ガールズ&パンツァー ブルー・スティール (幻在)
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西住いほ

戦車道。

女子の嗜みと言われる、戦車を率いた武道の事だ。

礼節のある、しとやかで凛々しい婦女子の育成を目指した武芸であり、女子としての道を極める事もある。

ついでに言って、戦車道なら非力な人間でも、強大な力を持って戦えるという事で女性に人気のある武芸でもあるのだ。

 

 

 

 

その中で、『西住流』と呼ばれる流派が存在する。

 

撃てば必中 守りは固く 進む姿に乱れ無し 鉄の掟 鋼の心。

 

その名に恥じぬ強さを持ち、その統率力に加え、下がる事を知らぬ、突撃を前提とした流派。

 

まさに『鉄血』の名に相応しい流派ともいえるだろう。

 

 

 

 

 

 

この話は、その西住家に、長男として生まれた男の、限りなく無謀で、限りなき鋼の信念をもち、限りなき自分の『道』を突き進む物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バルカン工業高校学園艦。

空母サイズの艦の上に、住宅地を置き、更にそこに、バルカン工業高校の校舎が存在する。

そこは男子校であり、女子は一切いない。

その学園の敷地の芝生で寝そべる、一人の少年。

灰色の制服を着こみ、両手を頭の後ろで組んで、空を仰ぐ。

その胸には一冊のノートがあった。

「・・・・・てきせんしゃはっけん・・・・てー・・・・」

寝言。

からの、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

「んみゅ・・・・?」

男子らしからぬ声をあげ、少年は起きる。

それと同時に、ノートが腰のあたりに落ちる。

「・・・・もう授業か」

眠気から覚めない顔でそう呟き、落ちたノートを片手に持ち、立ち上がる。

その時には、顔はすでに引き締まり、威厳を持った歩きで、校舎へ向かう。

 

 

 

 

彼の名は、西住いほ。

西住家の長男にして、西住まほの双子の兄にして、西住みほの兄でもある。

 

 

 

 

 

現在、高校一年。

 

みほが大洗女子学園に転校して優勝する二年前の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

四月二十日。

その日の授業を終わらせたいほは、放課後だというのに教室に残って、一人ノートに何かを書き込んでいた。

「この間の知波単と聖グロの戦いは、今回は知波単の突撃戦法が功を奏したけど、次がそれが通用するかどうか・・・・一方で黒森峰は相変わらずの徹底した戦い方だったな。まだまほの奴が隊長にされていないとはいえ、八回連続優勝しているんだからすごいよな・・・・」

などとぶつぶつと呟きながら鉛筆の芯が削れる程にノートにありとあらゆる作戦を書き込んでいく。

ふと、がらがらと教室のドアが開く。

「やっぱりいたか」

「ん・・・?」

入って来たのは、いほの担任だ。

「いつもノートに戦車道の事を書き込むのはいいが、その情熱をもう少し勉強に注いでくれないか?」

「これでも学年一位なんですが?」

「だからそれに情熱が足りないっていってるんだよ。男じゃ戦車道はできないんだから、いい加減諦めたらどうだ?」

担任が担任机に持っていた書類を置く。

「それと、少しは友達作ったらどうだ?お前、自己紹介の時に『戦車道にしか興味無いので以後お見知りおきを』って言って一発であぶれたじゃねえか」

「ぐ・・・・」

担任の言葉に少なからずダメージを受けるいほ。

実際、それを言ったのは本当なのだ。

 

 

いほは、幼少の頃から、母親のしほの影響なのか、西住流、というか戦車道を独学ながら学んできたのだ。もともと父親である常夫が呼んでいた新聞を三歳の頃から読めたいほにとって、文字を読み取る事など容易い事だった。

その上に、全ての戦車の名前、スペックなどを全て暗記し、常夫が録画していたしほが戦車道をやっている映像や、テレビで放送する戦車道の試合などを見て、あらりとあらゆる戦法を五歳の頃から考えられたり、戦車のプラモデルを買ってそれを一人で組み立てたりと、とにかく、戦車にはかなりの情熱を注いできたのだ。

しかし、それでも妹たちの生活をおろそかにしてきたわけではない。

いほがプラモデルを組み立てていた時に、まほが興味深そうに見てきた時は、戦車の説明も含めながら、作っていく様子を見せてあげたり、みほがボコられぐまのボコを持ってきて、これで遊ぼうと誘ってきた時には、遠慮なく遊んであげたりと、兄らしい事をしてきたのだ。

ただ、そんな中で、しほがまほとみほに戦車道の練習をさせはじめた時に、まっさきに不満を持ったのはいほだった。

意地でも戦車に乗りたいと母親に直談判に言った時の剣幕といえば、当時のしほに言わせれば、あまりの事につい気迫を放ってしまったが、それさえも払いのけて迫られた時には恐怖を感じたという。

 

「とにかく、今日はもう帰れ、自室でもできるだろそれ」

「わ、分かりました・・・」

がっくりとうなだれたいほは、『戦術ノート 二百六十冊目』と書かれたノートを持って、教室を出ていく。

そのまま学園内を出て、帰路を歩く。

一つ、大きなあくびをして、空を見上げる。

文句のつけようのない程の最高の天気。

 

 

このバルカン工業高校は、戦車を生産する工場に入る為の資格を取れる学校なのだ。

無論、いほは作る側になりたいし、乗る側にもなりたい。

だが、最も戦車に触れる機会を多くするには、やはり戦車を作る側になるしかない。

そんな名残惜しい職業(いほにとっては)に就く事は、今のいほにとっては苦渋の決断にも等しい。

 

 

「はあ・・・」

溜息一つ吐き、俯く。

 

 

 

 

学園の裏山。そこで、狐が一匹急な斜面を通り過ぎる。

そこで小石が一つ転がり、下にあった、()()()()()()()にあたり、音を一つ鳴らした。

 

 

 

 

「?」

それは、()()()()()のいほの耳に届いた。

音の聞こえた山の方向を向き、いほは、しばしその場に立ち尽くす。

そして、その音の正体を確かめる為に、いほは走り出す。

森の中、鍛えていた事もあってか、息をあがらせる事もなく、いほは真っ直ぐに歩く。

急な斜面に差し掛かった所で、いほは、それを見つけた。

「これは・・・・・」

その声は、驚愕と歓喜がまじりあったようなものだった。

 

 

 

それは、ドイツの中戦車『Ⅳ号戦車E型』だった。

 

 

 

 

 

この時、日本中は、否、世界中は予想だにしなかった。

 

 

いほと、このバルカン工業高校の生徒たちが立ち上げた戦車道が、戦車道の歴史に大きな変化をもたらすことを、まだ、誰にも予想できなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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戦車捜索

バルカン工業高校。

そこは男子校であり、女子の嗜みたる『戦車道』とは無縁の地。

しかし、そんな学園であるが故に、ここに戦車ある事はおかしかった。

「なんでこんな所に・・・」

いほは訝しむ様に、だがどこか興奮した様な声音で目の前にあるⅣ号E型に近付く。

そして、触れて状態を確かめる。

後ろの方の木々がなぎ倒されており、さらにはそこには、この戦車が作ったであろう履帯の跡、更にはまだ戦車の錆びの無い、蒼い装甲の様子を見ると、この戦車は、()()()()、ここに放置されたようだ。

「まだガソリンあるかな?」

いほは躊躇い無くⅣ号に上り、燃料タンクを見る。

「お、入ってる」

その事実に更に興奮し、いほは操縦席へつながるハッチを開けて、躊躇い無く入る。

「やはりⅣ号。家にあったものと同じ奴だ」

イグニッションと書かれたボタンを押し、エンジンをかける。

すると、快適な音を鳴らし、エンジンがかかる。

「よし、それじゃあ行きますか」

サイドブレーキを外し、ギアを切り替えて、アクセルを踏む。

するとⅣ号は下がり出し、同時に履帯ごとその向きをかえて、履帯のある方向へ正面を見る。

またギアを切り替え、前に走り出す。

そのまま真っ直ぐに森を駆け上がっていき、峠を越え、やがて、広い草原に出る。

そこで一度戦車を止めて、いほはⅣ号から出る。

そして、改めてⅣ号の状態を見る。

「エンジンに問題は無い。他、細かい所も問題無し・・・・ガソリンはあったから、まだ動くと思うが・・・・」

などと思案してみる。

そこでふと、いほはある事に気付く。

 

他にも履帯の跡があるのだ。

 

この草原を中心にして、合計で十。

どれも点でバラバラな方向に向かっている。

「他にもあるんだ・・・・」

いほは、茫然としながらも、興奮ぎみに呟く。

「・・・・いいねぇ・・・」

そう呟き、いほは微笑を浮かべる。

「よし、明日の放課後、戦車探しでもしますか!」

そう意気込み、いほは、バッグを持って、寮の自室に戻っていく。

 

 

 

ちなみに、ここの寮は基本一人部屋だ。

だから、異常な趣味など他人に知られる事などない。

 

 

 

 

 

翌日。

「♪~」

放課後、いほは上機嫌で山に向かっていた。

今日も昨日に続き快晴。

機嫌が良いのもうなずける。

そんな中であった。

「おい、あいつ」

「ああ」

ふと、野球部の方である会話が聞こえた。

そちらへ視線を向けると、二人の部員が嫌な笑みを浮かべており、視線の先にいる、いかにも気弱そうな男子生徒になにかをしでかしそうな雰囲気だった。

異常聴覚者たるいほには、その会話は集中すれば筒抜けだ。

「やろうぜ」

「ああ」

そして案の定、一人の男が、大きく振りかぶった。

そして、そのままその手に持ったベースボールを、その生徒に向かって投げる。

唸り声をあげて、そのボールはその男子生徒に真っすぐ向かっていく。

そして、不運か幸運か、その男子生徒はそれに気づき、振り返る。

「え・・・?」

ボールが、その男子生徒の顔面に直撃――――――しなかった。

二人の野球部員は目を見開き、一方の男子生徒は訳が分からず呆然とする。

その男子の顔面直前で、ボールを片手で掴まれていた。

いほだ。

いほは、高速で飛んでくるベースボールを片手でキャッチしたのだ。

伸ばしていた腕をまげ、眼下に持ってくると、一回上に投げて、また掴む。

「チ」

ふとそんな声が聞こえた。

「悪い悪い、ちょいと手が滑っちまった」

と、いかにも残念そうな笑みでミットに包まれた左手をあげる。

それに対しいほは、ゆっくりと振り向いた。

「ッ・・・!?」

その表情に、顔が凍る。

「・・・・・・恥を知れ」

低く、響く声でそう告げ、その部員に向かって、その部員を超える剛速球を放つ。

心地よい音が響き、男子部員のミットに包まれた手が悲鳴を上げる。

「ぐあ・・・ッ!?」

思わず悶える男子部員。

いほはそれを気にも留めず、狙われていた男子の方を向く。

外見は、普通といっても納得するほど普通だ。

黒髪のショートカット。目にはおっとりとした感じが感じられる。

体つきも、ごく普通だ。

ただ、いほはその人物の事を知っていた。

「あ、ありがとう」

「別にお礼なんて良い。ただ気に入らなかっただけだ。それはそうと、お前、B組の飯盛(いさかい) 優希(ゆうき)だな」

その問いかけに、目を見開く優希。

「そうだけど・・・なんで?」

「別に、ただ他人を観察するのが癖なだけだ。他に知っている事と言えば、お前が弓道部に入っている事だけかな」

「ああ、うん・・・そうだね・・・」

突然、目を反らして、声のトーンが下がる。

「? どうした?」

それに首を傾げるいほ。

「ああいや・・・」

「ん?」

両手を曲げて顔の前で振る手を見て、いほは、その手に握られている紙に気付く。

「・・・・退部届か?」

「・・・・・・まあね」

彼曰く、いじめが酷過ぎるためにとてもじゃなく、続けられないらしい。

「別に決めるのはお前次第だが・・・あ、そうだ」

いほは名案を思い浮かんだかの様な表情になる。

「お前、弓道部やめるならさ、しばらく俺に付き合え」

「え?」

 

 

 

 

 

 

「こんな所に戦車があったなんて・・・・」

「だろ?全部で十両。これを全部ここに持ってくる。お前にはこれを手伝ってもらう」

「アハハ・・・分かったよ」

無事、退部届を出せた優希を引き連れて、いほは戦車の捜索にあたっていた。

昨日見つけたⅣ号は雨が降っても濡れないようにブルーシートをかぶせてある。

「まずは、地図の上の方を捜索しよう」

その提案の元、いほと優希の二人は、北の地域を探していた。

そこは、広大な森林。

二人は、消えかけの履帯の跡を頼りに戦車を探す。

「うわ!?」

木の根に足を引っかけ転びそうになる優希。

「大丈夫か?」

「ああ、うん、大丈夫。すごいねいほ君は。こういう道、歩き慣れてるの?」

「家の近くに森があってな、そこでよく妹たちと遊んだんだ。それに、そこは運動するのに最適だったからな」

「そうなんだ」

そんな他愛無い会話をしている間に、優希は、その視線の先にある鋼鉄の塊を見つけた。

「いほ君、あれ」

「ん」

優希が指す場所に視線を移し、いほは目を凝らす。

その独特な形に、いほも気付いた。

「おお!あれは!」

興奮気味のいほは走り出す。

それを追いかける優希。

そして、その鋼鉄の塊の元に辿り着いた時、いほはその名を叫ぶ。

「『ヤークトパンター』!Ⅳ号と同じドイツの駆逐戦車じゃねえか!」

「そうなの?」

「ドイツの戦車で、元となったパンターよりも口径の大きい88mm砲を搭載した、自走砲でもあるんだ。いやあ、こういう威力の高い戦車は、いざって時に良い切り札になるんだ」

「そうなんだ」

「よし、こいつを動かそう。少し待っててくれ」

いほは、手慣れた動きでヤークトパンターに乗り込み、ガソリンを確認。そして操縦席に乗り込む。

その間、優希は、そのパンターの傍にあるものを見つける。

それは、見るも新しいドラム缶。

五つもあるそれが気になった優希は、それに近付いて、試しに一つだけ開けてみる。

すると、強烈な匂いが鼻をつつき、思わず顔をしかめる優希。

 

それはガソリンだった。

 

それも重油。戦車を動かす為のものだ。

「なんでこんなところに・・・」

そんな呟きと同時に、ヤークトパンターが咆える。

否、それはエンジンの始動音だった。

「おっし。それで、優希。何かあったのか?」

「え?ああ。こんな所に、ガソリンが5ガロン(ドラム缶五個分)あったよ」

「マジか。近くに乗っけられそうなものは・・・・」

「あ、これ、荷台に積まれてた。それもその戦車につながれているよ」

「よしきた!」

そのまま戦車に乗り込んだ二人は、ガソリンの入ったドラム缶の荷台を乗っているヤークトパンターで引きながら、Ⅳ号の元へ運んでいく。

 

 

その調子で、その日はヤークトパンターの他に、『クロムウェル巡行戦車』『M24チャーフィー軽戦車(通称M24)』と大量の弾薬を見つけた。

 

 

 

すっかり日も沈み、とっぷりとした夜空を見上げながら、いほと優希は歩行路を歩く。

「へえ、いほ君、戦車乗りの家元なんだ」

「そうなんだ。まあ、こんな事してるってばれたら、終わりだろうけどな」

「だね」

他愛もない話をする二人。

「あ、僕、家がこっちなんだ」

「そうなのか。じゃ、また明日だな」

そのまま背を向けて立ち去ろうとするいほ。

「いほ君」

「ん?」

呼び止められ、振り返るいほ。

「今日は楽しかったよ」

「そっか、そいつは良かった」

優希の言葉に、いほは笑って返す。

そうして二人は、分かれた。

 

 

 



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三人目

「うっし!今日も捜索するぞ!」

「おー!」

三日連続での快調な天気。

そのせいか、二人はいつもより気分が高揚していた。

今回は地図の右側。

履帯の跡から、三台の戦車があると思われる。

今までに見つけた戦車は三台。

 

Ⅳ号中戦車E型

 

ヤークトパンター駆逐戦車

 

クロムウェル巡行戦車

 

ドイツが二、イギリスが一である。

 

二人は、履帯の跡を頼りにずんずんと草原を進んでいく。

「それでな、聖グロの戦い方がこれまた特徴的でな。隊列が一切乱れないんだよ」

「へえ。それほど統率力が高いって事だね」

「お嬢様だけに、規律は守らなきゃいけないからな」

などと雑談のすえ、学園艦にはとても珍しい川を見つけた。

「あれ?学園艦ってそもそも船なんだから川なんて無い筈だけど・・・・」

「なんでも、これ、元は海水なんだと。船のそこから海水引き上げて真水に変えて、川上の方で噴出させてるんだってよ」

「へえ・・・・あれ?でも履帯の跡がこの中で途切れて・・・・あ」

目の良い優希は、川底にある金属光沢を見つけてしまった。

「どうやらそのようだぜ?」

「どうするの?流石にこの中に入ってエンジンをかけるなんて出来ないよ」

「発想が足りないよワトソンくん。俺たちにはとっておきの乗り物があるじゃないか」

「そんなもの・・・・あれか」

 

 

 

 

 

Ⅳ号がエンジン音を轟かせ、走り出す。

そして、そのワイヤーに繋がれた水底の戦車を引き上げる。

「出たよー!」

「おっしゃ!」

戦車から降りたいほは、早速その戦車の姿を見る。

「こいつはコンカラーだな」

「こんからー?」

「イギリスの重戦車だ。しかし、ここまでくるのにドイツとイギリスの戦車しか見つからないな」

「しかもこんな所に捨てるなんて、よっぽど不要だったんだね」

「ああ、こんな素晴らしい戦車をこうも無残な場所に放置するなど・・・・・許すまじ・・・」

いほが拳を胸のあたりでぎりぎりと握りしめる。

「さて、これも運ぼうよいほ君」

「そうだな」

試しにエンジンをかけてみようとイグニッションを推してみると、どうやら防水加工されていたらしく、安全にエンジンがかかった。

「あれ?こういう所はしっかりしてるのに、なんで捨てちゃったんだろ・・・?」

「ここまで大事にしておいて最後には捨てるのか・・・」

「・・・・いほ君、なんか違う方向に怒ってない?」

それはそうと、戦車全般の操作方法を知っているいほはコンカラーに乗り込む。

「あ、そうだ」

そこでいほはある重大な事に気付く。

「優希。お前戦車動かせるか?」

「え、いやぁ・・・出来ないよ」

「そうだよな・・・ちょっと待ってろ。今から教えてやる」

そう言い、いほはコンカラーから降りる。

まず、優希がⅣ号の操縦席に座り、その上のハッチから指示を出す。

「まず、このボタンがイグニッションでエンジン始動のボタン。そのレバーがサイドブレーキで、アクセルはその鐙。ブレーキはその隣だ。ギアはそこのレバーで出来る。操作はその横に曲がっている二つのレバーだ。まずはサイドブレーキだ。ブレーキを踏みながら、解除しろ」

「よいしょっと」

優希がいほの指示に従いながら、サイドブレーキを解除する。

すると、ガコンという音が響き、戦車が揺れる。

「よし。それじゃあ、まずはゆっくりと前進。ブレーキから足を離してアクセルをゆっくり踏め」

「こうかな・・・?」

優希が器用な手つきで戦車をゆっくりと動かす。

「うわあ・・・」

「よし、こんだけ動かせるなら大丈夫だな。そこの窓から見える履帯の跡を真っ直ぐに辿っていくだけだ。ブレーキとアクセルの方法は大丈夫だな」

「うん」

優希が、見せびらかすようにⅣ号を止める。

「おっし。じゃ、俺はコンカラーに戻るから、先に行っててくれ」

「分かった」

いほが降りると、前進するⅣ号E型。

その後を、いほが乗り込んだコンカラーが追いかける。

ものの数分で、クロムウェルとヤークトパンターのある丘に戻る。

「ん?」

そこでいほは、戦車の小さい窓から、クロムウェルの上に乗っかる人影を見つける。

そちらはこっちに気付いているらしく、こちらを茫然と見ていた。

やがて、二台の戦車の前で止まるⅣ号とコンカラー。

その人物は、金髪に染めたツンツンとした髪型。顔立ちはやんちゃ小僧ともいうべき程に雄々しく、身長はいほたちと変わらない。

そして何より目立つのが、その額にトレードマークともいうべき様につけられている、ゴーグル。

いほがその人物を観察していると、それよりも速く優希がⅣ号から出る。

東馬(とうま)君!どうしてここに!」

「え?知り合い?」

優希が、クロムウェルの上に乗っている人物の名を驚くようにあげた。

「おお!優希、そこにいたのか!探したぜ!」

一方で東馬と呼ばれた少年は嬉しそうに声をあげる。

優希はⅣ号のサイドブレーキをかけると、その少年にかけよる。

「どうしたんだよ、こんな所に」

「何ってお前、昨日俺との約束すっぽかしたから何か仕返ししてやろうと思ったんだよ!だけどお前がなんか知らん奴に森の中に入っていくから気になってきてくれば・・・・・お前、この俺を差し置いてなに先に戦車に乗ってんだゴラァ!」

「わあ!?」

片腕で優希の首を抱え込み、わしゃわしゃと髪をかき乱す。

しかしその様子は、本気で怒ってはいない様だ。

「優希、知り合いか?」

「あ、いほ君」

一方で、コンカラーから出てきたいほ。

なんとか少年の拘束から逃れた優希は、いほにその少年を紹介する。

「紹介するよ。こっちは僕の幼馴染の円道(えんどう)東馬(とうま)君。東馬君、この人は、西住いほ君だよ」

「よろしくな!優希の友達は俺の友達だ!」

「ああ、よろしく」

互いに握手をする。

どうやらかなり活発な人間の様だ。

「彼、自動車部なんだ」

「へえ。そのゴーグルを見ると、乗る事を専門としているようだな」

「ああ。だが、俺が乗りたいのはただのレースカーじゃねえ・・・・・戦車だ!!!」

両手をばっと天に向かって振り上げる。

「戦車!それは男のロマン!その長い砲身から放たれる鋼鉄の一撃は壁を貫き、履帯が走行時にあげる音が、乗り手に高揚感を与え、その力強さはまさに鋼鉄の象!!!しかし、これに乗ってもいいのが女子だけだというのがどうにも納得がいかん!!!俺は、一度でも良いから、戦車に乗りたい!その為だけにいままで走って来たのだ!!!」

熱血に語る東馬。

「すごく熱いね・・・いほ君とは違う意味で」

「俺も自覚はしてるんだが・・・こいつの場合は戦車に乗って走りたいって願望が強すぎんだろ・・・・」

流石のいほも引く程の熱気を発する東馬。

そこでいほはある事を思いつく。

「じゃあ、お前も戦車の捜索を手伝ってくれよ。そうしたら、ここにある戦車に乗せてやる」

「マジか!?」

「マジだ。男と男の約束だ」

「乗った!!!」

いほの差し出した手を、思いっきり握り返す東馬。

 

円道東馬が仲間になった。(テッテレー)

 

「助かるよ。これで三人だ」

よし、それじゃあ本日二台目、探しに行きますか」

「「おー!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが見ていると知らずに。

 

 

 

 

 

 



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生徒会

その日、いほ達は五台目の、ソ連の戦車『T-60』を見つけた。

その日はそれで解散し、次の日、いほ達は、食堂で昼食をとっていた。

いほはサバの味噌煮定食、優希は納豆定食、東馬は焼肉定食。

全員、まさかの定食だ。

がつがつ喰う東馬に対し、優希は少し前かがみに、いほに至ってはまさに本の表紙をそのまま体現したような綺麗な姿勢で食べていた。

「お前、あの西住家の長男なのか!?」

「ああ。まあ、正当な後継者は妹のまほになるけど、中学までは戦車に乗ってたんだ。戦車の操作を一ヶ月で、通信機の扱いを二ヶ月で、砲の撃ち方はその場で覚えたし、指揮の方法は母さんの指導から学んだんだ。いやあ、あの時は必死になって勉強したなぁ・・・」

「なんだか想像できるよ」

回想に浸るいほに対して、笑みを零す優希。

そんな中だった。

放送が入る。

『一年C組、西住いほ。一年B組、飯盛優希。一年A組、円道東馬ただちに生徒会室へ来てください。繰り返します・・・・』

「生徒会室・・・・?」

「なんだろうな?」

その放送に首を傾げる東馬といほ。

だが、優希は何かを察したかのように真剣な表情になる。

「もしかして・・・戦車を探しているのがばれたんじゃ・・・」

「げぇ!?マジかよ・・・・」

優希の言葉に、思わず声をあげる東馬。

だが、いほは驚いく事は無く、慌てた様子も無く、食べ終わった食器を厨房へ返しに行く。

「行くぞお前ら」

「いほ君?」

「生徒会だろうがなんだろうが、俺はやめない。乗る事が叶わなくても、俺は諦めない」

いほはそう言うと、さっさと厨房へ向かう。

「・・・・」

その様子を茫然として見る優希と東馬。

その後、急いで食器の上にある献立を食べ、いほの後を追った。

 

 

 

 

生徒会室。

「一年C組、西住いほ。ただ今参りました」

「い、飯盛優希です」

「円道東馬だ」

ずかずかと生徒会室にはいっくる三人。

「うん、ご苦労様」

そこには四人の男子生徒。

一人は生徒会長席にゲンドウポーズで三人を出迎えた眼鏡の生徒。

その傍らには木刀を床につきたてその柄頭を両手で持ち、騎士ポーズで威圧感満載な表情でいほ達を睨む男が一人。

もう一人は開いたノートパソコンを抱えているオタクっぽい少年がソファーに座っている。

そして最後に、これまた美男子とも言うべき容姿の少年がさわやかな笑みで立っていた。

「楽にしてくれたまえ」

そういうのは、生徒会長席にすわる眼鏡の男子、生徒会長の『北条(ほうじょう) (かるま)』だ。

だが、ここは生徒会室。

そして呼び出される事に心当たりがあって楽にしろといわれても楽になんて出来ない。

なのでいほ以外はガッチガチな優希と東馬。

「さて、どうして呼ばれたか、分かるかい?」

眼を細めて問いかける業。

「さあて、なんでしょうね?」

それに対して、いほはおどけるように返す。

「ふむ、まあそうだろうね」

くいくい、と人差し指で合図を送ると、いほたちの視界の外からもう一人、誰かが資料を持って歩いてきた。

風紀委員長『鹿角(しかかど) 正義(ジャスティス)』だ。

なんとも、おかしな名前である。

その少年はこちらを一瞥すると、いほを一睨みして資料を業に渡す。

「君たち、どうやら裏山で放課後何かやっているようだね」

そう言い、見ていた資料を返して、そこにある写真をいほたちに見せる。

そこには、四両の戦車と、そこにいるいほ、優希、東馬の三人が写っている。

これにはいほも額に汗をかく。

「これ、君たちだろう?」

「ええ、まあ、そうですね・・・・」

歯切れ悪く答えるいほ。

「この戦車、一体どこで見つけたのかな?」

そう聞いてくる業。

「最初の四号は裏山の森の中で、ヤークトパンターは地図上の森の中で、同じように、クロムウェルとチャーフィーもそこで、残りのコンカラーとT-60は右側です」

「ふむ、全部で五両か」

うなずく業。

「それで?」

そこで業の傍にいた騎士ポーズをとっていた武人『土方(ひじかた) 龍三(りゅうぞう)』だ。

通称『鬼の剣道部長』。

「この五両の戦車を探して何をするつもりだった?」

「なにも」

いほは、笑って返す。

「ただ探したかった。それだけ」

「本当?」

そこへ、美男子『刻間(こくま) 比叡(ひえい)』が乗り出してくる。

「君、あの西住流の長男なんでしょ?だったらこれらを使って戦車道を始めるなんてことも考えつくんだけど?」

その様に指摘する比叡。

それに対しいほは何も動じない様子で返す。

「それは貴方たち次第でしょう?俺はなにも、許可無しで戦車道をする気はありません。小学生の時だって、母からちゃんと許可を貰って戦車に乗っていましたし、別に試合をする訳じゃないんですし、自由に乗り回してもいいんではないでしょうか?」

「まあ、確かに道理は通っているけどねぇ・・・」

言葉を詰まらせる比叡。

「ふざけるんじゃないぞ・・・」

そこで正義が憎らし気に声を発する。

「?」

「戦車とは、本来は()()()女が乗るもの。それに男が乗る事はすなわち、その装甲に守られていなければ戦えないのと同義だ。つまりは弱い!我が富士宮工業高校はそんな非力な人間を作る所ではない!」

声を張り上げ、そう()()を述べる正義。

その鋭い視線は、向けられていない筈の優希や東馬を僅かに怯えさせるのに十分な眼光を持っていた。

だが、いほは、それ以上に鋭い視線で返した。

「非力・・・・それは違うぞ?」

「なんだと?」

「装甲に守られていなければ戦えない?それ即ち弱いのと同じ?大いに間違いだ」

いほは、笑みを消して、正義に言い放つ。

「ま、間違いだと・・・?」

その威圧に怯えている事を無自覚ながら隠しながらそう返す正義。

「戦車道っていうのはな、武道の一つだ。剣道、柔道、その他もろもろ。あらゆる武道の中の一つだ。志は人それぞれ。何故(なにゆえ)その道を貫くのかも人それぞれ。その先に手にするものはなんなのかも人それぞれ。だがな、そこに、『非力』なんて言葉はねえんだよ。俺の尊敬する人は、決して非力なんかじゃねえ。誰よりも強く、そして気高く、鉄の意志の持ち主だ。この世で一番強い人間ってのは、力や武力だけを持っている人間じゃない。その力の使い道を理解し、自分の道を進み続けられるものだ。ただ客観的に物事を考えてる奴が、その道を精一杯頑張っている奴らの事を軽々しく非力なんていうんじゃねえよ」

完全に正義を黙殺するいほ。

いほによって、生徒会室の空気は氷点下を行き、全員がその背筋にひんやりとしたものを感じる。

 

 

一人を除いて。

 

 

「いやあ、すまないね」

生徒会長、北条業だ。

「君の心意気は十分に分かった。随分とその人を尊敬しているようだね」

「ええ。目標、という訳ではないですけど、尊敬に値する人間です」

いほは笑みを取り戻し、業の言葉に素直に返す。

「ふむ。これならば、あの爺さんを満足させる事ができるかもしれないな」

龍三がそんな事をぼやく。

「爺さん?」

「誰だそりゃ?」

優希と東馬が首を傾げる。

そこでいほは、振り向いて生徒会室の入り口の方を見る。

「いほ君?」

「いほ?」

「誰か来る」

直後、バァン!と勢いよく扉が開かれた。

「呼んだか北条!」

景気の良いしわがれた声と共に、とある人物が入ってくる。

そこには、やたら派手な装束を着込み、その右手には杖。

スキンヘッドに口元には真っ白い長い髭を生やし、その顔に浮かぶ笑みは豪快の一言に尽きる。

「貴方は・・・・理事長!?」

「ええ!?」

「げぇ!?」

いほが、彼の身分を驚愕の声と共に叫び、優希と東馬がそれに続いて驚く。

「む?他にもいたのか」

そこで理事長と呼ばれた老人はいほ達に気付くも、遠慮なく生徒会室に入ってくる。

「理事長。彼が(くだん)の西住いほと、その友人二人です」

瞬間、理事長がいほに向かって興味深々といった視線を向けると同時に、まじまじと見るように顔を近づける。

そしていほは、この男の正体を知っていた。

 

 

 

バルカン工業高校理事長『雷切(らいきり) 源野(げんの)

 

その正体は、世界有数の力を誇る『雷切財閥』の三代目当主なのだ。

このバルカン工業高校学園艦は、もともと雷切財閥の管轄にある上に、この源野が自ら理事長を務めると言い出し、ここ数十年はずっと彼が理事長を務めているのだ。

とにかく刺激のある事が好きで、革命だろうがなんだろうが、面白いと思ったらすぐさま飛んでいくというぶっ飛んだ老人なのだ。

なんとその年七十歳である。

しかもこの先百三十まで生きられるだとか。

 

 

 

「ふぅむ、良い目をしておる」

「どうも」

源野がいほから離れ、業の方を見る。

「北条、戦車の方は?」

「裏山に五両ほど。どうします?戦車道、やりますか?」

「な!?」

業の言葉に、驚く正義。

その事に、優希と東馬も驚き、いほでさえも動揺を隠せない。

(とんだたぬきだなこの人)

いほが、心中でその様に思う。

そして、一つの大きな笑い声。

「ガーハッハッハッハ!!良いだろう!男の戦車道をここで発足させるか!中々に面白い事をやらかそうとするじゃないかこの奇策師め!」

思いっきり高笑いする源野。

「西住!」

「ハッ!」

源野に呼ばれ、気を引き締めた声で返すいほ。

「喜べ、貴様の念願の戦車道がここで出来るぞ。やるからには、ワシは勝つところがみたい。貴様の見せる戦車道がみたい。せいぜい、退屈させるなよ?」

その源野の言葉に、頬に笑みを浮かべるいほ。

そして、歓喜を混じらせた声で、いほは返す。

了解(ヤヴォール)!」

 

 

ここから始まる、男の戦車道。

 

いずれ、その波は、日本中を揺るがし、やがては世界にも伝播する事になる。

 

ここに立ち上がる富士宮工業高校機甲部隊には、いくつもの試練にぶつかる事になる。

 

 

 

 

 

 

 

北海道地方。

「――――すごい」

パンターにのっていた少女がそう漏らした。

その視線の先には、雪の降り積もる地面の上に、圧倒的力で蹂躙尽くされていた、戦車の残骸。どれもが、白旗を出し、沈黙していた。

その中央に、何両か健在な戦車たち。

ティーガーⅠやパンター、三号戦車など。

その戦車には、『黒森峰女学園』の校章が貼られていた。

「隊長もそうだけど、やっぱり新入生の西住の人も凄いわね・・・・」

同じ戦車に乗っていた運転手が出てくる。

その視線の先には、二両の戦車から上半身を出している、二人の生徒。

一人は、暗い茶髪で背中まで伸ばした髪、鋭い視線を、その髪の間からぎらつかせ、冷酷な目付きで沈黙する戦車を見下していた。

もう一人は、灰色がかった黒髪をなびかせており、その表情は、母親譲りの威厳を持っていた。

この、黒髪の少女が、なんといおう、いほの双子の妹、『西住まほ』だ。

そして、茶髪の少女が、この黒森峰女学園機甲部隊隊長『桜田(さくらだ) 奧華(おうか)』だ。

ふと、森の木に隠れていた敵戦車が、静かにこちらを狙っていた。

狙いを定め、せめて一矢報いようとしているのだ。

だが。

「そこか」

まほが低い声でつぶやく。

「下がれ」

そう命令を下すと、彼女の乗っていたティーガーⅠが下がる。

直後、その戦車が砲撃。

砲弾は掠る事なく地面に直撃。

「砲塔、旋回」

奧華がそう呟くと、彼女の乗っていたティーガーⅡが砲塔を旋回させる。

それにあわてて逃げようとする敵戦車。

だが、どうやらぬかるみに足をとられ、上手く動けない。

そして、ティーガーⅡの砲塔がついにその敵戦車を捉える。

「撃て」

冷徹な一撃(一言)

その言葉通り、無慈悲にティーガーⅡの砲撃がその戦車に突き刺さる。

白旗を上げ、沈黙。

アナウンスが、その戦車の沈黙を告げ、そして対戦者の敗北を告げる。

『黒森峰女学園の勝利!』

その様な事を告げられる。

「お疲れ様です」

まほが、奧華に向かってその様にねぎらう。

だが、奧華はまほを見る事はしない。

「さっさと撤収するぞ。つまらない試合だ」

「・・・・はい」

奧華の言葉に、少し落ち込んだ声で返すまほ。

奧華は、そのままティーガーⅡを走らせる。

「・・・・ふう」

緊迫した空気から解放されたような表情で息をつくまほ。

「お疲れ~」

すると操縦席から同じティーガーに乗っていた黒髪を髪の後ろで結った髪型の少女の運転手が出てくる。

「貴方もお疲れ様」

「いやぁ、あの人も結構厳しいよね~。強くなる事にしか興味ないって感じだしさ~。もう少し柔らかくならないものかね~」

お気楽な感じで、『伊藤(いとう) 千尋(ちひろ)』はそうぼやく。

「それ、隊長の前で言えば確実に殺されますよね?」

すると、砲手席から短髪の眼鏡の少女『(あかつき) 星良(せいら)』がそう咎める。

至って真面目な人物だ。

「あーあ、せめていほの奴が隊長だったな」

「それには無理があるでしょう?大体、男が戦車道をやると、世間から批判を喰らってしまうでしょう?」

「でもさぁ、いほの実力が認められないってのはどうにも納得いかねえんだよな。まほもそう思うだろ?」

「そうだな」

空を見上げるまほ。

「だが、なんだか近頃、破天荒なあの人が、すごい事を起こしそうな気がしてならない」

その顔に笑みを浮かべ、まほは、降りかかる雪景色を眺める。

 

 

 




まほの戦車に乗っているのは原作関係無くオリキャラです。



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番外編 誕生日

今日はまほの誕生日。

つまりは、この小説で、まほの双子の兄であるいほの誕生日でもある。

なので書いたぜ!イエア!


これは、熊本県熊本市にある、西住家宗家にて、まだ小学二年生のいほとまほ、一年生のみほの日常の一幕である。

 

 

 

 

 

それは、夏の暑い日。

セミが勢いよく鳴き、夏の日差しが大気を温め、息をすつのが辛い程に暑い日の事だ。

そこにある、一つ、でかい屋敷。

その屋敷の和風な造りの縁側で、一人、新聞紙を広げて、その上に座り込み、『センチュリオン』のプラモデルをかなり真剣な表情で組み立てている少年の姿があった。

その表情に、地元の人間であるからか、汗は見られず、一つ一つのパーツを丁寧に組み立てていく。

「よし、完成だ」

最後のパーツを取り付け、素組みではあるが、かなりの完成度のセンチュリオンがそこにあった。

「いほ様、出来たのですか?」

「あ、菊代さん」

そこへ、着物を着込んだ女性『井手上(いてがみ) 菊代(きくよ)』がやってくる。

女中である。

「何か用ですか?」

「ええ、スイカを切ったので、もうみほお嬢様とまほお嬢様は食べていますよ」

「げ、まほはともかくみほの奴は食い過ぎるからな・・・今すぐ行くよ」

いほは、若干慌てる様に立ち上がり、速足で居間に向かった。

「ふふ」

その様子に、思わず微笑む菊代。

その半袖のフード付きの赤いメンズジャケットの背の部分には、『必勝』の二文字。

いほは、とにかく、こういう文字の入ったものが好きなのだ。

 

とにかく好奇心旺盛な子。

 

双子の妹のまほと、顔立ちも髪型も趣味も好物も、全てが同じなのに、考える事だけは全く違う。

それはやはり、女と男の間に生まれた、差なのか。

それでもやはり、菊代にはこう見える。

 

元気な子、だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、終わった」

西住家の格納庫にて、戦車の整備を終わらせた西住常夫。

西住流家元の西住しほの唯一、惚れた男にして夫。

職業は整備士。主に戦車の整備を担当している。

分かり切った説明はすっ飛ばして、丁度、この家の傍にある格納庫にて、そこにある戦車の整備を終わらせた常夫。

そして、とある部屋の状態を見て、半ば唖然としていた。

「あ、常夫様」

「菊代さん・・・・何があったの?」

「ふふ、見て分かると思いますけど?」

意味有り気な菊代の笑みに困惑しながらも、しかし全く持って察しのつく惨状に思わず苦笑を浮かべる常夫。

そこは台所。

普段は菊代が朝昼晩と食事を作る場所なのだが、そこから黒い煙が主にオーブンから立ち込みあげており、他にも、何かの失敗ではないかと思うほどの卵の殻やドロドロの生地が飛び散っていた。

そして、その中心には、おそらくオーブンから出てきた黒煙によって煤だらけになったみほとしほの姿があった。

常夫は、料理に使われたであろう材料を見て、何を作っていたのかを察する。

「ケーキを作っていたんだね・・・・」

「私も手伝おうとしたんですが、みほお嬢様が『私とおかあさんだけでやる!』ていって聞かなくて。しほ様もそれなりに気合が入っていたようでしたので」

「それで結果がこれですか・・・」

そこでみほとしほが二人の存在に気付いた。

「おどうざぁぁああん」

「つねおさぁぁぁあん」

みほはともかくいつものの威厳はどこへやら。

情けない声で常夫に抱き着くみほとしほ。

どうやら早速挫折したらしい。

 

 

 

 

 

「それで?十分に反省した?」

「はい・・・・」

「ええ・・・・」

今日は七月一日、いほとまほの誕生日である。

その為か、今回はみほだけでなく、しほも本気になってケーキを作ろうとしたのか、みほは経験不足、しほはそもそも戦車一筋で生きてきたので料理に長けている訳が無く、卵の黄身と白身を分ける部分で早速失敗。

続くかき混ぜる行程でボウルをひっくり返し二度目に失敗。

二度ある事は三度あるとでもいうのか、やっとこぎ着けたオーブンの所で、温度と時間を間違えるという失敗を持って、とうとう挫折したのだ。

「全く、意地を張るのもいいですが、みほお嬢様はともかく、しほ様は料理に乏しくないのですから、無理をしないで下さい」

「あう・・・」

「う・・・」

それに更に恐縮みほと、何も言えないしほ。

互いに、姉と兄、娘と息子の誕生日だという事で張り切っていたのだ。

「まあ、いほやまほの為に頑張る事は、悪い事じゃないよ。ただ、それで失敗しちゃ元も子もないよね」

そんな首を垂れる二人の頭を撫でる常夫。

件のいほとまほは、珍しく二人だけで外で遊んでおり、夕方まで帰ってくる事は無いと菊代に告げていたらしい。

「さ、もう一度、一から作りなおそう。今度は、僕と菊代さんも手伝うからさ」

「うん・・・」

「分かったわ」

みほはともかくとして、本当にいつもの覇気がないしほも同意するしかなかった。

 

 

 

 

 

一方でいほとまほは・・・・・

 

 

「「雪の進軍、氷を踏んで、どれが河やら道さえ知れず~♪」」

全く持って季節外れな軍歌を歌いながら土手を歩いていた。

夏の暑さの中、元気に行進するいほとまほ。

この度、喧嘩した事など、カレーの争奪戦以外ではした事の無い二人。

性格は違えど、趣味や好物、容姿や髪型や身長までも同じなこの二人。

ただ違う事といえば、戦車道の為にしてきた努力の量と仕方か。

そんな二人の服装は、いほは半袖の赤いメンズジャケットに中には『鉄壁』の文字がプリントされたTシャツ。ジャケットの方にも、背中に『必勝』の文字がプリントされている。

一方でまほは、オレンジのシャツに短パンといったシンプルなもの。

これも違う点の一つだ。

全く似ているようで違う。それがこの二人だ。

「なあ、兄様」

「なんだまほ?」

「今日、何か大事な事を忘れていないかな?」

「なんかあったっけ?」

ついでに言って、純粋である。

「まあいいや。よし、次は森へ行くぞ!パンツァー・フォー!」

「おー!」

威勢の良い二人の声。

そのまま、双子は森へと歩いていく。

 

兄妹仲良く、歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕刻

 

 

「「ただいま~」」

「あ、おかえりさない、いほ様、まほお嬢さ・・ま・・?」

帰って来たいほとまほを出迎えにいった菊代。

だが、二人の状態を見た菊代の表情が徐々に唖然としていき、言葉も歯切れが悪くなっていく。

理由は単純明快。

二人が泥だらけだからだ。

「いやぁ、森で派手にすっ転んでしまって」

「そのままひたすらゴロゴロと・・・」

「あらら・・・・・」

苦笑いを浮かべるいほとまほ。

その様子に、思わず笑みがこぼれる菊代。

「分かりました。二人とも外でいっぱい遊んで疲れたでしょう?お風呂、沸いてますよ」

「「本当ですか!?」」

「ええ」

思わず声を張り上げる二人に、微笑む菊代。

「行くぞまほ!」

「行こう兄様!」

靴を脱ぎすて、風呂場へ走っていく二人。

「全く」

その様子に、微笑ましいのか呆れているのか、そんな溜息をもらす菊代。

台所へ向かう。

そこでは、綺麗に歓声したケーキのスポンジに、かなりの集中力を注いで飾りつけをしているしほとみほ、それを手伝っている常夫の姿があった。

「いほ様とまほお嬢様が帰ってきましたよ」

「分かっているわ菊代。あともう少しで出来るから待って頂戴」

「お母さん、頑張って」

かなり気合を入れているのか、丸いスポンジに、クリームを塗りたくり、その上に、複数の苺を乗せ、もう歓声である筈なのに、その上にのった板チョコのプレートに、白いチョコレートで文字をかなり真剣になって書き込んでいた。

「あと少しなんだけどね」

常夫が苦笑いしながら、その様子を腕組みしながら見守っている。

「ふふ」

その様子に思わず微笑んでしまう菊代。

女中である筈なのに、慈愛に満ちた表情で、丁度、現在完了形で板チョコに文字を書き終えたしほとみほがやり切ったといった表情で喜び合っていた。

 

 

 

 

 

 

それは、すでにこのころから異常聴覚者として目覚めつつあったいほの耳に届いていた。

「・・・何が出来たんだ?」

「出来たって、何が?」

「さあな」

隣で()()()()()()()の問いに、いほは何気なく答える。

湯気の立ち込める広い風呂場にて、一糸纏わぬ姿にて、風呂に入っているいほとまほ。

双子として共に()()()()()のか、互いに羞恥心を出す事が無いのだ。

「そろそろ体洗おうぜ」

「あ、背中流すよ」

そのまま、互いに体を洗い、風呂場から出て脱衣所に入る二人。

互いにシンプルな服装(見分けをつける為にまほは黒、いほは白のTシャツを着ている)で風呂から出て、二人は、いつの間にかまほの着替えの上に乗っかっていた紙の指示に従い、いつも食事をとる居間に向かっていた。

「ん?」

まだ発展途上なので、良くは聞き取れないが、何やらこそこそとしている音を聞き取るいほ。

「兄様?」

「ああいや、なんか、母さんや父さんたちが何か仕掛けてきそうな予感がしてな」

「何かを?何をする気なのかしら?」

首をかしげるまほ。

「まあ、それは開ければいいだけの話だろ?」

「そうね」

そして、襖を開けた直後。

 

 

何かの炸裂音が連続で鳴り響き、いほとまほに紙吹雪が降りかかる。

 

「いほ、まほ」

「お誕生日おめでとう」

「おめでとー!」

「おめでとうございます」

「「・・・・」」

それに唖然とするいほとまほ。

目の前にいる家族(一人は女中)であるしほ、常夫、みほ、菊代の四人が、いきなりクラッカーを鳴らしたのだ。

それでいほとまほは、今日が何の日なのか思い出す。

「あ、今日俺たちの誕生日だった・・・」

「うかつだったわ・・・・」

思わず苦笑を浮かべてしまういほとまほ。

そんな二人に、みほが二人のそれぞれの手を手に取る。

「ケーキ出来てるよ!早く早く!」

「あー、はいはい」

「みほ、落ち着いて」

はしゃぐみほに引っ張られながら、二人は、机の上に置かれたケーキの前に誘導される。

そこには、ごく普通のショートケーキが1ホール。その上に、蝋燭が八本。その中心に、板チョコのプレートに、ホワイトチョコで、戦車のイラストと、『おたんじょうびおめでとう いほ まほ』と、不器用に書かれていた。

その不器用さに、思わず吹き出し掛けるいほとまほ。

電気が消され、蝋燭の灯りだけが、その部屋を明るく照らす。

定番の歌の終わりと共に、蝋燭、同時に息を吹きかけ、消すいほとまほ。

そこからはどんちゃん騒ぎと、その西住家は大変賑わったとの事――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――そんな事を思い出しながら、いほは、黒森峰学園艦の隅にて、潮風に当たっていた。

「先輩、せんぱーい・・・・・先輩!」

「うお!?い、逸見、いたのか・・・・」

黒い、黒森峰の制服を着込んだいほに、逸見エリカが背後から声をかける。

「むぅ・・・」

それでなぜか不機嫌になるエリカ。

「? あ、悪い、()()()

それに気付いたいほは、すぐに呼び方を変える。

 

他意はない。

 

いほは、他人に対しては必ず名字呼びにさん付けなのだ。それは、年上年下関係無く、こういう感じだ。

だが、特に親しくしてくるエリカは、年下なのだから名字呼び、それもさん付けするなと言われ、いほの要望で、他人がいる時、あるいは授業、戦車道の練習の時は、『逸見』と呼び捨て、二人きりの時は『エリカ』と呼ぶようにしているのだ。

本当に、他意はない。

「何してるんですか?」

それで何か満足気に聞いてくるエリカ。

「いや、今日は俺とまほの誕生日だという事を思い出してな・・・・」

「先輩も隊長と一緒に祝ってもらえばいいのに」

「無理言うなよ。三年の先輩方がいるんだぜ?虫の居所が悪いんだよ」

いほが皮肉たっぷりな口調でそういう。

ただ、それで不満が無い訳では無い。

 

戦車道は本来、女がするもの。

 

そんな風習の中、いほは耐えてきた。

異常聴覚者であるが故に、誰かの陰口はいつも耳に入って来た。

指揮の能力は抜群で、まほを凌ぐのではないかと言われる程だ。

だが、それでもはやり、チームの中ではいほの存在は異端だと思われている。

母に頼み込み、どうにか特待生として黒森峰女学院中等部に入学する事に成功したいほだが、やはり現実とは残酷なもの。中傷は当然の様にあった。

それでも腐らなかったのは、一年の時は持ち前の精神力と、同じ戦車に乗る仲間たち、そして頼れる(まほ)の存在。

今年は、放っておけない世話焼きな(みほ)と、自身に唯一慕ってくれる、エリカという後輩、そして、彼女の乗る戦車の搭乗員たちの存在。

ただ、やはり『空気』というのはそう簡単に覆せるものではなく、みほとまほ、同じ戦車に乗るチームメイト、そして、エリカを含めたごく少数の後輩たちだけが、いほに付き従ってくる。

その為に、今行われているであろうまほの誕生会には、いほは参加する事を躊躇っていた。

しかし、それでも、家族以外にも祝ってもらいたいものだ。

「仕様がないですね」

「え?」

突然、エリカが少し顔を赤くさせ、懐から一つのラッピングされた箱を取り出した。

「仕方ないから、私が祝ってあげます」

その箱を、いほに差し出した。

「え、あ、な・・・」

それに思わず困惑してしまういほ。

その様子に、浮かない表情をするエリカ。

 

 

初めての家族以外からの誕生日プレゼント、それも異性。

 

 

いほは生まれてこのかた、家族以外で誰かに誕生日の贈り物を送ってもらった事が無い。

それもそうだろう。

何せ、友達いなかったのだから。

更に、みほやまほ以外の女性(妹だけど)からだという事で、いほの動揺をさらに大きくしていたのだ。

 

「あの・・・ダメ・・・ですか・・・?」

いつまでも受け取らないいほに業を煮やしたのか、それとも悲しくなったのか、表情が曇っていくエリカ。

「えあ!?ああいや受け取る受け取るよ!いやなにせ初めて誕生日プレゼント、それも女の子から貰うからさ!」

慌てて奪い取る様に受け取るいほ。

「そう・・なんですか・・・・(良かった)・・・」

ぼそり、と嬉しそうに呟くエリカ。

「いや、その、ありがとうな、エリカ」

「ふふ、はい」

互いに照れたようにそう相槌をうつ二人。

「で・・・開けてもいいか?」

「どうぞ」

即答。

なので早速丁寧に開けてみるいほ。

すると、中に入っていた、ものの見事なドイツ国旗の柄が刻まれた、高値のしそうな銀時計だった。

「うお・・・」

「どう、ですか・・・?」

「これ、高くなかったか?」

「いえ、こう見えて懐事情暖かいんで」

「ああ、そうなんだ・・・」

いほは、時計の部分を空ける。下にふたがあくのではなく、横に開くタイプの奴だ。

そこには、ローマ数字で時間を示し、これまた独特な形の長短三本の時針が、時、分、秒をそれぞれ刻みながら動いていた。

秒を刻む度に、響く音が、何故か聞き心地が良い。

「・・・・良いな、これ」

「本当ですか?」

いほは、それを大事そうにポケットに入れる。

そして、ニカッと笑い、改めて、感謝の言葉を告げる。

「ありがとうな、エリカ」

その笑顔に、見惚れてしまうエリカ。

だが、すぐに我に返るも、心臓がバクバクと音を鳴らしているにも関わらず、エリカは微笑む。

「どういたしまして、先輩」

 

 

 

 

 



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戦車道、始めます

『戦車道?』

『あれか?戦車乗ってドカドカ撃つ奴』

『でもあれって女がやる奴だよな?』

『なんでここで・・・』

『戦車なんて、非力な人間が乗る奴だっての。やる訳ねえよ』

『そうそう、もしそんな奴がいたら笑ってやろうぜ!』

『ま、いたらの話だけど』

「なんか言ったか?」

『うおぉぉぉおお!?』

突然、コルクボードに張られた戦車道部員募集の張り出しに見ていた集団に、何やら黒いオーラを出して声をかけたいほ。

それに当然驚く集団。

「いほ君、構っちゃだめだよ」

「そうだぜ、言わせておけばいいんだよ」

「だけどなぁ・・・」

そんないほを無理矢理集団から引き離し、廊下を歩く優希と東馬。

「一応、他の戦車は生徒会の人たちが手伝ってくれたから見つかったかんだし、後は待つだけなんだよ?」

「それで集まらなかったら意味がねえよ」

そう様子で、三人は校舎を出て、裏手にある『工房』へ向かう。

ここで言う工房とは、主に自動車部が使う整備場みたいな所だ。

そこの裏手にある十両の戦車。

 

Ⅳ号中戦車E型 五人

 

クロムウェル巡行戦車 五人

 

ヤークトパンター駆逐戦車 四人

 

T-60軽戦車 二人

 

M42チャーフィー軽戦車 三人

 

コンカラー(FV214 Conqueror)四人

 

四式中戦車 三人

 

ルノーB1重戦車 六人

 

バレンタイン歩兵戦車 五人

 

一式中戦車 五人

 

以上の十両だ。

 

その全ての戦車の周りには、作業服を着た自動車部や工業科の面々が整備を行っていた。

「こいつらも戦車道やってくれればいいのにな」

「東馬くん。それは無理な相談だよ」

東馬のぼやきに、突っ込みをいれる優希。

「む、東馬、優希」

「よう(つかさ)

「司くん、整備お疲れさま」

そんな集団の中、いほたちの存在に気付いた一人の大柄な筋肉質な男。

「西住も一緒か」

「どうも」

彼の名は『牛塚(うしづか) (つかさ)』。

優希と東馬の幼馴染で、自動車部で、東馬の愛車の整備を担当している。

ちなみに、いほ達が乗る予定のⅣ号の整備も彼が担当している。ついでに言って、彼もⅣ号に乗るのだ。

「Ⅳ号の調子はどうだ?」

「問題無い。途中、風紀委員が賄賂でこれを動かせなくしろと言われたが、断っておいた」

「なら良し」

いほは、Ⅳ号に手慣れた様子で上る。

「おお」

「流石、戦車道経験者」

その様子を、周りの整備士たちは感心した様子で見る。

そのままキューポラの中のハッチを開け、中に入るいほ。

「ええっと・・・・」

そのまま、中の状態を確認するいほ。

しばらくすると、いほは中から出てくる。

「うん。通信機器も操縦席も全部OKだ。整備はこれ以上しなくても大丈夫だ」

「そうか」

「おーい!それならこっちのほうも見てくれ!戦車は自動車と違って勝手が違うからなー!」

「分かった、今行く」

そう言ってⅣ号から出てそちらに向かういほ。

「本当、戦車道経験者がいてくれて助かるね」

「遂に俺たちも戦車道をやるのか・・・・」

「あの風紀委員長は相変わらず反対しているみたいだがな」

そう言い合う優希、東馬、司。

その視線の先で、いほが生き生きとした表情で戦車の様子を見ていた。

 

 

 

 

翌日。

グラウンドの並ぶ、十両の戦車。

その目の前に立つ、数人の生徒。

「結構集まったね」

「全部で二十二人だな」

「俺たちや生徒会を入れて、二十九人だ」

「だが、これじゃあ最大九台、経験とかの不足とかあるから七台しか動かせないな」

「そうなのか?」

その生徒たちと戦車の間に立つ、いほ、優希、東馬、司の四人に加え、生徒会の面々。

「どうやら、僕たちがやるのに乗じて戦車道を受講する人が出てきたみたいだね」

業が眼鏡を押し上げて、どこか黒さを感じる笑みで生徒たちを見渡す。

「それならそれで良いんですが・・・・まあ、良いか」

いほは、とりあえず考える事をやめ、彼らに向き合う。

 

 

 

 

 

戦車道の立ち上げ。

その話は、たちまちこのバルカン工業高校中に広まった。

この学園艦で見つかった十両の戦車。

それを使って、この男子校で戦車道を立ち上げようというのだ。

当然、戦車道は乙女の嗜みとうたわられている為に、非難する者が多い。

だが、その中でいほ、優希、東馬がやる事を決意。

それだけなら、周りは彼らを馬鹿にしただろう。

だがそこに生徒会が入るとなると、話が大きく変わる。

生徒会長である北条 業ほどのカリスマ性を持つ人物が戦車道をやる。

更にその周りには、鬼の剣道部長である土方龍三、影の番長と噂される刻間比叡がいるのでは、誰もが押し黙るしかなかった。

だが、そのお陰で、周りの目を気にしないでやれると思った生徒たちが数人出てきて、今に至るのだ。

 

 

 

 

「えー、俺が、今日からこのバルカン工業高校機甲部隊で隊長を務める、西住いほだ。よろしく」

 

 

 

 

 

 

とある学校の一室にて。

一人の風紀委員の腕章をつけた三人のうち、一人がパソコンに向かって、何やらSNSに書き込みをしている。

「ほ、本当にやるんですか?」

「本気だ」

片割れの問いに、そう返す一人。

「下手すれば、我が校のイメージダウンにも繋がりかねませんよ?」

「我が学校が弱小と思われるよりはマシだ」

書き込んでいた文章にネットにあげる。

「ほ、本気やりやがったこの人・・・」

もう一人が、信じられないといった表情でパソコンの液晶画面をみつめる。

「くくく・・・・これでいい。これで我が校も安泰だ・・・・」

笑い声を漏らす少年に、他の二人は、血の気のうせた表情で見ていた。

 

 

 

 

 

 

グラウンドにて。

「それじゃあ、まずは自己紹介から」

「あ、それでは自分から!」

いほの言葉に賛同するように、一年の中で、小柄な少年が手をあげる。

「自分の名前は『猪井(いい) 勇也(ゆうや)』といいます!一年です!趣味はサッカーです!」

「ん?サッカーが趣味なら、部活は?」

「自主退部しました!」

「ああ、そう・・・」

いほは追及する事をやめた。

次は、同じ一年でいほ以上に目付きの悪い不良っぽい男子。

「俺は一年D組『真藤(まとう) 浩一(こういち)』。好きな事は裁縫と料理です」

「裁縫!?」

「よくされますその反応」

どうやら、かなり女子力の高いようだ。

次は眼鏡の黒髪の普通そうな少年。

「僕は『浅名(あさな) 啓斗(ひろと)』と言います。一年B組です。よろしくお願いします」

「ああ、よろしく」

随分と礼儀正しい。

次は、大阪生まれだと言うバンダナを頭に巻いた男子。

「ワイは『馬野(うまの) 善治郎(ぜんじろう)』や。車の運転は親父から仕込まれてきたからまかせとき!」

「期待してるよ、善治郎」

次はあからさまにニコニコしている無害そうな男子。

「俺は『磯部(いそべ) 征矢(せいや)』。好きな事はカツアゲと喧嘩なんでよろしく~」

「あ、うん、そうですか」

(警戒しておこう)

そう心に思ういほであった。

次は一見して女と見紛う程の顔付きをした男子。

「どうも、僕は『木下(きのした) (かおる)』。言っておくけど女じゃないから」

「だろうな」

高い声に、下手すれば女と勘違いしそうだ。

次は、なんだか淡い色の髪をした、表情がどことなくぼーっとした少年。

「・・・・『真瀬(ませ) 信次(しんじ)』です・・・・以上」

「了解、よ~く分かった。お前が無口だって事が」

次は、ほどよく緊張している男子。

「あ、僕、一年C組の『樋宮(ひみや) (あくた)』です。よ、よろ()くお願いしま()()・・・」

「ああ、よく教室の隅で・・・ま、よろしくな」

かなりがちがちに緊張している。

次の生徒は、かなり長身だ。

「沖縄出身の『江藤(えとう) 帯斗(おびと)』です。空手は地元で齧った程度・・・・」

「一応、聞くが、部活は?」

「かじった程度ですし、地元では才能がなくて破門にされました」

「それは大変だったな・・・・」

「慣れてます」

申し訳無さそうな顔で頭をさげる帯斗であった。

次は最初の勇也と同じように元気溌剌(げんきはつらつ)な男子だ。

「吾輩は『ジェームズ』である!好きな戦闘機は『B29』である!汝の采配に大いに期待しておるぞ!」

「あ、ああ・・・一応、日本を火の海した爆撃機だよなB29って・・・」

「気にするな!」

かなり個性的だ。

以下、三人は同じような人たちだった。

「小官は『グスタフ』であります。西住様とご一緒に戦車道できるなんて感激です!」

「拙僧は『クライスト』だ。砲撃なら任せてくれ」

「『ヴィットマン』です。あの、ドイツの戦車に乗れますか?」

彼ら曰く、『ソウルネーム』というものらしい。

次に、二年だ。

太っており、ぽっちゃりとした体型であり、同じように膨らんだ顔には眼鏡をしている。

身長もいほと同じくらいだ。

「二年の『浜田(はまだ) 理雄(りお)』だ。是非ともご指導の程を」

「ああ、よろしく」

次は、なんとも根暗な表情の男子で、髪はわかめみたいに垂れている。

真田(さなだ) 修一(しゅういち)・・・・よ・ろ・し・く・な」

ズイ、と威圧してくる。

「どうも」

いほは、それを気にも留める様子も無くに返し、次に行く。

次は留学生の様だ。

Guten tag(こんにちは)、西住いほさン。僕ハ『グラーフ・レイミー』といいマス。Auf gute Zusammenarbeit(よろしくお願いします).』

Gern geschehen.(こちらこそ)

まだ日本語に慣れていないらしく、ドイツ語が混じっている。

その次は、男としては髪が長く、その後ろでみつあみにしている垂れ目の少年。

「二年A組の『佐世保(させぼ) 時雨(しぐれ)』です。よろしくね、いほ君」

「ああ、どうも、よろしくお願いします」

フレンドリィな態度に、思わずたじろいてしまういほ。

次は三年だ。

しかし、次に紹介する二人がまさかの兄弟なのだ。

「三年の『帝海(ていかい) 長門(ながと)』です。状況の判断には自信があります」

「その弟の『帝海 陸奥(むつ)』だ。よろしく」

兄の長門はかなりの武人っぽさを思わせる品格を持っており、対する陸奥はなごやかな雰囲気を漂わせてくる。

なんでも、長門が四月生まれ、陸奥が三月生まれらしい。

どこの最強兄妹だ。下の方妹じゃなくて弟だけど。

次は、その二人の後ろに控えていた男子。

「『月光院(げっこういん) 千利(せんり)』だ。よろしく」

あまり自己主張するタイプではないらしい。

次は、猫背で身長が低く見える理系男子。

圷津(はいつ) 堂満(どうま)だ。親は山猫だ」

「え?」

「冗談だよ。すまないね」

(いや冗談に聞こえなかったんだけど!?)

ハッハッハと笑う堂満に動揺を隠しきれないいほ。

そして最後は、なんだか顔色の悪い様子の男子。

「三年D組の『哲傘(てつかさ) 名取(なとり)』です。よろしく」

「ええ・・・一応聞きますけど、顔色悪いですよ?」

「ああ、大丈夫大丈夫、貧血なだけだから」

「貧血でそこまで白くなるものなのか・・・」

なんとも言えない気持ちをぬぐえない。

「これで全員か・・・・」

いほの様子を見て、そう呟く司。

「司くん。本当に良いの?」

「何がだ?」

優希の問いかけに、首を傾げる司。

「本当に、戦車道、する気なの?」

「それを言うならお前もだろう?『家』の事はどうする気だ?」

「・・・・僕は出奔者だ・・・・もう、気にも留めて貰えないよ」

そう、暗い表情でつぶやく優希。

「だー!暗い!暗いぜ優希!」

「うわ!?」

そんな優希の背中を叩く東馬。

「今は目の前の事に集中しようぜ!やるからには、全力でだ!」

「東馬くん・・・うん、そうだね」

東馬の言葉に、元気を取り戻す優希。

その様子を、ノートを使ってチーム分けをしながら聞いていたいほは、安堵する。

そこへ、一つの足音がやってくる。

「ん?」

音からして、身長はいほと同じぐらい。

歩き方からしても普通。武道をやっている訳では無い。

だが、明らかにこちらに近付いてきている。

振り返れば、そこには、黒髪の眼鏡をかけた目付きの鋭い少年が立っていた。

「あれは・・・・」

その姿に見覚えのあるいほ。

ふとその少年はいほの方を見ると、こういった。

「ここか?戦車道をやるっていう場所は?」

その問いに、いほは良く通る声で返す。

「ああ。そうだぜ」

「そうか・・・」

その少年はいほの方へ向かって歩き出す。

そのまま、いほの一メートル手前で止まり、懐からとある書類を出す。

「俺も受ける。良いか?」

それは、『戦車道受講用紙』。

「ああ、大歓迎だ」

いほは、笑顔でそれを迎える。

「ふん、『鬼経(ききょう) 総司(そうじ)』だ。通信器具なら任せろ」

 

 

 

そんな訳で、いほがメンバー訳をした結果。

 

 

勇也、浩一、啓斗、善治郎、信次、芥の六人が『ルノーB1』。

 

征矢と薫の二人は『T-60軽戦車』。

 

ジェームズ、グスタフ、クライトン、ヴィッカマンの四人は『ヤークトパンター』。

 

理雄、修一、グラーフ、時雨の四人は『コンカラー』。

 

長門、陸奥、千利、堂満、名取の五人は『クロムウェル巡行戦車』。

 

業、龍三、比叡の三人は『チャーフィー(M24軽戦車)』。

 

そして、いほ、優希、東馬、司、総司の五人は『Ⅳ号中戦車E型』。

 

この様な編成となった。

 

 

 

いほは、全員を一旦、学習室に集め、説明会を実施した。

 

「さっそく全員に聞くが、戦車はどうやったら戦えると思う?」

「はい!」

勢いよく手をあげたのは、元気溌剌な勇也。

「どうぞ」

「がががー!って動かしてドカーンと撃つ!」

「あーうん。もう少し具体的な事を入れようか」

「はい」

「どうぞ浩一くん」

「それぞれが役割分担をして、戦車を動かす人、主砲を撃つ人、指示を出す人に分けるのだと思います」

「その通りだ」

いほは、黒板に戦車の役割を書き込む。

その書いている途中で、いほは説明を挟む。

「戦車の役割は、最低三つ、最大五つに分かれる。

戦車を動かす『操縦手』。

主砲を撃つ『砲手』。

そして、戦車を動かす為の司令塔ともいえる『車長』の三人だ」

 

曰く、操縦手は車長の指示に従い、戦車を動かすだけでよい。

曰く、砲手は車長の合図で、狙いを定め、引金を引くだけでよい。

曰く、車長の命令は絶対であるが、その分、車長には戦車を動かす責任が重大である。

 

「三人入れば、戦車は戦える。これが四人、五人となると、そこに『装填手』と『通信手』が加わる」

 

曰く、装填手は、砲手が撃ったらすぐさま次弾を装填しなければならず、かなり力のいる仕事である。

曰く、通信手は車長の耳となり、車長の手助けをするべし。

 

「三人乗りなら、車長がこの二つを兼任するんだが、四人の乗りのチームは、車長が通信手をやる事。良いな?」

はーい、とまわりから返事が出る。

「よし、それと、ルノーに乗るチームは主砲が二つあるので、どっちか一つ、一人ずつつくように」

そこで一旦切るいほ。

「さて、それじゃあそれぞれのチームで役割を選んでくれ。出来たら俺か生徒会に報告する様に」

そうすると、周りがそれぞれで集まって相談し始める。

「当然、車長はいほだよな?」

早速、東馬がその様に言ってきた。

「そうだね。僕は砲手で良いかな?」

「俺は通信手。もともと肉体労働は嫌いだ」

「となると、俺は必然的に装填手か」

「俺は運転手だな!」

「あっという間に決まったな・・・」

いほが入る余地も無く役割が決まってしまったⅣ号チーム。

「いほ君」

「ん?会長」

そこへ業がやってくる。

「どう思うかね、このチーム」

「そうですね・・・・」

いほは、一同を見渡す。

「俺が前に特別入学という事でいた黒森峰中等部では、ここまで騒ぐ事が無かったですね」

「え?お前黒森峰に言ってたのか!?」

「流石に高校は行けなくてな。しぶしぶと言った感じでここに来たって訳だ」

東馬の驚きの声に、苦笑して返すいほ。

「ま、そこでも色々な事があったけど、どうにか楽しく戦車道やってきたんだぜ?」

「西住家の人間で戦車道経験者・・・・教官を頼めない我が校には頼もしい人材だね」

そういほを賞賛する業。

「隊長ー!決まりましたー!」

優希が叫びながら役割決めの紙を持ってきた。

「ああ、分かった」

いほはその紙を受け取る。

「西住たいちょー、決まりましたぜ~」

「隊長殿、吾輩らも決まったぞ!」

「西住くん。俺たちも決まった」

「西住司令官、俺たちも決まったぞ」

どうやらほぼ同時に決まったらしく、思いっきり殺到してくる。

「わ、分かりましたから!順番に来てくれぇぇぇええ!!」

どうにかまとめ終わり、いほはごほん、と咳払いをする。

「それじゃ、早速で悪いが試合をやろう」

『え?』

いきなりのいほの言葉に驚く一同。

「まずは経験だ。ルールは戦車一台ずつ、チーム対抗戦での遭遇戦(バトルロイヤル)だ。この試合で、自分の乗る戦車の性能と勝手を理解して欲しい。良いな?それじゃあ全員グラウンドに集合!パンツァー・フォー!」

『ばんつのあほー!?』

いほの意味不明な言葉に、空耳的な解釈で聞き返す一同。

その中で、グラーフだけはその言葉を理解していた。

「『Panzer vor』。戦車前進って意味です」

『ああなるほど』

笑いが漏れる。

それが、どうにも楽しいと感じてしまういほ。

ここまでの事は、黒森峰では無かった。

いほは、かつての仲間たちや妹たちの顔を思い浮かべ、天井を仰ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

黒森峰中等部。

「え~っと・・・今日の練習はチーム対抗のフラッグ戦にしようかな。ああでも、その前に射撃訓練だよね。うん」

明るい茶色をした少女が、ボードに貼り付けられた紙を見ながら頭を悩ませていた。

「ああ、でも、新入生たちの為に、戦車の運転練習とかも、ああ、通信器具とかの使い方とかの復習も実施・・・・でもでも」

ガリガリと練習メニューに新たに書き加えたり、線を引いて却下したりとかなりの思考錯誤にふけっていた。

そんな彼女に、背後からずかずかと歩み寄る人物。

「悩みすぎよ」

「あう!?」

その頭に強烈なチョップを叩き込む、銀色の髪をした、目付きの鋭い少女。

「い、逸見さん・・・」

「しっかりしなさいよ。今は貴方が隊長なんだから、そんなんじゃ、いずれ先輩に呆れられるわよ?」

「う・・・」

銀髪の少女『逸見エリカ』の言葉に反論出来ない、いほの一つ年下の妹『西住みほ』。

その才能ゆえに、現在この黒森峰中等部戦車道チームの隊長を務めているみほだが、その性格ゆえに、とても頼りなさそうに見える。

「こ、これでも指揮の方はお兄ちゃんに褒められてるんだよ・・・」

だが、ひとたび戦車に乗れば、『軍神』と見紛う程の指揮能力を発揮する。

それが彼女の唯一の褒められる点なのだが、悪く言えば、戦車以外、からっきしなのである。

成績は普通、運動も普通。とにかく戦車以外は全く普通。

ただ違うとすれば、子供の頃から戦車に乗り、普通の女子中学生の生活をしてないという事だけ。

「指揮だけでしょう?それだけ認められても意味ないでしょう?」

「うう・・・・」

この学校唯一の友達であり、副隊長であるエリカの言葉に何も言い返せないみほ。

「ほら、そろそろ始まるわよ。さっさと来なさい」

「あ、待って~!」

先に行ってしまうエリカを慌てて追いかけるみほ。

その時、みほは、窓の外の空を見上げた。

それに気付いたエリカは、立ち止まり振り向く。

「どうしたのよ?」

「あ、ううん。なんだか、あの止まる事を知らないお兄ちゃんが、今とんでもないことやってるんじゃないのかな~って思ってさ」

「あの人ならやりかねないわね」

そのみほの言葉に、苦笑して同意するエリカ。

 

 

西住いほの逸話は、この黒森峰中等部の全校に広まっている。

この学園の、唯一の男子生徒。

その生徒が、機甲科を取り、かつて隊長を務めていた西住まほの双子の兄、その上、戦車の事ならなんでも知っている。

更に、今までの西住流とは思えないような戦い方をする事でも有名だ。

公式な試合、つまりは大会などには出ていないが、練習試合や親善試合で、まほに代わり、隊長を務めた時、偵察を持って、徹底した作戦を持って勝ちを取りに行く。

それは、『強くなる為の戦車道』では無く、『勝つ為の戦車道』を貫くいほらしい戦い方だった。

会場に姿を現せれば非難を浴びる。しかし、それでもいほは勝ちを取りに行った。

例え負けても、それを他人の所為にはせず、自身の采配の問題として戒め、勝利すれば、全員褒める。

自身には厳しくし、他人には安全を取らせる。

その人気は、彼を知る、機甲科の後輩たちには絶大だった。

ただ、その人気が出てきたのは、夏休みの間に行われたある大会を通しての事だが。

威厳のあるまほと、尊敬を持ついほ。

当然の様に、上級生と下級生の間で亀裂が入るのは当然の事。

だから、いほは、別の学校に行ってしまった。

泣いて引き留める後輩たちをなだめながら、彼は行ってしまった。

これ以上亀裂が入れば、いずれチームの崩壊につながる。

それを分かっていたからこその判断だ。

沢山の贈り物と共に、彼は、行った。

 

『必勝』の名を残して。

 

 

「さ、そんな空耳的な事を言ってないで行くわよ」

「うん!」

エリカの言葉に賛同し、ついていくみほであった。

 

いほが残したのは『必勝』の戦車道。

 

 




次回『練習試合だ』


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練習試合

バルカン工業高校学園艦にある、広い広い自然区域。

その中を、エンジンの騒音をまき散らしながら走る、一台の青い戦車。

「森の中に入ってくれ。そこから道なりに進んで、分岐の所で停車。そこが俺たちの指定位置だ」

「了解!」

いほが、バレンタイン歩兵戦車の中に入っていた戦車道用の首輪型マイクを使って操縦手である東馬に指示を出す。

すると彼らの乗っている青い戦車『Ⅳ号』は進路を十時の方向を変えて、森の中に入る。

そして、目の前に見えた分岐の所で、Ⅳ号は止まる。

そこで、いほは、既に指定位置に移動している他の戦車たちに通信を送る。

「全員、位置についたか?」

すると、各戦車から返事が返ってくる。

『こちらルノー。準備完了です』

『T-60も大丈夫です』

『ヤークトパンター、いつでも行けるであります!』

『コンカラーも、準備できている』

『クロムウェル、いつでも抜錨可能だ』

『チャーフィーもいつでもいけるよ~』

「全車両、準備OKだそうだ」

総司がそう報告する。

「よし、整備員の方々も、審判の方法はあらかた教えた通りです。白旗を確認したら、すぐさまスピーカーで行って下さい。お願いします」

『あいよー!』

無線越しにそう気楽に返す声の主は、『江間(えま) (ひかる)』だ。

自動車部の部長でもある。

「よし、それじゃあ確認するぞ。今回はルール無用のバトルロイヤル。自分の戦車以外は全部敵だと思え。ただ、一時的に同盟を組むもよし、何台かで一つの標的を消すもよし。だけど覚えておけ。今回生き残れるのは自分の戦車だけだ。同盟を組む場合はかならず裏切りがあると思え」

『独ソ中立条約だな』

『日ソ不可侵条約だ』

「あーそう例えても良いが、とにかく、敵見つけたら主砲撃って倒してしまえばいい。いいな?」

『はーい!』

無線越しに、一斉に返事が返ってくる。

「それじゃあ始めよう。それと、無線は非暗号化されているから、通信機切っておかないと会話筒抜けになるからな。戦車道は武道と同じで、礼に始まり、礼に終わる。礼!」

『よろしくお願いします!』

いほの掛け声とともに、各車両から、礼の声が響く。

『それじゃあ、はっじめっるよー!試合、開始ー!』

ブザーが鳴り響く。

「さて、車長殿。最初はどうするんで?」

東馬が振り向き、そう聞いてくる。

「そうだな・・・・相手は素人集団だから、まずは待機だ」

「了解」

「一応、ある程度の事はあいつらに教えたが、上手くやれているだろうか・・・・」

そう思案するいほ。

「大丈夫だと思うけど?」

「だと良いんだがな」

ふと司が、砲弾を持ってみる。

「砲弾、結構重いんだな」

「そりゃあ、二十四口径だからな。言っておくが、ソ連のKV-2はそれの倍でかい砲弾撃つんだぞ?」

「そうなのか?」

と、いほが説明していると、ふといほが何かに気付いたかの様な表情になる。

「いほ君・・・?」

「・・・・来たな」

いほのつぶやき。

それを聞く暇も無く、車体が揺れる。

「うわぁあ!?」

「うお!?なんだァ!?」

「被弾したのか!?」

「ッ!?」

驚く優希、東馬、司、総司。

だが、いほだけは冷静だった。

「落ち着け、すぐ近くに着弾しただけだ。直撃していない」

良く通る、低い声で声を発するいほ。

「東馬、右に曲がれ、車体の揺れからして砲弾は左から。それもヤークトパンターの八十八ミリ砲だ」

「ヤークト!?それじゃあ歴男チームか・・・・」

「急げ!」

「あ、ああ!」

いほの叱咤の応え、東馬はⅣ号を走らせる。

進路は分岐の右だ。

 

 

 

「だー!外したか!」

砲手のクライトスが悔しそうに叫ぶ。

「案ずるな、次がある!」

ジェームズが砲弾を装填しながらカバーする。

「おいかけるよ!」

ヴィットマンが操縦し、すぐさまⅣ号を追いかける。

 

まずは経験者であるいほの乗るⅣ号を倒す。

 

それならばあとは同じ技術レベルの戦車同士の戦い。

戦車の性能でものを言わせる気なのだ。

 

 

 

 

しかし、それは他の戦車も考えていた事だった。

 

 

 

 

森の中を逃げるⅣ号。

「まさか始めにこちらを狙ってくるなんて・・・・」

「想定の内だ」

いほは、真剣な眼差しで、キューポラにある窓から回りを見渡す。

「ああ、そういえばいほ君は経験者なんだから、先に倒しておきたいのは当然だね」

優希が関心する。

だが、それに浸っている暇は無かった。

「左、クロムウェルだ」

「な!?」

「右に曲がれ」

いほの指示に従い、Ⅳ号は分岐を右に曲がる。

直後に、徹甲弾がⅣ号のすぐ横に直撃する。

 

 

「あちゃー、外しちゃったか」

陸奥がそう気楽そうに言葉を零す。

「まあ、外してもおかしくないだろうな。なんせ相手はあの西住流だもんな」

千利が砲弾を装填しながらそう言う。

「追いかけるぞ。名取」

「分かったよ~」

アクセルを踏み、走り出すクロムウェル。

第二次世界大戦最速とうたわれるこの戦車だが、こういう所では、その自慢のスピードを発揮できない。

ついでに名取は自動車部ではあるが、こういう山道の運転には慣れていないのだ。

 

 

「まさに宝の持ち腐れだな・・・・仕方ない。かなり大変になるが、草原にでよう」

Ⅳ号は、東馬の巧みな操縦テクニックによって山道をなんの問題も無く森を抜け、草原に出る。

「止まるな。ここには遮蔽物が無い。下手すれば直撃を貰うぞ」

「オーケー。こういう所の運転は任せろい!」

「じゃあ早速だが、左に曲がれ!」

「うおわ!?」

それを聞いた東馬はあわててハンドルを左に取る。

そして曲がった瞬間、砲弾がⅣ号のすぐ左に着弾する。

「ッ!」

優希は砲手席のハッチを空け、撃ってきた標的を探す。

「あれは・・・チャーフィー。生徒会だ!」

チャーフィーがもう一度、主砲を撃つ。

「速度下げろ」

そこでⅣ号は速度を下げた。

そして目の前に砲弾が着弾する。

 

 

「ありゃ、外しちゃった」

「速度を下げる事で着弾地点から逃れたのか」

「流石、西住流の長男だね」

砲手を担当している業、装填手を担当している龍三、操縦手を担当する比叡。

どうやら、業の天性の射撃能力が仇となり、どこを狙っているのか予測されてしまったのだ。

「さて、次は当てるとしますか」

業はスコープを覗き、Ⅳ号を狙う。

 

 

 

 

「優希、砲塔を回転。二時の方向に合わせろ」

「え?でもそこには・・・・」

「ルノーだ。東馬、左にいったらすぐに右に切り返せ。ルノーの主砲は二つだ」

「了解!」

するとすぐさまⅣ号は左に進路を変更。

直後に砲弾が地面に直撃。

そしてまたすぐに切り返し、右に進路を変える。

今度はⅣ号の左に砲弾が直撃する。

「優希!」

「分かった!」

優希が砲塔を回転させる。

「ルノーとⅣ号の距離はm単位で約1000、敵の全長は6.37、よって6シュトリヒ!仰角三度上に調整!」

いほが、敵も見ずに優希のそう指示を下す。

「東馬、次の敵の攻撃を回避したら急停止。優希は揺れが収まり次第標準を微調整。自分のタイミングで撃て。ただし三秒以内だ!」

 

 

 

 

 

 

「あ、外しちゃった」

上の主砲を担当している勇也が反省の色も見られないような表情で撃ってみた結果を知る。

「ま、まあ、最初は当たらないものだよ」

車長兼装填手である啓斗がカバーする。

「次は当てよう」

「あ、浩一君」

下の主砲を担当している浩一が真剣な表情でスコープを覗き込む。

「了解」

下の主砲の装填手を担当している信次が砲弾を装填する。

「オイ、速くしないとトンズラしてしまうで!」

「あ、うん。それじゃあ、撃て!」

啓斗の掛け声とともに、勇也と浩一が主砲を撃つ。

 

 

 

 

 

「速度上げろ」

「了解!」

東馬がアクセルを更に踏み込む。

Ⅳ号が加速し、砲弾が背後で着弾。

「停車」

いほがその様に命令を下す。

その瞬間、なんと東馬はサイドブレーキをかけた。

「うお!?」

急激なブレーキ。

するとⅣ号は強制的に止められた

「ハッハッハー!」

東馬が高笑いを上げ、Ⅳ号は止まる。

「足を狙え」

いほの言葉が響く。

それに従い、優希が引金を引く。

 

轟音。そして揺れ。

 

Ⅳ号の主砲から、砲弾が飛び、ルノーに真っ直ぐに突っ込んで行く。

その砲弾は、いほの指示通り、ルノーの履帯に直撃する。

すると、履帯だけでなくホイールも吹き飛び、ルノーの車体が傾く。

そのまま、その車体から白旗があがる。

履帯、および、ホイール部分の破損による走行不能。

戦闘不能(リタイア)だ。

『ルノー、走行不能!』

アナウンスが響き、敵車両の沈黙を告げた。

「よっしゃあ!」

「やったよいほ君!」

それに思わず歓喜する優希と東馬。

「まだだ!後ろからチャーフィーが来るぞ!」

「ぬあ!?」

東馬が慌ててⅣ号のサイドブレーキを外し、Ⅳ号を走らせる。

直後に、さっきまでⅣ号がいた地面を、チャーフィーの主砲が吹き飛ばす。

「危なかったな」

「止まるな!信地旋回、ピボットターン!」

「了解!」

いほの指示通り、Ⅳ号は片足を中心としてコンパスの様に回転。

「こっち向いたね」

「会長、どうするの?」

「指示したらどっちでもいいから曲がって避けてくれ」

「アイアイサー」

チャーフィーの中ではその様な会話がされており、その間に旋回して主砲をチャーフィーに向けていた。

「司さん、撃ったらすぐに装填。出来るだけ速くお願いします」

「ああ、それと、呼び捨てとため口で構わないぞ」

「OK。優希、敵は初弾はかわす。装填が終わった直後に微調整して撃て、いいな?」

「分かった!」

いほの指示にうなずく司と優希。

「敵、来るぞ」

総司が通信席からチャーフィーの様子を見ていた。

その言葉通り、チャーフィーは真っ直ぐにこっちに向かって走ってきていた。

それを聞いたいほは、構わず叫ぶ。

「撃て!」

轟音が響き、車体が僅かに揺れ、硝煙の匂いが鼻の奥をつつく。

砲弾はまっすぐにチャーフィーに向かっていく。

「避けろ」

「ほい!」

チャーフィーはそれを予測していたかの様に右に曲がり、回避する。

「次」

「応」

いほの指示に従い、司が間を与えずに次弾装填。

その間に、優希は微調整でチャーフィーに標準を合わせる。

「撃て」

いほの声が響き、砲弾が発射される。

直後にチャーフィーからも砲弾が発射される。

「遅い」

だが、それはⅣ号の砲弾がチャーフィーを穿った直後だった。

チャーフィーの砲弾は、車体を揺らされた事で主砲の向きが狂い、あらぬ方向に飛んでいく。

そしてチャーフィーから白旗があがる。

「う~ん、やっぱり勝てないか」

「ま、相手は経験者だしね」

「これから学んでいけば良い」

中にいる三人は相変わらず平常運転の様だ。

 

 

 

 

「すごいね~」

「征矢君、そんな事言ってる場合?」

T-60から出て、戦いの様子を伺っている征矢と薫。

T-60はもともと、偵察用の戦車だ。

なので、戦闘にはあまり向いていない。

さらに、地面と車体底面部が近いという事で、雪原や泥地では動かなくなるといった機動性に関する欠点も持っているのだ。

そんな戦車で倍の大きさはあろう戦車に攻撃するなど愚の骨頂だ。

「でもま、僕ららしい戦車だよね」

ふと薫がそんな事をぼやく。

「へえ、どの辺が?」

「ほら、征矢君っていたずら好きでしょ?これなら相手を挑発して弄ぶ事が出来るじゃない」

「ああ、なるほど、それは考えてなかった」

ニシシと悪い笑みを浮かべる征矢。

それに苦笑する薫。

「おーい」

ふと、背後からコンカラーがやってくる。

そのキューポラから、時雨が顔を出していた。

「戦況はどうデスカ?」

操縦席から、グラーフが出てくる。

「さっき西住隊長の乗るⅣ号が二両撃破した所。あとは僕らと、クロムウェルとパンターだけだよ~」

「流石、西住家の長男だな」

砲手席から、理雄が出てきてそう関心する。

「ケッ、たった一両でどうにかなる訳ねえだろ」

「君は相変わらず嫌味しか言わないな!少しは口を慎んだらどうだ!」

「うるせぇ!これが俺だ!」

「ちょっと二人とも・・・」

轟音がとどろく。

見て見ると、いつの間にか、Ⅳ号をクロムウェルが追いかけまわしていた。

そのクロムウェルが主砲を撃ったのだ。

「あらら、少しやばくなったね」

「大丈夫かな・・・・隊長」

 

 

 

 

「だー!なかなか引き離せねぇ!」

「戦車の性能もあるが、なるほど、こういう平原では自由に動けるのか」

後ろを取られたⅣ号の中では、東馬が叫び声を上げ、いほが冷静に分析していた。

「どうする?このままでは撃たれるがままだぞ?」

砲弾が、Ⅳ号がジグザグに走っているからか狙いを定められず、全て外れているのでそこまで問題ではないが、本当に問題なのはパンターの方だ。

「ぬお!?」

車体が揺れる。

「当たったのか!?」

「いや、すぐ近くに当たっただけだ。直撃はしていない」

司が叫ぶが、いほは至って冷静だ。

「でもどうするの?クロムウェルに追いかけられてるから止まる事は出来ないし、別の場所から、まるで固定砲台の様にパンターがこっちを狙ってる。これだと・・・・」

その通り。

パンターが森の中から、クロムウェルに追いかけまわされてるⅣ号を狙撃しようとしているのだ。

だがいほは、安心させるように笑う。

「安心しろ。策が無い訳じゃ無い。さっき固定砲台って言ったよな?」

「え?そうだけど・・・・」

「なら問題ない。砲塔をいま円を描いて走っている向きの外側に向けろ」

今、Ⅳ号とクロムウェルは、円を描くように鬼ごっこをしているのだ。

「お前の動体視力なら確実に当てられる。イメージしろ。お前は、今、弓に矢をつがえて絶対に動かない的を狙っている。一度矢を放てば、確実にその矢は、的の中心を射る」

「矢をつがえる様に・・・・・」

優希は、スコープを覗き込み、砲塔を右へと向ける。

「東馬、まだ逃げれるな?」

「あったり前だ!親友を信じないでどうする!」

東馬が意気込む。

すると、額にかけていたゴーグルを目元にかける。

 

本気の意志表示だ。

 

この走行によって、Ⅳ号のスペックは全て把握した。

「行くぜぇぇぇぇえええ!!」

瞬間、Ⅳ号が、その性能を上回る(オーバースペック)スピードで加速した!

「な!?」

これには流石のいほも目を見張る。

Ⅳ号の最高速度は38㎞/h。だが、今このⅣ号は、それ以上のスピードで走行(はし)っている。

(どうなってんだ・・・?)

 

「な!?加速したぁ!?」

いほがそんな事を思っていた一方で、クロムウェルの中で、堂満が素っ頓狂な声をあげる。

「あの加速、東馬君が本気を出したんだ」

「どういう事だ?Ⅳ号の速度は、このクロムウェルの約二分の一の筈だ?」

長門がそう疑問をなげかける。

Ⅳ号に合わせるように、クロムウェルを加速させた名取が答える。

「優希君は、運転に関しては天性の才能を持つんだ。どんな車両だって、そのスペックを大幅に超えた速度を叩き出しては、あらゆる大会に優勝する。借り物の車両だって、スペックを覚えてしまえば、あとは簡単。そのエンジンが、タイヤが、どんなタイミング、どんなアクセルの踏み方で加速するかを瞬時に考え、実行するんだ。それが、『円道 東馬』というレーサーなんだよ。ただ、戦車に乗りたいがためにあまり公式のレースに参加する事は無いから、無名なんだけどね」

「そんな化け物があのⅣ号に乗ってんのか・・・・」

堂満が通信席で驚愕の表情をする。

「ただ、そのオーバースペックのせいで、機体が壊れたりエンジンが炎上したりして、僕らの間じゃ、『デストロイヤー』の名前で通ってるんだ」

そう補足する名取の表情が苦笑に変わる。

「追いつけるか?」

「やってみるよ。なんせ、クロムウェルは第二次世界大戦最速の戦車だからね」

名取が、更にアクセルを踏み込む。

すると、クロムウェルは加速し、Ⅳ号を追いかける。

 

 

 

 

一方でヤークトパンターの中では・・・・

「ぬ、Ⅳ号がこっちを狙っているぞ」

「え?大丈夫なんですか?」

車長兼通信手であるジェームズがキューポラの隙間にある窓からⅣ号の姿を捉える。

「ぬう、狙っているとなると、まずいではないのか?」

「狼狽えるな。走っている間は狙いが安定しない筈だ。そう簡単に当てられない」

「あれ?でも確かⅣ号の砲手務めている人って確か・・・・・・去年の中学生の弓道の全国大会をぶっちぎりで優勝してなかった?」

「「「・・・・・・」」」

沈黙がパンターの中身をよぎる。

 

 

そして次の言葉を発する間の無く、Ⅳ号の砲弾がパンターを穿った。

 

 

 

 

 

 

「命中!」

「このスピードで当てるか!すげえな」

優希の射撃技術に、興奮を隠せないいほ。

「おっしゃあ!このままクロムウェルも倒しちまおうぜ!」

「そうだな・・・でもその前に、丘にいるT-60とコンカラーをやるぞ。クロムウェルをこのまま連れていけ」

「オーケー!」

Ⅳ号のエンジンが唸り声をあげる。

 

 

 

残り、四両。




次回『試合終了、そしてネーミング』


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試合終了、そしてネーミング

「加速できるか?」

「出来るよ!」

長門の指示で加速するクロムウェル。

現在、Ⅳ号を追い回しているのだ。

ここで距離を縮め、命中率を上げるつもりなのだ。

「陸奥、良いな?」

「いいぜ、長門」

スコープを覗き込み、標準を、目の前にいるⅣ号に向ける。

Ⅳ号とクロムウェルの最高速度の差は、約三十キロメートル。

Ⅳ号の二倍の速さを、クロムウェルは持っているのだ。

だから当然の様に、距離はどんどん縮まっていく。

ここまで、被弾なしのⅣ号。

長引けば、確実に経験者の方が有利。

ここで決めるつもりだ。

「終わりだ!」

そして、引金を引こうとした瞬間、Ⅳ号が―――――――消えた。

「「な!?」」

それに思わず驚く陸奥。

名取も驚く。

「名取!横だ!」

「え・・・」

反応する暇も無く、車体が揺れる。

すぐ右で聞こえた、砲撃音。

「な、何が・・・・」

何が起きた?

 

実際、Ⅳ号は消えたわけではない。

履帯の片方を止め、片方で方向を変える、信地旋回をしただけだ。

加速し、Ⅳ号と距離を縮めようとしていたクロムウェル。

それに対し、Ⅳ号は、右の履帯の稼働を停止、左の履帯を全力で回し、旋回。

その時、九十度を回った所で右の履帯を稼働。

それによって、砲手のスコープ及び、運転席の範囲の狭い窓から、外れる事が出来たのだ。

しかも、それが一秒以下で行われた事なので、一時的に、消えた様に見えたのだ。

その後は、また右の履帯を止め、旋回。

そのまま、二百七十度回転した所で停車。

あとは、クロムウェルが目の前を通っていくのを待ち、来た所を撃ち抜くだけだ。

運転手の技術、砲手のタイミング、そして、それを思いついた車長の采配の勝利だ。

 

「―――と、いう事だ」

「わーお・・・・」

長門の説明に、感嘆を漏らす堂満。

「なるほど、なかなかに頼りになる指揮官だ」

長門は、面白そうに笑う。

 

 

 

 

 

「よし」

「あ、当てられた・・・」

クロムウェルの敗北を告げたアナウンスを聞き届けたいほ。

それに対し、自身の砲撃が直撃した事に、思わず脱力する優希。

「ナイスだ優希!」

「流石だな」

「元弓道部のエースだという事はある」

そんな優希をほめる、東馬、司、総司の三人。

「はは、ありがとう」

「第二次世界大戦最速の戦車に砲弾を当てられたんだ。そこは誇っていい」

「運が良かっただけだよ」

「そう思うのはお前の勝手だ。前から三時の方向。丘の上にT-60とコンカラーがいる」

その言葉を確認する様に、優希、東馬、司、総司はそれぞれの席のハッチから出て、確認する。

「あ、いた」

そこには、確かに丘の上に二両の戦車。

「追うぞ!」

「いや・・・・・」

いほは、首についていたマイクのボタンを押す。

「T-60、コンカラー。そこから砲弾撃ってみてください」

『はぁ!?』

驚きの声が車内と無線からあがる。

当然、返事が帰ってくる。

『本当にやっちゃっていいの?』

征矢だ。

「射程はほんの五百だ。上手くやれば直撃も出来るだろう。白旗上げたいなら、まずは射撃だ。主砲撃った時に来る揺れと音には慣れるようにしておけ。耳は塞ぐなよ。耳を塞ぐ暇も無く、音は響くからな」

『りょ、了解・・・・やってみます』

理雄からその様に返ってくる。

そして三秒後。

車体が揺れる。

「うわぁ!?」

「うお!?」

「ぬぅ!?」

「ッ、当たったのか!?」

それに驚く四人。

だが、いほは、冷静に返す。

「右に一メートルか・・・・」

「へ?」

いほは、目を閉じた状態でそういった。

「あの~、いほ君」

「なんだ?」

「どうして、なにも見てないのにそんな事が分かるの?」

「ああ」

優希からの質問に、いほは簡単に答える。

「耳が良いんだ、俺」

「え?それだけ?」

「それだけだ」

何の悪びれもせず、いほは返した。

『たいちょー、もう良いですか?』

「ああ。命中率についてはこれから練習していこう。あと、軽戦車は立ち回り方だな」

いほは、無線機を通して告げる。

「皆、今日は初めての試合という事でよく頑張った。一番手強い奴を攻撃するのも、作戦の一つだ。そこは誇っていい。だから、これから練習していこう。それぞれの戦車にあった特徴、あった立ち回りをこれから教えていく。今日の敗北は、次への(かて)として欲しい。俺相手に、ここまでやれたんだ。じゃあ、全員、礼!」

『ありがとうございました!』

 

 

 

 

 

 

 

夕日の指す帰り道。

「はあ、なんかどっと疲れた気分だ」

総司が、そうぼやく。

「あんなに激しく揺られればそうもなるだろ」

「でも、いほ君の指示も的確だったよね。流石にあんな事言った時は出来るかっ!て思ったけどさ、東馬君の、『もうどうにでもなりやがれー!』って言って、あの旋回やった時は僕も腹をくくったよ」

そんな総司にからかう東馬と力無く笑う優希。

「しかし、最後にあいつらにやる気が感じられてよかったな」

あの試合の後、倒された他の戦車に乗っていた生徒たちは、かなりのやる気を示していた。

どうやら、諦める事を知らないらしい。

その司の言葉に、さらに付け加えるように答える東馬。

「生徒会の人たちも太っ腹だよな!まさか明日の授業免除してくれるなんてよ!」

「大丈夫なのだろうか?」

「理事長にも話は通ってるって」

「本当に革命でも起こす気なのか」

そんな風に話し合う四人だが、そんな輪の中で一人、手帳を見ながら唸っている人物がいた。

「――――」

いほだ。

シャーペンを持って、手帳に何かを書き込んでいた。

「あー、いほ君?まだ悩んでるの?」

「え、ああ・・・・まあな・・・」

彼が考えているのは――――――チーム名だ。

発端は、いほが何気なく言った、戦場での互いの戦車の呼び方。

一々、戦車の名前を呼んでいては、相手の戦車と被った時に見分けがつかない。

なので、簡単な名前で互いを呼び合うのだ。

それを聞いた機甲部隊の面々が・・・・全てをいほに任せたのだ。

言い出しっぺは生徒会。

『ここは隊長にネーミングを任せよう』

という発言が伝播して、なし崩し的にチーム名をいほが決める事になったのだ。

一応、

『俺のネーミングセンスはみほレベルって言われてるぞ?』

と、くぎを刺しておいた。

「そういえば、明日はどんな事をやるの?」

「そうだな・・・・試合には出られないからな・・・・まず、走行の練習、砲弾の撃ち方、狙いの定め方・・・・まずは、運転手、砲手、装填手は戦車に乗ってそれぞれのメニューをこなす。残った車長と通信手は俺がある程度指導する。って事にしよう」

「ほう、通信機器の使い方や戦術などを叩き込むって事か」

「こういう時に試合が出来たら、良い経験詰めていいんだがな」

そう言って、頭をかくいほ。

「・・・・黒森峰とは違うんだな・・・」

そう、空を見上げ、寂しそうにぼそりと呟いた。

その空虚を見つめる姿に、顔を見合わせる四人。

優希が切り出す。

「ねえ、いほ君」

「なんだ?」

「良かったらさ。いほ君の家に行っても良いかな?」

「え?別に良いが・・・・良いのか?」

困惑しながらそう問いかける。

「僕は、場所は違うけど寮ぐらしだからね」

「俺も大丈夫だ。連絡入れりゃあ九時までに帰ってくればいいからよ」

「俺も、まあ大丈夫だ。本当ならこのまま戦車の整備に務めたかったし、いつもなら車の整備で遅くなる所だ」

「俺も特に予定はない」

そう返す。

「そうか・・・・じゃあ、来いよ」

いほは、それに笑って返す。

 

 

 

 

 

 

いほの部屋は、一言で言って、()()()()()()()()()

本棚の本は分かりやすく並べられており、机の上は綺麗に片付けられている。

ベッドも乱れた様子も無く、その傍らには包帯の巻かれた熊のぬいぐるみがいくつか。

他にも、彼の趣味とは思えないものがいくつか。おそらく、贈り物だろう。

とにかく、それらが沢山あるのにも関わらず、整理され過ぎている。

「まあ、散らかってるけど入ってくれ」

(ちらかってないだろ・・・・)

いほの言葉に、野暮と言わんばかりに心の中で突っ込みをいれる。

「結構片付いてるね・・・・」

「これでも実家の方は戦車のプラモデルで埋まってるがな」

いほは、そう言いながら机から一冊のノートを取り出す。

見ると、『戦車データ』と書かれていた。

開けてみれば、あらゆる戦車の事がページまるまる書かれていた。

「うお」

「これは・・」

「すごいな・・・」

「・・・」

それに見入っている間に、いほは麦茶をコップにそそぎ、全員に出す。

それを受け取り、一口、口に運ぶ。

ふと、総司は机の上にあるいくつかの写真を見つける。

「これは・・・・」

一つは、おそらく小学生時代であろういほと、彼にそっくりな少女、そして、明るい色の髪をしたショートカットの少女(おそらく妹だろう)が無邪気にピースサインを作って写真に写っていた。

一つは、成長した姿で、黒い制服を身に纏ったいほと、双子であろう少女、そして無邪気そうな笑顔をしていた少女が一緒に、『黒森峰女学院中等部』と書かれた石板のある校門の前で直立姿勢で並んで立っていた。明るい色の髪をした少女は、これでもかという程に緊張していた。

一つは、銀髪の少女と、一台の戦車の前で煤だらけの顔で笑い合っている写真だ。

そして最後は、おそらく集合写真と思える写真だ。

いほ以外が全員女子だが。

「ん?ああ」

そんな総司の様子に気付いたいほが、その写真を手に取る。

「お前の兄妹の写真か?」

「ああ。この俺とそっくりな女がまほ、こっちのガチガチに緊張しているのがみほだ」

「へえ、みほさんの方は、いほ君やまほさんと違って、なんかかわいいね」

「本当だな。良い嫁になるんじゃいか?」

「こいつ、かなりのドジっ子だぞ?」

「どんな程なんだ?」

司がそう聞くと、少し考える素振りを見せたいほは、すぐに口を開く。

「そうだな・・・・なにも無い所でつまづいたり、余所見して看板にぶつかったり、消しゴム落としたらそのまま転がってって、最終的にぬかるみに足を踏み入れたり、あとは・・・」

「ストップ、分かった。分かったからそれぐらいにしてあげて」

「そうか?」

「一応、お前の妹の事については分かった。で?この銀髪の鋭い目つきの女は誰だ?彼女か?」

視線が一斉にいほに向く。

「え?いやいや、ただの出来の良い後輩だよ」

だが、いほはそんな視線に怖気づかないどころか全く気付いていない様子で否定した。

「本当か?」

「本当本当、逸見エリカって言ってな。俺が、唯一手塩を掛けて育てた娘だよ」

「へえ・・・どんな娘なの?」

優希が何気なく聞いてみる。

「ああ、素直で良い奴だよ。とても努力家でな――――」

そこから、いほの黒森峰中等部の頃を話を聞き、遅いという事で、いほが直々に料理を振舞った。

実家の女中から直伝された味付けなどでつくられた料理の味は、四人を十分に驚かせた。

 

 

 

「今日はありがとう、いほ君」

「何、どうって事ないよ。俺としても、久しぶりに誰かと会話した気分だからよ。それに、男と何か話すのは初めてだしな」

「まああんな女所帯じみた所にいればな」

「お前は相変わらず毒舌だな」

「抑えろ東馬」

しばらくして、優希たちは外に出る。

「それじゃあ、また明日」

「じゃあな、いほ」

「それでは失礼させてもらう」

「では明日、隊長」

それぞれの言い方で別れを告げ、帰路についていく四人。

それを見送ったいほは、自室に戻る。

ふと、机の上で自分のスマホが鳴っている事に気付く。

液晶画面に出ている名前、それを確認したいほは――――驚愕の表情で受信ボタンを押し、耳にあてる。

「・・・・・も、もしもし・・?」

若干、血の気が引いた表情で、相手の返事を待つ。

「ああ、うん・・・・久しぶり・・・・うん・・・・・・・・・・・・・・え?」

いくらか相槌を打つも、電話の向こうの相手の言葉を聞いた途端、先ほどよりもさらに血の気が失せる。

「・・・もう一回言ってくれますか?」

再度。

「・・・・・マジで?」

『まじです』

電話の相手がそう答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後――――

 

バルカン工業高校学園艦の広い草原にて、七台の戦車が、それぞれの的に向かって、砲撃していた。

ただ、やり方はそれぞれ異なり、走りながら撃っている戦車もあれば、止まってしっかり狙っている戦車もある。一つは、一両の戦車をもう一両の戦車を追いかけるような事もしている。

当然、バルカン機甲部隊の面々の乗る戦車たちだ。

ただ、初めての時と違うのは、それぞれの戦車に、二つのマークがある事だ。

一つは、バルカン工業高校の校章だ。

これはどれも共通で、自由な所に張り付けられている。

もう一つは、どれも違うマークの、動物のマーク。

「――――サメさんチーム。仰角を少し上げてみろ」

『了解、陸奥さん、仰角を少しあげてみてだって』

まず、長門、陸奥、千利、堂満、名取の乗るクロムウェルには、自身の歯を見せつつ、何故か生えている腕の筋肉質さを主張したサメのマーク。

「タカさんチーム。パンターは砲塔が回転しないが、砲身そのものは動く。落ち着いてよく狙って」

『はーい!クライトスさん、落ち着いて砲撃してだって』

ジョームズ、グスタフ、クライトス、ヴィットマンの乗るヤークトパンターには、鋭いかぎづめを大きく、目を鋭く描いたタカのマーク。

「イヌさんチーム、走りながらはきついかもしれないが、片方の砲塔で動きを止めて、もう片方で仕留めろ。ヘビさんチームはそのまま逃げろ」

『や、やってます~!』

『了解~』

勇也、浩一、啓斗、善治郎、信次、芥の乗るルノーB1には、鋭い歯を主張するイヌのマーク。

一方で、そのルノーから巧みに逃げる征矢と薫の乗るT-60には、とぐろを巻くヘビのマーク。

「オオカミさんチームは十発中七発ですか・・・・」

『何か改善する所はあるかい?』

「いえ、このまま。練習あるのみです」

生徒会の乗るチャーフィーには、鋭い目つきの顔を見せるオオカミのマーク。

「ヤマネコさんチーム。操縦が曲がっています。それでは目標から離れてしまいます」

『へいへい。おい、もうちょっと上手く操縦しろだとよ』

理雄、修一、グラーフ、時雨の乗るコンカラーには、エジプトの壁画のように書かれたヤマネコのマーク。

「そんで、クマさんチーム、というか、優希はすごい命中率だな・・・外れ無しだな」

『おい、隊長から褒められたぞ』

そして、いほ、優希、東馬、司、総司の乗る、Ⅳ号戦車には、可愛らしく描かれたクマのマーク。

しかし、いほは遠い丘の上で練習の様子を見ていた。

「ここまで全員、かなり上達していっている・・・」

『なあ、隊長さんよ』

「ん?どうかしたんですか?修一先輩」

『このチーム名はどうにかならなかったのか?』

「任せるって言ったのは誰ですか・・・」

こう見えて、ネーミングセンスは妹のみほレベルのいほ。

その理由は不明だが、とにかく、こんな名前になってしまったのだ。

ただ、ここまでの上達は、いほとしても予想外だ。

ただ基礎を教えただけで、あとは()()なアドバイスをしただけなのだが、試合も出来ないようなこのチームで、ここまで意欲があるとは思わなかったのだ。

 

本人は気付いていないが、黒森峰で、機甲科をとっていたいほの後輩たちが、いほの教えに従った所、上級生さえも凌ぐ実力を手に入れたのだ。

 

 

 

つまりは、教えるのが滅茶苦茶上手い。

 

 

 

 

その事に気付いていないいほ

「今日はここまで。皆さん、お疲れさまでした」

そうして終わる本日の練習。

車庫に戦車を収納し、整備士たちがいざ作業に入ろうという所で―――――

 

 

 

――――どこからか砲撃音が響いた。

 

 

 

 

「なんだ!?」

誰かが声を挙げた。

「いほ君、今のって・・・・」

立て続けに聞こえる砲撃音。

「音の大きさからして、戦車の音・・・どうやら、来たようだな」

「来たって、何がだよ・・・」

東馬が聞いてくる。

「おそらく、俺たち、男どもが戦車道をやっている事をかぎつけて、やってきたんだろうな」

「おい、まさかと思うが・・・・」

司が表情を僅かばかり引き攣らせる。

「ああ・・・・・戦車道を持つ学園艦が来やがった」

 

 

 

 

 

 

 

「あれがバルカン工業高校の学園艦ね」

「はい、その通りでございます。隊長」

バルカン工業高校学園艦と並走する、もう一つの学園艦。

その船体に、はっきりを刻まれた、学園の名。

 

『カッシーノ女子学園』

 

「ふふ、身の程知らずの豚どもめ。本物の戦車道のこわさを思い知らせてやるわ」

不敵な笑みを浮かべる少女。

その先にいる、まだ見ぬ、恥知らず共に向けて。




次回『襲来、カッシーノ女子学園と蝶野亜美』


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襲来、カッシーノ女子学園と蝶野亜美

事の始まりは、学校のパソコン室。

普段は、部活とかに使われる事の多い部屋だが、放課後や昼休みなど、許可を貰えれば、自由に使える事の出来る部屋だ。

ただ、何を調べていたのかを調べられるという事を分かった上で、だが。

しかし、今回のは異例だ。

まさか、摘発されるのを覚悟の上で、SNSに、男子校で戦車道を始めた、それも自身の学校の事を書き込むなど思ってもみなかった。

これは完全に生徒会の落ち度だ。

だが、そこで更なるイレギュラーが起きたのだ。

本来、学園艦は決まったルートを決まった時間で、そして定期的に経過を文部省に報告しなければならない。

それを振り切って、ルートを外れ、よもや、学園艦に近付くなど、思う訳が普通無い。

 

 

実際、今、二隻の学園艦が並走しているという事実が現在進行形で起きているのだが。

 

 

 

 

そんなこんなで、連絡船を利用して、いほ及び生徒会は、『カッシーノ女子学園』なる学園艦に入っているわけだ。

そして、その学園の校門前で立ち往生している訳だ。

「えーっと、一応、待ってればいいのか?」

「はい」

無表情なのに、敵意丸出しの声音で、いほの質問に短く答える黒髪おかっぱの少女。

彼女は、この学園の戦車道履修者らしい。

「暇だね~」

「こんな事なら、トランプでも持ってくれば良かっただろうか?」

「・・・・龍三先輩、この二人、敵の本拠地なのになんかかなり余裕じゃありませんか?」

「なれれば楽しいものだ」

「そういうものなんですかね・・・」

いほが後ろにいる、かなり緊張感の感じさせない比叡と業のやり取りに呆れていると、向こうからぞろぞろと女性の集団がやって来た。

先頭に、若干目立つ格好をした少女を筆頭に。

「よく来たわね、身の程知らずの豚さんたち」

いきなりの暴言。先頭の少女だ。おそらく、戦車道チームの隊長だ。

それを軽くうながす四人。

「今回、どうして招待されたか、お分かり?」

「俺たちが、戦車道をしているからだろう?」

「あら、豚の癖に賢いのね」

「はいはい。豚のネタから離れましょーね。で?何をする気だ?」

いほは、()()()()()()()()

目の前にいる少女。

赤ピンク色のポニーテール。人を見下すような目つき。何気に綺麗な顔立ち。

どこぞのお嬢様の様な気品を感じる人物だ。

「ふん、当然でしょ?戦車道をやめなさい。今すぐに、ね?」

当然、と言われれば当然だ。

「断る、と言えば?」

「そうねぇ。お前たち」

ポニテの少女が合図を出す。

すると、どこからか黒スーツの男が数十人出てくる。

その男たちは、いほ達を包囲するように立つ。

「やれやれ・・・」

龍三は、腰のベルトに差した野太刀の様な木刀の柄に手をかける。

比叡は、余裕そうな表情で態勢を低くする。

業に至っては構えすら取らず、笑みを浮かべる。しかしその眼は、真剣そのものだ。

「大人しくしていれば、痛い目を見ないですむわよ?」

「おいおい、仮にも俺たち戦車道履修者だぜ?戦車でやり合うってのが道理なんじゃねえのか?」

「あら?どこの誰がそれを許してくれるのかしら?ブーイングを喰らって終わりよ?」

まさしくその通りだ。実際、いほはそれを受けている。

だが、今戦車道をやっているバルカンの生徒たちは、真剣に戦車道に取り組んでいる。

ならば、意地でも続けさせてやるのが、隊長としての務めだ。

「どっちにしろ、俺たちは戦車道を続ける」

「そうなの。残念」

くい、と顎をしゃくりあげる。

すると、いほの目の前にいた黒スーツの男が、いほに殴りかかる。

「ここにいるのは全員、陸軍で鍛えられた人間ばかりよ。たかが学生如きに、倒せるものじゃないわ」

勝ち誇ったように笑うポニテの少女。

だが、いほはそれを無視して軽く構えを取り、迎え撃つ姿勢を取る。

そして、黒スーツの連続したCQCがいほに降りかかる。

だが、いほは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な!?」

頬に突き刺さった、右ストレート。

その威力が高すぎ、吹き飛ぶ黒スーツその一。

そのままもんどりうって地面に倒れ伏す。

「ぐ、軍用格闘術・・・!?何故それを・・・!?」

黒スーツ集団の一人がそう声をあげる。

その声音には、確かな動揺が見えた。

「それがどうした?」

だが、いほはその動揺を一言で一蹴する。

「龍三、比叡、戦闘の許可を出す。相手の戦意を喪失させるだけで良い」

「了解!」

「承った」

比叡がフットワークを始め、龍三が木刀を抜く。

 

 

 

 

 

それから数十分をしないうちに、黒スーツ集団は全滅した。

「はあ・・・はあ・・・・予想以上に手こずった」

「中々に強かったな・・・・西住は全然平気そうだが・・・」

「鍛え方が違う」

龍三の疑問をたった一言で一蹴するいほ。

汗どころか呼吸さえも乱れていないいほの様子に、畏怖を感じるのだろう。

「それで、流石にお前たちも襲い掛かってこないよな?そうであっても返り討ちするがな。まあ、こいつらの様にぼこぼこにはしないが」

ちなみに、いほが相手した黒スーツは一撃KO(ノックアウト)だ。

しかし、女子たちは冷や汗を流しているにも関わらず、目の前のポニテの少女は余裕な感じだ。

「分かったわ。貴方たちの強さに免じて、戦車道で勝負しましょう?ただし、貴方たちが負けたら、貴方たちの戦車を全て譲りなさい。そして、今後一切、戦車に関わらないで頂戴」

「OK。審判などの手配は任せる。だがルールはその審判に決めて貰え。良いな」

「豚が私に命令しないで頂戴。でも良いわ。そうしてあげる。精々、戦車との最後を嘆いていなさい」

相変わらず上から目線な態度は変えず、立ち去っていくポニテの少女。

「待て」

だが、そんなポニテの少女を引き取める。

「何かしら?」

「名乗っていなかったな。俺の名前は西住いほ。バルカン工業高校機甲部隊の隊長を任されている」

いほの行動に、ポニテの少女も答える。

「西住・・・まさかね。私は『ジュアン・フォンス』よ。このカッシーノ女子学園機甲部隊の隊長を務めているわ」

「ジュアン・フォンス・・・・覚えておこう」

「別に覚えなくても良いわ。どうせ、豚レベルの記憶力だもの」

相変わらず、豚から離れる気は無いらしい。

そのまま、彼らは別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

 

福岡県いわき市小名浜町。

その県にある、小名浜港にて、いほ達は、その街を観光していた。

「本当に、やるんだよね?」

優希が、たった今スマホをまじまじに見るいほにそう問いかける。

「ああ。やらなきゃいけないからな」

「皆の答えは、徹底抗戦。例えブーイングを受けようとも、やる気である事には変わりない」

「最も、あの風紀委員長はクビみたいだがな」

町中を五人並んで歩く、いほ、優希、東馬、司、総司の五人。

「まったくだ」

「ま、こういう事は、誰にでも予想できた事だと思うがな」

呆れ声をあげる司と総司。

風紀委員長である正義は、最後にパソコン室を使ったという事に加え、自らやったと暴露した為に、当然の様に生徒会権限でクビ。

ただ、当然の様に、SNSである為に、その事が世界中に拡散され、日本ではすでにニュースや新聞に大体的に取り上げられている。

『おい、あいつらじゃねえか?』

『男の癖して戦車に乗ってるっていう・・・』

『最近、試合するみたいだぜ?』

『どうせコテンパンにされて終わりだ』

まわりからの陰口が嫌でも耳に入ってくる。

いほは、それに反応せず、ただ、聞くだけ。

しばらくして、人気の多い広場に出るいほ達。

その中心にある一本杉の根元にて、立ち止まるいほ。

「よし、この辺りだな」

「この辺りって・・・誰かと待ち合わせしてるの?」

「ああ、黒森峰の時の友人なんだが・・・」

いほが、持っていたスマホの液晶画面に映し出されているメールの内容を見せる。

内容は以下の通り。

『次の停泊場所の、広い広場の一本杉の下で落ち合いましょう。久しぶりに会いたいし、貴方のバルカンでの話も聞きたいわ』

語尾からして女性。それも大人だろう。

「誰?」

「陸上自衛隊の――――」

「いほくーん!」

いほが何かを言いかけた時、どこからか、元気な女性の声が響く。

声が聞こえた方を見ると、そこには一人の()()()()()()()()()()()女性が手を振って走ってきていた。

「じ・・・!?」

「自衛隊・・・!?」

その人物に驚愕する四人。

いほは、その姿を見て、返すように手を振る。

「亜美さん、お久しぶりです」

「久しぶりね、いほ君。最後に会ったのは、貴方が十八両抜きした試合の時以来かしら?」

「あの時は大変でしたよ。皆、良く頑張ってくれたと思いますよ」

「うんうん!最も、同じ戦車に乗る仲間たちの技量を最大限に引き出せたのは貴方の采配のお陰よ」

「褒めすぎです」

「照屋さんめ」

なかなかにぶっ飛んだ会話をするいほと、自衛隊の制服を着た女性。

「い、いほ君?この人は?」

「ああ、この人は・・・」

「陸上自衛隊戦車教導隊所属、『蝶野亜美』一尉よ。よろしくね」

「・・ちなみに、俺をバルカン工業高校への手引きを助けてくれた一人だ」

「ど、どうも、飯盛優希です」

「円道東馬っス」

「牛塚司です」

「鬼経総司、です」

互いに自己紹介する。

「それと、今回の試合で審判を務めてくれる人だ。結構すごいぞこの人」

「どのくらいなの?」

「単騎で敵戦車を十五両倒したり、十二時間に渡る激闘の一騎打ち、あとは・・・・」

「オーケーオーケー、よ~く分かったぜ」

「む、そうか」

そのまま、互いに向き合う亜美といほ。

「それにしても、貴方ならやってくれると思ったわ。この問題児め!」

「貴方には言われたくありませんよアバウト教官。いくら優秀でもいきなり試合だとかアバウト過ぎるでしょう?」

「いやぁ、それほどでも」

「褒めてません」

照れる亜美に突っ込みをいれるいほ。

「さて、そろそろ近くに喫茶店にでも行きましょうか。つもる話はそこで、ね。それと、昔みたいにため口でいいわよ」

「へいへい、分かったよ」

「あ、僕たち邪魔かな・・・」

たじろぐ四人。

それに顔を見合わせる二人。

「どうするの?」

「そうだな・・・・その内にバレる事だろうし、来いよ」

亜美の問いに、いほは、そう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

とある喫茶店にて、いほ、亜美、優希、東馬、司、総司の六人は、いほと亜美が向かい合う形で、出されたコーヒーやら紅茶やらを飲んでいた。

「家元がこの事を知っているのは分かっているわね」

「ああ、数日前に電話をよこしたよ。居場所は残すだと」

「珍しいわね、鉄血と呼ばれたあの人が、ね」

二人の交わす会話には、微かに、重さというものを感じる。

その重さに、上手く口を開けない、優希、東馬、司、総司の四人。

「世間は、かなり荒れてるわ。男が戦車道をする事に対して、批判的な人たちが多いわ。今まで、日本では大和撫子の嗜みとして受け継がれたきた戦車道に、突然、男が入ってくるんですもの。驚かない方がおかしいわ」

「連盟はどうなんだ?」

「やっぱり批判的な意見が多いわね。貴方たちの行動で、他にも戦車に乗りたがる男が出てくるかもしれない、他にも、日本の他の国に対する信頼が落ちるとかいう()()()()()理由で、やめさせるようにという意見が多いわね」

「まだ意見で止まっていてくれて助かるな。それが命令だったら、いよいよ抵抗できないからな」

「そうねえ。まあ、連盟もそう簡単には動けないのよねえ」

「理由は、雷切財閥現当主がバックについてるからだろ?」

「その通り。最も、呼び出されはしたみたいだけどね」

「知ってる」

あのニュースが放送された直後に、雷切源野は文部科学省に呼び出された。

理由は分かっていると思うが、当然、自らの学校で始めた戦車道の事だろう。

そこで何か騒ぎを起こしたみたいだが・・・

「あの人、戦車道の在り方を変えるって言い放ったわよ?それも、文部科学大臣や連盟理事長の目の前で、堂々と、ね」

「やり過ぎだろあの人・・・・」

乾いた笑みを浮かべるいほ。

それに構わず亜美は続ける。

「そこで、文部科学省は、こんな条件を出してきたわ」

「条件?」

そこで一息つく亜美。

「戦車道全国大会で優勝、もしくは、優秀な成績を納めたら、男子戦車道の始動を許可するって」

『優勝!?』

「いきなり大きくでたな・・・」

声を張り上げる四人に流石に冷や汗を流すいほ。

「本当に全国大会の参加の許可取り付けるの、大変だったらしいわよ?島田家の助力が無かったら跳ね返されてた所よ」

「島田って・・・・・もしかして千代さんか?」

「そうよ。島田流家元、島田千代の、ね」

「良く手伝ってくれたな・・・・」

 

島田流。

忍者戦法、変幻自在の戦車道と呼ばれる、西住と並ぶもう一つの戦車道の名門。

圧倒的火力と一糸乱れぬ統率力で敵を殲滅する『力』を求める西住流に対し、臨機応変に変幻自在な戦術を多彩に駆使する『技術』を求めるのが島田流だ。

その現家元なのが、『島田 千代』だ。

いほが、西住家と島田家との面会の時に居合わせた時に、千代がいほの事を何故か気に入ったらしいのだ。

その時の会話はどこか肉食獣染みた恐怖を感じたのを、いほはまだ覚えている。

 

ただ、千代は島田流の人間。

男とは言え、西住の直系であるいほを手伝う道理など無い筈なのだが・・・・

「あの人、なんだかおもしろいものを見る様な眼だったわ」

「かなり能天気だからな、あの人」

思わず苦笑が零れる。

それに、結構甘い人なのだ。

「それで、今回の試合がその第一歩って訳か。これで勝てれば、練習試合や親善試合もやりたいほうだい・・・という訳では無いにしても、一応、試合に参加する許可ぐらいは貰える訳だ」

「その通り、反故にされる可能性も捨てきれないけど、とにかく、全国大会で優勝すれば、一部の国民には賛同意見がもらえるはずよ」

「それを期待するしかないか」

 

話題転換。

 

「それで、ここから話は変わるけど、どう?今回の試合。勝ち目はあるのかしら?」

コーヒーを一口、口に運んだあとで、いほは答える。

「カッシーノ女子学園。イタリアの戦車を中心にそろえた学園だ。イタリア戦車といえば、アンツィオ高校も同じだが、あっちはノリと勢いが物凄い学校だからな、それに対してカッシーノの場合は、まるで中世のヴェネチアやフィレンツェみたいな所だ。とにかくいいとこのお嬢様が多い。その気品とプライドの高さから、自身より格上の相手には敬意を、格下の相手には見下しの態度。

金の無いアンツィオと違って、あちらは火力の高い中戦車や重戦車を持っている。こっちにはヤークトパンターや四式の80mm相当の火力はある。あとは、機動力で最速のクロムウェルがある。だけど、こっちには、決定的に不利な点がある」

「経験不足、ね」

亜美が、重々しく答える。

「試合もまともにやってない、ルールも分からない。アドバンテージとしては、工業高校故の体力自慢って所か・・・・」

「どちらにしろ、指揮官だよりね」

その亜美の言葉を聞いて、優希たちは、表情を暗くする。

「その上、貴方、また無茶してるのね」

「え?」

「貴方、寝てないでしょ?」

「!?」

亜美に言われ、いほは、眼を見開く。

右手首を左手で掴む。

「本当に・・・・・している努力が()()わよね。貴方と、()()()は」

「・・・俺が勝手に無理してるだけだ。前日には、しっかり寝る」

「そう・・・」

最後の一口を飲み干す亜美。

そうして立ち上がる。

「貴方たちの試合、楽しみにしてるわ。見せてよね、貴方の、『必勝』の戦車道をね」

了解(ヤヴォール)、亜美教官」

亜美は自分の分の支払いを済ませ、店を出ていく。

そのまま、沈黙。

今気づいたが、まわりから、批判的な視線を浴びせられる。

当然、自分たちが戦車道をやっているからだろう。

「・・・えっと・・いほ、君?」

「なんだ?」

「無理してるって聞いたけど・・・・・」

「ああ、心配するな。ただの寝不足だ」

いほは笑って誤魔化す。

だが、その笑顔が、作り笑いだと、優希は見抜いていた。

 

 

かつて、その表情と同じ顔をした人物を、見た事があるから。

 

 

「西住」

そこで、司が口を開く。

「自分一人で背負おうとするな。お前は一人じゃない」

そう、言った。

その言葉に、いほは茫然とする。

そして、噴き出す。

「く、はは」

「なんだ?」

「いや、エリカにも言われたよ、そのセリフ」

「へえ、そうなのか?」

東馬がニヤニヤとした表情で笑う。

そして、いほは、前かがみになって、両肘を机につける。

「そうだよな。俺は、一人じゃない」

吹っ切れたような表情で、いほは、四人に向き直る。

「勝とうぜ、明日の試合」

「うん」

「おう」

「まかせておけ」

「了解だ」

いほの言葉に、しっかりと返す四人だった。




次回『バルカン工業高校機甲部隊、初陣』


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バルカン工業高校機甲部隊、初陣

翌日。

まだ、春の初めか、冬の寒さが抜けない朝。

広い、広い草原にて、二つの集団が向かいあってた。

片方は、緑で統一された、左胸にその集団の学校の校章がついたパンツァージャケットを着た女子高生の集団。

もう片方は、全員学校の制服を着用しており、その全てが男子だという集団だ。

 

その集団は、もの凄いブーイングを受けていたが。

 

 

『負けちまえー!』

『面汚しー!』

『戦車に乗って女かお前らー!』

『やっちゃえカッシーノ!』

『そんなむさくるしい奴らなんて潰しちゃえ!』

「皆酷いなぁ・・・」

優希はそれに苦笑するしかなかった。

「それに、皆緊張しているからな」

司のその言葉通り、皆、初めての試合という事で程よく緊張している。ただ、流石にこのブーイングの嵐は答えているようだ。

ここにいるのは、クマさんチーム、サメさんチーム、タカさんチーム、オオカミさんチーム、ヘビさんチームの五チームのみ。

他のイヌさんチームとヤマネコさんチームは、応援席に言っている。

何故、この五チームだけなのか。その理由は今回執り行われる試合のルールに関係している。

 

 

ルールの内容は至ってシンプル。

 

五対五の殲滅戦だ。

 

 

内容は、互いに五両づつ、戦車を用意し、敵の戦車を先に全滅させれば勝ち、逆に全滅してしまえば負け。といった感じだ。

 

簡単に言えば、先に相手を皆殺しにしてしまえば勝ちという訳だ。

 

わーお、ばいおれんすー。

 

「ふざけてる場合かナレーター」

「誰に言ってるの総司君」

そうこうしている内に、審判役の亜美他数名が二つのチームの間に立つ。

「両チームの隊長と副隊長は前へ」

亜美がそう言う。

カッシーノからはジュアンとこげ茶色のセミロングの少女が出てくる。

それに対して、バルカンからは、いほと長門が出てくる。

「これより、カッシーノ女子学園と、バルカン工業高校の試合を取り行います。ルールは五対五の殲滅戦。さきに相手チームを全滅させたチームの勝利とします。正々堂々と戦うように」

そして、礼。

「礼!」

『よろしくお願いします!』

威勢の良い挨拶が響く。

「徹底的に叩き潰してあげるわ」

「そのまま返す」

相手からの挑発に対し、冷静に受け流す。

「そろそろだな」

「ええ」

長門の言葉に相槌を打ついほ。

いほ達は、自分たちのチームの前に立つ。

「さて、初めての試合で緊張していると思う。だが相手はそこまで有名でもなければ強いという訳じゃない。混乱せず、かつ冷静にもの事を判断していけば、勝てない事は無い。それと一つ断っておく。俺が求めるのは『必勝』の戦車道だ。勝つ為ならなんでもする。もしかしたら、お前らには知らずに囮にされているかもしれない。そこだけは覚悟しておいてくれ」

いほは、彼らに向かって、そう宣言する。

それでざわめくチームの一同。

だが、そのざわめきは一瞬だった。

「勝つ為です!」

「俺たちもとから勝つ気でこれやってるんだからな」

「好きなように扱ってくれてかまわんぞ!」

「あんたの采配に任せる」

一同、同意の意志。

それは、いほを信頼しての事だった。

「お前ら・・・・」

「やろうよ、いほ君」

優希が、そう声をかける。

「俺たちは、もともとブーイングを受ける覚悟でこれやってんだ。どんとこい!」

「俺はこの二人が心配だからな」

「俺はどうだっていいがな。ただなんとなく面白いと思っただけだ」

東馬、司、総司も、答えは同じの様だ。

それに、いほは安心したように微笑み、そして顔をあげる。

「よし!それじゃあお前ら!全員戦車に乗れ!」

『応!』

威勢の良い声が、青空に響く。

 

 

 

 

 

 

 

『それでは、これより試合を開始します!』

試合開始のブザー。

戦車前へ(パンツァー・フォー)!」

いほの声に応えるように、五両の戦車が走り出す。

 

 

 

 

一方でこちらは観客席。そこには余ったイヌさんチームとヤマネコさんチームの面々。

「う~」

「そんなに不満なのかい?勇也君?」

「当たり前だよ~!ああ、俺も試合に参加したいなぁぁぁああ」

「そないな事言っても仕方あらへんやろ?これも隊長はんの判断や。少しは大人しくしとれ」

「うう~」

唸り声をあげる勇也。

「仕方・・・ない・・・今回・・・五対・・・五・・・」

「それも殲滅戦なんだよね」

信次の言葉に同意する啓斗。

「チッ、図ったな」

「そんな事言わない」

「そうだぞ!これも隊長の正しい采配だ!我々はそれに従っていればいいんだ!」

「うるせぇ!お前はいつもいつもうるさいんだよ!」

「なんだと!?」

「やんのか!?」

「やめなサイ!」

「「ぐはぁ!?」」

喧嘩に発展しそうな修一と理雄を殴って止めるグラーフ。

「だ、大丈夫かなぁ・・・西住さん・・・・」

「教えるのがとてもうまい人だ。きっと大丈夫だ」

いつもの心配性が出ている芥をなだめるように帯斗がささやく。

「今は信じよう」

それに、全員が同意する様にモニターを見る。

 

 

 

「全車両、停止してくれ」

今回の試合の部隊は急な斜面の多い山岳地帯。

森が生い茂り、隠れるにはうってつけの場所だ。

だが、この場所はいほの乗るⅣ号には若干不利だ。

理由は、Ⅳ号のカラーリング。

 

青いのだ。

 

Ⅳ号の走行が青いのだ。

海色であり、若干目立つ。

そもそもなぜこんな色のままにしたのか。

理由は至極簡単。

いほが、この色合いを気に入ったからだ。

どういう訳か知らないが、目立つ色なら囮を引き受けやすいという事らしい。

黒森峰時代の頃、練習試合でその役目を担っていたらしい。

それはどうでもいいとして、いほは、地図を開く。

「どうするの?」

「とにかく、経験の差でいえばあちらの方が上だ。ここは山岳地帯だから、待ち伏せがしやすい・・・のだが・・・」

いほが言いよどむ。

「どうしたの?」

優希が砲手席から顔を出す。

「いや、思い出してみればあいつらは待ち伏せが得意だったな、と・・・・」

「待ち伏せって、分かってるんなら全方位から囲んじまえばいいんじゃねえのか?」

東馬が操縦席から出てくる。

「そう簡単に言うな。こっちは五両、あっちも五両。さらにスペックでいえば、T-60は火力不足だ。もともとT-60は偵察で使うつもりだったからな」

「なるほどね」

いほの説明に納得する優希。

「さて、ここからどう動くか・・・・ん!?」

その時、いほの耳に、戦車特有の走行音が届いた。

「全車警戒、敵戦車が近くにいるぞ」

『ッ!』

いほの指示に、全員が警戒をはじめる。

それぞれの車長がキューポラから出て、周囲を警戒する。

いほは、耳から聞こえてくる走行音の向きお割り出そうとする。

「東馬、車体を二時の方向に向けろ」

「え?お、おう・・」

いほの指示に従い、Ⅳ号を二時の方向に向ける。

それに気付いた他の車両がそちらに車体を向ける。

そのまま、静かな沈黙が流れる。

 

 

そして、敵の戦車が姿を現す。

 

 

「いたぁぁああ!!」

ジェームズが叫んだと同時に、パンターの主砲が火を吹く。

その砲弾は、出てきた敵戦車のすぐ目の前に着弾、直撃はしていない。

「おい・・・」

いほは、分かっていながらも呆れた表情で頭を抱える。

「いほ!あの戦車はなんだ!」

東馬がそう叱咤する。

「あれはイタリアの中戦車、M11/39だ!第二次世界大戦に作られた、イタリア初の中戦車だ!」

いほがその戦車についての説明をうながす。

「主砲の威力は40口径37mm、主砲の向きは一々車体自体を変えないといけないから、そう簡単に・・・」

『逃げたぞ!?』

長門の声が響く。

その発言通り、M11/39は逃走していた。

『逃がすかァ!』

「な!?おい、待て!」

それを見たヤークトパンター及びタカさんチームは追撃を開始。いほの静止も聞かずに前進する。

『心配しなさんな!あんや戦車、すぐに仕留めて見せるぜ!』

「深追いするな・・・っておい!?」

止まる事なく前進するヤークトパンター。

「く、分かっていた事だが、黒森峰でも深追いはしねえぞ」

「戦車道の名門と一緒にするなよ・・・・」

『どうするんだい、隊長』

頭を抱えるいほに、業が無線越しに聞いてくる。

「仕方ない、サメはタカを追いかけてくれ。オオカミとヘビはクマについてきてくれ。サメさん、陽動、頼みます」

『了解した、西住司令官』

『こっちも了承したぜ』

『では始めようか』

「全員のご武運を祈ります。パンツァー・フォー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、ここは扇の様に開けた平地。

唯一の入り口である一本道の反対側には断崖絶壁。

ただし、その両側は急な斜面になっており、すぐ横は森。

否、全方位森だ。

だからこそ、待ち伏せにはもってこいだ。

「ふふ、バカな豚さんたちね。こんな簡単な誘導に引っかかるなんて」

『どうやらヤークトパンターとクロムウェルが付いてきているようです』

「Ⅳ号とチャーフィー、それとT-60が来ていませんね」

M16/42サハリアノに乗るジュアンがそのように呟く。

「まあいいわ、そのまま誘導なさい」

『了解』

相手は至って冷静に、かつ、面白そうに笑っていた。

「さて、まずは二両、て所ね」

「そういえば」

ふと、ジュアンの乗るサハリアノに乗る砲手の『カルナ・リアノ』が何かを思い出したかの様に口を開く。

「あっちの隊長の西住いほって人、さっき思い出したんだけどさ、あの西住まほに似てるんだよね」

「西住まほ・・・あの黒森峰でMVPに選ばれた、天才戦車乗りの事?」

「そうそう、その西住まほ。それでさ、そのまほって人には双子の兄がいるって噂だよ」

「双子の・・・・まさか・・・・」

表情が曇り出すジュアン。

「でもまさかこんな所にいる訳ないよね」

「そう・・・よね・・・・」

『M11/39が戻ってきました!ヤークトパンター、クロムウェルも一緒です!』

「ッ!」

随伴車両の報告を受け、キューポラから身を乗り出すジュアン。

双眼鏡を持って、囮役を視認。

その背後から砲撃しているY(ヤークト)パンターとクロムウェルを確認する。

「ふふ、まずは二両、いえ、豚二匹ね」

もとの笑みを取り戻し、ジュアンは、何も知らずに入り込んでくる(ヤークトパンター)偉人(クロムウェル)を見据える。

 

 

 

 

 

 

 

 

「待て待て待てい!イタ公!」

興奮しているジェームズ。

『おいジェームズ!落ち着け!』

長門の静止も聞かず、とにかく興奮しきったジェームズ以下タカさんチームの面々。

「アハハハハ!!!」

「ほらほらどうしたぁ!」

「待てぇぇぇええ!!」

完全に興奮している。

「どうするんだよ・・・」

陸奥が完全に呆れた様子でつぶやく。

「馬鹿の世界チャンピオンか何かか?」

「いやそんな事を言ってる場合じゃないだろ!?」

「じゃあどうすればいいんだよ圷津!」

そうこうしている内に開けた場所に出るM11/39、Yパンターとクロムウェルが出る。

「ッ!?マズイ!」

長門の顔が青ざめる。

「パンターに車体ぶつけろ!正気に戻す!」

「了解!」

長門の命令通り、名取が加速させたクロムウェルが、Yパンターの背後に正面から体当たりをかます。

「ぬお!?」

「逃げろ!これは罠だ!」

「なぬ!?」

先ほどの体当たりで頭の血が下がったのか、すぐさま周囲を見渡すジェームズ。

直後、Yパンターに集中するように砲弾が浴びせられる。

『うわぁぁあああ!?』

集中砲火を浴びせられたYパンターが、即座に白旗をあげる。

『ヤークトパンター、走行不能』

「く!」

Yパンターの敗北を告げる放送が流れる。

「やはり脳の無い豚さんたちね」

「さっそく一両、クロムウェルの方もやりましょう!」

「ええ。全車両、クロムウェルを狙いなさい。完膚なきまでにね」

ジュアンの不吉な笑みと共に出された指示に従い、他の戦車たちが、標準をクロムウェルに定める。

『サメさんチーム!聞こえるか!?サメさんチーム!』

「ッ!こちらサメさんチーム!すまない!タカを守れなかった!」

『謝罪は後だ!今どこだ!』

「場所はE地点!開けた場所で今狙われている!」

『分かった!そこで粘れ!背後から攻撃する!』

「了解!頼んだぞ!司令官!」

いほの命令を飲み、長門は、すぐさま自分のチームに指示を出す。

 

 

 

 

 

 

 

「いきなりパンターがやられたねぇ」

「会長、そんな事言ってる場合じゃありませんよ・・・」

業の呑気な言葉に若干呆れた様子でツッコミをいれる比叡。

「とにかく急ぎましょう。ヘビさんチーム、さっき言った事、出来るな?」

いほの言葉に、すぐさまヘビさんチーム、T-60の車長兼装填手兼通信手兼砲手である征矢が返してくる。

「了解、出来るよね、薫君」

「や、やってみるよ・・・・」

いつも道理、気軽な様子の征矢とは反対に、目から涙を流している薫。

 

 

何せ、前代未聞の行為をこれからするのだから。

 

 

「よし。速く行こう。サメさんチームがくたばる前に、背後から強襲する。パンツァー・フォー!」

前進を始めるⅣ号、チャーフィー、T-60の三台。

砲撃音の大きくなる方向。

そちらへ急ぐように走る三両の戦車。

そして・・・

「敵車両発見!」

いほの眼に、一両の戦車を見つける。

「あれは・・・M13/40だな」

「あれもイタリア戦車なの?いほ君」

「ああ。さっきタカさんチームが追いかけていったM11/49の改良型だ」

その姿を視認したいほは、すぐさま指示を出す。

「オオカミさんチーム、あの戦車をお願いします。標準を定めたまま、ある程度近付いて、出来る限り近付いてください。こちらの合図で砲撃、相手が気付いたと思ったらすぐさま撃っても構いません。とにかく確実に貫けると思ったら撃ってくれ」

『了解、任せてくれ』

チャーフィーが動き出す。

「ヘビさんチームはクマと一緒に行動。俺が良いと言ったら()()()()

『オッケー。じゃ、行きますか』

指示に従い、別行動になるⅣ号とT-60、そしてチャーフィー。

「東馬、なるべく音を殺すように走行、木をなぎ倒す音も、きこえるかもしれない。

「了解」

慎重に進むⅣ号とT-60。

やがて、目の前に、三台の戦車を発見する。

うち、一両は周囲を警戒するように背を向けている。

「あれは・・・」

「右からカルロ・アルマーロM15/42、M16/43サハリアノ、P40だな・・・・うっわ、重戦車も持ち出してきたのか。本気だな」

「脅威度は?」

「火力でいえばP40、機動力で言えばサハリアノだ。最高速度はⅣ号を超えるぞ」

『こちらオオカミ、準備完了。いつでも撃てるよ』

「了解」

いほは、三両を見据える。

「優希、P40を狙え。あれの火力は厄介だ」

「了解」

一息つくいほ。

向こうの戦車から、砲撃音がやまない。

『こちらサメさんチーム!そろそろまずいぞ!』

「すぐに援護します!全車両、砲撃開始ィ!」

合図とともに、複数の砲撃音が響く。

 

 

 

「ッ!?」

背後から聞こえた突然の砲撃音。

それにジュアンは目を見開く。

直後、一つのアナウンスが聞こえた。

『P40、M13/40、クロムウェル、走行不能!』

「な!?」

それに驚きを隠せないジュアン。

自身の乗るサハリアノが、クロムウェルを捉えた瞬間、同時に隣のP40が撃破された。

それだけならまだ良い。

だが、同時にもう一両撃破されるなど思ってもみなかったのだ。

「隊長!」

「クロムウェルは倒した。一旦引くわよ」

「了解!」

ジュアンの指示に従い、サハリアノの操縦手は向きを変えるべく操作を始める。

(なかなかやるようね。だけど、ここまでよ。徹底的に叩き潰してあげるわ)

元々、機動力の高い戦車の多いイタリア戦車。それを中心に編成している。

だから、機動力戦に持ち込めば、奴らに勝ち目はない。

 

互いに二両損失。

 

「く、遅かったか!」

いほが悔しそうに顔を僅かに歪める。

『すまない、最後の砲弾を避け切れなかった・・・』

『吾輩たちもすまない・・・つい興奮してしまって・・・』

「気にしないでくれ。あとはこちらで片付ける。東馬、バックで反時計回りに信地旋回(ピボットターン)!」

「お、おう!?」

すぐさまギアをバックに入れ、片方のレバーを倒す。

Ⅳ号は急速に旋回を始め、向きが斜めになってところで、正面に砲弾が直撃する。

見ると、そこには逃げるサハリアノを援護する様に、砲塔をこちらに向けているM15/42の姿があった。

「オオカミさんはこちらに同行!ヘビは()()()()()!」

『了解した』

『オッケー、薫君、出番だよ』

「さあ、ここからが正念場だ。全員気を引き締めろ!」

『了解!』

 

 

カッシーノ、残存車両、三両。

 

バルカン、残存車両、三両。

 

 

決着がつくまで、そこまでない。




『決着 ひっつき作戦』


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決着、くっつき作戦

試合開始から一時間が経過した頃。

 

「戦況は互角ですか・・・・」

一人の女性が、モニターを見ながら、そう呟く。

「まあ、あの子らしいといえばらしいですね。西住流の、『必勝』の部分だけを体現する、あの子らしい」

女性は、微笑ましく笑う。

「何やってんだよ歴男チームぅ!」

「ちょ、声大きいって・・・」

「サメさんチームもやられちゃったよ!?」

「負けんなー隊長!ワイらがついてるー!」

「ファイトです!」

「負けないで下さいー!」

「が、がんばれ~!」

「君も応援したらどうなんだ!」

「うるせーよ!」

「ちょっと二人とも・・・」

「西住サン!Viel Glück(頑張れ)!」

彼のチームのメンバーだろうか。

(だとしたら、良い人たちに出会えましたね)

女性はモニターに向き直る。

そこでは、()()()()()()が起きていた。

観客は、彼の相手チームに野次を飛ばし、その存在に気付かせようとする。

だが、その存在に気付く事無く、相手チームは前進を続ける。

女性は、その戦いの先が見える。

 

かつて、自分の使えた人のチームで戦ったのだから、それなりに経験はあって当然だ。

 

まあ、今でも使えているのだが。

女性は、ただ静かに、事の顛末を見届ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森の中を走る、ジュアン率いるカッシーノ女子学園機甲部隊。森の狭い道を一列に並んで走っている。

基本、ジュアンの戦法は待ち伏せだ。今まで、その方法で勝利をもぎ取って来たのだから。

現在の残っているのは二両のM15/42と、彼女の乗るM16/43サハリアノの三両だ。

ただ、数の問題なら向こうも同じだ。

隊長車両であるⅣ号戦車E型、T-60、チャーフィーの三両。

T-60はさほど脅威ではない。

主砲もそうだが、何しろ走行が紙だ。簡単に倒せる。

問題は他の二両だ。

火力はほどほどあるし、それなりに機動力もある。

注意すべきは確実な情報不足。

考えてみれば、相手に対する情報が不足している。

更に思い出してみると、相手の隊長の顔。現在、戦車道界でその名を知らぬ者はいないと言われるほど有名人、『西住まほ』にそっくりなのだ。

まさかこんな所にいるはずもないし、しかも相手は男子校。女性である彼女がいる訳がないのだ。

だが、確かな話、西住まほには双子なのだ。

確か、その名前は―――――

「ッ!」

すぐさまその疑念を切り捨てるジュアン。

そんなバカな話がある訳が無い。

男如きが、戦車道をしているなど、あってはならない筈だ。

「徹底的に叩き潰してやる・・・」

呪詛の様に、放たれる言葉。

それに同意する様に、表情を引き締める、仲間たち。

しかし―――――どこからともなく飛んできた砲弾でその空気は一変する。

「な―――――ッ!?」

驚きに目を見開くジュアン。

慌ててキューポラから身を乗り出し、着弾地点を確認する。

着弾は、目の前にいるM15/42一号車のすぐ目の前。

「どこから・・・」

探す間もなく、次弾が着弾。

今度はサハリアノのすぐ右。

「なん――――ッ!?」

そちらに向く。

しかし、敵の姿は見えない。

だが、すぐさま背後から砲弾が降る。

『一体どこから撃ってきてるの!?』

『く、探せ!』

半ばパニック状態になるカッシーノ機甲部隊の面々。

正面、右、左、後ろ、位置を悟らせぬ、的確な射撃。

 

間違いなくこちらを弄んでいる。

 

「ふざけるな・・・・」

怒気の孕んだ声を漏らすジュアン。

「全車に告ぐ!一旦、開けた場所に出る!E地点に向かいなさい!」

『一号車、了解!』

『二号車も了解!ついていきます!』

発進する三両。

とにかく開けた場所に向かう。

そこで機動力戦に持ち込んで、潰す。

こちらが走り出す事で、一時的に砲撃がやむ。

それはそれで好都合だ。

このまま走り切る。

だが、目の前の分岐の左側、目的のE地点へ続く道を塞ぐように居座っていた。

「な!?」

読まれた。

そうとしか思えない。

「嘘でしょ・・・・!?」

カルナの驚愕の声が耳に入る。

全くもってその通りだった。

だが、そんな事を考える間もなく、Ⅳ号は砲撃してくる。

その砲弾はM15/42一号車の横を掠めるにとどまった。

ここでⅣ号を倒しても良いが、それでは道が塞がれてしまう。

それではE地点に行く事が出来ない。

チャーフィーも軽戦車ではあるが、その装甲や主砲は軽戦車にしては、かなり高い性能を誇る。

背後から来ているのなら、確実に後ろにいる二号車は確実に倒される。

当たればひとたまりもないだろう。

「く、進路変更!右に逃げるわよ!」

その指示に従い、三両は分岐を右に曲がる。

だが、突如として二号車が砲撃を喰らい、白旗を上げ、沈黙する。

『M15/42二号車、走行不能!』

「ばかな・・・!?」

いつの間にか、チャーフィーが背後から来ていた。

だが、同時に目の前の一号車も撃たれる。

『M15/42一号車、走行不能!』

「嘘・・・・・!?」

進路を変えようとしていた所をすぐさま撃たれたのだ。

「く、脇を抜けなさい!」

「は、はい!」

操縦手に怒鳴り、サハリアノを動かすジュアン。

「認めない・・・こんなの・・・認めない・・・・!!」

あまりの事が短時間で起き過ぎた事により、まともな判断が出来なくなっているジュアン。

そして、その()()()()()()()()()()小さな()()()の上に上半身を出している人物がニヤリと笑う。

「そろそろ潮時だね、隊長」

無線に向かって、そう不敵に笑うのだった。

 

 

 

 

 

しばらく走っていくと、崖に辿り着く。

「ここで迎え撃つわよ」

出てきた所を確実に撃ち貫く。

そうすれば、後は紙装甲のT-60と、Ⅳ号だけだ。

「崖のすぐそばに車体を寄せて」

そうして、指示通りに崖の車体を寄せようとした時。

 

「チェックメイトだぜ?お嬢さん」

 

「ッッ!?!?!?」

突如背後から聞こえた声。

そちらに顔を向けると、そこには、いたずらっ子な笑みを浮かべた少年の顔があった。

「キャア!?」

思わず悲鳴を上げるジュアン。

「隊長!?」

「どうかしたんですか!?」

それに思わず車体を止めてしまう隊員たち。

だが、それどころでは無かった。

だって、サハリアノの()()()()に、T-60がいるのだから。

「どうも~」

「な・・・な・・・」

驚きに声が出せないジュアン。

「あ、そうそう、崖の上、見てごらんよ?」

「え・・・」

指差された方角。ジュアンの頭より、上。つまりは、背後を指している。

振り向き、崖の上を見上げるジュアン。

そして、ぽかん、と口を開ける。

何せそこには、背後から来るはずのⅣ号がいるのだから。

「じゃあね~」

少年の乗るT-60が距離を取る。

「まさか」

そしてジュアンは悟った。

 

 

 

 

 

Ⅳ号から放たれた砲弾が、サハリアノを撃ち貫く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「礼!」

『ありがとうございました』

なんとも言えない空気の中、互いに礼をするカッシーノ女子学園と、バルカン工業高校の面々。

その結果は、バルカンの勝利だった。

戦車の撤収作業を見送るいほ、優希、東馬、司、総司の五人。

比較的無傷なⅣ号ら三両はさておき、ものの見事に大破しているヤークトパンター。

「た、隊長・・・」

「ん?」

ふと、そこへ、タカさんチームの面々がやってくる。

全員浮かない表情で立っていた。

「どうした?」

一応、聞いてみるいほ。

しばらく言いよどむ四人であったが、ジェームズが一歩前に出る。

 

そして、腰を九十度曲げ、謝罪する。

 

「今回、吾輩らの勝手な行動をしてしまった事、誠に申し訳ない!」

「すみませんでした!」

「以後気を付けます!」

「ごめんなさい!」

全員の誠意のこもった、というかこもり過ぎた謝罪に、いほは苦笑で返す。

「いや、初めての試合だ。気分が落ち着かないのもしようがない。だけど、次はするなよ?」

「分かりました!」

その後、ある程度のアドバイスと共に、ジェームズたちは立ち去っていく。

「西住いほ」

タカさんチームを見送った五人の元へ、今度はジュアンとカルナ、そして副隊長らしき黒髪短髪の少女がやってくる。

その面々に身構えるいほを除いたクマさんチーム。

「何の用だ、ジュアンさん?」

「ちょっとした、謝罪と賞賛よ」

その言葉が、以外とでもいうように目を見開く五人。

「・・・なんだ、豚豚言う強情な奴かと思ったら、誠意があるんだな、あんた」

「こうみえて、自分たちより強い相手は、それなりの敬意を表するわ。それがカッシーノ女子学園の戦車道よ」

一息間を置くジュアン。

「まず、謝罪から。正直言って侮っていたわ。貴方、あの西住流の長男でしょ?」

「そうだ。良く知ってるな。それほど目立ったつもりじゃないんだが?」

「戦車道やっている、それも中等部で知らない人はいないほど有名よ?貴方」

「そうなのか?」

首を傾げるいほ。

「中等部で、黒森峰女学園に入学して、一年目で数々の練習試合で、西住流とは遠い戦い方で勝利を収めたり、二年の時にはまだ入学したてだった新入生を一気にプロレベルまで鍛え上げるその指導力。そして何より、単騎で十八両を倒す強さ。かつて戦車道で十五両抜きをした蝶野亜美の記録を塗り替えた異例の超新星。男に生まれた事が最も悔やまれるって言われてる程よ?」

「俺そんな風に噂されてんのか・・・?」

「噂じゃない。事実よ」

「言っておくが、非公式だったと思うんだが?」

「ネット舐めない方が良いわよ?」

あまりの事に思わず苦笑してしまういほ。

「その異例の超新星の顔を知らなかったとは言え、名前ぐらいは知ってんだから、貴方があの時名乗った所で気付くべきだったわ」

「そこはどうでもいいだろ?」

「そうね。貴方にとってはね。そして、ここからは賞賛よ。正直言ってやられたわ。まさか、あんな方法でこちらの動きが筒抜けになるなんてね」

あんな方法。

それは、()()()()()()至って()()なものだ。

 

ただ一両の戦車を敵の司令塔らしき車両にくっつける。ただそれだけ。

 

本当に、言うだけなら簡単だ。

だが、そう簡単な方法じゃない。

この作戦の最大の要点は、()()()()()()()

つまりは、気付かれないように対象に近付き、そして終始、対象に引っ付き、自軍に最後まで情報を伝え続ける。

だが、問題は近付く事だ。

普通、自分のチームに、全く違う戦車が紛れ込んでいれば、普通はばれるものだ。

例え、車長がキューポラから出ていなくても、操作を誤って、他の戦車にぶつかれば、それだけでキューポラから出かねないし、間違えて、操縦席の窓の前に出てしまえば、即バレる。

それに以前に、止まっている状態、あるいは動き続けている状態の敵に近付くのは、至難の技だ。

しかも、必ず一度は周囲を見渡す為のどれかの戦車の車長が顔を出す。

 

しかし、それこそが、T-60を操る、木下薫の才能だ。

 

まるで、相手の波長に合わせるかの様に、あるいは、無意識の領域へと入り込むかの様に、戦車をその部隊にすべり込ませる。

それに、気付く事は無いのだ。

 

まるで、森にて得物を狙う、ヘビの様に。

 

自らの体色を変え、得物に近付くカメレオンの様に。

 

ただ、静かに、そして大胆に、敵の無意識へと入り込む、スパイの様に。

 

 

それこそが、いほが考案した『くっつき作戦』の内容だ。

 

 

「前に一度、練習試合でやられた事があったからな、十分に使えると思ったんだ」

「それにまんまと引っかかって訳ね。とんでもないわね。一度、T-60の運転手に会ってみたいものね」

「それはまた後だな」

「それは残念」

ほんの少しの気の抜けた会話。

だが、ジュアンはすぐに表情を引き締める。

「次は負けないわよ」

「望むところだ」

そうして、去っていく。

「なんだかんだ、良い人たちだったね」

「ああ」

去っていく三人を見送るいほ達。

「さぁて、そろそろ俺たちも帰ろうぜ」

「祝勝会しようか?」

「なるほど」

「あまりバカ騒ぎは好きではないのだが」

と、これからの事を話し合う仲間たち。

その後を着いて行こうとするいほ。

だが、今度は以外な人物に声をかけられる。

「いほ様」

ピタリと脚が止まる。

それに一拍遅れて足を止める優希たち四人。

振り返り、いほと、いほの後ろに立つ人物に、何故か苦笑を浮かべている四人。

そして、遅れていほも振り返る。

そこには、柔らかい笑みを浮かべる、着物姿の女性が立っていた。

「・・・・菊代さん?」

「お久しぶりですね」

予想外の人物が、そこに立っていた。

 

 




次回『『必勝』の戦車道』



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『必勝』の戦車道

「き、菊代さん・・・・」

あり得ないといった表情で、目の前の女性、『井手上 菊代』を見つめるいほ。

「お久しぶりです」

一方で、菊代の方は分かっていたかのように柔らかく笑う。

「あー、いほ君?」

優希が声をかける事で正気に戻るいほ。

「この人は・・・?」

「あ、ああ・・・西住宗家で女中をしている、井手上菊代さんだよ。一応、戦車道経験者」

「へえ・・・あ、僕は飯盛優希といいます」

「俺は円道東馬」

「牛塚司です」

「鬼経総司だ」

「こんにちは、井手上菊代と申します」

菊代の優しい笑みと言葉に、思わず見惚れてしまう四人。

と、そんな菊代をいほがづかづかと引っ張り連れ去っていく。

「どうしてあんたがここに!?」

いほが声を抑えながらも完全に興奮した状態で菊代に尋ねる。

「貴方の通うバルカン工業高校が試合をすると、しほ様(家元)から聞きまして。それで様子を見るようにと」

「ああ、なるほど・・・・わざわざ邪道である俺の戦車道を見に来たわけか・・・・」

「ふふ、確かに西住流としては邪道ですね」

呆れてものも言えないいほに、笑みを零す菊代。

「で、母さんはなんて?」

菊代の眼の色が変わる。

「・・・・『承諾はした。ただし、やるからには、こちらも全力でやる』・・・との事です」

「今の黒森峰の隊長は、確か、桜田さんか・・・」

「まほお嬢様以上の冷徹。下手すれば、しほ様に迫る程に、西住流を体現している人。その人相手に、勝つ事は出来ますか?」

菊代が、それなりの威圧のある眼光で、いほを見る。

それに対し、いほは笑って返す。

「何言ってんだよ。俺の戦車道はいつだって『必勝』。ただそれだけの為に、使えるものは全部使うまでだ」

「ふふ、それを聞いて安心しました」

いつもの表情に戻る。

「さて、今回の試合の事を家元に報告しなければなりませんね」

「おう、隅々まで、びっしり報告してくれ。まあ、俺のやり方(戦車道)はあまり好まないと思うけどな」

「そうでしょうか?」

「あくまで『家元』としてだよ」

ふと、間が空く。

「私は応援していますからね?」

「ありがとう。出来れば、今日の事、まほやみほに教えといてくれ」

「分かりました。では」

そうして、去っていく菊代。

ふと、優希たちの横を通り抜ける時に、菊代は、彼らに言った。

「あの子は結構、無茶をするので、支えてあげて下さいね」

「は、はい」

「分かりました・・・」

「承りました」

「ん」

そうして、菊代は行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

港を離れる学園艦。

 

その艦尾部分から、いほは、離れていく港を見届ける。

その右手には、ドイツ国旗が刻まれた銀時計が握られていた。

「・・・・あいつら、今頃何やってんだろうな」

菊代が着た事で、ふと思い出した、黒森峰での生活。

 

一緒に入学したまほとの日常。

 

そこでの、戦車に乗って、走りまわした時の爽快感。

 

練習試合で、実力を見せつけた時の、会場の歓声。

 

二年目にて、入学したみほとの再会。

 

説明会の時に見た、後輩たちの動揺。

 

そして――――逸見エリカとの、最初の決闘。

 

そこから始まった、エリカとの師弟関係。

 

「・・・・」

つい回想に浸ってしまういほ。

だが、やはり黒森峰での生活で、一番、印象的だったのは、『先輩』と呼んで必死についてきてくれた、エリカの鬼気に迫るほど真剣な表情。

そして、終わった後に、誉め言葉と同時に頭を撫でた時の、子犬の様な笑顔。

 

やはり、忘れられるものでは無い。

 

「今頃なにやってんだろうな。あいつ」

そんな言葉が、口からこぼれた。

今度、メールでも送ってみようか?

そう思案し、自分の家に戻るために振り返る。

 

そこには、優希、東馬、司、総司の四人が立っていた。

 

「・・・帰ろうか」

すでにその足音が聞こえていたから分かっていた。

だから聞いた。

「うん」

「おう」

「ああ」

「ふん」

それぞれがそれぞれの返事で返す。

 

今は、ここでやっている。

新しい戦車道を。新しい仲間と共に。

 

 

ここから始めよう。

 

 

西住いほの『必勝』の戦車道を。

 

 

 

 

 

 

 




次回『抽選会だ』



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抽選会だ

戦車道全国大会抽選会会場。

その開催場所は、埼玉県にある、さいたまスーパーアリーナ。

そこへ、バルカン工業高校機甲部隊隊長である西住いほ、副隊長の帝海長門、生徒会長の北条業、そして付き添いという事で、優希と東馬、そして雷切源野がやってきていた。

「だ、大丈夫なのかなぁ・・・」

優希が心配そうにつぶやく。

「ハッハッハ!心配するでない!ちゃんと許可は貰った!」

そんな優希の心配をなんでもないかの様に笑い飛ばす源野。

妙にそのスキンヘッドが輝いて見える。

「やっべ、滅茶苦茶トイレ行きたくなって(緊張して)きた」

「我慢しろ、少しの辛抱だ」

武者震いの様に体を震わせる東馬を落ち着かせるように肩に手をおく長門。

「随分と締まってるね」

「ええ、何度か、こういう場面には居合わせた事があるんで」

いほが幾分と落ち着いた声音で返す。

いほとて試合に出た事のある身。

大衆の視線に晒される事は何度かあった。

「さて、わしはここで待つとしよう。ジジイが女所帯にいては迷惑だからのう」

「ああ!?そういえばそうだった!?」

源野の言葉に、飛び跳ねて重大な事に気付く東馬。

 

何せ、戦車道は乙女の嗜み、日本では大和撫子を極める為の武芸として現代にまで伝わっており、やっている者は全員が女性。

そこに、男という異臭は存在しない。

 

「そ、そうだった・・・・」

優希が青ざめた表情で固まる。

「あ、じゃあお前らはここにいろよ。別に俺一人でも大丈夫だし」

そんな二人を気にもとめないいほ。

だが、この先、大会に出るのなら、女性と触れ合うのは当たり前の事になる。

今さら引き下がるという選択肢は、この二人にはなかった。

「な、なに言ってんのさいほ君!」

「そそそそうだぜ!ダチ一人いかせてたまるかっての!」

「別に無理しなくても・・・・まあいいや」

「頑張れよ~」

源野に見送られ、会場に入るいほ達。

そこには、あらゆる学校(それも女子高のみ)から、それぞれの戦車道のチームがやってきていた。

 

視線が突き刺さる。

 

「ひぃ」

「うぉ」

思わず悲鳴をあげる優希と東馬。

だが、いほは気にした様子もなく空いているスペースに陣取る。

その後を、まるで臣下の様についていく業と長門。

優希と東馬はそそくさとそれを追いかける。

その途中、色々な陰口が耳に入る。

『あれが例の男子校の人たち?』

『なんでもあの西住家の長男らしいわよ?』

『どんなコネで戦車道立ち上げたのかしら?』

『目障りね』

『どうせすぐに負けるでしょ?』

小声で言っているつもりなのか、もの静かな空間には良く通る。あるいはわざと聞かせているのかもしれない。

だからこそ、気分が悪くなる。

逃げる様に、うつむく二人。

「お前ら」

いほが口を開く。

それに、顔をあげる二人。

「気にするな。いつもの事だ」

その言葉に、二人はハッとする。

半ば勘違いな所もあるが、いほは、こんな陰口と視線を何度も浴びてきたのだ。

それは、男の身で戦車道をやる者として、当然の代価だ。

その事に気付き、優希と東馬は、気合を入れなおした。

ふとそこへ。

「こんなに早く再開するなんて思わなかったぞ、兄様」

なかなかに低い女性の声。

声が聞こえた方へ視線を向けると、そこには、黒いパンツァージャケットを着た、いほそっくりな少女が立っていた。

「俺もだよ、まほ」

いほは、その少女に向かって笑って返す。

「か、会長」

「なんだい飯盛君」

「あの人ってもしかして・・・・」

「ああ、噂に名高い、西住まほだ」

少女、西住まほは、いほと親しそうに話していた。

「最近の黒森峰での生活はどうだ?」

「忙しいかぎりだ。副隊長でも、チームをまとめるのは大変だ」

「それなりにしっかりしていると思うが?」

「錯覚だ。奧華隊長は必要最低限の事しか言わないから、打ち合わせするのが大変で・・・・」

「それはお前も同じだと思うが?」

「あの人の方がもっと堅物と思うのだが?」

なんとも兄妹らしい会話だ。

ちょっとした世間話の後、まほは、後ろにいる四人に視線を向ける。

「ところで、そっちが兄様の・・・」

「ああ、俺の戦車道チームだ」

いほが自慢する様に言う。

「こんにちは、西住いほの双子の妹、まほと言います」

「これはご丁寧に。バルカン工業高校生徒会長、北条業です」

「自分は、機甲部隊副隊長を務めさせて頂いています、帝海長門です」

「あ、僕は、いほ君の乗る戦車の砲手をさせてもらっています、飯盛優希です」

「俺は操縦手の円道東馬だ」

互いに軽い自己紹介。

「ニュース、見たぞ。本当に立ち上げたんだな」

「まあな。すげえだろ?」

「はいはい、すごいな」

「そういえば、お前の所の隊長は来ていないのか?」

「いえ、いるにはいるんだが、会う気は無いって断られて・・・」

「ああ、なるほど・・・・・」

いほは納得した様に頷く。

「会うか?」

「いや、良い」

まほの提案を、いほは断る。

「そう」

まほも、それ以上追及しない。

『次!黒森峰女学園!』

「お、次はお前の所だぞ?」

基本、抽選会はあ行の方から順に呼ばれる。バルカン工業高校はは行なので、かなり後だ。

ステージの方を見て見ると、そこにはすでに、一人階段を上がっている人物がいた。

その人物は、暗い茶髪であり、その髪を肩甲骨あたりまでに伸ばした、なかなかに鋭い目つきの少女だった。

その服装は黒のパンツァージャケット。まるでドイツ軍のような恰好だ。

 

もとより、黒森峰はドイツと関係のある学校だ。その様な姿になってもおかしくはないだろう。

 

ただ、何より、圧力が違う。

向けられてはいなくても、息が詰まりそうだ。

「いほ君、あの人って・・・」

「ああ、現黒森峰機甲部隊隊長、桜田奧華だ」

少女、奧華がくじを引く。

それを見た進行係が、マイクに向かって、結果を伝える。

『黒森峰、二番!』

トーナメント表の二番の場所に、『黒森峰女学園』の文字が書かれたプレートがかけられる。

その隣の一番の項目には、『マジノ女学院』と書かれていた。

「黒森峰は、マジノとか」

「えーっと、マジノ女学院ってどんな所なの?」

優希が聞いてくる。

それに、いほが答える。

「基本的に、防御一辺倒な戦い方をする所だ。フラッグ戦では、まわりを他の戦車で囲み、やってきた相手を狙い撃ちにする。いわば、待ち伏せと防御といった戦法しかとらない学校なんだ」

「えーっと、たしか西住流の基本戦術って・・・・」

「突撃、突撃、また突撃、だ」

まほが割り込む。

「とにかく前進して殲滅せよって事」

「攻撃的だなぁ・・・」

苦笑いする優希。

『次!サンダース大学付属高校!』

「へえ、次はサンダースか」

「戦車保有数が日本最大。生徒の数も日本一で、その数、約五百人。確か、一軍から三軍まで持っているんだったかな」

「その通りですよ、会長。かなりリッチで、戦車の数が多い、信頼が高い、故障しにくいの三点セットで、戦車道大会で、後半戦に強いって事で優勝校の一角に選ばれている強豪校だ」

「できれば早めにやられてくれたらいいんだがな」

長門がそう呟く。

ステージにあがるのは、アメリカ人と思われるような美貌の少女。

赤、というよりも白っぽいピンクに近い色をしており、その髪を頭の後ろで結ってポニーテールとし、余った髪は耳の前に下げている。

顔もかなり良い。活発だという事が否応なしに分かる。

そんな少女がステップを刻む様にステージに上がり、くじボックスの中に手を突っ込む。

その結果を進行係が教える。

『サンダース大学付属高校、十番!』

直後、『Yeah―――――――!!』といった大勢の歓声が響く。

「うわ!?」

「おう!?」

「それともう一つ、かなりハイテンションな学校だ。だから声も大きい。てかうるさい!」

その勢いに驚く優希と東馬に加え、勢いに思わず耳を塞ぐいほ。異常聴覚者故の欠点、騒音には敏感過ぎて辛いのだ。

そんな声が収まった頃。

『次!聖グロリアーナ女学院!』

「お、今度は金髪の美人さんだぞ」

視線がステージに戻る。

(セント)グロリアーナ女学院のアールグレイだな」

「あーるぐれい?それって紅茶の名前じゃねえのか?」

東馬が首をかしげる。

「ああ、聖グロでは、幹部クラスの生徒には紅茶の名前が与えられるんだ。というか、良く知ってるな?好きなのか?」

「いやぁ、姉が聖グロに入っててな。それで色々とな」

「ああ、そういえばお姉さんいたね、東馬君」

納得と言った感じでうなずく優希。

「かなりの強豪校だ。出来れば当たりたくねえな・・・」

「同感だ」

いほとまほが、全く同じ顔でうなずくものだから怖い。

ステージにあがっている人物は、腰まで伸びたサラリとした金髪をなびかせ、貴婦人とも言うべき優雅な歩き方で、まるで男たちを魅了するかの様に歩みをすすめる。

その人物、アールグレイは、くじボックスからくじを引く。

その結果は・・・・

『聖グロリアーナ女学院、十一番!』

「ho・・・」

空欄の十二番の隣の十一番。

なかなかにきわどい。

そこから、いくつかの学校がくじを引き、ついに、いほの出番になった。

『次、バルカン工業高校!』

「来た・・・」

東馬がつい言葉を漏らす。

いほも、緊張した様子だ。

まほがいほの肩に手を置く。

「行ってこい」

「ああ・・・」

そうして、ゆっくりと歩き出す。

周りの視線が突き刺さる中、いほは、堂々と大衆の間を歩く。

そうして、階段を上がり、ステージの上に。

誰もが認める、しっかりとした歩き方で。

そして、くじボックスの中に手を突っ込む。

数秒後、その手を引き抜く。

その結果は・・・・

『バルカン工業高校、十二番!』

 

 

 

 

いほの中で最も当たりたくなかった番号だった。

 

 

 

 




次回『幕間的な回』


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幕間的な回

戦車喫茶るくれーる。

そこは、どこにでもある喫茶店。

そこで、バルカン工業高校機甲部隊の隊長車両『Ⅳ号E型』を操る、クマさんチームの面々がいた。

その車長であり、バルカン工業高校機甲部隊の隊長である西住いほは――――かなり落ち込んでいた。

「・・・・・・はあ」

溜息一つ。

その重さが、他四人に図らずも重圧をかけてしまう。

「ど、どどどどうしよう東馬君」

「お、俺に振るなよ!?つ、司!どうすれば良い!」

「俺に、言われても困るぞ」

「しようがないだろう。何せ一回戦の相手はあの聖グロなんだからよ」

混乱する優希、東馬、司の三人を他所に、総司は持ってきていたノートパソコンにとある画像を出す。

「聖グロリアーナ女学院。今までに準優勝の経験もある強豪校だ。そんな相手に、まともな経験を積んでいない俺たちが勝てると思うか?」

「「「・・・・」」」

それを言われて黙りこくる三人。

「すまない・・・俺のくじ運が低いばかりに」

「あああ!?そ、そんな事ないよいほ君!」

「そうだぜ!どんな敵だろうと、俺の操縦テクニックで蹂躙してやるぜ!」

いほの気分が更に落ち込むのを持ち直そうとする優希と東馬。

「まあ、甘いものでも食え。少しは気分が晴れるだろう」

と、呼び出しボタンを押す司。

すると、その呼び出しボタンから戦車の砲撃音が響く。

「うお!?」

「うわ!?」

「ぬあ!?」

「なん!?」

「ああ、ここは呼び出しに戦車の砲撃音使うんだよ」

「心臓に悪いぜ・・・」

「だけど戦車マニアには嬉しいものだぜ?」

そうこうしている内にウェイターがやって来た。

それぞれの注文を聞いたウェイターは、さっそうと去っていく。

そこから数分後、なんと窓際から、『M25戦車運搬車』、愛称『ドラゴンワゴン』が上にケーキを乗っけてやってくる。

しかもそのケーキ全部が戦車の形に作ってある。

「うわぁ」

「すげぇ」

「これは」

「んむ・・・」

その出来栄えに感嘆する四人。

「さ、食えよ。ここのケーキは絶品だぞ?」

「じゃあ遠慮なく・・・」

それぞれがそれぞれの品を口に運ぶ。

「おいしい!」

「美味い!」

「これはなかなか」

「悪くない」

そのおいしさに、さっそうと食べていく。

いほも、自分のチョコレートケーキを落ち着いて食べる。

「そういえば、前にもここに来たことがあるの?」

優希が思い出したかの様に尋ねる。

「まあな。何度か、まほやみほ、後輩と一緒に来たことがあるんだ。まあ、誘ったのは俺の方だけどな」

「で、一番一緒に来たことがあるのが逸見エリカという訳だ」

「そうそうエリカと・・・・なんで分かったし・・・」

じろりと総司を睨むいほ。

「何、ただお前が誘いそうな人物を探してそれを出してみただけだ」

「誘導尋問かこの野郎」

してやったりとかすかにどや顔をする総司に、拳をぎりぎりと握りしめるいほ。

「でもさ、いほ君ってさ、いつもエリカさんの話しかしないよね」

「そうか?」

「ああ。黒森峰の時の事話す時に、必ずって程にエリカが出てくるんだ。本当にどんな関係だったんだよ?もしかして先輩と後輩での禁断の関係か?ええ?」

「違うっての。ただの師弟関係だ。それ以上でもそれ以下でもない」

いほは本当になんでもないという様に笑いながら否定する。

「う~む・・・・」

「お似合いだと思うんだけどなぁ・・・」

唸る司と苦笑する優希。

 

 

 

 

 

 

「くしゅん!」

「逸見さん、風邪?」

「そんな事はないけど・・・・誰かが噂でもしているのかしら?」

「お兄ちゃんがしているのかもね?」

「ハア!?え、ああ、いや、せ、先輩が・・・・」

「・・・」

「にっこりするのやめなさい!」

 

 

 

 

 

 

「へっくし!」

「あれ?いほ君、風邪?」

「そんな筈は・・・・誰かが噂でもしているのだろうか?」

「もしかしたら、逸見かもな」

「だとしたらみほと一緒だな」

微妙といった感じで納得するいほ。

((((あ、かなり鈍感なタイプだ))))

全員が察する。

「さて、そろそろ行こうか」

ケーキを食べ終わり、店を出る五人。

「でも、本気で次の聖グロとか言う学校と戦うのだろう?大丈夫なのか?」

「だからどうにか効率良く練成(レベル上げ)しているんじゃないか。あいつら相手に、半端な作戦じゃ勝てないからな。やるからには、『必勝』あるのみだ」

ここで、優希たちが学んだ西住いほという人物。

彼の掲げる戦車道は、とにかく勝つ事を前提とした『必勝』の戦車道を志している事だ。

勝てる可能性が高い方へ、勝てるのならどんな事でもやり、勝てるのなら相手を助ける。

とにかく、勝てるならなんでもする、『強くなる為の戦車道』ではなく、『勝つ為の戦車道』なのだ。

ふといほは、ブレザーのポケットから、みるも見事な銀時計を取り出す。

「ん?お前、そんなもの持っていたか?」

「ああ。後輩からの誕生日プレゼントだ」

と、自慢するように見せびらかす。

「へえ。で、どうしてそれ取り出したの?」

「今何時なのかを確認しようと思ってな」

そう言い、銀時計の蓋を開け、時間を確認するいほ。

「よし、そろそろ学園艦に戻ろう」

「あ、もうそんな時間か」

「じゃあ帰ろうか」

「そうだな」

「やれやれ、やっと帰れる」

そうして、学園艦の戻ったクマさんチーム御一行。

本日、休日だという事で、喫茶店に寄っていた訳だが、それでも戦車の様子は見ておきたい。

そんな訳で、戦車倉庫に行ってみると。

「よっしゃぁ!新記録だぜ!」

「ホンマか!ワイなかなか才能あるやないけ!」

「クライトス!もう少し仰角あげろ!」

「分かっている!これでどうだァ!」

「命中だ!」

「陸奥、加速しろ!」

「くっそ!ぬるぬるとした走り方しやがって!」

「ひぃぃ!!」

「アハハハハ!スゲェ!めっちゃスリルある!」

「興奮してないで、タイミング教えてよ!こっちはかなりハラハラしてるんだよ!?」

「だいたい!君はもう少し言い方を変える事は出来ないのか!?それと西住隊長に失礼だろ!」

「うるせえ!お前は暑すぎなんだよ!大体、年下に従う事が納得いかねえんだよ俺は!」

「ふ、二人とも、喧嘩は・・・・」

「やめなサイ!」

「「ぐはぁ!?」」

「龍三、次」

「はい」

そこでは、バルカンの戦車道チームが、全力で練習をしていた。

「皆・・・・」

「すげえ・・・」

「朝からずっとやっていたのか・・・」

「良くここまでやるな」

その光景に驚くクマさんチーム。

「皆、もっと君たちの役に立ちたいんだって」

茫然としている彼らの元に、一人の整備服を着た少年がやってくる

平均からは低く、中学生ぐらいに見える、こげ茶色の髪をした少年だ。

「ぶ、部長!」

「え、江間さん!?」

司と優希が飛び跳ねる。

この男こそが、自動車部部長、『江間(えま)(ひかる)』なのだ。

「次は強豪って聞いたら、いてもたってもいられなくなったみたいでね。ついでに、理事長から君たちにプレゼントがあるそうだよ」

『プレゼント?』

「ついてきて」

光についていくと、そこには、青でカラーリングされた、いほ達、クマさんチームのⅣ号があった。

だが、あきらかに変わっている所があった。

 

主砲の長さが変わっているのだ。

 

「これは・・・・43口径75mm砲か・・・?」

「いんや、それよりも大きい48口径だよ」

「つまりH型仕様か」

「それって、強化されたって事か?」

「その通りだよ、東馬」

「すげえ!」

東馬が興奮した様子を見せる。

「これなら、徹甲弾で遠くの敵を撃ち抜ける。感謝します、江間先輩」

「なーに、あの理事長がやれやれうるさいから、やっただけさ」

「でも、これで聖グロのマルチダの装甲を貫ける」

いほは、気分が高揚した様子を誤魔化せていない。

だけど、確かに、勝利への道へ近づけたのは確かだ。

「よし!他の皆に遅れていられない!クマさんチーム!乗車だ!」

『応!』

威勢の良い返事と共に、戦車の乗るクマさんチーム。

「パンツァー・フォー!」

前進するⅣ号。

「ぬ、もう練習に行ったのか」

「あ、理事長」

そこへ源野がやってくる。

「もう良いんで?」

「ああ。どうにか、他の会社との契約を保てたわい」

「まあ、戦車の製造にも携わってますもんね、雷切財閥は」

日本有数の財閥、雷切財閥。

その影響力は世界にも響く程。

契約会社は日本企業のみならず、世界各国の会社とも契約も結んでいる。

しかもその契約の条件がえげつなく、もし切れば、下手すればその会社は破産に追い込まれてしまうほどの条件を結ばれているのだ。

だから、雷切財閥との契約を切ろうと考える会社はまずない。

「さて、あと三日だったかのう?」

「ええ。かの強豪、聖グロリアーナ女学院との試合。どんな展開になるんでしょうか」

主砲を撃ちまくる六台の戦車を翻弄する青い戦車。

そのキューポラから身を乗り出すのは、楽しそうに笑う、一人の少年。

夕日の差し込む中、戦いの時を、演習にて、待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖グロリアーナ女学院。

「これが、バルカン工業高校の機甲部隊の情報です、アールグレイ様」

「ご苦労様、キーモン」

紅茶の園、と呼ばれる、幹部クラス、あるいは、将来に期待された生徒に与えられる、『ティーネーム』を与えられた者にしか立ち入りを許されない、聖グロリアーナ女学院の広間。

そこにある一つの円テーブルで、紅茶を嗜む、金髪の女生徒が、渡された資料を読み進めていた。

「西住いほ・・・・あの西住流の、噂の長男・・・・そして、西住まほの兄・・・ですか」

「どう思いになりますか?」

金髪の女生徒、アールグレイの向かいに座るのは、同じ様に金髪であり、ギブソンタッグなる髪型の一年生がそう声をかける。

「そうね・・・・彼、あの黒森峰に入学していたみたいね。会う事は叶わなかったけど、そうとうの策略家だと聞いたわ。やる相手、だというのは確かね」

「そこまで言わせる程なのですか?」

「ええ。この資料から見ると、彼の出た練習試合は、味方の練度に合わせた確実な作戦を立て、かつ、被害を最小限にした戦い方をする。それは、西住流としては邪道ともいうべき戦い方。だけど彼はその戦い方を選んでいる。勝つ為に、手段を択ばない。だけど、それは全て、全員の力で勝ち取る勝利を前提とした、少し矛盾した戦い。その事に、揺るぎなき信念を持っている。例え何者にもその生き方を否定されようとも、彼は自分の道を突き進むでしょう。この手の相手は、例え出来たばかりの急造チームでもまとめ上げるカリスマ性と指揮能力を発揮する程の強敵よ。肝に銘じておきなさい、ダージリン」

アールグレイは、『ダージリン』に向かって、そう言う。

そのアールグレイの様子に、ダージリンは冷や汗を流す。

「分かりました」

「ふふ。そうだ、彼に合う格言、何か知らないかしら?」

突然、態度の変わるアールグレイに、ダージリンは動揺した様子もなく、答える。

「そうですね・・・これなんかどうでしょう?『絶えずあなたを何者かに変えようとする世界の中で、自分らしくあり続けること。それがもっとも素晴らしい偉業である』。アメリカの思想家、エマーソンの言葉です」

「良いわね!ああ、ダージリンの格言集はいつ聞いても教訓になるわね」

「そんな・・・・恐縮です」

ダージリンが頬を赤くする。

アールグレイが、ソーサーに空になったティーカップをおく。

「今のうちにリラックスしておきなさいダージリン。過度な緊張は失敗を招くだけよ。次の相手は、これまでの敵とは、一線を凌駕する」

「分かりました。アールグレイ様」

不敵に笑うアールグレイの目は、獲物を狙う獣そのもの。

その目を見たダージリンは、確かな返事で返すのだった。




次回『大洗』

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