6人の戦車道 (U.G.N)
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小さな戦車娘

 ガルパンはアニメだけ全部見ました。
 今回はダージリンさんです。

 どうぞ



 

 辺り一面田畑が並ぶ道を、一台の戦車が駆け抜ける。

 

 ドイツ戦車、Ⅱ号戦車F型である。

 

 その戦車に乗っているのは十歳前後の二人の姉妹。

 

 姉のまほが運転をし、妹のみほは頭を戦車から出している。

 

 気持ちの良い風に吹かれながらしばらく走っていると、田畑の先に一つの大きな家が見えてくる。この辺りでは少し珍しい、洋風の家である。

 

 一ヶ月ほど前からここに誰かが引っ越してきていたことは知っていた。しかし、初めて見た洋風の家に、二人はあまり近付けないでいたのだ。

 

 しかし、

 

「もっと近くでみてみたい!」

 

 と、みほが言うので、まほが戦車を運転してここまで来たのだ。

 

「おっきいー!」

 

 みほが戦車から顔を出しながらはしゃいでいる。

 

 まほも戦車を一度停車させ、戦車から顔を出す。

 

「ホント、大きい……」

 

 姉妹揃ってその家を見上げていると、中から突然声が掛かる。

 

「……誰ですの?」

 

 みほとまほが声の主を探していると、再び声が掛かった。

 

「ここですわ」

 

 声のする方を見てみると、庭に設置してあるパラソル付きの豪華なテーブルで紅茶を片手にしている一人の美少女がいた。

 

 金色の髪が風に靡き、優雅に紅茶を飲む十歳前後の女の子。

 

「君はだれ?」

 

 みほが純粋な目と質問をその少女に向ける。

 

「それはこちらのセリフですわ。ここはわたくしのお家ですわよ」

 

 この家といい、喋り方といい、彼女は上品なお嬢様なのだろう。

 

「へぇー、ここ君のお家なんだ。すごいね!」

 

「え、ええ。それほどでも……」

 

「あ、わたしは西住みほ! こっちはわたしのお姉ちゃん!」

 

「西住まほだ」

 

「そう。よろしく。わたくしは……」

 

「それなに飲んでるの?」

 

 少女の言葉を遮り、みほが質問する。まさに好奇心旺盛である。

 

「え、こ、これ? これはダージリンですわよ」

 

「へぇー、じゃあきみは、ダージリンちゃんだね!」

 

「へ? いや、わたくしは」

「よろしくね! ダージリンちゃん!」

 

「………………ええ。よろしく」

 

「……何か、すまんな」

 

「……いえ」

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

「……ダージリン様、ダージリン様」

 

「何かしら、ペコ」

 

 ダージリンは昔のことを思い出しながら、優雅に紅茶を飲んでいた。

 

「練習試合の申し込みが来ています」

 

「練習試合? どこからかしら?」

 

「えっと、大洗女子学園というところからですね」

 

 オレンジペコの言葉にピクリと反応するダージリン。

 

「……大洗女子? あそこは戦車道がない学校のはずでしょ?」

 

「よくご存知ですね。何やら、今年から復活したそうですよ」

 

「何ですって?」

 

 ダージリンの声にほんの少しだけ怒気が含む。

 しかし、すぐに冷静さを取り戻すと、再び紅茶を口に含んだ。

 

「だ、ダージリン様?」

 

「……何でもないわ。その申し出、承けましょう。我ら聖グロリアーナは、来る敵を拒みませんわ」

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

「ダージリンちゃん! 乗って乗って!」

 

 みほがダージリンの手を引っ張り、戦車へと連れ込む。ダージリンは今まで、戦車を乗ったことはおろか、見たこともなかった。故に、子供心に何か響くものがあったのだろう。ダージリンは目をキラキラさせながら戦車へと乗り込んだ。

 

「これが戦車、ですのね。初めて見ましたわ」

 

「お姉ちゃん! 早く早く! パンツァー・フォー!」

 

「はいはい」

 

「ぱ、パンツァー・フォー? それはなんですの?」

 

 ダージリンが戸惑いながら尋ねる。

 

「パンツァー・フォーっていうのはね! っていうのは…………。お、お姉ちゃん……」

 

「パンツァー・フォーとは、戦車前進という意味だ。どうやらドイツ語らしい」

 

「お、お二人はドイツ語がわかるのですか?」

 

「ううん。これだけー」

 

「私もわからん」

 

 エンジンをかけ、Ⅱ号戦車F型が動き出す。

 

「わ、わわっ。動きましたわ!」

 

「ダージリンちゃん。ダージリンちゃん。ここから顔を出してみてよ!」

 

 みほが自分の頭上を指差す。

 

「ええ!? そ、そんな。危ないですわ」

 

「大丈夫大丈夫。ほらっ」

 

 みほが手を差し出す。

 ダージリンはその手を掴むと、恐る恐る戦車の外へと顔を出す。

 

「目、あけてみて」

 

 一緒に顔を出しているみほに言われ、瞑っていた目をゆっくりと開けるダージリン。

 

 そして、目の前に広がったのはどこまでも続いているような田畑。心地よい風が頬を撫で、初めて経験する感覚に胸のドキドキが止まらない。

 

「すごい。まるで鳥になったようですわ」

 

 実際はそこまでスピードが出ているわけでもない。しかし、こんな目線の高さで動いているのは初めてであり、本当に鳥になったような気分である。

 

「あ、ダージリンちゃん。見て見て! 鳥さんだよ!」

 

 みほが指差す方を見てみると、数羽の鳥がダージリンたちと同じ高さ・スピードで飛んでいた。

 

「すごい! アハハッ! わたくしも鳥になりましたわ! 今、わたくしは空を飛んでいますわ!」

 

 ダージリンは大きく腕を広げて、楽しそうに笑っていた。

 

 

「またねー! ダージリンちゃん!」

 

「また、一緒に遊ぼう」

 

「ええ。今日はとても楽しかったですわ。ありがとうございました」

 

 ダージリンは綺麗なお辞儀をすると、家の中へ入っていった。

 

「私たちも帰るか」

 

「うん!」

 

 

 一方、ダージリンは

 

「お母様、お母様!!」

 

「あらあら、どうしたの?」

 

「わたくし、わたくしも戦車に乗りたいですわ!!」

 

 これが、ダージリンという少女と戦車道の出会いだった。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

 プルルルル、プルルルル、ーーガチャ

 

『……もしもし』

 

「もしもし、お久し振りですわね。まほ」

 

『……もう、お前から電話が来ることなどないと思ってたんだがな。ダージリン』

 

「一年ぶりくらいですものね」

 

『……何の用だ?』

 

「わたくし、今度練習試合が決まりましたの」

 

『……? 聖グロリアーナなら、練習試合をするのは当たり前だろう?』

 

「相手は、大洗女子学園ですわ」

 

『………………何だと?』

 

「それで隊長が……」

 

『待て、大洗は戦車道がないはずだろう』

 

「……わたくしも、確認しましたわ。何の因果か、今年から復活したそうよ」

 

『…………』

 

 

 

「そして、大洗の隊長は…………」

 

 

 

 

 

 




 どうでしたか?
 これからも6人を絡めて、昔と今を混ぜながらやっていきたいと思っています。

 感想、評価、お待ちしております


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昔も今もみほはみほ

 聖グロ戦、決着です
 どうぞ



「ダージリンちゃん! こっちこっちー!」

 

 みほが戦車の前に立ちながら両手を広げて、合図を送っている。

 

「こ、こうですの?」

 

「そう。あとはゆっくりアクセルを踏んで……」

 

 Ⅱ号戦車F型の操縦席にはダージリンが座り、その後ろでまほが操縦の仕方を教えている。

 

 ゆっくりとⅡ号が動き出す。

 

「……! 動きましたわ!」

 

「慌てないで。まずはゆっくり」

 

「え、ええ」

 

 そのままゆっくりと、戦車の前を歩くみほに合わせて進んでいく。

 

「はい。ブレーキ踏んで。そう、OK」

 

 まほの指示に沿ってブレーキを踏み込み、戦車を停車させる。

 

「……ふぅ。まほ、わたくしは上手にできましたか?」

 

「うん。初めて動かしたとは思えなかったよ」

 

「……えへへ。まほの教え方が上手なんですのよ」

 

 まほに褒められ、嬉しそうに顔を緩めるダージリン。初めて戦車を動かし、それを上手と褒められたダージリンの表情は物凄く嬉しそうだった。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

「……ダージリン様? どうかされましたか?」

 

 一緒に紅茶を飲んでいたオレンジペコが、ダージリンの様子に違和感を覚え尋ねる。

 

「……いいえ? なんともないわよ、ペコ」

 

 実際は先週の電話を思い出していたのだが、ダージリンは何ともないかのように振る舞う。

 

「そうですか。もうそろそろ大洗に着きますので、準備の方を」

 

「……ええ」

 

 

 

 

 ~先週~

 

「それで、大洗の隊長は……、みほ、らしいですわ」

 

『………………それで?』

 

「観に来られる、ということは?」

 

『私がか? 何故だ?』

 

「……妹が戦車道に帰ってきた。それだけで観に来る理由にはなるのではなくて?」

 

『……大洗は今年から戦車道が復活したと言ったな?』

 

「ええ」

 

『なら、経験者は恐らくみほだけだろう。そんな素人集団の試合を観ても何の偵察にも参考にもならん』

 

「…………」

 

『…………』

 

「……そうですか。貴女に連絡したのが間違いでしたわ」

 

『そのようだな』

 

「………………………………ばか」

 

『…………』

 

 プツッ、プーー、プーー、プーー

 

 

 

 

(本当に、馬鹿)

 

 ダージリンは残りの紅茶をゆっくり飲み干すと、椅子から立ちあがり、ハンガーに掛けてあった赤い戦車道用の上着を着る。

 

 それと同時に、微かな揺れが収まる。

 

 どうやら、学園艦が大洗に到着したようだ。

 

 ダージリンは優雅に外へと歩き出す。オレンジペコもそんなダージリンの後に続いていった。

 

 

 

 集合場所と言われていた草原に着くと、既に大洗の戦車と生徒が待っていた。

 

「本日は急な申し込みにも関わらず、試合を受けていただき感謝する」

 

 大洗の副隊長でもある河嶋桃が代表して礼を言う。

 

「構いませんことよ。それにしても、そちらの戦車は随分と個性的ですのね。………………ねえ、みほ?」

 

 車長が代表して前に並んでいるため、当然、西住みほの姿がそこにはあった。

 

 ダージリンの姿が見えてからずっと俯いていたみほは、ダージリンに話しかけられビクリと肩を揺らす。

 

「………………お互い、色々と話したいことがあるでしょうけど、それは試合が終わってからにしましょう。今のわたくしと貴女は、敵の隊長同士なのだから」

 

「…………はい」

 

 試合前の礼を済ませ、スタート地点へ向かうために戦車に乗り込むダージリン。

 

 その顔は久しぶりに幼馴染みに会ったとは思えない、まるで苦虫を噛んだかのような表情になっていた。

 

 しかし、それも仕方ないのだろう。

 

 昔はダージリンちゃん! ダージリンちゃん! と明るい笑顔で懐いてくれていた少女が、自分の姿を見た途端に顔を伏せ、話しかけただけであれほど怯えていたのだ。

 

 まるで別人のように変わってしまった西住みほを見ると、胸が張り裂けそうだった。

 

 聞きたいことは山程あった。言いたいことも山程あった。彼女は今、一体どんな思いで戦車道をしているのだろう。だけど、自分が臆病なせいで彼女を怯えさせるだけになってしまった。

 

 しかし、試合が終わったら話そうとは言えた。それなら、ダージリンが今することはたった一つだけだ。

 

「……ペコ」

 

「はい」

 

「全力で行きますわよ」

 

「はい」

 

 この試合、速攻でケリをつける。

 

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

「あのね、あのね、ダージリンちゃん。わたしはね、大きくて強い戦車も好きだけど、それよりも小さくて弱くても、それでも頑張って戦う戦車のほうが好きなんだ」

 

 ある日、みほがいきなり言い出したのである。

 

「そうかしら? 強い戦車で一撃で倒した方が効率もいいですし、華やかではなくて?」

 

「でも、そんな強い戦車を小さい戦車が倒す方がかっこいいよ!」

 

 ふむ、確かにそれも一理あるか? ダージリンはみほの言葉に少し納得した。

 

「けれど、例えば、このティーガー五輌と貴女がいつも乗っているⅡ号五輌だったら、ティーガーを選ぶでしょ?」

 

 ダージリンが戦車のパンフレットのティーガーを指差しながら言う。

 

「うーん。それで戦うなら、確かにティーガーを選ぶけどさー、でも、Ⅱ号五輌だったとしても、わたしは勝てないこともないと思うよ!」

 

「へぇ。それは面白いわね。一体どうやって勝つのかしら」

 

「それはね! それはね! ーーーーーー」

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

(あれは、いつ頃のことだったかしら)

 

 戦場が山岳地帯から市街地へと移動していた。

 

「全車両、周囲の警戒を怠らないで。ちょっとした隙間や、思いもよらないところから現れる可能性があるわ」

 

 通信で全車両へと伝達をするダージリン。

 

(確か、『こそこそ作戦』だったかしら?)

 

『こちら砲撃を受け、走行不能! 狭い路地からの砲撃でした!』

 

『こちら被弾につき、現在確認中! 地下立体駐車場で後ろを取られました!』

 

「っ! ふっ、やはりあの頃から変わっていないようね、みほ」

 

 ダージリンはそのことに少しホッとしていた。

 

 ダージリンは紅茶のカップを置くと、一斉に指示を送る。

 

「八九式の砲弾なら恐らく耐えれているはず、煙が晴れる前にやってしまいなさい」

 

『はい!』

 

「Ⅲ突は車体が低いため、路地に入り込まれたら厄介ではないでしょうかダージリン様」

 

 オレンジペコの指摘はもっともである。しかし、整列の時に見たⅢ突は少し面白い物を付けていた。それを見逃すダージリンではない。

 

「Ⅲ突は無理に追わず、路地に逃がしなさい。路地に入れば敵は油断するはずよ。そこを家の壁ごと砲撃しなさい」

 

『しかし、Ⅲ突は路地に入られたら見えなくなるのでは?』

 

「問題ないわ。見ればわかるはずですわ」

 

 その指示の数分後、Ⅲ突が走行不能というアナウンスが聞こえてきた。

 

 折角の低い車体にあんなものを付けてしまえば、自分の場所を知らせているようなものである。

 

「あとは、Ⅳ号のみですね。ダージリン様」

 

「…………」

 

「ダージリン様?」

 

 ダージリンは、ここまでの戦況を思い返していた。

 

(38(t)の撃破アナウンス、聞いたかしら?)

 

 あの山岳地帯で砲撃を受け、履帯が外れていたのは見た。しかし、その後、誰か倒しただろうか? そんな疑問がダージリンの頭に過っていた。

 

「念には念を」

 

「え?」

 

「マチルダ三輌でⅣ号を追いなさい」

 

『『『了解!』』』

 

「……? 私たちはどうするのですか? ダージリン様」

 

 見上げるオレンジペコにダージリンは軽く頬笑む。

 

「ペコ、こんな格言を知ってる? イギリス人は恋愛と戦争では、手段を選ばない」

 

「え?」

 

「わたくし達は、Ⅳ号の一つ隣の路地を走ります」

 

「何のためでしょう?」

 

「念のためよ。それに見逃したおチビさんを確実に刈るため」

 

「……?」

 

 

 

「……っ!! あれは! 38(t)!?」

 

 ダージリンの乗るチャーチルの前を生徒会チームの38(t)が走っていた。

 

「やはり、撃破していなかったのね」

 

「どうします!?」

 

「当然、砲撃」

 

 しかし、チャーチルが砲撃する前に、38(t)はさらに狭い路地へと入ってしまった。

 

「くっ、回り込んで追いますか?」

 

「ペコ、冷静になりなさい。今わたくし達がいる場所はどこ?」

 

「え? えっと、Ⅳ号がいる隣の路地です」

 

「そう。つまり今の38(t)はⅣ号を助けに行ったということよ」

 

「なら、尚更追わないと」

 

「いいえ。ここで待てば、100%今38(t)が入っていった路地からⅣ号が出てくるわ」

 

「何故ですか?」

 

「マチルダではそこの路地を通れないからよ」

 

「! なるほど」

 

「38(t)はまず間違いなく、マチルダにやられる。Ⅳ号はその隙にこの路地から逃げるわ。わたくし達がここで待っていることも知らずに。これで、試合終了よ」

 

 

 ダージリンの言った通り、十数秒後、聖グロリアーナの勝利というアナウンスが、大洗の市街地に響き渡った。

 

 




 原作と少し変わったラストでした。どちらにしろ聖グロが勝つんですけどねw
 『こそこそ作戦』は昔、みほがダージリンに自慢気に話していた作戦でした。そのときにダージリンは、みほは意外と厄介な作戦を考えるんだなと思ったので、念には念を押したわけですね。

 ちなみに次回は皆大好きサンダースのあの人が出ます。
 
 この時私は初めて気がつきました。
 あれ? この6人のうち3人が金髪じゃね?と。
 金髪率高くね?と。

 では、次回もお楽しみに

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少女は再び前へと進む

 どうぞ



 

 とある喫茶店。

 そこに、妙な雰囲気に包まれている2人の少女がいた。

 

「…………」

 

「…………」

 

 方やゆっくりと紅茶を飲み、方や両手を膝の上に置いて俯きながら微動だにしない。

 

「…………みほ」

 

「……っ、は、はいっ」

 

「紅茶は熱いうちに飲むものよ」

 

「は、はい……」

 

 ビクビクとしながら、ゆっくりと紅茶を口元へ持っていく。カップが微かにカタカタと震えている。

 

 これが本当にあの無垢な笑顔でダージリンちゃん! と言っていた少女と同一人物なのだろうか。

 

「ねえ、みほ」

 

「……はい」

 

「貴女、わたくしのこと、嫌い?」

 

「え?」

 

「だ、だから、わたくしのこと、嫌いになりましたの?」

 

「えぇ? そ、そんなことないですよ。私がダージリンさんを嫌う理由がないじゃないですか」

 

「じゃあ何で、そんな話し方ですの?」

 

 ダージリンはコメカミをピクピクとヒキつらせながらも、何とか笑顔を作る。

 

「ひぃっ! い、いや、それは……」

 

「そ・れ・に! 貴女さっきから、わたくしのこと何て呼んでますの?」

 

「……? ダージリンさん?」

 

「それですの!! 何でそんな他人行儀な呼び方ですのよぉ!!」

 

「ええ!? そ、そこ!?」

 

 ダージリンは机に突っ伏しながら、涙ながらに叫んでいた。

 

 

 

 

「失礼しました。取り乱しましたわ」

 

「い、いえ」

 

 ダージリンが冷静さを取り戻すのに約十分かかった。

 

「コホン。では改めて。みほ、戦車道に戻ってきたのね」

 

「……うん。初めはやるつもりなんてなかったし、始めたのもなし崩しだったからね。それに、あんな形で黒森峰を辞めたのに、また戦車道をしてるなんて皆には言い出せなくて。あんなに親身になってくれた皆を押し退けて戦車道を辞めたのに……」

 

 みほは罰の悪そうな顔になりながら俯く。

 

「じゃあ、ケイたちには」

 

「うん。言ってない。今日だって、聖グロリアーナと練習試合をするって決まったときは、本当にどうしようって思った。ダージリンさんにどんな顔して会えばいいんだろうって……」

 

「……みほは今、戦車道をやっていて楽しくないの?」

 

 ダージリンの言葉にみほは首を左右に振る。

 

「……初めは戦車を見るのも嫌だった。でも、戦車に乗ると何だか懐かしくて。やっぱり戦車道って楽しいかも」

 

 昔のような無邪気な笑顔、とは言えないが、それでもみほは、昔とは違う少し大人な笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 喫茶店を出ると夕陽が空を紅く染めていた。

 

「今日はありがとう、ダージリンさん。とてもためになった試合だったよ」

 

「それならよかったですわ。……ねえ、みほ」

 

「うん?」

 

「貴女は確かに黒森峰から逃げた。そう言われても仕方がないと思ってるわ」

 

「……うん」

 

「でも、わたくしはそれは悪いことだとは思っていないの」

 

「え?」

 

「逃げてはダメなんていうのは、何の責任も背負わない、無責任な者たちの戯言ですわ」

 

「…………」

 

「大事なのは逃げないことじゃない。逃げた後、どう振る舞うか」

 

「どう、振る舞うか?」

 

 やはり責められるのかと思い、不安げな顔で話を聞いているみほに、ダージリンは優しく微笑む。

 

「普通はできないですわよ。逃げた後に再び戻ってくるなんて。少なくとも、わたくしにはできない」

 

「あ……」

 

「みほ、貴女はやっぱり誰よりも強いわ」

 

 ダージリンの優しい言葉を受け、一筋の滴がみほの頬を伝う。

 

「ふふっ。泣き虫なのは変わってないのかしら」

 

「そ、そんなことないもん!」

 

 みほは涙を袖で拭うと、ダージリンに向き直り、しっかりと告げた。

 

「へへっ。ありがとっ! ダージリンちゃん!」

 

 昔と同じ、ヒマワリのような無邪気な笑顔で。

 

「…………みほ、今、なんて」

 

「さ、帰りましょう! ダージリンさん!」

 

「待って! もう一度、もう一度だけでいいから昔みたいに呼んでぇーー!!」

 

 ダージリンの叫び声が、大洗の街に響いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ~サンダース大学付属高校学園艦~

 

「フンフンフフン~♪」

 

 綺麗な金髪に、モデル並みのスタイルを持つ少女。少女は今日の訓練を終えたばかりだというのに、余裕な様子で鼻唄を歌いながら自室に戻る。

 

「あ、そういえば、今日ダージリンが練習試合してたわね。相手がどこなのかは聞いてないけど、どうだったのかしら。ま、聖グロが簡単に負けるわけないか~」

 

 そう言いながら、パソコンの電源をいれる少女。

 

「起ち上げてる間に~♪、着替えて、コーヒー♪」

 

 不思議な歌を歌いながら、着替えを済ませ、コーヒーを淹れる。

 コーヒーを淹れ終わると同時にパソコンが起ち上がったので、聖グロリアーナのホームページを見る。

 

「ふむふむ。あ、ちゃんと勝ったみたいね。よしよし。それで~? 相手は…………」

 

 相手高校の名前を確認した少女は持っていたコーヒーを床に落としてしまう。しかし、そんなことはお構い無しにパソコンの画面に顔を近づける。

 

「…………対戦高校の大洗女子は聖グロリアーナに負けるも善戦。今年復活したとは思えないほどだった?」

 

 もっと他の細かい情報はないのかと、いろいろ探してみたが、結局は聖グロリアーナが勝ったということと、先程の1文しか情報はなかった。

 

 しかし、彼女の口元には笑みが生まれていた。

 

 彼女は聖グロリアーナのホームページにUPされていた一枚の写真を見つめる。

 

 その写真は聖グロリアーナの隊長であるダージリンの今日撮られた写真だった。

 

 しかし、この少女にはダージリンの写真など興味がない。第一、ダージリンのあんな写真やこんな写真なら彼女の携帯に大量にある。今更こんな普通の写真など欲しくもないのだ。今彼女が見ているのは、ダージリンの後ろに小さく写る一人の少女。

 

「…………アハッ。待ってた。待ってたわよ! ミホ!!」

 

 

 

 




 ケイさんは最後にちょっとだけの出番でした。

 次回、抽選会です。いろんな人が登場する予定です。

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かつての姉たち

 どうぞ



 

 第63回 戦車道 全国高校生大会

 

 

 戦車道の全国大会。今日はその抽選会である。

 

 ステージ上のみほが、クジを引く。

 

『大洗女子学園。8番です』

 

 みほの引いたくじが確認され、アナウンスがかかる。

 無名高が一回戦の相手だと決まったサンダース大付属の生徒たちは手を取り合い喜んでいる。

 

 しかし、そんな中一人だけ、他の生徒たちとは違う種類の喜びを感じている少女がいた。

 

(……フフフ、まさか一回戦からミホと当たるなんて。幸運の女神は、私に憑いているようね!)

 

 これで一回戦はもらったと喜んでいる仲間たちとは違い、みほと戦えることに喜んでいたケイだが、彼女もサンダース大付属の隊長である。締めるところは締めなければいけない。

 

 それに、決して油断してはならない。

 敵の大将の恐ろしさは、この身をもって知っているのだから。

 

「はいはい、静かにしなさい。喜ぶのは勝ってから。そうでしょ?」

 

 ケイは仲間に注意をする。やるべきことはしっかりとこなす。それが彼女だ。

 

「しかし隊長。相手は今年戦車道が復活した高校ですよ? そんな素人集団に我々が負けるはずないですよ」

 

 サンダース大付属の副隊長であり、最近はフラッグ車の車長を任されているアリサが完全に敵を舐めきった発言をする。

 

 そんなアリサの発言に、ケイが反応する。

 

「……アリサ。私、いつも言ってるわよね?」

 

「……え?」

 

 どうやらアリサは、ここでようやくケイが不機嫌になっていることに気が付いたようだ。

 

「常に余裕を持つことは大事なことよ。でもね、余裕でいることと、相手を舐めるのは違うだろうがぁ!」

 

「ヒィッ!!」

 

 いつもは気さくで心が広く優しいケイだが、怒ると怖いということは隊の全員が知っていた。

 

「そういう舐めた態度が油断に繋がるのよ、ばっかもーん!!」

 

「はいぃ!! スミマセン!!」

 

 褒めるところは褒め、叱るところはしっかり叱る。

 ここがケイの良いところである。

 

「それじゃ、アンタたちが油断しないために、面白い情報を二つ教えてあげる」

 

 ケイは人差し指と中指を伸ばし、大洗の情報を語り始める。

 

「少し前に、聖グロリアーナが親善試合をしたわ。相手は、大洗女子」

 

「聖グロリアーナ?」

 

「確かに、大洗は負けたらしいんだけどね。ダージリンが大洗に紅茶を贈ったそうよ」

 

「ええ!? 聖グロリアーナが紅茶を!?」

 

 聖グロリアーナは好敵手と認めた相手にしか紅茶を贈らない伝統がある。

 

「あと、これはとっておき。…………大洗の隊長の名前は、西住 みほ」

 

「……西住?」

 

「黒森峰の西住 まほの妹。つまり、西住流だよ」

 

『西住流!?』

 

 チームメイトたちが声を揃える。

 

(まぁ、ミホは西住流とはちょっと違うけど。こう言っておけば、この子たちも油断はしないでしょ)

 

 こういう考えは流石隊長である。

 

 

 

 ~アンツィオ高校~

 

『次、大洗女子学園。代表者お願いします』

 

「姐さん! 私たちの一回戦、マジノ女学院ッスね!」

 

「…………」

 

「姐さん?」

 

 ペパロニの言葉を聞き流し、アンチョビは別のことを考えていた。

 

(大洗? いや、大洗は戦車道なかったハズだろ? 聞き間違い? それとも似た名前の高校か?)

 

『大洗女子学園。8番です。』

 

「……っ!!??」

 

 ガタガタッと席を立ち上がるアンチョビ。

 それに驚く両サイドのペパロニとカルパッチョ。

 

(みほ!? アレみほ!? 何で、みほが? 大洗は戦車道なかったのに……。ていうか、二回戦に当たるな。向こうの一回戦は……、サンダース!? あぁ、ケイかよ。ケイともやりたいけどな。でも……)

 

「あの、姐さん? どうかしたんスか?」

 

「ちょっと電話してくる!」

 

「ええ!?」

 

 アンチョビはいったん会場を出ると、携帯を取り出し、『友達』の欄に登録してある番号に電話をかける。

 

『ハーイ! 久しぶり、千代美!』

 

「アンチョビ! って、そんなことより、あんたンところの一回戦!」

 

『…………ミホ?』

 

「あ? 知ってたのか?」

 

『アッハハッ、おかしなことを言うのね千代美。さっきクジを引いてたじゃない!』

 

「いや、確かにそうだけども! 何でもっと驚かないのよ!」

 

『だって、ミホがまた戦車道を始めていたことは前から知ってたもん』

 

「はぁ!? いつ? どこで? どうやって!? 私は何も聞いてないわよ!?」

 

『別に私だって誰かから聞いたわけじゃないわよ。ただ、前に大洗と聖グロが親善試合してて、聖グロのホームページの写真にミホが小さく載ってたの』

 

「何ソレ! 私も見る!! ってそうじゃなくて、サンダースか大洗がうちの二回戦の相手なんだよ!」

 

『あー、ホントだ。……何? ミホと戦いたいから私に負けろとでも?』

 

「んなわけないでしょ。別にどっちが来ても私は構わないのよ。私がしたいのはみほがまた戦車道をしてるって話よ!」

 

『いいんじゃない? 私は無理矢理やらされてるんじゃないならいいと思ってるわ。それに、今あの子がいるのは常勝黒森峰じゃない。気楽にやれてるんじゃない?』

 

「……そうかな? それならいいんだけど」

 

『ていうか、アンタ今から二回戦の心配してるの? 一回戦大丈夫なわけ? 五輌くらい戦車貸してあげよっか?』

 

「ざっけんじゃないわよ! 私たちは負けない、じゃなくて、勝つのよ! 絶対!」

 

『そ、頑張ってねー』

 

「あんたこそ、相手はあの西住みほなのよ。せいぜい油断はしないことね」

 

『わかってるわ』

 

 じゃあね。と電話を切るアンチョビ。

 

(…………やっぱりみほだったのね。また、戦車道に戻ってこれたんだ。良かった……)

 

 アンチョビは少し潤んだ目を擦ると、カルパッチョたちのところへ戻っていった。

 

 

 

 ~プラウダ高校~

 

「」

 

 プラウダ高校の生徒たちが座っている席の真ん中で、プラウダ高校の隊長であるカチューシャがステージの上に上がってクジを引いている少女を見て固まっていた。

 

「ノンナノンナ」

 

「はい。何でしょうカチューシャ」

 

 隣に座るノンナがカチューシャに返事をする。

 

「聖グロリアーナのダージリンに電話を繋げて」

 

「はい」

 

 ノンナは携帯を取り出し、連絡先の『聖グロリアーナ』に登録されているダージリンの番号に電話をかける。

 

『もしもし』

 

「もしもし、ご無沙汰しています。プラウダ高校のノンナです。うちのカチューシャが話があるそうで。今代わります」

 

 ノンナがダージリンに一言告げ、カチューシャに携帯を渡す。

 

「わたしよ」

 

『この間のお茶会以来ですわね。どうかしましたか?』

 

「今ミホーシャがクジを引いてるんだけど」

 

『引いていますわね』

 

「何で?」

 

『大洗女子学園の隊長だからでしょうね』

 

「ああ。そっか」

 

『ええ。そうですわ』

 

「…………」

 

『…………』

 

「いやいや、何で!?」

 

『何がですの?』

 

「ダージリン! その反応は知っていたわね!」

 

『何をですの?』

 

「ミホーシャがまた戦車道をしていることをよ!」

 

『知っていましたわ』

 

「何で言わないのよ!」

 

『言おうとはしましたわよ』

 

「はぁ!? いつ!?」

 

「カチューシャ、もう少し小さい声で」

 

 隣のノンナが、熱くなって声が大きくなるカチューシャを注意をする。

 

「あ、ゴメン」

 

『この間のお茶会、覚えていますか?』

 

「覚えてるわよ」

 

『そのとき、わたくし話そうとしましたわよね。親善試合をしたと』

 

「え、ああ。何かしてたわね」

 

『それを貴女が、『また、アンタの勝ちましたわ自慢話? もういいわよ、聞き飽きたわ』と聞こうとしなかったのでしょ?』

 

「え、じゃああの親善試合っていうのは……」

 

『大洗女子とですわ』

 

「何ですって!?」

 

「カチューシャ」

 

「あ、はい。ゴメンナサイ」

 

 また注意をされるカチューシャ。

 

『貴女がちゃんと聞かなかっただけですわ』

 

「ぐっ……」

 

 確かに、またダージリンの遠回しな自慢話かと聞かなかったのは事実である。

 

「……で、どうなったの?」

 

『勝ちましたわ』

 

「そ。ミホーシャはどうだったの」

 

『わたくしがみほのことをよく知っていなければ、危なかったかもしれませんわね』

 

「それはどういう意味?」

 

『フフッ。貴女はどうやら順調にいけば準決勝でみほと当たるようですわね』

 

「え?」

 

 ダージリンに言われ、ステージ上のみほを見るカチューシャ。確かに両方勝ち続ければ準決勝で大洗とプラウダが当たるようだ。

 

「ていうかあの子、一回戦がケイ。二回戦がチョビ子。その次がわたしで、決勝がまほじゃない。見事に幼馴染み大集合ね」

 

『待ちなさい。何故決勝が大洗対黒森峰になっているのかしら?』

 

「そっかぁ。ミホーシャ帰ってきたのね」

 

『ねえカチューシャ』

 

「あの試合。わたしも少し罪悪感があったし」

 

『カチューシャ』

 

「また戻ってこれたのなら、良かったわ」

 

『あのカチューシャ?』

 

「ん。わかったわ。聖グロも頑張ってね」

 

 プツッ、プーー、プーー

 

「良かった、みほ」

 

 カチューシャは妹を見るような優しい目で、ステージの上のみほを見つめるのだった。

 

 

 ~聖グロリアーナ~

 

 プツッ、プーー、プーー

 

「………………」

 

 

 

 ~戦車喫茶~

 

 珍しい喫茶店で、大洗のあんこうチームがケーキを食べていた。

 

 すると、店の扉が開く音がする。

 ちなみにこの音は、戦車の砲撃音である。

 

 そして、あんこうチームの席に近づく影が三つ。

 

 

 

 

 

「「「ミホ(みほ)(ミホーシャ)!!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 




 最初に全員が揃うのはここしかないと思い、全員出してみました。
 まほは普通に原作でエリカと出てくるので、今回は出さずに、次回出すことにしました。
 ダージリンは前回でみほと会ったので、喫茶店には行きませんでした。

 ちなみに、今回アンチョビだけが1度会場を出るというマナーの良さが見えましたねw
 流石姐さんです!

 次回、喫茶店で全員集合(ダージリンを除く)。
 お楽しみに。

 感想、評価、お待ちしております


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絆は消えず、ここに集まる

 どうぞ



「ミホ(みほ)(ミホーシャ)!!」

 

 三人の少女の声が店内に響く。

 

「……? ……!?」

 

「え!? あ、あれは、サンダースのケイさんに、アンツィオの安斎さん、それに去年の優勝校、プラウダの地吹雪のカチューシャさん!! まさか、全員有名校の隊長さんじゃないですか!!」

 

「ハァイ」

 

「アンチョビよ!」

 

「ふん。よく知ってるじゃない」

 

 ケイ、アンチョビ、カチューシャの三人はみほ達あんこうチームの隣の席に座る。

 

「皆さん……。お久しぶりです」

 

「久しぶりねミホ」

 

「元気そうでなによりだ」

 

「それよりあんた、ダージリンに負けたらしいじゃない。情けないわね」

 

 席につくなり気さくに話す三人だが、みほはやはり、どこか気まずそうである。

 

「みほさん、こんな凄い方達とお知り合いなのですか?」

 

 華がみほに率直に思ったことを質問する。

 しかし、それに答えたのはケイだった。

 

「イエス! 私たちと、あとダージリンとまほの6人は、小さい頃からの幼馴染みなの」

 

「ええ!? そ、そうだったんですか!? そんな話初めて知りましたよ!! 流石西住殿です!」

 

「ダージリンって、あの聖グロリアーナの? あ、そう言えばあの試合の後、みぽりん、ダージリンさんに連れていかれてたような」

 

 実は聖グロリアーナとの親善試合の後、問答無用でみほの腕を掴んでどこかへ連れていくダージリンの姿が何人かに目撃されているのだ。

 

「みぽりん! 何でそんな凄いこと教えてくれなかったの!?」

 

「そうですよ西住殿!」

 

「えっと、それは……」

 

 沙織と優花里に問われ、言いづらそうに困るみほを助けたのはもちろんこの人だった。

 

「まあまあまあ! 私たちみたいにスゲー有名人と幼馴染みだってバレると色々と厄介だろ? ほら、取材とか。だから秘密にしてたんじゃないか? そんなとこだろ? みほ」

 

「う、うん」

 

 流石、我らがアンチョビ姐さんである。

 

「ま、積もる話もあるだろうけど、それはまた今度! 今は全国大会に集中しないとね! そうでしょ? 一回戦のお相手さん達?」

 

 ケイの言葉でハッと我に帰るあんこうチーム。そう、今目の前にいるのは、みほの幼馴染みで有名人であるのと同時に、一回戦二回戦、そして準決勝で当たる高校の隊長たちなのだ。

 

「言っておくけど、私たちサンダースは例え相手がミホだとしても、いや、ミホだからこそ手加減なんて一切しないわ。千代美やカチューシャとも戦いたいしね」

 

「アンチョビだってば!」

 

「望むところよ」

 

 ケイが、みほの幼馴染みとしてではなく、サンダース大附属高校の隊長として、みほ達に宣戦布告をする。

 

 すると、そこへ別の声がかかる。

 

「……副隊長?」

 

 あんこうチームとケイたちの間の通路を通りかかったのは、黒森峰の制服を着た少女二人だった。

 

「ああ、元、副隊長でしたね」

 

「ああん!? 誰だお前。だいたい、今は私たちがみほと話してんでしょ!」

 

 黒森峰の1人の発言が頭にきたのか、すぐにアンチョビが反応した。

 

「あー! わたしコイツ知ってるわよ。確か、黒森峰の新しい副隊長で、名前は、逸崎 エリカよ!」

 

「逸見 エリカよ!!」

 

 カチューシャの間違いを即座に訂正するエリカ。見事な切り返しである。

 

「ハァイ、まほ。久しぶり!」

 

「お前達……」

 

 そして、もう1人の少女。西住 まほに皆の視線が集まる。

 

「お姉ちゃん……」

 

「「えっ」」

 

 みほの呟きに華と沙織が反応する。

 

「………………ダージリンも一緒なのか?」

 

 まほは一瞬みほに何かを言おうとするが、思いとどまると、そう問いながら店内を見渡す。

 

「ダージリンはいないわよ。そもそも、私たちだってたまたまこの喫茶店の前を通りかかっただけだもの」

 

「え!? そうだったの!?」

 

 ケイの言葉に驚いたのは沙織だった。しかし、あんな風に同時に来たのに、実は皆たまたま通りかかっただけだったとは、これが幼馴染みパワーというやつだろうか。まぁ、ダージリンはいないのだが。

 

 まほはそれを聞くと一つ息を吐き、再びみほに向き直り、

 

「……まさか、まだ戦車道をやっているとは思わなかった」

 

 そう言い放つ。

 

「お言葉ですが! 去年の西住殿の判断は間違ってなかったと思います!」

 

「部外者が口を出さないで」

 

「……すみません」

 

 エリカに睨まれ、スゴスゴと引き下がる優花里。

 しかし、引き下がらない者もいた。

 

「あら、関係者ならここにいるわよ?」

 

 そう口にしたのは、カチューシャだった。

 

「うっ、そういえば貴女は、プラウダの……」

 

 カチューシャの言葉にエリカが口を閉じる。

 

「そこの子の言う通り。ミホーシャの判断は正しかった。そしてそこを狙ったのがわたし。つまり、黒森峰の連覇を止めたのはこのわたし、カチューシャ様なのよ!」

 

 椅子の上に立ちあがり、ドヤッと胸を張るカチューシャ。因みにちゃんと靴は脱いでいる。

 

「……行くぞ、エリカ」

 

「あ、はい! 隊長」

 

 立ち去ろうとするまほ達を一つの声がとめた。

 

「マホ」

 

「……何だ、ケイ」

 

「この間、約一年振りくらいにダージリンから電話が来たそうね?」

 

「……それがどうした」

 

「その様子じゃ、未だにケンカ中か……」

 

「えっ……」

 

 ケイの言葉に反応したのはみほだった。

 

 確かにみほは黒森峰を、そして戦車道を辞めてからは幼馴染みの誰とも連絡をとっていなかった。ケイやアンチョビからは電話もメールも大量に来ていたのだが、気まずくてそれに答えることはなかったのだ。

 

 因みに、その当時のケイとアンチョビは、みほに嫌われたと夜な夜な枕を濡らしていたのだが、それはまた別のお話しである。

 

 とにかく、自分だけが連絡をとっていなかっただけで、他の幼馴染みの皆は今でも仲が良いと思っていたし、実際、この間ダージリンから、よくカチューシャとはお茶会をすると聞いていたので、まさか姉とダージリンが一年もケンカしていたなど全く知らなかったのだ。

 

「お姉ちゃんとダージリンさんが……?」

 

「あー、えっとねミホ……」

 

「ケイ。余計なことは言うな」

 

「……はぁ、ハイハイ」

 

 結局、まほとダージリンのことはわからず仕舞いでまほとエリカは行ってしまった。

 

 

「それじゃあ、私もこの辺で失礼するわね。大洗の皆、一回戦はお互い熱いバトルを期待してるよ。じゃあねミホ」

 

 ケイは手を大きく振りながら、喫茶店を出ていった。

 

「……千代美さん。カチューシャさん。お二人は、お姉ちゃんとダージリンのこと……」

 

 ケイに逃げられたみほは、次にアンチョビとカチューシャに質問することにした。

 

 しかし、

 

「あー、私はよくは知らないんだよ。それと今はアンチョビよ」(アレのことだよなぁ~)

 

「わたしも知らないわ」(あのときのやつよね)

 

 二人とも心当たりはあるようだが、みほに言おうとはしなかった。

 

「わたしもそろそろ行くわ。ノンナが捜してるといけないし。ああ、それと、あんた達の誰が勝ち上がってきても、準決勝でこのカチューシャ様がボコボコにしてあげるんだから、覚悟しておきなさい。それじゃあね、ピロシキ~」

 

 カチューシャも一言そう言うと、店から出ていった。

 

「……皆、心配してたんだぞ?」

 

「え?」

 

 すると、一人になったアンチョビが突然みほに話しかける。

 

「お前、電話に出ないし。メールも返ってこないし。マジで嫌われたかと思った」

 

「そ、そんなことは……」

 

「それでも何も言わず、何も聞かず、当たり前のように昔みたいに私たちがお前と話してるのは、今のお前が楽しそうだからだよ」

 

「……千代美さん」

 

「アンチョビよ。……何があったのか、どういう経緯でお前がまた戦車道を始めたのかは知らない。でも、また戦車道を始めたことに後悔はしてないんだろ?」

 

「……うん」

 

「今が楽しいんだろ?」

 

「……うん」

 

「戦車道が楽しくて仕方がないんだろ?」

 

「……うん」

 

「うん。ならよしっ。これで私も一安心だ!」

 

「千代美さん……」

 

「アンチョビよ! いい? ケイがいないから今のうちに言っておくわ。一回戦、サンダースなんかに負けるんじゃないわよ? 二回戦であんたと戦うのを楽しみにしてるんだからな」

 

 そう言うと、アンチョビは右手をみほに差し出した。

 

「はい。私も楽しみです」

 

 みほは軽く微笑みながら、アンチョビと握手を交わす。

 

「よっしゃ、私たちが来てからようやく笑ったな。やっぱりみほは笑顔が一番似合うよ。じゃあ、二回戦でな!」

 

 アンチョビはそうキザな台詞を残して、店をあとにした。

 

 

 




 まほとダージリンは約1年も喧嘩しているみたいです。
 以前の電話で、まほが「お前から電話が来るとは思わなかった」と言っていたのは喧嘩してたからなんですね。
 ちゃんと喧嘩の理由も、アンチョビとカチューシャが言っていた『あのとき』というのも後々書くつもりなので、お楽しみに。
 因みに今回、この場にはいるのに一言も喋ってない人がいました。多分、ケーキに夢中だったか、寝ていたんでしょうねw

 では次回、サンダース戦です。

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サンダース大附属高校との一回戦!

 今までで、1番長いです
 どうぞ



 ~ダージリンの家~

 

 みほ、まほ、ダージリン、ケイ、千代美(アンチョビ)、カチューシャの六人は、ダージリンの部屋にてトランプで遊んでいた。

 

 現在はみほ、ダージリン、千代美、カチューシャの四人でおやつを賭けてダウトで勝負をしている最中である。

 

 因みに、まほとケイは既にあがっていて、おやつゲットは決定していた。

 

「ダウト」

 

「うわぁ! まただ~! ダージリンちゃん、何でわかるの!」

 

 みほは場に出されたカードを全部手札に戻す。

 

「ふふっ。こんな格言を知ってる? イギリス人は、恋愛と戦争では手段を選ばない」

 

「私たちは日本人だけどな」

 

「それに、これただのトランプよ」

 

「…………みほ、ほら、貴女からよ」

 

 千代美とカチューシャの指摘を無視して、ダージリンはみほに続きを促す。

 

「うー、4!」

 

 みほが4を伏せる。

 

「はい、5」

 

 次に千代美もカードを伏せる。

 

 そして、ダージリン、カチューシャとカードを伏せていき、三順目に入る。

 

 そろそろ場にはカードが溜まってきている。これは絶対に貰いたくない。

 

「12っ」

 

「13」

 

 みほ、千代美が場にカードを置き、次はダージリンの番である。すると、みほがあることに気づく。

 

 ダージリンの後ろに、まほが座っているのだ。

 

「次は1ですわね」

 

 ダージリンがカードを場に伏せたとき、まほがみほに向かって口を動かす。

 

(え、何? う・そ・を・つ・い・て・い・る? 嘘をついている!? お姉ちゃん!)

 

 まほの口の動きに気づいたみほは、ダージリンに向かって宣言する。

 

「ダージリンちゃん! それダウト!」

 

「え……ッ」

 

 みほが今ダージリンが出したカードをめくる。

 そこに書かれていた数字は5だった。

 

「やったー!」

 

「な、何故……ハッ」

 

 ダージリンが何かに気づき、自分の後ろを見る。

 

「……まほ、貴女まさか」

 

「深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いている」

 

「あ、それ知ってる。ニーチェでしょ」

 

 カチューシャがまほの言葉が誰のものなのか当てる。

 

「ありがとう! お姉ちゃん!」

 

「まかせろ」

 

「ず、ズルいですわよまほ!」

 

「お前が言うのか」

 

 みほとまほとダージリンがギャーギャー騒いでいると、それを一喝する声が。

 

「お前ら! いい加減にしろ!」

 

 小さな頃から流石は姐さんである。

 

「真剣勝負にそんなズルをするな! 正々堂々真正面から勝負することに意味があるんだろうが!」

 

 千代美の一喝に、みほとまほとダージリンがシュンとなる。

 

「まほ! それにケイ!」

 

「……はい」

 

「え!? 私!?」

 

「お前もみほのカードをダージリンに教えてたじゃないか!」

 

「ええ!? そうだったの!?」

 

「だから私もダージリンのカードをみほに教えたんだ」

 

「それは理由にはならん!」

 

「……はい」

 

 更に肩を落とすまほ。

 

「罰として、まほとケイはおやつ抜きだ!」

 

「なっ!」

 

「オーマイガッ! 待って、私はダージリンに頼まれて!」

 

「ちょっ、ケイ!」

 

「それならダージリンもおやつ抜きだ!」

 

「」

 

 ビシッとダージリンを指差す千代美。

 

「そ、それならみほも……」

 

「お前が教えなければ、みほはやらなかっただろうが!」

 

「はい、すみません」

 

 まほが何とかみほも道連れにしようとするが、一蹴される。

 

 ケイとダージリンは何とかしてくれとカチューシャを見つめる。

 

「ま、自業自得ね」

 

 しかし、カチューシャもおやつは欲しいので、おねだりは通用しなかった。

 

「よって、おやつゲットは、私とみほとカチューシャだ!」

 

「「いぇーい!」」

 

 千代美の言葉にみほとカチューシャはハイタッチをし、まほとダージリンとケイは膝から崩れ落ちるのだった。

 

「うぅ~、もう卑怯な手なんて懲りごりよー!!」

 

 ケイの叫びは、ダージリン家に響き渡った。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

(……私たちの行く先々で、敵が待ち構えてる。まるで、こっちの作戦が筒抜けになってるみたい。……ん? 筒抜け?)

 

 みほはサンダースの動きにどこか懐かしい感覚を覚えていた。

 

 まるで自分の手の内が覗かれているような感覚。

 

「……ッ!!」

 

 そこでみほは、昔の出来事を思い出す。

 

 慌てて戦車から頭を出し、空を見上げる。

 

「みぽりん?」

 

 突然動き出したみほを沙織が不思議に思い、どうかした? と尋ねる。

 

 するとみほは、シッと人差し指を自分の口に当て、沙織の耳元へ近づく。

 

「通信傍受機が打ち上げられてる」

 

 みほの一言にあんこうチームの全員が驚く。

 

「確かに、通信傍受機を打ち上げてはいけない。なんてルールは書かれていませんが……」

 

 ルールブックを確認した優花里がそう呟く。

 

「でも、そんなのズルいよ!」

 

「審判に申し出ましょう」

 

 沙織と華が憤りを感じ、審判に訴えようとするが、みほはこの通信傍受機に少し違和感を感じていた。

 

(でも、ケイさんがそんなことするかな? 昔のケイさんならまだしも、あのとき以来、ケイさんはこういうことが嫌いになったはず……)

 

 

 

 ~聖グロリアーナ~

 

 観客席と少し離れた場所にて、ダージリンとオレンジペコが紅茶を飲みながら試合を観ていた。

 

「ペコ、こんなジョークを知ってる?」

 

「……?」

 

「あるアメリカ大統領が自慢したそうよ。『我が国には何でもある』って。そうしたら外国の記者が質問したんですって。『地獄のホットラインもですか?』って」

 

「はあ……」

 

(恐らくあの通信傍受機はケイの作戦じゃないわね。ケイはああいった作戦はすごく嫌うから。おやつ抜きにされるし。多分ケイはあの通信傍受機の存在すら知らないわね)

 

 ダージリンはひと口紅茶を飲む。

 

(さぁみほ、そろそろ気がついたでしょ? どう出るかしら)

 

 

 

 

 ~サンダース~

 

「ちょっとちょっと! 誰もいないわよ?」

 

 アリサの指示を受け、大洗のフラッグ車がいるという場所まで移動したケイだが、そこには誰一人いなかった。

 

『申し訳ありません! こちらフラッグ車。今、大洗の全車輌に砲撃を受けています!』

 

 すると、アリサからそんな信じられない通信が入った。

 

「ちょっとちょっと! 一体どういうことよ!」

 

『はい、あの……恐らく通信傍受機を敵に気付かれ、それを逆手に取られたかと……』

 

「ばっかもーん!!!」

 

『ヒィッ! すみませんすみませんすみません!』

 

 本当にこの子は、勝つためには手段を選ばないあの性格をどうにかしないと。と、切実に思うケイだった。

 

「勝負は常にフェアプレー! いつも言ってるでしょ!!」

 

『ハイィ!!』

 

「全く! 今から向かうから! アンタは死ぬ気で逃げなさい!」

 

『り、了解!!』

 

 通信傍受機。つまりあのアリサの完璧過ぎる指示は、敵の作戦を盗み聞きして、それをそのまま伝えてたということだ。

 

(しかし、やっぱりミホもやるわね! 西住流とは違うその戦い方。やっぱりミホはミホ。昔から何も変わらないわ! それなら私だって、私らしく行かせてもらうわ!)

 

「私の車輌とファイアフライを含めた4輌だけでアリサを迎えに行くわよ! 付いてきなさい! ナオミ、頼んだわよ」

 

『イエス、マム』

 

 

 

 ~再びあんこうチーム~

 

(くっ、流石にすばしっこい。早くしないと向こうの援軍が……)

 

 みほがなかなか決定打が打てないのに多少の焦りを感じていると、突然近くに爆音が響いた。

 

「わわっ! 何、今の音!」

 

「今の砲撃音は、ファイアフライです!」

 

 みほは慌てて戦車から顔を出すと、後方から敵の援軍の姿が見える。

 

「四輌だけ……ケイさん……」

 

 みほは敵が四輌だけなのを見て、安心したような、しかし、どこか納得したような表情をみせる。

 

「四輌だけですか? 西住殿、何かの罠でしょうか?」

 

 優花里がみほに心配そうに聞くが、みほは自信満々に首を横に振りそれを否定する。

 

「それはありえません。援軍はあの四輌のみです」

 

「な、何でわかるの? みぽりん」

 

「相手がケイさんだからです!」

 

『アヒルチーム砲撃されました!』

 

『うさぎチームも走行不可能です!』

 

 すると、突然通信が入る。

 みほは車内に戻ると、急いで通信に答える。

 

「怪我人は!?」

 

『大丈夫です!』

 

『こちらも怪我人はいません!』

 

 ホッと一安心するが、今も後ろからの砲撃が続いている。

 

『ギャーうーたーれーたー!!』

 

「落ち着いてください! 向こうも走りながらの砲撃ですので、簡単には当たりません。敵フラッグ車に当てることだけ考えてください! 今がチャンスなんです。当てれば勝てるんです。諦めたら負けなんです!」

 

 みほの言葉に全員が冷静を取り戻す。

 

「よしっ、華撃って撃って撃ちまくろう! 下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。恋愛と一緒よ!」

 

「いえ、一発で十分なはずです」

 

 華がスコープを覗く。

 

「冷泉さん、丘の上へ。上から狙います」

 

 華の言葉にみほも頷く。

 

「稜線射撃は危険だけど優位に立てる。冷泉さん丘の上へ」

 

「了解した」

 

 そして、試合は最終局面へと向かっていく。

 

 

 

 ~サンダース~

 

「アリサ、上から来るわよ! ナオミはⅣ号を任せたわ!」

 

『了解』

 

 みほの乗るⅣ号車がアリサのフラッグ車を撃つ前に、ファイアフライで決める。

 

(そしてその間に、私が敵フラッグ車を撃破する)

 

「頼んだわよナオミ」

 

 

 

 ~あんこうチーム~

 

「後ろからファイアフライに狙われています。冷泉さん。合図したら急停止してください」

 

「ん」

 

 みほがファイアフライ様子を窺う。そして、

 

「………………今!」

 

 みほの合図と共に、Ⅳ号車が急停止する。

 すると、Ⅳ号車の目の前に、ファイアフライの砲弾が着弾する。

 

「向こうは装填まで時間があります。華さん、焦らず狙ってください」

 

「はい」

 

「冷泉さん、華さんが発射した後すぐに今度は全速バックしてください。こちらの砲撃が当たったかどうかは確認しなくていいです。当たっても当たらなくてもすぐにファイアフライの側面に入り、ファイアフライを撃破します。優花里さんもすぐに装填をお願いします」

 

「了解」

 

「わかりました!」

 

 すると、華の準備が整う。

 

「いきます!」

 

 Ⅳ号が敵フラッグ車に向けて砲撃をした数瞬後、さっきまでⅣ号がいた場所に砲弾が撃ち込まれた。

 

「ファイアフライの右側面へ!」

 

 Ⅳ号は砲撃と同時にバックでファイアフライの砲撃を避け、すぐに方向転換すると、ファイアフライの懐まで接近する。

 

「装填完了です!」

 

「華さん!」

 

「はい!」

 

 そして、華がファイアフライに向かって引き金を引きかけたとき、アナウンスが響いた。

 

『サンダース大附属高校、フラッグ車走行不能! よって、大洗女子の勝利!』

 

 先程の華の砲撃は、見事に敵フラッグ車を撃ち抜いていた。

 

 

 

「ミホ! 通信傍受なんて卑怯な真似して悪かったわね」

 

 試合後、ケイはすぐにみほのところへ謝罪しに行った。

 

「いえ、多分ですけどケイさんは知らなかったんじゃないですか?」

 

「勿論よ。知っていたら辞めさせたに決まってるでしょ。あれは部下の独断よ」

 

「ふふっ、ですよね。あれをケイさんがやっていたら、きっと千代美さんにおやつ取られちゃいますよね」

 

「イエス! 私もそれを思い出してたわ!」

 

 二人して笑い合う。

 

「それに、ケイさんも四輌で来てくれたじゃないですか」

 

「まぁ、流石に通信傍受までしたからね。あのままじゃアンフェアかなと思ったのよ。あと、罠だと思ってくれたらラッキーかなって思ったんだけど……」

 

「それはないですね」

 

「ホワイ?」

 

「ケイさんの信念に反するからです」

 

「…………」

 

「これは戦争ではなく戦車道。道を外れたら戦車が泣く。ですよね?」

 

「……フフッ。That's right! 流石みほ。私のことをしっかりわかってるわね!」

 

 そして、ケイはみほに思いっきり抱きついた。

 

「楽しかったわミホ。今までで一番楽しかった……」

 

「ケイさん……」

 

「またやりましょ、戦車道!」

 

 ケイはみほから離れると、手を振って去っていった。

 

 

 

 

 

 ~サンダース~

 

「あ、あの、隊長」

 

「あ、アリサ。おつかれ~」

 

「お、お疲れ様です」

 

「いやー、いい試合だったわね」

 

「そ、そうですね」

 

「…………」

 

「…………」

 

「帰ったら反省会ね」

 

「………………………………………………はい」

 

 

 

 

 




 話数を増えるにつれて、文字数も増えていく。
 まぁ、試合の話はどうしても長くなっちゃいますよね。

 次回は皆大好きアンチョビ姐さん!
 お楽しみに

 感想、評価、お待ちしております


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安斎千代美です!

 アンチョビ姐さんとの出会いのお話。

 試合はまだだよ!

 どうぞ



 イタリアを模した階段。

 その階段の下で、アンツィオ高校の戦車娘たちが整列していた。

 

 そして、彼女らが見つめる先には…………

 

「きっと奴らは言っている……ノリと勢いだけはある。調子に乗ると手強い」

 

 我らがアンチョビ姐さんが短いムチを持ちながら、演説をしていた。

 

 すると、戦車道のメンバーたちから、おぉ~という声が上がる。

 

「強いって~!」

「照れるなぁ!」

「でも姐さん。だけってどいうことっスか?」

 

「つまりこういうことだ。ノリと勢い以外は何もない。調子が出なけりゃ総崩れ」

 

 何ぃ!! 舐めやがってぇ!! という物騒な声が上がる。

 

 そんなメンバーを見て、アンチョビの横に立っているカルパッチョとペパロニが皆を宥める。

 

「皆落ち着いて。実際言われたわけじゃないから」

 

「あくまでドゥーチェによる冷静な分析だ」

 

「そう、私の想像だ」

 

 なんだぁ。あーびっりした。とあっという間に落ち着く面々。相変わらず、感情の起伏が激しい集団である。

 

「いいかお前たち、根も葉もない噂にいちいち惑わされるな。私たちはあの、マジノ女学院に勝ったんだぞ!」

 

「苦戦しましたけどね……」

 

「勝ちは勝ちだ」

 

 ペパロニの言葉に頷くと、アンチョビの言葉は続く。

 

「ノリと勢いは何も悪い意味だけじゃない。このノリと勢いを二回戦へ持っていくぞ。次はあの西住 みほ率いる大洗女子だ!」

 

「西住って、西住流っスか?」

「西住流ってなんかヤバくないっスか?」

「勝てる気しないっス」

 

「心配するな。いや、ちょっとしろ。何のために三度のおやつを二度にして、ちょくちょく倹約して貯金したと思っている」

 

「何ででしたっけ」

 

「前に話しただろ! それは秘密兵器を買うためだ!」

 

 おぉ~!

 

「こほん。秘密兵器と君たちが持っているノリと勢い。そして少しの考える頭があれば、必ず我らは悲願の三回戦出場を果たせるだろう」

 

 ゴクリと喉を鳴らすメンバー。

 

「皆驚け! これがアンツィオ高の必殺秘密兵器だぁぁぁ! あ……」

 

 ゴーン ゴーン

 

 十二時の鐘である。

 

 すると、メンバーたちはご飯ご飯! とアンチョビの横を走って通りすぎ、食堂に向かってしまう。

 

「こ、こらぁ! お前ら、それでいいのか!」

 

「今の季節、食堂のランチ売り切れるの早いんスよ!」

 

 そしてあっという間に、アンチョビ、カルパッチョ、ペパロニの三人と一輌の布の被せられた戦車だけが、この場に残る。

 

「はぁ。まあ、自分の気持ちに素直な子が多いのが、この学校のいいところなんだけどな……」

 

 と、自分の気持ちに素直じゃない金髪の紅茶っ子と黒森峰の石頭と大洗の今では内気になってしまった幼馴染み達を思い出すアンチョビだった。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

「天が呼ぶッ! 地が呼ぶッ!! 人が呼ぶッ!!!」

 

 公園の滑り台の上で、一人のツインテール少女が木の枝をかざしながら叫んでいる。

 

「少し落ち着けと人は言う!!!」

 

「その通りですわね」

 

「よくわかってるじゃないか」

 

「お姉ちゃん、ダージリンちゃん、あれ誰? 知ってる人?」

 

 みほがまほとダージリンに問う。

 

「さあ?」

 

「初めて見る子ですわね」

 

 まるで知り合いのようなツッコミをしていたが、二人も彼女のことを知らないらしい。

 

「ん? 何だお前ら。ここは私の縄張りだぞ。入国には許可がいる」

 

 ビシッと木の枝をみほ達に向け、敵意を剥き出しにする少女。

 

「私たちは遊びに来ただけだ」

 

「それに、公園は皆の場所ですわ」

 

 まほとダージリンは納得いかないと、少女に抵抗する。

 

「うるさいうるさい! この辺で私より強いヤツなんかいないんだ! だからこの公園も私のモンだ!」

 

「なるほど、意味わかりませんわ」

 

 少女の超絶理論についつい頭を押さえてしまうダージリン。しかし、ここにも負けず嫌いの西住流少女がいた。

 

「……ほう。お前が一番強いと?」

 

「当たり前だ!」

 

「なら、アレよりもか?」

 

 そう言いまほが指差すその先には、公園の入口に停めてあるⅡ号戦車F型があった。

 

「」

 

「どうした? お前はあの戦車にも勝てるのか? ちなみに私は勝てるぞ? 何故ならあの戦車を動かすことができるのは私だけだからだ」

 

 それは勝てると言っていいのだろうか?

 

「ず、ズルいぞ! ていうか、何でこんなところに戦車があるんだよ!」

 

「乗ってきたからだ」

 

「戦車が自転車感覚!?」

 

 滑り台の上と下で繰り返されるやりとり。

 まるで小学生の喧嘩である。まぁ、二人とも小学生なのだが。

 

「とにかく、これで私の方が強いとわかっただろ? さあ、さっさとこの公園を明け渡してもらおうか」

 

「な、なにをぉ! そうはいくもんか!」

 

 すると、少女は滑り台の上から飛び降りる。

 

「おおー!!」

 

「なかなかの運動神経ですわね」

 

 後で観戦していたみほとダージリンは少女の動きを見て感心する。

 

「だいたい、人と戦車じゃあ釣り合うわけないだろ! お前自身が私と戦え!」

 

「ふん。負け犬の遠吠えか」

 

「負けてねーよ! いいから、私と戦えよ! 何だ? 私に負けるのが怖いのか!」

 

「…………何だと?」

 

 まほの瞳に、再び炎が燃え盛る。本当に負けず嫌いである。

 

「……いいだろう。私自身が、お前の相手になってやる。その代わり、私が勝ったら何でも言うことを聞いてもらうぞ?」

 

「ふん! 望むところだ! 私が勝ったら、お前には私の下僕になってもらうからな!」

 

 バチバチバチッと互いの視線がぶつかり合った。

 

 

 そこからは、壮絶な戦いだった。

 

 かけっこから始り、鉄棒、登り棒、腕相撲に指相撲、手押し相撲にあっちむいてホイまで、いたる勝負をした。

 

 そして、時間が流れていき……

 

「ふん。これが西住流だ」

 

「くそっ! あと一歩だったのに!」

 

 最終的に、地に膝をつけ這いつくばるツインテールの少女と、それを上から見下ろすまほという形が完成していた。

 

「あと一歩? どこがですの?」

 

「お姉ちゃんが全部勝ったー!」

 

 日陰のベンチに座りながら二人の勝負を観ていたダージリンとみほは、勝負の終わった二人のところへ寄っていく。

 

「…………わかったよ、私の負けだ。ここはお前たちにくれてやる。好きなだけ遊べばいいじゃないか」

 

 そう言うと、ツインテールの少女は公園の出入口の方へとトボトボと肩を落としながら歩いていく。

 

「おい」

 

「……何だよ。まだ死者に鞭を打つつもりかよ」

 

 自分で死者って言うんだ。まほ達三人の心の声が揃った瞬間だった。

 

「私が勝ったら、何でも言うことを聞いてもらう約束だろ?」

 

「」

 

 少女は口を開いて固まってしまった。それはそうだろう。全戦全敗したあげく、その上言うことを聞けと言われているのだ。確かに初めにそういう約束はしたが、今の少女にはあまりにも残酷だった。

 

 故に、少女の目が少しだけ潤んでいく。

 

「な、なんだよぉ。これ以上何する気だよぉ。もう許してよぉ」

 

 涙声で訴える少女に、みほが近づいていく。

 

「許さん。それじゃあ私からの命令だ」

 

「ひぃぃ!」

 

「今から言うみほの命令に従え」

 

「へ?」

 

 話の流れ的に今目の前にいるのがみほという子なのはわかる。

 

(こ、この子の言うことを聞け? こいつ多分あいつの妹だよな? あんなヤツの妹なんて、何を言い出すかわかったもんじゃない。あ、そっか、私、今日ここで死ぬんだ……)

 

 何かを悟った少女は、諦めたように空を見上げる。

 

「君、お名前は?」

 

「…………安斎、千代美」

 

「じゃあ千代美ちゃん!」

 

 何を言われるのか、恐くて目を強く瞑る千代美。そんな千代美に掛けられた言葉は意外な言葉だった。

 

「これからは私たち友達ね! はい、これ決定! じゃあ、一緒に遊ぼ! 千代美ちゃん!」

 

「…………へ?」

 

 あまりにも突然だったので、うまく反応できない千代美。

 

 しかし、そんな千代美の両手を引っ張る者が2人。

 

「ほら、みほの命令だ。早くしろ、千代美」

 

「さっさと行きますわよ、千代美」

 

 千代美の手を引っ張り、先に駆け出していたみほの後を追うまほとダージリン。

 

 

 その強気と少しだけ変わった性格のせいか、一緒に遊ぶような仲の良い友達がいなく、いつも一人で遊んでいた千代美。

 

 そんな千代美の手を引っ張る二人の少女と、その先を駆けるひまわりの様な笑顔をしている少女。

 

 この三人は千代美にとって、初めての友達となった。

 

 千代美はブンブンと首を振り、瞳に溜まった水を払うと……

 

 

 

「……ったく! 命令ならしょうがないな!!」

 

 

 

 と、しょうがないなんてちっとも思ってないような、そんな楽しげな声で言うのであった。

 

 




 西住姉妹は、ダージリンの次にアンチョビと出会っていたんですね。
 まほは小さい頃からいろいろと訓練をしていたため、余裕でした。そして、流石みほ。
 まほも、みほならそう言うだろうと思い、みほに任せたんですね。
 以上、アンチョビ姐さんとの出会いでした。

 次回はアンツィオ戦です

 感想、評価、お待ちしております


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千代美は忘れていました!

 アンツィオ戦、決着です

 どうぞ



『こちらアヒルチーム、十字路に敵車輌発見。セモベンテ二輌、カルロ・ヴェローチェ三輌』

 

『こちらウサギチーム。こちらも敵発見です。カルロ・ヴェローチェ四輌、セモベンテ二輌が陣取っています』

 

 アヒルチームとウサギチームからの報告を受けるあんこうチーム。

 

「数が合いませんね、合わせて十一輌もいる」

 

「P40もいません。二回戦のレギュレーションでは十輌までと……」

 

「インチキしているのでは」

 

 華と優花里がみほに言う。

 

「整列したときはちゃんと十輌でしたし、観客席ではこの試合のライブ映像が流れています。反則のアナウンスがないということは、少なくとも戦車を十輌以上使っているということはないと思います」

 

 しかし、みほは思うところがあった。

 

(出会った頃は、よく小さいズルをしてたっけ千代美さん。その度にお姉ちゃんに看破されて泣いてたけど。でも、何年か経ってそういうことはしなくなったと思ってたんだけど…………何だか出会ったばかりの頃の千代美さんと戦ってるみたい)

 

「ウサギさん、アヒルさん。退路を確保しつつ停まってる敵に砲撃してみてください。もしかしたらそれ、ハリボテかもしれません」

 

『え? あ、えっとわかりました。やってみます』

 

『了解です』

 

 そして、数秒後。

 

『あっ! 板だ! 看板だ!! ニセモノだ!!!』

 

 無線の向こうからそんな声が聞こえてくる。

 

「やりますね、欺瞞作戦なんて」

 

 つまり、十字路に大洗を足止めし、その機動力で包囲するという作戦らしい。

 

 

 

 ~アンツィオ~

 

「アッハッハ! 今ごろアイツら、十字路でビビって立ち往生してるぜ!」

 

 作戦がバレたことも知らずに、ペパロニは高々と声をあげて笑っていた。

 

『ペパロニ姐さん!』

 

「あ? 何だ、どうした?」

 

『後ろから八九式が追ってきています!』

 

「なに? 何でバレてんだ? まぁいい。アンツィオのスピードにはついて来られまい」

 

 余程自分たちの速度に自信があるのか、余裕を見せるペパロニにだった。

 

 

 

 ところかわって、アンチョビの乗るフラッグ車P40と、それの護衛を務めるカルパッチョの乗るセモベンテと更にカルロ・ヴェローチェ一輌の計三輌は別の場所で待機しつつ、ペパロニの報告を待っていた。

 

「おい、マカロニ作戦はどうなっている」

 

『スンマセン。今それどころじゃないんで、後にしてもらえます?』

 

「……? 何で?」

 

『今八九式と交戦中です。それにしても、何でバレたんだろ?』

 

「何ぃ? ちゃんと十字路にデコイ置いたんだろうな?」

 

『ちゃんと置きましたよ、全部!』

 

「はぁ!? 全部置いたら十一輌になって数が合わないだろ!」

 

『あ、なるほど~。姐さん頭良いっスね』

 

「お前がアホなんだ!!」

 

 基本、熱くて良い子ではあるのだが、何を隠そうアンツィオの二人いる副隊長の内、一人はバカの子なのだ。

 

「行くぞ! 敵はすぐそこまで来ている」

 

「はい」

 

 アンチョビはもう一人の賢い方の副隊長、カルパッチョに声を掛け、戦車を前進させる。

 

「あれほど二枚は予備だって言ったのに、どうして忘れるかな!!」

 

 バカな部下を持つと苦労するとはまさに彼女のための言葉だろう。

 

 そして、それはすぐに訪れた。

 

 前進して二十秒も経たない内に、敵三輌とすれ違ったのだ。

 

「ストップストップ!! 敵フラッグ車とⅢ突とⅣ号だ!」

 

 急停止、急転回し、横の斜面を降りようとするアンチョビ率いるP40。

 

「Ⅲ突は私に任せてください!」

 

 突然カルパッチョがそんなことを言い出す。

 

 そういえば、カルパッチョにも大洗に幼馴染みがいると言っていた気がする。もしかしたら、あのⅢ突にその子が乗っているのかもしれない。

 

 同じく幼馴染みがいる者としてカルパッチョの気持ちは痛いほどわかるので、アンチョビは任せることにした。

 

「頼んだぞ!」

 

 そして、P40とカルロ・ヴェローチェ一輌は斜面を下っていく。

 

 横を見ると、向こうのフラッグ車である38(t)とⅣ号もこちらと同じように斜面を下っていた。

 

「おい、お前たちは敵フラッグ車を狙え! Ⅳ号は私が受け持つ!」

 

『ええ!? でも姐さん。そしたら姐さんの護衛がいなくなっちゃいますよ?』

 

「構わん。私がやられる前にお前が敵フラッグ車を撃てばいいだけの話だ」

 

『なるほど! 流石姐さんっス! 任せてください!』

 

 そして、カルロ・ヴェローチェは敵フラッグ車に向かっていった。

 

 

 

 しばらく撃ち合いをしながら、いつの間にか真ん中に大きな木が立っている原っぱに移動していたP40とⅣ号。

 

 その戦車からはそれぞれ、車長であり、隊長でもあり、幼馴染みでもある二人が顔を出していた。

 

「私たちⅣ号が38(t)を護衛できないように、フラッグ車自ら足止めですか? 千代美さん」

 

「足止め? 違うな。私たちはお前たちを撃破した後にゆっくりと味方の援護に行くつもりだよ。それと、アンチョビだ」

 

 Ⅳ号の長さは余裕に超えている程の直径の大樹を真ん中に挟んで話すみほとアンチョビ。

 

「知ってたか? みほ。うちの副隊長も、大洗の戦車道に幼馴染みがいるそうだぞ」

 

「……? あ、そういえばカエサルさんがそんなことを言ってたような……」

 

「恐らくはあのⅢ突の乗員だろ?」

 

「はい」

 

「ハッ、同時に二ヵ所で幼馴染み対決が起こるなんてな。やっぱり、戦車道は何が起こるかわからない。だから面白い」

 

「ふふっ、そうですね」

 

 互いに笑い合う二人。そしてその瞳は、次第に真剣なものへと変化していく。

 

「さて、ラストバトルだ。お前が私を倒すのが先か。私の仲間がお前の仲間を倒すのが先か。因みに私の予想ではそのどちらでもなく、私がお前を倒して、お前のところのフラッグ車も私が倒す、だ」

 

「おかしいですね。私の予想では、ここで決着がつくはずですよ? 大洗の勝利で」

 

「…………」

 

「…………」

 

 互いの視線がぶつかる。

 

 そして、同時に互いの戦車が動き出す。

 

 戦車は大樹を中心にぐるぐると時計回りに回る。

 

(最悪、私さえやられなければいつかはアイツらが敵フラッグ車を倒してくれるだろう。しかし、ただ逃げ回るだけなんてのは私らしくない! 私がみほを倒す!)

 

 しかし、互いになかなか砲撃が当たらない。それもそのはず。走行しながら砲撃を当てるというのはやはりかなりの精度が必要である上、アンチョビの乗るP40は色々と準備があったため一回戦では使用していないのだ。勿論P40で訓練はしたし、普通に走って撃つ分には何の問題もない。

 

 だが、走っている相手を自分も走りながら撃ち抜くという高度なことをする場合、やはり慣れ親しんだカルロ・ヴェローチェやセモベンテの方が扱いやすいのだ。

 

「ちっ! 何とか当てろ! P40の力を思い知らせてやるんだ!」

 

 

 

 ~あんこうチーム~

 

 時計回りに回りながら、お互い発砲をやめない二輌。

 

 P40の砲撃は、大樹やら地面やら色んなところへ着弾している。

 対してⅣ号の砲撃は全て大樹に当たっていた。

 

「……! よし、そろそろ大樹が倒れると思います。何とか大樹をあんこうの後ろへ倒して敵の動きをとめます。その間に全速力で敵の後ろまで移動、撃破します」

 

 Ⅳ号は敵フラッグ車を倒すために確実な方法をとっていた。砲撃はP40を狙っているように見せかけて、全て大樹に当てていたのだ。この大樹を折って倒すために。

 

「みぽりん! 大樹が向こう側に倒れるよ!」

 

 それが何発目かは数えていない。しかし十五発は越えていただろう。そして、大樹が今、調度敵フラッグ車がいる方へ倒れていく。

 

 完全に倒れるまでにタイムラグがあるため、今真下にいるP40は難なく通りすぎる。

 

「麻子さん! 倒れる前にあの大樹を潜り抜けて!」

 

「飛ばすぞ」

 

 みほの指示にⅣ号の速度が一気に増し、倒れていく大樹へと向かっていく。

 

 

 

 ~アンチョビside~

 

 ズドーン!!!! という大きな音が後ろから聞こえる。

 

「おいおい、でっけー木が倒れたぞ! って止まれ止まれ!! ぶつかるぞ!!」

 

 アンチョビの指示で、急停止する。

 

 P40の目の前には、今倒れた大樹が横たわっていた。

 

「あっぶねー! 木? つまり一周したのか。…………あれ? 私たちの前にⅣ号がいないってことは……ッ!! おい! 砲塔を後ろに回転させろ! 早く!!」

 

 そう。P40が一周し、倒れた大樹とP40の間にⅣ号がいないということは、大樹に潰されていない限りはⅣ号は今自分たちの後ろから来るということになる。

 

 アンチョビは慌てて戦車から頭を出し、後ろを振り返る。

 

 その目に映ったのは、十五メートルほどまでに近づいたⅣ号と、その上から真剣な表情で顔を出しているみほの姿だった。

 

 

『アンツィオ高、フラッグ車走行不能! よって、大洗女子の勝利!』

 

 

 広い原っぱに、アナウンスが響き渡った。

 

 

 

 

 

「いやー、負けちゃったよみほ」

 

 試合が終わり、アンチョビはいち早くみほのところへ寄っていった。

 

「千代美さん、お疲れ様でした。良い試合でしたね」

 

 みほも笑顔で応える。

 

「お前、わざとあのでっけー木に砲撃してただろ? 何かおかしいなぁって思ってたんだけど、それに気づいたのは木が倒れた後だった」

 

「気づいたんですか。流石ですね千代美さん」

 

「でも、うちのバカがミスしなかったらうちが勝ってただろうけどな!」

 

「……あの、それってあのハリボテのことですか?」

 

「そうそれ! うちの副隊長が数間違えやがってよー。全く何回も2つは予備だって言ったのにさ」

 

「あれって千代美さんが考えた作戦なんですか?」

 

「ん? そうだけど?」

 

「えっと、今日ダージリンさんとケイさんが観に来てるって知ってました?」

 

「へぇ、知らなかった。そうだったのか」

 

「…………そ、そうですか、知らなかったですか。えっと、あの、それじゃあ失礼します! お疲れ様でしたー!!」

 

「え? ちょっ、おい! みほ! ………何だよあいつ、いきなり走って行っちまいやがって」

 

 ガリガリと頭を掻きながら振り返ると、そこには観戦に来ていたダージリンとケイが立っていた。

 

「ん? おお! お前ら、ちょうど今みほとお前たちの話をしてたんだよ。いやー、それにしてもあと一歩だったんだけどなぁ。でも、なかなか良い試合だっただろ?」

 

「ええ、とても面白い試合でしたわ」

 

「そんなことよりサー、あの木の板の作戦って千代美が考えたの?」

 

「ん? みほもそれ聞いてたな。そうだ。私が考えた」

 

「…………」

 

「…………」

 

 すると、突然無言になる二人。

 

「お、おい? どうした?」

 

「……こんな言葉をご存知で? 真剣勝負にズルをするな。正々堂々真正面から勝負することに意味がある」

 

「んー、どっかで聞いたことあるような、ないような」

 

「ちなみに、このときズルした子たちはおやつ抜きになってるんだよねー」

 

「おやつ? …………………………あ! い、いや、これは違うぞ。今回のは別にズルじゃない! あくまでも頭を使った天才的戦術だ!」

 

 どうやら昔の記憶が蘇ったらしいアンチョビは慌てて否定する。

 

「別にルール違反じゃないだろ! 言ってもグレーくらいだ!」

 

「限りなく黒に近い、ですけどね」

 

「少なくとも、正々堂々真正面からではなかったよねー」

 

 ダラダラと汗をかきはじめるアンチョビ。

 

「ねえケイ。わたくしたちはあの時、おやつ抜きだったわよね? 今回はどうします?」

 

「んー、あの時の私たちにとってのおやつと同価値のものがいいから…………そうだ! 千代美は今日から一週間パスタ禁止で!」

 

「い、いや、いやいやいやいやいや! それはあまりにも酷じゃないか! 釣り合いが取れてないぞ! それにこれからアンツィオは打ち上げなんだ! そこでパスタ抜きとか、お前ら私に死ねと!?」

 

「異論反論抗議質問口答えは」

 

「一切認めないよ」

 

 い、嫌だぁぁぁぁぁーーー!!! というアンチョビの断末魔が会場に響いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「千代美さん。やっぱりあのトランプ事件、忘れてたんだね」

 

 遠くから聞こえる断末魔に苦笑いをしながら、一人呟くみほであった。

 

 

 

 

 




 試合のラストは大分原作と変わりましたね。
 もう変わりすぎて大きな木とか倒しちゃいました。
 ダージリンとケイは昔のトランプでアンチョビにおやつ抜きにされたことを未だに根に持っていたんですねw

 次回はカチューシャのお話です。
 試合には入らないと思います。
 お楽しみに

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少女たちは涙を流す

 去年のお話です
 どうぞ



 第62回 戦車道 全国高校生大会

 決勝戦 黒森峰女学園 v.s プラウダ高校

 

 試合は既に終盤に差し掛かっている。

 

 プラウダ高校の副隊長で実際作戦を任されている二年生のカチューシャは、隊列の先頭を走る。

 

 敵である黒森峰はカチューシャの作戦に見事に嵌まり、険しい崖道をプラウダに追われながら逃げていた。

 

『あと一歩よ。流石あんたの作戦ね、カチューシャ』

 

 隊長からの無線が入る。もう勝ったも同然と余裕を見せている様子だ。しかし、カチューシャはまだ油断はしていなかった。

 

 何故なら、敵はあの西住姉妹なのだから。どんな罠があるかわかったものではない。

 

「隊長、油断しないでください。まだ試合は終わってません」

 

『大丈夫大丈夫。もう勝てるって』

 

「隊長」

 

『はいはい、わかってますよ。敵はあの西住流だって言いたいんでしょ? そんじゃ、一気にいきますか!』

 

 そんな隊長の声を聞いた直後、隊列の最後尾を走っていた戦車から通信が入る。

 

『こちら最後尾! 後ろからパンター三輌接近中です!』

 

「なっ!」

 

『何ですって!? ちょっと待って! じゃあ私たちは挟まれたってこと!?』

 

(やってくれるわね、みほまほ!)

 

「後ろ二輌を向かい撃たせましょう。道が狭いため、最悪やられても回収車が来るまで足止めになります。残りの車輌は敵フラッグ車を狙います! 急ぎましょう!」

 

 そう指示を出すと、先頭を走るカチューシャはみほの乗るフラッグ車を撃破するため、戦車の速度を上げる。

 

 カチューシャは敵フラッグ車を守るⅢ号戦車J型に向けて砲撃する。が、大雨が降っているため視界が悪く当てるのはかなりの難易度だ。

 

 後ろからの砲撃に気付いたのか、Ⅲ号戦車J型は逃げるように速度を上げる。

 

 その瞬間

 

「っ!!」

 

 雨で地面がぬかるんでいたのか、Ⅲ号戦車J型がスリップして崖下の川へと転落してしまった。

 

 思わず操縦者も、装填者も、砲撃手も、通信手も、そして、車長であるカチューシャも、その戦車に目が追っていき、動きを止めてしまう。

 

 そんな中、一番に我に返ったのはやはりカチューシャである。

 

「……ハッ! 今、敵フラッグ車を守る戦車がいないは、ず……? ……みほ?」

 

 カチューシャが戦車から顔を出し敵フラッグ車を見ると、その車長である西住 みほがフラッグ車から降り、先程味方が転落した川へと飛び込んだのだ。

 

「みほ!!!!」

 

 大雨のため流れの速い川へと飛び込む。仲間を助けるためとはいえ、自身も無事で済むとは限らない。むしろ、危険のほうが高い。

 

 カチューシャもみほを助けるためにロープを持って戦車を降りる。

 

「カチューシャ! 危険です!」

 

 しかし、カチューシャの一つ後ろの戦車に乗っていたノンナがそんなカチューシャを見て慌てて止めに入る。

 

「ノンナ離して! みほが!!」

 

「今敵フラッグ車がガラ空きです! 先にそれを撃破すべきです!」

 

「はぁ!? そんなのどうでもいいでしょうが!! どんなことよりも人命が優先! 違う!?」

 

「だからこそです! 今、カチューシャ一人が助けに行っても何ができるんですか! さっさと試合を終わらせて救護班を呼ぶほうが早いし確実です!」

 

「っ!!」

 

 カチューシャはノンナの言葉を聞くと、悔しそうにロープを地面に叩きつけ、自分の戦車の乗員に指示を出す。

 

「敵フラッグ車を撃ちなさい! 今すぐ!」

 

 カチューシャの指示を受け、カチューシャが乗っていた戦車T-34/85は一撃で敵フラッグ車を撃ち抜いた。

 

 

 

 

 試合後、審判団や救護班のスタッフたち、責任者たちが忙しそうに走り回っていた。

 

 当然である。由緒正しい戦車道の全国大会決勝で、人命に関わる事故が起こったのだ。

 

 不幸中の幸いか、真っ先に救出に向かった黒森峰の副隊長のお陰で、転落した戦車の乗組員は全員無事であった。

 

 一人だけ気を失い、すぐさま病院へ運ばれたが、命に別状はないらしい。

 

 カチューシャは試合後すぐにみほを探して、黒森峰の陣へ向かっていた。

 

 傘もささず、雨に打たれながらカチューシャは走っていた。

 

 すると、黒森峰の生徒たちから少し離れたところで、まほとみほの姿を見つけた。

 

 しかし、カチューシャは声を掛けずに木の陰に隠れてしまった。自分でも何故そんな行動をしたのかわからない。

 

 だが、あの二人が異様な雰囲気を漂わせているのだけはわかったのだ。

 

 カチューシャは耳を澄まして、二人の会話を聞くことにした。

 

 

「……勝利に犠牲は付きもの。それが西住流だ、みほ」

 

「…………」

 

「お前の行動は人としては正しいのかもしれん。だが、フラッグ車の車長、西住流の娘としては正しいか?」

 

「…………でも」

 

「別に責めるつもりはない。だが、西住流の在りかたを今一度考えるべきだ」

 

「…………」

 

 みほの瞳からポロポロと涙が流れていく。

 

「……やはりお前に西住流は向いていないな」

 

「……っ」

 

「だから、お前は…………っ、みほ!!」

 

 それ以上は聞きたくないと、みほはまほの言葉を最後まで聞かずに、走り出してしまった。

 

 一部始終を聞いてしまったカチューシャは、まほに対して怒りが込み上げていた。

 

 みほは何一つ責められるようなことはしていない。むしろ、褒められるべきことをしたのだ。

 

 あんなことをしたら危ないだろと叱るのはいいだろう、しかし、あんな言い方はない。あれではお前のせいで負けたと言われているようなものだ。

 

 カチューシャがまほに向かって歩き出そうとしたとき、目を疑うことがカチューシャの目の前で起こっていた。

 

 一体いつの間に、どこから来たのだろう。

 

 ダージリンがまほの頬を思い切りビンタしていたのだ。

 

 カチューシャは慌てて再び木の陰に隠れると、二人の様子を伺う。

 

「…………なにをする」

 

「貴女、最低ですわね。何故あんなことを言ったのですか?」

 

「盗み聞きか? 趣味が良いとは思えないな」

 

「答えなさい」

 

 いつもの優雅なダージリンは一体どこへ。どうやら、ダージリンも先程のまほとみほの会話を聞き、怒り心頭らしい。

 

「……みほは黒森峰の副隊長だ。副隊長を叱るのは隊長の仕事だろ?」

 

「叱る? 今日のみほは何か叱られるようなことをしましたの? わたくしには褒められこそすれ、叱られるようなことをした風には見えませんでしたわよ?」

 

「これが西住流だ」

 

「……っ! 西住流西住流って、みほは貴女とは違うの! 貴女みたいに何でも母親の言いなりになっている機械人間じゃないのよ!」

 

「………………なんだと?」

 

 まほの言葉に怒気が含まれる。いや、怒気というより殺気と言った方が近いかもしれない。それほど今のまほの声は低く、恐ろしかった。

 

 しかし、それで怯むダージリンでもない。

 

「貴女は隊長である前にあの子の姉でしょう! それなら、叱るよりも先にあの子に掛けてあげる言葉があるはずじゃない!」

 

「姉である前に、私もみほも西住の娘だ」

 

「…………」

 

「…………」

 

 睨み合う二人。いつ殴り合いになってもおかしくない雰囲気である。

 

「話になりませんわ」

 

「互いにな」

 

 そう言うと、ダージリンはみほが走っていった方へと歩いていってしまった。

 

 その場に一人残されたまほは、雨に打たれながら空を見上げる。

 

「……………………私だって、褒めてあげたいに決まってるじゃないか。みほを思い切り抱き締めて、お前は正しいことをしたって言ってやりたいに決まってるじゃないか。叱りたくない相手を叱らなければいけない立場の者だって、辛いに決まってるじゃないか。ただ、みほは西住流には向いてない。だからお前は、自分の戦車道を貫いた方がいいのかもしれない。そう、言いたかっただけなのに……」

 

 まほの頬には大量の水滴が流れていた。

 それが雨なのか、それとも違う何かなのかは、誰にも、本人でさえわからなかった。

 

 

 

 カチューシャは俯きながら、ノロノロと自分の陣へ戻るために歩いていた。

 

 すると、カチューシャに降り続けていた雨が突然何かに遮られる。

 

「……どいて」

 

「NO。優勝校のMVPがそんな顔してたらダメよ。そのままの顔じゃあ、帰すわけにはいかないわね」

 

「どいて」

 

「おいおい、ケイの話聞いてたか? そんな顔を味方に見せるつもりかよ」

 

「どいてよ!!」

 

 カチューシャは傘をさしてくれていたケイとアンチョビを思い切り押し退ける。

 

「MVP? 私が? ふざけないで! 私が立てた作戦のせいであんな事故が起きたの! 私があんな作戦の考えなければみほは責められずに、まほとダージリンだって……」

 

 どんどん溢れ出す言葉の途中で、ケイに抱き締められるカチューシャ。

 

 ケイはまるで我が子をあやすかのように、背中をポンポンと軽く叩きながらカチューシャにゆっくりと語りかける。

 

「落ち着いて。今日の試合、責められるようなことをした人間は一人もいないわ。黒森峰を追い詰めたあなたの作戦、すごく良かった。不運にも転落してしまった戦車の乗員を助けるために一人で川に飛び込んだみほ。とても勇敢で、誰にも真似できない素晴らしい行動だった。二人とも決して、誰にも責められるようなことはしてないよ」

 

 ケイの言葉を聞いて、うっ、うっ、と涙を流すカチューシャ。

 

「さっき凄い剣幕で歩いてきたダージリンに聞いたんだよ。何やらまほとケンカしたんだってな」

 

 どうやらアンチョビたちはダージリン本人から何があったのかを聞いたらしい。

 

「でも、私たちは知ってるよな? あいつ、まほは感情表現が下手くそで、自分の気持ちを相手に伝えるのが下手くそで、すげー不器用だってこと」

 

「……うん」

 

「きっとまほだって、みほを褒めたかったと思うぜ。慰めたかったと思うぜ。でも、西住流だの黒森峰の隊長だの厄介な立場にある以上、どうしても強く当たっちまう。あいつの性格上それはしょうがないんだ」

 

 アンチョビの言葉にカチューシャとケイは頷く。

 

「みほはみほで打たれ弱いし、ダージリンも何だかんだで手のかかる奴だからな。だから、こんなときのために、私たちがいるんだろ?」

 

 カチューシャがアンチョビを見上げる。

 そこには親指を立て、笑顔を見せているアンチョビの顔があった。

 

「カチューシャ、あんたは堂々と誇っていいのよ。ズルも何もない。正々堂々戦って、真正面からあの黒森峰を追い詰めて、そして勝った。あんたはあの常勝黒森峰の十連覇を阻止したMVPなんだから。ほら、胸を張りなさい!」

 

 ケイの言葉に涙を流しながら頷くカチューシャ。

 

「ミホは何だかんだで強い子だし、マホとダージリンだってすぐ仲直りするわよ! だから、あんたの今すべきことは何?」

 

「……笑顔で、仲間のところに戻る」

 

「That's right! さぁ、行きなさい!」

 

「……うん。ありがと、二人とも」

 

 カチューシャは涙を拭うと、仲間のいるところへ走って向かう。

 

「「カチューシャ!」」

 

 すると、後ろからカチューシャを呼ぶ声がし、振り返ると

 

「「優勝おめでとう!!!」」

 

 最高の親友が大きく手を振っていた。

 

 

(みほ、いいえ、ミホーシャ! 次戦うときは、もっと余裕に勝ってやるんだから! どこからでもかかってきなさいよ!)

 

 しかしそれから半年もしないうちに、西住 みほは黒森峰から、そして戦車道からもその姿を消した。

 

 その事実をケイから知らされたとき、カチューシャは涙が枯れるまで泣き続けたのだが、それはまた別のお話である。

 

 

 

 

 

 

 




 まず、原作と少し違うのは、川に落ちた戦車はカチューシャの乗る戦車の砲撃が当たったからではなく、砲撃に気付いて速度を上げたらスリップしたからに変更しました。
 原作通り砲撃が当たったらだと、流石にカチューシャが自分を責めまくってしまうのではと思い、そうしました。

 そして、まほとダージリンの約1年続いている喧嘩。
 それが、これでした。この2人はちゃんと仲直りできるのだろうか。今後に期待しましょう。

 次回はプラウダ戦です
 お楽しみに

 感想、評価、お待ちしております


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黒森峰v.s聖グロリアーナ

 申し訳ありません。
 前回の後書きで書いた次回予告が嘘になってしまいました。
 こっちが先にできてしまったので、先にこっちを投稿します

 では、どうぞ


「…………」

 

「…………」

 

 試合前の整列。代表者数名が前に出て並んでいるのだが、そこに流れている空気はとても重かった。

 

(な、なんなの、この雰囲気は……隊長もずっと腕を組んで黙ってるし……)

 

 黒森峰の副隊長であるエリカはこの不穏な雰囲気を察知し、何も言えずにいた。

 

(だ、ダージリン様のお顔が怖い……)

 

 ダージリンのお付きであるオレンジペコも、普段からは考えられないダージリンの表情に怯えていた。

 

「これより、黒森峰女学園対聖グロリアーナ女学院の準決勝を行います。互に、礼!」

 

 審判の言葉に両校の生徒たちが一同に頭を下げる。

 

 礼を済ませると、ダージリンが一歩前へ出る。

 

「黒森峰の隊長さん。今日はよろしくお願いいたしますわ」

 

 ダージリンがまほに向かって右手を差し出す。

 

「……ご丁寧にどうも。今日はよろしく。聖グロの隊長さん」

 

 まほも右手を出し、ダージリンの手を握る。

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 見るからに痛そうな握手である。

 

 ダージリンは何とか笑顔を作ってはいるが、その笑顔がひきつっている。とても痛そうだ。

 

 一方まほは、いつもの無表情で握手に応じているが、少し脂汗が滲んでいる。こちらもきっと凄く痛いのだろう。

 

「た、隊長! もう行きましょう! 移動しましょう!」

 

「ダージリン様も、早く戦車に戻りましょう!」

 

 これ以上は見てられないと、エリカとオレンジペコが止めに入る。二人の間に入り、何とか引き離す。

 

 何があったのかはわからないが、きっと過去に何かがあったのだろうと気付いたエリカとオレンジペコは、今日は大変な試合になりそうだと、心の中で溜め息をつくのだった。

 

 

 

 

 黒森峰対聖グロリアーナの準決勝。フィールドは見晴らしの良い荒野と逆に建物が多くある市街地である。

 

 試合開始二十分。

 早速戦況が動いていた。

 

 それも、もう試合が終わってしまうかもしれない。そんな戦況の動き方である。

 

「くっ! どうしますか? ダージリン様」

 

(……ッ! いきなりやってくれますわね、まほ。そんなにも直接わたくしを倒したいですか)

 

 そう。試合開始早々まほの乗るフラッグ車、Ⅵ号戦車ティーガーⅠが、ダージリンの乗るチャーチルを砲撃しながら追ってきているのだ。

 

 ダージリンのチャーチルもフラッグ車のため、どちらかがやられた瞬間、試合終了である。

 

 観客席では開始早々フラッグ車同士の一騎討ちに、大変盛り上がっている。

 

「流石に一対一は分が悪いですわね。流石西住流。出鼻は挫かれましたが、これを逆に利用します」

 

 ダージリンは戦車から顔を少しだけ出し、後ろのティーガーⅠを見る。

 

「チャーチル、マチルダの全車輌は全速力で市街地に向かいなさい。わたくしたちフラッグ車が囮になって敵フラッグ車をZX-64地点まで誘い出します。そこで待ち伏せといきましょう」

 

 ダージリンが指示を出す。普段のダージリンはフラッグ車を囮にするなど絶対にしないのだが、相手はあの西住 まほ。そんなことも言ってられないのだ。

 それに……

 

「このわたくしがフラッグ車を囮にするなんて……まるでみほですわね」

 

 小さな声でそう呟くと、ダージリンに通信が入る。

 

『こちらクルセイダー! わたくしたちはどうしますでしょうか!?』

 

 クルセイダー隊の隊長を任されているローズヒップからの通信である。

 

「貴女たちクルセイダーは他の敵部隊が近くにいないか見張りなさい」

 

『了解したでありますわ!! うわぁ!!』

 

「……? どうしましたの?」

 

『発砲されていますですわ!! パンターが2輌!』

 

 どうやら、ローズヒップたちクルセイダー3輌がパンター2輌と交戦したらしい。

 

(二輌だけ? …………なるほど、その二輌は本来フラッグ車の護衛ですわね。しかし、まほがわたくしを見つけて先に行ってしまって、置いていかれたパンターがたまたまクルセイダーを見つけたと、そんなところですわね)

 

「ローズヒップ、最悪倒せなくてもいいですわ。その二輌は足止めしておきなさい。その二輌がティーガーに追いついて、わたくしたちが三輌で追われたら流石に厳しいですわ」

 

「了解でございますわ!!」

 

 ダージリンはローズヒップに指示を出し終えると、今度は自身の車輌の乗員に指示を出す。

 

「ティーガーの砲撃には一撃も当たらずに市街地まで行きますわよ。市街地に着く前に普通にやられてしまったら、目も当てられませんわ」

 

「了解」

 

 

 

 

 

 ティーガーの砲撃を何とか一撃も当たらずに市街地へ近づいてきたダージリンの乗るチャーチル。

 

 そんなとき、通信が入る。

 

『こちらマチルダ・チャーチル全車輌、市街地のZX-64地点に到着。パッと見た感じ、辺りに敵はいない模様。ここで待機します』

 

「了解。こちらもあと十分もかかりませんわ」

 

 

 

 さらに五分が経過。市街地が見えてきた。

 

 相変わらず後ろを追ってきているティーガー以外に敵の姿は見えない。

 

 すると、今度はローズヒップからの通信が入る。

 

『こちらローズヒップ! 我々の後方に土煙を発見ですわ! 遠くてよく見えませんが、土煙の大きさからいって、十輌程いるかと思われますわ!!』

 

 なんと、未だ戦闘中のクルセイダーの後方に約十輌程いると思われる土煙があがっていたのだ。

 

 戦闘中のため双眼鏡ではうまく見れないが、肉眼でも見える程の土煙ということは相当なのだろう。

 

 そんな通信を聞きながら、ダージリンは市街地へと入る。ティーガーもしっかりと付いてきている。仲間が待ち伏せているZX-64地点まであと三分くらいで、敵のほとんどはかなり後方にいるクルセイダーの更に後方。恐らくもう間に合わないだろう。

 

 これはもらったかもしれない。そう思ったとき、ダージリンはようやく何かおかしいことに気が付いた。

 

(……………その十輌はそんな遠くで今まで一体何をしていましたの? 本当に十輌もそこにいますの? いや、目視できるほどの土煙が上がっているということは…………ッッ!!!!)

 

 そこでダージリンはあることを思い出した。思い出してしまった。中学の頃、みほが試合で一度だけ見せた作戦を。そしてその試合を、その作戦を、観客席からまほと一緒に観ていたことを。

 

「全車輌今すぐ撤退!! 早く!!」

 

 ダージリンは慌てて待ち伏せのために待機している車輌に指示を出す。

 

 しかし、全てが遅すぎた。

 

 

『マチルダ六輌、チャーチル五輌、走行不能!』

 

 待ち伏せていたはずの車輌全てが撃破されたというアナウンスが流れる。

 

「えっ、い、一体何が起こったんですか!?」

 

 今のアナウンスにオレンジペコが混乱する。

 

 それもそうだろう。そもそも戦車が十一輌も同時に撃破されること自体珍しいことなのだ。しかも、市街地には敵はいないと思っていたのにだ。

 

 そう、″思っていた″だけなのだ。

 

 先程の報告で、こんなことを言っていた。

 

『パッと見た感じ、辺りに敵はいない模様』と。

 

 パッと見るだけでは駄目だったのだ。見つからないように隠れている敵をパッと見ただけで見つけられるはずがなかったのだ。

 

「やられましたわ。今この市街地には、恐らく後ろのティーガーを合わせて十一か十二輌いますわ」

 

「えっ! で、でもローズヒップ様からの通信では……」

 

「多分、一、二輌だけでその土煙を上げているのでしょう」

 

「そんな……どうやって……」

 

「簡単ですわ。戦車の後ろに何かを付けて、引きずるように走れば土煙が上がりますわ」

 

「そんな方法が……」

 

 そう、みほが昔試合で使った作戦。ダージリンもまほも間近で見ている。

 

 すると、チャーチルが突然停まる。

 

 どうやら、ZX-64地点に到着したようだ。

 

 ……完全に、敵に包囲された状態で。

 

 

 ダージリンは戦車から顔を出し振り返ると、そこにはまほが顔を出しているティーガーおり、そのティーガーを守るようにエレファントがティーガーの前に移動していた。

 

 フラッグ戦のため、ティーガーがやられれば黒森峰は負けなので、しっかりとその辺の抜かりもないようだ。

 

「フラッグ車自ら囮になって、敵を誘き寄せる。まるでみほの様な作戦だったな。どうだ? 見事に敵を誘き寄せることに成功した気分は」

 

「……最悪の気分ですわ」

 

 

 

 

『聖グロリアーナ女学院、フラッグ車走行不能! よって、黒森峰女学園の勝利!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「少し、聞いてもよろしくて?」

 

 試合が終わったあと、ダージリンはまほのところにいた。

 

「……何をだ?」

 

「いつから十輌以上も市街地へ向かわせていたんですの?」

 

「試合が始まってすぐだ」

 

「……!? ど、どうして……」

 

「私が1輌だけでお前を追えば、必ず市街地へ向かうと思っていたからだ」

 

「なっ……そ、それなら何でうちの戦車たちが来たとき、すぐに倒さなかったんですの?」

 

「お前は馬鹿か? そんなもの、すぐに倒してしまえばお前が市街地に行かなくなるからに決まってるだろ」

 

 つまり、誘き出されたのはダージリンの方だということである。

 

「じゃあ、何でフラッグ車である貴女自身が追ってきたんですの?」

 

「お前が私を罠にはめるために、市街地へ向かってくれるようにするため。というのもあるが、それだけではない」

 

「……じゃあなんですの?」

 

「私が直接お前を倒したがっていると、お前に思ってもらうためだ」

 

「……っ!? じゃあ、クルセイダーにパンターを2輌向かわせたのは……」

 

「それも、私が護衛を置いてお前を追ったと思わせるためだ」

 

「何で、そんな風に思わせる必要があったんですの?」

 

「聖グロリアーナの厄介なところは、どんな状況だろうと冷静でいられるところだ。それなら、そのトップを冷静でいられなくしてやればいい」

 

「…………」

 

「真剣勝負に私情を挟むなんて、まほらしくない。そう思ったんじゃないか?」

 

「……ッ!?」

 

「そんなことを思ってる時点でお前は既に冷静さを半分以上失っていたんだ。フラッグ戦でフラッグ車がフラッグ車を追う。そんなもの、その先に罠があるに決まっているだろ。そんな当たり前のことも気付かないほどにな。つまり、私情を挟んでいたのはお前の方だったということだ」

 

「…………」

 

「まぁ、そう思わせるようなことも、あらかじめしていたがな」

 

「…………? ッ! も、もしかして、試合前の握手……」

 

 ダージリンの言葉にまほの口角がニヤリと上がる。

 

「あの時に、私がまだ去年のことでお前のことを根に持っているようだと少しでも思ったのなら、その時点でお前の負けは決まっていたのかもな」

 

 たった一つの握手で、自分の考えを相手の思い通りに動かされるという経験をしたダージリンは、目の前で笑っている幼馴染みを、初めて怖いと思った。

 

 それからは、何一つ言葉が出なかった。

 

 そんなダージリンを見て、まほの目は冷たいものへと変わっていく。

 

「……大洗はこの程度のチームに負けたのか。どうやら今年も、決勝は黒森峰とプラウダになりそうだな」

 

 そう言い残すと、まほはダージリンに背を向け、仲間たちの元へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 




 いやー、完全オリジナルの試合を書いてたら、いつの間にか、黒森峰がボロ勝ちしちゃいました。結果としては15対3というボロ勝ち。クルセイダーは3輌とも無事だったんですね。流石ローズヒップw
 ていうか、まほが完全悪役になりつつあるんだけど(マジヤバい、それだけは阻止しなければ)

 まぁ、とにかく、次回はちゃんとプラウダ戦を書くのでご安心を

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地吹雪の幼馴染みです! その1

 今回は二部構成にしました。

 どうぞ



 ~プラウダ学園艦~

 

「準決勝は残念だったわね」

 

「口先だけの慰めなら必要ありませんわ」

 

 定期的に行われている、カチューシャとダージリンのお茶会である。

 

「それにしても、一輌も倒せなかったとか……あんた何してんの?」

 

「返す言葉もごさいませんわ」

 

 何を言われても気にしないといった感じで紅茶を飲むダージリン。

 

「わたくしが未熟だったのは認めますわ。ただ、あの時のまほは倒せる気が全くしませんでしたわ。まるで、別次元の人間のよう」

 

「別次元ねぇ」

 

「彼女に何があったかは知りませんが、初めてまほを怖いと思いましたわ」

 

「何があったかって……そりゃああのケンカでしょ」

 

「わたくしは喧嘩をしたつもりはございませんわ」

 

「ま、お互い頑固なだけだもんね」

 

「…………別に、そんなことない」

 

 プイッとそっぽを向くダージリン。

 

 そんなダージリンを見て呆れたように溜め息をつくカチューシャ。

 

「そんなことより、貴女余裕ですわね。練習しなくていいんですの?」

 

「必要ないわ。燃料の無駄遣いよ。みほには悪いけど、どれだけみほが優れた隊長だとしても、周りがそれに追い付けない素人集団なら負ける理由がないもの」

 

 問題ないと断言するカチューシャ。

 

「そんな素人集団にケイと千代美は負けてますわよ」

 

「ケイはくだらないプライドで大洗と同じ車輌数で行ったから。全車輌で行ってれば負けなかったわ。チョビ子の作戦はなかなか良かったけど、部下の凡ミスで台無し。さっき私が言ったことの良い例だわ」

 

 カチューシャはカチューシャでちゃんと大洗の試合は観ているようだ。

 

「そう。なら、勝率は高いと」

 

「ええ。75%くらいはあるわね」

 

 てっきり「もちろん100%!」などと言うと思ったが、意外にもカチューシャは謙虚だった。

 

「……思ったより低いですのね。残りの25%はどこから来ましたの?」

 

「相手が西住みほだから」

 

「…………」

 

「確かに相手は素人集団。だけど隊長は西住みほ。やっぱりこれは無視できないわ」

 

「……そうですわね」

 

「ま、負けるつもりはさらさらないけどね。安心しなさい、黒森峰へのあんたの仇はこのカチューシャ様が討ってあげる」

 

「……そんなこと言って、その前の大洗に負けたらお笑い草ですわね」

 

「うっさいわよ!」

 

 

 

 

 

 第63回 戦車道 全国高校生大会 準決勝

 

 プラウダ高校 対 大洗女子学園

 

 フィールドは雪原。青森の学園艦であるプラウダに有利なフィールドである。

 

 辺り一面真っ白な雪、雪、雪。

 

 まさに極寒の地に大洗の選手たちは集まっていた。

 

「とにかく、相手の車輌の数に惑わされないで、冷静に行動してください。フラッグ車を守りながらゆっくり前進してまずは相手の動きをみましょう」

 

 みほが本日の作戦を説明する。

 しかし

 

「ゆっくりもいいが、ここは一気に攻めたらどうだろう」

 

 そんな声があがる。

 

 みほの案に対し、全くの真逆の作戦。

 

 しかも、他の隊員たちもそれに賛同する。

 

「うむ、妙案だ」

「大丈夫です。行けますよ!」

「クイックアタックでいきましょう!」

「何だか負ける気がしません! それに相手はうちのこと完全に舐めてます!」

「ギャフンと言わせましょうよ!」

 

 どうやら、一回戦二回戦と勝つうちに彼女たちにも自信がついてきたようだ。

 

 しかし、自信と余裕は全くの別物である。

 

 今回から新しくカモさんチームが加わったにせよ、戦力差は十五対六。まさに倍以上である。

 

 それに加え、プラウダの隊長はあの地吹雪のカチューシャ。

 戦略を練るのが得意で大好きな名将なのだ。

 

 そんなことも考えず、彼女たちはどんどん話を進めていく。

 

「よし、それで決まりだな」

 

「勢いも大切ですもんね」

 

 しかし、みほはそんなのは駄目だと言い出せなかった。

 

 昔の、まだあの六人で毎日のように遊んでいた頃のみほなら自分の考えを全面に出せたのだろう。

 

 だが、みほは変わってしまったのだ。

 

「…………わかりました。一気に攻めます」

 

「いいんですか!?」

 

「慎重にいく作戦だったんじゃ」

 

 優花里と華が心配そうに聞く。

 

「長引けば雪上での戦闘に慣れた向こうが有利になるかもしれないし、皆が勢いに乗ってるんだったらっ」

 

 皆へというよりは自分に言い聞かせるような、そんな言い方で説明をし直すみほ。

 

「では、相手は強敵ですが、頑張りましょう!」

 

 みほのこの判断が間違っていたことに気付くのには、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 ~プラウダ高~

 

「いい? あいつらにやられた車輌は全員シベリア送り25ルーブルよ!」

 

「陽の当たらない教室で二十五日間の補習ということですね」

 

 カチューシャのよくわからない罰をノンナが分かりやすく説明する。

 

「行くわよ! 敢えてフラッグ車だけ残して、あとは殲滅してやる」

 

 カチューシャは今回の戦いは負ける気がまるでしていなかった。

 同じ車輌数でも勝つ自信があるのに、実際には倍以上の車輌数。敵はみほ以外全員素人。

 ダージリンにはああ言ったが、心の中では99%勝てると思っていたし、今も思っている。

 

「力の違いというものを見せつけてやるんだから」

 

 これは大洗を舐めているわけでも、西住みほを舐めているわけでもない。ただただ、冷静に分析した真実である。

 

 

 

 

『敵は全車北東方面へ前進中。時速約二十キロ』

 

 偵察部隊からの報告がカチューシャとノンナのところへ届く。

 

「…………? 一気に勝負に出る気? みほらしくないわね。それどころか数が圧倒的に負けてるのにそんな作戦って……何か策があるのかもしれないけど、これはきっと違うわね。一回戦二回戦と勝ってきて、天狗になってるお仲間が言い出した作戦ってところかしら」

 

 カチューシャはお菓子を食べながら、まるで見てきたような分析を始める。流石は名将である。

 

「みほも強くは言えず、そのまま流された。……ふんっ、気に入らないわね。隊長失格よみほ。いいわ、隊長がそんな優柔不断だとどういうことになるか、教えてあげるわ。ノンナ!」

 

「わかってます」

 

 カチューシャは副隊長であるノンナに指示を出した。

 

 

 

 ~大洗~

 

「十一時に敵戦車。各自警戒」

 

 十一時の方角に敵を発見したみほは、各車輌に指示を出す。

 

「三輌だけ……外郭防衛戦かな」

 

 そんな呟きを溢している間に、敵戦車が発砲をする。

 

「気付かれた。長砲身になったのを活かすのは今かも。砲撃用意したください。カバさんチームも射撃!」

 

 自分の戦車の華とⅢ突に砲撃の指示を出すみほ。

 

 そして、見事にⅢ突とⅣ号の砲撃が敵戦車に命中し、白旗を挙げさせる。

 

「ロシアのT-34を撃破できるなんて。これはスゴいことですよ! ……? 西住殿?」

 

 去年の優勝校をいきなり二輌撃破したことによって、手放しに喜ぶ隊員たち。しかし、みほだけが浮かばない顔をしていた。

 

「……うまくいき過ぎる」

 

 すると、残っていた敵戦車一輌がこちらに発砲しながら逃げていく。

 

「全車輌前進。追撃します」

 

 敵は大洗の全車輌に追われながら逃げていく。まるで、魚の前をゆらゆら泳ぐルアーのように……

 

『敵フラッグ車を発見!』

 

 敵が逃げていった先に、敵のフラッグ車およびその周りに数輌の敵を発見した。

 

 大洗は千載一遇のチャンスとばかりに追撃する。

 

 Ⅲ突の砲弾が敵の一車輌に当たり、走行不能にさせる。

 

 それを確認してか、敵は砲撃しながら後退する。

 

 勢いに乗っている大洗はそれを無作為に追う。

 

 しかし、勢いに乗っていると言えば聞こえは良いが、彼女たちはの場合は少し調子に乗っていると言われても、文句は言えないだろう。

 

 何故なら、彼女たちは先日行われた黒森峰 対 聖グロリアーナの試合をちゃんと全員観ているのだ。

 

 にもかかわらず、今みほ率いるあんこうチーム以外の戦車は敵フラッグ車を安易に追っているのだ。

 あの試合を観たにも関わらず、この行動はあまりにも愚直すぎる。

 

 みほも静止させようとするが、敵フラッグ車を前にして彼女たちが聞くはずもなかった。

 

 まさにカチューシャの言う通りである。みほ以外全員素人であるという弱点がこんなところで出るとは。

 

 

 敵は大洗の攻撃をうまく避けながら、その先にある小さな村へと逃げ込んでいく。

 

 その後を追い、村の真ん中に集まった大洗は家の陰に見え隠れしている敵フラッグ車を砲撃し続ける。

 

 

 

 既に、敵に包囲されていることにも気付かずに……

 

 

 

 

 




 今回はできるだけ原作よりで書きました。
 アニメを観たときに、この時のあんこうチーム以外かなり調子乗ってるなぁと思ってたので、少々地の文で大洗への当たりが強い気がしないこともないですが、別に彼女たちが嫌いなわけではないので! むしろ大好きなので! そこは誤解なさらないようお願いしますw!

 次回、決着です
 お楽しみに

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地吹雪の幼馴染みです! その2

 遅くなりました。
 長くなったので2つに分けましたが、同時に更新したので一気に読めます

 どうぞ



「東に移動してください! 急いで!」

 

 後ろに敵がいることに気づいたみほは慌てて指示を出す。

 

 しかし

 

「……ッ、南南西に方向転換! ッッ!」

 

 逃げ道がなくなっていた。

 それも、ずいぶんと前から。

 

「囲まれてる……」

 

 そして、プラウダが一斉に砲撃を開始する。

 

「くっ…………全車南西の大きな建物に移動してください! あそこに立て籠ります!」

 

 みほの指示で、フラッグ車であるアヒルチームを先頭に急いで大きな建物に移動する。

 

 大洗の全車輌が建物の中に何とか逃げ込む。

 

 すると、しばらく続いていた砲撃が突然やんだ。

 

 みほは戦車から顔を出してみると、建物の入り口に白旗を持った少女が二人立っていた。どうやらプラウダの伝令役らしい。

 

「カチューシャ隊長の伝令を持って参りました」

 

 一人がそう言い、別のもう一人の方がそれに続く。

 

「『降伏しなさい。全員土下座すれば許してやる』だそうです」

 

「何だと……ッ!」

 

 川嶋が食って掛かる。

 

「隊長は心が広いので三時間は待ってやると仰っています。では」

 

 二人は一礼をし、回れ右をする。しかし、白旗を持っていた一人が思い出したように振り返る。

 

「あ、そうそう。西住みほ様はどちらで?」

 

「え……みほは私ですけど……」

 

 みほが遠慮がちに手を挙げながら答える。

 

「あなた個人にもカチューシャ隊長からの伝言がありました。『隊長にも関わらず、常に毅然とした態度で堂々としていないからこういうことになる。去年までのお前は何処へ行った』だそうです」

 

「…………ッ!」

 

 まるで、全てお見通しだぞと言わんばかりの伝言であった。

 

「では」

 

 今度こそ二人は自軍へと帰っていった。

 

「誰が土下座なんか……!」

「全員自分より身長低くしたいんだろうな」

「徹底抗戦だ!」

 

「……でも、これだけ囲まれてちゃ……一斉に攻撃されたら怪我人が出るかも……」

 

 怪我人だけは出さない。それはみほの中では絶対事項なのだ。

 

「みほさんに従います」

 

「私も、土下座くらいしたっていいよ」

 

「私もですっ」

 

「準決勝まで来ただけでも上出来だ。無理はするな」

 

 あんこうチームがみほに言う。このチームだけは初めから、試合前からみほの指示に従おうとしていた。みほには従うべきだと思わせてくれる力があると信じているから。

 

 みほはその言葉に安心したような表情になる。確かに、二十年ぶりの戦車道大会に出場で、みほ以外は全員素人にも関わらずベスト4なのだ。十分に誇れる成績だろう。

 

 しかし

 

「駄目だ!! 絶対に負けるわけにはいかん。徹底抗戦だ!!」

 

 ベスト4では駄目だと言う者がいた。

 

「で、でも……」

 

「勝つんだ! 絶対に勝つんだ! 勝たないと駄目なんだ!!」

 

 生徒会広報であり、戦車道の副隊長を任されている川嶋桃。

 前からすごく負けず嫌いで、少し変わった人だと思ったいたこの人だが、決して馬鹿ではないし、今の状況だってわかっているはずだ。

 

 なのに、それなのに、降伏するのは、負けるのは駄目だと聞かなかった。

 

「どうしてそんなに……初めて出場してここまで来ただけでもすごいと思います。戦車道は戦争じゃありません。勝ち負けより大事なものがあるはずです」

 

「勝つ以外の何が大事なんだ!」

 

「私はこの学校へ来て、皆と出会って、初めて戦車道の楽しさを知りました。この学校も戦車道も大好きになりました。だからその気持ちを大事にしたまま、この大会を終わりたいんです」

 

 みほの正直な気持ちだった。中学に上がった頃から少しずつではあるが、自分の戦車道がわからなくなっていた。西住流や姉の重圧に耐えながら、何とかがむしゃらに頑張ってきた。

 

 だが、それが楽しかったかと聞かれたら、素直に首を縦に振れる自信がない。

 昔、幼馴染みの皆と遊びで戦車に乗っていた頃の方が何百倍も楽しいと思えていた。

 

 この学校では何のしがらみもなく、楽しく戦車道ができる。それがどれ程楽しく幸せなことなのか。みほはこの大洗に来て本当に良かったと心から思っているのだ。

 

 だから、だからこそ、川嶋の発した言葉が……

 

「何を言っている…………負けたら我が校はなくなるんだぞ!!」

 

 うまく理解できなかった。

 

「……学校がなくなる?」

 

 よくわからない。戦車道で負けるのと、学校がなくなるのに何の関係があるのか。

 

 いや、まず、何故学校がなくなるのか。

 

 そして、会長までもが、川嶋の発言を肯定する。

 

「川嶋の言う通りだ。この全国大会で優勝しなければ、我が校は廃校になる」

 

 

 

 ~プラウダ~

 

「ノンナ、配置は?」

 

「全て完了しました」

 

 大洗が立て籠る建物の周りを完全に囲み終わったプラウダ。

 あとは、大洗の降伏宣言を待つのみである。

 

「大洗は降伏するでしょうか?」

 

「さぁ? もう戦意喪失してるならするだろうし、まだ勝つつもりならしないんじゃない?」

 

「なら何故三時間も?」

 

「やる気っていうのはね、持続性がないの。今は勝つ気満々でも、三時間もすればそれは薄れてくる。時間が経てば経つほどやる気がなくなり、チームの士気が下がり、それを再び戻すのは困難。素人集団なら尚更ね」

 

 流石は地吹雪のカチューシャ。小さな暴君と呼ばれる名将なだけはある。

 

「それに、お腹も減ったし、眠いしね」

 

「それが本命ですか」

 

「違うわよ」

 

 暖をとりながら小さく丸くなるカチューシャ。

 しかしその瞳は眠たげなものではなく、むしろギラギラと鋭く闘う者の眼をしていた。

 

(さぁ、どうする? みほ)

 

 

 

 

 ~大洗~

 

「無謀だったかもしれないけどさ、あと一年泣いて学校生活を送るより希望を持ちたかったんだよ」

 

 会長たちの説明を聞き終える。

 

 どうやら学園艦の維持費のため、ここ数年成果のない学校から廃校にしていくということらしい。

 

 昔大洗女子は戦車道が盛んではあったのだが、使える戦車は全て売られており、今彼女たちが使っているのは売れ残った戦車のようだ。

 

 まぁ、そんな戦車でベスト4まで来ているのも十分すごいとは思うのだが。

 

 しかし、あくまでも優勝が条件。ベスト4では駄目なのだ。

 

 会長の話を聞いて、既に諦めモードになっている面々。

 

 だが、彼女は諦めていなかった。

 

「まだ試合は終わってません。まだ負けた訳じゃありませんから。頑張るしかないです。だって、来年もこの学校で戦車道やりたいから。皆と……」

 

 諦めなければ勝てるというわけではない。諦めなかったからといって勝てるかどうかなんてわからない。

 ただ……諦めたら負け。

 それは紛れもない事実なのだ。

 

「降伏はしません。最後まで闘い抜きます。ただ、皆が怪我しないよう冷静に判断しながら」

 

「西住ちゃん……」

 

「さぁ、修理を続けてください。時間はありませんが落ち着いて」

 

『はい!』

 

 みほの指示で皆が動き始める。

 

 

 

 ~観客席~

 

「帰るわ。こんな試合観るのは時間の無駄よ」

 

 大洗とプラウダの戦況見て、決着は初めからついていたとでも言わんばかりに立ち上がる西住しほ。

 

「待ってください」

 

「……? まほ?」

 

「……まだ試合は終わってません」

 

「…………」

 

 しほはまほの何かを確信しているような瞳を見ると、再び席に座る。

 

(……まほにこんな眼をさせるなんて……みほ、貴女は、貴女の戦車道はいったい……)

 

 

 

 

 

 大洗が立て籠ってから2時間45分が経過。

 

 偵察を終え、敵の位置も確認できたのだが……

 

「吹雪いてるね」

 

 ただでさえ慣れない極寒の地で、身体が温まるスープも既に飲み終えた。ここ三十分はまさに自分と寒さとの闘いになっていた。

 

 これまたカチューシャの言う通りだった。

 数時間前までは廃校の話を聞いてよりやる気を出していたメンバーたちだったが、そのやる気も次第に薄れてきている。戦わなくてはいけない、でなければ廃校、そんなことはわかっている。だが、身体が寒さで動かない。チームの士気は下がる一方だった。

 

「おい、もっと士気を高めないと。このままじゃ戦えんだろ。何とかしろ、隊長だろ」

 

 川嶋の言う通りである。

 こんな士気のままでは到底太刀打ちできないだろう。

 

 士気が高まるような何か……何か……何か……

 

 そして、西住みほの導き出した答えは……

 

「……踊りましょう」

 

「へ?」

 

「ほら、皆立って。皆で歌って踊ろう!」

 

「に、西住殿? 踊るって、いったい何を……」

 

「私たちが踊るっていったら、1つしかないよ!」

 

 

 

 

 ~観客席、聖グロリアーナ~

 

「……? 大洗の人たちが建物の入り口に集まってきましたね」

 

「あら、いったい何をするつもりなのかしら」

 

『燃やして焦がしてゆ~らゆら~♪』

 

「ぶふっ!!」

 

「だ、ダージリン様!?」

 

「ゆ、ゆらゆらしてる…………くくくっ……誘って、焦らしてピカピカ……ふ、くくっ……」

 

「だ、大丈夫ですかダージリン様?」

 

「はっ! ………………ご、ごほんっ!/// は、ハラショーですわね」

 

「…………」

 

「…………///」

 

 

 

 ~大洗~

 

「あ、あのーー!!!」

 

『はっ!!』

 

 横からの大声での呼び掛けに全員の動きが止まる。

 

「もうすぐタイムリミットです。降伏は……」

 

「しません。最後まで戦います」

 

 そして、最後の戦いが始まる……

 

 

 

 



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地吹雪の幼馴染みです! その3

 決着
 どうぞ



「で? 土下座?」

 

 小さくなって眠っていたカチューシャが眼を覚ましてノンナに問う。

 

「いいえ、降伏はしないそうです」

 

「ふぅん。待った甲斐ないわね。それじゃあさっさと片付けてお家に帰るわよ。あ、それとこれを全隊員に伝えて」

 

「何でしょう」

 

「驚くようなことがあっても驚くな。この世に絶対なんてものは絶対にないんだから」

 

「いろいろ矛盾していますが、大丈夫ですか?」

 

「う、うるさいわね! わかってるわよ! とにかく、相手はこっちの予想してないことを平気でしてくる。全員気を抜くなって言うのよ!」

 

「わかりました」

 

 ノンナは一つ頷くと無線を入れる。

 

 それを尻目に、カチューシャはみほ達が立て籠っている建物を見る。

 

(敢えて包囲網に緩いところを作った。そこを突いてきたら挟んでお仕舞い。万が一フラッグ車を狙ってきても、隠れているKV-2が仕留めてくれる。さて、みほ。貴女がまだちゃんと隊長をやれてないのなら、このどちらかに掛かってお仕舞いよ。……もし、ちゃんとやれてるのなら、きっとあの子は一番分厚いここに来る!)

 

「カチューシャ、時間です。来ます」

 

 ノンナの声が掛かる。すると、建物から聞こえてくるエンジン音が大きくなる。

 

「来た。……ッ! 緩いところに……あのヘタレっ!」

 

 カチューシャは大洗の戦車が包囲網の緩いところへ向かっているのを見ると、自分の戦車を大洗の方へと向かわせる。

 

「~~~~ッ! あのヘタレ根性を叩き直してあげるわ! ん? あ、あれ? やばっ、しまった!」

 

 包囲網が緩い方へ向かっていた大洗が突然方向転換し、一番包囲網が分厚いところへと進み始めた。

 

 カチューシャが腹をたてて移動してしまったため、分厚い場所も戦車一台分薄くなってしまった。

 

「急いで戻って! 一番分厚いとこが私のせいで分厚くなくなっちゃった!」

 

 カチューシャが指示を出す。

 

 すると、大洗の先頭を走っていた38(t)がプラウダの一輌を撃破する。

 そして、その間に大洗の全車輌が抜けていく。

 

「やられた! 後続! なにがなんでも阻止!」

 

(ああー! そうだ! みほはそういう奴だった! クソッ騙された! あーもう! 私の馬鹿!!)

 

 戦車内で足をじたばたさせるカチューシャであった。

 

 

 ~大洗~

 

「前方敵4輌!」

 

『こちら最後尾、後方からも四台来ています。それ以上かも』

 

「挟まれる前に隊形乱さないよう十時の方向に旋回してください」

 

 みほの指示が全車輌に通る。

 

『前方の四輌引き受けたよ。うまくいったら後で合流するね』

 

 生徒会チームが前方のT-34/76を二輌と85とIS-2を38(t)1輌で相手にすると言い出したのだ。

 

『西住ちゃん、いいから転回して!』

 

「わかりました。気をつけて!」

 

『そっちもね』

 

 なんとも無謀。しかし、これも先程の作戦会議で決めたことなのだ。行く手を阻む敵が前に現れたら、それが何輌だろうと自分達が相手すると。

 

 みほは敵四輌に突っ込んでいく38(t)を心配そうに見つめながら、十時の方向に転回するのだった。

 

 

 

 ~プラウダ~

 

「なにやってんのよ! あんな低スペック集団相手に! 全車で包囲!」

 

『こちらフラッグ車。フラッグ車もスか?』

 

「アホか!! あんたは冬眠中のヒグマ並みに大人しくしてなさい!」

 

 そんな会話をしている間に少し手薄になっていた二時の方向へ大洗が向かい出す。

 

「なんなの、チマチマと逃げ回って! 曳光弾! 主砲はもったいないから使っちゃ駄目!」

 

 敵を追い、ちょっとした坂を乗り越える。

 

「追え追えー!」

 

「二輌ほど見当たりませんが」

 

 ノンナがカチューシャに報告する。

 

「わかってる! Ⅲ突とⅣ号でしょ!」

 

「……! はい」

 

 どうやら、カチューシャも気づいていたようだ。

 

「とにかく、ISが合流するまではこのまま追ってなさい! ISが着き次第ノンナはISに乗って敵フラッグ車を撃破! 私は今からⅣ号とⅢ突の相手をしてくるから!」

 

 噂をすればなんとやら、その指示を出していたら後ろからIS-2が追い付いてきた。

 

『遅れました。こちらIS-2ただいま帰参です』

 

「来たー! ノンナ、代わりなさい!」

 

「はい」

 

「それじゃ、私は向こうに行ってくるわ! こっちは任せたわよ!」

 

「はい」

 

(ISが来たってことは、あのヘッツァーは倒したってことよね……)

 

 カチューシャはUターンし、フラッグ車が隠れている村へと来た道を戻るのであった。

 

 

 

 

『カチューシャ隊長、こちらフラッグ車。発見されちゃいました! そっちに合流してもいいっスか? ていうか合流させてください』

 

「単独で広い雪原に出たら良い的になるだけでしょ! 私が今すぐ近くにいるからあんたは死ぬ気で逃げ回ってなさい!」

 

『早く来てくださいッス!』

 

「……………………見つけた! Ⅲ突は放っておきなさい。砲塔が回らないⅢ突なら逃げれるだろうし、Ⅳ号を相手にするわよ!」

 

 カチューシャが自分の乗る戦車の乗員に指示を出す。

 

 そして、Ⅳ号が十字路に差し掛かったときに、Ⅳ号の目の前に砲弾を打ち込んだ。

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 突然の急ブレーキに、身体が車内で吹っ飛びそうになるのを何とか堪えるみほ。

 

「T-34/85……カチューシャさんですね」

 

 みほは戦車から顔を出しながら目の前に現れた戦車に問いかける。

 

「正解。悪いけど、あんたはここで少しの間私に付き合ってもらうわ」

 

 カチューシャも戦車から顔を出し答える。

 

「もう諦めなさい。今うちのノンナがそっちのフラッグ車を狙ってる。時間の問題よ」

 

「その前にうちがそちらのフラッグ車を叩けば問題ありません」

 

「Ⅲ突一台で?」

 

「Ⅲ突とⅣ号でです」

 

「だから、Ⅳ号は今から私の相手をしてもらうんだってば」

 

 少し呆れたようにみほに言い聞かせるカチューシャ。

 

「…………不思議ですよね」

 

「何が?」

 

「うちって私以外、皆戦車道初心者なんですよ」

 

「知ってる。だから最初あんなわかりやすい罠に引っ掛かったんでしょ?」

 

「はい。全然言うこと聞いてくれませんでした。もう笑っちゃいますよね」

 

「それが私の部下なら全然笑えないわよ」

 

「そうですか。でも、初心者は初心者で良いところがあるんですよ?」

 

「へぇ、どんな?」

 

 完全に聞く姿勢に入るカチューシャ。これも時間稼ぎの内だ。

 

「恐れをしらないところ、とか。諦めが悪いところ、とか」

 

「……ふぅん」

 

「だから、慣れていないからこそ、ときには奇抜な動きをしたり」

 

『……ッ。申し訳ありませんカチューシャ。敵の動きが不規則で……もう少し時間を』

 

「……!」

 

「こっちがびっくりしちゃうくらいの力を発揮したりするんです」

 

「………………ッ!!! 全速でバック!」

 

 一瞬の反応と判断。そして、的確な指示。その指示に見事に反応し戦車を動かした操縦手。流石はカチューシャ率いるプラウダである。

 

 さっきまでカチューシャの乗るT-34/85がいた場所には砲弾が打ち込まれていた。

 

 目の前のⅣ号、ではなく、横からの砲撃。

 

「ヘッツァー……ッ!」

 

 そう。てっきりやられていると思っていた38(t)である。

 確かに撃破のアナウンスは聞いていないが、IS-2が戻ってきていたので、聞き逃しただけでとっくに始末したと思っていた。

 

 二対一は分が悪いと判断したカチューシャはまずは逃げることにした。どちらにせよ、自分がやられずにⅣ号と38(t)を足止めできればそれでいいのだ。

 

 そして、T-34/85は方向転換しながら逃げ回ることになった。

 

 

 

 

「カメさん! T-34/85の相手をお願いします! あんこうは敵フラッグ車を狙いに行きます!」

 

『りょーかーい。あ、でもさー西住ちゃん。実はーーーーーー』

 

「え……いえ、わかりました。それならーーーーーーーー」

 

『なるほどね、了解』

 

 

 

 

「後ろヘッツァーしかいないわよ! Ⅳ号は!?」

 

「いないのなら、Ⅲ突の方へ行ったのでは?」

 

「はぁ!? つまりヘッツァーなんかにこの私の相手を任せたってこと!? ナメんじゃないわよ! 反撃よ!ヘッツァーなんか捻り潰しなさい!」

 

「いや、でも後ろに付かれてるもんですから。停まったりしたら危険っスよ? たとえヘッツァーでもゼロ距離で打たれたら流石にヤバイッス」

 

 そう。38(t)はカチューシャの戦車を付かず離れずの距離を保ったまま追いかけ続けているのだ。

 

 しかし、流石カチューシャ。違和感にすぐに気が付いた。

 

「ねぇ、あのヘッツァー、何でさっきから攻撃してこないのかしら」

 

「へ? いや、だからゼロ距離じゃないと意味無いからでしょ?」

 

「……いえ、違うわ。ヘッツァーの前に移動、急停止。急ぎなさい!」

 

「それだと、ゼロ距離になっちゃいますよ?」

 

「いいから。私の予想ではあのヘッツァー、恐らく……」

 

 カチューシャの指示通り、38(t)の目の前に移動するT-34/85。

 

 

 

 

「ん? うわっ!! なになに!? 何事?」

 

 突然の急ブレーキに車内で転げ回りそうになった杏は前の様子を伺う。

 

「あっちゃー、思いっきり砲塔こっち向いてるね。バレちゃったかな。ごめーん西住ちゃん、バレちゃったみたい。弾切れなの」

 

『問題ありません。こちらももう終わります!』

 

 そう。カメさんチームである38(t)は先程カチューシャに撃った一発が最後の一発だったのだ。

 

 

『あ、でもさー西住ちゃん。実は、今の一発で弾使い果たしちゃった』

 

『え……いえ、わかりました。それなら、敵と付かず離れずの距離を保ったまま追いかけてください。ゼロ距離じゃないと撃っても意味無いから撃っていないんだと相手に思わせるように。あと、砲塔も調整しているように見せかけるために少しずつ動かしてください』

 

『なるほどね、了解』

 

 

 

 

 そして、カチューシャの乗るT-34/85が38(t)を撃つ音とⅢ突が敵フラッグ車を撃つ音とノンナの乗るIS-2がアヒルさんチームを撃つ三つの音が、同時に雪原フィールドに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

『コンピューターによる結果が出ました。プラウダ高校のフラッグ車が走行不能になったのが少し早かったため、そちらが先に撃破されたとみなし…………勝者は、大洗女子!』

 

 




 なんと生徒会チームが無事でした。
 恐らくIS-2以外の3輌は倒して、何とか逃げ切ったのでしょう。すごいですねw

 次回は試合後のお話と、とうとう黒森峰です
 お楽しみに

 感想、評価、お待ちしております


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西住まほと西住みほの違い

 黒森峰編というか、まほ編、これは長くなる予感がする

 どうぞ



 西住まほ 高校一年 夏

(今日は訓練は休みか)

 

 昨日サンダース高と練習試合をした黒森峰は、本日は練習休みとなっていた。

 

「……む。食材が切れかけてるな。ちょうどいい買いに行くか」

 

 寝起きに牛乳を飲もうと冷蔵庫を開けたまほは、冷蔵庫の中の隙間が多くなっていることに気づいた。

 

 出かける支度を済ませ、家を出ようと玄関の扉を開ける。

 

「あら、ごきげんよう。奇遇ですわね」

 

「…………」

 

「待ちなさい。何故ドアを閉めるのですか!」

 

「は・な・せ! 私は今日久しぶりの休みなんだ。お前なんかに付き合ってられるか」

 

 玄関の前にいた人物を見ると同時にドアを閉めようとするまほ。しかし、相手もドアの隙間に足と手を滑り込ませ、それを阻止する。

 

「だいたい何でお前がここにいるんだ、ダージリン。お前に私の家の場所を教えた記憶はないぞ。そもそも、ここは黒森峰の学園艦だ」

 

「この学園艦には自家用ヘリで来ましたわ。この家の場所はみほに聞きました」

 

 自家用ヘリとは。流石は聖グロリアーナのお嬢様である。

 

「…………ちっ。それで? 何の用だ」

 

「何で舌打ちですの? 今日はみほが全国中学生大会の一回戦ですわよ?」

 

「知っている」

 

「観に行きましょう」

 

「いやだ」

 

「……? 何故?」

 

「面倒くさい」

 

「は?」

 

「何だ?」

 

「面倒くさい?」

 

「うん」

 

「…………」

 

「…………」

 

「行きますわよ!」

 

「何故だ! 嫌だと言っているだろ! 何で私がわざわざみほの試合を観に行かなければいけないんだ」

 

 玄関で手を掴み合いながらギャーギャーと騒ぐ二人。

 

「貴女それでもあの子の姉ですの!? 妹が隊長になって初めての公式戦なのですから、姉としてそれを見守るのは当然でしょう!」

 

「あいつは去年一昨年と副隊長として私の横で私の戦いを見ていたんだ。一回戦くらい心配しなくても勝てる」

 

「ならそれを観に行きますわよ」

 

「私は今から食材の買い出しを」

 

「ほら! わたくしが乗ってきたヘリで早く向かいますわよ!」

 

「人の話を聞けぇぇ!!」

 

 ダージリンに引きずられながら、まほの声がまほの住むマンションに響いた。

 

 

 

 戦車道 全国中学生大会 試合会場

 

「…………」

 

 まほはヘリの中からずっとブスーっとした顔をしていた。

 

「何ですの? まだ機嫌が悪いみたいですわね」

 

「…………買い物」

 

「わかりましたから。この後食材の買い物に付き合いますから。わたくしも半分出してあげますから」

 

「だいたい、お前は何が観たいんだ。みほは中学一年から副隊長だったんだ、経験は誰よりもある」

 

「でも去年まで貴女がいたのだから隊長は初めてなのでしょ?」

 

「隊長としてのイロハも教え込んできたつもりだ。相手も毎年ベスト4には入ってくる強豪だが、それでも西住流の敵ではない」

 

「………………ふぅん」

 

 そんな会話をしている間に、試合が始まった。

 

 

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 試合は、結果としてはみほのいる中学の圧勝だった。

 

 フラッグ戦だったにも関わらず、みほの中学は敵の全車輌を撃破した。いわゆる完封勝利である。

 

 しかし、観客席でこの試合を観ていた二人はその結果よりも、むしろ試合の内容を思い返していた。

 

「……西住流、ね」

 

「…………」

 

「ふふっ。あはは、面白い試合でしたわ。去年までとはまるで違う戦いでしたわね。ねえ、まほ」

 

 チラリと横にいるまほを見るダージリン。

 

 しかしまほは反応せず、ジッとスクリーンに映るみほの姿を見ていた。

 

 その視線は、睨んでいるようにも見えるかもしれない。

 

「あれがあの子の西住流ってことかしら」

 

「…………あんな戦い方が西住流のはずあるか」

 

「なら、あの子だけの新しい戦い方というわけですわね」

 

「…………」

 

『撃てば必中 守りは固く 進む姿は乱れ無し 鉄の掟 鋼の心』

 これが昔から伝えられている西住流である。

 

 統制された陣形で、圧倒的な火力を用いて短期決戦で決着をつける単純かつ強力な戦術。

 

『突撃・突撃・また突撃』というスローガンがあるほど、絶対的な火力の元で戦うのが西住流である。

 

 それゆえ、多少の犠牲も気にしない。それも必要な犠牲だから。

 

 勝利に犠牲は付きもの。西住流の中では当たり前となっていることだ。

 

 しかし、今回のみほの戦い方はどうだろうか?

 

 陣形を崩して、護衛付きではあるがフラッグ車自ら囮になり、他の車輌は先回りして待ち伏せ。

 さらに、敵の目を欺くために一輌だけ別行動し、戦車に細工をして砂煙を高く上げ、あたかもそこに複数の戦車がいるように見せかけた。

 

 敵は見事にその砂煙に騙され、安心してフラッグ車を追って市街地に入ったところで一斉砲撃を浴びて呆気なく全滅。

 

 見事と言えば見事だし、素晴らしい作戦であるとは思う。しかし、問題なのはその作戦を考えたのが西住みほだということだ。

 

 スクリーンにはチームメイトと楽しげに話すみほの姿が映されている。

 

(……みほ。これがお前の戦車道なのか? 西住の姓を持つお前が、こんな……)

 

 

『まほ、そこでは決して陣形を崩さず、戦車の火力で敵を制すのよ』

 

『はい! お母様!』

 

『まほ、貴女は西住流の後継者になるのよ』

 

『はい! お母様!』

 

『まほ、勝利に犠牲は付きものよ』

 

『……はい! お母様!』

 

『まほ、これが西住流よ』

 

 

 

『はい、お母様』

 

 

 

「まほ!」

 

「…………ッ!」

 

 ダージリンに肩を揺すられ、我に返るまほ。

 

「もう、どうしたんですの? ぼーっとして」

 

「何でもない。帰るぞ」

 

 まほは席を立つと、ヘリが停めてある方へと歩いて行ってしまう。

 

「え、ちょっと! もう! なんなんですの! せっかくだから、みほにおめでとうって言ってあげたかったのに……」

 

 ダージリンは駆け足でまほの後を追うのだった。

 

 

(……………………認めない。あれは、西住流ではない。みほ……来年黒森峰に来るつもりなら、もう一度お前には西住流を叩き込む必要があるみたいだ)

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

 コンコンコン

 

 扉がノックされる。

 

「開いている」

 

 まほの声の後に、扉がゆっくりと開く。

 

「失礼します」

 

「エリカか。どうした?」

 

 黒森峰戦車道隊長室。

 黒森峰の隊長が実務などを行う部屋である。試合前日の車長を集めたミーティングもこの部屋で行ったりする。

 

 まほは訓練時間以外は、基本この部屋で資料を集めたり作戦を考えたりして過ごしている。

 

「隊長、今お時間よろしいでしょうか?」

 

「構わん。何だ?」

 

 黒森峰の副隊長である逸見エリカはDVDのような物を持っていた。

 

「コレ、先日の大洗 対 プラウダの試合です。隊長は家元と観に行っていたんですよね?」

 

「ああ。だが、ちょうど良い。もう一度観るとしよう。エリカも一緒に観るか?」

 

「はい、ご一緒させてもらいます」

 

 エリカはDVDをセットし、その間にまほは自分の横にもう一つ椅子を用意する。

 

「座ってゆっくり観るとしよう」

 

「はい」

 

 そして、黒森峰の隊長と副隊長による、鑑賞会が始まった。

 

 

 

「何故プラウダは三時間も猶予を与えたのでしょう」

 

「プラウダの隊長は作戦を練るのが好きなんだ。この場合、三時間もの長い時間を与えることで例え大洗が降伏せずとも、時間と共にやる気が削がれていくといった作戦だろうな」

 

 まほは実際に生で観ていたのでより状況を詳しく把握しており、時折こんな風に解説をしながら見進めていった。

 

「にしても、あんなバレバレの罠に引っ掛かるとは、大洗も大したことはなさそうですね」

 

「……まあ、みほ以外は全員素人だからな」

 

「ああ。つまりあれは元副隊長が指示したわけではなく、天狗になった素人集団が勝手に行動したといった感じですか」

 

「恐らくな」

 

「ま、素人と言えど隊長のくせに止められないのもどうかと思いますけどね」

 

「…………」

 

 ハンッと鼻を鳴らすエリカを見て、まほはもう一度画面を注視する。

 

「隊長?」

 

「ん? ああ、すまない。少し作戦を練っていた」

 

「はあ、作戦ですか。いつも通り火力で押していけば良いと思いますけど」

 

「油断は禁物だ。確かに敵の車輌数はうちの二分の一以下ではあるが、裏を返せば、その数で決勝戦まで勝ち上がってきているということだ」

 

「とは言っても、サンダースは下らないプライドがなければ、アンツィオはあのハリボテの数を間違えなければ、プラウダは3時間なんて猶予を与えずあの場で終わらせておけば。確かにタラレバではありますが、だとしても大洗が勝ち残っているのは本当にたまたまだと思いますけどね」

 

「それでもだ」

 

 有無を言わせない雰囲気を出すまほ。

 まほはこの決勝戦を絶対に落とすわけにはいかないのだ。

 

(ダージリンには決勝は黒森峰とプラウダになるなどと言ったが、本当は大洗と決勝をすることを望んでいた。でなければ意味がない。私が、私の戦車道がみほの戦車道を倒さなければ、意味がないんだ)

 

 燃え盛るまほの瞳には、画面の中で指示を出している、我が妹が映っていた。

 

 




 長くなる。これは長くなる。
 多分試合までが長くなる。
 だって過去と現在を行ったり来たりしてまほのこといろいろ書くつもりだもん。
 だからこれは長くなる。

 さて、最後のまほの台詞。意味がないとはどういうことなんでしょうか。今後のストーリーに注目だ!

 では次回、久しぶりにあの人が登場です

 感想、評価、お待ちしております


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西住まほの怒気

 どうぞ



 西住まほ 高校二年 春

 

「私は黒森峰の隊長の西住まほ。学年は二年だ」

 

 戦車道希望の新入生を前に、自己紹介をするまほ。

 新入生たちからは「西住ってあの西住流の?」「二年生なのに隊長なんて凄い」などの声が上がっている。

 

「知っているとは思うが、黒森峰は去年の全国大会で九年連続優勝を果たしている。当然今年も狙っていくつもりだ」

 

 全国大会九連覇。それは長い戦車道の歴史の中でも、黒森峰しか達成していない快挙である。

 

「もちろん訓練は厳しいし、弱音を吐きたくなるときもあると思う。だが、私たちとしては訓練に関しては容赦をするつもりはない。何故なら、それが必ず来年、再来年の君たちの役に立つからだ」

 

 まほの言葉に新入生の何人かが喉を鳴らす。

 

「選択期間はまだ終わっていない。どんな厳しい訓練だろうが付いてくる覚悟がある者だけ残ってほしい。その覚悟がない者は……悪いことは言わない、今のうちに選択科目を変えておけ」

 

 百人近く集まっていた新入生は、その言葉を聞くや否や一人、また一人とその場を去っていった。

 

 しかし、まほの言い分ももっともである。史上初の十連覇を目指しているのに、ただなんとなく格好良さそうだからなどといった半端な気持ちで入られても足手まといになるだけである。

 

「おー、大分減ったねー」

 

 まほの横に立っていた三年生の現副隊長がひーふーみーよー……と残った新入生を数えていく。

 

「……よし。残ったお前たちは、本気で″黒森峰″の戦車道をやりたいと思っているということでいいんだな?」

 

 まほがチラリと一人の新入生を見る。わざわざ黒森峰という言葉を強調して言ったのにも理由はあるようだ。

 

「では、そっちの端から順に自己紹介をしてくれ」

 

 まほから見て左端の新入生を指さして、自己紹介を促す。

 

「は、はい! ーーー中学から来ました、赤星小梅です!」

 

 そうして端から自己紹介が進んでいき……

 

「よし、次」

 

「はい。ーーー中学から来ました、逸見エリカです。よろしくお願いします」

 

 最後から二番目の新入生が一つお辞儀をし、自己紹介を終える。

 

「よし。……では最後」

 

「はい。ーーー中学から来ました。

          …………西住みほです」

 

 こうして、新入生たちは自己紹介を終えた。

 

 

 

「早速だが、これからお前たちには戦車を動かしてもらう」

 

 え!? いきなり!? そんな声が飛び交う。

 

「大丈夫大丈夫。動かせる範囲で動かしてくれていいから。動かせる人はジャンジャン動かしちゃっていいし、全く動かせない人はそう正直に言ってくれていいよ。今動かせなくたって全然恥ずかしくないし、私たちが教えるからには一週間後にはそれなりの操作はできるようになるから」

 

 副隊長がまほの指示に付け足す。それを聞いた新入生はホッと一安心。

 

「では、今の自己紹介をした順にあのティーガーに乗り込んでくれ。まずは操縦してくれればいい」

 

 まほが指さす先には、黒森峰の誇る戦車の一つであるティーガーⅠが一輌置かれていた。

 

「では、赤星小梅。始めてくれ」

 

「は、はい!」

 

 赤星と呼ばれた新入生が、早速戦車に乗り込んでいった。

 

 

 

「うんうん。流石まほの脅しを聞いても残るだけのことはあるね。皆一応それなりに動かせてるじゃん」

 

 まほの横で新入生が動かす戦車を見ていた副隊長がウンウンと頷きながら呟く。

 

「……別に脅したつもりはありませんが」

 

「え……あれで?」

 

 どうやら、まほは自分では脅したつもりは全くなかったらしい。

 

「…………ま、それでも即戦力になりそうなのは三人くらいかな。最初に動かした赤星ちゃんと、今さっき動かしてた逸見ちゃん。あとは、今動かしてる……」

 

 副隊長が新入生のプロフィールをペラペラと捲りながらその人物を探していく。

 

「あった、西住みほちゃん。……この子まほの親戚か何か? 同じ苗字だし、顔もどこかしら似てるような……」

 

「私の妹です」

 

「え、マジで? ほうほう、それは期待大だね。代々伝わる黒森峰の伝統に従って、早いとこ私じゃない新しい副隊長を決めないといけないし。まほも妹が副隊長ならやりやすいでしょ?」

 

 黒森峰は代々『副隊長は隊長よりも下の学年の者が務める』という伝統がある。今までは三年生が隊長で二年生が副隊長という形がずっと続いてきたのだが、今年は二年生のまほが隊長になるという異例の年なので、仮として三年生が副隊長をしているのである。

 

 しかし、黒森峰は伝統を重んじるので、新入生である一年生から副隊長を選ばなくてはならないのだ。

 

 だが当然、入ったばかりの新入生がいきなり副隊長を務められる訳がないので、ある程度慣れてから、具体的には二ヶ月程たった頃に一年生から副隊長を選ぼうと三年生と二年生の間で取り決められているのだ。

 

「まだわかりませんよ。新入生は沢山いますし、今先輩も言ってたじゃないですか。現時点で即戦力は三人いる。私もそれには同意します。故に新副隊長もみほ以外のどちらかになるかもしれませんし、二ヶ月後にはその三人を追い抜く者が現れるかもしれない」

 

「でも妹ちゃんの出身中学ってあんたと同じところでしょ? なら、中学でも一緒に戦車道やってたんじゃないの?」

 

「……まあ、二年間私の元で副隊長をやっていましたが……」

 

「ならいいじゃん。一年から副隊長やってたってことは、あんたがいなくなった去年は隊長になったんでしょ?」

 

「それは関係ないですよ」

 

「何で?」

 

「ここは、黒森峰だからです」

 

「……?」

 

 そう。ここは黒森峰女学園戦車道。

 まほとみほの母親である西住しほもここの卒業生なのである。そのせいか黒森峰自体西住流の影響を受けており、黒森峰の基本の戦い方は、西住流のそれと酷似しているのだ。

 

 ある程度自由にできていた中学とは違う。

 

 もうここは黒森峰なのだ。

 

 故に、中学三年のみほの戦いを知っているまほは、みほがあの戦い方を続ける限り、みほを副隊長にするつもりはなかった。

 

(お前は西住の娘だ、みほ。あんな戦い方は捨てて、私と一緒に西住流を極めるべきなんだ……)

 

 まほはみほの動かしている戦車を見ると、無意識に軽く拳を握っていた。

 

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

「エリカ! そこで深追いをするな! そこだけは昔からお前の悪い癖だぞ!」

 

『はい! すみません!』

 

 大洗との決勝を一週間後に控えた黒森峰は、ある程度の試合を想定した模擬戦を行っていた。

 

「……ふぅ、一度休憩にするか。全車輌に告ぐ、一度訓練場に集合だ」

 

 無線でいろんなところに散らばっている仲間に連絡を入れるまほ。

 

 すると、後ろから人の気配がした。

 

 振り向くとそこには、抽選会以来に見る幼馴染みの顔があった。

 

「……昔ダージリンにも言ったんだが、ここは黒森峰の学園艦だぞ? ケイ」

 

 そう、そこには幼馴染みの一人でサンダース高の隊長でもあるケイが立っていた。

 

「愚問よマホ。うちは戦車保有数全国No.1のお金持ちサンダース。ヘリなんかはもちろん、戦車を運ぶ大型輸送機スーパーギャラクシーだってあるわ」

 

 黒森峰も決して貧乏ではない。大洗やアンツィオと比べたら、天と地ほどの差がある。しかし、そんな黒森峰でもお金に関してはサンダースには勝てないようだ。

 

「何の用だ」

 

「聖グロとの準決勝観たわよ。なかなか面白い戦い方をしてたじゃない」

 

「…………」

 

「例えるなら……まるでミホのような戦い方だったといったところかしら」

 

「…………」

 

 まほは無言を貫く。

 

「聖グロも、まさかあの黒森峰があんな戦い方をするなんて思ってなかったんでしょ」

 

「……かもな」

 

 まほが肯定する。まほ自身もあの試合は自分の、西住流の戦い方ではないとわかってやっていた。

 

 作戦を決めたとき、エリカには反対されて質問攻めにもあったし、試合後には母親のしほから叱られるという散々な目にあったのだから。

 

 だが、それでもまほには確かめたいことがあったのだ。

 

「決勝の前に確かめたかったからな」

 

「ワッツ? なんのこと?」

 

 そんな会話をしていると、訓練場に戦車が次々と入ってくる。散らばっていた者たちが戻ってきたのだ。

 

「あ! お前はサンダースの隊長!」

 

 帰ってきた戦車の一台からエリカが真っ先に出てきて、ケイがまほと話しているのを見や否や直ぐに飛んできた。

 

「ワオッ! 抽選会の日の喫茶店以来ね! 確か、副隊長の逸岡 エリカだったわね!」

 

「逸見エリカよ!!」

 

 やはり素早い切り返し。前にカチューシャに間違われたときから全く衰えていないようだ。

 

「何でサンダースがこんなところにいるのよ!」

 

「何でって、決勝の激励に決まってるじゃない」

 

 ケイが呆れたようにエリカに答える。

 

「激励だと? フンッ、あんな素人集団に負けるような高校の激励などいるもんか。ね、隊長! 隊長も何か言ってやってください!」

 

 これでもかというほどに嫌悪感剥き出しのエリカはまほに同意を求める。

 

「エリカ」

 

「はい!」

 

「相手は年上だ、敬語を使え。年齢はちゃんと尊重しろ」

 

「…………はい」

 

 まほに叱られシュンとなるエリカ。

 

「アハハ、面白いわYOU。どう? サンダースに転校しない?」

 

「ふざけるな! 私は黒森峰の副隊長だぞ!」

 

「エリカ」

 

「…………です」

 

 シュン……

 

「とりあえずエリカ、お前は全員戻ってきたか確認して、休憩にするよう指示してくれ」

 

「……はい」

 

 トボトボとチームメイトの方へ肩を落としながら歩いていくエリカ。

 

「お前ももういいな? 私も行くぞ?」

 

「待った! さっきの続きを聞いてないわよ。確かめたかったって何を?」

 

「……お前に言う必要はない」

 

「……あっそ。じゃあ違う質問。試合の日、ダージリンとは話してないの?」

 

「少し話したな」

 

「どんなこと?」

 

「別に……あいつの作戦がぬるかったという話だ」

 

「はぁ、相変わらずあんたは……」

 

 ケイは手をこめかみに置いて、深くため息をつく。

 

「もういいだろ」

 

「ダージリンとは仲直りするつもりないわけ?」

 

「お前には関係ない」

 

「関係なくないでしょ、幼馴染みなんだから」

 

「お前は人の問題に突っ込みすぎなんだ、昔から」

 

「そんな言い方ないじゃない。こっちは心配して……」

 

「ケイ」

 

 突然、まほの声色が変わる。それは、かつてまほが一度だけダージリンに向かって発した声と似た、低く、背筋が凍るような声だった。

 

 その声を聞いた瞬間、ケイは動けなくなってしまった。ハッキリと向けられる幼馴染みの怒気。こんな殺気ともとれる空気を発するなんて思ってもいなかったのだろう。何せその時のまほの表情は、十年近く付き合ってきて、初めて見る表情だったのだから。

 

「いい加減にしろ。今の私は決勝を控えた身なんだ。この決勝は私にとって大事な一戦だ。………………………………邪魔をするな」

 

 ケイにとって生まれて初めて人間を怖いと思う瞬間だった。

 

 




 最後に久しぶりのケイさん登場。
 何かまほは怒ってばっかですねw(大丈夫、最後は皆笑えるはずだ。だから大丈夫。……多分)
 私としては弄られるエリカが気に入ってます。
 前の喫茶店でもカチューシャに名前間違えられてたし、ケイは絶対わざとだよねw
 さて、今後もまほの想いと、エリカの弄られをお楽しみに。

 次回も試合には入れません。
 ゆっくりお待ちください。

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黒森峰の副隊長に相応しい者

 この世で最も重なってはいけないことってなーんだ。

 はい、正解は夏風邪と試験でした。

 地獄でした、はい。熱は最高で38度7分。特に喉がビックリするほど腫れて、唾を飲み込むだけで激痛が走る日々。そんな地獄が一週間続き、しかもその一週間は大学のテスト期間。ははは、死ぬかと思いました(いろんな意味で)

 でも治ったんで! 治したんで! 気合いで治したったんやで!
 それに、テストもきっと大丈夫。だって昔から言うでしょ?
 『馬鹿は風邪を引かない』
 つまり、風邪を引いた私はnot馬鹿。イコール、テストもきっと大丈b

ダージリン「あら、こんな格言を知ってるかしら?『夏風邪は馬鹿が引くもの』」

私「」

ダージリン「では、本編スタート」

私「」



 一ヶ月。一年生が入学してから一ヶ月が経った。

 この一ヶ月で一年生はムクムクと成長していった。

 

 最初の日に即戦力と言われていた三人はもちろんのこと、それ以外の一年生も模擬戦でそれなりの結果を出すようになっていた。

 

 そんなある日、一年生は隊長であるまほと三年生の副隊長に集められていた。

 

「今日お前たちに集まってもらったのは、少し大事な話があるからだ」

 

 まほは集まった一年生を見渡しながら話始める。

 

「黒森峰って昔からとある伝統があってね、なんでも『副隊長は隊長よりも下の学年の者が務めなければいけない』らしいんだよねー」

 

 現副隊長が頭を掻きながら説明する。

 

「これは隊長が卒業した後に隊長も副隊長も経験したことのない者がいきなり隊長になるのを防ぐため、まぁ簡単に言えば経験を積ませるためのものだ」

 

「まぁ毎年三年生が隊長、二年生が副隊長を務めて何の問題もなかったんだけど、今年は少し異例でさー」

 

 副隊長がまほをチラリと見る。

 

 まほは副隊長の視線を無視し、話の本題に入る。

 

「お前たちも黒森峰に入り一ヶ月が経った。そろそろ黒森峰の戦車道にも慣れた頃だろう。なので約一ヶ月後、この中から副隊長を選任したいと思う」

 

 ザワッと一年生から驚きの声やら不安の声やらが上がる。

 

「特にテストをするつもりはない。今日から一ヶ月間、私や三年生の先輩たちが練習中、模擬戦中のお前たちの動きを見て、話し合って決める」

 

「だからってあんまり固くならないようにね。意識するなっていうのは無理かもだけど、別に副隊長になれなかったからって試合に出れなくなるわけじゃないし。気楽にガンバ!」

 

 副隊長が良い笑顔でサムズアップをする。

 

 一年生はゴクリと喉を鳴らし、十人十色の反応を見せる。

 

 ある者は不安でガチガチになり、ある者は頑張ろうと意気込み、ある者はあまり興味なさげに欠伸をしたり、ある者はそんなの無理だと既に諦めて肩を落としたりと色んな反応があった。

 

 副隊長は初めに注目していた三人を見る。

 

 一人はアワアワと見るからにテンパっており、一人は口角を僅かに上げて軽く微笑み、そして残りの一人は何を考えているのか表情一つ変えずにある一点を見つめていた。

 

 その視線を追ってみると、自分の横に立つ無表情の少女に辿り着く。

 

(なーんか、やっぱり似てるねこの二人)

 

「では、そのように心しておいてくれ。解散」

 

 まほの指示でゾロゾロと解散していく一年生。頑張ろうねー! もちろん! などといった声が聞こえてくる。

 

「……誰だと思う?」

 

 副隊長がストレートにまほに聞く。

 

「さあ、まだ何とも」

 

「私はみほちゃんかなー」

 

「…………」

 

 まほは何も言わない。しかし、この副隊長もみほがまほの妹だから言っているわけではない。

 

 臨時で一時的とはいえ、卒業した先輩たちに現三年生の中から選ばれた副隊長という職。その自分の後釜になる者を決めるのだ、適当に選ぶ訳にはいかない。

 

 この一ヶ月、真面目に新副隊長になるべき者を探していた。

 

 そして、一人の少女が目についた。

 

「他の子も試合で充分通じるくらいにはなってると思う。それは間違いない。ただ、あの子は少し別格かな。流石はあんたの妹と言えば良いのか、本当にあんたの妹? と言えば良いのかわからないけどね」

 

「…………」

 

 それは、まほも当然わかっていた。

 

 いや、まほだけではない。他の二、三年生も恐らく全員思っていることは同じだろう。

 

 

 『西住みほは他の一年生とは違う』

 

 

 それが西住みほという少女への評価である。

 練習ではあまり目立たない。あらゆることをそつなくこなす、特に特徴のない少女だ。

 

 しかし、ひとたび試合になるとその姿は豹変する。

 

 誰にも思い付かないような奇抜な作戦。状況に応じた臨機応変な判断と指示。相手の作戦を看破した上でそれを利用する適応力。

 

 その能力は既に高校一年生のそれをはるかに越えていた。

 

 そしてそれらの能力が活かされるのは操縦手でも装填手でも通信手でも砲手でもない。そう、それらの能力は車長、もしくはそれ以上の位に位置する者に活かされる。

 

「姉妹とか、西住の娘だからとか、そんなのを無視しても、全員一致であの子だと思うんだけどな」

 

「…………まだわかりませんよ。それを判断するのは一ヶ月後です」

 

「はぁ、何をそんな頑なになってんの?」

 

「……別に、本当のことを言っているだけでしょう?」

 

「いや、まぁそうなんだけどさ……」

 

 誰がどう見てもみほの隊長能力はずば抜けている。なのにまほは頑なにそれを認めようとはしない。姉妹だから贔屓目になるのを防ごうとして厳しくなってしまうのか、副隊長にはまほが何を考えているのかわからなかった。

 

 しかし、まほが考えていること、それはあまりにも単純だった。

 

 『みほは″黒森峰″の副隊長には相応しくない』

 

 まほが思っていることは、ただそれだけだった。

 

 この一ヶ月、まほはみほの動きを観察していた。そして、既に結論を出していた。

 

 西住流を基本とする黒森峰の戦車道に西住みほの戦車道はあっていない。

 

 それがまほの出した結論だった。

 

「じゃあ、お楽しみは一ヶ月後ということで。一ヶ月後にまほと私、あと三年生と二年生の車長による会議で決定、でいいね?」

 

「はい」

 

 副隊長は、それじゃあその子たちに伝えておくねと言い残して去っていった。

 

「…………あと一ヶ月だけ待ってやる、みほ」

 

 誰もいない空間に向けて一人そう呟くまほであった。

 

 

 

 

 

 そして、まほによる新副隊長選任宣言から一月が経った。

 

 とうとう今日の放課後、二、三年生の車長と隊長、副隊長が選んだ新副隊長の発表の日である。

 

 昼放課、西住みほは同じクラスであり同じ戦車道選択の友人たちと昼食をとっていた。

 

「いやー、今日だね新副隊長の発表」

 

 やはり、ここ最近の戦車道選択の一年生の話題といえばこれだった。それも今日発表となれば、その話題になるのは必然である。

 

「でも、やっぱり西住さんでしょー」

「だよね、やっぱり私たちとはちょっと差がありすぎてるっていうか」

 

 まほの宣言から一ヶ月、一年生は自分をアピールするのと同時に他のライバルの様子当然も伺っていた。

 

 黒森峰に入って初めの一ヶ月はそんな余裕はなかった。自分のことで手一杯であり、他の人の動きを見るなんてことはできなかった。

 

 しかし、この一ヶ月は違った。やはりどうしても、自分以外の者のことが気になってしまう。そしてそうなることで、今まで気が付かなかったことに気付いたりする。

 

 そう、西住みほは自分たちより何枚も上手であり、それは妬みや恨みを通り越して尊敬に値するほどの差がみほと他の一年生たちの間にあった。

 

「そ、そんなことないと思うけどな」

 

「いやいやあるって。この間の模擬戦だって、三年生の戦車撃破してたじゃん」

 

「あれは砲手の子が上手だっただけだよ。私が砲手だったら多分無理だったし」

 

 謙遜でも何でもない。みほは車長以外の役割は良くても中の上といったところなのだ。それに関したらみほより上の者は一年生の中に何人もいる。

 

「でも今回求められてるのは新副隊長に相応しい者だから、やっぱり指示する能力とか判断能力とか、あと作戦を考える能力とかが見られるんじゃないの?」

 

「だとしたらやっぱり西住さんだね。私、西住さんの作戦すごい好きだもん」

 

「あ、それわかる。何だか見てるだけでも楽しいよね。西住さんの作戦って」

 

 みほからしたら中学の頃と何ら変わらないことをしているだけなのだが、それが彼女らにとっては珍しいものらしい。

 

「ねぇ、逸見さんもそう思わない?」

 

 一応一緒に集まって端で昼食をとっていたエリカに一人が質問する。

 

「…………そうね。確かに今の時点で私があなたに負けていることは認めるわ。でも、いずれ追い抜くんだから」

 

 負けず嫌いだが、決して悪い子じゃない。自分の負けは素直に認めることのできる良い子なのである。

 

「えー、そりゃ私も副隊長にはなりたいけどさー、決めるのは先輩たちだし、誰がなるなんてわかんないよ?」

 

 みほはこう言うが、他の誰も、エリカも小梅もみほ以外の皆がみほが副隊長になるものだと思っていた。

 

 

 

 

 

 ~放課後~

 

「昨日二、三年生の車長で話し合った結果、新副隊長が決定した。新副隊長は……逸見エリカだ」

 

 




 いやほんと、風邪とテストが重なっちゃってすごい遅くなっちゃいました。すみません。

 さて、新副隊長がエリカに決まりましたね。この先どうなっていくのでしょうか。ていうか、いつになったら黒森峰戦にいけるのか。未だに不明です。
 まぁ、気長にまほ編を楽しんで頂けたらと思います。
 次回もお楽しみに。

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私が私であるために、私はそれを認めない

 前半はまほの心の中
 台詞はありませんが一人称なので地の文よりは少しは読みやすいかと。

 ではどうぞ



 私の名前は西住まほ。

 西住の名の元に生まれた長女であり、西住流を継ぐのだと小さな頃から教えられてきた。

 

 母の教えに従い、母の言う通りに動き、母が全て正しいのだと、そう信じてきた。

 

 実際、母の教えの通りにすれば試合で勝てたし、私自身もそれがわかっていたから母に従うことに何の抵抗もなかった。

 

 だが私が小学6年生のとき、みほが戦車道の試合で西住流とは程遠い作戦を立て、そして負けた。

 

 母はみほを叱った。当然だろう。西住流を無視したあげく、試合に負けたのだ。

 

 愚かだと思った。母の言う通りにやれば勝てるのに、何故わざわざそんなことをするのか。

 

 でも、同時に少しだけ、ほんの少しだけ変な気持ちになった。

 そのモヤモヤは戦車道をしているときのみほの表情を見たときに起こっているということに気付いた。

 

「お姉ちゃんは何をしているときが一番楽しい?」

 

 だいぶ昔にみほにこんなことを聞かれたことがあった。

 その時、私は自分がなんて答えたか覚えていない。

 

 だが、みほがなんて言ったかは覚えている。

 

「私はね、皆で楽しく戦車に乗ってる時が一番楽しいんだ」

 

 このとき、みほの言っている意味がよくわからなかった。

 ″皆で戦車に乗っている時″ではなく、″皆で楽しく戦車に乗っている時″。いったい何が違うのだろう。

 

 だいたい、何をしているときが一番楽しいという質問なのに、″楽しく″ってついたらズルくないだろうか? 

 

 そんな感じの言葉を言い返したのは何となく覚えている。

 

 そして、みほのこの言葉を理解する日が来た。

 

 私が中学へ進学し、みほが小学六年生になった年。

 みほはチームの隊長として、『全国戦車道大会 小学生の部』に出場した。

 

 結果は二回戦敗退。

 

 負けた試合は私も観に行っていた。ダージリンとケイも一緒にだ。

 

 みほの立てたのはやはり西住流らしさの欠片もない作戦であり、簡単に言えば相手の裏をかくような作戦であった。

 

 作戦自体はなかなか良くできたものであったが、最後の詰めが甘く、敵に看破されてしまった。

 

 そして、負けた後モニターに映るみほを見て私は確信した。前にみほが言っていたのはこれのことなんだと、そう確信した。

 

 

 あぁ、この子は勝つために戦車道をやっているわけではないんだ……と。

 

 

 笑っていたのだ。楽しそうに、仲間たちと。みほは西住の娘ということで、大会前から優勝候補として注目されていた。しかし期待に応えることはできず、二回戦敗退という結果に終わった。

 

 なのに、何故そんなにも楽しそうに笑っていられる? 勝ってもいないのに、勝つことに意味があるはずなのに、負けたのに……なんでそんなに楽しそうなんだ?

 

 

 私には……西住の私には到底理解できなかった……。

 

 

 みほが私のいる中学へ進学してきた。当然戦車道も続け、二年生で既に隊長を任されていた私はみほにあることを教えることにした。

 

 『勝つことの楽しさ』

 

 戦車道は勝つことに意味がある。勝って初めて戦車道の楽しさがわかる。

 

 だから私はみほを副隊長にし、私の横で、私の右腕として、西住の名に相応しい戦い方で、みほに勝利というものを見せてきた。

 

 私は隊長になってからの二年間、練習試合も含めて、全ての試合と名のつくものに勝ってきた。

 私は二年間、一度も負けることはなかった。

 

 みほに勝利というものを見せたくて。西住流なら、勝てるんだと知ってもらいたくて。

 

 みほには私と一緒に西住流を極めて欲しい。ただその一心で勝利をもぎ取ってきた。

 

 勝利の喜びを、西住流の正しさを、みほに強く強く理解してほしかった。

 

 だが、少しだけ気になることもあった……。

 

 

 みほが、笑わなくなった……

 

 

 普段友達と話しているときはいつもと変わらない。普通に楽しそうに笑顔で会話をしている。

 

 しかし、一度戦車を動かすと彼女は……みほは表情が一変した。

 まるで、心のない機械のように……

 私の指示を実行するだけの無機質な機械のように……

 

 ただ、戦車を指示通りに動かすだけの″機械人間″になっていたのだ。

 

 だが私は、指示通りに動き、ミスもなく、確実に敵を倒していくみほを見て、みほも私の想いが通じて西住流を極めようとしているものだと勝手に思い込んでしまった。

 

 だから、みほが中学三年生のとき、ダージリンと観に行ったあの試合で私は自分の目を疑った。

 

 あの二年間、私が勝つ喜びを、西住流の正しさを教えてきたあの二年間は何だったのだ。

 

 ″西住″みほは西住流とは程遠いやり方で、勝利を手にしていた。

 

 そして、私の横にいたときは決して見せなかった笑顔を、あの楽しそうな笑顔を仲間たちに見せていた。

 

 みほはそのまま優勝した。自分のやり方を最後まで変えずに。

 

 ……認めない。西住の名を持つ者があんな戦いをするなんて。

 

 ……認めない。戦車道において勝ちよりも大事なものがあるなんて。

 

 ……認めない。認めない。認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めない。

 

 

 認めてしまえば……私の今までを否定することになってしまう。

 信じてきたものを信じられなくなってしまう。

 私が私を否定することになってしまう。

 

 だから私は、″西住″みほを……………認めない

 

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

 

「……いい加減にしろ」

 

「…………」

 

 エリカが副隊長に任命されてから一週間が経った。

 

 そんなある日、みほはエリカと共に隊長室へ呼び出されていた。

 

「……みほ、何度言えばわかるんだ。これがお前を副隊長に選ばなかった理由だ。アンチ黒森峰を気取りたいなら他所でやれ」

 

 まほは冷たく、そして何よりも厳しくみほを叱っていた。

 

 まほは新副隊長を決めるまでの間は、個々の能力を見るために一年生に口出しはしなかった。だから、みほも模擬戦で好き勝手できていたのだ。

 

 しかし、副隊長も決まったことであとは全国大会に向けて訓練を進めていかなくてはいけない。

 

 そうなると、みほが邪魔になってくる。

 

 基本的には指示通りに動いているのだが、たまに突拍子もない動きをすることがある。

 

 当然、みほにとっては必要な動きではあるのだが、何よりも隊列を大事にする黒森峰では、みほの動きは甚だ目立ってしまう。

 

 これまでに何度か注意はしているのだが、それでも聞かないので流石のまほも呼び出さずにはいられなかった。

 

「逸見、副隊長に選ばれたということはお前は一年生のリーダーでもあるということだ。チームの輪を乱す者が一年生にいるのなら、私が言う前にお前が即刻注意するべきだ」

 

「……はい」

 

 副隊長としてもっと自覚と責任感を持て、とエリカにも喝を入れるまほ。

 

「みほ、ここは″西住流″を重んじる黒森峰だ。好き勝手できていた中学とは違う。ここに入学した以上、そして戦車道を選択した以上はここのやり方に従え。中学生気分でいるのももう終わりだ」

 

「…………」

 

「返事はどうした?」

 

「……はい」

 

 みほは俯きながら小さく返事をする。

 

 まほはそんなみほを見て一つ溜め息をつくと、扉を指差す。

 

「もう行っていい。いきなり呼び出してすまなかったな」

 

 そう言われたみほとエリカは、失礼しますと一礼すると部屋の外へと出た。

 

 

「………………はぁ~~~~~ッ! 隊長怖かった……ちょっと、あんたのせいで私まで叱られたじゃない」

 

 エリカはキッとみほを睨む。

 

「それはお姉ちゃんの言う通り、逸見さんが私にちゃんと注意しないからでしょ?」

 

「はあぁぁぁ!!!??? あんたそれ本気で言ってるわけ!?」

 

「冗談。……本当にごめんね、私のせいで……」

 

 俯くみほを見てエリカは大きな溜め息をつく。

 

「はぁ~、だいたい何であんたは毎回毎回隊列を乱すのよ」

 

「今日は敵の待ち伏せが見えたから、こっそり回り込んで倒そうと思って」

 

「だ・か・ら! そういうのは先に報告してからにしなさいって何度も何度も言ったわよね!」

 

「つい」

 

「つい、じゃないわよまったく! ていうか、そんなに黒森峰のやり方が嫌なら、何で黒森峰に入学したのよ。貴女なら他の学園艦でも余裕に通用するでしょ」

 

 エリカは言い方は少々厳しいが、みほの実力はちゃんと認めているのだ。

 

「隊長の言う通り、黒森峰に来たからには黒森峰のやり方に従いなさいよ」

 

 その言葉にみほは歩を止め、少し先に進んだエリカの背中を見つめる。

 

「……? どうしたの?」

 

「……逸見さんの言う通りだよ。戦車道ならどこでもできた。戦車道をするだけならわざわざ黒森峰を選ぶ必要なんてなかった。サンダースや聖グロ、アンツィオにプラウダ。この四つからは個人的なスカウトもあった」

 

 エリカはみほの口から有名な高校ばかり出てきて、正直驚きを隠せなかった。

 

「それでもここに来た理由。私には目的があってここに来たんだ。だから……逸見さんには悪いけど、自分のやり方を変えるつもりはないよ」

 

 みほの瞳には確かな決意ととある想いが宿っていた。

 

 

 

 

 




 前半はまほの想いが詰まっていましたね。みほのやり方を認めてしまえば、自分が信じてきた西住流を否定することになってしまう。だからみほを認めるわけにはいかない。そんなまほの想いでした。

 そして次回、今度はみほの想いです。
 今回のような形式になると思いますので、そのつもりでお願いします。

 では、次回もお楽しみに

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私の目的

 みほの気持ち♪(犬の気持ち風に)

 はい、すみません。何か真面目な話ばかり続いているので少しふざけてしまいました。
 本文はちゃんと真面目な話なので、ご安心を。

 では、どうぞ


 私の名前は西住みほ。

 私には憧れている人が一人います。

 

 その人はいつだって格好良くて、頼りになって、私の大好きな人です。

 

 昔、何かの本で読んだことがあります。

『人というのはなれるものとなりたいものがある。そして、なりたいものとは絶対になれないからこそ憧れるものなのだ』と。

 

 この言葉を信じるなら、私は絶対にその人にはなれないらしいです。

 

 私のたった一人の姉である西住まほには……

 

 私が生まれた家である西住家とは戦車道の歴史がある家で、西住流という言葉があるほど有名なのです。

 

 そして、その西住流の後継者はお姉ちゃんだと、小さい頃から決まっていました。

 

 そのことに私は何の疑問も抱かず、ただ淡々とその事実を受け入れていました。

 

 実際、戦車に関しても戦車道に関してもお姉ちゃんの方が優秀であったし、単純に長女だからという理由もあったのでしょう。

 

 だから母は昔から、お姉ちゃんには厳しく西住流を叩き込み、結果を出せば西住流のおかげだと教え込みました。

 

 

 小さい頃、よくお姉ちゃんに戦車を運転してもらい、色んなところへ連れていってもらいました。

 

 うちからはちょっと離れた紅茶が大好きな女の子の住む豪邸。

 

 滑り台の上でよくわからないことを叫んでいる女の子がいる公園。

 

 顔より大きなバスケットボールを持ってシュートの練習をしていたアメリカ人っぽい日本人の女の子がいるバスケットコート。

 

 初めて会ったときはてっきり年下だと思ったけど実は年上だった女の子がいる広場。

 

 当時仲の良かった彼女達と遊ぶときは、いつも私とお姉ちゃんが戦車で迎えに行っていました。

 

 彼女たちはお姉ちゃんに毎回毎回大変じゃないか? と聞いていましたが、お姉ちゃんは決まって「戦車を運転するのは好きだから」と答えていました。

 私もお姉ちゃんの運転する戦車に乗るのが大好きでした。

 

 この時の私は……戦車に乗るのが大好きでした……

 

 小学生の高学年になり、私は本格的に戦車道を始めました。

 

 母曰く、『西住の姓を持つ者が戦車道をしなくて何をするの?』だそうです。

 どうやら私が戦車道をすることは、既に決定事項だったみたいです。

 

 でも私にはそんなことは関係なく、戦車道ができることにただただ喜びを感じていました。

 

 西住の娘だから? 戦車に乗るのが好きだから? いいえ違います。

 

 ーー西住まほがやっているから

 

 私が自分から戦車道をする理由としては、この一つだけあれば十分でした。

 

 戦車道の試合で指揮を執っているお姉ちゃんは堂々としていて、指示が的確で、兎に角格好良くて……

 

 自分の憧れであると同時に、自分の目指すべき人だと、西住まほを自分の目標にした。

 

 

 それからというもの、私は最も近くで、最も身近な存在として、常にお姉ちゃんの横でお姉ちゃんの戦車道を目に焼き付けた。

 

 そして、理解した……

 

 ーー私は、お姉ちゃんのようにはなれない

 届かないのだ、絶対に

 

 小学六年生にして、西住まほは既に完成していた。

 

 彼女は西住流だ。彼女が西住流だ。

 

 低学年の頃から母に教え込まれていた西住流が、お姉ちゃんの中では既に完成していたのだ。

 

 西住流とは何か、私も母からそれは教えてもらっていた。しかし、どこか理解できず何故か納得できなかった。理由を聞かれても答えることはできない。ただ、何となくとしか言えない。

 

 でも、お姉ちゃんはそれを全て理解し、納得もし、そして完成させた。

 

 この先、西住流でお姉ちゃんを越せる者などいないだろう。

 

 近くにいるからこそ、それが、その事実が、嫌でもわかりました。

 

 ……それでも私は、諦めたくはなかった。

 

 一度決めた目標を、簡単に諦めるような人間にはなりたくなかった。

 

 ーーだから私は、西住流から離れた

 

 この結論に至ったのは自分でも至極真っ当だと思っていました。

 

 西住流では西住まほには敵わない。

 でも、西住まほに追い付きたい。西住まほを越えてみたい。

 

 だから西住流とは違うやり方で、お姉ちゃんを越える。

 

 これが当たり前の結論だと、そう思っていました。

 

 でも、そう思っていたのは私だけだったようです。

 

 小学五年生のとき、初めて作戦の指揮を任されました。そこで私はお姉ちゃんとは、西住流とはまるで違う作戦を立てました。

 

 結果は敗北。この日の夜は母からの説教説教説教でした。

 まぁ、当たり前だと思います。西住流に背いたあげく試合に負けたのだから、勝利を重んずる西住流からすれば怒って当然だ。

 

 ただ、私はこの日の試合でとあることを思い出していたのだ。

 

 試合に負けた後、チームメイトの一人にこんなことを言われた。

 

『みほの作戦よかったよ。確かに負けちゃったけど、まほさんの時よりも楽しかった。やっぱ戦車道は楽しくないとね!』

 

 ……何故、忘れていたのだろう。

 

 別に私は楽しそうだからあの作戦を立てたわけではなかった。本気で考え、本気で勝ちに行って、そして負けた。

 

 なのに、仲間が私の作戦を楽しいと言ってくれた。

 

 西住まほを越える。西住流とは違うやり方でお姉ちゃんを越える。

 

 そのことばかり考えていた。

 そして、最も大事なことを忘れていた。

 

 ーー戦車に乗るのが大好きで、戦車に乗るのがとても楽しい

 

 あの頃の気持ちを、私は思い出していた。

 

 

 中学に上がった。

 お姉ちゃんが二年生にも関わらず隊長に任命されていた。

 

 そんなお姉ちゃんから、私に副隊長をするように言われた。

 

 お姉ちゃんの横で、お姉ちゃんの右腕として、お姉ちゃんのやり方で、戦車道に取り組んだ。

 

 指示通りに動き、正面から、堂々と、敵を撃破していった。

 

 お姉ちゃんの指示通りに動けば試合に勝てた。私が入学してからお姉ちゃんが卒業するまで、一度も試合で負けることはなかった。

 

 間近で勝利というもの味わえた。間近で西住流を味わえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何だ、コレ?

 

 楽しくない。楽しくない。楽しくない。

 全っ然楽しくない!!

 

 何だコレ何だコレ何だコレ?

 

 ああ、そっか。お姉ちゃんと私では、根本的に違うんだ。

 

 お姉ちゃんは勝つために戦車道をやっている。

 私は楽しむために戦車道をやっている。

 

 最初から、目的が違ってたんだ。

 

 きっとお姉ちゃんは、勝って初めて戦車道の楽しさがわかるなんて思っているんだろう。

 

 違う、違うよお姉ちゃん。

 

 確かに勝つことは大事かもしれない。負けるよりは勝った方が嬉しいし、楽しいのかもしれない。

 

 でも、それだけじゃないんだよ。

 

 それ以上に大切なことがあるんだよ。

 

 そして、それはお姉ちゃんだって知ってるはずなんだよ。

 

『戦車を運転するのは好きだから』

 

 思い出してよ、お姉ちゃん……

 

 笑ってよ、お姉ちゃん……ッ!

 

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

「だから私は黒森峰に来たんだ。お姉ちゃんの戦車道を、変えるために」

 

「…………」

 

 エリカに対し正直に話すみほ。

 その言葉には、確かな信念があった。

 

「……それで、常勝黒森峰の戦闘スタイルを変えさせると? そんなことが本当にできると思っているの?」

 

「違うよ。黒森峰のスタイル、西住流を止めさせるつもりなんてない。西住流が間違ってるなんて思っちゃいないし、実際勝ててるのは西住流のおかげっていうのが大半だしね」

 

「じゃあ、アンタは何がしたいのよ?」

 

「…………私はただ、楽しく戦車道をやりたいだけなんだよ。お姉ちゃんと、皆と」

 

「…………」

 

「逸見さん、今の黒森峰は楽しい? 心の底から楽しいと感じながら戦車を動かしてる? 初めて戦車を動かしたときのあの感動を、衝撃を、まだ覚えてる?」

 

 エリカの目を見つめながら、必死に訴えるみほ。

 

「…………戦車を動かすだけの機械になってない?」

 

「…………ッ!」

 

 エリカは突然歩き出したかと思うと、向き合うみほの横を通り過ぎ、もと来た道を戻っていく。

 

「逸見さん?」

 

 エリカの突然の行動にみほは戸惑う。

 

「アンタの野望に手を貸す気はないわ」

 

「野望って……大袈裟な」

 

「でも……」

 

「……?」

 

 エリカは振り替えることなく、背中越しでみほに言葉を伝える。

 

「お膳立てはしてあげる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンコン、と扉をノックする音が鳴る。

 

「はい」

 

 部屋の中にいたまほは外の人物へ返事をする。

 

「失礼します」

 

 すると、中へ入ってきたのは先程までここにいた現副隊長だった。

 

「どうした? さっきの話に何か言いたいことでも?」

 

 確かに副隊長になったばかりの一年生に厳しく言い過ぎたかもしれないと、まほもほんの少しだけ反省はしていた。

 

 しかし、返ってきた言葉は全く予想もしていなかった言葉だった。

 

 

 

「いえ……実は隊長に、折り入ってお願いがあるんです……」

 

 

 




 過去編はあと二話くらいかな。もしかしたら一話かもしれないし、三話かもしれません。
 その後に、決勝戦直前のお話を書いて、そしてやっと決勝戦。
 まぁつまり、決勝戦まではもう少しかかります。

 気長にお待ちください。

 では、次回もお楽しみに

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私たちには無視できない奴らがいる

 長いです。

 どうぞ。



「お願い?」

 

「はい」

 

 エリカは隊長室でまほを前にしていた。

 

「その前に、少し質問があります。隊長の率直な意見をお願いします」

 

 まほは視線で次を促す。

 

「今の一年生で一番実力があるのは誰ですか?」

 

「みほだ」

 

 何一つ取り繕うことなく即答するまほ。

 

「では、西住みほを副隊長にしなかった理由は?」

 

「先程も言った通り、あいつには黒森峰の戦車道が合っていないからだ」

 

「私が副隊長に選ばれた理由は?」

 

「みほを抜いた一年生の中では一番実力があり、黒森峰の戦車道に、西住流にもむいているからだ」

 

 ただ淡々と事実のみを語っていくまほ。

 

「わかりました。ただ、私は西住みほを副隊長として推薦したいと思っています」

 

「…………」

 

「隊長が私を推してくれたことはとても光栄ですし、とても嬉しいです。ですが、隊長が即答できるほど私と西住みほの間には実力の差があります」

 

 とても悔しい。だが、認めざるを得ない。それほどみほとエリカの間には高い壁が立ちはだかっている。それをエリカは痛いほど理解している。

 

「勝つためには優秀な者が上に立つべきです」

 

「だからお前になった。黒森峰にとってお前は優秀な人材だ」

 

「……私は一%でも勝つ可能性が上がるのなら西住みほを推します。私は勝つために黒森峰を選んだんですから」

 

「私としては、みほを副隊長にした方が勝つ確率が下がると思うんだけどな」

 

「それはあの子が言うことを聞かないからですか?」

 

「そうだ」

 

 これまでの模擬戦を見てきて、西住みほはあまりにも黒森峰には合わない戦い方をしてきた。奇抜で、斬新で、仲間ですら理解できないことを平然とやってしまう。何のための行動なのかわからないときが多々ある。

 

「でも、それでも終わってみれば彼女の行動は全て意味あるものでした」

 

「…………」

 

「彼女のやり方は黒森峰には合わない。確かにそうかもしれません。ですが、言い方は悪いかもしれませんが、勝つためにはあるものは有効利用するべきです」

 

 西住みほがサンダース高に行っていたら、聖グロリアーナに行っていたら、プラウダに行っていたら、必ず黒森峰にとって脅威になっていた。

 

「せっかく、あれほどの人物が黒森峰にいるんです。だから、あの子をもっと上の地位で使うべきなんです。あの子ほどの戦場把握能力が高い子はいません。あの子ほどその場に応じた最善の指示を素早く出せる子はいません。全体指示を出せる立場に立って初めてあの子の本当の力が発揮されると思います」

 

「……それで? 結局どうしたいんだ?」

 

「ただ、このままあの子を副隊長にしてしまっては隊に示しがつかないので、私と西住みほで副隊長を賭けた勝負をさせてください」

 

「……ほう」

 

「私が勝てば、実力も私の方が上となるので誰も文句言わずに私が副隊長で認めてくれるでしょう。私自身も納得して副隊長になれます。ですが、もし西住みほが勝てば、その時は実力の差でちゃんと副隊長を決めてください」

 

 逸見エリカが望んだこと。それは副隊長を賭けた、西住みほとの一騎討ち。

 

「実力が拮抗しているのなら隊長の副隊長を選んだ理由で納得はできます。しかし、その穴を埋めてもお釣りがくるほどの実力があの子にはあると、私は思っています」

 

 エリカは一歩前に出てハッキリと告げた。

 

「その勝負をさせてください。当然私も負けるつもりはありませんが、あの子の実力をやり方をもう一度見てあげてください。お願いします」

 

 頭を下げるエリカ。

 西住みほのやり方を認めたわけではない。黒森峰にいながら、黒森峰のやり方に従わないあの子がどちらかと言えば嫌いだ。

 

 でも、あの子は嫌いだが、あの子の戦い方は堂々としていなくてあまり好きにはなれないが、それでも、あの子の、西住みほの戦車道は好感が持てる。あの子と一緒にやっていると、戦車が好きで好きで堪らないという感情が肌に直接伝わってくる。

 そんな子が戦車道を楽しくやれないのは絶対に間違っている。

 

 

 ……違う。そんなものは建前だ。

 

 

 何よりも、そんなくだらない理由で仕方なく副隊長にさせられた(・・・・・・・・・・・・・)自分が嫌で嫌で堪らない。そんな自分が許せない。辛くて、痛くて、泣きたくなるほど悔しい。

 

 だから、ここでハッキリさせる。逸見エリカと西住みほ、どちらが黒森峰の副隊長に相応しいか。いや、違う。ただ単純にどちらが上か、どちらが強いか、どちらがより勝ちに貢献できるか。それを、ハッキリさせる。

 

「……とのことだが? どうする? みほ」

 

 未だに頭を下げているエリカを他所に突然まほがそんなことを言い出す。

 

 すると、ドアの外からガタンという音が聞こえる。

 

「え、は!? ちょっと、アンタそこにいるの!?」

 

 エリカが慌ててドアに向かって叫ぶと、恐る恐るといった感じにドアが開く。

 

「えーと、まぁ、うん。多分最初から、かな?」

 

「~~~~~~~~~~~~~ッ!!!」

 

 みほの言葉に両手で顔を覆い、その場にしゃがみこんでしまうエリカ。掌からはみ出している耳まで真っ赤である。

 

「お姉ちゃん。逸見さんの提案、私からもお願いします。逸見さんにあそこまで言われたら黙っているわけにもいかないし、それに……」

 

 みほはまほの目の前まで移動し、まほの瞳を見上げるように見つめる。

 

「お姉ちゃんは知らないよね? 今まで私が何を見てきて、何を目標にしてきて、何のために戦車道をしているのかを」

 

「…………」

 

「やります。やらせてくだい」

 

「私からもお願いします」

 

 みほとエリカが頭を下げる。

 

 そんな二人を見て、まほは一つ小さな溜め息をつく。

 

「……いいだろう。ただし、当然条件はある。逸見は三年生チーム、みほは一年生チームで戦ってもらう。戦車の数は十対十だ。人数が足りない場合、二年生を入れて構わんが、一、三年生は私以外全員使うこと」

 

「「はい」」

 

「……逸見、お前の言葉だ。みほには欠点を埋めて余りあるほどの実力を見せてもらわないと困る。よって、みほの勝利条件は敵の殲滅」

 

「なっ!」

 

「…………」

 

「逸見の勝利条件は敵フラッグ車の撃破とする」

 

 あまりにも大きすぎるハンデ。当然エリカは猛反対をする。こんなもの、自爆覚悟で敵のフラッグ車のみを狙えばいいのだから。

 

「そんなの、釣り合いません! だいたいそんな条件で私が勝ったとしても、素直に喜べませんし、堂々と副隊長にもなれません!」

 

「なら、全車無傷でみほに勝てばいい。誰もお前が敵を殲滅してはいけないなどとは言っていないし、自爆覚悟で敵のフラッグ車のみを狙えとも言っていない。ただ、お前側が殲滅されたら試合が終わるし、みほ側のフラッグ車がやられたら試合が終わる。ルールをそういう風にするだけだ」

 

「それで構いません」

 

「なっ、アンタね!」

 

「そもそも、これはもう既に逸見さんが副隊長で一度決まったことなんだよ。それなのに我が儘でこんな試合をしてもらえるだけでも感謝しないと。それに、これくらい何とかできなきゃ、逸見さんに嘘をつかせたことになっちゃうしね」

 

 みほはそう言い、エリカに笑いかける。

 

「私、手加減とか、油断とか、同情とか、絶対にしないから。負けても文句も言い訳も言わないでよ」

 

「大丈夫。逸見さんがここまでしてくれたんだから、負けないよ」

 

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

 

『ーーーーそこまで。残り戦車数、十輌対0輌によりみほチームの勝利とする』

 

 まほによるアナウンスが入る。

 

 完封勝利。

 

 みほはフラッグ車どころか、一輌も失わずにエリカ率いる三年生チームを殲滅した。

 

 待ちぶせに挟み撃ち、目眩ましに囮。

 

 隊列を重んじる黒森峰が一番嫌がることは当然ながら、隊列を崩されることだ。さらに欠点と言えるのは、黒森峰は、いや、西住流は完璧過ぎる。完璧過ぎるが故にイレギュラーになれていない。

 そして、黒森峰にとって最も重大なこと、それは……

 

「みほは西住流を知りすぎている」

 

 そう、まほの言う通りみほは小さな頃からまほ程ではないにしろ、西住流を叩き込まれているのだ。その上小中、そして高と、西住流の塊である姉が常に前に、隣に、とにかく近くにいた。

 

 まほはみほとエリカ、そして、三年生の元副隊長を集めていた。

 

「まぁ、そうだね。西住流を知り尽くした上での作戦でしょあれは。流石に先を読まれ過ぎてるし、西住流に詳しいからこそ、欠点もよくわかってる」

 

 元副隊長がまほの続きを受け継ぐ。

 

「でも、それはみほちゃんだからできた作戦であって、他の人にはできないことでしょ? そして、そのみほちゃんは黒森峰にいるんだから、あんな作戦を使われることはまずない」

 

「そうとは限りません。黒森峰は去年で九連覇、つまり、試合数が一番多く、映像にも一番残っているので対策は簡単に取れます」

 

「いやいや、映像を見たくらいで対策が簡単にできるなら九連覇もできないよ。それに今年は西住まほが中心な訳だしね」

 

「だからですよ」

 

「……?」

 

 元副隊長、そしてエリカも首を傾げる。

 

 しかし、西住まほはその表情を変えない。まるで、これからみほの言うことがわかっているかのように。

 

「今年二年生になってチームの中心になるのはお姉ちゃんの他にも、あと四人います。私と同じく西住流を、西住まほをよく知った四人が。それも強豪高に」

 

 そう、十連覇を目指すには忘れてはいけない、決して無視できない敵がいる。去年まではまほも含め一年生だったため、前の方には出られなかった。しかし、今年は違う。二年生となった今年は絶対に無視できない奴らがいる。

 

「……みほ、アイツらもお前のような作戦をしてくると?」

 

「西住流を倒すにはとにかく相手に西住流ならではの攻撃をさせないこと。これが一番だから。お姉ちゃんを知ってるあの四人なら、似たようなことはしてくると思うよ」

 

 まほは腕を組み、目を瞑り、熟考する。

 

 みほの実力は現一年生の中ではズバ抜けている。それは既に実証済みだ。エリカには悪いが二人の間にも高すぎる壁がある。

 

 しかし、みほのやり方も無視できない。どう考えても彼女のやり方は黒森峰には合わない。みほの言う通り西住流は隊列を崩されることを何より嫌う。それを身内で引き起こしてしまうかもしれない。

 

 いわば西住みほとは、諸刃(もろは)(つるぎ)なのである。絶大な攻撃力を持つが、一つ間違えれば自分達が大ダメージを負う。それが西住流を重んじる黒森峰なら尚更だ。

 

 それでも、みほのやり方よりも無視できない奴らがいる。それも確かだ。

 

「……お前なら、アイツらを止められるのか?」

 

「それはわからない。でも、今の黒森峰のままじゃ勝てないと思う」

 

「…………」

 

「…………」

 

 黒森峰、サンダース、聖グロリアーナ、アンツィオ、プラウダ、西住まほ、西住みほ、西住流

 

 まほの脳内で全ての駒が(はかり)にかけられる。

 

「…………っ、わかった。みほ、お前が副隊長になれ」

 

「…………はいっ」

 

 まほはエリカに向き直ると、

 

「逸見、すまない。私の独断で色々と面倒をかけてしまって」

 

 そう言って頭を下げた。

 

「いえ、この判断は正しいと思います。西住みほはそれだけの器ですから。頭を上げてください」

 

 まほは頭を上げ、そして今度は元副隊長の方を向く。

 

「先輩、先輩は元々みほを推していたのにそれを押し切って逸見を副隊長にした私が、またこんな勝手をしてしまいました。申し訳ありません」

 

「オーケーオーケー。私は黒森峰が強くなるならそれでいいよ。ただしみほちゃん、仮だったとはいえ私の後釜になるんだからちゃんとやってもらわなきゃ困るよ?」

 

「は、はい! 頑張ります!」

 

 ならOKとサムズアップする元副隊長。この人もかなり良い人である。

 

「先輩、それと逸見も、皆を集めてもらえませんか? こういうことは早めに報告した方がいい」

 

「そうだね、行こうかエリカちゃん」

 

「はい。では失礼します」

 

 そう言って元副隊長とエリカは他の隊員を呼びに言った。

 

「……みほ」

 

「……?」

 

「先に言っておく。私はお前の戦い方を認めてはいない。だから私の作戦にはちゃんと従ってもらう。それを変えるつもりはない」

 

「……うん」

 

「ただ、お前の実力は認めている。だから、もし試合中に気になることがあれば遠慮なく言え。ただし、報告なしの独断専行は絶対に駄目だ。隊列は絶対に崩すな」

 

「はい」

 

「西住流をよく知り、隊列をあそこまで崩すのが得意なお前なら、いざ隊列が崩されそうなとき敏感に気付けるはずだ。今度は崩すんじゃなく、お前の力で隊列を守ってくれ」

 

「わかりました」

 

「それじゃあ、二年間、よろしく頼む」

 

 みほに右手を差し出すまほ。

 

 そして、その右手を握り返すみほ。

 

「よろしくお願いします」

 

 二人の絆は以前よりも固く結ばれた。姉妹として、隊長と副隊長として。

 

 歴代最強の黒森峰が完成した。西住まほと西住みほ、この二人が協力しあえば誰にも負けない。

 

 

 このときのまほとみほはそう思っていた。

 

 




 あれ? これじゃあ、黒森峰とプラウダの決勝の後にまほがみほに言った台詞おかしくね? そう思う人がいると思います。

 一応考えてあります。次回をお楽しみに。

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決められた運命

 どうぞ



 

 パチィィン!!

 

 試合後の黒森峰選手用テントの中で一発、乾いた音が響く。

 それ以外の音はない。言葉も出ない。ただただ黙って、その平手を受け入れた。

 いや、もう一つ音があったな。

 

 私とお母様がいるテントに当たる、強い雨の音が……

 

 

 

 私たち黒森峰は、史上初となる全国戦車道大会十連覇という記録に届かなかった。

 

 黒森峰対プラウダの決勝戦では、崖から落ちた味方戦車を助けるためフラッグ車の車長であった副隊長のみほがフラッグ車から離れ、そこを敵に撃破されて幕は降りた。

 

 戦車道は戦争ではなく歴としたスポーツである。

 

 安全面は確保され、間違っても死者など出ない仕様になっている。当然だ、戦車で砲弾を撃ち合うのだから安全第一なのは当たり前のことである。

 

 そのため、戦車道に使われる戦車はそれなりの整備、加工がされている。

 砲撃されても中の人間は無事だし、まぁあったとしても衝撃で頭をどこかにぶつけたなどその程度だろう。

 

 そしてそれは、今回起こった事故でも例外ではない。

 

 確かにうちの戦車はプラウダに撃たれて、雨のせいで流れが速く水量が増している川へと崖から転落した。

 しかし、みほが助け出したとき車内は特に水が入り込んだというわけでもなく、例え川に沈もうとも戦車内にいればまず間違いなく安全なのだ。

 気絶して病院へ運ばれた赤星も車内で頭をぶつけ、軽い脳震盪を起こしただけだった。

 

 故に、西住みほは余計なことをした。だから黒森峰は負けた。そういった声が多くはないが確かにあった。

 

 それは、私とみほの母親である西住しほも思っていることだった。

 

「まほ、貴女は黒森峰の連覇をストップさせた。しかもその代の隊長が黒森峰の元である西住流の跡取り。これがどういうことかわかるかしら?」

 

「…………」

 

「そもそも、今大会の黒森峰は少し変だと思っていたわ。西住流とは少し違う。基本は西住流なのに所々で西住流らしからぬ動きが見受けられた」

 

「……それでここまで勝ってきました」

 

「でも、今日は負けた。中学の頃の貴女はもっと西住流を重んじていたはずよ?」

 

「……私は中学の頃と何ら変わっているとは思っていません。隊列を第一に考え超重量で撃ち勝つ。昔から何も変わってなど……」

 

「みほ、かしら」

 

「…………っ」

 

 お母様の眼が私を射ぬく。昔からそうだ、この人には嘘はつけない。自分でも自覚していないような心の奥底にある感情や考えまでも見抜いてしまう。

 

 別に隠し事をしているわけではない。お母様もみほが副隊長であることは当然知っている。

 

「みほが副隊長になると聞いたときから不安ではあったのよ。あの子は西住流とは程遠いところにいる。でも中学の時は貴女がちゃんとあの子の手綱を握り、操作していたから事なく終えれたけど、今回は無理だったようね」

 

 お母様の言葉が少しだけ頭に来た。

 

 私は別にみほの手綱を握っていたつもりも、みほを操作していたつもりもない。ただ一緒に戦車道をして、一緒に勝つ喜びを味わっていただけなのに。

 

「……お言葉ですが、決勝まではみほのお陰で楽に勝ててきたんです」

 

「でも決勝はあの子のせいで負けた」

 

「みほは人として当然のことをしただけでしょう!」

 

 何故自分の娘がした人として誇れることを褒めてやらないのだ。

 

「あれはフラッグ車の車長としては間違った行動よ。特に黒森峰、いえ、西住流ではね」

 

「な……ッ!」

 

 褒めるどころか、お母様はあれは間違っていたと言い切った。

 

「戦車道の戦車は川に落ちたぐらいで浸水なんてしないわ。それは貴女もみほも、皆が知っていることのはずよ」

 

「ですが、もしものことがあってからじゃ遅いでしょう!」

 

「でも実際にそんなもしもはなかった」

 

 お母様の言っていることは結果論でしかない。だが、実際に結果はお母様の言う通りだった。それは事実である。

 

「とにかく、この大会で貴女とみほの評価は下がったと思いなさい。黒森峰の記録を止めてしまった西住姉妹と言われても文句は言えないわ。自分で落とした名誉は自分で挽回しなさい」

 

「…………」

 

 そんなものは初めからいらない。みほがとった行動は何一つ間違っていない。名誉? そんなものより妹が大事だ。連覇記録? そんなものより私はみほが大事だ。

 だから私はみほの味方だ。

 

「ああ、それと、今私が言ったこと後でちゃんとみほにも言っておきなさい。貴女の口から」

 

「え……」

 

「当たり前でしょう? 貴女は黒森峰の隊長。足を引っ張った隊員を叱るのは貴女の役目よ。それが副隊長なら尚更」

 

「……みほは叱られるようなことはしていません」

 

「『勝利に犠牲は付きもの』貴女に教えた言葉よね?」

 

「ええ。私はそう教わりました。ですがみほはそうは思っていません。あの子は誰よりも仲間を思いやる優しい子です! みほには勝つことよりももっと大事な何かが見えているんです!」

 

「……そう、あの子はそんな甘い考えをしてるのね」

 

 お母様の声が低くなり、お母様が一歩私に歩み寄る。たった一歩前に踏み出しただけなのにビクリと身体が震えた。

 

 一歩ずつ私に近付くお母様。そして目の前まで来たお母様は私の頬にそっと手を添えて軽く撫でる。

 

「まほ、貴女は今まで沢山の勝利を手にしてきたわね。勝利の喜びを誰よりも味わってきたわよね? それは、誰のお陰かしら?」

 

「…………」

 

「もともと戦車道の才能がまるでなかった(・・・・・・・・・・・・・・)貴女を、ここまで成長させてくれたのはいったい何のお陰かしら?」

 

「…………っ」

 

「生まれ持った戦車道の才能が、みほに遠く及ばなかった(・・・・・・・・・・・)貴女が勝てるようになったのは、私の教えた西住流のお陰でしょう?」

 

 ああ、無理だ。何で忘れていたのだろう。私は逆らえないのだ、抗えないのだ、この運命に。

 

「確かに貴女は誰よりも努力をしてきたわ。それは私も見てきたから知っている。でもどれだけ努力しても、優れた才能には決して勝てない。だから私は西住流という武器を貴女に与えたの」

 

 お母様には感謝してもしきれないほどのものを貰っている。きっとお母様がいなければ、西住流がなければ、私はこんな凄い舞台には立てていない。

 

「西住流は、貴女が一番信頼し、貴女が一番知っていて、貴女に一番勝利を与えてきたはずよ」

 

 少し勝てただけで舞い上がっていた。自分の力だと思い込んでいた。自分が凄くなったんだと勘違いをしていた。

 

「もう一度だけ言うわ。西住家の娘であり、貴女の妹であるみほが西住流とは真逆のことをしようとするのなら、西住流のことを誰よりも知っている貴女がみほに言いなさい。貴女の口からハッキリと」

 

 私には西住流しかない。私から西住流を取ったら何も残らない。

 

 

 

「…………はい、お母様」

 

 

 

 

 私には、みほのような才能なんてないのだから……

 

 

 

 

 

 

 




 確かに洗脳かもしれません。
 しかし、どれだけ頑張っても勝てなかった子が、それだけで本当に勝てるようになったのなら……
 
 あなたはそれに、すがりついてしまいませんか?



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決勝前日

 どうぞ



 

 私は妹が好きだ。

 小さい頃からお姉ちゃんお姉ちゃんと私の後ろを付いてきて、無邪気に笑うあの子が愛おしくて堪らない。

 

 私は西住みほが嫌いだ。

 運動だって勉強だって、常に私の方が上だった。あの子は勉強は良くて中の上。単純な運動神経だって悪いわけではないが、私の方が断然(まさ)っていた。

 だが、それが戦車道になると話は違ってくる。

 あの子には才能があった。

 私にはないものを初めから持っていた。

 

 私は西住流が好きだ。

 あの流派は私に勝利を運んできてくれる。勝つことは何よりも嬉しいことだから。西住流は私の一部だ。

 

 私は西住流が嫌いだ。

 どんな相手だろうと変わらぬ戦術。撃って撃って撃ちまくる。勝つためには犠牲は付きもの。その考え方が気に入らない。

 

 私は黒森峰が好きだ。

 九年連続全国制覇。そんな素晴らしい成績のある高校の戦車道で、隊長をやらせて貰っている自分が誇らしく思えるからだ。

 

 私は黒森峰が嫌いだ。

 お母様の下で西住流だと言いながらただ言われたことをしているだけに過ぎないくせに、九年連続全国制覇は自分たちが勝ち取ったものだと思い込んでいる。結局は黒森峰も西住流の力を借りているに過ぎないくせに。

 

 

 

 

 だが、みほよりも、西住流よりも、黒森峰よりも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 他の何よりも、私は西住まほ(わたし)が嫌いだ――。

 

 

 

 ーーー  

 

 ーー

 

 ー

 

 

 

 

「――長、隊長!」

 

「…………ん、……?」

 

 エリカの声でまほは目を覚ます。どうやら隊長室で明日の作戦を練っている最中にウトウトしてしまっていたらしい。

 

「隊長お疲れですか?」

 

「いや、問題ない。どちらにせよ明日で最後だしな」

 

 まほは再び明日の戦場となるフィールドの地図に目を向ける。

 ここでこうしたらどうか、いや、この場合はこうした方がいいだろう、とエリカと作戦を練っていく。

 

 一通り作戦も決定したので一息いれることにし、まほは椅子の背もたれにもたれ掛かる。エリカはお茶を淹れますねと部屋の端にある簡易キッチンへ向かった。

 

「それにしても安心しました。また準決勝のような作戦を言い出したら、どうやって隊長を思い止まらせようかとずっと考えていたんですよ」

 

「……ふっ、流石にもうあの時のお母様は見たくないな」

 

「……あの時は本当に怖かったんですからね。家元があそこまで怒るところは初めて見ましたよ」

 

 準決勝の聖グロリアーナ戦でまほが指示した作戦は、圧勝はしたものの黒森峰、しいては西住流とは程遠い作戦であり、その試合を観た西住しほはまほに長時間の説教を施していた。

 

「……エリカ。お前はあの作戦どう思った?」

 

「え? 準決勝の作戦ですか? まぁ、西住流の欠片もないと言いますか、家元が怒るのも仕方ないんじゃないかと。あの作戦ではまるで……」

 

「まるで……みほを見ているようだ、と?」

 

「ええ。でも、やはり姉妹なんだなとも思いました。隊長もあんな作戦思い付けるなんて知りませんでしたから」

 

 エリカはお茶を淹れながら、みほとまほの影を重ねるように流石姉妹だと言うが、それは違う。

 

「あれは私が考えた作戦じゃない。みほが小学五年のときに思い付き、中学三年で完成させた作戦だ」

 

 まほの言葉にエリカは顔を驚愕の色に染める。

 まほの言葉が本当なら、みほは高校生の、それも名門聖グロリアーナを倒せる作戦を小学五年生で既に思い付いていたということになる。

 

「まぁ、私があんな作戦を使うはずないというダージリンの先入観もあったからうまくいったんだと思うし、むしろそれこそが狙いだったんだが、それでもみほの発想力は群を抜いている」

 

 エリカもその言葉に素直に頷く。

 彼女も知っているのだ、西住みほの恐ろしさは。

 一年間近くで見てきた。自分と同い年でここまで自分と差がある者を今まで見たことがなかったから。エリカは、恐らく今まで会ってきた中で戦車道に関してはみほが一番才能があるのではと思っていた。自分が初めて本気で追い付き追い越したいと思った人物である。

 

 今ではその対象は目の前にいる西住まほであり、当然心の底からまほのことを尊敬もしている。しかし、一番最初に目を奪われたのは姉のまほではなく、妹のみほである。

 彼女が近くにいるのなら、自分はどこまでだって上へ登れる気がしていた。口ではバカにしながらも、彼女が本気を出せば、彼女の言っていた黒森峰に来た目的も絶対に達成してしまうのだろうという思いがどこかにあった。

 

 だからこそ、エリカはみほを許せない。

 

 そんなエリカの思いも露知らず、みほは姉の前から逃げ出し、黒森峰から逃げ出し、自分の目的からも逃げ出し、あまつさえ戦車道からも逃げ出した。

 

 そして去年まで戦車道がなかったような学校へ行き、今ではのうのうと素人集団とお遊びのような戦車道をしているくせに、のらりくらりと決勝まで勝ち上がってきている。

 

 その根性が、その生き様が、その運の良さが、

 そして何よりもその才能が……

 

 エリカは憎くて憎くて堪らなかった。

 

 だから絶対に勝つ。かつてみほが捨てた黒森峰がみほが現在何よりも大事にしている大洗を打ち倒す。

 絶対に負けられない。絶対に負けたくない。

 絶対に勝ってみせると、エリカは強く誓った。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

 プルルルル、プルルルル――

 

決勝前夜、みほは自室で明日の作戦の最終チェックをしていた。そこで一本の電話が入る。

 

「もしもし」

 

『ハーイ、ミホ。調子はどう?』

 

 電話の向こうからは明るげな声が聞こえてくる。昔から幼馴染みの皆を引っ張ってくれていた明るい声だ。

 

「ケイさん、こんばんは。まぁできることはやってます」

 

『そう。ワタシも明日は観に行くから、しっかりね』

 

「はい。…………それで、どうでしたか?」

 

 みほはケイがこんなことを言うために電話をしてきたのではないとわかっていた。

 もちろん頑張れを言うのも目的の一つではあるのだが、本題は別にある。

 

『あー、やっぱり険悪だったみたい。まほはまほで挑発しまくって、ダージリンはダージリンでそれに乗っかっちゃったみたいだね』

 

 そう、あの準決勝。みほはあの試合の映像を観てどう見てもおかしいと思っていたのだ。

 あのいつでも冷静なダージリンがあんな見え見えの罠に引っ掛かるとは思えなかった。だが、以前ケイやアンチョビからまほとダージリンが一年近く喧嘩していると聞いていたので、そのせいであんな単純ミスをしたのではと考えていたのだが、まさにその通りだったようだ。

 

『しかも、試合後にまほがダージリンに余計なことを言ったみたいで、準決勝の後からダージリンの機嫌がすこぶる悪いってカチューシャが言ってた』

 

 ケイの報告につい溜め息が出てしまうみほ。まったくうちの姉は一体何をしているのだと。

 

『やっぱりミホが何とかするしかないみたいよ。ワタシもまほに会いに行ったけど全然相手にされなかったし、むしろちょっとキレられたわ』

 

「あぁ、うちの姉がすみません……」

 

 電話の相手に頭を垂れるみほ。まぁ、現在進行形で行われているあれほどの大喧嘩をこんな冗談チックな話題にできるのは幼馴染みの特権だろう。

 

「まぁ何とかしてみます。でも私の話に耳を傾けてもらうにはまずは勝たないといけませんね。因みに、私の夢はまた六人で楽しく一つの戦車に乗ることですから」

 

『フフッ、そのベリーナイスな夢、楽しみに待ってるからね』

 

 そうして明日は頑張ってという言葉を残し、ケイは電話を切った。

 

「……よしっ、お姉ちゃんとダージリンさんを仲直りさせるためにも、まずは明日勝たなきゃね。……それに勝たなきゃ、大洗がなくなっちゃうんだよね……」

 

 

 

 誰にだって負けられない理由がある。

 

 自分の考えが正しいと証明するために

 個人的に許せない相手を倒すために

 自分の夢のために

 自分の学校を守るために

 

 理由は様々。十人いれば、理由は十個以上集まる。

 

 しかし、そんな異なる理由を持つ彼女たちも目指すものはたったひとつだけ。

 

 

        ″優勝″

 

 

 ただ、それだけである。

 

 




 
 次回から決勝戦編へ突入します。

 なんかプラウダ戦からここまでいろんな人の視点で話が進んできましたね。
 ですがようやく決勝が始まります。
 お楽しみに

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試合前の激励

 皆さんお久しぶりです。
 いや、ほんとすみません。だいぶ更新が遅れてしまいました。
 あともう一つ謝ります。今回はまだ試合に入れませんでした。サブタイ通り、試合直前の激励の話です。

 どうぞ


 戦車道大会決勝当日

 

 ~大洗女子陣地~

 

 みほ達あんこうチームが自分達の戦車を調整していると、とある二人組がやって来た。

 

「ごきげんよう」

 

「あ、ダージリンさん。それにオレンジペコさんも」

 

「どうもです」

 

 聖グロリアーナのダージリンとオレンジペコである。試合前の幼馴染みへ激励に来たといったところだろう。

 

「みほ、貴女はここまで来た。運もあったでしょう、奇跡もあったのでしょう。それでも、ここまで来た。それは紛れもない事実よ。胸を張って、黒森峰を蹴散らして来なさい」

 

「ダージリンさんが蹴散らすなんて言葉を使うとは思いませんでした」

 

「うるさいわよみほ」

 

 みほが苦笑いをし、ダージリンがムッとしていると、一台のオープンカーがやって来る。サンダース高のナオミ、アリサ、そしてケイだ。

 

「ハーイ、ミホ! 応援に来たわよ! 今日もエキサイティングでクレイジーな作戦、期待してるわよ!」

 

「はい、頑張ります」

 

「ついでにダージリン。あなたそろそろマホとは仲直りしたの?」

 

 ケイがそう聞くと、ダージリンは若干気まずそうな表情になる。

 その表情を見てケイは溜め息をつき、みほは苦笑いをする。

 

「ミホーシャ!」

 

「あ、カチューシャさん」

 

「このカチューシャが応援に来てあげたわ! 黒森峰なんて、ちょちょいと捻り潰しちゃいなさいよ!」

 

 相変わらずノンナに肩車されたカチューシャが声をかけてくる。プラウダの二人も応援に来てくれたようだ。

 

「頑張りますね」

 

 みほはそう一言伝える。

 幼馴染み三人はそんなみほの態度に少し違和感を覚えていた。

 昔はとにかく元気で活発な子だった。数ヶ月前、あの喫茶店や練習試合で久しぶりに会って、だいぶ昔とは変わってしまったと思った。

 ただ、試合になるとみほはやっぱり変わっていなかった。その事が三人とも嬉しかった。

 

 しかし、今のみほはこの三人と試合したときとは少し違う気がした。

 どこがどう違うのかを説明しろと言われてもできないのだが、どこか違う。それは間違いなかった。幼馴染みの勘がそう伝えていた。

 

 決勝前で緊張しているのか? 古巣と戦うことに後ろめたさを感じているのか? 三人には色んな考えがよぎった。

 

「そう言えばチョビ子がいないわね。あの子も来てるはずでしょ? 誰か見てないの?」

 

「そう言えば見ていませんわね」

 

「カチューシャも見てないわ」

 

「ここにも来てないですよ?」

 

 ケイが雰囲気を変えようと話題を提供する。今ここにはいないアンチョビこと千代美姐さんの話だ。

 

「千代美のことだから会場を間違えたとかじゃないの? カチューシャはそれに一票賭けるわ」

 

「あら、ではわたくしは寝坊に賭けますわ」

 

「え、えっと、じゃあ私は会場内を迷ってるに一票を……」

 

「オー! 面白そうね! そうね、なら私は色んな出店に紛れてパスタの屋台を出しているに一票賭けるわ!」

 

「「「それだ(ですわね)(ですね)!」」」

 

 本人がいないところで、失礼極まりない幼馴染みであった。

 

 

 ーーー

 

 ーー

 

 ー

 

 

 ~黒森峰陣地~

 

「隊長、全戦車点検完了しました」

 

「よし、では全員を集合させろ。最終ミーティングだ」

 

「はい」

 

 エリカがまほに報告をする。試合前の戦車の点検も終わり、試合開始までの時間に今日の試合のための最終確認を行うのだろう。

 

「――よし、全員集まったな。今日は決勝戦だ。三年生にとっては泣いても笑っても最後の公式戦となる。だが、当然我々は負けるつもりはない。勝って当然だ。我々は常勝黒森峰、負けは認められない。例え敵がどんな相手だろうと油断はするな。戦車の数、経験、実力、全てにおいて相手より(まさ)っていようとも、勝利のアナウンスを聞くその瞬間までは一瞬たりとも気を抜くな。その一瞬の隙が命取りになる。全員が常に冷静になって状況を把握するんだ。いいな」

 

『はい!』

 

「よし、では試合開始までは各自身体を休めておけ。解散」

 

 まほの指示でメンバー達が各々散開する。

 流石黒森峰の隊長といったところだろう。今の黒森峰にはかなりの緊張感が走っている。特に今の二、三年生はよく知っている。今日の敵がいったい誰なのかを。

 まほに言われずとも、今日の試合は一瞬たりとも気を抜くことができないことも。

 

「エリカさんちょっといい?」

 

「小梅? ええ、どうしたの?」

 

 車長の小梅と副隊長のエリカが今日の作戦の最終チェックを行っている。

 まほはそれを遠目に見ながら机に置いてあるコーヒーに口をつける。先程エリカが淹れてきたものだ。

 

「流石は黒森峰の隊長さんだね~。大した緊張感だよ」

 

「…………千代美?」

 

 突然まほに声をかけたのは別の場所で失礼な賭けの対象になっていた千代美だった。

 

「今はアンチョビ。にしても、こんなに張り詰めてて大丈夫なのか? 緩んだ糸よりも張り詰めた糸の方が簡単に切れやすいぞ?」

 

「……ふっ、心配ないさ。確かに張り詰めてはいるが、あいつらは、いや、黒森峰はただの糸じゃない。私達の隊列は何重にも重なった糸よりも固い。簡単に切れはしないさ」

 

「あっそ、そりゃ怖い」

 

 肩を竦めて、おどけたように返す千代美。

 

「それで? 何しに来たんだ?」

 

「は? 激励に来たに決まってるだろ?」

 

「激励なら普通は向こうのチームにすべきじゃないのか? そういうのは弱い方のチームにするべきだ」

 

「おいおい、油断するなって言ってた本人が早々に油断かよ」

 

「油断じゃない。これは純然たる事実だ」

 

 確かに黒森峰と大洗女子を比べて、どちらが強いと聞けば、百人が百人黒森峰と答えるだろう。これは紛れもない事実だ。

 

「へーへー、全く相変わらずだなお前は。まぁいいんだよ、どうせあっちには他の奴等が行ってるだろうしな」

 

「だろうな」

 

「だから私はお前が一人で寂しい思いをしてるんじゃないかと思ってこっちに来てやったんじゃないか」

 

「…………ふん、くだらん」

 

「おー? 何だー? 照れてるのか? 可愛いとこあるじゃないか」

 

「照れてない」

 

「嬉しかったら素直に嬉しいって言っていいんだぞ? ほれ、ありがとうって言ってみ。ほれほれ」

 

「うるさい。さっさと帰れ。客席じゃなく家に帰れ」

 

 まほが千代美の背中を足で押していく。

 

「おいこら! 足で押すな! 背中に足跡がつくだろうが! わかったわかった。もう行くから!」

 

 千代美が降参とでも言うかのように両手を挙げてまほを止める。

 

「ったく。……ま、頑張れよ。どっちも応援してるし、私はみほの味方でもあるけど、お前の味方でもあるんだからな。それを忘れるなよ」

 

「…………」

 

 そう言ってまほに背を向ける千代美。その背中に向かって絶対に誰にも聞こえないような大きさの声が発せられた。

 

「………………………ガト」

 

「……………フッ」

 

 しかしたった一人にだけは聞こえたのか、千代美は軽く頬笑み振り返ることはせずに右手だけを軽く振って去っていった。

 

 

 

 

 




 原作の方ではアンチョビ姐さんが決勝で残念な感じだったので、この作品では格好良いところを見せてもらいたくてこの話を書きました。
 
 次回はちゃんと決勝戦が始まるのでご安心を。

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