ぐだ男「だから見ていてくれ。俺の、変身!」 (おはようグッドモーニング朝田)
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0 邂逅

よろしくお願いします。


0 邂逅

 

第3特異点オケアノスのとある島にて

 

 海賊たちは連日連夜行っている、恒例の酒宴の真っ最中だ。この特異点に来て、彼らと行動をともにするようになってからそれなりに時間は経っているので、この喧騒にも慣れたものだ。だからといってそのノリに最後までついていけるかと問われれば、首を横に振らざるをえない。それぐらい彼らの騒ぎっぷりは半端なモノではないし、それ以前に自分は未成年なのだ。これでも。

 

 喧騒から少し離れれば、潮風も相まって涼しい夜の空気が身体を包む。あの不気味な光輪がなければ、満点の星空が臨めただろう。散歩がてら近くを歩く。あまり遠くへは行かない。元々大きな島でもないし、この未知な特異点という場所であの宴会の灯りから離れるのは、なんというか、少し、心細かった。

 

 

 ざく、ざく、という地面を踏む音に気付き振り返ると、大切な後輩が近づいてきていた。軽く手を挙げて笑いかけると、彼女もニコリと笑ってくれた。

 

「どうしたんですか先輩。お散歩ですか?」

「うん。ちょっと騒ぎ疲れちゃってね。暑いし、夜風にでもあたって涼もうかと思って。マシュもそんな感じ?」

「いえ、私は、その……先輩がどこかに行くのが見えたので……」

 

どうやら宴の席から抜けた自分を心配して追いかけてきてくれたらしい。感謝の意を伝え、この後一緒に散歩するか尋ねた。

 

「はい!是非、ご一緒させてください!」

 

どうにも、現代人である自分たちにあのような海賊式の激しい宴会は合わないようだ。

 

 

 それから二人で歩きながら色々なことを話した。色々といっても、自分らの大いなる旅路とはあまり関係のない、どこにでもあるような雑談ばかりだったが。船の上と陸の上の感覚の違いとか、海の綺麗さ、時代によって食べ物も様々だ……とか。でも、そんな会話が心地よかった。緊張状態にあった筋肉をほぐすような、命がけの戦いの連続で張りつめていた心の糸を緩めるような。こういう時間がなかったら、俺は壊れていたかもしれない。隣を歩くこの少女は、戦闘面だけでなくこのように常日頃から自分の心を守ってくれている。きっと彼女は気付いていないんだろうけど。だって今は俺の好きな食べ物を聞き出すことに夢中なのだから。

 

 

 

 そんな他愛のないことを喋っていたら、意外と時間が過ぎていたらしい。

 

「ははは、まだやってるよ」

「海賊さんたち、毎日こんなに楽しそうで、凄いですね。危険といつも隣り合わせなのに」

「だからこそ、じゃない?」

 

 

 

 「そろそろ戻ろうか」と言って、抜けてきた時とは反対の方向から喧騒の灯りに近づく。宴会はその激しさを損なうことなく、未だ最高潮だと言わんばかりに夜にその音を響かせていた。

 

「みんなには悪いけど、先に休ませてもらおうか……あれ?」

「そうですね。それがいいと思います……どうしました先輩?」

 

視界の端に何かをとらえた。あれは……

 

「なんだろう。どこかで見つけたお宝……なんだろうけど」

「獲ってきたものを放置するなんて……管理がなっていませんね、先輩」

 

そういうことじゃない。いや、それもあるけど。

なんてことを話しつつ、気になるので近くに寄ってみる。

 

「これは……財宝というより、遺跡からの出土品……みたいな」

「そのようですね。石板が複数と、何か輪っかのようなものが確認できます。大昔の王族の装飾品でしょうか?腕輪やアンクレット……に見えなくもありません」

「……」

「先輩?どうしました?」

「あぁ、ごめん。なんだろう。何故か気になって、見入ってたみたいだ」

 

不思議な感覚だ。特別魅力を感じるわけでも、何か思い当たることがあるわけでもない。しかし何故だか目が離せない。なんなんだろう。

 

「カルデアに解析を頼みますか?少し通信を繋いでみましょう」

 

『どうしたんだい?』

「あっドクター。先輩がある遺物を発見しまして、とても気になっているようなんです」

 

カルデアで自分らのナビゲートをしてくれているドクターロマンの声が聞こえる。どうやらマシュが通信をしてくれたらしい。気配りができる良い後輩だ。本当に。

 

『遺物?』

「そう。リング状のものがいくつかと、あと複数の石板。モニタリングできる?」

『あー……オッケー。見えた見えた。あんまり見覚えのないモノだけど……』

「やっぱり?う――ん……なんだろうコレ」

「ドクター、石板になんと書いてあるか、わかりますか?」

 

色々物知りなロマンもこれのことはてんでわからないようだ。このモヤモヤを払拭する糸口を掴もうと、解析を要求するマシュ。

 

『カルデアの技術力にかかれば、そんなのチョロいもんさ!ちょっと待っててねー……って、あー……これは厳しいなぁ。文字自体はどうにかなるけど、劣化が酷くてね。ほとんどわからないや。時間をかければ復元できるかもだけど、そっちに人員と時間を割く余裕は無さそうだ』

「そうですか……確かに所々欠けていたり、擦れたりしていて読めなそうですね。すいません。ありがとうございました」

 

解読は難しいようだ。少し残念。

 

『一応読めたところを伝えよう。〈聖なる泉〉〈凄まじき戦士〉〈永劫の闇〉だ。全然わからないけど、これらから察するに、その輪っか状の遺物たちは古代王族の装飾品ではなく、なんか凄い戦士が身につけていたものじゃないかな』

「なるほど。戦士か……」

「なんか凄いって……適当すぎると思うのですが」

『しょうがないだろ情報が少ないんだから!』

 

 

 

「ソイツが気になるのかい?」

 

 

 

 遺物を巡って少々ワイワイと話し込んでいたところ、第三者がその輪に加わった。

 

「ドレイク船長!」

 

それはこのオケアノスで自分たちに協力してくれている女海賊。ドレイク船長こと、フランシス・ドレイク。太陽を落とした女だ。

 

「宴もお開き。さてそろそろ休もうかと思ったら何か聞こえるから来てみたら、アンタらかい。どんちゃん騒ぎしてて、気付いたら二人揃っていなくなってるときたもんだ。仲良くお休み中かと思ってたよ」

「まぁ、似たようなものだよ」

『ちょっ、立香君!?』

「……?」

 

どうやらマシュはドレイクが言っているジョークの意味がわからないようだ。

 

「ハッハッハ!いいねぇアンタ!将来大物になるよ!ま、そいつは置いといて、だ。そのよくわからねぇ石ころどもが気になるって?」

「石ころって……」

 

謎の遺物だからといってそれはあんまりじゃないだろうか。

 

「アタシら海賊にとって宝なんざ持って帰ってきた時点でその輝きは薄れちまうモンなのさ。宝石も金貨も、遺跡から発掘された歴史的価値がある出土品だって、等しく石ころみたいなもんさ」

「その理屈はわからなくはないですけど……」

 

過程が大事で、それを楽しんでるってことなのだろうが……。

 

「いいんだよ。別にカネが欲しくって海賊やってるワケじゃあないんだ。世界にちっとばかし名が売れりゃ、それでいい。あとは……そうさね。獲った宝を何処かに残して死ぬ。それを目指して別の海賊が名乗りを上げる。獲ったら別の場所に隠す。そして別の海賊がソイツを探す……その繰り返しだ。そうやって海上の宝探しが続いていけばイイんじゃないかね。それがアタシら海賊の生き様ってやつよ」

「なんといえばいいのでしょう……なんというか、そうですね。思っていたより、ドライ?というかなんというか」

「カッコいいね。海賊って」

「先輩!?」

「ハハハッ!そうだろうそうだろう?まぁ結局のところ、自分らが死んだ後のことはどうでもいいってぇことだ!今を一生懸命生きれば、それで」

「刹那主義の塊みたいな考えですね……。しかしまぁ、海賊らしいと言われればその通りかもしれませんが」

「パッと咲いてサッと散るってやつだね」

「そういうことさ」

 

日本人にはあまりない考え方だ。今までもいくつかの特異点を回ってきたが、これは時代によって変わることのない、不変の特色だ。咲いた瞬間を大事にする。だから英雄(かれら)の人生は、儚くも美しく映るのだろう。

 

「話を戻すよ。ソイツについてなんだが……アタシも知らないモンでね。他の誰に聞いても見たこともないの一言さ。いつの時代の、どんなものかもわからんよ。石板の文字も読めないしね」

「文字ならちょっとだけ読めたよ」

「え」

「古代の戦士が身につけていたもののようです」

『どうだい!カルデアは凄いだろう!』

「いやー、凄いねアンタら!流石、未来から来てるだけあるねぇ!うんうん……じゃ、そいつらやるよ!持ってきな!」

「えぇぇぇぇ!」

「それは流石に!」

「ハッハッハ!いらねぇか!こちらとしては誰が欲しがるかわかんねぇから別にあげちまっても構わないんだけどねぇ……」

 

さっきも言ってた通り獲ってきた宝にはあまり執着しないらしい。だからといって貰うわけにもいかないんだが。持ち帰る手段もないし。

 

「そろそろ本当に休もうか。明日からも特異点修復に向けて東奔西走だし」

「そうですね先輩。おやすみなさいドクター」

『おやすみ。明日からもよろしくね』

「ドクターもちゃんと休んでね」

『ははは、善処するよ』

 

 

 こうして第3特異点の夜は更けていく。ここでの出会いが俺たちの……いや、俺の運命を一変させてしまう要因になるとは、この時は露ほども思っていなかったのである。

 

 




ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。


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1 召喚

よろしくお願いします。


 

1 召喚

 

 

 カルデア内の廊下を一人歩く。

 

「えっと、オケアノスを修復して帰ってきたのが昨日の明け方だったから……丸一日以上寝ちゃったのかな」

 

特異点攻略からそれほど経ってはいないからか、所内は比較的穏やかだ。寝起きで重い身体に鞭打って、ロマニがいるであろう管制室を目指す。寝すぎたなぁとは思うけれど、死と隣り合わせ且つ一寸先は闇の特異点を回っているのだ。体力回復のために一日中眠ることくらい許されるだろう。許されてくれ。現に今までのレイシフト後もぐっすりだった。

 

なんて考え事擬きをしていたら、前方から人影が。

 

 

「や、マシュ」

「先輩おはようございます。体調の方はどうですか?」

「ばっちりだよ。たくさん寝たからね。マシュは?」

「問題ありません。すこぶる元気です。欲を言えばこれから先輩の部屋に行きレムレムしてる顔を拝見し、さらに元気を貰おうと画策していたわけですが、どうやら少し遅かったようです」

「そんなつまらないものだったらこれからたくさん見る機会あると思うよ」

「つまらなくはないのですが……いえ、その言葉を信じチャンスを待つことにします。ありがとうございます」

 

何に対しての感謝なんだかよくわからないが、まぁ本人が良しとするならこちらは気にしないことにしよう。

 

「ところでマシュはこれから予定ある?ドクターのところに行こうかと思ってるんだけど」

「はい、お供します……と言いたいところなんですが、先輩、お腹空いてませんか?」

 

……む。そういえば

 

「昨日から食べてないわけだし、よく考えなくても腹ペコだ……」

「だと思いました。先に食堂に行ってご飯にしましょう」

「ありがとうマシュ。こりゃ、マシュがいないと俺はダメダメな人間になってしまうかもわからんね」

「そ、それはもちろん将来的にはアイコンタクトのみで意思疎通をすることを目標にしていますので、これぐらいどうってことないです。ですが干物のような先輩も、その、たいへんグッドといえます……」

 

照れ顔もたいへんグッドな後輩であった。

 

 

 

 

 食堂はそこそこの賑わいを見せている。職員の皆さんがゆったりと朝食を取れるのは常の事ではないので、出来る時にやっておきたいと思うのは人の性だろう。

 

「おはようマスター。起きたんだ。昨日はぐっすりだったねぇ」

「おはようブ―ディカ。いつも朝食、ありがとね」

「いいのいいの。ここの人たち忙しそうだからねー。サーヴァントだろうがやれるやつがやる。適材適所でいいじゃないか。負担が減るし」

 

このカルデアでは召喚されたサーヴァントたちも家事や仕事などを分担してくれている。じゃないと職員が忙殺されてしまいそうだ……とのことだ。本音を言うと、少々暇らしい。

 

「そう言ってくれる方々が多いので、とても助かってます」

「マシュまで……いいんだって。こっちも楽しんでやってるんだから。それに私は朝食だけだし。凝ったもの作らなくていいから楽なもんよ。道具が発達して調理も簡単だし。エミヤくんって凄いよねー毎晩あんなメニュー作ってさ」

「でもなんか……妙に手慣れてるよね」

「生前、毎晩多量にご飯を作っていたのでしょうか……。段取りなどが的確で、無駄がありません。家族がたくさんいらっしゃったのか、健啖家な方に作っていたのか……」

 

気になる……

 

「まぁいいじゃないの。気になったら聞いてみれば?渋々教えてくれるかもね」

「なんだろう。その光景が想像に難くない……」

「やれやれと溜め息をつくのが目に浮かびます」

「……っと、できたよー。早く食べちゃいなー」

「ありがとう」

「いただきます!」

 

雑談の間にも、手早く作っていたらしい。ブ―ディカも慣れたものである。

 

 

 

 

 ご飯を食べながら、マシュと会話に花を咲かせる。

 

「そういえば、どのような用件でドクターを訪ねるのですか?」

「んー、そんなに大層なものでもないんだけどね。特異点終わった直後だから、一応バイタルの確認とか、何か問題が起こってないか……とか?まぁ、ぶっちゃけお話をしにいくだけかな」

「いえ、先輩のお体に何かあったら大変です。これは何が何でも付いていかなければならなくなりました。私は先輩の全てを把握しなければならないので」

 

うーむむむ……心配してくれているのはわかるのだが、そこはかとない恐怖を言葉選びの端々から感じる。

 

「あ、あとあれかな。オケアノス終わって新しい縁も生まれただろうし、恒例の次特異点に向けての戦力補強」

「なるほど召喚ですか。新たな出会いというのはいつもワクワクします。私もぜひ挨拶をしなければなりませんね」

「新たな召喚……となれば、私も挨拶(・・)しなければなりませんねぇ……」

 

椅子に座っていた膝の間から小柄な少女が現れる。

 

「清姫さん!?」

「清姫、普通に話しかけてくれっていつも言っているだろう?」

「あらますたぁ、驚かないんですか?」

 

この娘は清姫。小柄で可愛らしい見た目だが、バーサーカーである。バーサーカー、なのである。

神出鬼没とはよくいったもので、自分の周囲に影もなく現れることがよくあるのだ。その都度その都度驚かされていたので

 

「もう慣れちゃったよ」

「それは残念です……会うたびにドキドキしていただこうと思ってましたのに」

 

いつもこんな調子である。まだ幼い感じで可愛いものであるが、たまに口の端から垣間見える炎にはなんだかとてつもなく恐ろしいものを感じる。

 

「とりあえず清姫さん、椅子があるのだからそれに座りましょう。ここは食堂ですよ」

 

清姫は登場から動いていないので、まだ俺の脚の間にいるのである。

 

「あらマシュさん。いらしたのですね」

「最初からいました!」

「ほら、ここは食堂なんだから。二人とも行儀悪いよ?」

 

清姫を横に退かし、たしなめる。ここには自分たち以外もいるのだから、言い争っていたら他の方たちに迷惑になってしまう。いや、実際のところその他の方(職員の人々)はこちらを面白いものを見るような目で見物しているが。要するに恥ずかしいのだ。

 

「ご飯も食べ終わったし、行くよマシュ。清姫も一緒に行くってことでいいんだよね」

「はいますたぁ。どのような方が召喚されるのか……ふふっ、私、気になります……」

「先輩待ってください!自分の食器は自分で片付けますから!ちょ、先輩!?」

 

にこにこ、というよりニヨニヨとこちらを窺っている視線から早く外れたい一心で、素早く食堂から退出するのであった。

 

「あ、ブ―ディカにごちそうさまって言うの忘れちゃった……」

 

 

 

「おっ藤丸くんおはよう!第3特異点お疲れさま。その後特に問題はないよ」

 

管制室にいなかったのでもしかしたらと思って医務室に来てみたら、ぐでっと一休みしているロマンがいた。彼にとっては束の間の休息なのだ。いかにぐーたらしているように見えようが、今は放っておいてあげるのが良いだろう。どうせ数日後には新特異点に向けて激務がやってくるのだ。

 

「ドクター、先輩のお体に異変などは」

「おぉマシュくん。そんな食い気味に聞いてこなくてもこれから言おうと思ってたってば。いやホントだよ?けっして雰囲気に押されたとか、『宿題やったの?』『今やろうと思ってたのに!』っていうのに類するsomethingじゃないからね!」

 

この人はいったい何に弁解しているのだろうか。

 

「そういうのはいりません」

「みんな僕に当たりが強いんだから……。まぁ、この場では良しとしておこう。藤丸くんのバイタルだけれどね、まぁいつも通りで問題ないよ。極めて健康さ」

「マシュが心配し過ぎなんだよ。でもありがとうね。いつも俺のこと考えてくれて」

「そ、それは当然です!なぜなら私は先輩の第一号サーヴァントですので!」

「あら。私だってますたぁのことを日々考えてますよ?」

「むっ」

 

そういってまた静かに火花を散らす二人。今度は仲裁する大義名分がないため、なんとも踏み込みにくい。

 

 

さてどうしたもんかと考えていたら、ロマンが恐る恐るといったふうに話しかけてきた。

 

「藤丸くん……どうして清姫ちゃんがここに?」

 

どうやらこの男は入室直後から俺の少し後ろの陣取り微動だにしない彼女を苦手としているらしい。

 

「これから召喚室に行こうかと思ってるんですけど、どうやら召喚される人たちに興味があるみたいです……あ、召喚」

 

どうにかキャットファイトを妨害する言い訳を思いついたところで、彼女たちに近づく。

 

「あ、そっかいつもの戦力補強か。ていうか召喚されるサーヴァントに興味って……ヘタなサーヴァントが召喚されたら即焼かれちゃうんじゃ……ていうかもとよりそのつもりなんじゃ……」

 

ロマンがなにやら呟いているが、聞こえなかったことにしようと思う。

 

「ほら二人とも。召喚の準備するよ」

 

前途多難である。嵐の航海みたいだ。

 

 

 

「さて諸々の準備が整ったし、早速始めようか」

 

ロマンがそう言い、召喚サークルに聖晶石をセットする。ちなみに諸々の準備で最も大変だったのは清姫の無力化だった。ていうか準備が必要なのはそれだけだった。最終的に耳元で「おイタしちゃだめだよ」と囁くことによって無力化できた。現在は部屋の隅の方で溶けている。彼女は内面的にはまだまだ子供だということだ。

 

「っとと、きたよ!」

 

そうこうしているうちに、大きな光の柱が上がり、収束する。この瞬間はいつになっても慣れない。ワクワクして、子供心を思い出すかのようだ。

 

 

「ビックリした?僕達は二人でサーヴァントなんだ」

「彼女はメアリー・リード、私はアン・ボニー。宜しくお願い致しますね」

 

光の中から現れたのは、かの海で見た二人組の海賊だった。

 

「あー、良かった。今度はあのキモいのじゃなくて君に召喚されて」

「貴方とは一目見たときから共に闘ってみたいと思ってましたわ。力になりますね」

「二人ともありがとう。これからよろしくね」

 

(清姫ちゃんを無力化しておいて本当に良かったよ……危なかったね藤丸くん)

 

ロマンは一人胸を撫で下ろしていたという。

 

 

 

 

 

「このままもう一回召喚してしまおう」

 

共に闘う仲間が増えるのは嬉しいことだ。個々人の負担が減るのもあるし、単純に戦力の増加が見込める。しかしそうなるといよいよ本格的に俺は後ろで皆に守られ、見てるだけになってしまう。例えようのない重苦しさが胸を圧迫するが、あまり考えないようにして召喚サークルを見やる。大丈夫。前からそうだったし、それが俺に出来る仕事じゃないか。

 

「ドレイク船長が来てくれるととても心強いんだけどねぇ……」

 

にへら、と笑うロマンに「そうだね」と相槌を返し、光を見つめる。

聖晶石をセットし、召喚開始。石が高速回転し光の渦を形成。太い三本の輪が生まれ、中心に大きな光の柱が立ち上る。金の騎乗兵が描かれたカードが弾け、光が部屋を包む。光が収束した先に居たのは……

 

 

 

 

 

「あれ?」

「誰もいませんね」

 

人影がない。いやまさか

 

「召喚失敗ですか?」

「そんなはずはないぞ。現に機器は正常値を示しているし……」

 

確かに召喚したはずだ。今まで起こらなかったことを目前にして、全員戸惑っているのがわかる。かくいう俺も焦っているのだろう。インナーが湿り気を帯びてきている。

 

と、ここで

 

 

「あ!見て!サークルの真ん中!」

 

 

メアリーが何かに気付いたようだ。その声に全員が目線を下げる。

そこにあったのは……

 

 

 

「……ベルト?」

 

 

 

新たな英雄、新たな伝説が、今産声を上げた。

 

 

 




ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。


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2 変化

少し長めですが、よろしくお願いします。




2 変化

 

 

 

「……ベルト?」

 

え……

 

「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」」」

 

召喚室に絶叫がこだました。誰もかれもが、たった今召喚されたばかりのアンとメアリーですら目の前のことが信じられないとばかりに目を見開き、召喚サークルにポツンと佇んでいる無機物を見つめていた。

 

流石というべきか、初めにその静寂を打ち破り何処かに連絡を取り始めたのは現カルデアのトップであるロマニ・アーキマンだった。

 

「ダ・ヴィンチちゃん!?ちょっと目の前の物を見てくれるかい!?」

『なんだいロマニ。映像が出力されてないよ。見てやるから早く繋いでくれ』

 

いまだ混乱状態であることは否めないが。

 

「繋いだ!ほら!見て!」

『焦りすぎだろう……で、なんだい?私にはベルトらしきものが寂し気にしているのが見えるが』

「これが出てきたんだよ!英霊召喚したら!これが!」

『……は?』

 

再び静寂に包まれる室内。さもありなんって感じだ。

 

『魔術礼装ではなく?英霊召喚の結果、ソレかい?』

 

沈黙。しかしそれが肯定を表していることを天才は感じ取った。

 

『ははは、おかしいな。召喚システムの故障か?そんなはずはない。正常に稼働しているのがこちらからでも確認できる。その室内の英霊反応を計測しよう……うん。マシュくんは今武装解除しているから……うん?珍しいタイプの反応があるな……二人で一人の英霊か。ということはそこは一つの反応ということで……』

 

ダ・ヴィンチちゃんが珍しく動揺している。これはレアだなぁ、なんて現実逃避まがいな思考をするが、そうこうしている間にダ・ヴィンチちゃんが結論を出す。

 

『そこの部屋内の強力な反応は……三つ、だ』

 

1→アン&メアリー

2→清姫

3→ベルト

 

『どうやらそのベルトは正しく英霊として認識されているようだ。良かったじゃないか。召喚失敗でもなければシステムの故障でもないぞ……ははは』

 

「そんなまさか……」

 

 

ダヴィンチちゃんの渇いた笑い声を最後に、三度召喚室は静寂に包まれた。

 

 

 

 あれから何分経過しただろうか。実際はそんなに経ってないんだろうが、ここでマシュが口を開いた。部屋に音が戻る。随分久方ぶりのような気がするが、それだけアブノーマルな事態だったということだろう。

 

「先輩、ドクター……このベルトに見覚えありませんか?」

 

その言葉を聞き、未だ召喚サークルからピクリとも動いていないベルトを注視する。

 

(いや、ベルトが動かないのは当然だろう……俺も相当参ってるなこれは)

 

今にもこのベルトが動き出し、意思があり召喚されるに正当な理屈があるということを説明してくれるのを、心の何処かで期待しているのかもしれない。

 

そんな無益なことを考えていると、脳の片隅に何か電気が走るような感覚を覚えた。なんだろう。これに既視感がある。俺はきっとこれを見ている。でもハッキリとしない。頭の中にもやが立ち込めるような感覚。脳に異物があるような……

 

「ん?異物……?」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!それだよ藤丸くん!」

 

『ちょっとロマニどうしたの?うるさいんだけd』

「それです!先輩!」

 

『マシュまで……どうしたんだい?』

 

思い出した。そうだこれは……

 

「遺物だ。オケアノスで見た。ドレイクが持ってた宝の一つで、解析がよく出来なかった、古代の戦士が身につけていたもの……」

『あぁ、あの風化が酷かった石板たちか』

 

石板や腕輪は近くにないが、このベルトはあの夜見たものと同じものだ。間違いない。綺麗になってるからすぐには気付かなかった。

 

 

どくり、と腹の奥が少し熱くなるのを感じた。

 

 

なんだ?と思いつつも、少しの疼きだったので、忘れることにした。

 

「あー、あのベルトだったのか。まぁ、何なのかさっぱりわからない物ではなかったからちょっと安心かな」

「そうですね。一応あの特異点で縁を結んだものですから」

 

ロマンとマシュが話している。彼らは聡い。異変を感じ取られるわけにはいかない。早くあの輪に混ざらなければ。

 

 

どくり、また疼いた。でも大丈夫。

 

 

「毎晩海賊たちがどんちゃん騒ぎで大変だったよ」

「へー、そっちじゃそんなことがあったんだ。楽しそうだね」

「あのドレイク船長が持っていたお宝……少し気になりますわね」

 

あのベルトをあの夜の遺物だと認識した瞬間から始まった謎の疼き。考えれば考えるほど、お腹の奥が熱くなり、焼けるような感覚さえあった。

 

「今度はちゃんと解析しないとだねぇ」

「ドクター、頑張ってください」

『ダヴィンチちゃん的にも興味が沸いてきたよー。是非やらせてくれたまえ』

「ねぇマスター、この人大丈夫なの?マッドな気配がするんだけど」

「賑やかで良いところですわねぇココは」

「ははは、ありがとう」

 

何気ない会話で盛り上がる。よし、大丈夫。治まってきた。そう思ってもう一度ベルトを一瞥する。

 

 

どくん

 

 

「っっあ……!」

 

思わず膝をつく。一段と大きい波に襲われた。

 

「先輩どうしたんですか!?」

「藤丸くん!?」

 

当然周りにはばれる。

 

「いや、あのベルトがあの時のだって思ってから少しずつ腹が熱くなって……。少ししたら弱くなったからもう大丈夫かなって思ってもう一度あれを見たらまたどくんって……」

 

どくん!

 

「う……ぁ!」

「先輩無理せず伝えてください!そういうのは!」

「ダヴィンチちゃん!」

『もうやってる!でも異常は見られないんだ!』

 

「ベルトを見る度に疼いて…!ほらまた……」

 

 

どくん!!

 

 

「あぁっっっ!」

「マスター大丈夫!?」

「メアリーこういう時はあまり揺すってはダメよ!」

 

段々と疼きが強くなる。痛むと分かっていても目が離れない。これはまるで……そう、俺を呼んでるみたいだ。

 

 

「俺を……呼んでいる……?」

 

 

 

どくん!!!

 

 

 

「っ!」

 

 

一際大きい疼きに襲われた。しかし痛みは弱い。

 

ふらつきながらも立ち上がり、ゆっくりと召喚サークルに近づいていく。

 

「先輩!安静にしていてください!」

「藤丸くん!?」

 

 

どくん!!!

 

 

外界の喧騒がシャットアウトされる。痛みは弱い。

 

 

どくん!!!

 

 

清姫は「少し花を……」と言いゆらゆらした足取りでちょっと前に出て行った。痛みは弱い。

 

 

どくん!!!

 

 

 

ベルトはもう目の前だ。体が燃えるように熱い。痛みは弱い。

 

 

ドクン!!!

 

 

手を伸ばす。今までで最も大きな疼きに襲われる。痛みは、無い。

 

 

ちょん、と指先がベルトに触れる。すると一瞬へその奥あたりがぶわっと熱くなるのを感じた。そして間髪入れず、ベルトが眩いほどの光を放った。視界が真っ白く染まり、しばらく何も見えなくなる。

数瞬後光が霧散し、遅れて自分の視力が戻る。すると、

 

 

「あれ、ベルトが無くなった」

 

 

目の前からベルトが消えていた。身を焦がす熱さもない。あんなに俺らを悩ませておいて、パッと消えてしまうなんて。

 

「ねぇみんな。至近距離でピカピカされてよく見えなかったんだけど、ベルトどうなった?」

 

振り返り、ベルトとの間に俺が入ったことで光の影響をあまり受けなかっただろう背後のメンバーにモノの所在を訪ねる。

 

 

……

 

 

しかし返ってくるのは沈黙と、あんぐりと口を開け、まさにポカンとしているという言葉を体現したかのような顔だった。

 

「みんなどうしたの?」

 

瞬間、ハウリング。

 

グワァァァっと全員が同時に叫んだため細かく聞き取れなかったが、言っていた内容を要約すると、

 

 

「ベルトが先輩(藤丸くんorマスター)の体の中に吸収されたぁぁ!?」

 

 

だって。

 

 

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

その後もうしばらくわちゃわちゃしたが、特に自分に異変は感じられなかったので今回の召喚はお開きにしようと言った。さてこれからアンとメアリーにカルデアを案内するぞと意気込んでいたのだが、

 

「藤丸くん!早く医務室行ってバイタル検査しないと!」

 

と、まだ少し混乱が残っている感じがするロマンに引き留められた。まぁ、体内に異物……かどうかよくわからないけどベルトが入ってしまったのでそれも当然かと思い、検査に行くことにした。

 

「ごめんねメアリー、アン。案内してあげたいんだけど、これから検査しないといけなくなっちゃった」

「当然だよマスター!早く診てもらおう!」

「そうですわ。それに案内は検査の後で十分です。私たちも一緒に行って、待ってますから」

「ありがとね、二人とも」

 

召喚早々心配をかけてしまったようだが、二人とも自分の身を案じてくれているようだった。良い関係が築けそうでなによりだ、とマスターとしても個人としても、嬉しく思った。

 

それに、

 

 

「先輩大丈夫ですか!?お腹とか痛くないですか!?早くペッしないと駄目ですよ先輩!あ、でも飲み込んだワケではないし、どうしたらいいんでしょう先輩!」

 

 

半ば狂乱しつつ体を前後にガクガク揺する後輩のおかげで本当に体調を崩しそうだ。グルグルお目々が幻視できる。ホントにしんどいから勘弁して。

 

 

 

 

 

 

「うーん……パッと見た感じどうやら本当になんの異常も無いみたいだ。本人もすこぶる元気みたいだしね。詳細が出たら呼ぶから、アナウンスには注意しておいてね」

 

 

先程医務室を出る直前に言われた言葉がこれだ。現在はメアリーとアンにカルデアを案内している。と言っても特にこれといって面白いものがあるわけでもなく、専門的な施設は俺では解説できないので、ただ館内を散歩しているだけみたいな様相を呈している。

 

ちなみにマシュは少々しょんぼりとしている。俺が脳震盪を起こしかけたから、らしい。確かに脳みそをシェイクされて少しふらついたけど、脳震盪はちょっとオーバーではなかろうか。そう言ったんだが、彼女は変なところで頑固だった。「目には目を、です!私の頭も揺すってください!」と妙ちきりんなことを言い出したので、軽く頭にチョップしておいた。

そんなことはしません。

 

彼女らと談笑しながら歩いていると、お腹が空いてきた。時計を確認すると、もう正午を過ぎていた。めぼしい所は案内し終えたので、後は食堂に行って昼食にしようと提案した。それに食堂は団欒スペースも兼ねているので、食後はそこでゆっくりお話ししながらお茶でもすすっていよう。

 

 

 

 

「なにこれすっごく美味しいんだけど!」

「噂には聞いてましたけど、現代の食べ物って味がどれも繊細で飽きが来ないんですねぇ」

「……」

「……」

 

予想以上にバクバクと勢いよく昼食を平らげる海賊二人に圧倒されている。召喚されてすぐのサーヴァントはだいたいこのようなものであるが、彼女らは船の上での生活が長かったおかげか、その様子が顕著だった。「美味しい!おかわり!」とメアリーが手を振りつつ言えば、厨房の職員さんもサムズアップで応える。そしてアンもそれに乗じてスッと無言でお皿を差し出すのだった。その細身の身体にどれだけ入るんだという食べっぷりに最初は気圧されたが、今ではその美味しそうに食べる表情に頬が緩む思いだ。

 

呼び出しアナウンスが聞こえたのは、二人が食べる様子を見守りながら食後のお茶をすすっているときだった。

 

『えー、藤丸くん。チェックの結果が出たから医務室に来てくれ。もう一度放送する。あー、藤丸くん。チェックの結果が出たから医務室に来てくれ』

 

放送終了を告げるチャイムが鳴り、アナウンスが終了したとわかる。「えー」とか「あー」が無くなればもう少し締まるのになぁ、と思いつつ立ち上がる。

「呼び出されたから行ってくるね」と言うと、マシュが「私も行きます」と立ち上がる。残りの二人にも聞くと、

 

「私たちはもう少し現代の食を楽しみますわ」

 

とアンが言い、

 

「これからよろしくねー。バイバーイ」

 

とモグモグしながらメアリーが続いたので、

 

「食べながら喋ると行儀が悪いよ。それに喉につっかえる。じゃあ、また!」

 

と言って歩き出す。後ろで「うっ!」というメアリーのうめき声を聞き、お約束だなとマシュと笑いあって食堂を出る。

 

もちろん厨房に「ごちそうさまでした!」と言うのも忘れない。

 

 

 

 

 

 

 医務室のドアを開けると、ロマンがサンドイッチを食べていた。

 

「あ、藤丸くん思ったより早かったね」

 

呼び出しておいてなんなんだそれは、と思ったがマシュが口を開く気配がしたので黙っておいた。説教は後輩に任せよう。

 

「医務室に食べ物を持ち込むのは衛生的にどうかと思いますよ、ドクター」

 

期待していたことと違った。俺が集合に遅れるという、自分としては誠に遺憾な風潮はどうやら彼女でさえ否定してはくれないようだ。

 

「あぁ、ごめんよ。普段食堂でゆっくり昼食を食べることは出来ないから、癖になっちゃってるんだ」

 

そう言われると弱いのか、マシュはそれ以上追及しなかった。

 

 

「よし、じゃあ本題に入ろう」

 

食べ終わり、律儀にもコーヒーを一口飲んでからロマンは喋り出した。

 

「わかってるだろうが、体内の検査結果だ。これを見てくれ」

 

画像を数枚見る。なんの変哲もないレントゲンのように見えるが……

 

「見てわかる通り、気になるものは何も写っていない。ベルトは姿かたちも見えない。あの一件後、君には何も変化がないということだ。ばっちり健康だよ」

 

「良かったですね、先輩」

 

まぁ自分の体のことだ。なんとなくそんな気がしていたが、こう専門家から言われると得も言われぬ安堵感がある。

 

 

 

ついでに脳震盪のことについて聞いてみた。

 

「脳震盪?ないない。そんなもの」

 

「だってさ」

 

良かったね、とニヤつきながらマシュの方を見ると、

 

「先輩意地悪です……」

 

と拗ねられてしまった。

 

 

 

 その後雑談して、そういえば昨日丸一日寝てしまったことを思い出した。軽く運動でもしよう、と席を立ち、ロマンに手を振り挨拶をする。後輩を連れてドアに向かって歩いていると、ロマンに呼び止められる。

 

「なに?言い忘れ?」

 

彼は少し言いよどむような仕草を見せた後、口を開く。

 

「……僕は問題ないと言った。僕はそう思ってる。だって結果的になにもおかしいところは見られなかったからね。でも。……でもダヴィンチちゃんはそれが問題なんだと言った。あの場にいた全員が見てるんだ。ベルトが君の体に吸収されるところを。何かがないはずないんだってさ」

 

「……」

 

誰も、なにも、喋らない。

 

 

「きっと不気味で、心配してるんだ。君を。僕は考え過ぎだって言ったんだけどね。まぁ、よくわからないことが起きてるのは事実なんだ。何かあったらすぐ言ってね。重ね重ね言って悪いけど」

 

「心配してくれてありがとう。でも、たぶん、大丈夫。俺の体が、そう言ってる」

 

「そっか。なら、ひとまずこのことは安心だね。じゃあね。僕も仕事に戻るとするよ。無理はしないように!」

 

「うん。じゃ、マシュ、行こうか」

 

「はい!」

 

 

なぜだか大丈夫な気がしたのは、悪いことにはならないと思わせたのは、俺の直感だろうか。それとも俺の中にあるあの英霊がそうさせたのだろうか。

まだ俺にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

藤丸立香は気付かない。

 

マシュも

 

ロマンも

 

ダヴィンチちゃんも。

 

 

カルデアの誰もが気付かなかった。当然変化は起こっていたことを。

 

 

 

 

 

令呪の形が、何かを暗示するかのように、変わっていたことを。

 

 

 

 

知っているとしたら、それは。運命の秒針だけだ。

 

Continue to London, Mist City……

 

 

 




ありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。



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3 鼓動

よろしくお願いします。
ロンドンは特に変化ないです。


3 鼓動

 

 

 

 俺は何もできない。後ろでただ見ているだけ。

 

 

敵の黒幕であるソロモンによって仲間が一人、また一人と打倒され、膝をついていく。そうして疲弊していった、金時、玉藻、シェイクスピアがついに吹き飛ばされ、消えていく。

 

俺を守って戦ってくれたみんなが、消えていく。助けてあげることは、できなかった。残っているのは、モードレッド、アンデルセン、マシュ。そして、俺だけだ。

 

 

「そら見たことか。ただの英霊が私と同じ地平に立てば、必然、このような結果になる」

 

 

敵は強い。比べ物にならない。

 

マシュがレイシフトし離脱することを求めるが、奴がそれを許すわけがない。本当に出鱈目な強さだった。

 

思考が加速する。どうする?どうすればこの窮地を?……このままだと、

 

(まずい……!このままだと本当に全滅だ……!)

 

 

俺を、除いて。

 

 

どくん!とまた一つ、心臓が燃え上がる。

 

位置上、そして嗜好上、奴は俺以外を先に全滅させるだろう。みんなが俺を守るように戦ってくれているために。無謀にも、無能にも、自分に立ち向かってきた俺という塵をより絶望させて屠るために。

 

俺だけ残される。弱いから。戦えないから。最後の、希望だから……!

 

右の拳を強く握りしめる。耐えるように。

必死に目の前を睨み付ける。その戦いから、逃げないように。

 

目を開けてても、瞑っても、目の前の景色は変わらない。

でも、見てなくちゃわからない。気付けない。

彼女らの頑張りが、苦痛が、俺に背中を預けるという信頼が!

 

 

 

 アンデルセンが真実に辿り着く。

 

「ヤツはただ単に、俺たちより一段階上の器を持って顕現した英霊にすぎない。我らが個人に対する英霊なら、アレは世界に対する英霊。その属性の英霊たちの頂点に立つもの。即ち、冠位(グランド)の器を持つサーヴァント……!」

 

英霊たちの、頂点……?

 

「そうだ。よくぞその真実に辿り着いた!我こそは王の中の王!キャスターの中のキャスター!即ち……」

 

 

 

「グランドキャスター、魔術王ソロモン!」

 

 

 

グランド……キャスター……

 

 

 

 

 

 

 アンデルセンも消されてしまった。なおもモードレッドが噛みつくが、ソロモンは興味が無くなったとばかりに帰ろうとする。

 

「なんだテメー!オレらに小便ぶっかけにきたっつうのか!?」

 

「その通り!実際貴様らは小便以下だがなァ!」

 

どうやら俺たちを排除しようとここに現れたのではなく、本当にただの用足し……暇つぶしにやってきただけのようだ。

 

「私はお前たちなどどうでもいい。ここで生かすも殺すも、興味がない」

 

そんな……。ここまで特異点を半分ほど乗り越え、ゴールが見えてきたというのに。そのゴールにいるはずのコイツが、ラスボスが、俺たちに興味がない……?鬱陶しい、と追い払うハエほどにも?

 

「そうだ。わかるか?私はお前たちを見逃すのではない。お前たちなど、はじめから見るに値しないのだ」

 

 

今までの旅路を否定され、目の前が暗くなるかのように思われた。しかし

 

「だが。だがもしも、七つの特異点を全て消去したなら。その時はお前たちを、“私が解決すべき案件”として考えてやろう」

 

この言葉が再び俺を燃え上がらせた。

 

 

燃え上がるのは、怒りの炎。

 

 

「“解決すべき案件”……だって?」

 

地面を握った拳で打つ。小さいが、地表が穿たれる。

 

「ふざけるな……!なぜこんなことをする!」

 

一歩踏み出す。踏み込んだ右足が地面に小さな亀裂を生む。

 

「世界を……人の歴史を!ぶち壊して、楽しいか!?」

 

もう一歩踏み出す。左足が小さく地面に沈む。

 

 

「先輩……!」

 

マシュの心配そうな声を聞き、少し冷静さを取り戻す。立ち止まり、ソロモンの返答を待つ。

 

「……ほう。意外な反応をしたな、人間。見ているだけかと思ったが、そのような口も利けたのだな」

 

「早く答えろ……」

 

「ふむ。楽しいか、と問うか?この私に、人類を滅ぼすのが楽しいかと?」

 

「そうだ」

 

これだけは聞かなければならない。答え次第で考えが変わるわけでもない。しかし、こいつには。一度は人類の繁栄を願ったはずなのに、まったく逆のことをしようとしているコイツには!

 

「……ククク、ギャハハハハ!無論!無論無論無論!最高に楽しいとも!でなければ貴様らを一人ひとり丁寧に殺すものか!私は楽しい!貴様たちの死に様が嬉しい!その断末魔がなによりも爽快だ!そして、それがお前たちにとっての救いであると知るがいい。なぜなら、私だけが人類を有効利用してやれるのだから!死を恐れ、克服できなかった無様なお前ら人類を!」

 

「下がってろ立香!コイツと話すのは無駄だ!心底から腐ってやがる!」

 

「いや、モードレッド、最後に一つ言わせてくれ」

 

俺の前に出て背中に隠してくれる彼女の横にずれ、ソロモンを睨み付ける。

 

「もういい。お前は俺が倒す。闇に葬ってやる」

 

それを受けたソロモンは、俺の言葉を一笑に付す。

 

「お前が?お前たちが……いやお前以外が、の間違いだろう?」

 

 

どくん!

 

また体の奥底が燃えた。

 

歯を食いしばり、必死で目線を逸らさないようにする。

虚勢であることは俺が一番知っていた。

 

 

「まぁ、いい。……灰すら残らぬまで燃え尽きよ。それが貴様らの未来である」

 

そう告げて、魔術王ソロモンは音もなく消えた。

 

 

 

残ったのは、敗北という事実と……俺の心を焼く、小さな燻りだけ。

 

 

 

 

 

 

 曇天の空の下、少しのわだかまりを消せずにお別れの時を迎える。

 

「でもまぁ、ロンドンは救えたんだ。オレにしちゃ、上出来だ」

 

ニッとモードレッドが笑う。その笑顔で、ちょっと明るくなれた。しかしその顔もすぐに陰りを見せる。

 

「無念なのはここで終わりってことだな。本音を言えばお前たちに付いていきたいが……この通り限界だ。特異点がなくなって、オレの寄る辺もなくなったんだろう。もともと聖杯の霧で呼ばれたんだ。マスターがいない以上、消えるしかない」

 

「モードレッドさん……」

 

寂し気に笑うモードレッド。それが宿命だ、とでも言うような、諦めたような表情だった。

 

「悔しいがヤツの言う通りだよ。オレたちは喚ばれなければ……」

「喚ぶよ」

 

 

「……は?」

 

 

「俺が喚ぶよ。モードレッドを。だから、一緒に戦おう。リベンジしよう。アイツに小便ひっかけよう」

 

「せ、先輩!?」

 

「は……ははは!なんだそれ!最後ので台無しだ!出だしは良かったのに……!くだらねぇってあのガキに突っ返されるぞ!んなセリフ!」

 

しょうがないだろ。思ったことを言ったんだ。

 

「……だけど、気に入った!その気でいかなきゃな!」

 

「モードレッドさん!!」

 

「うるせぇうるせぇ!いいだろうが別によぉ!……でも、そうだな。うん。待ってる。早く召喚してくれよ?カルデアに帰ったらすぐにな?これやるから!」

 

そう言って彼女は髪の毛を数本毟る。いいのかそんな大雑把で。

 

「最高の触媒だろ?なんたって本人のDNAまるごと一〇〇%だからな!」

 

 

 

「まぁ、なんだ。さっきも言ったが、サーヴァントは召喚されなければ闘えない。それが英霊の限界だ。時代を築くのは、いつだってその時代に……最先端の未来に生きてる人間だからな」

 

「生きている、人間……」

 

 

「あぁ。だから。……だからお前が辿り着くんだ、立香。藤丸立香!」

 

 

その言葉にはチカラがあった。身体中に稲妻を走らせるような、そんな力が。

 

「オレたちでは辿り着けない場所へ。七つの苦難を乗り越えて、時代の果てに乗り込んで。魔術王を名乗るあのいけすかねぇクソ野郎を追い詰める。それはお前にしかできない仕事だ」

 

どくん、とまた一つ心臓が跳ねる。しかしこれは、身を焼くような疼きでも、心を焦がすような焦りでもなかった。背中を押してくれるような、身体を前に引っ張るような、彼女の言葉だ。笑顔だ。俺はまだまだ、先へ行ける。

 

「じゃあな立香、マシュ。こんな俺でもロンドンを救えたんだ。ならお前らはちょっとばかり張り切って、世界ぐらい救ってみせろ」

 

「モードレッド……ありがとう。またね!」

 

「モードレッドさん、ありがとうございました!」

 

「おう、じゃあな。また会おうぜ!」

 

 

 

 

「あ、小便ひっかける役はお前に譲ってやるよ立香!」

 

 

 

 

 

「……全サーヴァント消失を確認。先輩、この時代での作戦終了です」

 

 

モードレッド……最後に爆弾残していって……!

 

 

「……んん!そうだね。じゃ、帰ろうか」

 

「はい」

 

冷静を装っているが、頬が若干赤い。後輩の照れ顔が拝めたので彼女の爆弾残しは不問にしようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

カルデアに戻り、チキっていたドクターの背中をぶっ叩き立ち直らせた後、休みたいと声を上げる体に鞭打って召喚室に赴いた。もちろん彼女との約束を守るためだ。

 

 

「セイバー、モードレッド推参だ!立香はいるか!」

 

やはり喚んだら応えてくれた。会えないわけないとは思っていたが、実際にこうして再会すると、こみ上げてくるものがある。俺たちが結んだ縁は、絆は、確かに目標へと辿り着くための力になってくれている。道標となっている。決して無駄なんかでは、ない。

 

「うん。ここにいる」

 

「おう、待ってたぜ。マシュは?」

 

「モードレッドさん!」

 

「おぉ!また会えたな嬉しいぜ!んで、アレからどんくらい経ったんだ?いっぺん戻ったらそこらへん曖昧でよ」

 

俺が約束を守らないやつだと思われているのだろうか。たまに、ごくごくまれに時間にルーズだが、約束を破ったことはない。

 

「俺たちの体感時間的に言うと、三〇分も経ってないよ」

 

「だぁっはっはっは!律儀だねぇお前も!最高だ!」

 

「君もね」

 

 

 

 

 

 

 

「ごめん、かなり疲れてるみたいだ。部屋に戻って眠るとするよ。モードレッドの案内は……」

 

「あーあー、無理すんな。お前が寝て、起きてからでいい。それまではオレも休むとするぜ」

 

「そう?ごめんね。じゃあマシュ、部屋の案内、頼める?」

 

「お任せください!ではおやすみなさい、先輩」

 

疲れてるのは同じの筈なのに、頼れる後輩だ。

 

 

 

「明日からよろしくな、立香……いや、マスター!」

 

彼女の笑顔を見て、こちらも自然と顔がほころぶ。周囲を元気づける、そんな向日葵のような笑顔だ。

 

「うん。一緒に頑張ろう。ソロモンに小便かけようね」

 

「あっ、お前実は根に持ってるだろ?みみっちぃやつだな」

 

「どうだろうね?」

 

笑いながら部屋へと脚を進める。これ以上は真面目な後輩が怒りそうなのでやめよう。「先輩最低です」って。

 

 

さぁ、役者は揃いつつある。魔術王、その玉座ぶっ壊してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

独りになると考えてしまう。俺がマスターとして戦場に立つ意味。

 

目を閉じると思い出してしまう。目の前で傷付き、倒れていく仲間たちの姿。

 

振り払っても振り払っても、襲い来る不安。

 

逃げないと決めた。目を背けないと決めた。

 

それだけか?

 

眠りが訪れるのは、もう少し先のこと。

 

Continue to “E Pluribus Unum”, North American Mythical War

 




ありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。


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4 夢枕

遅くなって申し訳ありません。

よろしくお願いします。


4 夢枕

 

 

 

 闇を打ち払う炎、

 

 全てを飲み込む激流、

 

 どこまでも吹き荒ぶ風、

 

 決して揺るがぬ大地。

 

 

 

 

なんだろう。これは。

 

これは、きっと、

 

(夢……)

 

 

 

自分は今、暗闇にいる。いや、いるという表現が正しいかよくわからない。意識だけが浮上している。

 

そして目まぐるしくこちらを刺激する、先ほどの四つの光景。

 

 

 

 闇を打ち払う炎、

 

 全てを飲み込む激流、

 

 どこまでも吹き荒ぶ風、

 

 決して揺るがぬ大地。

 

 

 

ぐるぐる、ぐるぐる。回る、回る、回る。

 

徐々に移り変わるスピードが上がり、まるでフラッシュの明滅のようにチカチカと俺を揺さぶる。

次第に正しく場面を認識できなくなる。バチバチと稲妻を走らせ、ホワイトアウト。何も見えなくなっていく。それと共に、自分の意識も段々と薄れていく。

 

 

待ってくれ!

 

 

何故か、もっと見ていたいと思えた。なんというか、何か掴めそうな、そんな感覚があったから。俺の体の奥が、そう言っている。

 

だからと言って夢が待ってくれるなんてワケもなく。段々と何が見えているのかもあやふやになっていく。消えていく情景の中、最後に見えたのは……

 

(人影……?)

 

サムズアップを残し、消えていく。

 

 

 

あなたは……

 

あなたは……

 

あなたは……

 

 

 

 

 

 

……

 

……

 

 

今度こそ意識が覚醒する。

 

 

「やっぱり、夢か」

 

 

なんだったんだ、あの夢は。今まで見てきた、どんなモノとも違う。でも、アレを俺は知っている……というわけではないような、あるような。

 

上体を起こし、首を回す。なんだろう。いつもより凝っている。それになんだかベッドが心なしか硬いような……

 

 

 

 

「ってココ何処だぁぁ!?」

 

 

 

 四方を石畳に囲まれた、狭く暗い部屋。数本のロウソクが怪しげに揺らめき、ぼんやりと部屋内を照らしている。

 

 

 そして鉄格子。

 

 

「え、牢屋だこれ」

 

ひと昔前のThe牢屋みたいな所だった。

 

 

 

 

不意に誰かの声が響いた。

 

「絶望の島、監獄の塔へようこそ戦士よ!未だ覚醒訪れぬ汝の名は藤丸立香!」

 

覚醒?なんのことだ。いや、それ以前に俺は戦士じゃない。

 

「誰だか知らないけど、人違いじゃないか?」

「いや、貴様で合っている。人類最後の希望、人理修復者よ」

 

コイツ、事情を知っている……?靄がかかっていて姿がよく視認できないが、声などから判断するに若い男だろう。

 

「なぜそれを知っている?見るからに牢屋みたいな感じだけど、ここは何処なんだ?そして、お前は」

「まぁ待て。落ち着けよマスター。その質問たちには一つ一つ答えてやる」

 

少し溜めを作り、勿体ぶるように答える男。

 

「なぜ事情を知っているか。それはオレが英霊だからだ。お前がよく知っている筈のモノの一端だ」

「英霊……」

「そうだ。だから人理崩壊について、ある程度知っている。まぁ、だからといって人理救済の手助けのために……なんて善人じみた考えでここにいるわけではないがな」

 

どうやらこいつもサーヴァントらしい。グランドオーダーが始まって以来、突拍子のないことに巻き込まれ続け、このような事態にはもう慣れてしまった。自分が怖い。

 

「ここは何処か。そうだな。ここは地獄。恩讐の彼方たるシャトー・ディフの名を有する監獄塔!如何なる魂も囚われる、罪深き者たちの場所さ」

「なぜそんな所に俺が……」

「知らないことは罪なこと、というわけだ」

 

知らないという罪?いったいなんの……

 

「そしてオレが何者か。先程も言ったが、オレは英霊だ。哀しみより生まれ落ち、恨み、怒り、憎しみ続けるが故にエクストラクラスを以て現界せし者」

 

エクストラクラス?

 

 

「そう……アヴェンジャーと呼ぶがいい」

 

 

 

 

 

 

 

部屋を出て、アヴェンジャーと共にこれまた薄暗い廊下を歩く。松明が焚かれ、鉄格子の扉が一つ、二つ、三つ……。見れば見るほどに監獄で、不気味さに脚が竦む。

 

「死なぬかぎり……生き残れば、お前は多くを知るだろう。歪んではいるが、此処はそういう場所だ」

 

多くのことを知るって……どういう?

 

「そんなことオレがわざわざ懇切丁寧に伝えてやる義理はない。オレはお前のファリア神父になるつもりはない。気の向くままお前の魂を翻弄するまでだ」

 

何のことだかよくわからない。しかしなんとなく、俺を突き放すような物言いではあるが、微妙に俺を気遣うような雰囲気も感じる。

 

「フン。まぁ、最低限の事柄は教えておいてやろう。手短にな」

 

やっぱり地味に面倒見がいい。

 

「まず、お前の魂は囚われた。カルデアなぞに声は届けられないし、同じくしてあちらからの言葉が届くことも有り得ん。脱出のためには七つの部屋を突破せねばならない……筈だったんだがな」

 

はずだった……?

 

「お前の中にあるモノのおかげでな。どうやらそう長くお前の魂を縛っておけないらしい。だから、脱出のためにお前には四つの『試練の間』を超えてもらう。試練の間で敗北し殺されれば、お前は死ぬ。何もせずに四日目を迎えても、お前は死ぬ。以上だ」

 

 

……は?

 

脱出のために試練を超えなければいけないことは、まぁ、いい。デッドラインがあるのも、まぁ、よく……は無いけど、慣れた。しかし。

 

 

 

「俺の中にある、物?」

 

 

聞き捨てならない言葉があった。何だそれは。

 

「ははは!身に覚えがないか?そんなことはないだろう!お前も知っている筈だ!お前の中にある、古代の遺産を!」

「……!まさか、それは」

 

オケアノス後に召喚され、俺に吸収された(らしい)あのベルトのこと、か?

 

「いや、でも、それは……無くなったって。綺麗さっぱり、俺の中には見当たらないって……。身体に異変もないし」

「クハハハハ!それは楽観視が過ぎるというものだ!無くなってなど、いるはずないだろう?あの自分を改造して悦ぶ変態も言っていたハズだ。おかしくないことがおかしいと!何もないことはあり得ないと!」

「でも現に、俺の体に変化は無い!」

 

そうだ。なにもおかしい所なんて……

 

 

 

「いや、変化はある」

 

 

 

ロマンでも、ダヴィンチちゃんでも、マシュでも、そしてカルデアにいる誰にでもなく。突然現れた目の前の男によって語られる、真実。

 

 

 

「右手の甲を見てみろ。どうだ?さぞ見覚えのある令呪が刻まれているハズだが?」

 

 

 

 

角の生えた顔のような、見知らぬ形に変わった令呪が……そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 気付くと、今までの鉄格子の扉とは比べるべくもなく大きな鉄の扉が目の前に佇んでいた。

 

「ははは、変化に気付かなかったからといってそう凹むこともないだろう。それに微々たる変化だ。機能には何の変わりもない。見て呉れだけだ」

 

そう……なのだろうか。しかしまぁ、この事態でそうブルーになっていられないことも事実。生き残ってカルデアに戻るために、目の前の困難を乗り越えることに集中するしかなさそうだ。

 

「そう、それでいい。さぁ、第一の『試練の間』だ。お前が四つの夜を生き抜くための、第一の関門だ。四匹のケモノがお前を殺そうと手ぐすねを引いているぞ?」

 

今更引き返すことも、戦いを拒むこともできない。早く前に進まなければ。

 

扉に手を掛ける。

 

 

「そうそう。言い忘れていたが、各部屋につき一人のサーヴァントがお前を手伝ってくれる。存分に学ぶといいだろう」

 

学ぶ、という表現に引っかかりを覚えた。しかし、無視して扉を一気に押し開けた。

 

ギィィィィ、と重い音が鳴り響き、大きい部屋の明かりに一瞬目がくらむ。

 

 

 

 

 

 

待っていたのは、赤い衣を身にまとい、邪悪を払う格闘の戦士だった。

 

 

Bound for Next Ordeals

 




話の区切り上、短いです。

次回もよろしくお願いします。


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5 導者

更新遅くて申し訳ないです。

よろしくお願いします。


 

 

5 導者

 

 

 

 

「赤い……戦士?」

 

 

待っていたのは、

 

 

 

 

 

「ちょっと、今私のこと戦士って言った?」

「え……」

「あ……んんっ、ごほん。私は戦士ではありませんよ、マスター。私はマルタ。そう……ただのマルタです」

 

 

 

 扉を開けて待っていたのは、我がカルデアの聖女(?)マルタさんその人であった。赤いジャージを身に纏った。

 

 

 

 

赤いジャージを身に纏った!!!

 

 

 

 

「恰好のことは気にしないで!気付いたらコレだったの!杖も無いし、なんだっていうのよもう!」

「マルタさん素が出てるよ」

 

 

今日もバリバリ絶好調のマルタさんであった。

 

 

 

 

 

「第一の試練でお前を導いてくれるのはこの素手喧嘩(ステゴロ)聖女だ。得物無しでの戦闘ならコイツはピカイチだ。参考にするといい」

 

参考?なんのことだろう。

 

しかし考え事をする暇も無く飢えた獣のごとき魔獣や死霊が襲い来る。

 

「だぁれがステゴロですって!?私はただの聖女。それもおこがましいってものだけど、そんなか弱い乙女代表みたいな私に何をしろと!?……ふん!」

 

このか弱き乙女、会話の片手間に二匹の獣を屠っている。

 

「今回は聖女なんてやつとしてのお前に頼んでいるわけではない。その拳で敵をバッタバッタとなぎ倒す格闘家としてのお前に頼んでいる」

「格闘家としての私なんているか!ぶっとばすわよ!」

「おぉ、そっちだそっちだ」

 

また二体の死霊が消し飛んだ……。

 

「あぁっもう!せめて杖!杖出ないかしら!……出ない!」

「グズグズしていていいのか?ここでの敗北は死に繋がると言っただろう。マスターがやられてしまうぞ」

「うぐぐ……オラ!」

 

こっちの方が動き良い気がする……

 

 

 

 

 

少しの間沈黙が部屋を包む。もちろん敵の咆哮や怨嗟の声は聞こえているんだが。何かあったんだろうか。

 

 

少し経った頃、マルタが降参とばかりに溜め息をこぼした。

 

「……主は私に戦えと仰るのですね。わかりました。マルタ、拳を解禁します。……セイッ!」

 

あ、蹴った。

 

「マスター!」

「あ、はい!」

「なによその返事……」

 

いっけね。とっさに敬語が出ちゃった。

 

「なに?マルタ」

「今から全力で敵をブッ飛ばしにかかるわ」

「マルタ言葉使い言葉使い……」

 

出ちゃってるよ。

 

「いいのよ。もう腹くくったわ。それに、アンタならいいかなとも思うし。ていうか、知ってたでしょう?」

 

それはそうだけど。

 

 

「アンタをこんな所で死なせない。絶対守るから」

「守る……」

 

 

ここでも、俺は……

 

 

「いいのよ。それで」

「でも、俺は」

 

 

 

 

「いいのよ。まだ(・・)

 

 

 

 

ま……だ?

 

 

「アンタ守られてるってことに過剰に反応し過ぎなのよ。私たちからしてみれば、自分たちの良い所悪い所全部知ってて付き合ってくれるってだけで十分なのに、ちょっと贅沢な悩みじゃない?アンタ」

「でも」

「わかってる。納得しないんでしょアンタは。だから私はここにいるんじゃない」

「マルタ……」

 

それってどういう……

 

「いいのよそんな細かいことは。ただ覚悟しておきなさい。あなたの望みはいつか叶う。良いことでもあるし、悪いことでもあるわ。言ったでしょう?守られてなさい。今はまだ、ね」

 

マルタが言っていることはわかるようでわからない、所々が欠けたパズルのようだった。

 

「マスターとしての仕事、忘れないでね。さ、指示を出しなさい!そして、見てなさい。私の戦いを、その姿を。目に焼き付けるのよ。あなたの望む日々が来たら、きっと役に立ってみせるわ」

 

そう言って彼女は駆け出した。その四肢には、邪悪を払う聖なる力が宿っていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「第一の試練は終了だ。戻るぞマスター」

 

 ヘトヘトになりながらも敵を全滅させ、試練が終了した。アヴェンジャーが踵を返し、俺を呼ぶ。

 

マルタが光の靄に包まれながら近づいてきて、言った。

 

「マスター、このまま進んで、全ての試練をクリアなさい」

「そのつもりだけど……」

「そう。なら、私から一つ」

 

 

 

「希望を捨てないこと。あなたは今のあなたのままでいてね」

 

 

 

 

「それだけよ」

 

特別なことは言われていない。しかし、なんだかとても大切なことだ。そう思えた。

 

「ありがとう、マルタ」

「いいのよ。きっと、ここでのことは忘れてしまう。全部じゃないにしても、多くのことを。でも、その様子なら大丈夫ね。……きっと、世界を救いましょうね」

「……?」

「ほら、返事!」

「は、はい!」

「ふふっ、可笑しい。あなたに、神の祝福を……」

 

 

そう言って微笑み、彼女は消えていった。カルデアに戻ったのだろう。心に、暖かい炎が揺らめいている。大事にぎゅっと握りしめ、部屋の外へ向かって走り出した。少しアヴェンジャーを待たせてしまったかもしれない。

 

 

 

試練は、あと三つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「マスター、次の試練に向かうぞ」

 

一つ目の試練が終わった後、俺たちは最初の部屋に戻ってきていた。進まなくていいのか、とアヴェンジャーに問うたところ、空間の概念が違うとのことらしい。常に始まりの場所はここだが、行く先は異なるそうだ。

 

「どうした?行かないならそれはそれで構わんぞ。救いの手がどこからか差し伸べられるのを待ち続けるか?」

 

「それは必要ない。すぐ行く」

 

待つことなんてしない。背中を押してくれたマルタのこともあるし、何よりこれは俺に必要なことのように感じる。未だになんで俺がこのような所にいて、何に巻き込まれているのかもわからないけど、俺の中の炎が急かすかのように熱を放っている。前へ前へと身を焦がしている、気がする。

 

「フン。ならばいい。行くぞ」

 

 

 

 

 

 

空間の概念が違うといっても、前回と変わり映えのない廊下を歩く。相変わらず薄暗く、ヒンヤリしている。

 

「そういえば、俺がいない間カルデアはどうなっているんだ?」

「……?何を言っているんだお前は」

 

ちょっとした疑問をアヴェンジャーに聞いてみたところ、ヘンテコなものを見るような目を向けられた。

 

「いや、だから、俺が試練を受けている間カルデアは……」

「お前は今もカルデアにいるぞ」

 

 

 

「……は?」

 

 

 

カルデアに、いる?どういうことだ。

 

 

「何を寝ぼけたことを。言ったはずだ。ここは魂を捕らえる監獄。ならばここにいるお前はお前そのものではなく、お前の魂ということだ。お前の身体は今もカルデアにある」

「ここにいるのは、俺じゃない……?いやそんなはずはない。でも、魂だけ?肉体は……」

「まぁ、認識するのは難しいだろう。此処と彼方では時間の流れも空間の概念も違う。向こうが心配なら早く全ての試練を終えるんだな」

 

どうやらこの肉体と魂の乖離を終わらせるには用意された全ての試練を吹き飛ばすしかないようだ。

なんだかんだ俺に道筋を示してくれるアヴェンジャーを不思議に思いつつ、大きな扉の前へと辿り着いた。

 

「さぁ、この扉をくぐれば第二の試練の始まりだ。覚悟はいいかマスター?」

「ゴチャゴチャした考えが浮かぶ前にさっさと入ろう。進むことに迷いはない」

「フッ……良いぞ。それでこそ、というものだ」

 

これしか道がないなら迷っている暇なんてない。扉に手をかけ、一歩踏み出す。

 

 

 

 

 

扉を開けた先、待っていたのは、槍を持った青い戦士……

 

Bound for Next Ordeals

 

 




ありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。


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6 導者Ⅱ


よろしくお願いします。


 

6 導者Ⅱ

 

 

 

「待ってたぜマスター。やっと来やがったな」

 

 

「兄貴!」

 

 

 

待っていたのは、青い槍兵。ケルトの大英雄、クー・フーリンその人であった。

 

「第二の試練でお前を導くのは……」

「御託はいらねーよ復讐者。さっさと始めようぜ」

 

アヴェンジャーが言おうとしているセリフを遮って兄貴が歩き出す。そして湧いてくる敵、敵、敵……。

 

「兄貴ちょっとせっかち過ぎない……?」

 

もう少し会話とかあってもいいと思うんだけど。敵出てくるの早すぎない?

 

「うるせーやい。説明とか注意とか、そういうの俺には似合わねぇし必要ないんだよ」

 

自慢の赤い槍をグルグル回しながら関節をほぐす兄貴。

 

そういえばこういう人だったな。兄貴が、というよりケルト出身のサーヴァントは皆こうだ。習うより慣れよ精神でガンガン突き進む。現代人としてはもう少し言葉が欲しいところではあるのだが……

 

「それに……」と言い、槍を振り回し構える兄貴。

 

 

「ココがどういうところか。お前はもう知ってんだろ?」

 

 

 

知っている……のだろうか。何故俺がここにいるのか。何のために。それらを俺は知らない。でも、ここでやらなきゃいけないことはわかる。マルタにも言われたことだ。そう……

 

「見る。見てるよ。兄貴のこと。戦う姿を、困難に立ち向かうその背中を。この目に焼き付けるんだ」

 

この夢から覚めたら忘れちゃうかもしれないけど、きっと心が覚えてる。

 

だから……

 

「痺れるようなやつ、お願いね!」

 

 

今は、こんなことしか出来ないのだろう。周りを見て、状況を伝える。自分はやられないように、ちょこちょこ移動しながら戦う皆を見てるだけ。

 

「おう!わりぃが直接教えることはできねぇからな。見て覚えろよ!これが俺ら(ケルト)式ってやつだな!ワハハハハ!」

 

それがマスターの仕事だ、それだけで十分なんだって言ってくれる人もいた。でも俺が納得できなかった。ちょっと、苦しかった。傷付くのは、いつだって仲間たちだった。

 

「だが、よく言うだろ?学ぶっつーのは“真似ぶ(・・・)”からできた言葉なんだってよ。つまりそれが原初にして手っ取り早い最高の学びってやつだ。マスターはラッキーだぜ?なんせ手本が最高に良いからな!」

「それ、自分が最高だって言ってるの?」

「そりゃあそうに決まってるだろうが。俺以上に有名な槍使いがいるかってんだ!」

 

ガハハと豪快に笑う兄貴。その裏には積み上げた経験と自分への確かな自信が垣間見えて、少し羨ましかった。

 

「確かにクー・フーリンのネームバリューは現代でもずば抜けている……!悔しいけどその通りかもしれない……!」

「そうだろそうだろ?だがまぁ、マスターも世界最高のマスターだと思うぜ?」

「えっ」

 

クー・フーリンがそんな風に俺を認めてくれているなんて……!

 

「なんせこの世界にオメー以外マスターが残ってねぇからな!世界最高に決まってらぁ!ワハハハハ!」

「えっと、令呪で自害ってどうやらせればいいかな……」

「悪かった。この通りだ」

 

歴代最高の槍使いが俺に頭を垂れていた。

 

「冗談だよ。もう、不謹慎だよ?この状況で」

「悪かったって。んじゃ、お喋りはここまでだ。さぁ始めようぜ」

 

そう言って目が変わる兄貴。戦闘態勢になったようだ。

 

兄貴との軽い雑談のおかげで身体が、頭が、心がほぐれた。

俺は今まで、戦うことの出来ない自分が嫌だったのだろう。敵に弱点を晒しているようなものだ。仲間が存分に力を発揮できていないんじゃないか。

 

でもここに来てわかった。言ってくれた。今後俺の道に大きな転機が訪れる。それは苦しみの始まりなのかもしれない。良いことではないのかもしれない。けど、俺にとっては、きっと救いだ。

 

「……だからよぉ、敵さん方。アイツのために……いや、オレたちのために、盛大にやられてくれやぁ!」

 

だから今は、これでいい。見ているだけじゃない。見ることが大事なんだ。いつか来る、その日のために。この身体の中に潜む熱が世界に放たれる、その日のために。

 

 

部屋の中に、兄貴に貫かれた異形の断末魔が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

(目つきが変わったな)

 

アヴェンジャーは藤丸立香の様子をうかがっていた。

 

(どうなるかわからなかったが、この塔にアイツを引き込んで正解だったらしい……)

 

その瞳に映るのは、如何なる炎か。

 

(どうやら“覚悟”はできたようだな。これならきっかけ次第で変身(・・)できるだろう。色も、まぁ、問題あるまい。あとは戦闘の基礎となる下地をアイツの中に作ってやるだけだ。良い仲間に恵まれたようだなマスター。手本には事欠かない)

 

その熱は、真意は、彼のみぞ……

 

(オレの身を燃やす、この復讐の炎がアイツに燃え移らないことを祈るばかり、だな)

 

その表情は、帽子に隠れて影の中へと消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 赤い槍が最後の獣の心臓を突き穿ち、立っている者は三人のみとなった。

 

今日も生き残ることができたらしい。

 

「これにて第二の試練終了というわけだ」

「お疲れさまってやつだ、マスター」

 

兄貴が労いの言葉を掛けてくれる。

 

「うん、ありがとう。兄貴もお疲れさま!」

 

元気よく返し、拳を突き出す。

 

「おう!」と言い、ガツンと自分のそれをぶつけてくる兄貴。

 

「いった!」

「ヒョロっちぃなぁ」

 

ハイタッチには少々強すぎる気がするが、野郎と野郎なのだ。こんなものだろう。

 

 

 

 

 

「さて、だ」

 

兄貴が切り出した。

 

「どうしたの?」

「おめぇらは、次に進むんだろ?俺の役目は、ここまでだ」

「……そうだったね。ありがとう兄貴。俺はもう、迷わないよ」

「そいつは良かった。んじゃ、最後に一つ言っとくぜ」

 

 

 

「受け流せ。そんで薙ぎ払え。正面きってぶつかるばっかが生き方じゃねぇぞ」

 

 

 

「……え?」

 

なんだろう、よくわからないんですけど。

 

「わかんねぇか?例えばアレだよ。そう、槍。見てただろ?俺の戦い方」

「まぁ、見てたけど」

「槍ってのは細くて長い。真正面からぶつけてばっかりだと折れちまうんだよ。だから、受け流す。ま、真っ向から受け止めることが全て素晴らしいとは限らねぇってことよ。覚えときな」

「あぁ、なるほど」

 

そういうことか。

 

「イメージは流れる水だ。サーっと流してバッとやる。そういうこった」

「わからん」

「いやわかれよ。流れで察しろよ」

「水だけに?」

「そんなつまんねぇこと言えんなら大丈夫だな」

「冗談冗談。わかってるよ。届いた」

 

 

 

兄貴から光の粒子が立ち昇っている。もう別れの時のようだ。

 

「部屋に戻るぞ」

 

そう言って歩き出すアヴェンジャーについていく。

 

「じゃあね兄貴!」

「おう、早く全部終わらせろよ?他の奴らも心配してるぜ?」

「それじゃあ、パパッと終わらせないとだね」

「頑張れよ。じゃあな」

 

兄貴に背を向け、歩き出す。

 

 

 

 

 

「もう一つ、忘れてたわ」

 

 

 

 

 

「……え?」

 

振り向いたとき、兄貴の姿は完全に光の粒となっていた。

 

 

 

 

「お前はすげぇマスターだと思ってるのは本当だぜ。あんな大勢のサーヴァントと契約するなんてのは、聞いたこともねえ。それだけだ」

 

 

 

 

 

自分の姿がこっちから見えないからって、ズルいこと言うなぁ。

 

返事をしないで歩き去ることが、唯一の反撃で、照れ隠しだった。

 

 

Bound for Next Ordeals

 




長い間空けてしまい、すみません。いくつか更新します。

次回もよろしくお願いします。


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7 導者Ⅲ


よろしくお願いします。


 

7 導者Ⅲ

 

 

 

 

「この薄暗い道にも飽きたな」

「何をゴチャゴチャ言っている。遅れるなよ」

 

 このじめっとした廊下を歩くのも、もう三度目。初めこそこの弱っちい松明に、先の見えない暗闇に多少なりとも怖れを抱いたものだが、それももう三度目ともなると慣れたものであった。

 

無言の時間が続く。アヴェンジャーはこちらを見ることも無く二、三歩先を進む。俺はそれについていくのみだ。

 

 目の前の白髪頭で枝毛探しをするのにも飽きたころ、ここでアヴェンジャーが静寂を破り口を開く。

 

「歩みに迷いが無くなった。いつでも諦めて良いとは言ったが……どうやら覚悟は決まったようだな。そうだ。それでいい」

 

俺からのレスポンスを待つことなく、こちらを振り返ることもせず歩き続ける。コミュニケーション能力皆無かよと一瞬思ったが、しかし意外なものが視界の端に映るのがわかった。アヴェンジャーの仏頂面の口角が少し持ち上がっていたのだ。どうやら彼はこの状況を望んでいたようだ。

 

「アヴェンジャー。君は刺々した口調の割にはなんていうか、こう……面倒見が良い……よね?」

 

恐る恐る尋ねる。返ってきたのはいつも通り、皮肉たっぷりの忠告だった。

 

「……ほう?クハハハハ、貴様はこのオレが面倒見が良いと?そう感じるのか?……フン。そう思いたければそう思っているがいい。だが、そんな甘っちょろいことを考えていて脚をすくわれるなよ?忘れたか?ここは監獄塔。周りのモノどもは基本お前を殺そうとしているのだぞ?」

 

 

でも、君は俺を殺そうとしないじゃないか。

 

 

そう言おうとしたが、少々歩みが速くなったアヴェンジャーに置いていかれないように、その言葉は飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで俺は話跨がないんですかねぇ!」

「え、なに?」

 

 

部屋に入ると緑色の人が何か言っていた。

 

 

「今回はロビンかぁ。ありがとうね、助けに来てくれて」

「おぉ、マスターじゃないの。こっちじゃ元気そうで何より何より。オタク、向こうじゃずっと寝てるのよ?」

「うん。ごめんね心配かけて」

 

緑色のアーチャー、ロビンフッドが今回の試練を手助けしてくれるようだ。ロビンはノリが軽いので、サーヴァントというか、つい友達みたいな接し方になってしまう。

 

 

「ロビン、大丈夫なの?ここ敵がわんさか出てくるよ?」

「いやぁ、俺としても面倒なことはしたくないんですけどねぇ」

 

軽口を言い合いながら歩いて距離を詰める。なんだか駅前とかで偶然友達に会ったみたいなノリだ。

 

「普段ならこんなことパスするんだけど、そこの復讐者のあんちゃんが」

「無駄口を叩くな。グズグズしてないでさっさと始めるぞ」

「やーいロビン怒られたー」

「オタク悪乗りが酷くない?俺だって英霊ですよ?」

 

何故かロビンと話してるとぐだっとしてしまう。いかんいかん。

 

それにしても……

 

 

「それにしても、なんか今回の部屋、落ち葉多くない?」

「オレは知らん」

「ストップだマスター」

「ロビンまさか」

 

うわっこの野郎やりやがったな。

 

「仕掛けた?」

「当然でしょうが。そこから反時計回りに迂回してなるべく葉っぱ避けてこっち来てくんない?」

「なるべくじゃなくて完全にでしょ?俺が引っかかってどうするんだよ」

「わかってるじゃないのマスター」

 

ロビンは“戦う前に勝負は決まっている”をモットーにする工作兵、悪く言うなら外道だ。「試合会場に相手が来なかったから勝った、ってのが一番楽で良いだろ?」とは本人の談。いっつもこんなことを言っている。

 

「ま、俺はひ弱な弓兵なんで?タイマン張って戦うとか勘弁ですし?いつも通り下準備させてもらいましたよ。ここに出てくる奴さんは毒効きづらそうだしねぇ」

「言ってるそばから来たよ。敵が」

 

しかし罠に嵌まってぶっ飛んだりしている。

 

「うへ……あーヤダヤダ。戦いたくねーでござるー」

「何それ。黒髭の真似?」

「これは俺のホントの気持ちってやつさ。でもまぁ、罠が機能してる分には大丈夫でしょう。浮いてるやつとか飛び道具使ってきそうなやつをここからチクチクやるのさ」

「相変わらずだなぁ。外道というかなんというか」

 

なんか前までの試練と比べて危機感のようなものがない。楽してる……わけではないんだけども。

 

「外道だって道は道。こういうこと出来る奴がいた方がいいでしょ?ほら、アレだ。戦術の幅が広がる」

「そうかもしれなけど」

 

実際助かってる場面は多い。今この場所でも、こうやって話をしているロビンの眼は戦士のソレだ。周囲を素早く見渡し、射撃。近づく敵の迎撃や、わざと罠を起爆させて敵を巻き込む等、尋常じゃない。

 

「普通に戦わない分、準備に手間暇かけてんのよこっちは。そう簡単に近づかせないっつーの」

 

間違いなく、ロビンは優れた英霊なんだろう。そう思った。

 

 

 

 

あ、こら。見直したそばからあくびをするんじゃない。

 

 

 

 

 

 ロビンの計画通りに、つつがなく戦闘は終了した。

 

「あぁぁぁ、つっかれたぁ」

 

しかし、そう。かなり疲れたのである。

 

「お疲れさん。わかっただろ?俺がいつも準備したら後はボヘーっとしてるわけじゃないってことがよ。ただ適当に撃ってるワケじゃないんだぜ。目に映る情報を片っ端から頭に叩き込んで、考えるのを止めない。脳をフルで回転させてんだ。疲れないわけがねぇってことですよ」

 

“周りを見る”ってことも突き詰めればこんなにも大変なことなんだと今更になって思い知った気分だ。

 

ロビンはそれを飄々とやってのける。付け焼刃ではこうもいかない。あくびをするなんて余裕は一切ない。どれほどの場数を踏んだらそれほど熟練できるのだろうか。

 

「今はそれがわかっただけで十分だ。気付いたろ?情報量が増えれば増えるほど脳は悲鳴をあげる。体力だって消耗する。感覚を研ぎ澄ませればするほど疲れるんだよ。でもまぁ、マスターにゃ必要なこったろうし、スキル向上にも直結する。覚えといて損はねぇぜ」

「うん。頭に叩き込んどく。目が覚めて覚えてるかわかんないけど」

「大丈夫だろう。なんせここは魂が囚われている場所なんだろう?ここで覚えたことは、そのまま魂が覚えてるってこった。頭で忘れようが、ソコが覚えてりゃ問題ねぇ」

「……そうだね」

 

照れもせずにそんなことをぬかす緑色。なんなんだ。ここに手助けに来てくれるサーヴァントは皆こうなのか?不意に胸を刺されてばっかりだ。

 

「さてと。俺の仕事はここまでかなー。あぁ良かった良かった無事に終わってよぉ。帰って寝るかぁ」

 

ノリが軽いな相変わらず……。照れ隠しなのかもしれないけど。

ググッと伸びをするロビンに習って俺も背中を伸ばす。戦闘中はじっとしていたから骨と筋肉が解れてゴキゴキする感覚が気持ちいい。

 

「マスターも早く終わらせて、メシでも食いに行こうぜ。待ってるからよ」

「うん。そうだね。あと一個らしいから、頑張るよ。それじゃあ」

 

 

 

 

 

「あぁ、ちょっと待った。忘れてたぜ」

 

 

 

 

ちょっと歩いたタイミングで声をかけられる。忘れてたなんてたぶんウソだ。俺が少し遠ざかるタイミングを見計らっていたに違いない。

 

 

「知ること。俺からのアドバイスだ。自分の能力を知る。敵を知る。ほら、よく言うだろ?敵を知り己を知れば百戦危うからずってさ」

 

これはまたロビンらしいアドバイスだ。ありがたく頂戴するとしよう。

 

「ありがとう。魂が覚えたよ」

 

振り向いて礼を伝える。彼はニッと笑ってこう言った。

 

「おう。そんで遠くから敵をバーン!ってことよ。ま、そんだけだ。難しいことじゃねぇ。そんじゃ、またな」

 

そう残し、消えていく。俺もニッと笑い、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

「弓兵ってフツーそうだから!前に出て近接仕掛けるなんてありえないからぁ!」

 

 

扉が閉まる直前、そんな叫びが聞こえた気がしたが、幻聴だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は、救われたのです。最後には。

 

 血塗られた復讐劇の果てに、男は、自らを構成していた悪を脱ぎ捨てました。

 

 男は、再び得たのでしょう。

 

 失われてしまったはずの尊きものを。

 

 想いを。愛を。……ヒトの善性を。

 

 男の名前は……モンテ・クリストであることを捨てた、彼の名は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先輩は未だに目を覚まさない。普段通りに「おやすみなさい」と言い、別れたあの晩から、先輩に朝がやってこない。身体に何か問題があるわけではないらしい。考えてみれば、今までが異常だったのだ。ついこの間まで先輩は本当にただの一般人だった。魔術の心得も無ければ、人類史の危機なんて考えたことも無かったはず。それはいつだって創作の産物で、現実に在ると知らないまま事故に巻き込まれ、言うなればなし崩し的にこのグランドオーダーに参加することになったようなものだ。それも最後のマスターというとてもとても大きな荷物を背負って。

 

「先輩……」

 

そんな大いなる旅路も半ばを過ぎた。しかしここでガタが来てしまったのだろうか。今まで弱音を吐かずに、いつでも笑って私を導いてくれた。無理をしていた……のだろうか。先輩は眠っている。うなされるようなこともなく、表情をまったく変えずに。安らかとも言えるだろうが、それはまるで、空っぽのような。魂が抜けてしまっているような。そう、それはまるで……

 

(死んでしまった、ような……)

 

いけない。こんなことを考えては。それにドクターたちは命に別状はないと言っている。そう、先輩は眠っているだけ。眠っているだけ。

 

そういえば初めて出会った時も先輩は眠っていた。廊下に倒れ伏し、ぐったりと。あの時もまさか、と焦ったものだ。先輩と会ってから、私は変わった。それだけじゃない。私を取り巻く、世界も変わった。そしてまだまだその変化は止まらない。

 

思い出すのは今までの思い出。人との繋がり。外の世界。そして

 

 

『いつか……君に本物の空を見せてあげるよ。だから……』

 

 

そして、交わした約束。

 

自然と笑みがこぼれる。口角が上がる。心臓が、ちょっとだけ、うるさい。

 

 

「フォーウ、フォウ……キュウ」

 

「はい。大丈夫ですよねフォウさん。先輩は明日にでも、目を覚ましてくれます」

 

フォウさんが励ましてくれるかのように脚にすり寄ってくる。そうだ。私が弱気になってしまってはダメだ。先輩が目を覚ましたときに元気のない姿は見せられない。それに、第五特異点も待っている。困難は私たちの都合を聞いてはくれない。

 

「そうだ、先輩が戻ってきてくれた時用に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぞ。準備しろ。最後の試練が待っている」

 

 アヴェンジャーの合図と共に牢獄を出る。今回でこの部屋ともおさらばだろう。頬を撫でる相変わらずな気味の悪い冷気に身震いする。

 

「ねぇ」

 

今回が最後ならば、と前回のモヤモヤを払拭すべく三歩先を無言で歩くアヴェンジャーに声をかける。

 

「この試練は君が用意したのか?」

 

しばし沈黙が続いた。

 

「唐突に何を言うかと思えば。馬鹿なことをぬかすんじゃない」

 

アヴェンジャーはこちらを振り返ることなくそう言う。しかし俺には、どうにも彼がここにいることに意味があると思えて仕方ないのだ。

 

「ここにはお前を殺そうとするものばかりだと言ったはずだ。基本的にここには悪意しかない。オレがお前をここに呼んだだと?とうとう頭がおかしくなったわけでもあるまい。妄言はよせ」

 

「わからない。わからないけど、ここにあるのは悪意だけじゃなかった。試練の度に、俺は何かを貰った」

 

勇気を。闘志を。知恵を。

 

「君は言った。俺の中のモノのせいで魂を長い間拘束できないんだろうって。でもそれは違うんじゃないか?いや、違うというより、逆なんだ。あれのせいじゃなくて、あれのために四つなんじゃないのか?君は……」

 

 

 

俺に教えてくれているんじゃないのか?

 

これから起こる、変革に備えて。

 

 

 

「……想像力はたいしたものだな。オレの行動に他意なんて無い。此処は、監獄塔はそういう場所だというだけだ。此処に善意などは存在しない。あるのは狂気と悪意のみ。あらゆる救いを断たれたこの絶望のシャトー・ディフに於いて、しかして希望し、真に生還を望むものは導かれねばならない」

 

導かれねばならない……?

 

「それだけだ」

 

引っかかる物言いだったが、今のアヴェンジャーにはこの先どんな質問をも許さないかのような雰囲気が滲み出ていた。

 

監獄塔の通路は相変わらず薄暗く、周囲の苔がじめっとした空気で自分を覆う。何故だろうか。今はその鬱陶しさがやけに気になった。

 

 

 

 

 

「着いたぞ。最後の試練だ。覚悟……などという野暮なことはもう問うまい。行くぞ」

 

最後の扉が開かれる。迷いは無い。あるのは未来への渇望と皆の待つカルデアに帰るんだという意思。

 

 

 

最後の部屋で待っていたのは、鎧を身に纏った騎士だった。

 

 

Bound for Next Ordeals……

 

 

 




ありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。


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8 導者Ⅳ


よろしくお願いします。


 

8 導者Ⅳ

 

 

 

最後の部屋で待っていたのは、鎧を身に纏った騎士だった。

 

 

 

 

 

 

「Arrrrrrrrrrrrrrrrrr!!」

「そっちじゃない」

「Sorrrrrrrrrrrrrrrry!?」

 

 

 

 俺たちを歓迎(?)してくれたランスロットらしき人影がアヴェンジャーの開幕速攻ビームによって瞬時に吹き飛ばされてしまった。壁に激突し、崩れ落ちる瓦礫に飲まれ、その姿を確認することができない。南無。

 

「ちょっとアヴェンジャー!?さっきの手助けしてくれる仲間じゃないの!?」

「いや、奴はこの部屋に住まう悪霊の類に違いない。主への不義、罪悪感、贖罪の気持ちに縛られ続ける亡霊だろう。間違いない」

「そんな馬鹿な……いや、ほとんど合ってるけど」

 

そっちじゃないとか言ってたし、どういうことだ?

 

 

 

 

 積みあがった瓦礫は動く気配がない。え、まさかの助っ人無し?最後だからとかそういう?勘弁してくれよ。最後まで面倒みてくださいよ。

 

そんな淡い希望?のこもったジットリとした視線をアヴェンジャーに向けていると、あぁそうだ、と如何にも今思い出したかのようなわざとらしいリアクションでアヴェンジャーが口を開いた。

 

「どうやら今回のサーヴァントはまだ到着していないようだな。集合時間も守れないようでは、主への忠誠など高が知れているな。それにここは敵意渦巻く監獄塔。それもど真ん中だ。いつマスターが敵に襲われるかもわからん。そんな所にマスターと正体不明なサーヴァントを放置するなんて、騎士としてどうなのかという話だ」

「え、声がデカい」

 

二人の距離感わかっているのだろうか。俺に言い聞かせるにはあまりに大きな声量でアヴェンジャーが話し出した。適性声量って知ってるか?それにやけに饒舌だ。これ俺に言ってるのか?誰かの悪口でも叩き合ってワイワイ盛り上がりたいのか?やるにしてもこんな場所は勘弁してほしい。

 

誰のことかな。ロビンとか?でも騎士じゃないし……モードレッドか?

 

 

 

 

「どうやら少々、えぇ、ほんの少しだけ、遅くなってしまったようですね」

 

 

 

 

 瓦礫は依然としてピクリともしないが、背後からコツコツと足音が聞こえた。

 

きた!助っ人だ!良かった「最後だし誰の手も借りずにやれよ」とかいうクソ仕様じゃなかった!ありがとう来てくれて!ていうかさっきのアヴェンジャーこの人に言ってたのかもしれないな!遅れてんじゃないよこの野郎!敵に襲われたらどうすんだ!俺は仲間の悪口なんか言わないよ!

 

肩パンくらいしてやろうと思い遅れてきた下手人の方に振り返ると、

 

高い背。紫色の騎士甲冑。短く、ツンツンとした紫の髪。あまりにも爽やかな顔。とんでもないイケメン。

 

 

 

 

「え、誰……?」

 

 

 

 

知らないサーヴァントがこちらへ歩み寄ってきた。

 

 

 

 

 

 

「失礼、申し遅れました。私はセイバー、ラんーっォッホン!!ただの通りすがりの騎士です。セイバーと、そうお呼びください」

 

紫のイケメンはそう名乗った。近くで見れば見るほど美形だ。背も高い。イラついてくる。

 

「よろしく、セイバー。見ず知らずの俺に力を貸してくれるなんて」

「いえ、当然のことです。助けを求める者があれば、それを助ける。騎士として当たり前のことをしたまでです。それに円卓の同僚がお世話に……」

「え、円卓?」

「いえ、何も言っておりませんが」

 

さっき円卓って言ったかこの人?もしかして円卓の騎士なのか?それならばこの美形も頷ける。

 

「そういえば入ってきた時ランスロットさんが見えたような……」

「……」

「アヴェンジャーがそっちじゃない、って言ってたような……」

「……」

「セイバー?円卓?もしかしてクラス違いのランスロット?ちょっと瓦礫退けて聞いてみよ」

「フライングなんちゃらかんちゃらオーバーロ――――ド!!」

「斬撃飛んだぁぁぁぁぁ!?」

 

瓦礫の山が粉微塵になった。

 

「失礼、ゴーレムと見間違えたようです」

「そんな馬鹿な!」

 

都合が悪くなって証拠隠滅を試みたようにしかみえない。しかも目の前で破壊するとかいうパワープレイ。脳筋か?

そこにあったはずの瓦礫の山は綺麗さっぱり、初めから無かったかのように消えている。壁はゴッソリ抉られているけども。

 

これはアヴェンジャーにまたメンタルをチクチクやってもらうしかない。

 

「アヴェンジャー?」

 

……反応がないな。

 

「ちょと、アヴェンジャー?」

 

振り返る。

 

 

 

 

ゴーレム「……」

 

 

 

 

「本物だぁぁぁ!!!?」

「マスターしゃがんでください!」

 

地面に這いつくばった途端一刀両断されるゴーレム。クリティカル。流石としか言えない。

 

 

「ありがとう、セイバー。それで、あの……」

「マスター」

 

静かにこちらへ語り掛けるセイバー。見上げたその眼には、俺の蒼い瞳が映っている。言葉が出ない。

 

「こんな見ず知らずの私の言葉を信じてくださり、ありがとうございます」

 

……え?

 

「いや、礼を言うのはこっちだよ?助けてくれてありがとう」

 

まさかあんな近くに敵がいるとは思わなかった。

 

「いえ、そうではないのです」

 

ふるふる、と首を振るセイバー。

 

「私はあなたを試すような真似をしました。先程私は、あなたと向かい合って話していた。あなたの死角にいる敵性エネミーに気付かないと、思いますか?」

 

試した?俺を?……まぁ、確かにセイバーならあのゴーレムに気付いていてもおかしくはない。

 

「気付いてた……かもね」

「正直にお話しましょう。気付いていました。そのうえであなたが自力でゴーレムに気が付くのを待ち、私と連携して事に当たってくださるかどうか。そして様々なサーヴァントを率いるに値するか、仲間の……そして私の剣を預けるべきかどうか、失礼ながら測らせていただきました。もちろん危険を感じたらそのようなことする前に切り伏せるつもりでしたが」

「あんなやりとりの間にそんな難しいことを考えていたのか……」

 

何も考えてなかったぞ、俺は。

 

「思えば、私はとんだ邪な思いを抱えていたものです。あなたは私の言葉に、考える間もなく実行した。敵の目の前で屈む、ましてや腹を地につけるなど、無防備を晒すもいいところです。カルデアで絆を育んだワケでもない、この私の言葉を信用してくださった。もし私があの時動かなかったら……」

「動く」

「……はい?」

 

 

「動くよ、君は。動かないわけがない。だって言ってたもの。助けを求める人を助けるのは当然だって」

「それくらいで、初対面の私のことを?」

「まぁ、ほぼ直感かな?その、試そうとしたことだって、言わないことはできたはずじゃない?でも君は全部伝えてくれた。それで十分だ。それに借りられる力は借りなくちゃ。疑ってる余裕なんか、無いよ」

 

そんな試すとか試されるとか、考えもつかなかった。余裕がないのは本当のことだ。加えて、今までの出会いが良すぎたのかもしれない。

 

 

 

セイバーが黙ってしまっている。

 

「セイバー?」

「……ふふ、ハハハハ……」

 

静かに笑ってるよこの人。

 

「どうしたの?」

「失礼しました。いえ、他のサーヴァントの方々が、そしてあの子があなたを慕っている理由が少しわかった気がしまして」

 

あの子?

此処ではない何処かを見つめるセイバーの瞳からは、その複雑な感情を読み取ることができない。

 

「……改めまして、マスター。先のご無礼、お許しください。そして、私の名前をお預けします。私の名は」

「いいよ。伝えたくない理由があったんでしょ?俺もさっきはごめんね?よく考えずに探りとか入れて」

 

別にここで名前を聞いておく必要はない。きっとまた会える。

 

「しかし……」

「いいんだよ。それに」

 

名前がわからなくったって

 

「俺たちもう、コンビでしょ?」

「……それも、そうですね」

 

準備はできた。舞台は整った。

 

「そんじゃ、最後の試練……張り切って行きますか!」

「共に参りましょう!マスター!」

 

湧き出る敵も怖くない。

セイバーが何者でも関係ない。

立ちふさがる困難を叩き潰す。

 

 

負ける気が、しない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦闘終了。なんとかなりましたね、マスター。見事な采配です」

 

俺たちは、今日も生き残ることができた。これで全ての試練を突破したことになる。

 

「アヴェンジャー?」

「……あぁ、お前は全ての障害を払いのけた。見事と言っておこう」

どうやらこれで本当に終わりらしい。アヴェンジャーが珍しく笑っている。

 

「セイバー、手ぇ挙げて!」

 

そう言って顔の横に手のひらを前へ向けて掲げる。

 

「はぁ、こうですか」

 

それに倣いセイバーも手を挙げる。

 

「そうそう。じゃあ……」

 

良い音が部屋中に響く。普通のハイタッチだ。

 

「なんでしょう?これは」

「アニキ……えーと、他のサーヴァントたちとね、戦闘終了後とか良いことがあった時によくやるんだ。セイバーももう仲間なんだから、やらないとね」

 

主に野郎限定だけど。仲のいい友達と悪ノリしてるみたいで、俺は好きだ。

そう思ってセイバーを見上げると、また笑っていた。

 

「……貴方は朝の陽射しのような方ですね、マスター。暖かく、周りを照らす」

「そんなことないよ」

 

照れくさくて、鼻の頭を擦る。

 

「俺は光ってなんかいない。照らされてるのは、俺の方だ。皆の光が、俺を導いてくれる。その光を受けて、俺も輝きたいって、そう思うんだ」

「……そうですか。今はそれで、納得しておきましょう」

「なんだよそれ」

 

そう言って俺たちは、また笑い合った。

 

 

 

 

 

 

「どうやら、私の役目はここで終わりのようです。私はカルデアに所属していないサーヴァント。すぐ貴方に会いに行くことは出来ません」

「セイバー……」

 

そうだ、君と俺の線はまだ交わっていない。ただでさえこの場所でのことを俺はきっと忘れてしまうのに。

 

「そのようなお顔はよしてください。私まで別れが辛くなってしまう。大丈夫ですよ。貴方がこの旅を続ける限り、いつか、何処かで必ず出会えます。私の霊基が、そう言っています」

 

そう言って、セイバーは俺に微笑みかけた。

 

「そうだね。俺も、そんな気がする」

 

また何処かで、この線は交わる。

不思議と、そんな確証が得られた。

 

 

 

 

「では最後に、貴方に魔法をかけましょう」

 

言葉がいちいちクサいのはどうにかならないのだろうか。

 

「心に鎧を。その手に剣を」

 

鎧と、剣。

 

「貴方は決して屈してはいけません。その膝が地に着いたとき、その心が折れたとき、旅路は閉ざされてしまうでしょう。貴方が周囲の光を浴びて輝くように、貴方の仲間も貴方の影響を強く受けます。マスターとサーヴァントなら、なおさらです」

「……」

「だから貴方は、諦めてはいけない。立って、耐えて耐えて、一筋の光明が見えたときにそれを手に取り、困難を断ち切る。そのための鎧と、剣です」

 

 

 

 

「周りのサーヴァントが貴方の身を守ってくれるでしょう?ならばマスターは、仲間たちの心を守る存在になりなさい。そういうことです」

 

 

 

 

「俺が、守る?」

 

心を守る。そんなこと、考え付かなかった。

 

「貴方にはそれができる。だって支え合う仲間が、たくさんいるじゃないですか。それに、あの子もいる」

 

目の前の騎士が、光となって消えていく。この手に新たな光を灯してくれた人は、最後まで穏やかに笑う、まるで波のたたない湖のような騎士だった。

 

「……あの子のこと、よろしくお願いします」

 

光の粒が、天井に昇っていった。

 

 

 

……さっきから思っていたことだけど、

 

「あの子って誰―!?」

 

 

 

 

届いた声は、質問の答えではなかった。

 

「きっと貴方は、世界を救うでしょう。その剣となること、楽しみにしています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とアヴェンジャーだけが残されたこの空間は、沈黙と塔の揺れる音で支配されている。

役目を終えたこの塔が、生者である俺に「早く帰れ」と言っているようだ。まもなくこの夢世界は崩壊するのだろう。名残惜しくはない。待っている仲間たちがいるのだ。一刻も早く戻らなければ。

 

「何をモタモタしている。お前は全ての困難を退けた。監獄塔はじきに消える。それはそうだ。ここは本物のシャトー・ディフではないのだからな。さぁ早く行け。向こうの扉をくぐれば帰れるはずだ。それとも死霊どもと共に消えゆくか?」

 

アヴェンジャーに帰れと急かされる。もちろん帰るさ。早くカルデアに戻って、心配している皆を安心させなければ。でも……

 

「君は、どうなる?」

 

揺れは大きくなるばかりだ。そう長くはもたないだろう。

アヴェンジャーは心配するこちらを嘲るかのように笑い、言った。

 

「少しは考えろ。今までお前をここで手伝ったサーヴァントはどうなった?消えただろう。オレとて変わらん。俺も役目を終え、消えるだろうな。それに、もし消えずにこの塔の消滅に巻き込まれたとして、何も問題は無いだろう。曲がりなりにもオレはサーヴァントだ。座に帰るだけだろうな」

 

だから早く行け。横顔がそう語っていた。塔はもうすぐにでも消えそうだ。これ以上お喋りしている余裕はないだろう。でも、これだけは聞かないといけない。そう思った。それは、さっきアヴェンジャーも言っていたこと。

 

「君の役目って、なんだったんだ……?」

 

それを聞いたアヴェンジャーの顔が歪み、軽く舌打ちをしたのが聞こえた。

 

「最後の最後に下手を打つとは、オレも甘くなったものだ」

 

時間がないのは向こうも承知のようで、無視することはなさそうだ。

 

はぁ、と一つ大きな溜め息をつき、こちらへ振り向くことなく言った。

 

 

 

 

「道に迷ってウジウジしてるやつがいてな。そいつの尻を蹴ろうと思っただけだ」

 

 

 

 

 空間が揺れる音は聞こえない。塔は光の粒となり、消えかかっている。

この光は何処に向かっているんだろう。上へ上へ、光は昇る。雪が空へ昇るような、普通では有り得ない幻想的な景色。この光が向かう先が英霊の座なのだろうか。目の前の男からも、徐々に光が漏れ出している。時間がない。なのに俺の身体は動かない。伝えなきゃいけないことがある気がするのに。

 

 

「お前は早く自分がしなければならないことに集中しろ。早く行け。オレはお前をここで送り出す。お前はやるべきことを為す。事の次第はお前次第。そうすればオレは今度こそ途中で投げ出すことなく為すべきことを為せるというわけだ。わかったか?ならば行け。振り返るな」

 

 

最後の最後までアヴェンジャーは彼らしい物言いをする。少し心が軽くなった。

 

「今度は俺が呼ぶよ。道に迷って、どうしようもなくなったとき。そしたら、来てくれる?」

 

「オレはこう言うしかあるまい。待て、しかして希望せよ、だ」

 

予想してた答えとあまりに一致していて、笑ってしまった。

そうだ。俺は進まなくてはならない。今まで以上の出会いと別れを乗り越えて。

 

「じゃあね」

 

俺は走り出す。現実へ。戦いへ。未来へ。

 

扉をくぐると、全てが白く染まった。真っ白な空間に、一人佇む。俺を呼ぶ声が聞こえる。現実までもう少しだ。俺は一歩踏み出した。

 

 

 

 

「ありがとう。俺の神父」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……オレはお前のファリア神父になるつもりはない、と言ったはずだがな」

 

アヴェンジャーは聞いていた。未だ未熟で、誰かの助けがなければ生きられないほどちっぽけで、それでいて強い光を魂に宿す青年の、その最後の呟きを。

 

「お前に復讐の炎は似合わない。その光を怒りで曇らせてはいけない。囚われてくれるなよ」

 

扉を見るその眼には、煌々と燃える焔は見当たらない。

 

「さぁ行け藤丸立香。この先お前を待ち受けるのは、生易しい苦痛ではないだろう。お前は辛く苦しい戦いの日々にその身を落とすことになる。だが、それでいいのだ。喜べ。お前の願いは、漸く叶う」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、何も無くなった。

 

おかえり、目を開けろ。

 

さぁ、目覚めの時だ。

 

 

 

……Hello World, Welcome New Legend.

 





ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。


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9 約束

かなり短いですがどうしても他と混ぜたくなかったので投稿します。

よろしくお願いします。


 

9 約束

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の世界は灰色だった。

 

初めて目にしたのは病室のような部屋。透明な壁で遮られた小さな世界。瞼を開けておはよう。瞼を閉じておやすみなさい。

 

 

 

 

 

私の世界は灰色だった。

 

ベッドから出た。自分の脚で歩いた。でも部屋からは出られない。私にとってはこの部屋が世界だった。それが大きいか小さいかなんてわからなかった。だってここが、私のセカイ。

 

 

 

 

 

私の世界は灰色だった。

 

 カルデアの広さに驚いた。職員の皆さんは優しい。友達もできた。小さくて、モフモフした、可愛い友達。私は部屋を出て歩き回り、「窓の外」を知った。

 

 

 

 

 

 私の世界は灰色だった。

 

 「窓の外」はいつも同じだった。職員の方の話によると、外には空があり、様々な色に変わるらしい。太陽と月があるらしい。でも一度も見たことがない。「今日も吹雪いてるね」と誰かが言った。

 

 

 

 

 

 私の世界は灰色だった。

 

 色々な本を読んでたくさんの知識を得た。いつか青空が見てみたい。そう思った。廊下を一人歩く。友達を見つける。追いかける。倒れている人がいた。大丈夫ですか?と話しかける。寝ていたその人が体を起こした。

 

 

 

 

吸い込まれるような、蒼い瞳と眼が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先輩は覚えていますか?これは約束。これは契約。貴方と交わした、最初の契り。先輩にとっては、なんとなくこぼした軽口だったのかもしれません。でも、私にとっては、何よりも大事な約束。生きる活力をくれる、尊い道標。風に揺らめく弱弱しい灯火のような命に酸素を吹き込み、また明々と燃え上がらせてくれました。。

 

「吹雪ばっかりで参っちゃうよね」

 

 そんな何気ない会話から始まった、私の小さな革命。私の口からポロッと零れ落ちた、私の願いの雫。誰もが見落としてしまうような、本当に小さい私の夢。

 

「いつか本物の青空が見てみたいです」

 

 でも先輩はそれを掬い上げてくれました。些細なことだと笑わず、正面から受け止めてくれました。

 

「それじゃあ、約束だ。俺がいつか君に本当の青空を見せてあげるよ」

 

 その言葉があったから、私は生きている。果てしなく、長く険しい旅でも頑張れる。貴方が隣にいてくれるから。貴方が約束してくれたから。貴方が、

 

 

 

 

 

「だから、それまで俺が君の青空になるよ。それでいいかな」

 

 

 

 

 

私の道標に、なってくれるから。

 

 

 なんちゃって、なんて言っておどけていたけれど、私の世界はその言葉で急変しました。あの燃え盛る世界でも、必死で生を掴み取ることができました。

 

 それに私は知っています。それは私にとっては冗談なんかじゃありませんでした。光輪の浮かぶ偽物の空だったのかもしれません。でも、初めて見た青空、オルレアンの空は、先輩の瞳と同じ

 

 

蒼色だったんですから。

 

 

 

 私が初めて見た「色」は、貴方の瞳(空の色)だったんです。

 

 

 

 

カルデアの廊下で倒れて眠っていた貴方。

 

所長の目の前で居眠りしていた貴方。

 

私の手を握っていてくれた貴方。

 

私を外の世界に連れ出してくれた貴方。

 

私の世界を色づけた貴方。

 

 

 

 

 

私に、色彩をくれた人……。

 

 

 

 

 

 

あなたがいる世界に、私も生きている。

 

 

 

 





今回はここまでです。また少し時間を頂きます。

次回もよろしくお願いします。


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10 笑顔


超絶お久しぶりです。本当に申し訳ないです。

今回は、スッカスカのイマジネーションを振り絞ったギャグ回です。
なにとぞ広い心でご覧ください。

あと、三周年おめでとうございます。


よろしくお願いします。


 

10 笑顔

 

 

 

「マシュが部屋から出てこないだぁ?」

 

 モードレッドが頬杖をつき、眉間にしわを寄せながらそう返す。ランチタイムのピークを過ぎた食堂はお昼時の喧騒が鳴りを潜め、穏やかな時間の流れを感じさせる。

 

「そうなんだよ。何かわからない?」

 

日課のデイリー任務消化のためについ先ほどまでレイシフトをしていた俺は、任務を手伝ってくれていたサーヴァントと共に少し遅めのお昼休みである。今ご飯を食べているのは俺たちくらいのもので、食堂勤務の人やその手伝いをしているサーヴァントの皆に少し申し訳ない。

 

「わっかんねぇなー。つっても特別やらなきゃならねぇ仕事があるわけでもねぇんだろ?じゃあ別に良いんじゃね?アイツにだって一人で何かしたい時ぐらいあるだろ」

「んー……まぁ、そうだけど」

 

まったくもってその通りなんだが、なんとなくそんな単純なことじゃない気がする。

 

度重なる特異点修復の疲労が一気に爆発したからか、俺が何日も寝込み、目を覚ましたのが三日前。その次の日までは自室で安静にしていたので、日常生活に復帰したのは結局昨日なのだ。もちろんマシュが最初にお見舞いに来てくれたのだが、それ以来会っていない。ご飯時に食堂で見かけるが、急いで食べてすぐ自室に戻ってしまう。それ以外で部屋の外に出てこないらしい。おかしい。絶対。寂しいだけだろと言われたら言葉に詰まるが、やっぱりおかしいと思う。なんていうか、らしくないような気がする。

 

「良くないです。ご飯だけ食べにきて、それ以外ずっと部屋の中なんて、不健康極まりないじゃないですか」

「マルタ……」

 

一緒にランチタイムサーヴァントその二。マルタ姐さんが口を開いた。

そういう心配じゃないんだけど……。いやそういう心配もあるのか。

 

「健全な魂は健全な肉体に宿るのです。彼女はまだ若いのですから、食事をしたら日の光を浴びて運動しないと……」

「外猛吹雪だから日の光は無理じゃないかと」

「オメーその喋り方疲れねぇの?」

 

 

バァン!と大きな音がマルタの手元から鳴り響き、俺とモードレッドの肩が跳ねる。

どうやらマルタが机を叩いたらしい。彼女の目の前の机に手の形をした穴が開いている。思わず三度見した。

 

時が止まっているかのような錯覚に吐き気すら催す。

 

「いちいち細かいわねぇ。わかるでしょ言葉のニュアンスぐらい。そのまんま受け取ってんじゃないわよ」

「すいません」

「すいません」

 

圧倒的な力を持つ者の前では頭を垂れることしかできない。俺とモードレッドは無限に引き延ばされた数秒の間、視線を落とし冷や汗を額に浮かべ、互いを肘で突き合っていた。

マルタの言葉遣いはデリケートなんだって!

 

 

「私、喉渇いてきたんだけど」

 

お茶取ってきます……。

 

 

 

 

 

「それではマシュ更生計画の作戦会議を始めようか」

 

 手を組んで肘を着く俺。如何にも作戦会議って感じだ。これは否が応にもノらざるを得まい。

 

「食事中ですよ。行儀が悪い。どちらかにしなさい」

「別にマシュが堕落したわけではねぇだろ」

「……」

 

箸を置き、もう一度手を組みなおす。

 

「それではマシュを外に連れ出そう会議を始めます」

「早く食べちゃいなさい。食堂の方に迷惑でしょう」

「そっち優先するのな」

 

食べながらでいいんで聞いてください……!

 

 

 

 

 

 

 

「引きこもりを引っ張り出す方法として、古来より日本にはある手法が伝わっている」

 

 

「おい、なんか語り始めたぞ」

「ほっときましょう」

 

 

もちろん現代の引きこもり相手にこんなことしてしまった日には逆効果も甚だしいばかりかカウンセラーの先生に特大の雷を落とされてしまうだろうが。しかし今回の相手はデミとはいえサーヴァント。神すら引きずり出すこの方法はうってつけだろう。

その方法とは皆さんご存知……

 

「天岩戸作戦!!」

 

 

 

「モードレッド、それマスターの唐揚げじゃない。勝手に食べたら怒られますよ」

「いいって。どうせ気付かないだろ」

 

 

 天岩戸とは、我が日本に伝わる神話の一つだ。簡単に説明すると、須佐之男くんがやんちゃしまくったのでお姉ちゃんである天照さんが猛省して天岩戸というところに閉じこもってしまったのだ。須佐之男くんまじサイテー。それはそうと国関係なく神話っていきなり下ネタ入ってきてビックリするよね。陰部とかしょっちゅう出てくるし。男神だいたいプレイボーイだし。男女関係の拗れとかで滅びるし。なんだよ死因が陰部に尖ったものが刺さったからって。なんでわざわざ陰部に刺さるんですか。腹とか首、顔の方がありがちじゃんよ。陰部である意味ってなにさ?須佐之男くんホント最低!

 話が変な方向に向かってしまった。天照さんが引きこもってしまったが、どうにか外に出したい他の神様はこんな行動に出たのだ。それは……

 

「外でどんちゃん騒ぎして誘い出す!!」

 

 

 

「おかーさん何してるの?」

「不思議だわ!」

「さぁ、なんなのでしょうね?啓示でも頂いているのかしら」

「おうチビども。唐揚げ食うか?」

「わーい!ありがとー!」

「おいしいわおいしいわおいしいわ!」

「キャベツも食べなさい」

 

 

 なんで自分が引きこもってジメジメしているのに周りの神連中はそんなに楽しそうなんだと訝しんだ天照さん。天岩戸からひょっこりしたところをフィッシングされてしまう。そうして天照さんの籠り生活は終わりを迎えたのだった。

 これが天岩戸の大まかな内容。ここから思いついた俺の画期的作戦が「天岩戸作戦」ということだ。その具体的内容とは……!

 

「マシュの部屋の前で騒ぎまくる」

「そのまんまね」

「まるパクリもいいとこじゃねぇか」

「泣きたい」

「からあげおいしー」

「レモン搾っておいたわ!」

 

いやだってそれしかなくない?アレンジの加えようがないでしょ。素人はレシピ通りにやりなさいってエミヤが言ってたし。

 

「料理の話でしょ」

「画期的とか言うからどんなモンかと思ったけど、あまりにそのまんまで拍子抜けだぜ」

「……うっ」

「どんなことするのかまで決めときなさいよ」

「やべ、辛辣すぎて吐きそう……オェッ」

「ごちそうさまでした」

「無くなっちゃったー」

 

 

 なんと言われようが、この作戦で決定なのだ。しかしマルタの言うことも一理ある。このままマシュの部屋に向かってしまったらグダってしまい失敗するかもしれない。やることの方向性も決めないといけないし、もっと仲間も集めなければならなそうだ。

 

 よし。まずは

 

 

 

「エミヤ……唐揚げ追加で……」

 

 

 白米しか主張してこないこのお盆をどうにかしないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、天岩戸スペシャルアドバイザーの玉藻さんを連れてきました」

「それを私に聞くんですか……いや、別に良いんですけどね?」

「お前度胸あんな」

「まぁ、これ以上の適任はいないでしょうが……」

 

これで作戦成功率は五千兆%だ!

 

 

 

「第一回天岩戸作戦ミーティングを開始します。玉藻、どう?」

「投げたぞコイツ」

 

モードレット、静かに。

 

「んー、やはり最初は無難に楽しそう、と思わせる方向でいいんじゃないでしょうかね」

「まずはテンプレ……よし、それでいこう」

「テンプレってマスター……皮肉ですか?ワタクシに対する?ん?」

「作戦開始だ!奴らを呼んでこぉい!」

 

 

早く始めないと良妻系(ホントかよ)キャスターのプレッシャーに圧し潰されてしまう。

これが中立・悪……!

チビってない。これは汗だ。

 

 

 

 

 

 

 カルデアの廊下に爆音の笑い声と叫び声が響き渡る。

 

「オラァ!ガキ!ジジィ!早く続き書きやがれ!サイコロ振るぞ!」

「アンデルセン!シェイクスピア!早く早く!モーさんがバチバチいってる!ブラッドアーサーでカルデアが崩壊する前に!」

「ハレルヤ―!絶対次は六出して追いついてやるんだから!」

 

 これが天岩戸作戦その一、皆で楽しく双六編だ。これだけ楽し気にワイワイやっていればマシュも我慢できずに「私も混ぜてくださぁい!」となるに違いない。

 しかもこれはただの双六ではない。かの有名な作家であるアンデルセンとシェイクスピアにリアルタイムで書かせながら行っているアドリブ双六だ。徹夜明けでカルデア内をうろついていた二人を捕まえたところ、異常なテンションで承諾してくれたのだ。ありえないほど上機嫌な二人に悪い予感がしないでもなかったが、まぁ今のところ特に問題はない。ただ、二人は徹夜明けの脳内麻薬ドバドバの状態で書いているので、さっきからコマの内容がハチャメチャだ。終わるころには綺麗なシックスパックができているのではないかと思うくらい腹がよじれている。

 

「ハハハハハ!少し待つこともできないのか赤いの!今に見ていろ最高のエンターテインメントを喰らわせてやる!」

「やる気が萎えるような悲劇禁止とされますと、私のモチベーション的に辛いモノがありますが、まぁいいでしょう!これはこれで楽しいものです!」

「とか言いつつプレイヤーの精神殺すようなコマを作るな!マルタ!」

「星のようにタラスク!」

「ライダーの宝具は勘弁してほしいのですぞ!」

「待て止めろ全体宝具じゃないかギャァァァァァァァ!」

 

十人十色の笑い声が廊下に響き渡る。作戦の都合上、マシュの部屋の前の廊下に直接書きながらやっているので、他の部屋の住人には申し訳なく思っている。でも楽しいから仕方ないんだ。

 

「おい!プレイヤーのキャラが死んだけど世代交代したぞ!いつになったら終わるんだ!」

「そんなもの知るか!こうなったらとことんやるぞ!世界最長双六を作ってやる!」

「カルデアをコマで埋めましょう!」

「いいぞもっとやれー!」

「アンタもやりなさいタラスク!」

「……!?」

 

俺たちが止めない限り双六は続く……!とか思っていたところに、プシュッ……と気の抜けるような音が耳に届く。どうやらすぐそこの部屋のドアが開いたらしい。

 

「あっ、マシュ!マシュも一緒に……」

 

しかし、この言葉を最後まで言うことはできなかった。

 

 

 

「誰がそれ、掃除するんですか」

 

 

 

黙り込んで互いを突き合う俺とモードレッド。

 

いつの間にか消えた主人に身代わりにされたタラスク。

 

気絶したように眠る作家二人。

 

 

 

俺は、部屋の奥に消えていく後輩に声を掛けることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第二回天岩戸作戦ミーティングを開始します。引き続きスペシャルアドバイザーの玉藻さんをゲストにお迎えしております」

「あれで懲りないんですね」

「メンタルが強いのね」

「あれ今日は口きいてくれない目ェしてたぞ」

 

一回の失敗ぐらいで止めてたら人理修復なんてできませんよ。そう言うととっても微妙な表情をされた。リアクションに困ったら笑ってほしい。

食堂の一角に暗い雰囲気が立ち込める。それはそうだ。あのマシュの表情を見てしまったら楽観的になどなれないだろう。

食堂全体に奇妙な雰囲気が立ち込める。それはそうだ。マスターとサーヴァントがこんな奇天烈なことをしていたら周りの職員さんたちは訝しむだろう。

 

 イカン。想定より早くドクターとダ・ヴィンチちゃんによるストップがかかるかもしれない。これはプランを速やかに遂行しなければ。

 

 

「コイツ何真剣に悩んでんだ?」

「マシュさんを想っての行動なのでしょうが……」

「空回ってるわよね」

 

 

 それに夕飯時になると食堂で作戦会議ができなくなってしまう。タイムリミットまであと少し。早く次の手を……!

 

 

 

「やはり音楽か……!」

 

 

「厄介なのに気付いたぞコイツ」

「それは……オチが見えるというかなんというか」

「しゃーないから満足するまで付き合ってやりましょ」

 

音楽の力は偉大であると、昔から偉い人が言ってる気がする。それにかの有名なミュージシャン、ジョン・レノンが言っていた。「僕が音楽を始めたきっかけは、クラスメイトの女の子を振り向かせたいからだった」って。(言ってない)

 俺もマシュのために歌ったるぞ!

 

「奴を呼んでこぉい!!」

 

 

 

ちなみに作戦会議はマイルームでもできる。しかしマイルームだと、詳しくはマイルームで女性または女性サーヴァントと一緒に居ると、ニョローン・三昧・令呪―ッ!ってなもんで令呪を一画使ってしまい、勿体ないので候補から外しているのだ。わかれ。

 

 

 

 

 

 

ところ変わってまたも例のカルデアの廊下。今度は壮絶なギターソロと黄色い声援が響き渡る。

 

「みんなありがとう!ギター&ボーカルの立香です!」

 

(すごいギターソロ)←五歳だから描写できない

 

「きゃーー!ますたぁぁぁぁ!」

 

最前列中央に陣取って興奮気味に炎を吐き、「ダイブして♡」とプリントされているうちわを持ったファンの子が声援を送ってくれる。ウィンクをしたら鼻血を噴き出して倒れてしまい、担架で運ばれていった。

 

 

「ベースのモードレッド様だぜ!」

 

(カッコいいスラッピング)←五歳だから描写(ry

 

「Morrrrrrrrrdred!?」

 

近くを通りかかった黒い鎧のお兄さん(?)が気絶して倒れ、担架で運ばれてしまった。これはドクターを遅らせることができてラッキーかもしれない。

 

 

「オラぁシャバ憎ども!私のドラムを聴きなさい!」

 

(エグいドラムソロ)←五歳だから(ry

 

「マルタ殿ぉぉぉぉ!」

 

「手合わせして♡」と書かれた扇を振っていたサムライが突如飛来したドラムスティックに貫かれ、光の粒となっていた。いやあの人TSUBAMEとか斬れるはずなんだけど。

 

 

「そして最後は天才である、そう、僕さ!現代のクラヴィーアというのもそれはそれで良いものだねぇ!」

 

(超絶技巧の鍵盤さばき)←五歳

 

「アマデウスー!頑張ってー!」

 

マリー王妃可愛すぎひん?そしてオーディエンスから彼女を守っているつもりなのであろう、サンソンが絶妙にキモい。デオンは「スター出して♡」と書かれたうちわを振っている。こちらの視線に気づいてウィンクしてきた。アッ!マ”ッ!マジで、もう、「ヴィヴ・ラ・フランス!」って感じだ。(語彙力消失)

 

 

 

もう皆さんおわかりであろう。これこそが天岩戸作戦その二、コンサートライブ編である。廊下を埋め尽くす人、人、人。皆俺たちの歌を聴きに来てくれている。こんなものを目の前で演られたら、「私も聴きたい!」となることはもはや決まった未来も同然。しかもこのバンド、曲の全てに神童と謳われたアマデウスが関わっている。彼が作曲、編曲、アレンジしたのだ。このバンド作戦が成功することなど、歴史が保証してくれているようなものだ。

いつマシュが外に出てきてもいいように、ドアの前にオーディエンスはいない。むしろ部屋から出てすぐの場所が最最前列になるようにステージが出来上がっている。準備万端だ。こんな作戦が思いつく自分の頭が怖い。

 

 

「カルデアの皆さん!盛り上がっていきましょう!1,2,3,4」

 

 歓声が上がる。俺は今メンバーと、観客と、楽器と、音楽と!一つに……一つになっている!何でもできる!それくらいの全能感が俺の中を駆け巡っている!夢のスターダムまで駆け上っちゃう!

 

 さぁいよいよサビだというまさにその時!プシュッとドアの開く音!スッと姿を見せる者!ついにこの時が来たっ……!

 

 

 

 

「うるさいです」

 

 

 

ギターとベースでつばぜり合いをする俺とモードレッド。

 

案の定消えているマルタ。

 

良い顔で演奏し続けるモーツァルト。

 

 

 

はい、撤収しましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「第三回天岩戸作戦ミーティングを始めます。引き続きスぺゲス玉藻っちでーす」

「まだやるんですか」

「でもちょっと堪えてるみたいね」

「ワリィこと言わねぇから。な?やめとけって」

 

食堂の机に突っ伏しつつも会議を進行する。モードレッドが珍しく優しい。それだけのものをマシュの瞳の奥に見たのだろうか。

 

 だがここまできて退くわけにはいかない。ここでやめたら完全にバッドコミュニケーションだ。ワケわからんことした変な人になってしまう。せめてお話だけでも……!

 きっと次がラストチャンスだ。時間的にも、精神的にも。それ以上はドクターストップがかかってしまう。文字通り。二つの意味で。

 

 食堂にちらほらと人が集まってくる。これ以上作戦会議に時間を費やすことは不可能のようだ。それ以前に協力者(?)の三人の憐みの視線がさっきから痛くてしょうがない。くっ……殺せ!

 

 だが心配いらない。最後にして最強の作戦があるのだ!あまりに卑怯な作戦なので使いたくなかったが、ここまで追い込まれたらそんなこと言っていられない。なりふり構わず、やるしかない。タイミング的にも、これ以上はないというほどの好時間帯。人類史が何人の中毒者を出したかわからないこの作戦。だが俺はやる。後輩のために。だがそれで後輩を壊すことになるかもしれない。許せとは言わない。存分に恨んでくれて構わない。これはマシュを、君を想ってのことなんだ。

 

 

「最後のミッションだ!いくぞ!」

 

 

「見守るだけ、見守りましょう」

「そうね」

「行動力だけはあんだよなぁ」

 

三人も「ここまできたら」と、渋々後を追った。何をやるにしても、結果は見えているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

ジュゥゥゥゥゥゥ、という何かが焼けるような音と、お腹を刺激する良い香りが辺りに広がる。そう。それはまぎれもなく……

 

「焼肉だ。天岩戸作戦最終フェイズ。焼肉大作戦」

 

お供の三人は笑いを堪えている。

 

 

 

 ヒトが他の動物と違う点として、火を利用することが挙げられる。ヒトは、それを神に許された数少ない生命なのだ。

 

(うん……この匂い……たまらないな)

 

 遥か昔、言葉も宗教も無かった時代。ヒトが狩りをして生きていた頃から、焼肉はあったのだ。故に人間は本能的に肉が焼ける音や匂いに弱い。それはまさに、人類史が始まる以前からのことであり、人類史とともに確固たるものとして刻まれた魂の記憶なのだ。それを象徴するかのように、暗殺・革命のような歴史の転換点には必ずといっていいほど、焼肉の存在があった。(藤丸調べ)

 

(まずいな……俺という人間火力発電所が、早く燃料をくれと唸っている)

 

 そして今日も、食欲という原初の欲求に耐えられなくなった、俺、独り。おっと、焦ってはいけない。進化した人類が学んだこと。それは、肉はそれぞれ適切な火入れ時間があるということだ。ここらで一回、サワーを一口。

 

(これこれ。ビールも良いけど、焼肉にレモンサワー。新常識に、花丸だ)

 

匂いだけでご飯○○杯イケちゃうという冗談がよくあるが、あながちギャグとも言えないのが、怖い。

 

 

 

 

 傍から見たら、滑稽に映るだろう。俺は一人、マシュの部屋の前で七輪をつついている。モーさん、マルタ、玉藻は通路の陰からこちらを見ている。よだれ垂らすくらいなら来ればいいのに。

 

 煙が充満することを避けるために、七輪の上には焼肉屋によくある煙が吸い込まれて外に排気される筒がセットしてある。まぁ今回は外部への通気口ではなくマシュの部屋の通気口へと繋がっているが。これで焼肉の匂いを逃がすことなくマシュに嗅がせることができる。しかもちょうどいいことに今は夕飯時。これに耐えられるわけがない。(ピー)教徒も諸手を上げて肉にかぶりつくぞ。

 

 

 

 

「先輩、臭いです」

 

 

 

リツカは  めのまえが  まっくらになった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「臭いって言われた……クサ、クサいて。俺が臭いって。マシュに……ヴッ!」

「マスターのことじゃなくてお部屋の……詳しく言うならば焼き肉のことだと思いますケド……」

「いやー、やっぱ炭火で焼いた肉はウメェなぁ」

「ビールが欲しくなるわね」

 

全ての作戦が失敗に終わり、今僕らの目の前には四人前の焼肉定食が置いてあった。食堂はもうじきディナーのピークタイム。つまり、タイムリミット来たれり。これ以上の作戦実行は不可能だ。

この食堂は、今の自分には少し眩しい。人理修復のさなかでありながらも、ここは笑顔に溢れている。業務を忘れて面白おかしげに同僚と談笑するもの、静かに休憩を味わうもの……。彼ら、彼女らは未来に向かって今を生きている。生命力を感じさせる。

 

「俺とマシュの仲は修復不可能になったかもなんですけど、ね」

「やめろアホ」

「シヴァさんも二人の未来は観測できないって……」

「言ってませんからね」

「ひとーりにーなるーと聞―こえーるのー」

「ウルッサイわねぇ!」

「アッ!」

 

もう無理だ。心が折れる音が聞こえる。机に突っ伏してオイオイと泣く。思春期で人間関係に悩む年頃の俺にマルタの言葉の刃は深々と刺さった。「あっやべ。ごめんねマスター」(意訳)という彼女の謝罪が聞こえるが、いや、アナタ、本心がついポロっとみたいな声色してましたよ。

 

 我ながらめんどくさいことはわかっている。だが、この感情は理屈ではどうしようもないってこともわかる。

 マシュが部屋に籠っていることに、何か理由があることもわかっている。決して悪いことではないだろうこともわかる。

 それがわかるからモードレッドたちのノリが軽いこともわかっている。彼女らが実はそれほど心配していないのもわかってる。

 今回の騒動が特に問題じゃないってことも、なんとなくわかる。そんなことで揺らぐような関係じゃないこともわかっている。

 

 わかっている。わかっているんだ。俺は空回っている。必要のないことでバタバタと、格好悪い。わかっている。わかっているよ、そんなこと。でもこの謎の焦燥感は、どんなに理屈を並べようと、消えはしない。消えないから、焦る。焦っても変わらないのに。

青い。青いなぁ、俺。何に焦っているんだろう。誰に焦っているんだろう。

 

 

 あぁ、俺だ。俺は俺に慌てているんだ。マシュが、彼女が少し俺の前に姿を見せないだけで、俺に内緒で動いていることで、こんなにも不安になる自分自身に焦っているんだ。不安になって、怖くなって、暴れてみたりしたんだ。

 

 

 

「落ち着いたかね?」

 

ふと、俺に話しかける声が聞こえた。

 

「……お母さん」

「残念ながら私は君の母親ではないよ」

 

エミヤだった。

 

「今日は、随分忙しかったそうじゃないか。で、戦果はどうだったかね?」

「うぐ……!」

 

どうやら今日のことは随所に知れ渡っているらしい。

 

「そりゃ、あれだけ騒げばなぁ」

 

モードレッドたちも呆れている。

他愛ないことで済ますには、少々周りを巻き込み過ぎたのかもしれない。

 

 やれやれ、と肩をすくめるエミヤ。アメリカ人みたいなリアクションしやがって純日本人が。

 

「しょうがない。言うなと言われていたが、少々助言をしてやろう」

「え、誰に」

「それは聞かぬがなんとやら、だ。今晩彼女の部屋に行ってみるがいい。拒まれはしないはずだ。しっかり話をするんだな」

「彼女って……え、彼女(・・)?」

 

周囲を見回すとモードレッドも、マルタも、玉藻も思わずといったふうに笑っている。

なんか、途端に恥ずかしくなってきた。

 

「ちょっと、エミ」

「これ以上は何も。俺は調理場に戻る。今夜も忙しくなりそうだ」

「……」

 

急に全身の毛が逆立つような感覚、しかし温かく心地いいソレに襲われ、目の前の焼肉定食を掻っ込む。

 

「おいおい急にどうしたマスター。喉に詰まらすぞ」

 

よく噛んで、飲み込み、口を開く。

 

「とにかくまずは、エネルギー補給。腹が減ってはなんとやら、でしょう?」

 

エミヤは薄く笑い、

 

「おかわりは用意してある。たっぷり食べるといい」

 

背中越しに手を一回振ってキッチンに帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花の香りがする。

 

 なんていう花だっけ?思い出せない。嗅いだことのある匂いだ。

 現在俺は、マシュの部屋の中にいる。昼間の出来事があったにも関わらず、彼女は自分を招き入れてくれた。少しだけ安心するも、ここまで来たら引き返せないということでもある。

 

 花の香りがする。

 

 知っている匂いだ。でも思い出せない。余裕がない。ふと、学生時代の職員室を思い出した。動悸が早まる。額に汗が滲む。でも、もう進むことしかできない。彼女と、しっかり話さないと。

 

 花の香りがする。

 

 ……花?違う。これは彼女の匂いだ。どんな時も隣に在った、彼女の匂い。俺を安心させてくれる、あの香り。

 動悸が平常に戻る。世界に音が戻る。彼女の声が、聞こえる。

 

「先輩?どうしたんですか?あの、話があるって」

「あ、ごめんね。ボーっとしちゃって」

 

 そうだ。何のために来たんだ。まずは謝って、俺の気持ちを伝えないと。君が心配なんだって。近くにいてほしいって。こんなセリフ、柄じゃないかもしれないけど、言葉にしないと伝わらないんだ。君はいつだって俺の考えを読み取ってくれた。「いずれはアイコンタクトだけで」なんておどけて言っていたけど、それに俺は随分助けられた。知らぬうちに、君にばっかり任せてこちらから伝えようと努力しなくなっていたかもしれない。それが今日の失態だ。格好つけていたって何にも意味がない。

 

「先輩」

 

よし。まずは一歩踏み出せ。

 

「先輩!」

「あぇっ!はい!なんでしょう!」

「これ!」

 

目の前に差し出される、後輩の手。細く、白く、華奢な手だ。

……違う。何か握っている。これは……

 

「……お守り?」

 

シールダーとしての彼女が持つ盾のような刺繍が施されている、小さなお守り。

 

「これ、もしかして」

「あ……その!私の手作りで、あの、私!裁縫とかしたことなくて……エミヤさんやブ―ディカさんに教わって、でも、上手くできなくて。あっ!そんなことどうでもよくて!あの、先輩、無理していたようでしたし、この前だって寝込んでしまって……」

 

彼女らしくない、ちぐはぐな言葉。何を話すべきか、まとまってないらしい。

 

「マシュ」

「だから、その……お守りを!作ろうと」

 

こちらの呼びかけにも反応しない、先ほどとは逆の立場のやりとり。

 

「マシュ!」

「っはい!敵襲ですか!」

 

盾を取り出し、武装する彼女。笑いを堪え、そっと優しく、その手を包む。

 

「お守り、ありがとう。それと、慌てすぎだよ」

 

真っ赤になった彼女が再起動するまで、このお守りを眺めることにしようか。

 

 

 

 

 

 

「俺、謝りたかったんだ。昼間のこと」

「あぁ、あの、他のサーヴァントの皆さんと遊んでた」

 

落ち着いた彼女と一緒に、ベッドに腰かける。近すぎず、しかし確かな繋がりを感じる距離。俺が笑えば、君も笑う。揺れる髪が互いの香りを届ける。

それにしても、遊んでた、ね。マシュにはそう見えていたのか。

 

「ごめんね、騒がしくして。これでも、心配してたんだ。いつも一緒だったから、近くにいないのが、なんか不安で」

 

君は俺のために、お守りを作ってくれていたっていうのに。

結局、俺は自分のことしか考えていなかったのか。

 

「これだって、部屋に入ってすぐにでも言うつもりだったのに、尻込みしてさ。やっぱりマシュにきっかけ作ってもらっちゃった」

 

全て伝える。君に頼ってコミュニケーションを疎かにしていたかもしれないこと。俺からも伝えなきゃと思ったこと。でも、君に見栄を張りたい俺がいて、そいつがブレーキをかけること。君にはありのままでいたいのに。

 

「結局、俺は俺のことばっかりだった。気付いたよ、マシュの指の怪我。俺のために、そこまでしてくれて」

 

慣れない裁縫で、針が刺さってしまったんだろうか。指には、絆創膏がいくつか巻いてあった。今は隠しているが、さっき手を握った時にわかった。

 あぁ、恥ずかしい。もっとスマートで頼れる先輩でありたいのに。さっきから何を話しているんだろう。自分の汚い部分に、どんどん気付いていく。

 

 

「……ふ、ふふっ」

 

 

ふいに、マシュが笑った。

 

「どうしたの?」

 

笑顔でいてくれるのは嬉しいが、何が彼女の琴線に触れたのかわからない。

 

「また、先輩の新たな一面を知ることができました。それが、嬉しくて」

「いや、でも」

 

こんな汚いところは、見せたくない。

 

「先輩は、自分のこと格好悪いと思っているかもしれません。でも、私は嬉しいです。今、先輩は初めての表情を私に見せてくれています。今まで、見たことなかった顔です。ありのままって、そういうことだと思います」

 

彼女は、にこやかに話し続ける。

 

「今日の昼間もですけど、私、他のサーヴァントの皆さんに少し、嫉妬していました。特に、モードレッドさんや、マルタさんに。友達、と言いますか、気兼ねなくお話できる関係のように見えて。そういう意味では、『ありのままで』接しているように、感じていました」

「だって、モードレッドたちは」

「いいんです」

 

悪友みたいなものだし、という言葉は、目の前の後輩に遮られてしまった。

 

「今、思いました。私は私らしく、先輩と一緒にいようって」

 

そう言った彼女は、嫉妬とか、さっきの言葉が冗談に聞こえるくらい軽やかに笑っていた。だからこそ、雨上がりの陽射しのように、俺の心にかかった雲を切り裂いたのだろう。

 

「たくさんお喋りしましょう先輩。好きなもの、嫌いなもの。今まで見てきたもの、これから見たいもの。先輩のことなら、なんでも知りたいです。モードレッドさんたちみたいに、一緒にふざけられなくてもいいんです。ヒトとの関わりは、マニュアルにまとめられていません。何通りあってもいいんですね。これは、レイシフトするまでは知らないことでした」

 

あ、でも……たまには一緒におふざけしてみたいです。

 

そう言って、恥ずかしそうにはにかんだ。

 

「……なんだ。簡単なことだったんだ」

 

笑ってしまう。そうだ。俺は色々考え過ぎていた。

近づきたくて、近づいたようで、少しだけ、距離を取っていたんだ。怖がっていたんだ。

 

もう、やめにしよう。格好つけるのを、やめようじゃないか。

笑ったり、愚痴ったり、泣いたり、強がったり。ありのままってそういうことなんだ。汚いところも、格好悪いところも、全部俺なんだ。マシュには、そういうところも見てほしいんだ。見せてほしいんだ。

 

まるで迷路だった。迷って、行き止まって、右往左往して君を探した。考え過ぎて、分かれ道につまずいて、動けなくなっていた。

気付いてみれば、簡単だった。君は最初から、隣にいたんだね。

 

 

 

 

それからは、ベッドの上で色んなことを話した。俺の故郷のこととか、お互いの好きな食べ物とか、おススメの本とか、本当に他愛のないことを。これまでにも、しょっちゅう話していたことだ。もしかしたら、俺と彼女の関係は特に変わっていないのかもしれない。

でも、会話の途中で触れ合う互いの手の小指が、なんだかこそばゆかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他のサーヴァントの皆にも手作りのお守りを渡そう、というのはどちらが言い出したことだったろうか。そんな話の流れで、俺は何気なく聞いた。

 

「そういえば、このお守りの中って何が入ってるの?」

 

そんな軽い疑問に、君は

 

「内緒、です。開けちゃダメですよ先輩?」

 

俺が今まで見たどんな綺麗な花より美しく、微笑んだんだ。

 

あぁ、時よ戻れ。そして止まれ。そう思わずにはいられなかった。時間にして、二秒もなかっただろう。呼吸も忘れ、君以外が見えなくなる錯覚。魔法にかけられたように、動けなくなっていた。君の声で魔法が解ける。「そろそろレムレムの時間のようですね」と困り顔で唸る君。

 

ライラックだ。唐突に思い出した。この部屋に広がる、君の香り。

君のように無邪気で、純粋。そして君の髪によく似た美しい紫色の花。

 

でも、君の笑顔には敵わないだろう。

 

あぁ、あぁ。マシュ、俺は気付いてしまった。このお守りに込められたモノに。

それは、君の笑顔だ。俺の目の前で咲いた、美しい花。

 

君の願いだ。この答え合わせはしないでおこう。

心に秘めて、お守りを、笑顔を、そっとポケットにしまった。

 

 

 





分割したくないので、長くなっちゃいましたね。

活動報告の方に、ついっとぁ~とかのことが書いてあります。
一緒にゲームとかの話が出来たら嬉しいです。よろしくです。



次回もよろしくお願いします。



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