あなたの街のマルチ事務所! (シィロ)
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-第0-1話- はじまりはじまり

「<リーダー>!指示通りそちらに誘導したでござるよ!」

 

胸ポケットに入れたスマホからイヤホンを通じて、<ひかり>の声が聞こえる。

スマホを取り出しマイクを口に近づける。

 

「<ひびき>。そっち行ったぞ」

「了解!」

 

返事が返ってきたかと思うと続いて銃声が聞こえてくる。

いよいよ近づいてきた。

俺は用意していた網を取り、目の前の壁を見上げる。予定通り誘導されてくれれば、ここで待ってれば来るはずだ。

銃声はイヤホン越しじゃなくても聞こえるほど近くまで来ている。

 

「おらおら逃げろ逃げろー!!」

 

ついでにあのトリガーハッピー女の声も。

そして、壁の上から黒い影が飛び出す。

 

「待ってましたよっと!」

 

飛び出した黒い影を確認し、網を軽く放り投げる。

10。軽く握った右の手のひらを開く。とほぼ同時に投げた網が華を開くように広がる。

9。そのまま右手を天に衝くように翳す。網は広がった状態を維持し黒い影へ向かい、その体を捉える。

8。捉えたのを確認し、今度は物を握るように右手を閉じる。網はまるで口を閉ざすように黒い影をくるむ。

7。左手を右手の上に持っていき、まるでおひねりを作るように右手を捻る。呼応するように網が回転し、口を完全に閉じた。

6。そして右手をゆっくりと下す。すると網も同じようにゆっくりと降りてくる。

5,4,3,2,1。時間をかけゆっくりと下し、やがて地面に着いた。

 

「<いのり>、縛るぞ」

「はい♪」

 

後ろに控えてたシスターに声をかけ、一緒に網に近づく。

 

「今回は随分と厄介だったな。てめぇのお陰で大変だったんだぞ黒猫」

 

黒い影、網にとらえられた黒猫は不機嫌そうにシャーッと泣いた。

 

「はーい暴れないでくださいね~」

 

なお逃げようともがく黒猫にひるみもせず<いのり>は縄で網の口を結びだした。

 

「にーちゃんすげー!!」

 

どこからか幼い少年の声がした。

振り返るとサッカーボールを両手で抱えた、小学校低学年ほどの男の子が目を輝かせていた。

 

「にーちゃんの、その、ぐわーってやって、ばくってやるやつ!!どうやったんだ!?もしかしてちょーのーりょく?!?」

 

今の言い振りからして一部始終を見られたのだろう。本当にメンドクサイ。

 

「<いのり>」

「はい」

 

シスターが肩掛け鞄から分厚い本を取り出し少年へ近づいていく。

 

「ぼく~?ちょぉっと我慢してねぇ~」

 

そういうと、本を軽く振り上げ、

 

「せいや~」

 

気の抜けるような声と共に少年の頭へ振り下ろす。

ごすん、と鈍い音がして少年が抵抗もせずに地面に倒れ込む。

 

「<リーダー>~捕まりましたか~?」

 

壁の上から二つの陰がこちらを見下ろしていた。

一つはおかっぱ頭の少女。ただし服装はいかにも忍びといった感じ。

もう一つは頭に迷彩柄のバンダナを巻き、服は陸上自衛隊のような迷彩服。おまけに両手にはアサルトライフルと一般の女の子が持つとは到底思えないような恰好をしていた。

 

「捕まえたが見られた。そっちは?」

「こっちは問題無しです!」

「私の方も見られてないでござるよ」

「そりゃ上々」

 

と、お互いの戦果を確認しあっていると、

 

「う~ん…?」

 

先程、シスターに殴られた少年が目を覚ました。

 

「ぼく~?ここで寝てたけど、どうかしたの~」

 

シスターがさも何も無かったかのように話しかける。一方少年は、

 

「えっと…。あれ?何してたんだっけ?」

「眠いからってこんなところで寝ては風邪をひきますよ~」

「…うん、気を付ける」

 

何も無かったかのように目をこすりながら立ち上がり、「ばいばーい」と言いながら去って行った。

 

「上手く壊せたみたいだな」

「はい♪うまく壊せましたっ」

「じゃあ撤収~。その黒猫、さっさと引き渡すぞー」

「む、この猫殿、怪我をしているみたいでござるよ?」

「それは<ゆうすけ>に任せればいいだろ。依頼主には治ってから連絡する」

 

こうして4人、マルチ事務員たちは、彼らの拠点、マルチ事務所へと帰って行った。



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-第0-2話- 癒しの手

扉にかけられたベルがカランコロンと鳴る。

 

「うーっす戻ったぞー」

「あ、お疲れ様です<リーダー>」

 

パタパタと音がして奥から中性的な少年がひょっこり顔を出す。

 

「おう<ゆうすけ>。もう学校終わってたのか」

「はい、今はテスト期間なので。捕まりました?」

「あぁ。<ひかり>」

「はい」

 

後ろから網を持ってきた<ひかり>が前に出て<ゆうすけ>に受け渡す。

 

「わぁっ、綺麗な毛並みですね。あれ?でも怪我してる」

「多分どっかで怪我したんだろ。治してやってくれ」

「依頼主さんには?」

「治してから連絡する」

「はーい」

 

<ゆうすけ>は黒猫を抱き直すと、「怖くないよー」と声をかけながら奥へと戻っていった。

 

「んじゃ、各自自由行動して良し。シャワー先に使っていいぞ」

「ラッキー♪あたし先につかおーっと」

「あぁずるい!拙者も早く浴びたいでござる!」

「じゃあジャンケンだ!<いのり>は?」

「私は結構です」

 

「ジャーンケンポンッ!あーいこでしょっ!」と2人の声を置き去りに俺も奥の部屋へ。

 

「<リーダー>はこれからどうするんですの?」

「<ゆうすけ>の治癒が済むのが大体30分だからな、それまでは寝とくわ」

「では私もご一緒して」

「暑ぐるしいから却下」

 

奥の部屋、仕事部屋兼客室を通りさらに奥の部屋、休憩室兼控え室に辿り着きソファーへダイブ。そして隣のテーブルに手を伸ばしアイマスクをゲット。装着。

 

「じゃあ終わった頃に起こしてくれ」

 

そう言って早速眠る体勢へ。

 

「分かりました。ごゆっくりお休みくださいませ」

 

<いのり>は<いのり>で対面のソファーに座り分厚い本、聖書を取り出して読み始めた。

 

***

 

「...よし!」

 

仕事部屋と休憩室とは別の部屋、通称動物部屋で<ゆうすけ>は様々な動物のワッペンがつけられたエプロンを身につけ部屋の中央の台の前に立つ。

台の上には先程確保されてきた黒猫が時折シャーッと鳴きながらこちらを睨んでいた。

部屋には他にも洗面台、ケージ等がありさながら動物病院のような装いだ。

 

「さー傷を見せて、大丈夫だよー」

 

<ゆうすけ>が網の結び目を解きにかかると、先程まで威嚇していた猫がピタリと鳴き止み大人しくなる。まさに借りてきた猫のようだ。

 

「いいこいいこー」

 

左手で猫を撫でながら傷の位置を確かめる。右前脚に裂傷。

 

「良かった、このぐらいならかなり楽だね」

 

そう言うと空いた右手で猫の右前脚にそっと触れた。

するとじわじわとだが傷口の血が止まり、傷口は塞がり、ゆっくりと時間をかけ、やがて傷は跡形もなく姿を消した。

 

「ふぅ...」

 

<ゆうすけ>は額や顎を伝う汗を拭い、壁にかけてある時計に目をやる。

治癒を始めてジャスト30分経過していた。

 

「もっと早く済めばいいのにね」

 

黒猫の毛並みを撫でながらぽつりと呟いた。



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-第0-3話- 彼らは人知れず

「本当にありがとうねぇ~。あなたたちは<クロちゃん>の命の恩人だわぁ~」

「いえそんな。自分たちは大したことはしてませんので」

 

<ゆうすけ>の治癒が済んで起こされた俺は、すぐに依頼主に「依頼を達成した」と報告を入れた。

そして早5分、黒猫<クロちゃん>の飼い主のおばさんが早速引き取りに来たのだ。

 

「『学生ボランティア』とか『子供のごっこあそび』程度にしか思ってなかったんだけど、とんだ見当違いだったわぁ~。紹介してもらってよかったわぁ」

「いえいえ、そう思われても仕方のないことです」

 

そういって仕事部屋をぐるりと見渡す。

<いのり>、<ひかり>、<ひびき>、<ゆうすけ>、そして<リーダー>こと俺。

みんなこの近辺の中学、高校、大学に通う学生なのだ。

 

「本当に助かったわ。これ、少ないけどもらってちょうだい」

 

そういっておばさんは鞄から飴や煎餅など色々なお菓子が入った袋と、茶封筒を差し出してきた。

 

「これはこれは、ありがとうございます。みんなで分けさせてもらいますね」

 

そういって、二つとも受け取りニッコリと笑みを返す。

 

「それにしても早かったわねぇ。お願いしてからたったの1日しかたってないじゃない。何かコツとかあるのかしら?」

「それは企業秘密でして」

「あらそう?」

 

ホホホと笑うおばさん。子供の冗談だろうと思っているのだろう。

 

「さっ、私はそろそろお暇しようかしら」

「はい、今回は我がマルチ事務所をご利用くださりありがとうございました」

「あなたたちに頼んで本当によかったわぁ。そうだ!私、あなたたちのこと、ご近所さんに紹介して回るわぁ。結構困っている人多いのよぉ」

 

クロちゃんを抱きかかえ「よっこいしょ」と立ち上がるおばさん。

俺は極力落ち着いた口調で声をかける。

 

「それは結構ですよ。所詮、自分らはボランティアみたいなものですし。別に有名になりたいわけでも…」

「いいえ、あなた達みたいな子たちがこのままひっそりと活動するなんてもったいないわ。では、私はこの辺で」

「そうですか。では、<いのり>、<ひかり>」

「はい♪」

「了解いたしました!ニンニン」

 

二人に声をかけ右手首を上下に振って見せる。

 

「では、玄関までお見送りいたします♪」

「あらいいのに。ありがとうねぇ」

 

そして玄関にたどり着いた瞬間。<いのり>が取り出した聖書でおばさんの頭を殴りつけた。

ごすんと鈍い音がなり、おばさんの身体がふらりと傾く。クロちゃんを抱きかかえていた腕がだらりと下がり、クロちゃんが地面に着地する。

 

「よいしょ」

 

一緒についていた<ひかり>が脇からおばさんを支える。

<いのり>は聖書を肩掛け鞄にしまい、地面に降りたクロちゃんを抱きかかえる。

 

「じゃあどっかその辺の公園に気づかれないように置いて来てくれ」

「分かりました♪」

「では、行ってくるでござる」

 

そう言って、二人はおばさんとクロちゃんを抱え玄関から出ると、こちらに笑顔で手を振った。

かと思うと、二人の輪郭が不自然に揺れ、<いのり>も<ひかり>もおばさんもクロちゃんも跡形もなく消えてしまった。

開きっぱなしの玄関は一人でに閉じ、<ゆうすけ>と<ひびき>と俺だけが残った。

 

「あのおばさん、余計なことを…」

「ねぇねぇ<リーダー>!いくら?ねぇいくら入ってた!?」

 

<ひびき>が椅子の後ろから身を乗り出して聞いてくる。

俺は受け取った茶封筒の口を開き中身を取り出す。

 

「一万円札と…何だこりゃ?チケット?」

 

中には一万円札が一枚とチケットが5枚入っていた。

 

「ちぇこれだけか~。ねぇねぇそっちのチケットは?」

「レジャー施設の無料券だな」

「マジすか!?」

 

<ひびき>が俺の手からチケットを強奪しまじまじと見つめる。

 

「ここって最近近くに出来たとこじゃないですか!!プールがでっかいってことで有名な!行きましょうよ<リーダー>!みんなで!!」

「ん~そうだなぁ…。まずはみんなの予定を聞いてみなきゃならんな」

 

<ひびき>の手からチケットを取り返し、茶封筒に直す。

 

「幸い、これから夏休みだ。都合の合う日はいくらでもあるだろ」

「やたー!!じゃあ今度、<いのり>達と水着買いに行かなきゃ!!」

 

***

 

何か湿った、ざらざらしたものが触れた感覚がした。

 

「ん…、あら?」

 

目を開けると、愛猫のクロちゃんが私の頬を舐めていた。

 

「あらクロちゃん!帰ってきたのねぇ」

 

クロちゃんを抱きかかえ頬ずり。

ふと疑問に思い、立ち上がって周りを見回す。

どうやら近所の公園のようでベンチに座ってうたた寝をしていたらしい。

 

「あたしどうしてここにいるんだけ…ボケてきたのかしら?」

 

そしてあることを思い出す。

 

「そうだわ、急いで知らせないと…」

 

知らせる?誰に?

自分でもどうしてこう思ったのか全く分からず首をかしげる。

確かクロちゃんがいなくなって、探しても見つからなくて、それで誰かに探すのをお願いして…。

そこまで考えて、急に頭に靄がかかったような違和感を覚える。

 

「あらやだほんとにボケてきてるのかしら?いやぁねぇ」

 

何がどうなって今ここにいるのかは全く思い出せない。

だがいなくなっていた愛猫のクロちゃんは帰ってきた。私にとってはそれで十分だった。

 

「さっ、帰りましょう」



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-第1-1話- イマジナリー・フレンズ(パスト)

始まりは小さなことだった。

 

『…は……、おは…う、起きて』

「んぅ…」

 

ある日、お母さんではない誰かの声で目が覚めた。

起き上がってみると傍らに私によく似た女の子がいた。

 

『今日の朝ご飯は目玉焼きと食パンだよ』

 

いきなり自分に似た誰かを見た私は思わず悲鳴を上げてしまった。

悲鳴を聞いて飛び込んできたお母さんに抱き着いて、振り返らず女の子がいたところを指差した。

「知らない子がいるの!!」

「知らない子?」

 

少し間が空いて、「誰もいないわよ?」とお母さんの声。

 

「え?」

 

お母さんから離れて振り返ると、そこにはさっきの女の子はいなかった。

私が首をかしげていると、「怖い夢でも見たの?」とお母さんが聞いてくる。

 

「ほんとにいたんだよ。わたしとそっくりの女の子がいたんだよ」

「あら、そうなの」

 

お母さんはニッコリ笑顔で言っていたけど、あの時はかけらほども信じちゃいなかっただろうな。

 

「さ、朝ご飯食べましょ?」

 

さっきの女の子が言っていたことを思い出して、台所に戻ろうとするお母さんに「朝ご飯は何?」と問いかけた。

 

「今日は目玉焼きと食パンよ」

 

***

 

それから度々その女の子は、時や場所を選ばず出てきた。

例えば夜、小学校の宿題をしている時。

 

『明日、37ページの6問目の問題、当てられるよ』

「ほんと?」

『ほんとほんと』

 

例えば夕飯時。

 

「お父さん、今日は夕ご飯いらないんだって」

『お父さんは今、会社の人とお酒飲んでるよ』

「ふーん」

「何か言った?」

「ううん。ねぇお母さん。お父さん、今日は会社の人とお酒飲むの?」

「あら、どうしてわかったの?」

「何となくだよ」

 

例えば下校時、放置されてる誰かの傘を見たとき。

 

「誰か傘忘れてるね」

『あれは6丁目の○○さんの傘だよ届けてあげようよ』

「何で分かったの?」

『昨日ここに置き忘れて行ってたからね』

「ふーん」

 

そうやって過ごしていくうちにだんだん色んな事が分かった。

いつも出てくる私に似た女の子は、実は三人いること。

ポニーテールの女の子、わたしと同じのセミロングの女の子、ツインテールの子。

彼女たちは、未来、今、過去のことを教えてくれること。

わたしとだけお話しできること。

いつの間にか居て、いつの間にかいなくなること。

私以外には見えないこと。

 

そうやって、<私だけの友達>が見える様になってから数ヶ月たったある日。

 

「友美ちゃん、今日は病院に行きましょう?」

 

そう言われて、朝から病院に連れていかれた。

私は「病気じゃないよ?」って言ったけど、お母さんは聞いてくれなかった。

病院に着くと、お医者さんが私に色んなことを聞いてきた。

<私だけの友達>のこと。どんなお話をするか。一緒に遊ぶのか。いつも一緒なのか等。

私は全部正直に言った。友達が3人いることも、未来や今、過去の話をすること、遊んだりはしない事。時々出てくること。すべて正直に話した。

お医者さんの質問が終わったら、次は検査が待っていて、私は頭にヘルメットみたいなのを被せられた。ここまで来て私は、<私だけの友達>のことを調べられてるって気づいた。

検査が終わった後、お母さんは先生とお話があるって言って、私を待合室で待つように言った。

私はこっそり後を付けてお話を盗み聞きした。

 

「所謂、イマジナリーフレンドってやつでしょう。複数いるのは聞いたことありませんが、いつの間にか治りますよ」

「先生、友美が言っていた未来とかは何でしょうか?」

「んー、恐らく嘘でしょう。今まではたまたま当たってただけですよ。気にしなくて大丈夫ですよ」

 

ハハハッと先生は笑っていた。笑った先生を見て、お母さんも安心したように笑っていた。

 

『これからは見つからないようにしないとね』

「うん」

『お母さんに心配かけないようにしなきゃね』

「うん」

 

セミロングの友達に頷いて答えた。

 

***

 

『先生が電話してたよ』

「先生?」

 

病院に行った翌日の月曜日。

私はいつも通りに学校に登校して、二時間目の授業を受けていた。

 

『うん。昨日の先生』

「ふーん」

『ねぇ、気にならないの?』

 

セミロングの友達が、黒板の文字を写してた私の前に割り込む。

 

「ちょっと、見えないじゃん」

『ねぇ、気にならないの?』

 

もう一度、同じ問いかけ。

 

「...後でじゃだめなの?」

『後で居ればいいけど』

 

私は大きなため息をついてしまった。

基本的に彼女たちは神出鬼没で誰が出てくるか分からない。

聞けることは聞けるうちに聞いておくのがいいのだ。

 

「...早く教えて」

『もちろん!』

 

セミロングは嬉しそうにくるりと回る。

つられてスカートもふわりと浮き、髪も舞い踊る。

 

『私達のことを話してたよ』

「私達...?」

『うん、イマジナリーとか予知とか言ってたから多分間違いないよ』

「相手は?」

『詳しくは分かんないけど、男の人の声だったよ』

「そう...」

「せんせー!友美ちゃんがまたぶつぶつ言ってまーす!」

 

隣から子供の声に、はっとする。

 

「友美さん、どうかしましたか?」

「い、いえ、何でもありません」

 

教壇にいる先生が心配そうにこちらを見ていた。

 

「そうですか?」

「はい、大丈夫です」

 

「それならいいですが...」と言い、先生は授業に戻った。

セミロングの子は、いつの間にかいなくなっていた。

 

***

 

「とーもーみーちゃんっ!一緒に帰ろ?」

 

授業も帰りの会も終わり、昇降口で靴に履き替えてた私に声をかけてくる女の子。

私の学校での唯一の友達の<あおい>だ。

 

「うん!帰ろ」

 

昇降口を出て校門から学校を出る。

 

「友美ちゃん、また出たの?おばけ」

「だからおばけじゃないんだって…」

「えー?だって<あおい>には見えないもん。いいなーおばけの友達」

 

私が<私だけの友達>が見えるようになったとき、相談したのが<あおい>だ。

彼女はおばけや占いなどその手のものが大好きで、もしかしたら何か知っているんじゃないかと思って相談したのだ。

結局、なんの手がかりも掴めなかったが。

 

「ねぇ、今はいるの?」

「ん~今は…」

 

いるときは大抵声をかけてくるからいないことは分かっていたが、念のため、周りを見渡す。

 

「…うん。いない」

「そっかー残念」

 

そうぼやき、<あおい>はポケットから小さな手鏡を取り出した。

 

「もしかしたら鏡越しじゃないと見えないのかなって思って色々用意したんだよ?」

「でも今まで見えなかったじゃん」

「それはそうだけどー…」

 

渋々といった感じで手鏡をしまう<あおい>。

そのあとは、夕方のアニメの話や宿題の話など、当たり障りない話をしている間に分かれ道に着いてしまった。

 

「じゃあ<あおい>こっちだから、ばいばーい!」

「ばいばい。また明日ね」

 

<あおい>と別れ、残りの帰り道を歩く。

 

『残念だけど彼女には私たちを見ることは出来ないよ、おばけじゃないからね』

「おばけも見えないけどね」

 

いつの間にか隣にツインテールの女の子が私の歩幅に合わせて歩いていた。

 

『いいや、あの子はおばけを見ることができるようになるよ』

「えぇ…」

『私たちは嘘をつかないよ』

「だってそれっておばけがいるってことじゃん」

『そうだね』

「いやだなぁ…」

『おばけ嫌い?』

「…ちょっと」

 

そうこうしているうちに家の前まで着いた。家の前には某宅配業者のトラックが止まっていた。

 

「お母さん何か頼んでたのかな?」

『さぁ?私には分かんない』

 

おしゃべりしながら玄関まで来て、ふと違和感に気づいた。

玄関に誰もいないのだ。

 

「…宅配屋さんじゃないのかな?」

 

靴を脱ぎ、居間の扉へ向かう。

 

「ただいまー。お母さん、おやつなーにー?」

 

そう言いながら扉を開く。

 

「ごめんねぇおやつは無いんだ」

 

聞きなれない男の声。そのことに疑問に思うと同時に足をかけて転ばされ、床に押さえつけられた。

 

「い…たい、何!?」

「友美!!」

 

お母さんの悲鳴が響く。

視線だけ動かすとお母さんも同じように見知らぬ男に床に抑えつけられていた。

 

「止めて!その子には何もしないで!!私はどうなってもいいから…!」

「そうは言ってもなぁ」

 

今の奥からもう一人、リーダー格と思わしき男が出てき言葉を続ける。

 

「俺ら、その子攫う為に来たんで」

「そんな…!?」

「嫌だ…嫌だよ!放して!!」

「くそっ暴れんじゃねぇ!!」

 

どうにか抜け出そうともがくが上からさらに強い力で押さえつけられてしまう。

これから何をされるのか、どこへ連れていかれるのか、言いようのない恐怖があふれ出し、目に涙がにじむ。

 

「勘弁してくれよ、俺だって心が痛いんだ。こんなちっちゃい女の子を攫うなんてさぁ!」

 

リーダー格の男は悲痛そうな声を上げるが表情は喜々としていた。

 

「全く、先生もいい仕事を寄越してくれるぜ。こんなちょろい仕事で大量の金が手に入るんだからなぁ!!」

「先生…!?」

 

授業中のツインテールの女の子の言葉を思い出す。

 

「先生…先生って、あの病院の…!?」

 

お母さんも私と同じ結論に至ったようで驚いた顔をしていた。

 

「チッ、おしゃべりが過ぎたか。お前ら行くぞ」

「そこの親はどうします?」

「適当に縛っとけ」

「うっす」

 

リーダー格の男は長居はごめんだと言わんばかりに逃げ出す用意を始めた。

 

「お願い…友美を連れて行かないで…お願い…!」

「うるせぇな!」

 

お母さんを縛っていた男がお母さんの頭を掴みそのまま床に叩きつける。

ゴンっと鈍い音と「うっ」とお母さんはうめき声を上げてそのまましゃべらなくなってしまった。

 

「お母さん!!」

「お前もうるせえな!!ああなりたいか!!?」

「でもお母さんが、お母さんが!!」

『大丈夫、死んでないよ』

 

ふと家に入るまでは聞こえていた声が聞こえた。

振り向くと部屋の隅にツインテールの女の子がたたずんでいた。

 

「なんで見てるだけなの…!?助けてよ!!」

「てめぇ…急に何を!!」

 

男たちには見えてないこともお構いなしに助けを乞う。

 

『何もしないんじゃないの。何もできないの』

「そんなの…そんなのって!!」

「くそっいい加減黙りやがれ!!」

 

髪を掴まれ引っ張られる。

 

『でも大丈夫。あなたは死なないし誰も死なない。絶対大丈夫よ』

「そんなの、分かんないじゃない!!」

『大丈夫だよ』

 

最後にツインテールの女の子の声とゴンッと鈍い音がして

 

そこで私の意識は途切れた。

 

***

 

夕暮れ時の事務所に、ぴりりりりりっと固定電話の音が鳴り響く。

休憩室のソファで微睡んでいた俺は「チッ」と舌打ちすると、跳ね起きて仕事部屋へ行く。

液晶画面には馴染みの番号が表示されていた。

再び舌打ちし、受話器を取る。

 

「はいもしもしマルチ事務所」

『よう<リーダー>!調子はどうだ?』

「ちょうど寝てたとこだよ」

『おっとそいつは失礼』

「それよりお前、この前の客ひでぇぞ」

『何かしたのか』

「俺たちのことを近所に言いふらそうとしやがった。あんな客二度と紹介すんじゃねぇぞ」

 

電話越しに「あちゃー」と声が聞こえる。

 

『あのおばさん、知り合いの好で教えてやったのに...。すまなかった』

「今後気をつけろ、それで?今日は何の用だ?」

『あぁそうだった』

 

電話越しにタイピング音が聞こえた。直後、仕事机の上のPCからメールの通知音が鳴る。

 

『仕事の依頼だ。詳しくはメールを見てくれ。資料も添付したから印刷してそのメールを消せ』

「...極秘なのか?」

『あぁ、ちなみに拒否権は無い』

「はぁ?!」

『じきに依頼主が面会に来る。それまでに資料に目通しとけ、じゃあな』

「あっちょっとおい!!」

 

俺の静止の声もむなしく、ぷつっと通話は切られてしまった。

 

「あんの糞野郎が…!!」

 

苛立ちに任せ受話器を叩きつける。

 

「あの…<リーダー>…?」

 

動物部屋から<ゆうすけ>が恐る恐るこちらを覗いていた。

 

「あぁ気にすんな。仕事のことだ。客が来るからちょっと用意してくれ」

「う、うん…分かった」

 

<ゆうすけ>に指示を飛ばし俺は届いたメールを開く。

内容を見て、さらに苛立ちが増す。

 

「こんな仕事、一方的に押し付けやがって」

 

スマホを取り出し、チャットアプリを開きメッセージを書き込む。

 

『緊急の仕事だ。手が空いてる奴らは全員至急事務所に来い』



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-第1-2話- イマジナリー・フレンズ(カレント)

マルチ事務所内は緊迫した空気が包まれていた。

「つまりなんだ、この場所に行って攫われた子供を奪ってこいってことか?」

「奪ってくるんじゃない。救助してほしいんだ」

 

<リーダー>の対面に座った中年の男が口を開いた。その横に座った細身の若い男は、緊張か居心地の悪さからか、岩のようにじっと座っている。

 

「急な依頼で、必要な情報が欠けていることは謝罪する。だが我々はどうしてもその子を救助しなければならない」

「なぜ俺達が出しゃばらなければならない?送られて来た資料には、最低限必要な情報がいくつも抜けている」

「情報秘匿の為だ。[研究所]に情報が流れない為のな。本当に重要な情報は、ココにある」

 

そう言いながら、男は自分のこめかみを人差し指で叩いた。「あぁそうかい」と<リーダー>がぼやく。

カランコロンと玄関に掛けられたベルが鳴り、複数の足音が慌ただしく聞こえてきた。

 

「<リーダー>!!緊急の仕事ってどういうことでござる…!?」

「客の前だぞうるせぇ。ちょうどいい、お前らこれ読んどけ」

 

部屋へ駈け込んできた<ひかり>、<いのり>、<ひびき>は<リーダー>の対面に座っている人物達を見て思わず固まってしまう。

そんな二人のことなど気にも留めず、<リーダー>は三人に先ほど印刷した資料を渡す。

 

「お前、俺のことを話してなかったのか?」

「あ?…あーそっか、会うのは初めてか」

 

<リーダー>は未だ目を白黒させてる三人に手招きする。ハッと意識を取り戻したかのように三人は<リーダー>の傍へ寄る。

 

「こいつは…めんどくせぇ。今回の依頼主だ」

「それだけじゃ不十分だろうが。もういい、俺が話す」

 

そういうと、対面に座った男は立ち上がり、まだ驚きを隠せない三人に向かって敬礼をした。横に座った若者も立ち上がり、同じように敬礼する。

 

「始めまして。私、赤城市警察署能力犯罪係の尾城警部と申します。こちらは新人の榊原巡査です」

「よろしくお願いします」

「あ、どうもご丁寧に…って!警察でござるか!?」

「<リーダー>、とうとう犯罪に手を染めてしまったのですね…。潔く懺悔してください」

「アホども、俺は犯罪なんか犯しとらんわ」

「じゃあなんで警察が来てるんすか?」

「話を聞いてなかったのか?今回の依頼主だ」

「警察が?なんで?」

「順を追って説明しよう」

 

尾城はソファーに座り直し<リーダー>に向き直る。それに釣られるように三人も<リーダー>が座っているソファーの周りに集まる。

 

「まず、今回救助してほしいのは、その資料に書かれているとおり<村上 友美>という人物だ。急造の資料な為、顔写真は付いていないが一目で分かるだろう」

「何故っすか?」

「彼女は小学4年生の子供だからだ。加えて場所は人気のない廃ビルだ。子供がいたらまずこの子だろう」

「場所はどっからのタレコミだ?出所次第じゃ信用出来ねぇぞ」

「[レストラン]からだ。あそこの新人が偶然攫われるところを目撃したらしい。お前も知ってるだろ?あそこの新人は感知能力者だ」

「なるほど、それなら信用できる」

「犯行グループは三人。武装をしているかは不明だが一人は能力者だそうだ」

「能力は?」

「そこまでは分からん」

「あのぅ…」

 

ソファーに座った<リーダー>の後ろから<いのり>がおずおずと挙手した。

 

「どうぞ?」

「その子は何故攫われてしまったのですか?犯人たちの目的が見えないのですが…」

「…どうやらその子は能力者らしいのですよ」

「…らしい?」

「えぇ。[レストラン]の新人曰く、『発現してるけど完全じゃない』そうです」

「…その子供の能力は?」

「それも不明だ」

「犯人の目的は?」

「…恐らく、[研究所]への受け渡しだろう」

「あそこにだけは渡しちゃいけねぇ」

「同感だ。だからここに依頼しに来た」

「お前らからの支援は?」

「…現地までの輸送までだ」

「その程度しか出来ねぇのか」

「上からの命令だ。上はまだ、お前たち能力者を信用していない。受け入れるまで、まだまだ時間がかかるだろう」

「…はぁ。お前ら準備しろ、仕事だ」

「承知」

「分かりました」

「はいよ~」

 

<リーダー>の指示と同時に彼女たちは動き出す。ある者はその得物に弾丸を込め、ある者は十字架を模した角材を手に、ある者はその身を黒に染める。

 

「しばらく外で待っていてくれ。10分後には出る」

「…ありがとう」

「礼は言葉より物や金の方が嬉しいぞ」

「…あまり多くは出せないかもしれんぞ」

「タダ働きよりマシさ」

 

***

 

「一服、いいか?」

「どうぞお気になさらず」

「彼ら、どう思う?」

「どう、とは…?」

「…彼らは道を踏み外さないと思うかね?」

「俺には分かりません。ですが…」

「ですが?」

「[研究所]へ受け渡しの可能性があると分かった瞬間の<リーダー>という人物の目は、怒りに満ちていたと思います」

「…お前にもそう見えるか」

「彼らは何か、されたのですか?」

「…人体実験だそうだ。詳しいことは教えん」

「本当にあったんですか?」

「さぁな」

 

尾城は懐からポケット灰皿を取り出して灰を落とし、また煙草を加える。

 

「…これからは俺が直接ここに来るようになるんですね」

「次とその次ぐらいまではついてってやるさ。だが、能力犯罪係はまだ人材不足だ、それ以降は俺は他へ行かなきゃならん」

「…それで、彼らの素性を知りたいのですが」

「資料か何か作ってやらんかったか?」

「大事な情報はココにだけ残しておくんでしょう?」

 

榊原は尾城を真似るように、人差し指でこめかみを叩いた。尾城は一瞬、狐につままれたような顔をしたが、呵々と笑い煙草の火を消した。

 

「そうだったな、そうだった。じゃあ教えてやらんとなぁ」

「頼みますよ。俺、これからあの人たちの素性も知らずに仕事するのはごめんですから」

「分かった分かった」

 

火の消えた煙草をポケット灰皿にしまいながら、尾城は少し声を潜めて話し出す。

 

「一度しか言わないからしっかり聞いとけよ。あぁ、メモに残すなよ。今覚えろ。まずは<リーダー>、本名は『五十嵐 亮平』。ここ[マルチ事務所]の<リーダー>だ。話の途中で挙手したシスター風の女の子は『聖 祈璃子』。仲間内では<いのり>って呼ばれている。如何にもくノ一って感じの子は『風雅 光華』。通称<ひかり>。頭に迷彩バンダナ巻いてた子が『黒金 響子』。<ひびき>って呼ばれてる。直接会話に加わって来なかったが、こそこそしてた奴が『癒月 優介』。こいつは普通に<ゆうすけ>って呼ばれている。全員能力者だ。能力についてはあいつ等から直接聞いてくれ、俺は説明できん」

 

榊原は一人ひとりの名前を噛みしめるように呟き、はてと顔を上げた。

 

「なんで本名じゃなくてあだ名?で呼び合ってるんですか?」

「そっちの方がコードネームっぽくてかっこいいんだとさ」



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