竜の巣窟”にまで来て」

 

 モヒカンが問いかける。その問いにスキンヘッドがどう答えるのか、リーゼントの男もまた同じ疑問を持っていたらしく顔をスキンヘッドに向ける。そんな子分二人の様子にスキンヘッドの男は真剣な面持ちで口を開いた。

 

「違うな。人がよりつかねぇからここに逃げてきたんだ」

「でも、いくらなんでもこんな不気味なところに来なくてもよぉ……」

「グヒヒッ! オメェ、ビビってんのか?」

「ばっ! ビビってなんかねぇよ!! ただ、ここじゃ嫌な噂しか聞かねぇ

だろ?」

 

 図星だったのか、煽るリーゼントの男に対してモヒカンの男は声を荒げる。不安の残る表情をしたモヒカンの男を見て、スキンヘッドの男は呆れた様子で口を挟む。

 

「はっ! ここに近づいた人間は“暴虐の竜王”の亡霊に襲われるとか言うあれか? くだらねぇ」

「だけどよ、兄貴。実際ここで“暴虐の竜王”が大暴れしてたってのは事実じゃねぇすか」

「それこそくだらねぇな。“暴虐の竜王”なんてのがいたのはもう三年くらい前の話だ。確かに当時はめちゃくちゃな破壊を振り撒いてたがよ。それが急にパッタリと音沙汰が無くなったんだ。もうとっくにおっ死んでるに決まってんだろ」

「噂じゃあ誰かが"暴虐の竜王"を倒したらしいっすよ」

「誰かって……あんな化け物とやりあおうなんて物好きな輩が居たのか?」

「さぁ。あくまで噂っす。居るとしたら依頼を受けたデュエル屋くらいでしょうね」

「だけどよぉ……デュエル屋ったってあれを倒せそうなのなんて死神……い、いや、全く思いつかねぇんだが」

「あ、あぁ、そうだろ? 今有力なのは"騎士甲冑のジル"、"プロフェッサー フランク"、それと当時だったら"デュエルプロファイラー来宮"辺りが関の山……確かにこの中じゃパッとしねぇ」

 

 モヒカンの男がうっかり漏らした"死神"と言う言葉。それは嘗てこの兄貴と呼ばれる男を圧倒的な力でねじ伏せたデュエル屋の通称で、それ以来そのデュエル屋の話題は禁句になっている。焦りながら取り繕おうとするモヒカンの男に合わせるようにリーゼントの男も話を逸らすのに尽力する。時節、チラチラとスキンヘッドの男の顔を伺う二人の様子を見て、当の本人は盛大なため息をつく。

 

「……テメェら気を遣うならバレないようにしやがれ。別にニケの野郎の名前が出たところでもう一々気にしねぇよ」

「すまいません……兄貴」

「正直な話、デュエル屋だったら今じゃニケの独走状態ですからね」

「なぁに、今はトップの座は譲ってやるが、何れこの借りは返させてもらうさ。っと、話がそれちまったな。あと俺たちが何から逃げてる、だったか?」

 

 頷く二人を見て、スキンヘッドの男は僅かに表情を曇らせる。モヒカンの男もリーゼントの男もその様子からただならぬものを感じ、顔を強張らせる。そして重たい空気が流れる中、スキンヘッドの男はゆっくり口を開いた。

 

「……なぁ、俺たちはどうして釈放されたと思う?」

「そりゃ、兄貴。ようやく兄貴の必要性に気が付いた“轟組”の連中共がセキュリティに掛け合ったんだろ?」

「まったく、散々っぱら兄貴を利用して金稼ぎしてたくせに、一度負けたらお払い箱行きとは薄情な連中だと思ったが、こう言った時に手を差し伸べてくれるとはちっとぁ見直してやっても良いすかね」

 

 スキンヘッドの問いかけにすぐさま前向きな答えをする二人。その様子からもこのスキンヘッドの男への絶大な信頼を感じるのだが、当の本人はと言うとその二人を見て再び大きなため息をつく。

 

「……はぁ。違ぇよ、馬鹿野郎共。俺たちは断じて助けられたんじゃねぇ」

「……どう言うことすか兄貴?」

「死神との一戦で俺の“デュエル屋”の地位はガタ落ちした。さらに今回は名も知られてねぇただの学生に負けてこのザマだ。連中がそんな俺を助けるためにわざわざ金を積む訳ねぇだろ」

「じゃあ……」

「俺たちはどうして……?」

 

 

 

「そんなん制裁のために決まってんだろ」

 

 

 

「「「っ!?」」」

 

 突然響いた聞き覚えの無い第三者の声。その声が聞こえた方に三人は同時に振り向いた。しかしその声の主の姿は見当たらない。三人は辺りを警戒しながら声の聞こえた方の気配を探る。呼吸の音も聞こえない張りつめた空気の中、耳を澄ますと、ジャリッ、ジャリッという一定の間隔で瓦礫を踏みしめる音が暗闇の奥から聞こえてきた。その音が近づくに連れて徐々に人影が近づいてくるのが分かる。シルエットからして男性だろう。あくまで歩いて近づいてくるその足音に三人の緊張感は高まっていった。

 

「よう」

 

 やがて現れたのはくすんだ金髪の若い男。体型は絵に描いたような男性モデルのようで、身長は高く手足も長い。白いTシャツの上からダークグリーンのレザージャケットを羽織り、太々しく両手をそのポケットに突っ込んでいる。下はジーパンと黒のブーツで纏めてあり、見た目の年とは裏腹にコーディネートには金がかかっているようだ。そして左手には当然のようにデュエルディスクが付けられ、ジーパンに通した黒い革のベルトにはデッキケースが付いたベルトホルダーがある。ここまで見ればまるで最近話題となっているデュエリストモデルのようだ。だが、この男の顔に張り付いた凶暴で好戦的な笑みがそんな生易しいものではない事を暗に物語っていた。

 

「なんだてめぇは!」

「ガキが来るとこじゃねぇぞ!」

 

 目の前に現れた得体の知れない男にリーゼントの男とモヒカンの男は番犬のように敵意を剥き出しにして吠える。凄むこの二人も負けず劣らずの凶悪な表情を浮かべており一般人なら逃げ出してしまうのだろうが、そんな威嚇を受けてもこの金髪の男は余裕の笑みを浮かべていた。

 

「ははっ、随分と歓迎されてねぇみてぇだなぁおい」

 

 そんな男の態度にスキンヘッドの男の取り巻きの二人組はますます熱り立ち、「舐めてんのか、あぁん!」「ぶっ殺されてぇのか!」などと口々に言う。ただ一人スキンヘッドの男だけは冷静に、そして見定めるように金髪の男を見ていた。

 

「……何者だ?」

「何者だ……ねぇ? 薄々アンタ勘付いてんじゃねぇのか?」

「…………」

 

 何も言わないスキンヘッドの様子に気が付き子分の二人も黙り込む。そうして訪れた静寂はしかし、突然の地鳴りによって破られる。

 

「な、なんだ?!」

「地震か?!」

 

 建物の揺れは僅かなものであったが、その振動は断続的に続いていた。そしてその揺れは段々と強まっていった。三人の警戒心は一気に跳ね上がる。断続的に起きる地鳴りが一体なんなのかを探るため、意識をその音に集中させる。しかし得体の知れない金髪の男からは決して目を逸らすことはしない。そんな男達の様子などには気にした様子も見せず、金髪の男は依然として特に動きを見せる事無い。またこの状況でも尚、笑みを崩してはいなかった。一方の三人組は危機が迫っている事は本能で察しているが、それの正体が何なのかつかめず焦りだけが募っていく。

 一度の揺れは強さを増していき、ついに天井から細かな破片が降ってくる程になっていた。挙動不審にあちらこちらを見渡し始める子分の二人だが、スキンヘッドの男はそれでも金髪の男へと視線を向けていた。そしてこの揺れの正体に気が付いた瞬間、彼の表情が驚愕に染まった。

 

「まさか……足音なのか……?」

 

 スキンヘッドの問いに答えるように、暗闇の中からはこの世の生物からは聞いた事の無いようなくぐもった唸り声が響く。それは金髪の男が現れた暗闇の奥の中にいた。目を凝らすと闇の中を巨大な何かが動いているのが分かる。断続的に続く建物を揺らす足音は止まる事無く、その巨大な何かがこちらに近づいてくる。それに伴い全体のシルエットが少しずつ見えてくる。全長は5メートル程。上の方では闇に輝く三つの緑光。

 

「ひ、ひぃ! ば、化け物だぁ!!」

 

 迫り来る巨大な影に悲鳴を上げながら腰を抜かすモヒカンの男。何時もならリーゼントの男がこれを茶化す所だが、リーゼントの男も何も言えずその場で固まっている。ただ一人スキンヘッドの男だけは闇の中から現れようとすしているそれに対して、行動を起こせるように構えていた。

 

「違ぇよ……こ、こいつは……」

 

 リーゼントの男が漏らす。その顔は恐怖で青く染まっていた。

 そうして闇から浮かび上がる藍色から茶色に塗られた巨大な体躯。だらりとぶら下がった両腕、体を支える両脚にはしなやかな筋肉が見て取れ、その指先には三本の太く鋭い爪がある。弓形に反った胸から上には首が伸び、S字を描くように首に繋がっている。頭は前に長く、その頭部を真っ二つに引き裂くように開かれた口には獲物を食いちぎるための鋭利な歯が何本も並ぶ。額には瞳何倍もの大きさの緑に輝く巨大な宝玉が埋め込まれており、二つの深緑の瞳は三人の男を上から見下ろしていた。頭から伸びる二本の長く尖った白い角、背中から生えたその体に見合った大きさの一対の翼、股から伸びた太く長い尾。現存するはずのないこの生物の名称をリーゼントの男は叫んだ。

 

「ど、ど、ど、ドラゴンだぁぁぁ!!」

 

 足を取られながらも腰を抜かして動けなくなったモヒカンの男に近づき引っ張り起こして、現れたドラゴンから距離を取るように二人はスキンヘッドの男の後ろに逃げ込む。その余りにも巨大な姿を前には如何に屈強な体つきのスキンヘッドと言えども小さく見える。それでも引かないのは後ろに自分を慕う子分がいるからか。スキンヘッドの男はこの距離でも感じられるドラゴンの生暖かい息遣いに冷や汗を流しながらも、この場をどうするか必死に頭を巡らせていた。

 そんな未知の生物が背後にいると言うのに、この金髪の男は相変わらず顔色一つ変える様子も見せない。それどころか顔だけ後ろに向けると、近所の猫を見つけたかのように自然な様子で話す。

 

「ん? あぁ、イケェねぇ。ここ来るのに使ったきり戻すの忘れてたぜ」

 

 そう言うとデュエルディスクのモンスターゾーンに置いてあったカードをデッキに戻す。それだけの動作で背後に顕現していた巨大な竜はその姿を消した。もう、あれだけの存在感と圧倒的な威圧感を放っていた生物はいない。

 

「馬鹿な……モンスターが現実世界に影響を及ぼしたとでも言うのか……?」

 

 スキンヘッドの男が呆然と呟く。

 金髪の男は起動したデュエルディスクにカードを乗せていた。それであのドラゴンが目の前に現れたのは分かる。だが、それではあの生暖かい息遣いに、地鳴りを引き起こしていた足音の説明がつかない。安直に二つの事象の因果関係を繋げればソリッドビジョンの影響ということになるが、それはありえない。いや、実際にはスキンヘッドの男が幼少の頃にも、デュエルモンスターズが世界中で実体化したという大事件があったのだが、それに関して言えば海馬コーポレーションはソリッドビジョンとの関係を否定している。それを考えてもまだ他に仕掛けがありますと言われた方が納得がいくだろう。

 

「な、なな、なんなんだよ、テメェ!」

 

 声を震わせながらモヒカンの男が叫ぶ。少し前までの威勢は何処へやら。その表情は完全に怯え切っている。その様子を見て愉快げに笑いながら金髪の男は答える。

 

「ここがどこで、さっきの状況を見れば分かってんじゃねぇか? 多分テメェらの思ってる通りだぜ?」

 

 そう、三人はすでにこの時気が付いていた。さっきまで噂をしていた人物。二年ほど前に破壊の限りを尽くしここの惨状を作り上げた張本人。竜を従えし暴虐の頂点に座す史上最凶のデュエリスト。その字名は

 

「暴虐の竜王……」

「そんな……死んだはずじゃ……」

 

 圧倒的な強者を前にモヒカンの男もリーゼントの男もその場に膝を着く。その表情は絶望に染まっていた。しかし、ここに来て尚その足を踏み出すものがいた。

 

「ちっ、てめぇら下がってろ! こいつは俺がやる!」

「へぇ、こいつを見てもビビらねぇとは……おもしれぇなアンタ」

 

 真っ向から向き合うスキンヘッドの男を見て、一層愉快気に口角を釣り上げる金髪の男。示し合わせたように二人はデュエルディスクにデッキをセットする。

 

「テメェを倒せば俺も一躍トップのデュエル屋ってわけだ! 名誉挽回の踏み台になってもらおうか!」

「はっ! いいねぇ、いつまで壊れねぇか見物だ。ちっとは愉しませてくれよ?」

「「デュエル!!」」

 

 衆目に晒されていない夕暮れの廃墟にて、一つの戦いが始まった。

 

 

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————

 

 どうしてこうなった……

 

 リビングにて心の中でひとりごちる。

 ついにこの日が訪れてしまった。願わくばこないで欲しい日だった。出来る事なら避けたい日だった。いや、それは過去形ではない。現在進行形でこの椅子から立ち上がって部屋に逃げ込みデッキでも弄っていたいところだ。それも叶わぬならせめてこの嫌な時間を一瞬で終わらせて欲しい。だが、辛い時間というものは往々にして早く過ぎ去ってはくれない。時計の針が一秒一秒刻むカチッカチッという音すらも憎たらしいくらい緩慢に感じる。

 

「それじゃあ八代君、説明をお願いするわ」

 

 凛とした声。テーブル越しに腰掛ける狭霧は笑顔だ。笑顔なのだが、その表情はどこか固い。家に来た珍しい来客の手前、必死に社交的な笑みを浮かべようとしているのがひしひしと伝わってくる。

 とは言え、それでは笑顔を作ろうとしているのが見え見えですよ、などとはとてもじゃないが言えたものではない。俺も似たようなものだからだ。俺もまた、無理矢理表情筋を動かして普段はあまり変わらない表情をなんとか笑顔にしようと努力している。その結果、俺もぎこちない顔になっている事は自明の理と言うものだ。

 意を決して口を開こうとした時、口の中が渇いている事に気付く。グラスに注がれた緑茶を口に含み話す準備を整える事にした。しかしいくら緑茶を喉に流し込んでも口の中はまるで砂漠のように干上がってく。少量でダメならば大量に流し込めば良いと思い、グラスを一気に呷ったのだがそれでも効果があったようには感じられない。結局そのままグラスに注がれていた緑茶を全て飲み干してしまった。

 仕方が無い。口の渇きのせいでいつもの声が出せるか分からないが、重たい口を開く事にする。

 

「分かりました……えぇっと……」

 

 口を開いてみると幸いなんとか声はいつもの調子を保てている。だが安心したのも束の間、その後言おうと思っていた言葉がすっぽり頭から抜け落ちてしまった。

 チラリと俺の隣に腰掛ける人物に目をやる。そしてその人物こそが今日、ここに初めて訪れた客人だ。

 艶のある腰まで伸びた髪。色は混じり気の無い白だが、光の具合によってはほんのりピンクがかったり、暗いところだったらグレーによったりして見える。肌も髪同様に白い。一枚布のような傷一つない白肌は同性がさぞ羨む事だろう。

顔のパーツはどれもバランスが良く、どれだけ面食いな男でも唸らざるを得ない程の美人である。着ているのは背中から肩まで花柄のレースをあしらった白のカーディガンとエメラルドグリーンのワンピース。

 強く抱きしめれば折れてしまいそうな華奢な体つきで手足には無駄な脂肪がついていない。だがそれとは対称的に、胸元が大きく抉られたワンピースから顔を覗かせる谷間からは決して控えめではない双丘の存在感を感じる。

 俺の視線に気付いたらしく彼女はモジモジとした様子で恐る恐る口を開いた。

 

「初めまして、山背静音(やましろしずね)です……」

 

 今にも消え入りそうな声。

 そう、それは紛うことなく実体化したサイレント・マジシャンだった。

 

 もう一度言う。

 どうしてこうなった……

 

 

 

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 このような事態になったそもそもの原因は一ヶ月以上も前になる“カラス狩り”の依頼だった。念のため断っておくとクロウを取り逃がした事で一悶着はあったものの、今回の依頼の全体を見れば概ね問題なかった。

 ただその認識はあくまで依頼として見ればという話である。世間では出来事一つとってもそれを見る角度によって見え方は異なるものだ。俺から見て問題ないと認識したとしても別の角度から見れば思わぬ落とし穴があったりする。それを今回は痛感させられた。

 と言うのもあの依頼のデュエルが行われたのは深夜。サテライトからシティに戻って来れたのは草木も眠る丑三つ時を過ぎた頃だ。まさかその時間に帰宅する訳にも行かないため、必然的に外泊しなければならなかった。しかし無断で外泊をするとなれば、俺の保護者である狭霧から色々な疑いをかけられる。そこで俺は適当な理由を事前にでっち上げる必要があった。ここまでは良い。だがその言い訳がまずかった。

 

“知人の家に泊まってくる”

 

 そこまで世間を知っているかは自信が無いところだが、その時ひらめいたこの言い訳は我ながら無難な解答だと思っていた。事実、初めは疑われもしたが、狭霧に引き取られる前からの知り合いで、相手が忙しくて今まで連絡がつかなかったと話したら、狭霧は納得した様子だった。だからその時は何の問題も無いと思っていたのだ。それが時限爆弾であるとも知らずに。

 その時限爆弾が弾けたのは依頼を終えて数日が過ぎた頃だった。その日は休日で狭霧と一緒に夕飯を食べ、食後のブレイクタイムにコーヒーを啜っていたときだった。

 

「そう言えば、この前八代君が泊まらせてもらったのって誰かしら? 今度ちゃんとお礼をしないと……」

 

 盛大に咽せた。

 コーヒーが気管に入りかけたせいで激しく咳き込み、口に含んでいたコーヒーがテーブルに飛び散った。いきなり咽せた俺を見て狭霧は心配した様子だったが、俺は自分が咽せたと言う事実など頭から吹っ飛んでいた。

 

“俺の聞き違いだよな?”

 

 そんな俺の希望的観測は続く「それで、いつ相手の方の都合がつくかしら?」と言う狭霧の言葉によって打ち砕かれた。その後、「昔からの付き合いで今更そんな事をする必要は無いですよ」とか「なかなか連絡が取れないから何時会えるか分からないです」とか言って抵抗を試みたものの「いいから今度ちゃんと紹介してね」と圧のある笑顔でそう告げられては「……はい」と応えるしか無かった。

 しかし当然だが泊めてくれた知人などでっち上げで存在しない。それにそもそもここを追求される事など想定していなかったため、対策など講じているはずも無かった。こうなるくらいだったらもっと良い言い訳を練っておくべきだったと思っても後の祭り。こうして俺には話を合わせてくれる知人役が必要となったのだ。

 普通の交友関係を持っている人間ならここで友人の一人にでも頼めば良いのだろう。だが友人の一人もいない俺はそうはいかない。そもそも前からここに未練が残るような人間関係は作るまいとしていた事が仇となった。だが、こんな事態になってもこれを捩じ曲げるつもりは毛頭無かった。人材派遣に適当な人間を寄越してもらう案は裏世界と表の“八代”の顔の接点となるので却下。つまり、結局俺の数少ない知人にこの役を頼むしか無かった。だが唯でさえ少ない知人をさらに狭霧に顔を知られていない人間に絞り込むと、残るのは雜賀と最近利用していないピンクの髪の闇医者の二人だけだった。そしてどちらも裏世界と繋がりのある人間故、セキュリティとも関わりがある狭霧とは接触できない。

 これは詰んだかな、と半ば諦めかけていた時に『大丈夫ですか?』と心配そうに声をかけてきたのは常に俺の側にいる精霊のサイレント・マジシャン。その彼女の顔を見て俺は色々なものを諦めながらもこうする決心を付けたのだ。

 その後は狭霧に相手の都合が付くのは春休み頃になりそうだと話し猶予時間を確保してから、様々な方面に奔走し戸籍やら住居の問題を解決してようやく今に至る。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 サイレント・マジシャンが自己紹介を終えると再び部屋に沈黙が訪れる。狭霧はサイレント・マジシャンの体の毛穴と言う毛穴まで確認するようにサイレント・マジシャンを黙って見つめているし、そんな視線を向けられているサイレント・マジシャンは居心地が悪そうにモジモジとしながら俯いてしまっている。誰も口を開かない空間をこれ程までに居心地悪く感じた事は無い。時計の針が単調に時を刻む音だけがこの部屋に残された音だった。まるで音の出し方を忘れてしまったかのように部屋から音は消えていた。

 俺は突然テレビをつけたくなった。普段はテレビがついていたとしても気に留める事は無い。流れてくるのはシティのカラオケで起きたぼや騒ぎだとか、デュエルアカデミアの生徒が線路に落ちた酔っぱらいを救助したとか、世界に羽ばたくスーパーモデルの特集だとか、俺の生活に何の関わりのない情報ばかりだからだ。だがそれでも俺は今すぐテレビのスイッチをオンにしたかった。テレビは一度つけてしまえばこちらの都合などお構いなしに一方的に音を流してくれる。テレビをつけてシティのカラオケで起きたぼや騒ぎだとか、デュエルアカデミアの生徒が線路に落ちた酔っぱらいを救助したとか、世界に羽ばたくスーパーモデルの特集だとか、そう言った音でこの部屋を満たして欲しかった。

 そんな現実逃避をしているとようやく狭霧が口を開いた。

 

「はっ、ごめんなさい。八代君が初めて連れてきたお友達が女の子だったものだから、ちょっとボーッとしちゃってたみたい」

「い、いえ、大丈夫です。私も折角ご招待いただいたのに碌にお話しできないですいません」

「そんな事気にしなくていいわよ。あっ、そう言えば自己紹介がまだだったわね。八代君の保護者の狭霧深影よ。よろしくね」

「はい、よろしくお願いします! あ、これ、少ないですけどよろしかったら召し上がって下さい」

 

 そう言いながらサイレント・マジシャンは椅子の横に置いてあった鼠色の紙袋を差し出す。紙袋には真ん中には白い筆文字で庵寿堂と書かれている。それはここに来る前サイレント・マジシャンと一緒に買っておいたお菓子だ。店構えといい店の名前といい如何にも老舗っぽい印象を受けたのを覚えている。

 

「あら、そんな! こっちがこの前八代君を泊めてくれた事のお礼にってわざわざ来てもらったのに、受け取れないわよ」

「いえいえ。遠慮なさらずどうぞ、受け取って下さい」

「もう、気をつかってもらって悪いわね。それじゃあ……折角なんで今頂きましょうか。お皿持ってくるわね」

 

 そう言うと狭霧は受け取った袋をキッチンへ運んでいく。

 なんとか重たい空気を持参した土産物のおかげで払拭する事が出来た。サイレント・マジシャンは隣で座りながら息をついている。先程の空気にはサイレント・マジシャンも参っていたようだ。出された緑茶に口をつけると、サイレント・マジシャンはテーブルのガラスポッドを取り、俺の空いたグラスに緑茶を注いでいく。

 

「ん、ありがとな」

「はい」

 

 礼を告げるとサイレント・マジシャンははにかんだ笑みを浮かべる。こういう細かな気配りが出来るところもサイレント・マジシャンの良いところなのだろう。

 俺も緑茶を飲み一時の和らいだ空気の中、気を休めた。だが、そんな時も長くは続かない。狭霧がキッチンから戻ってくると再び気を引き締める。これからの会話でボロを出すわけにはいかないからだ。

 狭霧は戻ってくるとお菓子を乗せた木のお盆を一旦机の上に置き、そのまま座らずに口を開いた。

 

「まずはお礼を言うわ。この前は八代君を泊まらせてもらってどうもありがとう。八代君って普段あんまり喋らないから、お友達がいないんじゃないかって心配してたんだけど、それは杞憂だったみたいね。これからも八代君をよろしくお願いします」

「そ、そそ、そんなっ! よろしくだなんて……こちらこそマス……じゃなかった! や、八代君にはお世話になっているので……その……よ、よろしくお願いしますっ!」

 

 激しく吃りながらもサイレント・マジシャンは立ち上がってそれに答える。その様子を見て狭霧は優しい笑顔をこちらに向けていた。ただそんな笑顔を向けられたら本当は未だに友人がいないという事に少しだけ後ろめたさを感じてしまう。

 狭霧はお盆の上に乗せてきた三つの小皿を配ると席に座り、サイレント・マジシャンもまたそのまま座った。小皿の上に乗っているのは庵寿堂一押しの最中だ。サイレント・マジシャンがあんこ好きと言う事で今回彼女が選んだのだが、これからの追及の事を考えると味などとてもじゃないが分かりそうに無い。

 

「ふふっ、それにしても八代君にこんな美人な彼女がいたなんてねぇ。意外と隅に置けないじゃない」

「か、か、か、彼女っ!?」

 

 こっちの気持ちなど知ったものではない狭霧は新しい玩具を手に入れた子どものようにニヤニヤと笑いながらこちらを見ている。狭霧の彼女発言にサイレント・マジシャンは一瞬で顔から蒸気が出そうな程顔を真っ赤に染上げる。何か続けて言おうとしているのだが、口をパクパクさせているだけで言葉が出ないようだ。その様子を見ながら「初心ねぇ〜」と笑う狭霧は明らかにこの状況を楽しんでいる。流石にこのまま放置していても埒があかないのでここいらで割って入る事にする。

 

「彼女じゃないですよ。言ったでしょう、唯の知人だって」

「あら? そうだったかしら?」

「はい。まだ……付き合ってないです……」

「ふーん」

 

 狭霧め、盛大にすっとぼけやがって……

 俺が割って入るとサイレント・マジシャンは少しシュンとした様子だったが、彼女も狭霧の間違いに訂正に入る。しかしそれを聞いても狭霧の顔にはまだ悪戯っぽい笑みが張り付いていた。嫌な予感がする……

 

「じゃあ“まだ”ってことは、今後付き合う予定はあるのかしら?」

「え? あっ! えぇっと、あの! こ、こ、今後と言われても、その!」

「ふふふっ」

 

 再び白い肌を茹で蛸のように真っ赤にするサイレント・マジシャンの様子を見て狭霧はクスクス笑っている。サイレント・マジシャンは手を虚空に彷徨わせながら完全に挙動不審になっている。

 

「狭霧さん、あんまりからかわないでやって下さい」

「ふふっ、ごめんなさいね。山背さんがあんまりにも可愛いもんだから、つい悪戯したくなっちゃって」

「え? えっと……?」

「だから、からかわれてたんだよ」

「あぅ……」

 

 状況が飲み込めていなく呆けた顔をしているサイレント・マジシャンに事情を話すと両手で顔を覆ってしまった。それでも耳まで赤くなっているのは隠せていないが。そんなサイレント・マジシャンを見て狭霧はまた笑っている。本当に楽しそうだ。まぁサイレント・マジシャンの反応が嗜虐心をくすぐるというのは分からなくも無いが。

 

「ふふふっ、八代君。こんな良い子なんだからちゃんと大事にしなさいよ?」

「はぁ、そりゃまぁ……そうですね」

「あら? 随分と素直じゃない?」

「いや、そんなんじゃないですよ。ただ、前からこっちも世話になってるから……」

「んー? ははーん。なーんだ、八代君も満更でも無さそうね?」

「だからそういうのじゃ無いって言ってますよね?!」

「あっはっはっはっ! もう照れない照れない!」

「照れないとかじゃなくてですね?! これは……」

「ちょっ、八代君。そんな必死に……ぷっ! ふふふっ! あーはっはっはっ!」

「だから必死も何も! ……って聞いてねぇし……」

 

 完全に狭霧はツボに入ってしまったらしく当分は笑いの世界から戻ってくるようには見られない。さっきまであれほど警戒していたのが馬鹿みたいだ。どうしたものかと思いサイレント・マジシャンを見てみればまだ俯いたままの状態だった。こちらもまだ再起不能状態であるようだ。

 

「ん?」

 

 そんな事を思ったのだが、よくよく見てみると様子がおかしい。耳まで真っ赤だったさっきまでと比べて大分顔色は落ち着いている。それに微かにだが肩を揺らしているのが見てとれる。さらに耳をこらしてみると何か声が漏れているようだった。

 

「…………ぷっ……ふふっ」

「…………お前もか……」

 

 狭霧の弄りの矛先は俺へと向けられるわ、サイレント・マジシャンにも声を殺しながら笑われるわ、これも先程サイレント・マジシャンが弄られるのを心の隅で楽しんでいた罰なのだろうか。結局二人の笑いが収まるまで、俺は左手で額を押さえていた。

 

「あぁーっ、久々にこんなに笑ったわぁ。八代君もそんなリアクションするのね。新鮮だったわ」

「まったく……笑い過ぎですよ」

「ぷふふっ、す、すいません」

 

 狭霧といい、サイレント・マジシャンといい本当に楽しそうに笑うな。口にはしないが、二人のこんなに楽しそうな笑顔を見るのは初めてかもしれない。

軽く緑茶を口に運び、落ち着きを取り戻した狭霧はようやく話題を変えた。

 

「そう言えばさっき八代君も言ってたけど、二人は前からの知り合い何だっけ?」

「はい、そうです」

「私が八代君と会って今月で丁度一年が経つけど、二人が会ったのはそれより前なのかしら?」

「そうですね。もう知り合ってから三年になります」

「三年?! それじゃあもう知り合ってから結構経つのね。どんな切っ掛けで二人は会ったのかしら?」

「えぇっと……それは……」

 

 言葉を濁しながらこちらを見るサイレント・マジシャン。これは話して良い事かを確認する合図だ。嘘をつくのがあまり得意でないサイレント・マジシャンには事前に聞かれた事にはなるべく正直答えるように指示を出している。そして話していい事か判断に困ったらこうして合図を送ると言うのも決めていた事だ。ちなみに今回はあまり話したく無い事なので黙秘を貫かせてもらおう。

 

「あぁー、その時の事はちょっと……」

「えぇぇ! 良いじゃない、そのくらい! 減るもんじゃないし」

「その頃はちょっと……いや、かなり荒れてたんで……あんまり話したく無い事なんですよ」

「え、八代君荒れてたの? 全然想像できないわ。凄く気になるじゃない! 教えなさいよ」

「じゃあ、狭霧さんがジャックとの仲を進展させたら良いですよ?」

「何よそれ! そんなのそう簡単に上手くいくはずないじゃない!」

「だからその条件にしたんですよ」

「うぅぅ……八代君も結構意地悪なところあるのね。もしかしてさっき弄った事怒ってる?」

「…………怒ってないですよ」

「嘘よ! 今の間は何? 絶対怒ってるでしょ!」

「…………怒ってないですよ」

「だからその間は――――」

「あ、あの……落ち着いて……」

 

 そんなやり取りは狭霧がこの話題を諦めるまで続いた。その間サイレント・マジシャンはずっとこの場を落ち着けようとおろおろとしていたが、如何せん声が小さく狭霧の耳には届いていないようだった。無論それを無視したのも狭霧に無理難題を吹っかけたのも先程弄られた仕返しと言う訳ではない。断じて無いのだ。

 

「はぁ……分かったわ。この話はもう諦めるから出会ってからの事を教えて頂戴。そのくらいはいいでしょ?」

「まぁそのくらいなら。っと言っても面白いことはありませんよ? 出会ってから狭霧さんに拾われるちょっと前までぐらいは、ちょくちょく家に泊まらせてもらってただけなんで」

「私が八代君に会う前までって事は、そこで何かあったの?」

「確か両親が転勤したとか」

「えっ? あっ、はい! 私の両親が海外転勤になって一緒についていく事になって……それでここを離れる事になりました」

「なるほどねぇ。じゃあこっちに戻ってきたのもまたご両親に合わせて?」

「いえ、私の意思でこっちの学校に行きたくて無理を言って一人でこっちに戻ってきました」

「へぇ、じゃあ一人で戻ってきたって事は一人暮らし?」

「はい、そうです」

「そっかぁ。それは大変ねぇ」

 

 これで話題の切れ目となり各々が緑茶に手を伸ばす。口の中の渇きも大分落ち着き、緑茶のほろ苦い苦みを感じる余裕もできてきた。これならこの最中を美味しく味わえると判断した俺は最中に手をつける事にした。筆文字で牡丹最中と書かれたシンプルな包み紙を破ると、中から黄金色の牡丹を象った皮に包まれた最中が顔を出す。牡丹の花模様といい生地の色といい一つの芸術品のような仕上がりは見た目からその美味しさを物語っている。味を想像しただけで唾液が溢れ出てくる。サイレント・マジシャンも俺に続いて包み紙を剥がし始めた。それを待つ道理も無いので一足先に老舗の味を楽しませてもらうことにする。そして一口目を口に含んだ瞬間、

 

「って一人暮らしっ!!?」

「んぐっ?! げほっ! げほっ!」

「っ?! だ、大丈夫ですか!?」

 

 突然狭霧は大声を上げながらテーブルを叩いて身を乗り出してきた。それに驚き誤って、一口目の最中を味わう間もなく飲み込んでしまった。咄嗟に下を向き唾の飛沫が前方に飛ばないようにしたものの盛大に咽せる事になる。そんな俺を気遣ってサイレント・マジシャンは一旦開けかけの最中を皿の上に戻し、咽せている俺の背中を優しく摩ってくれた。だがそんな俺たちの様子など気にする事無く狭霧は畳み掛けるように質問を重ねる。

 

「山背さん、一人暮らしって事は……じゃあ八代君が泊まった時は二人っきりだったって事?!」

「は、はい! そ、そうですけど……?」

 

 何やら焦った様子で問いつめる狭霧に対し、サイレント・マジシャンは戸惑いながら質問に答えているのが耳に入ってくる。その後この空間には俺の咳き込む声だけが残った。一向に返事をする狭霧の声が聞こえないのは、何か考え事をしているのだろうか。

 

「…………(こんな若い男女が二人っきりで同じ屋根の下で夜を過ごしたって言ったらそれは……いやいや、でもこの八代君よ! そんな事にはそもそも無関心そうだし……でもこんな可愛い女の子が相手だったらいくら八代君でも……)」

「…………(ど、ど、どうしよう……また狭霧さん黙っちゃいました。しかもなんだか真剣な表情でマスターを見たり私の方を見たり……私何か不味い事言っちゃったのかな? 気まずいですよ、マスター。ってマスターはそれどころじゃないですよね。私がなんとかしなきゃ……)」

「…………(待って! だけどまだ二人は付き合ってもいないのよ? 流石にそんな事は無いわよ……ね? でも最近の子は貞操観念が薄れてるって言うし……やっぱりこういう事ははっきりさせといた方が良いのかしら……? でも男女の間の事なんて聞くものでもないし……あぁ〜でもやっぱり気になるわ! ここはストレートに聞いちゃう? でもそれでもし二人が……)」

「…………(なんだか真顔になったり、いきなり首を横に振り始めたり、急に焦った顔になったり。狭霧さんどうしちゃったんでしょう? はっ! いけない。なんとかこの空気を破らないと。何か話題になりそうなものは……そうだ! この最中を食べて……)」

「…………(いや、私は八代君の保護者よ。こういう事も知らなきゃならないわ。仮にそういう営みがあったとしてもここで釘を出しておかなきゃ。万が一、一晩の過ちなんて事になったら山背さんのご両親に合わせる顔が無いわ。ここではっきりさせておきましょう。そう、これは八代君の保護者としての義務であって、決して私の興味本位とかでは無いのよ。よしっ!)」

「…………(ん〜おいしい! このパリッとした生地の食感と中の粘り気のあるあんこの食感、そしてあんこの強烈な甘さと生地の質素な味が合わさってほっぺが落ちそう! って違う、そうじゃなくて! 狭霧さんはまだ最中を食べてないみたいだし、この感想でこの場を繋がなきゃ!)」

「「あのっ!」」

 

 なんとか咳き込むのが止まった時、ちょうど二人は同時に口を開いたようだった。お互いに先に相手に話を譲ろうとしていたが、それがなかなか決まらない。当分は話が振られることもないと判断した俺は、先ほど味わい損ねた最中にリベンジすることを密かに決意する。齧った跡からは黒褐色のあんこが見えていて、その味を想像するだけで再び唾液が溢れてくる。結局いつまで経っても話が進まないため最後は狭霧が折れて先に話すことになったらしい。珍しく恥じらっている様子の狭霧を不思議に思いつつも二口目を口に運ぶと、

 

「その、じゃあ……二人は…………寝たの?」

「っ!? ぐぇっほ! げっほ!!」

「ま、マスターっ!? しっかりして下さい!」

 

 今度は誤って気管に入り盛大に咽せる羽目になった。反射的に肺の奥の方から空気と共に気管に入った異物を押し出そうと反応するのが辛い。だが、それよりも狭霧から投下された爆弾を処理しなければ。サイレント・マジシャンにこの処理は手に余る。しかし幾ら声を出そうにも口からは咳しか出て来ない。

 

「どうなの?」

 

 そんな俺の様子など狭霧の眼中にないようで、狭霧は鬼気迫る勢いで質問を重ねる。こうなったら俺も腹を括るしかない。上手くこれを処理しろとは言わない。せめてこの質問の裏に仕掛けられている爆弾に気付いてくれ、サイレント・マジシャン。そしてそれを起爆させずに時間を……

 

「えっと、はい。夜遅くでしたけどちゃんと寝ましたけど……?」

 

 起爆した。

 それはもう見事な爆発だった。具体的には俺の心の大地を一瞬で更地にするくらい。狭霧もここまできっぱり返されると思っていなかったのか、面を食らった様子で「そ、そう……」と返すだけだった。それから何かを考え込むように黙りこくってしまう。おそらく頭の中では壮大な勘違いが展開されているのだろう。だが、まだ訂正は間に合う。事が起こってしまったのなら、重要なのは事後の対応。ここで迅速な対応を取ればそれだけ被害を減らすことができる。

 

「狭霧さん? あの、多分……」

「いいの八代君っ! 何も言わなくて……私、分かってるから」

「いや、だからそれは……」

「そうよね、八代君もよく考えたらもうそう言うことがあってもおかしくない年よね……ごめんなさいね。そんな話聞いちゃって。ただそう言うことをするにしてもちゃんと気を付けなさいよ? まだ八代君は責任なんて取れる年じゃないんだから。いい?」

「え? あ、はい。ってそうじゃなくて……」

「はいっ! これでこの話はおしまい! 次は山背さんの切り出しかけた話を聞きましょう?」

「…………」

 

 最早、完全に狭霧の勘違いを訂正するタイミングを失ってしまった。これではこの勘違いを引きずられて何れ大変なことに……なるのだろうか? ふとこの勘違いが今後の生活にどのような影響を与えるのかを疑問に思った。だが、それを考えるのも億劫だ。もうどうとでもなれ。何か問題があったらその時になんとかしよう。半ばやけくそでこの話題に諦めをつけ、サイレント・マジシャンの話に耳を傾ける事にする。

 

「え、えっと、そんな話を振られて話すような事じゃないんですけど……」

「良いのよ。遠慮しないで話して?」

「それじゃあ……その……ひ、久しぶりの最中でしたけど、よ、良かったです!」

「……っ!?」

「…………」

 

 さっきの沈黙の間に必死に考えた話題だったんだろうが、サイレント・マジシャン。俺も他人の事を言えたものではないけど、流石に話題作り下手過ぎやしないか? 狭霧もなんだかビックリしたような顔してるし。

 

「……(久しぶりの最中?! それって……あぁ、この最中の事ね。さっきの話題のせいでちょっとそう言う事に敏感になってるみたい。いけないわね)」

 

 サイレント・マジシャンは反応がなくて困っているようだ。狭霧もなんて返したら良いのか分からず戸惑ってるようだし、ここは俺が話を進めるしか無いようだ。

 

「俺は感じる余裕なんて無かったから、何とも言えないな」

「あっ、そうですよね……すいません」

「いや、これはただ俺のせいさ。まぁ感想を強いて言うなら、綺麗なあんこだったかな。流石は山背さんだ」

「……ありがとうございます」

「……(えっと……これってこの最中の話題……よね? あんこって違うわよね、深い意味は無いわよね? でもあんこの事を褒められただけ頬を赤らめてってことは……はっ! まさか山背さんがこの話題を恥ずかしそうに切り出したのって、初めからそう言う意味だったの?! だからあの時、この話題を出すのをあれだけ考えてたの?! 遠回しに私にどこまで仲が進んでるのかを伝えるために……)」

 

 おかしい。

 狭霧が黙ってしまったのは理解できた。だが、どうしてだ? なんで狭霧の顔がだんだん赤くなってるんだ? 急に熱でも出したのか、とにかく狭霧の様子がおかしい。どうしたのか尋ねようとした時、それよりも早く狭霧は口を開いた。

 

「わ……」

「……?」

「わ、わ、私っ! きゅ、急用を思い出したから、ちょ、ちょちょっと出る

わね! 二人っきりでゆっくりしてて。山背さんもまた遊びに来てね! それじゃあ!」

 

 それだけ言うと狭霧はドタバタと家を出てしまった。あまりに突然の動きだったせいで、思考が上手く働かない。取り残された俺たちはただ呆然とその場で固まっていた。残されたのは時計の針が時を刻む音だけ。

 

「……行っちゃいましたね」

「……なんだったんだ?」

 

 ここに俺の疑問の答えを持っている者はいない。

 何はともあれとりあえず狭霧を誤摩化す事は出来たことを喜ぶべきか。

 時間はまだ13時半。まさかこれ程早く終わるとは思っていなかった。この狭霧にサイレント・マジシャンを紹介するのにどれだけの時間がかかるか分からなかったため、今後に予定は入れていない。急に空いてしまった残りの時間をどうしたものか。

 

「……一日……二人きり……よしっ!」

 

 その傍らでサイレント・マジシャンも何かを決意したように拳を握りしめている。一体何を思ったのかは分からなかったが、その時のサイレント・マジシャンからは気迫のようなものを感じた。

 

 

 

————————

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「ふんっ、ふっ、ふっふーんっ♪」

 

 鼻歌を交えながら楽しそうにキッチンに立っているのはサイレント・マジシャン。結局狭霧は出て行ったっきり戻ってこないため、仕方なく昼食はサイレント・マジシャンが作ってくれる事になったのだ。これには最初は適当に外で食べにいけば良いと言ったのだが、サイレント・マジシャンが自分が作ると言って聞かなかったと言う経緯がある。彼女がそこまで頑な自己主張をするというのも珍しい事だ。まぁ外食しなければ困ると言った事情も無かったので、サイレント・マジシャンの意思を尊重しこうして彼女にキッチンを預けているのである。こうしてテーブルの前で椅子に腰掛けながらダイニングキッチンに見える普段とは違う私服の後ろ姿はなんとも新鮮だった。

 

「マスター、出来ましたよ」

「おう、ありがとな。テーブルセッティングはもう出来てるから早く食べよう」

「わかりました。マスターの分はこれくらいでよろしかったでしょうか?」

 

 そう言いながらサイレント・マジシャンが運んできたのはイカと明太子のパスタ。小麦色のパスタに程よく絡んだ明太子の赤色。その上に刻んだ青ネギと大葉が散らされており、真ん中には細長く切られた曇りガラスのような白のイカが、さらにその上に黒い刻み海苔が乗せられていて、なんとも彩り豊な盛りつけだ。

 サイレント・マジシャンの手にある二つの皿の内、彼女が俺に差し出してきたのは多めに盛りつけられた大皿。人に驚かれる程の大喰らいでは無いが、流石にこの年になると食欲は以前より増してきている。そんな俺がちょうど良く満腹になるくらいに盛りつけられた大皿を見て「大丈夫だ」と返す。

 サイレント・マジシャンは俺の返事を聞くとそのままテーブルセッティングの整ったテーブルの上に皿を置く。それぞれ向かい合った席に着くと同時に手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

 こうしてサイレント・マジシャンとの食事が始まった。

 まずスプーンとフォークを持ち綺麗に盛りつけられたパスタを混ぜていく。パスタを混ぜると下の方に溜まっていた熱がパスタの匂いと共にもわっと顔に感じられた。このとき本場のイタリアでは一般的にスプーンとフォークは使わないという事を思い出したが、正直自分の食べやすいように食べれば良いというのが俺の考え方だ。そんな事を考えながら、程よく混ざったパスタをスプーンの上でフォークに絡めていく。何やらサイレント・マジシャンは俺が一口目を口に運ぶ様子をまじまじと見ているのが気になるが、腹が減っていたためそのまま食べる事にした。まず最初に明太子の塩味と茹で上ったパスタの味が口に広がる。刻んだネギのシャキシャキとした食感とイカのもちもちとした弾力がある食感、そしてアルデンテで茹でられたパスタの歯ごたえの残る食感の三つが口の中を楽しませる。さらに噛んでいくと大葉と海苔の風味が口に広がっていく。一口目を食べ終えると無意識に口を開いていた。

 

「うまいな」

「ほ、本当ですか! 久しぶりの料理だったんで不安だったんですけど、そう言って貰えると良かったです」

「昔から料理上手いから心配はしてなかったぞ」

「…………嬉しいです」

 

 そうして照れ笑いを浮かべながらサイレント・マジシャンはようやく一口目を口に運ぶのだった。それからはお互い黙々とパスタを口に運び食べる事に集中していた。普段食べている狭霧の料理も美味いのだが、健康志向なのか味付けが薄味なので物足りなく思う事がある。しかしサイレント・マジシャンは俺の好みをしっかり覚えていたようで少し濃いめの塩加減が絶妙だ。気が付いた時には皿からパスタは綺麗さっぱり無くなっていて少し驚いた。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

 

 サイレント・マジシャンも丁度フォークを置くところだったようで、皿には何も残っていなかった。こちらを見つめる彼女は幸せそうな笑みを浮かべている。

 

「嬉しそうだな」

「えぇ、マスターが凄く美味しそうに食べてくれたので」

「そうか。久々に食べたけど美味かったよ」

「ありがとうございます。……あの」

「ん?」

「マスターが言ってくれれば……また……いつでも……」

「……あぁ、また頼む」

「っ! はいっ!」

 

 眩しいぐらいの笑顔での元気良い返事だった。なんだか最近はこのような笑顔を見る事も増えたような気がする。いったい何がそんなに嬉しいのかは分からなかったが、そんな笑顔を向けられるのは嫌な事ではない。ただいつまでもそんな顔を向けられていると落ち着かないため、流れを断ち切る事にする。

 

「それじゃあ片付けは俺がやるから」

「そんな! 良いですよ、私がやります!」

「いいって。ここでも洗い物は俺やってるし」

「けど、狭霧さんが居なくて、私の手が空いているのにマスターに仕事をさせるのは……」

「でも、昔だってサイレント・マジシャンが飯作ってくれたら俺が片付けしてただろ?」

「それは……そうですけど……」

「ならそれでいいよな? これも昔のままでさ」

 

 そう言ってサイレント・マジシャンを押し切り、皿を重ねてキッチンへと運ぶ。流しには朝食で使った皿もまだ水につけっぱなしになっていた。でもそれを合わせても大した量ではない。手早く終わらせて今日の予定を決めよう。

 まず手をつけたのは洗い桶に浸かっている皿を退ける作業。手早くそれを終えると洗剤を含ませたスポンジでまず洗い桶を拭く。折角洗った皿も汚れている洗い桶の中に浸けては意味が無いため、ここは丁寧に洗う。スポンジが表面を一通り撫で終えたら、泡立った洗い桶の中身を水で流していく。

 

「……っ」

 

 春に入ったとは言えまだ肌寒さの残る時期だ。いつもの事とは言えやはり水道の冷水が指先に凍みる。だが居候の身である以上は無駄にガス代をかけたく無かったのでその程度は我慢して作業を続ける。ここでお湯を使ったとしてもここの家計には然して影響しないのだろうが、これは俺の譲りたく無い意地のようなものだ。

 洗い桶に水を溜め終えると水道を止め、皿をスポンジで拭く作業に移る。黄緑と黄色の二色のスポンジを二三回軽く握ると細かい穴から白い泡が吹き出てくる。指の間から泡が通り抜ける感覚は少し気持ちいい。その十分に泡立ったスポンジで皿を拭くと、洗い桶に入れるという作業を繰り返す。一人暮らしをしていた頃から毎日こなしていたおかげで大分作業のスピードは上がっていると思う。ここでの生活は何かと狭霧の世話になっているが、叶うのなら自分の出来る事は自分でやっておきたいというのが本音だ。一人暮らし生活が長かったせいで、そう言った自分の事は自分でやらないと落ち着かないのだ。

 すべての皿をスポンジで洗い終えると洗い桶に積上った食器はちょっとした塔になっていた。後はこの洗剤の付いた皿を水で流していくだけだ。ただ水で洗い流すと言っても、泡を効率よく落とすためには水で流しながら食器の表面を指で撫でる必要がある。必然的に水に触れる機会が増えるため手がどんどん冷えていく。冷えきった水のせいで指先が赤くなってきたが、構わず作業を続ける。無心で手を動かし水で流した食器を水切りカゴに移していくと、ようやく最後の皿が見えてきた。夏場なら冷たい水も大歓迎なのだが……と、ここで早くも夏の到来を待ちわびている自分に気が付く。少し前までは季節の事など気に留めた事も無かった。ここで狭霧と暮らし始めてもう一年。今を生きるのに必死だったあの頃より今は余裕ができたのかもな。洗い物を終えながら、そんなことを思った。

 

「お疲れさまです」

「あぁ」

「マスター、今日はこれからどうしますか?」

「そうだな。春休みの課題のレポートがあったから、まずはそれに手をつけようかな」

「……そうですか」

 

 俺の答えが不味かったのか、サイレント・マジシャンは顔を俯かせる。しかしそれも僅かな間の事で、顔を上げると意を決したように目を真っすぐ見て切り出してきた。

 

「あ、あのっ!」

「なんだ?」

「レポートって確か自分の普段使っていない種族統一デッキがテーマでしたよね?」

「そうだな」

「そのデッキはもう?」

「あぁ、昨日完成したところだ」

「なら……そのデッキのテストプレイの相手が必要じゃないですか?」

 

 一瞬、サイレント・マジシャンのその発言の意図が分からなかった。だが、それもほんの僅かな間で、すぐに彼女の提案の意図を理解した。サイレント・マジシャンは緊張しているのか、服の裾を握ったり離したりを繰り返しながら俺の返事を待っている。俺の答えは当然決まっていた。

 

「確かにそうだな。相手になってくれるか?」

「はいっ! 喜んでっ!」

 

 

 

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 そんなこんなでサイレント・マジシャンとデュエルをする事になったのだが、この家にデュエルディスクは二つ無い。それでは当然外でデュエルをする事も出来ないので、ここで座式デュエルをする事にした。しかしリビングのテーブルでは対面する距離がありすぎる事に気付き、場所を急遽俺の部屋に移した。

 相も変わらず何も無い殺風景な部屋だ。パッと見ても大きな家具は木で出来た勉強用デスク、本棚、ベッドのみ。デスクの上にはノート型のPCがあるだけで、他に乗っているものは何も無い。他にあるものは本棚の一角を占めるデュエルアカデミアの教材と机の下のカードの入ったジュラルミンケースのみ。床に座ってのデュエルというのも侘しいものだし、何かの上でデュエルをしようという事で初めはベッドの上を誘ってみたのだが、そう切り出した途端サイレント・マジシャンがフリーズしてしまったのでその案は没となった。結局クローゼットの中の衣装ケースの上でデュエルをするという事で決着がついた。

 

「それにしても良いのか、これ?」

 

 俺が聞いたのはこの衣装ケースについての事だ。半透明の蓋から透けて見える通り、この蓋の裏にはサイレント・マジシャンの普段の衣装に刻まれた輝く杖をモチーフにしたと思われる文様が書いてある紙が貼付けてある。なんでもこれにより魔を封じ込める結界の役割を果たしているのだとか。そんな魔法の込められたこの衣装ケースを果たしてデュエル用の台として使っていいのか甚だ疑問だったのだが、その返事は意外にも軽いものだった。

 

「大丈夫ですよ、このくらい。蓋を開けさえしなければ問題ありませんから」

「そうなのか。なら良いんだが……それじゃあ始めるとするか。準備は良いか?」

「はい、いつでも大丈夫です」

 

 返事の通りサイレント・マジシャンは既にデッキを手に取りシャッフルを始めていた。俺もジュラルミンケースの中から課題用に作ったデッキを取り出す。今回作ったのはドラゴン族デッキ。今でこそ魔法使い族デッキをメインで回しているものの、昔はドラゴン族デッキを使っていた事もあり今回のデッキもカードはそこまで困らなかった。ただ大分ブランクがあるため、果たして昔のようにちゃんと動かせるかは分からない。それにサイレント・マジシャンには以前に一度負けている。だが、それが程よい緊張感となって気が引き締まるのだ。

 

シャッ、シャッ、シャッ

 

 リズム良くカードを切る音が続く。こう言ってカードを手で切ると言うのも随分と新鮮に思える。デュエルディスクのオートシャッフルにもうすっかり馴染んでしまっているが、やはりシャッフルする時のカードの肌触りと言うものはいい。

 

「マスター、カットお願いします」

「ん」

 

 お互いのデッキを入れ替えて山札をカットする。何気ない動きではあるが、これもまた座って行うデュエルの醍醐味と言うものだ。今までの経験上、大体の人は山札を適当に三つに山札を分けてその順番を適当に入れ替える。サイレント・マジシャンも例に漏れず俺のデッキを三つに分けていたが、渡されたデッキをまるで重要文化財を触れるかのように丁寧に扱うのは彼女だけだ。

 俺はサイレント・マジシャンから受け取ったデッキの上三分の二ぐらいを適当に掴み、三分の一ぐらい残った山札の右隣に掴んだうちの半分ぐらいのカードを置き、大体三等分ぐらいに分けた山札を並べる。そして三つに並んだ山札のうちの真ん中を掴み、それの下に先程まで一番下だった山札を重ね、その下に先程まで一番上だった山札を重ねる。これが俺に染み付いたカットのやり方だ。

 お互いカットを済ませるとデッキを戻し自分の右手前にデッキを置く。準備ができたかを目で確認した後、息を合わせて同時に掛け声を掛ける。

 

「「じゃんけんぽん」」

 

 これまたデュエルディスクをつけてのデュエルでは味わえないデュエル前の儀式だ。デュエルディスクの先攻後攻の判定が無いため、座ってのデュエルではこれの勝敗でデュエルの先攻後攻を決めるのが一般的だ。ちなみに今回は俺がグーを出し、サイレント・マジシャンがパーを出したために俺の敗北と言う結果に終わった。久々にやったジャンケンで負けるのは地味に悔しかった。

 

「先攻を貰います。私のターン、ドローです」

 

 サイレント・マジシャンの声を聞き、気を取り直して自分の初手を確認する。いつものデッキでは無いが存外手札は悪く無い。ただこれは先攻の手札だ。後攻だとサイレント・マジシャンのこのターンと次のターンの流れ次第では危うい。

 

「『熟練の白魔導師』を召喚」

 

 それが記念すべき最初にこの衣装ボックスに置かれたカードだ。魔法カードが使われると魔力カウンターが乗り、三つの魔力カウンターが溜まると自身をリリースする事で竜破壊の剣士を呼び出すモンスターだ。

 

 

熟練の白魔導師

ATK1700  DEF1900

 

 

 その竜破壊の剣士というのははっきり言ってこのデッキの天敵だ。そいつを呼び出される前に早いところコイツを処理する必要がある。

 

「永続魔法『強欲なカケラ』を発動します。またマジックカードの発動により『熟練の白魔導師』に魔力カウンターが一つ乗ります」

 

 時間はかかるがカウンターが溜まれば手札の枚数を増やせる珍しいカードだ。ただその前にこのカードを破壊してしまえばその効果は使えないためリスクもある。どちらも効果破壊耐性の無いカードだが、生憎と今の手札ではどちらのカードも処理できない。その事を知ってか知らずかサイレント・マジシャンの態度は非常に落ち着いたものだ。

 

 

熟練の白魔導師

魔力カウンター 0→1

 

 

 だがその後サイレント・マジシャンは何かを探すようにオロオロし始めた。

 

「どうした?」

「えぇっと、魔力カウンターは何で置けば……」

「あぁ、そっか。んじゃカードを魔力カウンター代わりに下に敷くか」

 

 カードを入れているジュラルミンケーヅを持ってきて、その中から適当に出したカードををサイレント・マジシャンに渡す。

 

「『久遠の魔術師ミラ』ですか」

「そう言えば最近使ってないな。今度使ってみるか」

「光属性魔法使い族だと……私と一緒ですね」

「光属性魔法使い族……そうだな。そう言えば光属性魔法使い族で統一した里メタビがあったな。それの調整でもやるか。……って嬉しそうだな」

「えへへっ」

「まぁ別に機嫌がいいのは構わんが……それで、どうするんだ?」

「……何がですか?」

「いや、このターン」

「あっ! すいません! カードを二枚伏せてターンエンドです」

 

 ここで更に二枚のセットカード。俺の手札にフィールド上の魔法・トラップを全て一掃できるマジックカード『大嵐』が無いと確信しての動きなのか、それともそれの対策もしているのか。どちらにせよ魔法・トラップカードを除去する手段が無いこの手札では何も出来ない。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 やはり上手く引きたい札は来てくれない。こうなるとこのターンやる事はこれと言った駆け引きも存在しない手しか打てなくなる。

 

「モンスターをセット。カードを二枚伏せてターンエンドだ」

「随分とあっさりしてますね」

「まぁそんなもんだ」

「では、こちらは遠慮なく行きますよ。私のターン、ドロー。このとき通常ドローをした事で『強欲なカケラ』に強欲カウンターが一つ乗ります」

「んじゃ、そのカウンターはこれで」

「『マジシャンズ・ヴァルキリア』って……良いんですか?」

「意図的に傷つけるような事をする訳じゃないし大丈夫だろ」

「分かりました」

 

 サイレント・マジシャンは渡した『マジシャンズ・ヴァルキリア』のカードを『強欲なカケラ』のカードの下に置いた。座って行うデュエルではカウンターが乗っかるカードがあればカウンター用のビーズ使ったり、それが無ければサイコロやこうしたカードを使ったりするのだ。

 

 

強欲なカケラ

強欲カウンター 0→1

 

 

 さて、ここでサイレント・マジシャンはどう攻めてくるか。除去カードを多用されると苦しいところだが。

 

「このままバトルフェイズへ。『熟練の白魔導師』でセットモンスターに攻撃。攻撃宣言時、何かありますか?」

「いや、ない」

「じゃあここでトラップカード『マジシャンズ・サークル』を発動します。お互いデッキから攻撃力2000以下の魔法使い族モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚します。私が特殊召喚するのは『ブラック・マジシャン・ガール』です」

「なら俺は『ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-』を特殊召喚する」

 

 どうやら除去カード始動ではなかったようだ。『マジシャンズ・サークル』は自分は勿論だが相手のデッキからも強制的に魔法使い族モンスターを特殊召喚するカード。相手が魔法使い族デッキならメリットにしかならないが、それ以外なら出したく無い魔法使い族モンスターを引きずり出したり、相手のデッキに魔法使い族モンスターが無ければ相手のデッキの中身を確認する事が出来る。

 

 

ブラック・マジシャン・ガール

ATK2000  DEF1700

 

 

ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-

ATK1200  DEF1100

 

 

 だが、今回このタイミングで『ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-』を呼び出せたのはこちらとしても都合がいい。ただ欲を言えば守備表示で出したいところだったが、強制的に攻撃表示で出されるのでこのターンのライフダメージは割り切る事にする。

 

「バトルはこのまま続行です。『熟練の白魔導師』でセットモンスターを攻撃」

「俺のセットモンスターは『仮面竜』。このカードが戦闘で破壊された時、デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する。俺は『神竜 ラグナロク』を守備表示で特殊召喚する」

 

 デッキの中から『神竜 ラグナロク』を探すとデッキの一番下にあったのですぐ見つける事が出来た。このカードには効果は何もないが、ある融合モンスターの融合素材となっているためデッキに一枚だけ採用している。

 

 

神竜 ラグナロク

ATK1500  DEF1000

 

 

「カットするか?」

 

 軽くシャッフルを終えサイレント・マジシャンにそう確認する。

 

「いえ、大丈夫です」

「分かった」

「それではバトルを続行します。『ブラック・マジシャン・ガール』で『ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-』に攻撃」

「おう」

 

 既に『仮面竜』が墓地に行っているのでそこに『ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-』を重ねる。自分のデッキの前が墓地ゾーンのため相手の墓地も可視化されているのがデュエルディスクのデュエルと勝手が違うところだ。

 

「あっ、電卓持ってきますね」

「そう言えばすっかり忘れてたな。そこの机の上にあるから」

「了解です。んぅっ!」

 

 そう言ったがしかし官能的な声を漏らしたきり、なかなかサイレント・マジシャンが立ち上がらない。その顔は仄かに赤みがかかっており少し焦っているようにも見える。足は正座から崩しており後は力を入れて立ち上がるだけなのだが、いくら踏ん張っても立てない様子だ。

 

「どうした?」

「いえ、すいません。足が……でも、すぐ治りますからっ!」

「あぁ、正座してたせいか。良いよ、俺が取ってくる」

「大丈夫ですぅんひゃっ!」

 

 立ち上がる俺を見て無理に立ち上がろうとするサイレント・マジシャンの足の裏を軽く足で突くと面白いぐらいに良い反応をする。軽く涙目になりながら上目遣いで睨まれたところで全然怖くない。そのまま机の上の電卓を取ると40004000と素早く入力し自分のデュエルゾーンに戻る。

 

「俺のライフ左な」

「うぅ……分かりました」

 

 俺が足を突いたのがまだ堪えているのかサイレント・マジシャンの声にはまだ力が入っていない。サイレント・マジシャンじゃ痺れた足をムズ痒そうにと動かしながらゆっくりと座り方を変えていった。

 

 

八代LP4000→3200

 

 

「こ、この恨みはデュエルで晴らします」

「……おう、来いよ」

 

 こちらをキッと睨みながら凄みを出そうとしているのは分かるが、それをぺたん座りの状態で言われても可愛らしいだけだ。

 

「これでバトルフェイズを終了してメインフェイズ2です。場に『ブラック・マジシャン・ガール』が表側表示で存在するため、手札からマジックカード『賢者の宝石』を発動します。この効果でデッキから『ブラック・マジシャン』を特殊召喚します」

 

 『賢者の宝石』は『ブラック・マジシャン・ガール』の専用サポートカード。今までの流れからも分かると思うが、サイレント・マジシャンのデッキは“ブラック・マジシャン”デッキ。いつものデッキならまだしもこのデッキだと少し相性が悪い可能性がある。

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500  DEF2100

 

 

「さらにマジックカードの使用により『熟練の白魔導師』に魔力カウンターが1つ乗ります」

「んじゃ、次はこれで」

「ありがとうございます。……次はウェムコちゃんですか」

「ん、おう。そだな」

 

 

熟練の白魔導師

魔力カウンター 1→2

 

 

「カードを1枚セットしてターンエンドです」

 

 セットカードの枚数はこれで再び二枚。先程の『マジシャンズ・サークル』のおかげでこちらは動けそうだが、サイレント・マジシャンはそれをどう阻んでくるか。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 幸いなのはさっきのターンで『熟練の白魔導師』に魔力カウンターに溜まりきらなかった事だ。このターンで溜まったとしてもここで倒しきれば問題ない。

 

「手札のレベル8のモンスター『フェルグラントドラゴン』を捨ててマジックカード『トレード・イン』を発動。カードを2枚ドローする」

「マジックカードの使用により『熟練の白魔導師』に魔力カウンターが乗ります」

「これで最後か。はい」

「そうですね。……今度は『魔轟神グリムロ』」

「そうか」

「……また、女の子」

「ん?」

「いえ、何でもないです」

 

 サイレント・マジシャンの顔に一瞬影が過ったような気がしたが気のせいか。

 

 

熟練の白魔導師

魔力カウンター 2→3

 

 

「手札の攻撃力1000以下のドラゴン族チューナーである『ガード・オブ・フレムベル』を捨てマジックカード『調和の宝札』を発動。さらにカードを2枚ドローする」

 

 いい具合にデッキが回ってきた。妨害が無ければ一気に展開されたこの場を返せそうだ。

 

「永続トラップ『リビングデッドの呼び声』を発動。墓地から『ガード・オブ・フレムベル』を攻撃表示で復活させる」

 

 『ガード・オブ・フレムベル』は効果のないモンスターでレベル1のチューナーだが守備力のステータスは頼もしいため、いざという時の壁としても役に立つ。

 

 

ガード・オブ・フレムベル

ATK100  DEF2000

 

 

「セットカードは『リビングデッドの呼び声』でしたか。このタイミングと言う事はシンクロ召喚ですね」

「あぁ、その通りだ。レベル4の『神竜 ラグナロク』にレベル1の『ガード・オブ・フレムベル』をチューニング。シンクロ召喚、『転生竜サンサーラ』」

 

 普段ならレベル5のシンクロモンスターは『TGハイパー・ライブラリアン』を出すところだが、このデッキの都合上今回は『転生竜サンサーラ』を優先する必要があった。攻撃力が心許ないが守備力は頼もしい数値である。

 

 

転生竜サンサーラ

ATK100  DEF2600

 

 

「場の表側の永続トラップ『リビングデッドの呼び声』を墓地に送ってマジックカード『マジック・プランター』を発動。カードを2枚ドローする」

「随分と回りますね……」

「冴えてるみたいだ。俺を倒すつもりなら、それ相応の覚悟が必要だぞ?」

「それでも……負けませんよ」

「良い意気込みだ。マジックカード『龍の鏡』を発動。墓地の『ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-』と『神竜 ラグナロク』を除外する事で、この2体の融合召喚を行う。『竜魔人キングドラグーン』を特殊召喚」

 

 『竜魔人キングドラグーン』はドラゴンを統べる『ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-』の効果を引き継ぎ、相手のドラゴン族へを対象にする魔法、トラップ、モンスターの効果を封じる効果を持っている。

 

 

竜魔人キングドラグーン

ATK2400  DEF1100

 

 

 これによりサイレント・マジシャンの全体に影響を与える除去札や、対象をとらない妨害以外は封殺する事が出来た。これでこちらとしては相手の札を気にしないで動く事が出来る。畳み掛けるように展開させてもらおう。

 

「『竜魔人キングドラグーン』の効果発動。1ターンに1度、手札からドラゴン族モンスター1体を特殊召喚できる。俺が特殊召喚するのは『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』」

 

 “ドラグニティ”の唯一の最上級モンスター。最上級モンスターにしては攻撃力は高い方ではないが、このカードこそが今回のデッキの核となっているカードと言っても過言ではない。

 

 

ドラグニティアームズ-レヴァテイン

ATK2600  DEF1200

 

 

 そんな最上級モンスターも手札消費は激しくなるが毎ターン手札から呼び出す事が出来る『竜魔人キングドラグーン』の能力はやはり強力である。

 

「『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』は召喚、特殊召喚に成功した時、自分の墓地のドラゴン族モンスター1体をこのカードの装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。俺が装備するのは『フェルグラントドラゴン』」

 

 “ドラグニティ”とは墓地の“ドラグニティ”と名のついたドラゴン族を装備カードとする事が出来る鳥獣族モンスターと装備カードとなっている時に効果を持つドラゴン族で成り立つテーマである。そんな中『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』はドラゴン族ながら墓地のドラゴン族ならば何でも装備する事が出来る。さらに自身が相手の効果で破壊された時、その装備したドラゴン族モンスターを特殊召喚する能力もある。仮に全体除去カードの妨害を受けたとしても後続に繋げられる。

 

「バトル。『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』で『ブラック・マジシャン』を攻撃」

「……通ります」

 

 俺の攻撃宣言を受け渋々と『ブラック・マジシャン』のカードを墓地へ移動させるサイレント・マジシャン。

 こうやって妨害があったとしても大丈夫なんて余裕がある時に限って相手は何も仕掛けてこないものだ。そしてこちらが何も準備が無い時に予想外の妨害が飛んでくるのだ。

 

 

サイレント・マジシャンLP4000→3900

 

 

 電卓を弾きサイレント・マジシャンのライフを100削る。全て自動でデュエルを進行してしまうデュエルディスクと違い、こう言った事も全て手を動かしてやると生まれ故郷でのデュエルを思い出す。ただ当時よくデュエルをしていた友人の顔も思い出せない程時間が過ぎてしまった事に寂しさを覚える。

 

「墓地に『ブラック・マジシャン』が送られた事で『ブラック・マジシャン・ガール』の攻撃力は300ポイントアップします」

 

 しかし内に向きかけた意識はサイレント・マジシャンによってこのデュエルに引き戻される。

 そうだ、今はデュエルに集中しなければ。

 

ブラック・マジシャン・ガール

ATK2000→2300

 

 

 攻撃力が上昇したと言えど、『ブラック・マジシャン・ガール』の攻撃力は依然『竜魔人キングドラグーン』の攻撃力にすら届いていない。今後攻撃力が上昇する可能性はあるが、最優先撃破対象はそれでも変わらない。

 

「『竜魔人キングドラグーン』で『熟練の白魔導師』を攻撃」

 

 とにかく魔力カウンターが溜まってしまった『熟練の白魔導師』を撃破しなければ次のターンこのデッキの天敵の召喚を許す事になる。しかし先程の攻撃も通った事だし、こちらの相手の妨害に対する布陣は整っているため問題なく攻撃は通ると考えていた。だが、やはり自分の思惑通りに進む程デュエルは甘く無い。

 

「トラップカード『ガガガシールド』を発動します。このカードを『熟練の白魔導師』に装備する事で、このターンのあらゆる破壊から『熟練の白魔導師』を2度まで守ります」

「うっ……やるな」

「ふふっ、マスターの思い通りにはさせませんよ」

 

 先程の情けない顔とは打って変わりドヤ顔をするサイレント・マジシャンに僅かに苛立ちを覚える。

 

 

サイレント・マジシャンLP3900→3200

 

 

 これで俺のこのターン攻撃権は全て使い果たしてしまった。あれだけのドローソースを駆使しても都合の良い除去カードを呼び込めなかったため、次ターン『熟練の白魔導師』の効果が発動する事は決まってしまった。後はこのターンセットするカードでその攻撃を止めきれるかどうかだ。

 

「カードを2枚セットして。エンドフェイズへ。この時手札から速攻魔法『超再生能力』を発動。このターン手札から捨てられた、またはリリースされたドラゴン族1体につきカードを1枚ドローする。俺が捨てたのは2枚のため、デッキからカードを2枚ドローする」

 

 このドロー効果は強力なものだ。だがエンドフェイズを迎えてのドローと言うのはタイミングが遅い。こうやって今すぐセットしたいカードもセットする事が出来ないのだ。

 

「私のターン、ドロー。このドローで『強欲なカケラ』に強欲カウンターがまた1つ乗ります」

「お、それに乗るカウンターも最後か。んじゃこれで」

「……『魅惑の女王LV7』。……マスター」

「ん?」

「わざとやってます?」

「何がだ?」

「……分からないなら良いです」

「?」

 

 何やらサイレント・マジシャンは機嫌が悪いようだ。何かしただろうか?

 少し暗い表情で『マジシャンズ・ヴァルキリア』の下に『魅惑の女王LV7』を置くのが印象的だった。

 

 

強欲なカケラ

強欲カウンター 1→2

 

 

 これでこのターンサイレント・マジシャンが手札を増強してくる事も確定した。今サイレント・マジシャンの手札は二枚。それが四枚まで増やされるとこのターンの攻撃を防ぎきれるかどうか怪しくなる。

 

「魔力カウンターが3つ乗った『熟練の白魔導師』をリリースし効果発動。デッキから『バスター・ブレイダー』を特殊召喚します。この魔力カウンターとして使わせてもらった三枚のカードは……どうしましょう?」

「あぁ、また使うかもしれないから端に置いとこうか」

「わかりました」

 

 台にしている衣装ケースの端に重ねて置かれる『救世の美神ノースウェムコ』等のカード。その後サイレント・マジシャンはデッキの中から『バスター・ブレイダー』のカードを探し始める。しかしデッキのボトムからいくら探しても見つかる様子が見られない。一瞬だけデッキに『バスター・ブレイダー』を入れ忘れた事を期待したが、デッキのトップから無事見つかってしまった。

 

 

バスター・ブレイダー

ATK2600  DEF2300

 

 

 今の探している様子からして『バスター・ブレイダー』はデッキにピン挿し。特殊召喚制限の無い最上級モンスターだが、その特殊召喚方法は『熟練の白魔導師』の効果や『死者蘇生』などの墓地からの復活しか無いはず。こいつが出てしまった以上は効果で除去していく事を考えていかなければ……

 

「『バスター・ブレイダー』は相手の場、墓地のドラゴン族モンスター1体につき攻撃力が500ポイントアップします。マスターの場と墓地のドラゴン族の数は……えっとぉ……」

「場には『竜魔人キングドラグーン』、『転生竜サンサーラ』、『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』とそれに装備されている『フェルグラントドラゴン』の4体。墓地には『ガード・オブ・フレムベル』と『仮面竜』の2体。合計6体だな」

「と言う事は攻撃力が3000ポイントアップしますね」

 

 サラッとサイレント・マジシャンは言うがそれはとんでもない上昇値だ。最上級モンスターの攻撃力は大体3000ぐらいが一般的。こちらがそんな最上級モンスターを立てていたとしてもその攻撃を受ければ2600ポイントのダメージが俺を襲う事になる。並のモンスターでは壁にもならない状況だ。

 

 

バスター・ブレイダー

ATK2600→5600

 

 

 こちらも決して弱く無い最上級モンスターを従えているはずなのにサイレント・マジシャンの出した『バスター・ブレイダー』前では霞んで見えてしまう。いざ出てくると事前に分かっていたとしても、実際に出てくると攻撃力5000超えのプレッシャーがこちらに重く伸し掛ってくる。

 

「強欲カウンターが2つ乗った『強欲なカケラ』を墓地に送ってデッキから2枚ドローします」

 

 強欲カウンターとして使っていた『マジシャンズ・ヴァルキリア』と『魅惑の女王LV7』のカードを既に端に置かれている『救世の美神ノースウェムコ』の上に重ねながらサイレント・マジシャンはカードを2枚ドローする。新たに加わったカードを真剣な表情で見ながら次の一手を考えている様子だ。数秒間何も言わずに考え込んだ後、閉ざされた口がついに開いた。

 

「バトルです。『バスター・ブレイダー』で『竜魔人キングドラグーン』に攻撃します」

 

 『竜魔人キングドラグーン』の攻撃力は2400で『バスター・ブレイダー』の攻撃力は5600。この攻撃が成立すれば俺の残りライフ3200を丁度削りきられる。先程の思考時間はこの攻撃が通るかどうかを考えていたのだろう。だが、流石に3枚のセットカードを全てが処理されていないのに、この攻撃を止められないなんて事は当然ない。

 

「相手の攻撃宣言時にトラップカード『立ちはだかる強敵』を発動。相手はこのターン俺の選択した表側表示のモンスターしか攻撃対象に選ぶ事は出来なくなる。俺が選択するのは『転生竜サンサーラ』」

「簡単にはやられてくれませんね、流石です。『バスター・ブレイダー』で攻撃を続行します。『バスター・ブレイダー』で『転生竜サンサーラ』を攻撃」

「『転生竜サンサーラ』が戦闘によって破壊された場合、墓地のモンスター1体を選択し、そのモンスターを特殊召喚する。俺が選ぶのは『ガード・オブ・フレムベル』」

 

 墓地の『ガード・オブ・フレムベル』と場の『転生竜サンサーラ』を入れ替える。

 

 

ガード・オブ・フレムベル

ATK100  DEF2000

 

 

 『転生竜サンサーラ』のこの効果は戦闘での破壊だけでなく効果での破壊にも対応している。バウンスや除外には弱いが、その手の効果を持つカードを相手が握っていない限りは確実に効果を使う事が出来る。

 

「さらに『立ちはだかる強敵』の効果で選択したモンスターが場を離れた事で、このターン相手は攻撃宣言を行えなくなる」

「バトルフェイズを終了します。『ブラック・マジシャン・ガール』を守備表示に変更します。カードを3枚伏せてターンエンドです」

 

 4枚の手札の内3枚カードを伏せてきたか。これでセットカードは一気に4枚まで増えた。

 

「ふぅ……」

 

 先程の攻勢を凌いだ事で少し息をつく。

 『バスター・ブレイダー』を倒す算段は既についているが、あのセットカードがそれを易々と許してくれるかどうか……

 

「マスター」

「どうした?」

「疲れてますか? 飲み物でも持ってきましょうか?」

「いや、大丈夫だ。それに碌に立てなかったヤツに無理させる気は無いな」

「むっ、もう私は立てますよ! ほら!」

 

 そう言うとサイレント・マジシャンは勢い良くその場で立ち上がる。その瞬間俺は全力で首を捻り視線を後方に逸らさなければならなかった。

 

「……なんで目を逸らしたんですか?」

「あのな、サイレント・マジシャン……いつもと違う服着てんだよ」

「はい、そうですけど……?」

「それ、気をつけないと見えるぞ?」

「えっ?」

 

 サイレント・マジシャンの股の辺りを指差しながらそう言うと、何の事だか分からないようにサイレント・マジシャンは視線を落とす。そして数秒の間が空いた後にようやく俺が何を言いたいのか気が付いたようで、みるみる顔を真っ赤に染上げていく。何度も顔を赤くしていたサイレント・マジシャンだが、今日で一番恥ずかしそうだ。

 

「ちょ、ちょっと、飲み物取ってきますっ!」

 

 そう言って逃げるようにサイレント・マジシャンは部屋を飛び出してしまった。今後こう言った衣服を身につける事が増えるので、今日の経験が後の生活に生かされる事を願おう。

 殺伐としたデュエルばかりしてきたが、たまにはこんなまったりとしたデュエルも悪く無い。

 そんな事を考えながらサイレント・マジシャンが戻ってくるのを待つのだった。



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『デュエル屋』と休日 後編

サイレント・マジシャンLP3200

手札:1枚

場:『バスター・ブレイダー』、『ブラック・マジシャン・ガール』

セット:魔法・罠4枚

 

 

八代LP3200

手札:3枚

場:『竜魔人キングドラグーン』、『ガード・オブ・フレムベル』、『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』(『フェルグラントドラゴン』装備)

セット:魔法・罠1枚

 

 

 しばらくするとサイレント・マジシャンは木のお盆を抱えて戻ってきた。お盆の上には八分目まで緑茶が注がれた二つのグラスと緑茶の入ったガラスポット、そして煎餅を乗せられている。飲み物を持ってくると言ってそれに合わせたお菓子まで持ってきてくれるあたり、やはり彼女は気が利く。

 こうして折角サイレント・マジシャンが飲み物を取ってきてくれたので、それをありがたく頂く事にした。まずは衣装ケースの隣の床に置かれたお盆からコップをとり口の中を水分で潤す。

 

「ありがとな」

「…………はい」

 

 しかしサイレント・マジシャンは先程の件がまだ尾を引いているらしく、返事の声はしおらしかった。そんなサイレント・マジシャンを見つめているとますます恥ずかしそうにモジモジしてしまうので、コップをお盆に戻しぼちぼちターンを進める事にする。

 立ちはだかるのは攻撃力5000を超える『バスター・ブレイダー』と四枚のセットカード。相手にとって不足はない。願わくばここで魔法・罠に対抗する何かを引き込みたいところだ。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 しかし残念な事に引いたカードは相手のセットカードの数を削れるようなものではない。そういう結果に終わってしまった以上は覚悟を決めてこちらの出来得る手を尽くしていくしか無い。そう、まずはこの『バスター・ブレイダー』を突破するために!

 

「レベル7の『竜魔人キングドラグーン』にレベル1の『ガード・オブ・フレムベル』をチューニング。シンクロ召喚、『スクラップ・ドラゴン』」

 

 場の『竜魔人キングドラグーン』と『ガード・オブ・フレムベル』を墓地に移動させて新たにエクストラデッキの『スクラップ・ドラゴン』を場に出す。これが俺の選んだこのターンの始まりの一手目だ。強敵とぶつかった時にいつも俺の力となってくれる汎用性の高い除去効果を持つドラゴン族シンクロモンスター。まずはこの召喚が通るかがこのターンの勝負の鍵だ。

 

「ドラゴン族モンスターが新たに場に出てきたので『バスター・ブレイダー』の攻撃力がさらに500ポイントアップします」

「……!」

 

 表面的な意味を取れば自分に有利に働いたように思える。だが、裏の意味を取ればつまりこの『スクラップ・ドラゴン』の召喚に対する妨害は無いと言う事だ。この召喚が通った事で『バスター・ブレイダー』攻略への道が一歩切り開けた。

 

 

スクラップ・ドラゴン

AYK2800  DEF2000

 

 

バスター・ブレイダー

ATK5600→6100

 

 

 サイレント・マジシャンは盆の上に乗った一枚一枚包装された醤油煎餅を取り出し、丁寧に八等分に割ってからそれをちびちびと食べながらも、俺の次の手を伺っている。この状況を前にしてもこの余裕。あの四枚のセットカード、間違いなく何かがある。果たしてこの『スクラップ・ドラゴン』の効果をすんなり通してくれるかどうか……

 

 ドクンッ

 

 これだ。こう言った一瞬一瞬の駆け引きが俺を激しく昂らせるのだ。

 熱い血潮が滾ってくるこの感覚を心地よく思いながら俺は次の手を進める。

 

「『スクラップ・ドラゴン』の効果発動。1ターンに1度、自分の場のカード1枚と相手の場のカード1枚を選択してそのカードを破壊する。俺が選択するのは装備カードとなった『フェルグラントドラゴン』と『バスター・ブレイダー』」

「……通ります」

 

 通るのか!?

 一瞬の生まれた間にヒヤリとしたが、その後あっさりと墓地へ運ばれていく『バスター・ブレイダー』のカードを見て内心驚いていた。『竜魔人キングドラグーン』をシンクロの素材に使ってしまったため、既に相手はドラゴン族をモンスター効果、魔法、罠の対象にする事が出来る。セットカードが四枚も並んでいるのだから、なんらかの妨害があって当然と思っていただけに肩すかしを食らった気分だ。だが、阻む物が無いならば後はこちらのすべてをぶつけるだけだ。

 

「永続魔法『一族の結束』を発動。このカードは墓地のモンスターの元々の種族が一種類の場合、自分のフィールドのその種族のモンスターの攻撃力を800アップする。俺の墓地にはドラゴン族モンスターしかいないため、俺の場のドラゴン族モンスターの攻撃力は800ポイントアップする」

 

 このデッキにはドラゴン族以外のモンスターは『竜魔人キングドラグーン』の融合素材の『ロード・オブ・ドラゴン-ドラゴンの支配者-』と、まだデッキに眠っている融合素材代替カード『融合呪印生物-闇』のみ。デッキの九割がドラゴン族で構成されているため、ピン挿しとは言え『一族の結束』が手札にくれば効果を使える事が多い。

 

 

ドラグニティアームズ-レヴァテイン

ATK2600→3400

 

 

スクラップ・ドラゴン

ATK2800→3600

 

 

 攻撃力3000以上のモンスターが二体も並ぶと言うのは随分と気持ちの良いものだ。大昔に使っていた頃の風景が一瞬脳裏に浮かぶ。大型モンスターが場に並びフィールドを制圧するデュエル。そんなデュエルは魔法使いデッキでは出来ないものだ。だがだからと言って普段使っている魔法使いデッキを不満に思った事は無い。魔法使いデッキには小回りの利く動きが出来る良さがある。

 少し思考が逸れた。サイレント・マジシャンが煎餅を噛むぽりぽりと言う音が意識をこのデュエルに引き戻した。サイレント・マジシャンの場には守備表示の『ブラック・マジシャン・ガール』とセットカードが4枚。このバトルが全て成立するならば俺の勝利だ。ただここからは『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』の装備カードとなっていた『フェルグラントドラゴン』も無くなってしまったため、効果破壊に対する保険も無い。

 サイレント・マジシャンの余裕の正体はまさか『聖なるバリア -ミラーフォース-』でも伏せてるのか? 

 いや、たとえそう強力なカードで無くても、彼女はこのターンの俺の攻撃を受けきる自信があるカードを伏せているのは間違いない。サイレント・マジシャンの守りの手が一枚上手か、それとも俺の攻めの手がそれを上回るか。まったりとした雰囲気のデュエルの中、程よい緊張が俺の気持ちを昂らせていく。

 覚悟を決めバトルの狼煙を上げた。

 

「バトルだ。『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』で『ブラック・マジシャン・ガール』に攻撃」

 

 俺の先鋒は『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』。攻撃力は当然『ブラック・マジシャン・ガール』を超えており、このまま攻撃を控える『スクラップ・ドラゴン』に繋げられれば俺の勝利だ。

 しかし、やはり予想した通りサイレント・マジシャンの仕掛けた罠が俺の攻撃を阻んだ。

 

「攻撃宣言時、トラップカード『ピンポイント・ガード』を発動します。効果で墓地のレベル4以下のモンスターを守備表示で特殊召喚します。私が特殊召喚するのは『熟練の白魔導師』。この効果で特殊召喚したモンスターはこのターン戦闘でもカード効果でも破壊されません」

 

 守備表示のモンスターで守りを固めてきたか。

 墓地の真ん中ぐらいから守備表示で『熟練の白魔導師』が取り出される。

 

 

熟練の白魔導師

ATK1700  DEF1900

 

 

 なるほど、『ピンポイント・ガード』で『熟練の白魔導師』の蘇生とは良い手を使う。このターン確実に『熟練の白魔導師』を守りきった後、次のターン魔力カウンターを溜めきればまた『バスター・ブレイダー』を復活させる事が出来る。しかしサイレント・マジシャンの手札は1枚。次のターンのドローを含めても手札は2枚だ。魔力カウンターを溜めきるには些か手札が足りない。

 だが、ここで同じ魔法使い族デッキを使っている俺には分かった。彼女は魔力カウンターを乗せきる算段が全く無くて『熟練の白魔導師』を蘇らせるような事はしない。あの3枚のセットカードの内の1枚は、フィールド上の魔力カウンターを増やすカード。そう、恐らく1枚は永続トラップの『漆黒のパワーストーン』だろう。

 サイレント・マジシャンは絶対的な壁を場に出した事で確実にこのターンのバトルを凌ぎきれると確信し、煎餅を食べる余裕を見せている。事実戦闘でもカード効果でもこのターン破壊されない壁モンスターを場に出しておけば、そのターンダイレクトアタックを受けるような事はほとんどないだろう。しかし見くびられたものだ。それで俺の攻撃を受け止めきれると思ったのなら、それは甘い。

 

「バトルは続行。『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』で『ブラック・マジシャン・ガール』に攻撃。この瞬間、永続トラップ『竜の逆鱗』発動。ドラゴン族モンスターが守備表示モンスターを攻撃した場合、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけ相手のライフに戦闘ダメージを与える」

「んふっ?! しゃ、させません! ダメージ計算時にトラップ『ガード・ブロック』を発動します。その戦闘で発生するダメージを0にし、デッキからカードを1枚ドローします!」

 

 突然の貫通効果に軽く咽せるサイレント・マジシャン。焦って噛んでいるがこのゲームエンドに繋がるダメージを0にするあたり強かである。流石に4枚のセットカードのうち1枚しか防御札が無いなんて事はなかったようだ。さらに手札が増えた事で『熟練の白魔術師』に魔力カウンターを乗せる魔法カードを加えた可能性が高まった。

 

「凌がれたか。続けて『スクラップ・ドラゴン』で『熟練の白魔術師』を攻撃」

「くっ……そのまま受けます」

 

 だが流石に二度目の攻撃まで凌ぐカードは無かったようだ。守備力1900と決して少なく無い防御ステータスを持つ『熟練の白魔導師』であっても、3000オーバーの攻撃力を持つドラゴンの前ではそれを防ぎきる事など叶わない。これで拮抗していたライフポイントは一気に優位に立った。

 

 

サイレント・マジシャンLP3200→1500

 

 

 しかしやはり4枚のセットカードがあったらゲームエンドまでは持ち込めないか。電卓を弾きながら考える。次のターンを迎えると言う事はほぼ間違いなく『熟練の白魔術師』の魔力カウンターを溜めきって『バスター・ブレイダー』を出してくるだろう。

 

「カードを2枚伏せてターンエンド」

 

 新たに加えたこのカードを含め3枚のセットカードでその攻撃を止めきれるか。それが次のターンの勝負所だ。

 丁度煎餅を食べきったサイレント・マジシャンは衣装ケースの上に置いた手札を手に持ち動き始める。

 

「私のターン、ドロー」

 

 サイレント・マジシャンのターンが始まったと言うのに、彼女が美味しそうに煎餅を食べる様子を見ていたせいで、なんだかこちらも煎餅を食べたくなってしまった。手札も丁度尽きていた事だし、一枚一枚包装された煎餅を一つ取り出し食べる事にする。包装を破くと仄かに醤油の香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、口の中にジンワリ唾液が溢れてくる。一口それを齧ると予想していた通りのパリッという渇いた歯ごたえと醤油の独特の塩気の聞いた旨味が口一杯に広がった。

 

「マジックカード『闇の誘惑』を発動。デッキからカードを2枚ドローし、その後手札から闇属性モンスター1体を除外します。除外するのは『ブラック・マジシャン』です。さらにマジックカードを発動した事により『熟練の白魔導師』魔力カウンターを1つ乗せます」

 

 ここに来て手札の枚数を変えずに魔力カウンターを溜める事の出来る『闇の誘惑』を使ってくるか。

 サイレント・マジシャンは魔力カウンターとして使っていたカードの『魅惑の女王LV7』を『熟練の白魔導師』の下に重ねる。その時やはりなぜだか『魅惑の女王LV7』を見る時の目が座っていたような気がした。

 

 

熟練の白魔導師

魔力カウンター 0→1

 

 

 新たに加わった手札に視線を落としたサイレント・マジシャンは一瞬だが笑みを浮かべた。どうやら良いカードを手札に加えたらしい。これは煎餅など食べている場合ではないかもしれない。だが、そう思っても手は止まらず、無意識のうちに二口目を食べてしまっていた。なかなかどうしてお醤油屋さんが作った醤油煎餅と言うのは侮れないものだ。先程のサイレント・マジシャンの手が止まらなかった理由が少し分かった気がする。

 

「さらに永続トラップ『漆黒のパワーストーン』を発動します。発動後にこのカードに魔力カウンターを3つ乗せます」

 

 やはり俺の予想した通り残り2枚のセットカードの内の1枚は『漆黒のパワーストーン』だったか。魔力カウンターとして『漆黒のパワーストーン』の下には『マジシャンズ・ヴァルキリア』、『魔轟神グリムロ』、『救世の美神ノースウェムコ』の3枚が重ねられる。

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 0→3

 

 

 残る不明のセットカードは1枚。先のターン発動してこなかった事を見るに、こちらを妨害する札ではなく自身に影響がある札であると考えられる。ただその選択肢も攻撃力変化系、特殊召喚系、ドロー系など幅広い。そのどれかを読むのは厳しいところだが、いずれの場合にしてもこのターン内で発動される可能性が高い。警戒が必要だ。

 

「そして1ターンに1度、このカードの魔力カウンター1つを他のカードに移せます。この効果でさらに『熟練の白魔導師』に魔力カウンターを乗せます」

 

 『漆黒のパワーストーン』の下の『マジシャンズ・ヴァルキリア』のカードが『熟練の白魔術師』の下に移動させられる。これは伏せられていると分かっていたとは言え処理する手が無かったための予定調和だ。

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 3→2

 

 

熟練の白魔導師

魔力カウンター 0→2

 

 

 これで魔力カウンターが二つ乗った『熟練の白魔導師』だが、最後の魔力カウンターを一体どんなカードを使って乗せてくるのだろうか。無論、手札の魔法カードが枯渇していてくれると此方としてはありがたいのだが、この状況でその可能性が存在すると考えるのは楽観的過ぎる。俺の直感は間違いなくこのターンに『バスター・ブレイダー』が出てくると警鐘を鳴らしていた。

 

「マジックカード『アームズ・ホール』を発動します。デッキトップのカードを1枚墓地に送る事でデッキまたは墓地から装備魔法を1枚手札に加えます」

「まぁ……あるよな」

 

 この魔法カードのデメリットは通常召喚権をこのターン使えないと言う事だ。ただこのターン『バスター・ブレイダー』まで繋げることができれば、サイレント・マジシャンに通常召喚などいらないだろう。

 そしてデッキトップのカードがコストで捲られ墓地に送られる。“ブラック・マジシャン”デッキならば墓地に送ってメリットがあるのは『ブラック・マジシャン』ぐらいだろう。一瞬でもそんなことを考えた時点でそれはフラグだったらしい。

 

「なっ! ここで『スキル・プリズナー』が落ちるか……」

「ふふっ、ラッキーです。私はデッキから『ワンショット・ワンド』を手札に加えます。そしてまた『熟練の白魔術師』に魔力カウンターが乗ります」

 

 デッキから加えられたのは俺もよく使用している魔法使い族専用の装備魔法『ワンショット・ワンド』。『バスター・ブレイダー』は戦士族なので使用する事は出来ないが、『熟練の白魔術師』に魔力カウンターが三つ溜まった時点でこのターンのサイレント・マジシャンの最大の戦略目標は果たされた。

 『久遠の魔術師ミラ』のカードが『熟練の白魔導師』の下に重ねられ、これで3枚のカードが『熟練の白魔導師』に置かれた。

 

 

熟練の白魔術師

魔力カウンター 2→3

 

 

 さらに悪いのは『アームズ・ホール』の効果で墓地に送られたトラップカード『スキル・プリズナー』。こいつは墓地に送られた自身を除外する事で、指定したカードを対象にしたモンスター効果をそのターンの間無効化する事が出来る。つまり『スクラップ・ドラゴン』の効果で『バスター・ブレイダー』を破壊しようにもそれを防がれてしまうのだ。このターン『スクラップ・ドラゴン』を守りきる算段はつけていたが、『バスター・ブレイダー』攻略には別の手を考えねば……

 『魅惑の女王LV7』、『マジシャンズ・ヴァルキリア』、『久遠の魔術師ミラ』の3枚を下に重ねた『熟練の白魔術師』が死神に見える。『バスター・ブレイダー』が出て、さらに手札が3枚残っているのが恐ろしい。まだその内の1枚が『ワンショット・ワンド』であるとわかっているのが唯一の救いか。

 

「魔力カウンターが3つ乗った『熟練の白魔術師』をリリースして墓地から『バスター・ブレイダー』を特殊召喚します」

 

 魔力カウンターとして使っていたカードを再び衣装ケースの端に戻し、場の『熟練の白魔術師』の位置と墓地の『バスター・ブレイダー』の位置が入れ替えられる。ドラゴン族モンスターの枚数は前のターンから変わらず7枚。よってその攻撃力は3500ポイントアップする。

 

 

バスター・ブレイダー

ATK2600→6100  DEF2300

 

 

 攻撃力6100とは全く以て洒落にならない数値だ。此方のモンスターの最大攻撃力である『スクラップ・ドラゴン』の3600という戦闘力を以てしても攻撃を受ければ2500のダメージが通る。4000のライフポイント制においては致命的なダメージだ。まして攻撃力3400の『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』を叩かれれば、残りライフ3200の身としてはライフを500まで削られる事になりかすり傷も許されなくなる。ここまででも内心冷や汗ものだと言うのに、セットカードに既に手をかけているサイレント・マジシャンは追撃の手を緩める気は無いようだ。

 

「トラップカード『奇跡の復活』を発動。場の魔力カウンターを2つ取り除く事で墓地から『ブラック・マジシャン』または『バスター・ブレイダー』を特殊召喚します。私は『漆黒のパワーストーン』の魔力カウンター2つを取り除いて墓地の『ブラック・マジシャン』を特殊召喚します。そして魔力カウンターが無くなった『漆黒のパワーストーン』は破壊されます」

 

 最後のセットカードは『奇跡の復活』か。魔力カウンター関連のカードではあるが、“ブラック・マジシャン”デッキ専用のサポートカードであるため思考の枠から外れていた。

 『漆黒のパワーストーン』に乗せられた魔力カウンターとしてのカードも端に寄せられ墓地ゾーンから『ブラック・マジシャン』が場に戻される。

 

 

漆黒のパワーストーン

魔力カウンター 2→0

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500  DEF2100

 

 

 しかしこのタイミングで攻撃力2500の『ブラック・マジシャン』の蘇生……

俺の場で一番低い攻撃力は『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』の3400にすら届いていないモンスターを呼び出す意味は一見無いように思える。だが、『バスター・ブレイダー』と『ブラック・マジシャン』の二体が場に並ぶとなると話が変わってくる。嫌な方向にこのデュエルが流れ始めたのを肌で感じていた。最後の一口になった煎餅を口に入れながらも思った。

 まさか来るのか……?

 

「そしてマジックカード『融合』を発動。場の『ブラック・マジシャン』と『バスター・ブレイダー』を融合して『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を特殊召喚します」

 

 場の『バスター・ブレイダー』と『ブラック・マジシャン』のカードが墓地に置かれると、サイレント・マジシャンの場の中央に彼女のデッキの中で最強のモンスターが現れる。竜破壊の剣士と黒魔術を極めた魔術師。その二人の力を併せ持ったこのモンスターは魔術師の中でもトップ10に入る最上位クラスの実力者だ。

 

 

超魔導剣士-ブラック・パラディン

ATK2900  DEF2400

 

 

 衣装ケースに置かれただけの唯のカード。そのはずなのに、ビリビリとした異様な威圧感を感じる。まるで剣の刃を首筋に当てられているようなそんな感覚だ。

 

「『超魔導剣士-ブラック・パラディン』は『バスター・ブレイダー』の効果を引き継いでいます。相手の場、墓地のドラゴン族モンスター1体につき攻撃力が500ポイントアップします」

 

 

 そして事実このモンスターの持つ剣は俺のデッキのドラゴンを狩るために研ぎすまされた最強の剣だ。その破壊力は『バスター・ブレイダー』の持つ剣を上回る。

 

 

超魔導剣士-ブラック・パラディン

ATK2900→6400

 

 

 また上がったのは攻撃力だけじゃない。黒魔術を極めた最上級魔術師と融合した事により、手札のカードを捨てる事で魔法の発動を無効化する事が出来る能力を得ている。俺の手札が0枚の今、これが意味するのはサイレント・マジシャンがこのターン手札を1枚でも残してターンを終了すれば、俺が魔法カードを引いた場合その手札を封殺する事が出来るという事だ。そしてサイレント・マジシャンは十中八九その手札を確保しておくことだろう。なぜなら……

 

「さらに『ワンショット・ワンド』を『超魔導剣士-ブラック・パラディン』に装備します。効果で攻撃力が800ポイントアップです」

 

 装備魔法『ワンショット・ワンド』。その効果は装備対象の魔法使い族の攻撃力を上昇させるだけでなく、装備モンスターが戦闘を行ったダメージ計算終了時にこのカードを破壊する事で1ドローに繋げる事が出来る。この効果を使えばたとえサイレント・マジシャンがまだ残っている1枚の手札をここで使ったとしても、手札を1枚は残す余裕ができる。状況は絶望的だ。

 

 

超魔導剣士-ブラック・パラディン

ATK6400→7200

 

 

 攻撃力7000オーバー。そんな攻撃力のモンスターと対峙するのはジャックとの戦い以来だろうか? 

 あの心の底から燃え上がったデュエルを思い出す。

 そうだ、あの時だって俺は目の前に立ちはだかる強大な敵を打ち倒したんだ。まだ手は残っている。幸い如何に『超魔導剣士-ブラック・パラディン』と言えどもトラップカードまでは無効にする事は出来ない。この布陣ならばこのターンの攻撃は一度なら凌ぐ事が出来る。次のターンのドローに繋ぎさえすれば、まだ手は残されている。

 サイレント・マジシャンは最後の手札にゆっくりと手をかける。そしてそのカードこそが今度は俺の読みの甘さを痛感させる1枚だった。

 

「1000ポイントのライフを支払ってマジックカード『拡散する波動』を発動します。自分の場のレベル7以上の魔法使い族モンスター1体を選択し、このターン、選択したモンスターのみが攻撃可能になり、相手モンスター全てに1回ずつ攻撃します」

「なっ!?」

 

 まるで後頭部を背後から殴られたかのように思考に一瞬の空白が出来る。予想もしていなかったカードの登場に、思わずサイレント・マジシャンの発動したカードを二度見した。彼女は俺のそんな様子も気にせず電卓を一人手に取り、自分のライフを1000ポイント引いていた。

 

 

サイレント・マジシャンLP1500→500

 

 

 『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の攻撃力は7200。攻撃対象が俺の場の最高攻撃力3600を持つ『スクラップ・ドラゴン』だとしても、3600ものダメージが俺のライフを削り、ライフを0まで削りきっていく。しかしこのセットカードでは俺が攻撃を凌げるのは一度のみ。何か手は無いか、脳をフル回転させこれからの攻撃を防ぐ手だてを考える。手には汗がジンワリと滲んでいた。

 

「行きますよ。『超魔導剣士-ブラック・パラディン』で『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』に攻撃」

 

 無情にも思考の間に攻撃宣言は行われた。サイレント・マジシャンは勝利を確信した笑みを浮かべている。

 

 まだ終わらん! 

 

 このデュエルを諦めない俺の執念がついに一筋の光明を見出す。この一撃を耐え得るための計算がギリギリで間に合った。

 

「ダメージステップ時、永続トラップ『竜魂の城』を発動! 1ターンに1度、自分の墓地のドラゴン族モンスター1体をゲームから除外し、自分の場のモンスター1体を選択する。そして選択したモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで700ポイントアップさせる。俺は墓地の『仮面竜』を除外し『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』の攻撃力を700ポイントアップする」

 

 上昇値は700。よってその攻撃力の差は3100まで縮まり、これで俺の残りライフ3200をギリギリで残せる数値になった。これは『超魔導剣士-ブラック・パラディン』に対抗する根本的な解では無く、この場をやり過ごすための延命措置に過ぎない。当然、バトルの成立により『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』は墓地に送られる。そしてダメージ計算の処理として電卓を弾きダメージ分のライフを削る。

 

 

ドラグニティアームズ-レヴァテイン

ATK3400→4100

 

 

八代LP3200→100

 

 

 危なかった。この一瞬の攻防だけで心臓が早鐘を打っている。ギリギリのところだが、それでもここでこの一撃を凌ぎきったのはデカい。体中からこの戦闘だけで汗がどっと溢れたような気がする。

 

「マスター、計算を間違えていますよ?」

「ん? どうしてだ?」

「墓地のドラゴン族モンスターが『竜魂の城』の効果で除外されたせいで、私の『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の攻撃力は500下がってます」

「あっ、忘れてた」

「だからマスターのライフはこうですね」

 

 そう言いながらサイレント・マジシャンは電卓の値を直してくれた。

 しかし焦ってたとは言え『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の攻撃力の変化を見落とすとは俺もまだまだだな。今回は良い方向のミスだったから良かったものの、デュエルディスクでのデュエルで計算をしくじればそのミスで敗北する事になりかねない。より一層の精進が必要なようだ。

 

 

八代LP100→600

 

 

超魔導剣士-ブラック・パラディン

ATK7200→6700

 

 

 ライフが100から600になったが、状況としてはその変化などあって無いようなものだ。攻撃力が下がっても未だに攻撃力6700と言う圧倒的な力の前では、その戦闘の余波だけで俺のライフなど消し飛んでしまう数値に変わりはない。次のターンに繋ぐ事、それさえ出来れば残りライフが1だろうが600だろうがどうでも良かった。

 

「これを耐えるとは流石マスターです。だけどこれで! 『超魔導剣士-ブラック・パラディン』で『スクラップ・ドラゴン』に攻撃」

 

 俺の苦肉の策を最後の悪足掻きだと思ったのか、サイレント・マジシャンはこの一撃ですべてを終わらせるつもりでの攻撃宣言をした。しかし生憎だがこちらは防御札の本命をまだ残している。

 

「トラップカード『陰謀の盾』を発動。発動したこのカードは装備カードとなり選択したモンスターに装備される。そして装備モンスターが表側攻撃表示で存在する限り、1ターンに1度だけ戦闘では破壊されず、さらに装備モンスターの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0になる」

「まだ手を残してたんですか!?」

「あぁ、悪いがもう少し付き合ってもらうぞ」

 

 俺の発動した『陰謀の盾』によって結局最後の戦闘でのダメージは0。『拡散する波動』の効果を受け俺の場のモンスター全てに攻撃が可能となった『超魔導剣士-ブラック・パラディン』と言えども、俺の場の攻撃対象となるモンスター全てに攻撃をしてしまった後は俺のライフを削る事は出来ない。手札の尽きているサイレント・マジシャンはここで出来得る手は二つしか無い。『ワンショット・ワンド』の効果を使うか、使わないか。ここでその効果を使わなければ俺に自動的にターンが回ってくることになるが、おそらくサイレント・マジシャンは……

 

「ダメージ計算後『ワンショット・ワンド』の効果を発動。このカードを破壊してデッキからカードを1枚ドローします」

 

 当然効果を使ってくるだろうな。このドローで俺のライフを削りきるカードを引く可能性もあるし、『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の魔法カードの発動を無効化する能力を使うにしても1枚の手札コストが必要だ。そのドローのために『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の攻撃力が800下がろうとも痛くも痒くもないところだろう。

 

 

超魔導剣士-ブラック・パラディン

ATK6700→5900

 

 

「…………」

 

 ドローした1枚のカードをサイレント・マジシャンは真剣な表情で見つめ、何かを考えているようだ。ここで迷うとなると、恐らく引いたのは妨害系のセットカード。ここでそれをセットして俺の動きに備えるか、そのまま手札を温存して俺の魔法カードの発動を封殺するかの二つで迷っているのだろう。こればかりは俺も予想する事は難しい。判断材料となる引いたカードが何なのかによってここでどう動くかは変わる。

 

「……これでターンエンドです」

 

 最後にサイレント・マジシャンが出した結論は後者だったようだ。となるとここで俺が次のターン引くカードが魔法カードだった場合、そのカードは死に札となる事が決まった。

そして恐らくこのターンが俺に巡ってくる最後のチャンス。このターンで決めきれなければ、サイレント・マジシャンは俺の場のモンスターを攻撃し続ける事でカードの消費無しでモンスターを破壊し続けるのに対し、俺は壁モンスターを作るために手札を消費してしまいジリ貧になる。

 このドローがラストドローなのだ。しかしここで引くべきカードのビジョンは見えてこなかった。即効性のある魔法カードは封殺され、トラップカードではセットしてから発動するまでに1ターンのラグがあるためこのターンは使えない。となると残るのはモンスターカードなのだが、攻撃力5900を上回るモンスターなど当然デッキに居るはずもなく、かといってモンスター効果で攻略しようにも、サイレント・マジシャンの墓地にあるトラップカード『スキル・プリズナー』によって『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を対象にするモンスター効果無効化されてしまう。つまり『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を突破するには対象をとらない、または全体除去効果を持つモンスター効果があるモンスターが必要となる。しかしそんなモンスターは俺のデッキには……

 

「っ!! 俺のターン……」

 

 いや、1枚だけある。妨害のためのセットカードは1枚も無いため、そのカードさえ引ければ俺の勝ちは決まる。自分の思い描いたカードを引くビジョンを固めて、俺はデッキからカードをドローした。

 

「ドロー!」

 

 しかし、それでも。俺が引いたのは枠が緑色のカードだった。それはつまり魔法カード。カード名は『スタンピング・クラッシュ』。効果は自分の場にドラゴン族モンスターがいる時に発動でき、場の魔法・トラップカードを1枚破壊し、そのコントローラーに500ポイントのダメージを与えるものだ。俺が望んだモンスターカード『ボマー・ドラゴン』とは無論別のカード。『ボマー・ドラゴン』は下級のドラゴン族モンスターだが、戦闘で破壊された時、このカードを破壊したモンスターを道連れにする効果がある。この効果は対象をとる効果ではないため『スキル・プリズナー』によって無効化される事は無く、またこのカードの戦闘によって発生するダメージはお互い0になるため、『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を安全に処理する事が出来たはずだった。

 だが、今引いたカードは『スタンピング・クラッシュ』。サイレント・マジシャンが『ワンショット・ワンド』の効果を使わなかった、またはドローしたカードをセットしていたら、このカードを使ってそれを破壊し500ポイントのダメージを与えて俺が勝っていたが、そんなIFの話は意味をなさない。今考えるべき事はこの手でサイレント・マジシャンの布陣をどう崩すかだ。

 まず、『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の攻略方法を改めて考えなければ。俺の場のトラップ、手札の魔法では『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を直接除去する事は出来ない。モンスター効果なら除去する事が可能だが、

 

「『スクラップ・ドラゴン』の効果発動。俺の場の『竜魂の城』とサイレント・マジシャンの場の『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を破壊する」

「墓地のトラップカード『スキル・プリズナー』の効果を使います。墓地の効果を除外して、自分の場の『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を選択して発動し、このターン『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を対象にするモンスター効果を無効にします。よってマスターの発動した『スクラップ・ドラゴン』の効果は無効です……って言っても分かってましたよね?」

「あぁ」

 

このように対象をとる効果は無効化されてしまう。

 つまりモンスター効果で除去するなら、モンスターの対象をとらない効果で処理をするしか無い。しかしこのメインデッキに入ってるモンスターでは『ボマー・ドラゴン』以外にこの条件を満たすカードは無い。ただ、エクストラデッキのモンスターは別だ。

 『氷結界の龍トリシューラ』。シンクロ召喚時に相手の手札、場、墓地のカード1枚を除外する効果を持つ氷結界の最強の龍。この効果は相手モンスターを対象に取る効果ではないため、『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を突破することは可能だ。

 『竜魂の城』にはフィールドから墓地に送られた時に除外されているドラゴン族モンスターを場に戻す効果がある。第一の効果で墓地のチューナーである『ガード・オブ・フレムベル』を除外し、手札の『スタンピング・クラッシュ』でこの『竜魂の城』を砕けば場に『ガード・オブ・フレムベル』を戻す事は可能……いや、しかしそれでは足りないか。レベル9の『氷結界の龍トリシューラ』のシンクロ召喚の条件はチューナーとチューナー以外のモンスター二体以上を素材にする事。レベル8の『スクラップ・ドラゴン』とレベル1の『ガード・オブ・フレムベル』ではチューナー以外の素材が一体しかいないためその条件を満たせない。第一こちらの展開に繋がる『スタンピング・クラッシュ』の発動をサイレント・マジシャンが許してくれるはずも無い。

 

「…………」

「…………(この張りつめた空気。ビリビリと伝わる緊張感。凄く真剣に考えてるのが伝わってくる。私が整えた布陣はこれ以上の無い最高のもの。それだけどマスターは……)」

 

 考えろ。今、俺に残されている手は何だ? 手札の『スタンピング・クラッシュ』は死に札、場の『スクラップ・ドラゴン』は効果が無効となり、『竜魂の城』のステータスアップをを使ったとしても『超魔導剣士-ブラック・パラディン』に届くはずも無い。そもそも素の攻撃力で『スクラップ・ドラゴン』を超えるモンスターなどこのデッキには存在しないのだ。メインデッキの最高攻撃力は墓地のトップで輝く『フェルグラントドラゴン』の2800が最高。その効果は特殊召喚時に攻撃力を上昇させるものだが、それでは…………いや、待てよ?

 

「っ! トラップカード『竜の転生』を発動! 自分の場の表側表示のドラゴン族モンスター1体を除外し、墓地のドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する。俺は場の『スクラップ・ドラゴン』を除外し、墓地の『フェルグラントドラゴン』を特殊召喚する」

「……マスター、テキストの確認良いですか?」

「あぁ、構わないぞ」

「…………」

 

 俺の許可を取ったサイレント・マジシャンは身を乗り出して『フェルグラントドラゴン』の効果を確認し始める。長い髪が前に垂れるのをサイレント・マジシャンは自然な動作で掻き上げる。するとそれだけで仄かに香る甘い匂いが伝わってきた。それは自分の手元に持っていって確認すれば良いものを、俺の場に置いてあるカードの位置を変えずに身を乗り出しているため、必然的に顔の位置が近づいているせいだ。

 

 間近で見るとやっぱり滅茶苦茶肌白いな。

 

 デュエル中だというのにその時、全くデュエルに関係のない感想を抱いた。なんだかここまで顔を近づけるというのも珍しいように感じる。サイレント・マジシャンはテキストを読むのに集中していてこちらの視線に気が付いていないようだが、俺は今サイレント・マジシャンの顔を直視し続けている。下手に下を向こうものなら腕で圧迫されてより強調された部分が視界に入ってしまうからだ。不可抗力で視界に入ってしまう時はまだしも、流石に意図的にそこへ視線を運ぶような真似はしない。上を向いたり顔を横に逸らせばそんな事をしなくても済むのだが、ふと、このまま見ていたらいつ俺の視線に気が付くのか興味がわいたので黙って顔を見続けていた。

 

「マスター、この『フェルグラントドラゴン』の効果なんですけど……っ?!」

 

 至近距離で目が合う。サイレント・マジシャンの空色の瞳に映る俺の姿が見てとれた。結局テキストを読み終わるまで気が付かなかったようだ。そんなどうでもいい感想が頭に浮かんでいる間に、10センチほどの距離にある俺の顔に驚いたようで、サイレント・マジシャンは勢い良くその場を飛び退いた。

 

「え、えっと……」

「どうした?」

「すいません、気付かなくて……近かったですよね……?」

「気にしてない。俺もいつ気が付くか楽しんでた節があるしな」

 

 やはり至近距離で見つめられ続けるというのは恥ずかしかったのだろうか。先程まで真っ白だった肌が少し赤みを帯びている。サイレント・マジシャンはしっかりしているようで少し抜けたところがあったり、恥ずかしがり屋で反応が何とも見てて面白いところがある。

 

「ふっ……」

「……マスター?」

「いや、悪いな。反応が面白くてつい……な。話を戻そう。それで、『フェルグラントドラゴン』がどうかしたのか?」

「あ、はい。『フェルグラントドラゴン』はフィールド上から墓地へ送られていなければ特殊召喚できないと言う効果があります。だから一度も場に召喚してないマスターは、『竜の転生』の効果で『フェルグラントドラゴン』を特殊召喚する事は出来ないはずでは?」

「なるほど、そのことか。確かに『フェルグラントドラゴン』はフィールド上から墓地へ送られていなければ特殊召喚する事が出来ない」

「じゃあ……」

「ただな。フィールド上から墓地に送るというのは、何も一度通常召喚して場に出して墓地に送る事だけじゃない。魔法・トラップゾーンに置かれて墓地に送られた場合でも、フィールドから墓地に送られると言う条件はクリアされる」

「魔法・トラップゾーン……あっ!」

「気が付いたか?」

「だから『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』の時に……」

「そう、あの時に装備した事で『フェルグラントドラゴン』の特殊召喚条件は整っていた訳だ。だから、『フェルグラントドラゴン』は墓地から特殊召喚する事は可能。これで良いか?」

「はい、納得しました」

 

 サイレント・マジシャンの疑問が解決したところで、改めて『フェルグラントドラゴン』が俺の場に置かれる。これが俺の最後の反撃の鍵となるモンスター。金色に輝く金属のような皮膚を持つのが特徴時なこのドラゴンは、過去に幾度もその時代に名を馳せた戦士達が挑んだものの返り討ちにしてきたと言う話があるとか。まさに竜を討つ事を極めた『超魔導剣士-ブラック・パラディン』と対峙するにふさわしい対戦カードと言えよう。

 

 

フェルグラントドラゴン

ATK2800→3600  DEF2800

 

 

 『一族の結束』の効果を受けた『フェルグラントドラゴン』の攻撃力は『スクラップ・ドラゴン』と同じ3600まで上昇する。しかしその数値では依然として『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の攻撃力には及ばない。だが!

 

「『フェルグラントドラゴン』が墓地から特殊召喚に成功した時、自分の墓地のモンスター1体を選択しそのモンスターのレベル掛ける200ポイント攻撃力を上昇させる。俺が選ぶのは『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』。このモンスターのレベルは8。よって攻撃力は1600ポイントアップする」

 

 墓地に眠る『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』の力を得た『フェルグラントドラゴン』はその攻撃力を一気に5000の大台まで上昇させる。蘇生条件を整えるだけでなく、攻撃力の上昇にも大きく貢献してくれる『ドラグニティアームズ-レヴァテイン』は『フェルグラントドラゴン』と相性が良いと改めて思った。

 

 

フェルグラントドラゴン

ATK3600→5200

 

 

 サイレント・マジシャンはこの時既に何かを悟ったように、穏やかな表情をしていた。俺に向けられる眼差しは優しく、そしてこれは俺の主観だが、それからは信頼のようなものを感じた。

 

「バトル。『フェルグラントドラゴン』で『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を攻撃」

 

 正直最初は勝てるはずが無いと思っていた。『超魔導剣士-ブラック・パラディン』はドラゴン族の打点で超えようとするものではないと、自分の中で決めつけていた。

 

「ダメージステップ時、永続トラップ『竜魂の城』の効果を発動。俺は墓地の『ガード・オブ・フレムベル』を除外し『フェルグラントドラゴン』の攻撃力を700ポイントアップさせる」

 

 だが、そんな固定概念を捨て、一から可能性を洗い直した結果見えた新たな突破口。俺の中の常識は見事に覆された。

 

 

フェルグラントドラゴン

ATK5200→5900

 

 

 『フェルグラントドラゴン』の攻撃力がこのターンの『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の最高攻撃力と並ぶ。そう、あくまで並ぶだけだ。決して追い抜けた訳ではない。だが、このバトルにおいて、いや、このデュエルにおいてはそれで十分だ。なぜなら……

 

「さらに『竜の転生』と『竜魂の城』のコストで『スクラップ・ドラゴン』と『ガード・オブ・フレムベル』が除外された事で、『超魔導剣士-ブラック・パラディン』の攻撃力は1000ポイントダウンする」

 

 1000ポイントもの攻撃力の減少。これでその数値だけ『フェルグラントドラゴン』の攻撃力が『超魔導剣士-ブラック・パラディン』を上回った。形勢が逆転したのだ。

 

 

超魔導剣士-ブラック・パラディン

ATK5900→4900

 

 

 そして開いたこの攻撃力の差はこの戦闘でのダメージに直結する。サイレント・マジシャンの残りのライフポイントは500。このバトルの成立によってその数値は見事に0まで削られるのだった。

 

 

サイレント・マジシャンLP500→0

 

 

 辛くも勝利。休日のサイレント・マジシャンとのデュエルはこうして終わりを迎えた。

 

 

 

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————

 

 デュエルを終えた部屋は再び寛ぎの間に戻った。あれほどの緊迫感のある空気はもうすっかり無くなっている。俺はサイレント・マジシャンが注いだお茶で喉を潤して一息ついていた。そしてそれはサイレント・マジシャンもまた同様だった。

 

「ふぅ……今回は俺の勝ちだな」

「はい、参りました」

「まぁ勝ったとは言え、『アームズ・ホール』で『スキル・プリズナー』落とされて、『超魔導剣士-ブラック・パラディン』からの『拡散する波動』を決められた時は流石にひやっとしたぞ」

「あれで私も勝ったって思ったんですけどね……マスターの方が一枚上手でした」

「俺もまさか『超魔導剣士-ブラック・パラディン』相手にドラゴン族を使って攻撃力勝負をするとは思ってなかったな。次やったら上手くいく気がしない」

 

 それが正直な感想だった。墓地のドラゴン族が増え過ぎていたら攻撃力で上回る事は叶わなかっただろうし、そうでなくてもコストでドラゴン族のモンスターの数を減らせるようなカードが無ければこの勝利はあり得なかった。

 

「ちなみに『ワンショット・ワンド』で引いたカードは何だったんだ?」

「トラップカード『黒魔族復活の棺』です。あの時、伏せるべきなのか迷っていました。確かに伏せればモンスターの召喚は妨害できますけど、除去魔法でもドローされたらブラックパラディンの効果で無効に出来ないと思って、最後は手札に残しておきました」

 

 『黒魔族復活の棺』。

 相手がモンスターの召喚、特殊召喚した時に発動できる召喚反応型のトラップ。そのモンスターと自分の場の魔法使い族モンスターを墓地に送り、その後自分のデッキまたは墓地から闇属性・魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する効果を持つ。なるほどあの場で伏せられていたら『フェルグラントドラゴン』の召喚を妨害できた可能性はあった。だが。

 

「それは確かに伏せなくて良かったのかもしれない。俺が最後に引いたのは『スタンピング・クラッシュ』。もし伏せてたらこの魔法でセットカードを割って、さらにこいつの追加効果の500ポイントのバーンダメージでゲームエンドだったからな。それじゃあ少々あっけない幕切れだろ?」

「うっ……どうやらこのデュエルは万が一の勝機も無かったみたいですね」

「そう言うデュエルもたまにはある。それに高打点同士のバトルなんてのも久々だったな。特に攻撃力7000越えのモンスターを相手にするなんてのはジャック戦以来か? 燃え上がった良いデュエルだった、ありがとな」

「いえ、そんな……私もマスターとのデュエル、楽しかったです」

「……そうか」

 

 互いに良いデュエルだったと健闘を称え合えるデュエル。今まで心の底から熱くなるデュエルは経験しているが、こんなデュエルは何時ぶりだろうか。最早記憶から消えつつあるが、幼少の頃はこんなデュエルをしていたんだっけな。なんだか胸の奥がジンワリと温かくなる感覚がする。それがまたなんだか心地いい。

 サイレント・マジシャンも今は俺と同じ気持ちなのだろうか。彼女は少し照れながらも見ていて穏やかな気持ちになれる優しい笑みを浮かべていた。そんな彼女を見ていたら考えるよりも先に口が動いていた。

 

「また……俺とデュエルしてくれるか?」

 

 俺の問いかけに一瞬だけ、キョトンとした顔を浮かべるサイレント・マジシャン。だがその表情は直ぐに俺の知る彼女の一番良い顔に変わった。

 

「はいっ! もちろんですっ!」

 

 

 

————————

——————

————

 

「んっ……んぅーっ! はぁ……」

 

 作業用デスクの目の前に腰掛けたまま大きく伸びをする。あれから机に真面目に向かい、先程のデュエルの内容を纏めてレポートを作成する作業に没頭していた。ディスプレイの隅に表示されている時刻は17:08。作業していた時間は大体二時間ぐらいか。やはり二時間もパソコンの前に座って作業し続けるというのは肩が凝るものだ。

 

「マスター、コーヒーが入りましたよ」

「おっ、ありがとな」

「レポートは終わったんですか?」

「んー、まぁ、大体は片付いたかな。後は一晩空けてもう一度見直してから修正してくだけだ」

「そうですか。お疲れさまです」

「あぁ」

 

 程よいタイミングでサイレント・マジシャンが持ってきてくれたコーヒーを口につける。口の中にコーヒー独特の苦みが広がり、疲れた頭の中が少しすっきりする。熱過ぎず、かといってぬるい訳ではない絶妙な温度加減に調整してくれているサイレント・マジシャンの気遣いがありがたかった。

 

「さてと、どうしたものかな。夕飯は」

「そうですね。狭霧さんも何時帰ってくるか分かりませんし、どうしましょうか」

「んー、たまには外で食べるのもあり……か。なんならサイレント・マジシャンも一緒に行くか?」

「えっ! いいん…………いえ、ダメですよ……」

 

 俺の誘いに驚いて、一瞬表情を綻ばせたサイレント・マジシャンだったが、直ぐにそれを撤回する。まるで何か思い詰めたように悲しい顔をしていた。

 

「どうしてだ?」

「マスター、今回私の関係でいくら使いましたか……?」

 

 サイレント・マジシャンは暗い表情で俺に問う。彼女が言ってるのは彼女の戸籍の獲得や住居、衣服などにかかった費用のことだ。この出費で確かに今月はおろか治安維持局からの依頼であるカラス狩りの報酬も含め先月の依頼全ての収入が水泡に帰した。しかしその原因を作ったのは他でもない俺自身だ。

 

「それはサイレント・マジシャンが気にする事じゃない。俺が単にしくじったせいで招いた出費だ」

「気にしますよ! だってこれじゃマスターの目標からまた遠ざかるじゃないですか! 本来だったら私の物ぐらい私が……マスター、やっぱり私も仕事を!」

「必要ない!」

「っ!!」

 

 思わず大きな声を出してしまい、結果サイレント・マジシャンは驚き僅かに体を跳ねさせる。その事は少し悪いと思ったので、出来る限り優しく語りかけるように言葉を続ける。

 

「サイレント・マジシャン、お前には転移魔法だけでも十分迷惑をかけている。その上、俺のために危険な依頼を受けさせるわけにはいかない」

「でもっ!」

「それにな、サイレント・マジシャン。お前がいつも側にいなかったら、万が一の時に俺はどうする事も出来ない」

「…………」

 

 俺の言いたい事は伝わったようだが、それでも不満があるらしくサイレント・マジシャンは押し黙る。俺も伝えるべき事は伝えたので口を開かないでいると、お互いが口を開かない間が生まれる。前まではサイレント・マジシャンとの間にこんな沈黙があっても何も思わなかったが、今はなんだか居心地が悪く感じた。だが、それも僅かの間の事でサイレント・マジシャンがまた口を開いた。

 

「……マスターの望みは変わらないんですか?」

「…………あぁ」

 

 その問いに答えるのに、一瞬だが間を空けてしまった。

 俺の望み。それを叶えるためだけに俺はここで“デュエル屋”を続けてきた。だが正直にいえば、それを叶えるために続けてきた“デュエル屋”としての生活に少し前から疑問を感じていた。一人の時に瞼を閉じれば浮かぶ先が見えない深い霧の世界。自分が踏み出した一歩先に道があるのかと言う不安、そんなものが俺の中に渦巻いていた。無論、こんな胸の内など誰にも吐露した事はない。

 ただ、そんな不安定な部分を、今まで何も言わず俺についてきたサイレント・マジシャンに突然揺さぶられた結果、俺の返答には間が生まれてしまった。不覚にも、俺の生きる根幹に対する問いに即答できなくなっている今の俺の状態を晒してしまったのだ。それを彼女が見逃すはずも無く、彼女の目は真っすぐと俺を見ながら黙って俺の続く言葉を待っていた。それに対して黙って押し通す事も出来たはずだった。だが、気が付けば俺の口は独りでに言葉を紡ぎ出していた。

 

「“元の世界に帰りたい”その俺の望みは今でも変わらない」

「…………」

「だから何も分からず行き場を失っていたあの時、“2億稼いだら異世界に繋がるゲートに連れてってやろう”なんて取引を持ちかけたあの妖怪ジジィの言葉に俺は乗った。当時は十四才か。それからはその時の名前も分からないジジィに言われた事を鵜呑みにして、デュエル屋として稼ぎまくる事しか頭に無かった」

 

 少しその当時の事を思い出す。冷たい雨が降る日。周りに誰も居ない崩れた建物に囲まれた場所に俺はいた。その時はこの世界にいきなり飛ばされたばかりで荒れていて、俺は一頻り暴れた後、帰る方法も分からず途方に暮れていた。その時サイレント・マジシャンは実体化していたが、俺にどう接していいのか分からなかったのか、俺の側で立ち尽くしていた。そんな時にあの老いぼれは何処からともなくひょっこり現れ、俺にその取引を持ちかけたのだ。

 

「……だが、最近はそれが揺らぎ始めた。あれから一年、二年と年を重ねて世の中の汚さなんてもんは嫌って程分かるようになってきた。そしてそんな事を学んでそれを振り返ってみれば、アイツの言ってた事が本当なのか信じられなくなってきた。冷静に考えればそんな都合の良いものがある訳がない。第一アレっきり会った事も無い相手との取引を信じるなんて事自体おかしな話だ」

「…………」

 

 本当に我ながらマヌケなものだ。言葉にしてみたら、ますます自分が今までそんな言葉を信じていた事がバカらしくなってくる。いや、だがそんなことに気が付けたのも、こうして今のような心に余裕が持てる場所があるおかげなのかもしれない。狭霧と出会う事無く、今も尚一人で“デュエル屋”として生き続けていたら、そんな事を疑問に思う余地は無かっただろう。しかしそれはそれで幸せだったのかもと思う事もある。何も気付かなければ、少なくとも今の胸の内の不安に苛まれる事も無かったのだから。それに……

 

「……だけどな。それに気付くにはもう遅過ぎた。俺は今までは是が非でも二億を稼ぐ事、それだけを目標にして生きてきたんだ。今更その生きる目標を失えば、もう俺はどうしたら良いのか分からなくなる」

「……マスター」

「だから俺は止まるつもりは無い。たとえその目標に達した先に何も無かったとしても、俺はそこまで進み続ける。それに幸い終わりはもう見えてる。その時に、この世界で彷徨い続けた“デュエル屋”としての暮らしが終わるのか、それとも何も変わらないのかは分からないけどな」

 

 そう、立ち止まれば俺の望みは100パーセント果たされない。結局俺は自分の掲げたゴール目掛けて先の見えない霧の中を進むしか無いんだ。そこにあるのが本当のゴールテープなのか、それとも底の見えない穴があるのかは、その最後の一歩を踏み出さなければ分からない、そんな場所を目指して。それは自分の中で何度も言い聞かせてきた言葉だった。

 ただそれを実際に自分の言葉として吐き出してしまうと、なんだか少しスッキリできた。もしかしたらずっと抱えていたものを聞いてくれる人が欲しかったのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう。

 

“この世界で大切なものを作ってしまえば、いざ帰れるとなった時にそれが迷いとなる”

 

 そのような事態を避けるため、他人との距離を常に取り続ける生活を続けていた俺の心も、日に日に増していた胸の内の不安で限界だったのかもな。

 そんな俺の独白をサイレント・マジシャンは口を挟む事無く聞いていてくれた。ただ、もしも彼女が俺のひたすらデュエルに打ち込む姿だけを見て、俺の側に居ようと思っていたのなら、迷いを抱えている今の俺を見て幻滅したかもしれない。もっともそれで彼女が俺の元を去るというなら、俺にそれを止める権利は無いが。

 そんな事を思っていると、突然両手が柔らかい温もりに包まれた。手を見ればサイレント・マジシャンが俺の両手を取って優しく包み込んでいた。サイレント・マジシャンの唐突な行動に驚き顔を見上げると、彼女もまた俺の顔を優しい表情で見つめていた。

 

「マスターがどんな道を進もうと、私はどこまでもお供します」

「っ!!」

 

 息が詰まった。心臓が胸の内で一度跳ね上がったような感覚がした。そしてこの時、前にも似たような事があったことを思い出した。

 

――――それなら……私もついて行きます……あなたと共に……

 

 それは十六夜と初めてデュエルをした時。あの時も、サイレント・マジシャンは自らの危険を顧みず俺の側にいると言ってくれた。そこで、やはりいつも思っていた疑問が頭に浮かぶ。

 

“彼女はどうして俺の側にいてくれるのか”

 

 昔はそんな疑問が浮かんでも、それを本人に聞こうとは思わなかった。他人の事を気にかける余裕すら無かったあの頃の俺からすれば、それこそそんな理由などどうでもいい事だった。いや、今でも他人の事は基本どうでも良いと思っているのは変わらない。

 ただ、サイレント・マジシャンをそのどうでもいい赤の他人という括りに入れる事は、もう俺には出来ない。そして今後も一緒にいれば、ますます彼女の力を頼る頻度も増える事は容易に想像がつく。そうなれば俺は関係が崩れる事を恐れてこの疑問をぶつける事は出来なくなるだろう。

 白黒はっきりさせるなら今しかない。

 俺は意を決してこの問いを彼女に投げかける事にした。

 

「……なぁ。なんでそんなに俺に尽くしてくれるんだ? 自分で言うのもあれだが、お前には随分と不自由な思いをさせてると思う。別に俺から離れても――――」

「マスター!」

「っ!」

 

 しかし俺のそんな問いかけは彼女に強い口調で遮られる。サイレント・マジシャンがここまで語気を強くしたのは初めての事で少々驚いた。彼女の目は何時に無く強くこちらを見つめていた。

 

「それ以上言ったら怒りますよ。マスターの側にいる事が私の望みなんです」

「……そうか」

 

 なぜそうまでして俺の側にいる事を望むのか、この時はサイレント・マジシャンに圧倒され聞く事は出来なかった。ただ、俺の側にいる理由が少なくとも“側に居たい”という彼女の意思であると分かっただけでも十分であり、その時なぜだか胸の奥が少し熱くなった。

 

「なぁ、サイレント・マジシャン」

「はい、なんでしょうか?」

 

 先程はあれ程強い意志を感じさせた表情が嘘のように、またサイレント・マジシャンの表情は優しいものに変わっていた。人を安心させる優しい笑顔だった。お互いに言いたい事は言い終え、部屋はまた和やかな雰囲気になっている。そんな雰囲気をこれからぶち壊そうとしていると思うと心が痛むが、サイレント・マジシャンには伝えなければならない事があった。

 

「その……手」

「て……?」

「別に俺は構わないんだが……手、いつまで握ってんだ?」

「え? あっ! す、すいません!!」

 

 ようやく自分が何をしていたのかを冷静になって理解したサイレント・マジシャンは慌てて手を離す。彼女にしては大胆なだと思ったが、やはり先程はその場の勢いで行動していたようだ。狭霧に少しからかわれただけで顔を赤くするような純情な彼女に、男の手を握るなんて事を平気で出来るとはそもそも考えられない。

 それからさっきまでの事を思い出したのか、サイレント・マジシャンは顔からプシューっと蒸気が吹き出る音が聞こえてきそうなくらい顔を赤くしその場でフリーズしてしまった。どれだけ目の前で手を振ろうとも反応が返ってこない。

 

「ふっ……」

 

 俺の指摘で予想通り先程の落ち着いた雰囲気は見事に壊され、何とも間の抜けた空気になってしまった。それが何とも可笑しくつい笑いが溢れる。しかしいつまでもこのままと言う訳にもいかないので、サイレント・マジシャンをそろそろ復活させるとする。方法は簡単。まず、ぼんやりと虚空を見つめ続ける彼女の目の前で両手を開く。後はそれを目の前で叩いてやるだけだ。

 

「っ!!」

 

 パーンという小気味良い渇いた音が部屋に響く。目の前で起きた突然の音にサイレント・マジシャンは体をビクッと反応させてから意識を取り戻す。

 

「うしっ! じゃぁ飯行くぞ」

「えっ? いや、マスター。さっきそれは私断りましたよね?」

「なんだ? 俺がどんな道を選んでも、ついてきてくれるんじゃ無いのか?」

「それはその…………」

「ははっ、いや悪い。そんな弄るために誘ったんじゃないんだ」

「……?」

「その……なんだ、今までも世話になってるし……今日もだな……そう、礼だ。礼がしたいから俺に付き合ってくれ。それじゃダメか?」

 

 そう誘うとサイレント・マジシャンは顔を俯かせてしまった。やはり女の子を誘った事も無い俺の経験値では乗ってきてはくれないかと、内心諦めかけていると、サイレント・マジシャンはようやく顔を上げた。

 

「はい! お願いします」

 

 空色の瞳に僅かに涙を溜めながら、彼女は良い笑顔で返事をした。

 

 その後、サイレント・マジシャンと飯を食べに行って、家まで送るまでに店で彼女は二回水をこぼし、四回電柱に激突し、二十回以上転んでいたとここに補足しておく。なぜか彼女は始終動きがガチガチだったのが印象的だった。

 

————————

——————

————

 

 日が暮れて間もない頃、ダイモンエリアにけたたましいサイレンの音が鳴り響く。セキュリティの隊員が立ち入り禁止の黄色いテープを貼って道を封鎖している事から、何か事件があった事が分かる。しかし暇な人間というのは往々にして事件と聞きつけると何処からともなく集まってくるものだ。セキュリティの隊員が塞き止める中、集まってくる人は一人、また一人と増えていく。「おい、何があったんだよ?」「『竜の巣窟』でビルの倒壊事故だとよ」「ここの建物もう整理されてねぇからなぁ、ガタが来てたんじゃねぇの?」「不気味なとこだったが、やっぱ今まで近づかないで正解だったみたいだ」などと話しながら、立ち入り禁止エリアにギリギリまで押し掛けてくる野次馬達をセキュリティの隊員は懸命に足止めする。

 

「ここからの立ち入りは危険なので、関係者以外は速やかに退避して下さい!」

「ふざけんな! ここに住んでんのは俺たちだ!」

「事故現場の状況ぐらい俺たちにも見せやがれ!」

「セキュリティは失せろ!」

 

 しかしここの人々はゴロツキばかり集まるダイモンエリアの住人。元々セキュリティを目の敵にしている節があるのも相まって激しく野次が飛び交う。セキュリティの隊員達もまたダイモンエリアの住人に対して良い印象を持っていないため、初めは丁寧な口調だったが、徐々に口調が荒くなる。。結果、セキュリティとダイモンエリアの住人の間に一触即発のムードが漂い始める。

 そんな時、遠くからバイクの猛々しいエンジン音が聞こえてきた。その音は徐々にここに近づいており、いったい何者が近づいてきたのかと音のする方へ集まってきた野次馬達は振り返る。

 こちらへ向かってくるのはセキュリティ仕様の一台のDホイールだった。一般道で走れる最高速度を出しているのか、そのスピードはなかなかのものだ。ただシルエットが大きくなるに連れて徐々に減速に入るのかと思いきや、全くその様子が見られない。流石に減速に入らないDホイールに野次馬達は「おいおい、あれ不味くねぇか?」「止まる気ねぇのか?!」「マジかよ、突っ込んでくるぞ!」「あぶねぇ! 逃げろ!!」と半ばパニックになりながらも、左右に分かれ道を空ける。Dホイールはそれが当然と言うように人の間を通り抜け、セキュリティの立ち入り禁止のテープの前で急停止する。

 

「何考えてやがんだ!! あぶねぇだろうが!!」

 

 野次馬の前の方で尻餅をついている一人が怒鳴る。Dホイールを運転していた男はDホイールを降りると、ヘルメットを外してそちらを睨め付ける。

 

「あぁ?!」

 

 浅黒い肌。海苔を貼付けたような太い眉毛に左頬にある大きな傷、そして悪人顔負けの鋭い眼光は最早堅気の人間には見えない。名は牛尾哲。何かと八代と関わる事の多いセキュリティの隊員の一人だ。肩幅も広くがっちりとした体格のこの男の凄んだ顔を見てたちまち顔を青くする野次馬の男。

 

「邪魔だ野次馬共! 公務執行妨害でしょっぴかれたく無かったら、とっとと失せやがれ!!」

「ひっ、ひぃー!! 失礼しましたぁ!!」

 

 鶴の一声とはこの事か。あれだけ集まっていた野次馬達も蜘蛛の子散らすようにあっという間に消えていった。騒ぎが治まった事でこの場のセキュリティの隊員達は礼を言いに集まってくる。

 

「ったく、サテライトから遠路遥々来てみりゃだらしねぇ。てめぇらもシャキッとしろぉ!」

「「「はっ! 申し訳ありません!」」」

 

 そんな隊員達にも牛尾は一喝。それに対し隊員達は敬礼を返す。しかし叱られながらも隊員達の雰囲気はどこか柔らかい。その様子から牛尾はセキュリティの中では慕われている事が伺える。

 

「おぉ、来てくれたか牛尾」

「風馬か。少し待ってくれ。おい! ここで俺のDホイールを頼む」

「はい、了解です!」

 

 対等の口調で話しかけてきたのはネイビーブルーの髪の若いセキュリティ隊員の男。いや、見た目が若作りなだけで実年齢は見た目程若くも無い可能性もあるが、バランスの取れた整った顔は間違いなくイケメンの部類に入るだろう。

 その風馬と言う男に話かけられた牛尾はDホイールのキーを抜くと近くの隊員にDホイールを預ける。それから風馬の元まで歩み寄ると、二人は話しながら移動を始める。

 

「いつ来てもひでぇ場所だ……それで? 飛ばされた俺をわざわざ呼び出して、今度は一体何があったってんだ?」

「あぁ。夕方頃ここでビルの倒壊が起きたんだが……」

「そいつは聞いてる。って、おいおい。まさかそれの人命救助の人手が足りねぇとかそんな理由で呼び出したんじゃねぇだろうな?」

「違う、話を最後まで聞け。この通りここは普段は人が寄り付く場所じゃない。今回でも今の所見つかった負傷者は三人だ。まぁ、内二人はかなりの重傷なんだが……」

「そりゃあビルの倒壊に巻き込まれればなぁ。むしろ命があっただけでも奇跡みてぇなもんだろ。その重傷の二人は?」

「もう病院に搬送されたよ。意識はまだ回復してないが、幸い命に別状は無いそうだ」

「そいつは何よりだ。それで軽傷だった方は?」

「事情徴収をしようと思ったんだがな……何分まだ事が起きてから数時間。流石にまだパニック状態で聞き取りには難航してるよ」

「まぁ無理もねぇか。で、話を戻すが、俺は何でここに呼ばれたんだ?」

「おっと、話が逸れた。お前には現場を見て貰って、色々とその意見が聞きたいんだ。もうすぐ現場に着くぞ」

「意見ってお前、そんな理由で……ってこりゃまた派手な事になってんなぁ」

 

 目の前のビルの倒壊現場は牛尾の予想していたそれとは様子が違った。倒壊と聞き牛尾が最初に思い浮かべたのは、建物の老朽化で下のフロアの柱が脆くなって上の階層を支えられなくなり倒れる、あるいは下のフロアを押し潰して崩れ落ちるというものだった。

 しかし実際の現場はそのどちらでもない。まるで豆腐でも切ったかのようにビルが斜めに切られ、上階部分が切り口に沿ってずり落ちていた。そしてずり落ちたそれは大きなショッピングモールになる予定だったこのビルの駐車場跡地にぶちまけられていた。まるで子どもがおもちゃ箱をひっくり返したかのように、コンクリートの破片や割れた窓ガラスがそこら中に散らばっている。これが起きてから時間がまだ経っていないため、ポツポツと煙が上がっている場所もあった。

 

「これを見てお前の意見が聞きたい。これはビルの老朽化による倒壊事故か?」

「……こいつを見て事故なんて言う刑事が居たら、余程の素人かそれとも裏金を回された輩ぐらいだろうよ。こんな綺麗に建物が切れるなんてのはどう考えても自然じゃねぇ。焼け焦げた壁面一つ見ても分かるが、こいつはどう見ても人為的な破壊だ」

「俺もそう思う。詳しい専門家による現場検証はまだなんだが、おそらくそうだろう。それを踏まえた上で、お前に見てもらいたい場所がある。来てくれ」

「わかった。……んおぉわっ!!」

「気をつけろよ。足場はかなり悪い」

 

 風馬に言われるがまま後に着いて行く牛尾は、その後何度か足を取られながらも倒壊したビルに触れられる距離まで近づいた。周りはライトで照らされており、現場の写真を撮る者や警察犬と共に現場で見つかっていない被害者がいないか捜索を行っている者などが忙しなく動いている。

 

「ここだ」

 

 風馬が指差したのはずり落ちて残ったビルの切り口。三階から一階にかけてハス切りにされたように倒壊しているため、一階部分であれば大人の身長なら切り口が丁度顔の高さぐらいになっていた。

 

「ここだ……って、この切り口がどうかしたのか?」

「よく見てくれ」

「あぁ、分かった。……んぁ?」

「……気が付いたか?」

「これ……溶けてんのか?」

 

 切断面をよく見ると鋭利な刃物で切断されたのではなく、角が丸みを帯びており高熱で融解したと思しき形跡が見られた。さらに切断面の周りは黒く焦げ付いた跡が残っている。

 牛尾の疑問に風馬も頷き答えた。

 

「見た限りだと俺にもそう見えた。それでこれを見て思い出したんだ。お前、前に“遊々連合”の島の賭博デュエル場に一斉検挙に入った事があったろ?」

「よく覚えてるな。と言っても当時はアレか。世間でも元プロの氷室が捕まったとかで話題になってたな。もう三ヶ月ぐらい前の話で確かにあったが……」

「その時の報告書によると金髪の男と髑髏の仮面をつけた男が逃走したらしいな」

「うっ! ……なんだ、三ヶ月前のネタでいびることを思い出したってのか?」

「それもあるが、本題は違う」

「サラッと肯定すんなよ……まぁいい。それで、その本題ってのはなんだ?」

「その二人ってのは煙幕の中逃走。煙幕が晴れて見たら天井には巨大な風穴が空いていた。それで間違いないな?」

「あぁ、そうだ。その様子じゃあ現場の写真も見ただろうが、そりゃ見事に馬鹿でかい穴が空いてやがった」

「外にいた隊員の証言だと、その時光の柱が屋根を突き破って上がるのが見えたらしい。凄まじい光量でずっとその様子を見ていた者はいないらしいが。そしてその後の分析の結果、天井は何らかの原因で生じた熱線によって貫かれたとなっている。確かに現場の写真を見る限り天井に空いた穴の縁は融解した形跡が残っていた」

「……っ!」

 

 ここまでの風馬の話を聞いて牛尾はピクリと眉を上げる。風馬が意図的に作った話の流れから彼の言いたい事を察したようだ。

 

「……おい。まさかお前が言いてぇのは……」

「そう、この融解の形跡。あの時と同じじゃないか?」

「言われてみれば、確かにそんなような気もするが……それだけでその二つを繋げるのは無理があるぜ」

「根拠はそれだけじゃない。三ヶ月前の件では一般人の目撃証言もあっただろ?」

「あぁ? まさか屋根から巨大な竜のような生き物が飛び出してたってあれの事か?」

「そうだ。今回もあったんだよ! 巨大な翼で飛んで消えてったドラゴンを見たって証言が!」

「……それじゃ何か? 三ヶ月前の件で逃げ果せた金髪の野郎か髑髏仮面のニケとか言う野郎のどっちか、或はその両方は何らかの方法でドラゴンを呼び出して、天井に穴を空けさせてそのドラゴンに乗って逃去った。そして今回の一件もそのどちらかがドラゴンを使ってビルを破壊させて去っていった。そう言いてぇのか?」

「そのニケとか言うヤツは何でかは知らんが、治安維持局と協力関係にあるんだろ? 俺の読みでは煙幕を使ったって言う金髪の方を疑ってるんだが……」

「…………はぁ」

「……牛尾?」

 

 力説する風馬の話を聞いて牛尾は深いため息をつく。その表情は呆れ半分、哀れみ半分といった様子だ。そんな牛尾の表情に気付いた風馬は怪訝そうな顔をする。

 

「……風馬よぉ。お前、疲れてるだろ?」

「……どういう意味だ?」

「そうじゃなきゃ、そんな突拍子も無い事を真顔で喋れねぇだろ。ドラゴンの仕業だとかよぉ」

「んなっ! 違う、根拠はまだあるんだ!」

「分かった、分かった! 全部話せ。それでお前の気が済むなら聞いてやる。そしてお前は帰って良く寝ろ! 良いな?」

「……お前、信じてねぇな」

「当たり前だろ。まともなヤツだったら誰も信じねぇよ。ドラゴンがいるなんて時点でな」

「今回の被害者もうわ言のように“ドラゴンに……殺される……”って呟きながら今も怯えているって言ってもか?」

「まだパニックが抜けてねぇんだろ。正気に戻ってからじゃねぇとまともな証言は取れねぇよ」

「……分かった。じゃあ最後に被害者の様子だけでも見ていってくれ」

「場所は応急テントか?」

「そうだ」

 

 それから気まずい雰囲気になった二人は一言も口をきく事無く応急テントへ向かう。現場から一分程の距離を進む間、その道中の空気は重かった。風馬は何かを考え込むように顔を俯かせ、牛尾は気まずそうに視線をそらしている。そんな重苦しい空気はテント周辺で働いているセキュリティ隊員が挨拶をしてくるまで続いた。

 

「あっ! 風馬さんと……牛尾さんも?! いらしてたんですか?」

「……まぁな」

「ここにいる負傷者の様子はどうだ?」

「ダメですね。風馬さんが来た時から進展はありません。やっぱりまだパニックが抜けないようです。今はテントの中で一人にしています」

「そうか……顔を見るだけなら出来るか?」

「まぁ、それくらいなら大丈夫だと思います。念のため言っておきますけど、牛尾さん。相手は怪我人なんですからくれぐれも無茶な事だけはしないで下さいよ」

「わぁってるよ。そんくらいの分別はついてるっての」

「……頼みますよ? じゃあテントへどうぞ」

 

 後輩のセキュリティ隊員に釘を刺された牛尾の機嫌は目に見えて悪くなる。しかし後輩からそう苦言を呈されるの無理は無い。牛尾の尋問はやり過ぎな部分があると言うのはセキュリティ内では有名な話だ。

 テントを潜るとその中には男が一人隅の方で踞っていた。体は小刻みに震えており、虚ろな目をしている。ブツブツとなにやら呟いているのがテントの入り口に立つ牛尾達にも切れ切れで聞こえてきた。

 

「ドラゴン…………殺される……」

 

 袖を破った黒の革ジャンの下から腕にかけて包帯が巻き付けてあり、今回の件の負傷者である事が一目で分かる。ただそれよりも真っ先に目を引いたのは現在では珍しいモヒカンヘアだ。

 

「あぁ? こいつは……」

「なんだ、牛尾? 知ってるのか? っておい!」

 

 それに気が付いた牛尾はズカズカとテントの奥に入っていき、モヒカンの男に近づいていく。風馬は牛尾の異変に気付き呼び止めるが、牛尾はその歩を止める事無くモヒカンの男の目の前に立った。そして、何をするかと思えば、いきなりモヒカンの男の胸蔵を左手で掴むとモヒカンの男を軽々と引き上げ、宙吊りと爪先立ちになる間の状態になるまで持ち上げる。

 

「おい、テメェ!! こんなとこで今度は一体何してやがった!!」

「ひぃぃぃぃ!! やめてくれ!! 嫌だ!! 俺はまだ死にたくない!!」

「やめろ、牛尾! 落ち着け!! こいつと何があったかは知らんが、こいつは怪我人だ!!」

 

 突然の牛尾の蛮行にモヒカンの男は腕で目の前を隠しながらパニックに陥り、風馬は牛尾に駆け寄るとその腕を下ろさせようとしながら必死に静止に入る。だが、セキュリティの中でもトップクラスの豪腕を誇る牛尾の腕を振りほどく事は決して容易な事ではない。

 

「離せ風馬! こいつは犯罪者のクズ野郎だ! 違法な衝撃増幅装置を使用したデュエルに関与していた現行犯で俺が二ヶ月前パクったんだが、裏でどういう金が動いたのか先日にはもうムショから出やがった! こいつがこの事故に関与してるのは間違いねぇ!! おら! 手で顔隠してねぇで俺の目を見て、今回の一件について洗い浚い吐きやがれ!!」

 

 止めに入った風馬の腕を振りほどいた牛尾は顔を隠すモヒカンの手を右手で強引に退かし、モヒカンの男と視線を合わせる。すると虚ろな目をしていたモヒカンの男の焦点が牛尾に合わせられる。途端、今度は牛尾に怯えたモヒカンの男は拘束された状態から逃げ出そうとして暴れ始めた。

 

「ひぁぁぁぁぁ!! 違うっ! 俺たちは何もやってない!! 俺たちは襲われたんだ!!」

「だ、か、ら!! 何があったか吐けって言ってんだ!!」

「うぐっ! ぐぇっ!! あがぁっ!!」

「牛尾!! 首が絞まってるぞ! 手を離せ!! それじゃ何も聞き出せない!!」

「ちっ!」

「ぐぇっほ!! ごほっ、ごほっ!!」

 

 牛尾から解放されたモヒカンの男は膝をついて激しく噎せ返る。テントの外では騒ぎを聞きつけたのか、ドタバタと他の隊員の足音が近づいていた。

 

「なんの騒ぎですか!? って牛尾さん!! これは一体――――」

「あっ、あいつが!!」

 

 テントに押し入ってきた数人のセキュリティ隊員達。牛尾の足下でモヒカンの男が膝をついている状況を見て、直ぐに何があったのかを把握した隊員が、それを追及しようとした時だった。モヒカンの男が持てる全ての力を振り絞って叫んだ。結果、モヒカンの男が何を語るのか、このテントに居る全員が耳を傾けることになる。

 

「あいつが帰ってきたんだ!!」

「……あいつってのは誰の事だ?」

 

 テントの中に居る全員の疑問を牛尾が代表して問う。この事件の真相が掴めるかもしれないと、ピリピリと張りつめた空気がテントの中を流れていた。

 

「“暴虐の竜王”!!」

「「っ!?」」

「俺たちはドラゴンを操るあいつに襲われたんだ!! もうダメなんだよ! こ、殺される!! うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁ!!!!」

「お、おい! 落ち着け! 鎮静剤だ! 誰か鎮静剤をもってこい!!」

 

 再びパニックに陥ったモヒカンの男を落ち着かせるため、ここに配属された隊員達は忙しなく動き始める。仕事も無く一人取り残された牛尾はその様子を眺めている事しか出来なかった。

 

「……一体、ここで何があったてんだよ」

 

 ここで牛尾の呟きの答えられる者は居ない。

 

 

 

————————

——————

————

 

「ついに尻尾を見せましたか」

「ヒッヒッヒッ! どうやらそのようですね。全く、二年もの間何処で息を潜めてたのやら」

 

 治安維持局のビルの最上階に位置する一室で二人の男が会話する。一人は部屋に唯一あるデスクの前に腰掛ける白髪の大男、治安維持局の長官であるレクス・ゴドウィン。もう一人はそのデスク越しで向かい合う位置に立つピエロのようなメイクをした小柄な男、治安維持局特別調査室室長と言う長い肩書きを持つイェーガーだ。

 

「如何致しましょう? また彼をぶつけますか?」

「デュエル屋"ニケ"、カラスの件では確かにその実力を証明してくれましたが……そう性急に動くこともないでしょう。それに彼もまた、ただこちらの都合の良いようには使われてくれないでしょうし」

「どんな種があるのやら、証拠は一つも残っていませんが、あの実力といいほぼ間違いなく中身は狭霧さんが引き取った八代と言う少年だと思うのですが……なんでしたらこちらの思うように動く駒にできるよう強硬策に出て、素性を暴くこともできますが?」

「いえ、その必要もありません。この前の一件もデュエル屋としての依頼は果たしてくれています。あれ以降カラスの動きも沈静化しているそうではないですか。こちらとしても事はプラスに運んでいることですし、ここで彼との関係を変える理由はありません。それに貴方の調査能力を持ってしても足取りをつかめない相手です。下手な手を打って敵対関係にでもなっては何かと厄介でしょう。報酬金で彼を動かせるのなら安いものです」

「どうやら随分と彼を高く買っているようですね」

「ふふっ。この二年間無敗で"デュエル屋"の業界でトップ。セキュリティの誰も敵わなかったカラスを倒しただけでなく、中身が本当に彼ならキングとも引き分けた実績の持ち主。その実力は評価に値しますよ」

 

 そう言いながらゴドウィンは僅かに口元に笑みを浮かべる。その笑みの裏でどんな思惑があるのかは分からない。

 

「個人的には"暴虐の竜王"と"死神の魔導師"ニケの対戦は見てみたくもあります。ですが、まずはその目撃情報の精査が必要です。調査をよろしくお願いします」

「はっ!」

 

 ゴドウィンの命を受けイェーガーは早速部屋を出て行く。

 一人残されたゴドウィンはデスクの上に置かれた手紙にペンを走らせる。そしてその手紙を書き終えると、それを封筒に収め机の端に置いた。その封筒には“FC”と書かれたシールでとめてあり、宛名にはこう文字が刻まれていた。

 

“Dear Nike”

 

 

 

 様々な歯車が動き始める。

 

 それぞれの歯車は世界に大きな流れを作ろうとしていた。

 

 そして。

 

 その流れは八代という青年をも巻き込もうとしていた。

 

 

 

 第一章 『デュエル屋』編 完

 



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間話 彼女たちの一幕

 Case 1 山背静音の場合

 

 

 

 私の起床時刻はいつも変わらない。

 きっかり6時。それがマスターと一緒に生活を始めてから続いている私のライフサイクルだ。

 カチッ、カチッと規則正しく秒針が時を刻む音だけが朝の静寂を抜ける。

 目を覚まして最初することは上からマスターの寝顔を眺める事。今日もまだマスターはぐっすりと眠っている。

 最近ではデッキ構築に加えて治安維持局や雜賀さんとのやり取り、それに私のデュエルアカデミアの転入に向けてのタスクなどまだまだマスターは夜遅くまで忙しい。私の事で仕事を増やしているのは大変心苦しいのだが、私のために頑張って下さっていると思うとやはり嬉しい。

 勿論私も出来る限りマスターの身の回りの事を手伝っている。ただ手伝っていると言っても、マスターの作った書類の誤字脱字や文法で間違っている事がないかの確認や、コーヒーを出したりする事ぐらいしか出来ていない。

 いや、一度マスターが疲れて机に突っ伏して寝てしまった時にマスターをベッドに運んだことがあった。浮遊魔法でマスターの体を移動させる途中、たまたま魔法の不具合が起きて肩を貸す形で運ぶことになったけどそれでもマスターは寝ていた。体が密着して肌が触れ合ったり、マスターの匂いが近くで感じられたりで物凄くドキドキしたのは今でも忘れられない。翌日マスターは夜更かしが祟ったのか見た感じ顔が赤かった気がする。尚、それ以降マスターは遅くまで起きていても最後は自分でベットに行ってしまう。良いことなのだが、それはそれでちょっぴり残念に思ったり。

 

「すぅ……すぅ……」

「…………」

 

 耳を澄ませば規則正しいマスターの寝息がうっすらと聞こえる。

 普段は堅いマスターも寝ている時は安らかな表情だ。それでも最近は大分表情の変化が豊かになったと思う。笑顔を見せることなんてここで暮らす前では考えられない事だ。あの頃の無表情でデュエル屋として相手を叩き潰すだけのデュエルマシーンのような姿は痛々しく、また何もできない自分の無力さをただただ呪うしか無かった。そんなマスターを変えてくれた狭霧さんには感謝してもしきれない。

 

「んっ……ぅ……」

「……っ」

 

 いけない。

 無意識のうちにマスターを撫でていた手を引っ込める。起こしてしまったかと危惧したが、再び規則正しい寝息をたてる様子を見てホッとした。

 手に僅かに残ったマスターの髪の感触。少しごわついた手触りは決して一般的に良いものとは言えないけど、それでも触りたいと思うのは私のマスターだからなのでしょう。

 

 トクンッ

 

 胸の奥が一瞬熱くなる。その熱はジンワリと体に広がっていく。

 最近マスターの事を考えているとこんなことがよく起こる。これもやはりあんな事があったから。

 

 私が初めてマスターから頂いた大切な宝物。

 

 その記憶に思いを馳せれば、自然と胸が高鳴っていく。

 

 カチッ、カチッ……

 

 だんだんと時計の針の音が遠ざかっていく。

 

 

 

 

 

 Call my name. 〜白魔術師の慕情〜

 

 

 

 

 

————————

——————

————

 

「マスター、少し休んだ方が良いですよ」

「休みたいのは山々だが……そうも言ってられない。まだやる事が山積みだ」

 

 マスターは机のディスプレイに向かいながら返事をする。

 昼間だと言うのにこの部屋の明かりはそのディスプレイしかない。

 それもそのはず。この部屋の窓と言う窓は黒いカーテン閉め切られ電球も点いていないのだから。床には今まで雜賀さんに頂いた資料が無造作に散らばっていて足の踏み場が無い。

 ここは以前にマスターが購入された格安マンションの一室。狭霧さんにと出会うまで拠点としていた場所で、今もこうして狭霧さんに見せられない資料を扱うときはここで作業している。

 

「だけど、もうここ一週間まともに寝て無いじゃないですか! こんな調子じゃあ体を壊します!」

「あぁ……流石にヤバいのは分かってる。だがここを乗り越えれば当分は依頼もない。ここが踏ん張り時だ」

 

 そう言うマスターの目の下には隈ができ、目に見えて窶れきているのが見てとれる。

 こうなったのは春休みに入ってからと言うもの、マスターは学校が無い時間を全て『デュエル屋』関係の仕事の時間に当てているからだ。この一週間で依頼のデュエルが八件もあったこともあり、その間の睡眠時間は10時間にも満たないだろう。辛うじて栄養ドリンクで体を動かしている状態が続いているので、正直何時倒れてしまうのか気が気じゃない。

 

「そう言えばサイレント・マジシャンにもやってもらう事があったな」

「……? なんでしょうか?」

「名前だ」

「名前……ですか?」

「そうだ。この世界で暮らす以上、戸籍登録とかデュエルアカデミアへの入学とかで名前は必要不可欠だからな。手続きは明後日済ませたい。だから明日までに決めてくれ……あぁ、くそっ。あの野郎、足元見やがって……」

 

 私に用件だけ伝えるとマスターは再びキーボードを叩き始める。私の戸籍登録の件で取引相手とのやり取りが難航しているようだ。

 

「…………」

 

 マスターは自分の名前を決めろとあっさりと言ったけど、私にとっては重要な出来事だった。

 

 名前。

 

 それは生涯自分が背負うもの。

 少し先の事を考えていれば思いつく事なのだろうが、まさか自分にこの世界での名が必要になるなんて考えたことのないことだった。いや、そんな事を考えている余裕が無かったと言うべきか。今までの事を思えば危険な日常を送るマスターの事を考える事はあれど、自分の事を考える事はなかったと思う。

 そしてそう思うと同時にふつふつと自分の中で強い願望が生まれていた。

 

 “マスターから名前を貰いたい”

 

 元々精霊として自分の契約したカードの所有者である主に特別な名で呼ばれるという事は最高の誉れだ。ましてその名を主から与えられるのは最上の事で、精霊ならば誰しもが一度は憧れる事でもある。

 そして今こうしてマスターに自分の事を考える切っ掛けを貰った事で、その想いはとても大きく膨れ上がり無意識のうちに私の口から飛び出していた。

 

「あ、あのっ!」

「……なんだ?」

「苗字は自分で決めます! だけど……その……」

「……?」

「な、名前は! 名前だけは、マスターがつけてもらえないでしょうか?!」

「……っ! 俺がか?」

「はいっ! あっ! も、もちろん、考えるのは今の仕事が終わって休んでからで良いです!」

「…………」

 

 胸が高鳴る。

 私からのお願いに、マスターは少々面食らった様子だった。

 だけど、それも一瞬の間だけ。直ぐにいつもの真剣な思案顔に変わると、数秒考えた後に答えが返ってきた。

 

「俺に名前を付けるセンスなんて求められても困る」

「…………っ」

 

 それは拒絶の言葉だった。

 と、同時に昂っていた私の気持ちは冷水をかけられたかのように急速に冷めていく。

 あぁ、私は何を浮かれていたのだろう。別に頼んだからと言ってそれがおいそれと決まるような事ではない。それにマスターの今の状況を鑑みれば断られる事なんて分かりきってた事ではないか。勝手に盛り上がって勝手に落込んでいる自分が間抜けでならない。

 そう思い俯く私の耳に「ただ……」とまだ言葉を続けようとするマスターの声が入ってきた。

 

「……それでも良いと言うなら善処しよう」

「えっ……?」

「ん? どうした?」

「……良いんですか?」

「あぁ。まぁ俺の考えた名前を気に入ってもらえるかは分からないがな。それでもいいならやってみよう。それで良いか?」

「っ! は、はい! よろしくお願いしますっ!」

 

 

 

————————

——————

————

 

 さて、苗字は自分で決めると言ったもののどうしたものか。

 正直なところマスターから名前を頂けるのなら苗字などどうでも良いと思える事だった。

 あれからマスターから『少し……一人で考えさせてくれないか』と恥ずかしげに切り出されたので、精霊化した状態で外に繰り出している。あんな状態のマスターを一人にするのは少し心配だったが、そんな事を言われたら元気よく『はいっ!』としか答えられなかった。

 

『ふふっ』

 

 思い出しただけで頬が緩む。

 私が出る時、マスターは仕事を一段落つけていたので今頃ベッドに入っている頃だろう。念のためあの一室には結界を更にもう一度重ねがけしておいたし、万が一何かあの部屋で異変があったときは私に分かるようになっているのでマスターの危機には直ぐに駆けつけられる。

 時間はまだ二時を回ったくらい。外では昼を食べ終えた人がちらほらと歩いている。その中にはデュエルアカデミアの制服を着た生徒もちょくちょく居た。今日は春休みなので今見られるデュエルアカデミアの生徒たちは大方部活帰りに遊びに出てきたというところだろう。

 そんな生徒たちを見て、自分も今年からはこの中に入れるのだと思うと気持ちが高まっていく。

 

『折角だから少し早いけどアカデミアを覗いてみてもいいよね』

 

 誰に許可を貰う訳でもないが、気が付けばそんなことを口にしながらアカデミアに向かっていた。転移を使えば一瞬で着くけど、今は通学する風景を見ていたかったので浮遊しながら移動する。

いつもマスターの後ろから見ている景色もなんだか今日は輝いているようにみえた。20分ほどの移動時間もあっという間に過ぎていった。

アカデミアの校門に着くとグランドに生徒がまだ多く残っていた。春休みだけど部活動に精を出しているようだ。どの生徒も汗を流しながら時折いい笑顔を見せていた。

部活動も全く縁のないことだったが、アカデミアに入ればそういった事にも関わることになると思うと、ようやくアカデミアに入るという実感が湧いてくる。尤もマスターが部活に入ってない以上、私だけが部活に入るわけにはいかないのだが。

 

『…………』

 

マスターが何を目的に動いていて、何に苦しみ葛藤しているかは何となく分かっている。そしてマスターの辛い戦いはこれからもまだ続く。けどそれもとうにもう折返し地点は過ぎている。そうしてもしもマスターが目的を達したのなら、その時は私はもうマスターとは一緒に会えなくなる。それを思うと胸が締め付けられるように痛い。けれどそれがマスターの望みであるのなら、それが叶うようにするのが私の望みだ。それは私がマスターのこの事を想っているからという事もあるが、私を救ってくれたマスターへの恩返しでもある。

ただそんな望みと一緒にマスターには幸せになって貰いたいとも思う。だからこんな笑顔が見られる輪の中にマスターも入ったら、ひょっとしたらマスターも同じ様に笑えるのではないかと思った。が、それはマスター自身が望まない限りありえない事か。

だけどマスターが他の人との交わりを拒むのなら、せめて私だけはマスターの心の拠り所になれるようにしよう。

そんな決意を新たに私はアカデミアの校舎の中に入った。

 目的の場所は教室。ついこの前までマスターが過ごしていた教室をもう一度見たくなったのだ。

昇降口を潜り階段を上って廊下を進むと目的の教室がある。開いていたドアから中を覗くと幸いな事に教室には他に誰も居なかった。蛍光灯は点いていなかったが、窓からは日が差して教室の中はまだ明るい。

 マスターの席は丁度日が差し込んでいる窓際の列の最後尾。休み時間は勿論、授業中もここでマスターはいつも寝ているのだ。筆箱を枕代わりにして寝る様子が居ないのに見えてくる。

 

『…………』

 

 周りの気配を伺っても人がやってくる事は無さそうだ。

 少しだけなら、そう自分に言い訳してマスターの席の椅子を少しだけ引いた。

 

 ギィ……

 

 教室の中に椅子の足と床が擦れる音が響く。それは極小さな音なはずなのに少しいけないことをしていると言う罪悪感からか、とても大きく聞こえた。急いで教室周辺の気配を探るがこの音の届く範囲に人は居ないと分かり、ほっと胸を撫で下ろす。

 既に自分に透過の魔術を施してから実体化したおかげで周りから私の姿は見える事はない。

 私は音が出ないように気を配りながらゆっくりとその席に腰を下ろした。椅子のひんやりとした感触が服越しに伝わってくる。

 

(これがいつもマスターが見ている教室の様子なのかぁ……)

 

 一番後ろの席から見る黒板との距離を感じながら染み染みとそんなことを思った。しかし直ぐにそうじゃないことを思い出した。マスターは黒板など目もくれず、この机に頭を乗せて寝ていたのではないか。

 

「ごくっ……」

 

 光を反射させる白い長机に自分の顔が映る。頬が少し赤くなっている気がするが、それは日差しに当てられてと言うことにしておこう。

 段々と胸の鼓動が速くなっているのを感じる。

 

(ちょっと、ちょっとだけなら! 顔くらい乗せても……いい、よね? べ、別にやましいことする訳じゃないし!)

 

 ドクンッ

 

 顔が熱い。

 机に触れる髪の感触が大きくなっていく。

 机に顔を近づけていくにつれて心臓が早鐘を打つ。

 

 ドクンッドクンッドクンッ

 

 もう言い訳が出来ないくらいに顔が真っ赤なのが机に映っている。

 机と頬の距離はもう指一本分程。

 

「っ!!」

 

 ガラガラガラッ

 

「ふぅぅ、ったく疲れたぜぇ……」

「だろうな。あれだけ動いていて疲れない方が寧ろどうかしている」

 

 後少しのところという時に人の気配を感じたせいで慌てて体を起こす。よく考えれば相手には見えるはずも無いのだが、体が反射的に動いてしまった。

 そしてこれは少し不味いことになった。

 透過の術をかけているとは言え、実体化した状態で腰掛けている今ここで下手に動けば物音で気配を気取られる恐れがある。精霊化すれば解決しそうなものだが、マスターのように精霊化した状態でも私のことを見える人もいるのだ。道を行き違う人程度ならまだしもデュエルアカデミアの生徒に私の事が気付かれるのは不味い。ましてこうして教室の中でバッタリなんて言うのは最悪だ。万が一のことを考えれて安易にその選択がベストな解答とはいえない。それに精霊化をすれば透過の術は解けてしまう。ならばここは音を立てずに様子見をするのが最善か。

 幸いなことに入ってきた二人の男子生徒は教室の入り口付近の席で話し込んでいるようだった。

 

「何時から練習再開なのだ?」

「ん〜あと十五分後くらいだ」

「ふむ、そんなものか。やはり運動部はキツそうであるな」

「まぁ、一応レギュラーだからな。それに文化部とは言え、忙しさは似たようなもんじゃないのか、提督殿?」

「忙しいと言ってもベクトルが違う。あのような過酷なトレーニングはとてもじゃないが俺には無理だ。素直に尊敬するよ、流石は番長だ」

「呵々っ! お前にそう直球で褒められると照れるな」

 

 よく見るとこの二人は教室では見慣れない生徒だった。

 どちらも身長は男子の平均よりは少し高いくらい。

 片方は線の細い体つきでサラサラな黒髪の提督と呼ばれている青年。四角い黒縁のメガネをかけているからか知的な印象を受ける。

 もう一人は癖っ毛のある茶髪の青年。運動部に所属しているという彼らの談の通り制服の上からでも鍛えられた体の筋肉が見てとれる。番長と呼ばれていたが、彼は一体何部なのだろうか?

 当然私に気付いている人間がいない今、この疑問に答えてくれる人などいる訳も無く、彼らは話に花を咲かせ続ける。

 

「……ようやくここまで来たな」

「……あぁ、一年もかかっちまったがようやく来れた」

「今年からはいよいよ我々も最上位クラス。そう思うと胸の高まりが押さえられん」

「全くだ。強い奴と戦えるってのは心躍るってもんだぜ」

「……やはり目指すものは同じか」

「……そうなるな」

「っ?!」

 

 突然二人の視線がこちらを向いた。一瞬こちらに気付かれたのかと思い声が出そうになったのをなんとか抑える。

 しかしよく見ると二人がこちらに気が付いた様子は無い。ただこちらの席を見ているようだった。

 

「デュエルアカデミア・ネオ童実野町校始まって以来の最強デュエリストと名高い『戦王』八代。後輩の飛び抜けた才を持っていた十六夜を破った実力はまさに本物だ。だが! 今年はそれを打ち破り我が艦隊の最強伝説の幕開けとする!」

「おぉっと、なら俺はその艦隊も纏めて打沈めてアカデミア史に残る闘魂デュエル伝説でも作ろうかね」

「ふっ、面白い。昨年度の我々のデュエルの戦績は五分五分だったが、今年は勝ち越してみせよう」

「呵々っ! 今年も血潮の滾る年になりそうだ」

「…………」

 

 なるほど、こちらを見ていたのはマスターの席だからだったのか。マスターを倒すことが目標とは随分と高い目標を持っているらしい。これくらいの気骨のある生徒がいたとは正直驚いた。

 デュエルを誘われたら決して断ることの無いマスターのことだ。こんなに熱い闘志を持つデュエリストが相手なら、もしかしたらマスターも楽しくデュエル出来るかもしれない。

 

「……はぁ、ただなぁ」

「言いたいことは分かるぜ、軍曹……女、だろう?」

「あぁ、この華の無い学年はどうにかならないものか」

「全くだぜ。後輩にはめっちゃ可愛い子がいるってのに俺らの代はどうしてこうなんだよ……あぁ〜ツァンちゃんとか藤原ちゃんの学年の男子に生まれたかったぜ」

「同感であるな。学年混合デュエルの時の相手すらもお互い後輩の男子だったのは痛い。あの時ばかりは十六夜さんでも良いから可愛い女の子とデュエルがしたかった……」

「そうだな。いや、俺はむしろ十六夜ちゃんウェルカムだったぜ。痛ぇのは慣れてるからな」

「そのタフさが羨ましい。せめて可愛い子がいないのが我々のクラスだけだったのなら未だしも学年全体となるといよいよどうしようも無い。折角クラスが変わっても、名前順で座った時に隣の子が可愛いなんて素敵なイベントが起こりえないのだからな」

 

 

 

 ガタッ

 

 

 

「っ?!!」

「何の音だ?」

「あん? なんか物でも落ちたか?」

 

 自分がたてた物音に心臓が跳ね上がる。

 しまった、と思った時にはもう遅い。

 こちらに何かあるのか確認しにもう二人がこちらに向かってき始めていた。

 透過の術をかけているとは言え、ここで動けば音で移動がバレる。精霊化すれば物理的接触は全て無視して移動できるが、相手が精霊を見ることの出来る人間だった場合、確実に姿が見られてしまう。こうなってしまった以上は覚悟を決めるしか無い。

 私の存在がバレてしまうと言う最悪の事態への恐怖が心臓の鼓動を狂わせる。しかしその恐怖を封じ込め私は身体を動かした。

 

 

 

 ガチャッ

 

 

 

「は?」

「あ?」

 

 誰も居ないはずなのに突然窓の鍵が開くという現象を目の当たりにした二人の男子生徒は歩を止めた。目の前で起きている現象に思考が追いついていないのだろう。その僅かに出来た間に私は次のアクションを起こした。

 

 

 

 ガラガラガラッ

 

 

 

「うぉぁっ!」

「なっ、なんだ?!」

 

 何も無い場所で窓がひとりでに開くというのは最早ポルターガイスト現象だ。連続で起きた不可解な物理現象に後退る二人を尻目に私は窓の外に飛び出した。

 空から教室内を見ると二人はまだ驚き慌てているようだった。

 私がやったのは結局の所、透過の術をかけた状態で窓を開けて空中へ離脱と言う至って単純なものだった。少々強引な手だったが、これでこちらの姿まではバレる心配は無い。

 それと二人には感謝しなければならない。名前順での座席決めとは盲点だった。

 こちらに気付く事はないだろうが、空から二人に礼をすると私はその場を後にした。

 

 

————————

——————

————

 

 

 デュエルアカデミアを出てから大分時間が過ぎ日は暮れ掛っていた。

 あれから今年から高校2年生になるデュエルアカデミアの生徒苗字をシラミつぶしで調べていたせいで大分時間が経ってしまった。もしかしたらマスターはもう起きているかもしれない。

 まぁ調べた甲斐あって自分の苗字は既に決まった。あとはマスターから名前が頂けたらこれ以上の事はない。

 

『ただいま戻りました……』

 

 転移でマスターの仕事場に戻ると小声で帰宅を告げる。寝ているマスターを起こしてしまってはいけないからだ。

 一室しか無い部屋の中はPCのディスプレイの明かりも消え真っ暗だった。やはりマスターは仕事を終えて寝ているのだろう。ベッドの様子だけ確認してマスターが起きるのを待っていようと思いベッドに近づくと、ここでようやく異変に気が付いた。

 

 マスターがベッドにいないのだ。

 

『っ!』

 

 直ぐさま私は指先に魔力を集め部屋の中を照らした。

 閉め切られているカーテン、スリープ状態のPC、机の上に放置されている栄養ドリンクの空き瓶、床に散らばった雑賀さんから貰った資料、ここまでは部屋を出た時と何ら変わりはない。しかしマスターが椅子の横で倒れてうつ伏せになっているのが違和感として直ぐに目に入った。

 

「マスターっ!」

 

 その光景が目に入った瞬間、私は精霊化状態を解いてマスターの元へ駆け寄っていた。

 マスターの体を仰向けにし膝に頭を乗せてみると、呼吸は正常だが意識は完全に無くなっている事が分かった。顔から血の気が引いていくのを感じる。

 

「マスターっ?! マスターっ?! 大丈夫ですか、マスター! しっかりして下さい!!」

 

 しかし私の呼びかけも虚しくマスターの意識が戻る気配はない。

 部屋の防衛結界が破られた形跡もない事から、外からの侵入者があったという事はまず無い。ただマスターが意識を失っている原因は直ぐに分かった。

 

 睡眠不足だ。

 

 ここ最近の『デュエル屋』としての過密スケジュールのせいで碌に寝ていない事が原因だろう。ただ、原因が分かったとしても私には何をすべきなのか分からなかった。私は回復魔術はからっきしだし、医学知識も持ち合わせていない。このままベッドにマスターを運んでおけば良いのか、それともマスターに何か医学的な処置が必要なのか皆目見当もつかない。私は焦っていた。

 こうして私の一番大事な人が目の前で意識を失っているという状態が、私を焦らせ思考の自由を奪っていく。やはりここはマスターを連れてお世話になっている闇医者に診てもらうべきなのか。そんな事を考えている時だった。

 

「んっ……うぅっ」

「ま、マスター?」

「んぅ……さ、サイレント・マジシャンか……?」

「はいっ! そうです! 大丈夫ですか?!」

「ん……あぁ、どうやら寝ちまってたらしい。心配かけたな」

「……なんでベッドで寝てないんですか? 私が出かける時、直ぐ寝るって言ってたじゃないですか」

 

 そんなつもりは無かったのについ語気が強くなってしまう。そんな私の様子を見てマスターは少しばつの悪そうな顔を浮かべる。

 

「悪い……ただ、サイレント・マジシャンの名前をどうしても考えておきたくてな」

「っ!! そ、そんなのマスターが休んでからで良いって言ったじゃないですか! それでマスターの体が壊れちゃったら! 私は! 私は……」

「お、おいおい。泣くなよ。流石に寝不足程度でどうにかなっちまう程、やわな身体じゃねぇよ」

「す、すいません……こんなつもりじゃ……」

 

 マスターが無事だった安堵と私のせいでマスターに負担を強いてしまった後悔が私の目から涙となって溢れ出す。そんな私を見てうろたえているマスターの様子はなんだかとても新鮮だった。

 

「それで……苗字は決めたのか?」

「はい。決めました」

「何にしたんだ?」

「山背です。“やま”の字は地形の山で、“しろ”は背中の背の字を書いて“山背”です」

「へぇ〜、その字だと“やませ”って読みそうだけどな。その苗字にしたのは何か理由でもあるのか?」

「はい。一つは魔術師に近い存在だった昔の日本の陰陽師の人の苗字から頂きました」

「なるほど。“一つは“って事は、まだ理由があるのか?」

「はい。けど、もう一つの理由は……まだ秘密です」

「ふっ、そうか。じゃあその秘密が聞ける時を楽しみにしておこう」

 

 もう一つの理由はマスターが気が付いていないのなら、入学したときのちょっとしたサプライズにしたかっただけだ。特に大きな意味がある訳ではない。

 

「それで……その……」

「名前か?」

「……はい」

「あぁ。一応俺なりに考えたよ」

「本当ですか!?」

「おう。ただ、気に入ってもらえるかは……」

「聞かせて下さい」

「……分かった」

 

 緊張する。

 経験は無いが、好きな人に告白をしてその返事を待つというのはこんな感じなのだろう。

 胸が張り裂けそうな程、激しく心臓が鼓動を打つ。ひょっとしたらこの音は私の膝の上に頭を乗せているマスターに聞かれてしまっているのではないだろうか?

 そう思うくらい暴れる心臓のせいで、五感全てが自分のものだという現実感が薄れていく。なんだかマスターを見ている映像でも眺めているみたいな感じがする。

 そしてマスターの口が動き始めた。

 

「“しずね”」

「しずね……」

「そう。静かな音って書いて“静音”だ」

 

“しずね”

 

 その言葉を自分の中でもう一度反芻させる。

 それはマスターから貰った名だからという事はもちろんあるだろう。だけどそれ以上にその名前はしっくりくるものがあった。まるで私が生まれた時に与えられた名前のように。

 

「……どうだろう?」

「“静音”……凄く、良い響きです」

「そうか、良かった」

「あの、聞いても良いですか?」

「ん、なんだ?」

「どうしてマスターはその名前にしようと思ったんですか?」

「あぁ、やっぱりそれ聞くよな。言わなきゃダメか?」

「聞きたいです」

「だよな。……分かった」

 

 最初は気恥ずかしそうにしていたけど、私の気持ちを汲んでくれたマスターは覚悟を決めたようで、真剣に私の名前の由来を話し始めてくれた。

 

「色々考えてたんだ。名前ってのはどうやって付けるべきなのか。親が子どもに名前を付けるときは、よくその子が将来こんな子になって欲しいっていう願いとかが込められたりするだろ? 最初はそう言う方向で考えようと思ったんだけど、もう成長しきってるサイレント・マジシャンにはそういう付け方は違うって途中で思ってな。結局サイレント・マジシャンのイメージを考えて名前を付けた方がしっくりくる気がしたんだ」

「…………」

「“サイレント”ってのは音をたてない事とか、無言である事って言う意味だろ。確かにサイレント・マジシャンは自分から何かを頼まれたりする事はなかったし、まさにそうなんだろうって思ってた」

「…………」

「だけどな。今日サイレント・マジシャンから初めて頼み事をされて、そうじゃないって思ったんだ。意識を向けないと何も聞こえないけど、耳を澄ませば聞こえる音。とても静かだけど確かに(お前)は存在する。“無音(サイレント)”じゃない。だから“静音”だ」

「…………」

「自分で言うのもなんだけど、この名前を思いついたときはなんとなく“あぁ、これだ”って思ったな。まぁそれで名前を決めたら気が抜けちまって、それであのザマだ」

 

 マスターの説明を聞き終えた時、私はもう既に限界だった。現実感の無かった名前を貰ったと言うことにようやく認識が追いついたのだ。

 そして思う。

 

 あぁ、私は幸せ者だ、と。

 

 鼻の奥がツンと痛み、もう抑える事が出来そうにない。でも仕方ないじゃない、こんなに嬉しいのだから。

 

「……やっぱ、こう面と向かってこういうことを言うのは恥ずかしいもんだな。って、サイレント・マジシャン?」

「……あっ……あ、あ、ありがどうございまず……ぐすっ、すごぐ……すごぐ、うれじいですっ!」

「だ、だから泣くなよ。ったく」

「だっで、まずだーに名前を貰うのが、夢だっだがら! うれじぐで、ひっく」

「……そうかい」

 

 感極まって泣き出した私を見て、マスターは呆れながらも優しい表情を浮かべていた。嬉し過ぎて涙が止まる気がしない。

 

「っ!!」

 

 スッと伸ばされた手が溢れ出る私の涙を拭う。それがマスターの手だと気付くには一拍必要だった。

 

「お願いってのは今回に限った事じゃない。また、何かあったら言ってくれて良いんだぞ?」

 

 かけられたマスターからの優しい言葉にまた瞳から涙がジンワリ溢れてくる。

 このタイミングでこれはズルい。

 せめてもの仕返しという訳ではないが、ここでマスターの言葉に甘える事にした。

 

「ぐすっ……じゃ、じゃあ、今一つ良いですか?」

「おう、なんだ?」

「私の事を名前で……名前で呼んで下さい」

「ははっ、なんだそりゃ。小さい頼み事だな。分かった。“静音”。これで良いのか?」

「もう一度! もう一度……お願いします」

「分かった」

 

 さっきは心の準備ができていなかった。私の意図を察してくれたマスターは私の準備をする間をしっかり作ってくれた。その間に呼吸を整え涙を抑える。そして私は目を閉じもう一度マスターから呼ばれるのを待つ。その声を、響きを、決して余す事無く聞き取るために。 

 

「静音」

 

 その声はまるで私の身体に溶けてしみ込むように、スッと胸の中を満たしていった。

 

 “静音”

 

 マスターから呼ばれたこの名前を自分の中に刻み込む。

 今日から私は“山背静音”なのだ。

 マスターから一番大切なものを貰えた喜びで再び涙が出そうになるのを堪える。

 この返事はそれを受け入れた事を示すために、そして“山背静音”として生きていく事を誓うためのもの。だから、

 

「はい、マスターっ!」

 

涙は止め、私のとびっきりの笑顔で答えるのだ。

 

「ふっ、まぁ気にいてもらえたみたいで……良かったよ。っと、そろそろ……ヤバい……悪いな、ちょっと……寝るわ……」

「はい、わかりました。おやすみなさい、マスター」

 

 マスターはそう言うと安らかな表情で意識を手放した。

 それからしばらく私はマスターの寝顔を見ながら頭を撫でていた。マスターから貰った名前の幸福感を感じながら。

 

 

 

————————

——————

————

 

 カチッ、カチッ、カチッ

 

 時計の針の音が鮮明に聞こえる。

 そう、こうして私は“山背静音”になったのだ。

 

『……っ!! (あれ? よく考えると私凄い大胆な事してた?! あれって普通に膝枕だったよね?! いや、でもでもでも、あれは非常時だった訳で! 決して私がそうしてあげたかったとか、そんな不純な理由じゃないし! べ、別に問題ない! ……よね?)』

「ん……んんっぅぅ……」

『っ!!』

 

 マスターの声で私の意識は再び今に戻ってきた。

 どうやらマスターはもうお目覚めのようだ。

 急いで手櫛で髪を整え身だしなみの確認をする。

 うん、今日も問題無さそうだ。

 体を伸ばしゆっくりと上体を起こすとまだ眠たそうに目を擦るマスター。

 マスターから名前を貰って以来、こうしたマスターとの日常の一コマがとても愛おしく感じられる。

 

『おはようございます、マスター』

「うんぅ……おはよう、サイレント・マジシャン」

 

 ただ、頂いたこの名前を呼んでもらえる日はまだ遠そうだ。

 

 

 

〜Case 1 fin〜

 

 

 

 Case 2 狭霧深影の場合

 

 曇天。

 

 それは空という巨大なキャンパスに今の私の心の内を描き出しているのかもしれない。或いは空は人の気持ちを映し出す鏡なのだろうか。少なくとも私個人が切り取って見た空一面は、余すことなくどんよりしたねずみ色の雲に覆い尽くされていた。

 

「はぁ……」

 

 ため息が溢れる。

 これは天気に引きずられてとか言うことではない。今日という一日はそもそも空を見る間もなく起床直後のため息から始まったのだから。

 仕事中に私情を持ち込むのはタブーなのだろうが、ため息をつくことぐらいは許してほしい。いや、許されるべきだと半ば自分に言い訳をしながら再びため息を零す。

 この様子を端から見てもわかる通り私は現在進行形で気が滅入っている。ここまで気が滅入るのは同居人と一緒に暮らし始めたばかりの頃以来かもしれない。あの時の彼のあからさまに他人を拒絶する心の壁の固さときたら『迷宮壁―ラビリンス・ウォール』なんて目じゃないものだった。今でこそ自然な会話ができるものの、あの頃は全くと言っていいほど反応がなく同居していて大変心に来るものがあった。

 自分のヒールの音がいつもより大きく感じるのは気のせいじゃないだろう。ここにイェーガー室長でもいれば間違いなくあの嫌らしい笑みを浮かべながら「悩みごとですか? 顔に小皺が増えますよ? ヒッヒッヒッ」とでも皮肉が飛んでくるところだ。

 

「…………」

 

 しかし目の前を歩くのはそんな苦手な上司ではなく自分の想い人。

 いつもなら側にいることが出来るだけでもささやかな幸せを感じているところだが、今日はどうもそんな気分になれない。果たしてそれは今日の気分によるものなのか、それともこんな自分などに目もくれないいつも通りの彼の態度によるものなのか。

 

「はぁ……」

 

 再びため息が零れた。

 

 

 

 

 

The sunken weather. 〜美人秘書の憂鬱〜

 

 

 

 

 

 前を歩く男、ジャック・アトラス。

 その男とどういう関係なのかと聞かれたら一言で彼の秘書であるという他ない。本音を言えばビジネスパートナーを越えた関係になりたいと言うところなのだが、今のところそんな関係にはなれそうも無い。

 そもそも彼は言うなれば国民的アイドルのようなもので、仮に両想いになれるような事があったとしてもお互いの立場と言う大きな壁が立ち塞がる。障害が大きい程燃え上がるのが恋なのだと乙女な妄想をしていた時期もあったが、そんなことしてもそもそもそんな舞台にすら立てていない現実が胸に突き刺さり虚しくなるだけだった。

 大体常にデュエルキングであろうとする彼の頭の中に恋愛の文字があるかどうかも怪しい。そこそこ顔は整っていると自負しているつもりだが、仕事で一緒の時に女として見られた事はない。女としての自信を無くしそうだが、逆に彼に女っ気が無いと考えればまだ救いはある。この辺りは同居人と同じ……なんて考えていた時期も私にはありました。

 女っ気なんてまるで感じられなく頭の中はデュエル一色で恋愛なんて縁の無さそうなあの八代君がこの前女の子を連れてきたのだ。アカデミアで友達の一人の話すら食卓で話題に上がらない彼が最初に連れてきたのが同世代の異性の子だったのだ。むしろ今まで友達の一人も居ないのではと心配していた私の気持ちを返して欲しい。

 そんな八代君が連れてきた女の子がまたとびっきりの美人でもう。ロングの白い髪は綺麗で艶があり一体どんなシャンプーとトリートメントを使えばああなるのだろうか。一切の汚れの無い純白の陶器肌も、整った目鼻立ちも、女性として出るところの出た理想のスタイルも、どれをとっても非の打ち所がない。唯一勝てたのは胸のサイズぐらいだろうが、彼女はまだ成長の可能性を残しているのだ。それもいずれは負けるかもしれない。話してみれば純朴な人柄が伺え八代君の事を真剣に想っているのが分かった。

 あの時は表面上大人の余裕を見せているつもりだったが、内心では動揺しっぱなしだった。そして二人の深い関係を知った時にはついにボロが出てしまいあのザマだ。

 しかもあの後は尚も悪い。友人を呼び出して昼間から居酒屋をハシゴしやけ酒を呷り泥酔状態で帰宅。そんな情けない状態をあろう事か八代君に介抱してもらっただなんて、思い出しただけで顔から火が出そうになる。おぼろげな記憶でものすごく顔を赤くしていた彼の表情が残っているが、彼がそんな状態になるなんて私は余程の醜態を晒してしまったのだろう。彼の中での私の大人な女性の像が一瞬にして砕け散ったのは想像に難くない。

 あれから数日経ったが、どんな顔をして八代君に会えば良いのか分からず落ち着かない生活をしている。彼の前では常に穴があったら入りたい状態だ。

 そんな中で舞い込んできたのが取材の仕事。その取材を受けるのがアトラス様ならば別段不思議な事ではないのだが、あろうことかその取材を受けるのは私だ。しかもその取材の記事は超有名雑誌のあの“月刊決闘者”に掲載されるのである。

 『デュエル関係の現場で働く美人特集』として取材されるらしいが、一体何を聞かれるのか分かったものでは無い。そもそもこの取材自体ドッキリなのではないかと疑っている程だ。

 そのような事が重なっていて今日はいつも以上に憂鬱なのである。これからの事を考えるとまたため息が溢れた。

 

「……い……り」

「……はぁ」

「おい!」

「はっ、はいっ! なんでしょうか?」

「まったく……俺の話を聞いていたのか?」

「申し訳ありません、アトラス様! その……考え事をしていて……聞いていませんでした……」

 

 気が付けばアトラス様がこちらを振り向き不機嫌そうに仁王立ちしていた。

 せっかく話しかけて頂いたと言うのにそれをぼんやりしていて聞き逃してしまうなんて、今日の私はやはりダメなようだ。

 急ぎ頭を下げ謝罪すると、彼はため息を吐きながらも話を続けた。

 

「……まぁいい。答えろ。最近の奴はどうなのだ?」

「八代君ですか? そうですね。相変わらずアカデミアでは無敗記録を積み上げているようです」

「ふんっ、それは当然だ。奴とはキングであるこの俺と引き分けた男。俺の手で敗北を下すまで敗北は許されん。そうではなく俺が聞きたいのは、奴は最近心踊らせるデュエルをしているかということだ」

「……さぁ、どうなのでしょう。そこまでのことは存じていません」

「そうか……」

 

 あの八代君とのデュエル以降、こうして大体一ヶ月おきくらいのペースで八代君の近況を聞かれる事がある。やはりあのデュエルはアトラス様にとっても大きな影響を与えているのだろう。

 ただアトラス様のデュエルを間近で見ていると思うのだ。未だにプロでこれ程までに華麗に勝利を収め続けている彼にとって、今も尚一介のデュエリストである八代君と言う存在は大きいのだろうか、と。確かに八代君も凄腕のデュエリストなのは間違いないが、デュエルアカデミアとプロの世界では勝ち続ける事の意味が違う。プロの世界の荒波にもまれ続けたアトラス様とデュエルアカデミアで勉強を続けた八代君ではこの3ヶ月の間のデュエルでの成長の度合いに開きが出来てもおかしくない。今八代君と戦ったら完勝できてしまうのではないかとすら思う。

 折角の機会だ。会話を続けるためにも思った疑問をぶつけてみる事にした。

 

「あの……お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「なんだ?」

「なぜそこまで八代君のデュエルの事情をお気になさるのでしょうか? あのデュエルから3ヶ月が過ぎました。その間にデュエルアカデミアで過ごした八代君とプロの世界で戦い抜いたアトラス様では、最早あの時よりも実力の差が開いているのではないでしょうか?」

「お前……奴と間近に居ながらそんなことも分かっていないのか?」

「え……?」

「お前も奴とデュエルをしたのなら感じなかったのか? どんな状況においても冷静なプレイング、そしてどんな手を使ってでも相手のライフを0にしようという奴の気迫を。あれ程の気迫を感じさせるデュエリストはこの町のプロにも居ない。奴はこのシティで唯一俺と同じ高みに立つデュエリストと言っても良いだろう。たかがその程度の環境の違いだけで奴との実力の差を開けられるのならば苦労はない」

「…………」

 

 まさかそれ程八代君が認められているとは、正直驚いた。

 アトラス様は八代君とのあの一度のデュエルで私は感じ取れなかった何かを感じ取ったのだろう。

 

「それに、だ。そんな奴の心を揺さぶる相手が居たとしたら、それは俺のこの乾き潤す可能性がある相手に他ならん」

「……仮に彼がそんなデュエリストと戦ったとしたらどうされるのですか?」

「無論そんな奴が居たとしたら、そのデュエリストと戦うまでだ。一時の渇きを潤す相手にはなるだろう」

「でも、不用意に一般人とデュエルする事は……」

「ふん、俺がプライベートで誰とデュエルをしようが勝手な事だ」

「ですが、アトラス様。お立場を……」

「そこまで俺の立場を気にすると言うならば、貴様らが情報統制を敷くなりするがいい!」

「……っ」

「お前には分からぬだろうな。この俺の渇きが……」

「アトラス様……」

「ここでのデュエルでは満たされぬのだ。熱く血潮を滾らせるようなデュエル。俺が目指すのはそんなデュエルで敗者の山を築き上げて君臨する頂点。こんなネオ童実野シティ(ゴドウィンの掌)などと言う小山のキングなどでは断じて無い!」

 

 この時、語気を荒げるアトラス様に私は何も言う事は出来なかった。

 基本的にアトラス様は命令される事を嫌っている。今の言葉からも分かるようにゴドウィン長官の思惑通り動かされている現状には不満を抱えているのだ。

 だけど私には確信があった。

 アトラス様はいずれ世界のキングになるお方である、と。尤もいくら私がそう言おうともアトラス様の気休めにもならないだろうが。

 

「だからそのためにもまずは奴ともう一度戦う必要がある。世界のキングを目指す前に、この町での頂点が誰なのか決着を付けなければ俺の気が収まらんからな」

「そこまで八代君の事を評価されているなんて……意外でした」

「当然だ。お前も見ていたのだろう? あのデュエルは少なくとも観客を魅せるエンターテインメントに興じる余裕などなかった。この俺が真っ向から全力で戦って、引き分けにしか持ち込めなかったのだ。これ程迄に俺を追いつめた奴などこの町のプロを見渡したところで一人も居まい」

 

 やはりそう言うアトラス様の目には八代君しか映っていない。

 

 ズキッ

 

 胸の奥に小さな棘が刺さったかのようなほんの少し痛みが奔る。

 この歳になるとこの痛みがなんなのか直ぐに見当がついた。

 八代君に嫉妬しているのだ。

 自分は想い人の視界に入れてすらいないのに、その視界を独占している彼に嫉妬しているのだ。歳を重ねても全く見当違いの醜い感情を宿してしまう自分が情けない。

 そんな醜い自分の気持ちにはそっと蓋をする。そうやって心の機微をコントロールして話を続けられたのもまた歳を重ねたおかげというのはおかしな話だ。

 

「……では実質この町でキングたるアトラス様に挑戦できるデュエリストは八代君だけ、ということなのでしょうか?」

「今のリーグの様子を見るにそうなるな。尤もこれは今の生温いプロの現状だけを見ての事だ。ひょっとしたらプロになっていないだけで、この俺に匹敵するだけの実力を持っている者もいるかもしれん。それにあいつがこの町に来れば或は……」

「…………?」

「ふっ、まだそれは無いか」

 

 アトラス様の言うあいつと言う人物には心当たりが無いが、何かを思い出して笑うその表情に私は見惚れていた。

 いや、そうだったと気が付いたのはアトラス様の声を再び聞いてのことだったか。

 

「む、そろそろ時間か」

「はっ! そ、そうですね! その……私はご一緒できませんが……」

「構わん。元々ピットまでの見送りなど必要ない事だ」

「……そう……ですか」

 

 やっぱりアトラス様の眼中に私などいないのだ。

 分かっていた事だが、こうして彼の口からはっきり“必要ない”と言われると気分が更に沈んでいく。

 立ち止まる私とデュエルへ向かっていくアトラス様の間の距離が離れていく。まるでそれが私とアトラス様の永遠に縮まらない距離を表しているようだと考えるのは悲観し過ぎだろうか。

 ガラス越しの空と同じで心の曇り模様は一向に晴れる兆しは無い。

 またため息が溢れそうになった時、ふと一定の間隔の足音が止まった。

 見るとアトラス様が立ち止まりこちらを振り向いていた。

 

「ただ、俺が戻るまでには終わらせておけ」

「……っ!」

 

 心臓がトクンッと跳ね上がる。

 別にこの言葉に深い意味がある訳ではないのは分かっている。ただそれでも自分が必要とされているような気がして嬉しかった。胸の奥から温かいものが込み上げてくるのを感じる。

 全く我ながら単純なものだ。先程までの言う憂鬱な気分はそれだけですべて吹き飛んでいた。

 

「はいっ!」

 

 私の返事を受けるとアトラス様は歩き始める。

 いつも見送っている大きな背中。

 いつもピットで私は帰りを待つ。

 いつも彼は勝利して戻ってくる。

 今日もきっとそうだろう。

 だから、私も彼にいつも通りの言葉を贈ろう。

 

「……いってらっしゃいませ、アトラス様」

 

 

 

〜Case 2 fin〜

 

 

 

 Case 3 十六夜アキの場合

 

 ぴちゃ

 

 滴が床に落ちる。

 もう何度目かも分からない落下した赤い滴は床に小さな水溜りを作っていた。

 

 「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 体が重たい。

 裂けた米神の傷は浅く痛みも少ないのだが、頬を伝い床に流れ落ちていく血は止まる気配がない。

 いや、感覚が鈍くなっているだけで本当は傷が深いのかもしれない。

 浅くなった自分の呼吸の音がなんだか遠くに感じる。

 少しでも気を抜けば倒れてしまいそうだ。

 

「どうした十六夜? 辛そうじゃねぇか」

 

 どうしたもこうしたもあるか。

 今も尚意地の悪い笑みを浮かべた目の前の男を睨みつける。

 くすんだ金髪だが高身長で手足は長くモデル体型。顔も整っており目を閉じて立っているだけなら女性受けしそうだ。だがその見開かれた瞳の奥に灯る獰猛な輝きを見た者はこの男に軽々しい気持ちで近づくまい。

 

「おぉ、おぉ、怖い怖い。そんなおっかない顔で睨みつけんなよ。綺麗な顔が台無しだぜ? くくっ」

 

 もはや言い返すだけの気力も体力も残っていない。

 そして今の自分のあり様を表すように残りのライフも僅かだった。

 

 

 十六夜LP600

 

 

「"相手のライフを0にするなんて、自分のライフが1でもあれば十分"、だっけか? 確かにそれは間違ってねぇ。だけどな。お前のデュエルの中にはその言葉を放つだけの勝利への意志も気概も感じられねぇ」

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「それに、そもそもデュエルに迷いがあるお前じゃあ、これが限界だ」

「……っ!」

 

 このときの表情は相変わらずだったが目だけは笑っておらず、こちらに向けられる心が底冷えするような視線に思わず体が萎縮する。

 そして悔しいがこの男の言っていることは間違っていない。

 初めて私と向き合ってくれたあの先輩とのデュエル。あれ以降どうしても自分の力で相手を傷つけてしまう恐怖が自分のデュエルに歯止めをかけてしまっている。自分を救ってくれたディヴァインのためにこの力を使おうと心に決めたはずなのに、力を使おうとするとどうしてもあのデュエルが脳裏を過って力が出し切れない。この迷いこそがこの男の言う通り今の結果なのだろう。

 

「まぁ、おしゃべりはもう良いか。終わらせてやるよ」

 

 相手の勝利宣言に抗うように私の場の『ブラック・ローズ・ドラゴン』は猛々しい声を上げる。相手と私の間に立ち塞がり、まるで私を庇うように薔薇の花弁の翼を広げる。

 私の場には他にセットカードが1枚のみ。手札は既に尽きている。

 対する相手の場にはこれから暴虐の嵐を引き起こさんと唸り声を上げる雄々しき巨竜が一体。こちらと同じくセットカードは1枚で手札は3枚。

 状況は圧倒的劣勢。端から見る人はこのセットカード次第で勝負が決まると思うことだろう。

 そして対峙する私には分かっている。このデュエルは既に詰んでいると。

 

「バトルだ。やれ」

 

 その一言が最後のバトルの火蓋を切った。

 だらりとぶら下がった両腕を地面に着け獰猛な雄叫びを上げる巨竜。口腔からは蓄えられていく白炎の光が溢れ出始める。地面に着いている両手両足の鋭い爪は深く突き刺さり、周りに亀裂を走らせていた。

 そして巨竜の手足の筋肉が一瞬膨らんだのと同時に、口に溜められた膨大な炎が『ブラック・ローズ・ドラゴン』を焼きつくさんと放たれる。

 

「攻撃宣言時トラップ発動、『炸裂装甲』。その攻撃モンスター1体を破壊する」

 

 無駄な事だと言うのは分かっている。だけどやれるべき手を打たないで終わる事だけは嫌だった。そんな意地が最後に私にこのカードを発動させた。

 『ブラック・ローズ・ドラゴン』から迫り来る炎に向けてそれを弾き飛ばそうとするオーラが迸る。それを受け一瞬押し戻されそうになる巨竜の炎。

 だが、

 

「無駄だ」

 

その一言だけだった。

 巨竜の額に埋め込まれた大きなエメラルドの宝玉が輝く。

 只それだけで、私の場で面を上げた『炸裂装甲』のカードは音をたてて砕け散った。

 これで『ブラック・ローズ・ドラゴン』に襲いかかる炎を遮る者は無い。そう、そしてそれが『ブラック・ローズ・ドラゴン』の最期だった。体を覆い尽くすように炎は広がり『ブラック・ローズ・ドラゴン』の体は砕け散り、その衝撃で私は大きく後ろへ吹き飛んだ。

 

「ぁぐっ!」

 

 壁に激突したのか、肺から強引に酸素が押し出される。体全体の痛覚が刺激され、最早どこを怪我しているのかも分からない。

 最後の気力を振り絞って顔を持ち上げると、

 

 目の前を炎が埋め尽くしていた。

 

 そしてその光景がこのデュエルの最後の記憶だった。

 

 

 十六夜LP600→0

 

 

 

 

 

 Modest my wish. 〜黒薔薇の煩悶〜

 

 

 

 

 

「…………」

 

 見慣れた天井。

 このシミひとつ無いこの天井がまたあの男に負けたことを教えてくれる。

  消毒液の匂いがするこの部屋で目覚めるのは10回を超えてから数えるのを止めた。

「ん……」

 

 体を起こそうと四肢に力を込めてみるがやはりまだ体が重い。それでも無理矢理に腕に力を込めて体を起こすと、ベッドの足元の壁にある大画面モニターのスイッチを入れる。

 鏡面のようにこちらを反射して写していた真っ暗だった画面は、電源が入ると同時に白い画面に切り替わり、数秒後目的の人物に繋がる。

 

【目覚めたようだね、アキ。調子はどうだい?】

「……まだ体が重いわ」

【……そうか。今日は訓練も調整も無い日だ。ゆっくり休むといい】

「うん……ねぇ、ディヴァイン?」

【ん? どうした?】

「私、どれくらい気失ってたの?」

【そうだな……今が10時だから、丁度半日ぐらいかな】

「そう……」

 

 半日。

 これでも寝込む時間は減った方だ。初めてデュエルした日なんて丸2日目覚めなかったらしい。

 それはあの男が手を抜いてくれているのか、それとも痛みに耐性が出来てきたのか。出来れば前者だと思いたいが、相手はあの男だ。それはないだろう。

 

「…………」

 

 デュエルを思い出していると手が震えていることに気がつく。

 この力を振るわれる相手というのはこんな恐怖を植え付けられるのだと、もう何度もこうして私は身を以て体験している。

 

【そうだ、お腹が空いただろう? 何か軽い食事を持って其方に向かおう】

「ありがとう」

 

 それから5分程経つととドアをノックする音が響く。

 どうぞと告げると横開きのドアが開きディヴァインがやってきた。

 

「うん、モニター越しで見るよりも顔色は良さそうだ。食べられるかい?」

「大丈夫、ありがとう」

 

 ディヴァインがトレーで運んできてくれたのはメロンパンと紅茶だった。

 カップから立ち昇る茶葉の優しい香りは自然と心を落ち着けてくれる。まだ口に含むには少し熱かったがそれを堪えて軽く呑んでみると、仄かな甘みと共により濃厚な香りが口に広がり、そしてそれが食道を通り胃に流れると体全体がぽかぽかと暖まってくるのを感じた。

 

「どうだい? 知り合いの喫茶店のマスターおすすめのアールグレイで、なんでも心まで温まるらしいんだが」

「えぇ、とても美味しいわ。温かい……」

「そうか、それは良かった。あのマスターには今度お礼を言っておこう」

「…………」

 

 もちろん美味しかったし体も温まったが、心まで温まったのはこの紅茶のおかげだけではない。

 ディヴァインの心遣いが私の心を温めてくれているのだ。

 尤もそんな事を面と向かってなんて恥ずかしくて言えたものではない。

 

「あぁ、あとこのパンも直ぐ食べると良い。近くのベーカリーの焼きたてのものだ。まだ温かいはずだよ」

「わざわざ買いにいってくれたの?」

「なに、大した手間じゃないさ」

「ありがとう、頂くわ」

 

 ディヴァインの言う通りメロンパンを手に取ってみると、その表面は人肌以上に温かかった。

 一口サイズに千切ると甘く香ばしい香りがふんわりと広がり食欲を刺激する。唾液が口の中で溢れてくるのが分かった。

 気が付けば甘い香りに誘われるように私は一口目を口に運んでいた。

 サクサクとした外の皮とふわふわしている中の生地の2つの食感が口の中で交互にやってくる。しつこ過ぎない絶妙な甘さで仕上げられ、口の中で消えた後はまた直ぐに二口目を食べたくなる、そんな味だった。

 

「……美味しい」

 

 一口食べ終わると自然にそう口にしていた。

 そんな私の姿を見ていたディヴァインは満足そうな笑顔を浮かべて「そうか、良かった」と言ってくれた。

 食べている姿を見られ続けると言うのもなかなか恥ずかしかったが、折角ディヴァインが持ってきてくれたメロンパンを残すつもりもなかったので、たまに紅茶を挟みながら食べていった。

 

「ごちそうさま」

「こんなに急いで食べきるとは……そんなに気に入ってもらえたのかな?」

「……うん」

「それは何よりだよ。前にアキの好物だと聞いていたからね」

「覚えていてくれたの?」

「あぁ、もちろん」

「…………」

 

 やっぱりディヴァインは優しい。

 行く宛を失っていた私に居場所を与えてくれただけでなく、私のことを良く見てこうして配慮をまでしてくれる。その上私の嫌うこの力が制御できるようにするための研究までしてくれている。

 ディヴァインは私がこの力が制御できるようになったらその力を貸してくれれば良いと言ってくれている。だけどそれでは貰ったものを返しきるにはとてもじゃないが全然足りない。それに私の力を制御するための調整の進捗も芳しく無く、デュエルではあんなことを繰り返して一向に強くならない。

 そんな後ろめたさがあるせいで、ディヴァインに優しくしてもらう度に自分にはそんなことをしてもらう資格がないような気がして、どうしても気が滅入ってしまう。

 

「……何か悩み事かい?」

「…………」

「私でよければ話してごらん。私はアキのためならいくらでも力を貸すよ」

「……違うの」

「…………?」

「悩みとかじゃなくて、ただ自分のことが嫌になってるだけ」

「……何があったんだい?」

「…………」

「……いや、やはり私には話し辛いことだったかな。すまない、無神経に聞いてしまって。少々鬱陶し過ぎたな」

「っ! そんなことない!! ディヴァインは良くしてくれてる! こんな私を拾ってくれた上に色々手を回してくれて!」

 

 違う、そんな顔しないで。

 今ディヴァインの表情を曇らせているのは私だ。

 こんなに色々迷惑をかけておきながら、その恩人にこんな顔をさせてしまう自分が許せなくて。

 何か彼のためにしようとするも上手くいかない現状がもどかしくて。

 何も出来ない自分が悔しくて。

 思い悩めば思い悩む程ディヴァインに気をつかわせてしまう自分が惨めで。

 気が付けば感情が爆発していた。そんなつもりは無かったのに目からは涙が溢れていた。

 

「そうじゃなくて……私っ、ディヴァインに何も返せてないっ!……力の制御も上手くいってないし……デュエルだって……」

「アキ……」

「っ!? で、ディヴァインっ!?」

 

 突然、ディヴァインに抱き寄せられ心臓が跳ね上がるのが分かった。

 こんな事をしてもらえる資格なんて無いと思っていたはずなのに、体は自然と彼に預けられる事を受け入れていた。安心させるように頭を撫でる手が心地よくて、荒れ狂っていた気持ちの波がゆっくりと収まっていく。

 

「君はよくやってくれているよ。君のおかげでこの力がどんなメカニズムで発現するのかも分かってきたし、デュエルもあのシュウ相手に毎回よく戦ってる。ありがとう。そして、すまなかった。もっと早くこうして感謝の気持ちを伝えていれば、君にそんな心労を煩わせることも無かっただろう」

「……ううん」

 

 ディヴァインの体の温もりが服を通して伝わってくる。

 温かい。

 彼のゆったりとした呼吸のリズムが私の乱れた呼吸のリズムを整えていく。

 一体どれくらいそうしてもらっていたのだろう?

 頭を撫でる手が止まり、耳元でディヴァインが優しく問いかけてきた。

 

「……落ち着いたかい?」

「……うん。もう大丈夫」

「そうか」

 

 抱き寄せられていた体がゆっくり離されていく。心残りのせいで声が漏れそうになったが、流石にこれ以上ディヴァインの優しさに甘えるのは許せなかったのでなんとかそれを封じ込める。

 

「そう言えばデュエル中シュウが言ってたが、何か迷ってることがあるのかい? 折角の機会だ。アキが良いなら、それも聞かせてくれないか? 何か力になれるかもしれない」

 

 まったく、本当に私の事を見ててくれる人だ。

 先程まで恥ずかしい姿を見せていたので、今更隠し立てしようとも思わず、すんなりと今の自分の中の迷いについて話せた。初めて私と向き合ってくれた先輩とのデュエルの事、それ以来デュエルをする時に相手を傷つける事を恐れ自分に歯止めがかかっている事、そしてそのせいでいくらディヴァインのために力を奮おうにも満足に力が出し切れない事。

 全てを吐き出してしまうと胸のつっかえが取れすっきりした。

 

「そうか、そんなことが……なるほど、納得がいったよ。アキのデュエルの調子が出ない理由が」

 

 私の話を全て聞き終えると、ディヴァインは優しく話し始めた。

 

「確かに私は、アキの力が制御できるようになったら、力を貸して欲しいと言った。だけどね。それは今直ぐという事じゃない。私の目的に立ち塞がるものが現れた時が来たら、その時で良いんだ。だから今そうやって私のために力を使おうなんて悩まなくて良い」

「…………」

「私はこれからもアキを全力でサポートして力が制御できるようにするつもりだ。けど、それには時間がかかる。アキにはそのためにまだデータを取るためにデュエルをしてもらわなければならない。相手を傷つけてしまう事は勿論あるだろう。でも、それはアキの力をコントロールするために必要な事なんだ。だから、今は辛いかもしれないけど、デュエルと真っすぐ向き合って欲しい」

「デュエルと……向き合う……」

「あぁ。……すまないな、アキ。私は君の力になるとか言いながら、これじゃあ君の悩みの根本的な解決になっていない。結局の所君にまたデュエルを強いてしまうのだから」

「ううん。大丈夫。悩んでいた事をディヴァインに分かってもらえただけでも十分嬉しかったから」

「そうかい? それなら良かった」

 

 私がそう答えるとディヴァインは安心したように笑った。

 

 これで良い。

 

 これ以上はディヴァインに迷惑はかけられない。

 それに嬉しかった事は本当だ。今なら迷い無くデュエルと向き合える気がする。

 

「まったく、アキは色々と自分の胸の内に溜め込み過ぎてるきらいがあるな。思えばここに来てからこれと言った頼み事もされていないし。何かしたい事は無いのかい?」

「私が……したいこと……?」

「あぁ。無理ではない内容なら私が実現してみせよう」

「…………」

 

 私自身がしたい事。

 そう言われて真っ先に浮かんだのは、やはりあのデュエルの光景だった。

 普通だったら私の力を見た途端に逃げ出すのがほとんどで、極稀に力を見ても戦い続ける人もいたけど、結局は傷ついて倒れてしまうかのどちらかしかいなかった。

 けれどあの人はどれだけボロボロになっても決して諦める事無く、私とのデュエルに最後まで向き合ってくれた初めての相手だった。

 しかも最後の局面、手札は0枚、フィールドも圧倒的劣勢の土壇場であの先輩は言いきったのだ。

 

 

 

————————そういや………これ授業だったな……

 

 

 

————————だったら……一つ……授業らしく…指導してやるよ、後輩……

 

 

 

————————良いか…相手のライフを0にするなんざ……俺のライフが1でもありゃ十分ってことだ!

 

 

 

 衝撃的だった。

 あの状況で尚も瞳の中の闘志は衰える事無く、こちらを射抜く視線だけで伝わってきた気に体が震え上がったのを今でも覚えている。

 そして宣言通りそのターンで逆転され私は清々しい程に綺麗な負け方をした。

 それからだ。私の中で小さな望みが出来た。

 

 “叶う事ならもう一度あの先輩とデュエルがしたい”

 

 けれど力の制御が出来ていない今はだめだ。またあの人を傷つけてしまう。

 

 だけど……

 

 だから……

 

 せめて……

 

「…………」

「…………」

 

 ディヴァインは私が答えるのをただ静かに待っていた。

 こちらを見る目は言っている。

 

 “言ってごらん”と

 

 それに促されるように私は自然と口を開いていた。

 

「もし……もし、叶うなら……」

「…………」

「私は……もう一度……もう一度、あの先輩のデュエルが見たい」

 

 数瞬の間。

 果たしてこの私の願いが叶うのか。

 私は緊張しながらディヴァインの返事を待った。

 

「……そうか。分かった。アキがそれを望むなら、それを叶えよう」

「っ! ……ありがとう」

「ただ、私たちがデュエルアカデミアで彼のデュエルが見れる機会となると、次のデュエルアカデミアの公開授業という事になるだろう。それまで待ってくれるかい?」

「うん、大丈夫」

 

 ディヴァインの許しが出た。それはつまり先輩のデュエルが見られるという事で、そう思うと胸の中が少し温かくなったのを感じた。

 今度は先輩と向かい合ってデュエルをする訳ではない。デュエルをする事と比べたら私の願いはとても小さなものだろう。

 けど、デュエルで私に大きな衝撃を与えてくれたあの先輩のデュエルを見たら、何か変わるかもしれない。

 先の見えない生活の中で、それは私にとっての小さな希望の光になった。

 

 

 

〜Case 3 fin〜

 

 

 

 Case 4 ???の場合

 

 魔法族の里。

 そこは魔法使い族モンスターが暮らすのどかな里。太い木々が広い間隔で立ち並び、葉の隙間からは優しい陽光が降り注ぐ。里の中の住居は木の根元に掘られた穴を利用したり、巨木の中をくりぬいて作られていたりと自然その物に溶け込んでいる。

 そんな里にある他の家よりも大きな住居の中。時節笑い声が起きる和やかな話し声があった。一人は気品がある落ち着いた女性の声。もう一人は嗄れた声の男性のものだ。

 

「ふふっ。あらあら、そんな事があったのですか」

 

 包容力がある笑みを浮かべる美女。手で口を隠すその挙措だけでも気品を感じさせる。光を優しく吸い込む雪肌に艶のある長いブロンドの髪、深みのあるサファイヤのような瞳は精巧に作られた人形のようだ。金の刺繍のなされた紺のドレスは木造の質素な部屋の内装から浮いて見える。棚の中にクロブークが置かれている事から察するに彼女は聖職者であるのだろう。

 

「ほっほっほっ、長い事色々な窓の外を眺めてきたつもりじゃが、あれはなかなかに愉快な男じゃの」

 

 向かい合うのは皺苦茶な青い肌の顔を歪ませる老人。目は赤い光を宿しており、その姿は人の形をしていながら人の域を逸脱している。紺の僧衣から出ている細身な体は少し風が吹けば折れてしまいそうな程弱々しく見えるが、体から発せられる覇気がこの老人がただ者ではない事を物語っている。

 

「他にものぉ、彼奴のデュエルを窓から覗いとって大層愉快だったのは青いウニ頭の大男とデュエルした時じゃったかのぉ。最初に呼び出されたときはなかなか苦しそうな流れを感じたのじゃが、最後に呼び出されたときは一気に盤面をひっくり返してみせおった。一度のデュエルの中で複数回呼び出される事は珍しい事も相まって、あの時は窓から外を眺めながら年甲斐も無くこう血潮が沸き立ってしまったわい。ほっほっほっ」

「まぁ、それは珍しいですね。窓を複数入れられる子ならばまだしも、先生程の腕ともなると窓は1枚のみ。それなのにそんな経験が出来るだなんて。羨ましいですわ」

「いやいや、君も今となってはきれいな女性。窓の外を眺めれば心躍らせる経験などそこら中に転がっておるじゃろう?」

「ふふっ……そうだといいのですが。窓の外を見てもガラスケース越しにデュエリストを眺めたり、観賞用に手元に置かれるばかりで、なかなかそう言う経験とは縁がありませんわ」

「むぅ……そいつは気の毒じゃのう。君の能力ならば十分に戦えると思うのじゃが」

「お世辞として受け取っておきますわ。あっ、お茶が切れてますね。直ぐに御持ちします」

「あぁあぁ、よいよい。楽しくて大分話し込んでしもうたが随分と時間が経ってしまったようじゃ。そろそろ御暇するでのう。また機会があったらお邪魔させておくれ」

「あら、そうですか。えぇ、その時はまたいらっしゃって下さい」

「うむ、では失礼する」

 

 そんなやり取りを後に老人は座禅を組んだまま宙に浮き、扉を開けて部屋を出て行った。女性はそれを扉まで出向き見送る。聖母のような笑みを浮かべて手を振るその姿はこの世の男性全てが憧れるワンシーンに違いない。きっちり老人の背中が見えなくなるまで見送るとようやく扉を閉める。

 入ってすぐのリビングのテーブルには二人分のマグとポットが置いてあるのが真っ先に目に入る。

 

「ふぅ……」

 

 老人の相手をしていたのに大変だったのか、疲れたように目を伏せ一息つく女性。それから大きく息を吸い込み深呼吸でも始めるのかと思えば、

 

 

 

「あ゛ぁぁぁ!! うっざっ!! なんなのあのジジィ!? 社交辞令でお茶を勧めてやったら図々しく上がり込んだ上、自慢話で二時間も私の貴重な時間を拘束しやがって!!」

 

 

 

怒りが爆発した。

 先程まで柔和な笑みを浮かべていた女性とはまるで別人。温厚な雰囲気は息を潜めビリビリと伝わってくる殺気。両目はつり上がりこめかみには怒りで血管が浮き上がっている。美人が怒ると怖いとは言うが、この豹変ぶりは最早二重人格者を疑ってしまう程だ。だが、心なしか先程よりもギラギラと輝く瞳は生き生きとしているような気がする。

 こんな木製の扉では声が外に漏れてしまいそうなものだが、次の一幕でそんな心配は杞憂であったと思い知らされる。

 

「だいたいあのジジィ……」

「おーっす、姉さーん! 今いる……」

「あ゛ぁ?!!」

「ひぃぃっ!!」

 

 なんとも間の悪い少女。

 この少女と言う尊い犠牲から分かるように、ドアの外には音は一切漏れていないようだ。

 快活な挨拶と共に扉を開けた少女の笑顔は次の瞬間には真っ青に変貌した。鋭い瞳で睨みをきかせ振り返った女性とその少女の様はまさに蛇に睨まれた蛙の構図その物。

 

「…………」

「…………」

 

 僅かな沈黙。

 後にこの少女が語る厄日はここから始まるのだった。

 

 

 

 

 

 Flood of complaints. 〜聖職者の酩酊〜

 

 

 

 

 

「ま、また出直してきます……」

 

 最初に口火を切ったのはうっかりやってきてしまった少女だった。

 口から時節顔を覗かせる八重歯にキリッとした吊り目な顔からも普段の快活さが見てとれるが、今それはなりを潜めている。少し癖のある肩まで伸びた赤いミディアムヘアも萎縮して見えるのは気のせいではないだろう。

 少女はそのまま顔を引きつらせながら扉のドアノブに手をかけ家を出ようと動く。

 

「……良いのよ、遠慮しないで。上がっていきなさい?」

「っ?!!」

 

 まさに瞬きする間の出来事だった。

 ブロンドの髪の女性は5メートルはあったであろう少女との距離を一瞬で詰め、ドアノブを掴む少女の腕を握りしめていた。

 少女はその動きの気配すらも感じ取る事も出来ず、驚愕の表情を浮かべていた。

 

「っ……は、はい」

 

 ドアノブを掴んでいる方の腕を握りしめる力が徐々に強くなっていくのを感じた少女はおずおずとその手を離す。

 暗に自分が言わんとしていた事が伝わった事に満足したのか、優しい笑みをその少女に向ける女性。笑顔は相手を威圧するものだと分かったと後にこの少女は語る。

 女性は少女から一旦視線を外すとドアの方に顔を戻した。身の危険を最大限まで感じ取った少女はその間にジリジリと女性から距離をとっていく。

 

 

 

 ガチャ

 

 

 

「っ!!」

 

 冷たい金属の施錠される音が少女の心臓を鷲掴みにした。

 ドアに鍵をかけたこの女性が未だに振り返らないでいるこの状況を前に、自分の断罪の刻が秒読みに入っている事を感じ取った少女は滝のような汗を流していた。

 そうして地獄の底から這い出てきたようなドスの利いた声が口の扉をこじ開ける。

 

「ヒィィタァァァ!! ドアを開けるときはノックしろっていつも言ってるよなぁ?!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 

 見るもの全てを震え上がらせるような形相を浮かべた女性に対してヒータと呼ばれた少女は見事なまでのジャンピング土下座を敢行。額を床に擦り付けながら謝り続ける。

 それに追い討ちをかけるように女性は距離を音も無く詰めると、その頭をグリグリと踏みつける。

 

「なんど言ったら覚えるんだぁ?!! いい加減体に教え込んだ方が良いのか?!! っていうか寧ろそうしてくれってフリなのか?! あぁん?!!」

「ひぃぃっ!! ち、ち、違います! なんて言うか、俺馬鹿だからここに来る時いつも忘れちゃって……本当にごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!!」

 

 頭を踏まれる中、額を何度も床に打ちつけ悲鳴のような声で謝り続ける光景がいつまで続いた事か。頭を踏みつけるのに飽きたのか最後に一際強く頭を踏みつけた後、ゆっくりと足をヒータの頭から上げられてく。

 

「……そぉかよ、分かった」

「……あ、姉さん」

 

 ぶっきら棒にそう告げた女性からようやく許しを得られたのかと、瞳を僅かに濡らしながら、それでも安堵した表情を浮かべてヒータは顔を持ち上げる。

 

 

 

 そんなヒータが顔を上げて最初に目にしたのは顔面に迫り来る掌だった。

 

 

 

「つまりテメェのチンケな頭にはまだ眠ってる脳細胞がたんまり居るってことか。ってことはそいつを起こしてやれば良いんだな?」

「ギャァァァ!! いだだだだっ!! 姉さん、イテェ!! そ、それじゃ脳細胞が墓地に逝っちまうよぉ!! あぁぁぁぁだだだだっ!!」

 

 アイアンクロー。

 それは掌全体を使い相手の顔面を掴み、指先で握力を使い締め上げる強烈なプロレス技だった。

 その指先には一体どれ程の力が込められているのか。ヒータの顔面からはミシミシと聞こえてはいけない音が鳴り始めていた。

 さらに恐るべきはこの女性、アイアンクローでヒータの頭を掴みながら徐々に彼女の体を引き上げ、彼女をつま先立ちの状態まで片手で持ち上げていると言う事だ。

 

「あぎぎぎぎぎぁぁぁあぁ!!! ダメだっ! 死ぬ!! 死ぬぅぅぅぅぅ!!」

「うるせぇ!! テメェにはこんくらいの仕置きが必要だろうが!! オルァァ!!」

「ぎゃあああああ!!」

 

 こんなやり取りが結局ヒータの意識が飛び泡を吹くまで続いたのだった。

 

 

 

————————

——————

————

 

「ぐすっ、いてぇ……いてぇよぉ……」

「ったく、少しは反省しろってんだ」

「頭が……頭が割れるぅぅ……」

 

 頭を抱えながらテーブルに突っ伏し呻き声を上げるヒータ。目の前に座るブロンドの髪の女性は腕を組みながらその様子を見下ろしている。アイアンクロ―の刑は終わったようだがまだ機嫌は悪そうだ。

 しかし未だに頭の痛みで半泣き状態のヒータを見て、流石にやり過ぎたと思ったのか盛大なため息を吐くとおもむろに立ち上がる。

 

「しょうがねぇなぁ……」

「……姉さん?」

 

 立ち上がった女性は部屋の隅の調理スペースに向かうと、そこに置いてある食料庫らしき戸を漁り始める。一体何が始まるのかと不思議そうな顔でヒータは頭を上げてその様子を見ていた。

 

「本当はお前になんて勿体ねぇもんだが、特別に恵んでやるよ」

「えっ?! もしかしてマドルチェ・シャトーの限定スイーツ??」

「お前……現金な奴だな。……もっかい喰らっとくか?」

「あだだだだだ!! 急に痛みがぶり返して! あぁぁぁ死にそう! もう墓地に逝くぅぅ!!」

「どうだかな。はぁ……まぁいい。おっ、あったあった、これだ」

「っ!? あ、姉さん? これ……?」

 

 女性がドンッとテーブルに置いてみせたのは朱色の巨大なビンだった。その胴には白いラベルが巻き付けられており、そこには達筆な書家が書いたような筆文字で堂々と文字が書かれていた。

 

「“赤鬼ころし”。裏のルートでこの前仕入れた酒だ。噂じゃ酒呑童子や八岐大蛇もこいつを呑めば一発で昇天らしい。ずっと楽しみにしてた一品だ。あん? どうした? なんだか顔が青いぞ?」

「え、いや……その……」

「あぁ、まさかこんな名酒が飛び出してくるなんて思ってなかったから驚いてんのか。良いって、遠慮すんな。さっきはやり過ぎちまったからな。笑えって、ほら」

「あっ、あはははー」

 

 スイーツを期待していたところに出されたのが、まさかの酒の一升瓶。渇いた笑い声を上げるヒータの目には既に光は宿っていなかった。一方のこの女性はと言うと“赤鬼ころし”の瓶を見て気分が上がってきたようで、台所からたくさんのつまみを取り出していた。

 

「よーしっ! んじゃ今日は飲み明かすぞ!」

「あぁ……エリア、ウィン、アウス、ライナ、ダルク……俺、もう帰れそうにない。ごめんな、きつね火。帰って遊ぶ約束はもう守れなさそうだ……」

「あん? 何ぶつぶつ言ってんだ?」

「な、なな何でもないです本当なんでも!」

「そうか? まぁいいや。ほら」

「あっ、ありがとうござい……ま……って姉さん? これって、普通にグラス……ですよね?」

「ん? そうだが?」

「これ、日本酒ですよね? お猪口とかじゃ……?」

「別に入れるもんなんてどうでもいいだろ。なんか文句あんのか?」

「い、いえ! そんな滅相も無い! 入れるもんなんてどうでもいいっすはい!」

「だろ? まぁグラス出せ。注いでやる」

「あ、ありがとうございます。…………っ!!」

 

 迫のある女性のお酌を断れる訳も無く、出したグラスになみなみの“赤鬼ころし”が注がれていく光景を見て顔を青くしていくヒータ。せめてもの反撃をとヒータも差し出されるグラスになみなみと“赤鬼ころし”を注ぐが、女性は寧ろ注がれる光景を見て恍惚な表情を浮かべていた。

 

「うっ! じゃあ良い酒の準備もできたことだし、乾杯っ!」

「か、乾杯……」

 

 グラスをあわせるとそれぞれグラスに口をつける。

 ブロンドの髪の女性は喉を乗らす程の大きい一口、ヒータは恐る恐ると言った様子で小さく口に含んだ。

 

「かぁ〜〜っ!! 効くなぁ、これ! だけど口当たりは抜群に良い! ついつい呑んでるうちにころっといっちまいそうだ! 良い酒じゃねぇか!」

「うきゅぅ〜…………」

「なんだ、情けねぇ。一発でダウンかよ」

「み、水をぉ……お水をぉ……下さい……」

「……ちっ、待ってろ」

「す……すいません……」

「全くだ。だらしねぇ。こんなにうめぇのに」

「あ、姉さんは……やっぱりザルっすよ……」

 

 別のマグに入れてきた水を受け取ると、ヒータは体内のアルコールを薄めるように一気に水を呷る。然も自分のグラスの中身も水と言わんばかりに女性も酒を呷る。それを見てヒータは再び顔を青くしていた。

 ブロンドの髪の女性はヒータのマグの水が無くなったのを見て、湯冷ましの入ったヤカンをキッチンから持ってきた。

 

「まぁ、水でも良いから愚痴ぐらいは付き合えよ」

「うっす……そういえば俺が来る前にサモプリの爺さんが来てたみたいっすけど、なんかあったんすか?」

「そうだ、そうなんだよ! 聞けよヒータ! ちょっとの用でこっちに顔見せたって言ったから、立ち話もなんだし家の中勧めたらよぉ。あのジジィ自慢話を延々語って私の貴重な時間を二時間も奪っていきやがったんだ!!」

「あぁ〜だから俺が来た時、姉さんブチ切れだったんすね……」

「大体あのジジィ、色んな所から引っ張りだこだからって調子乗りやがって! 何が『最近ではHEROにも挑戦してみてのぉ。最初は無理じゃと思ってたんじゃが、やって見るとこれが以外に楽しくてのぉ』だ! テメェ歳考えろってんだ! あんなのおとなしくシンクロ素材になって墓地に逝くかオーバーレイユニットにでもなってろっての!」

「あの爺さん今HEROなんかやってるんすか? この前ウィンもハーピィの方で駆り出されてるって聞いたって言ってたし、やっぱり凄いっすねぇ」

「あぁ?!」

「ひぃぃっ!! な、なんでも無いっす! 全然爺さんなんか凄くないっす! それに姉さんの方が断然パワーあるじゃないっすか!」

「……おい。ヒータ、そりゃあたしが只の脳筋バカって言いてぇのか?」

「ち、違うっす! アイアンクロー強過ぎで頭割れるかと思ったけど断じてそう言うことではないっす!!」

「ちっ……」

 

 先程のアイアンクローのことを出されると強くは出れなく、腹立たしげに舌打ちを一つ。その後、グラスの酒の残りを一気に飲み干すと再びなみなみまで“赤鬼ころし”を注ぐ。そんな光景を見てももう慣れたのか、はたまた呆れながら諦めたのか、ヒータはいよいよ顔色一つ変えなかった。

 

「でも正直爺さんが羨ましいっす。それだけ色々な所に呼ばれてれば、窓の外の景色も面白そうで」

「そりゃあ……な。だけどお前らも最近は割と色々窓の外は面白いことになってるって聞くじゃねぇか」

「ん〜どうなんすかね。確かに前よりも色々な人が窓の外でデュエルしてるのは見えるんすけど……まだ門契約をしようと思える所は無いっすよ。それにそれを言ったら姉さんだってこの前はなんだか嬉しそうにしてたじゃないすか」

「あの時は……まぁな」

「あっ! 今なんだかいい表情してたぞ! 姉さん、ひょっとしてっ!」

「はっ、違ぇよ。そんなんじゃねぇ。あん時にちょっと懐かしい顔にあってな。元気そうにしてたからよ」

「懐かしい顔? それって前言ってた姉さんの幼馴染みの人?」

「ん? よく覚えてんな、そんな話。あぁそうだよ」

「そりゃあ覚えてるよ! だって門契約(ゲート・ギアス)をむすんでそのまま駆け落ちした人だろ! まさに女の子の理想の門契約! くぅ〜俺もそんなロマンチックな門契約してみたいぜ!」

「まぁ……あの様子じゃ結婚はして無さそうだけどな」

「じゃあ姉さんもその人と門契約するんのか?!」

「……なんでそうなんだ。なわけねぇだろ」

「なんだぁ〜つまんねぇの。姉さんは誰かと門契約しないのか?」

「しようにも相手がいないからなぁ。そりゃあまぁ、この前は確かにあんなデュエルされたらちったぁキュンと来るもんはあったがよ。あれはあいつの見つけた男だ」

「ふ〜ん」

 

 その人物に想いを馳せているからか、グラスを傾ける女性の頬は僅かに緩んでいた。それとは対称的にテーブルに顔を乗せながらマグの水をチビチビ呑むヒータはなんだかつまらなそうだ。

 

「……なぁ、姉さん。あの爺さんが来たのって都市からの呼び出しの連絡か?」

「あぁ、それもあったな。なぁに、ちょっとぐらい顔見せろっていつもの催促だよ」

「……戦争になるのか?」

 

 戦争。

 

 そんな物騒の権化のような単語が出てきたことで、先程までの和やかな雰囲気は息を潜めた。

 ヒータは瞳を不安げに揺らしながらも女性の答えを待っている。そんなヒータの様子を見て女性は一息吐いた後に、先程までと同じ調子で答える。

 

「……安心しろ。そんなことには当面ならねぇだろうよ。今は書院も目立った動きを見せて無いから都市の方も落ち着いてる。それにおめぇみたいなガキがそんな心配してんじゃねぇよ」

「そっか……なら良いんだけど」

 

 粗暴な言い回しだが、どこか暖かみを感じさせる女性の言葉を聞き、ヒータは安堵の表情を浮かべる。

 

「やめだ!」

「っ!」

「こう言う話はどうしても湿っぽくなっちまう! 飲むぞ!」

「えっ?! 俺、もう飲めねぇよ!!??」

「バカ、何言ってんだ! お前休憩してただろ!」

「いや、でも、今日帰んねぇときつね火が……」

「あぁん?! まさか私の酒が飲めねぇってのか?!」

「ひぃっ!! い、いやっ! も、もちろんそんな事はないですよ!! ただ今日は帰らないと……」

「だったらこいつを空けてから帰れば良いじゃねぇか! だろ?」

「そ、そうっすね! それなら問題ないっすね! あ、あははははー」

「よーし、分かってきたじゃねぇか。ほら、グラス」

「はいぃ……お願いします」

 

 さめざめと泣くヒータに嬉々として酒を注ぐ女性。

 ヒータのそれ後の記憶は途切れていた。太陽が再び頭上まで昇る頃に意識を取り戻すと、割れるような頭の痛みに襲われ、口からの『激流葬』が止まらなかったと言う。

 それからヒータはその家を『悪夢の拷問部屋』と恐れるようになり、ノックをせずに入るような不埒な真似をする事は無くなったそうだ。

 

 

 

〜Case 4 fin〜



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第二章 『アルカディアムーブメント』編
始業式


 四月七日。

 雲一つない青空。輝く太陽の光が地上へ降り注ぐ。暖かな日差しを受けて地上の生命はより活き活きとしているようだ。街の沿道に植えられた桜の木はすっかり花開き、街の景色を色鮮やかに彩っている。

 そんな街に出てきている人間は様々で、腕時計を何度も確認しながら歩くスーツの男性やイアフォンで音楽を聞きながら携帯を弄りバスを待つ若者、朝から玄関前の鉢植えに水をやる奥さんなど各々がそれぞれの朝の時間を過ごしている。中でもよく目に付くのはデュエルアカデミアの制服を着た学生だ。男子は青のブレザーに臙脂色のネクタイ、紺のズボンを、女子は赤のブレザーに黄色の細いリボン、黒のスカートを着用している。仲の良い友人を見つけると彼らは「おはよー」「久しぶりー」「元気してた?」と挨拶を交わし一緒に学校に向かう。

 そう、今日は学校の始業式の日だった。

 

「はぁぁぅ……」

 

 周りでは快活な挨拶が交わされる中、俺は大きなあくびをしていた。

 約一ヶ月弱の春休みの最中も狭霧の仕事がある日は午前8時には起こされる生活を続けていたのだが、学校が始まると起床時間がさらに一時間前倒しになって辛い。2時ぐらいまで起きてデッキの調整やら依頼のスケジューリング、雜賀や治安維持局とのやり取りなどをする生活を少し改めるべきか。ここのところはさらにサイレント・マジシャンのデュエルアカデミアの入学手続きなどもあり立て込んでいたせいで、体に気怠さが残っている。

 そう、いつもなら俺の傍らで浮遊しているサイレント・マジシャンは今居ない。今日からデュエルアカデミアに転入する手筈なので、一足先にデュエルアカデミアに向かっているのだ。今日を迎えるのが楽しみだったのか、昨晩からそわそわと落ち着かない様子だった。

 ちなみに彼女はデュエル実技の特待生としての転入なので学費は最小限に抑えられた。入試当日、彼女にしては珍しく“必ず成し遂げてみせます。マスターは安心して待っていて下さい”と強い言葉を残していったのが印象に残っている

 

「…………」

 

 しかし四六時中俺の側に居るサイレント・マジシャンが居ないというのはどうにも慣れないものだ。別段会話を普段から多くしていた訳では無いが、かといって居なくなられると何かが足りないという感じがする。まぁこれもこの生活をしていればその内慣れる事だろう。

 そんな事を考えながら歩いていると校舎に着いた。下駄箱前の張り紙には新しいクラスの張り紙がされている。なんでもここのクラスは学年末のデュエル実技試験の成績順で毎年変わるシステムになったとか。それも一昨年から赴任してきた教頭のハイトマンとか言うヤツが来てからの事だそうだ。幸いデュエル実技の成績だけは学年でトップなので、そのシステムによって何か不自由を被った事はない。今年も無事トップクラスに配属され奨学金も受け取る事が出来た。

 

「…………」

 

 教室に入ると既に半数以上の生徒が来ているようだった。仲の良いグループで集まり、立ち話をするグループや椅子に腰掛けて話すグループもいれば、一人で読書に勤しむ者や勉学に励む者も居る。ドアが開いた事でグループで話をしていた人間から一瞬こちらに視線が向けられるが、直ぐに視線を戻して話に戻っていった。大方まだ来ていない仲良しグループの人間が入ってきたのか確認しただけだろう。当然挨拶を交わす間柄の人間など学校には居ない。

 席は名前順になっているため、俺の席はいつも窓側の最後尾と決まっている。人との接触を避けるにはお誂え向きの席だ。春休みの課題しか入っていない薄っぺらな鞄を席の脇に置き、今日も今日とてHRが始まるまで睡眠学習に入る事にした。サイレント・マジシャンの入学で忙しくなる事を見越して、ここ一週間は丸々依頼の受注をしなかったおかげで今日の放課後は完全にフリーだ。デッキの調整の事であれこれ悩む事無く何も考えずに寝られそうである。しかし、何も考えないで目を瞑っている時程、周りの話し声というものは聞く気が無くても入ってきたりするのだ。

 

「なぁ、今週の“月決”もう手に入れたか?」「あん? 発売日は今日だろ? まだ買ってないわ」「実は俺……一昨日フラゲを完遂したのだ」「でかした、軍曹! それでブツは?」「……ここに」「こやつ……出来るっ! 早く中身を!」「焦るなよ、番長。早漏は女の子から嫌われると言うだろう?」「黙れよ、童貞野郎」「うっ! だが、俺の受けたダメージと同じ分だけお前にもダメージを与える!」「ぐあぁぁっ!! って、こんな茶番は良いからとっとと見せろや」「そうであった。まずは表紙だ」「うぉぉぉ!! ミスティぱねぇ!! 谷間エロっ!!」「そうであろう? 流石はデュエリストモデル! ドレスもまた実にたまらん!」「あぁ! この表紙だけでも三冊買う価値はある」「同意だ。……実はもう、家に二冊買ってある」「流石軍曹、抜かりねぇな。俺が一目置くだけの事はある」「よせ、照れる。しかも今月は女性デュエリスト特集、全106ページ! あらゆる職業の隠れ美人デュエリストにインタビューだ!」「神か? 神なのか?!」「中でも注目の記事は……これよ!」「おぉ!! 明日香先生じゃん! 全然この年を感じさせない肌にこの美貌、そしてこのパイ乙と太ももの肉感! くぅ〜そそるねぇ!」「おい、脳筋番長! お前の目は節穴なのか? 写真じゃない! ここの記事を読め、記事を」「あ? んな記事なんて二の次だろって、えぇぇぇぇぇ!! 何? 明日香先生、ここ来んの?!」「そうなんだ! 生で明日香先生がいらっしゃるのだ! これは大ニュースだろ!」「やべぇ! えぇっと、カメラの準備は出来てるか、軍曹! 明日香先生を見るのは当然だが、後にも残るものが欲しいぞ」「無論だ、既にレンズもしっかり磨いている」「流石は軍曹! そう言った隙はないな! それで、他に何かないのかよ」「それはだな……」

 

「…………」

 

 ね、寝れない……こうも隣で馬鹿騒ぎされると全く寝付けない。

 こいつらが騒いでる“月決”とは月刊決闘者と言う雑誌の略称で、幅広い層のデュエリストに読まれている人気雑誌の一つだ。プロデュエリストは勿論、この二人が話しているような様々なデュエリストにスポットを当てているので、デュエルに本格的に関わりを持たない人でも手に取りやすく、その評判はよく耳にする。よく耳にするのだが、このタイミングにおいては耳に入ってくるこの評判を憎んだ。

 

 誰かこいつらを止めてくれないか……

 

 そんな俺の願いが聞き入れられたのか、この二人の会話に割って入る救世主が現れた。

 

「ちょっとアンタ達!」「む? なんだソバ子」「ソバ子って、私のそばかすの事言ってんの?! 相変わらず失礼ね! 人の気にしてる事あだ名にしないでくれる!」「あぁあぁ、分かった分かった。我々は今忙しいんだ。後で相手してやるから、それでよかろう?」「“それでよかろう?”じゃ無いわよ! アンタ達うっさいのよ! 教室には女の子も居るの! それなのに校則違反のそんな雑誌なんか持ってきてデカい声で騒いで! 少しは周りの事も考えなさい! 大体ねぇ、アンタは昔から————」

 

 素晴らしい。そう俺は心の中で賛辞を贈っていた。どうやら女子の誰かが隣の騒ぎを収めにきてくれたようだ。女子特有の甲高い声が少し耳に響くが、これでこの場が収まるのなら安いものだ。残り時間何分とも分からないHRまでの、貴重なスヤスヤタイムの確保に希望の光が見えた時、状況はさらに動き出す。

 

「————良い? 分かったら返……事…………っ!」「あぁ、分かった……ってどうしたのだ?」「いや……その……この人……」「ん? あぁ、キングの秘書やっている人か。いつもキングしか見てなかったからちゃんと見てなかったが、よく見ると滅茶苦茶美人であるな」

 

「………!」

 

「ねぇ……その人、名前なんて言うの?」「ん〜どれどれ……狭霧深影さんと言うらしいが……それがどうかしたのか?」「そう。狭霧深影さん……ね……」「おい、番長。なんだか急にソバ子がしおらしくなったぞ。心なしか顔も赤いように見える。熱でもあるのか? ……って番長?」「はぁ……」「……どうしたのだ、ため息など吐いて。それに先程から一言も話していなかったが」「……軍曹、こいつはダメだ。この瞳の輝き、紅潮した頬。間違いなくこれは恋をしてやがる」「何だと!? そうなのかソバ子?」「なっ!? あ、あんた、何勝手なこと言ってんのよ! そ、そ、そんな訳無いじゃない!!」「ソバ子な上に貧乳と来て百合とは……そんなんだから需要がなぼへっ!」

 

 ドムッ! と言う低い音と同時に腹の底から空気が吹き出す音が響く。

 

「フンッ!」「うぅっ……み、鳩尾に……」「番長、今のはお前が悪い」

 

 あからさまに不機嫌であるという風な足音が遠ざかっていく。見事な腹パンを貰ったらしい番長と呼ばれていた男が再起不能になったことで、ようやくこの騒ぎも終息を見たようだ。こうなったのもソバ子(仮称)のおかげである。これでやっと何も考えずに一時の休息が得られると思い、心地よい微睡みの中に意識を落とそうとした時、

 

「おはよう、みんな揃ってるか?」

 

担任の教師が教室に入ってくるのだった。ちくしょう。

 

 

 

———————―

——————

————

 

「今年からの新クラスと言うことだが、まぁ去年とメンツはほとんど変わってないみたいだな。担任も引き続き俺だ。もう見飽きてるだろうが今年もよろしく。でまぁ、早速連絡事項に入りたいところなんだが……その前に今日から新しくお前達の仲間になる転入生を紹介する」

 

 担任のその言葉から新学年でのHRが始まった。当然、転入生と言う言葉で周りはざわつき始める。美男・美女に期待を膨らませる者もいれば、それに冷や水を浴びせるような現実論をぶつける者、我関せずとどうでも良さげに頬杖をつく者など反応は様々だ。残念なことに期待通りの美少女がやってくることを知っている俺はこれからの騒ぎになると予想し、両手で頬杖をつきながら自然に両耳に手を添えていた。

 

「入って良いぞ」

「はい」

 

 鈴が響くような声。聞いていて心地の良い返事と共に彼女は教室に足を踏み入れた。そしてその姿を見た瞬間、ざわつく生徒の声は止み、全ての視線が入ってきた彼女に集まる。中には喋ることを忘れてしまったのか、口を半開きにしたまま固まっている者までいた。

 そんな教室の様子に気付かず、彼女は担任から受け取ったチョークを使って自分の名前を黒板に書いている。黒板に縦に大きく字を書いているとその艶のある長い白の髪がふんわりと揺れる。こうして制服姿を見るのは初めてだったが、女子の赤の制服を着ると髪や肌の白さが際立って見えるな。

 

「や、山背静音です。今日から一緒のクラスで一生懸命頑張っていくので、よ、よろしくお願いしますっ!」

 

 一生懸命頑張っていく……か。なんとも要領を得ない挨拶だが、それはまた実に彼女らしい。余程緊張しているようで自己紹介は噛み噛みだった上に、お辞儀をするその動きもガチガチに固かった。そんなことでは笑われてしまうぞ?

 しかしそんなサイレント・マジシャンの挨拶を受けても尚、クラスの反応は固まったままだった。まるで魂まで抜けてしまったかのように呆然とサイレント・マジシャンを見つめている。教室に静寂が続く中、担任もまさかこんなことになるとは思っていなかったようで反応に困っていた。そしてそれは俺も同じだった。まして顔を上げたサイレント・マジシャンは何か不味いことをしてしまったのではないかと不安そうな表情を浮かべている。

 

 

パチ……パチ……パチ……

 

 

 そんな空気を打ち破るように渇いた拍手の音が教室に響く。

 いや、誰もが音を立てないでいる中、堂々と音を立てると言うのは勇気がいるものだ。拍手をしながら現在進行形で妙な汗が流れているのを感じていた。

 音の出所が俺だと気が付いたサイレント・マジシャンは意外に思ったらしくキョトンとした顔に変わる。それは担任も同じだったらしく意外そうな顔を浮かべていた。

 それから間もなく一人、また一人と思い出したかのように拍手が連鎖していく。そして最後は生徒全員からの盛大な拍手へと変わった。どうやらクラスの人間も彼女を受け入れてくれたようだ。それに心の中で安堵しながら、改めて教壇の上に立つサイレント・マジシャンを見る。

 

「……!」

 

 心臓に悪い。全く良い笑顔だった。

 彼女の心の純粋さが滲み出た朗らかな笑みを向けられ、クラスの男子の心が恋のピストルで撃抜かれた擬音が聞こえたような気がする。事実胸を押さえて悶える男子が二名程視界の端に移った。

 

「じゃあ山背。お前は名前順の出席番号の最後だから、あの窓際に座ってる一番後ろの八代の後ろの空いてる席に座れ」

「はいっ!」

 

 サイレント・マジシャンが移動するとクラス中の視線が彼女に合わせて移動していく。そんな視線を気にすること無く歩いてきたサイレント・マジシャンは俺の斜め前で一旦歩を止めると、小さく礼をしてから俺の後ろの席に着く。ここで、ようやく彼女がこの苗字にしたのかが分かった。初めから俺の後ろの席を取るためだったようだ。

 

「それじゃあ、来たばっかの山背に学校の事を色々教えてやってくれ。学校の案内はそうだな……丁度席が前の八代、頼めるか?」

「っ! ……はい、問題ないです」

 

 まさかそんな役が担任から回ってくるとは予想外だった。向こうからしたら重度のコミュニケーション障害の持ち主と思われているだろうに。いや、寧ろそうだからこそ、これを機に少しでも俺の対人コミュニケーションを改善していこうという向こうの計らいなのかもな。

 ただ正直俺の都合でここに入学する事になったサイレント・マジシャンには、せめてなるべく自由にここで生活させてやりたいと思っている。勢いで了承してしまったが、こう言ったクラスメイトと関わる重要なイベントは俺ではなく、なるべく早くクラスに馴染めるよう他の生徒がやった方が良いだろう。

 

「ちょっと待った!!」

 

 割って入るように声が起きたのは俺が丁度そんな事を考えている時だった。その声の主は勢い良く挙手したまま立ち上がると言葉を続ける。

 

「その役、是非この俺に任せてくれ! 熱い闘魂アカデミア案内を届けてみせる!」

「待つんだ、先生! おっぱい星人の番長にそんな役目を任せてはならん! 代わりに俺が出向こう! 一分の隙もない綿密なアカデミア案内の計画は既に出来ている!」

「現在進行形で鼻血を出してるヤツに言われたくねぇな、軍曹!」

「違う! これは決してやましい事を考えていた訳ではない! ただ……そう、うっかり戦艦の角に鼻をぶつけただけだ!」

「あんた達本当うっさい! こんな男共に任せておけないわ! ここは女子を代表して私が案内役を務めさせてもらうわ! 女子が気になる所が分かるのはやっぱり同じ女子だけよ!」

「「百合は帰れ、ソバ子!!」」

「なんですってぇ!!」

 

 あれよあれよと言う間に大騒ぎになっていた。担任は頭を抱えため息を吐き、他のクラスメイトは面白くなってきたとばかりにその光景を楽しんでいた。サイレント・マジシャンもこの光景を見てクスクスと笑っている。ただ俺だけはこの状況に顔を引きつらせていた。

 このままではあの三人のうちの誰かがサイレント・マジシャンを案内することになる。クラスに馴染めるように他の生徒が案内した方が良いと思っていたが、この三人に任せたら案内という名目で何をされたものか分かったものではない。そんな危機感を感じて俺は考えるよりも先に口を動かしていた。

 

「先生」

「「「…………っ!」」」

 

 あれだけ騒がしかった教室が俺の一声で一斉に静まり返る。一年間自分から発言をしたことがなかった人間が突然発言するとこうなるのか。周りの生徒からの視線が一斉に集まり誰も口を開かないという状況は少々辛いものがある。担任も俺からの発言に少し驚き固まっていた。

 

「な、なんだ、八代?」

「俺にやらせて下さい」

「「「…………っ!?」」」

「ふむ……じゃあ山背。お前が案内役を選ぶと良い」

「え?」

 

 担任の一声でようやく我に返った案内立候補者たちはサイレント・マジシャンに自分を指名してくれとアピール合戦を始める。周りの生徒はサイレント・マジシャンが誰を選ぶのかと注目していた。

 そんな周りからの視線にサイレント・マジシャンは戸惑っていた。それぞれの立候補者たちに視線を向け、最後にどうしたら良いかと視線で俺に訴えかけてくる。それの返事は敢えてしなかった。最後の選択はサイレント・マジシャンに任せようと思ったからだ。それから少しの間が空いてサイレント・マジシャンは口を開いた。

 

「えっと。じゃ、じゃあ…………八代君。よろしくお願いします」

「……あぁ、わかった」

「「「えっ? えぇぇぇぇえ!!」」」

 

 教室に叫声があがったのは直ぐの事だった。

 

 

 

———————―

——————

————

 

 あの後は始業式の会場であるホールに移動し、校長やら来賓の見知らぬ年寄りのどうでもいい話を聞いたり、校歌を歌ったりを一通り終え始業式を済ませた。始業式を終え教室に戻った後は担任からの今後の授業の連絡を二三受け、最後に春の課題を回収して解散となった。

 だが俺は当然そのまま帰宅と言う訳にはいかず、自分から申し出たサイレントマジシャンの学校案内をした。しかし学校案内と言っても常に精霊状態で俺の側に居た彼女からすれば全て既知のものであり、そんな彼女に改めて学校案内をすると言うのは無駄な時間という以外の何物でもなかった。ただ移動する度にサイレントマジシャンに集まる好奇の目は未だしも、俺に向けられる男子からの嫉妬の視線はなかなかに鬱陶しかった。尤も何故だか終始キラキラとした笑顔のサイレントマジシャンを見れば、そんな煩わしい視線などどうでも良く感じられた。

 

「ありがとうございましたー。またのご来店をお待ちしていまーす」

 

 そんなこんなを乗り越えて俺とサイレントマジシャンは間延びした何とも気持ちのこもっていない挨拶を背に本屋を出るのだった。筆箱ぐらいしか入っていない鞄のおかげで買った本が嵩張らずに済む。

 

「マスター」

「マスターはよせ。他に誰もいなくても実体化してる時は八代で統一しろ」

「すいません……では、や、八代君」

「なんだ?」

「珍しいですね、雑誌を買うなんて。何を買ったんですか?」

「……今月の月刊決闘者だ。狭霧さんが取材されたらしい。それでちょっと気になってな」

「そうですか」

 

 サイレントマジシャンは俺の返答に不思議そうな顔を浮かべていた。確かに普段の俺らしからぬ行動であるのは自覚している。ただどうにも最近は少し狭霧に避けられている気がしてならない。

 それはやはりあんな事があったからか。あの時は確かに色々大変だった。泥酔してフラフラの体を支えれば色々と当たるし、足がもつれた拍子に押し倒されるし、しまいにはあんな事を迫られるし……とにかく大変だった。

 俺としては狭霧に避けられたところで生活に問題はないのだが、何分狭霧の家で世話になっている身だ。狭霧の生活に影響が出るのならなんとかしなければならない。だから狭霧と普通に話すための話題作りとしてこれを買ったのだ。

 一応サイレント・マジシャンにあらぬ勘違いを与えないよう、念のため購入する際は決して表紙を表にすることなくそのまま鞄に入れた。

 表紙を飾っているのは今世界でも注目されているデュエリストモデルのミスティ・ローラ。抜群のスタイルと美貌を兼ね備え、世界中の男性を虜に女性からは羨望の眼差しを向けられているとか。今回の表紙でも胸元の大きく開いたワンレッドのドレスを見事に着こなしていた。が、主観では狭霧もサイレント・マジシャンも負けないくらいの美人ではないかと思う。

 

「……? 私の顔に何かついてますか?」

「いや、そうじゃない。そう言えば、初めての学校はどうだった?」

「あっ、はい! とても楽しかったです! 最初はクラスに受け入れてもらえるか不安だったんですが、その……マスターが拍手を最初にしてくれたおかげで皆さんに温かく迎え入れてもらって……それに学校案内まで率先してマスターにしてもらえて、本当に幸せでしたっ!」

「! そ、そうか、それは良かった……それとマスターはやめろ」

「あっ……すいません」

 

 至近距離での幸せ全開な笑顔の不意打ちは反則だ。思わず顔を逸らしながらも呼称のマスターの訂正が間に合った。まぁサイレント・マジシャンがアカデミアを楽しんでくれているのなら良かった。

 現在二人で練り歩いているのはシティの繁華街。普段は依頼がない限りは直帰していてあまり出向く事が無い場所だったため、目に映る店の一つ一つが新鮮に映る。時刻は昼前なので街を歩く人々は少ない。しかしそれにしても二人で並んで歩くだけでも数少ない視線が時折サイレント・マジシャンに向けられるようだ。あまり目立ってしまうと今後動き辛くなる可能性があるので、何か対策を考えた方が良いかもしれない。

 隣を歩くサイレント・マジシャンは変わらず視線を気にした様子は無い。少し俯き気味に歩く彼女の横顔を眺めていると、ふと何かを思い出したかのように彼女は顔を上げ、足を止めた。

 

「そう言えば、今朝登校する時に少し気になった事が……」

「何があった?」

「誰だか分からないんですが、ずっとこっちを見てる男の人が居たんです」

「……今も見られまくってるが?」

「えっ? あ、いや、こんな視線じゃ無くてですね。もっとこう……なんて言うんでしょうか、私の外見ではなく“私”を見ると言いますか……」

「……場所を変えよう。詳しく聞く必要がありそうだ」

 

 止まっての立ち話だと視線を集める上に誰に聞かれるか分からない。近くで目に入った喫茶店に足を運ぶ事にした。腰から一階部分の天井程の高さまでの大きなガラスに囲まれているため、外からでも店内の様子がよく見える。ランチタイム前なのでガラス越しの席に腰掛ける人も居なく、店内は割と空いているようだった。店先に出たエメラルドグリーンと白のストライプの雨除け、ガラスが埋め込まれたグリーンの扉、そして扉に置かれた黒板には白いマグカップに注がれたコーヒーの絵と一緒に『ランチタイム11:00から セットドリンク1杯おかわり無料』と可愛らしい丸文字で書かれていた。

 扉を開けると内側につけられていたドアベルがカランッコロンッと小気味好い音が鳴る。その音を聞き正面のレジに立っていた店員はこちらに振り向き「いらっしゃいませ」と朗らかな営業スマイルと共に迎え入れてくれた。

 

「お二人でよろしいでしょうか?」

「あぁ、はい」

「畏まりました。それではご自由に空いている席にお座り下さい」

 

 店内を見渡すと外から見た通り客は少なかった。パソコンと向き合っているスーツの男が腰掛けている店の奥のトイレ近くの席に以外は空いているようだ。俺たちは話が聞かれないよう、店の外がガラス越しに見渡せる二人テーブル席に向かい合って座る。

 

「ご注文がお決まりになりましたら、お呼び下さいませ」

「じゃあとりあえずブレンドコーヒー、ホットで。山背さんは、決まってる?」

「私はミルクティでお願いします」

「畏まりました。ブレンドコーヒー1つとミルクティ1つですね」

「はい」

 

 店員に注文を済ませるとサイレント・マジシャンに向き直る。初めて入る喫茶店にキョロキョロとしていたサイレント・マジシャンだが、俺の様子に気付き話の続きをするために姿勢を正す。

 

「……正体に気付かれたのか?」

「どうでしょうか……嫌な力は感じましたが、本質を見抜く力は無かったと思います」

「嫌な力?」

「多分ですけど……十六夜さんと同系統の力だと思います」

 

 十六夜アキ。デュエルアカデミアの学年合同デュエルで対戦した当時中学二年生の少女。あれから学年が一つ上がり今では中学三年生のはずだが、未だに彼女は学校を休学中と聞く。その彼女のデュエルの腕は同世代では飛び抜けたものがあり相当な苦戦を強いられた。だが俺を苦しめたのはデュエルの実力だけではない。

 

「……カードを実体化させる能力か」

「はい」

 

 デュエル中に召喚したモンスターをソリッドビジョンでの映像ではなく文字通り実体化させる能力。それによりモンスターの攻撃は実体を持ってプレイヤーを襲う。その能力の恐ろしさは身を以て体験済みだ。しかしそんな能力の持ち主となるとやはり十六夜と関係があるのだろうか? いや、この事実だけでそれを結びつけるのは早計か。

 

「失礼致します。コーヒーのお客様は、こちらでよろしいでしょうか」

「あっ、はい」

 

 丁度いい会話の切れ目に店員がやってきた。俺の前には清潔感のある真っ白な受け皿に乗せられた空の白いコーヒーカップが置かれる。空っぽのそのカップに銀のポットに入れられたコーヒーが注がれていくと、コーヒーカップからは湯気と一緒にコーヒーの香ばしい香りが広がっていく。

 

「お好みでそちらのシュガーポットのお砂糖とこちらのミルクをお使い下さい」

「分かりました」

 

 続いてサイレント・マジシャンの前に受け皿に乗った白いティーカップが置かれる。その中にまず小さなポットに入れられたミルクが注がれていく。そして次に白いティーポットから紅茶が注がれる。俺の前はコーヒーの香りでいっぱいのため分からないが、サイレント・マジシャンの穏やかな表情を見ればその香りがどのようなものか容易に想像できる。

 

「以上でご注文の品はお揃いになりましたでしょうか?」

「はい、大丈夫です」

「それではごゆっくりどうぞ」

 

 お辞儀をして店員は戻っていく。なかなか丁寧な接客だ。そうなると自然とコーヒーの味の期待値も高まる。別にブラック派では無いのだが、一口目はそのまま頂く事にした。

 コーヒーカップはあらかじめ熱してあったらしく人肌よりも温かい。口をつけたコーヒーも一気に口に含むには少し熱かったが、それでも呑めなくも無い熱さだった。

 口に広がる苦み、そして後から訪れるコーヒー独特の酸味。コーヒーにそこまでの拘りはなかったが、ブラックのまま呑んで美味しいと感じたのは初めての事だった。それは酸味よりも苦みが効いているコーヒーの方が好みだったからかもしれない。

 

「ふぅ、美味しいですね」

「そうだな。適当に入った店だったけど当たりだったみたいだ」

 

 サイレント・マジシャンもミルクティーの味に満足しているようで何よりだ。流れで二口目を口に運んでいたが、やはりこのままでも美味い。食堂を伝い胃に流れ込んだコーヒーの熱が体を内側から温めていくのを感じる。

 

「それと、これは不確定なんですが……」

 

 ティーカップを皿に置きながらサイレント・マジシャンは紅茶を味わう優しい表情から打って変わった硬い表情で口を開く。コーヒーを満喫するあまり本題を見失っていたが、彼女がこうして切り出してくれたおかげで意識を再び切り替える事が出来た。

 

「気になった事は全部言ってくれ」

「はい。その男はこっちを見て何か呟いたんです。口の動かし方しか見てないんで確証はないんですが……」

「……なんて言ってるように見えた?」

「おそらく“見つけた”って」

「……見つけた、か」

 

 随分と雲行きの怪しい話になってきた。サイレント・マジシャンを見つめていた男が十六夜と同じ力を持っていると言うだけでもキナ臭い話だと言うのに、それがサイレント・マジシャンを見知っているとなるといよいよ問題だ。しかしサイレント・マジシャンが実体化して行動を開始したのはつい最近の事。こんな短期間でサイレント・マジシャンを探すとなるその動機はなんだ?

 

「……まさかファンか?」

「違うに決まってるじゃないですか!」

「いや、あながちそうも言いきれないぞ? 山背さんは異性を惹き付ける魅力があるからな」

「ふぇっ?」

 

 そんなことを言われると思っていなかったのか、なんとも間抜けな反応が返ってくる。それを自覚してないところがまた厄介でもあり、彼女の良さでもあるのだろう。もしもこれが自覚ありだったらあざといだけだ。

 

「マス、あっ、八代君も……そう、思いますか?」

「ん? そうだな。俺もそう思うぞ」

「そ、そうですか……」

 

 小さい声でそう返事をすると、サイレント・マジシャンは顔を下げながらミルクティーに口をつける。ミルクティーの熱のせいか白い髪から顔を見せている耳が赤くなっていた。

 俺もここらでコーヒーにミルクを足して呑んでみるか。店員が置いてくれた白いミルクピッチャーを軽く傾けると黒いコーヒーの色が変わっていく。底の見えない黒だった色は内側から広がる白い煙のような流れに触れ茶色に変化していった。それをかき混ぜると『融合』のイラストのように黒と白が混ざり合いバニラモンスターのカードの色になったところで落ち着いた。

 それを口に運んでいる時、カードの裏面のデザインが頭に浮かんだ。あのデザインはコーヒーを混ぜている時にでも思いついたのだろうか? そんなどうでもいい疑問は口に含んだコーヒーと一緒に流れていった。ミルクを入れた事で味全体の角が取れマイルドになりこれはこれで美味しい。

 

「っと、話が逸れたな。その男に心当たりは?」

「……はっ! はい、どこかで見た事があるような気がしないでもないんですけど……思い出せません」

「そうか……特徴は?」

「え〜っと、サングラスをかけてました。全体的に長めの褐色の髪で、特に長い前髪を右に流しているのが印象に残っています。服は……どこにでも居るようなグレーのスーツでした」

「ん〜……俺にも心当たりは無いな……」

「すいません、私がちゃんと覚えていれば……」

「いや、気にするな。ただ今後その男を見つけたら直ぐに教えろ。それと今後接触を仕掛けてく可能性もある。警戒を怠るなよ」

「わかりました」

 

 恐らく確実にこの男は近いうちに何か仕掛けてくる。俺はそう確信していた。しかし動機がまるで分からない。冗談半分で言ったサイレント・マジシャンのファンと言うのが本当に今のところ濃厚な程だ。いや、実際にそうだったらどれ程良い事か。だが現実はそんなに甘く無い事など嫌というほど分かっている。

 

「はぁ……まぁぼちぼちランチタイムみたいだし、とりあえず昼飯にするか。このランチセットで良いか?」

「あっ、はい。大丈夫です」

「よし。あの、すいません!」

「はい! 只今お伺いします」

 

 呼びかけると気持ちのいい返事が返ってくる。店員がやってくる間に他のメニューを眺めているとコーヒーの種類が以外に豊富な事に気付いた。中でもブルーアイズマウンテンと言うのは一杯3000円もするらしい。『青眼の白龍』の攻撃力と値段をかけているのだろうが、果たしてこれを頼む人間が居るのだろうか? 少し世界の広さを感じた。

 

「お待たせしました」

「ランチセット二つお願いします」

「畏まりました。ではセットメニューからお食事とドリンクの方をお選び下さい」

「俺はビーフカレーとブレンドコーヒーで」

「私はミックスサンドとミルクティーをお願いします」

「はい。ドリンクはいつお持ちすればよろしいでしょうか?」

「食後で」

「畏まりました」

 

 注文を受けた店員は厨房の方へ戻っていく。ランチタイムに入った事でちらほらと客が増えてきたので店員も忙しそうだ。話題に区切りがついたのはちょうど良かったらしい。

 そんな様子を眺めているとサイレント・マジシャンとこの前一緒に飯を食べに行った事を思い出した。あの時は何故だが彼女はガチガチに緊張しているようだった。しかし今の彼女からはそんな緊張している様子は見られない。

 

「? どうかしましたか?」

「いや、この前飯を食べに行ったときの事を思い出してな。あの時はやたらガチガチだったけど、やっぱり体調悪かったのか?」

「えっ? あっ!」

 

 俺がそんな指摘をするとサイレント・マジシャンは皿に戻す途中だったティーカップを落とした。幸いティーカップは割れる事無く受け皿の上に着地したが、カチャンと言う甲高い音が店内に響き渡った。見ればサイレント・マジシャンの瞳は動揺しているのか揺れており、顔も赤みを帯び始めている。

 

「あ、あわわっ」

「ど、どうした急に?」

「な、なな、何でもないでしっ! も、もも、問題ありまっ! んんっ、せんっ!!」

「??」

 

 滅茶苦茶テンパっていらっしゃる。噛みまくった事がまた恥ずかしかったのか、ますます顔は赤くなっている。そんな両手をスカートに下ろしてモジモジされてながら“何でもない”と言われても説得力が無い。

 

「……ちょっ」

「ちょ?」

「ちょっと、お、おトイレに行ってきますっ!」

「お、おう」

 

 そそくさと逃げるように席を飛び出すサイレント・マジシャン。彼女にシャイな一面があるのは知っているが、たまにそのツボが分からなくなる時がある。それとあんまり大きな声でトイレに行くって言う方が女の子としては恥ずかしい気もするのだが……

 

「…………」

 

 店内の時計を確認するとまだ11時10分。飯を頼んでからまだ時間は経っていない。サイレント・マジシャンがいつ戻ってくるかは読めないが、飯が運ばれてくる頃には戻ってくるだろう。彼女のティーカップを見ると綺麗に飲み干していた。俺も残り僅かなコーヒーを一気に飲み干すと手を挙げて店員を呼ぶ。

 

「すみません、水を二つ頂けますか?」

「水ですね。畏まりました」

 

 忙しくなってきているのにしっかりと営業スマイルを忘れないのはこの店の社員教育の賜物なのか、それともあの店員がしっかりしているのか、またはその両方か。何れにしても接客される側としては見ていて気持ちの良いものだ。

 店内の木に拘った内装も好印象である。テーブルや椅子は勿論、床も手入れが行き届いており天井の照明の光を跳ね返している程だ。

 

 また来ても良いな。

 

 総じて俺はそう評価した。初めての喫茶店だったが引きは最高だったみたいだ。

 

「っ!!」

 

 視線を感じる。いや、向けられている視線に今気付いたと言うべきか。別に少年漫画のように裏世界の死線を数年潜ったことで殺気を感じ取る事が出来るようになったなんて事はない。だが、向けられている視線には多少敏感にはなった。

 どういう意図で俺を見ているかは不明だ。だがこうして現在進行形で見られ続けている。やはりこちらが視線に気付いていると相手に悟られるのはまずいか。こう言う時にサイレント・マジシャンがいればと思うが、無い物ねだりはしても仕方が無い。

 目だけを動かして周りを確認してみるが、店内にはそれらしい人物は居ない。一体どこからこの視線は来るんだ? どこから向けられているか分からない視線に込められたのが敵意なのか、それとも興味なのかは分からない。しかしどんな意図であれ得体の知れない視線が纏わり付くこの感じは不快だった。頼みの綱のサイレント・マジシャンは何時戻ってくるかは分からない。仕方ない。こうなったらこちらから動くしか無いか。

 覚悟を決めた俺はまず大きく伸びをした。出来る限り自然に。何気ない感じで背もたれに寄りかかり、真上に伸ばした手で体を持ち上げるようにしながら背中の筋肉を弛緩させる。最初は思いっきり目を瞑ったまま、体が十分解れてきたら薄ら目を開け背後の様子を確認する。

 

「…………」

 

 居ない……か。

 しかし背後からでは無いとこの視線はどこから来ているんだ? これで店内からここを見れる場所はすべて確認したはず。それに対して相手が反応した様子は無い。視線はまだ俺に向けられているのを感じる。

 体を起こすと今度は頭をゆっくり回すことにした。これは特に何か意図があった訳ではなく体が自然に動いたものだ。首の骨が体の中でポキポキとなるのを聞きながらグルリと頭を一周させる途中、何気なく外に視線を向けると……

 

「うぉっ!」

 

 こちらを見ていた下手人達が見つかった。それはあまりにも大胆に堂々とこちらを間近で見ていた。当然俺が驚き体を跳ね上がらせたのも相手に気付かれている。ガラスを隔てたすぐ側でこちらを見ていたのだから。

 二人とも身長は俺の胸の高さに届かないくらい。一人はライトグリーンの髪を後ろで結んでいる少年でこちらが気付くと嬉々として手を振っている。もう一人は同じくライトグリーンの髪でそれを左右頭の横で結んでいる少女だ。視線を向けると申し訳無さそうに頭を下げた。

 俺はこの二人を知っている。以前チンピラに絡まれているところを助けた双子の兄妹、兄の龍亞と妹の龍可。三ヶ月ぶりの思わぬ再会だった。

 

 

 

———————―

——————

————

 

「初めまして。龍可と言います。それで」

「俺、龍亞。俺がお兄ちゃんでこっちが妹。俺達双子なんだ〜!」

「ふふっ、私は山背静音です。八代君とは同級生です」

「まぁ、そう言う事だ」

 

 あれから昼食を済ませて俺達は合流した。昼食をしている間この兄妹は近くのカードショップで時間を潰していたらしい。サングラスをかけた小太りな店主のやっている怪しい店だったが、品揃えはなかなかだった。

 

「えぇ〜! 二人でご飯食べてデートしてたからてっきり八代お兄ちゃんの彼女かと思ったよ」

「ふぇっ!?」

「違うぞ。俺達は付き合ってない」

「そうなんだ〜。じゃあこの前の狭霧さんって人が彼女?」

「……なんでそうなる」

「そうじゃ無いの?」

「違うな」

「なんだ〜、そうなんだ〜」

 

 そう言う龍亞はつまらなそうに手を頭の後ろに組む。

 

「あっ! そう言うのってあれでしょ。“ぷれいぼ〜い”ってヤツ!」

「こ、こらっ! 龍亞!」

「……一体どこでそんな言葉を覚えたんだ?」

「え? “月決”買いに行った時に前に並んでる人が持ってた雑誌の名前がそうだったから、どういう意味だろうって後で調べて……」

「あぁ……もういい」

 

 思わず頭を抱えた俺の反応は正常なはずだ。この年で“プレイボーイ”の意味を知っているとはとんだおませさんなようだ。そしてサイレント・マジシャン。お前には後で意味を教えるから年下の龍可にその意味を聞こうとするのはやめてくれ。

 それからも他愛ない話をしながら歩いていくと目的の場所に着いた。話している途中に気になった事と言えば、妹の龍可の方がサイレント・マジシャンをチラチラと見て何か話そうとしてはやめるという事を繰り返していた事くらいか。女の子同士じゃないと話し辛い事なのかとも思いそれに触れる事はしなかったが。

 まぁそれはそうと、

 

「……トップス住みだったのか」

「おっきいお庭ですねぇ……それにプールまである……」

 

俺たちは目の前の光景に目を疑っている。

 双子に連れて来られたのはこのネオ童実野シティの中でも富豪達が住むトップスと呼ばれるエリア。高層ビルが立ち並ぶこのエリアの中でもトップクラスに高いビルの屋上に俺たちは来ていた。

 狭霧と住んでいるマンションが犬小屋に感じられる程広いこの住居に圧倒される。目の前の庭のプールも学校の25メートルプールだって目じゃないくらいの大きさだ。そんな住居にこの双子の子ども二人で住んでいると聞いた時は、ここを初めて見た時と同じくらい驚いた。一体彼らの両親は何を考えているのだろうか。

 

「ごめんなさい。龍亞のわがままに付き合ってもらって」

「挑まれたデュエルから引くのは性分じゃないだけだ。気にする事は無い」

「こんな凄いところに来たのは初めてだったので、私は寧ろ嬉しいですよ」

「そう言ってもらえると助かります」

 

 妹の方の龍可と言う少女はそう言うと頭を下げる。このようなところを見るとやはり最初に会った時の印象通りしっかり者のようだ。サイレント・マジシャンはそれを見て「き、気にしないで頭を上げて下さい」とオロオロしていた。誰にでも敬語なところが何とも彼女らしい。

 

「お待たせ〜!」

 

 テンションが高めで家から飛び出してきたのは兄の龍亞と言う少年。腕にはしっかりとデュエルディスクが付けられている。余程このデュエルを楽しみにしていたのか、満面の笑みを浮かべていた。

 

「へへっ、見て俺のデュエルディスク! カッコいいでしょ?」

 

 そう言って龍亞が左腕に装着してあるデュエルディスクを掲げてみせる。使っているのはボースカラーがホワイトでフレームがブルーのデュエルディスク。腕に嵌める部分はラグビーボールのような楕円形になっていて、そこにモーメントが搭載されているようだ。楕円形の部分には一回り小さな黄色の楕円形がよく映えており、ジュニア向けの良いデザインと言えるだろう。

 ただ、そのデュエルディスクは少しサイズが大きかったのか、掲げている龍亞の腕から少しズレてバランスを崩していた。流石に八才の子どもにデュエルディスクというのは世間でも早いのだろう、と考えたところで一つ気になる事が出来た。それは“この世界ではデュエルモンスターズに何才の頃から手をつけるのか”という事。俺自身は丁度今のこの双子くらいの時だった気がする。もしこの子達も始めたばかりの初心者ならトラウマを与える事になりかねない。これはデュエルをする前に確認しておいた方が良さそうだ。

 

「君たちは何歳からデュエルモンスターズを始めたんだ?」

「えっとねぇ……二才ぐらいの頃からはもうデュエルしてたかな」

「っ!」

「それで龍可はね。なんと三才の時に出場したデュエルキッズ大会の決勝まで行ったんだ!」

「っ?!」

「もう、龍亞やめてよ」

「へぇ〜龍可ちゃん凄いんですねぇ」

 

 のんびりした調子で感心しているサイレント・マジシャンだが、その一方で俺は戦慄していた。二才からデュエルモンスターズの英才教育を受け、三才でキッズ大会の決勝までいく程の実力。大会の規模は分からないが、少なくとも大会の決勝まで行く時点で類希なる才能の持ち主であることは分かる。そしてそれからさらに五年の年月を経た今、一体彼女がどこまで成長しているのかは計り知れない。

 

「まぁでも実は龍可よりも、本当は俺の方が隠れた実力を持ってるんだけどね」

「そうなんですか。じゃあ龍亞君もデュエルしたら強いんですね?」

「まぁね。なっていっても将来はキングになる男ですから」

「ふふっ、それは将来が楽しみです」

「へへへっ!」

「はぁ……龍亞ったら直ぐ調子に乗って……」

 

 サイレント・マジシャンに褒められて照れ笑いを浮かべる龍亞。そんな様子を見て龍可は呆れたように溜息を漏らす。

 この様子から判断するに龍亞の実力は彼の口から語る程のものでは無さそうだ。だが、仮に妹である龍可にそれ程の実力があったのなら、兄である龍亞にもそれ相応の実力があってもおかしくは無い。

 

「ほら、八代さんも呆れて笑ってるじゃない」

「うるさいな、龍可は! それじゃあそろそろ始めようよ!」

「……あぁ分かった」

 

 つい笑みを浮かべてしまったことを呆れていると捉えられてしまったが、その実は違う。一体この少年にどこまでの実力があるのか。もしも早熟な天才デュエリストであるならば、本気で戦える相手と言うこと。そう、俺は純粋にこのデュエルが楽しみになっていたのだ。

 互いに距離をとって向かい合う。サイレント・マジシャンと龍可はベンチでこのデュエルを観戦するようだ。今まで戦ってきた相手の中で誰よりも小さい相手だ。だが相手がまだ年端もいかない子であろうとも当然デュエルで手を抜く気は毛頭無い。一人のデュエリストとして全力を出すことを胸に誓いデュエルの開始を宣言した。

 

「「デュエル!」」

 

 デュエルディスクから先攻のランプが知らされる。これが相手のことを何も知らない状態であれば、先攻を譲ると言う選択肢もあった。だが、相手が唯の少年デュエリストではなく天才少年デュエリストの可能性がある以上は、そのような舐めた真似は出来ない。故に俺は堂々と先攻でデュエルを進める。

 

「先攻は俺のようだ。ドロー」

 

 手札は微妙なところだ。モンスターが多過ぎる。せめて召喚反応のトラップが欲しいところだが、無い物ねだりは意味をなさない。6枚の手札からこのターン出来得る最善の手を導き出す。

 

「『サイレント・マジシャンLV4』を攻撃表示で召喚」

 

 地面から吹き上がるように白い光が立ち上る中、現れたのは俺のデッキのエースの白魔術師。まだ魔力を十全に体に蓄えていないため幼い姿をしているが、場に居るだけでも頼もしさを感じる。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK1000  DEF1000

 

 

 当然だがここのソリッドビジョンの『サイレント・マジシャンLV4』の中には山背静音としてベンチに座っている彼女は入っていない。普段の様子とは違い動きが随分と機械的に感じるのはそのためだ。

 

「カードを2枚伏せてターンエンド」

 

 デュエルディスクにセットカードを挿入したことで、二枚の裏側のカードが出現した。

 伏せたのは攻撃反応型のトラップが2枚と偏っている状態だが、この手札では他にどうしようもない。相手の手札にフィールドの魔法・罠を一掃する『大嵐』が握られていた場合、一気に劣勢に立たされるが、それは運が無かったと割り切るしかない。その場合の被害を抑えるために1枚を手札に残しておくと言う選択もあったが、相手の手札に『大嵐』がある可能性よりも、魔法・罠1枚を破壊するカードを握っている可能性の方が高いと判断したためにこの選択をしたのだ。本当はここで『大嵐』対策のカードを握っておけば、こんな不安になることは無いのだが……

 

「俺のターン、ドロー! シャッキーン!」

 

 俺の中のそんな懸念など知る由もなく、龍亞はデュエルディスクから勢いよくカードを抜き取った。カッコ良く決めているつもりなのか、カードを抜いた右手の肘を伸ばしきり肩と平行になるところでポーズをとる。しかしデュエルディスクの重さで体がふらつき転びそうになっていた。

 

「もう、カッコばかり付けちゃって……」

「う、うるさいぞ、龍可!」

「相手がドローしたことにより『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターが一つ乗る。そして自身に乗った魔力カウンターの数×500ポイント攻撃力を上昇させる」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 0→1

ATK1000→1500

 

 

 これも兄妹でよくあるやり取りなのだろう。気を取り直して龍亞は自分の手札を確認していく。すると彼は段々と悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 

「んふっふっふ〜! 八代兄ちゃん、どうやら運が無かったみたいだねぇ」

「……何?」

「悪いけどワンターンキル、決めちゃうよぉ?」

「っ?!!」

 

 突然のワンターンキル宣言に心臓が跳ね上がった。この状況で自信を持ってワンターンキル宣言が出来ると言うことは、まず考えられるのは初手に『大嵐』を握っていて且つ大量展開が出来る状態にあると言うこと。もしそうだとしたら手札誘発の妨害の札を持たない俺にそれを止める手だては無い。

 固唾を呑んで見守る中、龍亞のターンが始まった。

 

「手札のモンスターカード『D・ボードン』を墓地に送って、魔法カード『ワン・フォー・ワン』を発動! 効果でデッキからレベル1のモンスターを特殊召喚するよ! 『D・モバホン』を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 龍亞の場にまず出てきたのは黄色い折りたたみ式の携帯電話。それは場に出るや否や変形を始めて人型のロボットに早変わりした。液晶部分が縦半分に割れ翼のように肩から飛び出ていた。押しボタンの1から6は胴体部分に、それよりの下のボタンは下半身に分かれている。

 そんな変形を目の当たりにして龍亞は「うぉ〜カッチョ良い!」と一人テンションを上げていた。

 

 

D・モバホン

ATK100  DEF100

 

 

 この一手目だけで龍亞のデッキは察しがつく。下級モンスター中心のテーマデッキ“D”。この『D・モバホン』を核にモンスターを大量展開するデッキが主流だったはず。つまりこのスタートはこのデッキとしては最高のものと言えるだろう。

 だが、俺はここで疑問を抱く。どうして『大嵐』を握っている訳でもないのにワンターンキル宣言を出来たのだろうか? もし俺が召喚反応型のセットカードや手札からの妨害するカードを握っていたらこのワンターンキルは成立しないはずだ。そうだと言うのに龍亞の表情からは不安を一切感じない。まるでそんなものが無いことはハナからお見通しとでも言うように。

 

「っ!」

 

 まさか、俺が何を伏せたかと言うのを一瞬で看破したと言うのか? いや、だが俺が見せた札は『サイレント・マジシャンLV4』のみ。いくらなんでも判断材料としては少なすぎるはず。しかし、ではどうしてこんなにも迷い無くターンを進められるのか? 俺の中の疑問など露知らず、龍亞は次の手に移っていく。

 

「”D”のモンスター効果はそのカードの表示形式で変わるんだ。モバホンは攻撃表示の時、ダイヤルの1から6で止まった数字分のカードを捲り、その中にレベル4以下の”D”モンスターがあったら特殊召喚できるんだ。いっくぞー!  ダイヤル〜オ〜ン!」

 

 龍亞の宣言を受けて『D・モバホン』の胸部の1から6のボタンが次々に光り出す。本来の効果はサイコロを振って出た目の数だけデッキを捲ると言うものなのだが、ソリッドビジョンではその演出が変わるようだ。

 この効果は出た目が大きければ大きい程、モンスターを特殊召喚できる可能性は高まる。ただ、出た目が小さいからと言っても確実に失敗するとも限らないし、逆に大きかったとしても確実に成功するとも限らない。結局のところこの効果は運の要素が強い。しかしそれでもワンターンキル宣言をしたと言うことはこの効果が不発になっても問題はないのだろう。

 そしてそのダイヤルの光は一つの数字に止まった。

 

「2に止まった! 2枚捲るぞ。ん〜……よーし! 俺の捲ったカードはレベル4! 『D・ラジオン』を攻撃表示で特殊召喚!」

 

 効果によって場に現れたのは黒の携帯ラジオ。それはフィールドに現れると変形し、アンテナ部分が顔となった人型ロボットに姿を変える。余談だがこんな変形するロボットにも関わらず、種族は雷族なのが不思議でならない。

 

 

D・ラジオン

ATK1000  DEF900

 

 

 『D・ラジオン』は一見するとレベル4のモンスターにしてはステータスが低い。いや、実際は『D・ラジオン』だけのステータスが低いのではなく、”D”シリーズのモンスターは下級モンスターで構成されていてそのステータスは全体的に低い。だが、『D・ラジオン』にはそれを補う特殊能力が備わっている。

 

「『D・ラジオン』が攻撃表示で場に存在する時、自分の場の”D”モンスターの攻撃力は800ポイントアップする。これによりラジオンの攻撃力は1800に、モバホンの攻撃力は900になるよ」

 

 『D・ラジオン』の体から迸る電気のようなオーラが『D・モバホン』に降り注ぎその体が少し大きくなる。同様にオーラを放っている『D・ラジオン』の体も膨れ上がった。

 

 

D・モバホン

ATK100→900

 

 

D・ラジオン

ATK1000→1800

 

 

 これで『D・ラジオン』の攻撃力は下級モンスターの中でも遜色無い攻撃力となった。しかしこの攻撃力の上昇を計算に入れずにワンターンキルの宣言がされていることを考えると、おそらく手札には攻撃力上昇系の装備魔法とアタッカーとなる別のモンスターを握っているのだろう。

 龍亞の残りの手札は4枚。その内1枚を攻撃力上昇系のカード、もう1枚をアタッカーとなるモンスターとするならば、あとの2枚の内の少なくとも1枚はこのセットカードに対応するカードのはず。仮に『D・モバホン』の効果を失敗していてもワンターンキルが出来る手札となると、俺の場のサイレント・マジシャンの攻撃力1500を突破してライフを削りきるには最低でも攻撃力5400のモンスターを用意しなければならない。しかしそれを2枚の手札で実現するのは不可能なはずだ。かと言って手札を3枚それに割けば1枚で俺の妨害に対応しなければならない。『大嵐』を除いてそのようなカードがあるのか、俺は甚だ疑問だった。

 

「どんどんいくよ〜! マジックカード『ジャンクBOX』を発動! このカードは自分の墓地から”D”と名のつくレベル4以下のモンスター1体を選択して特殊召喚出来るんだ! 呼び出すのは『ワン・フォー・ワン』のコストで墓地に送っておいた『D・ボードン』! 攻撃表示でふっか〜つ!!」

 

 墓地から引き上げられたのは白のスケートボード。ボードの部分は一切変形しなかったが、ローラーの付いている面が変形し前輪が腕に、後輪が脚になって人型に変わった。二足歩行をするその姿はボードを背負った人のように見える。

 

 

D・ボードン

ATK500→1300  DEF1800

 

 

「『D・ボードン』が攻撃表示で存在する時、自分の場の“D”モンスターは相手にダイレクトアタックが出来る。これでワンターンキルの布陣は整ったぞ!」

 

 なるほど、初めから狙いはこれか。確かにこれならば『D・ラジオン』がなくとも、後はアタッカーとなるモンスターの攻撃力が3400もあれば事足りる。それに今となっては場のモンスターの攻撃力の合計は4000。何も出さずとも俺のライフを削りきれる。ただ、このままバトルに入るなら俺の伏せた『聖なるバリア -ミラーフォース-』が黙っちゃいない。これを一体どうやってかいくぐってくるのか。

 

「ふふっ、ただあんまりいっぱい攻撃しちゃうと苦しいだろうからね。一発で決めてあげるよ」

「あ〜あ、すっかり調子に乗っちゃって……」

 

 得意げな表情でそう宣言する龍亞。そして流れるように残り3枚となった手札の内の1枚に手をかけると、それをデュエルディスクの上に乗せた。

 

「ここで! さらに俺は『D・ラジカッセン』を攻撃表示で召喚!」

 

 ボディが赤のラジカセがモバホンとボードンの間に現れると、それも変形し人型へと姿を変えた。さらに場のラジオンの効果を受け体から電気を迸らせる。

 

 

D・ラジカッセン

ATK1200→2000  DEF400

 

 

 これでラジカッセンの攻撃力は下級モンスターの中でも高打点と言える域に達した。さらにラジカッセンは攻撃表示で場に存在する時、二回の攻撃が可能となるモンスター。これで確かに4000のライフを一体のモンスターで削りきる事は可能になった。

 ここまでの使った手札は『ワン・フォー・ワン』、『ジャンクBOX』、『D・ボードン』、『D・ラジカッセン』の4枚。俺の予想が当たっているならば残り2枚のうちの1枚は攻撃力を上昇させるカードのはず。しかし最後の1枚で一体どうやって俺の妨害札を封殺してくるのかが読めず焦りだけが募っていく。

 

「さらに装備魔法『団結の力』を『D・ラジカッセン』に装備! この『団結の力』の効果で装備モンスターは自分の場のモンスターの数×800ポイント攻撃力がアップする! 俺の場のモンスターは4体! よって攻撃力が、えっと、えっとぉ……」

「はぁ……3200でしょ」

「そう! 3200ポイントアーップ!!」

「…………」

 

 『団結の力』の効果を受けた『D・ラジカッセン』の大きさは一気に2倍以上に膨れ上がり、体からは常に電気が迸っている。溢れるエネルギーが抑えきれていないと言った様子だ。

 

 

D・ラジカッセン

ATK2000→5200

 

 

 ここまでは予想通り。問題はここからなのだ。

 これで残り1枚の手札で俺のセットカードに対応しなければならない。『サイクロン』や『ナイトショット』など魔法・トラップを1枚破壊するカードを1枚では俺のセットカード2枚を対処する事は不可能。いや、『聖なるバリア -ミラーフォース-』をそれで破壊された場合、攻撃の順番次第ではワンターンキルは成立するか。しかしそれならばモンスターを展開する前に発動するのが定石。

 モンスターの破壊を防ぐ『我が身を盾に』ならばこの状況は納得がいくが、それでは俺のもう1枚のセットカードをカバーしきれていない。

 楽しげにデュエルを進めていく龍亞だが、その裏で彼が一体何を企んでいるのかが読めず俺は混乱していた。

 

「よぉーしっ! これで終わりだぁ! 『D・ラジカッセン』でダイレクトアタァック!!」

 

 何のためらいもなく行われた攻撃宣言。

 それに従い『D・ラジカッセン』は体から溢れ出ている電気をその両腕に集めていく。

 高圧な電流が弾ける音が大きくなっていくにつれて、その両腕に集められた電気の輝きは膨れ上がっていく。攻撃力5000オーバーのモンスターの攻撃前の圧の凄まじさを改めて感じる。

 腕に集められた電気はやがて手に収束していき、両手にサッカーボール程の光球まで圧縮されていった。そして電流が弾ける音が止んだ時、隣の『D・ボードン』が動き出した。

 スケートボード形態になった『D・ボードン』は『D・ラジカッセン』を上に乗せると勢いよく上空へと飛び上がる。その高度はおよそ5メートル程。さらにそこから『D・ラジカッセン』はジャンプする事でより高度を稼いでいく。そして一般的な一戸建ての家の高さを軽く超えるくらいの高さから『Dラジカッセン』は勢いよく右手の光球を投げ下ろしてきた。

 俺目掛けて向けて落ちてくる光球は落下につれて段々とそのサイズを膨らませているのが見てとれる。

 龍亞の様子を見れば既に勝利を確信したとばかりに余裕の笑みを浮かべていた。

 既に大人が抱えきれない程の大きさまで膨れ上がった光球が頭上に迫っている。最早迷っている時間は残っていない。俺は咄嗟の判断でカードを発動させていた。

 

「と、トラップ発動! 『魔法の筒』! 相手の攻撃を無効にし、その攻撃力分のダメージを相手に与える!」

 

 

 俺と光球の間に人が軽く三人は入れてしまうような巨大な筒が二つ出現する。一方は入り口を光球と向かい合うように、もう一方はその入り口を龍亞に向けて。

 衝突が起こったのはその直後だった。

 筒ごと俺を押し潰そうとする光球とその光球を吸い込もうとする筒のせめぎ合い。筒の口径よりも巨大な光球だったが、ゆっくりと筒の口径に収まるように圧縮されていき最後はすっぽりと中に飲み込まれていった。

 

「へっ?」

 

 その光景を見て間抜けな顔をさらす龍亞。

 一瞬見えたその表情も眩い光に寄って見えなくなった。龍亞に向けられていた筒から先程吸い込まれた光球が放たれたのだ。

 二つの筒は決して物理的に繋がっている訳ではないのだが、片方の筒で受けた攻撃がなぜかもう片方の筒から飛び出していく。まさに魔法の筒である。

 さて、これを龍亞はどうやって捌くのか。

 光球が進んでいくのを見ながら固唾を呑んで見守っていると

 

「うわぁぁぁぁ!!!」

 

爆発と共に聞こえてきたのは盛大な悲鳴だった。

 

 

龍亞LP4000→0

 

 

 光が収まり龍亞がいた場所を見ると、そこには大の字で伸びている龍亞がいた。

 

「えっ……?」

 

 それがデュエル終了後の俺の最初の言葉だった。

 

 

 

———————―

——————

————

 

「こ、今度こそ! 俺のターン、ドロー!」

 

 初めのデュエルをしてからもう十回目のデュエルだろうか。龍亞と言う少年は既に十連敗を喫しているのにも関わらず俺にデュエルを挑み続けていた。

 このデュエル間俺が受けたダメージは僅かに600。

 しかし、それにも関わらず、この少年はめげること無く俺に戦いを挑み続けていた。いや、最初に負けたときは半泣き状態だったし、今も悔し涙を堪えている状態か。

 こうなったのも全ては俺の失言のせいなのだろう。

 

 

 

————————こんなものか……

 

 

 

 デュエルが終わった後、俺がそう呟いたのを聞かれてしまってからだ。デュエルが終わった直後は半泣きだった龍亞だが、なんとかその涙を引っ込め無理矢理作った笑顔でこう言ってきたのだ。

 

 

 

————————ね、ねぇ! も、もう一回! もう一回やろう!

 

 

 

 “挑まれたデュエルからは決して引かない”

 

 その信条があるため、そう言われたら俺に断るという選択肢はない。

 最初は“子どもの負けず嫌いならあと数回勝てば諦めるだろう”と思っていた。だが、実際はそうして今の今までこうしてデュエルを繰り返している。実力の差が圧倒的であることは目に見えているはずなのに。

 

「『D・ラジオン』を攻撃表示で召喚。効果で攻撃力が800ポイントアップする」

 

 今回のデュエルで最初に現れたのは黒の携帯ラジオ型の“D”モンスター。今日だけでこのモンスターの変形する姿はもう何度見た事か。

 

 

D・ラジオン

ATK1000→1800  DEF900

 

 

 初手で『D・ラジオン』をたてられるというのはギリギリ次第点と言った所だろう。一番の理想は初手でのシンクロ召喚まで漕ぎ着くこと。十回もやればそんな回もあったが、調子に乗って次のターンに何の警戒も無しに突っ込んできたので『次元幽閉』で処理させてもらった。悪いとは思っていない。

 

「これでターンエンドだよ」

 

 何も伏せないとは罠を初手では握れなかったか。

 これは案外手札事故が起きている可能性もあるな。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 と言ってもこちらの初手はあまり良くはないので、あまり偉そうな事を言えたものではない。

 まぁそれでも龍亞には十分厳しい盤面が整えられそうなのだが。

 

「『マジシャンズ・ヴァルキリア』を守備表示で召喚」

 

 白い光の魔方陣から出現したのは腰まで伸ばした艶のあるオレンジ色の髪の美少女。小顔で身長もそこそこ、手足も長く、出る所の出たその体型はまさに女性の理想なのだろう。肩や胸元、太ももを大きく露出させている特徴的なグリーンに寄ったブルーの魔術師の衣装は少々子どもには刺激が強いか。

 

 

マジシャンズ・ヴァルキリア

ATK1600  DEF1800

 

 

 『マジシャンズ・ヴァルキリア』の守備力は『D・ラジオン』の攻撃力と同等。相手の攻撃を防ぐには丁度いいカードだ。

 

「さらに永続魔法『強欲のカケラ』を2枚発動する」

 

 この札は初手に2枚も欲しくなかったものだった。デッキの性質上このうちの1枚は相手の行動を阻害する罠の方が良い。だがこのデュエルにおいてはそんな妨害する罠よりも重要なこのカードが引けたので文句はない。

 

「そしてフィールド魔法『魔法族の里』を発動」

「うぅ、またそのフィールド……」

 

 デュエルディスクにフィールド魔法を入れると周りの景色が変わっていく。

 太い木々が広い間隔で立ち並び、その根元や巨木の中には魔法使いが暮らす長閑な住居がいくつもある。鉄筋コンクリートで造られたビルや建物が建ち並ぶ普段の町並みと比べ、この里の景色は自然との調和を感じさせる優しさを感じるものだ。

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 そしてこのフィールドこそが龍亞とのデュエルで完封試合を重ねたキーカード。

 このカードは俺の場のみに魔法使い族が存在する場合、相手は魔法を使用できなくなるという効果を持つ。そして龍亞のデッキには魔法使い族が入っていないため、このカードを発動された場合は俺の場の魔法使い族を処理するか、このカードを破壊しなければ魔法を使えない。そうした状態の中では俺の妨害系の罠を破壊するような魔法カードを使用できなくなるため、結果こちらのモンスターを処理するトラップが直撃し、場ががら空きになったところを攻撃してあっさりと勝利、となるわけだ。実際にこれで4ターンで決着がつく事もあった。

 

「俺のターン! ドロー!」

 

 ただこのカードにはデメリットもあり、自分の場に魔法使い族が存在しない場合、今度は自分の魔法が封じられてしまう。

 しかも今回の伏せは相手の行動を妨害するカードではないので少々の不安を感じていた。

 

「『D・ラジカッセン』を召喚。ラジオンの効果でラジカッセンの攻撃力もアップする」

 

 龍亞が繰り出してきたのは『D・ラジカッセン』。

 『D・ラジオン』がいる中では下級モンスターの中でもトップクラスの攻撃力を誇るモンスターとなる。

 

 

D・ラジカッセン

ATK1200→2000  DEF400

 

 

 召喚反応系の罠がなかった事で安堵する龍亞の様子が表情の変化で見てとれる。

 

「バトルだ! 『D・ラジカッセン』で『マジシャンズ・ヴァルキリア』を攻撃!」

 

 迷いなくされた攻撃宣言。

 『D・ラジカッセン』は両手に集めた野球ボール程の電気の球を『マジシャンズ・ヴァルキリア』に向けて投げ放つ。『マジシャンズ・ヴァルキリア』はそれを魔法障壁で受けようとするが、それもあっさり砕かれ短い悲鳴を上げて破壊された。

 

「よしっ! これで八代お兄ちゃんの場から魔法使い族がいなくなったから、魔法が自由に――」

「甘い! 『マジシャンズ・ヴァルキリア』が戦闘で破壊された時、トラップカード『ブロークン・ブロッカー』を発動。元々の守備力が攻撃力よりも高い守備表示モンスターが戦闘で破壊されたとき、そのモンスターと同名モンスターを2体まで自分のデッキから表側守備表示で特殊召喚する」

 

 先程『マジシャンズ・ヴァルキリア』がいた場所の両脇に光の魔方陣が描かれ、そこから二人の『マジシャンズ・ヴァルキリア』が姿を現す。俺の前で互いの杖をクロスさせる二人はまるで俺を守っているようだった。

 

 

マジシャンズ・ヴァルキリア1

ATK1600  DEF1800

 

 

マジシャンズ・ヴァルキリア2

ATK1600  DEF1800

 

 

「『マジシャンズ・ヴァルキリア』は他の魔法使い族を攻撃対象に選べなくする効果を持つ。その『マジシャンズ・ヴァルキリア』が2体揃った今、魔法使い族への攻撃宣言は封じられる」

「そんな……」

 

 召喚反応型のトラップも攻撃反応型の妨害トラップもなく完全に油断が生まれた瞬間でのこの布陣に項垂れる龍亞。

 

「うぅ……ターンエンド」

 

 

 相変わらずセットカードは無し。これを見る限り今回もまたあっさりと勝負がつく可能性がある。

 ただそれでも龍亞の目にはまだ闘志が宿っていた。

 この時俺は単なる子どもの負けず嫌いでは無い何かを感じ始めていた。

 



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生一本

【貴方の髪、大丈夫?外に出るだけで髪はダメージを受けてるの。だから本当は毎日のケアが大切。だけど特別なお手入れなんていらない。私はこのシャンプーを使ってるわ。女性の髪の味方でありたい。makemagic】

 

 薬局のシャンプーのコーナーに設置された小型モニターからそんなコマーシャルが流されていた。

 画面に映るのは今をときめくデュエリストモデル、ミスティ・ローラ。艶のある腰まで伸びた黒髪、わずかに微笑むだけで妖婉さを醸し出す美貌に非の打ち所のないプロポーション、その上デュエルも出来ると言う事で様々なメディアに取り上げられている。

 

(私もこれを使ったら少しはアトラス様にアピール出来るかしら……)

 

 ついそんなことを考えていると自然に手が髪に伸びていた。

 これと言って特別なケアをしている訳ではないが、まだ自分の髪には艶がある方だと思う。ただこれがあと5年もすればそんな悠長なことを言っていられないかもしれない。やはり今うちからこのような髪へのダメージケアを考えた日頃のお手入れをしていた方が良いのだろうか。

 普段使ってるシャンプーは480mlで680円。いつも買ってるせいでもう値段を覚えてしまった。それより少し高いくらいなら試しに買っても良いかも知れない。そう思って普段は目にも止めない値札を確認してみることにした。

 

「……っ」

 

 思ったより高かった。

 550mlで1180円。

 880円ぐらいかと予想してたけど美容のための投資はそんなに甘いものでは無いようだ。 

 今日は八代君のための買い物をしてしまったせいで懐が寂しい。ここで500円の出費増をどう捉えるべきか。

 

「……」

 

 現在の時刻は16:03。

 幸い夕飯の仕込みは既にしてきてあるし、八代君の帰りは18:00頃になるらしいからまだ時間はある。多少ここで考える時間は取っても大丈夫だろう。

 少しこのシャンプーを買った時の事を考えてみる。まず仮にこれを買って私の髪の艶が劇的に良くなるわけでもない。もしもそうなったとしてもそれだけでアトラス様は私に興味を持たないだろう。同居人の八代君も同じような人種だし、仮に『どう?最近髪の艶良くなってない?私シャンプー変えたのよ』なんて振ったとしても、

 

『へぇ、シャンプー変えてたんですか。気づかなかったです』

 

だけで済まされそうだ。ここまでくると最早想像しているだけでも泣きそうになる。

 今度八代君に女の子の扱い方を教えてあげた方がいいかもしれない。じゃないと山背さんが苦労しそうだ。いや、もうしてるのかも……

 そう考えると彼女には親近感が湧く。お互い想い人の事で苦労しそうだ。

 っと、今考えるのはそれではない。このシャンプーについてだ。

 

「……」

 

 それからしばらく考えて、結局手に取ったのは普段使っているシャンプーだった。

 冷静に考えて気が付いたのだ。本当に髪のケアに着いて考えるのならキチンとリサーチをしてから買うべきだと言う事に。何もここでCMに流されて勢いで買う必要はない。我ながらよく思いとどまったと思う。

 賢い買い物をしていると自分を少し褒めながらレジの方へ向かう。

 レジは空いており店員は商品を選んでいる客にお買い得な商品情報を投げかけていた。

 

「いらっしゃいませ〜。ただいまデュエリスト応援キャンペーンを実施しています。CMにデュエリストを起用している商品にはポイント5倍をお付けしております」

「……っ!」

 

 ポイント5倍。

 これはかなり魅力的なワードが耳に入ってきたものだ。

 この店では500円につき1ポイントが付与される。この1ポイントにつき20円引きとなるので、実質4%の還元がなされている事になる。普段のシャンプーはキャンペーン対象外のため、付与されるポイントは1ポイント。つまり実質額は定価の20円引きの660円だ。

 対して迷ったあのシャンプーは普段なら2ポイントしか付与されないはずなのだが、キャンペーンの対象であるためその5倍の10ポイントが付与される。これにより実質額は200円引きされ980円となる。これは私の予想額の100円増しなだけ。増える負担は300円である。

 300円増しなだけならば買ってもいいかもしれない。

 私の中で意思が揺らぎ始める。

 だが今更このシャンプーを戻してあのシャンプーを持ってくるのもなんだかめんどくさい。

 なんとか迷いを振り切りいよいよレジに入ろうとした時、店員がさらに商品の情報を続けた。

 

「期間限定でジャック・アトラスのクリアファイルをお付けしています。数量は残り僅かのためお求めの際はお早めに」

「…………くっ」

 

 それは……ズルい。

 最後の最後で店側の術中にまんまと嵌ってしまった私はこの日いつもより500円増えたレジを眺めることになった。

 

 

 

————————

——————

————

 

龍亞LP4000

手札:5枚

場:『D・ラジオン』、『D・ラジカッセン』

セット:無し

 

 

八代LP4000

手札:1枚

場:『マジシャンズ・ヴァルキリア』×2

フィールド:『魔法族の里』

魔法・罠:『強欲なカケラ』×2、

セット:無し

 

 

 

「俺のターン、ドロー。ドローフェイズ時に通常ドローをする度に、『強欲なカケラ』には強欲カウンターが一つ置かれる」

 

 

強欲なカケラ1

強欲カウンター0→1

 

 

強欲なカケラ2

強欲カウンター0→1

 

 悪くないカードを引いた。

 これで俺の手札は2枚。対する龍亞は5枚と手札の枚数は不利な状況にある。だが次の龍亞のターンさえやり過ごせば『強欲なカケラ』の効果で手札を大幅に回復できる。この2ターンが正念場だ。

 ここまでカードをセットしてこない事を考えると、おそらく手札はモンスターと『魔法族の里』で封じられている魔法カードのみのはず。この布陣と手札ならいけるか。

 

「俺は『サイレント・マジシャンLV4』を召喚」

 

 今日だけで何回この姿を見ただろうか。機械的に繰り返されるサイレント・マジシャンが光り輝く魔方陣から出る様を。

 山背静音として実体化しているサイレント・マジシャンがここで出るならば、登場のモーションにも変化があるのだが、生憎今日一日彼女はギャラリーだ。些細な変化も望めない。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK1000  DEF1000

 

 

 サイレント・マジシャンは初手から握っていたのだが、如何せん初期のステータスは心許ない。けれど『マジシャンズ・ヴァルキリア』2体でロックが決まっているこの状況なら、彼女に魔力カウンターを乗せて能力を引き上げるターンを稼ぎやすい。この流れは非常に良好だ。

 

「カードを1枚セットして、ターンエンドだ」

「俺のターン! ドロー!」

「相手がドローした時、『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターが一つ乗る。そして『サイレント・マジシャンLV4』は自身に乗った魔力カウンターの数×500ポイント攻撃力を上昇させる」

 

 魔力カウンターが1つ溜まった事でサイレント・マジシャンの姿が少し成長する。ただその姿も普段の彼女の成長した姿にはまだ遠い。ただ両脇に立つ『マジシャンズ・ヴァルキリア』がそんな彼女を守っているため、安心して彼女の成長を見守れる。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター0→1

ATK1000→1500

 

 

 さて、魔法を封じられ、攻撃も封じられたこの状況の中で何をしてくるのか。

 手札が6枚もあればどうとでもなりそうな気がするところだが、先のターンまでを見る限り既存の5枚の手札ではそう上手くはいかないようだ。いや、『マジシャンズ・ヴァルキリア』2体のロックが完成したのは龍亞が召喚権を行使した後だったから、既存の手札にまだこの場を打開するモンスターがある可能性はある。それかこのドローで何かを引き込んだかは分からないが。

 

「『D・モバホン』を召喚」

 

 それは迷いのない一手だった。

 龍亞の場に新たに黄色い携帯電話が変形して人型となったロボットが現れる。『D・モバホン』は『D・ラジオン』が体から放出する電気を浴び能力を高めていた。

 

 

D・モバホン

ATK100→900  DEF100

 

 

 ここで『D・モバホン』を召喚となると、モンスターでの解決はいよいよこれの不確定な効果に頼らざるを得ない状況のようだ。ただ不確定効果だからと言って侮る事は出来ないのがこいつの効果である。もしここで除去効果持ちの“D”モンスターなどを出されようものなら、一瞬でフィールドを瓦解されかねない。ここでこの効果を止める術がないのが悔やまれる。

 

「『D・モバホン』の効果。1ターンに1度、ダイヤルの1から6で止まった数字分のカードを捲り、その中にレベル4以下の”D”モンスターがあれば特殊召喚出来る! ダイヤル〜……オーンッ!!」

 

 龍亞の目には不安の色はない。それは必ず効果が成功すると確信しているからか、それとも単に失敗する事を考えていないだけか。どちらにせよ言えるのはこんな真っすぐした目をした奴に限って必ず土壇場で何かしでかすという事だ。

 

「3に決まった! よってデッキの上から3枚カードを捲る! ん〜よしっ! その中にあった『D・ボードン』を特殊召喚だ!」

 

 スケートボード型のロボットが新たに龍亞の場に呼び出される。

 

 

D・ボードン

ATK500→1300  DEF1800

 

 

 やはりきたか。

 ここにきての『D・ボードン』はまさに起死回生の一手だ。なぜなら……

 

「『D・ボードン』が攻撃表示で場にいる時、自分の場の”D”モンスターはダイレクトアタックできる!」

 

 そう、『マジシャンズ・ヴァルキリア』のロックは魔法使い族への攻撃を防ぐものであってダイレクトアタックを防ぐ事は出来ない。故に『D・ボードン』が場に出た今、龍亞はこのロックを破る事無く俺のライフを削る事が可能になった。

 そして龍亞の場の“D”モンスターの攻撃が全て通れば、8000のライフが削られる。初期ライフが8000でもワンターンキルの成立だ。

 『魔法族の里』の効果で魔法を封じられているせいでもあるだろうが、手札を5枚まだ残してこの布陣を整えるとはなかなか見事なものである。ここまでのプレイングは少なくとも非の打ち所がない。一番最初のデュエルからは見違える程の進歩と言えよう。

 そしてこの並びは一番最初のデュエルでも見たものでもある。

 

「『D・モバホン』でダイレクトアタック!」

 

 『D・モバホン』は『D・ボードン』の上に乗ると上空に大きく飛び上がる。

 狙いは俺。

 『D・モバホン』はそのまま右足を突き出して全体重と上空からの位置エネルギーを最大限に利用したライダーキックを放ってきた。

 最初の『魔法の筒』での失敗からきっちり学び取ったようで、低い攻撃力のモンスターからの攻撃を選択したのも良い判断だ。だが、今回は運が無かったようだ。

 一番最初のデュエルで、もしも龍亞が最初の攻撃モンスターをこうやって選んでいたら発動していたであろうあのカードを俺は発動した。

 

「相手モンスターの攻撃宣言時、トラップカード『聖なるバリア-ミラーフォース-』を発動! 相手の場の攻撃表示モンスターを全て破壊する!」

 

 俺を守るようにシャボン玉の膜のような薄いバリアが張られる。これに触れたら最後、その攻撃は拡散して相手の攻撃表示モンスター全てに降り注ぎそれを破壊する。攻撃表示モンスターを並べて仕掛ける時に最も警戒しなければならない凶悪なトラップカードだ。

 もう攻撃宣言を受け攻撃に入っている『D・モバホン』の動きは止まらない。このままバリアに直撃して爆散する。そう思っていた俺だがしかし、それは龍亞の予想外のカードによって覆された。

 

「て、手札から『ガジェット・ドライバー』の効果を発動! 手札のこのカードを墓地に送って、自分の場の表側表示の”D”モンスターを任意の数選んで、その表示形式を変更する! これで場の”D”モンスター全ての表示形式を攻撃表示から守備表示に変更!!」

「ほぅ……」

 

 『D・モバホン』がバリアに触れるまさに直前、その人型の形状から黄色い携帯電話の形状に変化した事で攻撃は阻止された。さらに場にいた『D・ラジオン』はラジオに、『D・ラジカッセン』はラジカセに、『D・ボードン』はスケートボードに早変わりした。

 

「ふぅ〜危なかったぁ……『D・ラジオン』が表側守備表示の時、自分の場の”D”モンスターの守備力は1000ポイントアップする。これでターンエンドだよ」

 

 右手で額の汗を拭う動作をしながらターンエンドを告げる龍亞。

 

 

D・ラジオン

ATK1800→1000  DEF900→1900

 

 

D・ラジカッセン

ATK2000→1200  DEF400→1400

 

 

D・モバホン

ATK900→100  DEF100→1100

 

 

D・ボードン

ATK1300→500  DEF1800→2800

 

 

 まさか『聖なるバリア-ミラーフォース-』にまで対応する札を持っているとは。今の咄嗟の判断は完璧だったと、内心俺は舌を巻いていた。

 

「俺のターン、ドロー。通常ドローを行った事で『強欲なカケラ』に強欲カウンターが1つ乗る」

 

 まぁだがこれで当初の目標通りさっきのターンを凌ぎきれた訳だ。攻撃を防げたと言う点では『聖なるバリア-ミラーフォース-』は役目を果たしてくれた。十分だ。

 

 

強欲なカケラ1

強欲カウンター1→2

 

 

強欲なカケラ2

強欲カウンター1→2

 

 

 ただ唯一の誤算があるとすれば龍亞の場に並んだ守備表示状態の4体の“D”モンスターである。これはこれでこちらのロック程では無いがなかなかに強固な布陣だ。

 “D”モンスターの守備力を底上げする『D・ラジオン』もそうだが、まず厄介なのは『D・ボードン』。あれが守備表示で場にいる限り場の他の“D”モンスターは戦闘では破壊されなくなる。加えてあれ自身『D・ラジオン』のせいで守備力が2800まで跳ね上がっているため現状突破する事は不可能。さらにたとえあの守備力を上回る事が出来たとしても、『D・ラジカッセン』が守備表示で場にいる時、“D”モンスターを対象とする攻撃を一度だけ無効にできるため、その攻撃は通らないだろう。

 現状の手札1枚ではどうしようもない所だ。だが、

 

「強欲カウンターが2つ以上乗った『強欲なカケラ』を墓地に送る事でカードを2枚ドローする。俺は場の2枚の『強欲なカケラ』を墓地に送り、合計4枚ドローする」

 

カードを4枚も増強できるのなら、何の問題も無い。

 新たに加わった手札4枚を見て、瞬時に俺の取るべき選択が脳内に思い浮かぶ。

 

「速攻魔法『月の書』を発動。場のモンスター1体を裏側守備表示に変更する。俺が選ぶのは『D・ボードン』」

「あぁっ!? ボードンがぁ! もしかしてボードンの守備表示のときの効果知ってたの?」

「あぁ」

「くっそー! 驚かそうと思ってたのにぃ!!」

「残念だったな。俺は『見習い魔術師』を守備表示で召喚。このカードの召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、場の魔力カウンターを置く事の出来るカードに魔力カウンターを一つ乗せる。この効果で『サイレント・マジシャンLV4』の魔力カウンターを一つ増やす」

 

 『マジシャンズ・ヴァルキリア』の右に現れた小さな魔方陣から小柄な魔術師が飛び出す。見慣れた短いロッドをサイレント・マジシャンに向けると拳大の緑の光球が放たれる。その光球はサイレント・マジシャンの胸元に吸い込まれるとその姿をまた一回り成長させた。

 

 

見習い魔術師

ATK400  DEF800

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター1→2

ATK1500→2000

 

 

 さて、これで準備は整った。

 ボチボチ反撃と行こうか。

 

「バトルだ。『マジシャンズ・ヴァルキリア』で『D・ラジカッセン』に攻撃」

 

 攻撃命令に従い『マジシャンズ・ヴァルキリア』は杖に緑色に輝く魔力を集めるとそれを大きなバランスボール程の大きさの球状にして『D・ラジカッセン』目掛けて放つ。

 

「させないよ! 『D・ラジカッセン』の効果発動!」

 

 龍亞の宣言の直後、ラジカセの状態の『D・ラジカッセン』のスピーカーから腹の底に響く重低音が発せられる。『D・ラジカッセン』に直撃すると思われた『マジシャンズ・ヴァルキリア』の攻撃はそれにより意図の簡単に掻き消された。

 

「へへっ! ラジカッセンは表側守備表示で場に存在する時、”D”モンスターを対象にする攻撃を1度だけ無効にできるんだ!」

「だがこれで『D・ラジカッセン』の効果をこのターン使う事は出来なくなったな。『サイレント・マジシャンLV4』で『D・ラジオン』を攻撃」

 

 得意げな表情を浮かべている龍亞に畳み掛けるように『サイレント・マジシャンLV4』に指示を出す。『サイレント・マジシャンLV4』は無機質な動きで杖から白く輝く魔力の波を『D・ラジオン』に放った。携帯ラジオ状態のラジオンはその光に抵抗も見せずに飲まれ消えていった。

 

「あぁ、ラジオンが……」

「『D・ラジオン』が破壊された事で守備力は元に戻る」

 

 

D・ラジカッセン

DEF1400→400

 

 

D・モバホン

DEF1100→100

 

 

「『マジシャンズ・ヴァルキリア』で『D・モバホン』を攻撃」

 

 まだ攻撃権を残している『マジシャンズ・ヴァルキリア』の攻撃で展開の基盤である『D・モバホン』も破壊される。

 

「……!」

 

 ここで己のプレイミスに気が付いた。つい『見習い魔術師』を守備表示で出してしまったが、『見習い魔術師』も攻撃表示で出しておけば『D・モバホン』を『見習い魔術師』で攻撃して、『マジシャンズ・ヴァルキリア』の攻撃を『D・ラジカッセン』に当てる事が出来た。同じような内容のデュエルを十回も続けたせいか惰性でプレイしてしまっている。猛省せねば。

 

「カードを2枚伏せる」

 

 だが、一方の龍亞は徐々にプレイングが洗練されている。そして戦況がひっくり返されたこの状況でも尚その瞳には闘志を感じる。最早ここまでくると子どもの負けず嫌いではないと確信できた。しかしそうならば一体何故俺にデュエルを挑み続けるのか、理由が分からない。まさかこのまま続けていればいずれは勝てるかもしれないなどとは思っていまい。いや、案外そうなのか? まぁ理由はどうあれ挑まれ続ける限り俺はそれに応えるのだが、少々理由が気がかりだ。この際本人に直接聞いてみても良いかもしれない。

 

「俺はこれでターンエンド。次のターンに移る前に一つ聞いても良いか?」

「ん? 何?」

「ここまで連敗を繰り返して、どうして俺にデュエルを挑み続けるんだ?」

 

 

 

————————

——————

————

 

「…………」

 

 もう日が地平線にかかりかけている。

 気温も下がってきているのを肌で感じるけど、私はジンワリと変な汗をかいていた。

 こうなっているのは今も目の前で繰り広げられているマスターと龍亞君のデュエルが原因だ。

 最初のマスターと龍亞君のデュエルはマスターの圧勝だった。

 いや、最初だけではなく続くデュエルも全てマスターの圧勝だった。少しずつ龍亞君も良いデュエルをするようになってきたけど、相手が悪過ぎた。すべてのデュエルでマスターが受けたダメージは『D・チャッカン』のモンスター効果による600ダメージのみ。マスターの召喚反応型のトラップ及び攻撃反応型のトラップにより龍亞君のモンスターの攻撃は一切通っていない。

 普通だったらこんな負け方を繰り返していたら心が折れそうなものだが、龍亞君はマスターに挑み続けている。それは凄い事だと思うけど、そんな子を相手に全く手を抜かずにデュエルをし続けるマスターもある意味凄い。

 そんな光景をいつものようにマスターの傍らで見ているだけだったら別に問題なかった。そう、いつものようなら……

 

「…………」

「…………」

 

 私の隣では龍亞君の妹の龍可ちゃんもこのデュエルを見ている。

 正直龍亞君に容赦なくデュエルをするマスターの事をどう思われているのか隣に居てもう気が気じゃない。初ターンでマスターが『魔法族の里』を張った時点でこのデュエルも嫌な予感がしていたが、さらにその後涼しい顔をしながら『マジシャンズ・ヴァルキリア』ロックを決めるマスターを見て私は嫌な汗が止まらなかった。何時ぞやの地下デュエルの時の汚い言葉遣いのMCはマスターの事をマゾとか煽っていたが、どう考えてもマスターはデュエルに関して言えば一切の容赦がないドSだと思う。

 そのロックを乗り越えて直ぐにマスターに攻撃を仕掛けた龍亞君は良い動きをしたと思うけど、やはりマスターのトラップの前ではその攻撃は阻止されてしまった。ただ『聖なるバリア-ミラーフォース-』に対して瞬時に『ガジェット・ドライバー』で対応したのは驚いた。

 『ガジェット・ドライバー』のおかげで龍亞君の場にはなかなか強固な守りが出来ていると思うが、相手はあのマスターだ。このターンに『強欲なカケラ』2枚の効果を使って5枚の手札を増やすのなら間違いなく攻勢に出るだろう。それは喜ぶべき事だけど、またさらにこの空気が居辛くなると思うと正直複雑だ。まさかこんな事になるとは……ため息が出そうだ。

 

「……ごめんなさい」

「……?」

「龍亞が八代さんをこんなに付き合わせてしまって」

「い、いや、良いんだよ! ます……じゃなかった! や、八代君が好きでデュエルを受けてるんだから。私も今日は八代君に付き合う予定だったし。それに謝るのはこっちだよ! 八代君、手加減とか出来ない人で……その……」

「あぁ、それは気にしないで下さい。そうやって全力でぶつかってくれた方が龍亞のためにもなりますから。寧ろこのくらいボコボコにしてもらった方が龍亞には良い薬になるかもしれないし……」

「あ、あはは……龍可ちゃんって龍亞君には手厳しいんだね」

 

 意外にもマスターのプレイに不快感も示さず、それどころか龍亞君に対して厳しい龍可ちゃんを見て思わず乾いた笑いが出てしまった。

 そんなやり取りの中、マスターが『月の書』から攻勢に出た。しかし『見習い魔術師』を攻撃表示で出さなかったのはどうしてだろう? まさか反撃された時のダメージを負うリスクを恐れるような人ではないと思うし。これも戦略の内なのかな。

 

「八代さん、流石に龍亞の相手をし続けるのは疲れてしまったみたいですね」

「……どうしてそう思うの?」

「八代さん、『見習い魔術師』を攻撃表示で出してれば龍亞のモンスターを『D・ボードン』以外全て破壊できたのに、そうしてません。確かに『見習い魔術師』は攻撃力が低いモンスターですけど、『マジシャンズ・ヴァルキリア』を2体並べて龍亞の攻撃を封じている状況で八代さんがそのリスクを恐れるとは考え辛いです。八代さんが手を抜くのは考えられませんし、そうなると疲れからのプレイングミスかなと思って」

「やっぱり龍可ちゃんもそう思う? 一応八代君の事だからそれも踏まえて何か考えがあるのかとも思ったんだけど」

「うーん、その線は薄そうですね。龍亞のモンスターを残してまで採るべき戦術は少なくとも私には考えられないです」

「そうだよね。だとしたら龍亞君凄いかも。八代君を疲れさせてプレイミスさせた人なんて今まで見た事無いよ」

 

 そう思うのと同時に私は別の事にも感心していた。

 それは龍可ちゃんが一瞬でマスターのプレイミスを看破していた事だ。龍亞君のデュエルの腕はまだ未熟な部分が多いけど、三歳の時に出場したデュエルキッズ大会の決勝まで行った龍可ちゃんの実力は伊達ではないのだと改めて思わされる。

 

「はぁ……それを凄い事と言って良いのでしょうか。私はむしろ龍亞のしつこさに呆れますよ。それで八代さんに迷惑をかけて……これが終わったら謝りにいかないと。元を正せばこうなったのは私のせいなんだから……」

 

 最後の消えそうな龍可ちゃんの呟きを確かに私は聞き逃さなかった。

 顔を陰らせて俯く龍可ちゃんの姿は悲しげで、ほっとけなくて、気が付けば龍可ちゃんの心に踏み込むように言葉が出ていた。

 

「……どうしてかな?」

「…………」

「……あぁ!別に話し辛かったら話さなくても良いんだけど……」

「……いえ、聞いて下さい。私、昔から体が弱くて、そのせいで龍亞には一杯迷惑かけてるんです。デュエルアカデミアに通いたいはずなのに通信教育を受けているのも、毎日外に出て友達とデュエルしたいはずなのに家に籠っているのも、全部私のせいなんです。別に龍亞一人でデュエルアカデミアに通ったり、外に出て遊んできても良いって私は言ってるんですけど、そう言う時だけ“いいよ。だってやっぱ龍可と一緒の方が面白いじゃん!”なんて言うんですよ。普段はわがままな癖に」

「それは……良いお兄ちゃんじゃない?」

「はい……そう思います……だけどっ! 私がこんなじゃなかったら! きっと龍亞も他にいっぱい友達が出来て、いっぱいデュエル出来るはずだったのに! 私が重荷になってるせいで龍亞はデュエルが満足に出来なくて、だからこんなに八代さんにしつこくデュエルをせがむ事に……」

「……本当にそうなのかな?」

「え……?」

「ほら? 丁度、龍亞君が何を思ってデュエルをしてるか話すみたいだよ?」

 

 

 

————————

——————

————

 

「俺の目標はキングになる事って言ったよね。いつもテレビで活躍するジャックに憧れてた。いつかは俺があの舞台でキングとしてデュエルするんだってずっと思ってたし、デュエルにはあれでも自信あったんだ」

「…………」

「けど、今日初めて八代兄ちゃんとデュエルして、呆気なく負けて……ショックだった。滅茶苦茶悔しかったし、もう泣きそうだったよ。俺の持ってた自信なんて木っ端微塵さ。だけど八代兄ちゃんが“こんなものか……”って言ったのが聞こえて、咄嗟に失望されたくないって思ったんだ。だからあの時気が付いたらもう一回デュエルを挑んでた」

「……それで俺に失望されたくないがために今もデュエルを?」

「ううん。それだけじゃない。デュエルをしていくうちに思い出したんだ。八代兄ちゃんと初めて会ったときの事を」

「初めて会ったときの事?」

「うん。初めて八代兄ちゃんに会って、あの怖い人たちから助けてもらった時、俺思ったんだ。スゲぇって。どんなに状況が悪くてもデュエルに向かい続ける姿がカッコ良いって」

「…………」

「それを思い出したら、気付いたんだ。今俺はジャックと同じように俺が憧れたデュエリストとデュエル出来てるんじゃん、ってね。そう考えたらこれは自分が強くなるチャンスだって思ったんだ。八代兄ちゃんみたいに強いデュエリストとデュエルすれば、どうデュエルしたら強くなれるのか分かる気がして。それがデュエルを挑み続けてる理由かな」

 

 龍亞が語った俺にデュエルを挑み続ける理由。

 蓋を開けてみればなんて事はない、あったのはただ純粋にデュエルが強くなりたいと言う向上心だった。そんなものも見抜けないとは、やはり俺はどうもこういった心の機微を感じ取るのが苦手なようだ。

 頬がわずかに緩む。

 だが、これは自嘲からくるものだけではない。

 まだ発展途上だが、こうしてデュエルを重ねるごとに成長を感じさせる一人のデュエリストとデュエルをしているのが楽しくなってきたからだ。

 

「……そうか、ありがとう。納得した」

「へへっ、どういたしましてって言うのはなんか変だね。寧ろこっちがお礼を言わなきゃ! ありがとう、俺とのデュエルを受け続けてくれて」

「礼には及ばない。言っただろう? 挑まれたデュエルは全て受けるのが信条だって。それにその言葉はデュエルが終わってからだろ?」

「そうだね。よぉーし! 今度こそ勝つぞぉ! 俺はジャックも八代兄ちゃんも超えて世界のキングになるんだ!」

「悪いが勝ちは譲れないな。それにジャックはともかく俺を超えさせる気は毛頭無い」

「くぅ、絶対一泡吹かせてやる……俺のターン! ドロー!」

「相手がカードをドローした事で『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターが一つ乗る」

 

 魔力カウンターが3つも乗ると『サイレント・マジシャンLV4』の姿はいよいよ普段のそれと変わらない。ただ尖り帽を外してコスチュームを制服に変えるだけで印象は大きく異なる。今日の学園デビューでも恐らくそっくりさん程度と思われている事だろう。今も龍亞、龍可共に大きなリアクションを見せていない。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター2→3

ATK2000→2500

 

 

 龍亞の手札は未だに5枚。これまでの龍亞の費やした3ターンの間は振り返ってみればただモンスターを召喚しただけ。今まで繰り返したデュエルを考えると恐らくこの『魔法族の里』の魔法封じのロックを割るキーカードを引いた途端、一気に動き出す事が予想される。果たしてここでそのキーカードを引けたかが勝負の分かれ目だ。

 そして龍亞から感じる徐々に高まる闘志にデッキが応えるのを俺は目の当たりにするのだった。

 

「よしっ! 来たぞ! 『D・パッチン』を召喚!」

「っ!」

 

 “パッチン”と言う名を与えられたのは紫色のスリングショット。黄色いゴムの取り付けられた部分は腕に、持ち手は二つに分かれ脚に、Y字の腕の分かれ目の部分からは頭が飛び出し見事な変形を果たす。

 

 

D・パッチン

ATK1200  DEF800

 

 

 俺にとって不運、龍亞にとっては幸運なことに『D・パッチン』に対する妨害の札を俺は持ち合わせていなかった。

 そしてこれが龍亞の反撃の始まりとなる。

 

「『D・パッチン』は攻撃表示の時、場の”D”モンスターをリリースして、場のカード1枚を破壊できる。この効果で場の裏側守備表示の『D・ボードン』をリリースして『魔法族の里』を破壊する」

 

 龍亞の場の裏側守備表示の『D・ボードン』のカードがサッカーボール程の光球に変化すると同時に『D・パッチン』が上空に飛び上がる。光球は追いかけるように『D・パッチン』のゴムへと勢い良く飛び出す。ゴムはギリギリと音をたてながら引き絞られ、5メートル程伸びきった頃だろうか。光球の飛び出した勢いは完全に0になった。そして当然、ゴムはその性質に従い引き延ばされた分だけ勢いをつけて元の長さに戻ろうとする。

 結果、光球は弾けるように地面目掛けて放たれた。丁度俺と龍亞の間ぐらいに光球は着弾すると、まるでガラスが砕けるようにそこから周りの穏やかな里の風景は罅が入り砕け散る。

 

「へへっ! これで魔法カードが使えるぞ! 装備魔法『D・リペアユニット』を発動! 手札の”D”モンスターを墓地に送り、墓地の”D”モンスターを選択し発動。選択したモンスターを特殊召喚してこのカードを装備する。俺は手札の『D・リモコン』を墓地に送って、今墓地に送った『D・リモコン』を攻撃表示で特殊召喚する」

 

 『D・パッチン』の横の地面に底の見えない黒い穴が空くと、そこから白のテレビリモコンが浮かび上がる。両サイドの真中くらいから銀色の金属の腕が伸び、下の両角部分がはずれ腕同様の細い銀色の金属に繋がれ脚となり人型に変形を終えた。上部の液晶部分に二つの円が表示されそれが目になっているようだ。

 

 

D・リモコン

ATK300  DEF1200

 

 

 『魔法族の里』は破られたが、まだ『マジシャンズ・ヴァルキリア』2体によるロックは未だに健在だ。それなのになぜ『D・パッチン』の効果のコストを『D・ラジカッセン』では無く『D・ボードン』にしたのかが疑問だった。『D・ボードン』を残せばダイレクトアタック効果も使え、『D・リペアユニット』で『D・ラジオン』を蘇生すれば場のモンスターの攻撃力の合計は俺のライフを削りきれたはずなのだが。またこれはプレイミスなのか。今回は人の事を言えないが。

 俺の疑問を他所に龍亞はターンを進めていく。

 

「『D・リモコン』の効果発動。1ターンに1度、自分の墓地の”D”モンスター1体を除外し、そのモンスターと同じレベルの”D”モンスターをデッキから手札に加える。除外するのは『D・ボードン』。ボードンのレベルは3だからデッキからレベル3の『D・マグネンU』を手札に加えるよ」

 

 ここでも龍亞のプレイに疑問を覚える。同じレベル3のモンスターを加えるなら後続の展開に繋がるチューナーモンスターの『D・スコープン』の方が良かったのではないかと。少なくとも『D・マグネンU』は攻撃表示の効果はデメリット効果のため活躍の場はないだろうし、守備表示の効果は『マジシャンズ・ヴァルキリア』の効果のそれと同じだが、ロックを成立させるには2体の『D・マグネンU』が必要となるためこの状況で加えるカードではないはずだ。

 残り手札3枚にこの選択をした答えがあるのだろうか。

 

「レベル4の『D・パッチン』にレベル3の『D・リモコン』をチューニング」

 

 『D・リモコン』の体が解け内から三つの緑光を放つ光輪を展開すると、その輪の中心目掛けて『D・パッチン』が飛び上がる。その最中『D・パッチン』の体もまた透けていき、体の内から四つの光球を解き放つ。

 レベルの合計は7。それが龍亞の唯一持つシンクロモンスターのレベルだ。

 

「世界の平和を守るため、勇気と力をドッキング!」

 

 連なる光輪の内側に四つの光球が直列に並んだ時、光の柱がそれを貫く。

 龍亞の高まる闘志に当てられてなのか、その光は今日一番の輝きを放っているように見えた。

 

「シンクロ召喚! 愛と正義の使者、『パワー・ツール・ドラゴン』!!」

 

 光の柱から姿を見せたのは体中が金属の装甲に覆われた機械竜。頭部、肩部、胸部、上腕部、翼部、臀部に脚部は堅固な黄色い金属の装甲が覆い、それらを繋ぐ部分は柔軟に動く螺旋状の銀の装甲で包まれている。そして目を引くのは『パワー・ツール・ドラゴン』が身に付けている装備だ。右腕には青いショベルカーのアームが接続され、左腕には巨大な緑色のマイナスドライバーが装着され、尻尾の先端にはシャベルが取り付けられている。まさに子どもがカッコいいと思うような工具が詰め込まれたような姿だが、それが凶器として向けられる立場になると少々恐ろしく見えるものだ。

 

 

パワー・ツール・ドラゴン

ATK2300  DEF2500

 

 

 『パワー・ツール・ドラゴン』。

 自身のステータスは然程高くないが、装備魔法をサーチする汎用性の高い効果を持つ。“D”でビートダウン用の装備魔法や専用の装備魔法をサーチするのは勿論、デュアル軸の植物族デッキなどでは展開の補助のための装備魔法をサーチするために使われる事もある。

 この世界で初めて見たが、その所持者が龍亞とはな。

 

「『パワー・ツール・ドラゴン』の効果発動! 1ターンに1度、デッキから装備魔法を3枚選んで相手に見せ、相手はその中からランダムに1枚を選ぶ。相手が選んだカードを手札に加え、残りをデッキに戻す。俺が選ぶのはこの3枚だ。行くぞー! パワー・サーチ!」

 

 龍亞の目の前に裏側で3枚のカードのソリッドビジョンが現れる。

 龍亞が選んで俺に見せたのは『団結の力』、『ロケット・パイルダー』、『ダブルツールD&C』の3枚。

 『団結の力』か『ダブルツールD&C』を使えば『パワー・ツール・ドラゴン』の攻撃力は『サイレント・マジシャンLV4』の攻撃力を上回る事が出来るし、『ロケット・パイルダー』を使えば『サイレント・マジシャンLV4』の攻撃力を大幅に削る事が出来る。どのカードを加えても『サイレント・マジシャンLV4』を戦闘で突破する事を目的にしているのが伺える。となると既に『マジシャンズ・ヴァルキリア』のロックを壊す札は握っていると考えるべきか。

 

「俺が選ぶのは真ん中のカードだ」

 

 真中を選んだ理由は当然直感。ランダムに配置されたカードを選ぶだけなので読み合いなどは介在せず気は楽だ。

 果たしてどのカードを手札に加えたのだろうか。

 

「マジックカード『D・スピードユニット』を発動。手札の”D”モンスターをデッキに戻してシャッフルする。戻すのは『D・マグネンU』」

 

 なるほど。

 『D・リモコン』の効果で『D・マグネン』をサーチしたのはこのためか。ここでようやく俺の中の疑問の一つが氷解する。結局の所、『D・リモコン』のサーチは『D・スピードユニット』発動のためのものだったようで、何をサーチしても良かったと言う訳だ。

 

「そしてフィールド上のカード1枚を破壊して、カード1枚をドローする。これで破壊するのは『マジシャンズ・ヴァルキリア』だ!」

 

 まさに龍亞が対象を宣言した瞬間だった。

 短い悲鳴と共に『サイレント・マジシャンLV4』の右に立つ『マジシャンズ・ヴァルキリア』が破壊された。一瞬視界を掠めた物体が恐らく『マジシャンズ・ヴァルキリア』に直撃したのだろうが、それの形を捉える事は出来なかった。流石は“スピードユニット”と言った所か。

 

「よしっ! これで『マジシャンズ・ヴァルキリア』のロックを突破したぞ!」

「相手がドローした事で『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターが増える」

 

 『サイレント・マジシャンLV4』の容姿が更に成長を見せる。背は少しだけ伸び顔つきも一段と大人びたものとなる。3年後ぐらいにはこんな姿になるのだろうか。ふと、そんなことを思った。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター3→4

ATK2500→3000

 

 

 しかしこの程度の攻撃力アップでは『パワー・ツール・ドラゴン』の効果で先程手札に加えられた装備魔法1枚でひっくり返されてしまう。

 

「装備魔法『ダブルツールD&C』を『パワー・ツール・ドラゴン』に装備。このカードを装備したモンスターは自分のターン、攻撃力が1000ポイントアップし、さらにバトルフェイズの間だけ攻撃対象にしたモンスターの効果を無効にするぞ!」

 

 『ダブルツールD&C』を装備した事で『パワー・ツール・ドラゴン』の姿も変化する。右腕に接続された青いショベルカーのアームは円刃の赤い回転ノコギリに、左腕に装着された緑色のマイナスドラーバーは巨大なドリルへと変化した。より殺傷能力の高い武器に変わったからだろう、攻撃力の上昇も頷ける。

 

 

パワー・ツール・ドラゴン

ATK2300→3300

 

 

 先程手札に加えられたのは『ダブルツールD&C』だったか。

 これで『パワー・ツール・ドラゴン』の攻撃力は『サイレント・マジシャンLV4』の攻撃力を上回った。だが俺の場の『マジシャンズ・ヴァルキリア』はまだ残っているため、最初の攻撃は『マジシャンズ・ヴァルキリア』に誘導される。『マジシャンズ・ヴァルキリア』を超える攻撃力のモンスターが『パワー・ツール・ドラゴン』しかいないこの状況では『サイレント・マジシャンLV4』を突破できない。

 残り手札2枚の内に『マジシャンズ・ヴァルキリア』を突破するカードがあるのだろうか。

 

「マジックカード『ジャンクBOX』を発動! 墓地のレベル4以下の”D”モンスター1体を特殊召喚する。『D・ラジオン』を攻撃表示で特殊召喚! 『D・ラジオン』が攻撃表示の時、場の“D”モンスターの攻撃力は800ポイントアップする」

 

 再び地面に真っ黒な穴が空くと既に人型の状態で『D・ラジオン』が場に復活する。

 

 

D・ラジオン

ATK1000→1800 DEF900

 

 

D・ラジカッセン

ATK1200→2000

 

 

 これで見事に『マジシャンズ・ヴァルキリア』を突破する布陣が整った訳だ。

 

「『D・ラジカッセン』を攻撃表示に変更! これでバトルだ! 『D・ラジカッセン』で『マジシャンズ・ヴァルキリア』を攻撃!」

 

 ラジカセ形態だった『D・ラジカッセン』は瞬時に人型に変形すると、両腕に電気を集め始める。それぞれの腕に集められた電気は手に圧縮され球が精製される。そしてその右手に集まった電気玉が『マジシャンズ・ヴァルキリア』目掛けて放たれる。

 それを真っ向から迎え撃つように『マジシャンズ・ヴァルキリア』も緑色の魔力を集めた玉を放つが、二つが衝突すると一瞬の拮抗の後に『D・ラジカッセン』の一撃が競り勝つ。そして勢いを殺さず飛来した電気玉が『マジシャンズ・ヴァルキリア』に直撃し爆散する。さらに『マジシャンズ・ヴァルキリア』が防ぎきれなかった超過分のダメージが衝撃となり俺に迫る。

 

「トラップカード『ガード・ブロック』を発動。その戦闘で発生するダメージを0にし、カード1枚をドローする」

 

 俺を覆うように透明の膜が出現し、戦闘の余波を見事に遮断する。

 たかが400のダメージなのでこのカードを発動するか一瞬迷ったが、今回はドローを優先した。それに里ロックが解除された今攻撃反応型の罠を抱えていても発動する前に破壊される可能性が高い。そしてここでのドローの判断は正しかったらしい。良いカードを引いた。

 

「へへっ! ついに八代兄ちゃんもミスしたね。今の『パワー・ツール・ドラゴン』と『サイレント・マジシャンLV4』の攻撃力の差は300だけど、『パワー・ツール・ドラゴン』が攻撃する時『ダブルツールD&C』の効果で『サイレント・マジシャンLV4』の効果は無効になる! つまり『サイレント・マジシャンLV4』の攻撃力は元に戻って2300の大ダメージだ! 『ガード・ブロック』を発動するならここだったね」

「いや、悪いがそうさせるつもりはない。トラップカード『立ちはだかる強敵』を発動。このターン、相手は俺の選択したモンスター以外を攻撃できなくなる。俺が選ぶのは『見習い魔術師』」

「くうぅ……じゃあ『パワー・ツール・ドラゴン』で『見習い魔術師』に攻撃! クラフティ・ブレイク!」

 

 『パワー・ツール・ドラゴン』の左腕に装着されたドリルが高速回転を始める。その先端を『見習い魔術師』に向けると、『パワー・ツール・ドラゴン』が飛来してきた。二体の距離は瞬く間に詰まる。

 『見習い魔術師』は緑光を放つ薄い膜のような結界を張るが『パワー・ツール・ドラゴン』のドリルの前にあえなく突破され破壊された。

 

「『サイレント・マジシャンLV4』は倒せなかったけど、これで『見習い魔術師』の効果は無効にできる!」

「残念だったな。『ダブルツールD&C』は墓地で発動するモンスター効果までは無効に出来ない。よって『見習い魔術師』が戦闘によって破壊され墓地に送られた時の効果は発動可能だ」

「えっ?!」

「この効果でデッキからレベル2以下の魔法使い族モンスター1体を場にセットする。俺がセットするのは『フルエルフ』だ。そして『立ちはだかる強敵』の効果で指定したモンスターが場を離れた事で、相手はこのターン攻撃を行う事は出来ない」

「くっそー!! 今度こそいけると思ったのに! カードを1枚セットしターンエンド! この時、『ジャンクBOX』で特殊召喚したモンスターは破壊される」

 

 どうやら限界を迎えたようで『D・ラジオン』は体から電気をピリピリ出して爆散する。それにより『D・ラジカッセン』に供給されていたエネルギーもなくなり攻撃力は元に戻った。

 

 

D・ラジカッセン

ATK2000→1200

 

 

 先の『ガード・ブロック』のドローで既にこのターンやる事は見えている。

 こんな状態だとドロー前にもかかわらずまだ余裕が感じられた。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 流石にここでもう一度『魔法族の里』を張り直せないか。

 まぁ別に悪いカードではない。次のターンに以降の防御札が確保できたので安心してターンを進める事が出来る。

 

「『フルエルフ』を反転召喚」

「『フルエルフ』……?」

 

 表になったカードから現れたのは口元まで隠れる紫黒のマントに身を包んだ金髪のエルフ。マントの下には緑色のビロードの礼服を羽織り、甲冑を身に付けサーベルを持っている様は騎士のようだ。

 

 

フルエルフ

ATK800  DEF1300

 

 

 このデッキで戦い続けて意図的に場に出したのは初めてか。

 1枚しか採用してない事もあるが、思えば今日手札に来たとしても壁モンスターとして場に出す事しか無かったな。龍亞が怪訝な顔をするのも無理はない。

 

「『フルエルフ』は1ターンに1度、手札のモンスター1体を相手に見せて発動できる。見せたモンスターのレベル分だけこのターンのエンドフェイズまでこのカードのレベルを上昇させる。俺が見せるのはこいつだ」

「げっ、『カオス・ソーサラー』……」

「『カオス・ソーサラー』のレベルは6。よって『フルエルフ』のレベルは8まで上がる」

 

 『フルエルフ』の能力はレベル調整能力のみ。シンクロ召喚のレベル合わせには使えそうだが、今まで依頼用のデッキに採用する事は無かったせいで家で埃を被っていたカードだ。

 このデッキでも役割を果たしていなかったが、ここに来て活躍の機会がやってくるとは、このデッキも龍亞の闘志に当てられたか。

 

 

フルエルフ

レベル2→8

 

 

 『フルエルフ』のレベルが上がった事よりも龍亞は俺の手札に控える『カオス・ソーサラー』を見て顔を青くしていた。

 最初は『カオス・ソーサラー』の能力も知らなかったようだが、デュエルを重ねる内にその能力を実際に目の当たりにした事で龍亞の記憶に刻み込まれたようだ。

 

「墓地の光属性モンスター『マジシャンズ・ヴァルキリア』と闇属性モンスター『見習い魔術師』を除外し、手札から『カオス・ソーサラー』を特殊召喚する」

 

 紫炎と光焔が交わる一柱の光の柱の中から漆黒の魔法装をはためかせながら一人の魔術師が姿を現す。上半身を大きく露出させるように衣装は切れ切れになっており、その体を縛めるように十字のベルトが締められている。

 

 

カオス・ソーサラー

ATK2300  DEF2000

 

 

 万が一の召喚反応などの妨害のトラップを警戒したが、それは杞憂だったようだ。だが警戒を緩める気は無い。デュエルを繰り返したが龍亞の40枚のカードを全て確認した訳ではないのだ。事実俺もまだ出して無いカードがある。

 

「『カオス・ソーサラー』の効果発動。1ターンに1度、場の表側表示のモンスター1体を除外する。俺が選ぶのは『パワー・ツール・ドラゴン』」

 

 『パワー・ツール・ドラゴン』の背後の空間に罅が入る。その罅が広がり大きく空間が砕けると『パワー・ツール・ドラゴン』がそこに引き込まれていく。そこから離脱しようとしているようだがもう間に合わない。抵抗も虚しく『パワー・ツール・ドラゴン』は『カオス・ソーサラー』の作った異次元へ続く穴に引きずり込まれ消えていった。

 

「『パワー・ツール・ドラゴン』……くっ! けど、この効果を使った『カオス・ソーサラー』はこのターン攻撃出来ないんだよね!」

「その通りだが、だからと言って安心するのはまだ早いぞ? このカードを特殊召喚するにはレベル6以上の魔法使い族モンスター2体をリリースする必要がある。俺はレベル8となった『フルエルフ』とレベル6の『カオス・ソーサラー』をリリース!」

「えっ、何?」

 

 『フルエルフ』、『カオス・ソーサラー』の魂が魔力に昇華され生まれた膨大な魔力が立ち上り緑色の光の柱と青い光の柱となる。天に昇る二本の光の柱の光量が増していくにつれ空に暗雲が立ち籠め辺りが暗くなっていく。そして二人の魔術師の魂がすべて魔力に変化されると二本の柱が一本に統合され黒い光を帯び始める。

 

「手札から『黒の魔法神官』を特殊召喚」

 

 黒い光の柱が弾けた。

 その中から現れたのは黒を基調とした魔法衣を身に纏った魔術師。魔法衣の縁には金色の装飾がなされ、浅黒い肌が垣間見える服の隙間からは鍛え上げられた筋肉が見てとれる。肩の高さまである先端に水色の宝玉が埋め込まれた深緑色の杖を片手で振り回すと、空から青白い雷が辺りに降り注ぐ。これが『サイレント・マジシャンLV8』に次ぐ攻撃力を持つ最高位の魔術師だ。

 

 

黒の魔法神官

ATK3200  DEF2800

 

 

 暗雲はゆっくりと霧散していった。

 今は力を抑えているが、場に現れるだけで天候さえも変えてしまう程の膨大な魔力は圧巻だ。

 

「こ、攻撃力3200……」

 

 只ならぬ雰囲気の『黒の魔法神官』を見て龍亞は一歩たじろぐ。味方だと心強いが、敵側からしたら受けるプレッシャーは並大抵のものでは無いだろう。

 これが今までのデュエルでまだ一度も出していなかった切り札。今まではこのカードを出す前にライフを削り切っていたため出す機会がなかったが、今回ようやく出番が回ってきたと言う訳だ。

 龍亞の場には攻撃表示の『D・ラジカッセン』とセットカードが1枚のみ。『サイレント・マジシャンLV4』と『黒の魔法神官』の攻撃が全て通れば俺の勝ちだ。

 

「行くぞ、龍亞。バトルだ。『黒の魔法神官』で『D・ラジカッセン』を攻撃」

 

 『黒の魔法神官』が杖を『D・ラジカッセン』に向けると先端の宝玉が一瞬輝く。そしてそれが攻撃の合図だった。

 杖のから吹き出した炎が地面を滑りなら『D・ラジカッセン』に迫る。炎の出力は見る見る上がっていき、あっという間に『D・ラジカッセン』を飲み込まんばかりに膨れ上がった。

 業火の猛る音が場を埋め尽くそうとした時、龍亞の声が矢のように返ってきた。

 

「かかったね! 相手モンスターの攻撃宣言時、トラップカード『聖なるバリア-ミラーフォース-』を発動!」

 

 『D・ラジカッセン』の前に展開されたシャボン玉の膜のようなバリア。それが『黒の魔法神官』の放った業火を遮る。濁流のように溢れる炎を受けても尚それは破れる様子を見せない。それどころか徐々にバリアが光輝き始め、まるでそのエネルギーを吸収するかのようだ。

 

「これで八代兄ちゃんの場の攻撃表示モンスターは全滅だぁ!」

 

 『黒の魔法神官』の放った炎の一撃が収まると、バリアに今まで蓄積していたエネルギーが光の矢のように『黒の魔法神官』、『サイレント・マジシャンLV4』に殺到する。

 これこそが幾万の耐性を持たないモンスターを屠ってきた凶悪なトラップだった。

 

「ふっ……」

 

 ここに来て龍亞も初めて見せるトラップを発動させた。

 

 だが、それも想定の範囲内の事。

 

 まるで『サイレント・マジシャンLV4』を守るかのように『黒の魔法神官』が前に出る。

 そこに二条の光が『黒の魔法神官』ごと『サイレント・マジシャンLV4』を射抜こうと迫るが、『黒の魔法神官』はたった一振り杖を振るうだけでそれを打ち消してみせた。

 さらに空いている左手を『D・ラジカッセン』の前に展開されているバリアに向け握りつぶす動作をしただけで、バリアは音をたてて砕け散る。

 

「えっ?」

「『黒の魔法神官』はトラップカードが発動した時、その発動を無効にし破壊できる」

「そんな……」

「よってバトルは続行される」

 

 俺の言葉にあわせるように『黒の魔法神官』が再び『D・ラジカッセン』目掛けて炎を放つ。

 龍亞の場にセットカードはもう無い。

 故になす術無く『D・ラジカッセン』の姿は業火に飲み込まれた。

 

「うぐぐっ!!」

 

 

龍亞LP4000→2000

 

 

 その余波を受け懸命に耐性を保ちきった龍亞だが、既に龍亞を守る壁モンスターは消えた。

 それはつまり……

 

「『サイレント・マジシャンLV4』でダイレクトアタック」

 

デュエルの最後となる攻撃を迎えた。

 『サイレント・マジシャンLV4』が放った膨大な量の光の波に龍亜が消えていく。

 

“やっぱ八代兄ちゃんは強いなぁ”

 

 最後にそんな呟きが聞こえたような気がする。

 

 

龍亞LP2000→0

 

 

 

————————

——————

————

 

 夕日がゆっくりと沈んでいく。

 そんな景色を龍亞は窓からぼんやりと眺めていた。いや、そうじゃない。きっと二人が帰ったシティの方を見ているのだろう。

 

「行っちゃったね」

「うん……」

「……しょげなくても良いんじゃない? またデュエルしてくれるって八代さんも言ってたし」

「…………」

 

 八代さんと静音さんが帰ってから龍亞はずっとこんな感じだ。難しい表情で考え事をしている。何を考えているかは察しがつく。八代さんが帰り際に龍亞に言った事についてだろう。

 別れる間際、八代さんは龍亞に言った事は私も覚えている。

 

 

————デュエルを重ねていくうちに良い動きをするようになったな、龍亞

 

————今日の最後の方みたいにデュエルの状況を見てプレイする観察眼を養うと良い

 

————あとお前に足りないのはカードの知識だ。だがそれを急いで座学で学べとは俺は言わない

 

————色んな相手とデュエルすると良い。そうしていくうちに自然とカードの知識はつく

 

————デュエルの経験と共にプレイングも研磨されるだろう。一回一回のデュエルを大切にな

 

 

 その時の八代さんの表情が少し優しかったのが印象に残っている。

 正直に言えば意外だった。その表情の事もあるけど、ただデュエルをするだけじゃなくて龍亞の事を見てアドバイスを送るなんて。最初に会った時の愛想が良くない印象を改めた。

 ただ“色んな相手とデュエルをすると良い”と八代さんは言ったが、それは今難しい。理由は簡単だ。

 

私がいるから。(・・・・・・・) 

 

 デュエルアカデミアに通う事も外に出る事も私のせいで制限されている今のままでは、龍亞の成長の機会を奪ってしまう。

 そんな事を思っている時、ふと静音さんが私に言ってくれた事が脳裏に浮かんだ。

 

 

————ね? 違ったでしょ、龍可ちゃん? 龍亞君は真っすぐデュエルと向き合ってるだけ

 

 

————だから龍可ちゃんの事を重荷だなんてこれっぽっちも思ってないんじゃないかな?

 

 

 龍亞が八代さんにデュエルを挑み続ける理由を話した後、静音さんは私にそう言ってくれた。あの時の龍亞の姿を見た今なら分かる。龍亞は私の事を重荷とは思ってないのだろう。

 

 けど……

 

 私が龍亞の重荷になっているって事は事実だ。

 

 だから言わなくちゃいけない。

 龍亞の目指す夢を邪魔しないために。

 デュエルアカデミアに通うようにと。

 

「よしっ、決めた!」

「っ!? どうしたの?」

「俺、八代兄ちゃんを師匠にする」

「……え?」

「だから! 八代兄ちゃんの弟子になるの! だってほら、弟子は師匠の教えに従うものだろ? 八代兄ちゃんのアドバイス通りにいっぱいデュエルして、うんとデュエル強くなって、いつか八代兄ちゃんを超えてキングになるんだ!」

「あっ……うん、そうだね……」

 

 私が言うまでもなかった。

 “いっぱいデュエルをする”と言う事は、つまり龍亞は決めたようだ。一人でデュエルアカデミアに通うと。

 その方が良い。私も龍亞のお荷物なんて嫌だ。これが一番龍亞にとって良い事なのだ。私はその決意が揺らがぬように笑顔で送り出さなきゃいけない。

 そのはずなのに……

 

 

 

 

 

 どうしてだろう? 胸の奥が痛い。

 

 

 

 

 

「……ぇ、……か。ね……龍可」

「……あっ、え?」

「ねぇ聞いてる龍可? GDSってどうやって設定するんだっけ?」

「えっ? 何?」

「だから、GDSの設定だよ。あれ、どうやんだっけなぁ……」

 

 GDSとはGlobalDuelingSystemの略でデュエルディスクをネットに繋いで世界中のデュエリストとデュエルが出来るシステムの事だ。デュエルディスクをネットに繋いでモニターを接続すれば、デュエルフィールドの様子がモニターに表示される。デュエルディスクとモニターをネットに繋げればいつでもデュエルが楽しめると言うキャッチフレーズで世界中に広まったものだ。

 だけど利用者は意外と少ない。主な理由はソリッドビジョンでは無いので迫力に欠ける事や、相手が見えない事を良い事に改造デュエルディスクなどによる不正が多発した事にある。龍亞も昔少しだけやっていたが、相手も見えないただの映像だけじゃ物足りなかったようで直ぐに飽きてしまったものだ。

 

「……どうして?」

「どうしてって……龍可、聞いてなかったの? 八代兄ちゃんが俺にくれたアドバイスの事。色んな相手とデュエルした方が良いって言ってただろ?」

「違う。そうじゃない。なんでGDSなの? あれ龍亞好きじゃなかったでしょ?」

「え? だって毎日デュエルするにはそれしか無いじゃん」

「っ! だったら、私の事なんか気にしないでデュエルアカデミアに通えば良いじゃない!」

 

 つい、言ってしまった。

 龍亞は全く悪くないのに、当たってしまった。

 叫んだ後直ぐに冷静になって後悔した。堪らず龍亞から目を逸らす。

 こんな形で伝えるはずじゃなかったのに……

 きっとこんな言われ方をしたら怒るだろうな。

 

「……あのさぁ、前も言ったじゃん。龍可と一緒じゃないと楽しくないって。一人でデュエルアカデミアに通うなんて俺はやだよ」

「……っ!」

 

 しかし龍亞からの返事はいつもの調子だった。

 顔を見れば少し呆れたような、それでいて私を安心させるように優しい表情を浮かべていた。

 予想外の反応に驚いていると、龍亞は言葉を続ける。

 

「それに俺、龍可に近くで見てて欲しいんだ。俺が強くなるとこ。強くなって八代兄ちゃんを超えてキングになるところをさ」

 

 真剣な表情で真っすぐに私を見ながら龍亞はそう言った。

 

 

 

 トクンッ

 

 

 

 心臓が僅かに跳ねた。

 

 

「……私、龍亞の重荷じゃないの?」

 

 思わずそんな言葉が溢れた。

 どうしてそんなことを聞いたのかは分からない。そんなこと分かりきっているはずなのに。

 龍亞は一体どんな表情で返事をしてくるだろうか。胸に不安を抱きながら私は龍亞の返事を待った。すると……

 

「おも、に……? えっ、何っ?! 龍可って重いの? あっ、もしかして太った?!」

「……なっ! もうっ! バカっ!!」

「あれれ〜? ムキになって怒るって事はやっぱり太ったんだぁ!」

「違う! あぁもう色々と考えてたのがバカみたい! こら龍亞! 待ちなさい!! 今日という今日は許さないんだからー!」

「へへっ! やぁーだよっ!!」

 

 調子に乗って囃し立てる龍亞にお仕置きをすべく私は逃げる龍亞を追いかける。

 果たしてわざとやっているのか、それとも素でやっているのかは分からない。

 だからこの"ありがとう"という言葉はまだ胸にしまっておこう。

 

 

 

————————

——————

————

 

 同刻。

 奇しくもそれが行われていたのはトップスに軒を連ねる超高層ビルの地下の一室だった。

 そこを見た何も知らない人間はまず眉をひそめる事だろう。

 何せ入り口の障子には似つかわしくない金属のドアノブがつけられているのだ。

 違和感を覚えながらドアノブを捻り戸を引くと更に異様な空間が広がっている。畳が20枚敷き詰められた大部屋、そこで真っ先に目につくのはこの部屋を左右に割るように鎮座する脚の長い西欧のアンティークテーブルだ。テーブルの脚には金箔の張られた装飾がなされ、台は白い大理石で出来ている。テーブルの両脇には黒皮のソファーがずらりと並び、一番奥の左右のソファーには二人の男が腰掛けていた。入り口と向かい合う位置にあるテーブルの奥には紫の座布団がソファーと同じ高さまでを積み上げられており、その上には老人がちょこんと座っている。

 それだけでも異様な光景だがそれ以外にも奇妙なものが多く見受けられる。

 例えばこの部屋の壁。入り口は障子戸で床には畳が敷き詰められ和室の要素を持っているにも関わらず囲む壁は赤煉瓦である。例えば老人の背にある壁に掘られた暖炉。薪が積まれるべきそこには古ぼけた龍地紋の香炉が鎮座している。例えば暖炉の上の"夢幻泡影"と書かれ額縁に入れられた掛け軸。一見すると達筆な書家が書いたように見えるそれだが、その実紙から文字まで全て精巧描かれた油絵である。例えば天井にぶら下がっているシャンデリア。蝋燭の形をしたランプがあるべき場所からは小さな提灯がぶら下がっている。他にも細かい所を上げていけばキリが無い。

 そんな世界の文化をあべこべにしたような空間には重苦しい空気が漂っていた。座布団に座っている老人は貼付けられたような不気味な笑みを浮かべており、左右に腰掛ける男二人はどちらも真剣な面持ちだ。その誰もが口を開かない状況がますます何か言葉を発することは勿論、不用意に音をたてる事すら憚られるような空気を作り上げていた。

 

「あぁ……蝦蟇君、そして鼠君も、今日はわざわざ来てもらってすいませんね。蝦蟇君とこうして顔を合わせるのは……何時ぶりでしたかね?」

 

 最初に口を開いたのは座布団の上に乗った老人だった。パッと見の印象は数百年生き続けたかのような妖怪を思わせる。顔には乾涸びたミイラの様に数えきれない程の皺が入り、微笑んでいるのか、ただ目を閉じているのかさえ区別がつかない。毛髪が無いせいなのか浅黒い肌の卵型の頭が大きく見える。いや、実際猫背に曲がった小柄な体躯の割に頭は大きい。そんな老人が黒のスーツに赤い蝶ネクタイという格好をして座布団の上にちょこんと座っているのだから何かのマスコットキャラクターのようだ。

 

「去年の6月の総会以来ですから10ヶ月ぶりぐらいですかね。ご無沙汰してます、梟の旦那」

 

 答えたのは恰幅の良い中年の男だった。体型のせいで一人掛けのソファーが窮屈に見える。だがその姿からはだらしなさを感じさせない。それは何処となく漂う長年修羅場をくぐり抜けてきた雰囲気からくるものなのか。襟元に小さく刺繍のされた背広を着こなす姿からは威厳を感じさせる。

 

「おや、もうそんなに経ちますか。時が過ぎるのは随分と早いものですね、ふっふっふっ。っと、それとこの前は迷惑をかけました。局の方からのどうしてもと言うお願いがありましてね。蝦蟇君のお気に入りの島にガサ入れなんてことになってしまいすいませんでした」

「いえ、局からの要請ならこちらも無碍にはできませんから。それに局の方も世間様に仕事熱心な様をアピールとは大変なようで」

「ふむ、確か“密着セキュリティ24時”でしたかな。元プロでそこそこビックネームの氷室さんが出た事で番組も良い数字が出たそうですね。おかげで目的の大凡は達成できたとか」

 

 梟と呼ばれた老人の言葉の後、一拍の間が空く。

 会話をする中で生まれる自然な間。その間の沈黙など日常生活で気にする人間はほとんど居ないだろう。

 だが、この蝦蟇と呼ばれた男は違った。梟が言葉を終えてからのこの一拍の間に自分が試されている事を悟り、脳を振る回転させ彼の言い含めた事を瞬時に理解し、彼の求めている答えを口にする。

 

「大凡と言うと……残りはニケですかい」

「…………」

 

 蝦蟇の言葉への返答は沈黙。

 梟に張り付いていた笑みは固まったまま、されど言葉を続ける事はない。

 蝦蟇も表情こそ変える事はなかったが、じんわりとその手には湿り気が帯び始めていた。この部屋の静寂がより一層己の心臓の鼓動を嫌なくらいに伝えてくる。

 まるで会話が始まる前まで時が遡ったかのように重苦しい空気が部屋を支配していた。端から見ているだけでも胃が痛くなるような沈黙が蝦蟇の身に重く伸し掛っているようだ。

 そんな中、蝦蟇は先程の自分の答えを必死に考え直していた。だがいくら思考を巡らせても先程の答えの他の解を導き出せずにいた。思考の迷宮に意識が捕われそうになった時、ようやく梟が口を開いた。

 

「……ふっふっふっ、流石は蝦蟇君ですね」

「はぁ……からかうのはやめてくだせぇ旦那。旦那程じゃないですがワシも結構歳なんですわ。こんな試され方を続けたら何時心臓が止まるかも分かりません」

「ふふっ、60などまだまだですよ。蝦蟇君にはまだまだ頑張って頂かないと。まぁ蝦蟇君の予想の通り、おそらく本当の目的はニケ君を挙げたかったというところでしょうか。ふっふ、結果は上手くいかなかったようですが」

「えぇ、そのようで。それからもウチの関係の依頼をこなしています……ただ当のニケは最近治安維持局の犬の真似事もしているとか」

 

 蝦蟇の声のトーンが低くなる。それだけで部屋の空気に緊張が奔る。

 蝦蟇は言外に伝えていた、“ニケにケジメをつけさせるのか”と。

 しかし梟は蝦蟇から発せられる圧力に動じる事無く、微笑んだ表情を崩さずに変わらぬ調子で答えた。

 

「放っておきなさい。彼の行動原理は所詮金。実に分かりやすい。必要以上に向こうに肩入れをするような事は無いでしょう。それに彼は我々にとって不利益を被るような依頼は受けませんよ、絶対に」

「……まぁ旦那がそう言うのならワシから言う事はありません。これでもあいつの事は買ってるんで」

「ふっふっふっ、そうですか。蝦蟇君に買われるほどになるとは……全く良い駒に育ってくれましたね(・・・・・・・・・・・・・・・)

「…………?」

 

 梟の最期の言葉はまるで謎の多いニケの過去を知っているともとれる。蝦蟇はその真意を量りかねていた。一方の梟は不気味な笑みを一層深くするだけで、それ以上言葉を続ける事はない。

 その意味を問うべきか否か。

 生まれた沈黙の中で蝦蟇は少し考える。結局この話題に触れていい所なのかは梟の様子を見ながら考えるべきと判断。そう決め口を開こうとした時、それを遮るようなタイミングで「ごほんっ」と咳払いが入る。その主はこの場でまだ一言も言葉を発していない鼠と呼ばれた男だった。

 蝦蟇とは対称的にひょろっとした細身の体つき。そのせいで黒いスーツはダボついて見える。きっちり七三分けにされた黒髪をワックスで固め、メガネを掛けていると言う風貌からか知的な印象を受ける。金の指輪に金の腕時計、金のネクタイピンなど所々に金の装飾品が確認出来る。

 この咳払いは自分の存在感を示す行為。話題に取り残されていた鼠だが、その表情から感情を読む事は出来ない。梟もまた表情を変化させる事無くようやく蝦蟇に向けていた顔を鼠に向ける。

 

「これは失礼しました、鼠君。すっかり我々だけで話し込んでしまって。今日は“轟組”と我々“遊々会”の手打ち式だと言うのに」

「……いえ、お気になさらず。それで仲介人の方は?」

「御心配なさらず。もう着いたそうですよ」

 

 コンコンと言うノックの音が部屋に響いたのは梟がそう言った直後だった。

 まるで戸の向こうを見透かしているかのような梟の言葉に少々鼠は驚く。

 梟が「どうぞ」と告げると、襖戸が開けられる。そこにいたのは前髪を大きく右に流したヘアスタイルが特徴的な褐色の髪の男だった。無難なグレーのスーツを着たその男は戸を開くと梟たちへ一礼する。

 

「梟殿。ご無沙汰です」

「えぇえぇ、ご無沙汰ですね、ディヴァイン君。どうですか、最近の景気は?」

「おかげさまで、上々ですよ。この前はウチの者をご利用頂きありがとうございました。これからも御贔屓下さい」

「ふっふっふっ、それは結構。彼も紛い物(・・・)ながら見事な腕ですね。また機会があれば声をかけさせてもらいますよ。それでは……」

 

 そう言って梟は積み上げられた座布団から飛び降りる。蝦蟇は座っていたソファーの一つ隣にずれ、蝦蟇が今まで座っていたすファーに梟が座る。そしてディヴァインが梟の乗っていた座布団のタワーを横にずらすと、これでディヴァインを中心に梟と鼠が向かい合う位置関係になった。

 

「では、早速。この度“遊々会”と“轟組”の手打ち式にて仲介人を務めさせて頂くディヴァインです。若輩者ですがよろしくお願いします。それで、形式の方は?」

「細かいしきたりは省略して良いでしょう。鼠君もそれで良いですか?」

「はい、構いませんよ」

 

 ディヴァインは日本酒を開けると白い盃を二つ取り出して、それぞれに酒を注いでいく。二つに注ぎ終えるとその盃を梟と鼠の丁度間に置いた。

 

「それではこの度の手打ち式は盃交換の儀のみを執り行ないたいと思います。双方には今までの事はさらりと水に流されまして、今日只今より末永く仲良くして共に協同に邁進されますよう。ではその盃、五分手打ちの盃でございます」

「…………」

「…………」

 

 梟、鼠の二人は黙って盃を取るとそれを一気に呷る。

 お互いに盃を飲み干したタイミングは同時。

 盃をゆっくり戻すと梟と鼠は固い握手を交わした。

 仲介人であるディヴァインがそれを見届け、この式はお開きとなる。

 

「鼠殿の所の……あぁ……なんと言いましたか……あのデュエル屋は……」

「“世紀末トライデント”ですよ、旦那」

「そう。その“世紀末とらいでんと”君にはケジメを取ってもらったことですし、この式をもって蝦蟇君の島を荒らした件についてはこれで手打ちと言う事でよろしくお願いします」

「えぇ、こちらこそ。これから“遊々会”とは良い関係を築いていきたいです。では、本日はこの辺りで」

「では梟の旦那。わしが外まで送ってきます」

「頼みましたよ、蝦蟇君。それでは鼠君、またお会いしましょう」

 

 鼠と蝦蟇は一礼をしこの部屋を去っていった。

 残されたのはディヴァインと梟のみ。

 ディヴァインが真中の席を離れると梟はソファーから飛び降りて再び座布団タワーを元の位置に戻しその上に乗っかる。その様子を鑑みるに梟はその座布団の上を気に入っているようだ。

 

「いやぁ、仲介人などと言う役目で君を呼び出してしまって申し訳ない」

「いえ、お気になさらず。私も梟殿にはこの辺りでお会いしたかったので寧ろ好都合でしたよ」

「ほう? 本日はどのような御用で?」

「はい。先日、ようやくデータを取り終えまして、いよいよ計画を実装フェーズに移っていく目処が立ちました」

「ふふっ、それは何よりですね。しかしここまで予定より随分と遅れが生じているようですが」

「えぇ。計画立案当初、実用可能な力の発現者は私を含め2人だったのですが、計画の途中で逸材を見つけましてね。急遽3人目としてその者を計画に組み込んで試験データを取っていたら、予定以上に時間がかかってしまいました。ですが、おかげで力の発現のメカニズムがより確実に解明されましたよ」

「ふっふっふっ、結構結構。ディヴァイン君の計画が上手くいけば間違いなく世界は変わるでしょう。私はこれからも君を応援させてもらいますよ」

「心強いお言葉です。今後もよろしくお願いします。では、私もそろそろ」

 

 短い報告を済ませるとディヴァインも出口に向かう。

 だが途中でふと何かを思い出したかのように立ち止まり梟へと向き直る。

 

「あぁ、それと」

「……?」

「ようやく私の求める物へ繋がる鍵を見つけました」

「……ほほう。それは……確認をされたのですかな?」

「いえ、それはまだです。ただ、あの“白”は恐らく間違いないかと。まぁその確認は足がつかない者にさせるつもりですが」

「……それはそれは」

「最後にそれだけは伝えようと思いましてね。では、また」

「えぇ、それでは気をつけて」

 

 そんなやり取りを終えると今度こそディヴァインはこの部屋を出た。

 ディヴァインが去ったのを見届けるとこの奇妙な部屋には梟一人が残される。

 

「……そろそろ頃合いですかね。この身を以て静寂の水面に一石を投じるのもまた一興。果たして彼はどんな反応をするのやら。ふっふっふっ」

 

 不気味な笑みを浮かべる妖怪の呟きは静寂へと飲み込まれていった。

 

 

 

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————

 

 日はすっかり暮れていた。

 何を考えるのではなく俺は家の近くのベンチに腰掛けて空を眺めていた。

 そうしているとなんだか時間がゆったり流れているような気がする。思えばつい最近まで色々とバタバタしてたな。あの時期は大変だったが過ぎてしまうと随分と前のようなことに感じる。

 なぜ俺がこんな所で黄昏てるか。いやこれは黄昏てるのではなく単に手持ち無沙汰なだけだ。サイレント・マジシャンが戻ってくるのをここで彼此十分ぐらい待っている。

 俺がこうしている間に彼女は今山背静音として一度帰宅しているところだ。一応山背静音は一人暮らししているということにしているので、そのための格安物件も購入してある。おかげで大分金は飛んでいってしまったが。

 

「はぁ」

 

 吐く息が白い。

 昼間暖かかったのが嘘のように日が暮れると大分肌寒い。

 コンビニで買った缶コーヒーのホットもすっかり温くなってしまった。残りを一気に飲み干すと缶を隣のゴミ箱に放る。やはりサイレント・マジシャンが入れてくれたコーヒーの方が美味いと思う。

 

『お待たせしました!』

「……おう」

 

 噂をすればというやつなのか、サイレント・マジシャンが丁度精霊状態で戻ってきた。頬が僅かに上気しているのは寒さのせいか、急いで飛んできたせいか。後者だとしたら少し申し訳ないことをした。

 精霊状態の彼女はいつもの見慣れた白を基調とした衣装を着た姿。なんだかようやくいつも通りに戻ったように感じる。こんな事も感じなくなった時はきっとサイレント・マジシャンがアカデミアに通う事が俺の中の日常として受け入れられた時なのだろう。まだ始まったばかりの新生活だが、慣れるのは案外そう遠くない日な気がした。

 腰を上げ自宅へ歩を進めていくと、サイレント・マジシャンはフワフワと浮かびながら俺と同じスピードで横に並ぶ。たとえ彼女がアカデミアに通うようになっても、こうして二人並んで過ごす事は無くならないのだろうな。

 そんな柄でもない事を考えているとサイレント・マジシャンが話しかけてきた。

 

『今日は色々な事があった日でしたけど楽しかったです』

「そうか。そいつは何よりだ」

『マスターはどうでしたか?』

「そうだな。あんなにデュエルをするとは思わなかったが、まぁ悪くない日だったと思うよ」

『良かったです。でも龍亞君にアドバイスを残したのはビックリしたというか、意外でした』

「……少し昔を思い出してな」

『昔……ですか?』

「あぁ。俺もあのくらいの頃は純粋に強くなりたくて、あんな感じにひたすらデュエルしてた。だから少し期待してるのかもしれないな。また俺に挑んでくる時にはもっと強くなってやってくるんじゃないかってな」

『そうですね。多分龍亞君は強くなりますよ、ふふっ』

「ん? 何かおかしかったか?」

『いえ、そう言う訳じゃないんです。ただ、今凄く優しい表情をしてたから、なんだか私まで嬉しくなって。マスター最近表情が柔らかくなりましたよね?』

「そう……なのか? あんまり自覚はないが」

『ふふふっ、良い変化だと思いますよ』

 

 そんな会話をしていると、もう家のドアの前についてしまった。

 鍵を開けて入ろうとした時に今日買った雑誌の事を思い出した。あの雑誌をネタに今日は狭霧と普通に話せるだろうか。

 一瞬そんな不安が頭をよぎるが、そんなことはやってみなければ分からないと割り切りドアを開ける。

 

「……ただいま」

「あら? お帰りなさーい。ちょっと遅かったけど何かあったの? 山背さんとデート?」

『……っ!!』

「っ! 違いますよ。前に知り合った双子の子達とバッタリ会ってデュエルしてただけです」

「ふーん。まぁ良いわ。そういう事にしておいてあげる」

「そういう事も何も本当にそれだけですよ」

 

 リビングのドアから顔を覗かせた狭霧の様子は拍子抜けする程いつも通りだった。

 そんな様子に少し安心しつつ、リビングに行く前に自室に向かい鞄を置く。

 玄関に入った時から俺好みの香ばしいスパイスの香りが漂っていたおかげで空腹感が増していた。

 洗面所で手早く手洗いうがいを済ませるとリビングに向かう。

 

「今日はカレーですか。良い匂いがしますねって、えっ?!」

「ふふふっ、凄いでしょ? 結構頑張ったのよ」

 

 テーブルの上に並べられていた料理は俺の予想よりも遥かに豪華だった。

 中央には鍋が二つ置かれ、片方には濃厚な赤黒い色をしたカレーが、もう片方には黄色が強いカレーの二種類が入っている。さらに席の前にあるランチョンマットの上には人の顔程の大きさのふっくらしたナンがのった皿に、大きな鶏もも肉のローストチキンとレタスやトマトなどの野菜が盛りつけられた皿が置かれている。

 さながら何かのパーティのような豪勢さだった。

 

「えっとね、こっちのカレーが赤ワイン煮込みのビーフカレーで、こっちはチキンインドカレー。ナンも頑張って手作りしてみたの。流石にこのローストチキンは買ってきたヤツだけど」

「凄いですけど……今日はなんでこんなに豪華なんですか?」

「はぁ……やっぱり忘れてたのね」

「……?」

 

 はて、今日は四月七日だが何か特別なイベントのある日だっただろうか?

 いくら思考を巡らせど世間一般に知られているような特別な記念日は何一つ頭に思い浮かばなかった。

 考えあぐねる俺を見かねた狭霧は小さく息を吐くと穏やかな表情でこう告げた。

 

「四月七日。今日はあなたの誕生日でしょ?」

「あっ」

 

 自分の誕生日。

 それは俺の頭の中からすっかり抜け落ちていた事だった。この世界に来てから自分の誕生日を祝う余裕などなかったのだから、忘れていても無理はないのだろう。精々誕生日はふとした拍子に過ぎている事に気付いて、年を重ねた事を認識すると言う程度の日でしかなくなっていた。

 故にこうして誰かに祝われるという事に新鮮さすら覚えた。

 

「去年はまだここに一緒に暮らし始めたばかりで、私もうっかりしてて誕生日を祝い損ねちゃったの。けど今年は覚えてたわ。ということで今日はサプライズパーティよ! はいっ! これは誕生日プレゼント」

「あ、ありがとうございます。なんか大きいですね。開けてもいいですか?」

「えぇ、どうぞ」

 

 狭霧から渡されたのは大きなオレンジ色の紙袋。口が金色の丸いシールで止めてあり、それを空けると紐で口を締めるタイプのビニール袋が入っていた。その中には夏物のTシャツが3枚に白の短パンとデニムが1本ずつ、そして黒の革のベルトが1本。どれも若者向けのブランド物なのだろうが、生憎服装に興味を持った事がなかったせいで、これがどれ程良い物なのかまでは分からなかった。

 

「八代君、何が欲しいとか普段言わないでしょ。それとなく聞こうにも“特にないです”って返されちゃうし。それで最初はカードにしようかなとも思ったんだけど、何が欲しいかわからなかったから無難に服にさせてもらったわ」

「こんなにたくさん……ありがとうございます。大事に着させてもらいますね」

「ふふっ、どういたしまして。ほとんど夏物だから夏にどんどん着ていいからね」

「分かりました。じゃあちょっと部屋に置いてきます」

 

 折角の作り立てのご馳走が冷めないよう俺は足早に部屋に戻った。

 狭霧から受け取った服を畳んでクローゼットに入れると、収納された服の量が増えようやくクローゼットらしくなったように感じる。

 こうして見ると価値までは分からなくともなんとなく良いものだと思えた。

 

『マスター』

「ん?」

『お誕生日おめでとうございます』

「……ありがとう」

 

 サイレント・マジシャンからそう言われると同時に自分の誕生日を祝われたと言う実感が得られ、胸の奥が温かくなるような感覚を覚える。

 思えばサイレント・マジシャンから誕生日を祝われたのも初めてのことだ。こうして正面から言われると慣れない感じがするのは当然か。この世界に来てから狭霧に拾われるまではそんな事はおろか会話もほとんどなかったくらいだし。

 少し感傷に浸っていると仕事用の端末に新規のメッセージが一件。これからご馳走にありつける時だと言うのに空気を読んで欲しいものだ。

 手早く確認を済ませようとメッセージを開くと送り主は雑賀だった。あいつにはこの一週間は休暇にすると言う旨の連絡をしていたはずなのだが。

 

 

 

From 雑賀

いきなりな連絡ですまん。

信頼出来るお前だからこそ頼みたい事がある。

まぁ主な要件は会ってから伝えたい。察してくれ。

本来休みなのは承知しているが、今週の土曜日を空けて欲しい。

出来ればすぐこの件は済ませるつもりだが、万が一無理なら連絡してくれ。

返事は遅くても今日中に頼む。もう店の予約をしたいからな。

ひとまずシティのいつもの店に来てくれれば構わない。また連絡する。

 

 

 

 連絡から見る限り急な依頼がやってきた事は推測出来る。だが依頼主は分からない。

 一見するとそうなのだが、“察してくれ”の一言で俺はこのメッセージに隠された依頼主の名前を把握した。そしてそれと同時に思わず本音が漏れた。

 

「……マジか」

『どうしたんですか?』

「まさかこんな有名人から依頼が来るとはな」

 

 この時の俺は気付かなかった。

 この依頼が己の運命を狂わせていく始まりであると言う事を。

 



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前哨戦

 人通りの少ない裏路地。

 7時にもなるとすっかり空は暗くなるが、街頭のない裏路地ともなると3メートル先すら見通せない闇が広がっている。当然そのような通りに進んで入る一般人の姿は無く、たまに見かけるのは息をひそめている浮浪者か表で堂々と活動できない裏世界の住人のどちらか。

 その例に漏れず俺はいつもの髑髏仮面とローブを纏い半透明な状態のサイレント・マジシャンを伴ってそこを堂々と闊歩する。

 目指すのは雜賀と待ち合わせをしているシティにあるビルの地下のバー。

 妙な連中に絡まれる事無くバーの扉の前まで来れたのはよかったのだが、そこでおかしな事に気がつく。

 

 《CLOSED》

 

 扉の前に掛かった看板はその面が表になっていた。

 

『閉まってますね』

「おかしいな。メールには確かにこの店と書かれていたんだが……」

 

 雑賀にメールでもう一度場所の確認をする前に駄目元でドアノブに手を掛けると、予想に反し扉は開いていた。

 扉を開けると中には当然客の姿は無い。この時間帯なら少なくとも2、3人は客が居て、マスターと話をしていたり、スローテンポなジャズの生演奏があるものだが、店内はシンと静まり返っている。扉に掛けられたドア鈴の音だけが虚しく店内に響いた。

 この音が聞こえたようで店の厨房に繋がるドアから若い男のウェイターが小走りでやってきた。だがいざ俺の前まで来ると、ようやくこの姿に気付いたのか一歩後退る。

 

「さ、雜賀様のお連れの方でいらっしゃいますか?」

「あぁ」

「さ、さようでございますか。どうぞ、こちらです」

 

 ウェイターの挙動はぎこちなく営業スマイルも固い。頻繁に顔を出すわけではないが、雑賀と顔を合わせる時は決まってこの店のためか、これでもこの姿を見た時の彼のリアクションは大分マシになってきたように感じられた。

 そんなことを考えているおとウェイターに個室の並ぶ廊下まで案内される。

 

「雑賀様はこの廊下の突き当たりの16番の部屋にいらっしゃいます。ドリンクのご注文はもうお決まりでしょうか?」

「プッシー・キャットを頼む」

「畏まりました」

 

 今回頼んだプッシー・キャットもノンアルコールカクテルの一種である。オレンジ、パイン、グレープフルーツジュースを混ぜたものにザクロ果汁と砂糖から成るノンアルコールのグレナデン・シロップを数滴加えたカクテルで飲みやすい。

 16番の部屋のドアを開けると、雜賀が既にドアと向かい合う位置にある一人掛けのソファーに腰掛けていた。

 この部屋の内装が変わった様子はない。部屋の中心にあるガラステーブル。一人掛けのソファーがガラステーブルの奥のドアと向かい合う位置とその左に一つずつ、右には二人掛けのソファーが置かれ丁度テーブルをコの字に囲む様に配置されている。ソファーと壁の距離は人二人が問題なく通れる程開いているため開放的だ。

 俺はもう一つの一人掛けのソファーに腰を下ろした。

 

「相変わらず時間はピッタリだな」

「あぁ。例の依頼人は?」

「それなら30分程待ち合わせの時間はずらしてる。依頼主が来る前にお前に聞きたい事があってな。お前も聞きたい事があるんじゃないか?」

「そうだな。正直半信半疑でここまで来た。今回の依頼人は、俺でも知っている……あの人物で間違いないのか?」

「その様子なら俺のメールを読んで気が付いたようだな。あぁ、お前の思い描く人物で正解だろうよ」

「なるほどな。じゃあ店が今日貸し切りなのもそう言う事情なのか」

「そう言う事だ」

 

 まずは半信半疑だった依頼主の確認。

 メールを見た時は信じられなかったが、どうやら本当にあの“彼女”のようだ。

 

「はぁ……しかしまた、何でなんだ?」

「まぁ、その反応が当然だろうな。最初は俺も思ったよ。何でこんなところから依頼が来るんだってな」

「その様子じゃここまで行き着いた経緯までは把握していないのか?」

「まさか。当然もう調査済みだ」

「愚問だったな。流石に仕事が早い」

「お前の聞きたい事はそれだけか?」

「あぁ。依頼人の事情にまで踏み入るつもりはない。依頼内容ついては依頼人を交えて話した方が事がスムーズに進むだろう」

「……分かった」

 

 ドアをノックする音が響いたのは丁度話が切れたタイミングだった。

 入るのを促すと「し、失礼します」と腰の引けた様子で先程のウェイターの男がドアを開ける。左手のトレイの上にはスライスされたオレンジがグラスの縁に飾られたオレンジ色のドリンクが乗せられていた。

 

「ご注文のプッシー・キャットです」

「どうも」

「ごゆっくりどうぞ」

 

 そう言ってウェイターは部屋を出て行った。

 ストローで飲めるよう仮面の歯を一本一本外していく。

 

「それで、俺に聞きたい事があるんだっけか?」

「聞きたい事と言うか、話したい事と言うか」

「珍しいな、何だ?」

「“世紀末トライデント”を覚えているか?」

「……何の名前だ?」

「丁度去年の今頃お前が戦ったデュエル屋だ。スキンヘッドとリーゼントとモヒカン頭が特徴的な三人組の」

「あぁ、あいつらか」

「思い出したか」

「特徴的だったからな。そんな名前だとは知らなかったが。あいつらがどうかしたのか?」

「一ヶ月程前に襲撃された。二人は意識不明。一人は恐怖でおかしくなったそうだ」

 

 襲撃。

 

 その単語に俺は違和感を感じ取った。

 その三人組は確か三ヶ月くらい前に俺とデュエルして違法の衝撃増幅装置を使った事で逮捕されていたはず。留置所が襲撃を受けたなんて言うニュースは無かった事を鑑みると連中は僅か二ヶ月で釈放された事になる。何やら色々とキナ臭い話になってきた。

 

「……それで?」

「やったのは“暴虐の竜王”だそうだ」

「…………」

「“暴虐の竜王”が猛威を振るっていたのはもう3年も前の事。当時腕利きだったデュエル屋達が挑むも次々とやられていった。恐らく当時最強のデュエリストだっただろう。だがそんな奴はある日を境に忽然と姿を消した」

「……らしいな。だが、話の意図が見えない。それが俺と何か関係あるのか?」

「分かっているだろう? そしてその後直ぐお前は現れた。そのお前はもう3年間も裏の世界で無敗のデュエル屋だ。その二つの事実を結びつける事は自然な事だろう。噂にもなってる。極めつけは唯一の目撃情報だ」

「“白き魔術師が黒き邪竜を討った”……か」

『……』

「そうだ。……あぁ、勘違いするなよ。別に俺はあの日の事をお前に問い質す気は無い。ただ俺が言いたいのはお前があの日“暴虐の竜王”を倒していようがいまいが、とにかく奴は再び現れた。狙いは分からないがデュエル屋が襲われている。だから」

「気をつけろ、と?」

「……そう言う事だ」

「忠告には感謝しておく」

「ふっ、その様子じゃ気にも掛けてなさそうだな」

「当然だ。相手が誰であれ俺の前に立ちはだかるのならそいつを倒すだけだ。俺に敗北は許されない」

「頼もしい事だ。いや、それでこそ3年間無敗のデュエル屋“ニケ”か」

 

 雜賀はグラスを傾ける。その表情は俺が予想通りの返事をしたからか満足げだ。

 プー、プー、と一定間隔でくぐもった携帯のバイブレーションの音が響いたのは突然だった。その音は俺では無く雜賀かの方から聞こえてくる。

 

「ん?」

 

 雜賀は携帯をジャケットのポケットから取り出すとその連絡内容を確認し始めた。通話を始めると気配は見えないのでどうやら電話ではなかったようだ。二、三秒で確認を終えた雜賀は立ち上がり部屋のドアに向かっていく。

 

「悪い、少し席を外す」

「何かあったのか?」

「依頼主が店が閉まってるのを見て場所の確認の連絡をしてきた。今店の前に居るらしいから本人かの確認がてら迎えにいってくる」

「そうか」

「直ぐ戻る」

 

 そう言うと雜賀は部屋を小走りで出て行った。

 この部屋は一人で居るには少し寂しく感じる。だが今はこうして誰も居なくなった状況はありがたい。なぜなら……

 

「今のうちに話しておこうか」

『そうですね。まさか“暴虐の竜王”が動いているなんて話を聞く事になるとは……一体どういうことなんでしょう?』

「わからない。そういえば前にゴドウィンも探しているようだったな。あの時はシラを切らせてもらったが、全く随分と懐かしい名前だ」

 

今のうちにサイレント・マジシャンと情報の整理ができる。

 

 “暴虐の竜王”

 

 依然その名前が挙がったのは初めてゴドウィンにあった時。あの時は探したとしても、もう二度と世の中に現れる事の無いものだと思って完全にスルーしていたが、ここにきてまさかの目撃情報とは。一体何が起きているというのだ。

 

『……おかしいですよ。ありえないことです』

「あの封印は?」

『破られた形跡はありません』

「そうか……」

 

 そのデュエルは荒々しく、漆黒の竜を従え、デュエルをした後は辺りに破壊の限りが尽くされている事から付けられた通り名。それが“暴虐の竜王”。そのためそいつのデュエルが始まると近くに居る人間は一目散に避難していったと言う。また挑んだデュエリスト達は悉く破られ無事では済まなかったため、はっきりとした目撃情報は残っていなかったと言う。最後はダイモンエリアの一角を廃墟にする程の激しい戦いの末、それはサイレント・マジシャンに封じられたはず。

 それが、今更になってどうして……

 思考を巡らせた末、俺はある可能性に行き着いた。

 

「まぁ、あり得ない話でも無いのか」

『えっ……?』

「簡単な事さ。封印が破られてなくても……」

 

 俺の言葉は最後まで続かなかった。

 ガチャっというドアノブが回る音の後にドアが開き、今回の依頼主が姿を見せたのだから。

 

「こんばんは」

 

 雜賀の前に立つ依頼主と思しき人物は黒のフード付きのローブをすっぽり被り体のシルエットを隠していた。分かるのは身長は180cmくらいだと言う事と、その落ち着いた色気のある声から性別が女性であると言う事ぐらいか。

 

「あなたが“死神の魔導師”と噂されてるニケさんでよろしいのかしら?」

「あぁ、その通りだ。あんたが俺に依頼を持ちかけた、あの今をときめく世界のスーパーモデルのミスティ・ローラで間違いないか?」

「えぇ、そうよ」

 

 そう答えながらフードを脱いでその顔が露わになる。手入れの行き届いた艶やかな腰まで伸びた黒髪、通った鼻筋を中心に左右のバランスのとれた顔のパーツ。少しつり上がった目尻はモデルのクールなイメージを引き立てる。まさにテレビや雑誌で見た事のあるそのままのミスティ・ローラだった。メールの文章の斜め読みに隠されていたメッセージを読み取って、先程雜賀に確認をとっていたが、それでもこうして俺の目の前にミスティ・ローラがいるのはどうも現実感が無い。

 そんな俺を他所に雜賀がミスティを席に促し全員が腰かけたところでようやく今日のメインイベントか始まっていくのだった。

 

「それで? 依頼の内容を聞こう」

「えぇ。あなたにはある組織の調査に協力をして欲しいの」

「…………すまん、もう一度良いか?」

「だから、ある組織が裏をやっているかを調べるために協力して欲しいの。具体的にはあなたにその組織に潜入してもらいたい」

「…………」

 

 たっぷりと十秒の間、俺は言葉を失っていた。まるで言葉を遠くに置き去りにしてしまったかのように。

 頭の中で言われた事を何度反芻しようとも理解が追いつかなかった。

 

 組織に侵入?

 

 俺が?

 

 例えるのなら喫茶店の看板を出しているのに最新の洗濯機を注文されるような、一般車両以外立ち入り禁止の道路に面した家の電話に突然ジャンボジェット機の着陸要請がきたような、そんな状況。

 ようやく言葉を思い出した俺は混乱する頭を整理しながらゆっくりと聞くべき事を順序立てて問い始める。

 

「雜賀」

「なんだ?」

「これは……ドッキリか何かか?」

「いや」

「これは……間違いなく俺への依頼なのか?」

「あぁ」

「そうか……」

 

 それだけ聞くと俺は急ぎドリンクを空にしてから、髑髏面の歯を元に戻しながら荷物をまとめ始める。

 

「待て! どこへ行く」

「どこへ? 決まってるだろう、帰るんだよ。こんな茶番付き合ってられるか」

「待って! この調査にはあなたの力が必要なの!」

「他を当たるんだな! 俺はデュエル屋だ。スパイじゃない。こんな依頼は管轄外だ」

『っ!?』

「ニケ、落ち着け!」

「雜賀、お前にはがっかりしたよ。緊急の依頼だから来てみれば、まさかこんな手の込んだ冗談に付き合わされるなんてな」

「ニケ! これは冗談なんかじゃない」

「冗談じゃないとしたら尚の事質が悪い! 良いか? デュエル屋ってのは依頼された日時、依頼された場所で、依頼された相手とデュエルをするのが仕事で、それが全てだ。そこに潜入調査なんてオプションは付いてないんだよ!」

「お願い! 最後まで話を聞いて!」

「お断りだ! 依頼人の事情に興味はないし、聞く気もない。それが俺の主義だ。いらない情報を知っただけで何か面倒事に巻き込まれるのはご免だからな」

 

 自然と語気が強くなる。

 これも折角オフにしていた日にこんな質の悪い冗談に付き合わされ時間を潰されたせいか。雜賀はビジネスパートナーとして信頼していたのだが裏切られた気分だ。

 このまま直帰しよう。

 そう思い俺はドアに手を掛け部屋を出ようとした時、ミスティが俺の袖を掴んで引き止める。

 

「……手を離してくれ」

「嫌よ。もう頼れるのはあなたしかいないの……」

「頼る相手を間違えているな。俺はデュエル以外に取り柄の無い人間だ。潜入なんてのはそもそも畑が違う」

「お願い……」

『あっ!!』

 

 そう言いながらミスティは俺の袖から手を掴み直し指を絡めてくる。柔らかい指の感触は手袋越しに伝わり、俺の手をまるで繊細なガラス細工を扱うかの様に両手で優しく包み込む。ほとんどの男の決心を揺らすには十分すぎる破壊力だろう。だけど俺の決心は変わらない。

 

「断る」

「待ちなさい」

 

 手を振りほどいて出ようとする俺を再び捕まえて強引に引き止める。

 そして空いている手でローブの中に引っ込めると、徐に一つの分厚い茶封筒を取り出した。

 

「ここに百万あるわ」

「あのな。これは金の問題じゃなくて」

「話を聞いてくれればこの百万を直ぐに支払う。あなたが依頼を受ける受けないに問わずよ」

「…………何?」

「この百万はあなたの主義を曲げて私の事情を聞いてもらうための代金。依頼を受けてくれるなら前金でこの場でさらに四百万円あなたに支払うわ。そして依頼を達成してくれたら報酬として五百万円支払う」

「……いや、だが話を聞いただけで」

「いいえ、誓うわ! ここであなたに事情を話したとしてもそれだけであなたに不利益を被る事は一切ない。誓約書を作ってサインしても構わないわ」

「…………」

「…………」

「…………」

『…………』

 

 彼女の目に嘘は無い。余程込み入った事情があるのが伺える。

 沈黙の間、話だけを聞くリスクを考えた。

 誓約書を交わしたとしても所詮は紙切れ。立場上公的機関に訴える事のできないため拘束力は低い。相手が初めからこちらを巻き込むつもりなら否が応でも巻き込まれる危険はある。しかし最終手段としてこちらもこの誓約書をマスコミにでも垂れ込めばスキャンダルは免れないはず。そう考えると相手が誓約を破るとは考え辛いか。 

 数秒の思考の末、考えをまとめ結論を告げた。

 

「分かった。まずは誓約書を書いてくれ。それで話だけは聞こう。依頼を受けるかは聞いてから決める」

「ありがとう。助かるわ」

 

 こうしてミスティに誓約書を書かせた後、彼女の口から今回の依頼までの経緯、そして俺への依頼の詳細な内容が語られていくのだった。

 

 

 

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 アルカディア・ムーブメント

 

 それはデュエル教育業界においてここ数年で発展が目覚ましい企業である。元はサイコデュエリストと呼ばれるデュエル中に使用したカードの効果を現実に及ぼす力を持つデュエリストの能力を抑える研究をしている組織であった。だが組織の規模が大きくなってからは今後その力が発現する可能性のある人間を見つけてそれを未然に防ぐと言う名目の元、デュエル塾としてデュエル教育界に殴り込みをかけたのが5年前。当時の事を俺は知らないが、世間では直ぐにデュエル教育界から撤退すると思われていたらしい。

 しかし実際は今年ネオ童実野シティ内で最多受講生を抱える塾となる程の成長を見せている。そこまでの人気を博したのは独自のレベル別クラス分けシステムと充実した施設にある。

 今までのデュエル塾のクラス分けでは学年毎に分かれて講義が実施されるのが一般的だったのだが、アルカディア・ムーブメントでは年齢に関係なく完全な実力によってクラス分けがなされ、そのレベルに合わせたカリキュラムが組まれている。

 クラスは全部で6段階。デュエルをした事のない人のために基本的なルールやカードの扱い方を教えることを目的としたクラス"レベル1"、基本のルールは理解しているがデュエルの経験が少ない人のために実戦でカードの知識を増やしていくことを目的としたクラス"レベル2"、この二つが初心者向けのクラスで申請すれば直ぐに入ることができる。

 しかしそれ以降のクラスに入るには実技試験を受けなければならない。そのデュエルの内容に応じて、一般的には"レベル3"、"レベル4"、"レベル5"のクラスに配属される。パンフレットの説明を要約すると"レベル3"は初心者からまだ毛が生えた程度の実力の人が所属するクラス、"レベル4"は地区大会参加者の平均的な実力に相当する人が所属するクラス、"レベル5"は地区大会の上位入賞者の実力に届いており将来プロとしての活躍が見込まれる人が所属するクラスといったところのようだ。

 そしてアルカディア・ムーブメントの頂点となるのが特進クラス。"レベル5"とは一線を画す実力者のみで構成されたクラスでアルカディア・ムーブメントで提供されるサービスを全て無料で受けることができる特権がある。但し具体的な配属の条件の説明は無く、現状このクラスに所属している人間は僅か二人だとか。

 また施設の方では遠方からの受講生や家庭での事情を抱えた生徒などが利用できる寮も存在し、会員ならば申請することで会員割引の価格で宿泊することもできる。シティの高層ビルが丸ごとアルカディア・ムーブメントの施設になっており、何と言ってもデュエル場の数が圧倒的に充実しているのが売りだ。

 しかし組織の規模が大きくなればそれだけ悪い噂も立つようで、裏で違法な研究を行っているやら、洗脳教育をしているやら、ヤクザから金を貰っているやら、果ては世界征服を目論んでいるといったものまで存在する。

 荒唐無稽な噂もあるが火のないところに煙は立たないという言葉もあるように、こう言った噂が立つのは裏で何か良からぬことをしているのではないかと勘ぐってしまうのが人の性であろう。ましてそれが身内が関わっているなら尚更だ。

 そして今回のミスティから依頼があった理由もそこにある。なんでもミスティの唯一の肉親であるトビーという弟がアルカディア・ムーブメントに通っているのだとか。彼には僅かにサイコデュエリストとしての力が見られたようで、当時黒い噂など露知らずそのためにサイコデュエリストの研究機関であるアルカディア・ムーブメントに行くことを決めたらしい。

 それからその噂を聞いたミスティは念の為にと雑賀に依頼する前には私立探偵に企業の調査を依頼したらしい。ところがその探偵事務所の担当者は数週間後には連絡が取れなくなり消息不明に。セキュリティに事務所が捜索願いを出すもその探偵の足取りは掴めなかったそうだ。そこで事務所総出でその探偵の行方を探ろうとしていたらしいのだが、それから一週間後には事務所そのものが無くなっていたらしい。

 流石におかしいと思ったミスティはそれから様々な裏の事情に詳しい情報屋を探し、そうして雑賀にぶつかったのだとか。セキュリティに依頼しなかったのは事を大きくしてマスコミにスキャンダルとして取り上げられるわけにはいかないという彼女ならでは立場の問題があるからだ。

 それから雑賀の調査の結果、アルカディア・ムーブメントに融資をしている企業の裏にはすべて俺に依頼を出す裏組織の”遊々会”が関わっている事が判明。しかも調べれば怪しい金のやりとりがいくつも見つかったのだが、セキュリティはそれを黙認してる節があるそうだ。

 その資金が何に使われてるかまではアルカディア・ムーブメントの中枢のセキュリティが堅くて分からなかったそうだが、それでもアルカディア・ムーブメントが裏で何かをやっている事を明白。ミスティは弟にアルカディア・ムーブメントを辞めた方が良いと説得をしたのだが、しかし弟は首を縦に振らなかった。弟曰くアルカディア・ムーブメントでの生活の中で不信な事は何ひとつないとの事らしく、頑なにアルカディア・ムーブメントを辞めることを拒んだそうだ。

 

――――何も、何もあそこの事を知りもしないくせに、噂だけで決めつける姉さんなんて嫌いだっ!

 

 確かに不信な金の動きはあるが、それを使って何をしているかまでは掴んでいないのは事実だったため、その一言は痛いところをついていた。普段は聞き分けの良い弟が珍しく意地になってまで反対してきた事もあってその時は強引にやめさせる事が出来なかったらしい。

 しかしミスティはアルカディア・ムーブメントが裏で何をしているのかを確かめるないで、このまま弟をアルカディア・ムーブメントに通わせることはできないと思い、こうして再び雑賀に調査の依頼が出されたのだ。ただ最初の依頼の時に手を尽くした通り外部からのハッキングではアルカディア・ムーブメントの中枢にアクセスする事は困難であった。下手に侵入しようとすれば雑賀でさえも足がつく可能性が高い。より深い情報を得るには内部からの協力が不可欠と言うのが、雑賀の結論だった。

 そこで白羽の矢がたったのが俺と言うわけだ。今回の俺への依頼はアルカディア・ムーブメントの最上位クラスの特進クラスに入り、アルカディア・ムーブメントの中枢に近づく事。そして隙を見計らって雑賀が外部からのハッキングを出来るように内部からアシストをする事だ。俺の実力と素性を知る雑賀だからこそ思いついた方法だ。

 結論から言えば俺はこの依頼は受けることにした。

 決め手となったのはやはり報酬が魅力的だったことだ。今回の依頼でかかる費用はすべて別途で支払われる上、サイレント・マジシャンをデュエルアカデミアに入学させるのに掛かった費用の元を前金だけで余裕で取り戻せ、目標の2億に近づけるのは大きい。

 だが危険があるのも事実だ。相手に嗅ぎ回っている事がバレれば先の探偵の二の舞になりかねない。

 だからそうならないためにも今回の準備は徹底している。雑賀からは変装のための人工スキンにマイクロボイスチェンジャーなどを受け取った。それらを全て装着すると冴えない容姿の俺でも白髪の青目のイケメンに早変わりするのだから最近の技術進歩の恐ろしさを感じる。でもサイレント・マジシャンは変装した俺の姿があまりお気に召さないらしい。唯一彼女が気に入ったのは髪だけ。初めて完全変装した時も俺の髪だけは嬉しそうに見ながら「お揃いですね」と微笑んでいた。

 

 そんなこんなで準備を整え一週間。

 俺はアルカディア・ムーブメントの体験入学に来ていた。

 体験入学では受けるクラスを自由に選べるという事だったので、選択出来る一番レベルの高いクラスのレベル5の講義に参加している。

 前半の講義は座学。講師は教室の前の大モニターに映し出されるスライドの資料を使いながら講義を進めていく。教室はデュエルアカデミアと同じぐらいの広さだが、教室に座っている人数は二十人に届かないくらいである。流石にレベル5にもなるとそれなりの実力者の集まる少人数クラスになるようだ。

 静まり返った教室の中で講師の説明と板書を取る音だけが淡々と聞こえてくる。今回の講義のメインテーマは魔法使い族というのもあって講義内容で目新しいものは無い。故にこうして講義を聞くふりをしながら別の事を考える余裕があるのだ。

 

 ちらりとサイレント・マジシャンの方を見る。

 俺とは違って真面目な表情で講義を聴く様子を見ると一体どちらが入学しにきたか分からないな。

 

「……」

『……』

 

 俺の視線に気付いたサイレント・マジシャンは一瞬だけこちらを見たが、直ぐに視線を逸らしてしまう。いつもなら微笑み返してきたり、話しかけてきたりと何らかの反応をするのだが、今回は完全な無反応だ。一つの出来事としては些細なことでいちいち気にかける程の事では無いかもしれない。

 だが三年も一緒に過ごしてきた俺には分かる。サイレント・マジシャンが珍しく機嫌が悪いと。別に話しかければ一応返事は普通にある。ただ普段の彼女の反応と比べるとなんだか冷たいように感じるのだ。

 彼女の態度が変化したのは何時頃だっただろうか。少なくともこの依頼を受けて帰った後は特に変わった様子は無かったはず。俺が違和感に気が付いたのは寝不足で登校した日だ。前日に夜更けまでアルカディア・ムーブメントで使用するデッキの構築を練っていたせいで、その日はいつよりも深く授業中に寝てしまっていたのだが、普段だったら俺が指名されたら後ろの席からサイレント・マジシャンが小声でサポートしてくれたりするのにそれが無かった。別に彼女のサポートが無かろうと教師から小言を言われるだけで済むので大した事では無いと言えばそれまでなのだが、どうにもその頃から彼女の様子は何かおかしかったような気がする。いったい何が彼女の機嫌を損ねているのか心当たりが無いだけに対処のしようがない。

 そんな事を考えていると講義の終了を告げる鐘が鳴る。80分の講義だったのだが、拍子抜けする程あっという間に終わってしまった。

 

「はい、と言う事で本日の講義はここまで」

 

 講師が講義の終了を告げると、受講生は飲み物を飲んだり席を立って友人と話したりとそれぞれが思い思いの休憩を取り始める。

 講義を終えた講師は講義資料を纏めを終えると、一番後ろに座っている俺の元までやってきた。

 

「どうですか今日の講義は? 流石に難しかったでしょうか?」

「いえ、問題ありませんでした」

「それは何よりです。次は休憩を挟んで実技に移ります。デッキの準備はできていますか?」

「はい。よろしく御願いします」

 

 普段と違う声が自分の口から出ている事に未だに違和感が拭えない。これからは当分この姿で過ごすことになるのだから早いうち慣れなければ。

 

「ご存知だとは思いますが当アルカディア・ムーブメントではレベル3以上のクラスを希望される方には実技試験を受けて頂いております。なのでご希望のクラスに配属されるない場合がございますのでご了承下さい」

「えぇ、大丈夫です」

「まぁ先程の講義に問題なくついて来れるようであればレベル4以上のクラスには入れると思いますよ。ちなみに現時点では何処のクラスをご希望ですか?」

「それは勿論、“特進クラス”です」

 

 “特進クラス”と言う言葉を聞いて教室の空気が変わる。こちらの様子など気にもしていなかった受講生達がこの会話に一斉に耳を傾けて始めたのが分かる。やはりレベル5のクラスの人間は最上位クラスである“特進クラス”に並々ならぬ思いがあるらしい。

 

「っ! それはまた……随分と自信があるようですね」

「当然です。相手がたとえ誰であれ負けませんから。特進クラスに配属されるには実技試験の相手に勝てば良いのでしょうか?」

「そ、そうですね。一概にそうとは言いきれないのですが、少なくとも実技試験で勝つぐらいでないと特進クラスへの配属は難しいでしょう。あとそのデュエルの内容も重要ですね」

「なるほど。ちなみに試験の相手はどうなっているんでしょうか? あまり弱過ぎると特進クラスにふさわしい実力があるかを計りきれないと思いますが?」

「それは……」

「ねぇ、君」

 

 講師と俺の会話に見覚えのある顔が割って入ってきた。

 やってきたのは姉と同じ黒髪を肩まで伸ばした少年、今回の依頼主の弟のトビーだった。その顔つきを見ただけで不快そうな様子が伝わってくる。ちなみに彼がミスティの弟であると言うのは世間では知られていない。これもプライベートを守るためのことらしい。

 

「何でしょう?」

「さっきから聞いていれば随分とデュエルに自信があるみたいだね」

「あぁ。ごまんとデュエルをしてきたけど、ここ三年で負けた事は一回しかありませんから」

「へぇ、なるほどね。それは凄い。でも今まで君がどんな相手とデュエルしてきたかは知らないけど、格下相手に重ねた勝利なんてここでは全く役に立たないよ」

「わざわざ忠告どうもありがとう。けどデュエルにおいての格下や格上といった考えは分かりかねます。一度デュエルで向き合ったら相手と自分は対等。その後の結果でどちらが強かったが示される訳で、デュエルをする前から格下だとか格上だとかを考えた事はありませんが」

「ふっ、そうだったね。確かに外のランキング付けされてない人達とデュエルをした所で格下か格上かなんて分かりはしないか。だったら教えておくけど、ここではデュエルの戦績に応じてランキングが存在するんだ。ランキング上位になるには自分よりも順位が高い相手を倒さなければならないし、逆にランキングが下の相手に負ければ順位は下がる。このランキングによってここでは格上や格下が明確に示されるんだ」

「ほう、それは知りませんでした。要するにまだランキングに入れてない私は万が一実技試験で特進クラスに配属されなくても上位ランカーを倒していけば自ずと特進クラスに入れるということですね」

「はぁ……どうやら僕の言ってる意味が正しく伝わらなかったみたいだね。じゃあハッキリ言うよ。特進クラスは君みたいなポッと出が簡単に入れるような場所じゃない。身の程を弁えた方が良いよ」

「あぁ、なんだそう言う事。だけど私が特進クラスに入るかを決めるのは実技試験であって君ではありませんよね? だとすれば私が特進クラスに入れないと決めつける事は出来ないのではないでしょうか?」

「……君には口で言ってもわからないか。次の実技の自由対戦の時間、僕が君の相手をしよう。その時ここの厳しさを教えて上げるよ」

「それは光栄ですね。対戦を楽しみにしていますよ。え〜っと……」

「僕はトビー。アルカディア・ムーブメント序列十三位のデュエリストだよ」

「八城です。よろしく」

 

 それだけ言い残すとトビーは自分の机に戻っていった。

 教室中からは“身の程知らず”とか“あの自信を粉々にしてやれ”と言った声がちらほらと聞こえてくる。

 そんな空気に居心地が悪くなったようでまったく親切なことに講師も「では」と言ってこの場を早々に立ち去っていった。

 当然こんな状況の俺に近づいてくる人間はいない。

 一人次の実技の講義の準備をしながらこう思った。

 

 計画通り。

 

 思わず口元が緩みそうになるのをなんとか堪える。

 敢えて自信家を装い特進クラスに入る意志を示した事でレベル5の受講生の注目を集めることができた。最低でもクラスの敵愾心は煽るつもりだったが、特定の人間が俺に挑んでくるという状況は最上だ。これで相手は全力で俺を叩き潰しにくる。そう、言い逃れができないくらいに力を振り絞って。

 こんな状況を作り上げた理由は特進クラス配属のための保険だ。実技試験で負けるつもりは毛頭無いが、それでも特進クラスに配属されない可能性もある。その可能性の芽を摘むためにこの体験入学での実技講義の間に実力を示す必要があった。

 

“全力を振り絞ったレベル5の人間を圧倒的な力をもってねじ伏せる”

 

 そんな場面を見れば否が応でも俺がレベル5とは一線を画した実力者である事が分かるはずだ。そうすれば特進クラスへの潜入任務の第一段階はクリアだろう。唯一の誤算は突っかかってきたのが依頼人の弟のトビーだった事ぐらいか。尤もその事は今回の任務の障害にはなり得ない。

 後は派手にトビーを倒すだけ。そのためのデッキは準備してきた。事故が怖かったため演出用のカードは1枚しか仕込めなかったが、それをタイミング良く無事引く事ができるか。それが勝負の鍵だろう。

 デュエル場へ移動を始めた受講生の最後尾について行きながら俺は今回のデュエルへ思いを馳せていく。

 

 

 

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「ここが本日のデュエル場となります」

 

 案内されたのはデュエルアカデミアにも引け劣らない程立派なデュエル場だった。このフロアだけでも八ヶ所ものデュエル場が存在するらしい。

 

「それでは実技の講義に移っていきます。今日は早速自由対戦の時間に入っていきます。対戦相手が見つかった人から教えてください。また興味のあるデュエルがある人はその見学でも構いませんよ」

「「「…………」」」

 

 講師がそう告げると視線が一斉に俺に集中する。

 どうやらレベル5の受講生全員が俺のデュエルをご所望らしい。

 

「じゃあ僕と八城君でお願いします」

 

 トビーが空気を読んで講師にデュエルを申請する。

 その申請を受け講師が俺たちをデュエルリングに案内すると、そのリングを囲む様にレベル5の生徒が集まってくる。今回の目的は俺の実力を示す事のため証人が多いに越した事はないのだが、やはりどうにもギャラリーが居る中でのデュエルは苦手だ。

 互いにリングの端と端に立つと審判がリングの外から声をかけてきた。

 

「八城君にトビー君。準備は良いですか」

「はい、大丈夫です」

「いつでもいけます」

「それでは……デュエル開始!」

「「デュエル!」」

 

 先攻は俺。

 まずまずの初手か。派手な演出をするためだけにいれたカードやこのデッキ故に起こりうる手札に来て欲しくないカードも初手に見えるが、それ以外の3枚は良い。あとキーカードが1枚来れば完璧と言った所か。このデッキの初陣となるこのデュエル、任務のためにもここは最高の動きを見せたいところだ。

 

「私のターン、ドロー」

 

 来た!

 思わず笑みがこぼれそうになる。幸先のいい事に完全に求めていた1枚が手札にやってきた。作って間もないデッキだが、どうやら俺に全面的に力を貸してくれるようだ。

 

「私は『マンジュ・ゴッド』を召喚」

 

 最初に俺が繰り出したのはこのドローで引き当てたこのモンスター。人型をしたそれだが、体を構成する顔の皺すらも手によって成り立っている。鈍く光る深緑の金属質な体は光の当たる角度によって色合いが変化して見える。

 

 

マンジュ・ゴッド

ATK1400  DEF1000

 

 

「このカードの召喚成功時、デッキから儀式モンスター1体か儀式魔法カード1枚を手札に加える事が出来る。私が手札に加えるのは『イリュージョンの儀式』」

「『イリュージョンの儀式』?! ……と言う事はっ!」

 

 俺の手札に加えた『イリュージョンの儀式』に対戦相手のトビーや周りのレベル5の受講生は驚き、そして恐らくカメラ越しでこのデュエルを見ている人間の注意も大きく引けた事だろう。

 何せこのカードはこの世界のデュエルモンスターズの創始者であるペガサス・J・クロフォード氏が使用していた儀式モンスター『サクリファイス』を呼び出すためのカードなのだから。ネームバリューとしては最適な部類のカードだろう。

 そしてそれを使いこなせる人間なのか否か、見ている人間はこのデュエルに関心を持つはず。周りの受講生達は“使いこなせる訳ない”だの“どうせハッタリだ”だの、まだ俺の実力を疑う声が多いようだ。だがこれで派手に俺の実力を示す事が出来れば、目的通り“アルカディア・ムーブメント”の研究の深奥に近づける。

 デュエルの内容としてはこの初ターンでサーチした儀式魔法によってデッキのネタが割れてしまうのは少々痛手ではあったが、寧ろこのデッキのメインがそれだけだと勘違いしてくれたら僥倖だ。

 

「カードを2枚伏せ、ターンエンド」

 

 我ながらよくもここまで理想な組み合わせの手札を揃える事が出来たものだ。ほくそ笑む内心が表情に溢れていないか少し心配である。

 このデッキの万全な布陣を前に、さてどう打って出てくる?

 

「僕のターン、ドロー。僕は『エーリアン・ウォリアー』を召喚」

 

 巨大な爪で地面を踏みしめながら二足歩行のエーリアンが『マンジュ・ゴッド』と相対する。体の七割は白い滑らかな外甲で覆われ残りの部分からは紺色の発達した筋繊維が見える。鋭く尖った歯列を振るわせ唸る様子を見ていると、直ぐに巨大な両腕の鉤爪で襲われそうだと思わされる。

 

 

エーリアン・ウォリアー

ATK1800  DEF1000

 

 

「さらに自分が“エーリアン”モンスターの召喚に成功した時、『エーリアン・ドッグ』は手札から特殊召喚する事が出来る。来い!」

 

 『エーリアン・ウォリアー』の横に駆けつけたのは犬型のエーリアン。チワワのような姿だが、犬のようにふさふさの毛など一本も生えておらず、体表の半分は白く滑らかな外甲に覆われ残りの半分は青い筋繊維が剥き出しとなっている。

 

 

エーリアン・ドッグ

ATK1500  DEF1000

 

 

「この効果で特殊召喚に成功した時、相手の場の表側表示のモンスターにAカウンターを2つ置く。僕は『マンジュ・ゴッド』にAカウンターを2つ置くよ」

 

 『エーリアン・ドッグ』が吐き出した紫色の蠢く肉塊のようなものが二つ『マンジュ・ゴッド』にかけられる。その肉塊を引きはがそうと何本もの腕で擦るが、一向に剥がれる気配はない。

 

 

マンジュ・ゴッド

Aカウンター0→2

 

 

 この一連の流れで俺は確信した。

 トビーのデッキは“純エーリアン”デッキ。

 爬虫類族テーマであり、強力なコントロール奪取の専用カードを複数持つのが特徴。爬虫類族と言う事で種族専用サポートであるトラップカード『毒蛇の供物』にも警戒が必要だ。自分の場の爬虫類族モンスター1体を破壊する事で場のカードを2枚破壊するというそれは下手な受け方をすれば一瞬で戦況をひっくり返されかねない。

 さらにエーリアンデッキの要とも言えるあのシンクロモンスターが序盤に出された場合、戦況はすこぶる悪くなる。あのカードはこのデッキの天敵となりえるモンスターだ。用心せねば。

 ただ……

 

「これでバトルだ! 『エーリアン・ウォリアー』で『マンジュ・ゴッド』に攻撃」

 

この状況。俺のセットカード2枚を無視してモンスターを展開し仕掛けてくるとは余りにも愚直すぎる事だ。

 

「攻撃宣言時トラップカード『ゴブリンのやりくり上手』を発動」

「……?」

 

 攻撃に干渉する効果を持つ訳でもないトラップカードの発動にトビーが疑問の表情を浮かべる。どうやらこのカードの発動に対して何もないようだ。

 『エーリアン・ウォリアー』が『マンジュ・ゴッド』に向けて駆け出す中、俺はさらにカードの発動を続ける。

 

「さらに永続トラップ『強制終了』も発動」

 

 俺の場に2枚のセットカードが露となる。

 トビーは何かを発動するでも無くこの様子を呆けたように眺めているようだ。

 『エーリアン・ウォリアー』が巨大な鉤爪を大きく振りかぶる中、俺はこの2枚の効果を起動する。

 

「まずは『強制終了』の効果。自分の場のこのカード以外のカード1枚を墓地に送る事で、このターンのバトルフェイズを終了する。俺が墓地に送るのは発動している『ゴブリンのやりくり上手』」

 

 ピタリ。

 

 『マンジュ・ゴッド』の眼前で『エーリアン・ウォリアー』の鉤爪が停止する。

 バトルが終了した事でその鉤爪が『マンジュ・ゴッド』に触れる事はない。

 俺の場で露わになっていた『ゴブリンのやりくり上手』のカードは墓地へと消えていった。

 

「そして『ゴブリンのやりくり上手』の効果。自分の墓地に存在する『ゴブリンのやりくり上手』の枚数+1枚を自分のデッキからドローし、自分の手札を1枚選択してデッキの一番下に戻す。『強制終了』によって発動した『ゴブリンのやりくり上手』は既に墓地にいっているため俺は2枚ドローし、1枚をデッキの一番下に戻す」

 

 本来『ゴブリンのやりくり上手』を発動した場合、1枚目では墓地に『ゴブリンのやりくり上手』が存在しないため1枚ドローし手札を1枚デッキのボトムに戻すだけになり手札アドバンテージに繋がらないどころか、全体を考えれば自分に1枚のディスアドバンテージをもたらすカードとなる。

 しかし『強制終了』と合わさればそれは覆る。バトルフェイズを終了させるためのコストを補いつつディスアドバンテージ無しでのドローを可能とするこの組み合わせはまさにコンボと呼ぶにふさわしい。

 

「そう簡単に攻撃が通るとは思わない方が良いですよ」

「くっ……僕は永続魔法『古代遺跡コードA』と『補給部隊』を発動し、カードを1枚伏せる。これでターンエンド」

 

 なるほど。モンスターを並べてきたのは『サクリファイス』を意識しての事だったか。『古代遺跡コードA』も『補給部隊』も、自分の場のモンスターが破壊される事がトリガーになって発動する効果を持つ。しかし『サクリファイス』の能力の前ではモンスター効果に耐性の無いモンスターなど破壊を介す事も無くあっさり処理されてしまう。しかしそうやって処理ができるのは1体だけ。そこでモンスターを並べる事で『サクリファイス』1枚では『古代遺跡コードA』と『補給部隊』のどちらのカードの効果も発動させるような盤面を作り上げたと言う事だ。そこの辺りの思考ができる辺りレベル5の序列十三位は伊達ではないらしい。

 

「私のターン、ドロー」

 

 『ゴブリンのやりくり上手』のドローから確実に良い流れは俺にきている。特に『マンジュ・ゴッド』を無事このターンまで残らせたのは大きい。色々考えたが後はあの1枚のセットカードで『サクリファイス』の召喚を妨害されないかが問題だ。

 

「儀式魔法『イリュージョンの儀式』を発動」

 

 『イリュージョンの儀式』の発動によりフィールド全体が薄暗くなった。

 三つの魔方陣が並ぶと、両脇の魔方陣からは腰程の高さまである銀のゴブレットが、真中の魔方陣からは緑色の絨毯の上に乗せられた黄金の壺が召喚される。黄金の壺の胴は太く、そこに刻まれたウジャト眼はまるで見つめるこちらのすべてを見透かしているような不気味さを感じる。

 トビーは雰囲気が変わった周りの景色を見渡すばかりでこのカードに対する妨害を仕掛ける様子はない。このままいけるか?

 

「手札、または場からレベルの合計が1以上になるモンスターをリリースし、手札から『サクリファイス』を儀式召喚する。私は場の『マンジュ・ゴッド』をリリース」

 

 『マンジュ・ゴッド』の魂が緩やかに炎に変換されていくと、その炎は鮮やかな赤ワインのように右のゴブレットに注がれていく。

 右のゴブレットを『マンジュ・ゴッド』魂が満たすと、一瞬の静寂の後、火山の噴火を思わせる勢いで紫の炎がゴブレットから吹き上がり、それは壺へと吸い込まれていく。

 

 ゴクリッ。

 

 会場のどこからかそんな生唾を飲み込む音が聞こえた気がする。

 会場の視線がこの儀式に集中しているのが感じられる。

 皆は待ちに待っているのだ。このデュエルモンスターズの創始者のペガサス・J・クロフォード氏が使用していたモンスターの登場を。

 ゴブレットが空けられ壺に全てが収まると、壺がカタカタと揺れる音だけがホール全体に響き渡る。

 会場の期待が最高潮に達した時、俺は高らかに召喚を宣言した。

 

「『サクリファイス』を特殊召喚!」

 

 俺の宣言と同時に刻まれたウジャト眼を中心に壺が勢いよく膨れ上がる。色はウジャト眼が収まるくらいの円部分は深緑へ、その周り部分は金から薄鼠色に変わり、形状は球形へと変化し浮上する。しかしそれだけでは変化は収まらず、ウジャト眼を正面から捉えて見た時の両側面の上部からはラグビーボールのような形状の深緑色の肩が、真下の部分からは鋭利に尖ったスズメバチの尻のような黄色と黒の縞模様の円錐が飛び出す。突き出た肩からはだらりと腕がぶら下がり、手には五本の漆黒の鋭い爪が伸びて不気味に光を反射していた。

 やがてウジャト眼を囲む薄鼠色の表皮には深い皺が刻まれ縦に真っ二つに割るように大きな亀裂が奔る。それはまるでミカンの皮が捲られていくように、下から薄鼠色の表皮がめくれ上がり『サクリファイス』の胴体が露となった。

 真っ先に目を引くのは腹の部分に開けられた胴体と同じ幅の直径の穴だ。その奥は光すらも逃さぬブラックホールの如く底の見えない暗闇。それとは対比的に穴の周りは白い体組織で縁取られ、その穴で呼吸をしているかのように収縮と膨張を繰り返す。

 ウジャト眼の刻まれた眼球はそのまま細長い首と繋がっており、その首が直接胴体に接続されている。

 とてもじゃないがサイレント・マジシャンと同じ種族であるとは考えられない異形の怪物、これこそが『サクリファイス』だ。

 

 

サクリファイス

ATK0  DEF0

 

 

「これが……あの『サクリファイス』……」

 

 儀式によって薄暗くなった会場は元に戻り『サクリファイス』の姿がはっきりすると、その悍ましい姿に対戦相手のトビーは戦慄していた。カードのイラストでその姿を知っていたとしても、こうしてソリッドビジョンで召喚して実際に動いている姿は別物だろう。

 だがこの姿だけで驚いているようでは今後の絵面に耐えられないのではないかと俺は危惧の念を抱いた。

 

「『サクリファイス』のモンスター効果発動。1ターンに1度、相手の場のモンスター1体を選択し、装備カード扱いとしてこのカードに1体のみ装備する。私が選択するのは『エーリアン・ウォリアー』」

 

 呼吸をするかのように収縮と膨張を繰り返す穴の周りの体組織が一気に広がり、穴が大きく開かれる。そう、これが『サクリファイス』の補食の合図だ。

 大きく開かれた底の見えない穴はまさにブラックホールの如く周りのものを強力な引力で吸い込み始める。ウジャト眼が怪しく紫に光ると、穴が全てを吸い込もうとする向きとは反対に紫色の光を帯びた魔力が放出されていく。その紫の魔力は『エーリアン・ウォリアー』の体に絡み付くと、穴蔵に引きずり込もうとする蛸の触手のように『エーリアン・ウォリアー』を穴に引き寄せていく。

 『エーリアン・ウォリアー』は抵抗しようと懸命に藻掻くが、それも虚しく『サクリファイス』の穴に引き込まれその姿を消す。

 

「『エーリアン・ウォリアー』が……吸収された?」

「君の『エーリアン・ウォリアー』ならここですよ」

 

 『サクリファイス』の捲れ上がった外皮が再び胴体を覆うように閉じられる。すると薄鼠色の外皮は内側からボコボコと盛り上がっていく。生々しく膨れ上がる勢いに負け薄鼠色の外皮は突き破られ表面に『エーリアン・ウォリアー』の体が浮き出る。

 

「うっ……」

「『サクリファイス』の攻撃力・守備力はこのカードの効果で装備したモンスターのそれぞれの数値になる」

 

 予想通りと言うべきか、トビーの顔色は悪くなっていた。

 審判の顔も引きつって見えるのは気のせいではないだろう。

 

 

ATK0→1800  DEF0→1000

 

 

 これでフィールドはこちらが優勢に傾いた訳だが、ここは畳み掛けるべきか。

 だがここで召喚権を使ってフィールドのモンスターを一掃する召喚反応型のトラップ『激流葬』を踏み抜いたら目も当てられない。しかしこのまま攻撃を仕掛けて攻撃反応型の妨害を喰らうとそれはそれでよろしくない。まぁその場合はメインフェイズ2で召喚権を行使すれば良いだけだが。

 このまま攻撃に移って一番最悪なパターンは妨害も何も無く攻撃が通って、永続魔法『補給部隊』と永続魔法『古代遺跡コードA』の効果を使われる事だ。

 永続魔法『補給部隊』は1ターンに1度、自分の場のモンスターが破壊された時にカードを1枚ドローする効果を持ち、永続魔法『古代遺跡コードA』は自分の場のエーリアンモンスターカードが破壊される度にエーリアンカウンターが乗る。そうなれば相手にアドバンテージを取らせるだけでなく、メインフェイズ2でこいつを召喚する意義も失われる。

 よし、やはりここは仕掛けよう。これで何も妨害を受けなければ、俺はこのデュエルの流れを完全にモノに出来るし、見栄えとしても十分なはずだ。

 少しリスクについて考えた後、俺はさらに手札のカードに手を掛ける。

 

「さらに俺は『魅惑の女王LV3』を召喚」

 

 『サクリファイス』の隣に小さな魔方陣が描かれる。溢れる黒い光の粒子と共に美少女が姿を現す。鳶色のベリーショート髪、陶器のような白い肌。幼さがまだ残る顔立ちながらも、顔のパーツはつり上がった目、高い鼻、薄い唇と整っており、薄らと笑みを浮かべるその表情からは色気を感じさせる。衣装は肩を露出させたツーピースで、上半身部分はワインレッドをベースにゴールドやシルバーの装飾がなされ、スカート部分はシックな黒で纏められている。上の衣装はボディラインがピッチリわかる作りになっており、控えめな胸ながらも腰はしっかり引き締まっているスレンダーな体つきが見てとれる。右手に持っている尖端に赤い宝玉が付けられた金の長杖を軽々とバトンのように回すだけで、男の視線は惹き付けられるだろう。

 

 

魅惑の女王LV3

ATK500  DEF500

 

 

 最も警戒していた『激流葬』は発動されなかった。

 『サクリファイス』の効果が通っている事から、モンスター効果に対する妨害の可能性は低いはず。

 

「1ターンに1度だけ相手の場のレベル3以下のモンスター1体を選択し、装備カード扱いとしてこのカードに装備する事が出来る。これにより『エーリアン・ドッグ』をこのカードに装備する」

 

 『魅惑の女王LV3』はおもむろに『エーリアン・ドッグ』に歩み寄る。カツッ、カツッとヒールを踏みならす音だけが会場に響く。ただ歩くその様を一つとっても色っぽく見えるのは“魅惑”の名を冠する女王だからなのか。

 『魅惑の女王LV3』は『エーリアン・ドッグ』の目の前で立ち止まると、顔を近づけていく。そして顔と顔が迫り『魅惑の女王LV3』の唇がゆっくりと開かれる。『エーリアン・ドッグ』は眼前に敵が居ると言うのに動かない。エーリアンの表情は読み取り辛いが、それでも何かを期待しているように見えるのは気のせいだろうか。

 唇が『エーリアン・ドッグ』の顔に触れるか触れないかの距離まで両者の距離は縮まる。この距離になるともう彼女の息づかいは間違いなく届いているだろう。『エーリアン・ドッグ』は興奮しているのか、その尻尾を大きく振っている。そんな『エーリアン・ドッグ』の様子を見て『魅惑の女王LV3』は小悪魔めいた笑みを浮かべると、一瞬唇をその顔に当てる。っと見せかけて口を耳元まで運ぶと。

 

 ぽそっ

 

 何かを呟いた。当然耳元で囁いたような声が聞こえる距離じゃないため何を言ったのかは分からない。辛うじて口が動いたのが見えたため何かを呟いたと言う事だけが分かっただけだ。

 それが何かの呪文だったのか、『エーリアン・ドッグ』はそれだけで頬を赤らめ目をハートマークにし、まるで『魅惑の女王LV3』に乗ってくれと言うかのように背中を差し出す。『魅惑の女王LV3』が躊躇い無くその背の上に腰を下ろすと、『エーリアン・ドッグ』はそのまま俺のフィールドまで脚を運び主人だったトビーへと向き直る。

 相手のモンスターをその色香で魅惑し狂わせる。これこそが魅惑の女王の力だ。

 

『…………』

 

 そんな『魅惑の女王LV3』をサイレント・マジシャンはまるで仇敵の如く睨みつけていた。普段おとなしいサイレント・マジシャンがここまで感情を表に出すと言うのも珍しい。デュエル中だったが一瞬その様子が気になった。

 だが直ぐに意識をデュエルに切り替える。

 『魅惑の女王LV3』の効果も通った今、あの伏せが『聖なるバリア-ミラーフォース-』だったとしても、このターンの損害はイーブン。いや、寧ろ相手の狙いであっただろう『補給部隊』と『古代遺跡コードA』でのリカバリーを阻止したと考えればどんな罠を踏み抜こうとも流れはこちらのままだろう。

 

「これでバトルに入る。『魅惑の女王LV3』でダイレクトアタック」

 

 比較的気持ちに余裕を持って攻撃宣言に移ると、『魅惑の女王LV3』は『エーリアン・ドッグ』の上に腰掛けたまま金の杖をトビーに向ける。その先端の赤い宝玉から放たれた拳大の火球は真っすぐと狙い目掛けて突き進んだ。

 それに対する相手のアクションは無い。結果その火球は遮られる事無く一直線にトビーの胸に直撃した。

 

 

トビーLP4000→3500

 

 

 攻撃モンスター全体に影響を与えるトラップは無いようだ。

 あとここで受けたくないのは単体攻撃反応を残すのみ。ただ不思議とこの攻撃は通るだろうと言う確信がこの時あった。

 

「『サクリファイス』でダイレクトアタック」

 

 『サクリファイス』のウジャト眼が紫に光る。するとその光もまた真っすぐとトビーに向かっていく。

 俺が確信した通りトビーはここでも特に何かをする様子を見せず、『サクリファイス』の攻撃が直撃しライフを削るのを確認する。

 

 

トビーLP3500→1700

 

 

「カードを2枚セットしターンエンド」

 

 これで俺の魔法・トラップゾーンはセットカード2枚と『強制終了』、そして装備状態となった『エーリアン・ウォリアー』と『エーリアン・ドッグ』で全て埋まってしまった。だがそれは相手がバトルに入ろうとした時に『強制終了』の効果で装備状態のモンスターを墓地に送る事でスペースを確保する事が出来るから問題ない。

 何よりもこのターン相手のモンスターを破壊しなかった事で『補給部隊』によるアドバンテージを稼がせなかったのは大きい。

 次のドローで手札は2枚。その2枚でこの状況を完全にひっくり返すことは難しい。それこそモンスターを全体除去する魔法カード『ブラックホール』ぐらいか。いや、まだあのシンクロモンスターに繋ぐためのあのチューナー、そして魔法・トラップを処理する札でも解決出来る盤面だ。やはり油断は禁物である。

 だがこの3ターンでゲームの流れは確実にこちらに傾いている。

 

「くっ! 僕のターン、ドロー!」

 

 流石に苦しいようで、トビーの表情に余裕はない。

 この様子だと起死回生のカードでは無かったようだ。

 

「モンスターをセットし、もう1枚『補給部隊』を発動してターンエンド」

 

 既存の手札からモンスターをセットした事を見ると、このターン引いたのは2枚目の『補給部隊』。なるほど、ドローした時のあの表情の理由はそう言う訳か。確かにこの劣勢状況では役に立たないカードだ。

 これでトビーの手札は全て尽きた。対するこちらの手札はこのターンのドローで2枚になる。

 この状況に周りのレベル5の人間も同じレベル5の人間であるとビーが追いつめられている事、そして俺が口先だけの実力者では無い事に気が付き始めた様子だ。

 

「私のターン、ドロー。『魅惑の女王LV3』が自身の効果で装備カードを装備した状態で自分のスタンバイフェイズを迎えた時、このカードを墓地に送る事で、手札またはデッキから『魅惑の女王LV5』を特殊召喚する」

 

 『魅惑の女王LV3』が乗る『エーリアン・ドッグ』の足下に魔方陣が展開される。『魅惑の女王LV3』は『エーリアン・ドッグ』に優しい笑みを向けると、直後二体を包む様に魔方陣から黒い炎の柱が上り立つ。それから十数秒上がった火柱は根元から勢いよく爆散し、中からは先程よりも成長した姿となった『魅惑の女王LV5』が現れる。

 髪はベリーショートから伸びてショートくらいの長さに、身長は俺の目線の高さまで伸び、衣装は太ももの付け根の部分を露出させた少し大胆な衣装へと変貌を遂げていた。

 

 

魅惑の女王LV5

ATK1000  DEF1000

 

 

 相手の場で判明していないカードはセットモンスターが1体と、先程のターンに発動しなかったセットカードが1枚。あのセットカードはこちらの召喚、攻撃に反応する様子はなかった事から、恐らく俺の仕掛ける攻撃は通るはず。このターンのドローでモンスターを握れればもうほぼ勝利は見えたと言っても過言ではなかったのだが、生憎引いたのはモンスターではなかった。

 もしあのカードの守備力が1000未満だった場合、『魅惑の女王LV5』で攻撃して『サクリファイス』のダイレクトアタックでゲームエンドに持ち込める。ここでトビーが初手に握っておきながら出さなかったモンスターをどう読むか。可能性としては2パターン。リバースモンスターかリバースモンスターではないが『魅惑の女王LV5』が出てくる手前、裏側守備表示で出さざるを得なかったモンスターが考えられる。

 リバースモンスターならば『魅惑の女王LV5』の低い攻撃力でも突破出来るはず。問題なのは本来裏守備表示で出すカードでないモンスターを伏せられていた場合だ。それを『魅惑の女王LV5』で突いて反射ダメージを貰った上に、『サクリファイス』で突破出来る程度のステータスだった時なんて……いや、『サクリファイス』で突破出来る出来ないに関わらず、『魅惑の女王LV5』の攻撃で突破出来ない場合はそのままバトルフェイズを終了して、『魅惑の女王LV5』の効果で装備した方が良いか。下手に『魅惑の女王LV5』で突破出来ないモンスターを『サクリファイス』で戦闘破壊して、2枚の『補給部隊』と『古代遺跡コードA』でアドバンテージを稼がれるのは悪手だ。

 少しの思考時間の末、攻撃の順序を頭の中で纏める。

 

「このままバトルに移る。『魅惑の女王LV5』でセットモンスターに攻撃」

 

 『魅惑の女王LV5』は横目で攻撃命令をした俺をチラッと見た後、正面に向き直り手に魔力を集め始める。サイレントマジシャンやノースウェムコの魔力は白だったが、彼女の魔力は赤い。触れれば壊れてしまいそうな繊細な五本の指でまるでブランデーグラスを持つかのように上に向けられた手から赤い魔力が沸き上がってくる。手に集まる魔力の純度が増すにつれて、淡い赤の光だった魔力は熟成されたワインのように赤黒い光を放ち始める。そして掌に溜められた赤黒い魔力は突如発火した。燃え上がる魔力はバスケットボール台の火球となりデュエル場を照らす。

 裏側にセットされたモンスターを蔑むように見ながら、『魅惑の女王LV5』は一切の躊躇いも感じさせずにその火球を放つ。

 裏守備のモンスターはその火球に包まれながらもその姿を露わにする。体長は俺の腰くらいまでの高さ。姿は滑らかな白の人骨。手足の五本の指は触手の様に長く、『エーリアン・グレイ』はそれを小刻みにくねらせながら絶叫をあげて消し炭へと変わっていく。

 

 

エーリアン・グレイ

ATK300  DEF800

 

 

「『エーリアン・グレイ』のリバース効果発動。相手の場の表側表示で存在するモンスター1体を選択し、Aカウンターを1つ置く。この効果で『サクリファイス』にAカウンターを置く」

 

 『エーリアン・グレイ』は最期の抵抗とばかりに燃え尽きる直前に『サクリファイス』目掛けて紫色の肉塊を放つ。『サクリファイス』はそんな肉塊がこびり付いたところで気にした素振りを見せる事はない。

 

 

サクリファイス

Aカウンター0→1

 

 

「さらにリバースしたこのモンスターが戦闘によって破壊され墓地へ送られた時、デッキからカードを1枚ドローする。そしてフィールドの“エーリアン”モンスターが破壊された事で『古代遺跡コードA』にAカウンターが1つ乗り、同時に2枚の『補給部隊』の効果が発動!」

 

 

古代遺跡コードA

Aカウンター0→1

 

 

「『補給部隊』の効果は1ターンに1度、自分の場のモンスターが戦闘・効果で破壊された場合にデッキからカードを1枚ドローする。場の2枚の『補給部隊』があるため2枚ドローする!」

 

 これでトビーの手札は3枚まで一気に回復した。

 だがここで手札からの攻撃阻害カードを引けなければ結果は変わらない。しかし“エーリアン”デッキに果たしてそのようなカードが入るかは疑問が残るところだ。

 ここで決着、そう思うと少々物足りないと感じる。“レベル5”と聞いていたので少しは期待していただけにこれでは不完全燃焼だ。わざわざ今日の演出のために入れたカードすら使わずに終わってしまうなんて。そんな不満が思わず溢れてしまう。

 

「この程度ですか? 『サクリファイス』でダイレクトアタック」

 

 『サクリファイス』のウジャト眼に魔力が集められ紫色に輝き始める。

 俺の脳内にはこの一撃が遮られず再びトビーに直撃するビジョンが再生される。だが、

 

「まだだよっ! 永続トラップ『洗脳光線』を発動! 相手の場のAカウンターの乗ったモンスター1体のコントロールを得る。これで『サクリファイス』のコントロールは奪わせてもらうよ」

 

俺の予想を裏切り表になったセットカード。

 そこから放たれた白い閃光が『サクリファイス』に直撃すると、こびり付いていた紫色の肉塊が伸び『サクリファイス』の体を縛める触手の様に広がり始める。攻撃のモーションに入っていた『サクリファイス』だったが、体中に触手が回るとウジャト眼に集められていた魔力が拡散していく。そして『サクリファイス』は浮遊したままトビーの場に移り俺と対峙する。

 

「ふっ、そうでなくては面白くありません。ならばバトルは終了。そして『魅惑の女王LV5』の効果を発動します。1ターンに1度だけ相手の場のレベル5以下のモンスター1体を選択し、装備カード扱いとしてこのカードに装備する事が出来る。これにより奪われた『サクリファイス』をこのカードに装備します」

 

 『魅惑の女王LV5』は相手に奪われた『サクリファイス』の元に歩を進めていく。悍ましい姿で威圧感を放つ『サクリファイス』に物怖じすることもなく凛として近づくその姿からは王族の威厳を感じさせる。

 『サクリファイス』は『魅惑の女王LV5』が近づくにつれ威嚇する様に胴体に空いた穴を大きく動かす。収縮と膨張を繰り返すその穴からは漏れる空気の音はまるで荒くなった人の息づかいのようだ。

 そして両者の距離は『魅惑の女王LV5』が手を伸ばせば『サクリファイス』のウジャト眼に触れてしまう程に縮まる。『魅惑の女王LV5』は立ち止まり『サクリファイス』に向けて右手を翳すと、『サクリファイス』の体中に張り巡らされた紫色の肉塊が唐突に燃え上がった。炎は『サクリファイス』の体全体に広がり文字通りの火だるまと化し、『サクリファイス』の体内に取り込まれていた『エーリアン・ウォリアー』は砕け散った。当然抵抗を見せると思われた『サクリファイス』だが、意外にも暴れる様子は無い。

 そう、その炎は『サクリファイス』の体を一切傷つける事無く、触手のみを焼きつくし『サクリファイス』をその戒めから解き放ったのだ。炎が消えると『サクリファイス』は頭を垂れて女王に忠誠を誓う騎士の如く、ウジャト眼を下げその巨体を地に着ける。

 『魅惑の女王LV5』は『サクリファイス』の肩の部分に腰を下ろし、こちらを見ると一瞬妖艶な笑みを浮かべたような気がした。

 

『むぅ……』

 

 そんな『魅惑の女王LV5』が気に食わないのか、サイレントマジシャンが唇を噛み締めて睨みつけている。彼女らの間に昔何があったのだろうか。

 少しサイレントマジシャンに気を取られている内に、『魅惑の女王LV5』は『サクリファイス』の上に乗って戻ってきていた。

 

「くぅっ……」

 

 なかなか思い通りの展開でデュエルを進める事が出来ず、トビーの表情は優れない。

 確かにフィールドの状況は依然として俺の方が優勢である。

 ただセットカードに対して油断があったのは反省が必要だ。今回は対応出来るカードがなかったが、それがある状況で一度発動する気配を見せなかっただけで妨害の可能性を切り捨ててかかるなんて事はない様にしなければ。

 いや、これはリスクの高いプレイングだが、決定的なタイミングで敢えて妨害のカードを発動せずに相手の油断を誘うというのも手なのか。上手くいけば相手の虚をついて相手の戦略を崩壊させる事が出来る可能性がある。ただ伏せていた妨害カードを発動出来るタイミングがあるのに、それを意図的に逃すプレイングと言うのは、それだけそのカードを『サイクロン』等の魔法・トラップを破壊する類いのカードによって除去される可能性を上げる事になるため、今までは考えもしなかった手だ。確かに使いどころを選ばなければならない戦術だが、俺のプレイングの幅が広がるかもしれない。

 

「カードを1枚伏せターン終了」

 

 そんな事を考えながら俺はターンを終えた。

 これで再び俺の魔法・トラップゾーンが全て埋まった。

 フィールドは依然優勢だが、手札を稼がれたのは正直痛い。想定よりも『エーリアン・グレイ』のせいで1枚多く手札を稼がれたせいで、このターンで4枚まで増える。

 これで勝負の行方はまだ分からなくなった。

 あのままあっさり決着がつくのも物足りなかったが、圧倒的な実力を見せる事が目的な立場上ここまでの巻き返しを受けると少し苦しくもある。だがそれは相手のトビーとて同じようでこちらを見ながら苦虫を噛み締めたような表情をしている。

 

「認めるよ。正直最初は油断してたけど、確かに君は強い……」

「……それはどうも」

「だけどね、僕にも“レベル5”に所属している意地があるんだ。悪いけど君には負けないよっ! 僕のターン、ドロー!」

 

 この気合いの入ったドローを皮切りにこのデュエルは後半戦へと突入していく。

 



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独壇場

 時刻を少し遡る。

 トビーと八城がデュエルを始めた頃、アルカディア・ムーブメントのビルの上階の一室で二人の男が密会していた。

 一人は前髪が三日月のようなカーブを描き大きく右に流れている特徴的なヘアスタイルの男。その褐色の髪と切れ長の目、シャープな顔立ちはアルカディア・ムーブメントの案内パンフレットを見た事のある人間ならばその総帥のディヴァインである事が分かるだろう。

 テーブルを挟んで向かい側に座るのはベレー帽を被り紺色の長袍を着た男。穏やかな笑みを浮かべているのは会談の内容が納得のいくものだったからだろうか。

 

「それでは三日後、よろしくお願いしますよ。プロフェッサー・フランク」

「えぇ、畏まりました。必ずやこの少女が隠している潜在能力を暴いてみせましょう」

 

 二人は握手を交わしその日の会談を終える。

 

 “この少女”

 

 それが指すのはテーブルの上に乗せられた写真。

 そこに映るのは艶のある腰まで伸ばした白髪の少女。細身で色白なその姿は儚く庇護欲をそそり立てる。アカデミアの制服を着ている事から登校中に撮影したと思われるがカメラに気付いている気配は無く、盗撮された写真である事が分かる。

 フランクはその写真を内ポケットにしまうと立ち上がり真っすぐと部屋のドアに向かって行く。

 

「では」

 

 そう言葉少なく一礼だけするとフランクは部屋を後にした。

 そしてそれと入れ替わるようにくすんだ金髪のスタイルの良い男が入ってくる。その男の視線は部屋を出て行った男を僅かに追っていた。

 

「なんだ、デュエル屋か?」

「シュウか。あぁ、ちょっとね。それと入るときはノックぐらいしたまえ」

「まぁ堅い事言うなよ。んな事よりどうして外部のデュエル屋なんかに依頼したんだ? この前みたいに俺が出れば金なんて掛からなかっただろう」

「餌はそう頻繁に撒くものじゃないのさ。それに今回はただデュエルするだけじゃ目的を果たせないんでね」

「……へぇ。まぁあんたが何を企もうが知ったこっちゃねぇや。あんたの目的と俺の目的の利害が一致する限り付き合ってやるさ」

「それは……頼もしいね」

 

 そんなやり取りをしながらシュウは先程フランクが腰掛けていたソファーに腰を下ろす。自然な流れで足を組むのはその動きが癖になっている証拠だろう。しかしそんな行儀のいいとは言えないシュウの態度にもディヴァインは眉一つ動かす様子は無い。

 

「それで? 何しに来たんだシュウ?」

「何か面白そうな匂いがしたから来たんだよ」

「……それだけか?」

「あとはこのソファー。俺の部屋のよりも良いヤツだろこれ? やたら座り心地良いから気に入ってんだ」

「はぁ……まぁ好きなだけ座って行くと良い」

 

 少し呆れた様にため息を吐いたディヴァインだったが、直ぐに意識を切り替えたようで「さて」と立ち上がると部屋の奥のドアと向き合う位置にあるデスクに向かって行く。

 

 コンコンッ

 

 ドアのノックする音が響いたのはそんな時だった。

 その小気味好い音に面倒くさそうな視線を向けるシュウ。

 

「入れ」

「失礼します」

 

 ディヴァインの許可を得て入ってきたのは紅髪の少女。顔にはまだ幼さが残るが出るとこが出た丸みの帯びた体つきは大人のそれである。

 その姿を視界に収めるとディヴァインは歓迎するかのように穏やかな顔つきとなった。

 

「アキか」

「今忙しかった?」

「いや、ちょうど一段落した所だ。何か用かい?」

「そう言う訳じゃないんだけど……用が無ければ来ちゃダメかしら?」

「ふっ、まさか。いつでも来てくれて構わないよ」

「ありがとう」

「なんだよディヴァイン。随分と俺が来たときと反応が違うじゃねぇか」

「まさか。そんなつもりは無いさ」

「シュウ……居たのね」

「なんだ十六夜。居たら都合が悪かったか?」

「別に……」

「おいおい、顔を合わせて早々に揉めるのはよすんだ」

「揉めてるつもりはねぇよ。ただ一方的に目の敵にされてるだけだ」

「…………」

 

 十六夜に睨まれてもそんなものは何処吹く風、シュウは肩をすくめるだけだった。そんな態度にますます十六夜は視線を鋭くする。部屋の空気がピリピリし始めたのは当然の結果と言えよう。

 もう我関せずと決めたようでディヴァインは仕事用デスクの前に座ると書類に目を通し始める。

 

 プルルルルルッ

 

 部屋の中に流れた嫌な空気を引き裂いたのはディヴァインの仕事用デスクの上に乗せられた内線電話だった。ディヴァインはワンコールで受話器を取り通話を始める。

 

「こちらディヴァイン。どうした? あぁ…………あぁ、分かった。報告感謝する」

 

 内線で何かの報告を受けたのか、ディヴァインはデスクのリモコンを操作し部屋の大モニターを下ろす。

 

「……何か問題でもあったの?」

「そうじゃない。なんでも面白いものが見れるそうだ。折角だから見てくと良い」

「……?」

「期待させといて退屈なのは勘弁だぜ」

「多分大丈夫だろう。わざわざ私に報告してくる程だ」

「誰と誰のデュエル?」

「レベル5の生徒と特進クラスへの入学希望者だそうだ」

「おぉ! そいつは随分と愉快な事になってるな」

 

 ディヴァインがモニターを付けると映る会場は薄暗くなっていた。

 片方のサイドには『エーリアン・ウォリアー』と『エーリアン・ドッグ』が並び、もう一方のサイドには『マンジュ・ゴッド』とウジャト眼が刻まれた黄金の壺が並んでいる。

 モニターを見る三人は一瞬で『イリュージョンの儀式』が発動されている状況を把握した。

 やがてその壺に『マンジュ・ゴッド』の魂が焼べられ、不気味な振動が最高潮に達した時、それは起きた。

 

【『サクリファイス』を特殊召喚!】

 

 現れる『サクリファイス』。

 モニターの向こうの会場はそれに響いていた。

 

「ふむ」

「へぇ」

「……」

 

 そしてディヴァイン、シュウ、十六夜の三人もまた三者三様のリアクションでその光景を見つめていた。『サクリファイス』の登場で大きく注意が惹き付けられたようだ。

 それから何かを言う事も無く三人は勝敗が決するまでモニターに釘付けになっていく。それはまさしく八代の狙い通り。こうしてデュエルはアルカディア・ムーブメントの総帥の目に留まる事になったのだった。

 

 

 

————————

——————

————

 

八城LP4000

手札:1枚

場:『魅惑の女王LV5』(『サクリファイス』装備)

魔法・罠:『強制終了』

セット:3枚

 

 

 

トビーLP1700

手札:3枚

場:無し

魔法・罠:『補給部隊』×2、『古代遺跡コードA』、『洗脳光線』

セット:無し

 

 

 

「僕のターン、ドロー! 永続トラップ『洗脳光線』を墓地に送りマジックカード『マジック・プランター』を発動! これにより2枚ドロー!」

「…………」

 

 力強いドローのかけ声とともにトビーが動き出す。

 ここでさらに手札を稼いでくるか。

 流石に5枚も手札があるとフィールドを完全にひっくり返される可能性は十分ある。そしてこの場を完全に返されるとこの手札1枚ではどうにもならない。

 このセットカードのみで対応しきれると願うしかない。

 

「よしっ! 魔法カード『侵食細胞「A」』を発動! 相手の場のモンスター1体を対象に発動し、そのカードにAカウンターを一つ乗せる。これで『魅惑の女王LV5』にAカウンターを乗せるよ!」

 

 発動された『侵食細胞「A」』のカードが場に現れると、そこから紫色の肉塊が勢いよく『魅惑の女王LV5』の体にへばりつく。『魅惑の女王LV5』は不快そうに手でそれを払おうとするが一向に落ちる気配はない。

 

 

魅惑の女王LV5

Aカウンター0→1

 

 

 5枚の手札でありながらそのスタートが『侵食細胞「A」』である時点で手札に魔法・トラップを一掃するような札が無いと分かる。それは僥倖なのだが、こちらのモンスターに対してAカウンターを載せてきた時点で、それを使って何かを仕掛けてくる事が予想される。今の場でAカウンターを使用するカードは『古代遺跡コード「A」』のみだが、その効果ではこの盤面を解決する事は出来ないはず。一体残りの手札で何を仕掛けてくる?

 

「そして『エーリアン・テレパス』を召喚」

 

 何も居なくなった相手の場に新たに現れたのは赤色の肌をしたオオサンショウウオのような姿をした怪物。一般のオオサンショウウオとは違い大きな口の中には肉を引き裂くための鋭い歯がずらりと並び、鼻からは二本の長いひげが伸びている。後ろ足は存在しないが、コブラが胴だけで頭を起こす様に器用に頭を持ち上げてこちらを見つめている。

 

 

エーリアン・テレパス

ATK1600  DEF1000

 

 

 この流れでトビーの狙いは判明した。

 だがそれを見越した上で俺は心の中でほくそ笑む。この動きのために手札2枚を消費してくれたのなら、こちらとしては寧ろありがたい。

 

「『エーリアン・テレパス』の効果発動。1ターンに1度、相手モンスターに乗っているAカウンターを1つ取り除くことで、フィールドの魔法・罠カード1枚を破壊する。この効果で『魅惑の女王LV5』に乗っているAカウンターを取り除き、僕が破壊するのは『強制終了』!」

 

 『エーリアン・テレパス』はその大きな口を『魅惑の女王LV5』に向けると勢いよく息を吸い込み始める。それは超強力掃除機の吸引口の如く周りの物が吸い込んでいく。『魅惑の女王LV5』は懸命に『サクリファイス』の体を掴んでそれに引き込まれない様に堪えていた。

 そんな中『魅惑の女王LV5』の体にこびり付いていた紫色の肉塊が徐々に剥がれて『エーリアン・テレパス』の口の中に吸い込まれる。そうして『魅惑の女王LV5』の体から綺麗さっぱり肉塊が落ちると、『エーリアン・テレパス』の二本の髭が徐々に真紅に染まっていく。

 なるほど、どうやらその髭から熱線を放って『強制終了』のカードをぶち抜く腹らしい。

 

 

魅惑の女王LV5

Aカウンター 1→0

 

 

 『エーリアン・テレパス』の効果で『強制終了』を狙ってくる事は分かっていた。このカードを破壊しなければバトルが行えないのだから、ビートダウンでライフを削る事を目的にした相手からすれば最も破壊する優先が高いカードだろう。そして相手がそれを狙ってくると分かっていればその対策を講じる事もまた簡単なことだ。

 

「そうおいそれと破壊させるわけにはいきませんよ。永続トラップ『宮廷のしきたり』を発動。このカードが存在する限り、お互いのプレイヤーは『宮廷のしきたり』以外の場の永続トラップカードを破壊出来なくなります」

 

 俺が『宮廷のしきたり』を発動すると同時に『エーリアン・テレパス』の髭から二筋の熱線が放たれる。その灼熱のレーザーは『強制終了』のカードに当たる直前に『宮廷のしきたり』によって生じた薄いバリアに阻まれ弾かれる。

 これにより『エーリアン・テレパス』の効果は不発。2枚のカードを無駄に使用させた上にこちらは無傷。

 わざわざこの2枚のカードを使ってきた事から、残り3枚の手札に場の魔法・トラップを1枚除去出来る汎用速攻魔法『サイクロン』のような便利な除去カードは無いと考えていいだろう。いや、『サイクロン』を握っていたら『強制終了』の効果の発動にチェーンして発動させる可能性もあるか。まだ油断は出来ない。

 

「くっ……なら速攻魔法『「A」細胞散布爆弾』を発動。自分のフィールドの“エーリアン”モンスター1体を破壊し、そのモンスターのレベルの数だけAカウンターを相手フィールド上の表側表示モンスターに置く。僕は『エーリアン・テレパス』を破壊し、そのレベル分4つのAカウンターを『魅惑の女王LV5』に置く」

 

 『「A」細胞散布爆弾』が発動されると『エーリアン・テレパス』の体が爆ぜる。そして飛散する体の一部が『魅惑の女王LV5』の体に降り注ぐ。また紫色の肉塊を体中に浴びることになった『魅惑の女王LV5』はゴミを見るかのような目でトビーを見るようになった気がする。

 

 

魅惑の女王LV5

Aカウンター 0→4

 

 

「ほう」

 

 上手い手だ。

 『「A」細胞散布爆弾』は普通に使えば自分のカードを2枚消費してAカウンターを相手のモンスターに乗せるだけの効果であまり効率のいいカードではない。だがこの布陣においてはそれだけに留まらない。

 

「さらにフィールドの“エーリアン”モンスターが破壊された事で『古代遺跡コードA』にAカウンターが1つ乗る。そして『補給部隊』2枚の効果で2枚ドローする」

 

 

古代遺跡コードA

Aカウンター 1→2

 

 

 『補給部隊』が2枚存在するこの場において、『「A」細胞散布爆弾』は消費した分のカードをリカバリー可能なドローソースへと早変わりする。

 自分のターンに能動的に自分のモンスターを破壊する手段を残している辺り、『補給部隊』のカードをキチンと使いこなしていると言えよう。

 これでトビーの手札は4枚まで回復した。

 どうやらこのまま何事も無くターンを渡してくれる気は無いようだ。

 はたして何を引き込んだのか?

 

「『古代遺跡コードA』の効果発動。1ターンに1度、フィールドのAカウンターを2つ取り除く事で、自分の墓地の“エーリアン”モンスター1体を特殊召喚する。『魅惑の女王LV5』のAカウンター1つと『古代遺跡コードA』のAカウンターを1つ取り除き、僕は『エーリアン・テレパス』を特殊召喚する」

 

 『魅惑の女王LV5』の体に張り付いていた紫色の肉塊の一部が剥がれると共に、トビーの前に墓地へと続く暗い穴が開きそこから『エーリアン・テレパス』が浮上する。

 

 

魅惑の女王LV5

Aカウンター 4→3

 

 

古代遺跡コードA

Aカウンター 2→1

 

 

エーリアン・テレパス

ATK1600  DEF1000

 

 

 これでトビーは再び『エーリアン・テレパス』の効果を使用出来る状況になった。だが『宮廷のしきたり』によって『強制終了』が守られている以上、彼が狙うのは……

 

「そして『エーリアン・テレパス』の効果を再び発動。『魅惑の女王LV5』のAカウンターを1つ取り除き、『宮廷のしきたり』を破壊する」

 

 『魅惑の女王LV5』の顔にこびり付いていた肉塊が『エーリアン・テレパス』に吸収される。この時、煩わしい肉塊が剥がれた事で『魅惑の女王LV5』の表情に幾らか余裕が戻ったように見えた。

 

 

魅惑の女王LV5

Aカウンター 3→2

 

 

 そして『エーリアン・テレパス』の髭から放たれた二本の熱線は表になっている『宮廷のしきたり』のカードで交叉し、それをクロスに焼き切った。

 これで『強制終了』のカードを守るカードはもう無い。

 しかしこの動きをするのにトビーは4枚まで増えた手札を1枚も消費していない。ここで更に『強制終了』を破壊するカードまで引き込まれていたら少々分が悪くなる。

 トビーの次の一手に自然と心臓が高鳴るのを感じた。

 

「さらに場のAカウンターを2つ、僕はそれを『魅惑の女王LV5』から取り除く事で手札の『エーリアン・リベンジャー』を特殊召喚する」

 

 上空に突如として黒い穴が空く。すると『魅惑の女王LV5』の髪や体に付着していた紫色の肉塊はその穴に吸い込まれていく。これで『魅惑の女王LV5』に乗っていたAカウンターは全て取り除かれた。

 やがて上空に空いた黒い穴から一つの黒い塊が落下してくる。地面とぶつかり土煙が立つ中から浮かび上がったシルエットは『エーリアン・ウォリアー』同様の二足歩行の怪物。ただその大きさは二回り程大きいか。

 土煙が晴れて姿がハッキリと見えるとその違いが明らかになっていく。

 まずカラーリングが異なっていた。『エーリアン・ウォリアー』は紺色の筋繊維を白い外甲が覆っていたのに対し、『エーリアン・リベンジャー』は鮮血の如く赤い筋繊維にダークグレイの外甲に覆われている。さらに腕の本数は6本に増えており、それぞれに5本の鋭い爪が伸びていた。

 

 

魅惑の女王LV5

Aカウンター 2→0

 

 

エーリアン・リベンジャー

ATK2200  DEF1600

 

 

 4枚の手札の内の1枚は『エーリアン・リベンジャー』だったか。

 どうやら少なくともこのメインフェイズ中に『強制終了』を破壊してくるつもりは無いらしい。

 

「『エーリアン・リベンジャー』の効果発動。1ターンに1度、相手フィールドの表側表示モンスターすべてにAカウンターを置く」

 

 『エーリアン・リベンジャー』の口から放たれた紫色の肉塊のような物体が『魅惑の女王LV5』の胸元に直撃する。『魅惑の女王LV5』は折角全ての付着物が取れたのに、再び同じ目に遭う事になったのが余程堪えたのか両拳を握りプルプル震えている。怒りの感情を露わにしたいのだが、女王と言う立場故に感情を公的場で露わに出来ないという葛藤がその表情から読み取れる。瞳が薄らと光っているのは彼女の涙なのかもしれないと言うのは考え過ぎだろうか。

 

 

魅惑の女王LV5

Aカウンター 0→1

 

 

 召喚権も既に『エーリアン・テレパス』に使用し、1ターンに1度の『古代遺跡コードA』の効果も使用した今、このターンこれ以上モンスターを展開してくる可能性は低いはず。逆にこれ以上モンスターを展開してきた場合は『強制終了』を破壊する算段があると見て間違いない。

 どの道トビーは間違いなくバトルを仕掛けてくる。たとえ『強制終了』を破壊する術が無くても『強制終了』の効果を使用させれば俺は場のカードを1枚墓地に送る事が出来るからだ。しかしそのコストを確保するのはこのデッキに限って言えば大した事ではない。『サクリファイス』や魅惑の女王によって装備した相手のモンスターを墓地に送って、自分のターンになったらまた相手のモンスターを装備すれば良いだけだからだ。そのために『強制終了』と『サクリファイス』や魅惑の女王は相性が良い。

 そう考えるとトビーがこのターン『エーリアン・リベンジャー』を特殊召喚した理由は二つ考えられる。一つは『強制終了』を処理する札を握っているため、このバトルフェイズでの追撃要員として。もう一つは『強制終了』のコストで『魅惑の女王LV5』に装備された『サクリファイス』が墓地に送られると読み、次のターン『エーリアン・テレパス』が装備された時に自分の場ががら空きにならない様にするための壁として。『エーリアン・リベンジャー』のレベルは6のため『魅惑の女王LV5』では装備される心配が無いことも場に出した理由に挙げられるだろう。

 そんな事を考えているとトビーがこのターンを動かし始める。

 

「これでバトルに入るよ! 『エーリアン・リベンジャー』で『魅惑の女王LV5』に攻撃」

 

 まずこれ以上の追加のモンスターは無いようだ。

 『エーリアン・リベンジャー』は攻撃宣言を受けると、『エーリアン・リベンジャー』は腰を落として発達した脚部に溜めを作る。その瞳には敵として『魅惑の女王LV5』が捉えられていた。

 

 来るっ!

 

 そう思った瞬間、『エーリアン・リベンジャー』は力強く地面を蹴り上げて驚異的な勢いで宙を舞っていた。体勢を見るに振りかぶった6本の腕を落下する勢いを付けて振り下ろし、『魅惑の女王LV5』をその鋭い爪で引き裂こうと言うのだろう。

 それに対する俺の手は決まっていた。

 

「トラップ発動。『ゴブリンのやりくり上手』」

「っ!」

 

 狙うのは2ターン目と同じ展開。

 『強制終了』のコストに『魅惑の女王LV5』に装備された『サクリファイス』を使わない事で次のターン『魅惑の女王LV5』のレベルアップに繋げる事が出来る。『魅惑の女王LV7』になれば『エーリアン・リベンジャー』であろうと装備する事が可能となる。

 結果論だがもし『サイクロン』を握っていたとしたらこの場合メインフェイズに発動しておくのが正解だったのだろう。

 

「さらに『強制終了』の効果も発動。『ゴブリンのやりくり上手』を墓地に送りバトルフェイズを終了する」

 

 『ゴブリンのやりくり上手』のカードが墓地に送られていく。これでこのターンの3枚ドローが確定した。

 相手の『サイクロン』が発動するとしたらここだ。

 緊張の一瞬。

 『エーリアン・リベンジャー』が合計30本もの爪を勢い良く振り下ろす。それは『魅惑の女王LV5』に直撃する寸でのところで薄い半透明の膜にぶつかり、そして

 

「…………」

 

大きく後ろに弾き飛ばされた。

 それはつまり『強制終了』の効果が成立したと言う事だった。

 

「そして『ゴブリンのやりくり上手』の効果により、墓地の『ゴブリンのやりくり上手』の枚数+1枚、つまり3枚ドローし手札を1枚デッキに戻す」

 

 これは最高の引きだった。手札で腐っていた『魅惑の女王LV5』のカードをデッキに戻しつつの3枚ドロー。文句無しのパーフェクトだ。

 

「カードを2枚伏せてターン終了」

 

 これで相手の場の魔法・トラップゾーンのカードが全て埋まった。

 魔法・トラップゾーンのカードを埋めてまでカードを伏せてきた事を考えると、あれらは俺の行動を妨害するためのカードと見て間違い無いだろう。だがそれを恐れて勝負に出ないという選択肢は無い。こちらもある程度の妨害なら踏み越えることの出来る札は既に揃えている。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 引いたのは『増殖するG』。

 手札から墓地に送る事で相手がモンスターを特殊召喚するたびにカードをドローする事のできる手札増強カードだが、このターンに欲しい札ではない。だがこのターン決めきれ無かった場合にはこのカードに頼ることになりそうだ。

 

「スタンバイフェイズ、『魅惑の女王LV5』の効果により自身の効果で装備カードを装備したこのカードを墓地に送りレベルアップする。『魅惑の女王LV7』をデッキから特殊召喚」

 

 『魅惑の女王LV5』の姿が『サクリファイス』と共に黒い火柱の中へと消える。その規模は『魅惑の女王LV5』の召喚の時の比ではない。黒炎はデュエル場の天井まで立ち上りその熱で風が吹き荒ぶ。やがて漆黒の炎は情熱的な紅蓮の炎に変わっていき、形状も立ち上る火柱から徐々に縦長の球状に変化していく。それは巨大な炎の蕾の様だ。

 

 その開花の時は突然だった。

 

 細長い花弁が広がるかの如く四方に咲き乱れ、火花が辺りに四散する。その様子は彼岸花を見ているようだった。

 炎の華の中心に立つのは鳶色の髪を腰の辺りまで伸ばした女性。身長は女性にしては高く170cm後半くらい、手足は長く引き締まったスタイルはモデルのようだ。

 また年を重ねて体が成長したのに伴い衣装の露出も増え一層妖艶な魅力が増していた。肩から腕までを露出したビスチェドレスで前は辛うじて隠れているが、太腿は大胆に曝け出され会場の男どもの視線を釘付けにしている。

 

 

魅惑の女王LV7

ATK1500  DEF1500

 

 

『この派手好き……』

 

 サイレント・マジシャンがボソッと呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

 

「『魅惑の女王LV7』の効果発動。1ターンに1度だけ相手の場のモンスター1体を選択し、装備カード扱いとしてこのカードに装備する事が出来る。これにより『エーリアン・テレパス』をこのカードに装備する」

 

 『魅惑の女王LV7』は『エーリアン・テレパス』と目を合わせる。そしてそれ以外の所作は必要なかった。

 それだけの事で『エーリアン・テレパス』はフラフラとこちらのフィールドへと進んでくる。その様子はまるで肉に惹き付けられる意識の無いゾンビの様だ。

 

「トラップ発動! 『惑星汚染ウイルス』! 自分フィールドの“エーリアン”モンスター1体をリリースする事で相手のフィールド上の表側表示のAカウンターが乗っていないモンスター全てを破壊する」

 

 『惑星汚染ウイルス』のカードが発動されるとお互いのフィールドの丁度中央ぐらいまで移動していた『エーリアン・テレパス』の体の輪郭が消えていき、紫色の球体へと変貌をしていく。その大きさはバランスボール程か。完全にその姿を球体に変化させた時、それは起こった。

 

 爆発。

 

 フィールドの中心で起こったそれは地面を揺らし、まるで爆弾を炸裂させたかの様にそこを中心に猛烈な爆風を巻き起こす。だが、その爆風だけであれば場のモンスターを破壊するには至らないだろう。

 問題なのはその風に乗せて運ばれてくるウィルスだ。「A」細胞と言う抗体を持たないものがそれに触れると、どんなものであれ朽ち果ててしまう致死率100%の病原菌。それを高密度で含んだ空気は紫色に染まり、巻き起こる紫色の風は文字通りの死を運ぶ風となる。

 そんなウィルスがフィールドの中心からドーム状に広がり『魅惑の女王LV7』に迫る。『魅惑の女王LV7』はそれを受けまいと三重の魔法障壁を展開していた。

 が、相手は極小の病原菌。そんな抵抗をあざ笑う様にその障壁を一層一層すり抜けていく。なまじ障壁を展開したせいで、層と層の間が紫色に変わる事から死の時が刻々と迫ってくる様子が見てとれる。

 そして最後の層をウィルスが突破し『魅惑の女王LV7』に接触しようとした

 

 

 

 その時だった。

 一条の光が上空から降り注ぐ。

 

 

 

 その光は『魅惑の女王LV7』と迫るウィルスの間を割る様に地上にぶつかり視界を白く染上げる。

 

「何が……っ!」

 

 視界を埋めていた光が収まると紫色の霧が立ちこめる中、そこには白く輝く人が丸ごと入れる程のサイズの球があった。球の輝きが薄れていくにつれて中身がはっきりと見える様になる。

 そこには一本の金の槍があった。長さは人の身の丈程。その穂先は地面に突き刺さり、そこを中心に光の球が形成されていたようだ。そしてその中には『魅惑の女王LV7』の姿もあった。完全に無事と言う訳ではなく、その槍を杖にするように立っている様子は辛そうだ。

 俺は呆けた様子でこちらを見るトビーにこうなった種明かしをし始める。

 

「速攻魔法『禁じられた聖槍』。これは場のモンスター1体の攻撃力を800下げ、このターンあらゆる魔法、トラップの効果を受けなくさせる。これで『惑星汚染ウィルス』の破壊から逃れさせてもらいました」

 

 『魅惑の女王LV7』が辛そうにしていたのは決してウィルスの影響ではなく、単に聖なる力が強過ぎる槍の近くにいたからというだけだったと言う訳だ。

 

 

魅惑の女王LV7

ATK1500→700

 

 

 これでこのターン『魅惑の女王LV7』の効果は使用出来なくなってしまったが問題ない。俺は更なる追撃のために手札を切る。

 

「『儀式の準備』発動。デッキからレベル7以下の儀式モンスターを手札に加え、その後墓地の儀式魔法を手札に戻す。私はデッキから『サクリファイス』を、墓地からは『イリュージョンの儀式』を手札に加える」

「その2枚が手札に加わったと言う事は……また……」

「その通り。『イリュージョンの儀式』を発動。手札の『サクリボー』をリリースし『サクリファイス』を儀式召喚します」

 

 再び場は暗くなり出現する二つの銀のゴブレットとウジャド眼が刻まれた黄金の壺。今回その魂を焼べられるのは茶色の毛並みをした球状の悪魔。一頭身のその身には二つのクリクリした可愛らしい瞳があり、体からは金属の手足が付いている。後頭部には金属の球体が埋め込まれており、時折何かの信号を発しているのかそれは光っていた。

 『サクリボー』は「くりぃ〜」と言う悲鳴と共にゴブレットの中に吸い込まれると、その中でワインレッドの炎に変換されて壺の中に吸い込まれる。そうして壺が余す事無く魂を吸収すると変形を始め、異形の怪物『サクリファイス』へと姿を変えるのだった。

 

 

サクリファイス

ATK0  DEF0

 

 

「『惑星汚染ウィルス』の効果により、このカードを発動してから相手のターンで数えて3ターンの間に相手が召喚、反転召喚、特殊召喚したモンスター全てにAカウンターが置かれる」

 

 出てきて早々に『サクリファイス』の体には充満する紫色の霧から発生した紫色の肉片がこびり付く。

 

 

サクリファイス

Aカウンター 0→1

 

 

「リリースされた『サクリボー』の効果発動。『サクリボー』がリリースされた場合、デッキからカードを1枚ドローする」

 

 召喚反応の妨害の様子は無い。

 このまま効果が通れば残った『エーリアン・リベンジャー』を破壊を介す事無く処理することができる。

 

「『サクリファイス』の効果発動。『エーリアン・リベンジャー』をこのカードの装備カードとし、その攻撃力と守備力の値を得る」

 

 『サクリファイス』の胴の穴が大きく開き、その強力な吸引力をもって『エーリアン・リベンジャー』の体を徐々に引き寄せていく。『エーリアン・リベンジャー』は六本の手の爪を地面に食い込ませ、引きずり込まれない様に必死の抵抗を見せる。だがそんな抵抗も虚しく爪を刺した地面ごと引き込まれ、『サクリファイス』の胴体の穴に頭から吸い込まれていく。『エーリアン・リベンジャー』の体をゆっくり取り込むと、捲れ上がっていた外皮の内側から捕らえられた『エーリアン・リベンジャー』の無惨な姿が晒される。

 

 

サクリファイス

ATK0→2200  DEF0→1600

 

 

 相変わらずもう1枚のカードは発動する気配を見せず、『サクリファイス』の効果も無事発動できた。

 ここまで来れば、たとえあれが『聖なるバリア-ミラーフォース-』であろうとも『禁じられた聖槍』によって守られた『魅惑の女王LV7』は影響を受けないためこちらへの被害は薄い。

 果たしてこのままゲームエンドとなるのか。だとすると少々派手さに欠けるかもしれない。だが『サクリファイス』を出す時に仮にあのカードを使ったとしても盤面的においしくなかったから仕方が無いか。

 

「『サクリファイス』でダイレクトアタック」

 

 『サクリファイス』は吸収した『エーリアン・リベンジャー』から力を奪い取ると、それを自身魔力に変換しウジャト眼にそれを収束させ始める。

 これを阻む可能性があるとすればもう片方の伏せカード。果たしてここで発動するカードか。

 裏側のカードに意識を集中させている時だった。

 

 チカッ

 

「っ?!」

 

 脳内に薄らと伏せカードのビジョンが過った。

 今見えたものは何だったのか? 

 その疑問を深く考える間もなくトビーはリバースカードを発動させる。

 

「させない! 永続トラップ『洗脳光線』を発動! 相手の場のAカウンターの乗ったモンスター1体のコントロールを得る。これで今度こそ『サクリファイス』のコントロールを完全に奪わせてもらう」

「……まだ持っていましたか」

 

 『洗脳光線』が照射されると『サクリファイス』の体に付着した肉片が反応し、『サクリファイス』の体の自由が奪われ相手の場へと移動する。

 

 さっきのは何だったのだろうか?

 

 トビーがカードを発動する直前、俺の脳内にも一瞬『洗脳光線』のカードが過っていた。直感的に理解出来たといったそんな感じだった。汎用トラップである『奈落の落とし穴』や『聖なるバリア-ミラーフォース-』を事前に読める事は昔にもあった事だが、『洗脳光線』を読む事ができるとは……

 おっと、今はそんな事に驚いている場合ではない。デュエルに集中しよう。

 結果論だが『禁じられた聖槍』を使うタイミングを間違えたようだ。『惑星汚染ウイルス』の発動に対して発動し『魅惑の女王LV7』を守るのではなく、この『洗脳光線』に対して発動していれば『サクリファイス』のコントロールを奪われることはなかった。そうすれば『サクリファイス』で『エーリアン・リベンジャー』を吸収し、ガラ空きとなったトビーにダイレクトアタックを決めてゲームエンドに持ち込めたのだ。

 だがあの時はセットカードが召喚無効系のカウンタートラップの可能性もあった。下手に『禁じられた聖槍』をあの時に温存し、『サクリファイス』の召喚時にそんなカウンタートラップを踏めば俺の場はガラ空きになる。そうなればそれこそこの状況よりも分が悪くなっていた。それに任務としては出来るだけ印象を与える勝ち方をする上で、『魅惑の女王LV7』を正規の手順で出してそれを維持して勝利すればインパクトはなかなかなものになるだろう。故にあの時の判断はミスでは無い。

 

『…………』

 

……いや、正直に言えば『魅惑の女王LV7』を正規の召喚方法で出せたことへの達成感もあった。俺のデュエル経験の中でそれは初めてのことで、それが破壊されそうになった時の判断は堅苦しい理屈抜きの咄嗟の事だったことも認めよう。だからそんな半目でこっちを見るのはやめて欲しい、サイレント・マジシャンよ。

 

「カードを1枚伏せてターンエンドだ。そして『魅惑の女王LV7』の攻撃力は元に戻る」

 

 

魅惑の女王LV7

ATK700→1500

 

 

 これで俺の手札は『増殖するG』1枚のみ。

 対する相手はこのターンで2枚まで手札を増やす。

 モンスターは『魅惑の女王LV7』と『サクリファイス』が正面から睨み合う格好になっている。

 相手にセットカードは無いが。こちらが次のターンで機能するであろうセットカードは今伏せたカードのみ。果たしてこのターンを凌ぎきれるか。このデュエルはこのターンが正念場だろう。

 

「今のターンで決めきれなかったのが君の敗因だよ! 僕のターン、ドロー!」

 

 力強いドローだ。

 このターンで勝負に出るという気概を感じさせる。

 こちらの手札は少なく場もこのデュエルで初めて劣勢に傾いた今は向こうからしたら絶好の好機だろう。2枚の手札で何を仕掛けてくる?

 

「『エーリアンモナイト』を召喚」

「っ!」

 

 『サクリファイス』の隣に現れたのは表面が青白いオウムガイ。その渦巻状の貝からは鋭い棘が何本も生えており、自然のオウムガイと比べて厳つい印象を受ける。口元に生えた無数の触手の中に取り分け長く太い八本の先端には強靭な爪が輝いていた。

 

 

エーリアンモナイト

ATK500  DEF200

 

 

 ついにこれが出てきたか。

 ステータスこそ低いが、チューナーモンスターにしてこのデュエルで相対したくなかったあのシンクロモンスターを呼び出す事のできる能力を秘めた優秀なカード。

 これでも序盤に出されなかった事を喜ぶべきなのか。

 曇るこちらの気持ちとは対称的に、トビーはようやく呼び込めたこのカードへの喜びがその晴れ晴れとした表情から伝わってくる。

 

「このカードの召喚に成功した時、自分の墓地からレベル4以下の“エーリアン”モンスター1体を選択して特殊召喚出来る!」

「手札から『増殖するG』を墓地に送って効果発動。相手がモンスターを特殊召喚する度にデッキからカードを1枚ドローする」

「くっ、『エーリアンモナイト』の効果で『エーリアン・ウォリアー』を特殊召喚」

 

 『エーリアンモナイト』の真横に生まれた底の見えない穴にその八本の触手が伸びていく。何かを探る様に動いていた触手だが、目的のものを見つけると勢いよく引き上げられる。その先端が絡まって引き上げられたのは『エーリアン・ウォリアー』。触手が解かれ地面に下ろされると、地面を確かめる様に二三度地面を踏みしめていた。

 

 

エーリアン・ウォリアー

ATK1800  DEF1000

 

 

 と、『エーリアン・ウォリアー』の足下に黒い影が蠢く。そしてそれが行動を開始したのは直後の出来事だった。黒い影が一斉に羽ばたき、俺のデュエルディスク目掛けて移動を開始する。

 その光景に審判の講師は一歩後ずさり、サイレント・マジシャンは手で顔を覆いながら俺の後ろに隠れて踞っていた。

 

「『増殖するG』の効果でドロー」

 

 とにかく次のターンで攻勢に転じられるカードか、このターン相手の動きを阻害する手札誘発のカードが引きたかったが、今引いたカードは生憎それではない。

 だが不幸中の幸いなのはトビーはこのまま間違いなくシンクロ召喚を行うと言う事。勿論本当ならば『増殖するG』が抑止力になってシンクロ召喚をしないでいてくれるのが理想なのだが、相手も引くに引けない状況。『増殖するG』で相手にアドバンテージを取られようともトビーは絶対あのシンクロモンスターを出してくるはずだ。その時にもう1枚カードを引くチャンスと前向きに考えよう。

 

「レベル4の『エーリアン・ウォリアー』にレベル1の『エーリアンモナイト』をチューニング」

 

 『エーリアンモナイト』と『エーリアン・ウォリアー』が天に引き寄せられるかの如く宙に浮かぶ。『エーリアンモナイト』の体が弾け緑の光輪を放出すると、『エーリアン・ウォリアー』がその中心を潜っていく。『エーリアン・ウォリアー』の体の輪郭が透けていき、その中から四つの輝く光球が放出される。

 

「数多の星々の侵食の砦! 宇宙の果てより飛来せよ!」

 

 突如として暗雲が立ち籠めた。それは天井を埋め尽くし雷鳴を轟かせ始める。

 そして緑光を放つ輪の中心に四つの光球が縦一直線に並んだときだった。その暗雲から極光が降り注ぐ。

 

「シンクロ召喚! 今こそ侵略の時! 『宇宙砦ゴルガー』!」

 

 天が轟く。

 暗雲の内から姿を見せたのは巨大な生きた砦。

 大雑把に形状を捉えればそれは卵型だった。全長は少なく見積もっても10メートルはあるだろうか。全体的に薄群青色でその胴部部には帯の様に縦長の穴が並んでいる。頭頂部には顔と思しき部分が存在し、そこを基準に背中部分には巨大な富士壷のようなものがびっしりと生え渡っている。さらに体のそこら中から触手が生えその先端には眼球がついており、死角を潰す様に向きを変えて周りを監視しているようだ。

 

 

宇宙砦ゴルガー

ATK2600  DEF1800

 

 

 まさしく宇宙からの侵略者。ハリウッド映画の世界から飛び出してきたような姿をしたそれだが、そんなことは関係無いとでも言わんばかりに黒光りする群れは『宇宙砦ゴルガー』の背後から俺のデュエルディスク目掛けて飛来する。その堂々たる様は数億年前から地球に住み着き隕石が降ろうともしぶとく生き延び続けた種族の威厳すら感じた。なんだか宇宙から侵略者が来て地球の支配者が変わろうとも彼らは生き延びていきそうだ。

 

「相手が特殊召喚に成功したためカードをドローする」

 

 残念ながら引いたカードは『魅惑の女王LV3』。さすがにこのタイミングでこれを引いても次のターンに活かせそうにない。

 一方『宇宙砦ゴルガー』と言うエースモンスターが登場した事で周りのレベル5の連中も息を吹き返し、「行けるぞ、トビー!」「新参者を潰せー!」等という声援が始まる。

 

「『宇宙砦ゴルガー』の効果発動。フィールドの表側表示の魔法・トラップカードを任意枚数手札に戻し、その後戻した枚数だけのAカウンターを場の表側表示のモンスターに置く。僕がこの効果で戻すのは僕の場の『古代遺跡コードA』、『補給部隊』2枚、そして君の場の『強制終了』の合計4枚!」

 

 砦の上部の緑色の目が光った。そこから放たれる四本の青白い光は何かを探す様にフィールドを縦横無尽に動き回る。その光線は『魅惑の女王LV7』や『サクリファイス』に当たった所で何の影響も及ぼす事は無い。だが場で表側になっているトビーの指定した表側表示の魔法・トラップカードに照射されるとそのカードが光り始め手札に戻される。

 

「そして4つのAカウンターを『魅惑の女王LV7』に乗せる」

 

 『宇宙砦ゴルガー』の背中の富士壷のような器官から四つの黒い影が打ち上げられる。その正体は紫色の肉塊。天に打ち上げられたそれは重力に従い落下を始める。

 それが自分に迫っていると気が付き表情を引きつらせる『魅惑の女王LV7』。避ける事もままならずそれを受けた姿は無惨なものだったとだけ言っておこう。

 

 

魅惑の女王LV7

Aカウンター0→4

 

 これこそ『宇宙砦ゴルガー』の厄介な能力。これを序盤に出されていたら『強制終了』をバウンスされ戦略が大きく狂わされていただろう。『魅惑の女王LV7』は射殺さんばかりの鋭い視線を『宇宙砦ゴルガー』に向けている。

 

「さらに『宇宙砦ゴルガー』のもう一つの効果発動。1ターンに1度、場のAカウンターを2つ取り除くことで、相手の場のカード1枚を破壊する。僕は『魅惑の女王LV7』のAカウンターを2つ取り除き、『魅惑の女王LV7』を破壊する」

 

 『魅惑の女王LV7』に付いた四つの紫色の肉片のうちの二つが『宇宙砦ゴルガー』の胴に空いた穴に吸い込まれていく。このデュエルで魅惑の女王は一体何度この肉片を浴びせられて剥がされたのか、少し不憫に思うところだ。

 

 

魅惑の女王LV7

Aカウンター4→2

 

 

 『宇宙砦ゴルガー』の胴部部に空いた穴が二つ輝き始める。そこには青白い光が徐々に収束していくのが見てとれる。そして直径1メートルクラスになった二つの光弾はそのまま下にいる『魅惑の女王LV7』へと落とされた。

 その光弾が迫るにつれゴゴゴゴゴッと大気を揺らす音が近づいてくる。

 これを受ければ『魅惑の女王LV7』は破壊され俺の場ががら空きになってしまう。

 

「トラップ発動。『ガガガシールド』! このカードは発動後装備カードとなり

自分の場の魔法使い族モンスター1体に装備する。私は『魅惑の女王LV7』にこれを装備」

 

 『魅惑の女王LV7』の手に“我”と真中に刻まれた体を覆えそうな巨大な盾が出現する。その盾を迫り来る二つの巨大なプラズマ球に向けると『魅惑の女王LV7』の囲う様に半透明の薄い膜が張られる。

 

 そして着弾。

 

 恐ろしい爆発と共に極光が視界を埋め尽くす。

 その風が僅かに俺の衣服を揺らしているのは仮にもトビーがサイコデュエリストだからだろう。

 耐えきれない程でもない風と眩い光が収まるのを待つと、そこには無傷の『魅惑の女王LV7』が『ガガガシールド』を携えていた。

 

「『ガガガシールド』を装備したモンスターは1ターンに2度まで戦闘及び効果での破壊を免れる事が出来る」

「なら永続魔法『古代遺跡コードA』を発動。そして魔法カード『手札抹殺』を発動する。お互いのプレイヤーは手札を全て捨て、その後捨てた枚数だけカードをドローする」

 

 ここで手札を入れ替えさせてくるのか。

 こちらとしては願ってもない展開だったため内心戸惑う。『増殖するG』の効果で引いていた今までの札は次のターンの返しの札としては心許なかった。

 

「よしっ!」

「ふっ、なるほど」

 

 『手札抹殺』で新たに加わった3枚の手札は逆に申し分無い。今まで悪かった引きの分を見事に挽回したような札である。これでこのターンを凌げれば次のターン最高の見せ場が作れそうだ。

 しかしそれはトビーも同じ。『補給部隊』2枚をこの手札交換で変えたことで勝負に出る算段を整えたらしい。

 だが依頼を果たすためにもこのターンを凌ぎきってみせる。

 俺がそう決意を新たにするとトビーもまた最後の2枚の札を切った。

 

「やはり僕程度に敵わない君じゃあの人(・・・)の居るステージにはふさわしくない」

「まだ決着はついていませんが?」

「今からそれを教えて上げるよ! 魔法カード『二重召喚』を発動! これによりこのターン僕はもう一度モンスターを召喚できる。僕は『サクリファイス』をリリース」

「っ!」

 

 ここに来てのアドバンス召喚?

 

 『二重召喚』も然ることながらこのタイミングでのアドバンス召喚は想定外のことだった。

 確かに『サクリファイス』をこのターン放置しておけばエンドフェイズにAカウンターが取り除かれ『洗脳光線』が消えて俺の場に戻ってきてしまう。しかしその対策でこのターンでアドバンス召喚を仕掛けてくることまでは読めなかった。

 一体何が出てくるのか。

 『サクリファイス』の姿が消えていくのを見ながら続いて現れるモンスターを固唾を飲んで見守る。

 

「『宇宙獣ガンギル』をアドバンス召喚」

 

 会場が陰る。しかしそれは暗雲が天井を覆った訳ではない。

 そいつは空から落ちてきた。

 『宇宙砦ゴルガー』に勝るとも劣らないサイズの化け物の正体こそ『宇宙獣ガンギル』。何十本もの白くカニの爪のように鋭い足でその巨体を支え、上半身には象の鼻よりも太く長い触手を何十本も生やしている。口には肉食獣のように鋭い歯を並べ、鋭い眼光で本能に赴くままに獲物を探す様子はまさに獣であった。

 

 

宇宙獣ガンギル

ATK2600  DEF2000

 

 

「『宇宙獣ガンギル』はレベル7だけど、自分フィールド上に存在する元々の持ち主が相手のモンスターをリリースする場合、このカードはリリース1体でアドバンス召喚する事ができる」

 

 『宇宙砦ゴルガー』、『宇宙獣ガンギル』の2体が並ぶ様はまさに地球侵略の直前の光景を見ているようだ。

 侵略者である『宇宙砦ゴルガー』から次々と送り込まれる下級エーリアン達。それに地球側は応戦するも突如発生した未知のウィルスが蔓延し戦力が大幅に削られる。そして残り少なくなった残存戦力を『宇宙獣ガンギル』が全てを蹂躙していく。

 そんな侵略の絵が脳内に思い浮かんだ。

 

 

「そして『宇宙獣ガンギル』の効果発動! 1ターンに1度、相手の場のモンスター1体にAカウンターを一つ乗せる。これで『魅惑の女王LV7』のAカウンターを増やすよ」

 

 『宇宙獣ガンギル』は何かを咀嚼するように口を動かすと、痰を吐き出すかのように紫色の肉塊を『魅惑の女王LV7』に吐きかける。

 流石に不憫に思ったのかサイレント・マジシャンもこれには同情的な視線を送っていた。

 

 

魅惑の女王LV7

Aカウンター2→3

 

 

 これで場にあるAカウンターは三つ。

 トビーの手札が尽きた今、狙いはもう見えている。

 

「そして『古代遺跡コードA』の効果発動。『魅惑の女王LV7』に乗ったAカウンター二つを取り除き、墓地から『エーリアン・テレパス』を特殊召喚」

 

 『魅惑の女王LV7』の体に付着した二つの紫色の肉塊が『古代遺跡コードA』のカードに吸い込まれてく。そして再び赤いオオサンショウウオのような姿をした『エーリアン・テレパス』が墓地から出現した。だが『宇宙砦ゴルガー』や『宇宙獣ガンギル』と並ぶそれは初めて見たときよりも矮小な存在に見える。

 

 

魅惑の女王LV7

Aカウンター3→1

 

 

エーリアン・テレパス

ATK1600  DEF1000

 

 

「『増殖するG』の効果でドロー。っ!」

 

 『エーリアン・テレパス』の足下から空を舞う黒の群れをデュエルディスクで受け止めながら引いた新たなカードを見た瞬間、俺はこのデュエルの勝利を確信した。

 そんなことも露程も知らぬ周りのレベル5の連中が懸命にトビーを応援しているのを見るとなんだか申し訳なさすら湧いてくる。

 

「へへっ、行きますよ。『エーリアン・テレパス』の効果発動。『魅惑の女王LV7』のAカウンターを一つ取り除き『ガガガシールド』を破壊する」

 

 『魅惑の女王LV7』の体についた残りの紫色の肉片が『エーリアン・テレパス』に吸い込まれる。そうして得た紫色の肉塊を糧に『エーリアン・テレパス』は二本の髭にエネルギーを蓄え始める。

 

 

魅惑の女王LV7

Aカウンター1→0

 

 

 チャージが終わるとノータイムで『エーリアン・テレパス』の髭から熱線が放たれた。二本の熱線は『ガガガシールド』を焼き切ろうと地面を焦がしながら迫る。

 だがこうなることは『宇宙獣ガンギル』が出てきた時から読めていた事。場にセットカードは無く完全にこの効果が決まると思っているトビーには悪いが、『手札抹殺』によって手札に呼び込んだ1枚を使わせてもらおう。

 

「手札の『エフェクト・ヴェーラー』を墓地に送って効果発動。『エーリアン・テレパス』の効果を無効にする」

 

 『ガガガシールド』を焼き切ると思われた『エーリアン・テレパス』の放った熱線は寸でのところでかき消された。

 これでトビーの手札は尽きフィールドでこのターン使える効果も全て使用した。墓地で発動するカードを捨てるタイミングも無かったため、後はバトルに入るしかない。

 

「これでいけたと思ったんだけどね。ならバトルに入る! 『エーリアン・テレパス』で『魅惑の女王LV7』を攻撃!」

 

 『エーリアン・テレパス』の口から両手で抱えきれない程の大きさの巨大な火球が発射される。『魅惑の女王LV7』はそれを受け止めようと『ガガガシールド』を構える。

 

「『ガガガシールド』の効果により『魅惑の女王LV7』は破壊を免れる」

 

 『ガガガシールド』が輝くと再び『魅惑の女王LV7』を囲うように半透明のバリアが展開される。

 衝突は一瞬だった。

 火球は『ガガガシールド』に触れると『ガガガシールド』内に残った魔力によって霧散する。

 ただその熱波は俺の服を僅かに焦がしライフを削った。力は十六夜程では無いにしてもサイコデュエリストと言う訳か。

 

 

八城LP4000→3900

 

 

 役目を終えたとばかりに『ガガガシールド』から魔力光は消え去った。

 

「これで『ガガガシールド』の効力は失われたね! 『宇宙獣ガンギル』で『魅惑の女王LV7』を攻撃!」

 

 トビーの猛攻は続く。

 『宇宙獣ガンギル』の攻撃は至ってシンプルなものだった。

 その巨大な体躯を使っての突撃。単純だがそれを繰り出すのが5メートルクラスの怪物となるとその威力はちょっとした災害に匹敵する。

 『ガガガシールド』の効力が失われた今、『魅惑の女王LV7』にその災害から身を守る術は残されていない。焼け石に水程度にしかならないが、それでも彼女は諦める素振りを見せず防御用に三重の魔法障壁を展開する。

 しかしそんな抵抗に目もくれる事も無く『宇宙獣ガンギル』は突き進む。その巨体の影が『魅惑の女王LV7』を覆ったとき、俺は更なる手を切った。

 

「墓地の『サクリボー』の効果発動。自分の場のモンスターが戦闘で破壊される場合、代わりに墓地のこのカードを除外することができる」

 

 『魅惑の女王LV7』の魔法障壁と『宇宙獣ガンギル』の接触の直前、体が透けた状態の『サクリボー』がその間に入り込む。

 

「く、くりぃ〜」

 

 魔法障壁と『宇宙獣ガンギル』の巨体との板挟みに苦しそうな声を上げる『サクリボー』。しかし小さい体ながらもその最後の力を振り絞り生み出した小規模な爆発によって『魅惑の女王LV7』と『宇宙獣ガンギル』の体を引き離す事に成功する。

 『魅惑の女王LV7』は俺の前まで吹き飛ばされ転倒し、俺のライフもまた後ろに抜ける衝撃と共に減らされる。倒れた『魅惑の女王LV7』の露出が多い格好は一層乱れ、周りの観客の男が響く。

 

 

八城LP3900→2800

 

 

 『魅惑の女王LV7』はフラフラと杖をつきながら立ち上がると、何事も無かったかのように姿勢を正し女王としての毅然とした立ち振る舞いを見せる。

 

「そうだった。君の墓地には『サクリボー』がまだいたね。けどいい加減に『魅惑の女王LV7』には消えてもらうよ! 『宇宙砦ゴルガー』で『魅惑の女王LV7』に攻撃」

 

 トビーの命を受けついに『宇宙砦ゴルガー』が動き始める。

 浮遊している『宇宙砦ゴルガー』は胴体に空いた穴からは一斉に光が灯る。その光は幾条もの筋となって地上を照らし出す。まるで脱獄囚を探す刑務所のサーチライトの如く地面を奔る光の一つがついに『魅惑の女王LV7』を捉えると、全ての光が彼女に向けられる。その眩さに『魅惑の女王LV7』は手を翳した。

 標的を捉えた『宇宙砦ゴルガー』は頭部の二つの瞳を光らせると、口と思われる穴に不穏な光が集まっていく。徐々にエネルギーが集まっていくにつれてその色は白からオレンジに、オレンジから赤に、そしてついには赤黒く染まっていく。

 その膨大なエネルギーに天が震えているようだ。天に断続的に響く音は激しさを増し、やがて空が陰った。

 だがよく見ると空が陰ったのは『宇宙砦ゴルガー』によるものではない。

 

「えっ?」

 

 『宇宙砦ゴルガー』の頭上に突如現れた巨大な黄金の球。『宇宙砦ゴルガー』の巨体すらもその影で覆ってしまう程の巨大な球はそのまま落下し『宇宙砦ゴルガー』を圧し潰していく。

 その重さに耐えきれず下降を始めた『宇宙砦ゴルガー』に攻撃に移る余裕は無かった。口に溜まっていたエネルギーは四散し全てのエネルギーを体制維持に回しているようだったが、『宇宙砦ゴルガー』は敢え無く地上に落下する。

 『魅惑の女王LV7』は何が起きた分からない様子で呆然と目の前の光景を眺めていた。

 空に浮いた侵略の砦を墜とし『魅惑の女王LV7』を攻撃から救った黄金の球。それは徐々に縮んでいきバレーボール程の大きさになると、ようやくその全体像が見えてくる。コンセントプラグのような形状をした黄緑色の手足をぶら下げ、パッチリと見開かれた二つの大きな瞳が特徴的なモンスター。それは無事役目を終えフィールドから消えていった。

 俺は呆ける一同にこのモンスターの正体を明かす。

 

「相手のモンスターの攻撃宣言時に、手札の『クリボール』を墓地に送って効果発動させてもらいました。その効果で攻撃モンスターは守備表示になる。残念でしたね」

「くそっ!」

 

 『魅惑の女王LV7』を突破できずトビーは地団駄を踏む。トビーの逆転を信じて疑わなかった周りのギャラリーは静まり返り、その音だけがむなしく響く。

 これで全てのモンスターで攻撃宣言を終えたトビーにこのターンできる事は無くなった。

 

「これで僕はターンエンド……」

 

 絞り出すような声には悔しさが滲んでいた。

 彼には分かっているのだろう。如何に高攻撃力のモンスターを並べようとも、『魅惑の女王LV7』を場に残し、さらに次のターン3枚に増える手札の意味を。自分と相手の間にある圧倒的な実力の差を。

 俺のこのデュエルでの目的は“レベル5”の人間と圧倒的な実力の差を示す事。この段階で対戦相手であるトビーにそれは充分に伝わったはずだ。だがこれを見ている人間、特にカメラの向こう側でこちらを見ている人間全てにそれが伝わったかは定かではない。

 故に俺はここで手を緩めない。一分たりとも反論の余地を残さず誰もが俺の特進クラス入りに疑問を持たないほどの絶望的な実力の差を見せつけるために。そのための手は既に全て揃っている。

 ここからはデュエルでなく演出である。ただ勝利を求められる普段のデュエル屋稼業には縁のないもの。こう言ったものが求められるのはプロデュエリストだ。ただ勝つだけではなく時にピンチを演出し、時に圧倒する。そうやって観客を沸かせながらデュエルを魅せる。プロの世界の上位者達はそのような技術も持ち合わせなければならない。キングであるジャックはその最たる例であろう。

 そのような演出をするには相手の実力を計る能力、デュエル全体を把握する能力が求められ、さらに彼我の実力に大きな開きが条件として必要になる。その内のどれか一つでも欠ければそんな演出は瞬く間に崩れ、それどころか敗北に繋がるリスクも孕む。その実際の例は地下で戦った元プロの氷室か。

 今回のデュエルは演出と言っても最善手を打ちながら最後に圧倒すれば良いだけなので難易度は高い方ではない。ただ何分そう言った演出でのトークスキルはおろか普段から口下手故にそこだけが不安だった。

 そうした不安を抱えながら誰も口を開かない中、俺は最後の演出へと取りかかった。

 

「さて、今のターンで決めきれなかったのが君の敗因、でしたっけ? その言葉、そのまま返しましょう。私のターン、ドロー」

 

 静寂の続くデュエル場で俺の声ははっきりと響く。会場の視線が俺の次の手に集中しているのが分かる。

 

「『魅惑の女王LV7』の効果発動。『宇宙砦ゴルガー』をこのカードの装備カードにする」

 

 『魅惑の女王LV7』は魔方陣を足下に展開する。

 そこに普段サイレント・マジシャンが使用する転移用の魔方陣と同じ文様が刻まれていると気が付いた時には『魅惑の女王LV7』の姿は光の中に消えていた。

 転移先の地点は『宇宙砦ゴルガー』の頭頂部。

 そこに腰を下ろす『魅惑の女王LV7』を見ていると、彼女がそこに君臨するのは当たり前の様に思えてしまうから不思議だ。彼女に命ぜられるがまま『宇宙砦ゴルガー』は再び浮上すると俺の場に移動しゆっくりと旋回してトビーへと向き直る。

 これこそが“魅惑の女王”が極めた魔術“魅惑(チャーム)”の真骨頂。低級のモンスターが相手ならその目を見るだけで、上級モンスターでも体に触れただけで自身の虜にし下僕へと変えてしまう強力な魔術だ。

 

「…………」

 

 ここまでの動きは流石に予想通りのようでトビーも周りも大きな反応を見せない。

 そして俺は次なる手としてこのデュエルを終わらせる決定打となるカードを発動させる。

 

「『イリュージョンの儀式』発動」

 

 デュエル場が薄暗い闇に包まれる。

 このデュエルで三度出現する事になったウジャト眼の刻まれた壺と二つのゴブレット。壺は早く供物を捧げよとでも言うようにカタカタと音をたてながら振動し始めた。

 

「墓地の『クリボール』は儀式召喚を行う時に必要なレベル分のモンスター1体として、このカードを除外することができる。私は『クリボール』をゲームから除外」

 

 先程『魅惑の女王LV7』を守り抜いた立役者である『クリボール』がそのゴブレットに溶け込むと、生命の原液となったそれが壺の中へと注ぎ込まれる。壺に変化が起きたのは直後の出来事だった。

 

「『サクリファイス』を特殊召喚」

 

 タジン鍋のような形をした壺が変形し、眼球にウジャト眼が刻まれた一つ目の怪物がそこに現れる。胴に空いた全てを飲み込む穴は獲物を探しているかのように膨張と収縮を繰り返していた。

 

 

サクリファイス

ATK0  DEF0

Aカウンター0→1

 

 

「あっ」

 

 それは周りで見ている観客の誰かが思わず出てしまったかのようなそんな声だった。

 恐らく声の主は気付いたのだろう。これで俺の勝利が確定したという事に。トビーの場には『宇宙獣ガンギル』と『エーリアン・テレパス』を残すのみ。残りライフは1700。『サクリファイス』の効果で『宇宙獣ガンギル』を奪えばそれでこちらの場のモンスターの攻撃力の合計が相手のライフと『エーリアン・テレパス』の攻撃力の合算を超える。最大攻撃力もこちらが上回っているため俺の勝利は揺るがない。このままバトルに入ってゲームを終わらせる。そう想像したはずだ。

 

 だが、俺はその想像の更に上をいく。

 

 レベル5を超える圧倒的力を示すために。

 この勝利の印象を見ている人間により強く植え付けるために。

 

「このままでも良いのですが、最後は派手にいかせてもらいますよ。さらにこの瞬間、リバースカードを発動! 速攻魔法『地獄の暴走召喚』」

「じ、『地獄の暴走召喚』だって?!」

「そう。このカードは相手フィールド上に表側表示でモンスターが存在し、自分フィールド上に攻撃力1500以下のモンスター1体が特殊召喚に成功した時に発動する事ができる。その特殊召喚したモンスターと同名モンスターを自分の手札・デッキ・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚する。相手は相手自身のフィールド上に表側表示で存在するモンスター1体を選択し、そのモンスターと同名モンスターを相手自身の手札・デッキ・墓地から全て特殊召喚する。これにより私は墓地より『サクリファイス』2体を特殊召喚する」

 

 既に場に居る『サクリファイス』の横に二つの黒い穴が開かれる。

 そこから現れたのは同じく2体の『サクリファイス』。唯でさえ攻撃力0とは思えぬ圧倒的存在感を放つ『サクリファイス』だが、それが3体も並ぶとその光景は圧巻だ。

 

 

サクリファイス2

ATK0  DEF0

Aカウンター0→1

 

 

 

サクリファイス3

ATK0  DEF0

Aカウンター0→1

 

 

 「『サクリファイス』が3体並んだ?!」「嘘だろ……」「あ、悪夢だ……」

 見ているレベル5は口々にそう漏らす。実力があるだけに返しの札も持たずにこれを相手取る意味が、恐怖が理解出来たのだろう。

 

「さぁ、君の番だよ。モンスターを出すといい」

「ぼ、僕は『宇宙獣ガンギル』2体をデッキから特殊召喚」

 

 ましてこれと対峙するトビーは尚更か。

 トビーの声は震えている。

 『サクリファイス』に吸収されると分かっていながら自らのモンスターを差し出さなければならない絶望に顔を青褪めさせていた。そうしてこちら同様に3体並んだ『宇宙獣ガンギル』は最上級モンスターだと言うのに不思議と萎縮している様に見える。

 

 

宇宙獣ガンギル2

ATK2600  DEF2000

 

 

宇宙獣ガンギル3

ATK2600  DEF2000

 

 

 『宇宙獣ガンギル』は最早まな板の上の鯛のようなもの。俺は迷う事無く並ぶガンギルに死刑宣告をする。

 

「3体の『サクリファイス』の効果発動。私が装備するのは当然3体の『宇宙獣ガンギル』」

 

 『サクリファイス』3体の捕食が始まった。それぞれの『サクリファイス』は一斉に胴に空いた穴が周りのものを引き寄せ始める。それは体長が5メートルを超える『宇宙獣ガンギル』ですら例外では無い。地面を削りながらジリジリと『サクリファイス』に引きずり込まれていく『宇宙獣ガンギル』はついに穴に接触する。

 だがその穴の大きさを優に超える『宇宙獣ガンギル』は当然そこで詰まってしまう。

 一体どうするのかと見守っている時、それは起きた。

 穴が一気に3メートル近く広がったのだ。それは蛇が自分よりも大きな獲物を飲み込む時に口を大きく広げる様だ。それにより巨大な『宇宙獣ガンギル』の体が三分の一以上飲み込まれる。『宇宙獣ガンギル』は甲殻類の爪のような何十本もの足を動かし抵抗をしているようだが、既にその足の半分以上地面についていないため意味を為していない。

 変化は続く。巨大化した穴につられる様に『サクリファイス』の体もそれに伴い大きくなっていく。

 4メートル、5メートル……肥大していく『サクリファイス』の力は徐々に強くなっていくようで『宇宙獣ガンギル』の体は下半身から穴に消えていく。そうしてぬちゃぬちゃと耳に残る粘着質を響かせながら『宇宙獣ガンギル』の体は『サクリファイス』の体内に沈んでいった。

 

 

サクリファイス

ATK0→2600  DEF0→2000

 

 

サクリファイス2

ATK0→2600  DEF0→2000

 

 

サクリファイス3

ATK0→2600  DEF0→2000

 

 

 『宇宙獣ガンギル』を飲み込んだ『サクリファイス』の大きさはそれ以上だった。巨大化した事で向かい合う威圧感は数段増している事だろう。会場のあちこちから怯えた声が聞こえる。

 しかしそれを嘲笑うかの如く絶望的変化は止まらない。『宇宙獣ガンギル』をその身に宿した『サクリファイス』の外皮が盛り上がっていく。ボコボコと膨れ上がるその様は噴火口から迫り上るマグマのようだ。厚さだけでも50センチはあり、よく伸びる外皮だが時折聞こえるブチブチッという何かが引き千切れるような音から分かる様にそれは明らかにその伸縮の限界を超える速度だ。

 

「う、あ……ああぁ……」

 

 ブチュッという水っぽい何かを潰した音と共にそれは現れた。『サクリファイス』の緑色の体液を撒き散らしながら吸収された『宇宙獣ガンギル』が外皮を突き破って飛び出したのだ。

 余りにグロテスクな光景にトビーは二歩、三歩と後退る。『サクリファイス』の体を突き破って出た『宇宙獣ガンギル』は力なく呼吸するだけで体を動かす事もままならない。体長5メートルを超える『宇宙獣ガンギル』だが、それを拘束する『サクリファイス』の大きさはそれを大きく超え7メートルに迫る程だ。

 そしてそれが三体。

 さらには『宇宙獣ガンギル』を従えていた『宇宙砦ゴルガー』すらも『魅惑の女王LV7』の手に落ちている。彼女は巨大化した『サクリファイス』の上空を『宇宙砦ゴルガー』に乗って漂いながら退屈そうに地上を見下ろしている。

 これ程巨大なモンスターが並んでいるのを見るのは前に挑まれたデーモン使いのデュエル屋の時ぶりか。『戦慄の凶皇-ジェネシス・デーモン』が3体と『ヘル・エンプレス・デーモン』を並べられた時は圧巻の光景だったが、これもまたそれに引けを取らないものだ。あの時と違うのはこれを従えているのは俺と言う事。尤もそのモンスターは全てトビーから奪ったものなのだが。

 そのトビーはと言うと力なく両腕を下ろし戦意を失った様に立ち尽くしている。会場全体も狙い通りこの光景に圧倒され完全に静まり返っていた。

 まさにこのデュエルの終幕にふさわしい展開だ。

 

「……この光景はお気に召したでしょうか? では、そろそろこのデュエルを終わらせましょう。バトル。『サクリファイス』で『エーリアン・テレパス』を攻撃」

 

 『宇宙獣ガンギル』を吸収した『サクリファイス』の内の1体が動き出す。

 ウジャト眼が上から『エーリアン・テレパス』を見下ろすと、一瞬光った。

 直後、『エーリアン・テレパス』のいた場所が爆発し土煙が上がった。その衝撃がトビーのライフを削っていく。

 

 

トビーLP1700→700

 

 

「うぁっ……あぁぁ……」

 

 自分を守るモンスターを失いその表情には圧倒的なモンスターへの恐怖しか残されていなかった。

 

 情けない。

 

 なぜか苛立ちを感じながらそう思うと同時にデュエル前にトビーが放った言葉が頭を掠める。

 

「“格下相手に重ねた勝利なんてここでは全く役に立たない” たしかデュエルの前、そんな事も言っていましたね」

「……」

「今まで私は数多くのデュエルを経験してきました。その中にはライフをギリギリまで削って打ち倒した強敵もいました」

 

 十六夜、デーモン使い、氷室、クロウ。

 思い浮かぶデュエリスト達はいずれも強敵で俺のライフをギリギリまで追いつめた。そしてたとえ逆転され負ける寸前でも最後まで戦意を失う事は無かった。

 

「……そ、それがなんだって言うんだい?」

「そうやってギリギリの戦いで得た経験が今の俺のデュエルの血となり肉となっている。お前が見下していた俺のデュエルの中に役に立たないデュエルなんて無かった」

「っ!!」

 

 だがこいつはどうだ?

 多少の腕はあったがその程度。

 思い浮かぶデュエリスト達を見下せるような実力は無かった。

 ここでようやく苛立った理由が分かった。そんな相手に今までのあのデュエルを虚仮にされたからだ。そしてそれを自覚すると共に沸々と怒りが湧いてくる。

 

「だから……」

 

 俺の空気を察したのか『魅惑の女王LV7』が『宇宙砦ゴルガー』に攻撃の準備をさせ始める。

 

「俺のデュエルの重みを知れ! 『魅惑の女王LV7』でダイレクトアタック!」

 

 俺の命令を聞き『魅惑の女王LV7』は『宇宙砦ゴルガー』に攻撃に移らせる。

 『宇宙砦ゴルガー』のサーチライトがトビーを捉えると、口にエネルギーをチャージし始める。やがて赤黒い光が溜まっていき精製されていくエネルギー弾。

 しかし『魅惑の女王LV7』は何を思ったのか『宇宙砦ゴルガー』に溜まったエネルギー弾を霧散させてしまう。そして『宇宙砦ゴルガー』がゆっくりとトビーのフィールドに向かって移動を開始する。

 

「えっ?」

 

 『宇宙砦ゴルガー』はそのままトビーの頭上まで移動する。何をするのか見ていると『宇宙砦ゴルガー』の頭部がチカッと瞬いた。直後に俺の眼前に魔方陣が展開される。そこから現れたのは『魅惑の女王LV7』。そうして『魅惑の女王LV7』は悪戯っぽく微笑みながら右手を銃の形にしてバンッと撃つ動作をした。

 一体どうやってこれで攻撃するのか疑問に思っていると、『宇宙砦ゴルガー』から不吉な音が聞こえ始める。動力のパワーが落ちていくかのように音が徐々に低くなっていく音だ。

 

「あっ、あぁぁっ!」

 

 それに気付いたトビーだがもう時既に遅し、予想通り『宇宙砦ゴルガー』がトビーに落下し始める。その様子を『魅惑の女王LV7』は冷たい笑みを浮かべながら見ていた。これが散々紫色の肉塊を体に付けられた恨みなのか。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 

 トビーの絶叫は『宇宙砦ゴルガー』の圧倒的な質量に潰され消えていった。

 

 

トビーLP700→0

 

 

 終わってみれば会場の観客はおろか審判も口を開こうとしない。

 こうして俺のアルカディア・ムーブメントでの初デュエルは幕を閉じたのだった。

 

 

 

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——————

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「ぷっ! くくくくくっ! ぷっはっはっはっはっはっ!! 最高だぜ、あいつ!!」

 

 モニターに映るトビーと八城のデュエルに決着がつくとシュウが弾けるように笑い始めた。その様子に隣のソファーに腰掛ける十六夜は眉を顰める。

 

「……うるさい」

「そう言うなよ、十六夜。折角こんなおもしれぇヤツがやってきたんだ。くくっ、これを笑わずにいられるかよ」

「面白い? 何処が? あのレベル5の子も頑張ってたけど、今のはお世辞にも良いデュエルなんて言えないわ。特に最後の『地獄の暴走召喚』なんて発動しなくても結果は変わらなかった。明らかにあれは無駄な一手だったわ」

「分かってねぇな。んなことはあいつも分かってるだろうよ。分かってて敢えてやってんだ」

「何? それって自分の力を誇示するため? くだらない」

「くくっ、そう言ってやるな。あいつも必死なのさ。“俺はレベル5程度で収まる男じゃねぇ”そんな声がビリビリ伝わってきやがる。それにレベル5のあのガキを圧倒してたのは事実だ。なぁ、ディヴァイン。あいつも招待してやれよ、ここに」

「……!」

「そう結論を急くな、シュウ」

 

 話を振ってきたシュウを窘めながら、ディヴァインはデスクの内線の受話器を取る。

 

「こちらディヴァイン。モニター室、先程のデュエルのデータは取っていたな?」

【はい。全て記録しております】

「さっきのデュエルであの仮入学者からサイコパワーは検出されたか?」

【はい! 微量ながらサイコパワーの反応が確認されました】

「素質はある、か。ふむ……分かった。後でそちらに行く。以上だ」

【了解しました。では後ほど】

 

 モニター室とのやり取りを終えると何かを考える様にディヴァインは瞑目する。

 そんな煮え切らない様子のディヴァインにシュウは立ち上がって訴えかける。

 

「おいおい、そりゃ決まりで良いだろう。迷う必要が何処にある? あの実力を見るにどうせレベル5のトップでも歯がたたねぇよ。本人のご希望通り俺たちと同じステージに上げてやろうぜ」

「シュウ! 前から思ってたけどあなた何様なの?! ここのトップはディヴァインなのよ? あなたの行動は目に余るわ!」

「あ? 十六夜、お前何か勘違いしてねぇか?」

「っ! 何……?」

「確かにこの組織のトップはディヴァインだが、俺はその手下になった覚えはねぇ。俺がここにいるのはたまたま俺の目的とここの方針が一致しただけに過ぎねぇんだよ。言わばこいつは協力関係だ。だから誰かに口うるさく指図される覚えはねぇ」

「なっ?! そうだったの、ディヴァイン?」

「……その通りだ、アキ。形式上はアルカディア・ムーブメントの構成員と言う事になってはいるがあれこれと彼の意志に反した命令はできないよ。尤もお願いは聞いてもらっているけどね」

「そう言う事だ。分かったか、十六夜」

「くっ……」

 

 ディヴァインからの説明もあったが、それでもシュウの態度が気に食わないらしく十六夜の視線は鋭い。

 少し悪くなった空気を変えるためなのか、ディヴァインは話題を元に戻す。

 

「とは言え、シュウ。やたらに彼を推すが、そんなに彼を推す理由は何かあるのか?」

「はっ! そんなの決まってんだろ?」

「はぁ……今のうちに言っておくが、彼が仮に同じクラスになったとしても当分相手はできないからな」

「あぁ? そりゃどう言う訳だ?」

「当然だろう。君とデュエルをして早々にトラウマを植え付けさせてしまったら元も子もないからね」

「けっ、面白くねぇな。だが、その当分ってのに期待させてもらうぜ」

「待つんだ、シュウ。何処へ行く?」

「そう心配すんなって。別に今から遊んでこようなんて考えちゃいねぇよ。昼寝しに行くだけだ。用があったら呼んでくれ」

 

 それだけ言うとシュウはさっさと部屋を出て行った。

 遅れてドアが閉じる音が部屋に残る。

 そんなドアの方を十六夜はじっと睨みつけていた。

 

「勝手なヤツ……」

「まぁ、そう言ってやるな。あんなシュウだが案外私のお願いはすんなり聞いてくれる」

「ディヴァインがそう言うなら良いけど……それで彼、どうするの?」

「そうだな。もう一度試験をしてこの結果がまぐれではないと証明されれば特進クラスに迎えようと思っている。アキは嫌か?」

「興味ないわ。ディヴァインがそう決めたならそれで良いと思う」

「そうか」

「そう言えば目的が一緒って、シュウの目的って何なの?」

「単純さ。“強い相手と戦いたい”ただそれだけさ」

「そんなの、プロでも目指せば良いじゃない……」

「おっと! シュウの前でそれを言うなよ? それは禁句だ」

「……?」

「シュウはプロを憎んでいるのさ。それは家の事情も関係している」

「家の事情……」

 

 家の事情と言う言葉に十六夜は顔を俯ける。同じく家族とすれ違い家を飛び出した身である彼女だからこそ思う所はあるのだろう。そんな十六夜の様子を察しディヴァインは明るい話題を振る。

 

「あぁ、そう言えば。アキが気になっていた先輩、確か八代君だったか?」

「っ! えぇ、そうよ」

「これは恐らくだが、デュエルが見れるかもしれない」

「本当?!」

「まだ確証はないんだけどね。5月か6月に天上院明日香がデュエルアカデミアを訪問するらしい。その時に在校生とデュエルをするそうなんだが、その時の在校生の代表は実力のトップの者が選ばれる。アキが認める程の実力を持つ八代君ならきっとその代表者に選ばれるんじゃないか?」

「そうね。あの先輩ならきっと……けど、どうして?」

「その時はデュエルアカデミアのデュエル場の入場が一般解放される。来場者がどれくらいくるかは分からないが、満員で入れなかったとしてもテレビ中継もされるらしいから最悪テレビで見れると思うよ」

「そう……」

 

 先程まで暗い表情だった十六夜だがこの話を聞き幾分か増しになった。表情の変化は乏しいがそれでも少し口元が緩んでいる様に見える。

 

「喜んでもらえたかい?」

「えぇ、良い事が聞けたわ。それじゃあもう部屋に戻るわね」

「そうか。ゆっくり過ごすと良い」

「ありがとう、ディヴァイン」

 

 そんなやり取りをして十六夜もまた部屋を後にする。

 一人残されたディヴァインは口元に笑みを浮かべていた。

 

(さて、今日の入学希望者の八城君か。見た所実力はあるしサイコパワーの素養もあるようだ。丁度量産予定のサイコパワー兵士の最高レベルがレベル5では少々物足りないと思っていた所。サイコパワー増幅装置の完成を急いだ方が良いな。全く白の少女と言いタイミング良く優秀な駒が見つかってきている)

「くくく……」

 

 本人も気が付いていない内に笑いが溢れていた。だがそれを聞くものは居ない。

 これがディヴァインの企みが静かに動き出した瞬間だった。



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乙女心

「えぇ〜それじゃあ最後の連絡だ。もう知ってる人もいると思うが、本校に天上院明日香先生がいらっしゃる」

「「「おおぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

 

 4月末から5月の頭にかけての春の大型連休が明けて直ぐにやってきた土曜の帰りのHR。

 担任からの連絡でクラスが一斉に沸き立つ。

 

「…………」

 

 しかし俺はというといつも通り周りのテンションに置き去りにされていた。

 率直に言って俺はこの天上院明日香という人物についてあまり知らない。俺が知っている情報は教師である事と有名プロデュエリストと結婚したと言う事ぐらいだ。その結婚相手の有名プロデュエリストも既に引退したらしく誰なのか俺は認知していない。この世界に来る前に活躍した人物らしいのだがあまり興味が無かったのでわざわざ調べる気も起きなかったのだ。

 そんな訳で残りの連絡も俺には関係無さそうだと判断し、俺はこれからのアルカディア・ムーブメントでの事について思考の海に意識を沈めていく。

 トビーとのデュエル後の翌週、アルカディア・ムーブメントの入塾テストを問題なくクリアした俺は計画通り特進クラスに入ることができた。入塾の手続きは済ませたが特進クラスでの顔合わせの日程はまだ決まってない。今は『サクリファイス』を混ぜた”魅惑の女王デッキ”一つでやりくりしているが、今後のことを考えるともう少しデッキのバリエーションを増やした方が良いかもしれない。

 ちなみにトビーとのデュエルの後、直ぐにミスティからクレームの電話がきた。依頼を受けた時から薄々は感じていたがあの人は生粋のブラコンだったらしい。

 

「先生! いつ明日香先生は来るのだ?」

「まだ日程は調整中だ。早くて今月、遅くても来月までにはいらっしゃる予定だ」

「そうか、時は近い……」

 

 担任の答えに黒髪で黒縁メガネの生徒はそんな事を呟いて小さく拳を握っていたのがチラリと視界の端に映る。やはり小さい頃から聞いていた名前のデュエリストが来るとなると興奮するようだ。例えるなら憧れのプロ野球選手が学校にやってくるとかそんな感じなのだろうか。しかし例えておいてなんだが野球にも思い入れがない俺ではどうにもその感じが分からない。

 そんな何とも他人事な感想を抱きながら、アルカディア・ムーブメントで使うデッキをあれこれと考えていく。やはり使い手の少ない魅惑の女王を軸に”コントロール型の魅惑の女王”デッキを作るか、それとも『サクリファイス』に軸を変え”レベル1軸のサクリファイス”デッキにしてみるか、はたまた『サクリファイス』と儀式繋がりで別の儀式デッキを使うか。考えられるパターンはいくつもある。

 

「で、その時に本校の代表生徒とのデュエルを予定しているんだが……その代表は本校で一番腕の立つ生徒になる」

「「「…………」」」

 

 視線が一斉に俺に集中しているような気がするがまた俺が槍玉に挙がったのだろうか? いや、何かあったら後ろのサイレント・マジシャンが教えてくれるだろう。

 別の儀式となると『精霊術師ドリアード』、『伝説の爆炎使い』が考えられる。流石にニケとして使った『救済の美神ノースウェムコ』は使えないだろう。

 

「まぁ、そうなるだろうな。代表は去年1年ながら3年を交えた全校生徒の中でもトップの戦績の八代の予定だ。と言う事で八代。……八代?」

「…………」

「はぁ、なんだ。またお出かけしているのか、こいつは」

 

 『伝説の爆炎使い』デッキなら魔力カウンターの使用が不可欠。パッと思いつく構築は『魔法都市エンディミオン』軸か。しかしそれも既に依頼でも普段でも使用しているカードのため避けるべきだろう。

 もう一つ残ったのは『精霊術師ドリアード』のデッキ。ステータスは低いが自身の効果により闇・神属性以外の属性を1体で網羅する事ができると言う特殊能力を持つ癖の強いカードだ。過去にデッキの考察をした事はないが少なくとも今まで作ったデッキとは被らないと思われる。浪漫カードではあるがこの『精霊術師ドリアード』を出せれば『強欲な壺』、『サンダーボルト』、『ハーピーの羽根箒』、『いたずら好きの双子悪魔』の4つの禁止カード級のカードの効果の内のどれかを使う事のできるトラップである『風林火山』の発動条件を満たせる。これはじっくりと考える価値がありそうだ。

 

「八代君」

「ん?」

「前です」

 

 小さく振り返るとサイレント・マジシャンが前を俺の背中に隠れながら指差す。どうやら思考に埋もれている間にまた何かの話を振られたらしい。まったくどうして俺が何か考え事をしている時に限って話を向けられるのか。

 

「はい、なんですか?」

「なんですかって……明日香先生がいらした時にネオ童実野校の代表生徒としてデュエルをして欲しいんだが、頼めるか?」

「えっ? あぁ、はい。大丈夫です」

「……なんだかなぁ。そんな気の抜けた返事で本当に大丈夫なのか? いや、まぁ、それくらいがお前らしいと言えばそうなんだが……」

 

 咄嗟に大丈夫と答えたが、話の内容を飲み込んだのはそれから数拍の間が空いてからだった。どうやらいつの間にか天上院明日香とデュエルすることになったらしい。だがそれを理解してもそれを感慨深く思う事は無かった。俺の中の認識では凄いらしいデュエリストと戦える程度の認識の域を出ない。

 しかしやはり周りの人間からすると凄い事らしくクラス中がざわつき、様々な声が聞こえてくる。

 

「おいおい、沈黙の戦王が動くのか……?」「戦王と明日香先生のデュエル……それは気になるな」「いや、流石に明日香先生の方が強いだろう」「けど負ける八代君の姿って全く想像出来ないよ?」

 

 そんな反応を聞くと最初は何も感じなかったが、沸々とそのデュエルに対する期待感が高まってくる。クロウと戦って以降、俺の血が沸き立つような熱いデュエルをしていなく少々欲求不満だったのだ。周りの声を聞く限り天上院明日香は俺よりも強いデュエリストらしい。そんな相手なら全力を出し切っても勝てるか分からないギリギリのデュエルになりそうだ。それこそジャックとのデュエルのように。そんなデュエルを想像するだけで血が騒ぎ出す。

 

「それじゃあ、我が校の代表は八代で……」

「納得出来ねぇぞ!!」

「いや待たれよ!!」

 

 ところがそうトントン拍子で決まりかけたところに待ったの声がかかった。

 その声の主等は立ち上がりこちらを見る。

 

「戦王! 多分俺の顔なんて知らねぇだろうから自己紹介させてもらうぜ! 去年までは一つ下のクラスに甘んじてたが、今年はクラス替えで這い上がらせてもらった(くろがね)(けん)だ!」

 

 そう俺に向かって自己紹介したのは癖っ毛のある茶髪の男。だぼついた制服をだらしなく着ているが、それでも体にしっかりとついた筋肉が見てとれる。

 こちらが容姿を観察している間、鉄拳と名乗った男もまた真っ直ぐと俺を見ていた。その瞳にはこの学園では久しく向けられる事のなかった燃え盛るような闘志が宿っていた。

 良い闘志だと素直にそう思う。

 まさか自己紹介のために話に割り込んできた訳ではないだろう。何も言わずに待っていると鉄はさらに言葉を続ける。

 

「言っとくが、去年まではなんでも思い通りになる王様天下だったかもしれねぇけど、俺が来たからにはそうはいかねぇ! これからはヨウチュウさせてもらうぜ!」

 

「「「……?」」」

 

 ヨウチュウ?

 

 幼虫?

 

 いや、話の流れからそれはおかしい。

 もしかして要注意の”い”の音を聞きとれなかっただけか?

 でも「これからは”要注意”させてもらうぜ!」というのは何かおかしい。

 

 ヨウチュウ……どういう意味だ?

 

 鉄拳の放った一言で空気が固まった。皆がその意味について考えているのが眉を潜めている表情で伝わってくる。数拍の間の後、その空気を破ったのは同じく立ち上がっていたもう一人の男だった。

 

「……番長。もしかして掣肘と言いたかったのか?」

「ん? セイチュウ? あ、あぁ! それだそれっ!!」

「「「……」」」

 

 クラスになんとも言い難い空気が流れる。なまじ難しい言葉を使ってカッコつけたかったのが伝わってくるだけに余計に痛々しい。

 掣肘を幼虫か。おそらく難しい漢字のため彼の中では虫っぽい語感の言葉として記憶していたのだろう。なんとなく彼の思考回路の一端が垣間見えた気がする。

 

「……あ〜、こほんっ。番長には言い間違いがあったが、まぁ言いたいことは汲んでくれ」

「あ、あぁ」

「そして同じく、番長と共に下から這い上がってきた俺、(おおたお)(かん)もこのまま戦王に明日香先生とのデュエルの機会を譲ることは承服しかねる」

「「「っ!!」」」

 

 はっきりと告げられた拒絶の言葉は鉄の作った残念な空気を払拭するには十分だった。

 クラスに緊張が迸る。

 

 ”このままでは譲れない”

 

 ”認めさせたくば俺と戦って勝ってみせろ”

 

 黒縁眼鏡の奥の瞳は闘志に燃え、言外にそう匂わせている事は誰もが気付いていた。それはまさに堂々とした宣戦布告。去年度は心の壁を作っていたおかげでクラス中が余所余所しかったこともあり、こんなにずけずけとした物言いを学園で受けたのは初めてかもしれない。身長はあるが鉄と違い体付きは線のようでひ弱な印象を受けるが、中身はなかなかどうして図太いようだ。

 元の世界に戻る事を考えるならばここで心の距離を詰められるのは致命的だ。帰る時の心残りになり得る。が、そう思う一方でそれを不快に思うことはなかった。寧ろギラギラとした純粋な闘志を向けられ気持ちが昂ってくる。1年の後半の頃などはこのクラスでは”俺とのデュエルは負けて当然、ダメ元で勝負を挑む”くらいの気持ちでデュエルをする相手ばかりだったので、こうして”絶対に勝つ”という強い意思が感じられる骨のありそうな相手は新鮮だった。

 

「ん〜しかしだな。戦績的には……」

「かまわないですよ」

 

 気が付けば難色を示す担任の言葉を途中で遮っていた。俺の発言でクラス中の視線が一斉に集まる。珍しく自発的に口を開いた俺に対する好奇の眼差しだった。いつもなら周りの目を気にするところだが、今は不思議と言葉は何も考えることもなく口から続いた。

 

「俺とデュエルして勝てたなら明日香さんとのデュエルの権利を譲ろう。それがお前らの望む条件だろ?」

「呵々っ! いいねぇ。わかってんじゃねぇか」

「流石は戦王。話が早いのである」

 

 まさに望む回答が得られたようで二人は好戦的な笑みを返す。

 いずれもデュエルの腕に自信があるのならこのデュエルは俺にとって悪いものではない。上手くいけば二人とのデュエルをした後に天上院明日香とデュエルが出来るのだ。

 しかし俺の中では纏まりかけていた話をこのクラスは“はいそうですか”と丸く収めてはくれなかった。

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

 女子特有の耳に刺さるような声。その声の主である女子は勢い良く立ち上がると、まず俺を見てそれから鉄と大を順々に睨みつける。

 

「これは学園の重要なイベントなのよ? あんた達だけで勝手に話を進めるのは認められないわ!」

「口を挟むなソバ子よ。戦王が認めたのだ。これは我々の問題である」

「そうだぞソバ子。空気読め」

「言わせておけばあんた達はいつもソバ子、ソバ子って! 私には原律子って名前があるのよ!」

 

 話に割って入っておきながら全く相手にされず癇癪を起こす原律子。

 ただ身長は150センチくらいと小柄なため怒っていてもマスコットを見ているような気持ちになる。髪は珍しい深緑色のロングで渾名の通りソバカスがある子だ。だがそのソバカスも見方を変えればチャームポイントであり決して顔は悪いものではない。

 それにしてもソバ子か。

 その渾名に聞き覚えがあった気がするが、それはいつだったか。

 

「って違う! 私が言いたいのはそんな事じゃなくて……確かにあんた達はいなかった去年、私達は八代君と同じクラスでたくさんデュエルをしたけど一回も黒星をつけられなかった。だから今回の明日香先生とのデュエルの権利を主張する気はないわ」

 

 そう言う彼女は一瞬俯く。表情は陰になって見え辛かったが、一瞬だけそこには悔しさが滲んで見えた。しかし顔を上げたときには表情は挑戦的なものに戻っていた。

 

「けどね。それであんた達がその権利があるなら山背さんだってそうだわ。今年から転入して来てまだ八代君とデュエルをしてないもの」

「あぁ、それは確かにそうだな」

「うむ、一理ある」

 

 話が山背に移った事で必然的に視線が俺の後ろに集まる。当然そんなことを予期していなかった彼女はビクンッと肩を震わせ期待を裏切らないリアクションを見せた。

 

「えぇぇ!!? そ、そんな!? 私はいいですよ! 八代君に権利を渡します!」

「遠慮しなくていいの! 山背さんは凄腕のデュエリストなんだから!」

「ん? ソバ子よ。山背さんの実力を知っているような口振りだが、どうしてそれを?」

「そんなの決まってるじゃない! 匂いよ! 山背さんからは強者の匂いがするわ!」

「うわぁ……山背さん! こいつは見ての通りのソバ子な上、貧乳でガチ百合の異常性癖者だ! 近づかない方が良いぞ!!」

「な、な、な、何言ってんの、こんの鉄拳バカ!! あんたこれ終わったら逃げんじゃないわよ!! 絶対蹴り潰す!!」

「ひぃっ!!」

 

 話題が逸れた事で座っている生徒達も各々勝手に話し始めクラス中が賑いだす。

 しかしそんな時間もHR中に長く続くはずもなく、担任が二、三度手を叩くだけで勝手な会話は収拾がついた。

 

「あぁ〜分かった分かった。この件についていくら揉めようが、いずれにせよこの場じゃ決められん。一旦保留にして職員会議で議題にする。それで良いな?」

「わかりました」

「くっ、頼むぜ先生」

「……良い返事を期待する」

「はい。先生、山背さんをよろしくお願いします」

 

 落し所としては妥当。俺を含め鉄、大、原の三人はそれぞれの言葉で返事をした。こうして一波乱あったHRだがいつも通りの終わりを迎える。

 恐らくこれから鉄と大とはデュエルでぶつかるだろう。そしてその後には天上院明日香とのデュエルもある。

 これからはアカデミアでも退屈しなさそうだと、俺は口元が緩むのを抑えきれなかった。

 

 

 

————————

——————

————

 

 帰りのHRを終え、俺はサイレント・マジシャンと二人並んで帰り道を歩く。前までは俺の背後をふわふわ飛んでいた彼女だが、不思議と今歩く歩幅は俺と同じだ。まるで長年共に同じ道を歩んできた夫婦のように、互いに特に意識する事なく同じ歩幅で歩く事が出来るのがなんだか心地良い。別になんの確証も無いが、彼女もまたそんな事を考えている気がすると思うのは少々自意識過剰と言うものだろうか。

 こうして一緒に帰るようになって早くも一ヶ月。俺は既にこの日常に慣れつつあった。

 

「なんだか大変な事になりましたね」

 

 そうサイレント・マジシャンが話を振ってきたのはアカデミアの他の生徒の姿が疎らになった頃だった。彼女の言う"大変な事"とは先ほどのHRでの事だろう。俺はその時思った率直な感想で応じる。

 

「あぁ。だけどおかげで楽しみな事が出来た」

「ふふっ、嬉しそうで何よりです」

「分かるか?」

「えぇ。素敵な笑顔でしたから」

「……!」

 

 そう言って微笑む彼女の顔が眩しい。

 全く、それはこっちのセリフだと言いたい。そんな邪気を微塵も感じさせない笑顔ができる人の知り合いなど他にいるものか。至近距離でそれを受けようものなら眩しくて直視できなくなる。幸いまだそんな距離でもないのだが、俺の胸中を知らないサイレント・マジシャンはさらに自然と半歩程距離を詰めてくる。ふわりと伝わる甘い香りにドキリとしながらも俺は動揺を悟られないよう咄嗟に話を戻した。

 

「まぁこれは山背さんも他人事じゃないだろ?」

「あっ、そうでした……」

「なんだ? このデュエルに乗り気じゃないのか?」

「いえ、そうじゃないんです。デュエルするのは好きですから。ただ、八代君とそれで戦うなら……」

「そうなったらそうなったらだ。そん時は全力で来いよ」

「でも、八代君は明日香さんとデュエルしたいんじゃ?」

「そりゃ勿論な。っておいおい、なんだ? やる前から俺に勝つって確信してんのか?」

「まさか!! 違いますよ! ただ八代君のやりたい事の邪魔をしたくなくて」

「別にそれで邪魔なんて思わねぇよ。むしろ山背さんぐらいの相手の方がやる気が出ていい」

「八代君……」

「それに安心しろよ。俺は負けねぇから」

「っ!」

 

 そう言ってやるとサイレント・マジシャンは一瞬目を見開き、それから何故か恥ずかしそうに顔を赤らめる。予想とは違った反応だった。が、後から少々クサいことを言ってしまったと気づき俺も頬が熱くなる。お互いになんとも口を開き辛い空気に突入すると思われたが、意外な事にサイレント・マジシャンが強引にこの空気を突破してさらに話を振ってきた。

 

「そ、それで、その時使うデッキの調整はするんですか?」

「あ、あぁ。勿論万全を期して臨むつもりだ」

「そうですか! 帰ってから直ぐ取り掛かりますか?」

「う〜ん、そうだな。なるべく多く考える時間を使って良いものを作りたいと思う」

「ふふっ、八代君がどんなものを作るのか楽しみです!」

「あ〜、だけどあれだぞ。このデッキの構築はいつもみたいに見せられない。今回は戦う事になるかもしれないからな」

「あっ……」

 

 幸せが溢れ出ている笑顔から一転、サイレント・マジシャンの表情が不幸のどん底に突き落されたかのような絶望に染まる。俺にはアカデミアのデッキを作る事が何故こうも彼女の幸せを左右するのか理解できなかった。ただその原因が分かっているのにこのままの彼女を放置するのは心が痛む。故に少々強引だがフォローを入れる事にした。

 

「ごほん、ただそうだな。なんだか気分的には今日戦うと聞かされた天上院明日香とのデュエルに向けてのデッキが組みたいな。気が早いけど家に帰ってからはそのデッキの構築をしようと思う」

「っ! それって」

「それだったら別に見られても大丈夫だ」

「あ、ありがとうございます!」 

「いや、別に礼を言われることはしてないぞ」

「ふふふっ! じゃあ早く帰りましょう! 善は急げです!」

「お、おう。そうだな」

 

 復活したサイレント・マジシャンのキラキラした満面の笑みはやはり眩しかった。

 天上院明日香とのデュエルが無かったとしても新学期も始まった事だしそろそろ学園で使うデッキの調整も必要だったので構わないことだ。しかしやはりサイレント・マジシャンの幸せオーラ全開のテンションには少しついていけなかった。

 俺がデッキの調整をしている間、彼女がやる事は特に無い。俺が意見を求めたりしない限りは別に構築の途中で口を出してくる事も無く、基本ただ幸せそうな笑顔で俺がデッキを構築している様子を眺めているだけなのだ。ずっと見られているとなんだかこそばゆい感じがするのだが、サイレント・マジシャンがそれで幸せそうなので俺はそれについて何か言う気はない。言えば「迷惑でしたか……? すいません……」とか謝って暗い表情を浮かべる姿が容易に想像できる。こんな俺について来てくれている彼女に対して普段何も返してやれていないのだから、こんなことでそれを返す気になるつもりではないのだが、それで彼女が喜ぶのならお安い御用というものだ。

 

「八代君、行きましょう!」

「あぁ、わかった。だからそんなに走るなよ」

 

 先に進むサイレント・マジシャンに追いつくため駆け出そうとした時、制服の胸ポケットがブルブルと振動する。

 狭霧か?

 まず俺の携帯に連絡を寄越す数少ない相手の中でも一番頻度の多いが相手の顔が頭に浮かぶ。しかし携帯を開くとそれは依頼用のアカウントに来た連絡だと表示されていた。

 

 

 

From アルカディア・ムーブメント

 

こんにちは。アルカディア・ムーブメント事務室です。

この度、特進クラスに合格された八城様に施設のご案内の日程についての連絡をさせていただきます。以下の日程で可能な時間帯をご予約ください。

 

[日時]

5/10(日)14:00〜17:00

5/12(火)17:00〜20:00

5/14(木)17:00〜20:00

 

尚、当日はデッキが必要となりますので必ずお持ち下さい。

 

 

 

「……」

 

 参った。

 よりにもよって明日以外に予約できる日程が7限の放課後まで埋まった火曜と木曜のピンポイントとは。17時からと言うのはアカデミアから放課後かけつけるには物理的に不可能な時間だ。しかしかと言って明日に予約するのには今日デッキの調整をしなければ間に合わない。だがこれからサイレント・マジシャンとアカデミア用のデッキの調整の約束をしたばかりである。

 

「どうしたんですか、八代君?」

 

 メールを見て固まる俺を訝しみサイレント・マジシャンが戻ってきた。

 口の中が渇く。どうするべきなのか俺の中ではもう結論は出ていた。

 しかしそうすれば折角彼女に喜んで貰おうと思ってやったことを自分でぶち壊しにしなければならない。彼女の表情がまた曇ると思うとやるせなくなる。けれどもこれもデュエル屋としての仕事な以上、俺の優先すべき事は決まっていた。

 

「……すまん、山背さん。向こうの日程が急遽明日に決まった。だから今日はそっちを優先しなきゃいけない……」

「そう……ですか」

 

 “向こう”と言うだけで俺の言いたい事はすべて伝わった。

 サイレント・マジシャンの表情が目に見えて暗くなる。こんな表情が見たくなかったから彼女の喜ぶデッキを組もうとしたのに。最悪のタイミングでやってきたアルカディア・ムーブメントからのメールが恨めしい。

 落ち込んだ彼女に俺がかけられる言葉は一つしかなかった。

 

「その……ごめんな」

「い、いえ。良いんです。八代君が大変なのは分かってますから」

「……」

 

 ぎこちない笑顔。その仮面の下に一体どれだけの我慢があるのだろうか。

 しかしそれでも俺が気を遣わないようにという彼女の配慮が痛い程伝わってくる。そうさせてしまっている事に胸をキュッと締め付けられるような痛みが迸る。

 よく見ると彼女の瞳は潤んでいた。

 

「っ! す、すいません! ちょっと先に帰ってますね」

「あっ……」

 

 サイレント・マジシャンもそのことに気付いたからなのか、彼女はクルッと背を向けて駆け出していった。彼女の背中はどんどん遠ざかっていく。全力で追えば追いつけなくもない速度だった。

 しかし俺はそれを追う事はできなかった。追おうとしても瞳に涙を湛えた彼女の表情が思い出されると足が止まってしまう。ただ彼女の背中に伸ばした手は虚空を彷徨っていた。

 

 

 

————————

——————

————

 

「はぁ……」

 

 歩きながら溜息が零れる。

 何をやっているんだ私は。

 マスターと別れその姿が見えなくなってから私は後悔していた。

 冷静になってみればあの時マスターが私を使うアカデミアのデッキよりもアルカディア・ムーブメントで使うデッキを優先するのは当然だと思う。そちらの方が使う日が差し迫っているのだから。

 頭では分かっていた。

 分かっていたはずなのに、私はマスターの顔を見ていられなかった。

 思い出すだけで胸の奥が痛む。

 

 ズキズキ、ズキズキ

 

 この痛みは針で何度も刺されているみたいに疼く。

 最初にマスターが私を使ったデッキを考えてくれると言った時、胸が高鳴った。本当に久しぶりにマスターが私のカードを使ったデッキを考えてくれる、そう思っただけで胸の奥から幸せが溢れてきた。しかもマスターが私の事を考えてくれての事だ。その場で飛び跳ねてはしゃいでしまいそうになるほど嬉しかった。

 私はマスターが真剣に私を使ったデッキを考えている時の表情が好きだ。私の事だけを考えてくれる至福の時間。その間だけ私はマスターを独占できる。尤もそう思っているのは私だけで、マスターは私がこんな事を考えているなんて露程にも思っていないだろう。

 しかしそれぐらい喜ばしい事だったからこそ、それが無くなったときのショックもまた大きかった。それがいつもの依頼のせいだったらここまでショックを受けることは無かったと思う。けど……

 

「……っ」

 

 やっぱりダメだ。

 どうしてもあのデッキを作っているマスターを見ると心が騒つく。マスターが取られてしまうんじゃないかとそんな事を考えてしまう。胸の奥に何か黒いものが蠢いているような感覚。この気持ちの底にあるものを知っている。

 

 嫉妬だ。

 

 今まではこの気持ちがここまで膨らむ事はなかった。芽生えたとしてもそれを押さえ込む事はできていたと思う。

 それができなくなっていったのはマスターがあのデッキを作り始めてからか。いや、マスターがまた感情豊かになってきてからかもしれない。

 私はマスターを想っている気持ちの見返りを求めようなどとは思っていない。ただ不安なのだ。私が必要とされなくなってしまうんじゃないか、私の居場所が奪われてしまうんじゃないかと。そうなってしまえば私がマスターを想う事すら許されなくなってしまうのではないかと、それが堪らなく怖かった。

 

「はぁ……」

 

 そんな風に考え事をしていると気が付けば私の家の近くまで来ていた。

 シティパレス。それが私の住む建物の名前だった。“街の王宮”という大それた名前が付けられているが、その実は唯の五階建ての鉄筋コンクリートマンション。嘗ては白く輝いていたであろう壁面も築32年も過ぎればすっかり黒ずんでしまっている。

 私の部屋は2階の201号室。玄関から入って廊下の右手にキッチン、左手にトイレと洗面所、お風呂が一体となっている3点ユニットがあり、その奥に洋室が一つある典型的なワンルームだ。一人で住む分には最低限問題無い要素を詰め込んだ部屋と言う表現が一番しっくりくるだろう。私物は何も無いため部屋の中は一層寂しさが引き立っている。まぁそこで過ごす時間は一日に一分も満たない間なので特に気にしたこともないのだが。

 マンションの入り口の自動ドアが見えてきた時、駐車場からこちらに駆けてくる男性の姿が目に入る。何か急ぎの用事でもあるのかと思っていると、その男性は私の前で立ち止まり話かけてきた。

 

「あの、201号室の山背さんですか?」

「はい? そうですけど……」

 

 見知らぬ人だった。

 紺のベレー帽を被り紺色の長袍を着た東洋系の男。その男は私の名前を確認すると人を安心させる柔和な笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「あぁ良かった。今日ゴミ出しの帰りに部屋から出ていくのを見ましてね。初めまして。202号室に新しく越してきたフランクと申します」

「あぁ、どうも。隣の山背です」

「これからご迷惑をかけることもあるかと思いますがよろしくお願いします。これはほんのお気持ちですがどうぞ」

「えぇ、そんな! わざわざありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします」

 

 渡された紙袋は白い筆文字が特徴的な庵寿堂のものだった。

 物腰も柔らかく好印象な人だ。そう思うと同時におかしな人が越して来なくて良かったと安堵する。そんな事を考えているとフランクという人の視線がじっと私の顔に固定されていることに気付く。

 

「あの、何か……?」

「最近何か良くない事でもありましたか?」

「え……?」

「あっ! すいません、差し出がましいことを言ってしまって。私、職業がカウンセラーなもので、つい……」

「そうなんですか。凄いですね。会ったばかりなのに直ぐそういう事が分かるなんて」

「まぁそれが仕事ですので。あの、ご迷惑でなければお悩みを聞きますよ?」

「いや、大した事じゃないんで……」

「ふむ。しかしあなたは見たところ問題や不満を抱え込みやすいように見えます。定期的にガス抜きをしないと生活に支障を来しますよ。心当りはありませんか?」

「っ! それは……」

 

 先程のマスターとのやりとりが思い出される。

 やり場の無い嫉妬で今後マスターとの関係に問題がでないとも限らない。

 

「その様子だと既に何かあったようですね。今少し時間はありますか? まだ越してきたばかりでカウンセリングの予約は始めていないので、今でしたら直ぐ始められますが?」

「いえ、でもお金が……」

「ふふふっ、お金ならご心配なく。今日は勿論サービスしますよ。お隣になったのも何かの縁ですから。それにデュエルアカデミアの生徒さんでしたらデュエルカウンセリングができますね」

「デュエルカウンセリング?」

「はい。デュエルカウンセリングとは文字通りデュエルをしながら行なうカウンセリングの事です。普通のカウンセリングのように抱えている問題の解決法を対話の中で見つけて頂くはなく、デュエルをしながら行う事で言葉にできていない心の対話をしていくカウンセリング法です。この方法でしたら一度デュエルをするだけで終わるので時間もかかりません。まぁデュエルをして気晴らしをするとでも思って下されば結構ですよ。どうしますか?」

「えぇっと……その……」

「もしかして今日は都合が悪かったですか? だとしたら引き止めてしまってすいません。ただ第三者だからこそ話せる事もあると思います。そんな時はご相談下さい。隣人として相談に乗りますよ」

「っ!」

 

 確かにこんな悩みを話す事の出来る相手はいなかった。

 このままこの悩みを抱えて過ごせばまた今日のような事にも、いや、もしかしたらもっと大変な事にもなりかねない。

 

 この人になら相談しても良いかもしれない。

 

 そう思った時には体が動いていた。

 

「いや、長い間お引き止めしてしまって申し訳ありません。それではまた」

「あ、あのっ!」

「はい?」

「これからデュエルカウンセリング、お願いします!」

「はい、分かりました」

 

 

 

————————

——————

————

 

「ただいま」

 

 ドアを開けていつも通りの挨拶をしながら靴を脱ぐ。土曜のこの時間は狭霧がまだ仕事をしている時間だ。故に狭霧の返事は期待していない。

 

「…………」

 

 だがサイレント・マジシャンは別だ。いつもならサイレント・マジシャンが先にあの家に着く。だからそこからここまで転移して俺が帰る頃には出迎えてくれる。今日はいつもよりも前の場所で別れたが、それでもサイレント・マジシャンの方が先に家に着くはずである。しかし今日はその返事がなく彼女の気配も感じない。

 やはり怒らせてしまったのだろうか。

 鞄を部屋に放りリビングに向かいながら別れる前のやりとりを思い出す。放課後のサイレント・マジシャンは少なくともメールが来る前までは機嫌が良かったと思う。アカデミアで使う新しいデッキを作ると言った時は珍しく彼女がはしゃいでいたくらいだ。

 

 カチッ、カチッ、カチッ。

 

 リビングにはやはり誰も居ない。静まり返った部屋に壁掛け時計の秒針だけが己の存在を主張するように正確なリズムを刻んでいる。思えばこの家で一人きりになるのは初めてだった。トイレや風呂場では一人になるがそれは限定的な空間での事であって今の状況とは大きく異なる。

 座り慣れているはずのソファーに腰を下ろすだけの事でも近くにサイレント・マジシャンが居ないと違和感があった。この家に初めて来た時を思い出す。いつも食事が並ぶテーブルも、いつの間にか座る場所の決まっていたテーブルを囲む椅子も、眺める程度しか見てなかった薄型テレビも、全てが初めてこの家に来た時のように映る。知っている場所のはずなのにその中にあった重要なピースが欠けてしまったせいなのか、それは全く違った世界に見えてくる。月並な言葉だが、まるで違う世界に来たかのように。実際にそれを体験している俺が言うと笑えない話だ。

 

「……」

 

 落ち着かない。

 座ってからまだ3分と経っていないというのに俺はソファーから立ち上がっていた。胸の奥がモヤモヤすると言うのが正しい表現だろうか。こんな状態ではデッキの構築に身が入らないのは明白。そもそも部屋でカードを広げる気も起きなかった。

 特に目的もなくリビングをうろつくことで気を紛らわせる。途中ふとキッチンが目に入った事でようやく何かを飲むという目的を決まった。冷蔵庫を開きポットに入った黒豆茶をコップに注ぐと残りが一杯分あるかという量まで減る。

 新しいのを作らないとな。

 喉を潤しながら次にやる事を決めた。黒豆茶はいつもより苦かった気がする。 

 コップのお茶を飲み干すとやかんに水を八分目まで入れ火にかける。沸騰したら茶葉が入ったティーバックを沈めるだけだ。だがそのお湯が沸くまでの時間が今の俺には長い。

 リビングに戻り時計を見ると帰宅してから10分も過ぎていなかった。

 

「はぁ……」

 

 今サイレント・マジシャンはどうしているのだろう。

 ここは謝りに行くべきか。それで怒っていなければ笑い話で済む。しかしサイレント・マジシャンが行きそうな場所に心当たりがない。

 もしかしたら何か事件に巻き込まれたかもしれない。そう考えるのは行き過ぎた心配だろうか。だが万が一の時は一刻を争う。こうしている間にも事態が進んでいるはずだ。せめて連絡がつけばいいのだが。

 

「あっ!」

 

 携帯で連絡を取ればいい。簡単な事だった。プライベートでの連絡相手が狭霧しかいないのであることをすっかり失念していた。上着のポケットを漁りスリープ状態の携帯を起動させる。あとは数少ない連絡先が登録されている電話帳からサイレント・マジシャンの携帯の番号を調べれば……

 

「っ……」

 

 電話帳のヤ行に存在するはずの山背静音の名前がない。一応見てみたサ行にもサイレント・マシシャンの名はなかった。

 そこまでしてようやく気付いた。彼女が携帯を持っていないことに。そもそもいつも側にいるので携帯の必要性を感じていなかったし、月々の支払いも積もれば馬鹿にならないと判断していたのだ。が、今はそれが裏目に出ている。そんな事すら忘れているなんて我ながら動揺し過ぎだ。

 連絡する手段が無い以上、俺にある選択肢は二つに絞られる。サイレント・マジシャンを探しに行くか、それともここで待つか。探しに行ったとしても見つかる保証はないし、入れ違いになる可能性もある。待っていれば戻って来た場合入れ違いにならなくて済む事は確かだ。だがここで待っていても確実に戻って来る保証は無い。

 そんな事を考えているうちに思考は堂々巡りを繰り返し、意識が泥沼のような思考の中に沈んでいく。

 

 

 ピィィィィィィィイイ!!

 

 

「っ!」

 

 俺の意識を現実に戻したのはけたたましく鳴り響くやかんの音だった。それから少ししてお湯が沸いた事に気付く。時計を見ればあれから5分程時間が過ぎていた。何かに没頭していると途端に時間の流れは早くなるものだと改めて実感する。やかんにかけた火を消しにキッチンに向う最中、耳に突き刺さる音のおかげで迷っていた思考がクリアになった。普段は耳障りな音でしかないが今回ばかりは感謝しよう。

 

 探しに行く。

 

 結局そう決めた。

 何か事件に巻き込まれていた可能性が捨てきれなかった。入れ違いになった場合を考慮し、部屋の机の上に書き置きを残すことにする。

 

 ”もし家に着いたら携帯に電話を”

 

 机の上にそう書き置きを残して俺は家を飛び出した。しかし何故だが胸騒ぎは増すばかりだった。

 

 

 

————————

——————

————

 

「お待たせしました」

 

 そう言ってカウンセラーのフランクはシティパレスの駐車場に戻って来た。その腕には先程と違いデュエルディスクが装着されている。

 その後の話し合いの結果、デュエルカウンセリングを行う場所をここの駐車場にしたのだ。普通ならあり得ない事だが、このマンションの住人は土曜に車で繰り出していることが多く、昼間のこの時間は駐車場がスカスカになっており、また人通りも全くと言って良い程無いため他人に内容を聞かれる心配がないからこそ実現された事だ。

 流石に会ったばかりのフランクの家に上がり込むことは躊躇われた事も、ここでデュエルをすることになった要因の一つとなっていた。

 

「さて、準備はよろしいですか?」

「はい、大丈夫です」

「分かりました。では」

「「デュエル」」

 

 こうしてデュエルカウンセリングの火蓋は切って落とされた。

 なんだかんだ勢いに任せてデュエルをする事になってしまったが、いざデュエルで向き合ってみると一瞬だけ直感的に嫌なものを感じた。それは精霊としての危険信号なのか、とにかく気をつけた方が良いのかもしれない。

 

「私の先攻、ドロー」

 

 初手としては普通な手札。相手が何を仕掛けてくるか分からない以上、ここは慎重に動くことにする。

 

「モンスターをセットしカードを3枚伏せます。これでターンエンド」

「私のターンです。ドロー。私は『L⇔Rロールシャッハー』を召喚します」

 

 場に現れたのは紫色の幻影。それはゆらゆらと形を変えていき蝶のような形へと変化する。だがその姿は酷く不確かで見ているうちに別のものに見えてくるような気もするモンスターだった。

 

 

L⇔Rロールシャッハー

ATK1200  DEF1200

 

 

「ロールシャッハテストと言うのはご存知ですか?」

「ロールシャッハテスト?」

「その様子だとご存じないようですね。ロールシャッハテストとは被験者にインクのしみを見せて何を想像するかを述べてもらい、その言語表現を分析することによって被験者の思考過程やその障害を探るもの。言わば心理テストのようなものです」

「……それが、このモンスターに?」

「えぇ。この如何様にも見えるモンスターをどのように感じるかによってあなたの抱える不安、心配、問題などを解き明かすための手がかりを見つけます。さぁ山背さん。このモンスター、あなたには何に見えますかね」

「何って……」

 

 ぼんやりと揺らぐそのモンスターは気が付けばグニャグニャとよく分からないものに変形していく。蝶のように見えていたはずなのに今となってはそうは見えない。その事に戸惑っていると、

 

「さぁ。何に見えますか?」

 

男の優しい声が響く。それは麻酔の様に私の脳を痺れさせ思考力をじんわりと奪っていく。

 

 “他の事を何も考える必要は無い。今はただこのモンスターが何に見えるのかだけを考えろ”

 

 そう暗示が掛けられたかの様に意識が『L⇔Rロールシャッハー』に自然と集中していく。

 

 “待って! 何かがおかしい! デュエルに意識を戻して!”

 

 理性がなんとかそれに抗おうとしていた。

 

「さぁ」

 

 しかし男の声がその理性を溶かしていく。

 

“ダメ、その男の言葉に惑わされちゃ……ダメ………………”

 

 まるでスピーカーを暗い水の底に沈めていくように理性の声が遠のいていった。それはだんだん自分の声ではなく誰か別の人が画面から語りかけているようにも思える。

 

「さぁ」

 

 いつの間にかもう何も考えられなくなっていた。意識が暗い水の底へ沈んでいく。

 ここにあるのは『L⇔Rロールシャッハー』と私だけ。それ以外の景色がモノクロに変わっていく。

 私はただぼんやりと『L⇔Rロールシャッハー』の姿を見つめていた。

 すると紫色の幻影は姿を変えていく。ゆらゆら揺れながら浮かび上がるシルエットは人型。裾の広がりが徐々に緩やかになっていくロングスカートを履いた女性だ。

 そう思うと紫色の影だったはずの姿に色がついていく。ショートに纏まっている鳶色の髪。人を見下したようなつり上がった目、通った鼻筋に薄い唇。どの顔のパーツも整っており、小顔で細身なスタイルはまさにモデルのそれ。その姿はまさに……

 

「さぁ、何に見えるんです?」

「あ……」

 

————————サイレント・マジシャン……

 

「っ! ん……」

 

 口から出かかった言葉を既の所でなんとか飲み込み意識を取り戻した。何故だがそれを答えたら取り返しのつかない事になってしまう、そんな気がした。すると途端に痺れていた思考はすっきりし、モノクロになっていた景色も元に戻っていった。

 今頭の中に聞こえた声。それは聞こえるはずの無い声だったが、一体なんだったのだろうか?

 しかし今はその疑問を解決するよりも先に聞くべき事があった。

 

「な、何ですか今のは!」

「何とは……おかしな事を言いますね。言ったでしょう、心理テストのようなものだと」

「それにしては何かおかしかったです! 今みたいな事はやめて下さい!」

「ふむ、それではあなたの悩みが分からないのですが。言いでしょう。ならばあなたが見えたものをデッキに聞くとしましょう。『L⇔Rロールシャッハー』でセットモンスターを攻撃。スパイラルマインド!」

 

 『L⇔Rロールシャッハー』の姿がまたよく分からないものに戻ると、紫色の魔力の風が吹く。その風に当てられ露となった『見習い魔術師』はその威力に耐えきれず破壊される。

 

「戦闘で破壊された『見習い魔術師』の効果発動。デッキからレベル2以下の魔法使い族モンスターをセット出来ます。この効果で私は『水晶の占い師』をセット」

「『L⇔Rロールシャッハー』の効果発動。このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、相手のデッキの一番上のカードを表にできる。ピーピングマインド!」

 

 紫色の幻影の中心に一つの閉じられた目が現れる。それが開かれると眩い光を放つ。すると手が操られる様に勝手に動きデッキの一番上のカードを捲ってしまう。そして表になったカードは……

 

「ほう、『ブラック・マジシャン・ガール』ですか。なかなか珍しい、そして可愛らしいモンスターだ。なるほど、つまりあなたが先程見えたのはやはり女性……違いますか?」

「っ! ……それに答える必要は無いです」

「ふふっ、そんなに警戒しなくても、これはただのカウンセリングなのですよ? まぁあなたの内に秘めている事はデュエルが教えてくれる事。カードを4枚伏せて、ターンエンドです」

「このエンドフェイズにトラップカードを発動! 『砂塵の大竜巻』!」

「いいでしょう。どの伏せカードを破壊しますか?」

「対象は私から見て一番右のカード。そしてさらにトラップカード『凡人の施し』を発動します。デッキからカードを2枚ドローし、その後手札の通常モンスター1体をゲームから除外する。私が除外するのは『ブラック・マジシャン』」

 

 このドローで『ブラック・マジシャン・ガール』が手札に加わったお陰で次のドローは相手に分からなくなった。

 そして『砂塵の大竜巻』のカードから飛び出た竜巻が一番の右のカードを吹き飛ばし破壊する。

 

「その後『砂塵の大竜巻』の効果により手札の魔法・トラップカードを1枚セットします」

「破壊された『コーリング・マジック』の効果を発動します。このカードが相手のコントロールする魔法・トラップカードの効果によってセットされたこのカードが破壊され墓地へ送られた時、デッキから速攻魔法カード1枚をセットします。私がセットするのは『相乗り』」

「くっ」

 

 『砂塵の大竜巻』で破壊したカードは外れだったか。

 こちらのセットした『水晶の占い師』を意識して『相乗り』を伏せられたのは痛い。

 

「私のターン、ドロー」

 

 それにしてもこの相手は何かおかしい。

 デュエルをしていて違和感が拭えない。私の中の警戒値は既に振り切られていた。故にこのデュエルを早々に終わらせる方向に舵を切る事にした。

 

「『水晶の占い師』を反転召喚。そしてリバース効果発動。デッキから2枚カードを捲り、1枚を手札に加えます」

「速攻魔法『相乗り』を発動。このカードを発動しターン、相手がドロー以外の方法でデッキ・墓地からカードを手札に加える度に、私はカードを1枚ドローします」

 

 裏側のカードが表になると、そこから『水晶の占い師』が姿を見せる。紺色のロングヴェールを羽織り、同色のフェイスヴェールで口元を隠したその姿はミステリアスさを漂わせる。今は口元が隠れているため顔は確認できないが、彼女が切れ長の目の美人である事を私は知っている。手元の水晶を魔法で浮かび上がらせて、その周りで小さな水晶を回している様子はとてもミステリアスだった。

 

 

水晶の占い師

ATK100 DEF100

 

 

 彼女の効果で捲った2枚のカードは『ブラック・マジシャン』と『魔道化リジョン』。手札に『ディメンション・マジック』があれば『ブラック・マジシャン』を手札に加える可能性もあるけど今回はそれがない。したがってこの選択を私は迷わなかった。

 

「私は『魔道化リジョン』を手札に加えます」

「『相乗り』の効果によってデッキからカードを1枚ドローします」

 

 予想通りの『相乗り』によるドロー。相手の手札は2枚になった。

 

「装備魔法『ワンダー・ワンド』を『水晶の占い師』に装備します」

 

 『水晶の占い師』の手に緑の宝玉が嵌められた短いロッドが現れる。

 

 

水晶の占い師

ATK100→600

 

 

「『ワンダー・ワンド』の効果によりこのカードを装備したモンスターとこのカードを墓地に送ることで、デッキからカードを2枚ドローします」

 

 『水晶の占い師』と『ワンダー・ワンド』が墓地に沈んでいく。

 これで手札は5枚まで増えた。良い流れでデッキが回っている。

 

「『魔道化リジョン』を召喚」

 

 ふらっと場に現れたのは赤い尖り帽を被った赤い長鼻の道化。手首、肩、膝部分は緑色の球状に膨らんでおり、腰部分は赤色の球状に膨らんでいる衣装を着ている。

 

 

魔道化リジョン

ATK1300 DEF1500

 

 

「『魔道化リジョン』がモンスターゾーンに存在する限り私は通常召喚に加えて1度だけ、自分メインフェイズに魔法使い族モンスター1体を表側攻撃表示でアドバンス召喚できます。私は『魔道化リジョン』をリリースし『ブラック・マジシャン・ガール』をアドバンス召喚」

 

 『魔道化リジョン』が頭から光に変わって消えていく。そして『魔道化リジョン』のいた場所に魔方陣が現れる。その魔方陣を潜って帽子の天辺から順に姿が露となっていく。まだ顔つきに幼さは残りピンクに染まっている両頬、宝石のように輝く緑色の瞳、腰まで伸ばした長い金髪が特徴的な少女は恐らくデュエルモンスターズ界で一番有名な女の子だろう。形の良い唇は女の私でも触れたいと言う欲望を駆り立てる気持ちがわかる。空色の魔導装束の胸元から僅かに顔をのぞかせる秘峡は小悪魔的な魅力を醸し出していた。手に持った先端に黄色い渦巻きが付いた水色のステッキで深くかぶり過ぎてしまった空色の尖り帽を上げる動作が愛らしい。

 

 

ブラック・マジシャン・ガール

ATK2000  DEF1700

 

 

 『L⇔Rロールシャッハー』を上回る攻撃力のモンスターを出したと言うのに相手は不気味な薄笑いを変える事は無い。その余裕はこのカードが手札にある事を分かっていたからか。

 

「また『魔道化リジョン』がこのカードがフィールドから墓地へ送られた場合、自分のデッキ・墓地から魔法使い族の通常モンスター1体を選んで手札に加えます。私が手札に加えるのは『ブラック・マジシャン』」

「『相乗り』の効果で更に1枚ドローします」

 

 正直ここでもう1枚ドローされるのは辛いが、ここはデッキを回すためと割り切った。

 

「手札のレベル7のモンスター『ブラック・マジシャン』を除外し魔法カード『七星の宝刀』を発動。デッキから2枚ドローします!」

 

 手札交換を繰り返したお陰でまだ手札は4枚ある。相手の手札も次のターンのドローで4枚とここまでは互角と見て良いだろう。

 

「さらに装備魔法『魔術の呪文書』を発動。これを『ブラック・マジシャン・ガール』に装備! これにより攻撃力が700ポイントアップします」

 

 『ブラック・マジシャン・ガール』の手元に召喚される分厚い革表紙の魔術書。『ブラック・マジシャン・ガール』はその魔術書をパラパラと捲っていきその魔術の知識を増やしていく。すると緑色の魔力のオーラが目に見えて高まっていくのが分かる。

 

 

ブラック・マジシャン・ガール

ATK2000→2700

 

 

 これでこのターンで出せる最大火力は整った。

 あの伏せカードに妨害されても打てる手はある。後はこの攻撃を叩き込むだけ。

 

「バトル! 『ブラック・マジシャン・ガール』で『L⇔Rロールシャッハー』に攻撃。ブラック・バーニング!」

 

 『ブラック・マジシャン・ガール』はステッキに魔力を溜め始める。それによりピンク色の魔力球が精製され徐々に大きくなっていく。

 

「永続トラップ『ゲシュタルト・トラップ』を発動。このカードは相手モンスターの装備カードとなります。『ブラック・マジシャン・ガール』にこのカードを装備」

 

 表になったトラップカードからは黒光りする金属製の拘束具が飛び出し、それが『ブラック・マジシャン・ガール』の首を締め上げる。それにより苦悶の表情を浮かべる『ブラック・マジシャン・ガール』の精製していた魔力球の成長は止まった。

 

「装備モンスターはモンスター効果が無効となり、攻撃力と守備力は共に0となります」

「なっ!」

 

 魔力球の成長が止まるだけに留まらず、その拘束具によって『ブラック・マジシャン・ガール』の力は奪われていき、やがて完全に溜めていた魔力が霧散する。それでもステッキを振って魔力を放とうとするが、当然何も出ない。その姿がとても痛々しい。

 

 

ブラック・マジシャン・ガール

ATK2700→0  DEF1700→0

 

 

「『L⇔Rロールシャッハー』、返り討ちにしなさい」

 

 相手の無慈悲な命令により『L⇔Rロールシャッハー』の反撃が『ブラック・マジシャン・ガール』を襲う。紫色の魔力の風は私から見てもあまり強力なものではないが、耐性を完全に失った『ブラック・マジシャン・ガール』に耐えられるものではない。

 そしてそれは他人事ではなく私のライフを大きく削っていく。

 

 

山背静音LP4000→2800

 

 

「そして『L⇔Rロールシャッハー』の効果により、あなたのデッキの1番上を表にします。さぁ、あなたが胸の内に隠しているものを見せてもらいましょう。ピーピングマインド!」

 

 再び『L⇔Rロールシャッハー』の体の中央に現れた一つの瞳が開く。そこから放たれた光によって体の制御を奪われ、またしてもデッキの一番上のカードを表にしてしまった。

 

「『神秘の中華鍋』。ほぉ、“神秘”ですか。それは神秘的な、そう。つまりあなたは何か内に秘めた特別な力を持っているのでは?」

「っ!? ……そんなものは私には無いです。『魔術の呪文書』が墓地に送られた時、ライフを1000回復します」

 

 なんなんだろう、この人?

 さっきから言っている事が不気味なくらい当たっている。本当にデュエルで私の事が分かっているのだろうか?

 それを気取られないように表情に出さず口では否定しているが、それすらも見透かしているかのようにこの人は薄らと笑っている。

 

 

山背静音LP2800→3800

 

 

「あくまでシラを切りますか。ですが私には分かりますよ。あなたの心の内が、考えている事が」

「だったら! 私のこの反撃も分かっていましたか? 永続トラップカード『憑依解放』を発動! 自分の場のモンスターが戦闘または効果で破壊された場合、そのモンスターの元々の属性と異なる属性を持つ守備力1500の魔法使い族モンスター1体を、デッキから表側攻撃表示または裏側守備表示で特殊召喚します! 私は『憑依装着-ヒータ』をデッキから攻撃表示で特殊召喚!」

 

 光に導かれ『憑依装着-ヒータ』が新たに私の場に現れる。背丈は『ブラック・マジシャン・ガール』よりも一回り小さく、活発な印象を受ける少女だ。だが見た目の年齢の割りには魔力が高く、彼女の司る炎属性の魔力は今も溢れ背中まで伸ばした赤髪を揺らしている。格好はシャツを羽織るだけのラフなもので、ボタンを留めていないため正面は臍まで肌色が出ており、黒の見せブラもしっかりと見えてしまっている。だが彼女の場合はそこから女の色気を感じさせる事は無く、見た者は皆元気な少女と言った感想を抱くだろう。

 

 

憑依装着-ヒータ

ATK1850  DEF1500

 

 

 3枚のセットカードがあれば攻撃はまず通らないと思っていたけど、攻撃力を0にされて反撃のダメージまで受けると言うのは予想外だった。けど破壊されたときの保険の準備はあった。これでフィールドで優位に立てる、そう思っていた。

 

「……?」

 

 突如『憑依装着-ヒータ』を囲う様に等身大の五面鏡が出現した。五つの鏡の面にはそれぞれ違う角度で『憑依装着-ヒータ』の姿が映し出される。

 

「えぇ、分かっていましたとも。この鏡にはあなたの心の内に秘めた望みが映し出されます」

「何を……」

「あなたはただこの鏡を見ているだけで良いのです。この鏡には何が映っていますか?」

「そんなの……えっ?」

 

 その五つの鏡にはどれも『憑依装着-ヒータ』が映っていたはずなのに、視線を戻すと真中の鏡の『憑依装着-ヒータ』の像がゆらゆらと歪み始めていた。輪郭が波打ち徐々にその姿が別のものに変化していく。

 背中まで伸びていた赤の髪は鳶色に、大きなルビーのような輝いた瞳はつり上がった切れ長の目に、少しだけ日に焼けていた肌は白く、身長は伸び、正面の肌を曝け出していたカジュアルな衣装は大人の色気を醸し出す高貴なワインレッドのビスチェドレスに変わっていった。鏡に映る女性は『憑依装着-ヒータ』とは似ても似つかない『魅惑の女王LV7』だった。

 

「な、なんで……」

 

 動揺する私を嘲笑うかの様に冷笑を浮かべて鏡に映る彼女に心がざわつく。 すると私の心の揺らぎが伝わるかのように鏡面全体に波紋が広がっていった。

 鏡の中の彼女は途端に胸を押さえて苦しみ始める。それと連動する様に『憑依装着-ヒータ』も胸を押さえて苦しそうに踞る。徐々に鏡面の波紋が激しくなっていくと鏡の中の彼女は悶え、『憑依装着-ヒータ』から苦悶の声が漏れ始める。

 

 そして鏡が砕け散った。

 

 『魅惑の女王LV7』の姿は鏡と共に砕けると『憑依装着-ヒータ』は耳を劈く悲鳴を上げて破壊される。

 何が起きたのか理解が追いつかない。私は呆然とその光景に立ち尽くしていた。

 

「これがあなたの心の内の本当の望みです」

「違う! 私はこんな酷い事思ってませんっ!!」

「本当にそうでしょうか? あなたはこの鏡に映った女性に殺意までとはいかないまでも多かれ少なかれ負の感情を抱いているのでは? ……例えば、嫉妬とか?」

「っ?!」

「ふふっ、図星のようですね。ちなみに今私が発動したのはトラップカード『呪言の鏡』。このカードは相手がデッキからモンスターを特殊召喚した時に発動出来るカードです。そしてそのモンスターを破壊し、自分はデッキからカードを1枚ドローします」

 

 心臓の鼓動が早くなる。

 そんな胸の鼓動さえも相手に見られているのではないかと言う不安に駆られる。夏でもないのに背中にはじんわりと嫌な汗が滲んでくる感覚が不快感をより高まらせる要因となっている。

 自分の胸に秘めていた事を悉く当ててくるこの人がただただ気味が悪かった。

 

「カードを1枚伏せてターンエンド……」

「私の前に何を隠しても無駄ですよ。さらにトラップカード『マインド・ハック』を発動。500ポイントライフを払い、あなたの手札と場にセットされたカードを全て確認します」

「っ!!」

 

 相手の場の最後のセットカードが露となる。頭を抑える男の人の背後に目を見開いて頭の中を覗いている男の人の影が描かれたそのカードが光る。

 

 

フランクLP4000→3500

 

 

 その光を浴びた私の伏せた2枚のカードは浮かび上がると相手に見えるようにそのカードが表になる。私が伏せていたのはこのターンに伏せた『リビングデッドの呼び声』と先のターンに伏せた『黒魔族復活の棺』のカード。

 そしてその上にはソリッドビジョンで手札のカードが並ぶ。私の残り2枚の手札は『熟練の白魔導師』と『魔導戦士ブレイカー』。

 その光景を見て相手は笑みを深くする。

 

「おや? 『魔導戦士ブレイカー』を抱えていながらそれを出さなかったのですか。このターン『魔導戦士ブレイカー』の効果で私の場のセットカードの内の『ゲシュタルト・トラップ』、または『呪言の鏡』を破壊出来れば、このターンこのような惨状にならなかったのでは? さては、ふふっ。図星を指されて勝負を焦っていますね」

「そ、そんな事無いです! 勝手に人の考えを分かった気にならないで下さい!」

「強く否定する辺り説得力に欠けますよ?」

「……御託は良いです。早くターンを進めて下さい」

「これは失礼しました。私のターン、ドロー」

 

 残り4枚の手札から一体何が出てくるのか。

 こちらの手の内は全てバレているのに相手の手は全く分からない。私が相手を見ても何を考えているのかさっぱり見えてこないのに、相手はこちらを見ているだけで私の考えている事は全て読んでしまう。そんな状況が私の焦りを加速させていく。

 

「『L⇔Rロールシャッハー』でダイレクトアタック」

 

 相手は何も手を打ってくる事無く攻撃に移った。

 このタイミングで私ができる事は『リビングデッドの呼び声』で『ブラック・マジシャン・ガール』を出す事だけ。当然相手は私がその手を打つ事も想定の範囲内のはず。だけど読んでいても相手にセットカードが無い今このタイミングで妨害の可能性は低い。ここでこれを温存してセットカードで対策をされればそれこそこのダメージの受け損になる。なら……

 

「永続トラップ『リビングデットの呼び声』を発動! 墓地の『ブラック・マジシャン・ガール』を特殊召喚します」

 

 私を守るように『ブラック・マジシャン・ガール』が墓地から現れる。

 これにより『L⇔Rロールシャッハー』は溜めてた魔力を元に戻す。

 

 

ブラック・マジシャン・ガール

ATK2000  DEF1700

 

 

 特にこのタイミングで妨害のカードを発動する様子は無い。

 『リビングデッドの呼び声』を破壊されれば『ブラック・マジシャン・ガール』も破壊されてしまうが、そういった魔法・トラップを除去するカードの代表である『サイクロン』があるならば、『リビングデッドの呼び声』の発動にあわせて発動してくると思う。いや、『サイクロン』を持っているのなら『黒魔族復活の棺』を破壊するために温存している可能性もある。または私がこれから引く『神秘の中華なべ』を伏せたタイミングで破壊を狙ってくる事も考えられるか。どの道この段階で魔法・トラップを除去する手段が無いと考えるのは早計だ。

 

「モンスターをセットし、カードを3枚伏せターンエンド」

「私のターン、ドロー」

 

 引いたカードはもちろん『神秘の中華なべ』。これも相手には分かっている事。

 『ブラック・マジシャン・ガール』が復活した事で発動条件を満たした私の『黒魔族復活の棺』を警戒してモンスターをセットしてきたのか。しかし私の手札に『魔導戦士ブレイカー』がある事は分かっているのにカードを3枚セットしてきたのはどう言うことだろう?

 考えられるのは本命が破壊される確率を減らすためブラフを混ぜてカードを多くセットしたのか、それともそれを見越した上で罠を仕掛けているのか。何れにしても私の手の内を把握している相手は間違いなく私が『魔導戦士ブレイカー』を出すと思っているだろう。

 ならばその裏をかくために……

 

「私は」

「“『熟練の白魔導師』を召喚”、ですね」

「っ!!」

 

そう思った私の言葉を相手は先に言ってみせた。

 しかし既にカードを置くために勢いづいた体は止められず、『熟練の白魔導師』のカードをデュエルディスクに置いてしまう。

 当然召喚を取り消す事などできる訳無く、魔方陣から白のローブを身に纏った浅黒い肌の屈強な体の男が現れる。先端には水色の宝玉が嵌め込まれた肩の高さまである白銀の杖を持つ姿は堂々たるものだ。

 

 

熟練の白魔導師

ATK1700  DEF1900

 

 

 しかしそんな『熟練の白魔導師』の登場の様子はすっかり頭から抜け落ちていった。

 心臓が一気に高まる。思考が乱れ自分がここに立っている感覚すら怪しい。最早自分の考えの情報が相手に漏れないように取り繕う余裕など無く、気が付けば口から自分の内から沸き上がる疑問の言葉が溢れていた。

 

「どうし」

「“どうしてあなたは私の思考を読めるの”、ですか」

「っ?!!」

「簡単な事です。あなたのカードを見て、デュエルを通して、あなたの考えている事、心の内に秘めている事が伝わってくるのです」

「そ、そんな事……あり得ません……」

「いいえ、事実ですよ。ならば一つそれが分かっていたと言う事を証明しましょう。この瞬間、リバースカードオープン。トラップカード『深層へと導く光』」

「……?」

「『深層へと導く光』は相手が光属性モンスターを召喚・特殊召喚した時に発動できるカード。あなたが闇属性の『魔導戦士ブレイカー』では無く光属性の『熟練の白魔導師』を出すと分かっていたからこそ、私はこのカードを仕掛けていました」

「う、嘘……」

「これが現実です。相手プレイヤーはデッキの上から5枚カードを墓地に送り、6枚目のカードを互いに確認して手札に加えます。これによりあなたのより深層にあるものを見ていきましょう。さぁデッキの上からカードを捲って下さい」

「…………」

 

 完全に裏をかいたと思っていた。しかし実際には完全にそれを読まれ見事にピンポイントで対策されていた。もしかしたら本当にこの人には何もかも見透かされているのかもしれない……

 そんな事を考えながら相手に言われるがままデッキの上に手を伸ばす。

 

「1枚」

 

 相手の優しい声に導かれる様にデッキにカードを捲る。

 最初に捲ったカードは『バスター・ブレイダー』。最上級モンスターでこのタイミングで手札に来てもあまり嬉しくないカード。『熟練の白魔導師』や『奇跡の復活』で蘇生可能なため、これは墓地に送る事ができて良かった。

 

「2枚」

 

 相手の言葉が頭の中に染み込んでくる。その声を聞くと睡魔に襲われたように思考が鈍くなってくる。これは不味い感覚だと理性が訴えかけていた。

 

 “意識を保って! デュエルに集中しないと……”

 

 遠のきそうになる意識を何とか止めてデッキの上のカードに集中する。2枚目に捲ったカードは『マジシャンズ・サークル』。墓地に送られて役に立つカードではない。

 

「3枚」

 

 相手の枚数をカウントする声は催眠術の様だった。聞いているだけなのに意識がだんだんぼんやりしてくる。『深層へと導く光』の効果でデッキのカードを捲っているのに、なぜか相手の声によって体を操られているような気がしてきた。気を抜けば何でも相手の言う事に従ってしまいそうだ。

 

“カードに意識を……”

 

 捲ったカードは『ワンショット・ワンド』だった。多分このデュエルで墓地に送られても良い事は無いと思う。自分のその判断に自信が持てない。

 

「4枚」

 

 相手の声が急に遠くに聞こえた。いや、遠くに聞こえたと言うよりくぐもって聞こえたのか。しっかり意識を保とうとするのが辛い。

 

“このまま意識を委ねてしまおうか……そうしたら楽になれる……”

 

 ふと、私の弱い心がそう囁く。それは甘美な言葉だ。それがいけないことだとは分かっている。ただそれに抗おうにもカードの効果で私はカードを捲らなければならない。まるで相手の言葉に従うように。

 カードを惰性で捲ったがこれは何枚目のカードだっただろう。墓地に送った『漆黒のパワーストーン』だったが、その事に対して何も頭が働かない。

 

「5枚」

 

 その言葉に従ってカードを捲る事に違和感を感じなかった。流れ作業をするようにそのカードをデュエルディスクの墓地に送っていく。

 捲ったカードは『魔導騎士ディフェンダー』だったか。もうそれすらも定かではない。

 

「さぁさぁさぁ、6枚目のカードは何でしょうか?」

 

 相手に言われるがままにカードを捲り、それを相手に見せる。考えるよりも先に手が動いていた。そんな自分を客観的に見ている自分が居る。

 

「『魔法族の里』。それがあなたの心の風景ですか。では私にそれを見せて下さい。そのままカードを発動するのです」

 

 その言葉に従い『魔法族の里』のカードをデュエルディスクに置こうとしている。このまま言葉に流されたら不味い事は分かるのだが、それに抗う気力が起きない。

 

 

————————サイレント・マジシャンっ!

 

 

 そんな時にまたあの声が私の頭の中に響く。

 ピタリ、とカードを置こうとしていた手が止まった。

 

「い……や……」

「どうしてです? 言っていませんでしたが、このターン、そのカードをプレイしなかった場合、相手プレイヤーは2000ポイントのダメージを受けます。このまま発動しなければ2000ポイントのダメージを受けてしまいますよ?」

「っ! だけど……私……は……あな……た……の…………思い……通りには……動かない……」

 

 まだ微睡みの中から抜け出せないかのように意識はぼんやりとしているが、それでも相手に抗う意思が私の体を突き動かす。

 『魔法族の里』のカードを相手の言う通りに発動したら何か良くないことが起きる気がする。直感的に私はそう確信していた。

 

「はぁ……はぁ……『熟練の白魔導師』で…………セットモンスターに攻撃っ!」

 

 体が重い。

 沈みそうになる意識を保とうとするだけで体力がごっそりと抜けていく。運動をした訳でもないのに息が切れる。自分の声が果たして届いたのかも分からなかったが、『熟練の白魔導師』が攻撃のモーションに移ったことに少し安堵した。

 

「攻撃宣言時にトラップカード『DNA定期健診』を発動します」

「……?」

「『DNA定期健診』は自分フィールド上に裏側表示で存在するモンスター1体を選択して発動するカード。そして相手はモンスターの属性を2つ宣言します。選択したモンスターをめくって確認し宣言された属性だった場合、相手はデッキからカードを2枚ドローできます。しかし違った場合、私がデッキからカードを2枚ドローします。さぁ、あなたこのカードが何属性に見えますか?」

「……っ」

 

 最悪のタイミングだった。

 よりにもよってこの頭が碌に回らない時にカードの推理を求められるとは。

 カードの処理を待つように『熟練の白魔導師』の攻撃のモーションが一旦止まる。

 『L⇔Rロールシャッハー』は光属性、魔法使い族のモンスター。思い出してみると相手のデッキのモンスターはこのカード以外分かっていない。他の魔法・トラップもテーマのカードではないため、使用しているカードから相手のセットモンスターを推理できない。

 しかしかと言ってこれ以上黙ったまま思考を巡らせるのは困難な状態だった。

 

「光属性と」

 

 それから逃れるように言葉を紡ぐ。

 咄嗟にその属性を宣言したのは単純に『L⇔Rロールシャッハー』が光属性だったから。安直な推理だが相手が光属性で固めているデッキの可能性もあるので当たる可能性はある。

 そしてあと一つの属性を決める事ができる。この状況で当たる確率は5分の2。デッキのヒントが無いこの状況ではこちらの方が不利だった。

 重い頭を無理やり働かせてあと一つの属性をどれにするか考える。単純な属性別のモンスターの種類ならば地属性がトップ、次点に闇属性と続く。そしてこれが私の限界だった、それ以外はどんな順番で種類が多い属性なのかも分からなかったし、それをセットする必要がある下級モンスターに絞るとなるとさっぱり見当がつかなかった。いや、もしかしたらセットしなくても良いモンスターの可能性もある。そうなるともうお手上げだ。

 

「さぁ、あなたの心の中に浮かんだ属性はなんですか?」

 

 相手の心を揺さ振る声が思考を緩慢にする。

 この言葉に従う訳ではないが、これ以上考えるのは難しい以上このまま直感に委ねてしまったところで結果は変わらないだろう。

 私は目を瞑り真っ先に思い浮かんだ属性を宣言した。

 

「闇属性……」

 

 私が答えると同時に裏側だったモンスターが明らかになる。

 そこから現れたのは赤いシルクハットを被った青白い肌の男性。苔色のローブで胴を隠しているためどんな体をしているかは伺い知ることができない。その男性はこちらの視線に気が付くと紳士のように恭しく御辞儀をしてみせる。と、赤いシルクハットの頭頂部がこちらを向いたその時、肉食獣の顎の如く赤いシルクハットが縦に裂けた。突然の事で虚を突かれた私の表情を見て、その男は悪戯が成功した事を喜ぶように甲高い笑い声を上げる。

 

 

トラップ・マスター

ATK500  DEF1100

 

 

「答えは地属性。残念でしたね、私はカードを2枚ドローします」

「だ、だけど……はぁ……攻撃は続行されます!」

 

 はずれだった。このタイミングでの相手の手札増強は不味い。

 それを誤摩化すように言葉を返したが、自分の心までは騙しきれない。せめてこのフィールドで優位に立てば状況はまだ変わる、そんな思いを託した『熟練の白魔導師』の攻撃が再開される。杖に込められた白い魔力は波打ちながらセットされた『トラップ・マスター』に押し寄せる。しかし、

 

「さらにトラップカード『墓地墓地の恨み』を発動!」

 

相手のさらなるトラップが立ちはだかった。このトラップにより『熟練の白魔導師』と『ブラック・マジシャン・ガール』の足下から紫色の妖しげな煙が吹き出す。それは蛇が獲物を締め上げるようにそれぞれの体に纏わりついていく。二人は魔力で吹き飛ばそうとするが放出した魔力は直ぐに拡散してしまい、かと言って体を動かして振り払おうにも実体のない煙からは逃れられない。そうしている間にも吹き出る煙はその量を増やしていき二人の頭上に吹き溜まりを作っていく。

 

「ふふふっ、これは相手の墓地のカードが8枚以上の場合に発動できるカード」

 

 紫色の煙が二人の顔以外の部分を覆い隠す頃には『熟練の白魔導師』が『トラップ・マスター』に放った魔力も発散していき威力をほとんど失っていた。さらに体力も削られているのか二人の顔色は悪く呼吸も荒い。

 一方、頭上に溜まっていく形の定まらなかった煙は意識を持った一個の生命体のように統制をとって動き始める。やがて煙が作り出したのは二つの不気味な髑髏だった。

 

「そして相手の場の全てのモンスターの攻撃力を0にします」

「んなっ!」

 

 その言葉が死刑宣告だった。

 唐突に地面からの煙の噴出が止まる。

 するとその勢いに支えられ上空に留まっていた髑髏状の煙は重力に従い一気に落ちてくる。二人の顔面、それも乱れた呼吸により開ききった口目掛けて。

 

『『〜〜〜っ!!!!』』

 

 声無き絶叫が響く。

 勢い良く口内から侵入する煙は容赦無く体を蝕みその力を奪っていく。口を閉じてそれを食い止めようにも直ぐに息が続かなくなり、結果それを勢い良く吸い込んでしまう。

 始めは電流を流されているかの如く体をのたうち回らせていたが、時間が経つにつれ抵抗する力も失われていきされるがままに体を蹂躙されていく。

 『ブラック・マジシャン・ガール』は何度も体を弓なりに反らせ、苦しさのあまり涙を流していた。

 

 

熟練の白魔導師

ATK1700→0

 

 

ブラック・マジシャン・ガール

ATK2000→0

 

 

 煙が全て二人の体に取り込まれると『ブラック・マジシャン・ガール』は倒れ伏し、『熟練の白魔導師』も膝から崩れた。『墓地墓地の恨み』によって犯された二人の肌は青白く変色してしまっている。

 その悲惨な光景にもはや言葉も出なかった。

 

「さて、では『トラップ・マスター』の反撃を受けて貰いましょう」

 

 呆然としている私を他所に事は進んでいく。相手の言葉を合図に裏だったカードが表になり『トラップ・マスター』が飛び出して来た。

 キヒヒヒヒッと不気味な笑い声を上げながら迫り来る『トラップ・マスター』を迎え撃とうと『熟練の白魔導師』はフラフラと立ち上がる。が、攻撃力を失った『熟練の白魔導師』に迎撃ができるはずもなく、あっさり『トラップ・マスター』に懐に潜られ掌底で弾き飛ばされてしまう。さらにその衝撃は『熟練の白魔導師』を突き抜けて私のライフを削った。

 

「うぅ……」

 

 

山背静音LP3800→2700

 

 

「さらに『トラップ・マスター』のリバース効果を発動。場のトラップカードを1枚破壊します。私が破壊するのはあなたの場に伏せてある『黒魔族復活の棺』」

 

 私のセットカードを全て分かっている相手は違える事なくセットカードを『黒魔族復活の棺』と断じてみせた。『トラップ・マスター』はそのカードの上に移動すると苔色のローブから胴を開けさせる。

 まず目に入ったのはチェーンソー。ローブの内の胴があるはずの部分にそれはあった。さらに体から機械の腕がいくつも生え、その先端には丸のこ、大鋏、ドリルなどの大型の工具がつけられている。それらを駆使して繊細な作業でトラップを解除するのかと思われたが、『トラップ・マスター』はそれらをただ無造作にセットされた『黒魔族復活の棺』へと叩き付け強引に破壊した。

 バトルが終わると私の場には力を失なった『熟練の白魔導師』と『ブラック・マジシャン・ガール』が横たわり、唯一の相手への妨害手段であった『黒魔族復活の棺』は破壊され、ライフを大きく削られていた。

 対する相手は『墓地墓地の恨み』、『DNA定期健診』の札を消費したが、『DNA定期健診』の効果によりその分で消費したカードの分を取り戻している。

 

「はぁ……『ブラック・マジシャン・ガール』を……はぁ……守備表示に変更」

 

 もう相手の思惑に反して『魔法族の里』を発動しないと言う小さな抵抗も許されない。発動しなければ私のライフは700まで削られてしまう。そうなってしまえば『神秘の中華なべ』でライフを回復する手段が残されているとは言え、攻撃力を失った『熟練の白魔導師』を抱えているこの状況では次のターンを凌ぎきれないだろう。

 相手は何も言わずにただこちらを見透かしたように微笑んでいた。

 

「……カードをセットして、フィールド魔法『魔法族の里』を発動」

 

 “結局相手の掌からは逃れられなかった”

 

 そう思った途端に意識が暗闇に沈んでいく。

 

 ポキッ

 

 私の抵抗する心が完全に折れてしまった瞬間だった。

 



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異世界

活動報告と同じ内容ですが、第23話『異世界』のデュエルに繋げる都合上、第22話『乙女心』のデュエルの内容を一部変更しました。
お手数をおかけしますが、第23話『異世界』を読む前に第22話『乙女心』をもう一度ご確認下さい。(12/13)


「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 

 全力で走り続けること5分。久しく走ってなかったことやペース配分も碌に考えていなかったせいもあり早くも肺が悲鳴を上げていた。日ごろの運動不足がまさかこんなところで仇となるとは……これからの生活にランニングを加えることを心に誓った。

 家でサイレント・マジシャンを待っていた時間は10分程度。つまり彼女と別れてから30分くらいは時間が経過していることになる。その30分の間に彼女が事件に巻き込まれる可能性は十分にあるだろう。

 いつも彼女と別れるY字路を過ぎてさっき別れた場所までは戻ってみたが、周辺を探してもサイレント・マジシャンの姿はなかった。探すと言ってもこの時間の人の通りは疎らなのと、この辺りは住宅街で学生が時間を潰せる店は無いため、建物の中を探すということはしなくていいのが救いだ。

 そしてそこから引き返してY字路まで戻った所でついに足が止まってしまった。両手を膝につき呼吸を整えねばこれ以上走れる気がしない。足を止めると途端に体温が上がり体中から汗が噴き出してくる。一分休んだらまた走り出そうと心に決め、今はこのまま体力の回復に努めることにした。

 

「あれ、八代君?」

「はぁっ、はぁっ、え?」

「どうしたの? そんなに血相を抱えて?」

 

 頭の上からかけられる女性の声。それは普段耳にしているサイレント・マジシャンや狭霧とも違うものだった。しかしそれ以外に街中で話しかけてくる女性に心当たりがなかったため聞き違いかとも思い顔を上げてみると、目の前に立つのはやはり知らない女の子だった。

 下はジーパン、上の黒のTシャツには“Beat Burn”と書かれている。身長は俺の肩くらい。深緑色のポニーテールと顔のそばかすが印象的な可愛らしい少女だ。

 

「はぁ、はぁ、えぇっと……どちら様で?」

「えぇぇ!! 一年間クラス一緒だったのに覚えてくれてないの!?」

「はぁ、あぁー、ごめん」

「結構ショックだわ……原律子よ。ちなみに今も同じクラスだから、覚えててよね」

「そうだったのか。善処する」

「名前くらいすぐ覚えれるでしょうに……まぁ良いわ。それで? 何やら焦ってたみたいだけどどうかしたの?」

「そうだ!! 山背さんを見なかったか?!」

「あうぇ?! や、山背さん?」

「あぁ! この辺で見かけてないか?!」

「え、えっと、落ち着いて! 山背さんでしょ? うーん、向こうから来たときはすれ違わなかったし。最後に見たのは学校から帰るときでそれ以降は……っていうか一緒に帰ってたんじゃなかったの?」

「そうだったんだがなんて言うか……うん、そうだな。分かった。じゃあ急ぐから!」

「ちょっ、勝手に一人で納得して行かないで、ってもう!」

 

 原が後ろから何かを言っていたが今は無駄な時間を過ごすわけにはいかない。

 会話の間にもう十分に休めた。俺は再び駆け出した。

 向こうと原が指差した方向は狭霧の家の方。少なくとも入れ違いになる事は無かったと分かっただけで御の字だ。後はサイレント・マジシャンの家に向かうだけだ。

 走るなか頼むから俺の杞憂に終わってくれと願いながらも、嫌な予感は確信に変わっていくのだった。

 

 

 

「八代君ってあんなに焦ったりもするんだ……」

 

 取り残された原は一人そう呟いた。

 

 

 

————————

——————

————

 

 フィールド魔法『魔法族の里』の効果により周りの景色は一変する。駐車場にあった数台の車は消え去り、太い木々が広い間隔で立ち並ぶ自然豊かな場所に早変わりした。光が入らなく薄暗かったのが嘘の様に木々の葉の隙間からは優しい陽光が降り注いでいる。その木々をよく見ると根元に穴が掘られていたり、或は巨木の中をくりぬかれていて、そこに住居が造られているのが分かる。これが魔法使い達の暮らす長閑な里である。

 

「ようやく意識を自分の心の深層に落としましたか。さて、どんな力を隠しているのやら」

 

 プロフェッサー・フランクはぼんやりと虚空を見ている山背の姿を見て満足げに微笑む。

 それから周りの変わった景色を見渡すと徐に『魔法族の里』の中に生えている木の一本に近づいていく。歩数にして四歩。そこは『魔法族の里』のソリッドビジョンが無ければ車が駐車してある場所だ。

 

「サイコデュエリストならこのフィールド魔法の影響が出ているはずですが……」

 

 そう呟いてフランクは木の根元を足で軽く突く。爪先は木の根元に触れるとそのまますり抜けた。

 実体を持たないソリッドビジョンで映し出される物体の境界に何かが触れると、通常は映像にノイズが奔ったり、映像が透けたりする。今回もその例に漏れず『魔法族の里』の風景がブレて外の景色が透けて見える。だが……

 

「これは……?」

 

一瞬透けて見えた車と地面の境界部分は不自然に捻れていた。

 もう一度確認するために根元に爪先をすり抜けさせるが結果は同じ。木の幹の部分に手を通すと車が透けて見えるが、車の窓ガラスとドアの境界がコーヒーにミルクを垂らして混ぜた様に歪んで見える。

 

「サイコパワーではない、か……」

 

 フランクは木の幹にすり抜けさせた手を一旦戻すと、もう一度手をすり抜けさせて車に触れるまで手を伸ばす。すると今度はその手の輪郭がぐにゃりと歪む。

 

「っ!!」

 

 ギョッと目を見開いて急いで手を戻すが、フランクの手に異常はなかった。それから二度三度手を他の場所ですり抜けさせるが、何度やっても結果は変わらない。

 

「世界が……いや、空間が歪んでいる? 彼女の力は一体……ん?」

 

 山背に視線を戻したフランクはそこで山背の足下が光り輝いていることに気付く。そしてその光は明滅を繰り返すそれを見つめているうちにフランクの意識はその光に吸い込まれていった。

 

 

 

————————

——————

————

 

「ここは……里のはずれ」

 

 意識がハッキリした時、私は周りの景色を見てそう判断した。

 懐かしい景色だ。ここは里から少し離れたこの場所は整備されていない土の道の上。周りには里よりも緑豊かな木々に囲まれている。この道に沿ってもう少し里から離れると小川のせせらぎが聞こえてくるはずだ。そこで子どもの頃よく遊んでいたのを今でも覚えている。

 

「でも、私はどうやってここに……?」

 

 記憶が混濁している。ここに来るまでの経緯が思い出せない。それを思い出そうとすると頭の中に白い靄が掛かったように記憶が霞んでいく。

 分からないのはここに来た理由だけではない。

 

 これからどうすればいいのか?

 

 それすらも分からない。折角近くまで来たのだから久々に里に顔を出すべきか。いや、今更どんな顔をして里帰りなんて……

 そんな事を考えていると突如目の前にブラック・マジシャン・ガールが現れる。肌全体が不健康に見えるほど青白く辛そうな表情をしていた。

 

『サイレント・マジシャン……』

「ブラック・マジシャン・ガール! どうしたの?! そんなボロボロで! それに、なんでここに?!」

『安心して。これは本体じゃないよ。窓から少し力を送っているだけ。思い出して! あなたが今何をしていたかを』

「窓……ってことはっ!」

 

 自分の腕を確認すると光に包まれてデュエルディスクがそこに現れる。その上には『ブラック・マジシャン・ガール』と『熟練の白魔導師』のカードが置かれていた。空いていた手にはいつの間にか『魔導戦士ブレイカー』のカードが収まっている。

 その事に気が付くと『ブラック・マジシャン・ガール』の横に『熟練の白魔導師』も現れる。その『熟練の白魔導師』もまた『ブラック・マジシャン・ガール』同様に苦しそうだ。

 そうだった。私はデュエル中で、あの不気味な男と戦っていたのだ。一体どうしてそんなことを忘れていたのだろう。そしてどうして私はそんなデュエルの最中にデュエルモンスターズの世界に来てしまったのだろうか。

 一つの疑問は解決したけどまた一つ二つと疑問が湧いてくる。

 

『……来るよっ!』

「……っ!」

 

 浮かんだ疑問を解消する間もなくブラック・マジシャン・ガールが私に警戒を促す。

 そのブラック・マジシャン・ガールの視線の先、およそ7、8メートルぐらい前方の地面に黒いシミが広がっていく。そこから泉が湧くかのように黒い何かは広がっていきマンホールくらいの大きさになった時そこから人が現れた。

 

「ここは……?」

「あ、あなたはっ!」

「ん? んふふふっ。そうか、なるほど。これが君の意識の中に眠る心象世界。つまりこれこそがデュエルモンスターズの精霊世界と言う訳ですか」

 

 辺りを見渡した後、私を見つけるとフランクはそんな感想を漏らす。周りを見ただけでここをデュエルモンスターズの精霊世界だと分かった事も然ることながら、それ以上に気になる事があった。

 

「どうしてあなたがここに……?」

「ふふふっ、君がこの私をこの世界に導いたのですよ。やはり君は特別な力を持っているようだ」

「……?」

 

 私が導いた?

 ダメだ。デュエルをしていた事やデュエルの流れは思い出してきたけど、ここまで来た直前の記憶がない。無理に思い出そうとするとズキンと奔る痛みに思わず頭を抑えるが、相手はこちらの様子など一向に構う事も無くデュエルディスクを構える。

 

「では、続きといきましょうか」

 

 混乱する中、デュエルの第二幕が始まるのだった。

 

 

 

山背静音LP2700

手札:『魔導戦士ブレイカー』

場:『熟練の白魔導師』(『墓地墓地の恨み』により攻撃力0)、『ブラック・マジシャン・ガール』(『墓地墓地の恨み』により攻撃力0)

フィールド:『魔法族の里』

魔法・罠:『リビングデッドの呼び声』(『ブラック・マジシャン・ガール』対象)、『憑依解放』

セット:『神秘の中華なべ』

 

 

フランクLP3500

手札:4枚

場:『トラップ・マスター』、『L⇔Rロールシャッハー』

魔法・罠:無し

セット:無し

 

 

 

「私のターン、ドロー。私は『トラップ・マスター』をリリースして『超魔神イド』をアドバンス召喚」

 

 これが精霊世界での相手の初手だった。

 『トラップ・マスター』の姿がバスケットボール大の光球に変化すると、球状だった形は膨らみ刺々しく、光球の色は眩い白から宇宙の如く底の見えない漆黒に変わっていく。

 そうして変化が終わり現れたのは竜を思わせる頭を持つ怪物。邪悪な力を溜め込んだ胴は大樹の幹の如く太く、それを支える四本の脚に生えた鋭い鉤爪は地面に食い込んでいる。全長は8メートル以上、胴体と同じくらいの長さの尾を軽く左右に振っただけで周りの木々が大きく揺さぶられる。漆黒の体躯を泳ぐように体表からは電気が迸り、全身から溢れる邪なオーラは墨汁を零したかのように世界に広がっていく。

 

 

超魔神イド

ATK2200  DEEF800

 

 

 さらに禍々しい『超魔神イド』のオーラに呼応するようにフランクからも邪悪な気配を漂わせ始める。黒い湯気のようにフランクの体から溢れ出る不気味なオーラもまたゆっくりと地面を蝕んでいく。この精霊世界ではデュエリストの精神がそのまま世界に影響を及ぼすのだ。

 

「くくくっ、ここに居ると力が溢れてくるようだ」

 

 そしてこの世界に作用するのはデュエリストの精神だけではない。

 『超魔神イド』が歩を進めるだけでそこの地面は闇に侵食され、周りの草木は枯れていく。

 

「なんて瘴気……」

 

 そう、使用するカードもまた実体を持つ。悪意を持って放った攻撃は災厄となり相手だけでなくこの世界にも牙を剥く。

 

「くっ」

 

 この際ここに来たまでの記憶がない事は後回しだ。

 『超魔神イド』による侵食を食い止めるべく結界魔法を行使する。この体で扱える魔力の総量は限られているが、『超魔神イド』とフランクのこの世界への侵食を食い止める程度の力はある。

この世界を、私の生まれ育った場所を守らなくては。

その使命感が私の体を突き動かす。相手に魔法を見られようが力を出し惜しむつもりはない。

 

「むっ、これは……?」

 

 突然足下に展開された白の魔方陣には今まで動揺を表に出さなかったフランクも驚いたようだ。そして白い光が一瞬輝きを増すと魔方陣は消失した。もちろん魔方陣が打ち消された訳ではない。狙い通り魔方陣の輪の範囲に邪気を封じ込める事に成功した。

 

「……ほう。そんな事もできるのですか。興味深い。ですが、それで攻撃は止められるのでしょうか。バトル! 『超魔神イド』で『熟練の白魔導師』に攻撃!」

 

 結界魔方陣により多少は動きに制限を与えられてようだが、『超魔神イド』はそれをものともせずに『熟練の白魔導師』に向かって駆け出す。

 『超魔神イド』の攻撃力は2200。力を失ったままの『熟練の白魔導師』が受ければ私にそのダメージがそのまま通る。この世界でその一撃のダメージは十分に致命傷となり得る可能性がある。

 

「速攻魔法発動! 『神秘の中華なべ』! 『熟練の白魔導師』をリリースして、その攻撃力か守備力を選択し、その数値だけ自分のライフを回復します」

「この時を待っていた! 速攻魔法発動! 『魔力の泉』!」

「っ!?」

「流石はアカデミアの生徒。その様子ではこのカードの効果を知っているようですね」

「『魔力の泉』は相手の場の表側表示の魔法・トラップの枚数だけデッキからカードをドロー出来るカード。私の場に表側になっている魔法・トラップは『魔法族の里』、『憑依解放』、『リビングデッドの呼び声』、そして『神秘の中華なべ』の4枚。つまり……」 

「そう! よって私はデッキからカードを4枚ドローする! そしてその後、私の場で表側の魔法・トラップの枚数だけ手札を捨てなければならない。しかし私の場で表側になっている魔法・罠は『魔力の泉』のみ。よって捨てるカードは1枚で済みます。まぁさらに制約として次のあなたのターンのエンドフェイズまであなたの魔法・トラップは破壊されなくなり、発動も無効にされなくなりますが、このアドバンテージのリスクとしては大したものではない」

「くっ、『神秘の中華なべ』の効果で私は『熟練の白魔導師』の守備力を選択。ライフを1900回復します」

 

 『超魔神イド』の攻撃の寸でのところで『熟練の白魔導師』の魂が私のライフへと変換され、『超魔神イド』の攻撃の手は空を切った。

 

 

山背静音LP2700→4600

 

 

 これでライフでは優位に立った。

 だがこのタイミングで2枚の手札増強。

 こちらの手札が1枚の劣勢時に更に相手に手数を増やされるのは不味い。こちらの手札は『魔導戦士ブレイカー』と次のドローで引くカードの2枚のみ。このターンは凌げたとしても次の相手のターンになれば6枚まで増える手数に対応できるか……

 

「攻撃対象が消えたため攻撃対象を変更! 『超魔神イド』で『ブラック・マジシャン・ガール』に攻撃! ヴァイオレント・エゴイズム!」

 

 『超魔神イド』は飛び上がると『ブラック・マジシャン・ガール』目掛けてその鋭利な爪を振り下ろす。当然魔力を失っている彼女にそれを受けきる術などある筈もなく、紙切れの如く蹴散らされる。

 心の中で彼女に謝りながら私は反撃の一手に出る。

 

「『憑依解放』の効果発動。私の場のモンスターが破壊された時、デッキから守備力1500の魔法使い族モンスターを1体特殊召喚します! 『憑依装着-ウィン』を特殊召喚!」

 

 風が吹いた。

 『ブラック・マジシャン・ガール』の後から現れたのは緑髪の少女。背丈はヒータと然して変わらない。ヒータと違い白のシャツの上に枯色のローブを羽織り上半身の露出を抑えている。だがそれ故に下の深緑色のプリーツスカートから出ている健康的な太ももが引き立てられて見えた。

 そんな彼女はたれ目で物静かな印象を受ける。彼女の司る魔力は風。彼女から溢れる魔力はここの木々を静かに揺らしていく。

 

 

憑依装着-ウィン

ATK1850  DEF1500

 

 

 何とか場にモンスターが繋がった。

 相手の5枚の手札の中に『憑依解放』に対する手は無かったのが唯一の救いか。だけどあれだけの手があれば……

 

「私は魔法カード『招来の対価』を発動。これでターンエンドです。そしてこのエンドフェイズにこのターンリリースしたモンスターの数によって『招来の対価』の効果が適用される。私がリリースしたモンスターは『トラップ・マスター』の1体。よってデッキからカードを1枚ドローします」

 

 しかし予想に反して相手は何も仕掛けてこなかった。

 何も伏せず『憑依装着-ウィン』に対して何も仕掛けてこないなんて一体何狙っているのだろう?

 相手は依然として自分のデュエルについて雄弁に語る事はない。ただまるでこちらの考えている事を見透かしているように不気味に微笑むだけだ。

 

「私のターン、ドロー」

 

 引いたのは『アームズ・ホール』。

 これでこちらの手札は2枚。相手の手札は5枚と一見不利に見えるこの状況だが、場を見ると以外にもそうでもない。

 相手の場には『L⇔Rロールシャッハー』、『超魔神イド』のみ。素のステータスは場の『憑依装着-ウィン』も手札の『魔導戦士ブレイカー』も超えている『超魔神イド』だが、『憑依解放』がありこちらが攻撃を仕掛ける場合に限り『憑依装着-ウィン』はそれを上回る。

 『魔導戦士ブレイカー』を並べれば相手の場に妨害する札が無い今、盤面はひっくり返る。だけど……

 

「…………」

「ふふっ……」

 

 そんな事をこの相手が分かっていない筈が無い。

 これは明らかに誘っている。この盤面を返したとしても相手にはまだ手札が5枚残っているのだ。ここで勝負を決めきれない以上、一気に攻勢に出たところで纏めて返されるだろう。

 ここで手札の『魔導戦士ブレイカー』を失えば『魔法族の里』の制約により魔法カードを封じられてしまう。それから逃れるためには魔法使い族を次のターン引かなければならない。それを引けず魔法カードを引こうものなら忽ち手札の『アームズ・ホール』諸共手札は皆死に札となり、その先に待っているのは敗北だ。

 だからここで私が取るべき手は……

 

「魔法カード『アームズ・ホール』を発動! デッキの一番上からカードを1枚墓地に送り、デッキ・墓地から装備魔法カード1枚を手札に加えます。私は墓地の『ワンショット・ワンド』を手札に加えます」

 

 これで『アームズ・ホール』の制約により私は召喚権を失った。けどこれでいい。今私に必要なのは次につながる手札なのだから。

 

「そして『ワンショット・ワンド』を『憑依装着-ウィン』に装備。攻撃力を800ポイントアップさせます」

 

 『憑依装着-ウィン』の手の杖が変わる。先端が三日月型に割れた形状が特徴的なワンド。魔力をブーストさせる一撃特化型の杖を装備した事で『憑依装着-ウィン』からは溢れる魔力はより強くなった。

 

 

憑依装着-ウィン

ATK1850→2650

 

 

 これで『憑依装着-ウィン』の攻撃力は下級モンスターでは及ばぬ数値となった。

 

「バトルです。『憑依装着-ウィン』で『超魔神イド』に攻撃!」

 

 『憑依装着-ウィン』が『ワンショット・ワンド』を天に掲げる。するとその先端に集まる魔力は風を起こし渦上に広がっていく。それに伴い周りの木々は大きく揺り動かされ木の葉は宙を舞台に踊る。統制の取れた魚の群れのように舞う葉は彼女の生み出した渦巻く風の中に引き込まれると、一瞬で粉微塵に切り刻まれた。この光景だけでも彼女の攻撃の殺傷性が伺えるが、その規模は尚も広がり続ける。

 緑色の魔力の暴風の塊は天に伸びていき、やがて人が災害として畏れる竜巻へと変貌を遂げた。半径5メートル、高さは30メートル余りと自然のそれと比べると規模は小さいが、周りの木を根こそぎ引き抜き次々にバラバラにしていく破壊力は十分に災害と呼ぶに値するだろう。

通常の彼女の力ならまずここまでのものを作れない。ただ今は彼女の魔力は『ワンショット・ワンド』を通して増幅されており、その力だけならかの『ブラック・マジシャン』すらも凌駕している程だからこそできた芸当なのである。

『憑依装着-ウィン』は杖の先端を『超魔神イド』に向けて振り下ろすとともに竜巻は移動を始める。彼女の魔力で制御されるそれは寄り道をすることなく真っ直ぐと『超魔神イド』に向かって突き進む。自然災害と違い人為的に操作される竜巻は逃れる相手を追い続けることができる。故にこれを打ち消すだけの力を持たない『超魔神イド』はこの一撃から身を守る術はない。

さらに言うならばこの一撃は『超魔神イド』との接触の瞬間に一段と威力が増す事が決まっている。それは『憑依解放』が後続のモンスターを呼び出す力だけでなく“憑依装着”モンスターが攻撃をするダメージ計算時に攻撃力を800ポイント増加させる効果もあるからだ。

攻撃力3450と言えば私の全力に匹敵する程の力。セットカードも無しに『超魔神イド』が受けきれる攻撃ではない。

 

そして竜巻が獲物を捕らえた。

 

 大気をビリビリと震わせる耳を劈く音と同時に緑色の暴風の中で迸る電気が黄色く輝く。それは『超魔神イド』の最後の抵抗だったのか、竜巻の中で黄色く輝くそれは徐々に萎んでいった。

 だが直ぐにその光景に違和感を覚えた。目算だが竜巻は私とフランクのフィールドの丁度間くらいで止まっているが、果たして『超魔神イド』はそんな手前にいただろうか?

 そんな疑念が湧いた直後、緑色の魔力の竜巻を内側から食い破るようにドーム状に広がる電気を伴った衝撃波が産声を上げた。その衝撃は竜巻を掻き消すだけに留まらず、眩い輝きと共に『憑依装着-ウィン』をも軽々と吹き飛ばす。

 

「くっ……」

 

 突然の光に目を瞑った私の体を僅かな衝撃と微かな電気の痺れる感覚が貫く。ゆっくり目を開くと目の前でよろよろと立ち上がる『憑依装着-ウィン』の姿があった。どうやら彼女は吹き飛ばされただけで無事なようだ。

 

「一体何が……?」

 

 突然竜巻内で発生した電気を伴う衝撃波。まだその発生源には土煙が舞っており視界が開けない。

 

「いやぁ、なるほど。最上級モンスタークラスの攻撃ともなるとここまでの威力になるとは。流石に肝を冷やしましたよ」

 

 そんな言葉とは裏腹に煙の向こうから聞こえてくる声には余裕の色があった。

 何が原因かは分からないがウィンの攻撃が防がれたのは確かだ。煙が晴れると案の定フランクとそして『超魔神イド』が無傷で姿を現す。

 

「墓地の『超電磁タートル』の効果を発動しました。墓地のこのカードを除外する事でバトルフェイズを終了させます」

「墓地……っ!」

 

 『魔力の泉』で手札を捨てたあのタイミングか。

 道理で何もカードを伏せていないのに余裕があった訳だ。こちらが『アームズ・ホール』を使った時点で確実に攻撃を止める事ができると確信していたのだろう。

 これでこちらの『ワンショット・ワンド』の効果で次のターンに備えるための手札を確保する算段が崩れた。攻撃力が如何に2650あろうとも耐性が何も無い『憑依装着-ウィン』では次のターン手札6枚となる万全な相手に破壊されない筈が無い。しかしこうなるならやはり『魔導戦士ブレイカー』をここで使わなかったのは正しかったのか。

 

「ふふふ、『アームズ・ホール』を使って召喚権を失い、手札には『魔導戦士ブレイカー』1枚しかないあなたに最早このターンできることはありません。さぁ、ターンエンド宣言をどうぞ」

「……これでターンエンド」

「私のターンですね。ふふっ、ドロー。速攻魔法『移り気な仕立て屋』を発動。このカードは場の装備魔法を正しい装備対象に移し替える事ができます。これによりあなたの『憑依装着-ウィン』に装備された『ワンショット・ワンド』を私の『L⇔Rロールシャッハー』に装備します」

 

 『移り気な仕立て屋』のカードが輝くと瞬く間に『憑依装着-ウィン』の手にあった『ワンショット・ワンド』は元の杖に戻り、『ワンショット・ワンド』はそこにあるのが当然と言わんばかりに『L⇔Rロールシャッハー』の横に浮かんでいた。

 

 

憑依装着-ウィン

ATK2650→1850

 

 

L⇔Rロールシャッハー

ATK1200→2000

 

 

 たった一手。

 たった一手で戦況が完全にひっくり返った。場のモンスターの攻撃力最高だった『憑依装着-ウィン』はこの一手で最低にまで転落した。これで『憑依装着-ウィン』の戦闘破壊は確定だ。

 

「そして魔法カード『一騎加勢』を発動。このカードはターン終了時まで自分の場のモンスターの攻撃力を1500ポイントアップさせる事ができるカード。これにより『超魔神イド』の攻撃力を1500ポイントアップさせる!」

「っ!?」

 

 発動された『一騎加勢』のカードから莫大な力が『超魔神イド』の体に集まる。吸収された力は『超魔神イド』の体内を巡り血肉となりより凶悪な姿へと変化していく。膨張し続ける『超魔神イド』の体からは邪悪なオーラが止めどなく溢れてくる。

 

「くっ!!」

 

 それによるこの世界への侵食を抑えようともう一度魔方陣を展開し更なる魔力を込める。が、『超魔神イド』から吹き出る闇のオーラは私が魔方陣に供給する魔力で抑えきれる量を上回っていた。

 このままでは結界が破られる。そうなれば被害が何処まで拡大するか予測できない。

 

 普段抑えている力を解放すべきか。

 

 解放すれば『超魔神イド』による侵食を大幅に食い止められるだろう。ただしそうすれば私の本来の姿を晒すことになる。それは普段マスターに止められていることであり、おそらくそれが相手の狙いと推察される。もしかしたら私の正体がばれる事で今後マスターとの生活に危険が及ぶかもしれない。

 

「……」

 

 一瞬の逡巡。

 

だが直ぐに力を解放することを決めた。

 もちろん無闇矢鱈に力を晒す事は止められている。しかしどうしても力を解放しなければならないような何か不測の事態があった時にのみ、私の判断で力の解放が許されている。

私の生まれ故郷の危機に力を出し切らないなんて事は出来なかった。

 真の姿になるべく体内の封じている魔力に意識を向ける。だが、

 

「な、なんで?!」

 

 体内に封じていた筈の魔力が見つからない。

 まるで自分の体の中心が抜け落ちてしまっているかのように、体の奥に封じていた魔力がそこには無かった。心当たりも無く原因が全く分からない自身の体の異状に動揺が生じる。

 そうして隙が生まれた直後、『超魔神イド』が世界に干渉する事を封じていた魔方陣がついに破られた。

 吹き上がる禍々しいオーラは天へと昇り空の色を灰色に曇らせていく。地面の細かい揺れは徐々に激しさを増しバランスをとって立つ事が難しくなってきた。

 『超魔神イド』の体は倍以上に肥大し、体はより刺々しくより鋭利に変化していく。

 

 

超魔神イド

ATK2200→3700

 

 

『ガァァァァアッ!!!!』

 

「っ!」

 

 咄嗟に魔法障壁に今使える全ての魔力を集めたのは今までの戦いの経験からだった。そしてその判断が功を奏したようだ。

 

 背後の道の両側に茂っていた森は一瞬にして更地となっていた。

 

「なんて……力……」

 

 冷や汗が頬を伝う。

 唯の咆哮でこの威力。

 攻撃力3000オーバーのモンスターがその力を解放すればその気まぐれで災害を引き起こす。攻撃力3700とは万全の状態の私をも超える力。『憑依装着-ウィン』が攻撃表示の今、『超魔神イド』の攻撃での大ダメージは必至。果たしてその超過ダメージを受けきれるか……

 

「ふっふっふっふっふっ! どうやらこれ程強大になったモンスターの力は封じられないようですね。これでバトルに入る! そしてこのバトルフェイズに入った時、手札から速攻魔法『封魔の矢』を発動!」

「しまっ――」

 

 暗雲立ち籠める灰色の空から大量の矢が降り注ぐ。

 それは私の場で発動している『憑依解放』、『ワンショット・ワンド』のカードに突き刺さった。その鏃からは魔の力を封ずる力が込められていた。

 

「ふっふっふっ、このバトルフェイズの間、お互い魔法・トラップの効果を発動できなくなる! これで『憑依解放』の効果は封じたぞ!」

 

 マズイ。

 これで『憑依解放』で後続のモンスターに場を託す事も、奪われた『ワンショット・ワンド』の効果を使う事も叶わなくなった。

 

「『L⇔Rロールシャッハー』で『憑依装着-ウィン』を攻撃!」

 

 『L⇔Rロールシャッハー』の魔力が『ワンショット・ワンド』に注ぎ込まれる。それにより増幅された紫色の魔力の暴風が『憑依装着-ウィン』に襲いかかる。

 『憑依装着-ウィン』もそれに対抗するべく緑色の嵐で迎え撃つ。

 

 紫と緑の衝突。

 

 数秒間の拮抗は紫に軍配が上がった。

 『憑依装着-ウィン』の体を弾き飛ばした紫色の魔力の嵐は私にも襲いかかる。

 

「くぅ……」

 

 

山背静音LP4600→4450

 

 

 『超魔神イド』によるこの世界への干渉を少しでも抑えるために全ての魔力のリソースを割いてしまっているせいで障壁を張る余裕が無い。そのため紫色の風の刃は私の体にその爪痕を刻んだ。腕や脚からは血が伝う。

 

「ほう、あくまでこの世界を守る事を優先しますか。『L⇔Rロールシャッハー』が相手モンスターを破壊した時、相手のデッキトップのカードを確認する! ピーピング・マインド!!」

 

 『L⇔Rロールシャッハー』の能力で体を動かされデッキ一番上のカードを公開させられる。

 

「ふふふっ、『闇の誘惑』とは。分かりますよ。焦り、不安、恐怖、あなたの心の闇が手に取るように伝わってくる」

「あっ!」

 

 フランクの体から溢れる邪気が増し魔方陣による結界が破られた。それにより黒い邪気は広がり地面に染み込み土地を涸らしていく。

 

「んふっふっふっふっ! 素晴らしい力だ! これがデュエルモンスターズの精霊世界!」

「やめて下さい! この世界を不用意に破壊するなんて酷い事!! なんでこんな事をするんですか!!」

「なんで? くくくっ! それは君のその表情を見るためだよ!」

「なっ?!」

「依頼主からは君の持っている力を確認し報告せよとの事だったが、別に君の心を壊してはならないなどと言う制約はされていない! 私は見たいんだよ! 私の前で心をすべて曝け出し、そしてそれを汚され、苦痛に歪み絶望するその表情がねぇ!!」

「っ!!」

 

 ゾクッ

 

 フランクの狂気に歪んだ表情を向けられ背中に冷たいものが走った。思わず一歩後退ってしまったが、その体の動きは固い。

 

「さぁ、苦痛に満ちた声を聞かせてくれ! 『超魔神イド』でダイレクトアタック! ヴァイオレント・エゴイズムゥッ!!」

 

 力の増した『超魔神イド』はフランクの攻撃命令を受けこちらに迫ってくる。

 これをこのまま受ければ間違いなく無事じゃ済まない。そんな危機的状況を前に『超魔神イド』の動きがゆっくりと鮮明に脳に伝わってきた。

 右足で地面を蹴ると空中で二本の後ろ足が前足を僅かに追い越す。後ろ右足が地面に着くと直後に左足で地面を蹴り飛び上がり体全体が伸びきる。前の左足から着地し再び前右足で地面を蹴ってこちらに向かってくる。そんな走る様子を見てこれが四足歩行の獣の走り方なのかとそんなどうでも良い感想を抱いた。

 そうして目前に迫った『超魔神イド』は巨大な三本の爪を振りかぶり、そこで来るべき衝撃に備え私は目を閉じた。

 

 

 

————————

——————

————

 

 そこは白い世界だった。

 見渡す限りの白。上下左右の概念がない世界の中で意識が揺蕩う。

 

「サイレ…………ジ……ン……」

 

 そんな世界の外から誰かが私に話しかけている。

 その声はぼんやりとした私の意識にスッと入ってくる。はっきりとは聞き取れないがなんだかこの声を聞いていると心地よい。このまま微睡みの中で意識を落としたら気持ちよく眠れそうだ。

 

「サ……ント……ジシャン……」

 

 だがその声の主はそれを許してくれないらしい。

 私の意識が落ちるのを防ぐ様に体が少し揺すられるのを感じた。さっきよりもはっきり聞こえる声はどうやら私の名前を呼びかけているようだ。重い瞼を持ち上げ薄らと声の主を見上げるが、まだ視界がぼやけてそれが誰だか分からない。

 

「サイレン……マジシャン!」

「んっ……」

 

 小気味好い音を響かせて頬が二三弾かれ軽い痛みを感じる。

 ここで何度も私を呼ぶこの声は私の知っている声だと気付いた。普段一番私が聞いてる声。ただいつもよりもその声は強く、その中に焦りの色がある。

 意識がゆっくり戻っていくにつれてぼやけたシルエットは徐々にはっきりしてくる。前髪が目にかかる程の少し長めの痛んだ黒髪、その隙間から覗かせる鋭い黒い目、右頬に浅い傷を残した細めの顔立ちのこの男の人は……

 

「サイレント・マジシャン!! サイレント・マジシャン!!」

「ます……たー……?」

 

 焦点が合いようやくこの声の主がマスターである事が分かった。

 マスターは今まで私に見せた事も無い必死な形相でこちらを見つめていた。マスターの乱れた息づかいを感じるくらい顔の距離は近い。どうやら私はマスターに頭を抱きかかえられて上体を起こされているようだ。体が触れ合っている所からマスターの少し熱い体温が伝わってくる。

 しかしその事にどうにも現実感が無い。そもそもマスターがここにいるなんてあり得ない事だ。これは夢、或は私の妄想なのだろうか。

 

「サイレント・マジシャン! 大丈夫か?」

「マスター……どうして、ここに?」

「帰ってくるのが遅いから気になって……はぁっ……探しに来たんだ。そうしたらよく分からない事になってる場所を、くぅっ! はぁ……見つけてな。直感でお前がヤバそうだと思って飛び込んでみたら、はぁ、案の定だったって訳だ」

「…………」

 

 頭を少し動かして周りを見渡す。周りは木々に囲まれた里から出た所の道の上ではなく、自然と共に暮らす里の家々に囲まれた場所へと変わっていた。だがここはデュエルモンスターズの精霊世界では無く、現実でのソリッドビジョンであることは瞬時に分かった。

 私は確か『超魔神イド』のダイレクトアタックを防ぎきれずにそこで意識を途切れさせたはず……

 

 

山背静音LP4450→750

 

 

 デュエルディスクを確認するとライフはキチンと減っている。と言う事はやはりあの攻撃を私は受けたと言う事だ。しかし不思議な事に身体で痛む所は無い。そしてデュエルはまだ続いている。

 自分で上体を起こしてマスターの背に隠れた方を見れば、対戦相手の男が確認できた。その前には『超魔神イド』と『L⇔Rロールシャッハー』も健在である。途端に先程まで自分に迫っていた危機がフラッシュバックし胸の奥から冷たいものが広がっていく。

 フランクはマスターを見ながら心底不快だと言わんばかりの表情を浮かべている。

 

「なんだ小僧? これは彼女と私のデュエルだ。邪魔をしないでくれるかな?」

「初から……はぁっ……うっ……そんなつもりはねぇよ」

「それは何よりだ。いきなり割り込んで来た手前、自分を救世主だとか勘違いした輩だと思ったよ」

「ふっ、くくく……」

「何がおかしい?」

「いや、はぁっ、そいつは随分と間抜けな……勘違いをしてるって思ってな」

「ふふっ、それは自分が自虐かな? これから嬲られる少女を前にこのデュエルに割って入って救世主になる勇気も無く、何もできない臆病者であるという」

「違う」

 

 そう相手の問いに一切の淀みなく言いきったマスター。だがなんだか様子がおかしい。呼吸は不自然に乱れ、話している途中に時折苦悶の表情を浮かべたり呻き声が漏れたりしている。そんな辛そうな様子が伺えるマスターだがそれでも相手と向き合うためか、ふらつきながらと立ち上がり始める。

 

「マスター……?」

「……」

 

 私が声をかけると心配するなと言う様にマスターはぎこちない笑みを返す。そうして立ち上がり半身で相手を見据えるマスターだが、立って体を支えるのがやっとなようでふらふらと今にも倒れそうな様子だ。

 マスターの様子に不安を覚えた私を他所に、マスターは堂々と宣言した。

 

「このデュエルに勝つのはこいつだぞ? なのに一体どうして俺が割って入る必要があるんだ?」

「っ!」

 

 私が勝つ。

 

 マスターはそう言いきった。その言葉はスッと心の中に入り込む。

 

「ふふふはっはっはっはっはっ! 何を言い出すと思えばこの小娘が私に勝つ? この状況で? 彼女の手札は『魔導戦士ブレイカー』1枚、次ドローするカードは『闇の誘惑』と決まっているこの盤面で? はっはっはっ! どうやら貴様は臆病者ではなくただの愚か者だったらしい」

「はぁ……『闇の誘惑』はドローソースだ。その、はぁ、先こいつが何を引くか……お前は知らないだろう? んくっ、はぁ……はぁ……そんなんで勝利を確信してる時点で、お前は三流なんだよ」

「三流はどっちだ! 彼女がその『闇の誘惑』を使うには『魔法族の里』により魔法使い族モンスターを場に出さなければならない。この状況で場に出せるのは『魔導戦士ブレイカー』のみ。手札が『闇の誘惑』だけになってそれを発動しても闇属性モンスターが引けなければ手札を全て失う。仮に上手く闇属性モンスターを引けたとしても召喚権を『魔導戦士ブレイカー』に使って、手札1枚でこの私の布陣を返せるはずが無い!」

「はっ! 1枚の未知なる可能性、それだけあればお前を倒すには十分だろうが。こいつを誰だと思ってやがる」

「っ!!!」

 

 マスターの言葉には一分の迷いも無い。

 この状況を全て把握した上でそれでも私が勝つと、そう確信している。その言葉には私への絶対的な信頼があった。それが分かると冷えきった胸の内が温まっていく。

 

「んぬ……そこまで言うならせいぜい見せてもらおうか! その未知なる可能性とやらを! そして絶望の中で知るがいい! このデュエルに希望など無いと言う事を!!」

「安心して見てろ。お前に次のターンは来ねぇから、うっ!」

「っ?!!」

 

 マスターの体が大きくぐらついた時、見えてしまった。今まで死角になっていて見えなかったマスターの背中が。

 

 赤だった。

 

 男子デュエルアカデミアの制服の上着は青のはずだが、マスターの背中は赤かった。

 おかしい。マスターは制服を着ていたのだ。

 なのに、それでも、マスターの背中は真っ赤に染まっていた。

 

「ま、マスター。そ、それ……」

「あぁ……ちょい無理してたが、そろそろ限界……はぁ……これが終わったら携帯、買いにいこう。次何かに巻き込まれた時に、痛っ……連絡出来ないのは不便だから……な」

 

 一瞬、悪戯がバレてしまった子どものようにバツの悪そうな顔を見せたマスターだが直ぐにぎこちない笑みを浮かべる。そして慣れない手つきで私の頭をくしゃっと撫でながら、私を安心させるように語りかける。マスターのそんな意図が分かってしまうからこそその様子が痛々しく思えて、気が付けば一筋の涙が頬を伝っていた。

 

「ははっ、何泣いてんだ……はぁ……まぁ、後は……任せ……た…………」

 

 そしてそれだけ言うとマスターの身体から力が抜けていき前のめりに倒れていく。まるで操り人形の糸が切れたかのように。急いで立ち上がり受け止めたが、その時には既に意識が無くなっていた。

 

「マスターっ! マスターっ!!」

 

 いくら呼びかけてもマスターが反応する様子は無い。

 背中を改めて確認すると制服は破け肉を深く抉った痛々しい三本の裂傷があり、そこから夥しい量の血が流れ続けていた。呼吸は浅く医学の知識が無い私でもこのままじゃ不味いことぐらい分かる。このまま血が止まらなければ脈拍は弱くなって最終的に……

 

「ようやく黙ったか。全く不快なガキだ」

「い、いや……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

 体の中でプツンッと糸が切れる音が聞こえた瞬間だった。普段抑えている体に溜めていた魔力が一気に溢れてくる。それは白い光の柱となり天に昇っていく。

 私が些細な事で飛び出していなければ、私がこのデュエルに乗らなければ、相手の心の隙を見せなければ、マスターはこんな事になる事は無かった。後悔、怒り、悲しみ、抑える事のできない様々な感情が溢れる魔力の勢いを増させていく。

 

「だがある意味手間が省けた。お陰で彼女の真の秘めた力を引き出せたようだ」

 

 この魔力の放出に身体が保たず節々に痛みが奔るが、本能的に姿を成長させる事で身体を最適化する。同時に衣装も放出する魔力に耐えられるよう光の中で普段の白の魔導服に変更する。

 さらにギリギリ残った理性で現実世界に影響を及ぼしかねない放出された膨大な魔力を纏め上げ、強引にこのデュエルフィールド内にいる人間をデュエルモンスターズの精霊世界に飛ばす次元転移術式に利用していく。

 そして私の身体の最適化と次元転移術式を起動する準備が完了した時、視界は全て白い光に染上げられた。

 

 

 

 光が収まると目の前の風景は里のから離れた先の荒廃した戦場に変わっていた。相手も私の体に倒れかかったマスターもこの場に転移している。

 転移が無事完了した事を確認すると、直ぐにマスターの背中の傷口に魔力を集中させる。回復魔術系統がからっきしな私ではこの傷を治す治癒魔法など使えない。

 私が発動したのは結界魔法。これでマスターの出血を封じ込める。これが私のできる精一杯の応急処置だ。そしてデュエルに巻き込まれないよう木々の生えた道の外れに傷口を上にして寝てもらう。

 

「なるほど、またデュエルモンスターズの精霊世界に飛ばされた訳か。まさかと思っていたが、君はデュエルモンスターズの精霊、それも高位魔術師の“サイレント・マジシャン”だったのか」

 

 この世界に転移したこと気付いたフランクの独り言を耳に流しながら、手を握ったり開いたりを繰り返し体の調子を確かめる。

 この姿になるのは三年以上ぶりだろうか。

 体を動かすのは問題ないようだ。違和感があるのはいつもよりも視界が高い事と胸の膨らみが増した事か。背が伸びたのはまだしもこうして胸が大きくなると少し邪魔に感じる。

 

「……一つ聞く」

「……ん?」

「マスターは……私を庇ってこうなったの?」

「マスター? あぁ、その小僧か。その通り。私の『超魔神イド』のダイレクトアタック直前、意識が現実世界に戻されたようでね。気が付けば『超魔神イド』の一撃の前に身を滑り込ませていたよ。精霊世界の力で破壊力を持った『超魔神イド』の攻撃だったと言うのに。本当にバカなヤツだ」

「…………許さない」

 

 体の底から沸々と怒りが湧いてくる。自分の不甲斐無さもそうだが、何よりも相手のマスターに対する侮辱が私の怒りに火をつけた。

 そしてふと、一度この力を解放しようとした時に力が出せなかった理由がわかった。深層意識の世界に意識を沈められたせいであの時は精神だけがこの世界に来ていたのだ。魔力を蓄えている体は向こうの世界に置き去りにしたままでは力は出せないのも当然のことだろう。

 

「ふふっ、許さない? 君がいくら憤ろうともこの勝負の結果は決まっているんだよ。装備魔法『リボーンリボン』を『超魔神イド』に装備。さらに永続魔法『悪意の波動』を発動! これでターンエンドだ」

 

 ターンエンドと共に『一騎加勢』の効果が切れ『超魔神イド』の体が萎んでいく。

 

 

超魔神イド

ATK3700→2200

 

 

 フランクが最後に発動した『リボーンリボン』に『悪意の波動』。確かに相手の自信も頷ける。この布陣はこの私のライフ状況おいてはかなり絶望的だ。だけどマスターの信頼を裏切るわけにはいかない。その想いが私の体を突き動かした。

 

「私のターン、ドロー」

 

 分かっている。ここで『闇の誘惑』を引く事はもう。これで手札が『魔導戦士ブレイカー』と『闇の誘惑』になる事も。そして私が打つべき手も決まっている。

 

「私は『魔導戦士ブレイカー』を召喚。『魔導戦士ブレイカー』の召喚成功した時、このカードに魔力カウンターを1つ乗せる。そしてこのカードの攻撃力は自身に乗っている魔力カウンター1つにつき300ポイントアップする」

「そうだろう。お前にはそれしか手は残されていない」

 

 私の前に新たに現れたのは金縁に紅の細身の鎧を身に纏った戦士。右手の剣も左手の盾もコンパクトで機動力を重視した装備になっている。

 

 

魔導戦士ブレイカー

魔力カウンター 0→1

ATK1600→1900  DEF1000

 

 

 これで自分の場に魔法使い族モンスターが存在するため『魔法族の里』に魔法の発動を阻害されなくなった。

 手札は『闇の誘惑』1枚。

 だが相手も分かっている通り『闇の誘惑』で2枚ドローした内に闇属性モンスターが無ければ手札は全て墓地に送らなければならない。当然そうなれば私の敗北だ。けどこれを温存して何もしなければ結局私の敗北なのは変わらない。つまり勝つためにはここで可能性を掴み取るしか無いのだ。

 まさに背水の陣。

 だが不思議と『闇の誘惑』を発動することに不安は無かった。ここで手札を失う事はないとそんな確信があった。

 

「魔法カード『闇の誘惑』を発動。デッキから2枚ドローする!」

 

 デッキから引いた2枚のカードを同時に確認する。

 

「そして手札の闇属性モンスター『見習い魔術師』を除外!」

「ちっ、運良く闇属性カードを引いたか。だがそれまで! 残り1枚の手札ではどうにもなるまい。無駄な抵抗はやめて早くターンを渡したらどうです?」

「私は諦めません! 装備魔法『ワンダー・ワンド』を発動! 『魔導戦士ブレイカー』に装備する」

「ほう、これで私の『超魔神イド』の攻撃力を上回りまったか。ふふっ」

 

 

魔導戦士ブレイカー

ATK1900→2400

 

 

 そう、これで確かに『魔導戦士ブレイカー』の攻撃力は『超魔神イド』を上回った。しかし『超魔神イド』に装備された『リボーンリボン』により、戦闘で『超魔神イド』を破壊してもエンドフェイズに蘇ってしまう。さらに『悪意の波動』の効果により相手モンスターを戦闘で破壊する度に私は300ポイントのダメージを受ける。

 私の残りライフは750。仮にそのダメージを受ければ残りライフ450となってターンを渡す事になり、次のターン相手は『超魔神イド』と『L⇔Rロールシャッハー』の自爆特攻をするだけで『悪意の波動』によるダメージを発生させ私のライフを削りきれる。

 『魔導戦士ブレイカー』の効果で自身に乗った魔力カウンターを取り除けば場の魔法・トラップを破壊出来る。けどそれを使えば『魔導戦士ブレイカー』の攻撃力は300下がり『超魔神イド』の攻撃力を下回ってしまう。

 どっちに転んでもこのままでは私に勝機は無い。それが分かっているからこそ相手は余裕の表情を崩していないのだ。

 

「諦めろ。お前に勝ち目は残されていない」

「…………」

 

 このままじゃ勝てない。それは事実だ。

 安全策をとるならこのターンをこのまま終了させることも視野に入る。しかし相手300よりも高い攻撃力のモンスターを引くか、『ワンダー・ワンド』か『魔導戦士ブレイカー』を処理するカードを引かれた時点で敗北が決まる。

 相手のドローに勝負を預ける割合を減らした一番無難な選択をするならこのターンは『魔導戦士ブレイカー』の効果で『悪意の波動』を破壊し『L⇔Rロールシャッハー』を攻撃。その後『ワンダー・ワンド』のもう一つの効果を使って『魔導戦士ブレイカー』を墓地に送り2枚のドローに繋げ次のターンを凌ぐためのカードを引き込む事に賭ける。2枚の新たなカードを引ければ次のターンの相手のドローしたカードへの対処と攻撃の対処の両方ができる可能性が生まれる。しかし『ワンダー・ワンド』の効果でのドローで防御札を引けなければそれでおしまいだ。

 私は一体このターンどうすれば良いのか悩んでいた。

 

 マスター、こんな時あなたなら……

 

 チラリと横たわるマスターを見る。当然うつ伏せで倒れているマスターの姿に変化はない。けれども今まで後ろから見ていたマスターのデュエルの様子が脳裏に浮かび上がってきた。

 そうだ、どんなにピンチな時もマスターはドローの可能性を信じていた。ならば私の選択は……

 

「『魔導戦士ブレイカー』の効果発動! 自身の魔力カウンターを1つ取り除き、場の魔法・トラップカードを1枚破壊する私が破壊するのは……」

「ふっふっふっ、あくまで足掻くか。良いだろう。ならば選べ! 『悪意の波動』破壊するか、それとも『リボーンリボン』破壊するかを!」

「『魔法族の里』!!」

 

 私がそう宣言すると『魔導戦士ブレイカー』は躊躇いなく魔力を込めた剣を地面に突き刺す。

 

 

魔導戦士ブレイカー

魔力カウンター 1→0

ATK2400→2100

 

 

「なっ?! とうとう血迷ったか!」

 

 驚愕する相手を他所に変化は訪れる。剣を刺した地面から亀裂が広がり、それはやがて周りの木々が生えた空間にまで及んでいく。そして亀裂が一瞬激しい光を放つとガラス窓が破られたような音をたて景色が砕け散る。

 しかしまるでそんな事は無かったかのように周りの景色に変化は無い。それはここがそもそもデュエルモンスターズ界の『魔法族の里』の近辺だったためだ。

 

「まさか自棄になるとは。ふっふっふっ」

「…………」

 

 反論する余裕は私に無い。

 我ながらかなりの大博打に出たものだ。

 通常召喚は『魔導戦士ブレイカー』に使ってしまった今、この布陣を突破して相手のライフを削りきるためには最早これを上回るモンスターを特殊召喚するしか無い。

 その特殊召喚するカードを引くための『ワンダー・ワンド』なのだが、その時コストで『魔導戦士ブレイカー』は墓地に送らなければならない。私のデッキでこのターンモンスターを特殊召喚できるカードは魔法カードのみ。だが『魔法族の里』を残しておけば私の場に魔法使い族が居なくなった事で魔法カードが使えなくなってしまう。だから『魔導戦士ブレイカー』の効果で『魔法族の里』を破壊したのだ。

 絶対に勝たなければいけないデュエルでの賭けの一手。心臓が早鐘を打っている。これで『ワンダー・ワンド』の効果で目的のカードを引けなければ私の負けだ。

 

 ドクンッ!

 

 心臓は一際大きく鼓動する。それに合わせるように効果発動の宣言をした。

 

「『ワンダー・ワンド』のもう一つの効果発動! 装備モンスターを墓地に送り、デッキからカードを2枚ドローする!」

 

 目を閉じてカードを引く。緊張が頂点に達した瞬間、薄目を開けてカードを確認した。

 

「来た!」

 

 デッキは私の思いに応えてくれた!

 この状況におけるこのデッキでの最善のドローだと思う。

 

「魔法カード『シャッフル・リボーン』を発動。自分の場にモンスターが存在しない場合、墓地のモンスター1体を選択して特殊召喚する。私は『ブラック・マジシャン・ガール』を特殊召喚」

 

 このデュエル四度目になる『ブラック・マジシャン・ガール』の登場。私が不甲斐無いばかりに三度も破壊される事を許してしまった彼女だが、そんな事気にしないでとでも言うように私にウィンクをしてくれた。

 

 

ブラック・マジシャン・ガール

ATK2000  DEF1700

 

 

「えぇい、しぶとい! そんなものを今更出した所で何も状況は変わらないと言うのが分からないのかっ!!」

「まだですよっ! 魔法カード『賢者の宝石』を発動! このカードは自分の場に『ブラック・マジシャン・ガール』がいる時、このカードは発動できます。そしてデッキから『ブラック・マジシャン』を特殊召喚します!」

「なっ!」

 

 拳大の眩い光を放つ宝石が天からゆっくりと落ちてくる。『ブラック・マジシャン・ガール』はそれを両手でそっと握りしめると自身の魔力をそれに込める。すると手から虹色の光が溢れ始め、両手に収まっていた宝石が徐々に大きくなっていく。そして輝きが増して宝石が見えなくなると虹色の光は大人を軽く包み込める程の巨大に成長する。それは光の繭のようだった。

 そんな虹色の光を放つ繭が爆ぜると、中から紫の魔導服を着た長身の男が現れる。眉目秀麗な青白い肌の魔術師は手に持った緑のロッドを慣れた手つきで振り回してみせる。『ブラック・マジシャン』と『ブラック・マジシャン・ガール』の師弟が並ぶ様子はやはり絵になると思った。

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500  DEF2100

 

 

「『ブラック・マジシャン』……」

 

 ここで『ブラック・マジシャン』の登場は予想外だったようで相手もたじろいでいた。

 これで盤面のモンスターはこちらが優位に立った。

 『ワンダー・ワンド』で引いた2枚で『ブラック・マジシャン・ガール』と『ブラック・マジシャン』を出せたのはまさに奇跡と言っても良い事だ。

 だけどこれだけじゃまだ足りない。勝つためには手数がどうしてもあと二手が必要なのだ。

 

 目を閉じ呼吸を落ち着かせる。雑念を払い

 

 私がこのターンで勝つためにはこの壁の先にいかなければならない。

 

 大丈夫、私ならできる。

 

 ここまで来たんだ。

 

 自分を、デッキを信じれば、このデッキは応えてくれる!

 

 精神の集中が最高に高まった時、目を見開きこの状況で可能性を繋ぐ事のできるメインフェイズ最後の一手を打つ。

 

「そして墓地の『シャッフル・リボーン』の効果! このカードを墓地から除外し自分の場のカード1枚を対象に発動できる! そのカードを持ち主のデッキに戻してシャッフルし自分はデッキから1枚ドローする。私は場に残った『憑依解放』を戻して、カードをドローッ!!」

 

 引いたカードはこの状況において必要な二つの札の内の一つだった。しかし重要度で言えばもう一方の方が大きい。どうやら勝負は最後の最後まで分からないようだ。

 

「バトル! 『ブラック・マジシャン』で『超魔神イド』を攻撃!」

 

 『ブラック・マジシャン』が飛び上がると杖を『超魔神イド』の頭上に向ける。杖の先から迸る緑色の魔力は稲妻のように『超魔神イド』に降り注いだ。低くくぐもった苦痛に満ちた唸り声を上げながら『超魔神イド』は消滅し、さらに余波がフランクのライフを削る。

 

 

フランクLP3500→3200

 

 

「んくぅぅ! 痛いよ。だがこの痛みはお前にも受けてもらうよ! 『悪意の波動』の効果発動! 自分の場のモンスターが戦闘で破壊される度に相手に300ポイントのダメージを与える」

 

 『悪意の波動』から放たれる衝撃波が迫る。

 魔法障壁を張れば無傷でやり過ごす事など雑作も無い事だが、今はその分の魔力が勿体無い。だから何もせずに覚悟を決めてその衝撃に身を晒す。

 

「くっ……」

 

 

山背静音LP750→450

 

 

 300のダメージと言えど相手の邪悪な想いによって『悪意の波動』による衝撃は増幅されている。それをもろに受けた結果この防御魔術がかけられた衣装のあちこちに穴が空いてしまった。まだ肉体へのダメージは少ないが、もう一度これを受ければ傷を負う事は免れないだろう。

 

 だが、そんな事など今更恐れない!

 

「バトル! 『ブラック・マジシャン・ガール』で『L⇔Rロールシャッハー』を攻撃!」

「相打ち覚悟か。迎え撃ちなさい『L⇔Rロールシャッハー』!」

 

 『ブラック・マジシャン・ガール』の放ったピンク色の魔力球と紫色の魔力の嵐が激突する。その威力は全くの互角。ほんの僅かな力がどちらかに傾いただけでこの勝負の結果に直結するだろう。

 もう彼女を目の前で破壊させない。そんな一心で最後の手札を発動させた。

 

「速攻魔法発動! 『禁じられた聖杯』! 『ブラック・マジシャン・ガール』の攻撃力を400ポイントアップさせます!」

 

 聖杯の加護を受けた『ブラック・マジシャン・ガール』の体に魔力が宿る。

 

 

ブラック・マジシャン・ガール

ATk2000→2400

 

 

 魔力の余裕を得た『ブラック・マジシャン・ガール』は杖の先端にもう一つの魔力球を生み出しそれを放つ。その一手がもたらした変化は劇的だった。ピンクと紫のせめぎ合いは一瞬で崩れ、ピンクの魔力球が『L⇔Rロールシャッハー』を撃抜く。

 

 

フランクLP3200→2800

 

 

 そうして爆散した『L⇔Rロールシャッハー』が生み出した衝撃はフランクの体を吹き飛ばした。

 

「んくぅぅぅぉおおおああぁっ!! お前の世界など汚しつくしてくれる!! 『悪意の波動』の効果のダメージを受けろぉ!!」

 

 より一層増した相手の邪悪な想いに応えるように『悪意の波動』の衝撃波の威力は増し、周りの木々を蹴散らしながら突き進んできた。下手をすればこれは攻撃力2000越えのモンスターの攻撃に匹敵するだろう。

 

 これは不味いかもしれない……

 

 けど残りの魔力を考えればここで魔力障壁を張る余裕は無いのだ。

 厳しいかもしれないが、生身の状態で両足を開いて腰を落とし衝撃に備える。

 

 

「くぅぅうっ! きゃあぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」

 

 

山背静音LP450→150

 

 

 気が付けば私は地面に這いつくばっていた。

 ダメージを受ける直前、両腕を咄嗟に交叉させたが、そんな抵抗など無意味。私の踏ん張りも虚しく体は大きく後方に弾き飛ばされてしまった。体勢を整える事もできず地面に叩き付けられ地を滑った結果、体の至る所に擦過傷ができていた。白の衣装のあちこちに血が滲んでいる。

 

「ふっふっふっ! よくもまぁここまで追い上げたものだ。この盤面を返したのは認めよう。確かにあの小僧の言う事も満更ではなかったようだ。だが! お前はこれで終わりだ! このターンのエンドフェイズ『リボーンリボン』の効果で『超魔神イド』は復活する。次のターン『超魔神イド』で『ブラック・マジシャン』に攻撃を仕掛ければ『悪意の波動』の効果でお前のたった150のライフなど消し飛ぶ! ふはっはっはっはっ!!」

 

 勝利を確信し相手は高笑いをして地面に倒れ伏す私を見下ろしているのが見える。

 両腕に力を込めて上体を起こそうとするが、予想以上のダメージを受けてしまったようでなかなか思うように体が動かない。だけど、マスターが受けた傷と比べればこの程度……

 

「……ふふっ」

「ん? くっくっくっ、痩せ我慢か? まぁいい。直ぐにその表情を苦痛に歪めてやる。さぁ! ターンエンドしろ!」

 

 マスターの事を考えたらふと笑いが込み上げてしまった。こんな時、マスターならなんて言うかが自然に頭に思い浮かんだのだ。その事を考えると体に少し力が戻った気がする。両腕に力を込めると今度こそ上体を起こす事に成功した。そのまま両膝と両手で体を支えている状態からゆっくりと右足を引き、足の裏を地に着ける。

 

「分かっていませんね……」

「何?」

 

 マスターはまだ倒れたまま。

 ならばこの言葉は私が変わりに届けよう。

 マスターと共に戦っているのだと示すために。

 

「あなたのライフを0にするなんて、私のライフが1でもあれば十分ってことです!」

 

 大声でそう宣言すると同時に両手で地面を押し、両足に体重を移すとついに立ち上がる事ができた。気合いが入ったお陰か体全体に力が戻り、体を動かしても不思議と痛みを感じない。

 この勢いに任せて最後の一手に繋げるべくカードの効果を宣言する。

 

「『ワンショット・ワンド』の効果を発動!」

「なにっ!?」

「このカードを装備したモンスターが戦闘を行ったダメージ計算後、このカードを破壊する事によってデッキからカード1枚をドローします! この効果はたとえ装備対象モンスターが戦闘で破壊された場合も発動できます!」

「はっ! だ、だが! 大見得を切ったが結局の所そのドロー頼みじゃないか! ハッタリだ! 引ける訳が無い! たった1枚のドローでこの私を倒しきれるカードなど存在するはずが無い!!」

 

 フランクの言葉など耳に入らない。

 デッキの一番上に手を乗せた瞬間、思い描いたカードがそこにある確かな手応えを感じた。

 

「ドローっ!!」

 

 一陣の風が吹く。

 そして訪れる静寂。

 時が止まったかのようにあらゆる音が消えた。その最中、私は引いたカード横目で確認しデュエルディスクに差し込んだ。

 

「速攻魔法『光と闇の洗礼』を発動! 自分の場の『ブラック・マジシャン』をリリースしデッキから『混沌の黒魔術師』を特殊召喚します!!」

「なっ?!」

 

 場に現れた『光と闇の洗礼』のカードから暗い紫色の霧のようなものが流れ出て『ブラック・マジシャン』の体を包み込む。そして『ブラック・マジシャン』の姿が覆われ見えなくなると、それは再びカードの中に吸い込まれていった。霧が全てカードに戻ると、場にいたはずの『ブラック・マジシャン』の姿は無くなっていた。まるで霧の中に溶けてしまったかのように。

 そして闇と共に『ブラック・マジシャン』の体も引きずり込んだカードから紫色の閃光が放たれる。光の中から飛び出す影が見えたのは一瞬の出来事。

 気が付けば『混沌の黒魔術師』は目の前にいた。特徴的な二方向に別れた尖り帽を被り、その後ろから背中まで伸びた黒髪が溢れている。両手両足にはいくつものベルトが巻いてある漆黒の衣装に身を包み、『ブラック・マジシャン』同様に肌は青白く美男子だ。身の丈程の漆黒の杖を軽く振り回すとその先をフランクに向け早くも魔力を集め始める。

 

 

混沌の黒魔術師

ATK2800  DEF2600

 

 

「ば、バカな……」

 

 フランクは『混沌の黒魔術師』と相対して二三歩後退る。その表情からは余裕の薄ら笑いは消えていた。

 

「覚悟は良いですか?」

「や、やめろっ!」

「『混沌の黒魔術師』でダイレクトアタック!!」

 

 攻撃宣言を受けて既に魔力を蓄えていた杖を『混沌の黒魔術師』は無慈悲に振り下ろす。その杖からは魔力が放射状に広がり瞬く間に目の前を紫色に染上げた。

 

「ひぁぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!!」

 

 フランクの悲鳴はそのライフ諸共紫色の魔力の奔流に飲まれ消えていった。

 

 

フランクLP2800→0

 

 

 

————————

——————

————

 

「はぁっ! はぁっ!」

 

 デュエルが終わると溜まっていた疲労が一気にやってきた。この調子だと息を整えるのにも時間が掛かりそうだ。

 吹き飛ばされたフランク方を見ると倒れて意識を失っていた。またデュエルが終わった事で彼から溢れ出ていた邪悪な力は収束したようだ。それには少しホッとする。

 だがその代償は大きかった。このデュエルで体力を使い過ぎた。気を抜けば倒れそうになる。しかし私にはやるべき事がまだ残されている。

 痛む体を無理矢理動かしフランクの元まで足を進める。私がやらなければならないのはフランクの記憶の消去と現実世界への次元転移。デュエル中に魔力を温存しておいたお陰でなんとか両方の魔術を使えそうだ。フランクは現実世界のどこかに飛ばせば良いとして、マスターの容態を見ても私達は闇医者を営む彼女の所まで直接転移した方が良いのだろう。ただしそうなると二度の次元転移魔術を使わなければならなくなる。魔力的にはギリギリだが体が保つか不安な所だ。

 幸いフランクは大の字で倒れたまま白目を剥いて意識を失っていた。このまま意識を戻されても面倒なので直ぐにフランクの記憶消去に移っていく。

 愛用の杖を呼び出すとその先をフランクの頭に向ける。魔力を杖に流し込むと白い魔力の光がフランクの頭部を包み込む。

 

「うぅっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 記憶消去の魔術に集中しようとするのだが、体に奔る痛みでなかなか思うようにいかない。

 ちなみに私は記憶操作系の魔術はあまり得意じゃない。私が得意な魔術は砲撃魔法、結界魔法、転移魔法の三種類。こうなったのは戦闘に特化した魔術師として育てられてきたからだ。

 だから今使っている記憶消去の魔術も精密性にかける。最大まで魔力出力上げられた状態だからこそ出来るいわゆる力押しだ。一応このデュエルの前後の記憶だけを消そうと思っているのだが、うっかり消去し過ぎてしまうかもしれない。尤もマスターに大怪我を負わせている時点でそうなってしまっても同情の余地はない。

 

「はぁ……はぁ……ふぅ……」

 

 一分くらい時間をかけて記憶消去の魔術を完了させた。最低でもこのデュエルの前後の記憶は消えているはずだが、それ以上の記憶が消えているかは定かではない。それを確認する術は無いのでとっとと現実世界に飛ばすための魔術を発動させていく。

 

「はぁぁぁっ!!」

 

 記憶消去の術とは比べ物にならない量の魔力が体から抜けていく。同じ世界での転移魔法ならばいつもの体でも一日数回は使ったところで疲れないのだが、次元転移となると消費する魔力は桁違いだ。ここに来る時は普段封じていた膨大な量の魔力が暴走し溢れ出ていたため、

 少しでも消費魔力を抑えるため魔方陣を構築していく。横たわるフランクの体の下に内側から魔力光で円が描かれ、二重、三重と魔方陣が描かれる。

 

「うっ……うぅぅっ……」

 

 魔力効率を良く魔術を使うための魔方陣だが、次元転移クラスの魔方陣の構築だけでも魔力の消費が莫迦にならない。それでもなんとか魔方陣を描ききると術式の起動に移っていく。

 

「んんっ!!」

 

 一瞬でごっそり魔力が消費され目の前の景色が霞んだ。腕の血管は浮き上がり、そこから体全体に痛みが広がっていく。しかしこれを堪えなければ注がれた膨大な魔力が暴発しかねない。体の痛みに耐えながらも気を抜かずに魔術に集中しなければならない状況が精神をガリガリと削る。注がれる魔力が増えるにつれ魔方陣の輝きが増していき、その光でついにフランクの姿も見えなくなっていった。

 

「んんぁぁぁぁあああああっ!!」

 

 最後に気合いの一声で次元転移魔法を発動させる。

 その瞬間、魔方陣の輝きは頂点に達しそれは光の柱となって目の前を白く染上げた。

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 

 次元転移魔法は無事発動出来た。これで何とかフランクを次元転移で現実世界に帰せたか。

 最早杖をついてそれに体重を預けなければ立っているのが辛い。足がガクガクと震え今にも倒れそうだ。体力だけでなく魔力も大幅に消費したせいで意識が朦朧としている。あとこれをもう一度発動すると思うと気が遠くなる。

 だがやるしか無い。泣き言を言っている場合ではないのだ。

 

「はぁっ、はぁっ、今から……んはぁっ、戻りますよ、はぁっ、マスター……」

 

 足を引きずりながら倒れているマスターの元へ一歩一歩近づいていく。距離は10メートルも無いくらいか。普段なら何とも思わない距離。しかし今はその距離が果てしなく遠い。

 右足を一歩踏み出す度に体から汗が噴き出し体のあちこち傷口を刺激する。左足は右足の前に踏み出す事が出来ず右足の所までもっていくのが精一杯だ。頭や上半身の体重を預けた杖を前につく毎に体勢を崩し前に倒れそうになる。今倒れたら恐らくもう起き上がれないだろう。

 

「はぁっ、もう少し……んはぁっ、はぁっ、もう少しだからっ、はぁっ」

 

 自分をそう言い聞かせながら足を踏み出していくが、足は重くなる一方だ。それでもわずかながら距離を縮めていった甲斐あって、もうすぐマスターに杖が届きそうな距離くらいまで差し掛かっている。マスターの背中が僅かに上下しているのが見え、それに少し安堵した。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 こうしてようやく私と一緒に次元転移するのに必要な最低限の距離まで近づく事が出来た。後はもう一度先程の要領で次元転移魔法を発動させるだけ。

 だがここで何者かがこちらに近づいている気配を察知した。心臓が一気に跳ね上がる。著しく集中力を欠いていたせいで相手の姿はもう既に確認出来る距離まで近づかれていた。

 

「こっちだ、姉さん!」

「ちょっと、引っ張らないで」

 

 こちらに向かって来たのは二人組の女性。一人は女性と言うよりもまだ女の子と言った方が適しているくらいの背丈の少女だった。少し癖のある赤いミディアムヘアを揺らしながらもう一人の手を引いて近づいてくる。

 もう一人の後に続く女性は私と同じくらいの身長をしていた。走るのには適さない金の刺繍のなされた紺のドレスを着ているので引っ張られるのが大変そうだ。被っているクロブークをもう片方の手で抑えそこから溢れる脹ら脛まである長い髪を棚引かせているその女性は……

 

「っ!」

 

 向こうも私に気が付いたようでパタリと足を止める。急に立ち止まった女性に怪訝そうな目を向ける赤髪の少女。そんな様子など目に入っていないようでこちらをじっと見つめる女性はポツリと確かめるように口を開いた。

 

「あなた……サイレント・マジシャン?」

「……ウェムコちゃん?」

 

 その瞬間、やって来たのが見知った顔で緊張の糸が途切れ、そこで意識が暗転した。



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精霊力

「ここは……?」

 

 眠りが浅くなり快適な温もりに包まれている状況に違和感を覚えたところで俺は目を覚ました。

 緩やかに像を結ぶ視界が真っ先に捉えた天井は記憶に無いものだ。木の中身をなだらかな錐状にくり貫いたような構造をしており、真ん中に火の灯っていないカンテラがぶら下がっている。ドアの隙間から辛うじて入ってくる光で確認出来たのはこの程度だ。

 だがそんな天井の構造や寝かされているベッドからうっすらと木の香りがすることからも分かるが、ここは件の闇医者の拠点ではない。あそこで俺が寝泊まった時の何もないコンクリート部屋とはあまりにも様相がかけ離れているし、なによりもあそこは薬品の臭いが染みついている。

 こうして無事に俺がベッドで寝ているのはサイレント・マジシャンがあのデュエルに勝ったからだろう。あの相手の雰囲気から察するにあのままサイレント・マジシャンが負けていたら俺も彼女も碌なことにならなかったはずだ。

 

「そうだ! サイレント・マジシャン! うっ……」

 

 勢いよく体を起こすと背中に鋭い痛みが奔る。

 体を見ると上半身に包帯がぐるぐる巻きにされていた。あまり自覚はなかったがこの怪我は思っていたよりも大きいものだったようだ。同時に下半身も重く思うように動かないことに気付く。背中に衝撃を受けたことは覚えているが下半身にまで影響していたのだろうか。

 

「ん?」

「すぅ……すぅ……」

 

 耳を澄ますと穏やかな寝息が聞こえる。

 ようやく暗さに目が慣れてきたおかげでようやく俺は布団の膨らみの存在に気付いた。

布団を捲るとちょうど俺の股の前に頭を向け、うつ伏せで見知らぬ幼女が無防備に寝ている。触れば壊れてしまう繊細な人形のように整った容姿をした白髪の美少女だが、呼吸のたびに上下に動く小さな体がこの少女の生を実感させた。しかし怪我をしているのか白いノースリーブから伸びる細い腕や頭に包帯が巻かれている姿は痛々しい。

 

「んぅ……」

 

 俺の動きで目を覚ましたことに気が付いたのか、幼女は顔にかかる長い白い髪を払い、目をこすりながらゆっくりと顔を持ち上げた。そしてピタリと互い視線が合う。

 

「ま、ますたー……?」

「……」

 

 その小さな口から発せられた第一声に思考が停止した。

 

 今のは俺の聞き違いだろうか?

 知らない幼女が同じベッドにいることだけでも理解できないのに、その上その子にマスターなどと呼ばれるとは……一体何が起きているんだ?

 人違いか?

 そんなこちらの困惑を他所に幼女の寝起きのぼんやりとした目はだんだんと確信めいたものとなり、

 

「ますたーっ!!」

「うおっ!?」

「よかった! よかったですぅ!!」

 

そう言いながら幼女は俺の胸に顔をぐりぐり押し付けてきた。

突然の展開に戸惑っていると胸元が徐々に湿っていくことに気付く。最初こそ勢いよく顔を擦り付けていたが、だんだんと勢いがなくなり背中が不規則に上下し始めていた。

 

 泣いている。

 

 声を殺して泣いているのだ。

 その涙から俺を想う気持ちが伝わってくる。

 

「……サイレント・マジシャンなのか?」

「ぐすっ……はい、わたしです。ますたー、からだのちょうしはどうですか?」

「まだ万全じゃないがなんとか動けそうだ。心配かけたな。それよりお前の方こそ大丈夫なのか? なんか体が縮んでるけど」

「わたしはへいきです。すこしやすめばすぐにもとにもどりますから」

「そういうものなのか? まぁ問題ないならいいんだが」

 

 俺を見上げているサイレント・マジシャンの顔をよく見れば確かに普段デュエルで見る『サイレント・マジシャンLV4』と一致する。印象が全然違って見えるのは帽子を被ってなかったり服装の違いがあるからだろう。それと体が縮んだせいか声も幼くなっているようだ。

 

「あ、あの……」

「どうした?」

「ごめんなさい」

 

 謝罪とともに勢いよく頭を下げた。

 何に対する謝罪なのか分からず戸惑っているとサイレント・マジシャンは頭を下げたまま言葉を続ける。

「かってにとびだして、かってにでゅえるしてやっかいごとにまきこまれたうえ、ますたーにけがまでおわせてしまって……ほんとうはわたしがますたーをおまもりしなきゃいけないのに……わたし、わたしっ! ほんとうに、めいわくばかりかけて! だからっ! ごめんなしゃひっ! っ!?」

 サイレント・マジシャンの謝罪はしかし俺の落としたチョップによって遮られた。突然の一撃にサイレント・マジシャンは目を白黒させている。

 

「謝るのは俺だ」

「え?」

「サイレント・マジシャンが楽しみにしてたデッキ作り、依頼を優先して先延ばしにしちまってよ。悪かった」

「そんなっ! ちがうんです! あれはわたしがますたーのじじょうをわかっていたのに、こどもっぽいことをしてしまったわたしがいけないんです! あそこでわたしがとびださなければこんなことには……」

「それは怒ってもないし、迷惑だとも思ってねぇよ」

「でも……」

「デモもストもねぇ! 第一勝手に飛び出して何が悪い? 勝手にデュエルして何が悪い? 良いんだよ。飛び出そうが、デュエルしようが。そんなことでいちいち俺の許可なんていらねぇ。それにこの怪我は俺が勝手に負ったもんだ。サイレント・マジシャンのせいじゃねぇよ」

「…………」

 

 不味い。

 つい責めるような口調になったせいでサイレント・マジシャンの表情が暗くなってしまった。しかも姿が完全に幼女のそれであるためきまりが悪いったらない。

 

「あぁーなんだ。別に責めたい訳じゃねぇんだ。ただそうやって俺に遠慮してっていうか、一々俺の事を気にし過ぎっていうか。俺が言いたいのはもっとやりたいようにして欲しいって事だ。普段迷惑かけてるのは俺なんだからよ」

「……! めいわくなんかじゃないです!! ますたーのそばにいてちからになれることがわたしののぞみなんですから!」

「うぉっ! そ、そうか」

 

 いきなりこちらに顔を近づけてまくし立てるサイレント・マジシャンの豹変っぷりについ驚いて声が出てしまった。

 

「迷惑云々はおいといても、もっと自己主張して良いんだぞ? あんまり自分でこう言うことがやりたいとか言わないしよ」

「……じこしゅちょうをしてもいいなら、ひとついいですか?」

「おう。一つと言わずドンと来い」

「では……」

 

 サイレント・マジシャンは一旦言葉を区切ると、意を決したように俺の目を真っすぐと見つめ言葉を続けた。

 

「ますたー、もうこんなあぶないことはやめてください。こんかいはさいわいいのちにべつじょうはありませんでしたが、もしものことがあったら……」

「……自己主張の第一声がそれか。なんか俺の思ってたのとは違うな。それに自己主張しろって言っておいてあれだがそいつは約束しかねる。同じ事があったら俺は同じ事をするな」

「ますたーっ!」

「泣きそうになるのは勘弁してくれ。あんな場面に出くわしたらやめろって言われようがどうせ体が勝手に動いちまうよ」

「っ!」

「それに俺の身を案じるなら今回みたいなことにならないようデュエルの腕を磨けばいいだけだろ? まだ今回の詳しいデュエルの内容を聞いてないけど、あそこまで追いつめられるなんて相当強い相手だったのか? 少なくとも俺が見た限りではそうは見えなかったが」

「あぁ……それは……」

 

 途端に俯き歯切れが悪くなるサイレント・マジシャン。

 

「……どうしてそこで目を逸らす? 流石にそこはしっかりしてくれよ。仮にも俺に勝ったことのあるデュエリストなんだからよ」

「はい……もうしわけ……ありません……」

「まぁ、分かってくれれば良い。ただし、戻ったらデッキの作りに付き合ってもらった後、デュエルしてもらうからな」

「ほんとう……ですか? それは……たのしみ……で……す。ます……たー……」

「っ! おい、サイレント・マジシャン? サイレント・マジシャン!?」

 

 突然俺の体に倒れ込んだサイレント・マジシャンは呼びかけても反応がない。

 呼吸はしているが完全に意識を失っている。

 やはり俺が倒れた後、相当の無理をしたのだろう。本人は大丈夫と言っているが、体が小さくなるなんて普通のことじゃない。今後もこのままなのか、もしかしたらこれ以上幼なくなって消えてしまうのではないか、或いはこのまま目を覚まさないのではないか、そんな最悪の予想が脳裏を過る。

 こうして過ぎていく時間がサイレント・マジシャンの生死を分けるかもしれない。そんな中精霊の治療方法なんて心得てない俺には何も彼女に出来ることは無く、それがどうしようも無くもどかしい。

 

 ガチャ

「あら? 起きてましたか?」

 

 部屋の扉が開いたのはそんなときだった。

 扉を開けた主はこちらを確認して少し驚いた表情を見せた。

 

「俺たちを助けてくれた人ですか?! サイレント・マジシャンが意識を失って! どうしたら?!」

「落ち着いて下さい。ただ疲れて寝てるだけですよ」

「えっ?」

「すぅ……すぅ……」

 よく見ればサイレント・マジシャンは規則正しい寝息を立てていた。これと言って苦しそうな様子も見られない。

 

「けど、小さくなってるのは?」

「魔力切れですね。この子は昔から魔力を一気に使い過ぎるとこうなっちゃうんです」

「そうか……元には戻るんですよね?」

「えぇ。寝て体力を回復させて食事を取れば大丈夫です」

「はぁ、良かった……」

 

 安心すると同時に張っていた気が抜ける。

 

 扉を開けた主はブロンドの長い髪の女性。雪のように白い肌をした美女だった。身に纏った金の刺繍のなされた紺のドレスは簡素な部屋であるこの場には似付かわしくないように思える。例えるなら七人の小人の家にやって来た白雪姫のように。

 そんな観察をしながら俺はこの初対面の女性を知っていることに気付く。一度気付くとそれは直感から確信へと変わっていった。

 

「ふふっ、同じでしたよ」

「?」

「この子がここに来て意識を一瞬取り戻した時も、自分の怪我なんて気にせずあなたの心配ばかりしてました」

「あぁ、心配かけたみたいですね」

「敬語は結構ですよ。普段サイレント・マジシャンに話す口調で構いません」

「そうです、いや、そうか。そう言ってくれるなら普段の口調に戻そう。これで良いか、ノースウェムコ?」

「あら、分かっていたのですか?」

 

 名前を呼んでみるとノースウェムコは顔を綻ばせた。やはり予想通りの相手だったようだ。

 

「まぁ、その姿を見て気付いた。それより順番が前後してしまったが改めて礼を言わせてくれ。ありがとう、俺たちを助けてくれて」

「当然のことをしただけです。他ならぬ私の友人の恩人なのですから」

「恩人なんて大げさなものじゃないさ。いつもは俺が世話になってばかりだ」

「恩人というのは今回のことだけではないんですけどね……」

「……?」

 

 他にサイレント・マジシャンに出来たことなどあっただろうか?

 

 どう言うことだ?

 

 そう尋ねるよりも先にノースウェムコが口を開いた。

 

「このままこの子が寝ている所で話すのもなんですし、よろしければこの子が起きるまでお茶でも飲みながらお話しませんか?」

「そうだな。ここに来るまでのこととかを教えて欲しかった所だ。サイレント・マジシャンはここで寝かせておけば良いか?」

「はい、それが良いと思います。体は動かせますか? よろしければ手をお貸ししますが」

「いや、激しく動かなければ問題ない」

 

 ノースウェムコの差し出す手を断って一人で立ち上がる。すると背中の皮が延ばされ傷口に痛みが奔るが耐えられないものではない。

 

「こちらです」

 

 ノースウェムコの案内に従って俺は寝室を後にした。

 

 

 

————————

——————

————

 

 客間に案内され俺は簡単にここまで来た話を聞いた。

 ボロボロのサイレント・マジシャン見つけたこと。俺たちをここまで運んで傷の手当をしてくれたこと。

 俺がここに運ばれてから丸一日が過ぎているらしい。念のため狭霧に泊まってくるとメールしておいたのは正解だったようだ。

 

「そうか。ここに来たのはそういう流れだったのか」

「えぇ。八代さんの傷は応急処置はしてあります。ですが向こうの世界に戻ったらお医者様に診ていただいて下さい。本当は今すぐにでも向こうの世界に転移で送って差し上げたいのですが、次元を超える転移魔法などは実力が足りず……なので向こうの世界に戻るには彼女の魔力が回復するまで待ってもらうしか……力不足で申し訳ありません」

「そんな頭を上げてくれ。こうして手当してもらっただけでも十分助かってる!」

「そう言って頂けるとありがたいです。はい、これで穴も塞がりましたよ。どうぞ」

「あ、あぁ。ありがとう」

 

手渡されたのは俺の着ていた服だった。最初に見たときは血だらけでズタズタに引き裂かれてぼろきれの様だったアカデミアの制服も、今では血の染みも破けた穴も綺麗さっぱりなくなり新品同様になって返ってきた。買い換えたほうが間違いなく手間がかからないであろう大修繕を、ここまで来た経緯を話す片手間でやってしまうのだからやはり最上級魔術師の力は凄まじい。

 

「お茶です」

 

 着替えている合間にお茶が出された。

淹れたてのハーブティーからは良い香りが立ち上る。一口飲むとスッキリした味わいが口に広がり体中に熱が伝わっていく。

 

「美味いな」

「気に入っていただけて良かったです。このハーブ、家で作ったものなんですよ」

「自家栽培か。まるで店で出てくるような本格的な味わいだ」

「ふふふ、ありがとうございます。クッキーもどうぞ」

 

 勧められるがまま皿に盛られたクッキーに手を伸ばす。濃い茶色の円形のクッキーは予想通りのチョコ風味。さっぱりとした口当たりのハーブティーに対ししっかりと甘味が残るこのチョコクッキーの相性は抜群だった。

 

「うん、このクッキーも良い。これも手作りなのか?」

「えぇ。お口にあって良かったです。遠慮せずにどんどん召し上がってください」

「それじゃあお言葉に甘えて。ノースウェムコは料理が上手いんだな」

「いえ、私なんか簡単なものしかできませんよ。料理ならそれこそサイレント・マジシャンの方が色々上手に作れますよ」

「あぁ、そういえばサイレント・マジシャンも料理上手だったな。最近は食べてないけど」

 

 サイレント・マジシャンの料理を食べたのは狭霧に山背静音として紹介したときだったか。まだ数ヶ月と過ぎていないのにもう随分昔のことのように思える。

 

「では頼んでみたらどうですか? あの娘なら喜んで作ってくれると思いますよ」

「んー、とは言っても作ってもらう機会がないからな。食べられるのはいつになるか」

「それならいい機会がありますよ。学園に通ってらっしゃるみたいですし、お昼のお弁当なんかはどうでしょう?」

「弁当か。考えたこともなかったな。けど朝早起きして作るのは大変じゃないか?」

「そんなこと気にしないでかまいませんよ。きっとそれ以上にあの娘は嬉しいと思うんで」

「そうなのか? よくわからないがじゃあ今度頼んでみるかな」

 

 普段は食堂で食べているが、正直に言えばメニューに飽きてきていることもある。偶にで良いから作って貰えるとありがたいというのが本音だった。

 

「サイレント・マジシャンのことを結構知ってるみたいだけど、長い付き合いなのか?」

「そうですね。まぁ幼馴染といったところでしょうか」

「あいつに幼馴染がいるとは……初耳だ」

「あの娘はあまり話すほうじゃありませんからね。普段あの娘とどんな話をしてるんですか?」

「サイレント・マジシャンとの会話……? ふむ、あまり意識したことはないな。そうだな、学園の話とか?」

「……なぜ疑問形なんですか。はぁ、前途多難だなこりゃ……」

 

 それからしばらくノースウェムコとの他愛無い話が続いた。

 

 

 

————————

——————

————

 

「ふふ、なんか新鮮です。デュエルの時はあんなに凛々しい顔をなさっているのに、話してみるとまた別の表情が見られるのですね」

「そうか? これでも周りからは表情が変わらないって評判なんだけどな」

 

 こんなに話したのはいつ振りだろうか。少なくともこちらの世界に来てからは一度もないことだ。

 紅茶のポットが二度目の空を迎えている。だが話していると不思議と話題は尽きなかった。やはり共通の友人であるサイレント・マジシャンの存在が大きい。

 

「ところでその口ぶりだと俺のデュエル見たことあるのか?」

「はい、あなたのことは窓から見させてもらっていましたよ」

「……窓?」

「あら? 彼女から精霊力の話は聞いていませんでしたか?」

「精霊力……あいつのできる魔術のことは聞いてるけど、精霊力ってのは特には聞いてないな」

 

 サイレント・マジシャンから聞いているのは転移魔術、結界魔術、それと攻撃魔術の話だけ。それらは彼女の魔術師として使える魔術であって、精霊の力というものではないはずだ。

 

「そうでしたか。では少し私たち精霊の話をした方が良さそうですね」

「折角なんで色々と教えてもらえると助かる。こっちの世界に来たことだし良い機会だ。聞かせてもらえるか」

「はい。ではまず窓の説明から。今何かカードを持っていらっしゃいますか?」

「カード? あぁ、持ってるぞ」

 

 ズボンのベルト通しにつけられたデッキケースからカードを1枚抜き取る。適当にカードを選ぶと出てきたカードは『サイレント・マジシャンLV4』だった。

 

「ここですぐ出すのがあの子、か……見せつけてくれるな」

「……? それでカードがどうかしたのか?」

「ごほんっ、えぇ。八代さんは私たちモンスターの姿を認識する時、カードの何処を見ますか?」

「どこって、まぁこのイラストが書かれている所だろ」

「そうですよね。デュエリストの皆さんはカードのイラストを通して私たちの姿を見ていると思います。そしてその逆も然り、私たち精霊もこのイラストの描かれた枠からあなた達を見ることができるんです」

「?」

「まぁ、そんなことを言われてもピンときませんよね。長々と説明するより実際に見てもらったほうが早いでしょう」

 

 そういうとノースウェムコは目を閉じて右手を前に出した。それで何かが起こるということもなく俺はただその様子を黙って見ていることしかできない。

そんな沈黙が30秒ほど過ぎた時だった。「見つけました」と呟くと同時にノースウェムコの右手に光が集まる。その光は小さく集まると一辺が親指の長さくらいの正方形に形を変えた。

 

「これは?」

「そちらからでは外が見えませんのでこちらに来てもらえますか?」

「わかった」

 

 言われるままにテーブルを回りノースウェムコの横に並ぶと、その面はさっき見ていた面とは違い光を放っておらず、写真のようにこことは違う別のどこかが映し出されていた。

 

「何だ? 何かが映ってる。これは、デスクライト?」

「そうみたいですね。この景色に見覚えはありませんか?」

「いや、こんなデスクライトなんて何処にでも……ん? この天井、見覚えがあるような。気のせいか? なんか俺の部屋に似てるような……」

「はい。ここに映っているのはあなたの部屋ですよ」

「なっ?! 盗撮のカメラ映像?!」

「ちげぇよ! はっ! ごほん。これがあなたの部屋の机に置かれている私のカードから見た景色です。もっと正確に言うとカードのイラストが描かれている枠の範囲での景色ですけど」

「……なるほど。口振りからするに俺のカード以外の自分のカードからの景色も見えるのか」

「そういうことです。他の私のカードからの景色も見せたいところですが、持ち主でない人に他の窓からの景色を見せることは禁止されているのでそれはできません」

「いや、いい。つまり全世界の自身と同じカードのイラストの枠を通して、精霊はその世界を見ることができるんだな?」

「その通りです。私たちはこれを窓と呼んでいます」

「窓、ね」

 

 サイレント・マジシャンのカードを見ながら考える。

 このカードのイラストの枠から他の精霊たちがこちらを見ていると思うと少し怖い。今まではそんなこと知らなかったから着替えているときにカードを放置したりしていたが気を付けた方がいいな。それで精霊から影で露出魔扱いされるのは心にくるものがある。これからはカードすべてを小さな覗穴だと思って生活しよう。

 

「けどよ、窓って言ってもそんなに小さな枠じゃ俺のデュエルしてる時の顔なんて見えないんじゃ?」

「窓からの景色だけじゃ厳しいでしょうね。けどソリッド・ビジョン、でしたっけ? あの技術のおかげで私たちが見ることのできる景色は格段に広がりました」

「ソリッド・ビジョンのおかげ? どういうことだ?」

「ソリッド・ビジョンによってデュエル中、私たちの姿が映し出されますよね? その時に窓から力を送ると私たち精霊は一時的にソリッド・ビジョンによって映し出された体に憑依することができるようになります」

「なるほどな。だから俺のデュエル中に俺の表情まで見れたってわけか」

「はい。あのBF使いとのデュエルはここ数年で一番良かったですよ。」

「そ、そうか。今思えばそうとは知らずに何度も破壊を許してしまって申し訳なく思うが……」

「そこは御気遣い無く。基本手的に破壊されると言っても接続が切れるだけで私たちに影響はありませんし、私たちも遊園地のアトラクションを楽しむような感覚でやっていることなので」

「なんか、そう聞くと身も蓋もない話だな」

「でも事実ですよ。こちらの世界はそれぐらいしか娯楽と呼べるものがありませんから」

「そういうもんか」

 

 言われてみれば確かにこの客間を一つとっても娯楽品の類いは見当たらない。思わぬ所で精霊達の生活の一端が垣間見えた瞬間だった。

 

「ん? そういやサイレント・マジシャンはそんな窓とか関係なく向こうの世界で実体化してるけどあれはどういうことだ?」

「それは彼女の行った門契約(ゲート・ギアス)によるものですね」

「げーとぎあす?」

 

 聞きなれない単語に思わずオウム返ししてしまった。

 

「はい。門契約とは特定の窓、つまりカードをこの世界と向こうの世界を行き来するための門にするというものです」

「へぇ、そんなこともできるのか。じゃあ外の世界を見たいなら手っ取り早く門契約ってのしちまえばいいんじゃねぇか?」

「いえ、門契約というのはそんなに簡単にできるようなことではありません。条件はもちろん制約もあるので」

「……? そうなのか。その具体的な条件と制約ってのは?」

「……私の口から話すことも出来ますが、それはサイレント・マジシャン本人から聞いた方が良いと思います」

「……そうか。分かった」

 

 ノースウェムコの表情から何となくその内容を察した。

 自由に精霊世界と現実世界を行き来出来るとてつもない能力を得たのだ。彼女を縛る制約はそれ相応に大きいものなのだろう。それを本人のいない場で許可無く語ることは憚られよう。

 と、ここで俺はある考えに思い至った。

 

「……なぁ、全世界のカードが窓ってことはもしかして俺の居た世界にも」

 

 コンコン

 

 タイミング悪く木の戸をノックする音が俺の言葉を遮った。

 「ちょっと失礼します」と一言断ってノースウェムコは来客者の対応に向かった。と言っても戸が俺のすぐ後ろにある関係上そのやり取りは俺にも聞こえるわけなのだが。

 

「あら? 二人で来るなんて珍しいわね。どうしたの?」

「連れてきた人たちの怪我どうなったかなって思って。白い姉ちゃんと兄ちゃんは目を覚ましたか?」

「一緒にお見舞い」

「あぁ、それならちょうどお兄さんが起きたところよ」

「あっ! ホントだ!」

 

 俺の姿を確認するとこちらに赤髪の少女が元気よく走り寄ってきた。

 

「兄ちゃん、怪我はもう大丈夫なのか?」

「あぁ、お陰様でとりあえずは動けるようになったよ。世話になったな。ありがとう、ヒータ」

「へへっ、いいって! ってあれ? 俺の名前知ってるの?」

「そりゃあな。魔法使い族なら大抵知ってるさ」

「へぇ、兄ちゃんってすげぇんだな」

 

 ニカッと犬歯を見せて太陽のような笑顔を向けるヒータが眩しい。とっさに肩まで伸び放題伸ばしたような彼女の赤髪をガシガシ撫でまわしたくなる衝動をぐっとこらえる。

 しゃべり方は少年のようだが、これが見せブラというものなのだろうか。シャツの前のボタンを閉じていないせいで黒の見せブラや臍が大胆にはだけている。本人はそんなことをまったく気にしていないようだが、そういうものだと思っていればいいのだろうか。

 

「ほら、適当な椅子に座ってて。今お茶淹れるから」

「はーい」

「うん」

 

 ノースウェムコに促されてヒータと一緒に緑髪の少女が部屋の席に着く。丸いテーブルを囲んで俺は二人に挟まれる格好になる。

 ノースウェムコの話だと倒れた俺とサイレント・マジシャンを見つけたのはヒータとノースウェムコだったという話だったが、果たしてこの子は……?

 

「君もサイレント・マジシャンを助けてくれたのか?」

「ううん、私は何もしてない。たまたま窓からあのデュエルの様子を見てただけ」

「そうか。でもわざわざ来てくれてありがとう。あいつも喜ぶと思うよ」

 

 窓。

 ということはあのデュエルでサイレント・マジシャンはこの娘もデュエルで使っていたということか。

 じっと何かを待つようにこちらを見ていることに気付く。

 

「…………」

「ん?」

「…………」

「なんだ?」

「じー……」

「ど、どうした?」

「名前」

「名前?」

「ヒータの名前は知ってた。私は?」

「あぁ、もちろんわかるさ。ウィンだろ?」

「ん」

 

 ウィンはヒータと比べると感情が読み取りにくいが、名前を当てたら嬉しそうに少し表情を緩めた。

 垂れ目の見た目から予想出来る通りのんびりとした性格のようだ。

 

「はい、二人ともお茶が入ったわ」

「おぉ、ありがとう姉さん!」

「ありがとう」

 

 ヒータとウィンの前にもお茶が出てくると二人はそれぞれクッキーやお茶に手を伸ばし思い思いのペースで食べ始める。その合間に話しかけてきたのはヒータだった。

 

「なぁなぁ兄ちゃん。俺、兄ちゃんのデュエル見たことないんだけど、なんかすげぇ強いんだろ? 今度俺を使ってみてくれよ」

「あぁ、良いぞ」

「……ヒータだけずるい。私も」

「お、おう。心配せずとも二人を入れたデッキは考えてるさ」

「本当か! どんなの? どんなの?」

 

 身を乗り出して興味津々な様子でこちらを見つめるヒータ。その様子は大好物のおやつを目の前にした犬のようだ。激しく揺れている尻尾が幻視される。ここはその期待に応えねばなるまい。

 

「そうだな。パッと思いつくのは憑依装着時の高い攻撃力を生かしたビートダウンデッキ。『魔法族の里』を使い相手の魔法を封じた上で相手のライフを削っていく。この場合、高打点モンスターはトラップで処理することになるな。それと『憑依解放』を使うのなら“墓守”と組み合わせても良いかもしれない。“墓守”にも守備力1500のモンスターは多いから『憑依解放』で場を繋ぎやすい。霊使いを活かすとしたらそうだな。直ぐに思いつくのは『デブリ・ドラゴン』で釣り上げることができることか。そのままシンクロ召喚しても良いし、ウィンなら直ぐに憑依装着に移れる。ヒータを活かすなら『溶岩魔神ラヴァ・ゴーレム』を採用して相手のモンスターを除去しつつ憑依装着に繋げるのが望ましいかな。他には……んー……すまん、直ぐに思いついたのはありきたりなこれくらいだ」

 

 駄目だな。

 理解しているようで専用デッキを組むとなるともう少し考察が必要なことがわかる。まだまだ精進せねばなるまい。

 内心反省を終えるとそこで反応がなかなか返ってこないことに気付いた。期待に応えられなくて幻滅されてしまったかと一瞬考えたが、そんな心配は無用だったようで彼女たちの顔を見れば瞳をきらきらと輝かせていた。

 

「お、おおおぉ! 本当に色々考えてくれたんだな。デッキのことはあんまりよくわからなかったけど、俺たちのことをしっかり考えてくれてるのが伝わって嬉しかったぜ」

「咄嗟に聞いてこれだけのことがスラスラと出てくるのは常日頃から私たちのことを考えてくれている証拠。ありがとう」

「礼を言われることじゃないさ。デュエリストなら当然のことだろ」

「ふふっ。あなたがそうやって真剣に私たちのことを考えてくださる人だからこそ、私たち精霊もあなたに惹かれるんですよ。それは私個人も……」

 

 そう言いながら対面に座るノースウェムコはそっと俺の手をとり優しく両手で包む。陶磁のような肌の繊細な指先が軽く俺の手を撫でるだけで体温が上がるのが分かった。

突然のことに驚き顔を向ければ、ノースウェムコは艶っぽい笑みを浮かべてこちらの目を覗き込んでくる。青い瞳は見つめていると思わず引き込まれてしまいそうな魔力を感じた。

 

「……からかわないでくれ」

「あら、振られちゃいました。ふふっ」

 

 ノースウェムコは俺の反応を楽しむようにコロコロ笑うとパッと手を放した。

 それを少しばかり残念に思う自分がいるあたり情けないものだ。

 そんな俺の様子を見ていた右隣に腰掛けるヒータは俺の服の裾を軽く引く。そちらを向けばヒータは耳打ちするためなのか顔を近づけてきた。

 

「?」

「兄ちゃん、姉さんは表では礼儀正しくて優しいけど実はな……」

「ヒータ?」

「ひゃいっ!!」

「何を言おうとしたのかしら? 後でゆっくり聞かせてもらいましょうか?」

「ひぃぃ!!」

 

 ノースウェムコは笑っている。だがその笑顔に寒気を感じたのは間違っていなかったらしい。ヒータが本気で怯えた表情になっていた。

 

「と、冗談はさておき、前からお尋ねしたかったのですが、なぜデッキの構築の仕方を変えたのでしょう?」

「構築の仕方? いや、変えた覚えはないぞ? デッキを組んでテストプレイをする。それで必要なカード、不要なカードを考え組み直しまたテストプレイをする。それの繰り返しだ。以前と何も変わってない」

「いえ、気付いていませんか? 変わっていますよ。以前はデッキを作るとき特定のカード群しか見ていませんでしたが、今は手持ちすべてのカードを吟味されていますよね?」

「っ! ……あぁそれはそうだな」

「そうするようになったのはどうしてですか?」

「……」

 

 どうして……か。

 当たり前のようにやっていたことを聞かれると答えに詰まった。

 その質問を受け僅かに間が生まれる。その間に自分の中の言葉を整理していきながら答えていった。

 

「……気づいたんだ。こっちの世界に来てから色んな相手とデュエルをして。その中には俺がデッキに入れることなんて考えたこともないカードを使いこなしてみせる奴もいた。魔法・トラップは特にそうだが、それまでは汎用性の高い強力なカードを入れることが当然だと思ってた俺は、それを見て衝撃を受けたんだ。それが切っ掛けで偏見は一旦捨ててどんなカードもデッキに入れることを考えるようになったのが切っ掛けだと思う」

 

 そう考えるようになって使うようになったカードを思い出してみる。直近であったのは『フルエルフ』か。それから直ぐに思い浮かんだのは『ガード・ブロック』や『立ちはだかる強敵』、『ブロークン・ブロッカー』のカードだった。どれも元の世界にいた頃のデッキには入っていなかったカードである。

 

「そう言われたら確かにデッキの組み方変わってたな。前だったらアドバンテージが稼げないとか、破壊されたら使えないとか、発動するのが難しいとか、リスクばかり考えて入れてなかったカードも使うようになってる。だけどちょっと無理な構築をしたかなって思っても、それでデッキがうまく回ったりするんだから不思議だ」

「それだけ精霊が力を貸したいと思っているのでしょうね」

「と言うと?」

「窓から見える景色はすべてが良いものではありません。ずっと暗いカードケースにしまわれたままの窓、道端で捨てられて一日の雲の流れを眺めることしかできない窓、時にはショーウィンドウに並べられてたくさんのデュエリストの方に晒されて屑カードと罵られる窓もあります」

「……」

「それは使用者が少ないカードになればなるほど顕著なこと。そういったカードの精霊が数少ないデュエルを見れる窓に力を送りたくなるのは至極当然のことでしょう? ましてその主が真剣に自分のことを考えてくれてるデュエリストならなおさら」

「その話し振りだと逆に多くの人に使われているカードって言うのは精霊の力を受けにくいってことか」

「大雑把に言えばそうですね。使ってる人数が多いカードはそれだけ力を分散させてしまっているので、精霊の力を借りづらいというのが正しいでしょう」

「……」

 

 思い当たる節はある。

 『奈落の落とし穴』、『強制脱出装置』などのカードは強力なのだが、手札に加わるタイミングがこちらの世界に来てからはどうも上手くいかないことが多くなったと思う。 

 しかし精霊の話を聞いたらその理由にも納得がいった。

 これからは精霊の力を当てにする訳じゃないが、それも考慮に入れたデッキ構築を心がけていこう。その方が新たな可能性を開けそうだ。

 そんな決心を新たにしているときに、寝室の扉が開かれた。

 

「あら、お目覚め?」

「う、うぅん……おはようございます」

 

 やってきたのはサイレント・マジシャン。まだ寝ぼけているのか瞼が半開きになっている。姿も依然として小さいままだ。立ってみると分かるが今の彼女はウィンやヒータよりも小さい。

 

 ぐぅ〜

 

「おなかが……すきました……」

「あらあら。ちょっと待っててね。今適当に用意するから」

 

 顔を赤らめる余裕も無く消え入りそうな声での空腹宣言を受けノースウェムコは料理場に向かう。

 俺も腹が減ってきたところなのでタイミングとしてはちょうど良かった。

 

 

 

————————

——————

————

 

 サイレント・マジシャンが目を覚まし、丁度お腹が空いてきたと言うことで夕飯となったわけだが、

 

「あの、サイレント・マジシャン?」

「……なんですか、ますたー?」

「いや、なんですかっていうか、普通におかしくないか?」

「おかしくないです。こ、これはしかたのないことなんです」

「そ、そうか」

「……」

「……」

 

 なぜかサイレント・マジシャンは俺の膝の上に座っている。

 どうやらこのまま食事になるようだ。

 

 

 

 ことの発端はこの家の椅子の数が足りなかったことだ。

 来客が少ないノースウェムコ宅には椅子が四つしかなかった。

 解決策としてすぐに思いついたのは一人が立ったまま食事をすること。

 誰かが立ったまま食事をすることになるのなら俺が立つべきだろうと口を開く前にヒータが動いたのだ。

 

「それならこうすればいいじゃん!」

 

 そう言ったヒータは右の席から立つと、ちょこんと俺の膝の上に腰かけてきたのだ。

 予想していない動きに俺は体を動かすことができなかった。

 

「な?」

 

 そう言って少し誇らしげに無邪気な笑顔を向けてくるヒータ。その警戒心もなく平気で異性に体を預けてしまう無防備さが少し心配になる。が、彼女の楽しそうな表情を見ていたらなんだかそんな心配は無用なように感じた。この彼女の無垢な笑顔を見れば今の俺のように心が浄化されることだろう。

 座高の差の関係上、頭がちょうど俺の鼻の前あたりにあるため、ヒータの髪の匂いが近い。お日様の光をたっぷり浴びたかのような香りは嗅いでいるうちになんだか気持ちが落ち着いていく。

 

「ヒータ邪魔。その席ならヒータよりも軽い私が座るべき」

 

 そんなヒータに癒されているとウィンが抗議してきた。左の席から立ったウィンはヒータをジト目で睨む。

 

「む。それは聞き捨てならないぞ、ウィン。俺のほうがウィンよりも重いっていうのか?」

「事実。私のほうが一センチ身長も小さい」

「たかが一センチがなんだよ! 俺の方が運動してるから余計な脂肪が無くて軽いにきまってる!」

「知ってるヒータ? 脂肪よりも筋肉の方が重いって?」

「なっ?! そうだったのか……」

「わかったら退いて。ヒータは重いから八代が可哀想」

 

 言い合いの流れはウィンに傾いたようだ。

 一体どうしてこんなことになったのだ。彼女たちに専用のデッキやデッキ構築の話をした後からはますます懐かれた気がする。まぁ慕われる分には悪い気はしないのだが。

 しかしこのままでは俺の膝の上に誰かが乗ることが確定してしまう。その前に俺が立って食べると宣言せねば。

 

「いや、あの……」

「うぅ! 嫌だ!! 俺知ってるんだぞ! ウィンのお尻が大きくなってること!」

「なっ?!!」

「この前お風呂で見たぞ! ”また大きくなってる……”って自分でお尻触ってたの! お尻に脂肪がいっぱいついてるウィンの方が重いに決まってる!」

「け、けど、ヒータの筋肉で固まったお尻よりも柔らかいから乗っても痛くない。八代も私が座った方が嬉しい」

「そ、それだったら俺だって! む、胸はウィンよりも大きくて柔らかいぞ!」

「む、胸は座るのに関係ない!!」

「関係あるぞ! おりゃ!!」

「うぉっ?!」

 

 言い合いの末、ヒータは俺と向かい合うように座り直すと俺にギュッと抱き付いてきた。

 まだ成長途中の胸の膨らみが服越しに伝わってくる。

 

「ど、どうだ? 俺の方が良いだろ?」

「……」

 

 どう答えろと?!

 

 頬を赧め上目で俺を見つめるヒータに心の中で叫ぶ。

 ここで”良いな”とでも答えればロリコンと確定するし、”柔らかいな”なんて答えればそれはそれで変態だ。俺の返答次第でこの話はあらぬ方向へシフトしていく可能性もある。ここは慎重に答えねば。ある意味デュエルよりも長考を余儀無くされる案件だ。

 しかし無言で考え続けたせいで俺の反応が芳しくないものだと思ったのかヒータは涙目になっていく。くそっ、まさか時間制限があったとは。

 

「ひーたちゃんどいてください!」

 

 この空気を打破したのはサイレント・マジシャンだった。

 

 やはりずっと俺の傍にいるだけのことはある。俺の窮地を察してこの場を執り成してくれるようだ。

 

「このなかでいちばんちいさいのはわたしです! だからますたーのひざにはわたしがすわります!!」

「え?」

 

 身長はヒータやウィンよりも小さいのに有無を言わさないオーラを放ったサイレント・マジシャンを前に、ヒータは俺の膝の上からすごすごと降りていく。そして空いた俺の膝の上にしれっと座ると

 

「さぁ、ご飯にしましょう!」

 

そう言って場の指揮を執るのだった。

 そんな小さな魔法使い達の様子を見てノースウェムコは「あらあら」と楽しそうに微笑んでいた。

 

 

 

 そんなわけでサイレント・マジシャンが俺の膝の上に座って食事をするわけになったのだが……

 

 食い辛い……

 

「…………」

 

 俺の意図を汲むことに長けた彼女がそれに気付かないはずがないのだが、俺が退いてくれという雰囲気を出しても、ふんすっという感じに顔を背けて聞き入れられない。どうやらこのまま食べるしかないようだ。

 テーブルの上のキッシュを取ろうと上体を傾けるとサイレント・マジシャンに体が密着することになるのだが、それだけで顔の下の髪からふわっと香る柑橘系のシャンプーの匂いを意識させられ心臓が跳ね上がる。これではキッシュの味なんてさっぱりわからない。

 

「うぉぉぉ! うめぇぇ!!」

「ん。ノースウェムコは料理が上手」

 

 霊使いの少女たちは先ほどまでのやり取りを忘れたかのように料理に舌鼓を打っている。

 しかしこの幼児退行した姿のサイレント・マジシャンを意識していると思われたらあらぬ勘違いを受けそうだ。俺は平静を装って話を振ることにした。

 

「サイレント・マジシャンの体は何時ごろ元に戻れそうなんだ?」

「……たいりょくはかいふくしているので、しっかりたべてまりょくをかいふくさせればもとにもどれます」

「そ、そうか」

 

 依然としてサイレント・マジシャンの機嫌は良くない。まぁこのままにしておけばいずれ機嫌は直るだろうと、俺は食事が終わるまでの間この状態を甘んじて受け入れることにした。

 

 

 

「ごちそうさまー! 美味かったなぁ!」

「ごちそうさま」

「ごちそうさまでした。うぇむこちゃん、ありがとう」

「ご馳走様。何から何までありがとうな」

「お粗末様です。お気になさらずに」

 

 そう言うとノースウェムコは使い終わった皿を浮かせて皿洗いと食器を拭く作業と片付ける作業を並行して行っていく。こうして見ていると魔術の便利さが改めて分かる。

 さて、食事が終わったのでそろそろ席を立ちたい所なのだが、サイレント・マジシャンが一向に退く気配を見せない。試しに膝を少し動かして遠回しに退いてくれと言うメッセージを送ってみる。

 

「……」

「……」

 

 ふんす。

 

 あっ、ダメだ。俺の無言の抗議は棄却された。

 其処かこのサイレント・ロリ・マジシャンはもっと深く腰掛けてきた。俺の胸元に背を凭れかける格好になる。

 肉体が幼児化したことで精神もそれに引き摺られているのかもしれない。まぁこのくらいは可愛いものだ。普段からこれくらいの自己主張をしてくれた方が寧ろ良いのだが。

 それとどうでも良いことだがサイレント・ロリ・マジシャンというのは語感が良いな。絶対に本人には言えないが。

 

「それにしてもここに来た時はお姉ちゃんだと思ってたけど、こうしてみるとなんだか子どもみたいだな」

「なっ! こどもじゃないですよ!」

「へへっ! 知ってるぜ! 自分で子どもじゃないっていう人は子どもなんだって!」

「むぅ! ちがいます! わたしはもうおとなです! ひーたちゃんよりもおねえさんなんですよ!」

 

 考え事をしているといつの間にかヒータとサイレント・マジシャンの言い争いが始まっていた。その内容は見ていて微笑ましいものだった。これでは容姿も相まってますますサイレント・ロリ・マジシャンと言うあだ名が俺の中で定着してしまうな。

 

「なでなで」

「なっ?! うぃんちゃん?!」

「今は私たちよりも小さい。なんだか妹が出来たみたい」

「うぃんちゃんまで……わたしはいもうとじゃなくておねえさんなんですっ! としうえのひとのあたまをさわっちゃいけないんですよ! ますたーもなんとかいってください!」

「ん? あぁ、ごめんな。今聞いてなかったわ、サイレント・ロリ・マジシャン。あっ」

 

 ピキッ

 

 空気に罅が入る音が聞こえた。

 一瞬なにが起きたのか理解出来なかったが、直ぐに自分のしてしまったことに気が付いた。

 しまったと思っても後の祭り。一度吐いた唾は飲めぬのだ。

 流石のヒータもウィンもこの言葉には顔を引きつらせていた。

 

「ぷふっ! 八代さん、サイレント・ロリ・マジシャンって……語感良過ぎ……あははははっ!」

 

 ただ一人笑うのはノースウェムコのみ。

 しかし俺にこれを笑う余裕など無かった。

 俺の膝の上の本人の表情が見えないのがこれ程怖いとは。心なしか暗いオーラが出ているようにも見える。

 と、サイレント・マジシャンはちょんっと俺の膝の上から降りる。

 

「さ、サイレント・マジシャン?」

「……いますぐもとにもどります」

 

 俺の方に向き直ったサイレント・マジシャンはむくれ顔でそう宣言した。

 戻ると言って直ぐ戻れるものなのか疑問に思ったが、直ぐにサイレント・マジシャンの体が光り始めてそんな疑問は吹き飛んだ。

 

「んっ……くぅぅっ」

「お、おい! 大丈夫か?!」

 

 自分の体を抱きかかえるようにしながら表情を歪めるサイレント・マジシャンは見るからに辛そうだった。

 

「す、すいません……はぁ、ますたー。ちょっとだけ……」

 

 そう言うとサイレント・マジシャンは俺の体にしな垂れかかる。そして細い腕を俺の首に回し足も俺の腰回りに絡めると、小さな体の割に力強くしがみ付いてきた。その様子は高い木から落ちないように幹にしがみつく子どものようだ。

 

「んっ! ふぅ、んんっ!」

 

 俺の胸元に熱い吐息を掛けるサイレント・マジシャンの体から発せられる光の強さが増していく。それに伴い彼女の体温も上っていくのが服越しに伝わってくる。

 

「くっ」

「んぅぅ! はぁ、はぁ! くぅっ! うぅぅ!」

 

 ついにサイレント・マジシャンの眩しさに耐えきれず目を閉じた時、彼女の体の変化が始まったようだ。腰に回されたほっそりとした太股は徐々にむっちりと肉感が増し、感じる重さがだんだん増えていく。身長が伸びるのに伴い顔の位置は胸から首、顔の耳と上がってくる。

 

「あふ、ふぅぅ! はぁ、んっ! んぅぅ!」

 

 吐息とともにサイレント・マジシャンの悩ましげな声が耳に直にぶつけられ心臓の動悸が激しさを増す。これだけでも心臓がはち切れそうなのだが、さらに心拍数を跳ね上げる事態に陥っていた。最初は意識していなかったが、体が成長するにつれて二つの肉塊が徐々に大きく膨らみながら俺の腹から上にスライドしてくるのだ。

 俺の胸板に押し付けられ、ふにゅんっと形を崩す双丘からバクンッバクンッと激しい鼓動が伝わってくる。恐らく俺の心音も同じように伝わっているのだろう。

 

「申し訳、ありま……んぅ、せんっ! あふぅ、もうちょっと……はぁ、もうちょっとですからぁ! くぅっ!」

 

 まだ終わっていなかったのか……

 

 目を開けることができない状況のためサイレント・マジシャンの体が今どうなっているのかわからない。俺にできるのはこの状況を早く終わらせてくれと願うことだけだった。 

 サイレント・マジシャンの体が再び強張る。押し付けられるたわわに実った果実がさらに上にスライドしてきたことで彼女の体の成長が実感できる。と、そんな事を思っていると、

 

「っ!?」

 

顔に二つのマシュマロが押し当てられる。口と鼻を圧迫されたことにより急に息苦しさが増した。まだ顔の下半分が触れているだけだが、このまま彼女の成長が続けばどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 俺は状況を脱するべく顔を後ろへずらそうと顔を動かす。

 

「はぁ、あっ! だめです! う、動くとぉ! んふっ、くぅぅ!」

「んぐっ!」

 

 が、逆に首に回していた手を頭に回されがっちりホールドされてしまった。これにより顔の下半分が完全に肉の海に埋まる。

 そこは未知の世界だった。ムワッとした熱蒸気が鼻を包み彼女の汗の香りが強く意識に刻み込まれる。その匂いは不快感をもたらすものではなく、嗅げば嗅ぐほど鼓動を加速させ理性を溶かす媚薬のようだ。熱気も相まって意識が朦朧とし始める。

 しかしサイレント・マジシャンの連撃は止まらない。成長が続き彼女の特大に実った果実は俺の顔を完全に包み込んでしまった。結果、酸素の供給量が著しく減ることになる。酸素を求め息を大きく吸い込むと彼女から放たれる淫靡な香りが鼻腔の奥まで突き刺さり、ますます俺の血流を加速させていく。血の流れが速くなると血液の運ぶ酸素の消費スピードも増し、さらに息を大きく吸い込まなければならなくなる。そんなスパイラルに陥り、だんだんと意識が遠のいていく。

 

「んんんぅっ!!」

「んぐぅっ!!」

 

 声にならない悲鳴を上げるとサイレント・マジシャンは腰に回している脚も含め一際大きく俺の体を締め付けた。幸か不幸か背中に負荷がかかったおかげで奔る痛みが俺の失いかけた意識を繋ぎ止める事となった。

 

「あぁぁ、はぁっ! はぁっ! も、元に、戻りましたっ!」

「ぷはぁっ! はぁっ! はぁっ! そ、そうか」

 

 ホールドから解放され不足していた酸素を口から大量に肺に取り込む。瞼を隔てていても分かるくらい眩い光に晒されていたせいでまだ視界が白んでいる。俺は荒い呼吸を整えながらゆっくりと色を取り戻していく目の前の光景をぼんやりと眺めていた。

 

「はぁ、はぁ、っ!」

 

 幾分か呼吸が落ち着き俺の眼球が最初に捉えたのは、一人の女神だった。

 非の打ちどころのないという言葉はこのことを言うのだろう。

 体のパーツどれをとってもそれだけで美術品のようで、それらが一つとなった全体は完璧なバランスがとられている。まるで一つ一つのパーツが精巧に作られ、それらを完璧なバランスで組み合わせた時計の如く完成された美しさがそこにあった。

 呼吸の度シルクのように滑らかな白の長髪が俺の首筋を撫ぜる。

 そんな女神が頬を上気させ潤んだ瞳でこちらを見つめている。前に垂れていた長く白い髪を掻き分ける動作だけで心臓の鼓動が乱れた。

 俺は時が止まってしまったかのようにそんな彼女にただ見惚れていた。

 

「マスター……」

「っ!!」

 

 艶っぽい声で呼びかけられ心臓が一際大きく跳ね上がった。触れられてもいないのに俺のこの鼓動が伝わっているのでは無いかと心配になる。

 じっとりと手に汗がにじむ。さっきまでは気付かなかったが既にお互い汗で服をぐっしょり濡らしたせいで、服越しでも肌の感触がはっきりとわかる状態だった。

 整い始めていた呼吸が乱れ始める。

 ふと呼吸を意識したら彼女の薄ピンク色の形の良い唇が目に入った。浅い呼吸の度に小さく開いたり閉じたりする唇がとても扇情的に見える。

 途端にその唇に触れたいと言う欲求が頭の中を渦巻き始める。だが辛うじて残っていた理性がそれはダメだと歯止めをかけていた。それがいけない理由までは頭が回らない。ただそれをすれば何かが壊れてしまうということだけは分かった。

 と、目と目が合う。

 その瞬間、あぁダメだと心の中で思った。恐らく彼女も同じことを考えているのだろう。潤んだ瞳の中で渦巻く葛藤の決着が着いたのが見てとれた。

 そして俺たちはどちらからかは分からないが、お互いがその瞳に吸い込まれていくかのように顔の距離を近づけていき……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、サイレント・マジシャン。随分と大胆ねぇ。ふふっ」

「「っ!!」」

 

 第三者の声によって意識が現実世界に戻された。サイレント・マジシャンも慌てて俺の上から飛び退く。

 

 いったい俺は何をしようとしていたんだ……

 

 先ほどまでの流れを思い出し一気に自己嫌悪に陥る。

 

「これじゃあサイレント・エロ・マジシャンってところかしら? 昔からムッツリだったものねあなた」

「そ、そんなことありません! 適当なこと言わないで!」

「なぁ、姐さん! 何があったんだ! 俺にも見せてくれよ!」

「ノースウェムコ。もう良いでしょ? 手、どかして」

「あらあらごめんなさい。そうですね。あなた達にはまだ早い光景だったから目を塞がせてもらいましたが、もう大丈夫です」

「うわぁああ! すげぇ! 姉ちゃんでっかくなってる!」

「デュエルの時よりもおっきい……?」

 

 冷静になって改めて見ると二人の言う通りサイレント・マジシャンの体はいつもよりも成長していた。

 身長が伸びたのもそうだが、女性らしいラインが強調され出るところがしっかりと出た悩ましい体つきになっている。あの膨らみに顔を埋めていたのか……

 サイレント・マジシャンは服の裾を掴みながら視線を彷徨わせモジモジし始めた。

 

「……あんまり見ないで下さい。その……恥ずかしいです」

「っ! す、すまん」

「……」

「……」

 

 同時に顔を逸らし俺たちの間になんとも居心地の悪い空気が流れる。

 サイレント・マジシャンを意識したら先ほどの間近で見た艶っぽい彼女の表情を思い出し顔が火照った。

 そんな俺たちの雰囲気を察したのか、それを感じさせない明るさでノースウェムコが話を進めてくれた。

 

「ほら。もう魔力も回復して体が戻ったのなら早く転移した方が良いんじゃない? 大事なマスターの怪我もまだお医者様に見てもらってないんだし」

「そ、そうでした! マスター、では戻りましょう!」

「あ、あぁ。ただあと少し待ってくれ」

「……? わかりました」

 

 今席を立つことはできないのだ。

 目を閉じ努めて無心になる。

 それからヒータ、ウィン、そしてノースウェムコに見送られ転移をするまで、体を落ち着かせるのに数分の時を要した。

 

 

 

————————

——————

————

 

 一方その頃、アルカディア・ムーブメント本社デュエル場にて二人のデュエリストが対峙していた。

 

「一体どうしてこんなことに……」

 

 片方の男、プロフェッサー・フランクは一人ごちる。

 

「おい、おっさん。準備いいか?」

「くっ……誰がおっさんだ!」

 

 デュエル場で向かい合うくすんだ金髪の青年に睨みを飛ばす。しかし青年は苛立つフランクの様子に肩をすくめるだけで反省の色は見えない。

 一体どうしてこんなことに、とフランクは改めてこうなるに至った経緯を思い出すのだった。

 

 

 

 

 

 プロフェッサー・フランクは今年でデュエル屋歴10年を迎える。

 沈めば最後、なかなか浮くことのない業界のため、2年も残れば1人前とされるデュエル屋の中で10年間も生き残り続けている彼はベテランの地位を築いていた。

 最近のデュエル屋業界では3年間無敗のニケが話題になっているが、キャリアとしてはまだ浅いニケよりもベテランのデュエル屋を贔屓する依頼主も数多く存在する。

 そんなベテランの中でもプロフェッサー・フランクと言えば一目置かれている存在だった。デュエルでの勝利はもちろん、相手の心理を巧みに読む事に長けている彼はデュエルの最中に相手から情報を抜き取る仕事もできるというのが強みだからだ。

 着実に依頼主と信頼関係を築き大手のお得意様も得た彼はデュエル屋として絶頂にいたといっても過言ではない。

 

 しかしそんな時は脆くも崩れ去った。

 事の起こりは身に覚えのないアルカディア・ムーブメントの総帥であるディヴァインと結んだ契約だった。それに気づいたのはなぜか路上で目覚めた時に携帯に入ったディヴァインからの一通のメール。

 

 ”結果の報告をお願いします。”

 

 ただ一文だけ送られてきたそのメールから依頼の話であると結び付けられないほど彼は愚かではない。

 ディヴァインの記憶違いではないかとも思いながら急ぎ彼は自宅に戻ると、確かにその契約の書類があった。そこにはフランクの直筆のサインもあり、本物で間違いないものだとわかった。

 依頼の内容はターゲットの能力の確認。依頼自体あったことが記憶にないため当然添付されている写真の白髪の少女に見覚えはない。しかも悪い事に報告期限は昨日でもう過ぎていた。

 依頼に失敗したのならまだしも依頼をすっぽかしたとなればデュエル屋としての信用が完全に失墜する。そうなれば今まで積み上げてきた信頼も全て失い、デュエル屋としては二度と返り咲けないだろう。

 だが今回のことを下手に誤魔化してそれがバレれば命が狙われる事になるかもしれない。

 苦渋の選択の末フランクはここまでに至る記憶がないことを正直に話すことにし、重い足取りでアルカディア・ムーブメントに向かった。

 

「この度は本当に申し訳ありませんでした。願わくばもう一度チャンスを頂ければ必ずやこの依頼を成し遂げて見せましょう」

 

 ディヴァインの元に案内されるなりフランクは事情を説明し頭を深く下げた。ディヴァインの表情が見えないが、デュエル屋としてのキャリアの中でもこれほど心苦しいことはなかった。

 

「頭を上げてください」

「はい……」

 

 恐る恐る顔を上げるとディヴァインは薄らと笑みを浮かべていた。それは獲物をどう料理するかを考える狩人のように。

 こういう場面で笑顔を出す相手ほど碌なことを考えていない。フランクの経験則だった。

 

「今回のことは大変残念でした。よもやあなたが依頼を反故にしてしまうとは……これが業界に知れ渡ればこれからデュエル屋としてやっていくことは厳しくなるでしょう」

「……」

「それに信用を失っているあなたに同じ依頼を任せることはできません」

「……」

 

 フランクは何も答えることができない。

 そしてこの流れは予想通りのものだった。

 今後考えられるのは違約金を支払わされデュエル屋のどん底にたたき落とされるか。この失態の情報の秘匿の膨大な対価を要求されるかだ。

 どちらに転んだとしても明るい未来は無い。

 フランクはどちらの話に向かうのか、ディヴァインの続く言葉を待っていた。

 

「なので速やかに前金の払い戻し、及び違約金を支払ってお帰り下さい」

「……っ!」

 

 結果は前者。

 今まで築き上げてきたデュエル屋としての地位が音をたてて崩れていった。

 これからどうしたら良いのか、目の前が真っ暗になった気分になる。

 

「っと、言うことも出来るのですがね。デュエル屋の中でベテランの地位を築いてきたあなたを失墜させてしまうのは心苦しく思うのです。何故ならあなたの実力はこの十年間のキャリアが確かに証明しているものなのだから」

「……?」

「そこで、こういうのはいかがでしょう。最近うちのシュウがデュエルの相手がいないと不満がっていましてね。彼の相手をしていただけるのなら、この事は前金の払い戻し、及び違約金の支払いをもって無かったことにしたいと思うのですが、いかがでしょう?」

「……! それでよろしいのですか!」

 

 無かったことにする、もしそうなれば契約を反古にしたことも無かったことになり地位を失うことは無い。

 思わず声を大きくしてしまう程の破格の条件だった。

 

「えぇ。では早速それでよろしくお願いします」

 

 ディヴァインは人の良さそうな笑みを浮かべながらそう答えた。

 

 

 

 

 

 そんなやりとりを経て彼は今に至る。

 

「はぁ……」

「なんだ? 長いこと黙ってたと思ったら第一声が溜息かよ。幸せが逃げるぜ?」

「こんなことになった時点で幸運などもう枯渇しているよ」

「辛気臭ぇ顔してんな。まぁ詳しい事情はよくわからねぇが、今は俺とのデュエルに集中してくれや。あんた、仮にも裏の世界じゃ名の通ったデュエリストなんだろ? 少しは愉しませてくれるよな?」

「やれやれ、身の程を知らない小僧に世間の厳しさを教えてやるのも大人の仕事……か。あっさり勝ってしまっても恨まないでくれよ」

 

 軽いやり取りを済ませ二人はデュエルディスクを展開する。

 

「「デュエル」」

「私のターン、ドロー! 私はモンスターをセット。カードを5枚セットしターンエンド」

 

 手札を全て1ターン目に使い切るという大胆な手に出たフランクだが、初手としては最高のスタートだとほくそ笑む。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 だがシュウにターンが回ると直ぐにフランクの表情は引き締まる。

 相手のシュウはアルカディアムーブメントの総帥であるディヴァインも実力を認めるほどの腕前。それを見極めるためフランクはこの自分の布陣を前にどういった対応をするのかを試金石にする心算だ。

 

「モンスターをセット。カードを1枚セットしターンエンドだ」

 

 対するシュウの初手は無難な手だった。斬新な動きを期待していたフランクからすると少々拍子抜けする展開である。しかしそんなことはおくびにも出さずシュウの一手に対し動きを見せる。

 

「この瞬間、500ポイントのライフを支払いトラップカード『マインド・ハック』を発動! さらにトラップカード『DNA定期健診』も発動する!」

 

 

フランクLP4000→3500

 

 

「『DNA定期健診』は私の裏側表示のモンスター1体を選択して発動するカード。相手は属性を二つ宣言し、宣言した属性がこのセットモンスターの属性と一致すれば相手は2枚ドローできる。外れれば私が2枚ドローする。さぁ二つの属性を選びたまえ」

「属性当てクイズってわけか。なるほどな。それじゃあ俺は地属性と闇属性を選ぶぜ」

「ほう、即答ですか。根拠を聞いても?」

「大した理由はねぇよ。判断するための材料がまだないからな。単純に一番数が多い地属性モンスターと二番目に多い闇属性を選んだだけだ」

「……なるほど。では答え合わせとしましょうか」

 

 『DNA定期健診』によって表になったのは『L⇔Rロールシャッハー』のカード。属性は光である。

 

「あぁ、残念。外しちまったか」

「ふふっ、これで私は2枚ドローします」

 

 今回は外したが粗暴な口ぶりとは裏腹に合理的な考え方をする男だ、フランクはシュウをそう評した。どの属性のモンスターの数が多いかを瞬時に判断できるのはそれだけカードの知識があるということ。やはり油断ならない相手だとフランクは気持ちを新たにした。

 

「さらに『マインド・ハック』の効果により相手の手札、セットされたカードを確認させてもらいましょう」

 

 『マインド・ハック』の効果により公開されたシュウの手札のカードはドラゴン族モンスターである『ラヴァ・ドラゴン』、『タイラント・ドラゴン』、『デルタフライ』の3体と、魔法カードである『左腕の代償』。

 場のセットモンスターは『仮面竜』でその後ろには永続トラップ『竜魂の城』が控えている。

 

「おやおや、『仮面竜』を裏守備でセットですか。攻撃表示で仕掛けていれば私の『L⇔Rロールシャッハー』を破壊できた可能性があったでしょうに。ずいぶんと弱気なことで。私のセットカードの前に恐れをなしましたかな?」

 

 尤も攻撃を仕掛けていれば次のターンで私の勝ちになっていたわけですが、とフランクは続く言葉を飲み込んだ。そして軽い挑発を込めた言葉をかけシュウの反応を伺う。

 

「ふっ……」

 

 それに対してシュウは笑みを深くするだけだった。その余裕な態度は無性に彼をイラつかせる。ここ半月の記憶がないフランクだが、なぜかシュウと同年代の青年の影が頭にチラつくのだ。

 

「私のターン、ドロー。『L⇔Rロールシャッハー』を反転召喚」

 

 しかしその程度のことでプレイングを乱す筈も無く、フランクは直ぐに切り替えて自分のデュエルに戻った。

 このデュエルで最初に場に現れたモンスターは紫色の幻影。

 今は蝶のような形になっているが、見る人によっては別のものに見えるロールシャッハテストを由来とするモンスターだ。

 

 

L⇔Rロールシャッハー

ATK1200  DEF1200

 

 

 『L⇔Rロールシャッハー』の攻撃力は『仮面竜』の守備力を上回っている。『マインド・ハック』によって妨害が無いことが分かっているためフランクは強気にモンスターを展開していく。

 

「永続トラップ『悪魔の憑代』を発動! これにより私はレベル5以上の悪魔族モンスターを召喚するのに必要なリリースをなくすことができる。これにより私はレベル6の『超魔神イド』をリリースなしで召喚」

 

 次に場に現れたのは龍の頭を持つ四足歩行の魔獣。強大な肉体を支えるために後脚が異様に発達しており、それに付随する爪は人の腕ほどの太さだ。漆黒の体躯からは時折体中に電気が走るのが見える。

 

 

超魔神イド

ATK2200  DEF800

 

 

 セットされているモンスターが『仮面竜』と分かっている時点でフランクは自分の取るべき手を考えていた。

 『仮面竜』は戦闘で破壊されたときデッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスターを特殊召喚することのできるモンスター。ここで『L⇔Rロールシャッハー』で攻撃を仕掛ければ、シュウが『仮面竜』の効果で取る手は二種類だとフランクは読んでいた。

 一つは次の『超魔神イド』の攻撃を受けるためにもう一度『仮面竜』を呼ぶという手。もう一つは手札の最上級モンスターである『タイラント・ドラゴン』を出すために2体分のリリース要員となり且つ自己蘇生能力を持つ『ミンゲイドラゴン』を出してくるという手だ。

 前者の場合なら『L⇔Rロールシャッハー』の効果で確認したシュウのデッキトップのカードにもよるが、フランクは『超魔神イド』で続けて攻撃を仕掛ける気はなかった。デッキトップのカードが次のターンでフランクの盤面を処理できる札ではないのなら、シュウが次のターンできるのは『ラヴァ・ドラゴン』か『デルタフライ』の召喚のみ。そこからシュウはシンクロ召喚を狙うだろうが、それはフランクが既に伏せている『破壊輪』で妨害が可能。

 後者ならもう1枚のセットカードである『ストライク・ショット』を『超魔神イド』に付与することで貫通ダメージを与え、次のターンの『ミンゲイドラゴン』の自己蘇生を『破壊輪』で処理することで『タイラント・ドラゴン』の召喚を阻止すればいいとフランクは考えていた。

 その場合シュウは『ラヴァ・ドラゴン』からシンクロ召喚を狙ってくるだろうが、フランクのセットカードの事情を考えると『タイラント・ドラゴン』を出されるよりましである。

 

 『タイラント・ドラゴン』をフランクが嫌がるのはその能力に理由がある。

 まず『タイラント・ドラゴン』は自身を対象にするトラップを無効にして破壊する能力がある。そのため今フランクの仕掛けている『破壊輪』で除去することはできない。

 さらに攻撃を行った後に相手の場にモンスターが存在する場合、バトルフェイズ中もう一度だけ攻撃ができるという能力もこの状況では効いている。

 フランクの発動している『悪魔の憑代』には通常召喚したレベル5以上の悪魔族モンスター1体のみが破壊される場合、代わりに墓地へ送る事ができる身代わり効果が備わっている。しかしそれで『超魔神イド』の戦闘破壊を一度防いだとしても、『タイラント・ドラゴン』の連続攻撃を受けることになり結局『超魔神イド』を守り切れないのだ。

 フランクが手札に握っている魔法カード『地砕き』を使えば『タイラント・ドラゴン』を破壊することは可能だが、その前に『タイラント・ドラゴン』1枚でフランクの場は完全にひっくり返されてしまうのは痛手となる。

 そしてシュウは後者を狙ってくるとフランクは読んでいた。

 

「バトル! 『L⇔Rロールシャッハー』でセットされた『仮面竜』に攻撃!」

 

 『L⇔Rロールシャッハー』から発せられる紫色の魔力の風によりセットされていた『仮面竜』は表となってそのまま破壊される。

 

「『L⇔Rロールシャッハー』が戦闘でモンスターを破壊したとき、相手のデッキの一番上のカードを確認する。ピーピングマインド!」

「『仮面竜』が戦闘で破壊されたとき、デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する。俺は『ミンゲイドラゴン』を攻撃表示で特殊召喚」

「っ?」

 

 『仮面竜』によって呼び出されたのはフリスビーくらいの大きさの円盤だった。上の面にエメラルドグリーンの円とそれを十字に分けるように赤のラインが入った模様が描かれている。円盤の側面には等間隔に六つの穴が、上面には側面の六つの穴を三つずつに分ける位置に二つの穴が空いている。

 

 カタカタとそれが揺れたかと思うと上面の穴からは二枚の羽が、それらを挟むように側面の穴からは黄土色の亀のような短い四本の足が飛び出す。さらに遅れて側面の穴から同色の細長い尻尾が出てくる。

 そして最後に残った穴から首が出てくるのだが、その長さは胴体部分の五倍近い。頭には胴体部分の円盤部分同様の装飾がなされ、大きく開けられた口には将棋の駒の形にデフォルメされた牙がずらりと並ぶ。

 装飾からどこかの伝統工芸品を思わせるドラゴンだった。

 

 

ミンゲイドラゴン

ATK400  DEF200

 

 

 そして直後に『L⇔Rロールシャッハー』の効果によりシュウはデッキの一番上のカードを捲って見せる。

 

「デッキトップのカードは『竜の霊廟』ですか。ふふっ、あなたの墓場という暗示のようだ」

「くくっ、そうだといいな」

「手の内がすべて割れたというのに余裕ですね。それに守備表示でも出せる『ミンゲイドラゴン』を攻撃表示とは……ずいぶんと舐められたものだ」

 

 『ミンゲイドラゴン』が出てくるまではフランクの予想通りだったが、それを攻撃表示で出してくるのは想定外のことだった。攻撃力はお世辞にも高いと言えないモンスターを攻撃表示で出されたことを手抜きと受け取りフランクは苛立ちを露わにする。

 

「おいおい、勘違いしないでくれよ? 別にこれは舐めプなんかじゃねぇ。これでも俺はあんたのこと買ってるんだ」

「……?」

「俺のセットモンスターが『仮面竜』だと分かってもあんたは攻撃を仕掛けてきた。その場合、相手の狙いとして考えられるのは三つ。一つは俺の表側のモンスターを破壊できるカードを仕掛けてある可能性。二つ目は貫通ダメージを与えるカードを仕掛けている可能性。最後は俺のデッキの『仮面竜』を全て破壊することを狙うかだが……あんたに限っては最後の可能性はない」

「ほう、そう言い切れる根拠は?」

「目だよ。あんたの目からはギラギラとした気迫が伝わってくる。今この一瞬も俺のライフを刈り取るってな。そんな相手が俺のデッキの『仮面竜』を全部破壊するまで待つなんてまどろっこしい真似はしねぇだろ」

「……」

 

 気迫で自分の手の内が読まれるとは、相手の洞察力を褒めるべきが自分の失態を嘆くべきか。だがそんな心情も仕事柄で鍛えたポーカーフェイスによって隠しそのまま続けて攻撃に移る。

 

「『超魔神イド』で『ミンゲイドラゴン』を攻撃!」

 

 『超魔神イド』が『ミンゲイドラゴン』目指して駆けだす。

 大型トラックに匹敵する巨体からは考えられない身軽さで飛び上がると、空中から落下の力を利用した強靭な爪を振りかぶる。

 

「さらにこの攻撃宣言時、トラップ発動! 『ストライク・ショット』! この攻撃を行うモンスターの攻撃力はエンドフェイズ時まで700ポイントアップし、さらに貫通能力を得る」

 

 『ストライク・ショット』の効果を受けると『超魔神イド』の落下速度はさらに増し、空気との摩擦で漆黒の体が赤く輝き始める。

 

 

超魔神イド

ATK2200→2900

 

 

「はっ! ほらな? やっぱり貫通系のトラップを仕掛けてたか。永続トラップ『竜魂の城』を発動! 墓地のドラゴン族モンスター1体を除外し自分の場のモンスター1体の攻撃力を700ポイントアップさせる」

 

 それに対してシュウも動く。

 『竜魂の城』の発動によりシュウの背後に突如城が聳え立つ。

 その城の周りを漂う青白い竜の魂は『ミンゲイドラゴン』に宿ると、その体を一回り大きく成長させた。

 

 

ミンゲイドラゴン

ATK400→1100

 

 

 大きくなった『ミンゲイドラゴン』は上空から降ってくる『超魔神イド』に対し正々堂々真っ向から勝負を仕掛ける。

 振り下ろされた爪と捨て身の体当たりの交錯は瞬きする間に終わった。結果は『ミンゲイドラゴン』の敗北。勢いよく跳ね上がり『超魔神イド』に向かっていった『ミンゲイドラゴン』だが、羽虫を蹴散らすが如く振り下ろされた爪により地面に叩き付けられ破壊された。

 

 

シュウLP4000→2200

 

 

「……」

 

 ここで『ストライク・ショット』を使うかはフランクの迷った末の判断だった。このタイミングでは本来の貫通能力を付与する効果は意味をなさずただの攻撃力補強にしかならない。温存するという選択肢も当然存在した。

 

 しかしそれでもフランクがここで『ストライク・ショット』を使ったのは三つの理由がある。

一つはシュウが貫通能力付与のカードを予想していたからだ。そうわかっていたらシュウは攻撃力よりも守備力が低いモンスターを守備表示で出すことはを極力避けるようにプレイするだろう。

また『ストライク・ショット』の発動条件は自分のモンスターの攻撃宣言時と非常に狭く、コンバットトリックとして利用することはできない。故に下手にシュウが守備表示でモンスターを出すことを狙っているとそれを待っている間に破壊される可能性があったという理由がもう一つ。

 そして最後の理由はシュウが言った二つ目の予想が的中したということを印象付け、一つ目の予想から意識を逸らすためだ。これで破壊系のカードが無いとシュウが油断して次のターン『タイラント・ドラゴン』ではなく、『ラヴァ・ドラゴン』や『デルタフライ』を出してくれれば儲けものだとフランクは企んでいた。

 

「『ワンダー・ワンド』を『L⇔Rロールシャッハー』に装備。これにより攻撃力が500ポイントアップする」

 

 『L⇔Rロールシャッハー』の横に緑色の宝玉が先端に埋め込まれた短いロッドが浮かぶ。そのロッドから魔力を吸収した『L⇔Rロールシャッハー』の体は一回り膨らんだ。

 

 

L⇔Rロールシャッハー

ATK1200→1700

 

 

「『ワンダー・ワンド』の装備対象モンスターを墓地に送りデッキからカードを2枚ドローする」

 

 新たにフランクが手札に加えたカードは魔法カード『ライトニング・ボルテックス』と『悪魔の憑代』。この瞬間、フランクはこのデュエルの勝利を確信し思わず笑みがこぼれるのを抑えきることができなかった。

 

「ふふっ、カードを1枚セットしターンエンドだ」

「悪い笑みが隠せてないぜ? 俺のターン、ドロー。スタンバイフェイズ、俺の場にモンスターが存在せず墓地に存在するモンスターがドラゴン族モンスターのみの時、墓地の『ミンゲイドラゴン』を特殊召喚することができる」

 

 シュウの場に再び現れる『ミンゲイドラゴン』。しかし『竜魂の城』の効果を受けていないため先の姿よりも小さい。

 

 

ミンゲイドラゴン

ATK400  DEF200

 

 

「魔法カード『竜の霊廟』を発動。デッキからドラゴン族モンスター1体を墓地に送る。俺が墓地に送るのは『ギャラクシー・サーペント』。そして墓地に送ったモンスターがドラゴン族の通常モンスターだった場合、さらにドラゴン族モンスター1体を墓地に送ることができる。今俺が墓地に送った『ギャラクシー・サーペント』は通常モンスター。よって俺はさらに『霊廟の守護者』を墓地に送る」

 

 墓地に送ったモンスターはどちらも盤面に直接影響を及ぼすことのないモンスターだとフランクは内心嘲笑う。

 シュウのこのターン出せるモンスターは『デルタフライ』、『ラヴァ・ドラゴン』、『タイラント・ドラゴン』の3体。

下級モンスターである『デルタフライ』か『ラヴァ・ドラゴン』を出したなら『破壊輪』で除去する。場のドラゴンが破壊されたことで『霊廟の守護者』が自己蘇生するだろうが、次のターン『ライトニング・ボルテックス』で『ミンゲイドラゴン』諸共破壊し、『超魔神イド』でダイレクトアタックすれば決着がつく。

 『タイラント・ドラゴン』を出したとしても『悪魔の憑代』2枚で『超魔神イド』を守り切れる。そうすれば次のターン『地砕き』で除去でき、その後復活する『霊廟の守護者』を『ライトニング・ボルテックス』で破壊すれば壁モンスターは消える。そうなればどの道『超魔神イド』のダイレクトアタックで勝てる、とフランクは確信していた。

 願わくばダメージを受けずにこのデュエルを制したいがために前者の展開を期待しているフランクだが、その望みは薄いと思っていた。

 

「『ラヴァ・ドラゴン』を守備表示で召喚」

 

 ところがフランクの予想は外れた。

 『ミンゲイドラゴン』の横の地面がぼこりと膨らむと、そこからマグマが吹き上がる。地面を焼きながら広がるオレンジ色の溶岩の中心から姿を見せたのは八本の足を持つドラゴン。高温のマグマの明かりに照らされた体表は薄紫色。頭から尻尾の先までマグマと同じ輝きを放つ背鰭が伸びている。

 

 

ラヴァ・ドラゴン

ATK1600  DEF1200

 

 

 これは僥倖だともはや下卑た笑みを隠すこともせずにフランクは仕掛けたトラップを発動させる。

 

「ふふっ、それは悪手ですよ! トラップ発動! 『破壊輪』! このカードは相手ターンに、相手LPの数値以下の攻撃力を持つ相手フィールドの表側表示モンスター1体を対象として発動できる。その表側表示モンスターを破壊し、自分はそのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受ける。そしてその後、自分が受けたダメージと同じ数値分のダメージを相手に与える」

 

 仕掛けてあったトラップから放たれた金属の首輪が『ラヴァ・ドラゴン』に装着される。首輪には八つの手榴弾がついており『ラヴァ・ドラゴン』がいくらもがこうとも外れることはない。そして腕が手榴弾に触れた瞬間、八つの手榴弾が一斉に起動し『ラヴァ・ドラゴン』の体を跡形もなく消し飛ばした。

 爆風がフランクを、シュウを襲う。

 

 

フランクLP3500→1900

 

 

シュウLP2200→600

 

 

「なんだ、除去カードも伏せてたか。自分の場の『霊廟の守護者』以外のフィールドの表側表示のドラゴン族モンスターが効果で墓地へ送られた場合、または戦闘で破壊され墓地へ送られた場合に墓地の『霊廟の守護者』は特殊召喚することができる。甦れ、『霊廟の守護者』!」

 

 爆発の煙が収まると『ラヴァ・ドラゴン』が爆散した場所には老人が鎮座していた。白髭が胸下まで放射状に広がっているのがまず目に付くがそれはまだ人の範疇で収まることだ。だが胴や手足を覆う赤みがかった鱗や禿げ上がった頭から生えた二本の角、背中から生えた短い羽根が人外であることを物語っている。

 

 

霊廟の守護者

ATK0  DEF2100

 

 

「残念でしたね。素直に『タイラント・ドラゴン』を出しておけば『破壊輪』を受けることもなかったでしょうに」

「ははっ、確かに『破壊輪』を受けることはなかっただろうな。けどこれでいい」

 

 負け惜しみを……そうフランクは心の中で呟く。 

 これでシュウはこのターンの召喚権を失った。そのため手札に残ったモンスターの『タイラント・ドラゴン』、『デルタフライ』はこのターン死に札となった。このターンできることは『左腕の代償』を発動することだが、そのコストとして残りの手札2枚は除外される。その後デッキから魔法カードを手札に加えられるといっても1枚だけの魔法ではできることは限られる。

 強力な魔法カードの代表格である『ブラックホール』を使おうとも『超魔神イド』はカード効果で破壊され墓地に送られた次のターンのスタンバイフェイズ時に自己蘇生するため無意味。『死者蘇生』を今手札に加えようとも墓地に『超魔神イド』を上回るモンスターは存在しない。今加えられて厄介なカードは攻撃を阻害する『月の書』くらいなものだと、フランクは安心しきっていた。

 

「魔法カード『左腕の代償』を発動! このカード以外の自分の手札が2枚以上の場合、その手札を全て除外して発動できる。デッキから魔法カード1枚を手札に加える。俺がデッキから手札に加えるのは『ドラゴニック・タクティクス』」

「『ドラゴニック・タクティクス』……?」

 

 予想していなかったカードにフランクは眉をひそめる。

 

「『ドラゴニック・タクティクス』は自分の場のドラゴン族モンスター2体をリリースして発動するカード。俺は『ミンゲイドラゴン』と『霊廟の守護者』の2体をリリースし『ドラゴニック・タクティクス』を発動! デッキからレベル8のドラゴン族モンスター1体を特殊召喚する」

「な、なんだ?」

 

 『ミンゲイドラゴン』と『霊廟の守護者』が光となり天に昇っていく。二つの竜の魂は空中で交わると爆発的な光を発した。

 自分の予想のレールから外れたデュエルの展開にフランクはたじろぐ。

 

「現れろ! 『タイラント・ドラゴン』!」

 

 光の中から現れた『タイラント・ドラゴン』は『ミンゲイドラゴン』や『霊廟の守護者』とは比べ物にならないほど巨大だった。

高さは5メートルを超え、最頂点に位置する頭部からは二本の長く尖った白い角が生えており、開かれた口には獲物を食いちぎるための鋭利な歯が何本も並ぶ。頭上から見下ろすエメラルドアイに睨まれただけで熟練の兵士といえども恐怖に身を竦ませることだろう。しかしそんな危険を感じさせるからか、眉間に埋め込まれたエメラルドの宝玉からは見ているだけで惹きつけられるような魔性の魔力を感じる。

その巨体を支える二本の脚には発達した筋肉が見て取れ、その指先にある三本の太く短い爪は地面に深々と食い込んでいる。

 だらりとぶら下がった腕は地面に着きそうなほど長く、しなやかに筋肉がついており、その腕を軽く振るっただけでも殺傷能力の高い攻撃が放てそうだ。そしてそれは姿勢のバランスをとっていると考えられる尻尾にも言えることだ。何の気なしに振った尾の一撃は人間など紙切れのように吹き飛ばすだろう。

 この巨体を浮かせる翼もまた大きく、その羽ばたきだけで林が丸坊主になったという話も見てうなずける。

 

 

タイラント・ドラゴン

ATK2900  DEF2500

 

 

「なるほど。そんな方法で『タイラント・ドラゴン』を呼んでくるとは、少々驚きましたよ」

 

 場に出た『タイラント・ドラゴン』を前にフランクは余裕を取り戻す。

 これでシュウは手札を全て使い果たした。このタイミングで『タイラント・ドラゴン』が出たのはフランクの想定の範囲外だったが、いずれにせよ攻撃を凌ぎ切る手段もこれを処理する手札もフランクは持っている。

 そんなフランクの思惑を知ってか知らずかシュウの表情にも好戦的な笑みが浮かんでいた。

 

「一応言っておくが、この攻撃だけで意識がぶっ飛んじまうみたいなつまらん幕切れは勘弁してくれよ?」

「くっ、それに関しては君次第だろう。だがデュエルに勝つのは私だ」

「へぇ、良い意気込みだな。じゃあいくぜ! 『タイラント・ドラゴン』で『超魔神イド』を攻撃!」

 

 『タイラント・ドラゴン』が上体を大きく反らす。すると口周りから白い光が発せられる。その正体は口腔に蓄えられた超高温の炎。そして光で『タイラント・ドラゴン』の口元が見えなくなった瞬間、『タイラント・ドラゴン』は勢いよく前足を着いてその炎を吐き出した。

 白に近づいた炎は『超魔神イド』の体を軽く包み込むと、背後にいるフランクにも襲い掛かる。

 

「ぐぅぅぅぅ!!」

 

 シュウはサイコデュエリスト。

 デュエルモンスターズのカードをデュエル中に実体化させる能力者であるが故にこの『タイラント・ドラゴン』の攻撃はフランクの肉体に大きなダメージを与えていた。

 

 

フランクLP1900→1200

 

 

 『タイラント・ドラゴン』のブレスに身を焼かれながらもフランクは予め決めていたトラップの効果を起動させる。

 

「ぐっ、『悪魔の憑代』の効果を発動! 通常召喚したレベル5以上の悪魔族モンスター1体のみが破壊される場合、代わりにこのカードを墓地へ送る事ができる!」

 

 これにより炎が収まった時、『超魔神イド』の姿は健在であった。

 その様子を見てシュウは訝しむ。

 

「あ? 『タイラント・ドラゴン』の効果を知らねぇのか? 『タイラント・ドラゴン』は相手フィールド上にモンスターが存在する場合、バトルフェイズ中にもう1度だけ攻撃する事ができるんだが」

「うぅ……無論承知の上だ」

「はっ、おもしれぇ! まだ手はあるってか? 『タイラント・ドラゴン』で『超魔神イド』を攻撃! 連撃のタイラント・ブレス!!」

 

 再び『超魔神イド』を襲うブレスはフランクにも牙を剥く。だがその直前にフランクは仕掛けていたトラップを起動させた。

 

「トラップ発動! 『悪魔の憑代』! ぐぅぅぅぉぉぉぉおお!!」

 

 再び『超魔神イド』を襲った灼熱の炎がフランクの身を焦がす。ブレスによって加熱された空気を吸い込めば肺は焼ける。故にこのブレスが収まるまではまともに呼吸をすることすら許されない。

 この時間が一体どれほど続くのか、この攻撃の中フランクの感じた一秒は一分よりも長く感じられた。

 

 

フランクLP1200→500

 

 

「はぁっ! はぁっ! 『超魔神イド』が破壊される代わりに発動した『悪魔の憑代』を墓地へ送る!!」

 

 業火の地獄を耐え抜き、息も絶え絶えの状態でこそあったが、フランクが倒れることは無かった。だが高温の炎に包まれたことで身に纏った衣服は焦げてボロボロになっていた。体も限界が近いように見えるが、それでもフランクの瞳の闘志は消えることはなかった。それは己の勝利を確信しているからか。

 そんなフランクの様子を見るシュウの表情には先程までの笑みは無かった。

 

「なるほどな。2枚目の『悪魔の憑代』があったからさっきも『悪魔の憑代』を使ったってわけか」

「ぐっ……はぁ、はぁ、そういうことだ。はぁ、分かったのならさっさとターンエンドしろ。はぁ、手札も攻撃するモンスターも尽きたお前にこのターンできることはあるまい」

「……? あぁそうか。まだ気付いてないのか。あんたに次のターンなんてねぇよ」

 

 そう言いきったシュウの声は一転、冷たい。

 フランクに向ける目は子どもが飽きた玩具を見つめるかのように酷く冷めていた。

 

「はぁ、つまらんハッタリは止すんだな……手札も尽きたこの状況で何ができるというんだ?」

「口で言うより実際に見てもらったほうが早ぇよな。『竜魂の城』の効果を発動。墓地のドラゴン族モンスター1体を除外し自分の場のモンスター1体の攻撃力を700ポイントアップさせる。俺は墓地の『ラヴァ・ドラゴン』を除外し、『タイラント・ドラゴン』の攻撃力をアップさせる!」

 

 シュウの効果発動の宣言により『竜魂の城』の周りを彷徨うドラゴンの魂が『タイラント・ドラゴン』の元へ誘われる。

 

「何をするかと思えば、お前は自分の持っているカードの効果も知らないのか? 『タイラント・ドラゴン』は対象をとるトラップカードの効果を無効にする。それは例えプレイヤー自身であっても変わらない」

「あぁ、その通りだ。『タイラント・ドラゴン』は自身を対象とするトラップカードの効果を無効にし破壊する。これにより『竜魂の城』は破壊される」

 

 『タイラント・ドラゴン』の眉間の宝玉が強く輝くと『竜魂の城』から送られてきた魂は弾かれ、『竜魂の城』は地鳴りと共に崩れ落ちていく。

 

「そしてフィールド上に表側表示で存在する『竜魂の城』が墓地へ送られた時、ゲームから除外されている自分のドラゴン族モンスター1体を選択して特殊召喚できる」

「……何が狙いだ? 除外されているのは『仮面竜』と『ラヴァ・ドラゴン』のみのはず。いずれにしても『超魔神イド』には及ばないぞ?」

「おいおい、俺の手札を知らなかったならまだしも『マインド・ハック』でわざわざ確認しておいて忘れてるのは頂けねぇな。」

「……?」

「俺は『左腕の代償』で残りの手札を全て除外してるじゃねぇか。さて問題だ。その手札の中には一体何が残ってたでしょうか?」

「……はっ!!」

「気づいたか? まぁ今更気づいてもおせぇがな」

 

 その言葉の直後、崩れ去った城の残骸から巨竜が舞い上がる。

 その羽ばたきだけで城の残骸は跡形もなく吹き飛ばされデュエル場には烈風が吹き荒れた。足腰に力を入れねば立つこともままならないほどの暴風にフランクはよろめく。

 そんなフランクの前に立ちはだかったのは生物の中のヒエラルキーの頂点であるドラゴン、その中でも最上位カーストに位置する暴君と恐れられた二頭目の『タイラント・ドラゴン』だった。

 

 

タイラント・ドラゴン2

ATK2900  DEF2500

 

 

「馬鹿な。この私が……」

 

 最初の挨拶とばかりに咆哮を上げる『タイラント・ドラゴン』を前にフランクは尻餅をついてしまう。勝利を確信していた余裕は完全に崩れ去り、表情は絶望に染まっていた。

 

「あばよ、『タイラント・ドラゴン』で『超魔神イド』を攻撃!」

 

 シュウの死刑宣告を受け『タイラント・ドラゴン』は口腔に灼熱の輝きを放つ炎を蓄える。その顎門は一度開けばフランクのライフを根こそぎ奪う地獄への入り口。

 そうして地獄の門が開かれた。

 フランクが最後に見た光景は目の前を覆い尽くす白い炎だった。

 

 

フランクLP500→0

 

 

 

————————

——————

————

 

「これはまた派手にやってくれたね」

 

 シュウとフランクのデュエルが終わると、それを別室で見ていたディヴァインはデュエル場に降りてくるなりそう感想を漏らした。その視線の先には服を所々焦し大の字で伸びているフランクの姿がある。

 

「はっ、よく言うぜ。これがお望みだったんだろう?」

「ふふっ」

 

そんな小言を漏らし呆れるようなポーズをとるディヴァインをシュウは一笑に付す。シュウの挑発的な問いかけにディヴァインは明確な返事をせずに含みのある笑顔を返すだけだった。

 

「それで? 今回の相手はどうだったかな?」

「足りねぇよ。最近の中じゃまだマシな方だったが、全然足りねぇ。次はもっと強い相手と遊びたいもんだな」

「やれやれ、無茶を言う。彼はデュエル屋業界でもトップクラスの腕の持ち主だったのだがね」

「はっ! あれでトップ? だとしたらデュエル屋ってのも大したことねぇな。それこそ心躍らせてくれそうなのは前に見たニケって野郎ぐらいか。なぁ、ディヴァイン。今度はニケとデュエルさせてくれよ」

「それは無理な相談だな。いくら君の頼みとは言え、君を満足させるためだけにデュエル屋を雇う資金を動かすことは出来ない」

「ちっ。まぁ期待はしてなかったから良いが。しかし新入りの八城とのデュエルもお預けだし、こりゃ当分は楽しめなさそうだ」

「窮屈な思いをさせて済まないな。また君を楽しませられそうなデュエリストがいたらデュエルを手配する。それまでは待っていてくれ」

「はいはい。ここの玩具とのデュエルはもう飽きてるからな。早めに頼むぜ」

 

 そう言葉を残すとシュウはデュエル場を出て行く。入れ違いで担架を運んできた作業員に指示を出しながらディヴァインは今回のことを考える。

 

(さて、今回の依頼でフランクはターゲットの何処まで踏み込んだのか……プロを信頼して監視を付けなかったのが仇となったな。だが、この結果は彼女が本物だと言うこと。あとはどう詰めていくかだ)

 

「とまぁその前に……」

 

 ディヴァインはデュエル場を見渡す。

 シュウの立っていた方は特に変化はないが、フランクの背後の壁は熱で歪み大きく変形してしまっていた。サイコデュエリスト用に設計されたデュエル場であるにも関わらずこれ程の爪痕を残すとは、シュウのサイコパワーのポテンシャルの高さを物語っている。

 

「まずはここの修繕か」

 

 施設維持費もばかにならないなと、ディヴァインはため息を吐いた。

 

 

 

————————

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————

 

 飛行機から降りて空港にやって来た一人の女性の通話。

 

「もしもし、私よ。何かしら?」

 

「もう久々の飛行機で疲れちゃった」

 

「えぇ、ネオドミノ校よ。元気な子がいるって聞いてるわ」

 

「言われなくても分かってるわよ。後れを取るつもりはないわ。そんなことで電話してきたの?」

 

「忙しいんでしょ? 無理しなくて良いわよ。仕事を優先しなさい」

 

「うん。えっ? カード送った? 別にいいわよ、そんなの。あなたのカードで私のデッキに合うカードなんてあるのかしら?」

 

「はぁ。しょうがないわね。わかったわ。入れてデュエルすれば良いんでしょ? 応援ありがとう」

 

「はいはい、愛してるわ。それじゃあね。切るわよ?」

 

「うん、じゃあまた」



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集団戦

 壁紙も張られていない剥き出しのコンクリートに囲まれた部屋。部屋に点いている唯一の裸電球に照らされて見える壁にはバケツで水をぶちまけたかのような染みがいくつも見える。

 薬品の臭いが酷く鼻に残るこの部屋は叶うなら二度と来たくないと思っていたところだった。

 

「……久々に顔を見せたと思ったら、また派手にやったのね」

「あんまり時間がない。手短に頼む」

「……りょーかい」

 

 サイレント・マジシャンの転移で直ぐに闇医者の拠点まで来た俺は直ぐに手術台の上にうつ伏せで乗せられていた。

 いや、乗せられていたとだけ表現すると語弊があるか。正しくは手術台の上で四肢を革のベルトで拘束されている。まるでこれから拷問にでもかけられるかのような状態だ。上半身裸の状態で手術台に乗っているせいで直に冷え切った金属から肌を刺すような温度が伝わってくる。

 俺を見下ろす闇医者の顔は相変わらずやつれた姿をしていた。ピンクの肩まで伸ばした髪は傷んでおり枝毛が目立つし、目元の隈はくっきりと残ったままだ。穴倉生活が長いせいか申し訳程度に羽織った白衣は所々黒ずんでしまっている。身だしなみを整えれば間違いなく美人に化けるはずだが、本人にはその気がないらしい。

 

「……最後に確認ね。麻酔無し、傷の完全修復で一時間のオーダーで本当に後悔しない?」

「あぁ」

「傷が残らないようにとなると追加料金が発生するけどそれで構わない?」

「……あぁ」

 

 俺としては傷が残るのは構わない。ただこの傷を見る度にサイレント・マジシャンが責任を感じて顔を暗くする展開が容易に想像できたため、今回は金を積んででも傷を無くしてもらうことにしたのだ。

 そのサイレント・マジシャンには手術室の外で待っていてもらっている。ここに来る直前のやり取りのせいで顔を合わせづらいこともあり、この状況には正直救われている。

 

「……幸い傷の保存状態が良いから綺麗に治るはず」

「はぁ……良かった」

「じゃあそろそろ始めるよ」

「……なるべく痛くすんなよ」

「それは無理な話」

 

 そう言う闇医者が抱えているのは細身な女性の胴回りほどの太さのある巨大な注射器だ。針の太さは1センチはあるだろう。中に入った液体は何をどう間違ったのか緑色で、これが俺の体に注入されると思うと冷や汗が流れる。

 

「えい」

「ぐぅっ!!」

 

 やる気のない掛け声でそれはいきなり俺の背中に突き立てられた。

 背中のちょうど真ん中に熱せられた鉄を押し付けられたかような激痛が走る。あまりの痛みに一瞬、意識が飛びかけ視界が白んだ。だがそれは苦痛の始まりでしかない。

 

「あっ、ぎぃ! うぐぅ!」

 

 注射器内の液体が体に注入されていくとマグマでも体に撃ち込まれているのではと錯覚する程に熱が広がっていく。苦痛から逃れようと体を動かそうとしても四肢を固定する革のベルトがギチギチと軋む音を響かせるだけだった。

 

「まだ十分の一も入ってないよ? 我慢しなさい」

「わがぁぁ! っでぇぅぐぅぅ!」

 

 痛みでまともな言葉が喋れない。与えらえた布を噛み締め痛みを必死でこらえる。これが無ければ舌を噛んでしまっただろう。

 覚悟していたとはいえこの痛みは尋常ではない。一時間でこの傷を完全修復させるために色々と体に無理をさせているせいなのだろうが、じっとしていて堪え切れるものではなかった。

 体から溢れ出る脂汗が止まらず、四肢を拘束するベルトの内側が滑り始めてきた。

 

「やっと十分の一ぐらいかな。辛抱して……」

「くあがぁぁっ! あ、あぁぁ……」

 

 体中が焼けるように熱い。

 急速に音が遠のいていく。闇医者が何を言っているのか聞き取れなくなった。口から抜ける空気に声が乗せられているのかもわからない。

 全身の血液の中をハリガネムシが踊り狂いのたうち回っているかのような感覚を最後に俺の視界は暗転した。

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

「お疲れ様。無事治療は終わったよ」

「……どれくらい飛んでた?」

「ちょうど一時間くらいかな。もっと寝てるかと思ったけど」

「そうか……」

 

 背中にはまだ焼印を押されているかのような痛みが残っている。だが鏡を見ると背中の傷は綺麗さっぱり消えていた。相変わらず注射器一本で傷が塞がってしまう理論の”り”の字も分かりはしない。ただこれが精霊の使える治療魔術だと言われれば、もう経験上納得できてしまう。

 時間はもう18時過ぎ。そろそろ帰らないと不味い時間だ。

 

「……ちょっと。まだ動かないほうがいいよ。痛みもまだ引いてないだろうし」

「生憎だが時間がない。治ったなら帰らせてもらう」

 

 確かに痛みはまだ抜けていないが、堪え切れないほどの痛みではない。普段通りに過ごすことなど雑作もないことだ。そう思って脱いでいたシャツを拾って着たのがまずかった。布地が肌に触れた途端、電流が走ったかのような痛みに一瞬で表情が崩れた。

 

「ほら、言ったでしょ。無理すると痛みが悪化するよ?」

「……堪えきれないものじゃない。大丈夫だ」

「……そんな青ざめた顔で言われても全く説得力がないね」

「うっ……そもそも口下手な俺に説得力を求めるのは間違ってるな。代金はまた今度渡しに来る」

「はぁ……待って」

「……うおっ!」

 

 諦めたような溜息を吐いた闇医者に呼び止められ振り返ると、適当な調子で放られた小包が目前に迫っていた。

 

「……これは?」

「痛み止め。三日も飲めばその痛みは引くはず」

「いや、こんなもん受け取ったらせっかく麻酔無しにした分の料金が帳消しになるだろ」

「……サービス。その料金はいらないよ」

「……ありがとう」

「大したものじゃないからいい。その中の紙に書いてある治療代は今月中にお願いね」

「分かった」

 

 包みを開けるとハート型の錠剤が入ったミニボトルと100とだけ書かれた紙片が入っていた。

 溜息が出そうになるのをグッと堪える。また稼げばいいだけの話だ。

 こうして俺は無事帰路に就くことができた。一日しか滞在しなかったが、随分長く精霊世界にいたように感じられた。

 

 

 

————————

——————

————

 

 週が明けるといつものように学校に行く生活がやってきた。

 今日は実技デュエルがなかったこともあり、授業中は睡眠学習に徹することができたおかげで気が付けば帰りのHRだ。

 連絡もこれと言って自分に関係することはなく、ぼんやりと昨日のことを思い出していた。

 家に帰ると急な泊りで狭霧に説教を食らったり、アルカディア・ムーブメント用のデッキ調整を済ませなければならなかったりで昨日は大変だった。次からは家に帰れなくなりそうな時は、もっと事前に山背さんの家に泊まると連絡を入れるようにしようと反省したのが記憶に新しい。

 

「さて、最後は明日香先生とのデュエルの件で連絡だ。最初は八代に任せる予定だったが、鉄と大、山背のように今年からこのクラスに入った者もいると言う事で、急な話だが代表戦を行う事になった」

「よっしゃぁ!」

「まことか?!」

「え、私もですか?!」

「……」

 

 と、ここで教室が一際大きな盛り上がりをみせる。珍しくその情報は自分に関わる事だと耳に入ってきた。

 結局代表戦を行うことになったか。

 大と鉄、どちらも腕に自信があるようなのでこれは楽しみが増えたな。しかし担任の教師の次の一言で俺の事情は急変した。

 

「ただし総当たり戦をやろうにも、中間試験が近くてそこまで大幅な時間デュエル場を押さえられん。そう言う訳で試合形式はバトルロイヤルの一発勝負ということになった」

「「「「っ!!」」」」

 

 バトルロイヤル。

 

 それは予想しない展開だった。今までの戦いは一対一がメインだったが、集団戦となると経験が浅い。これは戦術の組み立て方が大分変ってくる上、専用のデッキの調整も必須だ。

 さらに俺だけが狙われる状況に陥った場合、それを捌ききるのは困難を極めるだろう。純粋に手数に2倍の開きがあれば如何に実力が上でも時にその差を易々と覆される。これに敗れれば当然強敵と戦う機会が失われてしまう。どうやら前哨戦だと思って楽しむ余裕など無さそうだ。

 さて、どうしたものか。

 俺の思惑など差し置いて話は決定の方向に進んでいく。

 

「代表戦は今週の土曜日の放課後。なので各人準備をしておいてくれ」

「おうよ!」

「了解した」

「え、ええぇ! ど、どうしよう……」

「……」

「八代? 聞いてたか?」

「……はい。聞いてました」

「おぉ? 聞いてたか、良かった。それにしてもいつもに増して暗いな。どうした? 流石のお前もバトルロイヤルは自信がないか?」

 

 担任の教師から心配とも挑発とも取れる言葉を投げかけられた。

 元々学校での体裁など気にしていない身の上。ここでバトルロイヤルの案を真っ向から突っぱねれば代表の座を得られる可能性はある。だがそれをすれば暗にバトルロイヤルに勝てないと認めることになる。

 それにそもそも挑まれたデュエルに背を向けるという選択はあり得ない。故に俺の答えは決まっていた。

 

「いえ。どんな状況でも相手のライフを先に奪いきる。それが俺のデュエルです。バトルロイヤルでもやることは変わりません」

「ははっ、お前らしいな」

「呵々っ! 言ってくれるじゃねぇか!」

「良いぞ、戦王。それでこそ挑み甲斐があるというものだ!」

 

 俺の遠回しな勝利宣言にギラギラと闘志を滾らせた二人の視線がこちらに向けられる。二人の気合は十分。これは本番で心踊るデュエルができると期待しよう。

 

「ふむ。皆もそれで良いか?」

「「「はーい!!」」」

「あ、あの……」

「よし、それじゃあHR終了の号令を!」

「起立っ! 礼!」

「「「さようなら!!」」」

 

 原の号令で挨拶が終わるとHRが終了になった。

 クラスメイト達は椅子を机に上げ掃除当番の者以外は教室を出始める。

 

「け、結局私も参加になってしまいました……」

 

 こちらを向いたサイレント・マジシャンの表情は暗い。そもそも声の小さいサイレント・マジシャンは何というか……不憫だった。

 まぁ帰りにお汁粉でも買って励まそう。

 そんなことを考えながら教室を出ようとした時だった。

 

「八代君。ちょっと良い?」

 

 珍しいことにサイレント・マジシャン以外で俺を呼び止める声がしたのは。

 声の方をパッと振り返ると、しかし声をかけたと思しき人はいなかった。

 

「ここよ! 下!」

 

 顔を下げるとそこにいたのは原だった。

 まともに向き合って見ると頭一つと半分くらい身長の開きがある。今まで気付かなかったが随分と小柄だったようだ。

 

「原か。なんだ?」

「はぁ、良かった。覚えててくれたのね。それに免じてさっきのチビ扱いはなかった事にしてあげる。聞きたいことがあるの。二人で話せるかしら?」

「……? 構わないが」

 

 サイレント・マジシャンに少し外すとだけ伝え、原の後に続き教室を出た。珍しい組み合わせに周りから不思議なものを見るような目を向けられる。それは俺も同じだ。

 深緑のポニーテールが揺れる背中を追う最中、原に話しかけられた理由を考えていたが特に思い当たる節はない。

「ここで良いか」と小さく呟く原に連れてこられた場所は人が居ない廊下の端だった。原はこちらに振り向くなり真っ直ぐと俺の目を見て口を開いた。

 

「単刀直入に聞くわ。八代君って山背さんと付き合ってるの?」

「っ?!! ど、どういうことだ?」

「どういうこともないわよ。そのままの意味で」

 

 そう言う原はからかい半分という様子ではない。眼差しは至って真剣なものだった。

 突然の質問に少々動揺してしまったが俺とサイレント・マジシャンこと山背静音が付き合っているか、それに対する答えは決まっていた。

 

「……そんな事実は無いな」

「そう……」

 

 俺の答えに原は期待外れだったのか俯いた。

 当然いきなりそんなことを聞かれた理由が気になった。

 

「なぜそんなことを思ったんだ?」

「なぜって、結構噂になってるのよ? 普段一緒に帰ってるし。それに一昨日だってあんなに必死に探してたから」

「あー……なるほど」

 

 一昨日の事を思い出す。確かに原とはサイレント・マジシャンを探している途中に出会っていたな。だがその後の出来事が色々と衝撃的過ぎてすっかり忘れていた。周りからの目のことを何も考えていなかったが、言われてみればそう見られても不思議ではないことだ。一緒にいるのが当たり前になっていたせいで気付かなかった。

 

「っていうか一昨日の探してたのは何だったのよ。あの後見つかったの?」

「ちょっとしたすれ違いだ。問題なく見つかった」

「ふーん。まぁ今日見てる限り山背さんも普通だったしね。良かったわ」

 

 その答えに安心したようで棘があった口調も少し穏やかになる。

 

「珍しいな」

「何が?」

「俺に話しかけてくるヤツがいるなんてな」

「それはこっちのセリフよ」

「ん?」

「私もあなたにまともに相手してもらえるとは思わなかったわ。前は話しかけるなオーラ全開だったのに。なんか変わった?」

「……さぁな」

「今更恍けてもダメよ。山背さんのおかげ?」

「な、なぜそうなる?!」

「だって山背さんだけじゃない? 八代君が話してて距離が近いの。正直付き合ってるって思ってたわ。でも付き合ってないんだとしたらどういう関係?」

「どういうって……そりゃぁ……」

 

 そこで言葉が詰まった。

 俺と彼女はどういう関係なんだ?

 

 当たり前のように一緒に生活してもう数年の時が過ぎている。

 だが恋人ではないし友人かと聞かれればそれも違う気がする。俺と彼女の関係を表す言葉をしばらく頭の中に浮かべてみたが、どれもしっくりこない。

 

「何? ありきたりな言葉でいうと友達以上恋人未満ってやつ?」

「……なんか違うな」

「そう? ふふっ、あなた達なんだか不思議な関係ね。まぁ良いわ。山背さんも待ってるだろうし、私の用はこれでおしまい。じゃあね」

「お、おう」

 

 それだけ言い残すと原は立ち去ってしまった。自分の言いたい事だけ言ったらそれで終わりとばかりに綺麗さっぱりといなくなる、まるで台風みたいなヤツだ。廊下の生徒に紛れ消えていく背中を見てそんな感想が浮かんだ。

 

「あいつとの関係か……」

 

 それからしばらくサイレント・マジシャンとの関係を考え立ち尽くしていた。

 

 

 

————————

——————

————

 

「……」

「……」

 

 気まずい……

 帰宅後、サイレント・マジシャンと二人きりの自室にはなんとも口を開き辛い空気が漂っていた。

 理由は簡単。昨日の今日で二人きりになると昨日のことをどうしても意識させられるからだ。それに俺の場合あの嵐のように去っていった原のこともあり、余計に意識をしてしまっている。

 サイレント・マジシャンの頬がほんのりと朱に染まって見えるのも、そして俺もまた赤くなっているのも決して気のせいではなく事実だろう。

 互いに話す切っ掛けを伺い視線が合う度に互いに顔を逸らす。そんなやり取りが5分は続いただろうか。

 こんな時に視線を遊ばせるものがあれば気を紛らわす事もできるのだろうが、生憎とこの部屋にはオシャレな小物なんて気の効いたものは存在しない。相変わらずすっからかんの本棚とデスクの上のちょこんと乗っているノートPC、椅子代わりに二人で腰掛けているベッド、カードが入ったジュラルミンケース、それだけだ。

 ちなみに以前購入した狭霧の載っている雑誌は引き出しに保管してある。流石に同居人の載った雑誌を本棚に堂々と置ける程、図太くはない。

 

「……」

「……」

 

 さて、そろそろこの沈黙をなんとかしよう。でないと気が保たない。現在進行形で心臓の鼓動の調子がおかしくなっている。

 しかし、いざ何かを言おうにも話題が咄嗟に思いつかない。

 

 何か、何か話題は無いか……

 

 けれどもそう考えれば考える程に思考は纏まらず何も思い浮かばない。焦りが心拍数を加速させ、思考を掻き乱す。この悪循環から脱却すべく、いや、早鐘を打つ心臓の不快感から逃れるために、何も思いつかぬままに口を開いた。

 

「あのさっ!」

「あ、あのっ!」

 

「「っ!?」」

 

 奇しくも同じタイミングで俺たちを声をかけていた。

 

「お、おう。さ、先に言えよ」

「い、いえ! ま、マスターからどうそ」

「……」

「……」

 

 そう互いに譲り合って再び長い沈黙に入ろうとしていた。

 だが、これは不味い。折角、会話のきっかけが生まれたというのにこのままではまたさっきと同じ状況に戻ってしまう。ここは無理にでも会話をつなげなければ。

 

「きょ……」

「……きょ?」

「きょ、今日は随分と、ひ、冷えるな?」

「……」

 

 途中、声が裏返ったせいで顔が急速に熱を帯びる。

 そして俺は一体何を言っているんだ?

 自分のコミュニケーション能力の低さを再認識した瞬間だった。

 しかしサイレント・マジシャンは俺の失態などなかったかのように、すかさず言葉を返してくれた。

 

「そ、そうですね! 天気予報によると当分は冷えるみたいですよ」

「あ、あぁ! そういや朝のニュースでやってたな!」

「はい!」

「……」

「……」

 

 が、サイレント・マジシャンのフォローも虚しくここでゲームオーバー。会話が途切れてしまった。

 けれどもまだチャンスはある。サイレント・マジシャンが切り出そうとした話題がまだ残っているのだから。このコンテニューに賭けるしかない!

 

「そ、それで? さっき何か言いかけてなかったか?」

「あ、あぁ! そうでした! え、えっと、きょ、きょ」

「きょ?」

「きょ、今日はずっと曇ってましたね!」

「……」

 

 今日は曇って、っていかん。考えていたら会話が途切れる。

 条件反射で言葉を返さねば。

 

「そ、そうだな! 明日もずっと曇りらしい。これも天気予報でやってた」

「あ、そうでしたね! 一緒にニュースで見ましたね!」

「そうそう!」

「……」

「……」

 

 まさかの連続ゲームオーバー。再び会話が途切れてしまった。

 でも今度は何も考える必要がなかった。

 

「「ぷっ」」

「くくくっ」

「ふふふっ」

 

 互いの顔を見て吹き出し笑い合う。

 どうやら俺もサイレント・マジシャンも同じような思考を辿っていたようだ。

 ひとしきり笑い合うとさっきまでの気苦労が嘘のように自然と言葉が続いた。

 

「あぁー、まさかお互い話題を何にも考えてなかったとはな」

「しかも咄嗟に出たのが二人とも天気のことだなんて、ふふっ。考えることは一緒みたいですね」

「どうやらそうみたいだな」

 

 一緒にいる時間が長いと思考回路も似通うらしい。そしてお互いのことが言葉にせずともなんとなく分かる。それは少し照れ臭いのと同時に居心地の良さを感じる。

 この関係を表す言葉はまだ思いつかないが、別に今はそれでいい気がする。

 なんだか意識し過ぎていたのがバカらしくなる程、自然に緊張がほぐれていった。

 

「さて、じゃあデッキ組むか。今回のバトルロイアルに向けて」

「あの、マスター。そのことなんですが」

「ん?」

「私はこのバトルロイヤル、マスターに勝利を捧げたいです。だから」

「待った」

 

 サイレント・マジシャンが言わんとすることは皆まで言わなくても分かる。だからこそ最初に言わねばならないことがある。

 

「確かにこのバトルロイヤルで俺は勝ち抜きたい。だがだからと言ってデッキをそれ用に二人合わせて作るのはフェアじゃない。それはできない」

「そう……ですよね。マスターならそう言うと思ってました」

 

 叱られた犬のように目に見えてシュンとした様子となるサイレント・マジシャン。

 

「けど、それは協力するのがダメって訳じゃない。確実にあいつらは俺を潰すまでは共闘するだろうしな」

「っ! じゃあバトルロイヤルでは全力でマスターのアシストをしますね!」

「お、おう」

 

 卓袱台越しにぐいと身を乗り出して来たサイレント・マジシャンに思わずたじろぐ。

 やはり華を咲かせたような笑顔が近づいてくると心臓が跳ね上がってしまう。

 

「じゃあちょっとデッキを組んできます!」

「おう」

 

 そう言い残して部屋から消えていくサイレント・マジシャンを部屋で見送った。

 

 デッキを示し合わせるのはなし。

 

 確かに俺はそう言ったが、そんなことをしなくてもそれと似た結果になるのは目に見えている。

 机のよく使うカード群に目をやる。そこには魔法使い族のカードが並ぶ。

 互いの普段使う種族が同じ。それもお互いにデュエルの手を知った仲だ。

 意識せずともデッキが合ってしまうのは必然のことだろう。

 

 

 

————————

——————

————

 

 

「七十九ッ………………、は、八十ッ…………」

 

 蛍光灯が照らす六畳間にきっかり十秒間隔でカウントする苦しそうな声が響く。それに追随するようにミシミシとフローリングが軋む音が繰り返される。それ以外の音が無いこの部屋では男の息遣いや水滴がポタポタと落ちる音さえもハッキリと存在を主張していた。

 水滴が繋がり水溜りを作り始めていた焦げ茶の床には片腕立て伏せをする鉄拳の姿が映り込む。裸の上半身には汗の水滴が無数に浮かび上がっていた。

 窓の表面が既に結露していることからも分かるが、籠った汗蒸気で室内の温度は外気と十度以上の開きがあるのだろう。そんな軽いサウナ状態となった部屋を気に留めることなく拳はトレーニングを続ける。

 

「まだまだ……へばらねぇぞ」

 

 拳が見上げる先には椅子に立てかけられたカードがあった。

 まるでそのカードに挑むように瞳に闘志を宿らせながら拳は腕立て伏せを続ける。

 

 コンコンッ、ガチャ

 

「兄貴ー、ご飯できたよーって暑っ! 汗臭っ! 何やってんの?!」

 

 そんな男の自己鍛錬する部屋に押し入ってきた美少女。

 少女はこの部屋のドアを開けるなり鼻をつまんで不快そうに表情を歪める。堪え切れないと言うようにもう片方の手に持った携帯で鼻元を仰ぐとそれに合わせて腰まで伸びた髪が揺れる。

 

「刀か。見りゃわかんだろ、筋トレだ」

 

 鉄刀。

 拳の妹でアカデミアの中等科に通う三年生。例にも漏れず片時も携帯を手放せない現代っ子だ。

 兄と同じ茶髪だが癖毛は遺伝しなかったようで、ストレートヘアは重力に逆らうことなくまっすぐ流れている。まだ十代半ばで幼さは残るが、釣り目で整った顔立ちは将来美人になるだろうという説得力があった。

 しかし自宅故、上下赤のジャージにノーメイクという完全にオフの格好をしているせいで色気の欠片も感じられない。いや、ジャージの上からは発展途中の体の起伏が見て取れるのが最後の色気の防壁か。

 そこそこモテると言うのが本人の談なのだが、拳はいつもオフの格好しか見ていないためそう言う妹を一笑に付している。

 

「換気ぐらいしなよ! 暑苦しくてしょうがない」

「無理だ。窓開けると寒い」

 

 そう言って話を聞かずに筋トレを続ける兄を見てため息一つ。

 が、その後は特に何も言わず携帯を弄るのに戻る。このまま兄の筋トレが終わるのを待つようだ。

 しかしその兄の筋トレはなかなか終わる気配を見せない。流行りの携帯アプリのゲームのステージを2、3クリアした辺りで流石に時間を潰すのに飽きたらしく、携帯の画面から僅かに目を外し兄の様子を確認する。

 

「……いつ終わんの?」

「まだ、かかる」

 

 言葉に棘のある妹の問いなど全く気にかけることなく拳は腕立てを続ける。

 そんな兄の様子に腹を立てたのか、刀は無言で近づくとゲシゲシ背中に蹴りを入れ始めた。しかし視線はまた携帯の画面に戻されている。今度はメールの確認のようだ。

 

「こらっ、蹴るな揺らすな。蹴るくらいなら乗れ」

「えぇー、やだよ。そんな汗ビッショな背中に乗るなんて。絶対ジャージに染みちゃうじゃん。まぁ、でもちょっと踏むだけならしてあげる」

 

 刀は片腕立て伏せをする拳の背中に白のソックスに包まれた片足を乗せるとグリグリと踏みつける。ソックス越しに拳の体温と汗が染みこむのを感じ少し眉を顰めたが、視線は相変わらず携帯の画面に向いたままだ。

 そんな状態でも拳は先程までと変わらないペースで腕立て伏せを続ける。

 

「だから踏みながら揺らすなって。それに体重かけてるのかそれで? あんま変わんないぞ?」

「注文多いなぁ。じゃあ、これでどう? ふんっ!」

 

 携帯から視線を外し拳の背に乗せていた足に体重をかける。しかし足の裏に返ってきたのは岩を押しているかのような感触だった。ごつごつとした背中をいくら押そうとも拳の体は微動だにしない。多少ムキになって押しても結果は変わらなかった。

 

「……ダメだな。全然変わってない。ちょっと背中に立ってみろ」

「兄貴ってホント筋肉バカだね。わかったよ。これでいい?」

 

 刀が背中の上に乗ったのを確認すると拳は再び上下運動を開始した。ペースは変わらず五秒かけて腕が伸びきるまで体を持ち上げ、五秒かけて顎が床に着くまで上体を沈める。 

 初めはメールのやり取りに戻っていた刀だが、やがてエレベーターに乗っているかのように揺れずに上下移動を繰り返す拳に関心が向いた。

 

「おぉーおぉー! 全然揺れない。ちょっと感動したわ」

「……お前、ちゃんと飯食ってんのか?」

「えっ、なんで?」

「軽過ぎだろ。お前、別に痩せてんだから変なダイエットとかすんじゃねぇぞ?」

「……」

 

 言葉の調子こそ軽いがそこには妹を気遣う兄らしさが垣間見える。これが妹を背中に乗せたまま腕立てをする兄という構図でなければ恰好がついただろう。

 刀がどんな表情をしているのか腕立て伏せを続ける拳にはわからない。わかるのはその言葉を受け止めて確かな間が生まれていた事だけだった。

 

「うるせぇ、っよ! ふんっ! 余計なお世話だっ、つーのっ!」

「おぉ、スクワットか。それ良いな。続けろ」

 

 自分の感情を隠すためか、拳の体により負荷がかかるようにスクワットを始める。だが拳はというとそれを嫌がる気配は無く、むしろ腕立て伏せで体が沈むのに合わせてスクワットをするのがお気に召したのか、口調。

 それからさらに数十回の腕立て伏せをすると、ようやく拳はトレーニングを終え床にうつ伏せで倒れこむ。

 

「ふぅ、終わったぁ。ありがとな、刀」

「はぁ、はぁ。別にいいけど」

 

 何の気なしに返事をする刀だが、途中からスクワットを始めた自分よりもずっと前から腕立てを続けていた拳の呼吸が乱れていないことに理不尽さを覚えていた。そのせめてもの当て付けなのか刀は拳の背中の上から退く気配を見せない。

 

「……ねぇ」

「なんだ?」

「明日、大事なデュエルなの?」

「……そうだ」

「勝てるの?」

「勝つ」

「あっそ……」

 

 大事なデュエルの前日は必ず体を苛め抜く兄の習慣、それを知る妹だからこその問い。短いやり取りでの拳の受け答えに素っ気なく返事をしながら刀は察した。”勝てる?”と言う問いに肯定ではなく”勝つ”とだけ返ってきた意味を。

 

「まぁ見には行かないけど応援してあげる。一応妹だし」

「そっか」

「じゃ。服着たら降りてきてね」

 

 それだけ言うとようやく拳の背中の上からぴょんと飛び降りる刀。

 そのまま部屋を出ようとする刀の背中に拳はふと思い出したように声をかける。

 

「あぁ、刀。言い忘れてた」

「ん?」

「明日のデュエル、軍曹も出るぞ」

「……」

 

 その一言で刀はピタリと動きを止めた。そしてスタスタと無言のまま起き上がった拳のところまで戻ると……

 

「なんでそういうこと早く言わないのバカ兄貴っ!」

「痛って! どつくなよ! こっちはわざわざ教えてやったってのに!」

「うるさい! 女の子には準備ってもんがあんの! あぁもう最悪! そうなら美容院行って来ればよかった!」

 

 バタンと閉められる扉の音で刀の機嫌の悪さが伺える。部屋を飛び出した刀の背中を見送ると、拳は「教えても殴るのかよ」と一人ごちるのだった。

 

 

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 モニターの明かりのみが光源となっている薄暗い部屋の中、一人の男がその前でデュエルディスクを構える。

 

「これで我々の勝利だ」

 

 モニターに映る映像をメガネ越しに眺めながら大鑑はそう宣言した。

 直後、モニターに映し出される黄色い装甲を纏った機械仕掛けの竜が砲撃によって破壊され、相手のライフポイントが0になった。その後青色の文字で画面に大きく表示される”Winner”の文字。

 それを確認した大はふぅっと軽く息を漏らす。

 

「今日一番の相手だったな。こちらのカードの効果を知らなかったのか、時折戦術に誤ちがあったとは言え、それを覆すが如く思いっきりのいい戦術。最後の追い込みは危なかった。これでまだノーマルランクとは、末恐ろしいヤツだ」

『そうですね。この実力なら1ヶ月以内にカッパーランクまで上がってくるでしょう』

 

 無機質な女性の機械音声が予測を伝える。市販の音声ガイドシステムを大自身が弄ったためその受け答えはより柔軟なものだ。

 

「1ヶ月でカッパーか。それは少し早すぎやしないか』

『いえ。相手のここ1ヶ月での対戦履歴を見るとアクセス頻度が1日5時間以上。十分に可能かと思われます』

「1日5時間か。それは随分とやり込んでるな」

 

 デュエルディスクをネットに繋ぎ世界中のデュエリストとのデュエルを可能にしたGlobal Dueling System、通称GDSではレート制が採用されており、上位1%までをゴールド、10%までをシルバー、30%までをカッパー、60%までをブロンズ、それ以下をノーマルランクとしている。

 大はその中でもシルバーランクに位置する上位ランカー。レート戦ならば近いレートのデュエリストと対戦が組まれるので、ランクが三つも離れたノーマルランクとの対戦などまずありえない。それが実現したのはレートの変動が行われないランダムマッチでのデュエルだったためだ。

 

 ピョコン!

 

 お知らせ音が鳴ると同時にモニターに映るチャット画面に新規のメッセージが届いたアイコンが点く。

 

『ジャスティス・マシーン・ヒーローさんから新しいメッセージが一件届いています』

 

 『ジャスティス・マシーン・ヒーロー』というまるで小学生が考えたかのようなハンドルネームに、大は初めて見たときクスリと笑ってしまったことを思い出す。

 そんな相手からはてさて一体どんなメッセージが届いたのか、期待半分不安半分でメッセージを開く。

 

【対戦ありがとうございました! 色々と勉強になりました! またデュエルして下さい!】

 

「ほう」

 

 開いたメッセージ画面に映し出された文章。そこに綴られていたのは感謝の思いと向上心溢れる素直な思いだった。ハンドルネームといいこの文章といい対戦相手は本当に小学生なのかもしれないと大は思い始めていた。

 

【対戦ありがとうございました。ログインしているときはいつでも誘って下さい】

 

とは言え憶測で相手を軽んじ礼節を欠くのはマナー違反。それに好感の持てる相手だったので、フレンドコードを続けて送信した。数秒後、新規フレンド登録のアナウンスとともにメッセージが届く。

 

【フレンドコードありがとうございます! 初めてのフレンドです!! これからよろしくお願いします!】

 

「ふっ」

 

 なんとも初々しい返信だ。思わず笑みが浮かんだ。

 ただデュエルへのひたむきな情熱を感じるこの相手はいずれ強くなる、そんな予感がした。

 

「接続を切ってくれ」 

『了解しました』

 

 接続が切られたことでデュエルディスクも連動して電源が落ちる。

 

『準備はできましたか?』

「あぁ。試したいことは全て試した。今俺にできる最高のデッキを組んだつもりだ」

 

 そう言い切った大はヘッドセットを外すと部屋の明かりを消し、静かに眠りについていく。

 

 

 

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 土曜の代表戦。

 アルカディア・ムーブメントからの呼び出しがあったりとこの日を迎えるまでに随分と濃い時間を過ごしたように感じる。

 対外代表決定バトルロイヤルの会場となったのはデュエル場A。

 去年に行われた学年混合デュエルで俺と十六夜が初めて会った場所だ。ここは大きなデュエルリングが一つセンターにあり、それを囲むように客席が配置されている。客席のキャパシティは1000人。最新のデュエル設備が整えられており、卒業代表デュエルなどの学校行事や対外向けに行われるデュエルはここで行われる。天上院明日香とのデュエルもここで行われるとの事だ。

 

「広いですね」

「あぁ。まさか代表決定戦くらいでここの使用が許可されるとはな」

 

 サイレント・マジシャンと共に東側の入り口から入場した俺たちは客席をぐるりと視界に収める。まるで三流のアマチュアリーグの試合のように客席はスカスカだ。それは授業のコマを一つ使ってのデュエルのため、他のクラスは授業中でありこのデュエルを見ているのは俺たちのクラスメイトのみだからである。

 いや、ちらほらと見慣れない顔もあるようだ。中等科と思しき何人かの生徒や職員室でも見た事の無い大人もデュエル場に視線を注いでいる。中等科の日程は分からないが、恐らく土曜の6限に位置する授業はないのだろう。外部からわざわざ見に来る人がいたのは予想外だが、確か申請をすれば学内のデュエルを見学できたはずだ。プロでもない学生のデュエルをわざわざ平日に見に来るとは酔狂なものである。

 尚、観客のクラスメイトはこのデュエルをただ見ていれば良い訳ではなく、分析レポートを翌週までの課題として出されているあたり、このデュエルが授業の一貫である事を思い出させる。そのためクラスメイトのこちらを食い入るように見る視線が嫌というほど感じられるのには辟易するのだが。

 

「とうとうこの日が来たであるな!」

「サシじゃねぇのが唯一気に食わねぇところだが……今日は派手にやろうぜ!」

 

 デュエル場に上がると大と鉄の二人が熱い闘志を迸らせ俺たちを待っていた。

 自然と口角が上がるのが分かる。

 

「あぁ、望む所だ」

「っ! ふふっ」

 

 デュエルディスクが熱い。相手の闘志に当てられそれに呼応するかのようにデッキに宿るカードの魂から熱が伝わってくる。

 俺の内心を察したのかサイレント・マジシャンは隣で笑みを零していた。

 

「最後にルールを確認だ。ルールはバトルロイヤル形式。1ターン目の攻撃は禁止。優先権はターンプレイヤーからターン順に回ってくるものとする。良いな?」

「了解」

「おう!」

「はいっ!」

「あぁ」

「よし。では位置に着け」

 

 担任によるデュエルの最後の確認が済むと、それぞれはデュエル場の四方に移動する。

 鉄、大にサイレント・マジシャン、どの顔一つとっても十分な気力を感じさせる良い顔つきだ。

 そして互いの呼吸が一つになった瞬間、俺たちは同時にデュエルディスクを起動させた。

 

「「「「デュエルッ!!!!」」」」

 

 四人のデュエリストの声が重なりデュエル場に木霊する。バトルロイヤルの幕開けだ。

 

「先行は俺だ。ドロー!」

 

 一番手は大。

 順番は次にサイレント・マジシャン、三番手に鉄、そして最後に俺だとデュエルディスクに示される。

 正直このバトルロイヤルルールにおいて最後と言うのは非常に不利だ。理由は単純、先にターンを迎えたプレイヤーの妨害札が盤面に揃った状態で最初のターンを迎えなければならないからだ。

 そして大と鉄は俺を間違いなく狙ってくる。このデュエルの苦戦は必至だろう。

 だがそれを楽しみにしている自分もいる。さて、大と鉄はどのようなデュエルを見せてくれるのか。お手並み拝見といこう。

 

「手札の『始原の帝王』を墓地に送り魔法カード『汎神の帝王』を発動。このカードは手札の“帝王”と名のつく魔法かトラップカードを墓地に送ることで発動できる。そしてデッキからカードを2枚ドローする」

「っ!」

 

 “帝”デッキか?

 大のスタートのカードで瞬時にデッキテーマが思い浮かぶ。同時にこの予想が当たってるとするならば、と背筋に寒いものが走る。

 “帝”デッキの純粋なデッキパワーだけを見ればクロウの使う“BF”よりも上。一対一でも苦戦は確実だと言うのに、バトルロイヤルでさらにもう一人が追加されて攻められたら流石に不味い。

 俺の不安を他所に大は更にアドバンテージを稼ぎにくる。

 

「そしてさらに墓地の『汎神の帝王』を除外し効果を発動する。デッキから“帝王”魔法・トラップカードを3枚相手に見せ、相手はその中から1枚を選ぶ。その相手が選んだカードを自分お手札に加え、残りはデッキに戻す。私が選ぶのはこの3枚だ。さぁ山背さん。選びたまえ」

 

 そう言って大が見せた3枚のカードは全て同じカード、『進撃の帝王』だった。

 

「えぇっと、じゃあ私から見て一番右で……?」

「あい分かった。ならばこれ以外はデッキに戻そう」

 

 それに戸惑いながらも律儀に応じるあたりサイレント・マジシャンらしい。そして然も相手が選んだかのように振る舞う大の白々しい振る舞いもまた堂に入ったものだ。

 

「なぁ軍曹、それって選ぶ意味ねぇんじゃ?」

「ふっ、まぁそう言ってくれるな。これも様式美と言うヤツだ」

 

 そう鉄の尤もなツッコミも大は涼しい顔で受け流してみせる。

 だがそんなやり取りよりも俺は大が手札に加えたカードに意識を向けていた。

 どうにも『進撃の帝王』を手札に加えた事が頭に引っかかる。と言うのも“帝”デッキにおいて『進撃の帝王』を3枚積む事はまずない。『進撃の帝王』を3枚積む必要があるデッキとなると、それは別のデッキと考えた方が自然だ。しかしパッと『進撃の帝王』を使用するデッキが思いつかない。

 そう考えあぐねていると、その答えは直ぐに明らかになった。

 

「このカードは自分の場にモンスターが存在しない場合リリースなしで召喚できる! 『巨大戦艦ビック・コアMk-Ⅱ』、発艦せよ!」

 

 大の真上の空間に亀裂が奔る。

 次元の壁を突き破り場に現れたのは巨大なロケットだった。先端は赤、ベースは淡いメタリックブルーの色合いのロケットは左右に割れると、その中から幾つもの大型レーザー砲が付けられた船体が露となる。左右に分かれたロケット部分を腕に見立てるなら形状はトライデントのようだ。また船体の中央部には灰色の球体が三つ取り付けられていた。

 

 

巨大戦艦ビック・コアMk-Ⅱ

ATK2400  DEF1100

 

 

 なるほど“巨大戦艦”使いとは、『進撃の帝王』を積む理由に納得がいくと同時にまた癖の強いテーマを使うものだと感心した。戦った経験は無いが能力がピーキーなため、それらの特性は全て記憶に残っている。

 “巨大戦艦”シリーズは戦闘破壊耐性を持つ上級モンスターだが、自身に乗ったカウンターが無い状態で戦闘を行うと戦闘後破壊されてしまうのが共通効果である。

 展開力も乏しく個々の戦闘能力もパッとしなければ効果破壊耐性も無い。頼みの戦闘破壊耐性もカウンターが乗っていなければ自壊してしまう欠陥だらけのテーマだったため登場当初の評価は散々なものだった。

 しかし『進撃の帝王』の出現でデュエリストの評価は見直される事になる。アドバンス召喚したモンスターに効果破壊耐性を持たせるこのカードにより“巨大戦艦”のネックだったカウンターを失った後の自壊が無くなったのだ。さらにアドバンス召喚したモンスターは効果対象にもならなくなるため、『進撃の帝王』がある状態の“巨大戦艦”達は戦闘、効果で破壊されず、効果対象にもならないと言う圧倒的な耐性を持つ事になる。

 無論、『進撃の帝王』さえ破壊してしまえば耐性を打ち消す事は出来るが、そう都合よく『進撃の帝王』を除去するカードが来るとは限らない。事実、俺の手札に『進撃の帝王』を破壊するカードはない。

 布陣を整えられたら崩すのは苦労しそうだ。

 

「カードを2枚セットしターンエンドだ」

 

 セットカードは2枚か。妨害の可能性があるセットカード2枚は気持ち的によろしいものではない。初手伏せのオーソドックスなラインだろう。

 これから鉄がさらにカードを仕掛けてくると思うと気分が重い。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 そんな陰鬱な気分も彼女の声を聞いた途端に吹き飛んだ。どうやら彼女はこのデュエルの清涼剤のようだ。

 ふと、彼女のデュエルを新鮮に感じたのは、アカデミアの制服を着てのデュエルを見るのが初めてだからか。いや、初めて見ると言うのは語弊がある。アカデミアでの彼女のデュエルを傍目で見ることはあっても、こうして一部始終を見ることのできる機会はなかったのだ。

 大や鉄も同じようで、興味深げに彼女のターンを見入っていた。

 

「魔法カード『儀式の下準備』を発動。デッキから儀式魔法カードを1枚選び、さらにその儀式魔法カードにカード名が記された儀式モンスター1体を自分のデッキ・墓地から選び、その2枚を手札に加えます」

「ここだ。速攻魔法『相乗り』を発動。相手がドロー以外でカードを手札に加えた時、カードを1枚ドローする」

「くっ、私が手札に加えるのは『カオス-黒魔術の儀式』と『マジシャン・オブ・ブラックカオス』の2枚です!」

「『マジシャン・オブ・ブラックカオス』、だと? っと、カードを1枚ドローする」

「おぉ、マジかよ」

 

 『マジシャン・オブ・ブラックカオス』が手札に加わるのを見た大と鉄の表情には驚きが見られた。かく言う俺もサイレント・マジシャンのデッキに『マジシャン・オブ・ブラックカオス』が投入された型になっていることに少なからず驚いていた。彼女のデッキの全貌は分からないが、前に対戦したときとは違う構築になっているのは確かだろう。このターンでそれがどれだけ明らかになるか、気になる所だ。

 

「手札のレベル8モンスター1体、私は『マジシャン・オブ・ブラックカオス』を捨て、魔法カード『トレード・イン』を発動。デッキから2枚ドローします」

 

 が、このターン登場かと思われた『マジシャン・オブ・ブラックカオス』はあっさり手札コストとなって消えてしまった。手札に儀式のリリース用のモンスターがいなかったのだろうか。

 

「『魔道化リジョン』を召喚」

 

 ふらりといつの間にかサイレント・マジシャンの前に赤い尖り帽を被った赤鼻の道化が立っていた。赤い球状の腰周りから伸びる胴や脚は黄色に統一され、手首や肩、膝には緑色の球体が付けられた衣装は如何にもサーカスに登場しそうな姿だ。『魔道化リジョン』は会場全体を見渡すと芝居がかった様子で恭しく一礼してみせる。

 

 

魔道化リジョン

ATK1300  DEF1500

 

 

「『魔道化リジョン』がモンスターゾーンに存在する限り、自分は通常召喚に加えて1度だけ、自分メインフェイズに魔法使い族モンスター1体を表側攻撃表示でアドバンス召喚できます。私は『魔道化リジョン』をリリースし『D・D・M』をアドバンス召喚」

 

 しかし登場間もなくして『魔道化リジョン』もフィールドから退場となった。『魔道化リジョン』の体が光の球に変化すると、その球が変形し新たな姿となり場に顕現する。

 現れたのは頭から黒のローブですっぽり覆われた人だった。その上から茶色の太いベルトが体を拘束するように巻き付けられ、その中心には青い宝玉が埋め込まれている。正面からはベルトは丁度アスタリスクを横倒しにしたように見える。

 その拘束しているベルトの下を通して覗かせる両腕には銀色の手甲が付けられており、そこに血管のように張り巡らされた赤いラインが刻まれている。お陰でそれ自体が生身の腕なのではないかと錯覚させられる。

 

 

D・D・M

ATK1700  DEF1500

 

 

「そして『魔道化リジョン』がフィールドから墓地へ送られた場合に効果を発動。自分のデッキ・墓地から魔法使い族の通常モンスター1体を選んで手札に加えます。私が手札に加えるのは『ブラック・マジシャン』」

「ぶ、『ブラック・マジシャン』?!」

「まさか山背さん、『ブラック・マジシャン』使いか!?」

 

 驚いたのは大と鉄だけではない。観客のクラスメイトもざわめいていた。

 この世界では『ブラック・マジシャン』がレアカードであることを改めて認識させられる。

 

「あ、『相乗り』の効果でカードを1枚ドローする」

 

 未だ動揺が抜けない大だが、それでもデュエルの処理を続ける。

 そんなざわめきを気に留める事無くサイレント・マジシャンは次の行動に移っていく。

 

「永続魔法『魂吸収』を発動。このカードのコントローラーはカードがゲームから除外される度に、1枚につき500ライフを回復します」

 

 『魂吸収』は相手のデッキが除外系だった時を想定していれたのだろうか。大は次元系の型のデッキでは無いようだが、“帝”関係のカードは除外をコストとするカードが多い。それが積み重なれば戦況に影響するくらいのライフアドバンテージを稼げる可能性はあるな。

 

「魔法カード『闇の誘惑』を発動。デッキからカードを2枚ドローし、その後手札から闇属性モンスター1体を除外します。私は『ブラック・マジシャン』を除外。さらにカードが除外された事で『魂吸収』の効果でライフを回復します」

 

 

山背LP4000→4500

 

 

 そんな事を思っていれば早速自分でライフを稼いできたか。

 何のために『D・D・M』を出してきたのかと思っていたが、なるほど、このタイミングでの『ブラック・マジシャン』の除外は上手いな。

 

「『D・D・M』の効果発動。手札の魔法カードを1枚捨てます。私が捨てるのは『カオス-黒魔術の儀式』。そしてゲームから除外された自分が持ち主のモンスター1体を特殊召喚します。来て、『ブラック・マジシャン』!」

 

 『D・D・M』の腕が光り輝くと背後の空間が歪んでいく。光が捩じ曲げられる様子はまるで透明な水飴を通しているかのようだ。

 その空間の歪みを通して現れたのは紫色の魔導服を身に纏った長身の男。青白い肌をした眉目秀麗の魔術師は異次元から戦場に戻るとゆっくりと瞼を持ち上げる。その瞳にはこの度の敵が映し出されていた。

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500  DEF2100

 

 

「うぉぉぉ!! すげぇ! 本物の『ブラック・マジシャン』だ!」

「まさかデュエルで相見える事が出来るとは、感慨深いものがあるな!」

 

 鉄や大だけでなく会場も『ブラック・マジシャン』の登場でドッと沸き立つ。

 そんな熱気の中、俺はサイレント・マジシャンのここまでの試合運びに感心していた。

 最初の『儀式の下準備』でサーチしたが『マジシャン・オブ・ブラックカオス』が『トレード・イン』のコストで捨てられたため、手札で腐っていたであろう『カオス-黒魔術の儀式』を『D・D・M』のコストで捨てつつ、『ブラック・マジシャン』の召喚に繋げるとは綺麗な流れだ。その『ブラック・マジシャン』の除外も『闇の誘惑』によるもので動きに無駄が無い。

 

「装備魔法『ワンダー・ワンド』を『D・D・M』に装備。攻撃力を500ポイントアップさせます」

 

 

D・D・M

ATK1700→2200

 

 

「さらに『ワンダー・ワンド』の効果発動。このカードと装備対象モンスターを墓地に送りデッキからカードを2枚ドローします」

 

 これでサイレント・マジシャンの手札は5枚。発動した『魂吸収』のことを考慮すれば『ブラック・マジシャン』を実質手札消費無しで出したと言うことになる。見事にデッキを回すものだ。

 

「カードを1枚伏せてターンエンドです」

 

 サイレント・マジシャンのスタートは良いものだ。ただこのバトルロイヤルにおいては少々守りが薄い。尤も他の二人の矛先が俺に向いている以上は安全だろうが。

 

「『ブラック・マジシャン』使いとは期待させてくれるじゃねぇか。俺のターン、ドロー!」

 

 サイレント・マジシャンの『ブラック・マジシャン』を見て一層やる気を見せる鉄。大の“巨大戦艦”デッキに続いて果たして何を見せてくれるのか?

 

「俺は手札を5枚捨て、永続魔法『守護神の宝札』を発動!」

「「「!?」」」

 

 その瞬間、俺たちは言葉を失い、会場もまた静まり返る。

 

「そしてその効果により俺はカードを2枚ドローする」

 

 一見、尋常ではないアドバンテージを失っているだけにしか見えないカードだが、維持すれば通常ドローの枚数を2枚に増やせる効果を持つ。

 しかしそれは維持すればの話だ。破壊されれば当然その効力は失われるし、2枚のドローがあるとはいえ未知の2枚のカードにデュエルの全てを委ねればならない大博打カードに変わりはない。

 発動コストに手札5枚を要求されるため基本は初手以外で腐る事の多いカードのため、デッキに採用するにはリスクが大きい。

 

「番長よ、また随分と思い切ったカードを入れてきたな」

「おうよ。このデュエル、まず普通にやっていたら勝てねぇって思ってな。そしてツキの流れは俺にあるようだぜ! 墓地の5体のモンスターをデッキに戻し魔法カード『貪欲な壺』を発動! 墓地の『剣闘獣ラクエル』、『剣闘獣アンダル』、『剣闘獣エクイテ』、『スレイブタイガー』2枚をデッキに戻し、カードを2枚ドローする!」

 

 鉄は“剣闘獣”の使い手か。また良いテーマを使っているな。

 一時代を築き上げたテーマデッキでこれも能力は記憶済みだ。

 まず共通効果として戦闘を行うとデッキに戻り、他の“剣闘獣”を呼び出す能力を持つ。そして呼び出された“剣闘獣”はその時に個々の能力を発揮する。その状況に合わせた効果を持つ“剣闘獣”を引っ張り出すことで小回りの利く動きをするのが特徴だ。

 

「よしっ! 俺は『剣闘獣ラクエル』を召喚!」

 

 それは鉄の背後から堂々と歩いてきた。

 鉄よりも一回り大きい筋骨隆々の虎の獣人。グラディエーターらしく防具として白い骨格が通ったオレンジ色の兜、胸当て、手甲、すね当てを身に付けている。『剣闘獣ラクエル』の最大の武器は闘気と発達した両腕から繰り出される拳だ。肩から伸びる腕は丸太の如く太く、溢れる闘志は炎となり今も茶色い鬣を揺らしている。

 

 

剣闘獣ラクエル

ATK1800  DEF400

 

 

「カードを2枚セットしターンエンドだ!」

 

 こちらもカードを2枚セット。特に専用のカウンタートラップである『剣闘獣の戦車』には十分な警戒が必要だろう。“剣闘獣”が場にいることが発動条件だが、モンスター効果を無効にし破壊する効果は強力だ。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 長くターンを待ったが、これでやっと俺のターンが回ってきた。

 大が、鉄が、サイレント・マジシャンが、そして観客が俺のこのターンの動きに注目している。注目を集めたからと言う訳ではないが、ここのターンはしっかり動かなければ。なにせ次のターンからは準備を終え各々が的のライフを削らんと自分のデッキを動かし始めるのだ。このターンでトロトロ準備をしているようではあっという間に押し切られてしまう。

 幸い初手としてはしっかり動けそうである。

 

「『王立魔法図書館』を守備表示で召喚」

 

 突如地面から生えてくる何台もの本棚。見上げても聳え立つ本棚のその最上段は見える事は無い。棚の並びに規則性は無く、それどころか魔術で制御されたそれらは自由に動き回る。

 

 

王立魔法図書館

ATK0  DEF2000

 

 

 まずは召喚に成功した。

 ここで妨害が来る事はないと踏んでいたのは正解だったようだ。しかし鉄と大のセットカード合わせて3枚には油断ならない。

 

「魔法カード『魔力の掌握』を発動。自分の場の魔力カウンターを乗せることのできるカードに魔力カウンターを一つ乗せる。俺は『王立魔法図書館』を選択。更に自分のデッキから『魔力の掌握』を手札に加える」

 

 『王立魔法図書館』の棚にずらりと並ぶ魔導書の背表紙が向く方向に緑色の魔力球が浮かぶ。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 0→1

 

 

「さらに『王立魔法図書館』は魔法カードが発動される度に魔力カウンターを一つ乗せる」

 

 さらに『王立魔法図書館』に浮かぶ緑色の魔力球が増える。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 1→2

 

 

 これで『王立魔法図書館』の効果発動までに必要な魔力カウンターまであと一つだ。

 

「魔法カード『闇の誘惑』を発動。デッキからカードを2枚ドローし、その後手札から闇属性モンスターを一体除外する。俺は『見習い魔術師』を除外」

 

 『闇の誘惑』の発動により『王立魔法図書館』に魔力カウンターが最大まで補充された。この状況で手札がまだ5枚あるのが心強い。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 2→3

 

 

山背LP4500→5000

 

 

 そして『闇の誘惑』は良いカードを手札に呼び込んでくれた。

 大、鉄は特に何かを仕掛ける素振りを見せていない。これはいけるか?

 

「これにより『王立魔法図書館』には魔力カウンターが三つ溜まった。よって『王立魔法図書館』の効果を発動。自身に乗った三つの魔力カウンターを取り除き、デッキからカードを1枚ドローする」

 

 『王立魔法図書館』内部に灯っていた三つの魔力球の明かりが俺のデュエルディスクに吸い込まれる。この効果に対するアクションは無かった証拠だ。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 3→0

 

 

 懸念していた『剣闘獣の戦車』は発動されなかった。まぁ俺だったらこの盤面ではたとえ伏せていたとしても使わなかっただろう。まだカウンターを使う局面ではない。

 これにより手札は6枚。『王立魔法図書館』を召喚した分に使った手札を回収することに成功した。そしてこのドローも良い。

 

「ふぅ……」

 

 ただ問題はここからだ。

 今俺の手札には強力なカードがあるが、この発動に失敗すれば大きな損失を受ける。

 大のセットカードは1枚、鉄は2枚。発動を妨害される可能性は十分にある。本当なら相手のセットカードを剥がしてから使いたいところなのだが、無いものを強請った所で解決にはならない。

 俺は覚悟を決めてデュエルディスクにカードを差し込んだ。

 

「2000ライフを支払い俺の場のレベル4以下である『王立魔法図書館』を対象に魔法カード『同胞の絆』を発動。対象にしたモンスターと同じ種族、属性、レベルのカード名が異なるモンスター2体をデッキから特殊召喚する」

「「「っ!」」」

 

 

八代LP4000→2000

 

 

 コストとして俺のライフが丁度半分削られる。重いコストだが発動を無効にされることは無かった。

 ならば後はデッキからモンスターを呼ぶだけ!

 

「俺は『サイレント・マジシャンLV4』を攻撃表示、『マジシャンズ・ヴァルキリア』を守備表示で特殊召喚する」

 

 『王立魔法図書館』の右に二つの魔方陣が展開される。白と金の魔方陣から姿を見せたのは『サイレント・マジシャンLV4』、『マジシャンズ・ヴァルキリア』。

 デュエルモンスターズ界で見た幼い姿のサイレント・ロリ・マジシャンはソリッドビジョンに憑依していないため表情が硬い。それを守るように一歩前に立つ『マジシャンズ・ヴァルキリア』の方が動きは柔らかいくらいだ。

 

 

サイレント・マジシャンLV4

ATK1000  DEF1000

 

 

マジシャンズ・ヴァルキリア

ATK1600  DEF1800

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 0→1

 

 

「おうおう、一気にライフを2000も払うとは思いっきりが良いじゃねぇか!」

「序盤にライフを半減させるとは……果たして次ターン周回を凌ぎきれるか?」

「たかが2000のライフだ。何も問題ないな。それに無策な訳でもない。魔法カード『一時休戦』を発動」

「ほう、保険をかけていたか」

 

 大の言う通り『一時休戦』は保険のためのカード。お互いにカードを1枚ドローし、次の相手ターンの終了時までのあらゆるダメージを0にする。

 一見、相手がドローするだけの有利なカードに見えるが、それは違う。損失なしな上、こちらのタイミングで次の相手のターンの攻勢の芽を摘むことのできるのは、ゲームメイクの上では破格の効果だ。さらにバトルロイヤルではこんなこともできる。

 

「対象に選ぶのは山背。これにより俺と山背はカードを1枚ドローし、山背のターン終了時までお互いのダメージは0となる」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 0→1

攻撃力1000→1500

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 1→2

 

 

「くっ! つまり俺の次のターンは八代、山背さんにダメージは通せないと言うわけか」

「しかもちゃっかり手札を山背さんに渡してやがる……なるほど、そう言うことかよ」

「……卑怯と罵るか?」

 

 確かに言われた通り我ながらエゲツない手ではあると思う。裏で結託していたのが露見した呈となったわけだから。

 だがこの選択を俺は躊躇しない。綺麗事を並べて勝利を掴めるほどバトルロイヤルは甘くはないのだ。まぁ恨み言の一つや二つは聞いてやらないことはない。聞くだけになるのだが。

 だが返ってきた言葉は非常に気持ちの良いものだった。

 

「ふっ。いや、口が裂けても言えないな。こちらも番長とはお前らを倒してからやりあう腹積もりだったところだ」

「むしろシンプルでいいじゃねぇか。バトルロイヤルって程だが、実質は俺と軍曹、八代と山背さんのタッグマッチ。そう言うことだろ?」

 

 向けられたのは清々しい笑顔。まっすぐな闘志が伝わってきて俺の中の闘志がより盛り上がってくるのを感じる。

 

「ふふっ、私も楽しくなってきました」

「あぁ、俺もだよ。永続魔法『魔法族の結界』を発動」

 

 天が抜けた岩のドームの上空に巨大な魔方陣が浮かぶ。その青白い光は温かく心を落ち着かせてくれる。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 2→3

 

 

「これにより『王立魔法図書館』に再び魔力カウンターが三つ溜まった。『王立魔法図書館』の効果を使いデッキからカードを1枚ドローする」

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 3→0

 

 

 これで手札は5枚。

 一ターンで場にモンスターを3体並べて『魔法族の結界』を張り、さらにこの手札を確保出来たのは大きい。少なくともこのバトルロイヤルで次のターン以降に備えるだけの札は揃った。

 

「カードを4枚セットしターンエンド」

「げっ、セットカード4枚かよ」

「流石は“戦王”。堅固な布陣だ……。俺のターン、ドロー」

「相手がドローした事により、『サイレント・マジシャンLV4』に魔力カウンターが1つ乗る。そしてその攻撃力は自身に乗った魔力カウンター1つにつき500ポイントアップする」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 1→2

攻撃力1500→2000

 

 

 さて、ここからがいよいよこのデュエルの本番だ。

 それぞれがバトルフェイズを行えるこのターンから本格的なライフの奪い合いが始まる。

 『一時休戦』でダメージはないとは言え、バトルでモンスターを失う可能性は十分ありうる訳だ。

 

「『天帝従騎イデア』を召喚」

「これはまた強力なカードを……」

 

 フルプレートメイルを着込んだ女性の騎士。銀をベースに煌びやかな金の装飾がなされたメイルからは高貴な印象を受ける。

 

 

天帝従騎イデア

ATK800  DEF1000

 

 

「『天帝従騎イデア』の召喚に成功した時、効果発動! デッキから『天帝従騎イデア』以外の攻撃力800、守備力1000のモンスター1体を守備表示で特殊召喚する。俺が出すのは『冥帝従騎エイドス』!」

 

 『天帝従騎イデア』の横に現れたのは漆黒の鎧兜を身に付けた武者。神々しいメイルを装着している女騎士と並んで見ると、黒々とした鬼の顔を模した兜を被った姿は禍々しさが引き立って映る。

 

 

冥帝従騎エイドス

ATK800  DEF1000

 

 

「『天帝従騎イデア』のこの効果を使ったターン、自分はエクストラデッキからモンスターを特殊召喚できない制約を受ける。そして『冥帝従騎エイドス』の特殊召喚に成功した時、効果発動!  このターン、自分は通常召喚に加えて1度だけ、自分メインフェイズにアドバンス召喚できる。俺は『天帝従騎イデア』と『冥帝従騎エイドス』をリリース!」

 

 2体のモンスター姿が薄くなりフィールドから消えていくと、デュエル場の上空がビリビリと震え始める。

 

「2体のモンスターをリリースということは……」

「最上級モンスターか」

 

 サイレント・マジシャンの視線が何も無い『巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ』の隣の虚空に釘付けになっている。

 まだ姿を現していないが俺の直感が告げていた。大は“巨大戦艦”デッキ使い。ならばここで出てくるのは“巨大戦艦”シリーズのモンスターの最上級モンスターである……

 

「そう、『巨大戦艦 カバード・コア』を召喚!」

 

 空間を突き破り現れたのは円盤形の巨大戦艦。詳しい形状は一つのリングに三つのV字型のピースを並べた形をしている。円盤の中央に収められた球に青白い光が灯ると、その銀色のボディ全体の光沢が鮮やかに照らし出される。

 

 

巨大戦艦 カバード・コア

ATK2500  DEF800

 

 

「『巨大戦艦 カバード・コア』の召喚時にカウンターを2つ置く」

 

 

巨大戦艦 カバード・コア

カウンター 0→2

 

 

 これでこの戦場での最高攻撃力は『ブラック・マジシャン』と並ぶ『巨大戦艦 カバード・コア』の二体の同率一位となった。

 

「『天帝従騎イデア』が墓地へ送られた場合、除外されている自分の「帝王」魔法・罠カード1枚を対象として発動できる。そのカードを手札に加える。俺は『汎神の帝王』を手札に加える」

「くっ……」

 

 このターン大はアドバンス召喚をしたことで手札を2枚消費したと言うのに、『汎神の帝王』を回収した事で消費した分の手札をリカバリーできる。実質手札消費0で最上級モンスターである『巨大戦艦カバード・コア』を出すとは、サイレント・マジシャンといい見事なものだ。

 

「そして手札の『真源の帝王』を墓地に送り魔法カード『汎神の帝王』を発動! デッキからカードを2枚ドロー」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 2→3

ATK2000→2500

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 0→1

 

 

 このドローで『サイレント・マジシャンLV4』の攻撃力は『ブラック・マジシャン』、『巨大戦艦 カバード・コア』に並んだ。

 

「さらに墓地の『汎神の帝王』を除外し効果を発動する。俺が選ぶのはこの3枚だ」

 

 大がデッキから選んだのは2枚の『帝王の烈旋』と『始原の帝王』の1枚の3枚。カードの選び方を見るに大が手札に引き込みたいのは『帝王の烈旋』だろう。相手の場のモンスター1体を自分のアドバンス召喚のためにリリースできる速攻魔法の『帝王の烈旋』は確かに盤面をひっくり返す可能性を秘めた強力なカードだ。それこそ俺のデッキでそれに対抗できるのは相手の魔法効果を受けない『サイレント・マジシャンLV8』くらいか。

 この選択権を委ねられたのはサイレント・マジシャン。彼女は迷いなくカードを選んだ。

 

「私が選ぶのは『始源の帝王』です」

「流石に『帝王の烈旋』は加えさせてくれないか。良い読みだ」

 

 

山背LP5000→5500

 

 

「墓地の『始原の帝王』を除外し、墓地にある『真源の帝王』の効果発動。このカードは天使族、光属性、星5の攻撃力1000、守備力2400の通常モンスターとなり、モンスターゾーンに守備表示で特殊召喚する」

 

 

真源の帝王

ATK1000  DEF2400

 

 

山背LP5500→6000

 

 

「そして魔法カード『馬の骨の対価』を発動。場の効果モンスター以外を墓地に送りデッキからカードを2枚ドローする。俺が墓地に送るのはモンスターとなった『真源の帝王』」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 3→4

ATK2500→3000

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 1→2

 

 

「まだまだいくぞ。魔法カード『二重召喚』を発動。このターン通常召喚を2回まで行う事ができる」

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 2→3

 

 

「召喚権が増えた事で『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』をリリースし『巨大戦艦 テトラン』を守備表示で召喚」

 

 『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』の内側から光が爆ぜる。トライデントの先端のような形状をしていた『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』とは異なり、内側から現れた『巨大戦艦 テトラン』は凹凸の少ない正方形を少し円に近づけたような形をしていた。ボディ全体のカラーリングは中央に据えられた青白い光を放つ球に近づく程白っぽく、離れる程カッパー色がはっきりと見える。

 

 

巨大戦艦テトラン

ATK1800  DEF2300

 

 

「『巨大戦艦 テトラン』の召喚時にカウンターを3つ置く」

 

 

巨大戦艦 テトラン

カウンター 0→3

 

 

「……」

 

 表情は変えないように努めているがこれは少々部が悪い。

 『進撃の帝王』が無ければ仕掛けた『奈落の落とし穴』で処理できたのだが。1ターンに1度、自身に乗ったカウンターを使い魔法・トラップを除去する能力がこの曲面では辛い。下手なものを破壊されたら危ういな。

 

「『巨大戦艦 テトラン』の効果発動。このカードのカウンターを1つ取り除く事で、フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する。俺が破壊するのは八代! 俺から見てお前の一番右の伏せカードを破壊する!」

「おおっと! ここで俺も罠を発動だ!」

 

 大のテトランの効果に合わせて鉄が発動したカードは『裁きの天秤』。こいつはマズい。

 

「『裁きの天秤』は俺の手札、フィールドのカードの枚数の合計が、相手のフィールドのカードの枚数より少ない場合発動できるカード。そして俺はその差分だけデッキからカードをドローする。俺の手札は0で場には4枚のカードがある。そして八代! お前の場にはモンスターが3体と魔法、罠が5枚ある! よって俺はその差の4枚ドローする!!」

「……巫山戯た枚数のドローだな」

 

 

サイレント・マジシャンLV4

魔力カウンター 4→5

ATK3000→3500

 

 

「よそ見をしている場合か八代!」

 

 『巨大戦艦 テトラン』の中央に位置する青白く輝くコアが明滅する。そしてそれが合図だった。

 

 

巨大戦艦 テトラン

カウンター 3→2

 

 

 テトランから鉄製の腕が四本飛び出す。それが左端の俺のセットカードに殺到した。ガラスを砕いたかのようなエフェクトで光の粒子となって消えた俺のカードが一瞬だけ露となる。

 

「くっ……」

「『奈落の落とし穴』か。良いカードを除去できたようだ。これで心置きなくこのカードが発動できる。永続トラップ『リビングデッドの呼び声』を発動! これにより墓地に眠る『巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ』を再び起動させる。そしてビック・コアMk-Ⅱは特殊召喚に成功した時、自身にカウンターを3つ置く」

 

 『リビングデッドの呼び声』により再びフィールドに戻ってきた『巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ』には三つのコアの明かりが灯った。『巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ』は巨大戦艦シリーズの中で唯一特殊召喚時にカウンターを乗せる効果を発動するカード。これでようやく本来の能力を発揮できると言う訳だ。

 

 

巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ

ATK2400  DEF1100

カウンター 0→3

 

 

 流れるような動きで大のフィールドには3体の巨大戦艦に並んだ。攻撃力こそ一線級ではないが、その内の2体は戦闘・効果破壊されず、効果対象にならない強力な耐性を持っている。大はこのバトルロイヤルで一番優位な布陣を築いた。

 

「戦力は整った! これより進軍を開始する! 『巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ』で『マジシャンズ・ヴァルキリア』を攻撃!」

 

 『巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ』の六つの砲門が『マジシャンズ・ヴァルキリア』に向けられる。青白いエネルギーが充填されていくその光景を目に焼き付けながらも『マジシャンズ・ヴァルキリア』の背中からは微塵の恐れも感じない。それどころか一歩二歩と前に進むと、自ら『サイレント・マジシャンLV4』と『王立魔法図書館』の盾になるかのように『巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ』の前にその身を晒す。

 

「ふっ、その意気は良し。砲撃発射っ!!」

 

 大の宣言と同時に『巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ』から人一人を軽く飲み込めてしまう程の極太ビームが六本同時に放たれる。

 『マジシャンズ・ヴァルキリア』が目の前に展開した緑の光を帯びた魔法障壁などこのままではチリ紙同然に消し飛ばされてしまうだろう。だが、こちらもただの攻撃に対抗する策を講じていないような温い守りではない。

 

「トラップ発動! 『ガガガシールド』。このカードは発動後、魔法使い族モンスターの装備カードとなる。そして装備されたモンスターは1ターンに2度まで破壊されない」

 

 『マジシャンズ・ヴァルキリア』の前に体全体を隠せる程の大きさの赤い盾が現れる。

 瞬時に『マジシャンズ・ヴァルキリア』はそれの後ろに身を置くと、直後に青白い光が盾の前に殺到した。

 

「くっ……」

 

 強烈な光に目を焼かれないよう手で視界を覆う。視線を下に向けると色濃く伸びる盾の影だけがこの攻撃での彼女の無事を証明していた。

 

 光が収まると『サイレント・マジシャンLV4』の前に赤い盾を構えた『マジシャンズ・ヴァルキリア』が立ち堪えている姿が目に入る。今回の攻撃は乗り切れたようだ。

 

「ちっ! 流石に一筋縄ではいかないか! 攻撃を行った『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』は戦闘を行った場合、ダメージステップ終了時に自身に乗っているカウンターを1つ取り除かれる」

 

 

巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ

カウンター 3→2

 

 

 この状況。『ガガガシールド』を破壊する手立てが無ければ俺はこのターンを凌ぎきれるが……

 一瞬、最悪な予想をしたがそれは杞憂で終わった。

 

「これでこのターン八代の場を削る事は不可能か……ならば、目標変更! 『巨大戦艦カバード・コア』よ! 標的を山背さんの『ブラック・マジシャン』に設定せよ!」

「くっ! 『巨大戦艦 カバード・コア』は戦闘破壊耐性があるのを見越してか」

「その通り! 一方的に殲滅させてもらおう! 『巨大戦艦カバード・コア』で『ブラック・マジシャン』を攻撃!」

 

 『巨大戦艦 カバード・コア』の艦内から重い機械の駆動音が鳴り響く。ガコンガコンっと音をたて表に大量のミサイルポットが出現する。

 

「簡単にはやらせませんよ! その攻撃宣言時にトラップカードを発動します!」

「無駄だ! 『進撃の帝王』によりアドバンス召喚された我が艦隊は敵の効果対象にならずカード効果では破壊されん!」

 

 大の言葉尻を掻き消すように『巨大戦艦カバード・コア』の砲門から一斉に大量のミサイルが発射される。標的にされた『ブラック・マジシャン』はそれに対し己が魔術の集大成である紫黒の魔力弾を大量精製し、真っ向から力比べを挑んだ。

 ぶつかり合うミサイルと紫黒の魔力弾。一つ一つが空中で誘爆し、空間が引き裂かれんばかりの爆発音を轟かせ、その衝撃で次々にコロッセウムの岩が砕け、戦場に破壊を撒き散らしていく。

 互いに一歩も譲らない最上級モンスター同士の攻撃のせめぎ合い。それも同威力の衝突においてはその天秤がどちらかに傾く事は無い。ミサイルと魔力弾の衝突による爆発の範囲が徐々に広がり空間を埋め尽くしていく。

 

「うっ……!」

 

 一際大きな爆発に思わず手をかざした。『ブラック・マジシャン』と『巨大戦艦 カバード・コア』の姿が爆風の中に消えていく。

 

 サイレント・マジシャンが最後に何を発動したのか?

 

 それがこのバトルの結果を左右する事は間違いない。

 煙が晴れフィールドを見通せるようになってくると、まず大の『巨大戦艦 カバード・コア』の姿が浮かび上がってくる。その後ろに立つ大も当然健在だ。しかしその表情は怪訝なものだった。

 

「シルクハット……か」

「えぇ、あなたの攻撃宣言時、私はこのカードを発動していました」

 

 そんなサイレント・マジシャンの声が聞こえた時、立ち籠めていた煙が掻き消され彼女の場が露わとなる。大の言葉通りサイレント・マジシャンの場には『ブラック・マジシャン』が入れるほどの巨大なシルクハットが三つ並んでいた。その正面には謎かけを挑むかのようにデカデカと黄色いクエスチョンマークが書かれている。

 何が起きたのか。そのマジックの種明かしはサイレント・マジシャンの前で表になった1枚のカードにあった。

 

「私が発動した『マジカルシルクハット』によって『ブラック・マジシャン』はこの三つの中のどれかに隠されました。残り二つの中には『マジシャンズ・プロテクション』、『速攻魔力増幅器』が入っています。攻撃対象の数が変化したことで攻撃は巻き戻されます。さぁ、どうしますか?」

「くっ、涼しい顔で嫌な選択を強いてくれるじゃないか……」

 

 大の表情は厳しいものだ。それもそうだろう。この状況において大がどの選択をしようともサイレント・マジシャンが損失を被ることはないのだから。

 『マジカルシルクハット』の効果で場に出た『マジシャンズ・プロテクション』、『速攻魔力増幅器』はバトルフェイズ終了時に墓地に送られる。

 『マジシャンズ・プロテクション』にはフィールドから墓地に送られた場合、墓地の魔法使い族モンスターを特殊召喚する効果があるため、仮に運良く『ブラック・マジシャン』を攻撃できたとしても、その効果で『ブラック・マジシャン』を蘇生することができる。

 『マジシャンズ・プロテクション』を攻撃してしまえば、サイレント・マジシャンはさらに魔法使い族モンスターを展開できる。攻撃しない選択をしてもそれは同じだ。

 そして『速攻魔力増幅器』を攻撃した場合はさらにサイレント・マジシャンはデッキから速攻魔法を手札に加えることができる。

 ここはプレイヤーによってどう動くかが変わるところだろう。

 カードを発動した時点で何かしらの策を講じているとは思ったが、見事に躱したものだ。

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず。ここで引くという選択は当然ない。行くぞ! 『巨大戦艦カバード・コア』で俺から見て右端のシルクハットを攻撃!」

 

 迷いない攻撃宣言。

 再び『巨大戦艦カバード・コア』の砲門から噴射したミサイルはシルクハットを爆散させる。その様相は明らかなオーバーキルだ。

 爆炎の中、カードの破砕音が響く。果たして大が破壊したカードは……?

 

「破壊されたカードは……残念でしたね、『速攻魔力増幅器』です!」

「くっ、しくじったか!」

「『速攻魔力増幅器』が相手によって破壊され墓地に送られた場合、デッキから速攻魔法カードを手札に加えます。私が手札に加えるのは『黒・爆・裂・破・魔・導』」

「ここで『黒・爆・裂・破・魔・導』か……ふむ。『巨大戦艦 カバード・コア』が戦闘を行った場合、ダメージステップ終了時にコイントスの裏表を当てる。ハズレの場合、カードのカウンターを1つ取り除く」

 

 そのコインは大の頭上にソリッドビジョンで出現した。マンホールほどの大きさのそれの表面にはウジャト眼が、裏面には何も描かれていない。

 

「俺が選ぶのは、表だ」

 

 大が宣言すると、それは空中で高速回転を始める。

 表か、裏か。

 いずれにせよここで『巨大戦艦 カバード・コア』が破壊される事は無い。たとえここで裏が出ようとも、『進撃の帝王』がある以上は『巨大戦艦 カバード・コア』を破壊することは不可能なため、この結果の重要性は低い。

 そんな考えをしながらコインを見つめていると回転の速度が下がっていく。パラパラ漫画のコマのようにウジャド眼が見え隠れするのが繰り返され、そしてついにその回転が止まった。

 

「ふっ、結果は表だ。戦いの女神はまだ俺についているようだな」

「バトルフェイズ終了時、『マジカルシルクハット』で呼び出した『マジシャンズ・プロテクション』は破壊されます」

 

 残された二つのシルクハットが煙となって消えると、真ん中のシルクハットにあった『マジシャンズ・プロテクション』が砕け散った。

 残るシルクハットから裏側守備表示となった『ブラック・マジシャン』が姿を見せる。

 

「『マジシャンズ・プロテクション』がフィールドから墓地に送られた場合、墓地から魔法使い族モンスター1体を復活させます。私が呼び戻すのは『魔道化リジョン』です」

 

 

魔道化リジョン

ATK1300  DEF1600

 

 

「……なるほどな。カードを3枚セットして、俺はこれでターンエンドだ」

 

 今度は3枚のセット、これで大の魔法・罠ゾーンは全て埋まった。

 『奈落の落とし穴』は破壊されてしまったが、なんとか『ガガガシールド』のみで一つのバトルを乗り切れたか。このターンのダメージは『一時休戦』の効果で0になることはわかっていたが、場を維持できるかには神経を使った。

 

 まだバトルロイヤルは始まったばかり。戦いはやがて混戦を極めていく。

 




次回、7/8投稿予定


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学園一

後半バトルはお気に入りの熱いBGMをかけながらどうぞ


 このバトルロイヤルに各々がつけるタイトルはなんだろうか?

 

 八代は“明日香先生へのデュエルに向けた通過点“、山背さんは“八代のための勝利“といったところか。

 

 俺たちは“学園一への挑戦”。

 

 端から見ればそう思われているのだろう。

 それは一つの事実だ。

 俺で言えばそのタイトルで事が足りる。

 

 だが友はそれだけではない。

 

 そう、これは俺だけが知る“雪辱戦“だ。

 

 

 

————————

——————

————

 

 

大LP4000

手札:2枚

場:『巨大戦艦 テトラン』(カウンター 2)

  『巨大戦艦 カバード・コア』(カウンター 3)

  『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』(カウンター 2、『リビングデットの呼び声』対象)

  『進撃の帝王』

セット:3枚

 

 

山背LP6000

手札:6枚

場:『ブラック・マジシャン』

  『魔道化リジョン』

  『魂吸収』

セット:0枚

 

 

鉄LP4000

手札:4枚

場:『剣闘獣ラクエル』

  『守護神の宝札』

セット:1枚

 

 

八代LP2000

手札:1枚

場:『サイレント・マジシャンLV4』(魔力カウンター 5)

  『王立魔法図書館』(魔力カウンター 3)、

  『マジシャンズ・ヴァルキリア』(『ガガガシールド』装備)

  『魔法族の結界』(魔力カウンター 0)

セット:2枚

 

 

「今度は私からいきますよ! ドロー!」

 

 このバトルロイヤル唯一の女子である山背さんのターンが始まった。

 先のターンは見事に一杯食わされたが、今度はこちらの番だ。山背さんの思惑を崩すべく、まずは隙を伺おう。

 八代の『サイレント・マジシャンLV4』には魔力カウンターが溜まりきっているため、攻撃力が上がることはない。その攻撃力3500はこの場において最高の攻撃力。最上級モンスターの中でもトップクラスの値だ。

 

「『魔導戦士ブレイカー』を召喚」

 

 山背さんが『ブラック・マジシャン』に続いて呼び出したのは赤色の騎士甲冑を身に付けた魔導戦士。『ブラック・マジシャン』の尖り帽をモチーフに作られた兜から僅かに見える表情は引き締まっている。

 

 

魔導戦士ブレイカー

ATK1600  DEF1000

 

 

「『魔導戦士ブレイカー』の召喚成功時、自身に魔力カウンターを一つ乗せます。そして乗っている魔力カウンターの数×300攻撃力がアップします」

 

 これで下級モンスターの中でトップの攻撃力の『剣闘獣ラクエル』を超える。

 

 

魔導戦士ブレイカー

魔力カウンター 0→1

ATK1600→1900

 

 

 ここだっ!

 

 パァァァンッ

 

「えっ?」

 

 乾いた発砲音が戦場を劈く。

 直後、眉間に風穴を空けた『魔道化リジョン』は声も無くフィールドからフェードアウトしていった。

 一瞬の事に取り残された面々に向けて、仕掛け人としての役割を果たすとしよう。

 

「罠カード『フレンドリーファイア』。相手の魔法・罠・モンスター効果が発動した瞬間にこの引き金は引き絞られる。そして弾丸は発動したカード以外のものを撃ち抜く。悪いが『ブラック・マジシャン・ガール』の召喚は阻止させてもらうぞ」

 

 『魔道化リジョン』を撃ち抜いたのは俺の発動した『フレンドリーファイア』によるもの。

 山背さんは未だ驚愕した顔で俺の『フレンドリーファイア』のカードを眺めていた。これで先のターンの借りを少しは返したところだろう。

 『黒・爆・裂・破・魔・導』を手札に加え、『魔道化リジョン』を蘇生させたことから予想していたが、やはりあの様子だと山背さんのハンドには『ブラック・マジシャン・ガール』があったようだ。

 

「『魔道化リジョン』がフィールドから墓地に送られた場合、デッキ・墓地から魔法使い族・通常モンスターを手札に加えます。私はデッキから『ブラック・マジシャン』を手札に加えます」

「そしてフィールドの魔法使い族モンスターが破壊されたことで『魔法族の結界』に魔力カウンターが一つ乗る」

 

 

魔法族の結界

魔力カウンター 0→1

 

 

 『魔道化リジョン』を失ったことで、このターン追加でアドバンス召喚をすることは不可能。

 考えられる手札から『ブラック・マジシャン・ガール』を出す方法は『ディメンション・マジック』だが、それがあるなら俺の『フレンドリーファイア』を躱すはず。セットカードもないため、このターンの『ブラック・マジシャン・ガール』の危機は一先ず去ったか。

 あとは『魔導戦士ブレイカー』でどう手を打ってくるかだ。

 その効果で破壊対象となるのは俺の場の『進撃の帝王』と『リビングデッドの呼び声』、そして3枚のセットカード。または番長の『守護神の宝札』か1枚のセットカード。

 バトルの前に効果を使うか、それともそのまま仕掛けてくるか。

 

「私は『魔導戦士ブレイカー』の効果を発動。自身に乗った魔力カウンターを一つ取り除く事でフィールドの魔法・トラップを1枚破壊します。私が破壊するのは大さん、あなたの『進撃の帝王』です」

「くっ!」

 

 山背さんが選んだのは効果発動だった。

 その命令を受け『魔導戦士ブレイカー』の魔力の籠った一太刀が空を裂き放たれる。

 青白い光の灯った斬撃は“巨大戦艦”の下を潜り、地面すれすれを飛ぶ。

 これを防ぐ手立ては俺に無い。これは厳しい……

 

「いんや、そうはいかねぇな! カウンタートラップ『剣闘獣の戦車』を発動だ!」

「っ、やはり伏せていたか……」

 

 八代の苦々しい表情の先、そこで番長の伏せていたカードが立ち上がる。

 俺にとっては救世の、山背さんにとっては凶星となるそのカードから飛び出したのは巨大な二輪で戦場を走るチャリオット。黄金の車首が細長く伸び、それを挟むように下から伸びる銀色の鋭い牙が象の頭を彷彿させる。

 

「自分の場に“剣闘獣”モンスターがいる時、こいつは発動できる。モンスター効果の発動を無効にして破壊するぜ!」

「っ!」

 

 そして“巨大戦艦”の船底を抜けた孤状の斬撃がまさに『進撃の帝王』を引き裂こうとしたその時、カードから飛び出したチャリオットがそれを打ち砕いた。

 勢いを殺す事なく突き進むチャリオットは“巨大戦艦”の真下を抜け『魔導戦士ブレイカー』を弾き飛ばす。

 

「救援感謝する」

「呵々っ、良いってことよ!」

 

 サムズアップする番長の笑顔が眩しい。共に研鑽しあった同志が横にいると何とも頼もしいものだ。

 

「だがフィールドの魔法使い族モンスターが破壊されたことで、再び『魔法族の結界』に魔力カウンターが一つ乗る」

 

 『魔導戦士ブレイカー』の体が光の粒子となって消え行く中、体の魔力の残滓が空中に展開されている『魔法族の結界』に取り込まれる。

 

 

魔法族の結界

魔力カウンター 1→2

 

 

 やはりな。予想していたとはいえ魔法使い族デッキ同士相手も相手で相性がいい。唯でさえ一騎当千の猛者である八代だが、その八代に追い風が吹いている状況はこちらとしては良くない。上手く番長と連携するかが勝負の鍵か。

 

「バトルです。『ブラック・マジシャン』で『巨大戦艦 テトラン』に攻撃」

 

 攻撃対象に選ばれた『巨大戦艦 テトラン』は戦闘では破壊されない。

 ゆえにこのバトルは問題なく凌げる。そう僅かに生まれた安堵を叩き壊すように八代の一手が打たれる。

 

「魔法使い族モンスターの攻撃宣言時、トラップ発動。『マジシャンズ・サークル』。お互いのデッキの攻撃力2000以下の魔法使い族モンスターを攻撃表示で特殊召喚する」

「マジかよ?!」

「不味いっ!!」

 

 相手が魔法使い族デッキでない場合は仕掛ける時にしか使えない『マジシャンズ・サークル』もこの場面なら発動できる。

 そしてこのタイミングは最悪だ。

 『マジシャンズ・サークル』の特殊召喚の条件を『ブラック・マジシャン・ガール』は満たす。

 ここで『ブラック・マジシャン・ガール』の召喚を許せば、『黒・爆・裂・破・魔・導』の発動条件が整うことになる。百歩譲って俺は『進撃の帝王』によって巨大戦艦を守れるから良い。だが番長がそれを受ければ、セットカードもない今フィールドは無事では済まない。このバトルフェイズの総攻撃で一巻の終わりだ。

 山背さんを見ればこれを待っていましたと言うように口元に笑みを浮かべていた。

 嫌な予感がする。まだこれだけじゃない何かが続くと脳が最大級の警鐘を鳴らしていた。

 

「この瞬間を待ってました! 速攻魔法『魔力の泉』を発動!」

「「っ!!」」

「相手の場の表側表示の魔法、トラップカードのカードの枚数だけデッキからカードをドローします。八代君の場には『ガガガシールド』、『魔法族の結界』、『マジシャンズ・サークル』の3枚のカードがあります。よって3枚ドロー。そしてその後、自分の場の表側表示の魔法・トラップカードの枚数だけ手札を捨てます。私の場の表側表示の魔法、トラップカードは『魔力の泉』、『魂吸収』の2枚。よって手札から捨てるカードは2枚」

「おいおい、速攻魔法の『天使の施し』ってか?! シャレになってねぇぞ!」

「はっ、先に『強欲な壺』も真っ青なドローを見せておいて良く言うな」

 

 番長の言う通りその効果だけでも絶大なものだ。

 だが、真に恐ろしいのはそこじゃない。

 

「そして『魔力の泉』は発動後、次の相手のターン終了時まで、相手フィールドの魔法・トラップカードは破壊されずに、発動と効果を無効化されません」

「んなっ?!」

 

 それはつまり八代の魔法・罠には妨害できない絶対的な効力を付与するということ。それが八代のターン終了時まで続くアドバンテージは計り知れない。

 

「「さらに『マジシャンズ・サークル』の効果で」」

「『魔法の操り人形』を特殊召喚!」

「『魔導騎士ディフェンダー』を特殊召喚!」

 

 山背さんと八代の場に現れた同じ魔方陣からパペットを操る人形使いと青の重厚な鎧を纏った魔導騎士が現れる。

 

 

魔法の操り人形

ATK2000 DEF1000

 

 

魔導騎士ディフェンダー

ATK1600 DEF2000

 

 

 二人の繰り広げた一瞬の戦術を前に俺はしばし言葉を失っていた。

 

 例えるなら音楽か。

 俺たちのように互いのピンチをカバーするのでは、タイミングを合わせてリズムを刻む次元に過ぎない。

 あいつらの相手の動きに合わせて自分と相手の双方にメリットが生まれるように互いが動き相乗効果を生み出す様は、即興で相手の奏でる旋律に合わせて自らの音を重ねることで味わいが増すジャズのようだ。

 

 遅れて観客席のどこからともなく拍手が聞こえ始める。それは次第に会場全体に広がっていった。

 

 これで八代の場は次のターンまで固まったと言って良いだろう。

 攻撃は『マジシャンズ・ヴァルキリア』に集中させ、その破壊は『ガガガシールド』で防ぐ。『ガガガシールド』を破壊しようとも『魔力の泉』の効果によりそれは叶わない。ならば他のモンスターを効果破壊しようにも『魔導騎士ディフェンダー』がそれを許さない。

 唯一の救いは山背さんが『ブラック・マジシャン・ガール』を出さなかったことか。鑑みるにおそらくデッキの『ブラック・マジシャン・ガール』は手札にあった1枚のみなのだろう。

 

「……俺と軍曹のコンビも即興の割には上出来だと思ってたんだけどよ。ここまで見事なコンビネーションを披露されるとはな。すげぇよ」

「あぁ。デュエル中に相手のプレイに魅せられるとは思いもよらなかったと言うのが本音だ。称賛に値する」

「いや、そんな。あ、あの。えっと、あ、ありがとうございます!」

「素直に受け取らせてもらおう。俺もまさかデュエル中にそんな賛辞を受け取る日が来るとは思わなかったな」

 

 真剣勝負で張りつめていた空気もここで少し和らいだ。

 八代と口を交わす機会などそうあるものではない。

 だからこそ軽口ついでに聞きたい本音が飛び出ると言うもの。

 

「あぁー、こればっかりは認めたくなかったんだけどよ。あの噂はやっぱ本当だったかぁ」

「あの噂?」

「とぼけなくて良い。これだけ息のあったコンビネーションを見せつけられたのなら嫌でも理解できる」

「だから何を言っている? なんの話だ?」

「だぁー、もう! だからっ! お前らが、付き合ってるって話だ!!」

「えっ?!」

「……ん?」

「おい? なんでそんな心底不思議そうな顔になる?」

「いや、俺と山背が付き合っているという事実はないのだが」

「「!?!?」」

 

 一体、八代は何を言っているのか?

 

 そんな皆の疑問が一つとなったかのように会場全体に一瞬の沈黙が訪れる。

 

「いやいやいや、嘘だろ?! だってお前ら学校来る時も帰る時も一緒じゃん! ってか学校の移動の時もずっと一緒だし、昼飯の時も一緒じゃん! 逆にそれで付き合ってないってどういう事なんだ??」

「あ、あぁ! 誰にも無関心だったお前だが、山背さんにだけは心を開いているように見えた! ただならぬ仲なのは間違い無いだろう?!」

「えぇっと……その……」

 

 モジモジと顔を赤らめる山背さんの様子を見る限り、満更でも無いようだ。しかし真面目になぜそんなことを聞かれているのか理解できないというように顎に手を当て考え込んでいる八代の姿を見るとそれがポーカーフェイスなのか、本当にそのような事実がないのかの判断がつかない。

 

「うがぁぁぁぁ!! ったくモヤモヤしやがるっ!!」

「一体、どっちなのだ……」

「あ、相手の場にモンスターが増えたことで攻撃の巻き戻しが起きます。『ブラック・マジシャン』で『巨大戦艦 テトラン』を攻撃! 黒・魔・導・波っ!!」

「あっ! 話はまだっ!」

 

 この会話を打ち切るように山背さんはデュエルに戻った。

 軽い動作で飛び上がった『ブラック・マジシャン』は『巨大戦艦 テトラン』の真上で杖を振り上げる。一秒も要さずに魔力を溜めた杖を振り下ろすと、深緑の魔力が幾重の稲妻のように『巨大戦艦 テトラン』に降り注ぐ。

 だが、その一撃を受けても巨大戦艦は堕ちない。爆煙が晴れると依然として高度を維持する『巨大戦艦 テトラン』の姿があった。

 無論、巨大戦艦が戦闘破壊できない事は山背さんも分かっている。

 狙いはそこじゃない。

 

 

巨大戦艦 テトラン

カウンター 2→1

 

 

「くっ、カウンターを削ってきたか!」

 

 『巨大戦艦 テトラン』の独自効果。魔法・トラップを破壊する力を発揮するには自身に乗ったカウンターを取り除く必要がある。そしてそのカウンターは戦闘を行う事でも消費される。

 山背さんはそれを狙ったのだ。

 

「続いて『魔法の操り人形』で『巨大戦艦 ビック・コアMark-Ⅱ』に攻撃!」

「攻撃力は『巨大戦艦 ビック・コアMark-Ⅱ』の方が上だが、何を仕掛けてくる?」

 

 話を戻す間も与えない連撃に、こちらも否が応でもデュエルに集中させられる。

 

「この攻撃宣言時、速攻魔法『騎鼓堂々』を発動します。墓地の装備魔法『ワンダー・ワンド』を『魔法の操り人形』に装備します。さらに魔法カードが発動したことで、『魔法の操り人形』に魔力カウンターが1つ乗り、自身に乗っている魔力カウンターの数×200ポイント攻撃力を上昇させます」

「なるほどな。だが『巨大戦艦 ビック・コアMark-Ⅱ』は戦闘では破壊されん!」

 

 

魔法の操り人形

魔力カウンター 0→1

ATK2000→2700

 

 

 両手に剣を握りしめた人形は糸で操られているとは思えない速度で地を駆ける。人形は『巨大戦艦 ビック・コアMark-Ⅱ』の放つ弾幕の隙間を縫い、操り手は弾丸が掠りもしないことを嘲り笑う。

 逆手持ちの剣による斬撃はビック・コアのコアの一つに十字を刻んだ。

 

 

大LP4000→3700

 

 

「『巨大戦艦 ビック・コアMark-Ⅱ』が戦闘を行ったことで、自身に乗ったカウンターを一つ取り除く」

 

 

巨大戦艦 ビック・コアMark-Ⅱ

カウンター 2→1

 

 

 これで『巨大戦艦 ビック・コアMark-Ⅱ』のカウンターは1つ。次の八代のターンで攻撃を受ければ、カウンターがなくなり攻撃しても自壊は必至。確実にこちらの戦力を削ってきたか。

 

「これでバトルは終了です。魔法カード『闇の誘惑』を発動。デッキからカードを2枚ドローし、手札から闇属性モンスター『ブラック・マジシャン』を除外します」

 

 バトル終了などとよく言ったものだ。

 これはただの手札交換ではない。これでもう一波乱の準備が整ったわけだ。そう、これで『魔法の操り人形』に魔力が溜まった。

 

 

魔法の操り人形

魔力カウンター 1→2

ATK2700→2900

 

 

山背LP6000→6500

 

 

「『魔法の操り人形』は自身に持っている魔力カウンターを2つ取り除くことで、フィールドのモンスター1体を破壊します。私が破壊するのは『剣闘獣ラクエル』」

 

 『魔法の操り人形』の目が不気味に光る。

 ズブりと肉を貫く音が響いたのは直後のことだった。

 『剣闘獣ラクエル』の胸から刃が飛び出ていた。背後に音もなく現れた人形がその剣を背中に突き立てたのだ。声もなく『剣闘獣ラクエル』は破壊される。

 

 

魔法の操り人形

魔力カウンター 2→0

ATK2900→2500

 

 

「『ワンダー・ワンド』の効果を発動! このカードと装備対象モンスターを墓地に送り、カードを2枚ドローします」

 

 『魔法の操り人形』を残すことよりも手札を取ったか。

 これで山背さんの手札は6枚まで回復した。

 

「墓地の『ネクロ・ディフェンダー』の効果を発動。このカードを墓地から除外し、『ブラック・マジシャン』に次の鉄さんのターンのエンドフェイズまで、戦闘破壊耐性を与え、私の戦闘ダメージを0にします」

 

 

山背LP6500→7000

 

 

「ライフポイントが7000……か」

「カードを4枚セットしてターンエンドです!」

 

 戦闘耐性が付与された『ブラック・マジシャン』に4枚の護りの札。これは固い。

 この布陣に番長はどう挑むか。それとも……

 番長の視線の先にはやはり八代がいた。

 しかし八代だけ見ていてはこのバトルロイヤルを制することはできないぞ。

 

 

 

————————

——————

————

 

 1ターン1ターンの密度が濃い。

 山背さんのライフはこれで7000まで跳ね上がり、削りきるのに骨が折れそうな数値になった。

 幸いなのは初手で博打に出たせいでうまくターンが巡ってこないのではとヒヤヒヤしたが、どうにか『守護神の宝札』を残してターンは回ってきたことだろう。

 

「こっからは俺のターンだ。『守護神の宝札』の効果により、俺は通常ドローが2枚になる!」

 

 『裁きの天秤』による4枚ドローのおかげで、これで手札が6枚に戻った。反撃の札は整っている。

 

「まずは俺たちの戦いの舞台を整えるかぁ! フィールド魔法『剣闘獣の檻-コロッセウム』を発動!」

 

 発動した『剣闘獣の檻-コロッセウム』によって周りの景色が一変する。コンクリートの床は岩が転がった土の地面に、デュエル場を囲む客席は無骨な岩造りの映像へと切り替わる。そしてそれらを覆うようにドーム状の岩が地面から生えてくる。

 

「そしてこの戦場で戦う戦士を呼び出すぜ! 魔法カード『予想GUY』を発動! 自分の場にモンスターが存在しない場合、デッキからレベル4以下の通常モンスターを特殊召喚する。来い! 『剣闘獣アンダル』!」

 

 召喚に応じ現れたのは隻眼の巨熊。黒色の毛並みの上から鎧を身につけ、拳には鋭い棘があるメリケンサックを装備している。

 

 

剣闘獣アンダル

ATK1900  DEF1500

 

 

「デッキからモンスターが特殊召喚されたことにより、『剣闘獣の檻-コロッセウム』にカウンターが1つ乗る。そして場の“剣闘獣”の攻撃力、守備力はこのカウンターの数×100ポイントアップする」

 

 フィールドに散らばる岩に彫り込まれた回路のようなラインに一瞬青白い輝きが走る。戦場に立つ『剣闘獣アンダル』はフィールドの恩恵を受け放つ闘気を膨らませる。

 

 

剣闘獣の檻-コロッセウム

カウンター 0→1

 

 

剣闘獣アンダル

ATK1900→2000  DEF1500→1600

 

 

「そして俺の場に” 剣闘獣”がいる場合、手札の『スレイブタイガー』は特殊召喚できる」

 

 入場口から駆け参じたのは腰回りに鎧を纏った虎。剣闘獣に飼われている虎だけあって、直ぐにアンダルの横に並び立つと安堵したのか僅かに尻尾を揺らしている。

 

 

スレイブタイガー

ATK600  DEF300

 

 

 さて、こっからが勝負どころ。このターン倒すモンスターはすでに決めている。

 俺の行く手を阻むあの心底気に入らねぇモンスターだ!

 

「『スレイブタイガー』は自身をリリースすることで、自分の場の“剣闘獣”モンスター1体をデッキに戻し、デッキから新たに“剣闘獣”モンスターを1体特殊召喚する。俺は『剣闘獣アンダル』をデッキに戻し、デッキから『剣闘獣ムルミロ』を特殊召喚する!」

 

 『スレイブタイガー』の上に跨ったアンダルはコロッセウムの選手控え口に戻っていく。

 入れ替わって現れたのは尾びれが二股に割れ、二足歩行を可能にした青肌の魚人。両腕から足にかけて広がる水かきはマントを思わせる。

 

 

剣闘獣の檻-コロッセウム

カウンター 1→2

 

 

剣闘獣ムルミロ

ATK800→1000  DEF400→600

 

 

「『スレイブタイガー』の効果によって特殊召喚されたモンスターは“剣闘獣”モンスターの効果によって特殊召喚されたものとして扱う。これにより『剣闘獣ムルミロ』の効果発動! フィールドの表側表示のモンスター1体を破壊する。俺が破壊するのは『マジシャンズ・ヴァルキリア』!」

 

 両肩に乗せた巨大な巻貝の内部のプロペラが回転し吹き始める風に乗せ、光る鱗が吹雪のように『マジシャンズ・ヴァルキリア』に吹き付ける。

 その攻撃を前に『マジシャンズ・ヴァルキリア』は“我”と書かれた盾を構えた。

 衝撃は一瞬。

 盾で鱗の連撃を凌ぎ切った『マジシャンズ・ヴァルキリア』は無傷。

 

「? ……『マジシャンズ・ヴァルキリア』は『ガガガシールド』の効果により、1ターンに2度まで戦闘、効果で破壊されない」

「んなもん百も承知よ! 俺はさらにモンスターをセット」

「っ!」

 

 八代の表情に苦々しさが見える。どうやらこの手、奴は知っているようだ。

 

「そして場の『剣闘獣ムルミロ』と今セットした『剣闘獣ベストロウリィ』をデッキに戻し、融合召喚! 現れろ! 『剣闘獣ガイザレス』」

 

 緑と青、二つの魂が融けあい新たな魂が紡がれる。交わったひとつの光から姿を現したのは重厚な深緑の鎧を纏った緑色の鳥人。赤い鬣を靡かせ羽ばたくそれはフィールドに厄災を届けるように黒い旋風を巻き起こす。

 

 

剣闘獣ガイザレス

ATK2400→2600  DEF1500→1700

 

 

「『剣闘獣ガイザレス』が特殊召喚に成功した時、場のカードを2枚まで破壊できる。俺が破壊するのは『マジシャンズ・ヴァルキリア』と山背さんの『魂吸収』」

 

 ムルミロ同様に肩に搭載されたファンによって巻き起こした風に乗せ、羽根の刃を『マジシャンズ・ヴァルキリア』、『魂吸収』のカードに降り注がせる。

 守りのない『魂吸収』のカードは砕け散ったが、『マジシャンズ・ヴァルキリア』は『ガガガシールド』によって今の一撃も防ぎきった。

 ますは山背さんのライフ回復源である『魂吸収』を破った。

 そしてまた『ガガガシールド』は無敵の盾ではない。立て続けにムルミロ、ガイザレスの強襲を受け表面に罅が広がっている。

 

「バトルだ! 『剣闘獣ガイザレス』で『マジシャンズ・ヴァルキリア』を攻撃!」

 

  風をつかんだガイザレスの翼はとうとう『ガガガシールド』を砕き『マジシャンズ・ヴァルキリア』の体を宙高く撥ねとばす。

 『魔導騎士ディフェンダー』の効果は場の魔法使い族モンスターが破壊される代わりに場の魔力カウンターを取り除くことができる効果を持つ。だが八代はそれを使わない。

 

「よし! まずは厄介な壁を撃破っ!!」

 

 『マジシャンズ・ヴァルキリア』は甲高い断末魔とともにコロッセウムから退場した。

 その理由は簡単。

 

「『剣闘獣ガイザレス』の効果発動。ガイザレスがバトルしたバトルフェイズ終了時にこのカードをデッキに戻し、デッキより『剣闘獣ベストロウリィ』以外の“剣闘獣”モンスターを2体特殊召喚できる」

 

 仮にあそこで『魔法騎士ディフェンダー』の効果を使えば、ここで『剣闘獣ムルミロ』を俺が出した場合に誰も守れないからだ。

 

「俺がデッキから出すのは『剣闘獣エクイテ』と『剣闘獣ダリウス』」

 

 ガイザレスの姿が光の球体へと変わると、二つに分かれ新たなモンスターを象る。

 一つは二足歩行の馬型の獣人。もう一つは四足歩行の翼を生やした半人半馬の鳥獣人。いずれも鎧を纏い武装したこのコロッセウムの剣闘士だ。

 

 

剣闘獣の檻-コロッセウム

カウンター 2→3

 

 

剣闘獣エクイテ

ATK1600→1900  DEF1200→1500

 

 

剣闘獣ダリウス

ATK1700→2000  DEF300→600

 

 

「“剣闘獣”の効果によって特殊召喚されたエクイテ、ダリウスはそれぞれ効果を発動! エクイテの効果により、墓地の“剣闘獣”と名のつく魔法・罠を1枚手札に加える。俺が回収するのは『剣闘獣の戦車』。そしてダリウスの効果により墓地から“剣闘獣”モンスター1体を復活させる。甦れ、『剣闘獣ラクエル』!」

 

 ダリウスが鉄の鞭で地面を叩く。地が割れ中から拳を突き上げて『剣闘獣ラクエル』が飛び出す。これであいつを呼び出す条件は整った。

 

 

剣闘獣ラクエル

ATK1800→2100  DEF400→700

 

 

「フィールドの『剣闘獣ラクエル』と“剣闘獣”モンスター2体をデッキ戻し、こいつは融合召喚できる!」

 

 ラクエル、ダリウス、エクイテの三つの魂が交わり、一際大きい魂の輝きがコロッセウムを照らし出す。

 

「百獣の王の力宿し傭兵よ! 幾千の決闘の果て! 敗者を積み上げ、彼の塔の頂きに君臨せよ! 融合召喚! 『剣闘獣ヘラクレイノス』!!」

 

 三つの魂が混ざり合い現れたのは金色の毛並みの獣人。筋骨隆々の体つき、肩には黒い虎を思わせる縦縞が入っている。腹部から脚部にかけての黒色の毛並みからも分かる発達した筋肉の上から纏った鎧。それは胸部から腹部、脚部にかけて綺麗にエメラルド、サファイヤ、ルビーと塗り分けられている。

 右腕の得物は金色の大斧、左にはワニを思わせる巨大な鱗で固められた金色の盾に身を固め、今宵の相手は誰かとフィールドを見渡す。。

 目に留まったのはやはり八代の『サイレント・マジシャンLV4』。その視線は数秒間もの間、揺らぐことなく釘付けとなっていた。

 

 

剣闘獣ヘラクレイノス

ATK3000→3300  DEF2800→3100

 

 

 コロッセウムに最強の剣闘士が登場の景気付けとばかりに雄叫びを上げる。腹の底から竦みあがらせるようなその声はコロッセウムを、観客を震撼させた。

 しかしコロッセウムの恩恵を受けても尚、攻撃力は『サイレント・マジシャンLV4』に僅かに届かない。

 だが俺にはそれを倒すための策も保険もある。

 

「そして俺は装備魔法『剣闘獣の闘器マニカ』をヘラクレイノスに装備! これによりヘラクレイノスは戦闘破壊されなくなる!」

 

 大斧を持つ右腕、そこを覆うように赤銅の小手が新たに装着される。上腕部に光る赤い宝玉は闘気に呼応するように熱い光を放つ。

 

「カードを1枚伏せターンエンドだ!」

 

 これでやることは全てやりきった。

 2巡目のターンのラストを飾るのは八代。やはりこのターンを迎えると、この場の全員の視線の集中度が段違いだ。誰しもがこのターンの八代の手を見逃すまいと意識を向けている。

 しかしそんな視線を集めても八代は落ち着いた様子でターンを始める。

 

「俺のターン!」

 

 このターン、八代は『サイレント・マジシャンLV4』の効果を使い『サイレント・マジシャンLV8』を呼び出す。それがわかっているからこそ俺はこのカードを仕掛けているのだ。

 ヘラクレイノスには悪いがこの戦場でサイレント・マジシャンとぶつかることはない。八代もわかっているだろうが、この罠がそれを止める。

 

 

バチッ! バチバチッ!!

 

 

「っ?!」

 

 唐突に地面から吹き出た紫電が俺の魔法・罠ゾーンに迸る。それは八代、軍曹、山背さんのフィールドにも広がっていく。

 ソリッドビジョンの故障。一瞬、そんな言葉が脳裏をよぎる。

 

「罠カード『トラップ・スタン』」

 

 しかしその一言が、そんな浅はかな俺の考えを無に帰した、そして同時にこのターンの主導権が誰に渡ったのかを明白にした。

 

「なん、だと……?」

 

 『トラップ・スタン』はこのターンの間、フィールドのあらゆる罠の効果を無効にする力を持つカード。

 しかし『剣闘獣ヘラクレイノス』は手札1枚をコストに魔法・罠を無効にする効果を持つ。一見、止めるのは造作もないように思える。

 だが忘れてはいけない。八代は山背さんの『魔力の泉』によってこのターンまで、あらゆる魔法・罠を無効にされないのだ。

 そうして確実に『トラップ・スタン』を通す状況を作ることで、このターンの罠を全て封じ込めた。

 

「読み違えたな。『剣闘獣の戦車』を発動するつもりだったか? そんな見え据えた手で俺がサイレント・マジシャンの破壊を許すはずがないだろう! このスタンバイフェイズに『サイレント・マジシャンLV4』は『サイレント・マジシャンLV8』に進化するっ!!」

 

 5つの魔力球に蓄えられた魔力が解放され『サイレント・マジシャンLV4』は光の中に溶け込んでいく。

 光の中から現れた姿はすっかり大人びた女性のものへと変わっていた。風に靡く絹のような白髪を撫で付けながら、湖面のように静かな蒼い瞳で戦場を一望する。その一つ一つの落ち着いた所作に気が付けば魅入ってしまっていた。

 

 

サイレント・マジシャンLV8

ATK3500  DEF1000

 

 

剣闘獣の檻-コロッセウム

カウンター 3→4

 

剣闘獣ヘラクレイノス

ATK3000→3400  DEF2800→3200

 

 

 俺の意識を戻したのは八代のデュエルを続ける声だった。

「『王立魔法図書館』の効果発動。自身に乗った魔力カウンターを3つ取り除きカードを1枚ドローする」

 

 魔力によって本棚が動く『王立魔法図書館』内部の魔力球が八代のデュエルディスクに吸い込まれる。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 3→0

 

 

 これで八代の手札は3枚。内1枚は『魔力掌握』。『王立魔法図書館』の魔力カウンターも使い切った状況を作ったということは、次の一手は決まっている。

「『魔力掌握』を発動。『魔法族の結界』に魔力カウンターを1つ乗せる。そしてデッキから『魔力掌握』を手札に加える」

 

 コロッセウムの上空に展開される巨大な魔法陣に4つ目の魔力球が浮かぶ。魔法陣の魔力が充足したことで、その光は明滅を繰り返す。

 

魔法族の結界

魔力カウンター 3→4

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 0→1

 

 これにより『魔法族の結界』の効果で八代の手札は7枚まで増加する。そこからの展開は未知数だ。

 

「『魔法族の結界』の効果発動。このカードと自軍の場の魔法使い族モンスターを墓地に送り、このカードに乗った魔力カウンターの数ドローする。『魔導騎士ディフェンダー』を天に捧げ、『魔法族の結界』に乗った魔力カウンターの数は4つ。よって4枚ドロー!」

「はっ! 人にはふざけたドローだとか抜かしてやがったが、お前も大概じゃねぇか」

「これでも準備の手間やコストを考えれば妥当なものだと思うがな」

 

 『魔導騎士ディフェンダー』が上空の魔法陣に引き寄せられると、4つの魔力球と混ざり合い光の筋となって八代のデュエルディスクに吸い込まれる。

 果たしてこの4枚のドローは何をもたらすのか?

 

「そして俺は、魔法カード『死者蘇生』を発動!」

「「っ!」」

 

 このタイミングでの『死者蘇生』。引きの強さに驚かせると同時に「何を?」という疑問が浮かぶ。単純に強力な効果、ステータスを持つモンスターなど墓地には居ないはず。

 既に7枚の手札を持つ八代が思い描くルートを俺たちは追いかけることができないでいた。

「俺が蘇生するのは山背さんの『D・D・M』!」

 

 地面に墓地へのゲートが開き、そこを潜って来たのは頭までフードですっぽり覆う黒のローブを纏った魔術師。その力を抑えるかのようにローブの上から茶のベルトで肩や腕、腰を縛り上げている。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 1→2

 

D・D・M

ATK1700  DEF1500

 

 『D・D・M』は除外されているモンスターを呼び出す効果を持つモンスター。だが八代が除外しているモンスターは1体。

 

「手札の『魔力掌握』を捨て『D・D・M』の効果発動。除外されている『見習い魔術師』を守備表示で特殊召喚する」

 

 『D・D・M』の腕に刻まれた魔力回路に赤い魔力が通る。すると『D・D・M』の姿が、いや、目の前の空間が捻じ曲がったことで光が曲げられたせいか。その歪みに耐えきれなくなったのかガラスを叩き割ったかのような音を立て空間が砕けた。中から赤い鉢巻を額に巻いた魔術師が飛び出てくる。

 

 

見習い魔術師

ATK400  DEF800

 

「『見習い魔術師』の効果。このカードの特殊召喚に成功した時、魔力カウンターを乗せることができるカードに魔力カウンターを1つ乗せる。俺は『王立魔法図書館』に魔力カウンターを乗せる」

 

 『見習い魔術師』が打ち出した魔力球が『王立魔法図書館』の内部に浮かぶ。ターン開始時に全ての魔力カウンターを消費したはずなのに気が付けばもう元の状態に戻っていた。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 2→3

 

「そして再び魔力カウンターが3つ溜まったことで『王立魔法図書館』の効果発動。デッキからカードを1枚ドローする」

 

 これで八代の手札が6枚に回復する。『魔力掌握』を『D・D・M』のコストにした事で、いよいよ手札で見えるカードは無くなった。

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 3→0

 

 

 『死者蘇生』からの魔法使い連続召喚を見せた八代だが、展開したモンスターのステータスはどれも俺や軍曹のモンスターには遠く及ばない。

 行動の表面だけをなぞれば『死者蘇生』は『王立魔法図書館』に魔力カウンターを貯めるための布石に見える。だがそれだけのために強力なカードを切るのは違和感しかない。

 そう、この違和感は正しい感覚だ。

 例えるなら連想ゲームか。ヒントが少ない状態では当然誤った答えに辿り着く。八代が描く答えに至るには切られるヒントを辿るしかない。

 

「装備魔法『ワンダー・ワンド』を『D・D・M』に装備。攻撃力を500ポイントアップさせる」

 

山背さんも使っていた魔法使い族専用のサポートカード。その真価は攻撃力上昇ではない。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 0→1

 

 

D・D・M

ATK1700→2200

 

 

「そして『ワンダー・ワンド』の効果発動。装備対象モンスターとこのカードを墓地に送りカードを2枚ドローする」

「一体このターンに何枚ドローする気なんだ……」

 思わず、といったように軍曹がこぼす。

 『魔力の泉』により、八代の魔法、罠は無効にできず、破壊もされない。さらに『トラップ・スタン』によって罠を封じられているため、八代の動きに干渉ができない。

 速攻魔法や手札誘発のカードがあれば別だが、あの様子では軍曹も俺と同じだろう。

 このターンの八代の動きを指を咥えて見ていることしかできない。

 

「1000ポイントライフを払い、魔法カード『拡散する波動』を発動。このターン『サイレント・マジシャンLV8』は全てのモンスターに攻撃が可能となる」

「まだ自分のライフを抉るのか?!」

 

八代LP2000→1000

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 1→2

 

 

 このデュエル、フィールドや手札を見れば八代が優位に立っている。

 だがライフを見ると山背さんが抜きん出ており、逆に八代が最下位だ。1000のライフなんて下級モンスターで小突いただけで消える僅かなもの。そんな状態にも関わらず八代の様子にはまるで危機感がない。

 

「魔法カード『タンホイザーゲート』発動。このカードは場の攻撃力1000以下の同じ種族のモンスター2体を選択して発動できる。俺が選ぶのは『見習い魔術師』と『王立魔法図書館』。そして選択したモンスターのレベルは2体のモンスターのレベルの合計となる」

「ここでレベルを調整……?」

 

 レベルを変化させるカードは珍しいが、使用されるケースとして一般論で言えばレベルを変化させるのは多くの場合、その後のシンクロ召喚に繋げられる。

 しかし八代はこの学園でシンクロ召喚を見せたことはない。シンクロ召喚のためでなければ一体なんのために?

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 2→3

Level4→6

 

見習い魔術師

Level2→6

 

 

「『王立魔法図書館』の魔力カウンターを3つ取り除き、カードを1枚ドローする」

 

 確かにカードは消費している。だが『王立魔法図書館』によってのドロー供給によって手札は未だに6枚維持している異常さに目を奪われていた。

 

 

王立魔法図書館

魔力カウンター 3→0

 

 

 だが手札を維持するだけの『タンホイザーゲート』というのはやはり腑に落ちない。

 『死者蘇生』から続く違和感。一連の流れがこの盤面を作り出す事に意味があったとしたら……

「これで条件は整った」

 

 果たして俺の予感は的中した。

 

「このカードは場のレベル6以上の魔法使い族モンスター2体をリリースし、手札から特殊召喚できる。俺はレベル6となった『見習い魔術師』、『王立魔法図書館』をリリース!」

 

 『見習い魔術師』、『王立魔法図書館』の体が魔力に変換されていき、黒と白の光へと昇華していく。二つの光は天に昇りながら混じり合い、やがて一本の光柱となると、それを中心に暗雲が立ち込める。

 

「出でよ、『黒の魔法神官』!」

 

 光の柱が黒で裂ける。

 新たに現れたのは黒の魔法衣を纏った魔術師。衣装の隙間から覗く無骨な筋肉と言い浅黒い肌と言い、『サイレント・マジシャンLV8』の出で立ちとは対照的だ。肩の高さまである深緑の杖は振るわれるだけで、暗雲から青い雷が辺りに落ちる。

 

 

黒の魔法神官

ATK3200  DEF2800

 

 

「ははっ……すげぇな」

「召喚条件の厳しい最上級魔術師が並ぶ光景を目の当たりにしようとは……」

 

 無意識に乾いた笑いが漏れた。

 怒涛の展開に感嘆しか浮かばない。何より恐ろしいのは此れだけの展開をして見せたにもかかわらず、手札が5枚残っているという事だ。

 そして沈黙していた戦王の猛攻を俺は目に焼き付けることになる。

 

「バトルだ! 『サイレント・マジシャンLV8』で大の“巨大戦艦”モンスター全てに攻撃!」

 

 攻撃対象から『剣闘獣ヘラクレイノス』が外れたのは戦闘破壊耐性と、その効果ゆえか。

 

「軍曹っ!!」

 

 俺の叫びは虚しく、白い光に飲まれていく戦友をただ見ていることだけしかできなかった。

 

 

 

————————

——————

————

 

 天に描かれた巨大な魔法陣。大きさは『魔法族の結界』に匹敵する。

 だがあれは小規模な村の魔法使いが集まって描くもの。それを一人の魔法使いが作ってしまうのだから驚きだ。

 魔法陣の中心に浮かぶ白の魔法使いが掲げる杖先には戦艦をも飲み込まんばかりの巨大な魔力が蓄えられている。

 その光は立ち込めていた暗雲を照らし天をも焦がさん勢いだ。まるで人の文明を終わらせに来た神の使いのように。

 

「くっ、参ったな……」

 

 あれに対する策はない。

 ただ耐える。俺にできるのはそれだけだ。

 

「軍曹っ!!」

 

 戦友の声が聞こえる。

 何もできない虚しさを、悲しみを、嘆きを入り混ぜたようなそんな声。

 

 そんな顔をするな、番長。

 

 これを受けようが俺はまだやられん。

 

 そんな言葉をかける間も無く、そうして三本の極光が魔力球から“巨大戦艦“の艦隊めがけて放たれる。その一つ一つが戦艦の主砲をも上回る太さ。それらが”巨大戦艦“を飲み込み押し寄せる。

 そしてその衝撃が、来る!

 

「くぉぉぉおおおおっ!!」

 

 “巨大戦艦”を盾にして尚もこの威力。

 体の芯を捉えた衝撃は光の中で俺の体を浮かせ、後方へと弾き飛ばす。

 両足が地面を擦るようになってからは後ろに仰け反り倒れそうになるのを堪える。

 

 

巨大戦艦 テトラン

カウンター 1→0

 

 

巨大戦艦ビッグ・コアMk-Ⅱ

カウンター 1→0

 

 

巨大戦艦 カバード・コア

カウンター 2→1

 

 

大LP3700→1600

 

 

「カードを3枚セットし、ターンエンド」

 

 微かに戻った聴覚が捉えたのは八代のターンエンド宣言。

 バトル終了後のダメージは0。

 このターンを凌ぎ切れたらしい。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 カードを握る手が震えている。

 残りライフと俺に打てる手を考えるに、このターンがまともに動ける最後のターンになりそうだ。

 だが敵は強大。こちらの攻勢に備える札は山背さん、八代共に厚い。

 デュエルの腕は八代も然ることながら、山背さんも見事なものだ。モンスターの展開こそ、『ブラック・マジシャン』1体のみだが、場のセットカードは4枚と堅い上にライフが7000ある。妨害を掻い潜ってライフを削り切るのは至難の技だ。

 そして八代と連携されたら、もう勝ち目はないだろう。

 『黒の魔法神官』は罠を無効に破壊する効果を持つ。それを番長の『剣闘獣の戦車』で無効にできれば良いが、その前に山背さんに優先権が移る。つまり八代が『黒の魔法神官』で俺の罠を無効にした直後、山背さんが何かカードを発動すれば『黒の魔法神官』に対しての『剣闘獣の戦車』が発動できない。

 

「……番長。どうにもこのデュエル、2対2の構図じゃ分が悪いようだ」

「おい、弱気じゃねぇか。んなもんまだこっからやってみねぇと」

「番長!」

「! ……なんだよ」

「八代を任せる」

「……は?」

「これより俺は山背さんのライフを削り切ることに注力する。手出しは無用。お前は八代との戦いに備え札を温存しておけ」

「……っ!」

 

 数泊の間。

 ほんの一瞬、瞳に揺らぎが映ったが、俺の覚悟を汲んでくれたようだ。

 

「……勝てよ」

「あぁ」

 

 友と交わす言葉はこれで十分。

 あと向かい合うべきは己が決めた敵のみ。

 

「ということだ、山背さん。悪いが相手になってもらうぞ。あぁ、もちろん八代が手を出そうがこちらとしては構わない。いくらでも出せる手は使ってくれ」

「……望むところです。八代君、手出しは入りません。挑まれた以上、このデュエル、私が引き受けます!」

「……分かった」

 

 意外な展開だ。

 まさか八代を抑えて山背さんが乗ってくるとは。

 言葉だけではまだ信用し切ることはできないが、これは僥倖。意識の大半は山背さんに向けることができる。

 とは言え山背さんのライフ7000を削り切るには手持ちの戦力が足りない。

 まずは戦力の確保。それが俺のやるべきことだ。

 

「では尋常に! 俺のターンっ!」

 

 手札に来たのはこのデッキの切り札。

 早速、俺の覚悟を汲んでくれたのか。こいつはありがたい。

 高ぶる気持ちに伴い体が熱を帯びていく。

 

「墓地の『冥帝従騎エイドス』を除外し効果発動! 墓地から『冥帝従騎エイドス』以外の攻撃力800、守備力1000のモンスターを復活させる。『天帝従騎イデア』を特殊召喚!」

 

 

天帝従騎イデア

ATK800  DEF1000

 

 

「『天帝従騎イデア』が召喚、特殊召喚に成功した場合に効果を発動できる。デッキから『天帝従騎イデア』以外の攻撃力800、守備力1000のモンスターを特殊召喚する。俺が出すのは『冥帝従騎エイドス』!」

 

 エイドスの召喚に反応し、コロッセウムに散らばる青い石に光が通る。

 コロッセウムから力を受け取った『剣闘獣ヘラクレイノス』の攻撃力がこれで八代のサイレント・マジシャンと並んだ。

 

 

冥帝従騎エイドス

ATK800  DEF1000

 

 

剣闘獣の檻-コロッセウム

カウンター 4→5

 

剣闘獣ヘラクレイノス

ATK3400→3500  DEF3200→3300

 

 

 これが俺にできる番長への最後の援護。

 あとは山背さんを打ち倒すための盤面を整えることに注力する。

 

「『冥帝従騎エイドス』が特殊召喚に成功したことで、俺はこのターン通常召喚に加えて1度だけアドバンス召喚を行える。俺はこの効果で『天帝従騎イデア』、『冥帝従騎エイドス』の2体をリリースしてアドバンス召喚を行う!!」

 

 光と闇、対となる二騎の魂が天に登って消えゆく。

 

「艦隊を率いる機械軍の王よ! 今こそこの戦場に君臨せよ! アドバンス召喚! 『パーフェクト機械王』!!」

 

 コロッセウム上空に浮かぶ巨大戦艦の艦隊。そのさらに頭上の暗雲を割って、巨大な影がフィールドに差す。

 背中のスラスターを噴かせてゆっくりと下降してきた人型機体こそ我が軍の王。白を中心としたカラーリング。腕と兜を思わせる顔は赤。ロボットアニメの主人公が乗る機体を絵にしたようなシルエットだ。

 

 

パーフェクト機械王

ATK2700  DEF1500

 

 

「『パーフェクト機械王』はこのカード以外の自軍の機械族モンスター1体につき攻撃力が500ポイントアップする」

 

 周りを取り巻く“巨大戦艦”から送られるエネルギーが『パーフェクト機械王』の力を高めていく。それは静かに、されど力強く。己が戦う相手から視線を外すことなく己が力に変換していった。

 

 

パーフェクト機械王

ATK2700→4200

 

 

「攻撃力4200……」

「そして『天帝従騎イデア』が墓地に送られたことで、除外されている『汎神の帝王』を回収。さらに手札の『始源の帝王』を墓地に送り、『汎神の帝王』を発動! デッキからカードを2枚ドローする」

 

 ついに来たか!

 このターンで山背さんのライフを削り切るためのキーカードが!

 だがまだ足りない。

 山背さんの構える布陣を突破するだけの手数が足りていない。

 あとはこれを押し通すための有用な札を揃えるのみ。

 だがこれは賭けだ……!

 

「自分のライフが相手より1000以上少ない場合、ライフを1000払うことでこのカード発動できる! 罠カード『活路への希望』!」

「ライフを……っ!」

 

 

大LP1600→600

 

 

「お互いのライフの差2000につき1枚、デッキからカードをドローできる。山背さんのライフは7000。ライフの差は6600。よってカードを3枚ドローする!」

 

 さぁ八代。動くか?

 口約束ではこの戦いは山背さんとの一騎打ちとなっている。

 そう、口約束。

 大前提がバトルロイヤルである以上、それを反故にしようと何ら問題はない。

 『黒の魔法神官』の効果を使えば、容易くこれを止めることができる。

 これは明文化されていない停戦協定を理由に銃を向けた敵兵の射線上を横切るも同じ行為だ。

 

「……」

 

 騒々しく心臓が鼓動する。

 沈黙の数秒の時が長い。

 背中に嫌な汗を感じる。

 だが、ようやくその時は来た。

 デュエルディスクに灯る光。効果処理が解決した合図だ。

 

「ドローッ!!」

 

 引いたのは『重力砲』、『巨大戦艦クリスタル・コア』、そして『サイクロン』!

 興奮を抑えるのに苦労する。これでこのターンに引き寄せたかったカードが全て揃った。

 『サイクロン』を使えば山背さんのセットカードの内1枚を確実に破壊できる。『黒・爆・裂・破・魔・導』を打ち抜ければ戦況は一気にこちらに傾く。

 だが藪蛇という言葉の示す通り『マジカルシルクハット』の先例もある。その賭けに転じるのはまだ早計だ。

 焦るな。一手一手を確実に。

 

「装備魔法『重力砲』を『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』に装備。攻撃力を400ポイント上昇させる」

 

 『進撃の帝王』の影響外の唯一のモンスターである『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』に『重力砲』が取り付けられる。

 

 

巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ

ATK2400→2800

 

 

 『マジシャンズ・プロテクション』をデッキに入れていることは把握済みだ。それを複数枚積んでいる可能性もある以上、火力はあるに越したことはない。

 あとはこの場にいない手札の巨大戦艦を呼び出すのみ。

 

「墓地の『始源の帝王』を除外し、永続罠『真源の帝王』を光属性、レベル5の通常モンスターとして守備表示で復活させる」

 

 

真源の帝王

ATK1000  DEF2400

 

 

「大さんには召喚権はまだ残っている……ということは」

「そう。俺は『真源の帝王』をリリースし『巨大戦艦 クリスタル・コア』をアドバンス召喚!」

 

 『真源の帝王』を糧としフィールドに新たな巨大戦艦が姿を現す。コアを中心に6枚の花弁のように広がる機体を巨大なクリスタルで包み込んだフォルム。正面から伸びた二本の触手のようにうねるレーザー砲が特徴だ。

 

 

巨大戦艦 クリスタル・コア

ATK2100  DEF1000

 

 

「『巨大戦車 クリスタル・コア』の召喚時にカウンターが3つ置かれる。さらにフィールドの機械族が増えたことで『パーフェクト機械王』の攻撃力はさらに上昇!」

 

 拳を付き合わせた『パーフェクト機械王』の機体にエネルギーが迸る。機体性能の最高出力を出し得る条件が整った証だ。

 

 

パーフェクト機械王

ATK4200→4700

 

 

巨大戦艦 クリスタル・コア

カウンター 0→3

 

 

 これでこちらの持ちうる戦力が全て出揃った。

 最高の盤面が整った歓びで血が湧き立つ。

 

「さぁ、始めよう。我が艦隊の進軍を!」

 

 『パーフェクト機械王』を中心に並ぶ4隻の巨大戦艦。

 銀河大戦の最終決戦かの如く壮観な盤面だ。惜しむらくはコロッセウムに並ぶにはあまりにも世界観が異なることか。

 たがそれも些細なこと。

 相対するは初代デュエルキングの切り札である最高の黒魔術師。

 相手にとって不足なし!

 

「受け切れるか? 艦隊を統べる王の一撃を! 『パーフェクト機械王』で『ブラック・マジシャン』に攻撃!」

「トラップ発動! 『ブラック・イリュージョン』! このターン、私の場の攻撃力2000以上の闇属性、魔法使い族モンスターは戦闘で破壊されず、効果は無効化され、相手のカード効果を受けません!」

 

 『ブラック・マジシャン』の胸元の中心から青白く幾何学的な文様の魔術回路が全身に広がっていく。

 

「なるほど。流石は初代デュエルキングが使用していたエースモンスターだけのことはある。強固な守りを構えてくるな。だがっ! いくら強力な耐性を得ようとプレイヤーへのダメージは免れんぞ!!」

 

 己の敵を捕捉した『パーフェクト機械王』の目が光る。胸部に埋め込まれた動力源から全身の回路にエネルギーが送られていく様が、機体の表面を走る緑色光となって見て取れる。

 背中に取り付けられたスラスターを吹かせ上昇すると、半身となり右拳を引き、腰を落として構える。

 攻撃力4700から放たれる威圧感に当てられたのか、山背さんは動揺しながらさらにカードを切った。

 

「え、永続トラップ発動! 『マジシャンズ・プロテクション』! 私の場に魔法使い族モンスターが存在する限り、受けるダメージを半減させます!」

「っ!」

 

 『マジシャンズ・プロテクション』の効果はそれだけではない。

 前に使われた通りフィールドから墓地に送られた場合、墓地の魔法使い族モンスターを復活させる効果を持つ。

 これを『サイクロン』で安直に破壊しようものなら、山背さんは『ブラック・マジシャン・ガール』を蘇らせ、セットされた『黒・爆・裂・破・魔・導』を仕掛けてくるだろう。

 

「……」

 

 瞬時に全ての戦闘をシュミレートし、結論を出す。

 『パーフェクト機械王』の背中のブースターが再び着火。それが俺の答えである。

 上昇の時の勢いとはわけが違う。最大出力で放出されたブースターの火力で右足を軸に回転を始める。回転の速度は時間経過とともに増し、機体の形が目で追えなくなっていく。そしてその状態で急速に落下を始めた。

 それを迎え撃つ『ブラック・マジシャン』は右腕の杖を突き出して防御陣を展開する。

 その数、五枚。幾何学的な文様が重なり強固な障壁なのが伺える。

 さらにその背後に立つ山背さんを守るようにピンク色の魔力で構成されたドーム状のバリアが展開される。あれが『マジシャンズ・プロテクション』の加護か。

 並みの攻撃であれば打ち破ることはおろか、プレイヤーに碌にダメージを与えることすら叶わない護りだ。

 

 だがっ!

 

 バリィィィィィィンッッ!!!

 

 障壁と拳の接触。

 その瞬間に4枚の魔力障壁がガラス細工のように砕かれる。

 隕石の如く上空から落ちてきた『パーフェクト機械王』の拳は『ブラック・マジシャン』に触れる寸でのところで最後の1枚の障壁に阻まれる。そして遅れて山背さんを覆っているピンク色の魔力障壁にも衝撃が伝わり大きな波紋を生み出す。

 しかしプレイヤーへの影響は軽微。彼女の眼差しからは最高位魔術師の守護への厚い信頼を感じる。

 

 ピキッ、ピキッ

 

 最後の障壁にも罅が入り始めた。

 元より攻撃力の差が2000以上もある戦いで『ブラック・マジシャン』がその全てを防ぎきれる道理はない。

 それにだ。

 

「ダメージを半減した程度で凌ぎきれると思ったか!! 速攻魔法『リミッター解除』発動!! 自分の場の機械族モンスターの攻撃力を倍にする!!!」

「なっ?!」

 

 

パーフェクト機械王

ATK4700→9400

 

 

 『リミッター解除』に伴い『パーフェクト機械王』の動力部から溢れ出るエネルギーが目に見えて変化する。

 胸部から肩を通り腕を伝い拳にまで届いた回路を焼き切らんばかりのエネルギーにより、拳から肩にかけてまでがオレンジ色に輝き始める。その熱で光は歪み、『パーフェクト機械王』の右腕を中心にシルエットが掴みづらくなっていく。

 全身を包む赤と白の装甲に切れ目が走ると、プシューと蒸気を吹かせながら内部の黒い配線がむき出しとなる。限界を超えたエネルギー供給に排熱機構が追いついていない。

 それでも最後の障壁が破れないのは『ブラック・マジシャン』の意地か。

 いや違う。

 『パーフェクト機械王』はまだその全エネルギーを攻撃へと伝えていない。機体が出せる最大火力を文字通りぶつけるため、限界を超えてその力を腕へと溜めているのだ。

 伸びきっていない右肘から一本の杭のようなものがゆっくりと伸びる。その杭は肘から拳までの距離の半分ほどの長さまで出ると停止した。

 これから何が起こるのか、いち早く察した『ブラック・マジシャン』の表情が驚愕に染まる。

 そして、さながら岩盤を砕くパイルバンカーのように、その杭が元に戻った直後。

 

 コロッセウム全体を飲み込むほどの大爆発が起きた。

 

 瞬く間もなく視界を染め上げる閃光と、続いてやってくる耳元で雷でも落ちたかのような轟音、吹き荒れる爆風にプレイヤーは少なからず煽りを受ける。

 

「きゃあああっ!!」

 

 山背さんの悲鳴が爆音に消えると同時に聴覚が失われる。

 その間、およそ数秒。

 目を開くと映る戦場はさして大きな変化は見られない。だが、衝突した2体のモンスターの姿はどちらも無事ではなかった。

 まず攻撃を受けた『ブラック・マジシャン』。体は煤け、左腕に至ってはだらりとぶら下がっており、肩から袖まで衣装が破けて肌が見えている。表情は苦悶に歪み、飛んでいるのが精一杯といた様子だ。

 そして攻撃を放った『パーフェクト機械王』もまた満身創痍。限界を超えた高出力のエネルギーを放出した結果、機体内部の配線が破裂し装甲から火花が散っている。特に右腕の損傷が激しく、拳はひしゃげ腕の装甲は所々剥がれ落ち内部の配線が剥き出しとなっている。

 

「威力を半減しても一回の攻撃でここまでダメージを受けるとは……やられました」

「ふむ。本来ならこの一撃でゲームは終わっているはずなのだがな。こちらとしても耐えられたのは想定外であった」

 

 

山背LP7000→3550

 

 

「だが、これでわかったであろう? この艦隊を前に攻撃を凌ぎきることなど不可能であると」

「それは、やってみないとわかりません……!」

「ほう、気弱な方だと思っていたが、存外気丈ではないか。まだ策があるのか? ならば全てを出し切るがいい。そしてそれら全て撃ち払い進軍するのが我が艦隊だ! 『巨大戦艦 カバード・コア』よ! 標的は『ブラック・マジシャン』だ!」

 

  攻撃指令を受けカバード・コアの左右にはミサイルポッドが展開される。静まり返った戦場にカバード・コアの動力駆動音だけが響き始める。

 『リミッター解除』の影響を受け、『パーフェクト機械王』同様に限界以上のエネルギーがミサイルポッドへと着実に溜まっていく。その全てのロックオンが向けられて尚も主人を守るため、片腕で魔法障壁を展開する『ブラック・マジシャン』は流石というべきか。

 

 

巨大戦艦 カバード・コア

ATK2500→5000

 

 

 さあ、山背さんは何を仕掛けてくる?

 『進撃の帝王』の守りとて絶対ではない。除外やバウンスには対応しきれない上に、それ自体が破壊されれば効果は消える。

 ただいずれかの策を持っているのなら最初の攻撃でそれを使わなかった理由はなんだ?

 まだ考えたところでその答えには至れない。

 けど、それでいい。

 権謀術数、互いに策を講じそれを打破するべく知略を巡らせ合う戦いこそが己の魂を熱く震わせるのだ!

 

「全弾発射っ!!」

 

 エネルギーの充填率がおよそ200%に達しているであろうミサイルの爆発は瞬く間に『ブラック・マジシャン』の姿を障壁ごと塗り潰す。

 十六ものミサイルの爆発の連鎖は止まらず、コロッセウムの上空を黒煙に染め上げる。

 全弾直撃。

 少なくとも山背さんが何かを仕掛けた様子は見られなかった。

 

 ミサイルの爆発が止まってからたっぷり十数秒。

 爆炎の中から現れた『ブラック・マジシャン』の姿は更に酷いものになっていた。魔法障壁を展開しダメージを軽減していたようだが、杖には僅かに罅が入り息を切らしている。

 

 

巨大戦艦 カバード・コア

カウンター 1→0

 

 

山背LP3550→2300

 

 

「どうした? 手を打たねばライフが尽きるぞ? 『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』で『ブラック・マジシャン』を攻撃!」

 

 

巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ

ATK2800→5600

 

 

 カバード・コアが引くと同時にビッグ・コアMk-Ⅱが前に出る。

 続く攻撃は左右の外側に2門ずつ、左右内側に3門ずつ、そして中央に4門取り付けられたレーザー砲による一斉射撃。計十四本の青白いレーザーは『ブラック・マジシャン』の体を焼き尽くさんと殺到する。

 苛烈な攻撃を前に『ブラック・マジシャン』は尚も引くことなく真っ向から挑んだ。レーザーの光に飲まれる直前、罅の入った杖を通して発動した魔法障壁で受け止める姿が確認できた。

 そしてやはり山背さんは何も仕掛けてこない。

 

 実は策などないのか?

 

 一瞬、そんな疑問が頭をよぎる。

 だがそれはないとすぐに思い直す。

 山背さんの瞳に宿る闘志はまだ消えてはいないのだから。

 

 

山背LP2300→750

 

 

 レーザーの猛襲を受け『ブラック・マジシャン』の杖はとうとう先端から持ち手にかけて罅を広げてしまったようだ。息の切らし方も激しさを増し魔力の限界を思わせる。だが、こちらを居抜き殺さんばかりの眼光に衰えはない。

 唐突に『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』の機体が爆発する。それに伴い左右のエンジンからは煙が上がり高度が下がってきている。どうやら時間が来たようだ。

 

「『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』はカウンターが乗っていない状態で戦闘を行った時、自壊する」

 

 その言葉が引き金になったかのように『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』は墜落し、戦場から消えた。

 

「ご苦労……」

 

 『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』が破壊されたことで、俺の場の『リビングデッドの呼び声』も同時に破壊される。

 これで残る攻撃権は『巨大戦艦 クリスタル・コア』と『巨大戦艦 テトラン』の2機。

 『巨大戦艦 クリスタル・コア』の攻撃が通れば山背さんのライフは尽きる。

 

「さぁ、最後通告だ。手の内を見せたまえ。然もなくばそのライフ、跡形もなく消し飛ぶぞ。『巨大戦艦 クリスタル・コア』で『ブラック・マジシャン』を攻撃!」

 

 

巨大戦艦 クリスタル・コア

ATK2100→4200

 

 『巨大戦艦 クリスタル・コア』から伸びる二本の触手の先端の砲門にエネルギーが溜まる。さらにコアを挟む二門の砲口にもエネルギーが蓄えられる。

 『ブラック・マジシャン』は最後の力とばかりに魔法障壁を展開するも一枚のみ。

 

「主人を守るその覚悟、見上げたものだ。だが如何に貴様が倒れまいと、この一撃は主人を貫く!!」

 

 攻撃宣言は終えた。山背さん動かなかった以上このバトルは成立する。

 『巨大戦艦 クリスタル・コア』に充填されたエネルギーは臨界を超え、照準は『ブラック・マジシャン』に固定されている。

 発射1秒後には着弾。結末はどうあれ、このデュエルが動くっ!

 

「放てっ!!」

 

 光が瞬いた直後、『ブラック・マジシャン』の姿は砲撃の光に飲み込まれていた。

 レーザーの放出は尚も止まらない。

 青白い光が飲み込んでたっぷり十数秒。

 光が収まり始めた時、光の中の影に気がついた。

 

「なっ?! 『ブラック・マジシャン・ガール』だと?!!」

 

 『ブラック・マジシャン』同様の衣装に身を包んだ少女が『ブラック・マジシャン』の前に立ち塞がっていた。

 どうやってクリスタル・コアの攻撃を防いだのか?

 どこからあの『ブラック・マジシャン・ガール』が現れたのか?

 一体、何を発動したのか?

 疑問は絶えないが、反撃がやってきた。主砲の再充填が済むまでの時間稼ぎの牽制射撃の弾幕を潜り抜け、あるいは撃ち落とし二人の魔術師はクリスタル・コアとの距離を詰めてくる。そのコンビネーションたるや流石は師弟といったところか。

 しかし不味い、どうやら今はあの二人の戦闘力がクリスタル・コアを上回っている。この状況で打てる手はない。すでに射撃が及ばない安全地帯への侵入を許してしまっている。

 

「っ?!?!」

 

 ここにきて『ブラック・マジシャン・ガール』の姿が消えていた。

 何故と疑問の答えを出す暇もなく『ブラック・マジシャン』の杖が振り下ろされると緑色の魔力光がクリスタル・コアを覆った。

 

「くっ……」

 

 視界を塗りつぶす緑の極光、吹き抜ける衝撃に思わず腕をかざす。

 今の戦闘、クリスタル・コアが『ブラック・マジシャン』に押し負けたように見えたが……

 自分の中に解はない。視界が戻るまでの時間をこれ程もどかしく思ったことはない。

 

 晴れた視界には『ブラック・マジシャン』とその隣に『ブラック・マジシャン・ガール』の姿があった。しかしよく見ればそれは俺の知る『ブラック・マジシャン・ガール』のものと違っている点が見受けられる。

 完全に健在な『ブラック・マジシャン』とは対象的に、その姿は透明に消えかかっている。そして何よりも肌が褐色、髪はブロンドで見慣れた白肌、金髪とは異なる。

 その答えは山背さんから告げられた。

 

「手札から『幻想の見習い魔導師』を墓地に送って効果を発動しました。この効果は闇属性・魔法使い族のモンスターが戦闘を行うダメージ計算時に発動できます。そしてその自分のモンスターの攻撃力・守備力をそのダメージ計算時のみ2000ポイント上昇させます」

 

 

ブラック・マジシャン

ATK2500→4500

 

 

大LP600→300

 

 

「なるほど。『ブラック・マジシャン・ガール』が現れたかのように見えたカラクリはそういうことか。まさかこんな形で反撃を貰うとは……」

「これで私のライフを全て削るには火力が足りなくなりましたね。このダメージ計算後に『ブラック・マジシャン』の攻撃力は元に戻ります」

 

 

ブラック・マジシャン

ATK4500→2500

 

 

 今の戦闘が終了したことで『幻想の見習い魔導師』もフィールドから姿を消した。

 これで俺に残された攻撃では山背さんの言う通りライフを削りきることができない。

 

「ふむ。どうやらこちらも次の手を考えねばならないようだ」

 

 残り少なかったライフがいよいよ風前の灯火。

 散々手を見せろと今度はこちらが覚悟を決める番というわけか。

 

「手札を1枚捨てトラップカード『ブービートラップE』を発動。自分の手札・墓地から永続トラップを1枚場にセットする。俺はこの効果で墓地の『リビングデッドの呼び声』をセット。この効果でセットしたカードはセットしたターンに発動することができる」

「……」

 

 最後の仕掛けの準備はこれでいい。

 問題は『サイクロン』。

 この手札で何を狙うかはデュエリスト次第だろう。

 このターンでライフを削りきるには『マジシャンズ・プロテクション』をどうにかしなければならない。しかしそれを破壊すれば『黒・爆・裂・破・魔・導』の呼び水になる。

 『黒・爆・裂・破・魔・導』を狙い撃ちにしようとも山背さんのセットは2枚。それを外そうものなら勝機を逃す。

 間違いなくこの選択がこのデュエルの結果に繋がる。

 手にジワリと広がる汗。

 この闘いが佳境を迎えたことで会場全ての視線が次の俺の手に注目しているのを感じる。

 

 ならばその目に刻むといい!

 

 これが大艦の選択だ!!

 

「では最終決戦の役者を揃えよう!! 速攻魔法『サイクロン』を発動! 『マジシャンズ・プロテクション』を破壊する!」

「!?」

 

 突然発生したサイクロンにより『マジシャンズ・プロテクション』は巻き上げられ砕け散る。

 これで山背さんを守護していたピンク色の魔法障壁が解けた。

 

「ま、『マジシャンズ・プロテクション』がフィールドから墓地へ送られた場合、自分の墓地の魔法使い族モンスター1体を対象にして発動します。そのモンスターを特殊召喚します! 私が呼び戻すのは『ブラック・マジシャン・ガール』!」

 

 予想通り『ブラック・マジシャン・ガール』は『魔力の泉』によって捨てられていたようだ。

 『ブラック・マジシャン』横に現れた『ブラック・マジシャン・ガール』。二人が並んでいる様は実に絵になる。

 

 

ブラック・マジシャン・ガール

ATK2000  DEF1700

 

 

 山背さんの表情は険しい。このタイミングで『マジシャンズ・プロテクション』を割ってきた理由を考えているのであろう。

 

 

「行くぞ! これがこの戦いの最後の攻撃だ! 『巨大戦艦 テトラン』で『ブラック・マジシャン』を攻撃!」

 

 

巨大戦艦 テトラン

ATK1800→3600

 

 

 俺の攻撃指令を受け『巨大戦艦 テトラン』の砲口が『ブラック・マジシャン』へ向けられる。

 この戦艦も沈んでいったビッグ・コアMk-Ⅱと同様に動力となるカウンターは全て尽きている。その状態で重ねた『リミッター解除』で既に機能の限界は超えており、『進撃の帝王』が無ければ2回は破壊されている状態だ。

 だがそうでもしなければ残り僅かなライフの俺に勝利はない。

 

「場に元々のカード名が『ブラック・マジシャン』と『ブラック・マジシャン・ガール』となるモンスターがそれぞれ存在する場合、このカードは発動できます! 速攻魔法『黒・爆・裂・破・魔・導』!」

 

 『ブラック・マジシャン』と『ブラック・マジシャン・ガール』。二人がテトランの砲口の前に飛び立つと互いの杖を交差させて力を溜め始める。

 

「この効果により大さん、あなたの場のカード全てを破壊します!」

 

 この『黒・爆・裂・破・魔・導』が通ろうとも『進撃の帝王』によって『巨大戦艦 テトラン』は守られ、ライフは削りきれる。だがそれではターン終了時に我が艦隊は全滅。八代の前に裸一貫を晒すことになる。

 

「くくっ! あぁ、そうだ! 『マジシャンズ・プロテクション』を破壊すればこうなることはわかっていた。だから! 速攻魔法『帝王の轟毅』を発動!」

「っ!」

 

 『帝王の轟毅』の発動によりコロッセウムの上空に突如として雷雲が発生する。それによりスタジアムの照明が遮られたことで、デュエル場全体が薄暗くなった。

 

「自分の場のレベル5以上の通常召喚されたモンスター1体をリリースし、場の表側表示のカード1枚を対象として発動できる。俺がリリースするのは『巨大戦艦 クリスタル・コア』! そして対象にするのは『黒・爆・裂・破・魔・導』!」

 

 唐突な天候の変化に『ブラック・マジシャン』、『ブラック・マジシャン・ガール』の表情に動揺が見える。

 やがて暗雲の中から稲光が走り始め、その規模が徐々に拡大していく。

 

「そしてその効果は、対象にしたカードの効果をターン終了時まで無効にする!!」

 

 これが対『黒・爆・裂・破・魔・導』へと残しておいた俺の切り札。

 『巨大戦艦 クリスタル・コア』が雲に吸い込まれると巨大な災厄の前兆のように地鳴りが始まった。

 

「これで終わりだっ!」

 

 俺の宣言に合わせるように一際大きな雷が『黒・爆・裂・破・魔・導』目掛けて落ちる。

 

「いいえ、まだ終わりません!!」

 

 しかし雷をかき消さんばかり声とともに落雷は風によって阻まれた。

 

「なんだ?!」

「何も『サイクロン』はあなただけの専売特許じゃありません!」

「くっ!!」

 

 連続で落ち続ける雷を悉く弾き飛ばし散らしていく暴風は、徐々に渦を巻き『黒・爆・裂・破・魔・導』のカードの前に聳え立つ。

 この渦は紛れもない俺の発動した『サイクロン』と同じもの。

 そして、それは不味い。

 『帝王の轟毅』は場の表側のカードの効果をエンドフェイズ時まで無効にするカード。対象のカードがその前に破壊されてしまえば効果は適用されない。

 このままではライフは削り切れようとも、俺の場がガラ空きになってしまう。

 

 ところがそんな俺の予想を彼女は最悪な形で乗り越えていった。

 

「もっとも私が発動するのは渦が二つ! 速攻魔法『ダブル・サイクロン』です!!」

「何だとっ!?」

 

 『ダブル・サイクロン』は自分と相手の場の魔法・トラップカードを1枚ずつ対象にして発動するカード。そして対象にしたカードを破壊する。

 

「私が破壊するのは自分の場の『黒・爆・裂・破・魔・導』と大さん、あなたの場の『進撃の帝王』です!!」

「しまったっ!!」

 

 その宣言に心臓が縮み上がった。

 この『ダブル・サイクロン』が成立すれば『黒・爆・裂・破・魔・導』は先に場から消え、対象を失った『帝王の轟毅』は不発に終わるだけじゃない。

 『進撃の帝王』が先に破壊されることで我が艦隊の効果破壊耐性も消える。

 結果『黒・爆・裂・破・魔・導』の一撃で文字通り俺の場は更地と化す。

 

 敗北。

 

 その二文字が脳裏によぎる。

 サイクロンによる暴風が吹き荒れ、空からは雷が降り注ぐ中、熱を帯びていた体が急速に冷えていく。

 だが、ここで疑問が残る。

 

「……ひとつ教えてはくれまいか」

「何でしょう?」

「『ダブル・サイクロン』があったのなら自分で『マジシャンズ・プロテクション』を破壊するという選択肢もあったはず。なぜ、それを選ばなかった?」

「……最初は、そうするつもりでした。『ダブル・サイクロン』を利用すれば確実に『黒・爆・裂・破・魔・導』を打てる盤面を整えられる。ダメージを受けることもなくあなたの場を一掃できる。そう考えていました」

 

 そう。

 俺が彼女ならその手を選んでいただろう。

 そしてその手を選べば彼女の敗北のはずだった。

 このターンにその手を打ちづらくする要因はなかったはず。

 

「ただ、あなたは強い」

「……!」

「前のターンに『黒・爆・裂・破・魔・導』を狙っていることを読んで見せたあなたが、私に仕掛けてきた時点で、私の『黒・爆・裂・破・魔・導』の対策をしていないはずがない。そう確信してました!」

「……そうか」

 

 読んでいる。

 

 と思っていたが、どうやら逆だったらしい。

 

 拳を握る力が強くなる。

 負けるつもりなどなかった。この一騎討ちに勝ち、このバトルロイアルで頂点に立つつもりだった。

 そんな勝利のビジョンを浮かべていたがそれは幻想だった。

 

「この勝負は私の勝ちです」

 

 『ダブル・サイクロン』によって吹き荒れる風の威力が増していく。その暴風は俺の『進撃の帝王』を破壊しようと迫り、その向こうには杖に魔力を集める魔術師の師弟が構えている。

 

「……あぁ、認めよう。この勝負は君の勝ちだ」

 

 『黒・爆・裂・破・魔・導』が成立した時点で俺に勝ち筋は無い。

 それを認めた瞬間、荒れ狂う空模様の中、心が凪いだ。

 

 

————————これより俺は山背さんのライフを削り切ることに注力する。手出しは無用。お前は八代との戦いに備え札を温存しておけ

 

 

 

————————……勝てよ

 

 

「だがっ! 戦友との約束があるのでな!! このバトルロイアルでは君も道連れだ! 永続トラップ『リビングデッドの呼び声』発動!」

「な、何をっ?! あなたの墓地には『巨大戦艦 ビッグ・コアMk-Ⅱ』しか……あっ!」

「そう、『ブービートラップE』のコストで仕込ませてもらった! 最後の大仕掛けだ!! とくと見よ!! 蘇りしは太陽系に名を連ねる巨星! 見果てぬ宇宙より去来せよ! 『The big SATURN』!!」

 

 コロッセウムの地面からマグマを噴かせ、飛び出てきたのは機体全体のパーツが丸みを帯びた巨大な人型ロボット。カラーリングは黒のボディを中心に各体の部位をつなぐ箇所を銀板で覆っている。土星を思わせる光輪に胴回りが囲まれ、その胴体は爆弾を思わせる不穏な丸型だ。

 

 

The big SATURN

ATK2800 DEF2200

 

 

「こいつには破壊耐性があるわけでもなく、まして起死回生の一手でもない。……ただこいつの前で、爆発は厳禁だ」

 

 そして直後にことは同時に起こった。

 暴風が『進撃の帝王』を、『マジシャンズ・プロテクション』を砕き、雷が地面を焼き、魔術師の師弟の放ったピンクと緑の魔力光が津波のように俺のフィールドを攫う。

 光に飲まれた“巨大戦艦”の艦隊は次々に墜落し、『パーフェクト機械王』や『The big SATURN』も例外なく機体を爆散させていく。

 そして一際大きい爆発の衝撃が体を突き抜けたところで意識が遠のいていった。

 

 

————————

——————

————

 

 目眩く展開の中で軍曹が土壇場で出した『The big SATURN』の効果による大爆発。それがこのデュエルの結果に繋がった。

 

 

大LP300→0

 

 

山背LP750→0

 

 

 『The big SATURN』が相手の効果で破壊された時にお互いのプレイヤーに2800のダメージを与える効果がある。

 勝ち目がないことを悟った軍曹は山背さんを道連れにする手を打ったのだ。

 

「大、山背、ともにライフ全損。デュエルリングから降りて下さい」

 

 二人は互いに一礼するとデュエルリングから降り、退場口に向かっていく。

 

 パチパチパチパチッ!!

 

 二人を見送る時、デュエル場の観客席から惜しみない拍手が送られる。

 

「二人ともよくやった!」「すげぇよ! 感動したぞ!!」「軍曹気張ったなぁ!!」「かっこよかったよぉ〜!」「山背さん、ステキー!!」

 

 口々に二人の健闘を称える声が聞こえてくる。

 まさに手に汗握るデュエル。山背さん、軍曹の見せたあの最後のターンの攻防には俺自身も魅せられた。

 八代の横に立つだけあって山背さんのデュエリストとしての腕は見事なものだった。軍曹の手を初見で読んでみせる辺り、デュエルの経験値の高さが伺える。このアカデミアでもトップクラスであることは間違いない。

 そしてそれを相手取り宣言通り俺にこの舞台を整えてくれた軍曹の腕は言わずもがな。

 

「……ありがとよ、軍曹」

 

 デュエル場から去りゆく友の背中に向けて呟く。

 そして改めて対峙する強敵に向き直った。

 

 八代

 

 最初に見たときは覇気のない野郎だと内心小馬鹿にしていた。暗くて何を考えているのかわからない。周りから声をかけようともぼんやりとした返事が返ってくるだけ。いつも虚ろな瞳をしていて、その瞳にはここでないどこか遠くを映しているような奴だった。

 そんな奴が気に食わず、俺は転入してきた奴にデュエルを挑んだ。

 結果は惨敗。

 文字通り手も足も出せずやられた。

 奴の目には俺は一度も映ることもなく。

 

 だが、今日!

 

 奴が嫌でも俺を見なければならない舞台に引き摺り出した。

 

「さぁ! それじゃ、俺たちだけのデュエルを始めようぜ!!」

「……あぁ、やろうか」

「っ!」

 

 その時、全身の毛が逆立つような感覚が奔った。

 

 当てられた。

 

 八代が特別なことをしたわけではない。

 ただこのデュエルにおいて俺を敵として見定めた、それだけで闘志の圧に飲まれそうになった。

 今対峙したからこそ分かる。八代の瞳の奥に燃えるデュエルへの想いが。その炎は赤く猛々しく燃え盛るものではなく、静かに、されど力強さを感じさせる黒い炎。

 冷や汗が頬を伝う。一体何が八代をここまで駆り立てるのかはわからない。同じ学生とは思えない、まるでライフを刈り取る鎌を構えた死神の姿が重なった。

 けど臆する訳にはいかない。奴には奴の、俺には俺のデュエルがあるんだ。

 カードを握る手に自然と力が篭る。

 

「行くぜ。俺のターン。『守護神の宝札』の効果で2枚ドロー!」

 

 求める札が手札に揃った。これならいける!

 

「魔法カード『休息する剣闘獣』を発動! その効果で……」

 

 突如、言葉が続かなくなった。

 氷点下まで気温が下がったかのような寒気を感じたからだ。自分の吐く息が白くなる様が幻視される。

 まるでデュエル場に響く音の隙間を縫うように、その声ははっきりと届いた。

 

「罠カード『魂の氷結』」

 

 チャキッ

 

「っ!」

 

 背後にいる。

 振り返らなくとも分かった。

 俺の心臓に穴を穿たんと死神が鎌を構えている様子が。

 己の生を叫ぶかのように心臓の鼓動が早くなるのを感じる。

 

「『魂の氷結』は相手のライフより自分のライフが2000以上少ない時に発動できるカード。そしてその効果は相手の次のバトルフェイズをスキップする。さぁ、どうする?」

「……」

 

 その問いかけの意味は『剣闘獣ヘラクレイノス』の効果を使うかということに他ならない。

 『剣闘獣ヘラクレイノス』には手札を1枚捨てることで、魔法、罠の発動を無効にし破壊する効果がある。

 俺の手札は2枚。それを使えば八代の『魂の氷結』を止めることはできる。

 だが、それは同時に『休息する剣闘獣』を無効にされることと同義だ。

 『休息する剣闘獣』は“剣闘獣”と名のつくカードを2枚デッキに戻し、その後デッキから3枚カードをドローする効果を持つ。ここで2枚の内の1枚をヘラクレイノスの効果のコストで使えば、『休息する剣闘獣』の効果でデッキに“剣闘獣”カードを2枚戻すことができなくなり、効果は不発となる。

 果たしてここで『魂の氷結』を止めて八代の布陣を崩しきれるか。

 八代の残りの伏せは2枚。対してヘラクレイノスの効果で防げる回数は1回となる。ここは……

 

「ヘラクレイノスの効果は……使わない」

「ならば『魂の氷結』の効果により次のバトルフェイズはスキップされる」

「『休息する剣闘獣』の効果。手札の“剣闘獣”カードを2枚デッキに戻し、その後カードを3枚ドローする。俺が戻すのは『剣闘獣サムニテ』、『剣闘獣ムロミロ』」

 

 緊張から解放され、心臓がドッと早鐘を打つ。

 

 そしてここが一番大事な場面。

 バトルができないのなら次のターンを戦う武器が必要だ。

 手数は相手が有利。ここで引き寄せるべきは一撃で八代を仕留めるためのカード。

 

 瞑目して意識をデッキに集中させる。イメージはデッキを体の一部にする感覚。俺の闘志の高まりに呼応するようにディスクを通して煮えたぎったマグマのような熱が血管を通って体全体に染み渡っていく。

 

 この3枚のドローに全てがかかっている。

 

 引き寄せろ!

 

 未来の可能性を!

 

 摑み取れ!

 

 勝利の一手を!

 

 戦友が託してくれた最高の戦場だ!

 

 ここでやらないでどうするってんだ!!

 

「ドロォォォォッッ!!!」

 

 一新された3枚の手札を横目で確認する。

 

「俺はカードを2枚伏せ、バトルフェイズに入る!」

「『魂の氷結』によりこのバトルフェイズはスキップされる」

「あぁ。これでターンエンドだ」

 

 次のドローで八代の手札は3枚。物量戦になれば俺には部が悪い。

 だから俺が勝つには次のバトル、一度の戦闘で八代の残りライフ1000を削り切るしかない。

 それをやるための札は引き込めた。俺にできる最高の備えは整っている。

 

「俺のターンっ!」

 

 八代がカードを引くと一瞬、視線がぶつかる。

 それだけで肌が感じ取った。

 仕掛けてくる、と。

 

「バトルだ! 『サイレント・マジシャンLV8』で『剣闘獣ヘラクレイノス』に攻撃!」

 

 戦いのゴングは鳴った。

 口角がニイッと吊り上がるのが分かる。

 互いに仕掛けたカードを発動させるタイミングは同時だった。

 

「「攻撃宣言時! リバースカードオープン!」」

 

 それぞれのフィールドのセットカードが同時にめくれ上がる。

 

「トラップカード『魂の一撃』!!」

「速攻魔法『決戦融合-バトル・フュージョン』!!」

 

 奇しくも互いに仕掛けていたのは攻撃力上昇系のカードだった。

 いいねぇ、全身の血が沸騰してきた!

 

「『決戦融合-バトル・フュージョン』は自分の場の融合モンスターが相手モンスターと戦闘を行う攻撃宣言時に発動できるカード。そしてその融合モンスターの攻撃力は戦闘を行う相手モンスターの攻撃力分だけアップする!」

「『魂の一撃』は自分のライフポイントが4000以下の場合、自分フィールド上のモンスターが相手モンスターと戦闘を行う攻撃宣言時にライフポイントを半分払い、自分フィールド上のモンスター1体を選択して発動できるカード。そして選択したモンスターの攻撃力は相手のエンドフェイズ時まで、自分のライフポイントが4000より下回っている数値分アップする!」

 

 

八代LP1000→500

 

 

「サイレント・マジシャンの攻撃力は3500!」

「4000と俺の残りライフの差は3500!」

「「つまり、攻撃力は3500ポイントアップする!!」」

 

 

剣闘獣ヘラクレイノス

ATK3500→7000

 

 

サイレント・マジシャンLV8

ATK3500→7000

 

 

『ガァァァァァァアアッ!!!』

『はぁぁぁぁぁぁああッ!!!』

 

 膨大な攻撃力の上昇に伴い溢れる気合が声となり、『剣闘獣ヘラクレイノス』は体からオレンジ色の闘気を、『サイレント・マジシャンLV8』は体から白い魔力を放出させる。

 二人の雄叫びは体の芯に響き俺の魂を昂ぶらせた。

 

 二人が地面を蹴ったのは同時。その瞬間に視界から姿が消えた。

 次に俺の目が二人を捉えたのはコロッセウムの中心、『剣闘獣ヘラクレイノス』の闘気を纏った大斧と『サイレント・マジシャンLV8』の魔力を纏った杖が正面から激突した瞬間だった。

 ぶつかる闘気と魔力で空気が爆ぜる。

 威力は互角。数泊の鍔ぜりの後、サイレント・マジシャンが弾かれたかのように後方に飛んだ。それに追いすがるようにヘラクレイノスも地面を蹴る。サイレント・マジシャンは迫りくるヘラクレイノス目がけて数個の拳大の白い魔力球を複数生成し放つが、それらは全て盾で防がれる。

 お返しとばかりに距離を詰め切ったヘラクレイノスの大斧がサイレント・マジシャンを襲う。一撃で大気が裂ける音を響かせる大斧はサイレント・マジシャンが空中に飛んだことで空振りに終わった。

 

 空中は魔術師であるサイレント・マジシャンの領域。肉弾戦を得意とする剣闘獣では手が届かないか。俺はそう思った。

 しかしヘラクレイノスは俺の予想を軽々と覆して見せた。

 両足に溜めを作ると次の瞬間、ミサイルの如く空中のサイレント・マジシャンが浮かぶ場所まで飛び上がった。反動でヘラクレイノスを打ち上げた地面には大きな罅が広がる。

 刹那の間に間合いを詰められサイレント・マジシャンの目が大きく見開かれる。

 

 取った!!

 

 完全に虚を突かれたサイレント・マジシャンは今度こそヘラクレイノスの大斧の一撃を身に受けることになるかに思われた。

 だが次の瞬間、サイレント・マジシャンはヘラクレイノスの目の前から消えていた。それはヘラクレイノスの攻撃を受けて弾き飛ばされたからではない。ヘラクレイノスの大斧が当たると思われた直後、サイレント・マジシャンはヘラクレイノスの背後に出現したのだ。

 

「残像?!」

 

 それは当たらずも遠からずと言ったところだった。

 移動の瞬間、サイレント・マジシャンの足元に浮かぶ魔法陣に気がついた。

 これがあらゆる距離を一瞬で0とする転移魔法ってヤツか。

 そして今度追いつめられることになったのは必殺の一撃を躱されたヘラクレイノスの方だった。空中での移動手段を持たないヘラクレイノスはそのまま落下することしかできない。一瞬の隙ですら許されない戦闘の中でその間は致命的なものだった。

 ヘラクレイノスが自由落下していく間にサイレント・マジシャンは縦横無尽に転移を繰り返す。転移で出現する場所は不規則で、一度転移した場所には魔法陣が残される。

 その行動の意図は直ぐに理解できた。空中に次々と設置される魔法陣はどれもヘラクレイノスが落下する地点に向けられていたのだ。

 それが繰り返されると展開された魔法陣はヘラクレイノスが落下する地点を中心にドーム状となった。そしてその最後にサイレント・マジシャンが現れたのはヘラクレイノスの真上。上に掲げた杖を振り下ろすと同時に杖から、そして展開された魔法陣全てから白の魔力砲撃が発射される。

 等速、同距離、同威力の砲撃は寸分違わず着地の瞬間にヘラクレイノスに到達する。全方位からの砲撃を一面しか防げない盾では無事に受け切ることはできない。

 着弾の直後、音は消え、目の前は白で埋め尽くされた。

 

 

————————

——————

————

 

 大さんとのデュエルの決着後、お手洗いに行くと断りマスターの元へ戻った直後の全力戦闘。倍の力を出し切れるこの高揚感はなんとも筆舌し尽くしがたい。体が文字通り羽毛のように軽くなったようだ。

 

『くぅっ……』

 

 ただこの相手も強大だ。

 百八の魔方陣から放つ全方位射撃をまさかあんな強引な手で突破されるなんて。全弾を防ぎ切れないとわかったからか、いや初めから私だけを狙ったようにも思える。

 あの唬咆は頂点から撃った砲撃を喰らい尽くし、咄嗟に張った多重障壁も紙切れのように吹き飛ばした。

 これで左腕は満足に使えないか。

 

『……良い。良いぞ!実に良い!!愉しませてくれるじゃないか、魔法都市の最終兵器よ!』

『……っ!』

 

 煙が晴れると此方を見て口角を上げるヘラクレイノスの姿があった。

 

 どうやら完全に入った(・・・・・・)らしい。

 

 ただその様相は無事とは言い難い。如何に闘気の壁があろうともあの包囲砲撃を無傷でやり過ごすことはできなかったようだ。

 

『"最強の剣闘獣"のあなたが出向いて頂けるとは光栄です』

『かははっ! それは此方とて同じこと。噂ではあの都市から出ることができないと耳にしていたが、まさかその魔砲使い(・・・・)と名を馳せた最高位の魔術師殿と死合う機会に巡り会えるとは! 剣闘士としてこれ以上の誉はなかろう』

 

 獰猛な笑みを浮かべるヘラクレイノスからは闘気が湯気のように溢れている。

 この戦いはまだ始まったばかり。かつてない程の苛烈な戦いになる予感がしていたのと同時にその戦いへの期待で胸踊らせていた。

 

「呵々っ!! 『決戦融合バトル・フュージョン』だけじゃ越えられねぇ壁だと思ってたが、やっぱりそうか!」

「ふっ、その様子だとまだ手は残しているようだな」

「当ったり前よ! 決着のゴングはまだ早ぇ! ギア、上げんぞ!! 永続トラップ『炎舞-「天セン」』」

『かははっ!それでは第2ラウンドと洒落込もうぞ!!』

『望むところですっ!!』

 

 起き上がった『炎舞-「天セン」』から放出された炎がヘラクレイノスの周りを渦巻き始める。その炎と自身が発する闘気が混ざり合うことで、太陽が近づいたかのような熱が障壁越しに伝わってくる。

 本能が告げている。これは、マズい。

 直後にマスターが動いた。

 

「止めろ、『黒の魔法神官』!!」

『はっ!!』

 

 マスターの指示を受け『黒の魔法神官』が私の前に出る。

 

『ふっ、サイレント・マジシャンとの一騎討ちかと思えば、これまた大物が出て来おったな! よもや同じ戦場で白黒最強の魔術師と邂逅しようとは!』

 

 彼は罠を打ち破る術に長けた最高位の魔術師。短い詠唱でその罠を破壊する術を完成させるとヘラクレイノスを飛び越え杖を振り下ろす。

 

『俺としてはこのまま同時に2人を相手にするのは吝かではないのだがな。だが我がマスターはそれを避けたいらしい』

「チャリオットぉおおお!!!」

 

 鉄さんが叫ぶと最後のセットカードがオープンされる。

 

『剣闘獣の戦車』

 

 あらゆるモンスターの効果を無効化し破壊する凶悪な戦車が空を駆け、『黒の魔法神官』の放った罠浄化術と真っ向からぶつかり合う。

 力の拮抗は一瞬。徐々に戦車は罠を打ち破る黒い炎を食い破り突き進む。如何に最上位魔術師と言えどカウンターで放たれた罠にはスペルスピードが追いつけない。

 

『ぐぅぉぉぉおああっ!!』

 

 直後、戦車に跳ね上げられた『黒の魔法神官』は断末魔の声を上げてコロッセウムから退場した。

 しかしマスターはこの『剣闘獣の戦車』を読んでいたはず。一体何が狙いだったのか……

 

『余所見とは余裕ではないか』

 

 背筋に走る悪寒。

 直勘に任せ展開した障壁はガラスのように音を立てて砕け散った。首を傾けていなければ顔が貫かれていただろう。

 それは強化が完了したヘラクレイノスの放った鎖だった。

 渦巻く炎は既に収まりその姿をはっきり見ることができる。

 体が大きくなるといった変身はない。変わったのは両腕に巻き付いているオレンジ色の鎖だ。各輪の両脇からはバラの蔓に生えるような鋭い棘が伸びている。

 あれはやばい。

 極限まで高められた闘気や魔力は時に圧縮洗練され物質化する。あれはその類だ。熱で周りの光を現在進行形で歪めている。あれをまともに受ければただでは済まないものだ。

 

 

剣闘獣ヘラクレイノス

ATK7000→8000

 

 

『かははっ! 良い反応だ。今ので終わってしまっては余りにも興醒めというもの。では続きを始めようっ!』

『……っ!』

 

 二本の鎖が超速で放たれる。横に飛びそれを躱したが、意識を向けていても体捌きで躱すのがやっとな速さ。しかもクナイのような先端は私を追従してくる。まるで鎖自体が執念深く獲物を追う蛇のように。

 ここは一旦、転移魔法で距離を取るしかない。

 

バチッ

 

『?』

 

 転移の瞬間に肌に伝わる静電気のような痛み。

 刺激こそ些細なものだったが、転移先の座標が設定したものより僅かにズレている。致命的では無いにしろ転移魔法の発動に違和感を覚えるものだ。

 

『二本では追いきれぬか。ならば、十本でどうだ?』

『くっ?!』

 

 ただこれは待った無しの一騎打ち。違和感の原因究明のための時間を悠長に待ってくれるような戦いでは無い。

 スタジアム上空に転移した私に殺到する十本の鎖。多角的に攻めてくるそれは各々の頭が独立して動くヒドラのようだ。

 しかしこの展開は私の思惑通り。手元の鎖を伸ばしきった状況なら懐に潜り込めば勝機はある。次の転移が勝負所!

 高度を上げる私に追従する十本の鎖はついに私を追い抜くと頭上で交差する。

 鳥籠が収縮するように左右の鎖が迫ってくる瞬間に転移を起動した。

 

バチバチッ!

 

『えっ?!』

 

 転移直後の光景に思わず声が漏れた。

 確かに私はヘラクレイノスの懐に転移先を固定したはず。なのにどうしてマスターの目の前にいる?

 肌に感じた紫電が弾けたような痛みはまだ残っている。転移座標の狂いはこれが原因なのか?

 幸いヘラクレイノスの鎖は空に向かっている。不安定な転移に頼らずとも、この距離なら鎖が戻ってくる前にこちらの攻撃が届く。

 魔力を杖に集めながらの跳躍で距離を詰める。

 

「っ?!」

 

 踏み込んだ直後、地面が爆発すると同時に中から何かが飛び出してきた。ギリギリのところでの急制動が間に合い仰け反りながらの回避に成功する。オレンジ色に光るそれはヘラクレイノスの仕掛けてきた鎖だった。

 

『きゃっ!? ぐぅっ!!』

『捕らえたっ!』

 

 が、続く背後から噴き出てきた鎖には対応出来ず左腕が絡め取られてしまった。

 転移を起動しようにも術式が安定せず途中で霧散してしまう。

 

『かははっ!その鎖からは逃れられんぞ!なにせそいつは超圧縮された闘気でできている!魔素への干渉力は折り紙つきだ!』

 

 闘気の純度が高まれば魔素に影響を及ぼす。ただ魔素を集めて飛ばすだけの砲撃ならまだしも、転移魔術には移動先の座標固定に精密な制御がいる。例えるなら方位磁針で方角を調べようとしている真横で超強力な電磁石のスイッチが入っているようなもの。転移での離脱ができない。

 ジリジリと鎖が巻きつく魔法衣が焦げていく。

 

『実に楽しかったぞ、サイレント・マジシャン。だがそろそろ幕引きの時間だっ!!』

 

 勢いよく飛び上がったヘラクレイノスはその大斧を両手持ちに変え大きく振りかぶる。オレンジ色に輝き始めるその大斧には一体どれだけの闘気が込められているのか。

 対する私はこの場に拘束され障壁を張る余裕もない。私にできるのは有りっ丈の魔力を唯一動く右手の杖に込めるだけ。

 

『どああああああぁぁぁぁぁぁああああ!!!』

『はぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!』

 

 

 

————————

——————

————

 

 ヘラクレイノスと『サイレント・マジシャンLV8』の激突によりコロッセウム全体が爆光に包まれる。

 興奮で心臓の鼓動が鳴り止まない。

 これだ! こう言う戦いを俺は求めていた!

 攻撃力8000と7000の衝突なんて今までデュエルをしていて初めて見たが、そのバトル演出には驚いた。攻撃力が上のヘラクレイノスが単にサイレント・マジシャンを破壊するだけの味気ないものではなく、まるで魂が入っているかのような攻防に思わず魅入ってしまった。

 だが戦いには終わりが訪れるもの。

 八代のライフは残り500。

 攻撃力の差1000は決着の一撃となる、はずだった……

 

「なっ……」

 

光の中から見えた光景に思わず口を衝く。

 

『グゥゥゥウ』

『くぅぅぅ』

 

 その視線の先には大斧を振り下ろしたヘラクレイノスとそれを防御障壁で受け止めていたサイレント・マジシャンがいた。

 落下のエネルギーとヘラクレイノスの髄力によって振り下ろされた大斧の一撃は隕石にも匹敵する破壊力があったはず。

 それを、サイレント・マジシャンは右手一本で支える杖の柄だけで受け止めていた。

 が、その姿は無惨なものだ。最初の衝突で使えなくなった左腕、脚腰は灼熱の鎖に捕らわれ、唯一自由に動く右手で持つ杖も先端の青の宝玉は砕けている。折れずに踏み止まる両脚からは過負荷により筋繊維が引きちぎれたらしく赤い染みがジワリと広がっている。

 

「ヘラクレイノス! そのまま押しつぶせ!!」

『グォォォォオオオッ!!』

『くぅぅぁああああ!!!!』

 

 さらに大斧に力を込めるヘラクレイノスにそれを受け止めるサイレント・マジシャンは悲鳴を上げる。だがそれでも彼女は大斧に障壁を破られまいと、そしてそのまま押しつぶされまいと歯を食いしばって両足で体を支える。

 

 そうしてその状態のまま五秒、十秒と時間が過ぎていく。

 

「バカな?! どうして折れねぇ!!」

「折れねぇさ」

「!?」

「そいつは折れねぇ。俺が勝負を諦めない限り。そして俺も折れねぇ。打てる手が尽きねぇ限り、そして! そいつが俺の最後のライフを守り抜く限り! それが!! 俺の唯一無二の相棒だっ!!!」

『はぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』

 

 八代の呼びかけに応えるように、サイレント・マジシャンは喉が張り裂けんばかりの声を上げ、体から魔力を惜しみなく放出させていく。それは体を縛る鎖に罅を入れ、上から押しつぶそうとする大斧を押し返し始めた。

 

『グガァッ?!!』

「どういうことだ?! 一体どこにそんな力がっ!」

 

 攻撃力はこちらが優勢のはずなのに、バトルの戦況はサイレント・マジシャンに傾きつつある。

 デュエルモンスターズのバトルにおいては攻撃力こそが戦闘における絶対のステータス。攻撃力が上回っている方が勝利こそすれ、敗北はありえない。

 それが起こっているとしたら攻撃力が変動しているということ。

 

「……っ! ケリがつかなかったのはそいつのせいか!」

 

 八代の場のセットカードが一枚表になっていた。

 

『不屈の闘志』

 

 それが八代の仕掛けた最後のセットカードだった。

 なるほど。それならこの力の差をひっくり返すだけのポテンシャルがあるカードだ。

 だがタネが分かってしまえば対応できる!

 

「ならその闘志諸共打ち砕くっ! 『剣闘獣ヘラクレイノス』の効果発動! 手札を1枚捨て、魔法・罠の発動と効果を無効にして破壊する!! 『不屈の闘志』を捻じ伏せろぉぉぉおお!!」

 

 半死のサイレント・マジシャンから一度距離をとり鎖を右腕に収束させる。

 そうしてヘラクレイノスの放った鎖が八代の場で表になっている『不屈の闘志』を貫かんと殺到する。

 これで八代の場のセットカードは全て剥がれた。こちらももう手は無いが、このバトルで俺の勝ちが決まる。

 長かった。この一年は本当に長かった。

 勝利のゴングを聞き、屈辱の敗北を払拭するのをどれほど待ちわびたか。

 

 

 キィィィンッ!!!!

 

 

 金属を打つ甲高い音がコロッセウムに木霊する。

 

「な、にっ?!」

 

 ヘラクレイノスの操る闘気の鎖が『不屈の闘志』のカードの直前で弾かれた。まるで透明な壁にぶつかったかのように。

 よく目を凝らせばシャボンの球面のように光を曲げる膜のようなものが見える。

 

 何処からこいつは現れた?

 

 椀状に広がる膜の発生元を探ろうと視線を上げると、ヘラクレイノスの頭上、そこに膜の液体を泉のように湧き出させる金色の杯が鎮座していた。

 

「聖杯……?まさかっ?!!」

「手札から速攻魔法『禁じられた聖杯』を発動した。これによりヘラクレイノスの攻撃力は400上昇するが、その効果は無効となる!」

 

 椀のように展開していた膜が急速にその範囲を縮め、サイレント・マジシャンをすり抜けると、ヘラクレイノスのみを閉じ込める。さながらシャンパングラスに閉じ込められたかのように。

 

『はぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!』

 

 魂を打ち振るわせるような叫びを上げるサイレント・マジシャンからは溢れ出す魔力の光が立ち上り白光の柱となる。

 巻き上がる土埃が収まると、高圧ガスの口が開閉を繰り返すようにシューシューと音を立てながら体から魔力を迸らせるサイレント・マジシャンの姿があった。

 魔力を回復したことで衣装の損傷も修繕され、体の傷は全て癒えている。

 ゆっくりと瞼を下ろし杖を胸元に抱く。体から溢れる魔力が徐々に収まるにつれ戦場の静けさが際立っていく。雲の切れ間から光が差しサイレント・マジシャンを照らす様子は聖女が神に祈りを捧げる映画のワンシーンのようだ。すると杖の先端からは白刃がすらりと伸びる。

 戦況が完全にひっくり返ったことは火を見るより明らかだった。

 

『————————』

 

 俺には声は聞こえない。だが確かにサイレント・マジシャンの口は何かを伝えるように見えた。

 

『————————』

 

 俺からはヘラクレイノスの背中しか見えない。ただそれに応え笑うように肩を揺らしているように見えた。

 

 二人は合わせ鏡のように互いの得物を構える。

 互いにじっと動かずに相手の隙を伺いながら自らの集中力を高めていく。

 

 そして瞬く間の交差。

 

 すれ違った両者は互いに得物を振り抜いた体勢で固まっている。

 固唾を吞む音がやけに大きく耳に残った。

 先に動いたのはヘラクレイノス。

 ゆっくりと構えを解くとこちらを振り返る。

 そこには袈裟に切られた痕が白い光の筋となってはっきりと見て取れた。

 

「!」

 

 何かを俺に伝えるかのようにヘラクレイノスの口が動いたような気が……

 直後、傷口から溢れ出した光へとヘラクレイノスは飲み込まれ消えていった。

 残心をとりその様を見届けたサイレント・マジシャンは一礼をした後、転移魔法で八代の前に戻っていった。

 本来『剣闘獣の闘器マニカ』を装備したヘラクレイノスは戦闘では破壊されない。

 だが、例外が一つだけ存在する。

 プレイヤーのライフが尽きた時、戦いの終わった時はその戦闘でフィールドを離れることになる。

 ライフポイントが減る甲高い電子音が鳴り響く。

 解説用の巨大ディスプレイには八代が使ったカードの効果がデカデカと映されていた。

 

 

『不屈の闘志』

通常罠

(1):自分フィールドの表側表示のモンスターが1体のみの場合、そのモンスター1体を対象として発動できる。そのモンスターの攻撃力はターン終了時まで、相手フィールドの攻撃力が一番低いモンスターの攻撃力分アップする。

 

 

 あぁ、そうか。

 

 『黒の魔法神官』こそが最大の囮だったのだ。

 俺には"戦車"があるから罠は通せると油断を誘うための。

 そしてそれこそが『不屈の闘志』のトリガーとなる。

 

 完敗だ。

 

 たが何故だろう。俺の胸に去来したのは負けた悔しさではなく清々しさだった。

 

 

剣闘獣ヘラクレイノス

ATK8000→8400

 

 

サイレント・マジシャンLV8

ATK7000→15400

 

 

 

 

鉄LP4000→0

 

 

 

————————

——————

————

 

 デュエル終了後、俺は校長室に呼び出されていた。

 仮にもアカデミアの代表となる訳で、校長自らその激励か何かと当たりをつけていた。

 校長室に入るまでは。

 

「八代君。まぁ知っているとは思うが、こちらが天上院明日香先生だ」

「初めまして。さっきのデュエル、見させて貰ったわ」

 

 噂の金髪美人教師、天上院明日香。

 狭霧が載っている雑誌でも特集が組まれていたため容姿は知っていたが、会ってみると実物の方が美人だ。

 薄いピンクのルージュを引いた唇は艶やかで大人の色香を醸し出す。ライトブルーのレディーススーツの上からでもそのグラマラスな体のラインは見て取れる。20代と言っても通じる肌の張りは衰えを感じさせない。

 予想外の対面に俺は暫く言葉を失っていた。

 

「…………」

「……八代君?」

「あ、あぁ、すいません。初めまして」

「その様子だとサプライズには成功したようだね。あぁ、一応他の生徒にはまだ言わないで欲しい。騒ぎになっても困るのでね」

 

 校長の粋な計らいというやつか。

 天上院先生はそれこそ雑誌に載るような有名なデュエリスト。世俗に疎い俺でも知っているくらいだ。クラスメイトが対面しようものなら感激で失神するヤツが出てきても不思議ではない。

 無言で頷き了承の意を伝えておく。

 

「へぇ。デュエルの時は熱い子なのかと思ったけど、普段は落ち着いてるのね」

「まぁ、こんな感じです」

 

 俺を測るように向けられる視線はどうにもやりづらい。

 

「見ているこっちも熱くなる良いデュエルだったわ。それこそプロでもなかなかお目にかかれないほどの。やっぱり将来はプロ希望?」

「いえ……まだ、決めてないです」

「……意外ね?てっきりもう事務所も当たりをつけてるのかと思ったわ。他にやりたい事があるの?」

「……そんなところです」

 

 将来のことについて考えるのはどうにも億劫になる。

 

"元の世界に戻る"

 

 そのための取引が俺にはある。

 上手くいく保証のない事だが、何れにせよそのケジメを付けねば先には進めない。

 その枷が俺を縛り、将来に対しては言葉を濁すしかできなくなる。なんとも曖昧で不誠実な答えな気がして胸の奥に鉛が落ちたような気分になる。

 

「焦らなくても良いわ」

「……え?」

「人生は長いもの。学生の時に決めた将来がすべてになるわけじゃないわ。学生から卒業する時が社会に出るきっかけなだけ。生活の中で色々な物を見て、感じて、考えて、そうやって自分のペースで将来を決めていけば良いのよ」

 

 それは意外な返答だった。

 不遜だが少なかれプロを目指すことを推されるかと思っていたからだ。

 だからこそ続く言葉もすんなりと自分の中に入ってきた。

 

「ただ考え込み過ぎて何もしないのは勿体無いわ。若い時の方が色々な事に挑戦できる時間が多いんだから。別に失敗しても良い。そもそも人生で成功することの方が少ないんだし、どんどん興味のある事にチャレンジしていくことは大切なことよ。失敗したならその理由を考えてみる。それで向いてないと思ったなら他のことをやってみるでも良い。原因を分析してもう一度挑戦してみるでも良い。そうして次のアクションに繋げるの。その積み重ねの経験が貴方を成長させていくわ」

「……」

「と、ごめんなさいね。会って間もないのに色々と言ってしまったわ」

「いえ……少しだけ気持ちが軽くなった気がします」

「そう? なら良かった」

 

 あまり実感は湧かないが、こうして天上院先生に将来のアドバイスを貰えると言うのは貴重なことなのだろう。

 それを良いことに“どうしてこんなに気にかけてくれるのか”とこちらから疑問をぶつけてみた。

 

「なんだか学生の頃を思い出してね。当時は私も色々悩んだわ。それを思い出したらほっとけなくて」

 

 懐かしそうに微笑みながらこちらを見つめる瞳には俺ではない誰かを重ねているのか。

 天上院明日香というデュエリストが歩んできた人生を俺は知らない。

 ただ彼女にも学生の頃があり、デュエルの数だけの物語を紡いできたのだろう。立ちはだかる強敵を乗り越え、戦友としのぎを削り、その経験が彼女のデュエルを作る血肉となっている。そしてその結果が今の地位なのだろう。

 紛れも無い強者。デュエルの頂に立つ再戦を誓ったあの男を倒すには乗り越えねばならない壁になりうる相手だ。

 だがそれとは別で純粋にデュエルをしてみたいと言う気持ちが芽生えていた。

 だからこそ俺は伝えなければならないことがある。

 

「一ついいですか?」

「えぇ、どうぞ?」

「デュエルの時は教師だとか生徒だとかは関係なく、一決闘者としてお相手お願いします」

 

 折角の強者との対戦する機会を得たのだ。生徒を相手にするという余分な感情は不要。

 全身全霊をかけてお互いがぶつかってこそ意味がある。

 俺のこの思いを理解してくれたようで、天上院先生は笑顔で承服してくれた。

 

「ふふふっ。分かりました。一決闘者として全力で貴方とデュエルする。それでいい?」

「はい。よろしくお願いします」

 

 そうしてやりとりを終えた俺は入る時よりも少し高揚した気分で校長室を後にする。

 思えばデュエルに対して期待を募らせるのはあの男とのデュエル以来のことだった。

 

 




バトルロイヤルは今までで一番難しかったです。


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電脳戦

お久しぶりです。


 雲一つない青空。

 燦々と照りつける日差しを反射させ、黄金のように輝く砂の大地が視界いっぱいに広がっている。この細やかな砂粒と同じように空から見下ろせば、砂の海の只中に立っている自分の存在など小さいものなのだろう。

 このネオドミノシティに来てからこんな光景を見られる日が来るとは思っていなかった。思えば俺の知っている景色などネオドミノシティの表と裏の街並みの一部がせいぜい。知らない景色の方が多いのだから、きっとどこへ旅立ってもこうして新鮮な感想を覚えるのだろう。

 などと少々の現実逃避気味に思考を走らせてみたものの、このピンチは俺を待っててくれる訳でもなく、まして見逃してくれるつもりもないらしい。

 

「バトルだ! 『アームド・ドラゴンLV10』でダイレクトアタック!! アームド・ビック・パニッシャー!!」

 

 辺り一面見渡しても地平の果てまで続く砂世界では遮蔽物がないため、その声はよく通った。

 攻撃宣言に応えるように立ちはだかる巨竜は咆哮を上げる。その音の衝撃波は黄金色の乾いた砂を巻き上げ波模様を生み出した。

 その威容は対峙するだけで圧倒されそうになる。

 振り上げられた腕に蓄えられ始めた漆黒のエネルギーの影響か、晴れ切っていた青空を黒々とした雲が覆い始めた。向かい合っている距離を考慮しても収束しているエネルギー弾の直径は俺の身長を優に超えているだろう。

 吹き付ける風は勢いを増していき、立ち込める暗雲には時折稲光が見える。

 強大な攻撃を前に俺を守るモンスターは0、妨害札もない。

 巨腕に蓄えられた闇黒のエネルギー弾が放たれるのを眺めていることしかできない。

 砂漠を割りながら迫るエネルギー弾を前にせめてもの抵抗として両腕で顔を守りつつ前傾姿勢で衝撃に備えた。

 

「ぐあっ!!」

 

 が、そんな俺の努力をあざ笑うかのように、俺の体は塵紙のように吹き飛んだ。骨の髄まで響く重い衝撃が空中でも尚も残っている。

 打ち上げながら相手を視界に入れると、ビルの5、6階の高さから道行く人を見下ろしたときのサイズくらいに映る。

 これがここでの攻撃力3000の衝撃の威力か。

 いや、本当に恐ろしいのはここからだ。

 今度は打ち上げられた高さの位置エネルギーが牙を剥く。徐々に地面に向けて加速して落ちていくのが感じられることに肝が冷えた。地面との接触の直前、咄嗟に頭を両手で抱えて強く目を閉じた。

 

「こはぁっ!」

 

 肺が引き絞られ空気が俺の意思に反して吐き出された。

 地面に叩きつけられた衝撃で爆弾でも爆発したかのように砂が打ち上げられ視界を潰す。

 

 

八城LP4000→1000

 

 

「けほっ、けほっ!」

 

 客観的に見れば凡そ生身の人間が耐えられるような攻撃ではないが、こうして五体満足なのはおろか咽せる程度のダメージで済んでいるのはこの世界のおかげだ。

 もっとも体をすぐに起こせる状態ではないが。

 

「どうした? もうデュエルは終わりか?」

 

 投げかけられる挑発には睨み返して答えるしかなかった。

 

「まだ戦意はあるようだな。そうでなくては面白くない。俺はこれでターンエンドだ」

 

 まったくダメージを受けた際のリスクが釣り合っていない。

 呼吸を整えながらぼんやりと此処に至るまでの経緯を思い出していた。

 

 

 

————————

——————

————

 

 

 

 アカデミアでバトルロイヤルデュエルを行った翌日の放課後。

 18時きっかりに俺はアルカディア・ムーブメントの本社ビルに着いた。

 約束の時間の17時に遅れたのではない。こちらに戻ってきてから無理を言って施設の案内の時間を遅らせてもらったのだ。

 受付で名前を告げると12階まで案内人がついてくれた。3人しかいない特進クラスともなるとVIP待遇になるらしい。

 エレベーターで目的のフロアまで上がると他の部屋とは違う意匠の凝った扉の前まで案内される。

 

「失礼します」

 

 ドアが開くとまずは一礼。

 するとこちらに向き合って配置された席に腰掛けていた男が立ち上がった。

 

「あぁ、よく来てくれたね」

 

 人の良さそうな笑みを浮かべこちらに向かって来る男の姿を改めて確認して、動揺が表に出ないよう感情に蓋をした。

 

「これからよろしくお願いします」

 

 粗相のないように折り目正しく頭を下げる。

 姿勢はそのまま目の前に立っている男の情報を正しく脳に反芻させる。

 グレースーツを着こなした褐色の髪のこの男。依頼を受けて調べたここの親玉の容姿と合致する。

 

「こちらこそよろしく。そしてようこそ。アルカディア・ムーブメントへ。君の入会を心から歓迎するよ」

 

 アルカディア・ムーブメントの総帥であるディヴァイン氏直々のお出迎えとは予想外だった。そしてその予想外を超える出会いが続く。

 

「さて、ここでのことを話す前に紹介しておこう。君と同じ特進クラス所属の生徒だ」

「!」

 

 ディヴァインが腰掛けていた席の隣に立っていた少女がこちらに視線を向けていた。

 少女は俺の知っている人物だった。

 肩まである真紅の髪。ただ顔の両サイド部分の髪だけは胸元まで伸ばしているのがアクセントとなっている。整った顔だちにキリッとした目じりは可愛らしいというよりは美人という印象を覚えた。約1年ぶりの再会になるが、相変わらず中学生とは思えないほど発育の良さは健在だった。

 

 ただあの時よりも目は暗い。

 

「……」

「あー、彼女は十六夜アキ」

「八城……です。よろしく」

「……馴れ合うつもりはないわ」

 

 そう言い捨てると十六夜は踵を返し奥の扉から部屋を出て行ってしまった。

 

「気を悪くしないでくれ。彼女は人見知りをするタイプでね」

「そのようですね」

 

 前にデュエルをした時も他人を寄せつけない壁を作っているのは感じた。そのことに関して俺は他人のことを言えたものではないが。

 ただ以前にも増して暗い表情を浮かべていたように見えたのは気のせいではないだろう。人体実験や洗脳教育といった単語が頭を過る。黒い噂とやらも真実味があるように思えてきた。

 思えば彼女のデュエルは全てのカードに実体を伴わせる事ができていた。このサイコデュエリストの総本山にいると言うことも納得できる。

 

「本当はこのクラスにもう一人いるのだが、生憎と今日はここに居なくてね。紹介はまたの機会にさせて貰おう」

 

 十六夜と同じ特進クラスに所属するデュエリスト。それはサイコデュエリストとしての能力故なのか、はたまたデュエルの実力によるものなのか。いずれにせよ興味をそそられるものだ。

 

「では早速だが、簡単にこの施設の中を案内しよう」

 

 付いて来たまえと続けると、ディヴァインは進んでドアを開け先を促した。

 どうやら挨拶だけでなく総帥と言うトップ自らが案内役までしてくれるとは、この特進クラスが如何に優遇されているかが分かる。

 

「1〜5階は講義を受ける教室、各クラスのデュエル場がある。君も体験入学で利用した場所だ。レベル5までのクラスはここを利用している」

 

 吹き抜けの中を交差してフロアを繋ぐエスカレーターを降りながらディヴァインの説明が始まった。

 

「特進クラス以外の人と合同でデュエルを行うことはあるのですか?」

「講義は合同のものも受けられるが、デュエルはないよ。特進クラスには強力なサイコパワーを持っている子がいるからね。その子達用に別の場所を確保しているのさ」

 

 前に十六夜とデュエルした時のことを思い出す。あの時は俺自身も実体化したソリッドビジョンのモンスターの攻撃で意識を失ったし、デュエル場も破損が大きかった。

 確かにサイコパワーの強いデュエリストとのデュエルには施設の修繕の費用もかかる上、対戦相手にも危険が伴うことを考慮すれば専用の設備が必要となるのだろう。

 

「このモニタールームでは過去のプロデュエリストの試合の映像が観れる。20年分の世界各国のリーグのデュエルは全て網羅しているよ。最初に利用する際は入り口にある受付に声をかけてくれたまえ。一般生と違って専用の部屋が用意されている。受付の者が席まで案内してくれる」

 

 最初に案内されたモニタールームは仕切りで区切られた5人用のテーブルが並んだ部屋だった。各席には専用のモニターとヘッドセットが備え付けられており、通常の生徒はそこでプロの試合を分析するのだろう。

 ディヴァインが手を向けた受付に目をやれば、受付の女性は笑顔で会釈をしていた。ぎこちない会釈を返すとモニタールームを後にし、次のフロアへの案内が続く。

 

「ここはデュエルライブラリー。デュエル関係の文献から雑誌まで保管されている。興味があるかは分からないが、伝承にあるカードの資料も僅かにある。他にもリーグ戦に出場した際のプロデュエリストのデッキレシピが載っている雑誌もある。気になるものがあれば気軽に足を運ぶと良い」

 

 デュエルライブラリーはこのフロアの南北側全てを使って展開されていた。今入った南側は書店に並んでいるようなデュエル学、デュエル史、本棚が整列している。

 入り口付近の棚には最新のデュエル雑誌の表紙が並んでいる。表紙の中には当然ジャック・アトラスも写っているものもあるが、知らないプロデュエリストの姿も多く写っている。

 適当に手に取った雑誌の『熱きデュエリスト達』の表紙もジャック・アトラスではない。

 

「君も将来はプロ志望なのかい?」

「いえ……」

「ほう、意外だね。腕には自信があるだろうに」

「プロの世界はデュエルの勝率だけで生き残れる世界ではありませんから」

 

 プロデュエルの世界は少なくとも今までのデュエル屋稼業とは色が異なるし、何より自分自身が大衆に囲まれてデュエルをするのがあまり好きではないので目指す気にはならなかった。

 そう、プロデュエリストとはデュエル屋のように、ただ勝つ事だけに特化したものではない。勝つまでのデュエルのプロセスで如何に観客を魅了するかというのもまた重要な要素だ。そしてデュエルを重ねて人気が出れば、大手企業とのスポンサー契約を結び、資金援助を得ながら活動を続けていくというのが王道の成功ルートとなる。

 必然的に新人は爪痕を残そうと派手な地雷デッキを使う傾向にあるし、中堅以上でもデッキの構築は安定性を重視し、コンスタントに自分の勝利の流れを作るようなタイプと言うよりも、手札事故のリスクを背負ってでも上振れしたパフォーマンスを重視するデュエリストの方が多い。

 そんな環境の安定しない魔窟の中で勝率と人気の両方を維持するのは殊更難しい。

 

「学生ながら現実的な考えだ。もうおじさんになってしまった私とは違って、君はまだ若い。ここでの成績次第では道が開ける可能性もある。目指す前から悲観的にならず今できることに励むと良い」

「えぇ……まぁ、はい……」

「ん? 何か気になる物でも?」

 

 だからこのように雑誌を捲れば『究極完全態・グレート・モス主軸のハイランダーデッキ』などと言うデッキの見出しが踊ることになる。しかもプロの公式戦において勝敗の結果に関わらず全ての試合で『究極完全態・グレート・モス』を出すとは時代が生んだ傑物も居たものだ。

 

「あぁー、中には参考にしたくてもできないものもある」

 

 プロへの道の厳しさを改めて感じさせられたデュエルライブラリーだったが、その後に案内された場所は特筆するものはなかった。デュエルアカデミアにもあるレベルのシュミレーターの他、食堂や購買といった一般的な施設といった具合だ。そしてそのどれもが外部に公開されている情報と違いはなかった。

 

「君が利用しそうな施設を見てもらったが、感想はどうだろうか?」

「環境は充実していると思います。ただ疑問なのはクラスの人数は三人しかいませんが、普段のデュエルはどうするのでしょう?」

 

 仮にも二人はサイコデュエリスト。講師が相手ではまず体が保たないはず。

 そんな相手と連日デュエルすることになるのなら、此方としても相応の準備が必要になる。

 こちらの言わんとすることを察したディヴァインは「あぁ」と朗らかな笑って言葉を続けた。

 

「もっともな疑問だね。だが心配には及ばない。デュエルの相手ならばこちらで手配している」

「手配……?」

「口で説明するよりもまずは見てもらった方が早いだろう。今日最後に案内するつもりだった場所だ。付いてきたまえ」

 

 ディヴァインに促されるままに部屋を出て、エレベーターでこのフロアを後にした。

 

 

 

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————

 

 

 

 最初に目にした光景は何もない砂の海と呼ぶに相応しい場所だった。

 見渡す限り地平の彼方まで黄金色に輝く砂の大地。終わりのない涸れた地面にしがみつく様に根を張る背の低い草からは真っ先に死を連想させられる。

 広大な砂漠は過酷な自然の猛威を前に人の手がついに及ぶ事がなかった場所だ。

 時折風が巻き上げる土埃と燦々と降り注ぐ日の光になかなか目が慣れない。

 だが俺はここが嫌いじゃない。観客がいないスタジアム、人通りのない路地裏、深夜のセキュリティの押収品保管庫前、いずれも他人の目がない場所では自分の感覚が研ぎ澄まされていた。

 そこにあるのは相手と自分。交わす言葉はカードのみ。そんな意識をデュエルのみに集中させることができる場は貴重だ。

 

 ディヴァインに案内されるままに地下の施設に辿り着くと、肌にピッタリ張り付く服の上下を渡され更衣室でそれに着替えるように指示を受けた。その後に医者か研究員かは分からない風貌の男と簡単な問診をして、健康に問題ないことを確認すると、巨大なモニターの前に配置されていた日焼けカプセルのようなポットの中へ入るように促される。仰向けになると心電図を取るときに体に貼るような電極を体に手早く装着され、渡されたヘッドセットを装着した途端、視界にこの世界が広がっていた。

 これがVRというやつなのか。自分の与り知らぬところで技術は日々進歩しているのが世の常というが、デュエルの話題が絶えない学園の噂でも電脳空間でのデュエルと言うのは耳にしたことがない。最高設備を用意したデュエル教育機関と謳っているのもあながち間違いではないらしい。

 

 砂を踏みしめる音がほぼ一定の間隔で近づいてくる。

 感傷に浸っていられる時間は終わったようだ。光の揺らぎの中から対戦相手が現れた。

 

「ふん。まさかアカデミア卒業後の一戦目の舞台がこんな砂漠とはな。これもプロの世界の洗礼というヤツか」

 

 蜃気楼の中から現れたのは全身黒の衣装に身を包んだ青年だった。初対面のはずだがその姿は何処かで見た事があるような気がした。

 アカデミアの卒業生というからには年齢は俺よりも少し上だろう。同学年の人間の名前さえもほとんど記憶していない俺では当然デュエルアカデミアのOBに面識などあるはずがない。

 ここに来ての第一声を鑑みるに、この相手は卒業後すぐにプロの世界に足を踏み入れた紛れもない強者だ。よもやそんな相手とデュエルをセッティングしてくれるとは嬉しい誤算だった。自然と気持ちが上に向いてきた。

 

「それにしても観客はいないのか。俺様の華麗なるデビュー戦だというのに……これでは盛り上がらないではないか……」

 

 ただ残念なことに趣向は合わないようだ。

 こちらから何か声をかけるべきか。言葉を選んでいる時だった。 

 

「っ!」

 

 突然、音もなく世界から色彩が消えた。

 モノクロ写真の世界に切り替わったと認識すると同時に別の違和感が生まれていた。対戦相手の歩みがピタリと止まっている。この異変に気付き動揺するなどの反応が一切ない。

 

「おい」

 

 こちらの呼びかけにも応じる様子はない。ロボットの電池が切れてしまったかのように動きが停止している。

 いや、停止しているのは相手だけではない。

 日の光の揺らめきはなくなり、風で巻き上げられた砂もまた空中で固まって居た。

 まるで俺を残してこの世界の全てが止まっているかのように。

 

【驚いたかい?】

 

 戸惑う俺の様子を見て楽しむかのように天から声が響く。

 俺をこの場に連れてきたディヴァインのものだ。当然といえばそうだがこの空間での出来事はすべて見られているらしい。 

 

「そうですね。この世界には驚かされました」

【ん? あぁ、そうか。初めてこの電脳空間を見れば驚くものか。いや、私が聞きたかったのは対戦相手のことだったのだがね】

「もしかして有名なデュエリストなのでしょうか?」

【……驚いた。まさか万丈目準を知らないデュエリストがいるとは】

 

 万丈目準。

 

 その名はどこかで見たような気がするが、やはりそれをどこで見たのかは思い出せない。

 

【彼はデュエルキングになった事もあるプロデュエリストだ。少なくとも君が物心ついてからもプロの世界で戦っていたと思うんだけどね】

「何分世間の事情というのには疎いもので。そんな相手とデュエルをする機会が得られて光栄です。それと相手の方が動かないのですがこれは? 通信に何か問題でも?」

【君と話をする時間を作るために停止させている】

「停止? それは一体……?」

【期待させてしまって申し訳ないが、これは本人ではない。ある伝手から彼のデュエルディスクのデータを入手してね。そのデータの履歴から再現した所謂AIというものだ】

「再現したAI? この人が、ですか?」

【そう。デュエルディスクは常にデュエリストと共にあるもの。デュエル中に引いたカードだけでなく、ドローカードの順番や引いたカードの中で使用したカード、そのデュエリストのデュエルの記録すべてを保持している。その記録を読み取り人工知能にそのデュエリストの使用カード、癖、戦術を学習させてそのデュエリストを再現したという訳だ】

「……!」

 

 その言葉に驚愕を覚える。

 つまり日常的に利用しているデュエルディスクがあれば、そのデュエリストを再現することが可能ということになる。デュエルディスク盗難なんて事になれば忽ちデュエル屋家業に支障が出る可能性がある。

 

【尤もデュエリストを再現するのにはAIが導き出した結果に対して、評価をしなければ精度が出せなくてね。片方のデュエルの記録だけでなく、実際の対戦の記録と照合させたりとクリアしなければならない課題も多い。その辺のプロデュエリストのデュエルディスクのデータがあったとしても、照合できるデュエルの回数が少なければ再現度がお座なりになるなんて事が殆どだ】

 

 だがそんな心配は杞憂だったようだ。プロの公開されているデュエルと違って、裏でやっているデュエルの対戦のデータが残る事はまず無い。ニケとしてのデュエルAIが生まれる心配は当分無さそうだ。

 

【けど今回君の相手を務めるこのAIに関しては安心してもらっていい。デュエルAI『Type-Thunder』。未来にデュエルキングまで上り詰めたデュエリストを元にした最高傑作の一つだ】

 

 デュエルキングという言葉に心臓が一際大きく跳ね上がった。

 無論、それは内から湧き上がる歓喜によるものだ。

 図らずもデュエリストの頂点まで上り詰める程の相手とデュエルする機会に巡り会えるとは。いずれ超えなければならない相手との再戦前に、今までの自分の研鑽の成果を試す機会が得られるとは僥倖だ。

 

【ふふ、怖気付いたかな?】

「まさか。むしろ願っても無い強者が相手で気持ちが高ぶってきました」

【そのようだね。君のバイタルの数値を見ても高揚しているのがわかる。あとは事前の注意事項を伝えておこう。このデュエルでダメージを受けると体に負荷がかかるように設定してある。今後このクラスのサイコデュエリストとのデュエルをした時に君の体がどの程度耐え得るのかの簡単な確認だと思ってくれればいい】

「……お手柔らかに」

 

 予想通り仕掛けてきた。はたして負荷がどれくらいかかるか。流石に初戦で体が動かなくなるレベルは勘弁願いたいところだ。

 

【ではそろそろ空間を動かすとしよう。存分に君の実力を発揮してくれ】

 

 そう言うとモノクロになった世界が一転、大まかに色彩が変わっていき、徐々に細かな色が戻っていく。

 

【あぁ、それと。デュエルディスクのデータは少々古い(・・・・・・・・)。そこは目をつぶってくれたまえ】

「?」

 

 ディヴァインはそう言い残すと今度こそ此方への通信が切れた。

 モノクロの世界の色彩が完全に戻ると、止まっていた空間の物理現象が動き始める。

 固まっていた万丈目の瞳にも光が戻った。

 

「お前がプロデビュー戦の最初の相手という訳か」

「……そういうことになりますね」

 

 対峙しただけで血が騒ぐ。この感覚は久しい。持てる力をすべて出し切ったとしても勝てるか分からない。まさかここでそんな相手と巡り会えるとは。

 

「俺は! 一っ! 十っ! 百っ! 千っ! 万丈目サンダー! 次のデュエルキングになる男だ!!」

「八城。あんたを倒す男の名だ!」

 

 相手がAIである以上、こんな名乗りに意味はない。

 これは元となったデュエリストへの敬意だ。

 気合いに呼応するように彼我の中心から放射状に一陣の風が吹いた。

 

「先行は俺だ。ドロー」

 

 先行を示すディスクのライトは相手に点った。

 AIとデュエルをするのは初めてのこと。プロデュエリストを元としたという性能が如何程のものか見せてもらおう。

 

「永続魔法『異次元格納庫』を発動。デッキからレベル4以下のユニオンモンスターを3体まで除外する。俺は『Y-ドラゴン・ヘッド』、『Z-メタル・キャタピラー』、『W-ウィング・カタパルト』を除外!」

 

 最初に使用されたカードは俺の知らないカードだった。

 万丈目の上空に蜃気楼でも発生したかのような空間の歪みが発生すると、中から巨大なアームが3本出現する。それぞれ除外対象の機体を掴むとその空間へと戻っていった。

 

「そしてこの効果で除外したモンスターと対になるユニオンモンスターが召喚された時、任意の数だけ特殊召喚できる」

「っ?!」

 

 予想を遥かに上回る強力な効果に言葉を失った。一枚で三体のモンスターを並べられるポテンシャルがあるカードをリスク無しで発動できるとは……

 

「俺は『X-ヘッド・キャノン』を召喚!」

 

 現れたのは下半身部分が無い人型の機体。いや、下半身が無いというのは語弊があるか。正しく表現すれば腰から下に接続されているのが脚部ではなく、モーニングスターのように棘が生えた球体である。

 全身のカラーリングはブルー。両肩から伸びる砲身こそが名前の所以なのだろう。

 

 

X-ヘッド・キャノン

ATK1800  DEF1500

 

 

「この瞬間『異次元格納庫』の効果が発動! 『Y-ドラゴン・ヘッド』と『Z-メタル・キャタピラー』を連続発進!」

 

 歪んだ空間から二機の機体が金属アームによって運び出される。

 一機はドラゴンを模した赤い戦闘機。名前の通り機首が竜の頭の形をしている。

 続くもう一機は黄色のキャタピラ機。巨大なキャタピラを覆う装甲が爪のように鋭い。キャタピラに挟まれた低い胴部分の正面のモノアイがこちらの様子を分析しているようだ。

 

 

Y-ドラゴン・ヘッド

ATK1500  DEF1600

 

 

Z-メタル・キャタピラー

ATK1500  DEF1300

 

 

 瞬く間に三体のモンスターが並んだ。

 X、Y、Zのモンスターが並ぶことの意味など考えるまでもない。

 

「このターンで来るのか」

「いくぞ! 俺は場のX、Y、Zを融合合体させる!」

 

 AI万丈目が手を挙げる動作に従い3機の戦闘兵器は一斉に空中に飛び立つ。

 最中『Y-ドラゴン・ヘッド』の左右に広がっていた翼は胴体まで折り畳まれ、『Z-メタル・キャタピラー』の両キャタピラは間隔を空ける。

 

「『XYZ-ドラゴン・キャノン』!!」

 

 『Z-メタル・キャタピラー』の上空を飛んでいた『Y-ドラゴン・ヘッド』はキャタピラの間に収まると、その上から『X-ヘッド・キャノン』の下半身のモーニングスターのような球体が接続される。

 合体の完了を告げるように機体全体から目に見えて激しい電気を迸らせた。

 

 

XYZ-ドラゴン・キャノン

ATK2800  DEF2400

 

 

「さらに魔法カード『カオス・グリード』を発動!こいつは墓地にカードが存在せず、カードが4枚以上除外されている時に発動できる」

「なっ?!」

 

 まったく発動条件の難しいカードを鮮やかに発動してくれる。

 『XYZ-ドラゴン・キャノン』の『融合』を必要としない融合召喚では素材となったモンスターは全て除外される。そして『異次元格納庫』の効果で除外されている『W-ウィング・カタパルト』と合わせて4体のモンスターが除外されている訳だ。

 

「カードを2枚ドロー! そして手札の『サンダー・ドラゴン』を捨て効果発動。デッキから『サンダー・ドラゴン』を2体手札に加える」

「おぉ」

 

 ここに来て予想以上に古くから存在するカードの登場に感嘆の声が漏れた。だが古いカードとはいえその性能は今でも悪いものでは無い。デッキ圧縮とともに手札枚数を増強できるのは優良カードといえよう。

 

「カードを2枚伏せてターンエンド」

「私のターン」

 

 初手で『XYZ-ドラゴンキャノン』とは随分と飛ばしてきたものだ。

 使用率が低い理由としてその召喚が難しいことが挙げられる。

 だがその効果は侮れない。1ターンに制限なく手札を”任意のカードを破壊する除去札”に変えることができる。

 出てしまえば盤面をひっくり返すことのできるポテンシャルはあるカードだ。幸いにも耐性効果を持つわけでは無いのでこのターンに対処したい。

 

「魔法カード『儀式の下準備』を発動。デッキから儀式魔法『イリュージョンの儀式』と、そのテキストに記されている儀式モンスター『サクリファイス』を手札に加えます」

「ほう。『サクリファイス』か」

 

 手札に加えた『サクリファイス』を見ても動じる様子がない。となるとあのセットカードは『XYZ-ドラゴンキャノン』を守るカードと見るべきか。

 

「『イリュージョンの儀式』を発動。手札の『サクリボー』をリリースし、手札から『サクリファイス』を儀式召喚!」

 

 フィールドに現れたウジャト眼の刻まれた黄金の壺に『サクリボー』は吸い込まれていく。魂を取り込んだ壺の瞳が不気味に輝くと、壺全体は肥大しながら形状を変えていく。

 

 

サクリファイス

ATK0  DEF0

 

 

「儀式召喚に使用された『サクリボー』の効果によりカードを1枚ドローする」

 

 これで実質手札消費を一枚に抑えて『サクリファイス』の展開に成功した。初動としては重畳だろう。さぁ、あとはあのセットカード次第だ。

 

「『サクリファイス』のモンスター効果発動。1ターンに1度、相手の場の表側表示モンスターを自身に装備します。『XYZ-ドラゴンキャノン』を吸収!」

 

 ウジャト眼の下の穴が大きく広がると辺りに転がる石や砂を吸い込み始める。その吸引力は増していき、引き寄せられる石のサイズも徐々に大きくなっていく。『XYZ-ドラゴンキャノン』もまたその引力によって『サクリファイス』との距離をが縮まっていく。

 

「させるか! トラップ発動! 『亜空間物質転送装置』! 『XYZ-ドラゴンキャノン』をこのターンの終わりまで除外する!」

 

 薄紫のバリアに包まれた『XYZ-ドラゴンキャノン』は上空に打ち上げられ『サクリファイス』の効果圏内から離脱した。

 

「流石に『XYZ-ドラゴン・キャノン』を逃す札は持っていますか。けどこれで場は空きました! 『黒き森のウィッチ』を攻撃表示で召喚!」

 

 『サクリファイス』とは打って変わり出現したのは人型の若い女性。背中まで伸びた紫色の髪が黒のローブにかかっている。瞑目して立つ姿からは戦場から目を逸らしているように思わせるが、額から覗く第三の目だけはあたりを警戒している。

 

 

黒き森のウィッチ

ATK1100  DEF1200

 

 

 『サクリファイス』に打点を与える事はできなかったものの、これで相手にダメージを通すことができる。

 

「さらに装備魔法『ワンショット・ワンド』を『黒き森のウィッチ』に装備」

 

 『黒き森のウィッチ』の手元に先端が三日月型の長杖が出現し、それを大切そうに両手で抱える。

 

 

黒き森のウィッチ

ATK1100→1900

 

 

「バトル! 『黒き森のウィッチ』でダイレクトアタック!!」

 

 『黒き森のウィッチ』が杖に蓄えた紫色の魔力球は一直線に万丈目目掛けて飛んでいった。

 

「ぐっ!」

 

 胸に直撃した魔力球の衝撃で、万丈目は押し出されるように地面を滑る。

 苦悶の表情を浮かべるあたり、とてもAIとは思えない再現性だ。

 

 

万丈目LP4000→2100

 

 

 これで先制ダメージは取った。序盤で4000のライフポイントから凡そ半分を削ることができたのは上々の滑り出しといえよう。

 

「『ワンショット・ワンド』の効果発動。戦闘終了時にこのカードを破壊する事でカードを1枚ドローします。そしてカードを1枚セットしターンエンド」

 

 

黒き森のウィッチ

ATK1900→1100

 

 

「このエンドフェイズに除外されていた『XYZ-ドラゴンキャノン』は帰還する!」

 

 歪んだ空間から『XYZ-ドラゴン・キャノン』が帰還する。

 このターンで対処できなかったのが唯一の心残りだ。

 

 

XYZ-ドラゴン・キャノン

ATK2800  DEF2600

 

 

「俺のターン! ドロー!」

 

 カードを引くだけの動作で風圧がここまで届いてきた。

 AIが相手だと言うのに気迫を感じるのは元となった人間によるものか。

 

「手札を1枚捨て『XYZ-ドラゴン・キャノン』の効果を発動! 貴様のセットカードを破壊する! ハイパー・ディストラクション!!」

 

 『XYZドラゴン・キャノン』の両肩の砲身にエネルギーが蓄えられ始める。

 予想通りの展開。故に対策は講じている。

 

「させるか! 手札から『エフェクト・ヴェーラー』を捨てその効果を無効にする!」

 

 『エフェクト・ヴェーラー』の影が砲身を撫でるとそのエネルギーは霧散する。

 

「ふん。それで凌いだつもりか! 俺は『V-タイガー・ジェット』を召喚! 『異次元格納庫』の効果により除外されていた『W-ウィング・カタパルト』を特殊召喚する!」

「既にパーツは揃ってたか?!」

 

 青の主翼のジェットが『XYZ-ドラゴン・キャノン』の横に着陸する。名前の通り機首の虎の顔を中心に前腕の爪がミサイルに、後脚が水平尾翼になっている。

 

 

V-タイガー・ジェット

ATK1600  DEF1800

 

 

 続いて現れたのは全体のカラーリングがブルーのカタパルト。一体どこの誰が設計したのか戦闘機を射出する機構そのものに翼を与えた型破りな機体だ。

 

 

V-タイガー・ジェット

ATK1300  DEF1500

 

 

 これで場にV、Wのモンスターが揃った。

 狙いなど考えるまでも無い。

 

「ふふん! さぁ行くぞ! 『V-タイガー・ジェット』と『W-ウィング・カタパルト』を融合! 『VW-タイガー・カタパルト』!」

 

 『V-タイガー・ジェット』が飛び上がるのに続いて『W-ウィング・カタパルト』もスラスターを吹かせる。カタパルトの間隔を広げると背後から追いついた『V-タイガー・ジェット』の両足部分を着地させた。

 

 

VW-タイガー・カタパルト

ATK2000  DEF2100

 

 

 構図としては『W-ウィング・カタパルト』に『V-タイガー・ジェット』が乗っただけで、『XYZ-ドラゴン・キャノン』の変形を見た後だと少々見栄えはしない。

 だがこの合体にはまだ次がある。

 

「まだだ! さらに『VW-タイガー・カタパルト』と『XYZ-ドラゴン・キャノン』を融合合体!」

 

 『V-タイガー・ジェット』の脚部がそれぞれのカタパルトから離れ、分裂していたカタパルトは空中で再び合体。さらに『W-ウィング・カタパルト』の背後のジェットの噴出口から脚が飛び出した。

 同時に『XYZ-ドラゴン・キャノン』のキャタピラが解除され、折りたたまれていた赤い翼が背中にスライドし展開される。解除されたキャタピラは『X-ヘッド・キャノン』の腕に接続され、先端に爪を携えた腕部分となり、キャタピラが元々接続されていた部分には『W-ウィング・カタパルト』が接続された。

 

「サンダー召喚! 『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』!!」

 

 最後に『V-タイガー・ジェット』が両肩に腕を置き頭部へと合体すると、巨大な二足歩行ロボットへと変形が完了した。

 漢の浪漫の集大成というべき巨大合体ロボを間近で見ることができ、少なからず感動を覚えた。大の巨大戦艦が並ぶ光景も壮観だったが、この威容もまた対峙すると圧を感じる。

 しかし危機的状況に反して胸の高鳴りを感じていた。

 

「『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』の効果発動。1ターンに1度、相手の場のカード1枚を除外できる。除外するのはさっき大事に守っていたその伏せカードだ!」

「ならばそれを使うまで! 速攻魔法『サクリファイス・フュージョン』を発動! 場の『サクリファイス』と手札の『融合呪印生物-闇』を除外し、『サウザンドアイズ・サクリファイス』を融合召喚する!」

 

 『融合呪印生物-闇』は融合素材の代わりになる能力を持つモンスター。今回の融合では『千眼の邪教神』の代替として使用した。

 『融合呪印生物-闇』が『サクリファイス』の体内に取り込まれる。

 最初に変わったのは色だった。『サクリファイス』の体表が青灰色から茶褐色に変化する。

 続いてテニスボール大の膨らみが『サクリファイス』の表面に無数に広がっていく。そこに一本の筋が入ると一斉に両側へ皮膚が捲れ中から眼球が姿を現した。それぞれが瞳を不規則に動かし続けているため死角はない。数多の敵を捕食し続けた底の見えない穴にはヤツメウナギの口の如く鋭い牙が生え揃い、次の獲物を求めるように膨縮を繰り返している。

 

 

サウザンドアイズ・サクリファイス

ATK0  DEF0

 

 

 『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の登場の直後、『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』の砲撃が『サクリファイス・フュージョン』を空間の歪みへと消し飛ばした。

 

「くっ! 効果をうまく躱した上に攻撃を封じてきたか」

 

 そう、『サウザンドアイズ・サクリファイス』には自身以外の攻撃及び、表示形式の変更を封じる効果がある。

 勿論『サクリファイス』同様の相手モンスターの装備効果もあるが、装備しているモンスターが無くとも自身を守ることができる。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ」

 

 危ないところだった。『サクリファイスフュージョン』を除外されてしまったのは痛手だが、被害は最小限に抑えられたと言えよう。

 『XYZ-ドラゴン・キャノン』の手札コストは恐らく『サンダードラゴン』のはず。『エフェクト・ヴェーラー』が無ければターン1制限のないあの効果で勝負が決まっていたところだ。

 

「ドロー!」

 

 これで『サウザンド・アイズ・サクリファイス』を残してターンが回ってきた。

 『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』も『XYZドラゴン・キャノン』同様に効果耐性は持っていない。これは絶好の好機だ。デュエルの流れを一気に引き寄せる!

 

——そう思った瞬間だった。

 

「このスタンバイフェイズ時にリバースカード発動! 『破壊輪』!」

「なっ!?」

 

 『サウザンド・アイズ・サクリファイス』が鋼鉄のリングに囚われる。その側面を埋めるように手榴弾が並んでいる。

 

「『サウザンド・アイズ・サクリファイス』を破壊する!」

 

 宣言がトリガーとなり手榴弾が一斉に起爆する。

 

「ぐっ……」

 

 『サウザンド・アイズ・サクリファイス』は爆発に飲まれ跡形もなく四散した。

 爆風と巻き上げられた砂が体に吹き付ける。

 バーチャル世界だというのに爆発の熱や砂がぶつかる細かな針で刺されるようなわずかな痛みをリアルに感じた。壮大な機材への投資を行なっているだけのことはある。

 

「本来であれば破壊したモンスターの攻撃力分のダメージをお互いが受けるのだが、『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の攻撃力は0。よってダメージは発生しない」

 

 これは不味い事になった。『サウザンドアイズ・サクリファイス』は『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』を処理するための要のカード。それを失った今『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』をこのターンで処理できるカードがない。

 残る手札は2枚。次のターンで確実に出したカードの内1枚が除外されてしまう。逆転の鍵は如何にして除外するカードを誘導するかだ。

 

「……『見習い魔術師』を守備表示で召喚」

 

 守備表示での召喚ということで何時ものように魔法陣から勢いよく飛び出さず、片膝をついた状態で現れる『見習い魔術師』。

 

 

見習い魔術師

ATK400  DEF800

 

 

「『黒き森のウィッチ』を守備表示に変更し、カードを1枚伏せてターンエンド」

「ふん。守りを固めてきたか。だがその程度の守りではこのオレ様の攻撃を受けきれんぞ!」

「……」

 

 確かに状況は一転して苦しい。手札を使い果たし、場にあるカードは『見習い魔術師』、『黒き森のウィッチ』と守りの札が1枚のみ。

 『見習い魔術師』があれば守りとしてなんとかなる事も多いのだが、今回はその例外だ。

 砂漠にそびえ立つ塔の如く君臨しているあの巨大合体ロボット。あれが最大の障害となっている。

 そして相手の手札はこのターンで5枚になった。内1枚は『サンダー・ドラゴン』だろうが、それでも劣勢なのは変わりない。

 だから俺は心理戦に打って出た。

 

「……」

 

 相手の初動は『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』によるカードの除外のはず。

 AI万丈目はこの場合、どのカードを除外してくるかが焦点となる。公開情報の『見習い魔術師』は戦闘破壊をトリガーに、『黒き森のウィッチ』はフィールドから墓地に送られることをトリガーに効果を発動する。もしこれらを効果で除去するカードを握れていないとしたら、相手としてはここで除外する優先順位が高いはず。特に『見習い魔術師』は戦闘破壊された時に後続のモンスターを場に出す効果があるため、バトルでの破壊は避けたいだろう。もしこれを戦闘破壊すれば後続のモンスターが壁となり、俺にダメージを通せる可能性を失うことになる。

 残るセットカードは非公開情報のため除外の対象に選ぶにはリスクが大きい。これがブラフや、先ほどのように自由なタイミングで発動可能なカードだった場合は、貴重な盤面干渉効果を無駄撃ちすることになる。バトルでしか壁となるモンスターを処理できなければ、このモンスターの効果発動を許すことになってしまう。もちろんこのターン攻撃をしなければモンスターの効果は使えないが、その選択はデュエルにおいて消極的過ぎるためないと踏んで良いだろう。

 ここでセットカードを除外してメリットが大きいものは攻撃反応系の罠、挙げるとするなら『聖なるバリア-ミラーフォース-』くらいのものだ。

 

「『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』の効果を発動!」

 

 想定通り最初は『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』の効果から動いてきた。

 こちらの誘導通りに対象を選ぶか。

 続く言葉を待つ間に緊張が高まる。

 

「『見習い魔術師』を除外する!」

 

 AI万丈目が指差した『見習い魔術師』に向けて、時空を貫くエネルギー弾が発射される。着弾と同時に『見習い魔術師』の像は歪み、一瞬で目の前から消えて無くなった。

 

 これでこちらの思惑通り『黒き森のウィッチ』を効果対象から外すことに成功した。

 駆け引きの勝利に安堵する気持ちをポーカーフェイスの裏に隠し込む。

 もしもこれが本人だったら、わざわざ俺が『見習い魔術師』を表側守備表示で出した意味を読んできたかもしれない。だが相手があくまでも過去の対戦データから積み上げた本人の判断を参照するプログラムでしか無いのであれば、俺の非合理的なプレイを前に何故という疑問を持つことはできない。

 しかし今度は俺が混乱させられる手を打たれる番だった。

 

「『仮面竜』を攻撃表示で召喚!」

 

 筋肉質な竜がこの砂漠に降り立った。

 陽の当たる背面や顔、腕、脚は石灰色、それ以外は燃えるような赤い皮膚に覆われている。特に顔の皮膚は硬質化した結果、白陶器のような無機質な質感となっており、仮面を付けているように見える。

 

 

仮面竜

ATK1400  DEF1100

 

 

 新たに攻撃可能なモンスターを出してくることまでは想定の範囲内だった。だが、

 

「ここで『仮面竜』……?」

 

 機械族ユニオンデッキとばかり思っていたが、ここでドラゴン族のカードが出てくるのか。相手のデッキに仕込まれている手が一気に読めなくなった。しかしながらデュエル中に困惑する相手に懇切丁寧にデッキのネタを説明してくれるデュエリストなどいる筈もない。

 

「バトル! 『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』で『黒き森のウィッチ』を攻撃! そしてこの攻撃宣言時、『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』の効果で『黒き森のウィッチ』を攻撃表示に変更する!」

 

 『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』の能力により体の自由を奪われた『黒き森のウィッチ』は片膝を立てて座っていた体勢から立ち上がるように仕向けられる。

 同時に『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』の腰から伸びる二門の砲口に青白い光が集まっていく。

 

「くらえ! VtoZアルティメット・ディストラクション・キャノン!!」

「っ! 永続罠発動! 『強制終了』!」

 

 起き上がったカードから効力を発揮したことを示す輝きが発せられる。

 

「自分の場の表側表示のカード1枚を墓地に送り、バトルフェイズを終了する」

 

 火炎弾の直撃する寸前に『黒き森のウィッチ』はフィールドから光となって消えた。

 そして対象を失った火炎弾は俺に迫ったが、見えない壁に阻まれるかのように眼前で消滅した。

 

「『黒き森のウィッチ』がフィールドから墓地に送られた時、守備力1500以下のモンスター1体をデッキから手札に加える! 私がデッキから選ぶのは……『マジカル・コンダクター』」

「くっ。これでターンエンドだ」

 

 メインフェイズ2で動く手はなかったようだ。罠が仕掛けられなかったことは僥倖だろう。

 ギリギリの駆け引きに勝利し『黒き森のウィッチ』のお陰で反撃のお膳立ては済んでいる。

 問題はここで俺がキーカードを引けるかどうか、だ。

 数ターンの間に繰り広げた攻防で早くも血が滾るような感覚に陥っている。そしてこの感覚こそが俺のデュエルを常に最高のものとしてきた。

 

「ドロー。っ!」

 

 横目でドローしたカードを確認する。

 

 ビンゴだ。

 

 この賭けに勝った。

 

「『マジカル・コンダクター』を召喚!」

 

 着物のように袖が広い衣装を纏った女性が現れる。帯の部分にはウジャト眼の装飾がなされており、金で作られた額当てと首飾りは高貴さの象徴となっている。

 その姿に何処か懐かしさを覚えるのは胸に掛かるくらいに伸びた艶のある黒髪のせいなのか。

 

 

マジカル・コンダクター

ATK1700  DEF1400

 

 

 そしてこのターン引いた逆転の一手をデュエルディスクに差し込む。

 

「『ワンダー・ワンド』を『マジカル・コンダクター』に装備!」

 

 

マジカル・コンダクター

ATK1700→2200

魔力カウンター0→2

 

 

 幾度となく使用し続けているドローソース。だが、今回はその効果が本命ではない。『マジカル・コンダクター』に魔力を供給できるカードを引くことに俺は賭けていた。

 確率的には凡そ半分。決して大博打と言うほどのものでもないが、勝敗への影響は大きいものだった。

 

「『マジカル・コンダクター』の効果発動! 自身に乗った魔力カウンターを取り除き、取り除いた数と同じレベルの魔法使い族モンスター1体を手札または墓地から特殊召喚する! 魔力カウンターを1つ使い、墓地から『サウザンド・アイズ・サクリファイス』を蘇らせる」

 

 杖の先端から底の見えない穴へと伸びる緑光が『サウザンド・アイズ・サクリファイス』を引き上げる。

 

 

マジカル・コンダクター

魔力カウンター2→1

 

 

サウザンド・アイズ・サクリファイス

ATK0  DEF0

 

 

 魔法カード1枚が『サウザンド・アイズ・サクリファイス』を蘇らせる蘇生札へと化ける。使い勝手の良い組み合わせだ。

 そして『サウザンド・アイズ・サクリファイス』こそが現状『VWXYZ-ドラゴンカタパルトキャノン』を攻略できる唯一のモンスターだ。

 

「『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の効果! 相手の場のモンスターを装備し、その攻撃力、守備力を得る。『VWXYZ-ドラゴンカタパルトキャノン』を吸収する!」

 

 今度こそ、三度目にしてついにサクリファイスが敵を捉えた。

 蜘蛛の糸に絡め取られた獲物のように身動きすら許されず『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』は『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の正面に空いた穴へと引きずり込まれる。

 

 

サウザンド・アイズ・サクリファイス

ATK0→3000  DEF0→2800

 

 

「くっ!」

「バトル! 『サウザンド・アイズ・サクリファイス』で『仮面竜』を攻撃!!」

 

 『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の外皮から飛び出ている『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』の二門の砲口にエネルギーが蓄えられていく。

 『仮面竜』に直撃すると辺りの砂を巻き上げながら巨大な爆発が起きた。

 仮面以外が跡形もなく消え去っていた。

 

 

万丈目LP2100→500

 

 

「だが『仮面竜』が戦闘で破壊された時、デッキより攻撃力1500以下のドラゴン族を呼び出せる! 来い、『アームド・ドラゴンLV3』」

 

 『仮面竜』が残した仮面が砕け、新たな幼竜が誕生した。まず目がいったのは産声を上げる口。下顎が発達し飛び出ている。

 ドラゴンには珍しく拳が大きいのと腹や肩から短い棘が生えているのが特徴的だ。

 

 

アームド・ドラゴンLV3

ATK1200  DEF900

 

 

 サイレント・マジシャンや魅惑の女王と同じ名前に"LV"を持つモンスター。

 思えば"LV”使いとの戦うのは3年以上ぶりになるか。まさかこのデュエルでそれを見ることになるとは。なんの縁もない相手だが少しばかり親近感が湧く。

 しかしこの状況は良くない。

 『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の能力で他のモンスターには攻撃が許されていない。『マジカル・コンダクター』で追撃ができない以上、『アームド・ドラゴンLV3』をこのターンで処理することはできない。

 次のターンにアームド・ドラゴンのレベルアップが決まっている状況において『マジカル・コンダクター』を『ワンダー・ワンド』を付けたまま残すのは得策ではないか。

 

「『ワンダー・ワンド』の効果発動。このカードを装備したモンスターとこのカードを墓地に送り、カードを2枚ドローする」

 

 杖に魂を預け『マジカル・コンダクター』はフィールドから消える。

 多少は期待していたのだが、手札に加わったカードは次のターンに備えを作ることのできるものではない。

 

「これでターンエンド」

 

 来るとわかっている脅威に対処する手を残せずターンを渡すのは苦しいが、ここはもう腹をくくるしかない。

 

「俺のターンだ。このスタンバイフェイズに『アームド・ドラゴンLV3』はLV5へと進化する!」

 

 『アームド・ドラゴンLV3』の体が光に包まれると、高さは大人と同じくらい、横幅も高さと同じくらいのでっぷりとした体躯に成長する。

 明るいオレンジ色の皮膚は朱に染まり、灰色外甲も重く鈍い鉛色に変わった。

 肩から生えた棘は本数が増え、膝からはドリルが飛び出している。腹から正中線に沿って生えそろっていた刃はより鋭くなり、腹の両側面にも同様の刃が生えてきた。特徴的だった顎からも左右対称に刃が並び、尻尾の先からも棘が生えて全体のフォルムがトゲトゲしくなっている。

 

 

アームド・ドラゴンLV5

ATK2400  DEF1700

 

 

 “LV”シリーズの進化の条件はモンスターによって様々。サイレント・マジシャンは自身に魔力カウンターを5つ乗せた状態でスタンバイフェイズを迎えることが条件、魅惑の女王は自身の効果で相手モンスターを装備した状態でスタンバイフェイズを迎えることが条件になっている。

 そう考えるとこの『アームド・ドラゴンLV3』の効果は緩い方だろう。

 

「さらに魔法カード『レベルアップ!』発動! 『アームド・ドラゴンLV5』を更にレベルアップさせる!!」

 

 再びアームド・ドラゴンの姿が光に包まれる。体は3メートル級の高さまで成長し、でっぷりとした体型から筋肉質で引き締まった体型へと変貌を遂げていく。

 鈍い灰色の外甲は銀に輝く鎧となりアームド・ドラゴンの強靭な肉体を包み込む。朱に染まった皮膚は煮えたぎるマグマの如く紅蓮色に変異した。

 顎から並んでいた二列の刃は統合され、三枚の巨大な刃が連結し顎の先端から伸びている。

 

 

アームド・ドラゴンLV7

ATK2800  DEF1000

 

 

 まさか連続でのレベルアップをしてくるとは。

 『アームド・ドラゴンLV5』以降の効果は手札のモンスターを捨てて、そのモンスターの攻撃力以下のモンスター破壊する効果を持つ。LV5からLV7に進化することで破壊できるモンスターが1体から全てに範囲を広げることが可能となる。

 相手の手札に攻撃力3000以上のモンスターがなければ『サウザンド・アイズ・サクリファイス』を突破することは不可能。だがこのタイミングで仕掛けてきたということはそういうことなのだろう。

 『強制終了』のみでは対処できない状況だ。

 背筋に嫌なものが走る。

 

「『強欲な壺』を発動。デッキからカードを2枚ドローする」

「ご、『強欲な壺』?!」

 

 今でこそレギュレーションで禁止に指定されているため使えないが、当時は採用率100%近いドローソース。ここに来てカードプールの違いが現れてきた。

 

「そして『アームド・ドラゴンLV7』を生贄に捧げる!」

「なっ、まさか来るのか?!」

 

 三度アームド・ドラゴンの体が光の中に包まれる。

 その輝きは砂漠に降り注ぐ太陽よりも眩い。

 膨大なエネルギーの脈動が砂の大地を震わせる。

 

「さぁ、その目に焼き付けろ! これがアームド・ドラゴンの最終形態だ! 『アームド・ドラゴンLV10』を手札から特殊召喚!!」

 

 光の繭が内側から爆発した。

 砂が巻き上げられる金色の中に紅蓮の炎の色が混じる。砂煙に浮かび上がるシルエットは『アームド・ドラゴンLV7』の倍は大きい。身体中から伸びていた刃はより大きく鋭利に成長していく。

 

 

アームド・ドラゴンLV10

ATK3000  DEF2000

 

 

 生誕の咆哮が姿を覆う全てを吹き飛ばした。

 あらゆるものを粉砕、破砕、断絶、鏖殺するための刃が巨体を包む様子は殺戮の巨竜と呼ぶにふさわしい。大鎌の形状をした左右一対の翼がついに体を支えるに足るサイズまで成長していた。

 

 "LV"シリーズのモンスターで唯一最上級を超えるLV10まで達したモンスター。進化前のLV7の効果テキストにLV10の名が刻まれていないため、"LV"シリーズの専用サポートカードである『レベルアップ!』でも出す事が叶わず、デュエル中に出すのは困難を極める。

 『VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン』に続き『アームド・ドラゴンLV10』をよもや一度のデュエルで対峙する日が来るとは。デュエルというのはやはり面白い。

 

「手札1枚を墓地に送り『アームド・ドラゴンLV10』の効果発動! 相手の場の表側表示モンスターを全て破壊する!」

 

 『アームド・ドラゴンLV10』の背からブーメラン状の刃が大量に放出された。

 回転する刃が四方から『サウザンド・アイズ・サクリファイス』の体をバラバラに切り裂く。

 いや、それだけに留まらず刃が地面にぶつかった衝撃で立て続けに四つの砂柱が立ち上った。

 降り注ぐ砂の雨からはもう免れることはできない。

 

「さらに手札から墓地に送った『おジャマジック』の効果が発動する。デッキから『おジャマ・グリーン』、『おジャマブラック』、『おジャマイエロー』を手札に加える」

 

 そして何だこれは。手札コストにも無駄がない。ここまで完璧に立ち回られると一周回って笑いすらこみ上げてくる。

 

「バトルだ! 『アームド・ドラゴンLV10』をダイレクトアタック!!」

 

 そうして……

 

 

 

————————

——————

————

 

 

 

 VR空間の空も現実世界と変わらず青い。ぼやけた視界が少しずつ明瞭になるとそんな感想を抱いた。

 

「くっ……」

 

 VR空間でのダメージだというのに体全体に酷く鈍い痛みが残っている。たった一発の攻撃を受けただけで、全身を動かすのが億劫になるほどのダメージだ。アカデミアに入ってから受けたダメージの中でもトップクラスだろう。地面に叩きつけられてから僅かに意識も飛んでいたのかもしれない。地面に高高度から落下してその程度のダメージで済んでいると考える方がいいか。

 案の定これもサイコデュエリストとのデュエルを再現するための装置だったというわけだ。

 まったく、この世界では苦痛の伴うデュエルが蔓延り過ぎている。サイコデュエリスト然り電流デュエル然り、そして次は電脳デュエルときた。

 一体どうしてこんなに痛い目にあってまでデュエルをしているのか。この世界に来るまでは娯楽でしかなかったデュエルを。

 

「……」

 

 揺蕩う意識の中、自分の原点を思い返していた。

 そう。この世界に来た時、俺にあったものは己の名と身とカードだけだった。帰る家も家族も友人も、今まで生きてきた証さえも失った俺に待っていたのは裏デュエルの洗礼だった。

 初めは奪われたカードを取り戻すため、カードの持ち主たる実力を証明するため、ただ生き抜くためにデュエルをしていた。そして全てのカードを取り戻した後、今度は元の世界に戻れるという甘言を鵜呑みにしてデュエル屋となり裏世界で我武者羅にデュエルを続けた。

 当然、危険を伴うデュエルも多かった。デュエル後に闇医者に世話になるなんてことは日常茶飯事で、そんなデュエルの時は決まってサイレント・マジシャンは憂いを帯びた表情で俺を見ていた。迷う事なく命懸けのデュエルに身を投じる様子を見て、死に場所を求めているかのように写ったことだろう。

 避けられるデュエルもあったのかも知れない。賢く生きればやらなくていい命を賭けたデュエルもあったのだろう。

 

「そうじゃ……ねぇんだよな……」

 

 砂を握る拳に力が入る。

 確かにこの世界に来た頃は逃げ出したい気持ちで一杯で、デュエルをしたくないと思ったこともあった。

 それでも時に血反吐を撒き散らしながらもデュエルを続けてきた。デュエルに勝つことで明日の生を勝ち取り続けてきた。

 いつしかそれは俺が俺であり続けるための信念めいた何かへと変わっていた。生き方と言ってもいい。

 

"デュエルに対しては決して背を向けない。"

 

 一度でも背を向けてしまえば俺の今まで戦い抜いた決闘に対する裏切りとなる。その裏切りをしてしまえば積み上げてきた足元が崩れ去り、二度とそこに立つことができなくなってしまう。そんな確信があった。

 側から見れば馬鹿馬鹿しい生き方と思われるかもしれない。

 けれどそれを己の道と決めたのならば最期まで貫き通す。

 だからデュエルの最中たとえこの身が砕けようとも一度始めたデュエルから降りるという選択肢など持ち合わせていない。

 

「ん、くっ!」

 

 まだ体に力は入る。

 いや、そもそも実際の体の四肢を刻まれた訳でもない。たかが電脳空間で痛覚に刺激を受けたところで体は動かない筈がない。

 揺るぎない確信が身体中を駆け巡る痛みを乗り越える原動力となり、ようやく立ち上がることに成功した。

 蹌踉めきながらも立ち上がった俺を見て相手は不敵な笑みを浮かべている。作られた擬似人格の笑みにしては、真を感じさせるそんな笑みだった。

 だからこそ、こちらの闘志もまた胸の内で燻り始めるのだ。

 

「待たせた。続きを始めよう」




今週中に後半を出す予定です。


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万丈目

 薄暗く狭い空間は人の不安を煽る。

 例えば人気がなく明かりの付いていない廊下。視界が不明瞭な中、自分の足音だけが一定の間隔で響き続けている時に、不意に自分が発した音以外が聞こえたら? それは窓ガラスに吹き付ける風の音だとしても、誰かが外から窓を叩いている、或いは何かが外から窓を壊そうとしている、酷ければ何者かが窓を破って自分を襲おうとしている、なんて勝手に悪い想像が膨らんでいく事がある。

 だからそう。たまに聞こえてくる金属を細かく叩くような音は、きっと隙間風が吹いたときに風に煽られて、何かがこの金属の壁や床を打ち付けている音に違いない。音が近づいたり遠のいたりしているのは私が移動しているからであって、間違っても衛生環境がよろしくない場所に住まう生物の足音とかではない。

 細長く続いているこの空間に身を隠し匍匐前進をする最中、そんな不安と戦っていた。

 一定の間隔で存在する細かい格子状の光が差す通気口からは人が普段利用している廊下が見える。

 表と裏の世界を隔てる境界と表現するのは少々大げさかもしれないが、私が通っている空間から見える光景を生で見る人は恐らく殆どいないだろう。

 多分壁に触れたら冷たいのだろうが、精霊化している私は物理的制約を無視できるため、通気口内を移動しても環境の影響を受けることはない。

 しかし生きているうちに空調のダクトの中を移動する日がくるなんて思ってもみなかった。

 

 事の発端はミスティ・ローラさんからの依頼を受けた後に遡る。マスターと雑賀さんは依頼達成のためアルカディアムーブメントへの潜入計画を立てた。

 段階は大きく分けて四つ。

 第一段階ではアルカディアムーブメント本社のビルの正確なマップの作成を行う。

 第二段階ではマップを全て巡りながら監視カメラの位置を掌握する。それと並行してアルカディアムーブメントの警備状況や代表のディヴァインの行動把握も進める。

 そして第三段階で警備が厳重な部分を探し目ぼしい実験場の特定を目指す。

 これらの情報が全て揃ってから最終段階で研究データを盗み出すという手筈になっている。

 その第一段階となるアルカディアムーブメント本社の構造を把握すべく、こうして空調の中をこっそり移動している。

 私の任務はサイコデュエリスト研究施設の内部状況の確認だ。

 雑賀さんの事前調査でアルカディアムーブメントのビルの表向きの見取り図の情報は分かっている。その情報と研究施設内の状況に差がないかの調査をマスターから任されている。

 

 ただ、ここは特異な能力を持つサイコデュエリストの研究機関。表に出ていない部分に浸かっている人間の中なら私たち精霊を感知できる能力を持っている人間がいる可能性がある。だから安全を期すためにこうしてスパイ映画のようなことをしているのだ。

 今日の調査は既に完了している。

 あとはマスターの帰宅のタイミングで合流するだけだ。マスターがデュエルをする部屋に案内されるところまでは、空調の中を進みながらついていっていたため、マスターの居場所は分かっている。

 次の通気口に近づくにつれてこの組織の関係者の話し声がハッキリしてくる。

 

「バイタルサインはどうだ?」

「かなり乱れていますがまだ危険域には入っていません。ただ初ダメージが3000では、これ以上のデュエル続行は厳しいのでは……」

 

 最初に不穏なやりとりが聞こえてきた。

 下を覗き込めばディヴァインと言う男と白衣を纏った研究員らしき男が話している。その側でカプセルのようなものに横たわるマスターの姿もあった。肌にピッタリと張り付いたダークグレーのバイタルスーツの下には幾つもの電極が伸びており、その先のモニターには脈拍などの数値がモニタリングされている。

 マスターの息遣いは荒く、脈拍もかなり乱れているのが見てとれた。

 そして部屋の中の壁に埋め込まれた一番巨大なモニターにはマスターが倒れている様子が映されている。

 デュエルの状況はライフポイントこそマスターの方が僅かに優位に立っているが、それでも残りライフは1000。決して安心できる数値ではない。

 けど、ライフが残っているのならばマスターはどんな状況でもデュエルを続ける人だ。

 

「いや、彼の心はまだ折れていないようだ」

【はぁ……はぁ……】

 

 モニターの向こうのマスターは蹌踉めきながらもなんとか立ち上がってみせた。

 

「よし。ダメージフィードバックを特進標準レベルまで上げろ」

「し、しかし、それだと人体への影響が」

「構わん。これからこの特進クラスでやっていく以上、何れにしてもこの程度のダメージには慣れてもらう必要がある」

 

 体の底から溢れる感情に任せて魔力が吹き上がりそうになる。

 だが、ここで私が力を振るえばマスターの立てた計画は叶わなくなるため、奥歯を噛み締めて堪える。

 

「それにこれ以上ダメージを受けるとも限らないだろう。引き続きモニタリングを頼むよ」

 

 そう言って睨みつける私の視線を背にディヴァインは部屋を後にした。

 先ほどまで感じていた不安など消え去った。このデュエルの行く末を見届けなければ、そしてマスターがこれ以上深刻なダメージを負わないことを願わずにはいられない。

 

【私のターン……ドロー】

 

 マスターの絞り出した声を聞き、視線を改めてラボの中央モニターに戻す。

 マスターのフィールドには『強制終了』が張ってあるのみ。マスターの身を守るモンスターは存在しない。

 思わず拳を握る力が強くなる。今すぐあの場に駆けつけたいという衝動を抑えつけるのが苦しい。

 

【『ミスティック・パイパー』を召喚】

 

 殺伐とした場の空気を変えるようにガラ空きのマスターの場にサーカスの団員の如く目を引く顔に朱の線を引いた男が現れた。軽快なステップを刻みながら笛吹けば、水色の頭髪が跳ね上がる。

 

 

ミスティック・パイパー

ATK0  DEF0

 

 

 だが『ミスティック・パイパー』にはマスターの身を守る力はない。これを出す以外の選択肢がないのだろうか。

 

【『ミスティック・パイパー』の効果発動。このカードをリリースしてカードを1枚ドローする。ドローしたカードがレベル1のモンスターの場合、もう1枚ドローできる】

 

 マスターのデッキは『サクリファイス』デッキ。レベル1のカードを採用している比率は高いはず。それにマスターなら……

 

【ドロー】

 

 静かに引いたカードを確認するとマスターはそのカードを相手へと公開した。そのカードは画面にも映し出される。

 

【私がドローしたのはレベル1の『金華猫』。よって追加でドローする】

 

 そして追加ドローしたカードを見て、少し考える素振りをみせた。

 『金華猫』は召喚成功時に墓地のレベル1のカードを蘇生する効果を持つスピリットモンスター。

 召喚権を使った今、マスターがこの局面を打開する手はモンスターの特殊召喚か、或いは除去カードの使用のみ。

 ここにきて悩むと言うことは引いたカードはそのどちらでも無いと言うことなのか。

 モニター越しのマスターの表情からは一切読み取れない。

 

【カードを1枚セットし、ターンエンド】

『……っ!』

 

 思わず息を飲んだ。

 マスターの命運はあの1枚のセットカードに委ねられた。

 ここはブラフで止められる場面ではない。

 ダクトを移動中に耳にこびり付いて離れなかったカサコソという音はもう全く気にならなくなった。

 

【ふん。打つ手なしか。ならばこのターンがラストターンだ】

 

 AI万丈目はその最後の手を警戒する素振りすら見せない。

 ドローしたカードを確認するとそのカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

【魔法カード『貪欲な壺』を発動。墓地の『サンダー・ドラゴン』2枚、『仮面竜』、そして『アームド・ドラゴンLV3』、『アームド・ドラゴンLV5』をデッキに戻し、カードを2枚ドローする】

 

 しかしここでしっかり手札を補充してくるあたり油断はない。あわよくばセットカードへの対策札を呼び込もうという狙いが伺える。

 

「そして手札の『サンダー・ドラゴン』を捨て、再びデッキから『サンダー・ドラゴン』を2体手札に加える」

 

 公開情報としてモニターに映されているAI万丈目の手札は『おジャマ・イエロー』、『おジャマ・グリーン』、『おジャマ・ブラック』、2枚の『サンダードラゴン』の5枚。これに新たに引いた3枚のカードとなった。

 手札の枚数こそ8枚だが、その実はカサ増ししているだけでこの場で影響のあるカードは3枚のドローカードのみ。まだ攻め手のパターンは絞られているはず。

 

【さらに魔法カード『手札抹殺』を発動! お互い全ての手札を捨てて、捨てた枚数だけドローする】

【!?】

 

 その光景に私は言葉を失った。

 AI万丈目は手札を全てディスクの墓地に入れると新たにデッキから7枚のカードを手札に加えている。

 もしも私が劣勢状況の中で相手の手札が7枚に回復するのを目の当たりにしたら……その絶望感は計り知れない。少なくとも追い詰めたライフを直前で全回復されるよりも精神的には堪える。

 

【手札から墓地に送られた『ライトロード・メイデン・ミネルバ』の効果により、デッキからカードを1枚墓地に送る】

 

 マスターもここで墓地にカードを増やすことはできたが、アドバンテージの差は歴然だ。

 

【『闇の量産工場』を発動。墓地の通常モンスター2体を手札に戻す。俺が手札に戻すのは『おジャマ・イエロー』、『おジャマ・グリーン』の2体】

 

 ここにきて『手札抹殺』で捨てたカードを回収し、手札は8枚に戻った。

 

【『天使の施し』を発動。デッキから3枚ドローし、2枚を捨てる】

【『天使の施し』だと?!】

 

 一体私は何を見せられているのだろうか。

 絶望の底はまだ見えていなかった。

 AI万丈目は更にデッキから3枚ドローし、10枚となった手札から2枚を選んで墓地に捨てる。

 先程の『闇の量産工場』で手札に戻した2枚をここで捨てれば、残った8枚は未知のカードという事になる。このデュエル中盤において相手の初期ターンの以上の手札状況に戻るなんて理不尽があるだろうか。

 そもそも『天使の施し』は現在のレギュレーションでは使用されることが許されていないカードだ。何故そのようなことが起きているのかは分からないが、デュエルは続行されているので、マスターもこのレギュレーションに合意はしているのか。

 

【このバトルで引導を渡してくれる! 『アームド・ドラゴンLV10』でダイレクトアタック!】

 

 『アームド・ドラゴンLV10』の腕に黒いエネルギーが収束し始める。大地が悲鳴を上げているかのように震えているせいなのか、画面の映像も細かく揺れている。

 晴天が曇天へと変わり風が荒れ狂う。

 そして死神が鎌を振り下ろすように腕が弧を描くと、黒雷を迸らせる闇黒の魔弾が放たれた。表面から枝のように伸びる黒雷が掠めるだけで岩は塵へと変わり、近づくだけで砂は道を譲るかのように引き砂漠が割れていく。

 その光景に心臓は早鐘を打ち、呼吸をすることも忘れていた。

 ただマスターの横顔からは焦りは見えない。

 迫りくる魔弾に対して左腕を前に突き出して応える。

 

【罠カード『ゴブリンのやりくり上手』!】

【はっ、今更そんなカードを発動して何になる!】

『これは……』

 

 『ゴブリンのやりくり上手』は攻撃に干渉する罠ではない。『アームド・ドラゴンLV10』の攻撃は減衰することなくマスターに向かう。

 

【さらに『強制終了』の効果を重ねる! 場の『ゴブリンのやりくり上手』を墓地に送りバトルフェイズを終了させる!】

 

 宣言と同時に透明の膜がマスターを守るようにドーム状に展開される。直後、魔弾との衝突で膜は大きく凹むが、それもマスターの目前で止まった。膜で弾かれた黒雷は地面に落ちると爆発を起こし砂漠中に大穴を空けていく。

 爆発で巻き込まれる砂のみが映される画面の数が増えてきた。

 唯一生き残っていた上空から俯瞰して映す画面には押し潰す勢いで肥大していく魔弾が見える。圧縮された膨大なエネルギーが臨界点を超えようとしているようだ。

 

 そしてその時がきた。

 

 外圧から解き放たれた魔弾は水泡が外気に触れ弾けるように盛大に爆ぜた。

 

 同時に最後の画面も映像が途切れた。

 

 ここ窮地でこの2枚を場に揃えているとは……流石の引きの強さに思わず舌を巻く。

 改めて見ると『強制終了』と『ゴブリンのやりくり上手』の組み合わせは強力だ。単体ではどちらも損失が大きいカードだが、その損失を帳消しにした上でアドバンテージを稼げている。

 爆発から画面が復旧すると映し出された戦場の様子は凄惨なものだった。

 『アームド・ドラゴンLV10』とマスターの間にはクレーター状の大穴がポッカリと空いている。もしマスターがこれをもう一度受けていたらと想像するだけで背筋が寒くなる。

 

【そして『ゴブリンのやりくり上手』の効果で墓地の同名カードの枚数+1枚ドロー。その後、手札1枚をデッキに戻す。墓地に『ゴブリンのやりくり上手』は2枚存在するためドローする枚数は3枚】

 

 『手札抹殺』のタイミングで墓地に送られた『ライトロード・メイデン・ミネルバ』の効果で『ゴブリンのやりくり上手』を追加で墓地に送っていたようだ。相手にペースを持ってかれそうな手札枚数だったのが一転、十分に逆転を狙える状況になった。

 

【カードを3枚伏せてターンエンドだ】

 

 この絶望的な状況の中、それでもマスターは笑っていた。その目は明らかに追い詰められている者の目ではない。寧ろ相手のライフを奪い切ろうとする捕食者のようにその目をギラつかせている。

 

 マスターを映すモニターに意識を集中させるため、視界の中で揺れて邪魔な前髪を掻き上げ帽子の中にしまい込む。

 

【私のターン! ドロー】

 

 ドローしたカードを確認する間は一瞬。流れる動作でディスクにこのターンを始める最初のカードを刺した。

 

【魔法カード『貪欲で無欲な壺』発動! 墓地の異なる種族のカード3種類をデッキに戻し、カードを2枚ドローする】

 

 マスターが戻したのは『マンジュ・ゴッド』、『ライトロード・メイデン・ミネルバ』、『金華猫』の3枚。それぞれ天使族、魔法使い族、獣族と条件を満たしている。

 似た効果の『貪欲な壺』と比較するとデッキに戻すモンスターの数は少ないが、こちらは種類の縛りがある。それだけなら相互互換だろう。だがそれに加えて『貪欲で無欲な壺』はさらにデメリットが大きい。

 

【ただしこのカードの発動ターン、バトルフェイズを行えない】

【ふん。バトルを放棄してでも時間稼ぎの手を呼び込むつもりか】

【いや、ここは雑に解決させて貰う!】

 

 天に掲げられたカードが光る。

 マスターとAI万丈目さんの間、数キロほどの上空に黒い点が出現する。それは渦を巻きながら範囲を広げていき、やがて空を黒で覆い尽くした。

 

【魔法カード『ブラックホール』】

【何?!】

 

 渦の中心に開いた穴に向けて岩や木々が吸い込まれていく。徐々に勢いを増す引力を前に『アームド・ドラゴンLV10』の両足もついに地面から離れ、徐々に浮遊していく。手足を振り地面に戻ろうと抵抗するも虚しく、渦の中へと消えていった。

 

【これでフィールドのモンスターは全滅だ】

【おのれぇ……】

 

 地上では起こり得ない暴威に曝されては対抗手段を持たないモンスターはひとたまりもないだろう。

 マスターの宣言通り、フィールドのモンスターが全滅するのは勿論、『アームド・ドラゴンLV10』が呼び寄せた雷雲のカケラすらも残さず空は無に帰した。

 

【カードを1枚セットし、このターンはこれでターンエンド】

 

 ブラックホールが消滅するとフィールドは闘う二人を残して更地と化していた。宇宙規模の災害が襲ったというのに、戦場は青空を取り戻し照りつける太陽が砂を黄金のように輝かせる。

 

【タダでは終わらせんぞ! この瞬間、罠カード『おジャマトリオ』を発動! お前の場におジャマトークンを3体特殊召喚する!】

 

 起き上がった罠カードから3つの影が飛び出した。

 マスターの場に現れた3体どれもが二頭身で同じ赤のブリーフを履いており、それぞれ特徴的な風貌をしている。

 一体は『おジャマ・イエロー』が元となるトークン。名前の通りの全身黄色い肌、顔の半分を占める赤い唇、梨型の頭から伸びる二本の触手の先端に眼球が付いているのが特徴的だ。

 もう一体は『おジャマ・グリーン』が元となるトークン。ゴブリン族のような緑色の肌、鈴型の頭の八割を一つの眼球と口が占めている。そして目を引くのは顔の端から端まで裂けている口に収まりきらない紫色の舌が常に外にはみ出ていることだ。

 そして残る一体は『おジャマ・ブラック』が元となるトークン。重度のメタボ体型でもはや首がどこにあるか判断がつかない。

 どれもマスターの場に似つかわしくない絵面のモンスター達だ。

 

【さらに罠カード『補充要員』を発動! 墓地の攻撃力1500以下の通常モンスターを3体まで手札に加える。俺は墓地の『おジャマ・イエロー』、『おジャマ・グリーン』、『おジャマ・ブラック』を回収する!】

 

 絶えず続く手札増強カードにデュエルから目が離せない。

 そんな中、通気口からモニターを見下ろす視界の上の方で二本の毛が先ほどから揺れているのがいい加減鬱陶しい。

 また勝手に帽子からはみ出た自分の髪が風で揺れているのかと思い髪をかけ上げた時、それと目が合った。いや合った気がしたと言うべきか。

 1センチほどの間隔の黒い瞳。逆三角形の顔の形の先端に2本の顎、恐らく頭部から生えた2本の触覚がチラチラと揺れて見えていたのだろう。正面から見てもその6本の脚とその脚から生えた棘の形まで綺麗に見て取れた。まるで挨拶でもするかのように一本の脚を頭に掲げている。

 あぁ、やはりこの通風口内に響くカタカタという音は風の仕業ではなく、この生き物が闊歩する音だったのだ。精霊状態だと言うのに自分の意識が、いや魂が体から離れているような感覚がした。

 その黒光りする全長5センチほどの生き物が鼻先数センチの距離にいる。その事実を正しく認識した瞬間、

 

「○×△☆は︎@#きゃnぴ?!?!??!」

 

 我を忘れてひっくり返った。

 

 

————————

——————

————

 

「ふむ、期待以上だ」

 

 ディヴァインの一言がモニターの映像から現実へと意識を戻すキッカケだった。

 

「どうだい、アキ? このデュエルは」

「そうね。思ったより粘っていると思う」

 

 喉の渇きも忘れる程に見入っていたらしい。

 折角入れたティーカップから立ち昇る湯気は既に無く、案の定口をつけた紅茶は温くなっていた。

 このデュエルを見始めた理由は少し興味があったからだ。私とあの男の二人だけしかいなかったクラスにやってきた八城という男の実力がどれ程のものなのか。

 都合がいいことに相手も彼の実力を引き出すに足る力がある。デュエルアカデミアの黎明期の卒業生。卒業前で既にプロデュエルの世界に踏み込んでいた実力者だ。

 初めてこのAIとデュエルした時、私は負けている。

 『アームド・ドラゴンLV10』を倒したとは言え、流れは依然としてAI万丈目にある。

 モニターに映る白色の髪の青年はこの流れを変えることができるのか。それともこのまま終わるのか。

 このデュエルがどのような結末を迎えるのかが、ただ気になっていた。

 

 燦々と砂漠を照らす陽射しに影が指す。そこで画面に舞い上げられた砂が映る頻度が上がってきたことに気がつく。

 AI万丈目の前に巨大な竜巻が発生したのは直後のことだった。

 

【『ハリケーン』を発動! 邪魔な『強制終了』諸共吹き飛ばせ!】

 

 砂を巻き上げながら巨大化する風の渦は八城に向かって移動を開始する。

 

【さらに罠カード『埋蔵金の地図』を発動。こいつはセットされたこのカードを手札に戻す効果が発動した時に発動できる。カードを2枚ドローし、その後手札を1枚捨てる!】

 

 自分の【ハリケーン】に合わせ、さも当然かの様に手札交換のコンボも重ねていく。

 

 八城を映し出すモニターは全て吹き付ける砂で黒く染まっていった。セットカードが白い光に包まれ風に巻き上げられる瞬間だけモニターの煌めきで伝わってくる。

 まさに連続のパワーカードによる蹂躙。

 暴風が治まり映像が復帰した時には八城の場は"おジャマ"トークンを残すのみだった。

 

【そして俺はフィールド魔法『おジャマ・カントリー』を発動】

 

 何もない砂の大地が突如隆起する。砂を掻き分けて現れたのは粘土の塊だった。

 巨大な大福のような形状のそれは石灰で壁を作った家だった。どの家も側面に空いた穴には木の窓枠がはめ込まれており入り口は丸い木戸で統一されている。

 わざわざここで『おジャマ・カントリー』を発動したと言うことは、あれが来る。

 

【さぁ、舞台は整った! 魔法カード『融合』発動! 手札の『おジャマ・イエロー』、『おジャマ・グリーン』、『おジャマ・ブラック』を融合!】

 

 半透明の状態で現界したおジャマモンスター達は上からイエロー、グリーン、ブラックの順で重なるとまばゆい光を放つ。

 

【現れろ! 『おジャマ・キング』!!】

 

 光の中から現れたのは一頭身の白い巨人だった。巨大な顔面から顔の五分の一も無い腕と脚が生えている。ピンクのパンツを履いているのだが脚が顔から生えているため、顎あてのようにも見え、それがまた生理的嫌悪感を覚えさせられる。

 そして融合素材となった”おジャマ”モンスターの奇形部分を見事に引き継いでいる。

 眼球は二本の顔から伸びた触手の先端に付き、鼻は額から生えているため顔面の上部分を両断する山脈のようになっている。口を開けば顔が上下で別れてしまったのではと錯覚するほど大きい。

 まともなキングの要素はマグカップほどの大きさの王冠が頭上に乗せられている部分だけだ。いや、気持ち悪さだけでいったら間違いなく王の風格を持ち合わせているか。

 

【『おジャマ・キング』が存在する限りお前の場の残りのモンスターゾーンは使用できない】

 

 "おジャマトークン"はアドバンス召喚のためのリリースをすることができない。これで八城は場に新たにモンスターを出すことができなくなった。

 けどそのフィールドロックが狙いではない。

 

【また『おジャマ・カントリー』は俺の場に"おジャマ"モンスターが存在する時、フィールドのモンスターの元々の攻撃力・守備力を入れ替える】

 

 

おジャマ・キング

ATK0→3000  DEF3000→0

 

 

おジャマトークン×3

ATK0→1000  DEF1000→0

 

 

 『ハリケーン』で妨害の芽を摘み、わざわざ攻撃力を上昇させて大型モンスターを構える流れ。

 間違いない。このターンで決めに来ている。

 やけに大きく唾を飲み込む音が聞こえた。それが自分の物であることを自覚するのに一瞬の間を要した。

 

【魔法カード『おジャマッスル』を発動! 『おジャマ・キング』以外の場の"おジャマ"モンスターを全て破壊し、破壊したモンスター1体につき攻撃力を1000ポイント上昇させる!】

 

 八城の場の"おジャマトークン"が次々と爆発した。その粒子を体に取り込んだ『おジャマ・キング』の筋肉が活性化していく。太い血管が浮き上がり、腹の贅肉が消え見事なシックスパックが浮かび上がり、二の腕の力こぶが一回り大きくなった。

 

 

おジャマ・キング

ATK3000→6000

 

 

【さらに! "おジャマトークン"が破壊された時、そのコントローラーは300ポイントのダメージを受ける!】

 

 爆発で巻き上げられた砂埃を突き破り八城の体が宙を舞った。

 ダメージフィードバックレベルを上げた影響か、打ち上げられた高さは3000ものダイレクトアタックを受けた時に匹敵する。砂漠に叩きつけられる様子は見るだけで痛々しい。事実うつ伏せで倒れている八城は苦しそうな表情を浮かべ、直ぐに立ち上がることができない様子だ。

 

 

八城LP1000→100

 

 

 それも当然。

 残りライフは100。もう後はない。

 

【トドメだ! 『おジャマ・キング』でダイレクトアタック!!】

 

 攻撃力6000のダイレクトアタック。

 ライフが万全であっても一撃でゲームを終わらせる事ができる決戦火力だ。

 『ハリケーン』で魔法・罠を吹き飛ばされ、場に盾となるモンスターもいない八城に防ぐ術はない。

 

 『おジャマ・キング』はパンプアップして膨らんだ筋肉を十全に活かし八城目掛けて飛び上がる。踏み込みで舞上げた砂煙を突き抜け、短い脚ながらも10m近くの大ジャンプを成功させていた。両腕を真横に突き出したポーズで体勢を決めると同時にAI万丈目は高らかに攻撃名を宣言する。

 

【おジャマッスル・フライング・ボディアタック!!】

 

 

 太陽を背に受け十字の影を作りながら筋肉という名の凶器が迫り来る。八城を映すモニターは徐々に黒く染まっていく。

 

「ふぅ……」

 

 長くカップを手にしていたままであったが、ようやく紅茶を口にする時間ができた。

 冷め切ってはいるものの慣れ親しんだ味が口に広がり、デュエルの激しい攻防に当てられた昂りを落ち着ける間となった。

 

 本音を言えば、このデュエルで少しだけ八城という男を見直した。

 このAI万丈目を相手に序盤は主導権を握ることができていたと評価するに値するデュエルだった。

 体に多大な負荷がかかるようなダメージを負ったとしても戦意を失わず、そしてライフが残っている限り最後まで全力で戦い抜いたデュエリストには敬意を表さねばなるまい。

 少ししてディヴァインの端末への着信が鳴った。

 

「こちらディヴァイン。どうした?」

【こちらラボ003。先ほどのダメージで被験者のバイタルが危険域に達しています。これ以上の負荷がかかると生活に影響する深刻なダメージが残る可能性があります。デュエルを中断しますか?】

「ふむ」

 

 バイタルが危険域に達しているのなら直ぐにデュエルは中断すべきだろう。ただでさえ最初に受けたダメージが大きすぎた。 

 

「……?」

 

 そこまで思考を巡らせた時に初めて、デュエルの中止の判断を要するということはデュエルがまだ続いている(・・・・・・・・・・・・)ということだと気がついた。

 モニターは依然として真っ黒なまま。

 ただ予想していた『おジャマ・キング』の巨体が砂漠に激突する衝撃音が聞こえてこない。ノイズが紛れる音声にはバチバチと何かエネルギーがぶつかり拮抗しているような音がスピーカーから流れていた。

 何個かの黒い画面が切り替わり続けると、やがて八城のシルエットが見える角度のモニターへと映像が切り替わる。

 

【はぁ……はぁ……なるほど……カードプールが違うと勝手が違う。はぁ……もっともそれはそっちも同じか】

 

 八城の突き出した右手の先、フライング・ボディプレスを仕掛けた『おジャマ・キング』が不可視の壁に阻まれているかのように、空中で静止している光景が映し出されていた。

 

【手札から発動した『バトル・フェーダー』の効果。相手の直接攻撃宣言時、このカードを特殊召喚し、バトルフェイズを終了する】

 

 そう、八城の頭上へ落ちてきた『おジャマ・キング』の巨体をバリアが阻んでいた。

 バリアを張ったのは十字架のような形状の悪魔だった。バリアは振り子時計の針と鐘を先端につけた腕が胴を中心に回転することで発生しているらしい。

 

【ちっ! まだ攻撃を防ぐ手を残していたか】

 

 やがて『バトル・フェーダー』が張ったバリアは『おジャマ・キング』のフライング・ボディプレスを弾き返した。       

 

【はぁ、はぁ……勝手に終わった気になるなよ。くくっ】

【ふっ、今の攻撃を凌げたのがそんなに嬉しいか】

【それもあるが、それだけじゃない。プロデュエリストっていうのはこんなにも予想を覆してくるものだとはな。いやはや百聞は一見にしかずってヤツか】

【まさかデュエル中の相手から褒められるとは思ってもみなかったな】

【シナジーがあるカードを使っている訳でもなく"XYZ"、"アームド・ドラゴン"、"おジャマ"の複合テーマデッキをこうも見事に使われたら賛辞の一つくらい出るもんだ】

【ふん、貴様も骨があるやつだとは認めよう。お前のデュエルを見せてみろ!】

【あぁ、次は俺の番だ】

 

 倒れていた体を起こし砂を払いながらゆっくりと立ち上がる。

 その様子は先程までとは雰囲気が違うような気がした。今まで感じることの無かった闘志がヒシヒシと溢れ出てきている。それはギリギリのピンチを乗り越えた高揚感によるものか。

 あらゆる競技にも共通することかもしれないが、ピンチを凌いだ際にはそれと同等のチャンスが生まれる。勝負を賭けにいったにも関わらずそれを返された場合、もう反撃のためのリソースが残っていないことが大半だ。

 つまりこれは八城にとって絶好の好機。これを活かせるかどうかが実力を見極めるいい機会だろう。

 

「どうやら本人は続行を希望らしい」

【バイタルは依然として危険な状態を行き来しています。次ダメージを受ければ命に関わる可能性もありますが】

「サイコパワーの反応はどうだ?」

【まだこれといった反応は何も】

「追い詰められれば数値に影響すると思ったが……いや、まだ様子を見よう。このまま続行だ」

【承知しました】

 

 ディヴァインはそう言うと通信を切った。

 ただ残りライフは100。オーバーダメージの負荷は身体に深刻なダメージをもたらすことは経験したからこそ分かっている。

 

「ディヴァイン……」

「心配するなアキ。次のダメージを受けそうになったらフィードバックを切るよう連絡を入れる」

 

 私の向ける視線の意味を察していたディヴァインは穏やかな笑みを浮かべながら安心させるように私の望んでいた返事をくれた。

 これで心置きなくこのデュエルを集中して見ることができる。

 モニターに視線を戻すと、八城は既にドローを終えていた。

 AI万丈目はターン終了前にカードを2枚伏せたようだ。

 今度はターンが回ってきた八城が仕掛ける。

 

【手札の魔法カード『イリュージョンの儀式』を捨て、『二重魔法』! 相手の墓地の魔法カードを選択して、そのカードを発動する! 俺が選ぶのは『強欲な壺』】

「……」

 

 上手い。

 そして同時に『二重魔法』とは珍しいカードを使っていると思った。その効果は相手に依存するところが多く、積極的に採用されるカードではない。

 ただ1枚の手札を2枚に化けさせる本元のようなアドバンテージは稼げないものの、手札で腐っていた『イリュージョンの儀式』と一緒に手札交換をしたと考えればこれは有効な手だ。

 この2枚のドローで逆転の手を呼び込む可能性は十分に期待できる。

 その瞬間、ドローしたカードを確認した八城の目がギラリと光ったように見えた。

 

【墓地の『黒き森のウィッチ』と『エフェクト・ヴェーラー』を除外し、手札から『カオス・ソーサラー』を特殊召喚!】

 

 白光と闇黒が混ざったサークルよりその男は現れた。魔術師特有の青白い肌、だが露出した上半身から見てとれる筋肉は戦士と言っても十分なほど引き締まっている。既に準備は万端とでも言うように右手に光の魔法、左手に闇の魔法の光が灯っている。

 

 

カオス・ソーサラー

ATK2300  DEF2000

 

 

【『カオス・ソーサラー』の効果発動! 『おジャマ・キング』を次元の狭間へ消し飛ばせ!】

 

 『カオス・ソーサラー』の手に集められた黒と白の光は一つの魔力球となり『おジャマ・キング』へと放たれる。そしてそれは白い巨体の前で拡がりをみせると、歪曲した空間を作り出す。その先は異空間。呑まれれば自力で帰ることは不可能だ。

 

【させるか! 速攻魔法『融合解除』を発動! これにより『おジャマ・キング』を解き、素材となったモンスター一式を場に特殊召喚する!】

 

 『おジャマ・キング』の体が光ると融合元となった三つの体に分裂した。巨体を飲み込むはずだった異次元への入り口は『おジャマ・キング』の残滓を追うように消えていく。

 『おジャマトリオ』で出現していたトークンと同じ姿形をしているモンスターが、今度はAI万丈目のフィールドに現れる。

 

 

おジャマ・イエロー

ATK0  DEF1000

 

 

おジャマ・グリーン

ATK0  DEF1000

 

 

おジャマ・ブラック

ATK0  DEF1000

 

 

 起死回生の一手も虚しく不発に終わった。『カオス・ソーサラー』は効果を使用したターンに攻撃ができない。つまり現状では守備力1000のおジャマモンスターすらも倒せるカードは存在しない。

 このままターンを終了すれば相手はデュエルキングへと上り詰めたこともあるデュエリスト、間違いなく八城の盤面は突破され残り100のライフなど消し飛ぶだろう。

 このままの敗北もあり得る。

 と、八城のデュエリストとしての実力を知らないままであればそう判断していたことだろう。

 

 だがここまでのデュエルを作ってきた男が、この程度のことに考えが及んでいないはずはない。

 まだ何かやる。その確信があった。

 

【『ナイトエンド・ソーサラー』を召喚】

 

 何もない空間から黒い布切れが渦巻いて現れる。布が広がると中から砂漠の金色の砂を反射する一振りの鎌が最初に飛び出し、それを携える腕、胴、頭、足の順で持ち主が姿を見せた。白髪の中から飛び出した兎のような長い耳が目を惹く少年は静かに相手を見据えている。

 

【レベル6の『カオス・ソーサラー』、レベル1の『バトル・フェーダー』にレベル2の『ナイトエンド・ソーサラー』をチューニング!!】

「レベル9のシンクロモンスター!?」

「ほう。シンクロ召喚も使うか」

 

 一般的にレベルの高いシンクロモンスターはそれだけステータスが高く、有する効果が強い傾向にある。今まで私が見たことのあるシンクロモンスターの中でもレベル9は最高のものだ。

 ディヴァインも興味深い様子で現れるモンスターに期待の眼差しを向けている。

 モンスター達の体から放出されたレベルの数の光球は『ナイトエンド・ソーサラー』の体から生じた一重の輪に並ぶ。

 光球を貫くように光の柱が突き抜けた瞬間、モニター全てが光でホワイトアウトした。

 

【シンクロ召喚! 『ミスト・ウォーム』】

 

 光の中から大量の白い煙が噴き出てくる。その白い煙は瞬く間にフィールド全体に広がっていき、砂漠を燦々と照らす太陽を雲が覆い始めた。

 突如発生した霧に"おジャマ"モンスター達は不安げに辺りを見渡している。

 だが霧の主は依然として高密度の霧の塊の中に姿を隠し続けている。

 

 

ミスト・ウォーム

ATK2500→1500  DEF1500→2500

 

 

 映像が不明瞭な中、八城の効果宣言はマイクが正確に拾った。

 

【『ミスト・ウォーム』のシンクロ召喚時に効果発動! 相手の場のカードを3枚まで手札に戻す!】

【なんだと?!】

【おジャマモンスターを全て吹き飛ばせ!!】

 

 その攻撃は足元からきた。

 地面を突き破り噴出した高圧の蒸気が"おジャマ"モンスター全てを打ち上げる。空中に放られた"おジャマ"モンスターは呆気なくフィールドから消えていく。

 

【”おジャマ”モンスターが消えたことで『おジャマ・カントリー』による攻守反転状態は解除される】

 

 

ミスト・ウォーム

ATK1500→2500  DEF2500→1500

 

 

 賑やかな住民たちが一斉に消えたことで、この砂漠の町『おジャマ・カントリー』に静寂が訪れた。砂漠を照らす太陽の光さえも遮る分厚い霧によって、この場の支配者が誰であるかが示される。

 八城の真の狙いはこれだったのだ。『カオス・ソーサラー』の効果が不発に終わることも折り込み済みで、全ては最後にこの状況を作るための布石。

 これでAI万丈目の壁となるモンスター全て排除した。

 

【バトル! 『ミスト・ウォーム』でダイレクトアタック!!】

 

 攻撃宣言がなされた直後だった。体に纏っていた霧の鎧を脱いだ主がその姿を晒した。

 青紫色の巨大なムカデ。それが『ミスト・ウォーム』の正体だった。

 節の一つ一つに火山のように隆起した器官があり、そこから霧が絶えず溢れ出ている。

 『ミスト・ウォーム』の体全体を覆っていた霧は口元に集まっていたために、その姿が確認できたようだ。霧は密度を上げてガマ口のように大きく開いた口の前に収束していく。

 

 圧縮された霧が口内が見えなくなるまで充満した時、高密度の水の塊が光線のように吐き出された。

 軌道下の砂が二つに別れ、大地そのものを割る災害のごとく圧倒的な劣勢を覆す逆転の一撃。

 AI万丈目の顔面めがけて放たれたそれは、寸分違わずAI万丈目の額に吸い込まれていき、

 

 

 

 

 

 

 

 一枚のシャボン玉のような薄膜に受け止められた。

 

 

 

 

 

 

 

 白い一条のレーザーを阻む膜は表面の虹色を揺らしながらエネルギーを四散させていく。

 この現象を引き起こすカードの正体を看破できないデュエリストはいない。

 

【ここに来てかっ!】

 

 八城が苦しげに声を上げる。

 

 聖なるバリア-ミラーフォース-

 

 攻撃反応型の罠の中でも圧倒的な殲滅能力を持つカード。

 

 攻撃の反射角度の調整が完了し、四散していたエネルギーが八城のフィールドに降り注ぐ。

 受けた攻撃の威力を倍増させ跳ね返すバリアは文字通りの破壊の雨をもたらした。

 スピーカーから絨毯爆撃でも起きているかのような地面を抉る爆音が断続的に伝わってくる。

 舞い上がる砂煙によって八城の姿を映していたモニターは全てノイズに呑まれていった。

 

 幾許かしてモニターの映像が戻ると霧で覆われていた空模様はすっかりと晴天へ戻り、相対する二人の場はまた更地と化していた。

 

【……カードを3枚セットし、ターンエンド】

 

 八城の体がぐらついた。

 先のターンで100まで削られたダメージがここにきて出てきたのか。逆転への気力で体を支えていたのだろうが、その目論見が潰えた今、体がとうとう限界を迎えたようだ。

 

「頃合いか」

 

 ディヴァインはデュエル空間にマイクを繋げるよう指示を出す。

 デュエルの音声が切れ静寂が訪れた部屋にオペレーターがキーボードを叩く乾いた音が響く。

 

 最後までデュエルを続けていたらどうだったのだろうか?

 それが最初に浮かんだ疑問だった。身体の負担を無視できたとして、このデュエルは八城の敗北で終わったのか。最後に3枚のカードを伏せたのが気がかりだった。

 程なくしてデュエル空間のオブジェクトは全て停止し、八城のアバターのみが動いている状態となる。

 

「どうだい? このデュエルAI『Type-Thunder』とのデュエルは? そろそろ体がキツくなってきた頃だろう。デュエルをリタイアして休んでも構わないが?」

 

 膝に手を当て震える身体を支えている八城の姿がメインスクリーンに映し出される。耳を澄ませば抑え込もうとしている乱れた呼吸がスピーカーから聞こえてきた。

 音声の伝わるラグなのか、ややあって八城からの応答があった。

 

【はぁ……リタイア? ……冗談はよしてほしい。悪いが負けてやる気は毛頭ない】

 

 鼻で笑いながらそう言い切った。

 この状況でも闘志に衰えを感じさせない芯のある声だった。

 

「ほう? だが状況は芳しくないようだが?」

【現状は、だ】

 

 普段の丁寧な言葉遣いは鳴りを潜め、はっきりと断じてみせる。

 このデュエルはまだ終わってなどいない。勝つのは俺だ。

 言外にそう告げているようだった。

 

【それと、こいつとのデュエルの感想? あぁ、最高に楽しいよ。……だけど同時に残念でもある。はぁ……コレとのデュエルはこれっきりで十分だ】

「はは。流石に体には堪えたかな?」

【体がキツイのは事実だが、理由は違う。……もう底は見えた】

 

 会話の中で八城の足の震えが収まっていた。

 膝にあてていた手を離し、ゆっくりと曲げていた背を伸ばしていく。

 

【はぁ……はぁ……あぁ、クソ。本当に残念だ。本当はこんなもんじゃ無いんだろう? この万丈目と言うデュエリストは】

「? いや、このデュエルAI『Type-Thunder』は当時の万丈目準を限りなく近い精度で再現している。それは保証しよう」

【違う……はぁ……そう言う事じゃ無いんだ……】

 

 空になった右手を額にあてながら呻くように呟いた。溢れる感情を抑えようとするように右手に力が込められている。が、その時間もわずかなもので、一息吐くと強張っていた体から余計に入っていた力が抜け落ちた。

 

【根本として目指す地平が違っている】

 

 そして面をあげはっきりと告げた。

 

【このAIは詰まる所、目指しているのは当時の万丈目(・・・・・・)というデュエリストを如何に高い精度で再現するかということ。使用するカードも当時のままで、新しく生み出され続けるカードを吸収し研鑽するという行為がない。当の本人ならいざ知らず、高みの収束点が決まっている相手に、果てのない高みを目指す俺が負ける道理はない】

 

 目にかかる白色の前髪を搔きあげながらそう宣言した。

 ライフが残り100、身を守るモンスターもいない危機的状況を前にそう言ってのけた。

 モニター越しでこちらを見る青色の瞳には一切の揺らぎはない。

 

「っ!」

 

 一瞬、その姿が脳裏に刻まれたあのデュエリストの幻影と重なった。

 

「わかった。その言葉の結末はデュエルで見届けさせてもらおう」

 

 通信を切ると、ディヴァインはデュエルの続行を指示する。八城を除いて固まっていたモノクロの世界に色が戻ると電脳世界は動き出す。

 

【先のターンはいい反撃だった。だが、このデュエル! 勝つのは俺様だ!! 俺のターン!!】

 

 AI万丈目のターンが始まった。

 手札は5枚。”おジャマ”モンスター以外のこのターン引いたカードは果たして何なのか。最初の一手に緊張が走る。

 

【『おジャマ・イエロー』を召喚!】

 

 

おジャマ・イエロー

ATK0→1000  DEF1000→0

 

 

 ここで先のターンに『ミスト・ウォーム』で"おジャマ"モンスターを戻したことが仇となった。

 AI万丈目がこのターンに何を引いていようとも八城の残りライフは"おジャマ"モンスターの攻撃力で削りきれる圏内。ダメージソースを引く必要はないのだ。

 互いのリソースは少なくライフも僅か。

 恐らくこのターンで決着がつく。デュエリストとしての勘がそう告げていた。

 気がつけば画面から目が離せなくなっていた。

 

【さぁ行くぞ! 今度こそトドメだ! 『おジャマ・イエロー』でダイレクトアタック!!】

 

 AI万丈目はこのターンでドローしたカードを使用しなかった。

 ならばそれは通らないだろう。

 八城とて何も無策で勝負を賭けた訳ではないはず。

 『おジャマ・イエロー』がひょろ長い手を振りかぶって飛び上がる。

 

【罠カード! 『カウンター・ゲート』!! 更に【強制終了】を】

【そう何度も同じ手は食わんぞ! 速攻魔法【サイクロン】!!】

 

 八城の前で起き上がった2枚の罠の内、『強制終了』は起き上がる途中で突風に吹き飛ばされて粉々に砕け散る。AI万丈目の攻撃を二度止めたカードだが、やはり三度目はなかったようだ。

 だが『カウンター・ゲート』の方は効果は健在。

 八城への攻撃を遮るように鋼鉄の扉が出現する。

 『おジャマ・イエロー』の拳は扉に当たるもあっけなく弾き飛ばされた。

 

【だが『カウンター・ゲート』は相手のダイレクトアタックを無効にし、その後カードを1枚ドローする。それがモンスターだった場合、攻撃表示で召喚できる!】

【何?!】

 

 ここのドローが勝負の結果を左右する1枚になるのは間違いない。

 八城は瞼を閉じ意識を集中させていた。

 この勝負を賭けた1枚のドローに彼は何を思うのだろうか。

 壊れ物を扱うかのようにそっと優しく右手の指先がデッキの上に乗せられる。

 その瞬間、目が見開かれた。

 

【ドローォォオオ!!】

 

 その気迫はモニター越しにも関わらず私の体の芯まで響いた。

 これが当てられるという感覚なのだろうか。より鮮明に脳裏にフラッシュバックしたのは圧倒的窮地から逆転してみせたデュエリストの姿。胸の奥に熱い炎が灯ったかのような感覚があった。このデュエルの熱で体が火照ってきている。

 八城の場の鋼鉄の扉がギシギシと音を立てながら開かれていく。途端に陽射しに負けない光が中から溢れてくる。

 そして扉が開ききると中から女性が歩み出てきた。

 

「……っ!」

 

 その姿には見覚えがあった。

 少女と表現するには大人びているが、決して大人とも言えない浮世離れした整った顔たち。微笑を浮かべるその瞳の奥に冷たいものを感じさせる。

 紅と黒をベースとしたドレス姿は同性すら惹きつける妖艶さがあった。

 八城が最初にここに訪れた時に使いこなして見せたこのデッキの象徴的モンスター。

 

 

魅惑の女王LV3

ATK500  DEF500

 

 

「ふふっ。面白い。ここで魅惑の女王を引いてくるか!!!」

 

 その奇跡のドローに息を飲んだ。

 ディヴァインは興味深げに笑みを浮かべる。

 このタイミングでの『魅惑の女王LV3』のドローの逆転へと直結する。

 『おジャマ・カントリー』がある現状、攻撃力の面では『おジャマ・イエロー』が『魅惑の女王LV3』を上回っている。だが『魅惑の女王LV3』はレベル3以下の相手モンスターを自身に装備する能力を持っている。

 AI万丈目の残りライフは500。『おジャマ・イエロー』を効果で退かせば『魅惑の女王LV3』の攻撃力圏内だ。

 絶体絶命のピンチが千載一遇の勝機に変わった瞬間だった。

 

【くくくっ】

 

 だからこそモニターに映るAI万丈目が肩を震わせて笑っている光景は余りに場違いなもので、思考に空白が生まれた。 

 

【はーっははっは、モンスターを引き当てたか! だが残念だったな! 俺様のデュエルはお前の更に上を行く! 速攻魔法発動! 『速攻召喚』!!】

 

 ガラ空きだったAI万丈目の場に眩い召喚陣が描かれる。

 

【これにより俺は新たにモンスターを通常召喚する。来い! 『おジャマ・ブラック』】

 

 召喚陣の光を背景にゆっくりと歩を進めるのは二頭身のずんぐり体型。黒光りする贅肉を弛わせながら胸を張って歩を進める姿は自身に満ち溢れている。まるで自分もまた対峙する相手の女王に劣らぬ優美さを備えていると言わんが如く。

 

 だが、数歩も歩かぬうちに足を取られ砂漠の小丘から転がり落ちた。

 

 

おジャマ・ブラック

ATK0→1000  DEF1000→0

 

 

 ゆっくりと頭が状況に追いついてきた。

 素の攻撃力は0、普通にデュエルをしていればそのまま攻撃表示で出されることはない単体では脅威とはかけ離れたモンスターだ。

 

 だが今この場においては勝負を決めるカードとなっている。攻守の反転により魅惑の女王の攻撃力を上回っており、残りのライフ100を削り切るには十分な差があった。

 それ故なのか珍妙な姿をしたこのモンスターから普段は感じることのない歴戦の猛者のような貫禄が溢れているように見えた。

 

【ふっ、そのドローで引いたモンスターが、あと500でも守備力が高ければ勝負は分からなかったな。これでフィニッシュだ!!】

「ディヴァイン!!」

「っ! あぁ!」

 

 部屋を劈く悲鳴のような私の呼びかけに応えてディヴァインは瞬時に手元の緊急スイッチを押した。

 『おジャマ・ブラック』がその贅肉で弛んでいる体からは想像できないような跳躍を見せたのはまさにその瞬間だった。

 脂ぎった肉に浮かぶ汗が光る。

 『魅惑の女王LV3』の顔が引きつっているのが見えた。魅惑の女王の気持ちは痛いほど分かる。あれは生理的に無理だ。

 だが無情にも肉塊は重力に引きづられて魅惑の女王の上に落下し始めている。そして彼女にはそれを弾き返すだけの力は無い。

 

 重機が落ちたかのような腹の底に響く重低音と同時にモニターいっぱいに土煙が舞い上がった。

 

「なるほど。本当に良い、十分な結果だ」

 

 このデュエルの一部始終を見ていたディヴァインの結論だ。

 私も同じ感想だった。

 初見でこのAI相手にここまで食らいついたのは素直に驚いた。新しいデータが供給されない以上実力は変わらないため、数回このデュエルを繰り返せば彼ならば勝ち筋を見出すことができるだろう。

 

 ディヴァインは八城を電脳空間から戻すため研究員へ指示を出していた。最後のダメージは無いはずなので、命に別状はないはず。

 しかし研究室との通信をするディヴァインの様子は芳しく無い。

 

「ん? ログアウトができない?」

【申し訳ありません。戦闘が処理中のまま固まっているようでして……ログアウトのコマンドを受け付けません】

「何? ここに来て機材トラブルだと? ここで強制終了はタイミング的にマズイか」

【ええ。今意識復帰のためのフェーズをスキップして強制終了するのはダメージを大きく受けた身体への負荷が大き過ぎるかと。今ログの状態を確認しますのでもう少々お待ちください】

 

 機材トラブルとは珍しいこともあるものだ。少なくとも私がこれを利用した時には起きたこともない。ただVR空間でデュエルが進行するため、空間全体の映像処理が必要となる都合上、普段のソリッドビジョンと比べると幾分か処理が遅いことは多々ある。しかし処理が遅いだけで、発動したカードの効果は正確に反映されるし、戦闘やカード発動のエフェクトがスキップされることも無かった。

 

「待って」

 

 ここで最後の戦闘の映像を思い返す。

 果たして『おジャマ・ブラック』の攻撃で魅惑の女王が破壊される効果音(・・・・・・・・)は聞こえただろうか?

 

「まだバトルが終わっていないのかもしれない」

 

 砂煙でまだ映像がぼやけているモニターに自然と全員の視線が集まった。

 

【そろそろ起きてくれ】

「……!」

 

 それがスピーカーから聞こえた最初の八城の声だった。

 数秒の間が空き映像が戻る。

 戦場の様子は予想通りのものだった。大の字で砂漠に伏している『おジャマ・ブラック』と、姿の見えなくなった『魅惑の女王LV3』。状況だけ見れば脂ぎったボディプレスを受けてなす術なく破壊されたのだろう。

 

 ピクリと大の字でプレスをかけている『おジャマ・ブラック』の体が僅かに動いた。『おジャマ・ブラック』の表情からふざけた笑みが消えていく。身体の揺れが大きくなっていくことに動揺しているようだ。

 そして『おジャマ・ブラック』の体が少しずつ、少しずつだか浮き始めた。その正体は魔法なんて幻想的なものではない。砂漠に埋もれ砂まみれとなった『魅惑の女王LV3』が下から姿をみせる。

 登場の時の優美で妖艶な姿は何処へ消えたのか。今にも倒れそうに震えながら、魅惑の女王はその細い両腕で太った『おジャマ・ブラック』の体を持ち上げていた。苦悶に表情を歪め何か呪文、いや怨嗟の声なのか? 同じことをブツブツと言っているように口が動いている。

 果たしてデュエル中の3Dモデルのモンスターはここまで表情豊かだっただろうか。鬼気迫る表情とはまさにこのことを言うのだろう。私の目に狂いがなければ魅惑の女王は青筋を立てているように見える。それは本当に生きている人間かのような反応だった。

 ナイフやフォークよりも重いものなど持ったことが無さそうな細い腕をしているのに、一体どこにそんな力があったというのか。

 その疑問の答えは天から降りてきた。

 『魅惑の女王LV3』の頭上に向けて、その部分だけ世界を切り取ったかのようにゆっくりと一冊の分厚い本が降りてくる。

 

【速攻魔法『禁じられた聖典』。ダメージ計算時に発動し、このカード以外の効果を封じた上で戦闘を行うモンスターの攻撃力・守備力を元々の数値に戻す】

【なんだとっ!?!?】

 

 『禁じられた聖典』は『魅惑の女王LV3』のステータスを強化するものではない。即ち彼女は今自力で『おジャマ・ブラック』の体を持ち上げ切っているということだ。華奢な体つきをしている女王にそんな筋力が備わっているはずはない。火事場の馬鹿力を出しているのだと言わんばかりに、額に血管を浮かび上がらせながら歯を食いしばり、それでもプルプルと足を震わせながらも両足で立っている。これが女王の矜持というものなのか。

 

 そして一度瞼を閉じると気合いを入れるように大きく息を吐き出した。

 ゆっくりと膝を曲げ腰を下ろしていく。汗が頬を伝わり顎から滴り落ちるのが画面に映し出される。目をきつく結び息をこらえながらしゃがんでいき、ついにお尻を膝よりも低い位置まで落としきった。

 その様子をこの部屋の人間は誰しもが固唾を飲んで見守っていた。

 魅惑の女王の表情が苦悶から一転、一呼吸の間に獰猛な笑みに変わった瞬間だった。

 

【はぁっ!!!!】

 

 その時は訪れた。

 『魅惑の女王LV3』は目を見開くと同時に腹の底から気合の一声をあげ、ウェイトリフティングのように一瞬で『おジャマ・ブラック』の体を持ち上げた。

 

 いや。持ち上げ切る勢いに任せて上へ放り投げていた。

 

 魔法の力でも働いているのか、『おジャマ・ブラック』は自力の跳躍時よりもさらに高くまで飛んでいた。

 まだ魅惑の女王の動きは止まらない。

 さらに天からゆっくり降りてきた聖典を遅いと言わんばかりに乱暴にむんずと掴むと、それを大きく振りかぶる。そして左半身を前に出しドレスのスカートがめくれるのを躊躇わず左足を高く上げると、

 

【せぇぇぇぇぇえええいっ!!!】

 

野球の投手さながらの投球フォームで聖典をぶん投げた。

 弾丸のようなスピードで砂漠世界を飛んでいく聖典というのは何と珍しい光景か。

 絶妙なコントロールで投げられた聖典の角は『おジャマ・ブラック』の鳩尾に吸い込まれた。そして命中して尚、その威力は衰えず『おジャマ・ブラック』を巻き込んで砂漠で放物線を描いていた。

 

【ちょ、まっ! のわぁぁぁぁぁぁああ!!】

 

 そして射線上にいたAI万丈目をも巻き込み吹っ飛んでいくと、砂の山へと埋もれてしまった。

 

 

万丈目LP500→0

 

 

 そうして最後は何とも締まらない攻撃方法でこのデュエルの幕を下ろした。

 魅惑の女王は最後に八城に向かって振り返ると鼻を鳴らしながら何か口にしていたようだが、それもまた気のせいだったのだろうか?

 

 

 

————————

——————

————

 

「はぁ……はぁ……」

 

 心臓は激しく脈打ち、全身から嫌な汗がダラダラと流れ出る。まるで命が溢れでているのではと錯覚する。肉体的な外傷は無いが、身体の芯にダメージを受けているような感覚が確かにあった。

 辛うじて意識は保てているが、これよりもダメージを受けていたら眠りから当分は覚めることはなかっただろう。

 

「うっ……くっ!」

 

 突然の嘔吐感を歯を食いしばり抑えるが、喉を焼く胃酸の不快感がジリジリと身体を蝕む。

 

「水をどうぞ」

「……ありがとうございます」

 

 研究員から差し出されたペットボトルを受け取ったときに、腕から指先に至るまで筋肉が細かく痙攣していることに気がついた。

 碌に力が入らないが、キャップを予め少し開けて渡されたお陰でどうにか水を飲むことができた。

 口から食道を通り胃に冷たい水が流れる感覚がハッキリとわかる。それだけ身体が熱を帯びているということだろう。

 だがお陰で喉にこびり付いていた焼けるような不快な感覚が拭え、少しだけ身体が回復できた気がする。

 

 こうなる事は潜入任務も決めた時から覚悟していたが、これが続くとなると身体が先に堪えてしまうのが目に見えている。早くこの任務を終わらせなければ……

 

 まだ視界もピントが合わずボヤけている中、ヘッドセットが解除され突如部屋の明かりに晒される。反射的に手をかざして視界を遮る俺の耳に届いたのは一人の拍手だった。

 

「素晴らしいデュエルだった。君を迎えて良かったと確信したよ」

「ふぅ……ありがとうございます。私も良い体験ができました。最後のような緊張感があるデュエルは久々で……心地よかったです」

 

 呼吸を気合いで元に戻し、不調を表情の奥に隠す。会話に意識を集中させ、まだ疼く体内の痛みから気を逸らしていく。

 

「あぁ。あのラストドローが君に勝利をもたらしたが、裏を返せばアレがなければ負けていた。参考までに聞かせて欲しいのだが、あのドローの時、君は何を考えていたんだい?」

「何を……そうですね……」

 

 瞑目してあの時のことを思い返す。

 暗闇の中、自分だけがいる。

 デュエルディスクにセットされたデッキのトップのカード、それがこちらの世界と向こうの世界の境界。

 デッキの上に指を乗せた時、指先から水の底に沈むように意識が向こうの世界に落ちていく感覚があった。より深く深く潜っていくと僅かな光が見えたような気がした。

 

「勝つこと」

 

 究極的に言えばその一言に尽きる。

 ただ勝利のビジョンのみを思い浮かべていると光が形作られて向こうの世界から手を伸ばしていたカードと触れ合ったような気がした。その繋がりを引き抜くイメージでドローした時、自分の思い描いたカードが引けていたのだ。

 ただそんな具体的な説明をする筈もなかった。

 

「はは……なるほど」

 

 この答えにはディヴァインも苦笑いを浮かべていた。恐らくこれは素の反応だろう。

 

「それとデュエル中データを取らせてもらったのだが、なかなか興味深い結果が出たよ」

「どんな結果だったのですか?」

「君には僅かだがサイコデュエリストとしての力が計測されている。このグラフを見たまえ」

 

 ディヴァインが指差すモニターには波グラフが二つ映されていた。片方は大きく値が上下に振れているが、もう一方は振れ幅があるのは最初だけで途中からグラフが下に大きく振れたまま横一直線のグラフになっている。

 

「見ての通り波形は大きく違う。サイコデュエリストの力が発現している人間は振れ幅が大きく波長も短くなる。対して君はこの波の振れ幅が途中で一切無くなっている。まるでスピーカーの電源コードを抜いたみたいにね。だが注目すべきはそこでは無い。初期の波形はサイコデュエリストの力の発動のそれと一致しているのが分かるだろう」

 

 二つのグラフが重なると確かに波形の細かい振れ幅は違えど、言われてみれば類似する形状に見える。

 

「つまりだ。君はサイコデュエリストとしての才能を有している。そしてその力を無意識に抑えることに成功しているということだ!」

 

 興奮冷めやらぬといった様子で熱く語りかける。

 だが対照的に俺の心はただただ冷め切っていた。

 

「ん? 驚かないのかい?」

「! ……いえ。何が何だか。まだいまいちピンと来ていなくて」

「ははっ! それもそうか。力が発現していることもわかっていなかったと言うのに、それを無意識に抑えていると言われてもわからないのは当然というものだろう」

 

 その実、俺はどちらも認識していることだ。当時の事はあまり記憶にないが、かつてこの世界に来た直後、その力を目覚めさせて暴走したらしい。それをサイレント・マジシャンに封印して貰っているのが現状だ。

 だが、だからこそ不可解な点もある。力の封印をかけていた筈なのにそれが僅かにでも溢れているということだ。これは一度サイレント・マジシャンに体の状態を見て貰った方が良いだろう。封印が解けかかっているなら再度封印を施すべきだ。

 ただこの状況で封印が解けかかっていたことは潜入任務のためと考えれば好機でもある。

 

「それで今後の話なのだが、定期的に君のデュエルデータを取らせてはもらえないか? 君が力をセーブしているメカニズムが分かれば、アキのように力を制御できない子のための研究に役立たせることができる」

 

 そうディヴァインは微笑みながら問いかけてきた。

 実に最もらしい言葉だ。

 そして事実、サイコパワーの研究においてその力を抑える研究が必要なのだろう。力を抑える事ができるのならば、反対にその力を引き出し増幅させ暴走させることも可能なはずだ。その研究の過程で危険な薬物投与、パーソナルデータの抽出、人権を無視した実験などの実態を掴めるかもしれない。

 

「あぁ。私にできることであれば喜んで」

 

 今回の俺の任務は潜入と研究データを盗み出すこと。

 互いに笑顔の仮面の下で策謀を巡らせながら、固い握手を交わした。

 

 ……ところでディヴァインの後方の天井から白い髪がプラプラ揺れているのが目に入っているのだが、サイレント・マジシャンは一体何をやっているんだ?




27,28話の振り返りをここで書くと長くなるので、後ほどTwitterにまとめます。


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