東方霊恋記(本編完結) (ふゆい)
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本編
マイペースに幻想入り


 どうも。初めての人は初めまして。にじファンでご存知の方はお久しぶりです。復帰第一作、『東方霊恋記』。
 ほんわかのんびりマイペースな拙作ですが、最後までお付き合いいただけると幸いです。
 それでは、幻想郷での良い漂流を。


 平成二十四年、七月。

 最近は地球温暖化やら国境問題とかで世間が荒れに荒れている時代。そんなとある夏の日に、俺はこれまたとある田舎町を訪れていた。なんのことはない。ただ、祖父母の家を家族で訪ねていただけ。久しぶりに、顔を見せに来ただけだ。特段事情があるわけでもない。

 その祖父母も、別に俺達に会いたいわけではなかったのだろう。玄関に入った俺達を迎えたのは、特筆するほどでもない表情を浮かべた祖父母。「会いたかったよ」と言うワケでもなく、「じゃあ上がりな」と居間に誘う程度の挨拶。歓迎の料理なんてものはない。ただ息子夫婦とその子供が帰ってきた。それだけのことである。

 高校生も二年になる俺はいい加減そんな家庭状況にも慣れてきたが、やはりそんな空気が苦しいのは当たり前のことであろう。何事も楽しいに限る。重苦しい雰囲気なんて、願い下げだ。

 というわけで俺はその場を後にした。今は田んぼの畦道を通り過ぎ、近くの山中をのんびり歩いているところである。いやはや、流石は田舎。空気が美味しい。

 

「お?」

 

 脇の茂みから飛び出してきたウスバカゲロウに俺は思わず目を丸くする。おぉ、蜻蛉なんて初めて見た。実家じゃ森なんてロクにないから、昆虫自体珍しい。しかも蜻蛉ともなればさらにだ。環境破壊が進み、都市化に精を出す現代日本。蜻蛉達にはさぞ住みにくいことだろう。わずか三日程度の命ではあるが、精一杯生きてもらいたい。

 ふと空を仰げば、これまた都会ではお目にかかれない珍しい昆虫達が空を優雅に飛んでいた。今やスーパーでしか手に入らないヒラタクワガタ。オオクワガタ。お、あっちにいるのはオオムラサキだ。なんだか日本全国の虫が集まっている気がして、嬉しさが込み上げてくる。別段虫が好きと言うわけではないが、こう、昔の古き良き日本を見ている気がして懐かしい気持ちになる。昔はもっと、正直に生きられたのだろうか。

 そんな感じで虫や木々、草花を眺めながら歩くこと二時間。それまで生い茂っていた草はなりを潜め、いつしか俺は開けた空き地に達していた。

 

「……ん?」

 

 何故か空いているその一帯。こんな山奥の草を手入れする物好きなんているのかな、とか考えてみる俺の視界に、なんだか古めかしい物体が飛び込んできた。

 鳥居だ。既に漆は剥げ、所々腐ってはいるが、確かに鳥居である。神社の所在を記す建造物が、確かに今目の前にはある。……なんだ、よく見ると奥の方に本殿もあるじゃないか。賽銭箱もあるようだし、せっかくだからお参りでもしておこうか。

 懐から百円玉(なんとなく奮発してみたかった)を取り出すと、鼻歌交じりに賽銭箱へと近づく。鳥居をくぐったその瞬間、

 

「…………?」

 

 なんだか不思議な感覚が俺の全身を襲った。いや、襲ったというよりは『触れた』というべきか。ところてんに指を突っ込んだ時のような、そんな感覚。なんだ? 鳥居に害虫避けでも仕掛けてあったのだろうか。

 まぁアレコレ考えても仕方がない。鳥居の件はそこまでにして、再び前を向く。

 

「……あれ?」

 

 これまた不可思議現象発生。どうなってるんだまったく。

 さっきまでどう見ても廃墟だった本殿が、明らかに修復されている。そこらにある神社と変わらない出で立ちで、俺の前にそびえ立っている。いやいや、いくらなんでもこれは超常現象すぎる。どうやったら一瞬で新築に生まれ変わるのか。

 

「これはこれは。知らないうちに異世界に入り込んだパターンか?」

 

 ジブリ作品でよくある展開が脳裏に浮かぶ。あぁいう作品によるならば、さらに奥に行けば謎の人物と邂逅し、不思議な世界へ誘われるという王道展開が待ち受けているはずだ。おぉ、なんだなんだ。楽しそうなことになってきた。

 

「まぁ、迷う余地はないよな」

 

 どうせ帰宅してもあのつまらない日常が待っているだけだ。それならば、わずかな可能性に懸けてみようではないか。

 賽銭箱に百円玉を十枚ほど投げ込むと、俺は本殿の裏へと足を進めた。

 

 

 

 

 

                 ☆

 

 

 

 

 

 進んだ先は広い庭だった。

 既に花を落した桜が生い茂る庭。掃除が行き届いているのか、今は落ち葉一つない。どうやら人はいるようだ。巫女さんとか、会ってみたいな。

 さらに歩くと中庭に到着。ここは先ほどの庭と違ってそこそこの広さで、池があるのが特徴的だ。本殿へと続く縁側もあり、暇なときはここで一服するのだろうことが窺える。ふむ、風情があって大変よろしい。

 いい加減歩くのにも疲れてきたので、縁側に腰掛けぼんやりと目の前の木々を眺める。

 

「……なんか、落ち着くな」

「不法侵入者のくせして何呑気にくつろいでんのよ」

 

 突然返された言葉に、俺はゆっくりと背後を向く。恐る恐る、ではない。ただ面倒くさかっただけ。 

 そこには巫女がいた。……いや、神社だから巫女がいるのは当たり前なんだが、この巫女はあまりにも奇抜な格好をしている。

 まず服装。俺の知っている巫女服ってのは清楚なイメージなのだが、どういうわけかコイツの巫女服は腋が開いている。誘っているのか? と思わないでもないが、涼しさという点では合格だ。機能性重視なのだろう。

 次に髪留め。髪留めにしてはちょっとばかし大きすぎやしないかとツッコミたくなるほどの大きさである。もはやリボンだ。赤いのが唯一の救いか。ほんの少しだけ巫女感を醸し出している。どうやらこの巫女には清楚さと言うものが分かってないらしい。こういうのはコスプレ喫茶で着るべきではないか。

 

「……アンタさっきから声に出てんだけど、そこんとこ正しく理解してる?」

「え、マジで? まぁいいや」

「よし、とりあえず一発殴らせろ」

「普通に嫌です」

 

 マゾヒストじゃないんで遠慮する。

 というか、せっかく巫女さんが出てきたのだから世界観の説明でもしてもらおう。何も知らない状態だと心配になってしまう。

 

「世界観って……。今まで外から迷い込んでくるヤツは割といたけど、ここまでオープンな態度を取る馬鹿は見たことないわよ」

「マイペースが俺のモットーだからな」

「いばるな歩くストレッサー」

 

 失礼な。勝手にイラついているのはそっちの都合だろう。俺に言われてもどうしようもない。

 

「あーくそ、調子狂うわねぇ」

「文句なら後で受け付けるから、早く説明してくれよ。ここはどこなんだ?」

「はぁ……。……幻想郷よ」

「幻想郷?」

「えぇ」

 

 面倒くさそうに頷く巫女。幻想郷……そのまんま、なのか? 異世界ならもう少し片仮名染みた名前が来ると思ってたんだが、意外と日本製のようだ。まぁ分かりにくい名前よりはマシか。異世界=幻想郷。うん。好感の持てるネーミングだ。

 

「外の世界で忘れ去られた者達が暮らす世界。外界から隔絶された、忘却者の世界よ」

「……なるほど。忘れ去られた世界、か」

「そういうこと。分かったら早く『外』に帰りなさい。案内してあげるから」

 

 「ほら、行くわよ」巫女は俺の手を引くと、元来た鳥居へと連れて行こうとする。……しかし、俺は動かない。足に力を入れまくり、意地でもその場を動かない。

 

「……いやいや、何抵抗してんの。ここら辺妖怪とか出るんだから、早くしないと食べられるわよ」

「好意で言ってくれているところ悪いが、その案内は不要だ」

「は? 何言って――――」

「俺は、この世界で生きる」

「!?」

 

 衝撃。まさにその一言に尽きる表情だった。目を見開き、信じられないという顔で俺を見つめる巫女。

 『ここに迷い込んでくるやつも割といた』。巫女は確かにそう言った。ということは、すぐにでも帰ることができるのだろう。案内してくれると言っていたし。早く帰らないと、家族に心配かけることにもなるかもしれない。

 ……だが、俺はこの世界に希望を持っていた。鳥居をくぐるときにも言ったが、どうせ待っているのはあのつまらない日常だけ。可能性に懸けてみる。俺はそう決意してここに来たんだ。妖怪がいる? 命の危険? ……上等じゃないか。何の刺激もない現代社会に比べれば、そんなのスパイスでしかない。逆に燃えてきた。

 すっかり固まってしまっている巫女の手を振りほどくと、俺は来た時とは逆方向にある鳥居の方へ歩き始める。

 

「ちょ、ちょっと! 何処に行くのよ!」

「目的地なんてないさ。ただの散歩だよ。刺激を求めて彷徨う、人生みたいな漂流だ」

「詩人みたいなこと言ってないで早く帰り――――」

「悪いな。俺はもう決めたんだ。帰るつもりは毛頭ない」

「……あーもう! なんで私の周りにはこうも頑固者ばっかり集まるかなぁ!」

 

 巫女は唸りながら黒髪をガシガシと掻くと、ズンズンと大股で俺へと近づき、手を掴んで本殿の方に連れて行きはじめる。

 あ? お前が望む鳥居はそっちじゃないだろ?

 

「どうせ言っても聞かないんでしょ? それなら少しだけでも手助けしてあげる。この世界のこととか、これからのこととか。しばらくは宿も貸してあげるから。……それなら文句はないでしょう?」

「願ったり、だな。まさかそこまで手厚く迎えてくれるとは思わなかった。どういう風の吹き回しか、聞いてもオーケー?」

「……別に、理由なんてないわよ。ただ、放っておけなかっただけ」

「そうか」

 

 この巫女、外面と内面とのギャップがそこそこあるらしい。ツンデレというヤツか。

 それにしても、予想外の収穫だ。まさか宿まで手に入るとは。うん、本当人生はどうなるか分からないな。

 ウキウキ気分で縁側に上がる。

 

「……そういえば、名前聞いてなかったわね。私は博麗霊夢(はくれいれいむ)。この博麗神社に住む、しがない貧乏巫女よ」

「自分で貧乏言ってりゃ世話無いな」

「自覚はあるからね。……それで、次はアンタの名前。聞かせてちょうだい」

「へいへい」

 

 自己紹介は大事。そう言わんばかりに睨みつけてくる巫女――――霊夢に軽口を叩きながら、俺は新たな友人ができた喜びに打ち震える。ふむ、意外と良いヤツだ。最初の友人がこんなに好感の持てる奴とは、俺の対人運も捨てたものではない。

 しばらく世話になるのだから、俺も誠意を持っていかないとな。精一杯の笑顔で自己紹介を開始。

 

「雪走威(ゆばしりたける)。これからよろしくな」

「……顔、引き攣ってるわよ」

「おっと」

 

 これから楽しくなりそうだ。

 

 

 




 誤字脱字・感想・コメントなどがあれば気軽に是非。


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マイペースにスキマと遭遇

 こんにちは。お盆に入りましたがあと三日で夏休みが終わっちゃうふゆいです。早いですね。更新速度を落とさないように精進したいです。
 それでは早速本編へ。第二話です。どうぞ~♪


 本殿の中は普通に和室だった。

 畳と襖。真ん中に炬燵が置いてある光景は祖父母の家と似通ったものがある。唯一違うとすれば、そこら辺に散らかされてある煎餅の食べかすくらいだろう。どうやら霊夢のヤツ、日頃寝そべって煎餅を食しているらしい。仮にもそこそこ美少女、それも巫女なんだから、そういうズボラな行動は慎んだ方がいいのではなかろうか。

 

「五月蠅いわね。いいのよ誰も見てないんだから」

「現在進行形で俺が目撃している件についてはどう対処するつもりだ」

「炬燵に入って蜜柑でも食べてなさい。床、見えなくなるから」

 

 それは根本的解決にはなっていないだろう、という俺の呟きはおそらく届いていない。もはや聞く気がないのだから届くはずもないが。腋巫女め。横乳でも覗いてやろうか。

 

「殺すわよ」

「読心能力まで持っていたとは……!」

「だぁからぁ、アンタ全部口走ってんのよ! 軽口もそこまで行くと逆に尊敬できるわ」

「いやぁ、もっと褒めてくれて構わねぇぜ?」

「死ね」

 

 台所に行った霊夢の顔を直接拝むことは不可能だが、おそらく冷徹な視線で俺を睨んでいることは確かであろう。まだ邂逅して三十分ほどしか経ってはいないが、だいたいの彼女の人物像が掴めてきた。とりあえず、毒舌なツンデレ巫女なのだ。おぉ、すげぇオプション付きじゃないか。同志達に教えれば歓喜熱狂は確実だろう。知らんが。

 

「……ほら」

「ん?」

 

 物思いに耽っていると、いつの間にか台所から霊夢が帰宅していた。手にはお盆。その上にあるのは急須と湯飲みだ。どうやらお茶を淹れてくれていたらしい。素直な好意は貴重だ。普段軽口を叩くだけの俺ではあるが、流石にこういった気遣いに文句を言うほど愚かではない。正直に頭を下げる。

 

「ありがとう」

「……アンタが素直にお礼を言うと、なんか裏があるんじゃないかと疑いたくなるわ」

「この短時間でそこまで評価が落ちているという衝撃事実に驚きが隠せないんだが」

「自業自得でしょ」

「ぐぅ」

「本当にぐぅの音を出す奴なんて初めて見たわ」

 

 なまじ図星なだけに反論の仕様がない。くそぅ、痛いところを突きやがって。マイペースに生きるってことは同時に評価への執着を捨てるということ。まさかここまでキツイものだとは思わなかった。……まぁ、やめないけど。

 喉も乾いていたので、とりあえず霊夢が淹れてくれたお茶を啜る。

 

「……薄くないか? コレ」

「そりゃあね。もう二十回目だし」

「……まさかとは思うが、この茶葉使い回してないよな?」

「今言ったじゃない。二十回目よ」

「…………」

 

 貧乏にも程がある。そこまで貧窮しているのか?

 

「巫女の収入源は基本的にお賽銭なの。でもウチは妖怪の集会所になってるから、参拝客もロクに来ない」

「だから収入が少ないのか」

「そうよ。もー、紫達ももう少し遠慮してくれればいいのに……」

「……そういや、俺ここに来た時に賽銭入れたぞ? 千円くらい」

「……マジで?」

 

 おぉう。途端に霊夢さんの目が妖しく光り始めましたよ。金に目がない巫女か。新しいな。

 

「あぁ。でも、外の通貨だけど大丈夫なのか?」

「問題ないわ。知り合いのスキマ妖怪に頼めば交換してもらえるから!」

「急に元気になったな、霊夢」

「えぇ。今ならアンタに土下座してもいいくらい舞い上がってる。ホント、ありがとね!」

 

 そう言うや否や、ダッシュで部屋を後にする腋巫女。おそらく賽銭箱の元へ行ったのだろう。相当嬉しかったのか今まで見たことのないような笑顔を浮かべていた。……可愛かったな。

 しかし、霊夢がいなくなってしまうと話し相手に困る。さて、今からどうするか。

 

「暇だなぁ」

「……じゃあ、私が代わりに話を聞いてあげるわよ?」

「!」

 

 『頭上』から響いてきた謎の声に俺は慌てて炬燵から出ると、臨戦態勢を整える。妖怪が出るとか言われる世界だ。油断したら食べられるのは目に見えている。武器なんて持っていないが、組手の構えで応戦だ。

 天井を仰ぎ見る。さて、どんなヤツが――――

 

「……紫色のドレスを着た清楚な美人さんがいた場合、俺はどうすればいいんだろうな」

「あらお上手ね。貴方意外と世渡り上手?」

「先ほどここの家主に嫌われましたがね」

「霊夢の言葉は八割逆だから気にしない方がいいわよ」

 

 美人さんは天上に広がる謎の『スキマ』から身を乗り出し、俺に微笑みかけてきていた。スキマの中には数多のギョロ目が窺える。なんだアレは。天上の穴、にしては禍々しすぎる。おおよそこの世のものとは思えない物体が、今俺の目の前に広がっている。軽口を叩いてはいるが、内心マジでビビっています。

 俺の動揺を読み取ったのか、美人さんは「あぁ」と悟ったように頷くと、安心させるためか笑顔のまま言葉を続ける。

 

「このスキマに驚いているのでしょう?」

「……驚いたな。表情を読まれたか」

「いえ、貴方少しだけど呟きが漏れていたのよ。思考が駄々漏れ。嫌でも気づくわ」

「またかよ。そればっかりだな」

 

 そろそろ口にチャックを付けておきたい。業者さんに頼むか。

 それにしてもそろそろ名前を教えていただきたいのだが。『美人さん』と呼ぶのにもいい加減疲れてきた。

 

「貴女、素直すぎやしないかしら」

「いえいえそんな。自分こう見えても捻くれ者ですし」

「……ふふっ。いいわね、気に入ったわ。私は八雲紫(やくもゆかり)。この幻想郷の創造者であり、管理主みたいなものよ」

「管理主、ですか」

 

 いよいよラスボスクラスが出現し始めたか。まだ序章もいいところのはずだが。スライム程度で苦戦する進行度じゃないと、開始二日で死んじまうかもしれない。

 紫さんは器用に降りてくると、俺の向かい側に座り炬燵に入り込む。

 

「あぁ、いいわぁ」

「一応今は夏なんですけどね」

「いいじゃない。こういうのは雰囲気よ、雰囲気。言ったもん勝ちね」

「そういうモンですかねぇ」

 

 この人、意外と気が合うかもしれない。マイペース万歳道を究めていそうだ。というか、俺が出会う奴らはこんなのばっかりか。これは思ったより希望が持てそうだ。

 霊夢はまだ戻ってこない。俺の賽銭に頬擦りでもしてるんじゃなかろうか。それはそれで面白い絵だから見てみたいけど。

 

「……ときに貴方、雪走威(ゆばしりたける)と言ったわね」

「聞いてたんすか」

「これでも一応管理者だからね。貴方が幻想郷に迷い込んだ時から、存在には気が付いていたわよ。普通ならそのまま霊夢に任せちゃうんだけど……ちょっと事情があってね」

 

 炬燵の上に頓挫している蜜柑に手を伸ばし、慣れた手つきで皮を剥く紫さん。美人が食事をする光景は男子学生にとって嬉しいものがあるが、現在彼女の表情は決して笑ってはいない。殺気を秘めた瞳で俺を射抜いている。……あ、え? いきなりデッドエンド?

 紫さんは蜜柑を頬張りつつも、先ほどとは打って変わって警戒心を募らせた表情をすると、

 

「単刀直入に聞くわ。貴方、何者?」

「……いや、何者と言われましても。ただのしがない一般人としか答えられないのですが」

「とぼけないで。普通の人間ならこういう摩訶不思議世界に入りこんだ時点で、元の世界に帰りたがるはずなの。それは今まで例外のない事実。それなのに、貴方はこの幻想郷に留まることを望んだ。……正直、怪しいのよ。一般人とも異なる不思議なオーラ。妖力とも神力とも違う、謎の力」

「…………」

「もう一度聞くわ。貴方、何者?」

 

 ……再び問いかける紫さんの表情は監督者のソレで。彼女なりに幻想郷を守ろうと行動しているのが手に取るようにわかった。同時に、誤魔化す余裕なんてないってことにも。

 しかしなぁ、誤魔化すも何も、俺は何の変哲もない一般男子高校生なのであるからして。紫さんを欺くような非日常的存在では決してないのだ。ゆえに言葉を変えることはできない。そもそもその『謎の力』って何ですか。俺が逆に聞きたいですよ。

 おそらくまた口に出ていたのだろう。紫さんは少しだけ警戒を解くと、淡々と言葉を続ける。

 

「……本当に、心当たりはないのね」

「まぁ、はい。自分は一応平凡な人間のつもりですんで」

「隠し事とかは……いえ、やめましょう。そういうのは苦手みたいだしね」

「誤解が解けたようで安心しました」

 

 結局、俺は相変わらず人好きする性格ではないようだ。マイペースに生きすぎているのか、疑われやすい性質のご様子。苦労するなぁ。

 しょうもない誤解もなんとか解けたようで、俺と紫さんはお互いの近況報告を朗らかに交し合っている。

 

「……ま、俺がここに来た理由はこんな感じですね。楽しみを求めて参りました」

「楽しみねぇ。博麗神社に住めるみたいだけど、これからの予定とかはあるの?」

「決まってませんね。というかどこに何があるか分かりませんし。とりあえず霊夢と話し合って、方針を決めようと思っています」

「……貴方、霊夢の事どう思ってるの?」

「え? 普通に可愛いですけ――」

「いきなり訳分かんないこと言ってんじゃないわよこのバカ威!」

「ぐふぅ」

 

 突如飛来した謎の珠(陰陽玉と言うらしい)が鳩尾に直撃。そのまま蹲る俺。痛む腹を抑えつつ顔を上げると、そこにいたのは博麗霊夢。なんか額に青筋浮かべているが、どうした。

 

「どうしたもこうしたも……!」

「あら霊夢、お邪魔してるわよ」

「元はと言えばアンタのせいでしょうが紫! 初対面の相手にそんなこと聞くな!」

「いやねぇ動揺して。もしかして嬉しいの?」

「知り合って数時間の馬鹿にそんなこと言われて嬉しいとかないわよ。馬鹿じゃないの?」

「じゃあ何故俺は吹っ飛ばされて……」

「それ以上喋ると封印するわよ」

 

 それが巫女の台詞かよ。

 一瞬の睨みを利かせた霊夢が異常に恐ろしくて、そんな軽口を叩く気合は残されていないんだけどな。

 

「だから言ってるっての。少しは口を締めなさい。レミリアとかだと殺されるわよ?」

「いきなり新しい登場人物出されてもわかんねぇからやめてくれ」

 

 誰だよそいつ。外人か?

 

「それじゃあ霊夢も揃ったことだし、雪走君の今後の予定でも立てるとしましょう」

「……紫も残るの?」

「だって面白そうだし。もしかして不満?」

「……別に」

「ふふ、好印象ね雪走君」

「はぁ」

 

 紫さんの言うことはイマイチピンと来ないが、知恵を貸してくれるメンバーが増えてくれるのならありがたい。マイペースに漂流するにしても指針が決まらないと意味ないからな。その点紫さんは管理者らしいし、頼りになるだろう。

 すっかり冷めてしまったお茶を淹れ直し、話し合いを開始する。……霊夢が不機嫌そうなのは、後で問いただすとしよう。

 

 

 




 誤字脱字、感想・コメントなどがありましたらお気軽に。お待ちしています。
 

 本日より里帰りですので十五日まで更新できません。ご迷惑おかけしますことを心より謝罪申し上げます。


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マイペースに話し合い

 予想より一日短い滞在だったので更新できました。やったねふゆい! ゆっくり楽しんでもらおう!
 それじゃあ早速第三話。マイペースに、どうぞ~♪


「それじゃあまず雪走君の行動方針だけど……」

 

 紫さんは扇子を口元に持っていくと、優雅に微笑みながら会議を開始する。清楚な雰囲気も相成って非常に美しい。上流貴族とかはこんな感じなんだろうか。

 

「なにが上流貴族よ。紫なんてナマケモノで充分だわ」

「いきなり妖怪相手に喧嘩吹っかけるお前も大概だな」

「いいの。どうせ私には誰も勝てないんだから」

 

 ふん、と面白くなさそうに鼻を鳴らす霊夢。なにをそこまで怒っているんだコイツは。おそらくそれなりの付き合いであろう紫さんにいきなり毒を吐くとか、正気の沙汰とは思えない。

 しかし紫さんもこんな霊夢には慣れているようで、「はいはい」と軽く受け流していた。大人だ。対応が霊夢と違って大人だ。

 

「じゃあ改めて。雪走君はまずどうしたいの?」

「とりあえず友人を増やそうかと。気の合いそうな人っていますかね?」

「ほとんど妖怪ばかりだから何とも言えないけど……あ。そういえばいるわよ、雪走君と同年代の高校生が」

「マジっすか。急に条件一致っすね。それも高校生って……逆に怖いんですが」

 

 まさか本当にいるとは思わなかった。高校生……博麗神社から幻想入りした人間ではないのだろう。全員帰ったって言っていたし。ということは別ルートか。自分から来たのかな?

 

「東風谷早苗(こちやさなえ)っていう女の子よ。風祝(かぜはふり)……って分かるかしら」

「確か巫女の亜種でしたか」

「そんな感じね。そこの腋巫女と違って信仰集めに熱心な可愛らしい子よ。そこの腋巫女と違ってね」

「紫アンタ実は根に持ってるでしょ」

「なんのことかしら」

 

 しれっと言う紫さんだが目が全く笑っていないので正直怖い。いやいや、巫女と妖怪の争いなんて見せていただかなくて結構です。俺以外は平和でいてくださいよ。

 紫さんはお茶を啜りながら東風谷とやらの説明を続ける。風祝。しかも現人神らしい。天皇一家かよ。

 住処は天狗の統べる妖怪の山。天狗とかいるんだな。さすがは幻想郷。この調子だと河童とかにお目にかかれそうだ。

 

「いるわよ、河童。エンジニアだけどね」

「とうとう科学技術に手を出しましたか。幻想郷にもITの波が?」

「来てほしいものよね。パソコンとか使ってみたいし」

 

 キラキラと目を輝かせる紫さんはまるで子供の様。見目麗しい彼女も新技術が楽しみなのだろう。いつか来る情報化社会。紫さんなら効率よく使ってくれそうだ。

 

「……話を戻すけど、結局どうすんの? 守矢神社に行くで決定?」

 

 霊夢がバリバリと下品に煎餅を噛み砕きながら問いかけてくる。怖ぇ。さっきにも増して威圧感が。見たところ十四、五歳の年下少女に睨まれるというのもどうかと思うが。……なんかゾクゾクしてきた。

 

「うぁ、変態ね威。マゾヒストだったんだ」

「そんな身体を抱きながら言われると真実味増すからやめてくれ。俺はノーマルだ」

 

 ガチでドン引きしているように見えるから達が悪い。からかうにももう少し甘さを見せてくれよ。

 そんな俺と霊夢の掛け合いを微笑みつつ眺めていた紫さんは、二つ目の蜜柑をつまむともぎゅもぎゅ言わせながらサラッと言った。

 

「そうね。じゃあ明日連れて行ってあげなさいよ、霊夢」

「……ごめん紫、言っている意味が分からない」

「いやだから、一緒に守矢神社まで行ってきなさいってば」

「えー……」

 

 心底嫌そうにジト目を開始する霊夢だが、現在最も傷ついているのは他ならぬ俺だという事実にいい加減気が付いてほしい次第である。なぜここまで嫌がられねばならんのだと声を大にして言いたい。俺としては、霊夢みたいな美少女と行動を共にできるので願ったりなのだが。

 しかしこの万年腋巫女は俺の心境を悟る余裕はないらしく、わずかに赤らんだ表情を必死に隠すようにして紫さんに反論している。

 

「こんな弱っちいヤツ連れてったら即死よ? 天狗に抹殺されるだけじゃない」

「だから霊夢が付き添ってあげなさいと言っているの。貴女なら天狗ごときに負けることはないでしょう?」

「それはそうだけど……」

「それに、貴方も雪走君と一緒にいられて万々歳じゃない。何をそんなに反対しているのかしら?」

「誤解を招くような発言禁止!」

 

 それが誤解でないことを死ぬほど信じている俺はどうすればいいんだ、霊夢よ。

 もうそろそろ反論の余地がなくなってきている。霊夢もそれを察してきているようで、段々と言葉に力が入らなくなってきていた。おぉ、流石は紫さん。毒舌屁理屈霊夢を相手取って、圧倒的な口撃力だ。弟子入りを考えた方がいいかもしれない。

 

「もぉ……なんで私がわざわざそんなことを……」

「気になる男の子にアピールチャンス♪」

「誰が誰を気になっているってのよ! 冗談も大概にしろ!」

「なんだ霊夢。照れ隠しか? 俺ならいつでもウェルカムだぜ☆」

「……ふっ!」

「がっほぅ!?」

 

 霊夢の怒りのボルテージが臨界点を突破したようだ。即座に湯飲みを取ると全力で俺に投げつけてくる。予想外の神速に避けることも敵わず、俺は為す術もなく湯飲みを顔面に貰ってしまった。割れなかったのが唯一の救いだろう。ぐぉぉ……陶器って痛ぇ……!

 

「……はぁ。分かったわよ。連れて行けばいいんでしょ、連れていけば」

「最初から素直に『一緒に行くわよ』って言えばいいじゃない。捻くれ者ねぇ」

「紫うるさい。お茶入れてあげるから黙ってて」

「ぐぇ」

 

 そう言うと居間を離れ、再び台所へと赴く霊夢。向かう途中にしっかりと俺の顔面を踏みつけていくあたりが実に彼女らしい。ふっ、だがしかし霊夢よ。俺の頭上を通過したことで貴様の下着が綺麗に見えたぞ! 巫女の癖にドロワーズを穿くとは俺に対する挑戦状と言うことだな! いいだろう。受けて立――――

 

「真顔でそんな事言ってるとまた踏まれちゃうわよ?」

「いいんです。これが俺の素ですから! 自分、マイペースっすから!」

「それはマイペースとは違う気が……。ふぅ、やっぱり面白いわね。雪走君は」

「紫さんほどの美人さんにそう言ってもらえるなら光栄です」

 

 男冥利に尽きるというものだ。霊夢だと色気に欠ける。サラシを巻いているのか知らんが、もう少し胸があっても罰は当たらないだろうに。

 紫さんはまた微笑みながら俺の方を見ている。しまった。また口に出ていたか。

 

「貴方、この短時間でよっぽど霊夢の事が気に入ったらしいわね」

「みたいですね。一目惚れじゃないですか? 今まで見たことないくらいの美少女でしたし」

「あら、それなら本人に直接言ってあげたら? きっと喜ぶと思うけど」

「自分には縛られて捨てられるビジョンしか浮かびません」

 

 あのツンデレ巫女は恥ずかしさがピークに達すると人に暴力を奮うきらいがあるので、あまりふざけたことを言いまくるとかえって命の危険が高まってしまう恐れがあるのだ。まぁ俺が気になるようになるまでまだ時間がかかりそうだがな。出会って数時間で両想いなんて、どこのギャルゲーだ。俺には笑顔惚れ能力は備わっていない。あるのは軽口と放浪癖くらいである。

 

「まぁ貴方がそう思うなら構わないけど。……あぁ、そうそう。守矢神社に行くなら一つだけアドバイスしてあげる」

「アドバイス? 東風谷の好みとかですか?」

 

 黒髪の美男子とかだったらピッタリ当てはまるのに。

 

「まぁそんな感じね。『昭和のロボットアニメ』が大好きらしいわよ?」

「……すみません。ソイツ、女子高生ですよね?」

「えぇ。貴方と同年代の」

「…………」

 

 まさかの趣味に驚きを隠せない。マジンガーZとか何十年前だよ。相当の物好きだな、その東風谷って女は。幻想郷に来るだけのことはある。

 紫さんも似たようなことを思ったらしく、来た当時は驚きの連続だったそうだ。いきなり『ロケットパンチ!』と叫ばれた時はさすがにビビったらしい。顔も知らぬ東風谷よ。ロボットアニメ知らない人に対して突然技名叫ぶのはどうかと思うぞ。紫さんだったからよかったかもしれんが、霊夢とかなら驚いて八つ当たり食らうかもしれん。まだよく生態は分かっていないが、アイツならやりそうだ。

 

「……さて、それじゃあ私は帰るわね」

「まだ霊夢がお茶淹れてますが、どうします?」

「申し訳ないけど、遠慮させてもらうわ。代わりに貴方が貰っておいてちょうだいな」

「ありがたきお言葉です。……色々ありがとうございました」

「いえいえ。また何かあったら呼んでね」

 

 さよなら。背後にスキマを開き、その場から消える紫さん。ふむ、やはり便利な能力だ。アレがあれば霊夢の入浴を覗くことも可能になるかもしれん。今度手伝ってもらうか。

 犯罪染みたことを計画していると、ようやく準備を終えた霊夢がお盆を持って帰ってきた。

 

 

「……あら? 紫は?」

「帰ったよ。ついさっきな」

「なによ紫のヤツ、手間かけさせておいて……」

「まぁまぁ。お疲れさん」

「ふん」

 

 ……可愛くないな、コイツ。性格的に。

 しかし、紫さんのおかげで少しは機嫌も戻っているようで、時折笑顔を見せている。……それが俺の入れた賽銭を見ながらじゃなかったら、普通に可愛いのになぁ。

 

「……なによ。なんか付いてる?」

「別に。ただ霊夢の笑顔に見惚れていただけさ」

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 褒めたのに。理不尽だ。

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

『霊夢ぅー、風呂沸いたぞぉー』

「はいはい。今行くわ」

 

 風呂場から聞こえた馬鹿の声に溜息をつきつつも、暇つぶしに読んでいた文々。新聞を置いて立ち上がる私。やれやれ、やっと風呂か。今日はいつにも増して疲れたので、ゆっくり浸からせてもらうとしよう。

 風呂場に向かう途中、これまた居間に戻ろうとしていた威と鉢合わせになった。

 今日『外』から幻想入りしてきたコイツ。歳は二つ三つ上のようだけど、どこか抜けた雰囲気の馬鹿。マイペースで自分勝手で、こっちの話なんかまったく聞かないような頑固な馬鹿。黒髪に、私より少し背が高いくらいのチビ。別段カッコイイ訳でもない、普通の馬鹿。

 

「温度は適度だろうから、ゆっくり浸かれよ」

「言われるまでもないわ」

 

 居候を許したのはほんの気まぐれだった。無謀にも何の用意もなしに幻想郷を探検するなんてほざいたから、死なないようにするために匿っただけ。人間を守る『博麗の巫女』として、当然の判断を取っただけ。

 

 ――――本当に、それだけ?

 

「っ」

「どうした、霊夢?」

「……なんでもないわよ。いいから早く居間に行きなさい」

「いやぁ、お前が入ったら覗こうと思ってるんで……」

「とっとと行かないと頭吹っ飛ばすわよ!」

「り、了解~!」

 

 ピューと脱兎のごとく目の前から消え去る威。いなくなった馬鹿を見送ると再び溜息をつく。……はぁ。ホント、疲れるヤツね。

 脱衣所に着いたので、暑苦しい巫女装束を早々と脱ぐ。

 

「……馬鹿、か」

 

 自嘲気味に呟いたのは、何故なんだろうか。自分にもよく分からない気持ちが、胸の中に渦巻いている。

 『好き』とか『嫌い』とか、そんな単純な気持ちではない……と思う。だいたい、出会ってからまだ一日。そんな早く他人との距離を測れるほど、私は大人じゃない。

 服を脱ぎ終え、手拭いを取ろうと顔を上げる。

 

「あ……」

 

 目の前には、いつかにとりが無断で設置していった鏡があった。胸から上を映すソレには、私の上半身が綺麗に反射している。さすがは河童の技術力。申し分ない出来だ。

 そこに映る自分の顔をぼんやりと見る。……自分で言うのもなんだけど、整っているとは思う。黒い長髪の手入れも欠かしていないからツヤツヤだし、紫から貰った石鹸のおかげでニキビもない。自分でも誇らしいと、胸を張って言える容貌。

 

「……可愛いって、言ってたわよね」

 

 脳裏に浮かぶは、先ほどの威と紫の会話だ。台所でお茶を汲んでいた時にこっそり盗み聞きしてしまったソレ。紫がまた余計なことを聞いていたけど、威の返事が酷く印象的だったのよね。

 

『一目惚れじゃないですか? 今まで見たことないくらいの美少女でしたし』

「……ホント、初対面で一目惚れなんて馬鹿じゃないの?」

 

 それが本心なのかは分からないけど、アイツは嘘がつけない性格というのは今日一日で嫌と言うほど理解している。……本気、なんだろう。

 嫌な気はしない。まぁ、好きと言われて嫌がる捻くれ者は中々いないだろうけど。あぁ、パルスィなら言うかもしれないわね。妬ましさマックスで。

 ……でも、『好き』かぁ。

 

「前向きに考えてみるのも、一つの手よね」

 

 まぁ承諾する気はさらさらないけどね。あんなマイペース男、一緒にいても疲れるだけだし。

 まったく。いてもいなくても面倒くさいんだから。

 

「あぁもう、厄介な拾い物しちゃったわ」

 

 天井の木目を眺めつつも、私は大仰に溜息をついた。……鏡に映ったその顔が、笑っているようにも見えた気がして、また溜息をついちゃったのは別の話。

 

 

 




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マイペースに空を飛ぶ

 連続投稿。次も早く書きたいです。
 それでは早速、どうぞ~♪


 目を覚ますと、視界が一面真っ白に染まっていた。

 

「……?」

 

 目覚めたばかりで寝惚けているせいか、頭が上手く働かない。なんかむにむにとした柔らかい感触が顔中を包み込んでいる。というか、全身に柔らかいモノが当たっている感じがする。なんだろうか。すっごく気持ちがいい。

 顔を上げて状況を確認したいところなのだが、この気持ちよさを手放したくないという思考が脳を支配しているので、指一つ動かすことができない。むぐ、そろそろ呼吸がヤバイかも。

 顔を上げない代わりに、もぞもぞと手を動かして物体を確認する。

 

「んっ……」

「……むぐ?」

 

 なんかサラサラとした長い物に触れた。細やかで、特徴的な感触のソレ……。

 ……髪の毛、か?

 

「ぁん……」

 

 ……どうしよう。なんかすっごく嫌な予感がする。先ほどから身を動かすたびに聞こえているコレは、先日知り合ったばかりの家主様ではないだろうか。そして、そんな艶っぽい声をあげるということは……。

 ゆっくりと、できるだけ刺激しないように身体を上げる。

 

「……おぅ。マジかよ神様」

 

 下にいたのは案の定博麗霊夢だった。布団を蹴飛ばし、巫女装束もはだけてしまっているやけにエロい巫女。む、サラシを付けているという予想は当たっていたみたいだな。

 ……いや、そんなくだらないことはどうでもいい。この光景を見るに、結論は一つ。

 

 俺は自分の布団を抜け出し、隣で寝ていた霊夢に圧し掛かっていたようだ。

 

 ……なんてラッキースケベ。ということはさっきの柔らかさはコイツの胸か。見た目よりずいぶんとボリューミィな胸部だ。サラシさんは今日も大活躍しているらしい。

 状況を理解すると、冷や汗が止まらなくなってくる。ヤバい。このままゆっくりとこの場を離れねば、俺の儚い命が彼岸に向かってしまうのは避けられない。

 そうと決まれば即行動。起きないでくれと必死に祈りつつ、忍び足で寝室を後に――――

 

 ガンッ! ←俺が襖に半身をぶつける音。

 

「んぅ……?」

 

 さようなら。俺の人生。

 その時、俺は確かに刻の涙を見た。

 

 

 

 

 

             ☆

 

 

 

 

 

 結局あの後行いを洗いざらい吐かされ、俺はサンドバッグもびっくりのラッシュでボロ雑巾にされた。寝相だから悪気はないというのに、酷い奴だ。

 

「女の子の布団に忍び込んだ挙句、押し倒した馬鹿の台詞じゃないわね」

「喘ぎ声出していた奴が何を今更」

「秘技・湯飲みアタック」

「がっふ!」

 

 今日も絶好調な霊夢さんは既に武器と化している湯飲みを顔面に投げつけてくる。俺も避けない。というか、間に合わない。て、照れ隠しも相変わらず可愛らしいな霊夢よ……。

 だがしかぁし! 俺は見逃さんぞ。折檻中に顔を真っ赤にして羞恥に身を染めていた貴様を!

 

「夢でも見てたんじゃないの?」

「正直に吐け、霊夢。気持ちよかったんだろ?」

「セクハラで紫に突き出すわよ」

「申し訳ございませんでした」

 

 ツンデレは怒らせると怖い。これは幻想入りして最初に学んだ理だ。

 まぁわざとではないにせよ、今回は俺に非があるのは確かだ。女の子の布団に入り込むなんて、死刑になっても文句は言えない。折檻で済んだことを喜ぶべきだろう。

 

「霊夢、本当にすまん。寝相が悪いのを忘れていた」

「……もういいわよ。お仕置きもしたんだし、トントンで」

「あぁ、助かるよ」

 

 今だけはコイツの後腐れない性格に感謝だ。いつまで引き摺られるのも嫌だし。とりあえず飯を食いながら徐々にテンションを戻していこう。

 霊夢が作ってくれたお茶漬け(ご飯少なめ)を啜りながら、今日の予定について話を振ってみる。

 

「今日は守矢神社に行くんだよな?」

「そうよ。妖怪の山にある神社。結構遠いのよねぇ」

「そんなに遠いのか? 一日で行けんの?」

「まぁ一時間程度じゃない? 今日は風もないし、一っ跳び――――」

 

 はた、と霊夢が動かしていた箸を止め、俺の方を見つめてくる。なんだ、ついに惚れたか? なんか戸惑ったような表情をしているが、これは照れていると捉えて正解なんだろう。たぶん。おそらく。めいびー。

 ……冗談です。冗談ですから湯飲みを置いてください。一日二発は辛いです。

 攻撃をやめた霊夢は「しまった……」と額に手を当てると、昨日にも増して大きな溜息をつく。

 

「どうした霊夢」

「そういやアンタ、空飛べないのよね……」

「そういう質問が来ること自体おかしいということに気付け。俺は一般人だ」

「私は飛べるわよ。人間だけど」

「不思議世界の巫女と人間を一緒にするな」

 

 どうやらコイツは飛んでいくつもりだったらしい。もはや人間じゃねぇな。スーパーマンだ。

 『空を飛ぶ程度の能力』。霊夢が持つ能力らしいが、なんてチートな能力だろうか。羨ましい。人間の長年の夢を能力で解決しちまうのか。科学者が聞いたら首吊るぞ。

 

「俺がお前に捕まっていけばいいんじゃねぇの? そうすりゃ飛んで行けるじゃん」

「えー? 面倒くさいじゃない。重いし」

「だったら歩いていくしかないな。俺は飛べないから!」

「なに威張ってんのよアンタ」

 

 だって本当だもん! 飛べないんだから仕方ないじゃないか! 胸を張って言うしかねぇんだよ!

 

「そんなこと言われても平手打ちくらいしかできないわよ」

「少しは言葉で返せこのバイオレンス巫女が。それと今回は俺に非はねぇ! 当然のことを言ったまでじゃねぇか!」

「じゃあ手間賃ね。吊って飛んでいくの疲れるから、その代わりということで」

「手じゃなくて胸掴むぞコラ」

 

 

《少女虐殺中……》

 

 

「何か言うことは?」

「調子こいてすみませんでした」

 

 顔を赤らめてひたすら殴り続ける霊夢に思わずキュンと来てしまった。照れ隠しがだんだんと可愛くなってきている。いやぁ、惚れた弱みって奴かなぁ。

 

「何笑ってんの気持ち悪い。食べ終わったら早く行くわよ」

「結局飛んで行ってくれるんだな。優しいねぇ霊夢は」

「……馬鹿」

 

 そのトーンで陰陽玉投げつけてくるのは反則だと思う。

 

 

 

 

 

             ☆

 

 

 

 

 

「おぉ……すげぇ! 本当に空飛んでる!」

「あんまり喋ると舌噛むわよ」

「分かってるって!」

 

 雪走威、人生初のフライトに現在心が踊り狂っております! 建物があんなに小さく見える。米粒みたいなのは人里の村民達だろうか。朝の慌ただしい空気が届いてくるようだ。

 興奮気味にはしゃぐ俺。……しかしなぁ。

 

「いくらなんでも襟首掴むのはどうかと思うんだ。霊夢さんや」

「し、仕方ないでしょう!? 手を繋ぐなんて不潔よ!」

「今朝のことを思い出すんだ。あんなにお互いを求め合ったじゃないか」

「手、離すわよ」

「わーわーわー! 冗談だって!」

 

 この高さから落とされてはシャレにならない。愉快なオブジェが出来上がってしまう。

 というか、この一日で霊夢の赤面確率が急上昇しているように思うのは俺だけだろうか。喜ばしい限りではあるが。俺のことを少しでも気にしてくれているのなら、男としてそれに越したことはない。さぁ霊夢よ、俺の愛に応えてくれ!

 

「寝言は寝て言えこの色欲魔!」

「違う! 俺は淫魔だ!」

「なんのフォローよそれは!」

「冗談だって。……あぁでも、俺の霊夢への愛情は冗談では――――」

「手が滑りそうね」

「これ以上は口を開きません。霊夢様」

 

 生殺与奪権が霊夢に握られている現在、彼女を下手に怒らせるのは逆効果なようだ。悪ふざけもここまでにしておこう。さすがに同棲者に殺されたくはない。

 ……しかしなぁ、霊夢をからかわないと暇すぎて死んじゃいそうなわけでして。

 

「アンタはからかう以外でのコミニュケーションを知らんのか」

「ボディタッチを許してくれるなら見せてやってもいいが?」

「そういえばアンタ変態だったわね。度し難いほどの」

「失敬な。紳士と呼んでもらおうか!」

「…………」

 

 

 パッ←霊夢が俺を掴んでいた手を離す音

 

 

 あ、俺死んだわ。

 

「ぬをぉおおおおおおおおおおお!?」

「さようなら、また会いましょう。威!」

「嘘泣きはいいから早く助けんかいこの腋巫女ぉおおおおおおおおおお!!」

 

 速い速い速い! 地面が異常な速度で近づいて来てるんですけどぉ!? ヤバいって! マジヤバイって! 昨日の時点で『死ぬのなんて怖くない』みたいな啖呵切ってたけど、実際死にたくないわボケェ! 当たり前だろ! 霊夢の裸見るまで死ねるかってんだ!

 

「成仏しなさい。この変態ヒモ野郎」

「ヘルプ! 謝りますからマジで助けてください霊夢様! このままじゃ死ぬぅううううう!!」

「…………はぁ、これに懲りたらもうやめなさいよ……」

 

 溜息交じりにそう言った霊夢は、速度を上げると俺を華麗にキャッチ。そのまま上昇していく。な、なんとか命拾いしたか……五回は死んだ。いやホント。

 

「し、死ぬかと……」

「自業自得よ、馬鹿」

「いや、でもこれは本心だから――――」

「あ゛?」

「誠に申し訳ございませんでした」

 

 すっかり主従関係が出来上がっているような気がして、俺としては心配になる。その内居候から家畜にランクダウンしてしまうのではなかろうか。意外とシャレにならなそうで怖い。

 今後の身を振り方を考えよう。しばらく次なる就職先を考えていると、

 

「……ほら、着いたわよ威」

「んぁ? ……おぉ、これはまたしっかりとした神社で」

 

 視線の先には博麗より一回り大きな神社がそびえ立っている。何か不思議な神々しさも感じられるし、さぞご立派な神様を祀っているに違いない。

 博麗神社も何か祀ればいいだろうに。

 

「わざわざ考えるのも面倒くさいわ」

「またそんなことを……」

「いいじゃない別に。そんなに祀りたいのなら威が考えなさいよ」

 

 居候に信仰を投げやりする巫女ってのもどうかと思うんだが。俺は俺なりにコイツのことを考えているつもりなんだけどなぁ。

 まぁ今アレコレ考えても仕方がない。後々決めていくとしよう。

 

「じゃあ降りるわよ。ちゃんと捕まっておきなさい」

「……胸にか?」

「腕によ!」

 

 まずは友人を増やす為に尽力するとしますかな。

 そんなわけで、守矢神社に到着しました。

 

 




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マイペースに守矢神社

 さて、今日も無事更新。明日から後期補習ですので、できるだけ書き溜めたいです。
 それでは早速。マイペースにお読みください。


 守矢神社は想像以上にバカでかい神社だった。空から見た時にも大きいとは思ったが、実際に目前まで来てみるとさらに大きく感じる。おぉ……圧巻とはこのことか。

 

「なにボケッと突っ立ってんのよ。ほら、早く歩いた歩いた」

「お、おぉ」

 

 俺が呆気にとられていると、霊夢が呆れた口調で俺の背中を押して急かしてくる。細かいところで気遣いのできる奴だ。このまま放っておかれていれば、おそらくしばらくの間動けなかっただろう。それほどまでに衝撃的な存在感の守矢神社。正直言って、助かった。

 

「さんきゅ」

「お礼なら今晩飯奢りなさいよ」

「金なら紫さんに両替してもらったから、ある程度なら大丈夫だ」

「へぇ……どれくらい?」

「『外』の通貨で五万円だな」

「アンタどんだけ持ってきてたのよ……」

 

 はぁ、と溜息をつく霊夢ではあるがそれが微笑ましいものだということは分かっている。口元が笑っているから、分かりやすい。こういう時の霊夢は掛け合いを楽しんでいるのだ。だから俺としても嬉しい限りである。……ちなみに、俺が持ってきた総額は五十万円だ。へそくりと貯金は現金で持ち歩く主義な俺なんだ。今回はそれが幸いした。いやぁ、世の中何があるか分かりませんなぁ。

 何度か来たことがあるらしい霊夢に案内され、奥の本殿へと向かう。基本的な建物の造りは博麗神社とあまり変わらないらしい。まったく迷わずに目的地へと進むことができた。いつも思うのだが、和式の建造物はセキュリティとかどうなってるんだろうか。これだと盗み放題だ。泥棒兎なんかがいたら、凄いことになる。

 しばらく歩くと居間らしき部屋の前に着いた。いよいよご対面か。緊張する俺を他所に、霊夢は実にいつも通りに襖を開け放つ。

 

「早苗ー、入るわよー」

「え、ちょっ、霊夢さん!? 突然入らないでくださいよ!」

「いいじゃない別に。それとも何? 見せられないことでもしてたワケ?」

「そういうわけじゃ……で、でも! モラルとかマナーとか、そういうところで駄目です!」

 

 失礼極まりない入り方をした霊夢に「うがー!」と緑髪を逆立てて怒る巫女装束の少女。……おそらく、彼女が東風谷早苗なのだろう。今霊夢がそう言っていたし。

 見た感じは普通の美少女だ。髪が緑なのは不思議だが、後はちょっとばかしスタイルがいい一般女子高生。髪に蛙の髪留めと白蛇の飾りを付けているのが特徴か。綺麗だが、それでいて活発な印象の少女だ。

 霊夢と口喧嘩していた東風谷は「あら……?」と俺に気付くと、驚いたようにジロジロと観察してくる。

 

「デニムにTシャツ……しかもポケットには携帯電話……」

「あ、あのー。東風谷さん? いきなりどうしたんでせうか……?」

「貴方、『外』の人ですよね!?」

「ひぅ」

 

 ガシィッ! と目を輝かせて俺の手を握る東風谷。ぬおっ!? 急になんだ!? マイペースをモットーにしている俺でも流石にビビったぞ!? 

 突然の急変に俺と霊夢は目を丸くするが、当の東風谷はすっかり興奮しきっているご様子。まるでこちらの動揺に気が付く様子はない。それどころか俺の手を掴んだままぶんぶん振り回し始める始末だ。

 

「いやー。幻想郷に来てから故郷の人に会えるなんて、やはり奇跡はあるんですね!」

「とりあえず落ち着こうか、東風谷。俺の腕がそろそろもげそうだ」

「これで……これでロボット話に花を咲かせられるというものです! あぁ素晴らしい。パイルダー?」

「オン! って何言わせるんだお前は」

「うわぁあ! やっぱりいいですね仲間って!」

「そっち方面での仲間は勘弁願いたいのだが」

 

 なんだろう。東風谷の第一印象がものの数分で音を立てて崩れて言っているような気がして、胸騒ぎが止まらない。助けて霊夢さん。

 

「……そこまでにしなさい、早苗」

「あぅっ」

 

 ようやく我に返った霊夢が必殺・デコピンで東風谷を撃退してくれた。助かった……色んな意味で助かった……。霊夢さんや、こんなキャラなら先に言ってくれればよかったのに。

 

「私だってまさかここまで崩壊するとは思ってなかったのよ。悪気はないわ」

「うん。まぁそれは分かる。俺が来なけりゃこんな状況にはならなかっただろうし。でも少しは対抗策が取れた気がするんだ」

「もう気にしないでよ。助かったんだからいいでしょ?」

 

 それはそうだが。

 しっかし、こんな普通の女の子(美化表現あり)が現人神ねぇ……。

 改めて、東風谷を見つめる。……いや、そんな可愛らしく首を傾げられましても。肩書と本人とのギャップに、なんかこう形容しがたいモヤモヤ感を覚えてしまう。神様って感じじゃないよなぁ。

 

「……言いにくいことをはっきりと言いますね、貴方」

「え、もしかして口に出てたか?」

「あいっかわらずね。少しは自重しなさいよ馬鹿威」

「善処はしてんだよ」

 

 しかし昔からの癖である為早々治るものではない。それなりに時間を貰わないといけないだろう。まぁ俺は別に気にしてないからいいんだけど。霊夢は何を嫌がってるのやら。

 なんだかグダグダになってしまったが、とりあえず双方落ち着いた様子なので自己紹介を開始する。

 

「俺は雪走威。昨日幻想入りした、ただのしがない高校生だ。まだ日が浅いからいろいろ迷惑かけるかもだけど、これからよろしく頼む」

「ご丁寧にどうも。私は東風谷早苗。この守矢神社の風祝をしています。現代日本人の知り合いは貴重ですから、こちらこそ。お互いによろしくお願いします」

 

 手を出し合い、握手。心なしか、安堵の表情を浮かべている東風谷。やはり故郷の人間と会えるというのは心強いのだろう。霊夢から聞いた限り、二人の神様と暮らしているらしいが、俺のような文化の近い存在はいなかったらしい。俺もまだまだ若輩者だが、寂しさを紛らわせることくらいは出来たらいいな。

 軽い挨拶も終わり、東風谷は「神奈子様と諏訪子様を呼んできます」と言って居間を出て行った。挨拶ついでということらしい。いやはや、まさか生きている間に神様とお会いできるなんて夢にも思わなかった。

 

「本物の神様に会えるなんて、すげぇよなぁ」

「あんまり美化しない方がいいわよ? あいつら、意外とフランクだから」

「親近感のある神様ってのもどうなんだ」

「知らないわよ。文句があるなら本人達に言ってちょうだい」

 

 神様相手に文句言えるほど度胸は据わっちゃいねぇよ。

 

「初対面の私には相当軽口叩いていたじゃない。何を今更」

「いや、あれは霊夢だったからできたんだよ。お前なら、俺の悪ふざけも受け入れてくれそうだったからさ。信用できたんだ、霊夢の事は」

「……何よソレ。褒めてんだか貶してんだか」

「惚れてんだよ」

「馬鹿」

 

 そうは言うが顔を赤らめそっぽを向く霊夢。ここ二日でわかったことだが、霊夢は恥ずかしがっている時が一番可愛い。わずかに桜色に染まった頬や、尖らせた口。照れ気味に逸らす視線がこれまた嗜虐心を煽らせる。あぁ、本当に可愛いぜ霊夢……。

 だが、今回も俺の愛の告白をスルーする彼女である。いつになったら受け入れてくれるのだろうか。まぁ出会って二日だから仕方ないと言えば仕方ないけど。一か月以内にはオトしたいな。

 

「とんでもなく気持ち悪い宣言するのやめてくれない? 殴るわよ」

「むしろドンと来い」

「…………」

「あ、痛っ……! 爪先だけ踏むのはやめてくれ! 地味に痛くて反応しづらい!」

 

 こ、これが霊夢の愛情表現だと思えばどんな痛みでも耐えられる。頑張れ俺。目指すは霊夢エンドだ!

 ……しかしこの思考の弱点は『そこはかとなく空しくなる』ことなんだよなぁ……。マゾヒストじゃないのに暴力容認とか、悲しくなってくる。

 ときに霊夢さん。俺を踏んでいるときに恍惚の表情を浮かべているのはどうしてなのか、尋ねてもよろしいですかな?

 

「え? そりゃあだって……アンタが気持ちよさそうに身を捻るから……」

「ストップ・ザ・腋巫女。俺は変態かもしれんがマゾじゃあない。その誤解を招くような発言は是非ともやめていただこうか」

「変態はみんなそう言うのよね。……あぁ、そうか。これがアンタのいつも言っている『愛』ってやつ?」

「うん、この二日間のお前の気持ちが痛いほど分かってきたよ。押し付けがましい一方的な愛ってもはや暴力だよな」

 

 貴女はリアル暴力奮ってますけどね!

 というか、日頃の俺の告白とは完全に違うだろう。俺のはちゃんと『愛情』が籠ってはいるが、貴様の台詞には『侮辱』しか込められていないじゃないか!

 

「それが私の本心だから仕方ないじゃない」

「やめようか! 仮にも居候にそういうこと言うのは、できる限りやめようか!」

「だが断る」

「有無も言わさず!?」

 

 あ、あれ? 霊夢ってこんなキャラだったっけ? もっと、こう、純情なツンデレ巫女の印象だったはずなんだが。この短時間で何があった。

 

「人には言えない趣味……うん、完璧ね」

「その犠牲になるのは漏れなく俺だろう」

「当り前じゃない。こ、こんなこと、アンタ意外に頼めないんだからね!」

「意味不明なツンデレ発言やめれ。それはただの犯行予告だ」

 

 頼まれてもやらねーよ。俺はノーマルにお前とゴールインしたいんだから。

 

「ゴールの前にスタートラインにすら立ってないでしょうが」

「いや、もう折り返し地点は通り過ぎたはずだ。霊夢エンドまでラストスパートだZE☆」

「腹立つから殴っていい?」

「認めると思ってんのかこの腋巫女紅白」

 

 仕返し=暴力というイカレた方程式をさっさと取っ払いたい今日この頃である。

 さて、そんな感じで割と死活問題な俺の待遇を話し合っていると、ようやく戻ってきた東風谷がルンルン笑顔で襖を開け放った。

 

「お二人とも、神奈子様達を呼んできましたよー!」

「ん。ありがとう、東風谷」

「いえいえ。礼には及びませんよ。その代り今度みっちりオタトークに付き合っていただければ……」

「霊夢、杖貸せ」

「はい」

「みきゅっ」

 

 霊夢から受け取った杖を東風谷の額に発射。狙い違わず見事にクリーンヒットする杖。東風谷は可愛らしい悲鳴を上げると目を回して畳に倒れ伏した。……ふぅ、これで災難は去った。

 

「おいおい、あまりウチの早苗を虐めてくれるなよ?」

 

 すると東風谷の背後辺りから突然声が届いてくる。どこか威厳に満ち溢れたボイス。神々しさたっぷりな低めな美声は、なんともクリーンに俺の耳に響き渡る。

 ……ようやく、お出ましか。

 できるだけ佇まいを正しつつ、神様の登場を待つ。

 しばらくすると、半開きだった襖が完全に開かれた。

 

「……おぉ」

 

 その先にいたのは二人の女性。……いや、女性と幼女だ。どう見ても神には見えないその二人は、それぞれ神々しく仁王立ちをしている。幼女の仁王立ちってなんか斬新だな。

 ようやく現れた二人……八坂神奈子と洩矢諏訪子。伝説上の存在を前にして、俺の緊張感はピークに達していた。

 

「顔、にやけてるわよ」

「おっと」

 

 だがしかし、中々締まらないのが俺だったりするのだ。

 

 




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マイペースに守矢一家

 連続投稿です。
 それでは早速。マイペースにお読みください。


 赤い衣服に身を包み、胸の辺りには鏡のようなものが取り付けられた格好の八坂神奈子。背中に装備された注連縄が彼女が日本の神様であることを印象付けているようにも感じる。諏訪の祟り神と一緒にいるところから考えると、大和の軍神か。彼女が全身から発している威圧感に、思わず跪いてしまいそうなのを必死に堪える。……へ、へぇ。なるほど。これが神様の威厳ってやつか。

 八坂様は脂汗を流しながらなんとか耐える俺の姿を見て、「ほぅ」と感心したような声を上げた。

 

「ただの人間の癖に、よくもまぁ根性のある童じゃないか。軍神の威圧に耐え抜くなんてさ」

「お、お褒めに預かり光栄です……。自分は一応博麗の住人ですから、情けない姿をお見せするわけにもいかないんですよ……。……霊夢の前で、カッコ悪いところを晒してたまるかってんだ」

「こんな時まで口説こうとするな気持ち悪い」

「あはは。そうは言うけど満更でもない顔してるじゃんか、霊夢」

 

 洩矢諏訪子が東風谷の淹れたお茶を啜りながら霊夢を茶化している。からかわれて再び赤面する霊夢だったが、いい加減このくだりにも慣れてきたので詳しい描写は省くとしよう。照れる霊夢は可愛い。その一言で完結だ。

 見た目は小学校低学年ほどの洩矢様。ギョロ目のついた趣味の悪い帽子を被っているが、他に突出した不思議要素は見受けられない。あえて挙げるとすれば、ロリータ万歳ということくらいだ。

 ……しっかし、洩矢神と八坂神が一緒に住んでる、ねぇ。

 

「おいおい、あんまり博麗の巫女をからかうと痛い目見るぞ? その辺にしておけ」

「えぇー? 日頃やられているからこういう時くらい好きにさせてよー」

「今はお客人も来ているんだからほどほどにな。後でまたやればいいだろうが」

「待ちなさいアンタ達。総じて私の被害者認定を外す気はないワケ?」

『勿論』

「よし、今すぐ表出ろ貴様ら」

 

 とりあえず落ち着こうか、霊夢。

 ウチの家主で遊ぶ神様二柱は、傍から見ても仲睦まじい様子だ。伝承上のいがみ合う姿など、欠片も見受けられない。確か大和の八坂神と諏訪の洩矢神が領土を賭けて争ったんだっけか? あまり詳しくはないから分からないが、そんな感じだった気がする。そして、大和が勝利した、と。

 だが、目の前の八坂様達からは、そんな関係だったなどという感じは全くしない。どんな経緯があったのかは知らないが、良き友人として関係を成しているようだ。俺みたいな小童が言うのも失礼な話だが、喧嘩をするくらいなら仲のいい方が喜ばしい。良かったな、と一人思ってみたりする。

 霊夢を弄って笑っていた八坂様はどうやら満足したようで、ホクホクとした笑みを浮かべながら俺の方へと身体を向け直す。

 

「いや、取り乱してすまないね。そこの腋巫女には普段世話になってるから、ちょいとお礼をしようと思ってさ」

「本人が激怒するお礼ってのも乙なもんですね。さすがは軍神。他人を煽る術には事欠かないと」

「……もしかして、怒ってんのかい?」

「いえ、そういうわけではございません。霊夢の戸惑った顔が見られたので、逆に感謝しているくらいです」

「おいこら変態。さらっと問題発言すんな」

「……なるほど、元々そういう気質な訳か、アンタは」

「何分マイペースなものでして。無礼な言動申し訳ございませんでした」

「いやいや、構うこたぁないさ。逆に距離を置かれても話しづらいだけだしね。むしろそっちの方が助かるよ。もっとフランクに行こうじゃないか」

「神奈子はもう少し遠慮しようよ……」

 

 はぁ、と苦労人なのか慣れた動作で大仰に息をつく洩矢様。自身の幼い外見のせいか大人びた所作があまりお似合いではないが、子供が背伸びしているようでなんとも微笑ましく感じてしまう。親心って、こんな感じなのかなぁ……。

 

「……雪走、アンタ今失礼なこと考えてたでしょ」

「え、よく分かりましたね。サトリですか?」

「いや、声に出てたから。誤魔化しようのないくらいのレベルで漏れてたから」

 

 なんてことだ。神様を前にしても俺の軽口は留まるところを知らないらしい。これは流石にどうにかせねば、生命問題に発展する可能性がある。俺だってこんなしょうもない癖のせいで死にたくはない。

 隣で額に手を当て呆れたように息を吐く霊夢に初めて感謝の念(いつも注意してくれているからね!)を抱きつつ、それとなく話を振ってみる。

 

「八坂様達は最近『外』からやってきたんですよね?」

「あぁ。向こうじゃ神様なんて信じられていないし、神社もパワースポット化していたからねぇ。信仰心がロクに集まらなかったんだよ」

「神様は信仰が少ないと存在できないんだ。だから私達は、ここ『幻想郷』で新たな信仰を得ようと考えたの。ここなら妖怪もいるし、妖精や神様もいる。江戸時代の日本そのままだから、暮らしやすいしね」

「……東風谷は、何故幻想郷に?」

「あー、やっぱり気になるよねぇ」

 

 ガシガシとばつが悪そうに髪を掻く八坂様は俺の投げつけた杖で未だ気絶中の東風谷を抱き寄せると、慈しむように彼女の緑髪に手櫛を入れる。二人が寄り添う姿はまるで親子のようだ。……別に八坂様が年取って見えるというワケではありません。見えませんから御柱を投げつけようとするのはやめてください。普通に死にます。

 俺の必死の訴えに怒りを鎮めてくださると、再び手で髪を梳きつつ言葉を続ける。

 

「早苗はさ、小さい頃から守矢神社の巫女として生活していて、その時から私達のことが見えていたんだ。親や友人は姿を見ることも声を聴くこともできないのに、早苗だけははっきりと私達を視認していた。そのせいか、私と諏訪子にとんでもないほど懐いていたんだよ」

「その代り、私達の存在を認めさせようとして学校とかではイタイ子扱いされていたけどね。悲しかったけど、それも仕方のないことだったんだ。現代の日本で、私達のことを信じる人間なんてほとんどいなかったのさ」

「信仰心の低下……神様が『幻想』として闇に葬られてしまったんですね」

「そうさ。それなのにこの子は、人間が神社を観光地としてしか見れなくなってしまっても必死に抵抗しようとしていた。なんとか信仰を集めようと、頑張ってくれたんだ。……でも、それも無駄に終わっちゃったんだけどさ」

「いつまでもこのまま早苗に迷惑をかけるわけにはいかない。そう考えた私と神奈子は、昔スキマの妖怪から聞かされた『幻想郷』に移住することにした。幻想郷なら今までと違って普通に見てもらえるし、信仰も増える。何より、早苗の負担を減らせると思ったわけなんだ」

「なるほど。だから……」

「あぁ。早苗の『風祝』としての力を使って、幻想郷に引っ越してきたってわけさ」

 

 現代日本では妖怪も神様も忘れ去られ、もはや伝説でしか存在してはいない。俺の故郷でもそれは変わらなかった。『学校七不思議』なんていう形で残っている幽霊や妖怪もいるにはいるが、やはり大部分の妖怪達は住処を追われ、幻想郷に流れ着いたのだろう。

 形あるものはいつか死ぬ。たとえはっきりとした姿が無くても、忘れ去られ寂れる。

 誰からも存在を信じてもらえないというのは、どれだけ空しく悲しいことなのか。俺には想像もつかない。それでも、東風谷はそんな現実に真っ向から立ち向かっていたのか。

 今は八坂様の膝の上で寝息を立てている風祝の少女に視線を向ける。

 

「……幸せそうな寝顔ですね」

「あぁ。こっちに来てからよく見せてくれるようになったよ。よっぽど、私達と普通に暮らせるのが嬉しいのかねぇ」

「神奈子は親馬鹿だからそういうこと言うんだよ。どうせ楽しい夢でも見ているんでしょ? 美化すんのはやめなさいって」

「なんだい諏訪子。アンタだって似たようなこと言っていたじゃないか」

「私はいいの。この子は私の子供みたいなものだから」

「あぁ、洩矢の子孫なんですか」

「相当遠いけどね。だからこその現人神なんだよ」

 

 嬉しそうに語る洩矢様の顔は、やっぱり八坂様のソレと似通っていて。どんな形ではあれど『家族』なんだなぁとか思ってみたり。

 

「……家族、か」

 

 頭によぎる、『外』に残してきた家族達。勝手に飛び出してきたが、あんな人達でも俺のことを心配したりするのだろうか。いてもいなくても、どっちでもよさそうな態度しかとらない父さん達は、本当に俺のことを愛してくれていたのだろうか。

 

「威……」

 

 隣で黙って八坂様達の話を聞いていた霊夢が心配そうに俺の名を呼ぶ。また声に出ていたのか、それとも表情に出ていたのかは分からない。でも、霊夢に心配をかけるのはできるだけ避けたかった。

 なんとか笑顔を作り、できるだけいつもの調子で反応を返す。

 

「なんだ霊夢。お前が俺を心配するなんて珍しいな。もしかしてとうとう惚れたのか? いやー、嬉しい限りですなぁ!」

「……そんなわけないでしょ。相変わらず馬鹿ね」

 

 空元気で空気を戻そうと試みたが、霊夢も分かってくれたらしい。それ以上追及しようとはせず、普段通りに軽く罵ってくる。今だけは、この罵声がありがたかった。

 ふと外を見ると、太陽がてっぺんを通り過ぎていた。随分話し込んでいたらしい。

 霊夢と目配せして、頷く。

 

「東風谷には悪いですけど、そろそろお暇させてもらいますね」

「なんだ、どうせなら泊まっていけばいいのに」

「いえ、まだまだ挨拶回りに行かねばなりませんので。また近いうちに訪問させてもらいます」

「今度はお子さんも連れてきなよー!」

「了解です」

「いやいやいやいや! そんな予定ないから!」

 

 さらっと頷く俺に慌ててツッコム霊夢。俺達の掛け合いを見て二柱は心底楽しそうにゲラゲラ声を上げて笑っていた。

 守矢一家。

 幻想郷にて初めて知り合ったご友人方は、幻想郷一暖かな家族でありました。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「……ねぇ、威」

「あん?」

 

 守矢神社からの帰り道。とりあえず博麗神社に帰宅しようということで、俺は行きと同じく襟首を掴まれたまま、荷物扱いで霊夢に運ばれていた。飛べないのは仕方ないが、いい加減この待遇には遺憾の意を唱えたい。

 日も傾きおそらく午後三時頃。大地の蒸発熱と太陽光線による凄まじい暑さに滅入っていると、今まで一言も発さなかった霊夢がやけに静かなトーンで俺に話しかけてくる。口を開けば罵声しか言わない彼女にしては、珍しく沈んだ調子だ。

 おそらく、先ほどの俺の表情についてだろう。なにを言われたものか、と一人肩を竦ませる。

 

「…………えっと」

「なんだよ、霊夢らしくないな。言いたいことがあるならはっきり言えって」

「…………」

 

 う。ちょ、調子狂うなぁ。霊夢は元気でツンデレじゃないとこっちまで変な気分になる。自分のキャラを早く思いだせ、腋巫女よ!

 何をそんなに沈んでいるのか中々口を開かない霊夢だったが、数分待つとようやく、絞り出すようにしてこう言った。

 

「……アンタは、私の所にいてもいいんだからね」

「はぁ?」

「いや、その……さっき『家族』の単語が出た時に複雑な表情していたから……紫からもアンタが幻想郷に来た理由とか聞いちゃったし、なんかさ……」

「……ようするに、俺が落ち込んでいると思って慰めてみたと」

「そ、そうよ! 悪かったわね、どーせ私には人を気遣うなんて似合いませんよーだ!」

 

 不慣れなことを言って恥ずかしかったのか、霊夢は林檎のように真っ赤な顔で口を尖らせる。別に似合わないなんて言ってねぇけど、本人に自覚があるなら無理に揚げ足を取る必要もあるまい。こういうのはサラッと流しておくに限る。余計な手出しは、不必要だ。

 ……『私の所にいてもいい』、ねぇ。

 

「……ははっ」

「な、なによ。そんなに私が滑稽だった?」

「いや、そうじゃなくてさ。……くはっ。やべ、笑いがとまんねぇわ」

「むぅ……ムカつくわねアンタ……」

 

 ぷくーと頬を膨らませる霊夢。子供のようなその仕草に、さらに笑いが込み上げてくる。あー、ったく。本当に笑いが止まらない。

 

 こうでもしてないと、今にも泣いてしまいそうなんだから。

 

 ……生まれて初めて、そんなことを言われたかもしれない。俺の存在を肯定してくれて、なおかつ受け入れ喜んでくれる人なんて家族でさえもいなかった。いてもいなくてもどうでもいい。そんな『中途半端な存在』の俺を、コイツは不器用にではあるが『家族』として受け入れようとしてくれた。……正直言って、年甲斐もなく嬉し泣きしそうだ。笑ってでもしていないと、みっともない姿を見せてしまうことになる。

 

「あははははっ! いやー、ホント面白いなー!」

「そこまで笑わなくてもいいでしょー! 失礼ねこの変態マゾヒスト!」

「すまんすまん。怒らせるつもりはまったく……くふぅっ!」

「我慢する気ないじゃないの! あぁもうムカツク! 慣れないことするんじゃなかったわ!」

「あはははははは!」

「笑うな!」

 

 誤魔化すために、必死に笑う。出来る限り心配させないために、俺は笑い続ける。心の中で何度も頭を下げ、言い尽くせない感謝を表しつつも、俺は目の前の不器用で、それでいて誰よりも優しい巫女と共にいられることを神に感謝した。

 思えば、幻想郷で最初にコイツに出会えたことも運命だったのかもしれない。妖怪だったら、一瞬でお陀仏だったろう。そう考えると、改めて神様に頭が下がる。ありがとうございます。

 今日は晩飯抜きかな。そろそろ怒りの臨界点をぶっちぎりそうな霊夢を横目に見つつ、俺はもう一度だけ心の中で呟いた。

 

「……ありがとう」

「……うるさいわよ、馬鹿」

 

 ありゃ、声に出てましたか。

 照れの混じった顔で顔を背ける霊夢の表情は、どこか嬉しそうに微笑んでいるようにも見えた。

 

 

 




 誤字脱字・感想・コメントなどがございましたら是非。評価なども心よりお待ちしています。


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マイペースに人里へ

 更新遅れました。次はもっと早く更新したいと思います。 
 それでは早速。マイペースにお楽しみください。


 守矢神社での友人作りも一段落した次の日。

 ロボットオタクの東風谷に電話を掛けられる(番号いつ見た)などのハプニングはあったものの、前日に比べれば幾分か平和な起床に成功した俺は現在人里で霊夢とお買い物に勤しんでいる最中である。

 

「いらっしゃいませぇー!」

 

 気前のよさそうなおじさんの声がなんとも心地いい。しかし別にこの八百屋の店主が人一倍元気というワケではなく、人里全体が明るい雰囲気に包まれているのだ。江戸時代特有の空気と言うか。社会の喧騒に取り込まれてはいない、綺麗で素直な人達の笑顔がたくさんあって俺としては嬉しい限りである。

 あぁ、それと、霊夢と二人っきりで買い物とかしているのは夫婦みたいで誇らしい。

 

「ばっ……! 誰が夫婦だ! 調子に乗らないでよ居候の分際で!」

「なんだ、照れるなよ霊夢。ほら、手ぇ繋ごうぜ」

「話を聞きなさいこの変態!」

「あらあら、お二人さんアツイわねぇ。新婚さん?」

「あ、はい。そうなんですよぉ」

「平然と嘘つかない! 違うからね!? コイツはただの同居人よ!」

 

 いや、それも結構近しい関係じゃないか? ついに通りかかったおばちゃんにまで公認されてしまった霊夢は相変わらず顔を真っ赤に染めて照れ隠しをしまくっている。どこぞのマンガで『赤面する女性が最も可愛い』と言っていたが、幻想郷に来てから俺は全力でその意見に賛同する勢いである。えぇもうその通りですよ。ツンデ霊夢は俺の嫁です。

 

「……公共の場で何言ってんのよ、アンタは」

「ノロケだが、何か?」

「清々しく言い放つな。アンタねぇ、こんなときくらいマトモな発言……」

「霊夢、愛してるぜ」

「ぶふぅっ」

 

 突如として顔を背け吹き出す霊夢。だが俺は見逃さない。霊夢が赤面していたのを、未来の夫である俺は決して見逃すことはないのだよ。満更でもないとはこのことを言うのだろう。

 霊夢がゲホゲホと咳込んでいる。落ち着かせるために背中を擦ってやりつつ、声をかけた。

 

「嬉しいなら正直に言えばいいじゃん」

「威……殺す、わよ……?」

「涙目上目遣いは逆効果だぜ、霊夢さんや」

「こんな状態にしたのは誰だ!」

 

 俺ですね、はい。反省してます。

 そういえば、なんでいきなり買い物なんかに来たのだろうか。理由を聞いていないことを思い出したので聞いてみる。……再び照れを隠すように顔を背ける霊夢。か細い声でボソボソと呟く。

 

「それは……アレよ、ほら……」

「愛妻料理か?」

「違う! そうじゃなくて……か、歓迎の宴を……」

「歓迎? ……もしかして、俺の?」

「…………(コクン)」

 

 人差し指同士を突き合わせながらモジモジとする霊夢の可愛らしさは計り知れない。ツンデ霊夢の次はテ霊夢か。赤面女子のポテンシャルの高さに脱帽だな。

 赤ベコもドン引きするほど真っ赤な霊夢は恥ずかしそうに言葉を紡ぐ。

 

「……威が幻想郷に来てからもう三日経つでしょ? 知り合いも増やさないといけないし、それならいっそのこと宴でも開いて紹介した方が早いかなぁって……。ほ、ほら。やっぱ仮にもアンタ博麗神社の住人なんだから、皆にも紹介しておかないといけないなぁ、なんて……」

「霊夢……お前……」

「か、勘違いしないでよ? これはあくまで博麗の巫女としての仕事なの。べ、別にアンタのために宴を開くんじゃないんだからね? あくまで、私の仕事の一環として! ふ、深い意味なんてないんだから!」

「……あぁ、分かってるって。ありがとう、霊夢」

「……ふん」

 

 正統派ツンデレ巫女は今日も顕在らしい。もはや頭から湯気が立ち昇っているようにも見える。ふじやまヴぉるけいのぅ。

 しかし……予想外にも嬉しい事態だ。感動しすぎて涙が出そう。昨日に続いて、ラッキーデイだな。霊夢が俺の為に何かしてくれる――まぁ本人は否定しているが――っていうだけで、俺は飛び上がりそうな程嬉しいんだ。いや、本当にありがとう。

 普段の軽い調子は置いておいて、素直に頭を下げる。『感謝を述べるときは真面目に素直に丁寧に』が俺のモットーなのだ。時と場合くらい、考える。

 

「ぅ……そ、そんなに喜んでくれるなら私も嬉しいけど……」

「なんだ霊夢、突然デレたな。トゥルーエンド突入か?」

「違うわよ! 勝手に話進めんな!」

「大丈夫。支度金は申し分ないから、これからの生活にも心配はいらないぜ? 安心して嫁稼業に勤しんでくれ」

「なんかもうツッコム余力もないわ……」

 

 肩を落とし八百屋を出ていく霊夢。あらら、少々からかいすぎたようだ。落ち込みがフルスロットルになってしまっている。

 八百屋のおじさんから買い物袋を受け取ると、霊夢の隣へ。……おい、なんだよその疲れ切った顔は。

 

「薄々分かってはいたけれど、威って時々物凄く面倒くさいわよね……」

「そうか? これでもセーブしているんだけどな」

「全力だとどうなるのよアンタは」

「霊夢が惚れる。三秒で」

「金輪際本気を出すな」

 

 なんだよ、素直じゃないなぁ。俺に惚れるのを何故そんなに嫌がるのか分からない。……まぁ、いじける霊夢も可愛いが。

 若干不貞腐れている家主に暖かな目を向けつつ歩く。次なる目的地である酒屋に向かおうとした俺達だったが、

 

「おぉ、誰かと思えば博麗の巫女じゃないか。人里に下りてくるとは珍しいな」

「久しぶりね、慧音」

 

 慧音と呼ばれたその女性。水色に白の混ざった長髪と小さな被り物が特徴的なその美人さんは、霊夢を見つけるや否やニコニコと屈託のない笑みで俺達の方へと歩み寄ってくる。

 どことなく大人びた雰囲気が、今まで俺の周囲にいなかった人材だ。つーか俺の知り合いってツンデレとロボオタ、神様に管理者と両極端な奴らばかりだから、こういう普通の人っていうのは珍しい。要所要所で見せる所作も綺麗で整っている。幻想郷にもこんなマトモな人がいたんだな。

 

「今日はどうしたんだ? いつもの買い物時期にはまだ早いと思うが」

「あぁ、いや、明日くらいに歓迎会を開こうと思ってね。コイツなんだけど、初顔合わせでしょ?」

「ん……?」

 

 霊夢に示された俺をマジマジと見つめてくる慧音さん。うぉ、美人な女性に見つめられると心拍数が無意識のうちに上がってきちまう。霊夢の前だってのに……平常心平常心。

 

「ふふっ、美人か。お世辞でも嬉しいものだな」

「あ、あれ? また声に出てたか?」

「もう治らないわね、ソレ。異常の極みよ」

 

 留まるところを知らないこの癖にそろそろ歯止めをかけたい雪走威、十七歳です。俺の無意識下で漏れた本音を聞いて照れ笑いする慧音さんは非常に綺麗だった。霊夢は可愛いが、慧音さんはアダルティな魅力だな。紫さんとはまた違った美しさがあって素晴らしい。幻想郷は美女の宝庫である。

 それにしても、こんなところで霊夢の知り合いに会えるとは僥倖だ。せっかくなので自己紹介をしておく。

 

「どうも。博麗神社に居候しています、雪走威です」

「これは丁寧にすまないな。私は上白沢慧音(かみしらさわけいね)、この里で教師をしているものだ。こんな格好だが、一応半妖だよ」

「半妖?」

「妖怪と人間のハーフの事よ。ちなみに慧音はハクタクの半妖ね。歴史を食べる伝説上の妖怪。名前くらいは知ってるでしょ?」

「知りません」

「ははっ、まぁ仕方ないさ。あまりメジャーな妖怪ではないからな。そういうのがいるということだけ覚えておいてくれ」

 

 慧音さんは苦笑交じりにそう言うと、置いていた荷物を持ち上げる。どうやら彼女も買い物の途中だったらしく、これから再開するようだ。

 申し訳なさそうに頭を下げる慧音さんは俺の方を向くと、

 

「明日の宴会、私も参加させてもらうとするよ。折角知り合ったのだから歓迎会くらいはしておかないとな」

「わざわざすみません。お手数かけます」

「なに、気にするな。それより明日は楽しませてもらうよ。雪走君」

「はい♪」

 

 ニコリと大人の笑みを残し、その場を立ち去る慧音さん。教師ということもあって、随分と丁寧な人だったな。ウチの霊夢にも見習ってほしいものだ。

 

「うっさい威。いいのよ、私は私なりに魅力があるんだから」

「知ってるよ。世界で一番魅力的なことくらい」

「……アンタよくもまぁそんな恥ずかしいことを素面で言えるわね」

「本気だからな」

「……もう、馬鹿……」

 

 この会話も何度目か分からないが、徐々に距離が縮まっているように感じて俺としては嬉しさ満点である。いつかこの距離がゼロになることを心から祈っておこう。

 新たにできた友人。大人な彼女を思い返しつつも、俺達は宴に向けて買い物を続行した。

 

 




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マイペースに宴会開始

 最近内容が短いです。次回はその分長くなる予定ですが。
 それでは早速。マイペースにお楽しみください♪


 買い物も終え、なんとか滞りなく準備も整った次の日。

 ありったけの敷物と酒を用意した俺と霊夢は、境内から騒がしい庭の方を二人で眺めていた。昨日の今日で、参加者は既に数えることもままならないほど膨れ上がっている。果たして酒が足りるのか、そこが一番の心配どころだ。

 想像以上の参加者の多さに呆然とする俺。

 

「すげぇな……思いつき企画でもこんなに集まるのか」

「幻想郷の住人は宴会が生き甲斐だからね。どんなに小さな宴だろうが聞きつけてはこぞって参加するの。私達にとって、宴は遊びみたいなものなのよ」

「遊びねぇ……」

 

 目の前に広がる光景に視線を向ける。

 飲み比べをしている鬼幼女と兎女。日傘をさして偉そうに高笑いしているちびっこと、それを暖かく見つめる美人さん。遥か空中で気弾らしきものを打ち合っている妖精達。

 ……確かに、これは遊びだわ。みんな楽しそうにはしゃぎ回っている。それぞれ種族も違うだろうに、宴会の場ではそんな些細なことは関係なくなるらしい。河童と東風谷が一緒に呑んでいるのを見つけて、思わず笑みが零れる。というか、お前もいたんだな、東風谷。

 

「……さて、と」

「ぅ?」

 

 俺と一緒に宴会の様子を眺めていた霊夢は、一つ息をつくと俺の手を突然握った。暖かな体温と女性らしさ溢れる柔らかさが直接伝わってきて、無意識に動悸が速くなる。うわわ、いきなり霊夢エンド突入?

 またもや俺の呟きが漏れていたようで、霊夢は呆れたように視線を向けると握った手にさらに力を込めた。

 

「んなわけないでしょ。違うわよ。アンタは今回の主役なんだから、こんなところで孤立させるわけにはいかないの。早くみんなに紹介しなくちゃ。そのための歓迎会なんだから。じゃんじゃん酒飲んでどんどん知り合いなさい」

「……ちなみに俺、未成年なんだが?」

「私は十五よ」

 

 いや、そういう意味じゃないんだけど。偉そうに胸を張る霊夢にジト目を送ってはみるが、結果は無駄だったようである。どうやらこの世界では未成年の飲酒についてとやかく言う法律はないらしい。酒がすべて。そういう世界のようだ。

 俺が初めて飲酒をしたのはいつだったか。確か、麦茶と間違えて泡の抜けたビールを飲んだのが初めてだった気がする。異常に苦い味に、ダッシュでトイレに駆け込んだっけ。懐かしいなぁ。

 

「ほら、行くわよ」

「あぅ」

 

 霊夢に引き連れられ、一つの集団へと赴く俺。

 そこは幾多ある集まりの中でも一際多くの人が集まっていた。どことなく慣れた雰囲気があるのは、博麗神社で開かれる宴会の常連さんだからだろうか。まるで我が家のようにくつろぐその姿に、ここが神を祀る聖なる場所だということを一瞬忘れさせられそうになる。なんとも楽しそうだ。

 もはや声も聞こえなくなるほどの喧騒を誇っていたその集まりは、俺と霊夢が現れたことで一時静寂を取り戻した。数多の目が俺を捉え、好奇の視線が浴びせかけられる。これにはさすがに俺もビビった。なんたって人外生物の集まりである。普通の人間に注目される以上の緊張が俺の全身を襲った。

 全員が俺に注目する中、霊夢は高らかに叫ぶ。

 

「みんな、今日は歓迎会に参加してくれてありがとう! 思い付きだったから参加人数が心配だったけど、そんなものは杞憂だったわね」

『当たり前だー!』

『酒あるところに私有り!』

『キュウリ大好きー! イッヒッヒー!』

「うん。とりあえずにとりは黙りなさい」

 

 霊夢の一睨みで立ち上がって騒いでいたショートツインの少女がしおらしく座り込む。にとりと言うのか。覚えておこう。

 

「今回はとあるヤツをみんなに紹介しようと思ってこの会を開いたの。もう知っている人もちらほらいるでしょうけど、ソイツは最近幻想入りしたのね。博麗神社に入ってきて、普通に縁側で休んでいたところに、私と出会ったの」

『……彼が運命の人だったのよ』

『お幸せにー!』

「今さらっと茶化した妖怪スキマババァと便乗した風祝は後で私の所に来い。直々に退治してやる」

『すみませんでした』

 

 お札をこれみよがしに見せつけられた二人は一瞬で頭を地面へと擦り付けていた。さすがは博麗の巫女。恐ろしさだけは筋金入りだな。

 少し騒がしくなってきた空気を諫めると、霊夢は少し口元を綻ばせる。

 

「自分勝手でマイペースで、煩悩持ちで変態で。隙あらば愛の言葉を囁いてくるような馬鹿なんだけど、今は私と一緒にこの神社で暮らしている彼。……ほら、威」

「お、おぉ」

 

 霊夢が俺の背中を押す。顔を見せろ、ということだろうか。促されるままに前に出る。……緊張が増してきた。

 

(……何緊張してんのよ、らしくもない)

(うるせー。こう見えても赤面症なんだよ)

(嘘おっしゃい)

 

 ボソボソと周囲に聞こえない程度の声でやりとりする俺達。気を遣ってくれているのだろう。俺の緊張を解してくれているのか。

 霊夢との会話で少しは楽になったが、まだ辛い。いつか頭の中が真っ白になるのではないかと危惧していると……、

 

 手持ち無沙汰だった俺の右手を、霊夢が温かく包み込んだ。

 

 本日二度目の接触。しかし今度は先ほどと違って優しく握りしめるような形。突然の衝撃に俺が呆気にとられているのを見て、霊夢は思わず見惚れるような笑顔と共に呟いた。

 

(……私が付いているわ)

(れ、霊夢……?)

(緊張するのは仕方ないわよ。今まで人間としか交友関係がなかったのに、いきなり妖怪達の目の前にいるんだから。気持ちは分かる)

(…………)

(……でも、安心して? 私が隣にいるから。アンタがどんなに心細かろうと、私が絶対傍にいるから。だから威は普段通りに馬鹿やって、マイペースに行動しなさい)

(……すまん。ありがと、霊夢)

(どういたしまして)

 

 あまりにも恥ずかしすぎて、霊夢の顔をまともに見ることができない。嬉しすぎて、あまり多く言葉を放つことができない。このツンデレ巫女、大事なところで俺の心を鷲掴んでくる傾向にあるらしい。ただでさえ惚れているのに、こういうことをされるからさらに好きになる。時折見せる優しさに、どうしようもなく安心感を覚える。

 

(……よし)

 

 気が付くと、あれほどまでに身体を縛っていた緊張感は驚くほど無くなっていた。今は嘘のように身体が軽い。これなら、安心して喋ることができる。

 改めて、観衆を見つめる。

 ちらほらと見覚えのある顔が。東風谷に神様二人。紫さんに、慧音さんまでいる。本当に来てくれたのか。後でお礼を言わなくちゃな。

 俺が平常心を取り戻したのを見計らって、霊夢が再び紹介に入る。

 

「それじゃあ紹介するわね。博麗神社の新たな住人。役職は雑用兼暇つぶし係。幻想郷初心者、雪走威よ!」

『『『ワァアアアアアアアアア!!』』』

「……ずいぶんな紹介だな。そんなに酷い扱いか? 俺。どうも、雪走です。可愛い娘と綺麗な女性はお友達になりましょう! モットーは『何事もマイペース』ですんで、そこんとこよろしくぅ!」

 

 俺の自己紹介に観衆が再び歓声をあげる。『外』でもほとんど浴びたことのないような拍手喝采が、新緑の桜と共に博麗神社に響き渡る。

 まさかここまで受け入れられるとは思わなかった。少しは拒絶されると思っただけに、喜びは深い。予想以上に感動的な光景に、思わず目尻が熱くなってくる。

 そんな俺の恥ずかしい姿を目ざとく見つけた霊夢が、悪戯っ子の笑みで俺の顔を覗き込んでくる。

 

「うわ、泣いちゃってまぁ。恥ずかしいわねぇ~」

「はん。言ってろ。いずれお前も性的に泣く日が来るから」

「強姦容疑でしょっ引くわよ」

 

 おぉ怖い怖い。妖怪退治屋博麗巫女は警察的役割も担っているらしい。これは要注意だな。自粛するか? ……しないけど。

 兎にも角にも、こうして俺は無事に妖怪の皆さんへの自己紹介を終えることに成功したのであった。……今度霊夢にお礼をしよう。今回のお礼は、ずいぶんと高額なものになりそうだ。 

 隣で笑う想い人に微笑みつつも、俺は心の中でそっと感謝の言葉を呟いていた。

 

 

 

 




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マイペースに大騒ぎ

 更新遅れました。学校が始まるので亀更新になるかもです。申し訳ありません。
 とりあえず早速。マイペースにお楽しみください。


「おぅい、こっちだ雪走君」

 

 一升瓶を片手に携えた慧音さんが手を振って俺を呼んでいる。堅苦しい第一印象の彼女だが、こういう場では意外とそれなりにはっちゃけるらしい。足元に転がる瓶の数は既に六を超えている。飲み過ぎでしょ。

 

「行きましょうか。私も早く飲みたいし」

「十五歳の台詞とは思えないな。ほどほどにしておけよ?」

「大丈夫。酒には強いのよ、私」

 

 そう言う奴ほど酒癖が悪いというのは今までの経験則で重々承知している。コイツも荒れるんだろうな、と嬉しそうに魔法使いらしき少女の隣へ座る霊夢に呆れの視線を送る俺だった。

 座敷はほとんど座る余裕がない。霊夢の分で最後だったようだ。地べたにでも座ろう。そう思い慧音さんの近くに腰を下ろす。

 

「悪いな、雪走君。気を遣わせてしまって」

「いえ、俺は主催者ですから。それに言ったじゃないですか。今日は楽しんでもらうって」

「……そうだな。それじゃあ心置きなく」

 

 酔いが回り、ほんのりと桜色に染まった顔で上品に微笑む慧音さんはなんかエロティックだ。うおぉ、これが大人の色香ってやつか。酔った女性は恐ろしいな。

 トクトクと俺の分の酒を律儀にも注いでくれる慧音さん。

 

「……ほら、キミの分だ」

「え、えーっとぉ……俺、酒飲んだことないんですよねぇ……」

 

 お猪口を差し出され戸惑う俺。現代社会では未成年の飲酒は法律で禁じられている。だから俺も当然飲んだことはない。正月のお屠蘇とかなら別だが……。あ、後、前述の事故もな。

 そんなわけで、酒に対してやや抵抗感のある俺なのである。いい思い出は無いし、ちょっとなぁ。

 俺が逡巡していると、少し離れたところで酒盛りの真っ最中だった東風谷がへべれけな様子で俺の方へと近づいてくる。

 

「雪走くぅ~ん、早く飲みまひょうよぉ~」

「うわっ、酒臭ぇ! 何杯飲んだ東風谷」

「えぇ~? 三瓶くらいでふかねぇ? でもでも、まだまだ全然飲み足りませんよぉ」

 

 「にゃはは」と照れとは違った赤面で笑う東風谷。そういえばコイツも俺と同じ境遇だった気がするが、幻想郷に来てしまえばそんなことは関係ないらしい。成人もビックリな飲みっぷりを見せている。……神奈子様と呑み比べ始めやがった。

 酒に呑まれていた東風谷に比べ、幾分か正気な慧音さんはニコニコ笑顔――それでも酔ってはいるが――を向けてくる。

 

「なぁに、最初は誰だって怖いものさ。そこの守矢の巫女だって飲み始めのときは躊躇していたんだよ」

「十代も中盤ですからね。そりゃ躊躇するでしょう」

「あぁ、飲ませるのに苦労したよ。……でも、宴会の場では素面でいることの方が失礼に値するんだぞ? 酒を飲んでこその宴。酔っぱらってこそ、親睦を深めることができるのだよ!」

「……慧音さん、酔ってますね?」

「あー、分かるか」

 

 えぇそりゃあもう。貴方普段はそんな騒ぐキャラじゃないでしょうし。

 しっかし、このまま飲まないのも失礼なんだよなぁ……あまり気は乗らないが、ここまで言われている以上飲むしかあるまい。慧音さんからお猪口を受けとり、意を決して口に含む。

 途端に襲い来る独特の苦み。

 

「~~~っ!」

「お、なかなかいい呑みっぷりじゃないか。どうだ? 初めての酒は」

「……んくっ。えと、なんというか……最初はアレなんですけど、だんだんと心地よくなってくると言いますか……。はい、気持ちいいです」

「そうかそうか! よし、じゃんじゃん飲もう!」

 

 俺の参入により勢いづいた慧音さんは満面の笑みで酌をする。ふむ、酒も飲んでみれば美味しいものだ。今まで敬遠していた(禁止されていた)のが少し残念で仕方がない。

 乾杯。お猪口同士をかち合わせながらも、霊夢が気になりだしてきた。ここ最近ずっと一緒にいたから、少し寂しくなったのかもしれない。確か、魔法使いのところだったよな。俺よりは遥かに慣れているだろうから、心配はいらないとは思うが。

 酒の魔力に舌鼓を打ちつつ、視線を向ける。

 

「まりしゃー! キスしまひょー!」

「のわぁっ! オイコラ、霊夢にワイン飲ませた奴誰だ! コイツには飲ませちゃいけねぇってあれほど……」

「むちゅー」

「ちぃっ! 酔うと面倒だぜ霊夢! だから大人しく日本酒だけ飲んでろって言ったのに!」

「まりしゃぁ……キスぅ……」

「あぁくそしつこい! ……あ、雪走! お前の嫁が絡んでくるんだ。助けて――」

「……(ふいっ)」

 

 さて、東風谷の所へ行くとするかな。

 

「待てやコラ雪走ぃいいいいいいいいいいいいいいい! てめぇ気付いてんだろうが! さっさと助けろよ!」

「……了解です」

 

 割とガチで応援を要請されたので、仕方なくも救助に向かう。酔っ払いには絡むなというのが世界の真理だから、できるだけ接触したくはないのだが。魔法使いさんにはもう少し粘ってもらいたかったところだ。酔った人間の相手なんて、たとえ霊夢であっても避けたいところではある。

 仕方がない。溜息交じりに魔法使いさんの元へ。

 

「お呼びですか、白黒さん」

「霧雨魔理沙だ。そんなパンダみたいな名前じゃないぜ?」

「喋り方がワイルドですね。デニムシャツとか着たりします?」

「で、でに……なんだって?」

「いえ、なんでもありません」

 

 ボケが通じないと寂しくなる。幻想郷に来てこの手の悪乗りは東風谷にしか通用しなくなったから、そういった点では空しい限りだ。スベることもできやしない。

 鍔広帽がチャーミングな霧雨さんは、キスをせがむ霊夢を必死に抑えながら悲鳴を上げている。

 

「それよりだ雪走。まずはこの酔っ払い霊夢をどけるところから手伝ってくれ」

「まりしゃあ、むちゅー」

「……楽しそうですね。レズですか」

「援助要請が聞こえなかったのかお前は。マスタースパークぶっ放すぜ?」

「冗談です」

 

 正体不明のガラクタを向けられる。何物なのか全く見当もつかんが、霧雨さんが放つ怒りオーラがものすんごいことになっているため大人しく引き下がる。無駄に食い下がって怪我をすることもあるまい。

 未だデレデレな霊夢を羽交い絞めにする霧雨さん。

 

「ほら霊夢。お前の旦那さんが迎えに来たぞ?」

「んにゅー?」

「…………」

「コラ変態。上向いてなに首筋トントンしてんだよ」

「ダメです、霧雨さん。破壊力がダンチです。胸きゅんポイントマックスですよ。日本人的に言うなら萌え~です」

「お前も大概馬鹿だな。見事に幻想郷の住人らしくなってるぞ」

「ということは霧雨さんも馬鹿なんですか」

「私は普通だ。普通の魔法使い」

 

 普通の常識人は自分の事を普通と言ったりはしないと思う。それに、こんなコスプレをしている人が普通であるものか。魔法使いコスなんて時代遅れにもほどがある。……妖怪の住処で言うのもなんだが。

 それと、先ほどから霊夢が潤んだ瞳で俺の方を見てきているという事実をどう対処すべきだろうか。最優先策としては『寝室に運んで押し倒す』だ。今なら既成事実を作成できるかもしれない。いや、しねぇけど。さすがに俺もそこまで鬼畜ではない。

 ぽやーとしている霊夢はどうやら標的を霧雨さんから俺に移したようで、ずるずるとミミズのように這いつくばって俺の方へと近づいてくる。……可愛い。

 

「いやいや、アレはホラーだろ」

「何を言いますか霧雨さん。這うごとに崩れていく巫女服がエロいでしょう? あれはポイント高いですよ」

「さっきからポイント制だなお前。なんかこだわりでもあるのか」

「はだける巫女服。赤らんだ頬。緩んだ口元……素晴らしい(パシャパシャ)」

「写メるな」

 

 おそらく東風谷あたりから教わったのであろう外来語で俺を諫める霧雨さん。しかし俺は手を休めない。こんなエロい格好と表情の霊夢は中々お目にかかれないだろうから、この機を逃すわけにはいかないのだ。今後のためにも、是非とも入手しておきたい。

 ある程度の写真を撮り終え、携帯電話を直す。さて、そろそろ霧雨さんを救出するとしよう。すっかりふやけてしまっている霊夢の前にしゃがみ込み、介抱を開始する。

 

「おい、霊夢大丈夫か?」

「ふにゅ~ん? ……あ、ひゃけるだぁ……!」

 

 やばい。早くも鼻栓が決壊しそうだ。

 迫りくる『たれいむ』の破壊力をなんとか凌ぎつつも、作業を続行。右腕を支え、上体を起こす。

 

「ほら、酔っぱらってんなら寝室で休んで来いよ。後片付けとか接客は俺がやっておくから」

「いやぁ……たけるぅ……」

「文句言わない。このままじゃ霧雨さんにも迷惑かけるだろ? 今は酔いを覚ますのが先決だ」

「んぁ……やー、きすぅ……」

「キスじゃない。素面ならいくらでもしてやるが、今はダメだ。お互いの合意の上で成立するんだぞ? そういうことは」

「いや、そういう問題じゃないだろ……」

 

 霧雨さんは呆れたようにそう漏らす。常識的に見ればその通りだろう。キスの正当性とか、こんな時に議論するものではない。俺だって冗談だ。こういった話は二人っきりのときにするべきだろう。

 

「二人だけでもするなよ。まだガキの癖に」

「霧雨さんよりは年上ですけどね」

「私はいいんだ。精神年齢が大人だから!」

「さいですか」

 

 誇らしげにない胸を張る霧雨さんは普通に小学生みたいだった。年齢的には中学生だけど。

 

「ひゃけるぅ……きすひてぇ……」

「……それより、なんですかこの霊夢のエロ状態は。超神水でも飲ませたんですか?」

「なんだよそれ。いやさ、霊夢は日本酒とか焼酎ならいくらでも飲めるんだよ。それこそ萃香(すいか)に匹敵するほどに」

「はぁ……って、萃香?」

「ん? あぁ、雪走は知らないのか。ほら、あそこにいるだろ? 角の生えたガキが」

 

 前方の木の下で飲み比べをしている集団を差す霧雨さん。確かさっき兎女と鬼幼女が勝負していたが、その決着はまだついていないらしい。お互いに顔を真っ赤にしながらグビグビと徳利を傾けている。……いやいや、もう三十分は立つぞ。

 霧雨さんの言った特徴からして、どうやらあの鬼が萃香というようだ。あちこちに分銅を付けているのはなんなのか。『恐ろしい』という鬼の第一印象が儚く崩れ去っていく音を俺は確かに聞いた。

 

「まぁ萃香の話はさておき、霊夢はそれなりに酒豪なんだよ。普通ならここまでへべれけにはならない」

「ならないって、これもうヤバいくらい酔ってるじゃないですか。ベロンベロンですよ」

「……霊夢は、ワインだけはダメなんだよ」

「ワイン?」

 

 ワインってあれか。葡萄酒の類か。欧米で人気のジュースモドキか。

 だが、ワインが駄目ってなんなのだろう。

 

「私もよくは分からないけど、どうもワインには弱いらしい。一口でも飲むと途端にこうなっちまうのさ」

 

 ゴロニャンと猫よろしく身体を伸ばす霊夢。酔うと魅力五割増しである(当社比)。

 しかし、またずいぶんと特殊な体質だ。ワインだけに弱いとは。まぁ江戸時代を模したこの幻想郷でワインが出ることなんてほとんどないだろうから、慣れていないのかもしれない。おそらく発信源は日傘の下で優雅にグラスを傾けているあの幼女だろう。翼でかいな。

 

「……むー」

 

 西洋染みた幼女の方を眺めていると、すっかり前が開いてしまっている霊夢が不貞腐れたように俺を睨んできていた。両頬を膨らませているのがなんともいえない。幼児退行霊夢万歳。

 なにか機嫌を損なうようなことをしただろうか。心当たりは微塵もないが、とりあえず会話を開始。

 

「どうしましたか霊夢さん」

「ひゃけるさっきからレミリアの方ばっかり見てるぅ……」

「レミリア? ……あぁ、あの幼女か。いや、偶然に目についてさ。西洋人なんて珍しいし、なんかでっかい翼も生えてるし」

「レミリアばっかりずるいー! わたひもひゃけるとキスするぅー!」

「いやいや、してないから。レミリアとやらを勝手に巻き込まないように」

 

 先ほどから件のレミリアさんが人も殺せそうなほどの眼力で睨んできておりますので。隣のメイドさんもナイフ構えないでください。正直死ねます。

 だんだんと命の危機が迫り来ているのでそろそろ霊夢をお暇させるとしよう。

 

「じゃあもう行こう、霊夢。ほら立って」

「……いや。まだ威と飲む」

「我儘言わない。また今度日本酒付き合ってやるから」

「いやー! どーせまりしゃといかがわしいことするんでしょー!? このスケベ!」

『ぶふぅっ!?』

『…………(ニヤニヤ)』

 

 もはや回収不可能な地雷を躊躇なくばら撒く幼児霊夢さん。思い思いに騒いでいた他の妖怪達が今の叫びを聞きつけて集まり始めている。耳ざとい奴らだ。面白そうなことにはとことん首を突っ込む気質らしい。

 さてさて、とにかくこの状況を突破したいのではあるが、まず対処すべきは誤解を解くことではなく、

 

「このバカ霊夢! ななな、なんで私が! 香霖に聞かれたらどうするつもり――――」

「まりしゃ二股ぁー! 淫乱だぁー!」

「殴るぞてめぇ!」

 

 絶賛カオス真っ最中の十五歳二人だろう。

 とうとう先ほどのガラクタを取り出し始めている霧雨さんをなんとか抑え込み、慧音さんに引き渡す。今この場にいれば間違いなく怪我人が出る。おそらく、俺。

 

「……ドロドロの三角関係についてお話を伺いたいのですが」

「帰ってください」

 

 突然現れたカラスみたいな女性には一先ずお引き取りいただいて。

 なんやかんやと騒ぎ立てている妖怪には目もくれず霊夢の手を握る。

 

「ほらもう騒がないで。早く立てよ」

「むー! ……えいっ」

「は? のわっ」

 

 いじけのボルテージが百を突っ切っている霊夢は何を思ったのか、掴んだままの俺の手をグイと思い切り引っ張った。酔っぱらっても力はあるようで、十五歳とは思えないパワーで俺の身体を引き込んでいく。油断していたせいもあるのか、ロクに抵抗も出来ない俺はそのままつんのめっていき……

 

「んぐっ!?」

「ちゅー」

 

 なんとも盛大に、唇を重ねたのだった。

 

 

 

 




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マイペースに酔っ払い

 更新遅れました。まだまだ続く宴会編です。
 前置きもここまで、マイペースにお楽しみください。


 頭がボーっとする。思考が停止し、五感が消えて世界が消失する。確認できるのは俺と霊夢のぬくもりだけ。柔らかい感触が全身に当たっている。女性特有の柔肌が俺の理性をもぎ取りにかかる。

 あぁ、もう何も考えられない。いっそこのまま、快楽に身を投じてしまいたい。

 腹の上でもぞもぞと動く愛する人へと手を伸ばし、さらなる快感を得ようと服を弄ろうとして――――

 

「恋符・『マスタースパーク』!」

 

 吹っ飛んだ。

 鈍い痛みが全身を襲う。形容しがたい激しい熱線が俺を襲い、霊夢をピチュらせる。望んだ快感とは程遠い、確かな絶望と激痛が俺の心身を支配する。

 ……って、

 

「死ぬわ!」

「お、戻った」

「なんですかその故障したテレビが直ったときみたいな調子は!」

 

 おそらく、いや、間違いなく今の熱線を放出した張本人である霧雨さんに詰め寄る俺。服は所々破けていて、損傷も激しい。特に腹。砲丸落としてももう少し可愛げがあると思う。

 対する容疑者霧雨はまったく悪びれた様子も見せず、後頭部を掻きながら「わりぃわりぃ」と笑う。

 

「対処法が分からなかったんで、とりあえず被弾させておいたぜ!」

「なぜ断言。そしてなぜ被弾。もう少しマシな方法は無かったんですか」

「ねぇな。この場にいた半数以上が『リア充滅べ』と願っていたから」

「畜生この非リア共が。妬んでんじゃねぇよ独り身」

『殺すぞ。人間ごときが嘗めた口を聞くな』

「全力ですみませんでした」

 

 そういえば忘れていた。ここにいるのは俺なんて相手にならないほどの妖怪及び神様なのだ。失言によって放たれた殺気は現代社会の怨念や憤怒を遥かに凌駕していた。やべぇ、チビりそう。

 ときに東風谷さん。貴女今お札らしきものを取り出していませんでしたか?

 

「スペルカードです」

「いや、それは知ってるけど」

 

 霊夢に聞いたし。弾幕ごっこだろ? 楽しそうだけど、女の子の遊びってんだから自重自重――

 

「雪走君に撃とうかと思って」

「うん、少し待とうか東風谷。というか待ってください東風谷さん」

「……はい、待ちました。撃ちます」

「見た目に反して理不尽だよね、キミ」

 

 可愛さと残念さは比例するらしい。幻想郷の美少女は総じて馬鹿ばっかりだ。俺以上にマイペースな存在ばかりで大変である。下手すればもう七回は死んでいる。いやマジで。

 目をキラキラさせてスペルカードを向けてくる現人神に全力で謝罪しつつ、俺と一緒に吹っ飛んだ霊夢を捜索する。

 

「霧雨さん、霊夢知りませんか? 俺と一緒に撃たれたはずですけど」

「紫に頼んで寝室に運んでもらったよ。まさかあのまま放置しておくわけにもいかないだろ? ピチュったついでに、隔離した」

「お手数かけます」

「いつものことだぜ」

 

 彼女は普段どれだけ迷惑をかけているのか。あまりにも手慣れた霧雨さんの手腕に疑問を抱かずにはいられない。先ほどは子供とか言って申し訳ございませんでした。

 主催者の片割れがさよならしてしまった以上、後は俺が仕切るしかあるまい。再び心地よい喧騒を取り戻し始めた宴の場を見やりつつ、霧雨さんと東風谷(もうここに落ち着くことにしたらしい)の盃に酒を注いでいく。

 

「どうぞ」

「お、悪いな」

「いえいえ、主催者ですから」

「魔理沙さん×雪走君……うん。不倫な三角関係同人誌ならアリ――」

「吹っ飛べ」

「天誅」

「きゃうんっ!」

 

 なにやら不埒な妄想を絶賛膨らませ中だった風祝を二人してどつく。この女子高生は放っておくとロクなことはないらしい。こうなったら意地でも酔い潰して、八坂様達に連れて帰ってもらわねば。

 そうと決まれば即実行。盃を取り上げ、一升瓶を手渡す。

 ピシリと表情が固まる東風谷。

 

「……あの、コレは?」

「一升瓶だが、何か?」

「いや、それは百も承知ですけど……これでも私、それなりに酔っぱらっているんですが」

「四本も五本も変わらないだろ。ほら、一気」

「死にますよ!? 急性アルコール中毒ってご存知でしょう!?」

「……一気! 一気!」

「雪走くぅん!?」

 

 捨てられた子犬もそこまで瞳を潤ませないだろうとツッコむレベルまで到達し始めた東風谷だが、俺は無視して一気コールを続ける。奇跡を起こせるのだから急性アルコール中毒くらい消せるだろう。大丈夫。貴女は偉大な現人神だ!

 

「その前に人間ですよぉ!」

「お、早苗一気飲みか? やれやれー」

「早苗ふぁいとー」

「神奈子様と諏訪子様まで……」

 

 信頼する二柱に裏切られる巫女ほど悲しいものはない。

 俺達の騒ぎに気付いた周囲の妖怪達が、霊夢のときと同様に近寄り始めている。紫さんや慧音さんもいるあたり幻想郷人の愉快さを痛感しないでもないが、これがここの礼儀だそうなので文句は言わない。今は大人しく黙認しておくのが吉だろう。

 

「一気! 一気!」

『一気! 一気!』

「……うぅ」

 

 段々と数を増やしながらなおも続く一気コール。俺達にとっては囃し言葉以外の何物でもないが、現在パニック真っ最中の東風谷にしてみれば死刑宣告も同じだと思われる。実行したくはない。しかしここまで発展した以上やらないわけにもいかない。信仰第一な巫女としての適応力が問われる大一番である。

 しばらく涙目で呻き続けていた東風谷。しかし既に逃げ道を失ったことをようやく理解したのか、震える手で一升瓶を握りしめると右手を突き上げ、もはやヤケクソと言った表情で高らかに叫ぶのだった。

 

「も、守矢神社に信仰あれぇえええええええええ!」

 

 ぐい、と一気に一升瓶を煽る。その雄々しき姿は神とも見紛う(現人神だが)ほど。目の端に浮かぶ悲しさの結晶が見えなかったら、背後に神々しい光を帯びていたことだろう。

 あまりにも素晴らしい飲みっぷりに、俺達としては息を呑むしかない。煽ったのは俺だが、完全に男らしい東風谷に目を奪われ始めている。あれが『漢(おとこ)』と言う奴か。

 

「……ぷはっ」

 

 明らかに自らの体積を越えている酒量を飲み干す。顔の赤面率はカンストしており、今や元の色白東風谷は見る影もない。目は虚ろで、本当に生者なのかさえも疑わしくなる。東風谷の割とヤバい様子に、俺と一緒になって大騒ぎしていた妖怪の皆さんも段々と口を噤み始めている。

 ……いや、口を噤んだのではない。皆の目には太陽のごとき輝きが讃えられている。

 それはまさに信仰者。神を敬し、跪き、崇める存在。そう、東風谷の勇気に心を打たれた彼女達は――

 

『うわぁあああああああ!! 東風谷様万ざぁああああああああい!』

 

 モリシタンとなったのだ。

 どよめく中庭。巻き起こる歓声。突き上げる拳。今この瞬間だけは、博麗神社ではなく守矢神社。東風谷の勇気ある行動が、俺達の心を鷲掴みにした。

 

「すげぇ……! すげぇよ早苗!」

 

 こういったことには無頓着っぽい霧雨さんでさえも拳を握り込んでいる。これが守矢の奇跡か。神様の末裔は、現代においても信仰心を稼ぐ能力に富んでいるらしい。さすがは神。人間ごときには計れないポテンシャルの高さである。

 集団の鬨の声を浴び、満足そうに立っている東風谷。こう見えて何気に感動中の俺は彼女を称賛するために歩み寄る。

 

「すごいな東風谷……まさか本当にやるとは……」

「…………」

「? おい、なんで無視――――」

「……っぷ」

 

 全力で唇をかみしめる東風谷の顔が徐々に青く染まっていく。脚はみっともなくガクガクと痙攣し、前屈みになる彼女は今にも崩れ落ちそうだ。今はかろうじて、一升瓶を杖代わりに立っている。

 東風谷は左手で口元を抑えている。俺は『外』で似たような光景を目撃したことを思い出し、嫌な心当たりに冷や汗を垂らしつつも背中を擦りながら、

 

「東風谷。お前まさか……」

「……」

「……吐きそう、なのか?」

「…………(コクン)」

 

 守矢の風祝、飲み過ぎによって体調不良。嘔吐感丸出しである。さすがに五本は厳しかったか。トイレを我慢している子供のようだ。なんかエロい。

 だが、そんな背徳感に満ち溢れた彼女を放っておくわけにもいくまい。集団の中で唯一無事だった九尾のお姉さんに東風谷を預け、厠への付き添いをお願いする。

 

「すみません。コイツをお手洗いに」

「了解した。腹の中を全部出せばいいんだな?」

「お手柔らかにお願いしますよ」

 

 少々物騒な物言いだったのはおそらく気のせいだろう。そして恨みがましそうに睨んでいる風祝の姿も気のせいだ。俺には視認できない。

 

「う、恨みますよ雪走君……!」

 

 どこの貞子だと突っ込みたくなるほどの怨念を纏った巫女に俺としては苦笑するしかない。自業自得と言えばそこまでなのだ。俺にどうしろと。とりあえず頑張って吐き気に耐えてくれ。

 

「早苗のヤツも馬鹿だな。余計な茶々を入れるからあんな目に遭うんだぜ」

「おや、正気に戻りましたか霧雨さん」

「私は終始正気だよ」

 

 今の今までモリシタンやってた方がどの口で言ってらっしゃるんですかね。

 

「この口だよ。艶々な乙女の唇だ。触ってみるか? 興奮して狂っちまうこと請け合いだぜ」

「遠慮します。霊夢がいるんで」

「一途だな。男にしては珍しい」

「惚れた相手以外になびくのは失礼ってぇもんでしょう」

 

 ただでさえ不誠実なイメージが先行しているのだから、そういう不埒な行いは避けておかないと。マンガみたいなハーレム主人公のスペックなんて持ってはいないのだし。俺が抱き締められるのは一人だけだ。博麗霊夢だけ。それ以外は、遠慮願いたい。

 俺が考えを漏らすのを「ふんふん」と頷きながら聞いていた霧雨さんは、俺が黙るとニカッと笑った。

 

「霊夢が居候を許すだけのことはあるな。面白い男だぜ。香霖にも見習わせたいくらいだ」

「それほどでも。ただ、霊夢は渡しませんよ?」

「いらねぇよあんなガサツな腋巫女。私は自分の事で精一杯なんだ」

 

 チラ、と背後で飲んでいる眼鏡の男性を見やる霧雨さん。……なるほど。あれが件の香霖とやらか。ガタイがいいというワケではないが、どことなく優しそうな印象がする。頑固で気難しくも見えるが。

 霧雨さんは、おそらく彼に懸想しているのだろう。

 

「……強敵ですね」

「あぁ。一筋縄じゃいかない。何重にも罠を仕掛けて、ようやく土俵に立てる感じだ」

「厄介にも程があるでしょう、香霖さん。霧雨さんほどの美少女なら、二つ返事で頷くと思いますけどねぇ」

「ところがどっこい。そうはいかないから香霖なんだよ」

 

 自分が美少女と褒められたことに関してはノーコメントらしい。この人、想像以上に大物かもしれない。

 どこか愛おしそうに香霖さんを見つめる霧雨さんは、やっぱり年頃の女の子なのだろう。霊夢と違って自分に素直なところが好印象だ。直線的なら、いつか彼も振り向いてくれるだろう。

 

「結婚式には呼んでくださいね」

「まずはお前達だろう? で、予定はいつになるんだ」

「できるだけ早く返事を貰いたいとは思いますけど。告白自体悪ふざけになってますからね」

 

 俺のラヴが戯言のように扱われているので、いい加減真面目に告白しておかなければ。今は霊夢が酔いつぶれているので、調子が戻ってからだな。ツンデ霊夢が発生するのは目に見えているが。

 

「アイツは捻くれ者だから、苦労するぜ?」

「大丈夫です。そこも含めて好きですから」

「……正直に言うのな、雪走は」

「どうせ嘘もつけないですし」

 

 この癖を直さない限り俺が誰かを誤魔化すなんてことはできそうもないわけで。たとえ隠しても即座にバレてしまうのが関の山だろう。前科がありすぎる。

 さらっと言う俺に苦笑する霧雨さんは、酒を煽るとふとこう漏らした。

 

「まぁ霊夢と結婚したいってんなら、強くないと駄目だけどな」

「強く、ですか」

「あぁ。霊夢はあれでも幻想郷を統率する博麗の巫女だからな。その相手になるってんなら、相当の力量がないと危ないぜ。なにせ妖怪退治もしなくちゃいけねぇんだ。そんじょそこらのボンクラじゃ同じ舞台に立つことも出来やしない」

「やっぱ、力は要りますよね……」

 

 うぅむ。元々外来人である俺は護身用の格闘技以外にマトモな武力を持ち合わせてはいない。今のままでは土俵にすら上がれないということか。幻想郷の巫女はハードルが高いな。

 しかし、強くなると言ってもなぁ……。

 

「なにかありますかね、強くなれる修行法とか」

「やっぱ弾幕ごっこだな。あれは遊びだが、実戦訓練にもなる」

 

 間髪入れずに断言する霧雨さん。確かに、考えてみればそうかもしれない。

 未だ話に聞くだけの弾幕ごっこだが、お互いにショットを打ち合いながら弾幕の美しさを競う遊びらしい。お互いは得意な弾幕に技名をつけて、『スペルカード』――先ほど東風谷が俺に向けていた札――に書き記す。そして弾幕を放つ際にそれを見せて宣言するそうだ。いわば必殺技のようなものらしい。ある程度の機数を定めて、撃墜されたら負け。なんともシンプルなシューティングだ。

 話を聞く限りだと面白そうではある。やってみたいとは思うものの……。

 

「女の子の遊びなんでしょう? 流石に、男の俺がやるわけにもいかない」

「そんなの関係ないって! どうせ男でも負けるんだからさ!」

「何気に毒吐きますね、霧雨さん」

 

 その通りではあるが。ショットの打ち方さえ分からない俺がいくら頑張ったところで、霧雨さんに勝つことは愚か、攻撃を当てる事さえも難しいだろう。もしかしたらノーダメージで完封負けするかもしれない。

 だが、実戦訓練にもなるならばやるに越したことはないのか。

 

「……何事も経験ですかねぇ」

「その通りだぜ! じゃあ、思い立ったらなんとやらだ。さっそく始めようか!」

「せっかちですね」

「生まれつきだよ」

 

 開き直られても困るのですが。

 

 

 




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マイペースに愛の意味

 更新遅れました。大会に体育祭と忙しかったので、すみません。次回はもう少し早く更新したいです。
 それでは最新話。マイペースにお楽しみください。


 霧雨さんとの弾幕ごっこ。

 幻想郷に来て初めてとも言える遊びなわけだが、これには予想以上に専門的な技術と知識がいるようだ。一般社会に生きてきた俺にとって、この遊びを乗り切るのは至難の技だろう。

 まず、ショット。

 これは弾幕ごっこにおける基本らしいが、頭頂部から爪先まで一般人である俺には撃つことなど勿論できない。幻想郷初日に紫さんから言われた『謎の力』とやらの使用法と正体が分かれば修行もできるだろうが……ないものねだりをしても仕方がないので、今回は河童の河城にとりさん(ツインテール。人見知りが可愛かった)のご協力を仰ぐことにした。所謂、秘密兵器と言うヤツである。

 にとりさんは自身のリュックからドでかい掃除機のようなものを取り出した。本体側面に紐がついているが、まさか背負う系ですか。

 

「えっとね、これは私の発明品の一つで『弾幕用霊力変換機』っていうんだ。形は掃除機みたいだけど、本体はブースターで、筒のところは霊力弾を撃てるようになっているのさ。いわゆる銃みたいなヤツだね」

「俺、霊力の練り方とかまだ分からないし、そもそも霊力なのかも知らないんだが。大丈夫なのか?」

「心配はいらないよ。これは早苗に言われて作った発明品でね? 雪走が弾幕ごっこをする時に役立つように設計されているのさ。だから大丈夫だよ」

 

 カチャカチャと変換機の調整を続けながらそう言うにとりさん。俺としては兵器の素晴らしさより東風谷の意外な心遣いに感謝したいところではある。助かったぜ東風谷。さすがに媒体なしでショット撃つには実力が足りない。修行の一つもしていないのに、弾幕なんてばら撒けるはずもないし。

 

「まぁ力の正体を掴んで修行してからの方が霊力の変換がスムーズになるのは認めるけど。コイツ燃費悪いしね。力だだ漏れだと、すぐにバテちゃうかもよ?」

「そこら辺は霊夢への愛でカバーするから問題ない」

「そういう根拠のない自信が羨ましい限りだよ」

 

 根拠のない自信を持ちがちな妖怪が言っていては世話がないと思うのだが。もしかしたらにとりさんは意外と気弱な人なのかもしれない。最初は相当人見知り全開だったし。よくもまぁ普通に話せているものである。何か友好的に感じる部分でもあったのか。それとも客商売中だからか。どちらにせよ、話せるようになったのなら御の字だ。

 

「……よし、調整完了。ちょっと装着してみてよ、雪走」

「合点承知の助」

 

 古いね、と古都幻想郷の住人に言われる始末である。古き良き伝統の応答をなんだと思っているのだ。

 変換機の本体を背負い、どこぞのビーム兵器のような銃型の部分を握る。本体から銃へとチューブが繋がっているので、これを通して霊力を変換するのだろう。なんか配管工の弟がマンションを冒険する装備みたいだな。

 ……というか、

 

「重くないか?」

「軽量化するには時間が足りなくてねぇ。今開発中の『自立式霊力散弾射出機』もあるし、その重さはもう我慢してもらうしかないかも。男の子なんだし、大丈夫でしょ」

「男より怪力な河童に言われても驚くほど説得力ないですね」

「私はエンジニアだから非力なの。か弱い女の子なのさ!」

 

 「ふふん♪」と自慢げに胸をはるにとりさんだが、その背中に見えているリュックは結構大きめではないだろうか。見た感じでも数十キロはありそうなのだが。引き籠りエンジニアでこれならば、体育会系河童は想像を絶する。ぜひとも相撲は避けたいところだ。

 にとりさんから大まかな取扱説明書と激励の言葉を貰う。変換機はくれるそうだ。調整と故障の時はいつでも来てくれとの事。優しいな河童。とても尻子玉を抜くような残虐な妖怪だとは思えない。今度お礼にキュウリの詰め合わせパックをお持ちしよう。

 

「あら、準備万端ね雪走君」

 

 変換機の背負い心地を確かめていると、目の前に現れた素敵な紫色の女性。日傘を差し、優雅に笑うその姿はまさに窓辺に佇む令嬢の如く。どことなく溢れる気品がなんとも優雅だ。

 紫さんはニコリと微笑むと、俺の手を両手で優しく握り込んだ。

 

「……暖かいですね」

「手袋していますからね。そりゃあ暖かいですわよ」

「いえ、女性的な柔らかさがたまりません」

「霊夢が聞いたらドツかれるんじゃなくて?」

「今は泥酔なんで。酔っ払いは当分起きません」

 

 ワイン飲んだ馬鹿霊夢はおそらく今日中に目を覚ますことはないだろう。酔っ払いなんてそんなもんだ。

 俺の手を握ったまま、言い聞かせるようにして口を開く紫さん。

 

「……雪走君は、霊夢に想いを伝えている時が一番凛々しいですわね」

「あしらわれている馬鹿捕まえて言いますかソレ」

「見た感じはそうかもしれませんわ。でも、霊夢は雪走君のこと好きみたい。形はどうあれ、好意的感情を抱いているはずよ」

「……改めてそう言われると、興奮が止まりませんね」

 

 全身の血が滾り、アドレナリンが活発に分泌される。霊夢の事を考えると常に起こる現象だ。好きな人に対する想いが、俺の力を促進しているのだろうか。心なしか、身体が軽くなったような気もする。

 ……あぁ、もしかすると。

 

「……『霊夢への愛を力にする程度の能力』ってやつですかね」

「能力は自己申告だから私には理解しかねるわ。でも、雪走君らしい能力じゃないかしら。霊力じゃなくて『恋力』。新しいわね」

「なんか痛々しくないですか?」

「そう? 私はいいと思うけれど。……ひょっとすると、初めて感じた貴方の『力』はソレだったのかもしれませんね」

「ソレ……とは?」

「『愛』よ」

 

 堂々と顔色一つ変えずに言い放つ紫さん。普段ならそのままマイペースに茶化す俺だが、彼女の表情が妙に真剣だったので口を噤むことにした。

 紫さんは扇子で口元を隠すと、

 

「家族への『愛』。友人への『愛』。どれでも構わないけれど、貴方はおそらく『すべての愛を力に変える程度の能力』を持っていたのよ。貴方が『外』で培った愛が、幻想郷というイレギュラー地帯に入ったことで力に変わった。顕現と言ってもいいわね」

「……自分はこれでも、愛のない家庭で育った人間なのですが」

「周囲がどうあれ、貴方が家族に対して少しでも愛を感じていたとしたらどう? 友人でもいいですわ。友情という形での愛が力になった。……こんなのは、どうでしょう?」

「……さて。面白い見解ではありますけども」

 

 扇子のせいで表情の読めない紫さんに苦笑を向けつつも、俺は心の中で必死に否定した。『外』の時から愛があったなんて、信じたくもない。

 『愛を力にする程度の能力』という点は認めよう。実感もあるし、霊夢の事を考えると力が湧いてくるのも事実なのだから。そこはいい。文句は言わない。……だが、あんな家族に対して俺が本当に愛を抱いていたのかと問われると答えに困る。それなりに大切には思っていたが、それが果たして『愛』と呼べるほど高尚なものだったのか。俺には皆目見当もつかない。

 ……愛に飢えている人間が愛を力にするなんて、滑稽だな。

 

「あらあら、雪走君はまだまだ大事なことが理解できていないみたいですわね」

「は? なんのことか俺にはさっぱり」

「雪走君は、滑稽なんかではないということよ」

 

 少しトーンを落とし、ふざけた雰囲気を抹殺する紫さん。その双眸は今までにないほどの鋭さで俺を睨みつけている。何か許せないことでもあったのか。譲れないとでも言うように表情は固い。

 紫さんは扇子を俺の胸に当てると、

 

「人は誰しも愛に飢えているの。それは貴方でも、私でも同じ。どれだけ人に囲まれていようが、愛が満たされることはない。どれだけ愛し合っていようが、満足することはないのよ。すべての生物が、愛に飢えている。なにも貴方だけが例外というワケではありませんわ」

「随分饒舌に語りますね。それだと、俺は霊夢と共にいても愛は満たされないと言っているように聞こえますが」

「その通りですわ。満たされない。でも、満たすように努力することはできるじゃないの」

「……すみません。言っている意味がよく」

「枯渇した愛を満たす時のみ、人は本当の意味で『力』を発揮することができるのですわ」

「…………」

 

 そうやって語る紫さんの目には暗い輝きが灯っていて。過去に何かあったのかと勘繰りたくなる衝動に駆られる。しかし、それと同時に心に染み渡るその台詞。

 ……俺は、自分が愛されるような人間だとは思っていない。馬鹿だしマイペースだし、変態だ。家族にはどうでもいいように扱われ、愛を感じたこともない。正直、いてもいなくても関係ない存在だと自負している。

 ただ、それでも。アイツだけは。霊夢だけは。

 

「……ここにいてもいいと、言ってくれたんですよ」

 

 嬉しかった。生まれてこの方、自分の存在意義を見いだせず、ただ惰性で生きてきた俺に居場所を与えてくれた霊夢。捻くれてはいたが、笑顔で俺を受け入れてくれた霊夢に本当に感謝している。彼女のためなら、命を投げ出しても構わない所存でもある。

 ……あぁ、やっと分かったかもしれない。

 

「答えは、見つかったかしら?」

 

 先ほどとは違う、子供に向けるような温かい笑みを見せる紫さん。長生きゆえの良心か、俺みたいな馬鹿の為にわざわざ汚れ役を買って出てくれたこの人にはもう頭が上がりそうもない。俺の力を見つけてくれた紫さんには、感謝してもしきれない。

 俺は一度霊力変換機を降ろすと、上半身をしっかり曲げて礼を披露した。

 

「ありがとうございます」

「あら、私は何もしていませんわ。何気ない会話の中で、貴方が勝手に答えを見つけただけ。お礼を言われる覚えはありませんわね」

「……意地悪ですね」

「妖怪だもの」

 

 そりゃそうだ。長く生きていれば意地悪にもなる。人を困らせ、欺き、時には喜ばせるような意地悪にも。

 

『雪走ぃー。まだかー?』

 

 視線の先で、霧雨さんが箒を片手に俺を待っている。そういえば弾幕ごっこをするんだったな。紫さんとの話に夢中で、すっかり忘れていた。

 ブースターのスイッチを入れ、宙に浮く。全身に纏わりつく力が徐々に吸い取られていく感覚にとらわれるが、霊夢の事を考えて恋力を生み出していく。……よし、これならいける。

 

「頑張りなさいな。未来の霊夢の旦那さん♪」

「公認なら、安心です」

 

 紫さんの軽口に返すことも忘れない。『外』ならいざ知らないが、ここは幻想郷だ。何事にも縛られない自由な土地。それならば、俺だってありのままでい続ける。マイペースに、変態チックに。『雪走威』として、この世界に存在して見せる。

 霊力銃を構え、俺は白黒魔女の待つ空へと飛翔した。

 

 

 

 




 誤字脱字・感想コメントなどありましたら是非。批評・評価なども心よりお待ちしています。


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マイペースに弾幕戦

 変換機に恋力を送り、飛翔。まだぎこちない雛鳥のような飛び方ではあるけれども、弾幕ごっこをするには十分すぎる出来だろう。改めて、河童の技術力の高さを思い知らされる。

 博麗神社の上空。目を凝らせばかろうじて紫さんの顔が認識できるほどの高さで、霧雨さんは箒に跨って不敵に俺の方を見ていた。

 

「随分ゴテゴテしたもん背負ってるじゃないか、雪走。今からピクニックかい?」

「気分はハイキングですね。上々です。負ける気が毛頭しないんですよ」

「ほぅ。初心者の癖に中々いい心構えだな。いいぜ。私も久しぶりに燃えてきた!」

 

 八卦炉を取り出すと俺に向けて突き出してくる。所々に傷が見られるソレは、今まで彼女がどれだけの修羅場を潜ってきたかを暗に主張している。この人、自分で言うだけあって相当の手練れだ。

 ……まぁそれはそうか。霊夢の相方だし。そこら辺の妖怪に比べれば長けているのだろう。油断は、できない。

 ギュッと霊力銃を握りしめる。にとりさんから受け取った新たな力。『恋力』なんていう自分だけの力を持っていながらも、ソレを形として放出することのできなかった俺に与えられた、霊夢を守るための力。

 霧雨さんは言った。霊夢の夫になるなら強くないと駄目だと。博麗の巫女を支えられるような、頼もしい男である必要があると。

 幻想郷における頼れる男のレベルがどれくらいなのかは、新参者の俺には分からない。しかし、今の俺では到底及ばない境地であることは確かだ。今の、弱いままの俺では。

 

「……強く、なるんだ」

「ぁ? どうしたよいきなり」

 

 ポツリと呟いた俺に霧雨さんが訝しげな表情を見せる。しかし、俺にはそんな彼女の様子を一々気にかけるような余裕はなかった。……勝たねば、ならないのだ。

 強くなる。霊夢を守るためにも。隣で生きるためにも、俺は霧雨さんなんかに負ける訳にはいかない。

 

「勝たせてもらいますよ、霧雨さん」

「負ける気はないけどな」

 

 俺がニヤリと笑うと、霧雨さんも口元を吊り上げた。お互いに握った霊力銃と八卦炉が日光を浴びて鈍く光る。

 

「ルールは大体分かるな? お互いにショットを打ち合って、相手の残機をゼロにした方が勝利だ。機数はスペルカードの枚数から一枚引いた数×4。スペルカードを使い切っちまうと負けになるから、機数は二枚以上から数えるんだ。雪走はまだスペルカードを持っていないだろうが、カードは最低限の二枚で機数は四機だからな。戦闘中にでもスペルカードを考えておくこった」

「……スペルカードって、ようするに弾幕の名前ですよね?」

「あぁ。自分の得意な弾幕に名前を付ける、いわゆる必殺技だ。たとえば私の『恋符・マスタースパーク』だな。威力なら幻想郷一だと自負してるぜ」

 

 八卦炉片手に胸を張る霧雨さん。霊夢とは違うベクトルだが、自分自身に絶対的な自信を持っているように思える。霧雨さんの性格上、血の滲むような努力でもしたのだろう。類稀な才能に努力が加わるなんて、結果が恐ろしくて想像もしたくない。

 さてさて、基本的なルール説明は終わったようだ。霧雨さんは早く戦いたくてうずうずしているらしく、箒に跨ったままニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

「ルールはこんな感じだ。後は感覚とフィーリングでどうにかなるだろ」

「同じ意味ですがね。それ」

「細かいことは気にすんなって!」

 

 わははと気のいい笑い声をあげる霧雨さん。戦闘前だというのに、凄い余裕だ。緊張が微塵も感じられない。己の勝利を信じて疑っていないのだろうか。

 彼女が笑う度に、俺の気持ちも高揚している。戦に赴く勇者達はこんな気持ちだったのだろう。昂ぶる自分がどこか滑稽で、俺は笑みを零した。

 お互いにひとしきり笑い終えると、それぞれの獲物を構える。

 

「……3」

 

 カウントは、どちらともなく始まった。睨みあい、視線を交錯させながら開始の合図を待つ。

 

「……2」

 

 雲一つない晴天。神様も俺達の弾幕ごっこを観戦したがっているのかと思ってしまうほど晴れ渡った空が、いつにも増して輝かしく感じられる。

 

「……1」

 

 初めての弾幕戦。それも強者が相手だ。油断はできない。……できないが、楽しんでいこうではないか。

 

「……始め!」

「先手必勝!」

 

 霧雨さんは後退しながら、いきなり魔弾を浴びせてきた。大小二十ほどもあるショットが一気に俺へと飛来する。初心者相手だからだろう、どこか手加減されたような中途半端な速度で飛んでくるソレは、少し恋力を調整して移動すれば回避も難しくはない。

 大きく動かずに、最低限の小さな動きでグレイズ。魔弾の掠ったせいでジーンズに傷が入った。痛みはあるが、まだ被弾はしていない。背負っている変換機の重みで移動に違和感が生じるものの、この程度なら戦えるはずだ。充分、勝てる。

 様子見のショットだったのだろうが、まさかいきなり回避されるとは思わなかったのであろう。魔理沙さんは片眉を跳ね上げると「へぇ」と賞賛の声を漏らす。

 

「予想以上の動きだな。甲羅背負っているくせに」

「慣れれば軽いもんですよ。それに、そんなハエが止まるような遅いショットに当たるわけがないじゃないですか。少し、俺を嘗めすぎです」

「いやぁ、嘗めてたつもりはなかったんだがな。ただ、無意識にセーブしていたみたいだわ。すまんすまん」

「……挑発がお上手ですね、魔法使いは」

「私はこれでも人間だぜ?」

 

 ゴゥッ! とお互いの力が膨れ上がる。あからさまな挑発にやすやすと乗ってしまう俺も子供だが、対する霧雨さんも相当負けず嫌いのようだ。軽口を叩き合いながらも、交わす視線には殺気が含み始めている。あくまで『ごっこ遊び』なのに、俺達の態度はもはや真剣そのものだ。手を抜く余裕すら、考えられない。

 霊力銃を構え、『散弾モード』に切り替える。この武器、どうやらスイッチ一つで様々なタイプに変化するようで、『連射』や『霊力砲』など戦況に応じたモードで戦うことができるようになっている。弾幕ごっこを想定して作られただけあって、その汎用性は多岐に渡るようだ。非力な俺にとってはありがたい限りである。戦法の幅が広がれば、それだけ戦いやすくなるのだから。

 

「……先制攻撃は、外れでしたね」

「あんなのただのストレッチだ。ショットにすら入らねぇ」

「よくもまぁそんな減らず口を。大人しく認めたらどうですか? 真面目に撃ったのに回避されて悔しいですって」

「うるさいぜ雪走。ピーピー鳴いてないで弾幕で語りな!」

「お望みとあらば!」

 

 息を整え、瞑想しながら力の流れを感じ取る。俺の全身に纏わりついている恋力を、変換機に送り、霊力銃へ。ブースターへの供給を抑えて、ショットの威力を上げる。

 ――突如襲い来る眩暈に、落下しそうになった。

 

「……っ。さすがに、訳も分からんまま力を行使するのは厳しいな」

 

 恋力を操作する方法なんてロクに分かっちゃいない。子供のようにがむしゃらに、イメージしているだけである。霧雨さん達から見れば、不格好で滑稽な未熟者に過ぎないだろう。

 だが、それでもいい。今はただ、目の前の敵を倒すことだけを考えろ!

 

「Fire!」

 

 散弾を乱射する。狙いなんて定められないので、無茶苦茶に銃身を振り回して少しでも回避する余裕をなくそうと試みる。下手な鉄砲でも、数撃てば当たるはずだ。

 

「ぬぉっ!? ちょっ、いくらなんでもヤケクソすぎだ!」

「なんとでも! 何分こちらは初心者なモンでしてね! こういう所作はまったく存じ上げないんですよ!」

「それにしても限度があるぜ!」

 

 ウィッチハットを抑えながら必死に箒を操作する霧雨さん。次々と襲い掛かるショットの間をせわしなく逃げ惑い、反撃のチャンスをうかがっている。避ける挙動がやや大きいのは、彼女の癖だろうか。先ほどからなとかグレイズはしているが、直撃寸前に追い込まれ始めている。

 これは、もしかしたらいけるかもしれない。

 『スナイプモード』に切り替え、冷静に狙いを定めるとトリガーを引く。

 放たれた恋弾は一直線に霧雨さんへと飛んでいき、そして直撃した。

 

「ぐぇ」

 

 つぶれた蛙の如き呻き声を上げて仰け反る霧雨さん。思いのほかあっさりとした手応えに、俺は呆気にとられるばかりだ。もう撃墜してしまった。もしかして意外と弱いのではなかろうか。

 

「油断したぜ……まさか狙い撃ってくるとは思わなかった」

 

 「いてて……」と撃たれた腹を抑えて苦笑している。だが、数分前まで見受けられた妙な余裕はすでになく、彼女は彼女なりにスイッチを入れたようだった。目つきが、違う。

 パンパンと服を整え、俺を睨みつけてくる。

 

「男のくせにチマチマした攻撃してきやがって。恥を知れ恥を」

「大口叩いて撃墜されておきながら、何を今更。それに弾幕ごっこに性別は関係ないって言ったのは霧雨さんじゃないですか。恥を知るのは貴女の方です」

「私の辞書に『恥』なんて文字は無い!」

「今自分で使ったでしょうが」

 

 どこまでも自己中一直線な霧雨さんはその瞳に一切の揺らぎも見せずに俺を見下ろしている。機数的には負けているのにその自信はどこから湧いてきているのだろうかと首を傾げたくなる俺。この人、意地を張らせたら霊夢とタメを張れるかもしれない。

 あくまで優位に立とうとする霧雨さん。しかしそこで、俺はあえてさらに上から高圧的に接してみることにした。腕を組み、鼻を鳴らして応答する。

 

「いやぁ、それにしても霧雨さんもこの程度ですか。魔女だ魔法使いだとか言っていたからどれほどのものかと警戒していれば……なに、別段心配するものでもありませんでしたね。所詮は女の子、非力だなぁ」

「……あぁん? なに突発的に喧嘩売ってんだよお前。八卦炉ぶっ放すぞ」

「使っちゃうんですか? 俺みたいな雑魚に、スペルカード使っちゃうんですかぁ?」

「ムカツク……! このクサレ外道、死ぬほど馬鹿にしやがって……!」

 

 顔を真っ赤にして拳を握る霧雨さんは今までに見たことないほど怒り狂っていた。額には青筋が走っており、鼻息も荒い。もしかしてこれは『地雷』を踏んでしまったか。

 一気に低下する周囲の気温。その原因は主に目の前の白黒魔女にあるのだが、現在俺は彼女の気迫に身体が竦んでしまっているので行動を取ることができない。もちろんそんな心中はおくびにも出さないが。ハッタリだけは幻想郷一だと自負しているので、こんなことで虚勢をやめるわけにはいかない。見た目だけでも、余裕を見せねば。

 止まらない冷や汗をこっそり拭いつつも、いたって冷静に茶化しを続行。

 

「熟練者もたかが知れていますね。その程度でよくもまぁ『強い』なんてほざけたものだ」

「一機倒した程度で調子づくお前も大概単純だよな。男のくせに情けない」

「現時点で負けている人が言っても説得力に欠けます。ただの遠吠えにしか聞こえませんよ? さて、情けないのは果たしてどちらか」

「この野郎……! マスタースパークぶっ放してぇ……!」

「ご勝手に。俺の勝利が近づくだけなので」

 

 ……自分で聞いていても怒りが込み上げてくる台詞だ。本人がこれほどまでに腹を立てるなら、標的の霧雨さんが受ける精神的ストレスは想像を絶するだろう。もしかしたらストレス性急性胃潰瘍で搬送されるかもしれない。そうなると事情聴取とか看病とかいろいろと面倒くさい事態になるのは請け合いなので、そろそろやめておくとしよう。挑発は、十分やった。

 明らかにご機嫌斜めの霧雨さんはおそらく冷静な判断はできないはず。弱った彼女なら、今の俺にも倒せるかもしれない。

 どこまでも小物染みた自分の作戦及び戦法に、俺は一人自嘲の笑みを浮かべるしかなかった。

 

 




 中間考査期間なので、しばらく更新できません。終わったらすぐ投稿できるよう頑張りますので、今しばらくお待ちを。


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マイペースに親心

 今回は少し短めです。弾幕戦描写ではありませんが、裏方の会話ということで。


「……おー、やってるわねぇ」

 

 遥か上空でショットを打ち合う魔理沙と雪走君を眺めながら、私こと八雲紫はお猪口を傾けた。……うん、弾幕ごっこを肴に飲む酒は格別ね。

 

「あらあら、賢者様もあんな遊びに興味があるの? 年甲斐もない」

「……茶々入れないでよ、せっかく気持ちよく飲んでいたのに」

「ごめんなさいね。でも、ちょっとおかしくって」

 

 扇子を口元に当て、クスクスと人を小馬鹿にしたように笑う女――西行寺幽々子を睨みつける。しかし、幽々子はまったく懲りる様子もなく、私が開けたばかりの日本酒を早速自分の盃に注いでいた。この幽霊野郎、相変わらずのマイペースね……。

 幽々子は私の隣に腰を下ろすと、後ろに手をついて天空を見上げる。

 

「……幽霊に日光は危険なんじゃないの?」

「どこの誰が言った迷信か知らないけど、まったく関係ないわよ。吸血鬼じゃないんだから。失礼しちゃうわねぇ」

 

 「ぷんぷん」と腰に手を当て不機嫌そうに私の方を見つめてくる幽々子。しかし、彼女も歳が歳なのでなんだかとっても痛々しく思えてしまう。早苗がする分には可愛いのだろうが……いかんせん、幽々子には合いそうもない。やっぱり、自分の年齢に合った挙動を心がけなきゃね。……え、私? 私はほら。永遠の十七歳だから。

 

「千年以上生きている長寿妖怪が何言っているのよ。身の程を弁えなさいな」

「あら。すでに死んでいるご老体の西行寺様には言われたくありませんわねぇ。外見年齢は変わらないかもしれないけど、所詮は享年だし」

「……年寄りコンプレックスがよく言うじゃない」

「死人に口は無いのだから大人しく黙って観戦に徹しておきなさいよ」

「…………」

「…………」

 

 私と幽々子の間に火花が飛び散っている。霊力と妖力がぶつかり合っているので、幻覚ではない。現に、私達の真下にある地面は火花の影響で黒く焦げ付いてしまっている。……周囲の妖怪達が若干距離を取ったのは気のせいではあるまい。

 はぁ、コイツとの絡みも相変わらずよねぇ。もうかれこれ数百年の付き合いになるが、仲が良いほど喧嘩をするというのは事実のようだ。

 

「……で、紫が目をつけている博麗の旦那さんはどんな感じなの?」

 

 睨みあっていた目尻を下げ、殺気を収めた幽々子は普段通りのゆったりとした口調で口を開く。やはり、気付かれていたようだ。雪走君のことは表側不干渉で行こうと思っていたのに……。……まぁ、無理か。あそこまであからさまに助言をすれば、勘のいい妖怪ならすぐに気付くだろう。それが最古参メンバーの幽々子ともなれば、尚更だ。

 私は周りの参加客に聞こえないようできるだけトーンを下げると、お互い同時に一機を失った弾幕ごっこの二人を見上げながら言う。

 

「一言でいうなら、馬鹿な男の子ね」

「馬鹿? 貴女にしてはずいぶんと単純な喩じゃない。もっと、こう、詳しい感じじゃないの?」

「うーん、言おうと思えば言えるんだけど……でも、なぁんか違うのよねぇ。……うん、やっぱり馬鹿な子が丁度いいわ。雪走君は」

「……馬鹿、ねぇ」

「えぇ。いつもは霊夢一筋なんだけど、だからといって気遣いができないわけじゃない。思ったことはすぐに口に出してしまうような間抜けな子でもあるんだけど、変な部分ではしっかりしている。……よく分からないのよ。ただ、ちょっとおバカな男の子っていうのがぴったりな子。……ふふっ、思えば最初から面白い子だったわ」

 

 初めて博麗神社で出会った時のことをふと思い出してしまった。頭上から突然現れた私を警戒しながらも、口をついて出たのは世辞の言葉。命の危機に瀕しているならば、罵倒が出るのが普通だと思うのだが……。

 今思い出しても笑いが込み上げてくる。その後の霊夢との会話といい、守矢一家との対話といい。雪走君には何か能力以外の魅力があるのかもしれない。『愛を力にする』なんてロマンチックな能力持ってるんだから、そういう魅力があった方が面白いが。

 

「霊夢ちゃんの旦那さんでしょ? 他の人を惚れさせちゃダメなんじゃないの~?」

「恋心というのは時に残酷なものなのよ。相手がいるとか関係なしに魅了させてしまう。地底の橋姫がいい例ね」

「本当にパルスィちゃんみたいな女の子が出てきちゃったら、戦争になりかねないわよ? 博麗の巫女が無我夢中で旦那を守る絵が浮かぶようだわ~」

「それはそれで、面白いじゃない。霊夢が顔真っ赤にしながら雪走君を独り占めにする姿なんて、想像しただけでも鼻血ものね」

「……賢者様の考えることは理解できないわね~」

 

 盃を傾けおかしそうに笑う幽々子。おそらく、彼女も霊夢の痴態を想像したのだろう。

 普段ツンツンしてばかりいる霊夢が、全力でデレながら雪走君を抱きしめて離さない。そんな超ド級ラブコメ展開を目の当たりにしちゃったら……私、もう二度とあの子たちから離れられないかもしれない。だって微笑ましいじゃない。可愛いわぁ。

 それからしばらく二人して笑っていたが、幽々子は目を細めると真面目なトーンで言葉を紡ぐ。

 

「冗談はさておいて……真の所、貴女がそんなに雪走君に執着するのは何故? 霊夢の旦那ってだけじゃないんでしょう」

「……相変わらず鋭いわね。探偵でもやれば? 『美人幽霊探偵現る!』なんて記事書かれちゃうかもよ」

「だーめ。働くのは性に合わないから。……それに、何百年紫の親友やってると思っているの? 貴女の考えることなんて、お見通しなのよ」

 

 得意気にふくよかな胸を張る幽々子の姿はどこか幼くて、彼女が冥界の白玉楼の主だということを忘れてしまいそうになる。だが、彼女は確かに幻想郷でも指折りの実力者なのだ。それこそ、スペルカードルールなんて決闘法に従わなければ、私と対等かそれ以上で渡り合えるほどに。

 ……そんな彼女だからこそ、私の友人をやっていられるのかもしれないが。

 酒を注ぎなおし、再び飲み交わす。

 

「……うん、やっぱり美味しいわね。『外』の酒は一味違うわ」

「製造法が複雑すぎて、複製できないのが痛いわよねぇ。紫を伝ってじゃないと手に入らないんだから。ホント、手間がかかるわ」

「その分手に入った時には必ずお裾分けしているじゃない。文句言わないの」

 

 チューハイと呼ばれる酒だったか、たまたま『外』の友人からもらったソレは、幻想郷でちょっとしたブームを引き起こしていた。ジュースのような味わいだが、適度なアルコールの気持ちよさがある。少し前から幻想郷首脳陣からの注文が殺到しているため、出張して仕入れる頻度が高くなっている実情に私としては驚きを隠せない。

 

「……私が雪走君に目をかけるのは、貴女達がコレを欲しがるのと同じ理由なのよ」

「いや、よく意味が分からないのだけれど」

「『ハマった』のよ、ようするに」

 

 ひたすら『マイペース』に生きようとする彼は、一般人と違って妖怪に屈することもなく精一杯強がろうとする。しかし、自分は相手より弱い生き物だということは重々承知しているようで、神奈子や諏訪子、私みたいなお偉いさんにはしっかり敬語も使っている。まぁ、特例として魔理沙にも敬語を使っているようだが。

 ヘタレのくせに、人一倍強がりで。

 弱いくせに、霊夢を守ろうとして。

 常識人のくせに、変人であろうとする彼。

 ……あぁ、雪走威という人間は、どうしてこうも愉快で滑稽で、面白いのだろうか。

 

「誰よりも人間らしくて、誰よりも人間らしくない。そんな雪走君を見ていると、なぁんか手助けしたくなっちゃうのよね」

「……親心みたいなものかしら。紫もとうとう子を持つ気持ちが分かるような年齢に……」

「それ以上口を開くと冥界に送り返すわよ」

「はいはい」

 

 さらりと流し、チューハイを飲み干す幽々子をジト目で睨みながらも私は溜息をついた。……実際、幽々子の言う通りかもしれない。

 どこか微笑ましく、どこか危なっかしい彼らの関係を取り持ちたいという気持ちは確かにある。仲人役とでも言うのだろうか。

 

(親心、ねぇ……)

 

 幽々子にしては上手い喩だ。気に入った。

 

「私の息子は、いい旦那さんになりそうね」

「その自慢の息子さん、機会があったら鍛えてあげるわ。紫が気にする程の人間だもの、磨けばきっと光るはずよ」

「……虐めたいだけでしょ?」

「どうかしら」

 

 そう言って口元を隠す。相変わらず表情の読めない彼女は、今も必死に弾幕を展開し続ける雪走君の姿を確かに捉えていた。残機はほぼ同数だが、わずかに魔理沙が優勢のようだ。初心者にしては、健闘している方だろう。

 

(せいぜい頑張りなさいな。霊夢を支えるために)

 

 私の口元には、ここ数十年見ることのなかった自然な笑みが確かに浮かんでいた。

 

 




 次回もお楽しみに♪


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マイペースに色々決着

 お久しぶりです。予定より少し早めですが投稿します。文章量は普段より長めですが、三場面なのでそこまで感じないかもです。
 それでは早速、お楽しみください。


 

 正直言って、ヤバイ。

 既に一機を失ってしまっている状況。対する霧雨さんも同数撃墜されているのだが、さすがに乗り越えてきた場数が違いすぎる。俺はもはや満身創痍。霧雨さんはまだまだ余裕と言った様子だ。

 お互いにまだスペルカードは使用していないものの、このままでは負ける。そもそも、俺はまだカードの内容さえ思いついていないのだ。弾幕戦がどうこうとか言う以前に、ショットだけでは勝負にもならない。

 

「はぁーっ……はぁーっ……。……ちょっと提案なんですけど、手加減とかは……」

「却下だぜ。私はこの世で一番手加減と堕落が嫌いなんだ」

「ですよねー……」

 

 あまりにも霧雨さんらしい返答に俺としては肩を落とすしかない。

 最初アレだけ大口叩いておきながら、やってみるとこの様か。情けないにもほどがある。

 残機はお互いに二機。だが、慣れない飛行と重たい変換機のせいで疲労が著しい。スタミナと恋力が尽きて負けてしまうのも時間の問題だ。

 どうするか。『散弾モード』で波状攻撃を浴びせ、飛び回りながら必死で頭を回転させる。

 

(霧雨さんはパワータイプだ。小細工染みた動きはしてこない。やるとしたら真っ向勝負。スペルカードもレーザー系だから、正面から突っ込まなければ対抗できるはず……)

 

 マスタースパークが果たしてどれほどの威力を誇るのかは、さっき痛いほど体験した。読んで字の如く、である。アレを一度でも喰らってしまえば間違いなく終わる。今の疲労困憊した状況で、被弾するわけにはいかない。

 だが、このまま回避しているだけではどの道スタミナが切れてしまうのが関の山だ。ただでさえハンデを負った今回の勝負。持久戦は、不利なだけ。

 

「考え事とは余裕だな雪走!」

 

 思考で動きが落ちているのを悟った霧雨さんがここぞとばかりに連続ショットを撃ち始める。数は少ないが、速度と威力がハンパない。放たれるたびに聞こえる風を切る音が、その殺傷力を教えてくれる。

 咄嗟にブースターを吹かし、上空へ退避。だが、避けきれなかったショットが脚をかすめた。

 

「ぎぃ……っ!」

「どうした? まさかもうヘバったなんて言わないよな?」

「っ……」

 

 霧雨さんの問いかけに、俺は答えない。……いや、答えられない。蓄積されたダメージと焦燥がじわじわと俺の身体を蝕んでいく。今、こうして浮いているだけでも奇跡だと言えるほどの疲弊感に耐えるので精一杯だ。

 たかが『ごっこ遊び』とタカを括っていた。これは遊びなんかじゃない。立派な戦闘だ。下手したら……死ぬ。

 込み上げてくる死への恐怖。緊張で全身が弛緩する。思考も疎かになり、おおかた人形にまで成り下がっていた時だった。

 

《……ゆばし……える……?》

「な、んだ……?」

 

 突如脳内に響いてきた謎の音声。しかし、どこか聞き覚えのあるソレはまるで『脳内の境界』を失くしたようにするりと俺に伝わってくる。

 

《聞こえる? もしもーし》

 

 心地よい、人懐っこさを覚える独特な声。聞いているとどこか安らいだ気持ちになれるそのフェイバリットボイスはもしかして……、

 

「……にとり、さん?」

《おー、聞こえてるみたいだねぇ。さすがは八雲様だ》

 

 《いやー、すごいわー》とひたすら紫さんへ賞賛を送るにとりさん。彼女は何やらご満悦のようだが、一方の俺はまるで状況が理解できていない。混乱するばかりの俺は、脳内で喋り続けるにとりさんに説明を求める。

 

「えと、イマイチ空気が読めないんだけど……」

《あー。んとね、細かいことは私にも分かんないんだけど、なんか八雲様が私と雪走の思考の境界を失くしたみたいなんだ。すっごいよねー》

「いや、それはいいんだが……またなんでそんなことを? にとりさん、何か用?」

《下で見てると危なっかしくてさぁ。ちょっと助言してやろうと思ったわけよ! 人間は河童の盟友だからね!》

「それは……」

 

 ありがたい申し出だが、少し躊躇ってしまう。若干手加減はされているが、霧雨さんは真剣に弾幕ごっこをしてくれているのだ。このままではジリ貧なのは確実だろうけど、勝負に水を差すような真似はしたくない。

 

「おらおら! どうしたよもっと来いよ雪走ぃっ!」

「ちぃっ……」

 

 赤、青、緑……色とりどりの魔弾が四方から飛来する。反撃する隙など与えてもらえない。全神経を回避に向け、なんとか被弾しないように逃げ回る。

 ――――やば。これはマジで勝てない。

 つべこべ言っていられる状況ではないようだ。このままでは為す術もなく負ける。手も足も出ずに敗北するよりは、俺らしく何をしてでも一矢報いる方がいい。

 覚悟を決めた。後で散々言われるだろうが、今はにとりさんに頼るしかない。

 

「……ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」

《お昼御飯奢ってくれるで手を打とう!》

「自分から言ってきたくせに!」

《河童はずる賢いのさ。で、どうするの? 奢る? 奢らない?》

「ぐぅ……! 人の足元見てぇっ……!」

《こんな可愛い女の子と食事できるんだから迷うことないじゃないか。ということで決定~♪》

「くそぉ……!」

 

 なんか一方的に約束を取り付けられてしまった。にとりさん意外とストライクゾーンだから、強く言えないんだよなぁ。

 霧雨さんの織りなすレーザーの雨をグレイズしながらも、にとりさんに返事を送った。

 

「奮発するから期待してるぞ!」

《よし来た。それじゃあ早速スペルを使おうか!》

「いやいやまだ決まってねぇし!」

 

 唐突に何をムチャ言っていやがるのかこの河童は。避けるので精一杯なのに、スペルなんて考えているわけないだろう。

 無理だ。そう言い放つ俺に、にとりさんは《大丈夫》と優しく声をかける。

 

《変換銃に『霊力砲モード』っていうのがあるでしょう? それ、魔理沙のマスタースパーク真似たやつなんだよ。構造は違うし元となる力も異なるけど、基本は同じ。ちょっとばかし力消費するかもね。でも、威力と範囲は私が保証するよ!》

「何故それを先に言ってくれなかったんだにとりさん! こちとらスペル考案にも意識向けなきゃいけなかったっていうのに!」

《まぁまぁ。とりあえず撃ってみようよ。スペル、まだ二枚あるんでしょ?》

「了解!」

 

 ショットの弾幕を避けきると、霊力銃を構え霧雨さんへと向き直る。身体はまだ震えているが、気合でカバーするしかない。

 いきなり動きを止めた俺に、霧雨さんは訝しげな視線を向ける。

 

「降参か?」

「残念ながら、逆ですよ!」

 

 ポケットから紙を取り出し、掲げる。無地ではあるが、弾幕ごっこにおいて最も重要だと言えるカード。

 スペル宣言。高らかに、俺は叫ぶ。

 

「霧雨さんには悪いですけど、貴女のマスパを越えてみせる!」

「いい度胸だ。それなら私も行くぜ!」

 

 対抗するかのようにカードを取り出す霧雨さん。宣言を取り消すことはできない。――――真正面から、受け止めるつもりだ。

 面白い。これが、弾幕の楽しみなのか。幻想の少女達が夢中になるのも、無理はないな。

 

 想像する。俺が霊夢に持つ感情を。愛を。恋心を。

 幻想郷に来て初めて出会った人間。楽園の素敵な巫女。そんな彼女に抱いた気持ち……一目惚れ。

 今でこそ下心丸出しな愛情だが、あの時はまだ純粋だったはずだ。子供のような、ピュアな恋。

 霧雨さんが叫ぶ。俺は負けじと、俺だけのスペルを解き放った!

 

「恋符・マスタースパーク!」

「恋符・プラトニックラヴ!」

 

 霊力銃から放出された光は一直線に霧雨さんへ。同時に、マスタースパークも俺を捉えて直進。

 ――――もっと! もっと力を込めろ!

 全身の恋力を持っていかれそうになるが、全力で霊夢の胸の感触を思い出す。揉んだ時のことを思い返すんだ俺ッ……! あの柔らかさで興奮した気持ちを思い出せ俺ッ……!

 

《うえぇ……どす黒い煩悩と妄想が頭に入ってくるぅ……》

 

 なんか若干一名俺の恋力創造にやられかけている河童がいたが、気にかけている余裕はない。

 お互いから放たれた光の奔流がぶつかり合う。耳をつんざく激しい爆音と共に、衝撃波が飛び散り始めた。

 吹き飛ばされそうになる。だが、退かない。まだスペルは終わっていないんだ。均衡し合う特大レーザーは、徐々にだが俺の方へと押し返されていた。

 ――――負ける、か……!

 

「霊夢への愛は幻想郷一ィ――――――――――――ッ!!」

「くたばれエロ男ォ――――――――――――ッ!!」

『『『…………』』』

 

 とても決戦とは思えない叫びが幻想郷中に木霊する。遥か下方からギャラリー達のなんとも言えない空気が伝わってきた。ごめんなさいぃ! でも、これが俺なんですぅ!

 

「うらららぁっ!」

「って、ぎゃー! いつの間にかマスパが目前に!」

 

 あちこちに気を向けすぎたのか、均衡していたはずのマスパが一気に襲来してきていた。俺の霊力砲も加わっているので、威力はお得な二倍なり!

 本日二度目のマスパ被弾。目の前が光で埋め尽くされる中、俺はポツリと呟く。

 

「あ、俺死んだわ」

 

 瞬間、俺は想像を絶する激痛と共に意識を失った。

 

 

 

 

 

                   ☆

 

 

 

 

 

「……やれやれ、疲れた」

 

 面倒くさそうに欠伸を見せつつも、トスンと華麗に着地する私、霧雨魔理沙。子供のころから乗り回してきたコイツの扱いは、もうお手の物だ。着地くらい軽い軽い。

 

『雪走! しっかりしてよ雪走!』

『――――ぅ……?」

『あ! 気が付いた!? 良かった――』

『……最後に』

『え? 何、よく聞こえないよ雪走――――』

『……最後に、霊夢の胸が揉みたかった……』

『ゆ、雪走ぃ――――――――――――っ! 胸なら私が後でいくらでも揉ませてあげるから、気を確かに持ってぇえええっっっ!!』

「……騒々しいなあいつら」

 

 ベッタベタなテンプレシーンを繰り広げているにとりと雪走に軽く溜息をつく。あいつら、今日初対面じゃなかったか? 人見知りのにとりがあそこまで仲良くなるなんて、珍しいこともあったものだ。なんか地味にアブナイ発言かましているし……ホント、どうしたにとり。

 

「キミは相変わらず無茶をするね。心配で胃がねじ切れるかと思ったよ」

「ん……香霖か」

 

 背後から話しかけてきた男――香霖の方を向く。

 本名を森近霖之助というこの男は、以前私の実家である『霧雨道具店』で働いていた半人半妖だ。今は魔法の森の外れで『香霖堂』とかいう古道具店を営んでいる。線が細いうえに眼鏡をかけているので大人しそうに見えるが、何気に戦闘力はあるので嘗めることはできないというなんとも面倒くさい男である。ちなみに、『香霖』というのは屋号。

 香霖は溜息を一つつくと、酒の入った杯を差し出してきた。

 

「おぉ、気が利くじゃんか香霖。さんきゅー」

「まぁ魔理沙が勝利したことに変わりはないからね。僕からのささやかなご褒美だよ」

「ご褒美って……お前はいつまで私を子供扱いする気だ?」

「はてはて、なんのことかな」

「相変わらずムカつくぜ、お前は」

 

 明後日の方を向き、あからさまに誤魔化す香霖。そのどこか大人びた動作に、私はこっそり嘆息した。

 ……相変わらず、手強い。私の好意に気付いているのか分からんが、ここまで飄々とした態度を取られると日頃悩んでいる私自身が馬鹿らしくなってくる。暖簾に腕押し、糠に釘。まったく手ごたえがないコイツを攻略するのは、やはりというか骨が折れそうだ。

 ――――私も雪走みたいにオープンに行った方がいいのかな。

 

「何か言ったかい、魔理沙?」

「なんでもねぇよ」

 

 どうせ今の呟きも聞こえていただろうに、すっとぼけてくる。そういうところがムカつくんだよ、お前はさ。

 

「まぁいいや。香霖、アリス達のところで一緒に飲もうぜ」

「喜んでご相伴に預からせてもらうよ。タダ酒よりうまいものはないからね」

「現金だな」

 

 くつくつと笑う香霖は、相も変わらず捻くれていて。

 こんなところは、なんか嫌いにはなれないのだ。

 

 

 

 

 

                   ☆

 

 

 

 

 

「結局負けちゃったわね、紫ご自慢の雪走君は」

「初心者だもの。アレでもよく頑張った方よ」

 

 そうは言いつつも少し悔しそうに表情を歪めているあたりが、紫の性根を表していると私は思う。

 もうかれこれ八百年ほどの付き合いになるけれど、素直じゃない性格は昔からまったく変わらない。胡散臭いとか怪しいとかいろいろ言われている割には、まだまだ子供なのよねぇ。

 

「なにニヤニヤしてんのよ、幽々子。また嫌味なこと考えてるんでしょ?」

「あらあら、相変わらず勘の鋭いことで」

「少しは隠そうとかそう言う気持ちはないワケ……?」

 

 はぁ、と額に手を当て肩を落とす紫。しかし口元が吊り上っているので、この掛け合いを楽しんでいるということが明らかだ。そこは腐っても親友同士ということらしい。軽口を言い合える仲というのは、いつの時代も貴重なものである。

 それにしても。私は立ち上がると、人だかりのできている方へ視線を向ける。

 先ほどから河童が騒いでいるそこには、弾幕ごっこで傷つき気を失っている雪走君の姿があった。体中ボロボロだが、どこか満足げなのは何故だろう。

 永遠亭の月兎に治療される彼を見ながら、私は言った。

 

「彼、なかなか面白いわねぇ。気に入っちゃったわぁ」

「……アンタが人間を気に入るなんて、珍しいわね」

「そんなことないわよぉ。妖夢ちゃんだって半分人間なんだし、別段不思議でもないわ」

 

 まぁ妖夢の場合は『半人前』だから放っておけないというのもあるけど。

 雪走君は、普通の人間とは違った面白さがある。幻想郷に住みたがるような奇妙な価値観もそうだし、『愛を力にする』なんていう可愛い能力を持つのも、理由の一つだ。周囲から浮いているようで浮いていない彼を見ていると、興味が尽きない。

 

「機会があったら、なんて言ったけれど、前言撤回ね。今すぐに連れて帰るわ」

「いきなり拉致したら霊夢が泣き喚くんじゃないかしら」

「そこは貴女の仕事でしょ? 状況説明、よろしくねぇ~♪」

「はぁ……八つ当たり食らうのは私なんだからね……」

 

 そうは言いながらもお願いを聞いてくれるんだから、紫は優しいわぁ。

 さて、思い立ったが吉日ね。さっそく白玉楼に連れて帰りましょうか。忠実な庭師の名前を一つ呼ぶ。

 

「妖夢」

「……お呼びですか、幽々子さま」

「あそこで寝ている博麗の旦那さん、連れて帰るからよろしくね」

「御意に」

 

 短く頷くと、妖夢はカチューシャリボンをフリフリ揺らして雪走君の元へと歩いていく。忠実なのはいいけれど、もう少し自分に素直でもいいんじゃないかしらと思う今日この頃である。

 そろそろお暇しましょう。良い退屈しのぎも手に入ったことだし、ね。

 

「じゃあ、私は帰るわね」

「なるたけ早く帰してあげてよ? 霊夢もその子も、お互いがいて支え合ってこその二人なんだから」

「分かってるわよ」

 

 私だって最低限の良心は持ち合わせている。愛し合う二人を長期間引き裂くなんて鬼畜な真似、するはずがないじゃない。

 

「どうかしら。幽々子だしねぇ」

「一言多いわよ、紫」

「それはお互い様」

 

 それもそうか。どうも歳をとると口が回っていけない。もうちょっと若々しくいないとね。

 がやがやと騒々しい宴会。主催者を連れていくことになるけれど、後は紫や神奈子がどうにかしてくれるだろう。便利な部下もいることだし。

 

「さて、帰りましょうか。妖夢」

「はい」

 

 ちょっとだけマイペースな不思議少年を手土産に、私は白玉楼への帰路に着いた。

 

 

 




 東方のカードゲーム『Vision』買いました。一回も勝てないよ難しいな畜生!
 誰かやっている方がいればご一報を。そして、評価・感想・批評などお待ちしています。


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マイペースに葛藤

 


『好きだよ、霊夢』

『ひゃいぃっ!?』

 

 優しい笑顔でいきなりそんなことを言い始める威。突然のことに、私は顔を赤くするとともに鼓動が速くなるのを感じた。と、唐突にも程があるんじゃないの!?

 威は普段ならば絶対に見せないような純粋な笑みを向けると、私の頬に右手を添えてくる。

 

『初めて会った時から、ずっと好きだった。キミの顔も、身体も、性格も。霊夢の全部に、俺は虜なんだよ』

『あぅ……やっ……ぇ……?』

 

 威の顔がすぐ近くにある。恥ずかしさのあまり、言葉らしい言葉を発することができない。喉の奥からようやく絞り出して出すことができたのは、赤ん坊のようなか細い声だけ。全身が硬直し、思考も曖昧になってきている。

 今私はどうなっているのか。状況を掴むために周囲を見渡そうと試みるが、正体不明の力が私の動きを阻害する。顔を一寸たりとも動かせず、威の顔から目を背けることができない。

 

『霊夢、愛してる……』

『――――――――っ!!』

 

 妙に艶っぽい声で告白をした威は、左の手も頬に置くと顔の距離を近づけはじめた。ゆっくりと、狙いを定めるかのように接近してくる威。

 あぁもうなになになんなのよ一体! ってうわわわわっ! 顔が顔が近いって威ぅううう!!

 

『…………』

『うぁああ……んんん……』

 

 威が目を瞑る。逃げられない。これはもう逃げられない。覚悟を決めて、私も両目を閉じる。

 吐息が唇を湿らせ、柔らかい感触が私を襲い――

 

 

 

 

 

                       ☆

 

 

 

 

 

「……夢オチって、正直死にたくなるわよね」

 

 夏のうだるような暑さに顔をしかめつつ、私は盛大に溜息をついた。

 蒸し風呂状態の部屋で寝ていたからだろうか、全身が汗でぐっしょり濡れてしまっている。気持ち悪い。なんか、特に下半身の辺りがヌメヌメと糸を引いたような嫌悪感で……、

 

「っ!」

 

 嫌な可能性に思い当たり、私は全力で赤面状態になる。巫女なんていう聖職者が、最も想像してはいけない状況。漏らしたわけでもない、この独特の液体はもしかして。

 

「……お風呂、入ってこよう」

 

 とりあえず、今は着替えることが先決だ。巫女服が汗で重い。お風呂でスッキリして、早く朝食の準備をしないと。

 軽い自己嫌悪に陥りかけるが、気を取り直して馬鹿の名を呼ぶ。

 

「威ぅー、風呂沸かしてくれなーい?」

 

 …………シン、と静まり返った博麗神社内から威の声が返ってくる気配はない。というか、人っ子一人いないような感じだ。

 

「出かけてるのかしら」

 

 朝からアイツが外出するなんて珍しい。いつもなら居間で蜜柑食べているか、境内の掃除をしているはずなのに。というか、威が外出するほどの知り合いが幻想郷にいただろうか。

 ……あぁ、なんか考えるのが気怠くなってきた。なんか頭もガンガンするし、昨日飲み過ぎたかなぁ――

 

『歓迎会を始めるわよぉーっ!』

「……あ」

 

 はた、と足を止める。そういえば、昨日は威の歓迎会をやっていたはずだ。勿論主催者は私。しかし、後片付け云々をした記憶は全くない。基本的に酒で記憶を失う性質ではないため、本当にやっていない。

 昨日の記憶を遡ってみる。確か、挨拶を終えた後にレミリアに呼ばれて、そこでワインを飲まされて……、

 

「……ワイン、飲んじゃってるじゃない」

 

 原因は驚くほど単純だった。ワインを飲んで酔いつぶれてしまったのだ。私の唯一の天敵である、ワイン。あの洋酒だけはどうしても強くなれない。葡萄が駄目なのかしら。

 風呂場に行こうとしていた脚を、居間に向け直す。威がいないなら沸かすのも面倒くさい。身体を拭いて、着替えるだけにしておこう。

 

 箪笥から巫女服を取り出すと、すでに濡れそぼっている服とサラシ、下着を脱いだ。

 

「んっ……」

 

 肌が外気に触れて、ちょっとだけ声を上げてしまう。あんな夢を見たせいか、身体が敏感になっているようだ。夏とはいっても入ってくる風は冷たい。身体が撫でられる度に、キュンと切なくなってくる。

 

(……ちょっとだけなら、いいかな)

 

 今ならば、誰もいない。多少声をあげても、バレることはない。溜りに溜まった欲求を晴らすなら、今の内だろう。

 幸い裸だ、汚れることもない。私は目を閉じると、先ほどの淫夢を思い出しながら胸と下半身に手を伸ばし――

 

「……その格好、雪走君が見たら悶絶するわよ?」

「わっきゃぁあああああああああああああああああああっっっ!?」

 

 慌てて炬燵に入り、身体を隠す。焦っていたので下着類を放置したままだが、そんなことに気を回している余裕はない。気が動転して、それどころではないのだ。

 先ほどとは別の意味で火照っている身体をなんとか鎮めると、林檎の如く赤くなっているであろう顔で目の前の紫ドレスを睨みつける。

 

「ちゃんと玄関から入ってこいこの不法侵入スキマ妖怪!」

「不法侵入以外は褒め言葉として受け取っておくわ」

 

 いつか威と会った時と同じく、天井からスキマを伝って出現した紫。この阿呆にはそろそろプライバシーの重要さを身を以て知ってもらわねばと思う今日この頃である。藍あたりが制裁してくれないかしら。

 紫は胡散臭いほど優雅に着地すると、私が顔を出している方の反対側から炬燵に入ってくる――

 

「って、入るんじゃないわよこの変態!」

「今の状況を客観的に見て、どちらが変態か説明してあげた方がいいかしら?」

「ひ、人のプライバシーを粉砕して入ってくるような奴は変態よ! 犯罪者よ!」

「誰もいないからって自慰行為に及ぶ淫乱巫女に言われたくはないわね」

「なっ……!」

 

 恥ずかしさとか怒りとか、いろんな感情が混ざりに混ざって顔から火が出そうだ。『淫乱巫女』という単語が私の羞恥心をガリガリと削り始めている。清く正しい博麗の巫女が淫乱であってはいけないはずなのに……やろうとしたことがやろうとしたことなので、強く反論できない。

 で、でもっ! こういうのって年頃の女の子ならみんなしてるでしょ!?

 

「だからって居間で堂々とはしないと思うわよ? 普通は厠とか、風呂場とかじゃない」

「そんなの知るかぁーっ!」

 

 そもそも論点はそこじゃあないでしょう! 今は紫が不法侵入してきた件について問いただしているのに、なんで私が説教されないといけないのよ!

 怒りを込めて再び睨む。視線に「早く本題に入れコノヤロー」という気持ちも込めて。

 

「まぁ本題っちゃあ本題なんだけどね。でも、わざわざ霊夢に言うことでもないかなぁ。どうせしょうもないことだし」

「しょうもないことでプライバシーを覗き見するのかアンタは」

「うーん。だって私が持ってきた情報は雪走君の居場所くらいのもんだし……」

「オイ待てコラ。紫今アンタなんて言った?」

「え? 人里の鯛焼きは格別ねって」

「一瞬で話すり替えるな!」

 

 威の居場所、なんていう私が今タイムリーで欲しているネタを持ってくるあたり、コイツは人外だと思う。最終的にはブン屋に依頼しようと思っていたので、手間が省けた。……まぁ、コイツのことだからどうせ裏で何かしていたのだろうけど。

 紫はこともなげに座布団に座り込むと、スキマから取り出した紅茶を上品に啜りつつ、しれっと言い放った。

 

「雪走君、白玉楼で修行するそうだからしばらく帰ってこないわよ」

「……霊符・夢想封印……!」

「ちょっと待ちなさい霊夢! なんで私が襲われないといけないのよ!」

「うっさい年増! どうせアンタと幽々子が裏で何か取引したんでしょー!」

「…………てへっ☆」

「よしきた封印タイムだコラー!」

 

 大幣片手に紫の胸ぐらを掴む私。今は全裸だが、幸い紫しかいないので自重しない。これがイラスト付きの作品じゃなくてよかったと心から安堵している。

 

「選びなさい紫。封印されるか、滅されるか」

「何の違いが!」

「あらお言葉ね。封印は身体は残るけど、滅殺は全部消えちゃうのよ? それくらい考えればわかるでしょ紫なんだし♪」

「アンタは封印したうえで滅殺しそうだから両方却下!」

「嫌ならさっさと威連れ戻してこい!」

 

 居候を勝手に連れて行かれてこちとら日常生活に支障をきたしているのだ。私の大切な便利アイテムを持って行かれて、黙っているわけにはいかない。

 とりあえず裏の池にでも捨てて、玄爺の話し相手にでもしてやろうと意気込む私。しかし紫はその場を凌ぐためなのか、私の顔を指差すとこんな言葉を漏らした。

 

「そ、そんなに怒るってことはやっぱり雪走君に依存しているってことじゃなくて?」

「……何を馬鹿らしいことを。アイツはただの居候よ。便利なだけの、同居人」

「あの子が来てから笑顔が増えたわよね、霊夢。これはただの偶然かしら?」

「…………」

 

 思わず押し黙ってしまう。確かに、威が来てから笑うことが多くなったような気がする。

 昔から笑わなかった無表情女だとは言わない。それなりに人生楽しんでいたし、愉快でもあった。……でも、今の暮らしは以前に比べてはるかに楽しいということもまた事実。

 

「そろそろ認めてもいい頃じゃない? 貴女の、雪走君に対する感情の真意を」

「……アホらし」

 

 だが、認めるわけにはいかなかった。博麗の巫女として。そしてなにより、私の馬鹿らしいほど高いプライドに懸けて。自分から負けを認めるなんて、私の流儀に反する。

 

「いや、好き嫌いに勝敗は関係ないんじゃ……」

「否よ、紫。何事にも勝ち負けはある。今回だってその例には漏れない。私が威に惚れている? 馬鹿も休み休み言いなさい。そんな乙女みたいな展開誰が望むか!」

「少なくとも、私及び幻想郷の住人諸君、そして画面の前の同志達は望んでいると思うけど……」

「と・に・か・く! 私は威なんかに惚れたりしてないから! わかったらさっさと帰れ馬鹿!」

「分かったわよ……」

 

 「結局怒鳴られただけじゃない……」と肩を落として去る紫。本当、何をしに来たのだろうか。

 紫がスキマの奥に消え、居間は再び静寂を取り戻す。私一人以外は誰もいない。本当の静寂が博麗神社を取り囲む。

 

「……静か、ね」

 

 こんなに静かなのはいつ以来だろうか。いつもならば、威がいるから騒がしいのに。

 心なしか、胸の奥が疼いてくる。おかしい。一人でいる方が、好きだったはずなのに。異変に駆り出されるよりも、一人でお茶を啜っていた方が幸せだったはずなのに。

 視線の先に脱ぎ散らかされた巫女服が入る。あぁ、そういえばまだ全裸のままだったっけ。身体はすっかり冷えてしまい、濡れていた下腹部も乾ききっていた。

 

「魔理沙の所にでも、行こうかな」

 

 このまま一人でいても辛いだけだ。気を紛らわせるためにも、あの悪友のもとに転がり込もう。

 新しい巫女服を着て、魔法の森へと飛行する。

 紫にあれだけの啖呵を切ったあとなのに、私の脳内から威の存在が消えることは無かった。

  




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マイペースに白玉楼

 なんとか二週間で更新。遅れましたぁ……。


 俺が目を覚ますと、視界の先は知らない天井だった。

 

「……いや、混乱している場合じゃないな。とりあえず現状把握」

 

 何やら暖かい布団が被せられているが、その気持ちよさに負けて寝入ってしまう前に記憶を遡る。

 えーと、確か俺の歓迎会を開いたんだよな。そんで霊夢が酔い潰れて、東風谷を泥酔させて、霧雨さんと弾幕ごっこして――――!?

 

「って、そうだ! 結果は、結果はどうなった」

「あ、起きましたか?」

「うひゃおえい!」

 

 突然背後からかけられた声に、隠れビビリな俺は世にも奇妙な悲鳴をあげて飛び上がってしまう。世間体とか社会的尊厳とか、そういうのを一切合財投げ捨てて驚いている俺は現在十七歳である。世間一般ではそれなりのプライドと意地で生きているはずの男子高校生は、恥も外聞もかなぐり捨てて漏らしかけました。

 しかし俺は格式高い博麗の居候。霊夢の名を貶めないためにも、大人な対応で臨まねば。

 俺はなんとか立ち上がると、パンパンと服に付いた埃をはたいてにっこりと笑った。

 

「どうもご機嫌麗しゅう。雪走威と申しみゃっ」

 

 噛んだ。それも盛大に。

 

「……っ……(ぷるぷる)」

(全力で笑い堪えていらっしゃるぅー!)

 

 二本の刀を携えた銀髪ショートカットの少女は、ポーカーフェイスを維持しながらも肩を明らかに震わせていた。声を出して笑わないあたり、気を遣われているのだろうか。

 ……なんにせよ、恥ずかしい。穴が無くても掘って飛び込みたい。

 

「鬱だ、憂鬱だ……」

「……そ、そこまで落ち込むことでもありませんよ。ほら、間違いなんて誰にだってあるじゃないですか」

「美少女の目の前で盛大に台詞噛むような男は滅亡すべきなんです」

「びしょっ……!? い、いやいやいやいや! 私が美少女なんてそんな大それた! おこがましいにも程があるというか!」

「……は? いやいや、どう見ても美少女じゃないですか。鏡をよく見た方がいいですよ?」

「ぁ……うぅ……」

 

 顔を赤らめ恥ずかしそうに俯く少女。そんな表情も可愛いが、俺としては渾身のボケをスルーされたことの方が地味にキツかったりする。ボケ殺しな子だなぁ。

 ……って、こんなことしている場合じゃないや。今の状況を把握しないと。頬に手を当て何やら自問自答している少女に質問を投げかける。

 

「そんな美少女だなんて……いやでも殿方の言うことですし本当かも……」

「あ、あのー。ちょっと質問いいっすか?」

「本当だったら嬉し――――は、はい!? し、質問ですか! いいですとも! じゃんじゃんお聞きください!」

「は、はぁ。じゃあお言葉に甘えて……」

 

 なんだこの子。急にハイテンションになったな。情緒不安定か?

 

「まぁとりあえず名前を教えてください。いつまでもあなたとかキミとか呼びづらいんで」

「あ、申し遅れましたね。私は魂魄妖夢(こんぱくようむ)と言います。この白玉楼の庭師兼雑用係のようなものです」

「……白玉楼?」

「はい。この屋敷は冥界でも随一の大屋敷。西行寺幽々子様のお住まいである白玉楼です」

 

 冥界、と言いましたか妖夢さん。つーことは、あの世ですよね?

 ……。

 …………。

 

「……そうか。霧雨さんもとうとう人殺しに……」

「いや、雪走さんは死んでいませんから。弾幕ごっこの後に幽々子さまのご命令で私がお連れしただけです」

「命令? なんでまた」

「さぁ……」

「『さぁ』って……適当すぎやしませんか」

「私には幽々子様の御真意は図りかねますので」

 

 そりゃそうだろうけれども。それを言われると俺本当になんで連れてこられたのかまったく分かんないじゃないか。

 うぅむ、と一人頭を抱える俺。今頃霊夢は何をしているのだろう。昨日酔い潰れてから、二日酔いになったりしていないだろうか。あ、風呂も沸かしてないや。片づけもやってないし……いかん、心配になってきた。

 一人なんだか明後日の方向に思考を向けている俺を他所に、妖夢さんはいたって冷静に次なる行動を指示してくる。

 

「じゃあとりあえず、幽々子様の所に案内します。ちょうど朝ごはんもできていますし、食卓で詳しいことはお聞きになればよいかと」

「はぁ……まぁとりあえず、ゴチになります」

 

 なにはともあれ腹ごしらえだ。空腹状態だと上手く考えが纏まらないし。

 寝室を出ていく妖夢さんの後へと続く。タイミングを計っていたのか、丁度良いタイミングで俺の腹の虫が奇声をあげていた。

 

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

 

 

「ようこそ白玉楼へ~♪ 私がここの主、西行寺幽々子よぉ。気軽にゆゆちゃんって呼んでね♪」

『…………』

 

 朝っぱらから衝撃的なものを見てしまった俺は果たしてどういう行動を取れば正解なのだろうか。

 妖夢さんに連れられて向かった居間。『まさに和食!』といった数々のご馳走が並べられている先に、青い着物モドキを着たほんわか美人さんがいたのだ。

 おそらく彼女が幽々子様とやらだろう、と俺なりに堅苦しい挨拶をした直後に……コレだ。

 見た目は確かに見目麗しいが、どこか紫さんと似通った雰囲気を醸し出している。良く言えば若々しい。悪く言えば痛々し――

 

《……それ以上言ったら生と死の境界を失くすわよ》

(ひぃいいいいいいいいい!!)

 

 突如として脳内に響いてきたゆかりん十七歳の脅しヴォイスに、思わず全身が硬直してしまう俺。聞かれてた! 俺の思考読んでるよこの人! 個人情報保護法って知ってますか紫さん!

 

「……どうしたのぉ~、雪走君?」

「い、いえ! なんでもありませんでございますですはい!」

 

 全力で敬礼。深々とお辞儀。あんま迂闊なことをしていると俺の人生が二秒で瓦解する。

 ……ま、まぁとりあえず気を取り直そう。問題は隣で立ち尽くしている妖夢さんだ。何やら「なんだこの未確認生物は」みたいな表情で幽々子さんを見ていますが、どうしましたか貴女。

 妖夢さんは恐る恐ると言った様子でゆっくりと口を開く。

 

 

「幽々子様が……」

「うん? 妖夢、私が何か――」

「幽々子様が、マトモに他人と会話していらっしゃるっ……!」

「ちょっと失礼」

 

 妖夢さんの主従関係とは思えない失言に青筋をビキビキ浮かべた幽々子さんは、その癒し系キャラからは想像もつかないスピードで妖夢さんを抱え上げると隣室へと姿を消していった。……何か声が聞こえる。

 

『よぉむぅ、貴女も良いご身分になったものねぇ……』

『も、申し訳ございません幽々子様! で、でも珍しいなぁって思ったり思わなかったり……。幽々子様って八雲様と同じくらい引き籠りな節があるから、私としては喜ばしいって気持ちもあるんですよっ』

『…………極刑』

『いやぁあああああああ!! お慈悲をっ、お慈悲をぉおおおおおおおお!!』

 

 ドカバスゴキグチャベチャガスッ! なんて感じの、美少女二人が発するべきではない暴力の効果音が聞こえてくるのは、気にしない方がいいだろう。うん、仕方ないよね。家来なんだし。

 

「……ごめんなさいねぇ、ちょっとウチの半人前が恥ずかしいところを見せちゃって」

「いえ、問題ありませんよマドモワゼル」

 

 襖を開けて戻ってきた幽々子さんの顔には、非常に爽やかな汗が浮かんでいた。……そして、その背後には無意識にモザイクをかけてしまうレベルで肉塊となってしまっている元・庭師の姿もあった。

 この人と紫さんだけは怒らせてはいけない。心によぉく刻んでおこう。

 一人の尊い犠牲により場も充分和んだところで、本題に入る。

 

「あの、幽々子さん」

「ゆゆちゃん」

「いや、その、幽々子さん……」

「ゆゆちゃん」

「……ゆゆちゃん」

「はい~? なんでも聞いてね雪走くぅ~ん♡」

 

 何だこの人。ある意味紫さんよりタチ悪いぞ。

 

《じゃあ私も『ゆかりん』って呼んでもらおうかな》

《くらえ必殺十八禁エロ同人妄想二十連発八雲紫版っ……!》

《きゃぁああああああっっっ!! いやっ、いやぁあああああああっ!!》

 

 目標は沈黙。これでしばらくは大人しくしてもらえるだろう。

 

「幽々……ゆゆちゃん、聞きたいことがあるんですけど……なんで俺を白玉楼に連れて来たんですか?」

「う~んとねぇ、私の気まぐれとか面白そうだったとか理由はいっぱいあるんだけど……」

「(嫌な予感しかしねぇ!)」

「……まぁ、一番おっきな理由は、キミに強くなってほしいからかな?」

「…………へ?」

 

 嫌な予感どころか、予想外すぎる答えが返ってきたので間抜けてしまう。俺に、強くなってほしいから……?

 ゆゆちゃんは扇子で口元を優雅に隠すと、柔らかな笑みを浮かべる。

 

「霊夢の旦那さんを務めたいのなら、やっぱり力は必要でしょ? でも、魔理沙との弾幕ごっこを見た限りだと、今の雪走君はちょっと力の強い妖精にも負けちゃうかも。そんなんじゃ、博麗の一員になるどころか、幻想郷の強豪メンバーになることさえ難しいわぁ」

「……厳しいですね、幻想郷って」

「みんな妖怪とか人外ばかりだしねぇ。……でも、私はキミを気に入った。頑なに霊夢の為に強くなろうとする雪走君の愚直さが、面白いなぁって思ったの」

「……修行でも、つけてくれるんですか?」

「ある程度はね。とりあえず、そこら辺の中級妖怪には負けないレベルまでにしてあげる。……後は紅魔館とか、永遠亭に任せるとして」

「紅魔館? 永遠亭?」

「うぅん、こっちの話。とにかく、キミが望むなら、私は全力でキミを強くしてあげるわ」

「お願いします」

 

 即答だった。当り前だ、迷う必要なんてない。強くなる、そのためなら俺は誰にだって教えを請う。それがたとえ悪人だったとしても、俺は強くなってみせる。

 ゆゆちゃんは虚を突かれたように目を丸くしたが、すぐに「ふふっ」と口元を綻ばせた。

 

「やっぱり、雪走君は面白いわねぇ。霊夢の旦那さんには勿体ないくらい」

「お褒めに預かり光栄です。美人さんに褒められると嬉しいですね」

「どう? 不倫って、興味ある?」

「霊夢に殺されかねないので全力で遠慮しておきます」

「そう、残念」

 

 そこで心底残念そうに溜息をつかれると、変な意味で罪悪感に駆られるので勘弁してくれませんか。

 

「それじゃあ、修行は明日から始めるわ。今日はとりあえずゆっくり桜でも眺めておきなさいな」

「よろしくお願いします」

 

 のほほんとしているが、やはり頼りになりそうなゆゆちゃん。もしかしたら、俺は結構運がいいのかもしれない。

 明日から修行が始まる。強くなるために。霊夢を守れるように、頑張るとしよう。

 

 

 

 

 

 ……朝飯がすっかり冷めてしまっていたのは、ここだけの話だ。




 次回もお楽しみに♪


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マイペースに親友

 今回は霊夢視点。修行編では威と霊夢を交互で行きたいと思います。


 魔理沙の家は、魔法の森に入って二十分ほど歩いたところにある。

 『霧雨魔法店』という看板のかかったその建物は、壁のあちこちに蔓が巻き付いているため廃墟にしか見えない。なんでこんなド辺境に家を建てようと思ったのか。相変わらずあの親友の考えはよく分からん。

 

「って、よく見ると扉の金具も錆びてるし……ちゃんと手入れしなさいよ魔理沙……」

 

 面倒くさがりもここまで行くと逆に凄い。あのお転婆娘はどこまで窮地に陥れば手入れを始めるのだろうか。いつも箒持ってるくせして掃除だけは嫌がるんだから。どこまで我儘なのよあの馬鹿。

 やれやれと溜息をつきつつも、ドアをノック。

 

「……いない、か」

 

 まだ時刻は昼ごろ。霖之助さんと同じくらい蒐集癖のある魔理沙なら、この時間は紅魔館あたりで魔法書を物色しているかもしれない。またパチュリーに愚痴を言われるわけだ、あそこの瀟洒なメイドさんは。可哀想とは思わないけど、一応手だけは合わせといてあげるわ、咲夜。

 魔理沙がいつ帰ってくるのかは分からない。だけど、今日は他に行く宛もないので大人しく待ってることにする。幸いなことに今は夏だ。凍える心配がないので、待つのも苦にはならない。

 扉の前に、膝を抱えて座り込む。なんとなく落ち着かなかったので、膝とお腹の間に顔を埋めてみた。

 

「威……」

 

 無意識にアイツの名を呟いてしまい、思わず口を閉じる。

 ……さっきから、ずっとこんな感じだ。少しでも気が緩むと威の名を呼んでしまう。我慢しようとしているのに、どうしても止まらない。

 なぜだろうか。アイツが来るまでは、ずっと一人だったのに。なんでこんなにも、アイツのことが気になるんだろうか。友人の一人にすぎない、あの外来人のことが。

 明らかに初対面の男性に対する感情じゃない。まるで、昔どこかで会ったような……、

 

 

 ……コト、

 

 

「……ん?」

 

 膝を立てていたせいなのか、スカートのポケットから何やら小さな石のようなものが落ちた。……赤い、勾玉だ。

 しかしそれはただの勾玉ではなく、反対側に同じ形状のものがはめ込めるようになっている。二つ揃えば、珠になるような形のソレは――

 

「……陰陽、玉?」

 

 博麗に伝わる秘宝。妖怪を封じる宝具の一つで、私が弾幕を放つときにも補助代わりに使っている便利アイテムだ。本来の用途はイマイチ分からない。投げつけるのかもしれない。

 そんな感じのアイテムであるコレ。でも、ちょっとばかし小さすぎる。根付ほどの大きさしかない。どう見ても、戦闘用ではない。……というか、

 

「なんで半分しかないのよ」

 

 問題はそこだ。ポケットに入れたまま洗濯してしまい、粉砕したというのなら理解はできる。でも、こんな綺麗に壊れるとは思えない。この外れ方はまるで、わざと解体して誰かに渡したかのよう。

 

 

『ぜったい、また会おうね!』

 

 

「っ!?」

 

 不意に、妙な映像が脳裏に浮かんだ。幼い私が誰かに手を振っている、そんな光景が。

 慌てて周囲を見渡す。……誰もいない。ということは幻術と言うわけでもなさそうだ。純粋に、私の記憶。

 五歳ほどの私が手を振っていた。誰かに向かって、健気にも全力で。夕方まで一緒に遊んで、帰宅する友人に別れを告げるときのように。『また会おう』と、約束していた。

 ……でも、それ以上のことはまったく思い出せない。

 

「なんだったんだろ、今の……」

 

 威のことで思い悩みすぎているのだろうか。少し休まないと。疲れているのかもしれない。

 どうせまだあの魔法使いは帰ってこない。せっかくだから、この場所を借りてひと眠りするとしよう。どうせ私を襲うような妖怪はこの森にはいない。心配事は無い。

 同じくポケットに入っていた紐に勾玉を通してペンダントにすると、首にかけた。なんとなく、捨てるのが憚られたのだ。

 身体を丸め、目を閉じる。

 

「……おやすみなさい、威」

 

 そこに彼はいないのに。またしても呼びかけてしまう。

 ――あぁ、これは相当重症だ。今度永琳に診察してもらおう。こんなにも胸が締め付けられるように痛いんだから、相当な病気かもしれない。

 そんな見当違いな思考をしていたら、私はいつの間にか眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

 

 

「――だからって、私の家の前で寝落ちするのはさすがに少女としてどうかと思うんだが」

「うっさいわね……」

 

 魔理沙に思い切り拳骨を落とされて悲鳴と共に私が目を覚ましたのは、既に空がオレンジ色に染まり始めた時刻だった。カラスの鳴き声が遠くから聞こえてくる。ずいぶんと寝ていたようだ。

 痛む頭を撫でながら私は目の前で呆れたように腕を組んでいる親友を見上げる。

 

「おはよ、魔理沙」

「もう日暮れだぜ。時差ボケも大概だな」

「何時間も居眠りしていたらそりゃ時間も狂うわよ……」

 

 パンパンと埃をはたくと、立ち上がる。その勢いで、首にかけている勾玉がふわりと跳ね上がった。

 目ざとく魔理沙が反応する。

 

「なんか洒落たモンつけてるな。雪走にでも貰ったのか?」

「違うわよ。偶然見つけたの。捨てるのももったいないから、こうしてペンダントにしているだけ」

「ほぅ、珍しいな。基本的に実用的なもの以外は使い捨てるくせに」

「たまにはいいでしょ。気が向いたのよ」

 

 あの記憶のことは、言わない。どうせ言っても首を傾げられるだけだろうし、私としても人に言うようなことじゃないと思っているから。思い出すときに思い出すだろう。

 身体がすっかり凝ってしまっている。コキコキと肩を鳴らしていると、扉を開けた魔理沙が私を呼んでいた。

 

「雪走は幽々子が拉致したし、今日は泊まるだろ? 飯の用意するから手伝えよ」

「料理以外なら任せなさい」

「できないわけじゃないんだから面倒くさがるなよな……」

 

 そうは言いながらも最低限の仕事しか人に任せない魔理沙はやっぱり良い奴だと思う。霖之助さんはいい加減この子の魅力に気づくべきじゃないかしら。生活が一気に楽になると思うのだけれど。

 まぁ何もしないのも悪いし、食器の用意でもしておこう。

 

「そういえばさぁ、霊夢ぅー」

「なぁにぃー?」

 

 箸を丁寧に二膳並べながら呼びかけに応じる。む、箸置きがないわ。あれがないと箸が汚れちゃうんだけど……。……仕方がないか。

 さて、お次はコップでも並べますかね……、

 

「お前、よくもまぁあんな大勢の前で雪走にキスできたよな」

「はぇっ!?」

 

 突然の衝撃発言に素っ頓狂な声を上げてしまい、両手からコップが零れ落ちる。〈パリィーンッ!〉という甲高い音が家だけではなく森中に木霊したように聞こえた。

 コップの破砕音を聞きつけ、慌てて居間へと舞い戻ってくる魔理沙。

 

「あーあー、こりゃまた盛大にやってくれたな霊夢……」

「ご、ごめんなさい……」

「いや、そこで珍しく殊勝に謝られるとこっちも調子が狂うんだが……なんだ、そんなに恥ずかしかったのか?」

「ちょ、ちょっと待って。え? 私が威にキスしたって?」

「あぁ、そうだぜ?」

 

 破片を集め、雑巾がけをしながら魔理沙はしれっと答えた。対して、私は全力で混乱の真っ最中である。頭の中がぐちゃぐちゃで、うまく思考を纏められない。

 えぇっ、私がキスした? 威に? いつ!?

 

「どういうことよ魔理沙!」

「こっちが聞きてぇよ。なんであんな大胆な真似したんだか――――え、もしかして覚えてないのか?」

「…………(コクン)」

「そっか……まぁワインであんだけ酔ってたしな……」

 

 納得したようにしきりに頷く魔理沙。なるほど、レミリアに勧められたワインの影響で、そんなトチ狂った暴挙に出てしまったのか。なるほどなるほど。酔っていたのなら、仕方がない――――

 

「――訳ないでしょ私のバカァアアアアアアアアアアア!!」

「うるせぇよ」

 

 なにやっちゃってんのよ私! なんでキスなんかしちゃってんの!? しかも公衆の面前で! ファーストキスなのよ!? もうちょっとシチュエーションとか考えて計画的にやっておくべきだった――って、そうじゃないそうじゃない! なんで威とキスする方向で考えてるのよ! よく考え直しなさい霊夢。あんなマイペース馬鹿のどこがいいのよ。性格悪くて馬鹿で理解の悪い居候じゃない。ちょっと使い勝手が良くて、たまに優しくて、雑用とかやってくれて……うぅ、早く戻ってきなさいよ威ぅ。

 

「なんだかんだでやっぱり好きなんじゃないか雪走のこと」

「そ、そんなわけないでしょ何言ってるのよ魔理沙はやっぱり馬鹿ねオホホホー!」

「うん。非常に分かりやすいリアクションありがとう。逆に尊敬するわ。そこまで動揺しておいてまだ自分の気持ちを否定するのか」

「当然よ。私がアイツのことを好きだなんてあり得ないわ」

「面倒くさい女だぜ……」

 

 なんで魔理沙も紫も同じこと言うかな。いいじゃないの、私は別にアイツのことなんともおもってないんだから。本心にケチ付けないでよね!

 ふん、と鼻を鳴らすが、魔理沙は突然不服そうな顔をした。私を責めるように、ジト目で睨んでくる。

 

「な、なによ……」

「……いや。雪走のことを『好きじゃない』って言う度に苦しそうな顔してるお前が可哀想だなって思ったんだよ」

「っ。……なによそれ。新しい冗談? 面白くないわよ」

「本気だよ。お前と雪走、どう見ても好き合ってるじゃんか」

 

 今までのふざけた態度を一変させ、真面目なトーンで言葉を続けてくる。まるで私を責めたてているかのように。威に対する私の態度を咎めるかのように。

 

「お前さ、どうしてそんなに否定するんだ? チャチなプライドのせいで、アイツがどれだけ苦労してんのか分かっているのか?」

「……苦労してるって、なによ。告白されまくって困っているのは私の方だってのに」

「本当に困っている奴は、寝言でソイツの名前を言ったりしないんだよ」

「っっっ!? まさか、聞いて――」

「そろそろ気付いてあげてもいいんじゃないか? 別に雪走のことが嫌いって訳じゃないんだろう」

「…………」

 

 私だって、薄々分かっていた。威のことをどう思っているのかなんて、気付いていたのだ。この思いがどういう感情からくるものなのか。十五歳にもなれば嫌でも悟る。

 ……でも、これをそう簡単に認めるわけにはいかない。私は幻想郷を守る博麗の巫女なのだから。恋愛ごとに気を取られている余裕はないのだ。まだ、今は早い。

 

「年頃の女が言う台詞じゃないよなー」

「うっさい魔理沙。アンタも根性なしのくせして。霖之助さんにチクるわよ?」

「ばっ! 香林は関係ないだろ!?」

「仕返しよバカ魔理沙」

 

 暗くなってしまった空気を察したのか、おちゃらけた口調で場を和ませてくれた。こういうところは助かる。なんだかんだで、私のことを考えてくれる彼女はやっぱり良き親友だ。

 親友だけど、こういう大事なところも似ているってのは複雑よねぇ。

 

「ま、とにかく今日は飲もうぜ。紅魔館で咲夜から日本酒貰ったんだ」

「ワインじゃないのなら、喜んでいただくわ」

 

 台所に調理の続きへと向かいながら、魔理沙は笑った。彼女も分かっているんだろう、私の難儀なプライドを。分かっているからこそ、余計なお節介をするし、フォローもしてくれる。実は幻想郷一真面目な魔理沙は、他人の事を思いやる人間なのだ。だから、頼りになる。

 

「……ありがと、魔理沙」

 

 返事は聞こえなかったが、それでよかった。私達の間に言葉なんていらない。お互いを分かりあう気持ちさえあれば。

 

 

 ――――そろそろ気付いてもいいんじゃないか?

 

 

「……そろそろ、か」

 

 この気持ちを受け入れられる日は、いつになるのだろうか。私がこのくだらないプライドを捨て去る日は、いつ来るのだろうか。

 あまりにも愚かしい私自身に、無意識にも溜息を漏らしてしまうのだった。今頃、彼は何をしているのだろうと物思いに耽りながら。

 

 




 次回もお楽しみに♪


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マイペースに冥界の空

 更新です♪
 今回は威視点ですが短め。間の息抜きとでも思ってもらえれば幸いです。
 


 修業は明日から。そう言い渡された俺はしばらく白玉楼内を探検すると、縁側に座ってぼーっと空を見上げていた。現世と違って色彩豊かな空がない冥界。黒一色で染められた空を見ていると、不思議な気持ちになってくる。冥界の空気にあてられたせいであろうか、心がざわざわと酷く落ち着かない。

 霊夢の顔を見てないせいもあるのだろう、もやもやとした気持ちが首をもたげはじめ、恋しさが募る。彼女に会えない寂しさに、思わず溜息をついてしまう。

 俺の心境を表すかのように暗い天空を見ていると、ふとこんな歌を呟いてしまった。

 

「……嘆けとて、月やはものを思はする。かこち顔なる、我が涙かな」

 

 およそ千年前に生きた歌人、西行の詠んだ歌だ。自然と人間の関係について深く感じ、情趣を突き詰めていった伝説の歌人。歴史で習ってから、俺が最も尊敬する偉人でもある。

 この歌は、そんな西行の歌の中でも恋愛感情について詠まれたもの。自らの恋しさを、月のせいにするという捻った発想が生み出した傑作だ。その凄さは後世にも讃えられ、こうして俺の記憶にも刻み込まれている。

 しかし……月も出ていないのにこんな歌を詠むと、違和感がハンパないな。

 

「……おもしろい歌ですね」

「妖夢さん」

 

 俺の歌を聞いて、感想を述べるのはこの白玉楼における世話係、魂魄妖夢さんだ。つい数時間ほど前までは別室にて肉塊として放置されていたのだが、どうやら復活を果たしたらしい。さすがは半人半霊。生命力も半分は化け物クラスと言うことか。

 妖夢さんは茶と饅頭を載せたお盆を置くと、俺の隣に座った。湯飲みを手渡してくる。

 

「落ち着きたいときには、お茶がオススメですよ」

「あ、ども。わざわざすみません」

「いえいえ、お気になさらず」

 

 こういったことには慣れているのか、俺の謝辞に照れることもなく対応する彼女。饅頭を上品に食べ始めると、俺と同じようにして空を見上げる。

 

「……つまらない空でしょう? そちらと違って雲も太陽もない。ただの漆黒が支配する冥界。陰の気が溜った空気は吸う人の心を荒ませる。明るい要素なんて何一つないですもん」

「そういう表現をされると返す言葉もありませんけど……でも、ここはここで良いところだと思いますよ。静かだし、落ち着きがあって俺は好きです」

「珍しいですね。変わってるって、よく言われませんか?」

「毎日言われますよ」

 

 主に家主の方から一日四、五回の頻度で言われます。そんなにおかしいのか、俺は。

 妖夢さんは口に手を当てくすりと微笑むと、目を瞑った。冥界の空気を感じているようだ。

 

「……私は半分幽霊ですから、冥界の空気が好きなんです。本来いるべき場所ですし。でも、半分人間だから居座ろうとは思えない。難儀な性質ですよ」

「へぇ……じゃあ、なんでこんなところで庭師なんかを? 人里あたりで働いても良いでしょうに」

「あはは、色々と理由はあるでしょうけど……一番はやっぱり、幽々子様の存在ですかね」

「幽々子……もとい、ゆゆちゃんの?」

「はい」

 

 言葉と共に向けられた笑顔には一片の虚偽も含まれてはいなくて。彼女がどれだけゆゆちゃんのことを慕っているのかが手に取るように分かった。

 空に視線を移し、遠いところを見つめる妖夢さん。

 

「大食いで我儘で自己中で無茶苦茶でひきこもりで穀潰しで本当にどうしようもないお方なんですけど……」

「…………」

 

 そこまで言うか、というツッコミは心の中にしまっておく。

 俺に向けた言葉のはずなのに、まるで自分に再確認するように、彼女は噛みしめながら言った。

 

「それでも、あの人は私の主で、最も尊敬に、信頼に値するお人なんですよ」

「……羨ましいですね、そういうの」

「雪走さんと霊夢も、似たようなものじゃないですか?」

「え?」

 

 思わず妖夢さんをまじまじと見つめてしまう。確かに多少の信頼関係はあるとは思っているが、彼女達ほど固い絆で結ばれているとは思っていなかった。俺は大好きだけど、いつも拒絶されているし。正直言っていいように使われているだけだと思うんですが。

 

「そんなことありませんよ。貴方達は私達から見ても、これ以上ないくらい信頼し合っています」

「そうですかねぇ……」

「霊夢は恥ずかしがり屋ですから。そういった自分の弱い感情は表に出さないんですよ」

「ツンデレって大変ですね」

「筋金入りの捻くれ者ですし。苦労しますね、雪走さん」

 

 同情の視線を送ってくる妖夢さん。嬉しいやら情けないやらで、俺としては溜息をつくしかない。霊夢って万人共通の厄介者なんだな。

 饅頭を食べながらしばらく雑談に興じていると、妖夢さんが何やら見つけたらしく、眉を少し吊り上げた。

 

「あれ、その根付……」

「根付? ……あぁ、携帯のストラップですか」

 

 妖夢さんの視線の先を辿ると、俺と共に幻想入りした携帯電話が。それには白い勾玉のストラップが一つだけついている。球体を半分にしたような、そんな形状の勾玉が。

 携帯電話を持ち上げると、ストラップを弄りながら苦笑する。

 

「いつ、誰にもらったのかとかまったく覚えてないんですよね。でも、昔小さい頃に誰かから貰ったはずなんですよ。今じゃすっかりお守り代わりです」

「へぇ……なんかいいですね、そういうの。ロマンチックで。案外幼馴染に貰ったとかじゃないんですか?」

「幼馴染なんていう魅力的な存在がいれば、ですけどね」

 

 生憎俺にはそういった関係の友人はいないため、その線はまずないだろう。ロクに友人もいなかったくらいだし。

 出所不明な怪しさ満点の勾玉なのに、なぜだか捨てようとは思えなかった。持っているとなんか安らいだ気持ちになれるんだよな……。勾玉って、そういうものなんだろうか。

 今は思い出せないが、いつか記憶が蘇ることもあるだろう。無理して回想する必要はないのだから。

 ……それよりも、やっぱり霊夢の事が気になってしまう。アイツはあぁ見えて物ぐさだから、帰ったら家の中がゴミ屋敷になっているかもしれない。霧雨さん辺りが助けてくれるといいが。

 俺の不安げな表情を見た妖夢さんはお茶を注ぎ直すと、

 

「……霊夢なら、大丈夫ですよ」

「え……?」

「金の亡者で素直じゃなくて暴力主義で単細胞で妖怪を見たら即退治するような直感巫女ですけど、霊夢なら大丈夫です。安心していいと思いますよ。少なくとも、野垂れ死ぬことはないでしょう」

「いや、そういう心配はしていませんが……」

 

 というか、そこまで言いますか。博麗の巫女って幻想郷では慕われている職業とばかり思っていたのだが、そういうわけではないんだろうか。守矢の二柱もからかっていたし、案外軽んじられているのかもしれない。

 

「博麗の巫女自体が軽く見られているわけではないんです。ただ、霊夢は性格が性格ですから、堅い態度とか役職とかを嫌うんですよ。私も、『私はただの貧乏巫女なんだから、気を遣わないでくれ』って言われちゃいました」

 

 あはは、と恥ずかしそうに後頭部を掻く妖夢さん。おそらく、霊夢は妖夢さんみたいな同年代(幽霊だから実年齢は違うかもしれないが)の友人に距離を置いてほしくなかったのだろう。何気に寂しがりやな霊夢は建前とは正反対に一人であることを嫌う。なんだかんだ言いつつも霧雨さんとの付き合いをやめないのはそのためだ。口では『一人がいい』と言っていても、内心誰かと共にいることを望んでいる。

 難儀な性格だなーとか、思ったり思わなかったり。

 

「……本当に好きなんですね、霊夢の事」

「そりゃ好きですよ。彼女への愛は幻想郷一……いえ、宇宙一です」

「凄い自信ですね」

「自覚がありますから」

 

 一目惚れから始まった霊夢への愛だが、今ではどんなバカップルにも負けないくらい彼女のことを愛していると断言できる。霊夢がどう罵ってこようが、この気持ちは変わらない。筋金入りなんだよ。

 結局そのまま、数時間妖夢さんと雑談し続けた。時間の経過に気が付いたのは、俺の腹が盛大に鳴き始めたのを聞いたからだ。携帯電話の時計を見ると、午後七時。

 

「結構長い間喋ってましたね。晩御飯の準備してきますよ」

「美味しい料理、期待してますね?」

「思わず成仏しちゃうほどご機嫌な出来にしてきます♪」

 

 成仏は正直困るんですけどね。

 妖夢さんが調理場へ歩いていく。その背中を見送りながらも、俺は再び霊夢のことを考えるのだった。

 

 




 次回もお楽しみに♪


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【番外編】マイペースにクリスマス

 イヴですが、クリスマス番外編でございます。皆さん楽しんでますかー?
 一応注意書きをば。

※注意!

 ・今回はあくまで番外編です。本編の進行具合とは異なりますのでご容赦を。
 ・月日陽気さん作【東方文伝録】との連動要素がございます。まずはそちらからお読みくださると、より快適に、楽しく、気持ちよく読了できるかと思います。
 ・石を投げないでください。
 ・霊夢党ハーメルン支部の諸君は感想にて威を虐めないでください。
 ・感想、待ってます♪

 それでは用法用量を守って正しくお読みください♪


 夜の中庭にしんしんと雪が降り積もる。かれこれ一週間近く振り続けているソレは、地面を覆い隠して雪合戦が余裕でできるほどに蓄積していた。

 俺が幻想郷に来てから半年ほど経つが、人里から離れたところにある博麗神社はとても静かだということに今更ながら気付かされる。まぁそれも当然か。四方を森に囲まれたこの神社を訪れる参拝客なんてたかが知れているし、そもそも妖怪が闊歩する幻想郷においてこんな夜中に外出するような命知らずはまずいない。いたとしても守矢の風祝か、ウチの最強巫女くらいのものだ。……あ、後は森の魔法使いも。彼女は面倒事が大好きだから。なんか人間ばかりで複雑な気持ちだ。もっと頑張れ妖怪。

 

 現在の時刻は午後八時。いつもならば妖怪達が集まり、雪見の宴と化すはずの時間であるが、今日ばかりは彼らも大人しくしている。珍しく気を遣ったのだろうか。傍若無人な自己中の集まりの癖に、そういう点においては理解のある方々だ。別にお願いしたわけでもないのに、よくもまぁやってくれる。

 

 台所から鶏肉を焼く香ばしい匂いが運ばれてきた。貧乏で有名な博麗神社にはあまりにも似つかわしくないそれに思わず苦笑を浮かべてしまう。こういう日くらいはご馳走を食べても罰は当たらないだろうと、俺の持参したお金を崩して彼女がわざわざ買ってきたのだ。俺はどんな食事だろうが気にしないのに。彼女にはそういう【行事】が気になるらしい。

 

『今日は特別な日なんだから、ご馳走食べないと駄目なの! 私だって食べたいんだからいいの!』

 

 今朝顔を真っ赤にしてそう叫んでいたのだが、果たして本音はどちらだろうか。おそらく後者であることは予想するまでもない。あのツンデレは自分の本心を表に出すことを嫌うが、欲望に関しては全面的に押し出してくるんだから質が悪い。もう少し女の子らしいロマンチックな台詞を言えないものだろうか。

 

 かくしてご馳走の材料を買い揃えてきた彼女は台所に引き籠ると、同時に俺を縁側に追いだした。なんでも料理ができるまで楽しみにしておきなさいとのお達しである。非常に嬉しい限りではあるが、この寒空の中外に放り出すことはないだろうと思う。さっきから寒すぎて震えが止まらない。

 

 することもないのでぼけっと雪を眺めていたのだが、さすがに暇だ。せっかく雪があるんだから雪だるまでも作ってしまおう。立ち上がると、予想以上に積もった雪に手を入れて雪玉を作っていく。

 コロコロと転がすごとに大きくなっていく雪玉。芯なんてないはずなのに、なんでこんなに丈夫なのか分からない。雪と言うものは俺達が想像する以上に硬い物質なんだろうか。化学には疎い俺だから、そういう反応はよく分からない。

 

 雪玉に新たな雪がくっつくザクザクという音と、台所から時折聞こえる彼女の鼻歌がなんとも心地よいハーモニーだ。周囲が静かなせいもあるのだろう。二つのBGMがいい具合に混ざり合い、俺の心を癒してくれる。

 

 一時間ほど雪玉を転がし続けると、俺の肩ほどまでに大きくなった。これは身体だ。頭を作るためにもう三十分ほど転がし続ける。……よし、できた。

 小さな方を大きな方に乗せると、立派な雪だるまの完成だ。

 

「……ちょっと斜めになっちまったな」

 

 首を傾げているように見えなくもない。頭は斜めについているのに、しっかりと固定されてしまって動く様子は微塵もない。違和感がある上に滑稽な雪だるまになってしまったが、作り直すのも勿体ないのでバケツを被せてから木の枝を突き刺し、石ころで目と鼻、口を作って完成させた。……なんか腹立つ顔だなコイツ。

 俺を見下しているような、それでいて微笑みかけているようにも見えるコイツの表情に、無意識に吹き出してしまった。なんて顔をしているんだ。悩みなんてまったくない、愉快な表情だ。見ているこっちまで悩むのがバカらしくなってくる。

 

 ――なんだか和んだ表情で雪だるまを眺めていると、突如として魔法の森上空が光に包まれた。

 

 けたたましい爆音と共に、空中に大輪の花が咲く。それにしても、花火にしては光が強すぎるような……、

 

「……あぁ、そういえば霧雨さん達が『射命丸家のために花火を上げるんだ! 弾幕で!』とか張り切ってたな」

 

 記憶喪失の居候と幻想ブン屋は、今頃仲睦まじく寄り添っているだろうか。レミリア嬢やフラン嬢まで協力していたから、おそらくそんじょそこらの花火とは比べ物にならないほど綺麗なはず。霊夢も料理中じゃなかったら一緒に見れたのに、と一人寂しく苦笑を浮かべる。タイミングと運の悪さは相変わらずピカイチな俺だった。

 花火と雪。正反対の季節で見られるはずの風物詩。そんな両者が織りなす空中芸術。幻想郷ならではの光景だなぁと、らしくもない情趣溢れる感想を漏らす。どうせ誰も聞いてやしない。どこからともなくひょっこり現れるスキマ妖怪は、この時期は布団の中で冬眠の真っ最中だ。式神達の困惑した表情が目に浮かぶ。藍さんには来年の春まで頑張ってほしいところである。

 

『いけっ、チルノ! 盛大にぶちかませ!』

『あいあいさー! 【凍符・パーフェクトフリーズ】ッ!!』

 

 霧雨さんの掛け声で空へと躍り出た氷の妖精によって、降り積もっていた雪と輝く花火が一瞬にして氷漬けになる。光をそのままに冷凍できているのは、彼女の力量ゆえだろうか。妖精だから馬鹿にはされているが、実際滅茶苦茶凄いと思う。……こんなこと言うと本人は調子に乗るから、言わんけど。

 空にふわふわ浮いているチルノが勢いよくこちらを向いた。明らかに目が合っている。……ニヤリと口元を吊り上げる。

 

『お次は博麗の二人へ! 氷の妖精からのクリスマスプレゼントさっ!』

 

 チルノが拳を握り込む。ピキ、というひび割れ音がしたかと思うと、氷の結晶が一斉に砕け散った。

 先ほどまでそれぞれで空を彩っていた花火と雪が、小さな氷の結晶となってキラキラと降り注ぐ。花火よりも美しく、雪よりも幻想的な光景が冬空を包み込んだ。

 

「すげ……」

 

 思わずそう呟いてしまったのは致し方ないことだろう。こんなにファンタジックな氷の芸術、『外』にいた頃からは考えられない。魔法や秘術、不思議能力が未だに存在する幻想郷だからこそ有り得る光景なのだ。しかもこれは彼女達からの無償のプレゼント。合理性と利益しか考えない俺達外来人にしてみれば、嬉しいことこのうえない。じわりと涙が浮かんでくるのが自分でもわかった。

 

「へぇ……チルノもやるじゃない。綺麗ね」

 

 空に見惚れていたからか、背後に近づく気配に気づかず不意にビクッと飛び上がってしまった。驚いた。料理していたくせに、突然登場するから心臓に悪い。

 俺の反応に嘆息すると、呆れたような顔をする霊夢。

 

「後は時間を待つだけだから縁側に来てみれば……子供かアンタは」

「い、いきなり出てきた霊夢が悪いんだろっ」

「なによ、いつ出てきても私の勝手でしょ? このビビリ」

「反論の余地はないけどとりあえず胸揉ませて」

「夢想天生……!」

「究極技はご勘弁!」

 

 自慢の黒髪を逆立たせて霊力を高め始めたので、慌てて床に額を擦り付ける。冬なのに、なんか額が摩擦熱で異常な温度を叩きだしていた。最近土下座に磨きがかかってきている気がして、複雑な気持ちになる。

 割烹着装着の巫女さんは一通り俺を虐め終えると、床が冷たいにもかかわらず隣に腰を下ろした。そして、頭を俺の右肩に乗せてくる。……紫さん特注シャンプーの良い匂いが俺の鼻腔をくすぐった。心臓がトクンと跳ね上がり、盛んに収縮運動を開始する。

 

「き、今日はなんか素直だな。どうしたデレ期かツンデ霊夢?」

「うっさいわね。今日は特別なのよ。明日からは死ぬほどツンツンしてやるんだから」

「自覚があるならもうちょっと優しくしてくれても……」

「イヤよ。ていうか、『ツンデレの黄金比はツン9:デレ1なのだよ!』とか早苗と配達屋に偉そうに語っていたのはアンタでしょうが」

「……しまった」

「自業自得ね。このバカ威」

 

 にひひ、としてやったりな笑みを浮かべる霊夢。しかしすぐに真剣な表情になると、空を見上げはじめた。花火と氷で勢いづいたのか、チルノと霧雨さんが弾幕ごっこを開始していた。いつもに比べてチルノが善戦しているように見える。……あ、霧雨さんが一機やられた。

 

「……ねぇ、威」

「なんだ?」

 

 二人の弾幕戦をぼんやり眺めていると、不意に霊夢が俺の名を呼んだ。声のトーンが真面目だったため、茶化すのをやめて普通に答える。こういうときの霊夢は真剣だ。馬鹿にすると後で絶対後悔するというのは身に染みて分かっている。

 霊夢は頭を乗せたまま俺の右腕を抱いた。その抱き方は愛おしそうにも、どこか絶対に離すまいとしているようにも思える。子供のように、頑なに。俺の腕を抱いたまま、言葉を紡ぎだす。

 

「来年も、一緒に過ごせたらいいわね」

「……ホント、びっくりするほどデレるな霊夢よ」

「言わないでよ私も恥ずかしいんだから。女の子の照れを煽るなってのー」

「まぁそれでも可愛いのは相変わらずだけど」

「バカ……」

 

 そして普段通り赤面してそっぽを向く。もはや形式美とも言えるこのくだりは今や幻想郷公認だ。紫さん直々の公認宣言なんだから、自信を持っていい。

 霊夢のらしくない問いに、俺は答えなかった。代わりに、右腕を自由にしてもらうと彼女の肩を抱き寄せる。……霊夢の赤面率が三割上昇した。

 俯いてなにやら言葉にならない呟きを漏らしている霊夢に笑顔を向けつつ、俺は俺なりに自分の気持ちを表現する。彼女を抱いている手に力を入れる。

 

 

 【ずっと一緒にいよう】という気持ちを込めて、抱き締める。

 

 

「……口で言いなさいよ不器用なんだから」

「うっせ、お前が言うなっての」

「なによバカ。お互い様とでも言いたいワケ?」

「お、分かってるじゃねぇか。以心伝心?」

「ぅ……うるさいわよ、この歩くストレッサー」

 

 なんだか懐かしい罵倒をされた気がする。確か初めて霊夢に出会った時に言われた悪口だ。そういえばコイツは昔から口が悪かったよなぁ。

 

 二人寄り添って空を見上げる。直接言葉で言わなくても、俺達の想いはお互いに通じたはずだ。言葉なんて、必要ない。

 

 来年も再来年もその次の年も。ずっとずっと、俺達は一緒に歩んでいくんだ。

 

 霊夢は俺の腕を肩からどけると、もじもじしながら俺の目をじぃっと見つめた。なんだか物欲しそうな表情で、ゆっくりと目を瞑る。……なるほど。

 

「クリスマスだから、キスしてほしいと」

「空気くらい読みなさいよこのマイペースバカ!」

 

 なんか全力で殴られた。悪気はなかったのに、理不尽だ。

 「もう……」大きな、それはそれは大きな溜息をつくと、彼女は再び目を閉じた。……ここは、男らしく覚悟を決めるしかあるまい。

 霊夢の両肩に手を置き、俺も目を瞑るとゆっくりと唇を近づけていく。

 

 

 ――――離れるわけねぇよ。こんなにお前のことが好きなんだからさ。

 

 

 霧雨さんが放つマスタースパークの輝きが、なんだか俺達を祝福しているように思えたのは気のせいではあるまい。

 

 

 




 次回は本編、霊夢編です。お楽しみに。
 感想お待ちしています♪


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マイペースに射命丸家

 今回は『東方文伝録』の主人公『沙羅良夜』が出てきます。前回から言っていますが、本作は『東方文伝録』との連動要素を含みます。そちらの作品も同時にお読みいただくと、さらに深く楽しめるかと思います。

 それでは、お楽しみください♪


 家族って、なんだろう。

 私にも親と呼べる存在はいた。父親の顔は見たこともなかったけれど、今の私そっくりな、少しだけスタイルのいい母親がいた。幻想郷中から【博麗の巫女】と呼ばれ、親しまれていたお母さん。

 異変を解決するたびに宴会を開き、紫と飲み比べをし、みんなで笑っていた。豪快で酒飲みで泣き上戸で最強なお母さん。女手一つで私を育ててくれた、優しい優しいお母さん。

 正直に、素直に面と向かって言うのは恥ずかしくて口には出せなかったけど、そんなお母さんが私は大好きだった。スペルカードルールもなかったから、妖怪退治の度に傷だらけになって帰ってくるお母さんが、私の誇りだった。私の手を握る、決して綺麗とは言えないお母さんの手が、私は大好きだった。

 昔、お母さんにこんなことを言われたことがある。

 

 ――――霊夢、この世で一番大切なことって何か、分かる?

 

 幼い私は特に考えることもなく、ただお母さんの手を握りながら無邪気に「わかんなーい」と笑っていた。

 そうしていつものように私の頭を優しく撫でると、口元を綻ばせて言い聞かせてきた。

 

 ――――霊夢はまだ小さいから分からないかもしれないけど、今からお母さんが言うことをちゃぁんと覚えておきなさいね?

 

 ――――うん? ……うん、わかった!

 

 ――――よし、いい子ね。

 

 私の返事を待っていたのか、とても柔らかな笑みを浮かべるお母さん。でも、その顔はどこか真剣で、子供ながらにもふざけてはいけないと認識させられた。

 お母さんはゆっくりと、噛みしめるように言葉を紡ぐ。

 

 ――――いい? 霊夢。この世で一番大切なことはね、『さようならとありがとう、そして大好きは言えるときに言わなくちゃダメ』ってことよ。

 

 ――――ダメー?

 

 ――――そう、ダメ。これだけは、絶対に守ってね? とってもとっても大事なこと。人生はいつ何が起こるか分からない。だからこそ、この三つの言葉だけは絶対に言いそびれちゃダメよ。わかった?

 

 ――――うん! お母さん、大好きー!

 

 ――――ふふっ、ありがとう。私も大好きよ、霊夢。

 

 そう言ってまたわしゃわしゃと頭を撫でるお母さんの表情は、今思い返せばどこか憂いを帯びていたような気もする。

 そんなことを言い聞かされ、私も素直に頷いた一週間後。

 

 

 

 お母さんは、私の前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

「――――ぅ……?」

 

 窓から差し込む朝日の眩しさに、思わず目が覚めた。鬱蒼としているはずの魔法の森にも日差しは届くらしく、夏の暖かな陽だまりがぼんやりと存在を主張しているのがわかる。

 耳を澄ますと、ぐつぐつという鍋の音が台所の方から聞こえてくる。どうやら、魔理沙が朝ごはんを作ってくれているらしい。相変わらず早起きで、優しい親友だと苦笑まじりに思う。対して、私はどれだけ呑気な奴なんだろうとも。

 寝癖でボサボサになった髪は後で直すとして、まずは巫女服に着替えよう。泊まる頻度がそれなりにあるため、霧雨家に置いたままにしているスペアの衣装を身にまとう。……ちょっと埃っぽいが、いたしかたあるまい。

 

「……それにしても、ずいぶんと懐かしい夢を見たものね」

 

 昨日に引き続き、珍しい夢ばかり見ている。疲れているのだろうと思うが、基本的に食う寝る遊ぶの三大欲求を全力で満たしている私の生活において、疲労なんていう現象が姿を見せることは滅多にないのだが。やはり、あの馬鹿がいないせいもあるのだろうか。

 リボンをしっかり結び終えると、枕元に置いていた陰陽玉ペンダントをつける。なんだかよくわからないが、つけておかないといけない気がしたのだ。これを付けていないと、あの馬鹿が消えてしまいそうに思えて。自分でも、非科学的な理論だとは思う。

 

 すべての準備を終えると、居間に出る。すでに朝食の準備は終わっているようだ。パンとシチューを並べていた魔理沙は、私の顔を見ると朗らかな笑顔で「おはよう」と声をかけてきた。

 

「おはよー」

「あいっかわらず寝坊助さんだな霊夢は。もちっと早く起きて用意を手伝ってくれてもいいんだぜ?」

「私の辞書には『欲求に逆らうことなかれ』としか書かれていないのよ」

「真っ先に香霖堂に売り払うことをお勧めするな」

 

 軽口を叩き合いながらも席に着く。茸メインな山菜シチューに、思わず喉がゴクリとなった。

 

「食い意地張ってんなー」

「良いでしょ別に。マシな食事取るようになったのは威が来てからなんだから」

「しっかり養ってもらっちゃってまぁ……すっかり夫婦だな、お前達」

「はいはい、そうですねー」

 

 最近幻想郷内ではお約束になりつつあるやりとりに辟易しつつも、シチューを飲み始める。……くそぅ、反論できないくらい美味しいじゃないの。なんでコイツはこんなに料理ができるのか、意味が分からない。

 

「花嫁修業の一環だからな。恋する乙女はサイキョーなのさ!」

「ふーん。あ、バターとってよ魔理沙」

「無視かよ……」

 

 がっくりと項垂れる悪友がなんだか微笑ましい。霖之助さんが世話を焼きたがるのも分かる。

 そんなこんなで朝食を食べ終えると、私は荷物を纏めて霧雨家の扉を開けた。

 

「なんだ、もう行くのか? ゆっくりしていけばいいのに」

「ちょっと行きたいところができたのよ。昨日はいきなり押しかけてごめんなさいね、魔理沙。泊めてくれてありがとう」

「……お前が素直にお礼を言うと気持ちが悪いな」

「どういう意味よ!」

 

 私をどういう人間だと思っているんだ、お前は。

 深い溜息をつく。能力を使用して少し浮いたあたりで、魔理沙が不意にポツリと漏らした。

 

「いつでも来いよ。相談相手ぐらいなら、なってやるからよ」

「……ありがと」

 

 私達らしくない会話にちょっと照れくさくなってしまって、私は大急ぎで上昇を開始した。見る見るうちに魔理沙が小さくなっていき、魔法の森が全体図として視界に入る。

 ……さて、じゃあとりあえず。

 

「ブン屋のところにでも、行きますかねぇ」

 

 おそらく仲良く痴話喧嘩を繰り広げているであろう新聞屋を目的地に、私は飛行した。

 

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

 

 

 射命丸文の家は、妖怪の山でも頂上近くに存在する。あのプライド高き鴉天狗だから仕方がないことだとは思うが、もう少し遠慮をしてもいいんじゃないかと自分を棚に上げて考えてしまう。……なによ。私が傍若無人だなんて分かってるわよ。自覚してるっての。

 途中守矢神社にて早苗を少しからかってから、私は新聞屋の扉の前にいた。中からは、案の定二人のやかましい言い争いの声が聞こえてくる。

 

『今日の朝ごはんはパンじゃなくてお茶漬けがいいって言ったじゃないですかぁ!』

『知らねーよそんなの! 初耳すぎて心当たりがなさすぎるわ! つーかつべこべ言わずに食え! 残したら豊穣神に突き出すからな!?』

『残念でした今は夏だから穣子さんはお休み中でーす』

『揚げ足取りがうぜぇえええええええええええ!!』

 

 ……どんな喧嘩だ。

 熟年夫婦もびっくりなくだらなさに頭痛と眩暈が併発しそうだ。一年前からそうだが、この二人はいい加減くっついたらいいんじゃないかと切に思う。

 バタバタと騒がしい効果音に冷や汗を全力でかきながらも、私は私なりにまったく遠慮なしで扉を開いた。

 

「ちょっとお邪魔するわよ――――――――っ」

 

 扉を開いた先の光景に、思考が止まる。あまりにも彼ららしい、日常的なシーンに呆れてものも言えない。

 先ほどまで二人してぎゃーぎゃー騒いでいたバカ二人は何故か床に寝転がっていて、男の方が女の方に覆いかぶさっていたのだ。見ようによっては、今からコトに及びますよと言っているようにも見えないことはなくなくない。

 

『…………』

 

 三人もの生物がいるというのに、空気が凍った。息ひとつ漏らせない緊迫した雰囲気に、タラリと嫌な汗が流れ落ちる。

 件の二人が口をパクパクさせて私を見上げる中、私はちょっといたたまれないような感じで顔を背けると、扉をそっと閉めた。

 

『べ、弁解をさせてぇえええええええええええええええ!!』

 

 妖怪の山全体に響くんじゃないかと思えるくらいの叫びに、私は舌打ち交じりに扉を開く。けっ、イチャイチャシーンを見せつけてんじゃないわよ。

 

「見せつけてねーし! 今のは事故だ事故! れっきとしたアクシデント!」

「そ、そうですよ霊夢さん! そもそも、私と良夜がそんな関係であるはずがありません!」

「お、なぁんだ朝食中なんだ。私もいただくわねゴチになりまぁーっす」

『まさかの空気ブレイク!』

 

 どこまでも仲が良い二人は頭を抱えてうがうが唸っている。うるさいな。おちおち飯を食ってもいられない。

 二人ともなんかしばらく戦闘不能状態なんで、ちょっと説明をしておこう。

 

 全身黒づくめの、なんか変わった格好(本人いわく『詰襟』というらしい)をした銀髪の少年は沙羅良夜(さらりょうや)。一年ほど前にいきなり幻想郷に現れた外来人だ。

 なんか妖怪の山に突然現れたらしく、記憶もなくしていたらしい。覚えているのは自分の名前のみ。このままでは妖怪に食べられて死んでしまうというところに偶然通りかかった文が彼を拾ったということ。滅茶苦茶頼み込まれたらしいが、プライドの塊な彼女が首を縦に振ったという事実が衝撃的だった。意外と甘いのね。

 

 そんで沙羅の隣で同じように這いつくばっているのが件の射命丸文。妖怪の山を治める天狗の仲間で、新聞記者。面倒くさく、しつこい性格をしている意地の悪い鴉天狗だ。私も地味に彼女が苦手。まぁ、沙羅が来てからは少しづつ丸くなっているみたいだけれど。妖怪の山ではこの二人のかけあいがなにかと人気らしい。

 

「どうするんですか良夜! 貴方のせいでまたいらぬ誤解が増えてしまいましたよ!?」

「俺のせいか!? どちらかってーと物を投げ始めてかつ俺を引っ張った文が悪ぃーんじゃねーの?」

「なっ! 居候の癖に家主に向かってその物言い……表に出なさい馬鹿良夜! 今日こそ主の偉大さと言うものをその身に刻み付けて差し上げますよ!」

「弾幕使えねぇパンピー捕まえて殺人予告だと!? 冗談抜きで死ぬわ!」

「……アンタ達、元気ねぇ」

 

 これで居候と家主の関係だと主張するのだから恐れ入る。どう見ても相思相愛なバカップルではないか。見ているこっちが恥ずかしくなるくらいの仲の良さ。素直じゃないわね、この二人。

 

 

 ――――わかってるんだろ? 雪走の気持ちくらい。

 

 

「…………」

 

 居候と、家主。

 まるで私と、威の関係。私達も周囲からしてみれば、こういう風に見えているのだろうか。

 今私が抱いているような感情を、幻想郷のみんなはもっていたのだろうか。だとしたら、素直じゃないのは彼じゃなくて、どう考えても私の方……。

 

「……ど、どうしたんだよ博麗。なんか元気ないぞ?」

 

 いつもの私らしくない、暗い雰囲気に気が付いたのか、沙羅が慌てた様子で顔を覗き込んでくる。どこか威に似た感じがする彼の顔に、思わず顔が赤らみそうになったのはここだけの話だ。

 沙羅につられて、文までもが私を見てくる。……私はそんな彼らに憔悴しきった顔を見せると、絶対に聞こうと思っていた質問を投げかけた。

 

「ねぇ二人とも。……本当の家族って、なんなのかな」

 

 




 中途半端ですが、続きは二話後の霊夢編で。次回は白玉楼、威編です。
 感想・批評コメント・評価など心よりお待ちしています。
 それでは次回も、マイペースにお楽しみに♪


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マイペースに修業開始

 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 東方霊恋記一発目。威サイドからのスタートです。
 それでは早速マイペースにお楽しみください。


 白玉楼生活、二日目。

 現在地は中庭。どうやらようやく修行を開始してくれるらしい。

 

「修業を始める前に、まずはこれを差し上げます」

 

 そう言うと妖夢さんは俺に鉄板のようなものを投げ渡した。ずっしりと重いが、金属板が何枚も重なり合ったこれはいったい……、

 

「籠手ですよ。近接戦闘用の、籠手です」

「……勝手な想像ですけど、妖夢さんとの修行だから刀を使うものだと思ってました」

「幽々子様の指示なんです。なんでも、刀よりはそっちの方が合うだろうからとのことです」

「そうよぉ。雪走くんの戦闘スタイルは、どちらかというと超接近戦寄りなの」

 

 縁側に座って俺達を眺めているゆゆちゃん。扇子で口元を隠すあたりが彼女らしい動作だ。どこか妖艶なその挙動に思わず見とれそうになる。……危ない。

 というか、接近戦寄り? ゆゆちゃんの言葉に疑問を抱いた俺は、首を傾げる。

 

「魔理沙との弾幕ごっこを見た限り、貴方は射撃は得意だけど格闘戦の方が向いてそうなのよ。弾幕を避ける際にも腕で捌こうとしていたし。格闘技の心得があるんじゃない?」

「……まぁ一応、空手とかを少々……」

「でしょ? だから、刀よりも戦い慣れている格闘の方がいいと思ったのよ。だから、籠手」

「はぁ……そういうわけですか……」

 

 よく理解はできないが、ゆゆちゃんなりに俺のことを考えてくれた結果なのだろう。他人の親切を無下にするほど俺も悪い人間ではない。ここは素直に彼女の助言を聞いておく。

 鉄板をスライドさせ、肘から上を隠すほどの長さにしてから装着する。

 

「お、思っていたより重いですね……」

「鋼だからね」

「鉄じゃないんですか!?」

「鉄なんて幻想郷じゃ通用しないわ。ギリギリまで軽くして、せいぜいそのレベルの鋼が限界ね」

「どんな魔境だ幻想郷! 斬鉄剣レベルがゴロゴロしてやがる!」

「近接武器だからね~」

 

 幻想郷の人外っぷりに驚きを隠せないが、考えてみると納得できてしまう。そもそも弾幕ごっこが主流なこの世界において、近接攻撃を主とする人間はほぼいない。以前霊夢から聞いた限りだと、妖夢さんと紅魔館の門番、後は鬼くらいのものらしい。天人は……うん、関わる機会はないだろうから省略しておく。

 しっかし、鋼の籠手ってマジですか。重たすぎて使いこなせねぇだろ……。

 

「ちなみにその籠手、霊夢に装備させてみたらものの数秒で軽々使いこなしていたわ」

「ここで見せろや男の意地ぃいいいいいいいいいいいいいいい!!」

「あぁっ! 駄目です雪走さん! なんか腕の血管が致命的なくらい浮き出してますよぅ!」

 

 霊夢なんかに負ける訳にはいかないと全力を込めて正拳突きを開始するが、なんか腕の先の感覚がなくなってきていた。ぐでんとしているのは、折れているわけじゃないことを祈りたい。

 妖夢さんが慌てて手甲を外し、冷水で腕を冷やしてくれる。

 

「し、死ぬかと……」

「そんなギリギリの状態で修業を始めないでください!」

「ふ、しかし妖夢さん。男には死んでもやらねばならないことがあるのですよ」

「それはきっと今じゃないです! もっと、こう、他にあるはずですよ!」

「霊夢を口説くとか?」

「貴方の霊夢愛は本物すぎますね!」

 

 目を三角にして怒鳴ってくる妖夢さん。彼女にはツッコミの才能があるのではないかと真剣に思う。ゆゆちゃんとコンビを組ませて【幽々子&妖夢】とかで売りだしたらヒットするんじゃなかろうか。

 

「なんかやらしいこと考えてないかしら~?」

「滅相もございません」

 

 この人の勘の良さを忘れていた。即座に煩悩を投げ捨てる。

 さすがにこんな重量のある物体を装備して修行を行うのは現在の俺には不可能なので、今回は素手のまま行うことに。妖夢さんも俺に合わせて無手でやってくれるとのことだ。

 

「わざわざすみません、妖夢さん。俺が不甲斐ないばかりに……」

「いえ、私も修業を始めたばかりの頃は祖父に素手でやってもらっていたんですし……」

「祖父? 妖夢さんのお祖父さんですか?」

「はい。今頃は地底でも探検しているんじゃないですかね」

「な、なんか凄い人ですね……」

「えぇ。自慢の祖父なんですよ♪」

 

 ニコッと微笑む妖夢さんは、本当にその人のことが好きなのだろう。血縁なんだから、当たり前か。

 無駄話もここまで。妖夢さんが左手を前に突き出し、右手を顔の前に構える。俺も同じ構えを取る。これが無手においての基本形らしい。左手は防御の要。右手は顔に迫る攻撃を捌く最後の砦。足は動きやすいように右脚を一歩下げ、斜めに構える。

 俺達の準備が整ったのを確認すると、ゆゆちゃんは扇子をパッと広げて開始を宣告する。

 

「それじゃあ、開始~♪」

「早速いきます……よっ!」

 

 地面を思い切り踏みしめ、一気に距離を詰めてくる妖夢さん。顔の前においていた右手を、身体を捻りながら前に突き出してくる。

 若干慌ててしまうが、左手で軽く腕に触れて軌道を逸らした。咄嗟に左へステップすることも忘れない。妖夢さんを右に流して、なんとか回避に成功した。

 手加減したとはいえ初撃をこうもあっさり躱されるとは思っていなかったのだろう。一瞬目を丸くすると、すぐに口元を吊り上げて笑みを浮かべる。

 

「へぇっ……意外とやりますね」

「それなりにやってましたからね。そんな簡単にやられたら師範に申し訳が立ちませんよ」

「それじゃあ……私が貴方の師範になってあげますよ!」

「期待してま……すっ!」

 

 妖夢さんの手刀が左方から飛来する。腕を立てて防御し、横に流す勢いを利用して中段回し蹴り。しかし、横っ腹を狙った蹴りはなんなく左腕と左足のブロックによって防がれる。

 俺に防がれた手刀を、次は顔面に向かって突き出してくる。刀のような鋭さのそれを、顔を横にずらすことで直撃を免れる。かすってしまったのか、頬にかすかな痛みが走った。

 突きを繰り出したことで妖夢さんは前のめりになっている。左フックで腹部を狙うが、これまた拳を空いていた左手で掴まれて防がれた。

 そのまましばらく膠着状態が続く。

 

「…………」

「…………」

 

 俺達はお互いを見据え、睨みあったままピタリと停止していた。風が葉を揺らす音がやけに響き渡り、ゆゆちゃんが饅頭を頬張る姿が目の端にちらつく。

 だが、俺達はそんなことに気を回す余裕は無かった。……否、もっと別の楽しみに心を奪われていた。

 妖夢さんが不意に口元を吊り上げる。それを見て、俺も表情が緩むのを感じた。

 ゼロ距離にまで詰まった俺達は、おそらく同じことを考えていたのだろう。

 

 

 ――――楽しいっ!

 

 

 拳を重ね合わせて。傷をつけあって。血を流しあって。昭和な感性だと笑われるかもしれないが、俺達は戦い合うことで、確かに分かりあっていた。

 拳を引き、距離を取る。――――一気に地を踏み、駆け抜ける!

 

「はぁぁぁぁああああっ!!」

「でやぁぁあああああっ!!」

 

 拳と拳がぶつかり合い、鋭い痛みが全身に回る。全体重をかけるが、徐々に押されていくのが分かった。

 妖夢さんは剣士だ。無手は専門外。だから多少は不得手だろうし、戦いにくかったりもするのだろう。しかし、彼女はそれでも俺の上を行く。鍛え抜かれた【魂魄妖夢】は、いかなる条件下においても敗北を許さない。絶対的力を見せつける彼女に嫉妬すると同時に、俺はわずかな快感を覚えていた。

 だけど……それでも、俺は負ける訳にはいかない!

 

「ふっ!」

「なぁっ!?」

 

 筋肉を緩め、拳から力を抜く。支えを失った妖夢さんはたまらず前のめりに。勢いを殺せず、そのまま俺の方へと倒れ込んでくる。慌てて体勢を整えようとしているが、人体の構成上咄嗟に動くことはできない。

 俺は妖夢さんの背後へと回り込むと、拳を固めた。狙うは背中。防御もままならない今の状態ならば、確実に仕留めることができる。

 

「もらった!」

 

 身体を捻り、撃ちだされる弾丸と化した俺の拳は、妖夢さんの背部に吸い込まれて――

 

 

 ――その時、俺の視界に白い布のようなものが入り込んできた。

 

 

 柔らかな、逆三角形の布。何かを隠すように丸みを帯びたソレは、周囲の肌色に対比してよく映えている。若干喰いこむように存在しているその布きれは、まさかまさかもしかして。

 

「やっ……いやぁああああああああああああああああっっっ!!」

 

 翻りすぎた緑のスカートを押さえ、顔を真っ赤にしてしゃがみ込む妖夢さん。彼女らしくない生娘の如き叫びに、俺は硬直するしかない。というか、女の子相手にしてはいけないことをしてしまった気がする。

 

「あらあら、妖夢ったら女の子ね~」

 

 ケラケラと笑うゆゆちゃんが今だけは恨めしい。なんか俺絶対に地雷踏んだ。死亡フラグが確実に立った。

 背後でゆらりと立ち上がる気配。放たれる殺気。地の底から這い上がるような呼吸音。

 だらだらと冷や汗を流しつつも、俺はゆっくりと振り向く。

 

 案の定、そこにいらっしゃったのは半人半霊の鬼化した姿。

 

「ゆ、ば、し、り、さぁぁぁぁぁああああん……?」

「ひぃっ! 弁解できないけど理不尽じゃないかな!?」

「問答……無用……!」

 

 腰を落とし、右拳を腰だめに構える妖夢さん。「ふぅぅぅぅ……」と息を吐く姿は、今の俺には死神のようにも見える。左手を翳しているのは狙いを定める為だろうか。なんというか、これは死んだ気がする。

 

「あぁもぉ……不幸だ……!」

 

 どこぞの幻想殺しな台詞をそのままパクッた瞬間、鳩尾に走る形容しがたいほどの激痛。

 ゆゆちゃんの爆笑する声と妖夢さんの怒鳴り回す声を同時に聞きながら、俺は盛大に地面とキスをするのだった。

 修業開始一日目。強くなるには、まだまだ時間が必要だ。

 

 




 次回は霊夢編。【東方文伝録】をお読みいただいてから読むと楽しさ五割増しでございます。是非。
 それでは次回もお楽しみに♪


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マイペースに本当の想い

 連続投稿です。お読みでない方は前の話を読んでからお読みください。


「……本当の家族って、なんなのかな」

『…………』

 

 私が突然投げかけた問いに、文と沙羅は二人して硬直した。いつも元気で騒がしくて傍若無人な私らしくない、真剣な悩みに虚を突かれたのだろう。目をパチクリさせ、お互いに顔を見合わせている。

 質問をそのままに、私はテーブルに顔を伏せた。もう、限界だったのだ。照れ隠しして、空元気見せて。さっきの射命丸家の仲の良さを見て、私の精神的ストレスはもはや臨界点を突破していた。

 視界の外で動揺する二人の気配が感じられる。やはり、困っているようだった。それもそうか。普通に暮らしていて、こんな問いにいきなり答えられるはずがない。

 答えを求めてやってきた射命丸家。でも、こいつらでも分からないなら仕方がないか。

 顔を上げ、席を立とうとする。答えは見つからなかったが、これ以上二人の邪魔をするのも気分が悪い。とりあえずパンだけパクッていこうとした時だった。

 真面目な顔をした沙羅が、不意に言葉を投げかけてきたのだ。

 

「なー博麗。俺が逆に聞かせてもらうけどさ……お前にとっての家族っていったいなんなんだ?」

「…………え?」

 

 あまりにも予想外すぎる沙羅の質問返しに、お次は私の思考が停止する。思わず、彼の顔を呆けた顔でまじまじと見つめてしまった。何を言ってるんだコイツは、と素直な疑問を表情に出して。

 そんな間抜け面丸出しの私を気にした様子もなく、沙羅は真剣な面持ちで言葉を続ける。

 

「家族がなんなのかなんて、誰にもわからねーと俺は思うぜ? 説明できないから、家族なんだと俺は思う」

「……言っている意味が分からないんだけど。頭でもおかしくなった?」

「誰の為に言ってやってると思ってんだてめーは。……だからさー。俺は思う訳ですよ」

 

 沙羅は呆れたように自慢の銀髪をガシガシと掻くと、わずかに濁った彼らしい焦げ茶色の瞳で私を見つめ、こう言い放った。

 

 

「――どんな時でも自分の傍で支えてくれるのが、家族ってもんなんじゃねーの?」

 

 

「――――ッ」

「良夜……」

 

 文が思わずと言った様子で彼の名を呟いているが、私は心臓を掴まれる思いだった。図星をつかれた。心のどこかで分かっていたことを突き付けられた気がして、言葉を失くしてしまう。

 

 どんな時でも自分で支えてくれる存在、か……。

 

 思い返せば、あの馬鹿はどんなときでも、どんな状況でも私の傍にいてくれた気がする。私を助け、私を叱り、私を口説いて。最後の一つは余計な気がしないでもないけれど、彼は彼なりに、出来る限りのサポートをしてくれていたのではないか。そんな威を、恥ずかしいとかプライドとか、そんなくだらない個人の感情で突っぱねていたのは、他でもない私じゃなかったのか。

 素直じゃないのは自分でもわかっている。でも、私は少しでも威の気持ちを考えたことがあったの……?

 沙羅はふっと表情を緩めると、優しく微笑みかけてくる。

 

「素直じゃねーお前だって、もう気づいてるハズだろ? 大事なのは雪走がお前にとってどんな存在かじゃない。――お前が雪走のことをどう思ってるかなんじゃねーのか?」

「私が、どう思ってるのか……」

「そーゆーこと。その天邪鬼な心ともう一度よく話し合いしてみたらどーだ? 話し合って話し合って話し合って話し合って――お前自身が納得できる答えを見つければいーじゃんか。他人の答えなんて、普通は納得できねーもんなんだよ」

「私自身の、心……」

「お前にはお前の、俺には俺の。……そして、雪走には雪走の答えがある。十人十色って言うだろ? 自分と同じ答えを持った人間なんてどこにもいねーよ。違う考えをぶつけ合わせて、初めて分かり合えるんだ。それが一番やりやすい相手……それが家族っていうもんじゃねーのか?」

「…………」

 

 いつもは腹立たしいだけなのに、今回だけは不思議と彼の言葉が心に染み渡っていくのを感じた。素直じゃない私の心が、少しだけ前を向いてみようとしている。

 ずっと一人だったから、臆病になっていたのかもしれない。お母さんがいなくなって、広い神社で一人ぼっちで。そんな中いきなり私の中に入ってきたあの馬鹿を受け入れることが、怖かったのかもしれない。

 もう、大切な人を失うのは嫌だったから。「大好き」と言える相手と、離れ離れになりたくなかったから。

 博麗の巫女としての職業柄なんて、ただの言い訳に過ぎない。私の臆病な心を覆い隠すための、無様な仮面に過ぎない。

 

 ――――それに、うじうじ考え込むなんて私らしくなかった。勘と本能で行動する私が、何を乙女みたいに悩んでいたのかしら!

 

 私を立ち直らせてくれた沙羅の顔を見る。先ほどの憔悴しきった情けない私ではなく、太陽のような、輝かしく可愛らしい『私』本来の表情で。

 

「……ありがとね、沙羅。少しは前に進めそうよ」

「そいつは良かったな。少しでも力になれたってんなら、こっちも嬉しいぜ」

「ええ。それじゃあ、私はもうお暇させてもらうわね」

 

 背中を向け、扉を開く。思っていたよりもいい答えが得られた。これでもう大丈夫。アイツに対して、嫌な感情を持たなくても済む。

 悩みが吹っ切れたら、なんか悪戯したくなってきた。二人仲良く私を送る獲物が目に入ったので、思わず口元が吊り上ってしまう。

 私は家を出る前に立ち止まると、怪訝そうな表情を浮かべる射命丸家の住人に向けて言い放った!

 

「――――文の喘ぎ声は、外に漏れないようにしなさいよ?」

「は、はいぃぃぃいいいい!?」

「ばっ、誰がそんなことするか! いきなり意味不明なテンションの落差見せつけてんじゃねーよ! さっさと神社に帰りやがれ、この腋巫女がぁーッ!」

「あははははっ! 仲良くしなさいよこのバカップル!」

『お前にだけは言われたくない!』

 

 食器やら家具やらが飛来してくるのを回避して、私は大空に飛び立った。訪問する前と比べると、私の心は随分と晴れやかだ。あぁ、こんなにも風と日差しが気持ちいい!

 

「……あら、なんか吹っ切れた顔してるわね。霊夢」

「いきなり隣に現れないでっていつも言ってるでしょうが紫」

 

 飛んでいるのに、スキマを応用して私にぴったりとついてくるスキマ妖怪。神出鬼没する程度の能力は今日も絶好調らしい。ていうか、二日連続でアンタを見るなんて運が悪いわね。

 

「……最近霊夢の私に対する態度が酷いと思うのだけれど」

「妖怪なんてこんなもんで充分よ」

「酷いわ! ……でも、昨日と比べると優しい声色ね。天狗の所でなにか言われたのかしら?」

「いろいろね。記憶喪失のツンデレ野郎に説教されちゃった」

 

 今頃気まずい雰囲気に戸惑っているであろう二人を思い出し、ニヤニヤ笑いが止まらない。うん、やっぱり私はこうでなくっちゃ。じめじめした暗い私なんて、ルーミアにでも食べさせちゃえばいいのよ!

 

「食べさせられるルーミアはたまったもんじゃないわね」

「いいのよルーミアだし。いつも悪戯ばかりしてくるんだからったく……」

「まあまあ。……それで? 雪走君に対する自分の気持ちは分かったのかしら?」

「えぇ、勿論っ」

 

 分かったに決まっている。私が彼にどういう想いを抱いているか。どういう存在になってほしいかなんて。こんなに分かりやすい気持ち、今まで理解しようとしなかった自分自身が馬鹿みたいだ。

 ベタだなぁと早苗は言うだろう。やっとかよと魔理沙は呆れるだろう。貴女らしいわと咲夜は嘆息するだろう。でも、それがどうした! 他人の意見なんてどうでもいい。大切なのは、私の素直なこの気持ち!

 私は右拳を握ると、晴れ渡る空に思い切り突き上げ、高らかに宣言するっ!

 

 

「私は威が大好きよっ、文句あるかバカヤロー!!」

 

 

 改めて本心を確認すると、胸がすく思いだった。あぁ、なんて気持ちがいいのか。ここまで開き直れば逆に恥ずかしくとも何ともない。馬鹿にされる? からかわれる? くだらない! 恋する乙女は全力全壊! 邪魔するものはすべて退治するわよ!

 

「いや、いくらなんでもそこまで開き直るっていうのは今までの態度的にどうなのよ……」

「問題ないわ! 威には私の気持ちは言わないし! ちゃぁんとしたロマンティックな雰囲気になってから、純愛小説の如く結ばれるんだから!」

「雪走君が帰ってきたら霊夢が告白しちゃえばそれで終わりでしょうに……」

「分かってないわねぇ、紫は。そんなだから幻想郷の皆に年寄り臭いとか言われちゃうのよ」

「人が気にしていることを!」

 

 両手を軽く広げ、馬鹿にするように紫を見下す。ある意味純情少女達の本音を代弁するように、純愛ロマンスがまったく分かっていない古臭い妖怪の賢者を思いっきり見下してやる。……なんか震えているけれど、気のせいよねっ。

 

「こ、この腋巫女……言わせておけば年寄り臭いだの古臭いだの……」

「なによ。本当の事でしょ? 恋愛をしたことがないからそういうことが言えるのよ。この灰色妖怪」

「私は紫色だぁーっ!」

 

 見当違いも甚だしい箇所でブチ切れる紫。でも、今はそんなことはどうでもいい。このバカに純愛の何たるかを教えてあげないといけないんだからね!

 

「いい? 紫。そもそも女の子から告白するっていうのは恋愛界においてはタブーなの。わかる?」

「わからない。わかってたまるかこの紅白」

「いつの時代も男性から告白してこそ本物の恋愛と言える。男女平等が叫ばれる現代においてもそれは変わらない。ていうか、なにが男女平等か! 生意気言ってんじゃないわよ無様な大人共が! 自分達の夢とか希望とかが打ち砕かれたからって、逆ギレしやがって!」

「いや、男女平等推進派の人達は別に恋愛視点で言っているわけじゃないからね? 社会的背景とか、就職関係において筋の通った意見を言っているだけに過ぎないのだけれど……」

「……ふっ、そうやって御託を並べるのね、大人って人種は。これだから年寄りは嫌なのよ。夢とか希望とか、ロマンスを夢物語だと切って捨てる。子供の夢を奪い去って楽しいか!」

「なんの話!? 貴女、何に対して怒っているの!?」

「腐った現代社会に対してよ!」

「貴女幻想郷から出たことないでしょうが!」

 

 なにやら社会を代表して私を諫めているかのような紫だったが、今の私にはどうでもいいことだった。私の心は恋の魅力に溺れていたのだ。今なら分かる、魔理沙の気持ちが! 【恋符】なんて痛々しいスペルカードを作る、親友の熱いパトスが!

 

「恋符【夢想封印・ラヴ】」

「漢字とカタカナが入り乱れてる! って、きゃぁっ! いきなり弾幕ぶっ放さないでよ霊夢!」

「紫勝負よ! この燃え盛る愛の炎は、もう誰にも止められない!」

「止めたくない! 勝手にしなさいよ面倒くさいわね!」

「機数は四機。スペルは二枚。いざ尋常に参る!」

「私の意志とか拒否権とか一切合財無視された!」

「妖怪に人権は無い!」

「貴女はどこの盗賊殺しよ!」

 

 ギャースカ叫びながらもショットを撃ってくる紫。む、やる気ね。そっちがその気なら、私も手加減しないわ!

 

「貴女が吹っかけてきたくせに!」

「いきなさいっ、ホーミングアミュレット!」

「話を聞けぇええええええええええええええええええええ!!」

 

 紫の悲鳴が幻想郷中に響き渡る。それをBGMに、私は恋の炎をショットに変えて空を優雅に飛行する。

 威が白玉楼に行ってから、二日目。私の中で、彼に対する感情が確かに変わったとある日の午後だった。

 

「もぉ、いやぁ……」

 

 紫がなんかガチめに涙目だけど、気のせいよねっ♪

 

 




 次回は威編です。
 お楽しみに♪


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マイペースに御饅頭

 白玉楼生活、三日目。

 ……どこか伝説に挑戦しまくる黄金な番組風になっているのは、気のせいだ。

俺は今、戦国武将が装備するような武者鎧一式を身に纏い、白玉楼前の長い階段を往復している。

 

「うぉぉぉおおおおおおおおお!!」

「頑張ってくださーい!」

「うぉぉぉおおおお…………ぉぉ」

「ゆ、雪走さん?」

「…………(ガラガッシャーンッッ!!)」

「雪走さぁああああん!!」

 

 あまりの重さにスタミナがどんどん失われ、力尽きた俺は後ろ向きで階段から転げ落ちた。凄まじい衝突音と共に、俺の脳がぐわんぐわん揺れまくる。

 落下した俺に、焦りまくった妖夢さんが駆け寄ってくる。なにせ百段近くある階段だ。高さも段差もそれなりにある。いくら鎧を着こんでいるとはいえ、大怪我をしてしまうかもしれない。その前に、いろいろと再検討して欲しいところがたくさんあるんですがね……。

 

「大丈夫ですかっ、雪走さん!?」

「……あー、はい。怪我自体は大したことないです。身体は丈夫ですし、そっちは心配しないでください」

「よかった……」

「……まぁ精神的肉体的疲労がピークなんですけどね(ふらっ)」

「ちょっ、それ一番ヤバイやつじゃないですか!」

 

 眩暈がしたかと思うと、そのまま大の字に倒れ込む俺。ちなみに今の往復は三十本目だったりする。普通に考えて死ぬレベルだ。よくもまぁそこまで耐え抜いたものである。これだけは褒めてもらいたい。

 妖夢さんによって武者鎧を脱がされると、冥界のひんやりとした冷気が火照った身体を癒してくれる。

 

「あぁ……生き返る……」

「……こんな時にこんなこと言うのもアレなんですけど、この修行ってぶっちゃけ意味ないと思うんですよね。それなら私と組手した方が百倍有意義だし。たぶん腰痛めるだけだと思います」

「だったら最初からやらせないでくださいよ! コレ想像以上に疲れるんですから!」

「だ、だって、幽々子様の指示でしたから逆らうことも出来なくて……」

 

 妖夢さんは申し訳なさそうに目線を逸らす。彼女の立場的にゆゆちゃんに反対することはできないことはわかっている。だから、そのことを言われてしまうと俺もそれ以上彼女を責めることはできない。

 少々沈黙の時間が続く。な、なんか気まずい! 修行中なのに、空気が悪い!

 

「い、いったん白玉楼に戻りませんか妖夢さん! ほら、息抜きも兼ねて!」

 

 空気を変える意味でもある場所移動。とりあえず団子でも食べて休憩したいという気持ちもある。おやつ食べればこの淀んだ空気も少しは良くなるだろう。

 俺の無理矢理な誘いに、妖夢さんは渋い表情ながらも頷いてくれた。俺の鎧の上半身部分を持ってもらい、一緒に階段を上っていく。蹴ったら折れそうな程華奢な体つきなのに、重たい鎧を持ってふらつく様子は全くない。凄いなぁと何の気なしに妖夢さんを見つめてしまう。

 

「……さ、さっきからどうしたんですか雪走さん。じっと見つめてきて」

「いえ、そんな細腕で鎧を軽々と担いでいるなんて凄いなぁと思いまして。どこに筋肉ついているんですか?」

「えと、気の応用みたいな感じで、内側の筋肉だけ鍛えたんですよ。美鈴さん……紅魔館の門番の方に教えてもらいました」

「へぇ……そんな方法、実在したんですね……」

 

 グラップ〇ーとかジョジ〇だけの話かと。まさか本当に存在するとは夢にも思わなかった。凄いな、気。俺も教えてもらおうかな。かめ〇め波とか撃ってみたい。

 鬼のように長い階段をなんとか登り終え、白玉楼の門をくぐる。……なんか小腹がすいてきた。朝の八時から修行を始めてから数時間が経過している。もうすぐ昼飯時なのだろう。

 くぅと腹の虫が図々しい鳴き声を上げる。妖夢さんはくすりと笑った。

 

「組手をする前に、お昼御飯にしましょうか。幽々子様もお腹を空かせて待っていることでしょうし」

「あの人は年がら年中空腹しているのは気のせいですか?」

「幽々子様ですから」

 

 苦笑交じりにそう言う妖夢さん。思い当たる節があるのだろう、どこか困ったように目を細めていた。

 中庭に着いたところで鎧を下ろした。腰痛ぇ……。

 

「あら、お帰りなさい二人とも。そしてお腹がすいたわ妖夢」

「口を開けば飯の事ばっかりですねアンタは」

「だってお腹ペコペコなんだもん。ご飯作って妖夢ぅー!」

「はいはい。すぐに作りますからちょっと待っててくださいね」

 

 やれやれといった様子で台所へと向かう。庭師兼世話係と言っていたが、ちょっと仕事が多すぎやしないか。この人の世話係なんて大変そうだなぁ。

 

「……雪走君、声に出てるわよ~」

「申し訳ございません」

 

 ニッコリ笑顔のゆゆちゃん。嫌な予感が的中する前に土下座を実行。俺は命を失いたくはない。

 彼女はそれくらいでは怒らないようで、ケラケラと喉を鳴らしながら俺を招いている。

 縁側の、彼女の隣に腰を下ろした。

 

「お疲れ様~、疲れたでしょう?」

「えぇとても。正直足腰が限界です」

「ふふ、正直者は好きよ~?」

 

 扇子で口元を隠すと、饅頭を一つ。口に運ぶ所作までもが上品に見えるのだから美人と言うのは恐ろしいし、ずるいと思う。俺がやっても汚いだけだしなぁ。

 そう自嘲しながらも俺も饅頭を頬張る。漉し餡の甘さが口の中にふんわりと広がった。

 饅頭を飲み込むと、ゆゆちゃんは口を開く。

 

「雪走君の力の源は、いったいなんだと思う?」

「なんですかいきなり」

「いいから。答えてちょうだい」

「……霊夢への愛、ですかね」

「正解♪」

 

 バッと扇子を開く、貼られた紙には《お見事!》と書かれていた。いつのまに。

 

「雪走君の能力は【愛を力にする程度の能力】でしょう? 友情でも家族愛でもいいけれど、貴方の場合はやっぱり霊夢愛。一途なまでの想いが貴方を強くしているわ。それは魔理沙との弾幕戦でも気づいたはず」

「それは……はい。確かに、そうですね」

 

 霧雨さんとの弾幕戦。にとりさんの助言でスペルカードを使用した際、俺は霊夢への愛情を強め、力として放出した。恋力変換機の形式上仕方は無いのだが、俺の力の源は確かに霊夢愛と言えるだろう。

 だが、それがどうしたのだろうか。最初から分かっていることなのに。

 ゆゆちゃんは目尻を下げると、微笑む。

 

「今更こんなことを言うのもなんだけど、貴方が少し本気で鍛錬したからって肉体的に勝てるようになるのは無理なの。それは人間としては仕方のないことだわ」

「本当に今更ぶっちゃけますね……」

 

 そんなことを言われると修行の意味を失くしてしまうのだが。

 

「そうすぐに鵜呑みにしないの。言ったでしょう? 【肉体的】には勝てないって」

「肉体的にはって……強くなるとしたら、そういう部分しかないんじゃないですか?」

「……雪走君は、【強い】ってことについてどう考えてる?」

「は?」

 

 これまた唐突な質問に虚を突かれてしまう。しかしゆゆちゃんの顔がいつになく本気だったので、俺は無駄口を叩かずに自分なりの答えを出してみた。

 

「……やっぱり大切な人を守れるかどうかなんじゃないですかね。絶対的な力を持っていればどんな脅威が襲ってきても退けられますし、負けることはないんですし」

「三十点」

「低っ!」

「間違ってはないんだけどねぇ~……その答えはちょっとばかり愚直よ。力に固執しすぎているわ」

「そう言われましても……」

 

 強いっていうのはそういうものじゃないのか? 力をつけて、初めて守れるようになるんだと思っているんだが。

 

「貴方の理論だと、筋肉達磨が最強で痩せた人は弱いってことになっちゃうわよ?」

「う。そう言われると確かに違う気がします……」

「でしょう? 【柔よく剛を制す】って言葉があるように、強くなるってことは別に筋肉をつけるわけじゃないわ。かといって、雪走君の場合は技を身につけるにも時間が足りない。はっきりいって外面的な成長は難しい」

「……一応妖夢さんには一本取りかけたんですが」

「妖夢がアレで本気だと思って?」

「…………」

 

 本気の目でそう言われたので、思わず言葉を失う。

 俺だって内心分かっている。妖夢さんの本気があの程度だとは思っていない。確かに剣を使ってないからそれなりなのだろうが、俺みたいな一般人に後れを取るような彼女ではないだろう。気を遣って、手加減されていたのだと思う。

 黙り込んでしまった俺を見つめていたゆゆちゃんは、しばらくすると柔らかい笑みを浮かべた。

 

「まぁ、でも私が修行をつけるって言ったんだから、強くはしてあげるわ。私なりの持論でね」

「はぁ……ですけど、技も力もダメとなると、いったいどうやって……」

「いきなりですがここで質問です。さっき雪走君に鎧を着せたまま階段を昇り降りさせたのはいったい何故でしょーかっ」

 

 再びの質問。今日はクイズデーのようだ。

 妖夢さんが「意味がない」と言ったあの修行。それをゆゆちゃんは何かしらの意味があると言っている。普通に考えたなら足腰を鍛えるとかいう答えだろうが……そんな単純なものじゃないだろう。

 滅茶苦茶きつかったしな……ダルイし、疲れたし……。

 

「はい、それが正解よ」

「え?」

「『疲れた』っていうこと、それがこの問題の答えなの」

 

 またもや扇子を開く。文字が《大正解!》に変わっている点についてはツッコまない。

 しかし意味が分からない。疲れるっていうのがあの修行の意味……?

 

「肉体的疲労が蓄積することで、無駄なことを考える余裕がなくなる。ようするに無心になれるのよ。今から雪走君にやってもらう修行にとって、無心になるっていうのはとっても大切な事」

「今から、修行……?」

「そうよ。今から貴方には、ある特別な修行をやってもらいます。それは肉体的に自分を鍛えるものではなく、雪走君の力の源である【恋力】の扱いを上達させるもの。技でも力でもない、貴方だけの力を、ね」

「恋力を、鍛える……?」

 

 言葉にするのは容易いが、イマイチピンと来ない。俺の恋力は霊夢への愛を想うことによって増幅する力のはずだ。それは想えば想うだけ力を増す。鍛えるとか、そういう類のものではないと思うのだが。

 だが、ゆゆちゃんには心当たりがあるようだ。俺の恋力を、鍛える方法があるらしい。

 

「この修行は物凄く効率がいいのよ~? なにせ肉体は使わない上に怪我をすることもない。お腹も空かなければ死ぬこともない。すっごく楽で簡単なしゅぎょうなの」

「へぇ……そんないい修行があるんですね。知りませんでした」

「私と紫で一緒に考えたんだから。ね、紫♪」

「えぇ、大変でしたわ」

「のっはぁ!」

 

 背後から突然発された声に思わず飛び上がる。神出鬼没すぎる賢者様のせいで最近寿命が縮みつつあるのは気のせいではあるまい。

 嫌な高鳴りを見せている胸を抑えながら、ゆっくりと振り向く。

 

「はぁ~い♪ 今日もあなたの後ろに忍び寄るスキマ。ゆかりんよ~」

「お帰り下さいませ、賢者様」

「いきなり酷いわね貴方!」

 

 おっと、無意識に口が滑ってしまったようだ。自重自重。

 スキマから上半身を出している紫さん。よく見ると、腕や顔などのあちこちに怪我をしているようだ。いったいどうしたのだろうか。

 

「ちょっとね……頭のおかしな紅白娘にやられたのよ……」

 

 紅白、という比喩表現で俺の頭に浮かぶのは愛する博麗霊夢くらいのものなのだが、おそらくそれで間違いはないのだろう。紫さんをここまでボコボコにできるのはアイツしかいない。

 紫さんは咳払いをすると、いきなり俺の額に人差し指を突きつけた。突然の動作に、疑問符を浮かべる。

 

「あの……なんですか、コレ」

「修業よ。ちょっとばかし面倒くさい精神世界に行ってもらうの」

「精神世界?」

「えぇ、昔からよく言うでしょ?」

 

 そこで一旦言葉を切ると、彼女は大人びた笑みを浮かべ、そのまま人差し指を額にずぶりと突き刺してくる。

 

「己を知れば百戦危うからずってね」

 

 それはいろいろと言葉が足りないような気がします、紫さん。

 そんな切実な言葉が届くこともなく、俺は意識を盛大に刈り取られた。

 

 

 



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マイペースに『博麗霊夢』

 修学旅行で更新遅れました。待ってくださった方ただいまです。
 今回はちょっと分かりにくい内容かもです。事前に言っておきます。

 それでは、マイペースにお楽しみください♪


 暗い、見渡す限り漆黒の闇。

 自分の他には何も存在せず、声すら聞こえない閉ざされた世界。

 

「……なんかカッコよくモノローグで語ってみたけど、状況が掴めん」

 

 何一つ説明されることなく真っ暗な世界に突然置かれたので、現在俺は混乱の真っ只中だ。こういう望む時に限ってあのスキマ妖怪は説明をしないので、半ば諦めかけてはいるが。

 恋力を鍛えるという名目で意識の底に落とされた俺。彼女達がどういう修行を課すのか皆目見当もつかないが、あの二人の性格を鑑みるにロクなことではないと思う。年長者だし。

 

「…………?」

 

 ふと、目の前の空間が少しだけ揺れた気がした。蜻蛉のように淡く、水面のように揺れている。

 空中なのに波紋が広がる。何を落としたわけでもないのに、次々と波が広がっていく。 

 

 

 ――――威。

 

 

 突然、名前を呼ばれた。思わず周囲を見渡すが、誰もいない。何もない、無の空間で反響する俺の名前。

 しかし今の声には聞き覚えがあった。いや、ありすぎたといってもいい。

 どこか上目線で、生意気で、それでいて誰よりも少女染みた声。日頃は一歩引いた傍観者ぶっているくせに、実は幻想郷で一番騒動が大好きなお転婆娘。

 確かな自信を持って、俺は『彼女』の名前を呼ぶ。

 

「霊夢、か……?」

 

 ――――そうでもあるし、そうでもない。私は博麗霊夢だし、博麗霊夢ではない。

 

「は? いやいや、なんだその性質の悪い宗教染みた台詞は」

 

 こいつはいつから神道以外の宗教にハマったというのだろう。そういうのは外の世界のモノだと思っているのだが。最近いろいろと問題だし。

 声が聞こえる度に俺の前方が光を放ち始めた。その輝きは段々と人間を模っていき、俺の愛する彼女を作り上げていく。

 

 ――――私は貴方が想像した博麗霊夢の幻影。偽物で、それでいて本物の心を持った人形。

 

「むっずかしい言い方するなぁ……つまりはアレか、俺の妄想でできあがった霊夢ってことか」

 

 ――――簡単に説明するのなら、その通り。

 

 無表情のまま頷く霊夢。普段の彼女に比べて感情の起伏が乏しく、表情の機微も疎い。本当に偽物のようだった。

 だが、俺は考える。どうしてこの『霊夢』が俺の前に現れたのかを。

 紫さんとゆゆちゃんは、この『霊夢』に何をさせる気なのかを。

 

 ――――威。貴方は私が好き?

 

「……いきなりだな。いつも言っていることを今更聞くか?」

 

 ――――答えて、ちゃんと、貴方の本心で。

 

 無表情ではあるものの、どこか真剣な面持ちで霊夢は問う。俺の知っている博麗霊夢ならば照れて素直に聞けないであろう質問を、この霊夢は淡々と聞いてくる。

 そういうところは、彼女とは違うんだなと思ってしまう。……そして、答えを考える。

 

 俺は博麗霊夢が好きだ。その点に関しては否定しない。誰に否定されても、頑として反論する。命をかけてもいい。

 しかし問題は、この霊夢の『好き』というのが何を指しているのかと言うことだ。

 

 顔が可愛い美少女である霊夢を『好き』ということなのか。

 スタイルのいい霊夢を欲する『好き』ということなのか。

 どこまでも素直じゃないツンデレな霊夢の心を『好き』ということなのか。

 

 一目惚れだから理由なんてないと言ってしまえば楽だろう。実際初日に紫さんに理由を聞かれた時は、俺はそう答えた。霊夢への好意的な行動の理由を、『一目惚れしたから』なんて中身のない薄っぺらな答えでちゃっちゃと流してしまった。

 ……だが、本当にそんな答えでいいのだろうか。

 

 ――――私の気持ちは『私』には分からない。あくまでも今の『私』は貴方の知っている博麗霊夢でしかないから。今現在の博麗霊夢のことは、『私』には分からない。

 

「……じゃあ、なんで俺にそんなことを聞くんだよ。デレるにしても雑すぎるぞ」

 

 ――――『私』が質問するのは、貴方と私のため。正しい愛を確認させるため。

 

「正しい、愛……?」

 

 霊夢はコクンと頷いた。小動物のような動作に、新鮮さを感じてしまって思わず胸が高鳴る。あまりにも霊夢らしくない挙動に、心臓が早鐘を打ち始める。

 俺に向かって歩を進めながら、霊夢は言葉を続ける。

 

 ――――雪走威の恋力は愛の深さと濃度で力を増す。貴方が私を想うほどその力は強大になり、貴方自身を強くする。

 

「…………」

 

 ――――でも、今の貴方は本当の愛というものが分かっているの? 正しい愛がどういうものか、理解しているの?

 

「……理解しているのかとか、いきなり聞かれてもな」

 

 ――――これはとても大切な事。愛情の具体化、そして愛の尊さを理解することが貴方の力を強くする。魔法や気、怪力、そして霊力が強さを表すこの幻想郷での、貴方だけの修行法。誰にも真似できない、唯一無二の力。

 

 ……正直言って、いろいろと言われすぎて頭の回転が追いついていない。元々そんなに頭のいい方ではない上に、先ほどの答えを同時に考えているせいもあって彼女の言葉を噛みしめることが難しい。

 だけど、俺は答えなければならない。噛みしめて、理解して、熟考して、答えを出さなければならない。

 

 

 俺は、博麗霊夢のどういうところが好きなんだ?

 

 

 吊り上った勝ち気な目が特徴的なツンデレ腋巫女。属性をあげるならば文章一行で済む。なんのことはない、どんな創作にもいるヒロインキャラだ。特段珍しくもない。主人公が惚れる事にも、そんなに理由はいらない。

 だが、霊夢は現実の人間だ。そんなキャラ付けなんかで収まるような単純な思考や心はしていない。

 

 いつもは強気で毒舌で、悪口ばっかり言っているけど褒めるところはしっかり褒めて。

 みんなが馬鹿騒ぎしていると迷惑そうにするくせに、帰ってしまうと寂しそうな顔をして。

 何処までも初心で純情で、赤面症だからいつも俺にからかわれていて。

 ワインが苦手で、一口でも飲むと猫みたいにごろごろと他人に甘えて、大胆になって。

 

 よく手入れされた霊夢の黒い長髪が好きだ。

 よく整った霊夢の綺麗な顔が好きだ。

 サラシで誤魔化しているけど実は大きい霊夢の胸が好きだ。

 すらっと伸びた艶めかしい霊夢の四肢が好きだ。

 どこまでも素直じゃなく、本心をそのまま言葉にできない霊夢の不器用さが好きだ。

 純情さが、強さが、健気さが、崇高さが、傲慢さが、ふてぶてしさが。

 

 博麗霊夢を形作るあらゆる感情が、俺は大好きだ。

 

「……っは」

 

 改めて考え直してみると、あまりにも馬鹿馬鹿しくて笑いが漏れてしまう。こんなことを質問してきた目の前の『霊夢』や、同時に考え直すという行動を取ってしまった俺自身に笑いが込み上げてくる。

 『霊夢』は急に笑い出した俺を怪訝な表情で見つめていた。どうすればいいのか分からないのか、ただ呆気にとられているのかは分からない。ただ、困っているということだけは伝わっている。

 言葉も発せないほど戸惑っている彼女に向けて、俺は笑みを向けた。

 

「俺なりの答えを、言わせてもらうよ」

 

 ――――いきなり笑い出したかと思えば、唐突なのね。

 

「マイペースだからな。常識には囚われない」

 

 ――――早苗みたいなこと言って、馬鹿ね。

 

 『霊夢』が少しだけ表情を和らげた。初めて見せる感情の変化に、ちょっとだけ嬉しくなってしまったのはここだけの話だ。

 凛と『霊夢』の目を見据える。透き通った、吸い込まれそうな茶色の瞳を見つめて、俺は自信満々に言い放った。

 

 

「俺が霊夢を好きなことに、正しい答えなんてねぇよ。同時に本当の愛なんてモノもない」

 

 ――――一応、その答えを導き出した理由だけでも聞いておこうかしら。

 

「理由っつうか……そもそも、誰かを愛することに正しさとかそういう概念が存在しねぇだろ」

 

 ――――概念が、ない……?

 

「あぁ。愛の形なんて人それぞれだ。確かに世の中には歪んだ愛情があるかもしれない。お金だけの愛や身体だけの愛を求める奴らなんて五万といるさ。でも、そういう愛が正しくないだなんて、いったい誰が決められるんだ? 他人の愛情の正しさなんて、誰が裁けるってんだ?」

 

 ――――それはそうだけど……また身も蓋もないことを言うわね……。

 

「じゃあ逆に聞くけどさ、博麗霊夢はどういう愛が正しいと思うんだよ」

 

 ――――……それは。

 

 口をもごもごと動かし、なんとか答えようとするものの言葉にできない様子の『霊夢』。恋力の強化を達成させるために遣わされた自分の使命をこなす為に必死に考えているが、彼女の口が開かれることはない。

 柔らかく微笑んで、俺は言葉を続ける。

 

「愛に正しさなんてない。でもさ、お前がそういう質問をしてくれるまで俺はそういうことすら分かっていなかったんだ。『正しい愛なんてない』のに『俺は霊夢の事を本当の意味で愛しているんだ』なんて思っちゃっててさ。笑っちゃうよな、馬鹿みたいだ」

 

 ――――……それは、雪走威の中で何か変化があったと捉えていいのかしら?

 

「あぁ。今まではただ『霊夢が好きだ』ってことを漠然と思い込んでいた。だけど今は違う。俺は自信を持って、『博麗霊夢という一人の女性の全てを受け入れることができるほど愛している』って言えるよ。重さも深さも強さも段違いだ。お前のおかげでようやく分かったよ。ありがとな、霊夢」

 

 ――――バカね、威。

 

「よく言われるさ」

 

 口元に指を当てて微笑む『霊夢』。それにつられて吹き出してしまう。

 恋力の制御が上手くいかなかったのは、俺自身が霊夢への愛を具体化できていなかったせいかもしれない。『好きだ』っていう感情だけが先行して、その意味を理解できていなかったせいかもしれない。

 でも、仮にそうであるならばもう大丈夫だ。

 答えなんてないけれど、俺は俺なりの答えを見つけた。正解なんてないけれど、俺は精一杯自分なりの『正解』をこれから見つけ出して見せる。

 

 指標を見つけた。答えを導いた。俺自身を見つめ直した。

 

 表層的な部分に変化はあまりないけれど、根本的な部分では確かに著しい変化が起きている。

 子供みたいな『好き』じゃない、形を持った『愛している』を掴むことができた。

 

 ――――だったら私の役目はここまでよ。修行になったのかは分からないけれど、貴方なりの愛が見つかったのなら、それが力の増幅に繋がるのでしょうね。

 

 いつの間にか、『霊夢』の身体が光を帯びて、粒子となって宙に消え始めていた。既に膝元まで消えてしまっている。役目を終えたからだろう。どこか満足げな笑みを浮かべている。

 

「ありがとう、霊夢」

 

 ――――『霊夢』なんじゃなかったの?

 

「お前もアイツも、俺にとっては博麗霊夢さ。虚像だろうが妄想だろうが幻影だろうが関係ない。全部を愛するって決めたんだ、お前も受け入れるさ」

 

 ――――……思考能力がお粗末すぎて笑えるわね。

 

「そっぽ向いて言われても説得力ねぇよ」

 

 頬を赤らめ口を尖らせるその姿は、どう見ても俺の愛する博麗霊夢だ。偽物なんかじゃない。

 霊夢が消えていくにつれて、俺の意識も遠のき始める。現実に戻されるらしい。もう少しだけこっちの霊夢を見ていたかったのだが……まぁ、我儘は言うまい。

 

 ――――さようなら。また会いましょう、威。

 

「あぁ。お前のことは忘れねぇよ、霊夢」

 

 その言葉を最後に、霊夢は目の前から姿を消した。そして、俺も徐々に意識を失い始める。

 意識の中で得た答え。これからは改めて、博麗霊夢を愛することが出来そうだ。

 

「俺も鈍感が過ぎるんかなぁ」

 

 自嘲気味な呟きを漏らすと、俺は静かに目を閉じた。

 

 




 次回もお楽しみに♪


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マイペースに帰還

 今回ちょっと長めです。8000字だよびっくりだね!

※若干内容がカオスかもです。なんでこうなった感がヤバイですね!

 それでも、「構わん、やれ」と言って下さるマイペースな方々はそのままスクロールをお願いします。

 それでは、マイペースにお楽しみください♪


 大好きな威がいなくなってから、一週間が経過した。

 一応開き直った私だけど、アイツがいない寂しさを紛らわせることはできなかった。レミリアや魔理沙、早苗と一緒に遊んだり、射命丸家の二人をからかったりして日々を過ごしたけれど、やっぱり威と一緒に暮らしていた頃の楽しさには敵わない。

 

「こんなに依存していたなんて、博麗の巫女も形無しねぇ……」

 

 箒片手に境内の掃除をしながら、私は盛大に溜息をついた。

 参拝客が来るわけもないこの神社の掃除をするなんて無駄の一言に尽きると思うが、あの馬鹿が帰ってくる場所を汚いままにしておくわけにもいかない。実際初対面の時に呆れられたのだし。ズボラな女だと思われるのだけは避けなければ。

 

「好色女が一人寂しく境内を掃除? 笑っちゃうわね」

「お嬢様、そういう下卑た発言は慎んだ方がよろしいかと」

「いちいちうるさいわね咲夜は。分かっているわよそんなこと」

 

 溜息交じりに埃を掃っていると、不意にそんな会話が耳に届いた。いちいち癇に障るその台詞に、心底嫌な表情を貼りつけて後ろを向く。

 そこにいたのは案の定、桃色のナイトキャップを被った吸血鬼とお付のメイド長。

 大きく開かれた翼が彼女が人外であることを明らかにしており、時折開かれる口から覗く八重歯は異常な鋭さを持っている。人間から生き血を吸うための歯。やはり吸血鬼というワケだ。

 そしてその隣で健気にも日傘を持って佇んでいるメイド。背が高く、どこか大人びた容姿は美人と言ってもいいものだ。名前からして日本人のはずなのだが、なぜか髪が銀色。染めているとは思えないけど……。

 

(そういえば配達屋の馬鹿も銀髪だったわね。顔は日本人の癖に)

 

 心からどうでもいい共通点を見つけてしまった。明日までには忘れておきたいところだ。

 何故か若干のドヤ顔姿勢で私を見ている吸血鬼に嘆息しつつ、私は箒を動かしていた手を止めると彼女の名を呼ぶ。

 

「……紅魔館の主様がこんな博麗神社くんだりまでいったい何の用かしら」

「あらお言葉ね博麗霊夢。一昨日は自分からこちらに遊びに来たくせに」

「威がいなくて寂しかったのよ、わかるでしょアンタならそのくらい」

「勿論。このレミリア=スカーレットの頭脳を以てすれば貴女の内心を読み取ることなんて夜飯前だわ」

 

 吸血鬼なので朝飯ではなく夜飯か。変なところで几帳面な吸血鬼である。

 

「それで、何しに来たのよレミリア。まさか私をからかうためだけにわざわざ遠出してきたとは思えないけど」

「それについては私が説明するわ」

 

 ずい、と一歩踏み出し存在を主張するメイド……十六夜咲夜。相変わらずどこまでもお節介なメイドっぷりに溜息をつかざるを得ない。そんなのアンタが出しゃばらなくてもレミリア自身で説明できるでしょうに。

 咲夜はどこからともなく丸テーブルと三脚の椅子、そしてティーセットを取り出すとコポコポと紅茶を注ぎながら説明を開始した。

 

「今回ここまで来たのは、お嬢様の考えなの」

「さらっと説明始めてるけど一言言わせて。アンタこんな大荷物何処に隠し持ってた」

「あら、主君の望む時にあらゆる物を用意できてこそ真のメイドだと私は思うのだけれど」

「もういいわよ……」

 

 瀟洒なメイドもここまで来れば一種の病人なのではないだろうか。最近香霖堂に入荷した仮面的なメイド男並みの仕事率に脱帽するしかない。放っておいたら核爆弾でも取り出しそうねこの女。 

 いつの間にやら注ぎ終えていた紅茶をわざわざ小指を立てて優雅に飲む咲夜。

 

「そもそもの始まりは昨日の夜だったわ。美鈴と妹様と三人でとある会議を行っていた時のこと」

「会議の内容が考えるまでもなく配達屋関連だということは言わないでおくべきかしら」

「なっ!? ばっ、バッカじゃないの貴女! ななな、なんで私達がわざわざあのバカ良夜のことを会議しなくてはならないワケ!?」

「うわーい、お手本のようなツンデレ的反応が来たわー」

 

 開き直るまでの私も同じような言動をしていたのだろうかと思うと涙が止まらないわけだが。咲夜のこと言えないわね私も。

 仕切り直すように「ごほん」とわざとらしい咳払いをする。隣でニヤニヤと楽しそうに笑っているレミリアに後で彼女が何をされるのか楽しみで仕方がない。沙羅に巻き添えが来て、かつ文が赤面して嫉妬に狂うような展開であれば尚良し。

 

「……相変わらずと言うかなんというか、貴女らしいわね霊夢」

「表情から心を読まないでよ。吸血鬼ってそういうところも人外なの?」

「いや、今回ばかりは読むまでもなかったわよ。というか、惚気る時と悪いこと企んでる時の貴女はあからさまに顔に出てるし」

「……自重するわ」

 

 いつの間にか威の悪い癖が私にも感染っていたようだ。嘘のつけない性格が伝染するのだけは勘弁してほしい。

 

「昨晩レミリアお嬢様が言ったのよ。『運命を感じるわ。霊夢にとって幸せな運命が』って」

「アンタは怪しい占い師か」

「なによ、私は霊夢のためを思ってここまで来てやったの。感謝されこそすれ罵倒される謂れは無いわ」

 

 ふんと偉そうに無い胸を張るレミリア。自信家なのは相変わらずだけど、コイツはあんまり無駄な嘘をつかないから今回のこともそれなりに信用できるはずだ。

 それにしても、私にとって幸せな運命ねぇ……。

 

「……威が告白しに帰ってくるとかそういうの?」

「真っ先にそんな答えが返ってくるあたり貴女も相当の末期ね」

「ダメですよお嬢様。霊夢は吹っ切れてから乙女脳まっしぐらなんですから。永遠亭に連れて行くかどうか紫さんが真剣に考えているそうです」

「私の知らないところでイタイ子扱いされてる!」

 

 多少の自覚はあったがまさかそこまで言われているとは。おのれスキマ妖怪、今度会ったら三十回退治したうえで七千回封印してやるんだから。

 そして再び一瞬でティーセットを片付けた咲夜達は鳥居に向かって歩き出す。

 

「とにかく、私は伝えるべきことは伝えたからね。後どうするかは貴女次第よ」

「本当に伝令するだけに来たんかいアンタらは」

「余計なお節介をするのが紅魔館のしきたりですから」

「そんな意味不明で傍迷惑なしきたりは今すぐにでも廃棄処分しなさい」

「冗談よ。でも、今日訪れる運命を逃してはダメ。この運命は貴女にとって、ターニングポイントとなるはずだから」

 

 その言葉を最後にレミリア達は神社を後にした。嵐のように過ぎ去った紅魔館勢に呆然とその場に立ち尽くす私。け、結局何しに来たのよアイツらは……。

 律儀にも置き土産されていたロールケーキを頬張りながら、境内の階段に座り込む。なんかもう掃除をするような気分じゃなくなっていた。いろいろと引っ掻き回された挙句意味深な台詞を残されて、思考回路がショートしそうだ。

 

「私にとって幸せな運命、か」

 

 レミリアの言葉を信じるのなら本当に起こるのだろうが、それが果たしてアイツの帰還を意味しているのかどうかは分からない。ただ、現在の私にとってそれ以上の幸せがあるかと聞かれると答えはノーだ。

 博麗神社から威がいなくなって一週間。生活自体は一か月ほど前に戻っただけだけど、心の中にぽっかりと穴が開いてしまったような気分だけはどうしようもない。ここ最近は気分転換代わりに神社中を掃除してしまうくらい、滅入ってしまっている。

 

「吹っ切れて開き直ってはみたけれど……これはこれで案外辛いものね」

 

 一度好意を自覚してしまうと彼への想いは募るばかりだ。夜寝るときや風呂に入っている時でさえそれは変わらない。自慰行為を我慢できているだけ頑張っている方だろう。いつまた紫が侵入してくるか分からないし。これ以上痴態を晒すわけにはいかない。

 ケーキ片手に晴れ渡った空を見上げる。こういう天気のいい日には光の三妖精達が無邪気に飛び回っているのだが――――

 

「…………ん?」

 

 空に視線を向けた時、視界の端でキラリと何かが光った気がした。太陽の光を受けて、金属的な輝きが放たれている。

 それは段々と降下しており、何やら声が放たれていることにも気付いた。

 

『のわぁぁぁああぁぁあああ!! 心の準備ができてないのに突然落とさないでくれよ妖夢さぁぁぁああん!』

「威!?」

 

 思わず二度見してしまったのは仕方のないことだろう。あまりにも予想外すぎる登場に度肝を抜かれる私。ていうか、変換機背負っているんだから恋力使って飛べばいいでしょうに!

 威は徐々に神社に向かって落下していた。どうやら急に落とされたパニックで『飛ぶ』という選択肢が頭から抜け落ちてしまっているらしい。少し古ぼけた手甲を抱えて、涙目な様子がなんだかおかしい。

 

「――って、のんびり眺めている場合じゃないわね!」

 

 このままではアイツが墜落死してしまう。せっかく好きだってことを自覚したのに、その相手が目の前で死んでしまうなんて寝覚めが悪いなんてものじゃない。下手すれば悩む間もなく首を吊ってしまうレベルだ。

 慌てて浮遊し、落下地点に飛行する。なるたけ高度を確保して、変換機の重みに備えないと!

 

「威!」

「お、おぉっ? れ、霊夢か! やっほぅ久しぶり! 会いたかったぜ!」

「そんな呑気に挨拶している場合か! 変換機使って速度落としなさい今すぐに!」

「うっしゃ了解!」

 

 とても命の危機とは思えないほど爽やかな笑顔を浮かべて恋力を練り始める威。ブースター部分からエネルギー変換された恋力が勢いよく放出され、少しづつではあるが落下スピードが緩和される。

 想像していたよりもゆっくりな速度で落ちてくる威の真下に入り込み、お姫様抱っこの要領で受け止める。

 

「重っ! 男の人ってこんなに重いワケ!?」

「リンゴ八つ分とか豪語する女性に比べたら雲泥の差だろうよ!」

「威張るな助けてもらってるくせに!」

 

 だが、いくら速度が落ちていると言っても落下するのは免れない。私を巻き込み、石床へと二人して落ちていく。

 

「くそっ、霊夢目ぇ瞑れ!」

「えっ? きゃっ!」

 

 私に抱かれていた威は腕から抜け出すと、自身を下にしてクッション代わりの体勢をとった。変換機があるものの、そのまま衝突すれば怪我は間違いない。いくら彼が丈夫な人間だったとしても、だ。

 

「威!」

「大丈夫だ心配すんな! お前はただ俺に愛情を向けてくれさえすればいい!」

「こんなときに何トチ狂ったこと言ってんのよアンタは!」

「いいから! ……恋力最大フルバーストォッ!」

 

 威の叫びに応じて、恋力の放出が強まった。桃色の光が柱のように伸びて見えるほど吹き出し、重力に逆らい始める。……だが、それでも石床は近づく。

 速度的にはさほど危険はない。ただ、とても痛そうではある。

 ――――それでも私を放り出そうとしないあたり、威の馬鹿さ加減が窺えるのだが。

 

「ぎゃうっ!」

 

 そして変換機があるにもかかわらず何故か顔面から石床に突っ込んでいく威。どういう体勢を取ったらそんなことになるんだと本気で聞きたいところだが、今は威の無事を確認することが先決だ。

 私の真下で煙を上げながら目を回している阿呆の顔を掴み、呼びかける。

 

「威! 大丈夫なの!?」

「も、勿論さぁ~……霊夢に怪我がないのなら、俺はいつまでも大丈夫!」

「どんな時も意味不明の極みね相変わらず……」

 

 ……しかし、それでも思わず口元が綻んでしまう私。久しぶりにこのバカの顔を見て、嬉しさが止まらない。

 一週間ぶり。いや、自分的にはそれ以上の間威と会ってなかった気がする。馬鹿で欲望丸出しで嘘のつけないマイペースなコイツと、結構な時間顔を合わせていなかった気がして喜びが溢れだしてくる。

 私の気持ちを知ってか知らずか、威は擦り傷だらけの顔に笑顔を浮かべて私の顔を見つめてきた。

 

「一週間ぶりか? ただいま、霊夢」

「――――っ!」

 

 まともに彼の顔を直視できなくて、視線を右下に向けてしまう。な、何やってんのよ私! あんなに合いたいと思っていたのに、いざ顔を合わせると恥ずかしすぎて顔を見れないとかどんだけ乙女なのよ!

 

「ど、どうしたんだ? 顔真っ赤だけど……生理か?」

「デリカシーの欠片もないわねアンタは!」

「ぐっぺぇ!」

 

 突然すぎる失言に顔面パンチをお見舞いしてしまったのは責めないでほしい。今のは女の子なら誰でもぶん殴る権利があるはずだ。あの日に関して触れるのはタブーだということをこのバカにはそろそろ理解してもらいたいものである。

 

「……ったく、一週間たっても変わんないわね」

「お前への愛は深まったけどな」

「……バカ」

 

 ぷいと顔を背けながらも、面目なさげな笑みを浮かべる威の顔を横目で眺める。

 心なしか、傷が増えている気がする。妖夢と組手でもしたのか、絆創膏や湿布が服の下から見え隠れしていた。ところどころに痣も見える。相当数修行に取り組んだのだろう。

 

「……ホント、バカね」

 

 感動の再会なのに、いい具合にぶち壊されてしまった。怪我のことを心配してやろうにも、ここまで口説かれちゃそんな暇もない。乙女の純情をなんだと思っているのだろうか。

 ……だけどまぁ、ちょっとだけ本音を漏らしてあげるのも悪かないわね。

 立ち上がろうとしている威の方を向き、ギュッと強めに抱き締める。

 

「なぁっ!? えっ、ちょっ……はぁっ!?」

 

 普段の私からは想像できないであろう行動に、威は目を白黒させている。相変わらず予想外の展開に弱い男だ。ちょっとだけ勝利した気がして、いい気分になる。

 ……でも、アレだ。威の匂いを嗅いでいると、なんか涙が込み上げてくる。

 会いたかった奴にようやく会えて、嬉しさと感動が止まらない。

 

「……っく、えぐぅ……!」

「えぇっ!? いきなりなんで泣いてんの!? ちょっと今俺何かしましたか!」

「……いきなりいなくなってんじゃないわよ、ばかぁっ……!」

「っ。……ごめん」

「謝っても、許してやんないんだから……」

「はいぃっ!?」

 

 涙を目の端に浮かべながら、べぇっと悪戯っぽく笑ってやる。今の台詞で私の気持ちに気付けないんだから、このバカはやっぱり相当の馬鹿だ。配達屋とタメを張れるくらい、鈍感だ。

 今回だけはそんな馬鹿に免じて、ちょっとだけサービスしてあげる。

 

「一週間も一人にして。寂しかったんだからね……」

「うっ……も、申し訳ございません……」

「『お前のことを愛してる』なんて言ってたくせに、すぐにいなくなるなんて男としてどうなのよ……」

「うぅっ! そ、それを言われると返す言葉もございません……」

「……だぁめ、タダじゃあ許してあげなぁい」

「ひぅっ!」

 

 胸板にやんわりと自慢の胸を押し付けて、首筋にチロリと舌を這わせてやる。なんだか身体が火照ってきて、下半身の辺りが疼き始めているけど今は我慢。真っ赤になって混乱している威の貴重な照れ顔を記憶する大チャンスなんだから。

 

「ど、どうすれば許していただけるのでしょうか……ひっ」

「んー、どうしよっかなぁ……。私に寂しい思いをさせた罪作りな男にはどんな罰でも足りないくらいなのよねぇ……」

「あ、あのぅ……できれば一度身体を離していただけると俺としては落ち着けるのですが……」

「なぁによ、いつもだったら全力で発狂するほど喜んじゃうくせにぃ」

「だって当たってるもん! 霊夢が堂々と当ててくるから俺が逆に恥ずかしいんだもん!」

 

 抱きつくときにこっそりサラシを緩めておいたから、その感触は想像を絶する柔らかさだろう。自分でもちょっとだけ感じているから、その興奮度合いは考えるまでもない。はぁぅ……そ、そろそろやめておかないと取り返しがつかなくなっちゃうわね……。

 威の要望通り身体を起こし、自由にしてやる。お互いに心臓が高鳴る中、沈黙が続く。

 

「…………」

「…………」

 

 ……うん、ちょっとだけやり過ぎちゃった感は否めないわね。興奮しすぎたと自分でも反省しています。

 このまま気まずい空気に支配されるのも避けたい。仕方がないからここらで落とし所と行こう。

 口元に人差し指を当て、ウインクしながら小悪魔なスマイルを浮かべると、

 

「じゃあ今夜私と一緒の布団で寝るってことで許してあげるっ」

「はいっ! ……はい?」

「お布団ワンセットしか敷かないから覚悟しておきなさいよ?」

「れ、霊夢が自分から誘ってきただと!? 嬉しいんだけどなんか素直に喜べない!」

「あ、夏だから下着以外は着用禁止ね。これ絶対」

「お前一週間の間にホント何があったんだよ!」

 

 いろいろあったのよ、主にアンタへの感情関連で。

 未だに狼狽えている威の手を掴み、神社の方へと足を進める。

 

「ほらほら、久しぶりに私の手料理食べなさいよね。ちゃんと感想も待ってるから」

「怖ぇ! デレる霊夢が異常に怖ぇ!」

「お帰りなさい。食事にする? お風呂にする? それとも……ワ・タ・シ?」

「落ち着け俺マイペースになれ俺ペースを乱すな俺これは罠だこんなはずはないあのツンデ霊夢がこんなあからさまなデレ方をするはずがない勘違いするなよく考えろ俺!」

 

 考えていることを口に出すのは相変わらずだけど、どこまでも突き抜けた鈍感思考の持ち主っぷりに呆れてしまう。ここまでオープンにしても素直に受け取らない辺りが雪走威のマイペースさなのか。

 

(まぁでも、やっと帰ってきたんだから今日くらいは私の気持ちを素直に伝えてもいいわよね)

 

 こういう日があってもいいだろう。いつも世話をかけている威に対する感謝の日とでも思ってもらおう。好きな人からデレられて嫌な気分はしないだろうし。

 

「威と一緒に寝るの、楽しみだわぁ」

「やべぇよ怖ぇよ助けて東風谷ぁっ!」

 

 若干涙目で早苗に助けを求める威の手を握ったまま、神社の中に入っていく。さぁて、今日だけは私が主導権を握らせてもらうわよ。

 一週間ぶりに再会した私と威。姿形はそれほど変化はないけれど、私の気持ちが直球ストレートになった点に関しては多大なる変化があった。

 今日から新たな私と彼の生活が始まる。ちょっとだけ素直になった私と、ちょっとだけ強くなった威の居候関係が明確な変化を迎えるのはいつになるのだろうか。

 

(ま、気長に待つとしますかね)

 

 なにせ時間はたっぷりあるのだ。焦る必要もない。ゆっくりじっくり彼を攻略していくとしよう。

 恋する乙女な博麗霊夢の恋愛成就街道は、まだ始まったばかりだ。

 

 




 今回で修行編は終了です。次回からは日常パートかな?

 次回もお楽しみに♪


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マイペースに女子会

 試験期間だからか変なノリで書いちゃいました。後悔はしていません(震え声)
 しかも主人公不在と言う奇跡の回。どうしてこうなった。
 まぁとにもかくにもマイペース。お楽しみください。


「第一回、チキチキ雪走威の攻略法を考えよう会議~!」

『…………』

 

 紅魔館のとある客室に響き渡る紅白巫女の弾んだ声に反して、私達のテンションは最初から(悪い意味で)クライマックスだった。

 雪走のアホが修行から帰還してから一週間ほど経った本日、私こと霧雨魔理沙は何故か至極真剣な表情をした霊夢に連れられて紅魔館へとやってきていた。なんでも「相談したいことがある」とか言っていたので、相当の内容だろうとそれなりの覚悟を持って紅魔館の門を潜ったわけなんだが……、

 

 なんだ、この意味不明かつ極めて無駄な会議内容は。

 

「……ちょっと、こんなことのためにわざわざ紅魔館(ウチ)を使うのやめてくれない? お嬢様に怒られちゃうじゃない」

 

 正方形のテーブルで、私の右側に座っていた銀髪のメイドがふと口を開いた。端正な顔立ちと、冷たく不機嫌そうな雰囲気を醸し出しているクールビューティ。短めのスカートから伸びた長い美脚を組む姿はまさに地上に舞い降りた女神のようだ。

 十六夜咲夜。ここ紅魔館に住み込みで働く瀟洒なメイドである。仕事の出来は、宇宙一。

 当主、レミリア=スカーレットが意地でも手放そうとはしないほどの完璧超人な咲夜は、自分で淹れたレモンティーを優雅に傾けると霊夢の返事を待つ。

 そして、

 

「配達屋に懸想しているツンデレメイドに言われても痛くも痒くもないわね」

「げほっ……ゴホゴホゴホゴホッ!」

 

 若干引くレベルで盛大にむせ始めた。勢いで噴出したレモンティーが彼女の向かいに座っていた緑髪の風祝にクリーンヒットして青筋を浮かび上がらせているが、そんなことに構っている余裕はないらしい。普段の彼女からは考えられないほど取り乱した様子で赤面したまま反論を始める。

 

「だ、誰がツンデレよ!」

「まずは懸想しているの部分を取り消せよ!」

「けっ、懸想については……ノーコメントで」

「この脳内お花畑メイドがぁ――――――――ッ!!」

 

 コイツもコイツでどうしようもない女だった。幻想郷お嫁にしたいランキング二年連続堂々の第一位は現在新聞屋の配達野郎に恋している模様です。

 

「あ、あのぉー……今回の会議って私関係ないみたいなんで、帰っても良いですか?」

 

 ハンカチで顔を拭きながら挙手するのは東風谷早苗。皆さんご存知、妖怪の山に位置する守矢神社の看板風祝だ。配達屋との漫才とか雪走との謎の関係とか何かと噂の絶えない女だが、それなりにマトモな部類だろうと私は思っている。

 まぁ早苗の言うとおり、コイツは色恋沙汰については髪の先ほども関係のない人間だ。別に好きな相手がいるわけでもないし。私や咲夜、霊夢はともかく、早苗がこの会議に参加している理由が分からない。……つーか、雪走攻略会議に私達が参加している理由も不明だが。

 しかし霊夢にとっては彼女の存在はそれなりに大きいもののようで、「何言ってんのよ!」と珍しく声を荒げるといつの間にか用意されていた移動式黒板を叩いて叫んだ。

 

「幻想郷じゃあ貴重な現代社会女子高生の意見ってのは最重要なの! 色ボケメイドや男女魔法使いの意見だけじゃ対策会議の中身なんてたかが知れているわ!」

「だっ、誰が色ボケメイドよっ!」

 

 咲夜が顔を真っ赤にして反論を行っているが、暴言の主はそ知らぬ顔でそっぽを向いている。つーか、男女って私の事か? まぁ口調が男っぽいのは認めるが……とりあえず一発殴っていいよな?

 

「それにアンタ誤魔化しているつもりかもしれないけど、実は陰でウチのマイダーリンのこと狙ってるでしょ?」

「い、いきなり何とんでもないこと言いだすんですか!?」

「しらばっくれるんじゃないわよ! にとりを合わせて会員二人な【雪走威ファンクラブ】を私が知らないとでも思ったか!」

「どっ……どこからその情報をっ……」

「威のことに関して私の知らないことはない!」

 

 なんて気持ちの悪い巫女だろうか。こんな変態犯罪者一歩手前な問題児に幻想郷の命が握られているかと思うと寒気が走る。コイツ、万が一雪走と破局でもしたら幻想郷ごと心中するんじゃなかろうか。

 何やら弱みを握られたっぽい早苗はそれ以降反論することはなく、それどころか【霊夢の監視下に置いてならクラブの活動を認める】とかいう密約まで交わしていた。リアルガチで帰りたいと思ったのは私だけじゃないはずだ。

 

「話が逸れたわね。さっさと本題に入りましょう」

 

 誰のせいだとは間違っても言わない。私達はまだ無縁塚には送られたくないのだ。

 

「今回の目的は言わずもがな、雪走威との仲を如何にして深くしていくかよ」

「先生質問良いですかぁー?」

「はい、東風谷君」

 

 なんだか地味にノリのいい霊夢は律儀にも挙手を行う早苗を促す。

 

「私だけの意見じゃなくて幻想郷全体の総意だとは思うんですけど、霊夢さんと雪走君って既に恋仲も同然ですよね? 見る限りだとあきらかに両想いですし、今更どうこうせずとも普通に告白してハッピーエンドなんじゃ……」

「アンタそれでも女子高生? 夢も希望も若さもないわね。二十点」

「理由もなしにボロカス言われた!」

 

 目の端に涙を浮かべ割と甚大な精神ダメージを負う早苗。カップを持つ手がカタカタと揺れているが、かなりショックを受けているらしい。……って、いくらなんでも揺れすぎだろ。茶が半分くらい零れちまってる。

 だが、早苗の意見はもっともだ。事実、霊夢と雪走は周囲から見れば新婚夫婦も裸足で逃げ出すほどのラブラブっぷりを見せている。

 

 人里に行けば霊夢が楽しそうに雪走の腕に掴まっているし(雪走は怯え気味)。

 紅魔館に向かえば霊夢が雪走に密着してソファに座っているし(雪走は怯え気味)。

 博麗神社を訪れれば霊夢が雪走に肉体的誘惑を迫っているし(雪走は怯え気味)。

 

 ……あれ? これって雪走が怯えてるだけじゃないか?

 

「確かに私と威は好き合っているかもしれないけど、これといった決定打がないのも事実。しかも最近は何故か威が若干大人しくなっているし、私と距離を置いているようにも見えるわ。ここらで一つドカンとかまさないと博麗の巫女の名が廃る!」

 

 拳を握り込んで盛大に言い放っているが、コイツは自分の過剰なまでの愛情表現が逆に雪走を遠ざけているという事実に気付いていない。昔は立場逆だったはずなんだが……私も煽りすぎたかな。

 

「そこまで彼との関係を発展させたいのなら、私が美鈴と考案した最強の誘惑術を教えてあげるわよ?」

 

 そんな中、無謀にも霊夢に意見を述べたのは色ボケメ……もとい、咲夜だ。最近は茶を吹いたり赤面したり取り乱したりとかいう場面しかお目にかかっていないため、私の中では【純情乙女】の称号が付きつつある咲夜だ。夜な夜なフランや門番と謎の会議を行っているらしいというのは紅魔館の主、レミリア=スカーレット談である。この館には小悪魔以外のまともなヤツはおらんのか。

 咲夜はきめ細やかな銀髪を瀟洒な動作で掻くと、胸の前で腕を組みドヤ顔で提案する。

 

「まずは標的を捕獲して、どこかに縛り付けるの。椅子でも柱でもどこでもいいわ。とにかく身柄を拘束する」

「おいこらちょっと待てクソメイド」

 

 思わずツッコミを入れてしまったのは仕方のないことだろう。今のは私じゃなくても口を挟む。現に早苗だってかなり焦った表情を浮かべているじゃ――――

 

「咲夜さん、その話もっと詳しく」

「私も頼むわ、咲夜」

「私以外は馬鹿ばっかりか!」

 

 まさかのアウェーっぷりに衝撃を隠せない。『幻想郷は魔境だ』とか以前雪走が言っていたが、どうやら本当の事だったようだ。つかこんな形で露わにならなくてもよかったんじゃないかと思わないでもないが、よく考えてみると幻想郷にマトモな人間なんているはずもなかったので思考をシフトさせる。身近に頭の固い道具屋や嫉妬深い人形遣いがいるのを忘れていた。

 私の制止を完全に無視し、咲夜は続けた。

 

「次に準備するのは媚薬ね。品質は問わないけど、できれば永琳製のものが望ましい。効果が段違いだもの」

「ふむふむ、媚薬ですか」

 

 あの頭のネジが一本残らず粉砕している宇宙人製媚薬なんて飲まされた日には、雪走のヤツ腹上死してしまうんじゃないか? 性欲と恋愛脳は幻想郷一だろうけど、想定外を地で行く永遠亭組にかかれば一瞬で空っ欠にされてしまいそうだ。……何が空になるって? 乙女にそんな事聞くもんじゃないぜ。

 しかしそもそも、永琳の媚薬なんてそう簡単に手はいるもんじゃなかろうに。

 

「そういえばこの前『旦那さんに試してみれば?』とかで永琳に手渡された媚薬があったわね」

 

 そう言って霊夢が懐から無造作に取り出したのは、桃色の液体がみっちり詰められた小瓶だ。表面には【気になる相手もこれでイチコロ☆ 永琳製媚薬!】とでかでかと書かれている。

 

『…………!』

「最初は半信半疑だったんだけど、実験台(鈴仙)に使ってみたら効果覿面でさぁ。でも流石に人間に使うのはやりすぎだろうってことで封印していたんだけど……咲夜の作戦的にはこれが必要らしいから、さっそく神社に帰って飲ませてみるわ」

『待ちなさい』

「は?」

 

 小瓶片手にウキウキと部屋を出ようとする霊夢の服が、両隣から掴まれた。言わずもがな、早苗と咲夜である。日頃から清楚、瀟洒、美麗として有名な二人が、なんだかとても『イッた』目で霊夢に語りかける。

 

「れ、霊夢さん。ちょっとその薬私にくれませんか?」

「はぁ? なんでよ、必要ないでしょアンタには」

「いえいえ、ソレはファンクラブの活動に必要不可欠なんですよ。【雪走威を愛でる会】としてはぜひともその媚薬を手に入れておく必要がありまして」

「あら奇遇ね守矢の巫女。私も良夜との交渉を円滑に進めるためにはその媚薬が必要なの。け、決して個人的に使おうってことじゃないわよ? 美鈴や妹様を出し抜こうとか、そういうことじゃないのよ?」

「ここまで欲望丸出しな女達も珍しいな……」

 

 あまりにも思考が黒すぎやしないか、この二人。サブヒロイン臭がプンプンする。これはどう考えても失敗するフラグだろう。

 そして早苗。お前さっき霊夢に行動を規制されたはずじゃなかったか。神聖なる現人神がこんなところまで落ちぶれちゃ、守矢の二柱もさぞ悲しむことだろう。正確にはご先祖様の諏訪子が猛烈に落胆する恐れ大だ。祟り神が落ち込むとかマジでシャレにならないんで勘弁してほしいんだが。

 

「はっ! これが欲しけりゃ力づくで奪い取ることね負け犬共!」

「い、言いましたね!? 言ってはならないことを、言いましたね!?」

「早苗は右から攻めて。私は時間を止めて薬を奪い取る!」

「時間止める前に封印してやるわよっ。霊符・【夢想封印】!」

「……失礼しましたぁー」

 

 実力者三人が衝突を始め、力の奔流に飲み込まれる前にそそくさと退出。幸い媚薬の事で頭がいっぱいで、私の事には気づいていないようだ。今日はこのままご帰宅させてもらうとしよう。

 箒片手に赤絨毯を踏みしめ、玄関へと向かう。いつまでもこんな物騒な館に居座ることはない。さっさと帰って香霖のところで飯でもたかろう。

 

「あれ、魔理沙じゃない。今日はどうしたのぉ?」

 

 不意に声をかけられ振り向くと、後ろにいたのは金髪の女の子。レミリアと似たデザインのナイトキャップを被り、宝石がぶら下がった綺麗な羽を持つコイツの名前はフランドール=スカーレット。その姓から分かる通り、紅魔館主様の妹君である。

 ちょっと気が触れているとか情緒不安定とかいろいろ言われる可哀想な吸血鬼は、相変わらずの無邪気な笑みで私の方へと駆け寄ってくる。

 

「あぁ、フランか。まだ昼間なのに珍しいな」

「今日は目が冴えちゃってよく眠れなかったの。だから今は眠たくなるまでお散歩してるんだ♪」

「ふぅ~ん……あ、そういやさフラン」

「なぁにぃ?」

 

 私の箒をいじって遊んでいるフランは、くりくりした丸っこい瞳で私を見上げる。

 さて、私としてはあの馬鹿三人がどうなっても構わないが、こんなつまらんことに巻き込まれた制裁を加えてやらねばならない。まぁ八つ当たりみたいなもんだと思ってもらえれば幸いだ。

 だから私は一石を投じる。面白さに拍車がかかるように、ハプニングを製造する。

 

「そこの部屋で霊夢達が弾幕ごっこやってんだ。でも三人だから人数が中途半端らしい」

「弾幕ごっこ!? ほんっとぉ!? やったぁすぐに混ざってくるよ!」

「おー、気を付けてなー」

 

 殺さないまでも、永遠亭送りにしてくれればあいつらの頭も冷めるだろう。直接被害を受ける男二人のためにも、痛い目を見ておいた方がいい。

 

「私も案外お節介だな」

 

 だけど私としては、恋する乙女は助言なんて受けずに全力で突っ走ってほしいと思っている。だって恋に正攻法なんてないのだし、当たって砕けろ精神こそ至上だと考えている。

 というわけだから、今回ばかりは反省しろよお前達。

 

『フランもあっそぶ~!』

『げっ、アンタなんでこんな時間に……』

『魔理沙に教えてもらったよ? 楽しそうじゃん一緒に遊ぼー!』

『い、妹様! レーヴァティンは勘弁……』

『ま……魔理沙さぁああああああああああああん!!』

 

 何やら断末魔の叫びと破壊音が届いてくるが、気にしない。懐の深い女だな私も。

 館を出て、箒に跨り飛翔する。目指すは香霖堂、目的は昼飯だ。

 

 今日も幻想郷は、真に平和である。

 

 




 次回もお楽しみに♪


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マイペースに風邪っぴき

 更新遅れました! 面目ないです!
 一応私生活が一段落付きましたので、少しは更新早まるかと。ご迷惑おかけします。
 それでは最新話。相も変わらずマイペースにお楽しみいただけると幸いです♪


 今日は朝から身体が動かない。手足は重いし、頭はガンガン痛む。家事をしようにも言うことを聞かないこの肉体では動くことすらままならない。威に朝ごはんを作ってあげないといけないのに、なんたることだ。

 

「熱はあるし息も荒い。身体の節々も痛むようだから完全に風邪だなこりゃ」

 

 額に触れたり全身をマッサージしたりして私の苦痛を和らげようとしている威がのほほんと言う。彼の手が体に触れる度に心臓が高鳴っているのだが、今は喜ぶ元気すら出ない。残念だ。

 タオルを濡らし、火照っている私の額に乗せながら威は苦笑交じりに漏らす。

 

「まぁ最近はお前らしくもなく無駄に元気だったから、これを機に少し頭を冷やすことだな。霊夢らしいツンデレが復活するのを祈ってるよ」

「なに……よぉ……。いつもは、ツンが酷いとか言ってるくせにぃ……」

「この頃のお前はデレすぎなんだよ。そういうのは俺の仕事だ。ツンデレ要素がない霊夢は、なんかあんまり霊夢らしくない」

「……意味わかんない」

「いずれ分かるさ。ま、仕事は俺がやっておくから、今日は大人しく寝ておくこった」

 

 そう言うと私が着替えたばかりの巫女服を抱えて部屋を出ていく威。汗とかその他諸々の口に出したくはない乙女の秘密がこびり付いた服を男性、しかも大好きな相手に洗濯されるというのは些か抵抗があるが、マトモに身体を動かせない今の私が洗濯を完遂できるはずはないので大人しく任せておくことにする。なんだかんだいって仕事はちゃんとやるヤツだから、心配することはあまりないだろう。

 威が出て行ったことで静けさを取り戻した寝室。少し寂しいなとか思いながらも、これ以上彼に心配をかけないよう黙りこくって天井を眺める。

 

「……デレすぎ、かぁ」

 

 先ほどの威の言葉がなんだかやけに心に残った。刺さった、といってもいいかもしれない。

 沙羅の馬鹿に諭されて、私はあの日確かに威への恋心を自覚した。隠すことをやめ、気持ちのままに行動しようと心に決めた。あの日から私は彼を突き放すことはせず、それどころか自分から積極的に好意を表現してきたと思う。

 でも、それがかえって彼に違和感を与え、気を悪くしていたのではないだろうか。私がデレればデレるだけ威が怯えたようにしていたのは、普段の私を欲していたからではないだろうか。

 自分に素直になろうと決めたけど、それは果たして今までの態度を百八十度改めるということだったのだろうか。

 

「難しい、なぁ……ケホッ」

 

 頭を少々使いすぎたのか、渇いた咳を漏らしてしまった。熱も上がってきたようで、頭痛が激しい。今は大人しく、調子が戻るまで寝ておくとしよう。

 理想と現実のギャップ。ままならない人間関係にやるせない気持ちを抱えながらも、私は目を閉じると意識を手放した。

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

「……で、アンタはここで何しているのよ。泥棒?」

「お見舞いに来てやった親友つかまえて第一声がソレかよ」

 

 既に日は天上に昇ってしまい、残暑の暑さがより厳しさを増してきている。風邪を引いているときは汗を流すことが重要だとよく言われるが、こんなクソ暑い中布団を被っていたら発汗多量で死んでしまうんじゃなかろうか。割と本気で心配になる。

 そこんところを踏まえた威が置いてくれている氷水を少しづつ飲みながら、いつの間にか隣で林檎を剥いていた普通の魔法使いにジト目を向ける私。基本的に「死ぬまで借りる」をモットーにしているコイツが家に侵入してくると、真っ先に窃盗を疑ってしまうあたり私も慣れたものだと自嘲してしまう。パチュリーの図書館での前科が多すぎる魔理沙もいけないのだが。

 魔理沙は自分と私の分を律儀に半分ずつ皿に分けると、美味しそうに頬張っていた。

 

「……アンタも、暇ねぇ……」

「幻想郷で暇じゃないやつなんているのかよ。娯楽もロクにないド田舎なのに」

「弾幕ごっこでもしておけば暇つぶしくらいにはなるんじゃないの?」

「チルノが呻くような暑さの中弾幕なんか受けたら焼け死ぬって。さすがに私もそこまで弾幕狂じゃねぇよ」

 

 一応自分が弾幕オタクだという自覚はあるようで、手をひらひらさせながらくつくつ笑っている。彼女の生き甲斐は弾幕と魔法と言っても過言ではなく、幻想郷内ではおそらく最も真面目に弾幕ごっこに取り組んでくれているヤツだと私は思っている。スペルカードルールが効率的に広まったのも、実は魔理沙のおかげであるところも大きい。褒めると調子に乗るから言わないけど。

 満足げに林檎を咀嚼する魔理沙を見ながらも、他に物音がしないことにふと気が付いた。

 

「そういえば、威は?」

「旦那さんなら永遠亭に風邪薬貰いに行ったぜ? 私は雪走に留守番と看病頼まれたからここに来た」

「自分の意志で来たんじゃないのね……」

「お前なら風邪も逃げ帰るだろうと思ってたのさ」

「殴るわよ」

「寝てろよ病人」

 

 至極真っ当な返しに思わず口ごもってしまう。してやったりな顔が非常にムカついたので、身体に差し障りが出ない程度の小さな霊力弾を放って目の前で炸裂させてやった。驚きのあまり仰向けに倒れ込んだ姿が滑稽でちょっとだけ気持ちよかった。

 というか、永遠亭に行ったってアイツ道知ってたっけ?

 

「今頃迷いの竹林で文字通り迷っているだろうな」

 

 魔理沙はこともなげに言い放っているが、実際とんでもない事態だ。妖怪兎が蔓延る竹林で迷うなんて自殺行為もいいところ。たまに凶暴な妖怪とかも出るし……妹紅のやつに頼るしかあるまい。後は威の自己防衛能力を信じよう。修行したんだから大丈夫だろう。

 しかし、私のせいで危険を冒してまで永遠亭まで遠出しなければならなくなった威に申し訳なく思ってしまう。精神的疲労だけではなく、肉体的にも疲労を与えてしまうなんて。よくもまぁ文句ひとつ言わずに尽くしてくれるものだ。

 そんなことを魔理沙に言うと、何故か呆れたような溜息をつかれた。納得がいかない。

 

「あのなぁ、家族の為に働くってのは考えるまでもなく当たり前の事だろ?」

「でも私はアイツに迷惑ばかりかけちゃってるのよ? 自分に素直になってみれば『らしくない』とまで言われているし、気持ちを表現すればするほど威にストレスを与えちゃってる。そんな傍迷惑な女を、家族だなんて思ってくれているはずないじゃない」

「……お前、それ本気で言ってんのか?」

「食欲に応じる私並には至極真面目なつもりだけれど」

「はぁ……もしかしたらとは思っていたが、まさか本当に勘違いしてやがったとは」

「なによ嫌な感じね」

 

 普段から何かと皮肉ったらしい親友ではあるが、今回ばかりはそれが顕著だ。心の底から呆れているように金髪をガシガシと掻いている。枝毛が増えるわよ、魔理沙。

 ひとしきり髪を掻いて幾分か気持ちが収まったのか、胡坐を組み直すと彼女にしては珍しい真面目な表情をして、

 

「雪走にとっちゃ、今のお前も昔のお前も変わらず『大好きな博麗霊夢』なんだよ」

「……はぁ?」

「だからさ。ツンデレだろうがデレデレだろうが、雪走がお前のことを愛しているっていう事実に変わりはないわけだろ? そりゃあ今のお前は昔に比べて違和感バリバリだし、アイツも慣れない反応に戸惑ってはいるだろうけどさ。それでもお前が博麗霊夢だっていうことには変わらない。アイツの家族だっていうことに変わりはないんだよ」

「……でも、じゃあなんでちょっと距離を置いたような」

「お前が『自分に素直になること』を『雪走に対する接し方をすっかり変えること』と勘違いしているからだよ。お前だって、ある日突然雪走が殊勝になって丁寧な敬語を使い始めて、背中がむず痒くなるような紳士な態度を取ってきたらどう思うよ」

「……ぶん殴りたくなるでしょうね」

「それはそれでどうなんだとか思わないでもないが、まぁいい。結局はそういうことさ。不自然なお前より自然体のお前の方がアイツにとっては接しやすいんだよ。それこそ、ツンデ霊夢だった頃のお前がな」

 

 そこまで言うと、喉が渇いたのか台所にお茶を淹れに部屋を去る魔理沙。人の家で勝手なことをと怒るところなのだろうが、ある意味そんじょそこらの家族よりもお互いのプライバシーを握っている関係なだけあって嫌な感じはしない。むしろ勝手にやってくれる分気が楽でいい。

 再び静かになった寝室で、一人考える。何がいけなかったのか、そして、どうするべきなのかを。

 

「ありのままの私、ねぇ……」

 

 多少は風邪もよくなってきているのか、しばらく起きているというのに身体の怠さはそこまで酷くなってはいない。魔理沙と雑談しても疲れない程度には回復してきているようだ。嬉しい限りである。

 そしてそのおかげで、思考に体力を回すことも可能になった。アイツが好きになった『私』と、今の『私』を客観的に照らし合わせてみる。

 

「……キモいわね、私」

 

 四六時中発情期の威にあれほど文句を言っていたくせに、今の自分はそれを軽く凌駕するほどの乱れっぷりだ。とても花も恥じらう十代乙女だとは思えないほどにアッパーしてしまっていた。あの時紫がドン引きしていたのも、今考えてみれば頷ける。悪いことしたなぁ。

 魔理沙の言葉を私なりに噛み砕いてみる。自分に素直になることとは、決して接し方を変えることではないという意見を取り入れてみる。

 それでも、昔のような突き放す接し方ではなく、少しでも彼への好意が見受けられるような態度を取れるように博麗霊夢を見直してみる。

 

「反省、しなきゃなぁ」

 

 相も変わらず歯に衣着せない友人を持つと、色々と気付かされるものだ。

 本人には決して伝えない感謝の念を抱きながらも、私は盛大に複雑な笑みを漏らしていた。

 

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

 

 

 ――――冷たい。

 私が意識を取り戻したのは、そんな感覚に襲われたからだ。

 未だにはっきりとはしないおぼろげな意識の中で、現在の状況を把握してみる。

 額の上に、氷水の入った布袋が乗せられていた。冷たいと感じたのはどうやらこれのせいらしい。火照った顔にひんやりとした感覚がとても気持ち良かった。

 部屋全体が薄暗く、襖の向こう側にも光が差し込んでいないことから、今は夜だとわかる。魔理沙はいつのまにか姿を消していた。私が寝たのを見て帰ってしまったのだろうか。変なところで気遣いのできる奴だ。

 氷嚢の快適さに身を預けていると、枕元で何かが動く気配がした。無理のない程度に頭を動かしてソレを見やる。

 

「たけ、る……?」

「ん、起こしちゃったか? ごめんな」

 

 そこにいたのは威だった。昼間に永遠亭へと薬を調達に行ったっきり行方が分からなかったが、どうやら無事に帰宅したらしい。傍らに置いてある瓶は、その薬だろうか。『永琳特製風邪薬』と書いてある辺り実験台にされる可能性を疑ってしまう。

 私が目を覚ましたので、良い機会とばかりに具合を診る威。ぺたぺたと顔に手を当ててくるが、冷たくて気持ちいい。氷嚢の準備をしていたからか、常温よりも幾分か体温が低下しているようだった。

 

「まだ熱は高いな……。少しくらい飯食った方がいいだろうけど……食欲は?」

「あんまり……」

「じゃあちゃんとした晩飯はやめとくか。お粥作ってくるからまだ寝てな」

 

 そう言って調理場へと消えていく。米自体は朝炊いていたものを使っているようで、ものの二十分ほどで戻ってきた。温かな湯気をあげている粥を持って部屋へと入ってくるその姿は、まるで母親のよう。

 

「食べさせてやるから、少し起きてくれ。それくらいはできるだろ?」

「だいじょぅ、ぶ……」

 

 寝すぎて思考が覚束ない。喋り方も拙いし、おそらく寝惚け眼だ。また迷惑かけちゃってるなぁと落ち込んでしまうが、早く治すために今は彼に従っておくべきだろう。

 威に支えられ、ゆっくりと上体を起こす。

 

「ほら」

「……熱っ……」

「あ、ごめん。冷ますからちょっと待っててくれ」

 

 健気に息を吹きかけて粥を冷ましてくれる。数回繰り返し、ようやく普通に食べられる温度になった。

 レンゲで粥をすくい、少しづつではあるが咀嚼していく。

 

「っぷ……」

「キツイだろうけど、無理にでも食べておいた方がいい。体力がなくなったままじゃ、病気に負けちまうから」

 

 数十分に及ぶ粥との戦いでも、彼は最後まで私を応援してくれた。

 食べ終わると、威は服を脱がして濡れた手拭いで全身を拭き始める。いつもなら頭が痛くなるほど発狂して胸を揉んできたりするものだが、今はそんな素振りを全く見せない。事務的に、それでいて時折気遣いの言葉をかけながら作業を進めていく。……サラシをとられた時はさすがにヤバいとは思ったが、乳房が露わになった私を前にしても彼は理性を失わずに身体を清めてくれた。

 そうして、再び布団を被る。

 

「早く良くなれよ? お前が弱っているままだと、落ち着かない」

「う、ん……」

「よし。じゃあ今は寝てろ。俺は隣の居間にいるから、何かあったら呼んでくれ」

「……ま、待っ、て……!」

「霊夢?」

 

 立ち上がろうとした威を、慌てて引き留める。いきなり呼び止められた威は怪訝そうな表情を向けていた。しかし、それでも心配の感情を見せてくれるのがありがたい。

 その時の私は、本当にどうかしていたのだと思う。高熱でマトモな思考も出来ず、弱り切っていたのだろう。情けないと、普段の私なら嘲笑しているところだ。

 私は威に手を伸ばすと、こんなお願いをしていたのだから。

 

 

「傍に、いて……。……独りに、しないで……」

 

 

 誰かと一緒にいたかった。独りになりたくなかった。寂しい思いを、したくなかった。

 昔はお母さんがいたが、今はいない。威が来るまでは、何度も一人寂しい夜を過ごした。病気になったときだって、昼間は見舞い客が来てくれるが、夜になると孤独に何度も涙を流した。

 私は、寂しがり屋だ。誰かがいないと何もできない、そんな子供だ。

 だから、威には傍にいて欲しかった。私の手を、いつまでも握っていてほしかった。

 

「おね、がい……」

「……大丈夫だ。俺はずっとお前の傍にいる。どこにも行ったりしないよ」

「ほんと……?」

「あぁ、本当さ。俺が嘘をつけないってこと、知ってるだろ?」

「よかった……」

 

 威は私の隣に座り込むと、伸ばした右手を優しく握りしめてくれる。ようやく普段の体温に戻った、人並み以上に温かい手で私の寂しさを紛らわせてくれる。

 断ってもいいはずだった。拒否しても、拒絶してもいいはずだった。

 でも、彼は私の願いを聞いてくれる。どこまでも、博麗霊夢を受け入れてくれる。

 それが、そのことが、今は本当に心の底から嬉しかった。

 

「おやすみ、霊夢。ゆっくり休めよ」

「うん……おやすみ、威……」

 

 既に眠気で意識は混濁し、瞼も閉じかかっている。

 そんな状況でも、彼の両手は温かな愛情を確かに伝えてくれていた。

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに♪


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マイペースに彼と私

 今日も無事に更新。少しは文章上手くなったかなぁ。
 それでは今回もマイペースにお楽しみください♪


 あの日は、お母さんの墓参りに行った日だった。

 死体も見つからず、本当に亡くなったのかもわからないお母さん。まだ生きていると信じていたかったが、何年経っても姿を見せない以上いつまでも淡い願いを持ち続けているわけにはいかない。そう結論した私は、神社の裏庭に粗末ではあるがお母さんの墓を建てていた。骨も遺品も入っていない、空っぽのお墓を。

 週に三回の頻度で墓参りをする私はその日も桶と柄杓を持って、うっすらと生えた草の中に佇む墓石の掃除をしていた。名前も書かれていない、ただ石が重ねられただけの墓に水をかけ、手拭いで清めていく。

 こうしていると、お母さんと一緒に暮らしていた頃の記憶が鮮明によみがえってくる。眩しくて、楽しくて、どれだけ落ち込んでいたとしてもすぐに笑顔が戻ってきていたかつての日常が、脳内に浮かぶ。

 

「……もう、帰ってこないのかな」

 

 思わずそんな呟きが漏れた。私らしくない、弱り切った声が空中に霧散する。誰もいない神社に、ポツリと寂しく響き渡る。

 お母さんがいなくなって、もう何年も一人っきりの暮らしが続いていた。一人でご飯を食べて、一人でお風呂に入って、一人で寝て。話す人のいない孤独な毎日を、私は過ごしていた。

 静寂に包まれた広い神社で、たった一人で。

 

「……寂しい、よぉ」

 

 再び漏れ出す弱音。先ほどよりも悲しみの感情が込められた声が震える唇から溢れる。

 墓石を拭く手はすっかり止まってしまい、力が入らない。カタカタと石が揺れ始めていたが、すぐに原因を察した。柄杓を持ってもいないのに石が地面が湿り始めている理由も、理解した。

 いつも墓参りに来るたびに寂しさが溢れだす。普段は考えないようにしている現実を突きつけられ、堰を切ったように涙が流れていく。すっぽりと空いてしまった心を埋めようとするかのように、無意識のうちに墓石を抱きしめていた。ひんやりとした石の冷たい感触が、私の凍ってしまった心を表現しているかのように思えた。

 

 こんなんじゃ駄目だ。しっかりしないと。そう呟いて心を整えようとはするものの、今日は何故か立ち直れる様子がない。いつもならば不器用ではあるが気持ちが落ち着くはずなのに、今日に限って悲しみが晴れない。巫女服の袖が涙で濡れていく。既に右側の袖口が、使い物にならないほどにぐしゃぐしゃになっていた。

 どうにもならない負の感情に押しつぶされそうになり、いっそのこと大声で泣いてしまおうかと開き直りかけた時のことだ。私は奇妙な感覚を覚えた。頭の中に何かが入り込んでくるような、ねっとりとした感覚。……私が管理している博麗大結界が緩み、何者かが迷い込んできたときの感覚だった。

 今までにも何度か経験したからか、すぐに状況を把握する。柄杓と桶を墓の前に置き、桶の中に手拭いを入れこむと境内の方へと歩き出す。博麗神社に迷い込んだ外来人は境内に向かうことが多いという私の持論に沿った行動だ。

 それにしても、

 

(よりにもよってなんでこんな時に幻想入りしてくるのよ)

 

 別に外来人に罪はないのだが、もう少し空気を読んでくれてもいいものではないかと理不尽にも舌を打ってしまう。泣き腫らして真っ赤になった顔で会話をしろと言うのか。そんなみっともない姿を他人に晒さなければならない状況に気持ちが曇った。なんて日だ、と妖怪の山に向かって叫びたい衝動に駆られたが、そこは大和撫子な自分のイメージを崩さないためにもなんとか踏み止まる。

 

 裏庭から境内へと向かう途中には、桜の木が生い茂る中庭がある。縁側に面するその庭には玄爺がひっそりと暮らす池があったり、最近暇なので始めてみた盆栽的なものも置いてあったりする。基本的には、風景を眺めつつ一人でまったりお茶を飲むスポットでもある。

 そんな中庭。私的隠れた名所であるその縁側に、見慣れない格好をした一人の青年がぼんやりとした様子で腰掛けていた。緑一色に包まれた桜の林を無機質な瞳で見上げる青年。

 私と同じ黒髪は男にしては艶があり、クセのまったくないストレート。白を基調とした、胸部になにやら文字が書かれている薄手の服に身を包み、下には以前早苗に見せてもらった『でにむ』とやらを履いている。絵に描いたような外来人の服装だ。

 座っているから詳しくは分からないが、それほど身長は高くなさそうだ。あまり筋肉質でもなく、どちらかといえば中性的な印象を受ける。あまり覇気も感じられないせいか、それが顕著だった。

 そんな一風変わった無気力青年に、私は何故か視線を奪われていた。特にこれといって秀でたものがあるとは思えないのに、どことなく私は惹かれていた。今考えると、私は彼の纏う『マイペースな雰囲気』に呑まれていたのかもしれない。

 落ち着いた感じで爽やかな風を楽しんでいた様子の青年は、先ほどから浴びせられている私の視線に気づいてはいないのか、思わずと言った様子でぽつりと呟きを漏らした。

 

「……なんか、落ち着くな」

「不法侵入者の癖に、何呑気にくつろいでんのよ」

「?」

 

 答えるようにして返された私の声に、青年が怪訝な表情で振り向く。そして私の顔を見ると、驚いたように少しだけ目を丸くした。……しかし、それは未知の世界での遭遇に驚いたような感じではなさそうだ。どちらかというと、私に見惚れているような、そんな感じだった。

 呆けたように私を見つめている青年の口から、無意識なのだろうか私の服装についての考察が紡がれ始める。時折一人で疑問をぶつけていることから、思考がそのまま口に出ているのであろうことを察した。脳と口が直結しているのではないかと思うほどに、自分の思考がだだ漏れな男だ。

 ひとしきり考察が終わったようなので、私は溜息交じりにそれを指摘する。

 

「……アンタさっきから声に出てんだけど、そこんとこ正しく理解してる?」

「え、マジで? まぁいいや」

 

 なんだこのふざけた対応は。

 飄々としすぎている返事に少しだけ怒りを覚えてしまう。引き攣った笑顔を浮かべ、拳を握り込みながら私は宣言した。

 

「よし、とりあえず一発殴らせろ」

「普通に嫌です」

 

 しれっと拒否する青年。対して、私はもやもやとした気持ちでいっぱいだった。コイツのマイペースな雰囲気はどうにも調子が狂う。真面目に応対しているはずなのに、シリアスさをごっそり持って行かれてしまう。

 こんな面倒くさい男は早く外界に返すべきだろう。

 懲りない様子で幻想郷のことについて矢継ぎ早に質問を繰り返す男の手を取ると、外界へとつながる鳥居の方へ連れて行こうとした。……が、ソイツは動かない。しっかりと地面を踏みしめて、動くまいと必死に抵抗している。何を考えているのか、この馬鹿は。

 

「……いやいや、何抵抗してんの。ここら辺妖怪とか出るんだから、早くしないと食べられるわよ」

「好意で言ってくれているところ悪いが、その案内は不要だ」

「は?」

 

 突然素っ頓狂なことを言い出した男のへらへらとした顔を思わずまじまじと見つめてしまう。外来人らしくない発言をされた気がして、一瞬頭が真っ白になった。

 私の動揺を知ってか知らずか、男は相変わらずのマイペースな様子でさらっとこう宣言した。

 

「俺は、この世界で生きる」

 

 衝撃。まさにその一言に尽きる気持ちだった。そして同時に、言いようのない高揚感が胸の内に湧き上がってくるのを私は確かに感じていた。

 普通ならば自分の世界に帰ることを望むはずの外来人が幻想郷に留まることを選んだというのも驚いた理由の一つだが、何よりも自分の意志を頑なに押し通そうとする彼自身に驚愕した。どんなことを言われても自分の意志を曲げない、そんな彼に私は心を奪われた。胸が、すく思いだった。

 一応博麗の巫女としての務めを果たすために説得を試みるが、心のどこかでは無駄であろうことを理解していた。マイペースを自称するだけあって、その意志は固い。私が今更何を言ったところで、彼の気持ちが変わるとは到底思えなかった。

 その時の彼の瞳に宿っていた強い光は、お母さんへの思いで憔悴しきっていた私の心を明るく照らしてくれた。馬鹿みたいに一直線で、どうしようもなくマイペースな彼の人柄は、寂しさで消え入りそうだった私を励ますようにしていとも簡単に私の心の隙間に入り込んでいた。久しぶりに感じる満足感と喜びが形となって目から溢れそうになったので、誤魔化すために彼の手を掴むと本殿の方へと歩き出す。その前に、髪をぐしゃぐしゃと掻いて唸る素振りは忘れない。素直に家へと招くのはなんか嫌だった。

 

 魑魅魍魎の蔓延る幻想郷を一人で旅するなんて言っている外来人を保護。

 表面上だけ見ると、私は博麗の巫女としての仕事をこなしただけに過ぎないだろう。一人の命を未然に救い、被害を抑えたと思われるはずだ。私自身も、そう自分に言い聞かせていた。

 しかし、本心ではそうは思っていない。これまでの弱った自分を、この途方もない馬鹿なら救ってくれるかもしれないという確かな希望を持っていたのだ。不機嫌そうな顔で会話をしている最中も、私はコイツに賭けてみようという思いを持っていた。

 それでも、私は他人に聞かれれば「保護しただけ」と答えていただろう。その時は別の視点から見た自分の気持ちを認めるのが嫌で、情けなかったから。

 でも、今改めて思い直す。そして、自分に素直になってみると、導き出される答えは一つだ。

 

 私は、もうこの時から既に威に惚れていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 襖から差し込んだ朝日の眩しさに、私は思わず瞼を上げた。昨晩寝すぎたことで眠りが浅くなっていたのだろうか、基本的にだらけ体質な私がこの程度の光で目を覚ますとは珍しい。

 差してくる光の角度から察するに、まだ朝方も早い時間だ。よくよく耳を澄ませると、遠くから鐘のような低く響く音が届いてくる。前庭掃除のヤマビコが命蓮寺の鐘を鳴らしているのだろう。随分と距離はあるはずなのだが、それなりの大きさで聞こえる。近所に住んでいる人達はさぞかし迷惑していることだろう。朝っぱらから叩き起こされる哀れな住民達に人知れず苦笑する。

 よく寝たおかげで、熱はすっかり下がっているようだ。身体の怠さも軽くなっている。意識もはっきりとしているし、回復したと言っても良いだろう。ただ、汗のかきすぎで寝巻が濡れそぼっているから、早いところ着替えておきたい。

 巫女服を取りに行くために居間へ行こうと立ち上がる私だったが、ぐいと右手がいきなり引っ張られて思わずたたらを踏んでしまった。膝立ちのまま、右の方を見やる。

 しっかりと繋がれた右手。私よりも大きな温かい手が私の手を包み込んでいた。

 徐々に視線を付け根の方に向けていくと、布団の傍で横になっている青年の姿が。中性的な顔には疲労の色が見え、艶やかな黒髪は汗でぺったりと額や頬に張り付いてしまっている。かすかな寝息から彼が眠っていることが分かるが、延ばされた右手が私の手を離す様子はない。固く握りしめたまま、決して離れまいとしている。

 一瞬目を丸くしてしまう。その時、私の脳裏に昨晩彼へとかけた言葉が不意に浮かんできた。

 

『傍に、いて……。……独りに、しないで……』

 

 それは私が熱にうなされる中、威に言った願い事だった。はっきりとした意識もなく、マトモな判断も下せないような状況の私が漏らしたそんなお願い。それを聞いた彼は、嫌な顔一つせずに承諾してくれた。そして、優しく手を握ると私を安心させるように柔らかく微笑みかけてくれた。

 でも、まさか……まさかコイツ、一晩中ずっと手を握っていてくれたの?

 いくら私の願いだからって、普通そこまでするだろうか。昨日の時間から考えて彼は晩御飯も食べてはいないはずだし、そもそもこんな畳の上で寝るなんて自殺行為だ。起きたら絶対に全身が痛むし、畳の跡がついてしまう。時間を見積もって、自分の布団で寝てしまうというのが一番現実的なはずだ。少なくとも、私ならそうする。

 しかし、このどうしようもないほど一直線な馬鹿はそんな打算的なことは一切せず、愚直にも丸々一晩私の傍にいてくれたらしい。手を握り、寂しさを紛らわせるために、彼は自分を二の次にして私の為に尽くしてくれていたらしい。

 思わず、さっき見た夢を思い出してしまった。威と初めて出会い、私の人生を大きく変えたあの日の夢。子供のように無邪気な威に惹かれた、運命の日のことを。私を救ってくれるんじゃないかとささやかな期待に想いを馳せた日のことを。

 どうしてここまで一心に尽くしてくれるのか。未だに手を握り続けている威を呆然と見つめる。よっぽど疲れていたのか、まったく起きる様子を見せない威。

 すると、

 

「……れい、む……すき……」

「ぁ……」

 

 ぽつりと、威がそんな言葉を漏らした。毎日のように私に語りかけてくる言葉。いい加減聞き飽きているにも関わらず、その一言がやけに心の中に染み渡っていく。自分の気持ちを自覚しているせいもあるのか、無意識に放たれた素直な告白に心臓がけたたましく早鐘を打ち始める。頬は見るまでもなく赤くなっているだろうし、もしかしたら口元もにやけているかもしれない。あまりの嬉しさと恥ずかしさで、全身が溶けてしまいそうな程に火照ってしまっている。

 『好き』。その一言で、私は完全に骨抜きにされていた。

 昨日までの私なら、ここで襲い掛かっていたかもしれない。欲望に身を傾け、威の意志を確認することなく行為に及んでいた可能性が高い。それほどまでに、今までの私は悪い意味で素直すぎた。……でも、今は違う。

 魔理沙に諭され、反省して、威の優しさに触れて。自分がどういう風にあるべきかを見つめ直すことができた。今の私なら、きっと一番私らしい態度を示すことができる。

 威が目覚めないのを確認すると、私は少しだけ表情を緩ませる。

 

「……バカ。相変わらず思考がだだ漏れなんだから」

 

 深い眠りについたまま完全に爆睡している威の頬をぷにぷにと突っつく。わずかに声を漏らして表情を歪めるその姿が、普段の彼らしくない新鮮な感じがして面白い。

 しばらく威を突っついて遊んでいると、ふと半開きになった彼の口元に目が留まった。すーすーと浅い寝息が漏れている其処に視線が釘付けになり、一層心臓が高鳴る。もしかしたら威に聞こえてしまうんじゃないかと言うほどに、騒がしく鳴り響いている。

 ……周囲を見渡す。スキマらしき存在は見当たらない。早朝なので魔理沙が突撃してくる可能性も皆無だ。同じ理由で萃香が湧き出てくることもない。今頃は勇儀の家で酔い潰れている頃だろうし。

 やるならば、今しかない。

 

「……別に、好きとかそう言うことじゃないのよ? た、ただのお礼。そう、お礼よ。いや、好きじゃないってことじゃないけど、これはそういうことじゃなくて……看病してくれた感謝の気持ちっていうか、その……」

 

 誰にともなく言い訳してしまう。こういう素直じゃないところが彼にツンデ霊夢と呼ばれてしまう理由なのだろう。一人で身振りを交えてあたふたと自分の行動を取り繕う私は、傍から見れば相当滑稽に違いない。紫に見られたら小馬鹿にされるところだ。

 しばらく言い訳を続けていると、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。頬の火照りも冷めてきたようだ。最後にもう一度だけ大きく深呼吸をして、威の唇を見据える。

 

「……よし、い、いくわよ……!」

 

 無駄に気合を入れて、身体を倒しながらゆっくりと顔を近づけていく。右手は握られたままだから、左手を威の顔に添えて照準を合わせる。ある程度近づいたところで、私も目を瞑った。

 そして、

 

「んっ……」

 

 柔らかい感触が唇を通して全身に広がっていく。なんともいえない幸福感に心が満たされ、いつまでもこうしていたいという欲望が脳内に渦巻いている。左手は決して彼の顔を離すことはなく、私自身もしばらくの間接吻の感触を楽しんでいた。あまりの気持ちよさに全身が震え、変な汗が出てきている。

 とても長く感じた。私の無呼吸維持限界時間からして本当はそんなに経過してはいないのだろうが、一時間くらいこうしていたように感じる。ゆっくりと顔を離しながら、呆けた頭でそんなことを考えていた。

 少し名残惜しい感じもしたが、そこはなんとか自制を効かせて上体を起こす。起きた時以上に汗だくになっている寝巻に気付き、思わず苦笑が漏れた。

 口吸いをしたというのに、このトーヘンボクはむにゃむにゃと眠ったままだ。どれだけ鈍感なのだと声を大にして文句を言いたい。……いや、途中で目を覚まされても困っただろうけど。

 やることを終えたからか、胸の高鳴りは少しづつ治まってきている。ほんのちょっとずつではあるが、マトモな思考に向ける余裕も出来てきた。……そして、今私が言うべき言葉も思いついた。

 未だに眠り続けている馬鹿を困ったような表情で見下ろすと、私は溜息をつきながら、それでもどこか安堵と慈愛の感情を湛えて愛する男性にこう告げる。

 

「やっぱり大好きよ、ばーか」

 

 どこまでも素直じゃない、私らしく罵倒を織り交ぜたそんな告白は彼の耳に届いたのだろうか。夢の中にでも響いてくれたのなら嬉しいなとか思いながらも、私は握られた手を愛おしげに見やるといつまでも眠りこけている居候の肩を揺らして起こす作業を始めた。

 

 

 

 




 次回もお楽しみに♪


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マイペースに地底へ

 今日も更新。頑張れ俺!
 それでは今回も、マイペースにお楽しみください♪


「威、アンタ今日からしばらくこの神社から出て行ってくれない?」

 

 朝食中に放たれたあまりにも不意打ちすぎる追放宣言に、俺は思わず茶碗と箸を卓袱台に落としてしまった。中身は丁度なくなっていたから鈍い音がしただけに留まったが、俺のピュアハートは音を立てて崩れ去っているはずだ。もしかしたら砂塵と化しているかもしれない。

 何かの聞き間違えではないか。そうだ、そうに違いない。耳の調子を確かめながら、俺は彼女の言葉を再確認する。

 

「あ、あのぅ……い、今何と……?」

「いや、だからさ。しばらく博麗神社から出て行ってほしいんだけど」

「…………。……聞き間違えじゃ、なかったッ……!」

「ちょっ、威? なんで突然うつ伏せに――――って、めっちゃ泣いてるし!」

 

 畳に四つん這いになって心の汗を垂れ流す俺を極めて焦った様子で見やる霊夢。心配してくれているのだろうか。しかし、今の俺にそんな彼女の心境を察する余裕は存在しない。絶望と理不尽な現実に心がぶち壊され、人形のように空虚な存在と化してしまった俺は虚ろな目をしたまま畳の目を数え始める。

 

「いーち、にぃー、さぁーん……三万八千九百十四……」

「数えるの速すぎない!? ホントに人間かアンタ!」

「うぅ……霊夢に嫌われたんだ……。新しい男ができたのね!」

「人聞きの悪いことを言うんじゃないわよこの勘違い馬鹿!」

「あうち!」

 

 何故か怒りに顔を歪ませた霊夢によって背中を踏まれてしまう哀れな俺。そのまま畳にぐりぐりと押し付けられてしまうが、痛みとは別になんだか少しだけ快感を覚え始める。倒錯的な何か……決して目覚めてはいけない新たな扉を開こうとしているようだ。あぁ、これが悟りってやつか。

 

「アホなこと言ってないで起きなさい。ちゃんと理由を説明するから」

「浮気相手の話なんて聞きたくないやい!」

「アンタの中では浮気決定なんかい!」

「それ以外で出ていけなんて言われる覚えはないもん!」

「『もん』とか言うな気持ち悪い! ていうか、理由説明するって言ってんでしょうがぁああああああああ!!」

「ア――――――――――――ッ!!」

 

 ……十数秒後、そこにはお祓い棒をお尻から生やした肉塊が転がっていた。まさか後ろのハジメテを無機物なんかに奪われるとは夢にも思っていなかった俺は霊夢の前にもかかわらず無様に涙を流す。それほどまでにショックが大きく、同時に情けなかった。

 思いのほか本気で泣きじゃくる俺に狼狽の表情を見せる霊夢は、慌てた様子で俺の傍に駆け寄るとお祓い棒を抜いてから顔を覗き込んできた。心配そうに眉根を下げる彼女の顔は、いつもの勝ち気な様子と違って新鮮な感じがする。俺の脳内霊夢フォルダに新たなデータが刻み込まれた。

 霊夢は申し訳なさそうに俺を見つめると、意外にも素直に謝罪の言葉を口にする。

 

「ご、ごめん。まさかそんなに痛かったとは思いもしなくて……」

 

 殊勝な霊夢というのも珍しい。いや、お祓い棒突き刺して謝らないというのも人としてどうかとは思うが、素直じゃないツンデレ巫女として有名な彼女が詫びをしたという事実自体がもはや異変レベルの緊急事態なのだ。「気まずそうにもじもじと身をくねらせる霊夢可愛いなー」とか、「手を前に組んでいるせいで胸がいつになく強調されてメチャクチャ眼福であります!」とか思っている暇がないほどのエマージェンシーだ。おそらく今日はチルノが大量に降ってくるのだろう。

 そんな阿呆なことを想像していると、不意に霊夢が呻くようにして口を開いた。

 

「……全部、口走ってるわよぉ……?」

「……Oh……ジーザス」

 

 先程までの謝罪ムードはどこへやら、一転して怒りの微笑み(誤字に非ず)を顔一面に讃えた楽園の素敵な巫女は再びお祓い棒を握りしめると俺のヒップに狙いを定める。直腸プレイが最近のコイツのマイブームなのか。めっちゃディープだな霊夢よ。

 

「うっさい黙れエロの権化ぇえええええええええええええええええ!!」

「二回目はらめぇええええええええええええええええ!!」

 

 結論。博麗の巫女を怒らせてはいけない。

 尻から全身に広がっていく未知の激痛に痙攣しながら、俺はそう心に刻んだ。

 

 

 

 

 

                   ☆

 

 

 

 

 

「……それじゃあ本題に戻るけど、余計なこと言ったら下半身不随にするからね」

「それだとお前もエッチができなくて困ることに……いえ、なんでもありません。もう黙ります。話が終わるまで絶対にボケませんから夢想封印のスペルカードを懐にしまってください」

「ふん」

 

 ついには必殺技さえも脅迫道具として使い始めた博麗の巫女に軽く戦慄を覚えた俺は、無駄な自殺行為をすることもなく大人しく卓袱台の前に座りこむ。二度にわたる肛門強襲事件によりお尻が激しくヒリつくが、今そのことについて一言でも触れようものなら俺の肛門が一つ増えることになりかねないので必死こいて我慢する。正座をすることで、なんとか刺激を抑えようと試みる。彼女からは死角のようで、俺の健気な努力は分かってもらえる様子はないが。分かってもらっても困るだけなんだけどね。

 湧き上がる怒りを治めるように茶を啜る霊夢。俺も空気を呼んで同時に茶を胃の中に流し込んだ。相変わらず凄まじく薄いお茶だが、もういい加減に慣れてしまった。今高価な紅茶でも飲もうものなら、胃が拒絶反応を起こす可能性さえ否定できないくらいに貧乏腹になってしまっている。紅魔館にだけは行かないようにしようと心に決めた。

 お茶の魔力によって落ち着きを取り戻したらしい霊夢は、軽く深呼吸をすると艶っぽい唇を開いて話を切り出した。

 

「今日から一週間くらい、この神社で女子勢のお泊り会をすることになったのよ。早苗と魔理沙、咲夜に妖夢、後は鈴仙かな。女の子水入らずで過ごしたいんだって」

「ふむふむ。それで俺はどの女から入浴を覗けばいいんだ?」

「殺されたいのかアンタは」

「滅相もございません」

 

 スカートのポケットから封魔針を取り出して俺を睨みつける霊夢の目は、まるで年齢について触れられた時の紫さんのように形容しがたい恐ろしい輝きを放っていた。これ以上無駄口を叩けば確実に命を落とすに違いないと、俺のなけなしの警戒心が涙混じりに警鐘を鳴らしている。今回ばかりはその警報に従っておくとしよう。これ以上ケツの穴が広がるのだけは御免だからな。

 しかし、今の説明でなんとなく俺が追い出される理由を理解した。ようするに、女の子達でお泊り会をするから男の俺は邪魔だということか。まぁ当たり前の対応だろう。積もる話も積もらない話も、異性には聞かせたくないような猥談もたくさんあるだろうし。同性だけじゃないと落ち着かない人もいるだろうし。

 

「猥談なんてしないわよ。……ごめんね? いきなり無理言っちゃって」

「気にするなマイフェアレイディ。いざとなれば紫さんに協力してもらってスキマを使った覗きなんかもできるはずだし」

「アンタの頭はそれしかないのか」

「だって男の子だもん」

「少しは霖之助さんを見習いなさいよね……」

 

 女性に対してはそれなりに紳士的な態度を取ることで知られる香霖堂の店主の名前を出して俺を諫める霊夢。あの人は男にも女にも人間にも妖怪にも『それなりに』優しいのだが、結局『それなり』でしかないので心の底から気遣われているという感じがしない。なんかこう、機械的に世話されている気がして非常に気まずいのだ。……まぁ、霧雨さんに対してはなんとなく態度が柔らかい気がしないでもないが。

 とりあえず大まかな説明を終えた霊夢は再び茶を啜ると、最初から傍に置いていたらしい一枚の封筒を俺に手渡してくる。表面には【地霊殿在住古明地さとり様】と宛名書きがしてあった。なんじゃこれ?

 怪訝な表情でまじまじと封筒を見つめる俺に、霊夢は解説を始める。

 

「行先もないままにいきなり出ていけなんていうのはあまりにも酷でしょ? だから、一昨日くらいにさとりに頼んでしばらくアンタを預かってもらうことになったのよ。それに入っているのは地霊殿までの地図と、地底への入行許可証」

「地霊殿って……確か地底にある一番でかい豪邸だよな?」

「そうよ。紅魔館の地底版って言ったら分かりやすいかしら。旧地獄……地底で一番偉い覚妖怪が住んでいる場所。アンタは今日から一週間、その妖怪の元で暮らすってこと。理解した?」

「大体は把握したが……一つだけ聞かせてくれないか?」

「なによ」

 

 霊夢が気怠そうに頬杖をついて俺を見やる。俺が置かれた状況というのを大まかには理解したが、それでも一つだけ気になることがあった。一週間暮らすにおいて、それはとても大切なことだ。俺の地底ライフが楽しいものになるかどうかはそれにかかっていると言っても過言ではない。いや、割とマジで。

 質問を待つ霊夢に素直な疑問の表情を向けると、俺は心の底から尋ねた。

 

「地霊殿って、女の子いっぱいいる?」

「……はぁ。まさかとは思っていたけれど、やっぱりか。本当に悪い意味で期待を裏切らないわね……」

「だって大事な事だろ? 男だけのムサい場所で一週間なんて、俺には到底耐えられない。女の子がいっぱいいる理想郷なら、俺は何日でも仕方なぁ~く我慢してそこで生活できるよ。あくまで仕方なく、だけど」

「好きな女の前でそういうことを平然と言ってのける図太さだけは超ド級よね、アンタ」

「へへへ。抱き締めてくれてもいいんだぜ?」

「死になさい」

 

 溜息交じりに罵倒されるが、彼女も本気にはしていないようでうっすらと口元が笑っている。呆れたようにジト目を向けてくるものの、微かに垣間見える彼女の楽しんでいる感じが滅茶苦茶嬉しい。なんだかんだで俺との無駄話をエンジョイしてくれているようだ。うん、良きかな良きかな。

 一通り話は終わったので、霊夢と俺は一週間分の荷物を纏める作業を開始した。まぁ荷物と言っても着替えと洗面用具くらいのものだからそんなに時間はかからない。後は護身用の手甲と、恋力変換機くらいだろう。

 準備の過程で、霊夢から地底についていろいろと説明を受けた。道中に現れる妖怪の事から、地霊殿には美少女がいっぱいいるという情報まで。地霊殿のくだりで若干不機嫌そうに唇を尖らせていたので、機嫌を直すように謝りつつも頭を撫でてやった。そっぽを向いて「……馬鹿」と罵倒されたが、耳及び頬が赤く染まっているのを俺は見逃していない。風邪を引いた日からツンデレ反応が戻ってきた霊夢は一段と魅力的だった。

 そんなこんなで纏め終えた荷物を抱え、俺と霊夢は裏庭にいた。なんでも、そこに地底へと続く穴の一つがあるのだという。

 そこへと向かう途中に、いくつも石が重ねられた薄汚れた小さい石塔が視界に入った。辺りにはうっすらと草が生えているが、整えられた生え方からしてそれなりの頻度で手入れをしているのだろうことがわかる。正体が気にはなったが、霊夢が早足で歩いて行くのでそのことについて聞く暇は無かった。結局、そのまま彼女にそのことを聞くことはなかったが。

 五分ほど歩くと、俺の背丈ほどもある大きさの洞穴が姿を現した。太陽が昇っているというのに中は真っ暗で、様子を伺うことはできそうもない。ここが地底への入り口なのだろうか。

 ふと洞穴の右隣を見ると、【地底行き】と書かれた立札が立っていた。

 

「向こうに着いたら、さとりによろしく言っておいてくれない? 今度また遊びに行くって」

「俺の嫁だと補足しておくよ」

「言ってなさい変態。……それじゃ、またね」

「あぁ、一週間後にはもっといい男になって帰ってくるぜ」

「追い出された男の言うことじゃないわね」

「それは言わないでおいてくれた方が嬉しかったですがね!」

 

 最後まで笑顔のまま、くだらないからかい合いをする俺と霊夢。一週間も会えないというのに、お互いの顔には少しの寂しさも見受けられない。離れていても通じ合えると、信じているのだ。寂しがることなんて、何もない。

 荷物を持ち直し、洞穴へと入っていく。

 

「行ってきます」

「いってらっしゃい」

 

 軽く右手を挙げてニヒルに別れを告げた俺は、「俺マジでかっこいい」と心の中で自分を賞賛しながら洞穴を進もうとして――――

 

 

 足元に広がっていたでっかい穴へと落下した。

 

 

「あ、言い忘れていたけど、そこ気を付けないと地底まで一直線の落とし穴だから」

「一番言うべきことを忘れるなっぁあ――――――――ッ!!」

 

 初っ端から幸先の悪い地底旅行の幕開けに、嫌な予感が止まらなかったのはここだけの話だ。

 

 

 




 次回もお楽しみに♪


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マイペースに地底なう

 更新です。地底キャラ、可愛いです。


「……や、落ちるとか死ぬとか言っていたけど、ようするに飛べば良かっただけなんだよな」

 

 底の見えない奈落の穴。四方を闇に包まれた空間を、俺は変換機を逆噴射させながらゆっくりと降りていく。あまり力を入れ過ぎると上に行ってしまうから、絶妙な力加減が大切だ。昔の俺には到底できない芸当だけど……ホント、修行しておいて正解だったよ。

 もうかれこれ三十分ほど降下を行っているが、なかなか地面が見えてこない。なんか途中で桶に入ったツーアップの美少女に出会ったが、全然ゴールではなかったようだ。なんか最初だけめっちゃ速いショット撃ってきたけど、弾幕の間が広すぎたからそのままスルーした。無駄な弾幕ごっこは俺の寿命を縮めるだけだし。なんかすまんな名前も知らない桶の人。

 今頃一人寂しく浮いているであろう桶妖怪に想いを馳せながら、下降を続ける。

 その状態を維持してさらに一時間ほど経過した頃だろうか、ようやく地面が見えてきた。

 すたっと華麗に降り立つ(こ、こけてなんかないんだぜ!)と、長時間に及ぶ飛行の影響で縮み上がっていた全身をリラックスさせるべく深呼吸。息を整え、周囲を見渡す。

 

「……川に、橋?」

 

 俺の目の前を流れる無色透明の水。両端を見渡すと果てが見えないほどに長い。相当の距離を誇っているであろう川がさらさらと流れている。

 そして、その上を跨ぐようにして掛けられた赤い橋。江戸時代の時代劇に出てくるような、漆の塗られた古めかしい橋が堂々たる様子で佇んでいた。

 あまりの物珍しさに、思わず近づくと鑑賞を始めてしまう。ほえぇ……すっげぇなコレ。こんなに歴史情緒に溢れる遺物にお目にかかれるとは、夢にも思わなかった。

 独特の手触りをここぞとばかりに楽しむ。

 すると、

 

「……あら、久しぶりに観光客かしら?」

 

 少し甲高い、聞きようによってはヒステリックにも思えるような声が響いた。つられて顔を上げると、橋の欄干部分にもたれかかる一人の美少女が。

 青を基調とした和風のスカート。黒い襦袢の上には茶色の袖の短い半纏を羽織っている。鮮やかな金髪と切れ長の緑眼が特徴的な、エルフ耳の美少女。

 目を見張るほどの美しさ。それなのにどこか暗い雰囲気を纏ったその少女は、欄干から離れると少しづつ俺の方へと歩み寄ってくる。

 

「初めまして、私は水橋パルスィよ。地下と地上を結ぶ縦穴の守護者。まぁ簡単に言うと、警備員みたいなものね。四六時中ここにいて、通過する人達を監視している。貴方は?」

「あ、俺は雪走威って言います。博麗神社の居候で、今は地霊殿に向かう途中ですね」

 

 そう言ってポケットから霊夢に渡された封筒を取り出すと、水橋さんに見せる。彼女は何故か、心底どうでもよさそうにそれを一瞥すると、ぽつりと一つこう呟いた。

 

「……妬ましいわね」

「……は?」

「妬ましいって言ったのよ。これくらいも聞きとれないの? その難聴っぷりが妬ましいわ。あぁ妬ましい」

「…………」

 

 突如「妬ましい」を連呼し始めた水橋さん。俺は別に何も悪いことはしていないはずなのに、顔は怒りか憎悪で醜く歪み、今にも俺を殺しそうなほどの殺気を放ち始めている。嫉妬心と呼ぶのが最も合いそうなオーラを全身から放出する水橋さんは、ぐいと俺に詰め寄ると何一つ嬉しくない上目遣いで言葉を並べ立てていく。

 

「いきなり地底に現れたと思ったらさとり宛の紹介状? なに、アンタ地霊殿にバイトでも見つけに行くわけ?」

「え、えぇっ? いや、俺は単純に一週間住まわせてもらいに……」

「はぁ!? 同居! 同棲! リア充は楽しそうで何よりですね妬ましい!」

「アンタどこまで嫉妬深いんだ!」

「地底に咲く一輪のトリカブトとは私の事よ」

「毒吐く気満々じゃねぇか!」

 

 なんかもう取り返しがつかないほどに嫉妬心丸出しの水橋さん。俺を凄まじい形相で睨みつけながら爪を噛むその姿は、まさに鬼。萃香さんは完全に鬼なのに、恐ろしさは彼女を遥かに凌駕する気がする。外人さんみたいな容姿で美人なのに、内面がこんなとかマジで終わってるんだけど。

 

「あぁもう、妬ましいわね。とっとと行きなさいよアンタ。私だって暇じゃないの、これ以上時間を取らせないでくれる? 妬ましいわ」

「もう頭の中で妬ましいがゲシュタルト崩壊起こしそうですよ……」

「そうやってすぐに難しい言葉使おうとして……そういう頭いいですよアピールが更に妬ましいわ」

「はいはい……」

 

 もう何を言っても妬ましいしか返ってこなさそうなので、俺は盛大に溜息をつくと気力の抜けた情けない表情で橋を後にする。ぎりぎりと奥歯が粉砕するんじゃないかという勢いで歯軋りをしている嫉妬女に思わずツッコミを入れそうになったが、これ以上あの人に関わると大切なものをもっと失いそうな気がしたので、全速力でその場から走り去る。遥か前方に行燈のような輝きが明滅しているのを頼りに、地底を進んでいく。

 

「アレが霊夢の旦那さんねぇ……確かに面白そうな人間ではあるわ。妬ましいほどに、興味が湧いてきたじゃない」

 

 思いっきり駆け出したために風を切っていたせいか、水橋さんがポツリと漏らしたそんな言葉に俺がついぞ気が付くことはなかった。

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

 陸上選手のように走ることおよそ三十分。ようやく俺は提灯の光が溢れる下町風な場所に到着した。

 走り疲れたのか、先程から肩で息をしてしまう。深呼吸をしても息が整えられないし、足がすでに棒のようになって固まっている。そして今になって思ったのは、やはり変換機で跳べばよかったのではないかという後悔だ。こんな重い物体担いでいるくせして、よくもまぁ頭からすっぽ抜けるものだ。凄い思考回路してんな、俺。

 

「それにしても……江戸時代の居酒屋街道みたいな感じだな」

 

 目の前に広がる長屋や屋台の列に目を丸くしながら、鬼や化け猫達の間を通り抜けていく。提灯や暖簾が大量に掲げられているだけあって、建物の多くは宿屋と酒場を経営しているようだ。先ほどからすれ違う妖怪達から異常なくらいの酒の臭いが漂ってくるのは、おそらくそういうことなのだろう。鬼って酔っぱらいっぽいイメージだし。現に萃香さんも飲んだくれだし。

 何の気なしにぼんやりと歩き回ってみる。飲み屋と言っても色んな種類があるようで、串カツ屋から、果ては酒しか置いていない単純な酒場などもある。結構な店舗数があるにもかかわらず、そのすべてから例外なく楽しそうな笑い声が聞こえてきていた。それだけ住民が多く、人気の場所だということなのだろう。幻想郷の人達は酒好きばっかりだしな。

 そうやって街を観光すること一時間。少々動きすぎたのか、腹の虫が弱々しく存在を主張し始めた。

 そういえば朝飯食ったっきりなにも腹に入れてなかったな。もう三時間以上は経っただろうし、そろそろ何か食べておくのも悪くないだろう。

 そうと決まれば即実行。目の前で賑わいを見せている【ミスティアの八目鰻~地底店~】の暖簾をくぐり、店内へと入っていく。

 

「いらっしゃいませー!」

 

 足を踏み入れるや否や、前方から鳥がさえずるような聞き心地のいい声が飛んできた。しかしそれでいて威勢のいいその声は、そのまま俺をカウンター席へと誘導する。

 

「おひとり様ですか? こちらへどうぞ!」

「あ、はい。どうもです」

 

 応じるようにしてカウンター席の一つに座る。席に着くと、先程から叫んでいた声の主(おそらく店主)が俺の前にやってくる。茶色を基調とした和服に身を包み、これまた茶色の三角巾を巻いている可愛らしい薄茶髪の少女。背中には鳥のような形状の巨大な翼が生えており、彼女が鳥の妖怪だということをうかがわせる。接客の様子を見るに、笑顔の絶えないとてもいい女の子のようだ。

 店先の看板から察する限り、おそらくミスティアという名前なのだろう店主さんは、お品書きらしき紙を慣れた手つきで俺に向かって差し出してきた。

 

「ご注文がお決まりになりましたら、お呼び申し上げ下さい!」

 

 そう言うと手元に並んでいる鰻の串を焼く作業に入るミスティアさん。童顔の額に珠の汗を大量にかいているが、まったく疲れている様子はない。相当慣れているのだろう、巧みな手つきで次々と鰻を焼きあげていく。近くではバイトらしき数名の妖怪達があたふたと働いているのだが、やはりミスティアさんは一際手際よく作業を進めている。さすが、こんな地底で店を開くだけはある。

 容姿と仕事ぶりのギャップに謎の萌えを感じながらも、俺は渡されたお品書きを眺めていく。

 

(八目鰻の蒲焼、八目鰻の刺身、八目鰻ラーメン……店名からもしやとは思っていたけど、まさか本当に鰻しかないとはなぁ……)

 

 美味しいけどさ、鰻。栄養価も高いし、良い食材だけどさ。

 いろいろ考えて苦笑してしまうが、なんにせよお腹が空いていることに変わりはない。資金もそれなりに所持しているし、今は八目鰻料理を楽しむことだけに専念しよう。

 粗方の注文を決め、ミスティアさんを呼ぶ。

 

「すみません、注文いいですか?」

「喜んで!」

 

 パァッと輝かしい太陽のような満面の笑みを浮かべて応対してくれるミスティアさんに、思わず頬が紅潮してしまう。なんかあんまりにも純粋無垢な笑顔すぎて逆に照れ臭くなってしまった。こういう子供みたいな印象の妖怪なら、俺だって大歓迎なのに。

 意外な場所で得られた心の安息に思わず頬が緩むが、そんな内心を悟られぬようポーカーフェイスに努めながら注文を行う。……「かしこまりました!」と再び見せられたスマイルに心が洗われた心地がしたのは気のせいではあるまい。

 地底って暗いイメージがあったけど、予想以上にいいところだな。最初に遭遇したのが水橋さんだったから悪いイメージが先行していたが、これは考えを改めるべきかもしれない。結構魅力的な場所じゃないか、地底。

 料理を待つ俺の周りでは、酔いが回っているのか頬を赤らめた鬼やその他の妖怪達が楽しそうに酒を飲みつつ談笑している。なんかこういうところは外と変わらないんだな。サラリーマンたちが飲み屋で食事しているような光景に、自然と表情が柔らかくなる。気持ちも落ち着き、リラックスしてきた。

 こんなに気持ちのいい場所ならば、一週間の生活も苦ではないかもしれない。明るい地底ライフに想いを馳せ、一人でニヤニヤ笑ってしまう。

 そんな時、

 

「表ぇ出な、このチビ鬼がぁ!」

「いい度胸だよこの星角!」

 

 店内の一角から、そんな感じの荒々しい怒声が起こった。

 

 

 




 次回もお楽しみに♪


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マイペースにお泊り会

 《明日の今日子さん》っていう漫画がめっちゃ面白いです。オススメです。
 後は公式二次創作の《東方鈴奈庵》かな。キャラと絵が可愛らしくて大好きです。


 威が地底へと落下していった(誤字に非ず)後、私は茶を啜って一息つくと客室の掃除を始めていた。三人程が寝られる程度の広さを、黙々と綺麗にしていく。魔理沙と早苗は私の部屋で寝ればいいため、ここを使うのは咲夜、妖夢、鈴仙の三人だ。前述の二人に比べてこの神社を利用する頻度が少ない三人だから、ここが結構綺麗な場所だという印象を持ってもらいたい。……それに、掃除ができない女とか思われたら嫌だし。

 畳の上を箒で掃き、棚や障子を拭いていく。威がいないから、すべて一人で行う作業だ。この神社は地味に広いから、意外としんどい。一時間も中腰で作業をしていれば、謎の腰痛に襲われる。

 

「あー、きっつ……」

 

 トントンと年寄り臭く腰を叩いてしまうが、休むわけにはいかない。お泊り会をすると言って威を追い出した以上、本気で物事に臨まねばならないのだ。そうじゃないと、アイツに失礼になってしまうと私的には思う。

 よし、と気合を一つ入れ、今度は境内の掃き掃除へ向かう。毎日の成果であんまり落ち葉はないのだろうけど、一応念のためだ。周囲に気を配れる女は美しいと威も言っていたし。

 竹箒を手に、鼻歌交じりに石床を掃いていく。

 と、

 

「あれ? 霊夢が掃除してる。めっずらしー」

 

 鳥居の先に続く長い階段。それを登り終えた辺りから、鼻から抜けたような独特の声が届いてきた。

 見れば、そこにいたのは兎耳の少女。外来風な上着を羽織りミニスカートを穿いている彼女は、今回のお泊り会の参加者である鈴仙だ。

 鈴仙は線の細い整った顔を少しだけ歪めると、私の方を指差してケラケラと笑う。

 

「どうしたのよ霊夢。里の竜神像の予報は確か一日晴れだったはずだけど」

「うっさいわね。私が真面目に掃除してたらおかしいっていうの?」

「真面目に? えぇーっ、じゃあ本当にお泊り会の為だけに神社を掃除していたってワケ? うそぉーっ!」

「アンタの中で私がどう思われているか、今から一切合財吐きなさい。内容によっちゃあ華麗に退治してあげるわ」

「ちょ、冗談だってば。本気にしないでよぉー」

 

 飄々とした様子でひらひらと右手を振る鈴仙。顔とスタイルは美人のくせして性格が超軽いコイツと喋っているとどうにも調子が狂う。こんなお調子者が永遠亭で永琳の助手をしているというのだから驚きだ。私なら、こんな奴には診られたくない。何されるか分かったものじゃないし。

 非常に浅い感じで謝った鈴仙はすぐに普段通りの腹立たしい笑顔を浮かべると、傍らに置いていた大型の鞄を担ぎ上げると母屋の方へと歩いていく。

 

「荷物は居間の方でおっけー?」

「えぇ。後で客室の方に移動させるから、とりあえず居間に置いておいてちょうだい」

「りょうかぁーい♪」

「終わったら掃除手伝いなさいよ? まだまだいっぱい仕事はあるんだから」

「えぇー? めんどくさ……やだなぁ、ちゃんと手伝うってばそんなに怒らないでよ霊夢ぅー」

「はぁ……」

 

 ウサミミをぴょこぴょこ可愛らしく動かしながら居間へと消えていく鈴仙に盛大な溜息をつきつつも、掃き掃除を続行していく。落ち葉を一か所に集め、雑木林の方へと捨てる作業を繰り返す。

 

「よっし、それじゃあ私も働きますかねっ!」

 

 荷物を置き終えた鈴仙が視界の端で箒装備の上何やら気合を入れていたが、とりあえず無視しておく。

 二人で適当に雑談しながら掃除を続けていく。最近の輝夜の様子とか、永琳の残虐非道な実験の事とか、射命丸家の最近の動向とか。幻想郷内でホットな話題を女子っぽくきゃいきゃい話していく。

 それから二時間ほど掃除を続け、ようやくすべての場所の清掃を終えた。

 

「つっかれたぁー」

 

 縁側に座り込み、紫色の髪が額に張り付いてしまうほどに汗だくな鈴仙。なんだかんだでちゃんと掃除を手伝ってくれた友人に微笑ましいものを感じながらも、気怠そうにしている彼女に冷たいお茶を注いでやる。

 

「はい、お疲れ様」

「うわぁ、ありがとぉー! ……ぷはぁっ、仕事明けの一杯は身に染みるわ!」

「おっさん臭いわねぇ」

「むっ、花も恥じらう乙女にその台詞は禁句よ霊夢!」

 

 桜色の柔らかそうな唇を尖らせ、不服そうに反論される。そのあまりにも子供っぽい仕草に、思わず吹き出してしまった。しかしこういう所作でさえ似合ってしまうのが美人の特権なのだろうか。たまにこういった年齢にそぐわない行動をとる鈴仙ではあるが、不思議と違和感は覚えない。

 縁側に腰掛け、二人して茶を啜りながら残暑の景色を楽しむ。

 

『おーい、霊夢ぅー! 魔理沙とその御一行が到着したぞー!』

『誰がお前の御一行か!』

 

 再び鳥居の方から聞こえた叫び声に、私と鈴仙は顔を見合わせる。どうやら、他の参加メンバーがようやく到着したようだ。がやがやと騒がしい話し声がここまで届いてくる。

 

「じゃ、迎えに行きますかっ」

 

 どこか楽しそうに破顔しながら言う鈴仙に、私は嘆息しながらも頷くと境内の方へと足を進めた。

 

 

 

 

 

                  ☆

 

 

 

 

 

 どうしてこうなった。

 

「第一回! チキチキ、博麗霊夢の惚気話を全力で引き出そう大会ぃいいいいいいいいいいいい!!」

『ひゃっはぁああああああああああああああ!!」

 

 何やら紅眼の中で気合の炎がメラメラと燃えたぎっている鈴仙の宣言に、魔理沙を除く私以外の全員が目をギラギラに輝かせながら拳を天井へと突き上げていた。もはや早苗に至っては嫉妬に燃えるパルスィの如く全身からどす黒いオーラを放出している。居間の隅で無言のまま眉間を抑えて呻いている魔理沙の心情は、わざわざ窺うまでもない。

 もう一度だけ言いたいと思う。どうしてこうなった。

 

「さぁ吐きなさい霊夢。吐いて楽になるのよ。そして私達に話題を提供なさい」

「アンタ配達屋の対策はどうしたッッッ……!」

「良夜へのアプローチ? そんなものいずれ勝手に結ばれるんだから無駄よ無駄。神様はきっと瀟洒で清純な十六夜咲夜に振り向いてくれるわ」

「守矢の二柱さぁーん! どちらかこの残念メイドをぶっ飛ばしてやってくださいませんかぁーっ!」

「大丈夫、きっと配達屋さんは貴女に振り向いてくれますよ」

「そっちの守矢の神様は口を開かないでくれないかなぁ!」

 

 キラキラとした残念オーラを部屋中に撒き散らしながら手を握る二人の馬鹿に頭が痛む。やはり早苗と咲夜のコンビは危険だ。以前紅魔館で威対策会議を開いた時にも薄々気づいてはいたが、本当に手遅れらしい。レミリアと諏訪子はさぞ苦労していることだろう。

 

「あ、あのあのっ! とりあえず霊夢と雪走さんの馴れ初めから聞きましょうよ! オーソドックスに!」

「なにやんわりと遠回しに私を追いつめてんのよ妖夢。いやよなんでよいい加減にしなさいよ」

「え、もしかして霊夢照れてんの? やっだー嘘でしょぉー? 霊夢ったらオ・ト・メ♪」

「うっさいのよこのウサミミがぁあああああああああああああああああああああああ!!」

「ひゃうぅっ! だめっ! 耳は引っ張っちゃらめぇえええええええええええ!!」

 

 何故か顔を朱く染めて息を荒げる鈴仙だがとりあえず耳を力の限り引っ張っておく。びくんびくんと悩ましく痙攣している辺りがとっても気持ちが悪い。不思議そうに鈴仙を見ている妖夢の純粋さもあってか、鈴仙の異常さが際立ってしまう。普通にしていれば美人なのに、勿体ない生物だ。

 しかしそこは腐っても月兎の鈴仙。すぐに顔をらんらんと輝かせて復活すると、私の背後から思い切り飛びつこうとして――――

 

《ガッ!》

「はぉっ!」

 

 顔面に肘がクリーンヒットした。

 

「つ……ッ!」

「なにやってんのよ鈴仙……」

「眼球、眼球が潰れる……ッ!」

「アホか……」

 

 両手で目を抑えて蹲り、先程とは違う意味でぷるぷると痙攣する兎。ミニスカートでしゃがみこんでいるため下着が丸見えなのだが、この場には女子しかいないので問題はない。ウチの居候がいたらとんでもない事件に大発展していただろうが。主に、肉塊方面で。

 

「ま、まだまだ……第二第三の鈴仙・優曇華院・イナバが……」

「いい加減黙れよウサギ」

「ふぅすッ!!」

「おーおー、魔理沙も存外鬼畜ねぇ」

「こいつがしつこいだけだぜ」

「み、みぞ……みぞおちにッ……!」

 

 流石に我慢の限界だったのか、よろよろと立ち上がりかけていた鈴仙の鳩尾に箒の柄をぶち込んだ魔理沙。完全に満身創痍となっている鈴仙は顔を真っ青にさせながら涎を垂らして畳の上にダウンしているが、この場の誰一人として安否を気遣う女はいない。……純粋無垢な彼女を除いて。

 そう、魂魄妖夢だ。

 妖夢は目を丸くして慌てた様子で鈴仙の傍に駆け寄ると、あわあわ言いながら変態の肩を揺する。

 

「だ、大丈夫ですか鈴仙さん!」

「ぅ……よ、妖夢……?」

「しっかりしてください!」

「ち、チミだけが私の心の支えだよ……」

「鈴仙さん……!」

 

 なんだあのピンクな空気は。

 従者同士で気が合うところがあるのかは知らないが、意外と相性のいい二人に驚きを隠せない。鈴仙がにへらとだらしなく口を半開きにしている辺りもなんだか許せない。寝ている間に永琳の所に持っていこうかしら。

 

「霊夢。そろそろ逃げるのはやめなさい。もう無駄だってことくらい分かってるでしょ?」

「そーですよ霊夢さん! 愛でる会会長として、霊夢さんと雪走君の動向を知っておく必要があるんですから!」

「百パーアンタの私欲じゃないのっ!」

「じゃ、じゃあ私の私欲も言っていいかな――――」

「死ねい!」

「効かぬわぁっ!」

 

 覚束ない足取りのまま舐めた発言をかましていた鈴仙の頭頂部目がけて踵落としを実行するが、突然反射神経の向上した鈴仙は両腕をクロスさせて頭上に掲げると、華麗なガードを見せる。くっ……無駄にやられ慣れやがって……!

 

「ふはは! そう何度も無様に攻撃を食らう優曇華様ではな――」

 

 お祓い棒をお尻に突き刺してみる。

 

「ひゃぁぁああああああんッッッ!! あっ……はぁあぁあああああっ!」

 

 甲高い悲鳴らしき叫び声をあげながら倒れ伏す鈴仙。顔を真っ赤にして荒い息をついている様子が滅茶苦茶無様だ。涙と涎が止まっていないが、どうしたと言うのだろうか。私は純粋無垢で容姿端麗な博麗の巫女様だからよく分かんない♪

 

「鬼だな、お前」

「なによ、正当防衛でしょ」

 

 肩を竦めて溜息交じりにそう漏らす魔理沙。とても心外な発言なので一応言い訳だけでもしておく。

 変態(鈴仙)を駆逐して静けさを取り戻した居間。しかし他メンバーの目は私の惚気話に対する期待で輝きまくっている。これは、とても回避できる状況ではなさそうだ。

 奇しくも訪れてしまった絶体絶命な状況に溜息をつきながらも、私は苦笑を彼女達に向ける。

 

「……じゃあ、ちょっとだけよ?」

 

 私の言葉に、参加メンバー全員が思い切り首を縦に振った。

 

 

 




 次回もお楽しみに♪


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マイペースに居酒屋

 久しぶりの更新です。そして党員数1000人突破。いぇーい。
 というわけで記念的なものを行いたいと思います。詳しくは後書きにて。
 


「表ぇ出な、このチビ鬼がぁ!」

「上等だよこの星角!」

 

 ミスティアさんの居酒屋の一角から、そんな感じの物騒な怒鳴り声が放たれた。同時に木製のテーブルを叩き割ったような破砕音が響き渡り、居酒屋内を騒然とさせる。

 なんだ……酔っ払いの喧嘩か?

 『外』ではあまり見られなかった光景ではあるが、魑魅魍魎が跋扈する幻想郷では極々自然なことなのだろうか。しんと静まり返った様子で音源の方を眺めている他のお客さん達は、多少は驚いてはいるもののどこか「またか」というような呆れの表情を浮かべていた。

 そんな幻想郷住民の適応力の高さに脱帽しながらも、俺はミスティアさんが置いた八目鰻の串焼きを頬張りつつ騒動の中心である二人を観察し始める。

 一人は背が高く、スタイルも良い美女だった。なぜか腕には鎖手錠を装備していて、上半身には体操服っぽいモノを着ている。下に穿いているやや透けそうな珍しい生地のスカートが印象的だ。

 腰ほどまでに伸ばされた鮮やかな金髪。無駄な脂肪は付いていない(胸部は除く)健康的な肉体。それでいて、しっかり鍛えられている肉体美っぷり。テレビに出れば一瞬で人気タレントになれそうな程の外見の持ち主だ。……額から生えている異様な存在感を放った星印の角さえなければ。

 神社に居候しているせいか、角と鎖を見た瞬間に「あぁ、鬼だな」と確信してしまった。たまに神出鬼没するちびっ子鬼に絡まれすぎているからだろう。慣れと言うものは本当に怖いものだ。

 そして、そんな美鬼(こんな表現あるのか)の喧嘩相手はというと……、

 

「……え、萃香さんじゃないか」

 

 あまりにも見知った顔すぎて一瞬マジで焦った。加えて、つい先程頭に思い浮かべていたこともあってか、二重で驚愕した。最後に、鬼の喧嘩相手は鬼くらいしかいないかと無性に納得している自分がいた。

 さてさて、そんな知人の萃香さんであるが、彼女の外見はなんというか、美鬼さんの正反対と言ったら分かってもらえるだろうか。

 膝元まで伸ばした薄茶色の髪を二つに分けて、先端付近を結んでいる。髪にボリュームがありすぎるせいか、暴言を一つ飛ばすたびに生き物のように激しく揺れていた。

 背は非常に小さく、俺の胸ほどまでしかない。そして、なんといっても貧乳だ。ステータスとかそういうフォローを一切合財投げ捨ててしまいたくなるほどにまな板である。隣に巨乳の鬼がいるせいか、今回はそれがやけに目立ってしまう。

 極めつけはやはりコメカミ付近から生えている一対の巨大な角だろうか。様々な図形の錘がぶら下がってある鎖も目を引くところではあるが、鬼と言えばやっぱり角だろう。可愛さ溢れる外見に相成った無骨な角が、ギャップを醸し出しているようでなんかいい。ギャップ萌え万歳。

 二人の様子を観察して、なんとなく状況は掴めた。

 ようするに、だ。

 

(鬼同士が酔った勢いで喧嘩してるってことだよな)

 

 さらっと言ってみたが、冷静に考えるととんでもない事態である。

 これはにとりさんから聞いた話ではあるが、なんでも鬼というのは妖怪の中でもトップクラスの権力と実力を持つらしい。あの高慢ちきな天狗でさえも鬼には頭を垂れ、従順に大人しくなってしまうとまで言われている。かくいうにとりさんも鬼には頭が上がらないそうだ。反抗するなんてトンデモないとか。

 そんな強大な力を今から喧嘩(まぁどう考えても暴力方面)に使おうとしている二人。このままでは流石にヤバイと思ったのか、ミスティアさんは調理スペースから出ると慌てた様子で萃香さん達の方へと駆け寄っていく。

 

「ど、どうしたんですかお客様!」

「どうしたもこうしたもないよ! あたしゃこのちびっ子にプライドを傷つけられたんだ!」

「はっ、よくもまぁそんなことが言えるねアンタ! 私の純粋な心をぶち壊したくせに!」

「お、落ち着いてくださぁ~い!」

 

 ミスティアさんの声もロクに届いてない様子でお互いを睨みつける二人は今にも爆発してしまいそうな雰囲気を全力で放っていた。一触即発を絵に描いたような状況を作り出している彼女達の放つ威圧感が、その場で楽しく酒を飲んでいた他のお客さんの気持ちさえも固いものに変えてしまっている。

 あちゃー……これはなんかマズイ状況だなぁ。

 せっかくのリラックスできる居酒屋が一瞬で空気の張りつめた修羅場へと変貌してしまった。このまま居残るのは危険だと判断した一部の客がぽつぽつと店を出ていく光景が目に入る。このままではミスティアさんへの営業妨害になりかねない。

 そろそろ出番かな。博麗の居候として妖怪同士の喧嘩は止めるべきだろう。変換機を背負い、手甲の位置を再確認してミスティアさんを助けに行こうとした俺だったが、

 

 

「このチビはあろうことか私の服を捕まえて『ダサい』なんて暴言を言いやがったんだよ!」

 

 

 そんな感じの怒鳴り声を聞いて思わずはたと足を止めた。

 

『…………は?』

 

 図らずも、店内の心が一致した瞬間だったかもしれない。喧嘩の規模の割にはあまりにもしょうもない原因を垣間見た気がして、全員の頭が一斉に真っ白になる。状況が上手く掴めず、ほぼ全員が目を丸くして呆けたように口を半開きにしていた。

 そんな俺達の心境は一切無視して、背の高い鬼さんは酒のアルコールで顔を赤らめたまま状況説明を開始する。

 

「そもそもは最近博麗に住み始めたどこぞのヒモ野郎の話をしていたのさ。ロクに稼がないごくつぶしの居候についていろいろとさ。んで、そいつが変わった格好をしているって話になって……」

「……そこから、星熊さんの服の話題になった、と?」

「そう! さすがミスティア話の流れが分かってるじゃないか!」

「は、はぁ……ありがとうございます……?」

 

 なんか本題の流れとは著しくズレた方面で褒められてしまい、どうしていいか分からないご様子のミスティアさん。頬を引き攣らせて混乱したように目を泳がせている。

 そしてなんと驚くべきことに、騒動の発端は俺に関しての話題であったことが判明した。いや、確かに『外』の服装は珍しいかもしれないけどさ。というか、ヒモとか穀潰しとかはっきり言わないでくれませんかあなた達。意外と結構気にしているんだけど。妖怪退治の手伝いも上手くいってないからそこまで稼げていないのも事実だけどさぁ……今度紅魔館でバイトでもしようかな。それか新聞配達。

 予想外の悪評に落胆を隠せない俺ではあるが、このまま落ち込んでいても仕方がない。深呼吸をして心を整えると、仕切り直して萃香さん達の元へと向かう。

 

「あの、喧嘩とかは外でやった方がいいんじゃないっスかね」

「あぁ!? 誰だいこのチンチクリンは!」

「誰がチンチクリンだコラァ!」

 

 いきなりどんな悪口だよこの鬼!

 

『お、おい……鬼に向かって罵倒し返してる命知らずがいるぞ……?』

『あれって博麗んとこの居候じゃないか?』

『なにぃ!? 巫女さんの裸とかいろんな宝物を独り占めしているっていう、あの稀代の女たらしか!』

「どういう評判と噂が蔓延ってんだ地底は!」

 

 周囲の鬼達がひそひそと(ぶっちゃけ聞こえている)呟く内容に再びショックを受ける。地底内では地味に嫌な方向のカリスマになっているようです。噂の発信源が誰なのか、心底知りたいところだ。

 遠慮なしに浴びせかけられる失礼な言葉の数々にツッコミが追いつかない。顔を真っ赤にして反論しまくっている俺にようやっと気が付いたのか、萃香さんは少しだけ目を見開くと満面の笑みで俺の名を呼んだ。

 

「おぉー! 誰かと思ったらタケじゃないか! 三日ぶりだねぇ」

「久しぶりです萃香さん! とりあえずこいつら黙らせるところから手伝ってくれませんか!」

「よし来た、お安い御用だよ! 鬼符《ミッシングパワー!》」

『え』

 

 萃香さんは瓢箪を一気に煽ると、両手を振り上げて巨大化した(・・・・・)

 つまりどういうことか詳しく説明すると、

 

 萃香さんは密度を操って自分自身を巨大化すると、そこら辺でギャーギャー騒いでいた鬼や妖怪達を巨大化の勢いでまとめて空の彼方へぶっ飛ばしたのだ!

 

 それもミスティアさんの店ごと。なんとまぁ豪快なお方である。俺のお願いを二つ返事で聞いてくれるばかりか、結構繁盛していたはずの居酒屋を丸々一つぶっ潰したのだから。さすがは常識破りで知られる鬼と言うところだろう。

 

「ふぃー、いい汗かいたよ」

「ふん、自分がチビだからって能力でデカくなるってのは情けなくないのかい?」

「うるさいよ勇儀。生意気なのは背と胸だけにしな」

「羨ましいのか?」

「だからうるさいっての!」

 

 輝くような笑顔で額の汗を拭う萃香さん。何が面白くなかったのか、勇儀と呼ばれた鬼は口を尖らせるとそんな減らず口を叩いている。萃香さんも反論して結局口論に発展してしまうのだが、今回は先ほどのように暴力沙汰にまでなってしまうことはなさそうだ。片や目一杯背伸びして、片や見下ろすようにしてお互いを睨みつけている。それでもどこかニヤニヤしている辺り、仲が良いのだろう。

 うん、やはり喧嘩をするほど仲が良いというのは本当のようだ。良きかな良きかな。

 ……さて、問題は。

 

「わ、私の店が……地底支店が……!」

 

 俺の隣で号泣している店主さんだろう。

 萃香さんの巨大化によって店まで崩壊しているのだが、犯人である彼女はいっこうに気が付く様子がない。四つん這いでわなわなと震えているミスティアさんが見えていないのだろうか。それはそれで酷い気がするのだが。……なんか可哀想になってきた。

 

「おーいタケー、せっかくだから勇儀紹介するよ! 今からちょっと飲みに行こう!」

「え、えぇー……いや、萃香さんこの状況でよくそんなことが言えますね。鬼ですかアンタ」

「へ? 鬼だけどそれがどうかしたのかい?」

「……いえ、やっぱりもういいです」

 

 あの人には何を言っても同じらしい。さすが自由奔放全開の種族。

 弁償はできないにせよ、今度博麗の一員として何か奉仕しておこう。このまま放置っていうのは罪悪感が凄まじいし。

 とりあえずミスティアさんに声をかけてから、俺は萃香さんの元へと走った。

 ……初っ端から大丈夫か、地底。

 

 

 








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マイペースに計画

 更新です。今回は霊夢視点ですね。


 山奥にぽっかりと広がる吹き抜けの空間。

 周囲に比べて幾分か背丈の低い草が地面を覆うように茂ったその場所で、二人の小さな子供達が鞠を蹴って遊んでいる。

 

『ひっさつ! むそーふーいーん!』

『そしてりたーん』

『ひぎゅっ!』

 

 紅白の衣装を身に纏った黒髪の少女が顔を押さえて痛そうに蹲る。見栄たっぷりに必殺シュートを決めたのに、マイペースに打ち返されたのが結構ショックだったらしい。蹴り返す動作が一瞬遅れて顔面に鞠が直撃していた。

 

『大丈夫? なんか変な声出してたけど』

『だ、大丈夫だもん! 別に痛くなんかないんだから!』

 

 何気に心配して様子を伺う少年に、目の端に涙を浮かべながらも少女は強がって舌を出して見せた。傍から見ているだけでも、彼女が素直ではない性格だということがわかる。

 まるで、私のように。

 

(……夢、か)

 

 現状を把握して、溜息をつく。空から見下ろす形になっていたから何事かと思えば、ただ夢を見ているだけだったようだ。最初は驚いたが、気付いてしまえば何のことはない。

 なんかやけにはっきりとした夢だなとか変なところで感心しつつ、私はもう一度子供達の方を見る。

 少女が着ている紅白の衣装。しっかりと袖の部分が繋がっている露出少なめなソレは、昔幼い頃に私が着ていた巫女服に酷似していた。短く切り揃えられた黒髪も、後頭部にちょこんと付けられている赤いリボンも。何もかもが、昔の私そのものだ。

 ――――これは、私の記憶。今はもうほとんど覚えてさえいないはずの、かつての思い出。

 

(なんでこんな急に思い出すのかしらねぇ)

『もーなんだよ素直じゃないなぁ』

『素直だもん! れいむはホントに痛くないんだから!』

 

 頭の後ろで手を組んで嘆息する少年に、少女――――『私』はあまりにも子供らしく幼い虚勢を張り続けていた。そんな光景を見ながら、ちょっとだけ自分の恥ずかしい部分を突きつけられた気持ちになってしまう。私ってこんなに子供っぽいガキんちょだったのか。なんか落胆。

 それにしても、『私』は誰と遊んでいるのだろう。あまり昔の記憶が残っていないからよく分からないけど、五歳くらいの頃に神社の外で遊ぶような仲のいい友人なんていなかった気がするんだけど。

 結構大きい好奇心にかられ、私は『私』を慰めるかのように隣に立っている少年の顔を覗き込もうとして――――

 

 

 ――――ぐにゃりと、視界が歪んだ。

 

 

(……え?)

 

 慌てて焦点を合わせようとするが、上手くいかない。それどころか、歪み始めた視界は膜がかったようにぼやけ始める。まるで、少年の正体を知ることを許さないかのように、私の意識に逆らって景色は遠のいていく。意識が、薄れていく。

 

(ま、待って! ちょっとだけ……後ちょっとだけだから!)

『れいむは泣き虫だなぁ』

『そんなことないもん! 〇〇程じゃないし!』

『俺は泣き虫なんじゃない。涙腺が弱いだけなんだよ』

 

 懸命に叫ぶが、身体は言うことを聞いてくれない。後少しで何か重要なことを知ることが出来そうなのに、私の身体は動いてくれない。

 そんな私の状態なんてまったく知らない様子で、二人は会話を続けていく。

 

『でもでもっ、〇〇はいっつも素直に泣いてるじゃん! 泣いたり怒ったり笑ったり! 思うが儘すぎて幼いよねー!』

『分かってないなぁ、霊夢は。いいか、よく聞けよ? 俺は幼いんじゃない――――』

 

 意識が遠のく。視界が完全にブラックアウトする寸前に、少年は自信満々にこう言い放った。

 

 

『マイペースなのさ』

 

 

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

「待って!」

「のわぁっ!」

 

 ガバッと勢いよく布団を吹き飛ばし、そのまま状態を激しく起こす私。突然大袈裟な起床を見せた私に驚いて、隣で欠伸と背伸びを両立していたらしい魔理沙が目を白黒させて飛び上がっていた。

 

「あ……ごめん」

「い、いや、謝るほどじゃないけどさ。それにしても驚いたぜ。光る勾玉を見ていたら突然大声出して起き上がりやがるんだから」

「だから悪かったって……え? 光る勾玉?」

 

 苦笑交じりに謝る私だったが、魔理沙がふと漏らしたそんな台詞に思わず食いついてしまう。

 勾玉が二つくっついたような形状の陰陽玉なら、この博麗神社には大量に保管されている。しかし、彼女が明確に『勾玉』と表現していることから、私が妖怪退治や異変解決時に愛用しているあれらじゃないことは察せる。そもそも、寝室にあんな大きいものを置くような趣味はない。邪魔だし。

 とすれば、思い当たるのは普段私が好んで首から提げている陰陽玉の片割れだけである。以前魔理沙の家の前で居眠りしていた際にポケットから落ちてきたアレ。妙に愛着を覚えてアクセサリーとして身に着けているのだが……それが光ったって?

 驚いて枕元に置いている勾玉に視線を向けるが、そこには普段通りの紅がくすんだ古臭いソレがあるだけだった。

 

「なによ、全然輝いていないじゃない」

「お前が起きるまでは光ってたんだって! なんか、こう、ポワァッって感じの光を放ちながらさ!」

「ふぅん……」

 

 身振りを加えてまで正確に詳細を伝えようとする魔理沙のおかげで、少しだけ信憑性が増してきた気がする。まぁ魔理沙はそもそもそんなに悪気があるような嘘はつかないから、信じてみても良いだろう。こんなに必死に嘘をつく利点も見当たらないし。

 それにしても、今までこの陰陽玉モドキが光るなんてことはなかったのに。どれだけ綺麗に磨きぬいても錆びれた色を突き通す古ぼけたコイツが、なぜ今になって光を放ち始めたというのか。

 ――――そういえば、コレを見つけた時に変な映像が頭に浮かんでいたような気がする。

 五歳ほどの私が、誰かに向かって手を振っている光景。『また会おうね』と、子供ながらの純粋な笑顔で相手を見送る映像を、確かに私はその時見た。

 ……そしてその記憶が、先程見た夢の内容と妙に重なる。

 

(無関係、ってことはなさそうね)

 

 薄れている昔の記憶、半分になった陰陽玉。

 夢の中では正体を明らかにすることができなかった少年の正体も含めて、何か繋がりを持った秘密が隠されているような気がする。

 ……もしくは、ただのロマンチックな恋愛物語か。

 

(幼い頃の淡い恋心ってかぁ? らしくないっての)

 

 あまりにも博麗霊夢らしくない考えに行き着いてしまった自分に辟易しながらも、魔理沙とは反対側で未だにすやすやと鼻提灯を膨らませている緑巨乳風祝を起こすべくダイビングの準備を始めた。

 

 

 

 

 

                      ☆

 

 

 

 

 

「なにもいきなりお腹の上に飛び乗ってくることはないじゃないですかぁ!」

「胸を潰されなかっただけ感謝しなさい」

「理不尽ですよぉ!」

 

 早苗が涙目で詰め寄ってくるが、私はできるだけスルーの方針を固めて黙々と味噌汁を啜る。

 お泊り会二日目。今日の朝ごはん担当は鈴仙と妖夢だ。テーマは和食らしい。

 流石に二人とも実家の調理を担当しているだけあって腕前は中々のものだ。魚の焼き加減や米の炊き加減も丁度いい。味噌汁は少しばかり濃い気がしないでもないが、他の皆は美味しそうに食べ進めているので私が薄味派なだけだろう。……別に、貧乏舌とかではない。たぶん。

 

「そういや今日は何する? 人里で買い物でもいいけど」

 

 一足先に食事を終えて食器を流し場に持って行っていた鈴仙が、タイミングを窺って口を開いた。気を遣える程度にはイイ奴なのに、やっぱり変態だからどうしようもない。ていうか、買い物ってあんた女子力フルパワーか。

 とはいえ他に具体的な案が出ないのも私達の特徴でもある。魔理沙は他人を率先するタイプだし、咲夜と妖夢は意見自体あまり言わない。私は基本面倒くさがり屋だしね。

 この六人の中で積極性を持っているのは、鈴仙と早苗くらいのモノだろう。現役女子高生ときゃぴきゃぴ月兎は、幻想郷内ではトップレベルのヤングパワーを持ち合わせている。

 というわけで、鈴仙の意見に追従する形で早苗が会話を続けた。

 

「ショッピングですか……でも人里って、食品店と食事処くらいしかありませんよね」

「和服はそんなに種類ないから服屋も少ないし、私達が着ているようなのは香霖堂さんで用意できちゃうしねぇ」

「あ。じゃあウチの裏の湖で泳ぐとかはどうですか!?」

「早苗ちゃん忘れているかもだけど、妖怪の山に入ること自体結構難易度高いからね? 霊夢とか魔理沙がイレギュラーなだけで、私達が難なく入れるようなガードの弱い場所じゃないっしょ」

「うーん……じゃあ、どうします?」

 

 なんか会話の応酬の結果目的は雲散霧消してしまったらしい。あまりの計画性のなさに私としては驚きを隠せない。つーか私達全員弾幕ごっこ以外の遊びをあんまり知らないし。バリバリの十代乙女としては致命的な気がしないでもない。

 うーんと額を合わせて考え込む早苗と鈴仙を見て、ずーっと黙っていた咲夜が溜息を漏らした。

 

「まったく……貴女達それでも年頃の女の子なの?」

「じゃあさっさと意見出せよ精神年齢里のババ様」

「誰が齢九十よふざけんじゃんねぇぞこの白黒魔法使い!」

「咲夜、キャラが、キャラが崩れてるから」

 

 しれっととんでもない地雷を投下した魔理沙が咲夜にナイフを突きつけられているが、そんなに重要視することでもないのでひとまず流しておく。日頃紅魔館から本を盗み続けているのだから、こういう時くらい素直に痛い目を見ておいても良いだろう。

 意見が止まったことで変な静寂が場を支配する。魔理沙の潰れた蛙のような呻き声は放っておくとして、皆がうんうんと考え込む。

 皆が黙り込んで数分が経過した時、突如としてバンと卓袱台を叩いて勢いよく立ち上がった勇者がいた。

 

「私にいい考えがあります!」

 

 短く切り揃えた銀髪を輝かせて、傍らに半霊を従えた天真爛漫な少女。飯時にも拘らず傍に大小二振りの日本刀を置いている物騒な脳筋系純粋少女、魂魄妖夢だ。

 妖夢は皆の視線を一手に引き受けている自覚が無いのか、右手を天に突きあげるというたいそう恥ずかしい動作を行うと、私達に向けて思いっきり宣言した。

 

 

「幻想郷観光旅行をしましょう!」

 

 

『え?』

 

 思わず、全員が言葉を失った。咲夜は普段からは考えられない呆けた顔をしていて、鈴仙も無駄に気の抜けた表情を見せている。早苗は笑顔を崩していないがどこかぎこちなく、魔理沙に至っては右肩が下がってしまっていた。かくいう私も、思わず箸を落としてしまいそうになった程である。

 「むふー!」と興奮気味に鼻息を荒げる妖夢に気圧されながらも、イマイチ復活できていない全員を代表して私は妖夢に質問を行う。

 

「えーと……一応、そう考えた理由を聞いてもいいかしら?」

「はい! 楽しいからです!」

「うん、ごめん。質問が悪かったわね。……妖夢は、なんで今更幻想郷を観光しようとかいう意見に行き着いたの?」

「だって観光楽しいじゃないですか!」

「ダメだ。まったく通じてないぜ霊夢」

 

 思いのほか話が噛み合わない半幽霊少女に魔理沙が若干慄く。私もまさか、理由を聞いて感情が返ってくるとは思いもしなかった。純粋少女は理屈さえもたたっ斬ってしまうのかと戦慄を覚える。

 しかし妖夢は止まることなく言葉を続けていく。

 

「皆さん確かに幻想郷に住んではいますけど、この場所全体をよく知っているわけではないでしょう?」

「まぁ、それもそうね。神社の外に出るときは大概異変絡みだし」

「そう、異変解決とかであちこちに行ったりはしますけど、そこの魅力とか美しさとかを知る機会はあまり無かったはずです! ちなみに冥界の魅力は物静かな雰囲気ですね!」

「おどろおどろしいだけじゃない」

 

 まぁでも、妖夢の言っていることもあながち的外れなものではない。

 確かに、私達はこの幻想郷の事を隅から隅まで知っているというワケではない。天界のことなんて天子から聞いたことくらいしか知らないし、地底のことも萃香や勇儀から教えられたくらいの情報しか持っていない。そういえば迷いの竹林の詳細も分からない上に、紅魔館の全貌さえ謎のままだ。

 そう考えると、これを機に幻想郷についてもっと知るのもいいのではないだろうか。

 

「まぁ、いいんじゃない? 面白そうだしさ。探検みたいで盛り上がるしねぇーっ!」

「私も賛成ですわ。紅魔館以外のことも、もっと知っておきたいし」

「冒険と探検と危険はファンタジーの醍醐味ですよ!」

「新しい魔法の研究に役立つかもしれないしな。いいと思うぜ?」

「……とまぁ皆さん賛成のご様子なんで、採用よ」

「やったぁーっ!」

 

 両手を上げてぴょんぴょんと可愛らしく跳ね回る妖夢。時折異常に無邪気さを見せる彼女に癒されないでもないが、そういう愛情表現は鈴仙に任せて私は一人思考に耽る。

 私が幻想郷旅行に賛成した理由は二つ。一つは普通に楽しそうだからであるが……もう一つは、私の記憶についてだ。

 以前魔理沙の家に泊まった時に見たお母さんの夢。そして、今日の夢。私自身記憶力はそこそこいい方なのに、昔のことをここまで覚えていないというのは甚だ疑問が残る。そして、その過去のことを夢でしか思い出せないことに私は違和感を覚えていた。

 きっと、何かある。私の知らない何かが。

 

「あれ? 霊夢が提げているあの勾玉って、雪走さんの色違いですよね?」

「ですね。私もついこの前気が付いたんですよ。雪走君と霊夢さんはお互いに気が付いていないみたいですけど……」

 

 視界の端の方で早苗と妖夢が私を見て何か話していたが、私の脳内は謎の究明のことでいっぱいになっていたためうまく聞き取れなかった。まぁ、そこまで重要な事でもないのだろう。

 さて、ここまで私を悩ませる記憶の謎を、さっさと解明してやりますかね!

 皆が朝食の片づけをしている中、私はこっそりと密かなやる気に燃えていた。

 

 

 

 

 

 





というか、今回やけに物語が進んだ気がします。幻想郷観光旅行なんて……べ、別にキャラをいっぱい出したいって訳じゃないんだからねっ! 幽香とかチルノとか騒霊達を書きたいとか、


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【番外編】第五位 風見幽香

 皆さんこんにちは。幻想郷の記録者、稗田阿求と申します。以後、お見知りおきを。
 さて、突然大筋に関係のない登場人物である私阿求の一人称で書かれ始めたために、混乱している方もいることでしょう。もしくは、既に何事かを悟っている人もいるやもしれませ……え、文章が固い? そ、そんなこと言われましても、これはあくまでも正式な依頼の上で書いている文章ですので……はい、分かってください上白沢先生。

 こほん。それでは改めまして。

 今回はいつもの慌ただしい霊夢さんや雪走さんのどたばた珍日記から少し離れまして、少々箸休め的な風味のお話をお楽しみいただきたいと思っています。
 その内容とは……なんと!

 人気投票上位五名の方々を私が取材した際の記録です!

 ……ここで「いぇーい」ですよ、皆さん。書物の前で両腕上げて喜色満面な笑みを浮かべてはしゃぎまくるんですよ。きっとそうしてくれると阿求は信じています。
 さてさて、この企画を行うにつきましては、本編の方をしばらくお休みさせていただくことになってしまいます。ようするに、アレです。某試験召喚戦争的な作品で本編がしばらく出版されずに外伝ばかり世に出てしまったようなものです。後は、伏線巻きすぎたので設定をもう少し練りたいとかゴニョゴニョ。
 というわけでございますので、これからしばらくは人気投票外伝をお楽しみください。賛否両論多大にあると思いますが、ご了承いただけると幸いです。……なんで私が代理で謝らないといけないんでしょうか。地味に納得いきません。まぁでも我慢します。阿求は偉い子ですから。
 ……む、なんですか先生そのにやにやした表情は。……わ、私は別に子供っぽくなんかありません! ちょっと純粋ですけど寺子屋の生徒達に比べたら大人も同然です! 非常に心外です! ぷんぷんです!

 それでは読者の皆さん。主人公勢のラブコメが見たい人には申し訳ない企画ですが、そんな方達にもお楽しみ頂けるように……それだけ待たせた本編の完成度は高いと思ってもらえますように頑張っていきますので、阿求共々よろしくお願いいたします。お付き合いくださいませ。
 それではタイトルコールを。……こほん。

 マイペースに、お楽しみくだしゃっ!

 ……お楽しみください。


 夏真っ盛りの幻想郷。さんさんと照り続ける太陽の光を浴びて猛烈な温度の熱を放ち続ける博麗神社の石床は、ちょっとばかり身体が丈夫ではない私稗田阿求にとっては少々堪えるものがあります。書物によるとこういった暑い日には熱中症と呼ばれる病気にかかる恐れがあるということなのですが……阿求、頑張りますっ。

 

「……小さな身体で無理しないでもいいじゃないの」

「大丈夫ですっ、阿求は強い子ですから!」

「あ、そう」

 

 少しそっけない風な態度を返してくる目つきの悪い緑髪の女性。白のブラウスに黄色のリボンをつけ、赤チェックの上着とスカートを着用しているその女性は、鳥居の根本にひっそりと咲いている白いお花(名前はちょっと分かりません)に水をあげています。花壇に植えられているようなきちんとした花じゃないのに、彼女はそんな雑草にもしっかり愛情をこめて水を与えていました。

 そんなギャップが魅力的な彼女の名前は風見幽香。この幻想郷に昔から住む最強クラスの妖怪です。

 一年中季節のお花を追いかけて住処を移し、そこに腰を下ろしては花を育てる幽香さん。基本的には太陽の畑に住居を構えているようですが、一々お花を追いかける辺り本当にお花が好きなのでしょう。

 

「というわけで、人気投票第五位おめでとうございます」

「いきなりどうしたのよ」

「いえ、幻想郷人気投票におきまして見事第五位に選ばれましたので、お祝いを兼ねて取材をと」

「貴女前にも取材に来たじゃない」

「あれは幻想郷縁起を書くためです。今回は上位五名に記念インタビューという形を取らせていただいています。ちなみに幽香さんは記念すべきトップバッターです」

「それ地味に喜びづらいわよね」

 

 面倒くさそうに溜息をつく幽香さん。しゃがみ込んだ膝の上に右手を乗せて頬杖をつくそのお姿は窓辺に座る令嬢のようなのですが、如何せん物騒な実力をお持ちのためにどちらかというと戦乙女といった感じでしょうか。戦いの合間に思わず零れた美しい笑顔を前にしているようです。これは惚れますね! 惚れてまうやろー!

 

「元気ね、稗田の」

「そりゃあテンション上げていかないと取材のやる気出ませんし。そういえばなんで博麗神社なんかに来ているんですか?」

「貴女には会話の筋道というものが存在しないの?」

「それが阿求クオリティなのです」

「意味が分からないわ」

 

 む。呆れたように首を振られてしまいました。心外です。

 仕方がないのでもう一度質問を繰り返します。

 

「どうして博麗神社に?」

「ここって博麗大結界に近いでしょ? それの影響かどうかは分からないんだけど、幻想郷じゃ珍しい植物が生えていることが多いのよ。『外』で忘れ去られてしまったばかりの植物が博麗神社に真っ先に現れる。そんな花達を一足早く見るために。そんなところかしらね」

「なるほど……やっぱり植物が好きなんですねぇ」

「えぇ、とても。あの子達はいつも正直で、色々な顔を見せてくれるから」

「いや、だからってそんな頻繁にウチに来ないでもいいじゃない」

「あら、色ボケ巫女のご登場?」

「誰が色ボケか誰が」

 

 不機嫌そうに幽香さんの発言に対してツッコミを入れる霊夢さん。私達が来ているのに気付いて神社内から出てきたようです。暑さに耐えられないのか、艶やかな黒髪を後頭部の辺りで上げるようして纏めています。うなじがとても性愛的ですが……旦那様が人里に買い物に出ているのが悔やまれますね。

 

「アンタ達……威のことを私の旦那って呼ぶのに抵抗なくなってきてるわよね……」

「だって本当の事じゃない。この子も言ってるわよ? 最近イチャつきが半端じゃないって」

「花から聞きだすんじゃないわよそんなこと」

 

 肩を竦めてやれやれと首を振る霊夢さんですが、頬がほんのりと朱く染まっているのを私は見逃しません。結構受け入れているように感じます。なんだかんだで嬉しいんですね。

 

「べ、別に嬉しくなんか……」

「素直じゃないわねぇ……そんなに認めたくないなら、あの子私が貰うわよ?」

「は、はぁっ!? いきなり何意味分からないこと言ってんのアンタ!」

 

 何気にさらっと爆弾発言を漏らした幽香さんに霊夢さんは目を丸くして詰め寄ります。もうその行動だけで霊夢さんがどれだけ旦那さんのことを好いているのかが手に取るように分かってしまうのですが、それはあえて言わないのが大人というものでしょう。阿求我慢します。大人ですから。

 幽香さんは霊夢さんの慌てた表情を心底楽しそうに眺めながら口元を吊り上げています。

 

「雪走威だっけ? 彼、素直でいい子よね。嘘もつけないし一途だし。それに加えて愛想もいいときた。これを優良物件と言わずして何と言うの? 世の女の子にとっては喉から手が出るほど欲しい人材よね」

「で、でも変態よ? 事ある度にセクハラしてくるような度し難いスケベ野郎なのよ? アンタそういうの嫌いじゃ……」

「ちょっとした出来心で痴漢行為働くような下衆は心から死んでほしいけど、相手のことを一途に想った上でのプラトニックな感情からくる行為ならドンと来いよ。私、そういうところは結構積極的なんだから」

「年齢不詳のババアがなに可愛い子ぶってんのよ気持ち悪い」

「何か言った?」

「ごめんなさい」

 

 幽香さんは一瞬で目つきを変えると折りたたんでいた日傘を霊夢さんの喉元に突き付けました。あの百戦錬磨の霊夢さんがまったく防御の動きをとることができなかったことからも分かる通り、その攻撃の速さは幻想郷内でも随一かと思われます。さすがは幽香さん。伊達に最強と呼ばれていません。あの傍若無人、我儘勝手で知られる霊夢さんが為す術もなく自分の非を認めてしまっています。怖いです。

 年齢のことは禁忌、と……これは幻想郷縁起に書き足しておく必要がありますね。

 そういえば霊夢さん。今夜は盆の宴会をするとお聞きしましたが。

 

「相変わらずそういうところは耳が早いわね。えぇ、結構大々的にやるつもりよ。威は早苗と一緒にその買い出しに行っているところ」

「そしてそのまま浮気ね。守矢の現人神にかかればあんなマイペース男ちょろいって訳か」

「ぶっ殺すわよ幽香」

「やってみなさい」

 

 まぁまぁ一先ず落ち着いて。

 というか、幽香さんでも冗談をおっしゃるんですね。てっきり暴力だけで相手を捻じ伏せるような前時代的な妖怪だと思っていたのですが。

 

「貴女も大概イイ性格しているわよね。もしかして喧嘩売ってる?」

 

 いえいえそんな滅相もない。ただ、弱い者いじめが趣味である幽香さんでもそんなフレンドリーな冗談を言うんだなぁと正直に思っただけでして。

 

「どこがフレンドリーな冗談よ。どう聞いても挑発紛いじゃない」

「聞く人の心構え次第じゃなくて? 稗田は心が清らかだから私の言葉が冗談に聞こえるけれど、貴女は歪んでいるから皮肉っぽく聞こえる。つまりは貴女がひねくれているっていう証明ね」

「よーし怒っちゃうわよー。霊夢さん全力で妖怪退治やっちゃうわよー」

「図星でキレるなんて器の小さい巫女ね。これは本格的に旦那さんを寝取る方向で作戦を進めないと」

「アンタはホントに何がしたいのよ!」

 

 のらりくらりと華麗に霊夢さんを翻弄する幽香さんは、やはり年の功というものが見て取れますね。年齢の違いが経験の違いということなのでしょう。さすが、長生き妖怪は積み重ねてきた年代が違います。あの博麗の巫女を手玉に取るとは脱帽ですねぇ。

 

「どうしようかしら。私、久しぶりに無抵抗な人間をこの手で殺めてしまいそうなのだけれど」

「落ち着きなさい。事実でしょ?」

「やっぱり貴女殺すわ。博麗の巫女か何だか知らないけれど、今すぐ消し炭にしてあげる」

「ネグリジェで侵入者をもてなすような天然女に何言われても怖くもなんともないわね」

「なっ……あ、あれは昔の事でしょう!? 今は関係ないわ!」

「役立たずの護衛二人もどっかへ行っちゃったようだし……愛想尽かされたのかしらね」

「う、うるさぁぁあああああい!!」

 

 何やらお二人とも楽しそうに過去の記憶に想いを馳せているご様子。幽香さんが若干取り乱しているように見えないこともありませんが、いやはや仲のよろしいことで。喧嘩するほど仲が良いとはこのことですね。

 時に幽香さん、ちょっと質問してもよろしいですか?

 

「はぁ? 今更何を聞きたいの?」

 

 いえ、ちょっとしたことなのですが。

 夏に入って、雪走さんが幻想入りしてきたじゃないですか。彼が来てから彼是一か月ほどになりますけど、そろそろこの世界にも慣れてきたころだと思うんですよね。

 

「まぁ、そうみたいね。普通の人間共に比べたら順応性があるみたいだし」

 

 本人はマイペースと豪語しておりますけどね。

 して、ここからが質問なのですが……幽香さんから見ての、彼への感想をお願いしても良いですか?

 

「感想?」

 

 はい。今回の取材の本題の一つなんですよ。雪走威という外来人について幻想郷の住人はどう思っているのか。そして、彼のことをどう受け入れていくつもりなのか。幻想郷縁起編纂者としては非常に興味深い議題でありますので。

 

「そうねぇ……さっきも言ったけど、自分に素直で嘘がつけない性格ってのは好感持てるわね」

 

 というと?

 

「ほら、人間って時代が進むごとにどんどんずる賢くなっていっているでしょう? 他人を騙して貶めて、自分がのし上がるためには犠牲も厭わないって風に。正直に言って、クズが増えてきているわ。それに比べて、彼は裏表がないって言うのかしら。普通の人間ならば持っているはずの二面性がないの。それも不自然なほどに、ね。まるで、その性格で固定されてしまっているかのように」

 

 固定、ですか……?

 

「えぇ。普通、あんな純粋さっていうのは成長と共に薄れていくはずなのよ。人生を過ごしていくと擦れていくのは世の常だし、それはたとえ妖怪でも変わらないわ。でも、あの人間はそれをまったく感じさせない。本当に命が宿っているのか、成長してきたのか疑問に思うほどに愚直すぎる。ま、そこがいいのだけれど」

 

 なんか、難しい話でよく分かりません。

 

「いいのよ、気にしないで。……ようするに私が言いたいのは、綺麗な花びらを無理に付けた花よりも不格好な花弁で精一杯咲いている花の方が好きってだけだから」

「オイコラ四季のフラワーマスター。なに勝手に威狙ってんのよやめなさいよ鬱陶しい」

「嫉妬っていうのはいつの世も醜いものよ? 博麗の巫女さん」

「誰が誰に嫉妬しているってぇええ!?」

 

 額に青筋を浮かべると、霊夢さんは再び幽香さんに鋭い視線を向けます。その鬼気迫った表情は今にも幽香さんの胸倉を掴んでしまいそうな程です。が、ガラが悪いですぅ。

 それにしても、先程幽香さんが言ったことが気になります。不自然なほど愚直……私が見た限りでは、あまりそう言う風には見えなかったのですが。やはり上級妖怪ともなると私達人間には理解できない何かを感じ取ることができるのでしょう。肉眼や感覚では分からない、微粒子レベルの何かを。

 何はともあれ、有意義な取材になりました。最初にしては何やらグダグダな気がしないでもありませんが、まぁそこは置いておきましょう。

 幽香さん、ご協力ありがとうございました。謝礼といっては何ですが、コレを。

 

「あら、花の種子じゃない。あまり見ないものだけれど……」

 

 妖怪の賢者様から頂いたものです。なんでも、『外』にしか咲いていない珍しい花なのだとか。

 

「へぇ……それじゃあ、有難く貰っておくわ」

 

 いえいえ、お気になさらず。

 そう言えば、幽香さんは宴会には参加されるのですか?

 

「最初は参加するつもりはまったくなかったけれど……」

「……なによ」

「このからかい甲斐のある巫女を見ていたら気が変わっちゃった。私も楽しませてもらうことにするわ」

「んなっ! よ、余計なことをぉおおおおおおおお!!」

 

 あらあら、仲がよろしいようで何よりですね。

 

「どこをどうみたら仲良く見えるのよ! 友人の胸倉掴むような馬鹿がどこにいる!」

「酷いわ、霊夢。唯一無二の親友じゃない。昔からの腐れ縁をそんな風に言うなんて」

「そのまま腐っちまえ!」

 

 どこまでも素直じゃない巫女様です。旦那様も大変ですね。

 それではそろそろ、次の取材対象の方の所に行くとしましょう。




 次回もお楽しみに♪


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【番外編】第四位 ミスティア=ローレライ

 今回は少し短めです。


 博麗神社から紅魔館に向かう道の途中に大きく広がる湖。対岸が遠すぎて黙視できないその湖では、暇を持て余した妖精達が弾幕ごっこなどをして遊んでいます。

 湖畔に座り込んでいる私の視線の先では、光の三妖精の一角であるサニーミルクちゃんと氷の妖精チルノちゃんが力いっぱい弾幕を展開し合っています。何発も被弾しているのに双方笑顔なのは、彼女達が心から弾幕ごっこを楽しんでいるからでしょう。見ているこちらも気持ちが昂るようです。

 

「というわけで、人気投票第四位ですよミスティアさん」

「いやいや、不意打ちすぎて反応に困るよ阿求ちゃん」

 

 チルノちゃん達をぼんやりと眺めている私の隣で釣り糸を垂らしている夜雀の妖怪――ミスティア=ローレライさんは可愛らしくも整った顔に苦笑いを浮かべると、困ったように首を傾げます。なんでも、私の会話の振り方が唐突過ぎるということらしいです。うーむ、詩的なモノローグからの本題への移行という新しい取り組みだったのですが……ちょっと不評なようですね。阿求残念です。

 それにしてもミスティアさん。なんでこんなところで釣りなんかを?

 

「ん? え、ほらさ。私居酒屋やってるじゃない?」

 

 あぁ、八目鰻屋さんですね。天狗の新聞でも特集されていましたよ。結構好評なご様子で。

 

「そうそう、ありがたい話だよ。んで、まぁ簡潔に言うと、その居酒屋で使う八目鰻を調達しているワケなの。メイン食材だしさ」

 

 在庫が少なくなってきたんですか?

 

「まぁ一応蓄えはまだあるんだけどね。八雲様を通して『外』の鰻を輸入しているし。でもまぁ、大量に確保しておくに越したことはないんだよ。だから、自力調達」

 

 なるほど、素晴らしい考えですね。

 ……でもミスティアさん。ちょっと疑問に思ったのですが。

 

「なぁに?」

 

 いや、そんな無邪気な笑顔で首を傾げられますと私としては非常に申しあげにくいのですが。

 ……ここって、湖ですよね?

 

「そうだね。チルノちゃん達がいるし、普通に見て湖だとは思うけど」

 

 ですよね。分かっていらっしゃるならいいんですけど……。

 鰻って、湖で釣れるんですね……。

 

「どうしたの? 阿求ちゃん」

 

 いえ、なんでもありません。ちょっとだけ幻想郷の非常識さに打ちひしがれていただけですから。

 

「そ、そう」

 

 はい。

 いきなり、話は変わりますけど、最近二号店をオープンしたとの噂を聞いたのですが。

 

「うん、一か月前くらいに地底に開店したんだ。最近金回りもよくなってきたしさ、そろそろかなぁって。やっぱり飲食店たるものどんどんチェーン展開していかないと!」

 

 素晴らしい心意気ですね。店長としては申し分ない限りです。

 それにしても、どうして地底に開こうと思ったんですか? こんなこと言っては地底に方々に失礼かもしれませんが、一般的には行きたくない観光名所ぶっちぎりのトップなのに。

 

「あー……それはなんか他の皆にも言われるんだよねぇ」

 

 ですよね。鬼を始めとした血気盛んな妖怪が多いですし、地上と違って喧嘩や荒事も多いと聞きます。一応星熊さんや萃香さんが酷い時は仲裁してくれているらしいですけど……あの二人もどちらかというと血の気が多い部類に入りますし。

 ミスティアさんはあんまり荒事が得意な方ではありませんので、心配で。

 

「心配してくれるのはありがたいけど、私だって結構喧嘩とか強いんだよ? 夜目にして視界を奪って、背後からグサッと」

 

 そんな卑怯の極みみたいな戦法で胸を張られても……ていうか、想像以上におっぱい大きいですねミスティアさん……。

 

「い、いきなり落ち込んでいるけど大丈夫?」

 

 気にしないでください。阿求はまだまだ成長期なんで大丈夫です。きっと八雲様や八意様に匹敵するような『ないすばでー』になるんです。大丈夫、歴代稗田的には危険ゾーンですけど、大丈夫なはず……。

 

「おーい、阿求ちゃーん? 戻ってこーい」

 

 ……はっ! す、すいません少しトリップしていました。

 コホン。それでは改めまして。

 そこまで他の方々に心配されているにも拘らず、地底に二号店をオープンしようと思った理由は何ですか?

 

「うーん、別段深い理由はないんだけど……強いて言うなら、私の鰻をもっと多くの人に食べてもらいたいって思ったからかな」

 

 というと?

 

「さっき阿求ちゃんも言っていた通り、地底ってあんまり地上の人達は寄り付かないでしょ? 危ないからー、怪我したくないからーって感じで、嫌悪されている感じがするんだよ」

 

 まぁもともとそういう場所ですからね。嫌われ者の妖怪達を一か所に集めて隔離するための旧地獄。それが地底の本来の役割ですし。

 

「そうそう。地底に行きづらいっていうのは仕方のないことなんだけどさ。……でも、私はこう思ったんだよ。『地上から隔離されている地底の人達に、私の料理で元気になってもらいたい』ってさ」

 

 元気に、ですか……?

 

「うん。まぁ地底には鬼もいるし、お酒ばっかり飲んで四六時中どんちゃん騒ぎをやっているかもなんだけどさ。それでも、私は八目鰻を通して地底の人達の笑顔を見てみたい、笑顔を生み出してみたいって、そう思ったんだ」

 

 ……ミスティアさんは、優しいんですね。

 

「えへ、そんなことないよぉ。ほら、私ってあんまし頭よくないからさ。こんなことしか思いつかないだけだって」

 

 いえいえ、そんなことを思いつくことができるのは心の優しい方だけですって。妖怪っぽくないですけど、私はそういう優しい気持ちは大好きですよ。やっぱり、みんな仲良く手を取り合ってっていうのは理想ですよね。

 

「うんうん、人間も妖怪も鰻を食べてお酒を飲めばもうそこで友達だしねぇ」

 

 それは同感です。

 ……でもまさか、地底支店が後にあんなことになろうとは、この時のミスティアさんは予想だにもしなかったのです。

 

「え。ちょ、ちょっと阿求ちゃん? い、今なんかとっても不吉な台詞が聞こえたんだけど」

 

 へ? なんのことでしょうか。阿求今は今軽くボーっとしていたのでイマイチ何のことか分からないのですが。

 

「あ、いや、何でもないのならいいんだけどさ……」

 

 はい。

 ……まさか、彼のことがきっかけに店が完全崩壊するなんて……。

 

「今絶対完全崩壊って言ったよねぇ! 私の店、どうなるの!? 地底に支店出したらお店潰れちゃうの!?」

 

 いえ、潰れはしませんが……経済的には、ですけど。

 

「物理的に潰れるの!?」

 

 まぁまぁ、少し落ちついてくださいよミスティアさん。ほら、深呼吸深呼吸。

 

「ぜ、全然落ち着けることじゃない気がするんだけど……」

 

 まぁ気にしないでください。ちょっとした神のお告げが舞い降りてきただけなんで。

 

「それはどちらかというと阿求ちゃんの方が心配だよ……」

 

 何やらミスティアさんが疲れ切った表情をしていらっしゃいますが、どうしたのでしょうか。阿求はとっても心配です。

 おや、こんなことをしている間にもう時間が来てしまったようですね。ミスティアさん、今日は本当にありがとうございました。

 

「え? あー、うん。なんか最後の衝撃の一言のせいであんまり取材されたって感じではないけど、取材してくれてありがとう、阿求ちゃん」

 

 いえ、こちらこそありがとうございます。

 慣れない新天地でお店を営業するのは非常に大変かとは思いますが、お体を壊さない程度に頑張ってください。阿求は陰ながら応援しています。ふぁいと!

 

「うん、ありがと。地底の人達を笑顔にするために一生懸命頑張るよ!」

 

 はい♪

 ……まぁ、お店が壊れてもあんまり落ち込まないでくださいね。

 

「なんで最後にそうやって心配になるような事ばっかり言うの阿求ちゃん!」

 

 はて、何のことやら。

 それではそろそろ、次の取材対象の場所に向かうとしましょうか。

 

 

 




何気に絵師さん募集中です。次回作のキャラ絵とか威の絵とか見てみたいです。やってやろう! と言ってくださる方は是非ご一報を。
 次回もお楽しみに♪


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【番外編】第三位 射命丸文&沙羅良夜

 お久しぶりです。マジでごめんなさい。次はもっと早く更新します。だから石を投げないで!
 さて、今回の第三位ですが、作者側の都合上二人で一話とさせていただきました。まぁ、色々あるのですたい……。
 何はともかく最新話。マイペースにお楽しみください♪


『それじゃあご先祖様の霊が帰ってくるとかそういった小難しい事情は脇に置いておいて、とりあえずじゃんじゃん飲むわよぉーっ!』

 

 賽銭箱の上に仁王立ちの状態で一升瓶を掲げながらの霊夢さんの掛け声に、博麗神社に集合した大勢の人間、妖怪達が揃って鬨の声を上げます。各々お猪口や枡を片手に顔を酔いで赤らめながら談笑を開始していました。参加者たちの間を縫うように酒瓶を持ってお酌を続けている博麗の居候さんが大変忙しそうですが、私も一幻想郷住人としてそんなことは気にせずに宴会を心行くまで楽しむとしましょう。

 さて、そんなわけで。

 

「人気投票第三位という偉業を成し遂げました射命丸文さんにお話を聞いてみたいと思います」

「なんですかその妙に畏まった話し方は」

「聞けば、射命丸さんは風を操ることができるとか。とりあえずちょっとばかりの竜巻を起こしてもらいましょう」

「さらっととんでもないことを! ていうか殺されますって! そこで音頭取っている紅白巫女に封印されます!」

 

 やや焦ったように両手を顔の前でぶんぶんと振って拒否の意を示す射命丸さん。日頃の他者を見下したような彼女らしくない対応に私としてはちょっとだけ違和感を感じないでもありませんが……やはり鴉天狗とは言っても、博麗の巫女には敵わないのですね。阿求がっかりです。

 

「いや、そんなところで勝手に落胆されても私としては困るだけなのですが」

 

 私の落ち込み気味の台詞に苦笑しながら困ったように頬を掻く射命丸さんですが、私を見下ろしているその視線が時折別の方向に飛んでいることに私は気付きました。まるで何かを無性に気にしているように、射命丸さんは極々自然を装って私の後ろの方に視線をやっています。

 誰か面白そうな取材対象がいたのでしょうか。現在は私が取材する立場なので勝手に取材に行かれては困ります。何か対策を講じるためにも、私は射命丸さんの視線を追いかけて振り向きました。

 そこには、

 

『ほらほらー、宴会なんですからお酒くらい飲まないと駄目ですよー』

『ちょっ、だから俺飲めないんだって! もう去年から言ってんじゃんか美鈴!』

『良夜お兄ちゃんお酒飲めないの? 幻想郷に住んでいるのに?』

『そんな無邪気な顔で若干胸に来るような台詞をさらっと吐くなよフラン……。あぁ、だって俺まだ未成年だし。アルコールとか取る必要ないし。だから、お酒進めてくるのはちょーっとやめてほしーかなーって……』

『うん! 飲めるようになるまで私が飲ませてあげるよ!』

『……What?』

『抵抗があるなら私が口移しで飲ませてあげる! 美鈴、良夜お兄ちゃんの身体押さえて!』

『俺の話聞いてましたかフランさーんっ!?』

『だ、駄目ですよっ。フラン様にはまだ早いです! ……だ、だからここは私が責任を持って口移しを……』

『だぁーっ! やめんかいお前らぁーっ!』

「…………ふふっ、命が惜しくないみたいですねあの居候は♪」

 

 なにやら配達屋さんの身に物理的な危機が訪れていました。

 紅魔館の吸血鬼と門番さんの二人掛かりで無理やり酒を流し込まれそうになっている配達屋さん。必死に抵抗しながらもどこか楽しそうな雰囲気を纏っている彼は傍から見て非常に微笑ましいものがあるのですが、私の隣で般若も迷わず踵を返すほどの威圧を放ち続けている鴉天狗さんはいったいどうしたというのでしょうか。阿求にはよく分かりません。

 しかしこのまま取材が停止してしまうのは何としても避けたいところ。そこで私は、どうしても配達屋さんが気になるご様子の射命丸さんの手を取ると彼の所に行くことにしました。

 

「ちょっ! 何してるんですか阿求さん!」

「いえ、このまま上の空で取材に応じられたところで記事の出来は分かりきっているので、よりよい取材記録のためにも懸念要素は少なくした方がいいと思いまして」

「だ、だからってなんでわざわざ良夜の所に……」

「射命丸さんが近くにいれば他の女性に牽制ができる。何より配達屋さんと仲良くお酒が飲める」

「行きましょう! 一秒でも早く!」

 

 途端にハイテンションになり今度は自分から手を引いて歩きはじめる射命丸さん。恋は盲目という言葉がありますが、ここまで行くと逆に見えすぎているのではないかと思っちゃったりしちゃいます。いけませんね。何か興味深いことがあると思考があちこちに飛んでしまうのは阿求の悪い癖です。

 二人して配達屋さんが据わっている桜の木の所へ。

 

「あっ! 文助けてこのままじゃお酒飲まされる――――」

「そのまま泥酔死してしまいなさいこの浮気者が」

「あ、文さん? なんでそんな勇儀もびっくりな鬼面っぷりを見せているんでしょーか……?」

「ふん、だ! 良夜なんて居眠り門番と情緒不安定吸血鬼に食べられちゃえばいいんですよ!」

『誰が何だって!?』

 

 文さんがポロッと漏らした悪口に紅魔館勢二人がぐぐいっと詰め寄りますが、当の本人はどこ吹く風と言った様子で配達屋さんに絡んでいます。何やらどこぞのツンデレ巫女のような女子らしい反応にグッと来るものを感じてしまいますが、これがいわゆる『萌え』と言うヤツなのでしょうか。以前雪走さんが鬼気迫る表情で早苗さんと語り合っていましたが、ようやく阿求にもその一端が見えてきたかもしれません。これはよくメモしておきましょう。

 最近雪走さんからプレゼントされた紙の束(メモ帳という、外の道具らしい)にペン(ボールペン。これも貰いました)を走らせていると、配達屋さんを間に挟んで女子達の戦いがいつの間にか始まっていました。

 正確には、いきなり乱入してきた紅魔館メイド長十六夜咲夜さんと、他称本妻射命丸文さんの激闘が繰り広げられていました。

 内容……と言いますか、口喧嘩の中身を少しばかりピックアップしてみますとこんな感じ。

 

「いつもいつもツンデレギャップ萌えを狙っているのかは知りませんけど、いい加減ウチの良夜に手を出すのはやめてもらえませんか!」

「あら、良夜が貴女の所有物だなんていったい誰が決めたの? 彼はあくまで彼自身であって、誰のものでもない。……それなら私が貰っても問題ありませんわ!」

「問題大アリじゃこの銀髪! キラキラキラキラ眩しいんですよ!」

「その発言は同時に良夜のことも馬鹿にしているということに貴女はいい加減気が付くべきですわ!」

 

 髪を引っ張り、頬を抓って地べたを転がる美女二人。これが幻想郷の誇るクールビューティ二人だという事実にどうしても目を背けたくなる光景であります。そもそもの事発端である美鈴さんとフランちゃんが顔を引き攣らせるほどに、彼女達は強者とは思えない子供喧嘩を繰り広げていました。

 ……と、そんな騒動に紛れるようにしてコソコソとこの場から立ち去ろうとしている銀髪少年に気が付く私。何やら面白いことになりそうな雰囲気がバリバリでしたので、私は射命丸さん達にも聞こえるくらいの音量で声を上げると、件の少年の方を指差しながら、

 

「あっ、配達屋さんがドサクサまぎれに聖徳道士さんのところに行こうとしてますよー」

「んなっ!? 阿求お前なんてことを!」

『なんですって!?』

「そしてこっちはバッチリロックオンしてる!」

 

 ふふふのふ、こんな面白い展開を私阿求が逃すわけないではありませんか。せっかくの取材をいつの間にか痴話けんかに変えられたのです、少しは私の怒りをぶつけても罰は当たらないでしょう。

 逃亡を図ろうとした配達屋さんでしたが、私の善意によってものの見事に作戦失敗。元いた桜の木に誘導されるようにしてジリジリと追い詰められていきます。いつの間にかフランちゃんと美鈴さんも加わっているので、四方向をしっかりと包囲されて逃げ場は全くないようです。

 あらあら、大変そうですねぇ。

 

「てめー他人事みてーに言ってんじゃねーぞ! 誰のせいでこんな目に遭ってると」

「ふらふらふらふら色んな女の子と仲良くなる良夜のせいじゃないですかねぇ……!」

「ひぃっ! ウチの家主が犬走の刀を構えてリトル黙示録!」

「さて、ずっと見過ごしては来たけれど、これを良い機会にいい加減お灸を据えてあげようかしら」

「咲夜さんその手に持ってる大量のナイフは何に使うんでしょーかっ! あれだよねそうだよねきっと料理に使うんだよね!」

「えぇ、綺麗に三枚に下ろすためにね。……どこぞの配達屋を」

「刺身にされる!?」

「大丈夫ですよ良夜さん。痛いのは一瞬です」

「お前にぶん殴られたら痛いじゃ済まんわ美鈴!」

「キュッとして……ドカーン!」

「殺す気満々だなフラン!」

 

 美少女に囲まれ嬉しそうな悲鳴をあげている配達屋さん。彼の窮地に気付いた周辺の妖怪達が微笑ましい視線を向けながら、その光景を肴に酒を交わしています。うん、やはり幻想郷では荒事なんて酒の肴以外の何物でもありませんよね。かくいう私も楽しんでいます。

 

「やっちゃえー!」

「阿求さぁあああああああああん!! できればしっかり後片付けしてくれませんかねぇ!」

「おや、あんなところに博麗の旦那様が。そういえばそろそろ時間ですし、次の取材対象の所へと行きますかね」

「なんだその無理矢理な会話の流し方は! 煽った上に放置とか、イジメか!」

「それでは皆さん御機嫌よう。ばいびー」

「聞きかじった程度の外来語使うんじゃ……ってごめんなさい皆さんお願いだから許して!」

『問答無用!』

「のわぁああああああああああ!!」

 

 ちゅどーん! と嘘のような爆発が上がり、黒コゲになる配達屋さん。風とナイフと気でどうして爆発が起こるのかはイマイチ理解できませんが、それがいわゆる幻想郷クオリティと言うヤツなのでしょう。常識は通用しないんだぜと胸を張って言ってみます。えぇ、将来Fまで成長予定の胸を張りますよ、阿求は。

 何はともあれ、最後に言いたいことはただ一つ。

 

「節操無しもほどほどに」

 

 殴る蹴るの暴行に見舞われもはや行動不能に陥っている哀れなハーレム少年を背に、私は博麗神社賽銭箱の方へと足を進めました。

 

 




 次回もお楽しみに♪


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【番外編】第二位 雪走威

 こんばんはやっほい! 意外と早く更新できたよやったね!
 今回はなんか展開が早すぎるかも。最近スランプだァ……。
 それでは、我らが第二位の取材をマイペースにお楽しみください♪


 博麗神社境内付近の一角。

 何十人もの人間、妖怪が参加している今回の宴会の中でも一際異様な雰囲気を放っているその場所では、宴会のメインとも言える男性が一升瓶片手に何やら隣の女性に言い寄っていました。

 

「東風谷ァ、今すぐここでストリップだ!」

「なんて提案してくるんですか雪走君!」

 

 現人神も度肝を抜くレベルの申し出をさらりと漏らした彼に顔を真っ赤にして反論する守矢神社の風祝さん。確か東風谷早苗という名前でしたか、彼女はまだお酒を飲んではいないようで、素面の状態で男性の応対をしています。発言は嫌がっているのに、どこか嬉しそうなのはいったい何故でしょうか。阿求にはイマイチピンと来ませんよ、えぇ。

 今回の取材対象は人気投票第二位を獲得した雪走威さんです。一か月ほど前にふらりと外から迷い込んできた外来人である彼は、持ち前のマイペースさで周囲を上手い具合に翻弄しながらいつの間にか博麗神社の居候として幻想郷内での地位を確立しつつありました。今や人里でも彼のことを知らない人はいないというくらい幻想郷に染まってしまっています。……評判の内容は、ちょっとえっちぃものばかりですが。

 配達屋さんの取材も終わったので、満を持して雪走さんの取材を行おうと思っていたのですが……、

 

「その巨乳をここで見せないでいつ見せるんだJK!」

「私の胸を芸の一種と勘違いしていませんか!? これは、そんな安っぽいものじゃありません!」

「じゃあ今から俺と別室に行って、二人きりで裸になり合おうぜ」

「そ、それは……所謂不倫ってやつですか!?」

「フリン? なんだそれ。新しいお菓子か何か?」

「肉体関係を持ってしまえば霊夢さんを出し抜くチャンス。『博麗神社の』居候から『守矢神社』の居候にジョブチェンジさせることも可能に……!」

 

 なんだか地味に衝撃的な場面に出くわしている気がして、上手く声が出てくれないのですよ。

 浮気現場を目撃しているような気持ちに襲われてきた私阿求ですが、こういう時はどうしたらいいのでしょうか。居候さんはアホだから私が話しかけたところでのらりくらりですし、東風谷さんは自分の事で精一杯な感じで話を聞いてもくれそうにないです。若干手詰まり感がビンビンですね。

 さてさて、やはりこういう時は。

 

「博麗の巫女様に助力を請うというのが最善の策というものでしょう」

「マジでやめてお願いだから許してくださいあっきゅん」

「鯛焼き松竹梅フルコースで手を打ちましょう」

「仰せのままに」

「雪走君が一瞬でひれ伏してる!?」

 

 「ははーっ!」と平身低頭する居候さんを東風谷さんが目を丸くして見つめていますが、当の雪走さんにはそんなことに構っている余裕はないようです。浮気しているという自覚はなかったのでしょうが、多少の後ろめたさは感じていたのでしょう。お札を三枚ほど取り出して私に掲げるその姿には恥も外聞もあったものではありませんでした。何故このような人が博麗の巫女に好かれているのか、どうにも理解ができません。

 

「何気に酷いことを言いますね稗田さん……」

「そういえば貴女も懸想をしている一人でしたね」

「ぶふぅ」

 

 私の漏らしたそんな言葉に、お酒を含んだわけでもないのに何かを吹きだす風祝さん。げほごほと顔を真っ赤にして咽ていますが、いったいどうしたのでしょうか。今日の宴会ではわからないことがたくさんで阿求困っちゃいます♪

 

「な、なんて嫌な性格をしているのですか……」

「む。それは心外ですよ東風谷さん。私はあくまで自分の良心に従って浮気現場をパパラッチろうと思っただけなのです。『守矢の巫女と博麗の居候が禁断の関係に!』とかいう見出しで新聞を発行してもらえばいい具合に印税と評判が……」

「や、やめてください! 後、お金なら後でしっかり払うので勘弁してください!」

「仕方がありませんね」

 

 こうして稗田家の財産がまた一段と増加していくのですが、まったくの余談です。

 さて、それではそろそろ取材の方に移りましょう。予想以上に時間がかかってしまいました。まったく、無駄な時間を取らせないでください。阿求、激おこぷんぷん丸ですっ!

 

「なんだよその未来的な表現は」

「分かりません。ただ、これは流行ると思います。今年の幻想郷流行語大賞は阿求がイタダキですね」

「なんて黒い阿礼乙女なんだ……」

 

 眉間を抑えて呻く雪走さん。日頃マイペースで通している貴方がそういう態度を取るのは珍しいですね。ツッコミ役になることが少ないからですか?

 

「何を言う。この世界には俺ほどマトモな人物はいないというのに」

『いやそれはないですね』

「まさかの東風谷まで全否定! おいおい待てよ相棒! あの日契った仲間の証は嘘だったのか!?」

「時と場合によって効果の度合いが変化しますのでご了承ください」

「なんてこったい!」

 

 頭を抱えてウネウネと悶える雪走さんの姿に一瞬背徳的な何かを感じてしまった阿求を誰か許してください。

 時に雪走さん。ちょっと質問良いですか?

 

「ドンと来い超常現象」

 

 超常現象は来ませんが。

 今回の取材の本題とも言える内容なのですけど……雪走さんにとって、霊夢さんはいったいどういう存在なんですか?

 

「どういう存在、とは?」

 

 これといって特定はしません。ただ純粋に、『博麗霊夢』っていう人間が、貴方にとってどういった存在なのかを答えて欲しいのです。

 思えば、雪走さんは幻想郷に来た当初から霊夢さんのことを好いていたような気がします。一目惚れにしてもあまりにも惚れすぎているのではないかというほどに、貴方は彼女に心酔していました。普通に考えて、違和感を覚えます。

 ですので、そんな唐突かつ急激に心を奪った霊夢さんは、雪走さんにとってどういう立場にある人間なのかを聞いてみたいと思ったんです。

 

「なぁんか言葉の端々に俺を訝しむような台詞が入ってるよなぁ」

「そ、そんなつもりはなかったのですが……」

「いや、いいんだよ別に。怪しまれるのは当然だってくらい急に惚れていたのは事実なんだし。それに外来人なんて珍しいしな。そんな奴が自然と溶け込んでるってのが不思議だったんだろ?」

「まぁ雪走君は幻想郷住民に負けず劣らず変な人ですからね」

「ちょっと待て東風谷。お前にだけは言われたくないぞ俺は」

「どういう意味ですかっ!」

「そういう意味だよ。……で、霊夢がどんな存在かだっけか?」

 

 はい。記者とか編纂者とか、そういう立場を一切抜きにして個人的に聞きたいことでもありますので。

 

「うーん、色々あてはまるけど、改めて考えると中々ピンとくるものがなぁ……」

 

 首を捻ってうんうんと考え込む雪走さんは、ちらと無意識に霊夢さんが騒いでいる辺りを見ていました。賢者様や魔理沙さんと一緒になってバカ騒ぎしている霊夢さんは凄く楽しそうで、日ごろ見せないような笑顔で宴会を享受しています。

 霊夢さんは視線をやっている雪走さんに気が付くと、満面の笑みを浮かべてぶんぶんと勢いよく手を振り始めます。

 

『たっけるぅーっ! ちゃぁんと楽しんでるぅーっ!?』

「お前の裸を見せてくれたらもっと楽しめる気がする」

『死ね!』

 

 笑顔で罵倒する霊夢さんに、これまた笑顔を向ける雪走さん。これといった会話をしていたわけでもないのに、二人の間にはなんだか不思議な糸のような繋がりがあるように感じました。

 それは一種の友情であり、

 それは一種の家族愛であり、

 それは一種の愛情なのかもしれません。

 霊夢さんを見つめる雪走さんの瞳はどこか悲しそうで、そしてどこか満足そうな感情を湛えているように思えました。

 ですから、思わず名前を呼んでしまいます。

 

「雪走さん?」

「……っと、ごめんなあっきゅん。ちょっくら霊夢に見惚れちまってた」

「い、いえ、そんなはっきり言えるくらいなら至って平常運転ですね」

「? 俺は何時でも霊夢大好き居候だが?」

「そうなんですけどね」

 

 ……ホント、どうしようもないほど駄目な人間ですね、この人は。

 人知れず溜息をついてしまう私。守矢の二柱に呼ばれてそそくさとこの場を離れていく東風谷さんを見送っていると、雪走さんはポツリとこんな一言を漏らしました。

 

「……俺にとって霊夢は、『全て』なんだよ」

「『全て』、ですか……?」

「あぁ」

 

 相も変わらず柔和な笑みで霊夢さんの方を見やる雪走さんは、全く表情を崩すことなく言葉を続けます。

 

「寂しい時は傍にいてくれて、悲しい時は慰めてくれて。嬉しい時は笑ってくれて、楽しい時は手を取ってくれる。……俺って何もできないからさ、いつもいつも失敗してばっかりなんだけど……そんな俺でも、アイツは心の底から受け入れてくれたんだ。……だから、アイツは俺にとっての全てなんだよ。絶対に失いたくない、絶対に傍にいて欲しい、そんな全てなんだ」

 

 「ま、アイツがどう思っているのかは知らねぇけどな」そう言うと、雪走さんは私の方を見てにっこりと優しく微笑みかけてきました。何一つ曇りのない、子供のような純粋な笑顔で。

 

『本当に子供のような、成長しているのか疑わしくなるほど純粋な人間よね』

 

 今朝、幽香さんが言っていたそんな言葉が思わず脳裏をよぎります。その時はイマイチ意味が分からずに流してしまっていましたが……なるほど、確かに幽香さんの言った通りです。この人の純粋さは、ちょっと常軌を逸しているものがあります。

 そもそも、自分を受け入れてくれたから絶対的な信頼を置けるなんて単純すぎやしないでしょうか。

 人間関係というのは一枚岩ではありません。信頼の裏には必ず目的があり、友情の裏には利用価値があります。この世界には純粋無垢な関係なんてほとんど存在しないでしょう。それは、今までの歴史を紐解いていくと自然と浮かびあがってくる事実です。

 ですが、この人は純度百パーセントの感情を持っている。怒りも、喜びも、悲しみも、全てにおいて純粋な感情を従えています。本当、人間であるのが不思議なほどに。

 

「……変な人ですよね、雪走さんって」

「あははっ、よく言われるよ」

 

 ケラケラと心の底から笑う彼が、私にはなんだかとっても不気味な存在に思えて仕方がありませんでした。今までに類を見ない彼の異質さが、未知の存在に思えて寒気が止まりません。

 

「それでは、本日は取材にご協力ありがとうございました」

「いえいえこちらこそ。次はどうせアイツのところだろ? 俺が『愛してる』って言ってたって伝えてくれよなー」

「了解です」

 

 苦笑気味に微笑み、足早に彼の元を離れます。……これ以上彼の近くにいたら、自分の捻くれた思考に我慢が出来なくなっていたでしょうから。

 逃げるように、私は最後の取材対象の元へと向かいました。

 

 

 




 なんかグダグダでごめんなさい……次回こそはもっと満足のいく出来に!


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【番外編】第一位 博麗霊夢

 うん、予想通りでしたが、二位に五十票以上差をつけるとかどんだけですよ。さすがは霊夢党ハーメルン支部(自称)。
 番外編最終話です。次回から本編に戻ります。結構長い期間でしたが、本編をお待ちしている方はマジでお待たせしました。
 それでは第一位の彼女の取材。マイペースにお楽しみください♪


「――――というわけで、幻想郷内人気投票におきまして堂々の第一位を獲得いたしました。幻想郷の誇る楽園の素敵な巫女、博麗霊夢さんでーす!」

「まぁ、言うまでもなく当然の結果よね!」

 

 私の掛け声に霊夢さんは胸を張ると、ふふんと鼻高々に腰に手を当てていました。サラシで締め付けているため胸の膨らみ具合はそんなに大きくは見えませんが、サラシを外すととんでもない爆弾が露わになるという事実を以前雪走さんから聞いている私は決して騙されたりはしません。隠れ巨乳とか私に対して宣戦布告しているとしか思えないのですがそこら辺はどうなのでしょうか。……おっぱいネタがしつこい? 阿求にも譲れないものがあるのですよ。

 霊夢さんが自慢げにドヤ顔を浮かべていると、彼女の隣でお酒を飲んでいた白黒の魔法使い、霧雨魔理沙さんが永遠亭名物月兎の団子を片手に「でもさぁ」と口を開きました。

 

「コイツが一位ってのはちょっと納得いかないよな。だってあの博麗霊夢だぜ? いつも素直になれずにツンツンしてばっかりいる不器用野郎のどこがそんなに人気なのやら」

「圏外女は黙ってそこの人形遣いと自棄酒でもしていなさい」

「嫌だよ辛気臭い。一日中家に引き籠って人形作るしか能がないニートと一緒にすんなっての」

「ちょっとそこの主人公二人! 顔色一つ変えずに私を馬鹿にするのはやめてもらえるかしら!?」

 

 二人して嫌悪の表情を浮かべながら七色の魔法使いから距離を取っていると、いい加減に耐えられなかったのか顔を真っ赤にして反論を開始するアリスさん。淡い色調の服装や綺麗な金髪、異常なほど整った顔立ちから人形のような印象を受ける彼女ですが、この二人にかかってしまうとそんなアリスさんでも一瞬にして弄られキャラに早変わりしてしまうようです。普段の冷静さからは想像できないほど取り乱しているアリスさんはなんだかとっても可愛いですね。一気にファンが増えちゃいそうです。……しかし、彼女の顔の付近でふよふよ浮いているあの人形はいったい何なのでしょうかね。

 アリスさんは胸の前で腕を組むと、一旦落ち着くように咳込んでから、

 

「そもそも、女性としての魅力なら誰にも劣らないはずの私が一票も入れられていないっておかしくない? 投票者達はいったい何を考えているのかしら。ヘタレ白黒魔法使いやら堅物閻魔に票を入れる暇があるのなら、完璧超人アリスちゃんに全票ぶち込みなさいよ!」

「そういうところがファンを離れさせているってことにいい加減気が付きなさいバカアリス」

「霊夢貴女! 今私の事馬鹿って言ったわね! 馬鹿って言った方が馬鹿なのよバーカ!」

「……アリスさんは賢いのに、たまぁにとってもどうしようもない時がありますよね」

「言ってやるな阿求。アイツは天然だが、あれで結構強いんだからさ」

「えぇー……強くてもあのちょろさは致命的では。これは幻想郷縁起の評価を改める必要があるかもです」

「貴女達も陰で悪口並べ立てない!」

 

 霊夢さんに詰め寄っていた三下系魔法使いアリス=マーガトロイドさんはそのままの勢いで私達を責めたてます。どうしても譲れないものがあるのか必死の形相で自分がいかに素晴らしいのかを騙り始めていましたが、これは流石に長くなりそうだと判断した魔理沙さんが呼び寄せた河童のにとりさんによって永遠亭メンバーの元へと引きずられていきました。あそこには年がら年中ハイテンションな月兎やある意味完璧なお姫様がいるので問題ないでしょう。いい門前払いが出来ました。

 

「それにしても、霊夢が一位ねぇ……世の中不思議なことがあるものですわ」

 

 いきなりさらりと何気に失礼な発言を漏らしたのは、魔理沙さんと同じく霊夢さんの近くでお酒を楽しんでいた妖怪の賢者様でした。いつもの紫のドレスではなく陰陽風な衣装に身を包んでいる賢者様は、今の発言が少し癇に障った様子の霊夢さんを見ると、その人間離れした美貌に胡散臭い笑みを浮かべます。

 

「確かに霊夢は綺麗だけれど、性格的には壊滅的もいいところでしょうに」

「爬虫類でもないくせに冬眠するような妖怪に言われたくないわね」

「ほら、そういうところが壊滅的だと言っていますのよ。何か言われるとすぐに毒舌で返す。貴女一度でも素直な言葉で返事したことがありまして?」

「う、それは……」

「なははっ! こりゃ一本取られたな霊夢!」

 

 図星すぎて言い返せない様子の霊夢さんに腹を抱えて爆笑する魔理沙さん。地面に寝転がるように全身をバタバタさせている彼女はすっかりスカートが捲れ上がっていましたが、まったく気にする様子はありません。中にドロワーズを穿いているから大丈夫とでもいうのでしょうか。先ほどから複雑な視線を送ってきている香霖堂店主さんの気持ちを考えると阿求は地味に悲しくなります。魔理沙さんの恋が実らないのはどう考えても魔理沙さん本人にも非があると思いますよ!

 紫さんと魔理沙さんにからかわれた霊夢さんは手持ち無沙汰にぶーたれています。口を尖らせてむすっとした表情のまま、何の気なしに視線をある方向へと向けていました。

 視線を追いかけると、

 

『ほらほら飲め飲め雪走ぃー。たーんと飲んで酔っ払っちゃえー』

『もがもがもがもがっ! もごごぉーっ!』

『す、諏訪子様! そんなに一気に流し込んだら急性アルコール中毒で雪走君死んじゃいますよ!』

『なぁに死にはせん。適度に酔い潰して守矢神社に持って帰るだけさね。そんでもってお前の寝室に縛り付けておくのさ』

『わ、私の寝室に!? それはそれで、魅力的な……で、でもでも駄目ですそんなこと! 雪走君しっかりしてくださぁ~い!』

「何やってんのよアイツらは……」

 

 雪走さんを拘束した状態で日本酒を浴びるように飲ませている守矢の二柱。仲間がピンチに陥っているのをなんとか救出しようと風祝さんが奮闘していますが、どうせ手に負えないのは分かっているのでしょう。どうしようもないというような面持ちで二柱の周囲をあたふた走り回っていました。

 そんな守矢一家を嘆息しながら眺める霊夢さん。雪走さんが危機に陥っているのに、彼女が動く気配はありません。どうしたのでしょうか。

 

「助けに行かないんですか?」

「別にいいわよ。アイツ打たれ強いからあれくらいじゃ死なないし。それに、偶には痛い目見といた方が後々大人しくなるでしょ」

「そうは言いながらも内心助けに行こうか迷ってるんだろ? もう、霊夢は素直じゃない――――」

「博麗の巫女秘伝・アルティメット究極昇竜脚!」

「意味被って……ぎゃぁああああああ!!」

「ったく……」

 

 霊夢さんは調子に乗り過ぎた魔理沙さんが天の彼方へと吹っ飛んでいくのを呆れた様子で見送ると、再び座り込んでお酒を注ぎ始めました。魔理沙さんに八つ当たりしたことで多少は気が晴れたようで、先程に比べると幾分か憑き物が取れたような明るい表情で枡を傾けています。

 大変ですね、霊夢さん。

 

「まったくよ。なんで私の周囲にはあんな馬鹿共しかいないのか……」

「その中でもバカ筆頭は貴女の旦那さんなわけだけれど」

「いいのよ威は。バカだけど優しいし、極稀にカッコイイんだから」

「あらあら、そんなさらっと惚気るなんて……霊夢も結構雪走君にゾッコンねぇ」

「んなっ……! い、今のは言葉の綾よ! ふふふ、深い意味なんてにゃいわ!」

「可愛い可愛い。乙女よねー」

「う、うるさぁぁああああああい!!」

 

 立ち上がって必死に弁論する霊夢さんでしたが、真っ赤になった彼女の顔はどこか緩んでいるようにも見えました。心の底から嫌がっているわけではない、そんな感じに。

 ……そろそろ、取材の本題に入るとしますかね。

 私は取り乱している霊夢さんに一口お酒を勧めて落ち着かせると、メモ帳を取り出します。

 

「それでは質問です。貴女にとって、雪走威とはどういう存在ですか?」

「いきなり複雑で小難しい質問ぶつけてくるんじゃないわよ……」

 

 そうは言いながらも霊夢さんは首を捻り始めます。俯かせた視線を時折雪走さんの方に泳がせつつ、じっくりと実行しています。

 そしてようやく顔を上げると、

 

「自分でもよく分かんないんだけど……とにかく、『大切な人』かな」

 

 そんな答えを提示しました。

 

「大切な人、ですか……?」

「うん。魅力とか駄目な所とか、そういうのを一切合財一緒くたにしたうえでの大切な人だと思うの」

 

 そこで一度言葉を止めると、喉が渇いたのかお酒を煽りました。

 

「……っはぁ。まぁアイツは女の子に対しては誰にでも分け隔てなくどうしようもないくらいスケベだし、本当に十七歳なのか不思議になるくらい馬鹿だし、感情の一部がぶっ壊れてんじゃないかって思うくらい単純なマイペース野郎だけどさ」

 

 霊夢さんは笑顔で言っていますが、これはまた随分と酷い言い草です。この場に彼がいなくてよかったと心底思います。こんなこと聞いたらたぶん立ち直れませんよ、雪走さん。

 柔和な笑みで彼の短所を並べ立てていた彼女は一瞬口元を綻ばせたかと思うと、恥ずかしそうに頬を染めながら言葉を続けます。

 

「たまぁに頼もしくて、時にとんでもなく優しくて、私が落ち込んでいると全力で慰めてくれるの。馬鹿の癖に、自分の事のように一生懸命私のことを考えてくれる。……自分でも浅はかで単純だとは思うけど、威のそういうところに私は惚れたのかもしれないわね」

 

 「まぁ、普通じゃあり得ないほど、それこそ変な能力使ったんじゃないかってくらい早く惚れたのは恥ずかしい話だけどさ」と気まずそうに頬を掻き、苦笑を浮かべながら再びお酒を飲み干す霊夢さん。……そんな彼女の言葉を聞いて、私は虚を突かれたような気持ちでした。

 彼らの間にはもっと複雑な何かがあると勘ぐっていた自分が、どうしようもなく嫌な人間に思えてきたのです。

 二人の間にあるのは嘘でも欺瞞でもなく、純粋な愛情。相手のことを想い、お互いに支え合っているだけの単純なものでした。私が考えていたような裏側事情は、欠片も存在しませんでした。

 誰に対しても胸を張れるピュアな愛情を抱えている彼らに対して、私はどれだけ擦れた人間だったのでしょうか。幻想郷縁起編纂者でありながら、なんと愚かな考えを持っていたのでしょうか。

 賢者様がいつの間にかこちらに連れてきていた雪走さんに憎まれ口を叩いている霊夢さんを見ながら、私は自分の浅はかさを反省します。少し頭を冷やそう。もっと真っすぐな目で物事を見られるように、一旦落ち着こう。

 ……一度大きく深呼吸をして、改めて二人を見ます。

 

「酒飲んで頬赤らめている霊夢はめっちゃエロ可愛いなぁ!」

「大声で恥ずかしいこと叫ぶな馬鹿!」

「だって事実だろ? 霊夢は世界で一番、誰よりも魅力的でかわいいんだから! 異論反論意見質問一切合財認めない! この俺が言うからにはこれが世界の常識だ!」

「い、意味の分からないことをほざくんじゃないの! もうっ、恥かくのは私なんだからね!?」

「ごめんごめん。……でも、恥かいてモジモジ照れる恥じらい霊夢も可愛いはず!」

「うっさい! いっぺん死ねこのマイペース馬鹿ぁああああああああああ!!」

「霊夢の拳はご褒美……じゃないですごめんなさい! お祓い棒はらめぇえええええ!!」

 

 お尻から大幣を生やしてビクンビクンと妖しげな痙攣を始める雪走さんと、そんな彼をやれやれといった表情で、それでいてどこか楽しそうに見下ろす霊夢さん。一見すると喧嘩しているようにも見える二人は、少し目を凝らすと誰にも切れないほど強い絆で繋がっているようです。

 ……これは、阿求の完敗ですね。

 

「取材に協力して頂き、ありがとうございました。霊夢さん」

「ん? あー、いいっていいって。こういうのも博麗の巫女の仕事だしさ。良い記事書いてよね?」

「はい。期待してください」

「で、できれば俺と霊夢のイチャイチャ春画も掲載してもらえれば……」

「い、い、か、ら! アンタはいっぺん黙れ!」

「はうぅんっ!」

「……ふふっ」

 

 もうホント、どうしようもなく仲のいい方々ですね。

 メモ帳とボールペンを仕舞いこむと、私はしばらくの間彼らの様子を見守ることに決めました。今度は阿礼乙女という立場ではなく、一人の幻想郷住民として、彼らを応援しようと思いました。この、見ているだけで幸せになれるお二人を。

 ……すると、そんな二人にいきなり声をかける人物が現れました。

 

「……ちょっと霊夢、これ飲んでみてよ」

 

 不意に現れた闖入者に、その場にいた全員が声の主を見やります。かくいう私も、そちらに視線を向けました。

 そこにいたのは、桃色のナイトキャップを被った蝙蝠の翼を持った少女。水色と銀が混ざったような神秘的な色調の髪を肩の辺りまで伸ばしたその少女は、紅魔館の主であるレミリア=スカーレットさんです。

 幻想郷でも珍しい吸血鬼であるレミリアさんは右手に持った湯飲みを掲げると、霊夢さんに向かって差し出します。

 

「この前パチェが醸造した新しい『日本酒』なの。結構自信作らしいんだけど……霊夢に飲んでもらおうと思って」

「なんでそこで私が出てくるのよ。自分で飲みなさいよ自分で」

「私はもう飲んだわ。すっごくまろやかで舌触りがいいお酒だったわぁ」

「ふぅん……」

 

 うっとりした顔で両手で頬を抑えるレミリアさんを訝しげに見る霊夢さんですが、これ以上勘ぐっても仕方がないと思ったのでしょう。一度軽く嘆息すると、レミリアさんが差し出している湯飲みを受けとります。

 

「……そういえば、なんで湯飲み?」

「近くに入れ物が無かったからだけど」

「あ、そう……」

 

 そんなことを質問しながら、湯飲みを傾けます。お酒の味を楽しむようにゆっくりと、じっくり喉の奥へと流し込んでいきます。

 ――――そして、湯飲みの中身がすっかり空っぽになった時、

 

「…………はぁ、ん」

 

 霊夢さんの口から、今まで聞いたことがないような艶っぽい声が漏れ出しました。

 彼女の顔を窺うと心なしか目が潤んでいるようにも見えます。頬は異常なほどに上気していて、息も荒いようです。まるで、発情した猫のような。

 

「おい……嘘だろ、これって……!」

 

 霊夢さんの様子に何か勘付いたのか、一歩ずつ後ずさりながら冷や汗を流す雪走さん。周囲を見ると、アリスさんや香霖堂の店主さん、紫さんなんかが額に手をやって何やら嘆息していました。い、いったいどうしたというのでしょうか。

 いきなり全身から違和感を醸し出し始めた霊夢さんは覚束ない足取りでゆっくりと雪走さんへと近づいていき……、

 

「(ガシィッ!)」

「ひ、ひぃっ!」

 

 がっしりと、傍から見ても凄まじい力を込めて雪走さんに抱きつきました。

 え、えぇっ!? あのツンデ霊夢さんがあんなストレートに愛情表現するなんて……本当に何があったのですか!? あのお酒には自白作用か何かが含まれていたとでも言うのでしょうか。

 一人意味が分からず目を白黒させている私を他所に、霊夢さんは彼に抱きついたまま全身をモジモジとさせながら、雪走さんの顔を見上げると甘ったるい声で囁き始めました。

 

「……ひゃけるぅ、だぁいすき」

「レミリアさんアンタが飲ませた酒の正体絶対日本酒じゃねぇだろぉおおおおおおおおおお!!」

「えぇ、その通り。今私が飲ませたのはパチェが催淫作用のある薬草をを織り交ぜて作った、新世代のワインよ!」

「タチの悪い媚薬作ってんじゃねぇ! ワインと媚薬の相乗効果でもう取り返しのつかないことになってるから!」

「んやぁ……れみりあじゃなくて、わらひとしゃべるのぉ……!」

「あぁもう! だからこんな公衆の面前で巫女服脱ぐなって!」

 

 ぎゃーぎゃー騒ぎながら、ついにはサラシを取ろうとする霊夢さんの両手をホールドする雪走さん。性欲の権化とまで噂される彼が全力で脱衣を阻止するなんて……そんなにエグイものなのでしょうか。阿求には分かりかねます。

 

「きすぅ……ひゃける、きすするぅ……」

「しねぇよ! あぁくそ、こんな時に限って霧雨さんはいないし! 助けて紫さん!」

「……ごめんなさい雪走君。今の霊夢は……ちょっと近づきたくないわ」

「距離置くんじゃねぇええええええええええええええ!!」

 

 もはや文章で表現できるレベルを超える脱衣を披露し始めている霊夢さんから、私も目を逸らすことにします。視線を泳がせた先で配達屋さんがブン屋さん達に折檻を受けていましたが、どうせ裸をガン見したとかそういうしょうもない理由でしょうから華麗にスルー。阿求は世渡り上手なので、余計な事には口出ししないのです。

 さて、これでようやく取材はすべて完了しましたね。後は家にも戻って生地の編集を始めるとでもしましょう。

 

「ちょっ、誰か助けてマジで!」

「んあぁっ、そんなに動いちゃ、らめぇっ……」

「誤解を招く嬌声あげんな!」

 

 心底焦った風に助けを求める雪走さんでしたが、周囲の妖怪達はそんな彼を見て苦笑を浮かべるばかりです。さすがの彼らも博麗の巫女を止めることは不可能と判断したのでしょう、観客に徹することにしたようですね。まぁ、妥当な判断かと。

 

「こんなシチュエーションは、お呼びじゃねぇえええええええええ!!」

 

 腹の底から放たれた本気の雄叫びは、ようやく星の見え始めた夜空に吸い込まれていったのでした。




「……これでよし、っと」

 筆を硯の上に置くと、私は着物の袖で額の汗を拭いました。汗と墨が混ざって全身真っ黒けになっていますが、編纂を終えた達成感に比べるとそんなものは些細な嫌悪でしかありません。
 五人の取材記録を纏めた巻物を並べて満足気に息をつきます。ふぅ……結構時間がかかってしまいましたが、これでようやく一息つけますよ。
 両手を一気に頭上へ伸ばすと、背骨がポキポキと軽快な音をたてました。長時間の作業で相当凝り固まっていたようです。うーん、やはり根を詰め過ぎると身体によくないですね。以後気をつけましょう。
 襖の方に目をやると、外にはすっかりお月様が浮かんでしまっていました。編集を始めたのが日の出だから……丸一日作業していたようです。おぉ、どんだけ集中していたんですか私。
 ごろんと畳の上に全身を転がし、何の気なしに天井を見つめます。

「……雪走威、か」

 ……何故だかわかりませんが、その名前にとても聞き覚えがありました。幻想郷に来たばかりで私ともそんなに接点がないはずなのに、【雪走威】という名前……いや、彼の存在自体が何か既視感を覚えさせるのです。阿求としてではなく、阿礼乙女としての何かが、違和感を覚えています。一度聞いたことは絶対に忘れない阿礼乙女の能力が、彼に対して何か継承のようなものを鳴らしているのです。

「……そういえば、八代目(転生前の私)が書いていたはずの幻想郷歴史書の一部が、何故か押入れの奥深くに眠っていたんですよね……」

 何代にも続いて編纂し続けている幻想郷縁起。この幻想郷で起こったすべての出来事を記しているその歴史書はこの屋敷の書庫に厳重に保管してあるはずでした。それなのに、八代目の書いたものの一部だけが押入れの奥から見つかった。これは、奇妙どころの騒ぎではありません。
 見つけた時は喜びでいっぱいで、中身を確かめることはしなかったのですが……何故だか、それを読んでみたいという思いに駆られ始めました。理由は分かりませんが、無性に。
 黒ずんだ重い着物を着直すと、部屋を出て地下の書庫へと向かいます。護衛の方々は何故か周囲にいませんでしたが、もう夜も遅いですし寝てしまっているのでしょう。わざわざ起こすのも悪い気がしたので、提灯を持つと一人で階段を下りていきます。
 十分ほど歩くと、固く閉ざされた扉が見えてきました。――――幻想郷縁起の、保管庫です。
 阿礼乙女だけに渡されている鍵を使って南京錠を開き、中へと入っていきます。

「……相変わらず、墨の臭いが凄いですねぇ」

 そんな感想を抱きながらも、何十冊もの幻想郷縁起が積み重ねられてある部屋の一角に向けて足を進めます。【稗田阿弥】と書かれた札が貼られてある本棚です。
 すでに何十年も保管されてあるためか埃を被っている書物達。しかしその中で唯一題名がはっきりと見える縁起を手に取ると、ペラペラと項を捲っていきます。
 ――――そして、衝撃的なものを目にしました。

「やっぱり……あの人は、雪走威は――――!」
「……そこまでです、稗田阿求」
「っ、誰ですか!」

 突然発せられた謎の声の方に提灯の光を浴びせながら私は振り向きます。
 ……そこには、三人の女性たちがいました。
 まずは一番先頭にいる緑髪の少女。紺色を基調とした堅苦しい服を着た少女は頭に大きな四角い帽子を被っており、右手には杓のようなものを持っています。金色の縁取りがされたその杓は、地獄の審判役が仕事で使う悔悟の棒に酷似していました。……いえ、酷似していたという表現は間違いです。
 それは間違いなく、閻魔が愛用する棒なのですから。
 なぜ彼女がここにいるのか。そんな疑問が頭の中を駆け巡りますが、思考よりも先に言葉が口をついて出ていました。

「四季映姫様……!」
「こんな時間に暗いところをうろついてはいけませんよ。黒です」
「いや、それは素直に申し訳ありませんが……どうして、四季様がこんなところに……?」
「映姫ちゃんだけじゃないわよぉ~」
「っ!」

 四季様の後ろで佇んでいた影の一つがゆったりとした声を放ちます。提灯を掲げると、浮き出てきたのは水色の着物。
 桃色の髪に、白い三角巾。大人な雰囲気を放っている彼女は、確か冥界にそびえる屋敷の主ではなかったか。

「……ダメじゃない、幽々子。わざわざ正体を現すこともないでしょう?」
「あらぁ、ごめんなさいねぇ。ちょっとうっかりしちゃってたわ♪」
「まったく……」

 呆れたように溜息をつく、三つ目の人影。――――彼女の服装が目に入ると、私は思わず呼吸を失っていました。
 赤と白の二色で構成された、縁起のよさそうな服。腋の辺りは露わになっていて、とても寒そうな印象を抱かせる不思議な格好。
 ……その衣装は、【博麗の巫女】が愛用する巫女服に異常なほど瓜二つでした。

「まさか、霊夢さん……?」

 そう言いかけて、違うことに気が付きます。声の質と身長、そして彼女の纏う雰囲気が霊夢さんのモノと一致しなかったのです。
 どことなく大人びた、妖しい淫靡さをたたえた声。提灯の光を浴びて浮き出ているシルエットは妙齢の女性特有の丸みを帯びていて、霊夢の外見年齢と一致しません。
 一言でいうと、霊夢を成長させたような……、

「ま、さか……その人は、まさか――――――――っ!」
「無駄な詮索は命取りになりますよ、稗田阿求。……こんな風に、ね!」
「うぐぅっ!」

 諭すように語りかけてきた四季様は何を思ったのか、急に私の鳩尾を悔悟の棒で突き刺すように殴打しました。鈍い痛みが腹から全身へと広がり、痛みに慣れていない私の身体はドサリと地面に倒れ伏します。

「なに、を……」
「答える必要はありません。……『――――』、記憶の封印を」
「えぇ」

 なんと呼ばれたのか、意識が遠のく中でイマイチ名前が聞き取れません。ぼんやりと霞んでいく視界には、巫女服の女性が私の額に触れている光景が映っていました。
 女性は私の額に当てている指先にポゥと緑白色の光を灯すと、

「……【封】!」




                ☆





 ―――――その後私が再び目を覚ましたのは、元いた自室の布団の上でした。

「あれ……私、確か取材資料の編集を……」

 襖の方を見ると、お日様がすっかりと昇っていました。じわじわとうだるような暑さが部屋中を熱していきます。残暑の厳しさに思わず顔を歪めてしまいました。

「寝ちゃったのかな……?」

 昨夜の行動を思い出そうとしますが、イマイチはっきりとしません。昨晩自分が何をやっていたのか、全くと言っていいほど思い出せないのです。
 自分の行動を忘れるなんて、阿礼乙女らしくありません。能力があるのに思い出せないとは……相当疲れていたようです。
 やはり徹夜はするものではない。墨で黒ずんだ着物に嫌悪感を浮かべながらも、私は寝汗を流すためにお風呂場へと向かったのでした。




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マイペースにお風呂パニック

 ようやく本編です。やはり威の字の分は書きやすい。

 ※「第三十八話【番外編】第一位 博麗霊夢」の後書きにも本編が書いてありますので、全話一斉表示でお読みいただいている方がいらっしゃったらそこだけ読み直すことをお勧めします。

 それではようやく再開した本編。マイペースにお楽しみください♪


 目を覚ますと、視線の先は知らない天井だった。

 

「……いやいや、もう何度目だよこの状況」

 

 最近は意識を失ってから知らないところに運び込まれるのが多い気がするな、とボヤキながらも状態を起こす。確か昨晩は萃香さん達と地底の居酒屋を回りまくっていたのだったか。十軒を超えた辺りから数えるのをやめたが、それからしばらくの記憶があまりよく思い出せない。どうやら、酔い潰れてしまったようだ。

 やけに弾力感のある高そうなベッドから降りると、ご丁寧に揃えてあったスリッパを履いて部屋中をくまなく探ってみる。

 

「なんか、すっげぇ色んなモノをゴテゴテと集めた部屋だな」

 

 壁にいくつもの肖像画が飾ってあるのはまだ許せるが、天井の一番高いところでキラキラ光りながら存在を主張しているあのステンドグラスはいったい何なのだ。教会に飾ってあるようなキリストの描かれたステンドグラスを見ていると、なんだか背中がむず痒くなる。うぅ、やっぱり俺には神聖なものは似合わねぇよ。

 家具も一応確かめてみるが、これといって統一性のないものばかりだ。漆が塗られた和風の箪笥もあれば、ニスで塗り固められた西洋のクローゼットがあったりもする。和洋折衷と言えば聞こえは良いのだろうが、これは明らかに調和を完全に無視したテキトーすぎる集め方だった。いかんせん趣に欠けるというのが俺の素直な感想だ。

 他に何か情報はないか。現在地の詳細を少しでも得るために箪笥の引き出しを開ける。

 

「…………」

 

 思わず、言葉を失った。様々な思いが交錯し、俺の中で駆け廻る。

 三十センチ四方程の引き出しに詰め込まれた、小さく折り畳まれた布切れ。水色やピンクなどの淡い色から、縞模様といった王道、そしてレース状の大胆な装飾が施されたブツまで、種類は目を疑うほどに豊富だ。そのどれもが、何故か魅惑的な雰囲気を放出している。

 まさかこれは。頭の中で仮定が形となっていく。博麗神社でも似たようなものを洗濯していたりするせいか、想像以上にはっきりと推測できてしまう。

 ……一応、確かめよう。

 水色の布を一枚手に取ると、俺は顔の前でそれを広げた。

 

 逆三角形の輪郭で、頂点部分にやや皺が寄った布。太い棒――――例えば脚が入りそうな程の大きさを持った穴が下部に二つ存在していた。肌に優しい手触りで、これならばいくら動いても蒸れることはないだろうと推測できる。

 嫌な予感に冷や汗が流れる。絶対に見つけてはいけないものを見つけた気がして、俺は口元がヒクヒクと引き攣るのを感じた。

 

「……見なかったことにしよう」

 

 こんなにあるのだから一枚くらい持って帰ってもバレやしないだろうが、万が一誰かに見つかってしまったら犯罪者扱いはまず免れない。特に博麗の鬼巫女にでも見つかった日には、俺は明日からお天道様の下を歩けなくなってしまう。何を祀っているのか分からない博麗神社の御神体になるのだけは、絶対に避けなければ。

 パンテ……いや、女子の秘密な部分を覆い隠す為の布切れをそっと引き出しの中に戻すと、俺は扉を開けて部屋の外に出た。これ以上部屋の中を捜索してもおそらく発見できるものは俺の命を脅かす危ないものばかりだろう。俺は別に下着泥棒になりたいわけではないのだ。未練がないと言ったら嘘になるが、命には代えられない。

 部屋を出ると、そこは左右に果てしなく続く廊下だった。足元には赤い高そうな絨毯が敷かれていて、それが遥か先まで続いている。さっきの家具といいステンドグラスといい、ここには相当の金持ちが住んでいるのだろう。紅魔館並の経済状況だ。

 踏むと足首まで埋まるのではないかというほどに柔らかな絨毯の上を進んでいく。五メートルおきくらいに部屋が並んでいて、【こいしの部屋】やら【お燐の部屋】やら書かれている札がかかっていた。面白い名前だなとか思いながらも、俺はどんどん先へと進んでいく。誰々の部屋とか明記されている場所に入ると基本的にロクな目に遭わないということはすでに紅魔館で体験済みだ。俺は学習ができる男なので、同じ轍は踏まない。

 廊下をずんずん進んでいく。時折二又の猫や大きめの鴉と擦れ違ったが、奇異の視線を向けられるだけで他に襲い掛かられるようなことはなかった。どうやら敵地で目覚めたというワケではないらしい。……いや、そもそも敵とかいないからその表現はおかしいのだが。もしかしたら、ここが件の地霊殿とやらなのかもしれないな。地底だし、でっかい屋敷だし。そう考えると、色々と安心してくる。

 まぁ何はともかく、ここの家主を探そう。挨拶するなり自己紹介するなりしておかないと、ここが本当に地霊殿なのかどうかも確かめられないのだし。

 そうと決まれば善は急げ。まずは片っ端から部屋を捜索してみるか。ちょうど目の前に佇んでいた扉を開け、中に入る。扉には札がかかっていなかったので、とんでもないドタバタ騒ぎに巻き込まれることもあるまい。巻き込まれ体質に定評のある俺は色々なことに気を配って生きていかなければならないのだ。こういう注意は払っておくに越したことはない。

 

 中に入ると、そこには木製のロッカーが大量に陳列していた。網籠らしき物体がロッカーの一つ一つにそれぞれ置かれていて、天井では古びた扇風機が力なく回転している。

 床と壁、そして天井は完全にヒノキ製だ。和風感丸出しの板張りに囲まれた、風情のある空間がそこにはあった。

 どこかで見たことのある景色。俺は周囲を見渡しながら、真っ先に頭に浮かんだ単語を思わず口に出していた。

 

「……銭湯の、脱衣所?」

 

 

 

 

 

                    ☆

 

 

 

 

 

 そこに脱衣所があるならば、服を脱いで銭湯に入るのが筋というものだ。

 ジーンズとシャツ、そして下着を竹籠に入れ、入浴の準備を整える。タオルや石鹸は用意していないが、別にそこまでガチなバスタイムを味わおうとしているわけではないので構わないだろう。俺はただ、地底の銭湯という未知の領域を体験したいだけなのだ。人間なら、未確認の出来事に挑戦する気持ちは大切だろ?

 素っ裸になり解放感を味わっていると、目の前に全身が映るほどの姿見が鎮座していることに気付いた。銭湯といい家具といい幻想郷にしてはハイテクな物品が揃っている事実に驚きが隠せない。なんだ、地底は地上よりも技術進歩が著しいのか。

 そんなどうでもいい感慨を抱きながらも、なんとなく鏡の前でポージングしてみたりする。

 

「……別に、小っちゃくはないよな」

 

 足の付け根で存在を主張しているある一部分に思わず視線が行ってしまうが、俺は首を振って目を背けた。何を考えているんだ俺は。小っちゃくない。小っちゃくなんかないんだ。気にするんじゃないよまったく。

 男として譲れない最後の一線を心の中で引き直し、再度姿見を見る。……一瞬心が腐りかけたが、そのことについて考えるのをやめると俺は曇った硝子戸を開いて温泉の方に足を進めた。

 

「おぉ……!」

 

 無意識に、感嘆の溜息が漏れる。目の前に広がる光景に、俺は軽く感動さえも覚えていた。

 淡い照明の光を浴び、光沢さえ放っている磨かれたヒノキの床。四方は白塗りの壁で囲まれていて、その一角では蛇口や洗面器といった入浴セットが異様な存在感を放っている。古都幻想郷らしくない文明の利器が目に入り、思わず息を呑んだ。

 そして何よりも俺の目を引いたのは、視線の先で優雅に揺らめいている無色透明の温泉だ。これまた檜製のでっかい湯船に囲まれて、いかにも気持ちよさそうな湯気をもうもうと立ち上らせている。……ヒノキ好きすぎるだろここの家主さん。

 現代日本でもそうそうお目にかからないレベルの和風温泉に、俺はもう我慢することができなかった。先程目に入った洗面器を取ると身体を軽く流し、勢いよく湯船に飛び込む。

 ――――お湯に浸かった瞬間、全身の疲労が一気に抜けていく感覚が俺の全身を支配した。

 

「ふうぅぅぅ……」

 

 気の抜けた息が漏れると同時に顔の表情筋がにへらと緩んでいく。全身の力が抜け、じわじわと温まる感覚に五感の全てを預けているようだ。家主探しとか情報収集とか、そういったアレコレがどうでもよくなるくらい気持ちがいい。

 あぁ……博麗神社だとこんなに身体を伸ばして入浴なんてできないから、すっげぇリラックスできる……。どうせなら霊夢も一緒に連れてくれば良かったな。いや、追い出されたからこんなところにいるんだけど。でも霊夢の裸をじっくり視姦しながら悦に浸るのも悪くないよなぁ……。

 

 ――――カラカラ……。

 

「……ん?」

 

 そんなしょうもない妄想に浸っていると、硝子戸が開けられる軽快な効果音が耳に届いてきた。どうやら、他の利用者が入ってきたらしい。ちょっと驚いたが、そもそもここは他人の家だということに気付く。どちらかというと珍客は俺の方なのだ。今入ってきた人は、ここの住人か誰かなのだろう。

 気持ちよさのせいでうまく働かない頭でそんなことをぼんやりと考える。

 

 ――――だが、俺はこの時気が付くべきだった。この幻想郷における男女比と、出発前に霊夢から聞いていた地霊殿の性別構成を。

 

 ペタペタと足音を響かせながらこちらに近づいてくるその人。距離が短くなるにつれて徐々に姿がはっきりとしてくる。湯煙でぼんやりしていた全身が少しづつ露わになっていき……、

 

 

 目の前に、桃色髪の女の子が現れた。

 

 

「――――――――」

 

 銭湯を発見した時とは違う意味で思考が停止する。今目の前に広がっている光景が理解できず、俺は目を丸くしたまま彼女の全身を凝視するしかなかった。

 常人よりわずかに白い肌は湯気のせいで少し濡れている。熱気によるものなのか、お腹や太腿、腕の辺りには汗が珠となって浮かんでいた。水気が通常よりも淫靡さを際立たせ、俺の脳髄を刺激する。

 背丈は百五十センチくらいだろうか。俺が座っているので詳しい身長は分からないが、霊夢よりも小さい印象を受けた。中学生……下手したら小学生に見えなくもない容姿をしている。

 小動物系の可愛さという表現が最も合う顔は結構整っていて、幼顔なのに不覚にも心臓が高鳴ってしまう。髪留めや肩、胸の辺りから伸びている紐やそれを繋ぐようにしてふよふよ浮いているでっかい目が彼女の人外差を表していたが、そんなことがどうでもよくなるくらいの魅力を彼女は放っていた。

 

「…………」

「…………」

 

 お互いに見つめあったまま、指一つ動かさない俺達。少しは身体を隠すか何かしてくれないと、露わになった小さめの胸や無毛の秘所にどうしても視線が行ってしまって先ほどから落ち着かない。いや、一刻も早く俺が視線を逸らせばいいだけの話だが、そうもいかないのが男という生き物なのだ。目の前に魅力的な裸体がある以上、そこから逃げるのは俺の本能が許さない。

 少女のキョトンとしていた顔が徐々に驚愕に染まっていく。小さい口が目一杯開かれ、触ったら折れてしまいそうな程繊細な身体を隠すようにして丸める。ペタンと膝をつくその姿が一段と俺の劣情を掻き乱すが、これから起こる展開がいとも容易く想像できるために素直に喜ぶことができなかった。

 とりあえず……一言言っておこう。

 

「……ご馳走様でした」

「――――――――き、」

 

 キャァアアアアアッッッ!! という甲高い悲鳴が上がった瞬間、俺の視界を木製の洗面器が塗り潰していた。

 

 

 

 




 次回もお楽しみに♪


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マイペースに観光開始

 スランプです。絶賛スランプです。
 三人称は調子良いのですけど一人称がどうにも上手く書けない。どうしたんですかねぇ。
 早く脱出したいものです。


 ――――愛というものは曖昧だが、その思い出が記憶から無くなっても心から抹消されることはない。

 

「ないわねぇ……」

 

 夏も終わりを迎え始めた頃。霊夢が友人達とお泊り会をするとか羨ましい計画を嬉々として雪走君に語っているのを歯ぎしりしながらスキマから見た次の日、私は自室の押し入れの中身をすべて引っ張り出して探し物を始めていた。

 外来産の段ボールを山のように積み重ね、目的のものを捜索する。深緑色のアルバムを探しているのだが、これが何故かなかなか見つからない。

 探そうと思った理由は、別段特別なアレでもない。式神の藍や、配達屋の母であり家政婦の白夜と昔話に花を咲かせている最中にふと思い立っただけだ。久しぶりにアルバムでも開いて昔を懐かしんでみるか、と感情の赴くままに行動しただけである。

 最後に見たのは何時だっただろうか。およそ二十年ほど前だったと記憶しているが、どうにもそのあたりの記憶があやふやだ。それより昔、遥か昔の記憶ははっきりしているのに……どうしたというのか。

 

「紫さまぁーっ! 物置にはありませんでしたぁーっ!」

 

 明るい少女のようなキーの高い声が近づいてくる。スタッカートを利かせるような快活な話し方で私の部屋に入ってきたのは、黒いゴシックロリータを華麗に着こなした銀髪の少女……いや、外見では年若き女の子だが、実年齢はアラフォーな現役ママ、沙羅白夜だ。

 十六夜家の末裔である彼女はいろいろと不思議な能力を持っているのだが、詳細はいまいちよく分かっていない。主である私にすらマトモに教えようとしないのだから尚の事手に負えない。唯一分かっているとすれば、この女が常軌を逸した親バカであるという事実だけだ。息子を性的対象に見てしまうほどに溺愛しているこのどうしようもないロリ巨乳は暇さえあれば射命丸家に乗り込もうと画策するので、いい加減に手綱を握りたいところである。

 白夜は私の隣にちょこんと座ると、別の段ボールを開け始める。

 

「それにしてもどこにいったんでしょうかねぇっ。私がいない二十年間で荷物の配置が変わったわけでもないのにっ!」

「そうなのよねぇ……トランジスタラジオとかゲームボ〇イとかはちゃんと収納されているのに……おかしいですわ」

「そんな地味に現代風の機材を持っている辺り紫様は蒐集家ですよねっ!」

 

 そんな雑談を続けながらも次なる段ボールに手を伸ばす。

 ……何かが不自然に見つからなくなったのは、なにも今回が初めての事ではない。

 数年前に、春が終わったので衣替えでもしようと思った時、箪笥の衣服が不自然に減っているのに気が付いた。藍が捨てたのかと思い聞いてみたが、まったく心当たりがないということだった。

 そして、居間の物棚の上に飾っていた写真立てがごっそりとなくなった。一家全員で写っていたその写真は何気に大切なものであったため真剣に捜索したのだが、いっこうに見つからなかった。

 二十年前に関連する物品が総じて消失するなんてことが、果たしてあり得るのだろうか。

 

「どこにいったのかしら」

 

 なんだか釈然としない気持ちでいっぱいになりながらも、私は白夜と共に作業を続行した。

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

 軽く荷物を纏めると、私達は博麗神社を後にした。

 妖夢の提案により開始されることとなった幻想郷観光旅行。記念すべき最初の目的地は人里に決定したらしい。慧音に話を通すために、早苗が先に人里へと向かっている。さすがにサプライズで人里に行くのはちょっと慧音に悪い気がしたのだ。仮にも自機組なのだし、余計なトラブルがやってきたと思われるのも癪だし。

 

「観光かぁ……月にいる時は考えもしなかった単語なんだよねぇ」

 

 人里への道を歩きながら鈴仙が感慨深げにそんなことを呟いた。しみじみといった様子の鈴仙はどこか故郷を懐かしむように遠い目をしている。……そういえば鈴仙は月から逃げてきたのだったか。何かと思い出すこともあるのだろう。

 しかし鈴仙の言葉ではないが、私としても『観光』という言葉には慣れないものがある。

 幻想郷の住民はあまり旅をするという概念を持たない。それは幻想郷自体がそれほど広い面積を持っていないという理由もあるが、やはり最も大きな理由は交流の深さだろう。

 昔はどうだったかは知らないが、最近の幻想郷では地上地下天界問わず妖怪や人間達が交流するようになってきた。暇さえあれば各々の住処で酒を交し合い、宴を開催する。冥界だろうが人里だろうが妖怪の山だろうが、宴会という名目があればどこに住んでいる奴らでも瞬く間に馳せ参じるようになった。まぁ、良い傾向だろう。妖怪と人間が共存できているという証でもあるし。博麗の巫女としては歓迎すべきことだ。

 だが、だからこそ観光と言われるとイマイチピンと来ない。そもそも旅というものがあまりよく分かっていないため観光旅行が想像できないというのが本音ではあるが。……ま、どうにかなるだろうとは思っている。

 

「咲夜さんはこういうの興味ないと思っていましたけど、結構楽しそうですよね」

「あらそう? まぁ、妖夢に比べれば関心は浅いのでしょうけど、私だってそれ相応に観光旅行には期待しているつもりですわ。ここの所働き詰めだったから、いい息抜きになるかなって」

「やっぱり息抜きしたいですよね! 私も最近は幽々子様にこき使われっぱなしで全然お休み取れなくて……」

 

 従者二人が苦労人オーラを全開にして観光旅行への意気込みを語っているのを微笑ましい表情で眺めつつも、隣で鈴仙と馬鹿話を繰り広げていた魔理沙に話しかける。

 

「アンタはこういう行事みたいのは好きそうよね」

「あぁ。やっぱ探求ってのは魔法使いにとって一生の楽しみだと思うわけだよ。こういう観光旅行を通して今まで知らなかったことを発見出来るかと思うと……ワクワクが止まらないぜ!」

「いやいや、魔理沙っちは楽しければ何でもいいだけでしょー?」

「それもあるな!」

「あるんかい」

 

 相も変わらずこの白黒は元気だなー、と苦笑してしまう私であった。

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

 人里に着くと、もんぺ姿の白髪少女が私達を出迎えてくれた。

 

「よく来たわね。慧音はちょっと手が離せないらしいから、私が里の中を案内させてもらうわ」

 

 快活な笑顔でそう宣言する彼女――――藤原妹紅。とある事情で不老不死の存在である彼女は慧音に何かとお世話になっているようで、人里で何かある度によく手伝いに駆り出されることが多い。今回の観光案内も大方手伝いの一つであるのだろう。迷いの竹林の案内係をしている妹紅にとってはうってつけの仕事かもしれない。

 

「やーやーご苦労藤原さん。姫様にもこれくらい愛想良くしてくれると助かりますよ?」

「なっ、なんでそこで輝夜の名前が出てくるのよ! あああ、アイツは関係ないでしょう!?」

「いやぁ、私達に対しては普通にコミュニケーションとれるのに、姫様相手だといつも赤面してテンパっちゃう藤原さんを心配して言ってるんですけどねぇ。ほら、ツンデレだといろいろと苦労するっしょ?」

「知るか! わ、私は別にツンデレじゃないわよ!」

 

 アホ兎に輝夜との関係をからかわれて顔を沸騰させる妹紅。いつものことだがコイツは輝夜が絡むとホント駄目になるなぁ。もういい加減素直になっても良いでしょうに。

 

「お前が言うのかそれを」

「うるさい魔理沙。捩じ切るわよ」

「何を!?」

 

 身体を抱くように胸の前で両腕を交差させる白黒魔法使いは一先ず放っておくとして。

 どうやら妹紅と輝夜の間には並々ならぬ因縁があるらしく、彼女達は毎日のように殺し合いという名の弾幕ごっこを繰り返しているのだ。……まぁ二人とも不老不死だから死なないんだけどさ。そこら辺は本人方にも事情があるのだろう。ちなみに殺し合っているときは二人とも楽しそうというのはここだけの秘密だ。

 穿いているもんぺの色に染まるくらいくらい顔を火照らせていた妹紅はわざとらしく咳払いをすると、

 

「じゃあとにかくまずは寺子屋に案内するわ。出店とか居酒屋とか行きたいところは沢山あるでしょうけど、やっぱり人里と言えば寺子屋だろうしね」

 

 私達を先導して里の中を寺子屋に向けて歩いていく。擦れ違う子供達が妹紅に向けて嬉しそうに手を振っているのを見ると、彼女がこの里で受け入れられているのだなぁとしみじみ感じる。

 こういうところは、幻想郷のいいところかもしれない。外の世界では存在を認められなくなった妖怪達がこうして個として存在を維持できていて、尚且つ人生を楽しめているのだから。

 はにかみながらもどこか嬉しそうな妹紅の顔を見ると、思わず口元が綻んでしまう。

 

「どうしたんですか霊夢さん。雪走君と一緒にいるときみたいな顔していますけど」

「いきなり現れて核心ついた発言するのはやめなさい早苗」

 

 不意に登場した緑色の巫女に軽く驚いてしまう。最近の風祝は神出鬼没する程度の能力をデフォルトで所持しているのかと本気で思ってしまうほどだった。気配を消して行動するんじゃないわよ。

 早苗はどこで貰ったのか肉まんを美味しそうに頬張ると、私の横に並んでくる。

 

「はふはふはふはふはふ」

「見せつけるように食うな。喧嘩売ってるの?」

「……っくん。いやいや、そんなわけないじゃないですか。霊夢さんの貧乏を自覚させた上で雪走君の世話を買って出ようとか、そんなことを一切思っていませんよ」

「アンタ最近威並に思考がだだ漏れよね。このサブヒロインが」

「ひ、人が気にしていることを! 読者さん方が『アイツ噛ませ犬だよな』って思っていることを知っていての言葉ですかそれは!」

「知らないわよそんなの」

 

 というかサブヒロイン臭がするのは早苗の日頃からの行いによるものなので私に言われても仕方がない。寝取り方面の作戦しか考えつかない辺りコイツは終わっているんだけどさ。

 ぎゃーぎゃー耳元で騒ぎ続ける早苗を適当にあしらいながらも、私達は妹紅に案内されて寺子屋へと向かうのだった。

 

 

 ……威、今頃何しているかなぁ。

 

 




 次回もお楽しみに♪


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マイペースに古明地さとり

 毎度おなじみなのですが、本編は威編と霊夢編を交互にお送りいたしております。ご容赦ください。

 話は変わりますが、お気に入りが一気に八件も減って何気に落ち込んでいます。やはり実力不足を見抜かれたか……精進せねば。
 改善した方がいいところとか、アドバイスとか批評とか、どしどしお待ちしています。

 それでは今回は威編です。マイペースにお楽しみください♪


 人生は驚きの連続とはよく言われるが、最近になって全くその通りであると思うようになってきた。

 ついこの間まで普通の高校生をやっていたはずの一般人が気付けば妖怪だらけの別世界に飛び込んでいるということ自体そもそも驚きではあるものの、ツンデレ全開な美少女巫女と一つ屋根の下で生活したり色んな妖怪達と仲良くなっていたりというような、現代社会では絶対にありえないような経験をしているというのはもはや驚きを通り越して感嘆する勢いである。基本的にマイペース主義で驚嘆することはあまりない俺ではあるが、その点に関しては素直に驚いておくとしよう。いやはや、我ながら随分と遠いところまで来たものだ。

 まぁでも、別に後悔はしていない。幻想郷に来たのは最終的には自分の意志であったし、その結果霊夢や東風谷、紫さんというような魅力的な方々との邂逅も果たせたのだから。多少貧乏な生活だけど、十分満足しているしね――――

 

「ちょっと! 変な回想していないで私の話を聞いてください!」

「……えー」

「いや、『えー』じゃなく……って! うわわわわ! ななな、なにさっきの裸とか思い返しちゃってんですかー! おっぱいが小さかったとかロリ歓喜とかそんなことどうだって……ひゃぁぁあっ! おへそより下は思い出しちゃダメですぅ!」

 

 「きゃー!」と林檎のように顔を真紅に染めてあたふた狼狽えまくっている女の子。水色を基調とし、袖や襟にピンクのフリルがあしらわれた長袖の衣服を着用しているのだが、そのカラーリングと小柄な体躯のせいで小学生にしか見えない。色合いが幼児服っぽいから幼く見えるってのもあるが……そういうの一切抜きにしても目の前の少女はロリロリしていた。

 俺が思考を口に出す前に一人で勝手に混乱の渦中にド嵌りしてしまった少女だが、どうやら彼女には『他人の心を読む程度の能力』というけったいな代物が備わっているらしい。

 

 この子は一般的に『覚』と呼ばれる妖怪である。

 

 飛騨を中心に活動していた、現代日本でもそれなりに有名な妖怪。名前だけならば、おそらく半数以上の日本人が知っているだろう。

 心を読むことで知られる覚の有名なエピソードと言えば、やはり山小屋の猟師の話だろうか。

 

 ある夜中に突然山小屋を訪ねてきた老婆。囲炉裏の傍まで招き入れて座らせると、いきなり猟師の考えていることをズバズバ言い当ててきたという。ニヤニヤといやらしい笑みを湛えながら猟師の困惑する顔を満足そうに見るその姿を見て、妖怪だと察した猟師。

 このままでは食べられてしまう。何も考えないように努めながらひたすらに囲炉裏の灰をかき混ぜていると、灰の中で蒸していた栗が突然弾け飛び、老婆の顔面にぶち当たったのだ。

 「人間は考えることなく行動できるのか」思ってもみなかった反撃に恐れをなした老婆は一目散に山小屋から逃げ去ったという。

 

 この話だけ聞くと間抜けな妖怪に思えるかもしれないが、覚は人間だけではなく動物や妖怪の心でさえも読みとってしまうという大層恐ろしい妖怪なのである。言葉にする前に考えを全て悟られてしまうという都合上、人間からも妖怪からも嫌われてしまっている種族。仕方がないと言えば仕方がないのだが……、

 

「うぅっ。男の人だから仕方がないとはいえ、そうやって何度も自分の全裸を見せられるのは恥ずかしすぎますよぅ……」

 

 赤面したまま照れまくっている純粋無垢なこの子を前にすると、そういう一般的な評価が揺らいでくるのだから不思議だ。

 先程のお風呂パニックの後改めて顔を合わせた俺達だが、ご紹介に預かってみるとなんと彼女が目的の人物だったらしい。古明地さとりというその名前は、先日霊夢から渡された封筒にかかれてある宛名と寸分違わぬものだった。こんな小さな女の子が地霊殿の主だというのだから驚きなのだが……まぁ覚妖怪ってのはそれなりに力を持った妖怪だから、カリスマ性があったのだろう。どこぞの吸血鬼みたいに。

 お互いに名乗り終え一応の挨拶を済ませた後になんとなく手持ち無沙汰になったので俺が何の気なしにさとりちゃんの裸を頭に浮かべていたところからこのやり取りは始まった。

 恥ずかしさのあまり必死に違うことを考えるよう説得してくるさとりちゃんを他所にひたすらエロいことを考え続けていると、これがまた絵に描いたように狼狽えてくれるのだから面白くて仕方がない。なんだか近所の女の子を弄っている時のような気持ちになってしまって、やめようと思ってもやめられないのだ。

 結果、延々と弄り倒してしまうわけで。

 

「やめようって思っているのならやめてください!」

「いやでも、可愛い女の子虐めたいってのは男の性なわけだし」

「ふぇっ!? かかか、可愛いとかそんなお世辞を……って、心の中でも同じこと思ってる!? えっ、えっ? 思考と言動が完全に一致しているなんて……」

「何を言っているのかよく分からんが、とりあえず可愛すぎるので妹になってください」

「ベッドシーン想像しながら変な提案するのはやめてください!」

 

 一応俺の心を読んだうえで会話を行っているらしいが、俺は基本的に嘘がつけない人間なのであまり意味を成していないようだ。心の中で思っていることと口に出すことが全く同じなので、結構戸惑っているように見える。自分で言うのもなんだが珍しい人間だよな、俺。

 

「珍しいも何も……普通じゃあり得ませんよ」

 

 ぜーぜーと息をつきながらも嘆息するさとりちゃん。呆れたように言葉を漏らすその姿はどこか大人びて見えないでもないが、幼い容姿をしているせいで子供が背伸びした言動をしているようにしか見えない。さっき俺に詰め寄っていた時も子供が駄々をこねているようにしか見えなかったし……いやはや、やはり外見というものは非常に重要な役割を占めているようだ。

 でもこんな可愛いロリっ子は地上にはあまりいなかったから、新鮮と言えば新鮮だ。裸を見た時も思ったが、さとりちゃんは顔が整っている上に幼いながらもすらりとした手足をしているのでとても目の保養になるのだ。萃香さんとか勇儀さんとかの豪快な鬼達としばらく接していたせいかもしれないが、純粋無垢な美少女を見ると心が安らいでくる。うん、やっぱり美少女は正義だよな。

 ……さて、こんなことを考えると狼狽えはじめるのがさとりちゃんなのであって、

 

「分かってるのなら美少女とか可愛いとか連呼しないでくださいよぉーっ!」

「だって事実だし。さとりちゃん可愛いから仕方ないんだよ」

「ま、またそうやってすぐに甘言を……本心で言っているからタチが悪いです!」

「いやいや、美少女に可愛いって言うことは別段おかしなことじゃないっしょ?」

「無意識に言ってるところが尚の事厄介なんですよぅ……」

 

 何故か朱に染まった顔を俯かせてぼそぼそと何やら呟いているさとりちゃん。何かおかしなことを言ってしまっただろうか。まったく心当たりがないのだが。……ま、いっか。

 しっかし、心が読めるというのは意外と大変そうだな。

 

「そうですよまったく……見たくもないものを強制的に見せつけられちゃうんですから……」

 

 俺の思考を読み取るとどこか憂いだ表情を浮かべる。嫌われ者が集結している地底においても最奥の地霊殿に住んでいることから、彼女がいかに他の妖怪からも嫌われてきたのかが窺える。その能力のせいで、ずいぶん嫌な目にも遭ってきたのだろう。

 心を読む能力ってのは一見すると便利な能力に思えるかもしれない。相手の考えを先読みし、常に先回りして行動できるのだから。勝負事においては無敵と言ってもいい能力だ。利点は確かにあるのだろう。

 しかし、他人の思考を読むということは、同時に相手が隠したいような暗い記憶までを読み取ってしまうことでもある。

 家族を亡くした記憶、誰かを殺した記憶、地獄のような過去の記憶……あげていくとキリがないが、『悟る』ということはこれらの忌々しい記憶を半強制的に見せつけられるということと同義なのだ。普通の人間ならばまず耐えられないレベルの呪われた能力である。

 さとりちゃんはそんな不器用な能力を持っていたせいで周囲から嫌われ、地底に追いやられた。彼女自身には何の非もないのに、『覚妖怪』だというその理由だけで嫌われ者になってしまったのだ。可哀想というのは些か相手に失礼かもしれないが、素直に同情してしまう。

 俺のそんな思考を詠んだのか、さとりちゃんは困ったように苦笑すると頬を掻きながら口を開いた。

 

「別にもう気にしていないからいいんですけどね……でもまぁ、そこそこ辛い経験はしてきましたよ。誰からも受け入れてもらえないっていうのはザラでしたし、同じ妖怪から殺されかけたりもしました。……今となっては過去の思い出でしかありませんけど」

「さとりちゃん……」

「『無理しなくてもいい』、ですか……? ホント、貴方は不思議なくらい馬鹿で素直で優しい方ですよ」

 

 口元に人差し指を当ててくすりと微笑むさとりちゃん。どこか吹っ切れたようなその仕草が「これ以上自分の過去に触れないでほしい」と言っているようで、俺は二の句を継ぐことができなかった。こういう時にどんな言葉をかけてやればいいのか、馬鹿な俺には思いつかない。

 ……でも、何かで落ち込んでいる女の子を無条件に励ますくらいなら、俺にだってできる。

 

「さとりちゃん」

「なんですか? 励ましとかそういうのは別にいりませんが……」

「…………お風呂場」

「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 キーワードを呟くと同時に俺は衝撃的光景であったお風呂パニックを脳裏に浮かべる。未だ繊細に思い出すことができるさとりちゃんの裸を、想像の中でこれでもかというほどに辱めてみる。霊夢に知られたら一瞬で消炭にされてしまいそうなレベルの妄想を繰り広げる。

 俺が浮かべたイメージはさとりちゃんの胸の辺りでふよふよ浮いている第三の目を通して直に伝わっているようで、さとりちゃんは再び顔を真っ赤に染めると腹の底から悲鳴をあげていた。相当恥ずかしかったのか、俺の方に駆け寄るとぽかぽかとグーで俺の胸を叩いてくる。

 

「バカバカバカァッ! なんでそうやってすぐに私を虐めようとするんですかぁっ!」

「さっき言っただろ? 『可愛い女の子は虐めたくなる』って」

「だ、だから可愛くなんかないと……あぁもうそんなに褒めちぎらないで! 偽りのない完全な本心でそんなに褒められちゃうと、なんだか変な気分になっちゃうんですぅ!」

 

 何やら落ち着かない様子のさとりちゃんは頭から湯気を立ち昇らせながら沸騰し始めていた。ふむ、ちょっとばかし弄りすぎたかもしれない。顔を俯かせたまま胸の前で人差し指をつんつんさせて何やら呟いているが、恥じらいさとりちゃんも非常に可愛くて大変よろしい。うん、やっぱり辛そうにしているよりも照れている方が似合ってるよ!

 

「か、可愛いとか言われたの初めてだ……な、なんでこんなに心臓がドキドキ弾んでいるの……?」

「どうしたさとりちゃん。まだ顔赤いけど……熱でもあるのか?」

「い、いえ、別に熱とかはな――――ひゃぅぅん!? いいい、いきなり額を触らないでくださいびっくりするじゃないですか!」

「いや、熱計ろうと思っただけなんだけど……」

「大丈夫ですから! とにかくあんまり無闇に触らないでください恥ずかしいので!」

「お、おう……」

 

 有無を言わせぬ迫力を纏わせたさとりちゃんに押し切られ、思わず頷いてしまう。怖ぇ……さすがは大妖怪。いくら外見がロリであっても妖力は凄まじいということか。覚妖怪、恐るべし。

 

「うぅ……なんなんですかこの心臓の高鳴りはぁ……」

 

 さとりちゃんが先ほどからずっと何かを呟いているが、そこまで気にすることでもなさそうなのでスルーしておく。あんまり無闇に追及されるのも嫌だろう。

 何はともあれ、ようやく目的地に到着できたというワケだ。これから一週間、楽しく過ごすとしよう。

 

 

 

 




 次回は霊夢編です。
 お楽しみにー♪


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マイペースに甘味処

 ようやくスランプを脱した感じです。良かった……本当に良かった……!

 それでは最新話、霊夢編です。マイペースにお楽しみください♪


 慧音の好意によって寺子屋を宿泊所として使えるようになった私達は、旅行用の荷物を置くとそれぞれが自由気ままに人里へと繰り出していた。

 寺子屋の手伝いがしたい、と言って慧音に着いていったのは早苗と妖夢、そして咲夜。早苗は信仰集め、他二人にも色々と思惑はあるのだろうが、そういった雑多な云々以前に、彼女達が子供好きだからという理由もあるのだろう。三人に共通する世話好きという性格を鑑みると、手のかかる子供の相手をすることがどうにも好きらしかった。達成感が得られる、とか言っていたか。

 私も別に子供は嫌いじゃないのだけれど、あのデリカシーの無さがどうにも苦手だ。不機嫌になったらすぐに悪口言ってくるし、『悪戯』と称してお尻とかたたまに触ってくるし……あ、なんか思い出したら腹立ってきた。

 とにかく、従者同盟(風祝を従者として扱っていいかは微妙だが)三人は寺子屋に臨時教師として残ることにしたらしい。まぁ、本人達は能力も気持ちも多分に持ち合わせているから大丈夫であろう。中身的には性格の奇抜さが際立つ三人ではあるけども……うん、慧音ならなんとかしてくれると私は信じている。

 

「相変わらずテキトーだよな、お前」

「そう? ま、無責任な押し付け言っているのは承知しているけどさ、でもあの三人なら大丈夫でしょ」

 

 人里の商店街を魔理沙と二人で歩いていく。特に特技も用事もない私達の唯一の観光方法といえば、店を冷かすしかないのだ。お金あんまり使いたくないけど、楽しいから別にいい。ちなみに鈴仙は「薬の材料を見積もってくる」と薬屋に走っていった。さすがは医者見習い。

 

 さてさて、それでは寺子屋世話係の三人について考察してみよう。

 究極のアニメオタクを自称する早苗(トラブルメイカー)は確かに破天荒なトンデモ少女だが、外来人という性質上他の幻想郷住民に比べると幾分もマシな感性を持ち合わせていることは事実だ。現に彼女が雑務を総括している守矢神社は、社が妖怪の山にあるにも関わらず相当数の信者を誇っているのだし。私のただでさえ少ないお賽銭をさらに減少させている憎き守矢神社を称賛するのは正直腹立たしいのだが、早苗のカリスマによって信徒数が増加しているという事実は認めざるを得ない。アイツなんだかんだで可愛いし、天然だという点でも子供達から嫌われることはないだろう。

 

 そして妖夢は言わずもがな、小動物的な魅力もあるし、何より精神年齢が私達の中でぶっちぎって子供達に近いところにある。単純、というと聞こえは悪いが、純粋無垢な彼女であれば子供達の相手に適していると言っていいだろう。白玉楼の厄介亡霊の世話をこなしているくらいなのだし。

 

 唯一心配なのは咲夜だろうか。レミリアやフランといった超絶我儘吸血鬼達を日夜相手取っている彼女の包容力と仕事の腕は、おそらく幻想郷内においてもトップを争うだろう。料理や掃除、洗濯などの家事に関して言えば最強と言っても過言ではない。無敵の雑用係とはウチの居候の評価である。

 しかし、彼女の心配な点は、意外とアガリ症であるところ。内弁慶、とでも言い表そうか。知り合いのみで活動する時は無類の図太さと豪胆さを発揮するクセに、初対面の集まりに放り出された途端わたわたと焦りまくる始末なのである。まぁそれでも、数十分経ってしまえば慣れてきていつも通りになるのだから流石だが。

 以上の点を踏まえると、やはりこの三人は心配いらないという結論に落ち着きそうだ。

 

「子供の相手ってのは結構大変だぜ? 私もたまに寺子屋に遊びに行くから分かるんだけどさ」

「その割には世話係に立候補しなかったわね。ここぞとばかりに遊び倒そうとするのがアンタだと思っていたんだけど」

 

 弾幕に対して真面目だとか恋愛事情に初心な乙女だとかいろいろ言われる魔理沙だが、根本的な部分は純粋な子供だったりする。妖夢程ではないものの純粋な感性持っているし。弾幕好きなのは子供特有の「花火きれー!」とかそんな感じなのだろう。幼さゆえの直感的感性が彼女の特徴でもあった。

 しかし、どうも今回は思考が遊ぶ方向に向いてはいなかったらしい。

 

「私だってそういっつも遊び倒しているわけじゃないさ。たまにはこうやって親友と買い物を楽しんだりはするよ」

「親友ねぇ……いつも思うけど、よくもまぁそんな歯の浮くような台詞を真顔で口にできるわよね」

「本気だからな」

「そういうところがジゴロなのよアンタは」

 

 パチュリーとアリスから毎度のように相談される私の身にもなってほしい。性別云々を前提に諭そうとはいつも思っているのだが、魔法使いという種族はどうにも頭の固い奴らが多いようで、人の助言を全くと言っていいほど受け入れようとしないのだ。「そっちから相談してきたくせに自己完結してるんじゃない!」とたまには思いっきり言ってやりたい今日この頃である。今度会ったらぶん殴ろう。

 そんな女たらし魔理沙は歩を進めると、私に背中を向けるようにして歩いていく。

 

「それに、今回は気になることもあったしな」

「気になること? 霖之助さんの攻略方法なら魔法使い同盟にでも聞きなさい」

「違ぇよ馬鹿。私が気になるのは、昨日からずっと悩み事抱えている様子のお前だ」

 

 予想外の言葉にぶわっと全身から嫌な汗が吹き出した。図星を突かれたせいか口の中に異様に乾き、言葉を発することができない。

 ……あちゃー、バレてたか。

 

「隠し通せると思ったのになぁ」

「顔には出ていなかったよ。鈴仙や早苗達は気付いていないはずだ。だがまぁ、長い付き合いの私を相手に誤魔化せると思ったのがそもそもの間違いだったのさ」

「相変わらず余計なところで鋭いわよね。傍迷惑な奴だわ」

「名探偵霧雨魔理沙の眼は曇りない事実のみを見据えるんだぜ?」

 

 そう言うと、首だけをこちらに向けて悪戯っぽく舌を出す魔理沙。してやったり、というように「にしし」と笑みを浮かべている。普段の男勝りのせいか、少年のようなその行動がやけに似合っていた。

 ……はぁ、やっぱり魔理沙は誤魔化せなかったか。なんだかんだ言って、ライバルやら親友やらの呼称が付けられるほど仲のいい私達である。幻想郷内の交友関係ではおそらく一番と言っても過言ではないくらいの付き合いの深さだろう。幽々子と紫くらいに、睦まじい関係かもしれない。

 魔理沙にバレてしまった以上、このまま隠し通すというのは難しいだろう。だが、だからと言ってこの悩みを全員に話してしまうというのは正直抵抗が残る。彼女達を信用していないわけではないが、一応プライバシーに関わる案件なのであまり公にはしたくなかった。

 かくなる上は、コイツと二人っきりの秘密にしてしまうしかない。

 先を行く魔理沙の肩を掴んで引き寄せると、周囲に聞こえない程度の声量でそっと囁く。

 

「誰にも言わないって約束しなさい。これを知るのは私とアンタだけ。いいわね?」

「勿論。私は口が堅いことで有名なんだ」

「どうだか。フランに屋敷の外の事を色々喋ったせいで起こった一悶着を忘れたとは言わせないわよ」

「アレは私の意志じゃあない。依頼人が望んだから、霧雨魔法店が出張営業しただけだ」

「紅魔館を半壊させたクセに、よくもまぁぬけぬけと」

「主の不始末は使用人の不始末さ。私の知ったことじゃない。それに、あの時はフランもレミリアも騒動を楽しんでいたから結果オーライだよ」

「調子の良い奴」

「褒め言葉だな」

 

 些か信用性に欠ける会話だったが、魔理沙が約束を守る人間だってことを私は誰よりも知っている。伊達に何年も彼女の親友をしているわけではないのだ。いちいち口に出すのは恥ずかしいから言わないけど、魔理沙が思っている以上に私は彼女を信用している。

 ……こういうところが、威にツンデ霊夢って言われちゃう原因なのかもね。

 今頃地霊殿でさとり達と楽しくワイワイやっているであろう居候の姿を浮かべながらも、私は魔理沙に今回の旅の目的を話すのだった。

 

 

 

 

 

                       ☆

 

 

 

 

 

 話をするためには落ち着く必要がある。

 というわけで、私達は最近巷で評判の団子屋に入店することにした。注文を終えるとすぐに団子と茶が運ばれてくる。噂になっているだけあって、見た目も非常に食欲をそそる感じだ。

 まずは一口。……うん、美味しい。

 話をしながら摘まむには丁度良い大きさと味だった。団子を食べ進めながら、私は魔理沙に事の顛末を話していく。

 

「……なるほど。つまりはこういうことだな?」

 

 一通り私の話を聞き終えた魔理沙は食いかけの三色団子を手元の皿に置くと、口を開いた。

 

「不自然に欠損している記憶が夢という形で蘇る。母親の事とか、幼い頃の事とか。そんでもって、その夢を見るときはその首から下がっている勾玉が光っている。その二つの関連性を調べるために、妖夢の観光旅行に賛成したと」

「理解が早くて助かるわ。アンタって意外と頭いいわよね」

「意外とは余計だぜ。私は見た目も中身も秀才肌なんだ。……それにしても、昨日見た勾玉の輝きがまさかそんなに謎に満ちたものだったとはなぁ……」

「まだ確証は無いんだけどね。でも、無関係とは思えないでしょう?」

「確かにな。光る勾玉、蘇る記憶……くぅっ! なんだか異変の予感だぜ!」

「子供かアンタは」

 

 拳を握り込んで無邪気にはしゃいでいる魔理沙は放っておくとして、勾玉と夢の関連性についてもう一度だけ考察してみる。

 出所不明の勾玉は、おそらく博麗神社の陰陽玉を加工して作られたものだ。同じ形の勾玉がぴったり嵌り込むような形状をしているし、使われている素材が同じものだからである。陰陽玉は普通の勾玉とは違う特殊な素材で製作されているので、原料が同じということはイコールで元が一緒だということに繋がる。

 陰陽玉は、私が異変解決の際に弾幕の補助として使っている道具。いわゆるお助けアイテム的な扱いをしている。少し霊力を込めれば自立して霊弾を打ち続けてくれるし、スペルカードを使う際には霊力で札を具現化して撃ちだしたりもしてくれる。使い勝手が非常にいい便利な補助道具だ。

 そんな万能アイテムである陰陽玉だが、私が記憶している限りでは夢と関係するような使い道は無かったはずだ。あくまでソレは妖怪退治のアイテムであるので、人の夢に干渉するなどと言った余計な機能は付属されていない。使い勝手が悪すぎるし、何よりそんな機能を付加させることを紫が許してくれるわけがない。私が無自覚に添付したという可能性も考えられるが、基本的に説教は避けたい私がわざわざ機能を増やす意味がない。よって無意識に付属した案は却下。

 となると、陰陽玉には私が知らないような機能が最初からついていたということになる。

 妖怪退治以外の目的で使われるような用途が隠されている意義を全く感じないが、真実がはっきりしない以上とりあえずそういう風に仮定しておくのが無難だろう。確定するのは旅を終えてからでも遅くは無い筈だ。

 

「陰陽玉に封じられた妖力か何かが夢を誘発したっていう可能性は?」

「今考えられる中では、それが最有力案ね」

 

 正体不明の原因は基本的に妖怪だから、そう考えることもできる。自然の摂理とか常識とかを真っ向からぶっ潰すような存在が妖怪であるので、原因が思いつかない今の状況だとそれが最も信憑性のある説かもしれない。常識がぶっ飛んでいるあいつらなら悪戯半分で相当の事をしてきそうだし。

 だけどまぁ、妖怪達がわざわざお母さんの夢とか幼い頃の思い出とかを見せてくる意味が分からないんだけどさ。

 

「妖怪の思考は私達の考えが及ばない所にあるからなぁ」

「仮に妖怪が見せたとして、博麗の巫女に直接手を出すような真似をしたら紫が見つけ出して制裁しそうなものだけどね」

「あぁ、あの過保護妖怪ならやりかねないな。なんだかんだ言ってお前を溺愛しているし」

「やめてよ気持ち悪い。アイツこの前から威に対して異様な執着心見せてるから、結構警戒しているのよ?」

「夫の浮気を阻止するのが妻の務めだもんな。いやはや、博麗霊夢は一途だねぇ」

「喧嘩売ってんのなら言いなさい、魔理沙。弾幕ごっこで瞬殺してあげるから」

「魅力的なお誘いだが遠慮しておくぜ。万が一観光旅行途中退場とかいう事態になったら洒落にならない」

 

 そう言うと私の団子を頬張り、ずずずと茶を啜る魔理沙。その仕草がいちいち年寄り臭く見えて、思わず吹き出してしまう。

 ……ん? あれ、今なんか違和感があったような――――

 

「――――って! 魔理沙アンタ今誰の団子食った!」

「ツンデレ巫女のだが、それがどうした?」

「どうしたじゃないわよこの欲張り魔法使い! あぁもう、三色団子なのに後一色しかないじゃない……」

「いいじゃないか霊夢。減るもんでもないんだしさ」

「三色が一色に減ってんのよふざけんなこらぁーっ!」

「細かいこたぁ気にすんなよ霊夢。あんまり神経質だと老けるぜ」

「誰のせいだ誰の!」

 

 貴重な甘味がバカヤローの胃袋に収まった事実に怒りが抑えられない。わ、私からお団子奪うとはいい度胸じゃない魔理沙……。

 

「ごっそーさんでした。いやー美味かった」

「うきゃぁあああああああ!! いつの間にか全部食べちゃってるし!」

「よそ見している方が悪いぜ。食卓は弱肉強食だって雪走もいつも言っているだろう?」

「そのルールを甘味処にまで持ち込むな! もぉ! 弁償しなさい弁償!」

「いやだZE☆」

「ぶっ殺す!」

 

 なんとか弁償に持ち込もうと奮闘するが、当の容疑者はのらりくらりと躱し続ける。普段はちょろいくせにこういう時だけ狡猾だから腹が立つ。あぁくそ、誰だこんなヤツ親友って言った奴は!

 

「まぁまぁ落ち着けよ霊夢。そんなに怒っても小皺が増えるだけだぜ?」

「よーしもう怒った表に出なさいこの白黒ぉおおおおおおおおお!!」

「いい度胸だぜ覚悟しな紅白!」

 

 魔理沙は箒を、私は大幣を取り出すと店先の通りへと走っていく。お互いに霊力と魔力が高まっていくのを感じたが、どうやら向こうさんもやる気らしい。あれだけ途中退場がどうとか言っていたくせに……よっぽど家に帰してほしいらしいわねあの馬鹿は。

 懐から札を掴みとると、私は怨敵を滅ぼすべく大空へと舞い上がるのだった。

 

 

 

 ――――その後慌てて駆け付けた慧音に死ぬほど痛い頭突きを食らわされたのは、言うまでもない。




 次回もお楽しみに♪


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マイペースに最終奥義

 お久しぶりです。……お待たせしました。
 挨拶もほどほどに、とにかくお楽しみください♪


「ロリの魅力っていうのはやっぱりその起伏の無さだと思うのだがそこら辺はどう思うさとりちゃん?」

「ぶち殺しますよ」

「ごめんなさい」

 

 一瞬で膨れ上がったさとりちゃんの殺気にあてられ萎縮してしまう。今の瞬間だけは年寄り臭さについて触れられたときの八坂様レベルの形相をしていたさとりちゃんに心の底から脳が警鐘を発していた。「これ以上余計なことを言ったら存在が消し飛ぶZE☆」と俺の頭の中でイケメン霧雨さんがウィッシュしていた。ちょっとだけカッコイイと思ってしまったのはここだけの話だ。

 

「なんですかウィッシュって。魔理沙はそんな変なポーズまでするんですか?」

「いやぁ、してくれたら嬉しいなぁと」

「はぁ……」

 

 なんだか疲れ切った表情であからさまに溜息をついてくるさとりちゃん。な、なんだねその「コイツもう駄目だ。早く何とかしないと」的な顔と態度は! 女の子があまりそういう疲弊感を前面に押し出すもんじゃありません! お兄さん怒っちゃうよ!

 

「威さんが怒ったところで怖くもなんともありませんし」

「ほぅ。試してみるかね子猫ちゃん」

「誰が子猫ちゃんですか誰が。……だいたい、人間程度に本気出された程度で覚妖怪たる私が恐怖を露わにするわけがないでしょうに……」

「…………」

 

 若干勝ち誇った笑みを浮かべるさとりちゃんに、俺の中の何かがキレた。今は今日から過ごす俺の部屋に案内されている最中とか、他の住人に挨拶に行かなきゃとか、そんな小さな事情がもはやどうでもよくなるくらい今の俺はアッパーしている。

 いいだろう。そんなに俺を侮っているならば、本気というものを見せてやる。

 

「威さん?」

 

 いきなり目を閉じて黙り込んだ俺にさとりちゃんが怪訝そうな声をかけてくるが、全力で無視。息を整え心を無にすると、『例の必殺技』の準備に取り掛かる。

 以前白玉楼で俺の脳内に入り込んできた紫さんを撃退した究極奥義。どんな最強妖怪であろうが、ソイツが雌という種族ならば例外なく自己破壊に陥らせることができる俺の一撃必殺。心を読んだり思考を読み取ったりすることができる相手だと『ぜったいれ〇ど』以上の威力を誇るであろう技の発動に向けて、精神力を練っていく。

 「ひ、必殺技?」断片的に俺の思考を読み取ったさとりちゃんが首を傾げる様子が目に浮かぶ。ふふふ、そうやって可愛らしくいられるのも今の内だぞさとりちゃん!

 息を吸い、止める。

 修行僧よりも清らかな明鏡止水の境地に至った感覚に支配され、全ての束縛から解放されたような気持ちに陥る。……よし。

 少しづつ息を吐いていきながら、カッと目を見開いて――――

 

 

「食らえ! 必殺・十八禁エロ同人妄想百連発古明地さとり版!」

 

 

 さとりちゃんが【ムフフ☆】したり【検閲削除】したり【見せられないよ!】したり両脚を抱えて開かせられていたり服を破られていたり無理矢理されていたりとかの妄想を一気に解き放った!

 

「え、や、ふわっ……!」

 

 いきなり怒涛のように押し寄せてきた数々の映像と音声にさとりちゃんの顔から一瞬驚き以外の表情が消える。第三の目を通して流れ込んでくる大量の凌辱・触手映像に彼女の処理能力が追いついていない様子だ。目は驚愕で見開かれ、顔はリンゴと比べるまでもなく真っ赤に染まっている。

 

「いやっ……なに、これ……そんなこと、駄目ッ……ふやぁあああああああ!!」

 

 目をぐるぐる回して絶叫。全身がビクビクと激しく震えたかと思うと、さとりちゃんは力なく膝から床に崩れ落ちた。服が湿るほどに全身からは汗が噴き出していて、息も荒い。目の焦点が定めっていないのが、彼女の瞳の動きを見ていると察することができた。なんか知らんが滅茶苦茶表情がエロい。

 ……なんというか、やり過ぎた感が否めないのは俺だけだろうか。まさか妄想垂れ流しただけでさとりちゃんがここまで達してしまうとは思わなかった。軽い冗談のつもりで奥義を披露しただけだというのに――――

 

「んやぁ……そんなの、らめぇ……」

 

 ――――ここまでガチな反応を見せられると、俺としては非常に困ってしまう。どうしてこうなった。

 まぁ、あの紫さんをも行動不能に陥らせた究極奥義を使われたのだから、さとりちゃんが戦闘不能になってしまうのも至極当然なわけなのだが。しかしだからといって、絶賛妹系美少女の呆けた顔など世界中の紳士の皆様くらいしか喜ばないのではないだろうか。少なくとも、俺はさとりちゃんのそんな表情に興奮するような変態では……ないと信じたい。うん、大丈夫。霊夢ならともかく、さとりちゃんなら……うん。

 なんだか結構危なげな余韻に浸っているさとりちゃん。これはそろそろ解放してあげた方がいいだろうとの結論に達した俺は、彼女の膝の裏と背中に手をやってほいと抱き上げる。いわゆる、お姫様抱っこと言うヤツだ。

 

「たける、しゃん……?」

「……ごめんね、ちょっと大人げなかった」

「い、いえ……私も失礼なことを言った自覚はありますので……」

 

 少しは頭が冷えてきたのか、恥ずかしそうに顔を逸らしながらも謝罪の言葉を口にするさとりちゃん。口元に両手を当てて視線を泳がせている姿が滅茶苦茶保護欲をそそる。相変わらず無意識に小動物系の魅力を発揮する少女だ。恐ろしや覚妖怪。

 

「あ、あのっ……これは、いったい……」

「俺のイケメンなナイスフェイスのことかい?」

「違います!」

 

 そんなに全力で否定されると俺はどうすればいいんだいさとりちゃんや。

 

「あ、ご、ごめんなさい……」

「いや、冗談だから気にしないで。んで、何をそんなに気にしているの?」

「その、えっと……わ、私は何でこんな抱かれ方を……?」

 

 あたふたと顔をキョロキョロさせてテンパるさとりちゃんに軽く卒倒しかけるが、俺はようやく彼女が混乱している原因を悟った。

 ようするに、さとりちゃんはお姫様抱っこが恥ずかしいのだ。

 

「そんなにはっきり言わないでください!」

 

 いや、そんなこと言われても。

 色々と強がっていたさとりちゃんではあるが、やはり根本的な部分は純粋な女の子となんら変わらない。恋愛や物語に興味を示し、ちょっとしたことで照れてしまう。むしろそこら辺を歩いている外来人に比べても遥かに『女の子』なさとりちゃんに、俺は安心感に似た何かを抱き始めていた。

 嫌われているとか言っても、それは嫌っている方から見た主観の意見に過ぎない。

 嫌う立場がいるから、嫌われる立場が生まれる。彼らはロクに相手の事を知る努力をしようとせず、覚妖怪というだけでさとりちゃんを爪弾きにする。地底に住んでいない人達も、そういう風潮のせいで彼女のことを嫌っているのは否定できない事実だ。現に、地底と地上の行き来が緩和された今でも地底に行こうとするような物好きはあまりいないらしい。

 正直、俺も覚妖怪がどんな怖い妖怪なのか少しは心配していた。噂に左右され、ちょっとでも恐怖感を抱いてしまっていた過去の自分をぶん殴ってやりたいと思う。なにせ、本当の彼女はこんなにも魅力的で、可愛らしい女の子なんだから。

 

「……恥ずかしいです、そんなこと言われちゃうと」

 

 俺の心を読んだのか、先程とは違った意味で頬を朱に染めるさとりちゃん。スネたように口を尖らせて呟いているが、その行動がまた一段と彼女の可愛らしさに拍車をかけていることにさとりちゃんは気付いているのだろうか。

 さとりちゃんは文句を言いながらも、俺の胸に手を置いて自分の身体を支えている。なんだかんだで結構お姫様抱っこを気に入ってくれているらしい。霊夢は絶対にやらせてくれないので、俺としても新鮮な心地がする。妹がいる方々はこんな気持ちなのかな、とか勝手な想像を膨らませると、少し頬が緩んできていた。

 

「妹とか……私の方が年上って分かっていますか?」

「問題なのは年齢じゃない。感覚と外見だ」

「いやいや、兄妹関係で一番大切なのは年齢でしょう。どちらかというと私が姉で、威さんが弟なのですが」

「いやそれはないわ」

「一瞬で否定ですか!?」

 

 さとりちゃんが目を丸くして衝撃を受けているが、正直言って彼女が姉とか毛頭想像できないので却下である。こんなに(色んな意味で)小さくて可愛らしいこの子が俺の姉なんて、世間が許しても全国の妹フェチの紳士諸君と俺が死んでも許早苗。

 俺に即否定されたのがショックだったのか、死んだ魚のような目で「はぁぁ……」と大きな溜息をついている。

 

「私には妹もいるんですよ? それなのに姉なんてあり得ないとか……私って、そんなに威厳ないですかね……」

「ないね、結構」

「もう傷つく余裕も元気もありませんよ……」

 

 「うふふ……」何やら危ない境地に至ろうとしている覚妖怪がとっても恐ろしい。主に、良心的な意味で。

 ……待て。今この子さらっと衝撃的なことを漏らさなかったか? 

 肉親的な意味で衝撃告白を呟いたさとりちゃんを見やると、先程の発言について質問する。

 

「さとりちゃん……妹いるの?」

「え? あ、はい。いますよ。とっても可愛らしい自慢の妹が」

「そんなに可愛いの?」

「えぇとても。私なんかには勿体ないくらいの、世界一可愛くてキュートなマイシスターなんです!」

 

 ……ん? なんか、さとりちゃんの顔が突然キラキラした輝きに満ち溢れてきた気がするんだが。

 さっきまで羞恥心で真っ赤に染まっていた顔は別の意味で赤みを帯び始めていて、両目は熱に浮かされたようにうっとりとしたものに。ハートが散りばめられているようにも見える。

 え、えーとぉ……これはまさか、もしかして……。

 嫌な予感が脳裏をよぎるが、その推測が形となる前に、さとりちゃんは俺を見つめると、今までに見せたことがない程の満面の笑みを浮かべて盛大に口を動かし始めた!

 

「もうなんていうか癒し系? っていうか。ちょっとした仕草とか言葉とかが滅茶苦茶魅力的で。『お姉ちゃん』って私の事を呼ぶんですけど、その響きがもう何とも言えないくらい気持ち良くってですね! 普段は能力のせいで姿が見えない……あ、彼女は無意識を操る妖怪で、その能力故に誰からも認識されないっていう悲しい特製の持ち主なんですけど、そういうアウトローなところがまた可愛いですよね! それで、姿が見えない彼女の名前を呼ぶと、すぐに『なぁに?』って首を傾げて出てきてくれるんです! あぁもう、思い出すだけで興奮と喜悦と快感が止まりません! あ、そういえばこの前あの子が私の為に料理を」

「ストォォォオオオオオップ!」

 

 なんか急にキャラ崩壊全開で饒舌になったさとりちゃんを全力で制する俺。お姫様抱っこされている女の子が楽しそうに妹の魅力を語っているっていう光景がとてもシュールなのだが、今はそんな状況把握以前にこれ以上彼女を放っておくと色々なものを一気に失ってしまいそうな気がする。特にファンとか応援してくれている方々とか、そういった貴重なものをごっそり持って行かれそうな危機感に襲われたのだ。というか、さとりちゃんの純粋無垢キャラはどこに行った!

 俺に妹自慢を止められたのが気に障ったのか、頬を膨らませてぶーたれると、ギュッと俺のシャツを掴んで涙目で俺を見上げてくる。……可愛いと思ったのはここだけの話だ。

 

「なんで止めるんですかっ! まだここからがいいところだったのに!」

「これ以上妹への惚気を聞かされちゃうと俺の頭がどうかなっちまうよ!」

「いいじゃないですか。威さんもあの子の魅力に溺れましょう!」

「姉のくせに妹の可愛さに溺水してんじゃねぇよ! 家族なら節度を持って! 踏み越えてはならない一線はなんとか踏み止まらないと!」

「無理です。あの子の魅力の前では、全ての境界線は意味を成しません」

「その子何者!? さとりちゃんの倫理観をぶっ壊すレベルなの!?」

「当り前じゃないですか!」

「なんで怒鳴られたのかなぁ!」

 

 あっれー? さとりちゃんってこんなに自己主張の激しい女の子だっけかー? つい数分前までに俺が抱いていたピュアな感情はどこにいったのかなー。純粋無垢な女の子キャラが一瞬で崩壊してやしないかな?

 もう全力でシスコンっぷりを露呈する残念系妖怪さとりちゃん。地底暮らしが長かったせいでちょっとアレな感じになってしまったらしい。これは凄いな。地底と性格破綻の関係性について論文でも発表してみようか。

 いつまでも黙る様子がないさとりちゃんに呆気にとられてしまう。人間好きなことに対しては(妖怪だけど)ここまで一途になれるのか、と他人事のように考えてしまう俺である。「霊夢に対してはお前も一緒じゃね?」とか言われちゃうと、ちょっと反論ができない。

 そんな感じで、さとりちゃんの妹話に嘆息しながら耳を傾けていると――――

 

 

「お姉ちゃん、この人だぁれ?」

 

 

 




 次回もお楽しみに♪


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マイペースに稗田家

 更新です。話がなかなか進まないなぁ。


「人里で一番情報が集まっているところと言えば、やっぱり阿求ん家だろう」

 

 という魔理沙の提案に従って、私達は現在稗田家にお邪魔しています。

 

「いやいや、情報がたくさんあるのは事実だけど、だからって阿求の家に勝手に上がり込まないでしょ普通」

「そういう小鈴もいきなり押しかけてきたんだけどね……」

「うっ、そ、それは~?」

 

 阿求に痛いところを突かれ、あからさまに視線を逸らすツーアップヘアーの少女、本居小鈴。ちんまい身体に不釣り合いな大きめの和服とスカートという、これまたアンバランスな格好をしている。だけどなぁんか似合っちゃうのが小鈴ちゃんの変な所だ。童顔なこともあって、とっても愛くるしい魅力を放っている。チクショウ……人間じゃなかったら持って帰って愛玩動物にしているところよ。

 だが、小動物系の外見に騙されるなかれ。この子は見た目に反して結構な腹黒さを持ち合わせている。自分の目的のためならば平気で妖怪を召喚したり、私達を利用したりすることも厭わない何気に恐ろしい子なのだ。ある意味で、紫よりも厄介な女の子である。

 

「よぉ小鈴。今日は店の方はいいのか?」

「今日は気分が乗らないからお店閉めちゃいました。だから問題ないんです!」

 

 それは予定に問題がないというより、アンタの経営方針に問題があるんじゃないの?

 ……と、口には出さないが心の中でツッコミを入れる。どうせ言っても聞かないし。こういう頑固で向こう見ずなところがどことなく霖之助さんと重なってしまう。どうしてこう、読書好きの奴らは変な意味で馬鹿者が多いのかしら。

 何やら話題がネクロノミコンにシフトしている本好き二人は置いておいて、私は早速阿求に本題を切り出すことにした。

 

「ねぇ阿求。いきなりで悪いんだけど、アンタの先代が書いた幻想郷縁起を見せてくれない?」

「え? 別に構いませんけど……急にどうしたんですか?」

「ちょっと調べたいことがあってね」

 

 可愛らしく首を傾げる阿求。普段勧められても幻想郷縁起に目を通そうとはしない私が突然読みたいとか言ったから驚いているのだろう。まぁ私自身お世辞にも読書好きとは言えないし、彼女の反応も仕方ないと言えば仕方ない。だけど地味に傷ついちゃうのはなんでだろう。

 

「先代……阿弥が書いた幻想郷縁起ですよね? 地下の倉庫に保管してあります。案内しますから、着いて来てください」

 

 早速立ち上がると、襖を開けながら私を呼ぶ。地下室かぁ……縁起の保管場所に行くのは、そういえば初めてだったわね。

 私の過去についての情報を調べに行くだけなのに、ちょっとだけわくわくしてしまう。未知に対して楽しみを覚えてしまうのは、人間が共通して所有する感情らしい。そういえば魔理沙も新しいものを見つけた時はいつも目を輝かせていたっけ。

 なんか懐かしい記憶に思いを馳せてしまう。……ダメダメ。ちょっと年寄り臭いわよ私。

 

「魔理沙、小鈴ちゃん。私と阿求はちょっと地下に用があるから、ここでしばらく待っていてくれる?」

『私も行くに決まってるじゃない』

「即答って……」

 

 好奇心の塊を抑えることは、どうやら私には不可能らしかった。

 

 

 

 

 

                        ☆

 

 

 

 

 

 稗田家の地下室は、おそらく紅魔館の図書館にも引けを取らない程の蔵書数を誇っている。

 咲夜の能力を応用して空間をインチキしている紅魔館ほど広いわけではないが、本ではなく巻物として保管してあるのでスペースを取らないという利点によるものだ。円筒の書物が大量に保管されているのを見ると、基本的に活字好きではない私は若干の頭痛を覚えてしまう。

 

「おぉー、凄ぇーっ! 知識の宝物庫じゃねぇか!」

「歴代阿礼乙女が編纂した幻想郷縁起がこんなに……くぅ~! これは本屋の血が騒ぎますね!」

 

 ……まぁ若干二名ほど興奮気味な奴らもいるが、自称探求者である彼らにとってこの空間は楽園にも等しいのだろう。博麗の巫女や阿礼乙女の許可がなければ絶対に立ち入りできない場所である。今回の機会は願ってもいなかったものに違いない。私達が何か言う前に、彼女達は手当たり次第に巻物を広げ始めていた。

 でも、貴重な幻想郷縁起を勝手に読んじゃってもいいの?

 そんな至極当たり前な疑問が頭に浮かぶが、私の表情を読み取った阿求は苦笑交じりにこう言うのであった。

 

「本当は推奨すべきではないんですけどね……でも、小鈴達のあんな表情見ちゃったら止められませんよ」

「いや、確かに子供みたいな顔してるけどさぁ……」

「いいんです。書物というのは本来読まれることが仕事なんですから。ここで埃を被ってしまうよりも、誰かの記憶に焼き付いてしまった方が幻想郷縁起(あの子達)にとっても本望ですよ」

 

 「まぁ、破られない程度に、ね」まるで母親のような温かい視線を魔理沙達に向ける阿求。基本他人に対しては毒舌と皮肉で接する彼女にしては珍しい態度に思わず狼狽してしまう。……いや、もしかしたらこっちが本当の阿求の姿なのかもしれない。一歩引いて、友人達の姿を見守る健気な少女。普段の態度は、身体が丈夫でない彼女なりの強がりであったのだろうか。

 ――――いつもこんな性格なら、可愛いのにねぇ。

 

「先代が書いた幻想郷縁起でしたよね? 案内しますから、こちらへ」

「うぇ? あ……お、オッケー」

 

 不意に声をかけられ上ずった声を上げてしまうが、どうやら阿求が私の思考に気付いた様子は無かった。蝋燭を持ったまま、周囲の書物の説明をしながら足を進めていく。

 ……危なかった。何気に失礼なことを言っていたことがバレてしまえば、縁起にあることないこと書かれてしまうところだった。後世に残る書物に恥ずかしいことを延々と綴られるのだけはなんとしても避けねばなるまい。

 わずかな戦慄を覚えながらも何の気なしに辺りに視線を向ける。

 

(阿礼に阿一、阿爾、阿未……いつも思うんだけど、凄まじく規則的な名前よねぇ)

 

 転生一家という形式上分かりやすい名前にしなければならないという事情は理解できるのだが、それにしてもシンプルすぎやしないだろうか。阿プラス数字の同音漢字とか、よくもまぁ稗田家はそんな名前を承認したものだ。……私としても単純なのは楽なんだけどさ。

 本棚に貼られている名前をぼんやりと見ながら歩いていると、壁に面した一角で阿求が脚を止めたのが見えた。本棚には『稗田阿弥』の文字が。他の書棚とは違い、巻物ではなく本としての形で保管されているのが印象的だった。どうやらこの頃から形式を変えてみたらしい。

 

「じゃあ私は小鈴達の方にいますから、御用があったら呼んでくださいね」

 

 そう言うと阿求は小走りで魔理沙達がいる方向へと消えていく。調べ物に集中できるようにという彼女なりの心遣いだろう。蝋燭を置いて行ってくれたので、明かりの心配もないようだ。非常にありがたい。

 年齢不相応な編纂者に内心お礼を言うと、私は目の前の書物を手に取る。

 『幻想郷英雄伝』と書かれてあるソレは、他の物と比べるとやや薄い内容となっているようだ。おそらく人間の紹介を集めたものだからであろう。種類豊富な妖怪達に比べると注意書きも補足も少ないだろうから、当然と言えば当然だ。

 パラ、と一枚頁を捲ると、先代阿礼乙女による前書きが現れる。どうやら、書物の構成自体は阿求が書いた求聞史紀と変わらないらしい。阿弥の無駄に長い独白が終わると、秀麗な姿絵と細かな解説文がお披露目された。

 

 最初に紹介されていたのは、私が最もよく知る人物。

 色自体は白黒で判別がつかないが、おそらく紅白を表現しようとしたのであろう濃淡の服。下半身はスカートのようになっていて、普通の形式とは違うものであるらしい。……『外』の神社で着用される、普通の『巫女服』とは。胸の辺りで隆起する巨大なカタマリが、巫女の清純さを一層踏みにじっているような気がする。

 墨をベタ塗りしたような漆黒の髪は腰の辺りまで伸ばされている。ただ特徴的なのは、私が髪の一部をリボンでポニーテールもどきにしているのに対して、目の前の人物はあくまで髪飾りとして後頭部にリボンを接着していることだろう。

 墨で書かれてあるのに、どこか豪快な雰囲気を感じさせる彼女の絵。切れ長の瞳に、鋭いながらも整った顔立ち。比較対象がないので分からないが、おそらく長身。全体的に単純な『意志の強さ』を醸し出すような人間に見えた。どんなことがあっても絶対に意志を曲げないような、そんな強い人間に。

 心臓が不意に高鳴り、鼓動が早まるのを無意識に感じた。手は次第にじんわりと汗ばんでおり、もしかしたら目は血走っているかもしれない。……そんな気持ちになってしまう程、彼女は私にとって特別な存在であり……そして、かけがえのない人間であった。

 名前を見る。そこに書かれてある四文字――――『博麗鏡華(はくれいきょうか)』。

 久しぶりに見た彼女の姿に、思わず私は呟いてしまう。

 

「お母さん……っっ」

 

 目元に生暖かい何かを感じ、慌てて指で拭う。どうやら、お母さんの姿を見た途端に不覚にも悲しさが込み上げてきてしまったらしい。……情けないわよ、博麗霊夢。威が幻想入りしてきたあの日、もう泣かないって決めたはずでしょ。今更泣いても、お母さんが戻ってくるわけでもないんだから。

 涙を止めるように深く呼吸を行うと、再び本に視線を戻す。

 

「……やっぱり、お母さんって凄いんだ」

 

 そこに書かれている補足を読んでいくと、そう呟かずにはいられなかった。

 スペルカードルールがまだ普及していない時代。暴力こそが絶対の殺伐とした完全実力主義の世界で、お母さんは凶暴な妖怪達を何匹も退治していた。傷だらけながらも魅力的な細腕から繰り出される拳は妖怪の肉を貫き、博麗の巫女秘伝の昇竜脚で巨大な妖怪の顔を吹っ飛ばす。歴代巫女の中で封印術の才に最も秀でたお母さんだったが、あまり術を使うことはなくいつも身体一つで人間達を守っていたお母さん。

 今でも思い出す、お母さんの雄姿。私の永遠の目標であり、到達点。里の人達に怖れられながらも尊敬されていたお母さんは、今でも私の誇りだ。

 ――――いつかまた、お母さんに褒めて欲しいな。

 あり得ない未来だというのに、そんなことを願ってしまう。自分の諦めの悪さに苦笑いをする私だった。どうやら、居候のしつこさがわずかに感染ってしまったようだ。やれやれ。あの馬鹿はこんなところにまで私に影響を与えるのか。相当面倒くさい男だ。

 今頃地霊殿で馬鹿騒ぎをしているであろう正真正銘の馬鹿を思い浮かべながらも頁を捲ると、私は一つの違和感にふと気が付いた。

 それは普通ならばあり得ない、起こりえない事態だった。阿求の手によって完全に施錠されている保管庫の中では、絶対に発生しない異常事態であった。

 阿弥による『幻想郷英雄伝』。博麗の巫女が書かれている次の人物欄が……

 

 綺麗さっぱり、なくなっている。

 

 異変に気が付いたのは、書物の端に書いてある頁数が視界に入ったから。『五』と書かれてある次の頁は……『十』。

 明らかに、五頁程が取り払われている。

 

「阿求が添削した? でも、そうするために頁ごと破り取る必要がある?」

 

 確認の為に他の幻想郷縁起を手に取ってみるが、頁が破られているものは存在しない。添削されているのは数冊あったが、それはどれも訂正線を引いたうえで上書きされているだけであった。紙ごと取り払って書き直されたりはしていない。……明らかに、イレギュラーな事態だ。

 一応阿求を呼んで確認してみるが、彼女は目を丸くするばかりだ。「幻想郷縁起が破られるなんて、前代未聞です」とあわあわ混乱している。どうやら、彼女にとっても予想外の展開らしい。

 

「うわぁ……こりゃあ酷いな」

「本を破っちゃうなんて……この人最低ですよ!」

 

 本好き二人が憤慨しているのを視界の端で眺めつつ、私は一人考える。

 博麗の巫女の次に書かれていた人物。おそらくそれなりに主要なのであろう人間の欄を破ったのは、いったい何故か。

 衝動的な乱心? 単純な好奇心? ……どれも可能性としては否定できないが、どうにもしっくりこない。そもそも、その程度の意志でここに侵入しようとする馬鹿はいないだろう。いたとしても、紫にすぐさま駆逐されているはずだ。

 だとすると、一番可能性として高いのは――――

 

(誰かが、この人物の存在を歴史から消そうとした?)

 

 幻想郷縁起に残らないということは、後世に存在自体が認知されないことに等しい。書物が唯一の情報源である以上、そこから存在が消されれば他に彼/彼女の存在を確認する方法は無い。歴史を蘇らせる方法はないでもないが……慧音の能力は、残念ながらそこまで細かい応用性は持ち合わせていないだろう。

 

(でも、だとしたらいったい誰が……?)

 

 当時ならともかく、今この時代で過去の人物の存在を抹消しようとする意味が分からない。そして、私の記憶にはそんなことをする阿呆の心当たりなんてない。ともすれば、名もなき小妖怪くらいだろうが……無力にも等しい彼らにこんな大それたことができるほど程、稗田家の守りは甘いものではないはずだ。

 正体不明の犯人。理由不明の事件。

 自分の過去を調べに来ただけなのに、ここでまたさらに謎が深まってしまった。

 

 ――――まぁ、放っておくわけにもいかないし、ね。

 

 観光ついでに犯人探しを行う意志を固めると、私は阿求達を引き連れて地下室を後にする。

 ……なんだか知らないけど、嫌な予感が無性に頭から離れなかった。

 

 

 




 次回もお楽しみに♪


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マイペースに古明地こいし

 相変わらずの更新速度に我ながらびっくりです。でもこれだけは言える。こいし、可愛いよこいし。
 自分的には地霊殿キャラが一番好きかも。霊夢は別格ですけどね!


「お姉ちゃん、この人だぁれ?」

 

 不意に聞こえた鈴を鳴らしたような甘ったるい声に、俺は思わず周囲を見渡した。だが、三百六十度廊下の隅々まで視線を飛ばしても声の主の姿はまったく視認できない。あれ、幻聴? 俺、さとりちゃんの妹自慢にあてられてついに幻の妹キャラを生み出してしまった感じ?

 思わず冷や汗を流してしまう俺ではあるが、そんな絶賛混乱中の俺を腕の中で見上げていたさとりちゃんは呆れたように溜息をつくと、何もない虚空に向かって(・・・・・・・・・・・)若干の喜びが入り混じった声を放った。

 

「こいし、威さんが戸惑っちゃってるから早く姿を見せなさい。どうせそこにいるんでしょう?」

「ちぇー。もうちょっと愉快な反応を期待してたんだけどなー」

 

 そんな言葉が聞こえるや否や、目の前の空間が不自然に歪み始める。紫さんがスキマを出現させる瞬間に似た歪みは徐々に人の形を模していき、やがて一人の美少女をその場に出現させた。

 肩ほどまで伸ばされた緑のかった銀髪ウェーブに黒い鍔広帽。ベージュのだぼっとした上着の袖には黒いフリルがあしらわれていて、緑色の襟元や同色のフレアスカートが言いようのない特殊性を感じさせる。凄まじく物珍しいコーディネートなのだが、しっかり似合ってしまっている辺りはやはり美少女の特権ということか。

 ニコニコと天真爛漫な笑顔で俺を見ているこいしちゃん。だが、それよりも彼女の周囲をふよふよ浮いている紫色の目玉が気になって仕方がない。さとりちゃんと違って瞼が閉じているが、能力的な意味合いでも含まれているのだろうか。

 こいしちゃんは大きな瞳をパチクリさせると、笑顔を崩すことなく口を開いた。

 

「この人、お姉ちゃんのボーイフレンド?」

「違うわよ! だだだ、誰がこんな変態で覗き魔でデリカシーのない人間なんかと恋人関係になんてなりますか! 威さんは、霊夢から頼まれた例の居候。昨日貴女にも言ったでしょう?」

「さとりちゃんさとりちゃん。俺の心はナチュラルに踏みにじられているんだけどそこら辺気付いてる?」

「あー、神社から一時的に追い出された物悲しい人間だっけ? なんでもあまりにもヒモすぎるから頭冷やして来いって言われたんだよね? かわいそー」

「違うとは言いづらいが半分は嘘だよね! いくらなんでもそんな理由で追い出されちゃいないよ俺は! あくまでもお泊り会に邪魔だからって理由だからね!」

「こいし。嘘偽りのない真実は他人を傷つけてしまうと昔からあれほど……」

「今欲しいのは追い打ちじゃなくてフォローだよさとりちゃん!」

「やーい、お姉ちゃん顔真っ赤ー」

「前触れなしのさとりちゃん弄りだと!? 話の流れが無茶苦茶ですがな!」

「この子はこういう子ですから……」

 

 口元に手を当ててくしゃりと顔を綻ばせるさとりちゃん。俺にお姫様抱っこされている姉をこいしちゃんが取り留めもなくからかい始めていたが、被害者であるさとりちゃんはそこまで気にしてはいない様子だ。むしろ、彼女と会話していること自体を喜んでいるようにも見える。

 

「……昔、色々ありましたから。今はうんと甘えさせてあげたいんです」

「……そっか。仲良しなんだね、二人とも」

「そう見えるのなら、私は満足ですよ」

 

 俺の心を読み取ったさとりちゃんがぽつりと呟くが、俺はあえてそれには言及せずに素直な感想だけを述べさせていただくことにした。他人の過去遍歴に口を出しても嫌なことを思い出させてしまうだけである。だから、あまりシリアスな発言はしないほうがいいだろう。

 今俺がやるべきことはただ一つ。こいしちゃんと一緒になってさとりちゃんをからかうことだ!

 

「え、いや、いきなりなんてふざけた決心しているんですか!?」

 

 素晴らしい一大決心を覚った様子のさとりちゃんがバタバタと俺の腕の中で暴れはじめる。しかしいくら彼女が妖怪と言えどもお姫様抱っこの状態では思うように力が入らないらしい。俺が少しだけ腕に力を込めると、さとりちゃんは何故か顔を赤らめたまま黙り込んでしまった。はて、変なところでも触っちゃったかな?

 

「こいしちゃん、さとりちゃんって今生理?」

「前置きなしで妹に何聞いているんですか貴方は! ちょちょっ、意味分かんない! 私の羞恥心とか一切合財無視してますよねぇ!」

「うーん、最近のトイレ事情は把握していないからイマイチ確信は持てないんだけど……たぶん違うんじゃないかなー。ゴミ箱にもナプキンは入っていなかったしね」

「こいしぃいいいいいいい!! 色々ツッコミどころ満載の発言は大目に見ておくけれどもとりあえず私にプライバシーをくれないかしら! なんでそんな性的事情まで貴女は把握しているのかお姉ちゃんは心底知りたいのだけれど!」

「なーんだ、じゃあ今晩さとりちゃんを孕ませることは不可能じゃん。残念」

「そこで何故心の底から落ち込まれるのか分からない! 威さんには霊夢がいるでしょうに、そんなこと言ってると知りませんよ! 浮気とか言われても反論できませんよ!?」

「大丈夫。あくまで俺の遺伝子をさとりちゃんに宿らせるだけだから」

「どこが大丈夫なんですか一番危惧するところですよそこは! そ、それにそういう行為はお互いを好き合っている恋人同士だけがすることであって、今日出会ったばかりの私と威さんがやるようなことではありません!」

「でもじゃあなんでお姉ちゃんは顔真っ赤にして恥ずかしそうにしてるの? 恋する乙女みたいな顔してるけど」

「こ、これはさっきお風呂に入ったから身体が火照ってるんです! べっ、別にやましい気持ちがあるわけじゃありませんから!」

「さとりゃんさとりちゃん。俺もなんだか身体が熱いんだけど」

「興奮しているだけでしょうが! あぁもうなんですかこの際限のないボケの嵐は! 貴方達私をからかって楽しいですか!?」

『もちろん!』

「もうなんてイイ笑顔! 文句言いたいけれどこいしの笑顔が可愛いから許しちゃう!」

 

 俺の手を振りほどくとこいしちゃんに突撃、そのままぎゅぅ~と力強く彼女を抱きしめるさとりちゃん。こいしちゃんは若干苦しそうに呻いてはいるが、それでもどこか嬉しげな表情を浮かべたままさとりちゃんにされるがままにされている。なんだかんだでこいしちゃんもさとりちゃんの事が好きなのだろう。若干二人の俺に対する扱いが酷いようにも思うが、姉妹が仲がいいならば俺はそれだけで満足である。決して悲しくなんかない。……なんか涙出てきた。

 きゃいきゃいとガールズトークまで始め出した古明地姉妹。何故か姉妹共にチラチラと俺の方を窺ってくるのだがいったいどうしたのだろうか。特にさとりちゃんの方から変な視線を感じる気がする。ま、まさか俺に人生初のモテ期が到来しているとか!?

 

「ダメだよさとりちゃん、俺には霊夢という最愛の妻が!」

「黙ってくださいこの単純思考野郎! 貴方が考えているようなことは皆目万に一つも金輪際ありませんから!」

「お姉ちゃん、一目惚れっていう言葉があってね?」

「貴女は黙っていなさいこいし! 私はそんな節操のない女じゃないわ!」

 

 廊下のど真ん中で叫ぶ地霊殿の主。もはや威厳の『い』の字も見られないカリスマブレイクっぷりに俺とこいしちゃんはニヤニヤを隠せない。からかわれながらもなんとかプライドを保とうとしている辺りに萌えきゅんポイントを感じる。さすがは真面目系幼女さとりちゃん。弄られキャラが誰よりも板についている。何が可愛いって両手を腰の辺りに伸ばした格好で涙目のまま叫んでいる姿がもうハンパない。健気さと微笑ましさが相成って抱き締めたいくらいだ。

 

「って、もう抱き締めてるじゃないですかなんですか恥ずかしいですってもぉおおおおお!!」

「ハッ! 無意識のうちに思わず思考が行動となって表れていただと!? 俺のマイペース思考もここまでの進化を遂げたというのか!」

「自覚があるのなら少しは自制してください!」

「お兄ちゃんどことなく私と似ているところがあるよね! 仲良くなれそうだよ!」

「こいしも妙な親近感持たなくていいから! まずはお姉ちゃんを助けるところから始めようか! ほらほらほら、お姉ちゃんはこいしの助力を心待ちにしているわよ!?」

 

 もう涙目どころの騒ぎではなく笑いながら号泣している家主様によりいっそうの庇護欲をそそられてしまうのだから驚きだ。腕を離そうと思っても俺の中の本能がこのぷにぷにした柔らかい動物を逃すことを全力で拒絶している。女性的な美しさ(主におっぱい)を持つ霊夢や東風谷とはまた違った柔らかさに俺の息子は思わず夢想封印だ。このままではマスタースパークを放ってしまう恐れも否定できない。

 そんな俺の思考にさとりちゃんは今度こそ本気の悲鳴を上げる。

 

「い、いやぁあああああっっっ!! もうこの人の煩悩取り返しのつかないところまでいっちゃってるよぉおおおおお!!」

「お、落ち着くんださとりちゃん! 俺はあくまでも無害だ!」

「どの口からそんな言葉が出るんですか! 心の中煩悩一色で染まっているような一面性野郎の言葉じゃありませんよそれ!」

「お姉ちゃん、私ちょっとトイレに行ってくるね」

「あぁっ、この状況で私一人放置するのは勘弁してこいし! 威さんの相手は私一人には荷が重すぎる!」

「くっ……背中に回していたはずの手が思わずお尻に移動してしまうだと……!?」

「ひゃわぁんっ!? ちょっ、どこ触ってんですかいい加減怒りますよ私も! ふわっ、ひゃっ、撫で回さないでくださいよぉ!」

 

 結構ガチで懇願してくるさとりちゃんに良心の呵責を覚え始める俺。いや、まぁ確かに十割方俺の暴走によるところが大きいんだけど、やっぱり最大の原因はさとりちゃんが可愛すぎるところにあると思うんだよね! なんか俺はもうロリコンに目覚めてしまいそうだよ! でもこのままじゃ霊夢に何されるか分からないから我慢も覚えないといけないけれど!

 煩悩と良識の狭間で揺れ動く俺ではあるが、このままでは為す術なく煩悩の方に心を預けてしまう可能性大だ。し、鎮まれ俺の思春期センサー! このままだと博麗神社の御神体にされかねないぞ! 霊夢と、後なんかよく分からないけど東風谷あたりにぶち殺されそうな気がする!

 さっきトイレ行きを宣言したこいしちゃんは本当に用を足しに行ったらしく、いつの間にか俺の視界から完全に消え去っていた。さっきみたいに姿を消している可能性もあるが、あの特に何も考えていない様子から考えるとおそらく普通にトイレに行ってしまったのだろう。さとりちゃんの必死の訴えは見事に空を切ったというわけだ。他人事ながら哀れな姉である。

 しかしいつまでも思考をあっちこっちに飛ばしていてもこの状況は解決しない。もはや俺の身体は完全に俺の支配下から離れている。普段ならば発言だけに留まるマイペース回路が今回ばかりは某人型汎用機動兵器並の暴走を見せているようだ。可愛いは正義だが、時折トリガーとなり得るので扱いには注意しよう!

 さとりちゃんのお尻の感触を楽しみつつもあちらこちらに視線を飛ばして救いの手を探す。抱き締められているさとりちゃんの息がだんだんと荒くなっていっている気もしないではない。赤面率は上昇し、もじもじと身体をくねらせているようにも見える。まぁ気のせいだとは思うけど。

 

「だ、誰のせいだと……」

 

 ついには両目も潤み出して謎の性的魅力を放ち始めたさとりちゃんに視線を奪われないよう細心の注意を払う。これ以上の誘惑は俺の社会的立場を粉砕しかねない。いや、すでに八割方破壊されてしまっている感は否めないが、そこはまぁ最後のプライドということだ。なけなしの理性が必死にそう訴えている。

 

 ――――そんな時、突然俺の耳に激しい足音が聞こえた。

 

 ドドドドド、という歩行時には絶対にありえない効果音が俺の鼓膜を打つ。どんな速度で走行したらそんな騒音が出せるのだと首を捻ってしまうほどの爆音が、俺の遥か前方からエコーを効かせて廊下に反響していた。誰だろうか。もしかしたらこいしちゃんが戻ってきたのかもしれない。向かってくる影を見極めるべく視線を凝らす。

 絨毯の敷かれた廊下にも拘らず何故か土煙を上げて猛進してくるのは、赤い三つ編みの猫耳少女だ。黒いゴスロリに身を包んだその少女は、猫耳が生えているのに人間の耳もしっかり生えている。一歩踏み込むたびにお尻の辺りで揺れている二又の尻尾から彼女が猫の妖怪であることを察するが、その顔は何故か怒りの形相に染まっていた。――――って、なんで両目三角にして突っ込んでくるのかなあの猫ちゃんは!

 さとりちゃんを抱きしめたまま軽く驚嘆する。驚天動地の真っ最中な俺を他所に、その猫娘は凄まじい速度で俺との距離を詰めていた。気が付いたらすでに背後に回られている。え、全然見えなかったんですが!

 猫耳娘は「はぁぁ……!」とやけに気合の籠った呼吸法で拳を強く握り込むと、腹の底から渾身の叫びを放つ。

 

「アタシのさとり様に何やってんだいこのトーヘンボク!」

「言い訳ぐらいさせてくれぶるちっ!」

 

 怒鳴り声と共に放たれた右アッパーが俺の顎を捉えた辺りまではしっかり記憶に残っているのだが、あまりにも凄まじい激痛に俺は一瞬で意識を手放してしまった。

 

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに! 感想もお待ちしています♪


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マイペースに太陽の畑

 威編は基本コメディ、霊夢編は基本シリアスになりつつある本作。


 昨日は稗田家での新たな謎や幻想郷縁起騒動などいろいろあったのだが、なんやかんやでお泊り会開始から三日目である。人里観光も昨日で一段落したらしく、各々が手土産を片手にほくほくした笑顔で人里の出口へとやってきていた。特にハイテンションなのは鈴仙だろうか。なんでも珍しい薬草が安価で手に入ったらしい。帰ったら永琳に自慢してやるといって大騒ぎしている。別にどうしようと彼女の勝手ではあるが、あまり調子に乗ると永琳に実験動物にされてしまう可能性が高い。ほどほどにして欲しいと珍しく彼女の心配をしてしまう。

 それぞれが荷物を抱え、慧音や妹紅を始めとした人里住民達からの見送りを受ける私達。妖怪に対して多少の恐怖心を抱いている大人な方々はさすがに来てはいないものの、昨日早苗や咲夜、妖夢と交流を深めたらしい寺子屋の皆様及びその保護者が大量に姿を見せていた。まぁ彼女達は妖怪じゃなくて人間(妖夢は半妖だけど)だから、とっつきやすいという理由もあるのだろう。妖夢とか鈴仙とかもあんまり妖怪らしくはないし。見た目は完全な人間だしね。

 

「これから幻想郷を観光するんでしょ? 輝夜に会ったら『次は絶対にぶち殺す』って言っておいてくれない?」

「自分で言いなさいよこのツンデレ不死者」

「だっ、誰がツンデレよ! べべべ、別に輝夜に会うのが恥ずかしいってワケじゃなくて、ただ、最近忙しくて会えてないというか、なんというか……」

 

 顔を赤らめてぼそぼそと俯きがちに呟いている焼き鳥屋さん。そんなに思い悩むくらいならさっさと会いに行けばいいでしょうに。忙しいとか言ってもアンタ達蓬莱人は多分に時間を持ってんだから。

 一人思考のループに囚われはじめた妹紅に嘆息する。と、向こうから慧音が私の方へと歩いてくるのが見えた。魔理沙との会話を終えたのだろう。順番に声をかけているようだ。

 

「見慣れたメンバーだが、観光旅行という体で来られるとまた一味違った感じがするな。いつでも会えるのになんだか寂しい気持ちになってしまうよ」

「相変わらず感傷的ねぇ。そんなに落ち込まなくてもまたすぐに会いに来てやるわよ。どうせ買い物とかもあるんだしさ」

「まぁそれはそうなんだがな。場の雰囲気というものだよ」

 

 豊満な胸の下で腕を組んだまま快活に笑う慧音。相変わらず包容力のある大人な女性だ。こういう肝要で大らかな所は素直に見習いたいと思う。ただ勘違いすることなかれ。慧音は誰よりも厳しい先生様であるから、怒らせると滅法怖いのだ。裏表の激しい教師とか子供達はさぞ毎日がサバイバルだろう。

 それからしばらく世間話に花を咲かせていた私達だが、子供達に呼ばれた慧音は一つお辞儀をすると向こうに歩いて行ってしまった。先生って大変だな、と最近痛切に思う。世話のかかる居候と一緒にいるから、子供達の相手をする苦労を共感しているのかもしれない。今度子供の教育法でもご教授願おう。

 

「霊夢さーん」

 

 不意の呼び声に振り向くと、早苗が門の方から走ってきていた。相変わらずのまったりした走り方だが、表情がどこか緊張しているようにも見える。普段からマイペースこの上ない彼女にしては珍しい表情に、何かあったのだろうかと勘繰ってしまう。一歩踏み出す度に激しく揺れる双丘に異常な殺意が芽生え始めるが、怒りをぶつけるのはまた今度にしておこう。今は話を聞くのが先決だ。

 早苗は息を切らせながら私の前で立ち止まると、深呼吸をする間もなく一気に捲し立てた。

 

「な、なんか新聞屋さんが大ピンチに陥っているらしくてですね、神子さんが慌ててやってきたんですよ。それで話を聞いた咲夜さんが止める間もなく妖怪の山に飛んで行っちゃって……一応霊夢さんに謝っておいてとは言われたんで、報告に来ました!」

「あの茶らけたハーレム新聞屋が、大ピンチ? 文は何してんのよ」

「詳しいことは分かりませんけど、話を聞く限りではその文さんが関係しているようで……」

「ふーん……まぁ、咲夜が向かったならなんとかなるでしょ。あまり人ん家の事情に首を突っ込むのも野暮だしね」

「放っておいていいんですか?」

「構やしないわよ。咲夜なら完璧に瀟洒に事件を解決してくれるでしょ」

 

 何気に仲がいい新聞屋のことが心配なのか地味に食い下がってくる早苗だが、あくまでも射命丸一家の問題なので私達部外者が引っ掻き回すのは避けた方がいいだろう。異変に発展するほどのモノならば私も動かざるを得ないが、今回は夫婦喧嘩の延長みたいなお家騒動だ。夫婦喧嘩は犬も食わずって言うし、放っておけば自ずと解決するはずだ。問題ない。

 私の説得に渋々ながらも頷く早苗。彼女は彼女で友人のピンチを放っておけない優しい女の子だから落ち着かないのだろう。気持ちはわかるが、今回は遠慮してもらうとしよう。

 急遽咲夜が脱退してメンバーは五人になってしまったが、彼女達はまだ楽しむ気満々だ。かくいう私も謎解明の糸口すら掴めていない体たらくである。この程度で旅を終えるほど、私達の気は脆くない。

 荷物を再度抱え直し、魔理沙達を呼び集める。

 

「ほら、さっさと行くわよアンタ達。今日合わせて五日で幻想郷一周するなら、早く出発しないと!」

「なんだ霊夢。色々文句は言いながらも結局はお前が一番やる気じゃないか」

「謎の究明に努める博麗の巫女はいつだってやる気満々なのよ」

「結局私事かよ」

「悪い? これでも真剣に取り組んでいるつもりなんだけど」

「思い詰めるのは勝手だがあんまり根詰め過ぎて観光旅行を二の次にするのはいただけないな」

「そこら辺は分かってるわよ。私だって旅行を素直に楽しむ気持ちくらいはあるわ。公私混同は私の嫌いな言葉の一つだし」

「どーだかなぁ。お前、集中すると公も私も関係なくなるヤツだから、私としちゃあ心配だね」

「……善処するわ」

「見守っておくよ」

 

 どうにも反論できない心当たりが多すぎて思わず視線を逸らしてしまう。自分以上に自分の事を知っているヤツが相手だとやはり調子が狂う。どれだけ見栄を張ろうと一瞬で看破されてしまうのだからやりにくいったらありゃしない。しかもそれが正論であるならば尚更だ。大人しく頷くしかない。

 傍らでニヤニヤと腹立たしい笑みを浮かべて私の反応を窺う親友に心の底から溜息をつきながら、私は仲間達を伴って人里を後にするのだった。

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

 『愛』は『哀』になり『会い』は『遭い』になる。どんな言葉も紙一重。表があれば裏がある。

 

 

 一面性の存在なんてあり得ない。万物には必ず二面性があり、利益と不利益を必ず兼ね備えている。

 

 どれだけ純粋な人間でも、どれだけ一途な想いでも、その裏には必ず理由がある。本人ですら気づかない、誰も知らない理由が、必ずそこにはある。

 

 何かを思い出せば何かを忘れる。何かが蘇れば何かが消え去る。

 

 それは例えば記憶。それは例えば封印。それは例えば想い。

 

 少女は少しづつ思い出す。失ったはずの記憶を思い出す。

 

 少年は少しづつ失っていく。自分を抑えつけていた枷を失っていく。

 

 

 『愛』は『哀』になり『会い』は『遭い』になる。

 

 

 善は悪。愛情は嫉妬。一途は移り気。弱は強。楽は怒。

 

 ふとしたきっかけさえあれば、表裏はすぐにでも入れ替わる。

 

 

 

 

 

 

                     ☆

 

 

 

 

 

 太陽の畑。

 見渡す限り一面の向日葵。真っ黄色の芸術が、私達の視界を埋め尽くしている。まさに黄色の絨毯。秘境溢れる幻想郷広しと言えども、ここまで壮大な光景はなかなか存在するものではない。天然ではなく人工の芸術。しかしそれでいて自然情緒を感じさせる雄大な向日葵達。大地の息吹を余すことなく表現している目の前の向日葵畑は、改めて見てみるともはや感動の一言に尽きる光景だった。一度異変解決の際に上空を通ったことはあるが、その時はあまり集中して見ていなかったのでよく分からなかったのだ。こうして見ると、ここまで綺麗だったのかと思わず生唾を呑み込んでしまう。

 仲間達を見渡せば、全員が全員目を見開いて目の前の絶景に見惚れているようだ。あの魔理沙さえもがぽかんと口を開けて立ち尽くしている始末である。それほどまでに、この向日葵畑は現実離れした美しさだった。

 

「あら、これはまた珍しい客人が来たものね」

 

 呆然と立っている私達に声をかけたのは、緑髪の女性だ。白いブラウスに赤白のチェック模様をした上着を羽織った彼女は、同色のスカートを優雅に揺らしながら向日葵の間を縫うように私達の前に現れた。右手に持った大きな日傘が、よりいっそう彼女のお嬢様然とした様子を際立たせている。

 風見幽香。幻想郷に古くから住む大妖怪で、この向日葵畑の持ち主でもある妖怪だ。

 幽香はくるくると柄を握って日傘を回すと、

 

「異変解決メンバーが揃いも揃って私の畑に何か御用かしら。異変にはまだ少し早いと思うんだけど」

「あ、あのっ! 私達今幻想郷を一周して観光旅行をしている最中でして! それで通りがかりにこの畑を見つけたんですけど、あまりに綺麗だったから思わず魅入っちゃってたんです!」

「ふふっ、お褒めに預かりどうも。この子達も喜んでるわよ?」

「あ、あぅぅ……」

 

 慌てたように捲し立てる妖夢の頭に手を置くと柔和な笑みを浮かべて礼を述べる幽香。相変わらず予想外の事態には滅法弱い妖夢が混乱と羞恥心で顔を林檎のように染めてあたふたとテンパっているが、そんな彼女の姿に幽香は再び上品に微笑む。……正直、普段の彼女を知る私としては違和感がとんでもないことになっているのだけれど。アンタそんな清純で上品なキャラだったっけ?

 思わず漏らした呟きに、幽香は怒ることもせず顔だけをこちらに向けて言う。

 

「今日は機嫌がいいのよ。天気もいいし、向日葵達も喜んでいるみたいだし」

「アンタの気分は天気と向日葵次第なんかい」

「もちろんそれだけじゃないけれど、まぁいいじゃないそんなことは。私が嬉しくて、喜んでいるだけ。それで問題ないでしょう?」

 

 妖夢の頭を撫でながらそう言う幽香。まぁ私としては妖怪達が悪さをしてさえいなければ楽でいいから構わないのだが。でもなんか変な感じがしてたまらない。もやもやする。居心地の悪さにもやもやする!

 

「相変わらず素直じゃない霊夢っちに私は溜息が止まんねぇーっすよマリリン」

「誰がマリリンだ。霊夢が素直じゃないなんて今に始まったことじゃないだろ? 捻くれ者巫女は昔から健在さ」

「おうおうそこの白黒魔法使い。喧嘩売ってんならはっきり言いなさい滅してやるから」

「売りたい気持ちはやまやまだが、幽香の畑で弾幕ごっこをする程私は馬鹿じゃない。この花畑荒したら後で何されるか分からんからな。喧嘩はまた後日だ霊夢」

「良い判断ね。もし遠慮せずに弾幕ぶっ放して向日葵の一本でも吹き飛ばしていたら、貴女達の身体はもう消滅しているところよ?」

「笑顔で怖ぇこと言うなよ幽香!」

「だって本気ですもの」

「もっと怖ぇよ!」

 

 「ふふふ」と口元に手を当てて優雅に微笑む幽香だが、その目はあまり笑っていない。大妖怪らしい殺意に満ちた瞳で私達を見ている。一瞬背筋に悪寒が走ってしまったのはやむを得ないことだろう。やはり彼女を怒らせるとロクな目に遭わない。

 無駄に緊張してしまって思わず嘆息してしまう。魔理沙はいつの間にか早苗達と向日葵鑑賞に専念していた。私と幽香を残し、四人は目を輝かせて向日葵をまじまじと眺めている。

 

「平和ねぇ」

「そうね。あの子達も向日葵達も、恐ろしい程に素直に笑っているみたい。呑気でいいわよね」

「私は花より団子派だから、あんなに集中はできないわ」

「情趣のない巫女ねぇ……侘び寂びは巫女にとって重要なファクターだと思うのだけれど」

「知らないわよそんなの。情趣で腹が膨れるっていうのなら話は別だけど」

「ったく……先代といい貴女といい、博麗の巫女っていうのはホント勝手気ままよね」

「そっか、アンタ昔から幻想郷にいるからお母さんのことも知っているんだっけ」

 

 そこまで言って、ふと思いつく。

 幽香は幻想郷でも最古参メンバーだ。その期間はある意味紫や幽々子に匹敵するほどである。幻想郷創成当初からここで暮らしている彼女なら、もしかしたら私の過去についても何か知っているかもしれない。私自身でも忘れているような何かを、幽香なら教えてくれるかもしれない。

 魔理沙達が遠くに行ってしまったのを確認すると、私は幽香に尋ねた。私の過去と、お母さんのことについて。

 ……しかし、彼女は困ったように眉根を下げると申し訳なさそうに言った。

 

「申し訳ないんだけど、私の口からはあまり詳しいことは言えないわ。いろいろ事情があって、先代については多くのことは語れない」

「ど、どうして!? お母さんのことを話すくらい、そんなに大変な事でも……」

「ごめんなさい。貴女でも言えないような事情があるの。理不尽だとは思うけど、分かってちょうだい」

 

 なんとか食い下がるものの、幽香の諭すような口調に思わず黙り込んでしまう。やはり普段の彼女らしくない。いつもの幽香ならば皮肉交じりにでも真実を言ってくれるのに。私の聞きたいことを、いつもならちゃんと教えてくれるのに。その事情というのは、大妖怪である幽香の発言権までも制限してしまうほどのものであるのか。

 幽香が俄然として口を割ってくれない以上、これ以上の懇願は無駄だろう。彼女の意志は固い。私がいくら頼み込んだところで、結果は変わらない。

 次の心当たりを探そう。魔理沙達を呼び寄せ、太陽の畑を後にしようとする。

 魔理沙達が集まるのを待っていると、ふと幽香は私に聞こえるか否かというくらいの声量でぽつりと呟いた。

 

「幽香?」

「うぅん、なんでもないわ。ほら、さっさと行きなさい馬鹿巫女。お友達が待ち飽きているわよ?」

「え、えぇ……それじゃあね。幽香」

 

 不自然に私を急かす幽香に促されるまま、魔理沙達と共に大空へと飛び立つ。一本一本が鮮明に見えていた向日葵畑は次第に黄色のカーペットへと変わっていく。先程とは一味違った光景に魔理沙達は心の底から歓声をあげていた。……だが、私は先ほどの幽香の呟きが頭からどうしても離れない。

 

 

 ――――何があっても『彼』を信じなさい。最後まで。

 

 

 幽香が漏らした呟きの真意はよく分からない。『彼』というのが誰を指すのか、そして何故このタイミングでそんなことを言ったのか、全てが謎のまま私は太陽の畑を後にする。旅を進めるにつれて謎は深まっていくばかりだ。

 何か大きなものが裏で動いている。そんな気がする。根拠はないけれど、私の博麗の巫女としての勘がそう囁いていた。異変の前のような空気を、わずかではあるが感じ取っていた。

 お母さん。先代巫女。彼。

 新たなキーワードに頭を悩ませるまま、私達は次なる目的地へと向かった。

 

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに! 感想もお待ちしています♪


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マイペースに『異変』

 威編がギャグだと言ったな? あれは今までの話だ。今回からはまやかしなのさ!
 東方霊恋記もいよいよ佳境に近づいてきたなぁ……。

 ※たまにある八千字という長文。


《地底生活、四日目》

 

 

 

「お兄ちゃん、私次は射的やりたーい!」

 

 満面の笑みを浮かべたこいしちゃんがうきうきした様子で俺の右手を引っ張る。見た目は少女とは言ってもやはり妖怪なのか、思わずつんのめってしまいそうなくらいの力だ。きゃいきゃいと笑顔を振りまきながら何度も俺の手をぐいぐいと引っ張ってくる。

 

「だ、駄目よこいし! たたた、威さんはわたっ、私と……金魚すくいに行くんだから!」

 

 子供のように駄々をこねるこいしを諭すようにさとりちゃんが声を荒げる。しかし、その顔には何故か朱が差していて、口調もどこか覚束ない様子だ。というか、素晴らしいレベルの噛みっぷりを見せている。普段から恥ずかしがり屋で不器用な面のあるさとりちゃんだが、今ばかりはいつも以上にテンパっている感じだった。しかしながら、俺の左手には万力の如き力が加えられているのだけれども。このまま放っておくと潰されてしまいそうで怖い。

 あーだこーだと口論する古明地姉妹に苦笑を浮かべてしまうが、不意に背中に妙な重量が加わるのを感じた。思わず前方に倒れかけてしまう身体を何とか留めると、顔の左右から巨大な鴉の羽がちらっとお目見えする。漆黒の翼に少し気を取られていると、背後からどこかぼんやりとした調子の声が俺の耳に届いた。

 

「あんちゃ~ん、(うつほ)は焼き鳥が食べた~い」

 

 とても鴉にはあるまじき発言に軽く度肝を抜かれてしまうが、やはり地獄に巣食う種族というのは一風変わっているのだろう。どこぞの鴉天狗及び夜雀さんが耳にしたら激怒の上に猛烈なスペルの嵐をぶつけられること請け合いだ。鴉天狗の方は配達屋さんに抑えてもらうにしても、先日店舗を崩壊させてしまった夜雀さんに攻撃されるのだけはぜひとも避けたいところではある。殺されかねん。

 あちこちがピンと跳ねた長髪を垂らしたお空ちゃんが俺の背中に負ぶさっているらしい。先程の重圧は彼女の体重だったのか。重い、とは口が裂けても言いたくはないが、巨大な翼と右手で存在を主張する木製(?)の制御棒の重量がまずハンパない。お空ちゃんの体重の半分はおそらくこれらの付属品が圧迫しているのだろうと真剣に考察する。……後は背中に押しつぶされている巨大な双丘か。地霊殿メンバーの中で最大級のグラマーさを誇る天然娘はうにゅうにゅ言いながら無意識に胸を押し付けていた。くそっ、誘惑なんかに負けはしな……おっぱいやっほー!

 

「はん、とうとう正体を現しやがりましたねこのド変態! アタシの目が黒い内はお空にもさとり様にもこいし様にも、誰にも手は出させねぇっすよ! ちなみにアタシは焼き鯖が食べたいです!」

 

 思わず欲望を口走ってしまった俺に辛辣な言葉を浴びせてくるのはお燐ちゃんだ。何やら最後に言っていた気がするが、もう罵倒しか耳に届いてこない。真紅の髪を三つ編みにして、ゴシックロリータっぽい衣装を着用している猫娘。種族名は火車というらしいが、どうにも(ちぇん)ちゃんと印象が似通ってしまう。まぁあっちも猫又だから何とも言えんが。というか、俺の前を歩きながら罵倒してくんのは勘弁してください。

 前後左右を妖怪に囲まれた、あらゆる意味でハーレム状態の俺が地底の大通りを練り歩いている姿はもはや衝撃以外の何物でもないのだろう。先程から俺の傍を通り過ぎていく人々が奇異の視線をぶつけてきている。特に男鬼衆がからの熱気はハンパない。嫉妬に塗れた男共が歯軋りしながら次々と罵倒を飛ばしていた。血涙流す鬼とかシャレにならんのでやめてもらいたい。

 まぁでも、こんな美少女達に囲まれているっていうのは、確かに幸せなんだろうけど――――

 

「っ……」

「お兄ちゃん、どうしたの?」

「ぇ? あぁ、いや、ちょっとお燐ちゃんの罵倒が胸に刺さってさ」

「お燐、覚悟!」

「いやいやなんで急にアタシのせいにってこいし様危ないって!」

 

 突然息を漏らした俺にこいしちゃんが心配そうに声をかけてくるが、俺は誤魔化すように(・・・・・・・)苦笑すると(・・・・・)嘘をついて(・・・・・)追及を逃れた(・・・・・・)

 俺の嘘に気が付かないのか、こいしちゃんはお燐ちゃんに飛び掛かるとマウントポジションでゴスロリを剥ぎ取りかけている。お燐ちゃんが全力で抵抗しているものの、そこは妖怪としての格が違うらしい。少しづつではあるが確実に露出度が高くなっていた。普段の俺ならば興奮が止まらずに参加していたところだったろう。

 

「威さん……」

「大丈夫。大丈夫だよさとりちゃん」

 

 俺の思考を読み取ったさとりちゃんが、周囲に気付かれない程度の声量で気遣いの声をかけてくる。しかし、彼女にこれ以上心配をかけるわけにはいかない。唯一俺の異変に気が付いている彼女に違和感が生じれば、すぐさま俺の様子はバレてしまうだろう。それだけは、何としても避けたい。

 さとりちゃんの手を一際強く握って気持ちを伝えると、腑に落ちない様子ながらもなんとか引き下がってくれた。そこら辺はよく物を分かってくれるのでなんとも助かっている。

 ついにはお空ちゃんまでもが入り混じって大騒ぎしている前方に視線を投げながらも、俺はざわつく思考をなんとか抑えようと集中する。……が、妙な胸騒ぎを抑えることができない。朝から、ずっと。

 

「なんだってんだ……」

 

 普段の俺らしくない言動が続いている。この異変が始まった今朝の事を、俺は騒々しい空気の中思い返していた。

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

 今日は朝から調子がおかしい。

 起き抜けに、なんとなくそう感じた。第六感が騒いでいるというか、とにかく無意識的に俺は自分の異変を察していた。確たる理由があるわけでもない。ただ、なんとなくそう思った。

 部屋を出るまでは憶測にしか過ぎなかった。疲れているのだろう。もしかしたら霊夢成分が足りないのかもしれない。禁断症状の一種だな、とか馬鹿な言い訳をしながら、朝食を取るために居間へと向かった。

 

「おはよーお兄ちゃん!」

 

 扉を開けると、開口一番元気に挨拶をしてくるのはこいしちゃんだ。邂逅から二日目にして、どうやら俺に懐いてしまったらしい。子供のように明るい笑顔を浮かべたまま、とてとてと俺の方に走ってくる。その幼い姿に思わず微笑んでしまう。可愛いなぁ。

 こいしちゃんは俺の手を引くと、先程まで自分が据わっていた席の隣に俺を座らせた。どうやら一緒に朝食を食べたいらしい。向かいの席では、やれやれといった表情を浮かべたさとりちゃんが困ったように苦笑していた。妹の我儘に付き合ってほしいということか。非常に姉らしい考えに少しだけ彼女を見直してしまう。弄られポジションだと思っていたのに、なかなかどうして大人びているではないか。そんなところもセクシーだよ、と不意にセクハラ思考を放り込んでみると、さとりちゃんの顔が一瞬で沸騰した。やはり初心という点については変わらないらしい。あたふたと慌てふためくさとりちゃんにちょっとだけ口元が綻んでしまう。

 そんな俺の様子に気付いたのか、こいしちゃんは上目遣いで首を傾げた。

 

「お兄ちゃんどうしたの?」

「ん? うぅん、なんでもないよ――――」

 

 そこまで言ってから、気付く。雪走威という人間ならば絶対にありえない事象に、思わず言葉が停止する。思わずさとりちゃんの方に視線をやると、彼女も驚いているようだった。目を見開き、開いた口を両手で隠しながらも驚愕を隠せないでいる。かくいう俺も、驚きが止まらなかった。

 

 俺は今、こいしちゃんに嘘をついた。

 

 神様を前にしても嘘を吐けなかった俺が、である。どれだけの権力者が相手でも絶対に本心を口にしてきた俺が、なんの違和感もなかったとはいえ会話の中で嘘をついた。別段大袈裟なものでもない、普通の人間なら誰でも一度はやってしまうような誤魔化し程度の微笑ましいものではあるが、それでも俺は嘘を言ったのだ。おそらく、幻想郷に来て初めて。

 

 ――――限界(リミット)は、もうすぐだぜ?

 

『っ!?』

「へ? 二人とも、どったの?」

 

 急に表情を一変させた俺とさとりちゃんにこいしちゃんが訝しげな視線を向けている。だが。そんなことに構う余裕はなかった。俺は直に、そしてさとりちゃんは読心能力によって間接的に今の声を聞いたのだ。不意に聞こえた、唐突に心の中に響いた声を。……俺そのものである、声を。

 おかしい。幻想郷に来てからまだ二カ月弱ほどだが、こんなことは今まで一度もなかった。性格上嘘もつけず、思ったことは片っ端から口に出てしまうような俺が、多少なりとも誤魔化しの言葉を吐いてしまうなんて。

 さとりちゃんが心配そうな視線を送っている。現在唯一俺の事情を呑み込んでいる理解者は、どう声をかけていいか分からない様子だ。普段は欲望まっしぐらで遠慮のない俺が真面目な雰囲気醸していることに違和感を感じているのだろう。今更ながら、いつもの俺はどれだけはっちゃけていたのかと軽く自己嫌悪に陥る。……自己嫌悪とか、もう本格的に異変だな。

 何とも言えない複雑な空気が居間に立ち込めている。いつの間にか合流していたお燐ちゃんとお空ちゃんがこいしちゃんと何やらひそひそと内緒話をしていた。何故かチラチラと先ほどからこっちに視線を向けている気がするのだが、いったいどうしたのだろう。

 このままシリアスな空気を出していても仕方がない。状況を打破すべくこいしちゃん達に話しかける。

 

「こいしちゃん、三人で何話してんの?」

「お兄ちゃんたち元気ないから今日は旧都に出かけようかなって思って」

「……唐突だな、なんでまた」

「唐突っていう言葉だけはお兄ちゃんには言われたくなかったけれど。まぁいいや」

 

 「あのね」クッと俺の顔を下から覗き込むように前屈みの体勢になると、人差し指を立てて悪戯っぽく笑った。

 

「今日は旧都でお祭りがある日なんだ。勇儀主催の大々的な夏祭り。まぁ地底には四季の概念はないんだけど、そこは風流ってことで!」

「勇儀さんが、ねぇ」

 

 以前ミスティアさんのお店で知り合った鬼を思い出す。同じ鬼である萃香さんとは対照的な肉体をお持ちの美人さんだったか。すっげぇおっぱいでかかったけど、あの後吐いて気を失うまで酒飲まされたからイマイチ良い印象が残ってないんだよなぁ。楽しい人ってのは分かるけど。

 

「地底のお祭りは地上にも負けないくらい盛り上がるから、そこに行けばお兄ちゃん達もきっと元気になるよ!」

「アンタはともかく、さとり様の元気がないってのはアタシ的にゃぁ許せないんでね。ついでにアンタも励ましてやるっていうこいし様の心遣いだ。土下座して感謝しな!」

「空ね~、あんちゃんと一緒に出店回りたい!」

 

 相変わらずまじりっけの一切ない純粋な笑顔を向けてくれるこいしちゃん。心底嫌そうに罵倒しまくるお燐ちゃんや幼さ全開のお空ちゃんのせいで感動的場面としては若干弱いけれども、彼女が俺やさとりちゃんのことをよく考えてくれているというのは伝わってきた。姉であるさとりちゃんは当たり前にせよ、まだ出会って二日しか経っていない俺を気遣ってくれていることは素直に嬉しい。愛されているんだなぁ、と素直に感じる。心が満たされるような感覚が身体中に広がっていた。

 ふとさとりちゃんを見ると、既にペット二匹によって言い寄られている最中だった。しばらく捲し立てられた後、苦笑しながらも了承する。こいしちゃん達がせっかく気遣ってくれているのだから、厚意を無下にするのも悪いだろう。俺はさとりちゃんと笑い合うと、彼女達の提案に従った。

 ……胸に巣食う一抹の不安は、まったく拭えないながらも。

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

 そして、現在に至る。

 各々が焼き鳥やら林檎飴やらを片手に大騒ぎしている中、見守るように彼女らの後ろをついていく俺とさとりちゃん。いつもならばあの中に入って馬鹿騒ぎしている俺だろうが、何故か今日だけはほとんどテンションが上がることはなかった。これはいよいよ精神的に異常を来してきていると言っていいだろう。いったい、俺の身に何が起こっているというのか。

 そんな俺の思考を覚ったさとりちゃんは、握っていた手にそっと力を込めてきた。弾かれるように彼女を見ると、不器用な笑顔を浮かべて俺の方を見つめている。

 

「さとりちゃん……?」

「……大丈夫ですよ。威さんの身に何が起ころうとも、私達は威さんの味方です。いつでも頼って、いつでも甘えてください。変に平静を装ったり誤魔化したりするのは、ちょっと滑稽ですよ?」

「優しさにさらっと毒混ぜてくるねさとりちゃん……」

「ふふっ、性分なものですから」

 

 悪戯っぽく、それでいて上品に笑うさとりちゃんに釣られて思わず吹き出してしまう。優しいな、この子は。霊夢もツンデレながらに優しいし、東風谷も何気に俺を気遣ってくれる奴だけれど、さとりちゃんは彼女達とは違った優しさを向けてくれる。心が落ち着くような……喋っていて満たされるような雰囲気で包んでくれるんだ。彼女なりの『愛』が、俺の不安を消そうとしてくれている。

 ……しかし、何故だろう。心の中は満たされているのに、それに伴って『何か』がどんどん膨れ上がってくる。愛や好意を向けられる度に、何か恐ろしいものが心の奥底から這い上がってくるような感覚。得体のしれない化物が、封印から目覚めるような――――

 

 ――――もう充分、『愛』は吸っただろ?

 

「ぐァ……ッ!」

「た、威さん!? 大丈夫ですか!」

 

 いきなり頭を抱えて膝をついた俺に思わず声を荒げるさとりちゃん。彼女の叫びで異変に気が付いた三人が慌てた様子で俺の周囲に集まってくる。それぞれが優しく声をかけてくれるが、今はそれが逆効果だった。

 優しい声をかけられると、『声』が大きくなる。気遣われると、脳味噌がミキサーで掻き回されているような激痛に襲われる。まるで容量限界を迎えた瓶に酒を注いだときのように、飽和した『愛情』が『苦痛』となって俺の身体を駆け回る。

 痛いとか苦しいとか、そんな言葉で言い表せるレベルをとうに超えていた。自分が自分でなくなるような、現実離れした『悪夢』が俺を苦しめる。

 

 ――――この二か月はどうだった? 随分楽しそうだったじゃねぇか。

 

「何を、言って……」

 

 ――――まぁ、この間(・・・)に比べりゃ善戦もいいところだわな。十年もかかってたんだ。二か月に短縮したってのは大した進歩だよ。

 

「十年、進歩……?」

 

 ――――あー、別に意味を理解する必要はねぇんだ。お前はただ、オレに身を任せるだけでいい。

 

 『声』はあまりにも適当にそう言うと、心の中で徐々に全身を出現させていく。ジーンズに白のシャツ、クセのないストレートの黒髪少年が、屈託のない笑みを浮かべて俺の方を見ていた。――――紛うことなき『俺』が、俺に向かって手を伸ばしていた。あまりにも唐突で異質な展開に、俺は身動き一つ取ることができない。

 

「これは、何……? 威さんの中にいる貴方は、いったい誰なんですか……?」

 

 読心能力によって見えているのだろう『俺』に疑問をぶつけるさとりちゃん。それに気付いた『俺』は一際邪悪な笑みを浮かべると、伸ばした手を更に一層俺の方へと突き出してくる。何がしたいのか、彼の魂胆が見えずに狼狽えてしまう俺。コイツはいったい、何をしようというのか……。

 ――――気が付くと、俺はいつの間にか携帯電話を右手で握り締めていた。

 より正確には、携帯電話のストラップ。入手場所不明の白い勾玉のストラップを、俺は知らず知らずの内に強く握りしめていた。元々そんなの丈夫な材質でもなかったのか、俺の手に力が入る度にピキピキと不吉な音を発し始めている。

 勾玉(コイツ)を、壊そうとしているのか……? でも、何のために……。

 

 ――――『愛』は『哀』になり『会い』は『遭い』になる。

 

 不意に何かを口ずさみだした『俺』は、俺に勾玉を握らせたまま歌い始めた。純粋な悪意に満ちた笑顔のまま、決して揺らぐことなく黙々と何かを唱え続ける。

 

 ――――どんな言葉も紙一重。表があれば裏がある。

 

「っ……?」

「威さん!」

 

 急に視界が傾いたかと思うと、いつの間にかさとりちゃんに抱きかかえられていた。礼を言おうとするが声が出ない。立ち上がろうとするが脚に力が入らない。身体が、完全に俺の意識下から外れてしまっている。全神経が断裂してしまったように、指一本動かすことができない。

 

 ――――どれだけ純粋な人間でも、どれだけ一途な想いでも、その裏には必ず理由がある。本人ですら気づかない、誰も知らない理由が、必ずそこにはある。

 

「……何かを思い出せば何かを忘れる。何かが蘇れば何かが消え去る」

 

 気が付くと、俺は歌の続きを口走っていた。知らないはずなのに。聞いたことなんてないはずなのに、自分でも驚くほどにすらすらと言葉が口から零れていく。勿論俺の意志ではない。俺よりも大きな『俺』が、徐々に俺の身体を支配しているのだ。

 

「『愛』は『哀』になり『会い』は『遭い』になる」

「――――――――! ――――――――!」

 

 さとりちゃんが何かをしきりに叫んでいたが、もう彼女の声すら届かない。それどころか、意識すら徐々に薄れてきていた。深い眠りにつくように、俺は意識の奥底へと沈んでいく。代わりに『俺』が浮上してきていた。何かが変わる。何かが始まる。俺ではない『俺』が、何かを起こす。

 

「……さァてと、『愛』が主役のおとぎ話は終わりだぜお客さん」

 

 それは俺の口から発した言葉。あまりにも汚くて、醜くて、禍々しい声が俺の口から飛び出ていく。

 

 ――――あぁ、そっか。

 

 もう声も出ない。考える事さえ覚束なくなっている中、俺はようやく思い出す。俺の正体を。俺の真実を。……そして、俺が何をすべきかを。

 『俺』は勾玉を天に掲げると、右手に渾身の力を込め――――

 

 

「お次は『哀』の時代だ。存分に絶望しろテメェら」

 

 

 パキン、という小気味よい音が響くと、

 俺の意識は完全に闇の中に沈みこんでいった。

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

『……封印が、解かれたわ』

 

『あらら~、歴代最高の封印術をもってしても十年が限度だったってこと?』

 

霊夢(あの子)や守矢の娘、後その他諸々が可愛がり過ぎたのよ。さすがの私も、まさかあんなに大量の愛情が注がれるなんて思ってなかったわ』

 

『無駄話はさておき、早く手を打ちましょう。このままでは地底だけでなく、幻想郷全体に被害が及んでしまう。十年前の悲劇を繰り返さないためにも、雪走威を止めなければ』

 

『分かってるわよぉ~。もぉ、映姫ちゃんったら相変わらず石頭なんだから』

 

『……幽々子。貴女は後で説教ですよ』

 

『落ち着いて映姫。今は対策を話し合わないと』

 

『貴女に言われたくはないですけどね。……博麗の巫女一行は現在どちらに?』

 

『妖夢ちゃん達は八雲家に向かってるわねぇ~。幻想郷観光ってあんな僻地まで行くものなの? 最近の観光旅行は変わってるわねぇ』

 

『それがトレンドなのでしょう。では幽々子と私はすぐに八雲家に向かいます。雪走威を止めるには、間違いなくあの子達の力が必要でしょうから』

 

『本当は、霊夢達を巻き込みたくはないけれど……』

 

『母親の感情は、今だけは捨ててください。大切なのは肉親を巻き込まないことではなく、幻想郷を滅ぼさないことなのですから』

 

『……映姫ちゃんのいぢわる』

 

『良心と言いなさいこの暴力巫女が。……貴女は少しでも足止めをお願いします。一度死んだから(・・・・・・・)と言って、手を抜くのは許しませんからね』

 

『はいはい。……そこら辺は、私の博麗としてのプライド的に保証するわ』

 

『大丈夫よぉ~。なんたって鏡華ちゃんは最強なんだから!』

 

『貴女はまたそうやって楽観を……』

 

『あ、あはは……まぁ、心配しなさんなって映姫。誰かを守るときの母親ってのは、存外強いもんなんだから』

 

『……御武運を、鏡華』

 

『おーけー。それじゃあ……――――ちょっくら異変解決して来ますかね』

 

 

 

 

 

 




 威編がギャグだけだといつから錯覚していた……?
 超展開でもご都合展開でございません。一応伏線はありました。それ自体が無理矢理だった感は否めませんけど! でもプロット通りだから僕は胸を張るね!
 ここからはおそらくほとんどギャグはありません。そういった展開を待ってくださっている方々には申し訳ありませんが、いつかギャグが舞い戻るその日までお待ちいただけると幸いです。
 それでは、次回もお楽しみに。感想もお待ちしています。

 ※風神録がクリアできません(泣)


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マイペースに八雲家

 超展開とか言わないで、傷ついちゃうから!


 八雲紫が住む家は、幻想郷の端の端、それはもう僻地と言っても差し支えない程度の場所に佇んでいた。今まで何度か足を運んだことはあるが、なんでこんなド辺境に住んでいるんだろうかと割と真剣に思ってしまう。もう少し中心部に住めばいいのに。仮にも幻想郷内での最高権力者なのだから、中枢で偉そうにふんぞり返っていればいいじゃないのよ。

 山と森、湖の間にひっそりと佇む木造一戸建てが見えてきた。私達は再度荷物を持ち直すと、玄関前の原っぱに着地する。

 

「ほぇ~……賢者様ってのは、やっぱり一目のつかない所に住むのが定番なのかにゃー?」

「兎が猫言葉喋ってんじゃないわよ気色悪い。ウサウサ言ってろクソ鈴仙」

「なんでそんなど真ん中ストレートをぶち込んでくるのかな霊夢は! いいじゃん可愛いじゃん微笑ましいじゃんもっと大きくなろうぜ霊夢っち!」

「すまん鈴仙。霊夢に同調する気はないが……あからさまにあざとすぎてちょっと引いた」

「まさかの追撃にうどんげちゃんの心はボロボロですけど!?」

 

 相も変わらず妙なボケをかましてくる鈴仙に魔理沙と二人でツッコミを入れながら、八雲家の玄関前へと向かう。私達の背後では早苗と妖夢がお互いに人里で購入したお土産を見せ合っていた。なんかこの二人だけしっかりと観光を楽しんでいる気がする。まぁ、僻地で笑いながらお土産見せ合う女の子ってのもどうかと思うけど。やっぱり常識に囚われてはいけないのだろう。

 何はともかく、まずは紫を呼び出すことが先決だ。荷物を一旦地面に置くと、扉をノックしようと手を伸ば――――

 

「紫ぃー、邪魔するぜー!」

 

 ――――す直前に魔理沙が前触れなくいきなり扉を開けていた。あんぐりと大口を空けて呆けている私達に気付いていないのか、「お、開いてんじゃん」とか言いながら扉をくぐるってちょっと待て。

 私は咄嗟に魔理沙の襟首を引っ掴むと、無邪気に不法侵入を行おうとした馬鹿を睨みつけた。

 

「アンタに礼儀とか気遣いとかそういう概念は存在しないのか!」

「何言ってんだよ霊夢。鍵開けとく方が悪いんだろ? 家があったらまず侵入。貴重なものは死ぬまで借りる。それが私、霧雨魔理沙さ!」

「なにを自慢げに最低なこと言ってんのよアンタは! そんなだから毎回毎回パチュリーが泣きながら私のとこにやってくんだっつーの! いい加減本返してあげなさい割とガチで落ち込んでたわよあの子!」

「だから返すって、私が死んだらな」

「アンタはどこぞの悪徳高利貸しかー!」

「……人ん家の前で大騒ぎしないでくれないか、迷惑なんだが」

「あ、藍じゃない。おはよー」

「あぁ、おはよう」

 

 軒先での騒ぎを聞きつけたのか、私達の目の前にはいつの間にか九本の狐尾を生やした女性が呆れたような面持ちで突っ立っていた。陰陽師をインスパイアしたような衣装を着ているせいもあってか非常に奇妙な雰囲気を醸す女性だが、これでも一応千年ほど前には稀代の美女として名を轟かせていたらしい。玉藻前とか言ってたっけか。あからさまに堅物な印象なのに色気で男を誑かしていたとか、やっぱり人は見かけによらないなと深く考えてしまう。いや、藍は人間じゃないけど。

 腕を組んで溜息をつく藍。その後ろで何やらぴょこぴょこと顔を覗かせている猫耳が見えた。こそこそしている気弱そうな猫娘は、ちらちらと私達の方を窺うと再び藍の背中に隠れてしまう。……猫又の橙だ。一応藍の式であるらしいが、とてもそんな重要役職とは思えない。ペットと言っても違和感はないだろう。

 そんな引っ込み思案な橙に声をかけたのは、我らが怖いもの知らず東風谷早苗。どうやら知り合いであるらしく、橙が姿を見せるや否や元気に彼女の名前を呼んで駆け寄っていた。橙も早苗のことは知っていたのか、ぎこちないながらも早苗の方に歩み寄っていく。

 

「橙ちゃんおはよ! 今日も可愛いですね!」

「あ、うん……おはよう。早苗お姉ちゃんも、その……可愛いよ?」

「ぐはぁっ。……お、お持ち帰り」

「やらせないわよ何口走ってんだこの色ボケ風祝」

 

 照れ混じりにぼそっと呟かれた橙の口説き文句に一瞬で陥落した早苗は、橙を抱きかかえると空の彼方にフライアウェイしていく寸前だった。あまりにも鮮やかでスムーズな動きに魔理沙達はおろかあの藍や妖夢までもが対応できなかった始末だ。私が展開を予想して前もって結界を張っておかなければ、おそらく橙は守矢神社まで拉致されていたことだろう。ていうか威の時も思ったけど、この子行動力ありすぎるでしょう。

 若干涙目で慌てて藍の後ろに戻っていく橙に再び早苗が劣情を催しかけるという事故もあったが、とにかく仕切り直す。

 後ろ手に橙を慰める藍に、妖夢が相変わらず丁寧な調子で話しかけた。

 

「あの、私達は今幻想郷観光旅行をやっていまして。その一環として八雲家を訪れたわけなんですけど……八雲様はいらっしゃいますか?」

「紫様? いることにはいらっしゃるが……現在取り込み中でな。手が離せない状況なのだよ」

「取り込み中?」

「あぁ。なんか西行寺さまと閻魔様が起こしになっている。非常に難しい表情でやってきたから、相当な事情があるのだろう」

「幽々子様が? なんでまた……食事は永遠亭の人達にお願いしてって言っておきましたのに……」

「いや、それはアンタ従者としてどうなのよ」

 

 主の食事を他人に任せて旅行している従者っていうのは状況的に大丈夫なのだろうか。主従関係が崩壊の危機に瀕している気がして滅茶苦茶心配になる。威曰く前にも幽々子に肉塊にされたみたいだし、次は霊体共々成仏させられるのではなかろうか。

 それにしても、幽々子と……映姫? 紫と仲のいい幽々子が八雲家を訪れることはよくあることにしても、年がら年中忙しい閻魔様がここまで足を運ぶと言うのは些か不思議だ。基本的に何があっても部下の死神任せにしているような重鎮が自分の足で出向いてくるなんて、いったいどういう風の吹き回しだろう。

 

 ――――申し訳ないんだけど、私の口からはあまり詳しいことは言えないわ。

 

 ふと、昨日幽香から言われた一言が頭をよぎった。幻想郷最古参メンバーの幽香にして、口止めされているというお母さんの過去。彼女以上の力を持つ妖怪なんて、この幻想郷にはもう後三人しかいない。

 幻想郷の地獄を統括する閻魔、四季映姫ヤマザナドゥ。

 冥界の白玉楼に住む亡霊、西行寺幽々子。

 そして、幻想郷の創設者にして妖怪の賢者、八雲紫。

 幽香以上の妖怪が今一堂に会している。それは奇妙としか言いようのない事態だ。しかもこの時期に。あまりにも異常事態が頻発しているこの時期に、三人が集まっているなんて。

 

 破られた幻想郷縁起。

 過去を蘇らせる陰陽玉。

 

 私の知らないところで、何かが起こっている。確証は無いけれど……博麗の巫女としての勘が、そう私に囁いている。

 

「藍」

 

 気が付くと、私は彼女の名前を呼んでいた。不意に名指しされた藍は、視線を妖夢から私へと移す。相変わらずクールに首を傾げる彼女の肩を掴むと、私は今までのふざけた雰囲気を一掃して口を開いた。

 

「三人の所に案内しなさい」

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

「そんなっ……嘘でしょう、映姫……」

「気持ちは察しますが、事実です。受け入れてください」

 

 思わず卓袱台を叩いて立ち上がる私に、映姫はいたって冷静に対応した。おそらくは驚愕に染まっているだろう私を前にしても、顔色一つ変えることはない。そんな彼女の様子に、私はより一層表情を歪めてしまう。とても人前にお見せできる顔ではないはずだ。呆れたように嘆息する幽々子の様子からそれが分かった。

 急に私の家にやってきた映姫と幽々子。珍しい組み合わせね、とか思いながらも客間に案内したのだが、そこで聞かされた話は私の予想を遥かに上回る事実だった。信じられない。でも、証拠を提示されると反論できない事実を突きつけられ、私は言葉を失うしかない。

 未だ気持ちの整理がつかないながらも、腰を下ろす私。戸惑っている私を見かねたのか、いよいよ幽々子が口を開いた。

 

「十年前の衣服とか道具とか……後は、写真? そんなものがいきなりごっそりなくなっていたのに、少しも変に思わなかったの?」

「い、いえ、一応おかしいなってみんなで探したりはしたわよ? でも、どこにもなくって。よくある紛失かなって思っていたんだけれど……」

「はぁ……。あの八雲紫がこのザマっていうのは、忘れっぽいと言うのか鏡華が凄いと言うのか……」

「で、でも……そんないきなり言われても信じられないわよ。確かに明らかな証拠はあるかもしれないけど、あまりにも唐突過ぎるわ。だって誰も知らないのよ? 私も藍も、橙も。八雲家の誰も知らないだなんて、そんなのおかし……」

「紫、その中に一人だけ含まれていない人がいるじゃないの」

「え? 含まれていないって、誰が……」

「ちょ、ちょっと紫さまぁーっ! 私のこと忘れないでくださいよ悲しいですってぇーっ!」

「あ、白夜……なんか影が薄くて忘れていたわ。ごめんなさいね」

「純粋に酷い!」

 

 白黒のゴスロリを着た銀髪美人が頭を抱えて絶叫する。そういえば、この子を忘れていた。配達屋の母親で八雲家の家政婦である沙羅白夜。外見ロリのくせに胸が異様にでかいという人間離れしたこの女は、そういえば二十年前に八雲家を出ていたのだったか。帰ってきたのはつい最近だけど、すっかり忘れていた。

 

「って、白夜。貴女も一緒に写真探していたじゃないですの。それなのにあのことを知っているわけがないんじゃなくて?」

「いや、確かに写真探しは手伝いましたけど、なにも記憶がないとか言った覚えはこれっぽっちもありませんよっ? だって映姫様の話が本当なら、その時私は幻想郷にはいなかったんですからっ」

 

 そういえばそうか。二十年間幻想郷から外界に出ていた彼女ならば、『この事』を知っていたとしても不思議はない。

 一応、彼女に最終確認を取る。

 

「じゃ、じゃあ……白夜は知ってるの?」

「私とほぼ入れ替わりでしたから、そこまで詳しく知っているわけじゃありませんけどねっ。でも、ちゃぁんと記憶には残ってますよっ」

 

 「やー、以前神社で見かけた時からもしかしてとは思っていたんですけどねぇーっ」心の底からのほほんとした笑みを浮かべながら、白夜は言う。これまでの経緯を全部吹っ飛ばしてしまうような、衝撃的な事実を。

 三人に見つめられる中、白夜は普段通りの調子でニコニコしながらこう言った。

 

「『ユバシリタケル』って、確か二十年前に紫様が拾ってきた少年の名前でしたよねっ?」

 

 ――――その時、今まで閉め切られていた障子が突然開いたかと思うと、一人の少女がそこに立っていた。

 長い鮮やかな黒髪をリボンで停めたその少女は、普段の勝ち気な様子からは想像できないほどに顔面蒼白な様子で私達を見つめていた。紅白の衣装を着たその少女は、柔らかそうな唇をわなわなと震わせながら何かを言おうとしている。信じられない、何が起こっているのか分からない。第三者視点で見ても簡単に分かるくらいに動揺した様子の彼女……博麗霊夢は、落ち着かない様子で視線を私達の間で泳がせながら硬直していた。

 それでも、一言言えただけでも大したものだろう。全身を震わせながらも、霊夢は消え入るような声で私達に尋ねる。

 

「……どういう、こと……? 威が……え……?」

「……混乱するのも分かりますが、とりあえず落ち着きなさい。その状態では聞くものも聞けないでしょう?」

「いや、でも……映姫、今、威がなんて……」

「落ち着きなさい。話はそれからです」

 

 もはや顔が土気色になっている霊夢を無理矢理座らせると、映姫は白夜に水を持ってくるように命じる。確かに、落ち着かなければ話もできない。かくいう私も未だに混乱しているが……彼女の言うとおり、一旦気を静めることが先決だろう。

 霊夢に何度も話しかけてなんとか落ち着かせようとする映姫。彼女達の方に視線をやった幽々子は、先程霊夢が入ってきた障子の方を見やるといつも通りののんびりした調子で表情を綻ばせたまま彼女達(・・・)に言った。

 

「貴女達も、入って来なさいな。お話くらい、聞きたいでしょう?」

 

 とても緊張感の感じられない幽々子の言葉に彼女達は一瞬面食らったように狼狽えるが、そこはやはり霊夢の友人らしく、すぐさま表情を引き締めると彼女の言葉に従った。一人だけ、守矢神社の風祝だけは霊夢と同じように戸惑っている様子だったが、白玉楼の庭師と永遠亭の助手が言葉をかけて落ち着かせていた。

 一気に騒がしくなった部屋を見渡し、最後に入ってきた魔理沙が頭を掻きながら呆れたように言い放った。

 

「おいおい……今回もまた、凄まじい規模の異変が起こってるみたいだな」

 

 それでも苦笑する辺り、貴女は図太い人間よね。

 

 

 

 




 なんか少しだけ威くんの正体について触れられ……てないですね。なんてこったい。
 まぁ薄々お気づきの方もございましょうが、ネタバレ及び予想コメはご遠慮ください。もしかしたら文伝録とは違ったエンディングの可能性もございますよ? 結婚式にマイペースが出てたからってこっちがパラレルの可能性もありますしね!
 それでは次回もお楽しみに。感想もお待ちしています♪


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マイペースに臨戦態勢

 今回は少し短め。まぁ間の挟みみたいな話だから気楽にお楽しみください。


「な、何が……何がどうなって……!」

『おいおい、そういう状況把握ってのは覚妖怪の十八番だろ? そのご自慢のサードアイでオレの心の中でも覗いちまえばいいじゃねぇか。それとも、こんな醜い男に深入りしたくはないってか? かー、哀しいねぇ』

 

 驚愕に目を見開く私に呆れたような表情を向けながら、威さん……いや、威さんだったモノは大仰に肩を竦めました。哀しい、と言っているくせに口調はあくまで単調で、とても感情を感じさせるような喋り方ではありません。あくまでわざとらしく、演劇口調で台本を読むように言葉を吐き出し続けています。

 今日は朝から調子の悪かった威さん。こいし達が気を利かせて気分転換に旧地獄の祭に出かけていたのですが……突然苦しみ始めた威さんは勾玉の根付を取り出すと、天に掲げたソレを握り潰しました。そして、それからは人が変わったような様子でいる。

 人が変わった。……おそらく、今朝から度々『視えて』いたもう一人の威さんでしょう。彼らしくない悲哀の表情。彼らしくない芝居がかった喋り方。そして、へらへらと人を小馬鹿にするような態度。そのどれもが威さんとは正反対で、まるでそっくりそのままひっくり返したかのようです。

 

「お、お兄ちゃん!? 急にどうしたのさ!」

『はろーこいしちゃん。キミのおかげで予定よりも早く《こっち》に現れることができたんだわ。やー、無意識ってのは恐ろしいねぇ。結果がどっちに転がるかなんて考えもしない。ま、その無意識によってオレは結構助かってんだけどさ。礼だけは言っておこうかな。さんきゅー♪』

「ふ、ふざけるんじゃないよアンタ! 訳分からないこと言ってないで、早く普段のアンタに戻りな! 何が起こってんのかはアタシには分からないけど、こいし様達が計画したこのお出かけを滅茶苦茶にするわけにはいかな――――」

『うるせぇんだよ、このクソ猫が』

「っ……!?」

 

 思わず息を呑んでしまう。それほどまでに怒りが濃縮された声に、私やこいしはおろか怒鳴り散らしていたお燐までもが言葉を失っていました。地獄から這い上がってきた怨霊の様な……もしかしたらそれ以上の負の感情を込めた言葉に、私達は呆然と立ち尽くすしかありません。

 眉間に皺を寄せ、あからさまに嫌悪の表情を浮かべる威さんは軽く舌を打つと、私達を舐めるように見渡し、

 

『なんかもうすっげぇ哀しいわ。これは色々と壊して餓鬼みてぇにストレス発散するしかねぇよなぁ?』

 

 ぐぐ、と両脚に力を込めるように腰を落とすと、地面を蹴って空中に飛び上がりました(・・・・・・・・・・・)。変換機も使っていない。というか、ロクに霊力も備えていない一般人である威さんが飛ぶことがそもそもあり得ないのですが。彼は驚異の跳躍力で宙に浮かぶと、落下することもなく優雅に私達の頭上に漂っていました。相変わらずの、卑屈な笑顔を浮かべたまま。

 威さんが飛び上がった瞬間、周りが喧騒に包まれ始めます。彼の噂を聞いていた住民達も驚いているのでしょう。ただの人間であるはずの博麗神社の居候。大した力も持っておらず、霊夢にセクハラするくらいしか能のない変態。その程度の認識であったはずの人間が、今自分達の目の前で不敵な笑みを浮かべたまま空中遊泳している。祭の盛り上がりとは明らかに異なった困惑の雰囲気が場を包み込んでいきます。

 思い思いに騒ぎ立てる群衆。自分が注目されていることに満足したような笑みを浮かべると、威さんはあくまでもわざとらしく右手を地面に向けます。――――その手に膨大な量の『力』が集まっていることに気が付いたのは、おそらく私やこいしだけかもしれません。不可視の何か。しかし高密度の力は馬鹿みたいな勢いで膨れ上がっていきます。

 集束する力。私達の方に向けられた右手。先程の台詞――――

 気が付くと、私は周囲に向けて必死に金切り声をあげていました。

 

「み、皆さん! 早く避難して――――」

『遅ェよ、バーカ』

 

 しかし、私が全てを言い終える前に、

 ニィ、と妖しく口元を吊り上げた威さんの右手から放出された謎の力は――――

 

 ――――一瞬で、私達がいた周辺を民家ごと吹っ飛ばしました。

 

 

「き……キャァアアアアア!!」

 

 あまりの威力に地面が消し飛び、猛烈な爆風によって私は盛大に地面を転がってしまいます。全身をぶつけ、引き摺られるように停止した時には鈍い痛みが身体のあちこちに広がっていました。油断していたとはいえ、この威力。下手な低級妖怪くらいなら瞬殺できる程の力に、背中が汗ばむのを感じます。

 そういえばこいし達は無事なのか。服の土埃を払って立ち上がりながら周りを見渡します。彼女達は私よりも着弾点に近いところにいた。しかも無意識で動いているから意識的な回避行動もできない。本能が働いてくれていればいいのだが……。そんな不安に駆られながらも必死にこいし達を探します。

 すると、土煙の中から誰かがこちらに歩いてくるのが見えました。消し飛んだはずの場所から、二つ分の影が私の方に向かっています。

 

「あー、くそ。せっかく祭だってぇのに、なんだいこの大騒ぎは。人がせっかく豪快に呑んでたっていうのによぉ」

 

 一人は背の高い女性。赤い線の入った半袖の襦袢のような服を身に纏い、半分透けているのではないかというデザインの長いスカートを穿いたその女性の額には、星マークの付いた赤い角が生えています。女性としては最高とも言えるプロポーション。女性にしては些か筋肉質の両腕には、目を回して気絶しているこいしとお空が抱えられていました。

 

「まぁいいじゃないの。久しぶりの大喧嘩だ、心の底から鬱憤をぶつけてやれば万事解決だよ!」

 

 対して、彼女の傍らには対照的な幼い少女が。橙色の長髪を足元まで伸ばした彼女は手足に分銅を括りつけています。彼女が動くたびに鎖がジャラジャラと音を上げ、様々な図形をした分銅が地面に引き摺られていきます。どこかのんびりした雰囲気をの少女は、脇にお燐を抱えたまま瓢箪を傾けて何かを呑んでいます。無骨な二本の角を側頭部から生やした彼女は、隣で愚痴っている女性を宥めながらも楽しそうに口元を歪めていました。

 旧地獄の頂点と言っても過言ではない二人。もしかしたら妖怪内でも最強クラスの実力を兼ね備えた彼女達は、私の家族を抱えた状態で私の方に歩いてきていました。

 思わず、彼女達の名前を呼んでしまいます。

 

「萃香さん! 勇儀さん!」

「おっすさとり。とりあえずこのアホ共は無事だぜ?」

「ちょっと危なかったけどねー。ま、私達にかかりゃあこれくらい朝酒前だけどさ!」

 

 胸を張って豪快に笑う萃香さんは、抱えていたお燐を地面に下ろすと背後に視線をやって、

 

「んで、タケのヤツはいったいどうしたんだい?」

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

 ――――よく分かりませんけど、悲哀の感情に特化したもう一人の威さんが精神を乗っ取って暴れているみたいなんです。

 

 さとりから聞きだした事情は以上の通りだ。正直説明不足にもほどがあるが、彼女も混乱しているようなので責めたてるのもお門違いというものだろう。まぁあんまり複雑な説明は私も勇儀も理解できないから、大雑把ならそれに越したことはないけどさ。

 

「それにしてもタケのヤツ、まさか人間じゃなかったとはねぇ」

「まぁ人間にしては打たれ強かったし、妙な力を持っていたから可能性はあったけどさー」

 

 髪をガシガシと掻きながらしみじみと呟く勇儀。数日前に一緒に呑んでいた(飲ませていたとも言う)相手が急に妖怪みたいな行動を取っていることに驚いているんだろう。かくいう私もびっくりしている。博麗神社で何度か会ってはいるが、その時は普通のどこにでもいるような変態だったし。や、変態がどこにでもいるってのは嫌だけど。まぁとにかく、特段妙なところは感じられなかったわけだ。

 馬鹿みたいに騒いで、霊夢にセクハラして、私達と呑みまくっていたタケが……、

 

「まさか、あんな風になっちゃうなんてねー……」

『おやおや、こいつぁまた凄い奴らが来たもんだ。山の四天王が二人して、オレなんかに何の用ですかい?』

「や、用っていうかさ。私達はタケを止めに来たわけよ。このままそうやって暴れ続けられちゃうと旧地獄が廃墟になっちゃうからさ。基本的に地底を住処にしている私や勇儀的にゃあ、そういう結末だけは結構困るわけなんだよ」

『なるほど。貴女達は自分の居場所を守りたいっつうことっすね? いやー、こいつぁ素晴らしい。泣く子も黙る酒呑童子様が、まさか守るための戦いを志すとは。オレぁもう悲しみと嗚咽が止まりませんよ。しくしく』

「……なぁ萃香。あの馬鹿ぶん殴ってもいいか?」

「ちょっと待ちなよ勇儀。うざいのは分かるけど、もう少しタケと話をさせて」

 

 あまりにも仰々しく喋るタケに勇儀は額に青筋を浮かべて眉をピクピク痙攣させていた。ただでさえ沸点が人より七十度くらい低い爆発魔鬼星熊童子である。四天王の中でも一番怒りやすくていつも私や華扇を困らせていたこいつが、今の心底うざったらしいタケにキレないわけがなかった。いつものタケは愚直で馬鹿みたいに真っすぐだから好かれているみたいだけど、さすがにこのわざとらしさはねー。私も初対面なら即殺していたかもしれない。

 宙に浮いたまま大仰に頷くタケに再び視線を戻すと、話を再開。

 

「ねぇタケ。とりあえずアンタの正体を聞かせてくれないかい? 色々やるにしても、まずはそこからだ」

『オレなんかの正体聞いたって得られるもんは何もないと思うけどねぇ。こんな矮小で卑屈で物悲しい存在を知ったところで、記憶の要領が無駄になるだけっすよ?』

「だとしても、だよ。私だって何も知らない状態で知り合いを殴るのは気が引けるんだ。せめて事情を知った上で戦いたいのさ。鬼としての義理だ、これくらいは許容しちゃあくれないかい?」

『ふむふむ。まぁ確かに一理ありますねぇ。ここいらで盛大に名乗りを上げておくのも、哀しさにスパイスをぶち込むみたいでなんともまぁ絶望的でさぁ。うん、その頼みを聞いてしんぜやしょう!』

「な、殴りたい……あのクソみたいな芝居口調を黙らせたいよあたしゃぁ……!」

「いいから落ち着きなって」

 

 未だに拳を握ってぷるぷる肩を震わせているマジギレ寸前の怪力乱神に声をかけつつも、タケの言葉を待つ。タケはしばらくうんうんと考え込んでいたが、やがてとびっきりの下卑た笑みを浮かべると大袈裟に両手を開いて高らかに叫んだ。

 

『それじゃあお聞かせしましょう! オレの正体及び生誕の経緯、そして十年前の悲劇も合わせた大悲哀譚を!』

 

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに。感想もお待ちしています!

※大学受験に伴って
受験が終わるまで更新を停止します。
読者の皆様にはご迷惑と心配をおかけすることになりますが、終了次第最新話をお届けしたいと思っておりますのでご容赦下さい。
それでは、良いお年を。


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マイペースに説明会

 話自体は進みませんが、おなじみ説明回ということで一つ。


『まぁ、過去話と言っても大したことはないんですがね……どこから聞きたいっすか?』

「誕生秘話は簡潔に。重要なのは幻想郷に関係するところだからさ」

『ありゃりゃ、ダイジェスト版だと少々筆が乗らねぇかもしれませんが、まぁいいでしょう。荒筋的に寂しくいきやしょうか』

 

 さてさて、とどこから取り出したのか、小槌を片手に咳払い。今から自分の過去を語るとは思えない軽快さに隣で勇儀が困惑の表情を浮かべている。かくいう私もちょっと気を削がれそうなんだけども……まぁ、鬼にも時にゃ我慢が必要だろう。

 小槌を軽く振り上げ、叩く。

 

 ポンポン、ポンポン

 

『昔々のそのまた昔。具体的に言うと江戸時代後期頃でしたかねぇ。どこにでもあるような田舎の農村にオレこと【ユバシリタケル】は生を受けたんでさぁ』

「江戸時代って……それにしちゃあちょっとばかし精神年齢が低いように感じるんだけど」

『外見年齢に不相応な精神年齢は違和感を与えるだけじゃないっすか。どこにでも溶け込めるように自然な対応。これ大事』

 

 とても自然に対応していたとは思えないけど、とかいうツッコミは伏せておく。

 

 ポンポン、ポンポン

 

『両親は貧しい中でも一生懸命にオレを育ててくれやした。働き手が欲しかったのか、それとも純粋な愛情からだったのかは不明ですが、まぁ、辛い中でできうる限りの愛情は注いでもらいました。いやはや、今思い出しても涙が出ちゃう。だってオトコノコだもん!』

「ぶん殴るぞこの三文芝居野郎」

『いやん。ご遠慮為すって星熊さまぁ』

 

 ポンポン、ポンポン

 

『ま、そんなわけで、オレは両親に深い愛情を向けていた訳ですが……オレが五歳になったくらいでしたかね、悲劇が起こりました』

「悲劇?」

『えぇ、ヒントは口減らし……って、あらら、言っちゃいましたね』

 

 わざとらしく舌を出して誤魔化すタケ。勇儀がまた額に青筋浮かべているけれども、それは放っておいて私は頭を働かせる。

 江戸時代。都市の方でもちょくちょく飢饉や噴火で餓死者が出ていたような時代だ。タケが生まれたと言っている田舎の農村ではそれがより顕著だっただろう。不作で米が取れないにも関わらず年貢は徴収されるもんだから、飢えはさらに酷くなる。私も実際に光景を目撃したが……あれは本当に酷かった。地獄絵図をリアルに見た気がしたね。

 そんな中で、タケが言った『口減らし』。食料が不足しすぎた結果、少しでも消費を減らすために子供を殺すってやつだったか。本当に追い詰められた人間は肉親でも手にかけてしまうようで、あれは彼らの残酷さを一番に表していたように思う。や、事情はあるんだろうけど。

 

『天明の大飢饉……って言ってもお分かりかどうか知りませんけど、まぁ、ちょっと度の過ぎた飢饉のせいで食べ物が手に入らなかった結果、口減らしでオレは殺されました。あれだけ大好きだった両親から、直接殺されたんですよ。苦しいとか痛いとか思う前に、絶望が大きかったですね。「あぁ、愛情なんてものは、些細なことで憎悪にひっくり返るのか」って』

「……なるほど。その思いから愛憎の妖怪になったってところかい?」

『ご明察。同じような境遇の奴らを大量に取り込んで、オレは新たに【愛と哀を操る妖怪】として爆誕したんっす。愛を集め、哀を晴らす。オレ達の苦しみを味わえーってことですね』

 

 へらへらと笑いながら語るタケだが、当時に関して多少ながら思うところがあるらしい。わずかばかりの悲哀に顔を歪めていた。それほどまでに、辛かったのだろう。愛していると思っていた相手から殺されたなんて、普通に考えて発狂ものだ。しかもタケは五歳なんていう幼い頃に口減らしされている。理性なんて無いに等しいから、感情をそのまま妖怪化してしまったということか。

 気がつくと、地霊殿メンバーも何やら神妙な面持ちでタケの話に耳を傾けている。さとりは読心で話を最後まで読み取ったのか、他とは違って顔を青褪めさせていた。……いやいや、まさかそんなシリアス話が私達を待ち受けているのかい? いやだなぁ。

 ポン、と再び小槌を打つ。

 

『生誕事情はそんなもん。んでもって、ここからは幻想郷事情です』

「そういや、どうやって幻想郷に来たんだい? 紫の反応を見る限りだと、妖怪として堂々入ってきたようには思えないけど」

『えぇとですね。ぶっちゃけて言うと、外から幻想郷に迷い込みそうだった一般人に背後霊的な感じで着いて行きました。平成元年くらいだったかなぁ。さすがに存在が危ぶまれたんで、どうせなら幻想郷で暴れてやろうかと』

 

 何やら軽い調子で言っているけども、こちらとしては迷惑この上ない話だ。確かに物騒な妖怪が大量に巣食う幻想郷だけれども、わざわざぶち壊すために入ってくることもないだろうに。や、喧嘩と大騒ぎが大好きな鬼である私が言うのも可笑しな話なんだけどさ。勝手に外で暴れてくれと思わないでもない。

 ここまでで話し疲れたのか、タケは軽く伸びをすると三度小槌を軽い調子で叩き、

 

『それでは、ここからが本筋ですね』

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

「ユバシリタケルが幻想郷で存在を確認されたのは、二十年前。幻想郷の端にある人里が、一夜にして壊滅状態にまで陥った事件がきっかけです」

 

 映姫が改まった様子で口を開く。すべての事情を知っているであろう幽々子が柔和な笑みを浮かべて茶を啜っているのが無性に気に障るが、場の空気を壊すわけにもいかないので黙っておく。紫や魔理沙も真面目に話を聞いている中で、博麗の巫女である私が取り乱すわけにもいかない。

 

「予兆がまったく感じられなかった奇妙な事件。諍いの種があったわけでもない、そんな普通の里が突然破壊された。……唯一心当たりがあるとすれば、そこには外来人が住んでいたということですね」

「外来人? 私の記憶だと、威以外に幻想郷に残った奴なんて配達屋くらいしか知らないけど」

 

 少なくとも、博麗神社を通って幻想入りした外来人は全員送り返したはずだ。

 

「霊夢の代ではその通りですが、昔はもっとアバウトだったのですよ。貴女の先代……博麗鏡華は、幻想郷に迷い込んで来た外来人達をあちこちの里に住まわせていました。勿論、双方同意の上でですが」

「あぁ、だから人里にもちょっと変わった服装や趣味をした奴がいるのか」

「はい。おそらく、二十年前程に幻想入りした方々でしょう」

 

 魔理沙の問いかけに映姫が頷く。

 

「話を戻しましょう。その里には先程説明した外来人が住んでいました。幻想郷に迷い込んだ彼は、その里の娘と仲良くなりそのまま結婚。博麗神社で式を挙げたので、覚えている人も多いのではありませんか?」

「あー……なんかいましたわね、そんな人。ちょっと気が弱そうだけど、芯の強そうな普通の人間っぽかったわ」

「鏡華も彼についての記憶は操作していませんから、紫が覚えているのも道理です。……彼はその里で平穏に暮らしました。里の為に一所懸命働き、ついには子供まで授かったのです」

「良い話じゃないですか。それが雪走さんとどう繋がるか、まるで見当が……」

「まぁそう急かさないの、妖夢。ここからが本題なんだから」

 

 首を傾げる妖夢を幽々子が優しく諫めるが、私としても気持ちは同じだった。その外来人が里に住んでいたことと威が関係するとは、とても思えない。

 場が再び静寂を取り戻したのを確かめると、映姫はやや目を細め、物々しい雰囲気を纏いながら口を開いた。

 

「幸せに生活していた彼……、しかし、彼の子供が丁度五歳の誕生日を迎えたときでした」

 

 映姫はそこで一度言葉を切ると、

 

「何の前触れもなく、謎の爆発が里を襲ったのです」

「……妖怪か何かに襲撃されたんですか?」

 

 早苗が恐る恐るといった様子で質問する。確かに、幻想郷的に考えるならばその意見が最も常識的だろう。外の世界と違って魑魅魍魎が堂々と跋扈している幻想郷では、怪現象はすべて妖怪の仕業とされているのだから。里が一夜で崩壊したのも、妖怪に襲撃されたというのなら納得できる。

 しかし、私達の予想を裏切って映姫は首を横に振った。

 

「子供が生まれてからその里には鏡華が結界を張っていましたから、妖怪が侵入することはできないはずなんです。それこそ、住人と一体化するとか、そこまでしないと不可能。ですから不思議だったのです。妖怪の仕業ではなかったとして、どうやって里を破壊したのか」

「私は映姫ちゃんから話を聞いただけなんだけど、本当に酷かったらしいわよ~? 家屋は軒並み倒壊していて~、住民もほとんど死んじゃってみたいね~」

「……普通の事故、にしては被害が大きすぎるわね」

「火事や地震が起こったのなら納得は行きますけれど、その時期に自然災害が幻想郷を襲った記憶も資料もありませんわ」

「その通り。災害に見舞われたわけでもない人里が謎の最期を遂げた。原因は不明。浄玻璃の鏡を使っても、魂が引き裂かれすぎていてまともに映りもしない。あまりにも手がかりが少なかったので、そのまま放っておくしかなかったんです」

 

 当時を思い出してか悔しそうに下唇を噛む映姫。幻想郷の魂を裁く閻魔だからこそ、死者の死因を明らかにして弔ってやれなかったことが無念なのだろう。無駄に頑固で生真面目な映姫のことだ、相当悩んだに違いない。

 場の空気を読んだ藍が全員分の茶を注ぎ直したところで、再開する。

 

「謎の減少によって里は壊滅。生存者はゼロ……と思っていたのですが、なんと一人だけ生き残りがいたのです」

「へぇ、魂ズタズタにされたような奴がいる中、よくもまぁ生き残ったな」

「もしかして……それがさっき言ってた外来人ですか?」

「いいえ。……生き残っていたのは、その外来人の息子です」

「妙ね……。大人達でさえ耐えられなかった中、五歳の子供が生き残るっていうのはあまりにも不自然すぎるわ」

 

 何事にも偶然や奇跡というのはあるのだろうが、その子供以外全員死んでいるというのがどうにも気にかかる。出来過ぎている、といってもいいだろう。

 私の意見に賛同できる部分があったのか、軽く頷く映姫。

 

「今考えると怪しいですね。しかし、当時は私も頭に血が上っていまして、目先の出来事に囚われていたんです」

「紫がその子を引き取るって言ったのも対応が遅れた原因だったりするのよね~」

「……その辺りは記憶に残っていませんわ」

 

 扇子で顔を隠しながらそっぽを向く紫を見る限り、本当に覚えていないのだろう。胡散臭い奴だけど、余計な嘘をつく奴でもないし。……よね?

 最初に聞いた話から想像するに、その子供が八雲家に引き取られた頃からの記憶は先代巫女……お母さんが封印したのだろう。歴代で最も封印術に優れていたと言われるお母さんならば、少し気合を入れれば可能だろうし。基本的に体術ばっかりだから忘れられがちだけど……あぁ見えて素晴らしい術者だったのだ。

 当時を覚えてない紫に代わって、配達屋の母親が言葉を引き継ぐ。

 

「丁度二十年前でしたねっ。調査から帰宅した紫様がショタを連れて帰ってきたのはっ」

「誤解を招く言い方は止めなさい」

「あ……じゃあもしかして、その子供っていうのが……」

「はいっ。ユバシリタケル君ですっ」

 

 年甲斐もなく「にぱっ☆」と効果音を口に出しながら朗らかに笑う白夜。あまりにもあっけらかんと言ってくるものだから衝撃が緩和されてしまう。まだ話はまったく進んでいないというのに、こんな調子で大丈夫なの?

 なんかこんがらがってきたから、一度情報を整理しよう。

 昔幻想入りしてきた外来人。彼が里の娘と結婚して、生まれた子供が里崩壊の中一人だけ生き残った。そんでもって、その子を紫が引き取った、と……。

 

「……紫、アンタ少しは考えて行動起こしなさいよ」

「記憶がないって言ってる相手捕まえて好き勝手言ってくれますわね、霊夢」

 

 私の言葉に紫はヒクヒクと口元を痙攣させていた。まぁ、反論してこない辺りいつもに比べると素直だ。状況が状況だから怒るのを我慢しているのかもしれないけど。 

 ぐるぐると唸りながら私を睨みつける紫を見兼ねてか、映姫は嘆息と共に口を開いた。

 

「あまり紫を責めないでやってください。紫が彼を引き取ろうと思ったのは、ひとえに彼の能力によるものなのですから」

「雪走くんの能力? 【愛を力に変える程度の能力】じゃありませんでしたっけ?」

「それはあくまで副産物にしかすぎません。彼は【愛憎の妖怪】。自分に都合がいいように他者の感情をコントロールすることができるんです。紫があんな事を言い出したのも、ユバシリタケルの能力によるものとみていいでしょう」

「【愛され、憎まれる程度の能力】ってところかしら~。霊夢も心当たりがあるんじゃない?」

「……そういえば、普通じゃ考えられないくらい短期間で威のことが好きになっていたような気がするわね」

「まぁ彼の能力は深層心理を後押しする程度のものですので、元々貴女は彼に好意的な感情を向けていたという事実は変わりません。照れ隠しに能力のせいにはできませんから悪しからず」

「だ、誰もそんなこと言ってないでしょう!? 勝手な想像すんなっつーの!」

「…………チッ」

「オイコラ舌打ち聞こえてるわよ三流風祝」

「なんのことでしょうか」

 

 輝かしい笑顔を向けてくる早苗だが、その表情の裏に禍々しい嫉妬の念が隠れているのを私は見逃さない。この馬鹿はホント気を抜いたらすぐに抜け駆けしようとするんだから……。

 今更だが、新情報が立て続けに出てきたことで頭がパンクしそうだ。滅茶苦茶唐突にトンデモ展開発生してるし……なんか、これ以上は何を言われても驚かない気がする。

 そんな軽い気持ちで耳を傾けながら茶を啜る私だったのだが。

 

「――――それで、十年前に雪走君と鏡華が戦うことになったのよね~」

「ぶっ!?」

 

 何の前触れも予兆もなくぶち込まれた衝撃的な事実に、私は隣に座っていた早苗に向かって思いっきり茶を吹き出してしまうのだった。

 

 




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【番外編】色は匂へど、少女は願う

 シリアスばっかし続いてるんで、箸休めに番外編を挟みます。まぁ、ギャグではないですが。
 総集編? 振り返り? まぁとにかく、霊夢のデレをお楽しみください。


 今日は朝から突然の雨。昨日は龍神様の石像を見に行く機会がなかったから、何の対策もしていなかった。そろそろ食料が底を尽いてきたから買い出しに行こうと思っていたのに……まぁ、また晴れたら威でもパシッて買いに行かせればいいか。今日すぐにでも餓死するわけでもないし。

 雨の湿度で結構早めに目が覚めてしまった私は、隣で涎垂らして爆睡かましている居候の間抜けな表情に笑みを零すと、起こさないように気をつけながらこっそり寝室を後にした。途中台所で酒とつまみの準備をすると、縁側へ向かう。夏とはいっても雨が降っているために少々肌寒いが、軽く上着でも引っかければ大丈夫だろう。

 ちょっとばかしひんやりした縁側に腰掛け、熱燗を一口呷る。適度な刺激が喉元を通り過ぎる感覚に身を震わせると、私は軽く溜息をついた。たまには、雨見酒なんていうのも乙なものね。

 ふと中庭に視線をやると、土砂降りでもなく小雨でもない、まさに「雨」と表現できそうな強さでしとしとと地面を濡らしている。緑の葉っぱが生い茂った桜の木も、雨の重さで枝をだらしなく垂れ下げていた。湿気のせいか珍しく蝉やカブト虫も姿を隠していて、久方ぶりの静けさに慣れない自分がいた。おかしい。元々は一人で静かに呑む方が好きだったはずなのに。

 再びぐい、と一口。

 

「……威の馬鹿も、起こして来ればよかったかな」

 

 今更ながらに後悔。別段酒に強いわけでもない(むしろ弱い方)威と一緒に呑んでも限界は見えているが、それでも退屈しのぎにはなっただろう。いや、酒呑みながらアイツのセクハラに延々と耐え続けるのも癪だが……まぁ、イヤな気分はしないからいいのか。ちょっとスペルカードでお仕置きすれば万事解決だし。

 変わり映えのしない風景をぼんやりと眺めながら、なんとなく流れ的に思考が威の方へとシフトした。

 

「そういえばアイツ妖夢と幽々子に修行してもらったって嘯いていたけど、結局のところどんだけ強くなったのかしら。弾幕ごっこで咲夜辺りと張り合ってくれないと、妖怪退治の補助を任せられないんだけど」

 

 そもそもが外来人で一般人である威にそれほどまでの戦闘力を期待する方が無理というものなのだが、一応博麗神社に居候している以上妖怪退治の仕事は手伝ってもらわねばなるまい。そうしてくれないといつまでもアイツは他称「ヒモ男」のままなのだし。そうすりゃ私も楽できるし。……どっちかというと、こっちが本音ね。楽して悪いかこらー。

 ……そういえば、

 

「白玉楼から戻ってきてからしばらくの私、本当に病んでたわねぇ……」

 

 嫌なことを思い出してしまった。一時的な恋の病と思いたいが、それにしても随分と乱れていた当時の自分を思い返す。

 魔理沙や配達屋といろいろ話してようやく威への本当の気持ちに気が付いた私は、何を勘違いしたのかスキンシップと甘言を片っ端から詰め込んだような甘ったるい人格で威に接していたのだ。思いつくデレは片っ端から実行していたと思う。抱擁に接吻、色仕掛けに「一緒にお風呂入ろう作戦」。今思うと阿呆以外のなんでもないのだが、当時は必至すぎて自分を顧みる余裕もなかったのだから仕方ない。しかし、それはもう自分でもドン引きする程の気色悪さであったということだけは述べておこう。。普段からセクハラと告白三昧な威をして戦慄させたくらいである。その程は、推して知るべし。私の普段が普段なだけに、高低差が激しかったからというのも気色悪さの一つだったろうが。それにしても、よくもまぁ当時の私はあんな鳥肌が立つようなことを平気で口走っていたものだ。威のこと言えないなぁ、と苦笑交じりに再び一口。

 その後魔理沙や早苗、咲夜と女子会的なもんやって、色々あって……、

 

「……あぁ、そっか。私が風邪ひいたんだったっけか」

 

 最近では最も印象的な出来事。粗食節制(故意ではない)をモットーにしていて万年健康優良児の私が珍しく病魔に敗北し、鼻水と共に苦汁をなめたあの日。威に苦笑交じりに世話をされ、魔理沙にからわかれたなんとも情けない日。……そして、私が威に対しての想いを再確認した日。

 久しぶりの高熱で意識が朦朧。食欲もなくマトモに動けなくなった私を、威は嫌な顔一つせずに献身的に看病してくれた。ご飯作って、身体拭って……弱いくせに永遠亭まで一人で風邪薬を貰いに飛んで行って。普段おちゃらけてへらへらしている万年三枚目居候を気取っているくせに、あの時だけは誰よりも頼りになった。誰よりも優しく、そして……誰よりも、格好良かった。

 吊り橋効果かな、とかは思わないでもない。あの時風邪をひかなければこういう素直で落ち着いたまま好意を認めることなんてできなかっただろうし。もしかしたら、今の今まで痴女みたいな愛情表現を繰り返していたのかもしれない。そういう面で見ても、あの時の出来事は私にとって重要なものであったのだろう。

 あの時、私は弱々しく威の手を握りながら、か細い声で彼にこう言ったのだ。

 

 「傍にいて。独りにしないで」と。

 

 今更になって考え直すと、なんとも情けない台詞だなぁとか思ってしまう。妖怪退治のエキスパート、幻想郷の素敵な巫女である天下の博麗霊夢が居候相手に寂しさを訴えかけているなんて。情けないと同時に滑稽だ。紫や魔理沙辺りが聞いたら半年はからかわれ続けるに決まっている。娯楽の少ない幻想郷。人の噂、それも滑稽であるならば、二日もあれば幻想郷中に広まる。危うく楽園の笑い者になるところだった、とちょっと前に安堵の溜息をついた私を誰が責められようか。まぁ、責めた奴は片っ端から退治するけどさ。

 未だに振り続ける夏雨を肴に、熱燗をグビリ。

 

「…………」

 

 無言。雨が地面を跳ねる音に耳を傾けつつ、私はしばらく物思いに耽る。

 アイツが幻想郷に来てから、いろんなことがあった。

 出会った時からマイペースで、人の話なんて一ミリも聞こうとしない。思った事はすぐに口から流れ落ちるため、思考はダダ漏れだ。そのうえ、表情も分かりやすい。嘘をつくなんて里の子供達よりも苦手で、いつも思いつきで行動するような渾身の馬鹿。今どき幻想郷でも珍しいくらいに感情の変化が著しい人間に、萃香や華扇を初めとした妖怪集団でさえも驚嘆していた。あの幽香をもってして「変わっている」と言わしめるほどである。一周どころか五周くらいしても馬鹿だ。

 威の歓迎会を開いた直後に白玉楼に修行に行ったときは、さすがに驚いた。冥界は亡霊と幽霊の住処。陰の気が溜まった場所なので、人間には毒なのだが……あの馬鹿はまったく物ともせずに、まるで避暑地に遊びに行ったかのようにのんべんだらりと修行ライフを過ごしていたらしい。基本引き篭もりで酷い時はパチュリー並みに動かない私が言っていいことではないかもしれないが、少しは場所に適した態度と行動を取りなさいよと小言を漏らしそうになる。や、その話を聞いてから実際に言ったんだけども。

 幻想郷なんていう摩訶不思議な楽園の仲介役をやっている私が、まさか外の世界からやってきた平々凡々な男との出逢いに心を突き動かされるなんて、思いもしなかった。いやまぁ、アイツを一般人に分類するのは至極大層甚だ遺憾なのだけれども。弾幕もマトモに撃てなかったことを考えると、おかしくないのかもしれないが。

 弾幕ごっこはチルノより弱くて、馬鹿で、ヘタレで、助平なマイペース馬鹿。

 

「……あんな奴の、どこに惚れたんだか」

 

 自嘲気味に呟く。苦笑を交えて言葉を漏らす一方で、その答えを私は既に持ち合わせていた。

 優しいとか、一途とか、素直とか、そんな局所的な一面に惚れたわけではない。四日なんていう超絶短期間で心を奪われた情けない私が言えることではないけれども、単発的な彼の魅力にのぼせているわけではない。

 

 威、だから。

 

 雪走威だから、私は好きになったのだ。

 

 理由なんてそんなもんだ。答えなんてその程度だ。どこぞの配達屋に懸想している紅魔館勢や妖怪の山メンバーに聞けばもっと深くて詳細な意見が返ってくるのかもしれないが、私の答えはこれが一番。常識に囚われないどこぞの風祝ではないが、「空を飛ぶ程度の能力」を有する私は何事にも縛られない。良く言えば自由、悪く言えばテキトーだ。そんな私には、こんな感じのテキトーな答えの方が相応しい。考えるのは、性に合わないし。

 気がつくと、徳利の中は空になっていた。萃香の阿呆がこっそり呑んだのかと思ったが、アイツはそんなみみっちいことはしないので気のせいだろう。酒が出続ける瓢箪を持っているんだから、こんな安酒を盗むとも思えない。

 やれやれ。面倒だが、入れ直して来るか。

 よっこいせ、と老人臭い掛け声で立ち上がると、徳利を持って台所へ向かう。

 と。

 

「よ、霊夢。酒の御代わりか?」

 

 歩き出してすぐに、前方から見覚えのある男が歩いてきた。相変わらずのへらへらした緊張感のない顔をした彼は、お盆に二本の徳利を乗せてこちらへと歩いてくる。

 飲み始めてからまだ一時間ほどしか経っていないはずだが、朝に弱い彼が私の補助なしでどうやって起床したのだろうか。

 その答えは、首を捻るほどのものでもなく、

 

「お前が起きた時に一応気が付いたんだけどな。朝は身体が重いから、まったく動けなくて」

 

 あっはっは、と何がおかしいのか大口開けて笑い声をあげる威。相変わらず唐突な彼の挙動に、思わず苦笑を漏らしてしまう。馬鹿ねぇ、と嘆息することも忘れない。

 威はひとしきり笑い終わると、盆を白木板の上に置いてから縁側に腰を下ろした。

 

「そろそろ二本目が欲しい頃かと思ってさ。作っておいて正解だったみたいだな」

「あら、気が利くじゃない。いつもそれくらい尽くしてくれたら私も楽なのに」

「善処するよ。せっかくだから、一緒に呑もうぜ」

 

 有無も言わさず隣に座っているくせに。

 雨空を見上げながらちびちびと酒を呑む居候に肩を竦めると、彼の隣に腰を下ろす。

 そういえば、彼とサシで呑むのは珍しい。一、二回あったかどうかくらいだったか。酒に強くない威はすぐに酔い潰れてしまうので、お互いにどこか遠慮してしまっていたのだ。威もそんなに率先して呑む方じゃないから、気にしてはいないらしいが。

 庭の方を見る振りをしつつ、ちらと隣に視線を向ける。

 中性的だが平凡な顔で、背も高くはない。かろうじて男性にしては珍しいクセのない髪が印象的だが、外見的にはその程度だ。どこにでもいそうな凡人。「愛を力に変える程度の能力」がなければ、人里でも紛れてしまいそうな普通の少年。

 こんなヤツに惚れてしまっているのか。改めて考えると自ずと溜息が漏れた。世の中何が起こるか分からないわねぇ。

 二人して無言のまま、雨を見ながら酒を呷る。彼が入れてくれた酒は火加減を間違えたのか少々温かったが、気にする程のものでもない。

 静寂の中、一人で呑むのが好きだったはずなのに。どうして、二人で呑んでいるこの時を幸せに感じるのだろうか。

 

 ……そんなの、決まっている。

 

 言葉も発さず、不意に彼の肩に頭を乗せる。寄り添うような体勢で半身に触れると、彼の温もりを感じた。

 

「霊夢?」

「……酔っぱらいのやることよ。気にしないで」

「まぁ、俺としては嬉しいからいいけどさ」

 

 嫌がりもせず、それどころか上機嫌に喉を鳴らして雨を眺める威。感情を決して隠さない彼は普段から好意をすぐに口に出すが、直球な言葉に生来耐性を持ち合わせていない私は内心火照っていた。恥ずかしさで顔から火が出そうだ。妹紅だったら、たぶん焼き鳥になっている。

 

 ――――ずっと、彼とこんな風に過ごせますように。

 

 口には出さないが、雨空に願う。正体も分からない博麗神社のご神体辺りが叶えてくれると、結構嬉しい。

 とある夏の朝方。日頃の猛暑を静かに鎮めていく雨を見ながら、二人で酒を呑み続ける。

 

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに。


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マイペースに開戦

 受験終わったぁ……いろんな意味で……。


「ちょっ……何よその話! お母さんと威が戦ったとか、私聞いたことないんだけど!」

「霊夢さん。それよりも先に私に何か謝ることがあるんじゃないですかねぇ……?」

「うっさいこの永遠の二番手カラー! 今は黙ってなさい!」

「普通に酷い!」

 

 鈴仙に慰められている守矢の風祝は放っておくことにする。

 映姫は話し疲れたのか喉を潤すように茶を啜ると、

 

「雪走威は外来人の息子として肉体を得、生を受けた。元々が怨霊みたいなものですから、魂を乗っ取ることくらい造作もなかったのでしょう」

「いや、だからお母さんと威が戦ったのって……」

「少しは待つことを覚えなさい、霊夢。話の段階を踏んでいるんですから」

 

 早く本題に入ってほしい私は映姫をなんとか急かそうとするが、彼女はいたって落ち着いた調子で私を諫めるばかりだ。悔悟棒を突きつけて今にも私の頭を叩こうとしている。このまま食い下がって説教にもつれ込むのは御免被りたい。

 これ以上の反抗は不利と悟った私は大人しく口を噤む。

 

「孤児となった彼は紫に引き取られ、育てられました。八雲家の一員として幻想郷内でもそれなりの知名度を誇っていましたよ。博麗の巫女……まだ幼かった貴女と仲良く遊んでいたという事実も手伝っていたんじゃないかと思います」

「私と、威が……?」

「はい。記憶にはないかもしれませんが、貴女と彼は仲睦まじくいつも一緒に遊んでいましたよ。貴女が五歳になる頃には既に博麗神社の庭で共に追いかけっこをするくらいでした。ユバシリタケルは人間とは異なるせいか肉体の成長が遅く、引き取られて十年たっても七歳ほどの身体でしたしね」

「…………」

 

 映姫の言葉を頭の中で反芻しながら、私は以前見た夢のことを思い出していた。

 幼い私と誰かが一緒に遊んでいる夢。見た感じ仲が良さそうに私と遊んでいたあの少年の顔を確かめることはできなかったが、今の話を鑑みるとあれはもしかして幼い頃の威だったのではないだろうか。無駄に単純でまっすぐで、マイペースなアイツ……。

 魔理沙も私と同じことを思ったのか、ちらと目配せをすると私が頷くのを確認してから話を切り出した。

 

「そういえば、霊夢がちょっと前から変な夢を見始めたって言ってたんだよ」

「変な夢?」

「あぁ。今は昔のことなんて全然覚えてないはずなのに、夢の中では母親の事とか小さい時の事とかを思い出すらしいんだ。その中では雪走らしいガキも出てきたらしい」

「封印したはずの記憶が夢で蘇る……まぁ、有り得ない話ではありませんわね」

「後これは私が気づいたことなんだが、霊夢が持っている勾玉のペンダントがあるだろ? 夢を見るときには、コイツが光るんだよ」

「光る、ですか?」

「そうそう。こう、ピカピカーッて感じでさ」

「へぇ……霊夢、ちょっと見せてくれない?」

「ん」

 

 魔理沙の話を聞いた幽々子に促されるままにペンダントを渡す。陰陽玉を二つに割ったような形をしているソレは一見すると普通の勾玉なんだけど……まじまじと見つめる幽々子の顔を見る限り、なにかしらの不思議があると判断するべきなんだろう。まぁ夢見ている最中に光る勾玉が普通なわけないんだけどさ。

 幽々子が勾玉を観察する中、ここで妖夢と鈴仙がふとこんなことを漏らした。

 

「霊夢っちの勾玉は赤で、タケっちの勾玉は白なんだね」

「そうですね。私も以前雪走さんに見せてもらいましたけど、霊夢のものと同じくらい年季が入った一品でした。本人は誰からもらったか分からないって言ってましたが……」

「――――って、さらっと言ってるけどアンタ達結構重要な事言ってる自覚ある!?」

「や、霊夢っちが気づいてないだけで結構皆気づいてるから。姫様でさえ知ってたから」

「え。そ、そうなんだ……」

 

 苦笑交じりに突きつけられた事実に私としては落ち込むばかりだ。皆が気づいているのに私だけ威の所有物を知らなかったとか、恥ずかしいにも程がある。

 

「……それで、何か分かったの、幽々子?」

「えぇ、もちろん。込められた霊力とか術式とかを逆算してみたら、結構大事なことが分かったわ」

 

 満足そうな笑みを浮かべる幽々子は勾玉を手に乗せたまま、さらにいっそう目尻を下げる。

 

「これは容れ物よ。鏡華が死ぬ前にある物(・・・)を封印した、憑代用の勾玉ね」

「ある物? 私の子供の頃の記憶じゃないの?」

「ある意味ではその通り。でも、正確にはそうじゃない。これは貴女の記憶でもあり、別の人の記憶でもある。詳細に言えば、ある人の存在を証明するための記憶かしらね」

「存在を証明するための、記憶……」

 

 思わず彼女の言葉を繰り返す。なんとなくではあるが、勾玉に秘められているものの正体が掴めたような気がしたのだ。プラスとマイナスの二面性をもつ彼だからこそ、その存在を証明するためにお母さんが封印したであろう記憶。

 映姫は幽々子の言葉を待つことはせず、淡泊に話を続ける。

 

「彼は様々な人から多くの愛情を注がれました。元来の【愛される程度の能力】によって愛情を集め、意識の奥底で機会を窺っていたのでしょう。本来の彼である【憎悪】を吐き出すためには力となる【愛情】が必要でした。表と裏……他人の感情を操作して、彼は世界への復讐を狙っていたのです」

「裏の雪走君が現れるまでは、基本的には今の彼と同じ人間だったわ~。無邪気で素直でマイペース。嘘なんてつけない真っ直ぐな性格の子。きっと表の雪走君は裏の自分を自覚していなかったのね。他人から愛情を注がれやすいプラスの性格だけを詰め込んだ雪走君はあくまでも栄養を吸収するための存在にすぎないから」

「愛情の許容量を超えたユバシリタケルは、十年前のある日に突然豹変しました。嘘つきで、卑怯で、罵詈雑言の数々を飛ばし続ける裏の性格が現れたんです。表の彼とは違って妖力の具現化が巧みで、身体能力も妖怪のソレ。力で言えば上位妖怪クラスのものを持っていたでしょう。ちょっとした実力者でも瞬殺されてしまうほどの強さ。彼はその力で、幻想郷を破壊しようとしたのです」

 

 「そしてユバシリタケルを止めるために名乗りを上げたのが――――」一拍間を置き、映姫は満を持して彼女の名を言い放つ。

 

「先代博麗の巫女、博麗鏡華。……霊夢、貴女の母親です」

 

 

 

 

 

               ☆

 

 

 

 

 

『――――とまぁ、最終的に本性を現したオレは博麗の巫女と戦い、結果としては封印されちまった訳なんですよ。「自分は外の人間だ」っていう偽物の記憶を植え付けられた状態で、オレは外界の博麗神社に封じ込められていたんっす。まぁ、死に際にやぶれかぶれで行った封印術なんで、十年そこらが限界だったみたいですけど』

 

 『オレの身の上話はそんなところっすね』小槌を空中に粒子化して霧散させつつも、私達に下品な笑顔を向けるタケ。舐めるような視線に正直悪寒と気持ち悪さが止まらないが、彼の過去を聞いた直後であるせいか戸惑いの方が大部分を占めている。超展開どころの騒ぎではない。どれくらい凄まじいかというと、無意識下で行動しているはずのこいしが目を見開くレベルでヤバい。

 頭の後ろで手を組んでのんびり欠伸をするタケに、隣で黙って話を聞いていた勇儀がようやく言葉をぶつけた。

 

「随分長々と御大層な身の上話を聞かせてくれたが……結局のところ、現在のアンタの目的は何だい?」

『目的ねぇ……「酒と女で酒池肉林!」とか言ったらどうします?』

「そっちの方がまだ平和で良いさ。まぁ、その女の中にあたしらは入ってないと思いな」

『あら残念。星熊童子さんはスタイルも良くてオレの好みなんですけど……あ、酒呑童子さんはパスで』

「な、なんだよどういう意味だいタケー!」

『だってペチャだし』

「ぶっ飛ばす!」

 

 怒りに任せて足元の小石を投げつけるが、軽く手を払って粉砕される。わ、割と本気で投げたんだけど……そこら辺はやっぱり妖怪ってことかね。

 『まぁそろそろ茶番も飽きましたし……』コキコキと肩を鳴らしながら、タケは私達を見下ろす体勢で口の端を妖しく歪めると右手を突き出し――――

 

『やっぱり、憎しみの果てに皆殺しエンドで!』

 

 ――――瞬間、私の右で呆けたように突っ立っていたお燐の腹部が爆ぜた。

 

「にゃぐっ……!?」

 

 自分でも何が起こったのかわかっていないのだろう。お燐はきょとんとした表情のまま、無意識に呻き声だけを漏らして爆発の勢いで後方にぶっ倒れた。倒れる際に後頭部を地面に強く打ちつけたようだが、それ以上に激しい腹部の痛みでガクガクと白目を剥いて痙攣を繰り返している。

 

「お燐!」

『ありゃー? 当初の予定では脳味噌をぶちまける予定だったのにぃ……鈍ったか?』

「こんの……ふざけてんじゃないよこのクソ野郎がッ!」

「勇儀落ち着け! 無暗に突っ込むな!」

「うるせぇ! こんなの黙って見てられっか!」

 

 あくまでも茶番染みた挙動をやめないタケに激怒した勇儀が私の制止も聞かずに飛び出した。持ち前の脚力で弾丸のような速度で空中のタケに詰め寄ると、怒涛の拳を浴びせ始める。

 

「うらっ、おらっ、でりゃぁあああああ!!」

『あはははははは! いいねいいよいいですよ星熊童子! その怒り! その憎しみ! その悲しみ! 心から溢れる負の感情をどんどんぶつけてください!』

「その薄汚ぇ口今すぐ閉じろ! ぶっ殺すぞ!」

『殺してくださいよ。……貴女如きにできるものならねぇ!』

「っ! この……野郎!」

 

 タケの挑発に乗せられて勇儀の手数が見る見る増えていく。唸る拳を空を裂き、しなるように放たれる蹴撃は空気を割らんとするほどの勢いだ。久々に見る勇儀の本気。妖怪一の怪力を誇る彼女の乱打は万物を打ち砕く。

 だが、タケはそのすべてを躱し、払い、受け止める。かつてのアイツからは考えられないくらいの機敏さと動体視力で攻撃のすべてを受けきっていく。側頭部に迫った蹴りを腕で受け、鳩尾を狙った拳は身を捻って躱す。嵐の勢いで放たれる乱撃を捌きながら、そのうえ隙を見つけては霊力弾を浴びせていた。あの勇儀が赤子扱いされている。その事実がまた彼女の怒りを煽り、攻撃を単調なものにしているのだろう。

 

「挑発に乗るな勇儀! 少しは冷静になって状況を見ろよ!」

「だぁーっ! いちいちうっさいんだよ萃香! これはあたしの喧嘩だ、アンタは黙って見物してな!」

『喧嘩? はて、オレにはじゃれあっているようにしか感じませんが』

「減らず口も叩けねぇくらいぶちのめしてやる!」

 

 もはや怒りで我を失った勇儀に戦略なんていうものはない。

 超至近距離の間合いで右の拳を振るう。鍛え上げられた丸太のような腕が一瞬膨張したかと思うと、一陣の風となってタケの顔面を襲う。

 彼が首を捻ることで拳を躱すと、勇儀はすかさず膝を跳ね上げて鳩尾を狙った。

 回避直後でさすがに行動が遅れたか、鳩尾とはいかずともタケの横腹を深く抉る。

 鬼の怪力で放たれた膝蹴りは横腹の肉を削ぎ落したが、見ると勇儀の左目が赤黒く腫れ上がっていた。

 先程の攻撃の間にタケが拳を横殴りに入れたのだ。人間ではまずありあえない威力。霊力を拳に集めて放ったと思われる。

 さすがに肉を削ぎ落されてマズイと感じたのか、タケは二人の間で霊力弾を破裂させるとその勢いで後退する。

 間合いを取られた勇儀は見るからに不機嫌に鼻を鳴らしていた。

 

「ケッ……面白くねぇな畜生」

『痛てて……内臓飛び出ちゃいますよ、もう』

 

 ひーひー言いながら傷口に手をかざすと、徐々に風穴が塞がっていく。吸血鬼並みの再生力だ。太陽の下でも動ける分、タケの方が質悪いけど。

 二人は互いに見据え合い、こちらに気を向けている様子はない。お燐達を避難させるのは今の内だろう。

 自分の上着でお燐の傷口を塞いでいたさとりに声をかける。

 

「さとり。ここは私と勇儀が引き受ける。アンタは地霊殿メンバーを連れて地上に逃げな」

「で、ですが……地底の妖怪は地上に出てはいけない取り決めが……」

「そんなこと言ってる場合じゃないっての。紫には私が後で言っておくから、今はお燐を早く永遠亭に連れて行くことが先決さね。腹破られてんだ、急がないと死んじまう」

「……分かりました」

 

 渋々ではあるが頷いてくれたさとりは、お空とこいしを伴って避難を開始した。三人がかりでお燐を抱え、この場から一刻も早く去ろうと試みる。

 ――――が。

 

『おやおや、どさくさ紛れの逃走なんて卑怯な事しないでくだせぇ萃香さんよォ!』

「ちっ! タケを止めろ勇儀!」

「こんのっ……!」

 

 最初から気づいていたのか、想像よりもはるかに速いタイミングでタケが動いた。慌てて勇儀に指示を飛ばすものの、ダメージを負った彼女は一歩出遅れてしまう。

 タケは無数の霊力弾を放ちつつ私達の方に向けて高速で飛んできている。

 霊力弾は私のミッシングパワーでどうにかなるかもしれない。だが、ここで無暗に巨大化すれば、隙を突かれてさとり達の方に行かれてしまうのがオチだろう。

 だったら、私にできることはただ一つ。

 

「萃めてやるよ、霊力弾!」

 

 【密と疎を操る程度の能力】を総動員して無数の霊力弾を私の手元に萃める。高密度の巨大な光弾を左手で受け止めつつ、タケに向かって手を伸ばす――――っ!?

 

(重い、だって!?)

 

 左手が霊力に押されていた。私の怪力を以てして、タケの攻撃に押し負けているのだ。慌てて両手で押さえるものの、押し返せている手応えはない。な、なんつう威力だよコイツ!

 霊力弾に両手と意識を持って行かれている私は、横を通り過ぎるタケを捕まえることができない。

 なんなく通過し、さとり達に迫る。

 

『皆殺しエンドに生存者なんかいらねぇよ! 皆まとめて木端微塵さ!』

「くっ……!」

 

 仕方なしにさとりが迎撃を試みるが、苦し紛れに放たれた妖力弾にタケを止めるほどの威力はない。弾かれるようにして空中に霧散していく。

 間に合わない。

 勇儀が後を追い、お空が制御棒を向ける。だが、そのすべてがあと一歩間に合わない。

 

「くっそ……!」

 

 思わず歯噛みする。

 

 

 その時だった。

 

 

「夢想封印・閃!」

 

 

 突如声が響いたかと思うと、一筋の光がタケを正面からぶっ飛ばしたのだ。

 さとりの背後から飛んできたその光は神々しさと美しさを併せ持ち、邪悪な憎悪の妖怪を軽々と迎撃した。神速。そう表現するに相応しい速度でタケに激突し、押し勝った謎の光。

 タケは近くの民家を巻き込んで数十メートル飛ばされていたらしい。ガラガラと瓦礫を押しのけながらのろのろと立ち上がる姿が見えた。

 その顔には、今まで見たことがない怒りの表情が浮かぶ。

 

『……何すんだよ、テメェ』

「それは随分とご挨拶ね。自業自得野郎が何言っているのかしら?」

『うるせぇよ。どこのどいつか知らねぇが、邪魔すんじゃねぇ』

「知らない? 貴方の記憶力は猿以下なの? あんだけ血沸き肉躍る闘争した仲だっていうのに」

 

 呻くように絞り出された声に応じるのは、紅白スタイルの女性。

 腰のあたりまで伸ばされた黒髪に抜群のプロポーション。女性的な身体つきながらも、鍛え上げられた四肢には無数の傷が浮かぶ。巫女服を改造したような袴と上衣を着ているが、露わな脇が特徴的だ。

 そして何よりも私の目を引いたのは、彼女の端正な顔立ち。……いや、そうじゃない。あの顔は、私が居候している神社の巫女にそっくりだ。瓜二つ、と言ってもいい。

 彼女は手甲を嵌めた腕をストレッチ気味に伸ばしながら、凛々しい顔立ちに似合わない豪快な笑みを浮かべて、声高々に言い放つ。

 

「この博麗鏡華を忘れただなんて、絶対に言わせないわよ!」

 

 

 

 




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マイペースに油断

 博麗鏡華。

 霊夢の母親であり、先代博麗の巫女。格闘術に長け、かつては妖怪相手に素手で戦っていたという人間離れした武闘派巫女。歴代博麗の中でも、特に封印術に関しては他の追随を許さないとまで言われる彼女は、紫と共に『結界少女』とまで呼ばれていた過去を持つ。幻想郷の平和を守ってきた鏡華は、ある日突然姿を消した。その行方を掴むことは誰にもできず、今では事実上の死者として博麗神社の裏庭に墓を立てられている。

 鏡華が博麗の巫女を務めている時代は地底にいた為、彼女に実際に会ったことはなかったが、噂には聞いていた。地上に私達鬼の四天王さえも上回る武の使い手がいる、という噂。根も葉もない嘘っぱちだと思う一方で、もしもそんな奴がいるなら一つ手合せ願いたいとは思っていたが……まさか、本当に実在するとは。

 

「先代巫女、か……。けっ、本当にいるなら、もっと早く地上に出ていればよかった。あたし好みの筋肉してやがる」

「勇儀……アンタ、筋肉フェチだったのかい?」

「フェチとかじゃねぇよ! あたしはただ、あの強そうな女と喧嘩してぇってだけだ!」

「まぁ、気持ちは分かるけどさ」

 

 左目を腫らせた状態のくせに心底悔しそうな声を上げる勇儀はどこまでも鬼という種族の本能に従っているなぁ、と何気に関心。私は私で先代巫女とは戦ってみたいと思うけれども、さすがにこんな窮地で自分の願望を最優先で口にする程空気が読めないつもりはない。まぁ、衣玖には負けるけど。

 指の関節をパキパキ鳴らしながら一人興奮気味に先代巫女を見つめている勇儀。だが彼女とは反対に、私は戦闘意欲ではなく先代に対して怒りの感情を持ち始めていた。とある寂しがり屋の少女を長い間独りぼっちにしてきた目の前の子不孝ものに対して、どうしようもく憤っていたのだ。

 今は戦闘中である事にも構わず、私はありったけの大声を先代にぶつける。

 

「アンタ! 今まで霊夢を放っておいて急に登場するなんて、良い根性してるじゃないか!」

「酒呑童子、か……」

「私のことはどうでもいい! ただね、アンタが行方を眩ませている間、霊夢がどんな気持ちでいたと思ってんだい! 昼間は変に強がって平生を装って……それでも、それでも毎晩あの子は泣いていたんだよ! 生きているのか死んでいるのかも分からないアンタのことを慕いながら、霊夢はずっと耐えていたんだ!」

「……そうね。確かに私は、あの子をずっと独りにしてきた」

 

 先代は私の言葉に反論することはせず、それどころか悲しそうに目を伏せた。よくよく目を凝らせば、悔しげに唇を噛みしめているようにも見える。頑強な身体は不自然に震え、親から叱られた幼子が必死に涙を我慢しているような姿を彷彿とさせた。

 先代は肩を小刻みに震わせたまま、ゆっくりと口を開く。

 

「威君を封印したことで命を落とし、私は幽霊となって幽々子のところで世話になっていたの。またいつ彼が復活し、幻想郷を危機に陥れるか分からない。だから私は、映姫にも協力を頼んで幽霊から亡霊になった。できるだけ強固な存在に、人間と変わらない姿を取る為に。そして何より、威君に対抗するために。私は白玉楼で力を蓄え、来たる時に備えていた」

「それなら、なんで霊夢のそばにいてやらなかったんだよ! 死んでいたとしても、こうして会話ができるんだ! 抱きしめることだってできたはずだ! たとえ血が通っていなくても、愛する娘のそばにいてやるのが親ってもんじゃないのかよ!」

「……私の存在を明るみに出すわけにはいかなかった。それに、私があの子のそばにいれば、霊夢はもっと弱くなっていたわ。あの子を立派な博麗の巫女にするためにも、私は霊夢の元を離れないといけなかった」

「だからって……!」

「甘えは人を弱くする。長生きな貴女なら、知っていると思うけど」

「っ……!」

 

 一瞬視線が交錯する。その瞬くような時間で飛ばされた氷のような視線に、私は戦慄のような感覚を覚えた。背筋には無数の汗が浮かび、知らず知らずの内に上下の歯が互いを打ち鳴らす。とても人間とは思えない殺気と覚悟。あまりにも冷たい彼女の雰囲気は、私の精神を軽く圧迫しかけていた。

 鬼の四天王であり日本三大妖怪とまで恐れられる私がここまで呑まれるなんて……。

 おそらくではあるが、人間から亡霊になったことで負の感情のストッパーが外れたのだろう。既に魂だけの存在である彼女は人間に比べると本能の度合いが強い。幽々子が食欲を最優先にしているように、先代は『博麗の巫女としての本能』に身を任せている。秩序、そして継承。彼女は親としての愛情を感じながらも、それよりも博麗の巫女としての使命と義務を最優先にしたのだろう。

 馬鹿らしい。自分の子供を悲しませてまで優先する使命なんて、あるはずがない。

 心の中で毒づくが、恐怖に支配されている私の口はまるで糸で結ばれたかのように動かない。かつて己の身体一つで妖怪達を討伐してきた博麗の巫女の迫力は、鬼さえも屈服させる程の濃度を持っていた。

 私がそれ以上反論しようとしないのを見て取った先代はタケの方に向き直ると、

 

「久しぶりね、威君。十年ぶりかしら?」

『けっ……誰かと思えば、死にぞこないの年増じゃねぇか。わざわざ俺の為に黄泉の国から舞い戻ってくれるたぁ、嬉しすぎて吐き気がすらぁ』

「まったく、ガキんちょのくせに生意気な口叩くわね。年上のいう事には従えって習わなかったの?」

『生憎と、オレを育てたのは異様に胡散臭いどこぞのスキマ妖怪なんでなぁ。野良育ちのアンタよりは礼儀を知っているつもりだぜぇ?』

「あら失礼ね。ドブネズミに負けた覚えは無いのだけれど」

『クソ猫が。窮鼠に噛まれた雑魚のくせに調子に乗るなよ?』

 

 軽口の応酬が始まる。軽快な台詞が飛び交うが、それに反して二人の表情はいたって真剣そのものだ。会話の中で、霊力を練りながらも互いの隙を窺っている。その姿はまるで毒蛇のようで、己の毒牙で相手を一噛みしてしまわんと牽制し合っているようであった。

 先程からこちらの動きまで把握していたタケだが、さすがに先代巫女が相手となると余所見をしている余裕もないらしい。こちらに視線を送ってくることもせず、ただ目の前の敵だけを見つめている。

 これは……チャンスだ。

 視線だけで勇儀に合図を送る。長年共につるんできた仲だ、これだけで大方の事は通じるはず。

 私の考えを読み取った勇儀は心底嫌そうな表情を浮かべた。まぁ、無理もないか。おそらく幻想郷一の戦闘欲を持つ彼女に対して私が命じたのは、『さとり達を連れて永遠亭に急げ』という撤退命令なのだから。

 ここに勇儀を残し、私が永遠低まで着いて行くという選択肢もあるだろう。しかし、怪力勝負の勇儀に対してタケはトリッキーな技術戦闘。力任せに暴力を振るうだけの彼女ではタケの相手は荷が重い。現に、先程の戦闘で勇儀はいいように弄ばれていた。仮に先代と組んで再びタケと戦ったとしても、足手まといになることは避けられないだろう。勇儀には悪いが、ここは戦闘パターンに種類がある私が引き受けるべきだ。

 そういう旨をできる限り伝える。結局最後まで不機嫌さを隠そうともしない勇儀だったが、舌打ち一つ残すとお燐を抱え、さとりやお空を連れて地上へと続く縦穴へと飛んで行った。

 ……さて、

 

「お前はお姉ちゃんに着いて行かないのかい、こいし?」

「いつまでも姉離れできないっていうのもカッコ悪いしね。それに、お兄ちゃんと戦うのもなんだかんだで楽しそうだし」

「……この戦闘狂め」

「いやだなぁ、無意識の結果だよぉ」

 

 結局さとり達と共には行かずにここに残ることを決めた無意識妖怪に変な呆れを覚えつつも、心強い仲間ができたことに安堵する。絶対に必要だとは言わないが、背中を安心して預けられる味方がいるに越したことはない。これで純粋に前を向いて戦える。

 

「じゃあ背中は頼むよ、相棒さん?」

「私の弾幕って乱雑に無意識で放ってるから、当たっちゃったらごめんね?」

「……なんとか当たらないように善処してくれ」

「うん、それ無理♪」

 

 ……さとりの方を残すべきだったかもしれない。

 実に明るい笑顔でキャッキャ騒ぎながらタケを見上げるこいしに不安が拭えないながらも、未だ動く気配がない先代を見上げる。

 ――――が、次の瞬間。

 

「ふっ!」

 

 先代の身体が瞬時に消え、気が付いた時にはタケが地面に凄まじい勢いでめり込んでいるところだった。一瞬遅れて激しい爆音が耳に届き、その後ようやく私の意識が追い付いてくる。

 今、何が起こった?

 慌てて上空を見上げると、そこには何かを下に向かって殴りつけたような体勢で浮遊している先代巫女の姿が。目を凝らすと、何やら右手がバチバチと火花を放っているように見える。

 火花を纏う彼女の右手には、一枚の札が貼り付けられていた。

 

「……博麗流格闘術、紫電」

『くっ……ず、ずいぶんと大袈裟なお遊戯じゃねぇかコノヤロー……!』

 

 服に着いた土を落としながら減らず口を叩くタケ。だが、言葉の軽さに反してその表情は優れない。頭を強く殴られたのか、タケの左目を覆うように頭から血が流れ出していた。

 攻撃が見えなかった。

 いや、攻撃どころの騒ぎではない。動きさえも視認することができなかった。

 神速。まさにそう表現するのが相応しい動き。私の動体視力を以てしても見切れない速度。

 博麗の巫女は、本当に計り知れない化け物だ。

 タケはゆっくりと立ち上がり、上空に佇む先代を睨みつける。完全にこちらのことが意識にないようだが、その機会を逃すほど私の頭はお花畑ではない。

 隣で心底楽しそうに笑っているこいしに合図を送る。

 

「いくよこいしっ! ありったけの弾幕をぶつけちまいな!」

「非殺傷設定?」

「この際威力は問わないよ!」

「やったー! じゃあ……本気でいくねーっ!」

 

 私の言葉にいっそう目を輝かせると、即座に飛翔しタケの方へと向かうこいし。まるで水を得た魚のような喜び様だけど、アイツもしかしてタケのこと殺しゃしないだろうね? 一応タケを慕っているみたいだから大丈夫だとは思うけど、無意識で生きる彼女が何をしでかすかは誰にも予測できない。

 

「お兄ちゃーん! 私と弾幕ごっこやろうよー!」

『はン……雑魚に興味はねぇんだよ』

「そう言わずにさー。まぁとにかく……本能【イドの解放】!」

 

 戦闘中だというのに馬鹿正直にスペルカードを掲げ、発動を宣言するこいし。

 弾幕はこいしが持つ愛情を表しているのか、ハートの形をした大型の妖力弾が無数に空中に出現。三百六十度へ見境なく発射されていく。あの位置だと先代まで巻き込むことになるが、無意識少女がそこまで考えているわけがない。それに、あの化物巫女がこの程度の弾幕を躱せないとは思えないし。

 至近距離で放たれた弾幕は豪雨のようにタケに降り注ぐ。

 さすがに素手で挑むのは得策ではないと感じたのか、タケは咄嗟に懐から札を取り出すと、地霊殿に置いてあるのだろう手甲と霊力変換機を口寄せ。腕捌きで弾幕を弾きつつ、自らも弾幕をばら撒いていく。

 しかし元が実戦向きで、弾幕ごっこには慣れていないタケだ。回避は得意ではないらしく、攻撃する間にもこいしのショットを次々と身体に受けていた。

 

『ち、ぃ……っ! 面倒くせぇんだよ!』

「あはははは! じゃんじゃんいっくよーっ! 抑制【スーパーエゴ】!」

『ぐぁっ!? コイツ、戻って――――!?』

 

 こいしのスペルによって、放射された弾幕が踵を変えて彼女自身の方へと舞い戻っていく。まさか弾幕が回帰するとは思わないタケは背中からモロに食らい、思わずと言った様子でたたらを踏んだ。

 一度体勢を崩した以上、弾幕を完全に回避することはできない。それは空中でやや自由に動ける妖怪であっても同じだ。地上と違って踏ん張れないから、機敏に動くのは至難の業なのだ。

 前のめりになるタケはなんとか体勢を整えようとするが、こいしが次弾を放つ方が速い。

 

『こなくそっ……!』

「そーれっと!」

『がぁああああっ!!』

 

 がら空きになった腹を狙ってこいしが妖力弾をぶち込む。弾幕ごっこでは妖怪の中でもトップクラスに君臨するこいしの攻撃は重い。ただでさえ殺傷設定で戦っているのだから、その威力は想像を絶するだろう。人間相手に多少加減をしていた勇儀の攻撃とはあまりにも強さが違う。

 爆音と共に再び地面にめり込むタケ。あの威力だ、いくら打たれ強さに定評があるタケといっても、あの至近距離で妖力弾をモロに入れられればひとたまりもないはず。

 

「やったやったーっ! 私の勝ちだねーっ!」

 

 諸手を上げて子供のように飛び跳ねるこいし。さすがは無意識と言ったところか。相手が親しい相手であっても勝利を純粋に喜ぶ。少々危ない気はするが、戦いに躊躇がないというのは強みだろう。

 やれやれ。でもまぁ、これでとりあえずは一段落かね。

 緊張と警戒を一気に解いて、こいしの元へと向かう。とにかくタケを捕縛して、スキマ妖怪のところにでも連行しよう。処置はあちらさんがどうにかしてくれるだろうし。

 伊吹瓢が無事であることを確認しつつ、ぴょんぴょん跳ねまわるこいしを労ってやろうと近づき――――

 

「…………は?」

「え……?」

 

 私とこいしは同時に気の抜けた声を漏らした。突然起こった事態が理解できず、事態の把握が遅れたからだ。

 私は前方――――こいしの方を見ていた。

 そしてこいしは自分の方――――自分の腹を突き破る右腕(・・・・・・・・・・・)を呆けたように眺めていた。

 ごぶっ、とこいしの口から血液が溢れ出る。

 思わず私は彼女の名を叫んでいた。

 

「こいしっ!」

『……あんまりナメてんじゃねぇぞ、ちびっこ』

「お兄、ちゃ……?」

『死ねよ、妖怪風情が』

 

 いつの間にか膝立ちで腕を突き出していたタケは、右腕を引き戻すとその手に霊力を圧縮する。視認できるほどの密度を誇った霊力弾。その殺傷力は、わざわざ考えるまでもない。

 ゼロ距離。私の手は届かない。

 

「やめろ、タケ!」

『残念でしたぁ! もう無理だよクソ野郎が!』

「酒呑童子! 早く止めなさい!」

「できるならやってるよ!」

 

 上空から先代が降下してくる気配を感じるものの、間に合わないことが分かってしまう。

 タケは心の底から歪んだ笑みを浮かべ、右手を満身創痍のこいしへと向け――――

 

 

 

 

 

 




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マイペースに集結

 ――――キィンッ!

 甲高い金属音。銀光の煌めきが一陣空を駆け抜け、こいしに迫っていたタケを後方に吹っ飛ばす。

 攻撃途中に妨害されたタケは瞬時に体勢を整えるが、そこに銃弾のような形をした弾幕が雨霰と降り注いだ。無数の霊力弾は地面を抉り、タケの全身を打ちのめす。

 身体中に弾丸を浴びながらも手甲で防御するタケは突然の乱入者目がけて変換機から霊力弾を放つ。

 だが、空気を切り裂きながら飛来する霊力弾を呑み込むようにして五芒星を模った弾幕がタケを襲った。赤と青、二色の弾幕は何かの儀式を模しているようで、今からが本番だと言わんばかりにタケに降り注いでいく。

 弾幕の応酬に動くことを諦めたのか、その場で足を踏ん張ると極太レーザーを放射。並大抵の攻撃では粉砕できないだろう威力の砲撃が周囲の地面を巻き上げ、五芒星ごと薙ぎ払う。

 そこに対抗するように放たれたのは、青白色の光。

 夜空を駆ける一筋の流星。人々の願いが込められた恋の魔法は、すべての憎悪が核となるタケの攻撃と拮抗。しばらく押し合った末、両者激しい爆発と共に消滅する。

 大技を繰り出した後だからか、タケもすぐには次の攻撃に移れないようだ。歯を食いしばって霊力砲を構える姿が見えるが、その表情はいつになく苦しい。もはややぶれかぶれに行動しているように見える。

 攻撃の反動に耐えるようにして次弾を装填するタケ。その上空から一つの影が迫る。

 脇の開いた、紅白カラーの巫女スタイル。右手には愛用の大幣を持ち、周囲を取り巻く四つの陰陽玉。普段のらりくらりとした顔は別人のように引き締まっていて、彼女の美しさを一層際立たせている。

 左の指に挟むは一枚の札。何やら色々と文字が書かれてあるソレは、彼女の霊力を受けて紅に光り輝いている。

 頭上からの攻撃にようやく気が付いたタケは咄嗟に腕を掲げて防御しようとするものの、既に砲撃の準備に取り掛かっているため間に合わない。

 少女は輝く札をタケに向かって思いっきり投げると、凛とした声で叫ぶ。

 

「神技【八方鬼縛陣】!」

『うぁぁあああああっ!?』

 

 着弾と同時に光り輝く柱が天に向かって伸びていく。

 発生した力の奔流は真下のタケを押し潰すように具現化。その姿はまさに悪しき者を縛る御柱。高密度の霊力によって動きを封じられたタケは必死に身動ぎを繰り返すが、脱出することは叶わない。

 ひとまず状況が落ち着いたのを感じた私ははっと我に返ると、先程大怪我を負ったこいしの安否を確認しようと声を上げる。

 

「こいし、無事かっ!?」

「悟り妖怪は大丈夫ですわよ。私がスキマを通して、永遠亭に搬送しましたわ」

「紫……? お前が、どうしてここに!?」

「スキマ妖怪は神出鬼没。神隠しの主犯はいつでもひょっこり顔を見せますのよ? それに……」

 

 急に隣に出現した紫ドレスの女に正直驚きを隠せないが、紫は普段のように顔を扇子で隠すとどこか浮かない表情で封じられているタケの方に視線を送った。冷酷非情な最強妖怪らしくない悲しみと愛情の混ざった複雑な顔に、私はかける言葉を失くしてしまう。

 紫は一度目を伏せると、空中で様子を見守っていた先代の方を見た。

 

「……お久しぶりですわね、鏡華」

「紫、貴女記憶は……?」

「幽々子と映姫の力を借りて、ちょちょっと。術式さえ分かれば、私に解けない封印なんてこの世にはありませんもの。そこの娘達を含めて、最低限必要な人数の記憶は戻していただきましたわ」

「……ごめんなさい」

「謝るぐらいなら、早くこの阿呆みたいな異変を終結させて一緒に宴会しましょうか。懺悔ならそこでたっぷり聞いてあげますわよ?」

「……そうね。紫の言う通りだわ」

「何の話かまったく把握できないんだけど」

「まぁいいじゃありませんの。萃香には追々説明いたしますわ」

 

 何故か互いに微笑み返しながら分かりあう二人に疎外感を覚えるが、当の紫はいつもの胡散臭い笑顔で私の疑問を煙に巻くばかりだ。すぐに状況を説明してくれる気はないらしい。そりゃあ今はそんな場合じゃないってことくらい分かっているけどさ……仲間外れは淋しいんだよ、ったく。

 だがまぁ、寂寥の念に駆られるのはまた後にしておこう。

 あの馬鹿巫女の封印だって、永久に持つわけじゃない。ただでさえ『感情』なんていう大袈裟なもんの集合体であるタケの力は、下手すれば神様にも匹敵する。いくら霊夢が並はずれた霊力を持っているとしても、ここで限界まで使い切ってしまうのは得策じゃない。

 だから――――

 

「若い奴らにばかり任せておけるか! 年長者の意地を見せてやろう!」

「私は永遠の十八歳ですので、関係ないですわね」

「鏡見る? 残酷な現実に涙することになるわよ」

「死人に言われたくありませんわ!」

「失礼ね、私は亡霊よ!」

「同じじゃないの!」

「うるさーい! いいから行くよ二人とも!」

 

 即興トリオのぐだぐだっぷりに嫌な予感を覚えてしまう。実力的には幻想郷最強クラスを誇るはずだが、チームワーク的には大丈夫だろうか。一抹の不安が頭から離れない。

 まぁ、でも……やるしかないよね。

 気持ちを入れ替えてタケに臨む。拳を握り締めると、戦闘準備は整った。

 そんな中、タケの一際大きい叫び声が地底に響き渡る。

 

『こんなもんで……オレが負けるかぁああああああああ!!』

「駄目っ、もう術が限界っ……!」

 

 予想以上に早い術式の崩壊。タケもようやく本気を出したということだろう。激しい破砕音と共に光の柱が粉砕され、術式を破られた霊夢が軽く仰け反る。

 人数的には有利だが、まだ油断はできない。敵の力は未知数で、マトモな対策すら思いつかない。

 でも、私にできることはただ一つ。それは鬼である私が遥か昔からやってきたことだ。

 思わずニィと口元が吊り上る。今から始まる死闘を思うと、私の中の闘争心が歓声を上げ始めていた。勇儀にあんなこと言っておいてなんだけど、私も相当戦闘狂だね。

 ここからは喧嘩だ。鬼の頂点に君臨する者の意地として、負けるわけにはいかない。

 私は大きく息を吐くと、大地を蹴って攻撃を開始した。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 私の【八方鬼縛陣】を粉砕した威は荒い息をつくと、今まで見たことがない程の狂気に塗れた顔で私を睨みつけていた。多少は馬鹿な行動が目立っていたながらも基本的には良いヤツだった以前の威の面影はどこにもない。昔の彼がまるっきり正反対の性格になってしまったと表現するのが適切だろう。頭から血を流しつつも私に向けられる彼の双眸は、憎悪と悲哀、そして狂気の入り混じった禍神(まがつかみ)のようだ。

 だが、今の状態の威を私は見たことがある。紫によってかつての記憶を取り戻した私は、幼い頃に出会った彼の事を思い出していた。無論、お母さんのことも。

 威への警戒を怠らないように気を張りながら、ちらと年長組の方に視線を向ける。

 私が身に着けている物に酷似した衣装。凹凸がはっきりとしていながらも傷だらけの身体。端正な顔立ち。

 私が長年探し続けていた人がそこにはいた。厳しくも優しいかけがえのない母親を数年ぶりに見たことで、思わず目の奥が熱くなる。

 

「集中しなさい、霊夢!」

「っ!」

 

 感慨に耽り、不意に涙ぐみそうになった私を叱咤したのは、他でもないお母さんだった。久しぶりに耳にする彼女の怒声に肩がビクッと跳ね上がる。

 そうだ……今私がやるべきことはお母さんとの再会を喜ぶことじゃない。わざわざ地底まで下りてきた私の使命は、トチ狂った馬鹿な居候を止めることだ!

 大幣を腰に差し、両手で持てるだけの札を懐から取り出す。

 いくら私が人間離れした力を持つと言っても、やはり人の域を出ることはできない。一人で挑めば、たとえ策があったとしてもただでは済まないだろう。

 だけど、私には仲間がいる。

 

「タケっち、なんか滅茶苦茶ファンキーだねぇ! 霊夢っち、援護射撃は私に任せな!」

「それじゃあ私が動きを抑えます。この白楼剣ならば、雪走さんの迷いを断ち切ることができるはず!」

「斬ったら雪走君が死んじゃいますよ! だからまずは私が秘法【九字刺し】で動きを止めて……」

「捕縛なら霊夢に任せてお前も攻撃しろよ早苗! ちなみに私は火力でゴリ押しするから、そこんとこよろしくな!」

「結局皆好き勝手やりたいだけか!」

『もちろん!』

 

 あまりにもいつも通りなメンバーに呆れながらも妙な安心感を覚える。どこまでも自分勝手な彼女らだが、こういう自己中心的な一面があるからこそ幻想郷でもトップクラスの実力を誇っているのだ。変に作戦を練ってコンビネーションを披露するよりも、個々に任せておいた方が何かと上手くいく気がする。幻想郷の猛者達は、そんな七面倒臭い連中だ。

 だったら、私は自分のことに集中しよう。

 右方から萃香とお母さんが威に突っこんでいく姿、そして紫が術式の準備を行う様子を確認する。

 今回の私の仕事は、戦闘というよりは封印に近い。しかしそれはお母さんが十年前に行った直接的な封印ではなく、どちらかというと紫の境界を操る能力を用いた分割作業に近いものだ。

 威の二面性を分割する。平たく言えば、表と裏を別物にする。

 裏の威が現れるためには、表の威で力を蓄える必要がある。今回裏が出現したのは、お母さんが二人纏めて封印を施してしまったからだ。穴だらけの応急処置的な封印を破った威は、結局以前と同じように愛情を吸収し、憎悪の面を露わにしてしまった。

 だから、今度は別にする。負の感情を司る一面だけを、完璧に封印してしまう。

 

「奇跡【ミラクルフルーツ】!」

「獄神剣【業風神閃斬】!」

『蠅がちょこまかと……!』

「魔符【スターダストレヴァリエ】!」

『うっ……ぜぇ! ごっこ遊びやってんじゃねぇんだぞテメェ!』

 

 早苗の霊力弾が威の逃げ道を潰し、妖夢が隙を突いて斬りかかる。手甲で剣を防ぐ威を背中から狙うのは魔理沙だ。八卦炉の最大火力で高速の突進。

 しかし威は慌てない。

 剣撃を掻い潜って咄嗟に妖夢の手を取ると、身体を捻りながら魔理沙の突進を回避。それと同時に魔理沙の顔面に妖夢を投げつける。

 

「うわっ!」

「あうっ!」

 

 流星を彷彿とさせる速度を出していた魔理沙は簡単には止まれない。不意に目の前に現れた妖夢を巻き込んだまま威から離れていってしまう。

 

『火力と速度が足りねぇなぁ! ままごとなら家に帰って子供だけでやりな!』

「そうかい? だったら、大人の本気を見せてやるよ」

『っ!?』

 

 二人を躱したことで気を抜いた威の背後に迫るのは鬼の四天王、伊吹萃香。至近距離に接近するまで威が彼女の気配に気づけなかったのは、萃香が身体を霧状にしてゼロ距離で自分自身を萃めたからだ。彼女にしかできない、ほとんど完璧と言って良い隠密行動。

 萃香が真上から真っ直ぐ拳を振り下ろす。

 油断していた威は一歩行動が遅れたものの、上体を逸らして拳の直撃を回避。ただし腹部を掠めた為か、思わずと言った様子でたたらを踏む。

 

『くそ、危ね――――』

「残念。後ろよ」

『なっ!?』

 

 完全に体勢を崩した威の後ろに現れる紅白の影。既に溜めは終わっているのか、腰を低く落とした格好で深く息を吸う。固く握りしめた拳からは眩いばかりの光が放たれ、ただの突きではないことを示していた。

 咄嗟に振り向こうとする威だが、遅い。

 悪戯っぽく口元を上げたお母さんはウインクを一つ送ると――――

 

「これはちょっと痛いかもねっ」

『しまっ……!?』

「【夢想封印・破】!」

 

 目にも止まらぬ速度で拳を振り抜いた。

 

『がっ……!』

「……境符【四重結界】」

 

 威が飛ばされた先にはあたかも動きを先読みしていたかのように丁度良く紫が待ち構えていた。……いや、もしかしたら、お母さんはわざと紫の方に行くように攻撃したのかもしれない。その前の萃香の攻撃もこの為の布石か。

 四重の結界に囲まれた威はまともには動けないようで、苦しげな表情で必死に脱出を試みている。

 やるなら、今しかない。

 首から提げていた赤い勾玉を右手に握り、最後の詠唱を行いながら威の方へと飛翔する。

 映姫が提案し、幽々子が具体案を練った今回の作戦。威を表と裏で分離させ、力を弱体化させるというもの。

 その為には外部からの攻撃は意味を為さない。

 作戦の遂行、その具体策は――――

 

(威の精神に入って、直接表のアイツを引き出す!)

 

 紫の境界を操る能力。映姫の白黒つける能力。そして、博麗の術式。

 そのすべてを使って、今からアイツの中に入る。

 これは私にしかできないことだ。他人の精神内で自我を保つには、それなりの精神力と自己を証明するための憑代、次いでその人の中で自分が大きな存在であることが必要となる。

 アイツの中で私が大きな存在だなんて、自惚れが過ぎるとは思う。いくら他人に対して嘘をつけない威でも、私以上の優先順位を持った人がいるかもしれない。

 いろいろと情報が交錯しているから、まだ私自身気持ちの整理はついていない。威が遥か昔に殺された子供の怨念が集まった妖怪だとか、お母さんを殺した仇だとか、そんなことも言われたせいか正直脳内は混乱気味だ。

 それでも、アイツに伝えたい気持ちは一つだ。余計な事情がどうであれ、私はあのマイペース馬鹿に言ってやらないといけないことがある。

 はっきり言って博打にも近い方法だが、やらないで後悔するくらいならやって馬鹿を見た方が良い。少なくとも、それが仲間達への最低限の礼儀だ。

 右手に持った勾玉を威の額に押し付ける。

 

『何を――――――――っ!?』

「精神侵入、開始ぃいいいいい!!」

 

 あらかじめ溜めていた霊力を解き放つ。私の力を受けた勾玉が赤く光り始めるのと同時に、意識が徐々に暗闇へと沈んでいく。私の精神が威へと移っている兆候だ。

 チカチカと明滅する視界の先で唖然とする裏モード威に悪戯げに舌を出しつつ、心の中で静かに呟く。

 

(さてと、一世一代の大恋愛劇と行きますか)

 

 ここからは私一人。誰の力も借りられない。

 なんだかんだで頼れる紫も、相棒の魔理沙も、大好きなお母さんの協力も得られない。

 だが、それでも私に不安はなかった。心に抱えるのはただ一つ。

 彼への愛情。

 これだけあれば十分だ。絶対にアイツを救ってみせる。

 強い決心を胸に、私は最後の意識を手放した。

 

 

 

 

 

 




 さぁ、ここからはラストスパートだ! 一気にいくぜ!


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マイペースに記憶

 目を覚ますと、目の前に広がっていたのは見覚えのない光景だった。

 茅葺屋根をした粗末なあばら家。私の背後には荒れ果てた田んぼ。周囲を見渡せば、同じくボロボロになった家々がいくつも並んでいる。

 この荒れ果て具合は、おそらく幻想郷ではない。幻想郷の住民の生活には逐一気を付けている紫ならば、こんな荒涼とした場所があればすぐにでも救済措置を取るだろうから。幻想郷の妖怪が生きるためには人間が必要不可欠なのだし。

 できるだけ状況を把握するために周りの妖力を感知する。

 大きな反応はない。遥か先に見えている山にはいくつか小さな反応を感じるが、妖力の大きさから言って妖精や下級妖怪の類だろう。放っておいても問題はない強さだ。

 ひとまず危険はないことを確認すると、現状を整理する。

 私は威の精神の中に入った。彼の二面性を分割し、裏の威のみを封印するために。

 侵入した途端に現れた目の前の風景。これはもしかして、威と関係のある場所なのではないだろうか。

 とにかく今は情報を集めよう。

 一応周囲に気を配りながら目の前の家に向かって足を進める。

 

『嫌だ! やめてよお父さん!』

「っ!?」

 

 不意に届いた悲鳴に肩が跳ね上がる。子供のものと思われる甲高い叫び声は、とても平生の状態で出せるような平和なものではないことを私に感じさせた。

 どこかの子供が危険な目に遭っている。

 咄嗟に声を出そうとしたが、何故か私は口を噤んだ。心の中で、私の一部分が「関わるな」と警鐘を鳴らしていた。他人に対して積極的に干渉しようとしなかった、かつての私が。

 今の状況を考えるなら、放っておいて先に進むべきだろう。私には関係ないと切り捨ててしまえばいいかもしれない。

 でも、そうすると私はどんな顔をして威に会えばいいのだろうか。どこまでも純粋で優しい彼なら、たとえどんな事情があったとしても他人を助けようとするだろう。もし今の悲鳴を無視しようものなら、威はきっと私を相当責めるはずだ。

 「なんで助けなかったんだ」、と。

 大幣と札、封魔針が十分あるのを確かめると、私は悲鳴が聞こえた方向に向かって走った。あばら家の向こう側。外からは死角になっているそこから、子供の叫び声が聞こえてきた。台詞から考えるに、父親に何かをされているのだろう。この荒れ果て具合だ、食糧難からの口減らしとかだったら、一刻も早く助けないと。

 ……口減らし?

 何か覚えがあるその単語に首を傾げながらも、私は家の裏側へと回り込む。徐々に大きくなってくる既視感に心臓がけたたましく早鐘を打ち始めるが、迷っている余裕はない。あの悲鳴の真意を早く確かめないと。

 あばら家の裏。日陰になっているそこには、二人の大人と一人の子供が居た。

 継ぎ接ぎだらけの粗末な服。顔はやせこけ、もう何日も満足な食事をとっていないことが窺える。三人共元気と呼べる感情は残っていないようで、大人二人に至っては死んだ魚のような目をしていた。その無機質な瞳で、彼らは五歳ほどの子供をただじっと見下ろしている。涙と鼻水に塗れ、絶望の表情で泣き叫ぶ子供を。

 その子供に視線をやった瞬間、私は頭を強く打たれたような感覚に襲われた。

 頬にはやつれ線が入り、身体も痩せ細ってはいるものの、その姿は私の記憶に残るアイツに瓜二つだ。幼いながらにマイペースで、いつも神社で私と遊んでくれた彼。目の前にいる子供は、まさに威そのものだった。

 まさか。

 一つの仮説が頭に浮かぶ。可能性としては至極有り得る。私自身の現状と現在地を照らし合わせたうえで、私が立てた仮説はこうだ。

 

 これは、雪走威の記憶。

 

 不意に八雲家で映姫から聞かされた威の話が脳裏に甦る。彼女は確か、威が怨霊になった原因を「愛していたはずの親による口減らし」と言ってはいなかったか。飢饉と重税に苦しみ、にっちもさっちも行かなくなった両親によって殺された、と。そして、彼が死んだときの年齢は五歳くらいだ、と。

 偶然の一致だとは考えにくい。あまりにもタイムリーが過ぎる光景に私を鉢合わせた事実が、先程の仮説を確かなものにしていた。私という異物が入ってきたことで不安定になった威の精神が、私に自分の記憶を見せてしまっているのではないか。言うなれば、さとりが他人の心を覗くと同時に記憶までをも見てしまうように。

 

『なんで! なんでこんなことするのお父さん!』

『……すまねぇ。こうしねぇと、このままじゃ三人共飢え死にしちまうんだ……』

 

 彼らには私の事は見えていないようで、会話がどんどん進んでいく。よく見ると父親らしき男の右手には威の顔程もある大きな石が握られていた。彼は左手で威の首を抑え、泣き出しそうな表情で今にも石を振り下ろそうとしている。その背後では目の前の光景から目を逸らすようにして俯いた母親が、静かに肩を震わせていた。息子を殺す罪悪感に泣いているのだろうか。

 

 ――――やめなさいよ、アンタ達!

 

 もうすぐ行われるだろう惨劇を思い我慢できなくなった私は制止の声を上げてしまうが、彼らの耳に私の叫び声が届いた様子はない。姿だけではなく、声すらも彼らには認識されないのだ。同じ場所にいるようで、私と彼らは遥か遠くにいる。この光景はあくまでも記憶だ。既に過去のものである風景を前にして、現代を生きる私にできることは何もない。ただ、事の成り行きを見守ることしかできない。

 泣き叫ぶ威を前にして、父親は口を引き結ぶと石を振りかぶる。もう、彼に言葉はなかった。これ以上の会話は未練を残してしまう。そう思ったのだろう。

 対して、威の顔は絶望に支配されていた。愛していたはずの父親から裏切られ、殺されてしまう事実は心が満足に発達していない子供であっても精神的に壊れてしまうほどだ。悲哀と憎悪。後に裏の人格として誕生することになる威の核が、目の前で生まれようとしていた。

 どうすることもできない。しかしこのまま黙っておくことが耐えられなくなった私は必死に声を荒げる。届かないことは分かっているが、何度も彼に向かって手を伸ばす。

 ――――だが、急な意識の喪失が私を襲った。

 視界が眩む。まるでスローモーションのようにゆっくりと威に石が振り下ろされるのを前にしながら、私の意識は徐々に霞んでいく。もう、声を出すこともできない。

 意識がブラックアウトする直前に私が聞いたのは、威の断末魔の叫びだった。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「うぁぁあっ!」

「妖夢!」

 

 雪走の妖力弾を腹部に受けた妖夢が吹っ飛ばされる。弾かれるように私は彼女の名前を叫ぶが、そっちに意識を向けている余裕はない。目の前には次の攻撃が迫っている。

 次々と飛んでくる弾幕を箒に乗って躱しながら、私は思わず舌を打った。

 

「紫の結界を破るたぁ、大したやつだぜまったく」

 

 三角帽が風で吹っ飛ばされないように手で押さえつつ視線を前に飛ばす、その先にいるのは、荒い息遣いで我武者羅に攻撃を続ける雪走だ。霊夢が精神に侵入した影響なのか、どこか混乱したような様子が窺える。先程までの冷静さはなく、まるで癇癪を起こした赤ん坊のような暴れっぷりを披露していた。

 

『くそっ……オレに、何をした!』

「馬鹿正直に教えるヤツがいるかよ! とにかく、これでも喰らって黙っとけ! 恋符【マスタースパーク】!」

『雑魚が……! オレの邪魔をするんじゃねぇ!』

 

 八卦炉から放たれる私の砲撃に合わせるようにして雪走が霊力砲を放つ。

 我武者羅に撃たれた力の塊は想像を遥かに超える勢いでマスタースパークに拮抗していた。火力に関して言えば私自身幻想郷内でもトップクラスに入ると自負しているが、その私を以てしても互角。いや、下手をすれば押し負けてしまうほどの馬鹿力だ。以前歓迎会の際にやった弾幕ごっこの時よりも数段階レベルアップしている。妖怪として覚醒したからか修行の成果かは分からないが、どちらにせよ迷惑な話だ。

 元来保持している霊力量の差が表れ始めたのか、徐々に私が押され始める。しかし、弾幕はパワーだといつも声を大にして言い張っている私が雪走なんかに負けを認めるわけにはいかない。それにこんなところで負けていたら、いつまでたっても霊夢には追いつけない!

 

「負ける、かぁああああああ!!」

 

 ありったけの魔力を八卦炉に込める。全身から力が徐々に抜けていく感覚に襲われながらも、私は気合と根性までをも振り絞って雪走にぶつけた。劣勢だった流れが拮抗まで持ち直す。

 丁度引き分けあたりまで巻き返したところで、限界を迎えた両者の砲撃が相殺、消滅した。

 負けなかった。それを再確認した途端、思い出したように極度の疲労感が私の全身を襲う。不意に膝をついてしまうが、慌てて駆け寄ってきた早苗が肩を貸してくれたおかげで地面に倒れ込むことだけは免れた。霞んだ視界をなんとか開いて向こうさんを見ると、雪走は肩を上下させて荒い息をつきながらも二本の足で地面を踏みしめている。あいつももう限界だろうに……雪走なりの意地があるのだろうか。

 

「しぶといな、アイツも」

「私が認めた雪走君ですから。この程度でへばってもらっちゃ困りますよ」

「お前はどっちの味方だよ」

「幻想郷ですよ。でも、雪走君の凄さは誰よりも理解しているつもりです」

「霊夢よりも、か?」

「…………」

 

 途端に少し辛そうな表情を浮かべた早苗に気づき、罪悪感に駆られてしまう。少し意地悪が過ぎたかな。早苗が雪走に向ける感情をそれなりに分かっていたはずなのにそこを突いてしまうとは、我ながら性悪な事をしたなと少し反省。こうやって一言多いから、いつも香霖やアリスに注意されてしまうのだろう。

 罪滅ぼしというわけではないが、悪いことを言った自覚はあるので謝罪。

 

「すまん。余計なこと言ったな」

「……いいんですよ。最初から心のどこかで覚悟はしていたんですから。雪走君の傍にはいつも霊夢さんがいた。頑固な霊夢さんをマイペースな雪走君が引っ張っていく姿は、誰が見てもお似合いでした。そこには、私なんかが入る余地さえなかったんです」

「早苗……」

「分かっていた、つもりなんです。だから、せめて親友ポジションにいようって。あの人を感じられる位置にいようって、決めたはずなんです。それなのに……」

 

 ポタリ、と足元の地面に染みができる。それは少しずつ数を増やし、途切れることはない。

 密着した身体を通して早苗が肩を震わせていることに、私は気が付いた。

 

「どうして、雪走君は霊夢さんを選んだんですか。どうして、私を選んでくれなかったんですか」

 

 鼻を啜るような音と共に、かすかな嗚咽が私の耳を打つ。

 

「出会ったタイミングが悪かったなら、私はどうすれば良かったんですか。どれだけあの人の事を思っても、どれだけあの人の為に尽くしても、最初に出会ったのが霊夢さんだから、彼は私に振り向いてはくれない。雪走君を思う気持ちは誰にも負けないつもりなのに。これに関しては、霊夢さんにだって負けない自信があるのに!」

「…………」

「……ごめんなさい、魔理沙さん。急に愚痴を零しちゃって」

「気にすんな。霧雨魔法店は何でも屋だから、人生相談も仕事の内さ」

「ありがとう、ございます……」

「まぁ、難しいことは置いといてさ。雪走を助けたら、お前の気持ちをすべてぶつけてやれよ。成功しようが失敗しようが、後悔するのは嫌だろう?」

「魔理沙さん……」

「それに、アイツはお前も知るように渾身のマイペース馬鹿だ。早苗の気持ちには精一杯考えて一生懸命に答えを返してくれると思うぜ。仮にフラれても、アイツなら大丈夫だ。お前を避けるなんてことは絶対にねぇよ。私が断言する」

「……そう、ですね。雪走君なら。きっとそうしてくれます」

「そうさ。だからまずは、あそこで癇癪起こしている馬鹿をぶん殴って止めてやろう。後は霊夢がどうにかするさ。アイツはあぁ見えても博麗の巫女だからな。異変だろうが恋愛だろうが、霊夢に解決できないものなんてないぜ。ライバルの私が言うんだ、まず間違いない」

「腐れ縁、とも言いますけど」

「どっちでもいいさ」

 

 鈴仙の援護射撃を受けながら接近戦を挑む萃香と先代巫女を見つつ、私と早苗は揃って苦笑を浮かべる。今は辛気臭くなっている時じゃない。できるだけ笑って、テンションを上げてあのお騒がせ野郎を止めることが先決だ。小難しい事情は、この後でまとめて解決してやればいい。

 早苗のこともあるんだ。さっさと片付けろよ、霊夢。

 今頃雪走と相対しているだろう素敵な巫女に心の中で檄を飛ばすと、私は再び八卦炉を構えた。

 

 

 

 

 

 



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マイペースに告白

『たけるーっ、こっちこっちーっ!』

 

 不意に響いた幼い声に、私ははっと目を覚ました。現状を把握するために慌てて周囲を見渡すと、広がっているのは先程までの閑散とした村ではなく見覚えのある神社。裏庭と参道の二方向に鳥居が建っている珍しい形式のここは、紛れもなく私の神社、博麗神社だ。少し肌寒いのと辺りの桜が咲き誇っているのを見ると、この時間軸は春なのだろうことが分かる。威の記憶の中で春の風景が出たということは……。

 思考の波に身を任せながら賽銭箱の隣に座ると、ちょうどいいタイミングで二人の子供達が目の前に現れた。裏庭から走ってきたのだろうか、二人して木の枝を持った彼らは幼げな声を出しながらチャンバラ染みた遊びをしている。

 

『えーい! むそーふーいん!』

『なんのっ! きかないぜ!』

 

 紅白の巫女服を着た少女が振り下ろす枝を、黒髪の少年が軽々と受け止める。中性的顔立ちながらもどこか間の抜けたような印象を抱かせる彼は、私の記憶にもあるとある人物と完全に一致した。ついでに言わせてもらえば、紅白少女の方も見覚えがある。……いや、見覚えどころの騒ぎじゃないか。

 あれは、幼い頃の私と威。アイツの本性が表に出て、お母さんによって封印される前の、威の姿。

 二人が仲良く遊ぶ光景を見ていると、脳裏に過去の記憶が不意に浮かび上がってきた。この日は確か、紫に連れられて神社に来た威と私が初めて知り合った日。嵐の予感なんて微塵もない、のんびりとした平和な一日。私にとって、人生を変えたと言ってもいい出会いの日。

 二人が走ってきた方向に視線をやると、保護者的存在の年長組が仲睦まじい様子で会話しながらこちらに歩いてくるのが見えた。いつも通り胡散臭さ全開の紫と、全身傷だらけのお母さん。彼女達はどこまでも慈愛に満ちた表情で、遊び続ける私達を見守っている。捨て子だった威も、紫にとっては我が子同然の存在なのだろう。記憶を取り戻した時、彼女は不意に涙を流していた。大切な息子の記憶を失っていたショックが相当大きかったらしい。幽々子に慰められながらも、紫は威を取り戻すことを決心していた。いつかまた、かつてのように共に生きる為に。

 懐かしい光景を目の前にして、心が安らぐような感覚を覚える。いつまでもこんな時が続けばいいのに。そんな事を考えながら平和な日常を見守る。

 

 ――――が、不意に景色が暗転。瞬いた頃には、先程とは打って変わって荒れ果てた神社が目の前にはあった。

 

 急な場面展開に慌てて周囲を見渡す。石畳は無残に剥げ、母屋の方も一部が破壊されている。あちこちについた焦げ跡は弾幕によるものなのか、妖力の残滓が微かではあるが残っていた。辺りに幾枚もの札や無数の封魔針が落ちていることから予測すると、お母さんが何者かと戦闘を行っているのだろう。

 ……何者か、だなんて。ぼかして言う必要もないか。

 分かっていた。記憶を取り戻した今の私なら、分からずを得なかった。

 全身が震えるのを自覚しながらも、私は視線を上空に向ける。

 そこには。

 

『あははははは! どうした、どうしたよ博麗さんよォ! テメェの本気はまだこんなもんじゃねぇだろォ!?』

『ちっ……五月蝿いわね、充分本気よこのクソガキ!』

『年のせいかぁ? おいおい、オレを幻滅させるんじゃねぇってのぉ!』

 

 威が振るった拳を交差した腕で受け止めるお母さん。子供の姿である威に対して体格では勝る彼女だが、人間と妖怪では根本的な腕力が違う。鈍い音を立てながら耐えきれずに後退するお母さんの左腕は、だらりと力なく垂れ下がっていた。真正面から攻撃を受けた為に、腕の骨が折れてしまったのだろう。

 苦し紛れに舌打ちするお母さんに対して、威は心底嫌らしい高笑いで彼女に睨みを利かせている。

 そうだ。これは十年前の記憶。お母さんが暴走した威を止める為に、命を張って戦いを挑んだ日の記憶。

 この時私は紫によって眠らされ、戦いの場から遠ざけられていた。まだ幼く、力も弱い私では足手まといになることが目に見えていたから。お母さんの邪魔にならないように、藍に預けられていた。

 

『ぐぅっ……!?』

『お次は脚だ、一本貰うぜ!』

『うぁぁぁあああああああっ!?』

 

 威の手刀で右足を切断されたお母さんがけたたましく悲鳴を上げる。耳をつんざくような絶叫に威は口元を吊り上げるが、瞬時に首を掴まれたことで余裕の表情は一瞬して消え去った。目を丸くしながら、威はお母さんに視線を飛ばす。

 お母さんの口には、いつの間にか一枚の札が咥えられていた。

 

『てめっ……!?』

『…………』

 

 ニィ、と札を咥えたまま勝ち誇ったような笑みを浮かべるお母さん。戦闘の中で詠唱を終えていたのだろう、咥えた札が急に光を放ち始め、二人を中心にして巨大な六芒星が夕暮れの空に浮かび上がる。封印術にはそれなりに詳しい私であっても見たことがない術式。威は全身をよじってなんとか術から逃れようとするものの、最期の力を振り絞るお母さんの手を振りほどくことはできない。

 お母さんの口から札が零れる。たっぷりと彼女の血を吸ったソレは六芒星の中心で一際明るい輝きを放つと、威の身体を呑み込んでいく。

 

『なに、を……オレに、何をしたぁああああ!!』

『暴れすぎ、よ……。少、し、反省しな……さい……』

『畜生ぉおおおおおおおお!!』

 

 威の絶叫が幻想郷を貫く。徐々に輝きを増していく光は、ついには目も開けていられない程に眩しくなり始め――――――――

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 ――――気がつくと、私は博麗神社の中庭にいた。

 先程まで咲き誇っていたはずの桜は青々とした葉を大量につけ、夏の到来を告げている。威とお母さんの戦闘による爪痕は影も形も残っておらず、博麗神社は完璧な姿で私の目の前にそびえ立っていた。頭上には雲一つない青空が広がり、夏を司る妖精達が意気揚々と飛び回っているのが見えた。

 これはいつの記憶だろう。手がかりを見つけようと首を回すと、背後の縁側に誰かが座っているのが見えた。

 何やら文字が書かれた白色の半袖シャツに、幻想郷では珍しい生地のズボン。間の抜けた顔はぼんやりと目の前の葉桜を見つめていて、彼が持つマイペースさが一際強くなっているように見えた。普段から阿呆な彼だが、こうして見るとまた違った意味で阿呆っぽい感じがする。……私は、好きだけど。

 桜を見上げる彼を見て、強烈な既視感に襲われた。この構図に見覚えがありすぎる。

 状況的には、私と威が出会った時だ。だが、今までとは違って妙な疎外感を覚えない。過去の事象を眺めることしかできなかった先程までとは異なった、リアルタイムな感覚が私の肌を刺激する。

 異様な雰囲気に混乱しながらも、私は思わず目の前の彼の名前を呼んでいた。

 

「威」

「……霊夢か。なんか、久しぶりだな」

 

 反応した。それどころか、彼は私の名を呼び返すと変わらない笑みを浮かべる。底抜けに明るい普段通りの笑顔を見て、私は安堵に胸を撫で下ろした。肩の荷が下りたとでも言うか。ようやく会えたという感覚が強すぎて緊張が一気に解けていく。気が抜けてふらつきそうになるが、なんとかこらえて威の隣に腰を下ろした。

 息を整えると、再び隣の彼を見る。

 のほほんとした雰囲気を纏って座っている彼は、記憶の残滓が作り出した幻影ではない。正真正銘、私達と共に過ごした雪走威だ。馬鹿で口が軽くて助平で、誰よりもマイペースな私の大好きな人。

 

「霊夢?」

「……なんでもないわよ、バカ」

 

 思わず彼の手を握ってしまった私に首を傾げる威。相変わらず女心なんて微塵も考えていないいつも通りの威に妙に気恥ずかしさを感じてしまい、私はそっぽを向くと口を尖らせて悪口を返した。ドキドキと弾む心臓の音が彼に聞こえやしないかと心配しながらも、久しぶりに感じる彼の温もりで幸福感に包まれる。

 私の奇行に怪訝な視線を向けていた威だったが、特に気にすることでもないと思ったのか再び葉桜に視線を戻した。……私が言うのもなんだけど、この鈍感さは致命的だと思うのよね。

 はぁ、と何気に溜息をついていると、不意に威が口を開いた。

 

「なぁ、霊夢」

「な、何よ」

「……ごめんな」

「へ?」

 

 急に放たれた謝罪の言葉に気の抜けた声を漏らしてしまう。言葉の真意が掴めないまま威の顔を見ると、彼は苦笑交じりながらもどこか罪悪感に駆られたような顔で私の方を見ていた。悪戯が見つかった時の子供のように苦笑いを浮かべる彼に、私は思わずぽかんと間抜けに口を開けてしまう。

 威は私を見たまま、ゆっくりと話し始めた。

 

「俺のせいで、お前をこんな目に遭わせちまって。俺が封印を解きさえしなけりゃ、こんなことにはならなかったのに」

「それは……でも、それはアンタのせいじゃ……」

「いや、俺のせいだよ。たとえ俺自身に自覚がなくても、裏の俺(アイツ)がやったことならそれは俺のせいなんだ。アイツと俺は表裏一体。マイペースで明るい俺も雪走威だし、残忍で憎悪に塗れた俺も雪走威。人間と同じさ。善の感情も負の感情も、二つが揃って初めて一人の人間なんだ」

 

 「まぁ、俺は幽霊みたいなもんだけどさ」自嘲気味に笑う威はどこか達観したような表情で、そんな悟りきった彼を前にして私は何一つ言い返すことはできない。悔しいが、威の言っていることは正論だ。表の感情だけ持っている人間なんていない。誰もが内に秘めた裏の感情を持っている。もしも表の感情しか持たない存在がいるならば、それはもはや人間とは呼べない。だから、威の意見は正しい。

 ……でも、だからって、このまま言わせたままにしておくのはどうにも癪だった。

 

「……威」

「なんだい、霊夢――――――――っ!?」

 

 私は威の反応を待たず、不意に彼の胸の中に飛び込んだ。背中に手を回し、思いっきり抱き締める。あまりにも突然すぎる抱擁に自他ともに認めるマイペースである威でさえも目を白黒させていた。久方ぶりに彼の意表を突けたことが無性に嬉しくて、威の胸に顔を埋めたまま舌を悪戯っぽく軽く出す。

 威の温もりを全身に感じて、心臓の鳴り方が尋常じゃないくらいに速くなっていた。もうすぐ爆発するのではないかと心配になるほどけたたましく鳴り響く心音を自覚すると、いっそう気恥ずかしさが募っていく。普段の私が私なだけに、似合わないことをしているなぁと妙に客観的に自分を観察してしまっていた。それほど、今の私は相当に恥ずかしいことをしている。

 だけど、そんな恥ずかしいはずの行為が、今の私にとってはどうしようもない程に幸せだった。

 

「霊夢、あの、何を……?」

「……アンタに、伝えないといけないことがあるの」

 

 珍しく顔を真っ赤にしてテンパった様子の威に新鮮さを感じつつも、私は高鳴る鼓動を愛おしく思いながら決意した。伝えよう。私がこの胸に抱いている、雪走威への素直な思いを。

 彼の両肩に手を置き、身体を少し離す。彼の体温を名残惜しく思いながらも、私は精一杯の笑顔を浮かべて威の目を見つめた。薄茶色で透き通ったような彼の瞳に吸い込まれそうな感覚に襲われるが、大きく深呼吸を繰り返して気持ちを整える。落ち着こう。落ち着いて、私の気持ちを伝えるんだ。

 状況が掴めない様子で呆気にとられたような顔をしている威に微笑みかけると、彼の肩を掴む両手に力を込め――――

 

「好きよ、威。世界で一番、貴方の事を愛してる」

 

 恥ずかしさを吹っ切るように、迷いなく彼とお互いの唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 



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マイペースに愛情

 二話連続投稿です。クライマックス近くなせいか、妙に筆が乗るなぁ。


「好きよ、威。世界で一番、貴方の事を愛してる」

 

 そう言って、彼と唇を重ねる。このキスで、三度目になるだろうか。最初は私が酔った勢いで、二回目は威が寝ている時に。よくよく考えてみると、彼の方から私にキスをしたことは今まで一度もない。日頃セクハラばっかりしてくるせに、そういうところはヘタレなんだから。まぁ、私の事を大切に思ってくれていると喜んでおこう。

 唾液の湿り気が唇を濡らす。舌を通して感じるキスの味は甘酸っぱいなんてよく言われるが、緊張とテンパりで精神的にアッパーな私に味覚を楽しむ余裕なんて存在しない。ただ我武者羅に、ヘタクソなりに一生懸命彼への愛を確かめていく。できるだけ長く繋がっていたいと舌を入れながら深い接吻を続ける。

 そうして、どれくらい経っただろうか。体感的には十数分、実際には一分ほどの時間が過ぎると、私はようやく威から離れた。私自身の名残惜しさを表すように互いの口に橋を架けた唾液がツゥと地面に垂れるのを惚けた顔で見ていると、急に恥ずかしさが戻ってきてふいと威から視線を逸らしてしまう。今更ながらに思うが、なんて恥ずかしいことをしたんだ私は。

 我が人生で最大級の鼓動が胸の中で鳴り響くのを感じる。頭の中は幸福感と混乱のカクテル状態でマトモな思考すら覚束ない。全身が茹でられたように沸騰していた。あぁぁ……恥ずかしいぃぃ……。

 顔を真っ赤に染めながらも、ちらと威の表情を窺う。

 彼は私以上に顔を朱に染め、陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクと開閉していた。何やら言いたいことがあるようだが、どうにも言葉にできないらしい。目を白黒させて赤面する彼の姿に、ちょっとだけ可愛いなと思ってしまうのは惚れた弱みだろうか。普段とのギャップに不覚にも心臓が跳ねる。

 威が心底戸惑った視線を送ってくるので、私は鳴り続ける鼓動をなんとか最低限に留めつつ恥ずかしさの中で口を開いた。

 

「今まではアンタの好意を拒絶するような言動をしてきたけど、その……短いながらに一緒に過ごしていく中で、いつの間にか好きになっていたというか……。自分でもはっきりと言葉には出来ないけど……とにかく、私はアンタのことが……好き、なので……」

 

 あまりにも歯切れの悪い台詞に自分で恥ずかしくなってきた。うわぁぁ、なんでこんなに緊張してんの私は! 今更でしょう! ハグして、キスした後なのよ!? テンパる順番逆でしょう!

 再び顔に血液が集まってくる。なんか頭に血が昇りすぎてぼーっとしてきた。だ、ダメだ。しっかりしなさい博麗霊夢。ここで気絶でもしようものなら、一生笑いものにされる。特に魔理沙とか紫辺りに一生弄られるのが目に見えている!

 盛大に深呼吸を繰り返し、昂った感情を鎮める。一応だが、言いたいことは言った。伝えるべきことは伝えた。後は、威の返事を聞くだけだ。

 妙に緊張しながら威の言葉を待つ。私が待機態勢に入ったのを見て「うえぇ!?」と拍子抜けた声を漏らしていたが、すぐに思い立ったように表情を暗くすると顔を俯かせた。はて、どうしたのか。

 顔を俯かせたまま、威は申し訳なさそうに息をつく。

 

「……霊夢が俺に抱いているその感情は、本物じゃないよ」

「……どういう意味よ」

「俺の本当の能力は【他人に愛される程度の能力】。裏の俺が力を溜める為に他人の感情を操作して愛情を集めるだけの能力だ。俺は無意識にそれを使って、霊夢達から愛情を集めた」

「それで?」

「お前も不自然だとは思っただろ? たかが数日一緒に過ごしただけの相手に好意を抱くなんて、普通じゃ有り得ない。ましてや俺みたいなどうしようもない男にだなんて尚更だ。霊夢のその感情は、俺の能力に影響されているだけなんだよ」

「……だから?」

「だから、その……嘘の愛情に支配されないで、本当に好きになれる相手にそういうことは言ってやるべきだと――――」

「あーもう五月蝿いこの鈍感馬鹿が!」

「むぐぅっ!?」

 

 気が付いた時には身体が先に動いていた。うだうだと何やらくだらないことを並べ立てていた馬鹿の首根っこを掴むと、思いっきり引き寄せて唇を奪う。今度は恥ずかしさよりも怒りが勝った。何か勘違いしているらしいマイペース野郎の口に舌を入れ込むと、さっきより愛情を込めた大人のキスで蹂躙してやる。唾液を送り、啜り、舐るように渾身の接吻をお見舞いする。

 十分に堪能した上で威を突き飛ばすと、彼は尻餅をついたままポカンとした顔で戸惑うように私を見上げていた。突然のキスに思考回路がショートしたのか、頭上に疑問符を浮かべたような間抜け面をしている。

 今だに何もわかっていない馬鹿野郎に指を突きつけ、私は心の底から叫ぶ。

 

「ごちゃごちゃつまんないこと言ってんじゃないわよ!」

「れ、れいむさん……?」

「能力がどうとか本当の愛情がどうとか、そんなことはどうでもいいっての! アンタが私のことをどんな人間と思っているか知らないけど、そんなみみっちい能力程度で揺らぐような馬鹿女じゃないわ! 博麗霊夢を甘く見るなよこのヘタレ!」

 

 急に怒鳴られたことで衝撃をうけているらしい威が頬をヒクッと引き攣らせるが、私の怒りはもう止まらない。一世一代の告白に対してどう返して来るかと思えば、この馬鹿は何を言い出しやがるのか! 乙女の純情を踏み躙るだけでは飽き足らず、最初からなかったことにしようとするその腐った根性がそもそも気に喰わない! 私に対して罪悪感を感じているのか知らないが、普段と比べてあまりにも優柔不断な威にはらわたが煮えくり返りそうだ。

 いい機会ね。こうなったら、とことん説教してやる!

 

「大体、最初に好きとか言ってきたのはアンタの方でしょうが! 幻想入りした当日から風呂覗こうとしてくるし、紫には余計な事言うし! アンタのせいで私がどれだけ困っていたか、一つずつ念入りに話してあげましょうか!?」

「それは、その……表の俺は、能力の自覚とかないわけで……単純に一目惚れだと思ってたし……」

「『思ってた』ぁ? アンタもしかして、私に四六時中向けていた愛の言葉は全部形だけの偽物だったとか言う気じゃないでしょうね!」

「そ、そんなわけないだろ! あれは俺の本心で、俺は本気で霊夢の事が好きなんだ!」

「だったら、それでいいじゃない!」

「っ!?」

 

 私の言葉によってようやく自分の発言の意味に気付いたのか、威ははっと我に返ったように私の方を見る。あまりにも彼らしくない不安と悲哀が入り混じった表情に胸が締め付けられるのを感じながらも、私はあくまで彼の前に仁王立ちのまま言葉を続ける。

 

「もし本当に私の気持ちがアンタの能力によるものだとしても、私がアンタを好きだっていう気持ちに違いはないわ。程度に差はあれど、アンタへの好意は変わらない。つーか、変わってたまるか!」

「霊夢……」

「ぐだぐだ無駄な事考えている暇があるなら、さっさと自分の気持ちに向き合って返事をちょうだい。馬鹿みたいに直球で馬鹿みたいに直感的なのが恋愛ってもんでしょう? アンタが私を好きっていう気持ちが本当なら、それまでの過程なんてどうでもいいの。結局重要なのは、自分が相手をどうおもっているかっていうことなんだから!」

「……俺は、誰かを好きになってもいいのか……?」

「アンタが愛した人を今まで傷つけてきたことを気にしているのなら、今ここで懺悔しなさい。死ぬほど謝って頭を下げて、少しでも気が済んだのならひとまずそれで罪悪感は終わり。綺麗さっぱり忘れればいいの!」

「でも、その程度じゃ俺が背負った罪なんて……」

「もしそれでも気が晴れないのなら、私が一緒に背負ってあげる。死ぬまでアンタの傍にいて、一緒に罪滅ぼしをしてあげるわ。こんなに器量の良い女がここまで言ってんだから、嫌とは言わせないわよ」

 

 威が生まれたのは、愛する人から裏切られたことがきっかけだった。抱いていた愛情は憎悪に変わり、復讐心となって人々の命を奪った。それは悪いことだ。そう簡単に許されるものではないし、彼自身許されるとも思っていないだろう。だから威は恐れた。私の愛情を受け入れても、結局殺してしまうことになったら絶対に後悔するだろうと思って。肉親から裏切られた彼だからこそ、誰かを愛し、愛されることに心のどこかで恐怖を覚えていたのだ。

 だから、私が救ってみせる。彼を受け入れ、許してみせる。

 これは私の勝手な決意だ。今まで威に殺された人達の事なんて少しも考えていない、自分勝手な我儘だ。犠牲者の人達は威に対して同じように憎しみを抱いているだろうし、今すぐでも殺してやりたいと思っているだろう。人間の憎悪はそう簡単に消えるものではない。憎しみは憎しみを呼び、半永久的に循環し続ける。世界から悲しみがなくならないのと同じで、憎しみが消えることはない。それは私達が生き続ける限り、絶対に避けられない事実だ。

 でも、それでも。

 私が彼の事を好きだというこの気持ちだけは、誰にも邪魔させやしない。

 この愛情を阻もうというのなら、どこからでもかかってくるといい。丁寧に、真正面からお相手してやろう。私の全身全霊を以て、威への愛を貫いてみせる。

 だから、私は胸を張って言ってやる。

 

「ずっと私の傍にいて。死んでもアンタを愛し続けるから」

「……いいのか、俺で」

「アンタじゃないと駄目。馬鹿でマイペースだけど底抜けに優しいアンタだから、傍にいてほしい」

「俺は妖怪だ。いつか絶対に別れが来るぞ」

「そんなの関係ない。たとえ先に私が死んだって、映姫を脅して亡霊になってでも戻ってくるわ」

「また裏の俺が現れるかもしれない」

「死ぬ気でぶっ飛ばすわ。アンタ程度なら余裕よ」

「……ありがとう、霊夢」

「お礼よりも聞きたい言葉があるのよねぇ」

「……そうだな。じゃあ、俺もそろそろ正直になるか」

 

 ようやく笑顔を浮かべた威はゆっくり立ち上がると、改まった様子で私の目を見つめる。先程までの胡乱気なものとは違う、いつも通りの純粋かつ真っ直ぐな瞳が私をしっかりと射抜いている。そこには少しの迷いも見えない。馬鹿みたいに直情的で一直線なマイペース男が、私の目の前に佇んでいる。

 威は一歩こちらに近づくと、右手で私の顎を押し上げた。左手は頬の辺りに添えられている。彼に触れられた途端に緊張でビクッと肩が跳ね上がってしまったが、そんな私の姿を見ても威は嬉しそうに微笑み返してくる。その笑顔が妙にカッコ良く見えて、不意にときめいてしまったのはここだけの秘密だ。

 

「俺の精神世界なんだから全部筒抜けだよ」

「いちいち余計なこと言うなこのマイペース馬鹿!」

 

 ニヒヒと悪戯っぽく笑う威になんだか無性に負けた気がして、言葉だけでも反撃しておく。どうせ今からこれ以上に恥ずかしい思いをするんだ。全部威に筒抜けなら、思う存分照れ隠ししておく方が良い。伊達に何年もツンデ霊夢と言われていないわよ私は。ここまで来たら最後までツンツンしてやるんだから!

 そうは言いながらも何気に近い威の顔に心臓が早鐘を打つあたり、私も結構乙女である。

 

「告白した後に俺が身体の支配権を乗っ取れば、全部終わりってわけだな」

「そうね。アンタが確固たる自我を持てば自ずと意識は取り返せるだろうし。裏を自覚したまま身体を支配すれば、裏のアンタは不安定な存在としてアンタの中で弱体化する。それをお母さんと紫がアンタの意識の奥底に封じ込めれば、終了かな。今のアンタなら、たとえ裏が復活しかけても押し留められるでしょうし」

「じゃあもう少しの辛抱か。いやぁ、結婚式は盛大に行こうぜ」

「……アンタ、告白すんの恥ずかしがってるでしょう」

「……ちょっとだけ」

「はぁ……なんでそういうところは初心なのかしらねぇ」

 

 頭の後ろを掻きながら照れ笑いする威に思わず肩を竦める。普段はすぐにセクハラしてくるくせに、どうしてこういう真面目なところだと無駄にヘタレなんだろうか。もしも狙っているとしたら、一発顔面をぶん殴ってやりたい。

 しばらく躊躇する威だったが、ようやく覚悟を決めたのか再度私の頬に手を添える。

 ――――そして、唾を一度呑み込むと、

 

「どうしようもなく好きだ。ずっと一緒にいよう」

「……当たり前じゃない。絶対離さないわよ」

 

 今日何度目かになるキスを、私達はようやくお互いの意思で交わした。

 溢れんばかりの愛情を互いに確かめ合い、唇を貪る様にして接吻を続ける。そうしている間に、いつの間にか周囲の風景が段々と薄れていくのが見えた。徐々に周りを眩い光が支配していく。表の彼が『雪走威』の支配権を奪い取り始めたのだろう。時間が来たのだ。

 はぁ、と二人して艶っぽい息を吐くと、どちらともなく笑う。

 

「帰ろう、霊夢。俺達の幻想郷へ」

「えぇ。今度は、二人一緒に」

 

 再び笑い合ったのを最後に、私の意識は唐突に暗転した。

 

 

 

 

 

 



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マイペースに雪走威

「ずいぶんと、手強いですわね……」

 

 弾幕の応酬で穴だらけになった愛用の日傘に視線を向けながら私は荒い息をつく。隣では鏡華が同じように大きく肩を上下させていたが、その表情は私同様に優れない。

 霊夢が雪走君……いえ、もう威でいいわね。威の心の中に入ってから約一時間。彼女が表の威に支配権を握らせるまでの時間稼ぎを全員総出で行っているけれども、そろそろ体力的にも限界を迎えつつある。早苗と魔理沙は疲労のあまり膝をついているし、妖夢と鈴仙に至っては既に体力が底を尽いて倒れている始末だ。私や鏡華でさえ疲れ切っているのだから彼女達が倒れるのも仕方ないことなのだけど……魔理沙と早苗は人間なのに、気合と根性で頑張っている。それぞれに負けられない理由があるのだろう。特に早苗に関して言えば、霊夢への対抗心で踏ん張っている節がある。

 唯一余力が残っているのが鬼である萃香だが、彼女は意識のない霊夢を守るという使命がある為攻撃メンバーには加えられない。ただでさえ霊夢を抱えている現状で動きが制限されている彼女にそれ以上の行動を期待するのは少々現実味に欠ける。いくら最強の鬼と言えど、誰かを守りながら戦うことは難しい。

 しかしながら、希望が見えないというわけでもない。

 

『っ!? なん、だ……何かが、頭に……っ!』

 

 視線の遥か先で滅茶苦茶に妖力弾を撃ち続けていた威はいつの間にか攻撃の手を止め、何やら苦しそうに頭を抑えてしゃがみ込んでいた。まるで内側から何者かによって意識を乗っ取られているかのような苦悶の表情。内部からの刺激にどうすることもできず、痛みに呻くしかないようだ。

 彼の豹変を見て、私はようやく安堵の溜息をついた。おそらく……いや、ほぼ確実に、あの不良巫女が目的を達成したのだろう。意識の奥深くに沈められていた表の威を説得し、意識の支配を始めさせた。元々表の方が身体を支配していた時間は長いのだから、一度支配権を奪ってしまえば後押しするのはそう難しいことではない。

 隣の巫女様にちらりと視線を向けると、彼女も威の様子に気が付いていたようだ。懐からありったけの封印符を取り出し、詠唱を始めている。相変わらずの洞察力と行動力に私としても舌を巻くしかない。忌々しいが、彼女の実力は折り紙つきだ。

 こうなったら、私も本気を見せつけてやるか。

 もはや邪魔でしかない日傘を投げ捨てると、印を切って呪文を唱える。

 だが威の方もただで術を受けるつもりはないらしく、苦痛に顔を歪めながらもなけなしの妖力で弾幕を展開しようと霊力砲の銃口を私達へと向ける。

 

『畜生、やらせるか――――』

「おっと、紫の邪魔はさせねぇぜ?」

『なっ!? いつの、間に……!?』

「足止めと時間稼ぎくらいしかできませんが、それに全力を注ぎます!」

 

 だが、彼は失念していた。いくら弱っているとはいえ、私達には強力な仲間がまだ残っていることを。

 いつの間にか威を挟むように左右に回り込んでいた魔理沙と早苗。片や八卦炉、片や霊力符を構えた彼女達は同時に口元を綻ばせると、残った力のすべてを使って威の妨害を始める。

 八卦炉が輝き、霊力符が唸る。

 

「魔砲【ファイナルスパーク】!」

「大奇跡【八坂の神風】!」

『ぐ、ぅ……!』

 

 魔理沙の砲撃と早苗の烈風が威を襲う。攻撃に回すはずだった妖力を仕方なく防御に回してなんとか耐えているようだが、さすがの威でもそろそろ限界を迎えつつあるらしい。地面が陥没するくらい力を込めて踏ん張っているけれども、それ以上の身動きはできないようだ。

 我武者羅だが、いい仕事をしてくれた。あの二人には感謝しないと。

 そろそろ詠唱も終わる。スキマを威の付近に展開すると、鏡華に合図を送った。

 

「鏡華!」

「任せなさい! 博麗流封印術【夢想封印・極】!」

 

 鏡華の力を受けて輝きを放つ霊力符がスキマを通って威に接近、彼の周りを取り囲むように六芒星を形作る。札が放つ光は彼の額――――精神侵入の際に霊夢が貼り付けた赤い勾玉を核にして威の意識とパイプを繋いだ。これで後は、表の彼が表層意識の主導権を握れば全てが終わる。

 ――――頑張って、威……!

 ありったけの妖力を術に注ぎ込みながら、私は愛する息子に最後の激励を飛ばした。

 

 

 

 

 

           ☆

 

 

 

 

 

 温かい光が見える。視線の先に浮かぶのは、テレビの画面のように映る『俺』が見ている景色。長方形が映し出す向こう側には、今まで俺が知り合ってきた仲間達の姿が見えた。彼女達は全身をボロボロにしながらも、俺を助ける為に全力で奮闘してくれている。こんなどうしようもない俺なんかの為に身体を張って、全身全霊を込めて戦ってくれている。 

 俺は軽く息を吐くと、虚空に向かって声を飛ばした。

 

「……なぁ、俺。そろそろ世界を憎むのも、やめにしないか?」

『何言ってやがる! 愛情は裏切りに変わるってことを教えてやるのがオレ達の目標だったじゃねぇか! 復讐と制裁、その為にオレ達は生まれたんだ! あの時の悔しさを忘れたとは言わせねぇぞ!』

「確かに、父さん達から殺された時は悔しかったさ。愛情が裏切られて、世界中を憎んでしまうくらいに」

『だったら……!』

「でもさ、いつまでも馬鹿みたいに憎んでばかりじゃ、いつまで経っても前には進めないよ」

 

 俺だけじゃ分からなかった。大切なことを教えてくれたのは、他でもない俺が愛する少女だった。本来なら俺を裏切るはずだった彼女は愚直なまでの愛情を向けてくれ、俺自身を受け入れてくれた。実の母親の命を奪った仇である雪走威を、それでも恨むことなく愛してくれた。

 彼女の存在は、俺の価値観をぶち壊すほどに大きなものになっていた。憎悪を爆発させるためだけの幼虫に過ぎなかった俺にも、幸せを掴む権利がある事を教えてくれた。

 だから、俺ははっきりと言える。

 誰かを愛することは、絶対に悪いことじゃない。

 

『お前は騙されているんだ! 口ではいくら正論を述べていても、人間は自分の欲の為にきっとオレ達を裏切る! また憎悪と悲哀に塗れることになってもいいのか!?』

「そうなったら、またその時に考えればいい。不確定な未来に恐怖して足を止めるのは、もううんざりなんだ」

『何っ……!?』

「東風谷が好きだ。さとりちゃんが好きだ。こいしちゃんも幽香さんも、にとりさんも紫さんもゆゆちゃんも妖夢さんも霧雨さんも、皆の事が好きだ。そして……その誰よりも、俺の事を愛し続けると言ってくれた霊夢の事が大好きだ。アイツとの未来を掴むために、俺は憎しみの連鎖から踏み出してやる! いつまでも負の感情に囚われる人生なんて、まっぴら御免だ!」

『テメェ、まさか……!』

「あぁ、俺は雪走威になる。お前から、雪走威を取り戻す!」

『やめ……やめろぉおおお!!』

 

 俺を取り囲む暗闇から無数の腕が現れ、俺に襲いかかる。黒塗りの腕はまるで俺自身の憎悪を具現化しているようで、どこか虚しさを感じさせた。あまりにも薄っぺらい感情の塊に溜息をつく。こんな感情に、負ける気はしない。他人を信じることをやめた独りよがりな力なんかに、俺の愛情が負けるわけがない!

 イメージで霊力変換機を取り出すと、恋力を練る。

 【他人への愛を力にする程度の能力】の真価を発揮する時が来た。想いを込めろ。アイツに抱く俺自身の愛情のすべてを、この一撃に注ぎ込め!

 銃口を目の前の画面へと向ける。こいつを砕けば元に戻れる。根拠はまったくないが、何故だか俺はそう確信した。

 帰ろう。大好きな人達が待つ、幻想郷へ。

 ニィ、と精一杯口の端を吊り上げ、全力でスペル名を叫ぶ!

 

「恋符、【プラトニック……ラァァァアアアブッ】!!」

『あぁぁぁぁあああああああああ!!』

 

 桃白色の極大レーザーが闇を祓い、長方形の画面を貫く。

 軽快な音と共に画面が割れると、徐々に意識が浮上する感覚に襲われた。最後の抵抗とばかりに漆黒の腕があちらこちらから伸びてくるが、俺のスペルが放つ光に触れた瞬間に跡形もなく消滅していく。圧倒的な力の奔流は、俺の憎悪を片っ端から洗い流していた。

 裏の俺が断末魔の叫びを上げながら意識の奥へと堕ちていく。外部の封印術によって力の大部分を失ったアイツに抵抗するような力は残っていない。底なし沼に嵌ったかのように、ずぶずぶと闇の中に呑み込まれていく。

 

『まだだ……こんなところで、オレはぁぁああああ!!』

「もう、いいんだ。お前の出番は終わった。後は、ゆっくり休んでくれ」

『くそっ、クソッ……畜生ぉおおおおおおお!!』

 

 俺を道連れにしようと必死に手を伸ばして来るが、俺は既に意識を取り戻す寸前の所にいた。アイツの手は、届かない。

 俺自身が闇に呑み込まれていく姿に思うことがないわけではない。だが、別に感情自体を捨て去るわけではないのだ。アイツは俺で、俺はアイツ。永遠に付き合っていかなければならない関係なのである。だから、せめてアイツには静かに眠っていてもらおう。感情の抑制は、人間なら誰しも試みることだ。

 裏の俺が沈んでいくにつれて、段々と身体の感覚が戻ってくる。手、足、頭……数分もしない内に、俺は自身の全身を取り戻していた。もう、裏の俺が暴れ出す気配もない。……全部、終わったんだ。

 長かった戦いに終止符が打たれたことを確認すると、不意に強烈な疲労感が俺を襲った。ガク、と膝から崩れ落ちそうになる。

 前のめりに倒れそうになったところで、誰かが俺を抱き締める様にして前から身体を支えた。ふわりと鼻孔をくすぐる甘い香りで正体を察し、思わず笑みを浮かべてしまう。結局なんだかんだ言って、コイツはいつも俺の事を支えてくれるんだ。

 ゆっくりと、目を開ける。

 

「威! 大丈夫なの? 身体で痛いところとかはない!?」

「……しいて言うなら、お前への愛で胸が痛い」

「なっ……!? ば、バカ言ってんじゃないわよ! いいい、いきなりそんな……皆もいるんだから、少しは自重して……」

「……ははっ」

「な、なに笑ってんのよぉおおお!!」

 

 俺を抱きすくめたまま顔を真っ赤にして叫びまくる霊夢に、無意識に笑みが零れた。ようやく取り戻せた温もりを全身に感じながら、俺は湧き上がる怒涛の眠気に抗うことなく身を任せる。もうそろそろ、休んでもいいだろう。次に目を覚ました時は、一人じゃない。隣にコイツがいてくれる。

 そう思うと、幸せで胸がいっぱいになる。

 至高の幸福感に包まれながらも、俺は霊夢の肩に顔を乗せると彼女の耳元で口を開いた。

 

「ただいま、霊夢」

「……帰りが遅い旦那様ね、ホント」

 

 顔は見えないが、どうせそっぽを向いて口を尖らせているのだろう。何気に単純なコイツの事だ。恥ずかしいことを言う時は決まって照れ隠しをする。本心を気取られるのが苦手なのか、すぐに強がりを言うんだ。

 ……それでも、最後にはちゃんと素直になってくれる。

 霊夢は俺を抱きしめている手に少し力を込めると、おそらく泣いているのか嗚咽の混じった声で言葉を返してくれるのだった。

 

「お帰りなさい……威」

 

 

 

 

 

 




 次回、最終回です。


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マイペースに東方霊恋記

 お待たせしました、最終回です。
 超長い! 一万字超え!


 秋も深まり、妖怪の山を紅葉が覆い始めた九月。今までなりを潜めていた秋姉妹が待ってましたとばかりに猛威を振るい、人里に大量の恵みを与える豊作の季節に、俺はというと珍しく守矢神社の方に足を運んでいた。別に遊びに来たとか飯をたかりに来たとかそういう訳ではなく……まぁ、その、とにかく俺は人生の節目を迎えようとしていたんだ。……はっきり言ってしまえば、ご想像の通りなんだけど。

 つまるところ、本日は俺と霊夢の結婚式なんかがあるワケで。

 どうもこちらの平均結婚年齢は外に比べると若いらしく、十五歳の霊夢でも充分適齢なんだそうな。いやまぁ、俺の記憶にある外界の情報は全部貰い物に過ぎないんだけど、東風谷と共に衝撃を受けたのは記憶に新しい。驚いていたのが俺達二人だけだったという事実にもちょっとだけショックを受けた。カルチャーショックとはこのことを言うのだろうな、と二人して酒を酌み交わしたのもいい思い出だ。その時東風谷が異常なまでの絡み酒を披露してくれたが……後になって霊夢が言うには、「この鈍感馬鹿」だという事らしい。よく意味が分からん。

 博麗神社ではなく守矢神社で結婚式を行う理由だが、これは霊夢が当事者であるからだ。まさか自分で結婚式を進めるわけにもいかないので、もう一つの守矢神社に白羽の矢が立った。二柱も喜んで引き受けてくれたのは良かったが、その話が決まった途端に東風谷と霊夢が異様な雰囲気を身に纏って弾幕ごっこを始めたのが無性に気になっている。聞き取れた限りでは「見せつけるつもりですか!」「せいぜい羨んでなさい!」とかなんとか言っていた。羨むって、そりゃ年頃の女の子にとっちゃお嫁さんってのは夢だろうけどさぁ。

 そんなわけで、現在俺は守矢神社の一室で開式を待っている。一応一人ではないが、その一緒にいる相手というのが……、

 

「なんでここにいるんですか、紫さん」

「む、なんですのその他人行儀な呼び方は。育ての親を捕まえてさん付けなんて、お母さん貴方をそんな子に育てた覚えはありません」

「いや、そうなんですけど……」

 

 珍しくちゃんとした着物に袖を通して部屋の隅に座っている妖怪の賢者様がむすっとした顔で頬を膨らませているが、俺としてはどうしようもなく口元を引き攣らせるしかない。約二百年に渡る記憶のすべてを思い出した俺は当然彼女に育てられたことも覚えており、一応は義母として認識してはいる。だが、それはあくまでも記憶上の話であって、新たに幻想入りしてからの呼称が完成してしまっている以上なかなか呼び方を変えることができないのだ。向こうは昔みたいに呼び捨てしてくるけど。

 紫さんは用意された茶を上品に啜ると、呆れたように溜息をついた。

 

「いくら最近まで記憶を封印されていたとはいえ、私にとって貴方は息子も同然。式である藍とはまた違った愛情を向けていますのよ? それなのに威自身が私を敬遠していては、本末転倒じゃありませんの」

「う。お、俺だって昔みたいに戻れるように努力はしているんですけど……」

「敬語禁止」

「……努力はしているんだけどさ」

「よろしい」

 

 言われた通りに敬語をやめると、心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべる紫さ……いや、母さん。うん、まぁいつまでも他人行儀にしておくのはお互いによろしくない。これをいい機会にして、徐々に慣れていくとしよう。母さんも俺ともっと家族同然の付き合いをしたいみたいだし。後で藍さんや橙にも改めて挨拶しておこう。

 俺がそんなことを密かに決心していると、母さんは不意に立ち上がって部屋の襖を開けた。

 

「あれ、どっか行くの?」

「いつまでも子離れできないっていうのも恥ずかしい話ですからね。そろそろ他の方々に挨拶をしておこうと思ったのよ」

「そっか。まぁ、いろいろありがとう。お母さん」

「……素直に言われると、また照れますわね」

「やーい顔真っ赤ぁー」

「うるさいですわ!」

 

 「もう」と口を尖らせながらも顔を赤くして出て行く姿は俺から見ても可愛らしいなと思えるものだった。別に近親相姦的な意味ではない。や、母さんとは血が繋がってないからそんな感じにはならないけども……とにかく、浮気はしていない。うん。

 一人になってしまったので暇な時間が訪れる。守矢神社の庭とかを散歩してもいいのだが、この袴と上着がまた窮屈で動きづらいのだ。変に着崩してまた衣装直しされるのも面倒くさいし、その場合はまた母さんに子ども扱いされるのが目に見えているので尚更避けたい。以上から、暇であっても部屋でじっとしておく方が何かと効率がいいのでございます。あ、花札あるじゃん。

 花札を床にばら撒いて、適当に役を作っていく。

 

「花見で一杯。月見で一杯。猪鹿蝶ぉ~♪」

「でもやっぱり一番好きなのは五光なんですね」

「そうそう。点数高いし綺麗だし……って、誰だよ!」

「私ですよ」

 

 結構自然な流れで会話に入ってきた人物に驚き慌てて視線をやると、いつの間にか襖が開かれ知り合いの一人が部屋の中へと入ってきていた。……っと、よく見ると二人だ。能力上存在感が薄いから、一瞬分からなかった。

 胸元に巨大な眼がふよふよ浮かんでいる二人組の少女達は、いつも通りの服装で部屋に入ってくる。桃色髪のさとりちゃんに灰色髪のこいしちゃん。地底ではいろいろと世話になった悟り妖怪の二人だ。そういえば、永遠亭にお見舞いに行ってから久しぶりの顔を見る気がする。

 さとりちゃんの背後に続いて入ってきたこいしちゃんは俺を見つけると、弾かれるようにして懐へと飛び込んでくる。

 

「お兄ちゃん久しぶりっ!」

「久しぶりこいしちゃん。怪我の方はもういいの?」

「うん! だっていくら妖怪とはいっても所詮はお兄ちゃんの攻撃だもん。そんなに酷くはなかったよ!」

「……ま、まぁ、大事に至らなかったのは良かったよね。うん。お兄ちゃんウレシイヨー」

「威さん、顔の表情がなくなってますよ」

 

 何気にえぐいことを平然と言ってのけるこいしちゃんに対して加害者である俺は何一つ反論できない為、情けなくもスルーするしかない。そんな俺の心を読み取る以心伝心少女さとりちゃんは何やらニヤニヤしながら俺の方を見ているが、悔しかったので彼女のあられもない入浴シーンを思い浮かべて反撃しておくことにした。あれ以来俺とのお風呂ハプニングが彼女の弱点となっており、俺は弄られる度に同様の仕返しを繰り返している。もうそろそろ慣れてもいい頃だろうに、相変わらず初心だなぁ。

 二人はあらかじめ用意されていた座布団に座ると、俺に向かい合う。

 

「まぁとりあえず、この度はおめでとうございます」

「あー、うん、ありがとう。でも、いろいろごめんね? こいしちゃんに至っては、殺そうとまでしちゃったし」

「気にしないでよお兄ちゃん! あれは本気の遊びだったんだから、仕方ないって!」

「妖怪レベルの遊びはハードルが高すぎるんだよ……」

「そんなこと言いますけど、威さんも妖怪じゃないですか」

「う……確かに、区分的にはそうなるね……」

 

 今更ではあるが、俺は感情の妖怪として分類されるらしく、幻想郷縁起にも英雄一覧ではなく妖怪の欄に記載されるらしい。そりゃ憎悪から生まれたんだから妖怪扱いは仕方ないんだけども、一応この数か月は人間として生活してきたわけだから抵抗がないと言えば嘘になる。いや、妖怪として生きてきた年数の方が長いけど……。次期博麗の巫女は半妖とかで大丈夫なんだろうか。むしろ人間でもなく妖怪でもない方が仲裁役としては適しているかもしれないが。

 種族間の差になんとなく思い悩んでいると、さとりちゃんが急になんだかそわそわし始めた。ちらちらと隣のこいしちゃんに視線を送り、合図している。はて、いったいどうしたのか。

 さとりちゃんの合図を読み取ったこいしちゃんはあからさまに不自然な様子で立ち上がると、襖の方に向かう。

 

「あ、あー。ちょっと退屈だから、フランや鵺と一緒に遊んでくるよー。またねお兄ちゃーん」

「え、えぇと……またねこいしちゃん」

「じゃーねー」

 

 一応手を振りかえしておくが、明らかに普通ではない様子に首を傾げてしまう。そんでもってさとりちゃんの顔が段々と赤らんでいくのは何故なのか。俺は貴女のように読心能力を持ち合わせてはいないので、ぜひともその口から直々に教えてもらいたいです。直に心に語りかけているのでちゃんと聞こえているでしょうさとりちゃん。

 俺のジト目&お願いを受けてようやく何かを決心したのか、さとりちゃんは大きく息を吐くと顔を引き締めて口を開く。

 

「私はたぶん、威さんのことが好きなんだと思います」

「……はい?」

「ですから、私は威さんのことが好きです。それは友人としてではなく、一人の男性として。地霊殿で貴方と過ごしてから、私は威さんに恋をしているんです」

「……略奪愛?」

「人聞きの悪いことを急に言わないでくださいよ……。別に霊夢から威さんを奪おうなんてこれっぽっちも思っていません。……どこぞの風祝は知りませんが」

「え? 東風谷がどうしたって?」

「いえ、お気になさらず。まぁとにかく、私は威さんのことが好きなんですよ」

 

 さらっと重大発表をしでかしたさとりちゃん。なんだ、なんだなんだなんだ!? なんで急にこんなこと言われてんだ俺は! 今までそんな伏線なかったじゃん! さとりちゃんルートなんて微塵も開かれてなかった気がするんですけど!

 俺の混乱を他所に、さとりちゃんは淡々と言葉を続ける。

 

「私は能力のせいで、妖怪達からも嫌われる存在です。だから地底の管理も任されています。このことについては、威さんも知っていますよね?」

「それはまぁ、以前聞いたし」

「私と仲良くしようなんて考える人はほとんどいませんでした。例外として勇儀さんや萃香さんがいましたが、鬼は実力的に他者を恐れるなんてことがないので別です。そんなイレギュラーを除くと、私はずっと孤独でした。心を開いてくれる人なんて一生現れない。半ばそうやって信じ切っていた頃もあったんですよ」

「はぁ……」

「でも、そんなときに現れたのが貴方です」

 

 当時を思い返しているのか、幸せそうに目を閉じると胸元をきゅっと握る。

 

「威さんは私を前にしても緊張なんてせず、ありのままの姿で接してくれました。心の中で思っていることと言動が完璧に一致している人間に会うのは初めてで……結局威さんは人間じゃなくて妖怪でしたけど、それでも嬉しかったんです。あぁ、私を受け入れてくれる人もいたんだって。初めて人に褒められたり好意を向けられたりしたことが本当に嬉しくて。気づいた時には貴方の事を愛おしく思っていました」

「……でも、俺は……」

「はい。分かっています。威さんは霊夢の事が好き。ですから、私を好きになってくれとは言いません。ただ、この気持ちだけは伝えておきたかったんです。たとえ叶わない恋でも、私にとっては初めての恋愛でしたから」

「さとりちゃん……」

「私に恋を教えてくれて、ありがとうございました。霊夢の事を幸せにしてやってください。私が嫉妬してパルスィみたいになっちゃうくらい、彼女を愛してあげてください」

 

 そう言って笑顔を浮かべるさとりちゃんだが、俺には彼女が何かを我慢しているように思えた。いくら妖怪だとは言っても、彼女も一人の女の子。恋愛に敗れたことが悲しくないわけがない。女心には疎いとよく霊夢に説教される俺でも彼女の気持ちは分かるつもりだ。そして、さとりちゃんがどういう決意で俺に気持ちを伝えてくれたのかを考えると、胸が痛い。

 でも、ここで同情するのはおそらく間違いなのだろう。俺が優しい言葉をかけたとしても、それは彼女にとっては辛いものでしかない。だったらせめて、後腐れなく返事をしておくべきだ。

 ただ、さとりちゃんは悟り妖怪だ。俺のこんな浅はかな考えさえ見通しているに違いない。それでも彼女は何も言わない。俺を傷つけまいとして、自分一人で悲しみを背負っている。できることならその悲しみを少しでも肩代わりしてあげたい。しかし、それは彼女に対して失礼でしかないのだ。俺にできることは、彼女の言葉に答えることだけ。

 だから、せめてもの償いとして精一杯の笑顔を浮かべ、俺は心の底からお礼の言葉を述べる。

 

「ありがとう、さとりちゃん。絶対に、霊夢を幸せにするよ」

「……はい。もし霊夢を泣かせたら、地底メンバー総出で懲らしめに行きますからね」

「それは怖いな。殺されないように精進するよ」

「頑張ってください」

 

 ぺこっと礼儀正しく頭を下げたさとりちゃんはそのまま部屋を出て行った。彼女なりに納得できたのかは、俺には分からない。でも、精一杯の事はしたと思う。今度和解ついでに地霊殿に遊びに行こう。菓子折りを持って、霊夢と二人で。愚痴の捌け口くらいなら俺にでもできるはずだから。

 さとりちゃんが出て行き静かになった部屋で俺は一人考える。もう一人、彼女と似たような気持ちを俺に抱いているような人間に心当たりがあった。なんか字面だけ見るとすっげぇナルシストな感じがするが、これは俺にとっても死活問題だ。ちゃんと対策を考えて、すっきりさせないとお互いに悪い。

 幻想郷内では比較的良心的な少女。少々間の抜けた天然っぷりを見せることはあるものの、妖怪連中に比べると常識的ともいえる人間。ロボットを初めとしたサブカルチャーをこよなく愛する彼女は緑色の髪がチャームポイントで、年の割には大きいと言える胸が魅力的で……、

 

「雪走君?」

 

 そうそう。こんな感じで顔立ちも整っていて、外見的にはまさにアニメキャラクターのような――――って!

 

「こここ、東風谷ぁっ!?」

「はい。常識に囚われない守矢神社の風祝、東風谷早苗ですが、なにか」

「……なに怒ってんのさ」

「別に。いつも通りです」

 

 唐突に目の前に現れた件の少女に腰を抜かしそうになる俺。頭に思い浮かべていた人が急に視界に出現したらそりゃあ驚くってものだが、なんだかむすっとした表情で至近距離から俺を見つめている東風谷に違和感を覚えて思わず様子を窺ってしまう。本人は否定しているけれども、半目かつ口を「へ」の字にしているのを見れば怒っていることは明白だった。霊夢が臍を曲げた時に浮かべる表情と全く同じである。なんだ、幻想郷の女達は同じ感情表現をシェアでもしているのか。

 東風谷は不機嫌さを隠そうともせずに露骨に顔に出したまま、憮然とした表情で俺の隣に腰を下ろす。

 

「……後少しで式の準備が終わるので、報告に来ました」

「そ、そうか。わざわざありがとな」

「…………」

「なんだよ」

「……別に」

「だからなんだってんだよ!」

 

 ぷくーとハムスターのように頬を膨らませてそっぽを向く東風谷の真意が掴めず戸惑う俺。コイツは本当に何を怒っているのか。今日は俺と霊夢の結婚式という晴れがましいイベントがあるというのに……うん? 待てよ、まさかコイツ……。

 一つの可能性に思い当たった俺は間髪入れずに東風谷に問うた。

 

「もしかしてお前、俺が霊夢と結婚することが気に喰わなくて怒ってるんじゃ――――」

「喰らえ鉄拳ロケットじゃないパンチ!」

「あっぶねぇえええええええ!!」

 

 目にも止まらぬ超スピードで放たれた拳が俺の顔面を襲うが、咄嗟に身体を仰け反って回避。鼻先を掠めた瞬間何かが焦げたような音がしたのは気のせいではあるまい。というか、鼻っ柱がめっちゃ熱い!

 

「い、いきなり何すんじゃボケェ!」

「黙りなさいこのデリカシー不足め! そういうことは例え事実でも黙っておくのが男の美学ってものでしょう!?」

「え、じゃあ東風谷って本当に俺の事が好きなわけ?」

「しまった! 誘導尋問でした!」

「違ぇよ! 今のはただの自爆だろうが!」

 

 顔を両手で隠すようにしてオーバーリアクション気味に叫ぶ東風谷だが、顔が真っ赤になっているために内心の羞恥心を誤魔化そうとしているようにしか見えない。いや、実際ただの自爆なんだが、話題が話題なんで突っ込んだことを聞きづらいんだよな……。……でもまぁ、そこをあえて聞いちゃうのが雪走威クオリティなんだけど。

 流れ作業で秘密が露呈してしまったうっかり巫女は俺にバレたことで相当混乱しているのか、突然俺の両肩に手を置くと半ばヤケクソ気味に叫ぶ。

 

「こ、こうなったらダメ元です! 私のお嫁さんになってください!」

「いろいろ待とうか東風谷! 状況及び性別的に訂正の必要があるぞ!」

「ウチも神社ですよ!」

「別に神社に憧れているわけじゃねぇよ!」

「じゃあほら、私巫女! 脇巫女です!」

「だからアイツの外見的特徴に惚れたわけじゃねぇから!」

「胸ですか! ちょっと小さめの胸が良いんですか!?」

「テメェがデカいだけであって霊夢は一般女性と比べると十分に巨乳だ!」

「な、なんで私が巨乳な事を知っているんですか! このスケベ!」

「どうすりゃいいんだよ!」

「じゃあ今度から私の事名前で呼んでください!」

「…………は、名前?」

「はい。名前呼びを所望します」

 

 今までの流れを片っ端から無視したテンションであっけらかんと言い放つ東風谷。先程は生娘みたいに赤面状態だったくせに、今はどこか達観したような柔和な笑顔で俺の方を優しく見ている。なんだ、この数秒間にコイツの中でどんな心境の変化があったんだ。

 イマイチ状況が掴めない俺は間の抜けた顔をしているのを自覚しつつも、恐る恐る尋ねる。……裏を抑制してから、なんかマイペースさが落ち着いてきた気がするな、俺。

 

「えっと、一応確認しておきたいんだけど……東風谷は俺の事が」

「早苗」

「……早苗は、俺の事が好き……なんだ、よな?」

「……はい。私は、雪走君……いえ、威君の事が大好きです」

「それは、友達としてじゃなく……」

「勿論、男の子としてですよ」

 

 淡々と告げる早苗の声は恥ずかしさと悲しさ、その両方が込められたような響きを持っていて。何かを覚悟した女性を前にして、俺は思わず言葉を失ってしまう。彼女の話を聞いた方が良い。心のどこかで、俺自身がそう言っていた。

 口を噤み、黙り込む。気配を悟った早苗は気持ちを切り替えるように深く息を吸うと、今までのふざけた雰囲気とは対照的な真剣みを帯びた眼差しで俺を真っ直ぐ見つめる。

 

「最初は、楽しそうな人だなって思ってました。私の無茶ぶりにも乗ってくれるし、何よりあの傍若無人な霊夢さんを手玉に取っていたので。霊夢さんが心を開くような威君はいったいどんな人なんだろうと疑問に思った時からですかね、いつの間にか私は威君に惹かれていました」

「俺に……?」

「気がつくと視線は威君を追っていて、頭の中も威君のことで一杯。会えた日はすっごくテンションが上がったし、会えない日は次に会った時にどんなことを話そうかと考えていると心が弾みました。威君が霊夢さんと仲良くしていると胸が痛くなったり、私に笑顔を向けてくれると心臓が跳ねたり。つまるところ、絵に描いたような恋をしていたんですよ、私は」

「意外と乙女だったんだな」

「失礼ですね。私はいつでも純情乙女ですよ」

 

 「ふふっ」と軽く笑みを零す早苗。だけど、俺には分からなかった。なんでコイツは、こんなに明るく笑えるのだろう。

 その恋が叶わないことを、コイツは誰よりも知っているはずなのに。

 

「東風谷――――」

「威君。私が今から言うことに、真剣に答えてください」

「……あぁ」

 

 俺の呼びかけを遮って言葉を乗せる早苗。自分の妙な様子を悟られたことを感じたのか、半ば早口で俺を牽制する。言葉を遮られた俺がそれ以上追及することは雰囲気的に憚られた。彼女の言葉を待つしかない。でも、彼女が俺に対して抱いている感情を知った今なら分かる。早苗がどういう質問をしてくるのかが。

 翡翠色の双眸が俺を見つめる。まるで心を見透かされているような感覚に襲われるが、早苗は威を決して核心に触れた。

 

「威君。私は、貴方の事が好きです。私と付き合って下さい」

 

 告白。すべてを代償にした、早苗の覚悟。答えがどうであろうと互いの関係性に変化が訪れてしまうことを理解しながらも、彼女は思いを口にした。それほど、俺の事が好きだから。今までよりも深い関係になりたいと、誰よりも彼女自身が願ったから。恐れずに決意を言葉にしてくれた早苗の勇気に、不意に心臓が早鐘を打つ。昔の立場的には同年代。親友で、なおかつ美少女な早苗からの告白に俺は頬が赤らむのを感じた。霊夢から告白された時とはまた違った感覚が俺の心を支配する。

 嬉しい。素直にそう思う。妖怪である俺に対して大きな愛情を持ってくれている目の前の少女に、俺はある種愛おしさのようなものを感じていた。それは友情なのかもしれないし、愛情なのかもしれない。自信が持つ能力上断定はできないが、どちらにせよ好意的なものだろう。

 ……でも、俺の答えは決まっていた。

 彼女に正面から向き合い、俺は――――

 

「すまない。俺は、霊夢の事が好きだ」

 

 ――――彼女の思いを、踏み躙った。

 

「……そう、ですか」

「あぁ。早苗の気持ちは嬉しいよ。でも、俺は誰よりも霊夢の事が好きなんだ。だから、早苗の気持ちには応えられない」

「……まぁ、予想はしていましたけどね。でも、やっぱりちょっと悲しいかな」

 

 「あはは……」顔を引き攣らせて不格好に笑う早苗。気丈に振舞ってはいるものの、目尻に浮かぶ涙を俺は見逃さなかった。相変わらず、どこまでもお人好しな奴だ。俺を傷つけない為に自分が我慢するなんて、本当にとんだ馬鹿野郎だ。

 本当に、コイツは――――

 

「た、威君!? いきなり何を……!?」

「……ごめん、早苗」

「え?」

 

 気がつくと俺は、早苗を正面から強く抱き締めていた。突然の奇行に早苗は顔を赤らめて目を白黒させるが、そんな彼女の様子にもかかわらず俺はただ謝罪の言葉を口にする。

 霊夢の事が好きなのは事実だ。早苗の告白に応じられないのも同様。だが、彼女が俺のせいで悲しんでいるのもまた事実なのだ。俺の言葉で傷ついた少女が目の前で泣いている。その事実が胸に突き刺さり、気づいた時には腕の中に早苗を抱き締めていた。

 早苗の体温を感じたまま、謝り続ける。

 

「ごめん、ごめん、ごめん……!」

「……謝らなくていいですから、一つだけ私のお願い聞いてくれませんか?」

「おね、がい?」

「はい」

「……分かったよ。じゃあ、言ってくれ」

「私とキスしてください」

 

 俺に身体を預けたまま放たれたその言葉には、言い知れない真剣さが帯びていて。彼女なりのケジメが込められているのだろう。

 ……早苗の肩に手を置き、身体を離す。真っ直ぐ顔を見つめると、早苗は朱に染まった顔をニコリと綻ばせた。その表情に再び謝罪の念に駆られるが、なんとか感情を抑え込んで顔を近づかせる。

 ――――――――そして、

 

「……ご結婚、おめでとうございます」

「……あぁ、ありがとう」

 

 どこか満足したような表情で部屋を去っていく早苗に言葉を返す。

 彼女とのキスは、何故だか少し涙の味がした。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 迎えに来た洩矢様に連れられて本殿に向かう。俺と霊夢の仲を終始からかっていた洩矢様は到着間際に不意に振り返ると、

 

「早苗の事、ありがとね」

 

 とだけ言い残して客席の方へと去っていった。どうやら事情を知っていたらしい。さすがは神様というところか。だいたいのことはお見通しらしく、容姿に似合わない柔らかな笑みを浮かべて俺に礼を言っていた。そこまで言われるほど大したことはしていないのだが……まぁ、素直に受け取っておこう。

 本殿に足を踏み入れると、視線の先にいたのは白無垢姿の博麗霊夢。

 いつもの派手な巫女服とは違って白一色の衣装。腰ほどまであるはずの髪は頭の後ろで結わえられていて、違った印象を抱かせる。彼女の清楚さがいっそう引き締まったような感じがして、とても新鮮だ。やっぱり美人だな、とあまりの美しさに惚けた頭の隅で考える俺はおそらく正常。

 霊夢は俺に気付くと、もはや恒例と化した呆れた表情で肩を竦める。

 

「やっと来たわね、この浮気者」

「うぇ、早苗のことがここまで広まってやがるだと……!?」

「ここまでも何も、早苗を焚き付けたのは私だもの。知らないはずないじゃない」

「まさかの裏ボス! 首謀者はてめぇか!」

「ふん。どうせアンタのことだから変に気にしているんだろうと思ってね。キスでも何でもしていいからすっきりさせなさいって私から提案したのよ」

「そうなのか早苗!」

「ま、まぁ……なんか騙した形になっちゃいましたね。あはは」

 

 今回の取り仕切りをやってくれる早苗が気まずそうに笑うが、俺的には結構衝撃だった。なにより霊夢にすべてお見通しだったことが恥ずかしい。いつまでたってもこいつには敵わんな。尻に敷かれる未来が鮮明に予想できて溜息が出る。鬼嫁に怯える夫の図……。

 

「誰が鬼嫁よ!」

「うぐぅ! あ、頭はやめろ頭は……」

「うっさいこのマイペース馬鹿! ちょっとは衝撃受けて改善しないと馬鹿が治らないのよ!」

「ひでぇ!」

 

 愕然として叫ぶと、周囲からクスクスと笑い声が上がる。とても結婚式とは思えない柔らかな雰囲気に俺と霊夢は顔を見合わせると、同時に笑みを零した。なんとも馬鹿らしくて、どこまでも締まらない。でも、それが俺達らしいと言えばらしい。結局のところ、荘厳な雰囲気は俺達には合わないのだ。

 それを分かってか、早苗は礼儀正しい祝詞奏上をまったく省略して、苦笑しつつも霊夢に話しかける。

 

「じゃあとっととキスだけ済ませてくださいよ。威君が私に寝取られないくらいに愛情の籠ったキスを」

「その催促は果たして必要!? 別に普通で良いじゃない!」

「何を言う。観客が照れてマトモにこっちを見られなくなくくらいのキスをしてやろうじゃないか」

「アンタは黙ってろ! 余計なこと言うと封印するわよ!」

「うぅ。霊夢が虐めるよ早苗ぇ」

「おーよしよし。それじゃあやっぱり私と結婚式やりますか?」

「さらっと人の旦那奪うな!」

「じゃあ早くしてください」

「くっ……」

 

 珍しく早苗相手に言い負ける霊夢は悔しいのか拳を握り込んでぷるぷると震えている。博麗の巫女が初めて敗北した瞬間だった。いやはや、しょうもないねぇ。

 そのまましばらく早苗を睨みつけていた霊夢だったが、くるりと鬼気迫る表情で俺の方に向き直ると大声で俺の名前を呼んだ。

 

「威!」

「はいはい」

 

 もはや自分の事で精一杯な霊夢に微笑ましいものを感じつつ、耳を傾ける。

 彼女の台詞は、やっぱりツンデレ成分マックスだ。

 

「今日からずっと、私の傍にいなさい! 絶対に離さないから、覚悟しなさいよ!」

「あぁ。俺も、ずっとお前の隣にいるよ。いつまでもな」

 

 霊夢は半ばヤケクソ気味に、俺はいたってマイペースにお互い顔を近づけていく。本来神前式に誓いのキスなんてものはないはずなのだが、そこはまぁ幻想郷クオリティということで一つ。普通だと面白くないだろ?

 湿った感触は唇に感じた瞬間、一際大きな拍手が巻き起こる。大歓声の中、俺は彼女の耳元に顔を寄せるとこっそり呟いた。

 

「愛してるよ、霊夢」

「……バカ」

 

 困ったように目を逸らす彼女の可愛さに思わず微笑む。相変わらず素直じゃない不器用な少女は、罵倒を口にしながらも俺の背に腕を回した。……そして、再び顔を見合わせる。

 霊夢はニヤリと微笑むと、悪戯っぽく口の端を吊り上げ――――

 

「私の方が、アンタの事を愛してるわよ!」

 

 清々しい程の笑顔で、珍しく本音を叫ぶのだった。

 

 

 

 

 




 以上で東方霊恋記は完結となります。最終回が気に喰わないという方、全力でごめんなさい。
 さてさて、約一年半に渡って連載してきた本作ですが、紆余曲折が激しかったですね。書いている自分でも驚くほどプロットからかけ離れていく。キャラが勝手に動くというのを初めて経験しました。「少しは言う事を聞いてくれ!」と何度思った事か。……まぁ、それも今となってはいい思い出です。
 ここで一つ裏話。本当は恋愛話にするつもりはなかったんですよ。バトルもなしで、のほほんと続ける予定が……どうしてこうなった。でも最終的には満足しています。恋愛モノの経験が積めました。
 さて、本編がようやく完結したことで一安心。完結淋しいと言ってくれる読者の方々、朗報です。
 後日談はちょくちょく書いていきますよー。
 なんか読みたい話とかあったらメッセージでお気軽に言ってきてください。感想欄はなるべく避けてくださいね。非ログインユーザーの方は止むを得ませんけど。
 そんなわけで最後までグダグダでしたが、なんとか完結させることができました。月並みな言葉ですが、これも読者様方の温かい応援のおかげです。ありがとうございました。
 最後に。
 約1500人の霊夢党ハーメルン支部員の皆様。長い間本作と関わってくださって本当にありがとうございます。これからも不定期でグダグダ続くでしょうが、更新を見かけたら是非とも感想いただけると嬉しいです。
 それでは、マイペースとツンデレの今後に明るい未来が広がることを願って、一旦筆を置かせてもらいます。
 皆様、本当にありがとうございました。




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番外編
If 東風谷早苗


 後日談初回は、早苗さんルートです。
 一話完結なんで駆け足&ダイジェスト気味ですがご容赦を。でも書いていて楽しかったです、俺結構早苗さん好きだったんだなぁ。
 とにもかくにもIf短編、お楽しみください。


「その服装……外から幻想入りしてきた方ですか?」

 

 色違いの巫女服に身を包んだ美少女が首を傾げつつ話しかけてくる。

 山奥に忽然と建っていた鳥居を越えた先。何やら奇妙なねっとりとした感覚に包まれながら進むと、見知らぬ神社に着いた。周囲を木々に囲まれ、神社にしては人気が少ないそこの境内に歩いていくと、賽銭箱の前で湯呑を片手にくつろいでいる緑髪の少女と遭遇。ちょっと奇抜な格好の彼女に目を奪われてしまった。

 蛙と蛇の髪留めをつけた端正な顔立ちの少女は俺を見るや否や、興味津々な様子で物怖じすることなく近づいてくる。不意に接近されたことで恥ずかしさのあまり少し声を上げると、彼女はくすっと柔らかく微笑んだ。その一動作に、俺は何故か胸の高鳴りを覚えてしまう。

 

「えっと……お綺麗、ですね」

「え? そうですか?」

「はい。今まで見たことがないくらいに綺麗です」

「あはは。そんなストレートに言われると照れちゃいますねー」

 

 思考が口をついて出てしまう。昔から治らない癖のような感じで馬鹿正直にそんなことを言った俺を気持ち悪がることもせず、彼女は少し頬を赤く染めると表情を綻ばせた。俺は初対面の人に対して何を馬鹿な事を言ってるのだろう。そんな自覚と羞恥心が俺自身を責めるが、目の前に浮かぶ向日葵のような輝かしい笑顔を見ると雑念が一気に霧散した。ただ単純に、俺は彼女の笑顔に魅了されていた。

 彼女は湯呑を持ったままニコニコと笑っていたが、何やら思い当たったのか唐突に俺を手招きで呼ぶ。

 

「そういえばお名前を聞いていませんでしたね。名乗っていただけますか?」

「あ、そうっすね。俺は雪走威。一応高校生です」

「威君、ですか。強そうな名前ですね」

「名前負けしてますけどね。こんな草食系男子には相応しくない」

「そうですか? 良い名前だと思いますけど」

 

 そう言って彼女は屈託のない笑みを浮かべる。どうやら彼女は普段から常に笑っている類の人間らしい。辺りに幸せと元気を振りまくような明るい笑みを見ていると、何故か無性に幸せな気分に浸れた。

 一通り俺の名前を褒めた少女は不意に居住まいを整えると、ご丁寧にお辞儀をしながら名乗る。

 

「私は東風谷早苗と言います。こことは違う山の方にある神社で巫女のような職業に就いている者です。よろしくお願いしますね」

「東風谷、早苗……」

「どうかしましたか?」

「あ、いや、可愛らしくて綺麗な名前だなぁと」

「もうっ、そんなに褒めても何も出ませんよぉー」

 

 「やだなぁ」どこか嬉しそうに顔を赤くしながらひらひらと手を振る早苗さん。恥ずかしがる動作さえも美しくて、まるで一級品の芸術品を見ているような感覚に陥ってしまう。不思議な胸の高鳴りを覚えたままに、俺はただ呆けたように彼女の笑顔に魅入っていた。

 これが、俺と東風谷早苗との最初の出会いだった。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 魑魅魍魎、魔法超能力その他諸々が跋扈する不思議世界幻想郷。外界から面白い人生を求めてそんな世界に飛び入り参加した俺だったが、肝心の拠点がない。人里で家を探すか最悪の場合野宿だったのだが、守矢神社の二柱である神奈子様と諏訪子様がどうしてか俺の事を気に入ったらしく神社に居候させてくれる運びとなった。年頃の異性が一つ屋根の下で生活するという状況は如何なものかと思わないではないものの、当の早苗自身がまったく気にしていない様子なので良しとしよう。あ、ちなみに呼び捨てで良いと言われました。

 そんなこんなで神社に居候することになってから早二週間。幻想郷での生活にも慣れてきた俺は、本日は人里で早苗と一緒に夕飯の買い物をしていた。神様二人、人間二人(早苗は現人神だけど)の四人構成で生活しているだけあって、それなりに大量の食材を買い込まなければならない。こういう時は二人いるから便利だ。

 

「ホント、威君がウチに来てから買い物が楽になりましたよ。一人で来るよりたくさん食材を買えますからね」

「前は一人で術まで使ってたんだっけか?」

「はい。お札とかいろいろ貼って浮かばせてから運んでいたんですけど、これがもう面倒臭い上に効率が悪くてですね。バランス取るのに結構な集中力を使うせいか神社に到着する時間が異常にかかったりしていたんですよ」

「二柱に手伝ってもらえばよかったんじゃないか?」

「そんなこと頼めませんよ。なんたって神様なんですから、おゆはんの買い物なんかに行かせるわけにはいきません」

「早苗は変なところで真面目だよなー」

「威君が不真面目でマイペースなだけです。今日も朝のお勤めをサボってにとりさんと遊んでいましたし……」

「いや、だって朝っぱらから禊と祈祷はちょっと」

「仮にも神社の住人なんですから、そういうところはちゃんとしないと駄目です」

 

 一応控えめに言ったつもりだったが、早苗はがんとして言い訳を聞いてくれない。いつもはロボットの話とかアニメの話で死ぬほど騒いでいるくせに、こういう神事絡みの話になると誰よりも生真面目になるのだから凄いなぁとは思う。もう一方の神社じゃ日がな一日茶ぁ飲んでばっかりいる不良巫女だっているというのに。

 しかしながら、彼女の真面目さによって俺まで堅苦しい神事に巻き込まれてしまうというのは少々避けたい事態だ。傍から見て分かる通り、俺は何よりも面倒くさいことを嫌い楽しいことを求める快楽主義者である。それにマイペースで有名な俺が朝早くから何時間もじっと座って祈祷し続けるなんて苦行に耐えられるわけがない。神様二人に対して信仰心がないわけではないが、一般人である俺には多少キツイものがある。

 内心の思考が露骨に顔に出ていたのか、早苗は軽く肩を竦めると呆れたように溜息をつく。

 

「まったく……今はまだいいですけど、威君だって後々には神事を覚えないといけないんですよ?」

「へ? 別に宮司でもない俺がなんで神事を習得しないといけないんだよ」

「あれ、諏訪子様達から聞いていないんですか? お二人は威君を守矢神社の宮司にするつもりみたいですけど」

「……ごめん、今初めて聞いたわ」

「あ、あはは……」

 

 完全に初耳な衝撃事実に驚きを隠せない俺は目を丸くしたまま思考を停止させる。頬を引き攣らせて乾いた笑いを漏らす早苗も話の擦れ違いは予想していなかったのか、すぐに表情を戻すと即座に頭を下げてきた。緑色の長い髪が一斉に舞い上がってくるほどの勢いで謝ってくる彼女に少々気圧されてしまう。

 

「ごめんなさい! まさかお二人が何の話もしていないとは……」

「いや、早苗が謝らなくても。何も聞こうとしなかった俺も悪いんだしさ」

「ですが……何も知らない威君を無理矢理神事に巻き込もうとしてしまいましたし……」

「早苗は神社のことを考えて俺に神事を覚えさせようとしてくれたんだろ? 話を聞いた以上は断るわけにもいかないし、何より俺は居候だからさ。二柱の言う通りに神事を覚えてみようと思うよ」

「……いいんですか? 別にお二人の為に無理しなくても……」

「うーん。神奈子様達のためっていうか……どちらかというと、早苗のためかな」

「私のため、ですか?」

 

 キョトンとした表情で首を傾げる早苗。俺の言葉の意味が本当に分からないのだろう彼女は頭の上に大量の疑問符を浮かべたまま俺の説明を待っている。その小動物染みた仕草がいちいち可愛すぎて、俺は気がつくと早苗の特徴的な色をした頭の上にぽすんと右手を乗っけていた。左手には食材が入った紙袋を提げているので、右手。

 俺の唐突な動作に早苗はいっそう不思議そうな表情を浮かべる。

 

「どうして頭を撫でるんですか?」

「どうしてだろうな……何故だか分からないけど、早苗に触れたいっていう衝動に駆られた」

「触れたいって……それ一歩間違えれば痴漢疑惑かかりますよ?」

「う……それを言われると反論できない」

「……まぁ、いいです。嫌じゃないですし」

「嫌じゃないのかよ」

「はい。心なしか、気持ちが落ち着きます」

 

 そう言ってはにかむように笑う早苗の顔は少しだけ赤くなっていて、それなりに俺の行動を意識しているのだろうことを窺わせた。好意を向けているとかそんな思い上がったことまでは思わないが、多少なりとも気にはなっているのだろう。もしそうだとしたら、俺的には嬉しいかな。

 だって、俺は――――

 

「威君、何か言いましたか?」

「ん? 早苗の髪は触り心地がいいなって言ったんだよ」

「そうですか? えへへ、ちょっと髪の手入れには気を遣っているんですよ。紫さんと色々話して、外のシャンプーやトリートメントを仕入れてもらっているんです。こっちじゃ美容関係の商品なんてほとんどないから、助かってます」

「そんなことしなくても十分可愛いと思うけどな」

「もぉ~、またそんなこと言って。結構恥ずかしいんですからね?」

 

 顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうにツンとそっぽを向く早苗だが、嬉しさを我慢するかのように口の端がニヤけているのを俺は見逃さない。実際に耳たぶまで赤くなっているから、照れ隠しだということがバレバレだ。他人の恋愛話には進んで首を突っ込むクセに自分に関することは素直に認めようとしない。彼女のそんないじらしい態度に、俺はまた気持ちが惹かれてしまうのだ。

 彼女がいつ俺の気持ちに気が付くのかはわからない。だけど、今はそんな中途半端でどっちつかずな日常を楽しもうと俺は人知れず思った。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

『全部……ぶっ壊す!』

 

 威君が絶叫と共に右手をかざすと、衝撃波のような攻撃が発生する。凄まじい速度で迫ってくる衝撃波を間一髪で避けるが、背後の木々がメリメリと音を立てて倒れていった。妖怪の山に森林の破砕音が響き渡り、動物達が狂ったように逃げ惑う。私と一緒にいた哨戒天狗の一団は戦闘を中断し、仲間達の救護任務に精を出していた。

 椛さんが傷だらけで倒れている河童のにとりさんを背負う光景を横目で確かめつつも、私は前方で不敵な笑みを湛える居候に向けて精一杯の説得を始める。

 

「もうやめてください威君! どうして……どうしてこんな酷いことをするんですか!」

『どうしてだぁ? テメェなんかにいちいち話す道理はねぇなぁ!』

「威君っ!」

『っ……雑魚に用はねぇ、とっととやられちまいな!』

 

 何かを誤魔化すように顔を背けると、我武者羅に衝撃波を放ちまくる威君。狙いも付けていない無差別な攻撃が妖怪の山の地形を変えていくが、雨のように降り注ぐ衝撃波の中で私は彼が一瞬見せた辛そうな表情を思い返していた。見逃すわけがない。私がどれだけの間彼の事を見続けていたの思っているのだ。ちょっとした表情の変化を見通すくらい朝飯前の屁の河童だ。

 愛情の量が臨界点を突破して憎悪の威君が現れたと幽々子さん達は言っていた。かつて愛していたはずの親から殺された子供の怨念が集合して生まれた感情の妖怪。愛を集め、憎悪によって裏切ることで絶望と憤怒を世界に広めようとする怨霊のような存在。十年ほど前に先代の博麗の巫女によって封印されていたらしい彼は私や他の皆からの愛情を受けて復活した。破壊衝動に駆られ、すべてを根絶やしにしてしまおうと力を奮い続ける破壊神のような存在として。

 本当なら、彼をこの場で殺してしまうのが最善策なのだろう。封印しても復活する可能性が残る。もしまた十年後に甦れば、今回のように幻想郷自体に多大な被害を与えてしまうかもしれない。将来の安全性を考えるならここで消しておくべきだ、と映姫様も言っていた。デメリットの芽は摘んだ方が良いと。

 ……でも、本当にそれでいいのか?

 約一か月の間、私は彼と共に過ごしてきた。風邪を引いた時には看病をしてもらったし、お互いにバカなことをしながら一緒に遊んだりもした。諏訪子様達にはいつもからかわれていたが、私は彼といる時間が一番好きで、どうしようもなく幸せだったのだ。ずっと自分の気持ちを誤魔化して、気づかないふりをして。威君が私に向けていた感情にはとっくの昔に気付いていたのに、私は自分自身の素直な気持ちから目を逸らしていた。

 

『吹っ飛べ!』

「ぐぅ……っ!」

 

 発生した烈風が地面を砕き、私の全身を切り裂いていく。鎌鼬のような風に肌を切り裂かれ、自慢の白い肌が徐々に真っ赤に染まる。傷自体は浅いが、何せその数が尋常ではない。全身に切り傷を付けられ、あまりの痛みに私は呻き声を上げてしまう。

 ……今まで自分自身から目を逸らし続けていた私に、こんなことを言う資格はないのかもしれない。あまりにも自分本位で我儘な私なんかが今更言って良いことではないのかもしれない。

 でも、私は決めたんだ。初めて彼と出会った日に、私は確かにこう言ったんだ。

 

「『よろしくお願いします』って、言ったんですよ!」

『なっ!?』

 

 大幣を振りかぶり、風の流れを支配する。いくら邪悪な念が込められた烈風であっても関係ない。私は風を操る神職だ。人々の願いを叶える為に風を操り、奇跡を起こす風祝。すべての風を自在に操る私にとって、この程度の烈風を支配することなんて簡単だ! 

 見境なく無差別に他者を傷つけていた風は私に支配されたことで和らぎ、穏やかなそよ風に変化する。木々を切り裂いていた攻撃性は葉っぱを揺らす情趣性へと移り変わり、私の髪を揺らした。周囲を取り囲むようにして爽やかに吹き続ける風に笑みを浮かべると、私は驚愕に染まった顔で呆然としている威君に向き直る。

 

「私は貴方を取り戻します。いつも笑顔で馬鹿話ばかりを私に聞かせてくれた威君の日常を、この手で掴み取って見せます!」

『はン。何やら随分御大層なこと言ってるみたいだけどなぁ、テメェ一人で何ができるっていうんだよ!』

「確かに、私ひとりじゃ何もできないかもしれません。いくら奇跡を起こせるとはいっても限度があるし、いくら現人神とはいっても神様に比べればその力は些細なものです。私ひとりの力じゃ、どうすることもできないかもしれません」

『……なんだよ、その引っかかる物言いは。それじゃあまるで……』

「一人じゃなかったら何でもできるって言っているようなもんだ、か? その通りだよバカ野郎」

「神奈子様……」

 

 疑うような視線を向けて睨みつけてくる威君から私を庇うように立ちはだかったのは、我が守矢神社のご神体である神奈子様だった。背中には巨大な注連縄を背負っていて、彼女自身を取り囲むように幾本もの御柱が宙を浮いている。不敵な笑みを浮かべて腕を組む姿はまさに神々しく、かつて武神と呼ばれていたことが窺える雄々しさを伴っていた。

 

「まぁ今更だけど……力を合わせれば案外なんでもできるもんだよ?」

「諏訪子様……」

「はろはろー、早苗。なんか締まらないけど、ご先祖様が助けに来たよー」

 

 神奈子様に続くようにして声を発した諏訪子様は天真爛漫な様子でニカッと笑うと、自慢の大きな帽子を両手で押さえて神奈子様の隣に着地した。傍らには小型化したミシャグジ様を侍らせ、気合十分といった具合でえっへんと慎ましやかな胸を張っている。相も変わらず子供っぽくて無邪気なご先祖様だが、今この瞬間は誰よりも安心感を与えてくれた。

 颯爽と駆けつけた二柱に歯噛みする威君は心底不機嫌そうに地面を蹴ると、

 

『力を合わせるだぁ? 笑わせんじゃねぇよ。絆とか友情とか愛情とか、そんな綺麗事はこの世界に存在しねぇんだよ! どうせ皆裏切るんだ。自分の欲を最優先して、他人を蹴落とすんだ!』

「確かにそうかもね。人間は醜い。アンタが経験したように、生きるためならときには自分の子供さえ手にかけてしまうのが人間ってものさね」

『そうだ。だから俺は、人間共に己の欲深さと残酷さを自覚させるために――――』

「だが、人間ってやつは、それ以上に優しくて面白いんだ!」

『っ!?』

 

 神奈子様の啖呵に威君の表情が驚愕に染まる。今まで自分が信じてきた価値観を根こそぎひっくり返される程の発言を受け、半ば信じられないと言わんばかりにわなわなと震えている。

 続けて諏訪子様が叫んだ。

 

「表だか裏だか知らないけどさ、アンタが早苗に向けていた感情は愛情だったんだろ! 能力のせいだろうが何だろうが、それだけは絶対に変わらない真実だ! それを馬鹿みたいに目を背けて、最初から全部嘘でしたなんてつまんないこと言って! ふざけんじゃないよ!」

『黙れ……』

「結局アンタは逃げているだけだ! また裏切られるかもしれないなんて勝手な妄想に恐怖して、心に蓋をして閉じこもっているだけじゃないか!」

『黙れぇええええええ!!』

 

 烈風が吹き荒ぶ。ついには天候にまで影響を与え始めたのか、風に雨までもが混じって地面を濡らしていく。もはや嵐と言っても過言ではない天気の中、威君は顔を濡らして叫んでいた。……いや、あの水滴は雨ではない。彼が流す、涙だ。

 自分の意思とは無関係に流れているのだろう涙を拭うこともせず、反抗期の子供のように叫び続ける。

 

『お前達に何が分かる! 最初から恵まれていたお前達に……生まれた時から神様だったお前達に、オレの何が分かるってんだ!』

 

 それは彼の本心だったのだろう。愛する人に裏切られ、絶望を糧に誕生した彼なりの本音。彼が本当に欲していたのは絶望でも破壊でもなく、理解者。自分の事を愛し、理解してくれる存在を欲していただけなのだ。およそ二百年の間、威君は怒りと憎しみに身を染めながらも、心のどこかではそんな理解者が現れることを望んでいたのだろう。

 結局は、彼も一人の人間だったのだ。愛情に飢え、自分を受け入れてくれる存在に恵まれなかった普通の人間。私と違うのは生まれた時代と境遇だけ。確かに幸福度に関して言えば雲泥の差があるかもしれない。時代的に考えても、私の方が幸せと言って差し支えない。でも、生まれた時代や境遇が違うからと言って、私と彼が同じ人間であるという事実は絶対に揺らがない。

 だから、私は胸を張って叫ぶ。

 

「これから、分かっていきます!」

『なに……?』

「貴方の悲しみは分からない。怒りや憎しみを経験したわけではない私には、威君の気持ちが分かりません。でも、だったらこれから理解していけばいいんです! 一緒に泣いて、笑って、怒って……気持ちの交換を続けて、お互いを理解していけばいいんです!」

『ふざけた事を……最初から幸福だったテメェがオレを理解するだと?』

「はい!」

『抜かせ! ぬるま湯に浸かって生きてきたテメェなんかに、オレの絶望が理解できるわけがねぇだろ!』

「できます! いえ、やってみせます!」

『無理だ! そんなの、奇跡でも起こさねぇ限り――――』

「私の能力は! 奇跡を起こす程度の能力です!」

『!』

 

 そうだ。不可能なんてない。私は人々の願いを叶える奇跡を起こす現人神だ。失せ物探しから雨乞いまでありとあらゆる奇跡を起こす、信仰の対象。困った人がいるならば、私は如何なる奇跡でも起こしてみせる。それがたとえ数十年、数百年かかるような困難なものであったとしても、私は絶対に諦めない。奇跡を信じ、願い、努力し続ける。

 なんたって、私は――――

 

「常識に囚われない幻想郷の風祝、東風谷早苗なんですから!」

『ぁ……』

 

 呆気にとられた顔でポカンとだらしなく大口を開けて突っ立っている威君に微笑みかける。一瞬思考が止まったのか、彼は呆然とした様子でうわ言の様にぽつぽつと言葉を紡ぎ始める。

 

『……本当に、信じていいのか?』

「任せてください! 二百年の絶望なんて、私がすぐに愛情で塗り替えて見せます!」

『俺の事を、受け入れてくれるのか?』

「当たり前じゃないですか! 私は一途な想いに定評があるんです!」

『もう、誰かを憎まなくてもいいのか……?』

 

 ――――おそらく、ここが最後の分岐点だ。

 捨てられた子犬のような目で私を見つめる威君。瞳の奥に浮かぶ光はかつての威君とまったく変わらない優しい輝きを放っている。彼の中で表と裏がせめぎ合っているのだろう。私の知らないところで、威君も頑張っている。幸せな明日を掴み取る為に、死に物狂いで奮闘している。

 次は、私の番ですね。

 だんだんと弱まってきた雨の中、私はぬかるんだ地面を蹴ると威君の元に歩み寄る。不意の接近に虚を突かれた彼は目を丸くし、上体を軽く仰け反らせた。わずかに頬を赤く染める思春期な姿に、私は思わず笑いを零してしまう。先程までの凶暴性が一切感じられない。いたって普通な『雪走威』を前にして、私は渾身の笑顔を浮かべる。

 震える顔を両手で優しく挟み込み、固定する。もはや抵抗すらしてこない彼に悪戯っぽく舌を出しながら微笑みかけ――――

 

「憎むくらいなら、私にありったけの愛情を注いでください♪」

 

 ――――大好きな彼と、唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「本当に良かったのか、早苗?」

 

 大量の歓声に包まれる紅魔館の中庭を歩いていると、隣で恥ずかしそうにそっぽを向いていた威君が今更な疑問をぶつけてきた。黒の礼服が大人ぶった感じでイマイチ似合ってはいないけれど、今まで見た中で最高のカッコよさを醸している彼に私は思わず目を奪われてしまう。見惚れていたせいか、返事が少し遅れてしまったが。

 

「何がですか?」

「いや、あの時俺を殺さないどころか、こうして結婚までしちまって……また裏の俺が出てきたらやばいんじゃないかって思ってさ」

「なんだ、そんなことですか」

「そんなことって……幻想郷的には死活問題もいいところだと思うんだが」

「いいんですよ、そんなこと」

「あのなぁ……」

 

 私の至極楽観的な発言に呆れた声を漏らす威君。しかし反論するわけでもないらしく、大仰に肩を竦めると私の手を握り直して観衆に向き直る。

 ……あの後、私とキスをした裏の威君は何やら満足したのか、表の彼にすべての主導権を渡して心の中に自ら引き篭もっていった。最後まで減らず口を叩いていたけれど、それでも笑顔を浮かべていたから悔いはないのだろう。「お前の愛に賭けてやる」とか偉そうに言っていたから、結果が楽しみだ。報酬をどうするか、また後で考えないと。

 異変を無事に解決した私達は、レミリアさんのご厚意で紅魔館を借りて洋風な結婚式を挙げることになった。吸血鬼の館なのに結婚式とか冗談もいいところだが、まぁおめでたけりゃそれでいいのだ。幻想郷に住んでいる以上常識に囚われてはいけない。それに今回は従者である咲夜さんが意見を押し通したみたいだし。

 ちなみに結婚式の開催を決めたのは私で、計画及び進行は咲夜さん。さすがは瀟洒なメイド長と言ったところで、セッティングはおろかウエディングドレスの採寸まで一瞬で済ませてしまう手際の良さ。相変わらずこういう部分では他の追随を許さない完璧っぷりに感嘆の溜息が止まらない。本当にありがとうございます。

 

「……ぁー、その……」

「どうしたんですかオドオドして。威君らしくもない」

「いや、そのな、えーと……ドレス、似合ってるぞ」

「……ふふっ」

 

 なんだか以前に比べると潔さとマイペースさが弱くなっている気がする旦那様が無性におかしくて、私はヴェールを顔の前から除けると口元を抑えてちょっとだけ笑った。笑われたことが恥ずかしいのか、威君は顔を真っ赤にして視線を私から背けている。どうにも裏の彼の性格が残っているようで、最近ツンデレが目立ってきた威君なのです。まぁ、そこが可愛いんですけどね。

 未だに視線を合わそうとしない不器用な彼に微笑みを向ける。威君は私の意図をくみ取ったらしく、やれやれと言わんばかりに鼻を鳴らすと私の両肩に手を置いた。周囲の観客達が何かを察し、口笛と野次を連発させる。……でも、今はそれさえも心地いい。

 だって――――

 

「貴方と一緒にいられることが、こんなにも幸せなんですから!」

 

 馬鹿らしいほど騒がしい歓声の中で、私は永遠にも思われる幸福感にこれでもかというほどに酔いしれていた。

 

 

 

 

 

 




 次回もお楽しみに!


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マイペースに結婚初夜(前編)

 さとりルートはちょっと時間かかりそうなんで、まずは結婚式アフター。前後編の二本立てでお送りしていきます。

 ※博麗母はちゃんと神社に住んでいます。一応補足をば。


 ここ数年で最大と言ってもいい盛り上がりを見せた俺と霊夢の結婚式も無事に終わり、そろそろ日が傾き始めた頃。恒例行事というかなんというか、最大規模の参加者が集合している現在、守矢神社では――――

 

「それじゃあ博麗の巫女の結婚を祝しまして、かんぱぁーいっ!」

『かんぱぁーいっ!』

 

 神奈子様の号令のもと、人妖入り混じった大宴会が盛大に開催されていた。まぁ参加している人間もどこか人外に片足突っ込んだような連中ばかりなので、種族:人間としてカウントしていいのかどうかは定かではないが。ちなみに一般人の方々は宴会には参加せずに人里へと既に帰っている。人間だけの宴会はまた後日に行うということで、安全面を考えてお開きとさせてもらったのだ。里の皆さんとしても妖怪と一緒に酒を呑むのは気が引けるだろうし、何より命の保証ができない。ルーミアとか吸血鬼連中とかを止める自信もないし。……まぁ俺も一応は妖怪に分類されるわけだが、そこは置いておこう。

 

「今日は呑むよーっ! じゃんじゃん呑むよーっ! というわけで付き合え天狗ぅー!」

「いやぁああああ!! た、助けて良夜……!」

「…………ぐっどらっく」

「こんの薄情者がぁあああああ!!」

「ほらほら、無駄な助け呼んでないでさっさと呑むよブン屋ぁー」

「ゆ、許してくださいぃいいいいい!!」

 

 ……視界の端で萃香さんに引きずられている幻想ブン屋を若干一名ほど発見した気がするが、旦那様が視線逸らしていなかったことにしていたので触れない方が良いだろう。あの酒豪組に巻き込まれたら酔い潰れるのは確実だろうし。鬼と一緒に呑むとか想像しただけで気分が悪くなってくる。酔うどころじゃ済まんわ絶対。

 酒が足りなくなったらしい永遠亭組に追加の酒を持っていったり酒の肴を提供したりしつつ場を周っていく。主役の俺が雑用していることに違和感を覚えないでもないが、準備及び雑用を早苗だけに任せるのも何やら気が引けるので手伝っておこうと思ったのだ。申し出た際に感極まった早苗に抱き締められて第一次巫女戦争が勃発しかけたのはいい思い出だ。

 さてさて、そろそろ俺もどっかに腰を据えて本格的に呑もうかな。

 そんなことを考えながら適当に辺りを見回す、誰か丁度いいメンバーはいないものか……。

 

「あら、威じゃないですの。丁度良かった、ちょっと私の所で一緒に呑みませんこと?」

「……さーて、霧雨さんのところにでも行こうかなっと」

「待ちなさいこの親不孝者」

 

 何やら紫色のドレスを着た金髪女性に呼ばれた気がしたが、心底嫌な予感が止まらないので踵を返して見なかったふりをしようとする。しかしながらそうは問屋が卸さないらしく、目の前にスキマを展開した母さんはむんずと俺を引っ掴むとスキマを通して強制的に俺を隣に座らせた。無数のギョロ目があちこちに点在するスキマの中は正直居心地が悪い。なんてところを経由させるんだこの人は。

 横目で睨む俺を完全にスルーして、母さんは升を傾けながら向かい側に座っていた藍さんに声をかける。

 

「そういえばせっかくの機会だし、改めて家族に挨拶しておいたら? 記憶は戻ったとはいえ、形式は大事だと思うし」

「えぇ……なんで私がこんな暴走魔理沙みたいなマイペース野郎と家族認識なんですか……」

「ちょっと待とうかこの女狐。なんか昔に比べて俺に対する態度が酷くなっていませんかい?」

「ふん。紫様の御手を煩わせてきた貴様に気を遣う必要なんかない。それに私は昔から貴様の事が気に喰わなかったのだ」

「気に喰わなかったって、今更そんなこと言われてもなぁ」

 

 八雲家にお世話になっていた時も藍さんとはそれなりに付き合いがあったのだから、今になって気に喰わないとか言われても正直反応に困る。それに霊夢とも懇ろな関係になった以上、八雲家とは今後とも末永くお付き合いしていかなければならないわけで。そうなると藍さんとは嫌でも接していかなければならないのだ。それなのに気に喰わないとか言われてしまうと、こちらとしても困る。

 さてどうしようか、と俺なりに仲直りへの打開策を考えていると、顔を俯かせた藍さんがポツリとこんなことを呟くのを耳にした。

 

「……貴様がいると、紫様が私の相手をしてくれなくなるのだ……」

 

 なんだこの可愛い生物は。

 

「藍、貴女そんな子供みたいな理由で威に突っかからないの」

「いひゃぁっ!? ななな、何を仰っているのですか紫様! わたっ、私は別に何も子供みたいだなんてそんなあはははーっ!」

「……藍さん」

「な、なんだ! 私から貴様に話すことは何も――――」

「貴女とは心底仲良くなれそうですよっ(きらっ)」

「腹の立つ笑顔で親指立てるなこんちくしょぉおおおおおおお!!」

「う、うわぁーっ! 藍様落ち着いて! 弾幕撒き散らすのはやめてくださいぃー!」

「うがぁーっ!」

 

 羞恥心が臨界点を余裕でブッチしたご様子の化け狐一名が一升瓶をラッパ飲みしながらスペルカードを発動しているが、俺は適度な隙を見つけてしれっと撤収させてもらう。橙が何やら涙目で収拾をつけようと奮闘しているものの、式が主を止められる道理はない。母さんも「面白いからいいや」と言わんばかりの満面の笑みで酒を呑みつつ事態を見守っているし、おそらくあのまま誰かしらと弾幕ごっこにもつれ込むのは火を見るより明らかだ。どうせどこぞの弾幕狂が八卦炉片手に勝負を挑みに行くだろう。

 何気に掻っ攫ってきた野菜の漬物をポリポリ食べながら適当に歩いていると、視線の先に見覚えのある金髪の姿が現れた。緑色の瞳に茶色の装束の少女。その隣には赤い一本角を頭に生やした長身の女性。その周囲にはスカート部分が膨らんだ女性や桶に入った女の子が――――って!

 嫌な予感に全身を支配される俺の不安が何を煽ったのか、おそらくこれから俺自身に災害をもたらすであろう集団が凄まじくナイスなタイミングでこちらを同時に一斉に振り向く。

 

『…………』

「…………」

『……獲物はっけぇーん』

「脱兎のごとく!」

「させるかっ! ヤマメ、捕まえな!」

「合点承知!」

「ノォオオオ! 蜘蛛の糸はずるいってぇええ!」

 

 肉食獣に目を付けられたと思った時には既に遅し。慌てて逃げ出す俺ではあったが、間髪入れずに飛んできた蜘蛛の糸に両足を絡め取られて綱引きの要領で捕獲されてしまう。おかしい。今回の宴会に関しては俺は主賓のはずなのに、何故か扱いが酷い気がする。

 ずるずると無様に引きずられ、為す術もなく鬼様の元へ。

 

「いらっしゃーい」

「心底帰らせてください」

「却下」

「そんな殺生なぁーっ!」

「まぁ雪走異変でのお詫びと思って諦めな。あたしの顔面に大怪我させた代償と思えば安いもんだろ?」

「う……」

 

 ニヤニヤとあくどい笑顔で肩を組んでくる勇儀さんに冷や汗が止まらない。意識がなかったとはいえ、異変後に永遠亭に通院させるくらいの大怪我負わせてしまった罪悪感は未だに残っているので、その話題を出されると俺としては断る術を一つとして持たないのである。こいしちゃんとかお燐ちゃんにも何かお詫びをしないといけないなぁ。

 っと、ここで余談ではあるが、俺が起こした先の騒動は【雪走異変】とかいう名前を頂戴して幻想郷縁起に掲載されることになったらしい。阿求ちゃんが自慢げに胸を張りながら報告してきたのは記憶に新しいことだ。正直に言って自分の名前が異変名になるとか恥ずかしいにも程がある。……まぁ、後世に名前が残るなら喜んでもいいのかな? ちなみに霊夢は溜息をつきながらも「博麗の巫女の旦那として話題的には及第点ね」とか訳の分からないことを言っていた。アイツは俺をどういうキャラに仕立て上げたいんだ。

 

「そうやってすぐに嫁の話題を出して……幸せアピールしてんじゃないわよ妬ましい……!」

「おーっと、そういえばこの理不尽嫉妬妖怪もいたんでしたねすっかり忘れていましたそしてお帰り下さいこの野郎」

「……妬符【グリーンアイドモンスター】」

「うぎゃぁあああ!! なんか変な緑色の弾幕が追いかけてくるぅーっ!?」

 

 地底メンバーの隅っこで日本酒をちびちび啜りながら恨み言を呟いていたパルスィさんが放った弾幕に追いかけられる妖怪が一名。くそっ、なんでこういうおめでたい日に限ってアンタがいるんだパルスィさん! せめて来るなら理不尽な嫉妬心を地底に置き去りにしてからおいでください!

 

「何言ってんのよ。それだと私のアイデンティティが消失するじゃない。馬鹿言わないでよ妬ましい」

「今の発言のどこに妬ましい部分があったのか是非ともお聞かせ願いたい」

「異変の後からマイペースさがなりを潜めてきた改心っぷりが妬ましい……」

「そこは褒めるところでしょうよ……」

 

 まさか改心したのに罵倒されるとはさすがの俺でも予想外だった。まぁマイペースっぷりがなくなってきてキャラが弱くなった感は否めないが、裏の『俺』を自覚している現在においては表の単純一途な俺にも多少なりとも変化がおきているわけで。表と裏がバランスを取り始めているせいか陰と陽の感情がそれなりに両方現れ始めているのだ。良く言えば落ち着きが出てきているが、悪く言えば面白味がなくなってきていると言われる今日この頃。雪走威の明日はどっちだ。

 

「明日云々言う前にとりあえず呑めよ新郎」

「わわっ、なんですかこのでっかい盃は!?」

「あン? そいつはなぁ、あたしの相棒と言ってもいい星熊盃ってんだ。どんな酒でもコイツに入れりゃあ瞬く間に純米大吟醸に早変わり! ちなみに一升分あるからさっさと呑めよ。時間が経つと酒が劣化しちまうからな」

「一升も飲めませんよ無理ですって!」

「腑抜けたこと言ってんなぁ。男なら酒の一杯や二杯ぐぐっと一気に呷っちまえよ!」

「量が問題なんですよ量が! 急性アルコール中毒で殺す気ですか!」

「あるこーる中毒? なんだそりゃ」

「……鬼の貴女に常識語った俺が馬鹿でした」

 

 俺の言葉に首を傾げて心底な疑問を漏らす勇儀さん。そもそも酒量が人類とは比べ物にならない妖怪集団を相手に人間界の常識をぶつけようとしたのが間違いだったのだ。俺自身妖怪だとはいえ長年人間として生活してきた存在なので、酒量は人間のソレ。人間界の常識に染まりきっている俺と酒豪で有名な鬼である勇儀さんとでは持っている常識のスケールが違いすぎる。

 まぁそんな愚痴を漏らしたところで勇儀さんが手を止めてくれる訳もなく、盃に日本酒がなみなみと注がれていくのを無力ながらに眺めながら徐々に放心していく俺。

 

「さ、一気にいきな!」

「え、え~とぉ……霊夢とか助っ人に呼んじゃダメですか、なんて……」

「テメェのケツはテメェで拭きな! 嫁さん巻き込んでんじゃないよ!」

「いや、どちらかというと汚されたのは俺の方なのですが……」

「あァん!? なんだいタケ、もしかしてあたしの酒が呑めないってのかい!?」

「ひぃ! これが噂のパワハラか!」

 

 胸倉を掴まれて詰め寄られるものの、基本的に力で劣る俺は抵抗することすらままならない。それどころか鬼の人知を超えた怪力に和服が断末魔の叫び声を上げ始める始末だ。せっかくの婚礼衣装をバラバラに引き裂かれるのはさすがに御免被りたいのだが、完璧に出来上がってしまっている鬼をどうやって止めることができるだろうか。少なくとも中級妖怪である俺には不可能だ。

 というわけで、こういう時は我らが妖怪退治のエキスパート、博麗霊夢さんにご登場願うしかあるまい。

 おそらく霧雨さんと呑んでいるであろう愛する花嫁の方を向くと、俺はあらん限りの大声で助けを呼ぼうと――――

 

「ふやぁ……にゃんりゃかしぇかいがみゃわってるわぁ……」

「うんうん。やっぱり霊夢はワインを飲んだ時の方が魅力的で可愛らしいわ」

「おいおい……結婚初日に花嫁酔い潰すなよレミリア……」

「大丈夫よ。それに結婚初夜からお盛んだなんて神が許してもこのレミリア=スカーレットが許さないわ。霊夢の柔肌を楽しむのは私だけの専売特許なんだから」

「いや、お前は何様なんだよ」

「アンタら霊夢に色々となにやってんだぁーっ!」

 

 助けを呼ぼうとした声がツッコミに早変わり。焦点が合っていない様子でぽけーっと虚空を見つめている赤面状態の霊夢によからぬ背徳感を覚えないでもないが、心の中で恐怖心と生存本能がかつてない程に警鐘を鳴らしまくっているので今回ばかりは下心が敗北した。でも敗北したところで救世主は現在使い物にならない。どこぞの吸血鬼のせいでな!

 そして不意に背後から羽交い絞めにされる感覚――――!

 

「いいわよ勇儀。さっさとその酒流し込んじゃいなさい」

「テメェこの嫉妬妖怪! どさくさに紛れて俺の寿命縮めるなよ!」

「大丈夫よ。世の中には『憎まれっ子世にはばかる』なんて言葉があるくらいだから」

「どういう意味だコラァッ!」

「あぁもうごちゃごちゃ五月蝿いよまったく。いいから無駄口叩かずさっさと呑んだ呑んだ」

「がぼがぼがぼがぼっ!?」

 

 両腕を抑えられて身動きが取れない俺の両頬を左手で掴むと、半ば無理矢理気味に口を開かせて純米大吟醸を流し込んでいく地底の鬼。ニマニマ下品な笑顔を見せる嫉妬妖怪に、ケラケラと他人事のように腹を抱えて爆笑している土蜘蛛と釣瓶落とし。そして現在進行形で意識を失いつつある感情の妖怪こと俺。何気に度数の強い酒を遠慮なしに体内へと流しこまれたことで、俺の身体は一瞬でアルコールの許容量をオーバーしてくださった。段々と視界が霞み、急激な嘔吐感と眠気に襲われる。

 

「うぷ、は、吐きそ……」

「だらしないねぇ。弱音吐いてないで次行くよ次!」

「よ、弱音の前に胃袋の中身が出そっぷ」

「はいはい分かったから呑め呑めーっ」

「もがぼっ!?」

 

 もう酔い的にも量的にも完全に臨界点を突破している俺に浴びせるようにして盃を傾けてくる勇儀さん。あまりにも膨大な量に結構早く身体が限界を迎え、俺はたまらず地面に倒れ込んでしまう。うっぷ……やべ、このままじゃ口から大量のカリスマが放出されてしまう……!

 なんとかこの場を離れて近くの茂みにでも駆け込もうかと立ち上がろうとするが、俺の思惑に反して身体は全く動いてくれない。そして嘔吐感は強まるばかりだ。これはもうあれだ、詰んだやつだわ。

 どしゃっと四肢を地面に投げ出して俺は決意する。

 

「――――さようなら、俺の社会的尊げぼろろろろろ」

「うぎゃぁっ! 急に吐くんじゃないよこの馬鹿!」

 

 いや、どう考えても勇儀さんのせいです本当にありがとうございました。

 胃袋の中身が地面にまき散らされていく光景をどこか客観的に眺めながらも、すべてを出し終えた末に結局意識を失ってしまう俺こと雪走威なのだった。

 

 

 

 

 

 




 次回は後編! お楽しみに!


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マイペースに結婚初夜(後編)

 お久しぶりです。番外編更新です。

 ※今回は少々過激な描写が見られます。おそらく大丈夫だとは思いますが、そういった描写が嫌い、苦手だという方は読まないことをお勧めします。


「~♪ ~♪ ~~~♪」

 

 軽く弾むような鼻歌が俺の耳を打つ。泥沼の泥酔状態に陥っていた俺は、そんな優しい音楽によってゆっくりと意識を浮上させた。身体の感覚が戻るにつれて、自分が今誰かに触られていることが分かる。後頭部の下には柔らかい独特の感覚。そして先程から俺の髪を梳くようにして誰かが手櫛を入れていた。鼻歌と同じリズムで動くその手に何とも言えない気持ちよさを覚えながらも、俺は再び襲いかかってきた睡魔になんとか抗ってゆっくりと思い瞼を上げる。

 まず視界に映ったのは、天狗の濡れ羽のような艶っぽい黒髪。

 腰のあたりまで伸ばされた長髪は瑞々しく、月の光を浴びて鮮やかな黒を照らし出していた。どこぞの輝夜姫にすら引けを取らないであろう美しさに俺は思わず視線を奪われる。

 脇の開いた特徴的な巫女服。だが、愛する妻が普段着ているものとは違う動きやすさに特化した戦闘服っぽい巫女服だ。妙に露出が多いその姿は見ているこっちまで恥ずかしくさせる。一歩間違えると痴女だ。全身傷だらけの女がしていい恰好ではない。

 さてさて。

 

「……なんでアンタが俺を膝枕してんだよ、鏡華」

「年長者に対する口の聞き方がなっていないわね威。ちゃんと紫に礼儀を教わったの?」

「生憎と、アンタに向ける礼儀なんざ一寸も残ってねぇよ」

「あら残念。こんな別嬪さんを捕まえていう事じゃないわね」

「……黙れ年寄り」

「ぶち殺すぞクソガキ」

 

 結局キレてんじゃねぇか!

 意外にも沸点が低かった先代巫女は額に青筋を浮かべて傷だらけの拳を握る。段々と殺意の濃度も上昇してきているために現在進行形で俺の寿命がマッハだ。アカン、失言したかもしれん。

 顔面が陥没するまでラッシュを食らうかと身構える俺だったが、鏡華は何故か柔和な笑みを浮かべると俺の頭に手を当てて髪を梳く作業を続行。予想を大いに裏切られ、混乱が止まらない。

 

「な、なんだよ急に……お前らしくないじゃんか」

「義母に愛でられるのは嫌い?」

「普段のアンタを知っている身からしてみれば気味が悪いの一択」

「相変わらず口の減らないクソガキね……ウチの娘はこんな穀潰しのどこを好きになったのかしら」

「アンタの旦那さんも似たような感じだったじゃねぇか。親子で似たんだろ」

「そうねぇ。無鉄砲で素直で生意気で、絶対に折れない信念を持っていて……ホント、変な部分でそっくりよね、貴方」

 

 傷だらけの顔をくしゃっと崩しながら夜空に浮かぶ月を見上げる鏡華。逞しく、史上最強の巫女とまで呼ばれた目の前の女は今、どんな気持ちで月を見つめているのだろうか。かつて愛した男を思い浮かべ、過去の幸せに思いを馳せているのだろうか。

 普通の人間でありながら妖怪から鏡華を庇って命を落とした、勇気ある男を……思い続けて、いるのだろうか。

 

「……あの人はホント馬鹿だったわ」

 

 空を見上げたまま口を開く。俺の方から彼女の表情を窺うことはできない。

 

「ひ弱で、喧嘩もたいして強くないくせに意地っ張りで、負けたくないからなんて理由で昔から私に喧嘩を吹っかけてきて」

 

 凛とした声が秋の夜に吸い込まれていく。鈴虫の音色に紛れ、静かに消えていく。

 

「告白してきたのだって、私にようやっと一発当てられたからって。もっと早く言ってくれれば、私はすぐにでもあの人との幸せを受け入れていたのに。そんな意地を張らなくてもいいくらいに、私はあの人に魅せられていたのに」

 

 髪を梳く手に力が籠る。きゅっと握り締めた拳を俺の額に乗せたまま、彼女は言葉を紡ぎ続ける。

 

「弱いくせにいつも私の事を誰よりも想ってくれていて、守ろうとしてくれて……私を庇わなければ今頃霊夢の傍にいてあげられたかもしれないのに……」

 

 ポタ、と俺の頬に温かな水滴が一粒。次第に数を増し、絶え間なく降り注ぐ。俺に顔を見せようとしない鏡華は上を向き続けたまま、静かに……嗚咽すら漏らさずに、静かに涙を流す。

 

「ホント、大馬鹿よ……!」

「鏡華……」

 

 旦那の事を思い出し涙する彼女に、俺は何もしてやれない。彼女の未来を奪ったのは俺で、俺自身も旦那の幸せを奪い去った妖怪と同種の存在だ。妖怪は人間を襲う。その理は永遠不滅で、だからこそ俺は彼女に何もいう事が出来ない。奪う方に位置する俺の言葉が奪われる立場の彼女に届くわけがない。

 だから、俺は――――

 

「鏡華!」

「え? ひゃっ」

 

 不意に身体を起こし、彼女を全身で抱き締める。予想だにもしなかったのだろう、唐突に俺に抱き締められた鏡華は呆気にとられたように目を丸くすると、普段の彼女らしくない少女のような小さな悲鳴を上げた。びくっ、と俺の腕の中で身体を震わせる鏡華。

 

「ななな、何をいきなりわけの分からないことを……!?」

「……もう、我慢しなくていいんだ」

「は、はぁ? べ、別に我慢だなんて……」

「強がるなよ。お前は昔から嘘をつくときに言葉に詰まる癖があるんだ」

「え、嘘――――!?」

「嘘だよ。だけど、ほら、やっぱり強がってんじゃねぇか」

「あ……」

 

 ……博麗鏡華は、悩みを自分の中だけで消化しようとするきらいがある人間だ。無駄に力を持っている分、他人に弱さを見せたくないという変なプライドが彼女の本心を邪魔している。泣きたいときに泣けず、甘えたいときに甘えられない。強がって粋がって意地張って、虚勢を張り続ける。相手が大切な人であればあるだけ、彼女は自分の素直な心を隠そうとしてしまう。

 俺は妖怪だ。人間とは敵対するべき存在で、鏡華とはいがみ合っていた奴でもある。だけど、だからこそそれなりに彼女のことを理解している数少ない存在だと自負している。彼女が抱える悩みを少しだけでも肩代わりしてやれると思っている。

 だから、俺は彼女を受け入れよう。

 

「泣き顔を他人に見られたくないのなら、俺の胸で顔を隠せばいい。泣き声を他人に聞かれたくないのなら、俺がそれ以上の声で泣いてやる。だから今は、今この時だけは泣いていいんだ。泣いて叫んで喚いて、思う存分悲しんでいいんだ」

「威……」

「こんなに長い間一人で戦ってきたんだ、それくらいは許されてもお釣りが来ると思うぜ?」

「……女房の母親口説くなんて、浮気者も大概ね」

「どれだけ媚び売っても心に決めた相手がいるからな。揺らぐ心配はない」

「あははっ。血気盛んな若造の癖にデカい口叩いてんじゃないわよっ」

 

 明るく振舞いながらも、俺の背中に手を回す鏡華。きゅっと力を込めて抱き締めると、涙を隠すように俺の胸に顔を当てる。

 

「……ホント、変なところでそっくりなんだから」

「へいへい」

 

 あまりにも簡素でテキトーなやりとりだが、俺と彼女の関係はこんなものだ。外面は淡泊でも、互いに分かりあっているのだからそれでいい。所詮は犬猿の仲なのだから、いがみ合っているくらいが丁度いい。

 腕の中で小刻みに肩を震わせる鏡華をもう一度強く抱き締めながら、俺は夜空に浮かぶ満月を静かに見上げていた。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 ――――と思ったのも束の間、気がつくと布団で簀巻きにされて寝室に転がされていました。

 

「なんぞこれ」

 

 体の動きを完全に制限された状態で最大限に首を動かしながら状況を確認する。見慣れた寝室。畳の和風な匂いが特徴的で、襖と板張りの天井が見事に日本屋敷感を醸し出している。そして寝る際にはいつも隣に紅白巫女が……、

 

「……何をしていらっしゃるでしょうか、霊夢さんや」

「べっつにぃ」

「うわ、なんか面倒くさそうな雰囲気感じ取っちゃったよ今」

 

 いつもの紅白巫女服に身を包んだ不良巫女が下品に胡坐を掻く体勢で上から俺の顔を覗き込んでいる。先程の宴会でスカーレットさん家のレミリアさんによって酔い潰されていたはずなのだが、どうやら復活したらしい。日頃から酒盛りばっかりしているおかげか、酒に対する耐性は強いようだ。最近はワインに対しても抵抗力が付きつつあるのだろう。いやはや、よろしいことです。

 ……さて、そんなことはさておき。

 

「なぜか不機嫌そうな奥さんに簀巻きにされている件について」

「心当たりを探す時間を三十秒だけあげるわ」

「……ないんだけど」

「少女虐殺中……」

「不穏な呟き残すのやめれ」

 

 途端に瞳に暗い炎を灯してお祓い棒を掲げるってのは少々やめてほしい。ヤンデレ感が凄い。いや、その気がなかったかと言われると結構危ない兆候は多々見られたが。

 

「…………」

「やばい怖い早苗助けて」

「早苗は今頃守矢神社で女子会よ」

「しまった時期が悪かった」

 

 失恋した女子が仲間と集まって飲み会なんて少し考えれば想像できることだ。しかも彼女及びさとりちゃんが失恋した本日夜半、守矢神社で【励まそうの会】的な催しが開かれていたとしても不思議ではない。よって俺が救助される可能性は限りなくゼロであるということだ。これ何気に命のピンチじゃね?

 ピト、と首筋に何やら冷たい感触が。何かを貼られたような感覚に冷や汗がとめどなく溢れてくる。縦長で、ちょうど指の間に挟めるくらいの大きさをした紙状の物体……。

 まさか。

 

「あの、霊夢さんや……もしかして、俺の首筋に霊力札か何かを貼ってやしませんよね……?」

「……ねぇ知ってる?」

「何をですか」

「頸動脈って、結構簡単に切れるらしいのよね」

「いやぁあああ!! この鬼巫女マジで俺を殺す気だぁーっ!」

「だ、誰が鬼巫女よ! それが妻に向かって言う言葉か!」

「夫に殺害予告するような奴が何を今更偉そうに!」

 

 少なくとも理由も話さずに夫を簀巻きにしてなおかつ命まで頂戴しようとするような輩は鬼と言っても過言ではない。基本的にその場の勢いで行動する奴だから、少しでも油断すると気が付いた時には首と身体がさよならしていても不思議ではないのだ。妖怪だからしばらく経てば復活するとは思うが、そんな可能性に懸けるほど俺は命知らずではない。

 さすがに鬼巫女呼ばわりは堪えたのか、霊夢はお祓い棒を胸の辺りで抱えると無愛想に口を尖らせてそっぽを向いていた。よっぽど気に喰わないことでもあったらしい。コイツが理不尽に怒るときは決まって俺が何か余計な事をした時だからなぁ。

 身動きが取れない状態ながらも考える。タイミング的には、鏡華と話していた時だから……、

 

「……霊夢お前、もしかして俺が鏡華を抱き締めていたことに嫉妬しているとかじゃないよな?」

「~~~っ!? やっ、その、あの……あぁぅぅ……」

「嘘だろ……実の母親に嫉妬すんなよお前……」

「うにゃぁ~! だ、だって仕方ないじゃないの! 相手がお母さんでも、アンタが私以外の人を抱き締めているところなんて見たくないんだから!」

「うぉ、突然のデレ! なんだよ最初から正直に言えよこのツンデ霊夢!」

「うっさいわ! こんな木っ恥ずかしいことそんな簡単に言えるか!」

「痛い! 照れ隠しにお祓い棒振り下ろすな!」

 

 顔を真っ赤にしながらバシバシと顔面をしばいてくる霊夢。コイツの照れ隠しは妖怪すらも葬り去るレベルだからゆめゆめ油断ができない。気を抜けば瞬殺されてもおかしくはない強さでぶん殴ってくるのも意味が分からないのだが、基本的に煽り耐性が低い彼女は羞恥心を隠しきれずこうして暴走してしまう時がある。そういう不器用なところが可愛いのだが。

 しかしまぁこのまま縛られ続けるわけにもいくまい。正気を失いつつある霊夢をなんとか説得して落ち着かせると、俺を簀巻きにしていた布団を除けてもらう。

 

「やっと解放された……」

「あ、アンタが悪いのよ! 結婚式当日に他の女に手を出すから……」

「手を出すとかいうな。そもそもアイツは恋愛対象にすら入ってねぇ。どんだけ昔から知ってると思ってんだ」

「だ、だって……お母さん亡霊だから昔と変わらず綺麗だし……威なら欲望に任せて襲ってもおかしくないし……」

「あのなぁ……いくら俺がマイペースで欲望に忠実だからって、お前以外の相手を襲う訳ねぇだろ?」

「で、でも! 早苗に色仕掛けとかされたら揺らぎそうだし!」

「…………」

 

 俺の弁解をまったく聞いた様子のない霊夢に、俺はちょっとだけ苛立ちを覚える。今のはいい加減カチンと来たぞ……この馬鹿はまぁだ俺の事を分かっていないみたいだな。

 何やら一人でヒステリー起こしかけている馬鹿巫女に睨みを利かせると、唐突に腕を掴み――――

 

「んむっ!?」

 

 そのまま万年床になっている布団の上に押し倒すと、盛大に唇を奪った。

 突然接吻されたことで驚きに目を丸くする霊夢。そんな彼女には一切気を遣わず、俺は両腕を布団に押し付けたまま舌で彼女の口内を蹂躙していく。霊夢の舌を吸い、歯の裏を舐る様にして舌を動かすと、切なげな声が漏れた。

 

「んはぁ……ぁ、んむぅ……」

「……馬鹿みてぇな顔してんじゃねぇよ、霊夢」

「だ、誰のせいだと……んぁ!」

 

 俺の煽りに苛立ったのか腕を跳ね除けようとするが、俺が首筋に舌を這わせたことで一気に脱力。途端に目を虚ろにさせながら情けない声を上げる。

 

「こ、この……色欲魔、めぇ……!」

「俺の事をまったく信用しないお前が悪い」

「う……。それは、そうだけど……ひゃぁぁ」

「ずっとお前の傍にいるっていったろ。信用しろよバカ野郎」

「わかっ……たぁ。わかったか、らぁ……変なとこ、弄る、なぁ……っ!」

 

 腕を掴んでいた手を徐々に下の方に動かしていくと、次第に霊夢の声が大きくなる。服の上からでも分かる大きな膨らみに手をやると、軽く仰け反る様にして喉を鳴らした。全身に汗が滲み、鏡華譲りのきめ細やかな黒髪が肌に貼りついてる。

 いつもならば術を使ってでも俺を吹っ飛ばそうとするのはずなのだが、どうやら彼女も本調子ではないらしい。レミリアさんにワインを飲まされた影響がまだ抜けていないのか、うまく力が入っていないようだ。上気させた真っ赤な顔で俺を見上げる姿に普段以上の可愛らしさを感じてしまう。

 その魅力に我慢できず、思わずまた唇を重ねた。

 

「んっ……」

 

 二回目にもなるとそろそろ慣れたのか、今度は彼女の方からも舌を入れてくる。互いに自分から相手を求めるようにして貪り合い、弄りあう。霊夢もスイッチが入ったのだろう。されるがままだった状態から左手を俺の頬に当て、右手は抱きすくめるようにして俺の背中に回されている。真意を察してニヤついた笑みを浮かべると、霊夢は頬を染めて恥ずかしそうにそっぽを向いた。相も変わらず素直ではない。

 

「……こんなことされても嫌じゃないんだから、つくづく惚れた弱味ってのは怖いわね」

「好きだよ、霊夢」

「ひぁっ……こら、ぁっ。どこに手をやって……くふぅっ!」

 

 ジタバタと釣られた魚のように抵抗を始める彼女には悪いが、今日はこのまま終わらせるつもりはない。結婚初夜なのだから、思う存分やらせていただこう。

 徐々に大きくなる嬌声を背景に、俺は巫女服の合わせ目に手をかけるのだった。

 

 

 

 

 

 




 書いてて死にたくなるほど恥ずかしかった。もう書かない(迫真)


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マイペースにレンタル(その一)

 お久しぶりです! 更新です!


「少しは私達にも威君成分を吸収させてください!」

「く、ください!」

「はぁ?」

 

 何やら訳の分からない提案をぶつけてきた風祝と読心妖怪に、私はただ純粋に疑問の声を上げた。この馬鹿二人はいったい何を滅茶苦茶なことを言ってるのか。理解に苦しむ。

 秋も終わりに近づき、本格的に肌寒くなってきた頃。石畳を覆い隠さんばかりに降り積もった落葉を掃くこと三時間。いっこうに減る様子を見せない赤黄色の集団に心底苛立ちを覚えながら、今頃冬に向けて籠もる準備を進めているであろう秋姉妹を心の底から恨んでいる矢先である。唐突に博麗神社へとやってきた早苗とさとりは、私を見つけるなり開口一番言った内容が、前述のアレである。

 基本的に我が強く、自己主張の強い早苗がこういうことを言ってくるのはこれまでにも多々あったが、引っ込み思案のさとりまでもが神社に乗り込んでくるとは思わなかった。おそらくは目の前でドヤ顔かましながら偉そうにふんぞり返っている緑頭の入れ知恵だろうけど。

 溜息を一つ。とりあえず竹箒で早苗の頭をどついておく。

 

「ふみゃあっ! な、なにするんですかー!」

「黙れこのトラブルメイカー! 急に何を言ってくるかと思えば、よりによって他人の旦那渡せだなんて……脳味噌腐ってんのか!」

「酷い! でも私は諦めません!」

「意外としぶとい!」

「私達が要求しているのは威君を奪うことではありません。ただ、ほんのちょっとだけ……そう、一週間くらい貸して欲しいだけなんですよ!」

「アンタに一週間もあのマイペース馬鹿を貸したら洗脳されて戻ってくるのがオチでしょうが!」

「それはまぁ……確率の問題?」

「奇跡起こせる現人神がぬけぬけと!」

 

 「てへっ☆」と軽く舌を出してウインクかますあざとい馬鹿野郎に心底怒りを覚えるのはおそらく自然の摂理だ。お次はお祓い棒を鳩尾に突き刺しておく。

 

「カハッ……み、みぞ……」

 

 さて、腹を押さえて四つん這いになっているアホ一名は放っておいて。

 二人は威を少しの間だけ貸してほしいとかいうことだったが、正直言って何を馬鹿な事を言っているのかと思わんばかりである。それも、よりによって私に頼みに来るとか……喧嘩を売っているとしか思えない。なめとんのかアンタらは。

 まぁ、百歩譲ってさとりのところに行かせるのは良しとしよう。威は地霊殿メンバーとは仲が良いし(お燐を除く)、彼女の妹である古明地こいしも威が地霊殿に遊びに行けば喜ぶだろうから、悪い気はしない。それにさとり自身はお色気で寝取るなんて考えはしても実行には移せない純情乙女であるから、威を奪われる心配もない。嫌われ者妖怪として名を馳せているさとりだが、実際のところは幻想郷内でもトップクラスのお人好しだと私は思っている。

 ……さてさて、問題は押しかけて来たもう一人。私が最も懸念している好敵手、東風谷早苗だ。

 威が幻想郷にやってきた割と初期から彼を巡って争っていた中ではあるが、それ以上に彼女の場合は、威を手に入れるためならば大概のことはやってのける行動力が何よりも恐ろしい。

 女性的魅力や身体つきもさることながら、本気を出せば奇跡を起こせる彼女の能力。そして軌跡を後押しするほどの人並み外れた行動力。そんでもってあろうことか、彼女には誰よりも頼りになる守矢神社の二柱がついている。子離れできない親馬鹿な神奈子のことだ。威を奪い取るチャンスがあるのならば、どんな手を用いてでも実力行使に出ようとするだろう。容易に想像できる。というか、想像するまでもない。

 

「一応聞いておくけどさ、早苗。仮に威を貸し出したとして、貴女はどうしたいの?」

「そ、それはもちろん……」

「……なによ」

「……げへへ」

「はいアウト!」

 

 少しでも良心を見せて可能性を提示した私が馬鹿だった。何一つ具体的な内容は言われていないというのに、先程から冷や汗と身体の震えが止まらない。おそらくは今頃謎の悪寒に襲われているだろう旦那さんに心の底から同情する。え、威はどこにいるかって? 今日は八雲家で家族仲良く過ごすらしい。……寂しくなんかないわよ、別にっ。

 ギラギラと欲望に目を輝かせながら野生の肉食獣のような威圧感を放つ謎生命体SANAEから若干距離を取りつつ、もはや変態の極みと化している風祝に複雑な視線を向ける心優しい悟り妖怪に嘆息交じりに声をかける。

 

「はぁ……アンタはどうせ、早苗に言われたからついてきたみたいな感じでしょ……」

「あはは……まぁ、私的には威さんとはそれなりに仲の良いお友達としてお付き合いさせていただいていますし、たまに地霊殿にも遊びに来てくれたりしてくれますから割と満足はしているんですよね」

「アンタ見かけによらず大人ねぇ……」

「以前結婚式の時に吹っ切っちゃいましたしね。でも、こいしやお空が喜ぶので、できることなら威さんをしばらく貸し出して欲しいかなとは思っています」

 

 どこか困ったような苦笑を浮かべるさとりに癒しのようなものを感じてしまってなんだか和む。なんだろう。さっきの早苗の破壊力が常軌を逸していたからか、さとりの家族愛からくる提案が随分と可愛いものに見えてしまう。いや、さとりはどちらかというと妹の為に行動している節があるので、十割方己の煩悩の為に威を求めている早苗とはそもそもが雲泥の差があるのだが。アンタいつからそんなに人外になったのよ早苗……。

 ……とまぁここまで彼女達に文句を言い続けている私ではあるが、二人の気持ちが分からないでもない。好きだった人を諦めきれない気持ちは大いに理解できるし、そんな思い人と少しでも長い時間一緒に過ごしたいという想いは尊重すべきものだ。基本的に遠慮も気遣いもしないシビアな私だが、血も涙もない鬼というわけではないので威を二人に貸し出すのもやぶさかではない。

 え? 威を物として扱っている? 何を馬鹿な。私ほどアイツのことを分かっている人間はいないわ!

 

「よく分かりませんが、今無性に霊夢さんに殺意が湧きました。殴っても良いですか?」

「封印してやろうかこの腐れ現人神」

 

 復活早すぎるだろ。

 

「うわーん! 少しくらい威君と一緒にいさせてくれたっていいじゃないですかー!」

「ちょっ!? 唐突に大声出すな!」

「そ、そうですよー。こいしのためにも、御慈悲をー」

「アンタは少しはノりなさいよ! 早苗だけ変に目立ってるわよ!?」

「うおー! うおー! うぇっへっへっへ……おっと。うおー!」

「待ちなさい! 今なんか変な人格が出てたわよ早苗!」

 

 駄目だコイツ。早く何とかしないと。

 ……はぁ。このまま押し問答していても埒が明かない。さとりはともかく、どうせこの緑巫女は何を言っても最後まで退かないだろうから、ここらで私が折れておくのが無難な選択だろう。心配事が無いわけではないが、そこは威を信じるしかあるまい。

 おそらくはここ最近で最大の溜息を垂れ流し、二人にその旨を伝える。

 

「イヤッッッホォオオオオオ!!」

「あ、ありがとうございます!」

 

 二者二様ではあるがそれぞれ歓喜と感謝の声を漏らす。若干一名ほど自分のキャラを忘れかけている気がしないでもないが、私にそこまで気にかけるほどの余裕も優しさもない。キャラ作りは各自で頑張ってほしい。

 ……そんなことを考えているうちに、どうやら二人の間で相談事が終わったようだ。

 

「一番手は私! 私ですよ霊夢さん!」

「まぁ、予想通りだけどさ。さとりはいいの?」

「はい。私自身そこまで切羽詰ってないですから」

「コイツは切羽詰ってんのか……」

 

 本当に大丈夫か早苗。威と関わり始めてから内に秘めた裏の人格が漏れ始めているような気がしてならない。

 一週間だけではあるものの、威と一緒に過ごせることが確定して喜びを隠せない様子の二人にやれやれといった溜息が出る。なんだかんだ言いながら仲良くさせてもらっている二人であるから、彼女達が喜ぶ姿を見られるのは悪い気はしない。威には相当の負担がかかるだろうが、そこはまぁ、私の夫になった時点で諦めているだろうから。この程度でへこたれていては博麗の旦那は務まらないゾ♪

 訪問時とは違う意味で高揚した面持ちで神社を後にする早苗とさとりを見送ると、箒を持ち直して再び掃除を開始する。

 

「良かったの? 寝取られはしないにせよ、それなりにイチャイチャされるわよ?」

「別にいいんじゃないの? ちょっと浮気するくらいは男なら誰でもやる事でしょ」

「それがこの前私に嫉妬した女の言葉かと思うと、頭が痛くなるわね」

「昔ながらの容姿を保持したまま亡霊になったお母さんに言われたくないわ!」

 

 二人がいなくなった瞬間に背後に忍び寄ってきた霊体状態のお母さんに全力の反論をぶつける。ま、まぁ、前回はワインのせいで酔っ払っていたし、母親とはいえ同性の私から見ても十分に美人なお母さんが威と仲睦まじそうにしていたのが許せなかったというか……。

 

「人それを嫉妬と言う」

「うぐ……何も言い返せないのが腹立たしい……」

「それにこんなこと言うのもなんだけど。私があの子に懸想するなんてありえないから。いくら『あの人』に通ずるものがあるからって、紫が可愛がっている子供、しかも私を殺した相手を好きになるなんか普通にないでしょ。ありえないわー」

「そんなこと言って威の胸で盛大に大泣きしていたのはどこの先代巫女だったかしら?」

「…………」

「…………」

「……お母さん、今日は煮物が食べたいわ」

「待たんかいこのボケ母親」

「それじゃあ私は霖之助のところにでも浮遊霊ってくるから、ご飯の準備よろしくね~」

「あ、こら! 待ちなさい!」

「待たないわ~」

 

 制止の声も届かず、目の前からスゥッと消えるようにいなくなった浮遊霊。空しく虚空に吸い込まれていった私の怒りはどこにぶつけよう。……威が帰ってきたら八つ当たりでもしてやるか。

 というか、お母さんは最近どこぞの腹ペコ亡霊と同じようなキャラになりつつある気がしてならない。アレか。魂の呪縛から解き放たれた人間は胃袋が限界知らずになるのか。博麗神社の食費が徐々に増加しているのはほぼ間違いなくお母さんのせいと言っていい。そろそろ食費の分を賄ってもらうために仕事を始めてもらわないと割に合わないので、今度紫に求人の斡旋をしてもらおう。母親だろうが何だろうが、穀潰しは許さん。……まぁ、威もほとんど仕事していないから、大きく分別すれば穀潰しに含まれるのだが。あれ? もしかしてこの神社って私しか収入源が無い?

 とんでもない事実に気が付いてしまい、少々焦る。

 

「……威を貸し出す代わりに、賃貸料をそれなりに貰っておきましょうか」

 

 それくらいさせてもらっても、おそらく罰は当たらないだろう。

 

 

 

 

 

 




 続きは近いうちに


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マイペースにレンタル(その二)

 番外編続きです


 ……えー、なんか俺の与り知らないところで勝手に人身売買が行われていたようで、神社に帰宅するや否や愛する脇巫女さんから「明日から一週間守矢神社に行って来い」なんていう左遷宣告を食らった俺こと雪走威だ。なんかあまりにも身に覚えがありすぎる展開にデジャブを感じざるを得ない。つい数週間前に地底に行かされた時と似たような感じではないだろうか。

 詳しい事情を聞いてみたところ、どうやら早苗がまた暴走したとかなんとか。俺にフられてからストッパーが完全に吹き飛んでいるような気がする緑巫女は今回も相変わらずトラブルメイカーの様だ。人里や神社で八坂様や洩矢様に会う度に愚痴を聞かされる俺の身にもなってほしい。なんでしがない中級妖怪の俺が神様の相談相手を務めにゃならんのだ。普通に考えて逆だろう。

 

「よいしょっと」

 

 着替えと洗面用具、その他諸々を詰め込んだ河童製の風呂敷を持ち直すと、青々と広がる雄大な空を再び滑空していく。眼下に見える無数の木々。見覚えのある白狼天狗が心底迷惑そうな表情で俺を見上げているが、彼女には触れることなく進み続ける。侵入者を排除するのが見張りの仕事なのだろうが、既に何度もこの場所を訪れている俺は御咎めを受けることなく顔パスで通過できるらしい。さすがは守矢神社、そして博麗のネームバリュー。幻想郷を滅ぼしかけた妖怪を普通に通すのは如何なものかと思わないでもないが、入る入らないの無駄な問答をするのは心から御免被りたいのでここは素直にありがたく思うべきだろう。コネがあるに越したことはない。

 守矢神社が建っているのは妖怪の山の頂上だが、これが結構遠い。俺が幻想郷に復活した際に霊夢に運ばれて行った時は一時間程で到着したが、俺は彼女とは違って飛行は得意ではない。妖怪として覚醒したおかげで変換機無しで飛べるようになったというのは大きな進歩ではあるけれども、飛行速度があまり速くはない以上そこそこに時間がかかってしまう。一時間程飛び続けてやっと山の中腹に到着したくらいだから、予想する限りは後三十分といったところか。正直言って、そろそろ休みたいところではある。

 いい休憩場所はないものか、と視線を彷徨わせていると、唐突に足元から声をかけられる。

 

「おぉーい! 雪走ぃー! なぁにしてんだーい!」

「お? あ、にとりさんじゃないか」

 

 緑色の帽子を被ったツーサイドアップの少女が俺を見上げながら名前を呼んでいた。自分の身体よりも大きなリュックサックを背負った彼女は俺を見つけるとピョンピョン飛び跳ねている。相変わらずの愛嬌を振り撒くにとりさんに思わず頬が緩んだ。

 しっかし、いっつも川の下流で釣りをしているにとりさんがこんな所にいるのは珍しいな。椛さんは見張りの仕事をしていたし、彼女と遊んでいるというわけでもないだろうに。何をしているのだろうか。

 休憩がてら彼女と話すのもいいかもしれない。そろそろ疲れてきた俺はゆっくりと降下すると、にとりさんの前にふわりと降り立つ。

 

「こんにちは、にとりさん」

「やぁ。久しぶりとまではいかないけど、なかなかにご無沙汰じゃないか。早苗や洩矢様と遊ぶのもいいけれど、たまには私とも遊んでくれなきゃ寂しいよ?」

「いや、悪かったよ。いつか寄ろうかなとは思っていたんだけど、なかなか余裕が無くてさ」

「守矢神社の帰りにでも立ち寄ってくれれば二度手間にはならないんじゃないかい?」

「いや……あの神社から帰るときには色々な意味で元気も余力もないからさ……」

「早苗のヤツ、いったい何やってんだか……」

 

 妖怪の山が誇るトラブルメイカーを思い浮かべながら二人して大きく溜息をつく。幻想郷においては新参者の部類に入るはずの彼女だが、元来の無鉄砲ぶりと天然が悪い方向に混ざり合った結果、魑魅魍魎が跋扈するこの世界でもトップクラスのお騒がせ者っぷりを見せている。もはや周囲が口をそろえて「迷惑女」と言ってしまうくらいにキャラが固定されてしまった彼女に二柱はどんな思いを向けているのだろうか。特に八坂様の心中は察する。

 

「で、お前さんは今日も守矢神社に遠征かい?」

「そんなところかな。なんか俺の知らないところで人身売買があったみたいで、一週間くらい早苗の所にレンタルされるらしいんだよ」

「おや、またなんか面白そうなことに巻き込まれているじゃないか」

「面白いも何も実害受けるのは俺なんだけど」

「いいじゃないか。実害と言っても霊夢の制裁くらいだろ? 後は早苗とイチャイチャできるんだから遠慮することもないだろうに」

「早苗とイチャイチャ、ねぇ……」

「なんだい。性欲魔人のアンタには珍しいくらい遠慮気味じゃないか」

「うーん。早苗だからなぁ」

 

 性欲魔人という呼ばれ方は甚だ遺憾ではあるが、にとりさんが不思議に思うのも無理はない。美少女と仲良くできるならば何を置いても全力で歓喜する俺があまり乗り気ではないことを怪訝に思っているのだろう。おそらく他の幻想郷住人達が聞いてもほとんど同じように首を傾げるはずだ。認めたくはないが、俺はそういう妖怪だし。

 確かに早苗は美少女だ。美人が多い幻想郷の中でも上位に食い込むレベルだろう。顔が可愛いのはさることながら、胸も大きい。参拝者に対しては礼儀正しく、一般的に見れば良い子だ。外の世界からやってきたせいもあるのか、他の妖怪や人間に比べれば多少の常識も弁えている。……なんか地底異変の時に滅茶苦茶なこと言っていたらしいが、それは割愛。

 優等生で美少女。ここまで揃った彼女との触れ合いを素直に喜べない最大の理由は、東風谷早苗の核と言ってもいい「残念感」にある。残念美人とでも言えばいいのか、その洗練された外見とは裏腹に欲望に忠実で、目的のためなら他者を吹き飛ばしてでも完遂しようとする図太さ。幻想郷に来て霊夢や魔理沙と交流を始めたことで磨きがかかった傍若無人っぷり。そして他を圧倒する天然。これらの残念要素が彼女の魅力を悪い意味で相殺してしまっていると俺は考えている。

 美少女と絡めるのは嬉しいが、その結果として何かしらのハプニングに巻き込まれてしまう可能性が高いというのがいわゆる理由というやつである。

 にとりさんもその辺は分かっているのか、俺の説明に苦笑を浮かべると顔を引き攣らせていた。

 

「ま、まぁいいじゃないか。残念な部分から目を逸らせば美少女なんだからさ」

「そうだな。俺は基本的に美少女であれば内面がどんな娘でもあまり気にはしないんで結局は嬉しいよ」

「美少女ねぇ……ジャンルは違うけれど、そういえば幻想郷の賢者様もなかなかに美人」

「やめろ! アレを美人や美少女の類にぶち込むのはやめろ!」

 

 何食わぬ顔でさらりと恐ろしいことを漏らしかけていたにとりさんを全力で止める。育ての親とはいえ、母親として認識している相手が美人とか美少女とかいう話で盛り上がるのは正直に言って御免被りたい。だいたい誰が得するんだこんな話。あんな胡散臭さ全開の最強妖怪を褒めちぎる話なんてこっちから遠慮させてもらう。反抗期? 違ぇよ! 正当な評価だよ!

 俺の必死な様子に若干怯えた様子のにとりさんは「ま、まぁまぁ」と宥めてくる。

 

「この話はここまでにしようか。いつどこで賢者様に聞かれているか分かったもんじゃないしね」

「冬に入ってきてるからどうせ寝てるよグースカと。力を溜めるための冬眠とか言ってるけど単に朝に弱いだけなんだから」

「あんまり悪口言わない方が……」

「毎年毎年馬鹿みたいに寝てんじゃねぇよ! 熊か!」

 

 突如として頭上にスキマが開き、金ダライが落ちてくる。

 クリーンヒット!

 

「いってぇええええ! パッカーンって音したぞこの野郎!」

「言わんこっちゃない……」

 

 頭を押さえて悶え苦しむ俺を他所に呆れたように肩を竦めるにとりさん。そんな彼女はさておいて、あのスキマ妖怪はいったいどこまで俺の様子を盗撮しているのだろうか。もしかしたら発信機及び盗聴器でも仕掛けられているのではないかと心底心配になってくる。過保護かよ。

 母さんの悪口を言い続けるのも構わないがこれ以上の謀反はさすがに危険だ。自分から危ない橋を渡る趣味はない。

 

「年がら年中ボッロボロの橋ばっかり選ぶような生活しているくせに」

「それは言わないで」

 

 あれは結果的にそうなっているわけであって自らの意思ではないことをここに述べておく。

 

「そういえばにとりさんはなんでこんなところにいるんだ? いつもはもっと下の方にいるのに」

「冬が近づいてきたからねぇ。今の内に食料を集めようと思って山菜を採っていたところさ。でもまぁ粗方終わったから、ちょっとウチに寄っていかないかい? 色々と見せたいもんがあるんだよ」

「うーん。守矢神社にも行かないといけないしあまり遅くなるのはなぁ」

「大丈夫だって。あの心優しい早苗だよ? 少し遅れたくらいじゃ怒らないさ。むしろ笑って許してくれると思うよ」

「そうかねぇ」

「八坂様や洩矢様もいるんだ。ちょっとの遅刻くらい大目に見てくれるさね」

「まぁ、そういうことなら」

 

 やけにプッシュしてくるにとりさんの勢いに押されてなし崩し的に首を縦に振ってしまったが、本当に大丈夫なのだろうか。封印前も含めると幻想郷生活もかれこれ二十年以上になるが、こういう迂闊な選択肢をとってしまうと最終的にはあまりよろしくない結果がやってくることを俺は経験則で知っている。とてつもなく嫌な予感が止まらない。

 だけど、さすがにこの程度でどうこうなるわけもないか。ちょっと知人の家に寄るくらいだし、やましいことは何もない。いくらにとりさんが可愛らしい美少女だとは言っても、俺に対して気があるワケでもないから大丈夫だろう。何かやらかす心配はゼロだ。うん、大丈夫でしょ。

 

「ふふ……早苗には悪いけど、そろそろ私も行動を開始させてもらうよ……」

「にとりさんどうかした? なんかすっごいニヤニヤしているけど」

「ひゅいっ!? な、なんでもないさ! 雪走と久しぶりに一緒にいるから喜びが漏れていたのかもね! あははー!」

「なんだ嬉しいこと言ってくれるじゃないか!」

「あ、あはは……」

 

 こうやって真っ直ぐ好意を伝えてもらえるのは誠に嬉しい。にとりさんは優しいなぁ。

 何やらニヤニヤニコニコしているにとりさんを追って、俺は彼女の家へと向かうのであった。

 

 

 




挿絵描いてくれるとかいう神がいたら是非ともお願いします(土下座)


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マイペースにレンタル(その三)

 完全に魔が差しました(笑)


 威君が来ない。

 神社で彼を待ち続ける私であったが、予定の時刻を過ぎても威君が来る様子はない。たまたま守矢神社に遊びに来ていた鏡華さんによると、もう神社についてもいいくらいだそうだ。昔の空を飛べない彼ならいざ知らず、妖怪として覚醒し、変換機無しでも自由に移動できるようになった今の威くんならば移動に手間はかからないはずだが。

 

「あの色ボケ小僧の事だから道草でも食っているんじゃないのか? 妖怪の山にだって知り合いは多いだろう」

「うぅむ……こうなったら鎌鼬を総動員して妖怪の山に生える樹木を一切合財切り倒して捜索するしか……」

「おやめこのバカ! また天狗共と揉める羽目になるでしょうが!」

「その時は神様パワーで追い返せばへっちゃらですっ」

「あぁぁ、なんでこの子はこうも脳筋に育っちゃったのかねぇ……」

 

 何やら疲れ切った表情で溜息をついている神奈子様に疑問を覚えるが、そこまで気に欠ける必要もなさそうなので私は思考に耽ることにする。

 確かに彼には知り合いが多い。妖怪の山にも、私や配達屋さんを初めとしたメンバーが友人として名を連ねている。知り合いの所に寄り道している可能性は否定できないだろう。というか、その可能性が高い。あのマイペースさんは約束は守るが、時としてその場の勢いや好奇心を優先して行動してしまうきらいがあるから、途中で道草を食ってしまっているパターンは十分に考えられる。

 道草を食っているとして、誰の所に行っているのか。

 様々な人が候補として挙げられるが、私が予想するのはただ一人。常に彼に対して関心を持ち、隙あらば交流を深めよう画策しているであろう妖怪。

 すなわち。

 

「河城にとり、ただその人……!」

 

 正しくは妖怪、河童であるが、そこら辺はまぁいい。問題は彼女が威君を呼び寄せ、私の妨害をしているかもしれないという事実に他ならない。『雪走威を愛でよう委員会』の副会長にして名誉会員である彼女なら、私の妨害をしてでも威君との交流を求めようとするのは極々自然なことだ。つまり、自然の摂理!

 

「ねぇ八坂神。あの風祝ちゃんは何を言ってるの?」

「残念ながら私にも分からん。ただ一つだけ言えることは、お前んとこの婿が絶賛大ピンチっていうことくらいだ」

「あら怖い。きょーかちゃんはか弱い乙女だからどうすることもしてあげられないわ」

「素手で妖怪の賢者を捻り潰す乙女がどこにいる」

 

 神奈子様と鏡華さんが何やら失礼なことを言っている気がするが、今回はスルー一択。後で飯を抜くことで謝罪を要求しておこう。鏡華さんに関しては紫さんに頼んでおこうと思う。きっと素晴らしいドロッドロの諍いを見せてくれるはずだ。

 さて、無礼者の対処法も無事に考えたところで、私は自室に戻るべくクルリと巫女服を翻し華麗に母屋へと歩みを進める。

 地面に絵を描いて遊んでいた諏訪子様がふと顔を上げると、何やら興味津々といった様子で口を開いた。

 

「大方予想はついているけれど、どこ行くの?」

「だいたい分かっているとは思いますが、ちょっくら妖怪退治に行ってきます」

 

 大量の霊力符と大幣を携えて、私に害為す妖怪変化を薙ぎ倒しに行こう。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 川の近くにある洞窟を改造して作られたにとりさんの家は想像よりも大きい。

 

「散らかってるけど、まぁ入りなよ」

「お言葉に甘えて」

 

 彼女の言葉に促されるように中に入ると、コンと軽く何かを蹴ったような音が聞こえた。感触から察するに金属類の何か。その後も足元に注意を払いつつ奥へと進むものの、踏み出すのとほとんど同じくらいの頻度で何かを蹴ってしまう。散らかっているとは言われていたが、まさかここまで散らばっているとは思いもしない。

 電気をつける。途端に露わになる、絨毯のように敷き詰められた――――いや、どちらかというと散乱したと表現した方が的確かもしれない――――ガラクタの山。小さいものはネジや歯車、大きいものは掃除機モドキまで。エンジニアの部屋はやっぱりこういうものなのか? 偽りの記憶ではあるものの、植え付けられた外の世界での残滓がなんとなく既視感を訴えている。

 

「こっちが研究所だよ」

「え? じゃあこの部屋は」

「自室だけど、ほとんど物置みたいなものだね。基本的に生活は研究所でしてるんだ」

 

 ものぐさというか合理的というか、せっかくの自室を倉庫に変えてしまう程に物が溢れかえっているのか。基本的に整頓されている博麗神社とはえらい違いだ。主に掃除しているのは俺だが。どちらかというと霧雨さんの家に近いかもしれない。彼女の家も中々の散乱具合を誇っている。蒐集家やら発明家やらはどうやら部屋が散らかる傾向にあるようだ。

 なにやらテンキーを操作してパスワードを入力しているにとりさんを眺めつつ、何の気なしに辺りを見回す。なんでナンバーキーやら自動ドアやらのハイテクセキュリティが幻想郷に存在するのかは甚だ疑問が残るが、あまり深く追及してはいけないのだろう。俺もここにきてそれなりの時間が経過しているが、この世界で常識に囚われてはいけない。光学迷彩があるんだからこれくらいは屁の河童なのだろう。河童だけに。

 

「尻子玉引き抜きたくなるレベルで面白くないね」

「勘弁してくれ。腑抜けになったら霊夢の相手できなくなる」

「ダッチワイフになるのもいいんじゃない?」

「お断りです」

 

 何やらうすら寒いものを感じてマッハで拒否の姿勢に入る。にとりさんなりのブラックジョークなのだろうが、河童である彼女がそれを言うと中々にシャレにならないのでやめていただきたいところだ。しがない弱小妖怪である俺が河童に勝てるとは到底思えない。

 そんな事を考えていると、ピーとかいう電子音と共に目の前の巨大な鉄扉がゆっくりと開かれていく。

 

「ちょっと前にアドバルーンとして作ったものなんだけど、今回は技術を結集して本物を作ってみようと思ってさ」

 

 薄暗い研究室に足を踏み入れる。にとりさんの話を聞きながら周囲を観察するが、想像以上に天井が高い。妖怪の山の麓に近い場所にあるから、山の中を刳り貫くようにして作っているのだろうか。ちょっとした工場と言っていい程に広い。

 踏み込むたびにカンカンと甲高い音が部屋中に響き渡る。床は金属製らしい。ますます工場っぽいな。

 キョロキョロと挙動不審気味に辺りに視線を飛ばす俺を楽しそうに見やると、にとりさんは照明のスイッチらしきボタンに手を当てたまま話し始める。

 

「雪走。私は前々から常々、キミに目をつけていたんだ」

「いきなりどうしたんだ」

「まぁ聞いてくれよ。キミはマイペースで他人に左右されないし、周囲からの信頼も厚い。かといって誠実すぎるという訳でもなく、適度な性欲も持ち合わせている。これはまさに主人公とも言えると思わないかい?」

「確かに。言われてみればそんな気もする」

「だろう? 私はキミを一目見た時から見抜いていたよ。『あぁ、この妖怪ならきっと私の願いを叶えてくれる』ってさ」

「……待て。アンタもしかして最初から俺が妖怪だって分かっていたのか?」

「これでも長生きしてる古参メンバーだからね。確信はしていなかったけれど、奥底に眠る妖力からだいたいは察していたよ」

 

 しれっと衝撃発言を織り込んでくるにとりさんに開いた口が塞がらない。ていうかこの人、俺が妖怪だって分かっていたのに恋力変換機を作ってくれたのか。その時何を考えていたかは分からないが、もしかすると相当厄介な相手なのかもしれない。

 今更ながらに上級妖怪の片鱗を見せつけてきた彼女に脅威を覚える俺であるが、当のにとりさんは特段気にした様子もなく演説紛いの話を続ける。

 

「幻想郷で最も大きく、最も楽しい祭典は何かわかるかい?」

「そりゃあやっぱり異変じゃないか? 解決する側も元凶側も個人差はあれど楽しんでいるみたいだし」

「そう。その通りさ。幻想郷で最もホットなイベントは異変だ。だけど、異変を起こすにはパワーバランスやきっかけが必要でね。私みたいな組織の末端じゃ実行するのはなかなか簡単な事じゃあない。今まで風神異変や核融合炉異変で協力者として活動しては来たけれど、やっぱり幻想郷の妖怪たる者一度くらいは起こしてみたいと思ったわけさ」

「まさかとは思うが……」

「そのまさかさ」

 

 ニィと口の端を吊り上げると、満を持して照明のスイッチを入れる。ようやく部屋中が光に照らされ、全貌が明らかに。

 四方を鉄板に囲まれただだっ広い空間。大量の計器や作業機械が置かれている中で、最奥で静かに佇む巨大な人形が異様な存在感を放っている。……否、あれは人形なんかではない。虚構ではあるが外の世界の記憶を持つ俺には分かる。あのような形で、あのようなフォルムで、あのようなデザインのものを、俺は知っている。

 まさか。

 まさか。

 

「……どうやら、勘付いたようだね」

 

 視線を釘づけにされたまま動かない俺の反応に酔いしれるかのようにニヒルな笑みを浮かべるにとりさん。一方の俺はすっかり言葉を失っていたが、心に浮かぶは浪漫と熱血の情熱。妖怪や人間なんて二の次の、男として……いや、『漢』としての何かが俺の中で声にならない叫び声を上げ始めている。

 確信した。彼女が何を求め、俺が何をやるべきか。

 全長109メートルのスーパーロボットを目前に、にとりさんはどこかで見たようなダイナミックで勢いのある劇画タッチな笑顔で俺にサムズアップを向ける。

 

「コイツはヒソウテンソクMk-Ⅱ。私達は今から、この世界に鉄の意思を叩きつけるのさ!」

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 同時刻。博麗神社。

 

「あの馬鹿……早苗に貞操奪われてなきゃいいけど」

「そんなに心配なら大人しく着いて行けばよかったじゃないかー」

「駄目よ。一人で我慢できるようになってこそ一人前と言えるんだから。それに、そろそろ私離れをしてもらわないと、いつまでも夫馬鹿だと舐められちゃうのよ?」

「タケも妻馬鹿な霊夢には言われたくないだろうさ……」

「萃香、何か言った?」

「大幣構えて言うのは横暴だよ霊夢ぅー」

 

 失礼な事を言う命知らずな鬼娘の頭をペシペシと幣で叩きながらお茶を啜る。今頃は守矢神社に到着して、向こうの一家とよろしくしている頃だろう。確か今日はお母さんも守矢神社に行っていただろうか。最近威に対して若干のデレを見せつつある我が母親はある意味で要注意人物なので面倒くさいことにならないかつくづく心配だ。

 まぁ、あのバカが私以外に靡くとは到底思えないけど……。

 

「凄い自信だね霊夢。さすがは本妻」

「本妻って、まるで妾がいるかのような呼び方はやめなさい針妙丸。威の奥さんは私だけよ」

「おー、惚気るねぇ」

「萃香五月蝿い」

「酷いや」

 

 とりあえず一発殴っておく。鬼だから別に怪我もしないだろう。

 威がいない一日というのも久しぶりだ。寂しくないと言えば嘘になるが、今日はこの二人とのんびりしながら過ごすとでもしよう。久方ぶりに遊ぶのもいいかもしれない。

 そんなことを考えながら、次の一杯を淹れようと急須を手に取る。

 その時だった。

 

 ――――ズゥゥゥン……という地鳴りが幻想郷に響き渡る。

 

「な、なに!? 地震!? また天子の馬鹿がやらかしたわけ!?」

「違うよ霊夢! ほら、あれを見て!」

 

 突然の地響きに思わず立ち上がった私は、針妙丸に言われるがままに妖怪の山の方に視線を飛ばす。

 唐突に視界に入ってくる、巨大な人影。あまりにも巨大な人形が、妖怪の山をバックになにやら佇んでいる光景が飛び込んできた。

 さすがに困惑と驚愕が抑えきれず、思わず叫ぶ。

 

「なによあのイカレた巨大人形はぁあああああああああ!!」

 

 後に『巨人異変』と呼ばれることになる異変が、あまりにも急展開に始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 




 ヒソウテンソクゥー!


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マイペースにレンタル(その四)

 短いです(謝罪)


 大地を震わす、天を穿ち、空を貫くようにそびえる黒鉄の巨体。鋼鉄の両脚で地面を踏みしめるその姿は、さながら大妖怪ダイダラボッチを彷彿とさせる。妖怪の山をバックに不動立ちしている鉄の塊を目の前にして、私は寿命が数年縮むのではないかと心配になる程の大声で悲鳴を上げていた。

 

「な……なんなのよあれぇええええええええ!!」

「……あれ、自重とかどうなってんの?」

「そんな馬鹿真面目な物理法則持ち出したところで意味ないと思うよ針妙丸。ここは幻想郷なんだ、多少無理矢理な法則くらい不思議能力でいくらでも補えるんだから」

「いや、それにしてもあれはさすがに……」

 

 根が真面目な針妙丸があまりにも巨大な鉄塊を前にして冷や汗を浮かべながら色々と指摘を行っていたが、萃香の言う通りここは魑魅魍魎、未知異能が跳梁跋扈する幻想郷だ。自重とか動力源とか、そういった常識的な部分の粗探しをしても仕方がない。それよりも今問題視すべきなのは、あの馬鹿げたデカブツを誰が動かしていて、何をしようとしているのかということだ。

 まぁ、おおかた犯人は誰か分かってるけど……。

 脳内に浮かんだ研究と発明大好きクソ河童に蹴りを入れつつも、私は部屋の奥に引っ込むと霊力符と大幣、封魔針を懐に入れて神社の外へと飛び出していく。どういう理由があるにせよ、あんな巨大な物体を動かそうとしている時点で充分異変だ。異変とあらば、博麗の巫女としては解決に出しゃばる必要がある。正直言ってやる気は湧かないけれども、ここいらでちゃんと仕事をしておかないとウチの穀潰しヒモ旦那に示しがつかない。

 

「……ん? ありゃ。あれってまさか……」

「え、なになに? 何か見えるの萃香?」

「あー、針妙丸には見えないか。……うーん、滅茶苦茶面倒くさい未来が見えるぞー」

「なによ萃香。もったいぶらずに早く言いなさいよ」

 

 と、私の後に続いて針妙丸を肩に乗せて飛んできた萃香が何かを見つけたようで、何故か額に手を当てて溜息をついていた。身体の小さい針妙丸は萃香に見えているものが見えないようで、先程から必死に背伸びをして目を凝らしている。ちょっとだけ可愛い。

 そんな小人の可愛さに若干癒されながらも、おそらくはこの状況を一段階詳しくしてくれるものを見つけたであろう萃香に言葉を急がせる。基本的に何が起こっても動じないあの萃香が言葉を濁らせたのだ。相当のものが見えたに違いない。懐から札を一枚手に取りながら、私は彼女の言葉に耳を傾ける。

 私の催促に少しの間逡巡していた萃香であったが、気まずそうに頬を軽く掻くと私から目を逸らしながら口を開いた。

 

「あの木偶人形にさ……タケの奴が、乗ってるみたいなんだよねぇ……」

「…………あ゛ぁ?」

 

 ビリィッ! と、私の手の中でお札が一枚八つ裂きになっていた。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「おぉぉ!! すげぇ! すげぇよこれ!」

「ふっふっふ。見たかい、これが私の最高傑作【ヒソウテンソクMk-Ⅱ】さ!」

「カッケェ! しかもちゃんと動くんだなこれ!」

「当然さ! この程度、私の手にかかれば造作もない!」

 

 にとりさんが手元のハンドルを軽く動かすと、連動してヒソウテンソクの右腕が持ち上がる。どうということはない極々基本的で単調な動作ではあるけれども、こんなに巨大なロボットが目の前で動いているという事実がそもそも大切なんだ。しょうもないとか、そんな言葉で片付けようとするやつはルーミアにでも食われちまえばいい。

 現在俺はヒソウテンソクの操縦席ににとりさんと二人で座っている。二人席ではなく、一人用の席に、二人で。このヒソウテンソク、本来は一人乗りであるようで、それを無理矢理二人で乗り込んでいるというなかなかに無茶な事をやっているのだ。今の状態を軽く端的に説明すると、俺がシートに座り、その上ににとりさんが乗っている。太腿辺りに彼女のお尻の柔らかい感触が直に伝わっていて正直ドキドキが止まらない。これはこれで……うん、役得ってやつだよな!

 

「ひゅいっ!? ちょっと雪走ぃー。急に首元に息を吹きかけないでよー」

「あ、あぁ、ごめんごめん。ちょっと鼻息が我慢できなかった」

「鼻息……?」

「こっちの話だ」

 

 慌てて誤魔化す俺に怪訝な視線を向けるにとりさんであったが、それ以上は追及することはないと判断したらしい。再び前方に広がるディスプレイ(とは名ばかりのガラス張り)に目をやると、爛々と目を輝かせながら少しずつヒソウテンソクを歩かせている。一歩進むたびに俺達を襲う上下の揺れ。

 

「……これってなかなかに色んな意味で危ない姿勢だよなぁ」

「そうかい? 私は普通に満足しているけどね」

「シートに直接座った方が座りやすいんじゃねぇの?」

「そんなことはないさ。……雪走と密着できているんだからさ」

「ん? すまんにとりさん。ヒソウテンソクの揺れでイマイチ聞こえなかったんだけど」

「なんでもないよ! さぁ、進もうか!」

 

 何やら小さく呟いたにとりさんは俺の言葉を遮ると、手元で光る赤いボタンを勢いよく押した。

 

「それは?」

「拡声器さ。異変を起こす以上、宣言はしておかないとね!」

「堂々としてんなぁ」

 

 異変って突然起こして、最終的に黒幕が判明するってもんじゃなかったっけ。

 そんな疑問が脳裏をよぎるが、彼女が楽しんでいるのでわざわざ指摘するのも野暮だ。揚げ足を取るタイミングというものがある。今はとにかく、この状況を楽しむことが先決だろう。

 無線マイクを手に取ると、にとりさんは満面の笑顔で幻想郷へと宣戦布告を行った。

 

「幻想郷の諸君! 私の名前はキャプテンニトリ! この幻想郷にひと時の革新をもたらす、新世代のレボシューショナーさ!」

「ちょっ!? にとりさん急に立ち上がらないでスカートが捲れてる! スカートの中に顔が入ってる!」

「ひゅっ、ひゅいぃぃっ!? こ、この破廉恥馬鹿雪走! こんな時にセクハラしている場合じゃないだろう!?」

「そんなこと言われてもってあぁぁぁにとりさん急にこっちを向いたら体勢崩して危ないぃぃぃ!!」

「わっきゃぁあああ!?」

 

 演説の途中でヒートアップしたらしいにとりさんは俺の膝の上で急に立ち上がるが、無理な体勢とヒソウテンソクの激しい揺れによってふらつき始める。地面に立っていればまだ支えるなり何なりの対応が取れていたのだけれども、さすがの俺も自分の膝の上に立った方をしっかり支える方法は熟知していない。唯一できることと言えば、かろうじて腰を掴み、倒れてくる勢いを減速することくらいだ。

 両手を精一杯伸ばしてにとりさんの腰を掴む。が、ヒソウテンソク本体の揺れもあるせいかなかなか思うように力が入らない。彼女の転倒を止められず、腰を支点にした状態でにとりさんの顔が徐々に近づいてくる。

 あ、これってもしかしなくてもヤバい展開が待っているような。

 瞬間的に冷や汗が出始めるが、時既に遅し。

 次の瞬間には――――

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「あ、立て続いたアクシデントの結果、事故的に接吻かました馬鹿が一名」

「アイツ殺すわ。四肢をもぎ取って神社の要石にしてやる」

「お、落ち着いて霊夢! なんか今まで見たことないくらい怖い顔してる! というか、その顔は主人公がしていい表情じゃないよ!?」

「止めないで針妙丸。世の中には己の理性を代償にしても存在を消さなければならない馬鹿ってのが存在するの。アイツはその最たる者よ。浮気者には死あるのみ」

「早苗の所にレンタルしたのは浮気じゃないの!?」

「私が把握していないってのが問題なのよォーッ!」

「……はぁ」

 

 小柄な身体を目一杯動かして霊夢を落ち着かせようとする針妙丸だが、当の本人は先程から勇儀も裸足で逃げ出すであろう覇気と表情を浮かべたまま拳をミシミシといわせている。右手に持った大幣が先程から悲鳴を上げていることに気が付いているのかは分からない。おそらく気づいていないだろう。

 こめかみに青筋を浮かべ、「ウワキモノ、慈悲ハナイ」と言わんばかりの怒りを身に纏った霊夢を止められる術はもはや存在しない。鬼である私が全力を出せばどうにかなるかもしれないが、彼女が本気で封印を始めたらおそらく負けてしまうこと請け合いだ。日頃の鍛錬を疎かにしがちな霊夢だけれども、生まれ持った技術的センスは天才のそれを遥かに凌駕する。

 私にできるのは、タケへのダメージを少しでも和らげてやることくらいかなぁ。

 そもそも今回の騒動は十中八九妖怪の山の馬鹿河童が関連しているだろうし、先導しているのだろうが、彼女の誘惑にのこのこと着いて行った挙句に浮気現場現行犯になったタケにも多少の非がある。つーか、妻帯者の癖によく考えないでその場のノリで行動したタケが悪い。超悪い。親馬鹿とか過保護とか言われるかもしれないけれど、霊夢を悲しませた罪は重いのだ。

 しかし、私は鬼ではあるが悪魔ではない。一応のアフターケアの為に、今頃のんびり茶でも飲んでいるであろう妖怪の賢者に向けて私の分身を向かわせる。あの馬鹿でかい鉄くずの件もある。さすがに重い腰を上げてくれるだろう。なんといっても最愛の息子が関わっているわけだし。

 

「私にできるのはこれくらいかな」

「ねぇ萃香。霊夢がこんな状態だけど、威は大丈夫なのかな……?」

「大丈夫も何も、タケだって一応は上級妖怪なんだ。そんじょそこらの雑魚とは違ってゴキブリ染みた生命力の持ち主なんだから、心配するだけ無駄ってやつだよ」

「ご、ゴキブリって……」

「まぁ何にしてもあのマイペース馬鹿は勝手に復活するから、今回の異変は全力で解決しても問題ないってことさ」

「萃香、針妙丸。お喋りはそこまでよ。……本格的に動き始めたわ」

 

 危険を察知したらしい霊夢が私達の雑談を諫める。さっきまでヤンデレのごとくトチ狂った発言垂れ流していたのはどこのどいつだとかいうツッコミは胸の奥にしまっておこう。私怨に塗れていたとしてもさすがは博麗の巫女といった様子で、異変解決に対する態度は誰よりも素晴らしい。……やる気になるまで時間はかかるけど。

 さてさて、どうなることやら……。

 

 

 

 

 

 



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マイペースにレンタル(その五)

 なんかもう、勢い。


 まぁでかいやら固いやら言っても、所詮は鉄の塊である。多少動かれようが抵抗されようが、ぶっ潰してしまえばそれで終わるわけで。

 

「あんまり気は乗らないけど、仕方ないかなー」

「あん? さっきから何ぶつぶつ言ってんのアンタ」

「霊夢、ごめんけど針妙丸を連れて後ろに下がってくれる? 近くにいると危ないからさ」

 

 私の言葉に怪訝そうに首を傾げる霊夢だったが、冗談ではない言葉の響きを感じ取ったらしい。すごすごと私から距離を取ってくれる。対して、ヒソウテンソクとかいうデカブツはギシギシと何やら危ない効果音と共にゆっくりとこちらに向かってきていた。どうやら、真正面から戦うつもりらしい。飛び道具の一つくらい積んでおけよ、とは思わないでもないが。

 やれやれ。この異変を解決したら、タケとにとりの奴には向こう一週間は酒を奢ってもらわないと割に合わないさね。

 溜息をつきつつも、スカートのポケットから木片……スペルカードを取り出すと、私はニィと口の端を吊り上げて、叫ぶ。

 

「鬼神【ミッシングパープルパワー】!」

 

 掛け声とともに、目線が徐々に高くなる。先程までは浮いていた足がしっかりと大地を踏みしめる。身体を動かす際の空気抵抗も大きくなり、私自身の声もどこか低くなったように感じる。体勢を整える為に一歩踏み出せば、ズゥンと幻想郷中を震わせるような地響きが鼓膜を貫いた。力がみなぎる。絶対的な自信と共に前を向くと、既に体格差を感じない程に似通ったヒソウテンソクの姿。

 密度を操る程度の能力。私にかかれば、体積の増加なんて朝飯前に過ぎない。相手がでかすぎて対処の仕様がないならば、私自身が大きくなってこの手でぶん殴っちまえばいい話だ。

 不敵な笑みを静かに讃え、私は拳を機械に向ける。

 

「お前が何を考えているかは知らんが、残念だったなにとり」

『う、うぅぅ……』

「出る杭は打たれる。身の程も知らずに幻想郷を危機に陥れようとしたお前の所業、この伊吹萃香様がこの手でドカンと解決してやるよ!」

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

 目の前でがっしがっしと拳を叩き合わせながら不敵な笑みを浮かべる萃香さん。密度を操る能力によってヒソウテンソクと同じくらいの大きさに巨大化した彼女が放つ威圧感は、普段の十倍はゆうに超える。おそらくは、ウチの母親すら凌駕するほどの妖力がこの距離でも感じられた。正直、帰りたい。今すぐかえって霊夢の脇に顔を埋めたい。

 ……しかしながら、この状況下に置いてはそれも叶わないようで。

 

『殺す殺す殺す殺す殺す殺す……!』

 

 普段はツンデーレなマイエンジェル霊夢たん。しかし、目の前に佇むは霊力符と大幣を手に持ち百パーセント殺意☆ な笑顔を顔に貼りつけた鬼神霊夢だ。おそらくは萃香さん辺りを通して先程のハプニングキッスを目撃してしまったのだろう。すべては俺の意思ではないというのに、どんどん外堀から逃げ道を埋められているのは果たして神の采配か。竜神様恨むぞこの野郎。

 絶体絶命の大ピンチ。鬼と博麗の巫女を敵に回すという幻想郷ランキングトップクラスの佳境に立たされた俺とにとりさん。そんな状況下で既に涙目通り越して大号泣しつつある発明河童にとりさんは操縦桿を握り締めている。

 

「ひゅいぃぃ! こ、これじゃあどっちに転んでも大怪我は避けられないよぉぉ!!」

「今更何を……」

「な、なんだよ雪走その言い草は! それが盟友の言う事かい!?」

「勝手に巻き込まれた俺の気持ちは考えるまでもないだろ!」

「……なるほど。そうだね、確かにその通りだ」

 

 俺の言葉をどう捉えたのか、やや顔を項垂れるにとりさん。う、うん? もしかすると、俺の言わんとしていることが伝わったのだろうか。

 何やら肩を震わせているにとりさんが気になるが、今は一刻も早く言い訳という名の命乞いをしなければならない。このままでは俺の到着が遅いことを心配した撲殺☆天使サナエルが光臨するのは時間の問題だ。俺には分かる。あの問題児諏訪神様の子孫である早苗なら、駆けつけて霊夢と共にヒソウテンソクをぶち壊すくらい朝飯前にやってのけるに違いない。それだけは、破壊神がこれ以上光臨するのだけはなんとしても避けなければ。

 とにかく口先八丁で相手の戦意を削ぐところから始めないと。操縦桿の近くにぶら下がっている外線用マイクに手を伸ばそうとする。

 が、その手を遮るかのように。にとりさんがマイクを掴んだ。

 

「え、にとりさん?」

「……分かったよ、雪走。キミがどういう事を思い、為そうとしているのかが」

「え、え、え?」

 

 どうしたのだろうか。マイクを持ったまま何やら不可思議な事を言ってのけるにとりさん。俺の言うことが分かった? はて、それならば何故マイクを持ったのか。もしかしたら俺の代わりに弁解をしてくれるつもりなのだろうか。

 一人完全に置いてけぼりを喰らう俺を他所に、にとりさんは静かにこちらを向く。

 

 その顔に、大胆不敵な笑みを湛えて。

 

 あ、これアカンやつや。

 

「よく聞けそこの巫女共ォオオオオオオオオオ!!」

 

 巨大化した萃香さん。怒り心頭の霊夢を指差し、かつてない程のテンションで叫び始める天然河童。先程とは打って変わって挑発的な彼女の声に、萃香さんと霊夢は揃って片方の眉を吊り上げた。特に霊夢に。彼女に至ってはもはや淑女がしていい表情をしていない。おそらく魑魅魍魎すら眼力だけで逃げ出すくらいの迫力。現に、俺は今すぐにでもこの場から逃げ去りたい。地底のさとりちゃんに癒されたい……。

 遠き地霊殿に思いを馳せる。一方で、何かが吹っ切れたらしいにとりさんは中指をおっ立てながら挑発を繰り返していた。

 

「博麗の巫女だか鬼の四天王だか知らないけどナァ! こちとら最強の発明家河城にとり様だぞ! たかが巨大化した鬼や少々怒り狂った巫女程度で、このヒソウテンソクMk-Ⅱを止められると思うなよぉ!?」

 

 泣きたい。

 

「にとりさん。アカン。それ以上はアカンでぇ」

「はっはぁ! 汚物は消毒だぁあああああ!!」

「…………」

 

 おそらく、俺は今日死ぬのだろう。

 

『にとりぃ! お前いい度胸してるじゃないかぁっ!』

『コロスコロスコロスコロスコロスコロス』

「待って! 落ち着いて二人とも! 俺悪くない! ワタシ、トモダーチ!」

『関係ないね。というか、タケに当たらないようにとか気を付けてたらおちおち殴ることもできないじゃん』

「大雑把もほどほどにしてくれませんかねぇ!?」

『殺す殺す殺す殺す埋める埋める埋める埋める』

「正気に戻れ霊夢! というかもうなんか人間のそれを軽く凌駕し始めるのはやめろ!」

「いつまでも上下関係が変わらないと思うなヨォ!」

「言ってることが天邪鬼と変わらないぞにとりさぁん!」

 

 既に俺一人ではどうしようもないところまでひん曲がってしまった状況に涙が出てくる。こんなことならにとりさんの言葉に惑わされず、大人しく早苗の所に向かうんだった……。

 ……そういえば、その早苗はどこにいるのだろうか。騒ぎを聞きつけて急行したのならば、もう現場に到着していてもおかしくはないが……。

 そんな事を考えながら辺りを見回すと、俺はようやく一つの違和感に気が付いた。

 

「……なんか、空が曇り始めてないか?」

 

 先程まで雲一つない晴天だったはずの空に、暗雲が立ち込めている。徐々に風も吹き始め、まるで今から嵐でも来るかのような天候に変化しつつあった。山の天気は変わりやすいというから特段不思議な事ではない気もするが、風が吹き始めたという点に関して心当たりがある俺は全身から嫌な汗が噴き出すのを自覚する。

 そして、俺の耳に届く、一つの声。

 

『……ふふっ。駄目じゃないですかァ。私というものがありながら、こぉんな妖怪風情に惑わされちゃァ』

 

 足元。それは、ヒソウテンソクの足元から聞こえてきた。地獄から這い寄るような、この世全ての悪を凝縮したような声が、せり上がるように俺の鼓膜を震わせる。

 視線をやるまでもなかった。しかし、視線を飛ばさずにはいられなかった。今すぐにでもここから飛び去りたい衝動に駆られながらも、突きつけられた現実を真正面から受け止めるべく、俺は声の主へと顔を向ける。

 緑色の長髪。青と白といった変わった色合いの巫女服。……そして、完全に据わった眼で明らかに怒りに満ちた笑顔を向ける美少女。

 

「終わった……なにもかも……」

 

 胸の前で十字を切る。クソ喰らえな人生を送ってきた身としては神なんて信じたくもないが、今この場においてはそんなクソッタレにも命を預けねばなるまい。命が助かるのなら、たとえ相手がチルノでも頭を下げて見せよう。

 お経を。真言を。祈りを。すべての命乞いを済ませる俺を嘲笑うかのように、世界は牙を剥く。

 

『さぁて、そろそろ待つのも疲れてきた。いい加減ぶっ飛ばすよー』

 

 萃香さんが巨岩のような拳を握る。

 

『もぉ☆ この異変が解決したら私の自室に縛り付けとかないと駄目ですねぇ♡』

 

 早苗がどこから取り出したのか鎖を拳に巻きつけながら、うっとりとした表情で笑う。

 

『ユルサ、ナイ……』

 

 もはや人間としての面影はまったく残っていない鬼と化した霊夢が殺意を向ける。

 

「こ、こいつらを倒せば、晴れて私達の天下だ! いくよ雪走。このヒソウテンソクなら、あんな奴ら怖くもなんともない!」

 

 もう臆病な河童という設定はどこいったと言わんばかりにキラキラした(イッたともいう)目で操縦桿を握り締めるにとりさん。

 目を瞑る。再び覚醒する頃には、すべてが終わっているだろう。ありがとう、母さん。ありがとう、幻想郷。欲を言えばもう少し静かで平和な生活が送りたかったが、贅沢は言っていられない。愛する人達の手で余生を終わらせてもらえることを感謝するべきだろう。

 ヒソウテンソクが動き出す。萃香さんが地面を蹴る。早苗が暴風雨を起こす。霊夢が力の奔流を解き放つ。

 今まで感じたことがない巨大な爆音、爆風。全身が焼けるような感覚を覚えたところで、俺の意識はようやく自らの役目を放棄したのだった。

 

 今回の教訓。

 寄り道はやめましょう。

 

 

 

 

 

 



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マイペースにレンタル(その六)

 お久しぶりですぅ!! 遅れましたぁ!!


「ん……」

 

 何かが鼻先を掠めるような感覚と同時に目が覚めた。柔らかい感触。甘い独特の香りが鼻孔を擽る。意識の覚醒と共に神経を集中させていくと、全身への圧迫感を察知。頬にあたる微かな風の流れから、自分がどういう状況なのかわずかに把握することができた。というか、視界の先に見える天井は、和室のソレ。博麗神社とはまた違った造形の天井に心当たりは一つしかない。

 おそらくは、俺は今とある少女に抱き締められている。

 ちら、と視線を横に向けると、緑色の髪の毛が視界に入った。間違いない。現人神系美少女に抱き締められているという全国の青少年が夢にまで見る羨まランキングトップに躍り出るような展開に陥っている俺ではあるが、段々とフラッシュバックしてくる直前までの記憶が今の状況を素直に楽しませてくれない。記憶が蘇るにつれて、自然と湧いてくるのは大量の冷や汗。ロクでもないタイミングで意識を失ったものだから、何がどうなったのかまったく見当がつかないその事実がまた俺の恐怖心を盛大に煽る。

 ここは一刻も早く安全圏……しいて言えば地霊殿か白玉楼に逃げ込まなければ。これから自分がどうなるのか想像するまでもなく絶望的だ。とにもかくにも彼女の束縛から逃れないと、とゆっくり絡みつく四肢を外しながら脱出を試みる。

 

 が。

 

 《ガキンッ!》という金属音が俺の鼓膜を震わせた。具体的に言うならば、抜け出すべく右足を動かそうとした途端、そんな音と共に俺の脚が何かに引っ張られた。

 まさか、と信じたくもない想像が脳内を駆け巡る。おいおいまさかそんな絵に描いたような大ピンチ展開とか正直笑えないぜHAHAHA。

 震える視界と潤む瞳でなんとか足元へと視線を送る。

 そこには。

 

「……俺の右足が部屋の柱に鎖で繋がれている件について」

 

 どこから調達したのだろう。そこに見えたのは月の光に照らされて鈍い光を放つ金属製の鎖。しかもおそらくは唐傘お化けによる特注製。以前小傘の作業場に遊びに行った時に見たことがある、萃香さんでもちぎれないという謳い文句で評判の緊縛用鎖だ。早苗がなんでこんなものを持っているのかとか、何故こうも都合悪く俺を拘束しているのかとかは今更すぎるのでツッコまない。もうなんていうか、最近ヤンデレ化が著しい風祝はそろそろどうにかしないといけない気がする。

 一応は全恋力――――いや、今はもう妖力と表現した方が良いのだろう――――を込めて脱出を試みるが、鎖はびくともしない。さすがは小傘が胸を張って自慢するほどの逸品。俺のような妖怪の端くれでは傷一つ入れられないらしい。これはこれは、もしかしなくともピンチというやつなのでは?

 その後も何度かガチャガチャとやってみるが、鎖がうるさく鳴り響くだけで変化はない。脱出は不可能と判断していいだろう。

 

「ぐぅ、これは大人しく朝まで捕縛されるしかないか……」

「そんなに私と寝るのは嫌ですか」

「ひっ……!?」

 

 不意に耳元で発された声に一瞬心臓が止まりかけた。そりゃあんだけ鎖鳴らして暴れていたら普通の神経している人間なら起きるだろうが、それでも驚きと恐怖で目ん玉飛び出るかと思った。目覚める前の騒動も相成って、彼女に対する罪悪感と恐怖が身体を硬直させる。

 声にならない叫びをあげる俺に何を思ったのか、彼女は俺を抱き締めたまま背中に顔を埋めると、どこか不貞腐れたような声を漏らした。

 

「そんなに怖がらなくてもいいじゃないですか……」

「あんだけフルボッコにされてりゃ誰だってビビるだろ」

「あ、あれは威君が悪いじゃないですかっ。私の所に来るはずだったのに、にとりさんと二人っきりであんなことをしていたんですから」

「誘ったにとりさんが悪いのか誘われた俺が悪いのか……」

「意志が弱い威君が悪いです」

「だろうなぁ」

 

 一見理不尽にも聞こえるが、にとりさんの誘いを断れなかった点に関しては確かに俺にも非がある。今回は早苗の所に貸し出された……いや、居候させてもらうはずだったのだから、素直に大人しく守矢神社に行くべきだったのだ。楽しみにしてくれていた早苗の事を思うと、勝手な事をしたなぁと今更ながらに申し訳ない気持ちが浮かぶ。冷静に考えて、俺が逆の立場であったなら間違いなく怒っている。

 これは謝罪しておいた方がいいだろう。背中に彼女の吐息を感じる状態ではあるものの、回された腕に手を重ねながら、

 

「ごめんな、早苗。せっかく楽しみにしてくれていたのに、ぶち壊すような真似しちまって」

「……本当に反省していますか?」

「してるよ。誠意といったら何だが、お詫びに一つ()()()()いう事聞いてやる」

「……言いましたね?」

「あ」

 

 余計なワードを言ってしまった感が半端無い。彼女の顔は見えないが、雰囲気で分かる。早苗のヤツ、間違いなく俺の背後でほくそ笑んでやがる。これはまさか誘導されてしまったか、と後悔が止まらない。幻想郷に住む猛者共に「なんでも言う事を聞く」なんてことを言ってしまうとどうなるかは想像に難くはなかったというのに、ぬかった。

 どんな命令が飛んでくるのか。背後によからぬオーラを感じながらも、内心ビクビクしながら早苗からの言葉を待つ。 

 そしてようやく、早苗が口を開いた。

 

「……決めました」

「はい」

「――――私をちゃんと、正面から抱き締めたまま一晩一緒に寝てください」

「う、うおぁ?」

「どっから出したんですかその声」

 

 呆れたような口調で言われるが、自分でも正直驚いた。もっとえげつない、それこそ存在しない貞操が奪われるくらいのものを予想していたのだが……さすがの早苗にも常識があったらしい、常識に囚われない幻想郷の風祝の優しさに胸を撫で下ろす。

 

「正直な話、浮気野郎呼ばわりを覚悟していた」

「私的にはそれでもいいし、むしろそっちの方がいいんですけど……威君に迷惑がかかるでしょう? 好きな人に迷惑をかけるのは、私的にも本意ではありません」

「またそういうことを平気で言う……」

「だって、本気ですから。今でも私は、威君のことが好きですよ」

 

 真っ直ぐな、曇りのない瞳を向けられると、それ以上は何も言えなくなってしまう。彼女に対して罪悪感を覚えている、という訳ではない。あの日、あの結婚式の日に全てを吹っ切ったのだから。今更未練がましい同情なんて、彼女やさとりちゃんに失礼だ。すべての人を同時に立てることはできない。万能者ではない俺ができる最善の選択を取り、結果として二人を裏切った。この件についてはそういう結末で終わりを迎えた。

 俺が言葉を返せなくなったのは、彼女の強さ、逞しさを感じたからだ。

 自分で言うのも烏滸がましいけれども、好意を向けていた相手に裏切られた。それだけでも心が押しつぶされそうな程に辛いはずなのに、早苗はその絶望を乗り越えるどころか、それでもなお俺への好意を諦めない。たとえ結ばれないことが確定しているとしても、だ。

 人によっては、早苗の事を未練がましい女だと評価する者もいるかもしれない。もうすでに終わったはずの恋愛をいつまでも引きずるしつこい人間だと思う人も、少なからず存在するだろう。

 だが、俺は絶対に彼女の姿勢を否定しない。誰に何を言われようと、彼女だけがもつその強さを、雪走威は絶対に嗤わない。

 好意の拒絶から生まれた俺自身が好意を受容するなんて随分と滑稽な話ではあるが、誰よりも好意を願った俺だからこそ、彼女を否定するわけにはいかない。

 まぁ、それでも……、

 

「少しくらいはオブラートに包んでくれると、その、俺も緊張しなくて済むんだが……」

「昔は時間場所構わずに年がら年中発情していた貴方がそれを言いますか。ていうか、元々のマイペースさは本当にどこへ行っちゃったのやら」

「愛憎の二面性が消えちまってから性格も変わったんだよ。ほら、前の()()は他人の愛情を効率よく吸い取る為だったというかなんというか……」

「ふぅん……効率よく、ねぇ」

 

 あ、なんか嫌な予感がする。

  今までの会話の流れからは完全に乖離した雰囲気が早苗の方から伝わってくるのはおそらく気のせいではあるまい。具体的に言うと、理性より本能が勝ったみたいな状態の生物から伝わってくるどす黒いオーラが。

 

「あ、あの……早苗さん? どうしてそんな急に黙りこくっちゃったんですかね……?」

「…………ふふっ」

「早苗さぁん!?」

 

 恐る恐る話しかけてはみるものの、もはや先程までの気丈かつ凛々しい彼女はいないようだ。先程から荒いだ息が首筋をくすぐっている。後ろから抱きすくめられた状態で彼女の顔が見えないのが痛い。おそらく、いや間違いなく、今日は無事に朝を迎えられない。どうにかしてこの場を乗り切らないことには。

 

「威くぅん」

 

 砂糖をそのまま吐いたような甘ったるい声が耳元から放たれる。聞くものすべての理性を吹っ飛ばしかねない程に甘美な囁き。だが、当の俺自身はそんな場合ではない。俺は知っている。この状態の早苗を知っている。今まで幾度となく寝込みを襲われてきたからこそ、彼女の変貌っぷりを知っている。

 これはいけない、と彼女を跳ね除けようとするが、どうしてか俺の身体は一ミリたりとも動かない。麻痺とか硬直とかそういう類ではなく、純粋に早苗の腕力で拘束されているのだ。

 

「妖怪を地力で抑え込むとかお前どういう怪力してんの!?」

「うふふふふ。やだなぁ威君と同じじゃないですかぁ」

「は、はぁ!?」

「……()()、ですよ」

「お前のソレは毛色が違うんだよぉおおお!!」

 

 もう分かる。後ろを見なくても俺には分かる。コイツがどんな顔で俺を見ているかなんて、実物を見なくても完全に想像できる。そして、これから俺がどうなってしまうのかなんて、想像するまでもない。一応抵抗の意思は見せるものの、忘れ傘特注拘束用鎖と萃香さん並の怪力が逃げ道を完全に封鎖していた。もう、これはどう足掻いても逃げられない。

 

「とりあえず、上から脱ぎましょうかぁ」

「おいばかちょっと待て」

 

 ビリッ。

 

「破ってんじゃねぇかよぉおおお!! 乙女の非力さどこに置いてきた!」

「恋する乙女は最強なんですよ? 知りませんでした?」

「恋で済ませていい次元はとっくの昔に超えてんだよこのヤンデレ女ッッッ……!」

「ほら脱ぎ脱ぎしましょうねぇ」

「イヤァアアア」

 

 そんなこんなしている内に下着一枚まで剥ぎ取られてしまう妖怪が一名。一応俺は幻想郷を危機に陥れたボス的存在であるはずなのだが、どうしてこうも女性達に後れを取ってしまうのか。最近自分の立場に疑問を抱かずにいられない雪走威である。そう、俺だ。

 こうなったら嵐が過ぎ去るのを待つしかない。どうせ母さんのスキマとか陰陽玉とか総動員して今の状況を監視しているであろう最愛の巫女に内心で全力で謝罪の意を申し立てると、せめてもの抵抗と両目を瞑る。頬に何やら生暖かいものが落ちてきた気がするが、おそらく気のせいだろう。

 

「はぁぁ……待ちに待ったんですよこの瞬間を……」

「た、助けて神様ぁああああ!!」

「お二人は大天狗様と宴会中です♪」

「神は死んだ……!」

 

 わざとだ。絶対計画的な犯行だ。あの親馬鹿二柱ならやりかねない。今度会ったら絶対ぶん殴る。

 早苗の指が背中を這う。生暖かい吐息を受けながらも、せめて心だけは負けまいと口をキュッと結び――――

 

『……ったく、このバカ息子は本当に仕方ないわねぇ』

「えっ」

 

 そんな声が脳内に聞こえた瞬間、謎の浮遊感が全身を襲ったかと思うと……、

 俺はいつの間にか意識を失っていた。

 




 ダイナミックスキマエントリー。


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マイペースに古明地姉妹

 お久しぶりです(DOGEZA)


「あいたっ!?」

 

 一瞬目の前が真っ暗になったかと思うと、何か固いものに尻餅をついて激痛が走った。咄嗟に上を向いた先には、スゥッと消えかかっている『スキマ』。無数のギョロ目が浮かぶ空間が誰のものであるのかなんて、この俺が見間違えるわけがない。おそらくは、母さんが早苗の魔の手から俺を救ってくれたのだろう。なんだかんだ言いつつもしっかり過保護なあたりあの人も甘い。今回はその甘さに助けられたわけだから、文句は言わないけど。

 痛む尻を擦りながら周囲を見渡す。何やら煙のようなものに覆われた部屋だ。床は木製で、妙に温かく湿気が高い。辺りを包む煙も、どちらかというと湯気のように思える。早苗に服を剥ぎ取られたせいでトランクス一丁だが、それでも苦労しないくらいの温度だ。一歩踏み出すと、ピチャ、という湿った音が響く。

 ……なんか嫌な予感がしてきた。具体的に言うならば、俺は以前ここに来たことがある気がする。そして、その時に痛い思いをした覚えがある。

 

『誰かいるのー?』

 

 声が聞こえた。方向は湯気の向こうで、おそらくはこの空間の最奥。より湿度が高くなっているであろうそちらから、これまた聞き覚えのある甲高い声が届く。ペタペタという足音が次第に近づいてきており、俺の社会的な死もマッハであることが窺えた。今すぐここから脱出することが先決であるのだけれど、既に封印したはずの負の側面が身体を縛って動けない。いくら幼女とはいえ女性の裸を見るわけにはいかないのだが、どうしても目を離せない。

 あのスキマババァ! いくら切羽詰っていたとはいえ、よりによって風呂場に転移させることはないだろうがよ!

 命の恩人に明確な殺意を送るものの、肝心の本人がいないので虚しく虚空に消える。姿は見えないがおそらくこの状況をどっかで観察しているだろうから、無事に帰ることができた暁には八雲家に赴いて磔獄門の末にマッパで冥界に放置することを決めた。覚えてろよ……!

 付近の湯気が揺らぎ、件の人物……いや、妖怪が姿を現した。

 パーマがかかった銀色の髪は湿気で身体に貼り付いていて、どことなく扇情的な印象を抱かせる。ぱっちおめめは健在で、こんな状況でもしっかり見開いて俺を見据えていた。問題点としては起伏のない幼児体型であるけれども、少しも隠そうとしないのでむしろこっちが恥ずかしい。

 

「あれ、お兄ちゃんだー。こんなところで奇遇だね。お姉ちゃんの裸を見たいのなら、後五分くらい後に覗きを敢行すべきだよ?」

「待つんだこいしちゃん。状況的に俺が覗き魔扱いされることは致し方ないしいたって自然な流れだけど、とりあえずは俺の話を聞いてくれ」

「こういう時は叫べばいいんだっけ? 私ね、この前霊夢から『何かあったらこれを使いなさい。一瞬で駆けつけるから』って呼びだし用の御札を貰ったんだ。脱衣所に置いてあるから取ってくるね!」

「やめて! お願いだから俺の話を聞いて! 後、それを持ってこられると俺の人生と人権がごっそり永遠に消失するから勘弁して!」

 

 今日も元気に無意識全開な古明地こいしちゃんに下心どころの騒ぎではない。この状況だと俺が犯罪者扱いされるのは当然だが、一応言い分はあるのだから待ってほしい。というか、昨日既に鬼武者と化していた最愛の巫女さんをこの場に呼ばれてしまうと、命どころか存在さえ消滅させられる可能性が高すぎる。結局にとりさんと暴れたことを謝ってもいないし、今霊夢を呼ばれるのだけは最高にマズイ。いや、こいしちゃんのお風呂タイムに突撃した時点でだいぶヤバいけど。

 俺の必死の制止の甲斐あって、霊夢を呼ぶことだけは勘弁してくれたこいしちゃん。服を着ようともせず、湯気に塗れる風呂場の中でのほほんと首を傾げている。

 

「それで、どうしてこんなところに? 早苗に襲われた結果スキマ妖怪の転移で不本意に飛ばされでもした?」

「予想の遥か斜め上を行く状況把握力で助かるよ。一文字も説明に使わせない辺り、文字数稼ぎの敵だねこいしちゃん」

「えへへー。ちなみに言っておくと、後一秒後にお兄ちゃんの後ろの扉が開かれてお姉ちゃんが入ってくるよ。あ、お姉ちゃんだー」

「心の準備すらできない!」

 

 あまりにも残酷すぎる宣告にぐるんっと首が捩じ切れんばかりの勢いで振り返る。正確な姿を捉えるよりも前に桃色の髪が視界に飛び込んできて、俺は明確な死を悟った。さとりだけに。

 

「HAHAHA、面白くもクソもない冗談ですね威さん」

「か、顔がまったく笑っていないよさとりちゃん……」

「全裸の妹を視姦する知り合いの男性を前にした、タオルを巻いているとはいえ半裸状態の私に優雅に微笑む心の余裕があるとでも……?」

「あるわけないですねすみません知っていました勘弁してくださいお願いです」

「事情は心を読んで大方理解しましたが、ここはテンプレに則ってやるべきことがありますね。えぇ、別に怒っているとかではありませんが、とりあえず顔面をこちらに差し出してください。様式美というやつです」

「なんで!? 事情を分かってくれたのならわざわざ俺を殴る必要はないんじゃないですかねぇ!」

「女子の裸を無料で見られると思ったら大間違いなんですよこのラッキースケベ野郎ぅ――――!」

「木製の桶ェ――――ッ!?」

 

 いつの間に右手に持っていたのか、思いっきり振りかぶると横薙ぎに桶を振るう。見事に側頭部を抉ったさとりちゃんの攻撃は、俺の意識を刈り取るには十分すぎる威力を誇っていた。

 なんか、気を失ってばかりですね俺。

 

 

 

 

 

                ☆

 

 

 

 

 

「まったく……。故意ではないとはいえ、淑女の浴場に無断で足を踏み入れるなんて言語道断です。不潔ですっ」

「ずびばぜんでじだ」

「以前に比べて性欲丸出しの思考回路じゃなくなったとはいえ、前科がありますからね。警戒するのは乙女として当然です」

「ぞのどおりでございばず」

 

 居間の絨毯に正座してさとりちゃんの説教を受けること早二時間。現在は客用の部屋着を貸してもらったおかげで外見的には事なきを得ているものの、桶での攻撃意外に右ストレートを何発かお見舞いされたらしく、顔のあちこちが腫れ上がっていてマトモに喋れやしなかった。人間相手ならともかく妖怪、それも勢力ボスの一撃を何度も喰らったのだ。俺のリジェネ速度を以てしてもすぐには回復しないだろう。誰かが恋力に繋がる何かを提供してくれれば別だが。

 

「もぉー、お姉ちゃんは真面目すぎるんだってー。私は裸くらい気にしないし、お姉ちゃんも全裸を見られたわけじゃないんだからそろそろ許してあげようよー」

「こいしはそうやってすぐに威さんの味方をして……悪い事をした人はちゃんと怒らないといけないって寺子屋で習ったでしょう?」

「お姉ちゃんの場合は威さんと久しぶりに話している喜びを照れ隠ししているだけじゃんか」

「なぁっ!? ななな、なにをそんな意味の分からない」

「さとりちゃん、気持ちは嬉しいけど俺には霊夢という立派な伴侶が」

「へ、変な早とちりやめてください! 違いますよっ」

「お兄ちゃんこいしと遊ぼー」

「おっと」

「聞きなさい!」

 

 途端に顔を真っ赤にしてあたふたと両腕を振り回すさとりちゃんであったが、既に次の目的に意識を向けている無意識少女こいしちゃんはどこ吹く風といった調子で俺の膝に飛び乗ってくる。正座のまま受けるのは少々体勢が辛かったので必然的に崩すことになったものの、置いてけぼりを喰らっている状態のさとりちゃんが涙目でこっちを睨み始めていた。この姉妹は本当あべこべで微笑ましくなる。

 手持ち無沙汰なのでこいしちゃんの頭を撫でつつこれからのことを考える。ぐるぐると猫のように喉を鳴らす姿に癒しを覚える俺だ。こいしちゃんは可愛いなぁ。

 

「……むー」

「こいしちゃん可愛いって思っただけで不貞腐れるのはちょっと大人げないんじゃないですかね」

「……いいですけどね。どうせ私はこいしと違って、根暗な引き篭もり体質の不健康妖怪ですから」

「陰気だなぁ」

 

 すっかり拗ねてしまったさとりちゃん。自分では卑下しているけれど、実際さとりちゃんは相当に美少女だし、ちゃんと身嗜み整えて出るところに出ればモテモテ間違いなしなのではないだろうか。少し外見が幼いかなとは思うが、幻想郷の結婚適齢は低いので問題はないはずだ。……妖怪を嫁にもらう物好きがいるのかは知らないけど。

 目線すら合わせてくれないさとりちゃんの機嫌を直すために何をすればよいか。ふとこちらを向いていたこいしちゃんと目が合った。しばしアイコンタクトで会議した末に、こいしちゃんを一度床に下ろすとさとりちゃんへと近づく。

 不意に距離を詰めた俺を不審に思ったのか、それとも心を読んで警戒したのか、じりっと後退りしかけた彼女に一気に寄ると、

 

「獲ったどー!」

「うっきゃぁあああああ!?」

「お姉ちゃん今日は猫ちゃんパンツだー」

「み、見るなぁあああああ!!」

 

 勢いよく抱き上げ、そのままぐるぐる回転。抱き締められた体勢で回されるさとりちゃんのスカートが舞い上がって中身が露呈しているが、俺からは見えないのが残念だ。いや、非常に残念。幼女のパンツには形容しがたい価値があるというのに……残念極まりない!

 

『コロス……タケル、コロス……!』

「ひぃっ! なんだ、どこから聞こえてきたんだ今の呪詛は!」

「急にどうしたのお兄ちゃん。何も聞こえなかったよ」

「マジか。今ものすごい密度の殺意を感じたんだけど」

 

 もしかすると神社から地底まで殺意だけを飛ばしたというのだろうかあの巫女は。だとすると恐ろしい……ヘタな事をしでかすと神社に帰った時に骸すら残してもらえなさそうだ。

 

「もうやだ……恥ずかしさで死ぬ……」

「いいじゃん。お兄ちゃんにだっこしてもらって羨ましいなぁ」

「そ、そういう問題じゃありません! だってこんな、子供みたいな……この私が! 地底の管理者である私が!」

「そんな堅苦しい肩書きをいつまでも引っ張る頭の固い幼女はもう三回転やっとくか」

「誰が幼女ってにゃぁああああああ!! やめてぇええええええ!!」

 

 霊夢への恐怖を尽きないけれど、今はまずこの変なプライドと羞恥心を捨てない不器用少女を改心させることが先決だ。顔を真っ赤にして騒ぐさとりちゃんを抱き締めて大回転開始。ぐへへ、柔らかいぜさとりちゃん……。

 

「お兄ちゃん、たぶん数日後には冥界辺りで会うことになりそうだね」

「本当にありそうだからやめてくれ」

 

 洒落にならない。

 

 

 

 

 

 




 宣伝をば。
 今年の冬コミ一日目に小説サークルとして参加する予定です。スペース名は『がと~しょこら』で番号は『東メ-30b』でございます。萃文同人誌既刊と霊マリ同人小説新刊を頒布予定。今回は『空星ながれ』さんも合同スペースで参加しておりますので、興味の沸いた方は是非是非お立ち寄りを。


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