夢の守り人 (ルシエド)
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起の節

ドラゴナイトハンターZ回で恩師の先生が「医療はチームで力を合わせて行うもの」って永夢に教えてくれる回と、その教えが結構好きです。あそこから作品の空気が変わっていった気がします


「エグゼイドを排除せよ」

「出来る限り穏やかに、かつ確実に、一つの揺らぎも産まぬように」

「失敗は許されない」

「人々を守るために、皆の笑顔のために、仮面ライダーはある」

「この世界に生きる人間の自由と平和を守れ」

「私達の永夢(エム)計画のために」

 

「エグゼイドがこちらの味方にならないと判断したその瞬間に、その首を刎ねろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人類の敵、ウイルスから生まれた怪物。

 ウイルスとしても怪物としても人を殺そうとするそれらが、街を闊歩する。

 確認できるだけでも何人もの人間を殺したその怪物に、襲われていた一般人を逃した後、『エグゼイド』と呼ばれる存在に変身した一人の男が立ち向かっていた。

 見据えるは怪物の軍勢、手には武器、目には闘志、胸には熱。

 昨晩に雨が降ってぬかるんだ地面を、足が強く踏みしめる。

 

 戦士は高い跳躍力を生かし、走行と跳躍を織り交ぜた高速機動で、怪物の間をすり抜けるように動き武器を振るう。

 武器を振るうテンポはキツツキが木を突くそれよりも速く、剣と鎚の二つに適宜変形する武器は反撃の余地すら与えない。

 斬って殺し、叩いて飛ばし別の敵にぶつけ、まとめて切り捨てる。

 敵の剣を切り落とし、分厚い鎧を叩き壊す。

 斬り殺されるか、叩き殺されるか。この武器を前にすれば、二つに一つだ。

 

 究極を意味するEX、救助を意味するAID、二つ合わせてエグゼイド。この名前には、そんな祈りが込められている。

 彼の名は東海道(とうかいどう)昌徳(まさのり)

 何かがズレたこの世界で、一番にズレている、一番にズレがない人間。

 

「残念ながら、お前らがもう人を殺すことはねえ」

 

 剣で肩をトントンと戦う様子からは、彼の柄の悪さが伺えた。

 

「俺様ことエグゼイドが居るからな!

 ところで子供受けはいいんだが思春期受けと大人受けの悪いこの一人称どう思う!?」

 

 知らんわ、と言わんばかりに怪物が襲いかかる。

 そして一匹残らず打倒され、あっという間に殲滅された。

 

「うーむまあしばらくはこれでいいか……」

 

 一人称のことなのか、討伐のことなのか。何にせよそこそこ納得は得られたようだ。

 変身を解除しエグゼイドでなくなった昌徳に、彼と同年代の二十代男性が話しかけてきた。

 

「お疲れさん」

 

「国吉か」

 

「微糖と無糖のコーヒーどっちがいい?」

 

「俺様ぁ無糖しか飲まねえ。知ってんだろ」

 

 語田(かたりだ)国吉(くによし)

 昌徳の幼稚園時代からの幼馴染であり親友である。

 更にはある大病院の小児科医である昌徳の同僚で、その病院の外科医であり、エグゼイドとして戦う彼の良き理解者であった。

 小学生時代はコロコロの昌徳、ボンボンの国吉という二つ名で呼ばれていたとは本人談。

 

「しっかし、お前の戦闘力はヤバいな……」

 

「マタギの子だからな。

 昔やってた熊や猪を素手か簡単な武器で狩ってた時のノリさ。

 害獣はさっさと狩って数減らして地面に埋めるに限る。農作物に被害出るからな」

 

「……マタギってサイヤ人の別名だったっけ……」

 

 マタギの一族泉家の分家に生まれた突然変異体・東海道昌徳は走ればマウンテンバイクを追い越し、殴れば木をへし折って、気合いを入れれば止まった車をウィリーさせられる。

 ひと跳びすれば三階にまで侵入が可能で、対生物の戦闘経験はそろそろ四桁に突入しようという勢いだ。

 人間の腹を開いた数より、熊の腹を開いた数の方が多い医者。

 生かして返した害獣はおらず、死なせて返した患者も居ない。そんな医者だ。

 

 国吉はあっという間に片付けられた怪物達にちらりと目をやり、今日も害獣退治のノリで殲滅していた昌徳の余裕っぷりに戦慄し、苦笑する。

 

「医療も戦闘も常勝無敗。国吉が心配するこたあねえのさ」

 

「自信満々だな、お前はいつもそうだが」

 

「自信満々で絶対に失敗しない奴が、一番医者としては頼りがいがあんだろ!」

 

「うわーすっげえ理論」

 

「俺様は基本無敗よ。絶対に患者を助ける医者そのものが究極の医療(EX-AID)と思わんかね?」

 

「偉そうな理想論のクセに実現してるから腹立つなこの野郎……」

 

 事実、昌徳が医師としてミスをしたことはなく、昌徳が助けられなかった患者は居ない。

 昌徳は現在小児科医だが、他の専科も問題なくこなせるだけの能力と免許も持っていた。

 

「診療、教育、研究。

 大学病院の三つの柱であり、矛盾の塊って言われるやつがあるよな。

 新人の教育とか研究とかしてねえで患者に最高の医療を受けさせろってやつ。

 パッと見もっともらしく見えるその主張もそうだが、医療には矛盾が多すぎる」

 

「まあ……そうだな。昌徳が嫌いそうな矛盾だ」

 

「例えば近年、遺族が医者を罵倒するなどして与えるストレスが問題になってるよな。

 医者だって精一杯やってんだから文句言うな、っていう擁護意見。

 医者なんだから素直に受け止めろ、メンタル弱すぎだろ、っていう否定意見。

 遺族は家族を失った悲しみの底に居るんだから大目に見ろよ、っていう擁護意見。

 遺族だからってなんでも言っていいわけじゃねえしそんな権利ねえよ、っていう否定意見」

 

「あるある、他にも色々」

 

「だが俺様が最高の医師として君臨し、全ての患者を治せるようになったなら……?

 老衰以外のことごとくを直し、患者の家族も文句言えなくなったなら、どうする……?」

 

「どうする、ってなんだよ」

 

「どう思うかって聞いてんのさ」

 

「んーとね、バカだと思うかな。

 なんのために医師ごとに専門分野に分けて仕事分担してると思ってんだ」

 

「ぬあっ」

 

「医者ってのはチームで患者を救うもんだぞ、普通は」

 

 医師としての能力は間違いなくある。戦闘者としての能力も間違いなくある。

 だがどこか世間ズレしていて、患者が理想に思う医者とかけ離れている。

 極めて高い能力を持ち、一人きりでなんでもかんでもやろうとする昌徳は、"優秀な医者"ではあっても、"理想的な医者"とは言い難かった。

 

「物腰丁寧な人の方が安心感を与えられる患者さんも居るんじゃないですか?」

 

「お、エリも来たのか」

 

「子供相手なら昌徳さんみたいにガキ大将風の性格の人の方がいいかもですけどねー」

 

 男二人でまったり話していると、やがて二人より少し年下に見える女性が現れた。

 短く切り揃えられた髪、女性らしい体つき、優しそうな印象を与える垂れ目。

 分かりやすく『美人』な女性であった。

 

 彼女の名は語田(かたりだ)英梨(えり)

 語田国吉の妹であり、国吉同様昌徳の幼馴染でもある女性だ。

 そして、昌徳の恋人でもある。

 そんな彼女の『ガキ大将』という指摘は、俺様気質の彼にも多少効いたらしい。

 

「ガキ大将……俺様の性格ガキ大将……」

 

「紛れもなくガキ大将ですよ。

 昔から今日までずっとガキ大将です。

 でもあなたの性格のそういうところ、正直好きです」

 

「エリ!」

 

「昌徳さん!」

 

 どちらからともなく、抱きしめ合う二人。

 愛し合っているのは分かるが、真っ昼間から天下の往来ですることだろうか。

 国吉は親友と妹がバカップルをやっているのを見て、複雑そうな呆れ顔を浮かべる。

 

「バカップルを見てると徐々に頭彼岸島になるという噂は本当だったか……」

 

 エグゼイドである男。

 その親友である兄。

 その恋人である妹。

 三人はそんな関係だった。

 

 

 

 

 

 男二人は英梨と別れて病院前まで戻る。

 ゴリラみたいな顔になりやがれ、面倒臭い奴だなお前、なんでそんな直情的に生きてるんだ、最高の医師だとは思うがもうちょっとどうにかなんだろ、いいやつなのは知ってるが親友やってると疲れるんだよ……と長々+色々と言いたかったことを、頭文字だけ取って圧縮して、国吉は親友に叩きつけた。

 

「ごめんなさい」

 

「謝ればいいんだ、国吉。

 俺様とお前の付き合いだからな、謝れば何でも許してやれる。

 仕事がまだあるからという理由で俺様とエリの逢瀬を邪魔したことも許す」

 

「俺が間違ってると思うか?

 イチャイチャしてないで仕事しろって言う俺は間違ってるか?」

 

「いや、何も間違っていない。お前が言うことは俺様の言うことより大体正しいからな」

 

 バカップルとしか言いようがない愛を英梨に向けていた昌徳も、国吉に言われればすぐに仕事に戻ろうとしている。

 そこからも、この二人の関係性は見て取れた。

 

「ところで、うちの妹のどこがそんなに良いんだ?」

 

「可愛い。優しい。頭いい。おっぱいが大きい。

 愛する理由なんてフィーリングでもいいんだし別に長々語る必要なんてないだろ」

 

「とことん無駄を削ぎ落とした愛の理由……!」

 

 おっぱいが大きい美人というだけで大きなプラス要素だが、それがなくともこの男は英梨を愛していただろうということは、なんとなく雰囲気からも感じ取れる。

 

「何も考えることなく、何も迷うことなく、好きだと言える。愛していると言える。

 それは望んでも得られないものであるがゆえに、幸福なことであると俺様は思うのだ」

 

「……俺も一度は昌徳(おまえ)みたいに生きてみたいもんだよ。後悔なんてなさそうだ」

 

 自分とは違うものを見ている人間に抱く、特別な尊敬や友情というものはある。

 

「語田先生ー! 東海道先生ー! ちーっす!」

 

「数多君じゃないか。今日も元気だな」

 

 算旭(さんぎょく)数多(あまた)

 小児科で東海道昌徳が受け持っている患者の一人である。

 薬を飲んでいれば健康な子供と変わらないが、薬が切れると血液内部の成分を自分の力で調整できなくなり、最悪死んでしまうという病気を抱えている。

 そのくせ、小学生男子らしいエロガキであった。

 

「手に柔らかいと書いて『揉』……

 東海道先生、突然ですが先生の恋人の英梨さんのおっぱいは柔らかいですか」

 

「教えんぞ。恋人の個人情報を守るのも俺様の恋人としての勤めだ」

 

「ちぇー」

 

 病人とは思えない元気さで、数多は手にした傘をぶん回す。

 どうやら雨を予想して持って来た傘を玩具にしているようだ。

 数多がぶん回した傘が『Y』の字状にひっくり返る。

 

「傘裏返し! どうよ先生、おれが見つけたこのウラワザ!」

 

「うっわ懐かし」

 

「雨降ってる時にこれやると雨水溜まるんだぜー!」

 

 口には出さないが、東海道昌徳曰く。小学生男子とは、地球で最もバカな生き物である。

 

「次の誕生日にさー、おれマウンテンバイク買ってもらうって話したじゃん?」

 

「いやだからママチャリにしとけって。

 こいつは俺様の経験に基づいた的確なアドバイスだぞ?

 ちょっとカッコイイだけでカゴも付いてなかったじゃねえかお前が買おうとしてたやつ」

 

「やだよだせーじゃん、おれはマウンテンバイクがいいの」

 

「何故小学生はマウンテンバイク大好きなんだろうな……覚えあるけどよ……」

 

 傘は剣であり武器。自転車はマウンテンバイクがカッコイイ。モンスターはメタル系が好き。数多はそういう、かなり標準的なタイプの小学生男子であった。

 まあつまり、まだまだおバカの類であるということだ。

 

「んじゃおれ帰っから! 先生達もまた明日なー!」

 

「気を付けて帰りなよ」

「俺様の患者は俺様が死なせないからな! 遊びでも思う存分暴れ回ってこいよ!」

 

 国吉は患者の健康を気遣い、昌徳は患者に日々を思いっきり楽しめと言った。

 医者として正しい対応は前者だろう。されど患者に好かれるのは後者。そういうものだ。

 走って病院の敷地を出ていった数多と入れ違いに、今度はサングラスのガタイのいい男が敷地に入っていく。

 

「おや、数多君は今日も元気ですなあ。

 どうも、東海道先生、語田先生。うちの息子の見舞いに来ました」

 

「これはこれは仁科さん。お子さんは今日もお父さんの見舞いを待ってますよ」

 

 仁科(にしな)理人(りひと)

 現役の警官であり、昌徳の患者の一人である子供の父親だ。

 息子がこの病院に入院しており、毎日愛息子のために見舞いに訪れ、息子と何時間も一緒の時間を過ごしていくほどの愛深い父親であった。

 "この病院に見舞いに来る頻度が間違いなくNo.1な人"と国吉が断言するほどの男である。

 

 昌徳も身長は180弱あるが、身長190を超える理人は筋肉もあって更に巨躯に見える。

 ちなみに国吉は169cm。『ギリギリ170ない』という日本人男性の多くが抱える苦しみを背負っているため、この二人と並んでいると肩身が狭いようだ。

 妹の英梨は150半ば、小学生男子の数多は150ジャストであるので、あの二人がここに居ればあるいは身長劣等感も緩和されていたかもしれないが、あいにく二人共帰宅してしまっている。

 

「東海道先生、また飲みに行きましょうや」

 

「お、いいっすねー。仁科さんの知ってる店は酒が美味くて困る」

 

「うちの息子の面倒を見て貰ってますからな。

 今度の店は、細切りにしたローストビーフの外側だけカリッカリにしたみたいなツマミが……」

 

「昌徳、仁科さん。病院前でそういう話は控えてください」

 

 昌徳はジュースの延長のような酒を好み、深酔いしすぎるのはいけないと思うタイプ。

 理人はガツンと腹や食堂にクる酒を好み、ジュースのような酒を"酔う前に腹が一杯になる"とあまり好まないタイプ。

 それでも一緒に酒を飲みに行っているということは、気兼ねなく・楽しく一緒に酒を飲めるくらいには、気が合うということなのだろう。

 酒は空気の味を楽しむとも言われる。

 こいつと飲むと酒が不味くなる、と言う人も居る。

 損得抜きで酒飲みに誘うのは、あらゆる立場やしがらみを排除して考えた時、その人間を好ましい人物だと思っているということなのだ。

 

「ではまた、後日の夜に」

 

 息子に会いに病院の中へと消えた理人の足取りは軽い。

 父親のためにもその息子をちゃんと助けてあげないと、と医者が自然に思えるような、そんな『いい人』な父親であった。

 

「……お前は患者にも、患者の家族にも、結構慕われてるな」

 

「最短で、最高の形で、必ず治す。そんな医者は好かれて当然だぜ、ふはははは」

 

「患者を救えるのは嬉しいか?」

 

「嬉しいさ! 死ぬのは悲しい、救われるのは嬉しい!

 そう思えたからこそエグゼイドとして戦ってるようなもんだ!」

 

「そうけ」

 

 一人で怪物と戦う日々も苦にしない。

 目の前の人間を救うことに躊躇いがない。

 自分の休日・休憩時間・体力的及び精神的余裕をいくら削られようとも、"人を救うためなら"と愚痴一つ吐きもしない。不満を持つことさえない。

 この男はただシンプルに、強く優しい者だった。

 

「昌徳は真っ直ぐだな。きっと何を言っても、お前のその部分は変わらないんだろう」

 

「んなこと言ってよ、お前も俺様のそういうとこ好きだろ?

 待て、みなまで言うな、答えられるまでもなく分かってる。

 何故なら俺様もお前のそういうところが好きだからだ。これからも頼むぜ、親友」

 

「あはは」

 

 昌徳がニカッと笑って、国吉の肩を叩く。

 国吉は複雑そうな顔で、けれども悪い気分ではなさそうな顔で苦笑する。

 二人は病院の中庭を歩いて、目についた患者の様子を見つつ移動を続ける。

 

「せんせー」

 

「おお、桜ちゃんか。どうした?」

 

「変な夢を見て、こわくて」

 

「おお、よしよし」

 

 昌徳が小さな女の子の頭を撫でる。

 髪や頭に触れられることを好ましく思う子供も、それを嫌がる一定の年齢というものも、確かに存在するものだ。

 目の前の子供の頭を撫でるべきかそうでないかを判断する能力は、この年頃の子供を扱う小児科医に備わっていると、色んな場面で役立つものである。

 桜という少女は、頭を撫でられくすぐったそうにする度に、不安そうだった表情を笑顔へと変えていった。

 

「大丈夫だぞ、先生が居る限り安心だからな。

 怖くない、怖くない。

 俺様は高校時代も喧嘩で無敗だったからな、ゴジラだっておばけだって倒せるさ」

 

「ほんと?」

 

「ああ、君はちゃんと守るとも。何からも、誰からも」

 

 老若男女問わず守る男が居る。

 そんな男の自信満々な振る舞いに、子供を見る真っ直ぐな視線に、"この人が守ってくれる"という淡い想いに、少女は頬を染めた。

 年上のお兄さんに向けられる、とても幼い女の子の、とても幼い恋心であった。

 

「わたし、せんせーのお嫁さんになる」

 

「おう、そう言ってくれるのは嬉しいな。

 でも桜ちゃんが美人になる頃には俺様は結婚してるだろうからな。

 桜ちゃんは俺様より強くてかっこよくて優しくて頭が良い男を捕まえな」

 

「えー、待ってててよー」

 

 小さな手で、女の子がぽかぽかと昌徳の足を叩く。

 痛くも痒くもなかったが、昌徳は彼女の遊びに乗るようにして、逃げる真似をする。

 少女も彼にじゃれつくようにして、彼を追いかけぽかぽか叩きに行った。

 

「待てー!」

 

「待たん待たん。何せ俺様は、大学時代50m走6秒を切った男だからな、はっはっは!」

 

 子供に追いつける速さで逃げ回る医者に、楽しそうにその後を追う女の子。

 女の子が転ばないように時々振り返る昌徳。

 案の定体が倒れ始めていたのが見えたので、振り返って少女が転ばないようその体を支える。

 

「危ないな、気をつけ――」

 

 昌徳が支えた体から、ずりっ、と少女の首が落ちた。

 

「――え」

 

 ぼとりと首が地面に落ちる。

 落ちた首の、口の部分が地面に衝突し、その衝撃で歯が抜け歯が折れ飛び散っていた。

 切断された首の断面が地面に当たって、赤黒い丸を地面に描く。

 飛び散った歯、飛び散った血、落下の衝撃で擦り切れた顔の皮膚、流れる首の血。

 落ちた首を凝視する昌徳の手に、生暖かい感覚が現れる。

 

 その感覚で正気に戻った昌徳は、自分が桜という少女の体を抱えていたことと、その首の切断面から血が吹き出していることに、そこでようやく気付くことができた。

 

「……お前の前にまで、これが現れてしまうなんてな。事態は逼迫してるのかもしれん」

 

 誰が少女の首を刎ねたのか?

 その答えは、声がする方向に昌徳が首を向ければすぐに分かった。

 

 水色の剣士。どこかエグゼイドに似た衣装の何かが、そこに居た。

 それは国吉と同じ声をしていて、血に濡れた剣を手に持っている。

 国吉の姿がどこにも見当たらないことからも、その剣士の正体が国吉であることは、疑いようのない事実であった。

 

「お、まえ……国吉、その姿は……」

 

「仮面ライダーブレイブ。『エグゼイドの次』だ」

 

 ステージセレクト、と彼が呟くと、病院の風景が荒れ地のそれへと変わる。

 エグゼイドも持つ戦場を移す力である。邪魔者など誰も居ない戦場へと、獲物(昌徳)狩人(国吉)だけが移動させられていた。

 

「お前は何も悪くない。が、死んでくれ」

 

 生身の昌徳に、変身した国吉が斬りかかる。

 動揺から動きにキレが無い昌徳とは対照的に、国吉には本気の殺意が見える。

 一撃一撃が急所を狙うブレイブの剣閃を、数十度に渡って昌徳は余裕をもってかわし続ける。

 そして回避を継続しながら、親友であるはずの男に呼びかけ続けた。

 

「洗脳でもされてるのか!? お前、なんで突然急にこんな……」

 

「これが、本当の俺だ! 昌徳!

 お前は生きているべきじゃない! 俺達の味方になる可能性もない! ここで死んでくれ!」

 

 剣を回避しつつ、剣を振るブレイブの手首を蹴る昌徳。

 彼の目は剣閃の全てを見切っているがゆえに、手首を蹴って剣閃を逸らせば体捌きのみで全ての攻撃を回避できる。

 

「俺にも英梨にも、両親は居ない……

 俺の家族は英梨だけだ……英梨だけは絶対に守る。お前から守ってみせる!」

 

「エリ!? なんでそこでエリの名前だの守るだの……わけわっかんねえ!」

 

 鬼気迫るブレイブの剣捌きは、剣に備わった炎と氷を放出する力も相まって、どんな強い相手にも小さな傷一つ付ける程度なら難しくない。

 生身の昌徳相手なら、剣がかするだけでも、炎や氷が僅かに触れるだけでも致命傷になる。

 されど当たらない。

 

(当たらない……!)

 

 何かがバグったゲームキャラのごとく、人間離れした動きを繰り返す昌徳には、いくら攻撃を繰り返しても当たらない。

 ブレイブの剣に力が溜まり、剣から氷の範囲攻撃が放たれた。

 しかし昌徳は地面を抉るようにして蹴って後方に跳び、跳んでいる最中に更に地面を蹴って跳ぶことでその範囲攻撃すらも回避した。

 これもまた、『二段ジャンプ』と言えるのかもしれない。

 

「理由くらい言えよ……言ってくれよ……なあ、国吉!」

 

「言ったところで何になる! 何も変わらない! 何も改善しない!

 お前が覚悟を決めるだけだ! 何も知らないお前の方が、迷ってる分倒しやすいんだ!」

 

 真実を全て隠すでもなく、全て明かすでもなく、嘘はつかずに真実を匂わせることで迷いを誘い強さを削ぐ戦略。

 強くはあるが優しくもあるために、彼は国吉と戦うことに躊躇いを持っている。

 だから普段と比べれば弱い。

 普段と比べれば弱いのに、生身であるのに、仕留めきれないこの強さは何かがおかしい。

 

 熊と狩人。

 狩られるのはどちらか? どちらが餌に変わるのか? それが定かでない狩りもある。

 紙一重で剣閃を回避して、昌徳もエグゼイドへと変身した。

 

「何が何やら分からんが、受けて立つ。話は後で聞かせてもらうぞ!」

 

 エグゼイドが変身を終え、剣を振るう。

 その一撃を受け止めた、ただそれだけで、ブレイブが手にしていた剣はその手から弾かれてしまった。

 絶対的に腕力と握力に差があるがゆえに、覆し難い実力の差があるがために、剣の一撃を受け止めることも受け流すことも出来ない。

 たった一合で、国吉は力の差を思い知らされる。

 

 そして国吉が剣を弾かれたという状況を把握するために使った一瞬で、エグゼイドはハンマーに変形させた武器を五度振るう。

 両手両足、そして眉間。

 五ヶ所を強打し、ブレイブに強烈なダメージを叩き込んでいた。

 

「がっ……!」

 

 剣と鎚に変形する武器、つまり斬撃と打撃を使い分けられる武器の特性を最大限に活かした、『殺さないための攻撃』であった。

 ブレイブの両手足を封じてから無防備な頭部を打って気絶を狙う、という理想的な気絶狙いの連撃であったが、ブレイブは仮面の下で歯を食いしばってそれに耐えた。

 

 親友の仮面を被って、確かめようとしたことがあった。

 戦士の仮面を被って、殺さなければならない親友が居た。

 仮面を被ってでも、隠さなければならない気持ちがあった。

 語田国吉は激情を口にする。

 

「死ねない、死ねない……まだ死ねない死ねない死ねない死ねないッ!!」

 

 剣を失った手で殴り掛かるも、それで倒せるエグゼイドではない。

 

「お前だけは絶対に殺す! この命に代えても! 妹に、せめて未来だけでも残す!」

 

「……」

 

永夢(エム)計画を完遂しなければ、何をしても結局―――」

 

「……永夢(エム)計画?」

 

「―――っ」

 

 ブレイブの空気が変わる。

 ただそれだけでエグゼイドはそれが『失言』であったと理解し、遮二無二襲い掛かってきた国吉を見て、理解を確信に至らせた。

 失言がブレイブを無防備に踏み込ませ、命を懸けた捨て身の攻撃を実行させる。

 我を忘れて防御さえおろそかにしてしまったブレイブに、エグゼイドの迎撃の打撃が叩き込まれてしまう。

 

 そして、何も知らないエグゼイドの前で、ブレイブのライフゲージが尽きた。

 

「なんだ、これ?」

 

「『ライフ』が尽きたら死ぬ。仮面ライダーの力は、そういう仕様だ」

 

「死……? 仕様……仮面ライダーの……?」

 

「俺とお前の力は同じで、俺達は仮面ライダーで、だが、お前は……お前だけは……!」

 

「お前、死ぬのか!? 待て死ぬな! なんとかならないのか!?」

 

 攻撃"してしまって"から、血相を変えたエグゼイドが死の確定したブレイブに駆け寄る。

 親友を助けようと手を伸ばす。

 だが昌徳が伸ばした手を、叫ぶ国吉は力任せに払いのける。

 

「お前だけが、仮面ライダーじゃない……人間の自由と平和を、お前だけが守っていない!」

 

「違う、エグゼイドとして医者として、この手で守ろうとして―――」

 

「違わない!」

 

 自分の判断と国吉の判断なら、国吉の判断の方が正しい。

 それは、昌徳自身が口にしていたことだ。

 昌徳は反論したい気持ちをぐっと堪え、親友へと問いかける。

 

「聞かせてくれ。俺様は、何を間違えた?」

 

「この世界に生まれて来たことだ。そして今ここに存在していることだ」

 

 返って来たのは、全否定の回答で。

 

「自殺はするなよ、無自覚な虐殺者。……必ず、俺達に、殺されろ。それまで、待て」

 

 死ぬな、殺す、と矛盾するような二つの言葉を残して。

 

「すまない、英梨……兄さんは……役立たずで、弱かった……」

 

 最後の最後まで家族を想って、家族の未来を心配して、家族に謝りながら彼は消えていった。

 

「……国、吉……」

 

 親友の死に、親友との想い出が胸中に蘇る。

 

 一緒に泥まみれになった幼稚園の頃。

 カブトムシを捕まえて一緒に飼った想い出があった。

 一緒に走り回った小学生の頃。

 ガリガリ君を食べて夏を過ごした二人の想い出があった。

 一緒に青春を謳歌した中学生の頃。

 同じ学校に行くために勉強会で勉強を教えあった想い出があった。

 一緒に通学の電車に揺られた高校生の頃。

 同じ女性に恋をして、順番にフラれた想い出があった。

 医者になるため積み上げ始めた大学生の頃。

 力を合わせて命のために頑張ろうと決めた想い出があった。

 

 想い出が蘇る度に、昌徳の視界の中で親友の残滓は霞と消えていく。

 

「……なんでだ? なんで……」

 

 呆然とする昌徳を置いて、風景が病院のそれに戻る。

 と、同時に彼のポケットの中で携帯電話が震えていた。

 靄がかかったような思考で手に取って画面を見てみれば、表示されるのは恋人の名前。

 つまり、今昌徳が殺した男の妹の名前が表示されていた。

 

「……」

 

 電話に出て、ちゃんと話せるのか。今まで通り話せるのか。

 国吉のことを話すべきなのか、話していいのか、話してはならないのか。

 正しい判断を下すための材料は何一つとして存在せず、唇を噛む昌徳は携帯電話を睨み、泣きそうな顔でうつむくだけだった。

 

 

 



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承の節

原作でドレミファッ!?ビートから生まれときめきクルルァイシスで変身するヒロインのホッモーホモホモちゃんに相当するキャラは今作では出ません


 彼がまだ生きていた頃の話。彼らがまだ文句なしの親友だった頃の話。二人が殺し合う前の話。

 昌徳と国吉は、エグゼイドでもブレイブでもなく、ただ一人の人間として、一つの部屋で別々のことをしながら駄弁っていた。

 昌徳は意外にも、就職後にも時間を見つけて参考書を読んだりするタイプ。

 国吉は適当なゲームで時間を潰しつつ、遊ぶ時と勉強する時を分けるタイプだった。

 

 結果、寝っ転がってギャルゲーをテレビでプレイする国吉と、その横で寝っ転がって参考書を読む昌徳の会話という、何やらヘンテコな光景が出来上がるのだった。

 

「お前、俺様とエリが付き合うの反対だったのか?」

 

 参考書から目を離さずに、昌徳が言う。

 ゲーム画面から目を離さずに、国吉は答えた。

 

「なんでそう思った?」

 

「お前は時々、俺様とエリの絡みを見てる時複雑な顔をするからな。すぐ分かった」

 

「……邪推かもしれんぞ?」

 

「いいや、親友のことで勘違いなんてしないな。何せ俺様だぜ?

 付き合うのに反対だっていうのはまあ俺様適当ぶっこいたが、思うところはあるだろ?」

 

 この時の昌徳は、国吉の心の奥底を理解してはいなかった。

 だがその内心に、苦悩にも似た複雑な感情があることは察していた。

 霧の向こうの怪物を見るように、おぼろげな親友の感情に気付いた昌徳は、苦笑する国吉の返答を待つ。

 

「早く別れねえかなーとは思ってんよ。

 昌徳がギリギリ合格点だから付き合いを許してるが、そうじゃなかったらデンプシーさ」

 

「ひっで」

 

「シスコン兄のくだらない発言だと思って流してくれ。たはは」

 

 早く別れればいいのに、というのも国吉の本心。

 昌徳をいいやつだと思っているのも国吉の本心。

 その二つの本心は両立されている。

 昌徳を親友だと思う気持ちと、昌徳を殺さなければと思う気持ちが両立するのと同じように。

 

「まあ、俺が思うに、"幼馴染が負けフラグ"と言われるのには相応の理由があるんだよな」

 

「ほほー、その心は?」

 

「長い時間一緒に居ても主人公に好きになって貰えなかったヒロイン、が負け幼馴染だろ?」

 

「あー……」

 

「そういう意味では、英梨は負けヒロインではなかったわけだ」

 

 妹がどこぞの男のものになったのが悔しいのか、悔しくないのか。

 妹の愛が報われているのが嬉しいのか、嬉しくないのか。

 国吉の本心は彼の発言から一々推測する以外に、見抜くすべはない。

 参考書がめくられる音と、ゲームのコントローラのボタンを押す音が重なった。

 

「人生っていうゲームはいいもんだ。

 何より自由度が高いのがいい。

 どんなマルチエンド系ゲームも、こんなに多くのEDを実装したゲームはないだろう」

 

 国吉がやっているゲームは女の子を恋愛で攻略するもの。

 女の子の魅力以上に、老若男女問わず魅力的なキャラクター同士の掛け合いと、キャラクター達が作るドラマティックな物語が人気なゲームだ。

 多くの人達が絡み合う魅力を実装したそのゲームは、ある意味人生という名前のゲームに近いものであるとも言える。

 

「俺はどんなEDを迎えるのかね。

 せめてクリア後に見れる一枚絵は、俺と英梨の姿が映ってて欲しいもんだが」

 

「語田国吉にバッドエンドはねえさ。何せルート修正役に俺が居るからな!」

 

「よく言うぜ」

 

 人にはそれぞれの人生があり、人は各々別々の人生というゲームの主人公だ。

 そのくせ、コンテニューはない。

 ギャルゲー等における『ゲームオーバーを回避するためのアドバイスをくれる親友』は、取り返しのつかない失敗を回避するための名脇役であるが、昌徳はそういうものになろうとしていた。

 

 皆それぞれが主人公をやっている、人生というゲームをゲームオーバーで終わらせないための、名脇役。他人の人生を助けられる、他人の人生における脇役になろうとしていた。

 

「ゲームってのはさ、『俺は好き』と『俺も好き』があるわけよ」

 

「前もそんなこと言ってたな、国吉」

 

「『俺は好き』はマイナー名作。

 多数派が面白いとは言わないが、マニアが『俺は好き』と言う作品。

 少数の好きな奴が熱烈に支持するから、レビューサイトの平均点はクソ高い」

 

「ふむ」

 

「『俺も好き』はメジャー名作。

 誰かが好きだと言ったなら、思わず『俺も好き』と便乗しちまう作品。

 大勢の人間が見て、大勢の人間が評価すっから、平均点は下がるが大人気作になる」

 

「ちなみにこのゲームは?」

 

「比較的平均点が高い『俺も好き』ゲーム」

 

 少数に好かれる人間も、多数に好かれる人間も居る。

 少数に好まれる人生も、多数に好まれる人生も在る。

 だが国吉は、人間も人生もゲームも、多くの人に好まれるものより、少数の人間に高く評価されるものの方が好きだった。

 

「俺の人生っていうゲームは、平均点が高い終わり方をして欲しいもんだよ」

 

「俺様はどうなっかねえ。まあ今は未来に出会うかもしれない患者のために復習復習」

 

 自信とは、自分を信じること。

 多くの場合、自信満々な振る舞いは自分のプライドを守るためにある。

 だが昌徳が皆の前でする自信満々な振る舞いは、いつだって他人のためにあった。

 そんな昌徳が、国吉は嫌いではなかった。

 

 

 

 

 

 そんな国吉を、昌徳は殺してしまった。

 何も知らなかったがために、戦いのルールを理解していなかったがために、止めようとして親友を殺してしまった。

 後悔しないわけがない。

 苦悩しないわけがない。

 絶望しないわけがない。

 だが後悔は意志で、苦悩は覚悟で、絶望は希望で踏破する。

 昌徳は膝を折ってはおらず、心も折れてはいなかった。

 

「そんな顔して、どうしたんです?」

 

「……いや、なんでもない。今日もエリは美人だと思ってな」

 

「やだもーホントのことを!

 今日の晩御飯何食べたいですか? フランス料理のフルコースでも作ってあげますけど?」

 

「いや俺様そういう意図で褒めたわけでは」

 

 けれど、彼の妹を前にすれば、心は痛む。

 

「最近うちの兄さん見てないんですが、何か知りませんか?」

 

「いや、俺様は知らないな」

 

「なーにやってるんでしょうかね」

 

 言わないのか? 君の兄を殺したのは自分だ、と。

 いや、言えない。

 言えるわけがない。

 東海道昌徳は、語田国吉が何故自分を殺そうとしたのかさえ知らないのだ。

 わけもわからず襲われて、わけもわからず殺してしまった。

 そんな返答で、どこの誰が納得する?

 

(……せめて、真実を知らなければ。何も知らない道化のままだ)

 

 昌徳は真実を、自分が彼に殺されかけた理由を知らなければならない。

 でなければどこへも進めない。この心に決着がつけられない。

 国吉の親友を名乗ることも、英梨の恋人であると胸を張って言うこともできやしない。

 

 昌徳は国吉のことを何でも知っていると思っていた。

 だが親友は、彼に殺意を抱くほどの秘密を隠していた。

 それを知ることが、今彼が為すべきことの中で最も重要なことであることは間違いない。

 

「事情は分かりませんけど、私で良ければ相談に乗りますよ?」

 

「大丈夫だ。何せ俺様だからな」

 

「遠慮しなくてもいいのにぃ」

 

「遠慮じゃあない。こいつは、まず俺様が自分で果たさないといけない責任があるだけだ」

 

「そですか。まだ私に頼るタイミングじゃないって感じですねえ」

 

 昌徳は真実を突き止め、英梨に全てを話さなければならない。

 自分が犯した罪も含めた全てを、彼女の兄を殺したことまで全てを明かさねばならない。

 その結果、彼女が自分を離れていくことになったとしても、彼は彼女に全てを話すだろう。

 

 それが成すべきことならば、彼は躊躇わない。彼はそういう男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どんなに精神的に追い詰められようが、正道とするべきことを見失わない。それが昌徳だ。

 彼が置かれた状況は控えめに言っても最悪だったが、彼は己が精神状態をおくびにも出さず、今日も病気の子供達と遊びつつ診察を行っていた。

 

「見るがいい、これが俺様のウルティメイト折り紙術。

 右からゴジュラスギガ、ブレードライガー、ストームソーダー、凱龍輝だ」

 

「「「 すっげー! 」」」

 

「欲しい奴は持って行っていいぞ! ああそうだ、リクエストがあればなんでも言え!」

 

「キツネ!」

「ねこ!」

「ガンダムバルバトス!」

「トゲアリトゲナシトゲトゲ!」

「イエロースポッドサイドネックタートル!」

 

「余裕だ! だが五分ほど俺様に時間をくれると嬉しいな!」

 

 子供達のリクエスト全てに完璧に答えつつ、子供達の診察も平行して行う。

 彼ほどに飛び抜けた能力があれば、子供達と遊びながら体の状態を目で見て、脈やリンパ線等に手で触れ、口と耳で子供の状態を聞くだけで、病気の状態を把握することも容易いことだ。

 子供はつまらない問診や診断の途中に逃げ出してしまうことが時折あるというが、この診察は事実上遊んでいるだけであるため、子供には毛の先程のストレスもないはずだ。

 

 彼が子供と遊ぶ過程で把握できないことなど、専門の機械等を使う精密検査でしか分からないことくらいのものだろう。

 

「それ僕がもらうー!」

「わたしのー!」

 

「おい喧嘩すると一個もやらねえぞ。

 だが喧嘩をやめて譲り合いの精神を発揮したいい子には、特別に二個作ってやろう」

 

「「 するするー! 」」

 

 一つの折り紙を取り合って子供が喧嘩したら、二つ三つと作ってやることで仲裁する。

 大人でも感嘆する出来の彼の折り紙は、子供を夢中にさせるには十分だ。

 わいわいがやがやと盛り上がる子供達だが、それを遠巻きに見る小学生の子供が一人。

 昨日昌徳と酒を飲みに行く約束をしていた警察官、仁科理人の一人息子だ。

 大人しい気質の少年は、誰とも喋らず、折り紙にも群がることなく、ふわふわとした様子でぼうっとしていた。

 

 そんな少年の前に、昌徳は折り紙で折った立体の銃を差し出した。

 

「お前のかっこいいお父さんが普段使ってる銃だ。かっこいいだろ?」

 

 少年の父・理人は警察官だ。

 しからば警察官の銃は、この子にとって"父の強さ"の象徴だろう。

 昌徳(いしゃ)が作った紙の玩具でしかないが、少年はそれを大切な宝物のように抱きしめ、大事そうに指で撫でる。

 

「……ありがと」

 

 警察官である父が好きでなければ、こんな反応は見られまい。

 

「お父さん好きか?」

 

「うん、大好き」

 

 言葉少なに、されどまっすぐに子は親への愛を口にする。

 

「お母さんは居ないけど、ぼくのお父さんは他の人のお父さんの二倍優しいから、だから好き」

 

「そっか。君はいい子だから、お父さんも君のこと好きだと思うぞ」

 

「ん」

 

 昌徳は少年の頭を撫で、銃の折り紙をきっかけにして、子供達の輪の中に自然と少年を誘導していった。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていって、太陽は地平の彼方に沈む。

 夕暮れの中、昌徳は医者としての勤めを果たし、子供達をあるべき場所へと帰していった。

 

 ある子供は迎えに来た親の下へ返した。

 ある子供は自転車で帰るのを見送った。

 ある子供は入院しているために、病室まで連れて行った。

 ある子供は早帰りの看護婦に何度も頭を下げて、その子供の家まで送ってもらった。

 

 遊び疲れた仁科家の子供をベッドに寝かせ、子供達が遊んだ後の後片付けをしながら、夕焼けを眩しそうに見つめる昌徳。

 その耳には子供の楽しそうな声が、その手には子供の手の暖かさが、まだ確かに残っていた。

 

「……うん」

 

 眠る仁科理人の子の横で、夕陽の残滓を握り潰すように、昌徳は拳を握る。

 

「そうだな。まだ何も分かってないが、一つだけ覚悟は決まった」

 

 患者―――『守るべき人達』であり『救うべき人達』である子供達が、彼に初心を思い出させてくれた。

 

「俺様は最後まで、命を軽んじない医者で在り続けよう」

 

 "守るべき人達を見て覚悟を新たにする"。

 それは誰にでもできることではない、ヒーローの資質だ。

 『正義の味方』という言葉にも見られるように、ヒーローとは自分一人で完結せず、守るべき他人の中に戦う動機を見つけるもの。

 子供達が、彼に戦う強さをくれていた。

 

「やあ、東海道先生」

 

「あ、仁科さん。息子さんはおねむですぜ」

 

「ありがとうございます。

 息子の安心して眠っている顔を見ると、先生のしてくれたことも察せるというものです」

 

 夕陽がほぼ沈んだ夜の時間に、仁科理人がやって来た。

 この時間まで働いて、すぐに病院に向かって息子が眠りにつくまで話し相手になってやるつもりだったのだろう。

 だが息子が遊び疲れて眠ってしまっていたために、徒労に終わってしまったようだ。

 

 彼はわざわざ遠い病院まで足を運んだことが無駄に終わったというのに、苛立ち一つなく、むしろ息子が安らかに眠っていることを喜んでいる。

 親バカと言っていいくらいの子煩悩だった。

 

(銃の折り紙、か)

 

 理人はすやすやと眠る息子が握っていた、紙の拳銃を見る。

 見覚えのある、日本の警察官が装備している標準的な銃だ。

 誰が折ったのか、何故息子が持っているのか、息子が嬉しそうな様子で眠っている理由はなんなのか、察しのいい人間ならその折り紙を見るだけで全てを察することができる。

 理人は横目に昌徳をチラリと見た。

 

 自分の息子に真摯に接してくれる医者に対する、確かな敬意と好意がそこにはあった。

 

「もうこんな時間ですし、仕事終わったら飲みに行きませんか?」

 

 ゆえに、彼が昌徳を酒の席に誘ったのは、自然な流れであったと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昌徳が強い酒を好まないのは、『もしもの時』に泥酔して誰かを助けられないのが嫌だから。

 理人が強い酒を好むのは、目を逸らしたい現実があるから。

 だから二人は、並んで座ってジュースのような酒と強い酒をかっ食らう。

 酒の好みは正反対なのに、話は合うし気も合うというちょっとだけへんてこな関係であった。

 

「うむ、つまみは豆が一番だと俺様思うわけですよ」

 

「私は塩が一番だと思いますよ、先生」

 

「仁科さんはもうちょっと健康に気を使ってくれ、塩分とか血圧とかな?」

 

「おやまあこれは手厳しい」

 

 大酒飲みを自殺志願者と見る医者は少なくない。

 昌徳はまだ理解がある方だが、それとなく忠告し、それとなく人間ドックを勧めるのは彼が医者たる証明だろう。

 

「そういえば、語田先生が東海道先生のことを思い詰めた様子で話していましたな」

 

「! な、何か言ってましたか!?」

 

「私が聞いた範囲では……そうですな」

 

 国吉と理人にも病院を通じた面識はあった。"何か"を聞いていてもおかしくはない。

 親友が隠していた真実の手がかりを探している昌徳からすれば、この手がかりは寝耳に水、そして棚からぼた餅だ。

 コップの酒を飲み干して、理人の言葉を一言一句聞き逃さない姿勢へと移る。

 

「語田先生とはとても気が合いました。

 私には息子、あの人には妹。

 たった一人の家族が居て、その家族のためならなんだってできた」

 

「……」

 

 声を出さないよう必死だった。表情を変えないのが限界だった。

 殺してしまった親友と、その家族への愛を話に出されるだけで、胸に剣を突き立てられたような痛みが走る。

 それを耐えてでも、聞かねばならない話があった。

 

「『昌徳は強い。心と精神性が、だ。おそらく誰よりも』」

 

 理人はかつて聞いた国吉の台詞を、そのまま昌徳に伝える。

 

「『迷いはあっても停止はない。

  悲しみはあっても絶望はない。

  敗北はあっても挫折はない。

  あれが本当の意味での最強なんだろうな……羨ましい。ああいう風に、なれたら……』」

 

「国吉……」

 

「私はそこで『嫉妬か? 羨望か? それとも憧憬?』と問いました。

 すると彼はこう答えました。『強いて言うなら、心折だ』と」

 

 昌徳の心が強すぎることが、国吉に憧れ以上の絶望を与えた。

 何故そうなったのか、何も知らない昌徳では想像することさえできない。

 

「『でも頑張るさ。まだ俺はあいつを見極めきれてない気がする』と、彼は締めくくった」

 

「頑張る……見極め……?」

 

 国吉はエグゼイドである昌徳の何かを見極めようとしていた。

 そして殺さなければならない、という判断を下した。

 雲を掴む様な現状に、昌徳は眉をしかめる。

 

「あいつは、なんぇ……」

 

 "あいつはなんであんなことをしたんだ"、と言おうとした。

 ろれつが回らず言えなかった。

 コップが手から滑り落ちる。

 昌徳が自分の手を見てみれば、震える手がまともに動いていなかった。

 酒に酔ったのだろうか、と思い自己診察を始める。

 立ち上がろうとして立てず、椅子から落ちるようにして片膝をついたところで、『これは酒ではない、毒の症状だ』という自己診察の結果が出ていた。

 

「なっ、にっ……?」

 

「人間よりも遥かに強い害獣なら、毒餌を使う。マタギの家系のお前はよく知っているはずだ」

 

「あ、んた……」

 

「致死量を盛ったはずだが、よく死なないな」

 

 理人は昌徳が落としたコップの近くには近寄らない。

 そこには、彼が昌徳に盛った猛毒が仕込まれているからだ。

 

「本当に化物のような肉体の強さだな。東海道昌徳」

 

 理人は片膝をついた昌徳を見下ろす。

 筋骨隆々とした体躯、見下ろす目線、殺意と敵意が滲む無遠慮な口調。

 それら全てが、昌徳に命の危険を感じさせた。

 

 対し理人は、人間なら絶対に死ぬ量の毒を盛ったはずなのに、全く死ぬ気配のない昌徳の強さに心中で驚嘆する。

 昌徳は死ぬどころか、ふらふらと立ち上がり始めていた。

 代謝の一環で徐々に体内で毒を自力中和している、ということなのだろう。

 この化物を殺すには、毒で弱っている今しかない。

 

「な、ぜ」

 

「分からないか? 私は語田国吉の仲間だ。お前を殺す目的を共通する、同志だよ」

 

「―――」

 

「お前を酒の席に誘うようになったのは、私のプランが最初から毒殺であったからだ」

 

 ふらふらと立ち上がる昌徳を、理人は全力で蹴り飛ばす。

 昌徳は咄嗟にガードしたものの、その衝撃で店の床に転がされていた。

 店員も、他の客も、何も反応しない。おそらくは彼らも理人の仕込みなのだ。

 

「最初から、騙して、いたのか……?」

 

「そうだな。お前が私と会う前には、私はお前を殺す役目を認識していた」

 

「……っ」

 

 またふらふらと立ち上がる昌徳に、理人はまたしても蹴りを叩き込む。

 昌徳はきっちりガードし、受け流し、立ったままでダメージの大半を受け流していた。

 

「私には、恩人を憎む理由がある。

 敬意を持った人間に殺意を抱く理由がある。

 子に未来を残してやるために……お前を殺さなければならない」

 

「子に……それは、国吉が言ってたのと同じ理由か!?

 俺様を殺さなきゃ、エリに未来を残せないと、あいつは言っていた!」

 

「そうだ」

 

「そいつは永夢(エム)計画ってやつと何か関係があるのか!?」

 

「……あいつめ、余計なことまで」

 

 永夢計画の名を聞いた瞬間、彼の様子が一変する。

 理人は三人目のライダーへと姿を変え、銃を手にした戦士へとその身を転じさせていた。

 

「もはや問答に意味は無し。仮面ライダースナイプ、推して参る」

 

 酒を飲む場所だったはずのそこが、一瞬にして岩石立ち並ぶ岩場へと変わる。

 スナイプの力で強制的に戦場を変えられて、昌徳は普段通りには動かない手を動かし、必死にエグゼイドへの変身を完了させた。

 

「大人しく殺されてくれ」

 

 変身完了したエグゼイドに、スナイプが光の弾丸を放つ。

 

 エグゼイドは、その弾丸を蝿でも掴むかのように、パシッと掴み取った。

 

「……っ!?」

 

 連射性に優れたハンドガンの引き金を、幾度となく連続で引くスナイプ。

 光の弾丸が四連続で発射され、エグゼイドの手首が凄まじい勢いで動き、手首の動きが止まった頃には指の間に四つの光弾が見事に挟み止められていた。

 何たる絶技か。

 昌徳が銃口の向きから銃弾の軌道を読んでいるとはいえ、これほどの技は見ているだけで怖気が走る。敵対している理人にはなおさらそう思えるだろう。

 

「毒は……毒はどうした!?」

 

「バカ言え……毒がなけりゃ、普段の俺様はこの数倍は強いっての」

 

「化物が!」

 

 連射される光弾をかわし、弾幕など無いも同然にエグゼイドは突き進む。

 "一歩踏み込むだけで、人間は銃弾の軌道から逃れられる"。

 理論上はそうだろう。

 実現するのも理論上は可能かもしれない。

 だが実際に一歩分動くだけで無駄なく銃弾を回避する人間を見ると、小刻みな歩行で銃弾の連射を容易く突破する人間を見ると、そこには恐怖しか感じられない。

 

 弾幕を突破したエグゼイドのハンマーの一撃が、スナイプをゴムボールのように吹っ飛ばしていった。

 

「ぐあっ!」

 

「もうやめてくれ。諦めてくれ。毒を盛ったところで、あんたじゃ俺様には勝てない」

 

「勝つ……勝たねばならないのだ! 私一人のために、ここで私は戦っているんじゃない!」

 

 吹っ飛ばされても立ち上がり、スナイプは繰り返し銃を撃つ。

 エグゼイドはそれを切り払うことも、叩き落とすことも、掴み止めることも、かわすこともできる。ならば当たるはずがない。

 それでも懸命に、彼は銃を撃ち続けた。

 

「守りたいもののために、自分より強い者に挑み勝つ……それが、仮面ライダーだッ!!」

 

 銃をハンドガンモードにして、数十にも及ぶ銃弾を撃つ。

 エグゼイドの剣が一つ残らず切り落とした。

 銃をライフルモードにして、眉間を狙った。

 エグゼイドは首を傾け、最小限の動きで回避する。

 銃にエネルギーを溜め、ハンドガンモードの五十倍の威力の銃弾を放った。

 エグゼイドはハンマーにてそれを叩き落とした。

 

 銃弾をものともせず、ゆっくりと近づいてくる悪魔のようなその姿に、理人は足が竦むほどの恐怖を覚えたが、その恐怖を噛み潰して引き金を引く。

 

「どんなに強い敵が相手でも……

 絶対に諦めない!

 絶対に負けは認めない!

 抗い続ける、最後まで!

 私には守りたいものが在るから―――絶対に、お前に勝つ!」

 

 子を想う親の心は、恐怖なんかに負けやしない。

 

「いい加減戦う理由くらい聞かせろ!」

 

「理由を聞かせてもお前は止まらない! 絶対に! 語田先生はそう判断した!」

 

 エグゼイドが蹴りを出す。

 毒で弱っているエグゼイドのそれを、スナイプは転がるようにして回避した。

 けれどもそれは罠。出した蹴り足が曲がり、スナイプの鳩尾に突き刺さる。

 毒のせいで威力が弱っていたものの、十分に体の深部へとダメージを伝える一撃だった。

 

「づぅっ……!」

 

 スナイプの体は蹴り飛ばされ、戦場に立ち並ぶ岩の一つにぶつかりそうになる。

 蹴り飛ばされながらも彼は瞬時に戦場に干渉し、誰も見当たらない夜の街へと戦場を変えた。

 そうやって岩に衝突するのを回避し、路面に転がった体の体勢を立て直す。

 昌徳は視線を動かし、そこが自分が働いている病院のある街の一角であることに気が付いた。

 

「話を聞かせてくれ仁科さん。医者の名にかけて、軽挙に出ないことは約束する」

 

「その約束は必ず破られる。お前は自覚していないだけの虐殺者だ」

 

 銃を構えるスナイプに、エグゼイドは"まず銃を奪って無力化し、その上で攻撃する意志がないことを示す"ことを決める。

 だがそう決めたエグゼイドの肩に、スナイプのものではない銃弾が一発命中した。

 

「……は?」

 

 スナイプの周りに、銃を手にした青服の男達がずらりと並ぶ。

 その一人一人が、この辺りの治安と人々を守る平和の守護者―――『警察官』であった。

 

「よう仁科」

 

「しょ……署長?」

 

 署長が居た。

 仁科の同期が居た。

 仁科に多くのことを教えた先輩が居た。

 仁科に憧れる後輩が居た。

 全員がスナイプを守るべく立ち、エグゼイドを倒すべく銃を構えていた。

 

「仮面ライダーじゃない奴が、仮面ライダーと一緒に戦っても良い。違うか?」

 

 同期の一人が理人に手を差し伸べ、彼はその手を取り立ち上がった。

 

「いや、違わない。ありがとう」

 

 仲間が居るから強くなれる。

 仲間が居るから立ち上がれる。

 仲間が居るから、諦めない心を持ち続けられる。

 仮面ライダースナイプは踏み出し、ワンアクションで姿を変え、橙混じりの新たなる姿となって飛翔した。

 

「姿が変わった!?」

 

「レベルアップだ……お前には負けん!」

 

 新生スナイプが空中で、脇下に二つのガトリングガンを構える。

 一発一発がハンドガンの銃弾40発分の威力を持ち、毎分5400発という連射力を持つその火砲が、地上のエグゼイドへと放たれた。

 エグゼイドは全て切り落とそうとしたが、銃弾が炸裂弾であったことで切り捨てることを放棄。

 一発ももらわないよう回避に動く。

 

「待て……待ってくれ! これは、警察が動く話なのか!?

 だったらなんでこんな闇討ちみたいな暴力に訴える!?

 身に覚えはないが、それなら話し合いでそっちの言うこと聞くのもやぶさかじゃ……」

 

「お前に逮捕はない。

 お前の存在が報道されることもない。

 お前を裁くのは法ではなく、殺されるべき存在に振るわれる外道の暴力だ!」

 

「外道を名乗るくらいなら、するな!」

 

「外道にならなければ成せないこともある!」

 

 レベルが上がったスナイプはカタログスペックがエグゼイドの1.5倍近くにまでなったというのに、空も飛べるようになり一方的に攻撃できるようになったはずなのに、エグゼイドに対し攻め切れない。勝ち切れない。

 それどころか、エグゼイドがスナイプの居る高さまで跳び上がって来た。

 

「っ」

 

 路面を蹴って跳び、街灯を蹴って跳び、建物の壁を蹴ってスナイプの高さまでやってくる。

 振るわれたエグゼイドの剣は、必死に回避したスナイプの頬をかすった。

 毒の効果がなければ、おそらく直撃していただろうと予測できる剣閃であった。

 

「撃て! 仁科を勝たせて、再来月の息子さんの誕生日を気持ちよく迎えさせてやれ!」

 

 このままではスナイプがやられる。

 そう判断した警察官が、一斉にエグゼイドへと発砲した。

 銃弾が空中のエグゼイドの姿勢を僅かに崩し、警察官が襲い掛かってくるという現状がエグゼイドを狼狽えさせ、スナイプをエグゼイドの魔の手から救うことに成功していた。

 昌徳は警察官の内の一人に叫ぶ。

 

「や、やめてください! なんであいつに協力するんですか!」

 

「……少なくとも俺は、これが警察官の使命だと、信じている!

 邪魔なら俺達も殺せエグゼイド! そうされても文句が言えないことを、俺達はしている!」

 

「殺せるわけないだろ! 俺様は医者だ! 人の命を救うのが仕事だぞ!」

 

 だが警察官は、ここにいる全員が殺すことも殺されることも覚悟の上で、エグゼイドへと銃を向けているようだ。

 

「まだ戻れる! 俺様はこう見えても人の話を聞くタイプだ!

 あんたらも警察官なら、誰かを手に掛ける前に話し合いで踏み留まれ!」

 

「もう遅い。お前があの怪物から守ってきた人々が居るだろう?

 既にここに居ない署員を動かして、その全員を処置してきた。我々の手は既に汚れている」

 

「―――え」

 

「手遅れだ。お前が守ってきた人間は、その全員が既にこの世に居ない」

 

 『話せば分かる』と思っているのは昌徳だけだ。

 『取り返しがつく』と思っているのは昌徳だけだ。

 『誰も死なせないで終わらせよう』と思っているのは昌徳だけだ。

 もうとっくに、事態はどうしようもない局面にまで移行している。

 

 地上に降りたスナイプを守るように警察官が立ち、その警察官を守るようにゲームに出て来るような『怪物達』が現れたことで、昌徳の混乱はピークに達した。

 

「嘘だろ……? なんだよ、それ」

 

 人を脅かす怪物が居ると思っていた。

 怪物がゲームの中でそうするように、罪の無い人間を勝手に殺しているのだと思っていた。

 なのに、彼と相対するのは、人を守ろうとする仮面ライダー。仮面ライダーを守ろうとする警察官。人間を守ろうとする怪物。それらが力を合わせた、一塊の集団だった。

 スナイプが仲間達へと声をかける。

 

「一人では勝てない相手でも……皆が一緒なら! 私が勝てなくても、"私達"なら!」

 

 絶対的な力を持つ一人の敵に、力を合わせて挑まんとする。

 

「覚悟を決めろ!

 私達が何人死んでも!

 奴が死ねば私達の勝ちだ!」

 

 きっと、エグゼイドと敵対しながらも、彼らは人を殺したくなんてないのだろう。

 その叫びには、人を殺したくない――けれど殺さなければならない――自分に言い聞かせるような響きがあった。

 はぁ、とエグゼイドは溜め息を吐く。

 

 腕にぐっと力を入れる。腕の中の毒の効果が和らいだ。

 腹に力を入れ、ふっ、と丹田に気合いを込める。すると全身の毒の効果が和らいだ。

 まだまだ本調子には程遠いが、人を殺したくない奴らに"殺されてやらない"ことも、殺さないように人を制圧することも、きっとできる。それができる自信が彼にはあった。

 

「どうやらお前ら……

 『人を殺しちゃいけません』って、小児科の先生に教わったことないらしいな」

 

 命の価値を語りながら、ゆらりと握った剣を揺らしたエグゼイド。

 そのワンモーションだけで、相対した生物はそのことごとくが死を覚悟する。

 

「お前らにどんな事情があろうと!

 何の罪も無い人間を身勝手に殺した時点で!

 俺様が戦うと決めるには、十分過ぎる理由になるってんだよ!」

 

 スナイプの周りに居た無数の警官が、一斉に銃を発砲した。

 エグゼイドは銃弾の全てを切り払い、真っ二つに両断する。

 両断され二つになった銃弾は半分が地面に転がされ、半分が宙を舞う。

 そして宙を舞う銃弾が剣の腹で弾き飛ばされ、人を殺さない程度の弾丸と化し、その場の警官全ての眉間に命中した。

 衝撃が脳を揺らし、全員が気絶し崩れ落ちる。

 

「なっ―――」

 

 警官を全滅させたら、次は怪物だ。

 陸上選手が走る途中にハードルを飛び越える時のように、いやそれ以上に手軽に怪物を切り捨てながら、エグゼイドは進撃していく。

 剣で切り捨て、鎚で叩き殺す。

 蹴りで首を折り、殴って胸を潰し、突き出した手刀を敵の首に刺す。

 

 生物のようで生物でない、泥を練り上げて作った人形のような手応えが彼の手に残っていた。

 常人には理解できない感覚であるが、人と害獣の違い、人と命なき人形の違いくらいは、手応えだけで理解できるのが昌徳である。

 人間に対する攻撃と違い、怪物に対する攻撃はただひたすらに容赦がなかった。

 

 エグゼイドが警官と怪物を全員無力化するまでの短い時間で、スナイプができたことといえば、空へと飛び上がることくらいのものであった。

 

「負けるか……私一人になっても! 仲間のためにも、絶対にお前は倒す!」

 

「もうやめろ! こっちは一人も殺してない! お前らはきっと何か勘違いして……」

 

 彼が言葉を言い切る前に、スナイプに集中しすぎていたエグゼイドを背後から、駆けつけた別の警察官が羽交い締めにしていた。

 

「やれ、仁科! 俺ごとやれ!」

 

「―――!」

 

「……すまん! お前ごとエグゼイドを殺す俺を、恨んでくれ!」

 

「恨むわけないだろ、仮面ライダースナイプ!」

 

 エグゼイドとスナイプが戦っている間に、エグゼイドが守った人々を殺していた警察官が、心配になってここに来たということなのだろう。

 ただの人間がエグゼイドを捕まえ、スナイプはエグゼイドを仲間ごとマシンガンで蜂の巣にしようとしてる。

 なんという覚悟か。

 なんという冷酷か。

 なんという熱力か。

 その判断は冷酷でありながらも、守るために仲間を殺す心の熱、仲間のために死を選べる心の熱に満ちている。

 

 スナイプが距離を詰めながら、マシンガンを連射してくる。

 エグゼイドは警察官の拘束を振りほどき、その警察官を庇うように立ち、マシンガンの放つ炸裂光弾のことごとくを切り捨てていく。

 

「うおおおおおおおおおおっ!!」

 

 炸裂弾を切り捨てれば衝撃が発生し、その防御行動は毒に侵された昌徳の手に少なくないダメージを叩き込んでくる。

 だが、切り捨て損なえばただの人間でしかないこの警察官は死ぬ。

 昌徳に、この警察官を見捨てる気は無かった。

 たとえ、守っているその警察官が自分に対し殴る蹴るなどの妨害を、現在進行形で続けていたとしても。

 

 スナイプは仲間の警察官がエグゼイドの足にしがみついたのを見て、マシンガンと並行して小型ミサイルまでもを発射する。

 

「おおおおおおおおぅらぁっ!!」

 

 マシンガンの光弾を全て切り落とし、全集中力を込めて小型ミサイルに剣を振り下ろす。

 

「もう誰も! 俺様の前で死なせるかってんだよ!」

 

 そして、信管と爆薬を綺麗に切り分け、小型ミサイルから敵の警察官を守ることに成功した。

 

 そこからのエグゼイドの行動は早かった。

 ミサイルの無効化からノータイムで警察官を背負い投げ、路面に叩きつけて気絶させる。

 更には路面に落ちていた拳銃を拾い、スナイプへと投げつけた。

 豪速球もかくやという速度でスナイプに衝突した鉄の塊は、スナイプの胸に表示されたHPをほんの僅かに削る。

 構わず、スナイプは詰めてしまった距離を取りながら引き撃ちしようとするが、エグゼイドの接近速度はスナイプの後退を許さない。

 

「エグゼイドおおおおっ!!!」

 

「スナイプ!」

 

 退がりながら撃つ。ひたすらに撃つ。なのに、距離は縮まるばかり。

 仲間の想いを受け止めて、その想いに応えるために撃つ。

 愛する息子のために撃つ。

 

(せめて……せめて、子供に、未来くらい……!

 子供に未来も残せない男が、父親なんて名乗れるわけがない!)

 

 想いだけで勝てるだなんて、彼も思ってはいない。

 だがそれでも、信じて撃つしかなかった。

 全力を込めて引き金を引くしかなかった。

 すがるような想いで、勝利を目指すしかなかった。

 

 人を撃ち抜ける弾丸も、現実だけは撃ち抜けない。

 弱者なら殺せる弾丸も、絶対強者は殺せない。

 自分を貫こうとする人間が、貫けない絶望という壁にぶち当たった時、現れる結末はその人間の破滅だけだ。

 スナイプの力は、理人の想いは、エグゼイドという壁を越えられずに、砕け散る。

 

 エグゼイドのハンマーが――ゲーム的な表現をするなら、HPを1だけ残す形で――スナイプの急所を強打し、その意識を揺らして、殺さぬままに変身解除へと追い込んでいた。

 

(手加減……そうか、くそっ……!)

 

 そうだ。

 昌徳は最初から、理人とは別のものを見ていた。

 彼はスナイプを殺すことなど望んでおらず、先日のブレイブとの戦いから仮面ライダーのライフを削り切ってしまえば、仮面ライダーが死んでしまうことに気付いていた。

 そのライフが、胸に表示されていることも。

 

 だから何度か攻撃を当てたのだ。

 『この威力の攻撃ならゲージはこのくらい減る』という検証を、エグゼイドは戦闘一回分の時間で検証終了にまで持っていったのである。

 ゆえに、スナイプはライフが0にならないギリギリの加減で、変身解除に足るだけの威力の攻撃を叩き込まれてしまったのだ。

 

「うし、誰も殺さなかったな。俺様頑張った。後でとんこつラーメンでも食って帰るか」

 

 剣でトントンと肩を叩く昌徳には、余裕がある。

 まだ毒の影響も消えていないだろうに、目に見えて余裕がある。

 複数人に囲まれようが、自分のスペックを大きく上回るライダーが相手だろうが、不殺を選べるだけの余裕が彼にはあった。

 

「だけどその前に、話を聞かせてもらいますよ。仁科さん」

 

「……無理だな」

 

「そんな意地を張って――」

 

「もう時間が無い。お前に言える言葉なんて、数えるほどしかないだろう」

 

「――え?」

 

 理人の体がおぼろげになって消えていく。

 周りを見てみれば、いつの間にか警察官達も消えていた。

 あの数の人間を気絶させたのだから、勝手にどこかに行けるはずがない。運べるはずもない。

 つまり―――警察官達はもう、消えてしまったということだ。

 

「な、なんでだ! 苦労して、誰も殺さないようにしたのに!」

 

「負けた奴も消える。死ぬ。それがこの戦いのルールだ」

 

「そんな……!

 なら、こっちに戦いなんて挑むべきじゃなかっただろ!

 そうでなくても、勝てないと判断した時に逃げ出していれば!」

 

 昌徳の言葉に、理人は静かに首を振る。

 

「自分の命よりも大切なものがある。

 他人のために自分の命を懸けられる。

 得る物がなくても、命がけの戦いに本気で挑める。

 だから仮面ライダーに選ばれたんだろう……私も、お前も」

 

 勝てない戦いでも、挑む理由があったのに。勝ちたい理由があったのに―――負けてしまった。

 

「ダメだな。誕生日に3DSを買ってやる約束も……

 病気が治ったら、遊園地に連れて行ってやるという約束も……

 母親が居ない分、ずっと倍愛してやるという約束も……もう、果たせないか……」

 

「仁科さん! 何が起こってるのか分からねえが、病院に運んで検査して手当てする!」

 

 昌徳は理人を背負って、必死に走る。

 病院はここからでも見える距離だ。

 ただのケガなら治せるだろう。彼は優秀な医者なのだから。

 ただのケガなら、治せるだろう。

 

「助けるから! 死ぬな! 病院まで保たせてくれ!」

 

 けれど、理人はもう手遅れで。理人は昌徳に背負われ、彼の背中の暖かさを感じながら、目を閉じる。

 

「お前は、悪の存在で、虐殺者で、破壊者かも知れないが……」

 

 消える。理人の体が消えていく。

 

「……同時に……誰かを守る……仮面ライダーなのかも……しれ……」

 

 彼は最後まで秘密と真実を明かさぬまま、昌徳の背中で泡沫の如く消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 病室の前に、昌徳は無言で立っている。

 時刻は夜。彼の背中に、もう理人の姿は無い。

 扉を開けて、理人の息子に会って、全てを話すべきなのか?

 そう思うも"仁科理人が何故死んだのか"を説明できない時点で、茶番以下の悲しみ語りにしかならないだろう。

 

 昌徳は、『何が理人を殺したのか』さえ知りはしないのだ。

 

「……」

 

 病室のドアに添えていた手を離し、病室に背を向け、無言でその場を去っていく。

 

 繰り返しだ。

 国吉を殺して、英梨に何も言えなかった時と同じ、繰り返し。

 彼は何も知らないから、何も理解できない。何も救えない。

 死んだ誰かの遺族に満足な説明をすることさえ、できないでいる。

 

「……誰も」

 

 理想と世界は反発し合う。

 どんなに大きな力があっても、無双の戦闘力があっても、彼に救えるものはない。

 真実に至らなければ、その力は人間を救うための礎になどなってはくれないのだ。

 

「誰も、死なせたくなんてないのにっ……!」

 

 今は亡き命を想いながら、彼は真実を知ろうとする。

 

 残酷な真実なら、知らないくらいでいいのに。

 

 

 



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転の節

 算旭数多はごく普通の家庭で暮らす小学生だ。

 学校ではクラス下位の学力と、学校一のサッカーの技量……いや、地区一番のサッカーの技量で中々に評価が高い。

 男子からはとことん好かれ、女子からは絶妙に見下される、そんなポジションの子である。

 病気のせいで今はサッカーも控えめになっているが、それでへこたれることもなく、さっさと病気を治して練習するぞ! と更なる熱さを手に入れていたりする。

 

 彼は子供だ。とことん子供なのだ。

 だから学校ではリーダー格でも、家では父と母に甘えに甘えている。

 

「父さん! キャッチボールやろうぜ!」

 

「……うちにグローブも野球ボールもないよな?」

 

「テニスやろう!」

 

「ラケットもテニスボールも無……いや待て! そもそも数多お前テニスしたことないだろ!」

 

「じゃあ消去法でサッカーしかないね」

 

「何も考えず喋ってると最終的にサッカーに帰結するのは凄いなお前」

 

 休日となれば父に遊んでくれと絡むのが数多の基本スタイルであった。

 数多の父は優しく、遊んでくれと言えば仕事で疲れていてもまず応えてくれる。

 この年頃の子供(小学校高学年)にしては珍しく、数多は友達と遊ぶのも好きだが、父と遊ぶのもそれと同じくらい好きな子であった。

 

「今日はカレーにするから遊ぶにしても早く帰ってくるのよー?」

 

「マジで!? 母さんマジ最高! うっしゃ帰ったらおかわりしないとなー!」

 

 母も息子の好物をよく理解していて、程よく息子の手綱を握ってくれている。

 父と子は楽しげに近場の公園へと向かった。

 

「父さん色々言うけど一緒に遊ぶの断らないからチョベリグって感じ」

 

「お前また母さんに変な言葉教わったな?」

 

 数多は病気の辛さをおくびにも出さない。

 それが父親としては嬉しくもあり、悲しくもあり、誇らしくもある。

 数多は病気の身であっても薬を飲んでいれば平時と同じ運動ができるが、それは薬によってもたらされた偽りの健康でしかないのだ。

 昌徳の治療がなければ、ここまで元気に動き回ることもできていなかったかもしれない。

 笑う我が子とサッカーボールを蹴り合いながら、"この子のためにしてやれることはなんだってしてやろう"と、父は決意を新たにする。

 

 そういう父だから、少年はこの父親が好きなのだ。

 

「というか、子供が一々そんなこと気にするんじゃない。

 特に理由がなくても親が子供と遊んでやるのは当然のこと……ん、ちょっと待て」

 

 父は顎に手を当て、少し考えてから率直な気持ちを口にした。

 

「いや、そうだな……強いて言うなら、理由はあった。

 俺はきっと、子供の好きなようにさせてやるのが好きなんだろうな」

 

「かっけえぜ父さん!」

 

「お前の好きなサッカーと同じだ。俺も好きなことをやってるんだろうな」

 

「父さんおれ好き!?」

 

「ああ、好きだとも! 算数のテストでもうちょっと点取れたらもっと好きになるぞ!」

 

「ぬむむむ……なら次のテストを楽しみに待ってな! ちょっとおれ頑張るから!」

 

 父親がボールを蹴って浮かすと、少年は跳び上がって空中回し蹴りのごとくボールを蹴り返す。

 

「お前も好きにやれ。好きなことをしろ。問題が起きたら、俺がなんとかしてやる」

 

「うん!」

 

 家族が大事だ。家族が大好きだ。家族を愛している。

 だから、それを守るためならなんでもできる。

 いつも一緒に遊んでくれる、休日にラーメン屋に連れて行ってくれる、時々頭を撫でてくれる大好きな父のために。

 いつも美味しいご飯を作ってくれる、面白い知識を教えてくれる、時々優しく抱きしめてくれる大好きな母のために。

 したくないことでも、できる。

 少年は、そう思っていた。

 

 

 

 

 

 昌徳はイライラしながら、病院の敷地内を箒で掃いていた。

 このイライラは怒りや不快感とはまた違う。恐怖、不安、不信、そういったものが意志力によってねじ伏せられた後に残ったものだ。

 意志力でそれらをねじ伏せ、理性でそのイライラを表に出さないようにする。

 後はイライラを発散すればいい。

 誰かの為になることをするとなんとなく自己満足が得られて、イライラが解消されるのが彼という人種だ。

 

 病院の前を綺麗にして、他人のためになった気がすると、少しだけ心が安定した気がする。

 

「よし」

 

 罪なき人を守ること。人を殺そうとする誰かを止めること。病気の人を救うこと。

 シンプルな自分のスタンスを再確認し、揺らがない自分の心を確かめる。

 並々ならぬ精神的ショックを受けてなお、彼の強靭な心は強さを保っていた。

 

 遠目にそれを確認し、数多は小細工無しの真っ向勝負を挑むことを決める。

 近寄ってくるマウンテンバイク乗りの小学生の姿を見て、昌徳は朗らかな笑顔を浮かべた。

 

「よっす東海道先生」

 

「ああ、おはよう数多。自転車買ってもらったんだな」

 

「おうよ。んでおれの番が来たからな」

 

「……?」

 

「今日の夕方五時辺りに、中央公園に来てくれ。

 あんたが語田先生と仁科さんから聞けなかった真実、全部聞かせてやるよ」

 

「―――!」

 

「その代わり逃げんな。おれと本気で勝負をしろ。

 おれがあんたに求める対価は、あんたが逃げずに挑戦を受けることだけだ」

 

「君も……お前も、あの二人の仲間だったのか!?」

 

「んまあ、そういうことになるな」

 

 ド直球の挑戦状。だが昌徳からすれば、小学生の子供で、自分の患者で病人でもある数多と戦うことなど受け入れられるはずもない。

 手加減しての一撃でさえも躊躇われる、そういう相手なのだから。

 

「おれを患者と思うな。子供と思うな。俺は先生の敵だ。ギッタンギッタンにしてやるよ」

 

「待て!」

 

「待たねーよ! ははははは!」

 

 数多は自転車を全力で漕ぎ、あっという間に遠くへ消えていく。昌徳が『このために自転車を用意したのか?』と思うほどに、迷いのない逃走だった。

 普段のバカな男子小学生をしている数多を見ていた昌徳からすれば、今さっきの少年の振る舞いは青天の霹靂にも等しいものであったが、少年は別に賢さを隠していたわけではない。

 あの少年は、昌徳の知らないことを知っているだけだ。

 行動はどちらかと言えば軽挙に近く、深く考えて罠を張っているようには見えない。

 

 国吉は親友として完璧に正吉を油断させており、患者の小さな女の子が起こした"何か不測の事態"に行動を余儀なくされたものの、理想的な動きをさせていた。

 理人は毒を盛ってから数で挑む手段の選ばなさを見せていた。

 だが数多にはそういった周到さが一切見えない。

 おそらく、シンプルにタイマンを挑んで来ることだろう。

 昌徳からすれば、御しやすい相手であると言えた。

 

 相手が子供でなければ、相手が病人でなければ、相手が昌徳の患者でなければ、の話だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昌徳の一日分の仕事が終わった。一日にすべき仕事を人間離れした速度で終わらせ、患者に何かあれば携帯に連絡するよう伝言を残し、病院を早退して早めに動き始める。

 彼は道すがら色々と考えてみた。

 戦って無事に済ませる方法を無数に考える。

 戦わずに穏便に済ませる方法を無数に考える。

 拘束、説得、罠、脅迫、逃走、菓子。数多を止めるための様々な手段が頭に浮かび、有用そうなものは記憶しておき、時間に余裕をもって公園に向かう。

 

「あ、奇遇ですね。やっほー」

 

「……エリ」

 

 その途中で、恋人と出会った。

 昌徳の胸に湧き上がる痛みは、彼がまだ彼女に全ての真実を語れていないことを証明している。

 街で突然彼女と出会ってしまったことで、昌徳は取り繕っていない自分の顔を、察しのいい彼女に見られてしまった。

 

「落ち込んでますし、迷ってますね。それでも歩みを止めないのは流石ですが」

 

「分かるのか?」

 

「そりゃ、恋人ですもの。ずっと片想いでずっと好きだったんですよ?」

 

 ずっと見てましたよ、と言って、彼女は歩く彼の横に寄り添う。

 

「俺様もお前のことをずっと見てた。

 この記憶は、今でもこの身に力をくれる大切な想い出だ」

 

「恋の想い出が、ですか?」

 

「どんな想い出でも、だ。想い出は俺様のパワーだよ」

 

 彼は寄り添う彼女の歩幅に合わせ、歩く。

 意識せずとも互いの歩幅が分かる二人は、意識せずとも同じペースで歩いていける。

 彼は彼女を、彼女は彼を、ずっと見ていた記憶がある。その記憶が互いの心を理解させてくれている。それはきっと、とても幸せなことなのだ。

 

「どんなキッツい案件でも、できる限り良い終わりにして、想い出にしてみせるさ」

 

 良くない今を、想い出に変えて前に進む。

 そのために、少しでもいい形でのエンディングを目指す。

 彼はそうすべきだと考えているし、そうしたいと思っていた。

 

「大丈夫」

 

 迷いはすれど止まりはしない昌徳の手を、英梨が優しく握る。

 彼女の細く白い指が彼の指に絡み、繋いだ手が愛と暖かさを伝えてくれた。

 

「あなたがどんな選択をしても、私は最後まで傍に居ます」

 

 "彼女に背中を押された"と彼は感じ、恋人の笑顔を見て、それをたまらないくらいに愛おしく思う。

 

「何があっても、最後の最後まで一緒です。あなたは一人じゃない」

 

 痛む心が癒やされる。

 

「……ありがとな」

 

 彼女が居てくれたことに、彼は心の底から感謝した。

 彼女と両思いになれたというだけで、運命というものに感謝した。

 彼の中で今、一番に大切なものになった英梨。

 愛する彼女の存在が、彼の心を支えてくれていた。

 

 

 

 

 

 指定された時間、指定された場所。

 夕陽に変わりつつある太陽を見つめる数多が待つその場所へ、昌徳は辿り着いた。

 戦意十分な少年の背中に、昌徳は言葉を投げかける。

 

「なんで事情を話す気になったんだ? あの二人は、真実の手がかりを何も話さなかったのに」

 

「話しても構わねーと、おれは元から思ってるからさ。

 あとあの二人はなんだかんだいって、あんたが好きでもあったからじゃね?

 おれはあんたに面倒見のいい先生以上の感情は抱いてねーもんよ」

 

 風が吹き、二人の間に葉が落ちる。

 二人の声と揺れる葉音以外には何の音も聞こえない、夕暮れの静寂。

 成人した医者と、中学校にも上がって居ない患者が、公園にて相対した。

 

「さて勝負だ。殺し合いながら話そうぜい」

 

「やめろ。先に話しとけ」

 

「おうおうどうした? いいじゃんかよ別に、戦いながら話したって」

 

「また後出しのルールを出されて、お前に死なれちゃ敵わん。

 最初に話せることは全部話しておけ。

 勝敗有耶無耶にして二人セットで助かる方法は、戦いながら俺が考えておく」

 

 昌徳は極めてフラットだ。

 冷静に、的確に、最適な答えを叩き出せるコンディションで居る。

 彼からすればこの戦いも殺し合いではなく、"どう穏便に終わらせるか"だけが問題である『執刀対象』でしかない。

 それが数多の癇に障った。

 昌徳は、自分が負けて死んでしまうことを、微塵も恐れていなかったからだ。

 

「……負ける可能性も殺される可能性もねえってか。いい根性してんな、ワクワクすんよ!」

 

 それを、数多は自分への過小評価兼侮辱と解釈した。

 小さな子供が、大人の体格へと一気に変身していく。

 一瞬の変身過程を終えれば、少年はバイクを模した体の上に、龍を模した武装を上乗せした仮面ライダーへと姿を変えていた。

 

「おれはレーザー。仮面ライダーレーザーだ。

 どこまでも真っ直ぐに、最速最短一直線で飛んで行く光!」

 

 レーザーの発射点をA、到着点をBとする。

 レーザーは最速で目標点に到達するため、このAとBの間の最短距離を通ろうとする性質を持つ。

 愚直なくらいに真っ直ぐな数多少年には最も相応しい名であったと言えよう。

 龍の翼を翻し、飛翔するレーザーが剣を振り上げる。

 そのスペックは、既に平均値でもエグゼイドの二倍から三倍という域に達していた。

 

 昌徳もまたエグゼイドへと姿を変え、剣を片手にレーザーの接近を受けて立つ。

 数多は読みづらい動きで飛翔し、左手の電磁キャノンから圧縮金属を連続で発射し牽制、右手の電磁ブレードでエグゼイドを一刀両断せんとしていた。

 

 数多も生物であるために、戦いの最中には呼吸を行わねばならない。息を吸って、吐く。

 飛翔も"敵を惑わす"という意から、"一瞬で距離を詰める"という意に切り替えねばならない。

 攻撃も電磁キャノンでの遠距離攻撃から、電磁ブレードの近距離攻撃へと、攻撃のテンポや意識を切り替えなければならないのだ。

 だが呼吸の隙、意識の隙、そんなものを昌徳が見逃すわけがない。

 彼は昔から、畑や田に害を及ぼす害獣を、山で仕留め続けてきたのだから。

 

「痛っ」

 

 レーザーの視界から、エグゼイドの姿が消え、数多の体に痛みが走る。

 

「え?」

 

 やったことはシンプルである。

 レーザーの視界を把握し、レーザーに接近されたタイミングでその視界から消えるようにして動き、凄まじい速さで飛んで来たレーザーにクロスカウンター気味に鎚を叩き込んだのだ。

 エグゼイドのスペックが低くても、レーザーの突撃力を利用すれば威力は倍増する。

 更にエグゼイドはダメージを少なく、痛みを多くする叩き方をして、レーザーにあまりダメージを与えずに戦意を喪失させようとしていた。

 

「ま、まぐれだろっ!」

 

「このシステムもだいたい理解した。俺様にもう望まぬ殺人はない」

 

 走っている時に転んで、思いっきり頭から地面にぶつかってしまう時がある。

 再度飛翔し突撃してきたレーザー相手に、エグゼイドはそれを再現した。

 振るわれた電磁ブレードを紙一重でかわし、太ももに蹴りを入れ、レーザーが飛翔するパワーのベクトルを曲げ、その勢いのまま地面にぶつけたのだ。

 

「で、これで、俺様が勝ったとも言いづらい状況だ。勝敗はあやふやにして進行させる」

 

「あぐっ!?」

 

 地面にめり込む数多(レーザー)

 ダメージは控え目だが、『スペックで上回っても手玉に取られている』という事実が、その心へのダメージとなるだろう。

 昌徳はヒグマを素手で狩る時の心構えで、龍の武装を持つバイクの仮面ライダーを見下ろした。

 

「俺様は殺す気も殺させる気もない。

 勝つ気も負ける気もない。

 真実を話すまで、延々と千日手にしてやる。覚悟はいいか?」

 

「……おれをナメんな!」

 

 頭に血が昇ったレーザーがまた突撃しようとするが、そこでエグゼイドとレーザーの衝突を阻むようにどこからともなく怪物怪人の軍団が現れた。

 昌徳と数多が何かを言う前に、怪物達は二人の衝突をうやむやにして、自分たちの体を素材に二人を包み込むドームを形成する。

 怪物達は何も喋らない。

 だが子供の純粋な心と感性は、何かを察したようだ。

 まるで、子供が小さな動物と心を通わせるかのように。

 

 怪物達は、落ち着けと訴えかけていた。

 怪物達は、まず話すべきことを話せと訴えかけていた。

 それは昌徳に対し何か考えがあるのか、それとも数多を落ち着かせるために何かを話させようとしたのか、イマイチ判別がつかない訴えである。

 確かに言えることは、この怪物達が、数多の味方であるということだけだ。

 

「! お前ら、おれにまず話をしてから戦えっていうのか……?」

 

 怪物達の気遣いが、数多に冷静さを取り戻させる。

 熱くなったせいで0%にまで下がっていた数多の勝率が、元の高さにまで戻っていた。

 

「……人間を襲いもすれば、人間の味方のようにも振る舞う……何を考えてんだ?」

 

「あの怪物達はおれ達の仲間で味方。そしてお前らの敵。それだけだ」

 

「味方と、敵か」

 

「あいつらが状況を整えてくれて助かった。

 こういう状況じゃないと、おれが話した内容を聞かれかねない。

 『あれ』は今戦場を俯瞰して見てるだろうから、こうすれば姿も声も隠せるだろうな」

 

「……やっぱり、黒幕が居るのか?

 お前達にこんなことをさせてる、最悪の黒幕が……」

 

 予想はしていたことだった。

 "誰かに望まぬ殺人と暴行を強要されているのではないか?"というのは、昌徳がずっと持っていた疑問の一つだ。

 数多曰く、この戦いを見ている者が居るという。聞いている者が居るという。

 この怪物達がその邪魔をしているというのなら、それは昌徳・数多・怪物達共通の敵であるはずだ。

 

 それを倒せばいい、と昌徳は思う。

 倒せたら解決する敵であってくれ、と昌徳は願う。

 そいつを倒せば全てが解決する『悪』が居てくれれば、と昌徳は祈る。

 だがその願望に近い昌徳の推測を、数多は首を振って否定した。

 

「ちがうちがう。最悪の黒幕なんていない。おれ達にこんなことをさせてるものはあるけどな」

 

 彼の物語は、始まった時点で不可避の悲劇を運命付けられていた。

 

 

 

 

 

「あんた、想像もしてなかったろ? この世界が……誰かが見てる夢でしかない、だなんて」

 

 

 

 

 

 始まった瞬間から、終わりを約束されたもの。その一つが、『夢』だ。

 

―――これは夢

 

 ステージセレクト?

 それは、人が夢を見る時によくある、夢の場面がコロコロと変わる現象が起こり、戦場が変わったように見えるだけだ。

 この世界の住人?

 全てが幻だ。夢を見ている人間が、どこかで見聞きした情報を人間に再構築しただけのもの。

 敗者の消失?

 当たり前だ。夢の中で、敗者がいつまでもそこに残るわけがない。

 人殺しの怪物?

 違う。彼らは世界と、多くの人々を守るために発生したものだ。

 

 想い出など無い。

 過去など無い。

 昌徳の過去も、想い出も、人の繋がりも。夢の世界における『設定』に合わせて最近捏造されたものに過ぎないのだ。

 

―――これは夢

 

 夢の世界はあやふやで、いつ終わってしまうか分からない。

 なのに、夢の世界の住人には"これが夢だ"と気付き、夢を終焉に導いてしまう存在が居る。

 仮面ライダーと怪物が殺そうとしていた人々や、昌徳などがこれに当たる。

 彼らは夢の中で夢を見たり、夢の世界に違和感を抱くなどして、この世界が夢であると気付き、夢の主を目覚めへと導く。

 自然に発生し、自然な目覚めへと導くのだ。

 

 語田国吉は、これを『気付きの悪夢』と呼んだ。

 

 これとは違い、気付きの悪夢として世界に発生せず、偶然この世界が夢の世界であると知ってしまった者達も居る。それが国吉達だ。

 彼らにこの世界が夢の世界であると教えてもらえば、その人物もこの世界が夢の世界であると理解できるため、この世界における殺人などを隠蔽する協力者となる。

 そして、彼らは気付きの悪夢を狩り始める。

 でなければ、気付きの悪夢は夢の主を夢から目覚めさせ、世界を終わらせてしまうからだ。

 

 これは世界が夢であると気付いた人間同士による、世界を終わらせるか守るかの対立構造。

 

―――これは夢

 

 怪物達はだからこそ、この世界を守ろうとする者達に力を貸す。殺人という罪を人間達に背負わせないために、率先して気付きの悪夢を狩ってきた。

 

 この世界の住人は誰もが、自分が夢の世界の住人であることを無意識下で理解している。

 ゆえに、自分がいつか消える前提の存在であることを無自覚に認識している。

 だからこそ彼らを強く動かすのは、他人を死なせたくないという想いだ。

 国吉には妹。

 理人には息子。

 数多には両親。

 夢の始まりと同時にこの世界に生まれた彼らは、夢の中の設定に沿った記憶を持っているだけであり、実際に十何年もその家族達と一緒に居たわけではない。

 全ては虚構。

 だが、その愛だけは本物だった。

 

「妹を愛する兄の気持ちも。

 子供を愛する父親の気持ちも。

 父さんと母さんを愛する俺の気持ちも。

 全部夢幻だ。幻想だ。偽者だ。

 だけど……それでも! おれは、おれ達は、大切な人とこの世界を守ると決めたんだ!」

 

 いつの日か、自分の家族が気付きの悪夢となってしまったら?

 そう思いながらも、夢を終わらせないために仮面ライダーは戦い続ける。

 

「お前達は『気付きの悪夢』……この世界の人間を皆殺しにするために現れる、最悪の猛毒だ!」

 

 何の罪も犯さないままに、ただ生きているだけでこの世界が夢の世界だと気付いてしまい、この世界の人間から自由と平和を奪い去る、無自覚な世界を殺す毒。

 そんな人達を、昌徳はずっと守ってきた。

 

永夢(エム)計画は、この世界を終わらせないための計画の名前さ。

 計画のそーごーこしょーとか語田先生は言ってた。

 この夢を見ている人が目覚めないようにする。

 この夢が別の夢に変わるのを止め、この世界の夢をずっと見せ続けて、世界を守るんだ」

 

 永遠の夢、ゆえに永夢。

 

「おれは、あんたがこの世界に発生する前からこの世界に居た!

 語田先生も、仁科さんも、おれも! 数少ない『違和感』を持てる個体だから!

 おれは『望んでもいない親友』が勝手に生えてきた語田先生の様子も、見てたんだ!」

 

「……あ」

 

 国吉と理人は大人だった。

 数多は子供だった。

 だからこの少年は、思っていたことをオブラートに包まず口にし、胸中の想いをストレートに叩きつけてくる。

 

「あんたに分かんのか!?

 ある日突然親友ができる気持ちが!

 そいつを好きな気持ちが強制的に発生する苦悩が!

 『東海道昌徳の親友』という役割を強制的に押し付けられる嫌悪が!

 そいつが昔からの親友みたいに振る舞う不快感が!

 そいつと子供の頃から一緒だったという記憶が発生する違和感が!

 愛する妹が……たった一人の家族が、そんなやつの恋人にあてがわれた怒りが!

 自分でさえ不確かで、自分は都合よく改変されて、愛した家族さえ……そんなのっ!」

 

 もっと酷いことを言おうとして、けれど優しさを捨てきれない数多は、国吉が抱えていた苦しみも、国吉が昌徳に感じていた友情も、一緒くたに思い出してしまう。

 思い出して、言いよどんでしまう。けれども、気張って言葉を続けた。

 

「語田先生も仁科先生も変なんだよ。

 あんたがいい人? あんたが優しい? それがなんだ。なんで迷う?

 おれは、あんたがそこに生きてるってだけで、心底許せない気分になる……!」

 

 昌徳をいい人だと思いながらも、非情に徹して殺しに行った二人の大人が居た。

 その二人を変だと言う数多だが、昌徳の目の前でこんなにも長々と心中を吐露していることからも、少年の中の迷いは伺える。

 大人なら昌徳を好ましく思っても割り切れる。

 子供なら昌徳を少しでも好ましく思った時点で割り切るのが苦痛になってしまう。

 数多は、国吉や理人のように割り切れていないのだ。

 

 理人は子供の未来のためにと思い、戦っていた。

 その『子供』というのは、自分の息子だけでなく、数多のことも入っていたのだろう。

 理人は数多が今感じているこの苦痛を、数多に味わわせたくなかったのだ。数多に戦いの順番をできる限り回したくなかったのだ。

 

「それ、は……俺様が、悪いのか?」

 

「ある日突然記憶と認識を変えられて、恋人にさせられた英梨さんの前でそれ言えんのかよ!」

 

「―――」

 

「あんたが悪意をもってやったわけじゃないのは分かる!

 だけどさ! じゃあ英梨さんの前で自分は悪くないって言えんのかよ!」

 

 言えるわけがない。

 そんなこと、言えるわけがないのだ。

 昌徳はもうこの世界が夢の世界であることを、本能で理解してしまったのだから。

 

 昌徳と相対する仮面ライダーは、その誰もが、『彼を殺さなければならない』『彼はいい人だから殺したくはない』という二つの感情の矛盾(パラドクス)に悩まされている。

 『人を殺したくない』『だがこの世界を脅かす者は殺さなければならない』という、義務と責任による意志の矛盾(パラドクス)に苦しめられている。

 『自分達は自然と消えるのが当然の夢の住人』『だが今ここに確かに生きている』という矛盾(パラドクス)に正解はない。

 『自分達は消えるのが当然』という認識があり、『死にたくない』という願いがある。その矛盾(パラドクス)を"生きるために戦う"という意識をもって踏破するにも、そこには苦痛が伴うのだ。

 

 この世界には、生と死・夢と現の矛盾(パラドクス)のほとんどが詰め込まれていた。

 

「戦いに挑んで死ぬかもしれないのに……世界を守るために、戦うと決めたのか、数多」

 

「死にたくないよ……死にたくないんだよ! でもそれ以上に、死なせたくないんだよ!」

 

 少年の足は震えている。

 エグゼイドという無敵の絶対強者に立ち向かうには、自殺実行に等しい勇気が必要だ。

 数多の中には、怯えながらも自分の命を懸けようとする勇気があった。

 

「父さんと母さんが消えるなんて嫌だ! 絶対に嫌だ!

 したいことはたくさんある! おれは死にたくない! だけどそれとこれとは話が別だ!

 死なせたくないんだ、父さんと母さんだけは!

 ……お前さえ、お前さえいなければ!

 おれは自分の命と親の命を天秤にかけて、悩んで、選ぶことなんてしなくて済んだのに!」

 

 ある日突然現れて、世界の終わりを突きつけてきた最強の侵略者。

 皆で束になっても敵わない、最悪の悪夢。

 数多から見た昌徳は、そういう存在でもあった。

 

「なんで、お前みたいなのが生まれて来たんだよ、この世界に!

 なんでそんなに強いんだよ、おかしいだろ!

 おれ達は世界を守りたかったのに! 皆が生きるこの世界を守りたかったのに!

 なんで世界中の皆の力を束ねても勝てないくらい、お前は一人で圧倒的に強いんだよ!」

 

 東海道昌徳は最強の仮面ライダーであり、同時に気付きの悪夢。

 彼がこの世界に存在する限り、夢の終わりは加速度的に近付いて来る。

 数多に彼は倒せない。

 倒せないなら夢は終わる。

 夢が終われば、数多の両親も消えてなくなる。

 まだ"次の算数のテストで頑張る"という父との約束は、果たされてもいないのに。

 

「皆必死なんだよ!

 殺したくもない人殺して!

 お前みたいに発生した奴と戦って、世界を守るために死んで!

 いつ終わるかも分からない世界を繋ぎ留めるため、命懸けてるのに!

 ……なんでお前は、そんなに強くて、全部全部その力でぶっ壊して……!」

 

 昌徳さえこの世界に現れなければ、この世界はもう少しだけ長持ちしたかもしれない。

 けれど、そうはならなかった。

 最強の主人公は、全ての戦いに勝利して世界の全てを終わらせる。

 

 ここは、人を殺したくなんてない優しい小学生の男の子が、両親を守るため罪なき人々を殺し続けなければならない夢幻の世界。

 この世界を……この世界に住まう全ての人を消滅させるという形で終わらせるため、東海道昌徳はこの世界に発生した。

 

 そこが地獄のような世界でも、そこに人が生きているなら、その命をライダーは守る。

 どんなに残酷な世界であっても、人を守るのが仮面ライダーだ。

 改造人間が改造人間を狩り人の命を守るのと同じように、彼らもまた、夢の世界の住人を狩り夢の世界の住人の命を守り続ける。

 殺される覚悟も、殺すという罪も、全てを背負って戦い続ける。

 エグゼイドの敵は、『仮面ライダー』だったのだ。

 

「……この夢の主は、子供なんだ。たぶん、おれと同い年くらいの」

 

「子供、だと?」

 

「子供がテレビで見たもの。本で見たもの。どこかで聞いたこと。

 それらが、『仮面ライダー』とか『エグゼイド』を形作ってる。

 でも、語田先生は夢の世界は異世界でもあるから、別世界からのりゅーにゅーがなんとかって」

 

「……」

 

「まあいいや。その物語仕立ての世界の『主人公』に、あんたは据えられてる」

 

 この夢の世界は広大だ。

 だが、夢とは夢の世界の一部を見るもの。

 夢の主が見ている夢の景色は、『主人公』である昌徳の周辺のみ。

 

 昌徳を俯瞰するように夢の主は夢を覗く。

 だから怪物が昌徳の周りを覆えば、夢の主は怪物のドームに飲み込まれた昌徳の正確な現状を理解できてはいない。怪物達の意図はそこにあったのだ。

 そも夢とは、何を見たか何を聞いたかもあやふやなものであるため、夢の主も会話の全てをきいているわけではないのだろう。が、念を押すに越したことはない。

 

「主人公様の敵役とか、頼まれてもやりたくないよおれは」

 

「……全部明かしたお前達に、俺様が味方するかもしれないだろ」

 

「白々しいぞてっめえ」

 

 顔色が悪く、先程までの強さが見られなくなった声で、なけなしの反論をしてくる昌徳。

 その心にもない反論が、数多の怒りを買ってしまった。

 

「語田先生の言ってた通りだ……

 顔見りゃ分かる。

 お前、この夢を終わらせようとするよ。絶対。

 だって、その方が正しいもんな。そうだろ?」

 

 この話を聞いた上で、昌徳がこの世界を続けさせるための選択ではなく、この世界を終わらせる選択をすると、数多は確信していた。

 昌徳の顔色は悪い。

 声に力はない。

 心は動揺と絶望に侵食されていることだろう。

 だがその上で、数多がそう確信できるような表情を、昌徳はしていた。

 

「終わらない夢が間違いだなんてこと、誰もが分かってる。

 終わらせるのが正しいんだろうさ。

 お前は正義だ。正しいことをしようとしてる。

 何があっても正しい選択を選ぶ。

 お前の正しい選択は、おれの家族を殺す……だから、おれは! お前だけは! 絶対に!」

 

 仮面ライダーレーザー・算旭数多がエグゼイドへと襲いかかる。

 エグゼイドは、それに()()()()で反撃した。

 レーザーは過去最大の命の危険を感じ、飛翔に使っていたシールドウイングを盾に使う。

 バターにナイフを入れるように、翼が切り落とされた。

 

「ッ!?」

 

 今までのエグゼイドの攻撃は、全てが繊細な手加減と絶妙な技術によって成された、『絶対に殺さない一撃』だった。

 エグゼイドの仮面が昌徳の顔を隠しているために、表情は分からない。

 だが昌徳が仮面の下でどんな顔をしているかは、想像に難くないだろう。

 彼が受けた衝撃は大きい。

 彼の余裕は随分と削られてしまっている。

 そのせいでおそらく、攻撃から手加減が減ってしまっているのだ。

 

 レーザーは全力で戦っても、エグゼイドを全く追い詰められていなかったことを知った。

 少し追い詰めただけで、背筋も凍るような一撃が飛んで来ることを知った。

 自分が絶対に勝てないことを知った。

 ……そして、更なる絶望的な事実にまで、気付いてしまった。

 

(強くなってる。

 最初からデタラメに強いくせに、強くなってる!

 ブレイブとの戦いで、スナイプとの戦いで、おれとの戦いの最中にも、強くなってやがる!)

 

 ゲームとは、経験値を溜めてレベルアップするもの。

 昌徳はまさしくゲームの主人公のように、ライダー二人との戦いの経験値で強くなっていた。

 そして今また、レーザーとの戦いの経験で強くなっている。

 数多は勝てない。

 なのに、諦めずに戦い続ければそれだけでエグゼイドを強化してしまう。

 

 レーザーの仲間に残された仮面ライダーの仲間はあと一人。

 少年が死ねば次のライダーにバトンが渡る。この夢は、そういう仕様になっていた。

 その仲間なら、『今のエグゼイド』に勝てる可能性はある。

 だが、レーザーがこれ以上エグゼイドに経験値を与えてしまえば、勝つ確率は0だろう。

 数多少年は、一つの選択を迫られる。

 

「……それしか、ないか」

 

 悩み、悩み、悩み。

 数多は恐怖を胸の奥に押し込んで、電磁ブレードを自分の腹にそっと添えた。

 

「聞け! おれは次に託す!

 この世界そのものを示した名が……『幻夢』が! お前を倒す!」

 

「おい待て数多、何かする気なら早まるな! まず一度冷静になって―――」

 

「頼む、幻夢!

 おれは、ちゃんと死ぬから……だから!

 父さんと母さんを、おれの代わりに、守ってくれ!」

 

 この世界に生まれてから、最も大きな心の傷が昌徳の胸に刻まれる。

 

 自分の患者で、小さな子供で、自分が面倒を見ていた男の子が、彼の目の前で腹に剣を突き立てていた。

 

「死にたくない……死にたくないよ……」

 

 エグゼイドにこれ以上の経験値を与えないため、ただそれだけのために。

 

「……でも、誰だって死にたくなくて……

 世界のために皆死んで……おれは、世界のために、たくさん殺してきたんだから……

 ……父さんと……母さんが……生きる、世界のために……死ぬことくらい……受け入れ―――」

 

 一人の小さな男の子が、死にたくない、死にたくないと言いながら、涙を流し、自分が今まで殺してきた人達に心の中で謝りながら、無様に血まみれに死んでいく。

 夢の住民の死体は残らず、その死体さえもが泡沫のごとく消え去っていく。

 血の海に浸る小さな手が消えた時、昌徳は胸の奥から湧き上がってくるその叫びを抑えることもできず、張り裂けんばかりに叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢の主の視点からでは、レーザーが自殺したことは分からない。

 その視点から見れば、怪物で出来たドームから一人で出て来たエグゼイドが、レーザーを倒したように見えるだろう。

 この戦いもまた、エグゼイドの勝利という結果で処理されるようだ。

 

 叫び終えたエグゼイドの前に、『黒いエグゼイド』が現れる。

 彼は直感的に理解した。

 この黒いエグゼイドが、自分と対になる姿をしたこの敵が、最後の敵であることを。

 

「お前が……」

 

「仮面ライダー、ゲンム」

 

 ゲンムが喋る。

 その声を聞き、昌徳は目を見開いた。

 ゲンムが変身を解く。

 その姿を見て、昌徳は新たな絶望を知った。

 

「嘘だろ」

 

「私がゲンム。あなたが最後に倒すべき敵、越えるべき壁です」

 

「エリ」

 

 親友の死、患者の家族の死、患者の死。

 その先には、恋人の死に繋がるレールが用意されていた。

 

「顔を見れば分かる、と数多君は言ってましたが……

 本当によく分かります。その凛々しい顔、選択にゆらぎはありませんか」

 

 戦いを避ける選択肢があれば、それだけで救いになっただろう。

 だが、そんなものはない。

 英梨がこの世界の存続を望む限り、彼女が昌徳の生存を許すわけがない。

 

「言いましたよね? 私は最後まで、あなたの傍に居るって」

 

 彼女は微笑む。

 

「最後の戦いで私が死ねば、世界は終わります。それが世界の最後です。

 最後の戦いであなたが死ねば、世界は続きます。それがあなたの最後です。

 私とあなたは、最後までずっと一緒に居る……それは、当たり前のことだったんですよ」

 

 彼女はこの運命の渦中に放り込まれてなお、昌徳を愛し続けていた。

 夢の世界の登場人物として、昌徳が世界に生まれた時、そう再設定されてしまったから。

 彼女は彼を愛したまま、この世界に生きる一人の人間の義務として、彼からこの世界を守ろうとする。

 

「このいつ消えてもおかしくない幻夢を、私は永夢に変えなければならない」

 

 彼女の名は、語田英梨。

 

「この世界の運命は、私が変えます」

 

 彼女が最後に残された、この世界にたったひとりの、夢の守り人だった。

 

 

 




 夢の中の登場人物の名前は、夢の主が最近見たものの変形です。子供ってことですね。

・東海道昌徳
 →道徳
・語田国吉
 →国語
・語田英梨
 →英語
・仁科理人
 →理科
・算旭数多
 →算数


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結の節

 東海道昌徳は既に決めていた。

 正しい選択を選ぼうと、あるべき形に戻そうと、戦おうと決めていた。

 傷一つ付けたくないと決めていた女に刃を向けてでも、守ると誓った恋人と戦ってでも、この夢を終わらせると決めていた。

 なのに、愛が彼の手をまともに動かさない。

 

 語田英梨は既に決めていた。

 条理を捻じ曲げようと、夢想を現実に変えようと、夢を永遠に昇華すると決めていた。

 愛より世界を優先しようと決めていた。

 なのに、愛が彼女の手をまともに動かさない。

 

 二人は愛し合っていた。

 この世の誰よりも、目の前の一人が好きだった。

 世界中の全てを敵に回してでも目の前の一人を守れるか、と言われれば、迷わず頷けた。

 全ての人を敵に回し、世界を逃げ回らなければならないとしても、それでもこの恋人を殺さないでいられるのなら、それでいいと思えるくらいに愛していた。

 だが、そうはならなかった。

 

 『誰も殺さなくていい』なら、世界を敵に回そうが、世界中逃げ回ろうが、二人は耐えられた。その手の苦痛であれば、どんなに大きくとも二人は耐えられたのだ。

 だが、『世界全ての人間の死』がかかっているのなら、彼も彼女も無責任な選択は選べない。

 使命感が、責任感が、二人に『全ての終わり』か『世界の存続』かを選ばせる。

 

 彼が勝てば世界は終わり、彼女が勝てば世界は続く。

 時間稼ぎも先送りも、彼女が許さない。彼が逃げても、彼が戦いを拒んでも、彼が夢の世界の自然終了を待とうとも、彼女は必ず彼を追い詰めるだろう。

 彼は生きているだけで世界を終わらせる最悪の毒、"気付きの悪夢"なのだから。

 彼らは自分の中の愛に決着をつけなければならなかった。

 

 だから、"何故"と一言も問うことなく、二人は最後のデートの約束を取り付けていた。

 

 

 

 

 

 これがきっと最後の一日。

 昌徳とこの世界が共存できる最後の一日だ。

 これ以上昌徳が生きてしまえば世界は手遅れとなり、この日の内に昌徳を殺せれば、世界はなんとか回っていける。

 背中に刃を隠して笑い合うようなデート。

 二人は、遊園地のゲートの前の行列に居た。

 

「こうして待つ時間も私、好きですよ」

 

「俺もだ。話すのが楽しいからだろうかね」

 

「昨日見たテレビのこと。

 空に浮かんでる変な形の雲のこと。

 さっき買ったこの変なジュースの味のこと。

 何話してても楽しいって感じられるのは素敵だなーと思ったり」

 

「ああ、やっぱお前と話してるのが一番楽しいな。お前が一番だ」

 

「えへへ、嬉しいこと言ってくれますねー」

 

 ほのぼのと、心底気を許した者同士にしかできない会話が行われる。

 

「知ってます? この夢、見てるのは入院してる小さな子供なんだって」

 

「ああ。今の俺なら、なんとなくそれも感じられる」

 

 一人称戻したんですね、と英梨は言わない。

 彼の『俺様』という一人性は、他人に聞かせるための一人称。自信満々で、能力抜群で、患者に何の不安も抱かせない絶対者としての医者の姿を見せるためのものだ。

 この夢の中で「そうあれかし」と彼に()()()()()もの。

 夢に色を付けるための『主人公設定』。

 それが無くなったということの意味に、気付けない英梨ではない。

 

「入院してる子供だから、医者(せんせい)に強いイメージを持ってるんですよ」

 

「へえ」

 

「だからあなたは強いんです。

 何よりも強く、誰よりも強い。同じ人間とは思えないくらいに」

 

「子供の夢……子供か。いつまでも眠っていたら、親が起こしに来そうなもんだな」

 

「目覚めませんよ。私がそういう風に働きかけてます。この夢を続けさせるために」

 

「……」

 

「子供で助かりました。

 眠り続ける人間は、点滴でも使わなければ生かせませんが……

 老人の夢だったなら、そんな状況でいつ死んでしまうか分かりませんから。

 その点この夢を見ているのが子供であってくれたおかげで、寿命死だけはきっと遠い」

 

「最低だな」

 

「ええ、最低です。私は子供の未来を食い物にして、この世界を続けようとしている」

 

 見方によっては、これはバッドエンドしかないゲームなのだろう。

 見方によっては、彼らは少しでもマシなバッドエンドにしようとしているのだろう。

 喜びはなく、苦しみは多い。

 それはあるいは、月の光も差さない夜の夜道のようだ。

 進む先は闇、背後から迫るのも闇。

 進まなければ光に至ることはなく、足を止めれば闇に飲み込まれてしまう。

 

 夢という漢字は、日が沈み夕暮れに草茂る中、人の目が何も見えなくなった時を表している。

 そういう成り立ちで出来た漢字だ。

 『夢』とは、本来何も見えない絶望に近い闇を指すのである。

 

「子供の味方もできない仮面ライダーなんて、俺はどうかと思うがね」

 

「この夢の世界にも子供は居るんですよ?」

 

「現実の子供か、夢の世界の子供か……か」

 

「夢の世界の子供だって成長はするんです。生きてるんです。

 この世界の子供にだって未来はあります。生きていたら、数多くんがそうなっていたように」

 

「……だな」

 

「私とあなたは、違う子供の味方をしているだけです。

 あなたは間違っていません。私達は、違う未来を守ろうとしているだけなんですよ」

 

 二人の意見はぶつかり合う。

 自分の意見は曲げないが、だが相手の意見も否定はしない。

 なぜ二人は喧嘩にもならないのか? それは、二人が互いを理解し尊重し合っているからだ。

 隣に居る恋人が、確かな覚悟と強さをもってその選択をしたと確信しているからだ。

 だから、敵なのに尊敬できる。

 殺さねばならないのに愛し続けられる。

 

 二人が遊園地のゲートをくぐった時も、二人の手はぎゅっと繋がれていた。

 

「アイス買いませんか?」

 

「俺が買ってくる。その辺のベンチで待っててくれ」

 

 遊園地や入るやいなや、男の"食べたい"という意を汲みアイスを買おうとする女。

 どのアイスの味にするか聞きもせず、彼女がどのアイスを買ってほしいのか理解し、正解の味のアイスを買ってくる男。

 一目には分かりづらい、相互理解の証明だった。

 

「ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

「溶けちゃう前に食べないといけませんね?」

 

「ああ。アイスも夢も、本来そんなに長持ちしないもんだからな」

 

 絵里も、昌徳も、知らぬことであったが。

 この遊園地は、この夢を見ている子供が昔テレビで見た、『夢の国』と呼ばれる遊園地がモデルになって構築された遊園地だった。

 なんとも皮肉な話である。

 

「この夢を見てる子供だって、いつかは寿命が来るぞ。

 夢の主が死ねば、夢も共倒れだ。後には何も残らない。最後はゼロだ。

 なら俺は、少しでも後に何かが残る、現実に何かを残したいと思う」

 

「現実と夢の時間の流れは違います。

 長い夢を見ていたつもりでも、現実では十分ほどのうたた寝だったなんて珍しくもない。

 上手くやれば、短くても私の孫の孫の孫世代くらいまでは世界を続けられると思いますよ」

 

「だけど、後には……」

 

「もしかしたら、夢から夢へと移動する技術がこの世界で生まれるかもしれない。

 もしかしたら、いつかこの夢と別の場所にある夢を交換する技術が生まれるかもしれない。

 未来さえ残せれば、希望は残りますよ。希望があれば、未来が繋がる可能性は残ります」

 

「……もしもにもしもを重ねる、希望的観測だらけの話だな。

 地球の人口爆発に『宇宙に進出すればいい』って言うような話だ。

 第一、それでまた新しい夢の主を眠らせ続けるつもりか?

 そうやって現実に生きる命を食い物にするのは、まるで寄生虫だぞ」

 

「ええ、外道ですね。まるで家畜を一方的に食い物にする人間のよう」

 

 男の方が先にアイスを食べ終わり、女が後からアイスを食べ終わる。

 楽しく笑う人達で満たされた遊園地の中で、一瞬だけ英梨が見せた悲しみは、特に際立って暗く見えた。

 

「例えば、こんな世界があったとしましょう。

 病原体の怪物が人類を攻撃し始めた。

 人は神に祈ります。『どうか助けてください』と。

 神様は人の祈りに応えて、病原体の怪物を全て消し去りました」

 

「頼まれたら断れない性格してそうな神様だな」

 

「それを見ていた家畜の牛が、神様に祈ります。

 『どうか助けてください』と。

 神様は牛の祈りに応えて、牛のために人類全てを全て消し去りました」

 

「……頼まれたら断れない性格してそうな神様だな」

 

「ま、今私が即興で考えた創作話ですけどね」

 

 もしも、地球に住まう全ての命の願いを聞く神様が存在していたなら、人間は地球に残るのだろうか。残らないのだろうか。

 

「私がその当事者の人間だったらきっとこう言いますね。

 『家畜を食べなければ飢えて死んでいた、生きるためには仕方なかった』って」

 

「お前はその陰で、きっと家畜に謝るよ。

 今まで無自覚にいじめてごめんなさい、って。

 お前がそういうやつだって、俺は知ってる」

 

「……私は、そんなにいい人じゃないです」

 

「いいや、いいやつだよ。

 俺はお前の最大の理解者だ。そう設定されて、この世界に生まれてきたんだからな」

 

 "他人にデカい迷惑をかけるくらいならいっそ死ね"と言う者が居る。

 それは絶対的な正論のようにも聞こえるが、この言葉を叩きつけられた側が間違っているかといえば、それもまた違う。

 人間は自分に迷惑をかけるものを、社会が許す範囲で反抗し排除する権利を持っているだけで、迷惑をかけられた方が正義というわけでもなく、迷惑をかけた方が必ずしも悪であるというわけではない。

 何故なら、人間は自分が生きるために他人に迷惑をかける権利も持っているからだ。

 

 自分が生きるために敵を倒す。

 自分を害する者を排除する。

 それは、あらゆる命に許された決死の行動であり、それが全ての命に許されているからこそ、世界から闘争も戦争もなくなりはしないのだ。

 人間は自分が生きるためにならなんだってしていい権利を持ち、その権利が取り返しのつかない事態を引き起こさないよう、大抵の法律はその権利を肯定も制限もするようになっている。

 

「私がこの夢の世界を残すために醜く足掻いた果てに

 『そうまでして生きたくない』

 と夢の誰かが思い、夢を終わらせようとしたっていいんです。

 誰も生きることを強制するなんてしていないんですから。

 ただ、『生きたい』という願いだけは、誰もが形にする権利があると思うんです」

 

「そうだな」

 

「他人を犠牲にして生きる権利は、誰にだってあります。

 他人の犠牲になって死ぬ義務は、誰にもありません。

 私はきっと、あなたを倒した後、いつかどこかで誰かに殺されるでしょう。

 あなたのような人の手にかかって、兄のように死ぬでしょう。

 でも、それでいいんです。

 私はこの世界に生きる人達が嫌いじゃないから、いつか死ぬその日まで、皆を守ります」

 

「……そんな、泣きそうな雰囲気で、かっこいい顔するなよ。エリ」

 

 世界を長持ちさせようとしてるくせに、自分を長生きさせる気がない。

 彼女は自分の『次』の夢の守り人を育てた後は、安心してさっさと戦死してしまうだろう。そういう意志の持ちようをしていた。

 彼は、"死なせたくない"と、そう思った。

 "けれど戦わねばならないのだ"という思いが、その感情を押し潰した。

 

「夢の世界だったとしても、俺達にコンテニューなどなく、やり直しはない、か」

 

「夢にもやり直しはありません。

 いい夢から目覚めて、"今の夢をもう一度見よう"と寝なおしても、夢の続きは見れませんから」

 

 愛していた。愛している。だが、彼女は戦わなければ生き残れない。

 彼に至っては、戦っても生き残れない。

 

「一度終われば最後です。終わりの先はなく、終わりの次はない」

 

「この夢を見てる子供だって同じだ。夢から目覚めなければ、次はない」

 

「現実の命と夢の命、どちらが残るか、正解なんてあるんでしょうか……

 死んでいい命も残るべき命もない。

 よほどのことがなければ命の優先順位なんて発生しません。

 それがたとえ夢の中でしか生きられない命であっても、価値が低いわけがない」

 

「知ってるさ。俺にもお前にも、無条件で肯定される正しさなんてもんはない」

 

「私には世界を守るという正しさがある。

 あなたには現実の命を守るという正しさと……

 夢はいつか終わるという、摂理に沿っているという正しさがある。

 でもきっと、私達はそれ以上の正しさも、それ以外の正しさも持っていないんですよね」

 

 アイスを食べ終わった二人は、静かに周囲を眺める。

 遊園地ではしゃぐ人々の笑顔は、何故か見ているだけで苦しかった。

 それは、昌徳が守ろうとしていたもの。既に過去形である。

 それは、英梨が守ろうとしているもの。今も現在進行系である。

 この遊園地で笑っている命は、英梨の勝利と世界の維持以外では守ることもできないのだ。

 

 ここが現実の世界であったなら、昌徳と英梨が守ろうとするものは、同じであったはずなのに。

 

「どこか、別の場所に行きませんか?」

 

 英梨は立ち上がり、花のような笑顔で彼に手を差し伸べる。

 

「ああ」

 

 彼は穏やかな微笑みを浮かべ、その手を取って歩き出した。

 

 コーヒーカップに乗って、二人はゆったり揺れる。

 

「なあ英梨、俺を好きになったこと……嫌になったりしないのか?」

 

「今更ですね。

 人によっては嫌な状況だと思いますよ?

 ある日突然あなたが現れて、あなたを好きになるよう設定を追加されたわけですから」

 

 ぐさりと来る一言に、思わず俺様気質の昌徳も怯む。

 だが、そこにひとかけらの嫌悪もなく、嫌味もなく、皮肉もないことに、昌徳だからこそ気付けていた。

 

「でも私、あなたを好きになったこと、そんなに嫌な気分じゃないんですよ」

 

「そうなのか?」

 

「これが惚れた弱みなのか。それともあばたにえくぼなのか。

 そう設定されたから不満に思ってないのか。

 あるいは、それらとは全く関係なく不快に思ってないのか……私にも、よく分かんないんです」

 

「……」

 

 何故彼女は彼を好きになったのか?

 そう問われれば、『そう設定されたから』としか答えようがない。

 ここは夢の世界。

 夢の主が設定しなかった部分も、夢の世界の一部として存在している。

 だが夢の主が"AはBに惚れている"と設定してしまえば、その時点で露と消えてしまう儚い世界の一部だ。

 英梨が他人を好きになる権利など、その程度のものでしかない。ここは夢の世界なのだから。

 

「現実の人間だったなら、私はどんな恋をしていたんでしょうね」

 

「……少なくとも、そういう話をされたら、俺は妬くな」

 

「ふふっ」

 

 コーヒーカップを一周りして、二人は別のアトラクションへと向かう。

 男の嫉妬を受けて、女はどこかウキウキした様子を見せていた。

 思わぬところで彼の愛を確かめられたからだろうか?

 

「もしも私が現実の世界の人間でも、私がこの私のままなら……

 現実でも、あなたのような人を好きになっていたかもしれません」

 

 彼女が彼女のままである限り、彼女の好みは昌徳という男そのものだ。

 好きになるとしたら、昌徳に似た男以外にはありえないだろう。

 彼女は、そう設定されたのだから、それ以外にはありえない。

 

「私が現実の世界に生きる人間だったなら……

 誰を好きになってもよかった。

 誰を好きになるかも分からなかった。

 誰かを好きになる苦しみもあったんだと思います」

 

 誰かを好きになるかも分からない無限の可能性が現実の恋愛であるなら、彼女のそれは一本道しか存在しない夢幻の恋愛と言えるだろう。

 

「でも、私はあなたが好きです。

 あなたを愛しています。

 恋や愛に当たり前にあるものの多くが私にはなかったけど、好きになる喜びだけはあった。

 誰かを好きになるっていう幸せだけは、私にもあった。だから、それで良いんです」

 

「……エリ」

 

「私の恋には物語も過程も無かったけれど、後悔も嫌悪もありませんでしたから」

 

 あなたが優しい人でよかった、と英梨は小さく呟いた。

 

「本当は、全てを捨ててあなたとどこかに逃げ出したいくらい、あなたが好きです」

 

 でも、そうはしない。それだけはできない。

 彼女の双肩に乗せられたものは、あまりにも大きすぎる。

 彼女の兄が彼女に託したものが、あまりにも重すぎる。

 愛する兄を殺した憎い仇と、全てを許してしまえそうなくらいに愛した恋人が、同一人物であるという彼女の苦悩は、きっと誰にも分からない。

 

「英梨、俺はお前の兄を……」

 

「それ以上言わないでください。

 許せば兄への侮辱になります。

 許さなければあなたの傷になります。

 私に、これ以上私のしたくないことをさせないでください」

 

「……」

 

「私の気持ちは、先程述べました。それでは足りませんか?」

 

 昌徳は首を横に振った。

 彼女は彼への愛を語った。それは全てを知った上でも揺らがないものだった。

 彼の問いかけへの返答は、それで十分だっただろう。

 

 二人は遊園地を歩く。

 遊園地の名物の大小様々な噴水が組み合わされた水場で写真を撮って、戯れのように二人で水をかけ合い、小さな噴水から噴き出す水に彼女が手を当てる。

 下から上に流れる摂理に反した水を抑え込むように、彼女は手を動かしていた。

 

「夢の中の人間だって生きていたい、って願いでさえ、許されないんでしょうか」

 

 彼女のその手を取って、昌徳は懐から取り出した清潔なハンカチで丁寧に拭っていく。

 

「俺だって生きていたい。皆に生きていて欲しい。だけど、それでも、俺達は夢なんだ」

 

 彼女の手を拭く一動作にさえ、愛が見える。

 

「例えば、野球選手になるという夢を見続ける子供が居たとする。

 夢は叶えば終わりだ。

 夢を見続ける人間ってのは、夢を叶えられないまま諦めることもできない人間だ。

 20歳、30歳、40歳になっても、全く諦められず、野球選手になり続けようとする人間」

 

 その男は地獄の鬼もおののくような姿をしているんだろうな、と、彼は彼女の手を拭きながら口を動かし続ける。

 

「例えば、幸せな夢をベッドで見ていたとする。

 でもその夢がずっと続いてたらどうなんだろうな?

 幸せな夢でも、それを見てる内に現実で十年も経てば絶望的だ。

 現実のその人の人生は相当にヤバいことになるだろう。

 幸せな夢を見る代償に、現実の自分の環境が悪夢そのものになっちまうわけだ」

 

「……」

 

「どんな夢だろうと、終わらずに長々と続くなら、それは悪夢になっちまうと俺は思う」

 

 夢とはそういうものなのだと、彼は言った。

 彼女の正しさに、彼の正しさが真っ向からぶつかる。

 昌徳はハンカチをポケットにしまい、英梨は綺麗に拭かれた自分の手を見つめる。

 まるで、その手を通して自分を見つめ直すかのように。

 

「私達の世界って、どこで間違えてしまったんでしょうか」

 

「世界を守ろうとするお前の意志自体は間違えてないぞ?

 世界を守るための行動も……俺は絶対に許容しないが、お前に間違いだったとは言わない。

 俺を初めとする世界を殺す毒から、お前達は命をかけて世界を守ってきたんだ」

 

「分かってますよ。

 でも、どこかに間違いがあったんじゃないかって、思っちゃうじゃないですか。

 そこで間違わなければ、そこを直せば、全部上手く行ったかもって思いたいじゃないですか」

 

「……間違いが、あったとすれば」

 

 どこかに間違いがあって欲しい、と英梨は思っている。

 間違いがあったなら、"間違わなかったもしも"を想像できる。

 その間違いを直して、円満に終わらせる"もしも"を想像できる。

 間違いがあってくれた方が、まだ救いのある想像ができる。だから間違いがあったかなかったにかかわらず、"どこかに間違いがあって欲しい"と彼女は思っていた。

 なのに。

 

「夢の世界の住人が生きたいと思ってしまったことが、間違いなんだろうな」

 

 彼の率直な物言いは、"どこかに間違いがあって欲しい"という彼女の儚い願いを、一瞬で"それを間違いだなんて言わせたくない"という覚悟へと変えていた。

 

「それは、間違いじゃありません」

 

「俺はお前のその考えを否定しない。

 だが、俺はそれを間違いだと思う。

 夢の住人は、夢の中を生きる命は、生きたいだなんて思っちゃいけなかったんだ」

 

 ここの判断は、本当に人によって分かれることだろう。

 夢の中の命が生きたいと願うことが、正しいことなのか間違いなのか。

 全部正しいと言う者も、全部間違っていると言う者も居るだろう。

 理詰めに考える者も、同情から感情論で語る者も在るはずだ。

 

「俺達は、病気みたいなもんだ。治療しなくちゃいけない」

 

「この世界に生きる私達が病原体の一種だとして、生きたいと願うことは罪なのでしょうか」

 

「……その辺まで、口にする気はねえよ。夢の中の人の命をバイ菌扱いしてる俺も相当に外道だ」

 

「……」

 

「だが俺は、現実に生きる子供の命と未来を食い潰しながら残る世界は認められない。

 それはさっきも言った通りだ。

 この夢は俺達のものじゃない。

 この世界を夢に見ている子供のものだ。その子に返して、俺は全てを終わらせる」

 

 未来とは悲しみが終わる場所であると、希望を持つ者は言う。

 全てが終わる未来は、すぐそこまで迫っている。

 二人が永遠に別れる瞬間が、未来が、肌で感じられるところまで迫っている。

 

「数多くんがあなたを正しいと言った理由が分かります。

 ……いや、私は、あなたのそういうところを分かっていました。

 きっと、兄さんも分かっていたんでしょうね。

 だから、最初からずっと、あなたがこの夢を終わらせると、確信していたのです」

 

「そういや国吉は、俺がこう選択するってこと、最初から疑ってなかったんだっけな」

 

「はい。何せ、兄さんは昌徳さんの親友ですから」

 

 ある日突然兄妹になって。ある日突然恋人になって。ある日突然親友になって。……けれど、そこにある気持ちだけは確かに本物で。

 彼らにその関係以上に大切な関係なんて、どこにもなくて。

 でもやっぱり、その始まりからして偽者で。

 それでも大切で。

 昌徳と英梨は、それから何時間も互いの気持ちの気持ちを確かめながら、自分の中にある気持ちに一つ一つ決着をつけていった。

 

 "殺すことを躊躇わないように"という二人の悲しい意志が、その行動の中に垣間見える。

 閉園時間はまだ遠いはずなのに、遊園地からは人影が徐々に消えていく。

 英梨の仲間が一般人を巻き込まないために、いつ戦いが始まってもいいように、人払いをしていることは明白だった。

 

「最後に、観覧車に乗りませんか?」

 

 夕暮れをバックに、彼女はそんなことを言う。

 彼に断る理由はなく、二人は向き合う形で観覧車に乗り込んだ。

 もう言うべきことは言い尽くした。

 いや、もしかしたら、言うべきことなど無かったのかもしれない。

 言葉無くとも、彼らの心の間には繋がるものがあったのだから。

 

「今まで、ありがとうございました。

 私が愛した人が……あなたで、よかった」

 

 女は、過去への感謝を。

 

「今まで、ありがとう。

 どんな結末になろうとも、君を愛せたことを俺は誇りに思う」

 

 男は、過去への敬意を口にする。

 

「俺はこれを、泡沫に消える幻夢(ゲンム)に戻す」

 

「私はこれを、終わりのない永夢(エム)にしてみせる」

 

「この夢を見ている子供は俺の患者だ。患者の運命は、俺が変える」

 

「この世界を殺させたりはしません。この世界の運命は、私が変える」

 

 観覧車は一周りして、二人は観覧車から降り、メリーゴーランドの前で対峙した。

 沈黙が流れる。

 夕日が遊園地の内側を照らし、光量が減った遊園地の中で、機械がオートにメリーゴーランドの各種照明とライトを点灯させた。

 光り輝くメリーゴーランドが、感情を噛み殺した二人の横顔を照らしている。

 

 最初に動いたのは昌徳だった。彼は変身し、エグゼイドへと変わる。

 だが次に動いた英梨が変身すると、昌徳は仮面の下で目を見開かされる。

 

「大変身」

 

 変身した仮面ライダーゲンムが、あっという間に二人に分裂し、しかもその片方が昌徳の聞き覚えのある――英梨ではない――声で喋り始めたからだ。

 

「よう、久しぶり」

 

「……! その、声は……! 国吉!」

 

「最後の戦いだ。夢の世界ならではの反則……一回限りの、妹のワガママってやつさ」

 

 そこに居たのは、間違いなく語田国吉。昌徳が殺した男であった。

 強き(マイティ)兄妹(ブラザーズ)

 英梨がここが夢の世界であることを逆手に取り、自分の兄の記憶を夢の世界に投射した幻想の兄を具現化させる分身技だ。ゆえに幻想。夢の中で見る夢とも言える。

 これは彼女の兄であって兄でないものであり、かつての語田国吉が残した想いに従い、黒のゲンムと対になる白のゲンムとしてここにあるものだ。

 昌徳が最も信頼し、最も敬愛し、最も評価していた二人が彼の前に立ちふさがる。

 

「決着をつけるぞ、昌徳」

 

「……ああ、国吉」

 

「さようなら、昌徳さん」

 

「じゃあな、エリ」

 

 かくして、戦いにもならない最後の闘いが始まった。

 

 これが、この夢の世界で起こった悲劇の戦いの結末であり、『仮面ライダー』と名乗る者達の戦いの真実である。

 各々にそれぞれが信じる正しさはあろう。

 だが、この戦いに正義は無い。

 そこにあるのは、純粋な願いだけである。

 その是非を問える者など―――きっと、どこにもいはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正義のヒーローは、優しいからこそ土壇場で人を思い強くなれる。優しいからこそ人質一人で倒されてしまう。優しいからこそ時に哀れな敵に手加減してしまう。

 愛も優しさもない者は、ヒーローにはならない。

 優しさは彼らの武器であり、同時に弱点でもあるものなのだ。

 そういう意味では、東海道昌徳は先日までヒーローだった者であり、今日だけはヒーローでなくなってしまった者だった。

 

 エグゼイドの刃が、滑るように白いゲンムと化した国吉の腹に突き刺さる。

 

「……迷いも、躊躇いも、ないか」

 

 今日まで一度も、昌徳は人を殺すつもりで戦ったことはなかった。

 彼の攻撃は、常に大なり小なり手加減の為されたものだった。

 自分を命を救う医者だと思っていた彼は、他人の命を脅かしたくなかったのだ。

 その加減の度合いは、数多少年が彼を精神的に追い詰めただけで、手加減する余裕を僅かに失った彼の体が、数多の戦意を刈り取るほどの一撃を繰り出してきたことからも伺える。

 

 今この瞬間、彼は全ての加減を捨てていた。

 この世界の全ての人間を殺す覚悟を決めた以上、躊躇の無い彼の一撃は全てが必殺。

 動きは目で追えず、技のキレは理外の域、力は平然とゲンムの武器をへし折っていく。

 まさに『無敵(ムテキ)』。

 夢を終わらせる者である彼には、どんな力を使っても敵わない。

 悲しみに満ちた、悲劇の流れを世界ごと終わらせる、悲惨なまでの無敵(ムテキ)だった。

 

「ああ、お前は、本当に……あの時、俺を友達だと思って、手加減してくれてたんだな……」

 

 腹の剣を抜かれた国吉が、力なく地面に倒れ込む。

 

「なあ、こんな世界じゃなければ、普通に出会えてたら、俺達―――」

 

 何かを言いかけて、けれど言い切ることはできないで、国吉の残滓は消えていった。

 親友が蘇っても昌徳の剣筋に迷いはない。

 それが異様に、異常に見える。

 親友を二度に渡り殺してなお剣筋が鈍らないエグゼイドの攻撃をかわしながら、英梨は避けられない運命を確信する。

 

 最強という残酷。

 無敵という絶望。

 力の差という無慈悲な現実が、彼女の命の残り時間を突きつけてくる。

 今更になって、彼女は身に沁みて理解する。

 自分が、兄が、仁科理人が、算旭数多が、この世界を守れるという希望を信じられていたのは……彼が、その優しさで、ずっと手加減してくれていたからなのだということを。

 

(敵わないなあ)

 

 不可避の斬撃が迫る中、彼女はとても優しい声で最後の言葉を口にする。

 

「運が良ければ、来世にでも」

 

 そして、彼女の上半身と下半身は、一太刀にて切り分けられた。

 切り捨てられた上半身はべちゃりと地面の上に落ち、上半身を失った下半身はへたりと地面に倒れ込む。

 圧倒的な力。

 一方的な勝利。

 呆気ない結末。

 危なげない完封。

 おおよそ理想的な勝ち方であるはずなのに、彼の胸に去来するのは虚しさと悲しみだけだった。

 

 大きな力に、どれほどの価値があるのだろうか。

 勝っても幸せになれないのなら、一方的に蹂躙できても心が晴れないのであれば、大きな力は人にとってどれだけの価値があるというのだろうか。

 意味があるとすれば、自分の意志を力尽くで通せるということくらいのもの。

 

 この世界の人間に限れば、最強の力を持つ昌徳は仮面ライダーではなく、彼の敵こそが"人間の自由と平和を守る"仮面ライダーだった。

 力があっても、昌徳は仮面ライダーではない。

 少数を犠牲にして大多数の人達と人が生きる世界を守るなら、それは正義ではない仮面ライダー、あるいは悪の仮面ライダーであると言える。

 だがその少数も大多数もまとめて殺そうとするのなら、それは悪の仮面ライダーですらない。

 そんな自分を、昌徳自信が一番よく理解していた。

 

 昌徳は変身を解除し、人間の姿へと戻る。エグゼイドの仮面は消え、人の顔が戻って来る。

 

「……国吉……エリ……」

 

 仮面の下でずっと泣いていた彼の顔が、仮面が消えて(あらわ)になった。

 

「仁科さん……数多……国吉……エリぃっ……!」

 

 仮面の下で泣きながら、それでも一片の情も恋人には見せることなく、彼はやりきった。

 泣きながら彼女を両断したのだ。

 愛した女を真っ二つにしたのだ。

 この涙だけは絶対に彼女には見せまいと、流れる涙を仮面で隠し、彼女が死するその時まで、彼はエグゼイドの仮面を被り続けてみせた。

 

 彼女にだけは、この涙を見せたくなかった。

    ―――彼女に、これ以上罪の意識を背負わせたくなかった。

 だから、仮面で素顔を隠した。

    ―――仮面越しなら、隠しきれる感情があった。

 己が目から流れる透明な雫は隠して。

    ―――彼女の身から真っ赤な雫を流させて。

 彼は、愛する者を切り捨てた。

    ―――彼は、誰よりも大事な人を切り伏せた。

 彼女を、愛していたのに

    ―――彼女に、愛されていたのに。

 

「……謝りはしない、だけど、せめてっ……!」

 

 心の中で、頭を下げる。

 涙をこぼすその男に、かすれた声が投げかけられた。

 

「……意地っ張りなんですから、もう」

 

「!」

 

 それは、上半身だけになったエリの声。

 彼女はそんなになった今でも、彼の意志を尊重し、彼のことを気遣う優しい声を出していた。

 

「エリ……」

 

「覚えてますよね? 兄さんの、最後の言葉」

 

「……ああ」

 

「それ終わりです。勝者の権利を、果たしましょう」

 

―――自殺はするなよ、無自覚な虐殺者。……必ず、俺達に、殺されろ。それまで、待て

 

 国吉が最後に残した言葉。あれが、最後の最後に使えるヒントになった。

 彼は昌徳が自殺しないように釘を刺していた。それは何故か?

 そう考えてみれば、答えはおのずと導き出される。

 

「エリ」

 

 彼は彼女に呼びかける。返事はない。

 最後に彼に助言を与え、それで力尽きた彼女の体は動かない。

 

「エリ」

 

 彼は彼女に呼びかける。返事はない。

 死体は既に夢幻の泡沫と化し、消え去っていた。

 

「……エリ」

 

 死体がそこから消え去ってなお、彼は彼女の死体があったその場所へと呼びかけ続ける。

 返事はない。

 返って来る声などない。

 それでもなお彼女に呼びかけ続ける彼は、彼女の声を、彼女の返答を、来るはずもないそれを待ち続ける哀れな待望者でしかなかった。

 もう一度声を聞きたい、と願い無駄な行為を繰り返す、憐れな勝利者だった。

 

 やがて彼は心に鞭打ち、観覧車の頂点へと登る。

 何故国吉は昌徳の自殺を止めたのか?

 それは数多が言っていたように、昌徳こそがこの夢の主の視点の中心であるからだ。

 夢の主の主観と共に、この高さから飛び降り自殺をすればどうなるか?

 

 夢の主は『夢の中で高い所から落ちる体験をする』、ということになる。

 

「悪夢みたいな、人生だった」

 

 この夢を終わらせないように干渉していた仮面ライダーも、もう居ない。

 あとはきっかけ一つで夢は終わる。

 観覧車のてっぺんから、昌徳は広がる町並みを見つめた。

 人の姿。

 見える営み。

 ぽつぽつと街の各所に灯る、人が生きる証の光。

 その全てを見つめ、その全てを殺す己の罪を見つめ、彼は飛び降りる。

 命も、幸せも、営みも、笑顔も、自由も、平和も、愛も、友情も、信頼も、人々から全てを奪う覚悟で飛び降りる。

 

「……悪夢だったら、ちゃんと終わらせないとな」

 

 地面に彼の体が叩きつけられるその前に、高い所から落ちた感覚が、その夢を……その夢が内包する全てと共に、終わらせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『宝生永夢』は、病院の一室にて目を覚ます。

 ぼんやりした頭でぼけーっとしていると、見回りに来た看護婦が目覚めた彼の姿を見て、大慌てでどこかへと駆けていった。

 

「先生! 先生! ずっと寝ていた宝生永夢くんの目が覚めました!」

 

 幼い子供である宝生永夢は、ずっと夢を見ていた。

 悲しい夢であったような気がした。けれど、もうそのほとんどを覚えていない。

 ヒーローが戦う夢だったような気がした。だが、思い出そうとする度に忘れていってしまう。

 夢の世界の皆が自分(永夢)の敵で、その中でたった一人のヒーロー(エグゼイド)が自分の味方をしてくれて、自分のために戦ってくれて、自分のことを救ってくれたような、そんな気がした。

 でも、もうほとんど覚えていない。

 

「……忘れないように!」

 

 永夢は近くにあった愛用の紙とクレヨンを手に取り、頭の中に覚えているおぼろげな記憶を書き出していく。

 それは乱雑で、統一性もなく、永夢の頭脳と発想があって初めて他人に理解できる形となって紙に描かれるものだった。

 夢の中のワードを拾って、情報の断片を形にして、紙に書き上げる。

 

 永夢は後にこれを、尊敬するゲームクリエイターの下へと送ることになる。

 ゲームクリエイターはそれを見て、永夢のとてつもない発想力に嫉妬することになる。

 それが全ての運命を変えた。

 ゲームクリエイターは、それを見て永夢の発想と、永夢の発想に混ざる何かの情報に影響を受けることだろう。

 

 勇者のRPGの使用者に、安直に『ブレイブ』と名付けるかもしれない。

 マイティアクションXというゲームの使用者に、『エグゼイド』と関連性の見えない名前を付けるかもしれない。

 レースゲームの使用者に、『レーザー』と無関係な名前を付けるかもしれない。

 それもこの世界の未来の話。まだ語られない、遠い未来の話だ。

 だが、今この瞬間に言えることもある。

 

 夢は終わり、永夢の中にはほとんど何も残らなかったが、この世界に残るものはあった。

 

「希望!」

 

 昌徳の決断と戦いは、この世界に僅かであっても確かなものを残したのだ。

 

「あの二人のヒーロー、『希望』って言ってた!」

 

 永夢は紙に、夢の最後におぼろげに見た二人のヒーローの姿を、色も姿もあやふやにしか覚えていないその姿を、自分なりに書き上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここまでは、ビターエンドに至る物語。

 

 そして、ここからは蛇足の物語。

 

 

 

 

 

「ここがあの子の夢の中か」

 

「ん? お前は……東海道さんね。胸にお医者さんのネームタグ付いてるぞ」

 

「俺の好みの問題で悪いが、俺のワガママを通させてもらう。

 綺麗に終わる一流の悲劇より、多少強引でも次に繋がる三流の喜劇の方が好きなんでね」

 

「―――俺が君の、最後の希望だ」

 

 

 

 

 

 見渡す限りの大草原の真ん中で、昌徳は目を覚ました。

 自分の手を見て、実体があることを確かめる。足を見て、足があることを確認する。

 何故か最後に着ていた私服も、医者の仕事着へと変貌している。

 "幽霊になったってわけじゃなさそうだ"と思い、何故自分が生きているかを疑問に思う昌徳の前に、やる気の無さそうな顔の男が立っていた。

 

「あんたは?」

 

「俺か? 俺は……」

 

 "ああ、この男に救われたんだ"と、昌徳は直感的に理解した。

 

 

 

「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ」

 

 

 

 偉そうなくせに、頼りがいのありそうな男だった。

 

「通りすがりの……仮面ライダー……?」

 

「お前かは知らん。だが、誰かが『助けて』とお前の世界で叫んでたもんでな。

 夢の世界がちょうどいいタイミングで終わったもんだから、まとめてこの世界に運び込んだ」

 

「!」

 

「最初は事情なんて全く分かってなかったんだが、まあ今こうして見ると大体分かった」

 

 昌徳が周りを見ると、自分以外にも多くの者達が気を失って倒れている。

 その中には、彼の目の前で殺された桜という少女や、彼が殺した国吉達の姿があった。彼が愛した、英梨の姿さえもあった。

 空にいくつもの穴が空き、そこから落ちて来た人達を魔法使いのような仮面ライダーが空中で拾い、次々に魔法をかけていく。

 魔法をかけられた夢の住民達は、夢の世界ではない現実世界であるこの場所で、魔法の力を受け『現実に生きる人間』として具象化していった。

 

 草原の中、唯一目覚めていた昌徳は、全てを救い終えた魔法使いの仮面ライダーと、通りすがりの仮面ライダー、二人の前に立つ。

 

「俺はウィザード。お節介な魔法使いさ、東海道。

 人のアンダーワールド……まあ夢みたいなもんを扱うのは、専門分野だ」

 

「俺はディケイド。世界の破壊者とでも呼べ」

 

「ウィザード……ディケイド」

 

 永夢は夢の最後に『二人のヒーロー』を見た。

 昌徳に救われた永夢が最後に見たものは、昌徳を救う二人のヒーローの姿だったのだ。

 ディケイドとウィザード、二人のヒーローが"誰かを救う"姿を永夢の心に残ったものだった。

 

 国吉達が世界を維持するため戦ったから、夢の世界は最後まで残った。

 昌徳の戦いが永夢を守り、最高のタイミングで夢を崩壊させ、ディケイドが繋いだ世界に夢の世界の構成要素が全て流れ込む状況を作ってくれた。

 崩壊した夢の世界はディケイドが繋いだ現実世界の一つに流れ込み、そこでウィザードの力を受けて物質化、夢の中で死んだもの・壊れたもの全てが再構築された。

 どれが欠けても、きっとあの世界は救いのない終わりを迎えていたはずだ。

 

 ありえぬ奇跡だ。

 こんな強引すぎる解決と結末など、舞台でやれば顰蹙を買うこと請け合いだろう。

 だが、これでいい。これでいいのだ。

 『本物の仮面ライダー』は、平気でこういう奇跡を起こす。

 ありえないくらいいいタイミングに間に合ってくれる。

 そういうものなのだ。

 

「おいディケイド、世界の繋ぎ方が乱暴じゃないか?」

 

「知らん、丁寧に世界を繋げたことなんて一度もない。

 それにしても、また新しい指輪を手に入れたのか? それは」

 

「瞬平の新作指輪さ。

 また使えない指輪だと思ってたんだが、どうやら違うらしい。

 "現実に出てきた夢の住人を現実の人間に変える"魔法の指輪だったみたいだ。

 ったく、『チチンプイプイ』といい、あいつが作る指輪はどうにも使い勝手がな……」

 

「ピンポイントで使える魔法が手元にあるだけで十分だろ」

 

 昌徳は二人のライダーに説明を求めた。

 曰く、眠ったまま起きない子供が居たので、人の心の中に飛び込めるウィザードと、世界の壁を越えられるディケイドが、それぞれ別ルートで解決を試みたらしい。

 ウィザードが心に飛び込んだ時点で夢の世界は一個の世界として観測され、その世界と現実世界の一つをディケイドが繋いだ、というのが真相のようだ。

 

「そんな力を持った仮面ライダーが居るなんて……」

 

「ま、頑張った奴に最後に渡された奇跡の報酬だとでも思っておけ。

 俺もウィザードも、偶然通りがかっただけだ。

 お前らはこの人間も住んでない新しい世界で、一から街でも作り上げればいい」

 

「……いや、そうもいかないだろう。

 俺は先にアンダーワールドからこの世界の経緯を見ていた。

 東海道、あんた、夢の世界の奴らがこの世界で生きるなら、ここでは生きづらいんじゃないか」

 

「……」

 

 世界と人々を守るため、世界を崩壊させる人間を狩っていた者達は、大なり小なりわだかまりが生まれるだろうが、まだ受け入れられる余地はある。

 されど、昌徳は違う。

 彼は明確に夢と現実を天秤にかけ、現実を取った。

 世界を守るのではなく世界を滅ぼそうとした。人々を残すのではなく、人々を皆殺しにしようとした。彼は自分の意志で、夢の世界の住人達に受け入れられる土壌を捨てたのだ。

 

 途方も無い苦労をすれば、夢の世界の住人達に受け入れてもらえる可能性も無くはない。

 だが、昌徳がそれを望まないだろう。

 彼は夢の世界の全てを能動的に殺した自覚があり、その自覚がある限り、きっとこのコミュニティに溶け込むことはできやしない。

 

「ありがとう、ウィザード、ディケイド。

 あんた達二人には、何度頭を下げても、何度お礼を言っても足りない」

 

 ここは、昌徳を受け入れてくれる世界ではないのだ。

 

(ああ、でも、良かった。

 無茶苦茶で、唐突で、何の脈絡もない終わりだけど。

 ……俺が想像してたのよりも何億倍もマシな、救いのある終わり方をしてくれた……)

 

 なのに、後悔はなく、喜びはあり、彼は救われた気持ちになっていた。

 

「その上で、図々しくも頼みたい。俺を、彼らとは別の世界に連れて行ってくれ」

 

 昌徳の願いを、ディケイドは無言で承った。

 世界を繋げ世界を越える穴を空け、昌徳が新しい世界へ旅立つ手助けをする。

 妙に素直なディケイドに、ウィザードはからかうように声をかけた。

 

「面倒見がいいじゃないか、ディケイド」

 

「勝手に全ての破壊者と言われる。

 よく分からんまま仮面ライダーと戦わされる。

 その内ヤケになって全部ぶっ壊す。

 何も壊したくないくせに、壊す以外の解決を知らない。

 ここは自分が受け入れられない世界だと思ってる。

 こいつを見てると、どうにも他人の気がしなくてな。同情みたいなもんだ」

 

 ありがとう、と昌徳は最後に再度二人の仮面ライダーに礼を言い、まだ目を覚まさない夢の住人達に深く深く頭を下げ、世界を越える一歩を踏み出す。

 踏み出した昌徳の背中に、お節介なウィザードが最後の助言を投げかけた。

 

「そっちの世界には、神敬介って人が居る!

 あんた医者なんだろ! そいつも医者だ、手伝えば給料くらいくれると思うぞ!

 夢の世界と現実世界じゃ勝手が違うと思うが、無責任に言わせてくれ! 頑張れっ!」

 

「……何から何まで、ありがとうございました!」

 

 仮面ライダーX、マイティアクションX、EX-AID、医者、大変身。……偶然の一致だが、奇縁というものはあるものだ

 世界を越える道を進み、彼は皆から離れていく。

 

「待ってください!」

 

「! エリ!?」

 

 家族や友人、全てを捨てて彼について行くことを決めた語田英梨を除いて。

 

「殺されて蘇ったなんて、ゾンビみたいですけど。

 まあでも、死んで蘇って普通の人間になっても、私はあなたが好きなままでした」

 

「エリ、お前……いや、ダメだ、戻れ。

 家族とか仲間とか、お前は向こうに沢山……」

 

「嫌です、死んでも離れません」

 

 夢の縛りを抜け出しても、彼女は彼を好きなままだった。

 彼女は彼と手を繋ぎ、花が咲いたような笑顔を浮かべる。

 彼の手を引くようにして、新しい世界へと踏み出していく。

 

「旅は道連れ世は情け。昌徳さんにひとりぼっちで寂しい思いなんて、絶対にさせません」

 

「……エリ」

 

「あなたは頑張りました。

 皆が助かったのは、あなたのおかげでもあります。

 でもきっと、あなたはまだ罪悪感から自分を責めている。

 あなたの頑張りと、あなたが掴んだ未来を、あなたが受け入れられるようにしてみせます」

 

 英梨は昌徳の敵だった。最後の敵だった。

 英梨は昌徳に兄を殺され、昌徳に自分自身も殺され、守ろうとした世界も壊された。

 だが、英梨は最後まで昌徳の最大の理解者で在り続け、最後まで昌徳の選択を全否定せず尊重し続け、相互理解を断ち切ることはしなかった。

 彼女は彼のことをよく分かっている。

 彼のことを愛している。

 放っておいたら、罪悪感のせいで一生幸せにはなれないであろう彼に、未来で幸せになれる可能性を作ってしまう。それが彼女だった。

 

 戦いの最中、英梨は"敵わないなあ"と昌徳に思った。

 なのに今は、昌徳が英梨に"敵わないなあ"と思っている。

 最後の最後に、エンディングの後に、最強キャラはとうとう負けてしまったらしい。

 

「絶対に幸せにします。あなたが苦しんだ分の、何十倍も幸せにしてみせますよ」

 

 あの世界で唯一、昌徳の考えを否定しなかった女は。

 この世界でも現在唯一、彼の味方であろうとする女だった。

 

「ありがとな」

 

 彼女に手を引かれて、彼は新しい世界に踏み出していく。

 不安はある。だが恐怖はない。踏み出した先の新しい世界を、彼は全く恐れていない。

 何があるか分からない世界でも、あの夢の世界に比べれば、きっと良い世界に違いないと、彼は信じているからだ。

 あの世界と比べれば、どんな世界でも『夢のような世界』であると思えるからだ。

 

 もう誰も殺さなくても、世界は終わらない。

 世界を守るためだけに、人を守るためだけに、生きていくことが許されている。

 ただそれだけで、彼にとっては救いのある世界であると言い切れる。

 

 夢から皆が目を覚ました。

 

 彼の悪夢は、ここに終わりを告げたのだ。

 

 

 




世界に鬱フラグが生えると唐突に別の世界からやって来て、その世界の仮面ライダーに協力し鬱ブレイクして去っていく世界の破壊者が居るって、鳴滝って人が言ってた
平成VS昭和のちょっと後


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