ヒロインの一人にTS転生したので主人公を他のヒロイン達に押し付けたら…… (メガネ愛好者)
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第一話・『主人公○○○○作戦』始動


 どうも、メガネ愛好者です。

 とある方の作品を読んでいたら……気づいたら書き上げていた。
 後悔はない。それでは。




 

 

 唐突だが学生諸君、特に中高生の君達に聞きたい事がある。

 

 

 君達は——”ギャルゲー”というのをやったことがあるかな? 主にPCソフトの方の。

 

 

 そう、PCソフトの方だ。未成年の良い子の皆の為に家庭用ゲーム機へと移植された健全なものではなく、18歳以上の者達にのみプレイする事が許された禁断のゲーム——とは名ばかりで、18歳未満の学生達も密かに入手してはプレイしているであろうゲームのことだ。もっとわかりやすい言い方をすればエ○ゲーと言った方がいいのかもしれないが、あえてここではギャルゲーと称する事にしよう。

 

 

 とはいえ、一概にギャルゲーと言っても様々な方針、趣向がある。

 主に挙げられるのは「ストーリーを重視したもの」、「キャラ達の心理描写を重視したもの」、そして「色気のある濡れ場を重視したもの」の三つだとオレは思う。その他にも様々な要素があるとは思うが、とりあえずその三点の出来が良ければ名作として数えられるのではなかろうか? 例えイラストが粗末なものでも、内容を重視する者にとっては十分に抜け——コホン、楽しめるのだから。

 

 

 次に、そんなギャルゲーの濡れ場について簡単に考察してみる。

 家庭用ゲーム機では対象年齢の関係で上手いこと省かれているが、本来のギャルゲーには大なり小なりの濡れ場が存在する。寧ろ無い方が珍しい。恋愛を重視したものなどは特にそれが顕著であり、主人公と複数いるヒロインの中から一人、または複数でそう言った行為をするシーンが必ずしも一つや二つは存在するだろう。

 ソフトなものからハードなものまで選り取り見取り。「人の性癖って恐ろしいネッ!」と常人の理解を越えた特異(マニアック)なものまである始末……ホント人の性欲って凄まじいと思うよ。いや、割とマジで。

 

 

 さてと、ギャルゲーについていろいろと語ってみたけれど、とりあえずこの話題はここまでにしておいて……本題に移ろうと思う。

 

 ここまでの話を聞き、あまりギャルゲーに詳しくない者もある程度の理解を深めてくれたとは思う。思うことにする。あまりわからなかったのなら、とりあえずは「大体のギャルゲーには主人公とヒロインの絡みがある程度は存在する」とさえわかってくれていれば助かります。

 

 

 それでは…………もしもの話をしよう。

 

 

 もしもだ————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「は、はじめまして! ボクのなまえはライルって言います! こ、これからよろしくね?」

 

 「…………」

 

 

 ——見知ったギャルゲーの世界に()()()()転生して、目の前にハーレム系主人公が現れたとしたら……君ならどうする?

 

 

 「もう……ロアもきちんとご挨拶しなさいな。あまり不愛想だとライル君に嫌われちゃうわよー?」

 

 (寧ろ嫌ってくれて構わないからオレに関わらないでくれねーか? ……なんて、母さんが見てる前で言えねぇよなぁ……)

 

 

 ——しかも転生先が()()()()()()()()()()()()()()()()に憑依する形だったとしたら? ……元成人男性のオレは一体どうしたらいいんだろう。

 

 

 ……一応言ってはおくけど、オレは同性愛者なんかじゃないから悪しからず。

 例え今のオレが女だとしても、精神面では目の前の少年と同じ男なんだ。彼方さんはともかく、男の心を持つオレにとってはもう抵抗感バリバリでしょうがない。体は女の子だからと言って全部受け入れている訳じゃねーんだよ。

 

 とりあえずライル君や、オレの顔見て照れくさそうに顔を染めるのやめてくれる? なに意識してんの? お前の初恋の相手になんぞオレはなりたかねーぞバカヤローが。

 

 

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 

 

 オレは今から約六年前、この世界――『オルトリデア』に転生した。

 

 転生した……言葉にすると簡単だが、実際に転生した立場からしてみれば割とシャレにならない状況だったりする。

 前世で培ってきた価値観や常識なんて全く……とは言い切れないけど、そのほとんどは通用しないところがあるし、文化や環境の違いもあるしで当初は戸惑いが隠せなかった。

 幸いにも前世の記憶にある知識にこういった展開――所謂『異世界転生』というものを知っていたおかげでそこまで取り乱すこともなく冷静でいられたけれど、流石にそれが実現するとは夢にも思わなかったから全くとは言い切れない。今でも若干の困惑は心に根付いたままだったりする。

 

 何故転生する事になったのか? それはオレにもわからない。

 神様に会って転生させてもらったなんて記憶はないし、そもそもいつの間に自分が死んだのかすらわからない。もしかすると死んで転生したという訳じゃないのかもしれないから判断しにくいところだ。

 

 気づいた時にはこうなっていた。そうとしか言えない。

 まあ別にそこまで前世に未練があった訳でもないし、あーだこーだ言っても元に戻れる訳じゃあないんだから、ここは諦めて現状を受け入れるしかないわけだ。人間諦めが肝心さ。

 

 そんな感じで異常な事態にも平常心を保てていたせいで、生まれたばかりのオレはうっかり生命の産声を上げるのを忘れてしまっていた。——つまりは泣くのを忘れて死にかけた。割と冗談抜きで。

 赤ん坊は産まれてすぐに泣かないと酸欠で不味い事になるって聞いたことがあるが、まさか自分の身を持って知る事になるとはね……そのせいでオレを産んでくれた二人目の母さんに二重の意味で涙を流させてしまったことを今でも罪悪感が残る程に申し訳ないと感じている。そのせいか母さんにはどうも頭が上がりません。今生のオレのヒエラルキー最上位は間違いなく母さんです。

 

 

 そんなオレが転生したこの異世界は、前世で良くやっていたゲームの一つに酷似していた。

 極端に言えば前世で言うところの”ファンタジー”に分類される世界で、現代社会に生きる子共達なら一度は誰もが憧れるであろう魔法が一般的に知られている。日々の生活に魔法が使われているぐらいには身近なものなのだ。

 

 そして、このオルトリデアにはとある役目を持った者達が数多く点在していた。

 その名は『開拓者』——少し前までは『冒険者』と同類視されていた、この世界で最も有名な職業だ。

 

 開拓者。それはこのオルトリデアの彼方此方に現在する、未だ人類が足を踏み入れた事が無く全貌が一切掴めていない未開の地——通称『未界』を文字通り”開拓”する者達の総称である。

 未界へと赴き、いまだ見ぬ生物、環境、物資を調査、回収することが主な目的となる。勿論未開の地という訳で調査には危険が付き物だが、収穫があればそれ相応の報酬が国から与えられるので腕に自信のある者はこぞって開拓者になっていった。

 

 しかしそんな開拓者ブームも今や鳴りを潜め、近年ではその数が激減している。

 理由は単純明快であり、先程も言った通り危険だからだ。

 未開の地という事はこちらの常識が通用しないことがあるのと同意義であり、それによって未界に足を踏み入れた者達が消息を絶つ——要は死んでしまう者達が続出した。

 未知へのロマン、富への欲求が人々の心を惑わせ、身の程も知らずに未界に挑戦してしまう。未界に向かうまでの道中は夢と希望が溢れているだろうが、その後に待ち受けるのは絶望と後悔。九死に一生を得た帰還者達は、その身をもって味わった恐怖を忘れることはないだろう。

 "未界探索は命がいくらあっても足りない"……それが常識となった今、進んで開拓者を目指す者が減るのは当然の既決ってもんだ。

 

 そんなこともあってか、今では"開拓者認定試験"ってのを受けて、それで国が定める基準を満たさないと開拓者になれなくなった。そうでもしなければ死者という名の行方不明者が増える一方だったからな。国としても無為に犠牲者を出す訳にはいかないが故の処置だったんだろ。

 この処置に不満はない。別にオレは危険を冒してまで夢を追うようなチャレンジャーではないからな。……ただ、もっと早くにこの処置を国は考えられなかったのだろうか? そうすれば今生の親父も……いや、やめよう。過ぎた話を蒸し返す必要は無い。

 

 

 そうして開拓者が減り続ける一方で、ここのところ台頭してきたいるのが冒険者って奴等だ。

 

 冒険者、またの名を何でも屋と言って、主に開拓した土地で起こる様々な問題の解決を生業としている。場合によっては開拓者の支援もするそうだ。

 

 そんな冒険の要素どこ行ったと言わんばかりの役職なんだが……これが割と稼ぎがいい。

 冒険者はいずれかのギルドに所属して、ギルドから出される依頼をこなしていくのが主な流れとなってくる。個人の依頼から国が出す依頼とその範囲に制限はなく、報酬もそれによって変動するようだ。

 

 その中でも”開拓者からの依頼”が最も稼げるらしい。

 開拓者にとって資金の減りなど些末なことなのだろう。ケチって命を落としたなど笑い話にもならない以上、開拓者は金をケチらない。ただのお使い程度の依頼で魔獣を数体狩る以上の金額を出すなどざらにあるそうだ。

 そして、そんな開拓者が出す簡単で儲けの良い依頼を冒険者が見逃す筈がなかった。まるでハイエナのように依頼書へと群がり、我先にと手を伸ばす彼等の必死さには最早呆れる一方だ。場合によっては依頼書を取り合って不毛な争いまで起きる始末……

 

 

 ハッキリ言おう。オレは冒険者が嫌いだ。

 

 

 周りの迷惑も考えず、儲けることしか頭にない荒くれ共を誰が好意的に思えるって言うんだ。確かに日々を生活していくにはお金を稼がねーとだけど……少なくともオレは、人に迷惑かけてまで稼ぎたいとは思わない。それだったら少ない稼ぎでひっそりと平穏に暮らしていた方がよっぽどいいとオレは思うんだ。

 

 しかし、そんな慎ましやかに生きようと考える人間なんてそうはいないだろう。大抵の奴等は巨額の富を得るために冒険者を目指していく。純粋に人助けをしたいとかの理由で冒険者になる奴等もいるにはいるだろうけど、それも少数でしかない。

 

 こればかりはもうどうしようもないと諦めている。オレがあれこれ言ったところでどうにもならないことなのはわかってるし、そもそもオレはあまり冒険者に関わりたくない。あんな守銭奴共と関わるなんて真っ平ごめんだ。

 前世では憧れていた冒険者も今では悪い印象しかない。理想と現実を思い知らされて気分はガタ落ちである。

 

 そうして人々は開拓者の依頼を初めとした稼ぎの良い仕事を求め、次々と冒険者を目指していった。巷では「冒険者になれるかどうかで人生が変わってくる」と密かに囁かれるぐらいである。いろいろと重症だろう。それだけ冒険者の稼ぎが魅力的だってのか? オレは全く惹かれないんだけどな……

 

 とはいえ冒険者ばかり増えては国や街の住人達が困るというもの。何せ冒険者になる者達が増えれば、その一方で他の職に就く者達が減るのだから。

 農業、漁業、建築業等々、一般的な職に就く者が減っては生活が成り立たなくなってくる。一時期はアルエ(リンゴに似た果物)一つの値段が収穫不足によって何倍にも値上がりした時期があったが、アルエ一つで値上がり前のマルーヌ(メロンに似た果物)を一つ買える状況に冒険者志願者達は不味いと思わないのだろうか? それを知ってなお冒険者になりたいと? 少しは危機感を持ってくれ。主に生活面の方で。

 

 その結果、まただ。また似たような措置が施されたんだ。

 今回は国ではなくギルド側で合否をつけるそうだが、開拓者と同様に冒険者になるためには"冒険者認定試験"を受けて見事合格しなければ()()()()()()冒険者になることが叶わなくなったんだ。

 

 例え開拓者よりは比較的安全だからと言って、死亡案件が全くない訳ではないからな。この世界は未界からやって来る魔獣達に日々脅かされているのだし、冒険者はそれの対処も行わないといけないんだから危険であることには変わりない。これも当然の処置と言えるだろう。

 

 ……ただこれに関しても国はもっと早くに動くことが出来なかったんかねぇ。現状を見てればその先どうなるかだなんて開拓者問題の時に十分思い知ったはずだろうに……

 

 

 

 

 

 とまあ、長々とこの世界について語ってきたわけだが、とりあえずは前の世界とはまた一風変わった世界であることさえ分かってもらえればそれでいい。

 

 その中でも『未界』に『開拓者』、そして何よりも『オルトリデア』という名称が、この世界が前世でよくやっていたギャルゲーに酷似していることに気づけた理由だった。

 

 それはノベルゲーが主とされるギャルゲーの中でも珍しい"ダンジョンRPG"要素が加えられた作品だった。それもあってか結構印象に残っている。

 まあやっていたのもオレが学生の頃だったからどういった物語だったのかまでは曖昧にしか覚えてないけど、それでも登場キャラの名前や印象はバッチリ覚えてるし十分だろう。

 

 

 

 因みにここは前世でやってたゲームの中でも結構気に入ってたゲームの一つだったりする。この世界に行けたらなーなんて妄想に更けたことさえあるぐらいで、だから転生当時は嬉しくて子供みたいに(まあ当時のオレは実際に子供だったんだけど……)はしゃいでしまったこともある。

 

 ……でも、だからと言って全ての物事が上手くいく訳でもない。実際にこの世界で生きることになってからというもの、やっぱり現実はそう甘くはないんだって思い知らされることが多々あった。

 その理由に先程の『冒険者ハイエナ問題』や『冒険者インフレ問題』、『冒険者ロクデナシ問題』があるのだけど……それ以前に、もっと身近なところに最大の問題が隠れていたわけでありまして……

 

 

 

 

 

 『ロア・イーリス』

 

 それが今のオレの名前であり、前世のオレが良く知る人物……いや、良く知るこの世界(ギャルゲー)住人(登場キャラ)の名前だった。

 

 物語開始時の年齢は18歳。主人公より一つ年上で、サラサラな薄水色の髪を腰まで伸ばした見目麗しい可憐な美少女だ。

 

 穏やかかつ純粋な性格の持ち主であり、自身の信じる志を最後まで貫き通そうとするその凛々しい姿はまるで物語で語られる聖女のように思えよう。

 助けを呼ぶ声があれば危険を承知で一目散に駆け寄るなどの健気さと献身さも兼ね揃えており、人助けのために奔走する彼女の姿はとても眩しくあった。

 そんなロアに胸を打たれ心惹かれた者は決して少なくはないだろう。事実オレもその内の一人だったし。てか一番好きなキャラだったし。

 

 そしてそんな彼女は四人いるヒロインの紹介欄にて二番目に紹介される、言ってしまえば第二ヒロインと言う立ち位置だった。

 

 主人公の幼馴染ポジで、大体主人公が五歳の頃に出会うことになる。

 出会ってすぐに意気投合した二人はそれから毎日二人で遊ぶようになり、いつしか家族同然の関係へと仲を深め合っていく。それは五年後に主人公が別の街へと移り住むことになる一週間前まで続き、その頃には主人公に対して淡い恋心を抱くようになっていた。

 そんな彼女に知らされる主人公との唐突な別れに彼女と主人公はふとした拍子で仲違いしてしまい、そのまま二人は関係が拗れたまま離れ離れになってしまうのだった。

 

 その後、主人公と縒りを戻すタイミングを逃した彼女は、主人公と再会するまでの間ずっと後悔に苛まれることになる。生来真面目なせいもあって、人一倍重く受けとめてしまっていた。

 再開した後もお互いに自分が悪いと思っているせいかどうにもギクシャクしてしまい、そのうえ他のヒロイン達が主人公の傍にいることが多いせいで話し合うタイミングも逃してしまう。「この二人不器用過ぎない?」と何度もどかしく感じたことか……まぁそれが良かったってのもあるんだけどね。

 

 最終的には縒りを戻すか、彼女のルートに入っていればそれ以上の関係になるのだが……まあその話は置いておくことにしよう。別に今必要な情報でもない。

 

 

 問題は、そんな彼女にオレが憑依してしまったということだ。

 

 

 勿論のことだがオレは彼女じゃない。確かに今のオレは『ロア・イーリス』だけど、本来の『ロア・イーリス』とは名ばかりの別人でしかないのだ。

 

 彼女のような真面目で健気で一途な性格とは程遠く、怠け者で自己中でいい加減な奴……それがオレだ。

 自慢出来るようなことなんて何一つ無く、ただただ無気力に日々を暮らしてきたオレが何故よりにもよって彼女に憑依してしまったのだろう? 憑依するなら主人公に憑依して彼女と添い遂げたかったですハイ。

 

 因みに自分が『ロア』だってことに確証が付いたのは産まれて数年後のことだった。

 最初は名前を聞いて「いや、まさかな……」と思う程度だったんだけど、成長するにつれて鏡に映る自身の姿に見覚えのあるシルエットを思い起こさせ、またこの世界がオルトリデアであることを繋ぎ合わせれば……まあ、認めざるを得なくなったわけだ。

 正直言って認めたくはなかったけど、現実逃避したところで何の意味もない。受け入れるかはともかく、受け止めなければならないことは確かだった。

 

 

 

 そんな彼女には大事な役割がある。それは主人公の旅を支えることだ。

 

 主人公は物語開始時に正式に冒険者となる。それから様々な出会いやら幾多もの死線を潜り抜けていくわけなんだが……主人公補正とも言うべきか、様々なアクシデントが次から次に発生するんだ。

 事によっては主人公の命の危機に繋がるイベントも発生し、その中のいくつかはロアがいなければ詰むレベルにまで発展する問題があったりする。

 その為、主人公が無事生き残るためにはロアの協力が必要不可欠であって、それがなければ乗り越えられない可能性が出てくるんだけど……そこで一つ、問題があってなぁ……

 

 

 実は、ロアに憑依してしまったオレには――”冒険者適性”が無かったんだ。

 

 

 先程も言ったが、冒険者になるには認定試験を受けて無事合格しなければならないんだけど……その基準の一つとして、冒険者は何かしら魔獣と戦うことの出来る(すべ)を持たないといけないんだ。

 

 剣術、弓術、槍術、魔術……その他にもある戦闘技術を持ち得ているか? 言ってしまえば"クラス適正"を持っているかが冒険者となる第一基準になってくる。

 何せ冒険者は依頼が無くとも魔獣と戦うのを義務付けられているからな。それが出来ない者は冒険者になることは叶わない。戦えない奴が冒険者になんてなるんじゃないってことだ。

 

 前世の成人男性だった時のオレならともかく、今のオレは非力な少女だ。

 武器を振るう程の筋力も無ければ、戦場を駆け回れるだけの体力もなかった。更には魔術を行使するのに必要な魔力も無かったけど、これについては仕方ない。

 ロアは生まれつき保有魔力が平均よりも低かったからな。全く無いわけじゃないが、魔術を行使できるだけの魔力量は残念ながらなかった。

 

 

 それならどうして彼女は冒険者になれたのか? それは彼女に『聖術』の適正があったからだ。

 

 聖術とは魔術と鏡合わせに位置するもので回復や防御に特化した後方からの支援を得意とする力だ。主に神官や僧侶などが習得するこの術を『ロア』もまた習得していた。

 本来の『ロア』は修道女だったからな。15歳までは街にある教会で働いていて、そこで彼女はとあるきっかけから聖術を習得することになる。そうして彼女はそれを期に冒険者の道へと歩んでいくことになるわけだが……

 

 

 実は、聖術を習得するために必要なのが————信仰心なんだ。

 

 

 ――え? オレ? 無神論者ですけど何か?

 

 

 そう、オレには聖術に対する適性がなかった。だって信仰心なんて欠片もありはしないのだから……

 今から信仰心を持つなんて真似も出来る気がしない。神様なんてそんなすぐに信じられる訳がないだろ? 転生した時に会っていたのならともかく、気づいた時には転生していたオレが一体何を信仰しろと? 無理ゲーすぎるでしょうよ。

 ま、まあ別にいいけどね! だってオレ、さっきも言ったけど冒険者とか嫌いだから! 冒険者になんかなりたくないし? あんなろくでなし共の仲間入りなんて御免だし? だから冒険者になんてなってられるかってんだ! ……ホントだよ? 聖術とか魔術なんかは使ってみたかったとは思うけど、冒険者にはなりたくないし。正確にはなりたくなくなったし。

 

 

 しかしそうなると主人公……もうライルでいいか。あいつが冒険者となって旅に出た際『ロア(オレ)』がいないせいで死ぬような羽目になってしまうかもしれない。

 何せロアは主人公パーティーの回復支援担当だ。ヒーラーがいないパーティーとかぶっちゃけ詰んでるといっても過言じゃない。ゲームでならまだしも、現実だと割と洒落にならない事態だ。

 

 ……これは個人的な気持ちの問題だが、知り合いが死ぬかもしれないとわかっている状況を無視できるほどオレは非情になれない人間だったりする。それも自分が何かしら関与してると余計にだ。

 

 本来なら冒険者志願者になんて関わりたくないんだけども……あいつとは知らない仲じゃないからな。不服にも幼馴染であるわけだし……それに、その……

 

 ……友達でも……あるから、な。

 

 ……いやだってしょうがないだろ? いくら不愛想に振舞って遠ざけようとしても、あいつは気にした素振りも身せずに歩み寄ってくるんだぞ? 何度か「オレに関わるな」って言ったこともあったけど……それに対してあいつなんていったと思う? 「ヤダ」だぞ? そんでもってめげずに何度も話しかけてくるんだよ。

 子供ってスゲーよな。何でもかんでも自分の納得する形にならないと、とことんまで諦めねぇんだから。ほら、よくあるアレだよアレ。玩具屋とかでよく見る欲しいものを買ってもらえずギャン泣きする子供。アレと似たような感じだったわ。あまりのしつこさに結局根負けしちまったじゃねぇか……

 

 

 てかライルってこんな強情な奴だったっけ? ここまで押しが強い奴じゃなかった筈なんだけど?

 だってゲームではあいつ結構ヘタレだったんだぞ? ヒロインに迫られた時なんて、羞恥に逃げ出すか有耶無耶にしていたぐらいなんだぞ? そんな奴がなんでこんな積極的になってんだよ。子供だからか? 子供だから好奇心旺盛になってますってか? ふざけんじゃねーバカヤローが。

 

 

 ともあれ、ライルの執拗なまでのスカウトアタック(仮)に不覚にもスカウトされてしまったオレは、しょうがねぇとばかりにある程度の距離感を保ったままライルの相手をすることにした。

 

 ……にしてもなんでライルはオレにばっか話しかけようとするのか。

 言っておくが、この世界がギャルゲーを元にしてることもあってかそこいらにいる少女達は割りかし美少女揃いだったりする。下手をすればロア(オレとは言ってない)に負けず劣らずの美少女だって普通にいるんだ。

 それなのにあいつはそんな美少女達に見向きもしないでオレばっかりにヘイトを向けて————あぁ、そっか。『ロア(オレ)』がこいつのヒロイン枠に収まってるからか。成る程成る程ははははは…………クソが。

 

 「ロア! 次はあっちに行こう!」

 

 「はいはい……」

 

 「ほら早く!」

 

 「そう急かすなよ、全く……」

 

 そんなオレ達の関係は……おそらく良好なんだろう。

 主人公とかヒロイン関係無しに考えれば、別にオレはそこまでライルを嫌いにはなれなかった。寧ろ一人の……と、友達っ、としてなら一緒にいてもいいかなって思うぐらいにはまあ……気を許してはいるし、この先ライルが死ぬかもしれない可能性をどうにか出来ないものかと悩むぐらいには絆されてしまったのだろう。隙あらば仲を深めようと攻めてくる主人公の行動力に、前世コミュ障だったオレは戦慄するしかなかったのだった。

 

 それでもライルに異性として好意を持たれたくないと思うのは、元男としてはしょうがないことだと思う。

 だってこいつギャルゲーの主人公なんだぞ? しかも元がエ○ゲーだ。勿論の事ながら、ライルとロアが()()()()()()()をするシーンもあるわけでありまして……しかも割と多かった気がする。下手するとメインヒロイン(第一ヒロイン)よりも多かったような……?

 

 男に抱かれるなんて、例え今のオレが女だとしても絶対に無理だ。前世のオレだったら「男×TS少女とか何それご褒美?」状態だったのだろうが、実際に自分がTSする側になってからは正直喜べんとです。今ではその構図を考えるだけで鳥肌が立ってくる。メス堕ちとか悪夢でしかない。

 

 だから無理。絶対無理。何が何でも無理である。今もライルに手を握られているだけで身の危険を感じてからか心がざわついて落ち着かない。心臓に悪いことこの上ないのだ、きっとそんなことをされた日にはトラウマにでもなるか精神が病んでしまいそうだよ……

 

 

 

 しかし、そんな胃に穴が空くような日々ももう少しで終わる。オレは晴れてライルから解放されるのだ!

 

 今のオレは11歳、ライルは10歳だ。それが意味することはなんだと思う? ——そうっ、ライルが別の街に移住するのだ!

 

 

 まだそのことをオレ達は知らされていないが、おそらくはもう少しだろう。そうなれば物語が始まる七年間は平穏無事に過ごせる筈っ! やったねロアちゃん! ようやく自由になれるネッ! (あれ、これフラグじゃ……)

 

 この街を離れたライルは別の場所で七年間を過ごすことになる。そうしてあいつはいずれ冒険者になり、とある一つの出会いからヒロイン達がいるギルドに所属することになるわけだ。そうなれば同ギルドに所属する他のヒロイン達とライルのエンカウントは避けられないだろう。

 きっとあの三人の女子力に当てられれば、ライルだってこんな男勝りな口調+不愛想な奴なんかを好きになったりしない筈。寧ろ本物の女子とやらを知って、オレを悪友ポジに収めてくれたら万々歳である!

 

 つまり、オレがこれからやるべき行動はただ一つ——

 

 

 (他のヒロイン達にライルを押し付けよう。うん、それがいい)

 

 

 ロアには悪いが、オレはライルのヒロインから離脱させてもらうぜッ!!

 

 

 オレは冒険者にならない(てかなれない)ならライル達がいる街に行くこともそうそうない筈だ。疎遠な男女と仲を深めるよりも身近な美少女たちに目移りするのは確定的明らか! これで後はオレが抜けた穴をどう埋めるかだけだが、それももうすでに考えているので問題なしッ!

 

 フフフ……完璧だ、完璧すぎる……ッ!

 

 女子力の欠片も無いオレなんかよりも女子力の塊みたいなあの三人に囲まれていればオレを異性として意識するなんてことはありえない。幼馴染と言うアドバンテージも、数年会わなければ忘れてしまうに違いない。昔の記憶なんて新しいことに埋め尽くされて忘れちまうもんだしな。それはそれで少し寂しい気もするが……まあ仕方ないだろう。

 

 後はライルが街を出ていく際に盛大に大喧嘩してろくでもない女として嫌な記憶を植え付けられればミッションコンプリートかな? あわよくばその忌まわしい記憶を癒す意味でヒロイン達には頑張って頂きたい。

 

 ……ただ、これによってライルとの関係に亀裂を生むことにはなるだろう。もしかしなくても、友達としてはいられなくなるかも……

 ……そしたらオレ、また一人に……

 ……まあ、しょうがないことだ。気にするほどのことじゃないさ。

 

 

 

 さて、おそらく今週中にライルは移住することを知らされるだろうから今の内に準備を進めておくか。

 ライルが去っていった後、オレにはやるべきことがあるからな。それこそがオレの抜けた穴を埋める秘策であり対策だ。こればかりは絶対にやり遂げねぇと。

 あいつに個人的な理由で嫌な想いをさせて傷つけるんだ。罪滅ぼしとは言わないけど……あいつが死なない為にも全力を尽くそう。それぐらいはするべきだ。怠け者だなんて言ってられねぇ。

 

 

 よし、それじゃあ始めようか――――『主人公押し付け作戦』を!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——こうして始まったオレの『主人公押し付け作戦』だが、まさかこの作戦のせいであんなことになるだなんて思いもしなかった。何が完璧だバカヤローが……

 

 





 薄水色でボサボサな髪に無愛想な表情と気だるげに開く藍色の瞳。
 地味目な黒縁の眼鏡をかけ、ゆったりとした服の上からでもわかる程度には発育の良いスタイル……物語開始時の主人公の容姿は大体こんな感じです。

 因みに幼少期(11歳)の主人公の髪はまだサラサラで、視力も低下していないので眼鏡をかけておりません。


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第二話・別れの日


 どうも、メガネ愛好者です。

 前回は確認ミスで17時に投稿してしまいましたが、基本的にはこの時間に投稿する予定です。
 それにしても思っていた以上に筆が進む。原作とかキャラ崩壊を気にせずに書けるのはオリジナル作品のいいところだと思いました。それでは。



 

 

 そもそも何故ライル達が引っ越すことになったのか? それはライルの父親側の祖父が他界したことがきっかけだった……気がする。それによって一人残された祖母の為にも、ライル達はこの街から出てライルの父親の生まれ故郷へと移り住むことになったのだ。

 

 正直そこらへんは曖昧だ。よくやり込んでいたゲームではあるけど、オレがやり込んでいたのはRPG要素の方だったからな。テキストは(濡れ場を除いて)ほとんど流し読みで、大体はスキップしてたからそこまで物語を詳しく覚えている訳じゃなかったりする。まあ大まかな流れはある程度覚えてるし、細かいところを覚えてなくたって支障はないだろう。

 

 とりあえずはここで、ライルの父親についてオレが知り得る限りの人物像を語ろうと思う。この世界においては結構な有名人だし、今知っておいた方が後々説明するよりもいいだろう。

 

 

 

 

 

 ライルの父親——ゲリック・ディアファルトさんは熟練の冒険者だ。まだ冒険者が開拓者と同類視されていた時期に、数回程未界に足を踏み入れては無事に帰還したほどの猛者である。

 当人は「運が良かっただけだ」と言っているが、あの人の実力を考えると運が良かっただけとは思えないんだよなぁ。だってゲリックさん、人間が出せる限界を超えていると言っても過言では無い身体能力を有しているからさ。一体何処に【巨人種】と殴り合って勝ち残る人間がいるっていうんだ……流石はファンタジーだぜ、人体の構造もファンタジーってか? そんな理由で科学が恋しくなってくるなんて初めてだよチクショーが。

 

 

 そんなゲリックさんの活躍は多くの冒険者、開拓者に知れ渡っている。一部の冒険者連中からは英雄視されていたりと、その経歴は伝説として語られてもおかしくないほどらしい。

 いずれはこのオルトリデアの歴史に名を残し、未来の子供達が学校の教本でよく見る馴染みの顔として親しまれることになるんじゃないかな? そんな人が身近にいるというのには何やら感慨深いものがあるぜ。

 

 数多くの偉業を成し遂げたゲリックさんだが、その中でも特に有名なのは魔獣の中でも現状で最上位に位置する【竜種】と一対一(サシ)で戦い、激闘の末に討ち倒したって話だろう。どんだけだよゲリックさん。【竜種】って基本的に王国兵が一個大隊で挑まなきゃ勝てない程の強敵じゃありませんでしたっけ? もうゲリックさん人間やめてるとしか考えられないのですがそれは……

 

 そしてそんな人の血を引くライルもまた、将来的にはゲリックさん(超人という名の人外)の仲間入りをすることになる。

 今のオドオドしたあいつからじゃ全く想像もつかないけど、ヒロインが絡むと途端にパワーアップするからなあいつ。それによってゲリックさんにも劣らない数々の偉業を成し遂げていくことになるんだけど……ホントなんなんだよこのモンスター親子は。どっちが魔獣かわからなくなる。もうなんかいろいろと怖ぇよ……

 

 

 ゲリックさんはフリーの冒険者で、各地のギルド……特に王都にあるいずれかのギルドに立ち寄りつつ広範囲に活動している。そうしてあちこちを放浪しているゲリックさんだから、あまり家には帰ってこれていないようだ。かなりの頻度でライルの家に寝泊まりしているオレがあまり出くわさないんだから帰ってくるのも稀なことなんだろう。

 

 ……え? ライルに好意を持たれたくない割には結構仲を深め合うようなことをしているじゃないかって? しょ、しょうがないだろ!? こちとらいつもいつも母さんにほぼ強制的に連れてかれてるんだよ!! ヒエラルキー最上位の母さんにオレが逆らえるわけないだろ!? ……自分で言ってて情けなくなってくるなコレ。

 

 まあ本気で嫌がれば母さんも無理強いしてくることはないんだけど、そうなると一人で留守番に……ってことには流石にならないけど、行かないとなると母さんは少し寂しそうな顔をするからなぁ。そのせいで結局泊りに行くことになっちまうんだ。

 

 オレ、母さんのあの顔に弱いんだよ。……親父がいなくなってから見せるようになった、あの顔が……

 やっぱり、寂しいんだろうな。オレやレイラさん達がいるから大丈夫っては言うけれど、時折何処か無理してるようにも見えるし……あんな顔を見せられたら、拒むことなんてオレには出来ねーよ……

 

 

 因みにレイラさんっていうのはライルの母親のことだ。

 母さんとレイラさんはこの街で育った幼馴染同士で、その仲の良さから実は姉妹なんじゃないかと疑われる程に親しい関係だったりする。顔は似てないんだけど、距離感や雰囲気がまさしく姉妹のそれなんだとか。

 

 一時期はゲリックさん絡みで喧嘩したこともあったそうだけど、最終的にゲリックさんがレイラさんを選んだことで母さんは潔く身を引いたらしい。

 今は後腐れなく元の仲良し幼馴染の関係に戻っている。たまに母さんが当時のことを掘り返してはレイラさんをからかっていることもあるけれど、母さんの性格から自分がからかわれているってことをレイラさんは分かっているから険悪になることもない。笑い話で済んでいるのは二人の絆が確かなものであるという証拠だろう。

 

 そんな二人は幼い頃からお互いの家に寝泊まりする習慣があったようで、それは今でも続いている。流石にゲリックさんが帰ってきているときは母さんも空気を読んで泊まりに行くことはしないが、逆を言えばゲリックさんがいない時はかなりの頻度で泊まりに行っていることを意味しており……必然的にオレも一緒に泊まりに行くことになるのは当然の帰結というものだった。

 幼いオレを一人にするなんて選択肢は母さんの頭にはないからな。勿論最初は反論したさ。でも結果はさっき言った通りだ。儘ならないね。

 

 と言うか母さん? その時オレが反論した理由を"ライルと会うことに照れてたから"とか勘違いしないでもらえます? 別にオレは照れてたわけじゃないんだけど? オレはただ自身の貞操を守るためであって……なんでそんな微笑ましいものを見るような目を向けるんだ!? その目をヤメロー!!

 

 つーか寧ろ照れてたのはオレじゃなくてライルだからな? 何せ半ば強制的に同じ部屋で寝ることになった時なんて、あいつ顔を真っ赤にして狼狽えまくってたんだぜ? その動揺っぷりには思わず笑いが込み上げてくるぐらいだったし、気恥ずかしさから急いでベッドに潜り込もうとしたあいつが焦ってベッドから転げ落ちたときはもう傑作だったよ。おもわず腹を抱えて笑っちまったわ。

 

 え? その時のオレはどうだったかだって? 特に何も。至って大人しくしてましたとも。

 あーだこーだ言ったところで、泊まりに来てしまった以上はもうどうすることも出来なかったからな。……まあ実際のところはそこまで余裕があったわけじゃないんだけども。

 

 とは言え、必要以上仲を深めるのはよろしくないのは確か。なのでライルの相手は適当にして、夜はすぐさま寝るようにしていたさ。流石に寝込みを襲うような奴じゃないし、寧ろ起きてた方が身の危険がヤバい気がする。

 

 そのことでライルは少し残念そうにしていたけど、まあこれから先ライルには激動の物語とヒロイン達との運命の出会いが待ち受けているんだ。そうなればヒロイン達と寝泊まりする機会だって何度もあるだろう。楽しみはその時までとっておけ。

 

 付け加えるなら、この頃の記憶なんて成長するにつれ徐々に薄れていっては終いには忘れるだろうからな。正直そこまで危機感は無かったりする。

 ギャルゲーではそれなりにあることだが、主人公が幼い頃に交わしたヒロインとの約束をその娘のルートに入らない限り忘れてしまってるとかザラにあるしな。この程度のイベントなら何も問題はないだろう。きっと。

 

 

 ちょっと話がズレてたな、話を戻すことにしよう。

 あまり家に帰ってこないゲリックさんだが、それでも月に二、三回は帰ってきていたらしい。全然帰ってこないわけではないから家族仲が険悪になることもなく、寧ろ家に帰ってきたときは会えなかった分も含めて愛を深め合っているようだ。

 お互いに十代でゴールインした二人はまだまだ若い、おそらくは情熱的な夜を過ごしていることだろう……何をしているかはみんなの想像にお任せするぜ。

 

 それでも依頼の内容によっては帰ってこれない場合も多く、そのせいで数ヶ月の間帰ってこれなかったこともあったらしい。確か大規模な魔獣の襲撃――『大侵攻』が起きた時なんて三ヶ月もの間帰ってこれなかったみたいだからな。

 

 

 数年に一度という周期で起きる『大侵攻』では国にいる全ての冒険者が戦場に駆り出されることになる。その中でもやはりと言うべきか、ゲリックさんの戦果は他の冒険者の活躍が霞む程に凄まじいものだったという。

 最前線にて一騎当千、孤軍奮闘の活躍を成し遂げたゲリックさん。相変わらずのオーバースペックには最早驚愕を通り越して呆れしか沸いてこないぜ、全く……

 

 ゲリックさんは強い。それはレイラさんも十分に分かっている。……でも、だからと言ってそれが心配しない理由になる訳がない。三ヶ月もの間、子供を持ったことで冒険者を引退したレイラさんに出来るのはゲリックさんの無事を祈り、ゲリックさんが帰ってくるのを待つことだけだ。

 

 オレやライルの前ではいつも通りに振舞っていたけど、その影で何も出来ない自身の無力さに何度も頬を濡らしていたことをオレもライルも知っている。

 夜遅くにリビングで不安のあまりに母さんに啜りついて弱音を吐きながら泣いていたレイラさん。その悲痛な姿にオレ達は何も言えず、ひっそりとその場から離れることしか出来なかった。オレとライルはその時の光景をきっと忘れることが出来ないだろう。

 

 やっぱり冒険者になんてなるもんじゃない。改めて冒険者と言う職に忌避感を感じた瞬間だった。

 

 

 ——そんな不安に押し潰されそうになっていたレイラさんも、無事に帰ってきたゲリックさんとハッスル(意味深)して第二子を儲けたことで再び笑顔を取り戻したのはまた別の話。

 

 

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 

 

 「いろいろと世話になったな」

 

 「それはお互い様よ。……レイラのこと、泣かせたら承知しないからね?」

 

 「ちょっとシアル!? それじゃあ私がいつも泣いてるみたいじゃない!」

 

 今、目の前ではオレの母さん(本名シアル・イーリス)がゲリックさんとレイラさんに別れを告げていた。

 長年の付き合いである親友と初恋の相手がこの街から去るというのに、母さんの態度は至っていつも通りである。母さんはあまり人前で動揺を見せることをしないけど、こういった時ぐらいは素直に感情を表に出してもいいとオレは思うんだけどね。……そんな母さんが無意識にも浮かべてしまうのがあの寂しそうな顔だったのかと思うと、なんだか切なくなる。

 

 

 はい、そんな訳でライル達が街を出ていく日がやってきました。

 

 

 唐突過ぎるって? 気にしたら負けさ。

 そもそもな話、オレがゲリックさんの話を始めたのもついでのことだったからな。本題を忘れて延々と語っていては本末転倒だろう? また機会があればこの日までのあれやこれを語ることにするから、それまではお預けということで一つ納得してくれ。

 

 街の入り口、これからライル達が移り住むことになる『王都アウルス』へと続く街道で、オレと母さんはライル達の見送りに来ていた。というか連れてこられた。相変わらず母さんには逆らえないオレである。まあ今回はライルに嫌な女だと思われなきゃいけねーから行く気ではあったけどな。正直気は乗らないけどさ……

 

 因みにオレが見送りに来たと知ったライルはというと、嬉しそうな顔になったかと思えばすぐに表情を曇らせるなど数秒の間に目まぐるしく表情を変化させていた。これはあまり触れないでおこう。きっと藪蛇だろうし。

 

 とりあえず落ち着けライル。あと泣きそうになんな。男の子だろう? この街に留まれなかったとはいえ、もう二度と来れないわけじゃないんだからそこまで落ち込むことも無いだろうに。いやまあ来てほしくはないんだけども……そんな顔されたらこっちまで気まずくなるじゃねーかよ……

 

 

 一週間前、ライルはゲリックさんから引っ越すことを告げられた。

 しかしこれに対してライルは猛反対。ゲリックさん達に何度も行きたくない、この街から離れたくないと駄々をこねたようだ。

 住み慣れた街から離れることに抵抗があったんだろうねきっと。オレだってこの街からわざわざ自分の意思で出ていこうだなんて思わないし、そもそも冒険者になるつもりもないんだから出ていく必要も理由もないのだ。

 

 そうだ、きっとそう。ライルはただ単にこの街から離れることに抵抗があるだけなんだ。それ以上の理由なんてないったらないんだよ! ……だからオレの方を見て悲しそうに顔を歪めるんじゃねぇよ。ゲリックさん達もオレに顔を向けて申し訳なさそうに頭を下げないで貰えます? 全然頭下げる必要なんてないですからね? 寧ろこれからお宅の息子さんを身勝手な理由で傷つけようとしているオレに頭を下げる必要なんて全然ないですからね!? やめてよ罪悪感がどんどん湧いてくるじゃないか!! オレの決意を鈍らせないでぇ!?

 

 

 ……コホン。ま、まあそれは置いておくとして、結局ライルの説得が叶うことはなかった。

 祖母を一人にさせる訳には行かない。こちらに来させようにもアウルスからこの街まではそれなりに距離がある。老人に長旅は酷だろうから、やはり此方が出向くしかないとの結論に。

 ゲリックさんもライルの気持ちを蔑ろにはしたくなかったんだろうけど、今回ばかりは仕方ないよな。引くに引けないものがあった以上、ライルには我慢してもらうしかない。

 

 まあでも安心しろライル。あっちに行けばヒロイン達を始めギルドの仲間達が待っているんだ。こんな辺境の地でオレなんかといるよりもずっと有意義な時間を過ごせるだろうよ。だからそう落ち込むことはねーさ! ……なんて、言えるわけないんだけどな。

 

 「じゃあ、元気でね。くれぐれも道中は気をつけて。……まあゲリックがいれば問題はないだろうけども」

 

 「うん、わかった。あっちでの生活が落ち着いたら会いに行くから、それまでは一旦お別れだね」

 

 おっと、気づけば母さん達は別れ話を済ませたようだ。

 因みにオレとライルは一向に口を開いていない。ライルはおそらく何を話せばいいのかわからないでいるんだと思う。時折口を開いては再び閉じるのを繰り返しているのを見るに間違いないだろう。

 

 そして、オレはオレで口を閉ざしている理由があった。

 

 正直に言うと、今のオレは緊張で身を強張らせている。それもこれからこいつに嫌われなければならないという自分勝手な理由に罪悪感と後ろめたさを感じているからだ。

 

 別にオレは自分が真っ当な人間だとは思っていない。悪態はつくし嘘もつく、ライルに対して嫌がらせだってしたこともある。

 そんなオレが善良な心の持ち主だなんて思わないし思えない。……それでも意図的に人から嫌われようだなんてした試しがないオレからしてみれば、これからやることはどうしても良心を痛めてしまうわけで……

 

 嫌われなければいけない。でも同時に嫌われたくないとも思ってしまう。この五年間で育んだライルとの絆を我が身可愛さで壊してしまって本当にいいんだろうか? そんな疑問に頭を悩ませ、口を開くきっかけを見失っていた。

 

 「……ロア」

 

 「……なに?」

 

 オレが罪悪感に頭を悩ませていると、意を決したのかライルの方から話しかけてきた。

 

 ちょっと意外だった。ライルの様子からこのまま何も話せずに終わるんじゃないかとも考えていたから、急に声を掛けられて少し驚きそうになってしまった。それでも平静を保って返事を返せたのは、ひとえにライルに好かれないよう普段から無愛想な態度を徹底していたからだろう。やっぱり日頃の努力は欠かせないね。

 

 そしてようやくオレ達が言葉を交え始めたからか、傍にいた母さん達は空気を察してかオレ達の傍から離れていった。まだ馬車に荷物を全て積み終えていなかったのもあるのだろうが、そう目に見えて気を使うのはやめてほしい。

 全然話してくれててよかったんですよ? 寧ろいい感じの雰囲気にならない為にもここは残っていてほしかったなぁ、なんて。……ダメ? あ、そう……

 

 「僕……冒険者になるよ」

 

 「…………なんだよ急に」

 

 そんなオレの心情も知らずにライルは語り始める。その時のライルの顔は何処か覚悟を決めたかのような表情だった。

 

 そしてその内容は、案の定冒険者になるという意思表明だった。

 

 それに対してオレは思わず顔をしかめてしまう。そんなオレの表情の変化を見てライルは予想してたと言わんばかりに苦笑した。

 

 「やっぱり、応援してはくれないんだね……」

 

 「…………」

 

 残念そうにそう呟くライルにオレは何も言わず顔をそらす。

 

 ……この際だから正直に言うけど、オレは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 オレは冒険者に対してマイナスの印象しかもっていない。だから冒険者も冒険者になろうとする奴も大抵は嫌いだ。

 人の迷惑も考えずに依頼を取り合う冒険者が嫌いだ。あぁ嫌いだとも。そんな奴等と関わりあいたくなんてない。

 

 

 ……だから、ライルには冒険者になってほしくなかった。……ライルのこと、嫌いになりたくなかったから。

 

 ……確か、あれはライルと話すようになって暫くしてからのことだったか、一度だけ……オレはライルに冒険者になんかならないよう説得してみたことがあった。

 

 それが自分にとっていい結果になるかどうかと言えば、ライルに好かれる可能性を考えると何とも言えなかった。

 それ以前にその説得は、ライルがこれから辿る筈だった未来を壊すも同然の行為とも言える。その結果、後々周囲にどんな影響を与えるかを考えれば……オレの行為は愚策中の愚策と言っても過言じゃなかっただろう。

 

 だってライルが冒険者になることを諦めたらヒロイン達と出会う機会が無くなってしまうかもしれない。彼女達は全員物語開始時点で冒険者だから、少なくともライルが冒険者の道を諦めた時点で出会う可能性は限りなく低くなる。例えライルが街中で偶々知り合ったところで、冒険者でもないライルと彼女達が仲を深められるかといえば……首を縦に振ることは決してできなかった。

 

 彼女達は冒険を通して次第にライルに惹かれていくんだ。それがなくなればライルに惹かれる可能性は低くなる。

 

 そもそもライルがそれで冒険者になるのをやめてしまったら、下手をするとライルの矛先(好意)がこっちに向くかもしれなかった。それでは本末転倒もいいところだ。

 

 

 ――それでも、言わずにはいられなかった。

 何でかはわからないけど……言わずにはいられなかったんだ。

 

 

 でも、案の定ライルの意思が変わることはなかった。

 まあそれもそうだろう。何せライルは出会った当時から冒険者になることが夢だとオレに語り聞かせていたぐらいだからな。

 冒険者を嫌うオレとしては冒険者のあれこれなんてあまり聞きたいものではなかったんだけど……そんなオレでも、ライルの冒険者に向ける憧憬が並々ならぬものであり、いつかは自分もと意気込むその姿は……何処か眩しかった。

 

 とは言え、隙あらば冒険者のことを語り始めるライルの相手は正直しんどかったりする。これもゲリックさんの影響が原因なのか、単純に男の子として冒険に憧れているだけなのか、困ったもんだよ全く……

 

 ……って、この考えは不味いだろ。オレだって元は男だったんだから、冒険者はないとしても冒険自体には興味を持たなきゃ…………いや、やっぱりないな。

 冒険するとかめんどくさいことこの上ないじゃん。ひたすら疲れるだけじゃん。やっぱ冒険も冒険者も憧れねーわ。……ま、まあでもやっぱり、ちょこっとだけは憧れる、かも?

 

 「……ロア、聞いてほしいことがある」

 

 「…………」

 

 冒険者に関してオレがあれこれ考えている間も、ライルは構わず語り掛けてくる。正直これ以上聞きたくもないんだけど……これで最後かもしれないんだし、しょうがないと言わんばかりにライルの言葉に耳を傾けることにした。

 何せあいつ真面目に聞いてないとすぐ機嫌を悪くするからな、不貞腐れたあいつの相手をするのは非常に面倒——あれ? ライルに嫌われたいなら適当に聞き流してあいつの機嫌を損ね続けた方がよかったんじゃね? それなら今日一気に嫌われようとしなくてもよかったんじゃ……

 

 (今からでもやってみるか? 少し心構えもしておきたいし……)

 

 そうと分かれば後の話は全部聞き流すことにしよう。今更遅いかもしれないけど、そもそも嫌われに来たんだから真面目に聞く必要なんてないだろう。どうせいつもと似たような内容でも語り聞かせるんだろうしね。

 

 そうしてオレはライルの言葉を意図的に聞き流し始めた。断片的に耳に入る言葉も数秒先には記憶の彼方。今のオレはライルが去った後に行うべき数々の難題をどうこなしていくかにのみ集中していた。

 

 しかし、そんなオレの耳に——

 

 

 

 

 

 「——そしていつか、開拓者になるんだ!」

 

 

 

 

 

 ——どうしても聞き流すことの出来ない発言が届いたのだった。

 

 





 この世界の魔獣の大まかに【○○種】という呼称で呼ばれています。その中でも明確に名称がつけられてはいますが、大体は種の呼称で呼ばれています。

 時代背景としてはまだまだ発展途上中の世界と言ったところ。乗り物なんて馬車か木船ぐらいしかありません。科学の代わりに魔法がある世界なので、そこまで高度な文明ではないです。

 次回、ライル君メインの話になるかもです。


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第三話・”初めて”の友達


 どうも、メガネ愛好者です。

 遅れてしまって申し訳ない。お詫びに本日は——二話分投稿します
 まずはロア視点から。それでは。



 

 

 どうもこんばんわ、ロアです。

 

 

 

 早速ですが、現在オレは――――部屋に引きこもってます。

 

 

 

 あ、別に嫌なことがあったから引きこもってるとかそんなんじゃないぞ? ならなんで部屋に引きこもってるのかって言うと……えっと……そう、あれだ。無性にダラダラしたくなったからだ。

 

 一仕事終えた後ってさ、無性にだらけたくならない? 体を休める意味合いも込めて、こう……横になってのんびりと自由な時間を味わいたくなるんだよ。

 人生何事においても息抜きは欠かせないってやつだな。そもそも前世から無駄にダラダラと時間を潰すのが好きだったし、それが転生したことで今は変わったなんてことはなかったりする。

 

 そんな訳で、今オレは自室のベッドで惰眠を貪っております。寝るっていいよね。寝てるときは何も考えなくていいから気を楽にできるし、寝ることにお金は一切かからない。最高のリラクゼーションだと思うのはオレだけかな?

 とにもかくにも今はこの至福の時に身をゆだねるのみだ。あぁー癒されるわぁー……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ロア……その、大丈夫?』

 

 「……何が?」

 

 『大丈夫ならいいんだけど……でも、よかったの?』

 

 「だから何が?」

 

 『……いえ、何でもないわ』

 

 ……だから別に、母さんが心配するようなことなんて一切ないからね? まあ、心配してくれるのは純粋に嬉しいけども。

 

 部屋の外から聞こえてくる声は母さんのものだ。

 おそらくは扉の前にいるのだろう。扉の向こうからオレに向けて気遣うような言葉を投げ掛けてくる。おそらくは……オレがライルと口喧嘩したことを気にかけてるんだろうね。

 

 

 

 先日、狙い通りにライルから嫌われることが出来た、と思う。

 何せ結構な口喧嘩になったし、程度は知らないけどいくらかはオレのことを嫌いなった筈だ。少なくとも誰が好きかを仲間連中に聞かれた際、真っ先にオレの名前が挙がることはないだろうね。

 ゲリックさん達もあまり見ないライルの荒れ様に困惑していたぐらいだからな。結果的に手は出されなかったものの、下手をすれば取っ組み合いになっていたかもしれない程の険悪ムード全開だったぜ!

 

 にしても、普段温厚な(皮を被った)ライルがあんなに怒るとは思わなかった。珍しく目つきを鋭くして怒鳴ってきたぐらいだからな。それ程オレのことが憎たらしかったんだろう。

 ともあれこれで少なからずライルはオレに嫌悪感やら苦手意識を抱いてくれたことだろう。オレの目的が一つ達成されたわけだ。

 

 ……うん? あいつをどう怒らせたのかだって?

 別にそんな難しいことをしたわけじゃないさ。オレはただ……ライルの掲げた目標を全力で否定してやっただけだからな。

 

 

 

 そもそもな話、ライルが開拓者になろうとしてたなんて予想外だった。

 だってあいつゲームでは冒険者止まりだったし、開拓者になりたいなんて描写もなかった……筈、だからな。読み逃した可能性もなくはないけど、少なくとも物語の中であいつが開拓者になることはなかった。それは確かだ。イベントで半ばで強制的に未界へと赴くことにはなるけどそれはそれだ。今は関係ない。

 

 なのに、それがどうして急に開拓者になるだなんて言いだしたのやら……冒険者(ゲリックさん)に憧れていたお前は何処に行ったんだっての。

 

 全く……マジもんのバカだよ、あいつ。

 だって何もわかってねーんだもん。開拓者になることがどういうことなのか……どれだけ無謀なことに挑もうとしているのか、全然、全く、これっぽっちもわかってねぇ。

 

 

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 

 

 開拓者は国にとって国土を広げる為にも必要不可欠な存在だ。未界攻略の為に支援金が送られる程度には重要視されている。

 

 ただ……たまに思うんだけど、そもそも危険を冒してまで国土を広げる必要ってあるのか?

 

 今でさえ開拓されはしたが無駄に放置されている土地がそこら中にあるし、それだって全貌を完璧に把握したわけでもない。それだってのに、これ以上幅を広げて国は管理しきれるのかって話。もう充分大きな国になってると思うんだけど……寧ろ大きすぎる気がするのはオレだけか?

 

 別に広げるなっては言わないぞ? でもせめて広げるなら未開発の土地で起きる問題を一つ一つ解決してから広げるべきだとオレは思うんだ。

 何かしら考えか、それとも目的でもあるんだろうか? ……オレにはさっぱりわからねぇや。

 

 

 

 そんな開拓者だか、彼らには予め求められる能力が主に三つほどある。

 

 それは”技量”と”知識”、そして”運”だ。

 

 未界を渡り歩くだけの技量。

 未界におけるあらゆる知識。

 未界の驚異に歯向かえる運。

 

 これら三つは開拓者になるために必要な最低限の条件と言っていいだろう。逆に言えば、この三つの内どれか一つでも欠けていればその時点で開拓者になることは叶わなくなる。要は"力不足"ってことだ。

 

 そして、この三つ全てを兼ね揃えている者が……案外いなかったりするみたいだ。

 

 前者二つは努力次第で何とでもなるだろう。才能に左右されるところも出てくるだろうけど、そこはその人の頑張り次第だ。決して覆せないなんてことはそうそうない。

 

 でも、運だけはどうしようもなかったりする。

 周囲が認める程の才能を持った者でも、結局のところ運が悪ければあっけなく死んじまうなんてこともある。しかもその事例は決して少なくはないのだ。寧ろ未界で行方不明になるほとんどの原因が「運悪く」とか「不幸にも」と言った理由が占めている。そういう意味では運も実力の内ってことか?

 

 そんな三つの条件を見極めるべく執り行うのが開拓者認定試験ってわけだ。

 ただこの認定試験、かなりのキワモノだったりするかもしれない。

 

 ここだけの話、ゲームの設定資料で補足されてることなんだけど……開拓者認定試験の7割は運に左右されるものであるらしい。

 幼子でさえクリア出来る簡単な試験があれば天才と呼ばれる者達でさえ困難な試験も出たりする。試験は始まる前から始まっている状態だ。ぶっちゃけくじでアタリ引くかハズレ引くかって話になってくるんだとか。

 極端すぎる。加えて製作者陣の悪ふざけ具合がよくわかる内容だ。ゲームに深く関わらないからって適当すぎるだろ……

 

 実際にはどう言った内容なのかは確認のしようがないためわからない。ただ試しに母さんに聞いてみたところ、どうやら必須条件の項目に先程の三つが記載されてるようだから、下手をすると……あの悪ふざけ染みた試験内容である可能性がなきにしもあらずと言ったところか。

 

 この世界、良くも悪くもゲームに忠実なところがちらほらとあるからなぁ。悪ふざけで付け足した設定が実際に反映されてるとかざらにあるし。

 例えば設定のみで実装されなかった敵モブやアイテムなんかがいい例だ。正直どう対処すればいいのかわからなくなる。

 

 願わくばここが現実であることによって試験内容が変わっていることを祈るばかりである。本気で開拓者を目指してる者があんなふざけた内容の試験を受けさせられるとか……流石に気の毒に思えてならない。

 

 

 

 まあこの際試験内容については置いておくことにする。別に開拓者になりたいわけでもないんだし、ぶっちゃけどうでもいい。気にするだけ無駄だ。

 何はともあれ、技量と知識、運の三つを見事証明することが出来て初めて開拓者になれるわけだ。

 

 ただし、さっきも言ったがあくまでもこれは"最低限の"条件だ。

 技量や知識に運があっても、それで安心とはとても言えたもんじゃない。例え認定試験に受かって開拓者になれたとしても、それを嘲笑うかのように未界は彼らに牙を向く。

 最早未界は危険の代名詞だからな。そんな未界に行くとかハッキリ言って死にに行くようなもんじゃねーかって思うわけよ。どこに憧れるっもんがあるってんだ……

 

 

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 

 

 そんな命を粗末にするも同然のようなものに、ライルは目指すそうだ。

 開拓者になるなんてオレには全く理解出来ない。それだったらまだ冒険者の方がマシだったろうに……

 

 だから言ってやった。「くだらない」「現実を見ろ」「そんな目標は捨てちまえ」って。

 

 勿論ライルはそれを聞いて怒鳴ってきた。自身の目標を貶されたんだ、無理もない。

 でもライルの反論に耳を貸してやる気なんてオレには一切なかった。周りの言葉も聞かずに危ない橋を渡ろうってんだ、そんな奴の言葉を態々聞いてやる必要があるかっての……

 

 ホントに、ライルは何もわかっちゃいない。

 お前が傷ついたら悲しむ人達がいるんだぞ?

 お前がいなくなれば泣く人達がいるんだそ?

 

 それなのに……なんで気づいてくれないんだよ。

 

 もしもお前が怪我をして、その上後に響くような障害が出たらゲリックさん達はきっと後悔する。自分達の息子を助けられなかったことを、止められなかったことを……

 

 お前はそれを男の勲章だとか言って笑い飛ばすのかもしれない。でも、皆が皆お前と同じ考えじゃねーんだよ。心配する奴もいれば悲しむ奴だっている。レイラさん泣かせでもしてみろ、絶対に後悔するぞ。

 

 それに——

 

 

 「オレは……死にたがりと”友達”になった覚えなんてねぇぞ。バカヤローが……」

 

 

 

 ライルに好意を持たれたくはないけど……オレだって、心配しない訳じゃないんだ。一応あいつとは……友達、なんだから。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 突然になるが、オレは前世でボッチだった。

 そもそも他人と関わること自体消極的で、何かしらの関係を持つのがめんどくさいと感じてしまうような奴だった。

 

 なんでそうなったのかというと……オレは、人との付き合い方がわからないからだ。

 

 何を話せば相手の気分を害さないか、相手の望む返答を返せるのかがわからなかった。どのぐらいの距離感を保てばいいのかもわからなかったんだ。

 元から考えて話すような性格じゃなかったし、相手のことを考えて話すとかそんな面倒なことをする気にもなれなかった。

 

 そうしてめんどくさがっているうちに、やがてオレは人と話すこと自体に抵抗を持つようになっていった。その結果はゲームや漫画、アニメをこよなく愛する自宅警備員っていうね……こうして振り返って改めて思うけど、前世のオレってどうしようもない奴だったんだなぁ。

 

 今は母さんのおかげで(せいで)ある程度の会話術を得られたからそこまで酷くはない。まあ積極的に話す気にはなれんけども。

 

 そんなオレに友達がいたと思うか? 当然誰一人としていなかったさ。

 知り合いはいても友達かと問とれれば答えはNO。元々一人でのんびりするのが性に合っていたのも相まって、前世で一人も友達がいなかったという快挙を達成したのだった。……その報酬がTS転生ってか? 「友達が出来ない君に恋人が出来るようにしてあげよう。——ただし相手は彼氏な?」ってか? 主人公補正付きのマジカル☆スティックの餌食になれとでもいうのだろうか? ふざけんなバカヤローが。余計なお世話どころか傍迷惑この上ないわ。それならグッスリと永眠したかったわ!

 

 

 そんなオレに出来た初めての友達と言える存在……それがライルだった。

 

 

 普通、仲を深めたくないならなんで友達になったのかって疑問に思うことだろう。

 でも……あれはしょうがなかったんだ。正直ライルの行動力を舐めてたのがいけなかった。

 

 

 

 当初のオレはライルを徹底的に無視し続ける方針を取っていた。好きの反対は嫌いじゃなくて無関心だっけ? とにかく相手にしなければその内ライルの方から話しかけなくなるだろうと考えていたんだ。

 

 でも違った。いくらライルを無視し続けても、あいつは諦めずに話しかけてきた。その上、次第にライルの言動が段々とストーカー染みてきたんだよね。行く先々に先回りされてたり、家に朝早くから訪ねてきたりな。何故そうなったか疑問が尽きない。

 

 これからのことを考えて街の図書館や近場の森などに足を運ぶようになった時なんて、誰にも何処に行くか告げていないのにライルは当然の如くオレの前に現れるんだぜ? 主人公補正か? ……いや、あれはストーカー補正だな。ストーカーこわい。

 

 どのくらい無視し続けたかはもう覚えてないけど、それなりの期間をライルにつきまとわれた気がする。まあつきまとわれたって言っても、四六時中周りでウロウロされたとか家の陰から覗きこまれていたとかではないんだけども。

 実際は日に二、三回程声をかけられたり、時折何してるのかと尋ねられたりしただけだったりする。……ただ確実にオレの居場所を見つけてやってくるんだよなぁあいつ。

 

 話す内容は総じて「友達になろうよ」の一つに尽きる。毎回話す内容は変わるけど、伝えたいことは結局のところソレだ。

 

 そうして、気づけばあまりにも言われ続けたせいでライルの「友達になろうよ(スカウトアタック)」が夜な夜な聞こえてくるレベルで頭にインプットされてしまった。いやまあ実際にはそんなことは全然ないんだけどさ? 例えだよ例え。

 ただその例えのせいかなんなのか、オレにはもうアイツの「友達になろうよ(純粋)」が「友達になろうよ(脅迫)」にしか聞こえなくなっちまったんだよなぁ。あいつ自身悪気は無いんだろうけど、それがかえって質が悪いというかなんというか……っ、思い出したら体が震えてきた。もしかしてこれトラウマになってない? なってるよねこれ? 主人公にトラウマを植え付けられるヒロインってどうなのよ。……新しいな。需要があるかと言われればなさそうだけども。

 

 

 そうして徹底無視を続けたわけだがどうにも効果が薄いことに気づいたオレは、次に言葉で直接あいつを拒むことにした。

 「来るな」「近寄るな」「話しかけるな」とにかく思い付く限りの拒絶の意を示してみたんだけど……うん、駄目だった。寧ろ「やっと話してくれた!」と喜ばせてしまう始末。完全にミスったと頭を抱えることになるが最早後の祭りだ。

 

 今思うと口で言うんじゃなくて何かしら嫌がらせをしたり手を出せば早かったのかもしれないなぁ。……いや、後になってそれが母さんに知られた場合のリスクを考えると、とてもじゃないが下手に手は出せないな。しかもソレはソレで「相手にしてくれた!」とか言ってきてはないんだけど喜びそう……あれ、詰んでねこれ?

 

 

 

 そういった経緯もあり、ライルは以前よりも話しかける回数を増やしてきた。

 いくら拒絶してもライルはめげずに話しかけてくる。寧ろ時間が経つ毎にどんどん馴れ馴れしくなった。

 

 なんでオレにばっかり構ってくるんだ? 友達になりたいってんなら他にも同年代の奴等がいただろうに。わざわざこんな不愛想なひねくれ者を相手になんてしてないで他の奴等と遊べばいいものを……これもヒロイン補正ってやつの弊害なのか? そんな補正ダストボックスにシュートしてエキサイティングしたいです。

 

 

 無視をしても駄目。拒絶しても駄目。

 何をしても意味がない。てかライルが諦めるビジョンが見えない。

 

 

 そんな結果にオレは……ついには諦めた。

 

 

 逆に考えるんだ、別に友達になってもいいじゃないかと……

 勿論オレはライルと恋仲になる気なんて一切ない。……でも、まあ、友達としてなら……別にいいかなって思ってしまった。ぶっちゃけ妥協したと言ってもいい。

 

 世の中には憎まれ口を叩く仲、つまり悪友ポジってもんがあるぐらいだし、そう言った立ち位置に収まればオレの貞操も安泰と言うものだ。……出来れば童貞を守り続けたかったけどね!

 

 いやだってもしかしたら童貞を守ったまま三十代超えて転生すれば本当の意味で魔法使いになれたかもしれないじゃないか!! ワンチャン魔法を使うことが出来たかもしれないじゃないか!! なんで男として転生しなかったんだチクショー!!

 

 ……よし、もしもオレをロアに憑依転生させた元凶がいるってんなら——問答無用で一発ぶん殴ることにしよう。非力な今のオレでは大した威力にはならないだろうけど、この苛立ちだけはぶつけたい。切実に。

 

 

 

 とにかくだ。そんな経緯からオレはライルと友達(仮)になったわけなんだ。

 (仮)というのも、ただの口約束だから本当に友達になれたのかがわからない、ぶっちゃけ微妙なところなんだよね。

 何せオレには友達の定義ってのがわからんからな。どうすれば友達なのか? 何をもって友達と言えるのかがオレにはわからない。だからオレは自信をもってライルのことを友達だって言い切ることが出来なかったりする。

 

 ……それでも、まあ、なんだ。ライルはオレのことを友達だって思ってくれてるみたいだし……(仮)は外してしまつてもいいのかもしれない、なんて……

 

 ――ああ、もうっ、ホントよくわかんない! 友達って何!? 何をどうすれば相手のことを友達だって判断することができるのさ!? てか友達ってナンジャゴラー!! 人差し指突っつきあえばトモダチだって!? こちとら相手は宇宙人じゃなくて異世界人なんだよバカヤローがッ!!

 

 

 ……難しく考えすぎなんだろうな、きっと。

 相手が友達だって言って、自分も友達だって思えれば……それでいいのかもしれない。実体験じゃないけど、アニメや漫画を参考にするなら、そんな感じだし。

 

 オレはライルと恋仲になりたいわけじゃない。でもライルと普通に話したりなんだりすること自体は別に嫌ってわけじゃない。寧ろ楽しいって思える。……何より、一人でいるよりも寂しくないし。

 

 ……もしも、それでいいのなら。

 それが友達ってことなら……それならオレは、ライルと友達になってもいい……いや、なってみたいって、思える。

 

 それぐらいには、オレはライルのことを好ましく思ってるのかもしれない。……なんだか小恥ずかしいこと言ってる気がする。まあ流石にストーカー行為はもうやめてほしいけども。

 

 

 

 そうなってくると、オレにとってライルは初めての友達ってことになる。……その初めて出来た友達が未来の旦那様になるかもしれないという可能性には全力で目を瞑ります。そんなことあってはならないのだ。

 

 ともかく、そんな初めての友達が自ら死地に行くと言っているのも同然なことを目標にしてたらどう思うよ? 普通止めるだろ?

 でも結局あいつは撤回しなかったんだよなぁ……あの様子だと多分諦めてはないだろうし……あークソッ、思い出すだけでイライラしてきた。

 

 なんだって開拓者になるだなんて言い出したんだアイツ? 冒険者じゃねーのかよ。もっと刺激とロマンが欲しいってか? 名誉や富を得て有名になりたいとでも? ……バカヤローが。死んじまったら元も子もないだろう。もしも忠告を聞かないで死んだらあいつの墓に塩を振り撒いてやる。

 

 「……もういい、寝よ」

 

 ライルの掲げた目標を思い出しイライラしてきたオレは、気持ちを落ち着かせる為にも寝ることにした。布団を頭からかぶり、身を縮こまらせながら目をつむる。普段はのびのびと手足を伸ばして寝るところだが……今はこっちの方が都合がいい。

 

 今更だけど、今のオレは現在進行形で体調がすこぶる悪い。

 ライルと口喧嘩した後、家に帰ってきた辺りからずっと気分が悪いのだ。全身から嫌な汗が吹き出てくるし、体が物凄くふるえて止まらなし、気持ち悪いぐらい眩暈はするし、肺を握られてるみたいに息苦しいしでもう立ち上がる気力が沸かないぐらいに気分が悪い。なんかの病気に罹ってるんじゃないかと思うレベルだ。

 

 あまり母さんを心配させたくないから体調が悪いのは隠してるけど、そろそろ治ってくれないとバレそうなんだよね。多分寝てれば治るとは思うんだけど……大丈夫だよね? 徐々に落ち着いては来てるし、もうしばらく横になってれば治るかな……

 

 そうしてオレが眠りにつく直前、不意に開拓者になると言った時のライルの顔が脳裏によぎった。

 その時のあいつの顔に不安などは一切見られなく、あるのは目標に向かってただただ真っすぐに突き進む……そんな希望に満ち溢れた表情だった。そんなあいつの能天気さに……危険を顧みずに進んでいくのライルの無謀さに、尚もオレの苛立ちは溢れ続けていた。

 

 そして、ライルとの口喧嘩の最後に言ったあいつの言葉が……今も尚、頭から離れない。

 

 

 

 

 

 『ロアなんか大っ嫌いだ!!』

 

 

 

 

 

 「……バカヤローが」

 

 やがて苛立ちは言葉となり、微かに溢れたその言葉を最後にオレは全身を襲う倦怠感から深い眠りへと落ちるのだった。

 

 





 ロア、知ってる?
 その症状……『ショック障害』って言うんやで?


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第四話・大っ嫌い


 二話目はライル視点です。
 止めどころが見つからず長くなってしまった。
 それでは。




 

 

 初めまして。僕の名前はライル・ディアファルトって言います。

 

 突然ですが、僕には家族同然の幼馴染がいます。

 その子の名前はロア・イーリス。どことなく他の子達とは違った雰囲気を持つ不思議な女の子です。

 

 

 ロアと初めて会ったのは五歳の頃でした。

 その日、お母さんから僕と同じぐらいの歳の子が今から家に来るって知らされました。その頃はまだ仲のいい友達がいなかったので、どんな子が来るのかと少し緊張していたと思います。……でも、もしも仲良くなることが出来たらと思うと少し楽しみでもありました。

 

 

 そして家にやってきたのは……綺麗な女の子でした。

 

 

 ガラスのような透き通った水色の髪は風が吹いただけでサラサラと揺れ、不思議と輝いて見える藍色の瞳はまるで宝石のように光を宿していました。

 お世辞抜きで綺麗な女の子、それがロアでした。

 

 ロアを見た僕は、なんでかはわからないけど……ロアから目を逸らすことが出来ませんでした。どうしてもロアのことが気になってしまい、気づけばロアのことをジーッと見つめていたと思います。

 

 そんな僕の反応が気に入らなかったのか、ロアは僕から顔を逸らしてしまいました。自己紹介をしてもずっと不機嫌そうにそっぽを向き続けていて、返事もしてくれません。その時になって、前にお母さんが「ちょっとしたことでも、女の子にとってはとても嫌に思うことがあるから気をつけてね」って言っていたのを思い出しました。どうやら僕は気づかぬうちにロアが嫌がることをしてしまったみたいです……

 

 

 結局ロアの名前はシアルさん(ロアのお母さん。ロアと同じ髪と瞳の色を持つ大人の女性)から聞いて知りました。出来ればロアの口から直接聞きたかったけど……それも僕がロアの嫌がることをしちゃったからだと考えると、何も言えなくなってしまいました。

 

 ロアとシアルさんが帰った後、僕はトボトボと部屋に戻りました。後からお母さんに話を聞くと、今までに無いぐらい落ち込んでいるように見えたそうです。多分、その通りだと思います。

 ショックでした。初めて会う女の子だけど、何故かロアに嫌われたと考えるととても暗い気持ちになります。もしかしたら涙も流れていたかもしれません……そのぐらいショックでした。

 なんだか胸にポッカリと穴が開いたみたいで、上手く言葉が見つかりません。悲しくて、辛くて、切なくて……いろんな気持ちになって、この気持ちをどうしたらいいのかがわかりませんでした。

 

 

 そんなとき、このモヤモヤとした気持ちを晴らしてくれた人がいました。それはお父さんです。

 

 

 お父さんはとても凄い冒険者で、街の皆からも慕われています。皆が言うには、お父さんはこの国の英雄なんだそうです。英雄が何なのかはよくわからなかったけど、とりあえず凄い人だってことは皆の様子を見てなんとなくわかりました。

 

 そんなお父さんは普段から何処かに出かけています。どうやら冒険者のお仕事に行っているみたいです。そのため、お父さんはあまり家に帰って来てくれません。

 でも、しばらくしたらお父さんは必ず帰ってきてくれます。そうして帰って来たときは、普段会えない分お父さんと遊んでもらうことが僕の楽しみになってます。

 お母さんもお父さんが帰って来る時はいつも以上に笑顔で、少し甘えたがりになります。なんというか……その時のお母さんを見ていると、少し恥ずかしい気持ちになるぐらいです。特に夜、なんでか裸になっているお父さんとお母さんを見たときは胸がざわざわして落ち着きません。普段聞く事の無いお母さんの荒げた声なんかを聞くともう駄目です。何もしていないのに顔が熱くなるのは病気なんでしょうか?

 

 

 

 僕がロアに(多分)嫌われた日から数日後、お父さんが帰ってきました。

 普段ならすぐにでもお父さんと遊びたいのですが、その時の僕はロアとのことで落ち込んだまま部屋にこもっていたのでそうはなりませんでした。

 そんな僕が部屋にこもっていることを知ったお父さんは、お母さんに何があったのか事情を聞いたようです。それを聞いたお父さんは……僕の部屋に乗り込んできました。そして——

 

 

 「立て、ライル。立って今すぐにでもその子の元に会いに行け」

 

 ——そう言ったお父さんに、僕は家から追い出されました。

 

 

 突然のことで何が起きたのか分かりませんでした。気づけばお父さんに担がれて、いつの間にかに家の前に立たされています。お父さんは目の前に立っていて、その後ろにお母さんも心配そうな顔でこちらを見ていました。

 

 そしてお父さんは、混乱する僕に向けて確認するかのように語り掛けてくるのでした。

 

 「ライル、以前に俺が話したことを覚えているか?」

 

 「え……な、何の話?」

 

 「俺が一人で【竜種】と戦った時の話だ」

 

 お父さんの話に何とか反応出来た僕は、言われて前にお父さんが話してくれた話を思い出しました。

 確か若い頃のお父さんが、一人では絶対に勝てないと言われていた魔獣を一人で倒したときの話……だったかな?

 

 そこまで思い出すと、続けてお父さんはこう言います。それがお父さんの伝えたかったことでした。

 

 「強大な敵と対峙しても決して諦めるな。そうすれば本来単独では勝てないと言われていた【竜種】であろうと一人で倒せないこともない……俺はそう言ったな?」

 

 「う、うん……(それってお父さんだけなんじゃ……)」

 

 「……それと同じだ。ライル、"我武者羅(がむしゃら)"になれ。めげるな。立ち向かえ。嫌われたのなら、好かれる為の行動をしろ。今からでも遅くはない。でなければ何も変わらんぞ? 例えその子から今以上に嫌われることになったとしても……何もしないよりは断然マシだ」

 

 「お父さん……」

 

 この時、僕はお父さんの言葉を半分も分かっていなかったと思います。

 だってお父さん、いつも難しい言葉ばかり使うんです。だからお父さんが話す内容のほとんどはわからないことだらけです。

 ……それでも、この言葉だけは心に残りました。

 

 

 ——我武者羅になれ——

 

 

 『とにかくやれるだけのことをやり通せ』——ってことらしいです。

 このままだと何も変わらない。それならやれるだけのことを全力でやって、少しでもロアとの仲をなんとかする為に動いた方がずっといい。それで仲良くなれるかはわからないけど、やらないで後悔するならやって後悔した方が全然いい……お父さんは、そう伝えたかったみたいです。

 

 

 この言葉が不思議と僕のポッカリと空いていた胸に収まりました。なんだかやる気が溢れてきて、少しずつ気持ちが溢れてきます。

 ロアと仲直りしたい。ロアと仲良くなりたい。ロアと友達になりたい——胸の内に宿った気持ちが次々と溢れてきて、気づけば僕は走り出していました。

 

 向かう先はロアの家。まだどうすればいいかはわかっていなかったけど、お父さんが言う様に"がむしゃら"になれば……きっとロアとも仲良くなれる。そう信じて、今度こそはロアと仲良くなる為に僕はロアの元へと向かったのでした。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 その日から僕は毎日ロアに会いに行きました。

 ロアは僕が来るととても嫌そうな顔をします。そんなロアの顔を見る度に胸がチクリと痛んだけど……それもしばらくしたら慣れました。今では例えロアが嫌そうな顔をしてもなんてこともないです。

 

 

 因みにシアルさんは僕のことを歓迎してくれていました。その上、僕がロアと友達になりたいことを知ってからは積極的に協力してくれます。

 

 

 どうやらロアはあまり同年代の子と仲良くなることも無いみたいで、友達と言える子が一人もいないみたいです。

 

 元々気難しい性格なこともあって、自分から友達を作ろうとしない。そもそもどうすれば友達が出来るのかがわからないと言った様子で、そのせいで他の子達に話しかけるのを躊躇っているようだとシアルさんは言っていた。

 

 他の子達もロアの雰囲気に近寄りがたいものがあるようで、遠目から見るだけで積極的にロアと友達になろうとする子はいないようです。

 

 

 そのことにロアは気にする素振りを見せたことはありません。いつも一人で難しい本を読んでいます。何を読んでいるのかと後ろから覗き込んでみましたが……僕には難しい内容でした。全然わからなかったです。ロアは読めているのでしょうか?

 

 そんなロアに、シアルさんとしては一人でもいいから友達が出来たらなぁと思っていたそうで、だからシアルさんは僕に協力してくれるようです。

 

 

 シアルさんからは数々の助言をいただきました。ロアはどういったことが好きなのかとか、ロアが嫌がることは何かなど、シアルさんが教えてくれなければ本当に嫌われていたかもしれません。そう思える程に重要なロアとの接し方を色々と教えてもらいました。

 

 そんなシアルさんの言葉の中には、僕が知らないロアの一面が所々に含まれています。それを知る度に、僕はどんどんロアに興味を持つようになりました。

 その中でも、一番知れてよかったと思うロアの一面は……

 

 「ロアはね、少し臆病なところがあるの。友達を作ろうとしないのは人と話すのが恐いから。不愛想なのも知らない人が近寄ってこないようにする為。そしてライル君を避けようとするのも……きっと、どう接したらいいのかがわからないからなのよ。ロアは根が優しい分、とても傷つきやすい子だから……だからロアは他人に心を開こうとしないの。でもね、心を開いてくれさえすれば……きっと、ライル君とも仲良くなれる筈だから」

 

 話を聞くと、ロアはシアルさんの前でなら気持ちを隠すことはないらしいです。

 

 嬉しいことがあれば素直に喜ぶし、嫌なことがあれば包み隠さずに怒る。悲しいことがあれば涙を浮かべるし、楽しいことがあれば笑顔を見せる。

 

 ロアは決して不愛想な子なんかじゃありません。ただ人前で心を晒すのが怖いから、傷つく前に遠ざけようとする……そんな臆病な女の子なんだと、シアルさんの言葉で初めて知りました。

 

 

 その話を聞いて……僕は、シアルさんが羨ましいと感じました。

 僕だってロアと楽しくお話がしたいです。外で一緒に遊びたいし、ロアの笑うところを見たいです。

 僕はまだ不機嫌そうなロアの顔しか見たことがありません。未だ僕を避けようとするし、話してもくれません。

 シアルさんの言う事が本当なら、僕はロアに怖がられている。まだまだ僕は、ロアにとって「見知らぬ他人」なんだと思い知らされるようで……それが悔しくて、嫌だった。

 

 でも、僕は諦めません。ロアと仲良くなることが出来れば、きっとロアも話してくれる。遊んでくれる。笑ってくれるかもしれない……そう考えると、どれだけ難しいことでも頑張れる気になれたんです。 

 

 

 それから僕はロアと仲良くなる為にいろいろとやってみました。

 積極的に話しかけたり、遊びに誘ってみたりしました。ですが、僕が話しかけてもロアは僕のことを無視し続けます。全く反応してくれません。

 それでもめげずに話しかけました。お父さんが言う様に、がむしゃらに話しかけ続けました。

 

 

 そうして僕が話しかければロアが無視するという日々が暫く続きました。

 でもそんな日々が続いたからか、ある日を境にロアは僕から逃げるように何処かへと隠れたり出かけたりするようになってしまいました。

 

 

 そこで僕はやり方を間違えてしまったことに気づかされました。諦めたくないからと、しつこく話しかければ嫌われるのも当然です。こうするしかやり方を知らなかったとはいえ、僕の行動は強引すぎたようです……

 

 またロアに嫌われてしまいました。しかも今度は初めて会った日以上に嫌われたかもしれません。何故途中で気づけなかったのでしょう……後悔ばかりが残りました。

 

 

 それからはロアの家に向かっても、ロアと会うことはありませんでした。シアルさんに話を聞くと、僕が来る少し前に出かけてしまうみたいです。僕が来るまでロアを引き留めようとはしてくれたみたいですが、シアルさんの言葉を聞いてもロアはさっさと何処かに行ってしまうようです。

 

 ここまで避けられてはロアが僕を嫌っているのは明らかでしょう。もうどうしたらいいのかわからず、その時の僕は半分諦めかけていました。僕はどうやったってロアと友達になることは出来ないんだと、今までにない程落ち込みました。

 

 

 そんなときでした。僕が諦めそうになったときに、もう一度頑張る気になれたきっかけを……シアルさんから貰ったのです。

 

 

 ロアが何処かに出かけるようになってから数日後のことです。

 その日も僕はロアと会うことが出来ず、半分諦めた気持ちで家に帰ろうとしていました。……ですがその時、家に帰ろうとしていた僕をシアルさんは引き留めたのです。

 

 多分この時の言葉が無ければが、僕はロアと仲良くなることが出来なかったかもしれません。今でもロアに避けられ続けていたかもしれません。それほど大きなきっかけでした。

 

 そうしてシアルさんから僕は聞かされることになります。僕が気づくことのなかった……ロアの気持ちを。

 

 

 「ライル君、もしよかったら……ロアのことを探してみてもらえないかしら?」

 

 「ロアを……ですか? で、でも、僕はもう嫌われてるんじゃ……」

 

 「フフッ、きっと大丈夫よ。ロアはきっと、ライル君のこと嫌ってなんかいないから」

 

 「な、なんで……そう言えるんですか?」

 

 「だってあの子、ライル君と出会ってから……少し、明るくなったもの。素っ気ない態度を取ったり、ライル君と会おうとしないのは……もしかしたら怖いんじゃなくて"戸惑ってる"のかもしれないわね」

 

 「——え?」

 

 「今までこんなに自分と関わろうとする人はいなかった。ここまで本気で友達になりたいって気持ちをぶつけてくる相手はいなかった……だから、戸惑ってる。どうしたらいいのかわからないから。今まで通り避ければいいのか、それとも――差し伸べられた手を掴んでもいいのか、迷ってる」

 

 「…………」

 

 「何よりロアは……嫌なことは嫌だってハッキリ言う子だもの。ライル君が嫌いなら、とっくの昔に嫌いだって言ってると思うわよ?」

 

 「——!」

 

 

 シアルさんの言葉を聞いて、僕は思い出しました。

 ロアは確かに何も話してくれません。僕が何を言っても無視して、まだまともに返事を聞いたことはありませんでした。

 

 

 でも、ロアは一度たりとも僕のことを「嫌い」だとは言ったことがありません。

 

 

 それが分かった瞬間、僕はシアルさんに一言お礼を言ってすぐにロアの家から跳び出しました。

 僕はロアを必死になって探しました。そこまで大きい街ではないけれど、当時の僕が探すには広すぎて大変でしたが、それでも探し続けました。

 

 もう諦めません。挫けません。ロアが僕をハッキリと「嫌い」だと言わない限り、僕はしつこいと思われてもロアに話しかけ続けます。がむしゃらです。がむしゃらになって話しかけ続けることに決めました。

 

 

 ……今思えば、ここまでムキになる必要もなかったんだと思います。

 別にロア以外でも友達は作れたはずです。ロアじゃないといけないなんてことはなかったはずです。

 それでもロアと仲良くなりたかったのは……なんでなんだろう? なんとなくですが、友達になりたいってだけではないような気がしますが……それが何かまでは、今の僕にはわかりませんでした。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 それから僕はロアを探し、思ったほど苦労もせず見つけることが出来ました。

 本を読むことが好きなロアなら図書館辺りにいるかなと考え行ってみると、僕の予想通りロアはいました。そんな直感を頼りにして探すと不思議とその先にロアはいます。今のところその直感を信じて向かった先には必ずロアがいるので、結構僕の勘は良いのかもしれません。

 

 そして、初めはなんで僕がいるのかと言いたげな顔をしていたロアでしたが、日に日に慣れていったのか暫くすればいつも通りの無愛想な顔で一瞥するだけのいつものロアに戻りました。

 

 そんなロアですが、シアルさんの言う様に僕を嫌いだと言ってきたりはしませんでした。ロアのことを探して見つけた時だって逃げることはなかったし……本当に嫌いじゃないのかな? そうだったら嬉しいな。

 

 とりあえずはこのままめげずに仲良くなれるよう頑張っていこうと思います。確か……友達になってほしいことをきちんと伝えれば相手もそれに応えてくれるってお母さんが言ってました。よし、これから毎日友達になろうって言い続けてみよう! ……本当にこれであってるのかな?

 

 

 それから暫く経ち、ようやくロアがまともに話してくれるようになりました。

 ずっと無視され続けた僕がようやくまともにロアと話したのはこの時が初めてです。それまでは僕を遠ざけようとする言葉しか向けてくれなかったけど、これからはそんなことはなく普通に話をしてくれるという事実に、その時ロアが何を言っていたのかも気にせずつい喜んでしまいました。

 

 

 そうして暫くすると、なんとロアは僕と友達になってもいいと言ってくれました。

 

 

 本当に嬉しかった。ようやくロアと友達になれたことに僕は嬉しくて嬉しくて……それなのになんでか涙が流れてきて、もう顔がぐしゃぐしゃになっていたと思います。疲れたような顔をしていたロアが僕の顔を見てあたふたと慌てふためくぐらいには酷い顔をしていたのかもしれません。今思い出すと恥ずかしいな……

 

 お父さん達やシアルさんも僕とロアが友達になったのを自分のことのように喜んでくれました。その勢いのままロアとシアルさんを含めて家でパーティーを開いたのは忘れられない思い出です。お母さんが言うにはこういっためでたい日の事を『記念日』って言うみたい。覚えておこう。

 

 

 それからは口数少ないながらもロアは僕の話に付き合ってくれるようになりました。

 めんどくさそうにしながらも話してくれる。僕の頑張りが実を結んだ結果です。……ただ、ロアが男の子みたいな喋り方をしたのにはビックリしました。

 このことを期にロアのイメージが一変したのは言うまでもないでしょう。綺麗な女の子が荒々しい口調で話すんです、そうなってもしょうがないと思います。

 

 

 そんなロアの口調も、彼女と話しているうちに慣れていきました。この喋り方で話すのがロアなんだし、今から女の子の喋り方になられても違和感しか感じない。だからロアはあのままでいいんだと思う。……それに、男の子みたいな喋り方で話すロアを見ているとなんだか安心するしね。お母さんはロアの喋り方に「背伸びした子供みたいで微笑ましいわぁ」って言っていたけど、この気持ちもそうなのかな?

 

 因みにシアルさんはロアの口調を正そうとしているみたい。もしもシアルさんがいないところでロアが男の子口調になってたら教えてほしいって言われてる。その事を知ったロアが震えながら僕に「母さんには言わないで」と言って来たときの焦った表情は……うん、可愛かった。なんだか苛めたくなるような可愛らしさがそこにあった。

 

 

 それからの日々は本当に楽しかった。

 ロアと本の内容で話をしたり、ロアと一緒にいろんなところに出かけたり、ロアと新しいことを見つけて挑戦してみたりと、僕の日常には当たり前のようにロアが隣にいた。

 そんなロアは未だに不愛想な顔がほとんどだけど、たまに見せてくれる笑った顔はとても可愛くて……その顔を見てると、なんだか胸がドキドキします。

 これが何なのかをお母さんに聞いても優しく微笑むだけで教えてくれない。いずれわかるって言ってたけど……そのうちわかるなら今教えてくれてもいいんじゃないかな?

 

 きっとこれからもこの日常が続くんだろう。お父さんやお母さん、シアルさんに……そしてロア。皆がいるこの街で幸せに生きていくんだと……僕はそう思っていた。

 

 

 でも――――そんな幸せな日々が突然終わってしまった。

 

 

 急にお父さん達から引っ越しすることを告げられた。場所はアウルス。おじいちゃんとおばあちゃんが住んでいる街だ。

 そのおじいちゃんが死んでしまった。信じられなかった。だって前に会った時はあんなに元気だったんだ。それが病気で死んじゃったと言われてもすぐに信じることなんて出来ない。

 そして、今も一人王都に残されているおばあちゃんを一人には出来ないから、引っ越しをする事になったみたいなんだ。

 

 

 この街から……ロアから離れることになる。

 嫌だった。せっかくロアと仲良くなれて、最近はよく笑うところを見せてくれるようになったのに……ロアと離れ離れになってしまう。

 でも……それはおばあちゃんも同じなんだ。おばあちゃんはおじいちゃんと離れ離れになってしまった。それも、もう二度と会えないんだ。僕たちと違って、もう会うことが出来ない……

 

 そんなおばあちゃんを一人ぼっちにするわけにはいかない。ロアと離れるのは嫌だったけど……おばあちゃんのことを考えると、仕方がないことだと納得するしかなかった。

 それでも、最後の日まで行きたくないと我儘を言ってしまったのは……ごめんなさい。

 

 

 そして先日、僕は住み慣れた街とサヨナラをした。

 そして、僕はロアと…………

 

 

 「ライル……」

 

 「……」

 

 

 揺れる馬車に体を揺さぶられながら、僕は昨日の事を……ロアに言ってしまった言葉を思い出しては、後悔していた。隣に座るお母さんが僕の名前を呼んでいるけど、今はその声に返事を返すことも出来ない。

 

 僕は……なんでロアに、あんなことを言ってしまったんだろう……

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 「くだらねぇ」

 

 ロアの言った一言に、僕の頭は真っ白になった。

 開拓者になることをロアに言った直後に言われたその言葉の意味を、僕はすぐに理解することが出来なかった。

 

 元々、僕は冒険者になりたかった。

 でも僕が冒険者になりたいとロアに言う度に、ロアは不愛想な顔を歪めて不快そうな顔になる。

 何でそんな顔をするのかわからなかった。それが気になって、ある日僕はシアルさんに相談してみたんだ。なんでロアは冒険者の話をすると嫌な顔をするのかって。

 

 

 そして僕は知ったんだ。ロアが冒険者を嫌っていることを……

 

 

 僕がロアと出会う少し前、当時五歳だったロアがシアルさんと買い物に行っていた時のことだ。

 シアルさんが買い物をしている間、暇を持て余していたロアは店の外でシアルさんを待っていたようだ。あまり人混みを好かないのもあって、店内にいるのは嫌だったらしい。

 そうしてシアルさんを待っていたロアは、不幸なことにたまたま通りかかったガラの悪い冒険者に絡まれたそうだ。

 

 

 そして、横暴な態度を取っていた冒険者は……何もしていない筈のロアに難癖を付けて暴力を振るったらしい。

 

 

 勿論その冒険者は買い物を済ませて店から出て来たシアルさんに(半殺しにされてから)その場で取り押さえられたようだ。

 その冒険者は威張っていた割に実力はそこまででもなく、シアルさんにあっさりと捕縛(瞬殺)された。その時のことを語るシアルさんの顔は……とても怖かったです。未だにその時の怒りは収まっていないみたい。

 

 そして、その冒険者にシアルさんはなんでこんなことをしたのかと問い詰めた。何かしらの理由があるのなら考えなくもないが、ろくな理由じゃなければ…………だそうだ。

 ……え? 何が「だそうだ」なんだって? 聞かないで……僕の口からはとてもじゃないけど言えないよ……

 

 

 観念した冒険者は素直に白状した。嘘を吐いたらより酷い目にあわすとまで言われたのだ。下手に誤魔化す事など出来なかった。

 

 どうやらその冒険者は先程まで街のギルドにいたらしく、そこで狙っていた依頼を他の誰かに横取りされたらしい。それで機嫌を悪くした冒険者は腹いせに周囲に八つ当たりをして回っていたようだ。

 そこにたまたま視界に入ったガキが気に入らない目をしていたからってだけの理由で、そいつはロアを殴りつけたのだとか……

 

 

 ……なんだそれは。そんな理由でロアが傷ついたのか!?

 

 

 シアルさんの話を聞き、僕はその暴力を振るった冒険者に怒りが沸いた。

 ロアが理不尽な理由で殴られた。何もしていない、ただシアルさんを待っていただけのロアが、なんでそんな目に会わなければいけないんだ!?

 

 

 シアルさんは語る。

 シアルさんが駆け付けた時……ロアは震えていた。

 殴られたところを抑え、身体を縮こまらせて、瞳には恐怖を映し、酷く怯えた様子で……泣いていた。

 

 おそらく、その日を期にロアは冒険者を避けるようになったらしい。理不尽で、野蛮で、強欲。全ての冒険者がそういった者達という訳ではないが、ロアの冒険者に対する印象が最底辺にまで落ちたのは間違いない。

 

 

 そしてそれをきっかけに、僕の中で冒険者に対するイメージが崩れていった。

 

 

 お父さんのことは尊敬してる。その冒険者と同じ様な人ではないことも分かってる。……でも、その話を聞いた上でたまにギルドを見に行くようになってから、僕は冒険者に対して良い印象を持てなくなってしまった。

 

 ロアが言っていた——「冒険者はハイエナみたいな奴等だ」って。

 

 本当にその通りだと思った。高額な依頼を奪い合う冒険者達を見た時、僕もロアと同じことを考えてしまった。

 

 

 そしてそれらを見ている内に、冒険者に向けていた憧れが急激に冷めていくのを感じた。

 皆が皆お父さんみたいな冒険者じゃない。ほとんどの冒険者は……あんなにも醜いものだったんだと知ってしまったから。

 

 僕はあんなふうになりたくない。あんな人達と同じになりたくない。

 そして僕は、次第に冒険者になるという目標を()()()()()()()()

 

 

 代わりに僕は新しい目標を掲げることにした。それが開拓者になることだ。

 元々僕は冒険するのが好きだった。ロアと一緒に近くの森に行っては新しいものを見つけることが好きだったし楽しかった。それもあって、開拓者には冒険者ほどではないにしろ昔から憧れを持っていたんだ。

 

 そんな開拓者に向ける憧れが、冒険者のそれを上回った。だからこんなにもすぐに目標を切り替えられたんだと思う。

 

 開拓者にはどんな事態にも対処出来る程の技量、知識、そして運が必要だ。技量と知識はこれから頑張ればなんとかなる。そして運なんだけど……自分でもよくわからないけど、大丈夫な気がする。僕は運に恵まれている気がするんだ。

 

 

 この自信が何処から来るのかはわからないけど、理由も無い確信が僕にはあった。これならいずれ僕は頑張り次第で開拓者になれるかもしれない。

 

 ただ、開拓者になるにはまず冒険者になっていろいろと経験を積むべきだとお父さんが言っていた。態々冒険者になんてなる必要はないんじゃないかって思ったけど……お父さん(経験者)が言うんだ、きっとそうした方がいいんだろう。

 

 開拓者になる為と考えれば一時的に冒険者になる事も割り切れた。

 

 

 その想いを、目標をロアに告げた。

 どのタイミングで言えばいいのかわからなかったから今まで隠してたけど、もうそんなことを悩んでいる暇はなかった。ロアと離れ離れになるのだから、離れる前に伝えておきたかったんだ。

 そして僕はロアに今は開拓者になることを目指しているって——ロアが嫌う、冒険者にはならないって……そう伝えようとした。

 

 

 ……でも、言えなかった。ロアの一言で僕が言おうとしていたことをまっさらにされてしまった。まさかくだらないだなんて言われると思っていなかったんだ。

 

 僕の気も知らないでロアは続け様に話して来る。僕が掲げた目標が……どれだけくだらないものなのかを、事細かく。

 

 

 「開拓者になってどうする? あんな、無駄に命を捨てに行くような奴等と同じになるとか……頭沸いてんのかよオイ。死ぬかもしれねぇ、帰れないかもしれねぇ、下手すりゃ魔獣を刺激してとんでもない事態になるかもしれねぇ……そんなろくでなしになるのがお前の目標なのか? ……ハッ、あほらし」

 

 

 冷静に考えれば、ロアが言っていることは……言い方はアレだけど、正しかった。

 

 開拓者は冒険者よりも危ない仕事で、帰ってこれない人がいるってのは知っていた。あまり開拓者になる人がいないのも、単純に"なれない"のではなく"なりたくない"人の方が多いからだ。

 だからロアが言うことは……間違っていない。

 

 

 それでも……引けなかった。

 

 

 冒険者になる目標を捨て、開拓者になることを目標にした僕は止まれなかった。だって、僕にはこれ以外の目標が想像できなかったから……

 今だからわかる。僕にとって目標とは心の支えと同じだったんだ。その目標を捨てるということは、僕の心の支えが無くなるってことだった。だから僕は引けなかった。引くことが出来なかった。

 

 何より、一度決めた目標を諦めた上ですぐにまた諦めるなんて、そんなかっこ悪いこと出来なかった。そういった男としての意地が僕に見栄を張らせてしまう結果を生んでしまった。

 

 僕は大丈夫。絶対に死なないし、必ず帰って来る。魔獣だって僕がやっつけるし、魔獣に襲われそうになってる人達もみんな助ける。だから安心してって、ロアを納得させようとした。

 

 それがいけなかった。

 

 

 「そう言うのを身の程知らずっていうんだよ!!」

 

 

 初めて聞いた。ロアが大声で叫ぶ程に声を荒げるところを。

 普段ならそこで僕は止まっていただろう。ロアが大声を上げたのにびっくりして、なんでそこまで否定するのかを冷静に聞いていた筈だ。

 でも、タイミングが悪かった。今日でロアと離れ離れになってしまうという焦りと、今の目標に文句を言われたことによる怒りが僕から冷静を奪い取っていた。

 

 そして僕とロアの怒鳴り合いが始まった。

 何が何でも認めさせたい僕と、何が何でも認めないロア。お互い頭に血が上っていたのもあって、止めどころを無くしてしまった。お父さん達も僕達の様子に気づいて駆けつけてくるも、それでも言い争うことをやめなかった。

 

 

 

 

 

 そして……言ってしまったんだ…………

 

 

 

 

 

 「なんでわかってくれないんだ!! もうロアなんか"大っ嫌いだ"!!」

 

 

 

 

 

 言ってすぐに後悔した。

 言う筈じゃなかった言葉。嫌いだなんてこれっぽっちも思っていない。それなのに反論するロアにイラついて言ってしまった。

 違うんだ。嫌いなんかじゃない。寧ろ僕はロアのことを——

 

 

 訂正しようとした時には……既に手遅れだった。

 

 

 

 「……ぇ」

 

 

 

 よく耳を澄ませなければ聞こえない程に小さな声。でも、その声はやけに鮮明に僕の耳に届いて……容赦なく心を抉ってきた。

 

 

 「……オ、オレ……だって……オレ、だって……お前のこと、なんか……」

 

 

 僕の言葉に言い返そうと、震える声で途切れ途切れに言葉を紡ぐロアの顔は真っ青になっていた。

 よく見れば声だけでなく体も震えている。必死に握り拳を作って震えを止めようとするその姿は……とても痛ましかった。

 

 

 「嫌い……そう、だよ。嫌いだよ……ッ、テメーの事なんて元から嫌いだったよ!! しつこく言い寄ってはあーだこーだと耳元で騒いで耳障りだった!! いつもへらへらと笑いながら付きまとうテメーがッ、鬱陶しい上に馴れ馴れしいテメーが嫌いだった!! オレだって……オレだってお前なんか大っ嫌いだ!!

 

 

 そう怒鳴り散らすなり、ロアは駆け出した。

 体力も無いのに全力で、早くこの場からいなくなりたいと言わんばかりに、僕の前から走り去っていった。

 

 

 『ロアは根が優しい分、とても傷つきやすい子だから……』

 

 

 いつだかシアルさんから言われた言葉が、脳裏によぎった。

 

 

 その瞬間、僕の体から力が抜け落ちた。

 立っていられなかった。頭を埋め尽くすのは後悔だけで、涙が溢れて止まらない。お父さん達が何か言っていたけど、その言葉を聞くほどの余裕が全くなかった。

 

 

 なんで……僕は、嫌いだなんて言ってしまったんだろう。

 

 

 そんなことを言うつもりなんてなかった。こんなことになるなんて思わなかった。

 僕はただ、冒険者じゃなくて開拓者になることを目標にしていることを言えば、ロアはきっと応援してくれるって……そう思ってたんだ。それなのに、なんで……

 

 

 

 

 

 あんな顔、させるつもりなんてなかった。

 ロアに、あんな……信じていた人に裏切られたかのような、悲しみに溢れた顔を……させるつもりなんて、なかったのに…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 馬車の中、一人の少年は自問自答を繰り返す。しかし彼が求める答えは未だに見つからない。

 ゴトリゴトリと馬車は揺れる。車輪の音を響かせながら……その音を今も離れ行く故郷の方に残しながら進んでいく。

 

 

 果たして残したものは車輪の音だけなのか? もっと大切な物を残してしまったんじゃないのか? 

 

 

 少年には、わからない。

 

 





 ……あれ? なんでこんな悲壮感滲み出てるん?
 シリアスさん頑張りすぎぃ!? なんでこうなった!? 私は糖分たっぷりのシリアルが好きなんだけど!?

 ……まあ、シリアスさんも嫌いじゃないけどさ。


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人物紹介・現状補足(1)


 どうも、メガネ愛好者です。

 今回はちょっとした捕捉回です。所謂箸休め回ですかね?
 また、アンケートに協力してくださった方に感謝を。ご協力ありがとうございました。これで方針も定まりました。
 今後の展開に賛否両論と別れるでしょうが、こういう作品なんだなぁ程度の認識で読んで頂けると幸いです。ぶっちゃけ私の趣味の塊のような作品ですからね。



 

 第四話時点の状況

 

 

 ・登場人物紹介・

 

 

 名前:ロア・イーリス

 年齢:11歳

 

 本作の主人公にして、この世界(オルトリンデ)の元となったゲームにおいての第二ヒロイン……に憑依転生した元成人男性。(職業は自宅警備員)

 

 前世ではめんどくさがり屋でいい加減な性格をした怠け者だった。親しい友人はおらず、そもそも人と関わる事自体億劫になっていたせいもあって周囲の人間関係は絶望的。両親も既に先立たれているため孤立無援の生活を送っていた。

 

 転生した理由は不明。死んだ覚えもないし、神様に会った覚えもない。最後に覚えているのは適当に時間を潰した後いつも通りに就寝したところまでであり、次に起きたら赤子となって今生の母シアルに抱かれていた。ワケガワカラナイヨ。

 

 

 転生してからの彼もとい彼女を一言で表すと無愛想の塊。

 彼女の肉親であるシアル以外の者に対して心を開くことはなく、笑顔やらの感情の変化を見せることはほとんどない。

 常に愛想無く振舞っている上、極力人と話そうともしない。そのせいで同年代の子達からは不気味がられている。……それでも彼女は見た目は美少女と言って過言では無い為、一部の男子からそこそこの人気を得ている模様。「あれはあれでアリ。寧ろあれでいい」とのこと。

 

 しかし当人から発せられる近寄りがたい雰囲気により、未だライル以外で仲を深めようとする男子(チャレンジャー)はいない。

 尚、このことにロアは気づいていない様子。寧ろチラチラと向けられる視線に対して全く気付いていない。

 

 

 当初は「異世界転生ヒャッホー!」と言った具合に大喜びしていたが、自分が女性に生まれ変わったこと、その上ギャルゲーのヒロインに転生していることを知ったことでテンションはダダ下がり。

 更には幼少の頃に冒険者から理不尽な暴力を受けたことで当初の喜びは消え失せた。元はゲームでもここは現実だと思い知らされることになったきっかけでもある。

 

 このことをきっかけに前世で一度はなってみたいと憧れていた冒険者に対しては嫌悪感、不快感、そして無意識に恐怖心を抱くようになる。

 開拓者に関しても今生の父が行方不明になった原因(未界探索による行方不明)に繋がるのであまり良い印象は持っていない。そもそもが冒険者を生み出した元凶とも言えるため、寧ろ冒険者よりも印象が悪いまである。

 

 

 今は元男性の意地としてライルから恋心を持たれないよう奮闘しているようだ。

 しかし時間が経つにつれて次第にライルを友達として捉えるようになる。ライルの行動力に根負けしたことで半ば強引に友達になったものの、今では友達としてなら別にいいかと諦めもとい妥協した。

 有り体に言えば"絆された"とも言えるが、当人にその自覚はない。

 

 今のところライルに対して恋愛感情を抱いてはいない。ライルのハーレムに加入する気もない。

 

 そもそもな話、彼女自身ハーレムはそこまで好きではなかったりする。

 例えシステム上にハーレム要素があったとしても、彼女はイベントCGを回収するだけで基本内容はスキップし、意中のキャラを中心とした個別ルートを好んで進めていた。

 それらのこともあり、ハーレムを築く可能性のあるライルに友達以上の好意を向ける気はなかった。あくまでも友達としてなら好ましいと思う程度の認識。

 

 

 そんな彼女だが、前世を含めてライルが初めての友達であるらしい。その為、友達(仮)になった当時は「友達って何をすればいいんだ?」と言った具合に頭を悩めていた。

 

 元々他人とのコミュニケーションが極端なまでに苦手で、改善する努力もめんどくさがってしなかった。何よりも他人に対して臆病な面を持っていたことも相まって、その結果コミュ障になったと思われる。尚、自身に臆病な面があることを自覚していない。

 

 今でこそ日常会話に支障をきたさない程度には改善されたが、それでもまともに受け答え出来るようになるまでにはかなりの時間を要したらしい。ライルのことを無視していたのも、単純に仲を深めたくなかった他「どう言葉にすればいいのかわからなかったから」と言った理由があるぐらいだ。

 

 加えて友達を作ろうとしなかったのも人付き合いに対する苦手意識がそうさせたと思われる。自分の至らなさが原因で相手に不快な思いをさせてしまったらという不安から無意識にも人を避けるようになっていた。

 

 ライルと恋仲になりたくないのも、元男性としての嫌悪感と抵抗感……は最早二の次で、今では「オレみたいな男か女かよくわからん奴なんかよりも違う子、それこそヒロイン達を好きになった方がいいだろ」とライルにより良い相手と添い遂げてもらいたいと本心から願っているゆえ。

 

 別に彼女はライルが嫌いなわけではない。少し苦手ではあるけれど、それでも友達として見るなら好意的である。

 

 

 だが彼女自身、そこまでメンタルが強い方ではない。先程述べた通り、自覚無しの臆病な性格から彼女は割と傷つきやすい。

 その為、ライルを自分から遠ざけようとするためにと口喧嘩したまではよかったが、初めて出来た友人にハッキリと拒絶されたことに予想以上にショックを受けたようだ。

 

 友人に嫌われるという経験自体が初めてのことだったのもあり、その結果不安や後悔、罪悪感を重く受け止めすぎて体調を崩してしまう。しかしロアはそれが体調不良の原因だとは気づいていない様子。

 

 現在は自室に引きこもり中。今は何も考えたくないようだ。

 

 

 相手のことを気にするあまりコミュ障を拗らせ、それが悪化したことでめんどくさがり屋になってしまった彼女。しかしそれも友達が出来た事で隠れていた側面――努力家で他人想いな部分が顔を出すようになるが、果たしてこの先それがどのような結末に繋がることやら……

 

 

 

 

 

 余談だが、転生してからシアルさん譲りの家事スキルを(不服にも)身に着けてしまったことで、ぶっちゃけ彼女のヒロイン力は元男性とは思えないぐらい高くなっている。

 

 特に料理に関しては冒険者適性が自身に無いことが発覚してから始めた”とある作業”の影響と、周囲の環境もあってかなり上達した。現在も上昇傾向にある模様。

 

 更に言えば、この11年の間に着々と精神や考え方が女性よりに変化し始めているのだが……案の定、無自覚である。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 名前:ライル・ディアファルト

 年齢:10歳

 

 この世界の元となったゲームの主人公。通称『ハーレム系主人公』。

 黒髪黒目の中世的な顔立ち。ゲーム上の設定や本人が言うには「平凡な容姿」らしいが、ロアにしてみれば十分にイケメンの部類に入る。

 

 そもそもギャルゲーは……いや、それに限らず二次創作に登場する大半の主人公は大抵が平凡から美化されイケメンにクラスチェンジされている。故にロアからしてみれば「それで平凡とか異世界レベル高ぇ……」としか思えない。

 また、余談として作中でもロアが言っている通りにその辺りにいる一般市民達も軒並み整った容姿をしている。男子はイケメンに、女子は美少女に、そして大人はとても老いているとは思えない程に若々しい。(そんな中でも周囲にいる同年代の男子諸君の目を惹くほどの美少女認定されているのだから、ロアも人のことを言えないだろう)

 

 

 普段から温厚で滅多に怒らない。一生懸命で根は真面目、多少押しに弱い場面もあるが決めるところはきちんと決める心優しい少年……それが本来の彼だった。しかしロア(転生者)が介入したことでイレギュラーが発生したのか、原作とは多少異なる変化が現れてるようだ。

 

 幼少期時点ではそこまで行動力があった訳でもなく、寧ろオドオドとした気弱な性格だった彼だが、ロアの対応に加えて彼女と友達になりたいという衝動が加速するあまりにアグレッシブな少年へと生まれ変わる。

 

 ロアに対しては強気に出て、積極的に交友を深めに行く。一時期はロアと友達になろうと必死になるあまりに周囲からのアドバイスを一緒くたにしてしまうなどの半暴走状態に陥ってい。がむしゃら通り越してヤケクソだったのかもしれない。その時のライルはロアにとって軽いトラウマのようなものになっている。

 

 多少(?)強引な手を使ってようやくロアと友達になってからはそのアグレッシブさも薄れていき、次第に元の温厚な少年に戻っていった。

 しかしふとしたきっかけで顔を出すことがあるので完全に戻った訳ではないようだ。これに対しロアは彼のことを「ナキメオオカミ(※1)の皮を被ったドレッドシープ(※2)」と評している。

 

 元々は冒険者になることが夢だった彼だが、ロアが冒険者を嫌っていること、何故嫌っているかの理由を知ってからは徐々に憧憬の念が薄れていく。それによって目標としていた冒険者の道を自ら閉ざすことに。

 一方で冒険者に比べればそこまででもなかった開拓者に向ける憧れが次第に強まっていき、結果冒険者への道を閉ざしたと同時に開拓者の道へと歩むことになる。

 

 

 ロアとの別れ際に開拓者になる目標を告げるも、元より開拓者に対してあまりいい印象を持っていなかったロアはこれ幸いと彼に嫌われるため……そして、何より彼が自ら危険な場所に向かわないようにとその目標を全否定。

 

 まさか否定されるとは思っていなかったライルは予想外のことで上手く頭が整理できず、また一時的な別れによる焦りが彼から冷静さを奪う形となってしまう。それが災いし、”ロアに否定された”という事実からどうにか説得しようと猛反発。結果それが大喧嘩に繋がり……

 

 

 現在は王都アウルス(※3)にて父、母、生まてから3年程の妹に加えて祖母の五人で暮らしている。数週間後には王都にある『王都ルーベンシア学校(※4)』に入学するらしい。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 名前:シアル・イーリス

 年齢:30歳

 

 ロアの母親。未亡人。元冒険者。

 天真爛漫でとにかく明るい性格の持ち主。

 ただ、あまり弱気なところを人前で出さないようにしているせいで、感情を押し殺してしまう癖がついてしまっている。

 

 冒険者時代は結構やんちゃでよく無茶をした。一時の母となった事である程度落ち着きはしたものの、時折かつての片鱗を見せることもある。

 冒険者クラス(※5)は【上位】。得物は槍。主にリーチを生かして敵を翻弄する戦闘スタイルを取っていた。尚、拳闘にも多少の心得がある。

 

 

 当時はゲリックとレイラ、そして旦那であるロイド(※6)ともう一人、男性の魔術師を含めた五人パーティーで活動していた。レイラとは幼馴染。ゲリックとロイド、魔術師の三人は王都の冒険者ギルドで知り合う。

 

 ロイドとは19歳の時に結婚(※7)し、そのままの勢いでロアを授かる。

 

 冒険者をやめてからは生まれ故郷の街——マルタ(※8)で料理店を開く。

 元々料理の腕前はパーティー内でも優れていた方であり、ロイドもある程度腕に覚えがあった。今ではロアもたまに手伝いをしている。

 

 開店した当初はとにかく忙しく、安定するまでに数年の時間を要した。その上ロイドが唐突に未界へと向かい行方をくらましたことで負担が倍増。過労で倒れそうになるまで体を酷使してしまう。

 その度にレイラなどから無理をするなと注意されていたが、大丈夫だと言って働き続けた。

 

 そして数年かけてようやく軌道に乗ったところでロアを連れてゲリック達の元に足を運ぶのだった。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 名前:ゲリック・ディアファルト

 年齢:32歳

 

 ライルの父親。国に二人しかいない【最上位】の冒険者の内の一人。得物は両手剣。

 とにかく逞しい人。基本的に寡黙ではあるが、全く喋らない訳ではない。

 

 生きる伝説とまで言われるほどの実力者。冒険者で彼を知らないものはまずいないだろう。

 

 身の丈以上の大剣を片手で扱い、そのひと振りで数十もの魔獣を薙ぎ払う。強固な甲殻で覆われた魔獣はその甲殻ごと粉砕し、巨大な魔獣を前にしても怯むことなく文字通り投げ飛ばした。巨人と壮絶な殴り合いを交わし、巨竜を単騎で打ち倒すなどの数々の武勇伝を持っている。

 最早その身体能力は人の域を凌駕しており、仲間内では魔獣よりも魔獣染みていると言われていた。

 

 【戦神】【怪力無双】【不倒の英雄】と呼ばれる彼は、この国の危機を何度も救った偉大な冒険者として今後も語り継がれていくだろう。

 

 

 19の時に当時17だったレイラと結婚。三年後にライルを授かる。

 現在も冒険者活動を続けており、それによってあまり家には帰れていないようだ。それでもレイラとの仲は良く、未だ熱は冷めきっていない。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 名前:レイラ・ディアファルト

 年齢:30歳

 

 ライルの母親。元冒険者。

 現在は専業主婦兼シアルの料理店でウェイトレスをしている。

 因みに料理の腕は…………少なくとも厨房を任せることは出来ないレベルだとシアルは語る。

 

 冒険者クラスは【上位】。聖術を用いてパーティーの後方支援を担当していた。

 大人しい性格で引っ込み思案。少々ドジな面も見られる。

 

 シアルとは幼馴染でその仲の良さから周囲の者達に姉妹だと言わせるほど。もしもゲリックと出会わなければ……下手すれば同性愛に目覚めていた可能性が高い。

 シアルはそこまででもなかったが、レイラにはその兆候がちらほらと見受けられたらしい。念を押すが、シアルにその気はない。

 

 17の時にゲリックと結婚する。それから二年間は慎ましやかな関係を保っていたが、シアルが結婚して子供が出来たことを境に少し大胆さが増した。一年後に無事ライルを授かる。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 ——補足説明——

 

 

 

 ※1:ナキメオオカミ

 漢字にすると「泣き目狼」。臆病で常に泣きそうな顔をしている。人を襲うことはまずない。

 雑食で普段は木の実などを捕食する。肉も好きだが、好戦的ではない。そのせいで肉までに辿り着けない。何とも不憫な生き物。

 

 

 ※2:ドレッドシープ

 全身の羊毛がドレッドヘアのような見た目になっている。やたらと好戦的。

 群れを作ることはなく、単身で各地を徘徊している。羊のくせに一匹狼。

 まさかの肉食。好物はナキメオオカミ。(やはり不憫である)

 

 

 ※3:王都アウルス

 ロア達が住まう国——『アウルス王国』の中心に位置する巨大都市。

 開拓者、冒険者たちの多くはこの都市を拠点に活動している。

 勿論地元住民も多く住んでいる。ゲリックはこの都市出身の冒険者だ。

 

 

 ※4:王都ルーベンシア学校

 この世界は基本的に学校、学園に行くかは自由。10歳から15歳の五年間を過ごす事になる。途中入学も可能。

 

 冒険者か開拓者になるなら入学するのが一番の近道とも言われている。勿論一般職に就く者も入学した方が優位に立てるだろう。

 

 学業に加えて希望があれば基礎訓練も受けられるようだ。この学園の教員は生徒一人一人に合った教育内容を考えてくれるため評判はいい。苛めや虐待、差別なども今のところは確認されていない様子。

 

 そもそもが学校、学園自体の数が少ない。事実、ロアが住む街には学校も学園も未だに設立されていない。

 

 

 ※5:ロイド・イーリス

 ゲリック達と共に各地を冒険した仲間の一人。シアルの旦那さん。

 寡黙なゲリックとは裏腹に陽気で気の良い性格。パーティーのムードメーカーを務めていた。

 

 冒険者クラスは【上位】。得物は弓。その実力はトップクラスで、彼がいれば後ろを気にせずに正面の敵と対峙できるとまで言わしめた。

 パーティーの後方支援に努め、特にシアルとの連携はかなりのものだった。共に行動する機会も多く、いつしかお互いに相棒と呼ぶまでの信頼関係に発展する。

 

 ゲリックとレイラが結ばれた後もその関係は変わらないと思われていたが、ある時に彼がシアルを異性として意識していたことが発覚し、偶然それを知ってしまったシアルはそれを期に彼を意識するようになる。

 

 次第に二人の距離は着々と縮まっていき、最後は周囲の後押しもあって無事にゴールイン。その後すぐに子供を授かり、冒険者の活動から一時離れることになった。

 

 ロアが生まれ、そのまま四年間は穏やかな生活を暮らしていた三人だったが……ある日、ロイドは一枚の書置きを残して忽然と姿を消してしまう。

 

 その書置きにはただ一言「未界に向かう」とだけ残されており、それを最後に彼は消息を絶った。

 何故急に未界へ向かったのかはシアルでさえわからない。その一方でロアは彼を「欲に目が眩んだ大馬鹿者」と思い込んでいる。

 

 

 ※6:冒険者クラス

 ギルドが定める冒険者の階級。【最下位】【下位】【中位】【上位】そして【最上位】の五つの位に分けられている。

 しかし【最上位】に関しては特殊な事例によってのみ与えられる階級である為、一般的に【上位】が最高位とされている。

 現状で【最上位】の名を関する者は三人だけ。その内の一人はゲリックさん。流石人外。

 

 

 ※7:結婚

 この世界では男女ともに15歳を過ぎていれば結婚出来るらしい。だからと言って15歳で結婚する者はそうそう見受けられない。早くても17か18らしい。

 貴族は15歳で結婚する者が多いようだ。

 

 

 ※8:マルタの街

 ロアたちの生まれ故郷。

 のどかで自然豊かな街。王都アウルスから東部に位置している。

 

 西には見渡す限りの平原が続き、逆に東には大きな森が広がっている。

 周辺地域に魔獣が現れることはほとんどないようで、子供が街の外で遊んでいても然程問題はないぐらいに平和。森の中も害のない動物ばかりだ。

 

 



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第五話・行動開始!


 どうも、メガネ愛好者です。

 第五話を書きなおしました。以前の話と全く異なる内容ですのでご注意を。

 正直な話、シリアスとかいらないからコメディを増やしたい。もっと気楽に読めるようなマイルドな話にしていきたい。後、早くロアちゃんにメガネをかけさせたい。
 そんな方針で書いていく所存です。それでは。


 PS.気が付いたらお気に入りの数がとんでもないことになっていた……これ一桁間違っていたりしません?
 とにもかくにも、多くの読者様方に読んで頂けてメガネ好きは感謝感激です! これからも私めの作品で楽しんでいってもらえたらなと思います。



 

 

 ライルが王都に行ってから三日が経った。

 

 この三日間、オレはただただベッドで惰眠を貪っていた。

 まあ寝ること自体は好きだし、体調も悪かったから別に損した気はしないんだけどさ。寝ていたおかげか体調もある程度良くなったし結果オーライだろ。

 

 

 それにしても……結局あの症状は何だったんだろ? 前世でもあそこまで体調が悪くなったことなんてなかったもんだから正直焦ったわ。……もしかしてこの世界特有の病か何かだったりする? うわ、なんか急に不安になってきた……

 

 

 ……よし、深く考えないことにしてとりあえずは食事を取ることにしよう。

 

 実のところ、昨日まで体調が悪かったせいか食欲がわかなかったんだわ。そのせいでもうお腹が空きすぎて辛いのです。早く何か食べたいなり。

 

 この時間帯ならまだ母さんも台所にいるだろうし、昨日の残りが残ってないか聞いてみよう。せっかく作ってくれたものを粗末にするつもりはないからね。何より母さんの料理は美味しいから食わずにいるなんて勿体ないわ。

 

 

 

 ……と、その前に風呂だな、うん。

 現状、体がベトベトしていて気持ち悪い。昨日の体調不良でかいた冷や汗から始まり、その上で寝苦しさから寝汗もかいてしまったからな。さっさと汗を流してスッキリしたいところだ。その方が気持ちよく朝御飯を食べられることだろう。

 

 ベッドから立ち上がり固まっていた身体を適当にほぐしたオレは、クローゼットから着替えを取り出し風呂場へと歩を進め始めた。

 

 

 しかしここで一つのハプニングが発生した。

 部屋を出た先で丁度オレの様子を見にきた母さんとバッタリ鉢合わせしてしまったのだ。

 

 

 その際に母さんから滅茶苦茶心配されてしまった。

 その原因として、あれからずっと部屋に引きこもってたからって理由があるんだけど、実はそれに加えて食欲がわかなかったことや部屋で体調を崩していたことも含まれていた。食欲はともかくとして、どうして体調が悪かったことを母さんが知ってるんだよ……

 

 話を聞くと、どうやらオレの顔を見ただけですぐにわかったそうなんだ。かなり顔色を悪くしていたみたい。

 あちゃー……心配かけないようにと黙ってたのに即バレしちまった。そんなに具合が悪そうな顔だったのかね? 今度からは部屋を出るときに一度確認するようにしよう。一先ず、心配かけてごめんな母さん。

 

 ……え? これのどこがハプニングなんだって? いやいや、これはほんの序ノ口さ。問題はここからだ。

 

 とにもかくにも……ここで改めて、一言だけ言わせてくれ。

 

 

 

 

 

 「なんで(風呂場に)入ってきてるのさ!?」

 

 「せっかくだから一緒に入ろうかとね。それにロアは病み上がりなんだし、お母さんとしてはあまり無理をさせたくないのよ」

 

 「余計なお世話だよ! 一緒に入るなんて歳でもね——ないでしょ!? オ――ワタシ一人で入れるから母さんは出てってよ!!」

 

 「えー。ケチー」

 

 「ケチってそんな子供みたいな駄々のこね方しな————ヒャッ!? ちょ、何処触って……っ、何やってんだよ母さん!!」

 

 「んー? 娘の成長を噛み締めてます。ロアも大きくなったわねぇ」

 

 「はーなーれーろーーー!!」

 

 

 現在、風呂場に襲撃者(母さん)が来訪していた。正にハプニングである。

 

 

 母さんとしては病み上がりのオレを気遣っての行動なんだろうね、これ。

 だってたまにこういったことがあるもん。オレが体調を崩していたり気分が落ち込んでいたりする時は決まって普段以上のスキンシップを取ってくるからね。

 

 だけどな母さん……それ、逆効果なんだ。

 

 これでもオレは前世で一応成人を迎えていた一般男性だったんですよ? そんなオレに今年で30歳とは全く思えない母さんの姿(女性の裸体)は目の毒なのです。今にも心臓が爆発しそうな程に高鳴っててヤバいのです。きっと顔が熱くなってる原因は風呂の熱だけではない筈だ。

 

 そもそもな話、母さん見た目は十代後半と言われても違和感がない程に若々しいもんだから目のやり場に困るんだよ。知らない人に姉妹ですって言って通じるレベルよ? もしもオレが男で転生していたら間違いなくオレの息子が反応してたところだったわ。

 母に欲情する息子とかいろいろとアウトな状況になってたところだよ。……初めて女として転生してよかったっと思うなんてな。ハハハ……ハァ。

 

 因みにここで一つ暴露すると、元々オレは『ロア』みたいな子が好みでした。——そんな『ロア』を少し大人びさせて髪型をショートヘアにしたような女性が母さんだ。

 

 

 うん、バッチリオレの好みに入ってるわ。……今の立場だと全く喜べねぇけどな!

 

 流石に実の母をそういった目で見るなんてことはしたくない。言ってしまえばオレは"『ロア』の紛い物"なんだけど……それでも母さんにとってはこの場にいる『ロア(オレ)』が実の娘なんだ。下手なことして悲しませるような真似はしたくない。

 

 だからオレは普段から意識しないようにしてるんだけど……それでも至近距離に近づかれたり過度なスキンシップをされてしまうと堪えが効かなくなりそうで冗談抜きにヤバかったりする。自分の好みにドストライクな女性を前にして無心になれとか無茶ぶりにも程があるだろう。

 

 くそぅ、オレが一体何をやったって言うんだ……これ以上のスキンシップはオレの鉛の精神(誤字に在らず)が堪えられん。さっさと風呂を済ませてここから出よ——

 

 

 「……あら? ロア、もしかして……また胸大きくなった?」

 

 「————え?」

 

 早々に風呂場から撤退しようと考えていたところで、耳を疑うような情報が飛び込んできた。

 同時に脳内で状況を整理することである程度気を逸らそうとしていたオレの思考は、その唐突に告げられた現実(凶報)によって強制的に戻されてしまう。

 

 

 気がつくと、母さんは背後からオレの慎ましやかな胸のふくらみを鷲掴みにしていた。

 

 

 「—————————ッ!!?!?」

 

 

 この瞬間、声にもならない悲鳴が風呂場に木霊した。

 今のオレって、こんな声も出せるんだなぁ……そう現実逃避しないとやっていられそうにありません。徐々に男としてのプライドが崩れていくような気がしたオレであった。

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 風呂(生き地獄)済ませた(乗り越えた)後、オレは母さんと二人で朝飯を囲った。——え? あの後どうなったのかだって? ……思い出させないでくれ。

 

 

 基本的に母さんとは朝飯時と晩飯時に話すのが多い。理由としては昼の間、母さんは店で働いているため忙しくて話す暇が無いのだ。

 母さんが経営する料理店は結構繁盛しているらしく、昼時なんかはいつも満員になるらしい。まあこの街は然程大きい街でもない為、満員と言っても十人いくかどうかって程なので母さん一人でも十分に切り盛り出来ている。

 

 ただ数日前まではレイラさんが接客をしてくれていたので、その分の仕事が増えてしまったから少し忙しさが増したみたい。近々バイトを雇おうかどうか悩んでいるようだ。

 

 何だったらオレも手伝おうかとも提案したけど、それに対して母さんは柔らかく微笑みながら「無理はしないで」と告げてきた。

 

 どうやらまだ本調子じゃないことを見抜かれてしまったようだ。心の整理と十分な休養を取るようにって言われてしまえば反論など出来まいて……うん? 心の整理? なんのこっちゃろ?

 

 

 

 食事を終えて使った食器の片づけを手伝った後、母さんは店の準備があるからと家を出ていった。

 これも慣れたものだ。傍目からだと11歳の少女を家に一人置いて仕事に行くっていう前世では育児放棄と思われかねない状況ではあるが、このオルトリデアではこれが普通のようだから問題は無かったりする。

 

 

 オルトリデアは日本と比べて年齢層の認識に違いがある。

 簡単なところで言うと、日本では20歳で成人を迎えるところ、オルトリデアでは15歳で成人を迎えるようなんだ。

 

 これには当初驚いた。ゲームや設定資料にはそんな情報載っていなかったのもあって、それを知った時は戸惑いを隠せなかった。思わず20歳じゃないのかと母さんに問い返し、逆に何処でそんな話を聞いたのかと不思議そうな目で問い返されてしまった。勘違いしている子みたいでなんだか恥ずかしかったのを今でも覚えている。

 

 

 そして12歳にもなれば独り立ちしていく者も現れてくるようで、元日本人としては違和感を感じて仕方がないんだよなぁ……12って中学校上がりたてってぐらいの歳だろ? こういうのをジェネレーションギャップって言うのかな。

 

 今のオレは11歳だ。この年齢は前の世界で言う中学生高学年ぐらいの認識らしく、もう十分に一人で物事を考えられる年頃なんだと。身長はまだ137か8ぐらいなんだけど……まあ深く気にしてもしょうがねーか。あーだこーだ言っても、今はこれが常識なんだから慣れていくしかないわな。

 

 

 それに、オレとしてはこの状況は好都合だから別に不満はないんだけどね。

 何せ母さんが働いている間、周囲の目を気にすることなく自由にやりたいことをやれるんだからな。

 

 

 母さんを見送った後、オレは自室へと引き返す。

 風呂に入ったことで気分もスッキリ、朝飯も食ったし眠気もバッチリ解消済みだ。

 そして家にはオレ一人……今までならこの時間帯はライルが遊びに来ていたけど、今日からはそれもない。

 

 部屋の扉を開き足を踏み入れる。

 部屋の中には机にベッド、後は本棚やクローゼットがあるぐらいで味気ない内装となっている。前の世界だったらこれらに加えてテレビやパソコンなどの電化製品などがあったが、この世界は科学が進歩していないのもあってそういった機器は存在しない。

 

 こればかりはどうしようもない。確かこの世界は中世ヨーロッパの時代に近しい背景だって設定資料に書いてあったし、そんな時代に電化製品なんてある訳がない。

 まあ中世ヨーロッパがどういった世界観なのかなんて深く知らないし、漠然と「これがそうなのか」程度の認識しか持てないんだけどさ。

 

 時折ゲームやアニメが恋しくなることもあるんだけど……ない物ねだりをしたところでどうしようもないわな。部屋の中で出来ることをするしかない。

 

 

 「まあ、だからと言って楽しみがないわけじゃないんだけどな」

 

 

 扉に鍵をかけた後、オレは机に置かれている数冊のノートを手に取った。そしてその中から一冊選んでノートを開く。

 

 このノートこそ、オレのこれからの人生を支える道しるべとなるだろう。長い月日をかけて書き記し、オレが前の世界からこの世界に持ち込めた唯一の財産————

 

 

 その名も————『調合リスト』だ。

 

 

 以前にこの世界の元となった(であろう)ギャルゲーの話をしたときに、ダンジョンRPG要素が加えられていたという話を覚えているだろうか?

 

 そのRPG要素なのだが……これが結構作り込まれていたんだよね。それこそ本格派ダンジョンRPGとして売りに出せるんじゃないかってレベルで。当時のオレに「別にギャルゲーと一緒にすることなんてなかったんじゃないか?」と言う疑問を抱かせるほどの仕上がりだったと思う。……そのせいかシナリオとか設定は割と適当な感じだった気がするけども。

 

 そしてここからが本題になるんだけど、そのRPG要素の中に『調合システム』って言う機能があったんだわ。

 設定上ダンジョンなどではモンスターや宝箱から様々な素材がドロップされる。『調合システム』とはそれらを用いて回復薬や装備品などの様々なアイテムを調合することができるんだ。

 中にはストーリーを進めるために必要なキーアイテムや物語を重点に進めたい人用に取り入れられた救済アイテムなどもあったので、ゲームを進めるにあたり結構重要なシステムの一つとなっていた。

 

 

 このノートにはそれらの重要なアイテムから日用でも使える汎用アイテム等、前世で記憶していたほぼ全ての調合品を書き記している。それこそ()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんかもね。

 

 

 RPG要素をやり込み、設定資料などを好き好んで読んでいたこともあって素材の名前やどういった見た目の物なのかをオレはほぼ正確に覚えていた。こういった趣味のことに関しての記憶力にはかなり自信がある。今回はそれが幸いした。

 

 そして前世の知識が使えるかの確証を得るために街の図書館にある図鑑や資料を記憶と照らし合わせ、更にはより正確な情報にするためにと身近な場所(主に東の森)へと実際に赴いて素材を確認したりもした。

 

 

 そうして出来上がったのがこのノートだ。言ってしまえば前世の知識をフル活用して作り上げた攻略本ってところか。

 ……え? なんでそんなものを用意したのかだって? まあ急と言えば急な話だったかもしれないけど、特に難しいことでもなんでもないんだわ。

 

 

 簡単な話、これこそがロアの抜けた穴を埋める対策の一つだってことだ。

 

 

 本来のロアは信仰心に溢れ、回復や支援系の聖術を駆使してライルや他のヒロイン達を支えていた。

 しかしこの世界のロア、つまりオレは聖術を使える程の信仰心を欠片さえも持っていなかった。

 

 無神論者のオレにとって、神様などと言った眉唾な存在を信じることなんて出来るわけもない。あっても仏壇を通して仏様に手を合わせる程度のものだ。とても信仰心に溢れているとは言い難いだろう。

 

 聖術が使えない以上、オレが冒険者になれる可能性は限りなく低い。寧ろ0と言っても過言じゃない。

 そもそも冒険者になること自体に抵抗があるので、オレがライル達のパーティーに加わって冒険するなどといった未来は既に存在しないのだ。

 

 

 しかしそうなるとゲームの物語的にいろいろと問題が発生してくる。

 

 冒険者である以上、危険とは常に隣り合わせだ。魔獣によって致命傷を受けたり、毒などといった状態異常に身を侵されるといった場面が度々出てくる。

 一応ヒロインの一人である魔術師の子が回復魔術を使うことが出来たけど、どちらかといえばその子は火力メインだったからなぁ。元々魔術は支援系を得意としてはいないから、回復魔術と言っても応急処置程度の効果しか発揮しない。こればかりはどうしようもないんだわ。

 

 

 ロアの抜けた穴はかなりでかい。このまま物語通りに事が進んでしまえば、ライル達の中から死人が出てくるような事態に陥りかねないのだ。

 

 冒険者になる気がない以上、オレが首を突っ込む必要は無いのかもしれない。結局は他人事だし、ライル達に危険が迫ったところでオレに出来ることなんてたかが知れてる。

 

 

 それでも、ライル達が危険に陥る可能性があることを知ってて何もしない程、オレは薄情者になったつもりもないんだよ。

 

 

 なら一体どうするのか? どうやってロアが抜けた穴を埋めるのか? ——その答えがこのノートにある。

 

 

 例え癒し手がいなくとも、要は回復する手段があればいい。

 

 支援する者がいないなら、自らで出来るようになればいい。

 

 それらを可能にする方法が無いんなら——新たに作ればいい。

 

 

 

 

 そしてオレは決めたんだ。オレはこのノートを用いて————『調合師』になることを。

 

 

 

 

 調合師。またの名を『道具(アイテム)合成屋』。

 この世界に溢れる様々な素材を合成し、貴重な薬や特殊な道具を作り出すことを生業としている者達の総称だ。

 

 開拓者や冒険者と比べるとマイナーな職業だが、その重要性は開拓者に次いでいた。

 一般的に知られている素材や開拓者が持ち帰った素材などを調合し、既存にはない道具や薬、その他諸々を作り出すことが主な仕事になってくる。そうして作り出された調合品を国に献上し、街の発展へと繋げていくわけだ。

 

 勿論既存に知られている調合品を量産して売りに出すことも調合師の仕事だ。そんなすぐに新規の調合品を作ることなんて普通は出来ないんだし、ある程度の稼ぎを確保することも重要になってくる。

 

 

 ゲームでは街や拠点にある調合屋に素材を渡すことで完成品が手元に戻ってくるようになっていた。これが『調合システム』である。

 

 これがまた便利だった。

 何せ必要な素材さえ分かっていれば普通に買うよりも安く手に入れられるからな。まあより良い道具を手に入れるためには希少な素材が必要になってくるんだけど。

 

 それに完成品も確率で良し悪しが決まる。『調合成功』ならいいが『調合失敗』になると貴重な素材がただのゴミに生まれ変わるという悲惨なことになりかねない。そこはプレイヤーがどれだけやり込むことが出来るかで変わってくるだろう。

 

 

 因みにオレはこの『調合システム』に結構お世話になったプレイヤーだ。 

 レベル上げの為に魔獣を狩っていれば自然と素材は溜まっていったし、何より調合品リストの欄を埋めていくのが結構好きだったんだよね。元々資料や図鑑などを読むのが好きだったので、こう……コレクター精神をくすぐられた訳でありまして。

 

 それによってオレの調合品リストには空白の二文字は無くなったよ。つまりコンプリートしてしまった訳です。だからこそここまで詳しくノートに書き記せたって訳なのだ。

 

 ただ、このノートにはある種の危険を孕んでいた。

 

 

 「ノートに書いた内容が全部正確なものだとして……他人に知られたらいろいろと不味いことになりそうだよなぁ」

 

 

 貴重なものほど、それを欲する者達が現れかねない。そうなった場合……このノートを奪いに来る輩が出てくる可能性もあるんだ。

 

 特に調合師達にとっては喉から手が出るほどの価値があるだろう。何せ既存には知られていない調合品の数々がここに記されているのだ。それを知れさえすれば国の発展に大きく貢献することが出来、その報酬として億万長者も夢じゃない。金に目がない奴等は特にこのノートを欲しがるはずだ。下手すれば卑怯な手を使ってくる事だってあるかもしれないな。

 

 

 別にオレは有名になりたいとか金持ちになりたいなんて願望はない。適度に調合品を献上しつつ、安定した収入で平々凡々に日々を暮らせていければ万々歳だ。

 つまり、このノートは良くも悪くもオレの未来を左右する。平穏な生活を送れるか、面倒事に巻き込まれるかはオレの使い方次第って訳だ。

 

 とにかく他人に知られていいことなんて一つもありはしないので、このノートの内容はオレだけの秘密にしてある。誰にも知られてはいけないのだ。

 

 

 まあオレが誰かに教えない限りは情報が漏れることなんてないだろうけどさ。

 

 

 何せこのノートに書かれている文字はオルトリデアで使われている『リデア文字』ではなく、この世界の人間には知り得ないであろう()()()を使っているからな。オレ以外に読める奴なんているわけがない。

 

 

 そもそもな話、こんなガキの書いたノートの内容を誰が信じるっていうんだ? 例え内容を話したところで子供の絵空事だと思われるのが目に見えているし、下手をすると頭の心配をされるかもなしれない。流石にそれは御免被る。

 

 「よし、んじゃやるか!」

 

 さて、説明も程々に実験を始めていこうか。

 母さんは仕事で家にいない。ライルも王都に行って、他に親しい友達もいない。つまり誰にも知られずに調合することが出来る環境が整ったって訳だ。

 

 この時をどれだけ待ったことか……今の段階では誰にも知られたくなかった以上、ライルが王都に行くまでやるにやれなかった。

 

 何せあいつ、昼間は決まって家に来たからな。実験する隙なんて見つからなかった。夜は夜で母さんがいるから下手に物音を立てたら怪しまれる。別に母さんになら知られてもいいかもしれないけど……念には念を入れんとね。

 

 

 しかしそんな悶々とした日々ももう終わり。今日からはオレの新たな門出、未来の凄腕調合師ロアの初めの一歩なのだ! よっしゃあテンション上がってきたー!

 

 

 「とりあえず基本から始めていこうかな。確か薬草と水、後はミドリキノコを調合すればポーションが出来たはず。素材は予め集めておいたからこれで…………」

 

 

 ……………………

 

 

 「調合……」

 

 

 ……………………………………

 

 

 「んー……あー…………なるほど」

 

 

 そうか。そういや、そうだったな…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……調合のやり方調べるの忘れてた」

 

 未来の凄腕調合師、ノート作りに熱心になるあまり、調合の仕方という初歩的な事を調べ忘れるのであった……(笑)が付かないように今後気をつけよう。

 

 





 調合システムは某モンスターなハンターゲームの調合に近い感じです。

 次回『悪戦苦闘、そして再会』お楽しみに。


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第六話・前途多難


 どうも、メガネ愛好者です。

 …………約二年と六ヵ月ぶりかぁ(白目)

 更新が遅れて申し訳ありません。一先ずある程度形になったので投稿します。
 これもすべてはハーメルンに投稿されし偉大なるTS作品のおかげです。明日を生きる希望が湧いてくる……!

 また、此度の投稿と合わせて一話から五話を加筆修正しました。
 ぶっちゃけ久しぶりに書くので至る所で矛盾のオンパレードだったんですよね。ある程度は辻褄合わせをしたつもりではありますが……未だに「……うん?」と首を捻るところが幾つか隠れていたりします。少しずつ修正していくつもりではありますので、暫しご了承ください。

 加えて、人物紹介については未だ修正しておりません。これについては今章が終わり次第修正しますのであしからず。

 それでは。



 

 

 気づけば調合を始めてから半年ほどの月日が経っていた。

 

 この半年間、オレは相も変わらず自室に引きこもっては今や半ば趣味と化した調合作業を延々と繰り返している。

 最初の一歩から躓きはしたものの、調合法に関しては街の図書館で資料を見つけたから別にそこまで頭を悩まされた訳ではなかった。実際、調合法さえ分かればそう難しい作業でもないことが分かったし。

 

 というか、飲食関係の調合品に関しては料理をしているのとほとんど大差ないんだよなぁ……

 調合手段としては『煮る』『焼く』『蒸す』『漉す』等の手段を取るんだが、それ自体は料理するときの調理法と似通ったところがあるから別段難しいことじゃない。拍子抜けもいいところだ。

 

 つまり何が言いたいのかと言うと……特別何か新しいことを始めたって感じがしないんだわ。

 

 そんな訳で、オレにとっちゃ調合自体は然程難しい作業ではなかったりする。それを半年間も続けていれば……っと、ほらこの通り――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『へドロドロした黄土色ポーション(?)』の出来上がりだ!

 

 

 「こうして不良品が量産されていくってわけよ……」

 

 

 はい。そう簡単に上手くいくわけがないっつーね。

 知ってたよ? 世の中そんな甘くないって。ゲームのようでいてこの世界は歴とした現実だってことは転生してから嫌と言うほど味わってきたさ。

 

 「でもよ、流石にこれはなぁ……」

 

 手に持つ瓶詰めした黄土色の液体……『ゲテモノポーション』と名付けたソレは、ヘドロのような粘りと吐き気を催す程の悪臭を放っていた。

 

 

 実はこのゲテモノポーション、本来の姿は()()()()()()()である。

 

 

 『薬草』『水』『ミドリキノコ』と全体的に緑色の素材が多い故か、回復ポーションは完成品も透き通るような緑色の飲み物だ。(因みにミドリキノコとは、傘が緑色で直径5㎝程のキノコだ。サッと炒めたミドリキノコは酒のつまみにあうらしい)

 

 使い方は普通に飲むか傷口にかけるかの2つ。外傷を治したい場合は直接かけた方が効き目がいいらしい。勿論飲んでも外傷は治るが、飲む場合はどちらかと言えば内傷を治す場合の方が多い。

 

 味は前世で言うところのスポーツドリンクのようで、元が草とキノコの出汁だったとは思えないぐらいに美味しかった。その上健康にもいいらしいので、別に冒険者だけの必需品って訳じゃない。一般家庭で風邪薬として使われることもあるそうだからな。一種の万能薬ってやつなんだろう。

 

 そんな回復ポーションの作り方をザッと説明すると——

 

 1.すり鉢に薬草とミドリキノコを入れてすり潰す。

 

 2.時折水を入れつつペースト状になるまで続ける。

 

 3.ある程度すり潰したら布に包んで湯水に浸す。

 

 4.湯水が全体的に緑色に変色するまで滲ませる。

 

 5.それから数分間煮込んだ後に容器に移しかえる。

 

 6.最後に冷水でゆっくりと冷ましていけば完成。

 

 ——とまあ、大体こんな感じ。

 

 オレはこの手順通りに調理した。下手にアレンジを加えるようなことなんてして一切していない。慣れもしない内からレシピ通りに作ろうとしないなんて言語道断ってやつよ。そんなん失敗するに決まってるし。

 

 

 それなのに……結果はこれだ。

 

 

 「一体何がどうしたらこんな気色悪ィ色になるん……?」

 

 調合において調薬系統はかなりシビアな部類に入ると言われている。

 それぞれの素材に対する分量、温度調節やらの状態維持、工程に費やす時間等々、様々な条件をクリアすることで調合は成功する。だからただ混ぜたりなんだりするだけでは劣化品や粗悪品が出来てしまうし、極稀に変質してしまうことだってあるらしい。

 つまり、これは単純にオレの経験不足が引き起こした事態ってことになるんだろう。

 

 

 ……なるんだろう。普通に考えたら。

 

 

 オレはこの結果にどうしても納得できなかった。どうしてもただの失敗で片付けることが出来ない理由がオレにはあるんだ。

 

 先ほど言った通り、調合において変質系のアイテムは極稀に出来てしまうアイテムだ。

 そもそも変質系のアイテムは狙って作れるようなものじゃない。何らかの要因はあると思うけど、現時点でそれが何なのかまでは解明されていないようだ。少なくとも街の図書館で読んだ資料の中には原因らしいものは載っていなかった。

 

 現状では調合ミスによって生まれる劣化品や粗悪品とはまた異なる失敗事例——通称を『変異化』と呼ばれている。これはゲームでいうところの『大失敗』に分類されているものだ。

 ある意味ではレアなアイテムとも言えるのだが……無論、全くもって嬉しくないアイテムである。

 

 そして今しがた作ったゲテモノポーションも、ゲームにおいて『変質したポーション』と一括りにされていた回復ポーションの変質系だと思う。絶対にそうだって断言することはできないけど……多分、間違ってはいない筈。

 

 因みにゲームにおいての説明文はというと……

 

 

 『最早ポーションと呼べる代物ではなく、一銭の価値も需要も無い。処分に注意すること』

 

 

 ……中々に辛辣なものだった。まあ反論の余地はないんだけどさ。事実その説明文通りに現状処分も儘ならない事態になってるし。

 

 今は蓋をしてるから問題ないけど、その蓋の下には一度(ひとたび)触れば数日の間は決して匂いが落ちないんじゃないかってぐらいの悪臭を放つ液体が納められている。またヘドロのような粘りがあるせいでなかなか洗い流すことも出来ないし、洗おうとするとその際に使った水に液体が侵食して悪臭を広げるという二次被害が起きてしまうのだ。

 ……ホント、何があれば元がポーションの素材だけでこんな劇物を生み出せるのか……甚だ疑問である。

 

 何はともあれ、上記の理由から現状処分するのも一苦労なのだ。一度ゲテモノポーションの処分を経験したオレからすれば、ただの劣化品や粗悪品よりも圧倒的に質が悪い代物である。

 

 ……処分中、ふと「これ、下手すりゃ一人でバイオテロを引き起こせるんじゃないか?」などと不穏なことを考えてしまった辺り、相当気が滅入っていたのかもしれない。

 いやだってしょうがないだろ? 考えてもみろよ。生ゴミと汚水をジックリコッテリ煮込んだモノを更に馬糞と一緒に発酵させたような代物をさぁ……あー、すまん、もう無理。思い出しただけで吐き気がする程気分が悪くなってきやがった……ちょっと休憩させて…………おえっ

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 ……よし、それじゃあ話を戻そう。

 

 意図せずして出来てしまう変質系のアイテム、ゲテモノポーション。これを作ってしまったことに何故オレは納得できないのか?

 

 ——違う、そこじゃない。

 

 オレはゲテモノポーションを作ってしまったことに納得できないんじゃない。それ事態に関しては別に何もおかしなことじゃないからどうこう言うつもりはないんだ。

 オレがどうしても納得できないこと、それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……どうしたもんかなぁ」

 

 今しがた作ったゲテモノポーションを机に置いたオレは、おもむろに周囲を見渡した。

 そんなオレの視界に映るのは——部屋の一角を埋め尽くさんばかりに広がる()()()()()()

 

 

 そう、ゲテモノポーションは一本だけではなかったのだ。

 

 

 手始めにとポーションを作り始めてからはや半年。

 

 今しがた作ったのを含め……全部で83個

 それは、この半年の間にオレが生み出してしまったゲテモノポーションの総数だった。

 

 「……おかしくない?」

 

 いや、間違いなく何かがおかしい。

 ただ失敗して出来たならともかく、極稀にしか出来ないって言われている変異化したアイテムがなんでこんな大量に出来るん? 参考資料だと月に一つか二つは上手い下手関係なく出来てしまうなんて書いてあったけど、割とポンポン出来るんですけど? 全然"極めて稀"じゃないんですけどぉ!?

 極稀って言ったじゃん!! 極稀の意味わかってんのか!? 一度辞書引いてこいってんだよゴラァ!!

 

 「くそぅ……オレには転生者補正ってやつはないのか? 全然思い通りにいかねぇ……」

 

 あんまりな結果におもわず机に突っ伏してしまう。

 ホントもう、なんなんだよコレ……普通のポーションを作ろうとしたのに結果は異臭を放つヘドロを大量生産とかどういうことだ? これがゲームだったらクソゲーもいいところだぞ。

 ポーション作りは基礎中の基礎だから誰にでも作れるぐらい簡単だって資料に書いてあったのに……全然そんなことねーじゃんかよ! 誰だよあれ書いたの!? いい加減なこと書いてんじゃねーよバカヤローが!!

 何が回復ポーションだ! もうこれ"壊腹(かいふく)ポーション"とかそんな感じになってんじゃねーか!? ……いやお腹を壊す程度で済めばいいけどさ。てか見た目からして絶対飲むもんじゃねーだろコレ……

 

 

 

 ……………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……いっそ魔獣にでも飲ませてみるか?

 

 

 ――おっと。いけねぇ、つい思考が変な方向に向かいそうだった。流石にやつあたりでやっていいことじゃなかったな……

 

 さて、そんなわけで物寂しい程にシンプルだったオレの部屋も、今やこの半年間で作ってきた失敗作によって物置部屋のようになってしまった。最早年頃の少女の部屋とは言い難い環境に軽く現実逃避をしてしまう。……いやまあ元男であるオレの部屋と年頃の少女の部屋を同一視していいのかと問われれば首を横に振らざるをえないけども。

 

 

 ……あ、そうだ。ここで一つご報告。

 

 なんとこのゲテモノポーションの表現に困る悪臭のせいで母さんに調合のことがバレちまった。流石に匂いまでは隠せなかったよ。

 

 それで結局オレが調合師を目指していることを母さんに知られてしまったわけだけど……まあいつまでも隠し通せるなんて思ってなかったし、その内報告しようとしていたことが早まっただけでそこまで支障があるわけではない。……流石に調合を始めてから一週間後にバレるとは思わなかったけどな!

 

 ならなんで隠れてやっていたのかって? んなもん事情を聞いた母さんが――

 

 

 「もしかして……ライル君の為だったり?」

 

 

 ――って問いかけてくるのが目に見えてたからだよぉ!!

 

 いや違うから! 別にそんなんじゃねーから! ……ぁ、いや、全く違うって訳でもねーんだけど……それとこれとは関係なくて……ない……いや、あるのか? あれ、どっちだ……?

 

 ……ぁぁあああッ! くそっ、どう説明したらいいんだコレ!? 本意不本意入れ混じっててわけわかんねぇ!!?

 

 

 フゥ……フゥ……お、落ち着け、オレ……一旦冷静になって考えるんだ……

 

 

 あー……ええっとだなぁ……これは……つまり…………義務?

 

 

 義務……うん、そうだ。義務だっ!

 

 

 確かにオレが調合師になるきっかけにライルが関わっているのは間違いないさ。でもそれは、決してオレがライルに好意を寄せてるからとかじゃなくてオレ(ロア)が本来やらないといけなかった役割を補う為の対策ってだけなんだ。加えて言えば単純にオレ自身が調合に興味があったってのも大きかったりするわけで……

 

 つまり何が言いたいのかっていうと、結果的にあいつの為になるかもしれないってだけで別にオレはライルのことが好きだから始めたってわけじゃないんだよ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………わけじゃ、ないんだけどさ。

 

 まあ……その、なんだ。あいつはさ……一応……友達だしさ。

 友達同士で助け合うのは当然だってよく聞くし……そういった意味ではライルの為ってのもあながち間違いじゃないのかもしれないなぁ、なんて……

 

 それに、友達が危ない目に遭うことを知っていて放置するとか……オレにはできそうにないし。

 

 これから先の未来、あいつはきっと数多くの厄介事(イベント)に巻き込まれることになると思う。

 例え冒険者になる道を諦めても、例え開拓者になれなかったとしても、あいつがあいつである限り……きっとそれは、変わらない。

 

 変えられない……そんな予感がするんだ。

 

 ……そうなるのがわかっていてさ、心配しないわけ……ねーじゃんかよ。

 

 ……あいつには散々酷いことも言っちゃったからな。せめてもの償い……になるかはわかんねーけど、やろうと思う。

 例え、嫌われたっていい。あいつが無事でいられるなら……嫌われたって、構わない。だから、オレは…………

 

 ……少しでも、ライルのことを支えてやりたいんだ。

 

 ……ッ、と、とにかくだ! 何はともあれこれ(調合)に関してはオレが好きでやってるだけのことだから、それ以外の理由なんて所詮は"ついで"でしかないんだよ!!

 

 

 

 ……だからね? 母さん。そんな意味深にニマニマと微笑みながら視線を送ってくるのやめてくれる? ……オレがライルのことを特別視してるって? 誤解です。あっても友達第一号ってだけです。そういった意味では特別なのかもしれないけど、多分母さんが思い浮かべてるような"特別"とはまた別物っていうか……いやホント照れてるわけじゃないんだって!! 男のツンデレとか誰得だよ!? 今のオレ女だけどさぁ!?

 

 

 

 ……え、傍目から見てるとそうとしか思えないって?

 

 

 

 ……………………え? 嘘、マジで言ってるソレ?

 

 

 

 …………えーっと…………

 

 

 

 ……あれ? そういや今なんの話してたっけ? ――あぁそうそうっ! 調合バレについてだったな! さっさと続き話さないとだったな! うんうんっ!

 

 ……後生だ、深く詮索しないでくれ。頼む……

 

 

 

 □□□□□

 

 

 

 ……何はともあれ、母さんにオレが調合師になろうとしていることを知られてしまったわけだけど……これが意外にもいい方向に進んだ。

 

 なんと、母さんが積極的に協力してくれるようになったんだ。

 

 欲しい素材を用意してくれたり、調合に必要な道具を買ってくれたり、母さんが知っている限りの知識を教えてくれたりと、何から何までお世話になりっぱなしだ。正直頭が上がらない。まあ前々から頭は上がらなかったけど、余計に上がらなくなった気がする……

 

 母さんとしては「娘の夢を応援したい」からという理由で支援してくれているようだ。……なんとなく別の意図もありそうだけど、もうこの際深く気にしないことにする。うん、きっとそれがいい。態々藪蛇を突つくことなんてないのだ。触らぬ神に祟りなしである。

 

 それと、オレが何かを要求すること自体が珍しいってこともあってか結構奮発してくれているようだ。

 

 あー……言われてみればそうかもしれない。確かにオレは転生してからというもの、あれやこれやと物を欲しがることがなくなったと思う。

 

 衣服やアクセサリーなどに興味が引かれるわけがなく、武器や防具などは買っても宝の持ち腐れ。本に関しては図書館で借りられるので態々買う必要もなく、おやつに関してはあるもので作ってしまえば事足りてしまう。こうも条件が揃っていると、態々何かを買う必要もなかったのだ。

 

 というか、今でさえ女手一つで働いている母さんにこれ以上余計な負担を掛けさせたくはないじゃないか。子供なら甘えるべきとも言うだろうけど、生憎とオレは精神年齢だけで言えば既に大人だし、下手に頼んで困らせたくないし……

 

 ただそんなオレの気遣いも、母さんにとっては逆効果だったようだ。

 

 金のかからない子供と言えば聞こえはいいのかもしれないが、どうにも母さんとしてはそれが頼られていないように思えて少し寂しかったらしい。遠慮なんてしないで名一杯甘えてほしかったと……

 

 だから今回、オレの為に何かしてやれることがとても嬉しかったみたいでさ……良かれと思って遠慮してたんだけど、なんだか一気に申し訳なくなってしまったのはここだけの話。

 

 

 

 そんなわけで、母さんの支援もあって作業に関してはなに不自由なく行えてるんだけど……結果は御覧の有様で。

 これじゃ支援してくれた母さんに申し訳なさすぎる。不出来な娘でごめんなさい……

 

 言っておくが、別にゲテモノポーションしか作れていないってわけじゃないんだぞ? 普通に成功することだってたまにはあるんだ。たまには。

 ただそれと比べて劣化ポーションや粗悪ポーションの方が断然多く出来てしまうんだ。変質ポーションは言わずもがな。

 

 因みに劣化ポーションは単純に回復量が低下。粗悪ポーションは良質なポーションと変わらない回復量なのだが……味が悪くなる。とにかく不味い。まともに飲めたもんじゃない。下手すりゃ味覚がおかしくなるぐらいだ。傷口に直接かけるのも他のと違って"痛む"からな。傷は治るがとにかく染みて痛いらしい。

 

 例え回復するからとは言ってもこんなんじゃどっちも売りに出せるわけがない。これじゃ失敗したも同然だ。

 

 「……どうしたもんかなぁ」

 

 何度目ともなる呟きに、オレは未だ答えを出せないでいる。そのことにオレは内心かなり焦っていた。

 

 

 

 半年が経った今、物語が始まるまでに残された時間は後六年半。まだまだ時間はある……とは言えないのが正直なところだ。寧ろ足りないかもしれない。

 

 というのも、調合師はただ調合していればいいってわけじゃない。調合以外にもやることはたくさんあるんだ。

 

 調合に必要な素材の調達はどうするのか? 調達に必要な資金はどう手に入れるのか? もしも自分で調達することになったとして、その手段と調達先の割り出しはどうするのか?

 

 何より調合師として活動するにもまずは一度王都に行って、そこにある『調合師組合』ってところに個人登録しなきゃならないみたいなんだよ。

 未登録の調合師は自身が作った調合品を他所に売りに出せない決まりになってるみたいだからさ。いつかは王都に行かねばならんのだろうけど……

 

 

 「そうなるとなぁ……下手すりゃあいつと――」

 

 

 ――ライルと再会してしまうかもしれない。

 

 

 王都の調合師組合近辺には冒険者達の活動拠点である『ギルドハウス』が複数建てられているからな。そのせいであの一帯は特に冒険者や開拓者がひしめきあってやがる。

 ライルが今後どうするかは……まあ多分諦めきれずに冒険者か開拓者のどっちかに目指そうとするだろうから……あの辺りにライルが出没する可能性が出てくるんだよなぁ……

 

 

 ―—因みにここで少し補足すると、実のところ冒険者には二通りの呼び名が存在している。

 一つはギルドを転々とする『フリー』の冒険者、もう一つはギルドに所属している『マルチ』の冒険者だ。

 

 

 フリーは各地のギルドで自由に依頼を受けることができ、またそれぞれのギルドの方針に縛られることがない。ただ依頼を受けられるといってもギルドにとってフリーは結局のところ"余所者"でしかないため、フリーはギルドからの支援を受けることができないというデメリットがある。自由に活動できる代わりに孤立無援の状況を強いられてしまうようだ。

 

 まあ個人的に仲を深めることでマルチには及ばないながらも他のフリーより待遇をよくしてもらえることがあるみたいだが、それは例外というもんだ。

 

 そしてその例外中の例外ってのが……ゲリックさんなんだよね。

 

 以前にも話したかもだが、ゲリックさんはフリーの冒険者だ。しかも他のフリーとは異なり、行く先々のギルドで手厚く歓迎(勧誘)されている。流石は【最上位】の冒険者様といったところか? まあ結局のところギルドには入らず終いなんだけど。

 

 

 マルチはその逆だ。基本的に所属したギルドの依頼しか受けられなくなり、ギルドの方針から背くことも出来なくなる。その代わりギルドから多くの支援を受けることができるんだ。例えば好条件の依頼を優先的に回してくれたり、武器や防具の整備やアイテムの補充なども一部負担してくれたりするそうだ。まあこれについては各ギルドで待遇の差があるみたいだが、少なくともフリーよりは断然厚待遇だ。

 

 そういった経緯もあって、最近の冒険者は大体がいずれかのギルドに所属しているマルチであるらしい。初心者であれば先輩方が指導してくれるみたいだから、態々フリーになる者なんてほとんどいないんだとか。

 今やフリーになるのはいくらか余裕があって自由に活動したいって奴か、ただの馬鹿か、周囲に溶け込めないはみ出し者ぐらいだ。そのせいかマルチと比べてフリーの印象はあまりいいとは言えないらしいな。

 

 

 ……え? 冒険者が嫌いなわりには随分と詳しいじゃないかって?

 そりゃそうさ。なんてったって、常日頃からどこぞのバカヤローが聞きもしないことをペラペラと口にしてたからな。耳元で騒ぎ立てるもんだから不服にも覚えちまったんだよ。

 

 

 因みに、本来の流れだとそのバカヤローは物語開始以前の二年間をフリーで活動していたりする。

 最初の一年をゲリックさんから指導を受けつつ共に活動し、後の一年はゲリックさんと別れて一人で活動していた筈だ。

 

 そんなある日、依頼先で危機に陥ったマルチの少女を助けるところから物語が始まるわけだ。

 

 そしてそのマルチの少女ってのが……お察しの通り、第一ヒロインである。

 そこからはあれよあれよと事が運び、最終的には彼女達のギルドに所属することでマルチになるわけだが……まあそれについてはまた今度暇なときにでも話すとしよう。詳しく語りだしたらきりがないし、何より印象深い場面以外は朧げにしか覚えてないから詳しく話せないんだよ。悪ぃな。

 

 

 

 そんなわけで、組合に行くには多くの冒険者が行き交う区域を通らなければならず、何の考えも無しに行けば高確率でライルとエンカウントしてしまう可能性が極めて高いのだ。

 流石にあんな大喧嘩した手前、顔を合わせるのは勘弁願いたい。どんな顔して会えばいいのかわからんし、正直言って気まずいし……てか本来の流れなら再会するとしても六年半後――物語が始まってからになるから、今再会するのはいろいろと不味い気がするんだよなぁ。

 

 だから当分の間は登録しに行くことが出来ないんだけど……それはそれで困るんだよなぁ。

 

 調合品を売れないってのは現状かなりの痛手だ。今のうちにある程度の活動資金を貯めておかないといけないオレとしてはかなりマズい状況だ。いざ物語が始まったときに調合師としての活動ができないだなんて笑い話にもなりゃしねぇよ。

 

 第一目標を『()()()()()()()()()』にしているオレにとって、資金調達の目途は早いうちに済ませておきたいところである。

 

 「どうしたもんかなぁ……」

 

 考えれば考えるだけ気が重くなる。……いやまあライルと遭遇すること前提で組合に登録しに行けばその点に関しての問題は解決なんだろうけど……でもなぁ、会いたくないしなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そんなオレの葛藤を遮るかのように、不意に部屋の扉からノック音が響いた。

 

 「——ロア、今少しいいかしら?」

 

 「……え、母さん?」

 

 扉の先から聞こえてくる母の声。おかしい、この時間帯はまだ店で働いてるはず……?

 

 そこでオレは気がついた。時計の針が既に夕飯時を過ぎ去っていることに。

 

 「あれ、もうこんな時間……」

 

 「余程作業に集中していたのね。一度声をかけたのにも気づかなかったみたいだし」

 

 「え、そうだったの?」

 

 全然気づかなかった。

 今の時間から逆算するとなると……さっき作り終えたゲテモノポーションと丁度格闘していた辺りか。あの時は目の前の劇薬から目を離せないでいたからなぁ……

 

 凄いんだぜ? アレ。緑色だった液体が最後の(冷水で冷ます)行程に入ると急速な勢いで黄土色に変色していくんだ。その瞬間をオレは何の感慨もなく……最早悟りの域に達していたんじゃないかって心境でジッと眺めていた。誰かが見れば「死んだ魚の目になってた!」って言うんだろうなぁ、ハハッ。

 

 「ご、ごめんなさい……」

 

 「別にいいのよ。それだけ一生懸命にやってたってことなんだから。……でも、次からは時間を確認しながらするように。いいわね?」

 

 「……わかった」

 

 「よろしい」

 

 母さんの説教とも言えない指摘を素直に受け入れつつ、オレは散らかった調合器具の一つ一つ片づけを始めるのだった。

 

 今日はここまでにしよう。流石にあんな結果続きじゃ夕食後も作業を続ける気になんてなれないし。気分転換も兼ねてゆっくり休もう……

 

 そうして調合器具を片付けてる間も母さんはドアの前に立っている。もしかして片付け終わるのを待ってくれているのかな? なんて考えたところで――

 

 「……それでね、ロア」

 

 「ふえ?」

 

 ——そこで再び、母さんの声がオレの意識を遮った。

 片づけが終わるまでじっと待ってるのかと思っていたばかりに、咄嗟に返事をかけられて少し驚いてしまう。そのせいで何とも締まりのない声が出てしまった。

 

 なんだか最近、ことあるごとに年頃の少女みたいな声を意図せず出すようになってきてる気がする……これは少し気を引き締めた方がいいかもしれない。気づいたときには身も心も女の子になってましたとか流石に笑えないです。

 

 「実はね、ロアに少し話があるの」

 

 「えっと……何?」

 

 オレが再び母さんへと意識を向けたのを期に、母さんは改めて話し始めた。

 

 それにしても……なんだろう、この感じ。なんか嫌な予感がするんだよなぁ……

 

 母さんが改まって何かを話すときって、大抵オレが何かしら関与してることだろうからついつい身構えてしまう。経験上、オレにとって不利益になることを母さんがするとは思えないんだけど……

 

 「ロアは今日が何日か覚えてる?」

 

 「え? 確か……『羊月(ようづき)の十三日』だったよね?」

 

 母さんが聞いてきたのは今日の日付についてだった。

 とりあえずオレは素直に答えたけど……日付なんて確認して何がしたいんだろう? 母さんの意図がどうにも読めない。

 

 あ、因みに羊月ってのは日本でいうところの三月のことだ。

 この世界では月の名前が数字じゃなくて十二星座に置き代わってるんだよね。まあオレはそこまで日付を気にしないタイプの人間だから、今日が何日かなんて正直どうでもよかったりするんだけども……って、今はこんなことどうでもよかったか。

 

 「うん、正解。それじゃ……今日から一週間後が()()()かは覚えてる?」

 

 「一週間後……何の日か……?」

 

 何の日かって……あれ、何かあったっけ?

 一週間……七日後と言えば羊月の二十日だよな。その日がなんだって…………

 

 

 ……うん? ()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………あ゛っ

 

 

 「ま、待って。確かその日って……」

 

 「フフッ、思い出した?」

 

 

 思い、出した……思い出してしまった……ッ!!

 

 

 そうだった……羊月の二十日って()()()じゃないか!? なんでそんな大事なことを忘れてたんだオレ!? ボケるにはまだ早すぎるだろう!?

 

 その日は……その日は、あいつの――ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ロアもこのままライル君と喧嘩別れしたままじゃ嫌でしょ? いい機会だし、お母さんと一緒に行かないかしら? ライル君のお誕生日会

 

 

 

 ……どうやらオレは、本来の流れとは異なり六年半も早く――あいつと再会することになりそうです。

 

 

 

 

 

 ――――――――――――――

 ロア・イーリス、王都行き決定。

 ライルとの遭遇確率——100%

 ――――――――――――――

 

 





 さて、忘れてしまったプロットを記憶の底から掘り出さねば……


 ……とりまさっさとメス堕ちさせてぇです←


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