IS 傲岸不遜な成層圏 (Prototype No.10)
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#000 プロローグ

※友人に唆されて、酒席の勢いで書いた代物です。
 勿体無いと唆されて供養投稿することになりました。


 IS。インフィニット・ストラトス。

 なんだかんだで死んだ魂を転生させる先によく選ばれる世界である。

 女性にしか動かせないはずのマルチフォーム・スーツ「インフィニット・ストラトス」――通称IS(アイエス)――を、男性である織斑(おりむら) 一夏(いちか)が起動してしまうことから始まる物語。

 

 この世界、色々とツッコミどころが多いのだが、それでも転生先に選ばれやすいのは、分かりやすいストーリーとキャラ立て、メカ魂をくすぐるISという存在、選り取りみどりなヒロインたち、そして彼女たちの魅力(チョロさ)であろう。

 転生を担当する神々は、自分が送り込んだ魂が様々な形でモテたり活躍したり凹んだりする(ざま)を楽しみ、また嗜好を同じくする神々を楽しませることで糧を得るのだ。

 

 

*   *   *

 

 

 今ここに新しい魂がIS世界へと転生を果たすこととなった。

 

 名を、我王(がおう) 龍威(るい)

 なかなかのDQN(キラキラ)ネームに思えるが、命名者()は「もし現実(リアル)に同姓同名の子供がいたらイジメのネタにされるかもしれないし」等と意味不明なことをのたまったらしい。

 

 もっと普通の名前だった前世においてなお、彼は()()()()の体現者であった。いささか負けず嫌いなところが玉に瑕ではあるが、失礼、無礼であっても先に非礼をはたらくことは無く、まともな人間を不快にさせるようなものではなかった。

 だがその一本気な性格が、彼の命を縮めることとなった。それしきで折れるような義侠(おとこ)ではないのだが。

 

 顔立ちは全てのパーツが大ぶりで、美男と言うより男前と言うべき面相とされる。遠目にはいささか前時代的な男性性、いわゆる強面(こわもて)な印象を与えるが、ひとたび笑顔を見せれば老若男女を問わず、気分を明るくしてくれる。

 それは()()()という言葉が相応しい男であった。

 

 

 だが、ただ転生させるだけでは面白くない。それではただ人口を一人増やしただけに過ぎないではないか。

 だから転生させた魂には、もれなく原作世界を改変し攻略(ハック)するための能力――いわゆる攻略能力(チート)――を与えるのが通例となっている。与えたチートによって一般人ではありえない、劇的な物語が紡がれることを期待して。

 

 

 彼に与えられたチートは三つ。

 

 一つは【IS操縦者】。単にISを操縦できるという、ただそれだけの能力だ。これはIS世界へ転生される魂の多くが与えられる能力で、珍しい()()ではない。だが本来ならば動かせないはずの男性である彼が持てば、それは立派なチートとなりえよう。

 

 一つは【皇帝特権(EX)】。短期間ながらあらゆるチートを「使える」と言い張ることで実際に使えるようになってしまうという、正にチート・オブ・チートと呼ぶに相応しいスキルである。これによって彼は、喋ることさえ可能ならば出来ないことのない万能の天才へと成り果てる。

 

 そしてもう一つは【因果逆転(D)】。本来なら「原因となる行動によって結果が決定される」という法則を、「先に結果を決めてから原因となる行動を取る」という、これまた反則級のチート。

 ただしランクがDと低く、他者の介在する行動への効果は期待できない。故に当初はあまり使い道がないように思われた。精々がちょっと生きやすく、死ににくくした、程度のものとして与えたはずだった。

 だが彼はこの能力によって【皇帝特権EX】のタイムラグ、他のチートを「使える」と言い張るためにかかる時間が解消できることに気がつき、存分に活用されることとなった。

 

 

 そうして産まれた一人の天才は、幼くして唯一絶対の皇帝のごとく世を睥睨する。

 ISの登場によってパワーバランスが崩れ、極端な女尊男卑社会となって尚、在り方を変えようとはしなかった。

 その様、正に慢心王(ごうがんふそん)

 

 果たして彼はいかなる改変をもたらすのか。

 それはこれから徐々に明らかになるだろう。

 




気が向いたら続けるかもしれません。


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#001 「るいるい」

やさしいせかい。


 IS学園 1年1組の教室。

 入学式が終わり、オリエンテーションを待つ40人の生徒が一堂に会するその室内で、前から二列目の席に座る我王(がおう)龍威(るい)は、入学初日から緊張を強いられていた。

 確かに自分は異分子(イレギュラー)である。本来女性にしか動かせないはずのIS(アイエス)――汎用パワードスーツ「インフィニット・ストラトス」――を、男性ながら動かしてしまった世界で()()()の存在だ。珍獣どころの騒ぎではないだろう。

 

 もう一人の珍獣である織斑(おりむら)一夏(いちか)は、廊下で幼馴染と立ち話をしに席を立っている。

 故に今この部屋にいる珍獣(おとこ)は彼一人であった。

 だがよもや教室の全方向から視線を浴びせられることになるとは。

 

 

「こりゃまた、どうしたもんかな」

 

 

 いや、想像していなかったわけではない。織斑一夏が世界で初めて男としてISを起動、装着してからひと月。世界各地で行われた男性のIS適性検査に、奇跡的に発見されたもう一人のIS適合者だ。しかも彼は大学卒業を控えた成人男性である。

 本来のIS学園の入学資格「中学卒業程度の学力および20歳未満の女子」のすべて――実際には更に「合格率0.2%未満」の過当競争や「IS適性C以上」といった不条理も乗り越える必要がある――から逸脱している彼は、正真正銘の異物であった。

 

 

*   *   *

 

 

 そんな彼であったが、世界でたった二人の稀少な人材(レアもの)であることから、その処遇をどうするかで世界は大混乱に陥った。

 

 織斑一夏は姉が世界的に有名な元IS操縦者の織斑千冬(ちふゆ)。ISの世界大会・モンドグロッソで他を圧倒し、頂点に輝いたブリュンヒルデである。彼女を敵に回すようなことをすれば、彼女を聖像(アイドル)と崇める世界中の女性権利団体が黙ってはいないだろう。なによりISの開発者である篠ノ之(しののの)(たばね)が、彼女を唯一無二の親友と公言して憚らなかったことはあまりに有名である。手を出すにはあまりにハードルが高い。

 だがもう一人の男、我王龍威にはそれほどのバックボーンは存在しなかった。そもそも彼は数年前に親類縁者のことごとくを失い、天涯孤独の身の上だ。未成年時には存在した法的な後見人も、IS適性が発覚した時点で21歳だった彼には存在せず、とっくに縁は切れていた。

 

 故に彼は狙われた。国を問わず、表裏も問わず、ありとあらゆる組織から。

 ある組織は研究素材(モルモット)として、またある組織は偶像(アイドル)として、そして先鋭的な女性権利団体は彼を「全世界の女性の敵」として、彼はその身体と生命を狙われることとなる。故にすぐさま接触してきた国際IS委員会に対して、彼は保護を求めた。彼のあらゆる個人情報が瞬く間に世界中に報道されてしまった今となっては、かつて篠ノ之家に適用された要人保護プログラムなど、全くの無意味であったためだ。

 

 その後、国際IS委員会の内部で粛清の嵐が巻き起こった。

 一部委員の違法献金、裏社会との癒着などが次々に暴かれ、彼らと彼らにつながりを持っていた組織が、その力を失っていった。このことで過去に損害を受けたとする人々からのクレームが寄せられ、批判的な世論が形成されかけることになったが、委員会はこれを二人目(セカンド)の保護にあたって内部監査を厳しく行った結果であり、組織に自浄力があることの証明だと強弁し、回避する。

 

 

 国際IS委員会は我王を保護したものの、彼の処遇についての議論は迷走するばかりだった。テーブルの下で互いの足を蹴り合い、握手と短剣を交わし合って総額数千億ドル規模の損害を世界各地にばらまいた――それは幾つかの紛争地域で火に油を注ぐ結果となった――彼らは、精神的経済的消耗を目いっぱいに積み重ねた後、問題を棚上げすることにした。

 

 多角的な外圧によって日本から()を自由国籍とする確約を得、特例としてIS学園への入学を一方的に決定した。世界各国からIS操縦者及び研究者の卵を集め、育成しているIS学園は、少なくとも表面的には国際社会の権力機構に手出しをさせないだけの力を有している。そこで過ごす三年の間に、彼には自由に国籍を選んでもらう。

 そういう形で責任を投げ出したのだった。

 

 

*   *   *

 

 

(理解できることと納得できることは別だがな……)

 

 強面に渋面を浮かべ、近寄りがたい雰囲気を醸し出しつつ、我王は声に出さずにそうボヤく。

 教室だから、まだこれだけで済んでいる。全校生徒に教職員、来賓が講堂に揃った入学式では全員の視線が龍威と一夏の座る一角に集中したのだ。その光景を撮影すれば、もはや心霊写真めいた有様だったに違いない。同級生らに「神経が極太ワイヤーロープで出来ている」などと言われた我王も、「あれは無いわー」とボヤかずにはいられなかった。

 

 

「なにが無いのー?」

 

 

 先ほどの光景を思い出して遠い目をしていると、いつの間にやら我王の机に顎を乗せて、その顔を見上げている一人の少女がいた。気だるそうに間延びした声のわりに、表情はニコニコと楽しそうである。我王は彼女の顔を見て答えた。

 

 

「いやほら、入学式の、あれ」

「ああー。凄かったよねえ、あれ。嫌だったー?」

「嫌っていうか、正直ちょっと怖かったかな。ほら、一斉にジロって」

「あー。ごめんねー」

 

 

 誰か一人が悪いというわけではないし、ましてや彼女一人に謝らせるようなことでもない。

 我王は小さく首を振ると、人好きのする笑顔を浮かべ、答える。

 

 

「謝るようなことじゃないよ。でも、ありがとう」

「おおー。()()()()カッコイイ」

 

 

 渋面の時には押し黙っていたクラスメイトらが、にわかにざわめき出した。

 彼女たちはこれまで我王の強面に怯んでいた。ただでさえ年上の男性、それも美事(みごと)に引き締まった筋肉質の肉体は上背もあり、威圧感は並ではない。いかに女尊男卑の社会と言えど、本能的に警戒してしまっても仕方のないことだろう。龍威もまた、そうした遠慮ない視線に不快感を隠そうとはしなかったため、相互のズレはいや増すばかりだったのだ。

 

 だがその笑みが全てを覆した。

 龍威にしてみれば目の前の少女が頭を下げてくれた、その気持ちへの返礼に過ぎなかったのだが、少女の蛮勇――そう彼女らには思えた――を固唾を呑んで見守っていた面々にすれば、その赦しは救いであった。

 

 今の世の中、年上男性の笑顔というのは結構珍しい。

 勿論、急増した美少年アイドルの笑顔くらいならば幾らでも見ることが出来た。だが性差のパワーバランスが崩壊した情勢下で、ドラマ番組はこれまた急増したモンスタークレーマーに叩き潰され、情報番組という名の迂遠な販促番組(コマーシャルフィルム)と、報道インフラという金看板(たてまえ)を守るためのワイドショー、それに時間つぶしのバラエティ番組くらいしか残っていない状況だ。

 激変した社会に適応するだけでくたびれ果てた男性たちは、カメラを向けられても良くて作り笑顔を浮かべるのが精一杯であった。

 

 

 そんな少女たちの想いを余所に、我王が興味を惹かれたのはもっと別のことだったが。

 

 

()()()()?」

「うん。るいるい」

 

 

 自分を指差し、彼女の言葉を復唱する。もしかして「るいるい」というのは自分のことだろうか? と。彼女はごく自然に、何の(てら)いもなく頷き、再び我王を()()呼んだ。

 

 名前を重ねただけの、ごくごくシンプルなネーミング。

 だがそれは、彼にとって生まれて初めてのことであった。

 何しろこれまで彼は畏怖、畏敬、あるいはただ()()というそれだけで侮蔑される対象でこそあれ、何らかの愛着を持たれることは無かったから。

 

 

「そうか。俺は()()()()か」

「うん。るいるい」

 

 

 だから試しに繰り返してみた。

 だが、自分で口にしてみるとどうにも座りが悪く、何やらくすぐったい気がする。

 

 我王は自分を不気味、無愛想、悪人面と信じている。たしかに普段はその通りで、だからこそこの小動物のような少女が現れるまで、クラスの雰囲気がどうにもおかしなことになっていたのだ。そして我王は自分の姿を鏡に映して快活に笑うような性分でも、ましてや鏡に向かって笑顔の練習をするような人間でもない。だから彼の自己評価は、少なくとも外見上のそれは非常に低い。

 そんな自分と、幼児語めいた音韻は、どうも上手く重ならない。

 

 それでも不思議と悪い気はしなかった。

 無警戒な――いささか緩み過ぎな気もするが――笑顔でそう呼ばれることを、拒む気にもなれない。我王はその提案を受け入れることにする。

 

 

「うん、ありがとう。ええと……お名前、伺っても良いかい?」

「私?」

「そう、君」

 

 

 感謝の気持ちを伝えようとした我王は、未だ彼女の名前すら知らなかったことに気付き、そう尋ねた。

 少女も未だ名乗っていなかったことを忘れていて、だから名前を聞かれたことに驚き、黒目がちな瞳を瞬かせて尋ね返す。我王が念を押すように頷くと、ようやく少女は忘れていたことに気付いて、あ、そっかと手を合わせた。とはいえその手は長すぎる袖の中にあって、ぽふん、と気の抜けた音にしかならない。

 

 

「私は布仏(のほとけ)本音(ほんね)だよー。よろしくね~」

「我王龍威です。今後とも、よろしく」

 

 

 そうして気安い本音の自己紹介と、四角四面の我王の一礼は、対象的でありながら何処か互いに譲り合うものを感じさせる、柔らかい空気の中で交わされたのだった。

 




続くかもしれません。


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