Fate/Smith Order (色慾)
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序章
1話


もう一個終わらせるべきものがあるだろう、って?
分かってるんだか待ちきれなかったんだ。すまない、本当にすまない。


偶然、と片付けてしまうには些か頑丈すぎる縁の糸であった。ろくに神秘の世界に触れる機会もなかった一般人が、分霊とはいえよもや神の一部をその身に宿すなど。飛んだ宿業を背負ったものだ。

 

 

 

標高6,000メートルの山頂。猛吹雪の吹き荒れる白銀の世界に一人佇む。片足が不自由で、杖の支えを欠かせないこの身が、自ら赴くような場所ではなかった。ここ、人理継続保障機関フィニス・カルデアからの、半ば脅しとも取れる招待がなければ。

 

入口の認証アナウンスを聞きながら、ここまで乗せてきてくれた灰色の狼を撫でる。誰かの使い魔らしく、足のことを考慮しての特別扱いだ。

 

「すまない、そんなところで待たせて。本当はちゃんと人を寄越すべきなんだろうけど…」

 

「不要な気遣いだ。そもそも最初から私には拒否権はなかったのだろう」

 

「本当に……、ごめん」

 

「気にしなくて良い、ドクター。君は自分の仕事をしただけだ」

 

少し悔しげな表情をしたのは、如何にも頼りなさそうな男、カルデアで医療スタッフの統括をしていると言う、ロマニ・アーキマンである。いくらカルデアの隠匿のためとは言え、自分一人でこのような場所に向かわせたことに、医師として許せない部分があるだろう。もっとも当の立香はあまり気にしていなかった。17年も慣れ親しんだ杖は、彼女のもう一本の足のようなものだ。

 

「本来ならば自室に案内したいところだけど、念のためだ、一旦医務室でバイタルチェックをさせておくれ。それから、ドクターと言うのはやめて欲しいな。何だか遠い感じがする。僕のことはロマンとでも呼んでくれ」

 

「ありがとう、そうさせてもらうよ、ロマン」

 

 

 

幸いにも身体計測は手際よく進み、全ての数字が立香をいたって健康だと指し示した。今日から自室として使って良いと言う部屋に案内され、自動ドアが開いた瞬間、今度は猫のような大きさの真っ白い生物が顔に飛びついた。

 

「フォウ!フォーウ!!」

 

「フォウさん!あ、危ないっ!」

 

咄嗟にバランスを崩しかけた身体を支えようと杖を持つ手に力を入れる。だが悲しいかな、もとより平衡を保つことが得意でないこの体に、態勢を立て直す力などある筈もなく、思いっきり後方へ転倒した。それでも軽傷で済んだのは、偏に下敷きになる形で支えてくれた、彼のおかげだった。歳は一つ二つ下だろうか、淡い紫色の短髪に、黒ぶち眼鏡をかけた、生真面目そうな男の子だ。

 

「先輩、お怪我はないですか?」

 

「先輩?私の方が新参者だけど…ともかく、君のおかげで助かったよ」

 

「いえ。僕はマシュ・キリエライト、ここの職員です。こちらはこのカルデアの特権生物、フォウさん。何処へでも神出鬼没なのですが、先輩を気に入ってくれたようです。栄えあるフォウさんお世話がかり2号の誕生ですね」

 

しっかりした印象だったが、割と天然系かもしれない。やや興奮気味に摩訶不思議の白毛玉を紹介する彼は、年齢よりも幼く見え、ついつい構いたくなる。無意識に手が伸び、自分より高いところにある形のいい頭を撫でていた。うん、やはりマシュは弟属性を持っているのだろう。

 

「せ、先輩…その」

 

「ああ、つい。ごめんね」

 

「いえ、謝らないでください。びっくりしただけです。むしろ、嬉しいと言うか…ゴホン、2時間後には所長による全体説明があります。その頃また迎えに来ますね」

 

「足のことなら気にしなくていい。杖とも長い付き合いだし、態々介助役を願うほどのものじゃないよ」

 

思わず少し口調がきつくなる。五体満足で生まれて来なかったせいで、よく周りが過剰に憐憫や罪悪感を示す事があった。この体でも精一杯生きようとする事が否定されているようで、少し悲しかった。マシュは目を見開いて、少しはにかんで言った。

 

「先輩を助けたいのもありますが、単純に僕が先輩と一緒に歩きたいんです」



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2話

シャワーで汗を流し、少しすっきりしたところで、支給された制服に袖を通す。カルデア戦闘服と名付けられたこの礼装は、物理・魔術の耐久に優れ、更には立香のような魔術を体系的に学んでない人間でも簡単に魔術を行使できるよう補助してくれる優れものだ。唯一の難点はベルト二本で上下挟まれているせいで、立香の豊かな胸からすると窮屈に感じる点だろうか。なぜこうも胸部を目立たせたかったのか、設計者に問い質したい。

 

「先輩、そろそろ時間です」

 

時間通りに来たマシュと一緒に管制室へ移る。歩きながら聞いたところによると、所長は若い女性で、名門アニムスフィア家の現当主だとか。話半分聞き流した立香に、最近かなりイラついているようなのでできればあまり刺激したくないと締めくくって、マシュは管制室の扉を開いた。

 

「…っと、ちょっと!!そこの貴女!よりにもやって最前列で寝るなんて、いい度胸ね!?」

 

ヒステリックな声で意識が浮上する。どうやらマシュの忠告も虚しく、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。常からは考えららない状況に、一つの疑念が頭を過ぎった。恐らく、何らかの睡眠暗示にかかっている。思わず思索に耽る立香だったが、それを無視と取ったのか、一層甲高い声でオルガマリーは喚き立てた。

 

「聞いているの!?一般枠の足でまといの分際で、よくも私に恥をかかせてくれたわね!!良いわ、出て行きなさい!貴女のような役立たずにカルデアの席がないと知るが良いわ!!」

 

 

 

廊下に追い出されて、一息つく。意識を朦朧とさせる何かがある空間など、長居は不要だ。あとは優秀なマスター候補諸君に頑張ってもらうとしよう。唯一、一人残して来てしまったマシュが少し気がかりではあったが。とは言えあの場から無理に連れ出そうとするのは不自然だ。仕掛けて来た誰かに警戒されては元も子もない。自室に戻り、念のため、自作の歩行補助器具と杖をを調整する。

 

「やあ」

 

ノックして、返答も待たないうちにゆるふわ系ドクターが部屋にやって来た。

 

「どうしたんだ、ロマン」

 

「いやあ、実を言うとこの部屋、前は僕の避難場所だったんだ。現場にいると場の雰囲気が緩むってよく所長に怒られてたからね。それで、同じ怒られた同士の君と、一服しようかと思って、ほら、お茶とお菓子」

 

「それは避難というか、ただのサボ…」

 

「おっとその先は言わせないよ!おや?それは」

 

「自作の歩行補助器具だよ。私は左足の骨が変形してしまっているから、この外部骨格のようなもので、荷重を分散してバランスを取りやすいようにしてるんだ」

 

「すごいじゃないかコレ!君さらっと言ったけど結構大発明だぞ!」

 

興奮したロマニに予備のものを渡す。しげしげと手にとって眺める姿はなんだか子供のようで少し微笑ましかった。

 

『ロマニ、あと少しでレイシフト開始だ。至急管制室へ来てくれ。Bチームの一部に体調の悪い者がいる。医務室からここなら、2分もかからないだろう?』

 

アナウンスを聞いて、ロマニはあからさまに嫌そうな顔をした。さらばお菓子タイムなどとぶつくさ言いながら、腰を上げた。

 

「どうするんだ?ここから管制室は遠いぞ?」

 

「大丈夫、適当に言い訳するよ。今の男はレフ・ライノール。あの疑似天体(カルデアス)を観るための望遠鏡ーー近未来観測レンズ・シバを作った男さ。それじゃあ、僕は行くよ…っ!?」

 

ロマンが踵を返そうとした途端、明かりが消え、遠くで爆音が響いた。

 

「緊急事態発生、緊急事態発生。中央発電所及び中央管制室で火災発生。中央区画の隔壁はあと90秒で閉鎖されます。職員は速やかに第2ゲートから退避ーー」

 

「なっ!?爆発か?モニター、管制室を映してくれ」

 

モニターに映した管制室は既に火の海だった。マシュの姿が見えない。やはりあそこで無理にでも連れ出すべきだったか。立香は杖を握りしめ、立ち上がった。

 

「無茶だ。君は速やかに避難してくれ。僕が管制室に行く」

 

「いや、私も行くよ、ロマン。どちみちこの足じゃ避難はもう間に合わない。まだ構造的に一番頑丈な管制室の方が生存確率は高い」

 

少し悔しげな顔をして、ロマンが頷く。

 

「分かった。でもくれぐれも無茶をしないように。僕の無線を持って行って。何かあったら絶対連絡して」

 

先に行ってしまったロマンを見送る。無線機をポケットにしまい、枕の下から小さな金槌を取り出す。

 

「やれやれ、こいつを使う日が来るとは」



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特異点F_A.D2004 炎上汚染都市 冬木
3話


杖をつき、藤丸立香は必死に火の手が回る廊下を歩く。走れない己に歯がゆさが募るが、焦る感情を必死に押さえつけて、一歩ずつ確実に管制室に近づく。

 

「せ…んぱ。い、……」

 

焦熱地獄と化した管制室から、微かに呻き声を聞き取る。踏み入れた立香の足元に、爆発に巻き込まれたのか、血みどろのマシュが横たわっていた。何らかの機材が倒壊したのか、その下敷きになったマシュを何とか引っ張り出そうとするが、徒労に終わった。

 

「早く、逃げ…僕はもう……」

 

「それはできないよ、マシュ。君は私と一緒に歩いてくれるんだろう?」

 

アメジストのような澄んだ瞳が、大きく見開かれ、そして細められた。

 

『観測スタッフに警告ーーによる観測データをーーます。人類の生存は確認できません。人類の未来は保証できません。ーー封鎖します」

 

「カルデアス…真っ赤だ。先輩は、……バカです…こんな、ぼく、の……」

 

「ずいぶんな言われようだ。大丈夫。私はここにいる」

 

『レイシフトーー員に達していません。マスターを検索ーー者あり。ーー再設定ーー霊視変ーーを開始します」

 

「手を…」

 

「うん」

 

差し出された手を握る。不思議と恐れはない。

 

「ーー完了、

 

レイシフトを開始します。

 

ーー3

 

ー2

 

1」

 

眩い光とともに、藤丸立香の意識は閉ざされた。

 

 

 

 

 

「……ぱい、先輩!…いえ、マスター!起きてください、死にたいのですか!」

 

余りにも必死な呼び声に、立香の意識は急浮上した。すぐ視界に飛び込んだのは、涙に滲んだ紫色の瞳だった。上体を起こした瞬間、ガバリと力強く抱きしめられる。

 

「本当に、良かった」

 

「フォーウ!」

 

いつの間にか忍び込んだのか、フォウくんが肩に飛び乗った。思考が追いつかない。何故マシュや自分が生存しているのか、何故マシュは自分のことをマスターと呼んだのか。なによりーー

 

「マシュ、その装備は……コスプレ?似合うけど」

 

そう、マシュは先ほど管制室に居た時の服装ではなく、中世ヨーロッパの、紺色のプレートアーマーのようなものを身につけて居た。近くには十字架のような紋章のついた、マシュの身丈くらいの、大きな盾まである。

 

「実はーー説明は後で。敵襲です、先輩、いいえ、マスター、指示を」

 

マシュの手を借り、立ち上がる。いつの間にか、骸骨の形をした化け物に囲まれて居たらしい。緊張した面持ちで大盾を構え、マシュが一歩前に出る。余り戦い慣れて居ないのだろう、鈍重そうな盾を振り回し、力任せに敵を打ち砕いている。視野が狭く、前面の敵に気を取られているため、背後を取られやすい。

 

思った通り、撃ち漏らしたらしい一匹が、マシュの背後を襲う形で立香の前に躍り出た。くるりと反転し、立香は杖を握りしめる。逆手に持つ形で、杖に仕込んだ小太刀を振り抜く。素早い一閃が骸骨兵を武器ごと切り裂いた。

 

「先輩っ!?すみませんっ」

 

「大丈夫、集中して。マシュが背中を守ってくれるなら、こっちから近づいた敵くらいは受け持つよ」

 

「はい、心強いです!」

 

一層勢いを増した打撃でマシュが周囲の敵を盾で薙ぎ、払い、そして粉砕する。だが後から後から敵が湧いてくる状況では、戦闘が長引けば長引くほど不利だ。

 

「キリがない。本当は粗方始末したら離脱したいところだけど」

 

思わず歩くのさえままならない左足に視線が行く。最悪自分を切り捨てて、マシュだけでもーー

 

「なら僕の背中に乗ってください。絶対に、守り抜いてみせます」

 

「ふふ、マシュは頼もしいな。10秒だけ隙を作ってくれないか。そうしたら、マシュは私の後ろに、いいね?」

 

「了解です、マスター。マシュ・キリエライト、行きます」

 

まるで考えを見抜いたかのように釘を刺される。思いの外強い眼差しを受け、立香は思わず笑ってしまった。離脱準備のため、マシュに前に出て敵を集めてもらい、ポケットに忍ばせた金槌を取り出す。豪奢な紋様の刻まれたそれに左手を沿わせ、内なる炎を呼び覚ます。

 

『ーー鋼鉄を鍛えし賢者

ーー大河を焼きし勇者

ーー我が身は神の栄光を示すもの

ーー我が手は人の武勲を作るもの

ーー豪炎よ来たれ』

 

「マシュ、今!」

 

「はいっ!」

 

φλοξ Ἥφαιστος(プロクス・ヘファエストス)!!』

 

素早く背後に下がったマシュと入れ替えに一歩踏み出す。立香が炎を纏った金槌を振り下ろす動作をすると、骸骨兵らは足下に走った亀裂から吹き出した炎に飲まれ、跡形もなく消え去った。

 

「マスター、離脱しましょう」

 

暫く呆然とその光景を眺めて居たマシュだったが、素早く立香を背負うと、一目散に駆け出した。



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4話

「何とかなりましたね」

 

「うん。マシュのお陰だ」

 

「いえ、僕なんて。それに、先輩がいなければ…」

 

『ああ、やっと繋がった!もしもし、こちらカルデア管制室、聞こえるかい!?』

 

「はい、感度良好。こちらAチームメンバーマシュ・キリエライト。藤丸立香と一緒に行動しています」

 

『やはり藤丸くんもレイシフトに巻き込まれてたか。コフィンもなしによく意味消失に耐えてくれた。それは素直に嬉しい。もちろん、マシュ君もだ。無事で何より。けどその服装はどうしたのかな、君まさか鎧(それ)のままコフィンに…」

 

「Dr.ロマン!良いから僕のバイタルをチェックしてください。それで全て分かると思います」

 

『君の状態?どれどれ、…っ!?お?ぉおおおおおおおおお!?身体能力、魔力回路、全部上昇してる!これじゃあ人というよりーー』

 

「ええ、御察しの通りですね。爆発の際、今回の特異点調査用にカルデアが事前に用意した英霊と融合しまして。そちらもマスターを失い、消滅する運命にあったので、サーヴァントとしての能力や宝具を譲り渡す代わりに、僕らにこの特異点の元凶を突き止め、解決するようにと」

 

『まさかカルデア6番目の実験が成功するとはね。それで、君の中の彼の意識は?』

 

「残念ながら。戦闘能力を託してそのまま消滅しましたので、僕は自分の真名はおろか、この宝具の使い方すらロクに分かりません」

 

『そうか…』

 

通信先でわずかに落胆したような声が聞こえる。マシュも思うところがあったのか、ショックで少し俯いてしまっている。淡い菫色の髪を梳くようにして、頭を撫でてやる。

 

「先輩?」

 

「大丈夫、マシュがいれば百人力だ。英霊だって最初から何でも出来たわけじゃない。これから学んでいけば良い」

 

『その通りだ。サーヴァントの唯一の弱点はマスター不在で存在を保てないこと、つまりこれからは藤丸くんとマシュのどちらも、お互いの命脈となる。どうか力を合わせて立ち向かって欲しい。

 

もちろん、カルデアからのバックアップもある。今回のミッションはーー』

 

「Dr.ロマン、通信が安定しません、通信途絶まで、10秒」

 

『ああ〜、予備電源でシバが安定しないのか!2キロほど進んだ先に霊脈の強いポイントがある、まずは其処を拠点として召喚サークルをーー』

 

 

 

幸い霊脈地までは敵襲もなく、安全に移動できた。再び通信が回復し、ロマニの指示通りマシュの盾を使って召喚サークルを設立する。カルデアの技術を使えば、詠唱を破棄してこの虹色のモヤッ●ボールを投げ入れるだけで召喚ができてしまうのだから、便利なものである。何だかガチャガチャのようで少し気が抜けるが。これからの戦力を考えると、マシュには引き続き守りをお願いするとして、機動性のあるランサーか、遊撃に適したアサシンなどが望ましいがーー

 

『すごいぞ!藤丸くん、初めての召喚だというのに凄まじい魔力反応だ!これは心強い味方が、…いや、すぐそこを離れるんだ!!」

 

期待に反して、耳に飛び込んできたのは、遠雷のような獣の唸り声だった。通信越しに、ロマニの慌てた声がする。青い炎を纏った、3メートルと言う大きな体格を誇る銀狼が目の前に顕現する。その上に乗るのは、一対の大鎌を構える首なし騎士だ。相互理解など不可能。ただ憎悪のみが宿るそれは、事前に説明を受けた七騎のどれでもなく、復讐者(アヴェンジャー)というエクストラクラスとして実態を得た。

 

甲高い金属音が響く。藤丸立香は振り下ろされた前足を避けはしなかった。本能的に湧き上がる恐怖を押さえ、それを仕込み杖の刃で受け止める。圧倒的な力の差に無様にも地に倒され、顔の横に大きなクレーターができる。噛み付こうとするそれに、マシュが大楯で突撃を加えようとするが、体格差もあるのかビクともしない。

 

「くっ、φλοξ(プロクス)」

 

内なる炎を呼ぶ。立香の身体に纏わされたそれに、獣は本能的に後ずさり、すかさずマシュが庇うように割り込む。苛立ったように低く唸り、凄まじい跳躍力で大地を蹴る。地面に亀裂を入れながらほぼ真横へ飛び上がった獣の巨体から、首なし騎士がマシュを突き飛ばし、再び立香は銀狼の下へ囚われた。遠吠えを上げ、大口を開ける名も知らないサーヴァント。澄んだ瞳と視線が交差した瞬間、互いの混ざり合い、走馬灯となって一気になだれ込んだ。



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5話

ーー枯れた荒野

薄暗い地下牢ーー

ーー木霊する銃声

響く嘲笑ーー

ーー血に染まった白い毛皮

切り落とされた皺くちゃの手ーー

ーー捕らわれた

祝(のろ)われたーー

ーー報復せよ

絶望せよーー

ああ二度と、

ーー駆ける事は叶わない

走る事はできないーー

 

気付けば、いつほどぶりか、涙が立香の頬を濡らしていた。くそったれ!心の中で叫ぶ。憐憫をすべきではない。無自覚な傲慢さに立脚した憐憫こそ、人を傷つける事を、立香は知っている。抗う彼女の瞳も、見下ろす断罪者の瞳も一様に美しい琥珀色である。だが両者が真に分かり合うことは、永劫に訪れる事は無いだろう。数億、数兆分の一で現れる奇跡のかけらを拾い集めればあるいは。

 

「先輩っ!!」

 

「ああああああああああっ…」

 

遠くで、首なし騎士に必死に盾を打ち付けるマシュの叫びが聞こえる。憐れむのではなく、認めた上で相対する事が、立香のできる唯一の行いなのだ。自から呼び出した以上は、自ら終わらせるべきなのは言うまでもない。腕を交差させ、必死に噛み付かんとする狼に抗う。息苦しさに視界が霞む。だが、それでも諦めるわけにはいかない。

 

「ア〝アオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーン!!」

 

「ゲホッ、ゲホゲホッ…」

 

遠吠えを一つ。突如として、のしかかっていた重圧が消えた。立香は思わず体を丸めて咳き込む。翳った視界は、同じく黒衣の騎士の拘束を逃れた、マシュが庇うように盾を構えたためだと気付いたのは、その数瞬後であった。背中をさするマシュの手が優しい。肩を借りて、立ち上がる。品定めをするように細められた獣の瞳をまっすぐ捉える。

 

「君は私の命が欲しいのか。生憎と、くれてやる安い命など一つもない。だが、その上で私は君の在り方を肯定する。君が何を行おうと、君は私のサーヴァントだ!」

 

地を這うような低い唸り声のが響いた。怨嗟、いや、それは紛う事なく嗤い声だった。銀色の獣が喉を鳴らして笑っている。震える立香の指先を見咎め、恐怖におののきながら啖呵を切る卑小な道化を笑っている。殺意はもうなかった。

 

「先輩、無茶が過ぎます!」

 

『…っ本当だよ!心臓が飛び出ると思った。でもすごいな!アヴェンジャーを手懐け「がるるるるるるるる…」いや、なんでもない』

 

「ただのヤケクソですよ。ロマン、これからの方針は?」

 

『そうだった。今日はもう夜だし、2人ともも休息が必要だ。当面必要な物資を転送するから、周囲を探索してシェルターとなるところを探してほしい。この異変の調査は、明日からでも遅くないからね』

 

「分かった」

 

「はい、マシュ・キリエライト、先輩のお役に立てるように頑張ります」

 

『じゃあ、本格的なバックアップ体制ができたらすぐ連絡するから!くれぐれも無理せず慎重にね!』

 

プツリと通信が切れる。倒壊した建物だとしても、せめて雨宿りができる場所が欲しいところだ。基点に設定した此処は、視界が開けた土地で、周囲に建物は何もない。ともかく移動しなければ。しかし、予想に反して、初めの一歩は踏み外され、上体がぐらりと揺れた。緊張から解放されて、一気に疲れが押し寄せたせいか、うまくバランスが取れない。

 

「わっ…」

 

幸いにも、地面とコンニチハする事態は避けられたようだ。すでに定位置に戻った首無し騎士が引っ張り上げてくれたようで、気付けば一緒に銀狼の上に飛び乗っていた。当の獣の方は、何か言いたげな一瞥をくれただけで、器用に鼻を鳴らして見せた。どこか心当たりでもあるのか、軽快そうに小走りで走り出した狼を、マシュが慌てて追いかけた。



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6話

だんだんオリジナルルート分岐していきます


アヴェンジャーの背に乗せられて辿り着いたのは、冬木市の西外れにある森だった。とは言っても、既に焼き跡の新しい枯れ木の残骸しかなかった。半ば崩れ掛かった白亜の城跡を、器用に瓦礫の山を飛び越えながら、アヴェンジャーは行く。同じ四つ足とは言え、馬とは比べ物にならないほど反動の大きい獣の背から落ちずに居られるのは、偏に背後から器用に支えてくれている黒衣の騎士のおかげだろう。少し後ろから、サーヴァント化したため飛躍的に身体能力が上がったマシュが難なく併走する。

 

日はすっかり落ち、ポツポツと小雨が降り始めている。かつては立派な吹き抜けのホールであっただろうか、美しい面影を僅かに残した西洋の宮殿風の建物の中へ一同は入った。やや乱暴に狼の背から放り出された藤丸立香を、マシュが流れるような動きで抱きとめた。瞬間、獣の冷ややかな視線と、怒気を孕んだマシュの眼差しが交差した。前途多難だとこめかみを抑えながら、ロマニとの通信回線を確保し、物資を送ってもらう。黙々と火を起こし始めた騎士を尻目に、銀狼は早々と森の中へ姿を消した。

 

「漸く一息つきましたね、先輩。取り敢えずご飯を食べて、今日はゆっくり休みましょう」

 

「そうだね。ありがとう、マシュ」

 

言われた途端、ぐぎゅるううとお腹が鳴った。お約束である。どこからともなく笑った気配がして、横を見てみれば、ソツなく火を起こし終えた首無しの男が、本来口があるはずの位置に黒皮に覆われた片手で覆い、小さく肩を震わせて居た。思わずマシュと二人揃って赤面する。転送された小鍋で湯を沸かし、粉末を溶かしただけの即席スープを啜る。そこで漸く、一息ついた。

 

「少し情報を整理しよう。君に話を聞きたいけど、良いかな?」

 

雨足が強い。半壊した建物の壁では風までは凌げない。焚き火に手を翳しながら、ひとしきり笑った黒衣の男を振り返る。左胸に右手を置き、優雅に上体を傾げた姿に、先の戦闘の猛々しさは微塵もなく、立香はほっと胸を撫で下ろした。

 

「ありがとう。それじゃあ、肯定はこう手を縦に、否定は手を横に切ってくれるかな」

 

〈はい〉

 

「君たちは二人で一つのサーヴァントなんだよね?」

 

〈はい〉

 

「主体は君の方?」

 

〈いいえ〉

 

「名前を教えてくれる?」

 

〈いいえ〉

 

「覚えてないの?」

 

〈いいえ〉

 

「そうか。なら、勝手に呼び名を決めさせてもらうよ。デュラハン…いや、ホロウでどうだろう?」

 

ざわりと、男の雰囲気が変わる。殺意とは違うものの、ピンと張り詰めた空気に、立香は胸が苦しくなる。マシュなど、咄嗟に宝具の盾を構え、臨戦態勢だ。はて、何か触れてはいけないところに触れてしまったのだろうか。だが予想外にも、男が表したのは、狂おしいほどの歓喜だった。片膝をつき、火のそばでくつろぐ立香の手を、聖人のそれであるかのように取り、本来頰があるべき所へ持って行く。

 

「ええと、もしかして、気に入った?」

 

〈はい〉

 

「それは良かった。今日から君の事はホロウと呼ぼう」

 

ホロウという言葉が、どうやら男の根幹のようなものに触れた気がした。今回は喜んでもらったから良いものの、サーヴァントと接する時はもっと慎重になるべきか。男の真意に立香が気づくのは、まだ先の先である。

 

 

 

 

『ごめん、急いでくれ。目標まであと3キロだけど、魔力反応が弱くなってる』

 

ロマニの緊迫した声が通信越しに聞こえる。時刻は夜0時を回った所だ。ホロウに見張りを任せ、眠りについて暫くして、耳をつんざくような女性の叫び声に叩き起こされ、現場に急行していた所である。守りの要であるマシュの両手を塞ぎたくなかったので、今回はホロウが立香を抱き抱えながら移動していた。因みに、アヴェンジャー(本体の狼の方)は、森に消えたまま行方が知れない。一先ずホロウに聞いたところ、放っておいても問題なさそうなので、あえて呼び戻したりはしていない。しかし、事前のドクターの観測によれば、生身の人間は立香とマシュだけのはずだった。なぜ今になって生存者が現れたのだろう。



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