おとぎ話の妖精 (片仮名キブン)
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おとぎ話は森から始まる

思いついたので書いてみました


「まーた、フェアリーテイルの馬鹿どもが問題を起こしたようだな」

 

 魔法評議院の会議の内容は聞き飽きたものばかりだ。退屈な会議が刺激的なものにかわるのなら歓迎だ。

 

「いいじゃねえか、退屈しないで」

 

 魔法界のトップの一人ジークレインは、愛すべき馬鹿どもを弁護する。

 

「何を言っている。あんな問題ばかり起こすギルドは即刻潰すべきだ」

 

 やれやれ頭の凝り固まったジジイどもには、フェアリーテイルを潰したら生じる損失というものについて考えが及ばないらしい。

 

「魔法界全体の評判を考えろよ。あいつらは問題ばかり起こしているがトップギルドの一つだ。確実に今よりもでかい問題が起こるぜ」

 

「なにを!!なんでこんな若造が評議員なんじゃフェアリーテイルにしろ最近のわかいもんは……」

 

「候補が全員。俺以下の魔導士しかいねえからだろジジイ」

 

「――ぬぉぉぉぉ!!」

 

「これ双方いい加減にせんか。議論するなら解決策を見つける有意義なものをしろ」

 

 でかいジジイが場を一度仕切り直す。

 

「対応策はフェアリーテイルのハザマを被害地域に派遣するといことでいいな!」

 

「「異議なし」」

 

 こうして会議はまたつまらないものへと舞い戻っていく。

 

 

 

◆◆◆

 

 フィオーレ王国のマグノリアに位置する魔導士ギルドフェアリーテイルは今日も騒がしい。

 

「うーん……、魔法の腕輪探しに、呪われた杖の魔法解除、火山の悪魔退治……。ピンとくるものがないなー」

 

フェアリーテイルの魔導士であるルーシィ・ハートフィリアは依頼板(クエストボード)の前で悩んでいた。

 先日あったエバルー公爵の一件では200万J(ジュエル)の報酬がふいになってしまったので稼がねばならない、そうしないと……。

 

(――今月の家賃が払えない)

 

 依頼板(クエストボード)の前で考え込んでいると、ミラジェーン・ストラウスが話しかけてきた。

 

「目ぼしい依頼があったら私に言ってね。今は総長(マスター)いないから」

 

「あっ!!本当だ」

 

 いつもはいるカウンターの定位置に、マスターであるマカロフの姿はなかった。

 

「定例会があるからしばらく姿は見られないと思うわ」

 

「定例会?」

 

 初めて聞く単語に思わず疑問の声をあげる。

 

「地方のマスターたちが集まってする会議のことね。評議会ではないんだけどね」

 

 いまいち理解できていなかったのが顔に出ていたのかミラはリーダスから光筆(ヒカリペン)を借りると空中に図を描きだした。

 

「一番偉いのが政府ともつながっている評議員の10人、そのしたにいるのが地方のギルドマスターたちマスターもここね。そして、その下が私たちギルドのメンバーってわけ」

 

「へーギルド同士がつながっていたなんてはじめてしったなー」

 

「ギルド同士のつながりは大事なのよ。これをおろそかにしていると……ね」

 

 背後から生暖かい気配を感じると突然――

 

「黒い奴らが来るぞぉぉぉぉぉぉ」

 

「キャアアアアアアアアアア!!」

 

「うひゃややややや。ルーシィビビりすぎだぞ」

 

 私の背後で笑い声をあげているのは|火竜(サラマンダー)のナツ・ドラグニルだ。

 

「うるさいわね!後ろから急に大きな声がしたらビックリするでしょ」

 

 そう、だから私が怖がりというわけではないのだ。

 

「でも黒い奴らはほんとうにいるのよ」

 

――えっ!

 

「連盟に所属していない闇ギルドの通称を黒い奴らって呼んでいるの」

 

「あいつら、あくどいことでも平気でするからおっかないんだー」

 

 ナツと相性が良さそうと思った私は悪くない。下手したら被害の規模はナツの方が上じゃないだろうか。少なくとも私は町を半壊させるような事件はこの前初めて目にした。

 

「ていうか仕事は決まったのか?」

 

「まえはおいらたちが決めちゃったから今度はルーシィが決める番だよ」

 

 ナツの相棒である空飛ぶ喋る青い猫のハッピーが目線の高さまで飛ぶ。

 

「なんでまたあんたたちと組まなきゃならないのよ。チームは解散!!」

 

「「へっ?なんで?」」

 

 理由が思い浮かばないとポカンとした表情で問いかける。またチームを組むのが当然といった様子だ。

 

「まえの依頼(クエスト)だって金髪の女だったら誰でもよかったんでしょ」

 

「何をいって……。その通りだ」

 

「――やっぱりー!!」

 

「でも、ルーシィと組めてよかった。いい奴だからな」 「あい」

 

 無邪気な顔から出されたその言葉が表面上の物ではないと付き合いの浅い私にも分かった。

 

(そんなこと言われると照れる!!)

 

 ナツの顔を直視出来ず再び依頼板に目をやる私に声をかけてくる人がいた。

 

「チームを組むか組まないかなんて悩んだってしょうがねえんだよ。合わないなら組んだところで足の引っ張り合いにしかならねえからな。依頼に適したメンバーで挑むべきだと俺は思うね」

 

 半裸の男グレイ・フルバスターは意見を述べてきた。先輩の経験に基づくありがたいお話なのだが、それを言うのが変態なので説得力が皆無である。ていうか近づかないでください。

 

「――ならルーシィ、今夜君に依頼があるんだけど――今夜二人の愛について語り合おうじゃないか」

 

 茶髪の眼鏡を掛けた美青年のロキがナンパしてきた。顔はいいんだけどなー、誘い方がいまいち。

 

「いやよ」――「即答!!」

 

「まあ……傭兵ギルド南の狼の二人とゴリラみたいなメイドを倒したんだろ?実際、大したもんだよ」

 

「それ両方ともナツ」

 

「てめえかよ」「文句あんのか」

 

 二人はガンを飛ばしあうと席を立ち組み合う。酒場の床をゴロゴロと転げながらなぐりあいをはじめてしまった。ホコリが立つからやめてほしい。

 

「――フモっ!!」

 

「あっ!誰か巻き込まれた」

 

 

 

◆◆◆

 

 初めまして、俺の名前はハザマ転生者だ。前世では高校生までは生きていた。なんやかんやいろいろあって、マンガの世界に転生させられた。

 この世界に来た当時は大変だった。小学生くらいの肉体で身に着けているものは服くらいで金もない戸籍もない保護者もいない、ないない尽くしであった。

 途方に暮れた俺を助けてくれたのがフェアリーテイルのギルドに所属する魔導士だった。不幸中の幸いだろうか、この世界には魔法というものがあり自分には前世で読んでいたマンガの能力の一つを魔法として使うことができた。この力を使って助けてもらった恩を返そうとクエストを受ける日々。

 今日も依頼から帰りマスターに報告をしようと奥に進むと――轢かれた。

 

 もういいよね?やめていいよね?だって帰ってきたら攻撃されるようなギルドだし、なんか世間の評価はやけに高いけど実質問題ばかり起こすギルドだ。依頼達成の利益より周りへの被害の方が大きい、最近は評議会からのご指名でアフターケアは全部俺。もういい加減最初の恩は返したはず。そういえば最近横家のベッドで寝てなかったなぁー。

 

「あの大丈夫ですか?」

 

――天使がいた。

 

 フェアリーテイルに倒れている人を心配してくれるような常識人がいたなんて……。見ない顔だな、新入りかな?ぜひそのままでいて欲しい。

 

「大丈夫、大丈夫慣れてるからね。――それよりも、マスターはどこかな?ハルジオンの港町の復興クエストの報告をしたいだけど……」

 

 慣れているというところ悲しみを感じる今日この頃。全く街を半壊だなんて暴れるにしても限度というものがあるだろうに、お陰で5日も時間がかかったけどようやく終わらせることができた。

 

「マスターは定例会よ。クエストはクリアしたみたいねハザマ!!」

 

「アハハ、ミラサンジャナイデスか、クエストはカンペキニ達成シマシタ。では――」

 

 報告さえすれば何も言うことはない。軽く二か月は帰ってなかったマイホームを目指し、カウンターに背をむけ扉を目指す。なぜか後ろから腕を掴まれる。

 

「わたし、クロッカスの町をハザマがどんな感じに直したのか聞きたいな!!」

 

 ミラサン……いやミラさんは苦手だ。モデルになるほどに美人というだけでも気が引ける上に、昔クエストに拉致ら……行くことが多くあり、その時のトラウ……思い出からどう向き合えばいいのかわからないのである。端的に述べるのなら――何を企んでいると尋ねたい。

 

 それよりもなんか腕がミシミシ言っているんですけど――材木運び等で鍛えた筋肉が微動だにしないんですけど――。

 

 絶対に逃がさないという無言の圧力を感じる。美女に引き留められているのに全くうれしくないのはなんでだろう。ハア――今日は風紀委員長様が帰ってこられたようなので、落ち着けると思ったが違ったようだ。

 

溜息をするとギルドの扉が開かれる。そこには身の丈よりも大きい角を担いだ赤髪の女性が立っていた。

 



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フェアリーテイルの男は変人ばかり

「ただいま帰った。総長(マスター)はおられるか?」

 

 馬鹿でかい角を担いだ細身の女性がいた。甲冑を身に着けたその姿から容姿とは裏腹にその力が尋常なものではないことを窺わせる。彼女の名前はエルザ・スカーレット。妖精の尻尾でも数少ないS級魔導士の一人であり妖精姫(ティターニア)の二つ名で知られている。

 

「お帰り!!総長は定例会よ」

 

 帰ってきたエルザを出迎えたのはミラジェーンだった。迎えの言葉にはぬくもりがありなぜか俺に鳥肌が立つ。こう猛獣が笑顔でいる恐怖的な?

 担いでいた角を床に置く。ズシンと建物が少し揺れその角が見た目通りの重さであったことが証明された――本当に人間か?あと捕まれた腕の力が強くなって痛いんですけどミラさん。

 

「……エルザさん……そ、その馬鹿でかいのはなんですか?」

 

「む?これか。これはだな」

 

 エルザの一番近くにいた男がギルドを代表して尋ねる。エルザはその実力からまだ若いにも関わらずギルドの内でも一目置かれている。強い奴には敬意を払う、魔導士に年功序列制度はないのである。懐かしき日本の文化が恋しい今日この頃。

 

「討伐した魔物の角に、地元の物が装飾を施してくれてな、綺麗だったので土産としてもらってきたのだが……迷惑か?」

 

「い……いえ、そんことありません」

 

 本音を言うのであればそんな大きなオブジェをギルドのどこに設置しても邪魔にしかならなのだが、それを口に出す度胸のあるやつは一人もおらず皆一様に目をそらしている。文句でもいって彼女の機嫌を損ねては大変だからな。

 まあ、エルザは少々?いや、かなり押しが強いが根は悪い奴ではないので問題を起こすことはない。それどころかこのギルドの風紀を取り締まっているのはエルザである。なので静かにしていたら基本的に無害な奴だ……実に素晴らしい。

 

「それよりお前たち、また問題ばかり起こしているようだな。総長が許しても私は許さんぞ」

 

 ギルドのメンバーが一斉に居住いを正す。――逆に問題を起こすような奴らには容赦がないということになる。

 

「カナ・・・なんという格好で飲んでいる。ビジター、踊りなら外でやれ。ワカバ、吸い殻が落ちているぞ、ナブ・・・相変わらず依頼板クエストボードの前をウロウロしているのか?邪魔になるからさっさと選べ。・・・まあ今日のところはこの辺りにしておこう」

 

 踊りよりも目立つ雄々しきオブジェを背に、一通りの説教をしたエルザは一息ついた。

 

 指摘された面々は慌てて取り繕っている。キャラが濃いフェアリーテイルのメンバー達が大人しく注意に従っているのを見るとスッとする。本当にエルザさんにはずっとギルドにいてこいつらを管理してほしいものだ。

 

「ところで、ナツとグレイはいるか?」

 

「あい」

 

 キリッとした動作でハッピーが酒場の奥に手をやる。するとそこには……。

 

「「や、やあエルザ……オレたち今日も仲良……よく……や、やってるぜぃ」あ゛い」

 

 目をきょどらせながらナツとグレイが互いに肩を組みながら返事をする。いつも喧嘩ばかりしている二人がまるで親友のように……うん、見えないな。

 

「ナツもグレイもエルザが怖いのよ」

 

「――ええっ‼」

 

ミラさんが新入りに説明している。――俺はあなたが怖いです。そして腕をはなしてほしいです。

 

「ちなみにナツは勝負に負けて、グレイは裸でいるところをボコボコのされたのよ」

 

「うわー……」

 

 ナツの喧嘩は見ることができなかったがグレイのはすごかった。空中で八コンボ決められていた。セクハラの罪は重いのだ、服を着る余裕がないくらいにボロボロにされていたからな……グレイが。

 

「二人とも仲が良さそうでよかった」

 

 満足そうにうなずいた。エルザさんあなたは二人がかいている尋常じゃない量の汗が見えないのですか?

 

「実はナツ、グレイ、そしてハザマ三人頼みたいことがある。ついてきてほしい」

 

 ファッ!!――今フェアリーテイルきっての武闘派の中に混じってはいけない名前が聞こえたんですが。ですが‼。

 

 エルザが放った一言はギルドを無音にする十分すぎる威力があった。だってそうだろうあのバカでかい角を持つ魔物を一人で討伐できるような奴が助力を求める。ということはいったいどんな化け物を相手にするつもりだ。皆、固唾をのんで聞きにはいる。

 

「詳しくは明日移動中に話す。準備しておいてくれ」

 

 それだけ言い残すとエルザはギルドの奥へと行ってしまった。

 

「エルザ一人だけでも気が重いってのになんでこのバカも一緒なんだよ」

 

「ありえないだろこのメンバー、さぼりてー」

 

 アハハハ、帰ってきたと思ったらまた依頼なんでこんなに仕事ばっかりやらなくちゃいけないんだよ。最近クエストボード見てねエもん、報告したと同時に緊急クエストみたくわりこんでくる。ふざけてやがる。宿屋かセーブポイント位行かせろや。

 

 俺は膝から崩れ落ちると、そのまま目の前が真暗になっていった。

 

 

 気が付いたら駅にいた。何故かクエスト用の装備一式を身に着け、売店でマジックポーション(レッド・ブルー)を買っていた。上が赤色で下が青色のポーションを不機嫌そうなおばちゃんの目が速く受けてと言っている。慌てて受け取り売店から離れるながら味を我慢して飲み込む。それにしてもこの色合い前世なら間違いなく買わない代物だよな――それよりも。

 

 怖い自分が怖い、夢遊病のようにクエストに行こうとするなど病名はわからないがどう考えても病気だろう。……俺、このクエストが終わったら部屋の大掃除するんだ。

 

 さて、未来への抱負を胸に刻みテンションを無理やり上げる。うっすらと残る記憶から、このマグノリア駅が集合地点であるはずだ。他のメンバーはどこだろうと周辺を見渡すと、右手の方から騒がしい聞きなれた声が聞こえた。――さあ、お仕事だ。(ゲッソリ)

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

「助っ人は俺一人で十分だからお前は返れ」

 

「冗談じゃねえ、エルザの言うこと無視して無事ですむわけねえだろ!!」

 

 周囲の迷惑を顧みず大声で互いをけなしあうのは私と同じフェアリーテイルのメンバーであるナツとグレイである。なんで誘われてもいないのにエルザさんが指定した集合場所に来ているかというと……。

 

(確かにあのメンバーだったらどんなクエストでも達成しちゃうと思うけどナツとグレイが連携出来ないと思うのよね。ハザマはともかくエルザはソロクエストばっかりだし、だからルーシィあのメンバーのサポートしてくれない?」

 

(いやいやいや……新人の私が入らなくてもハザマさんが頑張ればいいと思うんですけど)

 

(ああ、ハザマには無理よ。押しに弱いからすぐに流されるわ、だからお願い。ね。)

 

 ミラさんスマイルは女の私が見ほれるほどに綺麗だった。お色気の値段が1000Jだった私との違いは何なのだろうか、ハア、ミラさんから頼まれたとはいえこの二人の仲を取り持てというのは新人には少々酷ではないだろうか。それよりも膝から崩れ落ちたその人を軽々と支えているミラさん――見かけによらず力持ちですね。

 

ミラさんに押しが弱いと太鼓判を押されるハザマさんとはいったい。

 

「でも、あの人も変なひとみたいだからなぁ」

 

「エルザはまだ来てないのか」

 

「わっ!!」

 

 後ろから急に声をかけられ変な声が出た。それも相手にかなり失礼なことを考えていたときに、嘘……もしかして私声に出してた!?

 

「はじめまして、新人のルーシィです。この二人の付き添いできました。よろしくお願いします」

 

 元気のいいあいさつでさっきの独り言をうやむやにする。聞かれてたかなぁと内心冷や汗を流していたが、どうやら聞こえていなかったらしく相手も自己紹介をしてきた。

 

「……どうも俺はハザマ、この二人の付き添いなんて大変なのに――頑張って!!」

 

 なんか励まされた。

 

「すまない……またせたか?」

 

 大きな荷物をもったエルザさんの到着。アタッシュケースを荷車にのせ、貴女は今から引っ越しでもするのですかというような荷物の量である。

 エルザさんにも自己紹介をした。するとナツともう一人今回の依頼を受けるにあたって条件を提示してきた。

 

「このクエストが終わったら俺と勝負しろ――あの時とは違うんだ」

 

「わたしも自信はないが…いいだろう受けて立つ」

 

「俺も頼みがある」

 

 そういったのは私の隣にいたハザマさんだった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 俺は考えた……どうすれば依頼を受けなくてもいいか。来る日も来る日もクエストとギルドを行ったり来たり、RPGではそれが普通かもしれないがこちらは生きた人間なのである。たまには一日中部屋の模様替えをしたっていいじゃない。のんびり旅行したっていいじゃない。とにかくクエスト以外のことがしたい――なのでギルドには近づかない。

 

「今回のクエスト、どんなものかは知らないが今回は報告は俺抜きで行ってくれ」

 

 魔導士には依頼を達成した後ギルドに報告する義務がある。これは評議会が定めたルールであり通常の場合参加したメンバー全員で報告した後ギルドから仲介料天引きされた分を報酬として支払われる。しかし今回の依頼はエルザが同じギルドのメンバーに行っている。これにより、一般のクエストとは異なり、評議会を通じず直接の依頼である。つまり義務を少しサボってもバレなければ怒られることがないのである。いつもなら風紀委員長様であるエルザはこのような怠慢は決して許さない。しかし、ナツの頼みを聞いといてしかも自分が協力を要請したクエストという条件が重なることにより計画が通りやすくなっている。名付けて強制イベントには近づかない大作戦。

 

「?…そのくらいならば別に構わないが?」

 

 突如しゃがみ込みガッツポーズをしだした俺から距離をとるルーシィちゃん。確実に変な人だと思われてるけど気にしない(大嘘)。

 



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クレーム対応もハザマの仕事

甲高い汽笛の音とともに力強く列車が動く。クエストの内容は列車の中でするということになり、今回のクエストの依頼人でもあるエルザさんにみんな注目していた。あっ、ナツはいつものように乗り物酔いでダウンしています。

 

「ったく、なさけねぇなぁナツは……」

 

「しょうがないわよ。ナツは自転車でも酔うんだから」

 

「それがナツです」

 

「マジでか!!」

 

 私よりも付き合いが長いグレイに驚かれるほどに乗り物に対して弱いナツ。普段はあんなに元気に動き回っているのに今は青い顔でうめくだけである。

 

「仕方ない奴だな……ナツはほら私の隣に座れ」

 

あまりにも苦しそうなナツを見かねたエルザさんが自分の隣の席をポンポンと叩きそこに座るように促した。背中でもさすってあげるつもりかしら?

 

「フンッ!?」

 

 ドスっという重い音が車内に響いた。一瞬白目をむいたナツの瞼をエルザさんがやさしくおろす。崩れ落ちたナツの頭を自分の膝に置き撫でながらこれで少しは楽になるだろうと聖母のような微笑みを浮かべている。どうしよう……すごく優しい笑顔なのに三秒前の行動が頭を離れず、口元がひきつっているのが自分でもわかる。

 

「そっそういえば。ハートフィリアさんは腰に鞭をつけてるけどそれをメインで使う魔導士なのかな?」

 

 口角があがったままのハザマさんがこのいたたまれない空気を追い払うように質問してきた。

 

「ルーシィでいいですよ。えっと……私、精霊魔導士なんですけどまだまだ未熟でこの鞭はお守りみたいなものですよ。エルザさんはどんな魔法を?」

 

 恐る恐るこの空間を作り出した人にパスをする――仕方ないじゃない!!グレイはわれ関せずだし、ハッピーは猫だもんほかに話題を振る人がいない。

 

「エルザの魔法はキレイだよ。血がいっぱい出るんだ。相手の」

 

 それは綺麗ではなく物騒と呼ぶべき代物ではないだろうか。

 

「エルザでいい……たいしたことはない。それよりも私はグレイの魔法の方が綺麗だと思うぞ」

 

「む、俺のか」

 

 エルザさんそこは謙遜ではなく否定の言葉がほしかったです。全力で目をそらしていたグレイだが自分の魔法が話題になったのはさすがに無視できないらしく、開いた右手の上に拳をのせ魔法を使った。握られた手の中からは氷でできたフェアリーテイルのエンブレムが乗っていた。

 

「わぁ!!」

 

 思わず歓声を上げてしまう。それにしてもこの男には似合わない魔法である。

 

「俺はハザマの魔法も面白れぇと思うけどな」

 

「ハザマさんの?」

 

「俺も呼び捨てにしてね。えっと……そうだな……」

 

壁に立てかけていた槍?真ん中に丸い穴の上に刃物が付いた武器を床に降ろし。懐から一枚の紙を出す。手のひらそれをのせるとポンっ!!という音とともに白い人形?が立っていた。

 

「うわぁ――かわいい」

 

 人形はお辞儀をすると私の膝に飛び移り踊り始めた。

 

「なんだか。おいらのマスコットポジションが奪われている気がするな!!」

 

 青い猫のいうことは無視して私は小人のダンスに集中するのであった。

 

 

 

◇◇◇

 

私たちはオニバスという駅で電車を降りた。今回のクエストの具体的な話は電車内では出なかったけど大丈夫なのかしら。

 

「それでエルザ本題の今回のクエスト。いったいどんなものなんだ?お前が力を借りたいなんてよっぽどのことなんだろ」

 

 グレイがエルザに問いかける。そうよねぇナツやグレイ達を借りてきた猫みたいな姿にさせる人だ。よっぽどのことでもない限り一人で何でもこなせるんじゃないかしら。

 

「そうだな……話しておこう。前の仕事の帰り。ここオニバスで魔導士の集まる酒場へ寄ったときのことだ。気になる客がいてな」

 

エルザの話をまとめると、酒場にいたマナーの悪い連中がララバイという名の魔法を見つけたのだが封印が解けないという話だ。

 

「そこで聞いたエリゴールという男。死神エリゴールと呼ばれている。奴は魔導師ギルド『鉄の森』(アイゼンヴァルド)のエースだ。死神の異名は暗殺依頼ばかり遂行していたことから付けられた異名だ。暗殺系の依頼は評議会が禁止しているのだが鉄の森は金のため、人の命を奪っていた。」

 

 不気味な異名だ。そんな連中が解こうとしている封印なんて絶対ろくなものじゃない。

 

「結果…六年前に魔導士ギルド連盟から追放……現在は闇ギルドとして活動しているらしい」

 

 思い出されるのはミラさんから説明された闇ギルドの恐ろしい話――思わず鳥肌が立つ。

 

「確かにギルド相手に一人で喧嘩を売るのは流石にエルザでも分が悪いか」

 

 グレイが今回の件にようやく納得がいったとうなずいた。

 

「ちょっと待って!!ギルド連盟から追放されたならもう活動は行えないはずなんじゃ」

 

「実際刑罰を受けたのは鉄の森(アイゼンヴァルド)のマスターのみでギルドそのものには解散命令が出された。だから処罰を免れたメンバーが再び集まり活動を行っているのだろう。多くの闇ギルドがそうやって非合法に活動し続けいるのが現実だ」

 

 思った以上に深刻な事態だった。あたしなんかが割り込んでいい事態じゃない。もう帰りたい。

 

「エルザ――そのことは評議院に報告は?」

 

「いや、私の独断だ」

 

「伝えようよ!?これ下手したらギルド間抗争と捉えられかねない状況じゃないか。――ああもう」

 

 ハザマが慌てて先ほどの紙を手から空に放つ。それは一瞬で白い鳥になった。

 

「闇ギルドアイゼンヴァルドのメンバーによる未確認の魔法ララバイの封印解除計画の情報を入手。フェアリーテイル所属。エルザ・スカーレット、ナツ・ドラグニル、ルーシィ・ハートフィイリア、グレイ・フルバスターと評議院二級委託魔導士ハザマによる計画の阻止を行う――以上、いけ!!」

 

 命令を受け取った鳥はプラットホームを抜け一瞬で空へと飛び出していった。ハザマの魔法は紙を使って色んなものに変身させる魔法みたいね。確かに聞いたことのない便利そうな魔法。

 

「今の魔法は?」

 

「一応、お役所に届けておかないと後でいちゃもん付けられるからそれじゃなくてもうちのギルドは上の人から疎まれてるからね」

 

 へえ、そんなところまで気配りするなんてフェアリーテイルのみんなはそんなこと気にしてなかったのに。

 

「おいらは?」

 

「あ……」

 

「ひどいや。おいらだってフェアリーテイルのメンバーなのに仲間はずれにするなんて」

 

「えっと、ほらハッピー達は評議会に報告とかしないだろ。だから今回は別にしたというか」

 

「忘れてただけでしょ!!ハザマがこんなに薄情だなんて思わなかったよ――ねえナツ!!」

 

 ハッピーが同意を得るためにナツの方を向くがどこを見てもナツの姿を見つけることはできなかった。

 

「あれ……ナツは?」

 

 私たち全員の動きが止まった。

 

 

 

◇◇◇

 

「何ということだ!!あいつは乗り物に弱いというのに。ハザマの魔法に気を取られていたばっかりに」

 

「あーあ、ハザマやっちゃったね」

 

ハッピーが横から俺を責める。この猫はさっきメンバーに名前を入れなかったことを根に持ってやがるな。猫のくせに……お前はどう見てもペット枠だろ。

 

「うぇ!!俺の所為。お前らだって忘れてたじゃないか」

 

他の奴らを見るとエルザは自責の念に駆られており、ルーシィに殴るように言ってルーシィが戸惑っている。グレイは……。

 

「道理でさっきから涼しくなったと思ってたんだが、あの鬱陶しいのがいなかったからだな納得」と半裸で頷いていた。

 

 いやそれ脱いでるだけだから、物理的に涼しくなっちゃってるから。と相変わらず気にもしていない。ちょっとは周りのこと気にしようよ、なっな、そうすれば普段お前がどんだけ白い目で見られているかわかるから。

 

「こうしてはいられない。すぐにでも列車を止めナツを救出せねば――というわけで列車を止めてくれ」

 

 落ち込んでいたエルザが立ち直り、そばの駅員に列車を止めるように指示を出す。しかし答えは当然NO。当然だろうダイヤの乱れは一か所にとどまるわけがない。緻密な計算によって組まれたシステムは一つの乱れがすぐに全体へと波及してしまう。日本だってそうだったのだから……。エルザは行動力がありすぎるのが玉に瑕だな。ここで列車を止めた場合のクレームがフェアリーテイルに及ぶクレームの山ががGA。

 

「ちょっと待った――実は私、評議院の者でして、今回の列車の中に危険人物が乗り込んでいるとの情報を得てここに来たのですが。何分非常に緊急性のある件で、お願いです。一刻も早く危険人物をとらえなければならないのです。お願いします。列車を停止してください」

 

 手に評議院の紋章を出して駅員に見せる。

 

「いや……そういわれましても」

 

「こうしている間にもその危険人物が列車内で暴れているとも限りません。そいつはクロッカスの町を半壊に追い込んだやつなんです。もし、何かあったら“《責任》”取ってくれますか?」

 

「――わかりました」

 

 フー。こういう時は自信満々で少々の真実を交えながら相手の認識範囲外に話題を持っていくに限るな。実際、委託魔導士には緊急時検束魔導士に代わり現行犯やその危険性が高い者を拘束する権限などが与えられる。これを提示することによって評議院が矢面に立ちクレーム処理を評議院がおこなってくれる。常日頃から人を指名して依頼してくるのだからこれくらいしても罰はあたらないだろう。こういう風に権力を行使するとなんだか休みから遠ざかりそうで嫌なんだけど……ハァー。

 

「さすがだな。――そこの者これをホテル チリまで頼む」

 

 そう言うとエルザはズンズンと外へと進んでいった。

 

 「――いやすみません。仲間が迷惑をお掛けしました。緊急事態でして」

 

 いくらなんでも見ず知らずの他人をパシリとして使うなよ。行動力があるのではなく、猪突猛進と呼ぶのがふさわしいな全く……俺は懐から式神を取り出し荷物を運ぶように命令を出した。

 

 




オリジナル設定のため補足 評議院委託魔導士とは、評議院がギルドに所属する魔導士の中で能力を必要とする者にクエストを反復継続して指名するための制度である。これにより検束魔導士のように犯罪を犯しているものまたはその危険性が高い者を拘束する権限が与えられる。
 二級とはS級魔導士の付き添いがあればS級クエストに参加することができることを評議院に認められる。一級なら一人で可。このためミラとよくクエストに行っていたのが主人公。
 

 ちなみにハザマはフェアリーテイルの後処理のため同じクエストの価格の七割程でクエストに行っている。これは評議院が定める最低クエスト価格を下回っている。なお本人は知らない。え、問題にならないのかって?何事にも例外というものがあるんですよ。


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集団呪殺魔法<しゅうだんじゅさつまほう>

不定期ですが続けていきます


レンタルした魔導四輪車に乗って先ほどまで乗っていた列車を追いかける。エルザの情報から何やらきな臭いものを感じるがナツをほったらかしていくわけにもいくまい。気絶したらまったく別の場所というのは経験してみなければわからないがひどくパニックになる。――目が覚めるとそこは密林のど真ん中、周りには狂暴な魔物……よみがえる悪夢。

 

「見えたぞ――列車だ」

 

 上から聞こえたグレイの声で過去のトラウマから目覚める。フゥ落ち着け――過去のトラウマよりも今のストレスを解決しなければ、乗る場所がなかったため車の屋根の上に乗っている(詰めれば乗れないこともないが)グレイは屋根の上に行ってしまった。舗装されていない道の上を走るので屋根から落ちる恐れもあるが本人の希望なら仕方がない。俺たちが乗っていた車両は後ろから二番目だったはず……しかし先ずは運転手に状況を報告しなければなるまい。

 

「俺はちょっと運転手と話をしてくるから、エルザ達はナツの回収を頼む」

 

 こいつらは人とコミュニケーションをとる時も肉体言語からはいるからな!!新人の子はどうだか知らないが俺がいくのが一番確実だろう……ナツの回収が済んだら急いでここから離れたい。ほかの乗客への説明は列車の乗務員にお願いしよう――無理だな。あぁもう報告書には攻撃的な魔導士が列車内に居座っていたからとかではだめだろうか。

 

 

 

◇◇◇

「俺はちょっと運転手に話をしてくるから、エルザはナツの回収を頼む」

 

 そう言い残すとハザマは車から降り、先頭の方へ全速力で走って行ってしまった。何が彼をあそこまで必死にさせるのだろうか、魔導四輪車でも窓を見てブツブツつぶやいていたしあれ、もしかしてハザマさんて危ない人?

 

「ルーシィこないのー」

 

 ハッピーが外から呼んでいる。いつまでも車から下りない私を不思議に思ったみたいだ。いけない今は速くナツを迎えに行かないと…。

 

「てめえ殺してやる!!」

 

「上等だ!!ここはいつ動き出すかわからねえから外で相手してやる」

 

なんだろう。列車から他のお客さんの迷惑になるほどの大声が聞こえる。嫌な予感がして声が聞こえる車両に近づいてみると。――窓から飛び出してきたのはナツともう一人今にも取っ組み合いを始めそうな二人が――「何をしているナツ、お前は!!」「「グベボッ!!」」

 

 間に割って入ったエルザの拳が双方の顔に直撃し吹っ飛ばされる。ちょっとエルザさん!!ナツはともかく相手の人は大丈夫かしら?ナツはともかく。

 

「おいエルザ!!相手を見て殴れよ、こっちのアホはともかくあっちの奴は殴っちゃだめだろ」

 

 グレイもその認識なのね……まってこの変態と同じ思考回路ということかしら。受け入れられない。受け入れるわけにはいかない。

 

「……ダレニタイシテモナグッテハイケナイニキマッテイルデショウ」

 

「なんで片言?」「ハッピーうるさい」「なんで!!」

 

「いってえなエル、ザなんで殴りやがった。今からあのむかつくやつをボコボコにするとこ……ろ」ゆ

 

 掲げられた拳から炎が見える。あれエルザも火竜(サラマンダー)だったのかしら!?怒り心頭といったナツだったが、最後の方は消え入るような声で冷や汗が顔から出ている。言い訳を考えているのかしら目がきょろきょろと落ち着きがなく必死にエルザの怒りを回避しようしているのが見ていてとても分かりやすいうえ、普段はまったく使わないせいか頭から白い煙が立ち上っていた――すごいなサラマンダー、頭をつかって煙が出る人初めて見た。

 

「そうだ!!ひでぇじゃねえかエルザ、ハッピー、ルーシィ後全裸、お前ら俺を置き去りにしやがって」

 

 知恵熱?を出すほど考えた甲斐あって今回はお仕置きされる前にエルザの怒りをそらせることに成功する。

 

「ムッ。確かにすまなかったな」

 

「今は上半身しか脱げてないだろうが!!これは半裸だ!!」

 

「ごめんねーナツ」「ごめんなさい」

 

 さすがに悪いと思ったのか拳を下げたエルザ。私とハッピーも一緒に謝罪する。それにしても、影が薄いってわけじゃないのに置き去りにされるなんてふしぎだなー。あと裸族のこだわりは適当に流していく方向で

 

「なめたことしてくれるじゃねえか、ハエどもが!!」

 

 殴られた人が復活している当然のことだが怒っているようだ。よかった、エルザにパンチされてすぐに起き上がれるなんて、あの人実はすごい人なんじゃないだろうか?

 

 何をそんなに怒っているのかわからないといった表情で男を見ていたエルザだが、突然何かに気づき目を鋭くさせた。

 

「貴様、鉄の森<アイゼンヴァルド>のメンバーだな――」

 

 なっ……先ほど殴り飛ばされた人は私たちがが追っていた鉄の森のメンバーということはエルザが酒場で話を聞いたときその場にいたということでもある。もしかしてこれってクエスト解決の重要な手がかりが得られるチャンスなんじゃないかしら?

 

 にらめつけていたエルザだったが、段々とその目を険しいものに変えていたが突然。

 

「……酒場で見かけたときの奴はそんなに膨れた頬ではなかったな、すまない私の勘違いのようだな」 エルザさんそれは今しがたあなたがぶん殴ったからではないかしら。普通に考えてナツとけんかして列車から飛び出てくるなんてまともな人じゃないはずだし……。

 

「ぶっころす――影よ」

 

「だがフェアリーテイルを馬鹿にするものはゆるさん」

 

 エルザに殴られた人が突然魔法を使ったと思ったら、エルザはどこから取り出したのか剣で魔法を横なぎにしてかき消した。まさか自分の不意打ちがこんなにあっさり対応されるとは思っていなかったのだろう呆けている間に彼女は金属鎧を着ているとは到底思えないスピードで肉薄し、腹部に強烈なこぶしを叩き込んだ。体力おばけのナツを一撃で沈める拳だ。そんじょそこらの魔導士に耐えられるはずもなく謎の男は一瞬で気絶させられた。

 

「うわーあれは痛ぇぞ」

 

「お前も食らってたしな」

 

 向こうでけんかしていた二人もこちらに来たようだ。

 

「ナツこいつは誰だ」

 

 この人達は人が一人気絶しているというのに平常運転。恐ろしすぎる。も―私の周りには私以外の常識人はいないの?

 

「知らねえよ、列車の中でいきなり喧嘩をうってきたんだ。なんか闇ギルドがどうとかいってたな」

 

「ねえ、ルーシィこの人ろくなもの持ってないね。あ、リンゴ――あーん」

 

 いつの間にやらこの猫はこの人の荷物を物色していたようだった。鞄の中から適当に放り出しただけのようで周りには、荷物が散乱していた。何も知らない人がこの状況を見たら強盗と勘違いしかねない。

 

「こら、勝手に食べないのそれよりも……」

 

『オニバス名物味噌まんじゅう』

 

 なぜ彼は数あるお土産の中でこれをチョイスしてしまったのだろう。しかしちょっと食べてみたい私もいる。

 

「何だろうこれ?」

 

 ハッピーが散らかしてしまった荷物の中にその場にふさわしくないものがあった。笛だ。それも普通の笛ではなく、三つ目の髑髏がつけられた笛だ。まさか、この人は趣味で笛を吹くのだろうか?味噌味の饅頭を買う人だ。センスが普通じゃなくても驚かないが――何かが引っ掛かる。

 

(笛……ララバイ……骸骨)

 

どっかで聞いたことあるんだけどどこだったけ。何かとても重要そうなことが思い出せそうで思い出せない。

 

「――ハッピーなんでそんな恐ろしいものを持っているんだ。早くゆっくり手を放しなさい!」

 

 列車の運転手と話をしに行くといっいたハザマが慌てた様子列車の窓から体を乗り出し矛盾したことを叫んでいた。

 

◆◆◆

 列車の運転手になぜ緊急停止してもらったかの理由の説明をし、乗客の無事を確認していたところ一か所だけ窓が割れた車両があった。嫌な予感がし、外に目をやると案の定見知ったメンバーと地面に倒れこんでしまった男性。傍らにはエルザが立っているところを見るに犯人は彼女だろう。状況を表現するなら強盗と被害者といったありさまだ。車掌と目が合い彼はどうにかしてくださいと言いたげな表情でこちらを見ていた。無理もないが俺は戦闘は苦手なのだ。仲間の潔白をどうやって説明しようか考えているとんでもないものが映り込んできた。

 

「――ハッピーなんでそんな恐ろしいものを持っているんだ。早くゆっくり手を放しなさい!」

 

「どうしたのハザマそんなにあわてて?」

 

 暢気すぎるだろうこの猫は――自分が持っているものの危険性がわかっていないのか。わかっていないのだろう、わかっていたらこのような状況にはならなかったに違いない。

 

「いいからその笛を地面に置け」

 

「そんなに怒んなくてもいいじゃんかぶーぶー」

 

 ようやくハッピーが持っていたもの地面に置いた。見てるだけで鳥肌が止まらないやばい物体。よく観察してみるとそれは笛の形状をしていた。

 

「こんなやばそうなものどこにあったんだ……」

 

「エルザが……気絶させた人の……鞄の中に…はいってた。ごっくん」

 

 この笛は評議員会が厳重に封印しているとかそういったレベルのやばい魔力が感じられる。決して列車の乗客の鞄の中から出てきていいような代物ではない。

 

「口に食べ物を入れたまましゃべるな」

 

 リンゴを食べながら幸せそうな顔をしている暢気な青い猫をにらめつけながら、さてどうすべきかと考えを巡らせる。事態は一介の魔導士の独断で決められる範囲を超えている。上の人たちと折衝役はいつものごとく俺になりそうなので、面倒ごとは極力早めにかいけつして被害を最小限に食い止めたい。今ならまだ列車のダイアの乱れ程度で「アッッーー!!」――思考を遮る悲鳴が隣から響いた。誰だよっ考えがまとまらないだろうが、思わずそちらを向くと新人魔導士のルーシィがさらなるトラブルの素を口にする。

 

「――これ集団呪殺魔法の呪歌<ララバイ>だ」

 

 そんな事実知りとうなかった。

 

 



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森の死神

久しぶりの投稿


 『呪歌<ララバイ>とは禁忌黒魔法の一つである呪殺をさらに凶悪にしたものである。形状は三つ目の髑髏のついた笛であり、製作者は最悪の魔導士と名高いゼレフである。呪殺は対象者に対して死を与える魔法だがララバイは音色を聴いた全員に対して死を振りまく恐ろしい魔道具である。この魔道具の効力から逃れる方法として、魔道具使用時に笛に触れていることのほかに風魔法などで音をかき消すことも効果的とされている。もとは呪殺に用いられる触媒の一つであったことから、明確な防衛手段がないものには死から逃れるすべはない。また、この魔道具を大量に使用した魔導士は最終的に全員衰弱死を迎えている。このことから、魔道具の副作用によるものだとされているが詳しいことは解明されていない。現在は第二種禁忌魔道具として厳重に封印されている』<魔法界における禁止された魔法集 第二巻――黒魔術の章>より抜粋

 

ルーシィいわくララバイとは音色を聴いたものを呪殺する魔道具らしい。一番あってほしかったただの趣味の悪い笛であるという可能性は体が感じる悪寒とほとばしる邪気がそれを否定してくる。

「なるほど……エルザが聞いたララバイは間違いなくこの笛のことだろう。死を振りまく笛なんていかにも闇ギルドが欲しがりそうな代物だからな」

 グレイが地面に置かれた笛を足で転がしながら納得がいったというようにうなずいている。

 こいつはバカか、第二級の禁忌魔道具はそんな風に手軽に近づいていいものではない。俺ならたとえ封印魔法越しでも近づきたくない代物である。

 

「――どけ、グレイ」

 

 第二級ということはとりあえず自動で発動するような代物ではなく、能動的にこの魔道具を使おうとしなければ魔法は発動しなければいいと考えていい……はずである。しかし、何かあってからでは遅いため直接触るのは遠慮したい。そこで、今持っている中で一番出来の良い式神を懐から取り出し召喚する。出てきた俺がものすごくひきつった顔をしている、俺も全く同じ顔をしているのだろう。だがあきらめろ、ここでこれをどうにかしなかったらもっとめんどくさいことになるのがうちのメンバー的に確実である。首を左右に振る式神、念糸で首に巻いてやるとやっとやる気になったのか式神も念糸をだす。式神が封印しようと試みるも、もともと俺自身が封印術は得意ではない上にこの魔道具が持っているもともとの魔力からかうまく封印できない。

 

「封印は無理だな――エルザ俺は一刻も早くこの笛をどうにかしたいんだが、というかこんな危ないもののそばにいたくない」

 

「ここに放置してさるわけにもいくまい。たしかこの辺で大きい街といえばオニバスが一番近かったか――まずは封印を施すためにそこへ向かおう」

 

 大量殺人を行える道具を、人の多いところに持っていくのはどうかと思うが……かといって自分たちだけで解決するには問題の規模とリスクが大きすぎる。ここは……

 

「とりあえずなんか知ってそうなこの人に話してもらうことにしよう」

 

 のびているこいつに聞いてみることから始めよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 のびていた奴はエルザが酒場であった鉄の森(アイゼンヴァルド)のメンバーであり、名前はカゲヤマというらしい。得意な魔法は影魔法とそれを用いた魔法解除<ディスペル>。ララバイを狙ったのは、自分たちを追放した魔法社会に対する復讐のため、ララバイによる無差別テロを行うためだそうだ。

 

 はぁぁぁ何やってるんだよ上は。――大量無差別テロを行えるような魔法を封印魔法のみで守っているなんて。せめて管理者くらい常駐させておけよこれだから魔法が万能だと思っているエリート魔導士どもは。とはいってもこんな危険物放置しておくわけにもいくまい禁忌魔法処理隊はこの近辺には駐留していなかったはずだし、封印魔法専門の人員がいる実働部隊でもいない限りどこにおいてもこいつが危険物であることに変わりはない。

 

 それにしてもエルザさんマジパネエッス。これだけの情報を引き出すのにわずか30分ほどの時間しかかかっていないとは。いくら禁忌魔法を持ち歩いていたとはいえ見ているこっちがいたたまれなくなるくらいボコボコになってしまったカゲヤマ君。こういう時自重という言葉を知らないであろう、うちのギルメンは本当に頼りになる。念糸で縛り上げた人間をあそこまで容赦なく殴り、ブラフを織り交ぜながら目的の情報を引き出すのは一種の才能なんじゃないかとさえ思う。日常を送るうえで絶対いらない才能だがな――。

 

 停めてある魔道自動車に、ナツとグレイが張り付いてガタガタ震えているといえばどれほどの現場であったかというのがよくわかる。新入りのルーシィちゃんは車の中で頭を抱えている。普通の女の子ならそうなるだろうな……先に列車を走らせて正解だったなこんなとこ普通の人には見せられない。……まあこの現場を作り出したのもルーシィちゃんと同年代の女の子なのだが……。

 

「ハッピーこれをマスターに届けてくれないか、俺達も後からクローバーに向かう」

 

 気絶しているこいつを死ななないが体を動かすのが億劫になるくらいの治療を施しながらハッピーに頼み事をする。とりあえずマスターに指示を仰ぐか、俺に封印できないということは専門家に頼まなければこれを封印することはできないだろう。一時的な処置から念糸でぐるぐる巻きにしているが一刻も早い対策が必要だと考える。

 

「えー、おいらだけでぇ。今お腹いっぱいだから激しい運動したくないんだけどなー」

 

 このどら猫が猫で青色の体色しているならちょっとは人々の手伝いをしろよなどと思いながらも、今回の件は失敗がシャレにならないやつなので仲間のモチベーションは最高に保っておきたい。

 

「頼むハッピー……これはお前にしかできないことなんだ。お前のその翼にこのクエストの成功がかかっているんだ」

 

「もーしょうがないな、帰ったらギルドの生魚定食おごってよね」

 

 口角の上がった顔でハッピーは俺から荷物を受け取ると飛び立っていった。フゥー……ちょろいな。

 しかし生魚定食とはあの魚の盛り合わせのことだろうか、あそこは曜日によって仕入れ値が変わるから木曜日の一番安い時にご馳走することにしよう。そうしよう。

 

「――さあ俺達も出発しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ体がイテェ」

 

 魔導自動車を走らせてしばらくしたらテロリストが目を覚ましたようだ。念糸で簀巻きのような状態にしているからか首を動かして自分の状況を確認している。そして周りにエルザがいないことを認識したのか突然でかい声でがなり立ててきた。

 

「てめぇら雑魚のハエが調子にのりやがって、とっとと俺を開放しっ」

 

 突然言葉を途切れさせたこいつは俺をにらんできた。それはそうだろう念糸で首元をきつく締めたのだから……全く本来こういった念糸の使い方は本意ではないのだが仕方がない。ナツは車酔いでグロッキーだしルーシィはその介抱、エルザは運転、となれば残るのは俺かグレイ。さらに、こいつがディスペルの使い手である以上リアルタイムで監視しておかないといつ抜け出すか分かったものじゃない。グレイの魔法で氷漬けというのも案としてあったのだが疲れるから嫌らしい。まあ俺はそこまで消耗する魔法というわけでもないそのため見張りは必然的に俺になってしまった。残ったグレイはというと、この馬鹿と一緒にいられるかと言ってまた屋根の上に行ってしまった。グレイには笛の管理をお願いしたのだが大丈夫だろうか。笛に強い衝撃などを与えてないか心配である。

 

「おとなしくしておいた方がいいと思うぞ。応急処置をしたとはいえけが人なんだから」

 

 事件の細部についてはもっと落ち着いてからゆっくり考えることにしよう。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 クヌギ駅。普段はのどかなこの町だが15分ほど前から駅の前に怪しい集団が現れていた。そのため何人かが兵士を呼びに行くか相談していたところ、列車が到着するとそれを待ち構えていたかのように魔導士たちが列をなして駅に侵入してきた。周りにいた駅の利用者たちはその集団に危機感を感じ、道を開けた。フロアに入ってきたのは身の丈ほどの大きな鎌を背負ったやせ形で長身の男のみであった。

 

「おいっそこのお前列車が遅れて到着しているみたいだが何があった」

 

 ゆらりと体重を感じさせない動きで突如駅員の眼前に踏み込んだ男は鎌を相手の首に沿わせ尋ねた。

 

「――ヒッッあの……えっと、列車内に凶暴な魔導士がいるという通報がありまして。……しかし無事フェアリーテイルの魔導士の方たちによってとらえられたと……なので列車が遅れたしまったことをお詫び……」

 

 どもりながらも言葉をつなげていた駅員が突如言葉を切った。一番そばにいたからこそ変化を感じ取ったのだろう。

 

「……ハエが……だと?」

 

 しばらく黙り込んだ男が一言漏らすと空気が変わった。

 

 男の周りに突如台風を思わせる暴風が吹き荒れる。周りにいた人たちは立っている人は誰もおらず突然の天災にうめき声をあげることしかできない。

 

「エリゴールさんどうしました?そんなにはしゃいじゃって、何かうれしいことでも――ギャァァァ!!」

 

 様子を見に来た集団の一人が様子を見に来たが風の斬撃を浴びてしまい腹から血を流して転げまわっている。

 

「何かありましたか……」

 

 恐る恐るといったように別のメンバーが尋ねる、その他のメンバーも続々と様子を見に何人か近づいてくる。

 

「カゲヤマの野郎しくじりやがった」

 

「カゲちゃんが」

 

「それもハエごときにとらえられたらしい……実に目障りだな」

 

「どうするんですか」

 

「――決まっている叩き潰すぞ。ハエもハエにとらえられるようなカスも。すべて殺せ――ハエが飛び回っちゃいけねえ森があることをわからせろ」

 

 うずくまる人の中で死神が次に刈り取る命を決めた。

 



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死神と呼ばれる理由

 感想ありがとうございます。最近ルビ機能というものを知りましたので早速使ってみました。


魔導自動車とはその名の通り魔力を使って動かす車である。前世の自動車と大きく違うところは魔力の質によって性能が大きく左右されるという点にある。質がいい魔力だと速く低燃費で走るし、逆に質が悪い魔力なら遅いうえバカみたい魔力を消費する。つまり何を言いたいかというと、S級という超一級の魔導士が直で注入した魔力で走る車内は地獄であるということだ。

 

「オぇ……うっ」「イッタ!!お尻打った。あ、ナツの顔が青を通り越して白色に」「……ぐ……ムム」「だらしねぇなお前グガっ――」

 

 クローバーに向かうため線路沿いの道を爆走している俺は舗装されてない道というものを甘く見ていたようだ。乗り物に弱いナツはもちろんのこと、それ以外の面々もエルザの運転には参ってしまい体を車内のあちこちにぶつけ涙目である。さっきから何度かスピードを落とすよう頼んでいるのだがスピードは落ちる気配もなく、窓から見える景色が後ろへ後ろへと流れていく。まあ、今は何よりも時間が大事というのはわかるのだが隠密性や安全面も考えていただきたい。本来は足取りをつかめなくするため線路沿いなんていうわかりやすい道は走りたくない。しかし、クローバーに向かうためには大渓谷を渡らなければならず、そのための橋が鉄道橋しかかかっていないため結局線路を走るはめになる。ならば最短距離で行こうということになりこのルートを走っているわけである。今になって思えば汽車を緊急停止させたときに用いた理由がよくなかった。

 

「危険な魔導士が車内にいる可能性」というのは、後ろ暗いことを企んでる連中に対してあまりにもストレート過ぎだ、けが人や列車の故障といった偶然に起こりうる内容で連絡するように指示すべきだったと考えても後の祭りだ。鉄の森(アイゼンバルド)もバカの集まりってわけじゃないだろうし、このまま何もなしとはいかないだろう。

 

「ハザマ、ルーシィ、グレイ、クヌギ駅の様子がおかしい――」

 

 こちらからの要望を全無視していたエルザ様が声をあげる。その声色からただ事ではないと慌てて窓の外を見ると目を疑う光景が広がっていた。建物らしきものがボロボロに壊れていおりかろうじて残っている看板からこの建物が駅であると認識できた。建物の屋根板はところどころ吹き飛び近くには見当たらない。線路から列車が脱線し、先頭の車両は倉庫らしきものに突っ込んでいた。。列車で運ぶはずだったであろう資材が散乱して足の踏み場もないほどである。何人かの人間が倒れている人を一か所に集めており、竜巻でも通ったのかというのが最初の印象だ。

 

「……う…そ」

 

 ルーシィはあまりにも非現実的な出来事に固まって、その顔には理解ができないことが目の前に起きていることに対して恐怖の色が表れている。

 

こんな()()()な事態が自然に起こるわけない。となると――

 

「ルーシィちゃん」

 

仲間とおまけ一人の体を念糸で固定すると同時に車が()()()()

 

「ハエはほんとに行儀が悪いな、なんでもかんでもたかってきやがる。」

 

「……エリゴールさん…」

 

 とっさの固定では勢いを殺しきれなかったらしい。外に放り出された衝撃で念糸がはずれたカゲヤマが名前をつぶやいた。

 

「俺たちの要求は簡単だ。――ララバイを渡して死ね」

 

 横転した車からはい出てみるとさっきまでは崩壊した駅に目が行ってばかりだったが、救助していると思っていた人間がガラの悪い笑みをうかべながら立っている。

 

 カゲヤマの発言から中央に立って発言したのがエリゴールとなのだろう。上半身を露出させ肩から胸にかけて悪魔をあしらったと思われる刺青をしている。右手一本で鎌を持ち上げているところを見るとやせ形の体型とは裏腹に力持ちらしい。それにしても非常にまずい状況だと言わざるを得ない。俺より先にはい出たグレイと横転する前に車を乗り捨てたエルザはすでに戦闘態勢になっている。しかし、車酔いでグロッキー状態のナツと運動神経がそこまでよくないであろうルーシィはまだ車の中に取り残されている。実質戦える戦力の半数が行動不能。さらにエリゴールが二つ名持ちだというのが最悪である。二つ名というのはある一定の強さの指標となる。ナツの火竜(サラマンダー)のようにそいつが持つ魔法の特徴を表す場合もあれば、エルザの妖精女王(ティターニア)のように立場を表す場合もある。さて、今回のエリゴールの二つ名、死神は、はっきりいって『おうちかえるー』と駄々をこねたくなるレベルでやばそうな相手である。

 

「渡せって言われてハイそうですかって簡単に渡せるわけねえだろう」

 

「下種どもが一人残らず切り伏せてやる――」

 

グレイが当然のように答える。この町をこんな状況にしたのは間違いなくこいつらだろう。そんな奴らに大量殺人が可能な魔道具なんか渡せばどうなるかなんてわかりきっている――絶対に飲めない要求だ。

エルザはこんなことをしでかしたこいつらをぶちのめすオーラが体から噴出しており、既に剣を構えエリゴールに狙いを定めている。

 

「はぁー」

 

 一瞬エリゴールがため息をついた。それと同時に鎌を一振りするとエリゴールとエルザたちの間に倒れている人の腹から血があふれ出た。

 

「――渡せ」

 

「「なっっ!!」」

 

 こいつヤバい、人を傷つけることに何も感じていない。俺はこいつのことを()()()()()()()()()()ということがはっきりとわかった。

 

「――グレイィィィ!!!こっちに来い!!エルザはこいつらを一人も通すな!!」

 

 念糸を伸ばして一気に切り裂かれた人のもとまで跳ぶ。地面は血で濡れ、ショックからだろう男性は気絶しているようだ。

 

「グレイこの人の体を凍らせてくれ」

 

「……」

 

「――傷口を凍らせろ!!」

 

 怒りでブチ切れているのがありありとわかる顔をしているが、そんなことはこっちの知ったことじゃない。この人を死なせないことが一番大事だ。右手は治療のため修復術を使っているため、左手から念糸を出し無理やりグレイの首の向きを変えて傷口に目線を移動させた。

 

「傷口の周りだけを凍らせてくれ――」

 

 少しは周りが見えるようになったのかグレイは魔法を発動させ傷口だけを凍らせた。グレイに念糸を使う必要もなくなった。全力で治療にあたるため両手を使う。俺の魔法では無くなった血液は修復することができない。失血死が今この場で最も確率が高く避けなければならない事態だ。懐から取り出したサポート用の式神で役割を分担する。さっき封印のためとはいえ一番出来がいいのを使用してしまったのが悔やまれる。一番大事な修復は俺(本体)がやり、他の式神たちで生命反応の確認や凍った箇所が凍傷にならないよう保護する作業などを分担して行う。

 

「……これでいいか?」

 

 無言でうなずく。――凍結……傷が筋肉を通り抜けて内臓まで届いて……念糸で組織を結合させる…同時に修復。血管は血が出ているもの以外……。

 

「――あいつらに落とし前つけさせてくる」

 

 グレイが何かを言ったようだが聞こえなった。――絶対この人をこんなところで死なせるわけにはいかない。俺は必死にこの人の治療のため意識をとがら次第に自分の手元しか認識できなくなっていった。

 

 

 

◇◇◇

 

 車から出た俺達を待っていたのは半壊した町だった。危なかったハザマがとっさに体を車と固定していなかったら下手したら死んじまうところだったな。俺も含めて男どもはそんなやわな体じゃねえと思うがルーシィは見るからにどんくさそうだからな。体の状態は軽い打撲程度だ……これなら問題はない。しかし車を転ばした犯人らしきやつらが、がれきの散乱している中ニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。チッ……ナツのバカはこんな時でも車酔いでダウンしてやがるしルーシィはまだ車の中だ。ハザマはカゲヤマとかいうやつをもう一度拘束しようとしているな、立っているのは俺とエルザくらいなもんだ。

 

「ハエはほんとに行儀が悪いな、なんでもかんでもたかってきやがる。」

 

 一番高いがれきに腰かけた男が言い放った一言でそいつがどんな奴かよくわかった。こいつらはクズだ。不気味なその男は片手でバカでかい鎌を持ちこちらをにらめつけている。

 

「俺たちの要求は簡単だ。――ララバイを渡して死ね」

 

 男の周囲がゲラゲラと大笑いをしている。俺はこの手の妖精の尻尾を馬鹿にした態度が大嫌いだ。そして俺以上に妖精の尻尾を大切にしている奴が俺の隣にいる。

 

「渡せって言われてハイそうですかって簡単に渡せるわけねえだろう」

 

「下種どもが一人残らず切り伏せてやる――」

 

 全員ぶちのめすために剣を構えたエルザの背中を守ろうとエルザの後ろで警戒に当たる。さすがのエルザもこの人数は一人で相手するには分が悪いだろうからな。周囲には魔法を使おうとするものがいない。俺の周りを円状に警戒していたため、そいつがした行動に一瞬硬直してしまった。

 そいつはエリゴールは自分の一番近くに倒れた人の腹を鎌で切り裂いた。

 

「――渡せ」

 

 あいつは今何をした――目の前で突然何の前触れもなく人を切り裂いた。その顔には何も変わったところはない。がれきに座っている時から変わらずこちらを見下した顔しか浮かべてねえ。つまり、あいつは誰かを傷つけることに何の情も抱いてないということか。ならばあいつは人を傷つけることになんのためらいもない化け物だな。…殺す……殺してや

 

 首に縄をかけられ視界からエリゴールの顔が消えた。代わりに目の前にはいつになく真剣な表情をしたハザマがこちらをにらめつけ言った。

 

「――傷口を凍らせろ!!」

 

 怒鳴り声でハザマが指示を出す。よく見ると切られた人の胸は上下しており、まだ死んでないことが分かった。ハザマの手から光が出ておりよく見ると糸で傷口をふさごうとしているようにも見えた。まだ生きているということが認識でき、さっきまで頭を埋め尽くしていた殺意が少し薄くなった。

 

「傷口の周りだけを凍らせてくれ――」

 

 すでにハザマはこちらを見ておらず、処置に集中しているのか俺が傷口をふさぐように発動した魔法で自分の手が凍り付くのにも構わず治療を続けている。いつの間にかハザマは三人に増えており、けが人を囲むように全員が真剣な顔でそれぞれの手がぶつかり合うことなくすごい速さで動きまわっている。

 この人のことはハザマに任せようそれよりも今は――

 

「――あいつらに落とし前つけさせてくる」

 

 あいつらに痛みってやつを教えてやる。

 




 ハザマ能力

 間流結界術(笑)
できること
・念糸
・天穴
・修復術
・式神
・暗器の扱い
・魔法の解除
・封印術
できないこと
・方囲 定礎 結 滅 解

他の術については今後の展開次第ということで


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激突

 新年度が始まったので更新


 俺がたどり着いた時すでにエルザと鉄の森は激突していた。

 

 エルザは魔法のよって作られた武器を相手によって使い分けて戦っていた。持ち前の身体能力で敵と敵の間をすり抜け、踊るように剣で切り付けていく。切り裂かれ、戦闘不能になり倒れこむ相手の体を踏み台にして空に舞い上がると、その手にはすでに剣は握られておらず代わりに槍で敵を薙ぎ払いことで空中での移動を行う。勢いそのままに着地したエルザは違う場所で密集していた敵に今度は双剣で襲いかかる。密集していたため敵は大規模な魔法や武器は周りにいる仲間にあたってしまうため攻撃できず、小さな間合いで戦うエルザの独壇場となった。その様はまるで竜巻の中心にいるようで次々敵が切り倒されていく。

 

(相変わらずやべぇ速度の換装だな――)

 

 換装とは別空間に保存してある魔具の出し入れのことを言う。普通の魔法剣士なら、自分の得意な得物のみで戦うがエルザは状況に応じて武器を入れ替えて戦っている。正確な魔法制御とたぐいまれな戦闘センスがエルザのスタイルを確立している。さらにエルザの換装魔法はこれだけではない。

 

「貴様ら―これだけのことをしでかしたのだ。当然覚悟はできているだろうな」

 

 向かってくる敵全員の中心まで飛び込んだエルザは体全体から魔力を走らせる。一瞬エルザの着ていた鎧が剥げ煙が立ち上る。体からあふれ出た魔力が外気と反応して発煙したのだ。煙が晴れたときエルザは今までの甲冑鎧ではなく、今までまとっていたプレートアーマーが無くなり胸の部分は谷間が丸見えである。腹はへそが丸出しでさっきまで着けていた鎧のほうが、防御力が高そうだ腰回りはプレート状の腰鎧がついかされ、先ほどよりも長めのスカートがひざ下まで覆っている。しかし最も注目を集める部分はそこではない、背中には合計四枚の羽根が左右それぞれ二つずつきらめいており、アーチ状に広がったそれはエルザに仕える兵士たちが剣を掲げているように見えた。

 

――これがエルザの魔法……|騎士()()()()()

 

 魔法剣を使う魔導士は数多いが、魔法の鎧と魔法剣を駆使して換装できる魔導士はエルザを除いて他にいない。しかも換装というものは魔具の量と質に比例して魔力の消費が増えていく。

 

「剣たちよ立ちふさがる敵に裁きを――|循環の剣()()()()()()()

 

 宙に浮かせた複数の剣が周囲にいた鉄の森(アイゼンバルド)の奴らに襲いかかる。一人にあたったところでその勢いは止まらず、立っているものはエルザの剣たちの前に次々となぎ倒されていく。今使った剣もエルザの魔力に反応して自由に動かせる代物だ、こんな一級品の魔具を換装しても顔色一つ変えずに戦っている。これがS級、超一流と認められた魔導士の力だ。

 

「おいおい、あっという間すぎるだろ」

 

「うちのメンバー弱ぇー」

 

 エルザが蹴散らした中のまだ意識があるやつらを凍らせていたら、そんな声が聞こえた

 こいつら仲間が倒されたってのに笑ってやがる。エリゴールが狂ってるんじゃねえ、こいつら全員狂ってやがるんだ。

 

「――調子乗るんじゃねえぞハエどもこいつらを倒したくらいでいい気になるなよ。お前らもお前らだよなにハエごときにやられてんだよ。こっちは人間様だぞ……ああ分かったお前らはハエ以下なんだな―死ねよ役立たずどもが」

 

 後ろにいた虎島のパーカーを着けた男が指の根元から板状の黒い紐を伸ばした。指から繰り出された紐は真っすぐ俺たちのほうに向かってくる。

 

「チッ!!ハザマと同じような魔法か」

 

 正面に氷の壁を設置することで奴の紐を防ぐ、貫通力はあまりないのか氷壁ではじくことができた。しかし、はじかれても奴の攻撃は終わっていなかった。倒れて無防備な人たちの体を思いっきり突き刺しやがった。その中には()()()()()も含まれていた。

 

「おい!!お前こいつら仲間じゃねえのかよ」

 

 周囲からいくつもの悲鳴があたりに響く。なんで仲間まで攻撃しやがった相手の意図がわからねぇ。周りで立っている奴らも自分たちの仲間が仲間によって攻撃されてるっていうのに気にした素振りすら見せねえ、まるで当然のことだというように。本当に虫でもを踏みつぶしたとでも思っているのか。

 

「は??役立たずには罰を与えねえと。こいつらが倒されようが殺されようが俺の知ったことじゃねえが、俺がこいつらと同じだと思われるのは許せねえ。二度とこんな失態を侵さねえように教えなきゃなんねえだろうが――なんせハエに倒されるくらいにマヌケなんだからな」

 

「レイユール焦っちゃいけねぇ、物事には順番てものがある。確かにハエを叩き潰すこともできないようなグズどもは鉄の森(アイゼンバルド)にはいらねえ。……だがな、ガキの使いもできないような奴のほうが先に死ぬべきじゃないか?なあカゲヤマ」

 

 そういうとエリゴールは後方で縛り上げられているカゲヤマに目をやる。全身縛られたあいつだがいつの間にか口につけられていた封印は自力で解いたようだ。

 

「エリゴールさん」

 

 エリゴールが紐使いの男にそう話しかけると先ほど駅の乗客を切り裂いた時と同じように鎌を一振りする。――マズイ!!周りの奴らを守るために魔法で氷を展開しているため、魔導自動車のほうまで守ることができない。

 ハザマに縛れてたためさっき放り出された状態のまま動けないカゲヤマはあきらめたように顔を俯かせ、そのまま切り裂かれると思われた。そこに割って入る一人の人間がいた。

 

「なにやってんだよお前……」

 

 ナツだ。両手から出した炎でエリゴールの魔法を殴り飛ばした。体からは火の粉が舞っており、その目はエリゴールをにらみつけている。

 

「同じギルドの仲間じゃねえのかよ!!なんで仲間がやられってのにへらへら笑ってられるんだ。どうして仲間を傷つけるんだ」

 

 叫んだナツは口から火炎を吐き出す。ナツの怒りの声に呼応するように少し離れた場所に立っている俺にも熱さが伝わってくる。突然のことで反応できなかったのだろうあっけなく炎はエリゴールたちを包みこみこのまま燃やし尽くされてしまうかのように見えた。

 

「何を勘違いしてるんだよ。仲間っていうのは利用できる間だけ利用するもんだろうが、誰かの力をあてにするようなそんなザコになった覚えはねえよ」

 

 エリゴールはナツの攻撃を片腕を前に出すだけで防いで見せた。手の前には何も見えず、まるで炎が見えない道を通らされているようにエリゴールたちを避けている。

 

「いい加減ララバイを渡して死ねよ」

 

 エリゴールに守られた紐使いの男の紐がこっちに飛んでくる――マズい!!さっきのナツの炎で氷を出しづらいまにあわ…

 

「しっかりしろグレイ!!」

 

 エルザだった。先ほどまで着けていた魔法鎧ではなく普通状態の鎧でも奴の攻撃を手に持った小剣を投げることですべて地面に縫い付けた。

 

「チッ……邪魔がはいったか」

 

 不意打ちが成功しなかったことを悟るともう用はないといわんばかりに縫い付けられている部分を切り離してスルスルと紐を手元に戻していく。状況は極めて悪い相手は無差別に攻撃できるのに対してこっちは倒れているけが人とララバイを気にしながら戦わなければならない。意識が分散してしまい不意を突かれやすい。エルザが大半の鉄の森(アイゼンバルド)の構成員を蹴散らしてくれたおかげで大分楽にはなったが、残った奴らは全員エース級の実力を持っているのがはっきりとわかる。

 

「もういいメンドクセェ全部ふっ飛ばしてララバイ探したほうがはやそうだ」

 

 そういうとエリゴールは力をためるとあたりに強い風が吹き空に舞い上がった。風か、奴の魔法は風魔法かそれならナツの攻撃をあのようにあっさりと防ぐことができたのにも納得がいく。

 

「ちょっ!!エリゴールさん俺達も巻き込む気ですか!!」

 

 奴の仲間が慌てた声をだすがそんなものは気にも留めない、エリゴールが手を天に掲げる。すると周りの空気に圧迫感が増した。大規模魔法を放つようだ、まだ倒れているけが人が大勢いるのにどうすればいい。

 

「グレイ!!こちらは私が何とかする、お前はお前で何とかしろ」

 

 先ほどの剣を浮かせた鎧とは違い体のすべてを金属で覆われた重鎧を身にまとっていた。どっしりとたたずむその姿は巨大な岩のようで一歩一歩歩くたびに足元の地面が少し陥没している。肘につけられた二つの大盾を前に掲げ魔法陣が起動させた。エルザが持つ鎧の中で最高の防御力を誇る金剛の鎧(こんごうのよろい)だ。あっちの人たちはエルザが何とかするだろう問題はここで蹴散らされた鉄の森(アイゼンバルド)の奴らだ。放っておいたら間違いなくエリゴールはこいつらも巻き込んで魔法を放つだろう。

 

「――ちくしょう、お前らこの件が片付いたら二度とこんなことするなよ!!」

 

 気絶した何人かがうめき声をあげる。……助ける必要があるのかこいつらは敵だ。どうなろうが知ったことじゃねえ。だがこいつらを見捨てるのはエリゴールたちと同類になっちまう。駅をこんなに破壊した連中だが見捨てていいわけじゃねえ。……決めた。

 

「アイスメイク…“(シールド)”」

 

 普段使うシールドよりも規模の大きいものがエリゴールたちとの間に出現した。魔力を多めに使ったことにより少し息が苦しくなる。

 

「――嵐闘(デスペラード)

 

 とうとうエルゴールが魔法を行使した。それはバカみたいにでかい竜巻だった、黒い竜巻はあたりを蹂躙しようと勢いを大きく拡大させながらその大きさをどんどん広がり続ける。地面に散らばっているがれきや線路といった軽いものはすべて巻き上げらえられてしいこのままではこの盾が吹き飛ばされるのも時間の問題だろう。

 

「アイスメイク―“(ウォール)”」

 

 正面だけでなく全体を守るように氷を作る。威力が上がっているのか壁にひびが入り、揺れ動くのがわかる。厚みを増やすために魔力を込め、防御力をあげる。次第にひびが補強されていくが傾いた壁に風があたり吹き飛ばされそうになる。さらに巻き上げられた石や柱といった廃材が壁の中に落ちて地面に突き刺さる。動けない奴らはこれをかわすことができない。

 

「アイスメイク―“守殻(シェルガード)”」

 

 壁の固定と並行して屋根に氷を設置する。自分が可能な魔力コントロールの限界だが、体が膝をつくことになっても必死に耐える。体を氷壁に押し付けるようにしてこの避難所の強化に全力を注ぐ。もっと重くもっと強固に、次第に嵐は収まり何とか耐えきれたようだ。

 

 体の力を抜いた瞬間今まで周りを覆っていた氷のドームが消滅する。前方にはさっきまで散乱していたがれきは鉄の森(アイゼンバルド)のメンバーもろともすべて吹き飛ばされたようで、何もないまっさらな地面のみが残っていた。そんな更地の中心に立つ一人の男がいた。――エリゴールだ。

 

 エリゴールに全ての神経を集中させていたため、()()()()迫ってくるもう一人の敵の存在に気がついたのは不意打ちを食らった後だった。

 

「エリゴールさんにばっか気を取られてんじゃねえよ!!」

 

 地面から生えてくるように姿を現したのは分厚い唇の巨漢の男だった。おそらく潜行(ダイブ)系の魔法を使ったんだろう。地面からのアッパーは意識をもうろうとさせるには十分な威力をもらった俺は受け身をとることもできず吹き飛ばされていった。その拍子にコートの内側に入れておいたモノが零れ落ちる。

 

「ん??あれは――おいカラッカ、そいつ何か落としやがったぞ」

 

「本当だ。ん?これ!!ララバイみ―つけた!!」

 

「まったく無駄なことに無駄な時間を使わされたな」

 

「――グレイ!!」

 

 殴られた拍子にララバイを落としてしまった。デブの男がララバイを取りに行くよりも速くレイユールと呼ばれた男が手から伸ばした紐でララバイを回収する。どうやら奴らはピンピンしているらしい。エリゴールの竜巻で飲み込まれたようには見えない。

 

「エリゴールさんも無茶をする。カッラカの野郎がもう少し遅かったらボロ雑巾みたいになっちまうところだぜ。――さあエリゴールさんこれがララバイです」

 

 エリゴールの手にララバイがわたる。

 

「ようやくだ……ようやくお前たち羽虫に死神の福音を届けられる――皆殺しだ!!」

 

 奴の手の中にあるララバイから魂が深い穴に吸い込まれるようにオオオォォォンと不気味な音があたりに響いた。

 




 本年度(一ヶ月)もよろしくお願いします


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消えた呪歌

 ゴールデンウイークが終わってしまった。


大鎌の柄の部分を地面につけ右手のみで支えている。左手に持った三つ目の髑髏が装飾された笛は死の唄を響かせると言われているララバイだ。その様相は死神そのものであり、顔は声のない笑みを浮かべていた。エリゴールはララバイをくるくると回しながら穴から洩れる呪いが込められた音に耳を傾けている。

 

「エリゴールさん計画は第二段階になりました。あいつらは俺たちが始末しますんで、ターゲットを殺りに行ってください」

 

ターゲットだと……どういうことだ奴らの目的は無差別テロじゃないのか、所かまわず笛を使う計画ではないようだ。まるで個人を指定するかのような言葉に少し引っ掛かりを覚えたが今はそんなこと気にしている場合じゃねえ、とにかくエリゴールを止めるしかない。

 

「焦るなレイユール。この計画は絶対に失敗は許されねえだが、どこからかぎつけたか知らねえが羽虫どもが寄ってきちまった。羽虫ごときが何匹集まろうが関係ないが目障りであることには変わりはねえ。だからなここらで一つララバイで眠ってもらおうじゃねえか」 

 

どうする。聞いただけで死ぬ音なんて壁を作って防げるようなもんじゃねえ、耳をふさげばどうにかなるのかもしれないが倒れている奴らが犠牲になってしまう。

 

「「やめろぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!」」

 

 後ろからナツとエルザの叫び声が響く。二人とも後ろにいる人たちを守るためにエリゴールから距離をとったのが悪かった。止めることができるのは俺しかいない。

――繰り出した氷のつぶてしかしエリゴールの周囲の奴らが各々の魔法で防がれる。エリゴールは興味がなく焦点が合ってない眼で俺達を見渡すとララバイを口に当てた。

 

 ――その瞬間。ポン!!という音ともにララバイが煙となって消えてしまった。

 

 最近見たことがある音と煙。思い出すのは列車の中で見た人形劇、あれはハザマの式神か――いったいどのタイミングですり替えたのか知らねえが、よくやった!!エリゴールは自分に起きたことが信じられないのか笛を吹く体制で固まってしまっている……まったく奴の呆けた顔が傑作だぜ。

 

「どこまで俺をコケにすれば気が済むんだハエ!!」

 

 さっきまでの無感情な顔から一転、怒りに身を任せ放たれた弾丸のように俺へと向かってくる。しかしエリゴールの鎌は俺まで届かなかった。後ろからカッ飛んできたナツの拳が顔面にめり込んだからな。

 

「るぉぉぉぉぉぉらぁぁ」

 

 足と手から噴射した炎と体中からほとばしる炎でナツが巨大な火の玉のように見える。後ろからかなびく炎が尾を引いておりその速度を物語っていた。当然、そんな強烈なカウンターを受けたエリゴールも無事でいられるわけもなく、体を回転させながら弾き飛ばされていく。

 

「よっしゃぁぁ、さっきの分のお返しだ」

 

「――グレイ、ナツよくやってくれた」

 

 遅れてエルザも到着する。後ろに残っていた鉄の森(アイゼンバルド)の連中はどうなったかと振り返れば……こんもりと目を引く物体がある。よく見るとそれは気絶した人が重なってできているようだ。うわー下のほうにいるやつ泡を吹いているじゃねえか。まあ死んでねえみたいだしとりあえずはいいか。ルーシィはハザマのそばでけが人の手伝いをしているみたいだ。おんなじ顔の奴の中に囲まれて不気味な空間だが慣れてしまえば問題ない。

 

「なにバテてるんだよ、あとは全部俺が倒すからお前はおとなしくしてろ」

 

「ハァ!!全然バテてねぇからむしろ今から俺が全員倒すところだからお前が休んでろ」

 

「――喧嘩をするな」

 

 俺とナツの頭にエルザのげんこつが落ちるでもこれで気合が入った。ナツが言ったことはあながち間違いじゃねえ、さっきの魔法の連続使用で魔力が少々心もとない状態だ。目の前に見える敵は4人。短期決戦で勝負を決めてやるここが正念場だ。

 

「「エリゴールさん!!」」「大丈夫ですか」

 

 フっ飛ばされたエリゴールも口から血を吐き出すとそばに寄ってきたメンバーたちには目もくれずこちらをにらめつけていった。

 

「……お前ら楽に死ねるとおもうなよぉぉぉぁ!!」

 

「ヒッ!!」

 

 あまりの怒気に空気が震えるエリゴールの周りにいた仲間たちすらビビるその強烈な闘気がここまで届いやがる。

 

「おい――あのマフラー着けたピンクの奴以外を殺せ。あいつは俺の得物だ手を出すんじゃねえぞ。それともし負けるなんて事があったら……そん時は俺がお前ら全員を殺してやる」

 

「「ヒィ――わかりました」」

 

 エリゴールはその返事を聞いた瞬間ナツの周りにだけ竜巻を発生させ上空に放り出した。空中での移動方法ないことと乗り物に弱いことが相まって奴のなすがまま攻撃され続けている状態だ。ハッピーがいればサポートもできたのだが、地上からではどうしようもない。

 

「――ナツ!!」

 

「ナツは大丈夫だ。あれしきの攻撃でどうにかなるような奴じゃない。エリゴールはナツに任せて私たちはこいつらをさっさと倒すぞ」

 

 「だが――」

 

 エルザになおも言いつのろうとしたがそこから先の言葉が出なかった。なぜなら黒いヒモが俺に突き刺ささろうと迫ってきていた。

 

「運がいいなお前。だがよそ見している暇なんてないぜ、さっさと串刺しになれよ」

 

「俺の運がいいんじゃなくてお前がヘボなだけだろ。ちゃんと狙ってるのか」

 

 エリゴールをぶっ飛ばしに行きたいがこいつを倒してからじゃねえと行けそうにねえな。エルザは残り二人を相手に戦っている。つまりは……。

 

「ったく俺もなめられたもんだぜ、お前みたいな三下一人で十分だと思われてるなんてな」

「――調子にのるなよ!!」

 

 全方位から迫ってくる奴の魔法。両手すべてから放たれる十本の線で目の前が埋め尽くされた。さっきギリギリ回避に成功した特徴からおそらく奴の思うがまま自由に操作できる魔法のようだ。引き付けてからじゃねえと黒紐の軌道が変わっちまう。しかし、一本かわしても残りの紐が俺を仕留めるだろう。なら――回避しなければいい。

 

「調子にのってるのはお前たちだろ」

 

 黒紐が俺を取り囲むよりも先に奴と俺との間に氷のトンネルを作る。紐一本一本の威力では俺の氷は砕けないトンネルを走りぬける。興奮しているのか大口を開けたバカ面がよく見えるぜ。その気持ち悪い顔に氷魔法をたたきつける。

 

「これで仕舞いだ。お前たちの計画も残りの奴らも俺達が止めてやる」

 

 顔を凍らされた紐使いは人を見下した顔のまま固まった。こいつはこのままにしておくことにして次はエルザの援護に向かわないとな。俺が駆けつけたときにはもう戦いは終わっているかもしれないが……。

 

「――ガハッ」

 

妖精の尻尾(フェアリー・テイル)に喧嘩を売ったことをこうかいしろ……もう聞こえてねえか」

 

 

 駆けつけるとエルザの周りには鉄の森(アイゼンヴァルド)の奴らが倒れている。残っているのは二人おそらく幹部だろう。

 生き残った二人のうち三本のひげの男はエルザと同じ魔剣使いのようだ。エルザが近接戦闘で相手を瞬殺できないことが信じられず思わず足を止めて見てしまう。どうやらもう一人のデブがサポートしていることが原因のようだ。デブのほうは、潜行(ダイブ)の魔法を使い魔剣使いが危なくなると地中に逃がすというパターンでエルザの剣閃を回避している。デブを倒そうにもデブも危なくなれば自分で潜ればいいだけなのでエルザにとっても攻めあぐねている状態のようだ。

 

「くそ、このねーちゃんめちゃく強えじゃっつ!!」

 

「間違いねぇ!!この女妖精女王(ティターニア)のエルザだ。俺たちのかなうような女じゃねえ」

 

「かなわなくてもやるしかねえんだよ!!こいつを殺さねえと俺達がエリゴールさんに殺されちまう。とにかく時間を稼いで隙をつくしかない」

 

 エルザの猛攻に打つ手がないのか二人同時に地中に潜りエルザ一人だけが大地に立つ。剣を正面に持ち周囲を警戒していたエルザだが、急に力を抜き剣を下げる。

 

「……面倒だな、グレイ氷で大きい武器を頼む」

 

 俺がそばにいたことにエルザは気づいていたようだ。言い残すと突然真上に跳躍した。空中でエルザが換装した鎧を見たことによってエルザの作戦を理解した俺は注文通りの氷を造形する。

 

「アイスメイク―“破城槌《ルークブレイカー》”」

 

 エルザが換装した鎧は巨人の鎧(きょじんのよろい)本来は遠くに槍などを投げる時に使用するのが本来の使い方だが、その膂力はエルザが持っている鎧の中で1番のものだ。この鎧で地面を思いっきりでかいハンマーで叩けばどうなるか。

 

 轟音とともに地面に大きなひびが入る離れたところに立っている俺の足元も揺れる。ひびの入った大地がめくれ上がり二人の男が姿を現した。

 

「――なんだー!!」「……ぐふぁっ」

 

 運悪くハンマーの真下にいたため衝撃をもろに受けてしまったであろうデブは気絶しているようだ。そのせいで魔法が切れたのかネズミ顔の男は隆起した地面に足を取られそこから脱出しようともがいている。そこをエルザが逃すわけもなく剣の一振りで相手を切り倒してしまった。

 

「さすがだなエルザ、二人同時に倒しちまうなんて」

 

「グレイこそ無事だったかあとはエリゴールだけだ。早くナツの援護に向かうぞ」

 

「あいつ一人じゃ荷が重そうな敵だからな。あいつには一発きめてやらねえと気が済まねえ」

 

 俺たちはナツとエリゴールが戦っている場所に向かった。

 



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炎と風

 お気に入り100人突破ありがとうございます!!


たどり着いた俺達が見たものはエリゴールに翻弄されているナツの姿だった。エリゴールは自分の魔法で自由に飛び回り、上空からの攻撃でナツに近づかず遠距離からじわじわとなぶるように攻撃している。いくらナツが頑丈とは言っても限界がある。避けようにもエリゴールの風が周囲に存在しどこにも逃れられる場所がない。

 

「……ぐはっ!!ハァハァ。ふわふわ飛びやがって卑怯だぞ降りてこい!!」

 

 地面に片膝をついた状態でそう吠えるもエリゴールが正々堂々勝負するわけもなく空中を漂っている。だが、その顔は少し驚いているようで額には汗が浮かんでいる。

 

「頑丈な奴だなお前を刻むのにももう飽きた。これで仕舞だ―」

 

 急降下してきたエリゴールは大鎌を振りかぶりナツの首めがけて一直線に迫ってくる。膝をついたナツにその攻撃をかわすことはできそうにない。だから、ナツは最初からその攻撃を避けることを()()()()()()()()。自分の前腕で奴の刃を受け止めそのまま力を籠める。鎌は皮を裂き骨を断ち腕をそのまま刈り取るかに思われた。しかしその予想とは異なり鎌は途中で止まりピクリとも動かなくなってしまう。普段から馬鹿力を発揮するナツの腕だ。その鍛えられた筋肉の密度はまさに人外級。見るからにひょろそうなエリゴールの力では到底抜けるものではない。

 

「……やっと捕まえたぞこの野郎―火竜の咆哮(かりゅうのほうこう)

 

 ナツの口から吐き出された炎を鎌から手を放すことで回避する。奴にとってもギリギリだったのだろう。自分の武器である大鎌を捨て、ナツから遠く離れた空中に逃げるその姿は今の一撃を警戒していることが感じられる。

 

「ちくしょう!!今のは惜しかった」

 

 悔しがるナツを上空から見下ろすエリゴールに先ほどまでの見下した態度は見られない。

 

「どうやら簡単に殺せる奴じゃないみたいだな。だが貴様のそのデタラメな魔法もここまでだ――暴風衣(ストームメイル)

 

 空中に浮いたエリゴールに周囲の風が集まっていく、先ほどのようにバカでかい竜巻を起こすようなものではなくその風はエリゴールを守るようにずっと留まり続けている。だが感じられる魔力量はあの竜巻に匹敵するものである。なによりも異質なのは風が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。

 

「なんだよさっきまでとは違って今度のは随分と地味な魔法だな。周りでそんだけ風が吹いてたら寒いだろこれであったまとけ――火竜の鉄拳(かりゅうのてっけん)!!」

 

 突き出したナツの拳はエリゴールに軽々と受け止められてしまう。拳に灯った炎はかき消されボシュっという気の抜けた音が鳴る。大岩を砕く攻撃がただのパンチになり下がったことが信じられないといった表情で今度は左手で殴りかかるも結果は同じ。

 

「やはり炎をまとっていなければ貴様の魔法はさっきまでの威力はないようだな。この暴風衣(ストームメイル)が炎をかき消している限り俺に貴様の攻撃はきかない!!」

 

「――マズイな。グレイ、ナツを援護するぞ」

 

 ナツの攻撃が完璧に封じられているこのタイミングに間に合ってよかった。これ以上最悪な状況にしないため戦意をたぎらせる。剣を抜いたエルザとナツの元へ走る。

 

「おうナツも気に食わねえがエリゴールの野郎はもっと気に食わねえ。こんだけ町をめちゃくちゃにしたんだ。町の奴らの分もたっぷりお礼してやらなきゃな」

 

 こちらに気が付いたエリゴールが後ろを振り返る。

 

「チッ!!レイユール達はやられたみたいだな。あの役立たずども()()()()たちを殺したら、次はあいつらを殺してやる」

 

 今あいつはなんて言った。仲間がやられたことを気にも留めねえところも気に食わねえが。それよりももっと聞き逃せねえことがあった。やつはギルド長(マスター)を殺すって言ったのか、まさかさっき言ってたターゲットって言うのはじいさんたちのことを言ってたのか。

 

「なんでじっちゃん達を」

 

 驚いたのはナツも同じようで攻撃の手を止めエリゴールに問いかける。

 

「俺たちの仕事と生きがいを奪ったのが奴らだからだ。暗殺依頼を禁じ、破ったら投獄だとふざけるな何の権利があって俺達を縛る。だから思い知らせてやるんだよ、いくら強力な魔法を使えるギルド長(マスター)の奴らだろうが笛を聞かせることくらい造作もない。自分達が人の上に立っているというその傲りが奴らを殺す――これは粛清だ」

 

 自分たちが闇ギルドに認定されたことを言っているのか。非合法なクエストを受けた自分たちだろうが。それに対するペナルティを決めたじいさんたちを殺すためにララバイを盗んだっていうのか。

 

「「「――ふざけるな!!!」」」

 

「そんなくだらない理由でララバイを盗んだのだな貴様は、ここで私が切ってやる」

 

エルザがマジ切れしている。正直奴の話を聞いていて俺もキレていたのだが、となりのエルザがもっとキレていたので逆に冷静になっちまった。

 

「ふん……貴様らの相手はあとでしてやる。そこでこいつがやられるところをおとなしく見ておけ―魔風壁(まふうへき)

 

 エルザと二人で固まって立っていたためまとめて風に捕らわれてしまう。風の檻から抜け出そうと手で触れてみるが鋭い刃物で切り裂かれたように、肉が切り裂かれ血が流れてしまう。エルザの魔法剣や、俺が造形した氷を風にぶつけてみてもたやすくはじかれてしまいここから出ることができない。

 

「どうするエルザ、ナツ一人には任せておけないぞ。どうにかしてここから出ねえと」

 

「お前の氷で凍らせることはできないのか」

 

 さっきから試みているがあの風は魔力を散らしてしまうようだ。氷の造形魔法の基本は形を定めそれを造り出すことだ。常に動いているあの風のせいで凍らせることはできそうにない。

 

「無理だなさっきから凍らせようとしているが、魔力が散らされちまって氷を形成できねえ。エルザは風を切り裂けるような鎧や剣は持ってねえのか」

 

「私の武器も力押しのものばかりだからな。こういった魔法を解除できるような武器はない」

 

 外ではエリゴールがナツを追い詰めていた。奴はナツの攻撃が届かない遠距離から風の斬撃を出し、ナツを近づけさせないように立ちまわっていた。カウンターを狙おうにも風の鎧でナツの攻撃はすべてはじかれる。すぐに距離を詰めようとナツがミサイルのように飛び出すも風の鎧が常に奴の周囲に吹き荒れており、炎どころかナツ自信も吹き飛ばされてしまう。

 

「納得いかねえこの風さえすりゃぶん殴ってやれるのに」

 

「この風の中では自慢の炎も吹き飛ばされる。お前は俺に勝てねえんだよ」

 

「だったら正々堂々戦えよ。無関係な奴らを巻き込んで、ララバイなんて卑怯な道具は使わず、気に入らねえなら殴りかかってこいよ」

 

「――うるせぇ!!」

 

 竜巻の直撃を食らったナツは吹き飛ばされる。ダメージ自体は大した事なさそうだがせっかく詰めた距離を広げられてしまった。

 

「絶対ぶん殴ってやる。真正面から戦わねえような臆病な奴にじっちゃんたちを殺させてたまるか」

 

 ナツは体全体かたら炎を燃やしていた。奴から離れたことにより風の影響が弱まったからか、どんどん大きく火の勢いが増して火柱が立つほどである。まるでナツの怒りがそのまま炎に乗り移ったかのようだ。

 

「いくら炎を出そうと無駄なことだ。炎じゃ風には勝てねえよ、貴様はすべてを切り刻む翠緑迅(エメラ・バラム)で肉片に変えてやる」

 

 翠緑迅(エメラ・バラム)だと、風翔魔法の中でも上位の殺傷威力を誇る魔法だ。エルザの鎧でも直撃すれば防御力が高いものでないとバラバラにされるといえば、どれほどの威力かわかるだろう。

 

翠緑迅(エメラ・バラム)」「火竜の咆哮(かりゅうのほうこう)

 

 衝突する火炎と竜巻。すべてを切り裂く風も決まった形を持たない炎には効き目が薄く()()()()()()()()()()()()。どういうことだ、風が炎を散らし吹き荒らすのではなく、絡み合い一進一退の攻防に見えた。

 

 突然ナツが火炎を吐き出すのをやめた。そうかナツの攻撃はブレス攻撃、息を吐き続けることができなければいくらナツの肉体が頑丈とはいえ呼吸をしなければならないことには変わりがなく息継ぎの隙が生まれる。風はあっという間に炎もろともナツを飲み込み辺りには土煙と火の粉が舞う。

 

「――ナツ!!」

 

「ハハハハ弱いくせに俺の前に立つからだ待ってろ、次はお前たちの番だ」

 

 ナツを倒したことで次は俺達を相手にするらしいナツのかたきだ絶対許さねえ。

 

「……それはどうかな」

 

 エルザはナツが無事だと確信しているようだ。どういうことかと檻の中から外を見ようと風の渦に近づく。手に血がにじむがそんなことは気にしている場合じゃねえエルザの見つめる先、ナツが立っていた位置に目を向けるとまださっきの燃え残りと思われる煙がくすぶっていた。どいうことかとじっと見つめるとだんだん煙と火の隙間からナツの姿が現れた。頬を大きく膨らませエリゴールをにらめつけると口を大きく開けた。

 

「――|火竜の雄叫び()()()()()()()()()

 

 さっき放った火竜の咆哮(かりゅうのほうこう)の数倍の魔力しかもが感じられる。まさか風によって逆流した自分の炎を吸収したというのか。あいつも大概、規格外なことをしでかすな。炎とだと思っていたそれは爆発し、周りの空気を震わせながらエリゴールへと迫っていく。

 

「バカな!!さっきと規模が違い過ぎる。俺の風の魔力を感じる炎だと。どういうことだ。自分の炎と俺の風、体が無事ですむはずがない。まさか……」

 

 風の盾で炎と熱を反らせているようだがじわじわと爆炎がエリゴールに近づいていく。自慢の風の鎧も爆発が起きるたび吹き飛ばされどんどんみすぼらしくなっていき、この先どうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 

「お前がそうだというのか古の忘れられた魔法、魔力を回復する魔法、滅竜魔法(ドラゴンンスレイヤー)の使い手だというのか」

 

 その言葉を最後にエリゴールは炎に飲み込まれていった。

 



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ララバイの怪物

一万UA突破、ありがとうございます。


 大渓谷と呼ばれる谷の真ん中を線路が走っている。線路はやがて谷を抜け一つの駅にたどり着く。クローバー、この町はギルドマスターが一堂に集まりギルド間での交流を深めるための報告会を行っている場所である。こういえば聞こえがいいが、実際はギルドマスター達が参加する宴会である。会場のテーブルには所せましと料理が並び、当然酒も出る。そもそもフェアリーテイルを見てもわかる通りギルドの多くは酒場を本拠地としている。これは酒場には情報が集まりやすく魔導士達がクエスト情報を集めるのによく足を運んでいたからという理由もあるが、基本的に魔導士はお祭りが好きである。情報は組織間で管理され酒場に集まる理由はなくなった。しかし、どうせならどんちゃん騒ぎをしても誰にとがめられることもない場所がいいと多くのギルドが酒場を本拠地にするようになったわけである。

 

「……で、お前さんはなんでララバイをハッピーにここへと運ばせたんじゃ」

 

 全く手紙にも書いたというのにマスターももう年だな連絡事項をド忘れするなんて。さて、現実逃避のため定例会には不必要と思われる酒や料理について考えていたのだが、マスターがひきつった笑顔でこっちを見つめている。正座した俺の頭を魔法で巨大化した手でつまむ、まるで万力で締め付けるような痛みが俺の頭に襲いかかっている。ハッピーに渡した念糸でぐるぐるまきになったララバイが俺とマスターの間で瞳のない目でこちら見つめている。相変わらず悪寒が止まらない、こんなやばいものは早急に封印できそうな人に渡すというのは間違っているだろうか。

 

「……ここが一番安全だと……フゴっ」

 

 聞かれたことに答えている最中だというのにさらに力が込められる。

 

「嘘をつくでない――お前さんのことじゃどうせこんな危ないものはそばに置きたくないとかゆう理由じゃろう!!」

 

 馬鹿な――見抜かれているだと!!

 

「どうしたのナツそんな怪我して、エルザとグレイも疲れてるみたいだけど…」

 

 向こうではハッピーと再会したメンバー達がクヌギ駅での鉄の森《アイゼンバルド》の連中との戦闘について話している。ルーシィは、ギルドマスターに交じって料理に舌鼓を打っている。お転婆そうな子だけど食べ方はとてもきれいで、どこかのお嬢様のように見える。しかしこちらに目を合わせることはない。もしもーしこのでかいマスターに暴力をふるわれている仲間がここにいるんですけど。あ、なんか頭がメキメキいってる、誰か助けてー。

 

 マスターにこってり絞られた俺は床に身を横たえていた。いや、正直頭が痛すぎて座る元気もないんです。心なしか頭蓋骨の形が変わっている気さえするし。

 

幸いにも今回の鉄の森(アイゼンバルド)が起こした事件での死者はゼロである。最初にエリゴールに切られた人も意識はまだ戻っていないものの応急処置が間に合い今は病院で治療を受けている。ほかの人たちもとりあえず命に別状があるようなけがをした人はすぐに治療したのでじきに回復するだろう。だが駅は壊滅状態になってしまった。

俺達がたどり着いた時にはもうすでにボロボロのありさまっだったが、まだ骨組みは残っていた。しかし、鉄の森(アイゼンバルド)との戦いでその骨組みさえも吹き飛ばされがれきの山というありさまになってしまった。エリゴール達を逮捕しにきた検束魔導士達いわくすぐにでも復興のため魔導士が派遣されてくるそうだ。また、元の活気ある駅街に戻ってほしいと切に願う。

 

「それにしても俺が持っていたララバイがまさか偽物だったとはな」

 

 倒れている俺の頭の上からグレイのすこし不機嫌そうな声が聞こえる。だましたような形になってしまったのは悪いと思うっている。まさか運んでいる最中に襲撃されるとは思いもしなかったのだ。エルザとカゲヤマの話から鉄の森(アイゼンバルド)がララバイを狙っていることは知っていた。しかし、カゲヤマが持っていた切符はオシバナ駅までのものであり受け渡し場所がそこであると推測した。だからハッピーにララバイを持たせて手紙と一緒にマスターのもとへ送ったのだが、グレイ達に黙っていたのはハッピーに危ないものを持たせるなんて……とか反対意見を出させないようにするためだ。決してだます様なつもりはなく――あの、先ほどから首から下がとても冷たいのですが、感覚が!!体の感覚が!!

 

鉄の森(てつのもり)が起こした今回の一件は闇ギルドに指定された恨みからギルド連盟を狙ったものでした」

 

 確かにギルドのリーダーであるマスター達は強い。マカロフのような老人でも、魔法を研磨している時間が俺達とは比べものにはならない。そのため普通の魔導士がマスターが今使った巨人(ジャイアント)を使っても一分ほどしかあのサイズになることはできないだろう。もともとの魔力もさることならば魔力の運用効率が優れているのだ。それほどの戦力を相手にするために致死力の高いララバイを持ち出したのだろう。

 

「わしたちを殺したところで何も変わらんというのに、他者を見下し排除してえた力など支え合うことで得られる強さにはかなわないというのに」

 

 鉄の森(アイゼンバルド)のように闇ギルドに指定されてしまったギルドは依頼やギルド間での取引が評議会の名のもとに禁止される。自分たちが高めていた名声がすべてなくなったのだ。なじみの仕入れ先も知り合いもみな彼らを避けるようになる。町へ出れば顔を背けられ速く出て行けというように言葉少なく目も合わせようとしない。こんな世界は間違っていると考えるのも無理のない環境だ。普通ならば闇ギルドに所属していた過去を捨てギルドから離れていくのだろう。だが今回の事件を起こした彼らは鉄の森(アイゼンバルド)にしがみついた。仲間と一緒にいたい、昔の栄光が忘れられない、残った理由はわからない……でもギルドを見捨てたくない、と思うその気持ちだけは否定したくない。

 

「なんだあの魔導士どもはこないのか、いい加減腹も減ってきたしおあつらい向きに獲物もたーんといる。ならばワシがおとなしくしている必要はないわな」

 

 誰も死ななくてよかったなーなどと、今回の依頼について思いをはせていると不気味な声が響いた。こういう異常事態を今起こしそうなものといえば――。

 

 ララバイに目を向けると今までは閉じていたはずの髑髏口が開きそこから煙が噴き出ている。煙は形を持ち始めおまけに質量も持っているようだホールの屋根を崩しテーブルが倒れ上からがれきが落ちてくる。ちょ俺今動けないんですけど。

 

「さあ、誰から魂を食らってほしい」

 

 笛から出現した怪物は俺達を見下ろしてそういった。

 

 

 

 

 

 

 定例会の会場より大きくなったララバイの怪物は笛と同じように三つ目の顔をしていた。笛のときには空洞だったその部分には紫色の光がともり灰色の体は胸の部分に空洞が開いている。足は地面をつかむように床にめり込み。その姿はまるで枯れた強大な大木のような威圧感を与えてくる。

 

「なんでぇーどうしてぇー笛から化け物がでてくるの――」

 

 他のギルドのマスター達のアイドルになっていたルーシィは突然の状況の変化についていけず涙目で右往左往している。

 

「あの怪物がララバイそのものなのさ。長い魔法界の歴史の中でもあんな魔法を使えるのはただ一人しかいない――黒魔導士ゼレフ最悪の魔導士として歴史に名を遺した男、奴だけさ」

 

「ゼレフの書と呼ばれる生きた魔法。何百年も前の遺産を目にすることになるなんてほんとにびっくりねー」

 

 黒い帽子に黒いローブおとぎ話に出てきそうな姿をした四つ首の猟犬(クワトロケルベロス)のマスターとキャミソールをしたいい年のおっさんという目をそむけたくなるような恰好をした青い天馬(ブルーペガサス)のマスターが冷や汗をかきながら化け物を見つめている。その様子は十秒前までルーシィにセクハラをしようとしていた二人とは思えないような真剣さだ。

 

「封印からワシを解放したあいつが笛を吹くのを今か今かと待っておったがワシを使う前に奪われるとわな。久々の食事だ、全員の魂を喰らってやろう」

 

 まさかララバイの呪殺とはあいつに魂を喰らわれることなのか。笛のときの能力がそのまま奴の能力になるというのなら奴の体の穴から流れる音すべてララバイになってしまう。

 

「――まずい、ララバイだ、逃げろ」

 

 ギルドマスターの一人が背を向け逃げ出した。無理もないあんな化け物を前に、どんな強力な魔法も無意味なものに感じてしまう。しかし、周囲が立ち尽くしている中で一人だけ逃げるというのはとんでもなく目立つ。

 

 当然ララバイにも気づかれたようで狙いを逃げたマスターに合わせて飛来する魔法弾、魔法障壁を張るには詠唱の時間が足りない。だが逃げ出したマスターと同時に全く別の動きをした人間が三人いた。彼らはあろうことかララバイに向かって走った。

 

 その中の一人であるグレイは魔法弾とマスター達との間に立ちふさがる。

 

「アイスメイク…“(シールド)”」

 

 八枚の花弁をかたどった大盾がグレイの前方に出現する。奴の魔法弾をすべてあたってもひび割れることなくそのすべてを防いでいる。

 

「あれほどの造形魔法を一瞬で」「しかも全然壊れないぞ」「速さだけでなく堅牢さも一級か」

 

 魔法を使う上で必須なのが起動詠唱である。これは上級の魔法ほど長い詠唱が必要になる。しかし、グレイは起動のキーを動きの中に組み込んでいる。さっきの(シールド)なら包んだ手を広げる動作、そして流れるように手のひらを交差し相手に突き出し。構える――

 

「アイスメイク…“槍騎兵(ランス)”」

 

 手から放たれた無数の氷の矢が突き刺さる。その破壊力はララバイの体に風穴を開けるほどだ。

 

 エルザが駆け出した時にはすでに鎧の換装を完了していた。黒羽の鎧(くれはのよろい)一撃の破壊力を増加させる鎧だ。全体は黒を基調としており蝙蝠のような翼と背中と腰のプレートに十字架が描かれている。

 

 最後の一人であるナツはやつの体をよじ登る。ララバイがグレイの攻撃でよろめいたのと同時に空中に跳躍する両手に炎を集め巨大な火の玉を作りしだすとそれをララバイに向かって叩きつけた。

 

――「火竜の煌炎(かりゅうのこうえん)

 

 エルザの斬撃とナツの火球、二人の攻撃のすさまじい破壊力が周りの空気を震えさせ、奴の体の周りには攻撃の影響で煙がもうもうと立ち込めている。

 

 グレイ、ナツ、エルザというフェアリーテイルの中でも上位の戦闘力を誇る三人の攻撃をまともにくらったのだ。いくら相手が伝説の魔導士の魔法だろうが無事ですむわけがない。

 

「……バ、バカな…」

 

 立っていたララバイがその巨体をゆっくりと傾けていく。煙から出てきた奴の体はその右半身を吹き飛ばされており、その威力を物語っている。アブな!!巨体がグレイによって凍らされており動けない俺のほうに倒れてくる。幸いにも下敷きになるようなことはなかったが地響きを体全体で感じる。奴も自分の体を維持することがかなわなくなったのだろう、だんだんとその巨体も出てきた時とは逆に煙へと変わり笛へと戻っていく、とりあえずこれで一安心してもいいだろう。しかし、こんな化け物えを倒してしまうとはしばらく組んでなかったが、ナツトグレイもフェアリーテイルのエース級の実力を身に着けているようだ。マスターは機嫌よく大笑いをあげておりとてもご満悦だ。まわりからの畏怖の視線が心地よい、当然だこれがフェアリーテイルの魔導士の力だ!!だからいい加減この氷状態から解放してくれませんかねえ……

 

「すさまじいな……」「驚いたわい」「あらら……あの子たちうちに来てくれないかしらかっこいいわー」「ゼレフの魔法をこうもあっさり倒すとは」

 

「どうじゃ、うちの魔導士たちはすごいじゃろう」「すごーい、すごい――あんな化け物を、倒すなんて」

 

 マスターが周りのほかギルドのマスター達にドヤ顔で自慢している。周囲のマスターも拍手や感謝の言葉を送ってくる。

 

「――ハァーァハッハッハ……は?」

 

 マスターが俺のほうに目を向けると同時に突然今までの調子にのった顔を引っ込め、そろーり…そろーりとこの場から離れていく。飛び跳ねて喜びの感情を爆発させていたルーシィも目を大きく見開きエルザやナツのほうに駆け出した。

 

 満足そうに賞賛を受けていたエルザ達も何かに気づくとマスターと合流しこちらを一切振り替えることなく走り出した。そして他のギルドマスターに囲まれる氷漬けにされた俺、は?なんだ状況――もしかしてこの氷を解いて胴上げでもしてくれるのだろうか?

 

「ハザマ君、君さえ残って来ればまあいいか」「ララバイの魔物を倒してくれたことには礼をいおうしかし――この惨状の責任をだれがとるのかというとフェアリーテイルだろうな」

「聞けば、ララバイをここに運ぶように指示したのは君そうじゃないか」

 

 そこまで聞いてやっとこの状況を理解した。ララバイの巨大化とともに崩れた大広間、倒れたときに()()()に倒れた来たことから定例会の会場はもはやがれきの山だ。

 

逃げ出したマスター達の前方に夕日が見える今、夜だけど……それほどに誰もが見事なフォームで走り去っていく。

 

「――嫌だー。俺を家にかーえしてぇー」

 

「「「帰れるよこれを直せばね」」」

 

 氷漬けにされて物理的に動けないこの状況。マスター達に囲まれた俺に断るという選択肢は存在しなかった。

 




 これで鉄の森編は終了です。次はガルナ島編を書こうと思っているので、よろしくお願いします。


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決闘ナツVSエルザ

 ガルナ島の前にこれがあることを忘れてました。


 町の中心に位置する石造りの強大な白い建物。魔法評議会本部ERA(エラ)、マスター達地方ギルドマスターのトップであり魔導士達の管理を行う機関、その中でも最高位の権力を持っているのが評議員と呼ばれる十人の人間たちである。そんな彼らが一堂に集まり会議しているのは先日発生したララバイの件、何しろ第二種禁忌魔道具が盗まれたのだ。これが、鉄の森(アイゼンバルド)()()の闇ギルドによって盗まれたから今回のような()()()()()()()で済んだというのは評議員全員が一致する考えだ。

 

「まったくもって厄介な事件がまた一つ起きてしまったな」

 

「闇ギルドが起こした今回の事件でのけが人や駅への被害は大きい、また非魔法民達がうるさくなりますよ」

 

「だから私は常々進言していたのだ、闇ギルド等という社会の悪は完膚なきまでに撲滅すべきとな」

 

 会議は冷静とは言い難い状態で続いていく。各々が自分の意見を述べまとまりがなく、意見をぶつけるのではなくただ言いたいことを言い合っているだけ。全員が壁に向かって話しかけているようなものだ。

 

「現実的じゃねえな。ギルドを壊滅させるって言うなら一流の魔導士を何人そろえるつもりだぁ十人か二十かそれだけの人間が連携をとれるようになるまでいったいどれだけの時間をかけるつもりなんだ。しかも闇ギルドの数も膨大、さらに付け加えるならば俺達が一斉検挙なんか実施すれば闇ギルド同士が同盟を結ぶ可能性まででてくる。今までみたいな縄張り争いによるつぶし合いなんてのもなくなるかもな」

 

 無駄話のをぶった切ったのはジークレインの言葉だった。現実に起こったことに対する彼の推測は興奮しているものに対して火に油を注ぐようなものだ。

 

「抗争による被害をあなたは知らないというのですか!!いったいどれほどの手間を我々正規ギルドが補てんしているか」

 

「――やめよ論点がずれている。闇ギルドに対してはいずれしかるべき手段を行使するがそれはいまではない。それに闇ギルドに攻勢を仕掛けても今回のように各地に封印されている魔道具やゼレフの魔法、禁術を用いられるかもわからん。藪をつついて蛇を出すことはない」

 

 いくらすべての魔導士を管理している評議院といえども闇ギルドそのすべてを壊滅させる力はない。非魔法民と呼ばれる魔法を行使しない人たち、一般的に彼らが魔導士に依頼を出しているのだがその依頼すべてが合法的な依頼ばかりではではない。なかには非合法な暗殺やご禁制の品々の制作といった依頼まである。一つを潰したとしても別の闇ギルドが依頼を受けるだけでありイタチごっこになるのが目に見えている。

 

「そもそもこれほどの魔道具の封印を解いたのだ、保管場所は限られた者しか知らぬ。スパイや情報管理の洗い出しもとなると頭が痛いな」

 

「それに聞くところによればこれはゼレフの魔法っていうやん、ゼレフの魔法やったら特一級指定のものやで」

 

「確実に管理責任が問われるな」

 

「まあそんなにピリピリするなよ。幸いにも今回死者はゼロ、あれだけ目の敵にしていた妖精の尻尾(フェアリーテイル)が事態の悪化を防いだのは誰の目から見ても明らか、今回だけは奴らに助けられたみてーだな」

 

「……にしてもたった五人か六人でギルド一つをつぶしちゃうなんて凄まじいわね、末恐ろしいわ」

 

 評議員の中でも若輩にあたるジークレインとウルティアが口にした言葉に思わず他の評議員たちも口をつぐむ。内心は気に食わないがたしかに少数での闇ギルドの殲滅、それも二つ名持ちが所属しているギルドのだ。評議院の中でもそれほどの実力者は多くはない……だが。

 

「なにをいうか今回のクヌギ駅とクローバーのギルド会館の崩壊の責は奴らにあるといえる。常日頃から暴れっぷりを考えると今回の功績など雀の涙程の価値もないわい」

 

「――おいおいララバイによって死者が出ていれば国が黙ってねえぞ。その場合確実に責任に問われるのは俺達だよな、そして封印関連の統括はニノ席あんただ」

 

「ふざけるな!!責任の所在をここまで引き上げるつもりか。下の無能をワシに押し付けけるつもりか!!」

 

「まあ今回は素直に褒美をくれてやることを推奨するぜ。せいぜいねぎらってやるんだな」

 

 ジークレインの皮肉を浮かべた表情に他の評議院達の熱量はさらに激しさを増す。そして会議は誰が責任をとるのかという方向へと話が進んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 町の号外新聞には一面に鉄の森(アイゼンバルド)のテロについて書かれていた。さすがに、本当の目的がギルドマスターの暗殺だったなんてことは書かれていない。クヌギ駅が破壊されたこととけがをした人のことが書かれている。自分が新聞の一面を飾るような事件とかかわりを持つとは思ってもなかったけど……。

 

 あんな事件が起きた後だもん。しばらくは依頼(クエスト)を受けるのもお休みにして、家で平和な日常を送っています。昨日出した手紙にはこう書いておいたけど……嘘、本当は不安なことができてしまった。

 

 先日、鉄の森(アイゼンバルド)の中でも幹部たちは逃げ出したなんて情報がギルド間で通知された。なんでもカゲヤマが魔法解除(ディスペル)を使えることを知らなかった検束魔導士が拘束の確認をおろそかにしたようだ。エリゴールは検束魔導士達を壊滅させて、この借りは必ず返すと言い残し去っていったらしい。

 

 確実に目をつけられてますねわかります。こんなことパパに知られたら心配して帰ってこいって言われるに決まっている。だから手紙には書かなかったけど……これからどうなるんだろう。

 

「いつ来るかわからねえ敵のことを気にしても仕方ねえだろ。もっと気楽に生きようぜ」

 

 能天気な声が隣から聞こえる。口からこぼれるため息こいつらは私みたいな繊細な心をもっていないからそんなことが言えるのだ。私にいつ復讐の矛先が向かうかわからない今、暇そうな人たちに護衛を頼んだのはいい――でも。

 

「グレイ!!何、乙女の部屋で服を脱いでんのよ」

 

 聞いてないここまで常識がないなんて聞いてない。昨日のナツは部屋の中で炎を出して危うく火事になりかけるし今日は裸族がおもむろに服を脱ぎだす。正直人選を間違えた気しかしない。

 

「おいおい外で服を脱ぐほうがマズイだろう。お前大丈夫か」

 

 心配そうなまなざしでこっちに近寄ってくるグレイ、なんだ私に熱でもあると思ってるのか。自分の恰好を見てから人の体調を心配しろと言いたい。

 

「――寄るな変態」

 

変態に頭の心配をされてしまった。そもそもグレイが服を脱ぎ過ぎているという前提条件があるだろうと文句を言いたい。手で触りたくないからハイキックをおみまいしたけど応えた様子もなくグレイは話を続ける。

 

「それにお前は直接鉄の森(アイゼンバルド)と戦ったわけでもないんだから問題ねえだろ。狙われるとしたら俺やエルザ、ナツからだろうから安心しろって」

 

 そうだ。私はハザマと一緒にグレイ達が戦っている間周りの人たちを治療していたのだ。とは言っても、私がしたことなんて比較的軽傷な人たちを避難誘導したり、布を使って簡単な手当てくらいだけど……。立って歩けないような重傷の人たちはハザマの分身の魔法と指から出す紐で治療しているようだった。同じ顔の人間が三十人も同じ場所にいるのは正直言って気味が悪かった。まあ、そのおかげで町の人たちの治療が速く済んだんだけどね。

 

そのハザマだけどギルド会館の修理のためあの場に残っているため、あれから顔を合わせていない。マスターいわくあの場はハザマに任せておけばいい感じになるらしい。他のギルドマスター達も会館さえ修復できればそこまで追及することでもないのだという……まあ、ハザマがララバイをあそこまで持っていくよう指示を出したんだから修復する責任があるはずだからあれは見捨てたわけじゃない。後ろからおいていくなーという悲痛な叫び声が上がっていたが私たちは決して見捨てたわけじゃない。

 

「そんなことよりもそろそろ時間だぞ」

 

「は?時間って何のよ、今日は特に予定は入ってなかったはずだけど」

 

 今日は積まれている本を紅茶でも飲みながらゆったりと消化していく予定なのだ。最近依頼(クエスト)のたびに騒ぎが起きてしまい身も心も疲れ切っている私には休みが必要なのだ

 

「おいおい忘れてんじゃねえよ。出発前にナツが言ってただろう――戦うんだよナツとエルザが」

 

 

 

 

 

 マグノリアのとある大通り、いつもは通行人が行き来し人の流れが途切れることがないこの場所に人だかりができていた。みんなが勝手に騒ぎ出して酒を飲んだり賭けをしたりあれの仲間だとは思われたくないな。

 

「――ちょーっと何やってのよ二人とも」

 

 仲間同士が争うことを面白く騒ぐなんて信じられない――止めなくちゃ。

 

「あら、ルーシィも来てたの」

 

 ミラさんが人混みの中から声をかけてきた。にこやかに笑っている立ち姿からはこの場所がいまから決闘が行われるとはとても思えない。

 

「いいんですかこんなの。同じギルドの仲間同士で戦うなんて怪我でもしたら……」

 

「へいきへいき、あの二人昔は結構戦ってたのよ。そうはいってもナツがエルザに一方的に挑戦してただけなんだけどね。ところでハザマはルーシィ含めてマスターも一緒に帰ってきたけどハザマだけ別行動?」

 

「えーとその、ハザマさんは残ってちょっとした後処理というかサービスというかそんな感じでまだクローバーの町にいるのかと」

 

 思い浮かぶ氷漬けで置き去りにされたハザマ。マスターに囲まれてその姿は見えなくなったけど罪悪感はごまかせない。

 

「なーんだいつも通りね。よかった今回のクエストはちょっと特殊だから報告しないでずっと家にとじこもってると思ったわ」

 

 納得がいったと笑顔でうなずいているミラさん。いつも通りっていうのはどういうことなのでしょうか。

 

「ハザマはね妖精の尻尾(フェアリーテイル)でも修復や回復、後は魔法の解除ねそういうクエスト専門で受けてるのよ。だから、今回みたいに被害が大きい時は帰ってくるのが遅くなるのよ」

 

 それハザマさんかわいそうすぎませんか。クエストが終わってからまたクエストなんて、ナツといくつかのクエストを受けたけどその強さと比例するように人や物に対しての被害も人間離れしている。これを一人でフォローしているのだとしたら、それもギルド全員の…………今度お菓子でも作って持っていこう。

 

「二人ともすごい気迫だな。男なら負けたくない相手がいるたとえそいつが仲間でも乗り越えていかなければ前に進めない相手という奴がな」

 

 背の高い筋肉質な男が後ろから話しかけてきた。筋肉で覆われたその体は魔導士というより戦士みたいな体つきだ。たしかミラさんの弟で名前はエルフマンっていったっけ。

 

「もうエルザは女の子よ」

 

「怪物のメスさ――ゲフォ」

 

 エルフマンとミラさんの間に立っていたえっと誰だっけ。とりあえずその人が胸を押させて悶絶している。持病の発作でも出たのかしら……。

 

「さあさあもうすぐ締め切るよ。エルザVSナツこの勝負は熱いよー、オッズはエルザが優勢だよー。エルザは固いよーエルザにかければ確実だよ」

 

 カナが賭けの元締めをしているのか、その隣には酒樽が置かれており彼女はもう出来上がっているように見えるが全然酔っぱらっているように見えない。そこが彼女の恐ろしいところだ。

 

「ナツに1000Jお願い」

 

「あらハッピーはナツに賭けるのね」

 

 信じらんない。誰もこの状況をどうにかしようって思ってないの、もっと平和的な手段で競い合いましょうよ。ほら………………腕相撲とか。

 

「仲間を対象に賭け事とかムーリー、もっと健全に生きていくべきよ」

 

「意外と純情なんだな」

 

 エルザの勝ちの札を買いながらグレイがいう。お前もか、誰一人この状況がおかしいことに気づいていない……それよりもお前はまず服を着ろ。

 

 

 

◇◇◇

 

「こうしてお前と戦うのも何年ぶりだろうな」

 

 フェアリーテイルのメンバーの中心でナツとエルザは互いに向かい合い戦意をたぎらせている。昔からよく挑まれていたことを脳裏に浮かべているエルザは懐かしむように話す。

 

「あの時はガキだった。俺は強くなった、今日こそはお前に勝つ!!」

 

「……ああわかっているさ。先日の戦いでお前の成長はこの目で見させてもらった。私も自分の本気というものを出したいからな」

 

 予備動作もなしに鎧の換装が行われる。赤い翼を背負い赤色を基本として関節部分にはオレンジ色のパーツが重ねられている名は炎帝の鎧(えんていのよろい)。耐火性能に特化したこの鎧を出してきたことに周囲にどよめきが生まれる。なぜならエルザは先手必勝を常とし、威力の高い鎧や殺傷能力の高い鎧で相手に一切の攻撃を許さない戦闘スタイルだ。そのエルザがナツの攻撃に対して対応するための鎧を選んだということは――エルザ自身が()()()()()()()()()と思っていることを意味している。

 

「やっぱり、エルザに賭ける」

 

「ちょっとハッピー、ナツのこともっと信じなさいよ」

 

炎帝の鎧(えんていのよろい)かそうこなくっちゃな。これで心おきなく全力で戦える」

 

 両手に炎を迸らせながら拳を構える。いつでもとびかかれるように腰を落とし重心を下げているその姿は荒々しい獣を思い浮かばせる。笑みを浮かべたナツと油断ならないと表情を引き締め火花を散らせている。

 

「始めいっ!!」

 

 どこからか現れたマカロフが開始を宣言した。

 

「こっちから行くぞ、おらぁ!!」

 

 先手を取ったのはナツだ。一気に懐にもぐりこむ一撃、だがそれをエルザは後方へのバックステップ一つで回避する。エルザの剣の間合いよりも内側への攻撃はエルザに読まれていた。合わせて剣を横薙ぎにふるう。空気をえぐり取る斬撃を地に体を這わせることでかわす。互いに人間離れしたその戦いに周りの興奮も最高潮を迎える。

 

 下からの顎を狙った蹴りに剣を合わせて軽く弾くだけで何もない空間への空振りになる。さすがにまずいと思ったのか手を地面に付けバク天で仕切り直しを試みる。だがその行動はエルザに読まれていたようで無防備な手への蹴り、転ばされたナツに二撃目の剣をよける手段がない。周りのメンバーはいよいよ決着がついたかのように見えた。だが見下ろしたナツの顔は勝負がついたとは言っていなかった。口から吐かれた炎、このまま剣を振り下ろせばいくら炎帝の鎧(えんていのよろい)でも負傷は免れない。攻撃することを止め、背を反らせながら上空に飛び込むことでその体に火の粉の一つもあたらない。だが、行き場を失った炎が周りのメンバーを巻き込む。

 

「――ちょっナツお前気を付けろ!!」「熱い!!」「もっと周りのことを気にして戦え」

 

 地面に降り立ったエルザと立ち上がったナツ。奇しくもナツの狙い通り仕切り直しが行われたようで、エルザの剣の持ち方が両手持ちに変わりナツの炎はさらにその勢いを増す。

 

 両者の一撃が激突するそう思われたその時――戦闘音を切り裂く一つの音が響く。

 

「そこまでです……まったく往来でこのような騒ぎを起こすとは。野蛮なギルドとは聞いていましたがここまでとは――酷いものですね」

 

 背の高い帽子をかぶり、黒いローブを身にまとったカエルの男はそういうと自然とできた人混みの間の道を歩いてナツとエルザの前で立ち止まる。

 

「全員その場を動かないでください。私は評議院から派遣された使者です……結構」

 

 懐から取り出した羊皮紙の封印を解き、カエルの男はこの場にいる全員に聞こえるよう宣言する。

 

「先日の鉄の森(アイゼンバルド)の事件において11件の容疑がかけられています。よって、容疑者妖精の尻尾(フェアリーテイル)エルザ・スカーレットを逮捕します」

 

「「「「――はぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「えっ……」

 

 エルザ以外の全メンバーが驚きの声を上げる。どうやら決闘の決着はまだ先になるようだ。

 




 


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犯される必要がある罪

 ちょっと立て込んでますがなんとか書き上がりました。もっと更新スピードをあげたいんですけど…………ほかにもやりたいことが多すぎる。(責任転嫁)


 いつもは喧騒の絶えないフェアリーテイルの酒場だが今は誰もが口を閉ざしていた。一様に難しい顔をして机の前に座っているだけであった。困惑と苛立ちが周囲の人間から洩れ出ており、ギルド内は鬱屈した空気に包まれていた。

 

 そんな中カウンター席のとある一点のみがやけに騒がしい。テーブルの上にはグラスとその中に閉じ込められているトカゲ。そのトカゲがなぜか人語を話している。内容はここから出せというもので、もしかしたら新種のトカゲかもしれない。言葉を話すネコや顔がカエルのカエル男がいるのだ、人語を話すトカゲもきっといるだろう。

 

「うるさいわね、静かに結果を待つしかないんだから落ちついてよ」

 

「そうだぜナツ評議会には逆らえねえ」

 

 このトカゲはどうやらナツらしい。何の理由があって仲間をトカゲに変身させたかは知らないがこいつらなかなかに恐ろしいことをする。ナツにとって自分の姿形はあまり重要ではないらしい、気にしたそぶりも見せずコップの中で暴れ回っている。そんなナツを落ち着かせようと周囲のメンバーは説得を行うもナツは納得せず余計に騒がしくなっていく。

 

「間違ってるのはあいつらだろ!!エルザを犯人扱いしやがって、俺達はララバイを取り返したんだぞ」

 

 確かに今回の逮捕は不自然な点が多すぎる。そのことは他のメンバーも気づいていた、だが……。

 

「評議院が黒といったら白いもんも黒くなっちまうよ。俺達が何を言ったって無駄ってこった」

 

 この一言が総意だろう。誰もかれもがあきらめており成り行きに任せるしかないのが現状だ。

 

「だがなぜ急に?今までだって物を()()()()で壊しちまうこともあったがこんな風に裁判になることなんてなかったぞ」

 

「知るかよお偉方の考えることが俺にわかるかよ」

 

 そもそもが雲の上のことなのだ。今までだってトラブルを起こし評議院の名は耳にしたことはあった。だが直接役人が乗り込んできたのは今回が初めてだ。破壊の一件にしたってクヌギ駅を壊したのはエリゴールがほとんどでララバイの怪物が倒壊させたクローバーのギルド会館にしても今頃ハザマが必死に修繕しているだろう。今回の事件では逮捕され、過去の事件では逮捕されない。

 

「絶対何か裏があるのに決まってる」

 

 ルーシィはとりわけ納得いかないようで、イライラと机を叩いている。

 

「評議院が何を企んでいたとしてもそんなに悪いことにはならないんじゃないかしら」

 

 周囲でただ一人、いつもと同じ微笑みを浮かべている女性がいた――ミラだ。

 

「ミラさんはなんでそんなに落ち着いているんですか。エルザが逮捕されちゃったんですよ」

 

 ルーシィにはミラの余裕がわからなかった。連行されていくエルザに付き添おうとしたものの部外者に用はないと言われ、ついていくこともできなかった。今頃一人で尋問に臨んでいるエルザを思うと心配でたまらない。

 

「知ってるからかしらね」

 

「何を知ってるっていうんです、もしかしてエルザを助ける方法とかですか?」

 

 今一番教えてほしいことをもしかしたらミラが知っているのではないか。そんな思いがルーシィの中に生まれる。しかしミラの答えはそれとは異なっていた。

 

「誰よりも仲間思いの男の子…かな」

 

 そう口にしたミラの言葉には一点の疑念も持っていないようだった。

 

 

◇◇◇

 評議院フィオーレ支部。マグノリアから一番近い場所にある魔導士裁判が行える裁判所のとある廊下、エルザは道中での使者が()()()()こぼした独り言を思い返していた。具体的な罪状や捜査の経緯といった情報は出なかったが、今回の逮捕には()()()()()()が多数とられているらしい。いわく評議院全員出席の最高裁判が今回行われる。いわく事件の凶悪性と情報の機密性から弁護人の出席も認められず、書記官による記録もとられない。捜査が正常に行われているとは思えないずさんな逮捕、裁判とは名ばかりの単に決定事項を通知するだけのようなこの行為に何のいみがあるのか。口にした使者の顔には悔しさが滲んでいた。 

 

これらの情報を踏まえるにどうやら評議院は私をスケープゴートに仕立て上げ今回の一件の責任の矛先をそらせるつもりらしい。正直に言えば評議院のしようとしていることには怒りを覚える。だが、仕方のないと思う私もいる。死者は出なかったとはいえゼレフの魔法の一つが盗まれたのだ。その恐怖は数百年たった今でも全く衰えることはない。その恐怖を私を裁くことで解決したと周囲に知らせることが目的だろう。

 

 評議院もあまりに重い罰を下せばフェアリーテイルを筆頭に他のギルドの反発も計算しているに違いない。となると有罪は受けるだろうが実際の刑罰を受けることなく、ひっそりと経歴に前科の欄が追加される。今回の事件による被害は私が原因で引き起こされ、評議院は罰を下したという()()が欲しいのだな。私一人が納得すれば誰も不幸にならない収まりのいい結果が得られる。

 

「久しぶりだな……エルザ」

 

 柱の影から呼び止める声がする。その声が誰か認識する前に、隣を歩いていたカエル顔の男がひざまずき頭を垂れる。

 

「――ジークレイン」

 

 評議員になったことは知っていたがこんなところで何をしているのか。そうかこいつが裏で糸を引いていたのか。

 

「貴様が今回の黒幕というわけか、くだらないことを」

 

 殺気を投げつけるも涼しい顔を崩さないジークレイン。何よりも両手を拘束され手出しができない状況で、こいつと顔を合わせることにいらだちを覚える。

 

「おいおいおい勘違いするなよ。俺はフェアリーテイルをかばった側だぜお前もわかってるとは思うがお前は評議院の身代わりにされただけだ」

 

「黙れ……」

 

 こいつが何を言おうが一切が信用できない、だがなぜ私の前に姿を現した。私が敵意を持っていることくらいこいつはよくわかっているはずだ。

 

「まあいい、お前が俺の言うことを信用しようがしまいがどちらでも構わない。本題はだな……」

 

 指で私の顎をなぞりながら顔を耳元に寄せながらささやき声で告げる。

 

「あの事は誰にも言うなよ。ジジイどもも含めてお前の“大好きな”妖精たちにもな」

 

 顎を触られているのに感覚がないどうやら実体のない魔法のようだ。チッ!!こいつがこの場にいたならば思いっきり蹴り上げてやれたものを。

 

「この扉の先では俺と前は初対面。俺も特にお前を害する理由もないし、お前も俺にかみつく理由はない。それじゃあ公正な判決が出ることを祈ってるよ」

 

 もう用はないとばかりに背を向けたジークレインの体が揺らぎ――消えた。

 

「ジークレイン様がこんなところにお見えになるとは……あなた何者ですか」

 

「奴の敵だ」

 

 開かれた扉の先では評議員達が勢ぞろいしている。高いところからこちらを見下ろしたその姿からは絶対的な権力が感じられる。私だ証言台に立ったことを確認すると一男高い席に座っている評議院が杖で床を叩き宣言する。

 

「これより被告人エルザ・スカーレットの特秘魔導裁判を開廷する。」

 

 裁判が始まる。私の推測がジークレインの言葉から裏付けがとれてしまった。奴の言葉を聞くのはしゃくだが、私が納得すれば済む話だ。無駄に暴れて台無しにするのは……

 

「――その裁判。待ったぁぁぁ!!」

 

 閉ざされようとしていた扉が力任せに開かれる。そこに立っていたのはここにいるはずのない男だ――なぜお前がここにいるのだハザマ。

 

 

◇◇◇

 無理やりこじ開けた扉の先には手錠を掛けられたエルザがこちらを見ていた。ふっふふ置いていった俺が今この場にいることに驚いているな、本当は文句の百個も(怖くて一つも言えないを)言いたいところだが状況が状況だ後回しにしよう。

 魔法界の最高権力者の十人がこちらを見下ろしている。小心者の俺の心臓はさっきからバクバクと音を立て、手が自分の意思に反してブルブル震えている。どもらないように注意しないと……。さてそもそもの発端はギルドマスターのあれやこれやの注文(やれ絨毯の模様が気に食わない、やれトイレは二階にもついていた、やれ窓の形が気に食わない)を受けながらリフォームを行っていた時に見覚えのある鳥がこちらに向かって来たところから始まる。

 

 あれは連絡用にギルドに常備してある俺の式神じゃないか、こいつは魔力を溜めておけば簡単な命令なら誰でも式神を使えるというもので、おおかたマスターからの伝言でも預かっているのかと思いそいつの足に括り付けられていた手紙を開ける。魔法がかけられた手紙を開けるとミラが手紙から飛び出てきた。終わらないリフォームとその伝えられた内容の計二つの出来事に精神的ストレスを与えられた俺のメンタルは限界だった…………。

 

 なんでこんなところにいるんですかねー。誰よりも俺が一番そのことを知りたい。もしかしたら俺はアホなのか。その場の勢いと言おうか抑えきれない衝動のまま気がついたらエルザの裁判が行われるという裁判所まで来てしまっていた。(確実にアホ)

 

 正直言ってこの場に俺がいくらエルザを弁護する言葉を並び立てても評議員達は顔色一つ変えず、俺をつまみ出しエルザへの有罪判決を言い渡すだろう。それが組織の力というものでただのギルド所属の魔導士にはどうしようもないことだ。

 

「はじめまして評議員の皆様。私はフェアリーテイル所属のハザマと申します」

 

「知っている。貴様さっさとこの場から立ち去今この場にいるだけでお前を十年牢屋に入れることもできるのだぞ」

 

 そんなに威圧しなくてもいいじゃないか、俺だってこんな場所に長居はしたくない。

 

「今回エルザの逮捕は正常な手続きとは到底思えないのですが。彼女が裁判にかけられる正当な理由をお聞かせ願いたい」

 

「――くどい!!ことは魔導界の平和にかかわる機密性の高いものだ。一介の魔導士ごときが知る権利など一切ないわ!!検束隊よ即刻こいつを地下牢へいれろ」

 

 法廷に待機していた検束魔導士達が俺に拘束魔法を向けてくる。流石にこの人数の拘束魔法を解除(ディスペル)するのはきつい。

 

「私はブルーベル侯爵からの使者として今この場に立っています。私への攻撃は侯爵への攻撃だと心得てください」

 

 ブルーベル侯爵というのはクヌギ駅やオニバスといった一帯を治めている貴族の名前だ。俺がこの場で意見を述べるのためには、最低でもこのくらいの後ろ盾がなければ強制的に排除される……。

 

「嘘をつくな。この短時間に貴様が侯爵閣下の使者になど任命されるわけがない」

 

 鋭いな……。確かにそんな時間を作ることは物理的に不可能だ。ミラからの手紙を受け取った俺は真っすぐここ、フィオーレ支部に向かってきている。当然ながら貴族に謁見する時間はない。だがそれは俺が()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「嘘じゃありません。私は現在ブルーベル侯爵に今回の事件の報告を行ったところです。侯爵閣下は今回の事件、評議院に対して非常に強い不信感を持っておられます。今行おうとしているエルザ・スカーレットに対する裁判は事件を隠蔽可能性があると言わざるを得ません。何の証拠があって彼女を連行したのですか納得できる理由をお聞かせ願います」

 

 俺が式神使いだというのは評議員達も把握しているだろう。自分の分身を作るこの術に意思疎通を行うような便利な力はない。だが俺には確信があった今侯爵と話している式神(おれ)は失敗していないということを。

 

「……たとえそれが事実であるとしても。ことは第二級禁忌魔道具に関することだ。いくら侯爵閣下とはいえ、おいそれとお話することなどできぬ」

 

 ――よし!!口にしたな。今回の事件で秘密にしなければならない理由として誰もが納得しやすいララバイを口実にすると思ってたぜ。

 

「確かに第二級禁忌魔道具は人に知られ、悪用されればその被害は計り知れないものとなる。情報を管理するのは当然のことです」

 

「わかったか。ならば」「――ですがそれが本当に第二級禁忌魔道具ならの話ですが」

 

「――何を馬鹿なことを言っているのだ!!音色を聴いていたものを呪殺する魔道具を禁忌魔道具に指定せずにしてなにを指定するというのか」

 

 確かにそうだその危険性、致死性は疑いようもなく禁忌魔道具指定されるにふさわしいものだろう。だが、本当にこいつらはわかっているのだろうか――()()()()()()()()()()()()

 

「これはS級鑑定士でもあり砂漠の鏃のギルドマスターでもあるジョクマ氏の鑑定書です」

 

 この鑑定書はララバイの調査を行っていたギルドマスター達の中の一人から頼み込んで作ってもらったのだ。

 

ララバイを封印する際、怪物が暴れていたときは逃げ回っていた非戦闘系魔導士ギルドのギルマス達だったが、戦いが終わりララバイが倒されたと知ると次々に実験を開始した。気絶していたララバイは突然の拷問に悲鳴を上げたが、マスターの一人が使った空間魔法―ウサギの花園(特A級の超高難度魔法)で隔離された空間に入れられてしまい、奴の白目をむく悲鳴はこちらには届かなくなった。声は聞こえないが、姿は見えるという理想的な檻に入った貴重な|実験対象<サンプル>を逃すわけもなく洗脳魔法や瘴気魔法のような禁術を使うほどマスター達の自重というブレーキは彼方に飛んでいってしまった。取りあえず超一流の魔導士たちによって解明されたことは、ララバイの笛は笛そのものが生きており休眠状態でも微弱な生体反応が検知される。怪物形態は俺達が魔法を使うように魔力を消費しており、笛の音色はそれ自体が強力なマジックドレインの術式である。そのため音色が引き起こした振動に触れたものはよほどの耐魔力を保持していないと強制的に魔力を吸われてしまう。このため耳をふさぐような音を聞かないようにする対処法は効果がないとみられる。また試したすべての解除魔法(ディスペル)でもこの魔道具の魔法を解除することはかなわないということだ。

 

「鑑定書にも書かれているとおりララバイには生命反応が検知されました。道具に生命反応を宿らせる。そんなことができるのは長い魔法社会の歴史においても一人しか存在しません」

 

 最悪の魔導士ゼレフ。数百年前から現在に至るまで語り継がれるその名は半分がおとぎ話のようなものだ。だが時々ゼレフの遺産と呼ばれる魔道具や怪物を見つけたという噂が立つことがある。大半はクエストの失敗をごまかすためのホラ話や帰ってこなかった魔導士の名誉を守るためなど理由は様々だが、中には本物が混じっている今回のように……。

 

「間違いなく本物の鑑定書だな、サインと魔力紋に見覚えがある」

 

 手に持っていた鑑定書が評議員の一人の手にわたる。お墨付きも得られたことだしそろそろ本題に入ろう。

 

「結論から言いましょう。ララバイはゼレフの作り出した特一級禁忌魔道具であり、封印方法や管理体制に不備が多数見られます。今回の一件エルザ・スカーレットには一切の責任がないことをここに主張します!!」

 

 組織というのは大きくなればなるほど物事の決定には、多大な時間を要するものである。例外として独裁者がおり絶対的な支配がされているような状況はすべてが最高権力者の鶴の一声で決まるが、評議院はそうではない。各々が独立した役割を持ち基本的には他者の足の引っ張り合い。そんな組織がこのようなスピードで判断を下すというのは……組織そのものが危機に陥った場合くらいしか一致団結なんてものは望むことはできないだろう。

 

「つまり貴様はこう言いたい訳か。ワシ達の目が節穴だから今回の事件が起きたと。今回の一件評議院の管理体制には一切の不備は見当たらなかったことは調査報告書によっても明らか。それにこちらには目撃証言がある――鎧をまとった女魔道士が犯人であるとな」

 

 報告書と言っても実際に調査しているのは評議員子飼いの魔道士達だろう。そんな奴らが、上の不利益なるような調査をするわけがない。第三者機関というものをこいつらに教えてやりたい。だがそんなことを言っても何も変わらない。公平性や真実の意味というものが全く意味のないものになるのが力というものだ。いくら正しいこと、素晴らしいことをいったとしてもそんなものは踏み潰されるだけだ……対抗するための力がなければ。

 

「いいえ!!何も評議院の皆さんに過ちがあったとは思っておりません。ただ私は今回の事件認識できていない点があるのではないかと思っている次第です」

 

 評議院を敵にまわすのはまずい。ここはちまちまとアリが壁を壊すようにゆっくりじっくり動くべきだな。

 

「つかぬ事を伺いますが、その報告書にはララバイが盗まれたのが判明したのはいつと書かれているのですか?」

 

「…なにぃ?なぜ貴様にそのようなことを教えなければならない」

 

「たしかララバイ事件のあった日の午後2時頃だったかしら?」

 

「――ウルティア!!貴様」

 

 まさか答えてくれるとは思わなかった。また貴族様の権力パワーに頑張ってもらわなければならないと思っていたのだが、やはり評議員は一枚岩ではないらしい。

 

「それはおかしいですね。私が評議院にクエスト申請した時ララバイという名前を依頼内容に伝達したはずですが。どうやらその報告書には漏れがあるようですね」

 

 一度にすべてを解決するのではなく、孤立させ切り捨てることが必要なことであったと納得させなければならない。そのための手札はすでにそろっている――はずだ。

 




 今回裁判終了までもっていきたかったんですけど、思ったよりも文字数が増えてしまい裁判途中までの投稿です。


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何が決める罪か

九月中に投稿したかったのですが遅れてしまい申し訳ありません。


「それはおかしいですね。私が評議院にクエスト申請した時ララバイという名前を依頼内容に伝達したはずですが。どうやらその報告書には漏れがあるようですね」

 

 オニバス駅でエルザから初めて協力する依頼の内容を聞いたとき、評議院に報告のため式神を送っている。あのときは鉄の(アイゼン・ヴァルド)に喧嘩を売ることで、日頃から目をつけられている俺たちへのいちゃもんを防ぐためであった。意図しない物だが評議院が持っている報告書の不備を証明するのに一役買ってくれるとは、やっぱり報・連・相は大事だなぁー。

 

「確かにあるな。ハザマという名前で評議院にクエストの申請依頼が来ている。正規の手続きで申請されてるせいで30分後には受理しちまってるな。おまけにマスターボードに記録されてるから削除も不可能だ」

 

 マスターボードというのは全てのクエストを記録している情報統括魔法である。評議院がクエストの管理を設立から現在に至るまで記録しており、魔道士達が達成したクエストや未解決な物も含めその全てが保存されている。中には100年間挑戦したものが一人も帰還していないようなクエストまであるがその話はおいて置こう。

 この記録は申請さえすれば誰でもクエストの概要を知ることができる。侯爵にはこの記録を武器に評議院を糾弾してもらうつもりだったのだがその必要はなさそうだ。

 

 

「これは私たち『妖精の尻尾(フェアリー・テイル)』が、評議院が事態を把握するより前にララバイ事件を認識している証拠であり今回の事件を解決しようとしている証です!!」

 

 流石に盗んだ奴らがララバイの捜索クエストを申請したなんていう頓珍漢なことは言われなかった。ジークレインの発言からわかるようにこの記録は削除が不可能なものだ。だから自信をもって主張できるのだが……こいつら削除が可能ならば確実にもみ消すつもりだったみたいだな。どこまで腐ってるんだ。

 

「……確かに貴様達がララバイの第一発見者である()()()は認めよう。だがエルザ・スカーレットには破壊活動を行っていたという証言がある。これを無視し無罪放免とするのは話がちがうのではないか」

 

 嘘を証明するためには相手の嘘と事実の相違点を指摘するのが一番わかりやすい手段だ。とりあえず俺たちがララバイ強奪とは無関係であることに関しては問題ないだろう。だがもう一つの容疑である破壊活動に関しては難しい。

鉄の森(アイゼン・ヴァルド)との戦闘では当然エルザも戦っていた。この時、なにか物を壊していたらそこを徹底的に責め立て、難癖をつけてくるだろう。たとえ何一つ壊していないにしてもそのことを証明することは現実的に不可能だ。壊滅した町の残骸の一つ一つを何が原因で壊れたのか調査し、それが正しいと証明できればいいのだろうがそんなことはできるわけがない。

 

「こちらとしてはそもそもその証言が本当に信用できるものなのか疑っているのです。なにせララバイ発見の功労者の一人が、ララバイを盗んだ犯人であると()()されていたのが現状なのですから」

 

「ハザマおまえは何を言っている。これ以上評議員の心情を悪くするな」

 

 今まではだんまりを決め込んでいたエルザが問いただしてくる。両手を拘束されているから直接攻撃はしてこないが、普段なら間違いなく殴られている場面だ。なんでこの女騎士は自分を逮捕した評議員よりも俺に敵意を向けているのだろうか。目を三角形にして睨むなよ怖いから。

 破壊活動に関しては反論しない。この話に言及した瞬間こちらの負けになる。

 

「なにを誤解しているのか理解できませんな」「無駄なことに時間を使わせおって」「でも余計な勢力がしゃしゃり出てきそうね]

 

 静観していた他の評議員たちもそれぞれ好きなことを言い出した。さてこの中で俺が責め立てるべきなのは、やはり評議院のララバイの管理体制に対する問題だろう。だがこの問題を追及し、評議院の不手際を証明したとしてもエルザの無罪を奴らが認めるとは思えない。俺がやるべきことはエルザの無罪にすることだ――間違えるな。

 

 そのとき式神に持たせていた式神の消失を確認した。式神には五体の小型式神を持たせておりどの式神が消滅したかによって、貴族との話し合いの結果を知ることができる。コレが評議員と貴族この二つの交渉を同時進行で行えた理由だ。

 

 消えたのは貴族が評議院に対して抗議すると消す式神だ。これを活かさない手はない。

 

「侯爵閣下は国に今回の事件を国王陛下に報告するおつもりです。その際には当然被害者の話もお聞きになりなるでしょう」

 

 そもそもこいつらがエルザを強制的に逮捕したのはララバイ事件に対して評議院以外の介入を防ぐためだと推測できる。評議院には一度結果を出してしまえばたとえ国が相手でもそれを押し通せるだけの力がある。だが……今なら、まだ何の結論も出していない今なら――。   

 国という最大の所属数を誇る組織との対決を避けるよう動く。

現在この二つの組織は仲が悪い、なぜなら国は評議院が力をつけることを恐れているし、評議院は魔法使いというエリート意識から非魔法使い達を軽んじる傾向にあるからだ。互いを目障りだと思っている組織同士が今回の一件をきっかけにぶつかることは少なくとも評議院は避けるはず……今回の一件のすべてが評議員の汚点であるため、評議員は不利な勝負は挑まない、強引な裁判からも彼らの焦りが見えてくる。

 

「私としてはこのような閉ざされた裁判ではなく公正な裁きによって、事実を明らかにしていってくれることを願っています」

 

 そもそもこの裁判は事実の上書きを狙ったものだ。反論が立てられない出来レースで結果を出し他の陣営の声を黙らせよるのが目的だ。しかしこの状況ではそれは望めない。ならばどういった手を打ってくるのかいくつかの候補が考えられる。しかしそのどれも意味のないものだ。

 

「君は一体何がしたいんだい?いたずらに事件を引っかき回して、エルザ・スカーレットの処罰についてもこちらとしては穏便に済ませようとしていたのだぞ。ここまで事態を大きくしてしまってはそれもできない」

 

「……エルザを助けたいだけですけど」

 

 理由は本当にこの一言に尽きる。そんなことを確認してくるのは予想外だ一体何の意図があってこんなことを聞いてきたのだろうか。

 

「まあ確かにこいつの意図したとおりエルザ・スカーレットに今、裁きを下すことはできなくなったな」

 

 ジークレインがやれやれと首を振りながらそうこぼした。

 

「――どういうことだ?こんな奴、早急につまみ出してエルザ・スカーレットを裁けばよい」

 

「はあ?そんなインテリみたいな格好していて脳みそは詰まっていないのか、こいつを相手にしているだけ時間の無駄なんだよ。すでに事態はこいつの手を離れている。もうこいつをどうしようが国は今回の事件を捜査するだろうよ」

 

 そう、侯爵が国を動かした瞬間から俺の手には負えない状態になってしまった。最悪の予想はここで二大組織が互いを敵と認識して争い内乱状態になることだったが、評議院は一応冷静な対応をする気らしい。

 

「会議の時も言ったが、妖精の尻尾(フェアリー・テイル)はララバイを奪還の立役者だ。死人が出なかったから、犯人に対する捜査よりも復興の方に世論の意識が向いているが到底ごまかせるような事じゃないんだよ」

 

「そうだなここら辺が潮時だろう。あわよくば評議院の名に傷を付けぬよう収束させたかったが仕方ない」

 

「落としどころはどうしますかな」「会見でも開かせて辞任も視野に入れてもらいましょ」「新聞社には私の方から掛け合いましょう。何人か顔の利く者が知り合いにいましてね」

 

 評議員達が一人を除いて次々と騒ぎ出した。ジークレインや他三人ほどは最初からエルザへ責任を押しつけることに反対だったのか積極的に動いてくれている。

 

「ど、どういうことだ。もしやワシにすべての責任をとらせるつもりか!!今まで魔法界のために貢献してきたのを忘れたわけでは――」

 

 一人だけ大声を出しているこの老人に誰も意識をむけない。最初は自分もこの立場だったのか思うと冷や汗が出てくる。今までの自分の立場突然なくなり、それに伴って付随していた権力も消滅する。権力というのは人につくのではなく役割に対して付く力である。それを理解せず自分の物と思っていた力が消えたこの男は無様にわめくことしかできない。とりあえず目標を達成したな――。

 

油断したのがいけなかったのか後ろから破壊音が空気を震わせる。すわ敵襲かと振り向けば、見知った顔の女が口から火を噴きながら会場に突入した。

 

「俺が鎧の魔道士だ――そいつは偽物だ!!文句があるなら俺に言いやがれ」

 

もう嫌だ……この乱入者の招待に心当たりがある。しかしこの馬鹿は変装の意味を知っているのか。姿はエルザでも声と振る舞いから誰かが魔法で変身しているのが一目でわかる。そもそも<<俺>>って言っちゃってる時点でエルザに似せようとする気ゼロだろう。目に両手で覆い何も見えなくする……私は何も見ていない。

 

「な、何事かね」「――あら」「ブ、アッハハハッハ」

 

 侵入者は扉を吹き飛ばしただけでは飽き足らず、椅子や止めよとした検束魔道士を蹴散らしながら評議員の眼前まで迫ってくる。木の柱は崩れ、法廷には似つかわしくない怒号と悲鳴が上がる――そんないかれた侵入者よりも俺としては、隣で震えていらっしゃるエルザ様の方が怖い。

 

「おまえらの言う罪ってのはギルドマスターの命よりも大切なんだろうな」

 

 偽エルザが評議員に啖呵を切る……実にうらやましい俺にはそんな度胸はない。こんな風に後先考えず無謀な挑戦は俺にはできない。

 

 上にいる奴らも大笑いする奴や怒りに打ち震える者、キョトンとしたまま現実を見られず無言の奴、今までこの場を埋め尽くしていた重圧がすべて吹き飛んでしまった。侵入者が暴れたせいで法廷も妖精の尻尾(フェアリー・テイル)の大食堂と同じような有様になってしまった――つまりは大惨事ということだ。。

 

「ふ……二人を牢屋へ」

 

 体を震わせながら一言だけ口から漏らす。すみませんと頭を下げるエルザの顔にはここに入ってきた時の敵意は感じられず。ただただ申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にすることしかしない。その横でドヤ顔決めている同じ顔の女にきつめの説教を是非してほしい。

 

 最終的には何だかなーと思わせられる終幕であった。

 




 ララバイって原作でもかなり強力な武器だと思うんですよね。強者勢には効かなさそうですけど危険性はかなりの者だと思います。そんな危険物が盗まれたことをもみ消した評議員。






いろいろ考察できますね。


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空回りしていた二人の妖精

 評価、お気に入り登録ありがとうございます。九月投稿できなかったので今月二回目。


「シャバの空気うめー!!やっぱ自由って最高だ!!」

 

 飲料用炎(魔法)を片手にナツが大食堂の中を走り回っている。さて皆さんおわかりだと思うが、エルザの姿をして評議院に殴り込んできたのはナツである。あの後、牢屋に入れられたナツとエルザは二週間ほど地下牢に入れられたようだ。二週間ぶりの外の空気にナツははしゃぎ回り、さっきの姿みたいに自由を謳歌しているというわけである。一緒にぶち込まれたエルザは椅子に腰掛け酒を静かに飲んでいる。それにしてもこの二人、一週間も狭い牢屋に閉じ込められていたのに全然疲れているように見えない……恐ろしくタフだな、ドーピングでもしてるのか。

 

 さて伯爵様のご威光で牢屋に入れられることは免れた俺であったが、当然無罪放免とはいく訳もなく当然のことながらペナルティが言い渡された。その内容は……壊滅したクヌギ駅の復興を成し遂げるというものだった。まあ確かに破壊された駅の修復は大切だよ、当事者の一人として頼まれたら喜んで力を貸しますよ。でもな……。

 

 ――十日間という期限を設けた評議院を俺は絶対に許さない。

 

 いや、書類上の派遣期間は二週間なんだよ(それでも少なすぎる)。でもな貴族様を引っ張り出したせいで、そことの緩衝役も兼任させられた。sれによって諸々の打ち合わせとかを決めたり先延ばししたりして一段落させた。これで二日潰れた。ついでに修復中の鉄道会社の確認作業具体的には線路の細かな修復(クヌギ駅のではない)とかその他様々の仕事をしていたら実際に作業できる時間は十日間というわけさ。

 えっバカなの?あいつらも報告がどうとか言ってたしクヌギ駅の状況は把握してたはだずよな。えっ無理じゃん。十日とか瓦礫除去だけでもそれくらいかかるわ。それを、応援が一人増えたくらいで短縮するとかマジであいつらの頭の中にはどうなってるんだよ。どんな予測で十日という時間を算出して、俺に一体どんな量の仕事をやらせる気なのか是非教えてもらいたい。

おまけに俺がクヌギ駅に着いたときは住人達が片付け作業をしており修復に派遣された魔道士達とにらみ合っているというお先真っ暗なものだった。そりゃそうだよな、彼らからしてみたら魔道士によって自分たちの駅が破壊されたんだ、魔道士に良い感情を持つわけがない。当然せっかく助けに来たのに感謝どころか怒りの感情をぶつけられた魔道士達もさっさと帰ろうとしていたりで……大変だったとてつもなく大変だったんだよ。

 住人と魔道士が互いに協力して駅の再生に力を合わせるのには映画にできるような話があるのだが今は割愛しておこう。

 

 そんな大仕事を成し遂げた俺は例に漏れずギルドにクエスト完了の報告をするために帰ってきたというわけだ。今回はさらに評議院の方にもいかなければならないというのは、なんとも気が重い。

 

「すげえなあの二人、何であんな元気なんだよ。その元気を俺にわけてほしい」

 

 残念ながら元気玉を作る魔法を知らないのでかえってダメージを受ける。

 

「ハザマの方は大変だったみたいね。でもあれ、マスターが言ってたんだけど形式だけの逮捕だったみたいね」

 

 完了報告書をミラさんに提出していたところとんでもない一言が告げられた。えっどういうこと、形式だけってもしかして俺余計なことした?そうだよな、よく考えたら何一つ悪くないエルザを逮捕しようもんなら地方ギルドを敵にまわすことになる。そんな無謀なことはしないか。まてよ、てことはナツと同レベルなの俺……なんだこの徒労感。どうすればいいのこのメンタル。あーもう今日は何してもダメな気がする。布団を頭からかぶってもだえたいので早退していいですか。

 

 自分の馬鹿さ加減にへこんでいると座っていたエルザがこっちに歩いてきた。

 

「ナツには牢の中で礼を言ったがハザマにはまだだったな。助けに来てくれてありがとう」

 

「いや余計なことしたみたいだったし、あーほんと出しゃばってすいませんでした」

 

 申し訳名ねぇなおい、逮捕されたって聞いていて冷静な判断ができなかった。かなり無茶なことだし、もとから評議院に睨まれていた妖精の尻尾(フェアリー・テイル)が喧嘩を売っただけという。これで評議院の印象も大分悪くなっただろう。事件を引っかき回して余分な罰を受けることになったエルザには頭を下げるほかない。

 

「確かに賢い行動だったとはいえないな。ナツもお前も自分たちがした行動で妖精の尻尾(フェアリー・テイル)の立場を悪くしたのは事実だ」

 

(おっしゃるとおり過ぎてぐうの音も出ねぇ)

 

「……だが私はうれしかった。それに妖精の尻尾(フェアリーテイル)の私たちは仲間を助けようとしてとった行動なら誰もお前を責めないさ」

 

 そう言い切ったエルザの言葉に周りで酒をあおっていた連中が親指を上げてうなずく――最高かよお前ら。

 

「そうよ仲間を見捨てないのが妖精の尻尾(フェアリー・テイル>)の強さなんだから。でもまさかこんな大事になるなんて思ってなかったけど」

 

 ミラがいっているのは新聞の一面に載っている記事のことだろう。誰かが呼んで、出しぱなしにしている新聞の見出しにはこう書かれている。

 

【評議院のずさんな管理。禁忌魔道具の指定にも問題あり、評議院二ノ席責任をとって辞任】

 

 記事を軽く目を通すと先日のクヌギ駅の壊滅が|鉄の森《アイゼンヴァルドによって行われたか、そして奴らが盗んだララバイがゼレフの魔法の一つであることや、今回の事件の責任をとって二ノ席、オーグ・モールトリスが辞任することも書かれている。

  国の方も明確に評議院と事を構えることを避けたかったのだろう。事件の解決には魔道士ギルドが尽力したことも伝えられているつまりは俺たちのことだな。

 

「ハザマそう言えば伯爵から手紙が来ていたわよ。それにしてもよく伯爵とすぐに会えたわね。普通なら門前払いされるところよ」

 

 ミラが手渡してきたのはやたら高級そうな紙で封蝋にはやたら細やかな細工がほどこされた一品だった。封を切ると中には住民達の救護に対する感謝の言葉と、これからもマグノリア国民として国のため勤勉に働くようにと書かれていた。いかにも決まり切った言葉といった感じだな。そりゃそうか、あっちからしたら会話をする必要もない関係。正直手紙が来ただけでも驚きである。

 俺が伯爵とすぐに会えたのには理由がある。単純に顔見知りだったのだ。残念ながら良好な関係とは言いがたいが……。

 

「町を壊した後修理するときに確認のため視察に来ていた伯爵と話す機会がありましてね。具体的にはナツとかエルフマンとかがやらかした時が多いです。はい」

 

 その時もしかめっ面でこちらをじっと見ていただけだったもんな。とりまき連れて、こっちからしたらどういう対応したらいいのかわからず。下手な敬語とかしか使えなかった。周りの人がすごい顔で引いてたし、印象は悪かっただろう。

 

「――そういえばエルザ!!お前との勝負がまだ付いてなかったな」

 

 走り回っていたナツがUターンして戻ってきた。どういうことだ。何事、なんでエルザに殴りかかろうとしてるの。

 

「今日はゆっくりしたいんだ。また機会があればな」

 

「問答無用だ、くらベっ」

 

 殴りかかってきたナツの拳をわずかに体を反らせることで回避する。流れるような動きでナツに背を向けると強烈な回し蹴りをナツへ叩き込む。

 

「良かろう私も魔道士だ、さあ戦おうか」「――勝負ありぃー!!」

 

 いきなり始まった勝負は終わりも突然だった。エルザのカウンターで吹き飛ばされたナツハ壁に叩き付けられ近くで確認するまでもなく気絶しているようだ。

 

「エルザつえー」「流石フェアリーテイル最強の女魔道士」「あいつ……クッ不意打ちして一撃ってプハ…ださすぎろ。ぎゃはははは」「この前の賭けって結局どうなったんだ」

 

 ……こいつらはしゃぎすぎだろう。この程度でどうにかなる奴じゃないが一応確認……しとか…。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 カウンターテーブルに直接座っていたマカロフを強烈な()()が襲った。今まで騒いでたのに突然バタバタと倒れていくメンバー達、これだけ多くの魔導士を一度に眠らせる魔法を行使できるのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)の中でも一人しかいない。この魔法に抵抗できたのはマカロフ、倒れようとしていたハザマを抱きとめているミラ。あとは二階にいたラクサスだけのようだ。エルザも本来なら起きていられたはずだが、評議院の地下牢で見た目以上に疲弊していたようだ。

 

「奴が来たようじゃな」

 

 S級時代の眼光で入り口を睨めつけていたミラがその言葉を聞いて警戒を解く。その威圧感に一番近くで受けたハザマはうなされているようで、ウンウンうなりながら顔をゆがませている。

 

 ――マカロフは見た。少しの間、抱き留めていたハザマを見つめていたミラは、笑顔を浮かべハザマを強く抱きしめると背中から何の躊躇もなく床に倒れた。バタンという衝撃音が寝息だけの空間に響き渡る。結構大きな音だったのにもかかわらず誰も起きない。

 

(……おぬしはレジストできておったじゃろうに。それにしても奴は一体どんな強力な眠りの魔法をかけたのか)

 

 ミラは笑顔で眠りについているので多分問題ないのだろう。圧が消えたからか、ハザマの顔も普通の寝顔に戻っている。だがこれほどの威力の眠りの魔法は、本来なら大型の魔物に対して使用されるレベルのものだ。奴の秘密主義にも困ったものだと眠気でおぼろげになってしまった頭で考える。すると入り口から一人の黒い外套の男が入ってきた。彼の顔には頭を額当ての付いた帽子と顔の下半分を覆う大きなバンダナからその顔を確認することはできない。足と腕には包帯が巻かれておりわずかに肌が確認できるのは目元のみといった有様だ。

 

「ミストガン……」

 

 名前を呼んでもそれに応えることはなく、前回のクエストの達成報告書とクエストボードから抜き取った依頼書を一枚ずつカウンターに置く。たしかこの依頼はエルザに行ってもらう予定だったものだ。他のメンバーならともかくミストガンが向かうのなら何の心配もいらないだろう。

 

「……これを頼む」

 

 マカロフが依頼書を受け取ると来たときと同じように真っ直ぐ外へ向かうミストガン。

 

「――おい、眠りの魔法を解かぬかっ!!」

 

「伍。肆」

 

 外に近づくにつれ数を数えるミストガン。

 

「参、弐」

 

 外に出ると幻影魔法を展開し、そこにいるとわかっているマカロフにさえもその姿がだんだん認識できなくなってくる。

 

「壱」

 

 彼の姿が完全に消えると同時に今まで起きることがなかったメンバー達は目を覚ます。

 

 姿を見られたくないという理由で同じギルドの仲間達に遠慮なく魔法をかけるのは他の問題児達とは方向性は違うが十分問題ありだ。マカロフは騒がしくなってきた広間で小さなため息をついた。

 

 

◇◇◇

 

 ああ、これは夢だな。そう確信できる夢を見るときがある。暖かい空間を漂いながらまどろんでいるこの状況は現実ではあり得ないものだ……夢の中でも眠るとは俺はどれほど睡眠を欲しているんだ。自分の精神状態が少し心配になる。いつまでもこの中にいたいという気持ちがあるのだがだんだん周りが騒がしい、仕方ない起きるとしますか。

 

 

 意識は覚醒したがまぶたは開いていない現状。ベッドから出て起きようと腕に力を入れると手に柔らかなクッションがある。はて、うちのベッドにクッションなんておいてたっけ。

目を開けて確認するとあおむけで目が潤んだミラとその胸を鷲づかみにしている俺の右手………………………くぁwせdrftgyふじこlp!!!!!!

 

 すぐに飛び退き床に頭を押し当て無言の土下座。正直体が勝手に動いただけだが、待ってマジでなにこの状況。何でミラを押し倒してギルドで寝てるの俺、落ち着けまずは状況の把握が大事だ。今日の朝ご飯は何だったけなー…………って食ってねえよ!!

 

 とにかく思考が定まらず床に額を押しつけたまま頭を必死に回転させていると、後頭部に殺気を感じた――緊急回避!!横にローリングすると目が血走った色黒の大男。ミラの弟のエルフマンが腕を黒く毛深い者に変化させ、さっきまで俺が頭をつけていた床に穴があいている。

 

「――人の姉ちゃんに何してくれんとんじゃー!!」

 

「いや俺何したの落ち着こっ――ヤベっ!!」

 

 どうにか弁解をしようとしているその間にも煙だったり、銃弾だったりとにかくいろんな魔法が俺に降り注ぐ。――ぬぉぉぉ!!とっさに念糸を屋根の梁に伸ばし上へとどうにか逃れる。

 

「おまっお前ぇぇぇ。なんてうらやまっ、けしからんことを――」「女の敵っ」「……コロス」

 

 ミラの方にはルーシィがフォローのためそばに駆け寄っている。ていうかあの人が攻撃してこないのが一番解せない。二人でクエストに言ったときとか、おいてあるミラの荷物をとろうとしたら殴られた位には手が出やすい人だったんだが……。それよりもさっきから下で遠慮なく魔法をぶっ放してくるあいつらをどうにかしないとギルドが壊れる。懐から自分の姿をした式神を十体展開しそれぞれ出口に向かわせながら一緒に脱出する。どの顔も混乱しきっており冷や汗がダラダラ落ちている。なるほど今俺の顔はあんな感じかってそんな場合じゃねえ。

 

――外に出た時点で生き残りが三体になってしまっているのを感じる。あいつらマジで攻撃してきている。これは本気で逃げないと殺されるな。いまだに何でミラの胸をつかんで寝ていたのかわからない混乱している頭でも一つだけはっきりとわかることがある。

 

「――今日は厄日だぁぁぁ!!」

 

 この叫びの四十秒後ハザマは捕まることになり、その後彼を見た者はいない(笑)。

 




 最初の方の妖精の尻尾って、ラクサスとエルザとミストガンなら誰が一番強いんでしょうね。個人的にはラクサスが一番強そうな気がするんですがけど。


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時間が解決してくれる

 お気に入り登録ありがとうございます。年末って何でこんなに忙しいんでしょう。


評議院第八支部。普段ならクエスト依頼やが受付がいる程度のこの支部が職員が右へ左へ人が行き交う修羅場へと変貌していた。待合室には開封作業も進んでいない荷物が乱雑に積まれており、歩くのにも苦労する有様である。普段は平和なこの支部がこんなことになってしまったのには理由がある。それは……

 

「この書類は全部没だ書式が違うし、表が見にくすぎだ。すぐ書き直させろ!!予算案の再検討は済んでいるのか、朝一番に見せるように言っていたんだがまだ届いていないぞ。全く目の回る忙しさっていうのはこのことだな。」

 

 評議院の第十席ジークレインがそこにいた。魔法界のトップがこの小さな支部に一体何の用があるのか。わからない彼は奥の会議室を丸々一つ自分のものとし、どこから持ってきたのかわからない高級そうな椅子に座り仕事を行っていた。この男ほどの権力者ともとなれば部下の数もそれなりにいる、にもかかわらず彼は部下を派遣せず自らここで仕事を取り仕切っている。現場にいつもはいない上司が一番忙しいときに来るとかどう考えても邪魔にしかならない。ハザマは今までの依頼のなかにもこのようなことがあり、実はおまえら暇なんじゃないかと常々胸の中で考えている。

 

「いや悪いな、この三日間はここに泊まりこみなんだ。突然仕事が増えたからと言って今までの仕事がなくなるわけじゃない。だからこの有様ってわけでな悪く思わないでくれ」

 

 周囲に山積みにされた書類の束を手に取りながら芝居がかった動きで話しかけるジークレイン。彼が話しかけた相手は顔が腫れ上がったハザマであった。何回か打ち合わせをしたときはこのような事にはなっていなかったところを見るに、このけがはクヌギ駅の修復中もしくは修復後につけられたものだろうとジークレインは推測した。

 

「ところでその顔のけがについて聞いても」

 

「聞かないでください……」

 

 目線を下にそらしながら不幸のどん底にいるかのような表情のハザマ。気のせいかジメジメした泥のようなオーラすらまき散らしている。

 

「そうか――なら手短にいくか。報告書の通りならクヌギ駅の復興はほぼ完了したと受け取っても良さそうだな」

 

 手渡された書類に目を通しながらもう片方の手でサインし続けている。

 

「まだまだ完了にはほど遠いと思います。修復できたのは線路と駅舎と周囲に建物のみ、周りの民家や商店を戻すには人手が必要です」

 

 ハザマ達が行ったのはクヌギ駅の周辺の主要建物と線路の修復のみである。そもそも依頼にあったのが駅機能の修復であり、期限もギリギリであっため作業をいったん終了して報告に来ている。壊れたモノをそのまま残して帰ってくるのは気になったがそういう契約なら仕方ない。

 

「おいおい、お前や派遣した錬成魔法が使える魔道士は人手不足だ。同じところに長い期間拘束することはできない。これからは魔法を使わない復興で十分だと判断した」

 

 魔道士と一口にいっても使える魔法は個々人によって様々である。大体が特異とする依頼の種類があり、それに適した魔法を使える魔道士達が集まりギルドとなる。そのため妖精の尻尾(フェアリー・テイル)のように依頼を選ばないギルドは数が少ない。

 だがその中に修理や治療を専門としたギルドは存在しない。回復魔法を使えるものは医者として認められておらず、あくまで応急手当というくくりになる。そのため戦闘系の大手ギルドにほとんどが所属しておりその数は全くといって足りていない。回復魔法の使い手そのものが希少であり、ポーションやその他の魔道具は総じてかなりの時間と金額がかかる。時間を気にしないのならば魔法を使わず修理するのは間違った選択ではない。

 

「私が派遣された理由は鉄の森(アイゼンヴァルド)が犯した罪を魔道士として償うことだと考えていたのですが」

 

 現に周辺住民のハザマ達に対する印象は最悪であった。『自分たちの町を滅茶苦茶にした犯人と同類の者の手など借りてたまるか』という声が住人達から多く聞こえた。最初は駅周辺に立ち入ることすらままならず、目の前に崩壊した町があるにも関わらず手を出すことができないもどかしさを噛みしめることしかできなかった。

 

「確かにそういう側面もあったな。魔道士の不始末は魔道士が解決する実に立派な心がけだ。だがそれをすれば俺たちのメンツはどうなる。魔女狩りや異能排斥の歴史はお前も知ってるだろ」

 

 その昔、魔法を使う魔道士は魔法を使えない非魔道士に迫害されていた。評議院とはそんな魔道士を非魔道士から守るために作られた面がある。過去の評議員の中には必ず非魔道士が名を連ねていた。非魔道士の中にも魔道士との共存を訴えた人たちがいたのだ。時は流れ魔道士が社会に溶け込めるようになり百年ほどがたち、今では魔道士は国に対抗できるだけの力が付いた。魔法なしでは社会が成り立たなくまるほどだ。だが非魔道士の争いの傷跡は互いの間に確かに存在し互いに違うと認識していることが浮き彫りになる。

 

「…………」

 

「他に言うことがないのなら退出してくれ。見ての通り仕事に潰されていてね、余計なことをしている暇はない」

 

 部屋からハザマを退出させ一人になったジークレインは報告書に目を通す。この報告書は鉄道会社が作成したものだ。数十枚の紙にはびっしりとチェック項目ありそのすべてに完了の印がつけられていた。魔法の常識として同じモノを傷つけるのと直すのには消費魔力に大きな差がある。マグノリア鉄道が指定してきたクエスト内容を期限内に達成するとはジークレインもおそらく依頼を出してきたマグノリア鉄道も全く考えていなかった……だが現実に依頼は完遂された。

 

(あの短時間でこのクエストを完璧に終えるとはやはりお前は計画に邪魔だな――ハザマ)

 

 思案にふけるジークレインの手元の書類には深いしわが刻まれていた。

 

 

◇◇◇

 

 ふぃー疲れた。評議院の支部から出てきた俺はさっきまでの息のつまりを払拭するために大きく深呼吸する……それにしてもわざわざ直接報告することまで指定してくるとは役所仕事というか融通が利かないといくか。全く勘弁してほしい。

――イテテ、深呼吸した際腫れた頬を動かしてしまったらしく思わず顔がゆがむ。仕方なかったんだ。あの後、酒場から飛び出した俺は持てるすべての技術を使って逃げようとした。追いかけてきたのは普段は問題児ばかりだがその力は折り紙付き、撹乱に放った式神もあっという間に潰され元々身体能力に大きく劣る俺はあっという間に捕獲されてしまった。ボコボコになった俺をミラの待つギルドまで連行する仲間たち。その扱いはどこから持ってきたのかわからない棒に両手両足を縛り上げ、まるで今から料理されるブタを調理場に運ぶかのようだった――二度と味わいたくない。

 

 ギルドに連れ戻された俺はミラの前に放り投げられる。今回の件非は俺にあるのだろうか。いきなり眠りの魔法をかけられ倒れた先で、そばにいた女性を押し倒しその胸をわしづかみにした俺……。

――お客様の中に優秀な弁護士の方はいらっしゃいませんかぁぁぁぁ!!落ち着け人に頼る前にまずは自分でなんとかする方法を考えなくては……………ミラさんのご機嫌をとって許してもらうしかない!!

被害者はミラジェーン・ストラトス俺が知っている彼女はすぐに手が出るタイプの男勝りな女性で、その戦闘スタイルは荒々しいものでその被害は甚大なモノだった。その影響が今のナツ二人分よりも大きかったといえばどれほどのものかわかっていただけるだろう。しかしある事件がきっかけで彼女は魔道士としての活動を休止する。それからは今までの傍若無人ぶりが嘘のように優しく美しい妖精の尻尾《フェアリー・テイル》の看板娘として魔道士としてよりも有名になった。今ではグラビア写真集の表紙を飾っている彼女が元S級魔道士だと知っている人はほとんどいないだろう。だがその性格はS級時代から何一つ変わっていないと俺は睨んでいる。根拠は関知できる魔力や普段のたたずまい等がミラ現役の時と何一つ変わっていない。コンビを組み妖精の尻尾《フェアリー・テイル》の中でも一緒にいる時間が長かったからわかったことだ。むしろ魔力の質や安定感は今の方が増している気さえする。つまり何が言いたいかと言うと…………俺死んだわ。

頬につけられた痣は取り押さえられる際、野郎どもにつけられたものだ。あいつら『うらやましいんだよ。こんちくしょう』とか『――シネ』とか言いながら人を足蹴にしてくるからなミラの前に引きずり出された時にはボロボロで前もろくに見えなかった。

 だが体の傷よりも今から行われる処刑のことばかり考えていた俺は体をガクガクと震わせ今にも漏らしそうな有様だった。(あくまで漏らしそうであり漏らしてはいない……決してない)

 

「大変血が出ているじゃない……」

 

 頬から流れている血をハンカチで拭う。このとき何をされるのかもわからなかった俺は目からボロボロと流しそうになっていた。(あくまで流しそうであり流してはいない……決してない)

 

「そんなに怖がらなくてもいいわよ。ハザマがわざとこんなことできる人じゃないってことは私がよく知っているから。ほら鼻水が出てるわよ」

 

 鼻を布で擦られる感触がする。俺の意識はここで途切れているおそらく日頃の疲れがここで限界を迎えたのだろう。(恐怖のあまり気絶した可能性はなきにしもあらず)

 

 

その後ギルドの床で目が覚めた。窓から見える空は星空で腹の減り具合からかなり遅い時間だと推測できる。普段の喧騒からかこの場所の静けさに違和感しか感じない。あたりを見回すと誰もいないと思われた酒場の一カ所だけ明かりがともっていた。

 

(……こんな時間まで誰かのこっているのか?)

 

 普段なら軽い酒盛りが終わったら皆自分の家へと帰っていく。ここは酒場の形をしているが本来の役割はあくまでギルドだ。普通の酒場のように夜遅くまで営業していることはあまりない。というか皆が皆飲むだけで配膳やら料理やらをする奴が少ないことも原因だろう。

 

「ようやく目が覚めたか。まったくお前さんも間が悪いというか無謀というか……」

 

 カウンターに座っていたのはマスターだった。いつもなら夕方にでもなれば帰るのにこんな夜遅くまでなぜ……。

 

「流石に気絶した仲間を置いて帰るわけにもいかんじゃろ。元はといえばミストガンの魔法が原因じゃしな。まあそれにしても胸をもんだのはお前じゃがな」

 

 それを言われると俺は何も言えない。あのできることならマスターの方からミラにどうすれば許してもらえるか聞いてもらえませんかね。いや決して直接話すのが怖いとかそういうのじゃないから。ほらあっちも俺の顔なんて見たくないでしょうし。

 

「わしから言ったところで何も変わらんぞ。強いて言うなら落ち着いたらしっかりと詫びをいれるんじゃな」

 

 お詫びと言われても何をしたら良いのか……。真っ先に思いついたのがプレゼントを贈るというものだったのだが、果たして女性の胸をもんでしまった時に適切なプレゼントとは一体なんだろう。胸を守るプレートアーマーでも贈れば良いのか……間違いなく殴られるな。

 マスターに何を贈るべきか聞こうとするもマスターは俺が目覚めたのを見届けるとさっさと帰ってしまった。え、俺ギルドの鍵持ってないんですけど。

 

 

 

 

 その後は朝が来るのを待ってから報告のためここまで足を運んだのであった。つまり何一つ解決せずここにいる。ここまで回想して一つ気づいた事がある。それは偉大なるマスターの言葉の中にある。『()()()()()()しっかりと詫びをいれるんじゃな』さすがはマスターお互いに冷静じゃないこの状況なら時間を置くのが一番の解決策だと言いたいのだろう。だが、このまま何もせず家に帰り時が過ぎるのを待つというのはあまりにも外聞が悪すぎる。ちょうどやり残してきた仕事もあるし、次に向かう目的地が決まった俺は最最寄り駅に足を向けるのであった。

 




 


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逃げた先に……

遅れてしまい申し訳ありません。皆さんも体には気を付けてください。


 ララバイを巡る一件で壊滅的な被害を受けたクヌギ駅。魔道士達による復興によって駅の機能としては回復したがここで暮らしていた人々が元通り生活できるかと聞かれたらその答えはノーだ。道には崩れかけた建物が並びまだまだ傷は癒えていない。

 だがそんな中でも人々の顔は悲観的ではなかった。誰も彼もが自分にできる精一杯の事をしていた。男も女も老いも若いも関係なく自分たちが暮らす大好きなこの場所を元に戻そうと懸命に生きている。

それに比べて俺はミラに会うのが気まずくて逃げるためにここにいる。なんてダメな男なんだ。自分の悪いところばかり頭に浮かんで嫌になるがかといって今すぐに謝りに行けるかと言われれば答えはノー。足取りは重く気怠いが真っ直ぐクヌギ駅の中心へと向かう。

 

 

 

 クヌギ駅の駅舎はエリゴールの魔法のせいで全て瓦礫になった。そのため修復に使える材料がなく簡単な屋根を設置することしかできなかった。だがその下には各地から集められた資材が山のように積み上がっていた。

 

「大通りの方は十分な資材が届いているなこのまま予定通りに進めろ。食料は南倉庫へあそこならまだ空きがあるはずだ」

 

 ここが駅という物流拠点であった事が幸いだった。線路さえ元に戻れば継続的にものを送り続けることができる。ものが届くというのは人とのつながりである。誰かかが作り誰かが運び受け取る。単純に考えただけでもこれだけの人数が関わっている。

 

 

「おい!工具を出しっぱなしするな。東地区は道ができてないから材木を運ぶのはあとででいい」

 

「そこが終わったら次の場所が待ってる。夕方までに予定の分は終わらせるぞ!!」「布はこっちだどこ持っていく気だ?」

 

 続々と運ばれてるくる荷物にクヌギ駅の人々はこう思った。へこんでる場合じゃねえとだが、彼らも最初からこんなに前向きだった訳じゃない。家が壊され怪我をしてよそ者特に魔道士に敵愾心をむき出しにしていた。そんな彼らの心を解きほぐすきっかけになったのが今駅で陣頭指揮をとっている男。ここに物資を大量に呼び寄せた仕掛け人。あいつがいなければ俺たち魔道士がここで復興の手伝いをすることはできなかっただろう。

 

「おや?これはこれは駅の周辺を直したらさっさと帰ってしまった魔道士ではないか。迅速な仕事。実に素晴らしい」

 

 顔は笑顔だが言葉の内容は毒にまみれている彼こそがベルーシャ・M・ポーター。この国有数の商人ギルドであるホーランド商会の所属の商人で今この場にいることから分かるとおり行動派だ。

 

「手伝えることはないのかと思いましてね。中途半端な状態で投げ出すのは性に合わないんですよ」

 

 心配する感情もゼロではない。逃げるためにここに来たことはかくしてあくまで善意の手伝いであることを強調する。

 

「それはそれは歓迎しよう。見ての通り人手はまったく足りていないのでね。お友達を連れてきてくれても良かったんだがな」

 

この男!!うちのギルドの評判を知っての言葉なのか。あいつらがここにいようものならものを直すどころか壊す一方だぞ。その場のテンションで動くからな悪気がない分たちが悪い。ああいうのをバカと呼ぶんだろう。

 

「いえいえ当事者として代表して私が来ているということで」

 

 思い起こされるのは衝撃的な出会い。彼は引き連れた馬車や魔道四輪車の先頭で腕組みをしながらにらみ合っている非魔道士の人々は俺たちに対して道具を構えて暴力もいとわないといった態度だ。一方の魔道士(おれたち)もクエストを何が何でも遂行しようと緊張状態が続いていた。そんな中突撃してくる馬車と魔道四輪車の群れ何事かと顔を向ける。

 

 町に魔道士を入れることを頑として認めなかった住人達をこの男は自らの力で集めた物資を後ろに控えさせながらこういった。

 

「おまえ達は愚かものか?手段を選べる立場か?この線路が使えないことによって一体どれほどの損失が生じ、その補填を一体だれが行うのか考えろ。金が人が信用がこの線路が使えないだけで止まっている」

 

 商会の西側と東側とをつなぐ一番太い物流のパイプが切断されたのだ。その影響は領地を管理している貴族よりも利用している商人や移動に使う一般人のほうが問題だろう。空路や海路といった別の手段もないではないが列車で運ぶ予定だった荷物がそれらに流れ込み国の物流網は混乱している。

 

 そんな大きな話をされても困る俺たちは目先のことで手一杯なのだ。なまじそれが正論であるが故に返す言葉が出てこない。

 

物言いは高圧的で傲慢だ。突然降ってわいた乱入者に一人の住人が勝手なことを言うなとつかみかかる。駅で人足として働いていたであろう彼の腕は太く。小柄で偉そうなこの男くらいなら簡単にへし折ってしまいそうだった。

 

「なんだぁおまえは急に来てここは俺たちの町だ。誰の――ぐべぇ」

 

 立ち塞がる住人に対して男は財布で頬を殴りつける。金貨がパンパンに詰め込まれた財布は鈍器になり得る事を俺は今日初めて知った―……歯が欠けていないか心配だ後で手当してあげよう。

 

「私は暴力が嫌いだ。人間として対話をせず相手を一方的に傷めつける行為を憎む。一方的なのは良くない。大事なのは循環させることだ。それを阻むというのならそれ相応の覚悟をしてもらおう」

 

(暴力が嫌いだといいながら鈍器で人を殴りつけるこの男絶対にやべえ奴だ)

 

ここにいる全員が例外なくそう思っただろう。しかしこの場を満たしていた怒りの空気がこの男に呑まれた。まさに毒をもって毒を制すという奴か。

 魔道士が憎いという感情も魔道士が怖いという恐怖もせっかく助けに来たのに恩知らずな奴らという意識もすべて吹っ飛ばしてしまった。

俺たちがにらみ合っていた時間が無駄なものに思えてくる。もしかして最初からこれを狙って?

 

「だ、だけどこいつら魔道士達の所為で俺たちの町が壊されたんだぞ。そんな奴らの助けなんか借りれるかよ」

 

 エリゴールがたった一人で引き起こした惨状は人々に魔道士を恐れさせるには十分すぎた。切りつけられた人、吹き飛ばされた人そして壊滅した町。口でいくらそんな事しないといっても魔道士がその気になれば魔法をつかえる事に変わりはない信用しろというのが無理な話だ。必要以上に気が立っているのもその所為だ。

 

「すでに助けられているのにそれを知らずに拒むとは滑稽だな」

 

見下した態度のままあざ笑う男。反対の右手で財布をブンブンと振り回しているその様は暴力が嫌いな者の扱いではない。常日頃から右手の鈍器で人を殴っているもののそれだ。

 

 

「――どういうことだ」

 

「どういうことも何も駅が壊滅したにも関わらず、死者もなくほとんどが軽症で済んだ理由くらい想像できるだろう。まさか自分たちの日頃の行いが良かったからなんておめでたい頭はしてないよなお前からも言ってやったらどうだ?妖精の尻尾(フェアリー・テイル)

 「そういえばあの時同じ顔の人達に助けられたような……」「てっきりあいつらの魔法のせいで幻をみせられたもんだと」「紐でグルグル巻きにされて何も見えなかった」「え、かわいい金髪の子いなかった?」

 

 ベルーシャの言ったことに心当たりがあったのか人々がガヤガヤと騒ぎ出す。

 なんてことだ俺の必死の救護活動が敵の魔法だと思われていたとは……。確かに同じ顔の人間が何十人もいたらそれは恐怖映像間違いなしだな。もしかして今までのクエストの後微妙に距離をとられていた原因って……まてなんで俺のことしってるんだ?

 

「そういうお前は何者なんだよ。ここの奴らもお前もおとなしくしとけばそれでいいんだよ」

 嫌な想像を振り払っている間に一緒に派遣された同僚が首を突き出して怒鳴っていた。見るからに非魔道士を見下した態度に胃が痛い。わざわざこんな場所にまで足を運ぶキャラが濃い奴は大体、敵にまわしたらまずい奴だ。しかも俺の情報を握っているなんてどうしようもない今まで培ってきた経験が慎重になれと言ってるんだがこいつ俺の言うこときくのか?

 

「おい!!よせ。だがこちらとしてもあなたが何者か知らないと困る。評議院としても部外者の介入を許すわけにはいかない」

 

 同僚をいさめつつ相手には毅然とした態度で問いかける。本当は下手に出たいのだが評議院の復旧魔道士隊の隊長が俺である以上そういうわけにもいかない。面子というものは拘れば邪魔になるが、なければ相手にしてもらえないという面倒くさいものだ……嫌すぎる。

 

「そうだな確かに名乗っていなかった。俺はベルーシャ・M・ポーター、ホーランド商会マグノリア支部の支店長だ。以後お見知りおきを」

 

 戯曲じみた身振りで自己紹介をしたキザでむかつく男は意外と素直に名を名乗った。だが問題なのはそこではない重要なのはこいつの所属しているのがホーランド商会であるということだ。ホーランド商会はこの国で五本の指に入る大商会である。それだけでなくホーランド商会はマグノリア発祥の商会ではない。他の商会が王家や貴族の紐付きであると言えばその異常さが際立つ下手をすれば国に喧嘩を売るよりもやばい相手と言うことだ。

 

「そ、それで無関係の商人がここに何のようだ。配達の引き渡しかにしては随分と仰々しいな」

 

 さっきから勝手にしゃべってるこいつ、いい加減黙らねえかな。震えている声で威圧しても滑稽に映るだけだと気付けよ!!実力行使くらいしか俺たちがこれをどうにかする方法はないだろうに。いや、こんなお偉い人が護衛も付けずにノコノコ来るわけはない。となれば後ろに控えている何人かはその類いの奴らか。この男の一連の行動に驚くこともなく荷台から物資の積み卸しをしている奴らの中に事が起これば即座にベルーシャを守れる位置にいる奴ら。俺も身内みたいに見ただけで相手の実力が分かるセンサーがほしい。いやそうすれば非常識の仲間入りか――やっぱりノーサンキュー。

 

「はぁーまったく」

 

 ため息を吐いて近づいてくる人物に横にいる同僚がびびっているのがよく分かる俺も同じ気持ちだ。一体何を言うのかと思って身構えているとさっきと同じように財布による殴打が行われた。

 

 えぇぇぇぇぇぇぇ!!自然体で行われた蛮行に思考が追いつかない。ここまで人を躊躇なしに殴れる人物を俺は数えるほどしか知らない。殴られたこいつも予想外だったのだろう。頬を押さえて呆然と見返すことしかできないようだ。

 

「それはさっき言っただろうが同じ事を何度も言わせるな。無関係だとぉ?理解できないようだから心優しい俺が脳みそに刻み付けられるようにもう一度簡単に言ってやろう。俺が結んだ契約がこの線路が断たれた事によって遂行できないんだよ。分かったら手を動かせ無駄な時間は一秒もない」

 

 驚くほど自分本位の理由だった。こういうのには逆らわないのが吉なのだが、はい分かりましたと素直に従うことはできない。実際には邪魔をする理由はないどころか率先して修復作業をしたいのだが……。

 

「待ってくれ無計画に直してもしょうがないだろう。ここに実際に住むのは彼らなんだ。直した結果彼らに不便を強いるのでは意味がない」

 

「お前は俺をどれほど無能だと思っているんだ。そんなものはとっくの昔にできている決まっているだろう」

 

 書類の束をひらひらとこちらに見せつける自己中野郎。この場にこれだけの物資を持ってくるだけでもかなりのスピードなのに駅町の設計も完了しているとは……どうせ形だけのものだろうと手に持っている書類を確認するとマグノリア鉄道監修の駅の設計図、その他建物建築の許可証、町再生のスケジュールなど多岐にわたっている。いくら評議院が事件をもみ消すために無駄な時間があったとはいえどんな方法を使えばそんな事が可能なのか想像する事もできない。

 

「他にしゃべることはあるか?ないな?ならば今から仕事の時間だ。マジシャンもノーマルも関係ない。全員俺のために働け」

 

 こうしてクヌギ駅の復興は一人の男のわがままな命令から始まった。

 




お気に入り登録等ありがとうございます。次回はもう少し早めに更新したいと思っています。


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5人のS級

 お気に入り登録ありがとうございます。なんとか定期的に投稿できるように頑張ります。


 さて時と場所は移動してハザマが気絶したところに戻る。妖精の尻尾(フェアリー・テイル)で突然気絶したハザマを抱き留めるミラ。彼女は鼻水と涙でむごい有様なハザマの顔をハンカチで拭っている。普通なら汚くて近寄りたくもない状態だがミラは笑顔を浮かべながら優しく拭う。その様は慈愛にあふれ神聖で輝いて見える。

 

「おいおい処刑の時間は終わりかよ」「ミラさんに顔を拭いてもらうとはなんてうらやましい。あいつの顔よそ様にはお見せできないようにしてやる……あとでな!!」

 

 ミラがそばにいるため、ハザマに刑を執行することができない奴らが手をこまねいている。歯ぎしりしかできず眺めている彼らは他者を妬み自分より幸福な人を許すことができなくなってしまっている。今彼らに近づくのは危険だ。

 

「それにしても一体今のは何だったの。突然みんな眠っちゃうなんて……」

 

 ハザマの処刑には参加しなかったルーシィが散らかったテーブルと椅子を元の位置に戻しながら何が起こったのか考えていた。すべては一瞬の出来事だった思い返そうにも急な眠気に襲われ目が覚めたらミラの胸をわしづかみにするハザマ。処刑されるのは当然の報いだと思っていたが殺意に支配された彼らに関わりたくなかったので隅のテーブルでおとなしくしていたのだ。

 

「今の魔法はミストガンの魔法だね」

 

「……ミストガン?」

 

 初めて聞く名前にルーシィが問いかける。ハザマを処刑するためにメリケンサックを装備したロキが爽やかな笑みを浮かべて答えた。自分が女の子とイチャコラしているくせに人がイチャイチャしているのを見るのは大嫌いというどうしようもなく心が狭い。だがそんな彼がルーシィの顔を見るとその顔が固まった。

 

妖精の尻尾(フェアリー・テイル)サイキョウコウホの一人だよ」

 

「えっ、最強の魔道士ってエルザじゃないの!!」

 

 あんなに強いナツを一撃で仕留めたエルザが最強だと思っていたルーシィは思わずロキに大声を上げてしまう。

 

 その声に驚いたのかロキは飛び退き、後ずさりしながらルーシィから離れていく。彼はどうやら精霊魔道士特に女性が苦手らしく、ルーシィが精霊魔道士と知った途端に態度ががらりと変わった。それまでは顔を合わせるたびに食事に誘うような男だったのに、今ではそばに寄りつこうともせず話をしようとすると下手な嘘をついて会話から逃げるようになってしまった。

 噂では昔、女精霊魔道士に手ひどく振られそのトラウマから精霊魔道士を避けるようになったらしい。

 

(正直ナンパはうっとうしかったけどそんな態度ってないじゃん)

 

 ナンパされていた時は嫌だっただが、今のようにおびえながら接せられるというのも乙女的にはどうかと思うのだ。ルーシィは不満に頬を膨らませた。

 

「何でかは知らないが誰にも顔を見せたくないらしくてな。依頼の受注や報告をするときにはこうやって全員眠らせちまうのさ」

 

 ロキが離れていったので説明はグレイが引き継ぐ。彼もルーシィと一緒でハザマ捕獲隊には加わらずテーブルから騒動を眺めていた。理由を聞くと痴話喧嘩には興味がないらしい。

 

「――なにその危ない人!!」

 

 人の意識を奪う魔法を自分の姿を見せたくないからと言う理由で無差別に振りまくとは、妖精の尻尾(フェアリー・テイル)には問題児しかいないのか。思い起こしてみると町を半壊させたナツ。一見ルールに厳しく理想の騎士を体現しているようだがよく見ると人の話を聞かないエルザ、すぐに服を脱ぎ出す変態(グレイ)、胸をもんだ変態(ハザマ)

 

(――まって私が一緒にクエストに行ったメンバーに常識人がいない。ていうか半分が変態じゃない!!)

 

「だからS級の魔道士なんだがマスター以外誰も奴の顔をしらないんだ」

 

 ルーシィが今何を考えているのか知る由もないグレイは説明を続ける。

 

「えっでも誰か怪我したりとかしないの。突然眠らされるなんて頭でも打ったら……」

 

「それが不思議なことにミストガンの眠り魔法で怪我した奴はいないんだよな。もしかしたらあいつ入るタイミング見計らってるんじゃねーか?」」

 

 顔を隠した男がギルドの前でウロウロしているところを想像するとちょっと、いやかなり怖い。気味の悪い事を考え続けるのは良くない。

 

「今回ハザマがボロボロになってるけど」

 

「あれはじゃれてるだけだろ」

 

 ボロ雑巾のような有様にされたハザマがミラの手当を受けていた。あれを見てじゃれている表現できるこいつの感覚はおかしい。ルーシィは絶対自分はこうはなるまいと決意した。

 

「それにしてもすげぇ眠りの魔法だったな」「術の気配もしないっていうのはどういうわけだ?S級は化け物だな」「ミラさんの寝顔が見たかった」

 

 突然の眠りからそれよりも衝撃的な事件で多くのメンバーが飛び出したおかげで普段では考えられないような静けさがいつもの賑やかな酒場に戻っていく。

 

「せっかくミストガンのおかげで静かに酒が飲めると思ったのによ。起きた途端に騒ぎやがっておまえらもそこでのびてるそいつみたく、おとなしくしとけできないのかぁあ?」

 

 二階のバルコニーから酒を片手に耳にヘッドフォンをつけた男が見下ろしていた。輝く金色の髪とその佇まいから彼がただ者ではないことが推察できる。妖精の尻尾(フェアリー・テイル)にも五人しかいないS級魔道士の一人――ラクサス。彼はどうやらミストガンの眠りの魔法にかかることなく、そのまま変わらず二階で酒を飲んでいたらしい。

 

「ラクサス降りてこい勝負しろ」

 

 鬼ごっこの間に酒場でシェフの気まぐれ炎(意味不明)を食べていたナツがしたから声を上げる。先ほどエルザに気絶させられたのに元気なものだ。もしかして眠って体力を回復したのだろうか。

 

「おいおい、エルザに倒されるようなら俺とは勝負になんないぜ」

 

「それはどういう意味だ」

 

 挑発的なラクサスの物言いにナツだけでなくエルザもやる気らしい。他人の喧嘩も力で解決する彼女だ。それが自分に向けられたものなら被害は比べものにならない。

 

「お、落ち着けよエルザ」

 

 エルザが喧嘩を買わないように周囲が必死に彼女をなだめる。S級二人の戦闘そんなものに巻き込まれたら命がいくつあっても足りない。彼らの必死な努力を無視してラクサスはさらにエルザを挑発する。

 

「ミストガンの眠りの魔法を無効化できないような奴が俺に勝てるわけねぇだろう。おまえらとは違って俺に奴の眠りの魔法は効かねえからな」

 

「今ここで白黒はっきりつけるか」

 

「エルザ落ち着くのじゃ。ラクサスもエルザを挑発するな」

 

 周りの制止を吹き飛ばして剣を構えたエルザにマカロフが待ったをかける。流石にマスターの言うことはエルザも無視できず不満そうな顔で剣をしまう。ラクサスもそれ以上エルザに何をいうでもなく二階の奥に戻ろうとした。だがそれに待ったをかける声が上がる。

 

「俺が戦うぞ降りてこい!!」

 

「はぁぁ……おまえが上って来いよ」

 

「上等だぁぁぁぁぁぁl!!」

 

 周囲が止める間もなく階段へと走り出したナツ。だが彼が二階にたどり着くことはなかった。マカロフが魔法で伸ばした拳で床に叩き付けたのだ。

 

「二階には上がってはならん……まだな」

 

「あーそうだった、おまえは二階に上がれなかったな悪かった」

 

 全く悪いと思ってない顔で謝罪を口にするラクサス。それを聞いたナツが下敷きにされたままジタバタと暴れるがマカロフがその手をどかせることはなかった。

 

「最強は俺だ!!有象無象はもちろん他の四人の誰にも渡すつもりはねえ」

 

 傲慢ともとれるその発言を聞いても声を上げるものは誰もいなかった。エルザですら無言だ。誰もが分かっているのだS級というのはそれを言う資格があると――。

 

 

 

 

 ラクサスが二階の奥に戻り緊張が解けたのでルーシィはグレイに先ほどのマスターがなぜナツを止めたのか聞いてみた。評議院の命令ですら無視しメンバー達の自由にさせていたマカロフが禁止するものにルーシィは自分の好奇心を押さえることができなかった。

 

「ねえさっきマスターが言っていた二階に上がっちゃいけないってどういうことなの?」

 

 大した秘密でもないのかグレイは簡単に教えてくれた。なんでも二階には一階とは比べものにならないほど危険で高難度の依頼があるらしい。命の危険があるものがほとんどで、実力のないものが間違って受けてしまう事のないようにマカロフが実力を認めた五人以外の立ち入りを禁止していること。ナツは何度か侵入しようとしてそのたびに失敗していること。()()()()()()()()()()()()こと。

 

(ミラさんがS級だなんて……そんなっえ、うそ……よね)

 

 人気グラビアアイドルで雑誌の表紙に載れば重版間違いなしといわれる彼女が妖精の尻尾(フェアリー・テイル)でも五人の最強の一人だったとは信じられない。信じたくない。帰路につきながらルーシィはグレイの話を必死に否定する。なぜなら……。

 

(――だってミラさんも問題児になっちゃうじゃないのよぉぉぉ!!)

 

 この一言につきる。そうルーシィが今まで関わりを持ってきたメンバーの中で常識を持ち合わせていた者はいない。そんな中唯一の常識人枠に収まっていたミラジェーンの存在はルーシィの中で妖精の尻尾(フェアリー・テイル)のオアシスになっていたのだ。まあ確かにところどころ疑わしい部分はあった。しかしそれは些末なもの他のメンバーの個性が強すぎてミラジェーンの違和感など誤差の範囲。だがそれもS級というギルド内トップファイブに名を連ねているとなれば話は別。というのも妖精の尻尾(フェアリー・テイル)では強ければ強いほど常識を置き去りにする傾向にある。

 

 彼女は悩んでいた自分のオアシスが本当にオアシスなのかを実はそれ蜃気楼の幻なんじゃないのかと。思考はグルグルとループして一向に前に進まない。気がつけば慣れ親しんだ自分の部屋に到着していた。このまま悩んでいていても拉致があかない今日は早めに寝ようとルーシィは扉を開けた。――しかしそこには先客がいた。

 

「おかえり」「なさい」

 

 誰もいるはずない自分の部屋にすごい早さで腹筋をする男と筋トレをするネコ……とても汗臭い。

 

「ふざけんなー!!」

 

 ルーシィは怒った。ただでさえ困った状態なのにそれに輪をかけてこの不快感。流れ落ちる汗と鼻につく刺激臭。癒やしのマイルームを汚した罪は重い。殺意を込めて両足で不法侵入者を踏みつける。こもった音をたて腹を押さえてうずくまる侵入者にルーシィは机の上に置いてあった消臭薬を振りまく。

 

「どこで筋トレしているのよ。ここ私の部屋、さっさと出て行ってよ」

 

 消臭薬にむせているナツとハッピー。ちょっと待ってくれと身振りで示しているがそんな事は知ったことじゃない。女性の部屋に無断で侵入した変態にかける慈悲などルーシィは持ち合わせていない。

 

「おいおい俺たちはチームだぜ仲間はずれしたらルーシィがすねると思ってわざわざルーシィの分も持ってきたのに」

 

 少し落ち着いたナツが持ってきた機材の中から鉄アレイをルーシィに差し出す。初心者用の五キロの重さとピンク色に着色されたところにうれしくない気遣いが感じられる。

 

「いりません。鉄アレイに興味なんかないから、そこにあるのも持ってさっさと帰って」

 

「エルザやラクサス達を倒すならもっと鍛えねえといけないからな」「あいさー」

 

仲良く腕立て伏せをするナツとハッピー互いにやる気は十分なようで昼間あんなに暴れたのにその疲れをみじんも感じさせない。元気が余って鍛えるのはかってだがやるのなら私の部屋以外でやってほしい。て言うか私の訴えは無視か……ルーシィは怒りを飲み込む。

 

(こいつら今度は痴漢撃退用の護身用魔道具をぶつけてやろうかしら)

 

「絶対俺が最強になるんだ。だからなルーシィS級クエスト一緒に行くぞ」

 

 横からハッピーが依頼書を掲げる。そこにはS級の文字がデカデカと書かれていた。

 

「――うわーん!!」

 

 鞄から取り出した痴漢撃退スプレーカプシカムをナツの顔面に発射した。

 

 見慣れた依頼書とは違いS級の印が押されている。報酬も破格で700万Jこんな大金をかけたクエストは普通一般にはあり得ない。ということはその値段に見合った危険なクエストだということだろう。

 ピクピクと痙攣していたナツがようやく復活して事情聴取が始まった。マカロフがナツをブロックしていたのでナツが依頼書を手にすることはできなかったはずだ。

 

「おいらがスキを見てこっそり」

 

「何してるのよ。それってドロボーと変わんないわよ。マスターにやめろって止められてたでしょ」

 

 確かにハッピーなら飛んで依頼書の一枚や二枚とってくるのは簡単だろう。まさかナツをおとりにして依頼書をとるなんてそんな作戦をこの二人が考えた事にルーシィは驚いた。

 

「だからこのクエストを達成してじっちゃんに認めてもらうんだよ」

 

 S級を受けるには未熟だと思われているから止められているのであってSクエストを達成したなら確かにそれはS級といえるだろう。だがそんな屁理屈ですんなり話が進むとはルーシィには思えなかった。

 

「ナツって本当に思いつきで行動するわよね。ルールも守らない奴をマスターがS級にするわけないでしょ。行くなら二人で行って確かにお金は欲しいけどそんなのに付き合ってたら命がいくつあっても足りないわ」

 

 お金でルーシィの心が動かないと判断したのかナツは別の角度からルーシィを懐柔してこようとする。

 

「島を救ってほしいって依頼なんだよ。俺たちが助けてやろうぜ」

 

困っている人がいるなら助けたい。ルーシィだって何もクエストそのものが嫌なわけではない。普通のクエストでも必要技術や手間がかかるため高額になる場合があり、コレもその類いかと思ってクエストの内容だけでも聞いてみることにした。

 

「島ってどこのよ」

 

「「呪われた島ガルラ島」」

 

すさまじく不穏な修飾語が付いた島だったおまけにS級。島にたどり着いただけで呪われてもなんら不思議ではない。絶対にこのクエストには行かないとルーシィは固く誓った。

 

「呪い!!――絶対に行かないっ」

 

 大声で強く否定すると流石にナツも諦めたのかやっと部屋から出て行こうとする。ハッピーが魚を半分くれると言っているがそんなもので呪いが防げるのならルーシィは三食シーフードを食べるだろう。この前も呪歌(ララバイ)なんていう特大のものと戦ったのもう一生関わり合いたくない。

 

「ちぇー、ノリわりーなルーシィはせっかくルーシィが喜びそうな鍵もついてるから良いと思ったのによぉ」

 

「ほんとにねーわがままなんだから、ちょっとはパーティーの事もかんがえてほしいよね」

 

(なんで私がわがまま言ったみたいになってるのよ……待って今ナツなんて言ったなんで鍵?)

 

 ナツの一言に引っかかったルーシィは依頼書をもう一度よく見る。報酬の欄に書かれていたのは700万J……だけでなく金の鍵つまりは黄道十二門の鍵。

 窓から帰ろうとするナツとハッピーの背中をルーシィは後ろからつかんだ。

 

「何してるのよ速く。依頼書がなくなっていることは明日になったらバレるわ。向かうなら今から行かないと追いつかれるわよ!!」

 

 しばらくして女子寮から離れる三つの影を月だけが照らしてた。

 



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呪われた島と妖精達

お気に入り登録等ありがとうございます次はガルナ島編です。


 帰りたくないが帰ってきてしまった。そもそもが時間稼ぎでろくな考えなどなかったから当然なのだがどうすれば良いのかまったく思いつかない。クヌギ駅の依頼に行く前なんら変わらない。さらに言うならベルーシャとかいう厄介な奴に目を付けられる始末だ。初対面から関わると面倒くさそうな奴だとは思っていたがあいつの下について仕事をしてその予想は大当たりだった。リーダーシップがあり仕事ができることはもちろんなのだが、飴と鞭のバランスが恐ろしくうまい。

中でも驚いたのがクヌギ駅の都市再生計画を住民の人たちに公開したことだ。説明会のような集会を開いて全員が意見を言える場を作った。自分たちの町の事だけあって彼らの熱たるやすさまじいものだった。中で有効だと認められたものは実際に町作りに反映した。まあ採用した意見の十倍は自分の計画を押し通していたが……。

頭ごなしに命令しても人はついてこない。人間がまとまって動くには何らかの目的が必要不可欠だ。ベルーシャの態度は傲慢で自己中心的だがこの町を復興したいという一点においては住民達と意思が一致していた。それを共有することで彼らの最低限の支持を集めたのだ。

 

「ハザマさん!!ポーターさんが次は東の方に分身をと……」「ハザマさん住居隊から応援要請です」「……ハザマさん……ベルーシャ様がお呼びです」

 

 この場にいる魔道士は俺だけではないのだが修復魔法が必要な場面になれば俺が呼ばれる……つまり忙しい。式神を使ったお片付け術はすでにあいつに知られていたため式神をフル投入……くそ疲れる。最後にあのアホはこっちの都合など知ったことかという自己中心的な男。これが意味することは……。

 

「――もう休ませてください」

 

 魔力の使いすぎで腕がプルプルする。目がかすみ目の前の人物が誰か認識できないがこの場にいそうな人間でここまで背が小さな男は一人しかいない。

 

「フン体調管理すら満足にできないとはな。だが振り分けた仕事は全部軌道にのせたようだな」

 

 目の前で死にそうな人間がいるのに皮肉をいうとかこいつには人間の血が通っていないのか。言いたいことは数あれど口を動かす元気がない。俺にできることは肩を貸された常態のまま意識を保つことだけだ。

 

「チッ!!これでは会話にならん。水でもかければ意識も戻るだろう」

 

 非人間的な対応に涙が出そうだ。肩を借りていた人が俺を地面に寝かせる。このままだと本当に水をかけらせそうなのでどうにか口を動かす。立って話をする元気はないので体を起こし地面であぐらをかく。この状態だと見上げることになるのかひとを見下ろすそ気配はどうやら苛立っているようだ。

 

「仕事を果たした人間に水をかけるのがホーランド流なのか。だとしたら絶対に働きたくない場所だ」

 

「口が聞けるのに開かないのが妖精の尻尾(フェアリー・テイル)の礼儀なのかだとしたら噂と違い随分と恥ずかしがり屋なところみたいだな。」

 

 皮肉に皮肉で対応された。良いコミュニケーションというものは殴り合いでは成り立たないというのがよく分かるキャッチボールをするここが大事なんだ。正直言ってかなりむかつく相手だがここで殴りかかってはあいつらと同じ土俵に上がってしまう……おれの戦闘力は無視する方向で。

 

「まあいい。それで一度帰った貴様がなぜ戻ってきたのか理由を聞かせてもらおうか。報告のためだけに帰ったわけではないというのは分かっている」

 

 言えない。事故によって身内と気まずくなってここに逃げてきたなんて。そもそもなんでこいつは俺がここに戻って来たことに違和感を抱いているんだ?人の善意を疑うとは……助け合いの精神というものをこいつは知らないのか。

 

 

「……何を根拠にそんな事を。もしたとえ目的があったとしてそれをなぜ言わなければならないんだ?」

 

「ほうここに来た理由を隠したいようだな。それも魔力切れを起こしてでもそれから遠ざかりたいようだ。安心しろ別に敵対使用としているわけじゃない。むしろその逆だ。貴様の活躍はこちらの想定以上の出来でな簡単に言えば恩を売りたいんだよ」

 

「いやだから何もないって」

 

「嘘は良くないな嘘は。人というのは自分にとって重要ことになると興味を持つ。貴様は俺が貴様がここに来た理由をなぜ気になるのかという疑問に対して疑問で返した。質問に質問で返して誰が応えると思う?そんな事も分からないほど気がとられているとはよっぽど隠したいらしいな」

 

 ナチュラルに心理分析みたいなことをしてきやがる。沈黙は金という言葉があったがあれは本当にそうだと思う。だが口を閉ざすには遅すぎるここは適当なことをいってこの場を切り抜けるしかない。

 

「隠すことは出来ないみたいですね……評議院のジークレイン様に厄介な依頼(クエスト)を押しつけられそうになりまして。こっちの方に逃げてきたというわけ――」

 

 話の途中で首に手を回して身動きがとれない。魔力切れで意識がもうろうしているとはいえ、なんで商会の代表がこんな暗殺術めいた事ができるんだ?

 

「別にお前の弱みを握りたいわけじゃないだからそんなホラ話をする必要はない。商人として大成するにはある程度嘘を見抜く必要がある。魔道士の使う魔法のように百発百中というわけにはいかないが大体七割くらいの確率だ。お前のような奴は安全性を重視する。問題があると時間稼ぎや逃避を選択する傾向がある。だがそれでは根本的な解決にならないことは理解できるだろう?普段ならこんなことは言わないんだが想像以上に働いてくれたんで、こちらとしても協力したいと思っていてな。」

 

 胡散臭いにもほどがある。確かに仕事を振り分けられる前に報酬の話はしたが、大体四割くらい相場よりも高かった。わざわざ俺を呼びつけた理由が報酬の値上げだと――あり得ない。短い関わりでもこいつが人のために時間を割かないことははっきりと確信できる。

 だが俺に打つ手がないこともまた事実。生半可な手段では処刑の結末は変わらない。ならば思い切ってこの男に相談するべきではないか。

 

「実は…………」

 

 流石に誰の胸をもんだかという部分は伏せてベルーシャに事の顛末を語る。突然眠りの魔法にかけられて不可抗力であったことを訴えた。

 

「腕の良い弁護士を何人か紹介してやろうこの俺からの紹介と言えば裁判の相談もしやいだろう」

 

 ――打つ手なしって事かこの野郎!!

 

「まあ待て話は最後まで聞け。お前の状況を整理すると意図せずに女性の胸部を触ってしまったという事だ。たとえお前の意図したものではないにしても触ったことは事実。であるなら完全無実になることはあり得ない。であるなら次に考えるべきなのはいかに罪を軽くするかと言うことだ」

 

 いや俺悪いこと何もしてないのに何で罪を償わなくちゃなんねえんだ。

 

「不服そうだなそもそも前提の考えが間違っている。たとえお前に一切の過失がなかったとしてもその女性にとって害を与えたのはお前だ。その自覚があるからこそお前は逃げ出したんじゃないか。原因である眠りの魔法を行使した奴の次に責任があるのは間違いなくお前だ。時間は限られた資源だ手近なものから精算していくのは正しい」

 

 ミストガンの野郎はもう依頼に行ってしまって次に帰ってくるまで連絡が付かない。あいつをミラの前にふん縛って差し出すことが出来ないなら次のターゲットは俺というわけか。

 

「法というのは大切だ。たとえ示し合わせた約束だとしても法を逸脱したものであるのならそれは批判の的になる。だからこそ邪魔されないステージの上で役立つ武器を用立てようというのだ」

 

 なるほどだからこそ弁護士の紹介という訳か……。いやいや何大事にしようとしているんだこいつは。一瞬納得してしまいそうになったが流石にミラもそんな仲間を裁判沙汰にするか?

 俺の脳内ミラさんはシネとしか言ってこないがそれは考えない。結局ろくな意見はもらえないまま俺は妖精の尻尾(フェアリー・テイル)に戻ることになった。

 

 

 

 誠意だ誠意を示すんだ。俺に今求められるのは誠意を表現することだ。誠意さえ伝えることが出来れば生存することが出来る。俺はやり遂げるためには……土下座それしかない。たとえ周りに人の目があろうと謝意を見せなければならない。突然ギルドで土下座などすればみんなの俺を見る目が変わるだろう……まて本当に変わるか?あいつらの日頃の行いの方がよっぽどひどくないか?

そう考えると勇気が出てきた俺はやるぞやり遂げるぞもはやためらう理由はない。

 

妖精の尻尾(フェアリー・テイル)はいつも通り騒がしかったが今はその騒がしさが有り難かった。誰も入り口に立つ俺に気づいていない。肝心のミラは……いた!!ターゲットはカウンター近くでマスターと何やら真剣に話しているようだ。

 

「ミラお前までラクサスに突っかかる事はないじゃろう。あいつがああいう奴なのは昔からじゃろうて。お前まで暴れると収集がつかんのじゃ」

 

「だからってナツ達がS級クエストに行くのをわざと見逃すなんて……S級がどれくらい危険かはマスターも知ってるでしょう!!」

 

「すぐにグレイが迎えに行ったのじゃしエルザも直に戻ってくる。二人で行けばすぐに連れ戻せるじゃろう。それに今回のクエストは依頼の難しさで実際には不可能なもので危険度はそれほどでもない。ナツらの実力なら大丈夫じゃ」

 

「――でもっ!!」

 

ミラが大声を上げようとしているところに割り込む。普段の俺ならそんなこと恐れ多くて出来ないがこのあふれ出る気持ちを一刻も早く伝えたい。時にはぶつかり合うこともあるだろう俺たちは仲間なんだ互いに許し合う――その心があると信じるんだ。

 

「胸を触ってすいませんでしたぁぁぁぁ!!」

 

 周りの騒ぎ声を掻き消す勢いで頭を地面に押しつけて許しを請う。会話を遮ってしまったのは申し訳ないがこの熱を押さえることが出来なかった。今にして思えば一番の被害者は誰かと言われれば胸に触れられてしまったミラなのだ……二番目は間違いなく意図しない事故の加害者になってしまった俺だろうが。大切なのは互いが互いを許し合うこと今までつらいこと苦しいこと死にそうなこと数々の艱難辛苦に挑まされてきた俺とミラの関係を信用できなかった事が俺の罪だ。今そのことを自覚しただからどうか寛大なお慈悲をいただけませんかねー。

 

「見ろよあれ恥ずかしくねえのか」「ホント非常識」「どうしたハザマなにか悪いモンでもくったか」

 

 解せない。なぜ非常識が服を着て歩いているような奴らからこんな冷めた目で見られなければならないのか。おまえらの日頃の行いの方がよっぽどひどいわ。俺の今のこの姿を見て恥ずかしいと思うとは浅はかだな悪いことをしたら謝る()()()()のことだ。

 

「えーっと急にそんな事されてもどうしたらいいか分からないんだけど……」

 

 俺の頭の先にいるミラは俺の土下座を見下ろしているのだろう。地に頭をつけている俺にはその顔を伺うことは出来ないが声色からは戸惑っているようだ。たたみかけるなら今しかない。

 

「逃げて申し訳なかった。だが一つだけ分かってほしいのは決してわざとじゃなかったんだ。決して決して触るつもりではなかったもちろん俺がお前の胸を触ったことは事実だ。申し訳なかった」

 

「あいつなんであれだけのことを言うのに二日もかかってんださっさ謝っちまった方が楽だろうに」

 

「そんな事よりナツ達よ。S級クエストなんて危険すぎるグレイが迎えに行ったけど、帰ってこないところを見るとやっぱりハルジオンで止めれなかったのかな……」

 

 外野がうるさい。どうやら俺が離れている間にまた事件が起こっているようだ。いつもは後始末ばかりしていたのでちょっとはおとなしく出来ないのかおまえらと思っていたが、今回は俺の件が忘れ去られているみたいだありがとう本当にありがとう。おまえらのその落ち着きのなさに救われるとは思っていなかった。本当に人生とはないが起こるか分からない。

 

「ふーんハザマは私の胸を触って悪かったと思ってるんだ」

 

「もちろんだ。俺に出来ることならなんでもしよう……本当にすまなかった」

 

「………どうだった?」

 

 ――どうだった、どうだったと言われても……これどう答えても詰みのやつではなかろうか?想像以上に答えに困る質問が飛んできた。待てよ俺はあの時強制的に眠らされていたならば――。

 

「寝ぼけていてキオクにナイノデそのしつもんにはオコタエできまセン」

 

嘘だ。本当は服ごしでもハッキリ分かる大きさでした。そんなに柔らかい部分があってなんであんなにも()()()()()のか本当に不思議だ。

 

「じゃあ何であやまってるの?」

 

「えー許してほしいから?」

 

 何で謝ってるのかなんて答えは一つしかない。殺されたくないからだがこんなことを馬鹿正直に言うのが悪手であるのは流石に理解している。適当に口から出た言葉は思いのほか俺の心境を表していた。

 

 幸いにもミラはこの答えに満足したのかそれ以上の追求をしてこなかった……だが。

 

「じゃあお願いが一つうんうん二つあるんだけど!!」

 

 一つじゃねえのか!!確かに回数制限は付けてなかったけどこういう場合普通は一つだろ欲張りか!!

 

「なんでしょう」

 

「一つは今ナツとハッピーとルーシィがS級クエストに無断で行っちゃって。連れ戻してきてほしいの」

 

 はっ?あいつらアホか?ナツとハッピーはきっかけがあれば行くのはわかる。あいつらの向こう見ずな所は長い付き合いだよく苦労させられた。しかしルーシィはそういうタイプは見えなかったが……元々素養があったのか元からそういう奴だったのか人は見かけによらない。待てよてことは今からS級クエストに行けと?なるほどやはりミラさんは俺に死んでほしいらしい。

 

「りょりょうかいしました」

 

「二つ目は戻ってきたら買い物に付き合って……それでチャラ」

 

 ……法外な何かを買わされるのか、はたまた次の罰も無茶ぶりか悪魔かこの人!!俺が下手に出てたら何でもかんでもいうことを聞く男とだと思ってないか?

 

「戻ったぞマスター。報告は聞いたナツ達を追いかけたいのだがどこに行けばいい」

 

 勢いよく入り口から入ってきたエルザが勢いよくカウンターまでやってくる。少し驚いた顔のマスターがエルザに紙を渡す。

 

「詳細はそこに書いてある。くれぐれも皆無事で帰ってこさせてくれ」

 

「ああ任せてください。マスタームッそこにいるのはハザマかちょうど良いお前もこい!!」

 

 来たときと同じようにズンズンと広間を進むエルザその左手で俺の手をつかみ無理矢理引きずりながら外へと向かう。待ってこっちは詳しい依頼の内容も把握していないのに今から行くの?S級だろう準備準備が必要だって。なにも考えないで突撃するなんて無茶苦茶すぎる。

 

「イテテ、放して人間の体は手首を固定されたまま後ろ向きに歩くようには出来てない。おい人の話を聞け――マスター助けて!!」

 

 広間の真ん中でマスターに助けを求めるも手をヒラヒラさせるだけで何もしてくれない。ハッふざけんなよ?S級クエストなんて一生行かない方がいいような化け物の巣や人が生きていけない魔境、一休さんのトンチが必要な無理難題とかに立ち向かわなきゃなんねえんだぞ。さっきは感謝したけどマジでナツふざけんな連れ戻したらあいつは一度きっちりと締めてもらおう――エルザにな!!

 

「いったか。それにしてもハザマを生かせる必要はなかったんじゃないか?エルザ一人でも十分ナツを連れ戻せたじゃろう」

 

「S級クエストを甘く見てないだけですよ。私たちはもう誰も仲間失いたくないんです。だからハザマもあんな態度でもクエストを受けたんだとと思います」

 

「ハザマか……お主の気持ちも知らぬ訳じゃないが、あんまり構いすぎるとかえって逆効果じゃぞ。おぬしとて今回のことは本意ではなかったんじゃろう?」

 

「それとこれとは話が別なんです!!」

 

 頬を染めて言い切るミラの気持ちがマカロフには分からなかった。いつも大がかりな手段をとっているのだが決定的な一歩を踏み出さず結局そばにいるだけだ。そもそもミラとハザマがくみ始めた頃はミハザマのことを嫌っていたのにいつの頃からかミラが構うようになっていた。だがハザマの方はミラの変化を受け入れられていないようで良い意味でも悪い意味でも細かいことは気にしない妖精の尻尾(フェアリー・テイル)の中では浮いてしまっている。仲間だからという理由だけで無条件に受け入れられるなら苦労はしない。現に自分も息子と孫とは決して良好とはいえず時には家族ですら関係が破綻することを知っている。やはり何かきっかけが必要なのだろう。

 

(うまくいかないものじゃな)

 

 開かれたままの扉を見ながらマカロフは妙案が思いつくようにと自身の頭をさすった。

 




 後半テンションがおかしいのは疲れて正常な判断ができず徹夜中の一時のハイテンションです。後日後悔するタイプの……。


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妖精女王の怒り

 環境変わりすぎぃぃぃぃぃぃ!!

 


 ハルジオンに到着した俺とエルザはガルナ島に向かうための方法を探していた。島というからには船で行けば良いと思うだろうがそう簡単にはいかなかった。先日受けた依頼の時世話になった顔見知りの船乗りにガルナ島の話を聞くと誰も彼もが顔をしかめてまともに話してくれなかった。かろうじて聞けた話をまとめるとガルナ島は呪われた島とよばれおり、周辺の海は海流同士がぶつかる荒れた海で人食い鮫の生息地であるということだ……とても帰りたい。

 何一つ行きたくなる要素がない島だが相方のエルザはそうでもないようだ。町に着くなり俺を置き去りにしてどこかへ突っ走ってしまった。ああなったエルザを止めるのは非常にめんどくさい。どうせ一番騒いでる場所にいるに決まってるから後で探そう。しかし聞き込みを続けるうちに昨日も同じような話を聞いてまわった奴らがいたという話を聞いた間違いなくナツとルーシィだろう。ルーシィはともかくナツは待つことが嫌いだ出来ないといってもいい。そんな奴が船がないからといっておとなしくしているわけない。泳いだりハッピーに運んでもらった可能性もある一刻も早く到着手段を見つけなければならない。

 

 めずらしい事にエルザは騒ぎを起こさず情報収集していたようだ。幾人かの船乗りを連れて俺を探していたようでどうやら手がかりをつかんだようだ。

 

「ダメだエルザ。俺の方は誰に聞いてもあそこに行くのは無理の一点張りだ。船を買い取る手段も考えたけど手持ちの(ジェリー)じゃ手が出せない。そっちは?」

 

「宿をいくつかまわったがあいつらを見かけたという話は聞かなかった。入れ違いになった可能性は低いだろうどうやら何らかの手段でガルナ島に向かったのは間違いない」

 

 くそっ見事な手詰まりだ。いくらエルザが馬鹿みたいに強くてもたどり着けなければ意味がない。

 

「だが面白い話は聞いたぞ。なんでも最近この近海で海賊が暴れ回っているらしい」

 

 その話は俺も聞いた。だが聞いたのは海賊でも近づかないという脅しのような言葉であった。でもそれが一体何の関係があるんだ?

 

「それがどうした?」

 

「そいつらから船を借りよう」

 

 このお方は犯罪者から強奪するのは合法だとでも思っているのか?第一海賊がどこにいるのかも分からないのに……。

 

「彼らが領主に海賊討伐の嘆願を出す話を酒場でしていてな。私が変わりに討伐したら海賊船は自由にして良いそうだ」

 思わぬところで足が手に入りそうだ。エルザなら海賊船の一つや二つ簡単に制圧できるだろう。だがどうやって船を動かすんだ?誰に聞いてもあの島に行くのだけはやめておけと言っていたのに……そのことをエルザに尋ねると何でわかりきった事を聞くのかときょとんとした顔でいった。

 

「私が出来ないんだからお前がするに決まっているだろう」

 

 素人に出来る分けねえだろうが!!と言えたら良かったんだが海賊船はどうも魔道帆船と呼ばれる魔道士なら比較でき簡単に操船できる船らしい。魔道四輪車の船バージョンと思ってくれて間違いはない。とはいっても流石に大型船なので人手は必要なそうだが……まさか俺の式神を当てにしているのか?いや俺昨日までのクヌギ駅の復興で魔力はほとんど残っていないのだが。

 

 

「そういうわけだ。私は今から海賊達を退治してくる。ハザマはここで出港の準備をしてくれ――いくぞ!!」

 

「「「「うぉぉぉぉおぉぉ!!」」」

 

 こちらの返事も聞かずに船乗り達を引き連れ大海原へと向かっていくエルザ。いつの間に海の男達を束ねることになったのか問いただしたいところだが俺にはすぐにでもやらなければならない事がある。一刻でも早く魔力を回復させることだ!!

 あいつはやるといったら必ずやるしやらせる女だ。見知らぬ人に荷物を届けるように命令していた事を俺は忘れない。このままでは俺が干物になっても船を動かす羽目になるだろう。なんとかしなければ俺は魔法屋へ走った。

 

 エルザが帰ってくるまでポーションをひたすら喉に流し込む。魔法薬は様々な効果をもたらす、魔法薬と一口に言っても要は魔力を込めて作られた液体であるというだけで何も飲むタイプ以外のものもあり、今回俺が買い占めたのは魔力の回復を促進できるもので普通は用量が決められており混ぜて飲むことなどは禁止されているが、度々依頼の期限に間に合いそうにないときによくこのドーピングで乗り切っていた。最近では頼ることはなくなってきたが今回は無理にでも回復しておかないと……。

 

 魔法薬の空き瓶が六本になったときエルザ達が帰ってきた。縄でグルグル巻きにされた人相が悪い男達を連行しながらの帰還。思ったより速かったですね……もっと時間がかかると思っていたが魔力も四割ほど回復させたので船を動かすくらいならなんとかなるだろう――何とかするしかないんだよなクソが!!

 

「戻ったぞ海賊は牢屋に入れておいてくれ船の準備は出来ているぞハザマ!!」

 

 

「ありがとうございます。エルザさんこれで海賊の被害に悩まされずにすみます!!」

 

「すごかったなぁ一人で船に乗り込んで海賊達を次々海に叩き込んでいくんだから魔道士もいたってのに流石は妖精の尻尾(フェアリー・テイル)の魔道士だ」

 笑顔でエルザにお礼を言っていく船乗り達。彼らは屈強な海の男だ。ただの海賊なら彼らだけで追い払うことも出来たのだろうが魔道士がいたのなら野放しになっていたのにも納得できる。だが俺が修復に訪れていたときはそんな話聞かなかったが……。

 

「あんな奴ら町の修復に人手が割かれてなかったら、すぐにでも追い返してやったんだが。気がついたら離れ小島にアジトをつくられちまって手が出せないようになってて――ほんとエルザさんには助けられた。そういえばあんたも妖精の尻尾(フェアリー・テイル)なんだろ?町を直してくれたときはすごかったありがとう!!」

 

 ……町を破壊したのも妖精の尻尾(フェアリー・テイル)の奴なんですけどね。つまり元をたどればナツが原因か。いたたまれないこの場にいるのはすごく居心地が悪いぞすぐにでも出発しようエルザ!!

 人々に囲まれているエルザを引っ張って船に向かう。魔道船の確認をすると話に聞いてたとおり複数の人間が魔力を込めて動かすタイプだ。いくらエルザに馬鹿みたいな魔力があっても流石に分身はできないだが俺の式神ならいつもやっている事だ問題ない。

 人型の式神が五体いれば動かせるだろう船を操船させるには最上級とはいわないがそれなりの質がなければならない。余計な手間をかける余裕はないので今の俺を媒体として呼び出す。全員目の下にはクマがあり覇気がない同じ顔の生気のない男達が動かす船、事情をしらなかったら幽霊船にでも見えるんじゃないかこれ?

 

 感謝の声を上げるハルジオンの人たちに見送られながら俺たちはガルナ島へと向かった。呪われた島だろうが何だろうが今ここで感謝の言葉にさらされるよりはましだ。俺全力で魔力を込めた。

 

「それで海賊達はどうだったんだ?ハルジオンの人たちはお前が一人で倒したっていってたが……」

 

 港の影が見えなくなり周りには海鳥たちしかいない。普段ならこんなのんびりとしたクルージング大歓迎なのだが問題が一つ。エルザが船首に剣を突き立てて空をにらみつけているのだ。動かしてる間ずっと様子をうかがってたけど気まずいわ!!このまま放っておくと何も言わずにナツ達を気絶させて連れ戻しそうだ。。俺の必死の努力もむなしくエルザはこちらに見向きもせずただ前を見つめている……へいへいおとなしく船を動かしますよ。俺の話を聞かないのはいつものことだ慣れた。心の中で涙をながしながら俺は式神と共に仕事に戻った。

 

ガルナ島が見えたはじめた頃にはもうすでに日は隠れ不気味な紫色の月が俺たちを見下ろしていた。だがそんな事気にしている余裕は俺にはなかった。港で聞いたとおり周辺の海は不自然なほどに荒れくるっていたのだ。大きな海賊船だから転覆せずに済んでいるがこれがカヌーやヨットのような小さな船なら簡単にひっくり返るだろう。

 

「ちくしょう!!何でこんなに波がたけえんだよ。全然島に近づけねえ。エルザ一回沖にでるぞこのままじゃ座礁か転覆かのどっちか――」

 

 ダーンと強く叩き付ける音が前方から聞こえ、嫌な予感がしてエルザが立っていた場所を見るとエルザの姿はどこにもない。まさかと思い海を見ると海上を駆け離れていくエルザ。鎧の力だと思うが水の上を走るその姿は新手の妖怪か何かに見える。

 

「おーい待てよエルザ、俺を置いていくな!!」

 

 追いかけたいが俺のこの荒れた海を走破する方法はないそれどころか船が沈まないように五体の式神ともども手が離せない。このままあいつを野放しにするしかないのか……ナツ達を止めに来たはずがどうしてあいつはこうも団体行動というものが出来ないんだ?学校教育の大切さが実感できるな。

 

 どうにか島に上陸することが出来たがまともな港がなく船を着ける場所がなかったので、念糸を無理矢理いわばにくくりつけ上陸した。一応エルザには鳥形の式神を付けていたのですぐに見つけることができた。エルザの所に行くとすでにルーシィとは合流していたようでハッピーを逆さまに持ちルーシィに詰問していた。ルーシィはガルナ島の人達を放っておけないと言っているが、決まりを守らない奴が何を言ってもその言葉は軽い。マスターの信頼を裏切った彼女たちのいうことをエルザが聞き入れるはずもなく問答無用で連れ帰ろうとする……だがそういうわけにもいかない。

 

「待ってくれエルザ。確かにこのクエストに関してこいつらになにかをいう資格はない。だけどな一番の被害者はマスターでもおれたちでもないこのクエストを依頼したガルナ島の人だろう。妖精の尻尾(フェアリー・テイル)がやらかした不始末は妖精の尻尾(フェアリー・テイル)が解決するのが筋じゃないか?」

 

 ついでに俺もその被害者名簿の中に名前を入れてほしい。

 

「お前まで何を言っているんだ?マスターが私に命じたのはこのバカ達を連れ戻すことだ。この島で悪魔が復活しようが島民が苦しんでようがそんな事に興味はない」

 

 うーわ想像以上に怒ってやがる。普段のこいつなら助けを求めている人を見捨てるような真似はしない。だがこいつらがマスターを裏切ったことしか頭にないようだ。今までの独りよがりの突撃もこいつの心象を表していたのか?ミラはエルザがこうなることを見越して俺も派遣したのか……わからない。

 

「はーひとまずナツとグレイと合流しよう。ルーシィはあいつらがどこにいるかは知ってるのか」

 

 エルザは怒気でまともな会話が出来そうにないのでとりあえず今から何するか決めないとな。不満があればエルザは勝手に動くだろうから意味ないんだけど。

 

「ナツは令帝の手下と戦ってる時はぐれちゃったから分かりません。グレイなら島の人が逃げるとき連れて行ってくれたからそこにいると思う……」

 

「なら島の人を探そう。その間に今何が起こってるのか詳しい話を頼む。ナツが行きそうな場所を知っておきたい」

 

 式神を飛ばしていると急に意識が揺らぐ。この島に上陸してから一気に疲れが出てきたな不自然に体が重く式神に意識を乗せにくい。気合を入れろ!!S級クエストに足手まといがいて良い余裕はない。ルーシィの話を聞きながら俺はグレイを探すために探知用の式神を飛ばした。

 




 誤字報告ありがとうございました。皆さんも色々苦労があると思いますがどうにか耐えて行きましょう。
 解決策が見えない問題ってつらい。


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グレイと悪魔

感想、お気に入り登録、評価ありがとうございます。








誤字報告ありがとうございます。なんで誤字るんだろう


「やめろ無理だ。デリオラの恐ろしさはお前も知ってるはずだろ!!」

 

「……お前が、お前がそれを言うのか?デリオラに挑もうとするお前に俺とウルが言ったときお前はどうした?」

 

「――がは!!」

 

 無拍子で目の前に現れた氷塊。俺の反応速度を凌駕したリオンの造形速度に手も足も出ない。

 

「お前がデリオラに挑んだからウルが死んだんだぞ。お前がウルの名を口にする資格はない!!」

 

 リオンの魔法が全身を埋め尽くす。真っ白になった視界の中で最後に聞いたのはリオンの憎しみに満ちた叫びだった。

 

「消えろ!!消え失せろ!!もう二度とお前に俺の夢を邪魔させはしない」

 

 何も言い返せなかった。本当は分かっていた俺の心が認めちまってたんだウルが死んだのは俺の所為だって

 

 目が覚めると見覚えのない場所で寝かされていた。リオンに倒された後ナツに担がれた所までは覚えているんだが。ナツが村まで連れ戻ってきたのかと思ったが天井が天幕になっている時点で昨日泊まった部屋ではないようだ。

 

「目が覚めたみたいだな良かった」

 

 首を動かすと手から糸を出すハザマの姿が。なんでここにハザマが?疑問が頭に浮かんだ瞬間それまでの風呂に手も入っている心地よさが急に体強く締め付けられる苦痛に変わる。

 

「――グハッ」

 

「申し開きを聞こうかグレイ」

 

「エ、エルザ」

 

 俺を見下ろすエルザは今まで見たことがないくらい激怒していた。だがそんな事はどうでもいいリオンの奴を止めななきゃなんねえ。エルザにも協力してもらわねえとあの災厄の悪魔デリオラを倒すことはできない。

 

「大体の事情はルーシィ達から聞いた。それでお前までナツ達に協力している理由は?」」

 

 ここはどこだ村じゃないようだが――まさかリオンの奴ら本当に村を攻撃したのか。村人達は無事なのか、確認しねえと。

 

「…………これはずせよ」

 

 横を見ると泣きながらハザマの式神に拘束されるルーシィとハッピーがいた。だがナツはどこに行ったんだ?体の拘束をほどこうとするも外れる様子はない拘束力の強さてきにこいつが本体だろうまったく動けない。

 

「自分の立場がわかっているのか」

 

 エルザの迫力が増し空気が割れる音が聞こえた。ルーシィとハッピーが縛られているのにも関わらずはじかれたように後ろにはねエルザから距離をとる。何に怒ってるんだ?今はそれどころじゃねえのに――。

 

「――ナツは?」

 

 持てる戦力をすべて投入しても安心は出来ない。ハザマとエルザが来てくれたのは幸運だ二人とも頼りになる戦力だ急いであの遺跡に戻らなくては。

 

「それはこっちが知りたい。ハザマそっちは何か見つけたか」

 

「全然ダメだ。やっぱり遺跡の方が怪しいんじゃないか?」

 

 糸から逃れるために魔法を使おうとするも魔力を通すことができないハザマの糸が邪魔してるみたいだ。

 

「私も探そう。ハザマお前は引き続きこいつらを見張りながら式神を捜索してくれ。ナツを見つけ次第。ギルドに連行する」

 

 聞き捨てならない言葉が聞こえた到底無視できない。ハザマの糸が体を傷つけるが顔を無理矢理上げる。エルザは俺を見ず外へ向かっていた。

 

「ふざけんな!!この島のやつの姿を見たんだろう。それを放っておくつもりか!!」

 

 夜になると翼や角、鱗等が生えてまるで伝説に聞く悪魔のような姿に変わるなんて最悪すぎる。村人達は自分たちの変わりように涙を流していた。更に時間がたてば意識まで悪魔のように乗っ取られるなんてこれ以上放置していたら犠牲者増えるだけだ。俺たちが止めなきゃなんねえ。

 

「お前に何ができる。正式に依頼を受けたわけでもないお前達が出しゃばらなくてもいいだろう」

 

失望が胸に満ちる。島の人を見捨てるような奴を今まで仲間と思っていたなんて――。

 

「見損なったぞエルザ……」

 

「ナツだけでなくお前もマスターを裏切るつもりか。どうなるか分かってるだろうな」

 

 剣を首に突き立てこちらを睥睨するエルザ。少しでも動けば剣が首に突き刺さるだろう。だがそんな事は関係ない。目の当たりにした苦しんでるこの島の人も自分の過去も放り出すことは出来ない。たとえここでエルザを倒すことになっても――。

 魔力を通すことが出来ないのはハザマが妨害してるからだろう。ならこいつがコントロール出来ない魔力を込めてやれば良いだけの話だ。造形魔法を使う時とは違い自分の魔力を制御せず無理矢理行使する。だが俺の魔法が暴発することはなかった。

 

「二人とも熱くなりすぎだ。冷静になれ!!」

 

 拘束していた糸の数が倍以上に増え、ためていた魔力が抜けていく。同時にエルザの右手に糸が巻きつく。喉元にあった切っ先が俺から離れ今度はハザマに剣が向けられる。

 

「……どういうつもりだ」

 

「お前こそどういうつもりだ首に剣を突きつけて、グレイはグレイで魔力を暴走させて無理矢理魔法を使おうとするし、これが仲間にすることか!!」

 

 確かに首から少し血が出てる。たいした傷じゃねえそれよりもこの糸を切らねえと。

 

「――お前もだバカ!!次あんな真似したら締め落とすぞ」

 

首に巻きついた糸がきつくなり吸われる魔力の量が増えた。これ以上魔力を抜かれたら意識が飛ぶ。仕方ないここは様子を見るしかない……。

 

 拘束され簀巻きにされたまま話が進む。リオンにやられた傷はハザマが治療してくれたのか体に痛みはないが、さっきのことをまだ警戒しているのか魔力の吸収は継続して行われている。ちくしょう速くリオンの奴を止めないとデリオラの封印が解けちまう。

 エルザはやる気がそがれたのか剣をしまいハザマの横に無言で立っている。どうやら無理矢理連れ帰るのではなく話を聞いてくれる気になったらしい。ハザマは俺たちがもう争う気はないと分かるといくつか質問してきた。

 

「まずこのクエストはS級魔道士しか受けられないって事は知ってるよな」

 

 S級クエストが爺さんが認めたやつしか受けられない事は知っている。最初はルール違反をしたナツをぶん殴って止めるつもりだったがあいつの卑怯なだまし討ちの所為でガルナ島に来ちまったのは予想外のことだったが正直俺も自分の実力がS級に通じるのか試してみたくなり、途中からはあいつらに付き合うのを楽しんでる部分もあった。

 

「……ああ」

 

 だが島を回ってる途中で見つけた洞穴の底でデリオラを見つけてからこのクエストは()()()()()()()()()()()。氷に閉じ込められた最悪の悪魔デリオラ北の氷山に封印されたはずのこいつが海を越えてこんな島にいるはずがないんだ。誰かがこいつをここに置いたのか分からないがろくでもない目的なのは確かだ。こいつの恐ろしさは嫌になるほど知っている島の奴らの姿が変わったこともこの悪魔が関わっていたのなら納得がいく。

 

「頼む……デリオラは師匠のウルの敵なんだ」

 

 今回の氷漬けのデリオラもそれを溶かそうとするリオンも元を正せば俺の過去にすべての原因がある。

 ウルは俺に造形魔法を教えてくれた師匠だ。デリオラに住んでた町を破壊された俺は瓦礫の山でデリオラを呪うことしか出来なかった。両親も故郷も同時に失いデリオラへの復讐することだけを考えて死ぬところだった俺を助けてくれたのがウルだ。たまたま近くを通りかかった彼女は生存者を探していたらしく助けられた俺はデリオラを殺すために即座にウルへ弟子入りを志願した。

 

 修行は厳しいものだった。ウルはスパルタで雪の中素っ裸で特訓するのが常だった。だがデリオラのことを考えるとどんな厳しい修行も乗り越えられた。ウルは俺ともう一人弟子の面倒を見ていて、そいつが今回デリオラをこの島に運び込んだリオンだ。あいつはウルに憧れていつかウルを倒すためにウルに弟子入りしたと言ってたが当時の俺はリオンを軽蔑していたそんな軽い理由で強くなれるわけないってな。

 

 ある日普段の修行場から離れて町に買い出しに来たとき旅人の噂話が聞こえた。

 

「そういやデリオラの話聞いた?何でも北の大陸に移動したらしいな今ブラーゴあたりにいるって話だ」

 

「マジかじゃあイスバンにようやく平和が戻ったって事だなよかった……」

 

 心臓の鼓動で体が震える。修行場である山小屋に帰って自分の荷物をまとめるデリオラの居場所さえ分かればもうこいつらといる理由はない。もうデリオラにただ蹂躙されるだけのガキじゃない魔法も覚えた俺があいつの息の根を止める!!

 

「お前には無理だグレイ!!デリオラに勝てる魔道士なんかいない」

 

「俺は絶対父ちゃんと母ちゃんの敵をとるんだ!!誰にも文句を言わせねえもしもし言う奴がいたら誰であろうと容赦しねえ!!」

 

「どうしても出て行くというなら破門だ死にに行くような弟子を育てた覚えはない!!」

 

ウルは俺を止めるつもりだったんだろう。今なら分かるがあのときウルは俺の楔になるように魔法を教えてくれたと思う。助けられた時俺はデリオラに呪いの言葉を吐いていたがそうしなければこのまま死んじまっても良いと思ってた。そうならないようにウルは魔法を教え俺に生きる目的を与えた。厳しい修行も復讐から意識をそらせる目的もあったんだろう。家族も故郷もすべてを失った俺にウルは人の暖かさで包もうとしてくれた。大人として支えてくれた。だが得たものよりも失ったものばかり見ていた俺はウルの言葉で立ち止まれるほど賢くなかった。

 

「せいせいするね。だけど……もし俺が死んだらもっと強い魔法を教えてくれなかったあんを恨む」

 

 あの日の外はひどい吹雪だった。ウルに弟子入りするまでの俺なら間違いなく遭難していたのだろうが、最初に習った冷気と一つになるという教えを無意識に出来る程度には魔法が上達していた。そっからはデリオラの後を追って一直線だ。ウルの事なんて忘れてデリオラをどうやって殺すかだけを考えてた――けどウルとの再会は思ったよりも早かった。

 

 

◇◇◇

 デリオラの名は聞き覚えがある。十年ほど前に()()()()()()()()()()()怪物だ。いくつもの町が滅ぼされ魔道士による討伐隊も組まれたがそのどれもが失敗した。地震や竜巻と変わらない天災と同じものそれを避けるためには祈ることしかできない。

 まさかグレイがその被害者だったとは……妖精の尻尾(フェアリー・テイル)に所属する魔道士達はあまり過去の詮索をしない。過去に関係なく仲間は仲間だろうという気風だ。そのため所属条件も非常に緩く妖精の尻尾(フェアリー・テイル)に所属している魔道士の推薦だけで簡単に入れる。野垂れ死にそうだった俺やグレイのような天涯孤独なやつでも入れたのはここら辺が起因するだろう。

 グレイの話を聞いてふん縛って帰るのは無理だと悟った。覚悟を決めてしまっている何があろうと譲るつもりはない顔だ……どうすんだコレ?今は俺が止めてるから戦いになっていないが、俺がいなかったらグレイはすぐにでも立ち上がり話に出たリオンとか言う奴の元へ行く気だろう。個人的にはグレイの応援をしてやりたいがエルザマジギレしてんだよなぁあれを説得するにはかなり勇気がいる。

 問題のエルザはグレイの話を聞き終わると鞘にしまっていた剣を持ちグレイに問いかける。

 

「条件がある。この仕事を片付けたらお前達全員おとなしくマスターの裁きを受けることを誓うか?」

 

 ――驚いたエルザが引き下がった。あれほど激高していたのにグレイの話を聞いて何か思うところがあったのか腕組みをしたままグレイに問いかける。

 

「――もちろんだ。俺に出来ることなら何だってする頼むエルザ俺に力を貸してくれ」

 

 エルザは一度深く目をつむり黙ってグレイを拘束していた念糸を断ち切った。

 

「……二度はないからな」

 

「恩に着る!!」

 

 自由になったグレイは座って頭を下げる。良かったどうにか話を落としどころに落ち着けさせることが出来た。だけど一つだけ言いたいことがある。別に念糸切る必要なくない?俺に言ったら解除しましたがな。おかげでグレイの魔法を妨害していた俺の魔力までごっそり削られたそもそもただの剣でなんで魔力が切断できるんだ?はぁ過ぎたことをとやかく言っても仕方ない状況を整理しよう。

 まずこの島には封印されたデリオラとそれを解除しようとしているグレイの兄弟子リオンとその一味がいる。幹部と思われる奴は少なくとも一人撃破。残りも幹部も追撃がないところを見るとまだここを見つけていないのだろう。こちらの戦力は五人プラス行方不明のナツ。

 封印解除は月の魔力を使っているため、夜遺跡の地下洞穴のデリオラに月光を照射することで効果を発揮する。

 そして島民の方達は遺跡には近づけないので増援として期待は出来ないどうすべきか……。

 

「はぁー良かったグレイとエルザが戦わずに済んで」

 

「本当にもうグレイには困ったもんだよエルザ様に逆らうなんて……」

 

「いや、様って」

 

 エルザが許したのならルーシィとハッピーを捕らえておく必要はない。念糸がほどかれた二人はのんきに体をほぐしている。そんな二人を横目で見ながら何か考えこんでいるエルザのそばによる。俺に考え違いだったら良いんだがエルザの様子に違和感があるんだよなぁ。

 

「めずらしいな。どうしたんだエルザが……こう自分の意見を曲げるなんて」

 

 人の言うことを聞くなんてと、言いそうになったがすんでの所で言い方を変える。穏便に事が済んだんだわざわざ喧嘩を売る必要はない。

 

「私だってあいつの覚悟に何も感じないわけじゃないそれに押されて剣を先に抜いたのは私だ。お前に止められていなかったらあのまま戦闘になっていたかもしれん。裁くのはマスターなのであって私ではないのにな」

 

 確かにいきなり剣を向けたのはやり過ぎだが止める側のグレイの態度にも問題はあった。流石にそんな過去があったなら仕方ないとは思うが……どうやらエルザは落ち込んでいるらしい。とても落ち着かない。普段はもう少しおとなしく出来ないのかとか考えているくせに柄にもないことを言ってしまう。

 

「グレイも話を聞かなかったからな。いきなり仲間を拘束してた俺も悪い」

 

「なんだそれは励ましてるのか?」

 

俺の会話能力の低さをまざまざと見せつける結果になった。苦笑いのエルザがこちらを見る何も言わなかった方が良かったなこりゃ。

 

「いんや。誰の所為かとかそういう話じゃないって話なだけだ」

 

 全員が仲間にする態度じゃなかった。俺もエルザもグレイの必死さに気づかなかったし。グレイはグレイで理由を話さず自分の都合を押しつけようとしたしな。全員コミュニケーション下手か!!

 

「……そうか」

 

 一言だけそう返すとエルザはテントから外へ出て行った。出て行ってくれて助かった正直変な空気になっていたからな。今エルザの後を追うのは気まずい俺も速く出て準備すべきなのだろうがもう少しグレイの様子を見る振りをしておこう。

 




 ハザマは拘束する時魔力の封印が出来る設定。今回簡単にグレイを拘束できたのは最初からグレイの治療のため念糸を巻き付けていたからです。
 普通にグレイが元気だったらこんなに簡単に拘束することは出来ません……弱って奴にしか強気に出れない主人公。


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悪魔デリオラ

 お気に入り登録等ありがとうございます。


外に出た俺は村人達の悪魔化について一通り調べてみた。念糸を体の中に通して異常を探す手足はもちろん普通の人間にはない角や翼といった部分にも念糸を通し確認する。しかしその結果は芳しいものではなかった。

 異常が全く見つからなかったのだ。正確には見た目の通り体が人外のものに変化しているのに、まるで体が最初からそうできて生まれてきたかのように人間の部分と悪魔の部分がきれいに混ざり合っている。

変身魔法は自分が使用する分には簡単だが他人に使用することは非常に難しい。この魔法をかけた奴は超一流の変身魔法と生命の根幹に作用する黒魔法を村人達にかけることで人の悪魔化を成立させたようだ。

 通常魔法で体を変化させれば、メッキのように魔法によって変化させられた部分とそうでない部分に分けられる。なので変身魔法によって変化した部分は衝撃や時間経過によって元の姿に戻るし魔法解除(ディスペル)をする時はこの差を利用して解除していく。

 

「無理だなお手上げだ。肉体的に異常はまったく見られない医者が匙を投げたのも納得だ」

 

 ズレがなければ何が正常で何が異常なのか分からない。俺が人の体を治療するときは周りの正常な部分を縫い合わせて傷ついた部分を同化させるように修復していく。今回の場合無理に修復しようとすればそれは修復ではなく改変となり今の状態よりももっと悪くなってしまう。

 

「――済まない力になれなくて」

 

 不可解な事もある。これだけ高度な複合魔法をかけるくらいなら村人達を全員殺してしまった方が手っ取り早い。だがデリオラを復活させている奴らはそうせず俺達が呼ばれるまでは村人達はその存在を知らないほどの不干渉だった。

 極めつけに俺はこの人達とよく似た症状を知っている。もし俺が思っているとおりならこの呪いは()()()()()()()()()()()()

 

「いいえ……見ていただいてありがとうございます」

 

 何も出来なかったのにこちらに配慮してそう返すここの人々みんな優しい人だ。どうにかしたいが今俺の考えを言っても混乱させるだけだろう。幸いにも村が破壊された時怪我をした人はおらず、グレイやルーシィのみが負傷したらしいが二人の治療はもう終わっている。デリオラを復活させようとしている遺跡に向かうため二人は忙しく動き回っているためこれと言ってすることがない。久しぶりに手持ち無沙汰なった俺は広場を見て回ることにした。

 どうやらここは資材置き場だけでなく道具類の保管場所であるようだ。倉庫の中にはかなり大がかりなものも多く見られ、祭りなどで使われる木の鳥?が設置された台車や土で作られた人形。空を飛ぶ翼や角が生えた人が織り込まれたタペストリー、月が真ん中に描かれた大きな皿等様々なものがあった。

 

「ああそこは祭りの時に使う道具ですね。月の主に感謝する祭りですみんな火を囲んで夜の間中踊り明かすんでよ。こんな姿になっちまったら祭りなんて出来ないですけどね」

 

 興味深く見ていた俺に村の人が説明を挟んだ。月の島と呼ばれるだけあって月に関する信仰が盛んなようだ。グレイの話にも島の奥にあるという遺跡には月をかたどった文様が彫られていたということだから間違いないだろう。

 この場所からは見ることは出来ないが相当大きいらしいのでハッピーに上空から道案内してもらえれば迷うことはないはずだ。

 

「例の遺跡も月に関係あるんですか?」

 

 デリオラの氷を溶かしているのは月の雫(ムーンドリップ)と呼ばれる魔法らしい。月の魔力にはあらゆる魔法を解除する力が秘められておりそれを一点に集めることで絶対氷結(アイスドシェル)を溶かしている。

 あいつらがデリオラを遺跡に運び込んだことから考えて、月の雫(ムーンドリップ)を使えるのはその遺跡だけであると考えて良いだろう。

 だがそんな高度な魔法設備をこの島の人達が作れるとは思えない……。聖地のような信仰の地に偶然そういった力が宿るというのは伝説の中ではありふれたものだ。

 そういった話が遺跡にもあるとおもったのだが……。

 

「いやぁその、あの遺跡は……えっと、そうだ!!詳しいことは村長に聞いてください」

 

 慌てた様子で離れていく村の人にきな臭いものを感じる。何か不味いことを聞いたのか……村の伝承で外の人間には教えてはいけないとか?不可解だ。遺跡を偵察するように命令した式神も()()()()()()()()()()情報が少なすぎる。

 式神が消された場合は分かるようになっているのだがいつもの感覚とは違った。普通は体に電気が走ったかのような感覚があるのだが、今回はだんだん溶かされるように徐々に式神の感覚がなくなったのだ。この異常事態をどう判断しよう……。

 

「ハザマ何をしている。出発するぞ」

 

 エルザに呼ばれて倉庫から出る。どうやら準備は終わったようだ。俺は引っかかるものを多く感じながらみんなの元へ向かった。

 

 

 

 

 

ハッピーの道案内で遺跡を目指すも木々が生い茂ったジャングルに道はなく思うように進むことが出来ない。加えて周囲を警戒しようにも視界が悪く、大まかな方向を教えてくれなかったらもっと歩くのにも手間取っただろう。俺が出した式神は全て消されたようでこれ以上展開するには魔力が足りない。グレイ達の治療はしっかりしたので戦闘面ではあいつらに頼り切りになるだろう。そのまま村人達と待っていることも考えたのだがどうも遺跡が気になる。

 

「リオンの奴はウルを超えるためにウルに弟子入りした。だがそのウルがいなくなった今ウルが倒せなかったデリオラを倒すことでウルを超えようとしている」

 

 走りながらグレイがリオン達の目的を説明している。グレイによれば氷の魔力量がデリオラを封印したときと比べてかなり減少していたそうだ。もはや一刻の猶予もない。

 

「成るほどリオンの目的はそれか」

 

「死んだ人を超えようと思ったらもうそれしか方法はないものね」

 

 納得したという風にエルザとルーシィがうなずく。死んだ人間に追いつくためにその人が成し遂げられなかった事を成し遂げる。言葉にすれば単純だがそのために怪物をわざわざこのような孤島にまで運び、どれほどの年月がかかるかも分からないのに延々と魔法解除の儀式を行い続ける……異常な行動だ。人に相談すれば間違いなく止められるだろう。だが俺は理解できてしまった。大切な人がいなくなってしまうとそれを埋めるために何かに必死にならないとひどく痛むんだ。ぽっかりと空いた穴が代わりのもので埋まるまで。

 

「……正確には違う」

 

「違うってどういうことー?」

 

 上空からハッピーののんきな声が聞こえる。確かに今までの話から考えてウルは死んだのではなかったのか。生きているならリオンはウルを救おうとするだろう。

 

「ウルは確かにもういない。けど……ウルは生きている……」

 

「どういうことだ。お前達の師匠はデリオラを封印したときに死んだんじゃないのか?」

 

「……ウルのもとから離れた俺はすぐにデリオラの元へと向かった。運の悪いことにあいつとはすぐに再会する事が出来たよ……だけど」

 

 ウルの結末を語るためにグレイは十年前の事を話す。自分の希望と絶望の両方が氷に閉ざされたあの日のことを――。

 

◇◇◇

 

 ――十年前イスバン地方。

 

「はぁ、はぁはぁ。予想外だな……デリオラがここまでの強さだとはな」

 

 その光景はまさに悪夢がそのまま現実になったかのようだった。石造りの頑強な建物が巨大な怪物の腕で崩され、至る所で火災が発生し周囲は火の海に呑まれていく。何かが焼ける匂いがあたりに充満しており何が焼けているかなんて考えたくもない。

 

 ――怪物が大きく息を吸い込んだ。「不味い!!」

 

 ウルの周りの瓦礫がまとめてすべて吹き飛んだ。爆発の中残ったのはウルに抱き留められたグレイとその後ろで気絶しているリオンだけだ。

 

「う、うっうわぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「よかった目が覚めたかグレイ。大丈夫もう大丈夫だ」

 

 火の海の中ガダガタと歯を鳴らし震えるグレイ。ウルはそんなグレイをゆっくり抱きしめ背中を優しくなでた。焦点の合わない目でひたすら悲鳴を上げていたがだんだん意識がはっきりしてきたようだ。

 

「ウル……?えっなんで……」

 

 信じられないものを見たという顔のグレイに気にせずウルは落ち着いた声で言った。

 

「いいからリオンを連れて逃げろ……流石にお前達をかばいながら勝てる相手じゃないみたいだからな」

 

「リオン……?」

 

「そこで気絶してるんだ。悪いが頼む」

 

 すこし離れた場所でリオンは倒れていた。胸が上下に動いているところを見るとどうやら生きてはいるようだ。

 怪物デリオラが起こす地響きで震える足を両腕で支えながら立とうとしていたグレイは尻餅をついた。無理もない。復讐心が求めるままにデリオラの元へ向かったグレイだったがいざデリオラと相対すると何も出来なかった。ウルのもとで学んだ造形魔法は何一つ通用しないどころか放つことすらできなかった。デリオラに気づかれてもいなかっただろう。再開するまではこの悪夢に立ち向かうことができた。しかしもう戦うことはできなかったあれほどまで自分の心を燃やしていたものがすっかりなくなってしまったのだ。空っぽだグレイの心は空虚な闇で満たされており立ち上がる気力もわいてこない。

 デリオラはちょっと魔法の修行をしただけの子供が倒せるような化け物ではない。倒れているリオンも傷だらけのウルもグレイがここに来なければこんな目に遭わずに済んだ……。惨めだった。誰の助けもいらないと思っていたのにウルにかばわれていることに安心してしまった自分とそれを受け入れてしまったことが……。

 

「こんな奴ちゃっちゃっと片付けてやるから」

 

「……どうして来てくれたんだ……俺破門だろ?」

 

 傲慢に理不尽に町を破壊しているデリオラがこちらに気付いた様子はない。グレイはもう逃げ出したかった。こんな化け物に人間が勝てる訳がなかったのだ。おびえて隠れて逃げなければならない人が厄災に対してそれ以外なにができようというのだ。グレイには分からなかった。どうして自分を見捨てて逃げないのかそれを恐れているくせに不安から言葉をこぼす。

 

「以前友人に自分の幸せを考えろと言われたんだ。そんな不幸せに生きていたつもりはないんだが……」

 

 振り返ったウルは不適に笑ったこんな状況で似つかわしくなく笑ったのだ。

 

「だってそうだろうかわいい弟子が二人もいて日々成長して賑やかな毎日。最高に幸せだ。その大切な奴が笑って暮らせない原因があいつなら私は戦う、手放しかけた幸せを取り戻すためにここに来たんだ」

 

 ウルの言葉で心に明かりが灯る。復讐に呑まれていたあのときは気づかなかった。気づくことができなかったが、ウルとリオン二人と共に造形魔法(ぞうけいまほう)を学んでいたとき自分の心は幸せを感じていたのだと。

 震える足を無理矢理手で押さえつける。地面に足を埋め込ませるつもりで必死に立ち上がる。ここにいてはウルの邪魔だ。リオンを連れてせめて邪魔にならないようにと倒れたリオンを抱えようとしたがリオンは気絶しており、思うように支えられない。そのため今まで見逃していたのだ。だが座り込んでいたウルが立ち上がる時グレイは気づいてしまった。

 

「ウ、ウル……そ…そのあし」

 

「すべてのものはいつか壊れるだからもう一度作るんだ。足の事は気にするな――素晴らしいだろう造形魔法は作りたいものを自由に作れる」

 

 ――彼女の足は氷の義足となっていた。そのことが誇らしいことであるかのように両手を広げ彼女はグレイに見せた。

 

「速く逃げろ……あれは私が倒す」

 

 涙をポロポロ流しながらグレイは首を横に振った。

 

「ダメだ……ここで逃げるなんてウルがそうなったのは俺のせいなのに」

 

デリオラは怖い死ぬのも怖いだがここでウルを見捨てて逃げ出すことはもっと怖かった。何より目を離せばまた自分の大切なものがなくなるような気がしたのだ。

 

「間違えるな。私の足がなくなったのもお前の家族が殺されたのも町が破壊されたのもすべてあの悪魔のせいだ。お前が気に病む必要はない」

 

「ウルどうしちゃったのさ。あんな悪魔ウルならすぐに倒せるだろう?それなのにどうしたんだよ……その足」

 

「リオ――」

 

 支えてたリオンに突き飛ばされ倒れ込むグレイ。だがリオンは倒したグレイの事など気にせずウルに近寄る。ふらふらと体はよろめくが目だけは周りの一切を無視してウルのみを映していた。

 

「幸せとかなんだよそれ……アンタは最強なんだろじゃないと俺」

 

「前にも言っただろうリオン。西の国には私よりも強い魔道士は山ほどいる」

 

「そんなのいない……ウルが最強だ。じゃないと俺何のためにウルに弟子入りしたのか……」

 

「私を超えたのなら次の目標を見つけたら良いだろう」

 

 ウルの言葉をリオンは受け入れる事はできなかった。リオンにとってウルとは絶対である。この国においてウルの名は最も高名な氷の魔道士として知られている。そんなウルの弟子になれたことはリオンが生きていた中で一番の幸運だと思っていた。

 今回ウルがグレイを探す旅について行く時リオンはウルに止められたデリオラの脅威があったからだ。だがそれでもリオンは付いてきた。ウルはリオンがグレイのことを心配していると考えたようだがそうではない。リオンはこう考えたのだ……ウルならデリオラくらい簡単に倒してくれると。

 

「みんな言ってたウルは最強の魔道士だって。ウルならデリオラにだって勝てるだろ……俺を裏切るなよ!!」

 

 子供の根拠のない信頼それ自体はありふれたものだ。ウルもリオンの自分に対する過剰な思いは知っていたが、修行のモチベーションにつながるならと放置していた。過剰なものはあふれ出る以外の結論はない。

 

「アンタが本気を出さないなら俺がやる……ウルの魔法であいつを殺すウルは最強なんだ」

 

 腕をクロスさせ構えをとるリオンその構えをウルはよく知っている。

 

「――リオンお前、あの魔道書を読んだな。バカな真似は止めろ!!その魔法を使ったものがどうなるのか知っているのか!!」

 

 あまりに強大な魔力が目に見える形でリオンの周りを覆っている。とても子供が放出していいような魔力量ではない――ウルも慌てて止めようとするが纏った魔力が壁となりウルの手は弾かれる。

 

「しってるよ。最強の氷魔法……絶対氷結(アイスドシェル)この魔法さえあればあの化け物を殺せる!!」

 

 絶対の信用。リオンがウルへと捧げる狂気とも呼べる感情が最悪のタイミングであふれ出した。最初は憧れだった。ウルの言うことを聞いているだけで満足だった。だがウルの言うことを聞くだけではウルには勝てないことに気づいた。自分なりの造形魔法を研究し、ウルが禁じていた魔道書も読んだ。その中の一冊にこの魔法は記されていた――絶対氷結(アイスドシェル)

 

「すごい……魔力だ」

 

 これならデリオラを倒せるのではないか?グレイの心に希望が芽生える。

 

「デリオラにはどんな魔法も効かない。ならこの魔法で永久に凍らせてやる……絶対(アイスド)

 

「止めろ!!バカ」

 

 ウルの造形魔法がリオンを無理矢理氷漬けにする。絶対氷結(アイスドシェル)を構えたまま動かなくなるリオン。魔法はデリオラに放たれる前に失敗に終わり、残ったのは満身創痍のウルと突然の蛮行に戸惑うことしかできないグレイのみである。いやもう一つ残ったものがある。自分を脅かすほどの魔力、それを感知したデリオラがグレイ達を視界に収め向かってきていた。

 

「気づかれたか――だが師弟そろって同じ魔法を使おうとするとはな。似なくて良いところまでまねをしなくても良いのに……」

 

 同じ魔法……グレイは嫌な予感がした。ウルはリオンがその魔法を使おうとしたとき無理矢理止めたのだ。それにはなにか恐ろしい理由があったからではないか?

 

「――私の弟子達には近づけさせない!!たとえこの身がどうなろうとも――絶対氷結(アイスドシェル)!!」

 

 膨大な魔力がデリオラへと放たれる。今まで髪の毛一本凍らなかった悪魔が絶対氷結(アイスドシェル)の前にはゆっくりと凍っていく――その時グレイは気付いてしまった。ウルの体が徐々に氷になっていることに。

 

「ウル――!!!!」

 

「この魔法はこういう魔法だ。術者の肉体を氷に変える。私がリオンに使わせなかった理由が分かっただろう」

 

 言っている意味が分からなかった体を氷の変える?それが本当ならデリオラは倒せるかもしれないがウルはどうなる。自分のしでかした代償をウルが支払う必要はない。

 

「グレイお前に頼みがある。リオンには私が死んだと伝えてくれ」

 

「…………」

 

「あいつを見て思った。私が生きていると知ったらあいつはこの先の人生を棒に振るだろうもちろんお前も私の事は気に病むな。そうじゃないと私が氷になった意味がない。」

 

「ダメだ……やめてくれ」

 

 走っても追いつかない。手を伸ばしても届かない。デリオラが憎かった。あいつを倒すためなら何だってどんなことだってするつもりだった。いざその時が来たにも関わらず後悔の感情しかない。自分には復讐しかないと思っていたしかしもっと大切な事ができた。

 魔力の暴風があたりを埋め尽くす立ち上がる事もままならないが必死にウルの元へと向かう。

 

「リオンには外の世界を見てほしい。あと魔道書は最後まで読むように……あそこまで心酔されるのは師匠冥利につきるというものだが、私以外にも素晴らしい魔道士はたくさんいる」

 

「あや…謝るから、何でもするから……」

 

 吹き飛ばされたグレイの目に涙が流れる。ゆがんだ視界の中で優しい声のみがグレイにウルがまだそこにいることを感じさせてくれた。しかしその声は次第に小さく弱くなっていく。

 

「グレイは意外と真面目だったな。私の教えを丁寧に繰り返していた。お前がこれから生きていく未来の事を考えると楽しみで仕方がない、だが脱ぎ癖には気をつけろお前何もないところでも脱ぐからな」

 

「――ヒッ……ヒグッ」

 

言いたいことはたくさんあった。だが口から出るのは意味のない嗚咽ばかり、あふれ出る感情を言葉にすることができない。

 

「悲しむ必要はない私は死ぬわけじゃない。氷となって永遠に生き続けるんだ」

 

 氷となって生き続ける。それは果たして生きていると言えるのだろうか。声も出せず動くこともできないそれは死ぬことよりも恐ろしいことではないか。

 

 

「――ウルゥゥゥゥゥ!!!!」

 

「――お前の闇は私が封じよう」

 

 炎が舞う残虐の中、厄災は封じられた。絶対氷結(アイスドシェル)――術者の体を氷に変化させ相手を封じ込める不死殺しの魔法は、本来の役目は果たせなかったが確かに厄災の悪魔を停止させた。

 




 


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もう一体の怪物

 お気に入り登録等ありがとうございます。今回オリジナル要素強めです。苦手な方はご了承ください。


 大地を揺るがす轟音がジャングルに響きわたり鳥たちは留まっていた木から飛び立った。まさかデリオラが復活したのか?慌てて空を見上げ太陽の位置を確認する。太陽は海岸線に沈みそうだがまだ月の光がこの島に降り注いではいない封印が解かれるには突然すぎだ。

 

「――なに!!何の音!!」

 

 地鳴りに文字通り飛び上がって驚いたルーシィはパニックを起こしながらあたりを見回す。

 

「――大変だよ。遺跡が傾いちゃってる!!」

 

 上空からハッピーの声が聞こえる。遺跡が傾いている?となれば今の衝撃は遺跡を支えていた柱でも壊れた音か?

 ハッピーの案内で遺跡を目視できる場所に向かう。木々の間からは確かにピラミッド型の遺跡がその巨体を大きく傾けている姿を見ることができた。何をどうすればあんな風になるんだよ。

 

「ちょっとーなによあれ!!」

 

「どういうことだ?なぜ遺跡が傾いている?」

 

 地震もないのに遺跡が傾く訳がない。それに最初に遺跡に入ったとき中の様子は歴史を感じさせるものであったが、頑丈そうでちょっとやそっとで壊れるとは思えなかった。となれば何か原因があったはずだ。

 

「……ナツだな」

 

「なぜ分かる?」

 

 エルザは鋭い目つきをこちらに向けてくる。決めつけるのは早計だと言いたいのだろう。だが事は単純な消去法だ。

 

「今この場にいないのであの遺跡を破壊することでメリットがあるのはナツだけだからな」

 

 もしかしたらリオン達との戦闘の余波が及ぼした偶然かもしれないが、結果的に遺跡地下の洞窟に設置されたデリオラに月の雫(ムーンドリップ)を当てることはできなくなった。

 

「ハザマ、悪いが式神を一体頼めるか。魔力に余裕がないのは知ってるが……まてハザマはどこに行った」

 

 エルザがハザマに呼びかけるが返事は帰ってこなかった。ジャングルの中を走っている時は確かに一番後ろを走っていたはずだ。こういうとき黙っていなくなくなるような奴じゃないのは分かっている。

 

「おいおいまさか迷子じゃねえよな。この大事なときに――」

 

 時間は俺たちの味方じゃねえ。遺跡は傾いたが何らかの方法でデリオラに月の雫(ムーンドリップ)を当てられたら絶対氷結(アイスドシェル)が溶けてしまう。何よりもまずはデリオラの復活を止めなければならない。だがハザマも心配だ。島民が悪魔に変わるような状況だ何が起こっても不思議じゃない。二手に分かれることも考えたがリオン達がどのくらいの戦力なのか分からないのに分散して事に当たるのはリスクが伴う。

 

「――不味いな。囲まれている」

 

 エルザが警戒の声を上げ周囲の木々が風音ではないざわめきを立てる。

 

「見つけたぞ妖精の尻尾(フェアリー・テイル)お前達に零帝様の邪魔はさせない!!」

 

 ジャングルの奥からフードをかぶった男達がワラワラと出てくる。こいつらはリオンの手下達、最悪のタイミングで見つかっちまった。

 

「うわ、なんなのよこいつら」

 

「換装――天輪の鎧」

 

 疑問を挟まない問答無用の攻撃。周囲に浮かべた剣群を巧みに操り、俺たちを取り囲もうとしていたフードの男達に宙に浮かんだ剣達が襲いかかる。

 

「「――ぐわぁぁ!!!!」」

 

「行け――ハザマのことは私達がなんとかする。お前はリオンとの決着を付けてこい」

 

「――――」

 

 エルザが作った道を全速力で駆ける。目指すはリオンのいる遺跡だ。ハザマの事はエルザを信じて任せるしかない。こうなったら仕方ない俺は俺のやるべき事をする。それがあのときウルに助けられた俺の責任だ。

 

 

◇◇◇

 

 グレイの過去の話を聞きながらジャングルを走っていたはずなのに気がつけば見知らぬ場所に立っていた。突然の出来事に現状の把握ができない。ここはどこだ?何が起きた?目に写るのは土の壁、ジャングルのムシムシとした空気から一転して、鼻が取り込んだ空気はほこりっぽい。おそらくここは閉ざされた空なのだろう。いや天井には大きな穴が開いている所を見ると洞穴といった方が正確か。

 遭難してしまった場合、まず現在位置をどうにか把握する事から始めるべきだ。自分がどこにいるかまったく分からない場合は動き回って体力を消耗するより安全な場所で待機し動かず救助を待つ事が基本だ。

 だが今の状況はそれに当てはまらない。記憶にない場所にいるというのはこれまで何回か経験した事があるが、気絶もせずそれが起こったというのは初めてだ。夢の中という可能性を考えて手のひらをつねると普通に痛いし赤くなった。幻覚魔法か転移魔法かどんな絡繰りかは知らないが、相手は相当腕が立つと見た。

 

「現実逃避するのは汝の勝手だが、招かれたものとして最低限の礼儀というものがあるのではないか?」

 

 後ろから声がするだが振り向いてはならぬ。目の前にひたすら集中するのだ。洞穴の壁は普通の壁だ。俺に使える魔法にはこの洞穴を掘り進めるような魔法はない。式神による人海戦術は俺の魔力的に無理だ。ナツ達がいたのなら崩落覚悟で一発……いや、ないな。

 

「久々の戯れが汝のようなものになろうとは……緊急事態故にこの島の人間ではないものを頼るというのは我も本意ではないが、時は一刻を争う。汝としてもあの害悪が復活するのは避けたいのではないか?」

 

 となれば脱出の方法は天井にあいた穴からということになる。チラリと見た限りでは念糸で十分届く範囲だろう。だがこの場所がどこか分からないと

 

「この場所に招いたのは我だ。平時ならともかく封印が弱まった今、目の前にいる汝の無礼を罰することにためらいはない。無事にここからでたいのならそれ相応の振る舞いをしろ」

 

 閉ざされたはずの洞穴に突然突風が吹き荒れる。後方から吹き出すそれになすすべもなく俺は壁と衝突する。肌をこする岩肌は間違いなくそのものでここが現実であることに疑いはなくなった。

 

「――ハブシュ」

 

 いい加減現実から目をそらせるのはやめよう。瞬きの間に移動した場所でチラリと見えたあるものそれと目を合わせないためにずっと壁を見続けていた……いくぞ、せーのでふりむくぞせーの!!

 

「ようやくまともに話ができるか。本来なら言葉を聞くことすら許されない立場なのだ。感涙にむせべ」

 

 振り向いた先に鎮座していたのは巨大な蛾であった。

 

 

 

 

 見間違いというか見たものを信じたくなかった。必死に目の前のモノに頭の中であれこれ解釈をこさえたが端的に表現すると蛾であった。

 それも普通のサイズの蛾ではない俺の体の二倍は優に超えるでかさの蛾なのだ。虫が苦手という訳ではないがさすがにこのサイズの蛾をマジマジと見るのは気が引ける。しかしそう言っている場合でもない今の俺の状況を作り出したのは間違いなくこの蛾なのだ……意識をこいつに向ける必要がある。

 体長はおよそ三メートルくらいか、その倍以上の大きさの羽が六枚黄色の鱗粉で斑目模様が描かれている。顔は太い角が生えており眼は夜空のように黒く澄んでいる。胸の部分をもふもふとした白い体毛が覆っていた。だが最も目を引くのはそこではない――。

十本以上の柱がこの巨大な蛾を縫い止められているのだ。羽、顔、足、胸、胴、体の至る所を突き刺す柱によって身動きなど一つもできないだろうにその姿に何一つ安心感を得られない――無造作に磔にされているだけで漂う圧倒的な存在感。

 

「――ハァ、ハァ、ハァ」

 

 柱からでている結界は魔力とは違う壁で蛾と俺を隔てている。磔にして動けない者を檻に入れる。この結界を作った奴はよっぽどコレが怖かったのだろう。この結界がどれほどの技術と魔力を持って作られたのかは想像もできないがそいつが感じた恐怖に完全に同意する。この結界がなければ視界に入れただけで精神に深刻なダメージが入るだろう。

 目を合わせているだけで呑まれそうになる。呼吸を無理矢理行う落ち着け冷静になれ――呼吸とはこれほど意識をしなければ行えない動作だっただろうか。心臓の音がやけにうるさい。魔法を使おうとすれば殺される予感がする。

 

「そうだ。それでいい我も取って食うためにわざわざ汝を招いた訳ではないのだ。近頃の人間というのはどうも神に対して不敬が過ぎる……まともな会話もできないほどにな」

 

 気がつけば俺は地面に膝を押しつけ頭を下げていた。俗に言う跪くというやつだ。無意識にこの行動をとって気づいた。この体制は上位者の気配を薄めるためのものだ。頭を下げ目を伏せるのは相手を見ないため、膝をつくのは自分の行動の起点を封じ翻意がないことを示し相手の意識をそらすため。俺はこれが自分よりも上位の存在だと本能的に認めてしまっている。

 

「無礼をしてしまったのなら謝ります……しかし私は……森の中を仲間と共に歩いていたはずなのです。招いたとおっしゃっていましたが……貴方様が……私を?」

 

目を地面に向けたままなれない言葉遣いで話す。この態度が正しいのか間違っているのか分からない蛾に対する礼儀なんて今まで考えた事がない――どうすれば良いんだ!!

 

「その質問の答えは是だ。確かに我が汝を招いた。付け加えるなら汝が我にかけらも敬意を持たず恐怖心だけで跪いていることもな」

 

 流れでる汗が顎を伝い地面にしみをつくる。俺の心を読むことができるのか?確かに魔法の中にはそういった魔法も存在する。だが俺の魔法の性質上そういったものには敏感なはずなのだがいくら注意をこらしても魔法を使われた気配はない。魔法だとしたら俺よりも数段上、張り合おうとすることが間違いのレベルだ。

 口を開くことができない。自分の動きの何か一つでも不興を買えばこの存在に押しつぶされそうだ。

 視線が体に刺さる。見られている行為そのものが体の負荷になる。どれほど規格外なんだこいつは。

 

「ああ、意識を向けすぎたか。久しぶりの相対故に加減を忘れてしまったようだ。何度も言うが我に汝を害する意図はない。ただ令を下すために汝を招いたのだ」

 

 圧が弱まり脳に血が通い出す。招いたというより連れ去られたといった方がこの場合当てはまるんだが抗議の声なんて上げられるはずもない。この短い対面でこいつに逆らう意思は打ち砕かれている。逃げることも考えたがここが普通の場所ではないことは明らかで情けないとは思うが俺にできることと言えば唯々諾々と従うことくらいだろう。

 

「名を名乗れ招かれし者よ……」

 

 人の名前を聞くときは……と減らず口が頭を横切るが慌ててその思考を閉め出す。アレは人の考えを何らかの方法で察知している。余計な考えは自分の首を絞めることになる。

 

「――妖精の尻尾(フェアリー・テイル)のハザマと申します」

 

 聞かれた事だけ答える。思考が読まれるなら直感と反射のみで応対すれば多少ましになるの……のか?いやでも考えないって事はこの状況を打破する方法も思いつかないというわけで……どうしろと。

 

「名前を預かったこれでお前とも縁がつながった。お前にしてほしいことというのは我の封印を壊してほしいのだ」

 

 封印というのはおそらくあの柱だろう。見るからにあの蛾を閉じ込めている。体を貫かれ動くこともできない様相には同情を覚えるが果たしてそれを解除しても良いのだろうか?この蛾が封印されている理由も知らないのだ。この蛾の封印を解除した瞬間デリオラの復活とかいう可能性も当然ある。こんなのがこの島に出没するようになれば今度はこいつがS級クエストの原因になりかねない。リスクが高すぎる。

 

「ふむ……なにやら不信感を抱いているようだが。我の名を告げることはできぬが……島のものから我のことは聞いておらぬか?村の子の縁をかすかだが感じる。神域のあれを討伐するためにお前達二人を招いたのだろう?」

 

 二人?ナツ達はハッピーを含め四人だし俺とエルザの事か?この蛾はどうやら村とつながりがあるらしい。村人達がこの遺跡について口を閉ざしていたのはこいつの存在を知っていたからだろう。こいつの封印を作ったのが村人ならまんまとだまされたって訳だ。だが俺に黙っていた理由はなぜだ。こいつはデリオラと敵対しているみたいだがなぜこんなところで封印されている?

 

「恐れながら村人達から貴方様の話は聞き及んでおらず。封印といっても氷に閉ざされた悪魔位しか心当たりがなく何をすれば良いのか……」

 

「神域にあのようなもの本来ならば相応しくないのだが、役目を全うできない暴虐にも死ぬ権利はあるだろう。縁なきものでもない故にな今回ばかりは目を瞑っているがな。そもそも封印というのは神域を封じ、我をここに縛り付け月の光を遮り大地をそびえているものだ」

 

 まさかとは思いますが遺跡そのもののことをおっしゃっているのだろうかこの蛾様は……。いやいや無理だから直接見たわけじゃないからなんとも言えないがグレイ達の話を聞くに今にも崩れそうな廃墟というわけでもないだろう。いくらナツが修復依頼の原因ダントツトップとはいえそんな巨大な建造物を簡単に破壊できるとは思えない。

 

「何を危惧しているのかはあずかり知らぬが既に令は下された。封印は一部壊され後はそれを繰り返すだけだ。縁からして汝の仲間と思ったのだが――――忌々しい」

 

 突然蛾様を貫く柱が一本増えた。足を縫い止められた蛾様だったが何事もなかったようにこちらに語りかけてくる。

 

「不味いな封印が復活した。このままでは汝もここから出られなくなる」

 

 突然見知らぬ場所に連れてこられあげく帰れないとはこれ誘拐じゃないか?不味いぞ非常に不味い。あの蛾様が壊せない封印を俺ごときが解除魔法(ディスペル)できるような代物ではない…………。

 嫌だぁぁぁぁぁこんな怪獣みたいな蛾と一生共にしたくねぇぇぇぇぇ!!

 

「慌てるな。招いたときのようにはいかぬが汝は神域から出られる。だが忘れるな令は既に下された。汝が令に背いたとき汝の命は絶たれるだろう」

 

 知らぬまに俺の命が危機的状況に陥っていた。命令に従わなかったら命を落とすなんてたちの悪い呪いと変わらない。呪いを解きに来たのに呪いにかけられるとは……。

 

 我が身の不幸を嘆いていると突然体が浮遊感に包まれた。プカプカと上の大穴に向かって浮かんでいく俺の体。とっさに念糸で体を支えようとしたのだがまるで魂が抜け落ちていき意識が離れ何も考えられない。

 

「ゼレフ……汝の願いをかなえられる存在はまだ現れていないのか」

 

 言葉は人の耳には届かず静寂が場を支配した。

 




 


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絶対氷結

 感想お気に入り登録ありがとうございます。十月中に上げたかったのですが……予定通りにはいかないものです。


 ジャングルを抜け遺跡までたどり着いた。リオンの手下であるフード達の足止めを任せたエルザ達は心配ないだろう。あれくらいの数ならエルザ一人でお釣りがくる。問題なのはハザマの奴だ突然姿を消した理由が分からない。本人の意思なのかリオンの仕業かそれ以外の原因か。

 

(……手がかりは何もねえ。俺にできることはリオンを倒してエルザたちと合流するのが一番確実だ)

 

 遺跡内部では激しい戦闘音が鳴り響いている。音の発生源は氷に覆われた部屋だ。生み出された冷気に息が白くなる。

リオンの作った氷はナツの炎でも溶かす事のできない代物だ。普通なら壊すのは難しいだが俺は氷の造形魔道士だ。魔力を無理矢理流し込みリオンの氷の一部を俺の氷に変化させる。一部でも崩せたならそこから壊すことはたやすい。

 

「決着をつけにきたぞ……リオン」

 

「誰だぁ?」

 

「――ほぉう。懲りずにまた来たか」

 

 やはりさっきまで戦っていたのはナツとリオンのようだ。人が戦っているのに横やりを指すのは流儀に反するが、こいつとのケジメは俺がつけなればならない。

 

「ナツ下がってくれ決着は俺がつける」

 

「何言ってんだてめえ。てめえは一回負けてんじゃねえか」

 

「安心しろこれで最後だ」

 

 口から火を出しながらにらみつけていたナツを後ろに下がらせリオンの前に立つ。俺にリオンを責める資格はないのかもしれない。ウルが死んだのは俺の所為だ。俺がデリオラに挑まなければウルが氷になることもなかった。

 だが仲間を傷つけ、村人を悪魔に変えデリオラを封じている氷を溶かそうとするお前だけはなんとしても止めなければならない。

 

「二人でかかってくるんじゃないのか?俺はそれでも構わんぞ。デリオラを倒す準備運動くらいにはなるだろうからな」

 

「いや俺とお前の一騎打ちだ。俺がしでかしたことのケジメはつけないといけねえ」

 

「ケジメだと。お前が……お前が何をしたところでウルは戻ってこない!!お前があの時デリオラに挑まなければウルは死ななかった。俺とウルが止めるのも聞かず忠告を無視してデリオラに挑んでのうのうと生き延びたお前が今さら――」

 

 絶対氷結(アイスドシェル)は術者の身体を氷へと変える禁術だ。この氷を溶かすということはウルを殺すということ。リオンはそれを知らないのだろう。ウルを一番に慕っていたこいつがウルを殺そうとするなんてあり得ない。

 

「だからこそ俺がお前を止める……一緒に()を受けるんだリオン」

 

 両の手のひらを天と地に向け交差させる。記憶に焼き付いているこの構えにリオンは驚きの表情を浮かべる。

 

「その構えは――絶対氷結(アイスドシェル)!!何を考えているグレイ正気か!!」

 

「今すぐ島の人達の姿を戻して仲間を連れてこの島から出て行け。これがお前に与える最後のチャンスだ」

 

「その魔法は脅しか……。下らんなそんなことで俺がひるむとでも?」

 

 魔力を全力で放出する。絶対氷結(アイスドシェル)は言わば体を触媒にする造形魔法だ。普通の造形魔法は手に魔力をためて氷を造るが、絶対氷結(アイスドシェル)の場合使用する魔力があまりに大きく魔力の壁が術者を覆い他の魔法から守られる。こうなればリオンが魔法を放つよりも速く絶対氷結(アイスドシェル)を――撃てる。

 

「――本気だ」

 

「ふざけるなよ……グオァァ!!」

 

 絶対氷結(アイスドシェル)の余波がリオンを壁まで吹き飛ばす。

 

「あれからどれだけ時間が経っても俺の所為でウルが死んだことに変わらねえ。どっかで責任をとらなきゃなんなかったんだ。その責任を今ここでとらせてもらう――死ぬ覚悟はできている」

 

「本気で撃てるのかお前に……」

 

 壁際でうずくまるリオンに狙いを定める。外す可能性はゼロだ。

 

「選べ!!リオン。共に封じられるか生きるかだ」

 

 思いとどまってほしい。デリオラの復活なんて事は絶対に止めなければならない。たとえリオンと共に氷に封じられたとしても。

 

「ハッやれよ――お前にそれが撃てるわけがない」

 

 残念だ……俺にリオンを心変わりさせることはできなかった。だがこんな俺でもできる償いがある。無関係の島の人達をあんな姿に変えた上、デリオラの封印を解こうとしているリオンはなんとしても止める。そうでなければあの日命を賭してデリオラを封じたウルに顔向けできない。

 

「これで全て終わらせる。アイスド――」「だらっしゃぁー」

 

 俺の顔に拳がめり込む。体ごと持っていかれる一撃は放つ直前の絶対氷結(アイスドシェル)の魔力を霧散させるには十分な威力だった。

 

「はぁふぅふぅはぁ」

 

 俺を殴ったのはナツだった。魔力の塊に飛び込んできたナツも無事ではなく、体のところどころから血を流している。

 

「……ナツ」

 

「勝手にしゃしゃり出てきて何様だおめぇ。あいつとは俺が戦ってたんだ!!」

 

「俺が戦うっていっただろ!!」

 

「俺がわかったっていったか?アァン?」

 

 なっそんな屁理屈を……。だがこれだけは譲ることはできない。

 

「あいつとの決着は俺がつけなきゃなんねえんだ――遊びじゃねえ死ぬ覚悟決めてここに来てんだよ!!」

 

 ナツのマフラーをつかみ上げながら宣言する。絶対に引けねえ。あのとき生き残ったこの命はここで責任をとるために……。

 

――その言葉を聞いたナツはつかんでいる俺の腕をつかみあげるとデコをぶつけてきた。

 

「死ぬ覚悟だぁ何勘違いしてんだ。負けていい戦いがあるわけねえだろ。にげてんじゃねえ負けっぱなしでいるのが俺達か!!」

 

 俺の右胸の紋章にナツつかんでいた腕を話すと肘を当てる。胸が打たれた衝撃に一瞬なにも考えられなくなった。ナツは一切目を揺らさず俺を見つめている。

 突然響き渡る地響きに意識が覚醒する。

 

「――何だっ」

 

 リオンの仕業かと思ったがあいつも知らなかったようで周囲を警戒していた。地響きはどんどん大きくなりそれと共に傾いていた床が水平になっていく。遺跡が持ち上げられている?そんな事ができる怪物に心当たりがある。

 

「どーなってんだよ!!」

 

 まさかもうデリオラが復活したのか――!!

 

「いやいや失敬。そろそろ夕月が見える時間ですからな。もとに戻させていただきましたぞ。氷の様子から見てデリオラの復活は今夜でしょう。十年も眠りこけていたのです……睡眠時間としては十分でしょう早く起こしてしまわなければ」

 

「ザルディお前だったのか。こいつらの相手は俺がする」

 

「いえいえリオン様。流石に二対一は分が悪いと見えます。ここは微力ながら私と――」

 

「俺が苦労して柱をぶっ壊していったのに……お前!!どうやって戻したんだ」

 

「ほっほっほっ」

 

「どうやって戻したぁぁぁぁ」

 

 怒り狂ったナツをまったく気にすることもなくこちらに目も向けない。

 

 まさかあの仮面の男が遺跡の傾きを直したのか。これだけ巨大な建造物をわずかな時間で直せるとは計算が狂った。デリオラの復活は阻止できたと思ったが簡単に状況はひっくり返ってしまった。ザルディと呼ばれるこの男一体何者だ?

 

「さて私は|零帝様の命令に従いませんと……皆様ごきげんよう」

 

 ナツの問いの一切を無視してザルディは走り去ってしまう。

 

「待てやコラァァァァァ!!」

 

「――ナツ!!」

 

 口から炎を吹きながら追いかけるナツを呼び止める。さっきの一言で目が冷めた。俺が何か言う前に言葉が投げかけられる。

 

「俺はあのくそったれの仮面野郎をぶん殴る。そいつはお前に任せてやる。負けっぱなしじゃいらんねえだろ……言っておくがお前じゃねえぞ」

 

 ああそうだ俺はリオンに負けただが、()()()は負けてねえ。妖精の尻尾(フェアリー・テイル)は諦めねえ。リオンをぶっ飛ばしてデリオラをあの悪魔の復活をなんとしてでも止める。

 

「一人減ったかまさかあいつが絶対氷結(アイスドシェル)を止めるとはな――」

 

「リオン一つ聞きたい。なぜ俺に絶対氷結(アイスドシェル)を撃たせようとした」

 

 絶対氷結(アイスドシェル)の強さは俺もリオンも身をもって知っている。冷静になって考えれば、リオンは俺をあおることで絶対氷結(アイスドシェル)を使いよう誘導していた――何か対策があったんじゃねえか。

 

「なに単純な話だ。たとえ氷漬けにされようともここは世界で唯一絶対氷結(アイスドシェル)を溶かせる魔法月の雫(ムーンドリップ)が使える島だ。そして俺には仲間がいるあとは言わなくても分かるだろう?」

 

「迂闊だった……絶対氷結(アイスドシェル)が無意味なものになったなんて」

 

 絶対氷結(アイスドシェル)を使えば全てを止められると思っていた。それどころか戦力を減らすだけのものになってしまっていた。こんな事にも気づかないなんて俺はどれだけ周りが見えていなかったんだ。

 

「切り札が使えなくなっても俺に挑むのか。実力差はハッキリしているのはお前が一番よく知って――」「もうやめよう!!」「何?」

 

「デリオラの復活を諦めるんだ」

 

 こいつを止めるにはウルとの約束を破ることになるが()()()()を伝えてリオンに思いとどまってもらうしかない。

 

「何を言ってるんだ。お前ごときでの言葉で俺が止まると思っているのか。10年前ウルが死んでから俺の夢は閉ざされた。三年掛けて絶対氷結(アイスドシェル)をここまで溶かした。あと少しで叶うんだ!!お前に壊された俺の夢を何か起ころうとも俺が止まることはない」

 

「ウルが生きていると言ってもか……」

 

「…………」

 

 俺が言った一言にリオンは言葉を失ったようだ。リオンの記憶ではウルは死んだ事になっているはずだ。だがウルは氷となって生きている。その氷を溶かしていた事実をリオンに伝えることはウルに止められていたが……リオンを止めるにはこれしかない。

 

絶対氷結(アイスドシェル)は術者の体を氷に変える魔法だったんだ。あの時デリオラを封じたのはウルだ。つまり今お前が溶かそうとしている氷はウルなんだ」

 

 腕組みをしたまま目を大きく見開くリオン――(あいつの事だ私が氷になったことを知れば、あいつは私を元に戻す方法を探し続けるだろう)

 あの時ウルの禁書をリオンは途中までしか読んでおらず、ウルの最後を見てはいない。そのためあいつはウルと知らずに氷を溶かし続けていた。

 

「今まで黙っていたことは悪かった……だがウルに口止めされていたんだ」

 

「……クハ、アッハッハッハッハ」

 

「――何がおかしい!!」

 

 リオンの笑い声が氷の部屋にこだまする。驚きの表情はその顔には浮かんでおらず目に手を当てながら狂ったように嗤い続けた。

 

()()を俺が知らないとでも思ったのか?何も知らず俺がデリオラの氷を溶かしていると……おまえいつもは俺を()()()()()()

 

 至近距離で放たれる氷の剣。腹を突き刺す冷気がその殺意を俺に伝わり、腹に満ちた血が口から吐きでる。

 

「この島に来る前からそんな事は十分に分かっている。何も知らずデリオラに挑んだお前と違ってな。あの氷は邪魔なんだよ!!何をしてもどんなことをしても俺は必ずウルを超える」

 

「……し、知って…たのか」

 

「ああ知っていた何ならお前よりも詳しいくらいだ。あの魔法は造形魔法の一種と言うより変身魔法と封印魔法の複合魔法であることも、術者自身を魔方陣の触媒としていることも当然知っている」

 

「知ってて……デリオラの氷を溶か…して、グッ、グハァ」

 

 体からマグマのような熱が湧き出てくる。

 

「その傷だもう動けはしないだろうが念には念を入れておかないとな。俺がウルを超える記念すべき日にお前が生きているのは興ざめだ」

 

 リオンが俺を見下ろしている。俺を殺すつもりなのだろう剣で刺された腹からは血が流れていてこのままじゃ直に死ぬことになる。だがそんなものこの怒りに比べたら些末なことだ。

 全身に力を込めて渾身の力でリオンの顔面に拳を叩き込む。完全に油断していたリオンは防御を固める間もなく手応えのある一撃の感触が腕に残る。

 

「――バカな!!その傷でなぜ動ける!!」

 

 確かに体は万全とは言いがたい目はかすみつま先や足先の感覚は既になく満身創だろう。だけどな()()()()()を名乗るんだったら今ここで動くしかねえだろ!!腹に力を込めろ気炎を燃やせ、俺が必ずこの過去に囚われた男(むかしのじぶん)を止めてやる。

 

「あんとき動けなかったんだ。死にかけてるくらいで俺が止まると思うなよ」

 

「あ??」

 

「アイスメイク――狩人(ハンター)」

 

 手にもつは矢がつがえられた弓。三本の矢がリオンに向かって駆けていく。しかし直撃はせずリオンも造形魔法で壁を造る。しかし体勢を崩すことには成功した背中から地面に倒れ起き上がろうとしたリオンの顔を蹴りつける。

 

「ぐぁぁぁ!!」

 

 攻撃の手は緩めない悲鳴を上げるリオンの体に容赦なく蹴りを放つ。今度は腕とそこに装備された氷によって阻まれる。だが接近戦では魔法を使うよりもそのまま殴った方が強い場合もある。|妖精の尻尾に入って学んだことだ。最強の魔法も使えなければなにもない。俺の攻撃にリオンは為す術もないとどめの頭突きを決めるもこれは決定打にならない

 

 揺れる視界の中でリオンが立ち上がるのが見える。血が足りねえ……長期戦は不利だな。

 

「がっ、はぁはぁ……この俺が…グレイごときに倒されるなどあってはならんのだ!!アイスメイク――白竜(スノウドラゴン)」

 

 頭突きの衝撃でリオンと距離ができてしまった。わずかなスキで造られた巨大な造形魔法の竜が俺に襲いかかる。

 

「ぐあぁぁぁッ」

 

 造形魔法とも呼べない氷をまとわせただけの攻撃でどうにか白竜を砕く。

 

「無駄なあがきはやめろ!!俺の相手はお前だけじゃないんだ」

 

 リオンも大分消耗しているようで、荒い呼吸で体を震わせながら立っている。リオンの造形魔法を食らって一つ気づいたことがある。不意打ちが成功したことを加味してもリオンの造形魔法は威力が弱い。死にかけの俺がまだくたばっていないのがその証拠だ。

 

「させ……るか……よ。はぁはぁ」

 

「今さらお前が何をしてももう遅い。たとえ俺を殺したとしてもデリオラは復活する……必ずな」

 

「はっそれはねえな」

 

「死にかけのお前に何ができる?ザルディが今頃月の雫(ムーンドリップ)の儀式を行っているんだぞ」

 

「俺じゃねえよ。あのいけ好かない仮面野郎なんかにナツが負けるかって話だ」

 

 息少しを整える。デリオラの事はナツに任せたとはいえ、ここで伸びたままリオンを行かせる訳にはいかない。さっきの柱が戻ったときの揺れとは違いれ連続した震動が遺跡を震わせる。

 

「デリオラの氷が解け始めたようだな。もうすぐだ……もうすぐ俺はウルを超えられる。十年だ。十年掛けて絶対氷結(アイスドシェル)の事を調べ上げようやく見つけた全ての魔法を取り除く究極の|解除魔法《ディスペル……俺にあの日の先を見せる魔法――月の雫《ムーンドリップ》をな!!」

 

 向かってくる氷の鳥たち自由自在に空を舞う鋭利な刃を全てかわすことはできない。ある程度体で受け周囲に集まったところを作り出した氷で弾き飛ばす。

 

「長い時間を掛けてやってきた事がこんなくだらねえ事なんてな」

 

「ウルが死んでから何もせず、ただギルドに入っていただけの奴が俺の十年を語るな!!」

 

「何もしてなかったわけじゃねえ。俺はウルの言葉を信じただけだ」

 

 ウルが言った西には私よりも強い魔法使いはいくらでもいるという言葉。そいつらなら絶対氷結(アイスドシェル)を解いてウルを元に戻せるかもしれない。そこで出会ったのが妖精の尻尾(フェアリー・テイル)、ウルの言ったことは本当だった。だがその中にもウルを救える奴はいなかった。

じいさんには何か心当たりがありそうだったが、俺には教えてくれなかった。今にして思えばこの島のことをだったんだろうな。だが月の雫(ムーンドリップ)ではウルを殺してしまうことになる。だからじいさんは俺にこの島のことを教えなかったんだろう。

 

「まさか兄弟子であるお前が、ウルを殺すようなことをしているなんて思わなかったがな」

 

「ウルを殺したのはお前だろう!!お前がデリオラに――そうか……お前は夢を叶えたからな!!デリオラは封じられた。そんなお前が俺を止めるだと!!どこまで、どこまで俺の邪魔をすれば気が――」

 

「俺は!!ウルが氷になって良かったと思ったことは一度もない!!ずっと後悔だけが俺を生かしてきた。ウルに助けられた命を自分勝手な理由で蔑ろにするわけには行かねぇ……ああそうだよ俺がウルを殺した。だから!!お前にウルを殺させねえ」

 

俺に突撃してきたリオンの右手から造られた氷狼が俺に襲いかかる。紙一重で躱した身体を無理矢理ひねり下段から造り出した氷の両手剣で奴を一閃する。手に残る感触に違和感を感じ切り裂いた体をよく見るとそれは氷で造り出された人形だった。

 

「アイスメイク――白虎(スノータイガー)」

 

巨大な氷の虎から振り下ろされた一撃。俺が今から回避しても間に合わないタイミングだ――なら活路はここしかねえ。両手を地面に叩き付け下から氷を造形する。

 

「――アイスメイク…牢獄(プリズン)」

 

 地面に埋め込まれた檻の展開の勢いでそのまま上に昇る。一瞬俺の姿を見失った虎は柵へと衝突しその牙と爪で檻を壊そうとしている。

 

「貴様の造形魔法など簡単に壊して……」

 

 いくら攻撃しても檻を砕くことはできず逆に自らの体を砕いていく獅子。ただ我武者羅に前に進もうとするその姿は今のリオンと重る。

 

「片手の造形魔法はバランスが悪くなりやすい。だから攻撃が軽くなる――ウルの教えだろ」

 

「――バッバカな!!」

 

 両の手を合わせ氷を造形する。冷気と一体になり自分のイメージのまま魔力で氷の武器を形作る。

 

「アイスメイク…氷雪砲(アイスキャノン)」

 

「ぐぁぁぁぁっぁぁ!!」

 

 両手に構えた大砲から発射される氷の砲弾。遺跡の壁を全て貫通し外にまで及んだ一撃をリオンはその体で受け止めた。

 

「ウルを超えてえなら俺に勝ってからにしろ」

 

「……グ、グレ…イ。ガハッ」

 

 血を吐き気絶したリオンが立ち上がる様子はない。危なかった……腹の傷が思った以上に深い。さっさと凍らせときゃ良かったな。勝てたのはリオンが油断していたのも大きかった。俺の腹を刺してからあいつは俺を舐めきっていたあの様子ではデリオラに挑んでも死ぬだけだろう……少しはウルに恩を返せただろうか。

 

「オオオオオオオオオオオ!!」

 

 忘れもしない忘れられない怒号が遺跡を揺らす。体が勝手に震えてくる。これは断じて武者震いなんかじゃねえ。恐怖の象徴厄災デリオラの咆吼だ。10年間氷漬けにされてもなんら堪えた様子のないその声を聞いた瞬間俺の意思は決まった。

 

 やるしかねえ――絶対氷結(アイスドシェル)

 




 今回、何回絶対氷結と入力したことか……


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氷の中の悪魔

 でかい蛾が鎮座する謎空間からはじき出された先は氷漬けにされた悪魔の目の前でした。危険地帯から避難できたと思ったのにまったくそんな事はなかった。さすがはS級クエスト命がいくつあっても足りない……家に帰りたい。

 愚痴を言っても仕方がない。目に飛び込んできたこれがグレイ達の言っていた災厄の悪魔デリオラか見ると聞くとは大違いというが本当だ。たった一体で国を滅ぼす力を持った悪魔。その姿は想像よりもはるかに恐ろしく、これが生きて動いている姿なんか想像しただけで最悪だ。

 その上モンスター蛾にこの遺跡をぶっ壊せとかいう訳の分からん命令までされている。きっと俺の今日の星占いは最下位なのだろう。

 

「いっそこのまま海に沈めたら全部解決したりしないかな」

 

 ありもしない妄言を口にしたら答える声があった。ここには俺一人だけだと思っていたがそうではなかったようだ。

 

「それは困りますな。デリオラを移動させてこの島に連れてくるのにはとても苦労しましたのでね」

 

 ふり返ると怪しい仮面を付けた男が立っていた。万に一つの味方である可能性を考えてみたがデリオラを移動させたとか言ってる時点で敵なのは確定してしまった。俺は武闘派達とは違って立っているだけで相手の力量が分かるとかいう特殊能力はないので是非とも穏便にここから去っていただけないだろうか。

 

「こんな化け物を復活させたところで良いことは何にもないと思うけどな。一人の魔道士が命を賭けて封じたんだ。それをわざわざこんな島にまで来て……もっと他にやることがあるだろ」

 

 先手必勝、手のひらから念糸をだして仮面男に巻き付けようとするも、猿のような身のこなしですべての糸を回避される。

 

「糸を使った魔法ですかリオン様の手下にも同じような魔法を使う人がいましたが、私を直接狙ってきたところを見るとその人とは違う魔法のようですね」

 

 相手の話を聞く必要も手を抜く理由もない。出来がいいとは言えない俺型の式神を五体作り一斉に念糸を放つ。囲まれたら流石にかわしようがないはずだ。しかし現実はそううまくいかない突然足元の地面が崩れ、バランスを崩す本体の俺がすっころんでいるんだ同じように転んだ分身たちは紙に戻ってしまう。今のあいつの魔法か?土使いの魔道士ならこの場所はホームグラウンドのようなものだ……不味い。

 

「見たことない形態の魔法ですね。いやはやまさかロストマジックの使い手がこうも集まるとは」

 

ロストマジック?なんだそれは。そんなかっこよさげなカテゴリに俺が入れられるとは……。話の流れ的にこいつもそうなのだろうがろくな話じゃないだろう。

 

「私の魔法しかり、火竜(サラマンダー)くんの滅竜魔法(ドラゴスレイヤー)、あなたのあらゆるものを治す修復術。その強力さと副作用から歴史から抹消された魔法のことですよ」

 

「見ぃつぅけぇたぁぞぉぉぉ」

 

 ――ナツ!!上から降ってきたナツが仮面の男に突撃していった。全身に炎をまとった攻撃は男に当たらなかったが吹き飛ばされた地面から見るにくらったら無事では済まないだろう。

 

「いきなり攻撃とはずいぶんな挨拶ですな少々見くびっていたよう……遺跡で撒いたと思っていたのですがどうしてここがお分かりに?」

 

「俺は鼻が利くんだよ!!ちなみにお前からは女物の香水のにおいがする。それよりもハザマなんでおめぇがここにいんだよ!!」

 

「エルザに連れられてな」

 

「マジかぁー」

 

 エルザのことを聞くナツは絶望に包まれた。ドンマイあの怒りはちょっとやそっとでおさまるとは思えない。グレイの時も怒りに飲まれて剣を突き立てていたからな骨は拾ってやるから安心して怒られろ。

 それにしてもこの男女物の香水の匂い。まさかこの男女装趣味なのか、いや例え日常から仮面をかぶるような男でも趣味は人ぞれぞれ……どう見ても通報される不審者です弁護のしようがございません。

 

「それはそれは魔法以外にそんな特技があったとは予想外でした」

 

「悪いが二対一だ卑怯だなんて言うなよ」

 

 怪しい不審者はとっとと牢屋にぶち込むに限る。ナツと二人で戦うなら俺はサポートに専念した方が良い。本気のナツの勢いは妖精の尻尾(フェアリー・テイル)の中でも上位に入る。

 

「おまえが下にいるってことは上で儀式をするやつはいねえ。俺たちとグレイがお前らをぶっ飛ばして終わりだ」

 

「ほっほっほっほ。私がここにいるからデリオラが復活しないと決めつけるのは早計ですぞ」

 

「――何だとぉ?」

 

 目線でデリオラを見るように促す仮面の男自信満々のその声色が気になってデリオラの方へ目を向ける。洞穴の上から降り注ぐ()()()()()その光が当たった部分から徐々にデリオラの氷が溶けていく。

 

「誰かが上で儀式をやっている……あの犬やろうか!!」

 

 ナツには心当たりがあるようだがこの洞穴にいては遺跡の屋上で儀式をしている男を止めることはできない。突然この場所に跳ばされた俺に屋上への道はわからないナツに案内してもらわなければたどり着けないだろう。

 

「一人で行う儀式では十分な威力を発揮することはできませんが、実はデリオラの封印はもう解ける寸前なのです。後は少しのきっかけさせあれば……」

 

 溶けるスピードが尋常じゃねえ。さっきまで全く溶ける様子を見せなかった絶対氷結(アイスドシェル)がまるで熱せられたバターのように溶け出している。時間がないとにかく上の儀式をなんとかして月の雫(ムーンドリップ)を止めないと。

 

「どうりゃぁぁ!!」

 

 燃え上がる拳で仮面の男に殴りかかるナツ。まずいナツは炎の魔道士だ。あいつが魔法を使えばそれだけデリオラの氷が溶けるスピードを速めてしまう。

 

「おや?いいのですか。こんな状態のデリオラの前で炎の魔法を使えばデリオラの解放を早めるだけですよ」

 

 ナツは関係ないとばかりに炎をまとわせた攻撃を繰り出し勢いを一切緩めない。溶けていくデリオラの氷が見えていないのか。

 

「炎くらいでとけたらテメェらも苦労しねぇだろ。さっさとおまえをぶっ飛ばして次に上のやつをぶん殴ればいい」

 

「ほほう、ただ無鉄砲なお方だと思っていましたが。なかなかどうして戦いの場で何をすべきなのかわかっていらっしゃる。あちらの方はそうお考えではないようですが」

 

 ナツが仮面の男を押さえている間に俺が月の雫(ムーンドリップ)をなんとかするしかない……だが状況は最悪だ。

修復術で氷を修復しようにも焼け石に水で全然足りない。光線の元を絶つため念糸で上に登ろうと岩壁に念糸を突き刺す。だが月の光に当たった念糸は解けて消えてしてしまい頂上まで登ることはできない。下から天穴を開いて吸い込もうとしたが光線である月の雫《ムーンドリップ》は吸い込まれず氷はとけ続けている。

 

――その時遺跡全体を揺るがす怒号に耳を塞ぐ。

 

「グオオオォォ!!」

 

「きた。ついに復活した」

 

「マジかよ」「なんだよ……こんなのどうすればいいんだよ」

 

 こいつ本当に十年氷漬けにされてたのかこいつは……仮面の男は復活したと言ったがまだ氷は残っているどうやら完全に復活しらわけではなく分厚い氷の中から声げ響いているようだ。

 

「ナツ時間がない。こいつをさっさと倒してみんなと合流するぞ!!」

 

「こちらもあなた方に構っていられなくなりました。少し本気を出させていただきますぞ」

 

 どこに持っていたのか仮面の男は水晶玉を自由自在に操り。大道芸として町中で披露されれば思わず足を止めてしまいそうな妙技でも自分に向かって飛んでくるなると話は別だ。

 

「――危なっ!!」

 

「洒落せえ」

 

 ナツは飛来する水晶を拳で打ち砕いた。あの速度で飛んでくる玉を狙って殴れるなんてあいつの反射神経と動体視力はどうなっているんだ。

 だが砕けたはずの水晶は破片が集まりまた元の姿に戻り、ナツの無防備な腹にめり込み体をくの字に曲げる。

 

「ウグァ」

 

はぁ?なんだアレは……新しい水晶を魔法で生み出したとかだったらわかる。グレイの造形魔法やそれ以外の錬成魔法のように生み出す魔法なら分かる。だがあの水晶は巻き戻されたかのように元に戻ったどちらかといえば俺の修復魔法に近い魔法か?

 

「また直しやがった」

 

 ナツは自分で迎撃できていたが俺はそうはいかない。空中を駆ける水晶に全身を殴打された半端なくいてえ。

 

「グハッ、ゲボッ水晶って武器にもなるんだな。水晶には嫌な思い出しかない」

 

「それはそれはおかわいそうに同情しますぞ。そんなに不思議そうな顔をして……種明かしとしましょうか。私は物体の時を操ることができるのです。水晶の時を戻せばご覧の通り」

 

 言葉通りに飛行する水晶玉はさっきと変わらず洞穴の中を飛び回っている。見た感じあの水晶に特別魔力は感じないあいつの言葉通りただの水晶玉で再生するような力はなさそうだ。

 

「時?ありえねえ」

 

「私の使う時のアークなら可能なのですよ。次は水晶の時間を加速させてみましょう」

 

 飛び回っていた水晶が視界から消え風を裂きながら飛ぶ水晶の音が変わる。

 

「はっ?」

 

 さっきまでは辛うじて残像をとらえることができていたのだが、それすらも叶わなくなってしまう。

 

「うわぁぁぁ」

 

 全身に襲いかかる強烈な打撃だが何もせず終わるわけにはいかない。狙って当てる事ができないなら待ち伏せればいい。念糸を四方八方にばらまいてクモの巣のように張り巡らせる。当然水晶は避けようと飛行するが全ての糸をかわすことはできない。絡みついた糸が一本から二本三本と増えていきその数が数十本に達したとき水晶の動きが止まった。

 

「――砕けろ!!」

 

絡みついた糸を締め上げる。一本では止められなかった水晶だが何本もの糸をより合わせる事で硬い水晶を粉々にする。

 

「ほう……お見事です。ではコレはどうですかな?」

 

指の間から小さな水晶を四つ左右の手からそれぞれ取り出し空中に浮かべた。……不味い念糸の目は付け焼き刃のせいもあってそれほど細くない。さっきの水晶なら捕らえることができたがこの小さい水晶では簡単に網の目をくぐり抜けてしまうだろう。おまけにさっき砕いた水晶も動画の逆再生のように球体に戻り奴の周りを浮遊している。

 

「だけどお前のその魔法人間には効かねえみたいだな」

 

 ナツの指摘に仮面の男は隠す様子もなく肯定した。

 

「おや?鋭いですね。正確には生物の時間は操作できません……だからこそウルが姿を変えたデリオラの氷も溶かせなかったのですが」

 

 生物の時間を操れないというなら俺達の時間を進めて老人にしたり逆に若返らせて子供にするといったことはできないのか。だが無生物の時間を好きに操れるとだけでも十分に脅威的だ。さっき食らった突然できた穴も恐らく地面の時間だけを加速させて作ったのだろう。

 

「それでお前らの目的は何なんだよ。こいつを復活させてリオンとか言うのがそれを倒す。「リオンとかいうのはそれでいいかも知んねえが、他の奴らは何でこんなことに協力してんだよ」

 

 確かにデリオラによってもたらされた被害は十年のときを経てもまだ残っている。そんな怪物をわざわざ復活させ倒そうとするような危険人物が何人もいるとは思えない。

 

「さあ私は最近仲間になってもので、皆さんのことをよく知っている訳ではないのですよ」

 

「じゃお前ので良いよ。お前リオンがデリオラに勝つと思ってないだろ」

 

「いやはや本当に鋭いまさか見破られるとは思いませんでしたな。零帝さまは気づかれなかったのですが……あなたのおっしゃる通りデリオラはあんな小僧ごときに倒せるような怪物ではない」

 

 は?リオンがデリオラを倒せないと思ってるんだったらなんで復活させようとしてるんだ?こんなのが暴れたら自分の身だって危ないだろ。

 

「お前が戦うのか?お前もそんなに強そうには見えねえけどな」

 

「いやいやとんでもないただ私が欲しいのは力そのものですよ。圧倒的な力……いかにデリオラが不死の怪物でも操るすべはあるものです。それを手中に収めたいと思うことはそんなに変な事ですかな」

 

 聞き捨てならない言葉が仮面の男が口にした。

 

「お前デリオラを使()()つもりなのか?こんな化け物を用意して戦争でも起こすきかよ」

 

 笑みをたたえた仮面の男は言葉を落とす。

 

「戦争?そんな小さなものじゃございませんよ」

 

 戦争よりももっとやばいことだと……人類の敵にでもなるつもりなのか例えば人が大勢いる都市部にでもデリオラを移動させるだけで大勢の人が死ぬことになる考えればきりがない。最悪の未来を想像しているとナツの声が思考を中断させる。

 

「――つまんねーな」

 

「ほうつまらないとはいったいどういう?」

 

「俺はてっきりもっと…こう、燃える理由があってだな……」

 

 煮え切らないといった表情のナツはあきれて言葉がでないようだ。なんでこいつはがっかりしてるんだデリオラを復活させる燃える理由ってなんだよ。デリオラを復活させようとしているこいつも理解できないが仲間であるナツのことも理解できなかった。

 

「あなたには分かりませんか。力が必用な時が必ずくるということが」

 

「そん時はこんな化け物の力なんて頼らず自分と仲間を信じる。妖精の尻尾(フェアリー・テイル)の力をな!!」

 

 こいつの考えは理解できないがその言葉には完全に同意だ。妖精の尻尾(おれたち)はどんなことにもそうやって立ち向かってきた。こいつの想像する未来に一体何が起こるのかは知らないが。

 

「こいつは大勢の人を殺した怪物だ。封印から解き放てばまた同じ事が起きるそんな事は絶対にさせない」

 

「貴方たちが信じる者など圧倒的な力の前では無力なのです。そろそろ終わらせますか天井よ時を加速し朽ち果てろ」

 

「無力かどうかはてめえ自身に教えてやんよ――合わせろハザマ!!」

 

「――おう!!」

 

 両手両足から吹き出した炎をブースターに仮面の男目がけてかっ飛んでいく。

 

「すさまじい速度ですな……ですが真正面からでは対応もたやすい」

 

 礫の弾幕がナツ目がけて降り注ぐ。だがナツはひるむことなく宙を翔け、大きく膨らませた右手の炎で礫を全てかき消した。だがこのままでは落ちてくる天井に潰されぺちゃんこだ。炎が起こした煙に紛れてナツの姿が隠れる。ここからは俺の仕事だ落ちてくる天井を念糸で支え崩れる天井が糸によって吊り上げられパズルを組み上げるようにもとあった場所に戻っていく。あいつの魔法が時間を操っているのならそれ以上の速度で修復すれば奴の魔法を無力化できた確証のない作戦だったがうまくいって良かった。

 

「――天井が落ちてこない」

 

 上を見上げた仮面の男の隙を見逃すナツじゃない。土埃の中から飛び出てると一瞬で浮かぶ石の群れの内側へ。

 

「そんないつ来るかもわからない未来よりもてめえは明日の自分の心配でもしてろ!!――火竜の鉄拳(かりゅうのてっけん)!!」

 

「きゃあああああぁぁぁっ!!」

 

 仮面の男は体を回転させながら洞窟の壁に叩き付けられた。すごい吹っ飛んだなこれであいつの邪魔もなくなった。だが安心してはいられないこうしている間にもデリオラの封印している氷はとけ続けている。

 

「おいっナツ急ぐぞ!!とりあえず上に行っ……」

 

「オオオオオオオオオオオ」

 

 怪物を閉じ込めていた氷が完全に溶けていた。今までこの怪物を封じていた氷の姿はそこになく地面にできた大量の水が残っているのみ――厄災デリオラは解放された。

 

 



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崩れ落ちる氷と悪魔

今回は短めです。すみません


「――デリオラ」

 ついにデリオラの氷の封印が解けてしまった。地上に蘇った悪魔は牙をとがらせ咆吼を上げるように口を大きく開けながら俺達を見下ろしている。

洞窟の奥からグレイがやってきた。壁伝いに歩いてくるその体には血がにじんでおり無事とは言い難い。万全の状態であっても勝てるとは思えない敵、心強い仲間がきたものの単に犠牲者が増えたようにしか思えない。できることならそのまま引き返して欲しいんだが……そうはならないよな。

 

「グレイ来たのか」

 

「ナツ……ハザマ」

 

はぐれたときよりも傷だらけになっているグレイあいつも相当苦労したみたいだな。仮面の男をどうにかぶっとばしたというのにラスボスが復活してしまった。ナツがぶん殴ったあいつを確保しようとあたりを探してみても影も形も見えない。もしかしてあいつ逃げたのか。デリオラは蘇り、仮面の男には逃げられる試合に勝って勝負に負けたというのはこういうことを言うのだろうか。

 

「こうなったら俺たちであいつを倒すしかない。手伝えグレイ!!」

 

 ナツはこの怪物を倒す気か?正気を疑う言葉だが確かにこいつが俺たちを逃がしてくれるとは思えない。せめてもの抵抗だちっぽけな人間にも命は譲ってやれない。折れていない仲間がいるというのはこんなにも心強いものだな。覚悟を決めたところで視野が広がったのか今まで目に入らなかったものが認識できたグレイの後ろに誰かいる……見たことない奴だあいつは誰だ?

 

「お前らには無理だ……デリオラは俺が……ウルを……この俺が……」

 

 地面を這いずる一人の男、その血走った眼はとても正気とは言えずデリオラのみを見ている。こいつが通ったであろう地面には血の跡が続いている。傷だらけの体でここまで来たようだ。今すぐ治療しないと命に関わるような傷だ。なんでたってそんな体でここにいるんたんだよ。あいつを助けるにはひとまずデリオラから離してからじゃないと巻き込まれるぞ。チクショウ!!ただでさえ絶体絶命なのにあらに余分なミッションが増えやがった。

 

「リオン!!」

 

 このボロボロのけが人がグレイの兄弟子で今回の事件を引き起こしたリオンか。満身創痍のその体でデリオラに挑むその姿はとてもまともとは言いがたい。そんな体になって今更何ができるというんだ。この期に及んでまだデリオラに挑む気なのかその執念は常軌を逸している。とはいえいくら狂っているとはいえ見捨てるのは目覚めが悪い。どうにかしないと……。

 

「もう無理だろ。おとなしくしとけよ」

 

 止めようとしたナツの言葉も耳に入らないのかただひたすらにデリオラだけを見つめ横たわった体を持ち上げるる。無理矢理縛り付けたいのは山々だが、こいつを縛り付けるとなるとデリオラが動き出したときに対処できなくなってしまう……どうする。

 

「ウルが勝てなかった……唯一の怪物……お前を倒して俺は……俺は……ウルを()()()

 

 大きく開かれた目がデリオラを映す。魔力なんてかけらも感じないような状態にもかかわらず戦おうとするリオンは、俺には彼が声にならない悲痛な叫びを上げているように見えた。

 

「……もう良いんだリオン。お前がしでかした不始末は俺が償う。いや、俺が犯した過ちだな……すまない」

 

 息も絶え絶えで立っている事がやっとなリオンの首にグレイが手刀を当てる。地面に崩れ落ちたリオンに立ち上がる様子はもうない。とっくに限界はこえていたんだろう無理もない。俺を除いて全員が重傷だ。こんな状況でデリオラを倒すことなどできるわけがない俺にしても空元気でいる自覚がある。しかしそう思っていない奴もいた……グレイだ。あいつは両手を交差させて呪文発動の構えをとる。

 

「――絶対氷結(アイスドシェル)

 

「――やめろグレイあの氷を溶かすのにどれだけ苦労したと思ってるんだ!!お前が氷になったところで無駄なんだよ俺は諦めない。必ずお前を溶かして再びデリオラに挑む!!必ずだ!!」

 

 崩れ落ちたリオンだが意識は保っていたようだ――まて絶対氷結(アイスドシェ)だと。そいつはグレイの師匠が体を氷に変えた魔法のはずだ。まさか……自分を犠牲にしてデリオラを封じる気か!!そんな事絶対にさせない。仲間を犠牲にして生き残ってなんになる。誰かを見捨てて生きていけるほど俺は強くない。グレイの周囲を魔力の壁が生み出されていく――なんとかして止めようとするも念糸は全て弾かれてしまう何か方法はないか。

――必死に周囲に目をやるとグレイに背を向けデリオラの前に立つナツの姿が見えた。不味い!!あの距離では絶対氷結(アイスドシェル)にナツも巻き込まれてしまう。

 

「止めろグレイ!!」

 

 俺の叫びは届かない。構えを崩す様子もなくグレイはナツに吠える。叩き付けられた怒号は仲間に向けられたものとは思えない程に敵意にあふれている。

 

「邪魔だ!!お前も巻き込まれるぞナツ!!」

 

 だがグレイの声をナツはそんな事を気にするそぶりもなく宣言する。静かなその言葉は不思議と周囲によく響いた。

 

「――俺はあいつと戦う」

 

 デリオラに喧嘩をうるなんてまともな神経ではないが、グレイが氷になる事に比べたら百倍ましだ。それに四字熟語には先手必勝という言葉もある。意外と挑みかかったほうが生存できる可能性は高いのかもしれない。これは愚か者選択だ。だが心を覆っていた恐怖はどこかへ去った。

――ナツの決意が俺を動かす。俺もグレイの前に立ちデリオラを見据える。さっき仮面の男にきった啖呵をもう実行に移すことになるとは思いもしなかったが、けれど人生なんてそんなもんだろう。何が起こるか分からないから今を必死に生きるしかない。我ながら考えなしで行き会ったりばったりだあきれるしかない。

 

「死んで欲しくないからあのとき止めたのに俺の声は届かなかったみたいだな」

 

「お前が犠牲になって生き残って俺たちが喜ぶとでも思ってんのかよ!!馬鹿にするのもいい加減にしろ。そんな事させるためにここまで追いかけてきてお前の体を治したわけじゃねえんだよ!!」

 

「ナツ……ハザマ」

 

 一瞬ふり返ったナツは深い失望を浮かべていた。普段はいがみ合っている二人だが同じギルドの仲間だ。死にそうな仲間がいたら止めようとするのは当然のことでそこに迷いはない。考えたらイラついてきたぞ。どうせこのままじゃ死ぬだけだ破れかぶれでも全力であがいてやる。

 

「ナツ一撃に全てを込めろ合図したら一直線に突っ込め。お前が拳を叩き込むまでの道は俺がつくってやる」

 

「ああ任せたハザマ」

 

 今まで動きを見せなかったデリオラがとうとう動き出す。右腕を高々と振り上げ俺たちを叩き潰す気なのだろう。デリオラは怪物と呼ぶにふさわしい姿をしている。だがその体の部位は人間と同じで手足と胴体でできている。ならば人間と同じように間接の可動域に限界があるんじゃないか。俺の念糸で奴の動きを封じられるとは到底思えない。だが奴自身の力なら奴の体を壊すことができるんじゃないか。確証も自信もないだが俺が奴の動きをとめるとしたらそれしかない。

 

「――俺たちはお前なんかに絶望しない!!」

 

 賭けに勝てるチャンスは一瞬だけ奴が攻撃を振り下ろす瞬間。そのタイミングで念糸を繋げる。上げているだけではダメだ。力の向きを変えられたら簡単に引きちぎられる。振り下ろしている最中ではダメだ。動いている対象に設置した念糸の強度は著しく下がってしまう。狙うのは静から動にうつる刹那の間合いそこに念糸を()()()()。限界まで引き絞られた糸のような極限の集中状態、デリオラの腕以外が意識から消え、暗闇の中腕のみが浮かび上がる。だが俺が念糸を放つことはなかった。デリオラが動かなかったのだ。振り上げた拳は振り下ろされることなく制止している。見上げる俺達の前でそれは始まった。

 

 ――デリオラが崩壊するその様が……。

 



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呪われた島の住人となぞの遺跡

「なにが起きているんだ」

 

 振り上げられたデリオラの腕が崩れ落ち砕け散る。腕にあったひび割れは体全体に広がりその瞳は既に何も映していない。亀裂は大きくなりその巨躯からどんどん肉が剥がれていく。

 

「バ……バカな!!そんなまさか……デリオラは既に……死んで……」

 

 恐怖の象徴デリオラはまるでできの悪い泥人形のように破片となって大地に落ちた衝撃で粉々になっていく。体を構成していた血肉と骨のどれもが残ることなく洞窟内を塵が舞い上がる。

 

「十年間……ウルの氷の中で命を溶かして……あの咆吼は死にぞこないの最後の叫びだったのか……」

 

 俺たちがおびえ恐れたあの叫びは死にゆく怪物の断末魔だったのだ。抜け殻となっても放たれていたあの威圧感。生きているこいつはどれほどの怪物であったのか。

 

「かなわん、もう俺にはウルを超えることはできない……」

 

 リオンから涙と共に言葉がこぼれ落ちる。

 

「…………」

 

 一人の人間が成した遂げた偉業。十年もの間自らの中にデリオラを封じついには災厄とまで呼ばれたデリオラを終わらせた。

 

「す……すげーなお前の師匠」

 

 すごいなんて言葉で片付けられることではないがそうとしか言い様がない。俺達は人が起こした奇跡の一つを目の当たりにしている。

 

「ありがとうございます……師匠……」

 

手で覆ったグレイの目元から涙がこぼれている。ずっと自分を責めてきたんだろうその呪縛は今ウルによって解かれた。彼女はただひたすらに怪物からグレイ達の未来を守ったんだ。

もう一人の弟子であるリオンの顔を見ると、泣きはらしたその顔には先ほどまであった追い詰められたもの特有の影が消えている。もう彼が道を踏み外すことはないと思えた。今まで二人を縛り付けていた恨みも憎愛も消えることはないだろう。だが二人とも必ず飲み込んでくれる溶け出した氷は大地に染みわたるのだから。

 

「おーい、みんな無事ぃ」「あ、ハザマもどこに行ってたの?私たち大変だったんだからねじっとしてられなくて迷子になるなんてナツみたい」

 

 ルーシィ達が()()()()()()()やってきた……。いち早く集団から飛び出したハッピーはナツと再会を喜び合っている。お前にはあの後ろで怒気を放っているお方が目に入らないのか。なにが大変だったーだ。おいら達もついにS級魔道士じゃねえんだよ。明日の太陽が拝めるかも分からないのによくもまあ喜べるもんだ。あとナツみたいっていうのはどういうことだ俺はそんなに落ち着きがないって事か。

 

「――はっエルザ!!」

 

 やっとナツがエルザに気づいた。ナツお前は色々問題を起こすが良い奴だったよ。

 

「そうだったぁぁぁエルザ様の罰があったんだー」

 

 いやエルザ様って……確かに様付けしたくなる気持ちは分かるが、隣に立っているだけの俺でもちびりそうだもん。その怒りを向けられているハッピーやナツ達が恐怖に沈むのは当然とも言える。

 

「その前にやることがあるだろう。悪魔になってしまった村人達の依頼はデリオラを倒すことではないだろう。クエストは帰って報告するまでがクエストだぞ」

 

 ここで以外と優先順位を見定めるエルザ様。落とし前は後できっちり付けるおつもりですね分かります。

 

「え、でもデリオラは倒しちゃったんだから村の人達ももう悪魔になることはないんじゃないの」

 

 ルーシィが焦りながら問いかける。だが残念なことに俺の知る限りデリオラの所為で悪魔化したなんて話は聞いたことはない。ならば村人たちの姿が変わってしまったのはデリオラが原因ではなく違う原因があるということだ。

 

「村人達がおかしくなったのは月の雫(ムーンドリップ)の膨大な魔力が人々に害をもたらしたのだ。デリオラがいなくなったところで彼らの問題が解決したわけではない」

 

「そんなぁぁぁ」

 

「なら、さっさと直してやろうじゃねえか!!」「あいさー」

 

「――どうやってだよ。一番どうにかなりそうだったハザマがお手上げなんだ。他に打つ手なんか……あっ」

 

 岩に寄りかかり必要最低限の応急手当立てを無理矢理施していた俺の方へグレイが目を向ける。視線の先に映るのは俺ではなく――。

 

「おれは知らんぞ」

 

「何ぃ?」「いー」

 

 こいつが頑なに手当を嫌がったので念糸でふん縛りながらの治療になってしまった。ふてくされた顔をしてこちらを見上げるリオンを端からみたら拷問にでもかけているように見えるんじゃないかこれ?でもこいつが知らないんだったら島の人達が悪魔化した原因がさっぱり分からない。もしやデリオラと月の雫(ムーンドリップ)この二つが合わさった事による特異な症例とかか?そうなったら正直お手上げだぞ。

 

「だってあんた達が知らなかったら他に誰が呪いをかけたっていうのよ」

 

「三年前この島に来たときに村があったのは知っていた。しかし俺たちは村人達に干渉はしなかった。奴らがここに来ることもなかったからな」

 

「三年間一度もか?」

 

 おかしい……。月の雫(ムーンドリップ)はずっとこの遺跡に降り注いでいた。彼らだってギルドに依頼を出す前に自分たちで調査はしていたはずだ。地べたに簀巻きにされたリオンの言葉を信じるならそれが一度もなかったようだ。今にして思えば俺が遺跡の事を尋ねたときも言葉を濁していたことも変だ。彼らが何かを隠しているのは間違いないだろう。

 

「ああそうだ。それに月の雫(ムーンドリップ)の光が人を悪魔の姿に変えたという話も疑問がある」

 

 グレイの腹の傷を治療しながらリオンの話を聞く。こいつはなんでさっき治療したばかりなのにより重傷になっているのだろうか。幸いにも腹の傷は自分で凍らせて出血を防いでいたので死ぬことはなさそうだが十分に大けがだ。本来ならここで凍傷にでもなって重傷化しそうなものなのだが、氷の造形魔導士なら最低限の場所を凍結させて被害を最小限にできるらしい。氷の造形魔法便利だな。この前のララバイの時も応急手当てに役立ったし俺も教えてもらおうか。

 

「何だよ自分がしてきたことに今更言い訳でもする気かぁ?」

 

「まさかこの期に及んで言い逃れはしないさ。ただな俺たちも同じ光を三年間浴び続けていたんだぞ。気を付けるんだな奴らもただの被害者というわけじゃない腹に何か抱えているのは間違いないだろう。ま、ここからは俺には関係ない話だ。後はお前達のしごとだろう」

 

 ナツはほぼ擦り傷みたいなものだし大丈夫そうだ。これでとりあえず重傷の奴らの治療は終わったか。

話を聞くに月の雫(ムーンドリップ)が原因ならこいつらが悪魔化していないのは説明がつかないな。この遺跡内に特別な魔法でも掛けられているのか?遺跡を満たすマナと複雑に絡み合った魔法を関知することはできるが俺にこれを解析するのは無理だな。十年単位の時間があっても解き明かせる気がしない。

 

「は?何言ってるんだよ。お前達が村をこわ――ぐわっ」

 

 エルザがナツの頬を挟み言葉を途切れさせる。悪魔化の原因がこいつらじゃないにしてもやってきたことに弁明の余地はない。少なくとも村の修復の手伝いくらいはさせなくては筋が通らないだろう……何か考えがあるのか?

 

「おい、どうしてナツを止めるんだ」

 

 エルザに近寄り小声で話をきく。こいつらを無罪放免で許すのには納得がいかない。

 

「あいつらもデリオラに家族を殺された被害者だ。奴らにも同情の余地がある。デリオラは倒されたもう過去に縛られる必用はない。それくらいの許しがあってもいいだろう」

 

 そうは言いますけどねエルザさん。それ俺への負担とか考えてくれてますか?そりゃあ俺だってかわいそうとは思いますよ。でもねあなたたち戦闘力は申し分ないですけど村の修復に役立つとは思えないんですね。人手なんてものはねえ復興の時はいくらあっても足りないもんで、もしかして俺がいるからすぐに大丈夫とか思ってません?そしてなにより――。

 

「それとこれとは別問題だろこいつらいに起こったことは確かに悲劇だ。でもな村の人達だって理不尽に奪われたんだ。自分達の暮らしが唐突に壊される悲しみはこいつらが一番知ってるはずだろ!!失ったものは戻ってこない。ならせめてケジメだけは付けるべきなんだよ。こいつらは村の人達に謝る……これからのことはそれから決めるんだ」

 

 あれだけのことをしでかしといて筋も通さないのは納得がいかない。グレイは腹を刺されてるんだ。それにこいつらがどんな奴でもなにか悪事を働いでいるわけでもないただ普通に暮らしている人々の営みを破壊する権利なんて無いはずだ。

 

「ムッ……村人達に秘密があるのは事実だが謝罪の一つも無いというのは確かに筋が通らないな……」

 

 リオン達も村に連れて行くことになった。だがその後は自由にさせるつもりだ。本当なら検束魔道士にでも引き渡すべきなのだろうが……。

そうならなかったのには理由がある。まずグレイがかばったのだ。もとをただせば自分がデリオラに挑みかかったことが原因で始まった事件だ。兄弟子を犯罪者にするのは避けたいようだ。それに今回の一件で幸いにも死んだ人はいない。体が悪魔貸してしまった人はいるが……。流石にそれだけなら迷わず評議会に引き渡すのだが。引き渡してもまともに捜査してくれかも怪しいんだよな。

まずリオン達がデリオラを復活させようとした証拠がない。怪物はウルによって塵となってまるで夢幻のように消えてしまった。俺たちがいくらここにデリオラがいたと言っても評議院はここがS級クエストになるような立ち入り禁止の島ということも相まって調査員の派遣すらしないだろう。良くてデリオラが封印されていた永久凍土の確認くらいか、それすらするかどうか怪しいところだが。

十年前まではデリオラと言えば姿を見たら終わりの災害のような存在だった。それがある日を境にパタリと消えてなくなってしまった。当然公式の記録ではデリオラが死んだとはどこにも書かれていない。特定危険魔道災害に数えられるデリオラはそれ専用の観測チームが組まれており少数ながら活動は今でも続けられている。人々に残った恐怖は十年という年月を掛けても消えることなく残っている。

グレイの話ではデリオラは氷山の中に埋められたということだから場所を知っているのは実際に埋めた奴らとそれを命令した奴くらいだろう。おそらくデリオラという存在を風化させて人々の記憶から消そうとしたんだろう。普通の奴なら誰だってあんな化け物のことは速く忘れたい。

 グレイ達がデリオラの封印場所を知っていた理由もウルが封印した所に駆けつけた魔道士達の話を盗み聞きしたからだそうだ。そうでもなければこんな化け物の封印場所を当時十にも満たないガキが知っているわけがない。

 評議院は再びもみ消すだろう。ララバイの時がわかりやすい。ララバイの封印を解除した鉄の森(アイゼンヴァルド)の奴らを評議院は本気で逮捕する気がない。捜索隊の人数は片手に数えられる程度しか配備されていない。

評議院の隠蔽体質は筋金入りで闇ギルドがのさばっているのがその証拠だ。正直今の評議院に闇ギルドを相手にして勝てるほどの力はないが、そもそも評議院は魔道士に罰を与えることをよしとしない。妖精の尻尾(おれら)が評議院に目の敵されても存続が許されているのはそういった部分もある。

 

「俺たちは負けたんだ。勝者の言うことにはおとなしく従う。」

 

 さっきまでの狂気的な覇気はどこへ行ったのか。やさぐれて投げやりなリオンのこの様子ではその内どこかの闇ギルドにでも所属しそうな気がする。心配だなでも俺にはこいつに掛ける言葉が見つからない。

 

「もったいねえな」

 

「……何がだ」

 

 様子をうかがっていたグレイの一言にリオンが反応する。

 

「お前もどっかのギルドに入って見ろよ。世界はお前が思っている以上のもんだ。仲間がいてライバルがいて目指したい目標があって、そこには今のお前にはない新しい何かがきっとある。少なくとも俺はウルと別れた後にそれと出会った」

 

「くだらんな。実にくだらないものだ」

 

「どうせお前のことだ。ウルを越えた後の事なんてノープランだったんだろ。折角生き残ったんだ。ちょっとはそのくだらないことを試してみたらどうだ」

 

 その言葉にリオンは言葉を返さなかった。だが否定もしなかった。

 

おとなしくなったリオンを連れてすぐに村人達の元へ向かえたら良かったんだが、そうもいかない事情が俺にはある。

 

「すまない。デリオラの件が一段落したところ悪いんだが、ちょっと俺の話を聞いてくれないか?」

 

 デリオラにひけを取らない化け物との遭遇、自分の目で見て体験したことだがまるで夢を見ていたように現実感がない。一つの問題が片付いた後でさらにもう一つ問題を起こすのは気が引けるがみんなはこんな荒唐無稽な話を信じてくれるのか……不安だ。

 

「どうしたハザマ?このタイミングで切り出すんだ。重要なことなんだろうな」

 

 俺だってこのまま村に帰ってすぐにでも村人の呪いの方に集中したかったさ。これに関しては本当に申し訳ないと思うよ、だがこっちもせっぱ詰まっているんだ。

 

「ああグレイ。お前達とはぐれたときちょっと厄介な事があったんだ」

 

 俺は巨大な蛾にさらわれた時の話をした――改めて言葉にすると訳わかんねえな。なんだよ蛾にさらわれて不思議空間に連れさられるって。

 

「なるほどハザマを連れ去ったその蛾のことだが思い当たる節がある。どうやらこの遺跡は破壊しなればならないみたいだな」

 

 おいおい思い当たる節ってエルザさんあなたはあんな怪物に心当たりがあると……どんな人生歩んできたらそんな事になるんですか?

 

「え、この遺跡壊しちゃうの?勝手に壊しちゃうのは不味いと思うんだけど」

 

 ルーシィが至極まともなことを言った。何一つ間違ったことを言っていない俺もそう思う。だがあんな力を持った化け物の言うことを無視して俺が無事に済むとも思えないが、待てよ……。

 

「それもそうだないったん村の人達と合流した方が良い。あの蛾には期限を定められた訳でもないし、よく考えたらあいつは封印された中で磔にされて動けない状態なんだ。もっとゆっくり考えてからどうするか決めるか」

 

 俺も自分の命が賭けられていて冷静に物事を考えられていないみたいだ。ここは一旦落ち着いて……。

 

「いやこの遺跡は今すぐに壊そう」

 

 こいつすごいこと言うなこれを壊す?今すぐに?いや流石に無理でしょ、そびえ立つ遺跡は見るからに頑丈そうだ。どうやってこんなもんを壊すって言うんだよ……エルザさんお得意の鎧でもこの建築物を破壊するのは現実的じゃない。まあ何人かそれができそうなやつが知り合いにいるから全面的に否定することはできないんだが。

 

「ナツ先ほどの轟音はお前が起こしたものだろう。」

 

「ああ、なんか柱で囲まれた大広間みたいなのが地下にあってよ。そこをぶっ壊したら遺跡が傾いてデリオラに光があたらねえんじゃないかと思ってよ」

 

 マジかよナツの奴この遺跡を傾けたのか。あの地響きはてっきりデリオラ復活の前触れかなんかだと思っていたんだがナツが引き起こしたものだったなんて。それにしても思いついたとしてそれを実行に移すかねよく生き埋めにならなかったな。見ろよルーシィなんかドン引きな顔しているぞ。逆に言うならルーシィ以外は真面目な顔で今の話を聞いているんだが……。

 

「いやいや中に入ってその大広間の柱を壊したとしても、そのまま落ちてきた天井と一緒にぺちゃんこになるのがオチだぞ」

 

「……はあ、そうならないためにお前がいるんじゃないか」

 

 ――俺ですか?

 

 再び遺跡に戻ってきた俺達だが、先ほどデリオラの氷が鎮座していた最下層の一段上。ナツが遺跡を傾ける際にぶっ壊したという大広間に来ていた。それにしてもこの場所は明らかに他とは用途が異なっている。今まで通ってきた入り口や通路にはコレを月の満ち欠けやこれを築いたであろう人達が壁画として描かれていた。だがこの部屋には床を全て使うほど大きな魔方陣が一つ設置されており、さらにその周囲には二十八にも及ぶ魔方陣が連結して展開されていた。

 ナツが壊したという柱は十三本ありその全てを巨大魔方陣の上に打ち込んでこの遺跡を支えているようだ。

 

「なんだよこの部屋。ここがただの遺跡じゃないってのは月の雫(ムーンドリップ)を発動できる時点で分かっていたがこの魔方陣は極めつけだ」

 

 そう今俺達は遺跡の上で月の雫(ムーンドリップ)の儀式を行っていない。なのにこの魔方陣は稼働し続けている。地面の巨大魔方陣ももちろんだが、その周囲の魔方陣さえもが恐ろしい量の魔力を用いて運用されている。おそらく巨大魔方陣の魔力量はあのデリオラさえも余裕で上回っているように感じる。俺が見たのは死にかけのデリオラだがそれでもこんな小島に放置されて良いような代物じゃないことははっきりと分かる。

 

「ちくしょうマジでしっかり直ってやがる。あの仮面砕くくらい思いっ切り殴ってやったら良かった」

 

 ナツが壊したという柱にもびっしりと術式が埋め込まれており、いかにもこれを壊したら不味いぞ言うように時折表面に浮かんだラインが発光して巨大魔方陣と連動して魔力が流れ込んでいるのを感じる。

 

「ナツぅぅぅこんな明らかに壊したら不味そうな柱を良くも壊してくれやがりましたね!!」

 

 ここを壊したらなにか起きるに決まってるよこの部屋の魔力が暴走して遺跡が爆発とかしても不思議じゃねえむしろよく爆発しなかったな。野生動物並みに勘が良いくせに何でここ壊したんだよ。

 

「それでこの部屋は何なんだよ」

 

「俺が知るか。俺はザルディが連れてきたベルアの月の民とかいう奴らの月の雫(ムーンドリップ)の儀式を手助けをしていたに過ぎない。この部屋に入ったのもこれで二回目だ。何か余計な事をして儀式を行うことができなくなっては事だからな。この魔方陣を調べたこともない」

 

「お前よくそんな行き当たりばったりの計画でここまでこれたな。完璧にしくまれてるだろ。それ」

 

 事件の首謀者が事件についてなにも知らなすぎる……。嘘をついている様子もなく本当に何も知らないのか。聞いた話によるとリオンが仲間達とデリオラの封印を解こうとしているところにある日突然ザルディが接触してきたらしい。あいつは自分もデリオラを倒すために旅をしてその中で絶対氷結(アイスドシェル)を溶かす方法を見つけたが、自分ではデリオラを倒すことはできないため最強の魔道士を探していたのだという。

 

「ああ、だがあのときの俺は疑うことを知らなかった。ウルが死んでウルを超えるためにはウルが倒し損ねたデリオラを殺す事でしか達成できないと思い込んでいた。グレイと別れた俺は修行をしていた雪山に戻った。家にあった魔道書は全部よんだ。当然絶対氷結(アイスドシェル)の書かれた魔道書は一番に読み直した。だが魔道書を最後まで解読しても氷を溶かす方法は書かれておらずそれどころか氷には術者の命が宿っていると書かれ戻す方法は無いと記されていた」

 

「リオン……」

 

「当然迷ったさ氷を溶かすとことはウルを殺す事と同義だからな。だがいくら調べてもウルを元に戻す方法を見つけることはできず一年経っても二年経ってもそれは変わらなかった。いつしかウルをもとに戻す方法はこの世に存在しないんじゃないかと思うようになった。俺はウルを超えるという夢をかなえることができず一生生きていくんじゃないかとな」

 

 やったことは褒められた事じゃないが行動力だけは凄まじいなこいつ。見ず知らずの男に連れて行かれたわけのわからん遺跡でわけのわからん儀式を三年間行い続けるとか普通じゃねえ。

 

「エルザ本当にこれと壊すのか?俺は反対なんだが……」

 

 ここを壊して何か良いことが起きる予感がまったくしない。触らぬ神になんとやらここを壊すなんてとんでも――。

 

「さあやるか」

 

 だがエルザさんはそう思わなかったようでいつの間にやらヒョウ柄の鎧へと姿を変えており準備万端だ。

 

「あれは飛翔の鎧か使用者のスピードを上げる効果のある鎧だ」

 

 おいおいマジかよあの鎧ほとんど肌色丸出しだぜさらに豹耳が付いている。こんな鎧で敵の攻撃から身を守るというのなのだろうか豹耳は付いているが。もはや鎧と言うよりコスプレだな豹耳もついているし。

 

「――ハザマお前は私が柱を切ったらすぐに修復魔法を使ってこの柱を補強しろ。だが完全には修復するなあくまで崩れないように保つだけだ」

 

 そう言うとエルザは柱に向かって駆けていくグレイの説明したとおりすごい速さだ。

 

「――飛翔・音速の爪」

 

柱にむかったエルザは柱の周りを跳びまわる。そしてエルザが着地するとそこには切り刻まれた柱が……はあああああ!!!!

 

 こいつはなにをしやがりますが!!エルザが柱に向かったと思ったら柱が切り裂かれている。それもご丁寧に一本丸ごと丁寧にカットされている。慌てて修復術をかけて柱を修復するが魔法的な抗力は切れてしまったのだろうさっきまで柱に走っていた魔力の流れが感じられない。

 

「おいぃぃっエルザさん何を!!」

 

 慌てていたので形だけを取り繕う修復になってしまった。だがすでにエルザはすでに次の柱に狙いを定めている。それからエルザはあっという間にすべての柱を切り裂いて俺は半分泣きながらすべての柱を修復することになった。

 




 多分次でガルナ島を終わらせられる。


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紫の月が降るは悪魔の島

完全に修復する必要はないとエルザは言ったが完全に修復する余裕なんてどこにもなかった。ただでさえよく分からない魔法がかかった柱をどうにか形になりそうなように治したと思ったらすぐに次の柱を壊し出すんだから完璧に直すには時間が足りない。俺がミスったら全員生き埋になってしまう強度は大丈夫なのか、賭けられた魔法は暴走する危険は無いか。神経をすり減らす作業が続いた。

 

「やっと終わった……」

 

 この遺跡を作った奴が手抜き工事をしていなくて本当に良かった。修復術で補強し終えると俺たちは遺跡を後にした。どっしりとした佇まいからはこの遺跡の基礎の柱すべてが切られて念糸で辛うじて接着されているだけとは思えない。そんな頼りない遺跡の中で自分の体をつかった巨大ジェンガをやらされていたと思うと胃が痛くなる。

 

「それでここからどうするんだ?まあエルザの考えはなんとなくわかるが、やっぱり俺はあの魔方陣が気になるんだよ。」

 

 これほどの建造物に守られた魔方陣、聞いた話によるとあらゆる魔法を解除するとされているがそれだけとは到底思えない。それだけならあんな膨大な魔力を消費するわけ無いんだ。あれほどの魔力をどこから持ってきているのかもわからない。分からないことだらけだ。

 

「安心しろあの魔方陣はこの島の住人達とは無関係だ」

 

「なんでそんなにはっきり断言できるんだ」

 

 エルザの言葉は確信に満ちていた。何か根拠がないとここまで断言はできないだろうまあその根拠が俺に納得できるかはまた別の問題なのだが……。

 

「気付かないか。周りをよく見て見ろ」

 

 周りを見ろと言われましてもよく分からない文様が描かれているだけなんだよな。見た感じ月とそれに祈りを捧げている人位しか判別できない。あとは謎の怪物や武器を持った人間か?魔力の流れを見ても特に何も流れていない魔法的に意味のある装飾というわけでもなさそうだ。注意深く見ても何も理解することはできなかった。これのどこを見てエルザは確信に至ったのか。そもそも何を見れば良いのかすらわからない。チェックポイントを色付きでマークしてくれると有り難い。そうしてくれないと延々とここで悩む羽目になりそうだ。いくら眺めても理解できない俺にしびれを切らしたのかエルザが答えを言った。すみませんね察しが悪くて。

 

「村の装飾とは明らかに形が違う。ここをよく見てみろ遺跡の絵のほぼ全て直線で描かれているこれはベリア文化の特徴だ。だが村の倉庫で見た道具に描かれていた絵はここにあるものとまったく違った描き方だっただろう。もし村人達が作ったのであればこの絵と共通点が見つかるはずだ」

 

 なるほど思い返して見れば村にあった絵は曲線や明るい色で描かれていおり、ここの壁画とは全然似ていない。それに住居や使っている道具から考えてもあんな魔方陣を造れるような技術があるとは思えない。ならこれを作った奴らは別のやつと考えるのが妥当か。意外と周りを見ているのがエルザだ。普段は脳筋と思われがちだが……やっぱり基本脳筋だな。

 

「村の奴らがここを作った訳じゃないんだったら一体だれが何のためにあんな魔方陣を作ったっていうんだ?」

 

 内心を悟られないようにじっと文様を見つめる。S級魔道士は恐ろしくカンが良いからな。目を合わせると殴られかねない。

 

「それは私にも分からん。だがあの魔方陣が不自然であることはハザマも感じていると思うが、あれが無くなれば村人達がおかしくなった原因が取り除かれる。理由を説明することはできないが私はそう確信している」

 

 理由を説明できない?今の言い方だとエルザはこの島の悪魔化の原因が分かったのか。あれを解決する手段があるとは思えないが、他に手もないしうだうだ言っても何も解決しない。ここはエルザを信用するしかないようだ。

 

「わかった。俺が言うことはもう何もないそれで後は俺が修復魔法を解除したら良いのか?」

 

「ああ頼む」

 

 修復魔法を解除する今まで辛うじて遺跡を支えていた柱が一斉にバラバラになったんだ当然その上に建っている遺跡が無事で済むわけもなく、島を揺るがす地鳴りが響き遠くから見ていても分かるくらい遺跡が陥没している。本当にこれで解決するんだろうな?何も変わらなかったらただ遺跡を壊したただの破壊者だぞ。

 

「うおぉっぉ!!派手に壊れたなぁ」

 

「けほけほすごい揺れね。土埃もすごいし」

 

 ナツはなんでちょっとうれしそうなんだよ。こうして壊れた建造物を見ているとなんかこう早く修復しなきゃならないという使命感が……。

 

「よしこれであの魔方陣も壊れただろう村に戻るぞ」

 

 エルザの一言で我に返る。なんか職業病みたいなものを感じたがそっと頭の底へ押しやる。余計な事は考えるな頭を切り替えろ。

これだけ盛大に壊せばあの広間も瓦礫の下敷きだろう。もう二度と月の雫の儀式(ムーンドリップ)の儀式は行えない。いかなる魔法も解除する魔法は失われた俺は取り返しの付かない事をしてしまったのではないだろうか。やっぱり壊すのは不味かったんじゃないか?どうやら仲間達はそう思っていないようで、目の前の光景を見ても一切揺らぐことなく既に歩き出していた。それどころか心なしか少しウキウキしているようにさえ見える。一方いつもの騒がしさが嘘のようにナツとグレイがキビキビとそれに続き、ルーシィとハッピーが恐る恐るといった様子でついて行く。え、俺?ほらリオンの拘束もしないといけないからゆっくりいくから心配するな。あっ何をするルーシィにハッピー戻ってきて背中を押すな!!

 

◇◇◇

 

 背中を押されながらズンズンと歩いて行くと資材置き場に着くもそこに村人達の姿はなかった。遺跡の倒壊音を聞きつけて様子を見に行った訳でもなさそうだ。争った形跡はなく、人だけが忽然と姿を消していた。

 

「あれ?誰もいない」

 

「本当にここにみんないたのか?」

 

「村がこいつらに壊されたからね。やっぱり……何か隠していたのかな」

 

 道具類が持ち出されていない所を見るに夜逃げをした訳ではなさそうだが一体どうしたんだ。ルーシィは不安そうにあたりを調べる。だが手がかりになりそうなものは一切見つからない。何か問題でもあったのか心配だな。

 

「おーい誰もいないのー」

 

「皆さん戻りましたか。村が、村が大変なんですよ!!」

 

 異形の怪物が一体森からすごいスピードで向かってくる。すごい怖い。何も知らなければ攻撃していたかもしれない。やはり呪いは解けていないようだ。この呪いは当てずっぽうで解けるような代物じゃなかった。どうしようもう遺跡は壊れてしまっている。俺直せるかな?今までも高度な魔道具は直してきたがこの遺跡はそんな者とは比べものにならないくらいに理解不能だった。下手したらこのまま一生この島にいることも覚悟しなくちゃなんねえ。嫌だなぁ。

 

「なんだ。そんなに慌ててどうしたんだ」

 

 エルザが問い詰めるもとにかく見てもらった方が早いと興奮さめやらぬまま、村の方へ案内しようとする村人。どうやら悪いことがおきたわけじゃないようだが……上から溶解液を落とされて村が消滅したよりも衝撃的な出来事はないだろう。

 

 村にたどり着くと村があった――は?

 

「どうなってるの?確かに村はめちゃくちゃにされたはずなのに」

 

「元に戻ってるー」

 

 そこには喜びに満ちた村の姿があった。

 

「どうなってんだこれ。まるで時間が戻ったみてーだ」

 

 ガンガンとナツが家を殴りつける本当に戻っているのか不安になる気持ちは分かるがそれ以上殴るなお前がやるとまた壊れる。

 村長はどこか尋ねると村の外れに案内された。そこには墓を真剣な顔で見据える村長の姿があった。

 

「あの墓は……」

 

「そっか……村が元通りになったからボボさんのお墓も元に戻ったのね。よかった」

 

 ボボというのは村長の息子で今回の悪魔化によって正気を失ってしまったらしい。悪魔になった彼らの力は人間を遙かに超えている。縄で縛ってもちぎられ檻は壊された。そんな化け物のような力を持った怪物に村人達ができることはなかった。

 

――だから殺した。これ以上犠牲者を出さないため村長は自らの手でそれを行った。

 

「…………」

 

 村が元に戻っても戻らないものもある人の死はその最たるものだろう。

 

 俺達が来たことに気づいたのか村長が振り返る。ギロリと睨みつけるその目には建物が元に戻った喜び以外のものが沈んでいる気がする。

 

「あなた方が村を戻してくださったのですか」

 

「あーいや……そういうわけじゃ……」

 

「おや、そちらの方は初めて見る方ですな。だが、今はそんな事よりもほが、魔道士殿一体いつになったら月を壊してくれると言うんですじゃ!!」

 

 村長にはリオンが今回の首謀者だとは気づいていないようだ。今リオンの事を説明しても冷静な対応は望めないだろう。人が死んでいるんだどんなことでも起こりえる。一方的に復讐の相手を連れてきて自己満足のためにその復讐を止めようとしている。何の権利があって俺はそれを決めているんだ自分の傲慢さが嫌になる。

 

「そのことだがな村長。実は月を壊さなくても元に戻る方法がわかった」

 

 エルザもリオン達の事を説明する気は無いようだ。いらない混乱を招きたくはないのだろう。余計な事を言わないようにリオンのすぐ背後につく。今はおとなしくしているがいざとなったら無理矢理にでも口を封じる必用がある。

 

「状況を整理したい。皆を集めてくれないか?」

 

 ゾロゾロと村人達が広場に集まってくる。これだけ大見得を切るからには村人達を元の姿に戻す算段はあるのだろう。内心びくついている俺とは違いエルザに迷いは見られない。

 

「あなたたちは月が出ている間、そのような姿になってしまう。それは月が紫になってから始まった。これに間違いはないか。」

 

「正確には月が出ている間ですじゃ」

 

 月の雫(ムーンドリップ)の儀式は月が出ていなければ行うことはできない。村人達の話に矛盾している点は見られない。やはりあの儀式が悪魔化の原因なのだろう。

 

「なるほど今までの出来事から考えるとそれは三年前から始まった」

 

「確かにそれくらいになるはず……」「ああ」「そうだな――」

 

 村人達の意見も概ね一致するようだとなると当然あの疑問が出てくる。

 

「三年前から遺跡では毎夜のように遺跡に向かって収束した月の光が降り注いでいるのが見られたはずだ。原因は月の雫の儀式《ムーンドリップ》の儀式によるものだが――どうして一度も確認向かわなかった?」

 

「そ、それは村の言い伝えであの遺跡には近づいてはならんと……」

 

「死んだ人もいるし報酬の高さから言ってもそんな事言っている場合じゃなかったよね」

 

 村人達からざわめきが起こる。何かを相談するように顔を寄せ合い隠したいことがあるのか俺達と目を合わせようせず、後ろめたいことがあるようにこちらを伺う様子を見せる。

 

「そ、それが……わしらにもわからんのです。おっしゃる通りあの遺跡は何度も調査しようとしました。皆でなれない武器を持ち、ワシはもみあげを整え何度も遺跡に向かいました。しかし、近づけないのです」

 

「遺跡に向かって歩いているはずなのに気がつけば村の門。我々は遺跡には近づけないのです」

 

 近づけないってなんの冗談だよ。村人全員が超ド級の方向音痴というわけでもあるまいにあれだけ巨大な建造物だジャングルの中道に迷ったとしても、木にでも登ればすぐにどこにあるのかくらい分かるだろう。まあ、俺達はその遺跡を瓦礫の山に変えてしまったんだが……。

 

「俺達は中に入れたぞ!!普通に」

 

「…………」

 

「嘘じゃない。こんな話信じてもらえないと思ったから黙ってたんだ。俺達だって遺跡には何度も行こうとした」

 

「だけどたどり着けた村人は一人もいない。だから島の外のギルドに依頼を出したんだ」

 

「なるほどやはり全ての原因はあの遺跡のようだな」

 

 エルザは何かを確信したようだ。

 

「えっ??」

 

「これは村の資材置き場に置かれていたものだ。説明によれば祭りなどの行事で使われる道具を保管する場所のようだがこれの裏を見てくれないか」

 

 エルザがそう言って取り出したのは村の資材置き場に置かれていた皿だ。祭りの時に食材を盛り付けるのに使われるそれは普段使いには少しサイズが大きいようだが至って普通の皿だ。裏返して見てみるとそこには羽の生えた人が描かれていた。よく見ると体には角が生えており普通の人間というわけではなさそうだ。

 

「……似ている」

 

 皿の絵は悪魔になった村人ととてもよく似ていた。どういうことだ。まさか自分たちの体が悪魔になった事を記念して皿に悪魔の絵を描いたとかいうわけはないだろ。村人達も戸惑いを隠せないようで大きなざわめきが起きている。

 

「これは一体どういうことですじゃ!!魔道士どっ――」

 

 その時地面が激しく揺れた。その揺れは島全体を揺るがす程でとても立ってはいられないほどの揺れだ。村人達は身を守るために体を地面に伏せる。

 

 

「何だ!!」「キャー」「うわぁぁぁ」

 

「封印が完全に解けたか」

 

 遺跡があった方角を見ながらエルザがそうつぶやいた。そこには天に向かって光の柱が吹き上がっていた。何だあれはこの世の終わりでも訪れたのか?地面に伏せながら光の柱を見つめていると徐々にそれは収まりやがて消えてしまった。

 

「見ろ月が!!」

 

 光の柱は月に向かって伸びていたその柱は空を砕き月を飲み込んだ。砕けた空がキラキラと降り今までの不気味な紫色とは打って変わって見慣れた月が優しい白い光で浮かんでいる。

 

「割れたのは月じゃない。空が割れた」

 

「一体なにが起こってんだ!!」

 

 見たところ月と島の間に何かがあった。それの所為でこの島では月が紫色に見えていたようだ。アレは一体なんなんだ。

 

「この島は月の雫(ムーンドリップ)によって発生した粒子が上空にたまっていた。三年間積み重ねられた儀式によってそれは結晶化しこの島を覆っていた」

 

 島を覆っていた紫の天蓋は崩れ去り俺達の元へと降り注ぐ。キラキラと輝く結晶が俺達の体を包み込む。

 

「おおこれで我々の姿も元の姿に戻っ……」

 

 だが紫の月がなくなっても村人達は怪物の姿のままであった。

 

「……」「あれ?」

「もとに戻らないのか」「そんな」

 

 だが都合の良い魔法はおきなかった。多くの呪いは呪いを解いたところで元通りとはいかない。一度発動した呪いは発動者が死んでも効力を発揮する。呪い系の多くが禁呪認定されているのは取り返しがつかない事が大きく影響している。

 

「いや、これで元通りだ。夜になると悪魔になってしまうという間違った記憶がな」

 

「まさか……」

 

「彼らは元々悪魔だったのだ」

 

「うそぉぉぉ!!」

 

 確かに元から悪魔だったのなら資材置き場皿の絵も納得がいく。今にして思えば着ている服も悪魔化しても破れないように特徴的なデザインをしている。

 

「マジか?」

 

「はい、まだちょっと頭の中が整理できていませんが……」

 

「まってリオン達も月の雫(ムーンドリップ)を浴びていたはずなのに記憶が無事なのは……」

 

「こいつらは人間だからな。どうやら記憶障害は人間には効果が無いらしい。あの遺跡にはとても高度な対魔の術が掛けられていた。最初は月の雫(ムーンドリップ)の一部かと思ったが魔力の流れを見てみるとそれとは関係なく強力な力を感じた。その影響で悪魔の力を宿す物はあそこに近づくことができなかったようだ」

 

「だから村長達が遺跡に向かっても近づけなかったのね」

 

「おそらくこの島自体が悪魔化したもの達にとって生きやすかったのだろう。島の至る所で悪魔化した動物が見られた。普通悪魔化するほど魔力と親和性がある生き物なら魔物になってしまうだがこの島の動物たちにはそんな様子は見られなかった。この島の何かが魔力による影響を防いでいたんだろう」

 

 魔法を使う動物を魔物と呼ぶ。魔物は普通の動物と比べて凶暴だと言われている。そりゃそうだろう。動物が魔法を使えるように進化したのが魔物ならその魔法を使わなければならない環境があったということだ。あるネズミは天敵から身を守るために体を透明にする魔法を身につけた。空を飛ぶために羽が生えた猫も知っている。ならば体を悪魔に変えなければならない環境とは一体どれほどだろうか。

 

「あなたたちに任せて本当に良かった」

 

 後ろから声が聞こえる。村長達の様子が変だ。まるで幽霊でも見たように声が震えている。

 

「ボ…ボボ……」

 

「魔道士さんありがとう」

 

「どういうことだ。え、えぇー」

 

 墓とボボさんに目を行ったり来たりさせる村人。死んだと思っていた人間が生きていたんだ驚くのも当然だ。

 

「おいおい、俺達(あくま)は胸を刺されたくらいじゃしなねえだろ」

 

「アンタ船で突然消えたじゃなねえか」

 

 目にも留まらぬ速さでボボさんが消えた。背中から翼はやしたボボさんが空に飛び上がる。このスピードで目の前で上空に飛ばれたら見つけるは困難だろう。

 

「あの時もこうやって逃げさせてもらったんだ。すみません事情を説明できなくて。あなた達が本当に信用できるのかあのときは判断できなかったんだ」

 

「ボボー!!」

 

「やっと正気に戻ったみたいだな親父!!ホントみんなが突然自分の事を人間だと言い出したときにはどうしたもんかと思ったよ。何を言っても俺の頭がおかしくなったって言うからさ棺から抜け出して島を出たんだ」

 

 村長が一番に飛び上がりボボさんに抱きつく。悪魔化の謎も解けて村も元通りでボボさんに生きていたこれで全部めでたしめでたし本当に良かった。

 

「わあああああ」「ボボが生きてたぞー」「今夜は宴だぁぁぁぁ!!」

 

 月光に反射した結晶が降りしきるなか空に飛び上がりみんなが喜んでいる様子はとても素晴らしいものだ。今回のクエストは久々に命の危機を感じたが首を突っ込んでよかったと思える。

 

「何だかなーみんなのあの笑顔を見てると、悪魔ってぇより天使みたいに見えるよな」

 

「皆さんも是非参加してください。今夜は寝ないでお祝いです!!こんなにうれしいことはありません」

 

 今宵悪魔の島と呼ばれたこの島は宴の声が途切れることはなかった。

 



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その空の下に月は浮かんでいた

 ガルナ島の人達を襲った体が悪魔に変わる呪いは月の雫(ムーンドリップ)のせいで自分たちが悪魔であることを忘れていたという衝撃の事実だった。今にして思えば着ていた服が、翼や尻尾が出しやすいように穴や切れ込みが入れられていたり、エルザが根拠として出してきたお皿のように結構至る所に不自然と思える部分は沢山あった。    

ちょっと独特なデザインの服をみんな着ているなとは思っていたがまさかおとぎ話でしか聞いたことのない悪魔が実在するなんて思ってもいなかった。

 自分たちの体が悪魔へ変わると思い込んで嘆いていた彼らもこうやって笑顔で踊り、ご飯を食べていると普通の人間とあまり変わらない。

中でもボボさんが生きていたとわかった村長の喜びは凄まじいもので、翼を羽ばたかせボボさんとグルグルと空中を回っている。宴が始まってからずっとあの調子だけど大丈夫なのだろうか。

 

「楽しんでますかー魔道士さぁん」

 

 頬を赤くしながらふらついた足でこっちに近づいている村の人、この騒ぎの中では特に珍しくもない光景だが悪魔の姿のまま宴会に突入してしまったのでまるで仮装パーティーのように落ち着きのない様相となってしまった。この人も悪い人ではないとは分かっているんだけどこの姿の人にお酒を勧められると少し構えてしまう自分がいる。

 

「えーと、もう十分飲んだから今はお水が欲しいかなって」

 

「いやいやまだまだ飲まないとダメですよ!!魔道士さーん。今日羽目を外さないでいつ外すっていうですかぁぁ」

 

(うわぁかなりでき上げってるなぁ)

 

どうやって断ろうかと考えていると横から突然男の人が持っていたお酒が取り上げられた。

 

「おっさんこの酒めちゃくちゃうめぇな。いくらでも飲めるわ」

 

 後ろからやってきて一息でお酒を飲み干したグレイはコップを男の人に返す。

 

「そうなんですよ。この酒は島の果物を使ったこの村自慢の一品なんです。つけ込み具合によって味が変わってねおすすめは三年付けたやつが――」

 

 うれしそうに島の自慢をする村の人。空のコップを振り回して熱心に説明をしてくる。

 

「そういえばおっさん、またみんなで悪魔のダンスを踊るって焚き火の前に集まってたぞ。おっさんは行かなくて良いのか?」

 

「なんですって!!この私をのけ者にして、悪魔のダンスを踊るだなんてそんなことゆるされませんよ」

 

 ろれつが少し怪しくなってきていたが、グレイの一言を聞くと目をとがらせて大声で聞き返した興奮しているようでちょっと怖い。

 

「下で見ていてもおっさんの腰のキレは群を抜いてたから。おっさんがいるといないのとでは盛り上がりが段違いだろうな」

 

「こうしちゃいられない。すみませんちょっと行ってきます!!」

 

「おう。俺達は下で見させてもらうわ」

 

 あんなに顔を真っ赤にして走るとこけないか心配になるけど、おじさんは人混みの方へ行ってしまった。

 

「……ありがと」

 

 グレイは腰を下ろして隣に座った宴の喧騒から外れた位置。この島に来たときはこんな大事件に巻き込まれるとは思っていなかったら少し疲れてしまった。これくらい離れていた方が今の私には気楽でいい。

 

「たまたま通りかかっただけだ……いや、俺の方が礼を言わなけりゃなんねえのにまだ礼を言ってなかったことを思い出したんだ」

 

 お礼を言われるようなことに心当たりは嫌にかしこまった態度に私も姿勢を正す。

 

「お前達がこのクエストに無理矢理受けてなかったらウルやリオンのことも解決できなかった。はじめはギルドのルールを破るバカ奴らと思ってたけどデリオラがここにいると分かって復活を止めることがあのとき俺が生き残った責任だと思った。来たがエルザに無理矢理連れ帰られそうになったときかばってくれなかったらもしかしたら無理矢理連れて帰られたかもしれない。そうしたら一生後悔していたと思う。だからおまえらには感謝している」

 

 私もナツに着いてきただけでエルザの時は一種に縛られていた身だ。お礼を言われるのはなんだかこそばゆい。報酬の精霊の鍵目当てで初めてのS級クエストで自分の力を試したいという思いもあったし、手に負えないことなんかもあって、なんで着いてきたんだろうって思うこともあった。だけど今、こうして楽しそうに笑っている人を見るとここに来て良かったって思える。今この場を覆っている喜びに私の力がちょっとでもプラスになったのなら頑張った甲斐があるというものだ。素直にうれしい。

 

「リオン達はしばらくこの島に残るみたいね。心配じゃない?」

 

 リオン達はボボさんが生きていた事に沸き立っていた村の人達の熱気が少し落ち着いたタイミングで説明させてもらった。突然私たちと行動を共にしたリオンを新しく来た妖精の尻尾(フェアリー・テイル)の仲間と言うには無理がありリオン自身も隠さずに正直に説明する事を望んだ。

彼はしっかりとした足取りで村人達の前に立つとと頭を下げ謝罪した。あなた達が記憶を失った今回の事件の全責任は自分にありその責を果たすため自分にできることなんでもする命が欲しいというならこの命を捧げる。ものを立場にないことも分かっている。けれども仲間たちの命だけは奪わないで欲しいと頼み込んだ。

 

「あいつは昔からやると言ったことは必ずやり遂げるやつだったからな、そこら辺の心配はしてねえよ。デリオラのことも片付いたし……いちいち面倒を見るような関係は俺もあいつもごめんだろうしな」

 

 村の人達もボボさんの生還を喜んでいるときにとんでもない爆弾を放り込んできたとあのときは思ったが、私たちもリオン達がデリオラの被害者だと知り一方的に重い罰を与えるには彼らの事情を知りすぎた。

 

「その割には一緒になって頭を下げてたじゃない。島の人達も戸惑ってたと思うけど……」

 

 リオンが頭を下げる横で無言で一緒に頭を下げるグレイ。その甲斐もあってか島の人達はリオン達の謝罪を受け入れた。彼らに対する罰も月の雫の遺跡(ムーンドリップ)あそこは今瓦礫の山になってしまった。島の人達の侵入を拒んでいた魔法はなくなったとは思うけどまだ他にも罠のような魔法が仕掛けられていたとしてもおかしくはない。だから調査が完了するまでリオン達が遺跡の解体作業をさせてはどうだろうとハザマが提案し村長が了承した。今リオンは残りの三人に説明するために離れここにはいない。

 

「デリオラに大切なものを壊された奴の気持ちはよく分かるからな。ましてやウルが氷になっちまったのは俺の所為だからな……」

 

「――それは!!」

 

「わかってる別に今更命を犠牲にして何かしようってわけじゃない。デリオラも砕け散ったしな。だけどやっぱり忘れちゃいけない事ってあるんだよ。どんなに目を背けたくなる傷でもそれを癒やすためにはほっとくだけじゃダメなんだよ」

 

「それはリオンのこと?」

 

「俺も含めてな。正直デリオラを見たときは頭に血が上ってた。エルザに止められたときもハザマに止めれてなかったら本気で戦っていたと思う。だから……リオンが村長達に謝った姿をみて少し救われた気がした。間違ったことばかりしてきた弟子だったけれど俺達の師匠が教えてくれたことは確かに俺達の中に生きてたんだ。俺の罪は死ぬまで消えることはないだろう。だけどウルの教えも同じように死ぬまで消えないって思えたんだ」

 

「ウルさんってすごかったのね」

 

「ああ俺達自慢の師匠だぜ」

 

 宴の席から少し離れた場所で焚き火の明かりが私たちを少し暗闇から遠ざけてくれる。悪魔達の宴は夜が更けたくらいでは終わらない。今夜この島で笑い声が途切れることはなかった。

 

 

 ◇◇◇

おはようございます宴の間中村の建物を調査していたハザマです。突然元に戻った村に喜んだ村人達だが何か罠が仕掛けられていたら大変と考え宴を早々に抜け出し、一晩中念糸や式神を使って家々を見ていました。俺の頑張りの成果は――マジで何一つ異常がみつからないという非常に喜ばしいものだが俺の目的は果たせないという個人的には素直に喜べないものだった。

 まあ今更この村の人達に害をなしてもしょうが無いというのが普通だと思うが念には念をというし、どうせなら百パーセント安心したかったのもある。しかしいちばん大きな目的は奴が修復したものを見たいと思ったからだ。奴というのは遺跡にいた仮面の男だ。俺達が遺跡を破壊して下りてくる短時間の間に村を完璧に元に戻した奴がどんな魔法を使ったのか非常に気になり、何か一つでも技術を盗むことができたのなら間違いなく俺の力になると思った。この島に来たとき島の人達の悪魔化を調べたときにも感じたのだが異常がないというのはいちばん厄介な状態かもしれない。何をどうすれば良いのかすら分からないあの仮面の男は洞窟で時のアークとかいっていたな失われた魔法(ロストマジック)ギルドに帰ったら本気で調べてみるか今の俺にできることはそれくらいしかないのかもしれない。だからといって諦めないがな!!

 

「いや帰るには早い俺はこの島に残るぞエルザ!!」

 

「何をバカなことを言ってるんだハザマ。私たちがこの島でやるべき事は終わった。無許可でS級クエストに来たこいつらをマスターの前に引きずっていかなければならない」

 

 お前はそういうだろうなだけどお前も見ただろう。あの短時間で村を元に戻した凄まじい魔法をあの魔法を覚えることができれば今後の俺の仕事もレベルアップすることは間違いない。そうなれば俺もちょっとは楽できると思うんだ。チラッとあいつらがこれまで以上にやらかしてくれそうな気が一瞬したがその嫌な予感を首を振って振り払う。

 

「言いたいことはそれだけか」

 

 エルザさん落ち着いて……。なんで会話による説得を試みているのに拳が握られているのかな?俺の意見を言ったんだから次はエルザさんが俺を説得するために話をするそれが普通じゃないか。

 

「――歯を食いしばれ」

 

 俺は暴力に屈した。

 

 いよいよ島を離れることになった。帰りも俺とエルザが乗ってきた海賊船をもう一度俺が操船して帰ることになった。島にある船ではこの島の周りを流れる特殊な潮の流れで簡単に転覆してしまう。来たときに素人の俺が操る船でもたどり着けたのは船が大きかったからだろう。ボボさんに比較的潮の流れが穏やかな場所を教えてもらい準備は万全だ。

 

「ではボボさんもし村に何か異常があったらこの紙を破ってもらったら俺に伝わりますんで。特にリオン達から怪しい仮面の男の情報が聞く事ができたらどんな些細なことでも結構ですのでよろしくお願いします」

 

「えっと……はい」

 

 俺がボボさんと放している間にエルザは村長と今回の依頼の話をしていたようだ。

 

「ほが……では報酬は受け取れないと!!」

 

「ああ昨夜も話したが今回の依頼は正式にギルドが受けたものではない。うちのバカどもが勝手に先走ってしまった不始末をつけに来ただけだ。だから報酬は必要ない。本来ならマスターが謝罪をしなければならないところだが妖精の尻尾(フェアリー・テイル)を代表して謝罪させていただく申し訳ない」

 

 エルザの報酬をもらわないという言葉にナツ達が不満を漏らす。どうやら声が小さかったようでエルザの耳には届かなかったことが幸いか。

 

「たとえ皆さんが正式な依頼で来ていただいてないとしても……ほがぁ我々が救われたことには変わりはありません。これは依頼達成の報酬ではなく共に宴を楽しんだ友人として贈らせてはくれませぬか?」

 

「そうまで言われて友人の贈り物を無下にはできないな」

 

 たしかこの依頼(クエスト)の成功報酬700万JだったけS級クエストの中では低い方だが、最近修復クエストばかり受けて金欠だったらな正直かなり有り難い。

 

「だが成功報酬の700万Jは受け取れない。これを受け取ってしまっては友人への贈り物としてはふさわしくない。追加報酬の鍵だけ有り難くいただくとしよう」

 

 えー鍵だけかよ。精霊魔道士じゃないと使えない鍵が報酬ってことはルーシィの一人勝ちじゃないか。ただ働きから考えたら仲間に役立つ物がもらえたのは十分すぎる成果なのだが実にもったいない。お金はあってこまるものじゃないんだし遠慮せずにもらえば良いものを……こういう所は本当に頑固だよな。

 

「出航!!」

 

 空は快晴、この辺にしては海も穏やかで風向きも良好点数を付けるなら100点満点の船出日和だ。

 

「皆さんお元気でぇー」「ありがとうございましたぁぁぁぁ!!」「また島にきてくださぁぁい!!今度は悪魔のダンスを一緒に踊りましょう」

 

「ありがとう。みんなも元気でねぇー」

 

 しばらくして船の後方でガルナ島を眺めていたルーシィが叫んだ。

 

「なんかでっかいのが島の上にいるぅぅぅぅ」

 

「は?」「気持ちわる!!」「うわーおっきい虫だぁー」「ほう、あれが……」

 

 島の山頂に馬鹿でかい虫が飛んでいた。あれは俺がグレイ達とはぐれたときに見た蛾じゃないかその姿はあのときより大きい。不思議洞窟で磔にされていた時も大きかったが今の島をまるごとおおような大きさは流石になかった。まだ海岸でこちらを見送ってくれていたボボさん達が騒ぐ様子がないところを見るともしかしたら島からは見えていないのか?

 突如羽を広げる島の上の怪物蛾。すわ俺達を食べる気かと思ったが空中で停止するとその巨大な羽を振るわせた。島から吹き付ける突風。目を開けることもできない風に舵を支えにして必死に踏ん張って耐える。

 

 目を開けると空に蛾の姿はなく、遠目で海岸でワチャワチャと動く村長達がまだ俺たちを見送っていた。船が転覆するんじゃないかと思う風なんか無かったかのようにのんきな声が聞こえてきそうだ。気のせいじゃないよな。

 

「何、今の?」

 

「俺がはぐれたときに見た蛾の化け物だ。最初会ったときはあんなにでかく無かったんだがもしかしてあの遺跡に封印されていたのは……」

 

 どうやら俺だけが見た幻覚ではないらしい。この船に乗っている面々はもれなくアレを見たようだ。

 

「そこまでだ。そこから先はお前達が知ってはいけないことだ」

 

 エルザが俺の言葉を遮った。なるほどエルザは知っていたと。あそこまで自信満々に遺跡を壊したのも俺の話を信用してアレの実在を確信していたからか。この目で見た俺でさえたちの悪い幻覚をかけられた可能性が高いと思っていたのに……気にならないと言えば嘘になる。だがこの世には知るべきではないことがわんさかある。

S級クエストに行くとこういうことがあるから嫌なんだ。強い敵や危険な環境、それらはもちろん危険で注意を払わなければならないものだ。だが前回のララバイや今回のデリオラのように知っているだけで禁忌とされるものがいちばん厄介だ。情報はいつ牙をむくか分からない。あの蛾は直接相対した身としてはもう二度と会いたくないと思うものだったが、不思議と悪い感情は浮かばない。触らぬ神に祟りなしって言葉ああいうのに使うんだろう。エルザもあれが敵になるとは考えていないようだし、エルザの言葉通り今見たことはきれいさっぱり忘れることにしよう。一番騒ぎそうなナツは船酔いでダウンしているし問題は何もないはずだ。

 

「風向きが急に変わったなこのままなら半日もしないうちに港が見えて来るんじゃねえか」

 

「え、今のスルーするのグレイ。見たよねあのおっきいの。あんなのがいるなんて現実的にあり得ないでしょ。ハザマ、ハッピー、エルザぁ私の目おかしくなっちゃったかも」

 

 グレイも俺と同じ考えに至ったようだルーシィが混乱しているが問題ない。いずれ落ち着く、たとえ落ち着かなくても今ナツを締め落としているエルザがいざとなれば力業でどうにかしてくれるはずだ。

 

「絶好の航海日よりだこんな日は歌でも歌いたくなるな」

 

「宴会であんだけ歌ったのにまだ歌い足りないのか?」

 

「お前らはそうかもしれないが俺はずっと村を見ていたからな。宴には初め以外参加していない」

 

「ちょっと無視しないでよ!!」

 

「あーそうだったかなら歌うか?大海原の船の上、乗っているのは俺達だけだ騒いでも誰も文句言わねえだろ」

 

「あ、やっぱ俺歌うの下手だから良いわ」

 

「じゃあ何で言ったんだよ」

 

 そんなの現実逃避に決まっているだろ。二徹したのに歌を歌う元気なんてどこにもないわ。幸いにも海は穏やかで風向きは良好理想的な船旅だ。この調子なら全部式神に任せてしまっても問題なさそうだ。

 

「グレイちょっと舵変わってくんね。よく考えたらこの数日まともに寝てねえんだわ」

 

「は?おまえ俺船なんか操縦したことねえぞ」

 

「大丈夫大丈夫。こんだけ追い風が吹いてんならら魔力を込めて羅針盤の方角に進めるだけで良いし、帆の方は式神がある程度やってくれる。何かあったら起こしてくれたら良いからさ」

 

「ちょっとエルザさん、なんでこっちに詰め寄ってくるの。やめてこっち来ないで分かりましたもうおとなしくします。私は何も見ていません。だからこっち来ないでぇ」

 

 帰ったら休暇をもらおうここ最近の俺は働き過ぎだ。そうしよう。いい加減体力の限界だった俺は舵をグレイに任せて船室へと向かった。

 



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幽鬼の襲撃

 マグノリアに戻ってきた俺達はまっすぐギルドに向かっていた。クエスト報告の義務を果たすためだ。評議会を通さないいわゆる身内が依頼者のクエストなのでサボろうと思えばサボれるのだがまったくウチの委員長様は本当に真面目である。

まあ今回はそれだけではないのだが……初めてのS級クエストの達成の興奮から船を降りでずっと騒がしいナを先頭に軽い足取りで歩きなれた道を進んでいく。

 

「帰ってきたぞぉぉ!!」

 

 なんでこいつはこんなに元気なんだろう。S級クエストなんかバカ高い報酬とそれに見合った難易度でとても疲れる依頼なのにまったく堪えた様子がない。それに加えてこいつには帰ったらマスターから今回の落とし前が言い渡されるはずだ。帰ることにプラスの要素が全くないのに……俺なんか早く荷物を下ろして横になりたくて仕方が無いが、その元気だけは羨ましく感じる。

 

「帰ったらお前達のお仕置きが決まるんだけどな」

 

「げぇせっかく忘れていたのに」

 

 いや忘れんなよ。おまえらが無断でS級クエストなんかに行ったせいで、自己責任が原則の魔道士が同じクエストを後から受けるなんて異常事態になったんだからな。これ評議会への言い訳とかどうするんだろうか。下手しなくても管理責任問題でまたお叱りの言葉でも受けるのではないだろうか。

 

「まあ依頼人が依頼達成(クエストクリア)を認めたんだ。特に重い罰を科す必要は無いと私は考えている。だが決めるのはマスターだ私からお前達を弁護する気も無い。ルールを破ったんだそれなりの罰は覚悟しておけ」

 

 マスターは甘いからな。そこがウチのギルドの良いところなんだが、そのしわ寄せがどこにきているかは考えないようにしよう。エルザの言ったとおり一応問題は解決できて依頼人も満足しているんだ。誰にも迷惑を掛けていないから、なんだかんだトイレ掃除くらいの罰で落ち着くんじゃないか。

 

「おいおいもしかしてアレやらされるんじゃねえか!!」

 

「イヤダーおいらあれだけはイヤダー!!」

 

「ちょっとアレって何よ!!そんなに嫌な事が待ち受けているの!!」

 

 その場にうずくまってこの世のような顔をするグレイとハッピーにおびえたルーシィが問いただす。

 

「ルーシィ心配すんな。じいちゃんならよくやったって褒めてくれって」

 

「どっからくるのかしらその自信」

 

 ナツがルーシィを安心させようと笑顔で不安を解きほぐす。だがエルザの一言でその態度は一変した。

 

「いやおそらくアレは確定だろう。お前達もしっかり準備しておけよ」

 

 動きを止めたナツの体からダラダラと冷や汗が吹き出る。ナツの突然の変化にルーシィはそんなにも恐ろしいことが待っているのかと悲鳴を上げた。

大声を上げて大袈裟だな。まあルールを破ってS級クエストに行ったんだ。それくらいの罰は甘んじて受けてもらおう。

 

町を歩いていると少し違和感を感じた。道行く人達が足早に同じ方向へと歩いて行く。そのどれもが不安そうでどうやら愉快なことではないらしい。

 

――()()()()()()()()()()()()それも予想を超えて最悪な形で。

 

「――何だよこれっ」

 

「嘘だろ……」「あぁあああ」

 

「「俺達のギルドが!!」」

 

 いくつもの巨大な鉄杭がギルドを貫き、表に掲げられていた妖精の尻尾(フェアリー・テイル)の看板は真っ二つに割られ地面に打ち捨てられている。なんでどうしてこんなことがあまりの衝撃に頭が理解を拒み俺は膝から地面に崩れ落ちた。

 

 

 

◇◇◇

 

 破壊されたギルドの前で呆然としていると話しかけてくる人がいた。

 

「おうおまえら帰ってきたか。ひでえもんだよな」

 

「マカオ……」

 

「どういうことだよマカオ!!なんで俺達のギルドがこんなことになってんだよ!!」

 

「ファントムの奴らだ」

 

 ボロボロになったギルド館の中に入り普段は使われることないギルドの地下に降りる。そこにはギルドのメンバー達がそろっていた。ここは普段、食料や魔道具の保管として使われているスペースだ。そこに急拵えで修理された机や空き樽に腰掛け目の前の惨状について話し合っていた。

 

「おぉーエルザ達が帰ってきたぞー」

 

「ナツとグレイも一緒だ。これでファントムの奴らに攻め込む準備はできたな」

 

「この借りはきっちり返してやるぜ」

 

 よかった誰も怪我をしている人はいなかったみたい。上があんな状態になっていたので心配していたのだが無事だったみたいだ。

 

「よっお帰り!!」

 

「マスターS級クエスト悪魔の島ガルナ島を無断受注のナツ、ハッピー、ルーシィを止めに行ったにもかかわらず一緒にクエストを受注したグレイの四名の確保完了しました」

 

「エルザにハザマご苦労さん。まったくナツ、グレイ、ハッピー、ルーシィお前達四人は勝手にS級クエストなんぞに行きおってからにー!!」

 

「えっ?」「はっ?」

 

 ギルトが破壊されたことに関してはノータッチ?私たちのことよりも、もっと大変なことが起きていると思うんだけど……。

 

「罰じゃ!!今からお前達に罰を与えるから覚悟せえ!!」

 

「それどころじゃねえだろ!!」

 

「とりゃ、とりゃ、とりゃ、とりゃあ!!」

 

「キャッ!!」

 

 マスタの伸ばした手が私のお尻をなでた。思わず悲鳴を上げてしまった。他のみんなは頭にチョップだったのに……もしかして罰ってこのセクハラ?

 

「マスターふざけないでいただきたい。今がどんな状況か分かっているのですか?」

 

「ギルドが壊されてんだぞ!!」

 

「まあまあそんなに怒りなさんな。騒ぐほどのことでもないでだろうに」

 

 私たちのギルドが壊されたにも関わらずそれが大したことじゃないみたいにお酒を飲んでヘラヘラと笑っているマスターが信じられない。

 

「――いや騒ぐことでしょうよ。俺達のギルドが壊されたんだぞこのまま黙ってなんかいられない」

 

 後ろから怒鳴り声が聞こえ、今まで黙っていたハザマがマスターに詰め寄った。

 

「ハザマ放せ酒がこぼれる」

 

「マスターあなたは今回の件なあなあで済ませるんですか!!」

 

「この話はこれでしまいじゃ。上が直るまで仕事はここで取り仕切る。ハザマには修理を頼みたい。このギルドで一番お前さんが適役じゃからな」

 

「断る。あいにく予定が詰まってるんでね。それが終わったら喜んで修理でもなんでも言ってくれ」

 

 ハザマは何をする気なのかしらハザマが修復魔法で直さなかったらギルドはいつまでもあのままでみんな困ると思うんだけど。

 

「今から幽鬼の支配者(ファントムロード)を襲撃してやる。うちのギルドをぶっ壊してくれたんだ自分たちが何をしでかしたのか教えてやらないと気が済まない」

 

 びっくりした。ハザマがそんな過激なことを言うなんて思って無かった。どちらかというとナツやエルザの二人が言いそうなのに。

 

「そうだなここまでこけにされて黙っていることなんてできない。私も行こう」

 

「それでこそ妖精の尻尾(フェアリー・テイル)だ」「絶対許せねぇ」「あいつらのギルドを潰してやんねえと。俺の気が収まらねえ」

 

 ハザマの言葉にみんな立ち上がる。この場にいる誰もが自分たちのギルドを破壊されて黙っていられるような人はいなかった。

 

「いい加減にせんか!!ハザマ。お前達もじゃこれはギルドマスターとしての命令じゃ。破ったらどうなってもしらんぞ」

 

「罰が怖くて妖精の尻尾(フェアリー・テイル)をやってられるか。俺は一人でも――」

 

 マスターの言葉を無視しようとしていたハザマだったが、言い終わる前に巨大化したマスターの腕に虫みたいに叩き潰された。ピクピクとわずかに動いているところから生きてはいるみたいだけど……大丈夫なのかしら。

 

「年寄りにあまり体を動かせさせるなハザマ。お前達もこうなりたくなかったら今日のことは気にするな。黙ってファントムに突撃するなんて真似は言語道断じゃからな」

 

 誰も何も言うことができなかった。評議会からの勧告書が届いたときも、気にせず自由にやれと言っていたマスターが有無言わさずに命令した。

 

「マスターハザマを気絶させちゃったら誰が滅茶苦茶になったギルドを直すんですか!!責任とってマスターが修理してくださいよね」

 

 気絶したハザマを軽々と背負ったミラさんがちょっと怖い顔でマスターに詰め寄った。ミラさんやっぱり思ったより力あります?男の人をそんな背負って何でそんな動けるんですか

 

「えーとミラわしこのギルドのマスターなんじゃが……」

 

「だからなんですか。修理してください」

 

「……はい」

 

「まったく。私もハザマを寝かせてきたら手伝いますから」

 

 頭をうなだれさせたマスターが肩を落として階段を登って行く。流石にマスターとミラだけに片付けを任せるわけにもいかない。ギルドを壊されてみんな悔しい。ファントムがなんでこんなことをしたのかは分からないけど、絶対にこのままじゃ終わらせない。ゾロゾロと階段を上がる私たちの気持ちは一つだった。

 

◇◇◇

 

目が覚めるとそこは硬いベットの上だった。はて、おれはどうして眠っているのだろう。回らない頭に少しずつ記憶が同期する。S級クエスト、帰る、ギルド、破壊、マスター、いくつかの記憶がフラッシュバックしようやく俺がベッドにいた理由がわかった。

 

「ああハザマ目が冷めたのねよかった」

 

 ベッドの横で椅子に腰掛けたミラが安堵した顔でこちらを見下ろしていた。どうやら気絶した俺を心配してずっと見ていてくれたようだ。

 

「俺、どの位気絶してたんだ」

 

「六時間くらいかしら大丈夫?痛いところとかない?」

 

 幸いにもマスターが手加減してくれたおかげで蚊のように叩き潰された俺だが怪我等はしていないようだ。そんな事よりも気になることがある。

 

「大丈夫だ。それより他のみんなはどうなった。あの後ファントムに攻めにいったりしたのか?」

 

 あいつらを野放しにしておくのは許せない。どうやって復讐してやろうか。あいつらのギルドも同じように破壊してやれば少しはこのどす黒い感情も晴れるのではないか。あいつらが何かとウチのギルドにぶつかってくるのは昔からよくあった事だ。同じクエストにブッキングして横取りしたり、わざとウチが受けたクエストの妨害のクエストに何人もギルドメンバーを派遣したり、だが今回の事は今までの嫌がらせの範囲を大きく超えている。このまま放置していては相手はつけあがるだけだろう。そうなる前に――。

 

「落ち着いて、今のところはマスターがファントムに手を出すことは許さないって強権を発動させてみんなおとなしくしている。あのあと上の片付けは手分けして壊れた物は可能な限り集めて置いてあるわ。でもやっぱり建物はあの鉄杭が邪魔で修理できなかったの」

 

 ミラが起き上がろうとした俺の肩を押さえてて再びベッドに横たわらせる。そうだギルドが壊されたんだよな。このままじゃいつ完全に倒壊してもおかしくはない。外から見ただけでも壁や屋根に巨大な鉄柱がうちこまれていた。引っこ抜くだけならマスターの巨人化(ジャイアント)のようにやりようはいくらでもありそうだが、そうなったらギルドが崩れてしまうのはパッと見ただけで分かった。

 

「ミラは許せるのか?俺達のギルドがあんな風にされて黙ってろって言うのか」

 

「そんなわけないじゃない。今からでもあいつらの所に乗り込んで一人残らずぶん殴りにいきたいわ。でもそうなったらめんどくさい評議院が出てくるでしょう」

 

 なぜ評議院が出てくるのだと考えればそういえばギルド間の抗争は禁止されていたことを思い出した。たとえいかなる状況であっても宣戦布告は最初にした方が罰せられる。こんな風に建物を壊されてもまずは評議員に通報してそれから長い間の調査が間に入りたとえファントムの罪が認められたとしても、注意程度で済むのが過去の出来事から推測できる。だが、もし俺達が宣戦布告をしてしまった場合はどうだろうか。その場合評議院は検束魔道士を派遣し妖精の尻尾(フェアリー・テイル)全員が牢屋にぶち込まれることだろう。

 

「まあでもよく考えたら評議院が出てきても変わらないわね。殴る敵の数が増えるだけだし、どうするハザマ今からでも一緒にファントムのギルドにカチコミに行かない?」

 

 うわぁ外面からは、わからなかったが相当にぶち切れていらっしゃる。発言が昔コンビを組んでいた時みたいに物騒になっている。口調も少し崩れているし体から放たれる魔力がゴゴゴと漫画に出てくるラスボスみたいに空気を震わせている。

ミラさんに対する恐怖で冷静さが戻ってくる。自分に向けられたわけでもないのにこの殺気、ここではいと返事したらマジでファントムに襲撃に行くことになる。今までの付き合いで間違いなくそうなるであろうことがわかった。

 

「いや遠慮しておきます。はい、僕も冷静になりましたんで……」

 

「なにその口調、ちょっとかなりムカってするんだけど」

 

「なんでもないですマム!!いつも通りですはい!!」

 

「直ってないし、でもそれだけ大声をだせるんだったら体は大丈夫そうね。もう夜も遅いし、ハザマも家に帰るでしょ途中まで一緒に帰りましょう」

 

 ミラさんに連れられてギルドの地下から上の酒場へと上がる。ガルナ島から帰ってきた頃に比べると大分片付いているが、割れた皿や散乱した家具の破片が隅の方に固められおり屋根に開けられた穴から入る月明かりだけが破壊されたギルドを照らしている。

 

「ミラやっぱり家に帰るのはなしだわギルドをこのままにしてはおけない」

 

 マスターに直談判していた時は見えていなかったギルドの有様を今こうして見ると、このままにしてはおけないという胸の痛みが俺を刻んだ。

 

「今から修復するの?明日になってみんなが集まってから一緒に直した方が早く片付くと思うけど」

 

「今から修復する。できることを早くはじめた方が早く直る。俺にできることを早めに終わらせばその分他のみんなの仕事を手伝える」

 

 ミラに言ったのは建前で本当は俺が目の前の惨状を許容できないからだ。この分だとフルで式神を投入しても一夜の間には修復できないな。今から徹夜すれば明日の夜には修復できるだろう。そうと決まれば気合を入れなければ、俺はいつも常備している式神を全て実体化させたその数43体。これだけではとても足りないな一体は家の保管庫から式神を運ばせて最低でも百人体制でやらなければ朝までに終わらせることはできなさそうだ。

 

「そうなら私も手伝おうかしら。ハザマが何人いても壁に刺さった鉄柱を外せなさそうよね」

 

 確かに俺ではあの鉄杭を外すことはできないだろう。式神で人数を増やせると言っても一体一体の身体能力は普通の人の域をでない。何人かでロープでも引っかけて引っ張ろうと思っていたがミラがいるのなら彼女に任せれば杭を引っこ抜くことくらい余裕でできるだろう。

 

「昼間もずっと片付けしていて疲れているだろう。俺のことは気にしなくていいから今日はもう寝た方が良い」

 

「あのねハザマギルドがこのままなのは許せないって思っているのはあなただけじゃないのよ。徹夜なんか一緒にクエストに行っていた頃はしょっちゅうだったでしょ。それにハザマが言った理屈からして私が手伝った方が早く修理できるでしょう」

 

 見抜かれているあげくに自分の言葉がそのままブーメランになって返ってきた。

 

「……」

 

「ほらほら言い訳を考えるよりも手を動かしましょう」

 

 ミラに促されて修復をはじめようとしたところ大慌てでギルドに走ってくる人影があった。

 

「――ハザマさん、ミラさん大変なんです公園でレビィちゃん達が……レビィちゃん達が!!」

 

 尋常じゃない慌てようでレビィちゃん達が、レビィちゃん達がと繰り返す人物。よく見ればよくウチの酒場でレビィ達シャドウギアとよく話していた人だ。

 

「どうしたんだよ。こんな夜更けにレビィ達なら今日はギルドに来てないぞ」

 

 大方ギルドの有様を見て心配になってウチに来たんだろうが、あいにく地下でもレビ達の姿は見かけなかった。大方依頼(クエスト)にでも行っているんだろう。あいつらが帰って来たときにはギルドを元に戻しておきたいな。

 

「違うんです。レビィちゃん達が公園で……つるされていて……」

 

 最後に続く言葉を聞いて俺とミラはギルドを飛び出した。ギルドをこんな風にした奴らだ。その矛先が建物だけに向けられていたとなぜ錯覚していたんだ。

 考えれば分かることだあいつらは俺達に戦争を仕掛けにきた。評議会が定めたくだらないルールをお行儀良く守るわけがない。最低でもギルドの惨状を知ったときにギルドメンバー全員と連絡を取るべきだった。俺なら式神を飛ばせばそれができたのに完全に俺の失策だ。

 

 マグノリア公園に着くとレビィ、ジェット、ドロイの三人がボロボロの状態で地面に下ろされていた。集まった他のギルドメンバー達が下ろしたんだろう。

 

「――レビィ、ジェット、ドロイ!!」

 

 横たわった三人に駆け寄ってすぐに修復魔法を使う。話に聞いたとおり長時間つるされていたからかその肌には拘束の跡が痛々しく浮かんでいた。中でも目を引くのは全員の腹に刻印された幽鬼の支配者(ファントム・ロード)の紋章。

 

「マスター!!」

 

「ミラ、ハザマお前さん達には三人を頼む他の奴らここにいない他の奴らを集めろ」

 

 三人のそばで治療魔法を掛けていたマスターがゆっくりと立ち上がり宣言する。

 

「――戦争じゃ――」

 

 握りつぶされた杖の破片で切ったこぶしから垂れた血が地面に落ちた。

 



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