永遠のエレナ - episode 0 - (とうこ)
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永遠のエレナ - episode 0 -
永遠なんて、ない。
私の身体を抱き締めて、あの月の夜に泣き喚く貴方を一人残して、私はあの日死んでしまった。
一世紀分の気の遠くなる時間を魂が彷徨い、そして私の生は再び産み落とされた。かつての前世の記憶を宿して。
遠野エレナという姓名で、皮肉にもあの人を愛した前世と似た名をこの生命に宿して、この数年分の今世を真っ当に生きていた。
彼らのいない世界、今世に生まれ様々な人々の愛を受けて育ったけれど、彼らがもういない世界を、こうして一人で生きるほどの悲しさはない。
彼らがかつて己の生涯を懸け護ろうとした人々の幸福を願った世界は、そこにある。貴方達の魂は、ちゃんと今世に紡がれていた。どれほど喜ばしいのでしょう。それなのに、あの日の景色はもうここにはないのですね。
貴方達と共に過ごした景色も、貴方達の面影も。小さな自警団として始まり、市民の権利を求めて勇敢に戦い、弱き者の味方であろうとした若き青年達。皆良き友人であり、互いを理解し合える同志であった。そして、永遠に愛すると、月の夜に誓った人がいた。
私の死後、彼らはどうなったのでしょう。この景色を最後に見られたでしょうか。どうして彼らではなく、私なのでしょうか。とりとめのない悲しみが頬を流れて枯れました。
もしやこれはイエス様のお咎めでしょうか。彼らを残して、彼らの悲しみを汲み取れなかった今世の私への戒めでしょうか。
それならば、私にできることとは何でしょう。彼らのような大義を果たせなくとも、私なりのやり方で、彼らの愛したこの世界を救えるでしょうか。
それから、月日の流れは早いものでした。彼との永遠の別れと、彼らの意志と、受け止められる限りを受け止め、今日まで些細な善意を働いて参りました。
前世での彼らの偉大な働きと比べれば、ほんの些細な手助けでしかないかもしれません。けれど、そんな小さな手助けで、困っている誰かを助けられるということは、素晴らしいとは思いませんか?
「遠野先輩ィィイイイッ!!」
本日も、私のもとに舞い込む報せ。
後輩の荒々しい救済の声に、思わず立ち止まって振り返ります。
どうやらまた
「アラウディ! 朝から喧嘩なんていけません!」
早朝の校門前に集う公衆を掻き分け、その輪の中央にいる悪目立ちたがりの彼に即刻注意を促します。
彼の方は、私に気づくとその眠たそうな上瞼が被さった野性的で鋭い眼差しを、不満げにすうぅと細めます。
「……また君かい。いい加減そのわけのわからない呼び方やめてくれる? ふざけてるの?」
こちらは至って大真面目に言っています。さらに言うなら、平然とした格好で朝から公衆の面前で他校の生徒を踏みにじるあなたの方が明らかにふざけています。
事情を聞くまもなく駆けつけましたが、朝からこれは酷い光景です。聞けばどうやら、朝から並中の生徒が不良校の生徒に絡まれていたらしいのです。しかし、彼のこの仕打ちは、風紀委員長を語る上では少なくとも疑問に感じます。
先に事態の収拾を済ませて、一限目の授業準備に大半の生徒が教室に戻った校門前で、私と彼は二人で話し込みます。
「アラウディ、常々あなたの実力行使主義には疑問です。他校生に絡まれている生徒を助けたことは何よりも素晴らしいですが、しかし相手の肋を折ることではありません。並盛中の風紀委員長を治るのであれば、時に穏便に話し合うことも必要ではありませんか?」
「君は口を開けるなり説教臭いね。あとパイナップル臭い」
「こ、これとパイナップルは今は関係ありません! 話を逸らそうとしないでください!」
こちらは真剣に委員会の意向について話し合おうとしているというのに、彼といえばいつもこんな風に人をおちょくるので、大抵は話になりません。彼の口からは主に欠伸しか垂れていません。主に欠伸放出機の機能しか備わっていないのかもしれません。
昔は、もう少し可愛げがあったものです。
アラウディとの最初の出会いは、ここ並盛中学校の入学式でした。
式場にはまだ場の空気に慣れない今年度の新入生達が、落ち着かない出で立ちで揃い集まっていましたが、式が進行する中で進行役の教師の声が、俄に震えておりました。
「ししっ、新入生代表、並びに新風紀委員長のご挨拶です」
その異変に、私を含め会場がざわつきました。すると、一人の生徒が壇上に上がります。
艶やかな黒髪、颯爽とした足取りで、少し幼げの残る彼が、式場の視線を集めました。遠くからでも惚れ惚れする佇まいでした。
会場の一部で様子を窺っていた私が、ふと何かが腑に落ちるような感覚を抱く前に、彼はマイクのスピーカーから宣言しました。
「やあ、今日から僕がここのルールだよ。僕の学校を穢す輩は、何人たりとも咬み殺す」
会場は、とてもとても微妙な空気に包まれました。なんとも言えない空気が漂うと、彼はあまりのしらけた反応に少しムッとしているようでした。
そんな中、クスリと私は細々とした声を漏らしてしまいました。変わった人だな、と、かつての知人の一人に似た独特な雰囲気を感じていました。
その後、入学式が閉幕し、新入生は各クラスに別れてHRがあります。しかし、同じクラスの名簿に書かれている彼の姿はありません。先生に尋ねてみても、挙動不審です。何があったのでしょう?
「雲雀君?」
ただ、心配でした。私は、先生から有力な情報を聞き出すことに成功して、応接室の前まで来ていました。あの式の後に、欠席したのでしょうか? どんな事情があるのか把握していませんが、とりあえず様子だけでも確認しようと扉を叩きます。
在室していた彼は、いきなり入室してきた私を見るなり、怪訝そうにしていました。とりあえず身体の具合が悪いようではありませんでした。
そういえば、あの式で披露した渾身のギャグが滑ってしまって、一人傷心に浸っているのかもしれません。そうだとしたら、下手に触れない方がいいと判断しました。
「教室にいないから、配られたプリントを持ってきたんだけれど、ここに置いておきますね」
当たり障りない言葉を選んで、ここはそっと一人にしてあげるのがいいと思いました。そうして私が踵を返そうとすると、声が掛かりました。
「待ちなよ」
傷心中の彼から、おもむろに引き止められました。驚きましたが、このまま去ることもできず、路頭に迷うように彼と視線を絡めてそこにとどまりました。
どうするべきなのかはわかりませんが、火傷に触れるように返事を返そうと思いました。
「はい?」
「君、風紀委員会に興味ない?」
なんと、いきなりのお誘いがありました。彼はあの事で傷心中ではなかったのでしょうか。やはり変わり者です。そういえば彼も、私の顔を覗き込んだまま黙っていることがたまにありました。何の悪戯だったのでしょうか。
「ええ、面白そうなお誘いだわ」
これが、彼との出会いでしょうか。
それから成行きで彼の風紀委員活動を手伝うようになり、いつしか頼りになる委員達も増え、風紀委員会の活動はここ数年でとても活発になりました。
もとは、実質の休止状態だった風紀委員会を、ここまで引っ張った彼の功績は偉大ですが、ここ最近の彼のやり方には少し不満があります。やり方が強引な気がするのです。
そのことを彼に打ち明けても、全く話になりません。しかし、ムキになって草壁さん達に心配をかけるわけにもいきません。悩みは尽きません。
その日の昼下がりのことでした。
澄んだ大空がどこまでも広がっていました。すると、一人の少年と出会いました。
その少年は、茶髪の髪を逆立てていて、校庭の給水場で寂しそうな横顔を見せていました。彼の頬を流れる水滴は、泣いているようにも見えました。
「あの、どうかされたんですか?」
私はそうっと近づいて、彼に声を掛けました。呆然としばらく立ち尽くしていた彼は、私の気配に後ずさりました。
「あ……その……なんでもないです……」
その彼は、もごもごと控えめな返事をして、その後にはすぐさま踵を返していきました。彼は、体育館の方へと向かっていきました。私の横をすれ違う瞬間に見た彼の表情は、力強い何かを背負っているような気がしました。
胸の奥が、懐かしいと鼓動を叩いていました。
このやるせなさは、あの日と同じでした。永遠を信じられなくなった、あの人をひとりにしてしまった最期の日でした。
暦は秋となりました。周囲の景色もすっかり紅葉に色づいていました。日本の四季とは素晴らしいものです。そういえば、昔の友人も日本の四季が大好きだと言っていました。遠い夢の話でした。
そんな過去を振り返る日々が続く中、あくる日の応接室に来客がありました。
私が異変に気づく頃には、アラウディがやらかしてくれました。生徒にまで手を挙げることは見過ごせません。
暴走するアラウディを制止しようとするところで、スーツの赤ん坊と、視界の端に煌めく炎のようなものが映りました。
それは、彼が正義の拳を振るう時、灯していた炎でした……。
「ジョット……?」
気がつけば、私はアラウディの腕の中で、応接室から離れた廊下に佇んでいました。応接室からは、黒煙が上がっています。一体何が起こったのでしょうか。何も記憶にありませんでした。
上機嫌なアラウディがその後の清掃作業の対応に追われるのを横目に、私は昔の足跡をたどりました。暗闇から視界が晴れて、彼らの姿がそこにありました。
もう一度、会いたかった。貴方達に。
もう一度だけでいいから、この我儘が赦されたなら、貴方の温もりに抱きしめてもらいたかった。
「お前は、見かけによらずおてんばな娘だったな」
ふっと意識を手放した私に、そう語りかけたのは、誰の声だったのでしょうか。
「エレナ……」
けれど、ずっと求めていた彼の温もりに似ていました……。
イエス様は、いじわるです。
こんな形でしか、彼と再会できないなんて、皮肉なものです。
「クフフ、先程までのボンゴレ十代目とは雰囲気が変わりましたね。何者ですか。沢田綱吉の皮を借りた鬼の正体は……」
「この男の身体がどうなろうと、私には関係ない。だが、エレナが愛するボンゴレを、お前如きの罪人が穢すなど身の程を知れ」
ボロボロな身体で、私を抱えるかつての友人の雰囲気によく似た少年の、永い年月の翳りが窺える顔つきに、黒曜の少年は些か驚いていました。
彼の実態が掴めない攻撃が私に迫る直前に、彼が盾となり、その時不意に意識が遠くなりました。そのまま深い眠りの底に落ちた私の身体を、彼が支えました。
「エレナ……これだけは憶えていてほしい。お前の愛するボンゴレのために、私はこれだけの愚かなことをした。愚かでも、愛したのはお前だけです」
サヨナラもなく、彼の気配は遠のいていきます。あの日の別れのように。
次に目を醒ます時には、貴方の微かな面影と温もりだけが残りました。
永遠なんてない。
けれど、永遠ではないからこそ、あの頃の思い出は輝けるのだと、そう貴方達が教えてくれましたね。
悲しみはこの先も癒えないけれど、貴方達がそうだったように、前を向くわ。そこに貴方達が夢見た未来があるのなら、私も見てみたい。
今の仲間達と、思い出の中の貴方達と、そして最愛の貴方と、いつか再び歩める時間を信じているわ。
おまけ エレナさんの日常
エレナ「アラウディ。あなたは常日頃人のことを口煩いやらパイナップル臭いと言いますが、パイナップルには豊富なビタミンや酵素が含まれていて、疲労回復や健康にも良く、素晴らしい果物なのですよ」
雲雀「そんなに言うなら、君はパイナップルと結婚すればどう?」
エレナ「アラウディ……それ素晴らしいアイディアだわ!」
雲雀「……」
(その日からしばらくパイナップルが並盛の町から消えたとかなんとか…)
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