あなたが手を引いてくれるなら。 (コンブ伯爵)
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1章 着任は殺伐とした空気とともに
1話 大本営招集


※時間が飛ぶ時や視点変更が入る時は“∽”や大きめの空白が入っています。










 

 

 軍帽を深く被った男と栗色の髪の女の子が、景観を重視したのであろう...赤レンガ造りの建物の正門前に立っている。

 

石で彫られた『第七鎮守府』の文字。

 

「ここか」

 

「はっ」

 

「わざわざ送ってくれてありがとう。もう十分だ。」

 

「ありがとうなのです!」

 

「わかりました、それでは。」

 

 運転手と思われる軍人が敬礼。それに男は返礼をして、海軍公用車のバックライトが見えなくなるまで見送った。

 

「────何者だ?」

 

 背後から野太い男の声。

 海軍の制服......おそらく憲兵だろう。が、なんの気配も見せずに背後を取るその立ち回りは、異様なまでに(こな)れていた。

 

「電。」

 

「これを見てほしいのです。」

 

 栗色の髪の女の子改め、電が懐から封筒を取り出し、たどたどしい手つきで憲兵に手渡す。ペンライトを付け、中に入っていた文書を読むや否や......

 

「────ッ?!

 こ、これは失礼致しました、提督殿。どうぞ、お入り下さい。」

 

 最初は怪訝そうな目つきだったが、文書の内容と提督を表す肩章でわかってもらえたようだ。

 

「ん、ご苦労さま」

 

 声が震えないようにさっと憲兵を労い、鎮守府の中に最初の一歩を踏み出す。

 

 

「...提督殿、電殿。」

 

 

 再度、憲兵に呼び止められる。

 

 

 

「────くれぐれも、お気をつけて。」

 

 

 

 その言葉には、まるでこれから戦場に向かう兵士に語りかけるような、妙な重みが感じられた。

 

「......気遣い、感謝する。」

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 遡ることおおよそ半日。

 

『第三軍学校所属 鞍馬殿

 至急、第一鎮守府へ招集されたし。』

 

 私、鞍馬 翔の元に一通の電報が届いた。送り主は第一鎮守府。

 

 

 ────鎮守府とは、突如現れ世界の海路を圧倒的な武力で断ち切った謎の生命体...『深海棲艦』に対抗すべく建てられた施設である。

 

 深海棲艦が現れた当時、日本海軍はイージス艦による砲撃、ミサイルなど核含むあらゆる手段を以て対抗した。

 

 だが、まるで効いていないのか傷一つ入れることが出来ず、また深海棲艦からの砲撃、航空攻撃に翻弄され...撃退作戦はことごとく失敗に終わっていった。

 

 更には海底ケーブルを軒並み破壊されたことにより電力の供給や通信手段が大きく制限され、ライフラインに頼っていた東南アジアなどの発展途上国では暴動が起き...世界は混乱に陥っていた。

 

 深海棲艦による侵攻が始まって数ヶ月、とうとう人類滅亡が見えてきた頃、第一鎮守府に攻めて来た深海棲艦の一団が突如現れた少女達によって撃破される。

 

 どこからともなく現れた彼女たちは人類共通の敵である深海棲艦を撃滅するため、人類と共に戦うことになる。

その正体は主に大戦時に活躍した艦艇の魂が受肉、具現化した存在らしく、また彼女たち曰く深海棲艦は本能的に敵だと認識しているそうだ。

 

 

 

 

 ────現在ではひとくくりに、『艦娘』と呼ばれるようになった。

 

 

 

 

 話を戻そう。

 

 第一鎮守府...大本営とも呼ばれるそこは、初めて艦娘を駐屯させた鎮守府であり、日本にあるどの鎮守府よりも大きく、また日本海軍最高指揮官である黒条元帥の居城でもあった。

 

 今私たちはそこへ向かうための準備をしている、ということだ。

 

「ようやく私達の努力が実ったのだな。」

 

 箪笥から出した衣服を軽くたたみ直し、鞄に詰め込みながら溜息を吐く。

 軍人候補生だというのに、私は運動に関しては全く才気が感じられず、同期からも散々馬鹿にされていた。

 だがその分頭だけは誰にも負けるものかと勉学に励み、一度も首席の座を譲ることなく卒業を迎えたのだ。

 

「翔さん!やりましたね!」

 

 短い間とはいえ世話になった家具を掃除しながら、私の吉報を自分のことのようにはしゃぐ彼女は、暁型四番艦・電。

 

 ────艦娘である。

 

 

 軍学校は基本、軍入隊希望者の誰しもが通る道だが、艦娘達にも海軍のシステムを理解してもらうため、そして射撃訓練など実戦に出る上で必要な最低限の戦闘技術を身につけてもらうために、最低一年間の修学を義務付けられている。

 

 電と私は『あること』をきっかけに知り合い、その時から家族のように二人一部屋で暮らしてきた。

 

 通常、寮は一人一部屋だが、許可証を提出すれば三人までルームシェアが可能だ。

 

 仲の良い友達や、他県など遠方から入学した苦学生が(つど)ってよく利用しているのだが、男と女......ましてや艦娘と人間が同じ部屋で暮らすなど、前代未聞の事例だった。

 

 ちなみに、二人が事情を説明すると寮長は

 

『面白そうだから』

 

 という理由で許可をくれた。

 

 ......しかしあの時の『ヤったら()る』と言わんばかりの眼光は、今思い出しても背筋がぴんと伸びてしまう。

 

 

 

 閑話休題。

 

 そんな私たちに目をつけ、半年ほど前に提督の道を薦めた者こそ、黒条元帥だった。

 直接謁見した時、緊張のあまり詳しく覚えていないが、電という艦娘との濃密な繋がり、そして私の頭脳ならば提督を任せられると思ったらしい。

 

 卒業後に手続きのための招集令を出すと言っていたが、ここまで早く回してもらえるとは思ってもいなかった。

 

 どういう風の吹き回しだか、軍学校を卒業したばかりの......いわゆる『青二才』の私は、もう少し待たされると覚悟していたのだが。

 

 それほどに私のことを目に掛けてくださっているか、それとも、戦況が拮抗......いや、追い詰められているのだろうか。

 

「どうかしたのです?」

 

 知らずのうちに手を止めて、向けていた目線を察したのか電が小首を傾げる。

 

「......っ、いや、何でもない。

 電は出られるか?」

 

「準備完了なのです!」

 

「......よし、行こうか。」

 

 立ち上がって旅行鞄を電の手を取り、扉を開く。今日でこの寮ともおさらばだ。

 

 友達の居なかった翔に未練など微塵もない...いや、

 

 (────間宮さん、あんたの羊羹の味だけは忘れない。)

 

 寮長兼、学食のお姉さんの微笑みがふと浮かんで、消えていった。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 元帥直々の電報で忘れていたが、今日は卒業式だった。

 

 思い出の集合写真を撮る者、後輩との別れを惜しむ者、校舎やグラウンドを感慨深そうに見つめる者。

 

 笑顔や涙をこぼす同級生たちを、翔は無表情で見つめ、フン、と一瞥し校門へと歩いていく。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

『おい、アイツよく卒業出来たな...』

 

『頭だけは冴えてやがったからな...』

 

『どうしてあんな“欠陥品(がらくた)”なんかと...』

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 校門を出ると、物影から軍兵が一人早足で近づいてきた。

 

「鞍馬殿と電殿でよろしいですな?

大本営よりお迎えにあがりました。お乗り下さい。」

 

 見れば一台、黒塗りの高級車が停まっていた。

 

 

 

 ────貿易を断たれた日本のような国は、エネルギー資源が枯渇していた。

 

 特に原油の価格高騰がひどく、各国ではガソリン車に代わって燃費の良いバイクや電気自動車、場所によっては馬車が使われるようになった。

 

 深海棲艦が現れるまで──私が中学生の頃までは毛細血管がごとく道路が敷かれ、車が走っていたが......今となっては多くのアスファルトが剥がされ、畑となって食料問題の解決に充てられている。

 

 

 

「わざわざ車を用意していただけるとは、ありがとうございます。」

 

「ありがとうなのです!」

 

 初めてのガソリン車に浮き足立つ電を車に乗せ、トランクに荷物を突っ込み、シートベルトを締めてやる。

 間もなく、発車した。

 

 軍学校上がりたての若造に迎えの車をわざわざ出すか?

 

 ...いや、流石は大本営。金の使い所が違うと言ったところか。

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

「到着しました。ここが、第一鎮守府になります。」

 

 運転手の声ではっと気が付く。

 

 腕時計を確認する。一五〇〇。

 

 どうやら三時間以上車に揺られていたようだ。

 

 翔はこれから元帥に会うということに落ち着いていられず、ずっとそわそわしていたが......ふと隣を見れば、電がすぅすぅと寝息を立てている。

 

 なんというか、図太い奴である。

 

 だがその寝顔を見ていると、緊張していた自分が馬鹿らしく思えてきた。

  

「電、着いたぞ。」

 

「ふわぁ......」

 

 うーん、と背筋を伸ばして体を起こす電の手を取って、車から降りる。

 

「長い運転、ありがとうございます。」

 

「お疲れさまなのです。」

 

「礼はいらん、早く元帥の元へ。」

 

 運転手は懐から出した煙草にシュボッと火をつけた。

 

 ......気遣って我慢してくれてたんだな。

 

 

 

 

 

 

 長い廊下を歩いて司令室に向かう私たち二人。艦娘と思われる女の子に怪訝な顔を向けられながら何度もすれ違い、憲兵には幾度となく止められたが、封書を見せて進んでいく。

 

「......ここか。」

 

 無駄に広い敷地を彷徨ってようやく司令室の前に立つことができた。

 

 だがやはり、改めて扉の前に立つと汗が滲んでくる。もし、ここで失言でもしようものなら翔程度の若造は何をされるかわからない。

 

 悪い考えが噴き出して止まらない。

 その黒い霧は翔のいつもの冷静さを包み、霞ませる。

 そして身体中にまとわりつき、膝を震えさせ、手も引き攣る。

 

「翔さん、私が居るのです。」

 

 そんな霧を、一筋の光明が貫いた。

 

「私が、隣に立っているのです。」

 

 真っ暗だった思考が、嘘みたいに晴れていく。

 

「私が、手を繋いでいるのですよ。」

 

 そうだった。私は、独りでは無いのだ。

 

「だから、進むのです。」

 

「...ありがとう、電。」

 

 

 

 

 ────重そうな扉は、案外軽い力で開いた。

 




ここまで読んでくださった読者の皆様、
本当にありがとうございます。
作者のコンブ伯爵です。

初回からほとんどが設定で埋まってしまい、
鎮守府着任も出来ていないという...

次回、翔くんと電たんは黒条元帥との直接対談。

ちなみに、翔は、『かける』と読みます。
『しょう』ではないので、お気を付けて。

週一更新を目標に頑張って執筆に励みたいという所存です。

拙い作品ですが、評価をつけて頂けると嬉しいです。

ご意見、ご感想はできる限り全て返信していきたいと思っています。

長くなりましたが、また次回も読んでいただけることを
心から願っております。


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2話 元帥の頼み

話の進みが遅いので、書き上がり次第投稿しようと思いまして...週一更新ではなく、不定期更新と致します。
ご理解のほどをお願いします。






 

「よく来てくれた、鞍馬くん、電くん。」

 

 白髪混じりの髪の毛、シワのある手のひら、だが歳を感じさせない体格......黒条元帥だ。直接会うのは二度目だが、彼の風格は衰える気配すらない。

 

 のだが。

 

「まあ、座りたまえ。」

 

「はっ、失礼致します。」

 

 司令室は意外と質素なものだった。

 

 木製のテーブルにそれなりのソファー。胸ポケットの万年筆こそ、金装飾の高そうなものだったが...それ以外にこれといったものは見受けられない。

 

 強いて言うなら、箪笥の上のボトルシップぐらいか。

 

 と、女性がテーブルに三人分の茶を置く。

 

 

 「────ッ?!」

 

 

「どうした?電。」

 

 秘書の女性が電に近づいたその時、身を(こわ)ばらせたのだ。

 

「な、何でもないのです。」

 

 取り繕う電の息は少し荒く、翔の裾を掴む手は小刻みに震えていて、翔はどこか引っかかるように感じた。

 

「......!」

 

不意にその女性と、目が合った。

 

「......フフっ」

 

 にっこりと微笑んでくる。

 

 いっそ病的に見える白い肌を包む軍服は綺麗に整えられ、墨を落としたような長い黒髪はさらさらに梳かされていた。

 目深に被ったベレー帽がまた洒落ている。

 

 電の可愛らしさとは違った、たいそう魅力的な秘書さんだ。きっと電も緊張したに違いない。

 ...ん?いや待て、それは

 

「......今日ここに呼んだのは他でもない、君に提督を務めてもらいたいからだ。」

 

 元帥の言葉で思考の海から急速浮上。

 

「はっ。ですが......その、一つ、よろしいでしょうか?」

 

「どうかしたのかね?」

 

「その、決して失礼や愚弄をはたらくつもりは毛頭ないのですが......」

 

「先程から元帥の周りに見える、小人は一体───」

 

 部屋に入った時から気になっていた。今も元帥の肩や膝の上、更には帽子の上でえっへん!と偉そうに胸を張っているのもいる。なんとも無礼千万なヤツである。

 

「ふむ、君にも妖精が見えるのか!」

 

 突然元帥が机に身を乗り出す。

 

 帽子の上で立っていた妖精?とやらがポテンと机に転がり落ちる。

 

 

 いたいーっ

 

 

「はわあ?!翔さんにも見えていたのですか!」

 

「電、お前も......?」

 

「はい、私は艦娘だから見...感じることができるのです。」

 

 初耳である。

 

 軍学校では艦娘とよく関わっていた私だが、艦娘や工廠の近くでたまに小人を見ることがあったのだ。

 何を言いたいのか?それは私自身にもわからない。

 だが、言葉で表すならばそうとしか言いようがない。

 

 しかし、人間に友達がいなかった翔はせめて艦娘からは変な目で見られぬように、と見て見ぬふり。小人については電にさえ話さないでいたのだ。

 

......艦娘、それも見た目が小中学生の駆逐艦と同居しているような奴が『小人が見える!』なんて言ってみろ。黄色い救急車を呼ぶ羽目になるだろう。

 

「まあ、私から説明しようじゃないか。

 

 妖精とは、艦艇の艤装に宿る魂に受肉、具現化したものだと言われている。

 つまりは、語呂は悪いかもしれないが...艤装娘、と言ったところか。

 彼女らは地縛霊のように艦娘の艤装に居座る者もいれば、工廠で艤装製造に携わる者もいるのだよ。」

 

 指先でぐしぐしと妖精の頭を撫でながら語る元帥。

 

 艦娘は艦艇自体の魂から〜、とは軍学校で習ったことだが、妖精については全く教えられていない。

 

「だが、艦艇に搭載されている艤装に残った魂は、薄かったのだよ。」

 

「────同じように魂から生まれた艦娘には当然のごとく見えますが、人間には見える、見えないの差が生まれる...ということでしょうか。」

 

「そういうことだ。頭が回るじゃないか。」

 

 

 あたまいいー

 すごーい

 きたいのしんせー

 

 

 妖精たちから囃されて、少しくすぐったい気持ちになる。

 

「いえ、もったいなきお言葉。」

 

「まあ、妖精を目視できる人間は十万人に一人あるかないかと言われておる。

また妖精と意思疎通...話せる者も居るのだが、それは更に目視できる人間百人の中に一人程度。

 日本に居ても十人余り、という計算か。」

 

 じゅーにんー

 はなせるー

 えらばれしゆうしゃー

 

「話せる人間は選ばれし勇者ですって。」

 

 電があははと笑う。

 

 かんむすー

 いなづまー

 なのですー

 

「ふふ、今この子らはお前の電について話しているぞ。」

 

 元帥も微笑みながら教えてくれる。

 

 このひと、てーとくー?

 

「いや、まだ軍学校卒業したばかりの若造だよ。」

 

 妖精が話しかけてきたので、当然のように返す。

 

「鞍馬くん、もしや君は...」

 

「はい、なかなか言い出すことができず...」

 

「妖精を視認出来るどころか、意思疎通もできるとは。いやはや実に僥倖...」

 

 元帥は驚き打ちひしがれ、電は驚きはわはわしていた。

 

 閑話休題。

 

 

 

 

「何故、私を抜擢(ばってき)頂けたのでしょうか。私以外にも、指揮官として優秀な人間はいたはずです。」

 

 私がずっと謎に思っていた事だった。

 ただ周りより頭がキレるだけで軍学校卒業から即指揮官クラスの役職に就けるなど、たとえ元帥の息子でも有り得ないことだ。

 

「指揮官として優秀な人材は確かにいた。だが、君は『提督』として、最も相応しいと私は見た。」

 

「と、言いますと?」

 

 つい聞き返してしまう。

 

「妖精が視認でき、意思疎通ができることもあるのだが...

 

 

 

 

 ────君は艦娘に最も近寄った人間だからだ。」

 

 

 優しい目で翔を見る黒条元帥。

 

「艦娘が現れて五年、これまでにいくつもの鎮守府を見てきた。

 が、やはり未知の生命体という印象を拭い去ることが出来ないのだろう。

 どの提督も、艦娘との間にやはり線引きのようなものがあった。毛嫌いする者、人ではなく『物』としてこき使う者、更には女子の姿が故に、...手を出す者もいた。」

 

「......」

 

 私も薄々気づいていた。艦娘と出会った学生たちは女の子に声を掛けようかという好奇、そして兵器に対する恐怖といった目で見ていた。

 

 だが、艤装展開していない艦娘は人間の女子と同程度の力しかなく、また展開許可が出ない限りその力を振るえないことを教わると、学生たちはいつ反乱するかわからない、と艦娘を毛嫌いし、またその規則を逆手に取って虐げる者もいた。

 

「────だが」

 

 電の頭を大きな手で撫でながら元帥は語る。

 

「そんな艦娘たちの中でも避けられてきたこの子に、君は手を差し伸べた。

 

 たしかに艦娘と仲のいい者は、ほんの数人だがいた。

 

 しかし、そんな者たちも見捨ててきたこの子に、君は光を当てた。」

 

 

 

 翔の脳裏に浮かぶあの記憶。

 

 昔住んでいた港町に、深海棲艦の襲撃があった。両親と......“あいつ”は、爆風に巻き込まれた。

 

 一人残された翔は寮制の軍学校に入学し、何も起こさずに平穏な日々を満喫していたが、あの日。

 

 ......電と出会った、四年制軍学校生活三年生の春。

 

 ────翔は『変わった』のだ。

 

 

 

「君に着任してもらおうと思っている第七鎮守府は、ここからかなり遠い場所にあるのだが......それをいいことに前任がまあ手酷くやってくれてなぁ。

 

 所属していた艦娘たちは一度ここに来てもらってから、他の鎮守府へ異動してもらったのだが......まだ数人、第七鎮守府に残っている艦娘が居るのだよ。

 

 君なら、あの鎮守府の艦娘たちを救えると信じている。資金もある程度なら工面しよう。

 

 どうかこの老いぼれの願い、引き受けてはくれまいか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ......ここでノーと言える軍人を、私は見てみたい。

 

 




 ここまで読んでくださった読者の皆様、ありがとうございます。コンブ伯爵です。

 前書きにもあった通り、不定期更新とさせていただきます。
 遅くとも、1週間以内には投稿できるように努力していく所存です。
 ご理解のほど、お願いします。

 物語の方は...前回と同じく設定説明まみれ...
 七面倒臭い設定を生意気にも長々と載せていますが、読んでいただけると幸いです。

 次回、ようやく一話冒頭の続きへと戻ります。
 翔くんと電たんは鎮守府敷地内に足を踏み入れます。

 ...きっとまた設定まみれの駄文を綴ることになるかもしれませんが、どうかお付き合いください。

 それではまた次回、お会いできることを心よりお待ちしております。


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3話 もぬけの殻

電「前書きと後書きの尺をもらったのです!」

翔「うむ。作者がこういう台本形式の前・後書きに憧れてたらしいからな。」

電「...というわけで、作者さんからの言伝をひとつ。今回のお話を読む前に、一旦1話の冒頭を見返すことをおすすめする、とのことなのです。」

翔「鈍筆な作者の投稿ペースのせいで内容を忘れた読者さんもいるだろうからな。」

電「どうか、見捨てないで付き合ってやって欲しいのです...」





 

 

 

 

 ────そして時は現在に戻る。

 

 

 

 

 

 二〇〇〇、太陽は沈み辺りは暗い。

 

 

 ぎいぃぃ〜っと軋む扉を開き、いよいよ第七鎮守府......本館へと一歩足を踏み入れる。

 

 ロウソクタイプの手持ち懐中灯に火をつけ、壁のスイッチを探す。

 

 ────あった。

 

 パチン、と押してみるが...

 

「まっくら、なのです?」

 

 ......蛍光灯がつかない。電気が通ってないのだろうか。

 

 とりあえず執務室に向かおうと思ったが、改めて周りを照らしてみる。

 

 (なんだこれは......?)

 

 廊下が所々抜けているが、床木は腐っていない。つまりは何かによって破壊されたということだ。

 

かつーん、こつーん、かつーん、こつーん。

 

翔と電の二つの靴音が暗闇に響く。

 

 今は四月......春かもしれないが、ここは北の地。

 ひんやりとした夜の潮風が、割れた窓から廊下に吹き込んでくる。

 

 深夜の学校のような、いつ何が出てもおかしくないと思わせる不気味な雰囲気が、暗い廊下に満ちている。

 

 もし一人だったなら、流石の私も歩くのを躊躇うだろう。

 

 手を繋いでいた電をおんぶして階段を上り、二階......執務室に着いたは良いものの。

 

「この鎮守府から、人の気配が全くしないのです。」

 

「本当になんなんだ?この鎮守府は......」

 

 家具どころか机と椅子もない、殺風景な執務室。

 

いや、空き部屋と言っても過言ではないだろう。

 

 そしてこの部屋は、特に荒らされていた。

 

 この鎮守府の外観こそそ綺麗だが、中が化物でも暴れたかのようにボロボロだ。

 

 ────何かがおかしい。

 

「工廠へ行くか...」

 

 鎮守府から出て、隣にある工廠に入ろうとするが、鍵が掛かっている。

 

「電」

 

「はい!」

 

 懐から出した鍵束を受け取る、と。

 

「静かにするのです...」

 

「む?」

 

 突然袖を引き、強ばる電。何かを感じ取ったようだ。

 

 「誰かが、この中に居るのです。」

 

 ようやくこの鎮守府の人間と会える、と思うと嬉しさがある反面、正門前の憲兵の言葉を思い出す。

 ...非道な扱いを受けた艦娘が待ち伏せでもしているのではないか、と良からぬ気もする。

 

「電、離れていろ。」

 

 意味は無いかもしれないが懐中灯を持たせ、下がらせる。

 

 ふっ、と息を短く吐き、警戒する。

 

 ゆっくりと鍵を回し、ドアノブをゆっくりと引く。

 

 ぎいぃぃぃぃ...と軋みをあげて開く扉。

 

 

 

 

 

 ...?

 

 

 

 

 

 

「誰か居ないの────」

 

 か、と言おうとした瞬間。

 

 

 

 ────ひょおん

 

 

 

 何かの風きり音がした。

 

「────くっ!」

 

 ガツン、と地面に散った火花が、人影を一瞬映し出す。

 警戒していなければ確実にやられていただろう。

 

 一旦距離を置き、暗闇の中で『なにか』と対峙する。

 

 

 

 

 ────ザリっ.........ダッ!

 

 『なにか』が走ってくる音。

 先ほどの火花からおそらく鉄パイプのような鈍器を持っているのだろう。

 

 軍学校を思い出せ...

 

 翔は走ってくる『なにか』に対して身体を沈ませ、大きく一歩踏み出した。

 

 得物を振り上げていたのだろう、『なにか』のがら空きの胴体に体をぶつける。一般には体当たり......当て身、と言われる技だ。

 

 運動が苦手だったとはいえ、翔も一人の軍人。護身術程度は叩き込まれている。

 

 「────っ?!」

 

 思わぬ反撃に怯む『なにか』。

 

 その隙に手探りで腕を捻って武器を落とし、組み伏せる。

 

 ...思ったより細く、柔らかい。女性...艦娘だろうか?

 

「手荒な真似をすまない、私はこの鎮守府に今日から提督として着任した鞍馬だ。...お前は何者だ?」

 

「提督、だと?

 

 ────今更何しに来やがったぁ!」

 

 叫び声とともにぐぐぐ、と押し返される。

 

 技術こそあれど、翔は単純な力勝負にめっぽう弱い。

 たとえ組み伏せている圧倒的優位な立場だったとしても、艦娘という人外の力では──

 

「......くっ!」

 

 固めるのを諦めてもう一度距離を取る。しかし、

 

「クソが...こんな、とこで......」

 

 ばたり、と生々しい音。

 ────力尽きたのだろうか。

 

「し、司令官さん...大丈夫ですかぁ?」

 

 電が入り口から声を上げる。怖かったのだろう。

 ...いや、司令官と呼んでいるあたりある程度の範囲で落ち着いているはずだ。

 公私の切り替えをハッキリできる優秀な子である。

 

「うむ。襲われたが、大丈夫だ。」

 

「襲われた時点でいろいろ大丈夫じゃない気がするのです...」

 

 気にするなと返しながら入り口へ行き、電の手を取ってから倒れた女を照らしてみる。

 

 よく見ると服はボロボロで肌も煤けていて、まともな状態ではなかった。

 

「...とりあえず、運んでやるか。」

 

 よいしょ、と女を背中に担ぐ。

 傷に触れないよう、揺らさないよう慎重に...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────むにゅん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官さん、なにか(よこしま)なことを考えているのです?」

 

 冷ややかな声が刺さる。

 

 

「────いや、何でもない。」

 

 

...私の声は、震えていなかっただろうか。

 




後書き・電

「ここまで読んでくださった読者の皆様、ありがとうなのです。次回は新たに4人の艦娘さんが登場予定です!
いきなり翔さんは襲撃を受けたそうですが、上手くやっていけるのでしょうか。
次回、“夜の闇に紛れて”。」

作者「小説には手をつけたいけど、ゲームもしたいって...おかしいですか?」

電「おかしいのです!さっさと執筆に戻るのです!!ていうか私のMVPセリフを真似しないで下さい!!!!」



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4話 復旧の種まき

電「更新遅れて申し訳ないのです。」

翔「あと何時間かで1週間過ぎるところだったぞ。」

コンブ(作者)「許してくださいなんでもしますからぁ!(ただしなんでもするとは((ry)」

電「前回は翔さんが襲撃を受けたけど、なんとか凌いだのです。」

翔「私に筋力さえあれば...」

電「今回はこの鎮守府の艦娘さんと出会う模様!」

翔「それでは本文へ、どうぞ。」




 工廠の中を歩いて回る翔と電。

 

 

 

乱雑に置かれた工具たち、使われた後であろう積み重なった空のバケツ。

 

 (...ん?)

 

 キラリ、と、月明かりに照らされたバケツの底が光った気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 工廠を見て回るとほんのり、微かな明かりが漏れている部屋がある。

 

 位置的に資材倉庫だろう。

 

 一旦女を下ろし、電を待機させる。

 

 また襲われるかもしれない。

 

 先ほど以上に警戒して、ガラリと一気に扉を開く。

 

 

 

 「「......」」

 

 

 

 中は真ん中にロウソクが置かれていて、それを囲むように四人の艦娘がいた。

 

 一人は私をじっと睨みつけている彼女は確か戦艦、山城だ。元帥から渡された残っている艦娘のデータを覚えていた。

 肩口にかかるくらいの黒髪に振袖?とスカートを合わせたような服装。頭に特徴的な帽子を乗っけているが、折れてしまっている。

 

 一人は、電と瓜二(うりふた)つの顔だが、髪の留め方や目つきなど微妙な違いが見て取れる。制服は電と同じ。

 

 ...電の姉妹艦の雷だろう。が、今は横になって寝ているようだ。

 

 一人は、白に薄桃色がかった綺麗な髪の少女。サイドテールに結わえていていかにも女の子、な感じだ。

 

 確か駆逐艦で、名前は春雨。雷に寄り添うようにして寝ている。

  

「......っ!」

 

 寝ている二人を守るように薙刀を構えている艦娘が一人。

 

 物凄い殺気を放っているが、どこか弱々しさも感じられる。

 

 カッターシャツの上からジャンパースカートのようなものを着こなし、頭の上に赤く点滅する天使の輪?のようなものを浮かべている。

 

軽巡洋艦の龍田だ。少しふらついている。あの襲撃者と同じように相当疲弊しているのだろう。

 

 空白の時が流れる。

 

 このまま膠着状態が続いても仕方が無い。

 

「...私は今日から提督として着任した、鞍馬翔だ。」

 

「近づかないで!」

 

 ガシャコン、という駆動音。

 

 山城が艤装を展開し、砲門をこちらに向ける。

 

「それ以上近づいたら、わかるわよね?」

 

 一投足をも見逃さないと言わんばかりの眼光でこちらを睨みつけてくる。

 

 突き刺さる視線、重い空気。

 

 だが、全身で敵意を容赦なく放ってくる相手に対して、翔はこんな言葉を放った。

 

「ほう?どうなると言うのだ?」

 

 ──── 一歩近づく。

 

「なっ...?!

 

 貴方、命が惜しく無いのですか!」

 

「こんなほとんど密室の倉庫で君の主砲なんか撃てば、どうなるかなど考えるまでもない。いや、そもそも弾薬が切れているのではないのか?

 そんでもって龍田。君の薙刀も同じだ。天井があるせいでまず振り上げることは出来ない。刺突を加えることはできるかもしれないが...

 

 足も覚束無い君の放つ攻撃が、軍人の私に当たるとでも?」

 

 ぎりり、と歯軋りをたてる龍田。

 

 ...かかったか?

 

 運動神経の良い軍人ならばまだしも、弱っているとはいえ翔が艦娘から放たれる突きなど避けられる訳ないのだが、賭けに出たのだ。

 

 そして相手にこちらを探らせる間を与えないよう矢継ぎ早に、かつ余裕を持って言葉を紡ぐ。

 

「...ともかく、この子は君たちの仲間か?」

 

 一旦入り口に戻り女を運び込む。ロウソクの明かりに照らされて分かったが重巡洋艦、摩耶だ。

 

「貴方、摩耶さんを...!」

 

「いや、眠ってもらっただけだ。」

 

 寝息を立てているのがわかるだろう、と物怖じせずに倉庫へ入り、そっと横たわらせる。

 

「君たちが私をどう思っているのか知らないが、私は少なくとも君たちに危害を加えるつもりはない。」

 

 とりあえずは敵意が無いことを主張するが、そんなことを易々と信じてもらえるわけが無い。まずは...

 

「これを見てくれ。」

 

 入り口から今度はバケツと布切れを持ってくる翔。そしてバケツの中の液体を布に浸し、摩耶の腕を拭う。

 

「え...?」

 

 思った通り、しばらく当ててやると傷跡が薄くなり...消えた。

 

 実はこのバケツ、翔が持参したミネラルウォーターで割った、文字通り水増しした高速修復材が入っている。

 摩耶を連れてくる途中、蒸発も劣化もしない特性をもつ高速修復材を山積みのバケツから少しずつ一つに集めていたのだ。

 

「これをこの布に染み込ませて、傷を拭いてみてくれ。」

 

 何枚かの布切れとバケツを置いて倉庫を出る。流石に会ったばかりの女性の身体に触れるのは...いや、会ったばかりでなくてもだいぶ失礼だ。

 

「私は隣の工廠に居る。何かあったら、伝えてほしい。」

 

 と言い残し倉庫から出る。ほとんど一方的な会話だったが、それでいい。

 

「長い間、待たせてすまない。」

 

「女の子を待たせるのは、私だけにするのです」

 

 倉庫の重い扉を閉めた私を非難する電。少々機嫌を損ねてしまったようだ。

 

「すまんすまん。もう少し時間をくれ...」

 

 電気、水道、ガス。

 

 全てが止まっているこの鎮守府では仕事をこなすどころか、人が生きるにも辛い環境だろう。

 

「...もしもし、今日付で第七鎮守府に着任した鞍馬です。...秘書か?夜分に申し訳ない。

 私の名前を出せば分かってくれる。

 黒条元帥と代わってくれ────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電話でのやり取りを終えた翔は、次の作業に手をつける。

 

 場所は浴場。

 

「翔さん、お風呂にでも入るのです?」

 

「いや、予想が正しければ...」

 

 がらら、と扉を開けると水カビの臭いが鼻を刺す。

 

「────ふにゃあ!」

 

「うぐっ...やはりな。だが、こんなこともあろうかと...」

 

 翔ですら顔を歪めるほどの悪臭に、人一倍鼻が利く電が間抜けな声を上げる。

 

「翔さんの先見性には、つくづく驚かされるのです。」

 

 ぞろりと電と翔のバックの中から顔を出す『彼ら』。

 

 やくそくしたからなー

 あしたまでにおわったらー

 ばーげんだっしゅのあいすー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日出来ることはここまで。

 

腕時計を確認すると二二〇〇、良い子は寝る時間だ。

 

「電、悪いが夕飯は無しでいいか?」

 

「元々艦娘はあまり食べ物を必要としないから、大丈夫なのです。.」

 

「ううむ...いつ聞いても心配にはなるなぁ...」

 

 

 

 ────艦娘は食料を与えなくても、相当長く生きていけると言われている。

 人体...ならぬ艦体実験こそされていないものの、彼女たちが“補給”時に飲食する燃料や鋼材などは人間と同じように分解されているらしい。

 しかし分解された後どういう訳か、ほぼ老廃物として排出されることが無いのに加えて、何故か彼女たちの『衣服』が修繕されるのだ。

 この辺りについてまだ分かっていることは少なく、また艦娘たち自身も自分たちの身体に関しての理解が乏しいようで、謎に包まれている。

 

「翔さんこそ、無理しないで下さいね?」

 

 こちらの身を案じてくれる電に罪悪感を感じつつ、適当な木材を引っ張り出す。...硬いかもしれないがこいつを枕代わりにしよう。上着を脱いで電を抱き、その上から上着を掛ける。

 

 ...腕の中にすっぽり収まるちょうどいい大きさ。ふにふにと柔らかい身体。あったかい。

 

「おやすみ、電。」

 

「おやすみなさい、翔さん。」

 

 今日一日精神的にも肉体的にも疲れたからか、二人の意識はすぐに夢の中へ深く沈んでいった。

 

 




後書き・翔

「前回のサブタイトル予想は大きく外れたようだ。
こんな馬鹿コンブを信じてくれた読者様には申し訳ない限りだ。
まあ、リアルタイム執筆かつ、あくまで予想だから期待はしないでくれ。
次回サブタイトル予想は『夜の闇に紛れて』。
前回の予想が今回に回ったかたちだな。どうやら私の寝込みを(殺伐とした意味で)襲う艦娘が...という話にしたいらしい。
まあ、現在執筆中だ。どうか待っていただきたい。


最後に、ここまで読んでくれた読者様に最大の感謝を。それでは、また次回。」


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5話 夜の闇に紛れて

前書き

電「1週間更新安定化してきているのです...」

翔「夏休み直前で必死に夏課題をこなしていて忙しいそうだ。許してやれ。」

電「夏課題は夏休みにやるものなのです!」

翔「いや、去年の夏休み終わりの2日前、最終日に連続徹夜して始業式中にぶっ倒れたらしい。」

電「計画的にこなせば...いや、コンブさんの辞書に計画的なんて言葉は無かったのです」ハァ...

翔「まあ、少しは学習して夏休み前に終わらせようとしているから良いんじゃないか?」

電「翔さんがいいって言うなら、大丈夫なのです。
 ...それにしても翔さん、今回は妙にコンブさんに対して優しいのです。」

翔「...な、何のことだ?」

電(まさか翔さんも最終日に────)

翔「さてさてかなり長くなってしまったな。それでは、本編へどうぞ。」

電「(逃げやがったのです...)」ボソッ




 何なんだあの男は。

 突然入ってきたと思えば一瞬で場の空気を覆し、有利な環境にしてから一方的にまくし立て、謎の液体を置いていった。

 

 確かに効果はあったものの、入渠しなければ消えない傷もある。

 

 そして、入渠しても消えない“傷”もあるのだ。

 

 ...私は、変化を恐れていた。

 

 何もされない、人間の介入もなく、ただ置物のようにそこにいるだけ。

 

 そうしておけば幸も不幸もなにも起こらない、決して危害を加えられることも無い平和な世界の出来上がりだ。

 

 今のところあの男に罪は無いかもしれないが────

 

 今のとこあの男に悪いことは無いかもしれないけど────

 

 

 

 駆逐艦のあの子たちを『不幸』にしないために────

 

 あの子たちのお姉さんとして────

 

 

 

 

 ────『わたし』が、やらなければ。

 

 〇二〇〇、二つの影が動く。

 

 

 

 

 

 

 

「グーーーーー、すぴーーーーー。」

 

「...龍田さん、あなたもですね?」

 

「うふふ~、仕方が無いでしょう?」

 

 男は硬い床に申し訳程度の枕か、木材の上に頭を乗せ、上着を掛け布団代わりにして寝ていた。

 

「グーーーーー、すぴーーーーー。」

 

「...早いとこ、終わらせましょう。」

 

「そうね~」

 

 龍田が艤装を展開させる。

 その手に握った薙刀を、ゆっくりと構える。

 

 月明かりに照らされて、ぎらりと光を放つ刃を持ち上げ...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ごそごそ。

 

 

 

 

 

 「「??!」」

 

 

 

 

 

 

 男の腹がありえない動き方をした。まるで別の生き物が居るような...

 

 「「......」」

 

 無言で目を合わせ、山城が男の上着をゆっくりとめくる。

 

 「すぅ...」

 

 艦娘が丸まっていた。

 

 「「??!!」」

 

 全ての力という力を抜ききって、幸せそうに眠っている。緩みきった口元からは一筋よだれが垂れ、小さな手はめくった上着の襟元を掴んでいる。

 

 ...この男の上で。

 

 訳が分からない。この電が男の連れてきた艦娘だろうとはすぐに予想がついた。

 

 問題はそこではない。

 

 

 

 なぜ、艦娘がこれほど幸せそうに人間と寝ているのか、である。

 

 

 

 『寝る』とは一時的にとはいえ、意識を手放し無防備を晒す行為だ。

故に今、二人は翔の寝込みを襲ったのだ(殺伐とした意味で)。

 

 

 人間が艦娘の前で、艦娘が人間の前で『寝る』だなんて。

 

 しばらく目の前の光景を受け入れることが出来なかった。

 

 山城、龍田も数年前軍学校に通った経験があるが、その当時から艦娘と人間との間の溝は深く刻まれていた。

 

 山城は『不幸が伝染る』と言われ...

 

 龍田は『うふふ~』と微笑むだけで人間は逃げていってしまった。

 

 忘れていた過去を振り払うように再度薙刀を持つ腕を振り上げるが...

 

 どうしても、手が止まってしまう。

 

「あの子たちの不幸を未然に防ぐためって、思っていたんですが...」

 

「うん。私も『あれ』と同じような奴だろうって、思っていたの。

 

 でも...」

 

 

 

 

 

 ────この人は違うかも知れない。

 

 頭の片隅に、とても小さいものの、こびり付いて取れない考えが二人を止めた。

 

 結局、二人は倉庫に戻り眠って朝日を待つことにした。

 

 この夜、二人の『人間と艦娘の関係』という常識が壊された。

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 

「...けるさん、翔さん、起きるのです。」

 

「む...」

 

 窓から朝日が差している。腕時計は〇七〇〇を指している。

 

 よいしょ、と身体を起こした瞬間、翔に電撃が走る。

 

「ぐぁ......っ!」

 

 硬い地面に木材の枕、おまけに電を乗せて寝ていたのだ。

 

 背中や首筋が悲鳴を上げる。

 

「か、翔さん!大丈夫ですか?!」

 

 起きたと思えば再び倒れた翔を心配する電。

 

「あぁ、大丈夫だ。

 それより今日は、お前をあの子たちに紹介せねばな。」

 

 昨晩、念のために待機させていた電を彼女たちにはまだ見せていなかったのだ。

 

「ほ、他の艦娘さんがいるのですか?」

 

 不安げに問う電。

 

「あぁ、四人居た。だが心配するな。彼女たちならきっとお前を受け入れてくれるさ。」

 

「...司令官さんがそう言うのなら、大丈夫なのです!」

 

 さっきまでの不安な表情はどこに行ったのかと言いたくなる笑顔で信じてくれる電。いい子だ。

 

 扉に手を掛けたが、一旦離す。

 

流石に寝ているところに男が押しかけるのは失礼が過ぎるというものだろう。

 

 一息ついて、少々強めにゴンゴンと鉄の扉を叩き、

 

 

 

 

 

 

 

「────私だ。入ってもいいか?」

 

 声をかける。

 

 




後書き・電

「ここまで読んでくれた読者の皆さん、ありがとうございます。
少しずつ増えていくUA、お気に入り...ほんとに、コンブさんの助けになっているのです。
次のお話では、私が第七鎮守府の皆さんとの初対面なのです...
が、あまり明るいお話では無いかもしれないのです。

次回、サブタイトル予想・『いらない艦娘』。

────私は翔さんにとって、必要なのでしょうか...」


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6話 いらない艦娘

翔「章管理が面倒だから削除したぞ。」

電「もっとお話が進んでからもう一度作るかもしれないのです。」

翔「んでもって、あらすじを少し変えておいた。」

電「やっぱり地名はあまり出すべきでないと思うのです...」

翔「それと、誤字報告があったから修正しておいた。」

電「報告して下さった読者様に、この場を借りて感謝するのです!」

翔・電「「ありがとうございます。」」

翔「それでは本編へ、どうぞ。」




 

 

「......どうぞ。」

 

 山城の声が聞こえた。

 

 ガラガラと扉を開けて倉庫へ入る。

水増し修復材を使ってくれたのだろう、みんなある程度の傷は癒えている。

 

 「お前は昨日の...」

 

 と、どうやら襲撃者は目覚めていたようだ。肩にかかる程の長さの茶髪に軽いつり目。

高雄型三番艦、摩耶だ。

 

「昨日はすまなかったな。」

 

「フンっ!」

 

 例にもよって印象は良くない様子。

 

 ...まあ仕方ない、これからだ。

 

「今日は君たちに紹介したい子がいる。...出てこい、電。」

 

 翔を盾にするようにそっと姿を見せる電。やはり人見知りが出てしまう。

 

「い、電...なのです。かけ...司令官さんと同期で、軍学校を卒業してきたのです。

 よろしくおねがいします...」

 

 聞き取れるか分からない程の声を細々と出した電。それに対してみんなの様子と言うと、

 

「「「?!」」」

 

 唖然としていた。

 艦娘が人間に隠れるようにしているということは、すなわち自分ら同じ艦娘よりも人間に対して信頼を置いているということなのだ。

 

 皆が驚いている中、やはりと言うべきか。

 一人、前に進み出てきた艦娘がいた。

 

 

「電...なの?」

 

 

「その声は...雷お姉ちゃん?」

 

 後ろに控える山城たちを怖がりながらも、手を伸ばしてよろよろと近づき、ぎゅむと姉に抱きつく電。

 

「お姉ちゃん...お姉ちゃん...!」

 

 雷の顔を確かめるようにぺたぺたと触る電。

 最初はされるがままになっていた雷も、少し眉をひそめて電の顔を見た。

 

 いや、後々話すつもりだったが...『見てしまった』と言うべきか。

 

「電...あなた、もしかして────」

 

「────改めて話すつもりだから、今は...触れないでやってくれ。」

 

「そ、そういえば...あなた誰ですか...?」

 

 電を守るように抱きしめて、私に問いかける雷。

 

「昨日の夜、提督として着任した鞍馬翔だ。」

 

 “提督”と聞いて、びくっと龍田の背中に隠れている春雨の肩が跳ねる。

 さらに雷が尋ねる。

 

「あ、新しい司令官さん...ですか?」

 

「そうだ。まだまだ軍学校を出たばかりの未熟者ではあるが、電共々よろしく頼む。」

 

「!」

 

 “未熟”という言葉に反応する雷。

 視線を右往左往させてもじもじしながら...またも問いかけてくる。

 

「あの、司令官さんは...分からないことたくさんあるんですか?」

 

「ああ、恥ずかしながらな。」

 

 一応地図や艦娘たちの名前は頭に入れてきたが、実際に接さねば分からないこともある。

 鎮守府運営の方法も、艦娘たちがどうやって戦うのかも、敵がどんな奴なのかも、教本や動画でしか知らないのだ。

 

「その、司令官さんは、私...たちが、必要ですか?」

 

「ああ。迷惑かもしれないが、いろんなことを君たちに聞いて、頼っていくことになるだろう。」

 

「め、迷惑なことなんてないわ!」

 

「!」

 

 突然の強気な声にぴくっと反応すると、雷は「はっ!」と口を抑え...翔の顔色を窺う。

 

「...大丈夫だ。無理して敬語など使う必要はない。」

 

 そっと手を伸ばして、雷の頭を優しく撫でながら言う。

 

「あぅ...」

 

 うむうむ、妹に似て実に撫で心地がいい。

 

「あ、あの...司令官!

 分からないことがあるなら、私に聞いてもいいのよ?」

 

 

 

 ────私を、頼っても...いいのよ?」

 

 

 

「ふっ。頼られすぎて、逆に困っても知らないぞ?」

 

「......っ!、うん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────司令官、私に頼ってもいいのよ!

 

 ────あぁ?なに駆逐艦如きが出しゃばったこと言ってんだよ。

 

 ────え?

 

 ────ここは俺の鎮守府だから俺が何でも知っている。てかお前みたいなガキを頼りになんかする訳ねぇだろ。

 

 ────し、司令官...?

 

 ────そもそもお前、上官に向かってなんだその口の聞き方は。学校で何を学んできたんだよ低脳が...

 

 ────そん、な...なんで、そんなひどいこと...

 

 ────煩い、もうお前には用はない。目障りだ。さっさと失せろ。

 

 ────...う、ぁあ、うわああああああああ!!うあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ早速だが、みんな入渠してくれ。昨日の夜、最低限ではあるものの妖精さんたちに掃除して貰ったんだ」

 

「お前、何言ってんだよ」

 

 鋭い声で摩耶が聞いてくる。

 

「あの気まぐれな妖精に、人間のお前が頼んだってかぁ?

 人間にも妖精を見ることが出来る奴がいるのは知ってるけど、艦娘であるアタシたちでも頼みごとはなかなか通らねぇんだぞ?」

 

 寝言は寝て言いな、と言わんばかりにそっぽを向く摩耶。

 

「生憎私は人間の身でありながら妖精さんを見て、話せるのだよ。そして堅い約束を結んだ。」

 

 元帥から頂戴した資金を少しばかり削ってな、と口の中で呟く。

 

「その点については、私も保証するのです。」

 

 ふふんと胸を張る電の言葉を聞いた摩耶はううむ、と唸り...

 

「どけ!」

 

 ...と言いつつも電をそっと避けて倉庫から出て、工廠の隣のドックに向かう。

 程なくして、なんじゃこりゃー!という大声が聞こえてくる。

 

「...ってなわけだ。」

 

 龍田と山城が顔を見合わせて、ほんの少しではあるものの...微笑む。

 

「まあ、なんだ...今までの分、ゆっくりと入ってきてくれ。」

 

 かくして。

 第七鎮守府生活、二日目の朝は風呂から始まった。

 




後書き・雷

「ここまで読んでくれた読者の...み、皆様、ありがとうございます!(チラチラ)
 章管理やあらすじ変更、色々あったけど柔軟に対応して頂けたら助かるわ!(チラチラ)
 次回、サブタイトル予想・春雨ちゃ...『春雨とお出かけ』!(チラチラ)
 もーっと読んでくれたっていいのよ?」





翔「ハイカットー!」

電「お疲れさまなのです!」

雷「電のカンペが無かったらマズかったわ!ありがとう!」

翔「次からは一人でやってもらうが、出来るか?」

雷「大丈夫!私にまっかせなさーい!!」

(メモを握りながら)


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7話 春雨とお出かけ

前書き

翔「今回は連続投稿のようだ。」

電「三連休で調子に乗っているのです!」

翔「誤字報告が上がらなければいいのだが...」




 

 みんながドックへ向かってひと段落。

 私が一人倉庫で休んでいると、

 

「......」

 

 誰かの視線を感じる。

 

「む?もう上がったのか?」

 

「!!」

 

 扉から誰かが離れる。しかしその扉の隙間から、薄桃色がかった水濡れの白髪がちらりと見えた。

 

「春雨か、やけに上がるのが早いな。

 ...ちゃんと暖まったか?」

 

 覗いていたのがばれて、観念したのかそっと倉庫に入ってくる。

 

「その、私は駆逐艦ですし、あまり怪我を負っていなかったので...はい。」

 

 確かに昨晩見たときの服装や身体は、そこまで傷ついていなかったことを思い出す。

 

「そういえばそうだったな。

 ふむ...ちょっと来てくれ。」

 

「??」

 

 そう言って翔はバッグの中から...

 

 

 

 ∽

 

 

 

 ブオーーーー!!

 

 

 

「な、なんで...こんなの持ってるんですか?」

 

「聞こえないぞ!」

 

 気の弱い春雨はうっ...となったが、こうなってはやけくそだ。勇気を出して声を張る。

 

「な、なんでドライヤーと櫛を持ってるんですかー!」

 

「電の髪を乾かすのが私の仕事の一つだからだ!」

 

「私の髪を乾かす必要なんて無いですー!」

 

「濡れたままでは風邪を引くだろう!それと今から君を買い出しに連れていくためだ!」

 

「電さんと行けばいいじゃないですかー!」

 

「いや、君に来てもらう!」

 

「なんで私なんですかー!」

 

「みんな入渠しているだろう!」

 

 なんということだ。

 艦娘の電をあれほどに手なずけたロリコン(?)司令官と2人きりだなんて。

 もう泣きたくなってきた。

 

「(うぅ、私と司令官だけで...何されるんだろ...)」

 

 

 

「聞こえないぞ!」

 

「司令官には関係ありませんー!」

 

 

 

 ∽

 

 

 

 乾かし終えると、シャンプーのCMに出てくる女優のようなさらっさらの髪に仕上がっていた。

 

 乾かされる時は嫌がっていた春雨も、今は手櫛で自分の髪を梳きながら、つい「ほわぁ...!」と感動してしまう。

 

「では、そろそろ行こうか。」

 

「は、はい...」

 

 初めての鎮守府からの外出。人間と二人きりと言うのは気が引けるが、悪意は無さそうだ。

 

 こんな程度で少しドキドキしてしまう自分自身のチョロさに少し情けなくなってしまうが、とてとて後を付いていく。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 ドドドドドド...

 

 出発の時を今か今かと待つように音を立てる二輪車が一台。

 

「えーと、何ですか?これ。」

 

「見ればわかるだろう、バイクだ。」

 

「...何でこんなものがあるんですか?」

 

「鎮守府にはジープとバイクが支給されると聞いてな。私はジープより燃費のいいバイク派だ。」

 

 ────ちなみに軍のジープの動力もガソリンだが、ものすごく燃費がよくなるように改良されてある。

 

「じゃあどうして...二人分のヘルメットがあるんですか?」

 

「私と電の関係を元帥が知っていてだな、勝手に送ってくれた。」

 

 ということはもしや...

 嫌な予感が春雨の頭をよぎる。

 

「ほら、かぶるんだ。顎の部分は紐で勝手に調節してくれ。」

 

 ぽん、とヘルメットを渡される。

 

 少し小さめな女性用のサイズが支給されており、言われた通りに紐を締めるとぴったり固定できた。

 

 司令官とお揃いの黒色だった。

 

「よし、ちょっと失礼。」

 

「わわっ?!」

 

 有無を言う間もなく司令官に持ち上げられた私は座席後方に乗せられ、前に司令官が乗ってきた。

 

「しっかり掴まれよ。」

 

「えっ?あっ...」

 

 見た感じ何も掴まるものは無い。恐らく司令官の背中に...

 

 恥ずかしがって躊躇っていると、

 

「掴まらなくていいのか?体重移動を間違えれば横転するぞ?」

 

「.....」

 

 無言でがっしりと抱きついた。

 

「よし、行くぞっ!」

 

 ブローーーブロロロロロロロ!!

 

「ひゃぁあ!!」

 

 一瞬慣性でぐん、と後ろに身体が持って行かれそうになるが、腕に力を入れてなんとか耐える。

 

 ごうごうと容赦なく耳朶を打つ風。

 今自分がすごい速度で移動していることを体感して、怖くてとても目を開けられなかった。

 

 

 

 ∽

 

 

 

「春雨、着いたぞ。」

 

 どれほど経っただろうか、バイクは大きなホームセンターの前で止まった。

 

 司令官に降ろしてもらって、地面に足をつくと同時にほっ、と息をついてしまう。地面にここまでの安心感を覚えたのは初めてだ。

 

「海の上を駆け巡ってるのに、バイクは苦手だったか?」

 

「ひ、人それぞれですー!」

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 何故私がバイクを運転できるのかと言うと、軍学校時代友達が居なくて暇していた放課後に、(無断で)車庫の鍵を開けておいてこっそり電を乗せて走っていたのだ。

 

 電も最初はかなり怖がっていたが、何回か走っていると慣れたのか電の方からやってきて、よくコンビニやらショッピングモールやらに連れて行ったものだ。

 

 

 

 バイクに鍵を掛け、春雨を連れて店内に入る。

 もちろん軍服というわけにはいかないので、翔は鎮守府(倉庫)で私服に着替えてきている。

 

 ...さて。

 

「まずは生活必需品だな。」

 

 春雨の手を引いて店内を進んでいくと、まもなく目的地が見えてきた。

 

「昨日の夜寒かったし、毛布を買っておこうか...」

 

 ...と、春雨を見ると片方の手で他の布団をもふもふしていた。頬がゆるみきっている。

 

「春雨、これにしようか。」

 

「ひゃ?!

 え...?こ、これを、買ってくれるんですか...?」

 

「そうだ。全員分だ。」

 

 提督は、日本の平和を握っている存在であり、責任も重大。

 故に年給何千万という金を手にする提督もいるらしいが、鎮守府を家としているので家賃は要らない、都会から離れているので娯楽にも使わない、何より質素な暮らしを好む翔にとって月百万を超える金などあっても使い切れないだろう。

 

 (まあ、その前に鎮守府改装にかなりの金が飛ぶだろうな。)

 

 少しかわいそうだが、布団をもふもふしたりなさそうな春雨を連れて奥へと歩いていく。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 そのあと司令官さんは、椅子やら机やらいろんな家具を買っていきました。

 

 前の司令官が使っていたような豪華なものや、きらびやかなものには目もくれず、木製や革製の味気ない物ばかりを選んでいた気がします。

 

 たまに私にもどんなデザインがいいかを聞いてきましたが、前の司令官のことを思い出しそうで嫌だからシンプルなものを選ぶと、

 

「やっぱりシンプルイズベストだな。私と趣向が近い。」

 

 と、気に入ってもらえて、買ってくれました。

 

 ちょっとだけ...ちょっとだけ嬉しかったです。はい。

 

 バイクで運べるのかと聞くと、なん万円以上か購入すると宅配してくれるサービスがあると教えてくれました。

 そして最後に、

 

「これを五百本ほど頼む。」

 

 木の板を大量に買っていました。

 司令官さんのお財布は大丈夫なのでしょうか、とっても心配です。はい。

 

 

 

 ...やっぱり、お会計はすごい桁数になっていました。しかし司令官さんは、

 

「ここにツケといてくれ。」

 

 と、ものすごく悪そうな顔をして言ってました。

 

『ツケる』という言葉は初めて聞きましたが、多分他の人に払わせるんだな、ということは予想できました。

 

 司令官さんは優しい人ですが、悪いところもあるんだな、と思いました。はい。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 提督着任を頼まれた時、元帥は『ある程度の資金は工面してやる』と言っていたはずだ。...これを使わない手はない。

 

 軍のトップの人間だ。何百万程度はした金だろう。

 

 堂々と元帥宛に請求書を送り付けた私は、少しスッキリした気分で店から出る。

 

 ...さて、

 

「春雨、帰るぞ。」

 

「ひうぅ...」

 

 しぶしぶとバイクの後ろに跨って、私にしがみついてくる。

 

 そんな様子を見て、私は出発直前に春雨に言った。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「ゆっくりでいいから、バイクが走り出したら落ち着いて目を開けてみろ。」

 

 私はえ?と聞き返そうとしましたが、ブロロロロロと走り出したので、あわてて縮こまりました。

 

 しばらくしていると、風の音や曲がる時の体重移動にも慣れてきて、少しだけ余裕ができました。

 

 さっきの司令官さんの言葉を思い出して、そっと目を開いてみました。

 

 そこで待っていたのは、前から後ろへ流れていく景色。

 遠くに見える輝く海。

 

 いつの間にか、殴るように耳を打っていた風の音も気持ちいいものになっていました。 

 

 今まで鎮守府か軍学校しか見たことの無かった私にとって、その風景はとても新鮮なものでした。はい。

 

 

 

 




後書き・春雨

「ここまで読んでくれた読者の皆さん、ありがとうございます。
今回はロリコ...
電さんや雷さんに優しい司令官さんにお出かけに連れてってもらえました。
次回は回想回になるようです。翔さんと電さんがなぜお互いにあれほどの信頼を置いているのか分かるそうです。
ということでサブタイトル予想・『回想・出会い』。
次回も見ていただけると嬉しいです!はい!」


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8話 あなたが手を引いてくれるなら。

翔「かなり待たせてしまったが、今回はかなり長いぞ」

電「本タイトルがサブタイトルについてるのです!
手抜きなのです!!」

翔「違うぞ電。今回は私たちの出会った頃のエピソードのようだ。かなりコンブも気合い!入れて!書いたそうだぞ?」

電「UAが5000越えたからって調子に乗ってるのです。」

翔「まあまあ、コンブも忙しいらしいから目をつぶってやってくれ...」

電「むぅ〜...
  とっとと本編に行くのです!」



 

 

 

 次に止まったのはスーパー、という所だった。

 

 野菜やお肉からお菓子までおおよその食べ物と、日用品が揃っているらしい。

 

 そこでも提督はポンポンと手当り次第に食材を入れ、レジに持っていった。

 ...料理するにも大変な量の肉や野菜を買っていく姿を見て、『備えあれば憂いなし』という言葉を思い出した春雨であった。

 

 店を出ると、『今日一日ついてきてくれたから』という理由で謎の冷たい食べ物をくれた。

 

 食べ物をあまり必要としない艦娘の春雨に、だ。

 

 確か『あいす』と言ったか。二重のふたをペリペリ剥がすと、クリーム色のそれがぎっしり詰まっていた。

 

 カップを持っている手が冷たい。司令官を見習って木ベラで掘り、初めてのアイスを一口。

 

 ぱくっ......

 

 ────?!!

 

 

 

 ∽

 

 

 

 さて、これで最低限の生活は出来るだろう。買い物を終えた私は春雨と外で『ハイパーカップ』なるアイスを開けていた。

 総選挙でも一位を取り続けている、言わずと知れた安い・美味い・多いを備えたコスパ最強庶民の味方アイスである。

 

 春雨も慣れない手つきで木ベラをつまみ、そっとアイスを一口。

 

 

「────?!!」

 

 

 カッと目を見開き、ぷるぷると手を震わせて、こくんと喉に通し...

 

「し、司令官さん!とっても...とっても美味しいです!」

 

 頬を赤らめ、キラッキラの目でこちらを見上げながらぴょこぴょこ飛び跳ねる。

 

「この甘味を原動力にすれば、私、何でもできそうです!はい!」

 

 もしやこれが、士気上昇効果というものだろうか。

 

 確か艦娘たちは出撃して活躍したり、甘味を食べるなど...いわゆる上機嫌になると士気が一時的に急上昇し、更なる力を発揮すると聞いたことがある。

 

 しかしスーパーで売っているようなカップアイスで、ここまで喜ぶものなのか?

 

 ...もしかして────

 

「そうか。じゃあ何かしら手伝ってくれたり手柄を上げたら買ってやろうじゃないか。

 ところで、君は────」

 

「春雨です!」

 

「────春雨は、今までに物を食べたことはあるか?」

 

「し、司令官さん...いくら艦娘とはいえ、死んじゃったりはしませんが、艤装をしまっている時はお腹が空きますし...」

 

HAHAHAと笑って、

 

「水道水とパンは支給されていましたよ?はい。」

 

 当然のように言い放つ。

 

「おぉ...」

 

 やっぱりだ。鎮守府の離れにあった食堂と思われる施設があったが、まるで前任がいた頃にも使われていなかったかのように綺麗だった。

 

 つまるところ、第七鎮守府の艦娘たちは今まで『食』に対して幸せを感じたことが無かったのだ。

 

「てことは、龍田たちも...なのか?」

 

「私たちにとって、それが普通でした...よ?」

 

「...」

 

 何かおかしいことでも?と言わんばかりに首を傾げる春雨。

 やはりこの鎮守府は問題だらけだ。

 

「そういえば、司令官さん、」

 

「どうした?春雨。」

 

「司令官さんと電さんは、どうしてあんなに仲がいいんですか?」

 

 少し距離が縮まったからか、春雨の方からこちらに踏み込んでくれた。

 ...この機会を逃すのはもったいない。今こそ話すべきタイミングだろう。

 

「あぁ...

 長話になるが、いいか?」

 

「覚悟は出来ています。はい。」

 

 目を閉じて空を見上げ、語る...

 

「そうだな...あれは軍学校時代、まだ私が人間にも艦娘にも心を閉ざしていた頃があってだな。」

 

「し、司令官さんが?!」

 

 今の私からしても私自身を信じることが出来ない。だが、確かにあった事実なのだ。

 

「そうだ。それでな────」

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 一方、鎮守府では...

 

「あぁ、また私たちは見捨てられるのよ。不幸だわ...」

 

「春雨ちゃんが泣いて帰ってきたらぁ、あの首、落とさないとね~。」

 

「司令官、私を頼ってもいいのに...」

 

「やっぱりあんな奴...クソが!」

 

 ...地獄絵図だった。

 

 しかし、一人電だけにこにこしながらたたずんでいた。

 

「電、なんであなたはそんなに落ち着いていられるの?」

 

 ふと雷が問う。

 

「だって、司令官さん...

 翔さんとは、『約束』しましたから。」

 

「約束?」

 

 雷電姉妹のやり取りを聞いていた山城が声をかける。

 

「そういえば電さんと提督は、どうしてあれほどの信頼関係にあるの?」

 

「あ、それ私も気になっていたのよ~。」

 

 龍田も寄ってくる。

 

「.....」

 

 微妙に摩耶の気配も近付いてきている。やはり気にはなっていたようだ。

 まだまだ帰ってきそうにも無いし、みんなまだ人間...翔に対して完全に心を開き切っていない。

 

 (今が“あの話”をする...チャンス、なのです。)

 

「じゃあ、お話しするのです。

 

 私と翔さんが出会ったのは───」

 

 

 

 ∽

 

 

 

 翔と電が話を始めたのは場所は違えど、ちょうど同じ時間だった。

 これは偶然なのか、運命なのか。

 知る者は、いない────

 

 

 

 

 

 

∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 私、電が目覚めると...そこはぼやけた世界だった。

 

 青い海と青い空の見分けもつかない。

 

 穏やかな波音が、そして電自身に刻まれた艦娘としての本能が、ここは海上だと伝える。

 

 見やると細長いぼやけたものが何本か映る。

 

 「大丈夫?」

 

 それは私に近付いて手を引っ張ってきた。どうやら私と同じ艦娘らしい。

 

 一人では何も出来ないので、おとなしく曳航される。

 

 しばらくすると、青ではないものが見えてきた。

 灰色というか、赤というか、緑というか、形容しがたい。

 

 ...それが消波ブロックの色だとか、鎮守府の赤煉瓦の色だとか、山の稜線ということは、電にはわからなかった。

 

「作戦完了。艦隊が帰投します。」

 

 旗艦のお姉さん?の声とともに艤装をしまって陸地に上がり、建物の中へと連れていかれた。

 

 こんこん。

 

「入れ。」

 

「失礼します。」

 

 旗艦のお姉さん?に引かれて、司令室...と思われる部屋に入る。 少し冷たい手だった。

 

 がちゃり。

 

 扉を開くと同時に、煙たい空気が電の鼻を刺した。

 そして豪華でカラフルな部屋なのだろうか、いろんな色がごちゃごちゃになっていて、少し酔いそうになった。

 

 顔は見えないが、とりあえず挨拶だ。

 

「暁型四番艦、電です。よろしくお願い────」

 

「お前、どこを見ている?」

 

「!!」

 

「俺の目を見てみろ」

 

 見ようとしてもぼやけていて、目どころか顔も判別出来ない。

 声の出元を辿るようにして、司令官の顔と思われる所を見る。

 

「チッ、こいつメクラか...

 まあいい。軍学校に連れていけ。」

 

「わかりました。失礼します。」

 

 最初『め...』とかなんとか呟いた気がしたが、そんなことを考える隙もなくお姉さん?に手を引かれてどこかに連れていかれる。

 

 ...お姉さん?の声は、冷ややかで...どこか機械じみて聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぁ...暁型四番艦、電です。よろしくお願いします。」

 

 階段を苦労して上り教室を他人に聞いて、ようやく教室にたどり着いた私は自己紹介をしていた。

 

 ...見えないけれど、容赦ない視線が私の体を突き刺していくのを感じる。

 

「それじゃあ、電さんは窓際の一番後ろの席に着いてください。」

 

「...わかりました。」

 

 ふらふらと私は席に向かって行った。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 ぺらり、と一ページめくる。

 ...なにやらいつもに増して教室が騒がしい。

 軽く聞き耳を立てると、どうやら転入生がやってくる、とのことだ。

 

 (どうだっていいが、な。)

 

 転入生如きではしゃぐ同級生共をちらと見やる。どうせ軍学校には男か艦娘しか来ない。

 

 そして三年生になったばかり、春に来る転入生なら大体が男だろう。

 

 いつものように、何も受け付けない透明な壁を張るようにして、『自分だけの空間』を創り本を読む。

 

 ────私は艦娘に興味がない。

 

 人と同じように感情があり、人と同じように物を食べ、人と同じように睡眠もとる。

 

 唯一違うのは、海の上で戦うかそうでないか。

 しかし、それを除けば人間と何ら変わりない。

 

 ...私は艦娘を、“何処にでもいるような『人間』"として捉えていた。

 故に、面識もない女子をわざわざ気にする必要など無い。

 

 独りで居るのが好きだという理由もあるが、艦娘と関わって生きていれば同じ人間から弾き者にされる。

 

 私としては弾き者にされても構わないが、色々と面倒な奴らが絡んでくるのは御免だ。

 このまま余計なことは起こさず、空気のように過ごせばいいのだ。

 

 しかし、艦娘のおかげで人類は救われたというのに、その艦娘を恐れ毛嫌いするとは。

 人間というものは何処まで傲慢な生き物なのだろうか。

 

 ...かく言う私もその人間なのだが。

 

 そんなことを考えながら本を読んでいた時だった。

 

 

 

 ────がつん!

 

「ふにゃあ!」

 

 転んで倒れてきた艦娘に、私の“透明な壁”はぶっ壊された。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 ぽふん、と誰かに抱きとめられる。

 

「...大丈夫か?」

 

「あ、ごめんなさい、ありがとうございます...」

 

「......」

 

 ひゅーひゅー!と冷やかされ、少し恥ずかしくなった私は声のする方に謝って、そそくさと去る。

 

 ...が、その人のちょうど一つ後ろが私の席だった。

 

 席につくと、先ほど倒れかかってしまった前の席の人に声を掛けられた。

 

 

 

「────君は、私のことを覚えているか?」

 

 

 

 新手のナンパだろうか。ぼんやりとしか見えないが、顔はなかなかいい男の人のようだ。...しかし、ナンパを仕掛けてくるような人とはもちろん、付き合いたくはない。

 

「えっと、覚えているどころか、あまり目も見えなくて...」

 

「...そ、そうか。突然すまなかったな。」

 

 慌てて出してしまった答えにもなっていない私の言葉に何故か納得して、くるりと前を向く。

 

 しかし彼の震え、絞り出すような声音は...一体何だったのだろうか。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 馬鹿な...そんな事があっていいのか?

 

 “あの日”、確かに“あいつ”は死んだはずだ。

 

 燃える車の臭い、目を刺す土埃、焼け付くように痛む身体...ネックレスにつなげたピンバッジを握りしめ、震える声と溢れる記憶を抑えるようにして、聞く。

 

 

「...君は、私のことを覚えているか?」

 

 

「えっと、覚えているどころか、あまり目も見えなくて...」

 

 ...目が見えていない。それこそ、目の前の机の脚が見えないくらいに?

 

「...そうか。突然すまなかったな。」

 

どう見ても“アイツ”にしか見えない、同名の艦娘...こんな偶然があっていいのだろうか。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 日は流れて五月、艦娘の戦闘力を測る海上演習があった。

 遠くに浮いている的に砲雷撃を当てたり、飛んでくる模擬弾を躱すものだった。が、

 

「お前、ほんとに艦娘か?」

 

「ご、ごめんなさい...」

 

 いくら艤装で視力が良くなっても、他の艦娘よりずっと劣っている目では的も模擬弾も見えない。

 そんな私がまともな成績を出せる訳無かった。

 

「せいぜい来月の模擬戦までに戦えるようになろうな、『不良品』さん?」

 

 教官がにやけながら言ってきた。

 私たちの演習を見に来ていた人間からの笑い声が聞こえる。

 他の艦娘たちも私を見て笑っている。艤装展開時の身体能力増強効果である程度良くなった視力が、見たくないものを容赦なく映す。

 

 その日は上を向いて、寮へ帰った。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、なのです...」

 

 いつも通り返事はなく、いつもより重いドアを開け、部屋の電気も点けずにぺたんとへたり込む。

 

「うぅ...」

 

 私はやはり何も出来ない。助けを求めようにも、私を笑っている人にそんなこと言えるわけない。

 

「うあぁ...ひっく、ぐすん...」

 

 自然と涙が溢れてくる。

 

 同じ艦娘に相談しようにも、あの笑い声が脳裏を掠めて、どうしても言い出せない。

 

 どんなに泣いても、慰めてくれる人はいない。

 

 

 

 私は独りだった。

 

 

 

 

 ────ピンポーン。

 

 

 

 インターホンが鳴った。

 

 足音を殺して、そっとドアに近づく。

 

 覗き穴から見えたのは、私の前の席の...あの男だった。

 いつも一人で本を読んでいて、少なくとも人と話している所を見たことがない。まるで見えない壁を張っているかのような、無愛想な男だった。

 

 

 ────ピンポーン

 

 

 また音が鳴る。

 

 意を決して鍵を開き、しかしドアチェーンは外さず、覗きこむように開ける。

 

「な、なんですか...?」

 

「わかると思うが、同じクラスの鞍馬翔だ。

 少し君と話したい。入れてはもらえないだろうか。」

 

 艦娘といえど乙女の部屋に真正面から入りに来るとは、なかなか度胸のある男だ。

 しかし雰囲気は馬鹿にしに来た訳でもなく、下心もないようだ。

 

 いつもなら断っていたと思うが、今の私は誰かと一緒に居たかった。

 そしてこの男なら、きっと私を笑わないだろう。

...何故だか分からないが、何となく、そんな気がした。

 

「...どうぞ。」

 

 ドアチェーンを外して、初めて人を招き入れる。

 

 ひとまずテーブルを挟んで向かい合う。

 

「話って...なんなのです?」

 

「率直に言う。君は目が見えないだろう?」

 

 ドキリ、とした。

 

 今まで誰にも言っていないし、きっとみんなも気を遣って触れて来なかったことに堂々と触れてきた。

 

「私に倒れかかってきた時から、気付いていた。

 先ほどの訓練にしろ、今まで苦労しただろう?」

 

 私の苦しみを、分かろうとしてくれる人がいる。

 たとえ同情だとしても、今の私を慰めるには十分だった。

 

 枯れたと思っていたのに、熱いものが自然と溢れてくる。

 

「はい...暗くて、辛くて...苦しくて...寂しかった、のです...うぅっ...」

 

 今まであったことを、全て話してしまった。

 

 ...今思えば、この男になら話せるような...なにか運命のようなものを自然と感じていたのかも知れない。

 

「そうだよな。ずっと一人で、寂しかったよな。」

 

 ポロポロと零れる。

 

 私の頭を優しく撫でてくれる。

 

 その手から私の心に、何かが流れ込んでくる気がした。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 訓練演習で笑われる電を見てから、私の中の何かが騒ぎ立てる。

 

 気が付いたら、そのドアの前に立っていた。

 

 翔の中の“何か”は囁く。

 

 『全てを失った“あの日”を思い出せ。“あいつ”の遺志を継ぐことが出来るのは、お前だけだ。』

 

 インターホンに、手が伸びる。

 

 しかし、こんな囁き声も響いてきた。

 

 『引き返すなら今だ』

 

 私の中のもう一つの何かが語りかける。『今引き返せば、平穏な日々を送ることができる』と。

 

『死人の言葉に憑かれて、自分のこの先二年間の学校生活を棒に振り、艦娘と歩む道を選ぶのか?』

 

 手が止まった。

 

 しかし、今一度『私自身』が考える。

 

 私の学校生活を棒に振る?

 

 今までに私が動いたことはあるか?

 

 ずっと本を読みながら達観しているだけの人間だろう?

 

 翔は気づいてしまった。自分には振る棒もないことに。

 

『“あいつ”がいた頃からいつも艦娘と人間の関係をおかしいと思っているお前が、口先だけの人間になるか、それとも常識をひっくり返す人間になるか、今が分かれ目なんだぜ?』

 

 ずきり、と背中の火傷が疼く。

 

『待て!うまくいかなければ、お前はずっと変人扱いだぞ?艦娘と関わったらどうなるかはわかっているはずだ。それでもいいのか?』

 

 『『さあ選べ!鞍馬翔ッ!』』

 

 そして私は、インターホンを───

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「もう大丈夫か?」

 

「その、すみません。こんな姿見せちゃって...

 ところで、どうして鞍馬さんは、私にここまでしてくれるのです?」

 

 涙が収まって冷静になった私は、ずっと謎だったことを聞いた。

 

「ふむ...長くなるが、いいか?」

 

「はいなのです。」

 

「率直に言うと────私が“電”と出会ったのはこれで二回目だ。」

 

「え?」

 

「あれは私が中学生の時だったか。まだ艦娘が現れ始めた頃の話なんだが、一度第三鎮守府に迷い込んだことがあってな。

 ...そこで電と出会ったんだ。

 私は電に案内を無理矢理頼んで、どうにか家に帰ることが出来たんだが...意外と私の家から近い場所に鎮守府があってだな。

 その日から時々私の家に遊びに来るようになったんだ。」

 

「第三鎮守府の提督さんには、怒られなかったのです?」

 

「まぁ、そこの提督も杜撰な奴でな...駆逐艦の一人や二人居なくなっても気付かないような男だった。

 ...それから、電をよく鎮守府の外へ遊びに連れ出すようになったんだ。

 

ㅤ最初はコンビニでアイスを食べたり、公園でブランコに座って駄弁る程度のものだった。

 まあ親にバレてからはもっと遠くに遊びに行けるようになったが、な。

 

 艦娘に優しい両親だったよ。」

 

「......」

 

「んで、内地へ買い物に連れていってもらった帰り道、車に揺られていた時だ────」

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

 

 ────第二次深海勢力侵攻。

ㅤ至近弾の爆風で私たちの乗っていた車は吹っ飛ばされた。

 運良く私と電は衝撃で車外に放り出されたからよかったものの、私の両親はひっくり返った車の中で潰れていた。

 悲しむ暇も与えないと言わんばかりに砲撃が飛んできて、私と電は必死になってトンネルの出口まで走った。

 

 その出口が目と鼻の先って所で電が突然、艤装展開して私を投げ飛ばした。

 

 艤装を着けた艦娘の力はやはり凄い。

 中学生とはいえ、たぶん10m近く私は空を飛んだ。

 

 ぎりぎり受け身をとれたから良かったものの、何するんだ!って言おうと振り返った瞬間、私の目の前で爆発が起こった。

 

 また10m程吹き飛ばされた。

 

 土煙が晴れると、トンネルの出口が岩で塞がっていて、その岩に電が挟まっていたんだ。

 私は電に駆け寄って腕を引っ張ったが、もう手遅れだった。

 ...明らかに駆逐艦の力や艤装では破壊できない、大きな岩だった。

 

 まあ、それでも生きていたあたり艦娘だ。

 

 電は私に言った。

 

ㅤ────私は幸せだったのです。

 

 鎮守府という檻の中にいた、独りぼっちの私を、あなたが引っ張り出してくれたのです。

 

 最期まで、私の手を握ってくれて、私の傍にいてくれた、誰よりも優しいあなたがいたから...

 

 私はいつだって、独りじゃないって、信じてこれたのです────

 

 呆然と私は、最後なんかじゃないとか、これからも二人一緒だ、とか呟いていたが...また至近弾が飛んできて我に返った。

 

 

 

ㅤ電はもう助からないと、わかってしまった。

 

 

 

────もう、大丈夫なのです。

 

 私は、幸せすぎたのです。

 

 もし...もし、次に生まれてくるときは...

ㅤ幸せすぎて、だれも不幸にならない、平和な、世界だと...いい.........な────

 

 電が喋り終える前に私は言葉でもなんでもない、叫び声を上げながら50m近く走った。

 

 また後ろで爆発が起こった。いくつかの礫片が背中に刺さった。

 

 もしかすると岩が割れていて電を助けることが出来るかも知れない...!

 

 一縷の希望を見出した私が振り返ると、砂塵が目に入った。

 うろたえた私が下を向くと、一枚の赤い布切れが足元に転がってきた。

 震える手で拾い上げると、何かがくっついていた。

 

 

 

 

 

 ────────────────

 

 

 

 

「────それが...これだ。」

 

 と、首飾りを外す翔。

 

「こ、これって...」

 

 それには私が付けているものと同じ、暁型...特Ⅲ型を表す『Ⅲ』のバッジが繋げられていた。手に取って近づけてよく見ると、赤黒く煤けていた。

 

 何が付いているのかは...あまり予想したくない。

 

「そのとき、私は全てを察した。

 あぁ、岩は割れていた。

 

 ────粉々に、道路もろとも。

 

 海軍が深海棲艦を撃退した後ずっとその道路を探っていたんだが、結局電は見つからなかったし、物も無かった。

 見つけたものを強いて言うなら、私の両親の惨死体ぐらいか。」

 

「......」

 

「あの時私は手を離してしまった。

 人を...それも女子を見捨てて今までのうのうと生きのさばってきたが、君が倒れかかってきた時から心が疼いてたんだ。

 

 そして先月、演習場で笑われていた君を見て...

 言葉では表しにくいが、今度こそ、動かなければならないと感じたんだ。

 

 ...そこで、提案だ。

 

 ────私とともに、この世界を変えてみないか?」

 

 鞍馬が唐突に放ったその一言は、妙に重い響きがあった。

 

「今、とてもこの国では艦娘と人間が手を取り合って、仲良く幸せに生活するなんて想像も出来ない。

 

 深海棲艦との戦いが終わればじきに徒党を組み、反逆する艦娘も出て今度こそ日本は滅亡するだろう。

 

 ...あくまで私の予想だが、な。」

 

 世界を変える?

 

「つまり、その“電”さんの言っていた、平和な世界をつくりたい...と?」

 

「ああ。そういうことだ。」

 

「そうですか。

 ......もちろん私も、やってみたいのです。

 もし、そんなことが出来たら、さぞかし面白くて、幸せ...なのです。」

 

 そんなことできる訳がないけど、という意味を裏に込めて、鞍馬に返す。

 

「分かっているじゃないか。普通出来ないことを今、君に提案したんだ。

 

 ...でも、

 

 “出来たらさぞかし面白くて幸せ”...だろう?」

 

 鞍馬はどこか遠くを見ながら、悪戯っぽい笑顔を浮かべた。

 

 訳が分からない。

 確かに、その“電”との話には感動した。実際私は今、涙をこらえている。だが、他人の...それも死んだ人のために、出来ないことをやろうとするなど馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。

 

 だが、理性では理解しているのに、やってみたい...夢を追いかけたいという思いが強まっていって、ぐるぐると電の頭の中を掻き回す。

 

 そんな電の心を読んだかのようにニヤリと笑い、鞍馬は長い棒のようなものを手渡した。

 触ってみれば持ち手がついている。

 

「目が不自由な人のための杖だ。

 まずはこいつの扱いをマスターしてもらう。

 世界を変えるからには...

────“それなりの覚悟”はしてもらうぞ?」

 

 そんな鞍馬の顔を見て、私の心は決まってしまった。

 

「いえ、ただでさえ駆逐艦で、しかも目の見えない私が、世界を変えるだなんてそんな覚悟、私にはとても出来ないのです。

 

 わざわざ私に言わなくても、戦艦や空母のお姉さんに言えばいいのに。」

 

「うっ...」

 

「────でも、

 あなたに慰められた時、とっても嬉しかったのです。

 もし鞍馬くんがそばにいて、目の見えない私を引っ張ってくれるなら、私は...その...

 

 ...どんな事でも、出来そうな気がするのです。

 どんな結果になろうとも、迷わずに進める気がするのです。

 

 たとえどんな苦痛が待っていても────

 

 たとえ、世界を変える事だとしても────

 

 最後に、悲劇が待っていたとしても────

 

 

 

 

 

 ────あなたが手を引いてくれるなら。」

 

 

 

 

 

「......あぁ。今度こそ絶対に離さない。君の『覚悟』、確かに見せてもらった。」

 

「はい...これから、よろしくお願いしますね、鞍馬さん。」

 

「────翔、で大丈夫だ。」

 

「電で、大丈夫なのです。」

 

 ......

 

「「ふふっ」」

 

 どちらともなく、自然と笑いが起きた。

 

「折角だから明日、一緒に登校しようじゃないか。」

 

「はいなのです!」

 

「じゃあ改めて、電。よろしく頼む。」

 

「こちらこそ、よろしくお願いするのです、翔さん!」

 

 

 

 ∽

 

 

 

「...ところで、どうやって“世界を変える”のです?」

 

「そこについては考えてある。

 私たちが“常識を変える”には、やはり名声を挙げなければならない。

 私と電が一緒に居るだけで、学校にいろんな噂が流れるはずだ。

 そしてその噂が十分に流れてから、一気に爆発させる。」

 

「爆発、なのです...?」

 

「そうだ。ちょうど来月、全校生徒から注目を集める“あれ”があるだろう?」

 

 あっ!と、電も気付く。

 

「そうだ。私が電の司令官代理になって、来月の模擬戦で最優秀賞を取る。

 明日二一〇〇より、訓練所に通うぞ。」

 

「さ、最優秀賞なんて────」

 

「────大丈夫だ。

 私が電を、引っぱってやる。

 だから...信じて付いて来てくれ。」

 

「...っ、はい!」

 

 

 

 

 

 『独り』の『二人』が、

 

 『二人』で『一人』となった。

 

 

 

 

 

 




後書き・電

「ここまで読んでくれた読者の皆さん、ありがとうございます。電なのです。
今回の話はコンブさんが考えに考えた大ネタらしいのですが...確認すると誤字が酷くて上げるまでに2時間かかってしまったのです。
次回・サブタイトル予想『ほのぼのご飯回』。


...とてもほのぼのできるとは思えないのです。」



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9話 ほのぼのご飯回...?

前書き・作者

「どうも皆さん、作者のコンブ伯爵です。

前回投稿から数日だというのに1000UA以上入ったというのも嬉しいのですが、初めて評価を頂きました。

なんと9評価を2つも!

これ見た時私めちゃくちゃ嬉しくて、10分くらい発狂してふと我に返り、『何してんだ私...』ってなって筆をとった結果、意外と早く投稿することが出来ました。

今回は勢いで書いちゃった感あるので、誤字報告は遠慮なくお願いします。(前回『意外』を『以外』だなんて変換ミスを...)

...これをお伝えしたくて前書きを借りたのですが...電ちゃんがものすごい形相で睨んでいるので、ここらでおいとまさせていただきます。

それでは、本編へどうぞ。




 ...前書き出演、1回やってみたかったんだよな〜!」




 

 

 

 

「へ〜、提督とそんな繋がりがあったんだ〜。」

 

 ふむふむ、と龍田は優しく微笑み、

 

「幸せ過ぎる貴女が眩しいわ...うっ」

 

 山城は涙目で、

 

「つ、続きを聞かせてくれ!」

 

 摩耶は食い入るように、

 

「うえぇ...ひっく、ううぅ...」

 

 雷は号泣していた。

 

「そして、私と翔さんは“あの人”と出会うのですが────」

 

 ブロロロロロ...と、エンジン音が外から聞こえる。

 

「────その話は...また今度、なのです。」

 

 最後に軽く微笑んで、電はどこからか杖を取り出し、かつんこつんとリズム良く地面を叩きながら外へ出ていった。

 

 

 

 ∽

 

 

 

「司令官さん、春雨さん、おかえりなさい...なのです!」

 

 こっちへ歩いてくる電を抱きしめてやって、よしよしと頭を撫でてやるとほんのりシャンプーの香りがする。

 

「ところで、どこに行ってたのです?」

 

「ああ、何も言わずに勝手に出ていってすまない。買出しに行ってたんだよ。」

 

 むー、と少し電が唸って、

 

「春雨さん、司令官に変なことされていないのです?」

 

「ふえぇ?!へ、変なこと?

 されて、無いですよ...?はい。」

 

「なんで疑問形なんだよ...大丈夫だ。」

 

 座席を開いて、スーパーで買ってきた大量の食糧が入ったビニール袋を引っ張り出す。

 

「春雨、持って行ってくれ。」

 

「て、てつだうわ!」

 

 工廠から涙目の雷が現れる。

 

 ...

 

「電...“話した”のか?」

 

「えっと、皆さんから言い寄られちゃって...えへへ」

 

 少し申し訳なさそうにはにかむ電。

 暴力的な可愛さだが、翔はもう慣れている。

 

「仕方ない。まあ、私も春雨に話してしまったからな。」

 

「お互い様なのです。」

 

「だな。」

 

 HAHAHAHAHA☆

 

 閑話休題。

 

 

 

 ブロロロロ...と鎮守府の入口に入ってくるトラックを、憲兵さんが何やら引き止めている。

 

「部外者は立ち入り禁止だ!許可書はあるのか?!」

 

「憲兵さん、済まない。私が直接頼んだんだ。」

 

 門まで走って、憲兵に説明する。

 

「な、なんと!

 これは失礼いたしました。どう申し開きをすれば...」

 

 他の鎮守府の提督という権威に酔っているクズなら、ここで叱りつけたり罰を与えたりするだろう。

 しかし、その対応では20点。

 じゃあどうするって?

 

「わかってくれたなら大丈夫だ。むしろ、仕事に忠実な貴方の姿勢は賞賛に値する。これからも頑張ってくれ。」

 

「......!!

 お褒めの言葉、ありがとうございます。失礼致します...」

 

 部下の失敗を理解し、敢えて褒めることによって寛容さとカリスマを魅せる。

 上司からの信用だけでは世渡りはやっていけない。

 部下からの信頼も得ることによって、より地位を堅いものにしていくのだ。

 

 ...などと達観してみたが、実は年齢は憲兵さんの方が余裕で上である。

 

 山城たちにも少し手伝ってもらって家具は一旦外に、木材は鎮守府前に積んでもらい、トラックが帰っていったところであいつらの出番だ。

 

「おーい、妖精さんやーい!」

 

「へっ、人間が妖精を呼び出すなんて出来るわけ...」

 

 うみがよぶ!

 だいちがよぶ!

 翔さんがよぶ!

 

 どこからともなくぞろぞろと妖精さんたちが集まってきた。

 私が連れてきた時よりも増えている。ここの鎮守府に元からいた妖精たちも仲良くなったのだろう。

 

 ポカーンと口を開いている摩耶にドヤ顔を決める。妖精さんたちの胃袋はとっくに掴んでいるのだ。

 

「という訳で、君たちにはある程度の鎮守府改装を頼みたい。」

 

 りょーかーい

 ほーしゅーは...

 “あれ”をたのむよ?

 

「うむ。“あれ”は改装後にあげよう。頑張り次第によっては、追加も期待していいぞ?」

 

 ほう...

 そのことば、

 わすれるなよー

 

 木材の束を頭の上に乗せ、鎮守府内へと駆け込む妖精たち。あの30cmくらいの体どこに、あんな力があるのだろうか。

 

 鎮守府改装の目処も立ち、時間は一六〇〇。

 

「じゃあ、飯にするか!」

 

「はいなのです!」

 

 昨日の朝からアイスしか食べていない翔はそろそろ空腹が限界に近づいていた。

 

 ...と、雷、春雨、龍田、摩耶、山城が翔の前に並ぶ。

 

「...何をしている?」

 

 突然のことに驚く翔。

 

「何って...」

 

「お昼ごはんを貰いに来たのよ!」

 

 雷が元気に答えてくれる。が、

 

「えっと、腹が減ってるのは分かるが、まだ具材さえ切ってもいないぞ?」

 

「飯なんか提督か第一艦隊の食うもんだろ?アタシたちはいつもパン一つをもらってたぜ?

 あ!今この鎮守府には六人しか居ないから、アタシたちが第一艦隊みたいに飯にありつけるってか?」

 

「流石ね摩耶さん!」

 

「へっ、どんなもんだい!」

 

 摩耶と雷が和気あいあいとしているが、どこか不穏なことを話している。

 

「あの、何か勘違いしてるかも知れないが...」

 

「皆さんが第一艦隊でもそうでなくても、司令官さんは全員に料理を振舞ってくれるのです。」

 

 

 

 「「「「「...え?」」」」」

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 全く使っていなかったからか、食堂内は案外きれいだった。

 ほとんど刃こぼれしていない包丁でざくざくと肉と野菜を適当な大きさに切り、熱した鉄板に放り込んでいく。

 ある程度火が通ったら、あらかじめほぐしておいたチャンポン麺を投入。

 ちなみに麺は日本酒でほぐしてあり、熱すると沸点の低いアルコールは蒸発しやすいので仕上がりが水よりもベチャベチャしない。

 市販の粉ソースをかけて適当に混ぜれば完成だ。

 

 買ってきたプラスチック皿に分けていき、食堂にあった箸を渡す。

 最後に翔が席について、

 

 「いただきます。」

 

 「「「「「「いただきます」」」」」」

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 やはりあの夜殺さなくて正解だった。

 

 私、山城は改めて思う。

 どうやったかは分からないが妖精さんたちを動かし、前任が解雇されたあの日、他の仲間たちが破壊していった鎮守府の改装にまで手をつけている。

 

 そして今、何日ぶりかの食事にありつけた。

 私が不幸以外の気分になれたのは何ヶ月ぶりだろうか。

 この焼きそばの中に毒が仕込まれているかもしれないと考えてしまう。

 

 しかし提督はもしゃもしゃと食べている。

 龍田と軽く目を合わせてから焼きそばを一口。

 

 ────美味しい。

 

 今まで乾いたパンと水しか口にしていなかった私には、とても言葉に出来ないくらいに美味しい。

 

「提督、昨晩は殴りかかったりして...悪かったな。」

 

 あんなに素直な摩耶を見るのは初めてだ。

 雷と春雨も目を輝かせながらもぐもぐと食べている。

 かわいい。

 

 少し遅めの昼食を食べ終えてしばらくたったが、誰かが腹痛を訴えることはなかった。

 本当に善意100%で作ってくれたのだろう。

 あんなに美味しいご飯をまた食べられると思うと、なんだかふわふわとした感情が体を満たしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────これが、“幸せ”というものなのだろうか。

 

 

 




後書き・摩耶様

「ここまで読んでくれた読者のみんな、ありがとな!

アタシは摩耶ってんだ。

何やらコンブの奴が発狂してたが何かあったのか...?

次回・サブタイトル予想『釣り糸で繋ぐ絆』。
なんだか外国の鎮守府の様子がちらっと出るらしいが...楽しみに待っててくれよな!」


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10話 釣り糸で繋ぐ絆

前書き

翔・電「「祝!10話突破(なのです)!!」」

翔「ここまで三日坊主のコンブが続けてられたのも、だんだんと増えていくUAや評価のお陰だ。」

電「読者の皆さん、ありがとうございます!
  初感想も頂いたのです!」

翔「摩耶様かわいいよな摩耶様。」

電「コンブさん曰く、気が向いたら10話突破記念に私たち二人の学生時代の話を載せるかもしれない、ということなのです。」

翔「やって欲しいかどうかは読者に聞くそうだ。...露骨すぎる感想稼ぎだな。」

電「少し長くなってしまったのです。それでは────」

翔・電「「本編へどうぞ!!」」




 

 

 一通り食器類を片付けてから、私は持参した釣り糸を垂らしていた。

 

「......」

 

 何故こんなことをしてるのかって?

 やることが無いからだ。

 みんな食べ終えてから、ごちそうさま、美味しかったなど言ってくれたが、電含む駆逐艦三人は摩耶と遊びに行き、山城と龍田はいつの間にかどっかに消えていた。

 

「......」

 

 釣り糸がくい込んで手が切れるのが怖いので、棒に巻き付けてある。

 ...まあ引っ張る時は手で手繰り寄せることになるのだが。

 夕飯の足しにでも出来たらいいなー、という魂胆だ。

 

「......」

 

 艦娘たちと話したりしないのかって?

 いや、そりゃあ私もしたいと思っている。

 だが私は男であり、それもまだ出会って一週間も経っていないのだ。

 『人間』と『艦娘』という溝が...私には無いのだが...彼女たちに存在するのは確かだ。

 

「......」

 

 正直電は私の元に来てくれると思っていたのだが...

 ...あーいや、そういうわけじゃない。

 電も姉の雷と数十年という歳月を跨いで逢えたわけで、さらに春雨や摩耶と仲良くしているのだ。

 電が虐げられるどころかこの鎮守府の艦娘たちと仲良くなって、協調性を高めてくれるのは非常に利になることだ。

 

「......」

 

 しかしなんというか...この胸の引っかかりはどう表現すればいいのだろうか。

 子どもを持ったことはないが、親離れして結婚する子を見届ける父親はこんな気持ちなのだろう。

 

「......」

 

 すっ、と発泡スチロールで作った簡易ウキが沈む。

 

「来たかっ!」

 

 するすると針が外れないように優しく、時に力強く糸を引いていく。

 ...なかなか大きい。

 

 ────ざぱぁ!

 

 ...茶色で20cmちょっとぐらい。

 アイナメだろう。昔図鑑で見たのを覚えている。

 特にこの時期は脂が乗っているはずだ。刺身にすれば美味いだろう。

 水の入ったバケツに放り込み、もう一度餌を付けて釣り針を投げる。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 雷ちゃん電ちゃん、摩耶お姉さんと遊んでいると、ふと防波堤で座っている司令官を見つけた。

 よく見ると竿を持たずに釣りをしているらしい。

 ヒュンヒュンと餌の付いた針を振り回し、遠心力を使ってひょーん...と針を沖の方に飛ばす。

 

...見事なキャスティングだ。

 

「春雨、どうかしたのか?」

 

「摩耶さん、あれ...」

 

 と、司令官を指さすと、ちょうどすごい勢いで糸を手繰り寄せていた。

 ざぱぁ、と大きさは20cm強と言ったところだろうか、茶色の魚を釣り上げたところだった。

 高速修復材の空きバケツにその魚を突っ込んで、また針を振り回して飛ばす。

 バイクの運転にしろ、料理の腕にしろ、なかなか器用な男である。

 

「あいつ、なかなかやるなぁ...」

 

 摩耶さんが感心していると、雷電姉妹もやって来た。

 

「どうかしたの?」

「何かあったのです?」

 

「司令官さんが釣りしていたから...はい。」

 

 説明しながら司令官を見ていると突然、ぐん!と海に引きずり込まれそうになる。

 

『────うおっ?!!』

 

 どうやらかなりの大物とあたったらしい。

 船を繋ぐチェーンを巻き付けるための...あのでっぱりに齧り付くようにして、司令官はなんとか踏ん張っている。

 

「お前ら、行くぞ!」

 

 電をおぶった摩耶が司令官の元へ駆け寄る────

 

 

 

 ∽

 

 

 

 まずい、非常にまずい。

 なんとか耐えているものの、このままでは糸が切れるか、力負けして私自身が海に引きずり込まれるだろう。

 木の棒を手放すという選択もあるが、買ったばかりの釣り糸を手放すのはもったいないし、何より勝負から逃げるのは日本男児として...

 

 いや、“漢”としてのプライドが許さなかった。

 

「提督!大丈夫か!?」

 

 摩耶と愉快な駆逐艦たちがやってきた。

 

「すまんが手を貸してくれ!」

 

「摩耶様にまかせな!」

 

 私の後ろから被さるように糸を掴み、ぐいと引っ張る摩耶。

 

「おらぁっ!」

 

 ────むにゅん。

 

「どうだっ!」

 

 ────ふにゅん。

 

 

 

「────司令官さん、何か邪なことを」

「よーし摩耶ありがとう!」

 

 鬼のような気を発する電を尻目に、なんとか態勢を立て直す。

 

「助けるわ!」

 

 と言って雷が艤装展開、空き缶のような黒いそれ...爆雷を手にする。

 

 ────爆雷?!

 

「雷、ダメだ!

 爆雷漁は法律上禁止されている!

 電と一緒にタモ...棒付き網を取ってきてくれ。」

 

 まともに政府が働いていないこの日本で、法律を気にしても仕方が無いというものだが...そもそもこんな所で爆雷が爆ぜようものなら、人間である私は酷いことになるだろう。

 

「わかったわ司令官!」

 

「────はわあ?!」

 

 艤装を出したまま電を担いで工廠へ走っていく。

 なかなか大胆な娘だ。

 

「春雨、海に出て電探作動、深海棲艦が来ていないか念のため索敵にあたってくれ。摩耶、私の動きに合わせて糸を引くんだ!」

 

「はい!」

「おう!」

 

 ばしゃーんと春雨が着水し、沖へと進行。

 竿が無いので糸は短い。

 右へ左へ引っ張り、時に緩めつつだんだんと枝を巻いていく。

 キラリ、と茜色の太陽に照らされて、魚影が一瞬見える。

 

 その時、からんからーんと音を立ててタモが飛んできた。

 よーく見ると工廠から雷電姉妹と、艤装を出した山城が手を振っている。

 工廠からこの防波堤は鎮守府敷地の反対にあり、何百メートルも離れているが...流石は戦艦。

 

 艤装の力を借りて、ここまでぶん投げたらしい。

 

「釣られたい魚はどこかしら〜?」

 

 すぐそこの食堂から龍田が出てくる。

 

「龍田、網を頼む!」

 

「お昼ごはんのお返しだから、勘違いしないでね?」

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 西日に照らされたその鱗はどこか赤みを帯びている。

 大きさは5〜60cmだろうか、見事な鯛だった。

 無線機で春雨に帰還命令を出し、食堂で三枚おろしにして、ようやく六人は一息ついた。

 

「やったな提督!」

 

「今夜の晩御飯は豪華ね〜」

 

「春雨さんが戻るまで待つのです。」

 

 釣りとはいえ一つのことを成し遂げたからか、みんなの態度も柔らかくなっている気がする。

 この調子で信頼を得ることが出来れば...!

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 私は単艦で“至”近海の索敵をしていた。

 ざざざざと波をかき分ける音。

 独特なリズムの音とともに電探からの索敵情報が頭に流れ込んでくるが、ここまで陸近くに深海棲艦は滅多に現れない。

 

 ふと鎮守府を見る。

 

 少しばかり寂しいものの、のんびりと自分の好きなルートで海を駆けるのも乙だろう。

 

 ────ザザっ、と無線機から音がする。

 

『春雨、哨戒任務ありがとう。帰還してくれ。』

 

「了解しました!」

 

 この声の調子なら魚は釣れているだろう。

 舞い上がりそうな気持ちを抑えつつ、無駄なエネルギーを使わないように春雨は索敵機を切って、母港へと進路を向ける。

 

 

 ────この時、最後の一波に反応があったのだが、春雨は気づかなかった。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「それでは、第七鎮守府の発展と平和を祈って、乾杯。」

 

 カランカラーンとグラスの音が響き渡る。

 

 適当に活け造りにした鯛と付け合わせに野菜を盛り付けた、とても豪華な夕飯だった。

 

「司令官!グラス!」

 

「ん?ありがとう。」

 

 雷がワインボトルを持ってくる。

 

 このワインは鎮守府改装祝いに出す予定だったが、龍田が目ざとく見つけてきたのだ。

 

 ...見た目が幼い雷がワインを持ってくると、何故か危険な気がしてならない。

 実際子どもなのは見た目だけらしく、飲んでも大丈夫らしいが...念の為駆逐艦にはオレンジジュースを渡している。

 

「雷ちゃーん、こっちもお願いできるかしら〜?」

 

「私に任せて!」

 

 ...来た時とは見違えるほどに生き生きとしている。

 

「────ってことがあって、アタシのお陰で釣れたんだぜ!」

 

 摩耶は新たな武勇伝を電と春雨に聞かせている。

 随分と脚色されている気がするが、まあいいだろう。

 そしてアレについて話さなければ。

 

「山城、少しいいか?」

 

「────?、はい...」

 

 龍田がちらりとこちらを見てきたが、その目に殺意はなかった。

 

 

 

 ∽

 

 

 

「────こいつを、あれに当てることは出来るか?」

 

 翔は山城に、麻袋に石を入れ縛ったもの────

 

 ────投弾帯を渡していた。

 

 防波堤の端から端まで、基本的な砲雷撃戦における『中距離』の間隔だった。

 そしてその片端にバケツを壁のように積み上げた物が立っている。

 

「き、期待しないでくださいね?」

 

 あぁ、食事中に外へ連れ出されてこんなことをさせられるなんて不幸だわ...

 などとボヤきながらも、ぐっ、と力を込め、艤装を展開する山城。

 

「...いきますよ?」

 

 大きく振りかぶって────

 

「えぇーーーい!!」

 

ブオォン!

 

 ────ドンガラガッシャーン!!

 

 バケツの壁に見事命中し、ものすごい音を立てて崩れ吹き飛ぶ。

 

「やはりあの距離で当てるとは...

 凄いじゃないか!」

 

 タモを投げた時のあのコントロールの良さを、もう一度翔は確かめたかったのだ。

 

「...っ、いえ、提督不在の間、ナイフ投げに凝っていて...あはは...」

 

 ...本当は前任に“不慮の事故”にあってもらうためのトレーニングで始めたのだが、山城は言わなかった。言えるわけがない。

 

「その才能、いつか生かせる時が来るだろう。わざわざつまらないことで連れ出してすまない。」

 

「いえ、大丈夫です。あまりお腹も減ってないので。」

 

「昔から言われているだろう?『腹が減っては戦は出来ぬ』。

 蓄えられる時にしっかりと食っておけよ?」

 

「...分かりました。」

 

 少し俯いているが、納得してくれたようだ。

 

「しれーかーん!山城さーん!お代わりいらないの!?どこいったのー!?」

 

 食堂から雷の声が聞こえる。

 

「こう見えてもう十分酔っているのだがな...」

 

「またあの子ったら、はしゃいじゃって...」

 

 どちらとも無く苦笑して、

 

「提督、飲みすぎには気をつけて下さいね?」

 

「もちろんだ。この鎮守府の責任者が二日酔いで倒れるなど、あってはならないからな。」

 

 しかもあれだよ、と翔。

 

「昔から言われているだろ?」

 

「ええ。」

 

「「『酒は飲んでも呑まれるな』」」

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 ────ロシアのある鎮守府にて。

 

「クソッ...ちくしょう、ちくしょう!!」

 

「提督さん、落ち着いて...」

 

「落ち着いて居られるか!

 私は...私は、あの子を沈めてしまったんだ!!」

 

「いえ、あの子は行方不明になったのよ。

 

 ...そうよ、付近の島々に漂着して、まだ助けを待ってるのかも────」

 

「────ふざけるな!!」

 

 ガツン!と机を殴って立ち上がる。

 置いてあった超濃度のウイスキー瓶が倒れ、半分も無かった中身がちょろちょろと零れる。

 

「あの子の行方がわからなくなって何日経ったと思ってるん...だ......」

 

 怯える艦娘たちを見て落ち着きを取り戻したのか、「すまん...」と呟き、へたり込むようにして椅子に座る。

 

「漂着しても、おそらく深海棲艦に襲われて...

 クソっ...私があんな指揮を執らなければッ!こんなことには────ッ!」

 

 倒れたウイスキーを手に取って飲み干し、ヤケになる提督に一人の艦娘が寄り添う。

 

「提督さん、あなたが諦めるなんてらしくないわ。

 戦争に犠牲はつきもの。むしろここまで誰一人欠けることなく戦えたのは...他でもない、提督...あなたのおかげよ。」

 

 ぎゅ、と抱きしめて...ゆっくり背中をさする。

 

「...すまない......ありがとう。

 

 ────そうだな、きっと...まだどこかで生きているだろう。」

 

「それでこそ提督よ!

 あの子は絶対に生きているわ!

 だって────

 

 

 

────“不死鳥”とも呼ばれていたのよ?」

 

 




後書き・作者

「龍田さんだと思った??残念、私です。

まずはここまで読んで下さった読者様に最大の感謝を。

前書きのアンケートについてですが、翔くんに罵られ、電ちゃんには『乞食乙なのです。』とゴミを見る目で言われました。もっt...

ゲフンゲフン、おそらく学生時代の話は投稿します。

そして、評価・感想ありがとうございます。じわじわと、本当にじわじわと評価が伸びて行ってますが私のテンションは怒髪天を衝く勢いです。

これからも誠心誠意執筆するので、どうか次回もお付き合い下さいませ。」






あっ、龍田さん!勝手に枠取ってメンゴメンg...

あれ、どうしたんですか??無言でこっちに薙刀を向けうわなにをするやめ


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昔話・ある日の翔と電

前書き

※この話は本編と全く関係ないお話になります。

※電の模擬戦はとある事情によって載せることはできないため、かなり不自然に空いています。

※それでもよろしければ、お楽しみください。


 

 

 

 

「うにゅう...」

 

 ピピピピッ、と喚く目覚ましの頭を押して私の1日は始まる。

 

「うーーん、ふぁあ...」

 

 背中を伸ばし布団から這い出て、隣で寝ている翔を起こす。

 

「翔さーん...起きるのです!」

 

 バサァ、と毛布を剥ぎ取る。

 

「...うおぉお?!」

 

 寒い寒い冬に布団を一気に剥がすと、冷たい外気が寝汗で少し湿った身体に晒され、一発で起こすことが出来る。

 

「さっぶ...今日は土曜日だろ?」

 

「金曜日なのです!休みは明日からなのです!」

 

 やはり翔は寝起きが悪い。おおよそ八ヶ月前...ルームメイトになって初めて気づいたことだった。

 

「あーわかったわかった。」

 

 と言いながら冷蔵庫を探り、

 

「────電ぁ。」

 

 野菜ジュースのペットボトルを投げつけてくる。

 

電は顔を洗いながら後ろ手で受け取り、顔を拭いてからスーパーで買ったハンバーガー二つを電子レンジに放り込む。

 

 今度は翔が扉を閉めて、中身を確認することなくワット数と時間を設定し『あたため』ボタンを押す。

 

 電は冷蔵庫からウイダーオンゼリーを開封、一口飲んで翔に投げ渡す。

 

 同時にあたため終わったハンバーガーをもう片方の手で受け取る。

 

 ...包み紙を開くと一口食べられていた。

 

 そんなこんなのいつものやり取りをしつつ、二人は着替えを済ませて一緒に寮を出る。

 

 外は一面雪が積もっていて、吐息は白く染まる。

 

寮の塀の上やらそこらじゅうに雪だるまが置いてあって、木の枝で顔を付けられたものから、なんというか...独創的な形のものまで色々見ることができる。

 

 ここの軍学校の生徒は年齢にすると高校生。元々軍学校(自衛隊学校)は大学から通うものだが、深海棲艦の出現によって腰の重い日本政府はようやく動き、高校からでも入れるように改正したのだ。

 

 ...雪合戦で遊んでいる人もいる。南の方から来て寮生活をしている生徒だろうか、毎日降り積もる雪に浮ついているようだ。

 

『────ぅおっとぉ!』

 

 わざとらしい声とともにかなりの速度で雪玉が飛んでくる。しかし翔は見向きもせずにしゃがんで、電を背負う。

 結果的に避けられた雪玉が地面に落ちて割れると、中からなかなかのサイズの石が顔を出す。

 

『クソッ!』

 

 “爆発しろ”と言いたげな、ものすごい顔で睨んだ後...どこかへ走り去る。

雪石玉が当たらなかったのがそんなに悔しかったのだろうか?それにしては幾らか大袈裟な気がする。

 

 その後何事もなく学校へ着いて、翔の一つ後ろの席につく。

 窓側だからか、かなり冷える。

 

 午前の授業は寒中訓練だった。流氷が浮いている中、砲撃を避けたり逆に的に砲撃・雷撃を喰らわせる訓練だ。

 

 見れば駆逐艦の番になっていた。

 ザザーっと敵艦を模した的に対して丁字有利を取り、砲撃が飛んでくると速度・進路を変えつつ反撃。

 戦況の運び方が上手い。

 

 しかし流氷に激突、一発分の弾を暴発してしまう。これは減点対象だろう。

 

「次、電さんお願いします。」

 

 寒い、冷たいなどとざわついていた艦娘たちが少し静かになる。

 

「...行きます!」

 

 

 

 

(*不自然にぬけている部分です...)

 

 

 

 

「流石は電さんですね!」

 

 全ての的を破壊し、無傷で生還できた。

 鹿島先生からのお褒めの言葉もいただき、授業を終える。

 

 

 

 ∽

 

 

 ────しかし。

 

 (ごめんね、電ちゃん。)

 

 鹿島の目から一筋、涙がこぼれる。

 

 成績表の電の欄には“0”と記されていた。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 昼休み。

 私の席に電がやって来ていつものように膝に座り、ビニール袋から買ってきたパンとジュースを取り出す。

 

 私は『いちごオレ』と『焼きそばパン』。

 

 電は『雹印コーヒー牛乳』と『メロンパン』だ。

 

 二人はお互いのパンを見つめて...

 

 バッ、と二人同時にパンを差し出し、互いに差し出されたパンを一口。

 

 ...うん、やはりこのコンビニメロンパンの外っ側のサクサク部分は絶妙な味わいだ。

 そして自分の焼きそばパンを一口。

 飲みこんだ後、パックジュースにストローをさす。

 

 ...またしても二人はお互いのジュースを見つめて、

 

 バッ、と同時に差し出し、互いに差し出された...私は雹印コーヒーを一口。

 

 ダダ甘いのだが、コーヒーということを感じさせてくれるこの後味が良い。

 

 ちなみに電はこの雹印コーヒー牛乳をものすごく気に入っていて、雹印以外のコーヒーは飲まないのだ。

 

 ...まあ、雹印コーヒーを飲んでからコーヒーに興味を持った電に、私が飲んでいたブラックコーヒーを飲ませてやって、トラウマを作ってしまったのが一番の理由だろう。

 

 しかしあの時の『にっっがっ!』という電の顔は傑作だった。

 艦娘は見た目が幼くても一応酒を飲めるらしいが、まだまだ舌は子どもなんだなと感じたのだった。

 

 そうこうしている間に昼飯を食べ終え、二人は図書室へ行く。

 翔は座学、電は剣道や西洋剣術の教本、さらに測地術の本を読みあさる。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 午後の授業は座学だ。

 目の前に翔が居るだけで安心感がこみ上げてくるが、その翔は思い切り寝ている。

 

「鞍馬、この問題を解いてみろ!」

 

「zzz...」

 

 体育教師のように鍛えられたガタイのいい肉体を持つ、数学の細田...通称“フトダ”先生が翔を当てるが、やはり眠っている。

 

「鞍馬ぁ!起きんかぁ!!」

 

「zzz...」

 

 仕方が無い。

 必死に足を伸ばして、翔の椅子を触るようにちょんちょんと蹴ると、フトダ先生の剣幕にも動じない翔が目を覚ます。

 

「...ん?電、どうした?」

 

「ここの問題を当てられたのです!」

 

「えーと...?」

 

「168ページのここなのです!」

 

 巻末の難関私立大入試レベルの問題だ。

 こんな問題を寝起きに解くなど、フたとえ教師でも少し戸惑うだろう。

 教科書を指さして見せてやると、「あーはいはい」と流し目で問題を確認し、右手で寝ぼけ眼を擦りながら左手ですらすらと難解な式を書き込んでいく。

 

 最後まで書き終えると、フトダ先生が確認する前に赤チョークで花丸を書いて席に着き、何事も無かったかのように寝てしまう。

 

 翔は授業態度は最悪なのだが、提出物とテストがほぼ満点なので成績表には一番評価の高い“5”が並んでいる。

 

「まったくお前というヤツは...」

 

 はぁ〜〜〜、と深いため息をつくフトダ先生。

 ...どうやら翔の答えは合っていたらしい。

 こんなのだから翔には友達ができないのだろうと思いつつ、授業を終える。

 

 

 

 

 掃除を終えると、二人は部活には入っていないためそのまま寮へ戻る。

 寄り道しても良かったのだが、雪が積もっている中バイクなど危険にも程があるし、もうあまりにも寒すぎる。手を繋いで昇降口に向かっていると、

 

「寒い冬にも負けず、あなたたちは相変わらずあったかいわね〜♡」

 

 突然後ろからぎゅーっと、翔も一緒に抱きつかれる。

 

 ざわっ...!

 

 ふんわりとした金髪、大胆な行動、そしてなにより、大きな胸。

 電が目標としている理想の大人、愛宕だった。

 

 ...先ほどから翔に対して、ものすごい殺気が周りから向けられている。

 

 愛宕に抱きつかれるのは数多くの学生の夢なのだが、ふわふわした性格とは裏腹にガードはとてつもなく堅く、愛宕に触れるどころか大雨の日には一滴も濡れずに登校し、大嵐の日には突風でスカートがめくれる...と言えばめくれるのだが、一度もパンツを晒したことは無い。

 この学校の七不思議の一つ『難攻不落の愛宕』にもなっているのだが、本人は特に意識していないらしい。

 

 「こんにちは、愛宕さん。

 ...そろそろ離してください。」

 

 翔が少し冷たく言うと、あぁんいけずぅ!と身をくねらせながらも離れてくれる。ある程度の加減を分かっているのも電が理想とする理由の一つだ。

 

「折角ですし、一緒に帰るのです!」

 

 この昇降口で愛宕と会ったら一緒に帰るのがいつものパターンなのだが...

 

「あぁ、ちょっと待ってねー。

 実はぁ...」

 

 ────と、懐から封筒を取り出し、少し頬を赤らめて、

 

 

 

「ちょうど招待券が二枚余っちゃって〜...今から温泉、お姉さんと一緒に行かない?」

 

 ざわっ...!!

 

 ────爆弾を落とした。

 

「「愛宕さんちょっとこっちに来る(んだ)のです」」

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 (どうしてこうなった...)

 

 シャトルバスに揺られながら何度浮かべたか分からない疑問を飛ばし、目だけを動かしてもう一度見回す。

 

 バスはほぼ貸し切り状態なので椅子は横に向けられ、全員の顔が見て取れる。

 

 まず電が私の膝の上に乗り、ニコニコしている。とても楽しそうだ。

 

「何で人間の男を...」

 

 私の隣に航空母艦・瑞鶴が座っているが、不機嫌そうにしている。

 

「あらあら、お姉さんに何か用?」

 

 向かい側に座っている戦艦・陸奥と目が合う。彼女も愛宕から温泉に誘われて、瑞鶴とともに大本営から来たようだ。

 ...愛宕と同じく、目のやりどころに困る魅力的な体だ。

 

「チッ」

 

 斜向かいに軽巡・大井が座っているが...ここまで殺気と嫌悪感を出せる人間は今までに見たことがない。本気で凄まれたらフトダ先生でも素足で逃げ出すだろう。

 ちなみに誘ってはいないが偶然居合わせたので、愛宕が艦娘だからと無理やり座らせたらしい。

 

 男一人に女子五人...それも美人揃い。両手に花束と言ってもまだ足りない、一般高校生にとって夢のシチュエーションかもしれないが...このメンツは翔にとっては両手に不発弾いっぱいの、夢だと思いたいシチュエーションとなってしまった。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 地獄のようなバスをなんとか乗り越え、青い暖簾の先に進む。

 温泉旅館特有の木の香りというか、この空気だけでも落ち着けそうだ。

 

「(温泉なんて何時ぶりだろうか...)」

 

「電ははじめてなのです!」

 

「だよなぁ...っておい!」

 

 翔さんと一緒がいいのですー!と駄々をこねる電を無理やり愛宕に渡して、改めて服を脱ぐ。

 

 先にシャワーを浴びてから一旦大浴場に浸かり、上がって頭を洗い露天風呂へ行く。

 

 こういう天然温泉は大抵、大浴場は水を温めたものだけど露天風呂は天然です...

 みたいなのが多いらしい(例外もあるが)。

 実際浸かると微妙な違いを感じ取れる...と思う。

 

 

 

 

 ────もうそろそろ上がろう。

 

 二分も経っていないが翔は極度の貧血体質で、運動ができない大きな理由の一つでもある。

 

 ガラララッ

 

「はわあ...!」

 

「わぁ、綺麗じゃない!」

 

「いつ来ても良いわね〜♪」

 

「なかなか...いい所じゃない...」

 

「ね?来て良かったでしょう?」

 

 女子組の声がする。まさか、露天風呂だけ混浴みたいなあのパターンの...ッ!

 非常にまずい。湯はにごり湯とは言え、潜っていても息が続かずにバレてしまう。

 

 ...ここは男らしく、一か八かの賭けに出よう。

 

 自分の周りに“壁”を張り、ゲームのコンセントをぶち抜くような感じで欲も理性もを断ち切り、自分の中の全てを無にする。

 

「...あれ?翔さんなのです?」

 

 間に合った。声の方と真反対を向いて気づいていないフリをする。

 

「きゃあああ!なんでこんな所に居るのよへんたい!」

 

「あらあら〜!」

 

「うっわ女風呂に堂々と入るとかこいつもう通報していいレベルだよね」

 

 と言って大井が更衣室へ行こうとするが、

 

「あれ?知らなかった??

 露天風呂は混浴なのよ〜。」

 

 最後に入ってきた愛宕に止められる。

 

「...む?!

そこにいるのか?悪い、私は上が────」

 

 ろう...と言って立ち上がり、華麗に退場────

 

「まあまあ、折角なんだしお話しでも楽しみましょう♡」

 

 陸奥が抱きついてきた。

 

 ────むにゅうんっ。

 

 

 

 

 ────パリィィィィィンッ!!

 

 

 

 

 ...この“壁”が破られたのは四月の電以来である。

 

 結局理性や欲を取り戻してしまった私が慌てている間に、電やら愛宕も大井を連れて入ってくる。瑞鶴は吹っ切れたのか一つ大きなため息をついて、しかし恥ずかしそうに体に巻いたタオルを抑えつつ入ってきた。

 

 私と肩が触れ合うほど近い右隣に電、少し間を置いた左に瑞鶴。翔の正面に愛宕、その左に陸奥、翔から一番距離を置いた斜向かいに大井が座る。

 瑞鶴は無駄な脂肪を全て落としたようにすらっとしていて、いかにもスポーツ女子というような魅力がある。

 大井は全体的にバランスの良い肉付きで、大きすぎず小さすぎずと言ったところか。女性らしい魅力にあふれている。

 

 ...そして目の前に核弾頭保持者が二人。視覚を殺しにかかってきているので左手で電と手を繋ぎ、右手で首から下げたバッヂを軽く握り、目を閉じる。

 

「はわぁ〜、いい湯なのです。」

 

 電が肩に頭を乗せてくる。

 

「ここの湯は関節痛や肩こりに効くのよ〜?」

 

「はぁ〜...気持ちいいわぁ。」

 

 愛宕と陸奥は肩をほぐし、そんな様子を見て瑞鶴が、

 

「なんで翔鶴姉も一航戦も二航戦も持ってるのに私には無いのよ...ッ!

 同じ航空母艦なのにこの持つ者と持たざる者の差は何なのよぅ...ッ!」

 

 ...何やらぶつぶつと哲学を説いている。勤勉な子だが、その答えは永遠に出ないだろう。

 

「ほんと、この男が居なければ楽しめていたのに...」

 

 大井が何か言っているが、翔は聞かないことにした。

 

「はいはいしっつも〜ん!

 お二人はどこで出会ったの??」

 

 愛宕が聞いてくるが...あの話を一からするには面倒だ。

 にごり湯の中で繋いでいる左手から『面倒、適当に合わせて』と指でなぞったり叩いたりする信号が届く。

 『了解』と翔も送り、口を開く。

 

「“いろいろ”あって...だな。」

「“いろいろ”あった...のです。」

 

「いろいろってなによぅ...」

 

「やっぱり電ちゃんの弱みを握ってこのド変態はあーんなことやこーんなことしてんのよ────」

 

「────大井さん、いい加減にするのです。」

 

 怒気を孕ませた声で電が言葉を挟む。

 

「えっ、な、何よ...!」

 

「これ以上翔さんのことを悪く言うなら...その身体、五体不満足に────」

 

「────電、落ち着きなさい。

 

 ただでさえ人間は艦娘を受け入れていないのに、人間を受け入れられない艦娘が居ても当然だろう。

 人間の私はこんな態度を取られても、受け入れなければならないんだ...」

 

 目を閉じたまま語る。ついバッヂを握る右手に力が篭ってしまう。

 

「ま、まあまあ大井さん、私たち艦娘と仲良くしようとしてるんだし良いじゃないの。何かしら深い理由があって二人は出会ったんじゃない?

 あまり詮索しても失礼よ。」

 

 瑞鶴から思わぬ助け舟。

 うむむ...と陸奥や愛宕が唸る。

 この中で一番まともな子かもしれない。

 

「じ、じゃあこんな話知ってるぅ?

 この露天風呂に出る幽霊の話...!」

 

「ひっ?!」

 

 愛宕が流れを変えてくれるが、電はさっきの剣幕はどこへやら、震えながらさらに翔に近寄ってくる。

 電はお化けなどのオカルト系統の話を非常に苦手としているのだ。

 

「実はぁ...ここのお風呂に浸かっていると、たまーに誰も居ないのに触られたり、自分を呼ぶ声が聞こえるんだって!きゃー!」

 

「「「「「......」」」」」

 

 ...なんというか、あんなゆるっふわな人が怖い話をしても...全く怖くなかった。

 

「み、みんな、怖くなかった...?」

 

「怖い話をするならもうちょっとムードとかあるでしょうに...」

 

 はぁ...とため息をつく大井。

 

「────じゃあじゃあ、お二人はどこまでしちゃったのかしら〜?

あ、もう既にシちゃったり??」

 

 あまりに強引な話題転換だが、陸奥から問われる。

 

「どこまでって言っても...」

 

「どこまでって、何のことです?」

 

「うーん、簡単に言うと...電ちゃんは寮で、鞍馬くんと何やって過ごしてるの?」

 

 ...まずい。『あんまり余計なこと言うなよ?』と信号を送ると、『わかってる』と返ってきた。

 

「寮はルームシェアしてますし、あっ、もちろんお風呂は別々ですが...一緒にお出かけしたり、毎日一緒に寝たりしているのです。」

 

「「「「「ブフゥッ!!」」」」」

 

 電の爆弾発言に、私含む全員が吹いた。

 

「やっぱり人間なんて信用ならないわ!こんなぺドフィリアなんかに少しでも気を許そうとした私が馬鹿みたい...ッ!」

 

「「あらあら!」」

 

「まさか本当にしちゃってるとは思わなかったわ...」

 

 大井から凄い目で睨まれ、瑞鶴からはドン引きされ、妙に生暖かい目で愛宕と陸奥から見られている...気がする。

 

「一緒に寝るのって...何かおかしいのです?」

 

 電はポカーンとした顔でキョロキョロしている...気がする。かわいい。

 

「寝るというだけで、何もやましいことはしていない。勝手に勘違いしないでくれ。」

 

「そ、そうよね!なによびっくりしちゃったじゃない...」

 

「うふふふふ...」

 

「電ちゃん、無意識だったのね...」

 

 瑞鶴は安堵し大井も納得してくれたようだが、愛宕が何やら笑っている。

 

「さっき大井さん、気を許そうとした...なんて言ってなかったぁ??」

 

 愛宕がニヤニヤしながら言うと、

 

「は、はあ?!ききき聞き間違いじゃないかしら〜??」

 

「まずは泳ぎまくっている目線と震える声を抑えてから否定しなさいよ...」

 

 認めない大井に、瑞鶴の冷静なツッコミが突き刺さる。

 

「それにしてもあの大井ちゃんが、ねぇ〜!」

 

「人間の、それも男の人に気を許そうとするんだなんて、ねぇ〜!!」

 

 目を閉じているから分からないが...愛宕と陸奥のニヤニヤ顔が容易に想像できる。

 

「いやぁぁあ!そんな顔で私を見ないでぇぇ!」

 

 と、逃げるように上がってしまった。...チャンスだ。

 

「────じゃあ、私たちもそろそろ上がろうか。」

 

 と言って立ち上がる。

 しかし、視界を黒い羽虫のようなものが覆い尽くしていく。

 

「翔さん?!」

 

「ちょ、どうしたのよ!」

 

 ...立ちくらみだ。

 五感が遠のいていき、ふらふらと数歩歩き...尻もちを着いて翔は後ろに倒れる。

 

 一旦目を閉じて下手に動かずに、感覚が戻るのを待つと、だんだんと背中や後頭部に鈍痛が...

 

 ...来ない。代わりに頭がものすごく柔らかいものに包まれている気がする。

 恐る恐る目を開く。

 

 ────そこには、男子高校生の夢が目の前...いや、ゼロ距離で広がっていた。

 後ろに倒れた時に、陸奥に膝枕をされる体制になったのだろう。いわゆる膝と胸に挟まれている状態だった。

 ...目の前で見るとやはり重量感がある。肩が凝るのも仕方ないな。

 

 ...何を考えている私は。

 ばっ、と起き上がると、

 

「すまない、湯あたりで倒れてしまった。

 ...怪我はないか?」

 

「こっちは大丈夫よ。それより...

 お姉さんともっとあぶない火遊び────」

 

「────遠慮しておく。」

 

「翔さん、ほんとに大丈夫なのです?」

 

 近寄ってきて右手を繋ぐ電。

 

「うむ。どこも打ってないから大丈夫だ。ただの湯あたりだ。」

 

「ならいいのです...」

 

 ...と、左手に信号を送ってくる。

 

 『またね ずっとみてるよ』

 

 ────どういう事だ?

 

 血が上っているからか、頭が全く回らない。

 

「はいはい、鞍馬くんが大丈夫そうなら...みんなもう上がるわよ?」

 

 瑞鶴の声に押されるようにして男湯の大浴場へ行く。

 

「「「?!」」」

 

 電以外の三人は翔の背中を少し心配しながら見届ける。

 

 

────その背中には火傷、縫い跡、傷跡が一面びっしりと刻まれていた。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「電ちゃん、あれは...?」

 

「翔さんは大切な人...それも艦娘さんが、目の前で砲撃を受けて亡くなったのです。...その時の傷跡なのです。」

 

「...見なかったことにするのが良さそうね。」

 

 

 

 ∽

 

 

 

 風呂から上がって身体を拭き、チケットについていた浴衣を着て待合室でしばらく待っていると...女子組がやってくる。

 

「翔さん!似合ってますか??」

 

 袖をひらひらしたりくるくる回りながら電が聞いてくる。

 

「ああ、可愛いぞ。」

 

「えへへ〜♪」

 

 頭を撫でてやりながら小銭入れを取り出し、電に百円玉を渡して隣の購買所へみんなを連れて行く。

 

 私はいちごオレ、電は牛乳、愛宕は雹印の瓶コーヒー牛乳、陸奥はフルーツ牛乳、瑞鶴は飲むヨーグルト、大井は抹茶オレを買う。

 

 

 ざわっ... ざわっ...

 

 

 全員が目線を合わせ、謎の間が生まれる。

 

「やっぱり風呂上がりにはコーヒー牛乳よね〜。」

 

「まだまだね愛宕。ここは王道のフルーツ牛乳でしょう?」

 

「牛乳は牛乳が一番なのです。コーヒーやらフルーツやら混ぜるのは邪道なのです!」

 

 ...ちなみに電が牛乳を選んだ本当の理由は背が高くて胸の大きいオトナを目指しているからなのだが、この戦いの場で口に出すのは反則だ。

 

「牛乳もいいかもしれないけど、私は健康のために飲むヨーグルトが良いと思うんだけど?」

 

「フッ、論外だ。風呂上がりにそんなどろどろしたものを飲むのか。

 コーヒー牛乳のようなダダ甘や王道過ぎるフルーツ牛乳よりも、優しい味わいの“オレ”で締めるのが至高だろう。」

 

「私もそう思うわ。抹茶オレの甘すぎない程よい味が一番なのよ。日本人としてもう少し慎みってのを持つべきじゃない?

 ...鞍馬って言った?あなた、なかなかいい趣味してるじゃない。」

 

 大井と握手して、“オレ”パックをコツンとぶつける。

 風呂上がりドリンク論争では老若男女、人間も艦娘も関係ない。

 

「コーヒー牛乳が一番ね!」

「王道のフルーツ牛乳よ!」

「ノーマル牛乳なのです!」

「健康第一ヨーグルトよ!」

「いちごオレこそ至高だ!」

「抹茶オレが制するのよ!」

 

 全員の視線がぶつかる。

 周りには次第にギャラリーが集まってきたが、誰一人として馬鹿にすることはない。

 

 いちごオレのように甘い若いカップルから、ブラックコーヒーの似合いそうな仕事帰りのサラリーマン、飲むヨーグルトのような深みのある目で見守る温泉通のおじいちゃんおばあちゃんも、一人一人が自分の“至高の逸品”を手に持って、戦いの行く末をじっと見つめていた。

 

 と、そこへ中年のおっさんがやってくる。

 

 おっさんは自販機で“至高の逸品”を買い、こう言った。

 

「誰が何を飲んだっていいじゃないか。一人一人好みは違えど、風呂上がりの“逸品”に対しての熱い心は変わらないだろう?

 

 ここは矛を収めて...みんなで、乾杯をしようじゃないか!」

 

 ...ぱち、ぱち

 

 どこからか聞こえてきた手の音は拍手喝采へと変わり、知らない人同士で乾杯をして自らの選ぶ“逸品”について語り合う。

 

 戦いは一時終戦を迎え、平和が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれっ、ちょ、あれ?」

 

 ...ちなみに、演説したおっさんは一人ぼっちだった。

 

 その手にはファーゲンダッツの棒アイスが握られていた。

 

 

 

 (((((アイス派、てめぇに掲げる杯はねぇ。)))))

 

 

 

 

 

 

「さーて、帰るわよー♪」

 

 行きに乗ったバスで帰ることになった。

 片道一時間弱、またも気まずい時間が流れる。

 みんな行きと同じ席で、翔は電を膝に乗せて寝かしてやる。

 

 ...周りを見渡すと、ほとんどみんな寝てしまっているようだ。

 陸奥や瑞鶴に至っては浴衣がはだけて、肩や胸がかなり危険な状態である。

 

 今なら“見放題”だが、日本男児として寝ている女子の身体に見とれるなどみっともない。

 電を少し乗せ直して頭を撫でてやり、翔も目を閉じる。

 

 ガタン......ガタン......

 

 一定の周期で訪れる高速道路の継ぎ目に揺れるバス。

 外は寒いが、バスの暖房と電のおかげで快適に寝ることが出来た。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「...みんな、起きてる〜?」

 

 愛宕の小声を聞いて、電は目を開ける。

 

「ばっちり翔さんは寝ているのです。」

 

「大丈夫よ。」

 

「えぇ、こっちも。」

 

「起きてますよ。」

 

 翔以外のみんなが起きる。女風呂で愛宕からバスに乗っても寝たフリをして、起きていてほしいと頼まれていたのだ。

 

「────大井さん、今日一日で“人間”に対する印象は変わったかしら?」

 

「...わ、わかったわよ。反乱の話は綺麗さっぱり無かったことにすればいいんでしょう?」

 

「えっ?反乱...?」

 

 どういう事だか、電は話が全く見えない。

 

「大井さんは大本営で働いているんだけど、人間の私たちに対する仕打ちがあまりにも酷いし、ブラック鎮守府があるって話を聞いて...不満を持つ艦娘と同盟を組んで反乱を起こそうと考えていたらしいの。」

 

 人間に対して不満を持つ艦娘...それは即ち電の知る限りほぼ全ての艦娘に当たるはずだ。

 

 ただでさえ深海棲艦で滅びかけている日本の最後の希望、艦娘までもが反乱など起こせば今度こそ日本は滅ぶ。

 

「でも、今回の温泉に人間を連れて行って、その人がいい人間だって認めてもらえたら反乱はなしにしてもらう約束だったの。」

 

「正直...電さん、あなたとの鞍馬さんの距離の近さにも驚いたけど、わざとあんなに浴衣をはだけさせた瑞鶴と陸奥を一瞥して寝てしまったのはすごいと思うわ。

 

...ってかあの男不全じゃない?

 

 まあ、そうだとしてもしてなくても、鞍馬さんはちゃんと私たちのことを女性として見て、私たちが見てない所でもあんなに紳士的に接してくれたから...認めるしかないわ。」

 

 大井自身も語る。

 

「でも...私は別に襲われても、それはそれで甲斐性のある人間として見るかな〜?」

 

「...襲うだなんてそんな野蛮なこと、翔さんはしないのです。」

 

 かっこよくて、優しくて、いつも電の隣に居てくれる翔。

 今も寝ながら、私の腰に回した手は優しく、でも絶対に離さないように乗せられている。

 もう一度翔の身体に身を預け、ゆっくりと目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

「彼がもし鎮守府を受け持って、提督さんになったら...着任してみたいな。」

 

「...ええ。きっといい仲間と出会えて、楽しい鎮守府になるわ。」

 

 瑞鶴と愛宕の言葉は、眠ってしまった電には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 寮にて。

 

「翔さんったら、司令官さんになる前に日本を救っちゃったのです。」

 

「どうした?電。」

 

「はわわ、な、何でもないのです!」

 

 絶対に何か言っていた気がするが、まあ問い詰めても無駄だろう。

 

 ...そういえば。

 

「電、露天風呂で手を繋いでいた時、何故あの信号を理解出来たんだ?」

 

 今思い返せば、あの信号は“在りし日の”電と決めたものであり、今の“電”が知っているはずがないのだ。

 もし何かしらの理由で、本能的に記憶が残っていたら...

 一抹の期待を込めて聞くが、

 

「信号...なのです?

 そもそもあの時手を繋いでいなかったのです。」

 

「...え?」

 

「...え?」

 

 ...ふと、愛宕の話を思い出す。

 露天風呂に入っていると、声をかけられたり誰かから触れられる、と。

 しかし、あの時の指の動きは確かに“あの”電だったはずだ。

 

 

 「────!!」

 

 

 あの不自然な最後の信号。

 

 

 

 『またね ずっとみてるよ』

 

 

 

「────まさか、な。」

 

「どうかしたのです?」

 

「大丈夫だ。そろそろ寝るぞ?」

 

「おやすみなのです!」

 

 電を優しく抱き寄せて頭を撫でてやる。

 

 怖い話を思い出した後なのに、ゆっくりと寝られた翔であった。

 

 

 

 

 




後書き・愛宕

「ぱぁんぱかぱーん!高雄型重巡洋艦、愛宕です!
 今回のお話、楽しんでくれたかしら?

コンブさんったら、気合い入れすぎてこの話だけでおおよそ一万文字も使ってしまったのよ??
ろくに本編も書いていないって言うのに...お仕置きが必要ねっ♡

次回、本編サブタイトル予想・『鎮守府改装・戦いの予感』

次の次で、とうとう演習をするみたいね。鞍馬くんには頑張ってもらいたいところね〜♪

最後に、ここまで読んでくださった読者の皆さま、ありがとうございます。次回も読んでくれると、お姉さん...嬉しいな?」


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2章 戦いは一本の剣とともに
11話 鎮守府改装・戦いの予感






翔「...すまない。今まで旅行で二週間近く家を空けていたんだ。」

電「失踪なんてしないのです!でも、Wi-Fi飛んでいなかったから皆さんにお伝え出来なかったのです...」

翔「急に決まったから、事前に伝えることも出来なかった...読者の皆さんに多大なる迷惑をかけたな。」

電「これからは気をつけるので、許して欲しいのです...(上目遣いで目をうるうるさせながら)」

翔「それじゃあ久しぶりに────」

翔・電『────本編へどうぞ!』




 

 

 

 

「ん〜〜〜っ、ふぅ...」

 

 私、春雨が目覚めると両隣りで雷電姉妹が寝ていた。

 そういえば昨日、提督たちが飲み出して止まらなくなっていたから先に寝ていたのだ。

 

「......」

 

 それにしても、誰かと一緒に寝るのはいいものだ。人肌があたたかくて、腕や身体に抱きつくと...なんだかふわふわした、とてもいい気持ちになれる。

 春先とはいえこの地はまだまだ寒く、特に朝が冷えるのは言うまでもない。

 遠くの山も白く雪が積もっている。

 

 二度寝の魔力に引き寄せられつつも気を確かに持って、提督たちを起こしに行くべきだと考えて雷電姉妹を揺する。

 

「...!

 おはようなのです!」

 

「おはよう、春雨ちゃん!」

 

「はい、2人ともおはようございます。

 司令官さんたちを起こしますよ?」

 

 ぞろぞろと3人で歩いていく。工廠から出ると、朝日が登り始めていた。

 おおよそ〇六三〇、いい朝だ。

 食堂の扉を開くと、

 

「ぐあぁぁ...っ!」

 

「ぎぃい...っ!」

 

「あ゛あ゛...っ!」

 

「うふふ......っ!」

 

 四人が悶え苦しんでいた。

 

「し、司令官さん?!」

 

「何か悪いものでも食べたの?!」

 

「はわわわ...?!」

 

 ...と、司令官たちが起き上がる。

 

「...いや、寝違えただけだ。」

 

「し、心配しなくてもいいわよ〜?」

 

 龍田さんは平静を装っているが、脂汗が浮かんでいる。

 あの龍田さんがここまで苦悶の表情を浮かべるとは、相当ひどい寝相だったのだろう。

 飲ませてもらえても、お酒は程々にしようと改めて思った春雨であった。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 やい、かけるさんや

 わたしたちのさくひんが

 かんせいしたよー

 

「「「!!」」」

 

 朝ごはんを適当に済ませると、妖精さんたちが歩いてきた。

 

 とうとう鎮守府改装完了のようだ。

 

 頼んでからたった二日で出来上がるとは、本当に妖精さんたちの技術力は計り知れない。

 

 ささ、どーぞどーぞ

 おはいりください

 おきゃくさんいちごーう

 

 扉を開くと、別世界が広がっていた。

 

 床は綺麗に張り替えられ、窓ガラスも1枚も割れていない。

 

 明かりは天井ではなく壁に取り付けられ、ホテルの廊下のように小洒落ている。

 

「はあぁ...!」

 

「すげぇじゃねぇか!」

 

 春雨や雷、摩耶も目を輝かせている。

 

 二階の司令室には、入るとすぐに靴を脱ぐスペースがあり部屋は畳張りになっていた。

 買ってきたテーブルやソファー、机が置かれていたが、箪笥やカーテンなど買っていない物も置かれている。

 

「あらあら、今日も宴会ね〜」

 

「いや、昨日で酒は全部飲んでしまったからな...」

 

「えー!」

 

「えーじゃない。あれほど浴びるように飲んだというのにまだ足りないのか...」

 

 はぁ...とため息をつくと、誰からともなく笑いが起こる。

 

「さて、宴会云々よりもまずは荷物を運び込むぞ?」

 

「「「はーい...」」」

 

 

 

 ∽

 

 

 

 第七鎮守府の外に、一つの影。

 

「あの第七鎮守府が改装したか...

 あのオンボロにもうんざりしてきたところだ。

 あんな奴にはもったいない。この俺が有効活用してやろう...

 ククク...」

 

 

 

 ∽

 

 

 

 翌日

 

 結局昨日は荷物運びや部屋割りで遅くなり、宴会を開く体力もなくそのまま寝ることになった。

 

 まずは遠征で資材や練度を少しずつ上げなければ...などと考えに耽っていると、

 

 ジリリリリン

 

 電話が鳴る。

 見れば第六鎮守府からのようだ。

 

「もしもし、こちら第七鎮守府の鞍馬です。

 どういったご用件で?」

 

「やあやあ、軍学校をトップで出た鞍馬くんか。わざわざご苦労だねぇ。」

 

 ...この声、第六鎮守府の浦部だ。

 たしか親の跡を継いで提督になった私の同期だ。

 

「...嫌味を言いに来ただけか?」

 

 少し語気を強める。

 上司でないなら敬語は要らない。

 それが開口一番挑発から始める奴なら尚更。

 

「おお、こわいこわい。君の鎮守府に演習を申し込もうと思っただけだよ。」

 

「ほう?」

 

 演習と言えば、他鎮守府の艦隊との模擬弾による艦隊戦を通して、艦娘を訓練するというものだ。

ちょうど第七鎮守府の艦娘たちに実戦を経験してほしいと考えていたのだが、まさに渡りに船。

 

「いいだろう。喜んで受けて立とうではないか。」

 

「いいじゃないかその姿勢!

 ────そこでだ、今回の演習で賭けをしようじゃないか。」

 

「...どういう事だ?」

 

 確かに、演習で軽く賞金や資材を出すなどして士気を上げるのは知っているが、賭けをするのは初めて聞く。

 

「もし、私が勝ったら私の鎮守府に異動してくれ。

 ...あぁもちろん、艦娘を引き連れてだ。

 私の鎮守府は歴史があっていい建物だぞ?」

 

「...ふざけるな。

 そんなこと元帥が許すはずが無い。」

 

 着任する鎮守府を交換するということは、守る海域やデスクワークの書類などが入れ替わるということであり、浦部が親の代から使っている鎮守府と新たに改装した鎮守府を変えることにもなる。

 

 それは即ち、元帥から頂戴した改装費...数百万という金を浦部につぎ込んだことになってしまう。

 

「あのジジイからの許可なら取っている。」

 

「...そうか。」

 

 何を考えているのだあの元帥は。

 

「まさか引くなんて言わないよなぁ?一応俺も着任したばかりだから艦娘の扱いには慣れてねぇよ。」

 

 見え透けた挑発。

 鎮守府を継いでいるということは相手の艦隊の練度はかなり上ということを表す。

 確かに浦部の指揮能力は低いかもしれないが、力の差が圧倒的過ぎる。

 

 ここで乗っては全てを取られて終わる────

 

 

 

 

 

 ────いや、待てよ?

 

 

 

 ∽

 

 

 

「...わかった。その話に乗ろうじゃないか。」

 

 ────かかった!

 

「...!!

 そう来なくっちゃなぁ?

 戦う勇気も運動神経と一緒に置いてきたのかと思ったぜ。

 三日後の日曜日でいいな?」

 

「あぁ、その日なら大丈夫だ。」

 

 声がうわずらないように落ち着けながら、さらに挑発を続けていく。

 

 社交性の欠片もない奴が、俺が親の鎮守府を継いでるなんて知らないだろう。

 

 鞍馬の鎮守府の艦娘はあのジジイの鎮守府に全て異動したはずだ。

 

 奴も俺も着任したばかり。

 

 鞍馬はおそらく六人の基本的な艦隊を駆逐・軽巡で組むのがやっとだろう。

 

 そんな雑魚共と親の育てていた、練度の高い艦娘共。

 

 結果は日の目を見るより明らか。

 蹂躙するだけで新品の鎮守府が貰えるというわけだ。

 

 いくら賢くても“バカ”では意味がない。

 

「────ところで、」

 

 その“バカ”が何かを言ってくる。

 

「ん?」

 

「私が勝った場合、お前はどうする?」

 

「俺は絶対に勝つ自信があるからな。

 何ならお前の望みを一つ聞いてやろうじゃないか。

 ...とはいえあんま無理なこと頼むんじゃねぇぞ?」

 

 

 

 ────この時、浦部は絶対に勝てるという自信に酔いしれて調子に乗ってしまった。

 

 

 

「もちろん、その辺りは弁えているさ。」

 

「それじゃあ三日後、楽しみにしてるぜぇ?」

 

 悠々と新築鎮守府で暮らす自分を想像しながら、俺は電話を切った。

 

 

 

 ∽

 

 

 

「────元帥殿。どうしてあのような賭けを許可したのですか?」

 

「まあまあ、鞍馬くん。

 君もそろそろ初陣を経験するべきだろう?

 それに、頭の回る君のことだ。

 どうせ馬鹿みたいな対価を出してあの若造から全て巻き上げるつもりなんだろう?」

 

「...さすがは元帥殿。私の思惑は筒抜けでしたか。」

 

「鞍馬くん、お主も悪よのう。」

 

「このような演習を許可してくださった元帥殿に、そのままお返しします。」

 

「はっはっは、これは一本もらってしまったな!

 まぁ、頑張ってくれ。

 

 ...期待しているぞ?」

 

「はっ、それでは失礼致します。」

 

 やはり元帥が切るのを待ってから、ガチャりと受話器を置く。

 

 はあ、とため息一つ。

 

 鞍馬翔、負けられない戦いまであと三日。

 

 

 

 




後書き・龍田さん

「ここまで読んでくれた読者の皆さん、ありがと〜。

今回のあとがき担当は私、龍田だよ。

...かなり間が空いちゃったから前回のお話忘れちゃった読者さん、ごめんなさい。あとでコンブさんを茹でておくから、許してほしいな。

さて、次回サブタイトル予想・『翔の作戦』。

あの人の作戦ね...上手くいくといいんだけど。」


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12話 翔の作戦

翔「二週間も空けてたらアイディアも浮かぶな。」

電「二週間も空けてたらから2日連投なのです!」

翔「それと2件、感想が来ていたな。」

電「とっても嬉しいのです!コンブさんも喜んでいたのです!」

翔「これでコンブの投稿ペースが上がればいいのだが...

...ってことで────」

翔・電『────本編へ、どうぞ。』


 

 

 

 

 みんなが自分の部屋を整えている間に、私は書類整理など秘書艦の仕事をこなしていた。

 

「お手紙が届いたのです。」

 

 私が戻ってくると、司令官がごそごそと本棚を探る音が聞こえる。

 

「何かあったのです?」

 

 伸縮式の杖をしまって、司令官の服をちょいちょいと引っ張る。

 

「うむ。格上の相手と演習することになった。

 ────この鎮守府を賭けて。」

 

 ...もし摩耶さんがこんなことを聞いたら『はぁ?!ふざけんじゃねぇ!』とか言って殴りかかっているだろう。

 

「わかりました。

 皆さんにも伝えてくるのです!」

 

 狼狽えることなく返事をする。

 電の司令官...いや、翔さんが勝負をするのだ。

 心配することなど、何も無い。

 

「大丈夫、後で館内放送を入れる。

 まずは相手の鎮守府の情報を手に入れてから作戦会議と訓練に移ろうと思っている。」

 

「了解なのです!」

 

「よし。じゃあ電、あとは自由にしてくれ。」

 

「はい、お疲れさまでした。」

 

 一六〇〇、日が傾いてきたかという頃合いに秘書艦の任務を終了。

 公務員も驚きの早上がりだが、まともな鎮守府運営ができる最低限も整っていない第七鎮守府では仕方のないことである。

 自由になった電は、ソファーに寝っ転がって資料を読んでいるであろう翔に抱きつく。

 ぽふん、といつものように翔も受け止めて、頭を撫でてくれる。

 

 目を閉じて、翔の身体に身を委ねる。

 至福のひとときを味わいながら、ゆっくりと意識を手放す────

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 約一時間後...

 

『あー、あー、マイクチェック、マイクチェック。聞こえるかな?アメンボ赤いなあいうえ───』

 

『余計なことはいいからとっとと話すのです!』

 

『すまんすまん、

 ────えー、三日後に第六鎮守府との演習が決まった。

 今日より作戦会議及び訓練内容を伝える。

 至急、司令室へ集合してくれ。』

 

 摩耶が部屋でゴロゴロしていると、大きくもなく聞きづらくもない微妙な音量で放送が流れてきた。

 

 自分の部屋の掃除や荷物運びを終えてゆっくりしていたのだが、アイツの呼び出しとあれば話は違う。

 

「ん〜〜〜、よいしょっとぉ...!」

 

 背中を伸ばして、弾みをつけてベッドから起き上がり、司令室へと向かう。

 

「入るぞー!」

 

 ノックは無しで踏み込むと、すでにアタシ以外のみんなが集まっていた。

 

「よし、全員揃ったな。

 まず、三日後に演習があるんだ────」

 

「また突然な話だなぁ。

 ま、最近体がにぶっていたから丁度いいぜ!」 

 

「────この鎮守府を賭けて。」

 

「はぁ?!ふざけんじゃねぇぞ!」

 

 反射的に殴りかかるが、まるでわかっていたかのように電が割り込んでくる。

 

「まあ落ち着いてくれ。

 この鎮守府を賭けるということは、その分見返りも大きいというわけだ。

 そして今回の戦い、電が鍵になるんだ。」

 

「電ちゃんが...どういう事なんですか?」

 

 山城が提督に問う。

 ...アタシも引っかかっていたことだ。

 

「その、言うのも悪いかもしれないが...その目じゃあ艤装による身体能力増強の恩恵を受けても、砲雷撃戦なんかまともに出来ないはずだろ?」

 

「砲雷撃戦が出来ないのなら、砲雷撃戦なんかしなくていいんだ。」

 

「「「...は?」」」

 

 とうとうとち狂ったのだろうか。

 給糧艦など一部を除いて、砲雷撃戦をしない艦娘はまず居ない。

 作戦があるのかもしれないが...船速と雷撃が売りの駆逐艦を参加させないのはあまりにももったいない。

 

「まぁ、見てもらえればわかるだろう。

 電、艤装を出してくれ。」

 

「了解です!」

 

 言われた通りに電がドッグタグを握りしめ、艤装を解放。

 背中に機関部を背負い、手には...

 

「...刀?」

 

 砲でも魚雷でも無く、持っていたのは黒い刀だった。

 確かいつも龍田が持ち歩いている...

 

 

 ────カランカラーン。

 

 

 その龍田の薙刀が音を立てて倒れる。

 

「電ちゃん、どこでそれを...?」

 

 滅多に動じないあの龍田が、湧き上がる感情をねじ伏せるようにして声を絞り出す。

 

「天龍さんから頂いたのです。」

 

「...どうして?何があったの?」

 

「うーん...

 じゃあ、あの話の続きをするのです。」

 

 電が提督をちらりと見ると、提督もうむ、と頷いた。

 

 




後書き・春雨

「ここまで読んでくれた読者の皆さん、ありがとうございます!春雨です。

...最近私の出番が無くて不憫に思ったコンブさんから、後書きの役割をもらいました。はい。

お話の方はまたも回想に入りそうですね...電さんのあの剣の謎が次回、わかると思います。
ちょっと短い内容でしたが、許してくださいぃ...(うるうるさせながら申し訳なさそうに上目遣いで服の裾を掴みながら)

次回、サブタイトル予想・『回想 最強の劣等生の誕生』。軍学校の艦娘の成績は、主に座学と戦闘技術ですが...何があったんでしょうか。」


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13話 回想・最強の劣等生

翔「という訳で回想回だ。」

電「あまり私たちは出しゃばらないのです。」

翔「あぁ、回想は雰囲気を楽しんでもらいたいからな。...この辺で引いとくか。電、頼む。」

電「それでは、本編へどうぞ。」



 

 

 

 電と翔のあの夜の次の日から、二つの噂が学校を流れることとなる。

 

 一つは、“物好き”な人間が居るという噂だ。

 

 なんでもある艦娘と常に手を繋ぎ、共に行動し、片時も離れない人間が居るという。

 艦娘と仲のいい人間は数人知っているが、片時も人間から離れない艦娘など聞いたことない。

 

 もう一つは、夜戦訓練場に通う艦娘の噂だ。

 

 いつも川内という夜戦好きな艦娘が通っているのは周知の事実だが、もう一人、夜戦訓練場に通う艦娘が居るらしい。

 ...何人か思い当たる艦娘はいるのだが、こんな噂にはならないはずだ。

 

 

 

 

 

「ねー、聞いた?川内ちゃんじゃない子が、夜戦訓練場に通ってるって噂」

 

「たりめーだろ?オレ様の地獄耳が逃すわけねぇ。」

 

「ちょっと、気にならない?」

 

「まぁ、少しは...な。」

 

「じゃあさ、鈴谷の代わりに見に行ってよ!」

 

「はあ?!なんでオレが行かなきゃなんねーんだよ!」

 

「いやー、蚊も殺せない鈴谷ちゃんより、強くてかっこいい天龍ちゃんの方が向いてるかなーって思ったんだけどなー。」

 

「ま、まぁ...な、軽く世界基準超えてるからな。へへっ。」

 

「お願い出来ない?天龍ちゃん!このとーり!」

 

「し、しょーがねぇな。オレが確かめてやるよ。」

 

「(計画通り...)」

 

「なんか言ったか?」

 

「い、いやなにも!」

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 夜に一人で出歩いたのは久しぶりだ。

 春とはいえまだまだ気温は低い。

 冷たい潮風が木々を揺らしてさわさわと音を立てる。

 手入れされていない、古い街灯がぷつん、ぷつんと音を立てる。

 昼とは違って辺りは静まり返り、まるでこの世から自分しか動く人がいなくなってしまったかのような錯覚を起こしそうになる。

 頼りになるのは切れ掛け街灯と月明かり。

 得体の知れない恐怖がこのオレ...天龍を襲う。

 

 ────かさり。

 

 不意に、風に吹かれた落ち葉が足に触れる。

 

「にょわっ?!」

 

 つい変な声が出てしまう。

...幸い聞いている者はいなかったようだ。

 

 (ふふ、怖いぜ...)

 

 時刻は二〇三〇。さっさと帰ってあったかい布団に埋もれて寝たい。

 天龍は足を早めることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 ズドーン、ズドーン、ザザザザザ...

 

 訓練場前。

 恐らく川内が暴れ回っているのだろう、爆発音や海を駆ける音がする。

 

 「......」

 

 だが、音は一人分しか聞こえない。

 地獄耳の天龍様が聞き間違えるはずが無い。

 

 「...やっぱり嘘じゃねーか!」

 

 足元の石ころに八つ当たり。

 嗚呼、なんて馬鹿らしい。このオレの夜ご飯のあとのリラックスタイムを根も葉もない噂に踊らされて潰してしまった。

 腰の『EX天龍ブレード・ツヴァイ』も心なしか悲しんでいるように見える。

 この噂を流した元凶を見つけたら刀の錆にしてやろうと心に決めて、寮へと足を向ける。

 

 

 

 

 

 

 ...にゃーん、...にゃーん、

 

 「ん?」

 

 しばらく歩いていると、どこからか猫の鳴き声が聞こえる。

 学校内に人懐っこい野犬や野良猫はよく現れるが、今回は複数聞こえる。

 いわゆる猫の集会所というやつだろうか。

 

 「......」

 

 率直に言おう、天龍は小動物...特に猫が大好きだった。くりくりとした目、もふもふの毛並み、思い出すだけでも愛おしい。

 そんな天龍が猫の集会所を見つけてすることと言えば一つ。

 

 (ちょっとぐらい、いいよな?)

 

 そーっと、陰から覗いてみると

 

 にゃーん、にゃーん、

 

「ちょっと、くすぐったいのです。」

 

 艦娘が猫と戯れていた。

 

 いや、あの艦娘は!

 

「電...?」

 

「!!」

 

 また会おうと言わんばかりに、にゃーん。と、ひと鳴きしてぞろぞろと猫たちは去る。

 

「誰か、いるのです...?」

 

「ここだ、オレだよ!」

 

 声をかけると電はこちらに顔を向けたが、目線は虚空を彷徨う。

 夜とはいえその不自然な動きに、天龍はふと違和感を覚える。

 

 (まさか...)

 

 見れば手に杖を握っている。

 目が見えない艦娘がいるということも噂に聞いていたが、きっと電がそれなのだろう。

 

「その声...天龍さん?!」

 

「そうだ!“あの時”以来だな!」

 

「天龍さぁぁん!」

 

 ゆっくりと歩み寄る電をぎうーと抱きしめて、頭を撫でくりまわす。

 

 

 

 

 

 

 

 しばし邂逅を楽しんで、電に聞く。

 

「そう言えばお前、何でこんなとこにいるんだ?」

 

「えーと、それは...」

 

 と、電が口ごもっていると、また他の声が聞こえてきた。

 

「おーい、電ー!」

 

 男の声。艦娘ではない。

 

「翔さーん、ここにいるのです!」

 

 ...人間のことを下の名前で呼んでいる?

 

「あぁ、いたいた...ん?」

 

 誰だ?という目で天龍を見てくる。

 

「その人は天龍さんなのです。“あの時”にお世話になっていたのです!」

 

「なるほどな...私は鞍馬翔だ。三年生で電とは同じクラスメイトだ。」

 

「オレは天龍、軽巡洋艦だ。

 ...こんな夜中にお前ら何やってんだ?」

 

 単刀直入に浮かんだ疑問をぶつける。

 

「電の戦闘訓練だよ。たぶん分かっているとは思うが、この子は目が見えないんだ。」

 

「...ふむ。

 じゃあ、なんで人間のお前がそこまで面倒見てんだよ。艦娘と関わった人間がろくな目に合わねえのは知っているだろ?」

 

「それには、かくかくしかじかな事情があるのです。」

 

 

 

 

 

 

 

「お前らぁ...なんていい奴なんだ...」

 

 天龍はその“事情”を聞いて涙した。艦娘を手を引く人間と、人間に付いていく艦娘の話。

 鬼の天龍の目にも涙が浮かんでいた。

 

 ...まあ、元々涙もろい性格なのだが本人は断じて認めていない。

 

「よかったら、これからの訓練に付き合ってくれないか?」

 

「えぇー...」

 

 いくら感動したとはいえ、食後のリラックスタイムどころか風呂上がりののんびりタイムも潰してしまうのは流石に気が引ける。土日の昼にでも付き合ってやろう。

 そう言おうとした天龍。だが、

 

「天龍さん...」

 

 うるうると上目遣いで電が一言。

 

「だめ、なのです...?」

 

 ────さようなら、オレののんびりタイム。

 

 

 

 ∽

 

 

 

「とりあえず、あの的に砲撃を叩き込んでみろ。」

 

 脚部と機関部の艤装を展開し、海に出た俺が指さした先には近距離的が浮いている。

 駆逐艦の射程範囲ぎりぎりよりも少し近い。

 

「わかった。電!」

 

「はいなのです!」

 

「〇三十二の方向、近距離砲撃!」

 

 翔が指示を出すと、電は素早く的に向いて砲撃、するのだが...

 

 ────ドボーン!

 

「あちゃー、そこからか...」

 

「距離の伝え方がイマイチ掴めないんだ...」

 

 確かに時間どころか分まで合わせた砲撃の方向は良かったのだが、距離感が全く掴めていない。

 艤装展開すれば電も普通の人間並みに視力は良くなるらしいが、それでも限度というものがある。

 

「んじゃあ、次は雷撃だ!」

 

「電、〇五〇七の方向、魚雷だ!」

 

「えいっ!」

 

 バシュバシュ、と放たれた魚雷は一直線に的へと向かい見事命中。

 

 ドーン、と爆発音。

 練習用なので爆薬の分量はかなり減らされている。

 

「魚雷の腕は大したもんだが...」

 

「砲雷撃戦は魚雷だけでは厳しいのです...」

 

 まさにその通りだ。

 

 うーむ、と頭をひねっていると、天龍に一つのアイディアが舞い降りた。

 

「電、こいつは持てるか?」

 

 シャリン、とEX天龍ブレード・ツヴァイの片方を渡す。

 

「一応、持てるのです。」

 

 天龍のように片手で振り回すのは無理そうだが、両手持ちならしっかりと構えることができるようだ。

 

「砲を全て外して、こいつだけ持ってあの的に一発ぶちかましてみろ!」

 

「えぇ...」

 

 翔が何かを察したような、複雑な表情を浮かべる。

 ...そう、天龍が考えたのはそれだった。

 

「ちょっと、体が軽くなったみたい。」

 

 ちょっとどころか、とても艦娘には出せないようなスピードでざざざざざーと接近し、さっ、と的に一振り。

 

 木製の的はバターのように切れて海に落ちる。

 

 流石EX天龍ブレードだ。毎日手入れしているだけあって恐ろしい威力を持っている。

 

「?!」

 

 翔もその切れ味にポカーンと口を開けている。

 

「うん、電。こいつで模擬戦に行ってこい!」

 

「こ、こんなので演習に出たら危ないのです!」

 

「本番は模擬戦用のインクを染み込ませた布を巻き付けるから大丈夫だ!

 安心して振ってこい!」

 

「でも、天龍さんの...」

 

「いや、もう一本あるし...砲雷撃戦では使わないんだ。」

 

「じゃあなんで装備し────」

 

「────電、聞いちゃダメだ。」

 

 電が何かを言った気がするが、翔が口を挟む。

 

「それと、この剣の名前は────」

 

「────電、多分聞いちゃダメだ。」

 

 電が何かを言った気がするが、またも翔が口を挟む。

 なにか不都合なことがあるのだろうか。

 

「...わかりました。やってみるだけやってみます。」

 

 どこか納得していない様子だが、まあ良いだろう。

 

「よし!じゃあ俺が剣術については教えてやるから、しっかりついてこいよ?」

 

「は、はいなのです!」

 

 

 

 ∽

 

 

 

 ────1ヶ月後の模擬戦にて、生徒の間でまたも噂が流れることになる。

 なんでも模擬戦の最優秀賞を勝ち取った艦娘は、1度も砲撃をせず、戦い抜いたらしい。

 

 しかし、人間側では座学のテストがあって生徒は模擬戦を見学できなかった。

 

 結局、嘘として扱われその噂は消えていくことになり、真相を知っている人間はいない。

 

 ────ただ一人を除いて。

 





後書き・過去の天龍と電の雑談

「ところで、どうして天龍さんは刀を二本持っていたのです?」

「それが、この体で生まれた時に一本持っててよぉ、『うわっカッケー!』ってなってだな...二本目は妖精さんからこっそり鋼材分けてもらって自前で作ったんだよ。」

「じ、自作なのです?!」

「あぁ。少しばかり大本営の明石っていう魔改造職人...
いや、工作艦にも手伝ってもらったんだ。まあ流石に生まれながらに持っていた刀は大事だから、今俺が腰に差している。」

「...ってことは、これ天龍さんの自作の?!」

「そういうこった。俺の器用さに声も出ねぇか?」

「怖くはないのです。」

「そ、そうか...
 ちなみに明石は『二刀流でカッコイイなら三本で三倍、もっと作ればもっとカッコイイですよ!』っつって五本作ったんだが...」

「多ければ良いという問題じゃない、ってことですね...」

「あぁ。BASARAの政宗の六爪流なんて、現実じゃあ絶対無理だと身をもってわかったぜ...」


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14話 回想の終わり、戦いの始まり。


「どうも、作者のコンブ伯爵です。

作者がいきなり前書きに出るということは色々事情がありまして...はい。

受験のためしばらく2週間につき1話投稿にさせていただきます。

流石に私の未来を棒に振るのはダメだと考えました。ただでさえ遅い投稿ペースですが、どうかお待ちいただけると幸いです。

それでは、ごゆっくり本編をお楽しみください。






あと、今回二話連続投稿です。」



 

 

 

 昔話を終えた電に、龍田が問う。

 

「...今、天龍ちゃんは何処へ?」

 

「私たちより一年早く軍学校を出たからな。

 ここではない鎮守府できっとうまくやっているだろう。」

 

「天龍ちゃん...」

 

 感慨深い表情を浮かべる龍田。

 やはり一度は姉と会いたいのだろう。

 

「...んで、どうやって戦うって言うんだ?」

 

 摩耶がタイミングを見て切り込んでくれる。

 

「確かに、相手には空母や格上の戦艦もいるんですよね?」

 

「その...私たち駆逐艦じゃ、至近弾や副砲でも中破してしまうと思います...はい。」

 

「い、妹に危ない目に合わせるわけには行かないわ!」

 

 山城と春雨、雷は、やはり電を演習に出したくないようだ。だが、

 

「その点も考えている。」

 

「どうか、司令官さんを信じてほしいのです。」

 

「「「......」」」

 

 不敵な笑みを浮かべる翔。

 電本人の意思もあって、黙り込む三人。

 

「────じゃあ、その作戦とやらを聞いてから判断しましょう?

 目の不自由な電ちゃんが輝ける戦術を持っているんですよね、提督?」

 

 龍田が期待と殺意の入り混じった視線で聞いてくる。

 

「あぁ。もちろんだ。────」

 

 

 

 翔が内容を伝えると、

 

「おいおい、思い切りギャンブルじゃねーか...」

 

「ああそうだ。でもな...ジャイアントキリング────

 下克上するには一発逆転ってのが必要なんだ。」

 

「この作戦はまだ勝率半々ですが...私と翔さんの軍学校時代は阿波踊りで綱渡りするような危険な賭けもしてきたのです。」

 

「「「......」」」

 

「納得してくれたな?

 じゃあここで解散としたいんだが...

 

 ────摩耶、ちょっと残ってくれないか?」

 

 

 

 ∽

 

 

 

「んで、アタシに何の用だ?」

 

 みんな自由時間の中少々気に障るが、とりあえず聞いてみる。

 

「次の戦いにおいて、最も重要なのは電もだが...摩耶、君もなんだ。」

 

「アタシが?

 なら対空目当てってことは予想できるが、こっちには航空母艦が居ないんだぜ?」

 

 航空母艦がこちらに居なければ、いくら対空に自信のあるこの摩耶でも流石に厳しいかもしれない。

 

「いや、敵は正規空母一人だ。全て撃ち落とせとは言わない。

 せめて、中破が出ない程度に粘ってほしいんだ。

 頼む...

 

 ────君しか居ないんだ。」

 

 片膝立ちになってアタシの手を取って頭を下げる提督。...なんというかこちらの方が申し訳なくなってきた。

 

「そ、そこまで頼まれちゃあしょうがねぇなぁ...

 どんな結果になっても、文句は言うんじゃねーぞ?」

 

 なんだか小っ恥ずかしくなって手を払い、言い残して執務室を出る。

 

 

 

 ────アタシしか居ない、か...

 

 あの時触られた手を眺めながら頭の中で提督の言葉を反芻すると、妙にむず痒い気持ちになる。

 

 でも、不快ではなかった。

 

「...って、乙女かっ!」

 

 一人ツッコミを決めて、恥ずかしさを原動力に自室で対空イメトレを始めたのであった。

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 ────お前、やっぱ必要ねぇわ。

 

 ────は?

 

 ────お前、対空に自信あるとか言ってたけどよ、そこらの戦艦に毛が生えた程度じゃねえか。

 

 ────それがどうしたってんだ。アタシ抜きで対空が務まるってか?

 

 ────あぁ。お前よりも出撃コストが低くてお前よりも対空値の高い駆逐艦手に入ってなァ...

 ...お前、用済みなんだわ。

 

 ────そっか...なら、アタシも引き下がってやんよ。アタシみたいな...

 

 ────お前みたいなガラクタいくらでも換えが利くからな。さっさと消えてくれ。俺の執務室にゴミを入れたくはないんだ。

 

 ────フン、言われなくても。あーあ、クソ提督の下につく必要が無くなるたぁ、肩の荷が降りてスッキリしたぜ。

 

 ────貴様!!

 

 言葉を無視してドアを閉める。

 

 

 

 

 ────ガラクタ、か。

 

 ────時代は進むもんな...

 

 ────もう海に出て、みんなを守ることができねぇのか。

 

 ────肩の荷が降りたってのに...なんで......こんなに............っ!

 

 ────う、ぁあ、うわあああああああああ!!あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 




後書き・春雨

「ここまで読んでくれた皆さん、ありがとうございます!春雨です。
 二話連続投稿ということですが...コンブさんは大丈夫なのでしょうか、はい。

 それと...この“第六鎮守府との戦い”が終わったら、しばらく投稿ペースが落ちるそうです。なんでも“受験”っていうのがあるそうで...

 そこの所、どうかご理解をお願いします...」


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15話 海を舞う黒剣

翔「今回は長編だ。」

電「しばらく投稿ペース落ちるから、せめてもの償いなのです。」

翔・電「本編へ、どうぞ!」



 

 三日後。

 

「翔さん、起きるのです。」

 

「ん、ぁあ。」

 

 布団から体を起こして、食堂へ向かう。

 

『いただきまーす』

 

 挨拶を済ませてからパンやら目玉焼きやらトマトサラダをみんなで食べるが、春雨はあまり箸が進んでいない。

 

「どうした?春雨。」

 

「その...この演習で負けたら、この鎮守府からさよならしないといけないって考えると────」

 

 少し涙目になる春雨。みんなもいつもより、どこかしんみりとしている。

 

 ────だんっ!

 

「翔さんが指揮を執る以上、私たちに負けはありえないのです。」

 

 電が立ち上がる。...その目は闘志に満ちていて、いつものあの弱々しさは微塵も感じられない。

 

「演習で沈むことはないのです。そんな試合で負けを考えるのは...いくらなんでも、ダメだと思うのです。常に勝つイメージを大切にしなければならないのです。」

 

 

 

「────じゃあもしも!」

 

摩耶も立ち上がる。

 

「...負けたらどうするんだ?

 負けてこの鎮守府取られて、クソボロ鎮守府に左遷されたらどうするんだよ!!」

 

「負けてから考えるのです!!」

 

 間髪入れずに電。

 

「はあ!?」

 

「負けたら負けたで、腹を括るのです。

 ...でも、戦う前から負けを覚悟するのは、即ち負けた時の準備...負けに行くのと同じなのです。」

 

「......」

 

 摩耶がつかつかと歩き、電の前に立つ。

 しかし電は臆することなく摩耶と目を合わせる。

 

 電はあの距離でも人の目を見分けるのは難しいはずだが、何かで今二人は通じ合っているのだろう。

 

 一触即発の中、沈黙を破ったのは摩耶だった。

 

「......アタシ、なんでこんなこと忘れてたんだ。

 お前のその言葉で目が覚めたぜ。」

 

 ニカッと笑い電の頭をぐしゃぐしゃ撫でる。

 

 摩耶の目にはあの勝ち気溢れる光が戻っていた。

 

「流石は誇れる妹ね!」

 

「そうね...勝手に不安がっても士気が落ちるだけ。」

 

 雷や、あの山城も少し前向きになった。

 

「第七鎮守府、勝ちに行くのです!」

 

 

 

『おーー!!』

 

 

 

 ────そのとき、翔は少し下を向いていた。

 艦娘全員が、アイスを初めて食べた春雨のように輝いて...いるように見えたからだ。

 

「提督殿、迎えのバスが...」

 

 食堂に入ってきた憲兵さんは腕を天高く突き上げる艦娘たちを見て何を察したのか、『うんうん、青春だなぁ...』と眩しそうに見つめていた。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 マイクロバスに乗り込み、朝早くから移動すること四時間...第六鎮守府に到着。

 

 艦娘のみんなには海に出てもらい、私は...浦部と対峙していた。

 

「わざわざ来てもらって悪ぃなあ?」

 

 ニヤニヤと気味の悪い笑顔を浮かべる浦部。

 鴨が葱を背負って現れやがった、とでも思っているのだろう。

 

「フン、御託はいい。さっさと始めるぞ。」

 

「わかったよわかったよ。正午ぴっったしに砲の安全装置を解除するからな?」

 

「ああ、それでいい。

 また演習終了後に会おう。」

 

 無線機を手に浦部は鎮守府内へ入っていくが、私は防波堤に腰掛けてモニターを開く。

 日が当たって暑いかもしれないが、なんというか室内から見ているだけというのは申し訳ないし、なによりうっすらと、遠くに艦娘たちが見えるのだ。

 

 モニターに接続したスマホで海図を広げ、インカムを耳につける。

 

 今回の演習はお互いの編成を教えないというルールを浦部が取り付けた。

 このルールは浦部は自分に有利と思っているだろうが、翔にとっては大助かりだった。

 

 何故なら、“私が”戦艦や重巡を編成していることを隠せるからだ。

 

 事前に調べておいたが相手の編成は恐らく駆逐二、軽巡一、重巡一、戦艦一、正規空母一のはずだ。

 

 ...腕時計がピピッと電子音を立てる。

 

 

 

 ────試合開始だ。

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 きりりと弦を引き、肘を支点に“離れ”。

 弓返りよし、矢行きもほぼブレていない。

 ゆっくり息を吐きながら“残心”をとり、攻撃機に紛れ込ませた偵察機からの情報を待つ。

 

「私もちょっとはいいとこ、見せたいな〜...」

 

「暁の出番ね!見てなさい!」

 

「今回の敵さんは弱いみたいだからね〜、気楽にいこ〜。」

 

「敵艦情報も提督から聞いたっしょ?余裕だってば!」

 

「北上さん鈴谷さん、油断は榛名が許しませんよ?」

 

 ────と、だだだだだだ...と敵艦隊から対空砲撃音が聞こえる。

 

『なん...だと...っ!』

『おれ、このえんしゅうのあとぷろぽウワーッ!』

『ばくはつしさん!』

 

 ...不味い。インカムから飛行機妖精たちの絶望的な悲鳴が聞こえてくる。

 インク弾なので爆発四散はしていないはずだが、偵察機とともに飛ばした第一波攻撃隊はほぼ全滅。

 

 私が着任以来お世話になっている経験豊富な攻撃隊が、壊滅寸前まで撃ち落とされてしまった...

 練度が低い駆逐艦隊を蹴散らせばいいと聞いたのに、重巡や戦艦...それもこの鎮守府で二番目に練度の高い私の攻撃隊を壊滅させるほどの強さである。

 

 ...だが、まだ絶望するには早い。大半が落とされても、重要な情報を握った何機かはどんな時も確実に生き延びるのだ。

 この意地でも仕事をこなしてくれる艦載機たちは、私にとっての自慢であり、誇りである。

 右耳から妖精さんの通信内容を聞き取り、左耳のインカムから伸びるマイクを通して提督に呼びかける。

 

「────敵艦情報。

 駆逐二、軽巡一、重巡一、戦艦一。

 提督、話が違いますよ...?」

 

『あぁ?どちらにせよ練度はこっちの方が上だ。対処しろ。』

 

 チッ、と心の中で舌打ちをする。

 前任と同じ、本当に適当な人間だ。

 親と子は似るというが、まさにこの提督のためにあるような言葉だ。

 そんな考えを一旦断ち切り、次の矢を弦に掛ける。

  

「榛名さん、加賀さん、あれ!」

 

 村雨が砲を構えながら声をかけてくる。

 

 見れば艤装展開せずとも簡単に目視できるような距離に、駆逐艦が単艦でこちらに向かってきている。

 

「あれって...電?!」

 

 暁が目を見開く。会えて嬉しい、しかし敵艦だから素直に嬉しさを表現できないというもどかしさが見て取れる。

 

 ...暁は今まで鎮守府内で姉妹艦や知り合いが少なく、加賀もたまに夜一緒に寝てあげたりしていた。

 普段は気丈な振る舞いをしているが、元々気弱で臆病な少女なのだ。彼女にとって少し厳しい決断になるかもしれないが、あくまでも試合。

 

 ...とりあえず陣形を乱さないように暁を手で制し、提督に指示を仰ぐ。

 

「提督、こちらに駆逐艦が単艦で接近中、どう────」

 

『────お前らに任せる』

 

 端から聞いていないと言わんばかりに声を重ねてくる。

 

 ため息を吐きながら単艦の駆逐艦...電を見れば、こちらに気付いていないのか、ふらふらと視線が虚空をさまよっている。

 

 ...確か昨日、敵鎮守府の駆逐艦の中に目が不自由な子が居るとか聞いた。

 その少女は機関部を背負っているだけで、砲も雷装も装備していない。

 

 ────弾除け

 

 一つの単語が加賀の頭を過ぎる。

 修復の早い駆逐艦を壁扱いで戦闘に出すなど、演習とはいえ敵鎮守府の提督は私たちの提督よりもずっと酷い人間なのだろうか。

 

「あれって例の駆逐艦じゃな〜い?」

 

「目の不自由な駆逐艦...?

 どっかで聞いたよーな...?」

 

 北上も気づいたようだが、鈴谷が何か考え込んでいる。

 榛名と目を合わせ、アイコンタクトを取る。

 

 ...いくら私たちは兵器と言えどこんな悲惨な境遇の子をほぼ零距離で撃つなど、なんというか厳しいものがある。

 

「────はわわ...」

 

 ふらふらと十m近くまで寄ってきた。

 

 敵艦隊を見ると、

 

「電ー!こっちだー!」

 

 やら、

 

「電ちゃーん!危ないわー!」

 

 という声が聞こえ、手を振っているのがわかる。...と、

 

 ────ぽふん。

 

 例の駆逐艦が私にぶつかって尻もちをつく。加賀はなんともなかったが、電は小破してしまった。

 

「ふにゃあ!

 や、山城さん。ごめんなさいなのです...」

 

「...私は加賀です。」

 

「.........え?」

 

 目に見えて電の顔から血の気が引く。

 

「あなたは今、私たち...敵艦に囲まれているわ。

 今なら傷付けはしないから、大人しく白旗を揚げて下さい。」

 

 敵戦艦の射程範囲から余裕もある。

 

 今のうちに平和的手段で解決出来れば、無駄な弾薬を消費せず、私たちの心もすり減らさずに済むだろう。

 

「ひいい?!

 撃たないで下さいぃ!痛いのは嫌なのですぅ...!」

 

 電は頭を抱えてその場でうずくまってしまった。

 

 榛名を見ると、あはは...と苦笑いを浮かべている。

 

 ...仕方ない。

 私もしゃがみ込んで、うずくまった電の背中を撫でてやる。

 

「電さん、落ち着いて。

 私たちは痛いことはしないわ。

 だから、艤装を仕舞ってちょうだい?」

 

 艤装解除というのは武装解除、即ち戦う意思が無いことを表す。

 故に演習中の武装解除は降参を意味するのだ。

 

「怖いのです...怖いのです...」

 

「電さん...」

 

 ぷるぷると震えて頭を抱えている。

 私もどうしようかとため息をつくと────

 

「怖いのです......

 

 

 

 ────こんなにも、上手くいくんだなんて。」

 

 

 

「────え?」

 

 気づいた時には、ベッタリと私の首に演習用のインクが付いていた。

 

 そして呆気に取られている私の隣を抜けて行くのだが、その一瞬のすれ違いざまに二回斬られる。

 

「お姉ちゃん、ごめんなさい。」

 

「────ひっ!?」

 

 ちょうど後ろにいた暁の横を通り抜けて離脱した電。しかし、暁の若干左寄りの胸...

 ちょうど心臓の真上にあたる部分にもインクが横に細く、短く付いていた。

 刺突攻撃だろうか?

 ...硬い肋骨を避けて、深く心臓を貫くという意志が見える。

 それよりもいつの間に動いたのか、全く目で追えない。

 

「全員離れて!!」

 

 榛名が声を上げる。その目線を追うと電がいた。

 

 ダガガガガン!と副砲を連射するが、あまりにも速すぎる電の船速に狙いが追いついていない。

 

 ...演習が始まれば、艤装の追加展開・収納は降参以外禁止されているのだが、どこから取り出したのだろうか電は黒い刀を持っている。

 

「加賀さんと暁ちゃんの仇!」

 

 待ち構えていた鈴谷が電に砲を向けるが、電はその場で急停止。

 ふふっと笑みを浮かべ、

 

「私を撃つのです?」

 

「「!!」」

 

 電の真後ろに北上が居る。完璧な挟み撃ちの陣形だが、避けられてしまえば同士討ちだ。

 ...でも、この距離で私が外す訳ない。

 

 ────でも...

 

 鈴谷が一瞬迷う。

 

「私が!」

 

 村雨が横から助けに入ったが、鈴谷の一瞬の迷いを突いた電は足元から魚雷を出し、鈴谷の足元────ちょうど艦底に投げつける。

 

 きっと電自身の艦底に魚雷と刀をあらかじめ括りつけていて、ゆっくりと私たちに近付くことで誤爆しないように計算していたのだろう。

 

 ────ズガァァァァン!!

 

 爆発にひるむ鈴谷たち。

 ひるんでいる隙に艦娘とは思えない速度で電は敵艦隊へと戻っていく。

 

「なんで、当たらないの...ッ!」

 

 北上や鈴谷、榛名が追い討ちをかけたのだが、後ろに目がついているのかと言いたくなるような見事なジグザグ航法と神がかった体さばきで、ことごとく弾を避けていく。

 結局、一発も当てられずに逃げられてしまった。

 鈴谷がはっ、と何かを思い出したかのようにつぶやく。

 

「────もしかしてあの子、二年前に天龍ちゃんが一番弟子って言っていた...」

 

 

 

 

 北上は損傷軽微、村雨に小破、鈴谷は中破、加賀、旗艦・暁に戦闘不能判定。

 全て一人の駆逐艦からの被害だった。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 少し時は戻る。

 

「こちら電、作戦行動を開始するのです!」

 

『『了解』』

 

 艦隊のみんなと司令官から了承を得て、隊列から外れた私は敵艦隊の方へとなるべくふらふらとした足取りで向かう。

 

『こちら摩耶、敵偵察隊を視認!対空射撃に入るぜ!』

 

『了解。春雨、山城も副砲で援護してくれ。』

 

『『了解です!』』

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 ────ブロロロロロロロ...!

 

 見事な編隊飛行で偵察機や爆撃機が迫ってくる。

 

「行きます!」

 

 山城と春雨が高角砲を空に向け、機銃で弾幕を張る。

 春雨の武装は高角砲と魚雷にしてあるが、山城はほとんど主砲で装備は埋まっている。幾つかは落ちていくものの敵の艦載機もかなり手練ているようで、二人の弾幕をするすると抜けていく。

 

「衝撃に備えてっ!」

 

 山城が叫び、爆撃機が急降下してくる。しかし、

 

「このアタシを、舐めるなぁぁあああ!」

 

 ダララダララダララ...と、提督から教わった“三点バースト”なる射撃法で迫る爆撃機をことごとく落としていく。

 腰の副砲もオーバーヒート寸前までぶっぱなして、編隊が崩れたところに容赦なく右手の高角砲を浴びせる。

 

 

 

 ...アタシは今、輝いていた。

 

 

 

 ────あまりにも完璧なその射撃を目にした山城は、摩耶が狙った所に艦載機が吸い込まれているかのように見えたという。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

『こちら摩耶!悪ぃ、少し逃しちまった!』

 

『こちら鞍馬、練度の高い偵察・攻撃隊相手によくやった。ここまで落としてくれるとは思ってなかったぞ。』

 

 どうやら本隊は損傷軽微で済んだようだ。

 

 ...程なくして敵艦から発見され、またしばらく近づくと警戒態勢に入る。

 

「こちら電、しばらく話せなくなるのです。」

 

『『了解』』

 

 みんなの声を最後に、インカムとマイクを耳から外してポケットに入れる。

 

 さて、ここから大博打を打つことになるが勝敗はここで決すると言っても過言ではない。

 

「────ふにゃあ!」

 

 わざと加賀にぶつかり、ぺたんと尻もちをつく。

 損傷軽微とぎりぎりの小破。絶妙なダメージコントロールだ。

 

「や、山城さん。ごめんなさいなのです...」

 

「...私は加賀よ?」

 

「.........え?」

 

 わざと間を開けて、困惑しているフリをする。

 

「あなたは今、敵艦に囲まれているわ。

 今なら傷付けはしないから、大人しく白旗を揚げて下さい。」

 

「ひいい?!

 撃たないで下さいぃ!痛いのは嫌なのですぅ...!」

 

 耳を押さえ、しゃがみ込んで頭を下げる完全防御体制。

 この耳を抑える時にインカムとマイクを仕込む。...バレていないようだ。

 

 それにしても敵陣のど真ん中でうずくまるなど殺して下さいと言っているのと同じだ。

 演技ではなく体を震わせて、衝撃に備える。インク弾とはいえ、被弾すればなかなか痛い。

 

 しばらくして降ってきたのは弾ではなく、あたたかい手だった。

 

「電さん、落ち着いて。

 私たちは痛いことはしないわ。

 だから、艤装を仕舞ってちょうだい?」

 

 ゆっくりと落ち着かせるように撫でてくる。...こんな撫で方ができる人はそうそう居ない。

 とても温かい心を持っている艦娘なのだろう。

 作戦的には優しい艦娘の方が引っかかりやすいのだが、その優しさを逆手に取ると考えるとなんだかものすごく罪悪感が湧いてきた。

 これは演習だ、作戦だ、仕方ないのだと自分に言い聞かせる。

 

「怖いのです...怖いのです...」

 

 心の中で何度も謝りながら、固く閉ざされた“鍵”を開く。

 

「怖いのです......

 

 ────こんなにも、うまくいくんだなんて。」

 

 船底...足に紐で縛り付けていた剣を立ち上がると同時に斬りあげる。

 加賀の首にしっかりとインクが付いたのを確認、横を通り抜けると同時に脇腹に刃を滑らせ、抜けた瞬間くるりとその場で一回転。

 後ろ首を切り落とすように青色一筋。

 計三回、急所を斬りつけた。

 

 演習のインクは海水には決して溶けず、真水ならすぐ落ちるという変わった性質を持っているため、ずっと剣は海水に浸かっていたがインクは全く漏れていない。

 

 そのまま速度を落とさないように、正面...一番近くにいた艦娘の胸に剣を突き立てる。

 

 暁お姉ちゃん...私の姉だ。

 しかし今は再会を喜ぶ時でない。

 

「お姉ちゃん、ごめんなさい。」

 

 ノルマは達成できた、後は離脱だけ。

 

『電、後ろから追撃あり斜め右30°前進敵の隙をついて離脱だ』

 

 言われた通りに前進、ちょうど一直線上に敵重巡と軽巡に挟まれる。

 普通なら絶体絶命のこの状況。

 

 しかし、たまにピンチの裏にはチャンスが隠れていることがある。

 

 先ほどの“大博打”で空母と駆逐艦を得たのだが...

 

 ────レイズ(倍プッシュ)、だ。

 

 重巡が砲を構える。引き金に手をかけた瞬間、

 

「私を撃つのです?」

 

 ふふっと笑顔を浮かべる。口角が引き攣ってないといいのだが。

 

「「?!」」

 

『駆逐五秒後に射線に入る!』

 

 かかった!後ろの軽巡もたじろいでいるのを察して、

 

「私が!」

 

 わざわざ敵駆逐艦が来るのを待ってから、もう片方の足に引っ掛けておいた魚雷を重巡の足元に思い切り投げつける。

 

 信管を鈍らせていたので今まで爆発しなかったが、流石にあれほどの衝撃を与えれば...

 

 ────ズガァァァァン!!

 

 爆風が背中を押し、完璧なスタートダッシュを切る。音を背に全力で味方の元へ────!

 

『電!敵艦三艦からの追撃だ!船速と反射に集中しろ!!』

 

 息を細く吐いて、目を閉じる。

 

『────行くぞ!』

 

「はい!」

 

『右肩下航路左左膝内側頭下げて航路右へ腰右左手を前頭右背中反らしつつ左足開いて航路左急角度のち秒5°ずつ右へ軽くかがんでやっぱ右急角度前傾姿勢トップスピード!!』

 

 耳元でひゅんひゅんと、足元でバシャンバシャンとインク弾の風きり音や着水音が聞こえる。

 流石にぞっとするが司令官を信じ、時に回転回避などを自ら織り交ぜながらただ目を閉じて指示通りに体を動かす。

 

『よし!もう射程範囲から出たぞ。

 電、よくやった。隊列に合流してくれ。』

 

「はぁ、はぁ...了解なのです。」

 

『────!!

 全員、敵戦艦が砲撃準備に入った!第二船速から一杯に入れて回避してくれ!』

 

「「「了解!!」」」

 

 まもなく、敵艦隊からドドーン!と砲撃音が聞こえる。

 

 ものすごい着水音が背中側から聞こえる。

 

『被害は?!』

 

「至近弾を貰いました。不幸だわ...」

 

 船速最低の山城がダメージを受けたようだが、彼女の装甲なら至近弾程度、損傷に入らないだろう。

 

『まだ動けるな?

 そろそろ敵の北上が雷撃準備に入るはずだ。

 ヤツの一撃は重いからな...山城、龍田、砲撃準備!

 当てなくてもいい、集中を乱すんだ!!』

 

「了解!

 主砲、よく狙って...てーーい!!」

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 ドドーン!とまたも遠く海から砲撃音が聞こえる。

 

「敵軽巡中破、敵戦艦小破!』

 

「よし、続いて摩耶も砲撃!

 雷、春雨も魚雷装填、何としてでも相手に攻撃の機会を与えるな!!」

 

『応ッ!』

『『了解!!』』

 

 海から聞こえてきそうなほど力強い声に、私は勝利を確信した。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 一方その頃、第七鎮守府にて。

 

「〜〜♪〜〜〜〜〜♪」

 

 一昔前のアイドルの歌を口ずさみながら、私は鎮守府敷地内を散歩していた。

 

 憲兵になって二十と五〜六年。

 いわゆるベテランってヤツで、あと数年で五十路を迎えるが、まだまだ体は動く。

 

 歩きながらふと、胸ポケットの手帳に挟んでいる色あせた家族写真を見つめる。

 

 内地の方に妻と娘がいるが、深海棲艦が現れてからのここ十年近くお盆や年末年始にしか会えていない。

 

 これまで軍で働いてきたが、今回着任してきた提督はとても良い人材だと私は思う。

 よく電という駆逐艦と手を繋いで歩いていたりおんぶしている所を見かけるのだが、今のところ私の直感(憲兵センサー)に反応するような行動は起こしていない。

 

 むしろ年の離れた兄妹というか、二人の幸せそうな顔は実に微笑ましい。

 

 一つ前のここの提督はあまりにも酷く、密告できないように憲兵室の電話線を切られ、私以外の憲兵を左遷させていたのだ。

 

 あの時の艦娘たちの表情と傷を見ながら、私は...

 

 ────“俺”は何も出来なかった。

 

 ...あまり良くないことを思い出してしまった。

 

 俺が海軍に入った理由は、海がたまらなく好きだったからだ。

 視界いっぱいに広がる水平線、青と言うには微妙だが、結局青としか言えない色、太陽の光を乱反射する水面。

 地球の七割近くを占め、数え切れない程の生命を育み、未だ眠っていると言われるお宝や海底資源はロマンを感じさせてくれる。

 

 食堂横を通り抜けると、防波堤に着く。

 ここから眺めるのも良いが、俺のお気に入りスポットは砂浜だ。

 海の深い青色を、砂浜の肌色がまた上手いこと際立ててくれる。

 

「あらよっ、と。」

 

 防波堤の端から砂浜に降り、乾いた流木に腰をかけて一息つく。

 

 昔よりも体力落ちてしまったなぁ、娘や妻と会いたいなぁ...

 

 そんな悩みもここで海を眺めていると、心の奥からじわじわと青色に溶けていくような気がして、少し気持ちが軽くなるのだ。

 

 息を大きく吸って、吐き出す。

 

 目を開くと、やはり眩しい青色が...

 

 (────ん?)

 

 何か大きな物が砂浜に落ちている。

 

 漂着物だろうか。ゴミだったら嫌だなぁ。

 

 そんなことを思いながらある程度近づき、目を凝らすと...

 

「...人?」

 

 それも子供だ。走ってさらに近づくと、白髪の幼女がボロボロの状態で気を失っていた。

 

 その幼女は、数年前に見た『北方棲姫』という深海棲艦そのものだった。

 

「えぇ...」

 

 胸が微かに動いている。どうやら生きているようだ。

 ...北方棲姫と言えば第七鎮守府からもう少し北の方で目撃された上位の深海棲艦で、航空攻撃を得意としていると聞いた。

 こんな所で暴れられたらそれこそ、この辺は更地にされてしまうだろう。

 

「......」

 

 それにしてもかわいい寝顔である。

 こんな幼女が恐ろしい力を持っているなど想像出来ない。

 航空攻撃が強烈なだけであって、実は本体はただの幼女かもしれない。

 

 ぺたぺたとほっぺたに触れると、ふにふに柔らかい...

 

「...冷たッ!」

 

 著しく体温が下がっているというか、もう死んでいるのでは無いのだろうかと言いたくなるくらいに冷たかった。

 

 このまま寝せるのもなんというか気が引けるので、背中に乗せて医務室まで運ぶ。

 ここで暴れられようが鎮守府で暴れられようが、どちらにせよここら一帯更地は避けられない。

 何もせずに死ぬわけにはいかない。俺には大切な娘と妻がいるのだ。

 少しでも生きる確率を上げるには医務室で会話を試みるべきだろう。

 

「────うにゅ...」

 

 きゅ、と背中から抱きしめてくる。

 

 しかしその力は空母そのもの。圧倒的な力に憲兵の体はいとも容易くねじ切られ...

 

 ...るなんてこともなく、昔夏祭りの帰りに娘を背負って帰ったあの日を、俺はしみじみと思い出していた。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 ────あらよっ、と。

 

 ────わぁー!たかーい!

 

 ────こらこら、あんまり暴れたらりんご飴が付いちゃうだろ?

 

 ────...おとーさんって、“じえーたい”で働いてるんでしょ?

 

 ────あぁ、そうだよ。

 

 ────...おとーさんって、“しんかいせーかん”戦争に出るの?

 

 ────それは...お父さんにもわからないな。お偉いさんが行けって言ったら、お父さんは行かなきゃならない。

 

 ────戦争に行きたくないって、“おえらいさん”に言えばいいんじゃないの?

 

 ────大人の世界ってのは、お偉いさんの言うことは絶対なんだ。どんな理由があっても、言う通りにしなきゃダメなんだよ。

 

 ────...おとーさん、また来年も、そのまた次も、帰ってきてね?絶対にぜったいに...帰って...きて、ね...?

 

 ────もちろんだ。お父さんは百歳まで生きて、お前に見守られながら病院でゆっくり死ぬと決めている。お前の居ない場所で戦死だなんて、絶対に有り得ないから安心しろ。

 

 ────...寝ちゃったか。

 

 ────おいおい、俺の甚平りんご飴塗れじゃないか...

 

 ────ふっ...ヨダレまで垂らしやがって。帰ったら母さんに洗濯頼むか...

 

 

 

 

 

 




後書き・電

「ここまで読んでいただいた読者の皆様、ありがとうなのです!

演習の方は作戦成功、勝ちムードが流れてますが...鎮守府横砂浜に怪しい女の子が...親方ァ!海から女の子が!!

鎮守府を賭けた演習の結末は?!
憲兵さんとそこら一帯の運命は?!

次回・サブタイトル予想はヒミツ!!

お楽しみに!!」


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16話 勝者の要求

コンブ「お気に入り200件突破、UA15000突破致しました。読者の皆様に支えられてこその私の小説です。ありがとうございます、これからもよろしくお願いします。」






翔「ゲームしていた時間をそのまま勉強に充てたら、ある程度小説を書く時間が取れたそうだ。」

電「さんざんあんなこと言っておいて...なのです!」

翔「読者のみんなにはお騒がせしたな。」

電「それでも、やっぱり投稿ペースは下がりそうだからご了承ください、なのです。」

翔・電『それでは、本編へどうぞ!』





 

 

 

 

 

「なんだこの結果は!!」

 

 惨敗だった。

 

 鞍馬の艦隊が小破程度に対して、俺の艦隊は半壊状態だった。

 

「何を間違えればこんな結果になるんだ!!」

 

 艦娘共は何か言いたそうな顔で睨んでいたり、黙って下を向いていたり...

 気に食わない。

 

「聞いているのか────」

 

「────さて、条件ではある程度の希望を叶えてくれると言っていたな?」

 

「!!」

 

 鞍馬が不敵な笑みを浮かべてかつかつと歩いてきた。

 

「...わかった。俺も腹を括ろう。いくらだ?」

 

 今月はかなりの節約を強いられることになるだろうが、仕方がない。

 預金残高や艦隊運用について考えていると、鞍馬が口を開いた。

 

「何を言っている、私が欲しいのは金ではない。」

 

「...?じゃあ、何を────」

 

「────今日戦ったお前の鎮守府の艦娘を、そのまま私の鎮守府に異動させてくれ。」

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 私が“希望”を出すと、浦部はしばらくキョトンとした顔を浮かべ...

 

「...はぁ?!

 今日出した六人のうち北上、榛名、加賀は主力艦隊の一員だ。

 駆逐は遠征部隊、鈴谷は去年来て放置していたから数合わせに編成したが、重巡は俺の鎮守府では貴重だ。

 それに、そんなことを上が許すわけが────」

 

 すごい剣幕でまくし立ててきた。しかしそこへ、

 

「────ならば、私が許そう。」

 

「「げ、元帥殿?!」」

 

 元帥と秘書艦?のベレー帽黒髪美人が歩いてくる。病的に白いその肌は日差しに弱いのか、日傘を差している。

 

「先ほどの演習は見せてもらったが、ま〜ぁ見事な指揮能力ではないか、鞍馬くん。

 優秀な艦娘を持っておいて、全く指揮を執らないどこぞの馬鹿の下に置くよりも、君のような優秀な指揮官の下に艦娘は置かれるべきだと私は思う。」

 

 一つ一つの言葉の迫力が違う。ゆっくりと言葉を紡ぐだけでここまでのオーラを出すなど、常人には到底不可能。

 元帥が元帥たる所以はここにあるのでは、と翔は感じている。

 

「────あくまで同意が無ければこの話は無しになるが...君たちはどうかね?」

 

 真面目な面持ちの元帥が突然ニッコリとした表情で浦部の艦娘たちを見やる。

 

「ど、どうしますか?加賀さん...」

 

 榛名が加賀に少し近づいて小声で聞く。気が弱い子なのだろう。

  

「......」

 

「お前らは何を悩んでいる!こんな馬鹿な話断るんだ!!」

 

 浦部が声を荒らげる。しかし、

 

「...加賀さん。」

 

 暁が加賀を見上げる。

 

「...ええ、私たちはその異動に同意します。」

 

「なっ...!」

 

「よし、それなら後々正式な書類を送ってやろう。確かバスがそこに止まってたな...うむ、今日からこのまま第七鎮守府へ移ってくれ。

 あ〜あと、荷物も今から郵送するから待っててくれるかね?」

 

 艦娘に対して話す時、優しいおじいちゃんのような表情と声音になる。

 このオンオフの緩急につい笑いそうになってしまうが、右手で左手の甲をつねって耐える。

 

「わかりました、お心遣い感謝します。」

 

 加賀が答える。

 それにしてもあの場で火に油を注ぐようなことを言うとは、本当に馬鹿だ。浦部が狼狽えているうちにどんどん話が進んでいく。

 

「さて、私はそろそろ帰る。これに懲りたら二度とふざけた賭けをするでないぞ?」

 

 秘書艦を連れて立ち去る元帥。

 

 くるりと、その秘書艦が振り向く。

 

 (.....!)

 

 私と目線が合う。

 

 (.....♪)

 

 ニコっと微笑んで腰まである黒髪を翻し、元帥の後を付いて行く。

 

「...それじゃあ、マイクロバスを用意しているから挨拶はそこでいいか?」

 

 恐らくこの艦隊のリーダー的な立ち位置であろう、加賀に声をかける。

 

「わかりました。」

 

 一言言い残し、マイクロバスへとみんなを連れて向かう。

 浦部よりかはマシか、と思っているのだろう。

 

 加賀たちの背中を見届け、改めて向き直る。

 

「みんな、私の滅茶苦茶な指揮に従ってくれて、ありがとう。

 次は海に出て実際に深海棲艦と戦うことになるだろうが、流石に今回のような戦いはしない。

 君たちの安全を第一に考えていくつもりだ。

 だから、私を信じて...共にこれからも戦ってほしい。」

 

 流石にあの作戦行動は艦隊に大きな負担をかけてしまったはずだ。

 翔が頭を下げると、

 

「司令官さん、顔をあげるのです。」

 

 電に言われてみんなを見る。

  

「司令官、私は司令官だけの私よ?」

 

 雷が翔に寄り添って腕を組んで。

 

「鎮守府建て直して、一緒に酒飲んで、おまけにあんだけ馬鹿みたいな作戦成功させちまったら...嫌でも信じるしかねぇよ...」

 

 まだ襲撃したことを引きずっているのか、摩耶はバツが悪そうに。

 

「提督のこと、見直しました。...姉様に会わせてもいいくらいに。」

 

 山城は翔をまっすぐ見据えて。

 

「いつまでも...司令官と一緒に、第七鎮守府で頑張りたいです。はい!」

 

 春雨は満面の笑顔で。

 

「みんな...!」

 

 不覚、日本男児ともあろう私の目の奥から熱いものが込み上げてくる。

 

 すると龍田が、

 

「わ、私はまだ提督さんのこと、心からは信じてませんよ〜?」

 

 その言葉を聞いた春雨が、えっ?と目を丸くして、

 

「あれ...?

 龍田さんが人をさん付けで呼ぶところ、憲兵さん以外で初めて見ました...はい。」

 

 と、不思議そうに呟く。更には、

 

「しれーかん!龍田さんが嘘をついている時は、頭の輪っかが左回りになるのよ!」

 

 ダダ漏れのひそひそ声で雷が教えてくれる。

 

「えっ?嘘...えぇ?!」

 

 龍田が自分の輪っかを触る。

 

「嘘よ!」

 

「────い、雷ちゃん??」

 

 しかし、龍田はさっき焦っていたということは...

 

 「「「.........」」」

 

「み、見ないで!そんな生暖かい目で私を見ないで〜!」

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「それじゃあ、あまり待たせても悪い。バスに戻ろうか。」

 

 ぞろぞろとバスに乗り込み、最後に翔が「帰りもお願いします。」と、ひとつ礼をしてバスは発車する。

 

 ちなみにこの運転手は軍学校から大本営・第七鎮守府へ翔を運んだ人であり、これからも翔の成長を見届けることとなる...

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 回転式の座席を横に向け、改めて第七鎮守府の艦娘と対面する。

 

 ...?

 

「私は第七鎮守府の提督、鞍馬翔だ。

 艦隊運用は安全第一、みんなと分け隔てなく接していきたいと思っている。

 つい一〜二週間前から着任したばかりだから、教えてもらうことも多いかもしれない。

 ...どうかよろしく頼む。」

 

 提督が先陣を切って挨拶をする。

 

「電なのです。あまり目が見えなくて、皆さんに迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします。」

 

「......」

 

 私含む何人かが苦い顔をする。

 ...とてもあの体捌きをできる子とは思えない。

 暁が電に話しかけたいが、ちょっと気まずい、という表情を浮かべている。

 ...まあ、提督の膝の上に電が乗っていては気まずくても仕方が無いだろう。

 

「アタシは摩耶ってんだ。よろしくな!」

 

 重巡摩耶...対空能力が高い艦だっだはずだ。

 この人が、私の艦載機を落としたのだろうか。

 

「龍田よ〜、よろしくね?」

 

 にこにこと笑顔を浮かべているが、少しこちらの様子を伺っているのがわかる。

 笑顔で警戒心を示す...何とも器用な表情である。

 

「山城です。...その、扶桑姉様を知りませんか?」

 

 軽く顔を見合わせて首を振ると、はぁ、とため息をついて目線をどこか遠くに向ける。

 

「は、春雨です...村雨姉さんと会えて嬉しいです!」

 

 村雨の隣に座っている春雨。薄桃色がかった綺麗な白髪にふんわりとした雰囲気、そして姉妹と会えたからか、この上ない幸せそうな顔はなんというか犯罪級であった。

 

「雷よ!かみなりじゃないわ!

 わからないことがあったら私に頼っていいのよ!!」

 

 電と瓜二つの雷。少し尖った犬歯、キラキラした目、ちょっと背伸びしているような雰囲気は暁を見ているようで、なんというか犯罪級であった。

 

 相手の自己紹介は終わった。

 こちらのターンだ。

 

「航空母艦、加賀です。

 ...それなりに期待はしているわ。」

 

 第一印象は大事だが、少し真面目過ぎただろうか、表情が固くないだろうかと気になってしまう。

 

「村雨です。春雨共々よろしくお願いします!」

 

 春雨と寄り添いあって座っている。

 すりすりと頬ずりする春雨を撫でる村雨の姿はいつもと違って、しっかりした姉に見える。

 やはり犯罪級だ。

 

「暁よ。電と雷は失礼してないかしら?

 レディとして扱ってちょうだい。」

 

「はいはい自己紹介できてえらいえらい。」

 

 鈴谷が暁の頭を撫でると、嬉しそうに身をよじる。

 

「えへへー、

 ...って頭を撫でないで!」

 

「あ、私は重巡の鈴谷でっす。よろしくお願いしまーす!」

 

 相変わらずノリが軽い。人によっては鼻につく態度かもしれないが、加賀自身は明るいムードメーカーとして気に入っている。

 

「今は軽巡、北上だよー。

 改装してくれたら重雷装艦ってのになれるんだけどなぁ〜、ちらちら。」

 

 北上は第六鎮守府にも最近入った艦娘である。

 鈴谷を超えるゆるゆるな子に見えるかもしれないが、なんだかんだ指示されたことはきちんとこなし、仲間を思いやるあたたかい心を持っているのを加賀は知っている。

 時期的に軍学校で翔と同期だろうか。

 

「高速戦艦、榛名です。あなたが新しい提督ですね?よろしくお願いします!」

 

 榛名は真面目で、裏表のない素直な子だ。しかし、純粋が故に前の提督からいいようにこき使われていたのだが...

  

「────全員終わったな?

 それじゃあ、後は到着まで各自自由とする。」

 

 そう言って提督は席を一つ正面に向け、カーテンを閉じる。

 疲れが溜まっているのだろう、鎮守府まで寝て待つようだ。

 

 ...と、くいくい袖を引っ張られる。見れば電が立っていた。

 

「その...お話があるのです。」

 

 .........

 

「...こちらに座っていいですよ。」

 

 少しずれて一人分の席を空ける。

 

「失礼するのです。」

 

「お話って何かしら?」

 

 だいたい予想はついているが、一応聞く。

 

「その、演習のことなんですが...」

 

「...電さん、大丈夫ですよ?

 あれはあくまでも演習。油断していたとはいえ、私が反応できない速度の剣さばき、見事でした。」

 

「あぅ...その、ありがとうございます。」

 

 電を落ち着かせるように撫でてやると、ふみゅう...と寄っかかってきた。あまりの可愛さに膝に乗っけて撫でくりまわしてやろうかと思ったが、なんとか理性でねじ伏せる。

 

「でも、やっぱり聞きたいことはあるの。

 ...あの時の電さんの人が変わったような強さについて。」

 

「それを話すなら、私と司令官...翔さんの昔についても話すのです。」

 

 

 

 

 

 

 

「────それで心に鍵を掛けて、戦闘時にいじめられていた時の恨みなどの感情を解放させていた、と...」

 

 電とあの提督は、ものすごい人生を歩んで来たらしい。

 

 ...暁がさっきからこちらをちらちらと見ている。

 姉妹で積もる話があるのだろう。電に行ってあげなさいと押し出して、私は改めて皆を見渡す。

 

 北上、鈴谷、摩耶、山城、龍田は女子会のようだ。

 

「そ゛れ゛て゛ぇ゛、(ぐすっ)ね゛え゛さ゛ま゛か゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛(ウエェ、ゲッッホウェッホ)」

 

 加賀は見なかったことにした。

 ほら、鈴谷さん北上さんとか引いて...

 

「うんうん、会いたい気持ち...すっごくわかるよ!

 鈴谷にも熊野っていう妹がいてね...」

 

「大井っち、大本営にいるって聞いたけど...上手くやってるのかな〜。」

 

「鳥海...姉貴ぃ...どこで何やってるんだよぉ...ぐすっ」

 

「天龍ちゃん、他の鎮守府で迷惑掛けてなきゃいいんだけど...」

 

 みんな姉妹トークに夢中になっていて、鈴谷に至っては山城の話を目を赤くして聞いている。

 ...加賀は“喋り”が苦手だが、あの雰囲気に常人がついていくのは無理だろう。無理なはずだ。

 

 ...ちなみに榛名は春雨を膝に乗せ、寄っかかっている村雨に腕を回して三人で寝ていた。うらやましい。

 

 後で春雨の頬をぷにっぷにしてやろうと心に決め、提督の隣に座る。

 

「提督、起きているのはわかっています。」

 

「...なんの用だ?」

 

ㅤ軍帽で顔を隠したまま答える提督。

 

「先程の演習での指揮の手腕、お見事でした。」

 

「ありがとう。だが、私を持ち上げても何も出ないぞ?

 加賀も、あの洗練された艦載機の編隊行動は見事だった。」

 

「...ありがとうございます。」

 

 やはりこの提督は、たとえ敵だとしても私たち艦娘を“見て”くれている。

 第六鎮守府のあれは、私たちが疲れていようが補給を忘れていようが出撃させたり、MVPを取っても労いの一言も無いような提督だった。

 

「あなたは、私たち艦娘のことをよく見てらっしゃるのですね。」

 

「そんなことないさ。

 私はただ、戦況を見て一番良い指揮を執ろうとしているだけだよ。」

 

「そうですか...」

 

 少し間が空いて、私はふとこんなことを漏らす。

 

「...あなたは、私たちを受け入れてくれるんですか?」

 

 私としたことが、頭に浮かんだ言葉をそのまま口にしていた。

 でもこの提督はどんなことにも真摯に応えてくれるかもしれない。

 少なくとも、馬鹿にするような人間ではない。

 

「挨拶で言った通りだ。私はみんなを受け入れる。それ以上もなく、それ以下でもない。」

 

「そうですか...」

 

 ...また間が空く。

 私自身、喋りが苦手故にこういう間か空くのはありがたいのだが、提督も私と同じく苦手なのだろうか。

 

 ────ピローン。

 

 提督から音が鳴る。いや、懐か?

 ごそごそと内ポケットからスマホを取り出し、メールを開く提督。

 

「少々失礼...」

 

ㅤ加賀も内容を覗くと...

 

「「なっ?!」」

 

『From:憲兵

 

 北方棲姫と見られる艦を鹵獲。至急、鎮守府に戻って頂きたい。』

 

 北方棲姫といえば、宗谷海峡からタタール海峡にかけて目撃された深海棲艦である。

 見た目は幼い子供だが、本気になると恐ろしい火力を秘めた艦載機を次々と発艦する、“姫級”に指定された超危険な深海棲艦だ。

 

 ...そんな北方棲姫を生身の人間である憲兵が鹵獲とは、どういう事なのだろうか。

 

「至急、他鎮守府へ連絡を────」

 

「いや、第七鎮守府から最寄りの鎮守府でも片道二時間半はかかる。

 私たちが戻るまで平和を祈るしかない...ッ!」

 

 ぎりり、と提督が歯軋りする。

 

「...私は寝る。着くまで起こさないでくれ。」

 

「て、提督?」

 

 鎮守府どころか日本の危機が迫っているというのに、この男は寝るなどと言い出した。

 

「一旦寝て、万全の体制で対策に当たるんだ。加賀、この話は内密に頼む。」

 

「...わかりました。」

 

 なんという肝の太さ。

 一分も経たずに寝息が聞こえてきた。私も後ろに戻ろうと、席を立とうとすると...

 

「加賀、電や雷と寝ても良いぞ。」

 

「?!!

 だ、誰も一緒に寝たいなどと口にしていないはずですが?」

 

「自己紹介で、うちの駆逐艦を見る時だけ長く目線を向けていただろう?

 子ども好きはいい事だ。」

 

ㅤと言って、今度こそ寝たようだ。

 乙女の心を読むとはなんてデリカシーの無い提督だろう。

 恥ずかしいという感情が湧き上がって来るが、

 

「...提督、やはりあなたは私たち艦娘のことをよく見てらっしゃるのですね。」

 

 

 

 

 

 

 ────ほんの少し、どこか嬉しく感じる私もいた。

 

 




後書き・加賀
「ここまで読んでいただいた読者の皆様、ありがとうございます。

お話の方ですが、いきなり異動や鎮守府の危機などまさに踏んだり蹴ったりです。こんな展開を用意したコンブさんに対して、流石に頭に来そうです。

次回は新たな鎮守府へ到着した私たちのお話。どうなるのでしょうか。

サブタイトル予想・『異邦人の漂着』。


『異邦人』とは、外国人を表す言葉のようです。深海棲艦に国なんてあるのでしょうか...?」


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3章 日常は偶然とともに
17話 異邦人の漂着


翔「ものすごく歯切れ悪い終わりだったから、急いで仕上げたそうだ。」

電「誤字報告が怖いのです...」

翔「遠慮なく報告してくれ。それでは...」

翔・電『本編へ、どうぞ!』





 

 

 

 目覚めると、鎮守府が遠くに見えるほどに近づいていた。

 破壊の痕跡は無く、深海棲艦?は暴れていないのだろう。

 

「起きるんだ、もうすぐ鎮守府に着くぞ!」

 

「!!」

 

 一番に加賀が跳ね起きて、窓から外を見る。...あのメールの内容を知っているからだ。

 

 続いて駆逐組、榛名、山城、龍田、少し遅れて鈴谷が起きるが、摩耶と北上は寝ている。

 

「...電、頼む。」

 

「はいなのです...!」

 

 私が合図すると電はこっそりと二人に近づいて、摩耶の耳元に息を、北上の背中に指を這わせる。

ㅤくすぐりなど人の神経を逆撫ですることが、電の隠れた特技だったりする。

 

ㅤすーーーっ...

 

「「────??!!」」

 

ㅤガスっ!

 

 二人は驚き、揃って天井に頭をぶつけて悶える。

 

 意外とバスの天井は低い。みんなも寝ぼけまなこで立ち上がって頭をぶつけたこと...あるだろ?

 

 本当は拳骨を落としたいところだったが、日本男児として女子に手を出すなどあってはならない。

 

「全員起きたな?

 鎮守府に到着したら、常に艤装を展開できるようにしてほしい。

 理由は後ほど話すが、警戒状態を解かないように。」

 

 少しバス内がざわつくが、雷の「わかったわ、しれーかん!」の声でだんだんと収まっていく。

 

 門をくぐると、憲兵さんが私に手を振る。

 駆逐艦たちは出迎えてくれていると勘違いしているのか手を振り返しているが、あれは『降りたらこっちへ来てくれ』という合図だ。

 

 運転手に少し頭を下げ礼を言い、走って憲兵についていく。

 

「こちらです。」

 

 ガラリと医務室の扉を開くと、ベッドに白髪の少女が横たわっていた...顔に残る擦り傷切り傷が痛々しい。

 そっと布団を捲っても特に手や足は縛られてなく、しかし傷が深いと思われる脚に包帯を巻くなど応急処置がなされていた。

「ありがとう。流石は長いこと勤めているだけあって完璧な対応だ。」

 

「いえ、勿体なき言葉です。」

 

 下手に拘束したり敵意を見せようものなら、ここら一帯は焦土と化していただろう。

 獣とは違い、会話できる知能を有しているかもしれないと言われている得体の知れない敵ならば、とりあえず大人しくしてもらえる環境を作るのがベストだ。

 

「う...ん......」

 

 少女が身体をよじる。都合がいいことに目覚めたのだろうか。

 

 ゆっくりと目を開き、こちらを見てこう言った。

 

「────адмирал(提督)?」

 

「?!」

 

「『ここは日本の第七鎮守府、私は提督の鞍馬翔だ。

 君はどこから来たんだ?』」

 

「?!?!」

 

 憲兵さんが目を白黒させている。

 当然だろう、私たちはロシア語で会話しているのだから。

 

「日本語なら、話は早いね。

 私もあなたも話したいことが山々かもしれないけど、帽子...私の帽子を知らないかい?」

 

ㅤその艦?は頭を触りながらきょろきょろと見回し、流暢...いやそんなレベルではない。母国語のように日本語を使いこなして聞いてきた。

 

「あ、あぁ...これかな?」

 

 憲兵さんが椅子の上から帽子を取って、頭にかぶせる。

 

「ありがとう...これがないと妙に落ち着かないんだ。」

 

「...ん?

 そのバッジは...すまない、会わせたい人がいる。」

 

「うん、時間はあるからね。待ってるよ。」

 

 帽子に付いていた見覚えのあるきらめくバッジ。

 ...きっと彼女たちと同じものだ。

 

 その“三人”が警備を担当している執務室の扉を、特定の回数ノックして入る。

 

 

「お疲れさま司令官。

 その、問題は解決したの?」

 

 暁が声をかけるが、ちょっと待っててくれと適当に返事をして放送機器のスイッチを入れる。

 

「『館内放送、全艦娘の警戒を解除する。繰り返す、警戒を解いて大丈夫だ。

 この後はしばらく自由行動とする。』

 

 そして君たち三人、私と一緒に医務室までついてきてくれ。」

 

「わかったわしれーかん!」

「了解なのです!」

「場所がわからないからエスコート...

 ふえぇ、置いてかないでー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は、はわわわ?!」

「いつから着任したの?!」

「えっ...えぇ?!」

 

 

 

「これは...驚いたなぁ。」

 

 

 




後書き・北上

「ここまで読んでくれたみんなぁ〜、ありがと!
ㅤこの私、北上さまがとうとう後書きに来ちゃったよ〜?

ㅤお話の方じゃあまだ大した活躍はできてないけど...この漂着者のお話がひと段落したら、色々と進めていくつもりなんだって〜。

ㅤて・な・わ・け・で、
ㅤ次回、サブタイトル予想・『集合!第六駆逐隊』。


ㅤ...面倒臭そうなタイトルだね〜。」


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18話 夜勤の誘い

翔「あくまで『サブタイトル予想』だからな。」

電「久しぶりに予想が外れたのです。」

翔「まあ、書き貯め無しだから“次回予告”が出来ないんだ。」

電「ご理解のほど、お願いするのです」

翔「────というわけで、」

翔・電『本編へ、どうぞ!』



 

ㅤ医務室を後にした私は、執務室でずっと考えていた。

 話によるとあの艦娘は響といい、外国から(流れて)来たとのことだ。

 しかし、このままこの鎮守府に着任させるのは色々と問題になるはずだ。

 

「ていとく〜、なにをそんなに悩んでんの〜?」

 

 ソファーから気の抜けた北上の声がする。

 ...まあ、ここのソファーは確かに寝心地が良いのだが。

 

「もうこの鎮守府に慣れたのか?」

 

ㅤ着任当日からソファーに寝っ転がるとは、なかなか肝の座った艦娘である。

 

「んー?まあ、ね。

 前の鎮守府はピリピリしてるし、提督も働かないし、ね...

 

 それに対してここの鎮守府のみんなは優しいし、笑顔が溢れてると思うよ?

 そんないい鎮守府の提督が、自由時間中ソファーに寝っ転がる程度で文句つけるような無能なわけが無いよね〜って。

 やっぱ指導者が違うと世界が180°違って見えるな〜。」

 

 持ち上げて許しを得ようという算段か?

ㅤ...まぁ、元から咎めるつもりは全くなかったが。

 

「そんなことない。

 私はただ、やるべき事をやっているだけだ。」

 

「ふーん...?」

 

 納得いったのかいってないのかわからない声で返事をしたあと、声は聞こえなくなった。

 

 ...寝てしまったのだろうか。

 一旦作業を止め、ここ最近は冷えるので予備の毛布を掛けてやる。思い切り無防備で、かわいい寝顔をしている。

 

「...さて。」

 

 机に座り、響から受け取ったドッグタグから妖精さんの力を借りて艤装展開、調べてみる。

 

 砲はかなり使い込まれているが、メンテナンスは欠かしていないようだ。

 ...元の鎮守府では重宝されていたのだろう。

 

 そんな子を勝手に第七鎮守府が所有するのはやはり国際問題にも繋がりそうな気がする。

 

 もう一度手袋をして、妖精さんの手も借りさらに艤装を弄ってみると、航海記録を残すための機械...ブラックボックスが取り付けられていた。

 

 艦娘は戦いにおいて負けると沈んでしまうため、日本では基本ブラックボックスは搭載していない。

 響の鎮守府の提督はよほど艦娘を大事に思っているのだろうか。

 

 ...ブラックボックス?

 

「これだ!!」

 

「?!!」

 

 ドサッ、と音を立てて北上が転げ落ちる。

 

「なんなのさ大声だしてー!」

 

「すまんすまん」

 

 怒る北上を適当に受け流してブラックボックスを開封、ノートパソコンにUSB接続。

 

「さっきからさぁ、提督何してん...の......?」

 

 北上がモニターをのぞき込んでくる。

 そこには嵐の中深海棲艦の襲撃に遭い、仲間とはぐれて漂流する映像が映し出されていた。

 さらに解析しファイルを開くと、漂流してきたルートも記録されていた。

 

 響は漂流中は無傷でこの鎮守府の海岸までたどり着いた...

 

 ────ということは、このルートを辿っていくと深海棲艦に襲われることなく、彼女の鎮守府があると思われるウラジオストクまで行けるのでは?!

 

「こいつは...」

 

 このルートの安全が確認出来れば、孤立無援だった日本とユーラシア大陸を繋ぐ『道』を発見したことになる。

 

「何?この映像...

 そういえば鎮守府着いたと思ったら警戒態勢なんて言ってさ? 

 提督...何か隠してるでしょ?」

 

「そういえば、皆に言ってなかったな。」

 

 マイクを手に取って、

 

「『館内放送。

 今回の件について全員に話したい。医務室に集まってくれ。』

 ...よし、行くぞ?」

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 艦娘全員が集まるにはこの医務室は少し狭かったようだが、私たちが着くと、ほとんどみんな集まっていた。

 

「全員揃ったか...?」

 

「────大丈夫です。」

 

 ぬっ、と翔の後ろから出てきた加賀が翔のつぶやきに答えてくれる。

 

 ......

 

 ありがとう、と一礼。

 

「よし、聞いてくれ。

 この子は駆逐艦・響。深海棲艦からの奇襲を受けて、ウラジオストク沖から漂着したらしい。

 来週あたりに航路を組んで、護送するつもりだ。編成は龍田と第六駆逐隊で頼む。」

 

「提督。」

 

 ぱっと手が上がる。

 

「......どうした?加賀。」

 

「深海棲艦との交戦も考えられるかと思います。重巡洋艦、戦艦を加えた戦闘にも対応できる編成が良いかと思いますが...」

 

 うんうんと何人かの艦娘も頷く。

 

「わかっているが、今回は...運が良ければ深海棲艦と一切交戦しない。」

 

 ざわっ...!

 

「提督さん、深海棲艦と交戦せずにウラジオストクまで行けたら...ここまで日本は衰退してませんよ?」

 

 幾分かの皮肉を込めて、龍田が聞いてくる。まさにその通りだ。

 

「ああ。今回の護送が上手く行けば、初めて私たちが航路を発見することになる。」

 

 ざわっ... ざわっ...

 

「敵艦を発見したら、全速力で逃げ切ってほしいんだ。もちろん、はぐれ艦隊程度の相手なら迎撃して追い払ってくれ。幸いにもここからウラジオストクは日本の中でもかなり近い場所だから、途中で救援信号を発信...迎えを出してもらうつもりだ。」

 

 はぁ。と加賀はため息をついて、

 

「...ほんとに先月着任なのかしら。」

 

「流石は司令官ね!」

 

 パチパチパチパチ...

 

 拍手が起こる。ひとまず納得してもらえたようだ。

 

「ありがとう、ありがとう。

 正式な発令はまた後日、なるべく早く行うつもりだ。私の作戦に何かしら意見・質問があるなら、遠慮なく執務室に居る私を訪ねてくれ。」

 

 『了解!』

 

 みんなの返事を聞いてから医務室を後にする。

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 時は少し戻る。

 

「こんにちは、加賀さん!」

 

「流石は加賀さんね!一番乗りだわ!」

 

「前の鎮守府でも一番のレディーだったわ!私の次にね!」

 

「...よろしく頼むよ。」

 

 私が医務室へ着くと、第六駆逐隊がベッドで白い艦娘と仲良く話していた。

 白髪に色素の薄い肌。普通なら一瞬深海棲艦を疑うような容姿だが、艦娘の私たちはどんなに深海棲艦に似ていようが、艦娘だけは見分けられるという、形容しがたいが...本能、習性?のようなものを持っている。

 

 ......

 

「あなたは...元からここにいた艦娘?」

 

「あぁ、私は響。

 ここに着任したんじゃなくて、深海棲艦との交戦中に嵐に巻き込まれて、はぐれてしまってね...漂着してきた所を憲兵さんに見つけてもらったんだ。」

 

 聞くところによるとウラジオストクから漂着したらしい。よくここまで「わっ」流れてきたことだ。途中で別の深海棲艦には見つからなかったのだろうか。こんな可愛い子が何日も漂流だなんて考えられない。可哀想に、かわいそうに...

 

「な、流れるように響お姉ちゃんを膝に乗っけたのです...」

 

「...お前は正規空母の加賀、だっけか?」

 

 横スライド式の扉を開けて入ってきた摩耶。

 

「...あなたが演習で私の艦載機をことごとく落としてくれた子ね?

 正直、あそこまでやられるとは思っていなかったわ。完敗よ。」

 

 私の手塩にかけて育ててきた艦載機を、たった重巡1人であれほど落とされたのは驚いた。

 

「か、加賀さんが人を褒めているわ!!

 前の鎮守府で、たとえMVPを取ってもダメ出しをして、調子に乗りそうな艦娘を次々と黙らせてきたあの加賀さんが!」

 

「な、なんですってー!!」

 

 暁と雷が妙に説明的な口調で何か言っている。

 ちなみに電は、続々とやってくる艦娘に響の紹介をしていた。実にかわいらしい。

 

「んなことガキを膝に乗せて撫でくりまわしながら言われてもな...

 でもまあらそう言うアンタの偵察機の編隊飛行、相当訓練してただろ?見事なもんだったぜ。」

 

 ...ガシッ。

 

 二人どちらとも無く握手して、にやっと笑う。

 

 元々人見知り気質であることを自覚しているが、この鎮守府の艦娘となら上手くやっていけそうだ。

 

「ところで、摩耶さんと加賀さん...って言ったかな?

 話し方からして二人は戦ったのかい?」

 

「そうよ。さっきまで私や暁さんは第六鎮守府の艦娘だったけど、演習の後第七鎮守府に着任したわ。」

 

「艦娘を賭けて演習をしたのかい?!」

 

「ええ。...でも、ここに来て良かったと思っているわ。」

 

 響の頭をゆっくりと撫でてやる。

 んー、と目を細める。とてもかわいらしい。

 

「それにしても...艦娘を物のように賭け皿に乗せるとは思わなかったな。」

 

「そうね...まだ日本人は私たち艦娘を怖がっているようにも見えるわ。」

 

「日本人特有の“変化を怖がる”性格が裏目に出てしまったのかな。」

 

「...そういうことね。」

 

 ぎゅっ、と抱きしめてやると脱力してされるがままになる。一瞬襲いたい衝動に駆られるが────

 

「全員揃ったか...?」

 

 提督と北上が入ってきたのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 執務室前。一瞬ノックしようか迷って結局、失礼しますと言いながら扉を開く。

 

 ソファー二つに長テーブル、奥には木製の箪笥が置いてあり、畳があの独特の“良い香り”を放っている。

 

 正面の執務机の奥には海を眺められるくらいに大きな窓があり、月明かりはやさしく海を照らしていて、その幻想的な景色にはつい見とれそうになってしまう。

 

 飾り気のない地味な部屋とも言えるが、私はこの質素な執務室を気に入っていた。

 

 そうだ、そういえばここの執務室は畳だから靴を脱がなければならないのだ。

 

 仕事をする環境にしては締まらない気もするが、ある意味この方が落ち着いてこなせるのかもしれない。

 

「...ん?加賀か。

 すまんが今は手が離せなくてな...」

 

 やっと私に気づいたのか、翔が声をかける。

 ...見れば膝に電を乗せて何か書類を作っているようだ。

 うらやま────あんなことして作業は出来るのか、と思ったら電もペンを持って手を動かしている。

 ...()えるのだろうか、と思ったが、苦い思い出のある黒刀がすぐ後ろに立てかけられていた。

 普通秘書艦は戦艦や空母がよく務める傾向があるのだが、ここの鎮守府は駆逐艦の電が務めているらしい。

 

 しかし駆逐艦であるものの、流石は秘書艦に選ばれるだけある。ほぼ言葉を交わさずに阿吽の呼吸でてきぱきと書類整理を進めているようだ。

 

「少々拝見...」

 

 ...覗き込むと海図やら資料やらモニターやら乱雑に広げられているが、ペンを持っていない右手の指先で電は翔に資料をはじき飛ばしている。

 

「...今、何を作っているのかしら。」

 

「響お姉ちゃんの漂流したルートを割り出して、資料にまとめているのです。」

 

「そんでもって、大本営に提出するつもりだ。」

 

 なるほど、漂着したルートを辿れば深海棲艦と遭遇することなく響の元いた鎮守府との海路を繋ぐことが出来るのか。

 

「先ほどから指で資料を弾いていますが...」

 

「ああ、それは司令官さんのほしい資料を弾いて渡しているのです。」

 

「電は私の仕事を、私は電の仕事の進行を見て、欲しいと思う資料を渡しているんだ。」

 

 ...は?

 

「...つまり、二人はお互いの仕事を見ながら自分の仕事をこなしていると?」

 

 しかもかなりの速さで。

 少なくとも着任して1ヶ月も経っていない新任提督とは思えない。

 

 ...演習では格上の私たちを相手に勝利へと導き、鎮守府を改装し、更には効率よくデスクワークをこなせる。

 

 ────あの人とは大違いだ。

 

 

 

「その、私に出来ることがあれば...

 

 

 

 ────手伝いましょうか?」

 

 「「助かる(のです)!!」」

 

 二人は同時にこっちを向いて目をキラキラさせる。

 

「まずはこの私たちが作った資料を文章に上手いことまとめてくれ一応論文形式だから原稿用紙何十枚かここに置いておくぞ。」

 

「この冊子とこの冊子とあれとあれとこのグラフと...これもなのです!」

 

 瞬く間にドサドサと書類やら資料が積まれていく。

 しかし、二人がまだ処理し終えていない量の半分以下だ。

 

 ...私のペースならちょうど三人同時に終えることが出来そうな量。たぶん、無理ではない量を考えて任せてくれたのだろう。いや、この提督ならきっとそうに違いない。

 

「...加賀、少し多すぎたか?」

 

 

 

 

「...いえ、完璧に仕上げてみせます。

 

 

 

 ────一航戦の誇りにかけて。」

 

  

 

 

 この提督なら、信頼できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────これもだ。

 

 どさり、と書類が積まれる。

 

 ────私ばかりに押し付けずに自分も手を動かしてはどうです?

 

 ────うるせぇなあ!お前は秘書艦なんだから言われたことをやればいいんだよ!!

 

 今まで溜まっていた私の中で、なにかがブツリと切れた。

 

 ────またその言葉ですか。毎回毎回同じことばかり。少しは語彙力を身につけてはどうです?

 そういえばこの前の演習、また負けていましたよね?

 指揮能力も酷いしデスクワークも出来ない、おまけにこの偉そうな態度。

 私を秘書艦に選んだのも見た目からでしょう?チラチラ見ていたりぶつかると同時に触っているのは気づいてますよ?

 

 ────貴様...!

 もういい。お前を秘書艦から外す。

 

 ────ありがとうございます。もう二度とあなたのデスクワークの手伝いとセクハラ係を受けなくて済むのなら。

 

 ────うるさい!さっさと出ていけ!!

 

 ────言われずとも。

 

 

 

 ドアはいつものようにパタンと閉めて、暗い廊下を歩いていく。

ㅤ申し訳程度の布団一枚が置かれた質素な部屋だ。

ㅤ空母は私しかいないのでこの小さな部屋を一人で使わせてもらっている。

ㅤ誰ひとりとして居ない、私の部屋。

 

 ────あれだけ嫌だったのに、いざ辞めさせられるとつまらないものですね...

 

 ────もっと優秀な提督の元なら、私も...

  

 ────なぜでしょうか、涙が出てきました。

 

 ────うぅっ、ひっく、ぐすん...

 

ㅤ清々しい気分なのに、そのはずなのに、涙が溢れて止まらない。

 

 その涙を見た人は、誰ひとり居ない。

 

 その涙を慰める人も、誰ひとり居ない。

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 




後書き・榛名

「こっ、ここまで読んでいただいた読者の皆様、ありがとうございます。
ㅤ今回は第六駆逐隊のみなさんじゃなくて、加賀さんのお話になりましたね...

ㅤタイトルを見て戸惑った読者の皆様には本当に申し訳ないです。

ㅤ次回、サブタイトル予想・『夜の鎮守府』。

ㅤどうぞお楽しみに!」


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閑話 キャラ設定・第七鎮守府編

※今回は作者の確認用も含めたキャラ紹介回となっております。
※この回を飛ばしても本編はお楽しみいただけますが、本編では恐らく明かされないであろう裏話も盛り込んであるので見てもらいたいと思っています。

※よろしければ、お付き合い下さいませ。



ㅤ主人公・ヒロイン

 

 

ㅤ“君の手を引いてやる”・鞍馬 翔

 

 第七鎮守府の提督。

 

 “翔”は“しょう”ではなく“かける”と読む。

 

 うどんよりそば派、コーヒーより紅茶派。お気に入りは“レプトン”のレモンティーと“午前の紅茶”のミルクティー。

 父親から言われて幼稚園から勉強させられていたため、軍学校では頭はかなり良い。

 口癖の『日本男児として〜』は父親から由来する。

 

 ちなみに運動神経もかなり良いのだが、生まれつき極度の貧血持ちで風呂は三分しか浸かることが出来ず、また炎天下では日傘が必須アイテム。海に来てもパラソルの下で寝るしか出来ない。

 故にスタミナが絶望的に低く、腕相撲など単純な力比べでは女子にも劣る。

 

 好きな人のタイプはあまりない。ある程度美人で性格が良い女であればまあ良いだろうと思っている。

 しかし中学生の頃から電という超絶美人かつ性格の合う娘と出会ったためそこらの人間に恋愛感情は持てないようだ。

 ついでに理性は鋼などとは比べ物にならない程に硬く、電と毎日寝ているくせに何も起こさないし、学生時代の混浴露天風呂でも何も起こさなかった(昔話参照)。最近翔自身、貧血体質が原因の“不全”ではないかと怖くなってきている。

 

 電とは絶対的な信頼関係を築いていて、翔曰く『掛け声無しで背中合わせキャッチボールが出来るレベル』とのこと。

 

 中学生時代、ある鎮守府に迷い込んだ所を電に助けてもらうのだが、その出会いによって艦娘と人間の女子の区別が曖昧になり、艦娘を恐れ、酷い扱いをする日本人に疑念を持つようになる。

ㅤこの電とはお出かけの帰りに深海棲艦の襲撃に遭うのだが、翔を庇って砲撃を受けてしまう。砲撃跡地に落ちていたピンバッジをネックレスにして、今でも大切に想っている。

 軍学校で電と再会するのだが、艦娘と人間の溝への疑念が後に日本を変えるという野望へと変わり、ある件をきっかけに電と共に知識を蓄えわずか19歳にして提督の道を進むこととなる。

 

 両親は深海棲艦の襲撃によって亡くした。ちなみに父親は海軍に勤めていて、一度防衛艦にて航海中、深海棲艦に襲われたことがある。

 奇跡的に振り切ったものの、その時深海棲艦が人型であることを確認しそれ以来深海棲艦との接触に関する研究に移ったが、奇しくも深海棲艦からの襲撃で最期を迎えてしまった。

 

 母親は面倒見がよく、電が艦娘ということを知らずに家に入れていたが、艦娘だと知って驚きはしたものの息子に免じて受け入れるようになった。

 得意料理は低予算低カロリーの豆腐ハンバーグ。なかなかレベルの高い主婦だった。

 

 

 

 

 “あなたの手を頼りに”・電

 

 コタツより火鉢派、マクドよりマック派。

 

 俗に言う“ドロップ艦”として第七鎮守府に来たが、軍学校に飛ばされて難を逃れた。

 生まれつき(?)目がものすごく悪く、艤装を出していない状態では光の強弱程度しか分からない。

 これが原因で軍学校の訓練で最悪の成績を叩き出し落ち込んでいる所を翔に慰めてもらい、色々あって二人で日本を変えるという野望を持つこととなる。

 

 視覚が鈍いからか、野生動物から妙に懐かれる。トンビを頭に乗っけて遊んでいたら、翔から怒られたなんてエピソードも。

 

ㅤ翔とは絶対的な信頼関係を築いていて、電曰く『私の目なのです。』とのこと。

 

 武装は天龍から譲り受けた黒い刀。砲撃が当たらないなら振れば当たる武器を使えば...という天龍の言葉を聞いて、ダメ元で入学後初めての演習に持っていった結果最も多くの艦娘を倒し、MVPを授与される。

 

 ちなみにこの刀はものすごく軽い。電は身長が低いため両手持ちで安定させているが、砲や魚雷を積まない...

 いや、積めないので戦う時はこの1本に頼ることとなる。

 しかしあまりの兵装の軽さに高速移動が可能、その速さは島風を余裕で追い越し、重い砲の照準は追いつかない。

 また異常なまでに切れ味が良く、そこらの鋼程度の金属なら余裕で切れる。

 ちなみに一度翔が誕生日(?)祝いに刀の鞘を作ってくれたのだが、納刀すると真っ二つになったという逸話も。

 

 

 ...あと、こんにゃくは切れる。

 

 

 

 

 在りし日の電

 

 昔家の近くにあった鎮守府に翔が迷い込んだ時、外まで案内してくれた艦娘。

 その一件以来仲良くなり、家にも呼んで遊んだり両親に車で色んな所につれていってもらったりしていたが、深海棲艦の襲撃から翔を庇って砲撃を受ける。

 

 艦娘にはダメージの大半(約9割以上と言われているが、諸説あるらしい)を服に転移させ、一撃で轟沈しない加護がついているのだがその恩恵を受けられるのは海上だけ。

 

 陸地(生身)で砲撃を受けた彼女は────。

 

 後に翔は“二人目”の電と出会うが、この事件含む前世(?)の出来事はまったく記憶に無いらしい。

 

 

 

 

 第七鎮守府メンバー

 

 “貴方の不幸は私の所為”・山城

 

 犬と猫では猫派。クーラーより扇風機派。

 

 『不幸だわ...』と『姉さま...』が口癖の戦艦。

 使う爪楊枝はポキポキと折れ、出すシャワーはいつも激アツか冷水、拾うどんぐりからは全てあの虫が出てくると言ったようにものすごく運が悪く、その度に『不幸だわ...』と嘆いている。

 しかし、どんな不幸があって絶望的な状況に陥っても、姉さまに逢うために...とひたむきに前を向き続ける姉妹愛に溢れた...いや、まみれた艦娘。

 

 前任からは無駄に資材を消費するということであまり出撃することは無く、あっても弾除けに使われていた。

 

 それを知った山城は艦娘同士で結託し、反乱を起こそうと暗殺訓練に励んでいたのだが、幸か不幸か前任は逮捕されてしまった。

 

 第七鎮守府から提督がいなくなり大本営鎮守府へ異動しないかという話を受けたが、(本人は気づいていないが)まだどこか人間を信じたい思いがあった山城はその時やつれていた摩耶の看病をする、という建前で第七鎮守府に滞在。

 そして翔がやってきた。

 

 暗殺訓練によるものか、三次元把握能力に長けていて砲撃命中率が他の戦艦よりも少し冴えている。特技は投擲。地味かもしれないが、コントロールはかなり良い。

 

 

ㅤ砲撃もこのくらい当たればいいのに...不幸だわ...

 

 

 

 

 “背中は任せろってんだ!”・摩耶

 

 コーヒーは砂糖も牛乳も入れちゃう派、パンよりご飯派。

 

 一人称は『アタシ』、竹を割ったような性格の重巡洋艦。

 提督のような上司やら格上相手でも怯まない堂々とした立ち振る舞いを見せるが、心から信頼出来る相手にはある程度の敬意は見せるらしい。そこ、貴重なデレとか言わない。

 前任がいた頃は対空の要としてずっと出撃させられていたが、ある防空駆逐艦が編入したことにより用済み扱いを受ける。

 そのとき中破していたのだが資材を使うという理由で入渠させてもらえず、翔が着任するまで放置されていた。

 

 大本営への異動は用済み扱いを受けた記憶から人間に対して反感を持ち、二度と人間と関わらずに生きたいと誘いを断る。

 

 翔の着任当時、左足はほとんど動かすことが出来ないほどに傷が化膿して半ば壊死を起こしていたのだが、化膿の臭いでみんなに迷惑を掛けていたのと自らの正義感から鉄パイプを杖代わりに、鎮守府の警備をしていた。

ㅤもちろん山城たちは迷惑になど思っているわけ無く、むしろ安静にするべきだと説得を試みたが失敗。

 

 その怪我は翔着任後、入渠すると驚くほど綺麗に治った。

 

 前述の通り正義感が強く、また駆逐艦の面倒見が良い。遊ぼー遊ぼーと誘われたら『しょーがねーなぁ。』と、渋々楽しそう(?)に連れていくその姿は龍田曰く必見とのこと。

 駆逐艦たちからは『頼れるおねーさん』として見られているようだ。

 

 ちなみに身だしなみにはかなり気をつかっていて、彼女曰く『格好ついてないと堂々と出来ない』(顔を赤らめながら)とのこと。

 

 

 ...男勝りな性格だが、一人の乙女である。

 

 

 

 

 “うふふふふ”・龍田

 

 アイスクリームよりソフトクリーム派、ベッドより布団派。

 

 いつもニコニコと笑顔を浮かべている軽巡洋艦。

 嬉しいときはもちろん、好意、警戒心、殺意、疑問、怒り、全てを笑顔で表現する器用な娘。

 

 前任がいた頃の情報をみんなに聞いて回ったが、誰ひとりとして口を開くものはいなかった。

 ...それなりに抱えているのかもしれない。

 初めて出会ったときは常に薙刀の刃を翔に向けていたが、最近は薙刀自体しまって接している。

 前任の影響で人間...特に男を極端に嫌う龍田だが、翔に対してはかなり心を開いているようだ。

 また、本当に信頼出来る者は“さん”付けで呼ぶのが癖。雷はかなり前から知っていたらしい。

 

 ちなみに彼女は摩耶よりも駆逐艦の世話が得意で、なんでも前任の頃から面倒を見ていたそうで...

 

 

 彼女に関してはまだ謎が多い。本編を待たれよ。

 

 

 

 

 “おいしそう...って違います!”・春雨

 

 炭酸より乳酸菌飲料派、猫より兎派。

 

 光に当てると微かにピンクに見える、綺麗な白髪をもつ駆逐艦。

 “〜、はい。”を口癖としている。

  

 第七鎮守府に来て半年で司令官が逮捕され、練度が低くあまり虐待はされなかったものの、傷だらけで帰ってくる仲間を見て“司令官”という存在にトラウマを持っていた。

 しかし半ば無理矢理翔から買い物に連れていかれ、アイスという食べ物をもらってからというものの翔にはかなり懐いている。食べ物の力は恐ろしい。

 

 かなり気弱な性格で、常に誰かと居ないと寂しくなってしまう。提督不在期は雷と常に一緒に過ごしていた。

 大本営への誘いは知らない艦娘と触れ合うのが怖く、知っている艦娘同士で暮らしたいということで断った。

 

ㅤ第七鎮守府で初めて“外出”した艦娘だが、その楽しさを伝えたいと外出許可を提案する。

ㅤ対して翔はもう少し資金に余裕が出来たら、休日にみんなで出掛けたいと思っているらしい。

 

 最近の彼女の楽しみは、翔がたまに買ってくるコンビニスイーツを電と半分こにして食べること。お気に入りは“クリームたっぷりロールケーキ”。あのクリームの控えめな甘さが春雨の心を射止めたようだ。

 

 

 

 

 “私がいるじゃない!”・雷

 

 抱っこよりおんぶ派、ポテチよりチップスター派。

 

 電と瓜二つの、元気で子どもらしい駆逐艦。

 

 翔に一番に懐き、何かある毎に頼ってくれと声を掛けてくる。

 前任はうるさいと切り捨て、不要な艦娘を集めたいわゆる“倉庫”に閉じ込めていた。

 何ヶ月だか何年だか経って春雨という同じ駆逐艦と出会い、気弱な春雨を雷は励まし、二人は姉妹と言えるほどにとても仲良くなった。

 大本営からの勧誘は、寂しがり屋の春雨を見捨てるわけにはいかないと言って拒否。“親友”とはまさにこの二人を表すのだろう。

 

 電と再会してから二人で行動する機会が多くなった...かと思えば、電は翔とべったりなので結局春雨とよく一緒にいる所を見かける。

 

ㅤちなみに雷がどうにでも出来ないような大問題にも“私に頼ってもいいのよ?”と声をかけてくる。頼れる龍田に憧れて声をかける彼女はいわゆる“ありがた迷惑”な娘かもしれないが、パタパタと駆け回っては無理にでも人助けしようとする彼女の微笑ましい努力は、確実にみんなの支えとなっている。

 




後書き・作者

「ここまで読んでいただいた読者の皆様、ありがとうございます。作者のコンブ伯爵です。

今回は『閑話』という形でお送りしましたが、いかがでしょうか。
これを読んで翔くんや電ちゃん、第七鎮守府のみんなに対する印象が変わったと思います。

今まで『書き貯め無し』でお送りしてきましたが、今回はメモの内容をうまく繋げて書いたので前回からほとんど間を開けずに投稿できました。
もちろん、本編の次話はまだまだ執筆中です。

リアルの方はまだ少し余裕がありますが、忙しくなっても勉強合間の休みに執筆を進めたいと思っています。
絶対に失踪だけはしないので、どうか気長に待っていただけると嬉しいです。」


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19話 添い寝、夜歩き、叫び声

翔「...もう大丈夫だ。」

電「?
  翔さん、何を言ってるのです??」

翔「いや、何でもない。...コンブは国立大学を目指すらしいぞ?」

電「それも九州大学...何気難関校目指しているのです。」

翔「まあ、私と比べたら足元にも及ばないがな。
  ────んじゃあ、」

翔・電『本編へ、どうぞ!』


 

「加賀さん?」

 

「...!

 失礼しました。一応論文は出来ましたが────」

 

「もうそろそろ寝るべきだ。こんな夜遅くまでよく頑張ってくれた。」

 

 壁掛け時計は〇一三〇を指し、日をまたいでだいぶ経ってしまったようだ。

 電はソファーでよこになって...

 

 ...

 

「加賀、大丈夫か?」

 

「...!

 失礼しました。一応論文は出来ましたが────」

 

「それはもうさっき聞いたぞ?

 ここで寝た方がいいだろう。」

 

 と言って提督は布団を出すが、一つしかない。

 いつも提督は電と寝ていると聞いたが、小柄な電なら一つの布団でも一緒に寝られるだろう。

 

「...じゃあ私は畳で寝るから、布団を使うといい。」

 

「い、いえ...提督が畳で寝るのに私だけふとんをつかうといふのは...」

 

 部下である私が提督を畳で寝かせるなど言語道断。

 かと言って私は布団でないと寝られない。

 半分機能していない頭でどうにか考えを絞り出す。

 

 ...なんだ、簡単なことだ。

 

 

 

 

「わたしとていとくで...ふとんにはいればいいじゃないですか...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────狭い。

 加賀が自室に戻ればいい話だが、半分機能していない頭ではそんな面倒な考えは浮かばなかった。

 

 (それにしても、寒いですね...)

 

 第六鎮守府からかなり北にある第七鎮守府は、春先とはいえかなり寒い。

 それも日本海側に位置しているため、きっと冬本番はとんでもない量の雪が降るだろう。

 

 (...もう、寝ていますよね?)

 

 あまり音を立てないようにもぞもぞと移動して、提督の背中に抱きついて目を閉じる。

 あぁ、暖かい。これならゆっくりと寝られそうだ。

 

 しばらくして遠くへ意識が飛んでいこうとしていると、このタイミングを見計らったかのように提督がこちらを向いて抱き寄せてきた。

 

 (て、提督?!!)

 

 ゆっくりと頭を撫でてくる。背中に回された腕は優しく、でもどこか力強くて。

 私の身体が暖かい提督に蕩けるように、意識は夢へと沈んでいく...

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 ────どうしてこうなった。

 

 何度目になるか分からない自問自答を繰り返し、目を閉じてうろ覚えの般若心経を頭の中で唱える。

 加賀を寝せようとすると、加賀から一緒に寝ようという誘いを受けた。私がコンマ二秒でいいだろう、と返事をしてしまったのが原因かしれないが、私も一人の男だ。

 こんなにも美人で大人の魅力にあふれたお姉さんから一緒に寝ようと言われて、どうして断れるだろうか────いや、断れない。

 

 一応端っこに身を寄せてはいるものの、当然なかなか眠れない。

 

 加賀はいつもこちらを窺っている、警戒心の強い艦娘だ。

 実際、医務室でも私の独り言に答えるほどよく私のことを見ているのだ。

 おそらく(もぞもぞ)私が提督として相応しいかを試し

 

 ────ぎゅむ。

 

 ...良くやった鞍馬翔。さっきのタイミングで声を出さなかったのは称賛に値する。

 どうやら背中に腕を回されてホールドされたようだ。生憎私は端で寝ているためこれ以上引くことは出来ない。

 細い腕には少し力が込められ、身体はやわらかくて暖かい。女性特有のほんのり甘い香りやら二つの核弾頭やらが、私の理性を削りにくる...

 

 ────ん?ちょっと待て。

 加賀はまだ私を提督として認めていないはずだ。

 一緒に寝たのも今背中に抱きついたのも全て私の器量をはかっているのではないか?

 

 ────いい度胸じゃないか。

 

 私の心に火がついた。

 ここまで挑発的な態度を取られては、日本男児として受けて立つしかない。こんな所で襲って憲兵さんのお世話になって一生残る傷を負うわけにはいかないのだ。

 反撃に出ようと試みた私は、身体を反転させて加賀の身体を正面から受け止める。

 どうだ加賀よ、お前の企みなど真正面から受け止め────

 

「...てぇ......と...ぅ.........?」

 

 ぐはあ────ッ!

 

 寝ぼけ眼をうっすら開けて上目遣い。いつもの心まで見透かされそうなあの鋭い目とは真反対の、庇護欲をくすぐるか弱い少女の目に私の脳は多大なダメージを受けるが、とても私を試そうとしているとは思えないことがわかった。

 

 ────いや、騙されるな鞍馬翔ッ!これは演技、私を籠絡しようという罠なのだ。

 

 理性を保つ為にそっと頭を撫でて顔を下に向け、しばらく待つ。

 程なくして、規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

「────電、来てもいいぞ?」

 

「バレてたのです...」

 

 むくりと電がソファーから身体を起こす。

 加賀を襲う前についていた最大のタガ、それは電が起きていたことだ。

 

 電は翔が居なければ寝られない。

 翔もまた、電が居なければ寝られない。

 

「よいしょっと...」

 

 電がソファーから這い出て、手探りで翔の背中にしがみつく。声を頼りに這い寄ってきたようだ。

 

「次は、怒るのですよ。」

 

「後にも先にも、これが最後さ。」

 ...おやすみ、電。」

 

「...おやすみなのです、翔さん。」

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 毛布と枕を両手に抱えて、ぺたぺたと廊下を歩く。

 ホテルのように洒落ている壁のライトは省電力設定で、暖色の光を優しく放っている。

 

「...もう、一人は怖いよ。」

 

 漂流している間、いつ深海棲艦に襲われてもおかしくない中燃料は尽き、防水性に優れた艦砲弾薬ですら、身体が半分沈んでいる状態が続いていたからか濡れて撃てなくなっていた。...まあ、濡れていなくても数発分しか残っていなかったが。

 

「...一人は辛いよ。」

 

 ずっと、一つも武器も通信も無くただ海面を漂う日々。ノイズしか聞こえない無線機に声を吹き込んでいたが、それももう疲れて出来なくなった。

 

「...一人は冷えるよ。」

 

 “寝る”。これが、彼女の至った境地だった。艤装展開時は体温がいくら下がっても死ぬ事は無い。ひたすら寝る。寝ることによって体力の消費を抑える効果もあったが、...もし、深海棲艦に見つかっても気付かぬうちに楽に死ねると思っていたのだ。

 

「...一人は、寂しいよ。」

 

 それでも、今まで仲間と暮らしていた響にとって一人ぼっちというのが、どんなに寝てもごまかせない最大の苦痛であった。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 「......」

 

 薄暗い廊下に点々と灯された光。

 窓の外は真っ暗、遠くに街の光がうっすら見える。

 行きは尿意に思考を支配されていたが、用を済ませて落ち着くとどこからか不安やら恐怖やら色んな感情が噴き出してきて、足がすくみ帰れなくなってしまった。

 

 ...だからといって、怖くてトイレに一晩中こもっていたなんてことが見つかればみんなから笑われるし、何よりレディとして相応しくない。

 

「...よし。」

 

 私は長女であり、淑女なのだ。こんな所で止まっているわけにはいかない。

 曲がり角に差し掛かった瞬間、

 

「...暁かい?」

 

 声をかけられた。

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 『ぴゃぁぁあああぁあぁああぁあ!!!!』

 

 

 

「ひっ?!」

 

 どこからか聞こえた叫び声を聞いて心臓が跳ね上がる。

 村雨お姉ちゃんと寝ているとトイレに行きたくなって、目が覚めてしまったのだ。

 

「おおおお姉ちゃん...!」

 

「...んぁ?どーしたの春雨ぇ」

 

 無理やり起こしたからか、声がふにゃふにゃしている。

 

「おばっ、お化けが!」

 

「ぁによ、お化けなんている訳ないじゃない...」

 

「じ、じゃあ...トイレに付いてきてほしいです...はい。」

 

「一人じゃ怖いのぉ?仕方ないわね...」

 

 お姉ちゃんが居るだけで、深夜特有のあの不思議な心強さが無限に湧き出てくる。

 叫び声の正体も突き止めてやろうと、意気込んで部屋を出る春雨であった。

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

「あら〜?」

 

「んあ?」

 

「さっきのは?」

 

「叫び声...に、聞こえましたが。」

 

「おいおい、まさかバレちまったとか?」

 

「だぁいじょ〜ぶだって。ほらほら摩耶ちゃん、も一杯!」

 

 アタシたち巡洋艦は、親睦会という名義で飲み会を開いていた。

 酒は北上と龍田が勝手に持ってきた。まぁ安い酒だからそこまで怒られはしないはずだし、親睦会だと言えば押し切れるだろう。

 

 ...ん?アタシたちの中に二人、戦艦が混じってるって?

 榛名は高速戦艦だけど、一応巡洋戦艦って括りなんだぜ?

 

 山城は...コイツも連れないと『やっぱり仲間はずれなのね...不幸だわ...』ってうるさいんだよ。

 まあ、暗そうなヤツだけど意外といい飲みっぷり見せてくれるし、いいじゃないか!うむ!

 

「酔いも回って火照ってきたし〜、...冷やしに行かない?」

 

「まさか...さっきの叫び声の正体を?」

 

 ────面白い。

 

 榛名は苦手そうだが、アタシは幽霊の存在は断固認めない派で、お化け屋敷やら心霊スポットは楽に行けるタイプだ。非オカルト派のアタシが聞いてしまっては、確かめずには居られない。

 

「面白そうじゃねーか!アタシも乗った!」

 

「確かに、少し歩くのもいいかもしれないですね。」

 

「えー、めんどくさいよぅ〜。」

 

「じゃあそのお酒あげるから、北上ちゃん1人でお留守番よろしくね?」

 

「やったーい!」

 

 酒を独り占めさせるだって?

 

「...(龍田、あんなこと言っていいのか?)」

 

「...(まあまあ、見てらっしゃい。)」

 

 グラスに少し残った焼酎を飲み干して、龍田が立ち上がる。

 

「それじゃあ、行きましょうか。」

 

 ぞろぞろと五人で出ていく。

 

「やったーい、お酒ひっとりっじめ〜ぃ♪

 

 

 ......置いていかないでよぉぉぉ!謝るからぁぁあ!」

 

「ほら、言ったでしょう?」

 

 ふふっ、と。

 

 龍田が悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 翌朝

 

「...さて、一人ずつ言い訳を聞こうか。」

 

 昨日は加賀と電の三人で寝ていたはずだが、朝起きると艦娘全員が執務室の畳で寝ていたのだ。

 

「私と電は言うまでもなく。加賀が一緒に寝ていたのは、遅くまで仕事を手伝ってもらって部屋に戻れそうに無かったからだ。」

 

「司令官さんの言葉は本当ですし...や、やましいことは何も起こってないから大丈夫なのです!」

 

「起こる起こらないの問題じゃないわ...」

 

 加賀は翔と抱き合った姿勢で目を覚ましてからずっと、火照って戻らない顔を両手で隠している。クールな印象が台無しのその仕草はとても...なんというか、ギャップがあってかわいい。

 

「────で、響。医務室を勝手に抜け出しちゃあダメじゃないか。」

 

 海岸で超低体温状態で見つかった響は、安定するまで病室に寝るように言っておいたはずだ。

 

「そんなこと言われても...寂しかったんだよ。

 もう、一人は嫌なんだ...」

 

 帽子を握りしめて、目をうるうるさせながら申し訳なさそうに言う。周りの目線も相まって、翔の人生において最大級の罪悪感に苛まれる。

 

「わ、わかった。今晩からは駆逐艦部屋で寝ような?」

 

 よしよしと帽子の上から頭を撫でてやる。女...それも子どもを泣かせるなど、日本男児として風上にも置けぬ失態だ。

 

「で、暁と雷。君たちは?」

 

「あたしは...トイレに行ってて、帰り道で雷に脅されてから響や春雨たちと会ったのよ。」

 

「暁ったら私が後ろから声をかけたら────」

 

「あーーーーー!わーーーーー!!」

 

 ...何やら恥ずかしいことがあったようだ。あまり詮索は

 

「────あの時の叫び声は暁ちゃんだったのね!」

 

「『ぴゃぁぁあああぁあぁああぁあ!!!!』」

 

「あはははは、北上ちゃん似ってる〜!」

 

 可哀想に...暁も加賀と同じように顔を両手で隠してぷるぷるしている。

 

「春雨と村雨はなんで出ていたんだ?」

 

「私も、トイレに行きたくて...お姉ちゃんを連れて...はい。」

 

「そうかそうか、失礼なことを聞いてしまった。」

 

 ふむふむ。ここまでは納得できる。

 

「問題はお前らだ。酒臭いぞ。」

 

「鈴谷たちには風当たり強いぞーロリコン提督!」

 

「高い酒ばかり開けたヤツの態度か...!」

 

「まあまあ、私たちも暁ちゃんの声を聞いて執務室に行ったら、みんな仲良く寝てたからご一緒させてもらっただけよ。」

 

 山城が弁解する。まあ、どうせ風に当たろうと歩いていた途中で気分が悪くなって近くにあった執務室で寝た、といったところだろう。

 

「とりあえず、ある程度の酒や食糧なら買ってきてやるから、勝手に飲み食いしないよう頼むぞ。」

 

 『はーい』

 

「じゃあ、今日はこの表を参考に遠征・訓練をしてくれ。訓練内容は君たちに任せる。加賀はこの地図の場所を参考に弓道場を借りて練習してくれ。

 

 ...じゃあ、解散!」

 

 ────護送任務まであと九日。

 

 

 




後書き・龍田

「ここまで読んでくれた読者の皆さん、ありがとうございます。

今回のお話はどうだったかしら〜?
次回の投稿はかなり遅くなってしまうみたいだけど、気長に待っててくれると嬉しいわ♪」

...ん?   ま て な い の?

───そう、私の聞き間違いだったみたいね。

次回、サブタイトル予想は秘密♡

コンブさんの話だと、近々私が出るんだとか...
お楽しみにね〜♪」


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20話 響のいる日常

翔「読者の皆さん、待たせたな。」

電「案外早めに投稿できたのです!」

翔「また次回投稿も遅れるそうだ。」

電「読者の皆さんにはご迷惑かけますが、どうか待っていただけると嬉しいのです。それでは────」

翔・電『本編へ、どうぞ!』



 

 

 

 私たちは遠征任務ということで支度をして、海に出た。レーダーから頭に送られてくる情報を読んで、隊列行動を乱さないようにしつつ海を駆ける。

 

「さっさと帰らないと...怒られない?」

 

「大丈夫なのです。今日の予定表にもあったように、たとえ今から雑談しながらゆっくり行って帰っても司令官さんは怒らないのです。」

 

 第六鎮守府のあの司令官なら、さっさと帰らせて次の遠征に飛ばすだろう。

 

「────ところで電、あなた本当は目が見えるんじゃないの?」

 

「いえ、見えないですが...艤装のおかげである程度は見えますし、目が使えなくてもほかの感覚を鋭くすれば大丈夫なのです。」

 

「でも、それだけじゃないだろう?」

 

「まあ、インカムで翔さんと繋がっているからある程度は安心できるのです。」

 

 普段は何も指示は来ないが、こちらから二回小突くと翔が出てくれる。

 

「そろそろ目的地なのです。」

 

 島に着いて陸地にあがり、妖精たちを建物に向かわせる。

 しばらくすると鋼材やら燃料やらを持ってきてくれた。

 建物の中に何があるのか誰ひとりとして知らないが、妖精さん曰く

 

 おねーさん!

 へーわしゅぎー!

 おっとりー!

 

 ...おっとりした平和主義のお姉さんがいるらしい。この辺りはまだ安全だが、深海棲艦がうようよしている海に浮かぶ無人島にどうやって生きているのだろうか。まったくもって不思議である。

 

 ちなみに電が軍学校に通ってたくらい昔は、耳あてをしたグータラメガネがいることもあったのだという。...当番制なのだろうか。

 

 帰り道は響お姉ちゃんのウラジオストクでの生活を聞きながら帰港。

 

「────遠征から戻ったのです!」

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 ────バンっ!!

 

「ただいま司令官!」

「帰ったよ。」

 

 ドスドスっ!

 

「ぐはァッ!」

 

 勢いよく扉が開いたかと思えば、雷と響が魚雷のように突っ込んできた。

 ...私の鳩尾は大破した。

 

「お、おお...おかえり。雷、響。」

 

 息絶えだえに二人を撫でてやると雷は犬のように喜び、響は無表情だが少し目を細めて気持ち良さそうにしている。

 

「全く...そんなのじゃ立派なレディーにはなれないわよ。」

 

 遅れて暁が電を連れてやってくる。

 

「よしよしおかえり暁。電を連れてきてやっていたんだな流石は長女だないいこいいこよーしよし。」

 

 すぐに鳩尾の痛みから立ち直って暁も撫でてやる。...四人とも身長はほぼ同じなのだが、なんというか暁が一番撫でやすいのだ。

 

「頭を撫でないで!子ども扱いしないでくれる!?」

 

「...と言いつつ素直に撫でられてるのです。」

 

 そんな茶番を一歩離れた所からニコニコ見つめる龍田。

 

「うふふっ...」

 

「ほら、龍田さんも...」

 

 調子に乗って彼女にも手を広げて構えると、ニッコリと微笑んで一言。

 

 

 

 

「その腕...落とされたいんですか?」

 

 

 

 

「────スイマセン調子乗りましたァッ!」

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡る。

 

「ここ、ですか...」

 

 地図を頼りに歩いていると道場に着いた。

 ぱっと見た感じ公民館に見えるが、奥に弓道場があるのがわかる。

 

 私...加賀は受付で手続きを済ませて弓を取り出し、弦を張る。

 

 ちなみに艤装として扱っていない弓の重さは21キロ。

 弓における『重さ』とは弓本体の重さではなく、弦を引き込む時に必要な力の強さである。

 人間の成人男性は平均17〜18キロ辺りの弓を引くのが一般的であり、女性が21キロの弓を引くのはとても珍しいらしい。

 しかし私は艦娘。守るべきもののため、心身の鍛錬に気を抜くわけにはいかない。

 ちなみに艤装展開時は数百キロの弓を引く。私自身も、艤装の弓がどういう構造で出来ているのかは知らないが、よく耐えているものだ。

 

 四本の矢を矢筒から取り出して、的前に立つ。

 

 筈を弦に掛けて“物見”を入れる。ゆっくりと腕をあげて“打ち起こし”、手首を返して“大三”、胸を開くようにしながら肘を下ろしてくる“引き分け”、その姿勢をしばらく保つ“会”、肘を支点に“離れ”。

 

 ────パン!

 

 強く張られた霞的の正鵠...中心の白い円の内側に(あた)る。

 

 弦音よし、矢飛びよし、弓返りよし。

 

 ...今日は調子が良いわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 四射(一立ち)を終えた。

 一応おじいさんおばあさんが居るので、順番待ちの間に一息つく。

 

「あんた...なかなかいい腕しているじゃぁないの。」

 

「どっかの学生さんかえ?」

 

「あら、べっぴんさんじゃない!」

 

 ぼんやりとしていると、おばあさん軍団に囲まれてしまった。

 

 ...正直、面倒だ。

 

 道場の中では基本静かにしなければならないが、どうやらご老人たちは平日の昼からここに来るくらいに暇らしい。おそらくここの弓道場の持ち主で、学生の昇級・昇段試験に二〜四千円近く払わせて季節ごとに何十万か収入を得て、年金も合わせぬくぬく暮らしているご老人なのだろう。私は艦娘だが、弓道に関しては妙に詳しいのだ。

 

「いえ、私は艦娘としてここに練習を────」

 

 言おうとして、ハッとする。

 艦娘を人間が嫌っているこのご時世、自分から艦娘を名乗るなどすればこの道場から追い出されるかもしれない。どうすれば...

 

「あんたぁ、まさか第七鎮守府の艦娘さんかぇ?」

 

「...はい。」

 

「あらまァ!あんたここまで逃げてきたんか!」

 

 おおぉ...とおじいさん軍団もやって来る。

 

「うちに来なさい。いくらでも匿ってあげるよ?」

 

「おまいみたいなスケベジジイなんかにやるわけにゃあいかんわい。

 やい節子や、確か家を出たケンジの布団やらが押し入れにあるじゃろ?それを────」

 

 なにやらおかしな方向に話が進んでいる。

 

「あの、私は────」

 

「あんたもあの鎮守府で酷い扱いさ、受けたんだろう?」

 

「...いえ、第七鎮守府の提督は変わりました。」

 

『?!』

 

 まだこのご老人達は知らなかったようだ。これを機に...

 

「...皆さんがご存知の通り、第七鎮守府の前任は私たちを道具として扱っていました。

 ですが、大本営に連行されて四月から新しい提督がやってきました。」

 

 実際第七鎮守府に来たのは数日前なのでほとんど知らないのだが、適当に言っておけば大丈夫だろう。

 

「そ、その新しい提督はどうなんじゃ??」

 

 一人、おじいさんが聞いてくる。

 

「少なくとも自由に鎮守府の外へ出してもらえますし、休みも出してくれるので...普通の鎮守府よりも待遇は良いと思いますよ。」

 

 すると一瞬おじいさんは驚いたような顔をして...優しく微笑んで、

 

「...自然にこんな笑顔出来ンなら、この娘は嘘ついてねェだ。」

 

 少し驚いて自分の顔をぺたぺたと触る。

 私は表情を作るのが苦手なのだが、第七鎮守府のことを思い浮かべると自然な笑顔を見せることができたようだ。

 

 周りのおじいさんおばあさんも「んだんだ」「違いねぇ」と納得してくれる。

 

「んにしてもよォ、こんなかわいい娘をモノ扱いばするなんてぇちゃんちゃらおかしいたぁ思わんか?」

 

「ほんと、うちの娘にもらいたいわぁ。」

 

「あ、あの...」

 

「そういえばあんたんとこの────」

 

 お年寄り特有の変な方向へのヒートアップ。ここはこっそりと退散しよう。

 

「あ、ありがとうございました。」

 

 小さく礼をして、道場を後にしたのであった。

 

 しかし練習はあまり出来なかったとはいえ、艦娘に優しい人間が提督以外にも居たということは加賀にとって大きな発見であった。

 

 

 ...

 

 

「自然な笑顔、ですか...」

 

 第六鎮守府からの仲間、第七鎮守府で新しく出会った仲間、かわいい駆逐艦たちを思い出す。そして...

 

「あの人のおかげ、ですね。」

 

 提督と電の顔を思い浮かべるのであった。

 

 




後書き...とでも思ったか!

私、コンブの紹介がないです。というご意見頂いたので、最後に載せておきました。


ここまで読んでいただいた読者の皆さん、ありがとうございます。次回もまた遅くなりそうですが、間に軽く短編を挟めたらと思っています。
よろしければこのあとの作者自己紹介にもお付き合い下さい。『ンなもん興味ねーよバーカ!』という方は遠慮なくブラウザバックして下さいm(*_ _)m

では、どうぞ...




“作者”コンブ伯爵

味噌汁よりもお吸い物派、一番気に入っているゲームは“艦これ”。
言わずと知れたこの物語の作者。
シイタケ侯爵とは同盟関係を結んでおり、カツオ辺境伯・イリコ男爵とは犬猿の仲。
また本人曰く、自称廃ゲーマー。
スマホゲームはゲームではないという害悪懐古思想を持っていて、最近の若者の据え置きゲーム離れが悩みの種。

小五から付き合っていた彼女が高一で病死、以後不全レベルで3次元の女の子に性的興味が無くなり、ラノベ・ゲームにのめり込む。生前彼女が艦これを勧めてきたのを思い出してやってみるとどハマり、小説投稿に至る。
翔くんが女の子に欲情しない設定と在りし日の電はこの作者の経験からきている。
後々このままでは彼女も浮かばれないと考えゲームをやめて勉強に没頭、高一の三学期で校内最底辺級の学力を高三の一学期で9位にまで上げる(自慢)。


...次回投稿のお話は、シリアス100%です。


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裏話 あなたが手を引いてくれたから。

※この話に、翔くんたちは出てきません。

※このお話を読まなくても、本編は楽しめます。

※基本主人公の一人称視点で進みます。

※いつもより改行多めです。

※ゆっくりと、時間を掛けて読んで頂くことを
おすすめします。

※それでもよろしければ、お楽しみください。


 

 

 

 

 

 

────これは、ある小説の元となったお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────ノンフィクション、現実にあったお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────たった五年間の、儚い恋物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『あなたが手を引いてくれたから。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は小五の頃、おばあちゃんが病気で入院していて、親とよくお見舞いに行っていました。

 

 

『今日は一人で行ってみなさい?小学五年生になったんだし。』 

 

 

 母親に言われた私は、バスで病院まで行きました。いつも親と行っていたのでどこで降りるかは覚えていました。

 

 

 しかし、私はあることを忘れていました。

 

 

 部屋番号です。

 

 

 『この辺りかな?』

 

 

 勘で扉を開くと、そこには可愛い女の子がゲームをしていました。

 

 

 窓から吹く風が、女の子のDSのストラップを揺らしていました。

 

 

 ...彼女のDSから、聞き覚えのある音が聞こえました。マリオカートです。

 

 

 私はバッグからDSを取り出して、

 

 

 

 『通信対戦しよーぜ?』

 

 

 

 この一言が、始まりでした。

 

 

 二、三戦楽しんだ私は、当初の目的を思い出しました。

 

 

 『おばあちゃんのおみまいに行かなきゃ。

 

 でも、部屋がわからない。』

 

 

 『なら、私といっしょにさがそ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『今日はありがとう。』

 

 

 『私も楽しかったよ。また会えたらいいね。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日。

 

 

 私は親には遊びに行くと伝えて、バスで病院に行きました。

 

 

 『あれ?また部屋間違えちゃった。』

 

 

 『あはは。せっかくだから、また対戦しようよ!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またある日。

 

 『今日はおみやげがあるぜ!』

 

 

 私はがさがさと、ビニール袋から駄菓子を取り出しました。

 

 少ないお小遣いから、初めて人のために自腹を切りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またある日。

 

 『最近飽きてきたね〜。』

 

 

 『んじゃあ、散歩でもしよー?』

 

 

 『でも、勝手に出ていっちゃダメって...』

 

 

 『病院から出なけりゃ大丈夫だって!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 またある日。

 

 『今日は外出許可でたよ!』

 

 

 『ファミマ行こファミマ!』

 

 

 ぶちっ。

 

 

 

 『はい、お前の分』

 

 

 『ありがとう!』

 

 

 外に出る時はパピコを分けて、近くの公園のブランコで駄弁るのが定番でした。

 

 ちなみに二人とも、蓋のあれまで綺麗に食べてました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 中一、春。

 

 『母さん、おれ...母さんのこと騙してた。ごめんなさい。』

 

 

 彼女の病院に通って19時まで帰らなくなって、とうとう親から言及されました。

 

 私は彼女との出会いから全て正直に話しました。

 

 

 『はぁ...やっと言ってくれた。』

 

 

 『え?』

 

 

 『病院の女の子でしょ?

 

 1回あんたの後をつけて行ったら病院なんかに入ってさ。

 

 早く正直に言ってたらバス代くらい出してあげてたのに。』

 

 

 『......っ!

 母さん!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『へー!ここが君のお家か〜!』

 

 

 親に打ち明けてから、彼女の親とも話をつけて家につれてきたりしました。

 

 またある日は、彼女の家に行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 土日のほとんどを病室で暮らしているうちに、

 

 

 『行くぞぉ?』

 

 

 彼女にビニール袋から野菜ジュースの紙パックを投げ渡し、ついでに電子レンジでハンバーガーをあたためます。

 彼女は後ろ手で受け取って、冷蔵庫からウィダーインゼリーを開封。

 ひと口飲んでフタを閉め、私に投げ渡してきました。

 お返しと言わんばかりに私はあたため終えたハンバーガーをひと口もらって、包み直してから彼女に投げ渡します。

 

 そのうち交わし飲み食いやら、例えではなく、おそらく本物の以心伝心で彼女と繋がっていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中三上がりたての春。

 

 丁度彼女と出逢って四年目の記念日。

 

 

 『大事な話があるんだけど...』

 

 

 『なになに?』

 

 

 『その...付き合ってくれねーか?』

 

 

 『ファミマ?ゲーセン?』

 

 

 『ち、ちげーよ!』

 

 

 『あはは、冗談じょうだん。

 

 その、私でよければ...おっ、お願いします...あうぅ...』

 

 

 こうして彼女と正式にお付き合いすることになりました。

 

 

 『......えいっ!』

 

 

 ぎゅっ、と私に抱きついてきました。

 

 私は一瞬戸惑いましたが、正面から抱きしめ返してやりました。

 

 思えば、生きてて初めて人を抱きしめた瞬間でした。

 

 

 この暖かさは、二度と離したくないと感じました。

 

 

 彼女は確かにゲーマーですが、私と同類で話も合いますし、めちゃくちゃ美人で可愛らしく(思い出補正とか抜きで。外出日に都会へ出歩いたら読者モデル勧誘を受けたほど)、性格も全く裏表の無い正直な女の子...

 

 

 私には勿体ないくらいにいい彼女でした。

 

 

 私は学校では陰キャラだったので、土日遊ぶ友達は当然居ません。

 

 

 彼女と遊園地に行ったり、もうこれ以上ない中学生活を過ごしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな幸せな日々は、いつか終わるもので。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正式に付き合い始めて八ヵ月、中三の冬のこと。

 

 

 彼女の容態が急変しました。

 

 

 高校受験勉強に励んでいた私は、病院へ飛んで行きました。

 

 

 どうやら彼女はずっと無理していたようで、それに気付くことが出来なかった私自身に対する自責の念がこみ上げました。

 

 

 しかし私が彼女にしてあげられることは...

 

 

 

 

 

 

 祈る、それだけでした。

 

 

 

 

 

 

 後に、春...私が受験を終えた春に大手術が予定されました。

 

 

 私は動揺しつつも受験を終えて、見事合格しました。

 

 

 でも、そんなことは当時の私にとって、路傍の石のようなものでした。

 

 

 手術の前日、私は彼女と一対一で話す機会を貰えました。

 

 

 部屋に入ると、消灯時間過ぎていたので電気は全て消され、彼女は窓から夜空を眺めていました。

 

 

 普通家族と過ごすべきなのに、

 

 

 

 『君も立派な家族だよ?』

 

 

 

 と、私に微笑みかけてくれました。

 

 

 『あっ、私の夫なんだから“君”じゃなくて、“あなた”って呼ばせてもらうね。』

 

 

 『じゃあおれも、“おまえ”って呼ぶからな?』

 

 

 『それはちょっと...恥ずかしいかな。』

 

 

 えへへ、と顔を見せずに微笑む彼女。

 本当に容態が酷いのかと疑いたくなるくらいに、日常のひとコマを切り取ったような平常運転でした。

 

 

 ...その言葉から、しばらくの静寂が続きました。

 

 

 何かを察した私はそっと手を握ると、彼女はその手を太ももの上に乗せました。

 

 

『明日、手術────』

 

 

 私の声に被せるように、彼女。

 

 

 

『────私は...幸せだった。

 

 

 病院って檻の中にいた、ひとりぼっちの私を、君が引っ張り出してくれた。

 

 

 さいごまで、私の手を握ってくれて、私の傍にいてくれた、誰よりも優しい君がいたから...

 

 

 私はいつだって、独りじゃないって、信じてこれた。

 

 

 君が...

 

 ────いや、』

 

 

 彼女は私に向き直りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『────あなたが手を、引いてくれたから。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は、泣いていました。

 

 

 これ以上にないくらいに幸せそうに、泣いていました。

 

 

 呆然と私は、『最後なんかじゃない』とか、『これからも二人一緒だ』とか呟いていました。

 

 

 月と街灯の灯りに照らされた彼女のシルエットが、微かに震えています。

 

 

『もう、大丈夫だよ。

 

 私、幸せ過ぎた。

 

 もし、次生まれてくる時は────』

 

 

 

 

 私はその幸せそうな泣き顔が、暗い病室を照らす命の灯火の最期の輝きに見えて。

 

 

 

 『────やめろ!!』

 

 

 

 私は彼女の手を払って、言葉を最後まで聞かずに病院から出ていきました。

 

 

 感覚と言うか、以心伝心と言うか...

 

 わかってしまったんです。

 

 

 

 もう彼女は助からないって。

 

 

 

 そのまま走って親の待つ車に乗って、ずっと泣いていました。

 

 

 親は何も言わずに、家まで運んでくれました。

 

 

 私は、さいごのさいごで彼女の手を離してしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5日後。

 

 

 

 手術が終わる日。

 

 

 

 私はあの夜のことを謝ろうと思いながら車に乗り込みました。

 

 

 運転する親が歯を食いしばって目を赤くしている気がしましたが、彼女の事で頭が一杯の私は気にも止めませんでした。

 

 

 

 彼女は生きている。

 

 

 

 一縷の希望を見出したのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 布が被せられていました。

 

 

 彼女の両親、兄も、涙を流して立っていました。

 

 

 彼女の病状を観察し、寄り添っていた医者も涙を流して立っていました。

 

 

 私たち二人を生暖かい目で見守っていた、おばさんの看護師さんも涙を流して立っていました。

 

 

 私たちの恋の進捗を井戸端会議の題材にしていた、看護師のお姉さんも涙を流して立っていました。

 

 

 誰かわからないけど押しのけて布を投げ捨て、何度も彼女の名前を呼びました。

 

 

 『おい!』

 

 

 私の父親がなにか言ってる気がしましたが、自分の声で聞こえませんでした。

 

 

 何度名前を読んでもどんなに揺すっても、その目が開くことはありませんでした。

 

 

 ぽっかりと心に穴が空いた気がしました。

 

 

 私が彼女の手を引いていたのではなく、彼女が私の手を引いてくれていたことに気づきました。

 

 

 ────とんとん。

 

 

 声が枯れきってへたりこんだ私の肩を、彼女の兄が叩いてきました。

 

 

 

 『ぁ......?』

 

 

 

 向くと、見覚えのあるストラップ...

 

 

 

 彼女がDSに付けていたストラップを、私に差し出していました。

 

 

『君に...っ、渡してっ...くれと、...言っていたぁっ。

 

 “あの日”をっ、思い出して...っ、と、言ってっ、ぃた...っぐ。』

 

 

 『ぁ......ぅぁあ......っ!』

 

 

 

 

 

 

 

 そのストラップを手に取った私は、ふかくてくらい、そこのないくらやみへおちていきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、そこは病室でした。

 

 

 『......』

 

 

 医者の話ではショックで気を失っていたらしいです。

 

 

 『......』

 

 

 いくつかの健康診断を受けた私は何事もなく退院しました。

 

 

 『......』

 

 

 退院して、家への帰路でファミマに寄りました。

 

 

 『......』

 

 

 エッチな雑誌の表紙が見えました。

 

 

 『......』

 

 

 トイレで胃液を全て戻しました。

 

 

 『......』

 

 

 葬式には出ませんでした。

 

 

 『......』

 

 

 家に着いた私は自分の部屋に引きこもって、ひたすらゲームをしました。

 

 

 『......』

 

 

 親から言われて、学校には通いました。

 

 

 『......』

 

 

 学校では心に“仮面”を被せて過ごしました。

 

 

 『......』

 

 

 おそらくみんな、元から少ない口数が減った、くらいにしか思っていないはずです。

 

 

 『......』

 

 

 家ではひたすらゲーム。

 夜ご飯は、ドアの前に置かれていました。

 

 

 『......』

 

 

 一度、親は無理矢理私を部屋から引きずり出しました。

 

 

 『......』

 

 

 でも、私の顔を見ると黙って、見逃しました。

 

 

 『......』

 

 

 今日もゲーム。

 

 

 『......』

 

 

 学校で一学期末テストがありました。

 

 

 『......』

 

 

 成績は底辺から片手の指で足りるくらいでした。

 

 

 『......』

 

 

 今夜の夕飯はカレー。

 

 

 『......』

 

 

 スプーンを持ち上げると、

 

 

 

 

 からん。

 

 

 

 

 何かがスプーンから落ちました。

 

 

 『......んぁ?』

 

 

 拾い上げると、あのストラップでした。

 

 

 『......』

 

 

 カレーを貪りました。

 

 

 『......』

 

 ペットボトルに1リットル以上入っていた麦茶を一気に飲み干しました。

 

 

 『......』

 

 

 彼女との日々を思い出しました。

 

 

 『......』

 

 

 『......』

 

 

 『......』

 

 

 『......』

 

 

 『......』

 

 

 『......』

 

 

 おおよそ五年間の記憶をゆっくりと、半日かけて思い出しました。

 

 

 『......』

 

 

 最後に、最初の“あの日”と、“さいごの日”を思い出しました。

 

 

 『......』

 

 

 今の自分を見ました。

 

 

 『......』

 

 

 彼女がいたら、と考えました。

 

 

 『......』

 

 

 私はストラップの紐を取って、ネックレスにしました。

 

 

 『......』

 

 

 私は扉を開けました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日を境に、私は今までの遅れを取り戻すべく猛勉強を始めました。

 

 

 中学校三年間で習った国数理社英五科目を、高一のひと夏で終わらせました。

 

 

 底辺を舐めていた成績は反比例のグラフのように、馬鹿みたいに伸びていきました。

 

 

 落第寸前から国立大学を狙えるようにまで上り詰めた私は、彼女との記憶を何かのカタチでのこそうと思いました。

 

 

 

 ────そうだ

 

 

 ────小説を書こう

 

 

 ────主人公は私、ヒロインは彼女。

 

 

 ────もしも彼女が生き返ったら...

 

 

 ────いや、彼女の第2の人生を書いてみよう

 

 

 ────少し失礼かも知れないけど、ね。

 

 

 ────彼女が勧めてくれた“艦これ”の世界で

 

 

 ────敢えて反対の、か弱い娘を使おう。

 

 

 ────人生は何が起こるかわからない。

 

 

 ────書き貯めは無しだ

 

 

 ────昨日のアイデアが今日消える。

 

 

 ────昨日なかったものが、今日生まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────一つの小説が、生まれました。

 








ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


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21話 仕事が少ない昼下がり

翔「『裏話』にてたくさんの感想を頂いたぞ。」

電「本当に、ありがとうございます!」

翔「コンブ曰く、『私の昔話で、少しでも読者さんの心を動かせたなら作者としてこれ以上嬉しいことは無い』と言っていたな。」

電「明日、次話投稿するのです!やる気がみなぎっているのです!」フンスッ

翔・電『それでは...本編へ、どうぞ。』


 

 

 

 

 また時は少し遡る。

 

 執務室の窓から巡洋・戦艦訓練の様子が見える。

 ...見た感じ上手くやっているようだ。

 

 

 

 ...久しぶりの、一人だ。

 

 

 

 常に電が私の隣にいるのだが、今は遠征に行っている。

 

 

 

「......」

 

 ガサゴソと引き出しから『PS Bita』を取り出す。

 

 友達が居ないということからまあ予想はつくと思うが、私はかなりゲームを嗜んでいる。

 

 現代は『スマホゲーム』なる携帯電話のゲームアプリを『ゲーム』と呼ぶ人間が蔓延っているらしいが、私はスマホゲームを認めない派だ。

 

 そもそもゲームとは、据え置きゲーム機...もしくは携帯ゲーム機こそがゲームであり、スマホだろうが所詮は『電話』。

 

 そんな『電話』に付いているゲームなど、ゲームの名を語ったデータの塊に過ぎない。実際翔もスマホを所持していて、有名な『パズル&モンスターズ』やら『ドラゴンストライク』なるスマホゲームはプレイしたが、どれもガチャで強キャラを手に入れなければ進めることはできない。

 

 いや、もはや『進める』という概念が無いのだ。

 

 スマホゲームには『ストーリー』が全く無い。ただ運営の出した難関ステージをガチャの強キャラでクリアするのみ。

 クリアしても話は進まず、ただ単なる小さな達成感しか生まれない。

 

 対して『DQ(ドラキュラクエスト)』はどうだ。あれほどまでに感動できるストーリーはなかなか無い。

 

『アナザーエディン』という、『DQ』と同じ会社の作った他プレイヤーとの干渉のない完璧なロールプレイングスマホゲームを勧められたことがあるが、そんなスマホゲーム作るなら据え置きゲームで作ればいい話ではないか?!

 

 更に言えば現代人に『ギルガメッシュと言えば?』と聞いても、『え?fates(フェイツ)の?』としか帰ってこない。

 

 普通ギルガメッシュといえば『ビッグブリッヂの死闘』か『FF(ファイナル・ファンタジア)V』だろ?

 いや、『XⅡ』のピアノも捨てがたいな...

 資金に余裕ができてきたらテレビゲームを執務室に設けてもいいかもしれない。

 

 

 

 

 ...とりあえず、翔はスマホゲームが大嫌いなのだ。

 

 

 

 

 ちなみに最近は巨大生物の大軍から地球を防衛する軍のゲームにハマっている。

 その絶望的...『inferno』な難易度がコアなファンからの定評を受け、何かと長生きしている隠れた名作なのだ。

 

 

 

 ────ガチャ

 

 

 

「司令官さん、掃除終わっ...」

 

「何か隠した?」

 

「ご苦労さま。...何かあったのか?」

 

 改装したてだが、掃除を頼んでいた村雨春雨が執務室に入ってくる。

 何か聞いてきたが思い切りすっとぼける。司令官として執務中にゲームをしているのがバレれば、信頼に響くはずだ。

 

「とぼけないで下さい〜!何か隠したのは分かってるんですよ?」

 

「ほらほら、ちょっと見せてよ〜っ」

 

 二人が無理やり私の懐をまさぐってくる。

 

 ガサゴソガサゴソ...

 

「おわっ!」

 

 からんからーん。

 

「「...えっ?」」

 

 懐から万能ナイフが落ちる。これ一つでドライバー、“きり”、六角回しその他もろもろが付いているスグレモノだ。

 

「きっ、気を取り直してー!」

 

 ガサゴソガサゴソ...

 

「おわっ!」

 

 かんっ、ころころ...

 

「「...えっ?」」

 

 落ちたのはラムネの瓶に入っているビー玉...正式名称は“エー玉”。

 ほら、みんなも祭りでついつい取り出して、水で洗ってそのままポケットに入れたままズボン洗濯してお母さんから怒られる事とかあるだろぅ?

 

「────そうだ、こいつを隠していたんだ。」

 

「司令官...?」

 

「君たちにも一本やるから、私がいい年こいてラムネのビー玉持ってるなんてバラすんじゃないぞ?」

 

「「やったーい!」」

 

 なんとか誤魔化すことができた。...純粋な子たちで良かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一七〇〇、夕方。

 

 畳で壁にもたれて座る私の膝の上には電、隣には暁が座り、響は龍田に懐いたようで、執務椅子に一緒に座っている。

 響は無表情で感情が掴みにくいが、ちゃんと見ていると楽しそうなのがわかる。

 榛名の腕で雷は眠り、村雨は加賀に肩車されている。

 加賀も無表情だが、こちらもよく見れば感情は読める。

 

 そわそわと村雨が痒そうに太ももを動かす。

 

 太ももに挟まれた加賀から村雨への真っ赤な愛情が溢れ出す。...主に鼻から。

 

「かっ、加賀さん?!ティッシュティッシュ!」

 

 鈴谷が援護に回る。ノリの軽い娘だがこういう所で一番に動いてくれるのだ。

 摩耶と山城は畳で横になって寝ている。訓練で疲れたのだろう。

 

「ふっ、よく駆逐艦の相手なんか出来るね〜。」

 

 ソファーの上で寝っ転がりながら北上がボソりとつぶやく。

 彼女は訓練が終わって一番に、執務室のソファーを早い者勝ちと言わんばかりに陣取ったのだ。

 この前の演習や今日の訓練にしろ、必要最低限の動きしかせず見た感じやる気があまり感じられないが、窓から見えた全く無駄がない砲弾・魚雷装填技術には目を見張るものがある。

 

「......」

 

 そんな北上を眠そうな目でじっと見る春雨。

 

「...どしたのー?じっと見つめられても何も始まらないよー?」

 

 すると春雨は、し、失礼しますぅ...と声にならない言葉を発して北上に倒れ込む。

 

「えっちょ」

 

「zzz...」

 

 完全に寝てしまった。

 

「ちょっとー、狭いんだけどー?

 ────って聞いちゃいないよこれ...」

 

 不機嫌そうにしていたが、その寝顔を見つめている北上の顔はだんだんと柔らかくなり、

 

「......ま、たまにはいいかな。」

 

 と呟いて、春雨の髪を優しい手つきで梳いてやる。

 

 

 

 『.....(ニヤニヤ)』

 

 

 

「?!!

 な、なに見てるのさー!」

 

 私含むこの場で起きている全員が、生暖か〜〜〜い目で見ていた。

 

「み、見ないで!私を見ないで〜〜!」

 

 逃げようにも春雨からがっちりホールドされているし、何より心優しい北上は気持ちよさげに寝ている春雨を無理やりどけられるわけない。

 

 「「「「「「「(ニヤニヤ)」」」」」」」

 

 結局晩ご飯までずっと視線攻撃は続き、この日から春雨は妙に北上に懐くのであった。

 

 

 ...余談だか、その晩に洗濯機からガララララ...と異音がするので開いてみると、“エー玉”がふたつ入っていた。

 

 

 




後書き・雷

「ここまで読んでくれた読者の皆さま、ありがとうございます!

今回は司令官のゲーム話で半分ぐらい埋まっちゃったけど、次回は明日投稿する予定よ!
なんでも裏話でたくさんの感想をもらって、やる気が出たみたいなの!

本当に、ありがとうございますm(*_ _)m

という訳で...

次回・サブタイトル予想『響護送作戦』。



渦潮やトラブルに巻き込まれなきゃいいけど...」


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22話 響護送作戦

翔「今回の後書きは作者がジャックしたようだ。」

電「ちょっと日間ランキングに載った程度で調子に乗っているのです!」

翔「相変わらず手厳しいなw

────それでは、」

翔・電「本編へ、どうぞ。」



 日は流れて護送作戦当日。

 

「これが私の初めての作戦行動だ。私も全力でサポートするが、どうか生きて帰ってきてくれ...!」

 

「もちろんなのです!」

「まっかせなさーい!」

「私の活躍、見ていてね!」

「うふふふ...」

 

 うむ、士気は十分のようだ。

 

「提督...」

 

「どうした?響。」

 

「ここにいた数日間、楽しかったよ。ありがとう。」

 

「楽しかったのは私たちもだ。貴重な話、情報...ありがとう。」

 

 そして響は少しもじもじしながら、憲兵さんに向き直る。

 

「憲兵さん、その...助けてくれてありがとう。ろくなお礼もしてないのに会えなくなるなんて...寂しいよ。

 その...君の背中は、暖かった。」

 

「いやいや、また寂しくなったらここに来てくれ。...きっと提督も喜んで迎えてくれるさ。」

 

「...うん!」

 

 最後にぽんぽん、と帽子の上から響の頭を撫でて憲兵さんは下がる。

 

「よし、じゃあ...行ってこい!」

 

 『了解っ!』

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 ビーッビーッ!ビーッビーッ!

 

 

 

「な、なんだ?!」

 

 この音は...救援信号をキャッチした時の音である。

 

「ここから結構近い...深海棲艦に襲われてるのかも、提督!」

 

「あぁ、言われずとも!」

 

 紳士のティータイムを邪魔された恨み、響の仇...

 私は近海警備を任せていた駆逐艦四艦編成の遠征部隊に速攻でポイントへ向かわせ、戦艦・空母含む第一艦隊を後から援護に向かわせた。

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

「この辺...なのです?」

 

 あれから一度も会敵すること無く、目的地に着いてしまった。

 なんだか不自然な気もするが、今は自分たちの運が良かったということにしておく。

 

「もう信号は出したから大丈夫よ!きっと来てくれるわ!」

 

 司令官から指示されたポイントで救援信号と発煙弾を撃って、待つこと15分。

 

「『おーい!』」

 

「あ、あれは...『輸送部隊のみんな!おーい!!』」

 

 突然響がロシア語で叫ぶ。

 

「『心配したんだよ響!

 ...その人たちは、艦娘??』」

 

「『そうだよ。日本の私の姉妹と軽巡洋艦の姉さんさ。』」

 

 ぽかーんとしていたが、翔にインカムを二回小突いて合流したことを報告。

 

 その後ウラジオストクの鎮守府に招待され、翔から預かっていた資料などを交換。

 美味しいお菓子を貰ったり燃料を補給してもらったり、さらには近海まで見送ってもらって難なく帰投。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 日本の軽巡洋艦と駆逐艦たちを見送って、響を呼び出す。

 

「『響、向こうで何もされなかったか?変に触られたりしなかったか?』」

 

「『まあまあ提督、君は過保護すぎるよ。漂流している間は寂しかったけど...それを埋めても有り余るくらいに楽しい生活だったよ。』」

 

「『ハハハ...これは日本に貸しが出来てしまった。

 また会えるならご馳走を用意しないと、な。

 じゃあ、詳しく聞かせてくれ...』」

 

「『うん。まず、私は海岸に打ち上げられていたらしいんだ────』」

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 ────バンっ!!

 

「艦隊が帰投したわ!」

 

 ...私たちは、何にもしなかった。

 

 率直に言おう、一度も会敵しなかったのだ。

 

「ああ、お疲れさま。よく頑張った。」

 

「ただいま司令官!」

 

 ドスっ!

 

 勢いよく扉を開いた雷が勢いよく飛びついていく。そのスピードは迅雷が如し。

 

「お゛っふ!

 ...おかえり、雷。」

 

 響ちゃんがいた時...いや、雷ちゃんが遠征から帰ってきたら提督さんはいつもこの突撃を受けていた。

 ...衝撃を殺す手段はもう掴んでいるようだ。

 

 その様子をじっと見つめる暁。

 またこの暁ちゃんが傑作なのだ。

 提督さんは、ぱっと手を広げて待ち構える。

 

「なっ、何よ!子ども扱いしないでくれる?!」

 

 ────ぼふっ!

 

「お姉ちゃん、そういうのは満面の笑みで抱きついてすりすりしながら言っても説得力がないのです...」

 

「────はっ!

 い、いつの間に...騙したわね司令官!」

 

「お姉ちゃん、そういうのは頭を撫でられて目を細めて日向ぼっこしている猫さんのようにリラックスしながら言っても説得力がないのです...」

 

「────はっ!!」

 

「ふふっ...」

 

 このかわいい平和なやり取りを一歩離れたところから見るのが、私...龍田の最近のお気に入りだ。すると今度は私に向き直り、

 

 ぱっ...

 

「......」

 

「スミマセン調子乗りま────」

 

 

 

 

 

 ────ぽふん、ぎゅー。

 

 

 

 

 

「...ただいま、てーとくさん。」

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 

 ────てめぇらまた遠征失敗したのか?!

 

 ボコッ、どしゃぁ...

 

 ────ひいい!痛いぃ!

 

 ────仕方ないです!今日は一寸先も見えないほどの大嵐なんですぅ...

 

 ────提督さん、次は、次こそはちゃんと成功させるから!

 

 ────その言葉は聞き飽きたんだよ!

 

 ガスッ、ドンガラガッシャン...

 

 痛々しい音や声が部屋まで聞こえる。いつもに増して機嫌が悪い...酒でも切れたのだろうか。

 

 ...人間など、男など私たちのことを兵器として恐れる目で見るか、“モノ”として奴隷を扱うような白々しい目か、短いスカートを追うような性的な目でしか見ない。

 

 ...私は人間と向き合う時は、常に薙刀を出すのが癖になってしまった。

 

 

 

 ────龍田さん、慰めてくれてありがとう...迷惑かけて、ごめんなさい...

 

 ────良いのよ。私にとってあなたのことを見られるのが、唯一の幸せなんだから...

 

 ────ねぇ、龍田さん。

ㅤㅤ私って、なんで生まれてきたんだろ。

ㅤㅤ生きるって、こんなに辛いの?

 

 ────いつか、きっと楽しく...

 

 ────嘘だ!ずっと...ずっとこの鎮守府で!遠征ばっかり行かされて!奴隷みたいな扱い受けて!もう嫌なの!こんなぐらいならジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!

 

 耳障りなアラーム。次の遠征の報せだ。

 

 ────...行ってらっしゃい。

 

 ────......、.........ごめんね、龍田さん。

 

 ㅤㅤㅤ............ありがとう、龍田さん。

 

 

 

 

 いつもは『行ってきます』と返してくれるその子は、いつもと違う挨拶を返して遠征へと出ていった。

 

 バタン、と響いたそのドアの音は、なぜか妙に耳残りするものに感じられた。

 

 百足が背中を這うような、羽虫が頭の中で飛び回っているような、底のない違和感...不安がとめどなく溢れてくる。

 

 ────まさか...ッ!

 

 

 

 

 

 その日、四艦編成の遠征部隊は...三艦で帰ってきたのであった。

 

 

 

 ────あ、あ...あぁ.........ぁ...............

 

 

 

 ...この日から龍田は、涙を流すことができなくなった。 

 

 あまりのショックに感情が壊れたのか、はたまたその前から既に────

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 




後書き

「ここまで読んでくれた読者の皆さま、ありがとうございます。

えー『裏話・あなたが手を引いてくれたから』にて、多くの感想、評価を頂いたので改めてお礼を言いたくてこの場をお借りしました。ありがとうございます。

今回はとうとう...龍田さんの過去が。

次回は多分、お風呂回になりそうです!
男子読者諸君の期待には応えられないかもしれませんが、楽しみにお待ちください。
もちろん女性読者の皆様も、楽しみにお待ちください。

次回・サブタイトル予想『提督会議・翔side』



“翔side”ということは...

次々回まで少し長引きそうです」


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23話 提督会議・Side.翔

翔「長らくお待たせしてしまったな。」

電「本当に...忙しいのです...」

翔「とまあこのように電が許してくれるほどにコンブの奴は勉強頑張ってるらしいから、どうにか許してくれ。てなわけで────」

翔・電『本編へ、どうぞ!』


 

 

in風呂...

 

 

 

 

「龍田さん、あなた...男が苦手なんじゃ?」

 

「いや〜、見せてくれるねぇ〜。」

 

「龍田さんが...驚きです、はい。」

 

「あの司令官さんのいいとこ、教えて欲しいな〜!」

 

 龍田さんを囲むように私...山城と、この前第七鎮守府にやってきた鈴谷、春雨村雨姉妹がにじり寄る。

 ...春雨村雨姉妹のぴちぴちで健康的な肌はとても眩しく、小ぶりながらも膨らみかけている胸は────

 

 ────私は何を考えているのだ。

 

 少し煩悩に侵されていたようだ。

 

 ...まあ、いわゆる“恋バナ”と言われるものが好きなのだろう。

 

「それが...あの人だけは、気を許してもいい気がするの。」

 

「あの龍田が...まぁ、いつかはこうなると思ってたけどな。」

 

 摩耶もうんうんと頷きながらざばぁと浴槽に浸かる。

 ...引き締まった体つきだが、出ているところはちゃんと出ている女性として恵まれた身体。

 同じ艦娘というのに、私とは比べ物にならないくらいに綺麗。まったくをもって私は不幸だ...

 

「アイツぁ心からアタシたちのことを考えてくれてる。日本を変えるなんて夢物語と思ってたけど...正直、アイツならやりかねないな。」

 

「榛名も、こんなに休みを頂いてお風呂も入らせてもらえるなんて...」

 

「そうね。私たちは入渠以外お風呂は入らせてもらえなかったわ。」

 

 榛名や暁も集まる。

 ...榛名は大きすぎず小さすぎず、彼女自身の性格を体現したかのような謙虚な体つき。でもどこか、“ほにょ”感があり、包容力に溢れたお姉さん体型だ。

 私のような根暗でお腹や二の腕がぷにぷにしているおばさんなんかとは比べ物にならない。実に不幸だ...

 

「私も聞かせてもらいます。」

 

「何を話してるのです?」

 

「あー!私も私もー!」

 

「......」

 

 電を抱えた加賀や雷、北上も興味なさげな顔をしながらもす〜っと近づいてくる。

 ...加賀はもはや、凶器だった。大きいくせにハリがあってブラ無しでも型崩れしない胸、弓を使っているからか腕や脚は細いがちゃんと筋肉がついていて、それに加えて真面目だが天然の入っている性格。生まれる時代によってはその天然さで国を傾けていたかもしれない。

 贅肉しか付いていない山城はもう泣きそうになってきた。

 

「で、進捗の方は?」

「龍田さんは意外と大胆なのです!」

「あの提督のどこに惚れちゃったの??」

 

 艦娘と言えどみんな女の子。艦娘の原動力は闘志と資材と装備改良だが、女の子の原動力は恋バナと甘味とお洒落なのだ。

 

 結局全員で龍田を囲んで、暁がのぼせるまで尋問は続いたのであった...

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 ブオー!

 

「...電。

 なんだか、私に視線が集まっている気がするんだが。」

 

「気のせいなのです。」

 

 髪を乾かしてやっているのはいつも通りなのだが、今日は妙に見られている気がする。

 いや、ガン見という訳では無いのだが、なんか...チラチラと見られている気がするのだ。

 

 ...ふと、春雨と目が合う。

 

「春雨も乾かしてやろ...」

 

「ぴゃーっ///」

 

 顔を真っ赤にして執務室から出て行ってしまった。

 ...と思ったら顔を少し見せて、

 

「...その、後でお願いします。」

 

 と言い残し、どこかへ行ってしまった。

 

「...電、やっぱり────」

 

「気のせいなのです。」

 

「そ、そうか...

 

 

 

 ────ところで電、なんか怒ってないか?」

 

 一見いつもの電なのだが、何かわからないけど怒っている気がする。

 長年付き合ってきた私には分かるのだ。

 

「別にぃ、何も無いのですぅ。」

 

 ぷくー、とほっぺたをふくらませる。

 

 ...やはり、この電の言い方は何かでいじけている時だ。

 

「......」

 

 しばらくの静寂。

 いや、ぶおおおおっとドライヤーが唸りをあげている。

 

「......よし。

 電、終わったぞ。」

 

 ......

 

「電?」

 

「もう少し、こうしていて欲しいのです。」

 

 ...ようやくわかった。

 最近電といる時間が短くなっていたからだろう。

 本格的な指揮が始まって毎日遠征に行かせ続けていて(一七〇〇には戻れるように時間は調整しているが)、二人の時間が最近短くなってきたのは事実だ。

 

 申し訳なさを感じながら、電を抱き寄せる。

 

「はゎ...」

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 カチャ...

 

 私が扉を開くと、提督さんと電さんが座っていた。

 ...よく見ると、寝ているようだ。

 

 (村雨お姉ちゃんに頼んだ方がよさそうですね、はい。)

 

 パタン。

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 第七鎮守府には、一つ問題があった。

 

「...そろそろ、だな。」

 

 翔が着任してもう一ヶ月経とうというのに、護送作戦の一度しか出撃していないのだ。

 

「今日は近海警備に出てもらう。強力な深海棲艦は出ないはずだから駆逐、軽巡を軸にした編成を組むつもりだ。」

 

「...(資材節約なんだね〜)ボソッ」

 

「そういう事だ北上、まだ資材に余裕が無いからな。」

 

「聞かれてるし?!」

 

 翔はかなり耳が良い。まあ、電には全く及ばないが...

 つくづく器用(?)な奴である。

 

「それじゃあ旗艦は龍田で...北上、村雨、春雨、雷、暁に頼む。

 主にはぐれ敵艦隊を撃退してくれ。」

 

 『了解ッ!!』

 

 みんなの返事を聞いてうんうん、と頷く翔。しかし...

 

「...ところで提督ぅ〜、鈴谷たちの出番はまだなのー?」

 

「アタシたちは物置に放り込むってか?!」

 

「は...榛名も、体が鈍ってしまうというか...」

 

「提督が変わっても出撃できないのは変わらないのね...不幸だわ...」

 

 ...加賀も無言でじっと翔を見つめる。やはり艦娘として海に出たいのだろう。

 

「大丈夫だ。今はまだ出撃の機会は無いが...

 夏に予定されている大規模作戦では、君たちが主役になるんだ。

 今のうちに訓練で力をつけて、然るべき戦いで活躍をみせてくれ!」

 

「榛名、感激です!」

 

「...もー、口が上手いんだから。」

 

「ケッ...仕方ねーな。」

 

「あぁ、大規模作戦で死ぬほど出撃させられるのね...不幸だわ...」

 

 ...などと言っているが、みんなの目は闘志に滾っていた。

 加賀もふむふむと頷いている。丸く収まったようだ。

 

「それじゃあ各自、行動に移ってくれ。

 ...あと、今日一日電と私は鎮守府を空けることになるから、分からないことがあれば憲兵さん辺りに頼ってくれ。」

 

 私にも頼っていいのよ!と、雷がぴょんぴょん跳ねる。

 

「おっ?!二人きりでデート?」

 

 早速北上が食いつく。

 

「いや、航路がようやく出来上がったから集会で報告するんだ。」

 

「長ったらしい話を聞く羽目になりますが...代わりたいのです?」

 

「い、いや...遠慮しとくわ。」

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 集会には全ての鎮守府の提督が集まる。

 廊下を歩いていると色んな提督と出会うのだが、秘書艦はみんな斜め後ろに控えて歩いている。

 第八鎮守府の秘書艦に電が話しかけようとして提督に威嚇されたりとか、まあ多少あったものの特に問題はなく歩いていく。

 

 ざわっ... ざわっ...

 

 私が会議室に入ったときには既に半分くらい揃っていた。

 どいつもこいつも変に装飾やら服やらにこだわっているのがわかる。

 

 ...馬鹿らしい。

 

 私の右隣にいつぞやの第六鎮守府提督...浦辺がいるのだが、目が合うとこちらを軽く睨んでフン、と鼻を鳴らす。

 噂によると今まで出撃させていなかった艦娘を起用したり、私たちの鎮守府を見習って士気向上のためか施設改良に手をつけたり、浦部なりに努力はしているようだ。それに面と向かって再び会ったのにあの戦いを掘り返さないあたり、浦部も現実を受け止めれる潔いやつなのかもしれない。

 

 左側には先ほど電が威嚇された...第八鎮守府の提督が座っている。

 私よりもいくつか年上に見え、目つきが鋭く無口な男。...脅す気がなくても、電ぐらいに気が弱い娘ならビビってしまうだろう。

 

 ざわっ...!

 

 辺りを見回すと秘書艦たちはやはり、みんな席についた提督の斜め後ろに立っている。権威を見せたいのだろうか...?

 

 「...みな、集まったかな?」

 

 元帥が最後にやってきた。もちろん、例の黒髪美人の秘書艦は室内でもベレー帽をかぶっている。

 

 適当な挨拶やら開会宣言を済ませると、早速私に出番が来た。

 

「今回の議題は第七鎮守府の鞍馬君が見つけた、ウラジオストクと繋がる航路についてじゃ。説明、頼むぞ?」

 

「はい。」

 

 私は立ち上がって、電から資料を受け取る。

 

「私は約二週間前、ウラジオストクの鎮守府から漂流してきたという駆逐艦、響と出会いました。

 響はどうやら深海棲艦撃退作戦中に嵐に遭遇したようで────」

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「────ということです。

 

 また、これらの情報からこのように航路を組みました。...こちらになります。」

 

 壁掛けスクリーンも利用して、あの十日間についてほぼ全て話した。

 

「────もしもその航路で響?とやらが深海棲艦と会敵しなかったのが、偶然だったらどうする?

 その航路の安全性を立証するには少しばかり、情報が足りないなぁ?」

 

 ざわっ...! ざわっ...!

 

 調子に乗るな若造め...と言わんばかりの目で睨まれながら、あれは...第二鎮守府の提督に反論される。

 確か元帥の右腕のように働いていたはずだが、見た感じ上手いようにこき使われてるようにしか感じられないし、やはり艦娘の扱いは雑らしい。

 

 歳上至上主義の老害は失せろ、と言いたいところだが相手の意見もまあ筋が通っている。

 

「しかし深海棲艦と出会いにくい航路として、艦娘の遠征先に出来ると思うのですが?」

 

「一理、あるな。」

 

 ざわっ...!

 

 元帥からの思わぬ支援射撃。どうにか元帥に媚を売って権威を高めたい下衆共は、この一言でもビクビクするのだ。

 

「...元帥殿が言うなら。」

 

 なんとかクソジジイもすっこんだようだ。

 

「(────、プークスクス。)」

 

 後ろで電が笑っている。幸いにも周りに聞こえない程度の笑い声だったが...

 

「兎に角この航路については、後々他の鎮守府からも遠征部隊を送って安全性を立証してもらおう。

 

 では、次だ────」

 

 無駄な時間は続く...

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書き・鈴谷ちゃん

「ちぃーっす!ここまで読んでくれた読者のみんな、ありがとね!
最近私、ネタ扱いっぽくされてんだけどー!
...とまあ愚痴はこのへんにしといて、お話の方は提督会みたいだね。
鞍馬提督に提督繋がりで友達って...アッハイ(察し)

次回・サブタイトル予想『提督会議・“秘書艦Side』。


どうやら第八鎮守府の秘書艦さんから見たお話になるみたい。
気長に待ってくれると、嬉しいな☆(ゝω・)v」


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24話 提督会議 Side.A

翔「最近話の進みが遅い気がする...というご意見を頂いたぞ。」

電「もっとポンポン話を進ませないと、読者さんもうんざりしてしまうのです!」

翔「いや、ゆっくり濃い話にしたいとコンブは話しているんだ。まぁ、『展開遅め』タグも付いているし、出来れば付き合ってやってくれ。」

電「ブラウザバックでもOKなのです!それでは...」

翔・電『本編へ、どうぞ!』




ある艦娘の日記より────

 

 

 

 

 

 

 今日、提督会議がありました。

 いつものようにぼーっと立たされるつまらない会議になると思っていたのですが、今回はいつもと違っていたのでここに残しておこうと思います。

 まず始めに、あの提督との出会いからですね...

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 ────私は無言で歩いていました。いや、そう指示されていました。

 他の鎮守府の秘書艦さんと話したいのですが、提督はあまりいい顔をしません。

 

 ...私の提督は艦娘との会話を最低限に済ませようとします。

 やはり兵器とも言える私たち艦娘を恐れているんでしょうか。

 提督は確かに無愛想で目つきは鋭いですが、それはそれでかっこいいですし、歳は二十代前半、仕事には真面目。もう少し一緒に話せたりすればなぁ〜なんて思っているんですが、物凄くお硬い人で...

 

 ...にしても提督会議に呼ばれるのは面倒ですね。

 実は私たちの鎮守府はかなり遠い離島にあるので、ここまで船で一日掛けて移動しなければなりませんし、到着しても権威を見せようと必死になって着飾ったりしている他鎮守府の提督を眺めにいくようなものです。

 そんなのより美味しいものを────

 ...いえ、艦娘としての仕事を全うしたいというのが私の本望です。

 

 ────本望ですっ!

 

 なんてことを考えながら歩いていると、やけに若い提督と出会いました。

 確か...第七鎮守府の提督です。珍しく普通の軍服に身を包み、普通の出で立ちで、普通に駆逐艦と手を繋いで歩いています。

 第七鎮守府...あそこは地獄とも例えられるほど酷い扱いを受けると艦娘の間では(もっぱ)らの噂だったんですが、どうやら大本営が悪事を暴いたらしく、今年軍学校から卒業した若い人間が着任したらしいです。あの年で提督として鎮守府に着任、それもあの第七鎮守府に...

 只者ではない気がします。

 

 ...ん?どうして私が離島の鎮守府に居るのに他の鎮守府の噂を聞けるのか...と?

 

 それは通信機の波長を“ある数字”に合わせると、艦娘同士で会話できるようにみんなで取り決めてあるんです!

 

 ちなみにこの通信方法は、元帥さんの秘書さん...名前は分からないですが、その人がメモと携帯ラジオをすれ違いざまに握らせてきたんです。

 その人と話したことは無いけど...いや、そもそも通信もしたことないですが、なかなか粋なお人ですね...

 

 ...って、よく見ると第七鎮守府の提督は秘書艦の駆逐艦と手を繋いでいます。

 

 親子とか恋人同士のような、手を繋いでいるのが当たり前と言わんばかりのあまりにも普通すぎる出で立ちで見過ごしていましたが、普通秘書艦は重巡、戦艦、空母など...いわゆる“大人”な艦娘を斜め後ろに控えさせて、主従関係を見せて権威を主張するらしいです。

 しかしこの提督は駆逐艦...“幼女(駆逐艦)”と手を繋いでいます。

 

 ...なるほど、OK、わかりました。

 

 前任の腐れ提督からロリコン提督に代わったんですね。

 

 恐らく日頃から痴漢されたり夜には一緒に寝かされたりしているんでしょう。あぁ、なんて可哀想な...

 

 ...と思ったら、その駆逐艦が話しかけてきました。

 

「あなたは...空母さん、なのです?」

 

「ええ、そうですよ。」

 

「じゃあ────」

 

「......おい。」

 

「────ひっ!」

 

 何かを聞こうとしたようですが、私の提督から威嚇されてロリコン提督さんの背中に隠れてしまいます。

 ...いえ、あのトーンは威嚇ではありません。

 私にはわかります。ただ普通に声を掛けたかっただけな時の声音です。

 ほら、うちの提督の背中が凄くしょんぼりしてます!

  

「うちの電がすみません。」

 

「......いや、俺も怖がらせちまったようだ...悪ィな。」

 

 提督同士でペコペコと頭を下げあった後、会議室へ歩いていきます。

 

 会議室に着くと、ちょうど隣にロリコ...第七鎮守府の提督がいました。

 

 それもそうでしょう。何しろ私は第八鎮守府提督の秘書艦なのだから。

 

 ...ところで、普通秘書艦は会議中立ちっぱなしですが、

 

「〜〜♪」

 

 少なくとも私は会議中に膝の上に乗って上機嫌そうにしている秘書艦など見たことは...ありませんでした(過去形)。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 ...暇です。

 何しろ私たち秘書艦は突っ立ってわけわからない話を聞くだけ。

 

 少しお腹も減ってきたなぁ...

 

「......(ちょいちょい)」

 

 ...?

 駆逐艦が私の裾を引っ張ってきます。

 ちらと見ると、ふんわりした目でニコニコしながら飴を差し出していました。

 

 ふっ...この私も舐められたものです、飴だけに。

 この私を飴なんかで釣ろうなど甘すぎます!

 

...飴だけに。

 

 私は大食らいとよく言われますが、流石にここは理性でモゴモゴ...

 

 

 

 

 

 第七鎮守府の提督が立って、何やら話しています。どうやら新しい航路を見つけたとかなんとか...

 提督が立つと、その駆逐艦は膝から降りて、なんと提督の座っていた席に腰掛けました。

 

「〜〜♪」

 

 椅子はちょっと高く、ニコニコしながらぷらんぷらんと足を遊ばせています。...正直、たまらなく可愛いです。

 

「────が言うなら...」

 

 何やら反論があったらしいですが、絶対権力者...元帥の言葉によって諌められています。

 すると駆逐艦が、

 

「(翔さんに意見するからなのです老害ジジイめ...プークスクス。)」

 

 ...天使なのは見た目だけですね。

 幸いにも聞こえない程度の声でしたが、もしも人間に聞こえてしまっていたらと思うと鳥肌が立ちます。

 

 

 

 

 

 しばらくして会議が終わり解散となったんですが...

 

「電、あの人か?」

 

 帰り際に例の駆逐艦が提督から手を引かれながら、パタパタと駆け寄って来ました。手には黒い刀を持っていてぎょっとしましたが、

 

「あの...すみません、お名前を聞かせて欲しいのです。」

 

 しっかりこちらを見据えて、そう言いました。

 提督をチラと見ると、目を閉じてフン、と鼻を鳴らしました。

 

 ...見逃してくれるようです!

 

 少ししゃがんで、電?ちゃんと向き合うと、にこにことなにかとっておきの秘密を教えるような顔をして、

 

「私の名前は電なのです。

 

 実は、私たちの鎮守府に────」

 




後書き・摩耶

「ここまで読んでくれた読者のみんな、ありがとな!
今回は『A』ってヤツから見た話みたいだが...
...Aって誰なんだ?

コンブの野郎曰く、今回の話にフラグってのをおっ立てたらしいから、楽しみにしてくれよな!

次回、サブタイトル予想・『榛名とお買い物』。

榛名は人気があるのに出番無かったからな〜...
みんなの期待に応えれるかわからねぇが、
楽しみに待っててくれよな!」


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25話 榛名の長い一日

電「今回は意外とペースが早いのです!」

翔「あぁ、何しろコンブのヤツ、肺気胸...肺に穴が空いて何日か入院したからな。」

電「えっ...肺...穴...えええ?!」

翔「ちなみにコンブは『授業で受験勉強が潰れない』って大喜びで過去問を漁っていたな...」

電「なんて言うか...コンブさんって頭がいいけど、どこかバカなのです...」

翔「ま、身の上話はこの辺で────」

翔・電『────本編へ、どうぞ!』



 

 

二二〇〇、夜。

 

 翔と電は二人でジープに揺られていた。

 今回は大本営からの招集ということで、いつものドライバーさんを手配してもらえたのだ。

 

「......zzz」

 

 電は横になり、私の膝を枕にして寝息を立てている。

 

 ...ガタン、...ガタン。

 

 高速道路の繋ぎ目に合わせて、車内が揺れる。

 

 窓からは星空はあまり見えないがが、家々やビルがの明かりが星のように点々と光っている。

 現代の都会で星が見えないのは街の明かりが強すぎるのと、大気汚染が原因と言われているらしい。空の星が薄れるほど、皮肉にも地の星が強く光る...

 

 ...何を考えているのだ私は。厨学二年生か。

 

 

 

 まだまだ到着までかかりそうだ。

 

 横になっている電を起こして、膝に乗っけて抱きしめる。

 

「んう...?」

 

 一瞬目覚めそうになるが、翔が抱いていることを確認すると顔を埋めてきた。

 

 ...あったかい。やはり人肌ほど安心できるものはない。

 

 出撃したみんなは無事に帰ってきただろうか。

 

 遠征では渦潮に巻き込まれてないだろうか。

 

 ......zzz

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「────ただいま。」

 

 運転手さんにお礼を言って、電をおんぶしながら門をくぐる。

 

 資材倉庫を見てみると、大本営からの自動供給と別に少し資材が増えていた。きっと上手いこと遠征をこなしてくれたのだろう。

 

 執務室の扉を開くと、みんなが寝ていた。

 ...ご丁寧にもみんな敷き布団を持ち寄って。

 

「まったく...」

 

 執務机の上の近海警備報告書には、特に目立った損傷は無く風呂に浸かって十全に回復できた、という内容が書かれていた。

 

 この調子で海域を広げて夏の大規模作戦に参加できれば、昇進のチャンスが見えるかもしれない。

 

 みんなが寝ている中、仄かなオレンジ色の常夜灯を頼りになんとかぽっかり空いた真ん中のスペースへとたどり着く。

 電を下ろして布団を被り、目を閉じる。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────寝れない。

 

 女の子に囲まれては寝にくいというのもあるが、私はバスの中でずっと寝ていたのだ。

 

 何を思ったのか、ぐるりと周りを改めて見回す。

 

「...ん?

 そういえば────」

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 翌日、一七〇〇。

 

 今日も出撃・遠征ともにうまく行って、一七〇〇〜一九〇〇辺りのいわゆる『自由時間』。

 この時間は基本休みとしているが、大半は執務室でゴロゴロしたり会話を楽しんだりしている。

 そんな艦娘たちの中から一人適当に...

 

「榛名、付き合ってくれないか?」

 

 

 

 「「「「「?!!」」」」」

 

 

 

 ────ピシィ...!

 

 一瞬にして執務室の空気が凍りついた...気がした。

 

「ゑゑ?!

 い、電さんという子がいながらそんな榛名に突然プロポー────」

 

「────買出しに。」

 

 ドンガラガッシャーン!!

 

 何故か全員ずっこけた。同時に張り詰めていた空気が一気に弛緩した...気がした。

 

「へ......あ、はい!お供させて頂きます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドドドドドドド...

 

「こいつを被ったら、紐をうまく調整してくれ。」

 

 私、榛名の目の前でバイクがエンジン音を立てている。

 そして提督から差し出されたヘルメット...

 

「あの...提督さん。榛名、二人乗りは捕まるって聞いたんですが...」

 

「自転車の事だろう?

 このバイクはちゃんと排気量が規定以上だから、二人乗りしても大丈夫だ。」

 

 ......

 

「その...ジープではダメですか?」

 

「私はジープよりもバイク派でな...ほら、早く乗るんだ。」

 

 諦めるしかなさそうだ。

 よいしょっと座ると、提督が前に乗ってきた。

 

「カーブは曲がる方向に体重を掛けるんだ。初めては怖いかもしれないが、私を信じろ。

 

 ...しっかり掴まれよ?」

 

「えっ...あっ...」

 

 ...軽く探ってみるが、掴めるものがどこにもない。

 いや、多分提督の背中にということだろう。

 

「ちょっと、恥ずかしいっていうか...その......」

 

「そうか。じゃあ体重移動をミスって大事故になっても急発進で後ろに持っていかれても責任は────」

 

 私は二度とこの手を離さない。

 

「行くぞっ!」

 

「きゃ────」

 

 ブロロロロロ...と、バイクは提督の声と反してゆっくり滑るように発進した。

 人を乗せるのに慣れているのだろうか、カーブや信号停止でも不快感が全く感じられないドライビングテクニックだった。

 

 二十分ほどすると、『東松屋』という洋服屋に着いた。カメのイラストが目印の、主に子供服を扱うチェーン店だ。

 

「...して、私は何をすればいいのでしょうか?」

 

 どこかへ連れていかれるということは、何かしら仕事があるはずだ。

 

 そう聞くと提督はキョロキョロと見回して、

 

「...じゃあ、駆逐艦のパジャマを見繕ってくれ。あぁ、金に糸目はつけない。

 遠慮なく君の思う一番似合うものを見せてくれ。」

 

「...はい?」

 

 

 

 

 

 

「て、提督。これはどうでしょうか...?」

 

 と言ってちょっとヒラヒラした、いかにも『女の子っ!』な、可愛い感じのものを見せる...が、

 

「フッ...分かっていないな、榛名。」

 

「へ...?」

 

 提督は不敵な笑みを浮かべてやれやれと息つく。

 第六鎮守府だったらおそらくこっぴどく叱られて平身低頭謝罪の姿勢だが、ここの提督はなんというか...腹が立つ反応だ。

 

「じ、じゃあ...提督はどれを選ぶんですか?」

 

 あんな物言いをされたのだ、さぞかし自信があるのだろう。

 

「私なら、これだな。」

 

 私に見せてきたのは薄ピンク、無地のものだった。見れば榛名のものと比べて値段もかなり安い。

 

「そんな地味で安いのは...あ、いえ、ありがとうございます!」

 

 提督のファッションセンスやら財布に関して物申したくなるが、私たち艦娘にパジャマをくれるということ自体感謝すべきことなのだ。

 

 一瞬本音が出そうになるが、なんとかこらえる。

 

「誤魔化したって無駄だ。」

 

 バレちゃいました。てへっ。

 

「────まあ、確かに安売りの地味なものかも知れない。

 でもな、榛名。想像してみろ。

 あの子たちが榛名の選んだ服を着ている姿と、この服を着ている姿を...」

 

 

 

 .........

 

 

 

 (私の服の場合)

 

 『榛名おねーちゃん!』

 

 『わーいわーい!』

 

 駆逐艦たちが夜、ぎうと抱きついてくるのが想像できる。

 

 (提督の服の場合)

 

 『榛名おねーちゃん!』

 

 『わーいわーい!』

 

 『榛名おねーさんはあったかいのです!』

 

 ぎうと抱きついてくるのが想像できる...が、

 

 

 

 .........

 

 

 

「わかっただろう?

 無邪気な駆逐艦にはこういう服が断然似合うということが...」

 

「榛名、まだまだでした...」

 

 本当に私はまだまだだ。

 パジャマとはいえ安いとかそういう理由ではなく、本当に似合うと思うものを提督は選んでくれているのだ。

 

「これのひと回り大きいサイズを、他のみんなには買ってやるとするか。」

 

「はい...榛名、感激です!」

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

「────そろそろ夕飯だし、帰るとするか。」

 

「あっ...」

 

 時計は一八三〇、今夜の献立は第六駆逐隊特製カレーのはずだ。

 第六駆逐隊カレー、略して『六駆カレー』は辛味が全くないのだが、それはそれでどこかやみつきになる美味しさがある。

 実際この鎮守府一、二を争う健啖家のクセに味にうるさい加賀も、エプロン姿の第六駆逐隊を前に『流石に気分が高揚する』とコメントを残して真っ赤な愛を垂れ流していたのを覚えている。

 

 ちなみに私たちは東松屋でみんなのパジャマを買ったあと、『ULICRO(ユリクロ)』へ直行。

 あまり時間はなかったけど、『この服どうですか?』と試着したり、『この娘に合う服は〜...』といったことを提督と議論したり...

 いつの間にか仕事を忘れて思いきり楽しんでいた。

 

「────提督。」

 

「ん?」

 

 私はバイクにまたがろうとする提督を呼び止めた。

 

「その...榛名がこんなにも、楽しんでもいいんでしょうか。

 朝は八時頃まで寝ててもいいですし、訓練は夕方までには終わって、仕事以外のことで外出...いえ、お買い物を楽しんでしまって。

 

 まるで...人間になったみたいです。」

 

「......」

 

 はは、と自嘲気味に笑う。

 

なにせ私たちは────

 

「────人間じゃなければ、君は何者だ?」

 

「...何“者”ではありません。兵器()です。

 やろうと思えば人を簡単に殺せて...いや、人どころか建物も爆破できて、そこらの対人兵器では私たちを傷つけることも出来ませんし、艦娘によっては爆撃機でそこら一帯焦土にできる────」

 

「────それだけだろう?」

 

「え?」

 

 提督がポン、と私の頭に手を乗っける。

 

「人を簡単に殺せて、建物を爆破できて、拳銃で撃たれても傷一つ入れられなくて、艦種によっては攻撃機でそこら焦土にできる“だけ”の...

 

 ────人間だろう?」

 

 わしゃわしゃと私の頭を撫でながら、にやりと笑う。

 

「だ、だけってそんな────」

 

 そんな人間は居ない。

 しかし提督は私の言葉を遮るように問う。

 

「じゃあ逆に聞くぞ?

 

 ...バイクに乗るのを躊躇う兵器があるか?」

 

「......!!」

 

 今日、外出する前の鎮守府正門前を思い出す。

 

「背中に掴まるのを恥ずかしがる兵器があるか?

 

 ファッションセンスを小馬鹿にされて怒る兵器があるか?

 

 失言を誤魔化そうとする兵器があるか?

 

 可愛い服を試着して、可愛い笑顔を見せてくれる兵器があるか?」

 

 提督はカチャリ、と懐の護身用拳銃を出そうとして...仕舞う。

 

「そんな兵器()が...あるわけないだろう?

 楽しいことを楽しく思えて、嫌なことを嫌だと言えるなら...君は立派な“(人間)”なんだ。」

 

「提督...ていとくぅ......はるなぁ......っ!」

 

 

 

 

 

「...こうやって私の胸に泣きついてくる兵器が、あると思うか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────これが終わったら次はこれだ。

 

 ────いや、でも...

 

 ────あぁ?お前は黙って仕事をこなせばいいんだよ。

 

 ────明日は出撃が...

 

 ────兵器如きが口答えしやがって...

 

 ────もう三時を過ぎ...

 

 ────お前も加賀と同じように降ろされたいのか?!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽く榛名にも荷物を持ってもらって、執務室に入る。

 風呂か食堂に向かったのか、艦娘たちはいなかった。

 ...一人、いつも通り北上はソファーで横になっていたが。

 

「────今日はありがとな、榛名。」

 

「いえいえ、私のセリフです。

 よ、良ければまた...その......」

  

 (ピンポンパンポーン↑)

 

 放送だ。

 

『夕飯ができたわよ!』

 

『早く来ないとなくなるわ!』

 

『お姉ちゃん、誰か来たのです。

 ...あっ加賀さ────』

 

 (ピンポンパンポーン↓)

 

 

「「......ふふっ」」

 

 

 どちらともなく笑みがこぼれる。

 

「────行こうか、榛名。」

 

「────お供します、提督。」

 

 がちゃ、きぃーー、ぱたん。

 

 

 

 

 

 

 

「...やっぱ、この鎮守府に来てよかったな。」

 

 ソファーから起き上がる。

 

「────よっし、私も行くかぁ」

 

 緩んだ頬を戻すようにぺちぺちと叩いて、二人の背を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

「────で、榛名さんや。」

 

「二人きりでデート、楽しかった?」

 

 風呂場で早速鈴谷・北上に囲まれる。

 二人とも見た目はピチピチ女子高生なのに、井戸端会議のネタを見つけたオバサン...いや、獲物を見つけた虎のようなオーラを放っていた。

 

「でっ、デートだなんてそんな...」

 

 ...おかしい。あったかいお風呂に浸かっているのに、寒気が走る。

 

「さっ、先に上がらせて────」

 

 榛名が立ち上がろうとすると、

 

 ふよん。

 

「あっ、ごめんな、さ......」

 

「ここは譲れません。」

 

 加賀さんが立ちはだかる。

 相変わらずの無表情だが、子鹿を狙う鷹のような気迫(?)を放っていた。

 

「まだまだ時間はあるんですから、さっ。浸かってつかって...」

 

「きゃっ!」

 

 加賀さんの気迫(?)に気圧されてたじろいでいると、膝カックンの要領で龍田が私を座らせる。

 

「み、皆さんどうしたんですか?」

 

「ちょぉぉぉぉっとだけ、私たちも聞きたいな〜!」

 

「榛名さんどうかしたの?

 私が聞いてあげるから、全部吐い...

 話してみて(ぶちまけて)?」

 

 春雨村雨が現れる。雷が何か怪しげなことを言っていた気がしたが、私は気のせいだと思い込んだ。

 

 ぎゅっ。

 

「榛名さんは、あったかくてやわらかいのです...」

 

 電が抱きついてくるが、腕は二度と離さないと言わんばかりの力で私の身体を締めている。

 

 やろうと思えば無理矢理剥せるが、そんな酷いことを私が子ども(駆逐艦)相手に出来るわけない。

 

「(...もう、あきらめるのです)」

 

 私の思考を読んだかのように、電が耳元で囁いてくる。

 

 ...私たちがこの鎮守府に来てまだ一ヶ月も経っていないのに、恐ろしい連携プレーだ。

 

 はぁ...とため息一つ。電を抱え直して頭を撫でてやると、ふにゃ...と力を抜いてくれた。

 ────私は腹を括った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「zzz......ブボぁっ?!

 がぼぼぼぼごぼぼ、ゲッホゲッホ!」

 

 ...質問責めは、暁が湯船で眠って溺れかけるまで続いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二〇〇〇。

 

 夕飯を食べ終えて、風呂から上がってくる頃。

 

「みんなに渡すものがある。」

 

 『??』

 

 がさがさと袋を探ると手触りのいい無地の服がたくさん入っている。...そう、私たちが買ってきた寝間着だ。

 

「一日中その服を着て過ごすのも...なんというか、不便だろう?

 それに...下着やタオル姿で執務室をゴロゴロされると、目のやり場に困るんだ。」

 

 ...私は先ほどから斜め下を向いてみんなと話していた。

 

 いくら私が女に興味が無いとしても、なんというか...あれなんだ、あれ。

 男子諸君なら分かるだろう...って私は誰と話しているんだ。

 

「提督、私の身体に興味あるの〜?」

 

 下着姿の北上がニヤニヤしながら聞いてくる。

 

「うふーん♪」(バチコーン!)

 

「あはーん♪」(ほわぁ~お!)

 

 これまた下着にタオルの鈴谷がセクシーポーズを見せつけてくる。

 ...艦娘として恵まれた体つき、風呂上がりで血色の良い肌に張りつく濡れ髪。

 少し...いや、かなり色っぽく見える。

 本人はそこまで本気ではないかもしれないが、十二分に魅力的な娘だ。

 

「────という訳で風呂から上がったらこれを着てくれ。」

 

「いや無視されるのって一番辛いんだよ?!」

 

 鈴谷が騒いでいる気がするが気のせいだろう。

 

「ありがとうございます。それでは...」

 

「おい待て何故ここで着替える加賀ァ!」

 

「提督、何を狼狽えているんですか。私はまだ一枚しか脱いでませんよ?」

 

「元がバスタオル一枚のお前はその一枚で致命傷(はだか)ダルルォ?!

 

 ...わかった。10分出るからその間にさっさと着替えてくれ。」

 

 駆逐艦、戦艦組はちゃんと制服を着ているのに、どうして龍田以外の巡洋艦はみんな下着姿なんだ。

 あと加賀、寝間着を買うことになった大半の理由がお前だ。

 どうして一緒に寝たときはあんなに恥ずかしがっていたのに、どうして私の前で堂々と脱げるのだろうか。いまいち羞恥心の境目が見えない。

 ...とにかく、どれだけ私の理性が固くても、流石に毎日は精神的に疲れるのだ。

 

 執務室から出た私は風呂場に向かう。

 基本みんなが入る前か入ったあとに風呂は入るようにしている。

 

 頭と体を洗ってから大浴場に体を沈める。

 

 ついさっきまで、艦娘たちが入っていた風呂...

 

 ...想像するが、やはり性的欲求が刺激されることは無い。

 

 やはり私は大切な...好きな人を喪ったことからか、『人を好きになれない』人間になったらしい。

 

 艦娘たちのことは確かに愛している。

 無表情な娘、グータラな娘、気弱で怖がりな娘、鳩尾に頭突きをかましてくる娘...

 

 いい所も悪いところも、全てひっくるめて『好きだ』と胸を張って言える。

 

 だが、それ以上の感情が芽生えることは無い。

 

 加賀と寝た時も、私の年齢の男なら十中八九...いや、十中十が“ヤって”いるはずだ。

 

 私にもそういう感情は芽生えかけたが、何故かしおれてしまうのだ。

 

 ...あまり長湯は出来ない。そろそろ上がろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂から上がった私は扉を開く。

 

 ガチャ

 

「みんな、サイズは────」

 

「しれーかーーん!!」

 

 ドスッ!!

 

「ぐはぁッ!」

 

 扉を開くと不意打ちの雷撃を受けた。

 相変わらずピンポイントに鳩尾を狙ってくる。

 

「しれーかんありがとう!だいすき!!」

 

 ぐりぐりと頭を擦りつけてくる。...オーバーキルを狙っているのだろうか。

 

 歯を食いしばりながら、改めて見回してみる。

 自分に似合っているか見せあったり、早速ソファーで寝ている娘もいる。...案の定北上だ。

 

 戦艦、巡洋艦たちもみんな着てくれていた。摩耶とか龍田が文句を付けてくるかと思ったが、気に入ってもらえたようだ。

 

「ていとくぅ、あたしと一緒に...寝ちゃう?」

 

 ボタンを大胆に外して敷き布団の上で渾身のセクシーポーズを決める鈴谷。

 

「よしよし、みんな似合ってるじゃないか。」

 

「ちくしょー!覚えてろー!」

 

 胸を隠して一昔前のモブ敵キャラの決まり文句を残し、執務室から出ていってしまう。

 

「あの...その...」

 

「ん?どうした春雨。」

 

「あっ、いや、その...」

 

 何か言いたそうにしているが、村雨の背中に隠れてしまう。

 

「春雨が、駆逐艦みんなの服がちょっと大きいって言ってたのよ。まあ、歩きにくいとかそんなことは無いから大丈夫よ!ありがとう、司令官。」

 

 村雨が話してくれる。

 

 ...春雨、なかなか鋭い娘だ。

 

「そうか、他に何かあったらいつでも言ってくれ。」

 

 背中に隠れている春雨の頭を撫でてやる。

 ...と、加賀と目が合う。風邪でも引いたのか、息が荒くどこかふらついているようにも見える。

 

「どうした?きついのか?」

 

「提督...あなた、前世は策士ですね?」

 

「...は?」

 

 ずいと押し寄って小声で加賀。

 

「(駆逐艦たちのパジャマ、わざとひと回り大きいサイズを買いましたね?

 それも裾を踏んで転ぶことがない、ギリギリの大きさの)...くっ!」

 

 ...どうやら加賀は分かっていたようだ。

 

「(なかなか私のファッションセンスも捨てたものではないだろう?)」

 

 にやりと笑って加賀に話すと、私たちの元に第六駆逐隊がやって来る。

 

「加賀さん、どうしたの?」

 

「大丈夫?私に頼っていいのよ?」

 

「なのです!」

 

 三人が抱きついたり、ちょいちょいと裾を引っ張ったりする。

 

「......私、この海が平和になったら...駆逐艦を────」

 

 加賀は膝をつき、頭を垂れた。

 鼻から一筋、真っ赤な愛がこぼれる。

 

「メディック、メディィィィィック!!」

 

 北上が叫ぶと────

 

 バンッ!!

 

「畜生、あれだけ加賀さんに駆逐艦を近づけるなと言ったのに!!」

 

 さっきどこかへ行ってた鈴谷が駆けつける。

 

 ...日頃から遠征帰りの雷に荒い扱いを受けている扉の蝶番も涙目だ。

 

 しかし、助けるというよりもどこか“ノリ”が強い気がする。

 

「膝に矢を受けてしまいました。」

 

 ...加賀もノリノリだった。

 

 いつも無表情だが、何かと面白い娘である。

 

 

 

 

 そんなこんなでわいわいしながら、夜は更けていく...

 




後書き・山城

「今回のお話、どうだったかしら?

榛名さんが提督とお買い物に行くって流れだったけど、楽しんでもらえたら嬉しいわ。

感想でも話題になった“A”さんは、一つずつお話と短編を挟んでからようやく出られるかもしれないって伝言を預かったわ。

次回・本編サブタイトル予想
『忍び寄る諜報部』


たとえ出番が少なくても頑張りますから、
────姉様...見ててくださいね!!」


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26話 忍び寄る諜報部

翔「どうにか退院できたようだな。」

電「ほんとに数日間しか入院してなかったのです!」

翔「ここ2〜3話早いペースで投稿していたが、また遅くなるようだな。」

電「どうか気長に、待ってて欲しいのです。それでは...」

翔・電『本編へ、どうぞ!』



 どうも!大本営諜報部の青葉です!

 

 私はいろんな鎮守府に忍び...お邪魔して、その鎮守府が上手くやっているかを元帥さんに報告するのが私の主なお仕事なんですが...

 

 今のところ、“艦娘(わたしたち)にとって”いい報告を上げたことはありませんね...

 

 でも、起こっていることをありのままに伝えるのが、私の役割です。

 今回は第八鎮守府か、第七鎮守府に“お邪魔”したいんですが、第八鎮守府はつい3年前に南の島にぽつんと出来た鎮守府で...

 

 はい、めんどくさいです!

 

 フェリーは1日2本ですよ?!

 

 ...えっ?艦娘なら自分で航海しろ?

 

 それが...身軽にするために最低限の副砲と改良エンジンしか装備していなくて...その...

 

 まぁとにかく、こんな北の方まで来てしまったので早速お邪魔しようと思います!

 

 

 

 

 

 

 まずはひょいっと門の前の警備員室の死角から塀を飛び越えます。

 

 ...第七鎮守府。

 前任の頃は嫌な思い出しかないです。

 

 思えばあの頃...まだ諜報部が無かった頃。

 大本営鎮守府に着任した私は、偵察部隊を希望したんですが...

 

 見つかって蜂の巣にされれば終わりだ、と元帥さんから却下されてですね。

 

 けど、あの人はチャンスをくれたんです。

 何かしらの大きな情報を持ってきたら、諜報部設立を約束してくれたんです。

 でもまあ人間の言う事。持ってきてもどうせ難癖つけられると思いましたが、私は諦めませんでした。

 

 向かったのは、悪い噂の絶えない第七鎮守府。

 レーザー光線と張り巡らされた鳴子糸をかいくぐり、やっとの思いで録画した映像を元帥に渡した結果、軍事裁判に発展し第七鎮守府解体が決定したんです。

 

 つまりは、この私が第七鎮守府の前提督を引きずり下ろしたんですよ!

 

 あれから新たな提督が着任したらしいんですが、まだ見に行ってないんですよね。

 ほとんどの艦娘が大本営に移ったんですが、何人か滞在している艦娘もいたはずです。

 新しい提督さん、もしかしたら殺されているかもしれません。それほどに酷い扱いを、あの鎮守府の艦娘は過去に受けていました。

 そうでなくてもまた酷い性格の提督だったら...っ!

 

 青葉、気になってきました!

 

 百聞は一見に如かず。早速建物の中へ潜入です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午前4時。

 このぐらいの早い時間に潜入すると警備が手薄ですし、鎮守府の一日の動きを偵察できる、まさに一石二鳥です!

 

 ということでまず、私は工廠へ向かいました。

 

 むむっ!

 なにやつ!

 であえ、であえー!

 

 わらわらと妖精さんがやって来ました。

 ...ここで私の七つ道具が一つの出番です。

 

「みなさ〜ん、一列に並んでください!」

 

 ま、まさか...

 あ、あれは...

 そのなも...

 

 クッキー...それも、チョコチップがゴロゴロ入っているタイプのヤツ。

 これを使って妖精さんたちには黙ってもらうのだ!

 くっくっく...ふはははは!

 

 ...買収?ちっちっち────

 

 取材料ですよぉ、しゅ、ざ、い、りょ、う♡

 

 わーいわーい!

 おいひい!

ふぁふぇふふぁんふぉふぉっふぇふ(翔さんももってる)

 

「みなさん、私がお邪魔していることは黙ってて下さいね?」

 

 おうよ!

 たべものくれるひとに!

 わるいひとはいない!

 

 交渉成立。口いっぱいに頬張って何か話していた子がいましたが、聞き取れなかったです...

 工廠に好きこのんで来る艦娘は滅多にいない...はずなので、大体ここを中心に活動することが多いです。

 とりあえず私も朝ごはんのあんぱんを頬張りながら、鎮守府の朝を待ちましょう!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ...遅い。

 

 4時から待っているのだが、大抵の鎮守府は6時辺りには活動し始めるはずです。

 まあ、ほかの鎮守府の遠征部隊は一日中働くんですが、ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ...8時。

 待ちくたびれた頃にようやく窓が開きました!

 近寄って耳を傾けると、

 

『それじゃあ、今日もこの予定表を見て、各自行動に移ってくれ』

 

 とのこと。

 

 予定表ということは、前日...もしくはその前から今日やることを決めていた...

 今までに見たことがない、なかなか勤勉な提督ですね。

 

 (...それでも、まだ過信は出来ません。)

 

 ────ひゅん!

 

 「?!」

 

 何かが通った気がしました。...いや、突風でしょう。

 

 と、入り口付近で盗み聴いていた私ですが、ぞろぞろと艦娘たちが階段を降りる音がします!

 

 近くの茂みに飛び込んで、息を殺します。

 

 ...男と多数の女の子の声。なにやら楽しげに話しているようです。

 

 そっと茂みから覗くと、青葉、すごいものを見ちゃいました!

 

 なんと駆逐艦と提督が仲良さそうに手を繋いでるんです!

 

 ...い、いや...そんなはずありません。

 たぶん無理やり拉致ってるんでしょう...!

 

 そのまま全員工廠の隣の建物に入ってしばらくすると、いい匂いが漂ってきました。

 

 私の(自称)警察犬並の鼻によると...カレーですね。

 

 窓から覗くと談笑しながら、提督や憲兵さんも一緒に朝ごはんを楽しんでいました!

 

 あぁ、朝からあんぱんしか食べてませんが、ここは諜報部の意地でぐっと我慢。

 

 朝ごはんが終わるとみんなバラバラに行動を始めました。

 

 ...あれ?入った人数より、出てくる人数の方が一人分多いです。

 この青葉アイが狂うはずないんですが...いつの間に入ったんでしょうか。

 

 まあ、それはさておき。

 今日は戦艦のお二人は訓練所へ、空母の加賀さん、重巡の摩耶さん、鈴谷さん、軽巡の北上さん、駆逐艦の雷さんと暁さんが出撃、

 軽巡の龍田さん、駆逐艦の春雨さん、村雨さん、電さんが遠征に行ったようです。

 

 ...四人編成なら、ここから近くのあの島に資材を分けてもらいに行ったんでしょう。

 

 あそこまでなら荷物を持ったとしても往復四時間ほど。

 その間の提督の動向を探りたいと思います!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 執務室に戻ったことを確認して、私の七つ道具の一つ...フックショットの出番です!

 

 鎮守府の裏に回ると、手頃な空いている窓を発見。

 狙いを定めて...えいっ!

 

 ぱしゅーー、ぎゃりん!

 

 見事引っかかったようです。

 念の為にグイグイと引っ張って、くい込んだことを確認してたら...もう一度トリガーを引きます。

 

 しゅるるる...

 

 映画の“ミッション・オールポッシブル”っていうのを元帥さんと見たことがあるんですが...あんな感じで建物に忍び込んで秘密の書類を奪うとか、やってみたいですよね!

 あっ、トラブルには巻き込まれなくないですが、ね...

 ビルを吸盤手袋みたいなので登っている途中に充電切れとか...想像しただけで、青葉...鳥肌立っちゃいます!

 

 ...と、考え事をしていたら着いたみたいです。

 窓から靴を脱いで入ると、そこは誰かのお部屋。

 

 中は机一つと二段ベッドの置かれた、質素なお部屋でした。

 机の上には透明だけど、ざらざらしたビー玉...ラムネ瓶のビー玉が二つ並べてありました。...思い入れでもあるのでしょうか?

 カーテンは白いレースで、おしゃれです。

 ...見た感じ、ここ一、二ヶ月で買ったと思われる、綺麗なものですね。

 

 そして一つ、奇妙なことに気付いちゃいました!

 

 二段ベッドに、お布団がないんです!

 普通敷きっぱなしか、畳んで押し入れに入れるはずですが...押し入れも無いですし、どこにあるのでしょうか。

 

 

 

 一つ謎が出来たところでドアノブに手を掛けて、ゆっくりと開きます。そのまま執務室の隣の部屋に入って、窓を開けます。

 おっ!ちょうど提督の背中が見えます!

 

 ていっ!

 

 私の七つ道具、超小型盗撮器を執務室の窓枠に、発信機を張り付けました!

 

 ふふふ...高画質盗撮器、それも前方の音を拾いやすい、いわゆる指向性盗聴器付きですから、執務室の会話はダダ漏れ、不祥事は丸裸です!

 

 これを付けたら私の仕事はほぼ終わったも同然。

 

 あとは安全な場所からモニタリングするだけの、簡単なお仕事です!

 

 

 ...ん?

 朝みんなが起きる前にさっさと取り付けりゃあいいって?

 

 私の座右の銘は『百聞は一見に如かず』、です。

 カメラじゃなくて、ある程度自分の目で確かめないと分からないこともあるんです!

 実際、例のお布団の謎もありましたし...

 

 とりあえず、もう一度工廠に戻ってコンセントでも借りて、スマホに送られてくる映像を眺めるとしましょう!

 

 

 

 

 

 

 三時間後。

 

 ...何もありません。

 何一つ不祥事の匂いもしませんね。

 

 ただひたすらに、書類をこなしています。

 

 強いて起こったことを言えば、出撃から二時間後にソファーで一時間寝ていた程度で、一時間きっかりで目覚めてまた書類整理に戻っていました。

 

 普通ほかの鎮守府なら秘書艦やらに丸投げするはずなんですが...青葉、初めてです!

 

 

 

 それから更に一時間。

 私もつい眠くなってきたその時です!

 

 『ドバンッッ!』

 

「?!」

 

 『ただいま、しれーかん!!』

 

 遠征部隊が帰ってきたようです!

 

 最初にものすごい力で扉を開いたのは...雷さんですね。

 

 『ドスッ!!』

 

『...っ、おかえり、雷。』

 

 うわぁ、魚雷もびっくりな頭突きを、この提督鳩尾で受け止めましたよ...

 

『遠征は成功したわ。私のおかげね!』

 

『よしよし暁よくやったなよーしよしよしよし』

 

『やっ、もう!何でいっつも撫でてくるの!』

 

 続いて入ってきたのは暁さんと電さん。

 

 暁さんが入ったや否や提督さんはなでなでし始めました!

 本人も嫌がってますしこれはパワハラと取っても良いでしょう!

 とうとう尻尾を見せましたねロリコン提督!お覚悟を...

 

『お姉ちゃん、もういい加減素直になるのです...』

 

『聞いてるだけで、“嫌だ”とは言ってないのよね〜...』

 

 最後に入ってきたのは龍田さん。

 

 ...モニターを見てみると、画面越しに伝わってくるほどの幸せそうな顔で提督さんに“自分から”抱きついていました。

 ツンツンしながらデレる...

 なんて言うか、ツンデレって言うより“ツデンレ”感じですね...

 

『ほらほら暁...そろそろいいでしょ?』

 

『...はっ!いつの間に?!』

 

『龍田さんの番なのです!』

 

『えっ、あっ、ちょっと!電ちゃん?!

 提督さんもなに構えているんですか...

 その腕落とされたいんですか?!!』

 

『まあまあ、良いではないか良いではないか!』

 

『も、もう...提督さんのために、ですからね?』

 

『...と、言いつつも素直に自分から行く龍田さんなのです。』

 

「...」

 

 青葉、ブラックコーヒーが欲しいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後もずっと監視し続けていたんですが、全く欠点が見つかりませんでした。

 

 計画表がよほど計算されているのか、十七〜十八時には全艦隊帰投してみんな執務室で寝っ転がったり談笑を楽しんだり...

 

 こんなに余裕のある鎮守府は、大本営以外に見たことありません!

 

 二十時辺りには夜ご飯やらお風呂やらを済ませ、可愛らしいパジャマに身を包んで二十三時あたりまでお酒をみんなでちびちび飲んだり、また談笑を楽しんだり...

 本当に仲がいいんですね。

 

 『よし、そろそろ寝るぞ?』

 

 『はーい』

 

 提督の言葉を聞いて布団を敷き始める皆さん。

 

 ...ん?

 

 画面を見ると、大量の敷き布団が押し入れから出てきました!

 まさか全員でここで寝る...?

 いや、その...別に本人が望むのなら何も言いませんが...ねぇ?

 よく見ると提督の隣を争ってるようにも見えます。

 

 『明日は休みだからゆっくり寝てていいからな?おやすみー。』

 

 『おやすみなさーい』

 

 えぇ...マジで寝ちゃいましたよ。

 んでもって秘書艦?だか分からないですが、電さんは提督に抱きついて寝ていますね...

 そういえば遠征から帰って、常に手を繋いで過ごしていたような気がします。

 よほどの信頼関係を結んでいらっしゃるのでしょうかね〜。

 

 いや、まさかこのまま乱こ...

 

 『......zzz』

 

 ...元帥さん、待ってて下さい。

 初めての、“いい報告”が出来そうです。

 

 私は監視カメラを取りに窓枠にフックショットを撃ち込んで、ぺリリと粘着テープを剥がすと...

 

 

 

 「そこで何をしているのです?」

 

 

 

 「?!!」

 

 まずいです!青葉、見つかっちゃいました!!

 

 片手はフックショットのトリガーを握っていて、もう片手はカメラを持っていて...諜報部創設以来、初めての万事休すです!

 

 ...と、思いきや。

 

「(...静かに、入ってくるのです。)」

 

 手探りで鍵を探し、窓を開けてくれました。

 罠、のようには...感じられないですが、手がちょっと限界の私は入るしかありませんね。

 

 あ、流石に靴で入るのはあれなので、窓枠に腰掛けました。

 

「(...どうして入れてくれたんですか?)」

 

「(あなたは...なんだか、嫌な気配がしなかったのです。)」

 

 艦娘(同類)を見分ける能力を私たちは生まれ(?)ながらに身につけてますが、もしかしたら泥棒かもしれないのに、たったそれだけの理由で私を入れてくれるなんて...

 

「(その...まずは、あなた何者なのです?)」

 

「(大本営より参りました、諜報部の青葉です!)」

 

 ここは正直に答えていくべきでしょう。真実を提供する私が、嘘をついては本末転倒ってヤツです!

 

「(その...青葉さん、ここで何してたのです?)」

 

「(え、えーと...

 内部調査のための機械を撤去していたって言うか〜...)」

 

 と言いながら、電さんが下を向いてることに気付きました。

 ...って、私、手にまだカメラを持っていました!

 嗚呼、このまま元帥さんに監視カメラを付けてたっていう報告が行って諜報部は解体────

 

「(なるほどなのです...)」

 

 あれ?気づいてないのでしょうか。

 

 確かに私の手元を見ていた...はずなんですが、ねえ...?

 

 身をよじるフリをして、電源を切ってこっそりポケットにしまって、電さんの話を聞きましょう!

 

「(...その、報告しないでほしいのです!)」

 

「(へ?)」

 

「(翔さん、あんなに私たち艦娘...女の子と抱き合ったりしてますが、ほんとにいい人なんです!

 ちょっと、長話に付き合ってもらうのです...)」

 

 と言って、私は電さんと提督...翔さんの昔話を聞きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(────と、いう事です。)」

 

「(なるほど...)」

 

 極度の弱視を持った電さんと、電さんと“再会”を果たした提督さん...

 

 

 スクープの塊ですよ!!

 

 

「(後日、正式にお邪魔してもよろしいでしょうか?)」

 

「(もちろんなのです!

 こんな遅くまでお仕事だなんて、お疲れさまなのです!)」

 

「(いえいえこちらこそ。

 また、お会いしましょう!)」

 

 窓枠からしゅるるる...と降りて、門を乗り越えて私の仕事は終わりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間後。

 

「今日は大本営から客人が来ている。失礼のないようにするんだぞ?」

 

「「「「「はーい」」」」」

 

「青葉さん!」

 

「あ、電さん!」

 

「「────ふふっ」」

 

「?

どっかで知り合ったのか?」

 

「...何でもないのです。ふふふっ」

 

「まあ、いいんじゃないですか?」

 

山城が翔の追求を止める。

意味ありげな笑みをこぼす二人を、みんなは不思議そうに眺めていた。

 




後書き・コンブ

「ここに出るのは久しぶりですね、コンブです。

この度後書きスペースを借りるということは重大な発表がありまして...

なんと、この私...コンブのtwitterアカウントを作りました!

twitterから『コンブ伯爵』で検索していただいたら出てくると思います。
次回投稿日を事前にお知らせしたり、近況報告、お話の裏、さらには制作中の文をちょろっと載せたいと思っています。
読者様は積極的にフォローしたいと思っているので、リプなどで教えていただけると助かります。

次回・サブタイトル予想『第七鎮守府の日常』。

短編集を投稿する予定です。どうか気長にお待ちください。


最後まで読んでくれた読者様に、最大の感謝を。」


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短編集 〜第七鎮守府の日常〜

電「短編集なのです!」

翔「本編の倍近く文字数があるから、ゆっくり...気軽に読んで頂きたい。」

電「伏線とか何にもないから、ぶっちゃけこのお話は読まなくても本編に差し支えることはないのです!
それでもよければ────」

翔・電『本編へ、どうぞ!』



────episode.1

☆村雨と春雨のちょっといいとこ☆

 

 

 

「ふあぁ......」

 

 私が書類をひと段落終えると、執務室に誰かが入ってきた。

 

「お疲れさま、司令官!

 はい、今日の出撃報告書。それと...

 ちょっっっとお茶でもどう?」

 

「司令官さん、隠し事はダメです...!」

 

 村雨と春雨だ。

 ...よく見ると、春雨が羊羹を持っている。

 あれは冷蔵庫の野菜室の奥のピーマン袋の下に隠していて、こっそり食べようと思っていたのだが...どうやら見つかったようだ。

 

「ふっ、バレてしまっちゃあしょうがない...

 茶葉は右の棚にある。包丁は気をつけて扱えよ?」

 

 「「やったーい!」」

 

 ざっと報告書を見ると、加賀が大活躍してくれたようだ。やはり頼れる空母だと改めて思う。

 

「司令官、私たちだって頑張ってるんだからね!」

 

 みんなに内緒で羊羹を食べるのが引っかかったのか、村雨が給湯室から声を上げる。

 

「分かってるよ、みんなの頑張りは見ているから。」

 

「いえ...その、司令官はまだわかってません、はい。」

 

「ほう...じゃあ、羊羹でもつまみながらゆっくり聞こうかね。」

 

 

 

 ∽

 

 

 

 出撃中

 

 ぐーーーぎゅるぎゅる。

 

「お腹が減りました。(航空不利!)」

 

「ちょっ、加賀さん!流石にヌ級とヲ級の艦載機を加賀さん無しで乗り切るのは...」

 

「いくらこの摩耶様でも、不味いな...」

 

 重巡二人...鈴谷と摩耶が苦しげに呟く。

 

「ちょっと待って!

 ────加賀さん、はい!」

 

 村雨は懐から小箱を取り出した。

 

 

 

 ∽

 

 

 

「姐サん、やっチマッてクダせぇ!」

 

「私の艦載機ヲ...侮ルナ...!」

 

 ぱしゅーぱしゅー、ブブブブブブ...

 

 

 

 ∽

 

 

 

「加賀さん!敵の航空攻撃が!」

 

「もうちょっと待ってくださ...あっ、これはボーキャラメルじゃないですか。大本営のお土産コーナーでしか売られていない、ボーキサイトの風味が微妙に入った────」モゴモゴ

 

「加賀ァァーーーー!!」

 

 ブーーーーーン、バババババ!

 

 「────頭にきました(小破)」

 

 

 

 ∽

 

 

 

「流石っス姐さン!」

 

「フッ...こノ程度。」

 

「アレ?ナンか暗くナッテ...」

 

「雨雲カ...?」

 

「────チ、違う!全部敵ノ艦載機ダ!!退避ィィーー!!」

 

 

 

 ∽

 

 

 

「やりました」ピース

 

 「「「......」」」

 

 色々と物理的におかしいものを見た気がするが、その日の出来事は誰一人口にしなかったという。

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

「おい!福神漬けはねーのか?!」

 

「まぁまぁ、らっきょうがあるじゃん!」

 

「らっきょうなんか食えるか!!

 福神漬けが無ぇカレーなんかアタシは認めねーぞ!」

 

 それはもはやカレーよりも福神漬けがメインではないか?と、何人かの艦娘が思う。

 困ったことに翔が買い出しの時に福神漬けを買い忘れたまま、金曜日を迎えてしまったのだ。

 

「...あれ?冷蔵庫に福神漬けが入っていたのです。」

 

 エプロン姿の電が出てきて摩耶に渡す。

 

「なんだよあんじゃねーか...ありがとな!」

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

 買い出しの日

 

「よし、じゃあ何か一つ好きなものを買っていいぞ。ただし、300円までだからな?」

 

 「「はーい!」」

 

 

 

 五分後

 

 

 

「あれ?村雨はいらないのか?」

 

「大丈夫よ!春雨とアイス半分こするから。」

 

「そ、そうか...」

 

 と、翔が後ろを向いた瞬間。

 

 後ろ手に隠していた“買いたいもの”を、こっそりカゴに入れた。

 

 「「ふふふ...」」

 

「ど、どうしたんだ?」

 

 にししと顔を合わせて笑う姉妹を、翔は不思議そうに見ていた。

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

 廊下にて。

 

「資料まとめんの面倒くさ...」

 

「別に順番間違っててもいいよね??」

 

 

 

 

 

  

「あっ、そこの駆逐艦姉妹、この資料執務机に置いといてくれるー?」

 

「はい、了解しました。」

 

 

 

「...あれ?ちょっとバラバラじゃない??」

 

「並べながら歩きましょ。」

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

「私たちのちょっといいとこ、わかってくれた??」

 

「わかってもらえたら、嬉しいです、はい。」

 

 

 

「す ま な い」

 

 

 

 ここまで影で活躍してくれているとは知らなかった。

 ...って言うか加賀、お前腹減ったら制空権取られるのか?!

 

 まぁ色々言いたいことはあるが、ひとまずお茶と一緒に喉の奥へ流し込む翔であった。

 

 

 

 

 

 

 

────episode.2

 

 ☆駆逐艦?んあ、うざい。☆

 

 

・Case1、昼寝

 

 一七〇〇。

 

 春雨は謎に思っていた。

 

「北上さん...北上さんは、駆逐艦のことをどう思ってるんですか?」

 

「駆逐艦?んあ、うざい。」

 

「じゃあ...

 どうして私と一緒に寝ているんですか?」

 

 北上は駆逐艦(こども)嫌いな人のはずである。しかし、あの時以来よく一緒に寝るようになって、今も春雨は北上に抱きつかれている。

 

「は〜?

 勘違いしないでくれる?別に春雨はあたしの抱き枕替わりだしー。」

 

 これには流石の春雨もムッとなる。

 

「わ、私も北上さんは抱き枕替わりですー。」

 

「なにおぅ」

 

「や、やるって言うんですか」

 

 

 

 「「......」」

 

 

 

「...寝よっか。」

 

「...はい。」

 

 

 

 ∽

 

 

 

(やっぱこの子めちゃ良いわ...

 ちょうどすっぽり収まる小柄な体格で、抱きしめたらものすっごく幸せな気持ちになれるやわっこい身体だし、口ではあんなこと言いながらあたしに抱きついてきてすっごく暖かいし...)

 

(あ、あんなこと言っちゃった、けど...

 やっぱり北上さんと一緒に寝るのはとっても幸せだな...口ではうざいとか言ってるけど、包み込むように腕を回してくれて、ゆっくり背中を撫でてくれて...しかも、加賀さんみたいに息苦しくないし...)

 

 ((はにゃぁぁぁぁぁ...))

 

 

 

 

 

 ・Case2、おやつ

 

「あっ、北上さん。半分こしよ??」

 

 暁が北上の持っているPapeko(パペコ)を見て寄ってきた。

 パペコとはボトルに入ったアイスが二つ付いていて、蓋を開けて吸いながら食べるタイプのアイスである。

暁を見ると、真ん中でパキっと折れるジュースを凍らせたような...例のアイスを持っていた。

少し、欲しくはなったものの...

 

「ほい。」

 

 北上は蓋を渡した。パペコの蓋には少しだけだが、アイス部分が付いているのだ。

 

「もー、北上さんは相変わらずね!」

 

 言い残して雷電姉妹の元へ駆けていく。ちなみに蓋は喜んで持っていった。

 

「あっ...北上さん。」

 

「ん〜?」

 

 春雨はパペコのホワイトサワー味、北上はチョココーヒー味を持っていた。

 

 「「......」」ジーッ

 

 敢えて同じアイスだからこそ、相手が違う味を持っていたら欲しくなってしまうのが人間の(さが)

 もちろん艦娘もそうだ。

 

 「北上さん」

 「春雨〜」

 

 「「はい。」」

 

 ぶちっ、と。

 

 1ボトルずつ、交換した。

 

「べ、別に春雨だから特別ってことじゃないんだよーだ。ホワイトサワーが欲しかっただけだから、勘違いしないでよね。」

 

 これには流石の春雨もムッとなる。

 

「わ、私もチョココーヒーな気分だったから、もらっただけなんですー。別に北上さんだからとか関係無いですから、はい。」

 

 「なにおぅ」

 

 「や、やるって言うんですか」

 

 

 

 「「......」」

 

 

 

 「食べよっか。」

 

 「溶けちゃいますね。」

 

 二人は一緒にソファーに座って、大人しくパペコを啜るのであった。

 

 

 

 

 

 ・Case3、春雨以外の場合

 

「(ふぅ〜)」

 

「んひぃ?!」ピクン

 

「ほれほれ〜」ツンツン

 

「ひゃ、んんっ...」ピクピク

 

「ここかな〜?」サワサワ

 

「もぅ、やべでくだざ...あっ、にゃっ、ふぅんっ...」ガクガクブルル

 

「こんなのとかどうかな〜?」ツツーッ

 

「ひっ...はにゃぁぁん!」ビクンビクン

 

「北上、そろそろ離してやれ。あんまやりすぎるとタグ(R-18)が増えるぞ。」

 

「へいへーい。」

 

 と言って、北上は電の拘束を解く。

 書類整理をしていると、北上と一緒に寝たいと電が言った。おそらく春雨みたいに静かに寝たかったのだろう。

 『いーよー』の返事を聞いて寝っ転がった瞬間、北上から謎の固めで電は拘束され、先ほどまで耳に息を吹きかけられたり首をつつかれたり脇腹を逆撫でされたりと、くすぐり拷問にかけられていたのだ。

 

 電も電で、視覚が弱いぶん他の感覚が強くて...

 率直に言えば常人の数倍近く、くすぐりに弱いのだ。

 

「これに懲りたら、あたしの邪魔をしないことね〜。」

 

 反対側のソファーに寝っ転がった北上が、そう言い残して寝た。

 

 

 

「はへー、はへー...

もう、かけるさんの、およめにいけないからだにされたのれすぅ...」ピクピク

 

「頼むからこれ以上火に油を注がないでくれ...」

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

 Case4、結局二人で。

 

 『『zzz...』』

 

 今日も二人一塊になって、ソファーで寝ている。

 

『北上さん...北上さんは、駆逐艦のこと、どう思ってるんですか?』

 

『駆逐艦?んあ、うざい。』

 

 春雨の問いに、いつも通り答える。

 

『そう、ですか...』

 

『────でも。』

 

『??』

 

『あんたのことは、大好きだよ。』

 

 と言って、ぎゅっと春雨を抱きしめる。

 

『北上さん...!』

 

 応えるように、春雨もきゅっと腕に力を込める。

 

 

 

 

 

 

 「────以上、数秒でしたが北上さんのデレシーンなのです!」

 

 「「「「「(ニヤニヤ)」」」」」

 

 第六駆逐隊の三人による北上の拘束が解かれる。

 

「うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 頭を抱えてみんなの視線から逃れようとするは太陽の光に晒された吸血鬼が如し、あまりの恥ずかしさにのたうち回るはネズミ花火が如し。

 

「これだから駆逐艦は嫌いなんだあああああああああああああ!!」

 

 言い残して、食堂から走り去る。

 

 みんなで夜ご飯を食べ終えた瞬間電気を落とし、第六駆逐隊が北上を拘束してスクリーンにあんなものを上映したのだ。

 おそらく北上は駆逐艦に対して一生モノのトラウマを負ったはずだ。

 

 「くすぐりのお返しなのです...」

 

 

 

 電、恐ろしい子...!

 

 

 

 ...ちなみに翌日の夕方、北上は春雨とまた一緒に寝ていた。ニヤニヤと寝ているところを見ても、「そんな目で見ても抱き枕はあげないよ〜?」と、もう開き直ってしまったようだ。

 

 しかしどこか、死んだような目をしていたのは気のせいだと信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────episode.3

 

 ☆みんなで“ナノ”です!☆

 

 

「うわぁぁぁぁぁあん!!」

 

 暁が崩れ落ちる。

 

「なんで...っ、どうして......忘れてしまうの......っ!!」

 

「クックック...馬鹿め...っ!」

 

「目先の勝利に囚われた...哀しき獣......!!」

 

 みんなの目と顎が伸びているような...気がする...っ!

 

 どうしてこうなった......!!

 

 

 

 

 

 数刻前。

 

「“ナノ”...なのです?」

 

「なんか面白そうじゃねーか!」

 

 夜ご飯が出来るまでのこの休み時間。

 何かみんなとの距離を縮めるものは無いかと考えた結果、カードゲームを思い出した。

 

 その名も...“NNO(ナノ)”。

 

 一昔前に日本で爆発的な人気を誇り、今でも“修学旅行定番ゲームランキング”の上位に位置する、世界から愛されたカードゲームだ。きっと艦娘のみんなにもこの面白さは通用すると思って、 私がこの前や買ってきたのだ。

 

 ルールを一言で表すと、『カードを一枚ずつ場に出して、手札を無くす』のが勝利条件である。

 

 しかしその中でも相手にカードを引かせたり、一人飛ばしたりと色々駆け引きがあってまた面白いのだ。

 

「おっ?!鈴谷ちゃんを差し置いて楽しいことしようっての??」

 

「ここは譲れません」

 

「あーっ!私もわたしもー!」

 

 わらわらと寄ってくる。こんなこともあろうかと、4セット買ってきたのだ。

 

「いっそのこと、大会でも開くか?」

 

「では...賞品は『翔さんが勝った人のお願いを叶える』で、いいのです?」

 

 

 

 ピシっ...!

 

 

 

 電の一言で、一瞬空間が凍った...気がした。

 

 (ボーキサイトを大量に...)

 (提督と一緒に出かける...)

 (私のことをレディーとして扱う...)

 

 ...みんな何を考えているのかは分からないが、そこはかとなく嫌な予感がする。

 

「あー、やっぱり────」

 

「じゃあこのチームと、このチームと、このチームで!

 電ちゃんは提督と一緒にやってね!」

 

 カードセットをひったくられて、鈴谷が予選チーム分けを流れるように決めていく。

 

 

 

 あれよあれよのうちに、私と電は決勝戦まで勝ち残ってしまった。

 

 「「「.........」」」

 

 ざわ... ざわ...

 

 決勝戦に来たのはよりによって暁、加賀、鈴谷だった。

 この3人からは特に“嫌な予感”がするのだ。

 

 それぞれ巡洋艦、戦艦(空母)、駆逐艦二人のおおよそ四人一チームで予選は行ったが、やはり理解力の高い巡洋艦・戦艦空母が有利だったようだ。

 暁が勝ったのは...運が良かっただけだろう。

 

 村雨が持ってきたちゃぶ台を決勝戦のステージにして、翔がカードをまぜる。

 

 ここは悪いが、勝ちに行くか。

 

 両手に半分ずつ持って、ぱらららら...と交互に重ねていき、一つにする。

 ...マシンガンシャッフル、という技だ。

 

 これを“計八回”、みんなが待ちくたびれないように手早く済ませる。

 ...みんな私の手際に『ほぇ〜』と、見とれていた。

 

 「...提督、貸して下さい。」

 

 加賀が立ち上がり、私の持っていたカードを奪い取りちゃぶ台にぶちまける。

 

「あ、おい!何やってんだよ!」

 

 サイドから摩耶が抗議するが、加賀は無視してぐちゃぐちゃー、と麻雀のように混ぜて一つにまとめる。

 

「先ほどの提督の混ぜ方は、混ぜる前と全く同じ順番でカードが並んでいました。

 

 提督。

 次、ズルしたら...龍田さんに頼みますよ?」

 

 すーっ、と目線だけ動かすと、龍田が微笑みながら薙刀を私の指に向けていた。

 『イカサマとはいい度胸だ、詰められてぇのか?』という意思がひしひしと伝わってくる。

 

「お、おーけー。」

 

 震える声を抑えるようにして、絞り出す。パーフェクトシャッフルは通じなかったか...

 

 全員に七枚ずつ配って、余ったカードを山札として置き、ゲーム開始。

 

 

 

 

 

 (加賀さん!四枚引くのよ!)

 

 (あーっ!鈴谷を飛ばしたなー!)

 

 (リバース...?!

 頭にきました...っ!)

 

 (はいナノって言ってないのです!

 三枚引くのです!)

 

 (うわぁぁぁぁぁあん!!)

 

 (ナノです!)

 

 (電、お前が言うと分かりづらいな...)

 

 

 

 

 

 

 『鈴谷ルート』

 

 

 

 

 

 「やったー!鈴谷ちゃんの大・勝・利ぃー!」

 

 私たちは真っ白に燃え尽きていた。

 

「私が...敗れるなんて...」

 

「あの時...『ナノ』って言っていれば...ううっ!」

 

「私も腹を括ろう。

 ...何がしたいんだ?」

 

 そう、優勝賞品だ。

 勝った者は私が何か一つ願いを叶えることになっているのだ。

 

「じゃあ〜、鈴谷は〜...」

 

 ぎりり、と歯軋りする。

 あの鈴谷のことだ。『美味しいもの食べに行こ〜』やら、『洋服買って〜』やら、まず出費は免れないだろう。

 ...本当に今の私の財布はヤバいのだ(鎮守府改装費を返してかつ、給料日が近いため)。

 

「その〜...鈴谷は...」

 

 私をチラチラ見ている。

 ...わかっているんだ。ある程度は許してやるから、もう一思いになんでも頼んでくれ。

 

 

「その〜...電ちゃんみたいに、ぎゅってしてほしいな〜...なんて────」

 

 だきっ、ぎゅーーーー、なでなでなでなで...

 

「ちょっ?!ていとくぅ?!

 待って、みんな見てるから!!」

 

 「「「「「(ニヤニヤ)」」」」」

 

 鈴谷が何か言っている気がするが、気にせずに撫でてやる。

 こんなことで私の財布を守れるなら、喜んでできる。

 

 「ああぁ...もうお嫁に行けないぃ...」

 

 

 

 

 鈴谷の悲痛のような恍惚のような声が、執務室に響くのであった。

 

 

 

 HAPPY...?END

 

 

 

 

 

 

 

 『暁ルート』

 

 

 

 

 「ぃやったぁぁぁぁあ!私の勝ちね!!」

 

 私たちは真っ白に燃え尽きていた。

 

「私が...負けるなんて...」

 

「『ナノ』って言ってなかったのに...!」

 

「私も腹を括ろう。

 ...何がしたいんだ?」

 

 そう、優勝賞品だ。

 勝った者は私が何か一つ願いを叶えることになっているのだ。

 

「そうね...

 

 ...!」

 

 ハッ、と何かを思いついた暁は、こんな要求を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「赤ちゃんが欲しいわ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...あれ?みんなどうしたの?」

 

 「「「「「......」」」」」

 

 レディーとして認められる=親のような存在=お母さん

 ...という式が浮かび上がる。

 

 

 

 「「「「「......」」」」」

 

 

 

 みんなが私をチラチラ見てくる。

 

「ごほん、...暁。」

 

「なに??」

 

 純粋な、曇一つない瞳。

 全く悪意は無いらしい。

 

「悪いが、赤ちゃんは流石に無理だ。命を育むというのは、大人の女性にも難しいことなんだ。

 そんなことをまだ体格が子供の暁がするのは、ちょっと早い気がする。

 

 代わりに、私のとっておきのプリンをやるから、手を打ってくれないか?」

 

「そ、そんな────」

 

「────聞き分けの良いレディーなら、提督の言う通りにすると思うんだけどな〜」

 

 北上の援護射撃!

 

「────わかったわ司令官!」

 

 納得してもらえたようだ。

 北上をちらと見ると、バチコーンとウインクを返してきた。

 

 

 

 ...今度プリンを私と暁の分と────

 

“3つ”買おうと、心に決める翔であった。

 

 

 

 HAPPY END!

 

 

 

 

 

 

 

 

 『加賀ルート』

 

 

 

 

 

「途中までは鈴谷が勝ってたのに...!」

 

「あの時...『ナノ』って言っていれば...ううっ!」

 

「くっ...よりによって加賀に...!」

 

 そう、優勝賞品だ。

 勝った者は何か一つ願いを叶えることが出来るのだ。

 

「提督...悔やんでも、遅いですよ?」

 

「...わかった。日本男児として、私も腹を括ろう...」

 

「私の要求は────

 

 

 

 ボーキサイト1000、と言いたいところでしたが。」

 

 「?!」

 

「そんなことをすれば艦隊運用が出来なくなるのは目に見えています。

 

 ...提督、私は食べることは好きですが、それなりに弁えているつもりですよ?」

 

「いや、いつも飯の時間になると肉眼では追えない速度で食堂に────」

 

「やはりボーキサイト10000で────」

 

「すいませんなんでもありません!!」

 

「...仕方の無い人ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 私の要求は...今日寝る時、駆逐艦を隣に寝かせて下さい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

「加賀さん!しっかりして、加賀さん!!」

 

 布団に真っ赤な世界地図が出来ていた。

 

 血塗れの駆逐艦たちが加賀を起こそうとしたが、二度とその目が開かれることは無かった。

 

「ちくしょう...轟沈じゃない方法で、加賀を失うだなんて...」

 

 

 

 

 BAD END...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『翔ルート』

 

 

 

 「勝った...勝ったぞおおおおおおお!!」

 

 なんとか持ち前の頭脳と器用さを生かして、地獄のような戦いに勝つことができた。

 

「やったのです!」

 

「提督、流石ですね...」

 

「やっぱ提督凄いよー!」

 

「こ、今回は司令官に花を持たせただけよ!」

 

 やはり昔、オンラインゲームでナノをしていた経験が役に立ったか...?

 

「提督が勝っちゃったから、電ちゃんのお願いを聞こっか!」

 

「はわわわ...えーっとぉ...」

 

 うーん、と少し考えてから、

 

「!!

 私のお願いは────」

 

 天使のような微笑みとともに、

 

 

 

 

 

 「────みんなのお願いを叶えてほしいのです!」

 

 

 

 

 

 「「「「「?!」」」」」

 

 ────死刑宣告。

 

「い、電...?」

 

「まさか、日本男児の翔さんが二言を呈するなんてことは...ないですよね?」

 

 くっ...痛い所を突いてくるっ!

 

「わかった...片っ端から言ってみろ!」

 

 「ソファー一日貸切!」

 

 「明日一日だけだぞ!」

 

 「姉様と会いたい!」

 

 「天龍ちゃんと会いたいわ〜。」

 

 「出撃して名声を得ることが出来れば叶うかもな!」

 

 「アイス!」

 

 「コンビニスイーツ!」

 

 「何かうめーもんが食いてぇ!」

 

 「今度まとめて買ってきてやる!」

 

 「可愛い私服がほしーなー!」

 

 「それは次の給料日を待ってくれ...」

 

 「駆逐艦に囲まれて寝たいです。」

 

 「何故かそれだけはダメな気がする!」

 

 「一人のレディーとして扱ってちょうだい!」

 

 「よしよし可愛いかわいい(なでなでなでなで)」

 

 「もっと私を頼ってもいいのよ!」

 

 「じゃあ落ち込んでる加賀を慰めてやってくれ!」

 

 「その...また、バイクでお出かけに...」

 

 「次の買い出しに連れてってやろう!」

 

 

 

 

 

 ...ふう。

 なかなか面倒なことになったが、とりあえずどうにかなるだろう。

 

 軽い財布がもっと軽くなるの覚悟して、夕飯を作りに行く翔であった。

 

 

 

 

 

 TRUE END!

 

 




後書き

翔「ここまで読んでくれた読者の皆様、」

翔・電『ありがとう(なのです!)ございます。』

翔「今回は初の短編集ということで、コンブもかなり気合入ってたようだな。」

電「あんなことになるんだなんて...酷いのです!!(episode2、Case3)」

春雨「はうう...(episode2)」

北上「ぁは、ははハ...?(episode2、Case4)」

鈴谷「そーだそーだ!!(episode3鈴谷ルート)」

翔「......じ、次回サブタイトルは未定だ。
...が、この先かなり大きく物語が動くかもしれないとの事だ。気長に待っててくれ。
あと、Twitterのフォロワー数も少しづつだが増えているらしい。この『ハーメルン』のコンブのプロフィールから飛べるらしいから、気が向いたらフォローしてやってくれ。
それではまた次回、会えたら嬉しい。さらば...」


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27話 備えあれば憂いなし

電「おまたせしたのです!」

翔「今回は予告通り“繋ぎ”の回になりそうだ。」

電「軽い気持ちで見てほしいのです!てことで...」

翔・電『────本編へ、どうぞ!』



 諜報部第七鎮守府調査から一週間、六月に入って。

 

 

 

「っくぁーーー、いい朝だぜ!」

 

 俺は部屋で艤装の朝メンテナンスを終えて、今から朝飯を食べに行くところだ。

 

「...ん?」

 

 廊下を歩いていると何やらざわついている。

 

 ...どうやら青葉が諜報部で『艦娘新聞』なるものを発行し、興味を持ったいろんな艦娘たちが集っているらしい。

 

 青葉と言えば、突然現れては写真を撮ってきたり、他鎮守府に忍び込んだり、いわゆる“変人”としてみんなは見なしていた。

 

 だが俺は、青葉の目に“アイツ”とどこか似た、強い意志のようなものを感じていた。

 

 そして数ヶ月前。

 

 

 『青葉は...青葉はやりましたよーーー!!』

 

 

 青葉は見事第七鎮守府の悪事を暴き、その功績を讃えて元帥のジイさんは諜報部を設立したって訳だ。

 

 それまで変人だとか言ってた奴らも、次第に青葉を認めていくようになった。

 

 ノリは軽いクセに努力を怠らない...去年まで通ってた軍学校のルームメイトを思い出す。

 確か第六鎮守府に行ったって聞いたが、上手くやってるといいんだけどなぁ...

 

 ...うん、気が変わった。

 青葉の努力の結晶とやら、見せてもらおうじゃねぇか!

 

 ────ぽすっ。

 

 おっ!

 ちょうど人だかりの中から一部飛んできやがった!

 

 ラッキー、と思いつつ手に取ろうとすると、

 

 

 「「あっ」」

 

 

 誰かと手が重なった。

 

「あら、あらあら。お姉さんにも見せてくれる?」

 

「っ、陸奥の姉貴!」

 

 陸奥はここの第一艦隊を勤めている、超強え奴。

 たぶん火力だけで言ったら全鎮守府で三本の指に入るほどの実力者だ。

 この世界基準軽く超えちまってる俺も、敬意を込めて『姉貴』って呼ばせてもらってるほどなんだぜ?

 

「あんたも、この新聞を聞きつけたのか?」

 

「えぇ、そうね。今日は出撃も休みだし、ゆっくり過ごそうと思ったらこの騒ぎよ。」

 

「うし、じゃあ朝飯でもつまみながら見てみようぜ?」

 

「そうね。」

 

 

 

 ────あの第七鎮守府に新提督着任!

 

 ────二十歳(はたち)にも満たない期待の新人?!

 

 ────類を見ない艦娘に対する優しさ!

 (弱視の秘書艦の手を引いてエスコートする写真)

 

 

 

 「「これって...」」

 

 

 

 ────第七鎮守府、鞍馬提督の今後に期待です!

 

 

 

 「「鞍馬くん(の野郎)と電ちゃん(じゃねーか)!!」」

 

 

 

 

 

 

 「「────え?知ってる?」」

 

 二人は顔を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 ────大本営諜報部より、『艦娘新聞』が発行された。

 

 ────この艦娘新聞・第一部は大本営に勤めている艦娘と元帥にだけ配られ、世には出回らなかった。

 

 ────しかし大本営内で大きな反響を得たこの新聞は、後に人間と艦娘の関係を大きく変えることになる...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「...さて、全員集まったな?

 これを一枚ずつ受け取ってくれ。」

 

 一枚一枚名前の書かれた、茶封筒。

 

「こ、これは...?」

 

「みんなへの給料だ。

 

 ...そもそも提督に入る給料の9割以上が君たちの働きなんだ。

 それを私が独り占めだなんて、私にはできない。

 駆逐艦の分はまだ...うん、少なめに入っているが、それ以外のみんなには少し多めに入れたから、服とか高いものを買いたいならゴマすって頼むんだぞ?」

 

 「「「「「......」」」」」

 

 みんな封筒を見てしばらくポカーンとして、

 

 「「「「「て...て......」」」」」

 

「手?」

 

 「「「「「ていとくうううう!!」」」」」

 

「おわっ?!」

 

 みんなが一斉になだれ込んできた。

 

「提督!!

 榛名は...はるなはぁ...!」

 

 涙しながら飛びついて来る娘もいれば、

 

「......」

 

 相変わらずの無表情で飛びついて来る娘もいれば、

  

「提督てめぇ粋なことしやがって!このっ!このこのっ!」

 

 バンバンと背中を叩いてくる娘もいる。...痛い痛い!

 

「そっ、それと、大事な知らせがある!」

 

 

 

 「「「「「......?」」」」」

 

 

 

 ピタァ...と動きを止める一同。

 

「ゲフン、君たちには数多くの出撃・遠征を頑張ってもらったが、夏にある大規模作戦には参加出来ないみたいなんだ。

 そして、今回の大規模作戦は懲戒艦隊として一時的に第八鎮守府の世話になることが決まった。」

 

「つまり...どういうことなんだ?」

 

「第八鎮守府は市民のほとんどが撤退した沖縄に位置する。

 ...まあ、なんだ。大規模作戦に参加せず、たまに近海警備をするだけで、

 

  

 

 ────あとは南の島でバカンスだ!」

 

 

 

 「「な、なんだってー!」」

 

 やはり鈴谷と北上が漫画のように驚く。

 

「今月下旬辺りから約一ヶ月世話になるから、今のうちに私服など各自備えるように。

 あと、買い出しは私か憲兵さんのどちらかを連れていけよ?」

 

 「「「「「了解!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Side・翔

 

 私は第六駆逐隊の三人と北上、摩耶、榛名を電気ジープに乗っけて走っていた。

 見た目は厳ついがあくまで電気自動車...あのジープ“らしい”エンジン音は鳴らない。

 静かで良いのかも知れないが、やはり翔も男。車体を小刻みに揺らすあの『ブロロロロロ...』という音を楽しみたかったのだが、燃料資源がかなり限られているこのご時世なので黙っておく。

 

「てーとくって、バイクも車も運転できるんだね〜。」

 

「ああ。軍学校時代にパパっと取って、今日が初めての運転だ。」

 

 「「「「「え...?」」」」」

 

「大丈夫大丈夫、運転方法は今も覚えている。なんならマニュアルでも行けるぞ?」

 

 つくづく器用な奴である。

 

「じ、事故ったらどうすんだよ!」

 

「事故った時に考える。」

 

「えぇ...」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんなビクビクしていたが、本当は裏で乗り回してるんじゃないかと聞きたくなるくらいにスマートな運転でショッピングモールに着いた。

 

「まずは何を買うのです?」

 

「そうだな...服とかどうだ?

 一応、私が居ると買いづらいものもあるかもしれないから、ここの椅子で待ってるぞ?」

 

 「「「「「はーい」」」」」

 

 ...ちなみに、弱視の電は榛名におんぶしてもらって店内に入っていった。

 

 

 

 

 

 『これとかどう?』

 

 『アタシは服とか興味無いからな...』

 

 『うっわぁ...そんなスタイル良いのによく言えるね〜...』

 

 『手伝うわ!』

 

 わいわいきゃっきゃ────

 

 

 

 

 

 「......遅い。」

 

 みんなを見送って二時間半も私は店の前で待たされている。

 ちらと隣を見ると、一般客のおっさんと目が合った。

 おっさんは『やれやれ...』というような翔に対する憐憫と、同じような境遇...であろう自嘲を含んだ苦笑いを浮かべ、手元の携帯に目を移す。

 

 ...きっとあのおっさんも被害者なのだろう。

 

 ────と、女性とその子どものような人が出てくる。

 

 

 「おとーさーん!」

 

 

 おっさんは手を振り返して、私をちらと見て、

 

 

 

 

 「────お先に。」

 

 

 

 

 ...娘と思われる女の子の手をひいて行ってしまった。

 

 思えば私の両親は、あの事故で亡くなったのだ。

 

 それから軍学校に入学、寮に入り独りで生きてきた。

 

 そこで狂ったように勉学に励んで、電と出会い、今に至る。

 

 

 「......」

 

 

 

 

 

 ......。

 

 

 

 

 

 

 「翔さーん!買ってきたのです!」

 

 「レディーのお洋服選びは時間が掛かるのよ!」

 

 「お、お待たせしました...」

 

 

 

 

 

 ......

 

 「?

 翔さん、何かあったのです?」

 

 「あーっ!わたしもー!」

 

 確かに感じる、ちっさくてやわらかくて、あたたかい感触。

 

 

 

 ...私はもう、独りじゃない。

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 Side・憲兵さん

 

 ...俺は提督に頼まれて買い出しにジープを運転していた。

 

 運転している俺の隣...補助席に加賀、という空母。

 加賀はちょいと前の演習の時にやってきた、寡黙で無表情なやつだ。

 女性的な魅力に溢れていて、シートベルトがそれを強調させている。わざとやってるのだろうか。

 座席に姿勢よく座り、あまりにも話さないため本当に楽しみにしてくれているのかと心配になっていたが、膝の手提げバックから覗く付箋付きのファッション誌が、彼女の胸の高鳴りをこれでもかと表していた。可愛い乙女である。

 

 ...ま、うちの嫁の方が可愛いが。

 

 後部座席には駆逐艦春雨、村雨。

 二人は姉妹で、村雨って子の方が姉らしい。

 彼女はかなり元気な子で、なんにでも一番を目指したがる先走りやすい女の子だ。しかし一番に『今日はよろしくお願いします!』とお礼を言ってくれるあたり、しっかり礼儀を弁えているいい姉だ。

 

 ...惜しくも、うちの娘の方が利口だが。

 

 光に当たると時折桃色に輝く不思議な白髪の子が、村雨の妹の春雨だ。

 この子は昔から気が弱く、話す時は常に敬語、いつも誰かの後ろに居る臆病な艦娘だ。

 しかし誰かと話すことは嫌いではないようで、慣れた相手には彼女自身から話しかけてくるかわいい一面を見せてくれる。

 

 ...もちろん、うちの娘の方がかわいいが。

 

 彼女と気軽に話せるようになれたら、この鎮守府のみんなに受け入れられたと言ってもいいだろう。

 

 んでもって頭に天使みたいな輪っかを浮かべてるのが龍田(今はしまっているようだ)。

 この子は人間と話す時いつも黒い薙刀を手に持つのだが、俺とあの提督────鞍馬くんには気を許しているようだ。

 彼女のふんわりした声は、今はまだ立証されていないが、きっとセラピー効果のようなものがあるだろうと踏んでいる。

 

 ...当然、一番の癒しは妻と娘だが。

 

 その隣、窓際で少し暗い雰囲気を漂わせているのが山城。

 山城は『不幸だわ...』ってのが口癖の確か戦艦だ...が、最近はあまり聞かなくなった気がする。

 彼女はその雰囲気から意志の弱い艦娘だと勘違いされやすいが、どんな事でも揺るがない“芯”の強さを持っている。

 

 ...とはいえ、俺の家族愛の方が強いが。

 

 反対側で窓に張り付き、景色を眺めているのが鈴谷だ。

 この子は加賀と同じく演習の時にやってきた艦娘だが、そこらの女子高生を艦娘にしたんじゃないかと思えるほどに明るい子だ。

 

「ねーねー、憲兵さんっていつから憲兵さんなのー? 」

 

 その鈴谷が後ろから話しかけてくる。丁度暇していたところだ。

 

「二十と五〜六年ぐらいだ。」

 

「へー、ベテランさんなんだ...

 んじゃあ、家族とか居るの?」

 

「ああ。妻とかわいい娘が内地に居るな。」

 

「ほっほーぉ...

 鈴谷たちとどっちがかわいい?」

 

「そりゃあうちの子に決まってらぁ」

 

 「「HAHAHAHAHA☆」」

 

 ...こんな感じでノリもいいやつだ。

 

 

「それにしても...わざわざ私たちの買い出しのために車を出してもらえるなんて、本当にごめんなさいね?」

 

「気にするな龍田。お前らの為なら、俺はみんなにしてあげられることなら何でもしてやるさ。」

 

「.その...お身体は、大丈夫?」

 

「大丈夫だ山城。見ての通りピンピンしてるぜ?」

 

 おっと信号が青になった。

 

 

 

 

 

 

 

 「────本当に、生きててよかった。」

 

 龍田のつぶやきは、誰の耳にも届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「到着...か。」

 

「...本当に、ありがとうございます。」

 

 山城が礼を言ってくれる。

 

「いやいや、俺も留守番とはいえ色々と買い込まないと暇だからな。

 ちゃんと楽しむんだぞ?」

 

 ポンポンと背中を押して、エレベーターに乗る...

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

「おおおー!」

 

 エレベーターを出ると洋服店の店内に出た。

 

「ここならお前たちの欲しい服も見つかるだろう。二時間後、またここに集合な?」

 

 「「「「「はーい!」」」」」

 

 と、憲兵さんに返事をしてみんなで店内を回る。

 夏だからやっぱ半袖...いや、ワンピース...長袖にミニスカート...ホットパンツ...半袖シャツにジーパンってのもアリだよね〜♪

 

 でも、あの憲兵さんもう七月でだいぶ暑いってのに、常に長袖長ズボンに手袋嵌めているんだよねー。

 今日もジーパンにシャツと長袖の上着羽織って、手袋もバッチリ決め込んでる。見ているだけで暑くなっちゃうよ...

 

 ────とか考えていると、

 

「あの...鈴谷さん!」

 

「私たちのお洋服、ちょっと選んでほしいな!」

 

 春雨村雨姉妹があらわれた。

 

「おっ?!

 このファッションマスター鈴谷ちゃんに頼むとは、いいセンスじゃん!大舟に乗ったつもりでついてきなさい!」

 

 春雨ちゃんは絶対に白のワンピースに麦わら帽子とか似合うよね!...よね?

 村雨ちゃんには敢えてホットパンツとかちょいと露出多めに...

 

 ────うん、加賀さんじゃなくても鼻血でそう。

 

「はい。この服と、あとは二人で考えて買ってみたらいいよ。」

 

 「「ありがとーございます!」」

 

 

 

 

 

 村雨春雨姉妹と一旦別れた鈴谷ちゃんは自分のお洋服選びに没頭するのであった〜...

 

 これとこれとこれと〜...♪

 

 適当に洋服を取って試着室に行く。

 やっぱり着てみないと分からないよねっ。

 

 軽い気持ちでしゃー、とカーテンを開くと、男の人がいた。

 ...げっ、見れば靴が置いてあんじゃん!鈴谷ちゃんピンチ!

 いや、慌てる前にまずは謝らなきゃ。

 

 「すいません、ごめんな...さ......」

 

 

 

 

 

 

 「────みんなには言わないでくれ。」

 

 

 

 

 

 

 そこに居たのは、上半身裸の憲兵さん。

 

 前々から思っていた通り、相当鍛えていて腹筋とか腕とかバキバキだった。

 

 でも、問題はそこじゃない。

 

 「なん.........で.........?」

 

 しゃー、と憲兵さんがカーテンを閉じる。

 

 私はしばらく呆然として、他の試着室へ向かう。そんてもって憲兵さんに言われた通り、みんなには言わないことにした。

 

 

 

 

 

 

 ────憲兵さんの身体中に刻まれた、無数の傷跡のことを。

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 数時間後。

 俺たちは昼ご飯をフードコートで済ませ、本やら食糧やら色々と買い込んで鎮守府へ帰ることになった。

 

 みんな水着やら洋服やらを買う時に時間がかかったり、甘いものを食べるとものすごく幸せそうな顔をする辺り、俺の妻や娘...人間の女の子となんら変わりないと改めて思った。

 

 

 

 ...俺は何を買ったかって?

 適当にカップ麺やらビールやらと、鎮守府に戻ってから中古のマンガを大量に買いこむつもりだ。

 




後書き・憲兵さん
「ここまで読んでくれた読者さんに感謝する。
次回から、新章とやらに入るようだ。

ここから先は、本編と関係の無いおまけらしい。
暇なら読んで貰えると嬉しい。

例にもよって更新速度は遅いが、楽しみに待っててくれ。」



────────────────────────



おまけ・青葉の新聞見出し一覧

『あの第七鎮守府に新提督着任!』

『二十歳にも満たない期待の新人?!』

『類を見ない艦娘に対する優しさ!』

『秘書艦の電さんに独占インタビュー!』

『ラジオ番組表』

『新番組・“ぶらり廃港下船の旅”』

『大本営購買部・ボーキャラメル』

『〇〇海域にて目撃情報』

『第一艦隊惜しくも敵旗艦逃す』

『探求!妖精さん七不思議』

『戦艦は何故駆逐艦を狙うのか』

『夏の大規模作戦・編成大予想』

『四コマ漫画“まわれ!ゴーヤちゃん”』

『復興支援募金活動中』

『第一回艦娘川柳夏の陣・募集中』

『逃げる深海棲艦の謎』


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4章 出会いは休暇とともに
28話 夏休みの始まり


 

 ────『私たちは何故(なにゆえ)、戦うのか。』

 

 

 

 

 ────彼女たちの中に、そんな疑問を持つ者もいた。

 

 

 

 

 ────そして幾人か、気づいてしまった。

 

 

 

 

 ────自分が“怨み”という糸に繋がれた、

 

 

 

 

 ────操り人形だということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 4章『出会いは休暇とともに』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「着いたぁーーー!!」

 

 私たちの鎮守府よりもかなり暑く、日差しも遠慮なく照りつけ、体力を奪っていく。

 

 ────私たちは長い船旅を終えて沖縄に着いたのだ。

 

 

 

 陸路...新幹線は途中で破壊されている箇所がある故に九州まで行けない。

 

 高速バス、という手もあるが翔は高速バス特有のあの匂いがどうしても嫌いなのだ。

 

 飛行機?もってのほかだ。もし陸地に落とされたら甚大な被害が及ぶこと間違いない。それにそもそも飛ばす燃料が勿体無い。

 

 今最も重宝されている長距離移動手段・船は、かなり近海を通るため深海棲艦からの襲撃を受けることはまず無い。

 万が一沈められてもゴムボートやら自力で泳ぐなど対処法も多く、輸出入は大抵貨物船が使われる。

 なんなら艦娘に護衛を頼むことだってできるのだ。

 

 船着き場から出て、何人かの艦娘がはしゃぎ回る(主に駆逐艦と重巡二人)。

 

「み、みんなあんなにはしゃいじゃって...」

 

 駆け回る姉妹を、なんか...ものすごくソワソワしながら見つめている暁。

 

「どうした暁?楽しみたいなら楽しむべきだと思うぞ?」

 

「え?」

 

「折角ここまで来たのに、楽しまないと少し失礼じゃないか?

 ...楽しい時にはしゃぐのも、大人の女性────」

 

「みんな待ってぇーーー!!」

 

 ドドドドドド、と走り去ってしまった。

 ...やっぱり子どもは元気が一番だ。

 

 微笑ましい光景を眺めていると、視界の端に何者かがこちらに手を振っているのが見える。

 

 片方は軍服...だが、私の軍服よりもかなり生地が薄く、暑いこの地でも快適そうな装いだった。

 もう片方は髪の長い女性...あの秘書艦だろう。

 麦わら帽子にサングラス、アロハシャツ、手下げバッグからはスポーツドリンクが顔を覗かせている。

 ...なんというか思い切り楽しんでいる装備だ。

 

「長い旅路、お疲れさまです。」

 

「......歓迎する。」

 

 秘書艦が麦わら帽子を脱いで挨拶してくれる。

 

「鞍馬 翔です。」

 

「......和泉 秀吉。和泉式部の“いずみ”だ。」

 

 提督同士、頭を下げあってから固い握手。

 

 「────あなた、は...」

 

 「────加賀、さん?」

 

 サングラスを外して秘書艦...赤城が目を丸くする。そういえば“一航戦”と呼ばれる空母機動部隊で、二人は共に戦った過去があるのだ。

 

「加賀さん...かがさぁん......ううっ!」

 

「赤城さん...あなたとまた... 会えるなんて...っ」

 

 今の二人からすると...例の“あの事件”以来死んだはずの戦友と、何十年振りの再会になるということだ。

 

「...すまんが、貴方の秘書艦を借りたい。」

 

「......奇遇だな。俺も、あんたの空母を借りようとしていた。」

 

 どちらとも無くニヤリと笑う。

 

「加賀、荷物は持っていってやるから、しばらく話してくるといい。」

 

「......赤城、しばらく自由時間だ。

 ...あまり離れすぎんじゃねえぞ。」

 

「「お気遣い、ありがとうございます。」」

 

 

 

 

 

「......ここから鎮守府まで歩いてもらう。...15分程度で着くから、悪ぃが頑張ってくれ。

 

 ────と、あんた。」

 

 みんなを引き連れて歩いていると、例の和泉提督が話しかけてくる。

 

「......なんで、日傘差してんだ?」

 

「か、翔さんは貧血体質だから、なのです。」

 

「そうか...

 ......じゃあ、なんで駆逐艦と手繋いでんだ?」

 

「電は生まれながらに目が弱くてな。杖で一応一人で歩けるが、なるべく手を繋ぐようにしているんだ。」

 

「......なんか、悪ぃな。」

 

 ...提督会議の時から薄々感づいていたが、やはりこの提督は“いい人間”だ。

 多少口が悪いかもしれないが、ある程度の思慮分別を弁えている。

 

「......あんたの艦娘、なかなかいい顔してんじゃねぇか。

 会議ん時の他鎮守府の秘書艦共の顔、見たか?

 いったいどうやったらあんなことになるんだ...?」

 

 思い出したくもねえぜ、と顔をしかめる和泉提督。

 ...そうか、ここは本州と遠く離れた地。

 他鎮守府の情報など何ヶ月かに一回の提督会議か、ラジオでしか手に入らないからこそこんなに平和が保たれているのかもしれない。

 

「艦娘を、物のように...奴隷のように扱っている提督がいるんだ。

 そうでなくても、一日中遠征に行かせたり戦いで傷ついた艦娘を放置したり...酷いものだ。」

 

「......んだとォ?!

 女の扱いを荒くするなんざ男の風上にも置けねぇじゃねぇか!」

 

 突然の豹変ぶりに電がびくっ、と震える。

 

「......あぁ、悪ィ。

 ちと、正義感が盛っちまった。

 ...んで、提督会議の妙に着飾ってる奴らぁ“そういう奴”ってことか?」

 

「そういうことになる。

 私利私欲に給金を使い果たして、艦娘には何一つ施しを与えない。」

 

「......命張って戦ってるのは艦娘ってのによォ。」

 

「...ところで、和泉提督────

 

「────秀吉でいい。」

 

「────秀吉、私と初めてあった時より口数が増えている気がするんだが。」

 

「......あー?あー...」

 

 下を向いてぽりぽりと頭を掻く。明らかな動揺の表れ。

 

「答えたくないなら────」

 

「......いや、話す。」

 

 秀吉がちらと後ろを見やる。うちの艦娘はみんな周りを見回したり、何するか計画を立てたり。赤城と加賀も一番後ろの方で話しているのが見える。

 それを確認して、口を開く。

 

「......あんたと、そこのちびっ子...電だっけか?

 今から言う事は、ちとみんなには黙っといてくれ。」

 

 

 ∽

 

 

 「...!」

 

 パチン。

 

 

 ∽

 

 

「......俺はなぁ...艦娘が好きだ。

 

 明るい奴もいれば、暗い奴もいる。赤城みてぇに『日本』って感じの奴もいれば...妙に懐いてくる似非(えせ)外国人みたいな奴もいる。

 

 どんな奴も俺を慕ってくれて、話しかけてくれるんだが...

 

 その...なんだ。恥ずかしいんだよ。

 

 どうしても心から素直になれねぇって言うか...アイツらの前じゃあどうしても口数が減っちまうんだ。

 

 俺自身も自覚しているんだ。でもなぁ、直せねぇんだよ...

 

 ......んでもって、アイツらからすると、話しかけてやってんのにまともな返事も来ねぇって事だろ...?

 ...つまり、アイツらぁ俺のことを嫌ってるに違いねぇんだ。」

 

 「「......」」

 

 私と電は目を合わせる。

 

「......最初緊張して寡黙なイメージが着いちまったんだろォなぁ。

 ...懲りずに色々と話しかけてくるのも、上辺だけの付き合いってヤツなんだよ。」

 

「...私は、」

 

「......ぁあ?」

 

「ひっ...!

 そ、その...もし、私があなたの艦娘さんだったら...和泉司令官さんの本心に、気づくことができると思うのです。

 もし、気づけなかったとしても、和泉司令官さんが素直になってくれれば...私は、あなたを喜んで受けいれるのです。」

 

 和泉は一瞬驚いたような顔をして、ニヤリと口角を上げて、

 

「......ちびっ子、なかなか嬉しいこと言ってくれんじゃねぇか!」

 

 ぐしぐしと少し荒く頭を撫でる。

 

「ちびっ子じゃないのです!い、電なのです!」

 

「......そうかそうか、ちびっ子ぉ!」

 

「はわわ、聞いてないのですぅ...」

 

 その後もしばらくお互いの鎮守府について話していたが、加賀と赤城が真後ろにいたことに三人は気づかなかった。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 しばらく歩いていると、真新しい鎮守府とリゾートホテルのような建物に着いた。

 

 沖縄に鎮守府が建てられたのは意外にもここ数年のことで、それまでは艦娘が居なかった為に沖縄は孤立していたのだ。

 しかし艦娘が現れて制海権を徐々に取り戻し、どうにか繋いだ航路でほとんどの沖縄県民は九州へ避難したのだ。

 しかし故郷を捨てられないと残った、数少ない国民と領土を守るためにこの第八鎮守府が建てられた...という訳だ。

 

「......うし、んじゃあこの建物の好きな部屋を使ってくれ。」

 

 

「「「「「...え?」」」」」

 

 

「......そこんホテルぁ経営者が本州に逃げちまってよォ、だーれも使ってねぇから俺らも備品をちと拝借してんだよ。

 ある程度荷物整理済んだら、またここに来い。」

 

 その経営者は無責任な奴だ、と言いたいところだが、ここはいつ襲撃が来るかわからない島国。

 いつぶっ壊されてもおかしくない、観光客も0に等しいこの地で経営はできないはずだ。

 

 思えば私たちはさっきまでかなりの大通りを道路いっぱいに広がって歩いていたのに、一台も車や馬車、それどころか人も見かけなかった。

 

 ほぼ人気(ひとけ)のない南の島でリゾートホテルにタダで泊まれるだなんて。提督になって良かったと思う私であった。

 

 

 

 

 

「わーい!!」

 

 ボフゥッ!

 

「なかなかいい部屋じゃねーか!」

 

 ドサドサ。

 

「いや待てなんでお前らも来ているんだ!」

 

 暁がベッドにダイブして摩耶が大量の荷物を持ち込む。

 

「折角たくさん部屋あるから、みんなで適当に使ってくれ。

 うちの執務室みたいに広けりゃ良いが、流石にここでも全員一部屋に寝泊まりは無理だ。」

 

 「「「「「はーい...」」」」」

 

 とぼとぼとみんな適当な部屋に入っていく。

 

 ちなみに電は私と同室だ。みんなも納得してくれた。

 

 

 ...ん?ホテルで女の子と同室、何か問題でもあるか?

 

 

 ∽

 

 

 秀吉をあまり待たせる訳にはいかないので、適当にバッグを置いてエントランスへ戻る。

 

「......集まったな?

 俺の鎮守府を紹介してやらぁ。」

 

 ホテルの隣の建物...鎮守府の扉を開く。

 

 ガチャ────

 

「しょーーーーぐぅーーーーん!!」

 

 ────ドバァッ!

 

「ヴォフゥッ!!」

 

 扉を開いた瞬間、秀吉は人体から出る音とは思えない衝突音を置き去りに吹き飛んだ。

 

 ...見ると、誰かが抱きついている。

 

「......誰が豊臣だ似非外国人...しかもてめぇ、今日は客人を呼ぶって言っただろうが...ッ!」

 

「おっと失礼したネー!」

 

 悪びれもなく、にひひと笑いながら起き上がる。

 

「金剛姉さん?!」

 

「Oh!榛名?!

 積もる話はcome on, my room!」

 

「えっあっ、ひあああああぁぁぁぁ...」

 

 すごい勢いで榛名が拉致されていった。なんというか嵐のような娘だった。

 

「......すまん、うちの金剛が。」

 

「大丈夫だ。ゆっくり話くらいはさせてやろう。」

 

 ドドドドドド...

 

「あっ!おかえり将軍!!」

 

 ばふっ。

 

 これまた凄い速さで廊下を走っていた艦娘?を、秀吉が正面から受け止め...きれたようだ。

 

「......誰が豊臣だ爆走エロウサギが...!」

 

 言葉はやはり荒いものの、リボンカチューシャの上からぐしぐしと頭を撫でている。これが彼なりの“ただいま”なのだろう。...撫で方は荒いが。

 

「この人たちが来客の人たち??」

 

「......そうだ。」

 

 するとその駆逐艦は私たちに向き直って、

 

「第八鎮守府所属、駆逐艦島風です!

 そ、その...わからないことは聞いてねっ!」

 

 言って、どこかへ走り去ってしまった。

 

「......悪ィなぁ、落ち着きがない奴で。意外と周り見て走り回ってるみたいでよォ、今まで衝突事故を起こしたことがねぇんだ。

 ...まぁ、チビッ子の為にあんま走らないようにァ言っとくから、安心しろ。」

 

 それを聞いて翔はほっとした。目が見えない電にとって、大きな音を立てながら何かが近づいてくるのは本当に怖いのだ。

 秀吉...言うこと為すこと荒いが、気配りは細かいヤツだ。

  

「......付いてこい。」

 

 

 

 

 

 

 

「......ここが工廠と、ドックだ。」

 

「あっ、将軍!お客さんですか?

 ようこそ第八鎮守府へ。装備開発と修復と改造(まかいぞう)は、この夕張におまかせ下さい!」

 

 ...一瞬小声が入ったように聞こえたが、翔は気にしないことにした。

 

「......誰が豊臣だ貧乳メロン...!

 

 ...こいつは夕張だ。装備やらで困ったら、相談しろ。」

 

 ちなみに後から聞いた話だが、夕張がここに配属されたのは国民がほとんど居なくて、かつ放置された米軍基地の設備が豊富なため、新しい艤装を開発した時の実験場に出来るから...だそうだ。

 確かにレーダーやら測定機器は基地に揃っているので、うってつけなのも理解できる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に向かったのは執務室。

 

「...んぁ?

 おかえり将軍。」

 

 扇風機に当たりながら寝っ転がって漫画を読んでいる、全身から怠惰全開オーラを放っている艦娘が一人。

 

「......誰が豊臣だ怠け眼鏡...!

 ...エアコンと扇風機は同時に使うなって言っただろ。

 

 ......こいつは望月。駆逐艦だ。」

 

「...ぅあ?この人たちがお客さん?

 よろしくね〜」

 

 ...どこか北上に似ている気がする。

 

 ちなみに、読んでいた漫画のタイトルは『FAIRYHEAD』だった。武闘家の主人公“フユ”と仲間たちのバトルファンタジーな漫画で、多くのファンから支持を得ている。

 

 ...エネルギー節約のためにパチンコは全て潰れ、競馬場は食糧確保のための農地にされたおかげで、中古のマンガや本は日本国民の数少ない娯楽になったのだ。

 

「『......館内放送。

 ...第八鎮守府、全艦娘は食堂に集合しろ。』

 

 ......手短に歓迎会でも開こうじゃねぇか。」

 

 

 

 

 

 

 食堂、と言ったものの実際はホテルの食堂だった。

 とはいえリゾートホテルの食堂。私たちとここの艦娘全員が一人一テーブル使っても余るくらいに備品は揃っていて、広々としていた。

 

 「あーーっ!」

 

 誰かが私を見て声を上げ、指をさす。

 

 ...ツインテール、加賀のような改造弓道着、控えめな胸。

 軍学校時代の数少ない友────

 

「────瑞鶴じゃないか!」

 

「あんた、今すっっっごく失礼な方法で私を思い出さなかった?」

 

「き、気のせいだろう。」

 

 勘のいいガキは嫌いだ、というある漫画の言葉が何故か頭をよぎる。

 

「ふん、まあいいわ。

 てかあんた提督になったの?!」

 

「そうだ。第七鎮守府提督、鞍馬翔だ。」

 

 どやぁ...

 

「なれたのね、提督...まぁあんたならこうなると思ってたわ。」

 

「......知り合いか?」

 

 秀吉が口を挟む。

 

「あっ、将軍居たんだ!」

 

「......誰が豊臣だこのまな板ツンデレツインテ...!」

 

「いつも思ってんだけどあたしだけ当たり強くない?!

 ツインテはあたしの趣味よツンデレじゃないわあとまな板言うなーっ!」

 

 みんな流しているのに瑞鶴はきっちり全部答えている。

 

 ...当たりが強い理由がほんの少しだけ理解できた。

 

「...まぁ、鞍馬くんが軍学校に通ってた頃に知り合ったのよ。」

 

「そういうことだ。

 と、確か君は大本営鎮守府で働いていたと聞いた気がするのだが...?」

 

「あー、それはね...

 新しくここ(沖縄)に鎮守府ができるってことで、赤城さんと一緒に異動になったのよ。

 

 

 

 ────今のあたしは、誰よりも強いんだから...っ!」

 

 

 

 妙に力の入った声。

 ...あ、加賀が瑞鶴を冷たい目で見ている。

 

「...調子に乗らないことね、五航戦。」

 

「か...加賀さん?!」

 

「そもそもあなたが赤城さんと異動になったのはどうせあなた一人じゃ頼れないからでしょう?」

 

「加賀さ────」

 

「......おい、加賀とか言ったな?」

 

 秀吉が声をかける。...まぁ、自分の艦娘にそんなこと言われたら────

 

「...すいません、少々言葉が過ぎました。」

 

「......俺じゃねぇ。」

 

 がこんっ...

 

「はぁっ...はぁっ......ぅうああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 「「「「「?!」」」」」

 

 膝から崩れ、突然頭を押さえて叫び出す瑞鶴。ひとしきり叫んでから、ばたりと倒れる。...気を失っているのか?

 

 突然過ぎる展開についていけない第七鎮守府メンバー。...いや、第八鎮守府の艦娘たちもきょとんとしている。

 

 

 

 瑞鶴を背負った秀吉が一言。

 

「......二度とこいつに、『頼れねぇ』とか、言わないでくれ...」

 

 そのまま食堂を去る。

 

 

 

 

 

 ────歓迎会は中止となった。

 

 

 

 




後書き

「ここまで読んでくださった読者の皆様、ありがとうございます。コンブです。
勝手に章管理をして、さらに冒頭に変な前置きを書いてますが、この4章でお話が動き出す...予定です。

...早速加賀さんと瑞鶴が怪しいですが、今後どうやって仲を持ち直すのか、そして思い切りはしゃぎ回る艦娘たちの可愛い姿を書こうと思っています。

次回・サブタイトル予想『不器用な男』。

お楽しみに!」
















憲兵さん「おい、俺の出番は無いのか?」

「いえいえ、憲兵さんにも動いてもらいますよ?
────たっぷりと。」


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29話 不器用な男

翔「今回はかなり手が進んだらしく、早めに投稿出来たそうだ。あと、初っ端から鬱展開注意...とのことだ。」

電「迫り来る受験からの逃避────」

翔「────ほっ、本編へどうぞ!!




(電、そういうのは言っちゃダメだ!)」

電「(わ、わかったのです...)」



 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────私には、姉がいた。

 

 綺麗な白髪の...翔鶴って人なんだけど、優しくて、美人で、落ち着きがあって、怒らせたら鬼よりも怖い...

 

 でも、本当に尊敬できる姉さんだった。

 

 私が艦娘として生まれて、軍学校に通ったあとすぐに着任した鎮守府で翔鶴姉と会えた。

 

 でも、そこに着任してかなり経ってから...あの日。

 

 大規模作戦の時に、翔鶴姉は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────かく!

 瑞鶴!しっかりなさい!!」

 

 翔鶴姉からの声。唇を噛んで、朦朧とする意識を無理やり覚醒させる。

 

 大破進撃...私よりも翔鶴姉の方が危険なのだ。

 

「あと少しで夜よ!夜戦に持ち込めば勝てるのよ!!」

 

 ...そうだ、甲板をやられて攻撃機を発艦できないが、どうにか夜戦になれば戦艦たちがトドメを...!

 

 『......!!............!!』

 

 仲間が遠くで何か叫んでいる。

ㅤ指さす方向を見た瞬間───

 

「うぁっ!」

 

 水平線に浮かぶ夕日が私の目を刺してくる。

 日差しに怯んだ無防備な一瞬。

 

 ────そこに、敵艦の砲撃が飛んできた。

 

「がっ!!」

 

「瑞鶴ッ!!」

 

 肺を握り潰されたように空気が押し出され、身体中が焼けるように痛い。恐らく大破したのだろう。

 

 艦娘には、艦娘に対するダメージを服装が肩代わりしてくれるという加護が備わっている。

 しかしこの加護は、二つ注意すべきことがある。

 一つは陸地では発動しないこと。もう一つは、あまりにも服装のダメージが大きすぎる...大破してしまうと、だんだん肩代わりの効果が薄れていくことだ。

 

 大破状態で進撃して攻撃を受けると、服装が肩代わり出来なくなったぶんのダメージを直接肉体に受け...

 

 ────沈んでしまう。

 

 

 

 ブロロロロロ...

 

 

 

 どうやって飛んでいるのかわからない、飛行機とは思えぬ異形の集団...

 敵の艦載機が追撃に飛来するのが見えた。

 

 吹き飛された私は明滅する視界と煙を上げる三半規管を手掛かりに起きるのがやっと...回避運動などできやしない。

 

 ...翔鶴姉のいる鎮守府に着任できて、第一艦隊の艦娘として最前線で戦えて、今こうして戦火に呑まれて沈む。

 軍人としてこれ以上ない幸せ。

 

『─────!!』

 

 遠くで仲間が叫ぶ声。

 

 艦載機が近づいてくる音。

 

 敵か味方かわからない砲撃音。

 

 目を閉じる────

 

 

 

 「瑞鶴ぅぅぅーーーーー!!!!」

 

 

 

 「?!」

 

 ドっ!!

 

 ────ズドドドドド!!

 

 翔鶴姉からぶっ飛ばされた。

 

 弓道場で無作法を働いた時より、諜報部(あおば)にスリーサイズを流した時より、楽しみに取っていたプリンを間違えて食べてしまった時より────

 

 ────その蹴りは重かった。

 

 目を開ける。緋色が目を刺す。翔鶴姉が手を広げて仁王立ちしているのが、半分近く沈んだ夕日に重なっていた。

 

 ...翔鶴姉の身体から、木漏れ日のように無数の光が差している。

 

 ぐらり、と揺れたかと思えば、翔鶴姉は倒れた...

 

 ────いや、崩れ落ちた。

 

 穴だらけの身体が自重に耐えられなくなったのだ。

 

 

 

 

 

 「翔鶴姉ぇぇぇーーー!!」

 

 

 

 

 

 ぼちょぼちょどぷん、と────

 

 

 

 

 ────最愛の姉は、沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「秀吉、何があったのか話してくれ。」

 

 一度みんなで医務室に行ったのだが、軽い発作による気絶だったようで大した問題は無いらしい。

 

 しかし私と電、加賀は時間を空けて医務室へ向かったのだ。

 

「......瑞鶴は、」

 

 ボソリ、と低い声で話し始める。

 

「......瑞鶴は...ここに三年ほど前に、大本営から来た。

 ...いや、ここにいる大体の艦娘...島風と金剛以外のヤツらが、あの爺さんが寄越してきやがった艦娘だ。

 

 だが、瑞鶴に関してはちぃと事情があってなァ...

 ...俺が知ったのも、つい去年の事なんだが...コイツがここに来たのは、『メンタルケア』ってヤツの為なんだとよ。

 

 ...あの爺さんはそこまでしか口を割らなかったから、俺も赤城に聞いたんだが、どうやら...姉貴を亡くしたんだとよ。」

 

 「「「??!」」」

 

 姉妹艦が沈む...聞いただけで電が涙目になる。

 

「......まぁ、そんとき一緒に出撃してたらしいからよォ、守れなかったとか、色々背負ってんだろぉなァ...

 ...男なら────家族とはいえ、仲間の戦死と割り切れるかもしれねぇが...女だから余計に、なぁ...」

 

 ...秀吉は本当に自分が嫌われていると思っているのだろうか。

 口調は荒いかもしれないが、言っていることを要約すれば女性の心を考えてやれる、ものすごく紳士的な人間だ。

 

「......こいつがこっちの鎮守府にやってきた時は、打ち上がって腐っちまった魚みてぇな目をしてたんだけどよォ...

 俺もちぃと腹立って、ガツンと言ってやったら...弓道場に引き籠もって、練習し始めやがったんだ。」

 

ㅤガツンと言った、などと言っているが、秀吉のことだ。

 

「...ちなみに、なんて言ったんだ?」

 

 すると秀吉は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、

 

「俺も後から事情知って後悔してんだけどよォ、確か俺が着任したての頃────」

 

 

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

 

 

 ────第八鎮守府設立・着任から二ヶ月。

 

 最初は赤城とかいう奴に手取り足取り教えてもらっていた仕事も把握して、ここでの暮らしにも慣れてきた頃。

 大本営の艦娘は固ぇ奴らと思っていたら、そこらにいた可愛い女に砲と機関を乗っけたようなのばっかだ。

 

 しかもみんな申し分ない...どころか、着任したての俺がこんなに活躍してもいいのかと思うほどに、いい戦果を挙げていた。

 

 ...そういや先週出撃させたら、英語混じりの口調の活発な戦艦を連れ帰ってきたんだっけな。

 

 

 

『......』

 

 

 

 だが、そんな艦娘の中に一人...問題児がいた。

 

 目の前でさっきから、いや...この二ヶ月ずっと、波止場から海を見つめている“瑞鶴”って奴だ。

 

 こいつは書類によると、どうやら精神的疾患だかを持ってるらしく...

 あれだ、“乙女心”とかいうあれだろう。

 

 ...だが、もう限界だ。

 恐らくこの瑞鶴とかいう艦娘、俺よりもずっと長く軍で働いた...いわゆる先輩、のはずだ。

 

 しかし俺の立場は指揮官。上司である。

 

 俺は座っている瑞鶴に近寄った。

 

 

 ∽

 

 

 (んー?あれはズイカクとテートク?

 NINJAのようにチョット覗いてみるネー!)

 

 

 ∽

 

 

『......瑞鶴』

 

『......』

 

 やはり、遠くを見つめてぼんやりしている。

 

『...提督、そっとして────』

 

『......赤城、お前は先に...執務室に戻ってろ...』

 

 むぅ、と不満げながらも鎮守府へ歩いて行く秘書艦(赤城)

 

 しばらく赤城がどっか行くのを待ってから、もう一度。

 

『......おい、瑞鶴。』

 

『......』

 

 

 ぶちり...と、何かが切れた。

 俺は息を肺いっぱいに吸い込んで、

 

 

 

 『────ずぅぅいかくぅぅぅぅぅぅ!!!!』

 

 

 

 『?!』

 

 油を差さずに放置した歯車のように、ゆっくりと、こちらを見る瑞鶴。

 俺は勢いのまま思いの丈をぶつける。

 

『てめぇを見てたらイライラするんだよォ!!

 んな所で座り込んでて良いのか?!』

 

『......ぁ...ぇ...?』

 

 最近ラジオで聴いたことなのだが、本州の方で大敗、撤退するという事件があったらしい。

 

『(ラジオで話題の他鎮守府の大破・轟沈事件と)

 また同じことをここでも繰り返すンかァ?!』

 

『ぁ......ぅあ......』

 

 俺は指揮官として、艦娘(部下)たちを沈めたくはない。こいつに何があったか知らねぇが────

 

『────もう(他鎮守府のように)仲間を...同じ鎮守府の家族を失いたくねぇって思わねぇのか?!』

 

『ぇ...ぁ......!』

 

 

 

『いい加減目ぇ覚ましやがれ!!』

 

 

 

『......』

 

 瑞鶴はしばらく俺の目を見つめてから、

 

『ぅ...あぁ...うわああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 今まで溜め込んでいたものをぶちまけるように泣いた。

 

 ...後ろで聞いていたらしい赤城が瑞鶴を抱きしめる。

 

 ...あーあ、女泣かせちまった。

 ただでさえ艦娘からの信頼は薄いのに、どう顔向けすればいいのやら...

 

 

 ∽

 

 

 (テートク、ふ、Familyだなんて...

 あんなにもワタシたちのことを大切に...っ!)

 

 

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

 

 

 「────って感じだ。

 

 ...確かこの日から、妙に金剛が懐いてくるように...なったんだっけな...?

 

 こいつ(瑞鶴)がその日から心入れ替えたのも、プライドを傷つけられた恨みを晴らすため...俺に一泡吹かせようと躍起になってん────」

 

 ガチャ、どんがらがっしゃーん!

 

 「「?!!」」

 

 背後から轟音。

 見ればドアから艦娘たちがなだれてきたようだ。

 

「......てめぇら、聞いて────」

 

「あのさぁ将軍。」

 

 秀吉の言葉を遮って、ぱんぱんと埃を払いながら望月が面倒くさそうに言う。

 

「この際だから言っとくけど、みんなが将軍のこと嫌ってると思う?」

 

「......眼鏡餅...

 お前を抱き枕代わりに昼寝してから...昼休みになると、変に不機嫌に────」

 

「────だ、だって...

 

 

 

ㅤ...あれ以来一緒に寝てくれないんだもん。」

 

 

 

 頬を紅く染めて...ぎゅ、と秀吉の裾を掴む。

 

「......望月ィ...」

 

「Hey!ショーグン!!」

 

「......似非外国人?

 あの時から妙に懐きだしたのも、瑞鶴を泣かせた俺に同情────」

 

「ショーグンがズイカクに話してたコトを聞いて...ワタシ、涙が止まらなかったデース!

 Everyone、Please Listen!」

 

 金剛がポケットから何かを取り出し、電源を入れる。

 

 ぷちん

 

『......俺はなぁ...艦娘が好きだ。』

 

「......おい!これって────」

 

 立ち上がろうとする秀吉を、望月が止める。

 

『明るい奴もいれば、暗い奴もいる。赤城みてぇに『日本』って感じの奴もいれば...妙に懐いてくる似非外国人みたいな奴もいる。

 

 でもなぁ、どんな奴も俺を慕ってくれて、話しかけてくれるんだが...』

 

「......やめろぉぉぉ!!」

 

『その...なんだ。恥ずかしいんだよ。

 

 どうしても心から素直になれねぇって言うか...アイツらの前じゃあどうしても口数が減っちまうんだ。

 

 俺自身も自覚しているんだ。でも、直せないんだよ...

 

 んでもって、アイツらからすると、話しかけてやってんのにまともな返事も返されないって事だろ...?

 ...つまり、アイツらぁ俺のことを嫌ってるに違いねぇんだ。』

 

 「「「「「......」」」」」

 

『......最初緊張して寡黙なイメージが着いちまったんだろォなぁ。

 ...懲りずに色々と話しかけてくるのも、上辺だけの付き合いってヤツなんだよ。』

 

 『...私は、』

 

 『......ぁあ?』

 

『ひっ...!

 そ、その...もし、私があなたの艦娘さんだったら...提督さんの本心に、気づくことができると思うのです。

 

 もし、気づけなかったとしても、和泉司令官さんが素直になってくれれば...私は、あなたを喜んで受けいれるのです。』

 

『......ちびっ子、なかなか嬉しいこと言ってくれんじゃねぇか!』

 

『ちびっ子じゃないのです!い、電なのです!』

 

『......そうかそうか、ちびっ子ぉ!』

 

『はわわ、聞いてないのですぅ...』

 

 ────再生が終わった。

 

 しばしの静寂。

 

 

 

 ガチャ

 

 

 

「あら皆さん揃って何を────」

 

 金剛の録音機を見た瞬間逃げ出す。

 

 ダッ!

 

「赤城てめぇ────」

 

 「「「「「このバカ将軍!!」」」」」

 

「うおぁっ?!」

 

 どどどどど...と艦娘たちが秀吉になだれ込む。

 

「あたしの脚をはやいって褒めてくれたのは...将軍が初めてなんだから!」

「私の汚れた手を『頑張った証だな』って言ってくれたの今でも覚えてるわ!」

「あなたの秘書艦になって、辛いだなんて一度も感じたことは無いです!」

「今までずっと勘違いしてたなんてバッカじゃないの?!」

 

 逃げたかと思いきや赤城も飛びつき、瑞鶴も掴みかかっている。

 ...口ぶりから、しばらく寝たフリで聞いていたらしい。

 

 

「...加賀、電。」

 

 

「「はい。」」

 

 二人を連れて、そっと救護室を後にする...

 

 ────怒りと羞恥を感じながらもどこか嬉しそうな、秀吉の表情を濁さないように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「遅いわ...」

 

 あの子の帰りを待って一週間と少しが過ぎた。

 もしも“奴ら”に襲われたら、逃げろと言っておいたのだが。

 

「やられたとしても...遅い...!」

 

 ガラガラっ!

 

「姐さん!」

 

 横開きの扉を勢いよく開いて、戦艦が入ってきた。

 ...たしかあの子と一緒に出撃した子だ。

 しかしその身体はボロボロにやつれていて、自慢の盾と砲を組み合わせたような艤装は煙を噴いていた。

 

「私が...不甲斐ないばかりに......っ!」

 

「どうしたの?落ち着いて、私に話してちょうだい。」

 

 

 〜説明中〜

 

 

「────それで、不意打ちを食らって渦潮に巻き込まれて、はぐれちゃったの...?」

 

「そうです...離島で嵐が過ぎるまで待って、丸三日ずっと捜してたんですが、見つからなくて...

 うぅっ...あの子、大破してたから...艦載機も飛ばせない...もしかしたら、捕虜にされてるかも...ううぁっ...」

 

「ありがとう、潜水組を東北の鎮守府周辺に捜索に向かわせるから、あなたは休んでなさい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんなが居なくなって五日目、そろそろこの静けさにも慣れてきた。

 

 朝起きて筋トレと走り込みでひと汗流してから、軽く朝食を摂って書類整理。

 

 ...と言っても、俺がこなすのはここの提督...翔くんの10分の1程度だ。

 

 襲撃・異変が無かったか、資材はどの程度残っているかなどを適当にまとめて、ポストに投函するだけの簡単な仕事だ。

 

 

 

 「〜〜♪、〜〜〜♪」

 

 

 

 そんなちょろい仕事を終えた俺は今、Haveing Dream...通称『ドリハブ』の『福岡LOVERS』を口ずさみながら海岸を歩いている所だ。

 

 今日は暑い日だが、砂浜には俺しか居ない。

 

 そもそもここが夏でもあまり暑くならない北の海岸だから、というのもあるが、深海棲艦が現れてからめっきり人気(ひとけ)がなくなってしまった。

 ...まぁ、仕方が無いな。

 

 「近そうでまだ遠い、福岡〜〜♪」

 

 人気の無い海でも、ゴミは増える。

 ...海からビニールやら缶やらが漂着するのだ。

 

 聞くところによるとこの辺りの海流はこの海岸に向かっていて、毎日なかなかの量の(ゴミ)が流れ着くらしい。

 

 海に人が来なくなってからというもの、少し生意気な話だが...この海岸が自分の土地のように錯覚してしまう。

 そんな海岸にゴミが落ちていれば、自分の部屋を汚されているような気がして。

 

 ────今日も俺はゴミ拾いに精を出す。

 

 

 「天神駅前の〜......ん?」

 

 

 よく見ると人が倒れている。もう少し近づくと、白髪の幼女だ。

 ────あの姿には、見覚えがある。

 

「おい、大丈夫か?!

 響!!

 

 ......響...?」

 

 やけに肌が白く、帽子を被っていない。

 ...周りには落ちていないようだ。

 

 いや待て、服装が響とまるで違う。

 

 でも、こんな特徴的な格好で...しかもボロボロの状態で海岸に打ち上げられているということは、偶然響と身体が似ている艦娘だろう。

 響のように嵐に遭ったのか、艤装の機関部をやられたか...いずれにせよ、保護しなければ。

 

 俺はゴミ袋とトングを投げ捨て...いや、ゴミを散らさないようにそっと置いて、服が濡れるのも構わずに幼女を背負っ...

 

 ...ん?全く濡れていない。

 

 撥水加工なんてレベルじゃないくらいにカラカラだが、毎日俺が海を歩いていること、そしてこの子の髪に引っかかったみずみずしい海藻が、今日漂着してきたことを示している。

 

 

 

 (ま、最近話題の“装備改装”ってやつだろう。)

 

 

 

 俺は急いで鎮守府に駆け込んだ。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 「......(じーっ)」

 

 ────ちゃぷん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




後書き・電

「ここまで読んでくださった読者の皆様、ありがとうなのです!
今回はコンブさん曰く、かなりお話を動かす分岐点?ターニングポイント?の回らしいのです!
まだまだ回収されていないフラグたちも、この先ドンドン活躍するから是非、待ってて欲しいのです!

次回・サブタイトル予想『最高で最悪の夏』

...お、お楽しみに!(意味がわからないのです!)」


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回想 これまでのあらすじ

※前回投稿から3ヶ月以上空いたので、特別にあらすじを挟ませていただきます。

※ここまで一気に読んで下さった読者の皆様は、このお話を読まなくても小説を楽しむことができます。








翔「...ここで話すのも久しぶりだな、電。」

電「読者の皆様、翔さん、お久しぶりなのです!」

翔「突然次話投稿というのもアレだから、コンブ自身が思い出すためというのも含めて今までのあらすじをまとめてみたぞ。」

電「ここまで一気に読んで下さった読者の皆さんは、ブラウザバック推奨なのです。」

翔「それでもいいなら────」

翔・電『────あらすじへ、どうぞ!』



 

〜登場人物〜

 

 鞍馬 翔

 

 第七鎮守府の現提督。電と共に軍学校を卒業し、第七鎮守府に着任した。

 頭はかなり良いが、授業中はほとんど寝て過ごしている癖に筆記テストではほとんど満点を取るので教師からは嫌われていた。

 身体能力はかなり低い。軍学校で教わった護身術程度はマスターしているらしい...が、激しく抵抗されるなど単純な力比べにはめっぽう弱い。

 電を半身のように頼りにし、また頼られている。艦娘への風当たりが強いこの世の中で何故二人が深い信頼関係にあるのかは...まぁ、読み進めていただきたい。

 

 

 電

 

 暁型四番艦の駆逐艦であり、第七鎮守府の現秘書艦。翔と共に軍学校を卒業し、第七鎮守府へと着任した。

 生まれた当初からほとんど目が不自由で、それ故に軍学校では成績を挙げられず人間はおろか、艦娘からも笑われ避けられていた。

 翔を半身のように頼りにし、また頼られている。艦娘への風当たりが強いこの世の中で何故二人が深い信頼関係にあるのかは...まぁ、読み進めていただきたい。

 

 

 ∽

 

 

【一章】

 

 軍学校を卒業した主人公“鞍馬翔”と秘書艦“電”。

 二人は元帥直々に第一鎮守府、またの名を大本営へ呼ばれ、第七鎮守府に着任することとなる。

 

 

 ∽

 

 

 〜第七鎮守府の過去1〜

 

 第七鎮守府の前の提督...前任は艦娘のことを無機質な“物”としてこき使い...またそれを憲兵に知られないよう賄賂を回すなどして誤魔化していた。

 その手口は巧妙で、また戦果も挙げていたこと、第七鎮守府が日本の最北端(東北地方)という目が届きにくい環境だったこともあって前任の支配は数年と続いたのだが...何者かによって悪事が暴かれ前任は逮捕。艦娘たちは解放され、一時大本営が預かり治療を施した上で他の鎮守府に配属されることになった。

 

 

 ∽

 

 

 第七鎮守府に着任した翔と電。

 しかし到着したのは空に星が見える頃。

 懐中灯を頼りに鎮守府内を散策するが外観から考えられない程に建物内は荒れ果てており、また人の気配も全くなかった。

 不審に思った二人は工廠へ向かい、翔が安全確認の為に中へ入ると...暗闇に紛れて何者かが殴りかかってきた。

 翔は軍学校で叩き込まれた護身術を駆使し抵抗、襲撃者は元からボロボロだったようで力尽き、倒れ伏す。

 奥の資材倉庫の扉を開けると、四人の艦娘と遭遇、一触即発の空気が流れる...

 

 

 ∽

 

 

 〜第七鎮守府の過去2〜

 

 大本営によって保護された元第七鎮守府の艦娘たち。しかし、第七鎮守府に残ると言う艦娘も数名居たのだ。

 その艦娘たちは特に人間を嫌い、それこそ“物”のように何とも関わらず、じっと静かに暮らしたいという意思を持ち、またその意志を元帥は尊重し“そっと”しておいたのだ。

 だが、新たに着任した提督により...彼女たちの運命は大きく変わっていく────

 

 

 ∽

 

 

 倉庫の中の第七鎮守府艦娘たちが皆やつれているのを見て、翔はバケツの底に残った高速修復材を集めて水で薄め、彼女たちに応急措置を施す。

 翌朝、本当に鎮守府内には何も無いので春雨を連れて買い出しに行く翔。留守番の艦娘たちは“また”見捨てられたと騒いでいたが、一人ニコニコと笑顔で佇む電に翔との関係を聞く。また、春雨も翔に電との関係を聞く────

 

 

 ∽

 

 

 〜電と翔の過去1〜

 翔は軍学校に入る前、電と会ったことが...いや、毎日のように遊んでいた。

 きっかけは鎮守府に迷い込んだ翔を外へ案内したのが電、ということらしい。その鎮守府の提督は主力艦以外は置物と考えているようで、いわゆる“置物”であった電はその日から翔と遊ぶことになり、また提督は気づくことはなかった。

 数年後、翔と電が両親と街へ出かけるのだが、帰り道で深海棲艦の地上侵略攻撃に遭う。翔の両親は爆風に巻き込まれて死亡、翔と電は逃走を試みるが電が翔を庇って落石に挟まれる。翔は助けようとしたものの、人間...ましてや駆逐艦でも手のつけられない岩の量を見て電を見捨てて逃げる。電は艤装を展開し、砲撃で深海棲艦を引きつけて翔を逃がそうとするが、敵戦艦の砲撃で落石もろとも爆散。その電の形見として翔は今も特Ⅲ型を示すバッヂをネックレスにして常備している。

 その日から翔は提督を志し、軍学校に入学するのだが...三年生になった春、軍学校に電が転入してくる。

 

 

 翔は電と接触を試みるが、過去の電と性格などは似ているものの...どうやら記憶は全く無いらしい。

 電は目が不自由で演習や訓練で全く戦果を挙げることができず、同じ艦娘にも友達ができず、独りで過ごしていた。

 しかし、そんな電を翔が訪ねて会話の末...二人は艦娘を“物”扱いする日本を変える決心をするのだった。そしてその日から、翔と電は寮で生活を始める────

 

 

 ∽

 

 

 話を聞いた第七鎮守府艦娘は、もう一度人間────翔を信じることに決め、少しずつ翔に歩み寄っていくのであった。

 

 

 ∽

 

 

 〜第七鎮守府艦娘〜

 山城

 扶桑型戦艦の妹のほう。軍学校から不幸が伝染る、などと毛嫌いされ、人間に対して恨み...というより人間と関わりたくないという意思が強い。戦艦故に燃料や弾薬を大量に消費し、不幸故に修復で鋼材を消費し...前任からは“ゴミ”として倉庫に放置されていた。ちなみにだが前任に“不慮の事故”に遭ってもらうべくナイフ投げを練習していたらしい。

 

 摩耶

 高雄型重巡洋艦の三番艦。根は良い娘だが、その気性の荒さから前任に物申した結果...中破状態で放置され、化膿した脚の傷を理由に大本営の誘いを断った。また、山城も摩耶の世話を理由に断ったらしい。翔着任初日に鉄パイプで殴りかかった襲撃者は摩耶だが、駆逐艦たちを守る為という理由があったのだった。

 

 龍田

 天龍型軽巡洋艦の妹のほう。常に薙刀を持っていて、信頼を置ける人の前では薙刀をしまい心から尊敬する人は“さん”付けで呼ぶ。いつも笑顔を浮かべていて面倒見が良く、春雨と雷を見守るという理由で大本営の誘いを断ったが...本当はある駆逐艦の遠征の帰りをずっと待っている。

 

 春雨

 〇〇型駆逐艦の四番艦。幸か不幸か第七鎮守府に着任したのは前任逮捕の半年前で、練度を上げるのが面倒という理由で倉庫に放置されていた。非常に気が弱く、また酷い仕打ちを受ける艦娘を見て“司令官”という存在にトラウマを感じ、大本営からの誘いを断った。

 

 雷

 暁型駆逐艦の三番艦。翔に一番に懐いた、電のひとつ上のお姉ちゃん。期間は分からないが少なくとも一年以上前から第七鎮守府に着任していたらしく、ずっと倉庫に放置されていた。あとから着任した春雨とは親友であり、気弱な彼女を支える為にと大本営からの誘いを断った。

 

 

 ∽

 

 

 【二章】

 

 元帥に貰った(翔自身は頑なに“借りた”と言い張っている)金で鎮守府を改装し、ようやく鎮守府として立ち上がろうという時...一本の電話が入る。

 相手は第六鎮守府提督の浦部。内容は演習を行い、浦部が勝てば鎮守府を交換、負ければ何かしらの言うことを聞くという内容だった。

 

 

 ∽

 

 

 〜第六鎮守府〜

 浦部はどうやら親の七光りで鎮守府を継いだ。そのため設備がボロく、あまり気に入ってないらしい。改装されたばかりの、そして日本の端ということもあって仕事が少なさそうな第七鎮守府を奪おうと試みる。元第七鎮守府のような“支配”と言うより、浦部自身のスペック(仕事効率、適性など)が足りてないと翔は見ているらしい。

 

 

 ∽

 

 

 演習当日。第七鎮守府艦娘は全員他鎮守府へ異動したと勘違いしていた浦部はほとんど指揮を取らなかった。

 指揮官代理として第六鎮守府艦娘・加賀が率いるのだが、よろよろと第六鎮守府艦隊に近づく駆逐艦...電がいた。電は加賀に衝突し小破。目の不自由な艦娘がいると聞いていた第六鎮守府艦隊は電に投降を提案するが、全ては電の狙い通りであった...

 

 

 ∽

 

 

 〜電と翔の過去2〜

 戦えるようになる為に毎晩訓練所へ通うこととなった二人。ある晩の訓練所で天龍と出会う。天龍と電は艦娘として生まれ変わる前...『艦船』として現役だった頃からの知り合いで、電の訓練を見ることになる。

 雷撃は方向を翔が伝えることによってある程度正確に撃てるのだが、砲撃は方向は合っているものの...距離が全く合わせられなかった。そこで天龍は自分の双刀の片方を渡し、刀で戦うことを提案する。それは砲撃が全くできなくなる代わりに、とても艦娘とは思えない速力と超至近距離では戦艦を凌ぐ火力を手にするという...もはや賭けのようなものだった。

 しかし一ヶ月後の演習にて、電はMVPを獲るのであった────

 

 

 ∽

 

 

 豹変した電は一番近くに居た正規空母加賀、呆気に取られていた駆逐艦暁を轟沈判定、重巡洋艦鈴谷を中破判定、駆逐艦村雨を小破判定にする大損害を与え...翔の指揮を頼りに見事自軍艦隊へ逃げ延びた。

 演習の結果は第七鎮守府の圧勝。浦部に対して翔は、この演習に出した浦部の艦娘を全員、第七鎮守府へ異動させることだった。その演習艦隊の中には親の代から活躍していた第一艦隊の艦娘も含まれていて、当然浦部は取り消そうとするが...そこに元帥が現れた。元帥は艦娘の異動を認め、その場を去っていく。

 こうして、第七鎮守府の戦力は大幅に増強されたのだった。

 

 

 ∽

 

 

 〜新・第七鎮守府艦娘〜

 

 加賀

 第七鎮守府唯一の正規空母。第六鎮守府では元秘書艦を務めていたが、浦部の適性の低さや人使いの荒さに愛想を尽かし、秘書艦を自ら降りる。練度は非常に高いらしく、彼女が発艦する艦載機は機体性能は特筆する程ではないものの、パイロット妖精はプロ中のプロばかり。甘く見ているとMVPを掻っ攫いに来る。

 

 榛名

 高速戦艦、とも呼ばれる金剛型三番艦の巡洋戦艦。真面目で謙虚で従順な性格だが、真っ直ぐが故に嘘や奇襲に弱く、また騙されやすい娘である。第六鎮守府ではそれを逆手に取られ、加賀の代わりに秘書艦として働かされていた。

 

 鈴谷

 最上型三番艦の重巡洋艦。翔曰く“そこらのJKに装備積んでみた結果”のような娘で、第六鎮守府のムードメーカー的存在だった。普段はおふざけとえっちいことが大好きな元気っ娘に見えるが、真面目な時は真面目に振る舞う分別も備えている。

 

 北上

 球磨型三番艦の軽巡洋艦。第七鎮守府異動初日から執務室のソファーで寝るようなマイペースさを持っている。第六鎮守府では雷撃艦として重宝されていた。またかなりの面倒臭がりでズボラだが、魚雷装填の無駄のない動きが練度の高さを語っている。

 

 村雨

 白露型三番艦の駆逐艦。翔曰く“元気で真面目な子ども”。第六鎮守府の前任の頃は重宝されていたが、駆逐艦の大切さを知らない浦部はあまり出撃させず、ほかの駆逐艦たちと遊ばせていた。第七鎮守府で姉妹艦の春雨と会い、彼女曰く“ちょっと...すっごく嬉しかった”とのこと。

 

 暁

 暁型一番艦の駆逐艦で、雷・電の姉である。第六鎮守府の前任の頃は駆逐艦のエースとして重宝されていたが以下略。加賀や榛名のような美人で冷静で“おっきい”お姉さんを目指しているが、よく空回りする。ちなみに練度は第六鎮守府の中では、加賀さんの次に高かった。彼女曰く、“レディの嗜み”とのこと。『嗜み』の意味わかってないだろ。

 

 

 ∽

 

  

 【三章】

 

 新たな仲間とともに帰ってきた翔と艦娘たち。しかし、憲兵から北方棲姫を虜獲したという連絡が入っていた...が、正体はウラジオストク近海で嵐に巻き込まれ、漂着した暁型二番艦の響だった。彼女のブラックボックスに記録されていた漂着ルートを元に航路を組み、無事に護送を成功させた。

 

 

 

 

 【四章】

 

 翔着任から約四ヶ月が経った七月。大規模作戦参加許可を貰えなかったものの沖縄の第八鎮守府へのバカンスが決まった第七鎮守府の皆は、ショッピングモールへ買い出しに行く。憲兵に対する龍田・山城の畏まった態度、鈴谷が見た憲兵の身体中に刻まれた傷跡...彼の過去に何があったのだろうか。

 

 七月下旬、船で沖縄に向かった第七鎮守府一行を迎えたのは第八鎮守府提督の和泉秀吉と、正規空母赤城だった。赤城と加賀は再開を喜び、また第八鎮守府では翔と電が軍学校時代知り合った、正規空母瑞鶴がいた。しかし、加賀が瑞鶴に一言物申したところ、瑞鶴のトラウマに触れてしまったらしくショックで気を失ってしまう。

 

 

 ∽

 

 

 〜第八鎮守府〜

 

 沖縄に位置する比較的新しい鎮守府。市民はほとんど九州など内地に逃げてしまったが、一応日本国土なので建てられたらしい。島民は両手の指に収まる程度しか居ないため、ちょうど隣に建っているホテルから備品をちょくちょく拝借して営んでいるとのこと。

 

 和泉秀吉

 第八鎮守府の提督。目付きが悪く、口調は荒く、ドスの効いた声で話すため電は最初怖い人と勘違いしていたが...本当は艦娘を愛し、気配りのできる善人であり、第八鎮守府の皆がそれを知っていた。...が、秀吉自身は艦娘から嫌われていると勘違いしていたようで、夕張が作り赤城が貼り付け金剛が再生した録音データ...翔に話した自身の本心を皆にバラされてから、色々と吹っ切れたようだ。

 

 赤城

 第八鎮守府の秘書艦。一航戦として加賀と戦っていた過去がある。元は大本営に居たのだが、瑞鶴と共に新たに建てられた第八鎮守府へ異動になった。練度はかなり高く、異動前から瑞鶴と共に数々の修羅場を乗り越えた歴戦の艦娘である。沖縄に軍学校は無いため、制圧海域発見艦(以下ドロップ艦)の教育なども担当している。

 

 瑞鶴

 五航戦の妹のほうで、ちっさいほうである。元は大本営に居たのだが、赤城とともに新たに建てられた第八鎮守府へ異動になった。練度はかなり高く、赤城と数々の修羅場を乗り越えた...が、姉である翔鶴が瑞鶴を庇って轟沈。以来出撃にトラウマを覚え、頼れないなどといった言葉に敏感になっている。実はメンタルケアが目的で第八鎮守府へ異動となって、彼女の扱いには秀吉も手を焼いていたが...ある秀吉の言葉を聞いて、仲間を守る強さを手にするために立ち上がる決意を固める。

 

 金剛

 第八鎮守府二番目のドロップ艦であり、金剛型一番艦の巡洋戦艦である。本人曰く帰国子女で、英語混じりの会話や日本人にはない大胆な判断や行動力で皆を引っ張っている。秀吉のことを少し怖い提督と思っていたが...瑞鶴を励ます彼の姿を見て以来、全幅の信頼を置いている。

 

 夕張

 第八鎮守府三番目のドロップ艦。軽巡洋艦だが兵装の修理、開発などを妖精と共に日々探求している。どちらかと言えば彼女は兵器の試運転を仕事にしていたのだが、秀吉に半ば無理やりバイクのカスタムを手伝わされてから“造る”楽しさを発見。以来、苦手としていた戦闘を捨て工廠で工作艦のように働いている。秀吉曰く“メロンみてぇな名前だが、メロンなモノは持ってねぇ...うわなにをすr────”とのこと。

 

 島風

 第八鎮守府最初のドロップ艦。駆逐艦の中で速力が最も高く、敵の攻撃を回避しながら接近、近距離からの雷撃を得意としている。海でも陸でも走ることを好んでいて、常に廊下を走って移動するが衝突事故は今まで一度も起こしたことがない。自身の脚を褒めてくれたことから秀吉を慕っているが、秀吉が若干ふとももフェチだということを島風は知らない。

 

 望月

 第八鎮守府四番目のドロップ艦。マンガやゲームなどの娯楽を趣味としている、ぐーたらな駆逐艦。本人曰く、“やる時はやる”とのこと。秀吉から無理やり昼寝の抱き枕代わりにされて、意外と気持ち良く寝ることが出来たが本人に言うのは恥ずかしく、『どうしてもと言うならまた寝てあげてもいい』と言った結果、嫌っていると誤解された。

 

 

 ∽

 

 

 一方留守番の憲兵は、海岸でゴミ拾い中に響を見つける。また嵐に巻き込まれたのかボロボロで、前と違う服装だったり髪や身体が全く濡れていなかったりするが装備改修と思い、急いで第七鎮守府へと運び込むのだった。

 

 

 ∽

 

 

 憲兵

 第七鎮守府に昔から勤めていた、軍人歴二十と数年のおじさん。あと数年で五十路を迎えるのが最近の悩み。一応内地に妻と娘がいて、曰く妻は山城よりも綺麗で、娘は鈴谷や春雨よりも可愛いとのこと。お盆や年末に帰っているらしい...が、数年の間、一度も帰省どころか連絡も取り合っていなかった時期があったらしい。

 

 翔が着任した日から最近の砕けた態度への移り変わり、常に長袖長ズボンに手袋をしている姿、山城や龍田の憲兵に対する言葉遣い...

 まだまだ謎が多い存在だ。

 




後書き・コンブ

「どうもお久しぶりです、コンブです。

実は11月か12月に一話ぶん投稿予定だったんですが、何回上げても投稿したことにならず3ヶ月以上の間が空いてしまいました。

読者の皆様には大変ご迷惑をお掛けしました。
この場を借りて謝罪の意を。

────申し訳ございません。

これからの投稿ペースは受験勉強からの解放によって、一時期ハイペース投稿になると思います。

どうか今年も翔くんと電たんのお話にお付き合いいただけたら嬉しいです。

それでは次回、2月11日(予定)に。
ありがとうございました。」


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30話 最高で最悪な夏休み

翔「コンブの住んでる地域はそこまで雪は降らないのだが、最近積もることがあるらしいな。」

電「九州で積もることはなかなか無いのです。」

翔「日本海側の東日本が、メートルを超える積雪らしいな...」

電「一日でも早い復興を、お祈りするのです。
それでは────」

翔・電『────本編へ、どうぞ!』


 

 

 

「「「海だぁぁぁぁぁ!!」」」

 

 あっ...暁が砂浜に足を取られて転んだ。

 

 この鎮守府に来て五日目、瑞鶴と加賀も仲直りして第八鎮守府の艦娘たちとも打ち解けてきたところで、海に出ようという話になった。

 誰が言い出したかは分からないが、もう流れに任せて私も海に出た。

 背中の傷も火傷の跡がいくつか残っているが、まあこの程度なら上着を羽織れば問題ない。

 

 最初に第六駆逐隊と鈴谷が走って海に突っ込む。

 

「しれーかーん!泳がないのー?」

 

 海面から顔を出して雷が私を呼ぶ。

 

「まさか...泳げない??」

 

 ぷぷぷ、と鈴谷がこっちを見て口に手をあてる。

 

 ものすっごく腹立つ笑顔だったが、どうにか耐えた。

 

「私は貧血体質だから、電とここで君たちを見守るよ。」

 

「ちぇーっ。」

 

 つまんなそうに沖へと泳いでいく鈴谷。

 

 次に戦艦組と春雨村雨姉妹が出てくる。

 お姉ちゃん置いてかないで〜、と沖へと走っていく春雨。

 

 あっ...砂浜に足を取られて転んだ。

 

 

 

「赤城さん...」

 

「加賀さん...」

 

「「勝負で────」」

 

「「いや二人とも(てめぇら)何やってんだ!」」

 

 秀吉と言葉が重なる。無理もない、更衣室から出てきた一航戦の二人はぴっちりスウェットスーツを着込んで、フィン(潜水する時に付けるあの足ヒレ)やシュノーケルゴーグル、更にはウキの付いた編みかごを赤城が、一本針のモリを加賀が手に持っていた。

 

「海女さんにでもなったのか...?」

 

「はい、今から漁に行ってきます。」

 

「......流されんじゃねぇぞ?」

 

「もちろん、気をつけます!」

 

 他の艦娘たちが水着で遊んでいる中、ぺったぺったとスウェットスーツで海に駆け込む二人はかなりシュールだった。

 

 

 

「提督さん、ちょっと...日焼け止め塗ってもらえないかしら?」

 

 巨大パラソル(絶対領域)で砂のお城を作ろうとしていた私の元に、龍田が寄ってきた。

 

「あぁ、横になっ────」

 

「────私がやるのです。」

 

「「え?」」

 

 ぱしっと龍田の手から日焼け止めをひったくり、無理やりべしゃっと押し倒し...ものすごく卑猥な手つきで塗ったくる。

 

 ぬるぬる、つーっ、ぐりぐり

 

「ひゃ...ちょ、電ちゃん激し...あっ...!」

 

「......」

 

 ぷにぷに、ぬるぬる、むにむに

 

「ちょっとぉ...前は、頼んでな────ひぃん!」

 

「......」

 

 季節外れの白百合を背中に、ザクザクとスコップで砂山を積む私であった。

 

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

 

 『『『海だぁぁぁぁぁ!!』』』

 

 第七鎮守府の艦娘たちが何人か走っていく。

 

 あっ...ちびっ子が一人転びやがった。

 

「......望月ィ、お前も泳いできたらどうだ?」

 

「えー、めんどいし暑いし...」

 

 ぺたぺたと砂山を積んでいる俺の隣で、ブルーシートを敷いて本なんか読んでやがる。

 ...こんな孤島に着任させてしまって、仲間はたった数人。他の鎮守府の艦娘とも滅多に会えねぇってのに、折角の友達を作るチャンスを潰そうとしていやがる。

 

「......ええいッ、ガキはガキらしく遊んどきゃ良いんだよォ!」

 

「うわっ、司令官?!」

 

「うおおおおおおお!!」

 

 望月を肩に担いだ俺は海へ猛ダッシュ。

 勢いのまま思いっきり望月をぶん投げる。

 

「おらあああああああ!!」

 

「うわぁぁあぁあああ?!」

 

 ────ドッボーン!!

 

「あ!望月ちゃん!一緒に遊ぼ?」

 

「えっ...あ......っ、うん!」

 

 

 

 

 

 ぽーん、コロコロ...

 

「Hey!ショーグン!

 ボール取って...って、何を作ってるんデスかー?!」

 

「......あぁ?

 シャチホコだよ。」

 

「そんな淡々と言われてもreactionに困るネー...」

 

 確かにこの反り具合を砂で作るのはかなり苦労した。

 

「......そういうお前らは...ビーチバレーか?」

 

 見た感じ金剛、瑞鶴、根暗不幸チームと榛名、輪っかの薙刀、だるそうなおさげチームで分かれているようだ。

 

 なかなか大きな流木(艤装を展開して剛力で砂浜にぶっ刺したのだろう)に漁船のボロ網を引っ掛けて、これがまたなかなか様になっている。

 

「提督もやるぅ??」

 

「......いや、ここで見守ったらァ。」

 

「じゃあ、ワタシの活躍見ててくださいネー!」

 

 

 

 ぽーん、ぽーん、ぱしん!

 

 おっ、なかなか強い榛名のアタック。

 ぽよん、と胸が揺れる。

 これは取れな────

 

 ────ずしゃぁぁあっ!

 

 瑞鶴のレシーブがギリギリで刺さる。

 飛び込んでも“地面に擦れるもの”が無いぶん、他の艦娘より動けるんだろう。

 

 ぽーん、ぱしん!

 

 お返しと言わんばかりに金剛がアタック。

 ぷるん、と胸が揺れる。

 

 しかし、おさげ女子がまるでそこに球が飛んでくるのが分かっていたかのように、ぐっと踏ん張って受け止める。

 ...いい尻だ。

 

 ぽーん、ぽーん、ぱしん!

 

 輪っか薙刀がアタック。ふよん、と胸────

 

 

 

 ────ジャキン。

 

 目の前に薙刀が現れた。

 

 

 

「あなた、さっきからどこを見ているんですか?」

 

 

 

「すみませんでしたァァァァァ!!」

 

 ジャンピング土下座。つい目がいっても男の(サガ)っていうか仕方が無い気もするが、ここで少しでも反論しようものならあの薙刀で...

 

 その先を想像すると、下腹部が“ひゅん...”っと妙な浮遊感に包まれる。

 

「...まぁ、私たちもこんな格好ですから、見るとしてもガン見はやめてくださいね?」

 

「申し訳ございませんでしたァァァァァ!!」

 

 

 

 赤城のヤツが海女さんみてぇな格好で海に繰り出したり色々あったが、大した問題もなくみんな思い思いに楽しんでいる。

 

 ...そろそろ、“アレ”を準備するか。

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 ────?!

 

 俺はあの幼女を医務室に運び込んでから、椅子に座ってそのまま寝てしまっていたようだ。

 

 白髪の幼女は、まだ目覚めていない。

 

 「......」

 

 ぷにぷにとほっぺたをつついてみる。

 その肌はすべすべだが、人とは思えないほどに冷たい。

 

 「んぅ......?!」

 

 体を捩ったかと思えば、突然がばっ、と起きる。

 

「あっ」

 

「ギっ...!」

 

 ここまで傷だらけのボロボロなのに体を動かしたから、激痛が走ったのだろう。

 

「オマエ...にンげん?」

 

「あぁ。まだ傷だらけだから、しばらく寝て────」

 

 いや、艦娘の傷は寝ただけでは癒えない。

 

「────いや、風呂に入ってもらおうか。」

 

「フロ...?」

 

 まさか、この体格から恐らく艦種は駆逐艦、風呂を知らないということは...

 

 俺の脳裏に『弾除け』という単語が浮かぶ。

 

 何も知らない駆逐艦をわざと過酷な海域に連れていき、文字通り弾除けに使うというあまりにも非人道的な戦法だ。

 ここの前任がやろうとしたところで逮捕になり、なんとか犠牲者は出なかったのだが...

 

 (クソっ、もう他の鎮守府では行われているのか?!)

 

 背負って風呂場まで連れていき、当然抵抗されたが服を脱がせて浴場に運ぶ。

 ...なんだか昔風呂嫌いだったうちの娘に似ている。

 怪我が痛いのか、まだおとなしかったので湯船に入れることができた。

 

 「ふぁ...」

 

 どうやらお気に召してもらえたようだ。

 

 ぱらららら...

 

 湯船に入れるとタイマーが起動し、どれくらいで修復が終わるか示してくれる。

 まぁ駆逐艦だから長くても4〜50分────

 

 ぱらららら...

 

 

 

 

 ────チーン『07:32:59』

 

 「はぁ?!」

 

 約7時間半である。こんなにも時間がかかるのは、こっぴどくやられた加賀か特に運が悪い日の山城ぐらいだろう。

 

 流石にここまでは待ってられない。一旦風呂場を出よう...

 

「置いテく、の...?」

 

 うるうるとした目で、こちらを見ている。

 

 ...仕方ない、こちらも話し相手が欲しかったのだ。

 

 からからと木の椅子を引っ張り出して座り、幼女に尋ねる。

 

「んじゃあ...まず、名前は?」

 

「ほっぽ...」

 

「ほっぽちゃんね?

 じゃあ、ほっぽちゃんはどこから来たの?」

 

「ソこ...」

 

 と言って、半開きの磨りガラスから覗く海を指さす。

 やはりどこかから流れ着いたのだろう。

 

「ここに来る前に、覚えてることは何かない?」

 

「カンムスに、やラれた......」

 

 しゅん、とうつ向く。やはり弾除けにされたのだろう。こんな小さな子を盾にするなど、どんなに酷い人間でもそうそうできることではない。

 

「じゃあ、この辺のことをまだ知らないんだね?

 ちょいと長くなるけど、聞いてくれるか?」

 

 「うん...!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふう...こんなものか。」

 

 巨大な砂山をカリカリとヘラやら爪楊枝で削っていき、60cmくらいの姫路城を作り終えた所で一息つく。

 

「流石は翔さんなのです!」

 

 艤装展開...剣を取り出して視力を上げた電が、私の大作を褒めてくれる。

 

「......お前らァ!スイカを切ったぞ!

 あっ馬鹿野郎取りすぎだ...ってか赤城てめぇいつ帰ってきた!!」

 

「スイカを切った、と聞いて上がってきました。」

 

 加賀も両手にスイカ...と、立てかけてあるモリの先に極彩色の魚が刺さっている。

 

「......お前らァ!早く来ねぇと無くなんぞ!!」

 

 

 

 ∽

 

 

 

「────とコロで...」

 

「ん?」

 

 ほっぽと何時間か話し込んで少し区切りができた時に、ほっぽの方から話しかけてきた。

 

「ドウして、私ヲ助けテくれたノ?

 

 

 

 私タチ、ニンゲンの敵ナのに...」

 

 

 

 「えっ?」

 

 

 

 ∽

 

 

 

 我先にとみんなスイカに集まる。

 

 なんとか私も二切れぶん確保し、電に渡す。

 

 あっ、暁が種を噛んで『うぇー、ぷっぷっ』ってしている。可愛いやつめ。

 

 ...と思って見ていると、島風も同じように『うぇー、ぷっぷっ』と砕かれた種を吹き捨てていた。食べるのにも速さを求めているのか...

 

 

 

「端の方で小さい...嗚呼、不幸だわ...」

 

「山城さん、ひと口いる?」

 

「えっ、あっ......ありがとう。」

 

 村雨の優しさを無下にするのは失礼と感じたのか、ひと口かじる山城。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 ────全てが繋がった。

 

 最初の会話...どこから来たのか、という質問に海を指さして『そこ』と、答えた。

 あれは海を指しているのではなく“(そこ)”...海底だとしたら。

 

 ここに来るまでに覚えてることについて聞いたら『艦娘にやられた』と、言っていた。

 

 あれが盾にされたのではなく、深海棲艦として正面から戦って傷付いたのだとしたら。

 

 そして名前...『ほっぽ』と、言っていたが、それが『北方棲姫(ほっぽうせいき)』だとしたら。

 

 これが全て正しいと仮定すると、この響と似た見た目や入渠に7時間半も掛かること、艦娘は体温が人間のように高いはずなのに、妙に身体が冷たいことも辻褄が合う...っ!

 

 

 

 ∽

 

 

 

 私も、自分のスイカをひと口かじる。

 

 日陰に居たとはいえ、火照った身体に甘みが広がる。

 

 「翔さん、とっても甘くて美味しいのです!」

 

 もぐもぐ...うん、美味しい。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 通報した所で、『目の前に北方棲姫がいる』なんて話、誰が信じるのか。

 

 それに下手に刺激すれば、ここら一帯爆撃で吹き飛ぶ。

 

「あレ...?聞イてル...?」

 

 ...逃れられない。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 南の島でこんなにも可愛い艦娘(女の子)たちに囲まれて、思いきりスイカを食べることができるなんて。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 提督も艦娘も誰一人居ないこの鎮守府で、援軍も呼ぶことが出来ずに姫級深海棲艦を相手にするなんて。

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

 ────私は今、天国にいるのか。

 ────俺は今、地獄にいるのか。




後書き・電
「ここまで読んでくれた読者の皆さん、ありがとうございます!電なのです。

お話の方は、なにやら雲行きが怪しくなってきたのです...
翔さんや私たちのバカンスと、人の身一つで深海棲艦に挑む憲兵さんの運命...“お楽しみに”、なのです!

それと、瑞鶴さんと加賀さんの仲直りのお話は近日更新予定の短編集にて載せる、とのことなのです。

次回・サブタイトル予想『“非”日常への渦潮』。

う、渦潮に巻き込まれるのは勘弁、なのです...

それでは、また次回お会いしましょう!」


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31話 深海との接触 〜南北〜

翔「どうやらコンブは受かったようだな。」

電「ま、まぁ...褒めて遣わすのです。」

翔「すっごい上からだな...」

電「さ、さっさと本編に行くのです!せーのっ」

翔・電『どうぞ!』





 

 

「...どうシて、私を助ケたノ?」

 

「それは────」

 

 ...正直に答えるべきだ。

 ここで下手に嘘を()いて、あとからボロが出るというのが一番危険だ。

 しかし全部正直に話して相手を傷つけるのも良くない。

 言葉を選び、余計な言葉を削いで発言しなければ...

 

「────それは、ほっぽが怪我をしていたからだ。」

 

「...私タチは、ニンゲンの敵ナノに?」

 

 訝しげな目線。

 

「正直、俺は最初ほっぽを見つけた時、深海棲艦って分からなかった。」

 

「エ...?」

 

 首を傾げる。

 

「俺が海岸を歩いている時、ほっぽが打ち上げられていたのを見つけたんだけど、艦娘か人間かと勘違いしてた。」

 

「じゃア、今にでモ殺セバ────」

 

 この流れは不味い。

 言葉を遮るように少し大きな声で────

 

 

 

「────でも!」

「?!」

 

 

 

「...でも、ほっぽと話していて、人間も艦娘も深海棲艦も変わらないな、って思えてきたんだ。

 ちょいと肌や髪の色が違うかもしれないけど...

 同じような体で、同じ言語を話して、今こうやって武器も出さずに向かい合っている。

 しかも、ほっぽが目覚めて、俺が人間ってわかったとき殺さなかっただろ?」

 

「...ソれは...身体ガ痛────」

 

 言い訳はさせない。

 狼狽えている今こそ────

 

「 ────そのとき俺を殺そうとしなかったから、俺もほっぽを殺さないし、ここで休んでいる間に艦娘が来ても、ほっぽを守ってやる。

 別に俺の言葉を嘘と思うなら、遠慮なく殺しても構わない。

 ...ここから出て医務室、さっき寝ていた部屋に居るから、考えてくれ。」

 

「......」

 

 そのまま風呂場を出て、ふうぅぅぅーーー、と息づく。

 

 とりあえず一時的に窮地は逃れたが、ほっぽが私を殺しに来たらそれで終わりだ。

 

 「......」

 

 あと4時間。

 俺ができるのは家族の写真を手にただ祈るのみ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......うし、じゃあ今日は遠征に行ってもらう。」

 

 次の日の朝、いつもより早く起きて食堂に行き、秀吉から連絡を聞いていた。

 

「確かに、私たちもこのままではタダ飯食らいになるからな。

 龍田と第六駆逐隊、望月はここの離島へ行ってくれ。」

 

「......おさげ髪(北上)ベレー帽(村雨春雨)姉妹、島風にはここへ行ってもらう。

 重巡、戦艦は近海訓練、空母も一緒に混ざるか弓道場で練習してこい。

 日が暮れる前には全員帰ってこねぇと、飯は無いと思え。いいな?」

 

 「「「「「了解!!」」」」」

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 弓道場に着いた私は的を並べて弦を張って、早速練習を始め...ようかと思ったけど、加賀さんの弓の腕を見たくなってメンテナンスをしながら、ちらちらと盗み見ていた。

 

 赤城さんと加賀さんの使っているのはいわゆる“長弓”。私が使っているのは“短弓”って言われるものね。

 

 長弓は日本に昔から、それこそ何千年前から武士の嗜みとして根づいている、歴史ある武器。那須与一さんとか有名よね?

 

 それに対して私の使う短弓は、外国から伝わった武器。そのへんも含めて、加賀さんはあまり私のことを気に入ってないらしい。

 

 矢をつがえて、ぎりりと引き込み、ぱんっと離れ...的に(あた)る。

 

 一つ一つの動作がしっかり決まっていて、くやしいけど、かっこよかった。

 

 ...あ、こっち見てドヤ顔を。

 こうなったら短弓の力を見せてやる!

 

 加賀さんが一立ち(四射)終えてから、私も的前に立つ。

 

 

 

 ────加賀さんと同じく、四本全て命中。

 ちらと加賀さんを見る。目が合う。

 

 「「......」」

 

 加賀さんがまた四射皆中。私も────

 

 きりり...と弦を引き込む。

 

 ────今っ!

 

 

 

「(まな板)」ボソッ

 

 

 

 ────ずしゃぁぁぁっ!

 

 集中の乱れてしまった私の矢は、思いきり地面を擦って安土...的を立てるために積まれた土に刺さる。

 

「まだまだ集中力が足りないわね。」

 

 うぐぐぅ...!

 あんな方法で邪魔してくるとはなんて卑劣な!加賀さんがそんなことするなら...

 

 きりりり────

  

 

 

 「────ボーキサイト」

 

 

 

 ずずしゃぁぁぁっ!!

 

 加賀さん...と、赤城さんも外してしまったようだ。

 

「集中力、ね〜。」

 

 うっわっ、すごい目で睨んできてる...

 

 

 

 「Aカップ」

 

 ────ずしゃぁぁぁ!!

 

 「羊羹」

 

 ────ずしゃぁぁぁ!!

 

 「駆逐レベル」

 

 ────ずしゃぁぁぁ!!

 

 「おにぎり」

 

 ────ずしゃぁぁぁ!!

 

 

 

 結局、赤城さんに止められるまで不毛な争いは続いた。

 

 ...さっ、最初に始めたのは加賀さんだもん!

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 海に出た私たちは、いつもと違って望月さんを先頭に、いつもと同じようにみんなで話しながら移動していた。

 

 第七鎮守府近海と違って南の海はものすごく水が綺麗で、たまに私たちの足元を深海棲艦が泳いでいくのが見える。

 

「......はわぁ?!」

 

「んぁ?あー、大丈夫だいじょーぶ────」

 

 望月さん曰く、武装している深海棲艦は海面を移動しているらしい。

 言われてみれば、深海棲艦は名前の通り深海に棲んでいる...と、言われている。足元から奇襲すればほぼ100%勝てるのに、とは思っていたが、何故かどんな深海棲艦も海面を移動しているのだ。

 

「────右に曲がるよ〜?」

 

「────あ、次は左ねー。」

 

 ...先ほどから私たちはぐにゃぐにゃと曲がりながら航海している。

 この辺りは島が多く、ちゃんと避けて移動しなければ浅瀬で座礁してしまうらしい。

 

 ...と、

 

「...んぁ?あれは────」

 

 と、望月さんが目を凝らす。

 私より何倍も目がいい皆さんが目を凝らして見るものなど、私には見えない。

 

「えっ...ちょ、望月ちゃん?」

 

「あ、あたしでもあれは...任せられたく無いわね...」

 

「あれは...ちょっと危険な気がするかな?」

 

 暁・雷お姉ちゃんと龍田さんがその何かを発見したようだ。

 

「大丈夫だいじょーぶ、ちょいと寄ってくぜぃ?」

 

 

 

 

 

 しばらくその島に近づくと、黒い何かがいるのを見つけた。

 ...更に近づくと、真っ白なツインテールのお姉さんが、黒く禍々しい...四足歩行の異形の怪物に乗っていた。

 その怪物にはいくつもの砲台が載せられ、一言で表すならば...移動要塞、だった。

 

「おーい!」

 

 「「「「??!」」」」

 

 その移動要塞に対してなんと望月さんはこちらから声を掛けた。

 

 ────じゃごっごっごん!

 

 異形の怪物が声に反応したのか、ただでさえ盛り盛りの砲台に加え、口から三門の主砲を展開する。

 あのサイズは...下手すると山城さんの41cm三連装砲を超える大きさかもしれない。

 

 今から全力で逃げれば、まだ『超長距離』の範囲だから間に合うだろう。

 

 しかし望月さんは、どんどん近づいていく。

 ────おおよそ中距離。もう逃げられない

 

「おーい!姐さーん!」

 

 「「「「??!」」」」

 

 姉妹艦...なわけないはずだ。そもそも艦娘さんの反応が“あれ”からは全く感じられない。大体近距離、私たち駆逐艦の砲撃も届く範囲だ。

 

 くるり、とお姉さんがこちらを向く。

 

「アら、望月チャん!

 ...ト、お友達?」

 

 ドスン、ドスンと怪物ごとこっちを向いて近づいてくる。

 ...望月さんはもう艤装を解いて砂浜を走っている。

 

 ちらと二人と目配せをして、私が“艤装を展開したまま”砂浜を歩く。

 

 超至近距離なら、私の火力は戦艦をも軽く上回る。

 

「アラ、やっパり怖イのカシラ?」

 

「仕方ないよ、こんな怪物出しててビビらない人なんてそうそう居ないよ?」

 

 近づいてわかったが、体長が3mをゆうに超えている。

 真っ白なツインテールと肌、局部をギリギリカバーする服、黒いサイボーグのような腕と鋭い爪。

 

 (...握手したくないのです。)

 

 震える手を抑えるように、両手で剣を構える。

 

「ウーン...見下ろすのは失礼ネ。」

 

 ぴょん、と足元までありそうな長いツインテールを翻して、軽やかにお姉さんが降りてくる。

 お姉さんが降りると、怪物は膝(?)を折って、頭を垂れる。...まるで電池が切れたかのような動きだ。

 

「ホら、あのコはアタシがいないと動カナイワ。」

 

 それを見て、お姉ちゃんと龍田さんも艤装を解いて砂浜を歩いてくる。

 ...が、龍田さんがもう一度薙刀を取り出し、お姉さんの首を()ね上げんと斜め右上に振り上げる────

 

 見事な太刀筋。だが...

 

 

 

 

 

 

「────こういうノ、確カ...

 『白羽取リ』ッテ言うのカシラ?」

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、かなり間違っていた。

 

 神速の一撃を、お姉さんは平手と平手で挟むようにして...素手(?)で受け止めていた。

 

 

 

 ...刃に対して“垂直”に。

 

 

 

「あらあら、あなた...相当お強いのね。」

 

「フッ...マだ五割のチカラもダしてないデショウ...?

 ソんなハエも止まるヨウな刃には...ヤられないワ。」

 

 ぎりぎりぎりぎり...

 

 薙刀とお姉さんの艤装腕(?)が火花を散らす。

 

「......はぁ。」

 

 しゅん、と薙刀をしまって、何歩か後ろに下がる。

 殺すのは諦めたようだ。

 

「...まずハ、自己紹介ネ。

 アタシは、アナタたちからは南方棲鬼、って呼バれてるノカシラ?

 コノ辺りヲ統治してたケド...ソコの鎮守府の人たちに追い返されチャッタノ」

 

 HAHAHAと暢気に話しているが、龍田さんの薙刀を素手(?)で止めるこの人を撃退するなんて...第八鎮守府の人たちはかなり強いのかもしれない。

 

「でも、トドメって時に話しかけて来たんだよね〜。」

 

「エエ。その時に、『ココの近くに来ないようにするカラ、見逃シテくれ』って頼んだノヨ。

 マア...アタシの言う事を聞かナイ武力派のコは、沈めてもらってるケドね...」

 

「武力派、なのです...?」

 

「ソウ...ワタシたちにも、タダ生きていきたい『穏便派』ト、ニンゲンに何かしら恨ミや悪意をもっテ襲ウ『武力派』に分かれてるノ。

 穏便派のコは、艦娘を見つけルと潜水するか、逃ゲルように動くハズ。

 アナタたちを見つけて、追いカケたり襲うのナラ武力派ネ...」

 

 今までの常識をひっくり返されてしまって、頭の整理が追いつかない。

 今まで敵だと思っていた深海棲艦の中に派閥があったなんて。

 それに、もしかすると...翔さんのお父さんの深海棲艦とコミュニケーションを取れるかという研究は、あながち無駄ではなかったかもしれないということだ。

 

「マ、ココで会えたのも何カの縁。

 望月チャン、持っていきナサイ。」

 

 と言って、怪物の口をぐいと開けて口腔をまさぐる。

 腕を抜くと、手の内に少しばかりの資材が握られていた。

 

「ん、ありがと!」

 

「────ト、ソコのおチビちゃん」

 

「い、電なのです!」

 

「電チャン、ちょっとイラッシャイ?

 

 ...サッキの刀、見せてくれるカシラ?」

 

「??」

 

 下手に抵抗しても仕方ないので、大人しく渡す。

 刀を横にして両手で持ち、刃は相手に向けない。

 ...翔さんから学んだ、刃物を持つ時のルールである。

 

「ソのまま、刃を上に向けてモラエる?」

 

「えっ...?は、はい...」

 

 大人しく言う通りに向ける。

 

「フゥン...?」

 

「い、電をどうかしようってなら、容赦しないわよ!」

 

 暁お姉ちゃんが砲を構える。

 が、それを気にすることなくまじまじと私の刀を見つめて、南方棲鬼さんは刃にチョップをかました。

 

 

 

 ────さくっ、ボトン。

 

 

 

「はわわわわ?!!」

 

「「「「?!!」」」」

 

「えっちょ、何やってんの?!」

 

 重厚な金属質に見えるが、バターを切るかのように刃が通った。

 生々しい音とともに落ちた手から、血がどろどろ流れ出る。

 

「驚イたワネ」

 

「いやこっちのセリフだよ?!」

 

 マアマア、と望月さんの言葉を軽く受け流した南方棲鬼さんは、腕を拾って傷口にぐちゅりとあてる。

 ...しばらくすると腕がくっついて、動きを確かめるようにぽきぽきと指の関節を鳴らす。

 

 そして私に歩み寄って、少ししゃがんで私にしか聞こえない声で囁く。

 

「輪っかチャンの薙刀ジャ手のヒラもオトせないのに...ドウしてカシラ、ネェ?

 ...私タチのチカラは、後悔、屈辱、未練...怨ミの強サで変わるノ。

 逆にアナタたち艦娘のチカラは...フフっ。

 

 ────コレをアゲル。」

 

 懐から黒い結晶を取り出して、私の手に握らせる。

 小石程度の大きさだが、カンカンに照りつける太陽にあてても全く光を反射せず、ただ絶対的な黒を灯している。

 

「コレは“怨恨晶(えんこんしょう)”。

 コレを通してワタシたちを見ルと怨みの強サが見エルケド...ソノ刀と一緒に、メロンチャンに渡しナサイ。」

 

 私は受け取って、少し眺めてから懐に入れる。

 

「マタ会えたラ会いまショウ?

 戦場カ、陸地カ、水底デ...フフっ。」

 

 

 

 そう言い残して怪物に乗った南方棲鬼さんは、その巨体からは予想できない程の跳躍。

 ドボーーン!!と着水して、影はすぐに見えなくなった。

 

 ...お姉ちゃんたちは、二人揃って龍田さんにしがみついてビクビクしていた。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

「Barning...────loooooooove!!」

 

 ズドズドーーーン!!

 

 直訳すると『燃え上がる愛!』という言葉と共に放たれた模擬弾は、見事移動する的に命中する。

 

「さ、流石金剛姉さん。

 ...どうやったら、姉さんみたいに強くなれるんですか?」

 

 榛名は疑問に思っていた。

 実際、榛名と金剛はほぼ同じ兵装で、ほぼ同じ練度だった。

 しかし先ほどから見ていると命中率どころか、榴弾の爆発範囲も金剛の方が広い気がする。

 同じ模擬弾を使っているのに、こんなおかしな話があるのか。

 

「ンン?

 ワタシの強さの秘訣を知りたい??

 

 それはデスネ......」

 

「そ、それは......?」

 

「それは...............」

 

「それは...............?」

 

 ごくり、と息を呑む。

 

 

 

 「────LOVE POWERデーーース!!」

 

 

 

 デーース!、デーース、デース...

 

 

 ...榛名は思い出した。

 

 自分の姉が、いわゆる『手取り足取り教える派』ではなく、『感覚で掴め派』の人間だということを。

 

「わ、分かりました。愛を込めるんですね!」

 

「さっすがMy sister!!飲み込みが早いネー!

 さぁいっしょに!

 

 Barning......Looooooove!!」

 

 「ば、ばぁにんぐぅ...らあああああぶ!!」

 

 「Loooooooooooove!!」

 

 「らああああああああああぶ!!」

 

 「「ラアアアアアアアアアアアアアアアアアブ!!!!」」

 

 

 

 

 

 「...何やってんだアイツら。」

 

 クレー射撃をしていた摩耶が、大声を聞いて首を傾げる。

 

 後にこの訓練が榛名を助けることになるのだが...それはまた別のお話。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 「わいわい」

 

 「きゃっきゃっ」

 

 「はやい??」

 

 ......

 

 「────駆逐艦うざい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チリンチリーン、とベルの音が鳴る。

 ...入渠施設に空きができた時の音。

 即ちほっぽ────

 

 ...北方棲姫が出てきたということだ。

 

 程なくして、がららと医務室の扉が開かれる。

 見れば傷は全て塞がっているようだ。

 そして何より目を引くのが、白いボールに大きな禍々しい口をつけて、申し訳程度の可愛さ要素と言わんばかりに猫耳をくっつけたような、なんとも言えない物体...生物?が、ふよふよと北方棲姫の周りを飛んでいる。

 

 ...プロペラや翼が生えていないのに、何故浮いているのだろうか。物理学を鼻で笑うような存在だ。

 

「......」

 

 ぱっ、と北方棲姫がこちらに手を向ける。

 

 ふよふよ〜っと俺の方に謎の物体(?)が飛んでくる。

 

 『ギィ...?』『ギイギイ!』『ギギー』

 

 鳴き声?を発する。見た感じ何かを話しているようで、この謎の物体には自我と言語...とは言い難いが、コミュニケーション能力を備えていることがわかる。

 

 よってこの物体は生物である。証明終了。

 

 しばらく会話(?)を続けた後、またふよふよと北方棲姫の元に帰る。

 

 

 

「......オマエ」

 

 

 

 北方棲姫が口を開く。

 

「風呂で私が敵ッテ分かってモ、殺さなかっタ。

 ダカラ...ニンゲンは嫌いだけド、オマエだけは...信じテみる。

 ...帰リたいケド、ここ、わからナい。

 ...しバらク、オ世話になる。」

 

 と言って、ぺこりと頭を下げる。

 

「...『お前』じゃなくて、憲兵とでも呼んでくれ。」

 

「ケンペー?」

 

「あぁ、そうだ。

 

 よろしくな、────ほっぽ。」

 

「ヨロしく、────ケンペー!」

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

 明日は休み(ほとんど休みのようなものだが)ということで、秀吉が酒を持ってきてくれた。

 

 今日釣ってきた魚の切り身をツマミに、ホテル内の大部屋にみんなで集まってちびちびと飲みながらみんなで談笑...

 

 

 

 ────したかった。

 

「ぐへへへへ〜テートクぅ〜!」

 

「ぁい!はるなぁだいじょーぶれす!」(壁に向かって)

 

「ね゛え゛さ゛ま゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛...ひっぐ。」

 

「一航戦、赤城」

「一航戦、加賀」

 

 「「────脱ぎます!!」」

 

 「「やめろ馬鹿野郎!!」」

 

 ...さっきからこんな感じだ。

 

 駆逐艦たちは少し離れた場所でパジャマパーティーを開いている。

 ...島風がホワイトボードを使って『速さとは何か』について熱弁しているのを、暁・雷・村雨がきのこの里やたけのこの山をつまみながら『ほへー』という顔で聞いている。

 

 ちなみに春雨は北上に抱きついて、北上は春雨に抱きついて端の方に布団を敷いて寝ている。

 駆逐艦(こども)嫌いな北上も、大人しくて抱き心地の良い春雨だけにはかなり甘い。

 

 

 そんでもって私はと言うと、背中には鈴谷が「てーとくぅ〜うへへへ〜」とか言いながら抱きついていて、膝の上には電がオレンジジュースを手にニコニコしながら座っている。

 秀吉の背中には夕張がレンチを片手に寝ていて、望月が膝の上で漫画を読んでいる。

 ...今日の漫画は『カガ〜光に舞い上がった鬼才〜』だった。

 これは主人公の“カガ”が闘牌(大金や身体を賭けての麻雀)にて狂気的かつ奇跡的な才能を発揮し、多額の金にも目をくれず、ひたすら真の勝負を求めて闇社会を歩くという麻雀漫画だ。

 何十年も連載されていたが、つい最近最終回を迎えたということでちょっとしたニュースになるほど、有名で面白い漫画である。

 

 摩耶と龍田は酒に強いらしく、私、摩耶、龍田、秀吉の四人でちゃぶ台を出し、麻雀を楽しんでいた。

 

 打ち方としては、龍田は相手に振り込ま(ロンさせ)ないが、和了(あが)ることも少ない。

 ...龍田と摩耶は前任のいた頃、こっそり飲み水やらパンやらを賭けてやっていたらしい。

 摩耶は大きな役で一発逆転を狙うタイプ。しかし、危険牌も結構捨てていくので振込み(ロンされ)やすい。

 秀吉は...たまに怪しい手つきをする。おそらくここに怖いお兄さんがいたら、指を詰められているだろう。

 

「────ツモ!

 リーチ混一色ドラ2...いや、裏ドラで3、計8翻の倍満だぜ!」

 

 ここで摩耶が一歩リード。

 

「きたぜ。ぬるりと......」

 

 赤城が観客にやってきた。何故かはわからないが赤城の鼻や顎が伸び、駆逐艦のパジャマパーティーの声が『ざわ...ざわ...っ!』と聞こえる。

 

「...お前はアカギ違いだ、しかも似てねぇ。」

 

「うわぁぁぁぁあん!!」

 

 泣きながら走って...加賀に泣きつく。

 

「......フン。これで勝ったと思うな...また危険牌を、相手の手を考えずにパカパカ打てば、また落ちるぞ...?」

 

 調子に乗りそうな摩耶をニヤリと不気味な笑みを浮かべて、睨みつける。

 するとまた赤城がやってきて、

 

「いいじゃないか...! 三流で...!熱い三流なら上等よ...!」

 

「......テメェ、次は無いと思え。」

 

「うわぁぁぁぁあん!!」

 

 またも赤城は走り去って、加賀に泣きつく。

 ...にしても秀吉の声がガチトーンだった。これ以上は危ないと思ったのだろう。

 

 

 

 

 

 『速さとは即ち、軽さである』

 

 『『『ふむふむ』』』

 

 『だから私は、下着は最低限にしているの!』

 

 『『『ほうほう』』』

 

 

 

 

 

 ...いや、納得しないでほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 




後書き・憲兵さん&ほっぽ

「ここまで読んでくれた読者の皆、ありがとう。
憲兵だ。」

「ワタシもイルぞー!」

「...本編ではなんとか生き延びたが、まだまだ安心はできない、とコンブさんからは聞いた。
翔くんたちも急展開を迎えたようだが、俺の活躍にも期待してくれよ?」

『ギィ!ギィ!』

「次回・サブタイトル予想『深海棲艦の夜歩き』。
“二人”の深海棲艦が夜を歩くと聞いたが、一人は南方棲鬼、もう一人は...?」

「ワタシは“イーコ”だから“ハヤネ”スルぞ!」


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32話 深海棲艦は夜を歩く

翔「予定は外れるものであり、謝罪はするが、どうしてもな理由もあるんだ。」

電「まさか投稿しようと『コピー』しようとしたら『切り取り』を選んでしまって、その後すぐに別の変な文字を『コピー』してしまったのです...」

翔「言うなれば、今回載せる予定の本文全てが消えてしまった。」

電「ちょっと、投稿ペースが遅れますが、失踪だけはしないのです!」

翔「消えてしまったぶん、もう一度練り直しながら執筆するらしい。応援よろしく頼む...では────」

翔・電『────本編へ、どうぞ!』



ㅤあれから俺の日課の散歩に、一人仲間が加わった。

 

 

 

「ケンペー、なにアレ。」

 

「あれは車ってやつだ。あの中に人が入って、陸をすごい速さで移動出来るんだ。今度乗せてやろうか?」

 

「ヤッターい!

 

 ...ケンペー、なにアレ。」

 

「あれは馬だ。あれに直接乗ったり小さな車のようなものをひかせて、人は移動するんだ。

 今度乗せてやろう...と言いたいが、俺...馬乗ったことないんだよなぁ。」

 

「クルマに、似テる...

 

 ...ケンペー、

 暑く、ナイの...?」

 

「あ?あー...そりゃあ夏に長袖はもちろん暑い。でも...俺の身体はあまり見せられるものじゃあないんだ。」

 

「フゥーン...」

 

 

 

 仕事中。

 

「ケンペー、なにコレ。」

 

「こいつはペンだ。この先っちょを紙になぞらせると...」

 

「ワッ、線が引けタ!」

 

「絵でも文字でも、ほっぽも何か描いてみるといい。」

 

「ワーイ!」

 

「......おい待てそれ報告書ぉぉぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時、何日か振りに潜水艦の偵察部隊が帰ってきた。

 

「ほんとに、あの鎮守府に連れていかれてたの?」

 

「......(こくこく)」

 

 確かに見た、と言わんばかりに二度頷く。潜水艦のこの子は極度の恥ずかしがり屋かつ無口なので、私もたまにしか聞けないが...実はものすっごく綺麗な声を持っている。

 目元から口まですっぽりガスマスク(?)で隠しているが、この基地にいる艦の中で一番の美人は誰かを聞かれたら迷わずこの子を選ぶ。

 

 少し話が逸れてしまった。

 

 どうやらあの子は北の鎮守府に連れていかれたらしい。

 北の鎮守府と言えば、数ヶ月前まで出撃してくる艦娘はみんな、全ての艦を絶やさなければ自分が死ぬと言わんばかりの勢いで襲ってくるので、なかなかの脅威だったのだが...ここ最近は活動が大人しくなっている。

 

 しかし、私の家族が...妹が、囚われてしまったのだ。

 

「...私が、出撃()るわ。」

 

 ドクン...ドクン...

 

 “あの時”捨てたはずの怨念が脈打つ。

 

 本気を出すのは何時振りだろう。

 

 陸と海の境...沿岸・港湾部が持ち場であり、しかも...海上よりも陸地で戦うのを私は得意としている。

 

「夜襲で片付けるわ。あなたたちは待ってなさい。」

 

「......ん。」

 

 潜水艦の子が一つ返事を残し、部屋を出る。

 

 手早く準備を済ませて今から出れば、あの鎮守府に丁度夜頃...到着するはずだ。

 

 

 

 

 

 「────待ってなさい...妹よ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 みんなが酔いつぶれて泥のように眠り、駆逐艦、龍田、摩耶、秀吉も自室に戻ってしまい、残った翔は軽く酔いを覚ますため電を背負って外を歩いていた。

 

 真っ暗な夜の海岸にざくざくと足跡を残しながら、懐中電灯の光を頼りに歩く。

 

 「────翔さん。」

 

 電が沈黙を破った。

 

 「どうした?」

 

 「...翔さんは、もし、深海棲艦の中に、人間の味方がいたら...信じきれるのです?」

 

 「ふむ...」

 

 翔は悩んだ。

 

 確かに、両親を殺した深海棲艦に対する恨みなど言葉にできないくらいにあり、今も翔の腹の中で渦巻いている。

 

 しかし、実は翔の父親は深海棲艦とのコミュニケーションを図る研究をしていたのだ。

 確かに当時、他の学者から散々馬鹿にされていたが...それでもなお立ち上がり、それこそ死ぬ前日まで研究に明け暮れていた父親を、翔は誇りに思っている。

 

 「そうだな...

 そんな深海棲艦がいるなら、話してみたいところだ。

 話してみてから、判断しようかな。」

 

 少し曖昧な返しになってしまったが、このぐらいが妥当だろう。

 

 「そう、ですか...」

 

 電も電で納得したのかわからない、曖昧な返事をする。

 

 「ソウに決まってルじゃナイ。」

 

 そうだ。我々人類も人類同士で幾多の戦争を起こし、対立してきたが...どんなときも最後に話し合いを通して、条約・和解を以て...一時的だが、平和を築いてきたのだ。

 常にどこかで対立や戦争は起こっているが、終わらない戦いは無い。

 

 

 

 

 

 

 ...ん?

 

 

 

 

 

 

 「はわわわわ?!」

 

 「また会っタわネ、電チャン。」

 

 刀だけを展開したのか、少し背中が重くなる。電を下ろし、手で制して後ろに下がらせつつ懐中電灯でその声の主を照らす。

 

 腰よりも下まで伸びた白髪のツインテール、前髪で右目を隠し、露出多めな真っ黒い服...水着?を着ている。箱を抱えているが、暗くて何が入っているかまではわからない。

 

 だが、こいつは沖縄から国民を追いやった張本人────

 

 「────南方棲鬼?!

 と、また会ったとはどういうことだ!」

 

 南方棲鬼は大規模作戦で撃破され、それ以来目撃情報は無いと軍学校では習ったはずだが、今、目の前に立っている。

 深海棲艦は人型であっても甦るとでも言うのか...?

 

「ヘェ...そのニンゲンが、電チャンの...

 

 ...艦娘ヨリもニンゲンの方が弱イのに、アナタが前に立つノネ。

 フフッ、愚カ...実に愚カ、だけド......

 

 

 

 ────美シイわネ。」

 

 

 

 ガチャン、と箱を降ろす南方棲鬼。

 

「...何が言いたい。」

 

「イイエ...ただ、電チャンの強さノ秘密ガわかっタ気がするワ...フフっ。」

 

「お前は電とどういう関係だ!」

 

「そ、その...翔さん、落ち着いて...落ち着いて、聞いて欲しいのです。

 実は────」

 

 

 

 

 

「────遠征中にそんな事が?!」

 

「その...ちょっと、言い出せなかったのです...」

 

 人差し指をいじいじさせながら、電が申し訳なさそうに言う。

 ...いや、言い出せなくて当然だろう。艦娘と深海棲艦は水と油のような関係だというのに、話が本当ならそれが覆されたということだ。

 

「驚イタかしら?フフフッ」

 

 ニコニコしながらどこから取り出したのか、ピラフに刺さってそうな白い旗を指先でふりふりと弄んでいる。

 

 ...なんというか、思いっきり慌てていた自分が、何故かおかしく感じてしまう。

 いや、おかしくないはずだ。この状況の方がおかしいのだ。

 

「...で、お前は何故こんな所にいる。」

 

「あぁ、少シそこの建物ノ物を拝借シヨウかと...

 ホラ、そこの鎮守府モ使ってるデショウ?」

 

「......」

 

「何よ!イイじゃないノ!」

 

 人間側どころか深海棲艦側からも設備を使われているなんて...リゾート施設の支配人が可哀想に思えてきた。

 

「...いや、それにしては偶然が過ぎる。」

 

「そうネ...ま、ホントは電チャンが外に出テキタから、気にナッてね。」

 

「...何故電が外に出たことが分かった?」

 

「それは、電チャンが持っテるアレのおかげヨ。」

 

「これ、なのです...?」

 

 電がごそごそと懐から、電自身の手に収まるくらいに小さな真っ黒い結晶を取り出した。

 

「ある程度近くに居たラ、私ダケ結晶の位置を辿レるのよ。

 ほかのコには出来ないカラ安心してちょうだい。」

 

「ふむ...」

 

「あらあら、信用ナイのね。

 スデに元帥のトナリにあの人ガ...フフッ」

 

「待て、どういうことだ?」

 

「ゴメンなさいネ、そろそろ帰らナきゃ。」

 

「あっ...」

 

 

 

 箱を抱えて、海の方へ歩いていく。

 

 ...しかし、私はそれを追わなかった。

 いや、追う気になれなかった。

 

「電、帰るぞ。...酔いが覚めてしまった。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は怒りで煮えたぎっていた。

 

 普通、どんな艦でも鎮守府を夜に強襲するような奴は居ない。

 怨みがどんなに強くても、どこかに騎士道精神というか、黒く染まった我々にも、まだ武人として戦う心が残っているのだ。

 

 しかし、今私は妹を捕虜にされている。

 ...“どんなこと”をしてでも、私は妹を取り返す。

 

 「......」

 

 例の鎮守府が見えてきた。

 

 ドクン、ドクンと、自分の怨念が強まっていくのを感じる。

 

 砲をぶち込むというのも手だが...援軍を呼ばれたら不味いし、何より妹を助けにきたのだ。陸地のあの子に誤射誤爆でもしようものならひとたまりもない。

 

 「......」

 

 海岸に着いた。

 

 「......!」

 

 あれは...妹が肌身離さず持っている『ゼロ』だ。

 ギリリ、と歯ぎしりを立てる。

 これが落ちているということが、確かにこの鎮守府に拉致られたという証拠になる。

 艤装を収納し、海岸を歩いていく...

 

 「......」

 

 正門を飛び越えていざ侵入。

 ...だが、あまりにも気配が少ない。

 

 もしやすると既に気づかれて...?

 

 細心の注意を払って建物内に入る。

 

 「...おかしい。」

 

 夜中でも少しくらい電気がついていてもいいと思うが、この鎮守府は人がそもそも居るのかというほどに暗く、静かだ。

 

 そして私は鎮守府内を探し始める前に少し考える。

 もし誰かを捕らえたとすれば...大抵地下牢だろう。童話や本で(私が知る限り)人が捕まったら、大抵お城のてっぺんか地下牢なのだ。

 

 「......」

 

 廊下でしゃがんで、床の金属部に爪を立て、ゆっっっくりと引っかく。

 

 

 

 

 

 (────────────!!)

 

 

 

 

 

 人間には聞こえない程に甲高い音。

 ...音の響き方で、この付近の地形を調べているのだ。

 

 (...この廊下の行き止まり、左に地下空間。)

 

 

 

 

 ...着いたが、階段の(たぐい)は何も無い。だが、あるはずだ。

 

「......」

 

 くるりと一周見回してみるが、全く何も無い。

 

 

 ────ギリ。

 

 

 小さく、だが、確かに床板が軋む。

 

 廊下は規則的...フローリングのように板が張られているが、この行き止まりの床板だけ微妙にズレている。

 

 長い爪を板目に引っ掛ける。

 

 キィ...と、隠し階段が現れる。

 

 怪しく思った私は、意識を階段の先に向ける。

 私ほどの強大な力を持つ艦は、艤装を出さずとも...ごく短距離(しょうめん)だけとはいえ生体反応を感知できる。

 

 「......」

 

 ...反応は無いが、調べておくに越したことはない。

 

 カン、カン...と足音が響く。空気は通っているようだが、ほぼ密室だ。

 

 階段を降りて細い道を数歩進むと、目測五メートル四方の部屋があった。

 

「......?」

 

 しかし不思議なことに、この地下室は使われた形跡が全く無い。

 

 そして何より────

 

 

 

 ────妙に“空気が美味しい”。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 謎の地下室から出た私は、ゆっくりと階段を上り『執務室』の看板が掛かった扉を見つける。

 

 「......!」

 

 二つ、反応を捉える。

 この先に艦娘が待ち構えているかもしれないし、妹がいるのかもしれない。

 

 「.........」

 

 ドクンドクンと脈打つ怨念を落ちつけるように、大きく息を吸って...ふっ、と気を込める。

 

 そーっと、扉を開ける。

 

 中は畳とフローリングで分かれていて、足元に靴箱と段差がある。

 

 「......」

 

 ...一応私も、マナーについては心得ている。

 

 靴を脱いで、ゆっくりと足音に気をつけて奥へ進む。

 

 「......!!」

 

 やけに膨らんでいる布団が敷かれている。

 

 おそらく、ここの提督にあたる人間が寝ているのだろう。

 

 「(こいつが...妹を...っ!)」

 

 ドクンドクンと、感情が強まっていく。ドス黒いオーラが身体から湧き出て、窓から差す月明かりにギラりと爪が光る。

 ...居場所を聞き出す理性など、私には残っていなかった。

 

 「(死ね......ニンゲンッ!!)」

 

 ゆっくりと腕を振り上げ────

 

 「────ケンペー...」

 

 「?!」

 

 よく目を凝らすと、布団から白い頭が見える。

 

 「(ほっぽ...?)」

 

 振り上げた腕をゆっくりと下ろして、切り裂かないようにそっと布団をめくる。

 

 「「zzz...」」

 

 男に抱きつくようにして妹が寝ていた。

 私以外の、しかも人間と一緒に寝ているのだ...この子が。

 

 「......」

 

 その幸せそうな寝顔を見て、なんだか気を削がれてしまった。纏っていたオーラも虚空へと霧散する。

 

 「......ふふ」

 

 また今度、昼に改めて伺うとしよう。

 コト、と枕元に“プレゼント(ゼロ)”を置いて、静かに立ち去────

 

 「ぉねぇちゃん......」

 

 ...寝言のようだ。これ以上ここに用は────

 

 「...ぁいたいよぅ......」

 

 「......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 窓から差す朝日に目元を照らされ、俺は目覚めた。

 誰かに抱きしめられているような、なんだか幸せな気分だ。このまま二度寝と行きたいが、俺にも一応仕事はある。

 

 パチリと目を開けると、目の前にツノがあった。

 

 ツノが、あった。

 

 「?!!」

 

 あと1〜2センチで眉間にぶっ刺さっているくらいの距離に、鋭く尖った黒いツノがある。

 

 まずは落ち着いて、ゆっくりと首を回して周りを見る。

 腕の中にはほっぽ。目の前にツノ...を生やしたすっごい美人。寝ているようだ。背中に爪。

 

 ...爪?

 

「??!」

 

 軽く30センチを超える長さの黒い爪が、俺の背中に回されていた。

 

 ツノを見てこの美人さんを突き飛ばしていたなら...私はズタズタになっていただろう。

 自分の肝の太さに感謝である。

 

 (さて......)

 

 この美人(べっぴん)さん、肌や髪がほっぽのように白い。おそらく深海棲艦だろう。

 それも見た目からして、ほっぽよりずっと強い姫級上位のはずだ。

 ほっぽを探しにきた、ということは予想できるが...何故ここで一緒になって寝ているのかは全くわからない。

 

 私にできることは三つ。

 ほっぽを起こすか、美人さんを起こすか、現実逃避(にどね)か...

 

 頭を悩ませていると、

 

「...!

 ぉはヨう、ケンペー。」

 

「おっ、おはようほっぽ。

 

 突然で悪いが、この人...誰だか知ってるか?」

 

「んぅ...?

 

 ...オネーチャン!!」

 

 ?!

 

「......ホッポ?」

 

 ガバッと体を起こす美人さん改めてお姉さん。

 俺も同時に体を起こす。...爪で裂かれるところだった。

 

 そのままお姉さんはほっぽを抱えてサッと距離を置いて、

 

 

 

「...何ガあったか、話シテ。」

 

 

 

「おいおい、そいつぁはこっちのセリ...

 

 ────分かった話すからまずは落ち着いてその爪を下ろしてほしいな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「アナタが、ホッポを...ナントお礼をスレば...」

 

 このお姉さん曰く、人間からは『港湾棲姫』と言われている深海棲艦で、“深海”棲艦なのに陸地や浅瀬で戦うのが得意らしい。

 

 ...蛇足だが、俺が今まで見た中で一番大きなものを持っていた。何が、などと野暮なことは言わない。ただ、言うなれば...縦セーターのような服装と相まってすっごく、その...良かった。

  

「いやいや、大丈夫。俺もちょうど話し相手が居なかったからさ。

 ...んじゃあ、ありがとな、ほっぽ。」

 

「オネェチャン、帰ル、ノ...?」 

 

 うるうると、俺の顔を見つめる。

 ...前々から、子どもには妙に懐かれるんだよなぁ。

 

「ほっぽの仲間(?)も、心配してるんじゃないか?」

 

「でも、ソレじゃあケンペー独りぼっち...

 

 ...ア!今カンムスが居ないなラ────」

 

 

 

 

 




後書き
「ここまで読んで頂いた読者の皆様、ありがとうございます。コンブです。
えー、二人が冒頭でもお話してくれた通り、今回載せる予定の本文が全て消えました。
今回は5742文字の本文ですが、予定では短編集のような話も含めて20000文字近く載せる予定でした。

しばらく投稿ペースが落ちますが、どうかお待ちいただけると嬉しいです。」


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短編・黒刀の覚醒

「やっぱり、なんだか怪しいのです...」

 

 割り当てられた自室にて、ソファーに寝っ転がった電は杖をしまい、ポケットから取り出した黒い結晶をまじまじと見つめながら首を傾げる。

 

 ...これはただの結晶ではない。あの遠征の日、深海棲艦...南方棲鬼と出会った私は怨恨晶という石を貰って帰ってきたのだ。

 

 彼女曰く『夕張に刀と一緒に渡せ』との事だったが...帰って来てもそう易々と渡せるものではない気がする。

 

 昔の電ならそのまま渡していたかもしれないが、電は翔と生きてきていろんなことを学んだのだ。

 その中に、“寝返る敵はあまり頼るな”という教訓がある。

 何故そんなことを学んだのかは...まあ、秘密だ。

 

 ...誰も翔と夜に観た映画で、敵陣営から寝返っていい感じだった男の人がゾンビになって襲ってくるという場面(シーン)が忘れられないからとかそんな理由ではない。ちなみにだがその人は『生きて帰ったら結婚する』とか言ってたことまで覚えている。

 

 ────とにかく、この結晶が怪しくてたまらないのだ。

 

「むー...」

 

 そうだ、“思わぬ事故”でこの結晶が壊れてしまったとしたら、諦めるしかないだろう。

 

「...おっとっと〜、なのです」

 

 かんっ、ころころ...

 

 試しに床に落とした...

 ────“落としてしまった”のだが、小気味よい音とともに転がるだけだった。

 

 「......」

 

 かいーん、かんっころころころ...

 

 叩きつけ...

 ────勢いよく落としてしまったが傷一つ入っていない。

 

 「......っ!」

 

 じゃこん、ギイィーーン!!

 

 ...がごん!

 

 石を刀で斬ってみたのだが、切れたのは奥にあったちゃぶ台だけで、やはり足元に結晶は転がってきたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ...こんなもんかな?」

 

 遮光溶接面を頭の上まで押し上げて、ふうと一息つく。

 

 ────溶接面が何か、って?

 よくバチバチやってる人がかぶっているあの鉄のお面よ。

 これを着けないと目に屑が入るのはもちろん、目がアーク光...あのバチバチの光でやられるからなの。

 ...まぁ、私は艦娘だから肉眼で見てもちょっと眩しいくらいだけど、人間が見てしまったら目が痛くなって明るい光が見れなってしまうのよ?

 どんぐらい痛いかって言うと、うーん...歯の神経をヤスリで削られる痛みよりも強い、ってむかーし溶接工のおじいさんに聞いたわ。

 そのおじいさんも九州に避難しちゃったんだけど...元気にしてるかなぁ...

 

 

 

「ごめんくださーい、なのです。」

 

 

 

 がらがらと錆び付いたドアの音の後に気弱そうな可愛い声が聞こえてきた。この声はたしか────

 

「────電ちゃん...だっけ?

 どうしたの?試し撃ちでもご所望かな?」

 

 作業道具に安全装置を掛け直して、電源を落としてからカウンターに向かう。

 

 ...実はこの工廠、元は飲食店だったらしいけど、私がここに着任する前に店主が避難してから、厨房やらテーブルやら全部他の所に移して機械を置いてもらったんだって。

 提督って昔からガサツなのよね...

 

「その...これを、お願いしたいのです。」

 

 と言って差し出してきたのは例の刀と見覚えのある黒い石。

 

「これは...」

 

「その...南方棲鬼さんから頂いたものなのです。

 夕張さんに刀と一緒に渡して、とのことなのです。」

 

 あの人が...

 

「...わかった。

 ちょっと時間がかかるかもしれないけど、明日また来てもらえるかな?」

 

「了解なのです!」

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 小さな背中を見送った夕張は溶鉱炉の近くの金床に腰掛けて、手袋とモノクル(片眼鏡)を着けて刀を手に取る────

  

 

 

 ────ざわっっっ!!

 

 

 

 「きゃっ!」

 

 指先から全身が泡立つような寒気を感じ、からんからーん...と刀を取り落としてしまう。

 

 夕張たち艦娘が“艦船の魂”が顕現したものであるように、艤装はそのまま“艤装の魂”が顕現したものである。

 他の艦娘が使い込んだ艤装はその艦娘の魂が微量ながらに移り、その艦娘に“馴染んで”いく。

 故に歴戦の艦娘が使い込んだ艤装を他の艦娘が装備すると、魂の反発による“違和感”が生じるのだが...

 

 「なに...これ...」

 

 この刀は持ち主以外の手を拒絶する...まるで電の魂を直接握ったかと思ってしまうほどに馴染んでいる。

 いや、もはや彼女の身体の一部と言っても過言ではない。

 

 柄を見ると無数の細かい傷や爪痕が刻まれていて、やはり相当使い込まれていることが分かる。

 素材は黒い鉄のように見えるのだが、見た感じ海水にさらされているはずなのに全く錆びていない。普通の刀は手入れすればどうということは無いが...潮風に、海水にさらされては手入れでは済まないだろう。

 この黒い金属の特性と思われるが、正体を見極めるにはそれこそ改修や修復を専門としている工作艦が、整った設備を用いなければ難しいだろう。

 

 ────続いて刀身を眺めてみる。

 錆ひとつなく、鏡のように輝くそれは思わず息を呑んでしまうほどに美しい。

 刃の角度はきっちり三十三度...日本刀にも使われている角度である。

 

 (やはりそこらの刀とはワケが違う、ってことね...)

 

 続いて黒い結晶を手に取る。

 一度親愛のしるしに、とひとつ貰ったことがあるのだが...艤装を改修するための道具ということも、使い方も分かっている。しかし、“使えなかった”のだ。

 

 「...よし。」

 

 ただならぬ刀をどうにかするのも気が引けるが...思い立った夕張は妖精さんに頼んで、両手持ちの大きなハンマーを構える。

 

 「ふんっ!」

 

 結晶に思いきり叩きつける。

 

 

 

 カーン、カーン、カーン...

 

 

 

 聞き慣れた間の抜けた音。

 このハンマーで艤装をぶん殴───叩くと、あらゆる物...砲や艦載機、魚雷でさえ、何故か素材に変化するのだ。

 彼女自身は“分解ハンマー”と呼んでいるが、これを使って劣化・故障した艤装を素材に変換し、新たに艤装を作り出せるということである。

 普通は妖精さんが扱うのだが、工作艦や彼女のような開発に携わる者はこの分解ハンマーを使えるらしい。

 

 カーン、カーン、カーン...

 

 結晶が白く光る。

 艤装を叩く時もこの光が輝き、消えた時には素材があるのだが...

 

 「よし...」

 

 光が収まると、そこには黒い粉が薬包紙の上に乗っていた。

 

 一見火薬のように見えるが、結晶の時と同じくやはり光を吸い込むような黒さである。

 

 ここからだ。

 

 この粉末を金属に付け焼きするらしいのだが、今までどうしても合成に失敗し続けていたのだ。

 

 炉に刀を突っ込み、いい感じに焼けたところで金床に置き、黒い粉を掛け────

 

 「?!」

 

 黒い粉をかけた瞬間。

赤白く焼けた刀が、ごうと音を立てて青白く輝いた。

 驚いて棒立ちになっている夕張に、妖精さんたちが鍛冶ハンマー渡す。我に返った夕張は気を引き締めて叩き上げ、冷却水に浸ける。

 

 じゅわっと蒸気を残して刀は沈み、引き上げると...見た目こそ変わらないものの、見る者を圧倒する“なにか”に溢れていた。

 

 (確かこの辺りに...!)

 

 工廠の道具置き場の奥から、────何故提督が取り寄せたか分からないが────一度も使われていない砥石を出し、包装を破り捨てて水濡れの刀身を丁寧に研いでいく。

 ちなみに素手ではとても触れないが、軍手をはめると大丈夫だった。

 手元から時間を掛けて進めていたのだが、半分近く研いだところで夕張はある異変に気付く。

 

 (あれ...?これって────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝

 

「電ちゃーん、できたよー!」

 

「ありがとうなのです!」

 

 いつもより早起きした私は、朝一番に工廠へ向かった。

 

 昨日一日刀を持たずに過ごしたのですが、やっぱりなんていうか...身体がそわそわして落ち着かなかったのです。

 でも、刀が無いことを盾にして翔さんに抱きついて寝れたのです!

 これが昔翔さんから聞いた、

シチューにカツ(死中に活)”ってやつなのです!

 

 わが子を抱きしめるようにぐっと柄を握ると...

 

「はわわわわ?!」

 

 

 突如刀が────?!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特別短編

 

 

 

 

 

「お──ろ─ぜ!」

 

 朝。いつものように電の声で、私は目を────

 

「おはようだぜ!」

 

「は?」

 

 

 

 

 

 

 

 特別短編・『“艦息”たちの一日』

 

 

 

 

 

 

 

 

「...まて、お前は誰だ?」

 

「か、翔さん?冗談はほどほどにするんだぜ!

 暁型駆逐艦四番艦、電なんだぜっ!」

 

 いつもより少し低い、少年の声。目を凝らして見ると、かっこいい...と言うより小動物的なかわいさにあふれた茶髪の男の子が跨っていた。

 

「......」

 

 がしっ、と“電”を掴む。

 

「はにゃあ?!!」

 

 そこには小さいながらも確かにちんk────

 ────“電のいなづま”が鎮座していた。

 

「かっ、翔さん何をするんだぜ!

 女の子がそそそ、そんなことしたら...」

 

 ────女の子?

 

 まさか、と思った私は“私”を掴む。

 

 ...しかし、“私の息子”は不在で、代わりに意外と大きめの...“E”くらいの大きさの肉塊が二つ、胸にぶら下がっていた。

 

「とっ、とにかく!

 もうみんな起きているから翔さんも行くんだぜ!」

 

 と言い残して、顔を真っ赤にした電...“くん”は(艤装)を展開し走り去ってしまった。

 

「...これは悪い夢だ。」

 

 いつもより高めの声で独りつぶやく。

 そのままもう一度布団に潜りたかったが、何故かそれはダメな気がするので執務室から出ることにする。

 

「Zzz...」

 

 ソファーでボサボサ頭の高校生くらいの男の子が寝ている。

 ...ここで寝てる奴と言えば、大抵────

 

「北上、いい加減起きたらどうだ?」

 

「...んぁ?

 あー、提督じゃん。おはー」

 

 手をひらひら振って一応返してくれる。

 夢の世界でも怠けたやつだ。

 

 ...まぁいい。何はともあれまずは朝飯だ。

 重い足取りで食堂に向かっていると、これまた帽子をかぶった黒髪の少年と電に瓜二つな少年に出会った。

 

「おはよー、しれーかん!」

 

「しれーかん、こんなに寝坊してたら立派な紳士になれないわよ!」

 

「君たちは...雷と暁か。」

 

 レディではなく紳士を目指してるのか、と夢の世界の出来の良さに少し感心する。

 

「しれーかんまだ寝ぼけてるの?」

 

「もうっ、しっかりしてよね!」

 

「あぁ、悪い悪い。少し昨日書類が────」

 

 あっ、と思ったが遅い。

 

「そういうことなら僕にまっかせてー!」

 

「あっ、待ってよいかづちぃー!」

 

 執務室へ走っていった。

 次に扉を開ければ、ばらばらに落としてしまった書類の山を前に涙目になっている姿が目に見える。

 

「あぁ、不幸な提督さん。」

 

「ははっ、元気が一番だ。」

 

「不幸...?ってことは────」

 

 着物...ではなく袴姿の男と、頭に輪っかを浮かべた男がいつの間にやら立っていた。

 

「俺と会ったのが嫌って?朝っぱらから不幸だ...」

 

「おそよう、提督さん。あの子たちは私たちがどうにかするから、早く食堂に行くべきじゃない?」

 

 山城はどこぞの学園都市の不幸な少年に見えたが、気のせいだろう。そして龍田の気をつかってくれる優しさは現実と似通ったものがある。

 

 

 

 

 

 

 

 食堂に着くと、スポーツ刈りの男の子が味噌汁とご飯をかき込んでいた。

 

「よぉ提督!お前がこんな時間に起きるなんて珍しいじゃねぇか!」

 

「おはよう摩耶。昨日は書類の整理があってな。」

 

「なるほどなー...お前もたまには休めよ?」

 

「あぁ、働きすぎには気をつけるさ。」

 

 こちらの世界の摩耶はもう男らしさの塊だった。

 現実の私も見習いたいものだ────

 

「おーい摩耶っちー!まだー?

 憲兵のおばちゃんも待ってるよー!」

 

「あと少しだから待ってろー!」

 

 食堂入り口からワックスで髪を固めて、妙に洒落た服を着こんだ男の子が入ってくる。

 

「おっ提督じゃーん!ちぃーっす」

 

「鈴谷か、そういえば昨日街に服を見に行くとか言ってたな。」

 

「めんどくせーことに巻き込みやがってよぉ...」

 

 と摩耶がつぶやいているが、鈴谷に言われる通りに急いでいるあたり満更でもないのだろう。

 

 ポットからお茶を注ごうとしたが、運悪く空っぽだった。

 

 (仕方ない、ヤカンから入れるか)

 

 給湯室の扉を開けると、ベレー帽をかぶった男の子が二人冷蔵庫の前で屈んでいた。

 こちらには気づいてなく、二人でなにやら言葉を交わしている。

 

「(ね?コンビニプリンも美味しいでしょ?)」

 

「(おお、いい感じいい感じ)」

 

 

 

「そこで何をしている!」

 

 

 

「「ひゃあ!」」

 

 驚き同時に振り返る二人。この子たちは────

 

「春雨村雨、甘味を楽しむのはいいが...あんまり食べすぎると太るぞ?」

 

「「はーい...」」

 

 全く...最近二人が食堂に頻繁に立ち寄ると思ったら、ちびちびアイスとかデザートを楽しんでいたのか。

 

 朝飯を終えた私が執務室に戻ると、改造着物をまとった美形の男が書類を処理していた。

 

「あっ、おはようございます、提督!

 今日もいい朝だね。」

 

「その感じの良さ...榛名か。私の代わりに書類を悪いな。」

 

「大丈夫ですよ。たまには提督も休むべきですよ?」

 

 こちらのことを心から気にかけてくれる妻...いや夫のような庇護感。やはり榛名だ。

 

 

 

「提督」

 

 

 

「ひゃん!」

 

 我ながらめちゃくちゃ可愛い声が出てしまった。

 振り向くとこれまた改造弓道着を着こんだ半目の男...

 

「お、驚かすなよ加賀。」

 

「ヤりました。」

 

 ...なんかイントネーションが怪しい。

 

「というよりさっきからなんですかその格好。

 ブラも着けずにワイシャツで鎮守府を歩き回るなんて誘っているんですか?ヤりますか?」

 

 ずずいと詰め寄って来る加賀。明らかに様子がおかしい。

 

「きゃっ」

 

「おわっ」

 

 後ろにあったソファーにつまずいて加賀に押し倒される形になってしまった。

 

「...提督────」

 

「...加賀────

 

 ────じゃなくて助けて榛名!」

 

 横目で榛名を見ると、

 

「あわわわわ...」

 

 顔を真っ赤にして手で抑えていたが、目元はバッチリ開いて倒れた衝撃ではだけた胸をじっと見ている。

 

「ごめんなさい、提督。俺────もう無理です」

 

 そう言って艦娘...いや、艦息(かんむす)特有の力でワイシャツを引き裂き、顔を近づけてくる。

 

 ...あくまで私の心は男だ。

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ────」

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

 

 

 

 

「ああああああああああああああああ!!!!」

 

「?!

 どどどどうしたのです翔さん?!」

 

 そこは布団、腕の中から電が上目遣いで私を覗きこむ。

 

「......」

 

 なにかものすごく恐ろしい夢を見ていた気がするが、全く思い出せない。

 

 ぎゅ、と電を抱きしめる。

 ...感触的に電に息子は居ないこと、髪も寝る前にはいつも流していて長いことを────

 

 ────当たり前のことを何故か確認する。

 

「...すまんな電。少し悪い夢を見ていた。」

 

 “???”な顔の電を撫でて、時計を見る。

 ...午前三時。よく思い出せないものの、ただの悪夢だと分かって安心したらまた眠くなってきた。

 

 そうだ、私は昨日書類の山を整理して疲れ果てていたのだ。

 きっと明日はいつもより遅く目覚めて、ソファーで北上に挨拶して、廊下で第六駆逐隊や山城龍田と会い、遅めの朝食を摂るような気がする。

 思えば明日は鈴谷と摩耶に外出許可を出していたはずだ。

 憲兵さんが車を出してくれることになっている。

 あと最近、コンビニスイーツが冷蔵庫を圧迫している原因も突き止めなければ。

 

 そんなことを考えていると、だんだん眠くなってきた。

 

 

 

 「おやすみ、電。」

 

 「?

 おやすみなのです、翔さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Happy Aprilfool day!

 

 

 

 特別短編・了




後書き・電

「ここまで読んでいただいた読者の皆様、ありがとうなのです。電なのです!

今回はかなり投稿が遅れてしまったのですが...コンブさんが高校卒業して、大学入学式までにバイトを掛け持ちしてほぼ毎日働いてた結果、大好きな執筆もゲームも出来ないくらいに疲れていたらしいのです...
コンブさんの私情ですがお詫び申し上げるのです。

次話からは通学途中や、休み時間にちょくちょく書くらしいので、月2回を目標に頑張ると意気込んでいるのです!
...フラグとしか思えないのです。

次回・サブタイトルも決まらないほどに書いていないのです!許して欲しいのです!何でもし────」

翔「おい電!」

電「────しないですが、どうかお待ちいただけると嬉しいのです。」


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33話 白と黒

翔「待たせたな!」

電「待たせたのです!」

翔「電の刀が何やら強化されたようだな。」

電「ヒントはこの話に書いて────」

翔「────ほほほ本編へどうぞ!」



「世話になったな、秀吉。」

 

「......お前らなら、いつでも歓迎しよう。」

 

 まだ八月中旬だが、今回の大規模作戦が上手くいったようで予想以上に帰りが早くなった。

 

 長いようで短かった約二週間。

 帰りの船着き場でみんな別れを惜しんでいる。

 

 他の(sisters)によろしく頼むデース、とか...五航戦、楽しみにしているわ...などと別れの言葉を残して、船に乗り込む。

 

 「まーーたねーーーー!!」

 

 途中まで随伴(みおくり)してもらって、朝早くから夜まで掛けて船で思い出を語り合い、バスで第七鎮守府前まで乗る。

 

「ようやく、だな...」

 

 市バスから降りた私はぞろぞろとみんなを引き連れて、執務室前まで来た。

 

 時刻は二十三時を回っている。

 

 移動続きでみんなもかなり疲れているようだ。

 

 ガチャ、と扉を開けて電気をつけ───ようとした。

 

 

 

 「ただ...い......ま.........」

 

 

 

 「??

 翔さん、どうかしたの......で...............」

 

 電も、私と同じように固まる。

 

「何があっ...た............の......

 

 ────────不幸だわ。」

 

「てめーら、つっかえてんだから.........

 

 ...何で深k────んーー!んーー!」

 

 慌てて摩耶の口を塞ぐ。

 

「んー?

 山城ちゃん摩耶ちゃんどうかしたの??」

 

「────全員一旦下がってくれ。」

 

 みんなを強引に外へ押しのけて、そっと扉を閉じる。

 そっ閉じである。

 

「すまんが、みんな自分の部屋の荷物から片付けてくれないか?

 ...山城、摩耶と電はここに残ってくれ。」

 

「うわっ、ちょ、何なのさー!」

 

 北上が怒りの声をあげるが、半ば押しのけるようにしてみんなの背中を押して送り出す。

 

 「「「「......」」」」

 

 固唾を飲んで、もう一度扉を開ける。

 

 やはり、5〜6人の深海棲艦が寝ている。

 いや、よく見ると...真ん中で寝苦しそうに憲兵さんが横たわっている。

 

 電たちに『待ってろ』と合図(ジェスチャー)を送り、そっと靴を脱いで中に入る。膝を折り流れるように憲兵さんを背負って、またそろりそろりと抜け出す。

 ここまで約10秒。泥棒顔負けの手際の良さだ。

 

 多少荒く廊下に憲兵さんを降ろすと、ぐえっと声を上げて目覚めた。

 

「...はっ、提督?!」

 

「説明していただこうか、憲兵さん。」

 

「場合によっては────」

 

 反逆罪なのです、と電が艤装()を出す。

 

パリパリ...

 

「待て待て、こいつの事だから何かしら理由があるはずだ。みんな集めて食堂で聞こうぜ?」

 

「電ちゃん、憲兵さんにだけは...刃を向けないでほしいわ。」

 

 摩耶と山城が割って入る。

 

「...前々から思っていたんだが、君たちの憲兵さんに対するその絶対的な信頼は...どこから来ているんだ?」

 

 摩耶と山城だけではない。龍田は“さん”付けで呼ぶし、春雨や雷もかなり気に入っているようだ。

 ...あの龍田と春雨が懐くなんて、ただ者では無いはずだ。

 

「────その、なんだ。色々あるんだよ。」

「────色々、あったんですよ。」

 

 二人が遠くを見つめて苦い顔をする。

ㅤ...あまり掘り返さない方がいいだろう。

 

「まあいい。

 山城、摩耶、電はみんなを食堂へ。

 憲兵さんは...来てくれるな?」

 

「...もちろん、俺────私も全てを話します。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、とりあえず...相手に戦う意思は無いってことでいいん...ですね?」

 

 珍しく加賀が狼狽(うろた)えている。当然だ。

 

「うむ。こちらから手を出さずに話せば、分かってもらえるはずだよ。」

 

 どうやら憲兵さん曰く、海岸で北方棲姫を拾ったら妙に懐かれ、姉の港湾棲姫が迎えに来たが駄々をこねられてしばらく滞在することになり、二人じゃ寂しいからと色んな深海棲艦がここにやって来て────

 

「────で、もはや深海棲艦の鎮守府みたいになってしまった、と。」

 

「はい。下手(したで)に出ないと、私は一切抵抗できないですから...」

 

「拳銃で深海棲艦と戦うのは豆鉄砲で城に立ち向かうようなものか...

 あと、三十近く離れている憲兵さんに敬語を使われたら何だかむず痒くなる。普通に話してもらっていいか?」

 

「はい────

 ...了解した。

 

 私────

 俺も最悪の事態は逃れられた...って言うか、一番丸く収められたと思うんだけど、その辺評価してくれたらな〜なんて。」

 

 

ㅤ「「「......」」」

 

 

「...なぁ、ちとこの件は...大本営に黙っててくれないか?な?」

 

 この場にいる全員が思った。

 

 

 

 

 (((この人、素は少しお調子者なおっさんだ)))

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

「...複数の姫級を相手に無被害で済ませたことついては感謝する。

 とりあえず、艦娘と深海棲艦を会わせるのはまずいから私が提督として取り合おう。」

 

 ガタッ、と榛名が立ち上がる。

 

「そんな、提督を矢面(やおもて)に立たせるような────」

 

「心配ありがとう。

 だが...司令官の立場である私が武器を持たずに行く。

 平和に済ませるには...多分、これが一番確実な方法なんだ。

 まあ、護衛として駆逐艦の電なら大丈夫だろう。

 

 眠れない夜になりそうだが、休息は各自自室で休んでくれ。

 明日〇七〇〇、ここ...食堂で対話するつもりだ。

 憲兵さんは執務室に戻って一晩過ごして、深海棲艦へ私たちのことを話してくれ。

 

 解散。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「「「......」」」」」

 

 「「「「「......」」」」」

 

 

 

 翌朝。

 

 食堂の机を挟んで艦娘と深海棲艦が向かい合っていた。

 

 

 

 一度(ひとたび)触れば即爆発...

 そんな空気が流れていた。

 

 翔も憲兵さんもあまりの緊張感に動けないでいた。

 いや、動いた瞬間“琴線”に触れることになるだろう。

 

 

 

 「「「「「......」」」」」

 

 

 

 翔は電と二人で深海棲艦たちに接触するつもりだったが、そんなことを許すような皆ではなかった。

 ...あまりにも優秀な提督...翔の指揮下だからこそ、艦娘たちは心のどこかで負い目のようなものを感じていたのかもしれない。

 

 

 

 「「「「「......」」」」」

 

 

 

 龍田は薙刀に手を掛け、電は何も持っていないが...まるで“いつでも刀を振れるような構え”をとっている。

 山城は自身の大きな艤装で駆逐艦を守るように立っている。

 

 ...それもそのはずだ。

 

 なにしろ普段人見知りの『ひ』の字も感じさせない鈴谷は冷や汗を垂らして固まり、普段緊張感の『き』の字も感じさせない北上でさえ...いや、大きなあくびをして眠そうに目を擦っている。

 

 

 

 「「「「「......」」」」」

 

 

 

 深海棲艦側も、なんか鋭い爪を出したお姉さん...港湾棲姫や、あれは...ル級だ。盾と砲を一つにしたような艤装をこちらに向け、その盾からガスマスクのようなものを着けた深海棲艦がこちらを伺っている。

 そして黒いレインコートのような外套をまとった深海棲艦...最近確認されたレ級が、ニヤけ顔と太い尻尾?をこちらに向けている。

 

 数ではこちらが上かもしれないが、戦力的に見ると...わからない。

 

 

 

 「「「「「......」」」」」

 

 「「「「「......」」」」」

 

 

 

 ドバン!!

 

 

 

 「「「「「?!」」」」」

 

 凄い音とともに給湯室の扉が開かれる。

 

「金剛さんから貰った紅茶とスコーンよ!」

 

 がっちゃんがっちゃんと音を鳴らしながら暁がお盆を持ってきて、白い幼女...北方棲姫が大きめの皿を持ってくる。

 

 艦娘と深海棲艦、二陣営の間にずかずかと踏み入って、お盆をテーブルに置く。

 

 ...奇跡的に紅茶は一滴も零れていなかった。

 

「どうぞ!」

 

「食ってミロ!」

 

 ...すっごくキラキラした目で、暁と北方棲姫は港湾棲姫を見つめている。

 

 「......」

 

 二人の視線に耐えられなくなったのか、器用にも長い爪の先っちょにティーカップの取っ手を引っ掛け、ずず...とひと口。

 

 

 

 「......美味しい、ワネ。」

 

 

 

 「やったーい!」

 「ワーイワーイ!」

 

 二人はきゃっきゃと喜んで、給湯室に戻る。

 

 

 

 ...と思ったら暁が扉からぴょこんと顔を出して、

 

「それ全部お客さまのぶんだから、司令官たちは待ってなさいよ!」

 

 ぱたんと扉が閉まる。

 

 

 

 「「「「「......」」」」」

 

 

 

 それを見た北上が前に出て、深海棲艦に背中を向け...艦娘側の方に向き直って言う。

 

「────で?どーすんの?

 あんだけ駆逐(こども)が仲良くしてんのに、どうして大人はピリピリしてんのかな〜。」

 

 と言いながら、後ろ歩きで港湾棲姫の胸にぽよ〜んと寄っかかる。

 

 ジャコン!

 

 周りの深海棲艦たちが北上に砲門を向けるが、当の北上は目を閉じて────

 

「────姉さんイイもん持ってんじゃん。

 今度一緒に昼寝でもどう?」

 

「コイツ────!」

 

「────武器を、降ロシなさイ。」

 

「あ、(アネ)サン?」

 

「降ろシナさい。」

 

 深海棲艦たちは互いに見合わせたのち、ガチャンガチャンと砲は短く、装甲は折りたたまれてしゅんと虚空に消える。

 ...レ級の尻尾は消えないようだが、口から覗いていた砲身は飲み込まれていった。

 

「で、どーすんの?」

 

 片目を開いて艦娘(なかま)たちを見る。

 

「...この人たちは、大丈夫なのです。」

 

 電の言葉を皮切りに、みんな艤装をしまっていく。

 

 武器がひとつもなくなったことを確認して、くるりと大きな深海棲艦に向き直り、手を差し出す。

 

 

 

「よろしくね?」

 

「え、エェ...」

 

 

 

 そっと北上の手を取る。

 

 

 

 

 

 

 

 ────平和が生まれた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドバン!!

 

「あーっ!私のスコーン残してるわよね?!」

 

「アカツキ、急ごウ...!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅茶を楽しみながら私たちは自己紹介を終えた。

 

 暁と一緒に紅茶を持ってきてくれた、港湾棲姫の妹という幼女が“北方棲姫”。片手に艦載機...本人曰く『ゼロ』を抱えて、スコーンを頬張っている。

 

 綺麗な長い黒髪が特徴の、深海棲艦にしては露出の少ないスーツのような上着と長ズボンに身を包んだ深海棲艦が“戦艦ル級”。榛名たちと談笑しているようだ。

 

 面積の狭い服(と言えるのか?)の上から、黒い外套のようなものを羽織っているのは“戦艦レ級”。力が強いのか、尻尾に雷と村雨を乗せて遊んでいる。

 

 そして個人的に一番気になったのが...先程から『しゅこー、すこー...』とガスマスク(?)越しに息をしている、“潜水ソ級”だ。

 彼女は全く喋らず、紹介も港湾棲姫から聞いた。

 曰く極度の恥ずかしがり屋で、海底から拾ったガスマスク(?)を着けて顔を隠し、仲間にも滅多に声を聞かせないんだとか。

 黒いワンピースを着ているが、後に憲兵さんから聞いた話によると鎮守府に来た当初はほぼ全裸の状態だったらしく、急いで買ってきたらしい。

 

 ...恥ずかしがり屋な癖にほぼ全裸なのか。

 

 どこか加賀に似たものを感じる私であった。

 

「────アナタがココの提督ネ?」

 

「む?

 港湾棲姫、と言ったか。」

 

 長い爪で器用にティーカップをつまんで、こちらに話し掛けてきた大きな深海棲艦は“港湾棲姫”。『深海』棲艦なのに海よりも陸の方で戦うのが得意らしい。

 

「アナタが知ってイる深海棲艦の情報を、教えテ貰えナイ?」

 

 ニヤり、と、『わかっているぞ』と言わんばかりの目でこちらを見ている。

 

「...別に目新しいことは────」

 

 

 

「私タチ以外の深海棲艦ト、知リ合いでショ?」

 

 

 

「......っ!?

 何故わかった?」

 

 私が聞くと、港湾棲姫は可笑しそうにフフ、と笑って

 

「簡単ヨ。

 深海棲艦(ワタシたち)と手を取り合オウとスるなんて、余程肝ノ据わっタ人間か、既ニ私タチ以外の知リ合いガ居るかシカ...考えラれないワ。」

 

「オともダチ...!」

 

 港湾棲姫の膝の上、北方棲姫も足をぱたぱた動かす。

 改めて響を思い出すと、容姿は似ているが...肌の白さや服装、目の色も違う。

 

「アラアラ、ゴメンナサイね...

 ..ホッポ、あっちで遊ばナクてイイの?」

 

 爪(?)さす先にはレ級の尻尾に雷と村雨が登って遊んでいる。

 当のレ級はギヒヒと笑いながら器用に尻尾をぽよんぽよんと動かしている。

 

「オネーチャンの腕がイイ!」

 

「ソウ...」

 

 すっごく嬉しそうだ。

 

 「「(ニヤニヤ)」」

 

「ナ、何よソノ目!」

 

「別に何もないのです(ニヤニヤ)」

 

「電、その辺にしなさい(ニヤニヤ)」

 

「アナタたち...ねェ...っ///」

 

 白い顔を真っ赤にしている。

 ...すごくいじりがいのある反応だ。

 

 

 

「まあとにかく、昨日まで私たちは南の島へ旅行に行ってたんだ。────」

 

 翔たちは簡単に、沖縄の第八鎮守府であったことを話した。

 

「ヘェ...離島ノ鎮守府ガあの南方棲鬼をアト一歩マデ...

 ...多分、手加減してるワネ。」

 

「「えっ」」

 

 翔と電は目を丸くする。

 

「知らナイ?

 アノ人、一度轟沈させたと思ったラ乗り物みたいなの出シテ、更に轟沈させル寸前マデいかないと本気を出さナイのヨ。

 

 南方棲鬼、真ノ名を南方棲戦姫...

 

 私ノ知人の中でも3本ノ指ニ入る強者ヨ。」

 

 

 ∽

 

 

「君たちはどの辺に棲んでいるんだ?」

 

「...海図を出しテ貰えるカシラ?」

 

 少し悩んで、私は懐から封筒大の紙を取り出す。

 ぱたんぱたんと開くとテーブル一面の大きさの日本地図になる。

 

「懐に...えぇ...」

 

 電が少し引く。

 

「エート、ココのドレかの島ニ基地がアルわ。」

 

 指さしたのは日本の北端付近...歯舞群島辺りだった。

 

「ここは...

 確か、私たちが毎日通っている遠征先なのです!」

 

「アラ、私は資材受ケ渡シはアノ娘に代わったカラ、アナタたちが来てルのかは知らナイわ。」

 

 ここで翔、一つの質問をぶつける。

 

 

 

「電、そもそも遠征で何故資材が貰えるんだ?」

 

 

 

 日頃当然だと思っているが、よく考えたら不思議なこと。

 

 海図的には明らかに人が居なさそうな島に行く遠征もあるのに、みんなきっちり資材をもって帰って来るのだ。

 

「私たちも、妖精さんに任せているので...詳しいことは分からないのです。」

 

「アァ、ソレはね...穏便派のワタシたちの基地に来タ艦娘に、私たちが資材を分ケテるのよ。」

 

「何故、敵に塩を送るような────」

 

南方棲鬼(あの人)カラ聞かなカッタカシラ?

 過激派ノ中には、怨念にノマレて同士討チする人モいるノヨ。

 遠回リながらも助ケテもらってルから、少シだけ資材を分けてるノ。」

 

「じ、じゃあ...妖精さんの言っていた、爪の大きなお姉さんは────」

 

 「タブン、私ね。」

 

「ヘッドホン着けてる眼鏡のお姉さんは────」

 

 「タブン、私と担当を代わっタ(ニート)ネ。」

 

 「「??」」

 

 

 ∽

 

 

「ねーねール級の姉さん」

 

「鈴谷...だったカ?ドウした?」

 

「ル級さんって、ほかの人よりちゃんとしたお洋服着てるんだねー。」 

 

「マア...露出は苦手ダカラナ。」

 

「えー勿体ない!そんなナイスバディなのにー!

 女の子なら、お洒落楽しまないと!」

 

 キラッキラの目でガシッとル級の肩を掴む鈴谷。

 

「?!

 オ、オイ!ドコへ連れてイク!

 マテ、ソコの重巡マヤ、助け...

 なんだソノ『諦めろ』と言ワンばかりの目ハ!

ㅤ...ン?考えタラ何故重巡のオマエが戦艦ノ私をうわなにをするヤメ」

 

 ────ばたん。

 

 

 ∽

 

 

「わーいわーい」

「きゃっきゃ」

 

 レ級が尻尾に雷と村雨を乗せ、にょろにょろさせている。

 

「あなたとその尻尾は、二人で一つなの?それとも別々の生き物なの?」

 

 先程から駆逐艦を見守っている龍田が、レ級に聞いた。

 

「ンア?

 コイツは私ノ身体の一部だぜ?」

 

 とか言いながらスコーンをひと欠片、後ろに投げる。

 尻尾はくるりと振り向いて、口(?)でキャッチ...サクサクと食べてしまう。

 

「あらあら、器用なのね。」

 

「マダマダ、私ノ尻尾はコンナモンじゃあナイ。

 ガキども、チョイと降りてクレ。」

 

 えー、とか言いながらも尻尾から降りる。いい子だ。

 

「よット。」

 

 レ級は横向きに座り直して、しゅるりと尻尾をのばす。

 テーブルの上の砂糖入れの蓋のツマミを砕かないようにそっと歯で挟み...

 

「コンナ感じカ?」

 

 蓋を開けて、そばに置く。

 

 「「おおー!」」

 

 ぱちぱちと駆逐艦が手を叩く。

 

「マダマダ。」

 

 開いた砂糖入れからスプーンをこれまた上手いこと挟み、砂糖をひと匙ぶんティーカップに入れて、またスプーンを戻し蓋も閉じる。

 この器用さには流石の龍田も目を見張る。

 

「レ級さんって器用なんだね!」

「凄いじゃない!」

 

「へへッ、褒メタって何モ出なイぜ。」

 

 ────とか言いながら、尻尾は恥ずかしそうにうねうねしている。

 

ㅤ...“身体は正直”とはまさにこの事だと思う龍田であった。

 

 

 ∽

 

 

 一筋、冷や汗が垂れる。

 

 「「......(しゅこー、すこー)」」

 

 人見知りの強い春雨は、少し離れた調理場裏行ったのだが...

 

 「......(しゅこー、すこー)」

 

 ────先客がいたのだ。

 

「あ、あの...」

 

「......!(びくっ)」

 

「ひっ...!

 そ、その...これ、使ってください...」

 

 黒いワンピース姿の潜水艦...ソ級は、床に座り込んでいたのだ。流石に気まずいので、春雨は小さな椅子を持ってきた。

 

「......(ぺこり)」

 

 お礼を言いたいのか、軽く頭を下げて受け取り、椅子に座るソ級。

 

「「......(しゅこー、すこー)」」

 

 気まずい空気が流れる。しかし春雨、はっと思い出してすぐそばにあった余ったぶんの紅茶をソ級に差し出す。

 

「あ、あの...」

 

「......!(びくっ)」

 

「ひっ...!

 そ、その...紅茶、どうですか...?」

 

「......(ぺこり)」

 

 また一つ頭を下げて、紅茶を受け取るソ級。

 

「......(かつ、かつ)」

 

 ガスマスクを着けていることを忘れていたのか、カップを何度か当ててからガスマスクを少しだけ上げる。

 

「......(ふう)」

 

 小さな口ですすって、またガスマスクをはめる。

 

 「「......(しゅこー、すこー)」」

 

 またも気まずい空気。

 と、今度はソ級の方から、

 

「......(すっ、すっ、もじもじ)」

 

 なんというか、『握手したいけど初対面の人の手を握るのは恥ずかしいような...』という感じの手の動きだ。

 

「......(すっ)」

 

 結局、握手のような...人差し指を出してるような...微妙な感じで手を差し出してきた。

 

「......(すっ)」

 

 春雨も、同じ微妙な形の手を出す。

 

「「......(すーーーっ)」」

 

 二人の手はだんだんと近づいて────

 

 

 

 「「......(ぴとっ)」」

 

 

 

 二人の人差し指同士が、触れあう。

 

 ...(はた)から見ればシュールな光景だ。

 

 だが、そこには確かな友情が芽生えていた。

 

 ...しかし何故だろうか、触れている指と指の間から、仄かな光が灯っているように見えてしまう。

 

「その...友だちに、なってくれますか...?」

 

「......??」

 

「あっ、その...友だちっていうのは、一緒にお話ししたり、仲の良い間柄になるって言うか...その...」

 

「────友ダチ...」

 

 初めて、ソ級が声を出した。

 鳥の羽根で撫でるような、優しく美しくか細い声だった。

 

「.........アナタ...モウイル......?」

 

「あ、私の鎮守府の人たちは...友だちって言うより“仲間”だったり、“姉妹”だったりするので...

 ソ級さんが、初めての“友だち”です、はい。」

 

「.........友ダチ......友ダチ...」

 

 言葉の響きが気に入ったのか、何度か呟く。

 

「...!

 あの...これ、友だちの証として...受け取ってもらえますか?」

 

 春雨が懐から取り出したのは、ラムネのビー玉(翔曰く正式名称はエー玉)だった。

 

「.........キレイ......」

 

 ソ級は両手で受け取り、そっと手に持って光に(かざ)したり手の上で転がしたり、興味深く見つめている。

 ...ガスマスクの下の瞳はビー玉よりも、さぞかし綺麗に輝いているだろう。

 

「......(ごそごそ、ぱっ)」

 

 ソ級はポケットにビー玉を入れて、何かを取り出し...春雨に差し出す。

 

 それは小さな黒い結晶なのだが、その結晶の中に...これまた小さな赤い光が閉じ込められている。

 

 手に持っていると、身体の奥で何かが渦巻くような────不思議な気分になる。

 

「これは...?」

 

「.........友ダチノ、証......死ヌ気デ、願エバ...願イ、叶ウッテ......言ワレテル......」

 

「願いが...えぇ?!」

 

「......(こくこく)」

 

 恐らくミサンガみたいな、願掛けのようなものだろう。

 

 渡したビー玉よりもとても綺麗で、特に中の赤い光はずっと眺めていられる気がする。

 

 見れば見るほど、引き込まれそうになる。

 

『春雨ー、どこ行ったー?』

 

 食堂から聞こえる翔の声で我に帰る。

 ...少しトリップしていたようだ。

 

「ちょっと、司令官に呼ばれたので...また来ますね、はい。」

 

「......(こくこく)」

 

 ソ級に背を向けて、春雨は翔の元へ向かう。

 

 

 

 

 

 「......」

 

 春雨の背中を見送るソ級。

 

 

 手の中のビー玉を見る。 

 

 

 ニヤリ、とガスマスクの下の口角が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 

「世話にナッタわね。」

 

「マタ宜シクな...ヒヒッ」

 

「モウ...オヨメに行けナイ...」

 

「......(しゅこー、すこー)」

 

 昼に出ては流石にまずいので、夜に帰って頂くことにした。

 レ級は笑顔で手を振り、ル級は...何故か顔を真っ赤にして洋服の入ったビニール袋を提げている。

 ソ級はガスマスク...のような艤装を着けたままだが、一応お辞儀してくれる。...何やら春雨と仲良くなったようだ。

 

「マタな、ケンペー!」

 

「うん、気をつけて帰るんだぞ。」

 

 わしわしと北方棲姫の頭を撫でて、憲兵さんは手を振る。

 

 ざばんざばんと着水し、沖へと進んでいく深海棲艦たち。

 

 その姿が海に沈むまで、第七鎮守府の艦娘は見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 in執務室

 

 「「「ふへぇ〜...」」」

 

 みんなが気の抜けた声とともに、布団の上でドロドロに溶けていた。

 

 まあ無理もない。

 昨日ずっと船に揺られて、重い荷物を抱えて鎮守府に帰ってきたと思ったら深海棲艦が居て、私含むみんなほとんど眠れていないのだ。

 

「提督......私たちの敵って、何ですか...?」

 

「奇遇だな山城...私もそれを考えていた所だ。」

 

「提督でも答えが出ないなんて...不幸だわ...」

 

 はーー、と大きなため息をつく。

 

「...しばらく出撃・遠征は休みにしよう。

 全員荷物整理と休養に専念してくれ。」

 

 「「「りょーかーい...」」」

 

 返事に覇気が感じられない。

 

 あと二週間の夏休み。

 それなりに頑張るか...

 




「投稿ペース低下します!

次話より新章突入ッ!!

待望の戦闘マシマシかも?!!

第五章・題名未定!お楽しみにッ!!」


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5章 災禍は光とともに
34話 一通の手紙


※作品の雰囲気を重視する結果、前書き・後書きを一旦無くすことに決定致しました。

※章終了後、座談会という形でお話の解説・振り返る回を入れたいと思っています。

※それでは、本編へどうぞ。




 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────光が、全てを飲み込む。

 

 ────光が、全てを飲み込む。

 

 

 

 ────海を、空を、私を。

 

 ────関係の無い、私たちを。

 

 

 

 ────脚はもう動かない。動かす力もない。

 

 ────みんなあの光でなす術なく沈んだ。

 

 

 

 ────最強と謳われた私が...笑えるものだ。

 

 ────脆く儚い日常...笑えるものだ。

 

 

 

 ────戦っている仲間がいるのに

 

 ────こんな呆気ない死に方は嫌だ

 

 

 

 ────私はまだ、沈むわけにはいかない

 

 

 

 ────私はまだ、沈むわけにはいかない

 

 

 

 ────わたし“たち”はまだ

 

 

 

 ────ワタsタチwあMaダ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第五章

 

 〜災禍は光とともに〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深海棲艦たちとの接触から三日、だんだんと暑さも薄れてきた、九月上旬のこと。

 

 

 

 「司令官さん、お手紙が届いたのです!」

 

 

 

 電が下の郵便受けから手紙を取ってきてくれた。

 宅配サービスのチラシとか、報告書を受理した通知とか、いつも通りの内容────

 

「...ん?」

 

 しかし、今日はいつものチラシや封筒とは少し違うものが紛れていた。

 純白の便箋に蝋で封をしてあり、送り元は大本営であった。

 

 懐から取り出した万能ナイフで丁寧に開封すると、一枚の指令書が出てきた。

 

 

 

『第七鎮守府に通達

 

 今夏大規模作戦海域・マーシャル諸島沖にて、深海棲艦が確認された。

 他鎮守府は資材枯渇につき、貴鎮守府に出撃命令を下す。

 敵勢力は未知数のため連合艦隊にて出撃、中枢となる深海棲艦を捕捉し、これを撃滅せよ。』

 

 

 

「そんな...何故だ...?」

 

「司令官さん、どうかしたのです...?」

 

 きゅ、と袖を握ってどこか不安そうな声で問う電。

 

「いや、どうやら私たちの鎮守府に出撃任務が回ってきたみたいで...出撃海域がかなり遠いんだ。」

 

 マーシャル諸島と言えば、日本海側に面している第七鎮守府と真反対...太平洋に浮かぶオーストラリア北東の島々である。

 

 しかし、翔は出撃海域が遠いことに驚いたのではない。

 

 (────ま、夕飯後にでもみんなを呼ぶか...)

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 遠征からみんなが帰って、夜ご飯のあと。

 

 みんな風呂から上がって、執務室でゴロゴロしたり遊んだりする夜の休み時間。

 

「摩耶ちゃん早く次ページぃ」

 

「うるせーな、アタシのジョンプだからアタシの早さで読ませろってんだ!」

 

 鈴谷と摩耶が読んでいるのは週刊マンガ雑誌“ジョンプ”だ。

 ...最近よくコンビニに通ってると思ったら、こんなのを買っていたのか。

 

 ちなみに私は“マガズン”派だ。

 

「電、ペノ1個ちょーだい!」

 

「じゃあ、代わりに暁お姉ちゃんの雪聴(ゆきき)だいふくを一つ貰うのです。

 1個ずつで等価交換なのです!」

 

「そうね!」

 

「おい電」

 

「ぎくっ、なのです」

 

 “ペノ”はチョココーティングされたアイスが六つ入った、女性に人気のひと口アイスだ。

 “雪聴だいふく”は餅皮にアイスを包んだ、ちょっと大きめ二つ入りのアイス。これまた女性ウケがいい。

 『おもち、ふーにふに雪聴だいふく♪』

 のCMでお馴染みだ。

 

「電、せめてペノ三つと交換するべきだ。」

 

「はいなのです...」

 

 と言って暁に渡そうとするが、暁は受け取らない。

 

「え?」

 

「べ、別にいいわよ。

 そんなにアイス食べたいわけでもないし...

 そもそも電が欲しいって言うなら雪聴だいふくのひとつくらいあげるわ。」

 

 と言いながらもペノを一つ頬張る。

  

 ...立派な姉であった。

 

「(暁、お前も一人のレディだな────)」

 

「えっ?ほんとに?!!」

 

 ────こういう所がまだ子どもだが。

 

 ...寝る前のこの緩い空気を壊すのも気が引けるが、話さねばならない。

 

 

 

 「────みんな、聞いてくれ」

 

 

 

 しっかり見据えていつもと違うトーンで翔が言うと、その場にいた全員が本を閉じ、目を覚まし、手を止めて翔の方を向く。

 

「どったのてーとくぅ?

 ...なんだかお顔が怖いよ?」

 

 鈴谷が茶化すように聞いてくるが、彼女は人の機微に敏感である。事の重大さを悟ったのだろう。

 

「実は、今朝元帥から手紙があって────」

 

 

 

 (提督説明中)

 

 

 

「────とりあえず〜、私たちはいつも通り出撃任務をこなせばいいってこと?」

 

 龍田が少し不安そうに言う。確かにそうだが...

 

「ただ、少し海域が遠くなりますね...あ、もちろん榛名は大丈夫です!」

 

「私にまっかせなさーい!」

 

 みんな理解してくれたようだ...が────

 

「────待ってください。」

 

 加賀が手を挙げて一歩進み出る。

 

「提督、私はその作戦に納得が行きません。」

 

「ほう」

 

 ざわめく艦娘たち。進み出た摩耶が口を開く。

 

「あ?ただの作戦に難癖付けようってのか?」

 

「大丈夫だ...加賀、続けてくれ。」

 

 翔が制すると、むう...と唸って一歩下がる。

 

「...よろしいですね?

 確かに、摩耶さんの言う通り一見連合艦隊で行う通常どおりの作戦。

 ────ですが、不可解な点があります。

 一つ目は、なぜ大規模作戦で制圧した海域に出撃命令が下ったか、ということです。」

 

 ...みんながざわめき始める。

 

「確かに、一度制圧してしまった海域に出撃だなんて変な話よね。」

 

「そ、その...残ったはぐれ深海棲艦をやっつけるため...じゃないですか?」

 

 春雨村雨姉妹が尋ねる。

 

「確かに、残党処理と言ってしまえば納得出来るかも知れませんが...そこで二つ目の不可解な点と重なります。」

 

 

 

「────何故連合艦隊で出撃するのか、ってことよね?」

 

 

 

「...その通りです。」

 

 山城たちは翔が提督になってから数多くの出撃を重ねているし、加賀たちは元第六鎮守府のエース級揃いである。

 山城の言う通り、残党処理に連合艦隊を出撃させるほどこの鎮守府の艦娘たちはヤワではない。

 

「以上の二点、私が引っかかったことです。

 別に出撃拒否(ボイコット)しようという訳ではありません。...軍の世界では叛逆として扱われてもおかしくないですから、ね。

 言うならばもう少し、敵艦情報などをいただけると嬉しいですが。」

 

 パチ、パチ、パチ...

 

「加賀、見事だ。完璧な回答をありがとう。

 実は私も気づいていて、明日元帥に確認を取るつもりだ。

 ...大切なみんなを未知の海域に出撃させるわけにはいかない。」

 

「......!」

 

 ぽふぽふと加賀の頭を撫でながら言う。

 

「何はともあれ出撃は五日後だ。柔軟に対応できるよう装備構成例を作っておいたが、あくまで例だ。

 みんなの得意な戦略に合わせて話し合いながら、勝手に決めてもらって構わない。

 ...あぁ、もちろん報告は頼むよ。」

 

 と言って、ホワイトボードにコピー用紙を張り付ける。

 

「じゃあ、元帥に電話をかけてから私も風呂に入るよ。

 そろそろ布団を敷いといてくれ。」

 

 「「「はーい」」」

 

 ぱたん、と扉が閉まる。

 

 ホワイトボードに集まる艦娘一同。

 

「...流石は提督さんね〜」

 

「...鈴谷、こんな完璧なサンプル見たことないよ」

 

 その構成例は、艦娘全員の得意不得意・経験した戦術・チームワークなどを考慮した翔の自信作であった

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 (いつもより遅くなったな...)

 

 元帥と話し込んだせいで時刻は二十二時を回ろうとしている。

 ...深まる次回作戦内容の謎、出撃艦隊の調整、そして聞いた話をどう艦娘たちに伝えるか...そんなことを考えている間に更衣室に着いた。

 

「...ん?」

 

 靴箱の端の方にローファーが置かれている。

 

 サイズは25.5cm。女性サイズ...にしては形が男物だった。

 

 まだ少し新しさが見て取れる長椅子にカゴが置かれていて、中には服が入っていた。

 

 ...例年より残暑が厳しいこの九月に長袖・長ズボン・手袋を身につける者は一人しかいない。

 

 (憲兵、か...?)

 

 翔は少し興奮していた。

 ...別に性的な意味ではない。

 純粋に、イスラム教徒のように素肌を隠している憲兵さんの身体を見てみたかったのだ。

 

 一応タオルを腰に巻いて、体を洗うためのスポンジと桶を手に横開きの扉を開ける。

 

 手ぬぐいを頭に載せたシルエットが一つ、大浴場の湯に浸かっていた。

 

「...よぉ提督。

 お前さんも体洗ってさっさと浸かりな。」

 

 翔の方を向かず、背中越しに話しかける憲兵さんの声。

 単純に奥の方に居たのと湯気で、その姿はよく見えない。

 

「...あぁ。」

 

 取り敢えず言われた通りに頭と体を洗い、椅子を手に大浴場へ向かう。

 近づくにつれて視界のモヤが晴れ、湯越しに────

 

 

 

「おいどうした?

 男の俺とじゃあ一緒に入れないってか?」

 

「......」

 

「それともアレか?

 年上の人間と風呂に入るけど、どこに腰を下ろそうか迷ってんだろ。」

 

「......その傷はどこで負ったんだ」

 

「悪ぃ悪ぃ、この浴場に艦娘たちも浸かってるって思って...“勃った”んだろ?」

 

「......いつ、誰にやられたんだ」

 

「ははは、冗談だよじょーだん。

 お前さんが極度の貧血持ちってのは────」

 

 

 

「────“提督”として聞く。」

 

 

 

「......」

 

「......何故、こんな傷を負っているんだ。」

 

 

 

「.........」

 

 

 

 はぁぁぁぁ...と大袈裟にため息をついてみせる憲兵さん。

 

 

 

 「......おじさんの秘密、聞いちゃう?」

 

 

 

 そう言って振り向き、翔に向けた憲兵さんの目は...哀しみでもなく、怒りでもない。

 

 

 

「今から一つ前の提督の時に────」

 

 

 

 ただひどく濁り、全く生気が感じられない...何もかも全てを諦めたかのような目。

 

 

 

「────“色々”あったんだよ。」

 

 

 

 翔は知っていた。

 

 

 

「だから、まぁ、その...なんだ。」

 

 

 

 提督会議で何人かの秘書艦も“この”目だった。

 

 

 

「どうしても聞きたいってなら────」

 

 

 

 憲兵さんの目から読み取れる感情...いや、感情という括りではないかしれない...を一言で表すならば────

 

 

 

 

 

 「────それなりに覚悟しろよ。」

 

 

 

 

 

 ────絶望、であった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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35話 ある男の過去

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 面白いだろ?

 そいつが鉄棒を合わせるたびに、片脚の折れたバッタみたいに身体が跳ね上がる。

 

 

 

 

 

 

 ────バチィン、バチチ、バババ...

 

 

 

 

 

 

 意外とこれ、快感だぜ?

 アンタもやってみなよ、畳針と五寸釘。

 

 

 

 

 

 

 ────ぶすっ、ぶすっ、ぶすっ...

 

 

 

 

 

 

 タイミング見極めて力を入れるんだ。

 そうそう、音ゲーって奴だよ。

 ん?あぁ、Miss出したらひどい時は二、 三本持ってかれるから、気をつけろよ。

 

 

 

 

 

 

 ────ドスっ、ゴッ、ガスッ...

 

 

 

 

 

 

 薬指と小指だけでも、ギリギリ鉛筆は持てるんだぜ?

 

 

 

 

 

 

 ────ギリギリギリ、みしみし、ばきん。

 

 

 

 

 

 

 あーあ、綺麗さっぱり無くなっちまったじゃねぇか。

 意外と革靴って高いんだぜ?

 

 

 

 

 

 

 ────キュィィィ...グジュジュジュジュ...

 

 

 

 

 

 

 「大本営の犬如きがふざけた真似をするからだ。」

 

 

 

 

 

 

 くーっ、やっぱこれだな。

 全身に染み渡るぜ!!!

 

 

 

 

 

 

 ────海水を俺にぶっかけて、“そいつ”は去る。

 

 

 

 

 

 

 ...飯?

 人間ってのは案外塩水で生き延びれるんだぜ?

 ちと塩水にしちゃあ鉄臭さがうざいけど、これがまた癖になるんだよなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───、───、内地で上手くやってるか?

 

 

 

 ここ最近帰れなくて悪ぃが、春休みも無理そうだわ。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 「────私たちの艦娘の為に動いてこんな目に遭うなんて、ね〜。」

 

 

 

 「不幸どころか...もはやおめでたい人ね...」

 

 

 

 ────手錠に繋がれた男は、既に気を失っていた。

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 そしてあの日、第七鎮守府にとうとう一斉捜索令が出た。

 

 どうやら大本営で“諜報部”を自称し、自作新聞を配ったりしている変わり者の艦娘が暴いたらしい。

 

 ────おい、ここに隠し階段があるぞ!

 

 ────あの輪っか艦娘の言ってた通り、慎重に踏み込むぞ!

 

 ────うっ、ぐぎ...ぉええああっ!!

 

 ────おぇぇええええええげえぇええぇぇ!!

 

 ────何だこの悪臭...ッ!ガスマスクを着けろ!

 

 ────チッ、階段を降りる度に強くなってやがる...!

 

 ────おい、何かが壁に繋がれてるぞ!

 Bチーム、出番だ!

 

 ────これは...人、か?

 

 ────動いてる...まだ生きてるぞ!!

 

 ────運びだせ!救急隊を呼べ!!

 

 

 

 

 

 

 何故生きているのか分からないような状態で発見された男は、工廠での爆発事故で殉職したとされていた──であった。

 

 彼の治療は困難を極め...膿の摘出、傷の縫合など数十回に及ぶ手術を施行。

 

 しかし同僚や部下、さらには艦娘にまで慕われていた彼は周りからの援助も受け、なんと再び憲兵として返り咲くことができたのだ。

 

 しかし、その事件を境に彼は肌を見せなくなった。

 

  絶望と苦痛が刻まれた身体を隠すために────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 話が終わるとほぼ同時に、ガラララと大浴場の扉が開かれた。

 

「か、翔さん...?

 貧血で倒れてたら、返事を欲しいのです...?」

 

 バスタオルを身体に巻き付けた電が入ってきた。

 ...倒れてたら返事はできないだろう。

 

「丁度いい...なあ、お二人さんよぉ。」

 

「はわわわ?!

 け、憲兵さん...なのです?」

 

 つつましい身体を手で隠す電。

 

 

 

「翔さん居ますよね?

 しかもものすごく失礼なことを考えているのです?」

 

 

 

「...知らないなぁ。」

 

 あっ、と二重の意味で言いかけたが...電は艤装を出ていない、目が見えていない状態であった。

 

 ...気の弱い電が身体中に古傷や手術跡、さらには足の指が無い憲兵の姿を見たら...ただで済むとは思えない。

 

 

 

「あーいや何も考えてないぞー、誰も榛名ちゃんや加賀さん、山城や鈴谷ちゃんが良かったなんて誰も考えてないぞー」

 

 

 

 「「......」」

 

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 

「...二人に聞きたいことがあるんだ。」

 

「だ、大丈夫...なのです。」

 

「......」

 

「どうやって...深海棲艦ってのは生まれると思う?」

 

 ......

 

「...明確な根拠は明らかにされていない。」

 

「固いなぁ...ま、俗論じゃあ怨念とか怨みとかに手足が生えたもので、イ級からだんだん育っていくとか言われてるだろ?」

 

「あくまで一般論ですが...軍学校でも、そう教わったのです。」

 

 艦娘は艦船の魂が具現化して生まれたと言われているが、電の言う通り深海棲艦は怨念が具現化したと言われている。

 そして最初は人型でない...いわゆる駆逐イ級のような“サメ型”と呼ばれる状態から、深海棲艦として生きていく上でだんだんと成長し、最終的に姫・鬼級に育つと言われている...明確な根拠はないが。

 

「まぁ、そうだよなぁ。

 

 ...でも俺は、こう思うんだ。

 そいつの怨みの強さによって、そもそも生まれてくる時の姿が変わるんじゃねぇかってな。」

 

「一理ある...が、それなら北方棲姫はどうなるんだ?」

 

「ったく、揚げ足取りが上手いなぁ...」

 

 ...一応確認するが、階級的には即クビにできるレベル言葉遣いである。

 まあそんな言葉を────

 

「そんな言葉を軽く投げれるほどに信頼している、ってことだぜ?」

 

「んなことわかってる、なのです。」

 

「二人して私の心を代弁しないでくれ...」

 

 

 

「────んでまぁ、話を戻すぜ?」

 

「憲兵さんが脱線させたんだろ、なのです。」

 

「......」

 

「...北方棲姫を上げちまったら、アイツら全員説明がつかないだろ?

 多分何かしらあって怨みを捨てちまったんじゃないのか?」

 

「そういうことにしておこうか...」

 

 なにせ深海棲艦については艦種による識別程度しかなく、生態などについてはほとんど分かっていないのだ。

 

「深海棲艦ってのは、艦娘に変わったりしないのか?」

 

「...今までにそういう確認はされていない。」

 

「でも、海上で見つかる艦娘さん...私もですが、何故そこに居たのか、の説明がつかないのです...」

 

 俗に言う“ドロップ艦”が最初から居たとすれば、偵察機を飛ばしている時点で幾らでも見つかっているはずだ。

 でも、全てのドロップ艦が“敵艦隊を倒した後”に、発見されている。

 

 ...まったくおかしな話である。

 

「...何故そういう話を私たちに持ちかけたんだ?」

 

 こういう質問の理由を聞く質問は翔自身も嫌いだが、どうしても聞きたくなってしまったのだ。

 

「もし、人間が深海棲艦になったら...

 俺が深海棲艦になったら、どうなるんだろうな〜ってことを...たまに考えるんだよ。」

 

「憲兵さんが...深海棲艦さんに、なのです?」

 

「そうだよ。」

 

「......」

 

「あぁ提督、俺はもう“アレ”は気にしてないぜ?

 過ぎたことをネチネチ掘り返すのは嫌いなんだ。

 

 ただ、俺が深海棲艦になったとしても、みんなと会えるだろうな...って。

 

 

 

 

 

 ────人類最大の敵として、な。」

 

 



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36話 異形撃滅作戦

「やっと着いた、か...」

 

 二日後、私たちは前線基地に移動していた。

 ...今夏大規模作戦で使われた施設がある程度残っていて、なおかつ食糧などは持ち込んでいるためまず困ることは無い。

 出撃待機している皆を前に、翔は口を開く。

 

「今回の任務は敵中枢艦隊の撃滅だ。

 ...だが大規模作戦は成功しているはずだ、敵の残党が集まったようなものだろう。」

 

 上からの命令で連合艦隊を組んだが、通常艦隊でもまず苦戦しないはずだ。

 

 だが────

 

「いつも通り油断せず、大破艦が出たら即座に撤退しろ。

 あと、残党艦隊の戦法は奇襲がセオリーだ。索敵を(おこた)らず、加賀は島の裏にも偵察機を飛ばしてくれ。」

 

 数千年前...かのハンニバルのアルプス越えや、日本では織田信長の“桶狭間の戦い”がいい例だ。

 あいにく海上には山も谷も無いから、敵艦隊の潜む場所などもある程度は予想がつく。

 

「そして何より、この前話した謎の深海棲艦に気をつけてくれ。」

 

 謎の深海棲艦...それは数日前、元帥に電話を掛けた時に聞いたものだった────

 

 

 

 ∽

 

 

 

『────どうしたのだね、翔くん』

 

「元帥殿に今回の作戦海域について、いくつかお聞きしたいことが。」

 

 明らかにおかしい今回の作戦内容。

 詳細を訊くために、私は元帥に電話を掛けたのだ。

 ...しかし元帥は少し間を開けて、

 

『...やはり、それか。』

 

 重苦しそうな声で、元帥が言う。

 

「やはり...というと?」

 

『それが...私も明日伝えようと思っていたんじゃが...

 ...まずは翔くん。君に謝らねばならない。』

 

「え?」

 

『懲戒作戦、と書いてあったはずだが...

 

 ────あれは嘘じゃ。』

 

「!?」

 

『敵の中枢基地を破壊し、我々が勝利した大規模作戦...じゃが、決戦を終えた艦隊の帰途に...大量の敵艦が突然現れたんじゃ。

 まぁ、“えりーと”でもないただの駆逐・軽巡の集まりじゃった。私は殲滅命令を出したんじゃが...

 

 謎の砲撃を受けて...小破手前の私の霧島が大破したんじゃ。』

 

「それは...本当ですか?」

 

 元帥の戦艦と言えば、全艦娘でも屈指の耐久力を持っているはずだ。

 それを一撃で大破させるのは...想像できない。

 

『私も驚いた。だが事実なんじゃ...

 

 ...駆逐軽巡が邪魔で、全員その砲撃のヌシを確認出来なかったんじゃが...唯一霧島が垣間見たんじゃ。』

 

「なんと仰ったのですか...?」

 

『うむ。大破した彼女曰く────

 “何かに引っぱられて、近距離で砲撃を受けた。砲撃を受ける瞬間見えたのは...異形だった”...と。

 

 霧島が大破して私は即座に帰還命令を出した故...その深海棲艦の能力は未知数じゃ。

 

 確か第七鎮守府にはほとんどの艦種が揃っていて、尚且つに至近距離で無類の強さを持つ...電ちゃんがいるじゃろ。

 ...翔くん、君が頼りだ。』

 

「...分かりました。

 ですが、私も危険と判断した場合...」

 

『勿論、迷わず撤退させるんじゃ。

 他に聞くべきことは無いか?』

 

「...ありません。」

 

『うむ、では...懲戒作戦改め!

 ────“異形”撃滅作戦を発令するッ!!』

 

 

 

 ∽

 

 

 

 今回の敵は強大...だが、翔自身が信頼している艦娘達が出撃するのだ。...負ける理由などあんまりない。

 

 「────さぁ、出撃だ!」

 

 

 

 「「「「「了解ッ!!」」」」」

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

「やっぱ鎮守府で寝ときゃよかった...」

 

「き、北上ちゃん通信繋がってるから!」

 

「っていう鈴谷さんの言葉も提督さんに聞かれてるわよ〜?」

 

「しっかりしなさい、レディは愚痴を吐かないのよ!」

 

 さっきからみんなの士気が下がりつつある。

 ...とはいえ、それもそのはずだ。

 

「そんなこと言われても、まだ出会うどころか索敵にも敵艦がかからないなんて...無駄な出撃...不幸だわ。」

 

「平和なことはいいことなのです。

 それより、こういう油断している時に限って深海棲艦さんは襲ってくるのです!」

 

 私が刀の柄を握り直すと、刀がパリパリと音を立てて“黒い電光”を発する。

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

 改造を頼んだ翌日。

 夕張から刀を受け取った瞬間...薄暗い工廠に、カッ!と稲光が走る。

 

 『?!』

 

 驚く電を尻目に、夕張は戦慄していた。

 刀が発電するわけないが、電気エネルギーが刀に発生したとすれば、それは別のエネルギーや“力”が電気エネルギーへと転換されて迸っているということだ。

 

 (まさか...)

 

 夕張は刀に発電機を埋め込んだりしていないし、この刀にエネルギーを蓄えるような細工はされていない。

 しかしついさっき電が刀を握った瞬間、電気エネルギーが発生した。

 エネルギー保存の法則に則り、何も無い所から電気エネルギーは生まれるわけがない。

 

 (ってことは...)

 

 電が触れたことを引き金にエネルギーが生まれた。

 電が何らかのエネルギーを持っていて、それが刀を通して発散された...と言える。

 

 (これが...!)

 

 電が持つこのエネルギー...“力”こそが、夕張の...いや、世界中の研究者の追い求めていた────

 

 

 

 (────“艦娘の力”の証明...)

 

 

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

 

 

 ────そんなことをつゆ知らず、電はパリパリと音を鳴らしながら海を駆ける。

 

「それにしても、とっても綺麗な海ですね...!」

 

 春雨がくるりと見渡しながら言う。

 マーシャル諸島沖の海は青く綺麗に澄んでいて、電はついこの前の沖縄を思い出した。

 

 そもそもこの作戦海域はオセアニア屈指の自然観光スポットであり、多くの客で賑わっていたそうだ。

 

 ...深海棲艦が現れるまでは。

 

「平和になってから一度来てみたいわね...」

 

 はぁ...と息づく村雨。

 

 電も行きたいと思ったのだが、艤装がなければ目がほとんど見えないのだ...景色を楽しむことはできないだろう。

 

 ────もし、深海棲艦という敵が居なくなれば...艦娘という存在は必要なくなってしまう。

 

 平和な世界に艦娘はいらない。

 

 平和な世界に艤装はいらない。

 

 他のみんなは自衛隊員として働くなり、社会に出て働くなり、人間として生きていけるかもしれないが...電はどうだろうか。

 

 最悪解体...いや、解剖...艦体実験...もっと酷い未来が待ってるかもしれない。

 

 

 

 必要(いら)ないものは捨てられる。

 

 

 

 それは(武器)(艦娘)も同じなのだ────

 

 

 

『!?

 みんなの近くに多数の深海棲艦の反応が出ている!

 

 至急隊形を組み直せ!』

 

 

 

 インカムから翔の焦った声が聞こえると同時に、レーダーが多数の反応を捉える。

 

「おい加賀ァ!!

 てめぇ偵察機飛ばしてたんじゃねーのか?!」

 

 突然のピンチに声を荒らげる摩耶。

 

「いえ、私の子が見逃すはずがありません。

 ...恐らく海中に潜伏していたのでしょう。

 

 !

 偵察機より入電。

 敵艦は数は多いですが、おおよそが駆逐艦...個々の能力は高くありません。」

 

「まだ不幸中の幸い、ってとこかしら?」

 

 ガッシャコン!と装填音を響かせて、山城が狙いを定める。

 

「私の爆撃機と山城さんの超長距離砲撃である程度数を減らします。

 

 ...残党処理、任せました。」

 

 「「「「「了解ッ!!」」」」」

 

 

 

 ∽

 

 

 

 敵艦隊が迫ってくるのを目視で確認。

 

 矢筒から九九艦爆を取り出し、素早く丁寧につがえる。

 

 第七鎮守府に限らず、あらゆる戦いにおいて海中からの奇襲はほとんどない。

 

 今回は運が悪かっただけだ...と割り切って、呼吸を整える。

 

 どんな非常事態でも、私が落ち着いて弓を引けば...私の子たちはしっかり仕事をこなしてくれる。

 

 私は自分の子を信じているし、この子たちも私を信じてくれている。

 

 「(みんな...いい子たちですから。)」

 

 放たれた艦爆は炎のような光とともに、艦載機の形に変わって飛んでいく。

 

 (頼みましたよ...!)

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 加賀さんが発艦した爆撃機に着いていくように、私も刀を構えて前進する。

 多数の敵が対空砲火を浴びせているが、その程度では加賀さんの艦載機は墜ちない。

 ...前方に三体の敵影を確認。

 

『こちら電、左端の小隊を引き付けます!』

 

『『『了解!』』』

 

 軽巡、駆逐、駆逐...行ける。

 

 

 

 ────いや、何か様子がおかしい。

 

 

 

 敵艦の装甲がひび割れ...あるいは欠けていたり、言うなれば欠陥品のようなボロボロの状態なのだ。

 

 特に目立った艤装は着けていない。

 ...装甲が薄いぶん勝ち筋が太いと考え────

 

 

 

 ────ドバン!!ドバン!!

 

 

 

 突如響く爆発音。

 

『今の音は何だ!』

 

 山城の砲撃音とは似て非なる爆音を聞き分けたのか、翔さんが問う。

 

『こちら加賀...第一爆撃部隊の八割が墜落...壊滅的な被害です。』

 

 私に気付いた軽巡ヘ級が右腕の主砲を向け、二体の駆逐イ級もばら撒くように牽制射撃を浴びせてくる。

 

『わかった。第二攻撃隊の発艦を中止、偵察機で今の砲撃の元を探るんだ!』

 

 船速を一杯に入れ、自分に当たる弾だけを斬り払いながらへ級に急接近。

 

『了解、発艦します。』

 

 こちらに向けている砲を思い切り蹴り上げて、がら空きの胴体を薙ぐ。

 

 ...刃の通りかたが今までと段違いだ。

 これも怨恨晶の効果なのだろう。

 

 

 

 ドバン!!

 

 

 

 前方...敵の群れの奥から先程の砲撃音が響く。

 

『こちら摩耶、上空に警戒しろ!何か降ってくるぞ!!』

 

 左右に展開したイ級が挟み撃ちを狙ってくる。

 だが、所詮は駆逐艦た。

 

『こちら北上〜。これは...ネジとナット?』

 

 左方のイ級に接近、背後から撃たれないようジグザグ航法で駆ける。

 

『きゃっ!

 なにか...絡みついてる...?』

 

『春雨、どうしたの!?』

 

 口の中から覗く砲を断ち、袈裟懸けに刀を振り下ろす。

 

『これは...網?

 やっ...助けてっ、引きずり込まれ...ッ!』

 

『こちら鈴谷、このままじゃあの群れの中に春雨ちゃんが!』

 

『電!例の攻撃のようだ、三時の方向に居る春雨の救助に回れ!』

 

「了解なのです!」

 

 ついさっき斬り捨てたイ級の砲身を、背後のもう一体のロ級に思い切り投げつける。

 装甲が最初から剥げていたおかげで側部に突き刺さり、大きく怯んだ。

 

『痛い...誰か...ッ......助け...!』

 

 (今のうちに...!)

 

 集中砲火を浴びている春雨に接近し、通りすがりに絡みついていた網を斬る。

 

「げほっ、こちら春雨...ごめんなさい...中破、しました...」

 

『春雨、生きていてよかった。

 戦艦・巡洋艦は波状砲撃、敵に装填の隙を与えるな!

 今のうちに春雨は後方に離脱。榛名の後ろに隠れろ。

 電は船速一杯に入れて敵群後方に回り込んだら、謎の敵艦の情報を伝えてくれ。

 装備・艦種だけでも分かれば対策を練れる...!』

 

『『『了解ッ!!』』』

 

 

 

『あの...こちら春雨。

 私、引きずられてる時に...見ました。』

 

 

 

『何?!

 ゆっくりでいい、正確に教えてくれ!』

 

 翔さんの指示通り、右側面から大きく回り込むように進む。

 砲撃が飛んでくるが、ほとんど狙いが追いついていない。

 

『装備はたぶん、戦艦クラス...網は腕に繋がっていました...』

 

 それにしても敵が多い。少なくとも三十を越しているだろう。

 

『装甲は群れの深海棲艦みたいに、ひび割れてたり...ボロボロでした。』

 

 白昼にも関わらず、どす黒い霧が奥に立ち込めている。...いや、あれは敵の怨みや負の感情の表れ。刀を持っている私自身にしか感じ取れないものだ。

 

『あの降ってきた部品も...網を発射する時に、一緒に飛んでいったと思います...』

 

 こちらを狙っていた駆逐・軽巡は諦めたのか、本隊の方に砲を向ける。

 

 邪魔者は居なくなった。

 霧の先に切っ先を向け、再度集中する。

 

『でも、一つだけ...忘れられない大きな特徴がありました...』

 

 とうとう、その姿が見えた。

 

『なんて言うか...その深海棲艦は────』

 

「────え?」

 

 ...あまりにも奇怪なその姿に、思わず声が漏れる。

 なにしろその深海棲艦は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────顔が溶けていました。はい。』

 



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37話 瓦落多の死闘

 

 聞いていた通り、その深海棲艦はまさに“異形”であった。

 

 周りには先ほどの深海棲艦群の剥げた装甲や部品と思われるガラクタが、海面に隙間なく浮かんでいる。

 墨を落としたような長い黒髪は(もつ)れ、剥けた...と言うより(ただ)れた頭皮からは黒い霧が漏れでている。

 白磁より色素の薄かったであろう肌も所々爛れていて、腕は振袖...

 

 ────ではない。

 

「うっ...ぐぷ...」

 

 

 爛れた皮膚が垂れ下がっていて、振袖のように見えていた。

 

 

 腕と砲は一体化していて、手首から先に超大口径の見たこと無い砲が装着されていた。

 多分アレから網を発射したのだろう。

 

「(こちら電、“異形”と思われる敵を発見...まだこちらに気づいていないのです。

 それと、敵艦の群れが横隊に広がってしまって...邪魔で本隊に戻れないのです。)」

 

 敵に気づかれないよう、小声で伝えながら背後にゆっくりと回る。

 

『く...電が分断されたか。』

 

 緊張で頭が酸素を欲するが、息を荒らげないように抑える。

 

『こちら暁、前方の敵艦軍は決して強くはないわ。

 むしろ装甲がよわよわ...いつもより戦いやすいはず。

 一点に攻撃を集中させて穴を突くのよ!』

 

『あ、暁...?』

 

 白昼だが、幸運にも“異形”は本隊に気を取られているのか体を北に向け、顔と砲を下に向けてじっとしている。

 

『...みんな、暁に従うんだ。

 詳しい戦法はその都度指示する。』

 

『『『了解!!』』』

  

 なにぶん敵は未知の深海棲艦だ。

 絶対にバレないように距離を置きたい...

 

 

 

 ────パリパリ、と刀が音を立てる。

 

 

 

「(今は...ダメなのです...!)」

 

 しかし電の思いと反して、刀はパリパリパリパリと音を立てる。

 ...まるで、強敵を前に昂っているかのように。

 

 

『────!

 偵察機、戦艦ル級三体と重巡リ級二体を確認。

 うちル級一体がflagship、二体elite...装甲は脆弱。

 ...深海から現れたものと思われます。』

 

 

 パリパリ、パリパリパリパリ...

 

 

『くっ、ここで援軍か...

 “異形”の負のエネルギーに惹かれて現れたとでも言うのか...っ!』

 

 

 

 ────ぱちん。

 

 

 

 「!」

 

 一つ、大きめの音が鳴る。

 錆び付いた砲塔のようにギギギ...と頭を上げて相手を窺うと...

 

 

 

 ────ぼきょん。

 

 

 

 ...首を150°回して、こちらを見ていた。

 

 

 

 

 

「※□&○%$■☆♭*!!!!」

 

 

 

 

 

 何を言っているかわからないが、雄叫びを上げる“異形”。

 

「こちら電、発見されたのです!」

 

 右眼は爛れた頭皮で隠れ、倍近くに腫れ上がった左眼球はこちらをギラギラと見つめている。

 

 そして顔の下半分を占める口...その呼び名に相応しい容姿であった。

 

 

『電、見つかったならそのまま引き付けて!

 加賀さんは急いで第二攻撃隊発艦準備!

 今のうちなら撃ち落とされずに済むはずよ。』

 

 

 突き刺さんと言わんばかりの視線を向けてくる“異形”...右腕の砲を重そうに持ち上げる。

 

 対して私も(こた)えるように刀を構える。

 

 

『航空攻撃で撹乱してから雷、春雨、村雨、北上さんで魚雷を発射。

 一点に集中して活路を開くのよ。』

 

 

 ドッバァァンッッ!!

 

 

『重巡と戦艦の四人で援軍の深海棲艦に砲撃────』

 

 

 腹に響くような轟音とともに、目の前に広がる複数の“部品”。

 

 最高に高まった集中力で全てが遅くなった世界の中、自分に当たるものを弾き、切り飛ばし、逸らしていく。

 

 バチィン、バチチ、バチンバチン!

 

 刀を振ると、黒い電光も細かい部品を消し飛ばす。

 部品は導電率の高い、鉄などの金属で出来ているからだろうか...“異形”相手にはかなり相性が良さそうだ。

 

 しかしある程度距離があるとはいえ、この数を飛ばしてくるのは驚いた。

 馬鹿みたいに大きな砲身から、デタラメな量の部品を散弾銃のように飛ばす...

 言うなれば散弾大砲だ。

 

 

『────敵戦艦・重巡の超長距離砲撃を引き付けてもらってる間に、私か龍田さんで電の応援に向かうわ!』

 

 

 あの散弾砲を網で引き寄せられてから、近距離で受けると考えると...

 

 

『こちら加賀、第二攻撃隊...発艦。

 ...上手くいっています。』

 

 

 一筋、冷や汗が垂れる。

 ...まあ、電の刀は超至近距離でないと当たらないのだが。

 

 

『こちら北上ー。魚雷装填完了、目標はあのホ級ね。』

 

『えっあっ、わかったわ!』

 

 

 いやそんなことを考えている暇はない、あれだけの大砲なら装填も手間取るはずだ。

 

 

 『────魚雷発射!

 戦艦・重巡は派手に撃て、敵の警戒を一気に引くんだ!!』

 

『おらー!!鈴谷ちゃんはここに居るぞぉ!!』

 

 砲を下に向けている間に速力一杯急接近。

 近づくほどそのおぞましい形相がはっきりと見える。

 

 『よくやった鈴谷、無理はするなよ?

 

 ────暁、龍田...頼むぞ!』

 

 やはり私を凄まじい眼光で見ているのだが...その視線はどこか、闘志...いや、“戦わねばならない”という意思に呑まれているような...?

 

 

 『『突撃しますッ!』』

 

 

 そんな気がした。

 

 

 

 ────マだ...タたカえる。

 

 

 

 何者かの声が、直接頭に響いてきた。

 

 ...まだ、戦える?

 

 よくわからないが、この好機を逃すわけにはいかない。

 刀を振り上げ────

 

 

 

「ッッ?!!」

 ────ドッッバァァァンッ!!!!

 

 

 

 轟音の数瞬前に横へ飛ぶ。

 

 着地を考えない、移動に全て振り切った回避行動だ。

 

 

『あらあら...これは予想外ねぇ...』

 

『こちら暁、敵がどんどん増えてるわ!』

 

 

 ばっしゃーん、と腹を水面に叩きつけてしまったが...上半身がミンチになるよりかは遥かにマシだ。

 

 左腕は投網専用と踏んでいたが、両腕とも散弾を撃てるとは...なかなか厄介。

 急いで起き上がると、右腕はもう装填を終えていた。

 

 ...あの砲を下に向けていた動き、あれこそが装填行動だったのだろう。

 

 “異形”は周りの剥げた装甲や部品を海面から吸い上げて、溢れ出る黒い力...負の感情の力みたいなものでぶっぱなしていたということだ。

 

 

 ドッバァァンッッ!!

 ドッバァァンッッ!!

 

 

 二門同時に砲撃。何発か落としきれずに掠っていくが、両腕の弾がない今こそが本当にチャンスだ。

 

 

『ちくしょう倒しても湧き出てきやがる!

 なんなんだこの数は!!』

 

 

 ────そう、思っていた。

 

「※□&○%$■☆♭*!!」

 

 

 

 カッッ────────────!!

 

 

 

 鋭くまばゆい光が電の目を刺す。

 

「ギッ────?!」

 

 そして身体になにかが巻き付く。おそらく網なのだろう、しかし目が痛くて仰け反った私は対処できなかった。

 

 

『電ぁぁぁぁぁァァァァーーーー!!!!』

 

 

 ガチャガララ...ちゃぽんちゃぽん。

 

 部品を落としながらこちらに砲を構える気配。

 

 

『────山城さん、これを!』

 

 

 あまりにも予想外な、閃光弾攻撃。

 

 いつも目の前で砲撃するので、どんな艦娘も閃光に対してはかなりの耐性を持っている。

 

 しかし、あまりにも強すぎたその光で、電は二、三秒ほど視力を奪われ行動を阻害された。

 

 

『────!』

 

 

 その数瞬が、命取り。

 油断した自分がダメだったのだ...

 

 

 

『────!!』

 

 

 

 翔さん、ごめんなさい────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────させるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 焼かれた視界が、戻ってくる。

 

 

 

 「○%×$☆────♭#▲※□&○$■*??!」

 

 

 

 ────目の前の大砲に、薙刀が刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

 

 

 

 

 side.加賀

 

 電が本隊から離脱し、私は第一攻撃部隊を発艦させたが...そのほとんどが帰ってこなかった。

 

「こちら加賀...第一爆撃部隊の八割が墜落...壊滅的な被害です。」

 

 恐らく三式弾以上に対空性能に特化した、未知の砲弾を使っているのだろう。

 悔しいが、ここは大人しく前線から引くべきと判断。

 

「こちら摩耶、上空に警戒しろ!何か落ちてくるぞ!!」

 

 前方で摩耶が声を上げる。

 確かに、空から雨のように何か黒いのが降ってくる。

 

 ────こつん、と頭に当たる。

 

 ころころと甲板を転がっていくのを手に取って見てみる

 

「これは...?」

 

 

『こちら北上〜。これは...ネジとナット?』

 

 

 油のこびり付いた...あの角張ったドーナツ型の金属部品であった。

 

 第一攻撃部隊が壊滅したのはこの砲撃...無数の小さな部品を大口径の砲で撃ち出して落とした、ということだろう。

 

 ...敵は戦艦クラスの可能性が高い。

 

 

『きゃっ!

 なにか...絡みついてる...?』

 

『春雨、どうしたの!?』

 

 

 春雨村雨姉妹の焦った声。

 

 

『これは...網?

 ────きゃっ...助けてっ、引きずり込まれ...ッ!』

 

 

『こちら鈴谷、このままじゃあの群れの中に春雨ちゃんが!』

 

 

 ...網で艦娘を捕縛し、引きずり込んで散弾砲。

 まるで魚を────

 

 

『電!三時の方向に居る春雨の救助に回れ。

 網なら刀で斬れるはずだ!!』

 

『了解なのです!』

 

 

 提督が指示を出し、遠くで電が方向転換。相変わらず艦船とは思えない船速だ。

 しかし電が急いで救助に向かうも、春雨は集中砲火を受ける。

 

 

『痛い...誰か...ッ......助け...!』

 

『こちら春雨...ごめんなさい...中破、しました...』

 

『春雨、生きていてよかった。

 駆逐、軽巡は波状砲撃。敵に装填の隙を与えるな!

 今のうちに春雨は後方に離脱。榛名の後ろに隠れろ。

 電は船速一杯に入れて敵群後方に回り込んだら、謎の敵艦の情報を伝えてくれ。

 装備・艦種だけでも分かれば対策を練れる...!』

 

『『『了解ッ!!』』』

 

 

 

『あの...こちら春雨。

 私、引きずられてる時に...見ました。』

 

 

 

『何?!

 ゆっくりでいい、正確に教えてくれ!』

 

『装備はたぶん、戦艦クラス...網は腕に繋がっていました...』

 

 

 ...ここの予想は的中。

 

 

『装甲は群れの深海棲艦みたいに、ひび割れてたり...ボロボロでした。』

 

『あの降ってきた部品も...網を発射する時に、一緒に飛んでいったと思います...』

 

『でも、一つだけ...忘れられない大きな特徴がありました...』

 

 ...?

 

『なんて言うか...その深海棲艦は...顔が溶けていました。はい。』

 

『(こちら電、“異形”と思われる敵を発見...まだこちらに気づいていないのです。

 それと、敵艦の群れが横隊に広がってしまって...邪魔で本隊に戻れないのです。)』

 

 何やらか細い声で通信。

 ...あの電が、未知の敵の前に分断されたようだ。速力自慢の電でも、情報が無い敵に立ち向かうのはあまりにもリスクが高すぎる。

 

『く...電が分断されたか。』

 

 急いで合流させるためのプランを模索────

 

 

『こちら暁、前方の敵艦軍は決して強くはないわ。

 むしろ装甲がよわよわ...いつもより戦いやすいはず。

 一点に攻撃を集中させて穴を突くのよ!』

 

『あ、暁...?』

 

 

 突然作戦を伝える暁に、雷が困惑する。

 ...そういえばまだ伝えてなかっただろうか?

 

 

『...みんな、暁に従うんだ。

 詳しい戦法はその都度指示する。』

 

 

 大艦巨砲主義の元第六鎮守府で、唯一重宝されていた駆逐艦。

 強がりで、少し幼いその駆逐艦は────

 

 

『『『了解!!』』』

 

 

 “元第六鎮守府最強”の私とほぼ同じ練度。

 数々の作戦を成功させてきた、立派なレディなのだ。

  

 

 ────!

 

 後続の偵察部隊からの情報が頭に直接流れ込んでくる。

 

「...こちら加賀、偵察機が戦艦ル級三体と重巡リ級二体を確認。

 うちル級一体がflagship、二体elite...装甲は脆弱。

 ...深海から現れたものと思われます。」

 

 

 電を助けようとしているというのに...かなり悪いタイミングだ。

 

 

『くっ、ここで援軍か...

 “異形”の負のエネルギーに惹かれて現れたとでも言うのか...っ!』

 

 

 援軍に焦り、語気が荒ぶる提督。

 だが、幸い電はまだ敵に見つかっt

 

 

 ────※□&○%$■☆♭*!!!!

 

 

 敵群の奥から轟く咆哮。

 

『こちら電、発見されたのです!』

 

 

 ────不幸だとしか言いようがない。

 

 

『電、見つかったならそのまま引き付けて!

 加賀さんは急いで第二攻撃隊発艦準備!

 今のうちなら撃ち落とされずに済むはずよ。

 航空攻撃で撹乱してから雷、春雨、村雨、北上さんで魚雷を発射。

 一点に集中して活路を開くのよ。』

 

 

 ドッバァァンッッ!!

 

 

 敵群の奥から轟音。電の無事を祈りながら矢をつがえる。

 

『重巡と戦艦の四人で援軍の深海棲艦に砲撃。敵戦艦・重巡の超長距離砲撃を引き付けてもらってる間に、私か龍田さんで電の応援に向かうわ!』

 

 

 今度こそ、と念を押して右手を離す。

 ...程なくして絨毯爆撃が行われた。

 

 

「こちら加賀、第二攻撃隊...発艦。

 ...上手くいっています。」

 

『こちら北上ー。魚雷装填完了、目標はあのホ級ね。』

 

『えっあっ、わかったわ!』

 

 戸惑いつつも動く雷。急な戦況の変化において、慌てずに指示を理解出来るのは軍人としていい才気(センス)だ。

 

 『────魚雷発射!

 龍田、暁、突っ込め!!

 戦艦・重巡は派手に撃て、敵の警戒を一気に引くんだ!!』

 

 泡の少ない酸素魚雷たちが、おおよそではあるものの同じ場所に向かって行き...いくつもの水柱を上げる。

 

 

 ...龍田、暁、突貫準備は出来てるか?』

 

『『はいッ!』』

 

 スムーズな陣形変更。

 敵援軍に向かって鈴谷が少し前に出て、

 

『おらー!!鈴谷ちゃんはここに居るぞぉ!!』

 

 バカスカと空砲を撃ちまくる。

 

『よくやった鈴谷、無理はするなよ?

 

 ────暁、龍田...頼むぞ!』

 

『『突撃しますッ!』』

 

 二人が船速を上げ、敵群に突貫。しかし、

 

『あらあら...これは予想外ねぇ...』

 

『こちら暁、敵がどんどん増えてるわ!』

 

 私の距離でも確認できるほどに、水底から深海棲艦が増えていたのだ。

 

 

 ────ドッバァァンッッ!!

 ────ドッバァァンッッ!!

 

 

 二門同時の砲撃音。

 電が耐えているのだろう...が、先ほどから通信が無い。かなり苦戦しているはずだ。

  

『ちくしょう倒しても倒しても湧き出てきやがる!

 なんなんだこの数は!!』

 

 摩耶が敵戦艦の砲撃を受けながら叫ぶ。

 

 

 

 ────※□&○%$■☆♭*!!

 

 

 

 カッッ────!

 

 敵群の隙間からまばゆい発光。

 距離もあり前線の龍田、暁も大丈夫だったようだが、敵の目の前で電が目を抑え網に巻かれていた。

 

 

『電ぁぁぁぁぁァァァァーーーー!!!!』

 

 

 暁の叫び声。

 あと少しなのに、敵群に阻まれて砲撃が届かない。

 

 

『────山城さん、これを!』

 

 

 言葉と共に、龍田は砲...薙刀を山なりに投げる。

 

 龍田の持つ薙刀を艤装展開時に振ると、砲撃ができる。

 薙刀を手放すということはすなわち、攻撃手段を放棄するということだ。

 

 重そうな砲を電に向ける“異形”。

 

 

『暁ちゃん、伏せなさい!!』

 

 

 ひょおんひょおんひょおん...と回転しながら敵群の包囲を越えて飛ぶ薙刀。

 

 だが立ち止まった山城にル級からの砲撃が飛んでくる。

 

 

『邪魔は!榛名が!許しませんッ!!』

 

 

 射線に割り込み、身を呈して(かば)う榛名。

 

 

 山城は大きく脚を上げ振りかぶり────

 

 

 

 

 

『さぁぁせぇぇるぅぅかぁぁぁぁぁ!!!!』

 

 

 

 

 

 ────柄を思い切り殴った。

 

 

 

 

 

 一直線に飛んで行った薙刀は三体の深海棲艦を穿通して、“異形”の砲に突き刺さった。

 

 

 

 

 



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38話 救済の光

 「♭#▲※□&○$■*??!」

 

 突然の激痛からか、腕を振り上げて叫ぶ“異形”。

 

 薙刀の刺さった右砲腕は暴発を起こし、部品に紛れてぴちゃぴちゃと嫌な感触。

 

 だが、この大きなスキを電は見逃さない。

 

 

 

 ────私は、まだ...ッ!

 

 

 

 まとわりついている網を切り裂き、刀を腰の後ろまでめいっぱい引いて────

 

 

 

 「────これで終わりなのです!!」

 

 

 

 稲妻が如き神速で放たれた突きが“異形”の胸を貫くと同時に、電の視界は白く包まれた────

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『天皇万歳!!』

 

『戦艦  万歳!!』

 

 

 ────私は大和たちの存在が極秘だったこともあって、日本を代表する戦艦だと言っていいくらいに、みんなから慕われてきた。

 

 それこそ、私と妹は日本の誇り、というカルタが作られるほどに。

 

 妹と交代しながら連合艦隊旗艦を務めて、日本海軍の最前に立っていた。

 

 ...そういえば私が建造されたばかりの時、確か排煙が上手くいかなかったんだ。

 

 色々試したら曲がりくねった煙突が効果的ということになって、その見た目で笑われたこともあったな。

 

 まぁ、お陰で私は更に慕われるようになったのだが。

 

 

 

 ────私は世界にも名を轟かせたんだ。

 

 私の主砲と同じ大きさの砲を積める戦艦は、世界に私含めて七隻しか居なかったんだ。

 

 もっとも、長らく私の主砲が活躍する機会はなかったが。

 

 

 

 ────大和たちが建造されて、これまでの連合艦隊旗艦の座は渡してしまったが...それでも私は大和たちに並ぶ主力艦として、自分を誇りに思っていた。

 

 大艦巨砲主義の風潮が薄れてきても、私は時代に合わせた細かな改装を繰り返して戦備を整えていたんだ。

 

 

 

 ────そして...太平洋戦争が始まった。

 

 しかし大艦巨砲主義の去った戦場で、やはり私は潜水艦や艦載機の急降下爆撃に苦戦した。

 

 ミッドウェー海戦にて満を持して出撃したのだが、交戦することはなかった。

 

 夏場に大和と妹がトラック島に進出したが、私は日本本土で待機。

 

 ...私だけ置いていかれた。劣等感に苛まれた。

 

 すぐに私も配属されることになったが...目の前で妹が爆発した。

 

 私も最初は何が起こったか理解が追いつかなかった。

 だが、目の前で沈んでいく妹の身体が現実をひしひしと伝えていた。

 

 

 

 ────戦況が厳しくなってきた捷一号作戦。

 

 私は西村艦隊の旗艦に抜擢され、滾っていた。

 何隻も仲間が沈み、妹も目の前で喪った。

 

 ...待ちに待った艦隊決戦。私も仲間を守るために戦える。敵を沈めるために砲を放てる。

 

 そう思っていたのに、少将の命令でまたしても私は戦う機会を逃してしまった。

 

 ...スリガオ海峡に向かった西村艦隊が壊滅した報せが入ったのは、一ヶ月後のことだった。

 

 

 

 ────十月下旬、私はレイテ沖海戦に参戦した。ようやく私は戦場という戦場に立つことができたのだ。

 

 しかし敵空母による大規模な爆撃を受け、数多くの戦友が傷つき...武蔵を喪った。

 

 あまりにも大きな損害に、翌々日撤退命令が出た。

 もちろん易々と逃がしてくれるわけがない。追撃してくる敵軍に百近くの主砲弾、五百を超える副砲弾を撃ち尽くした。

 

 ...私が主砲をまともに撃ったのは、この撤退戦が初めてだった。

 

 

 

 ────十一月中旬、ブルネイから日本への帰路。

 

 敵潜水艦の襲撃を受けて、とうとう旧くからの戦友────金剛を、目の前で喪った。

 

 

 

 ────年明けて二月、ついに大和が沈んだ。

 

 戦況は瞬く間に悪展し、七月の横須賀港空襲でボイラーを多数壊され、私は動けなくなったまま、放置された。

 

 ...目の前が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 ────それから一年後。

 

 私は南の海に連れられた。

 そこには見知った日本艦から敵軍艦まで、多数の艦船が浮いていた。

 

 疲れきったのか下を向いて動かないもの、心を閉ざして虚ろな目で空を見るもの、既に死んでいるもの...

 

 

 ────ブロロロロロロロ

 

 

 一機の艦載機が、空を飛ぶ。

 

 そして一つ、奇妙な形をした何かを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────カッッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間。目の前の全てが白く染まり、身体中に焼きごてを捺されたような激痛が走った。

 

 近くにいた酒匂は炎に包まれ、翌日には沈んでいた。

 

 ...なるほど、私に見合った最期だ。

 

 

 

 ────私は何隻もの戦友や妹を、目の前で喪った。

 

 

 

 ...いや、殺してきたのだ。

 

 

 

 ことあるごとに出撃せず、見捨てて、逃げて、挙げ句の果てに喪ったなどと(のたま)ってきたのだ。

 

 

 

 鼠のように未知の兵器の実験台にされて、どこかも分からない南の海で沈む...

 

 

 

 ...私に見合った最期だ。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 殺してきた仲間たちへの懺悔を繰り返して、身体をじりじりと這う激痛に耐えて、二十日近くが経った。

 

 この時間になると、どこか遠くから仲間...船の声が聞こえてくるのだ。

 

 数にして何百隻という艦船...いや、武装されていない漁船の声だ。

 

 私がここで苦痛を味わっている中、この漁船たちやその船員の命が助かっている...それが、私の唯一の安らぎだった。

 

 

 

 ────ざざざざざざ

 

 

 

 一隻、船が近づく音。

 

 見覚えのある形の爆弾(もの)を積んでいた。

 

 

 

 ...やめろ

 

 ......やめてくれ!

 

 ────それだけはッ!!

 

 

 

 今ここで“あの光”が起これば、確実に漁船群も巻き込まれることになる。

 

 市民を...巻き込むのだけは...!

 

 

 

 ────だが、慈悲などなかった。

 

 

 

 その船から、爆弾が海中に入れられる。

 

 そして────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠くから数々の悲鳴が聞こえる。

 

 

 何百隻の漁船のものだと認識した私は────

 

 

 

 

 

 

 ────白い世界で真っ黒に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────身体が傾く。

 

 

 私と同じくらい大きな艦船も数多く沈む。

 

 

 そろそろ、潮時かもしれない...

 

 

 ────いや。

 

 

 ────まだ、沈むわけにはいかない。

 

 

 今も戦っている仲間が居るのだ。

 

 

 自分の身体がドうなっているかはわからない。

 

 

 だが生きている限リ、修復されて前線に立てるかもしれない。

 

 

 いヤ、自分は今までマトもに戦ったことがないのだ。

 

 

 

 

 

 ほラ、コんなニ綺麗ナ甲板。

 

 

 

 傷ヒトツない砲。

 

 

 

 補給モ既ニ終わっテいる。

 

 

 

 ワタシは戦エル。

 

 

 

 ワタシはびっぐせぶんガ一人、  なノダ。

 

 

 

 戦わセてくれ...

 

 

 

 戦イたい...

 

 

 

 私は...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────月明かりが照らす夜の海。

 

 一隻の戦艦が、沈んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 「────っ?!」

 

 

 ...今のは何だったのだろうか。

 

 “異形”の胸から刀を抜き、一旦距離を置く。

 

 どうやら一瞬の間に先ほどの映像...いや、“記憶”...?が、頭に流れ込んできたらしい。

 

 

 

 「────────!!」

 

 

 

 異形は刀を抜いた胸から黒い霧を噴出し、ゆっくりと後ろに倒れる────

 

 

 

 「────?」

 

 

 

 しかし電は、“異形”を抱きとめた。

 

 変わらず真円の眼球からギラギラとした殺意を放ってくる“異形”。

 皮がぬるぬると破け、剥がれ落ちて滑るが...なんとか姿勢を維持する。

 

 

 

「────あなたはもう、戦ったのです。」

 

 

 

 右腕の薙刀を引き抜く。

 

 

 

「あなたはほとんど敵艦と戦うことはできなかったけれど、市民や兵士を鼓舞して、十分に戦果を挙げられたのです。

 

 

 

 ...あなたはみんなを守ってくれたのです。」

 

 

 

 

 

 

 持ち上げられない砲を構えようとする左腕に、そっと触れる。

 

 

 

 

 

 

「あなたはみんなの心の傷を代わりに負って、みんなの精神を支えてくれたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 あなたのお陰で、みんなが戦えたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だから...もう、眠っていいのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────長門さん。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「────────!」

 

 

 

 

 

 その名前を口にすると、“異形”はほんの少し目を見開き────

 

 

 

 

 

 「............う......ぃいん......................ぁ..............な...................?」

 

 

 

 

 

 絶え絶えにそう言うと、ギラギラとした目の光がスーッと柔らかくなって。

 

 

 

 

 

 ...それはまさに、優しい人間の顔に

 

 

 

 

 

 

 ────カクンっ。

 

 

 

 

 

 

 “異形”の首から力が抜ける。

 

 

 

 

 

 

 目蓋が無くて目を閉じれず、顎が溶けただれていて口を開けたまま息絶えた“異形”。

 

 

 

 

 

 ...しかしその顔は、どこか人間らしかった。

 

 

 

 

 

 電がそっと寝かせても、“異形”は海面に浮かんでいた。

 

 

 

 

 

『こちら本隊!

 深海棲艦群が...沈んでいきます!』

 

『こちら翔、もしや...異形を倒したことによって、力を失ったのか...?』

 

 

 

 

 

 

 ぽわ...

 

 

 

 

 

 「......?」

 

 

 

 

 横たえた“異形”の胸に、ふんわりとしたあたたかい光が灯る。

 

 

 

 

 その光はだんだんと大きくなって、“異形”の身体を包み────

 

 

 

 

 

 その光が霧散すると、一人の艦娘が横たわっていた。

 

 

 

 

 手には何故か細長い布きれを────

 

 

 

 「電ああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

 

 

 

 遠くから暁の声。

 本隊のみんなが駆け寄ってくる。

 

 

 

「電のバカ!

 心配したじゃないの!!」

 

 

 

「電ちゃん...よかった...!」

 

 

 

 みんなが電の無事を喜び、労うが...

 

 

 

「...!

 電さん、その人は...」

 

 

 

 加賀が気づいて、電に問う。

 

 

 

 

「異ぎ...」

 

 

 

 しかし電はあっ、と口を抑え...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「────新しい艦娘さん、なのです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 第五章『災厄は光とともに』

 

 完。

 

 

 




後書き

「第五章、これにて完結となります。
 相変わらずの鈍筆、読者の皆様を平気で裏切るTwitter予告...ここまで読んだ頂いた皆様に本当に感謝しています。

次回投稿の座談会にて、五章を最初から振り返りつつ総括とさせていただきます。

...あともう少し、お話が続きます。

 お付き合い頂けると嬉しいです。」









 〜後日談〜

「────では、私の艦隊が発見したというのに元帥の指揮下に就く、ということですか?」
 
『まあまあ、そうカッカするでない。
 翔くん、君のような歴の短い提督が長門君を指揮しても、他の鎮守府が色々と煩いじゃろ。
 
 ...なに、心配するな。
 代わりに確実に戦力になるであろう艦娘を後日派遣するから...それで手打ちにしてくれ。 』
 
 


 
 ────マーシャル諸島近海で見つかった新たな艦娘...長門は大本営に引き渡され、代わりに第七鎮守府に一人の艦娘が派遣されることになった。
 
 ────そして今回第七鎮守府が撃破した新型深海棲艦は『深海異形姫』という識別名が与えられたが、以降現れることはなかった。
 
 


 
「────翔さん!」
 
「どうした電。」
 
「もし...平和になったら、この前の海に行ってみたいのです。」
 
「ほう、マーシャル諸島近海と言えば...ビキニ岩礁か!」
 
「かっ、翔さん!えっちぃのはダメなのです!」
 
「水着じゃないぞ...まぁ、語源にはなっているな。
 
 ビキニ岩礁は昔、原子爆弾の実験場だったんだよ。」
 
「え...?」
 
「うむ。
 作戦海域の近くの海岸が綺麗な円形に削り取られてなかったか?
 
 あの辺りで原子爆弾・水素爆弾の実験を行ったせいで何百隻という漁船が沈み...または被曝して解体されたんだ。
 
 確かに海や海岸は綺麗だが、負の遺産としての一面も忘れてはならない。
 
 
 ────そういえば、数多くの軍艦も爆破威力の実験台にされたんだが...確か日本艦もあったような...」
 
 
 











 
 ∽∽∽
 
 
 












 
 
 
「────?
 長門、いつも出撃する前に何してるの?」
 
「ん?
 陸奥か...あぁ、願掛けのようなものだ。」
 
「そう...私もいい?」
 
「うむ、もちろんだ!」
 
 
 
 ────大本営、陸奥と長門の相部屋。
 壁の隅に細長い布が鋲で留められている。
 その布は長門が艦娘として生まれたあの時から持っていた、漁船のノボリの一部だった。
 
 その布には、辛うじて読み取れる文字が。
 
 
 
 
 
 
















 
 ────『第五 竜 』


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座談会(五章解説)

【注意】
・この回は五章全体の後書きとなっています。
・五章を読み終えてない方は御遠慮願います。
・メタ発言...というより、もはやメタ回です。
・この回を読まなくても、本編には一切支障はありません。

・それでもよろしければ、お楽しみください。


コンブ伯爵(以下“作”)

「第五章完結、お疲れさまでした!」

 

翔・電「「お疲れさまでした(なのです!)」」

 

翔「いや〜、終わったな...」

 

電「なかなかの長丁場だったのです!」

 

作「さて...今回は第七鎮守府提督・翔くんと艦娘さんを代表して電たんに集まって頂いたんですが...」

 

翔「座談会、って聞いたぞ?」

 

作「はい。今回はお二人さんと、天の声君と一緒に第五章の解説をしようと思ってます。

 どうぞよろしくお願いしまーす。」

 

翔・電「「よろしく頼む(のです)!」」

 

 ────よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────五章タイトルについて、どういう経緯で決まったんでしょうか。

 

作「“災厄は光とともに”...これは五章の主軸となった深海棲艦の過去に由来していますね。」

 

電「新型爆弾...なのです?」

 

作「そうです。タイトルを見て、九割の人が『なんじゃこれ』ってなって、“異形”さんが出てきて更に混乱して...最後に(艦これを知る読者さんなら恐らく)誰もが知る彼女の過去を持ってきまして、『なるほどなぁ〜!』っていう感じを狙ってみました。」

 

翔「感想を見る限り、いい感じに楽しめてもらえたみたいだな。」

 

電「感想ありがとうなのです!」

 

 

 

 

 

 ────では五章を振り返っていきましょうか。

 

 ────34話“一通の手紙”について。

 

電「冒頭から謎の文章で始まっているのです!」

 

作「このお話はある戦艦と漁船の語りから始まっていますね。」

 

翔「深海異形姫が何故生まれたのかに繋がっているってことか...」

 

作「そうですね。でもこの語り文、実はかなり頭をひねって書いたんですよ??」

 

電「適当にそんな感じの言葉を並べたんじゃないのです?」

 

作「い、電たん手厳しいなぁ...

 ともかく、見てもらったら早い。

 

 ...天の声さん、お願いします。」パチン

 

 

 

 あいうえおかきくけこ────

 

 あいうえおかきくけこさしすせそたちつてと────

 

 

 

電「...!!

 “────”に変な改行が入ってるのです!」

 

作「よく気づきましたね。

 ハーメルンさんに投稿するに限らず、ほとんどのサイトやSNSで文頭やら文末、変な位置に記号を置くと勝手に改行されるんですよね。」

 

翔「ある程度伏線を織り込みたいが、文字数がかなり限られている...板挟みだな。」

  

電「なるほどなのです...」

 

作「さて内容に触れますと、いつものように過ごしていた第七鎮守府に、元帥から直々にお手紙が届いて、内容が何やら怪しい...という流れですね。」

 

翔「見事なまでに“起”だな。」

 

作「やはり初めての対深海棲艦なお話ですし、展開をきっちり進めることを意識した結果...せめて“起”だけでもハッキリさせようと思いまして(笑)」

 

電「“ジョンプ”、“マガズン”、“ペノ”、“雪聴だいふく”...

 どっっかで聞いたことあるような────」

 

作「あああああああああああ!!!!」

 

翔「電...それは言っちゃダメなヤツだ。」

 

電「むぅ...日本語は難しいのですー(棒)」

 

翔「コンブ、電が失礼────」

 

作「そうだよね日本語難しいよねこの失敗を次に活かそうね電たん!」

 

電「わかったのです!(計画通り...!)

 

 

翔「(ダメだこの作者...)」

 

 

 

 ────話を戻しまして、35話“ある男の過去”。

 

翔「ここでようやく“無駄”に気になる伏線が回収されたな。」

  

電「こんな所で回収してしまうなんて、勿体なさすぎるのです。折角のドキドキが“無駄”なのです。」

 

作「うぅ...確かにもう少しあっためるべきでしたね...当時の自分が如何に勢いだけで書いていたのかがわかる一話ですね...今章最大の反省点です。ハイ。」

 

翔「まぁでもここの憲兵さんの身体の描写で、ある程度慣らしておかないと...」

 

電「“異形”さんは...あまり思い出したくないのです」

 

 

 

 ────36話“異形撃滅作戦”。

 

作「35話から少し時間が飛んで、いきなり前線基地から始まったこのお話。」

 

翔「この話で元帥の本当の目的...そして正式な作戦名が明かされたな。」

 

作「このお話に限らず五章全体に言えることなんですが、実は“ビキニ環礁”というワードを絶対に出さないようにしてたんですよね。」

 

電「言ってしまうと...“異形”さんの正体に勘づいてしまう読者さんがいるかもしれないのです。」

 

翔「マーシャル諸島沖...で気づかれてしまったかもしれないが、気づける読者は少ないはずだ。それはそれでいい感じに難しいヒント...ある意味伏線、とも言えるな。

 ...よくラストまで持っていけたな。」

 

作「面白いお話を書くには伏線を使いこなせないと、ね?」

 

翔・電「「憲兵さんの過去」」

 

作「ごめんなさい調子に乗りました」

 

 

 ────この回の加賀さんの発艦描写について。

 

作「あー、空中で炎のような光とともに艦載機へと形を変えるシーンですね。

 これは完全な私の独自解釈です。」

 

翔「アニメだかアーケード(以下“AC”)だか、そんな感じだったはずだな。」

 

電「少し抽象的ですが、想像補完お願いするのです...」

 

 

 ────電さんの戦闘について。

 

電「“艦娘の力”のくだり...あれっているのですか?」

 

作「あれは必要です。」キッパリ

 

翔「あれも伏線なのか?」

 

作「いや...伏線って言ったら伏線の意味無くなりますよ?

 あと伏線ではないです。ちょい後の“異形”さんがどうやって何を砲撃しているのかの描写で、“黒い力...溢れ出る負の感情の力で〜”みたいな所とぼんやり繋がっているんです。」

 

翔「確かに艦これアーケード(以下AC)で姫・鬼級深海棲艦が砲撃すると、黒い曳光線が見えるぞ!」

 

電「この黒い光を“負の感情の力”と解釈したってこと...なのです?」

 

作「そういうことです。」

 

電「(あれ...?だとしたら────)」

 

 

 

 

 ────37話“瓦落多の死闘”。

 

翔「ここに戦闘描写を詰め込んだな。」

 

作「あまり内容が伝わりにくかった部分もあると思いますが、もとよりあまり得意ではないのでなにとぞ...」

 

電「...それにしても、山城さんがパンチで薙刀を飛ばすなんて...」

 

作「あっ、それなんですがギリギリのタイミングで薙刀のくだり、この小説書き始めた時からいつか入れたいな〜って思ってたんですよ!」

 

翔「少し無茶かもしれないが、まぁそこは突っ込まないでくれ。」

 

 

 ────電さん視点と加賀さん視点について

 

作「やっぱ電たんだけ...って訳にはいかないですよね(笑)」

 

翔「連合艦隊全員をバランスよく書くのは流石に難しいからな...」

 

電「仕方の無いことなのです...

 

 と、私からひとつ。36話といい37話といい...ものすごく良いところで切られてるのです。」

 

作「そのぶん投稿ペースはかなり早めたつもりですよ(笑)」

 

翔「思えば今まで散々だったからな...」

 

電「確かに、あのどっきどきの展開で“続く...”からの一ヶ月空きなんてやったら、感想炎上間違いなしなのです...」

 

 

 

 ────38話“救済の光”とともに、今回の深海異形姫について語ってもらいましょう。

 

作「深海異形姫...彼女は私の完全なオリジナルの深海棲艦となっていますね。

 

 ...と、突然お二人には申し訳ないですが、今までの記憶とともにここで消えていただきます。」

 

翔・電「「────え?」」

 

作「お疲れさまでした。」パチン

 

翔・電「「ぁ────」」ポワン

 

 

作「失礼しました。ここからはほとんど私の一人語りになります。

 ...二人がいると色々と困りますからね(笑)」 

 

 

 ────さて、お願いします。

 

作「はい。まずは冒頭の電が剣を刺すシーン。

 やはり“異形”の記憶を覗くとなると、直接触れ合うか何かしらの媒体を通して...って感じですよね?」

 

 ────そこで心臓貫き、ってことですね?

 

作「はい。電は刀を持っていますし、やっぱこれしかないかなって(笑)。

 過去を出すなりしないとただ『ポッと出の敵キャラ』で終わってしまうんですが、それじゃあ面白くないですよね。

 

 それに...いや、これはまだ言えませんね。」

 

 

 

 ────戦闘描写についてお願いします。

 

作「基本戦闘描写は艦これACを参考にさせていただいてます。

 かなり前にも説明したと思いますが、龍田さんが薙刀で空を斬ると刃の軌道から弾が撃てる...な部分とか。

 

 そして“異形”の攻撃。

 両腕の巨大大砲は戦艦特有の砲を元に、春雨ちゃんや電たんも捕まった網発射は漁船を元に考えつきました。

 

 大砲からはガラクタや部品を無理やり力だけでぶっ飛ばして攻撃、という感じですね。

 多くの弾(?)を発射するぶん、対空能力は計り知れないですね。」

 

 ────そういえば、なぜ異形の周りには多くの深海棲艦が?

 

作「これは史実と関係しているのですが...

 新型爆弾の被害となった艦は漁船だけでも数百にも上ると言われています。

 そんな艦船たちに深海の力が加わったのですが...」

 

 

 ────不完全なものであった、と。

 

 

 

 

 

 ────短い間でしたが、そろそろお時間ですね。

 

作「あぁ、あまり語りすぎても良くないですね。

 

 えー、最後に。

 この五章の描写は全て私の祖父からの話、そして8月6日を知る被爆者の方から“直接”お聞きした話を元に書いています。

 

 この小説を機に少しでも戦争の恐ろしさ、そして我々が平和を享受している事のありがたさを感じていただきたく思っています。

 

 

 

 ...これにて、座談会をお開きとさせていただきます。」

 

 

 ────ありがとうございました。

 



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6章 邂逅は暗翳とともに
39話 姉、襲来...?


翔「さて、前回で大きくひと段落ついたな。」

電「六章はシリアス少なめでお送りするのです!」

翔「読者の皆さんには気軽に楽しんで貰いたいな。
  ...それでは────」

翔・電『────本編へ、どうぞ!』


 マーシャル諸島沖...

 深海異形姫との決戦から二日。

 

 みんな一通り傷を癒し、いつもの運転手さんに長門の護送を頼んだ翌日。

 

「も、もうすぐ...よね?」

 

「どきどきしますね...はい。」

  

 ...第七鎮守府は少しざわついていた。

 長門が一昨日の夜から護送され、昨日朝到着したと聞いた。そして帰りに新たな仲間を連れて今日昼に到着予定らしい。

 

 ...誰が来るのかを何故か教えてもらえていないのもあって、みんな緊張しているのだ。

 

 作戦後ということもあり暫くの(いとま)を与えられた第七鎮守府。執務室にはほとんどの艦娘たちが集まり、誰が来るのかを予想したり気にせずソファーで寝てたり...思い思いに過ごしていた。

 

 盗み聞いている限り出た予想として一番有力なのは陸奥。長門の妹であり、能力も長門とほぼ同じ強さのはず...等価交換、ということだろう。

 

 他にも実は大量の資材や資金、艤装なのでは?という意見もあったが、あまり現実的ではない。

 

 

 

 ────ジリリリリリン!

 

 

 

 「「「────!!」」」

 

 電話だ。

 

 みんなの視線を感じながら受話器を取ると、運転手からだった。

 

『────こちら運転手(ドライバー)、今高速を降りました。もう十分もなく着くと思います。』

 

「わかった。

 引き続き安全運転を心がけてくれ。」

 

『はい、失礼します...』

 

 がちゃん。

 

「しれーかん、どうだったの?」

 

 うずうずしながら雷が聞いてくる。

 

「あと五分もなく着くそうだ。

 ...加賀、山城は執務室まで案内を頼む。」

 

「わかりました。」

「仕方ないわね...」

 

 加賀は相変わらずの無表情で、山城は一つため息をついて執務室から出る。

 

「...(山城、変わったな。)」

 

 出会ったばかりの頃。

 あれだけ私に敵意を向けていたあの山城が、今では私をここまで信頼してくれている。

 ついさっきも『雑用に使われるなんて不幸だわ...』とか言われると思っていたのだが。

 

 なんというか、胸の奥がじーんとあったかくなる翔であった。

 

 

 程なくして窓から正門を開く重い音と電気自動車の静かな走行音。

 鎮守府の陰になっている駐車場へ進んで行き...見えなくなった。

 

 頭の中で考えた挨拶の言葉を反芻(はんすう)し、息を整える。

 

 ...緊張しているのは艦娘たちだけではないのだ。

 

 こんこんとドアがノックされ、扉が開かれる。

 

 

「第七鎮守府へようこそ、歓迎する。

 私は提督を務めている────」

 

 

 

 

「────翔、くん...?」

 

 

 

 

「えっ」

 

 緊張のあまり冷静さを欠いていたが、落ち着いて目の前の艦娘を見ると...

 

「君...いや、あんたは...」

 

 ピンク色の薄手のシャツに凹凸のある身体を惜しげも無く浮かばせ、ふわふわとした髪を大きな赤いリボンで一つ結びにしているその艦娘は...

 

「間宮......姉...さん...?」

 

 「「「姉さん?!!」」」

 

「翔くん!!」

 

 みんなが私の言葉に反応するが、気にすることなく間宮さんはこちらに駆け寄って、電ごと抱きついてきた。

 

「────のわっ!」

「────ふにゃ!」

 

「翔くぅぅん電ちゃぁぁん、会いたかったわ!」

 

「い、電も会いたかったのです!」

 

 ぎゅーと電は抱擁を返すが、私はそれどころではない。...みんなの視線が容赦なく突き刺さる。

 

「一旦離れろ!

 電は間宮...を連れて鎮守府内を案内してくれ。」

 

「着いてくるのです!」

 

「はいはーい♪」

 

 ばたん。

 

 

 

「────提督。

 少ーーーしばかりお話があります。」

 

 山城が変態などと罵らず、弁解の余地をくれるようだ。

 

 ...やはり変わったな、山城。

 

「なんで提督が間宮さんとあんなに仲がいいんですか??」

 

 可愛らしい笑顔で問う榛名。

 しかしその顔を見て、何故か私は“人間の笑みは牙を見せて威嚇するのが起源”という豆知識を思い出した。

 

「い、いや...みんなも彼女には軍学校で世話になったと思うが、私と電は少し事情があってな...」

 

 

「────艦娘と人間が同部屋に住む...」

 

 

 鈴谷が何かを思い起こすように呟く。

 

「人間と艦娘のルームシェアだぁ?

 軍学校の寮でんな馬鹿なことする奴...」

 

 と摩耶が言いかけるも、目の前の翔を見て押し黙る。

 

「前々から聞きたかったんだけどさ、提督と電ちゃんって天龍ちゃんと仲が良かったっしょ?」

 

「む?」

 

「そんでもって電ちゃんのあの刀...いや、“EX天龍ブレード”。

 模擬戦一か月前くらいに天龍ちゃんから貰ったりしてない??」

 

「何故それを...!」

 

「やっぱり??!

 実はあたし、軍学校の時に天龍ちゃんとルームシェアしてたんだよねー!

 うっわやっぱあれが提督と電ちゃんだったんだー!」

 

 うんうんと頷きながら顎に手をあててしみじみとした表情を浮かべる鈴谷。

 本当に何故か分からないが腹が立つ。

 

「ま、まぁ...電と私は同じ部屋で暮らしてて、間宮...にもかなり迷惑掛けたし世話にもなったんだ。」

  

「間宮姉さんでいいよー」

 

 呼び捨てに慣れない翔に北上がジト目を向ける。彼女はこういう時に限って妙に鋭いのだ。

 

 ちなみに迷惑というのは、男女でルームシェアしてはいけないと思い込んでいた学生たちが、

 『あっああああ愛宕さんと一緒に...!』

 やら、

 『お、俺は瑞鶴たんと...!』

 さらには

 『かっかかかしかし鹿島先生と...!』

 などとよからぬ事を考えて寮長室に押し入り、小さな騒ぎになった事件があったのだ。

 

 ...結局、申請するためにはあくまで“双方の同意”が必要であり、男女ルームシェアができたのは翔と電の一組だけだったが。

 

「ともかく、みんなが思ってるような変な関係は無いからな!」

 

「ほんとぉ?」

 

「本当だ────」

 

 と言いかけたその時、扉が開かれる。

 

 ガチャ。

 

「か〜け〜る〜く〜ん!」

 

 

 

「見切っ『甘い。』────?!」

 

 

 

 ぎゅーーー。

 

 

 「「「「「......」」」」」

 

 

 私の体捌きを近接格闘(CQC)で封じて抱きついてくる間宮さん。またもチクチクとした視線が刺さる。

 

「あぁ、もう翔さんが捕まってしまったのです...」

 

「電?」

 

 遅れて執務室に着いた電のつぶやきに、丁度隣に居た雷が反応する。

 

「間宮さんに本気で抱きつかれたら、間宮さんが満足するまで離して貰えないのです...

 いや、離してもらえないというより...」

 

「というより?」

 

「雷お姉ちゃんも...すぐに分かるのです。」

 

「???」

 

 

 

「────ふう、翔くん成分充電完了。

 あ、皆さんご迷惑掛けてごめんなさい。

 改めて、私は給糧艦間宮です。戦闘には出られませんが、皆さんのサポートをさせていただきますね!」

 

 おおー、やったな、と拍手とともに間宮さんを歓迎する一同。

 何故私が突然抱きしめられたことに誰も突っ込まないのか...

 

「...提督、どうしたんですか?」

 

 膝をついていた翔を心配そうに覗き込む加賀。

 

「大丈夫だ...いずれわかる。」

 

「???」

 

 

 

 ∽

 

 

 

「この人は大本営から派遣された、給糧艦の間宮さんだ。派遣...と言っても余程のことがない限り異動はしない。

 つまりはこの鎮守府の仲間になるってことだ。」

 

 掃除の仕上げに行っていた龍田や暁など、全員を集めた私は間宮さんを紹介する。

 

「そんでもって、いくつか聞いていいか?」

 

「なんですか??」

 

「...まず、みんなも知っている通り元は寮母を務めていただろう?

 ここに来てもらってもいいのか?」

 

 間宮さんは元々軍学校で働いていたのだ。しかも寮食の準備やら購買に携わっていたため、そうそう代わりとなるような人材は見つからないだろう。

 

「あー、それなら私のお仕事は伊良湖ちゃんに任せたわ。私と同じ給糧艦だから大丈夫なはずよ!」

 

 伊良湖ちゃん...?

 

 そういえば、購買でバイトしていた女の子がそんな名前で呼ばれてたはずだ。

 

 しかしバイトから本職に移るのは...大丈夫なのだろうか?

 

 学校の規則で臨時講師やバイトに来ている人間は会計に携わることが出来ない...いわゆる『レジ打ち』ができないのだが、購買で一番大変なのはこの作業である。

 チャイムが鳴った瞬間、好みのパンを手にするために学校中から生徒が詰め寄るのだ。更には学校新聞を作っている写真部の生徒が視線を求めたりとお祭り騒ぎなのだが、間宮さんはパンを渡しお金を受け取りお釣りを返し、さらには合間合間にウインクやピースサインを決めていたのだ。

 

 その姿はかの十人の話を一度に聞き分ける聖徳太子に見えたという。

 

 余談だが、写真部の男子生徒に“何故ピークの時間を避けないのか”と質問をすると、“被写体が一番輝いてる瞬間...働いている間宮さんを撮りたいのだよッ!!”と返ってきた覚えがある。

 ...情熱も程々にしてほしいものだ。

 

 

 

「さて、みんなはお昼ご飯は食べたの?」

 

 間宮さんの言葉にうっ、とたじろぐ。

 ...朝からずっと掃除でうっかり忘れていたのだ。

 

「まだ...だな。」

 

「もー、女の子にご飯も食べさせずに朝から晩まで馬車馬の如くこき使うなんて酷いわ翔くぅん」

 

 しくしくしく、と口で言いながらオーバーに悲しむ間宮さん。

 偶然忘れただけだ、そう言おうとすると

 

「おいおい、自分よりアタシ達のことを優先するバカ提督だからどうせ忘れてただけじゃねーのか?

 それこそ間宮、アンタを歓迎するために頭がいっぱいでな。」

 

 フン、と鼻を鳴らす。

 

「摩耶...」

 

「ふふっ、冗談よ。翔くんったらモテモテね♡

 みんなお昼済んでいないなら...私が作ってあげようかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 新たな仲間の歓迎会は、仲間に食事を作ってもらうという一風変わった始まりとなった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったあ!!間宮さんの手料理よ!!」

 

「じゃあ暁ちゃんはテーブル拭きお願いね〜」

 

「わかったわ!」

 

 どたどたどた────

 

「...(龍田、子どもの扱いが上手いな...)」

 

 

 

「────へくちっ!」




後書き・間宮さん
「ここまで読んでいただき、ありがとうございます。給糧艦間宮です。
 お話のほうは...私がひっさしぶりの登場ね!皆さんは忘れてるかもしれないけど、第一話で名前だけちょろっと出ていたのよ〜。
 ...え、忘れてなかった?なら、特製茶羊羹を今度ご馳走するわ♡

 次回・サブタイトルは...ひ・み・つ♡
 お楽しみにね〜!」


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40話 睡魔艦間宮

翔「執筆中に再起動入ったらデータが飛んだぞ。」

電「こまめにセーブなんて概念じゃなかったのです...」

翔「とはいえ執筆サボってたコンブもコンブだ。新たな企画が始まってるとはいえ読者の皆様を待たせるのは良くないな。」

電「まったくもう...仕方のない人なのです。」

翔「ふっ。それでは────」

翔・電「本編へ、どうぞ!」


「で、間宮さんと提督の関係な・ん・だ・け・ど〜ぅ」

 

 がしっ、と鈴谷に両肩を掴まれる。

 

 怪しい雰囲気を察して私は、夜ご飯を食べ終わって風呂に行こうとしたのだが...

 

 みてのとおり まわりこまれて しまった!

 

「確かに、司令官って学校でどんな生活してたの??

 

 ...べっ、別に興味があるんじゃなくて、司令官のことを知るのは大事でしょ?!」

 

「くっ...」

 

 ここだけの話、あまり間宮さんとの過去は掘り返したくないものが多少...いやかなりあるのだ。

 ここはアイコンタクトで────

 

「(加賀、どうにか(たしな)めてくれ...!)」

 

「(...! わかりました)」ニヤッ

 

 ────あれ?一瞬...

 

「暁さんの言う通りです。

 指揮下の艦娘として、提督の理解を深めるいい機会になるはずです。」ニヤニヤ

 

「(は、謀ったな...加賀ぁぁぁぁぁ!!)」

 

「(ここは譲れません)」ニヤニヤ

 

 やられた...ここはもう諦めて逃げ

 

「...電、私は風呂に入りたいんだが。」

 

 私の膝の上で椅子の脚を掴んでいる電に声をかける。

 ...まるで立ち上がろうとした私を抑えるような格好だ。

 

「当事者が居なくて昔話なんてできないのです」

 

「もう好きにしろ...」

 

「やりました」

 

「加賀...後で覚えてろよ...」

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

「もう...お嫁に行けない...」

 

「翔さんの場合お婿さんなのです。」

 

 間宮さんとの思い出や過去に第七鎮守府で起こったこと、第六鎮守府のみんなとの出会いを語っていると、あっという間に時間は二十二時を回ってしまった。

 

「ふあ〜.........ぁふ」

 

「あら暁ちゃん、眠くなってきましたか?」

 

「ま、まだ大丈夫よ!」

 

 強がる暁を榛名がかわいいなぁと言わんばかりに撫でる。

 

「よし、明日からまた出撃や遠征も始まるし布団敷くか...」

 

 「「「はーい」」」

 

 みんな執務室に敷布団を並べていく...が。

 

「ちょっと待って翔くんまさかみんなここで...」

 

 間宮さんが何やら慌てて...あっ

 

「そうよ!みんなここで寝てるわ!」

 

「まさか加賀さんみたいなオトナの人から春雨ちゃんみたいな可愛い子まで大人数で毎晩────」

 

「落ち着けやましい事は何もない!」

 

「......」

 

 間宮さんの疑いの目が痛い。電とのルームシェア許可申請した時以来だ。

 

「...か、翔くんのことだから信用しますっ

 明日から出撃なら早く寝ましょう。」

 

 いつものようにみんな枕を並べて、横になる。

 

「...これが間宮さんのぶんの枕と毛布だ。

 この地方の夜は冷えるから風邪を引かないよう気をつけてくれ。」

 

「ありがと...」

 

 小さな声で恥ずかしそうに顔の前で毛布を握る。大人な間宮さんがこの仕草は反則級である。

 

「じゃあ電気消すぞ...みんな、おやすみ。」

 

 「「「おやすみなさーい」」」

 

 

 

 戦闘には参加できないものの、心強い給糧艦・間宮。

 

 新たな仲間とともに、夜は更けていく...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ...はずだった。

 

 

 「眠れないわ!!」

 

 雷がガバッと体を起こして言う。

 ...ここ三日休み続きで、みんな時間感覚が少しばかりルーズになっていたのだ。

 

「...最近夜更かししてたからなのです。」

 

「言われてみればアタシも目が冴えて仕方ないな...」

 

 電や摩耶も身をよじる。

 ...あの手を使うしかない。

 

「...間宮さん、“アレ”を頼む。」

 

「仕方ないわねぇ...雷ちゃん、おいで?」

 

 体を起こして、手を広げる間宮さん。

 

「やったー!間宮さんが一緒に寝てくれるのね!」

 

 大喜びで手を広げた間宮さんに飛び込む雷。

 

 しかしその瞬間!

 

 ぎゅううぅぅぅ...

 

「んーーー!!んーーーーー!!!」

 

 もがく雷を食虫植物のように包み込み、思い切り抱きしめる間宮さん。

 

「んーー、んーーー......」

 

「い、雷...ちゃん?」

 

 龍田が心配そうに名前を呼ぶが、返事がない。

 

「......」

 

 しばらく抱きしめてから腕を解くと、雷はパタリと布団に倒れた。

 

 口を半開きにして、幸せそうな顔で息絶え...いや、眠っていた。

 

「なにあれ...胸に睡眠薬でも仕込んでんの?」

 

 座ってジョンプを読んでいた鈴谷が口を引き攣らせながら聞く。

 

「いいや、あれは間宮さんの得意技だ。あの抱擁を受ければほとんどの人間は眠りに落ちる。まあ人間、と言っても私自身以外艦娘しか見たことないが。」

 

「そんなわけ────」

 

 ないじゃん、とでも言いたかったのだろう。

 しかし、その口は後ろから這い寄ってきた者によって閉ざされた。

 

「────夜更かしは美容の敵よ?」

 

「?!!」

 

 間宮さんだ。

 背後から腕を回す、いわゆる“あすなろ抱き”といわれる抱きしめ...いや、捕らえ方だった。

 

  

「よぉ〜し、よぉ〜し......息をゆぅっくり吐きながらぁ......だらぁ〜んって力を抜いてぇ......頭のなか空っぽにしてぇ、ふっかふかの毛布であったまりましょうねぇ〜...」

 

 

「え......ぁ...てぇとっ......くぅ.........たすけぇ...............んぁっ......はへぇ...............」

 

 ...私に助けを求めてきたが、あぁなってしまってはもう手遅れだ。

 

「あへぇ.........」

 

 あと鈴谷の顔がやばい。確実に“事務所NG”な脱力顔だ。

 

「────ふふ...次は誰かしらぁ?」

 

「「「?!!」」」

 

 ばさっ、とみんな布団をかぶる。

 

 仕方ないとか言いながら楽しんでるじゃないか...

 

 

 

 ∽

 

 

 

『この...アタシ......が............』

 

『いい...かん...じぃ.........』

 

『やられまひぁ......』

 

『これが......しあわへ.........』

 

 

 

 ∽

 

 

 

 翌朝五時。

 

「全員起床!

 今日から出撃・遠征ともに始まる。朝食を済ませたらいつものように頼むぞ。」

 

 「「「了解ッ!」」」

 

 ...やけにみんなの目覚めが良い。きっと間宮さんのおかげだろう。

 

「みなさーん、朝ごはんは出来てますよーっ」

 

 ────第七鎮守府、運営再開だ。

 

 

 

 

 

 

 ...加賀の寝顔は写真に撮っておいたし、出撃から帰ってきたら歯向かう相手を間違えたことを教えるとしようか。

 




後書き・??

「ここまで読んでくれた読者のみんな、感謝する。
 新たな仲間“間宮さん”とともに運営再開した第七鎮守府、普段の遠征と出撃はどうなっているんだろうね。

次回、サブタイトル予想・『北の大地へ』

 ...コンブさん、次回は...なるべく送れないよう頼んだよ。」


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41話 北の大地へ

翔「今回は後書きの後に設定集があるぞ。」

電「感想でも度々話題になっていた“出撃”を中心に解説されているのです!」

翔「もちろん、読んでも読まなくても本編にはなんら関わってないから安心してくれ。それでは────」

翔・電『────本編へ、どうぞ!』



 

 

 

 

 補給よし、整備よし、出撃目標確認よし。

 

 私たちは今から出撃...数日に渡っての作戦行動に出るのだ。

 

「みんな、準備はできてる?」

 

 旗艦の暁お姉ちゃんが帽子を被り直して声をかける。

 

「はいは〜い」

 

「アタシは大丈夫だ!」

 

「今回も上手くいくといいわね...」

 

「大丈夫...提督の指揮を信じましょう。」

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

『今回の作戦は我々第七鎮守府〜樺太間の貿易路を確保するにあたって、敵性勢力の中枢と思われる艦隊を撃滅すること、というのは分かっているな?

 前々から他鎮守府にて轟沈が増えているのもそうだが、何より先任のクz────提督でも繋げられなかった海路だ。

 ...輪形陣で進撃、如何なる時も警戒を怠るな。』

 

 

 

 ∽

 

 

 

 翔からの忠告を改めて思い出し、電は気付いた。

 先任の提督のような休み無しの超過密な出撃でも突破できないということは、今回の海域はそれほどに相手が強大であるということだ。

 

 だが、翔が指揮を執る。

 

「いなづまー、行くわよー!」

 

 たったそれだけで進むことができる。

 

「...準備完了なのです!」

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

「前方二十三時の方向、敵艦隊発見よ!」

 

「こちらに向かってくる...重巡一、軽巡二、駆逐三、迎撃体制を。」

 

 暁お姉ちゃんと加賀さんが通信機から指示を出してくる。

 

『敵ははぐれ艦隊だな...深追いはせず、ダメージを与えて追い払うんだ。』

 

 「「「了解ッ!」」」

 

 ガッシャゴン!と音を立てる山城さんの艤装。

 

「この距離なら...撃てぇぇぇぇぇい!!!!」

 

 

 ズドスドォォォォォォォン!!!!

 

 

 腹の底に響き、大気を揺らす轟音。

 ...着弾。装甲を貫き、爆砕する。

 

「...軽巡一大破、駆逐一撃沈。」

 

「まずまずね。」

 

 弾着観測無しというのに、やはり普通の戦艦よりも命中率が高い気がする。

 

 

 ────ドドォォォン!!

 

 

「敵重巡、軽巡の砲撃よ!気をつけて!!」

 

 暁お姉ちゃんの声。刀を構えて空を見上げると曳光弾の筋が私に真っ直ぐ描かれていた。

 

 

「────っ!」

 

 

 極限までに集中し、空に向かって刀を振り上げる。

 

 

 ────ぎゃりりりりりりりりり!!!!

 

 

 弾を刃に乗せるように当て、艤装で強化された手首を思い切り返す。

 

 

 ────ギィィィィィンッ!!!!

 

 

 鋭い音を立ててはじき出される砲弾...しかし

 

 

 (もう一弾...なのです?!)

 

 

 とてつもなく運の悪いことに、二つの弾がほぼ同じ軌道で迫っていたらしい。

 砲弾は斬ると爆発すると翔からは聞いているが、反射的に腕が動いてしまう。

 

 

 ────キィィィィィン!!!!

 

 

 ...思いっきり斬り飛ばしてしまったが、何故か爆発せず真っ二つになって後ろに飛んでいく砲弾。

 

 

 (まさか────)

 

 

 パリパリと紫電を放つ刀を見て、電は思い出した。

 

 深海異形姫との戦闘で、彼女は黒い謎の力を使ってガラクタを散弾のように飛ばしていたのだ。

 金属はともかく、火薬が無い...と思われる深海棲艦が榴弾を放ってくるのは、爆発を黒い力で起こしているからだとすると...?

 そしてその黒い力が込められた刀で斬っても何も起こらないということは...?

 

 

 (黒い力を、相殺している...のです?)

 

 

 電が結論を出しても、刀はただパリパリと無機質に音を立てているだけだった。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

「この辺りで一旦武装を解くわよ!」

 

 あの後龍田の魚雷が敵旗艦を大破させ、被害軽微で敵旗艦を撤退に持ち込んでからかなりの距離を会敵せずに進むことができた。

 たぶん日頃の警備遠征で深海棲艦を追い払っているからだろう。

 

「疲れたなぁ...龍田、悪ぃが先でいいか?」

 

「ちゃんと交代しないと、鼻に海水流すからね〜?」

 

 そしてさっきの暁お姉ちゃんの指示。

 武装解除とは、深海棲艦は何故か艦娘に対しては夜襲撃してこないということを逆手に取った行動である。

 文字通り機関部以外の武装を解いて体を軽くし、武装している艦娘に曳航してもらうという航法だ。

 これを交代で繰り返せば休憩しながら移動できるという、翔が生み出した効率的な作戦だが、まだ提督会議では出していない。

 

 ...過密スケジュールで回している他鎮守府の艦娘を慮った結果である。

 

「電、来ていいわよ」

 

「お願いするのです...」

 

 (艤装)をドッグタグに変換し、暁お姉ちゃんの背中に掴まる。

 

 ちなみに足は海面に着いているが、通常移動よりもだいぶ遅めに移動するのと足には船底を展開しているので引き摺られることはない。

 

 お姉ちゃんの背中に揺られていると、だんだん眠くなって...

 

 

 

 ∽

 

 

 

 二日後。

 

「あと少しで敵中枢海域ね!

 みんな、一旦足を止めて加賀さんの偵察機を待つわよ!」

 

 お姉ちゃんの声で目を覚ます。

 

 朝日が顔を出そうとしている...5時くらいだろうか。

 

「...はっ、ごっごめんなさいなのです!」

 

 あわててお姉ちゃんに謝る。

 一晩二〜四回交代で曳航するのだが、今起きたということは昨晩交代せず、お姉ちゃんに任せっきりで寝てしまっていたということだ。

 

「いいのよ電、あたしもお姉さんなんだから...たまには頼りなさい。」

 

 そう言ってぽんぽん、と優しく背中を叩いてくるお姉ちゃん。

 普段は少しおっちょこちょいだが、一般には“練度”と呼ばれている艦娘としての力は加賀さんとほぼ互角...いや、加賀さん以上なのだ。

 電自身は時に戦艦を超える攻撃力を持っていて、お姉ちゃんより単純な戦闘力は上を行っているだろう。

 しかし戦況を把握し全体に指示や情報を正確に伝え、仲間を牽引する力はお姉ちゃんの方が遥かに上なのだ。

 やはりお姉ちゃんは尊敬できる────

 

「────電、今のあたしカッコよかった?お姉ちゃんっぽかったでしょ??」

 

「あー...はい、なのです。」

 

 ────が、レディと言うには少しばかり遠いかもしれない。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「────偵察機より入電。

 敵中枢艦隊を捕捉...空母二、戦艦一、雷巡一、駆逐二。

 そして上空にて敵偵察機と離合...すれ違ったようです。

 すぐに航空攻撃を仕掛けるので、こちらも対空射撃準備をお願いします。」

 

 待機から一時間ほど過ぎて加賀さんが通信する。

 

「みんな、電と加賀さんを囲んで輪形陣よ!」

 

「「「了解ッ!」」」

 

 ...悔しいが、私は軽量化のために砲を積んでいないぶん航空攻撃にはめっぽう弱いのだ。

 

 故に、敵に空母がいた場合は今のように守られることになるのだ。

 

 三十分ほど敵艦隊に向けて進撃すると、キーン...という音がどこからが聴こえてきた。

 

「敵航空部隊よ!電、気をつけなさい!」

 

 確かによーく目を凝らすと、ちいさーな黒い点がいくつも見えてきた。

 

 (私より目が数段良いみんなは、敵機の数も数えれるのかな...)

 

「クソっ、数機逃がしちまった!」

 

「敵機直上、回避するわよ!」

 

 少しばかり考えに耽っていると、摩耶さんとお姉ちゃんが声を張り上げた。

 

 空を見るとこれまた運悪く、私目掛けて爆弾が。

 

「電ちゃん!!」

 

 龍田さんが庇おうとこちらに駆けて来る...

 

 

 ────いや、もしかして。

 

 

「龍田さん、大丈夫なのです!」

 

 

 刀を構えて集中し、迫ってくる爆弾に一閃。

 

 

 ────キィィィィィン!!!!

 

 

 ...爆発することなく、やはり真っ二つになって海に沈む。

 

 

『電、今どうやって...?』

 

「えと、その...やったらできちゃった、のです。」

 

『.....』

 

 

 はぁー、と翔さんため息をついているのが目に見える...

 

「敵航空攻撃は凌いだし、今度はこっちが攻める番ね〜?」

 

 うっすら見えてきた敵艦隊に向けて薙刀を構える龍田さん。やる気である。

 

「うっし最後の戦い、気合い入れて────」

 

 摩耶さんが鼓舞しようとしたその時、加賀さんが苦い表情で耳の通信機を抑えながら話す。

 

 

 

「────偵察機より入電。

 敵艦隊を発見...このままでは挟撃を受けてしまいます。

 

 提督、指揮をお願いします。」

 




後書き・天の声
 ────ここまで読んでいただきありがとうございます。
 ────天の声、です。
 ────今回の戦闘シーンは手早く済ませる予定だったのですが、急遽尺が伸びたらしいです。
 ────書き貯め無しって、恐ろしいですね。

 ────次回、サブタイトル予想『“協撃”』。
 ────『挟撃』ではないかと思った読者さま、次話内容でご理解いただけると思います。
 ────第七鎮守府艦隊の運命や如何に!


 ────と、言ったところでしょうか。
 ────このあと出撃に関する細密な設定が書かれています。
 ────興味がある方は、お楽しみ下さい。





 設定集・出撃

 出撃はそもそも一、二ヶ月に一度程度のものであり、またゲーム『艦隊これくしょん』における出撃時のマス目をひとつ進むのに半日〜一日掛けているという設定です。
 戦闘も半日〜夜戦突入で次の日の朝まで。
 艦娘たちは艤装を展開している間は燃料などを源に活動しているので、寝たりご飯を食べる必要は無い、という設定です。
 また収納された艤装はドッグタグに変換される...というのはだいぶ前に説明したような...?

 作中で電ちゃんは寝てしまっていますが、肉体的な疲れよりも、索敵能力が数段低いのにいつ会敵するか分からない、という精神的な疲れを癒すために寝た...ということでしょう。
 あと刀を使う時の集中もキツいでしょうから、ね。

 艦娘たちは“艦の魂”が肉体を得て具現化した姿(という設定)。彼女たちは物理的に頑丈ですが、その本質は魂...精神にあるので、そう考えると美味しいご飯や十分な睡眠、頼れる仲間や指揮官は艦娘たちの戦力に大きく関わるのかもしれません。

 ...さて、前任の提督がご飯や睡眠を与えずにひたすら出撃させたのに、突破できなかった今回の海域。
 どうなるのでしょうか、ね。


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42話 “協”撃

翔「前話のサブタイトル予想、紛らわしくて申し訳ない。」

電「ちょっとカッコつけようとしたコンブさんが悪いのです...惑わせてしまって申し訳ないのです...」

翔「あとこれまた申し訳ないが、『オリジナル艦娘』タグを追加させてもらった。」

電「今回、次回のお話だけしか出さないので、どうか許して頂きたいのです...」

翔「なんか謝ってばかりだが────」

翔・電『────本編へ、どうぞ!』


『みんな、聞こえるか!

 ヲ級二体を含む敵空母機動部隊を敵第一艦隊、先ほど発見したのを敵第二艦隊と呼称!

 今のままでは挟撃される。四時の方向に切り返し、回避を優先して────』

 

 ────ドドォォォォン!!

 

「第二艦隊敵戦艦の砲撃だ!気をつけろ!!」

「第一艦隊より魚雷が迫っています...!」

 

 同時に声を上げる摩耶さんと加賀さん。

 

「────きゃあ!」

「痛っ!...不幸だわ」

 

 山城さんが小破、暁お姉ちゃんが中破。初っ端からなかなか痛いダメージだ。

 

『暁、大丈夫か!』

 

「まだまだよ!」

 

『くっ...何としてでも挟撃に持ち込むつもりか!』

 

 威勢はいいが、戦艦の砲撃という大きなダメージが入ったのは確かだ。

 

「くそっ、これじゃあまともに攻撃できないじゃねぇか!」

 

 摩耶さんの言う通りだ。圧倒的数の不利...砲撃しようにももう片方の艦隊の動向が気になって狙いが定まらないのだろう。

 

『電、敵第一艦隊に接近...敵の攻撃を引き付けてくれ!』

 

「了解なのです!」

 

 隊列から外れて敵第二艦隊に接近、重巡・軽巡がの砲撃が牙を剥く。

 

「────!!」

 

 速力を上げて回避。驚きの表情を見せる深海棲艦に急接近...

 

「(もらったのです────)」

 

 ガガガガガガガガガガガ!!!!

 

「────っ!!」

 

 敵艦の機銃掃射に怯んで斬り払いながら後退...何発か被弾。

 主砲のような...いわゆる“威力の大きな攻撃を数発”なら電は集中して凌げるが、機銃掃射のように“長期間多数の攻撃が飛んでくる”という攻撃には弱いのだ。

 威力こそ小さいものの、連続被弾すれば軽装備の電はひとたまりもない。

 

「────キヒひ、ひひ」

 

 敵戦艦...ル級の目から金色の光がどろりと溢れる。

 

「翔さん!敵戦艦、flagshipなのです!」

 

『?!

 全員回避を優先して立ち回れ、電も無理そうなら退くんだ!』

 

 翔が通信機に声を荒らげる。

 

 艦娘や人間が敵の強さを測るには見た目(イロハ級か鬼、姫級)や傷の数(多いほど多くの戦場を抜けたと判断できる)、また歴戦の艦娘なら敵の風格から判断できるのだが...電はおおよその敵の“力”をそのまま視認できる。

 

『んなこと言われても折角電が引き付けてんだ、撃つぞ!』

 

 摩耶さんの声の後、砲撃音...龍田も斉射したおかげで一、二艦中破に持ち込んだようだが、肝心の空母に致命傷を与えられていない。

 

『敵空母発艦準備...みんな、構えて!』

「敵戦艦砲撃準備中、気をつけるのです!」

 

 山城さんと通信が重なる。

 なんとか阻害したいものの、敵駆逐・軽巡が睨みを利かせていてなかなか踏み込めない。

 

『あらあら〜...ピンチ、かも?』

 

 間延びした龍田さんの言葉は、電たちの状況を的確に指していて...

 

 

 

『────後ろがガラ空きだよ。』

 

 

 

 ────ドガァァァン!!

 

 突如目の前のル級が爆発。

 ...機関部が大炎上、再度爆発を起こして轟沈する。

 

『よし!いいぞ!!畳み込め!!!』

 

 ────ドゴォォォォォン!!

 

「ふにゃあ!!」

 

 今度は敵第二艦隊全体を巻き込んで、こちらまで吹き飛ばされそうなほどの大爆発を起こす。

 

『Гангут、気をつけてくれ。近くに妹が居ると言っただろう』

 

『おお、ちっこすぎて忘れていたぞ!』

 

「そ、その声は...」

 

『ひびき...響なの?!』

 

 暁が驚きの声を上げる。

 

『ああ。暁型二番艦、響改めВерный。』

 

『弩級戦艦Гангут級、その一番艦。』

 

『嚮導駆逐艦Ташкент!』

 

『駆逐艦Энгельс(エンゲルス)!』

 

『戦艦Ретвизан(レトヴィザン)

 ────助太刀致す!』

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

『“通信、聞こえるか?私が第七鎮守府提督の鞍馬だ。”』

 

 電には分からないが、多分流暢なロシア語で通信する翔。

 電自身は軽量化のためにレーダー類を積んでおらず、本隊はあまりにも距離が離れていてかつ敵に集中していたためロシア艦隊の存在を確認できなかったらしい。

 

『突然申し訳ないね。こっちの提督は日本語が苦手だが、私たち艦娘はある程度...特に私とレトヴィザンはかなり得意だよ。』

 

『そうか...挨拶と行きたいが、こっちはなかなかの窮地でな。

 “勝手で申し訳ないが、こちらに指揮権を寄越してくれないか?ロシアの提督さんよ。”』

 

『“ほう、私の娘たちの命を預けるのは心配だが...いいだろう。”』

 

『“感謝する。”

 現時点で私たちの艦隊は挟み撃ちに遭っている故、君たちに戦艦を主体とした敵第二艦隊を任せたい。

 近くに居る電と共に戦ってくれ!』

 

『『『да(ダー)!!』』』

 

 敵第二艦隊を包んでいた爆煙が晴れると、目を血走らせた中破状態のル級がロシア艦隊に砲を向けていた。

 

『ふん、まだ残っていたか...』

 

 ガングートが苛立ちを滲ませて話すが、確かにあの砲雷撃に耐えたのは流石flagship級と言ったところか。

 

『相手に不足無し!我輩の一撃で沈めるッ!!』

 

 と言ってエンゲルスが構えたのは...どう見てもロケットランチャーだった。

 

『あっバカ!待て!!』

 

『305mm無反動砲、発射ァ!!!!』

 

 肩に構えた筒からぼしゅるるるる...と不安定な軌道で弾道は発射され、電の方へ向かっていった。

 

「────ってこっちなのですぅ?!!」

 

 一時敵に背中を向けることになるが振り向いて、斬らないよう丁寧に刃に乗せて、敵艦隊に向けて弾き飛ばす。

 

 ...敵戦艦にこそ当たらなかったが、被弾した敵軽巡は爆炎と共に撃沈。軽巡を一撃で沈めるとは...駆逐艦の範疇を超えた威力だ。

 

『何をしているんだエンゲルスよ!

 お前のそれ(無反動砲)は精度が悪いと言ってただろう?!

 電に当たったらどうするんだ!』

 

『おお、ちっこすぎて忘れて────』

 

『────お前もチビッ子だろう!』

 

 レトヴィザンにゲンコツを入れられて、エンゲルスが涙目になり...

 

『...だってだってぇぇえ!!

 我輩も戦艦になりたいんだもぉぉぉん!!』

 

 ロシア語なのでよく理解できなかったが、駄々をこねるような彼女の声を聞いて、何故か電は同じように軍学校で戦艦に憧れていた夕雲型の駆逐艦を思い出した。

 

 ...あの砲撃は確かに威力こそあるのだが、中距離から電に向かって飛ぶのは相当精度が酷いと思われる。

 さらに弾速も一定ではなく、偏差射撃は相当な訓練が必要になるだろう。

 

『────敵艦砲撃、来るぞ!』

 

 二人の言い争いを切るように翔が声を出す。

 

 気づいた時には発射、不運にも言い争っている二人に弾は向かっていく。

 

 

『二人とも、危な────』

 

 

 ────爆発。

 

 

『お、おお...同志レトヴィザンよ、礼を言う...』

 

 まともに食らってレトヴィザンは中破したが、間一髪でエンゲルスを庇えたようだ...が。

 

『...レトヴィザン?』

 

『あーあ、こうなったら手が付けられないよ。』

 

 響が諦めを滲ませて言う。

 

 

『────あんのクソ野郎共!

 沈めてやる...我が正義の名にかけてッ!!』

 

 

 

 

────レトヴィザン率いるロシア艦隊は日露戦争にて大河湾に進撃、日本軍基地を砲撃した。

 

────これに日本軍の巡洋艦が砲撃しロシア艦隊は撤退するも、レトヴィザンは応戦。日本軍巡洋艦の通信機器に損害を与えた。

 

────彼女の『やられたらやり返す』という性格はここから由来しているのかもしれない。



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43話 白き出会いと別れ

前書き
電「前回は確か...ロシア艦隊のみんなが助けに来てくれたところで終わっていたのです。」

翔「前回と今回しかオリジナル艦娘は出てこないんだが、タグは付けておくべきなのだろうか...?」

電「レトヴィザンさんは怒ると怖くて、エンゲルスさんはなんていうか...お調子者なのです!」

翔「ちなみにだがエンゲルス...彼女が『艦船』として生きていた頃の姿を見て、コンブはししおどしを...いや、なんでもない。」

電「???
  そ、それでは────」

翔・電『────本編へ、どうぞ!』




 

 

『────敵艦隊撃破、海域の制圧を確認しました。

 助けてくれたロシア艦隊のみんなにはお礼を言うわ!』

 

 旗艦である暁の通信を聞いて、みんなは息をつく。

 

 今回の航路確保作戦は長い航海の末に厳しい戦いを強いられたが、思わぬ助けもあって何とか乗り切れたのだ。

 

『日本の艦娘達、そして指揮官よ...我々も手を焼いていたこの海域を鎮圧するとは見事だ...ありがとう。』

 

『いや、私たちもあなたがたの助けが無ければ撤退していただろう。改めて感謝する。』

 

 通信機からおじさん...ロシアの提督と翔の声。二人ともロシア語だったので電たちは理解できなかったが、なにやらお礼を言いあってそうだった。

 

「『ふっ、この海域を制したのも我々のおかげだな!』」

 

「『仲間を沈めかけたお前が偉そうに言うな』」

 

 なにやら拳骨を落とされているが、電は見なかったことにした。

 

「────電ちゃーーん!!」

 

 遠くから龍田の声...第七鎮守府の艦隊が合流しに来たのだ。

 

『とりあえず、電を拾ったら帰投するんだ。

 早く報告書をまとめなければな...』

 

 ...合流次第早く帰ってこいと翔は言っているが、少しくらい話してからでも許してくれるだろう。

 

「響、久しぶりね...元気にしてた?」

 

「響お姉ちゃん...!」

 

「暁、私は上手くやってるよ。

 電は...今は視えるんだったね。元気そうで何よりだ。」

 

 二人をぎゅっと抱きしめる響。電も目を細めて身体を預け、頬ずりする。

 

『響。』

 

「『なんだい、提督?』」

 

 ロシアの司令官が通信機から、響に語りかける。

 

『もし君が望むなら、この子たちと共に日本の鎮守府に移籍したらどうだ?』

 

「『な、なんだって?!』」

 

 突然の移籍の話にざわつく響やロシア艦隊。

 

『どうやら、響を私たち第七鎮守府に移籍しようとしているらしいぞ...なんてこった。』

 

 理解できず置いていかれていた電たちに、翔が日本語で説明する。

 

「ひ、響ちゃんがうちに...?!」

 

「べついーんじゃねーのか?部屋なんて要らないくらいに空いてんだろ。」

 

 と、龍田や摩耶のように素直に喜ぶ艦娘もいれば、

 

「ふむ、戦力の増強は嬉しいですが...手続き等はどうするのですか?」

 

「仮に来ることになっても、荷物はどうするの?

 制圧したとはいえ、ここを航路にするにはまず提督会議とかで報告しなくちゃ...」

 

 加賀や山城のように乗り気ではない艦娘もいる。

 

『ロシアの提督よ、確かにその気持ちは嬉しいが、流石にまずいんじゃないか?』

 

 流石の翔も突然の移籍はまずいと判断したのだろう。電たちはやはり内容を理解できなかったが、声音と話し方が“丁重に断る時”のものだった。

 しかし、

 

『む?別に問題は無いだろう。

 私の艦が本当の家族と再会したんだ。響にとって一番の選択は、君たちと歩ませることではないのか?

 そして艦娘たちを最善に導くことこそ、私たち提督の仕事だろう?

 

 ...響、君が決めるんだ。君はどうしたいんだ?』

 

 あくまで決断は響に委ねるロシアの提督。

 

「『私は...私は...』」

 

 目を閉じ、俯く響。

 

「私は...」

 

 目を開き、電たちを見据えて口を開く。

 

「────私は、ロシアで生きていくよ。」

 

「「「!!」」」

 

 全員がぴくりと驚く。

 

「確かに電や雷、暁は私の姉妹だけど...でも、私の仲間や司令官を置いていくことはできない。

 それに、航路が繋がればいつでも会えるさ。いや、会いに行くよ。」

 

 日本語で話し、にこっと微笑む響。

 普通の人間に置き換えれば、自分は生まれた時から養子だが、高校生から血の繋がった本当の家族と生きていけるかもしれない...しかし引き取ってくれた養母や周りの人たちが大好きで、そう簡単に別れたくない...という感じだろうか。

 響自身も相当悩んだはずだ。

 

『響...』

 

「『提督、これからもよろしく頼むよ。でも遠征先は第七鎮守府にしてくれると嬉しいな。』」

 

 どこかしんみりしたような、微妙な雰囲気を紛らわすように冗談めかして響が言うと、

 

『はっはっはっ...日本はここ数年あらゆる国交が断絶していたんだ。嫌というほど往復することになるぞ!』

 

 あははと笑うロシア艦隊の艦娘たち。

 電たちはもちろん理解できなかったが、ロシアの提督も響の選択を受け入れるっぽい流れになったらしい。

 

「それと...」

 

 万事が済んだと思いきや、再度響が第七鎮守府艦隊...の後ろに目線を向け、

 

「私は日本には行かないけど、みんなには新しい仲間が加わるらしいからね。」

 

「...え?」

 

 指差す方を見ると、白髪の駆逐艦が海面に浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

「艦娘さん...なのです?」

 

 近接戦闘に優れた私が刀を手に近づき、そっと様子を窺う。

 胸が動いているが...息は浅く、呼びかけても全く応じない。

 ドロップ艦が気を失っていることはよくあるが、呼びかけても反応が無いほどに深く眠っているのは今まで聞いた事ない。

 

 改めてその艦を見て、不自然な点がひとつ。

 

 この駆逐艦...と思われる艦は、見た目が非常に深海棲艦に近いのだ。

 

 真っ白な髪、血の気がない肌、漆黒に染まった簡易偽装...どこを見ても深海棲艦としか思えないのだが、艦娘が察知できる“深海棲艦特有の違和感”が神経の鋭い電でさえ全く感じられないのだ。

 

 ────艦娘は本能的に深海棲艦を敵と理解しているが、その本能的作用の一つとして“深海棲艦を察知できる”能力がある。

 その深海棲艦の強さも関わってくるが、遠距離...戦艦の射程距離ほど離れていると『背中がぞわっとする』程度しか感じ取れない。

 しかし、大体近距離...駆逐艦の短い射程距離くらいの近さなら、目視しなくても方向がわかるほどに察知できるのだ。

 ちなみにだがこの察知能力は水中に対しほとんど効果を発揮しないので、敵潜水艦はソナーでしっかり探知しなければならない。

 

 感覚が一般の艦娘より鋭い電が、目の前の艦を間違えて捉えるはずがないのだ。

 

『響のことについてはカタが着いたな?

 その艦娘を連れて帰投準備に入るんだ。

 ...ロシア艦隊のみんな、本当に助かった。我々の鎮守府で良ければいつでも歓迎しよう。』

 

 手早く場を締める翔さん。今回の作戦成功に少し気が早くなっているらしい。

 

「司令官も言ってますし、帰投準備に入りましょう。

 その子は私と...摩耶さんが交代で曳航します。」

 

「ごめんなさいね...私が不幸なばかりに...」

 

 中破している山城さんを気遣って、手早く分担を決める加賀さん。

 しかし、意外な艦娘がゆらりと寄る。

 

「その〜...私が曳航してもいいかしら〜...?」

 

「ダメということはないですが...しかし、駆逐艦とはいえ軽巡の龍田さんが曳くと効率が...」

 

「どうしても、お願いなの...」

 

 恥ずかしそうにしているが、引かない龍田さん。彼女がここまで意志をあらわにするのはかなり珍しい。

 

「...わかりました。制圧は済んでいるので敵艦襲撃はまず無いですし、お任せします。」

 

 敢えて詮索することなく身を引く加賀さん。オトナな判断である。

 

「それじゃあこの辺にして...響ちゃん、ロシア艦隊のみなさん、また会いましょうね。」

 

 山城さんが少し手を振ると、

 

「『じゃーなー!我輩たちも歓迎してやるから遊びに来いよー!!』」

 

「『お前ってヤツは...っ』」

 

 ぶんぶんと手を振って見送ってくれるロシア艦隊にみんな手を振り返していたのだが...

 

「(.....あれ?)」

 

 ふと振り向くと、龍田さんがお姫様抱っこした駆逐艦を神妙な面持ちで見ていた。




後書き
「ここまで読んでくださった読者の皆様、ありがとうございます。お久しぶりです、コンブです。
 今回もまた大きく投稿期間が空いてしまったこと、深く反省しております。
 というのも私のリアル(バイトなど)が忙しかったのもありますが、お話をどういう展開に持っていくかの考案にかなりの時間を費やしました。
 響ちゃんを第七鎮守府の仲間に入れるのか、オリジナル艦娘の出番を如何に少なく削るか、そしてドロップ艦の有無、またそれに続く展開など、今回のお話は何かと大きな変わり目でした。
 かなり悩んだ結果おおよその筋道は完成させたので、きっと、次回こそ早めに投稿できる...かもしれません。
 何度も繰り返していますが、少なくともこのお話は完結させるまで決して読者様を見捨てるようなことは致しません。

 次回も気長に待っていただけると嬉しいです。」


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44話 駆逐艦『  』

電「ぴかぴかーなのです。
  ぷるぷるっなのです!
  かたかた...なのです!!」

翔「何やってるんだ電...

  ...いや本当になにやってんだ電?!!
  ともかく、この話から本章が動いてくるな。」

電「場合によっては、六章は長くなるかもしれないし短くなるかもしれないのです。」

翔「ま、この物語は書き貯め無しだからコンブのみぞ知る...ってことか。というわけで────」

翔・電「「────本編へ、どうぞ!」」









電「...翔さんもですが、読者の皆様のことも...
  だーいすき♡なのです!」







 

「艦隊が帰投したわ...はい、報告書。」

 

「ありがとう暁。すまんが加賀と山城には少しだけ入渠を待ってもらってくれ。」

 

 日が傾きはじめたお昼過ぎ。

 書類を受け取り、頭を撫でて労ってやる。やはり頭の位置や形といい、暁が一番撫でやすい。もう少しさらさらの黒髪を堪能したかったが、あまり長すぎるのも良くない。

 

「おかえり電。入渠にはそんなに時間が掛からないと思うから、治ったら後で手伝ってくれると嬉しい。」

 

「あっ、はいなのです。」

 

 電がどこか何かを感じさせる目線を向けていた気がしたが、翔は気にしないことにした。

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

 ────海域深部にて敵連合艦隊と交戦、これを露艦隊の支援を受けて撃破。以降敵艦の気配消失、先の敵連合艦隊を中枢艦隊と判断。海域の制圧を表明する。

 

 ざっと報告書に目を通したあと、翔は医務室に向かった。深海棲艦に似ていると聞いていたが、例の艦がどのような者かと気になっていたのだ。

 

「雷、遠征から帰ったばかりなのに看病助かるぞ。龍田、おかえり。

 ...入渠はどうしたんだ?」

 

「えーとぉ...この子が気になって、ね〜。山城さんに入渠は譲ったわ。」

 

 第七鎮守府の入渠施設は四基使えるため、基本駆逐艦や軽巡洋艦のような時間の掛からない艦娘を優先し、戦艦や空母といった時間の掛かる艦娘に少し待ってもらうという入渠順にしていたのだが、龍田はなぜか山城に譲ったらしい。

 とはいえ龍田自身も小破で、本人が大丈夫と言ってるなら大丈夫なのだろう。

 

「まだ目を覚ましてないけど...気を失ってるって言うより、眠ってると思うわ。ちょっと揺すってみる?」

 

「雷ちゃんそれは流石にダメよぉ」

 

 ...改めて横たわる白い艦を見てみる。

 

 駆逐艦ほどの小柄な体格で、墨のように暗いジャンパースカートから覗く肌は血の気が感じられない白色、髪も白髪だが...光を当てると薄桃色に反射する春雨とは違ってどこか冷たさを感じる雰囲気だ。少し布団を捲ると腰まで下ろして────

 

 

 

「あっ、そういえば翔さ────」

 

 

 

 ────下ろしていた。全体的に電たちよりも華奢な身体つきで、つい手が出そうになるほどすべすべな脇腹には薄らと肋骨が浮いていて、天界に鎮座する神聖な竪琴を彷彿とさせる。是非とも撫でて音色を聞いてみたいものだ。そしてこれまた肉の無いなだらかな胸には白を彩るかのように桜の蕾がふたつ、これからの成長を暗示するかのようにぷくりと先をふくらませ、今か今かと春を待っていた。しかしその細い腕と白魚のような指は肌の色と相まって、昔見たことのある骨董品(アンティーク)のフランス人形を想起させる魅力を持ちながらも、ひとたび触れれば折れてしまいそうなか弱さを秘めている。内臓の重さでほんのり下膨れになった腹部はぷるんとした弾力があり、海から揚げられたばかりの新鮮な烏賊のような────

 

「────あらあら?」

「────かっ、翔さんのえっち!!」

 

「ごふっ!!」

 

 刀を出して視覚を得ている電のパンチが、翔の鳩尾を的確にとらえた。

 艤装展開状態の艦娘の膂力で生身の人間が殴られれば、それこそ艦種によっては血風となって弾け飛ぶ威力だが...流石は電。めちゃくちゃに手加減してくれたのか、プロボクサーの右ストレート程度の威力で済ませてくれた。

 

「ごめんなさいねぇ、武装を解くために装備を全部外してたのを言い忘れてたわ〜。」

 

「はわわ...びっくりしちゃったのです...」

 

「ぐっ...が.....り、理不尽じゃあないか...?」

 

 うふふと微笑む龍田と慌てる電に、布団を捲って殴られるまで0.2秒...多少自分のことを棚に上げて抗議する翔。

 

「でも、寝ている女の子の布団を捲るのも男の人としてどうかと思いますけどぉ?」

 

「艦娘の健康状態を診るのは提督としての役目だ。」

 

「ふぅ〜ん...」

 

 疑いの目は向けてくるが、一旦引く龍田。

 

「.....ん...ァ...」

 

「「「!!」」」

 

 先ほどのいざこざか布団を捲られて冷たい空気にさらされたからかわからないが、眠っていた駆逐艦が身をよじる。

 

「んぅ.....?!」

 

 うっすらと目を開き、三人を見た瞬間ベットから跳ね起きて右手を翔に向ける...が、

 

「.....!!」

 

 自分が全裸ということに気付き、さっきまで被っていた毛布で身体を隠して部屋の隅に縮こまる。

 

「...私は席を外そう。」

 

 あとは頼む、と言い残して医務室から出る翔。

 提督である翔が退室するのは一見どうかと思うかもしれないが...雷や鈴谷のように友好的な艦娘もいれば、山城や摩耶のように(初対面では)敵対的な艦娘もいる。

 その個性を(おもんばか)って退室を選んだのだ。

 

 (────とは言えど、一番に“砲”を向けられた私が残るのは...流石にまずいよな。)

 

 

 

 ∽

 

 

 

「そ、その...とりあえず、落ちつくのです。」

 

「そうね〜、お布団に戻ってお話しましょ?」

 

 輪っかを浮かべたお姉さんと栗色の髪の少女がもじもじしながら気遣ってくれるが、今の私はそれどころではない。

 

「......!、...」

 

 頭に浮かぶ問いをぶちまけたかったが、身体に気だるさが残っているのと...こんな所で話をするのは少し恥ずかしかった。

 

「......」

 

 そっとベッドに横たわり、布団を被る。

 

「...貴方たちは、誰?」

 

 真っ先に浮かんだ疑問を出す。

 ここはどこか...と聞きたいが、この目の前の人たちの家かそんな場所だろう。

 

「...第六駆逐隊四番艦、電なのです。」

 

「私は軽巡洋艦の龍田。あなたはここから北の方で見つかったから、ここに連れてきて保護したのよ〜。」

 

 ────艦娘。

 艦船の魂が肉体を得た姿であり、自分も恐らく艦娘である...というのは本能が識っている。

 目の前の二人は艦娘であり、“北の方”からここ...恐らく鎮守府に連れてきたのだろう。

 

「私からも、質問なのです。」

 

「.....」

 

 答えてもらったからには、こちらも答えるのが道理だ。電...という艦娘に向き直る。

 

 

 

「────あなたは、何者なのです?」

 

 

 

 ────わたし?

 

 電の言葉が、私を切り裂いた。

 

 いや、私はわたしなのか?

 

 あたいかもしれないし、僕かもしれない。

 その前に、自分はこんな話し方なのか?

 こんなに白い肌なのですか?

 ほんとうに艦娘で合ってんのか?

 

「...大丈夫、なのです?」

 

 

「────わから...ない...」

 

 

 ぺたぺたと自分の顔に触れる。

 

 自分は“在る”のに、識別できない。

 

「困ったわねぇ...まだ起きたばっかりで思い出せないのかもしれないわね〜。」

 

「私たちは一旦部屋を出るのです。もう少し寝て、冷静になってからお話しましょう...?」

 

「わ、私は────」

 

「...手先が震えているのです。」

 

「────!」

 

 止めようと思っても、その震えはだんだん大きくなって...名のない今の自分の存在のように、揺れて、霞んで...

 

 

 

 気がつくと、両頬が濡れていた。

 

 ふんわりといい香りのする自分の服が枕元に置かれていた。

 

 二人の艦娘...電と龍田はすでに居なかった。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「...よくわからない人、だったのです。」

 

 湯船に浸かりながらつぶやく電。

 艦娘は基本、自分の名前や過去...他の艦娘も知っているはずなのだが、あの駆逐艦は電たちを前にしても全く知っている素振りを見せなかったのだ。

 

「もう少し私たちに慣れてから、話した方がいいかもしれないわね。」

 

 修復中の山城の言う通り、電自身あの問いかけは少し切り込みすぎたと反省していた。

 

「でも...問題はそこじゃなくて...私たちの誰もがわからない、というのが不思議でならないわ。」

 

 山城と同じように、修復に時間の掛かる加賀も横から話に入る。

 しかし加賀の言う通り、“昔”の記憶を持ち他の艦娘を知っているみんなですら、あの駆逐艦に見覚えがなかったのだ。

 

「考えられるとしたら...私たちの誰もが会ったことの無い子なのか、ロシアで造られた艦...?

 もしそうならあの時引き渡せば良かったのに...」

 

 不幸だわ、とは口にしない山城。もしロシア艦だとしても、新たな仲間として受け入れればいい話である。

 

「私たちが会ったことのない艦娘さん...だとしたら、その可能性はかなり低いのです。

 ロシア艦だとしても...そうだったら、よほど日本に縁のある艦娘さんか、あの時にロシア艦隊の人たちが連れ帰っていたと思うのです。」

 

 第七鎮守府には幅広い世代の艦娘がいるのに加えて、海外艦とは思えないくらいには日本語を使いこなしていた。どちらも可能性としてはかなり低い。

 

「...龍田さん、先ほどから思いつめた表情ですが...

 何か心当たりでもあるとか?」

 

「えっ、あ、いや〜...間宮さんのご飯が楽しみだな〜って...」

 

 山城の言葉にうふふ、と貼り付けたような笑みを返す龍田。

 

「今日はお鍋と聞きました。」

 

「一六〇〇...入渠も間に合いそうですね。」

 

「修復も終わりましたし、そろそろ翔さんを手伝ってくるのです。」

 

 三者三様に話を流す艦娘たち。

 しかしその心中は同じことを考えていた。

 

 

「「「(絶対何か隠してるのです(〆はうどん...いや、雑炊もいいわね))」」」

 

 




後書き・山城
「ここまで読んでいただきありがとうございます。...一応姉さま探しを諦めていない妹の方、山城です。

 お話の方は駆逐艦が目覚めたようね。基本艦娘は大本営に連れて行って、軍学校に連れていかないといけないんだけど...提督はどうするのかしらね。

 次回・サブタイトル予想『存在意義』。

 私にとって姉さまは...ねえさまは...








 ────あぁっ姉さまぁ!!!!


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45話 静かな帰宅

前書き

電「前回の前書きが好評だったのです!」

翔「あまりにも短いから感想は返していないが、しっかり全部読んでいるぞ。」

電「こんなに投稿は遅いのに、たくさんのご感想やしおり、高評価...本当に嬉しいのです...っ!」

翔「本編のほうは例の駆逐艦との鎮守府での話だな。」

電「大ハズレするサブタイトル予想...コンブさんの頭は大丈夫なのでしょうか...ということで!」

翔・電『────本編へ、どうぞ!!』







 

 

 

 

 

 

 

 ────ひとり、黒い波に飲まれ

 

 

 

 

 

 

 ────に手を伸ばし

 

 

 

 

 

 

 ────を羨み───を憎しみ

 

 

 

 

 

 

 ────運命を拒み、神を呪い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────を(うら)んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────!!」

 

 

 目を覚まし、息を取り込み、周りを見渡す。

 

 ...背中に触れると、汗で濡れていた。

 

 

 ────私は駆逐艦である。名前はまだ思い出せない。どこで生まれたか頓と検討が付かない...訳では無い。ここから北の海で見つけられ、保護されたらしい。

 覚えてることはないか、といった軽い尋問を受けてから、暫くこの布団で考え事をしていたが、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 

 ...私は見た目は深海棲艦にかなり近いのだが、今の自分に艦娘への敵対心が無いあたり、多分艦娘である。艦娘の、はずである。

 そして考えついたのが、記憶を失ったとすれば、記憶を失う前の行動を起こすと身体が勝手に動く...身体が思い出すのではないか、と。

 つまりは艦娘と同じような生き方...“人間らしい”生活をしていれば、何かしら思い出せるかもしれないのではないか、と。

 

 運がいいことにここで活動している艦娘たちは、私に対して敵対どころか、今のところかなり友好的である。彼女たちとふれあっていれば、きっと手がかりは見つかるはずだ。

 

 ...と、意気込んだはいいものの。

 艤装を外され、補給も受けていないこの身体は...飢えていた。

 

 ────ぐ〜ぎゅるるる。

 

 陽はとうに沈んだ二十時頃、部屋の明かりも弱めに設定されている。ついさっきまでぐっすりと眠っていた私はなかなか寝付くことはできない。このまま朝を迎えるのはかなり厳しい。

 

 (補給不全、食料無し...つまり、飢餓)

 

 かと言って今食料を与えられたとしても、恐らく自分がこの肉体を持って食料を口にしたことが...記憶には無い。

 空いた腹に多くを詰め込めば、逆に今より調子が出なくなるだろう。

 綺麗な部屋、ふあふあ毛布と快適なのだが...

 

 (待遇が良くても、一応は捕虜...)

 

 改めて今の身分を自覚しようとした駆逐艦。だが、

 

 

 

 ────コンコンコン

 

 

 

 (...!!)

 

 扉の方からノック音。

 

『入っていいかしら〜?』

 

「......」

 

 かららら...とゆっくり開かれる。

 

「突然ごめんなさいね?

 私は給糧艦の間宮。そろそろ夜ご飯の時間かなって思って、雑炊を作ってきたの。」

 

 間宮、と名乗る白い割烹着の女が、土鍋を持って入ってきた。

 かなり厚手の手袋を着けているあたり、鍋の熱さが窺える。間宮は一旦灰と黒の紙束をテーブルの上に広げ、それを載せる。

 見た感じ鍋に溜めた残飯だろうか。まあ、食べ物にありつけるだけマシである。

 ...しかし間宮がふたを取ると、ふんわりとしたいい香りが湯気とともに広がる。

 

「急がなくていいのよ、取り皿に分けるからちょっと待ってね。」

 

 ...気付かぬうちに腰が浮いていたようだ。しかしそれほどに美味しそうな香りだった。

 間宮はそのまま慣れた手つきで二つの皿に取り分け、スプーンを渡す。見た感じ米をスープで煮込んだような料理のようだ。

 食欲の赴くままに、いざ手につけようとした時だった。

 

「こーら、食べる前に“いただきます”でしょ?

 ご飯を食べる前には手を合わせて、食べ物や...食べ物に感謝してから戴くのよ。」

 

 ...なるほど、と駆逐艦は思った。

 

 魚や肉、野菜にしろ、何かを食べる時は何かしらの命を奪って自分の糧にしているのだ。自然界としては当然の摂理だが、それに敢えて感謝の意を示すというのはいかにも“人間らしい”行動だ。

 

「一旦スプーンを置いて、」

 

 置いて。

 

「手を合わせて」

 

 手を合わせて。

 

「いただきます。」

 

「...いただきます」

 

 間宮はうんうんと満足げに微笑み、皿を手に取る。私もスプーンに少しだけ取り、口に入れる。

 

「...おい、しい」

 

 スープはしっかりとした味付けだが、のどを通すとさっぱりしている。米は煮込まれ、スープが染みているのか、二倍くらい膨張して非常に食べやすい柔らかさだ。

 

 米なんてポリポリと数粒ずつ食べるものと思っていたが、調理しだいでここまで味や食感が変わることに感動である。

 

「あら、気に入ってもらえてよかった♪

 何も食べてないって聞いて、消化にいい雑炊を薄味で作ったのよ?」

 

 ...これが薄味?

 私にとっては普通か濃口と言われても頷けるくらいだが、彼女がそういうなら薄味なのだろう。

 いや、そもそも食べ物に感じた味など水の塩辛さくらいだ。『食』にはこんなにも素晴らしい世界が広がっていたのか、と気付かされる。

 

 そんなことを考えながらも身体は空腹。あっという間に食べ終えてしまった。

 

「さて、食べ終わってからも挨拶があるのよ。

 ...手を合わせて。」

 

 手を合わせて。

 

「ごちそうさまでした。」

 

「...ごちそうさまでした。」

 

 不思議な挨拶をしてから、間宮は食器を土鍋にまとめ始める。

 

 それにしても...なんというか、不思議である。

 自分でさえ艦娘か深海棲艦かわからない他人に普通に接してくれて、私のためにわざわざ夕飯を振舞ってくれた。それも不安定なことを配慮して消化にいいものを、だ。

 

「ん?どうしたの?」

 

 片付ける手を止めて、私に向き直る間宮。

 ...自分でも気付かないうちに、呼び止めていたらしい。

 

 穴だらけの頭で必死に考えて、自分で自分の顔が火照るのを感じながら言葉にする。

 

 ────い...

 

「そ、その...あり、がとう。

 美味しかった、です...」

 

「......」

 

 間宮は私の言葉を聞くとそっと歩いてきて、力強く抱きしめた。

 

「ありがとう...あなたならきっと“昔のこと”を思い出せる。

 ゆっくりでいいから、無理はしないのよ。

 あなたみたいな優しい子が、深海棲艦なわけないわ。

 お腹がすいたり、何か相談したいことがあったら...いつでも食堂に来ていいからね。」

 

 最後に頭を撫でて、部屋から出ていく間宮。

 すごく恥ずかしかったが、それ以上に暖かい感情が胸に広がった。

 

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

 

 駆逐艦がこの鎮守府にやってきて数日...翔が提督会議のため、遠征も出撃もない、休みの日の朝九時頃。

 ちなみに秘書艦は加賀さんである。前回駆逐艦を連れていたのが翔だけだったことと、第八鎮守府の秘書艦が赤城と知ったから、らしい。

 というわけで思わぬ暇を貰った電は、こつん、こつんと杖を突きながらある場所へ向かっていた。

 

「......入る、のです。」

 

「......」

 

 扉を開けるとほんのりアルコールが香り、清潔感を彷彿させる白を基調にした色が視界に入る。

 

 ついこの前の言葉を謝るべきだと翔から言われ、昼ごはんを持っていくことになったのだ。

 流石に武器を持っていくのはどうかと思い刀はしまっているが、それでもこちらを見ている気配がちくちくと伝わってくる。

 

 つまり、めちゃくちゃに警戒されているということだ。

 

「...そのぅ、」

 

「!」

 

 一層気配が強くなる。

 

「この前は...ちょっと、失礼なことを言ってしまったのです...

 ごめんなさい、なのです...」

 

「......」

 

 少しの静寂。

 駆逐艦はじっと電の言葉を聞き...ふすー、と溜息をついて、口を開く。

 

「......別に、気にしてない。」

 

 ごそごそと座り直し、毛布を肩に巻いて向き直る。

 声音などから察するに、とりあえず大丈夫...な気がする。

 

「お、お詫びとは言い難いのですが...パンを持ってきたのです」

 

「!」

 

 ベッドに腰掛ける駆逐艦の近くに小さなテーブルを動かして、持ってきた紙袋から電の好きなメロンパンを渡す。

 駆逐艦の好みは分からないが、メロンパンが好きでない人はそうそういないはずである。

 

「いただきます、なのです。」

「いただ...きます...」

 

 ほとんど記憶が無いと言ってた割には、食前の『いただきます』を知っていたようだ。

 ともかく、ひと袋一食分の使い切りジャム...翔曰く『給食ジャム』を一口分塗り、バゲットを頬張る。

 かなり堅い外皮を噛みちぎると、いちごの風味がふわりと香る。小麦の輸入が絶たれたことにより普及した米粉パンは、もっちりした食感が特徴だが...駆逐艦は気にせずむぐむぐと食べている。嫌いではないらしい。

 

「......ん」

 

「?」

 

 駆逐艦がこちらにメロンパンを向けているようだ。

 

「...さっきから、私が食べてるとこ...チラチラ見てたでしょ。」

 

「えっ...ぁ、見てな」

 

「嘘。絶対見てた。」

 

 ...実際電はメロンパンの甘い香りにつられて顔を向けていただけであり、視界にはそれっぽい色が見えるだけなのだ。謝意を見せるために譲ったものを欲しがるなど言語道だ...

 

「────もむっ」

 

 一口大にちぎられたメロンパンを突っ込まれた。

 

「...あなたのも、もらう。」

 

 メロンパンのさくさくとあまあまに夢中な隙に、電の手のバゲットに齧り付く駆逐艦。

 回し食いとか回し飲みとか、そういうのはあまり気にしない派なのだろうか、なんとも積極的である。

 

「...!」

 

「あっ...ジャムを塗ってなかったのです」

 

 菓子パンではないバゲットは砂糖などがほとんど入っていない故、かなり味が薄い。

 

「......!!」

 

「ひぁ!」

 

 駆逐艦は電の手からバゲットを奪い取り、もう一口ブチブチと荒々しく噛みちぎり、咀嚼する。

 不審に思った電は駆逐艦に見えないよう、後ろ手で刀を展開するが...

 

「......」

 

「え...?」

 

 視界に映ったのは、ぽろぽろと涙をこぼしながらバゲットを齧る駆逐艦の姿だった。

 

「......」

 

 駆逐艦は目を見開き、無言で、ただひたすらに硬いバゲットを食らう。

 しかし我に返ったのか、はっとしてバゲットと電を交互に見たあと、

 

「...ごめん、なさい。私が、私じゃなくなったみたいに...お腹すいて、耐えられなかった...」

 

 さっきまでと別人のように、本当に申し訳なさそうに謝る駆逐艦。

 

「びっくりしたのです...でも、何か、うーん...」

 

 思い出せたのです?と聞きたかったが、先日の件もあって電はなるべく過去には触れないでおこうと決めたのだ。記憶を失ったなら、今からたくさん思い出を作ればいいのだ。

 電は縮こまってしまった駆逐艦の隣に腰掛けて、刀をしまい、背中をさすってやる。

 

「パンは多めに持ってきたのです。気にしなくても大丈夫、なのです。」

 

「ごめんなさい...」

 

 しょんぼりと肩を落としながらも、バゲットを噛みちぎる駆逐艦。よほどの何か思い入れでもあるのだろうか。

 兎にも角にも、電は今の彼女を責める気にはなれなかった。

 

「うぅ...おいちい...」

 

 ...案外、ただ気に入ってるだけかもしれない。

 

 ────からららら。

 

「いなづ」

 

「来ないで...」

 

 翔が医務室に入ろうとするのを駆逐艦が嫌がる。目覚めた時もそうだったが、かなりの男嫌いなのだろう。

 

「だ、大丈夫なのです。翔さんはこの鎮守府の 司令官 さんなので────」

 

「ひっ」

 

 フォローを入れたが、聞く余裕もないのか背中に隠れてしまう駆逐艦。

 

「...そのままでいいから聞いてくれ。

 ある程度身体も休まったと思うから、鎮守府内での行動をある程度自由にさせようと思っている。

 地図を置いておく。私は大体執務室に居るから、会いたくなければ近付かないでくれ...と言いたいが、私も君のことが知りたい。

 今日は会議があるから私は居ないが...他の子と一緒でもいいから、気か向いたら来てくれると嬉しい。」

 

 電に手渡して、翔は去る。

 

「...もう、行っちゃったのです。」

 

「ん...」

 

 地図を渡しながらぽんぽんと叩くと、毛布から顔を出してきょろきょろ見渡したあと、ゆっくり出てきた。

 

「......」

 

「...どこか行きたい場所があるなら、電もついて行くのです。」

 

 じっと地図を見つめる駆逐艦に見かねた電が声をかけると、駆逐艦は(見えないが)指さしながら言った

 

「...食堂。」

 

 

 

 

 

 




後書き

 (せーのっ)

暁・雷『ここまで読んでいただき、ありがとうございます!』

暁「今回のお話はどうだったかしら?」

雷「実はコンブさん、ほんとはもっと多く書いてたんだけど、キリが悪いから無理やりここで分けたって言っていたわ!」

暁「つまり、次回は早く投稿できる...といいわね。」

雷「次回・サブタイトル予想『欠片集め』。欠片って、あの子の記憶の事かしら...?」

暁「読者の皆さんは一人前の紳士とレディなんだから、次回も読んでくれるわよねっ!」


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46話 静かな決断

翔「今回はまた路線が変わったからサブタイトル予想が外れたな。」

電「書き溜めなしだから、仕方ないのです。」

翔「話の方は電と駆逐艦が食堂に、私が会議に出かけたという感じか。」

電「久しぶりのお留守番なのです...寂しくなんてないのです。」

翔「まあまあ、後で甘やかしてやるから...というわけで!」

翔・電『────本編へ、どうぞ!』




「あら電ちゃんと...あなたも来たのね♪

 いらっしゃい、なにかあったの?」

 

 二人を優しく出迎えたのは、ピンクのシャツの上から白い割烹着、ふわふわした髪を赤いリボンで一つ結びにしたみんなのおかあ...給糧艦、間宮さんだった。

 

「まみや...さん...!」

 

「よしよし、もう自由に出歩いていいのね?」

 

「はい、翔さんから許可がおりたのです。」

 

 ぴょこぴょこ跳ねて長い白髪を翻し、ぎゅむーと抱きつく駆逐艦。

 彼女は確か、朝・昼ご飯の時に少しでも艦娘たちに慣れるため、交代で一緒に食べていたとは知っていたが...毎晩の夜ご飯だけは間宮さんが作って直接持って行っているとついこの前知ったのだ。

 

「とりあえず、りんごジュースをふたつ頂きたいのです。」

 

「はーい♪」

 

 

 

 ∽

 

 

 

 駆逐艦を連れてカウンター席に着き、グラスに注がれたりんごジュースを受け取ってほっと一息。

 

「...っ?!」

 

「あっ」

 

 座ろうとするが、びくっと距離を取る駆逐艦。隣に来たときに刀を見られてしまったようだ。

 

「大丈夫よ、電ちゃんは人よりちょっとか弱いから、艤装を出さないといけないの。」

 

 間宮さんがフォローを入れてくれると、駆逐艦は何かを思い出したように眉を上げ、

 

「...電は、刀持ってないと...目が、見えない...の...?」

 

「はい...生まれ(?)つきなのです。」

 

 やはり大体の見当はつけられていたらしい。艤装展開状態なら力を出せるということは覚えていたらしく、電としては理解が早くて助かった、といったところか。

 

「一応杖で歩けるけど、見かけたら気をつけてあげてね♪」

 

「...わかった。」

 

 返事をしてストローに口をつけ...ぱあっと目を輝かせると、大きく水位が下がった。お気に召したらしい。

 

 

「────それで、翔ちゃんのことが苦手な理由はわからないのかしら?」

 

「私自身、わからない...あの人が悪い人じゃないって、理解してる...」

 

「それなら────」

 

「────でも...何故か身が竦んでしまう。」

 

「うーん...」

 

「じゃあ...この人はどうかしら?」

 

 と言って間宮さんが入り口に振り向くと、

 

 

 

「────だぁからちょっとだって、な?」

 

「────お昼からお酒なんて不摂生ですよ〜?」

 

「────大人なのにだらしないわよ!ぷんすかっ」

 

 

 

 ちょうど龍田さんと暁お姉ちゃん、憲兵さんが入ってきたが、なにやら少しばかり揉めている。

 

 

「なあ暁ちゃんよ、お酒ってのは燃えやすいって知ってるか?」

 

「アルコール度数がとっても高ければ、でしょ?

 当たり前じゃない。レディは常識くらい備えてるわ。」

 

 ふふんと胸を張るお姉ちゃん、

 

「じゃあみんなが積んでる燃料も...燃えやすいってのはわかってるよな?」

 

「当然よ!」

 

 自信満々に答えるお姉ちゃん。

 

「なら...わかるだろ?

 俺たち人間はお酒を燃料にして生きてんだ。」

 

 すっ、と真剣な顔になる憲兵さん。

 

「じゃあどうして龍田さんや榛名さんはお酒飲むのよっ。一人前の私も飲んでいいじゃない!」

 

「あー、そりゃあダメなんだ。」

 

 反論するお姉ちゃんに、憲兵さんは少し屈んで目線を合わせて話す。

 

「お酒ってのは、戦艦の榛名ちゃんや空母の加賀さんみたいな、燃料だけじゃ足りない娘とか、龍田みたいに燃費が良いけど立派な...立派な身体の娘が飲むもんなんだ。

 暁ちゃんや村雨ちゃんみたいにお姉ちゃんでも、燃費が良いしちっちゃ...スレンダーな娘が飲んじゃったら、色々危ないんだ。

 補給の時、燃料を余計に積んだら故障とか事故とか起こるだろ?」

 

 長い言葉を目を丸くしてふむふむと聞き...

 

「な、なるほど...そういうことなら、仕方ないわねっ」

 

 まあなんとも見事なまでに言いくるめられていた。

 

「今日は翔さんが居ないから、憲兵さんにはしっかりしてもらいたいのです...」

 

 やれやれと電が首を振ると、三人も気づいてこちらにやってくる。

 

「電とお客さんじゃない!ごきげんよう。」

 

「あら、出歩いても大丈夫なのね〜」

 

「おっ、電ちゃんと例の駆逐艦か...ちょいと隣いいかな?」

 

「ん......」

 

 どっこいしょ、と腰掛ける憲兵さんに続いて、龍田さんと暁お姉ちゃんは後ろのテーブルから椅子を持ってくる。

 

「...って憲兵さんは平気なのです?!」

 

 あまりにも自然な着席に、電はつい流しそうになってしまった。

 

「この人は...なんか、わからないけど、安心する...」

 

 そう言って、ほんのり顔を赤らめてりんごジュースをちびちび吸う駆逐艦。

 やはり何らかの理由で『翔』に苦手意識を持っていると考えられる。

 

「おっ嬉しいね〜...間宮さん、いつもの頼むよ。」

 

「もう温めてあるわよ♪」

 

 保温庫から出したほかほかの徳利を濡れタオルで持ち、憲兵さんにお猪口を渡す間宮さん。

 

「こ、こんな時間から熱燗は────」

 

 ダメなのですと言いかけたが、よく見ると白くてドロドロした熱そうな液体を注いでいる...

 

「────って甘酒なのです?!」

 

「やっぱこれだよなぁ...!」

 

 甘酒とは主に米や米麹を原料に作られ、米麹に含まれる酵素で米のデンプンを糖化して得た、深い甘みが特徴の飲み物だ。

 アルコール分はほとんど入っていないので、市販でもほとんとが“清涼飲料水”として売られている...つまり憲兵さんは飲酒していないということになるのだ。

 

「...お、駆逐ちゃんもどうだ?体にいいぞぉ」

 

 冗談半分か、お猪口を駆逐艦に向ける憲兵さん。流石に(見た目だけで判断すると)同性同年代な電のパンは食べていたが、憲兵さんはぶっちゃけ...かなりガタイの良いおっさんである。流石の駆逐艦も────

 

「...あちあちっ」

 

「......」

 

 ちなみにだが、甘酒にはビタミンBやアミノ酸、大量のブドウ糖が含まれている。憲兵さんの言う通り体にやさしく、“飲む点滴”とも呼ばれていたりする。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

「────加賀、大丈夫か?」

 

「────どうにも慣れませんね...」

 

 長い車旅に酔ったのか、少しふらつく加賀に手を貸しながらのど飴を渡す。

 

 私と加賀は提督会議...夏の大規模作戦の報告会に来ていたのだ。

 しかし大本営までかなり掛かるとはいえ、余裕を持って出たので、昼から始まるのに一時間以上早く着いたのだ。

 しばらく外の空気を吸っていれば加賀も落ち着くはずだ。

 

「...提督、もうしばらくここで待っていて頂けませんか?」

 

「ん、分かった。そこの停留所でいいだろう。」

 

 ちょうどいい感じに屋根とベンチが備え付けられたそこは、元々人を乗せて決められたルートを走る、『バス』という大型車のための停留所らしい。

 一日に何十本も走っていたらしいが、現代では自動車は貴重なガソリンを使うため────

 

「────あれは...?」

 

 噂をすればなんとやら、馬車がやってきた。

 そう、バスの停留所は馬車の停留所に再利用されているのだ。

 

 と思ったら、見覚えのある顔が長い髪を風になびかせながら、ぶんぶんと手を振っている。

 

「加賀さああああああん!!」

 

 その声を聞いて手を振り返す加賀。

 翔たちの目の前まで来て止まり、第八鎮守府秘書艦・赤城と提督の和泉秀吉が降りてくる。

 

「...久しぶりだなァ、翔。」

 

「秀吉...夏は世話になった。」

 

 一航戦の二人が抱き合っている隣で、どちらともなく握手を交わす。相変わらず見た目も話し方もかなり厳ついが、根は優しいことを翔は知っている。

 

「...ここで立ち話も暑いし、喫煙所で話すか?」

 

 翔たちの第七鎮守府はだんだんと寒くなってきたのだが、この地域はまだ残暑が厳しいというのと、秀吉の胸ポケットに入っていた箱を見て判断したのだ。

 

「...あぁ、そうか。こいつァ空き箱だ。入れてた方が、俺の見た目だとしっくりくるだろうが...」

 

 ニヤリと悪戯っぽく笑い、カラカラとラムネシガレットの箱を見せてくる。

 

「...まぁ、俺も吸おうとは思ったが...女や子どもが居るのに、出来るわけねぇだろ。

 あと...時間空いてんなら、ちと今のうちに土産選ぶの、手伝ってくれや...アイツら意外とうるせぇんだ。」

 

「...わかった。」

 

 やはり秀吉だな、と改めて思う翔であった。

 

 

 

 

 

 

 陽から逃れるように加賀と赤城を連れて購買所へ行き、翔は近場の休憩所でカップコーヒーをすすっていた。

 秀吉は店内で1080円ほどの箱菓子とにらみ合い、一航戦の二人はキャラメルを手に何か語り合っている。どうやらこの購買所の人気商品らしい。

 

 いつも座る時は膝に電を乗せているのだが、今日は鎮守府で留守番を頼んでいる。

 まだ半日と経っていないのに、こんなにも物寂しくなるのか、と翔は自身の電に対する依存を自覚する。

 

 ...もし、この戦争が終わったら、私はどうなるのだろうか。

 電も武装解体されて、普通の女の子としてどこか知らない地で暮らすのだろうか。それとも“艦船の魂”に戻って海の底へ帰るのだろうか。

 もしやすると“艦船の魂”だけ消えて、艦船としての記憶を失った状態で普通の女の子として生きていくのかもしれない。

 

 もしそうだとしても、翔は電と離れるのはもちろん嫌である。しかし電はまだ見た目は中学生...小学生と言っても疑えない。戦争の運命から解放されて普通の女の子になれたのなら、自由に生き、自由に暮らすべきだと思っている。

 養子として新しい両親と暮らし、学校で学び、普通の女の子として生きていくのが、電にとっての最善なのだ。

 

 電にとっての、最善なのだ────

 

「────だから行くのは早すぎるっつったじゃねえか!」

 

「────遅刻せーへんようにはよ行け言うただけや!

 そもそもうちが起こさんかったら今頃グースカピーで大遅刻やで!」

 

 聞き覚えのある男の声と、キレのある関西弁の...女の子?の声が聞こえてきた。

 翔は反射的にトイレに隠れ、様子を伺う。

 

「ふっざけるな俺は一度も遅刻なんてしたことねえんだよこのまな板駆逐!!」

 

「カッチーーーン!

 なんやてこの七光り無能司令官!

 そんなんやから夜遅ぅまで出撃編成に悩むんや!!」

 

 自分で“カッチーン”って言う人間、居るんだな...

 

「うるせぇなあお前みたいな新しい面子が入ってくるしこっちだって苦労してんだよ!!

 出ていった“アイツ”の代わりに来たのがまさか駆逐艦(・・・)とは思わなかったぜ」

 

「だぁれが駆逐艦や!うちだってそれなりに有名な司令官のいる鎮守府に配属されるか思うたらこんな出来損ないの若造とは思わんかったわ!

 家計簿なんて持ってオカンか!!」

 

「じゃあ明日からおやつは全部パンの耳...」

 

「あーっそれは勘弁や、ごめんってぇ...」

 

 .........

 

 ...

 

 行ってしまったようだ。

 と、入れ替わるように加賀と赤城が買い物を終えて出てきた。

 

「提督、先程まで誰か────」

 

「────気の所為だ。」

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 十人で囲んでも余りある巨大な円卓にはホチキスで留められた資料、壁には日章旗と海図。

 会議室の椅子に全員が着く。左隣には秀吉と赤城、右隣にはかつて演習で手合わせをした浦部と、赤...というより紅色だろうか、水干のようなものを着たツインテールの駆逐艦が控えている。

 見渡せば足を組んでいたり寝ている奴もいれば、律儀に背筋を正して座っている者もいる。

 

「...時間だな。

 それでは、今回の議題である、大規模作戦の戦果を発表しなさい。」

 

 元帥の言葉でいきなり始まる会議。始まりの挨拶やら回りくどいのは嫌いらしい。

 

 しかしこういう戦果報告は大体元帥をはじめに、第二、第三と続いていくのだが...

 

「────待ってください、元帥殿。」

 

 第二鎮守府の提督...大嶋が立ち上がった。

 

「今回の大規模作戦に参加していない鎮守府の提督が、二名ほど見受けられるのですが。彼らは────」

 

 私と...秀吉だろうか。

 そもそも今回の作戦の尻拭いをさせられたのは...

 

 立ち上がらんと腰を上げようとした時、隣の秀吉が口を開く。

 

「......赤城。」

 

「はい。」

 

 呼ばれた赤城がテーブルの上にバッグを置く。

 秀吉がそれを開くと...

 

 

 ────ジャラジャラ、ゴン。

 

 

「......うちの鎮守府ぁ...広い海域を相手取る分、予想できない深海棲艦が、現れる...戦果がわからねぇから、殺した奴の身体の一部を、剥いで来させてんだ。」

 

 装甲の欠片や、何かの部品...さらには髪の毛の束がこぼれ落ちるのに、全員が戦慄する。

 

「......大規模作戦だかぁ知らねぇが、そっちでドンパチやれんのも...南から深海棲艦共が、来ねえからだろ...?

 元帥さんよぉ...ちったぁ給料、上乗せしてもらってもいいんだぜ?」

 

「...考えておこう。」

 

 髭を触りながらむむぅと唸る元帥。“戦果”に驚いているのだろうか。

 

「じゃあそこの若造はなんだ、さっさと失せんか。今は大事な会議を...」

 

 大嶋の言葉をたしなめようと、元帥が立ち上がろうとしたその時。

 

 

 ────バサッ

 

 

 翔は円卓に資料を投げ置いて、語る。

 

「私たち第七鎮守府は今作戦終了後、制圧目標地点のさらに深部...マーシャル諸島沖に出撃しました。

 そこで新種の深海棲艦...“深海異形姫”と戦闘、撃破。海域を制圧し、戦艦『長門』と邂逅しました。」

 

「馬鹿な、我々が戦艦レ級を討ち取ったはずだ!

 それに元帥殿直々に海域制圧成功の報と撤退命令が出たのだぞ!」

 

 自分の戦果をひっくり返すような翔の言葉に、大嶋は机を殴りつけ、立ち上がり声を荒らげるが...翔はあくまで冷静に振る舞う。

 

「私も、直々に“深海異形姫”討伐の命を受けたのですが?」

 

 加賀から受け取った作戦指令書を見せる。そこには確かに、元帥の印が捺されていた。

 

「元帥殿、どういうことなのですか...ッ!」

 

 手を震わせながら怒りと困惑を滲ませた眼を向ける大嶋に、元帥は大きくため息をつき、ゆっくりと話し始める。

 

「...儂は、大嶋...お前に戦艦レ級を始めとした、雑魚の処理を任せたんじゃ...

 そしてその奥地にて確認された、新種の深海棲艦を、儂が手を着けようと考えたが...主力艦隊も資材も既に消耗して────」

 

「────何故!」

 

「ぬ...」

 

「何故私に報せて頂けなかったのですかッ!!

 元帥殿は他鎮守府への支給などがあって出撃なさらなかったのでしょう?!

 私に一報頂ければどんな時でも高速修復材を使ってでも出撃させていたのに何故この若造に────」

 

 

「────黙れィ!!」

 

 

『『『────っ!!』』』

 

 会議室をびりりと揺らすような轟音が、元帥から放たれた。

 

「下の者を見下し、部下(艦娘)を自分の出世のための道具のように扱う、その欲望に塗れたその眼を...儂は信じるに値しないと判断したんじゃ...

 他の者共も第四、七、八鎮守府のような働く者に任せて適当な指揮を執りおって...心を入れ替えたのか伸びつつある鎮守府もあるが、貴様らに国を守るという自覚は無いのか?!」

 

 大嶋をはじめとするほぼ全員が俯いたり、目を逸らしたりする。

 

「...ならば...第四鎮守府に任せず、何故第七鎮守府に...」

 

「まだ言うか大嶋よ...鞍馬君とは指揮力が天と地の差。第四鎮守府提督...赤間くん、君は真面目な人間だが、あまりにも正直すぎるんじゃ。

 艦娘たちは試合ではなく、戦争に出ておる。武士道なぞに囚われているようではあの怪物は落とせんわ。」

 

「肝に銘じておきます...」

 

 赤間と呼ばれた男が頭を下げる。

 なるほど、シワひとつない軍服を綺麗に着こなし、ずっと背筋を伸ばして座っていたこの人だったか。...見るからにド真面目な人である。

 

 伸びつつある鎮守府、というのが少し引っかかったが、気にせず翔は続ける。

 

「...よろしいでしょうか。

 作戦終了後の話ですが、我々は樺太に向けて進撃、奥地にてロシア艦隊の助力も得て敵連合艦隊を撃破...駆逐艦と邂逅しましたが...」

 

 駆逐艦のことを報告するべきだろうか...いやしかし、名前のわからない艦娘である。報告して大本営に行かせれば、姉妹艦などが見つかるかもしれないが...名前が無い故に、どんなことをされてもおかしくない。それも、いまだに謎が多すぎる“艦娘”なのだ。

 道徳や人道から外れたことをされるのかもしれない。

 

「......!」

 

 ちらと、加賀を横目で見ると、じっと翔を見つめていた。

 その瞳は力強く、真っ直ぐとした光を湛えている、『信頼』の二文字以外を感じさせないものだった。 

 

「...ロシアに引き渡しました(・・・・・・・・・・・)。」

 

 続いてロシアとの貿易船の航路についてですが────」

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「────提督、よろしいのですか?」

 

 帰りの車の中。後部座席から相変わらず抑揚のない声で聞いてくる。

 

「うむ、見つかれば反逆罪だな。」

 

「あなたという人は...」

 

 全くもう、と言わんばかりに大きくため息をつく加賀。

 事実、報告せずに艦娘を管理するのは禁じられているのだ。

 

「...でも、この結果を望んでただろ?」

 

「反省どころか共感を求めるんですか。提督としてあるまじき姿ですね。」

 

 言われて、ドキッとする。

 いつもは翔の思い通りに動いてくれる電(翔も電の思い通りに動く)が一緒だが、今日は非常に正義感の強い加賀が秘書艦なのだ。

 先の発言は迂闊だったか────

 

 

「────全く、あなたという人は...」

 

 

「ん?」

 

「上司の無茶に付き合わされるのは、前の鎮守府で慣れていますから。」

 

 車のルームミラーには、優しい微笑みが映っていた。

 

 

 

 

 




後書き・摩耶
「うーん...こっちもなかなかかわい...
 ...ぇ、もう始まってるだと?!!

 ────ごほん。

 こっ、ここまで読んでくれてありがとな!アタシだ、摩耶様だ!
 今回は提督のヤツが色々踏み出したり、憲兵と駆逐艦の相性が良いとか、そんなところか?
 ...にしてもアイツを見てると、何故か龍田を思い出すんだよな。
 ま、知らないことを切り詰めてもしゃーねーよな!

 次回、サブタイトル予想『静かな侵食』。

 絶対読んでくれよな!」







翔「...ん?こんな所に雑誌が────」

『みんな気にする“今風”ファッション特集!オンナは部屋着で差をつけろ♡』

「うっわめちゃくちゃ折り込み入れられてるじゃないか...
 そういえば今回の後書きは...
 ────いや、まさか...な?」


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47話 静かな侵食

電「ちょっと前に話していた、コンブさんの“計画”が実行に移ったのです!」

翔「正直、これを遂行するかはかなり迷ったらしいな...まあ、この小説の投稿ペースにも関わるからな。」

電「気分を変えたいということで、なんでも匿名投稿で────もごもごもご」

翔「ほっ、本編へどうぞ!!」




 

 

 

「〜〜♪〜〜〜〜〜♪」

 

 一昔前のアイドルの歌を口ずさみながら、俺は鎮守府敷地内を散歩していた。

 

 憲兵になって二十と五〜六年。

 いわゆるベテランってヤツで、あと数年で五十路を迎えるが、まだまだ体は動く。

 

 歩きながらふと、胸ポケットの手帳に挟んでいる色あせた家族写真を見つめる。

 

 内地の方にかわいい妻と娘がいるが、深海棲艦が現れてからのここ十年近くお盆や年末年始でさえ会えていない。

 

 しかし────

 

「〜〜♪〜〜〜〜〜♪」

 

 しかし、今俺の隣には白髪の少女が鼻歌を真似ながらちょこちょこと着いてきている。

 

 そう、駆逐艦だ。

 

 昼に軽く(甘)酒をあおって、日課である散歩に行こうと艦娘たちに別れを告げると、なんと彼女だけ一緒に行きたいと立ち上がったのだ。

 電たちは電たちで用事やらどこかに行くやら用事があるそうで、丁度予定がない俺に駆逐艦を任せて散ってしまった。

 

 しかし俺は憲兵と言えど一人の男。すんなり受け入れるのもなんだか腑に落ちないので、こんな男に本当に任せていいのかと問い詰めると、

 

『憲兵さんは“大きい”人にしかきょーみないのです。駆逐艦さんは心配ないのです。』

 

『女の子は~、そういう視線にはビンカンなのよ~?』

 

 電は生気のない顔でぺたぺたと、龍田はぷにゅと隠すように自身の“それ”に触れる。

 

『おいおいちょっと待ってくれよ、俺は』

 

『けんぺいさん...』

 

 弁解しようとする俺の袖をちょいちょいと引っ張りながら、駆逐艦が俺を見上げて、

 

『だめ...なの?』

 

 目にきらきらと涙を浮かべて抱きついてくるその姿は、一瞬娘と重なり...

 

 

 ...そして今に至る、って訳だ。

 ついでにだが、俺が艦娘たちの身体を見てしまうのは欲望からではなく、皆可愛らしく美人すぎるからということを言いたい。

 目を合わせるのが少し恥ずかしくなって、つい目線を少し下に逸らした時...そこにあるんだ。

 そう...不可抗力、仕方の無いことだ。

 

「...けんぺーさん、次...どこ?」

 

「おう、次は海岸にでも行こうか。」

 

 

 

 ∽

 

 

 

「...さて。」

 

 電たちに出迎えてもらい、無事第第七鎮守府に帰ってきた翔。

 いつものドライバーに礼を言い、車で酔った加賀を山城に任せて執務机に着く...と思いきや、翔は工廠の木材に腰掛けていた。

 悩みの種...終わり際に渡された次回会議にて話し合う議題の資料を開く。

 

『艦娘建造計画』

 

「はぁ...」

 

 車の中でざっと見たが、やはり現実味が無い。

 

 

 ────建造。

 それは、妖精さんの手によって艦娘を造ることである。

 ほとんどの艦娘が建造の存在を知っているが、今まで一度もなされたことの無い技術である。

 曰く、大量の資材を妖精さんに渡し、多大な時間を掛けて造ってもらうらしいが...妖精さんと会話どころか視認できる人間があまりにも少なく、そもそも妖精さんの存在を認めていない提督も多いのだ。

 艦娘を通してコミュニケーションを取ることはできるものの、建造には大量の資材と時間を要する...つまり、現時点押しつつはあるもののあまり戦況のよろしくない日本の鎮守府が、そのような未知の技術に投じるような資材も時間も無いのだ。

 しかし少しずつとはいえ押しているからこそ、戦力増強は避けられない。

 つまり、実在する“であろう”技術にも手を出さねばならないのだ。

 

 

 恐らくこの計画の中心となるのは、妖精さんと会話ができる元帥か翔になる。

 いくら翔と言えど、未知の技術を知ることなどできない。故に思い悩んでいたのだ。

 

 てーとくー

 げんきだせー

 これくえー

 

 うつむく翔に妖精さんたちがわらわらと寄って集まり、誰か他の艦娘から貰ったのか飴玉を持ってくる。

 

「はぁ...ありがとう。」

 

 撫でてやりながら受け取って、口に放りこむ。

 ...翔も苦手なハッカ味だった。

 

「建造ってなんなんだよ...

 そもそも生き物を造るって意味わからん...」

 

 しょーがないねー

 わかるよー

 

「いのちの倫理問題として、人工知能とかよく話題には上がるけどなぁ...」

 

 うんうんー

 そうだねー

 

「艦娘をMRIやレントゲンに掛けても、艤装展開時に驚異的な身体能力の向上が見られるだけで...ほぼ人間と変わりないんだよな...」

 

 ひとだもんねー

 かわいいもんねー

 

「それに大量の資材を使うことになるんだよな...」

 

 ひとだもんねー

 せいめいのしんぴー

 

「もしも艦娘が建造できたら、私は“父親”になるのか...?」

 

 パパていとくー

 いなづままー

 

「いや、艦娘を“生み出す”のではなく、艦船の魂を“喚び戻す”と考えれば...」

 

 そーだねー

 しんぴだねー

 

「どちらにせよ、大量の資材と時間が掛かるのは仕方の無いことか...」

 

 しょーがないねー

 どうしようもないねー

 

「でもまあ、景気づけにぱーっと使っちまっていいぞ...」

 

 やったー!

 ものどもー、かかれー!

 よんじゅうびょうでしたくしな!

 

「────なーんて言いたいが、どうしても私は貯蓄癖がなぁ...」

 

「確かに今までの遠征分は大量に貯まっている。」

 

「そもそも、うちの鎮守府は他と比べて出撃や演習の回数は少ないからな...」

 

「でももしものために、取っておきたいんだよなぁ...」

 

 ここで翔、やっと気付く。

 

「...あれ?」

 

 つい先程まで愚痴のようなものを聞いてくれていた妖精さんたちが、一人残らずいなくなっていたことに。

 

 

 そして山のように貯めていた資材が、ほとんど無くなっていたことに。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「...!......!!」

 

「転ぶなよー?

 そんな痛くはないが転ぶなよー?」

 

 砂浜を駆け回る駆逐艦を暖かい目で見守りながら、俺は海水をたっぷり含んで重くなった、打ち上げられている漁網を引きずっていた。

 

 ぱちゃぱちゃぱちゃ...

 

 ちなみにだがあの一件...いや二件以来、海岸の見回りに来るとまず一番に人を探すようになっちまった。

 

 ざぶざぶ...

 

 ...二度あることはなんとやら、だ。

 

 ごぼぼぼ...

 

「オイイイイイ!!!!」

 

 海に駆けていった駆逐艦の頭が見えなくなった俺は、網をほっぽり出して海に飛び込もうと上着のボタンに手を掛けたが...

 

「......!」

 

「はあ...?!」

 

 姿が見えなくなって2秒少しで、10メートルちょい沖から呑気な笑顔を出して手を振ってきた。

 まるで海中でワープしたかのような、あまりにも速いその泳ぎに俺は目を疑った。

 

「一緒...いこう...?」

 

「あーまた今度、な?」

 

 俺の体で塩水に浸かった時には、恐ろしい激痛が走るだろう。

 まぁ“あの時”は生傷に塩水をぶっかけられていたが、痛みに対する耐性が低くなった今じゃあ相当辛いはずだ。

 

「...わかった。」

 

 駆逐艦はそう言うとただならぬ速さで浜に戻って、ふるふると身体を震わせてから俺の手を取る。

 

「次は...もう一度鎮守府見て回ろうぜ?

 今日は日差しが強えけど、傾いてきたらすぐ肌寒くなるはずだ。」

 

「...ん。」

 

 その手は少しひんやりしていて、既に乾いていた。

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「────ここが工廠なんだが...何作ってんだ?」

 

「...ちょっと、うるさい。」

 

 ガインガインと鎚が吠え、ぎゅるるると電動工具が唸る。

 ちょいちょい翔が装備開発で一喜一憂しているのを憲兵は知っているが...ここまで騒がしくなることはないはずである。

 

「鎮守府の貯蓄が...資材が......」

 

「っておい!大丈夫か?!」

 

 隅の方で体育座りのまま横に倒れ、提督がしくしくと涙を流しているではないか。

 あわてて駆逐艦は憲兵の背中に隠れる。

 

「何かあったのか?俺でよけりゃ聞くぜ?」

 

 役職的には翔のほうがずっと上だが、歳は憲兵の方がずっと上だという理由で、(通常なら)敬語などは使わなくていいと許可は出ている。

 

「この鎮守府の貯蓄が...九割飛んだ...」

 

「まあまあ、元気出すんだ。言うても貯蓄だろ?備えあればなんとやらって言うかもしれんが、パーッと使っちまうのも大事じゃあないか?」

 

 憲兵は案外賭け事が好きである。

 

「しかし...」

 

「いんや提督...あんた、意外と倹約家なところがあるだろ?

 それに大量資材を使い込んだってなら、それなりの見返りはあると思うぜ?」

 

「いや...」

 

 元気づけようと憲兵が声をかけるが、さらに翔は落胆する。

 

「その...見返りについて、なのだが...」

 

「...なにか、あるの?」

 

 憲兵の背中に隠れながらも顔だけ覗かせて、駆逐艦も聞く。

 

「知らぬ間に艦娘建造をしてしまったみたいで...誰を迎えることになるのか、わからないんだ...」

 

 艦娘建造...語感から艦娘を造るということだろうか。とはいえ艦娘自体謎が多いし、妖精さんについては存在すら定義できていないのだ。今更建造などと聞いて驚く憲兵ではない。

 

「い...いやいや、言うても船を造るよりも艦娘はずっと小さいだろ?二日三日もすりゃあすぐに────」

 

 完成するんじゃないか...と言いかけたが、遮るように翔が無言で指をさした。

 

 

『4499時間38分』

 

 

 反転式フラップ表示機...空港とかでたまに見る、あのパタパタ時刻表のようなものに、確かにそう表示されていた。

 

「4500時間...?」

 

「...187日半だ」

 

「────よし、他の場所も回ろうか!」

 

「...ん。」

 

 あくまで憲兵は警備やら門番が仕事。

 つまり提督の仕事に首を突っ込むのは身の程知らずな行動なのだ。

 

 ...そんな言い訳を頭の中で考えながら、憲兵は見なかったことにして駆逐艦の手を引き立ち去るのであった。

 

 

 

 ∽

 

 

 

「〜〜♪」

 

 山城と一緒に買い出しから帰り、着替えようと部屋に向かっていると、偶然にも駆逐艦と憲兵に鉢合わせた。

 

「あら〜、憲兵さんと駆逐ちゃんじゃない」

 

「おう龍田、買い物帰りか?

 そのかわいい服似合ってるぞ。」

 

「きれい...」

 

「ふふっ、ありがと〜♪」

 

 二人から褒められて少しむず痒い気分になる。意外と褒められることに慣れていないのだ。

 

「んじゃあそろそろ龍田に着いてったらどうだ?一緒に風呂でも浴びるといいさ。」

 

「...ん。」

 

 露骨に世話を押し付けるあたり、相当遊んだのだろう。見た目はそこそこ若いが意外と歳食なことを龍田は知っている。

 

「はいはい、じゃあ着替え取りにいくから〜、ちょっと着いてきてね〜。」

 

 駆逐艦はぱたぱた駆け寄ってきゅっと龍田の手を握る。少しひんやりしているけど、ぷにぷにしていて柔らかかった。

 

 

 

 ∽

 

 

 

 二階に上がって廊下を突き当たりまで進んで右の部屋に、私は招き入れられた、

 

「そういえば〜...山城さん以外に私の部屋に、誰かを入れるのは...初めて...かなぁ?」

 

 縦長ロッカーを木製にしたような、小さなクローゼットの前で着替える龍田さんを、ふかふかのベッドに腰掛けて待つ。

 

 ほわほわした白い雲にリボンと顔を描いたような少し風変わりなクッションや、ひとつぶ涙をこぼす長いくちばしのペンギン人形...その他かわいい?人形がたくさんベッドには置いてあった。

 

「あら〜...ハンガー買ってくるの忘れちゃったぁ」

 

 開いている窓からは風がよく通り、優しくはためく薄い青色のカーテンが西日を見え隠れさせる。

 

「お洗濯は〜また明日、ね。」

 

 ふと横を見ると、枕近くの壁に、いつも龍田が持っている刃のついた黒い棒が置いてあった。

 

「〜〜♪」

 

 生身のワタシからすると、かなり重くて持ち上げるにも一苦労だった。

 体格差があるとはいえ、日常的に持ち運べる龍田はかなり力が強いのだろう。

 

「あなたの分のタオルも持っていくわね〜。」

 

 決して音を立てないように、床が軋まないことを願って立ち上がる。

 肩に担ぐようにして先端を斜め下に構え、重力に任せて、無防備な背中に振り下ろ...

 

「駆逐艦ちゃん?危ないから勝手にさわっちゃダメよ〜?」

 

「...ん?...ん。」

 

 いつの間にやら(・・・・・・・)持っていた、ずしりと重い龍田さんの薙刀をひょいと取られ、代わりにおおきなタオルを手渡してくれた。

 

 風呂といえば、身体を洗いあたたかい湯に浸かるあれのことだ。

 

 自分でも気づかぬうちにぴょこぴょこ跳ねながら、龍田と一緒について行く駆逐艦であった。

 

 

 

 

 




後書き

翔「全く...コンブの奴もこのお話一本ではそりゃあ少し厳しいのもあるさ。あっちの話は失踪するかもしれないが、この話は確実に完結させると言っている。気分を変えさせてこっちの話の質を上げる為にも、許してやろうじゃないか。」

電「翔さんがそういうなら、わかったのです...
 あと、あちらの方はほぼ確で失踪するのです。もちろん“あなたが手を引いてくれるなら”は確実に失踪しないのです!」

翔「もし、この小説が終わったら...いや、なんでもない。
 次回も読んで頂けると嬉しい。」


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48話 静かな旅立ち




「────今日は、皆に報告がある。」

 

 朝ご飯の時間に、艦娘たちの前に出た翔は重い口を開く。

 

 ただならぬ空気に気圧され、わいわいと食事を楽しんでいたほとんどの艦娘がぴたりと箸を止め、静かになる。

 

「...何人か知っているかもしれないが、我々第七鎮守府は...艦娘の建造に踏み出した。」

 

 おおー、やったな、と艦娘たちは歓声を上げる。

 大本営ですら新しい技術ということで手を付けなかった...まあ平たく言うとビビって手を出さなかった建造を、おそらく日本で一番に開始したのだ。

 

「...だが。本当に私のミスなのだが...この鎮守府の備蓄の九割近くを注ぎ込んでしまったんだ。」

 

 ────えっ

 

 誰かの言葉を皮切りにどよめきが起こる。

 

「はいはーい!」

 

 ふりふりと元気に手を挙げたのは村雨。

 

「そんなにたくさんの資材を入れてしまったのはちょっと驚いたけど...そのぶん強い艦をゲッツしちゃったり??」

 

 いつもの元気なノリで言い放つが、意外と的を得た言葉である。

 

「...確かに、昨日帳簿を確認すると量的にそれぞれ4桁...特に弾薬と鋼材はあわよくば5桁に届きそうなくらい使ってしまったようです。」

 

 改めて数字でその量を確認し、はぁ...とため息をつく加賀。

 

「...どれも大量の資材を使ってしまいましたが、比率的にボーキサイトは少なかったので、空母が建造されることはまずないかと思われます。」

 

 紅茶で唇を濡らす加賀。制空権は私で十分、と言わんばかりの佇まいである。

 

「じゃあきっと戦艦の人が来るわね!

 ...で、いつ頃お迎えできるのかしらっ

 早く歓迎会の準備をしなくちゃ!」

 

 腕まくりをして雷は意気込むが、

 

「────4500時間後だ。」

 

 

「「「え?」」」

 

 

 ほぼ全員が唖然とする。

 

「分かりづらかったか?

 ...187.5日だ。」

 

 どうやら艦娘たちは建造という技術を知っているものの、掛かる時間や費用については知らなかったらしい。

 

「ふざけんじゃねえぞ────!」

 

「うわっ、ちょ待っ!」

 

 止めに入る鈴谷を突き飛ばして翔に詰め寄る摩耶。

 

「てめぇ────」

 

「摩耶さんいい加減に...!」

 

 鈴谷より力の強い榛名がなんとか摩耶を捕まえるが、

 

「いい加減にするのは提督の方だろ!!」

 

 怒鳴り声を上げ、翔を睨みつける。

 

「折角集めた資材ほぼ全部使い込んで、新しい仲間が来るのは半年後だと?てめぇはどんな思いで駆逐艦のガキどもが遠征に行ってるか分かってんのか?!!

 最低限の武装で海に出る気持ちを!

 渦潮に足を取られて引き込まれる怖さを!!

 重いドラム缶を引き摺る辛さを考えたことはあんのか?!!」

 

「摩耶ちゃん、いい加減...」

 

 押さえつけられながらもまくし立てるのを龍田が止めようと入るが、

 

「龍田...お前が一番知ってんだろ...?」

 

 

「────っ!」

 

 

「遠征に行った艦娘(アタシ)たちが、確実に帰ってくるとか思ってねえだろうなぁ...?」

 

「.....て」

 

「執務室の分厚い本にも書いてあったと思うけどよ、どうして疲れているアタシたちを遠征に行かせるのを禁止しているか知ってるか?」

 

「...い加減...て」

 

「“アイツ”はまだ、遠征から────」

 

 

「────いい加減にして!!!!」

 

 

 叫びに近い声を上げて、駆逐艦の手を握り食堂から走り去る龍田。

 しん、と静まる。

 

 

「...摩耶さん、気持ちはわかるけど、少し言い過ぎじゃないかしら?」

 

「...今のは悪ぃ。ほら、どいてくれ。」

 

 山城の言葉と、龍田を傷つけてしまったことで冷静になったのか、榛名を退かす摩耶。

 

「...提督、てめぇがドジ踏むのは別にどうも言わねーよ」

 

「(...いや、散々殴られて来た気が...)」

 

「たださっきみてぇな態度は二度と許さねぇ。」

 

「...本当に、申し訳ない。」

 

 100%翔が悪いのは確かだ。

 彼女たちを信頼しているとはいえ...いや、信頼しているからこそ、こういう謝罪を疎かにしてはならないのだ。

 

「────あ、そういえば電ちゃんは?」

 

「...さっき、龍田さんを追いかけて...はい。」

 

 鈴谷の言葉で全員が辺りを見回す中、春雨が指をさす。

 

 半開きの扉が、きいきいと揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

「...ごめんね、連れてきちゃって。」

 

 龍田と駆逐艦は工廠横の防波堤に腰掛け、夜の海を眺めていた。

 

 山城にも気づかれてないと思うのだが、龍田は夜、よくここに一人で来る。

 灯台は深海棲艦に見つからないよう最低限しか点かないため、視界は月明かりと鎮守府の微かな明かりだけが頼りだ。

 

 だが、この暗さが、龍田にとって都合がよかったのだ。

 

「実はね、この鎮守府には〜、まだ遠征から帰ってきてない子がいるの。」

 

 ぽつぽつと、龍田が言葉を紡ぐ。

 

「.....ん」

 

「その子が来た時からずーっと私が面倒見てたんだけど、ちょっとだけ喧嘩になっちゃったまま、仲直りできていないの。」

 

「.....」

 

「その子はあなたくらい小さくて、さらさらした髪で、私が毎日お団子結ってあげてたの。」

 

 隣に座る駆逐艦の髪を、ゆっくりと撫でる。

 

「最初は喧嘩別れみたいになっちゃったし、私たちは戦うために生まれたし、轟沈した子は見てきたから、割り切ろうって思ったの。

 でもね、どうしても...忘れることができなくて」

 

 ごそごそと懐をまさぐり、

 

「唯一見つかったものだけど...これがあるってことは、まだ、あの子がどこかで生きてるんじゃないかしらって、思えるのよ...」

 

 取り出したのは、ぼろぼろの眼鏡だった。

 

 やってはいけないと龍田自身もわかっている。わかっているが、震える手で、龍田はそれを駆逐艦に掛けさせた。

 

 曲がってはいるものの、ぴったりと、それは駆逐艦の顔に合っていた。

 

「...龍田さん」

 

「どうしたの?」

 

「...龍田さんは、ずーっと悪いことをしたなって、思ってるんだよね。」

 

「え...?」

 

 戸惑う龍田を無視して、訥々と駆逐艦は語る。

 

「...喧嘩したことを、ずっと自分のせいって...思い詰めてたんだよね。

 ずっと、ずーっと引きずってきたんだよね。」

 

 ガチャコンと、取り上げられたはずの砲を構える駆逐艦。

 

「...もう大丈夫だよ。」

 

 いや、違う。

 闇夜に溶け込むような黒鉄くろがねでできたそれは、深海棲艦の艤装であった。

 

 だが砲口を突きつけられているのに、龍田は抵抗しない。

 

 龍田が旧第七鎮守府解体時に離脱しなかった理由は。

 

 今までずっと生きてきた理由は。

 

 度々この防波堤に来て独り言つ理由は。

 

 

「────私が、償わセてアゲル。」

 

 

 

 

 

 そして、きっと目の前の深海棲艦は。

 

 

 

 

 

 駆逐艦が、龍田の頭を撃ち抜く寸前。

 

 

 

 

 ────ガキィィィン!!

 

 

 

 

「────間に合った、のです...っ」

 

 

 

 

 割り込んだ電が、駆逐艦の砲を蹴りあげた。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

「龍田さん、しっかりするのです!」

 

「電...ちゃん」

 

 虚ろな顔でへたり込む龍田。

 蹴り飛ばされた駆逐艦は勢いを利用して大きく飛び退る。

 

 前々から電は、龍田の部屋などから『深海棲艦の気配』をたびたび感じ取っていたのだ。

 鋭い電だからこそ分かる、微弱なそれを。

 

「邪魔...スルナヨォ!!」

 

 あまりの暗さに砲撃より肉弾戦がいいと判断したのか、単装砲と思われるそれを振り回し、直接殴りかかる駆逐艦。

 

 その判断は、電にとって嬉しいものであった。

 

「はあッ────!」

 

 電が合わせて刀を振り下ろすと、駆逐艦の砲口が輪切りになって落ちる。

 

「ぐッ...死ネェぇええエエエ!!」

 

 振り下ろした腕を電に向け、砲撃する駆逐艦。

 しかし無理な体勢で撃ったからか弾詰まりを起こし────

 

「はわっ!」

 

 爆風に巻き込まれた電は海に吹き飛ばされるが、船底艤装を展開させ体勢を立て直し、輸送船を繋ぐロープを掴んで陸に跳び上がる。

 

 龍田を背に刀を構える電。

 ...駆逐艦は煙を上げながらうつ伏せに倒れていた。

 砲を持っていた腕は吹き飛び、受け身を取れなかったのか...脚がありえない方向へ曲がっている。

 

 深海棲艦には地上戦に適応した種もいるのだが、彼女はそうではなかったらしい。水上ならば砲撃の反動を逃がすことができるが、硬い地上では両の足で直接耐えねばならないのだ。

 

「巻雲ちゃん...!」

 

 聞き覚えのない名前を叫び、視界の端から龍田が駆逐艦の元に駆け寄る。

 

「たつ...た.....さ.....」

 

「巻雲ちゃん...巻雲ちゃん!」

 

「...ごめ.....なさ.....」

 

 掠れるようなささやき。

 

「龍田さん、危ないのです。

 ...離れるのです。」

 

 龍田の後ろから声をかける電。

 なにやら縁があるらしいが、敵は敵...せめて龍田ではなく、無関係な自分が止めを刺すべきだと思ったのだ。

 

「...龍田さん?」

 

「...あなたが、離れて。」

 

 ボロボロの駆逐艦の前に、龍田が薙刀を構えて立ちはだかる。

 

「...龍田さん、目を覚ますのです。もう、その駆逐艦は手当てしても助から」

 

「────嫌ッ!!」

 

 ひゅん、と風切り音。

 

 ...今のままでは話が通じない。しかし彼女の薙刀は吐息のように震え、まともに戦える状況ではない。

 

 ...仕方あるまい。

 

 電が構えた、その時だった。

 

「────ウアアあアああぁァ!!」

 

 駆逐艦がうつ伏せから、上半身を引きずるような前傾で駆け出した。

 見開いた目から溢れる(チカラ)が残像を引き、

 

「きゃ────」

 

 目の前に居た龍田を突き飛ばしてなお走り...

 

「え────」

 

 

 

 

「────ぐ、ぁ...」

 

 

 

 

 電の刀に、飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────龍田さん、慰めてくれてありがとう...迷惑かけて、ごめんなさい...

 

 

 遠征に行って、泥のように眠りこけて、最低限の補給を済ませて、また遠征に行く日々。

 

 

 ────良いのよ。私にとってあなたのことを見られるのが、唯一の幸せなんだから...

 

 

 いつものように慰めてくれる。

 

 

 でも私は、彼女の底抜けの優しさに

 

 

 ────ねぇ、龍田さん。

ㅤㅤ私って、なんで生まれてきたんだろ。

ㅤㅤ生きるって、こんなに辛いの?

 

 

 疑心を、持ってしまった。

 

 

 ────いつか、きっと楽しく...

 

 

 いつも優しい彼女が、わからなくて。

 

 

 ────嘘だ!ずっと...ずっとこの鎮守府で!遠征ばっかり行かされて!奴隷みたいな扱い受けて!もう嫌なの!こんなぐらいなら

 

 ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!!

 

 

 耳障りなアラーム。次の遠征の報せだ。

 

 

 ────行ってらっしゃい。

 

 

 ────......、.........ごめんね、龍田さん。

 

 ㅤㅤㅤ............ありがとう、龍田さん。

 

 

 

 

 いつも励ましてくれて、食べ物をくれて、ぎゅっと抱きしめてくれる龍田さん。

 帰ったらどんな顔をして会えばいいのだろうか、なんて思っていたけど。

 

 これまた偶然が重なったのか、その日は大荒れで、補給が少なくて、深海棲艦に襲われて。

 

 視界が暗くなっていく。

 

 

 ────謝...り...た、──な...

 

 

 都合─い...こと──えて.....。

 

 

 ────のまま...消え──り.....たい──

 

 

 

 

 

 

 

 ふたつの願いは、どちらも叶うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

「────っ!」

 

 

 久しぶりの、あの感覚だ。

 他人の記憶で頭をかき回されたような頭痛。

 

 

「ぅ...ぁ......」

 

 

 駆逐艦の胸から血と...あの黒いモヤ凝縮したような、実体のない液体が飛び散る。

 

 

「ごめ......ね...」

 

 

 電に言ったのだろう。

 

 黒刀が鈍く輝いて、じゅるじゅると貪るように黒い液体を吸い取っていく。

 

 

「嫌...なんでっ.....!」

 

 

 刀を抜いて支えようとするけれど、くずおれる駆逐艦をうまく支えきれずに横たわらせてしまう。

 

 

「たつ...た、さ.....に」

 

 

 駆逐艦が何かを言いかける。

 ...しかしその言葉を最後に、身体から力が抜ける。

 

 

『電!龍田さん!!大丈夫?!!』

 

 

 暁の声とともに遠くから探照灯で照らされ、電は気づいた。

 深い黒色のワンピースが臙脂色のジャンパースカートに変わり、胸に大きな緑のリボンを着けていたことに。

 

 しかしどちらも煤けてボロボロに破れていて、駆逐艦の体も目を当てられないくらい凄惨な姿だった。

 

 

「せっかく...会えた、のに...」

 

 

 龍田は駆逐艦の前でへたり込み、冷たく動かない手を握る。

 

 

「...?」

 

 

 探照灯に照らされていて見えづらいが、ぽっ...と、微かな光が駆逐艦を覆っていた。

 

 

「え...」

 

 

「なにが、起こっている...のです?」

 

 

 そして駆逐艦を覆う光から、これまた小さな光の泡がふわり、ふわりと空へゆっくり浮かび上がっているのだ。

 

 

「電、龍田!大丈夫か?!」

 

 

 安全を確認した翔が走って二人の元へ行くが、だんだんと増えていく光の泡に目を丸くする。

 

 

「嫌...巻雲ちゃん.....消えないで...ッ!」

 

 

 空へ浮かび上がる光に手を伸ばして、必死に掴もうとする。

 

 

「これは...そうか。」

 

 

 

 

 

「この子は、消えるんじゃない。

 

 

 ────(かえ)るんだ。」

 

 

 増える泡と対照的に、だんだんとその姿を薄くする駆逐艦。

 

 

「海で力尽きて轟沈し、深海棲艦として甦るとすると...陸では魂の行き場所がない。」

 

 

 身体も、服も、ひしゃげた眼鏡も、全てが泡になって空へ上っていく。

 

「だから、空に、還るんだ...」

 

 

 駆逐艦を包む光がいっそう強くなる。

 

 

「艦娘として戦い、戦死して深海棲艦として甦り、撃破されてまた艦娘として甦るという...戦いの輪廻から解き放たれたんだ...」

 

 

「ってことは...巻雲ちゃんは...」

 

 

「二度と...邂逅することはないだろう。」

 

 

「......っ!」

 

 

 いま一度、その感触を刻もうとした龍田の手は、淡い光を掴み────

 

 

 それも、空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

「あれからもう、一ヶ月ね〜...」

 

 

 久しく通っていなかった防波堤に、一人歩いていく。

 

 

「電ちゃんと敵対したからって、提督さんに謀反罪として一ヶ月も謹慎させられちゃったのよ〜。」

 

 

 特にみんなの態度は変わらなかったが、気を遣ってか少し距離を置いてくれる人や、甘えさせてくれる駆逐艦や、ウザいくらい馴れ馴れしく付きまとってくる重巡もいた。

 

 ...まあ、彼女なりの気遣いなのだろう。そういう性格なのだ。

 

 

「...はい、おみやげ。」

 

 

 弾薬が抜かれた単装砲の上に、持っていた缶ジュースをコトリと置く。

 ...誰かが律儀に花を供えてくれている。

 

 

「...不器用な人よね〜。」

 

 

 間延びした声を、波音がかき消す。

 

 

「...あら?」

 

 

 よく椅子替わりに腰掛けていた杭の傍に、小さな黒いものが落ちていた。

 

 

「......」

 

 

 龍田も見覚えがある、小型通信機であった。

 

 

「まさか、ね〜...」

 

 

 砂で汚れているが、海軍のマーク。艦娘が鎮守府と連絡を取るために、所持を義務付けられているもの。

 

 この録音機は一度でも通信が切れると、その瞬間録音が止まる。

 

 つまり轟沈及び行方不明の艦娘が居れば、録音が止まった場所で何らかの異常が起きたと割り出せるのだ。

 

 解析装置は執務室にあるが、ちょうど今は昼ご飯の時間。

 “物好き”な提督のことだ。

 

 彼は食堂で非番の艦娘たちと駄弁っているだろう。

 

「......」

 

 

 考えるより先に、身体が動いていた。

 

 食堂から見えないように工廠裏を通って、一階窓から忍び込む。

 急ぎ足で階段を駆け上がり、横開きのドアを開ける...

 

 

「────どうした?そんな息を荒げて。」

 

 

「...!」

 

 

「ちょうど今、書類が終わって昼飯にでも行こうと思ったんだがなぁ。」

 

 

「...私が言うことでもないけど〜、どういうことかしら?」

 

 

 執務机に書類など一つもない。

 

 

「あぁ、何か用があるならくれぐれもノートパソコンには触らないでくれよ?

 さっきまで暁の主導力の高さを分析するために、録音機を借りて聴きながら作業していたんだ。

 というわけで────」

 

 

「...提督さんは、知っていたの?」

 

 

「────なんのことだ。」

 

 

 ...あくまでシラを切るらしい。

 

 

「...だが、艦娘が陸で消えてしまったとしたら、装備を始めとする後から持つことになった物が残るってのは、大体予想がつく。

 とはいえ前任がド真面目にそんなもの着けさせていたかはわからないが、な。」

 

 

「......」

 

 

「あぁ、そうだ。

 今度飯にでも誘おうか、とかなんとか榛名がそわついてたぞ。」

 

 

 ぽんぽんと肩を叩いて立ち去る翔。

 扉が閉まってからも固まっていたが、はっ、と我に返った龍田は端子を繋げる。

 

 

 (横向きの三角...だったかしら?)

 

 

 パソコンは初めてだったが...イヤホンを耳に近づけて、なんとか録音を再生する。

 

 

『────、────!』

 

 

 二十分ほど、暴風と波音と砲音が続く。

 

 

『たつ────さ...聞こ...る...』

 

「あ......っ」

 

 

 聞きづらいが、確かにあの子が話している。

 マウスを持つ右手につい力がこもる。

 

 

『ごめ......な...い、帰れ......い...す。

 私の記ろ...見......なんて、龍田さ...ないか...』

 

 

 私の記録を見る人なんて、龍田さんしかいないかな...と言っているのだろうか。

 途切れ途切れの言葉を、必死に補完して聞く。

 

 

『だから...たつ...んに、......えます。

 あんな...と言っ...けど、龍田...がすき...す。

 ......聞い...るなら、たしは死...もしれな...

 ...し聞いて...ら...つ...たい言葉......ます。』

 

 

 (...伝えたい、言葉...?)

 

 

 雨風の音が轟々と響き...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 囁き声を感じ、右に振り返る。

 

 

「え...?」

 

 

 部屋の雰囲気に合わせた、木製の本棚。

 いつか完成させる、と言いながら最近手付かずのボトルシップ。

 もちろん、視界には誰も映らない。

 

 

 巻き戻そうとバーを動かしても、画面に丸がくるくると回転し

 

『接続されていません』

 

 の表示しか出ない。

 

 

 

 

「巻雲...ちゃん────」

 

 

 

 

 おかえり、という言葉を...寸前で飲み込む。

 もう、巻雲という“艦娘”は存在しないのだ。

 

 

「巻雲ちゃん────」

 

 

 

 

 

 

 

「────」

 

 

 

 

 

 ────コンコンコン、ガチャリ。

 

 

「提督さん、お疲れさまで────あれ、龍田さん...どうされたんですか?」

 

 

「あらあら、榛名さん...ちょっと野暮用でね〜...

 榛名さんは〜、今日は訓練場でお昼までのご予定、ですよね〜?」

 

 

「はい、使った資材の報告に来たんですが...」

 

 

「提督さんはさっきどこかに行っちゃったから〜...

 ...あ、もし時間があったらなんだけど、ちょっと遠くまでランチでもどうかしら〜?」

 

 

「い、いえ、嬉しいのですが榛名は報告を...」

 

 

「そんなのは後でい〜のよ、憲兵さんに頼んでお車出してもらいましょうね〜♪」

 

 

「あ、あ〜〜れ〜〜っ!」

 

 

 

 

 

 

 

『リムーバブルディスクの接続が解除されました』

 



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7章
49話 冬の第七鎮守府(短編)


「お久しぶりです、コンブです。
 事情があり、予告なく長期休暇を取ってしまい読者の皆様に大変ご心配お掛けしました。
 鈍筆ながらも連載は続ける予定です。
 これからも、どうか翔くんと電ちゃんたちの物語にお付き合いいただけると嬉しいです。」


 

 

「う...ぁあ...」

 

 

 

 身体が震える。

 

 

 

「...翔...さ.....離さな...で...」

 

 

 

 抱きしめてなおすり寄ってくる腕の中の電も、同じくかたかたと身を震わせる。

 

 

 

「あら〜?

 提督さん、朝ですよ〜?」

 

 

 

 その声を聞いて、いっそう力強く電を抱き寄せる翔。

 

 

 

「まだ寝てるのかしら...

 山城さん、そっち持って。」

 

 

 

 やめろ、それだけはやめてくれ。

 

 

 

「...うん、大丈夫よ」

 

 

 

 よせ、やめろ。考え直せ。やめてくれ、頼む、お願いだからそれだけは

 

 

 

「────せーのっ!」

 

 ばさぁぁぁ!!

 

 

 

「「ぎゃあああああああああああ!!」」

 

 

 

 冷えきった外気に晒された二人の絶叫が、執務室にこだました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さささささ寒いのですう゛ぅ...」

 

 着替えてもなおぷるぷると震える電。しかし彼女の体は暖かい。

 

「くそ...っ、ここまで寒いとは聞いてないぞ...」

 

 ギリリと歯を食いしばる翔。

 こうやって提督として軍に仕えているが、彼は基本的な訓練だけ学校で履修して、才能を買われて軍人になった...

 

 つまり、過酷な環境での生活に慣れていなかったのだ。

 

「チィーッス提督ぅ♪最近寒いよねー」

 

「榛名も、〇越のセーターが手放せません...」

 

「ほんっと、前んとこより段違いで寒いんだけど...」

 

 鈴谷や榛名のように三〇で買ってきたお洒落な上着を羽織るくらいで大丈夫な娘から、電や北上のように人で暖を取らねばならないくらい寒がりな娘まで十人十色のようだ。

 

 ということは、寒さに強い娘もいるということで...

 

「おはようしれーかん!牛乳あっためてきたわ!」

 

「おぉ、ありがとう。」

 

 雷がお盆を手にとてとて駆け寄ってくる。

 

「寒いでしょ?お布団敷いてるわ!」

 

「ありがとう...」

 

「ちゃんと羽毛布団もかぶらないと風邪引いちゃうわよ!」

 

「あり...が...zz...」

 

「...って寝かしちゃダメでしょ!」

 

「司令官もしっかりしてっ」

 

 村雨と暁に怒られてしぶしぶ起き上がる。

 

 ...確かに司令官ともあろう翔がこんな調子では、みんなも身が締まらないはずだ。

「...にしても村雨も暁も最近やけに加賀と仲が良いな。

 あーいや、悪いことではない。むしろいいことだと思っているぞ。」

 

「そうね〜、ちょっと羨ましいくらいね〜...」

 

 翔から布団を剥ぎ取った龍田が悪びれることなく、頬に手を当てて微笑む。

 

「私と加賀さんは前の鎮守府でも長い付き合いなの。このくらい当然よ!」

 

「ふふっ、村雨も加賀さんのことが大好きなんだもーん♪」

 

「...この第七鎮守府は東北...日本海側に位置しています。それにまだ十一月上旬。さらに寒さは増すと思われます。」

 

「お、いつもありがとな。」

 

 抱きつく駆逐艦たちを撫でて、必死になにか...主に鼻からこみ上げるものを我慢しながら、加賀が今日の書類を持ってきてくれた。

 

「よお提督...って、まさか今頃起きやがったのか?」

 

「そんなこと言われてもな...この季節は仕事も少ないしこんなにも寒いし、布団から出るのが億劫にだな...」

 

「なーに言ってんだ、こういう暇な時こそ身体を鍛えるチャンスだろ?

 なんでも、最近妙に強い深海棲艦がいるって噂もあるからなっ」

 

 しゅっしゅ、とシャドーボクシングを始める摩耶。

 彼女は集合時間などには遅れがちなものの、生活リズムはかなり正しい方なのだ。

 

「アタシか加賀にでも目覚まし頼んだら...

 ────って熱っ!」

 

「あら不幸の気配。もしかして風邪でも...って熱いわね!」

 

 馴れ馴れしく肩を組んだ摩耶と、体温を測ろうと加賀の額に触れた山城がサッと手を引っこめる。

 

「その、実は...加賀さんは排熱が苦手というか...人よりも体温が高くなりがちなんです。

 特にお布団をかぶったり、艤装を展開すると熱くなってしまって...」

 

「...おおよそ体温が四十度を超えてしまいます。」

 

 榛名と加賀自身の説明を聞いて納得する翔。人間で体温が四十度を超えるとなると死が見えてくるが、彼女たちは艦娘...そういう所も強いのだろう。

 

「なるほど、だから村雨と暁は...」

 

 すっと視線を向けると、二人は目を逸らしてわざとらしく口笛を吹き始めた。

 ...暁はすぴー、すぴーと吹けていなかったが。

 

「まあでも、みんな電みたいに艤装を展開する訳にはいかないからな...」

 

 砲が暴発する危険性がゼロと言えないのも理由のひとつだが、彼女たちの艤装は見た目に反してものすごく重く、駆逐艦が片手で楽に持てる12cm単装砲ですら、鍛えている大人が両手を使ってでも持ち上げることさえ難しいくらいなのだ。

 そして機関部は砲よりも重く、船底なんか展開すれば床が傷だらけになる。

 駆逐艦たちならまだしも、榛名や山城となると床が抜けてもおかしくないだろう。

 ちなみに鎮守府内で艤装展開できるのは、電と龍田だけだ。刀も薙刀も意外と軽い。

 ...とはいえ、薙刀も弾薬を積むとものすごく重くなるのだが。

 

 また、この鎮守府には冷暖房が備わっているが、

 

「なぁ、やっぱ少しは暖房を」

 

「身体に毒ですよ〜?」

 

 ...この通り、付けようとすれば龍田を初めとする健康にうるさい艦娘達がムッとするのだ。

 

 しかし、今日の翔は少し違う。

 

「...じゃあ私にも考えがある。電、ちょっと持ちあげるぞ」

 

 身体にへばりついていた電を剥がし、龍田にぐいと押し付けると、暖を失った電は目を閉じたまま龍田に抱きつく。

 

「ふわふわ、なのです...」

 

 ぷにゅぷにゅと(軽巡とは思えない大きさの)胸部装甲の形を変えながらしっかり背中まで腕を回したのを確認し、電の肩に毛布をかけてやる。

 

「あ、暖かい...じゃなくて...って、あら?」

 

「ふっ、電を剥がすのにはコツがいるのだよ」

 

 翔に返そうとするが、なかなか離れない電に苦戦する龍田に、にやりと悪い笑顔を見せる翔。

 

「あらあら...ち、ちょっと提督さん、電ちゃんを...」

 

「あーわざわざ加賀さんが書類持ってきてくれたし仕事しないとなー」

 

 やけに棒読みな声で椅子に座り、翔はスラスラとペンを走らせる。

 

「えっ、ちょっと提督さ...ええ〜...」

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

「...よし、そろそろ一時間か。電の面倒を任せてしまって悪いな。」

 

「もう、仕方ない提督さんね〜」

 

 ちょっと怒りっぽく言いながらも電の背中を撫でているあたり、満更でもなさそうである。

 他のみんなはタンカー護衛やら訓練やらにほとんど出払ってしまい、執務室に居るのは龍田と電くらいである。

 

「じゃあ電は...よし、電は工廠の艤装開発に行ってくれ」

 

「はいなのですっ」

 

「あっ」

 

 刀を出した電は龍田と一緒にくつろいでいたソファーから降り、ぴょこぴょこと執務室から出ていく。

 

「......」

 

「さて、換気のために窓でも開け────」

 

「ち、ちょっと待ってくれないかしら...?」

 

「ん?どうしたんだ龍田。やけに顔色が悪いなぁ?風邪か?」

 

「いえ、その...」

 

「なんでもないなら大丈夫だな。」

 

 大窓を少し開けると外気がひゅうひゅうと音を立てる。龍田は毛布に残った暖気に縋るが、無慈悲にも北風はそれを奪い尽くす。

 

「ね、ねぇ提督さん、寒いでしょう?

 痩せ我慢は身体に毒ですよ〜...?」

 

「何を言っている。我慢も何も日頃から換気しておかねば流行病が蔓延するかもしれないだろ?

 それにもし艦娘のみんながインフルエンザなんかにかかったとして、みんなの体内で菌が突然変異なんか起こしたら目も当てられんぞ。」

 

「そ、そうね...でもたしか押し入れに空気清浄機が...」

 

「そんなものに頼ってはダメだと言ったのはどこの誰だっけな?」

 

「...っ!」

 

 ...これが翔の狙いだった。一度“暖かさ”を知ってしまえば、どんな人間も艦娘も、寒さには戻れなくなる。

 

「まさか龍田...

 ────寒いのか?」

 

「き、今日は冷え「いやまさか今までずっとこの寒さを私たちに強いてきた龍田が今更寒いなんて言うわけないよなぁ?」

 

「あ...う...」

 

「お?どうした、何か言ったか??」

 

「...」

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「翔さーん、装備改修が上手くいったので...す?」

 

「おう電、えらいぞ〜!

 引き続き頑張ってくれ!」

 

「えへへ...じゃなくて、その...」

 

「...電ちゃん、いいのよ。あなたは何も悪くないの。」

 

 この日から執務室に炬燵が配備されることになるのだが...まさかこの炬燵が第七鎮守府を飲み込むことになるとは、知る由もないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「しれーかん!なにこれ!!」

 

「遠征お疲れさま、雷。これは炬燵って言ってな...龍田みたいに足や身体を入れて暖まる布団テーブルみたいなヤツだ。」

 

「すごーい!」

 

 

 

 

「提督、これは...炬燵ですか?」

 

「訓練お疲れさま、榛名。ゆっくり休んでいくといい。」

 

 

 

 

「あっれ、提督炬燵なんか出しちゃって...龍田ちゃんに怒られても知らないよ?」

 

「お疲れさま鈴谷。龍田なら...」

 

「うっわ事務所NG顔でぐっすり寝てんじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────にしても集まってきたなぁ」

 

 日が傾いてきた頃には、艦娘たちの大体が炬燵に潜り込んで談笑したり、ミカンを食べたり、本を読んたりと思い思いに過ごしていた。

 

「よし...みんな、夜ご飯まで少し暇だし、面白い話でもしようじゃないか!」

 

「おっ、なになにー?」

 

「榛名...気になります!」

 

 ざわざわしていた艦娘たちが、興味の目を翔に向ける。

 

「折角夜が長くなってきたこの季節...ちょいと怖い話でもどうだ?」

 

「やだあああ!!」

 

 執務机に一番近い、翔が座った目の前の炬燵から暁が抗議の声を上げる。

 

「あー、苦手なら端っこで雷や春雨村雨と固まっていなさい。」

 

 しかし暁は炬燵から出ようとするものの、うー...とうめきながらウジウジしてなかなか動かない。

 

 (実は暁って怖い話とか好きなのか...?)

 

 妹や春雨姉妹を気遣って抗議したのかと翔は勝手に解釈し、部屋の電気を暗めに切り替えて、雰囲気をつくる。

 

 ...が。

 

「────って言ったはいいけど、実は何を話そうと思ってたのか忘れてしまったんだ、はははなは!」

 

 ────ズコーっ

 

 立っている娘は居ないはずなのに、なぜかみんなが転んだような気がした。

 

「しょうがないわね...」

 

 と、口を開いたのは、意外にも山城だった。

 

 艦娘たちは少し顔を見合わせて、鈴谷は他にも人が入っている炬燵をずらしてまで近寄り、摩耶は毛布の端をきゅっと握り、耳を塞いで目を閉じる春雨を北上はそっと抱き寄せ、みんな静かになったことを確認して...山城は語る。

 

 

「これは...この鎮守府の建築の、不思議なことなんだけど...」

 

 

 思えばこの時、暁の異変に気付いていれば。

 翔は後悔することになる────

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

「────今もこの鎮守府で、何者かを探すような声が聞こえるって話...」

 

「「「「「......」」」」」

 

「...なーんて、作り話よ?」

 

 山城はおどけるが、リアリティがありすぎてみんなガクガク震えている。

 話の内容をざっくり説明すると、この鎮守府の一階の一見意味の無い廊下...そのどこかに地下へ繋がる道があり、そこには前任が轟沈処理を大本営に出していた艦娘が監禁されていて...今でも衰弱死した艦娘の亡霊が姉妹艦を探している、というガチな方で怖い話だった。

 

「...つ、作り話なんだからさ、ほ、ほら!大富豪でもしましょ!」

 

 固まった空気を切り替えるように村雨がトランプを混ぜ始め、程なくしてざわざわと活気が戻っていく。

 

「よ、よし...そうだな、お開きにしようか。」

 

 パチパチと電気を付け、そっと執務室を出て...翔はある場所へ向かった。

 

 

 

 

 

 

「はーーーほんと美味しいなぁ...」

 

「あら、嬉しいわ♪

 でもお夕飯はちゃんと食べるのよ?」

 

「大丈夫だよ、こんな美味い飯を残すわけないじゃないか...」

 

「ふふっ、上手なんだから〜」

 

 全てを優しく包み込むような柔らかい声に、翔はほっと息をつく。

 食堂には空調設備など環境が整った、人が一人生活できる空き部屋があったのだが、今は間宮の部屋になっている。

 立ち寄ると残りものや余った食材で小腹を満たしてくれるということと、やはり一人では寂しいはずだということで、翔のみならず色んな艦娘がよく集っている。

 

「そんな怖い話だなんて信じてたら、軍人なんてやってられないでしょ?」

 

「いやそう言われても...だって艦娘のみんなも、半分霊のような存在じゃないか」

 

「だってもヘチマもありません。今はもう立派な提督なんだからしっかりなさいっ」

 

「そりゃあ、わかってるさ...」

 

 温かい麦茶をひと口含む翔を見て、間宮の心にちくりと罪悪感のようなものが引っかかる。

 間宮は世間一般の艦娘に対する印象もあり、寮長時代は一般生徒にほとんど肩入れしていなかったのだが、翔は別だった。

 電が同居したいと言うほどに懐いていたこと、早くに親を亡くしたということもあり、艦娘を人間として接する翔のことを家族のように愛してきたのだ。

 甘やかしすぎているかもしれないと自覚はしている。しかし翔が受けてきた愛情は普通の人よりもずっと少ないのだ。翔はそんな境遇に弱音一つ吐かず、運動では劣るものの頭脳で常に一番上に立ち続け、世間の逆風をものともせず艦娘と向き合ってきた...と思うと、どうしても間宮は翔のことを甘やかさずにはいられない。

 

「...でも」

 

「ん?」

 

 少し背中を縮めた翔に声を掛ける。

 

 

「...私と二人きりの時だけなら、甘えてもいいんですからね?」

 

 

「う...うわあああああ!

 姉さあああああああん!!」

 

「よーしよーし、お姉さんはここにいますよー♪」

 

 感情のままに泣きつく翔の頭を膝に乗せ優しく撫でるその姿は、姉どころか母親そのものであった。

 

 

 

 ∽

 

 

 

「────いとく、提督...」

 

「...ん...ぁ?」

 

「...起きてください。貴方のせいで鎮守府が大変なことになっています。」

 

 いつの間にか体に掛けられていた毛布をはねのけ...たが落ち着いて畳み、これまたいつの間にか頭の下にあった...嗅ぎ覚えのあるシャンプーの香りがほんのりする蕎麦殻の枕を乗せる。

 あのまま伏して寝てしまっていたらしいが、大変なことと聞いて頭を振り、無理やり意識を覚醒させる。

 

「────何があった。」

 

「敵襲などの非常事態ではないですが...兎に角、執務室へお急ぎください。」

 

「あら、お目覚めですかかけ...提督さん♪

 放送で夜ご飯ができたのを伝えてるのに、一人も来ないんだけど...」

 

「間宮さん、貴女の助けも必要です。一緒に執務室まで。」

 

「火は止めてあるから大丈夫だけど...どうしたの?」

 

「私からは...説明しかねるわ。」

 

 二人を急かす加賀だが、その表情は...どこか呆れが見えたような気がした。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

「な...」

 

「おわかり頂けましたか?この鎮守府の状況...」

 

 

 

『────はああ、何もしたくない...』

 

『────あ、その“中”ポンするー』

 

『────ミカンむいてあげたわ!』

 

『────あー、食べさせて...』

 

 

 緩い────ッ!

 

 ドアを開け放った瞬間、波のようにむわっと押し寄せてきた熱気と女子の香りに思わず狼狽える翔。

 時計は18時を回っているというのに、ほとんどの艦娘が炬燵で丸くなっていたのだ。

 

「みんな!起きろ!

 今日の洗濯当番は────」

 

『別に着替えなくていいでしょ...』

 

「風呂に入らなくても────」

 

『炬燵から出たくない...』

 

「なんてこった...」

 

 誰が話しているのか判別がつかないくらいに無気力な声。わなわなと震える翔の背中を、ポンポンと加賀が慰めるようにさする。

 起こしに来てくれた加賀は寒さに強いのと、自身がそもそも熱いため、炬燵の熱源装置を壊さないようにと控えていたらしい。

 

「みなさん、ご飯の用意ができましたよ〜♪

 冷めないうちにいかがですか?」

 

『あ、間宮さん〜』

 

『こっちにおいで〜』

 

「きゃ────」

 

 何者かが間宮の足首を掴み、炬燵へと引きずり込んでいく。

 

「間宮?!」

 

「提督!助け...嫌!いや────」

 

 翔も手を伸ばすが一歩及ばず、間宮は炬燵に吸い込まれ...

 

 

 

「────か〜け〜る〜ちゃ〜ん♡」

 

 

 

「「?!」」

 

 炬燵の中からの甘っったるい声に、加賀も眉を顰める。

 

「こんなに暖かいんですよ〜♡

 ほぉら、お姉ちゃんの胸に飛び込んでおいで♡♡」

 

「...天下一堅物の提督が、そんな色仕掛け程度に...提督?」

 

 両腕を広げる間宮に、翔は息を乱し、肩と膝を震わせ、じわりじわりと詰め寄ろうとしていた。

 

「間宮...姉...さ.....」

 

 そこで加賀はいつしかの昼ご飯時の会話を思い出した。

 曰く、間宮は翔が軍学校に通っていた頃寮長を務めていたこと。

 曰く、友達や親の居ない翔を弟のように可愛がっていたことを...

 

 そう。翔は今、残された僅かな理性で姉に甘える弟の本能と水際の攻防を繰り広げていたのだ。

 

「加賀さんも一緒にぃ、ふわふわのもふもふで、ぎゅ〜〜ってしてあげますよ〜♡」

 

「...結構です。」

 

 確かにこれはとんでもない破壊力だ。

 同性である加賀でさえ、声だけで全身をふんわりと包み込まれているような感覚に襲われるくらいに母性と女性としての魅力を放っていた。

 ...しかしその表情は、一度捕まえたら離さないと言いたげな、どこか食虫植物を感じさせるものがあった。

 

「提督、いい加減目を覚ましてください。」

 

「おねぇちゃ...ママ...」

 

 ぺちぺちと軽く頬を叩くが、瞳孔は開き焦点はブレブレ...もはや翔は洗脳されているレベルまで侵食されていた。

 このままでは提督も炬燵に呑まれ、鎮守府は崩壊へ...

 

 (こうなったら...っ)

 

 提督が暖(と姉?)を欲しているのは明確。ならば、自分の身体で満たせばよいではないか。

 

「さ...寒いのなら、私で暖を────」

 

 勇気を振り絞って、むぎゅーと翔に抱きついたその時。

 

 

 

 ────ぱひゅーーん...

 

 

 

 変な音とともに、突如執務室が闇に包まれた。

 

「これは...?」

 

「...っは、私は今まで何をって加賀!どどどどうしたんだ?!

 ────なるほど、ちょっと怖」

 

「......」

 

 抱きついていた提督を突き放し、自分の目線よりちょっと上辺りに平手を振る。

 

 ────べちっ

 

「ぶはっ!」

 

「...ばか。」

 

「な、なんなんだ一体...」

 

 翔は炬燵に躓きながらも電灯のスイッチに手を伸ばし、パチパチと押してみるものの...何も反応しない。

 

『なんか暗いよ〜...?』

 

『あれ...炬燵消えてない?』

 

『みかん...みかん...』

 

 異変を感じた炬燵娘たちが立ち上が...ることなく、もぞもぞしながら炬燵の暖房を入れようとするが、やはり反応しない。

 

「これは...そうか、分かったぞ!

 ブレーカーが落ちたんだ!」

 

「ブレーカー...?」

 

 目がまだ暗闇に慣れていないが、多分いつものように小首を傾げて加賀が聞き返す。

 

「ああ、何台も炬燵を出して電力をかなり使う暖房を付けたから、この建物の許容電流を超えたんだ!」

 

 これでみんなが炬燵から開放される、と喜ぶ翔だが...

 

「...ですが、このままでは執務どころか、歩くことすら困難ですよ?」

 

「大丈夫だ、外の配電盤を弄れば戻る。」

 

『提督...おねがぁい行ってきてぇ...』

 

『寒いのやらぁ...』

 

 冬ということもあり夜が早く、暗闇に包まれいよいよ本当に誰が話しているか分からなくなってしまったが...翔は得意げに言い放った。

 

「私は決して動かんぞ。執務もパソコンではなく懐中電灯でも付けて手書きで済ませればいいからな。

 もしも暖を取りたいと言うなら自分たちで行くことだ。」

 

『え〜〜、場所わがんにゃいぃ...』

 

「わかったわかった、私もついて行くから...ほら、さっさと立つんだ。」

 

 目が慣れてきた翔はぐいっと両腕を掴んで二人ほど炬燵から引きずり出し、ペンライトを付けた。

 

「むにゃ...」

 

「なんでよりによってアタシが...」

 

「自分の不運を呪うんだな。ほら、早く行くぞ。」

 

 半分寝ている暁と、不満げな声の摩耶。翔はうーんと考えて、立たせてしまったからにはと暁をおんぶする。

 

「残ったみんなは...間違えてでも探照灯なんか出すんじゃないぞ!」

 

『『『はーい...』』』

 

 探照灯はとんでもない光量で遠くの艦船を照らすための灯...部屋の中で付ければ、それこそ照らされた物が焼けてしまうだろう。

 

「加賀も、すまんが一応着いてきてくれ。」

 

「...しょうがないですね。」

 

 

 

 

 

 

 廊下に出ると、ひんやりした外気が身体を包み、足音...いや、自分の心臓の音が聞こえそうなくらいに静寂が広がっていた。

 視界は廊下の奥の方がペンライトを向けても吸い込まれそうなほどに黒く塗りつぶされていて、不気味さに毒されたからか等間隔に配置された電灯や窓のような、普段は気にならないものを何故か変に意識してしまう。

 そして微かに差すどこか遠くの街路灯と月明かりがまた、その闇の深さを強調していた。

 

「なんつーか...静か、だな」

 

「配電盤は外だ。あと、一気に電気を戻すと設備が壊れるかもしれないから、廊下の電気を切りながら進むぞ。」

 

 

 

 

 

 

「んぅ...ここ...どこ...?!

 し、司令官!降ろしてちょうだい!」

 

 廊下の突き当たりまで歩くと、寒さで少し目が覚めたのか暁が背中で暴れる。

 

「おお、目を覚ましたか」

 

「寝ているレディを勝手に連れ出していいのは白馬の王子様だけよ!

 と...ところで...ここここ、ここ...どこ...?」

 

 言われた通りに暁を背中から降ろしたのだが、みるみるうちにその威勢がしぼんでいく。

 

「電気が付かなくなったから、配電盤を弄りにいくんだ。」

 

「わ、わわわわ私帰る!」

 

 来た道を引き返そうとする暁だったが、

 

「ひ...っ」

 

 

 暗闇。

 

 

 何一つ見えない闇が、来た道を塞いでいた。

 

「し、司令官...懐中電灯...」

 

「これしかないぞ。」

 

 あまりよく見えないが、軍服の裾をぎゅっと握る暁の手から涙目でぷるぷるしているのが容易に想像できる。

 

「一人で帰るより、アタシらと外風に当たりに行った方がいいんじゃねーか?」

 

 暁のもう片方の手をそっと取る摩耶。

 

「でも...階段...」

 

「階段がどうしたってんだよ!

 加賀もいるんだし、なにも怖く」

 

「────幽霊...山城さんが...」

 

 

 

 

「「「────」」」

 

 

 

 

 一瞬、間ができる。

 

「そ、それは...山城が作り話って言ってたじゃないか。」

 

 翔が間を切るように言うが...この一言が暁の言葉の後すぐに出ればみんな気にせずに歩を踏み出せていただろう。

 

「...ほ、ほら、行くぞ?」

 

「お、おう!

 そのー、ハイデンバンとやらを弄るんだよな?」

 

「はや、早く済ませましょう。」

 

「エスコート...してよねっ!」

 

 しかし変な間ができたせいで、四人はなんだか...変に意識してしまったのだ。

 

「ほ、ほら、早く行けよ!」

 

 摩耶に急かされるが、階段を降りる足は少しずつしか進まない。

 先頭を翔、すぐ後ろに摩耶、摩耶の背中に引っ付くように暁、一番後ろに加賀という並びだったが、ほとんど全員団子状態でジリジリ歩いていた。

 

「一階...だな。」

 

「一階...ですね。」

 

 闇が満ちているかと思えば、二階よりも少しだけとはいえ...微妙に明るかった。

 

「...早歩きで行くぞ。」

 

「おうっ」

 

 息を呑んで、足早に玄関を目指し...特に何も起こらず外に出た。

 

「なんて言うか...何も、なかったな」

 

「あ、あったりめーだろ?!

 霊なんざそもそも────」

 

「...わかったから腕を離してくれ。血が回っていない気がする」

 

「...っ」

 

 払うように離される翔。とんだ八つ当たりである。

 

「...して、配電盤とは。」

 

「あー、これだこれだ」

 

 鎮守府裏にあった、金属製のクローゼットのような物を開けると、色んな配線やらメーターやら...加賀たちにはよくわからないものが所狭しと詰まっていた。

 

「えーと...こいつで...合ってる、かな?」

 

 その機械の中のレバーを上げると、ちょうど執務室の電気が点ったのが見えた。

 

「よし、あとは帰るだけだ!」

 

「...結局アタシたち着いてくる必要あったのか?」

 

「気にしないでおきましょ...」

 

 行きの数百倍軽い足取りで四人は玄関に行く...

 

 

 

 ────が。

 

 

 

 

「...なぁ、何か聞こえねぇか?」

 

「な、何言ってるのよ!驚かそうったってそうは...」

 

 

 

 

 ────こ......です...

 

 

 

 

「「「!!!」」」

 

 確かに、どこかで微かに人の声がする。

 

「は、早く電気────のわっ!」

 

 慌てて電気を点けようとした摩耶が翔の足に躓き...

 

「きゃ────」

 

 摩耶に押され暁に倒れかかりそうになった加賀が暁を庇って背中から倒れ...

 

「おわーっ!!」

 

 背中を向けて倒れてきた加賀と暁を支えきれずに翔が倒れ...

 

 

 ────バキッ。

 

 

「あっ」

 

 つい落としたペンライトを、尻で潰してしまった。

 

「おいいいいい!!意外と高かったんだぞ?!!」

 

「自分の尻で潰してんじゃねーかっ!」

 

「ま、ま、待って!誰か来る!!」

 

 暁の声に、三人は静まる。

 

 

 ────れか...いる...の......?

 

 

「「「「!!」」」」

 

 

 全ての電源を切ってきたため電灯は点かず、ペンライトという光を失い、本当に真っ暗になってしまった

 よく聞くと何か金属を引きずるような、ギリギリギリ...ガリガリガリ...という変な音も聞こえる。

 

 その音は玄関の角...ちょうど“例の廊下”から聞こえてきて...

 

 

 

 ────そこに...る.....です...?

 

 

 

 女の細い声が暗い闇の奥からだんだんと大きくなり、身の丈の半分以上もの大きな刃物を持った人影が現れ...

 

 

 

 

 ────み つ け た

 

 

 

 

 ゆらりと影が動いたと思った瞬間、猛スピードで駆け寄ってきた!

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「ぎゃあああああああ!!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと見つけたのです!

 鎮守府の電気が真っ暗になって怖かったのです...」

 

 その影は翔たちに抱きついて、すりすりと頬ずりしてきた。

 

「...って電?!」

 

 翔はハッと思い出した。そういえば装備改修を電に任せ切りにしてしまって...

 

「すまない...昼寝してからてっきり忘れていた...」

 

「酷いのです!こんなだから翔さんは...ですよね!」

 

 

「「「......」」」

 

 

「あれ、加賀さん...摩耶さん...暁お姉ちゃん?!」

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 加賀と摩耶は腰を抜かして立てなくなったため、暁に至っては気を失っていたため救護室へ運び、彼女たちを気遣って翔と電は何があったのかを有耶無耶にした。

 そしてこの日を境に炬燵は撤収され、第七鎮守府は暖房と毛布だけでどうにか冬を越すことになるのであった。

 

 

 

 ちなみに、この日の出来事が艦娘たちの間で鉄板の心霊話ネタになるのだが...真実は誰もわからない。

 

 



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50話 第七鎮守府雪景色

 

 

『────ジリリリリリリリリリ!!!!』

 

「「「「「!!」」」」」

 

 鎮守府の放送スピーカーからけたたましい警告音が響き、全員が跳ね起きる。

 

 この音が鳴るのは天災...地震などの速報を検知するか、鎮守府のどこかで火災や事故が起こった時、そして────

 

 

 

「全員警戒態勢!

 簡易艤装展開を許可する!!」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

 

 

 ────敵襲、である。

 

 

 

『────あー、あー、聞こえるかしら?

 翔ちゃーん、食堂まで来てー!

 扉が開かないのぉ〜!!』

 

 

 

「「「「「......」」」」」

 

 

 

 張りつめた緊張感をぶち壊す間延びした声が響き...

 

 

「...警戒解除。」

 

「「「「「......」」」」」

 

 

 朝五時に(多分)変な理由で叩き起されたということもあってか全く返事がなく、何人かの艦娘からとんでもない目力で睨みつけられる。

 

 翔は逃げるように執務室から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

「(朝からあんな警報で起こすとは...一体何があったんだ...)」

 

 いくら間宮からの頼みとはいえ若干怒りをあらわにしながら、目を擦り階段を降りる。

 

 しかし翔は不思議なことに気付く。

 

「(そういえば、やけに暗いな...)」

 

 窓が真っ暗、何も見えないのである。

 冬の夜は長いことくらい翔もよく知っている。しかし、窓の外は朝日どころか、街灯すら見えないのだ。

 

「(朝に弱いとはいえ寝惚け過ぎか...)」

 

 広い玄関から扉を開け、数歩歩いた所で

 

「へぶっ」

 

 思い切り壁に当たった。

 ...いや、壁ではない。

 顔に残る水気と冷感、指を突っ込むとずぼりと沈む。

 

 これは────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────全員起床!」

 

 執務室に戻るとほとんどの艦娘が寝ていたが、何人か起きている娘もいた。

 

「...んーーーっ、はぁ...提督、どったの?」

 

 寝惚け顔の北上がボキボキ背中を鳴らす。

 

「今日の遠征と訓練は全て取り消しだ。

 みんなに雪かきを頼みたい!」

 

 まだみんな睡眠が浅かったようで、うーんうーんと唸りながらも起き上がるが、事の重大さを理解していない。

 

 

「ししし司令官!しょ、食堂が、綺麗さっぱり無くなって...!」

 

「なーに言ってんのよ春雨、寝言は寝て言いなさ────」

 

 窓から顔を出した村雨が目を見開いて固まる。

 

 ただならぬ二人の様子を見て他の艦娘たちも窓に集まり、一面の銀世界を見て言葉を失う。

 

「そうだ。食堂は無くなったんじゃない...

 

 

 

 ────雪に埋もれたんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうすればいいんだ...とりあえず、工廠に行けばシャベルなりなんなり道具は揃うんだが...」

 

 日が登ってくる頃合なのに暗い玄関の前で、翔は頭を抱えていた。

 そういえば昨日天気予報で十年に一度の大雪とか言っていた気がしたのを思い出したり、気分が沈みこんでいたのだ。

 

「なーにうじうじしてんだよ提督!

 こういう時こそアタシらの出番だろ??」

 

「摩耶...っ!」

 

 バシバシと背中を叩き、まあ見てなと扉を開けるその後ろ姿はとても頼もしい。

 

「こういう邪魔なモンはいっちょガツンと────」

 

「うわあああ!やめんか!!

 簡易艤装とはいえ榴弾なんか撃てば玄関ごと吹き飛ぶぞ!」

 

 ガチャコンと砲を構える摩耶を、翔は慌てて止めた。

 

「そ、そうなのか...なんか、悪ぃな」

 

「いや、へこむことはない。私もみんなの意見を参考にするべきだと気づくことができた。ありがとうな。」

 

 なんとも摩耶らしい正面突破な意見だが、接触起爆の榴弾が雪に刺されば玄関爆破、貫通していったとしても何らかの建物を爆破することになるだろう。

 しかし摩耶の言う通り司令官である自分が下を向いていては何も始まらない。気合を入れて────

 

「しれーーかーーん!!」

 

 階段から大声で翔を呼ぶ雷。

 なぜか、本当になぜかは分からないが嫌な予感がする。

 

 声を追って二階に上がると────

 

「────うわあああ!止めろォ!!

 積もった雪にお湯なんかぶっ掛けたら取り返しのつかないことになるぞ!!」

 

 なんと二階の給湯室からホースを伸ばし、放水していたのだ。

 

「えーっ、どうしてよ!」

 

「これがあまり知られていないんだが、雪にお湯やら水やら掛けて溶かすと地面がツルッツルに凍って、まともに歩けなくなるんだ...」

 

「それはそれで楽しそうだけど...仕方ないわね。」

 

 ホースを巻き取りながら給湯室へ向かう雷。一息ついて窓を閉めよう...と思いきや、

 

「あっ」

 

「...一応聞くが、何をしているんだ?鈴谷。」

 

「い、いやいや、普通に雨樋から降りて工廠に...」

 

「どこが普通だ!危ないから上がってこい!」

 

「だーいじょーぶだって、ほら!

 もうこっからぴょいーんっと華麗に着────」

 

 

 

 ────も゛っ。

 

 

 

「鈴谷ぁーーーッ!!」

 

 不幸にもふんわりと積もっていた雪面に着地してしまったらしく、見えなくなるまで埋まってしまった。

 ...のちに刀を出した電に協力してもらい翔をロープで縛って宙吊りにし、UFOキャッチャーの要領で鈴谷は救出されたが...手先が霜焼けしてしまった。

 自業自得感もあるが、鎮守府のために動いてくれたことには変わりない。後で粉末のコーンスープでも作ってやるか...

 

 

 

「...いや待て、下に降りればいいんだ!」

 

 

 ひらめいた翔は、この前何枚か張り替えたフローリング板とビニール紐を持って再び宙吊りになる。

 

「か、翔さん...ほんとに大丈夫なのです?」

 

「大丈夫だ!下ろしてくれ!」

 

 電がロープから手を離し、ざきゅっと押し固めるような音とともに着地。

 

「(なんとか立てたが足取りはかなり重い...ストックも持ってくるべきだったか。)」

 

 翔は傷付いたフローリング板をビニール紐で足裏に括りつけていた。

 

 普段は足裏という狭い面に体重がかかり体が沈みこんでしまうが、板をつけることで接地面が広がり体重が分散され、雪の上に立つことができたのだ。

 その見た目はさながらスキーヤーである。

 

 片足ずつずらすように工廠までゆっくり歩き、例にもよって玄関はほとんど埋まっていたが、屋根が少し大きかったおかげで上から少し掘ると体を滑り込ませることができた。

 電気をつけてパンパンと手を叩き、

 

「みんなー!出てきてくれ!」

 

 大声で呼べば、どこからともなく妖精さんたちが────

 

 

 よくきたなかけるー

 

 

 現れたのはハチマキを頭に巻き、金槌をいつも持ち歩いている職人妖精だけだった。

 

「ここにいるのは君だけか?

 他の子はどこに行った」

 

 

 やねのゆきかきにいったぞ

 おれはこしがまずいからるすばんだぞ

 

 

 妖精さんにも腰痛とかあるんだな...

 

「そうか...思えばこれほどの雪が平たい

屋根の鎮守府に積もれば、最悪圧壊もあったな...

 よし、私たちが持てるサイズの道具はどこにあるかわかるか?」

 

 

 おう!ついてこい!

 

 

 

 ∽

 

 

 

「この数となるとなかなか、重いな...っ」

 

 

 おうおう、このていどでぐんじんが“ね”をあげるなよ!

 

 

 大きなシャベルやらスコップやらを両手に持ってがっちゃがっちゃと歩くが、妖精さんも同じくらいの量を頭の上に乗せて着いてくる。

 あの小さな身体のどこにこんなパワーがあるのかと聞きたくなるが、彼女たちもよくわかっていないらしい。

 

 とりあえず艦娘たちに道具を渡した後、まぶしい日の出に照らされながら食堂へ急ぐ。

 工廠と同じように屋根の近くを掘り崩して、するりと体を落とす。

 

「翔ちゃああああん!!」

 

 扉を開けると味噌汁のいい香りがふわっと広がり、エプロン姿の間宮が駆け寄って翔に抱きつく。

 

「他のみんなは大丈夫?鎮守府は潰れてない??」

 

「まあ、何とか大丈夫だ。ところで」

 

「寒かったでしょう?朝ごはん食べて温まってからでもいいのよ??」

 

 タオルを手渡して魔法瓶から...この香りはほうじ茶か────を注ぎ、椅子に座らせようとする間宮。

 

「ごめん姉さん、色々用意くれるのは嬉しいけど、みんなが頑張って雪かきしてくれているのに一人で飯を食ってるわけにはいかない。」

 

「行っちゃうのね...

 風邪ひかないくらいに頑張るのよ」

 

「ん」

 

「......」

 

「どうした、目を閉じて」

 

「行ってきますのちゅーは?」

 

「いや夫婦でもあるまいし────」

 

「......」

 

「......」

 

「...これでいいか?」

 

「......」

 

「姉さん?」

 

「えっ、あ、うん...行ってらっしゃい!」

 

「...おう。」

 

「......」

 

 扉の前で立ったまま細く深く息を吐き、手の甲を撫でる。

 

「────敬愛、かぁ...翔ちゃんらしいわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ここまでやればもう大丈夫だろう...」

 

 時は夕暮れの第七鎮守府。

 艦娘たちは文字通り重機のような剛力で雪をかき分け、海に押し出し、歩道から駐車場まで一通り道を確保できたのだ。

 

「みんなお疲れさまだ...今日はもう風呂で温まって早く寝ようか。」

 

「「「はーーい」」」

 

 玄関にシャベルを立てかけて鎮守府に入っていくなか、駆逐艦たちが寄って集ってきた。

 

「司令官!ちょっと来てほしいの!」

 

 村雨と雷に手を引かれ、電たちに背中を押されながら歩いていると、鎮守府わきやら窓際ににはいくつも雪だるまが立ち並んでいた。

 

「おお...凄いじゃないか!」

 

「でしょお!?龍田さんにも手伝ってもらったのよ!」

 

 ひときわ大きいものには人参と炭が刺さっていて、頭に高速修復材の空きバケツがかぶせられていた。

 

「でも、いつか溶けてしまうん...ですよね」

 

 少し俯いて、ぽつりと呟く春雨を見て翔はうーんと喉をならし、

 

「じゃあ雪だるまが溶けてしまったら、今日あったことは忘れてしまうってことか?」

 

「そ、そんなわけ!」

 

「今日一日みんなでこの雪だるまたちを作ったのは楽しかっただろう?

 たとえ溶けてなくなってしまっても、思い出はずっと残るんだ。

 ずっと、ずっと...なぁ。」

 

 両親の顔を思い浮かべながら優しく諭し、頭を撫でてやる。

 

「司令官さん...」

 

 春雨も納得してくれただろ────

 

「────なんだかいいことおっしゃってますが、なんで暁ちゃんを撫でくりまわしてるんですか?」

 

「...え?」

 

 手元を見るとものっすごい不満げな顔の暁が、こちらを見上げて

 

「バカ司令官!」

 

「へぶっ!」

 

 手に持っていた雪玉を顔面に投げつけられ、間抜けな声が出ると同時に、あの暁から罵倒されるということに得も言われぬどこか快楽じみたものを感じたが、翔は瞬時に危険な感情だと判断し、脳から消す。

 

「な、何を────」

 

「おマヌケしれーかん!」

 

 暁に続いて雷からも雪玉をくらい、後ろで春雨や電もせっせと雪玉を丸めているのが見えた。

 

「そうかそうか。

 お前たちがその気なら...仕返しじゃあ!」

 

「「「きゃーーーっ!!」」」

 

「ウガオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

 

「はぁ...」

 

 マグカップに入ったホットココアを啜り、少し舌で転がして、ゆっくりと喉に通し...大きく息をつく。

 確かこの前、雑誌かラジオか忘れたが、専門的な知識や舌をもって客や料理に合う葡萄酒を選定するという、“ソムリエ”なる職業があることを知ったのだ。

 彼らは葡萄酒に関わる...飲む、仕入れる、保管するといったあらゆることを仕事とするという夢のような職だが、自らの舌を守るために辛みなどの刺激が強い食べ物を控えるという。

 衣食住の食を大きく制限されるとは、まったく大変な職である。

 ...ふとそんなことが頭を過ぎってもう一口ココアを啜ろうと思ったが、こんなひと袋500円程度の粉ココアにと考えると馬鹿らしくなり、窓枠にコトリとカップを置く。

 しかしひと袋500円程度とはいえ、私たち庶民にとってはとても美味く、心まで暖かくなる香りである。

 

「お隣、失礼しても?」

 

「大丈夫よ、お疲れさま。」

 

 椅子を隣に置き、私に習ってか窓枠にマグカップを置く。

 提督含む第七鎮守府の人には皆一つずつマイコップがあり、絵柄で誰のものか分かるようになっている。

 例えば彼女のカップには大きく『正射必中』の文字と、袴を来た人が弓を引いている影絵のようなものが描かれている。

 ちなみに私のカップはポップに描かれた“四葉のクローバー”が目印だ。

 ...こんなもので運が良くなれば苦労しないのだが、最近は風水と実力で埋めようと努力はしている。

 

「......」

 

「......」

 

 榛名や鈴谷の話し声が聞こえてくるほどに無言の時間が流れるが、気にする事はない。

 二人はお互いが口下手というか、雑談があまり得意でないことを知っているが故に、ただ無言で窓の外の日が沈みそうな海を眺めてココアを啜る。無言のコミュニケーション、と言ったところか。

 

『うおおおおおおお!!』

 

『『『きゃーーーー!!』』』

 

 無言を破るように窓から叫び声が聞こえ、二人は思わず立ち上がって覗き込むと、なかなか大きな雪玉を両手に提督が駆逐艦たちを追い回していた。

 

「...なーにやってるのかしら」

 

「全く...あの提督は大人なんだか、子どもなんだか...」

 

 二人でため息をついて座ろうというその時。

 

 

 ────チリリリリリリリン

 

 

 執務机の電話が鳴った。

 

「私が出ます。」

 

 私を手で制して、受話器を手に取る。

 

「はい、こちら第七鎮守府です。」

 

 受話器を耳にあてた彼女の目が見開かれ、

 

「あなた、は...

 ...今手が離せない状況なので、明日こちらからかけ直します。」

 

 相手の返答を聞いてから無言で受話器を戻すが、その手は少し震えていた。

 

「...どちらから?」

 

 ただならぬ様子から一瞬躊躇ったが訊くと、彼女は目を閉じて息を整えて口を開いた。

 

 

 

「────第六鎮守府の、浦部提督からです。」

 

 



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