東方日妖精 (空色空)
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第一話 霞む草

 

 

 

 

 

 

 

 暗い暗い水の奥深く、其処から、一気に引き出されるような感覚。今までの無意識だった、休息をとっていた状態から、段々と脳が働き始め、私を深い闇の底から引き上げた。――まあ、つまりは、

 

「…………眠い」

 

 目が覚めた。

 

 

 

 

 薄目を開けて様子を確認。

 開けた目には優しい、暖かな光が飛び込んだ。つまりは日光。つまりは完全に朝だ。

 

 もう朝か。起きなきゃ。

 

 私の頭がちらりと、そんなことを考えた。

 考えたは良いが、どうにも、それを実行する気にはなれない。体は言うことを聞かないし、うっすらとしか開いていない瞼も、今ばかりはやけに重かった。ただただ眠い。つまりはそれだけだ。

 

 いや、もう寝ても良いか。

 俗に言う、二度寝である。あんまり良くないこと、みたいに言われてはいるが、こんなに眠いのなら仕方がない。もうどう仕様もないのだ。これには何人たりとも逆らうことは出来ないだろう。諦めるしかな――…………

 

 

 

 

 ……あっ、今一瞬意識飛んでた。

 あー。寝よ寝よ。

 面倒くさいことは考えずにさっさと目を瞑ってしまおう。下に引いてある布団も、心なしか『早く寝ろ』と私に言っているような気がする。うん分かった。君の言う通り、早く寝てしまうことにするよ。何か約束があったような気もするけれど、今はそんなことはどうだって良いよね。うん。良い良い。うん。

 

 

 

 うん? 約束?

 

 

 待てよ。まだ寝ちゃ駄目な気が『早く寝ろ』する。何かとっても大切なことを忘れてしま『――早く』っているような、そんな感じかする。なんだっただろうか。『――寝ろ』約束。誰と? 私が約束をするような相手と言えば……『……はやく』うるさい布団! 黙ってて! 

 

 ……いっつも遊んでいる子か? そうなると……チルノ? 

 

 ……そうだ。チルノだ。チルノと何か約束してたんだ! えぇーっと、何の約束だったかなぁ。私とチルノの約束何て、どうせ遊びに関することしかない筈。遊び? 

 

 そうだ思い出した! 朝から遊ぶ約束をしてたんだ!

 いやぁ、思い出せたぞ。良かった良かった。

 もやもやとしていたものが、かなりスッキリした。これで心置きなく安眠につけるってものだよ。待たせたね、布団君。

 

 

 あれ? ……朝から? 

 

 あれ。そうなるとかなり不味くない?

 今の時間は朝。だって私に日光が当たっているから。

 そして、約束した時間も朝。

 私は寝るとどうしても起きるのが遅くなってしまうから、起きたら直ぐに来い。と、言われた気がする。

 

 おっ。これはこれは……

 

 

 

 

「――ヤバいいいいいいいいっ!!」

 

 一気に布団を跳ね飛ばす。こうしてはいられない。遅れたら、また何をされるか分かったものではない。相手はあのチルノ。かつて暴虐の限りを尽くし、今尚、その記録を更新しつつある、あのチルノなのだ。

 ごめんね布団。君のお願いは聞いていられない。君のお願いより先に、チルノと約束をしちゃってたんだ。先に約束したほうを優先しないといけない。そんなことを昔誰かに言われた気がする。誰だっけかな?

 とまあ、そんなことはどうでも良い訳で。

 と、取り敢えず、顔を洗って歯を磨いて……朝ご飯を食べなきゃ! 急げ私! 今ならまだ間に合う。これぐらいの遅れならまだ取り返せる! 

 

 意識はとっくに覚醒した。

 目覚めるどころか、これ以上ないくらいに猛烈に回転する頭。

 今の自分なら、この世で一番早く動ける気がする。

 急げ。早くしないとまた氷漬けにされる。もうあれは勘弁だ。二度と経験したくないことを今までの私は三回経験してしまった。四回目は流石に嫌だ。

 

 とにかく急げええぇぇぇぇええええ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっそーい!!」

 

 目の前には、腕を組んで怒っている、水色の髪の氷精が一人。

 

 はい。遅刻しました。無理でした。

 

 どんなに準備を急ごうが、朝起きた時間から既に遅れていたのだ。間に合う訳がない。

 そんな言い訳が頭をよぎるが、それをチルノに言ったところで、現状は変わらないのだ。

 

「お仕置きだぁ!! パーフェクトぉ~!!」

「――ちょっと!? 待って! 凍らせないで! お願い!」

 

 スペカを唱えようとしているチルノを必死に阻止。

 チルノさんったら、力加減なんてものを知らないんだから。全力で凍らされる。酷いときは全身氷漬けになりかけたことすらある。妖精で良かった。チルノさんマジこわい。

 

「ホントにごめん。チルノ」

「…………」

 

 プイッと顔を背けられた。どうやらかなりご立腹な様子。この調子じゃあ、機嫌を治すには中々に手間がかかりそうだ。

 

「……許してくれたら、お詫びに今度チルノの好きなもの買ってあげるよ」

「ホント!? アタイ許してあげる!」

 

 ……あ~、うん。

 そんなことはなかったね。実にチョロい。まあ、チルノ何て所詮はこんなものか。扱いが非常に簡単だ。

 

「何にしよっかな~」

 

 さっきまでの怒りは何処へ行ったやら。ご機嫌な様子で私に何を買わせるか考えているチルノ。ふんふ~ん。何て、鼻唄も聞こえた。

 単純で助かります。ふっふふん。この程度の扱い、私にかかればどうってことないさ。

 

「う~んと、じゃあ、たっくさんのお菓子を買って!」

 

 そう言って、チルノは手を大きく広げた。

 ああうん。お菓子ね。それは良いけれど、そんなにたくさんは買えないよ? 私の財布の中身的な問題で。

 

「そんなにいっぱいは買えないかなぁ~」

「……パーフェクトフリー「よーしチルノ! 私がたっっっっくさんのお菓子を君に買ってあげよう!!」

 

 私の財布は空っぽになることが決定した。

 私、立場弱いもん。ちょっとは強い自信はあるけれど、チルノには逆らえない。仕方がないね。

 しかし、気付いたら、いっつもこのパターンで何かを買わされている気がする。

 ありゃ? 扱いやすいのって、私とチルノ、どっち?

 

「やったー!!」

 

 まあ、こんなに喜んでくれるなら、これくらいの出費は多目に見ようかな。な~んて、とっても喜んでいるチルノを見たら、そんな気になった。

 

 ……泣いてなんかいない。泣いてなんかないってば!!

 

 

 

 

 

 まあ、お菓子はまた今度にして。

 

「それで。これから何して遊ぶの?」

「んーっとねー、えーっとねー。……何しよう?」

 

 おい。考えてないのかよ。

 あれ? そんなんだったら私、別に早起きする必要なかったんじゃない? いや、結局早起きは出来ていないけれどもさ……

 

「あれぇ~? 何だったかなぁ?」

 

 頭を捻ってうんうん考えているチルノ。

 きっと、チルノのことだから昨日の時点までは何をしようか考えてはいたのだろう。ただ、今日になって内容を忘れてしまっているだけで。

 朝早くから私と遊ぶって言うのを覚えていただけでも、チルノにしては凄いのかもしれない。

 前に、幾ら待っても集合場所に言い出しっぺのチルノが来ないことがあった。それを思えば、二人揃っているだけでも良いと思う。

 

 お? 揃うと言えば……

 

「大ちゃんは呼んでないの?」

 

 私、チルノ、大妖精の大ちゃん。大抵、私達が遊ぶときは、この三人が揃う。

 どうやら、今日は大ちゃんがいないみたいだけれど……

 

「うん? 大ちゃん? ……ホントだ。いない」

 

 チルノ。其処は忘れちゃ駄目でしょう。流石にさ。

 大ちゃんが可哀想になってきた。

 

「あっそうだ。大ちゃんはケーネのお手伝いがあるんだって」

 

 ありゃ? そうなの?

 そっか、慧音のお手伝いか。それなら仕方がないなぁ。

 

 

 

 う~ん。しっかし、どうしよう。

 今日は大ちゃんがいなくて二人しかいないし、遊ぶ内容は決まってないし。

 

「まあ、取り敢えず、どっかいこうか」

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうやって、妖精二人でぽてぽて歩くことに。

 今の時期。季節は、春と夏の間くらい。

 普段、チルノと遊んでいたりすると、大体飛んで移動することが多いから、こうやって歩いていると、色んなところにある花とか草とかを見れて楽しい。

 うんうん。今年も立派に咲いてるねぇ。君達は。

 

「チクサは草が好きなんだね」

 

 道端に生えている植物達を見回していたら、チルノにそんなことを言われた。

 そりゃあ勿論。だって私、植物の妖精だし。

 

「ねーねー。これは何て名前?」

 

 チルノが沢山の白い花を手に持って、私に聞いてきた。

 多分、乱暴に引き千切ってきたんだろう。

 ……嗚呼。折角の花が……

 

「ん? どうしたの?」

「……何でもない。何でもないよ。……ええっと、その花はねぇ」

 

 チルノが持っているのは、恐らくカスミソウ。

 白のカスミソウとピンクのカスミソウがあるけれど、チルノが持っているのは白の方。白いカスミソウには『清らかな心』『無邪気』などの花言葉がつけられている。ふふっ。チルノにピッタリだ。

 ピンクのカスミソウには、それの他に、別の花言葉がつけられている。どれも、相手を褒めている花言葉だから贈り物にはぴったりかもしれない。

 小さいから花束のメインになることはないけれど、主役を引きたてている感じが私は好き。花言葉も、引き立てるってところも、あんまり脇役ってイメージのない主役のチルノには丁度良いと思う。

 

 名前の由来は、沢山の枝先に小さな白い花をつける姿が、春霧のように見えることから。

 因みに、英名はベイビーブレス。赤ちゃんの息、だって。優しい感じか伝わってくるね。

 

「色が違うのがあるの?」

「うん。ピンクのカスミソウもあるよ」

「じゃあアタイ、それ探す!」

 

 

 

 

 

 それから、私達は花を探して歩いた。

 新しい花を見つける度にチルノに説明してたから、私はかなり疲れちゃったけど、偶には、こんなゆっくりとした散歩をしてみるのも良い。チルノと一緒だと、中々味わえないからね。

 

 

 

「おー! 抜けたー」

 

 ……でも、チルノが見つけた花を片っ端から引き抜いていくのは、一体どうしたら良いのだろうか。嗚呼、花達が……

 




はいどうも。作者です。
このお話では、主人公が植物の妖精ということなので『花』をたくさん出そうと思っていますが、作者自身、あまり花について詳しくないので間違っていたらごめんなさい。
その時は、優しく教えてくれるとありがたいかな~なんて。

ではでは、次回もよろしくお願いします。


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第二話 白い詰め草

「う~……暇だぁ~……あっついぃ」

 

 場所は湖の近くの草むら。季節は春と夏の間。太陽は空高く昇り、少し暑いと感じるようになった日差しが、ジリジリと私を焼く。うむ、暑い。どうにかならないものだろうか。太陽の光はポカポカして気持ちが良いけれど、これからの季節、どんどん太陽が嫌いになってしまいそうだ。

 

 まあ、それは私がこうやって寝転がっているのが悪いとも言える。と言うか、それが原因だろう。

 だって仕方がないじゃあないか。チルノと大ちゃんは今日は寺子屋に行っているんだ。つまり今、私には遊ぶ相手がいない。偶には一人でゆっくりするのも良いれど、こうまですることがないのは、なんとも暇だ。

 

 ……寺子屋かぁ。私は行ったことがないなぁ。人里で慧音に会うたびに、「来てみないか」とは誘われているけれど、どうにも行く気になれない。不思議なことに、頭では寺子屋に行きたいと思っているのに、体が動いてくれないんだ。なんでなのかは自分でも良くわからない。

 決して、勉強が苦手だからとか、勉強をあまりしたくないからとか、チルノと大ちゃんに、ちょっと頭が弱いのがバレちゃうからとか、そんな理由ではない筈。決して。

 いや、私は馬鹿では無いんだ。自分で、記憶力と考える力がちょっと悪いかなって気がしちゃってるけど。馬鹿ではない。チルノと一緒にして貰っては困る。

 

 ……私だって、がんばってるもん!!

 

 そんなことを考えていると、気持ちが「うがー!!」となってしまって、私は草の上を転がりまわった。馬鹿じゃないやい!! 馬鹿じゃないやい!!

 

「うがー! ……あっつい」

 

 そりゃあ、動いていれば暑くもなる。馬鹿じゃないかな、私。なんて思ってしまった。ちくせう。

 うむう。しかし何とかならないかなぁ、この暑さ。汗で服が肌に引っ付いてしまって、私の全身を不快感が包み込む形になってしまっている。これじゃあ裸の方がまだマシかも……

 

 いや、止めておこう。暑さで頭がやられてきたのかな? 外で裸なんて、誰かに見られたら大変だ。

 暇だ~。あっつい~。誰か~……ん?

 

 

 うつ伏せで寝転んだまま目を開けて見てみると、ソレはあった。

 

 白い花を咲かせる、小さい植物。同じ場所に沢山固まっていて、大体、何処でも見られると思う草。

 

 

 シロツメクサ。漢字で書くと白詰草。

 ヨーロッパ原産で、江戸時代に日本に渡って来た。名前の由来は、オランダ人がガラスの器具を箱詰めするときに、割れないようにこの草が敷き詰められていたことから。白い花の、詰め物の草。ということだ。

 確かに、沢山のこの花に包まれれば、フカフカしてて気持ちが良いと思う。ガラスも割れなさそう。シロツメクサのベッドとか良いかもしれない。

 別名は、クローバー。これを聞くと、私は四葉のクローバーを連想する。見つけたら幸福になれると言う、あの四葉。

 なんで四葉が生まれるのかと言うと、主に二つの要因がある。

 一つは、遺伝子的なもの。所謂、突然変異ってやつ。

 二つ目は、人に踏まれるなどして成長途中で傷ついてしまい、其処からもう一枚の葉が生えてくるから。

 

 だから、成長しているクローバーに針などでちょこっと傷をつければ、人工的に四葉のクローバーを生み出すことが出来る。生み出すことは出来るけれど、やっぱり私は、自然に生えているものを探すのが楽しい。

 

 花言葉は『幸福』『約束』『私を思って』『私のものになって』そして、『復讐』 

 前半はロマンチックだけれど、最後がやけに怖い。これも原因があるけど、その話はまた今度。

 

 

 ……うん。四葉、か。

 よーし。暇だし、久しぶりに四葉のクローバー探しをやってやろうじゃないか。そろそろ私にも幸福が欲しいと思って来たところ。今度チルノにお菓子を買ってあげなきゃいけないから、私にお金が来るように願いも込めて。がんばるぞー。

 

 

 何かに集中すると、周りのことが分からなくなるもの。私は、今まで悩まされていた暑さもすっかり忘れ、四葉探しに勤しむことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

「はあ……今日の収穫は良くないなぁ」 

 

 此処は魔法の森。人里の人間たちには、そう呼ばれている。

 鬱蒼とした木々が生い茂っていて、辺りには瘴気が立ちこめる。そんな森。

 私はそんな森に生えている茸を使い、新しい魔法を生み出すための材料としている。魔法使いをやっている私としては、家の周りに魔力の材料があるのはありがたい。

 

 今日も今日とて、私は家から出て、材料を探していた。

 もう夏も近くなって来たから、上から降り注ぐ日光と森のジメジメが合わさって、それはそれはあっついことになってしまっている。

 

 今日の分の収集は完了。今いる場所はそんなに家から離れていないので、飛ばずに歩いて帰っていた。

 暑さにうんざりしていて、さらに、あまり良さそうな茸を見つけることが出来ず、私はいつもよりも軽い風呂敷を背負い、少し落ち込みながら歩く。

 

 

 そんなトボトボとした帰り道、ソイツを見つけた。

 

「ふっふふ~ん。よっつば~、よっつば~、どっこにいる~」

 

うわぁ……変な奴に出くわしちまった。今日は厄日か。

 

 ソイツは、良く見てみると羽が生えていて、どうやら妖精のようだ。

 しきりに、「四葉四葉」と歌っていて、地面を見ながらふらふらと歩いていた。

 

 妖精がこんな場所まで何の用だろうか。

 さっきから、大分様子がおかしいし。

 

 ……ちょっとついて行ってみようか。

 

 私は、木の陰に身を隠しながら、怪しい妖精を尾行してみることにした。

 

 

 

 

 どんどん進んでいる妖精。

 抜き足差し足で、こそこそとそれについていく私。

 

 客観的に見て、かなり凄い絵面だ。

 怪しい奴を尾行したら私まで怪しくなってしまった。

 しかし、果たしてこの妖精は一体何処まで行く気なんだろうか。

 そう疑問に思ったときだった。

 

 ポロッと、私の風呂敷の中から茸が一つ零れ落ちた。

 

「あっ」

 

 思わず声を出してしまう。

 

 直ぐに拙いと思い口を塞ぐも、時既に遅し。

 妖精は私の声にビックリしたのか、一回ビクッと肩を震わせ、此方を見てきた。

 う~ん、バレてしまえば仕方がない。

 

「君は……?」

 

 妖精が聞いてきた。

 

「人に名前を聞くときは、まず先に自分から名乗るもんだぜ」

 

 さっきまで人をつけておいて、それはないだろうと自分でも思うが、ついつい口から出てしまったので仕様がない。この口は減ってくれることを知らないんだ。

 

「私は千九咲。それで、君は?」

 

 ふむ。千九咲ね。まあ、覚えておいてやろう。寧ろ、此処まで奇行を晒していたのだ。忘れることのほうが難しい気もする。

 

「私は霧雨魔理沙。普通の魔法使いだ!」

 

 ビシッと自己紹介を決める。

「魔法使いって時点で普通じゃあないんじゃ……」なんて呟きが聞こえた気もするが、まあ、其処は気にするな。勢いで言ってみただけだ。

 

「それで、千九咲。お前はこんなところで一体何をしているんだ?」

「ん? 四葉探しだよ?」

 

 首を傾げながら、千九咲はそう答えた。

 四葉ってあれか? クローバーのことか?

 おい千九咲。何故そんなに不思議そうにする。首を傾げたいのはこっちだ。

 

「四葉探しって……こんな場所でか?」

「こんな場所……? あれ? 此処って……何処?」

 

 どこって……

 気付いてなかったのか。どれだけ集中していたらそうなる。

 

「此処は魔法の森だぜ」

「魔法の森……? おおー! あそこか」

 

 まったく。お騒がせな妖精だ。妖精で騒がないほうが珍しい気もするけれど。

 

「ありゃ。私、そんなところまで来てたんだ。……どうやって帰ろう?」

「はぁ? 飛んで帰れば良いだろ」

 

 妖精なんだから、飛べないなんてことはないだろう。さあさ、帰った帰った。私はこれから研究で忙しいんだ。無駄な時間を食っちまった。

 

「それはそうなんだけど、方向が分からないや」

 

 困ったように笑う千九咲。コイツ、頭の出来が……ああ、それが妖精か。妖精なら仕方がない。

 

「今失礼なこと考えてるでしょ」

 

 ジト目で睨まれる。ちっこいせいでそんなに怖くはないな。

 

「別にそんなことはないが?」

「ホント……?」

 

 うん。ホントホント。

 

「と、それは良いとして。……う~ん。どうしようか……」

 

 うんうん悩みだす馬鹿妖精。

 正直、もうこれ以上お前にかまっていられないんだが。

 ……仕方がない。これ以上此処にいられるのも困るし。手伝ってやるか。

 

「おい。千九咲」

「う~ん……いっそのこと此処の木全部なぎ倒して、見晴らしを良くしようか……ん? 何、魔理沙?」

 

 何か凄いことを口走ってやがった。妖精のお前にそんなことが出来るとはとても思えないが。

 

「お前の家って何処にあるんだ?」

「えっと……でっかい湖の近く」

 

 良かった。こいつのことだから自分の家が分からないかと思ったが、どうやら杞憂に終わったらしい。流石に馬鹿にしすぎただろうか。

 

 ふむ。湖か。湖なんて沢山あるが、でっかい湖とくればあそこしかないだろう。これで間違っていれば湖の中に沈めてやる。

 

「連れていってやるから、ちょっとついてこいよ」

「ホント!? ありがとう!」

 

 弾けるような笑顔で、この妖精はお礼を言った。

 その笑顔は本当に眩しくて、少し見惚れてしまった。

 

「お、おう……じゃ、行くぞ」

「うん!」

 

 

 私は千九咲を連れて一旦家まで帰り、茸が入った風呂敷を置いた。

 それから、千九咲を箒の後ろに乗せて、湖まで飛んでいく。

 

「おお! 早い! 魔理沙はこんなに早く飛べるんだ。凄いね!」

 

 そう言われると、何か嬉しくなってくるな。ああでも、あんまりはしゃいで箒から落ちるなよ? っておい、バンザイなんかしてたら危な

 

 

「うわぁ!! 落ちるぅ!!?」

 

 

 

 ……言わんこっちゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒に乗って、千九咲と話をする。 

 そんな暫くの高速空中旅行も終わり、目的地が見えてきた。

 確認をとってみたが、どうやら此処で間違いないらしい。

 

 湖の畔にそっと着地し、千九咲を降ろしてやる。

 

「今日はありがとう!! またね、魔理沙!!」

「ああ。またな」

 

 其処で千九咲とはお別れ。

 結局、研究の時間はなくなってしまったが、まあ、偶にはこんな日も良いんじゃないかなって思う。

 

 またね。なんて『約束』

 そう言えば、あいつの探していた四葉。もとい、シロツメクサにはそんな花言葉もあったかな。




 

 結局、四葉を見つけることは出来たのでしょうか。


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第三話 日向き花

 

 

 

 

 

 

 

 季節は完全に夏となってしまい、太陽が容赦なく私を焼くこんな時期。

 太陽もそんなに頑張って暑くする必要はないと思う。この季節だとどうにも太陽を嫌いになってしまいそうだけれど、太陽が頑張ってくれているお陰で植物たちが元気に花を咲かせているのだ。そう思うと憎むわけにはいかなくなってしまう。難しいものだね。

 

 さてさて。何をしようか。

 

 湖近くの草むらに寝転がり、私はそんなことを考える。

 

 今日も今日とて暇だ。チルノと大ちゃんはいつものように寺子屋へ行ってしまい、先日知り合った魔理沙とは、あれから会えていない。四葉を探していたら、何時の間にか魔法の森へ迷い込む。という、なんとも間抜けなことをしてしまった私。結局四葉は見つけられなかった。でも、まあ、魔理沙に会えたんだったら、四葉以上の発見が出来たような気もする。結果オーライだ。

 

 ――閑話休題。

 

 そんなことがあった私だが。

 暇なのはよろしくない。今の時間は丁度お昼頃だろうか。すっごく高いところに太陽があるし、きっとそうなんだろう。ずっと太陽を見ているのは非常に目に良くない。直接なんて、眩しすぎてとても見ていられたものじゃあないが。

 

 ……太陽、か。

 

 太陽と言えば、暑くて眩しいのと一緒に、あの花のことを考える。

 それは、太陽の移動に合わせて花の向きを自分で変える、面白い花。

 太陽――日を向く花。

 

 向日葵。

 

 その花のことを思い出すと、当然、あいつのことも思い出す。

 

 そう言えば、今年はまだあいつのところに行っていないじゃないか。今頃の時期、きっと向日葵も咲いていることだろう。

 

 

 ……うん。用事が出来た。

 これで、さっきからずっと私を苦しめてきていた暇からも逃れられる。

 お腹も空いてきたけど丁度良い。あいつのところへ行って何か御馳走して貰おう。

 

 

 よーし、そうと決まれば早速出発だ。

 あ、でも、ちょっと待てよ。

 

 こんなに日差しも強い日には、やっぱり何か日よけになるものが欲しい。

 ということで、私は一旦家に帰り、随分と昔から使っているお気に入りの麦わら帽をかぶる。うんうん、しっくりくる。夏だけの期間限定とは言え、随分昔からかぶっているんだ。この帽子にはかなり愛着もある。

 少し大きい気がするのはいつものこと。はあ……全然成長してないなぁ、私。

 

 そんな自分にちょっと落ち込みながらも、私は直ぐに、あいつの家へと向かって一直線に飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

「おお! 咲いてる咲いてる!」

 

 飛び始めてから暫く。

 目的地である、太陽の畑が見えてきた。

 

 かなり広大な太陽の畑に咲いているのは、太陽の花。

 大量の黄色い花が、畑一面を覆い尽くす姿は、まさに圧巻と言えるだろう。

 

 ――すとん。と、そんな沢山の花の中に、ふわりと着地。

 私はちっこいから、こんなに大きな向日葵達に囲まれると、周りが向日葵以外見えなくなる。

 大きくて黄色い花は、青空に良く映える。流石は夏の季語ともなっているくらいだ。夏との相性は抜群だね。

 

 うん。今年も綺麗に咲いているねぇ、君達は。

 まあ、それもそうか。この向日葵達はあいつが育てているんだもの。ふふっ、君達は頑張って咲かないといけないよねぇ。だってあいつ、怒ると怖いもん。

 

「あら? 誰が怖いのかしら?」

 

 こんなにあっつい夏の日に、凍えてしまうような絶対零度の声が聞こえた。

 さ、さあ? 誰のことでしょうねー?

 

 あんまり見たくはないけれど、無視をするとさらに声が冷たくなる。

 それは大分嫌なので、すこしぎこちなく振り返った。

 

「やあ、久しぶりだね。幽香」

「ええ、久しぶり。千九咲。中々現れないから、今年はもう来ないものかと思っていたわ」

 

 四季のフラワーマスター。風見幽香が其処に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今年も元気に咲いてるねぇ。この向日葵達は」

「ええ。きっと、頑張って咲かないと怖い誰かに怒られてしまうのでしょうね」

「…………」

 

 日傘を差して頬笑みながら言う幽香。

 確かに笑っている筈なのに、目がまったく笑っていません。少しキレてますね、コレ。ヤバい!

 

「やっぱり綺麗だよね! 青空に向日葵って!!」

「ええ、そうね。でも、赤い色とも相性が良さそうじゃない? 例えば……血とか」

「…………」

 

 そんな訳ないだろうが。血と向日葵が合っていてたまるか。無理矢理にもほどがある。自分が赤を見たいだけだろ。

 

「あ……まあその話はともかく、さ。向日葵達に何か、変わったところとかなかった?」

 

 話題を変える。この人ったら直ぐに暴力に訴えてくるものだからかなり怖い。昔だったらどうか知らんけど、今の私じゃあ抵抗する間もなく一回休みにされる。幾ら私が妖精で復活するのだとしても、命は大事にしたい。

 

「いえ。今年も特に変わったところはなかったわね。見ての通り、立派に咲いてくれたわ」

「あ、そ、そう……」

 

 話題終了。早すぎるわ。まあ、あの幽香のことだから、結果は質問する前から分かってはいたけど。それにしたって終わるのが早すぎる。畜生、十秒も持たないじゃないか。

 さて、次の話題を考えないとだ。何にしようか。

 昨日何食べた? とか言ってやっても良いけれど、これもこれで話が長く続かなそうだ。そうなると、もっと話が続くような話題。

 

 ……ああでもちょっと待てよ。

 幾ら話が続いたところで、幽香の機嫌が直らないんじゃあ意味がない。此処は一つ、何か面白いジョークでも言って、場の雰囲気を和ませたほうが良いんじゃあないだろうか。よーし。それだ。それしかない。

 とびっきりの面白い話を……ヤバい、そろそろ何か言わないと変に思われる!

 

 

「幽香。見てて思ったけれど、君、少しお婆さんになった?」

 

 勿論嘘。妖怪は幾ら歳を取っても姿が変わることはない。つまり、お婆さんになることは絶対にない。私が考えた最高のジョークだ。面白い! ……か如何かは分からないけれど、これで幽香の機嫌も良くなったことだろう。私が怒られることはもうないのだ。

 

 ほら、幽香も顔は下を向いていて見えないけれど、肩が震えているよ。

 きっと私のジョークのあまりの面白さに、笑いを堪えきれないんだろう。

 流石私。ふふっ、如何だ。この頭の回転の速さ。やっぱり私は馬鹿ではない。わたしったらさいきょーね!

 

「……げる」

 

 ん? 幽香今何か言っ

 

 

「千九咲。そんなにお望みなら遠慮なくぶち殺してあげるわ。感謝しなさい」

 

 顔を上げた幽香は、額に青筋を浮かべ、明らかに普通ではない恐ろしい笑みを浮かべていた。

 

 

 

 ……ありゃ? 私もしかして、地雷か何か踏みました?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待ちなさい千九咲ぁ!!」

「――ごめんなさいー!!?」

 

 それから、大妖怪と、妖精である私の鬼ごっこが始まった。

 低空飛行で飛んで逃げる私の後ろには、轟音と共に此方に向かって走ってくる幽香。マジ怖い。

 

 太陽の畑からは抜け出し、今は林の中を突き進む。

 周りの木々が逃げる過程で非常に鬱陶しいが、向日葵に被害を出さないようにするためだ。仕方がない。

 

 

 しかし、そろそろヤバい。

 何て言ったって向こうは幻想郷最強候補、風見幽香。能力などではなく、純粋な戦闘力のみで今まで勝ち上がってきたような存在。

 

 対して此方は、ただの植物の妖精。

 妖怪と妖精じゃあ、出力が違うんだ。

 そろそろ追いつかれそうな気がする。

 もう無理かもしれん。

 

「あははッ! 大人しくしなさい!! 今日と言う今日は貴方にお灸をすえてあげる!!」

 

 ……いや、もう少し頑張ろう。

 あれにつかまったら果たしてどうなるかわからん。

 

 ふむぅ。仕方がない、か。

 このまま逃げていても、いずれつかまる。

 だったら、かなり力を使ってしまうけれど、

 

 ――能力を使用するしかない。

 幸い、辺りの状況はとても良い。

 

 さて、あまり気乗りはしないがこんな状況だ。割り切るしかない。

 今の力でどれくらいいけるのかは分からないけれども。少しの足止めくらいになったら良い方かな。

 

 良し、それじゃあ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 メキメキッ。と、辺りの木が動き始める。

 

 二本。天に向かって真っ直ぐに伸びていた木が途中から折れ曲がり、猛スピードで走る幽香の目前に、かなりの勢いで迫る。

 

「――ッ!!?」

 

 突然の出来事に驚きながらも、幽香は迫りくる二本の木に対抗するため、持っていた傘を振るう。

 妖怪。それも、大妖怪とも言われているほどの力を持つ幽香の、傘を利用しての本気の打撃。

 

 二本の木は傘が当たった瞬間に、バラバラに砕け散った。

 

「やっぱり。幽香のそれ、どんな傘だよ」 ――一振りで二本の木を砕く幽香も大概だけれどね。

 

 苦笑しながら、そう言葉を零すのは小さな妖精。……まあ、私だけども。

 

 畜生。折角能力を使ったのに足止めにもなりやしない。流石は幽香。

 

 ――どうしたものか。

 

 今のが現状、私が放てる最大の攻撃だった訳だが。

 それがあっさりと破られてしまった今、幽香から逃げるのは流石に厳しいと言える。

 幽香さん、全然走るスピード変わってないもの。こりゃあキツい。

 

「もう一回!!」

 

 今度はもっと太い奴!! 

 

 さっきと同じように、二本の木を倒して幽香にぶつけるように動かす……が、

 

「ありゃ?」

 

 動いた木は一本だけだった。

 どうやら私の妖力がきれてしまったらしい。

 

 倒れた木はあっさりと幽香に粉砕され、私の体からは力が抜けていった。

 妖精の私ではここら辺が限界らしい。

 

 もう飛んでいることすら出来ない。

 私の体は降下を始めた。

 

 段々薄れていく意識の中、誰かに受け止められた。

 目の前には幽香の顔。

 

「もう……無茶して」

 

 そう言った幽香の顔は、静かに笑っていた。

 いや~、ごめんね。迷惑かけて。やっぱり幽香は強いなぁ。

 

 向日葵の花言葉は、『貴方だけを見つめる』とか『憧れ』

 私は昔から、強い幽香に憧れて。本来の意味とは違うけれど、幽香だけを見つめていたんだ。

 

 ……弱くなったなぁ、私も。




 

 この作品はほのぼのだが、バトルがないとは言っていない。
 な~んて、どうせ大したものにはなりませんけどね。


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第四話 偶にはこんな話も悪くない

お久しぶりです。


注意 今回は花のお話ではありません。それに短いです。


 

「む。其処にいるのは千九咲じゃないか。如何したんだ、こんなところで」

 

 もうお決まりとなってしまった暑さの中、人里のお団子屋で団子を食べていた私に、寺子屋教師――上白沢慧音は声をかけた。

 

 うわ、めんどくせぇ奴に絡まれた。

 

 慧音はことあるごとに、寺子屋に来てみないかと勧誘してくるような奴である。

 その度に、そんな気はないのだと言っているが、中々向こうも引いてくれない。

 

 どうしてそんなに寺子屋に行かせたがるんだ。全く不思議でならない。

 お勉強なんて嫌いだ! 誰が行ってやるか!

 

「見ての通りお団子を食べているんだよ。慧音こそどうしたのさ」

「私か? 私はこれから寺子屋に行くところなのだが……」

 

 うわぁ。これまた最悪なタイミングで出会したことで。

 こうなると、此処からの流れは目に見えている。嫌なんだけどなぁ……

 

「ふむ。どうだ? これから――」

「嫌だ」

「……まだ本題を言ってないのだが……」

 

 だって展開が読めてきてしまうんですもの。仕方がないね。

 本題なんてどうせ、これから一緒に寺子屋に行かないか? とかそんな提案だろう。私は行く気はないとあれほど言っているのに。飽きないものだ。

 

「なんでそんなに寺子屋に行きたがらないんだ」

 

 拗ねたように言う慧音。

 なんでと言われてもなぁ。嫌なものを断るのに、何か理由がいるのだろうか。嫌なものは嫌だ。で良いじゃないか。

 それだけで充分理由になっているような気もする。

 

「だって勉強良く分かんないんだもん……」

「それを分かるように勉強するんじゃないか!」

 

 その勉強が良く分かんないだよ。分かってくれ。

 

 慧音とも長い付き合いだが、この頑固な性格は如何にかならないものだろうか。

 自分の言ったことには自信を持ち、中々意見を変えてくれない。

 自分の意見より相手の意見のほうが優れていると分かれば、素直に認めてくれるのだが。

 

 残念なことに、私の意見は慧音のより優れていないようだ。

 お勉強嫌い、イヤ。だけでは駄目と言うことか。

 

「試しに一回来てみろ。それでお前の中で何か変わるやもしれん」

 

 変わるとしたら勉強がもっと嫌いになるくらいだと思われる。 

 

 その後も言い合いを続けていたが、結局慧音は折れてくれず、私は寺子屋に連れていかれることになった。

 私の精一杯の抵抗は無駄に終わったようだ。如何してこんな目に……

 

「ほら行くぞ」

「うわぁーんやだー! 慧音の鬼ー!」

「私は鬼じゃなくてハクタクだ」

「そう言うことじゃないやい! バカヤロー」

 

 

 人里の人々には、寺子屋教師に抱き抱えられ、半泣きで連行される妖精の姿が目撃されたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――だから、この式はこうやって……」

 

 黒板に白いチョークで何か良く分からない絵を書き始める慧音。

 何あれ。意味わからん。数字と文字と記号が合わさり何かの絵に見える。

 アレ見てると意識が……

 

「ちょっ、千九咲ちゃん。起きて」 

 

 私の左隣へ座るは大ちゃん。右隣はチルノである。

 何処かへ行きそうになっていた私の意識を、大ちゃんが繋ぎ止めた。

 ありがとうとは言わない。チッ、余計なことを…… あのまま寝かせておいてくれたら良かったのに。

 

 しっかしみんな、良くこんなのを真面目な顔で見ていられる。私はもうとっくに限界なのだが。

 

「じゃあこの問題、千九咲やってみろ。やり方ならさっき教えたし、出来るだろ」

 

 いきなりの指名。

 ビックリした。「うぇっ!?」てなった。

 

 や、やり方なんて説明してたんですか……? 私には慧音が呪文を唱えているようにしか聞こえなかったけど。 

 呼ばれたものは仕方がないので、私は立ち、黒板まで行った。

 みんなの顔を見渡してみると、こんな余裕でしょ。みたいな顔を浮かべていた。

 は? みんなこの別次元みたいな話についてこれるの? 頭おかしくない?

 

 くそ、私がそんなに馬鹿じゃないってことを見せてやる。

 改めて、問題や黒板に書かれている恐らく解説であろう文字列を眺めみてもサッパリ意味不明だが。

 

 チョークを持ち、問題の空欄部分に数字を書いていく。

 不安そうにしない。むしろ、自信満々に。

 

「これで……どうだ!」

 

 全て書き終わり、慧音のほうを向いた。

 慧音は、私の頭に向けて、ゆっくりと手を伸ばし……

 

 

 

 

「お ま え は 何を聞いていたんだぁ!!」

 

 全力でヘッドバッド。もとい、頭突きを喰らわせた。

 

 聞こえちゃいけないような音が私の頭から響いた気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の授業はこれで終わりにする」

「「「ありがとうございました~」」」

「……ありがとございました」

 

 

 長い長い授業は終わった。

 途中からの記憶が何故か曖昧だが、きっと何もなかった筈だ。そう信じることにした。深くは考えてはいけない。

 

「慧音せんせーさよならー」

「ああ、さようなら」

 

 元気いっぱいに手を振る子供に、ニッコリと微笑みながら手を振り返す慧音。

 その姿は何処か嬉しそうだ。

 

 そんな慧音ところまで近づく。

 

「お疲れ、慧音」

「おお、千九咲か。しかしお疲れと言うのなら、お前のほうが疲れているように私には見えるな」

 

 ホント疲れました。

 

「如何だった? 寺子屋は」

「うんとね。全然楽しくなかった」

「そ、そうか……そんなハッキリ言うのか」 

 

 だって色々と意味不明なんだもの。慧音の教え方のせいもあるような気がする。慧音の説明って、分かりにくいんだもの。 

 まあ、慧音の本業は歴史の教師らしいから、算数は専門外って言うのもあるのだろうけど。それにしては言い方が固すぎる。もっと柔らかく説明してくれれば、もう少し理解できそうだ。

 

「……だけどまあ、後、数回程度なら来てあげても良いよ。寺子屋」

「――ふふっ。そうか。それは楽しみだな」

 

 

 

 私の言葉に、本当に嬉しそうに慧音は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「慧音、これは自信あるよ!」

「ほう、そうかそうか。どれどれ……全部不正解だ馬鹿者がぁ!!」

「イッタアアアああああぁぁぁぁ!!」

 

 今日も今日とて寺子屋には、鈍い音と悲鳴が響き渡る。

 

 

 





 千九咲ちゃんは如何やら勉強は嫌いな様子。やっぱり子供ってそうですよね。



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第五話 悲鳴死花

 炎天下の中、空を飛ぶこと暫く。今回の目的地である館が見えてきた。

 其処は、吸血鬼の姉妹が住まう館。

 その館は、吸血鬼の恐らく姉のほうの趣味だと思われるが、外も中も真っ赤に染まっている。ずっと見ていると目が痛くなりそうだ。良く此処で生活しようなんて思うものである。私にはあまり理解は出来ないが、まあ、人それぞれとか言うやつだろう。

 

 さて。なんで私がそんなところに来ているのかと言うと。一言で表すとするならば、涼みに来たのだ。

 

 

 今日。何時もの如く暇だった私は、何とかこの暑さから逃れる方法がないものかとしきりに考えていた。

 考えて考えて、そして漸く出た答えは、涼しそうな場所に行こう。だった。

 そんな答えが出てしまい、次に、何処か涼しそうな場所かを考えてみた。

 しかし、残念なことに中々思い当たる場所がない。これは如何したものかとなった時、思い出した。

 

 

 私が今いる湖の近くに建っている、ある建物のことを。

 其処には、吸血鬼が住んでいる……つまり、涼しそう。

 

 

 

 

 

 

 

 と、まあ、後から冷静に振り返ってみれば、何ともアホっぽい理由でこの館、紅魔館に来てしまった訳である。

 だって吸血鬼って何処となくヒンヤリしたイメージがあるんだもの。仕方がないね。

 

 丁度良い場所まで来たので、門の前に降りる。

 降りた先には、門に寄り掛かってスヤスヤと眠る、一人の女性の姿が。名前を、紅美鈴。紅魔館の門番をしている。

 ……ああ、また眠ってしまっているのか。この子は。

 毎回、私が来る度に寝ている気がするが、これでも、この紅魔館唯一の門番なのだから驚きである。

 たった一人しかいない門番がこのザマとは。紅魔館のセキュリティもたかが知れている。

 

 しっかし、どうしようか。

 このまま美鈴を放っておいて、中に入る方法もある。

 気持ち良さそうに眠りこけているし、むしろ起こす方が可愛そうな気もするが……いや、やっぱり起こそう。

 人様の家には正規の手順を踏んで入りたいものだ。不法侵入は流石にマズい。

 

 と言うことで。私が早速美鈴を起こそうと、近付いたときだった。

 

 何処からともなく、何かが高速で飛んできた。

 何かはそのまま美鈴の頭に直撃。美鈴は起きることなく倒れた。頭には一本のナイフが。

 

「全く。紅魔館の門番ともあろう者が……」

 

 そんなことを言った声の主を発見。

 メイド服を着た女性だった。

 

「やあ、咲夜」

「あら。其処にいるのは千九咲様。紅魔館に何の御用で?」

 

 おお、『様』なんて呼ばれた。新鮮な響き。

 てか、美鈴大丈夫なのかな。思いっきり、深々とナイフが突き刺さってしまっているけど。

 

「今日はねぇ。あっついから涼ませて貰おうかと思って来たんだ」

 

 ヤバい。さっきから美鈴がピクリとも動かない。死んだんじゃないのかな。誰も助けなくて良いのだろうか。

 

「そうでしたか。中が涼しいか如何かはわかりませんが……まあ、上がっていってください」

 

 それじゃあ、お言葉に甘えさせて貰おう。きっと、外にいるよりは涼しい筈だから大丈夫だ。

 では、お邪魔しまーす。

 

 

 

 

 

 

「ねえ。美鈴は放っておいて良いの?」

「ご心配なさらず。何時ものことですので」

 

 

 さらに心配になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咲夜の後に続き、紅魔館の中に入る。

 予想通り、やっぱり中は涼しかった。うむ。快適快適。

 

 ……ふぅむ。さて、これから如何しようか。

 私の目的は紅魔館へ来ること。だから、もうこの時点で目的は達成してしまっている訳だが……

 ただ来ただけと言うのもなぁ。折角ならもっと遊んでいきたいものだ。

 

「あっ、そう言えば。パチュリー様が貴方様の手を借りたがっていました」

 

 パチュリーが私の手を?

 珍しいこともあるものだ。あの魔女が、私みたいな妖精の力を借りるとは。

 てっきり、妖精には興味なんて全くないものかと思っていた。

 

「ふぅん。それじゃあ、パチュリーのところまで案内して欲しいかな」

「承知しました。それでは此方へ」

 

 う~ん。パチュリーのお願い事かぁ。正直、そんなに良い予感はしないけど……

 ま、何とかなるでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つきましたよ」

 

 再び咲夜の後をついて行き、目の前には、大図書館へと繋がる扉が。

 

 何度も図書館には来ているけれど、如何にも、此処までの道筋を覚えられそうにない。

 紅魔館の中がかなり複雑なせいで、まるで迷路を進んでいるみたいな気持ちになる。紅魔館は、咲夜が能力で何かをしてしまっているせいで外から見た大きさと、中の大きさが全く合っていないのだ。

 この前、掃除が大変だなんて咲夜は愚痴っていたけれど、不便ならもっと中を狭くすれば良いと思う。

 

「咲夜、案内ありがと」

「いえ。何かありましたら、またお呼びください。では」

 

 そう言うと、一瞬で咲夜の姿は目の前から消えた。この光景も、最初はビックリしていたけどもう慣れたものだ。

 もしかしたらお掃除の途中だったのかもしれない。もしそうなら、ちょっと悪いことしちゃったかな。

 

 見送ろうにも見えなかったが、此処まで案内してくれた咲夜に感謝しつつ、私は扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉をくぐると、椅子に座って本を読む、パチュリーの姿が。

 しっかし、何時見ても此処の本には圧倒される。凄い量だ。

 

「……ん。誰かと思えば草妖精じゃない。丁度良かった」

 

 パチュリーが此方に気付き、本から目を離す。

 

 パチリューってば、私の名前は千九咲だって言っているのに、何回教えても私のことを『草妖精』って呼ぶ。

 折角の名前なんだから呼んでくれたって良いじゃないか。

 

「パチュリー。用事って何?」

「……あら、もう聞いていたの。なら話が早いわ。貴方、確か、植物を操ることが出来たのよね」

「うん。私の能力のことでしょ?」

「そう。その能力を使って、ある植物を土から抜いて欲しいの。魔力の実験に使えそうだから」 

 

 植物を抜くって、そんなこと? 別に私じゃなくても出来そうな頼みだけど。

 しかも、私の『植物を操る程度の能力』を使ってだなんて。

 パチュリーが何を考えているのかわからない。

 

「別に良いけど。あ、何て名前の花なの?」

「マンドラゴラよ」

「え」

「マンドラゴラよ」

 

 一気に帰りたくなった。そんなものの処理を私に任せるんじゃない。

 

「伝説上の植物の筈なんだけど……」

「マンドレイクに色々と魔力を浴びせていたら出来たわ」

 

 

 マンドレイク。別名、マンドラゴラ。和名ではマンドレークとも。

 根茎が幾重にもわかれ、個体によっては根の形が人の姿のように見える。

 マンドレイクの根には、幻覚作用を引き起こし、時には人を死に至らしてしまうほどの強い神経毒がある。昔は麻酔として用いられていたそうだ。

 根が大量でさらに複雑に絡み合っているため、引き抜く際にはかなりの力が必要で、根が千切れる音が物凄い。

 そんな特徴から、引き抜くと悲鳴を上げ、聞いた者の命を奪う花。と、伝説では言い伝えられている。

 花言葉は、『恐怖』と『幻惑』。怖いものだねぇ。

 

 とまあ、そんな花な訳だけど。

 

「ほら、これよ」

 

 パチュリーが持ってきた植木鉢の中には、青い花を咲かせる小さい植物が、元気に鉢の中を移動していた。

  

 畜生。本物じゃねーか。

 

 嫌だなぁ。花だけで見たら可愛いのになぁ。

 

「早く抜きなさいよ」

 

 勝手なことを言うパチュリー。人の気も知らないでさ。

 そのくせ、自分はちゃっかり離れたところに避難までしているのでたちが悪い。

 後で覚えてろよ。

 

 

 ……はあ、仕様がない。それじゃあ、やるか。

 

 

 

 移動するマンドラゴラの茎をがっしりと掴む。

そのまま、意識を集中させて、能力を使用。

 取り敢えず、抜いても悲鳴を上げないように操ることにしよう。

 

 って、ヤバい。全然言うこと聞かないぞ、この花。

 さっきから全力で操っているのに抵抗が凄い。これ、かなり厳しいかもしれん。

 

「どうかしら?」

「ちょっ、今話しかけないでっ!」

 

 結構ギリギリなんです。

 

 まあ最悪、此処にはパチュリーと私。魔女と妖精しかいないのだから、マンドラゴラが悲鳴を上げても大丈夫な気もする。

 でも、それはやっぱり嫌なので全力を尽くすことにしよう。

 

 何とか花を抑えつけて、引き抜く。

 ズボッ、と言う音と共に、人の顔と形をした根が出てくる。

 おお、抜けた。可愛くねぇ。

 

 

 まあ、花の見た目は放っておき、無事に抜くことが出来て一安心。

 多分気を緩めたら泣き出しちゃうだろうから、能力はまだ維持したままで――

 

「千九咲様。飲み物をお持ちしました。――うわ、何ですかその花。きも」

 

 突然、私の隣にジュースを持った咲夜が現れた。

ジュースには氷が浮いていて、冷たくておいしそう……

 ってそうじゃない!

 

 ちょ、超ビックリした! い、今は駄目でしょ咲夜! 

 予期せぬタイミングで現れた咲夜に驚く私。幾ら慣れたとは言え、こんな不意打ちはどう仕様もない。

 

 とその時、私の手に、何かが動く感触。

 

 まさか……

 

 

 直ぐに持っていたソレに目を向ける。

 

 其処には、今にも泣き出しそうな顔をしたマンドラゴラが。

 

「まずっ」

 

 驚いていたので、一瞬能力が弱まってしまった。

 私とパチュリーだけなら最悪泣いても良いかとも思ったが、人間である咲夜が来てしまった以上、そうもいかない。人間が聞けば間違いなく絶命する。

 私なら死んでも蘇るし、パチュリーは魔女だから大丈夫なようなそんな気がする。

 しかし咲夜は駄目だ。人間である以上、生き返る手段も持たない。

 

 ……なら仕方がないか。

 

 今から能力で抑えようとしても間に合わない。なら、

 

『キイイィィ………』

 

 能力を使用。今度は抑えるのではなく、マンドラゴラを破裂させる。

 

 あ、あぶね。ちょっと泣きかけてた。間に合って良かった。

 

「良かった……けど、貴重な実験材料が……」

 

 そんなパチュリーの残念そうな呟きが聞こえた。

 まあ、咲夜の命が助かったってことで、良しとしてくれ。あの状況で何とかする余裕は私にはなかった。流石伝説の植物。抵抗力がハンパじゃなかった。もう二度と相手にしたくない。

 

 状況が良く分かっていないのだろう咲夜が、コテリと首を傾ける。君今、命の危険があったからね。大分危ないところだったからね。

 

 

 

 そんなまあ、何とも肝が冷える経験をした今日。

 冷えたは冷えたが、紅魔館で私がしたかった涼み方は、決してこんなのじゃない。

 

 どうしてこうなった。

 

 




 


 今回の花は、あの有名なマンドラゴラ。
ちゃんと実在する花だったのには驚きました。




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第六話 西の瓜

 

 

 

 

 

 手に持った赤いソレをしゃくりと一口。みずみずしさと甘さが口の中に広がった。

 

「おいしい!」

「ホント。このスイカおいしいわね」

「ああ、ちゃんと甘くて良かったな」

 

 私、魔理沙、そして今代の博霊の巫女――博麗霊夢の三人は、手に持った西瓜を齧り、それぞれ感想を溢した。

 こんなに暑い季節の、こんなに暑い日に食べる西瓜は、何時にも増して美味しく感じられる。

 

 私が今いる場所は博麗神社の縁側。

 其処で、霊夢が出してくれた……いや、私達が奪ったと言った方が正しいのかもしれない。まあ、西瓜を三人で食べている。 

 

 私が何故博麗神社にいるかを説明しよう。 

 

 時は、少し前まで遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、今日は何をしようかなと、ぶらぶらと道端に生えている草たちを眺めながら歩いていた時。偶々上を見上げてみると、空を飛んでいる何かを発見した。

 鳥と呼ぶには大きすぎる何か。

 一体何が飛んでいるのか気になったので、私も空を飛び、その何かを目指して近づいてみる。

 近づいていくにつれて段々と明らかになっていくシルエット。

 黒い帽子を被って、箒に乗って飛んでいる、魔女っぽい格好の少女。その特徴的な格好は見覚えがある。

 

 『飛んでいる何か』は、何時ぞやの普通の魔法使いさんだった。あのときは湖まで送ってくれてありがとうね。

 

「ねえ、魔理沙」

「……ん? お前は……ああ、何時ぞやの妖精じゃないか。何してるんだ?」

 

 私の声に気付き、此方を振り返る魔理沙。向こうも私のことを覚えていてくれたようで何より。

 

「上を見上げたら魔理沙が飛んでいたから近づいてみたんだ。これから何処か行くつもりなの?」

「ああ。私はこれから霊夢のところへ行くつもりなんだが、お前も一緒に来るか?」

「霊夢……?」

 

 知らない名前に首を傾げる。

 んぅ。何処かで聞いたことがあるような無いような名前だなぁ。誰だっけ?

 

「霊夢を知らない奴がいるとは……う~ん、博麗の巫女と言えば分かるか?」

 

 へぇ、今代の博麗の巫女は霊夢って名前なんだね。思い返してみれば、人里でその名を聞いた覚えもあるし、チルノが口にしていたような気がする。確か『霊夢にまた負けた~!』とか言って悔しがっていたような記憶が。

 確かに妖精の中ではチルノは強い方だとは言え、博麗の巫女相手に妖精が勝てるわけないだろうに……

 

 そう言えば私、今代の博麗の巫女とは会ったことが無いなぁ。

 先代の巫女とは会ったことがある。それなりに仲が良かったと自負してはいるんだけど。会う度に何かくれたし。

 

「じゃあ、私も霊夢のところまで行くことにするよ」

 

 と言うことで、私は久しぶりに博麗神社まで行くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

「霊夢~遊びに来たぜ~!」

「うわ、最悪。……って魔理沙。そいつ誰?」

 

 魔理沙と一緒に神社まで飛ぶこと暫く。

 縁側に腰掛け、何個かに切られた西瓜のうちの一つを手に持ち、それを齧ろうとしている紅白巫女服の少女を発見。多分あれが『霊夢』だろう。

 霊夢の目の前に着地。

 すると、霊夢は魔理沙の姿を確認した途端に嫌そうな顔をした。

 此処に来るまでに霊夢のことは色々と聞いたけれど、魔理沙、霊夢には嫌われていないんじゃ無かったの? 思いっきり嫌がられてるけど。

 

「初めまして霊夢。私は千九咲、宜しくね」

「あ~はいはい、宜しく宜しく」

 

 まるで、あんたには興味ない。みたいな反応をする霊夢。こ、この野郎……!

 

「ところで、霊夢は何でそんなに残念そうにしてるの?」

 

 何か私達の姿を見てから、どんどん表情が暗くなって行ってる気がする。別に悪いことはした覚えはないんだけどなぁ。

 

「魔理沙は何時も来てるから良いとして、何で妖怪退治を生業にしているこの神社に、あんたみたいな妖精が来るのよ。これだから人里で『妖怪神社』とか『博麗神社は妖怪達に制圧された』とか言われるの」

 

 どうやら、今代の巫女は色々と苦労しているらしい。大変だね。私が悩みの種であるらしい以上、何かをしてあげることは出来ないけれど、まあ、霊夢には強く生きて欲しい。がんばれ。

 

「おっ、其処にあるのは西瓜じゃないか。どれ、この魔理沙様が貰ってやろう」

 

 既に切り分けられ、皿に盛られていた西瓜を魔理沙が見つけた。

 

「あ、私にも頂戴!」

 

 西瓜……美味しそうです。

 

「良いぜ。ほら」

「何であんたが決めてんのよ……はぁ……折角一人で食べようと思ったのに」

 

 霊夢は残念そうに肩を落とした。ついでにため息も落とす。

 西瓜を独り占めしたかったのか……ケチだな、この巫女。魔理沙に聞いていた通りだ。もしかすると、魔理沙が来ると絶対に西瓜を食われるって分かっていたから、最初魔理沙を見たときにあんなに嫌そうな顔をしたのかもしれない。別にちょっとくらい貰ったって良いじゃんね。

 

 う~ん。しっかしまあ、先代と比べてみると、博麗の巫女も変わったものだねぇ。少なくとも、先代の頃は『妖怪神社』だなんて呼ばれ方はしていなかった筈。

 如何やら霊夢は、人間よりも妖怪達の方に気に入られてしまうらしい。博麗の巫女として、それが良いのか悪いのかは良く分からないけれども。

 

 

 

 と、まあそんな訳で冒頭のシーンに続く。

 

「ああ、私の西瓜がもうこんな少なく……」 

 

 そりゃあ、三人で食べているのだから減るのも早くなる。単純に考えて、一人で食べる時間の三倍のスピードだ。

 そして、霊夢。君は一体どれほどケチなのさ。人に何か分けあたえられるくらいの広い心を持った方が良いと思うんだ。

 

 それからも三人で西瓜を食べ進め、それぞれが持っている一つで最後だ。三で分けられる数で良かったね。そうじゃなければ争奪戦が始まるところだった。

 

「――良し」

「急にどうしたのよ」

 

 いや、折角良いタイミングだし、此処で西瓜のお話でも。と思ってね。

 

 スイカ。漢字で西瓜。英名はウォーターメロン。

 原産は熱帯アフリカのサバンナ地帯や砂漠地帯。日本に伝わって来たのは室町時代以降らしい。定かではないけど。

 西瓜の果肉には、何と90%以上の水分が含まれている。甘いし、水分補給も出来るしで、夏にはうってつけの食べ物。

 そして、西瓜の花言葉。野菜とは言え花は花なのだから、当然花言葉もつけられている。

 ただ、西瓜の花言葉はなぁ……

 

 西瓜の花言葉は二つある。

 

 その一つ目は、『どっしりしたもの』だって。

 

「そのまんまね」

「と言うかソレ、花と言うよりは実の方の言葉じゃないか?」

 

 二人の言う通りです。

 

 ……いや、うん。西瓜の実ってどっしりしてるもんね。明らかに花じゃなくて実の感想だけれど、これでも一応花言葉なんだ。気にしちゃいけないんだよ、きっと。

 まあ、一つ目の花言葉は置いといて。西瓜にはもう一つ花言葉がつけられているんだ。そっちに期待しようじゃあないか。

 

「でも西瓜の花って、黄色いアレのことよね。ちょっと地味だし、正直、そんな良い花言葉がつけられているとは……」

 

 ええいうるさいぞ霊夢! 気にするなと言っただろうが!

 

 

 そして、気になる二つ目の花言葉は『かさばるもの』

 

「…………」

「…………」

 

 もう何も言うまい。

 

「……確かに、西瓜の実って大きくて邪魔だよな。置き場所に困るし、重いし」

 

 やめて! 西瓜のライフはもうゼロよ!

 

 しっかし、一体何があったんだろうね?

 結局、二つあるうち、どちらも花のことには触れてくれなかった。

 実のインパクトが大きすぎたんだ。仕方がないね。

 

「いや待てよ。もしかしたら、他の野菜の花言葉も案外そんなもんだったりしてな……ってなんだよその目は」

 

 全く魔理沙め。余計なフラグを建てやがって。

 

 因みに、他の野菜の花言葉は、

トマト『完成美』

ナス『優美』『希望』

ピーマン『海の恵み』

 

 となっております。

 

「…………」

「魔理沙、あんた……」

 

 他にも、西瓜と同じウリ科の野菜は、

メロン『裕福』『豊富』

キュウリ『洒落』

 

 だって。

 

「他の野菜はそこそこ詩的なのね」

「西瓜、お前……かわいそうな奴だったんだな」

 

 いやホント、ね。どうしてこうなったんだろうね。

 

 

 それから、私達は最後の西瓜を、しっかり味わうようにして食べた。

 

 とっても美味しかったです。

 

 

 



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第七話 偶にはこんな話も悪くない ~火の花~

今回は花解説がないので、『偶にはこんな話も~』です。


 

 

 

 

 

 あの鬱陶しい暑さも、少しは和らいで来たような気もする時期となった。

 この暑さとも、あとちょっとでお別れが近い筈だ。よーし、これから頑張るぞー。

 

 ……いや、一体何を頑張るのかは良く分からないけれど。

 

 

 さてさて。

 立ち止まって空を見上げてみる。其処には、真っ暗な景色が広がっていた。まあ、つまりは、夜だ。

 

 現在地は人里。真っ暗な空とは反対に、今日の人里はやけに明るく眩しいくらいに輝いていた。

 それに、何時にも増して賑やかだ。彼方此方から、客寄せの声や楽しそうな声が聞こえて来る。確か喧騒と言う奴だった気がする。

 普段から活気が溢れている場所ではあるが、今この時ばかりは、何時もの人里など比べ物にならないだろうなぁ。

 

 そんな人里には、幾つもの屋台が立ち並び、其処からは提灯が下がっている。夜の闇にも負けない明るさだ。

 屋台が並ぶ場所を見てみると、人間以外の種族も沢山いた。

 人里とは、その名の通り人が住んでいるところなのであって、本来は妖怪などは立ち入ることが出来ない場所ではある。だけれど、今日に限ってはそんな決まりごとは関係無く、妖怪だろうが神様だろうが、みんなが入れるようになっている。

 それに今日、こんなところで問題を起こすような奴は、幻想郷にはいないだろう。

 

 私としては、うるさいの苦手だけど、

 

「おじちゃん。りんご飴ちょーだい!」

 

 賑やかなのは嫌いじゃない。

 

「あいよ、りんご飴ね。……はいどうぞ」

 

 それに、今日は折角の祭りの日なんだ。騒ぎに紛れて全力で楽しまなければ損と言うものだ。

 

 私は、歩くにつれて高まっていく気持ちに、逆らうことなく身を委ねることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 今日は年に一度しかない夏祭りの日。

 

 こんな楽しそうなイベントを、私が逃すわけにはいかないだろう。全力を以って遊びつくしてやろうじゃないか。お金はありったけ持ってきた。

 

 因みに、今のところ、私は一人で行動している。

 当初の予定では、私はチルノと一緒に色んな屋台を巡る筈ではあったのだが、忙しいからと断られ、今の状況に至る。

 しかし、チルノが忙しいとは、一体何の予定があったのだろうか。

 何度もチルノに聞いてはみたが、全て「秘密だ!」と言われ突き返されてしまった。

 果たして何を考えているのやら……

 

 と、そんな時にふと、氷、と書かれた垂れ幕が目についた。

 氷、まあ、かき氷のことだろう。

 細かく砕かれた氷に、イチゴとかメロンとかのシロップをかけて食べるアレだ。甘くて美味しアレのことだ。

 

 ふむ。かき氷か。やっぱり、夏と言えばかき氷と私の中では決まっているんだ。これはもう買わずにはいられない。全ての味を制覇してやろうか。お腹を壊す未来しか見えないが。

 

 良し、かき氷を買おう。味は何が良いかな。まあ最初はイチゴ味でも。

 

「すいませーん。かきご……」

「お客!! やった――ってなんだ、チクサか」

 

 こいつ、何処かで見た顔だと思った。

 チルノだった。

 

 ……見なかったことにして良いだろうか。あっ、ダメですかそうですか。

 

 先程悩んでいた疑問の答えが今、目の前にはある訳だけれど。凄く信じたくない。

 

 だってあのチルノだよ? あのチルノだよ?

 お金の計算が出来るのか怪しいし、そもそも、マトモなかき氷を作れるのかどうかすら危ぶまれる。

 

「えっ、チルノって屋台やってたの?」

「そうだ! スゴイだろ!!」

 

 チルノはえっへんと胸をはった。

 ああうんすごいねーすごいすごい。うん。

 

 いや、しかし如何しようか。

 私としては全力で此処から立ち去りたいところではあるが、もうチルノにはロックオンされてしまった。

 これは商品を買っていかないことには帰してくれないだろう。

 だが、チルノのかき氷か……

 

 

 

 まあ、良いや。

 此処は友達として買ってあげようじゃあないか。

 もしかしたら、案外味は悪くないかもしれない。それに、氷精であるチルノが作る、かき『氷』なのだ。氷の扱いはチルノの専門分野。其処を考えると、自然と期待してしまう。

 ってかアレ? 意外といけるかもしれんぞ。氷くらいならチルノは簡単に出来るし、シロップだって間違えようがないだろう。まさか変なものはこない筈。

 おお、大丈夫な気がしてきた。

 

「チルノ、此処のかき氷は何味があるの?」

 

「えっとね、水味だよ!」

 

 ああ、水味か。水味ね、うんうん水味。

 

 ……は?

 

 いやいや待て待て私。

 確かにチルノは水味と言った。聞き間違いでもなんでもなく本当に水味と言った。

 

 み……水? 水なの? 水ってつまり、ウォーター?

 

 そもそも水に味とかあるのとか、それってただの氷じゃね? とか思ってしまうけれど。

 

「……え、えっと……じゃあかき氷一つ」

 

 取り敢えず買った。

 

 幾らか不安は残るが、取り敢えず買ったかき氷を一口食べてみる。

 

 

 

 

 

 チルノの屋台だけ異様にお客が行かない原因が分かった。

 

 金返せや。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とまあ、『チルノ特製水味かき氷』のおかげでテンションはだだ下がったが、まだまだこれからだ。私は、全ての屋台を回り尽くさなければいけないのだから。

 

 気を取り直して次行ってみよー。

 

「む。其処の妖精」

 

 行こうとしたところでそんな声をかけられた。辺りには妖精はいない訳だし、きっと私のことだろう。

 声のした方を向いてみる。

 九本の尻尾が生えた狐の妖怪が立っていた。

 

「君は……ああ、えっと確か、藍だったよね。紫から聞いてるよ。彼奴の式神でしょ?」

「……私のことを知っているのなら話は早い。紫様がお呼びだ。ついてこい」

 

 何この人。ちょっと私に対して当たりが強くない?

 まあ良いや。腑に落ちないところもあるけど、其処は我慢してあげようじゃないか。私は大人だからね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍に連れられ向かった先は、あのお祭囃子とは離れた場所。あれだけ聞こえていた喧騒は、少し遠いところに行ってしまった。

 

「ついたぞ。此処で待っていろ」

「ん。ありがとう藍。もし良かったら今度尻尾モフモフさせてね」

「なっ……!」

 

 はっ、いけない。つい心の声が。

 

 正直、藍の後ろをついていっている時も、左右に揺れる大きい尻尾が気になって仕方がなかった。是非モフらせて欲しい。絶対に気持ち良いと思うんだ。

 

「って言うか今直ぐモフらせろー!!」

「なにっ!?」

 

 もう辛抱たまらん。

 私は藍に飛びかかった。

 

 一瞬驚いたような藍だったが直ぐに落ち着きを取り戻し、しっかりと此方を見据え、私をかわした。

 くっ……やるな。流石は紫の式神と言うだけのことはある。急に飛びかかられてパニックを起こさないとは。

 

 くそっ、もう一度だ。

 

 両足に力を込め、地面を思いっきり蹴る!

 地面の反発を貰い、私は藍に向けて跳躍する。狙うはあの大きな九本の尻尾。

 

 再びの跳躍に対して、先程のように回避をしようとする藍。私の軌道を予測し、其処から自分の体を外そうとするが、

 

「なっ……!?」

 

 藍の足には大量の植物が巻き付き、動くことが出来ない。

 どうだ! これが私の能力だ! 雑草ごときと侮ったな? たとえ雑草でも、ソレは立派な武器となるのだ。

 

 ……決して、これは能力の無駄遣い等ではない。正しい使い方だ。

 

 私をかわすつもりだった藍も、自分の足が動かないと言う事態には対応しきれなかったようだ。

 少しの隙が出来る。

 それは一瞬の隙だっただろうが、残念ながら、一瞬でもあれば十分に間に合ってしまう。

 

 飛びかかってくる私を、隙を晒してしまった藍は避けることが出来ず……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと……今はどんな状況なのかしら」

 

 スキマ妖怪――紫の声が聞こえた。人を呼んでおいで今頃来るのか。

 まあ、今の私はそれどころではない。

 

「ちょっ……止めてください千九咲様ぁ!!」

「んー? 聞こえないなぁ。あっ、今の反応からして……此処だな?」

「――ひゃんっ!? そ、其処は駄目ですぅ……」

 

 藍の尻尾をモフることに必死なのだ、此方は。

 

 逃げようとする藍を、能力を使って草で縛る。フハハ! 逃れられまい!

 

 例え一本では細く非力な草だとしても、束となってしまえば、それは強靭な蔦となるのだ。

 

「……ほら千九咲。其処までにしといてあげなさい。それ以上やると、この小説に新しい警告タグを付けないといけなくなるわ」

「むっ、それは困るなぁ」

 

 紫の言葉を聞き、渋々とだが押さえつけていた藍を解放する。

 

 先程のまでの行いは尻尾をモフモフしていただけなのです。東方日妖精は小さな子供でも読める健全な小説です。

 

 

 よしっ、弁解終了。

 

「それで? 紫は私になんの用なの?」

 

 藍が私から距離を取って、乱れた服を直しながら涙目で睨み付けてくる。そんな顔をされるとまた虐めたくなっちゃうじゃないか。冗談です。

 まあ、取り敢えず謝っておこう。ごめんねー。

 

「別に。大した用事じゃありませんのよ」

 

 しかし、紫は胡散臭いなぁ。その笑みと言動が原因だと思うけど、どうしてこんな風になってしまったのやら。

 最初会った時はこんなのじゃなかった筈なんだけどなぁ。

 

「貴方と一緒に花火でも見ようかと思いまして」

 

 そう言った紫の顔は、珍しく素直な笑みに見えた。

 ……なんだ。そんな顔も出来るんじゃん。

 

「ん、良いよ。じゃあ三人で見ようか。ほら、藍もおいで……なんでそんなに嫌がっているのさ」

「十中八九貴方のせいでしょうね」

 

 なんのことでしょう。身に覚えがありませんね。

 

「…………」 

「ほ、ほら! そろそろ花火始まるんじゃない!?」

 

 視線に耐えられなかった為、頑張って話を反らしてみる。

 

 そう言った直後、大きな音と共に、黒い夜空に、一輪の赤い花が咲いた。

 図らずとも、タイミングは完璧だったようだ。

 

「……おお、きれい」

「……ええ、そうね」

「はい……綺麗です」

 

 最初の一発に続いて、二発目、三発目が上がる。

 

 次々と打ち上げられていく花火を見ていると、その周りに、小さい星やキラキラと光る氷などが見えた。

 

 ふふっ。アレは多分、チルノと魔理沙かなぁ。何とも面白いことを考えてくれるものだ。

 

「ねえ、紫」

「何かしら、千九咲?」

 

 

 

 ――幻想郷、作って良かったね

 

 

「……ええ」 

 

 皆、この幻想的な景色に見入っているのだろうか。

 あれだけ聞こえていた声は、すっかり静かになってしまっていた。

 

 私も、紫も、藍も。

 

 私達三人はずっと、終わるまで、咲き誇る花に見惚れていた。

 

 




藍しゃまの尻尾をモフモフしたくて仕方がない。

残念ながら僕には出来ないので、代わりにやってもらいました。作者の願望が駄々漏れですね。



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第八話 花があるのは向こう側

 

 

 夏と比べると随分涼しくなり、完全に季節は秋へと移り変わってしまった今日この頃。

 時間は午後。空は透き通るほどに晴れていると言うのに、あまり暑さは感じられない。あの夏とは違う。やっぱり季節とは面白いものだ、な~んて。

 

 さて。私が今いる場所は、無縁塚と呼ばれているところ。

 何らかの事情で此方側の世界に来てしまった、通称“外来人”の墓となっている場所だ。

 偶に外の世界の物が落ちていたりすることもあると、あの道具屋の店主が言っていた。彼処の店で扱っているのは、此処から持ってきた物が大半らしい。

 外の世界と繋がっているなんて、何とも不思議なところだなぁ。とは思う。 

 

 そんな無縁塚は普通に妖怪などは出てきてしまうため、安全とは言いがたいものがあるのかもしれない。しれないが、まあ、

 

「大丈夫な筈……」 

 

 本当に此処が墓と呼べるのか怪しい、ただの石が乗せられているだけの墓を見ながらポツリと呟いてみた。ちょっと自分を安心させるために。効果があったら嬉しいな。

 

 ……別に、私は此処に墓参りをしに来た訳じゃない。

 そもそも、此処は誰とも繋がりのない、無縁の者が埋められている墓なんだ。私の知り合いはこんなところには埋められていない。

 

 では何故、この無縁塚に来たのか。

 大した用事じゃない。でも、私に取っては何よりも大切なことではある。

 

 とは言っても、何時ものように、ある花を見に来ただけだけど。

 

 

 彼岸花。別名は曼珠沙華とも呼ばれている花。

 秋の彼岸の頃に、30センチほどの花茎を伸ばして、長い雄しべ、雌しべを持つ赤い6弁花を数個輪状につける。花の後、綿系の葉が出て冬を越す。

 学名では、放射状と言う意味のある言葉がつけられている。この花の形を表した学名だ。

 

 世間ではあまり良いイメージを持たれていないけど、それは、花の色や形が火を連想させるから。と、彼岸花は毒を持っているから。

 が、その毒は水で何度も洗えば落ちるのだそうで、飢餓の時の非常食として食べられたらしいが私は遠慮したい。

 

 別名の曼珠沙華は、“天上の花”という意味。

 おめでたい事が起こる兆しに、赤い花が天からふってくるという仏教の経典によるものらしい。

 仏教では良いイメージを持たれているんだけどねぇ……

 そして、花言葉は、情熱、悲しい思い出、思うはあなた一人、また会う日を楽しみに、等々。

 

「――やはり、貴方は此処に来ると思っていました」

 

 突然後ろから、何度か聞いたことのある声が響いた。出来ることなら、あんまり聞きたくはなかった声が。

 

「……ビックリしたなぁ。何で此処に居るのさ? 映姫」

 

 楽園の最高裁判長にして、大の説教好き――四季映姫……なんとかドゥが、振り向いた先に立っていた。

 

「貴方に会うためですよ」

 

 そんな何とも嬉しい台詞。ただ、こいつに限っては言われても全く嬉しくないし、おまけにちょっと冷や汗まで出てくる。怖いことを言わないで欲しい。

 

「む……何ですか。その嫌そうな顔は」

 

 頬を膨らませて。じと……っとした目を向けられる。

 でも仕方がないと思うんだ。映姫の説教は苦手なんだから。

 

 裁判中は死者相手に説教。仕事が休みの日には人里などに出歩いて説教。仕事があってもなくても部下の死神に説教。

 

 ……いや、何なの? こいつ。

 毎日説教しかしてないじゃないか。病気かなんかなのかな。毎日人を叱らないと死ぬ病気とか。

 

「はぁ……まあ良いです。そして、今日は別にお説教をする為に来たわけではありませんから安心してください……と言うのも心外ですね」

「い、いやいやいやいや! そ、そう言うことはあんまり気にしなくて良いんじゃないかな!? うん!!」

 

 全力で気を変えさせないように頑張る私である。

 

「……そうですか」

 

 幾らか腑に落ちない様子で映姫は呟いた。

 

 どうやら、ギリギリながらも成功した様子。良かった良かった。

 頼むから今日1日くらいはこのままでいてください。出会い頭に説教が始まらないなんて、今までで初めての経験なんだから。

 

「今年も、綺麗に咲きましたね」

 

 ああ、そうだね。此処は毎年、綺麗で立派な彼岸花が咲いてくれる。

 特に誰かが世話をしているって訳でもないのにさ。

 

「…………」

「…………」

 

 其処からは、特に会話もなくお互い無言の時間が続いた。

 私の方は、大地を真っ赤に染めるほどに咲き誇ってくれた彼岸花を眺め。

 映姫はと言えば、何かしらの想いを馳せたような顔で、私と同じく花を見ていた。

 

 沈黙が続く。

 話しかけてみようとも思ったけれど、映姫があまりにも真剣に彼岸花を見ているのでそれはやめた。何を考えているのかは分からない。けどきっと、私とは比べ物にならないほどに、立派な考え事でもしているのだろう。

 なにせ向こうは閻魔様だ。

 死者の魂、つまりは大勢の死んだ人間と向き合っていかなければならない。そんな仕事、私なら責任が多すぎて直ぐに辞めてしまうと思う。

 私は自由に生きていたいんだ。それは果たして良いことなのか、それとも悪い考えなのか。映姫に聞けば分かるかな? 

 いや、聞かないでおこうか。

 

 暫く経ち、不意に映姫が静寂を破って口を開く。

 

「彼岸花も見たことですし、私も折角のお休みと言うことなので、その……良かったら、これからちょっと付き合って頂けませんか? あー……む、無理にとは言いません。嫌だったら幾らでも断って頂いて……」

 

 ――あの……その……。なんて映姫がごにょこにょ言い出した辺りで、私は今何を言われたのか理解出来た。

 

 つまり、私と一緒に出掛けに行きたいと。

 

 どう言う風の吹き回しだろうか。普段ならこんなことは言わないのに……

 それに、なんで映姫はこんなに気恥ずかしそうにしているのさ。もう長い付き合いなんだから、別に恥ずかしがることなんてないでしょうが。

 

 さて。これ以上待たせると映姫の頭がそのうちパンクしそうだ。

 あたふたしている映姫なんて滅多に見れないものではあるから、暫く見ていたいものではあるけれど。でも、これ以上待たせると流石にかわいそうではある。

 

 まあ、答えなんてとっくに決まっているしね。

 

「……あ~、やっ、ぱり……駄目ですよね、すみません。突然こんなこと」

「――よしっ。じゃあ、何処か行きたいとこある? 私的には人里が良いかなぁ。取り敢えずご飯でも食べたいし……ま、君次第だけどね。どうする?」

 

 私がそう言うと、映姫はキョトンとした顔をする。

 

「……いじわる」

 

 

「え? 何か言った?」

「……いいえ! 何も言ってません! それより行く場所の話ですが、確かに私もお腹が空いているので先ずは人里に行こうと思います。そしたらその後……」 

 

 うんうん良かった。平常運行だ。やっぱり映姫はこうでなくちゃいけない気がする。

 

 

 うん、今日は疲れる日になりそうだ。

 でもま、あたふたする映姫や、私が声をかけたときに嬉しそうな顔をする映姫なんて、とっても珍しいものが見れたんだ。

 それだけで今日の思い出は十分だろう。 

 さ~て、では、気を引き締めて行きますか!

 

 

 ――貴方には後で説教です。

 

 あちょっ、それはやめて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでですね!! 小町と来たらこの間も仕事をサボっていて――」

「ああうんうん。大変だったねー」

 

 六回目である。何がって、映姫がこの話をするのが。

 

 夜も更け、辺りは暗闇が包む世界となった。

 お昼を食べた後は、映姫と一緒に人里のお店を回ったり、幽香のところへ花を見に行ったりした。

 映姫が顔を見せた途端、幽香が弾幕ごっこで挑んだりして大変だったんだけど……

 何で彼奴はあんなに喧嘩っ早いんだか。

 

 そんな他愛もないような時間を過ごし、今は夜雀の屋台で映姫と一緒にお酒でも呑んでいるところ。

 

「大体! 何で小町はあんなに直ぐ仕事をサボるんですか! 私が叱っても次の日にはまたサボってっるんですよ!?」

「うん。そうだねー」

 

 映姫さんが大変です。

 

「全く! 小町ったらあんなに気持ちよさそうにお昼寝なんてして! 私は忙しくて碌に睡眠なんてあまりとれていないって言うのに……!」

「はいはい。小町は勝手だねー」

 

「それにこの前だって……!」

「小町が此処でお酒呑んでた話でしょ? さっき聞いたよ。て言うかもう四回目だよその話」

 

 ついでに言えばこのやり取りは三回目である。

 

「なんでッ! なんで小町はあんなに色々育っているのですか!! 意味が分かりません! 部下が上司よりも胸が大きいなんてありえないでしょう!?」

「いやそれは知らん……」

 

 ヤバいよー。段々壊れてきたよー。前からかもしれないけども。

 

「なんですかあの胸はッ! もげるべきですあんなの!! もげるか私に全て寄越すかのどちらかです! ですよね!!」

「同意を求めるな。同意を」

 

 胸は確かに羨ましいけどね。

 

 つか、そろそろ帰そうかな。ほら、店主さんも大分困った顔してるし。

 これ以上こいつを放っておいたら暴れ出すかもしれん。

 

「んじゃ、そろそろ私達は帰るよ。ご馳走様でした」

「あ、はい。お客さんお勘定は……」

「はい――?」

 

 え、私が全部払うの!? いやいや嘘でしょ。一体どれだけ映姫が呑んだと思ってるのさ。

 

「おい映姫。君お金持ってないの?」

「え、おムネ? 持ってるわけないじゃないですか!! 私がさっきから何で怒っていると思って」

「胸から離れろや!!」

 

 はぁ……全く。幾ら休日だからって、ハメを外しすぎるのも如何なものかと……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

「あの……この間はすみませんでした」

「あのさ。確かに久しぶりの休日で遊ぶのは良いと思うよ? でもさ、それにも限度ってものがあると思うんだよね」

「はい……」

 

 後日、映季の部下であるサボり死神は、何時も自分を説教している上司が妖精に叱られているのを目撃し、本気で槍が降って来るのを心配したと言う。

 

 

 

 

 

 

 




 今回は彼岸花と映季さんのお話。
 映季さんが愚痴ってるところは一番筆が進みました。
 普段真面目な人が酔って本音吐き出してるのってなんか素敵。


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第九話 偶にはこんな話も悪くない ~そんなある日の出来事でした~

 みなさんのお陰で、東方日妖精の評価バーに色がつきました。これからどんどん頑張っていきたいところです。
 


 あ、今回のお話ですが、とてもうっっすいお話になりました。

 


 天気は晴れ。空が青ければ気分も晴れわたる。ってことで、今日は博麗神社へ遊びに来てみました。

 

 ……気分は関係なかったかもね。

 

 神社へ続く石段を、もちろん飛んで登ると、何時もの巫女服の少女と、白黒の少女。それと、あまり見かけない人がいた。

 うぅん? あの子は一体誰だろうか?

 

 なんか、その子に霊夢が怒られているように見えるんだけど……

 まあ取り敢えず、近くまでいってみることにしよう。

 

 

 

 

「やっほー。遊びに来たよ~……って、そんな雰囲気じゃないね」

「よう、何時ぞやの妖精じゃないか。久しぶりだな」

 

 魔理沙からそんな挨拶をされた。

『何時ぞやの妖精』なんて呼ばれたけど、私の名前知ってるよね?

 

 まあ、それはさておき。

 

 

「――まったく、貴方には博麗の巫女としての自覚が足りていないと、何度言ったら……」

「ああ、はいはい。分かった分かった…………面倒くさいわね」

「今、何か?」

「いや別に?」

 

 どうしよう。説教の真っ最中だこれ。

 

 まったく話を聞く気がない霊夢だけど、それに挫けず説教を続けるこの人もすごいな。映姫に負けず劣らずだ。まあ、それでも多分意味はないんだろうけど。

 

 しかし待てよ。この声、何処かで聞いたことがあるような……

 

 あ、もしかして。

 

「ねえねえ」

「何ですか? 今は説教の最中で……す……よ……」

 

 私の呼び掛けで、顔をくるりと此方へ向ける。すると、その人は驚いたように口をパクパクとさせた。

 

「やっぱり! 華扇じゃん! 久しぶりだね!」

「ああ……その……えっと……」

 

 良く見てみれば、昔の知り合いとまったく同じ顔をした人物がいた。

 

「あ、あの……人違いでは……?」

「ええ? いや、そんなことはないと思うけど」

 

 何故か焦ったように指摘された。

 幾ら私だって、流石に人を間違えるようなことはしないと思うけど。

 

「なんだよ。お前、華仙と知り合いか?」

「あ、やっぱり華扇だよね」

「ああちょっと魔理沙! 余計なことを言わないで頂戴……」

 

 華扇が私を見てから随分と慌てているけど、何かあったのだろうか?

 変なことでもしちゃったかなぁ。

 

「あのさ、勇儀は元気? 萃香は偶に会うようになったんだけどさ、勇儀はまだ地底に――むぐっ!?」 

 

 突然、華扇に口を塞がれた。ちょっ、いきなり何をするか。

 息が……息が……!

 

「ちょ、ちょっと此方に来なさい。――霊夢、向こうで千九咲とお話してくるわ」

「? 別に此処で話してても構わないけど」

「い、いや、久しぶりに会ったからね……あはは」

 

 口を両手で押さえられたまま、私は霊夢たちから離れたところに移動させられた。残念なことに、華扇の力が強すぎて全然逃げられない。

 一体どうしたって言うのだろうか?

 

 

 

 

――――――

 

 

「なに? 何で私は連れてこられたの?」 

「はぁ……あ、焦った。寿命が十年は縮まったような……」

 

 華扇にとっては、別に十年くらい大したことはないような気もするけれど。

 

「あ、あのね。私は今は修行中の仙人だから、昔の話をされるとちょっと困るって言うか、なんと言うか……」

 

 ――まあ、つまり、すっごく困るのよ。

 

 話を聞くに、昔の話をされるとどうやら華扇は困ってしまうらしい。

 華扇って今、仙人なの? 

 なんでまた、そんな面倒くさいようなことをしているのか。理由も分からないし。

 

「う~んと、私は昔のことを話さないようにして、華扇を仙人だと思って接すれば良いってこと?」 

「そ、そう! そう言うことよ」

 

 ぱあっと顔が明るくなる華扇。

 何の為にやっているのかは分からないけれど、此処は乗ってあげることにしましょうか。

 

 

 

 

 な~んて。

 

「そう言うことなら……はい」

「……何かしら? その手」

 

 華扇の前に手を出した。

 

「いや、私が昔のことを黙っているメリットがないし……まあ、口止め料だよね」

 

 私には、ただで動いてやる道理がないのだ。依頼にはそれ相応の対価ってものがあってだね? グヘヘ。

 

「ええっ!? そ、そんなこと言われても……」

 

 うぅん。案の定戸惑ってるな。 

 

「ええと、う~んと、何かあったかしら…………あ、そうだ! 今度お酒をご馳走するわ。最高級品の」 

 

 ふむ。お酒か……悪くない。丁度在庫を切らしていたところだし。

 よ~し、それで手を打とうじゃないか。

 ふっふふ、お酒お酒~。楽しみだなぁ。

 

「取引成立だね!」

「一体何時から取引になったのかしら……」

 

 まあまあ、そう頭を抱えないでよ。

 

 取れるところからとことん取るのが私のやり方なんだ。因みに今決めた。

 その取れるところって言うのが、今のところ華扇しか見当たらないけどね。他の奴等は頭が働きすぎだよ。なんだアレ。

 華扇くらいに真面目すぎても駄目だと言うことが良くわかるね。これでもし紫とかが相手だったら、あっさり流されていたんだろうなぁ。

 

「じゃあ、霊夢たちのところに戻ろっか」

「……ええ」

 

 意気揚々と戻る私と、肩を落として着いてくる華扇。実はこれ、昔っからの図だったりもする。華扇は良いカモだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、戻ってきた」

「一体何を話していたんだ? わざわざ私たちから離れて」

 

 戻ってみれば、当然、二人から疑いの視線を向けられる訳で。

 

「いや、何でもないのよ? ちょっと約束をしていただけで。ねぇ?」

 

 かなり鋭い視線を向けられる。『余計なこと言ったら殺す』みたいな。

 そ、そんなに睨まなくても良いじゃないですか。

 

「うん、そうそう」

 

 取り敢えず、華扇がホッと一息下ろすのが視界の端で見えた。

 ど、どれだけ信用されてないんだ私。

 約束くらいしっかり守るし。

 

「ふぅん?」

「……約束?」

 

 ……まだ少し疑いを向けられたままだけど、其処は華扇が強引に話を逸らすことで誤魔化した。

 何だってこんなことしてるんだろうね。華扇は。

 わざわざ仙人だなんて言ってさ。絶対、何時かはボロが出るものだと思うけれど。

 いやでも案外、ホントに仙人だったりしてね。修行中って言ってたし、今度、どんなことをしているのかは聞いてみようか。

 

「そう言えば、最近新しい団子屋さんが出来たらしいわ。折角だからみんなで行ってみましょうよ!」

「おいおいまた団子かよ? 昨日も聞いた気がするぜ」

「あんた、ホントに甘いもの好きね。絶対太るわよ」

「だ、大丈夫よ。それくらい」

 

 賑やかに話続ける三人。

 結構、仲良くやれているものなんだね。

 

 

 なんて考えていたとき、ふと、何かの気配を感じた。

 同時に、鼻をくすぐるのはお酒の香り。

 

 こんな昼間からお酒かい。相変わらずみたいだ。

 

「――どう? なんか、面白いことしてるでしょ?」

 

 声が聞こえた。

 三人は未だにおしゃべりをしているし、聞こえているのは私だけみたい。

 声の主は分かるし、多分、薄くなってるんだろうなぁ。便利そうな能力だ。

 

「急に話しかけないでよ。ビックリした」

「おっと、そいつは悪かったねぇ」

 

 絶対そんなこと思っちゃいない。鬼は嘘が嫌いなんじゃなかったっけ? こいつを見ていると段々心配になってくる。

 

「いやいや、これは嘘じゃないよ。少なからずは思ってるさ」

 

 あっそ。まあ、良いや。この話は。……嘘の定義って曖昧だよね。

 さてさて。そんなことは置いといて。

 

「華扇、仙人らしいけど、別に君たちとも仲良くしてるんでしょ?」

「まあ……そう、かなぁ?」

 

 いや、疑問符に疑問符で返さないでよ。

 え、もう仲良くしてないの? 喧嘩でもしたのかな。

 

「私とも会ってはくれるんだけどねぇ。何故か彼奴等(あいつら)の前で会うと、途端に嫌そうな顔をするのさ」

 

 多分、彼奴等とは今、華扇と話している人間たちのことを言うんだろう。嫌そうな顔をするのは、こいつが余計なことを言わないか心配してるんだろうなぁ。

 

「私たちって、信用されてないね」

「ホントにねぇ」

 

 ケラケラと、笑いながらこいつは言う。

 

 もしかしたら、日頃の行いの悪さとかかな。確かにこいつは悪いだろうけど、私はそんなに悪いことしてないし、違うか。違うな。

 

「もしかしたら頭の出来が原因かもしれないよ。ああでも、馬鹿なのはあんただけだしなぁ」

「ハッ倒すぞ」

 

 誰が馬鹿だ。誰が!

 言っとくけど、君も私と大差ないと思うぞ。

 

「まあ、とにかく。邪魔はしないであげなよ。何か悪巧みでもしているのかもしれないしねぇ」

「はいはい」

 

 華扇がそんな姑息な手を使うのかは、疑問が残るところだけど。

 

「じゃあ、私は此処等(ここら)でおさらばするよ」

「ん、じゃあね。今度はそのお酒呑ませてよ」

 

 ――随分と前に、これ呑んでぶっ倒れたでしょ。

 

 そんな言葉を残しながら、萃香の気配は消えていった。

 結局、何しに来たんだろうね。

 

「おい。これから人里に行くんだけど、お前も一緒に来るか? 団子を食べに行くぜ」

「華仙が奢ってくれるらしいわよ」

「……今日だけですよ」

 

 私が萃香と話しているうちにそんなことになっていたらしい。

 

 むっ、華扇の奢り。となれば、

 

「もちろん行くよ」

 

 当然だよね。

 

 

 

 

――――――

 

 

「あ、貴方達! 幾らなんでもこれは食べ過ぎでしょう!」

 

「ふぅ、食べた食べた」

「いやー、人の奢りで食うもんは美味いぜ」

「ごちになりまーす」

 

 お団子、美味しかったです。

 




 本当に中身がないし、千九咲がゲスかったお話ですが、華扇ちゃんを書きたかっただけだからね。仕方がないね。


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第十話 もみじ狩り

 

「ねぇ、幽香。なんか面白いことない?」

「……いきなりにもほどがあるわよ」

 

 気温も低くなり、冬が近づいていることを知らせてくれる。そんな秋の季節。

 現在、幽香の家で暖まらせて貰っているところです。

 いやぁ、あったかい紅茶の美味しいことと言ったら。

 

「そう言えば思い出したけど、山には行ったの? そろそろ紅葉が綺麗な時期だと思うけれど」

「あっ」

 

 そう言えばそうだ。私としたことがうっかり忘れてしまっていた。

 秋と言えば紅葉だ。――いや、他の人にはそうじゃないのかもしれないが、少なくとも私にとってはそうだ。

 この幻想郷で一番紅葉が綺麗なのは妖怪の山。

 毎年、私は其処に赤や黄色に変わった葉を見に行く。

 

「妖怪の山かぁ……」

 

 其処には天狗やら河童やらが住んでいて、人間は立ち入り禁止となっている危険な場所。危険なのは主に天狗の縄張り意識が高いせいだ。侵入者には問答無用で襲いかかって来る奴等だし。

 さて、そんな場所に私一人で行くには、些か不安を覚える訳で。

 

「幽香、私と一緒に「いやよ。外は寒いじゃない」

「ババア調子のってんじゃね

 

 

 

 

 

 ――少しの話し合い(と言う名の喧嘩……にすらなっていない余りにも一方的な暴力)の結果、私は一人で行くことになった。

 

 もうちょい手加減してくれたって良いじゃないですか……

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

「止まれ! 貴様何者だ!」

 

 これだよ。

 

 

 

 妖怪の山に踏み入れた途端、一匹の白狼天狗が空からやってきてそんなことを言った。

 もう随分と長い間来ているのだから、そろそろ顔パスが通じて来ても良い頃だと思うのに。 

 

 話し合いをしようとしても無駄なことは前から知っている。

 さぁてどうしたものか。

 

「むっ? ……貴様何処かで……」

 

 ありゃ? ひょっとして前にも会ったことがあったっけ? 天狗の顔なんて一々覚えてはいられないからなぁ。

 

「……はっ!? 貴様まさか、あの時の!」

 

 おお? ホントに会ったことがあるみたいだ。

 丁度良い。他の天狗に私を攻撃しないで貰うように頼んで――

 

「ゆ、許さん! 積年の恨み!!」

 

 天狗が此方に向かってきた。

 刀を構えながら。

 

 

 な ん で そ う な っ た

 

 

 おかしい。これはおかしい。

 だって私、何もした覚えないもん。意味がわからない。

 

 ――取り敢えず仕方がないので……

 

「退避!!」

 

 それから暫くは、天狗とのおいかけっこに興じていましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

「あやや。珍しいこともありましたねぇ」

 

 時刻は昼頃。

 

 紅葉に染まった木々を眺めながら歩いていると、上からそんな声が聞こえた。

 ああ、これはまた、うるさいやつに見つかったものだなぁ。

 

「こんにちは。文」

「はいこんにちは。千九咲さん」

 

 久しぶりに会った文は、前に会った時とまったく同じ格好をしていた。

 手に、“カメラ”とか言う真っ黒い機械を持って、今日も今日とて元気な様子だ。こいつは昔っから変わりないなぁ。

 

「さて。今日は一体どのような用で来たんですか? まさかですが! 私にわざわざ会いに来たりくださったり」

「するわけない」

「ですよね」

 

 分かってるなら聞くなよ……

 

「紅葉を見に来たんだよ。此処のは毎年綺麗だからさ」

「はあ、そうでしたか」

 

 私の話に、何処か気のない返事が帰ってくる。

 

「何? その返事」

「とは言われましても、私は生まれた頃から見てきた訳ですし。紅葉はもう見慣れてしまいましたねぇ」

 

 まあ、確かに文は昔から此処で暮らしている訳だし、今まで散々見てきたんだろうなぁ。そして、これからもずっと見ていくことになるんだろう。天狗はこの妖怪の山で生きていくものだから。

 

 

 でも、だからこそ。

 

「折角、こんなに綺麗なんだからさ。少しは楽しんで見ないと損だよ」

 

 じゃなきゃ勿体ない。

 私からしてみれば、こんなに良いものがずっと身近にあるのだから、羨ましかったりもするほどなのに。

 

「ところで。良く此処まで来れましたね。昔のこともあって、貴方に恨みを抱いている者も少なくありませんよ?」

「あ~、そうらしいね。私そんなに悪いことしたっけ?」

 

 さっきも天狗に襲われてきたばかりだし。

 

 さっぱり見に覚えないんだけれども、何かあったかなぁ?

 私が天狗にしたことなんて…………ん~?

 

「では、ヒントをあげます。貴方個人は、天狗に何もしていません」

 

 何だソレ。なぞなぞ?

 

 突然に始まったなぞなぞ、一つだけヒントを貰うことは出来たけど、それでもいまいちピンとこない。

 私は直接何もしていない。けれど、天狗達が私を恨むようなこと。

 

「いやぁ、アレには困りましたねぇ。本当に。今までの生活が一変してしまいましたから」

 

 文はそれでヒントを出しているつもりなのか? 益々分からなくなっているような気も……

 

「まだ分かりませんか?」

「うん。私が此処に鬼を呼んだのは違うでしょ? それ以外となると……」

「答え分かってるじゃないですか」

 

 そんなことを言う文。

 

 えっ。まさかこのことなの?

 

「……天狗って心狭いなぁ」

 

「――いやいやいやいや! 誰だっていきなりあんなの呼ばれたら困りますよ! 何ですかあれは!! 何ですか!? 直ぐ暴力に訴えてくるし、いっつもお酒呑んでるし! 鬼の宴会、片付けるの私達よ!? しかも呑む量が馬鹿みたいに多いから片付けも大変だし。いざ恨みで復習をしようにも、私達が束になっても勝てないくらいに強いと来てる! ……ホントに何アレ!! 意味分かんないわよ! ああああああああ」

「……どうどう。落ち着け落ち着け」

 

 文が鬱憤を爆発させている……! 最早敬語もやめて素が出てしまっているのでホントに落ち着いてください。

 

 まあ、鬼の素行が悪いのは今に始まったことじゃないけどね。基本、自分が良ければそれで良しって言う性格してるからなぁ。面倒くさいやつらだ。

 

「はあ……はあ……」

「いやなんかホント……ごめん」

 

 良かれと思ってやったことだったんです。まさか、天狗と鬼が此処まで相性悪いとは思わなかったんだ。 

 

 ……本音は、いっつも私のところに来やがる鬼共が鬱陶しかっただけなんだけど。

 はい、面倒くさいので押しつけました。すみません、でも反省はしていない。

 

 仕方がないよね!

 

 

 

 

「……因みに、どうやって此処まで来たんですか? 一応、私以外は真面目に働いている筈ですよ」

 

 漸く落ち着いた様子の文さん。

 私以外って……もうつっこまないことにするけど。

 

「私に歯向かう愚かな天狗どもはボッコボコにしてやったよ!」

「実際は?」

「逃げてる途中で椛に助けて貰ったよ!」

 

 ――まあ、そうですよね。

 

 文が呟いた。

 

 

 だって仕様がないじゃないか。私一人の力でこんなところまで来れる訳がないよね。うん。

 

「……さて。紅葉狩りは済んだことだし、私は帰ろうかな」 

「あや? もう帰ってしまうのですか?」

「うん。他にやることもないし、外は寒いし」

 

 暑いのは苦手だけど寒いのも苦手なんです。

 

「それだったら、椛も呼んでお酒でも呑みません? 久しぶりに会ったのですから」

 

 いや、君は仕事しなさいよ……

 と言っても、どうせこいつはしないんだろうなぁ。天魔が問題児扱いする訳だ。

 

 

「じゃあ、ご馳走して貰おうか」

「はい! ……とは言っても、場所は私の家じゃありませんけどね。椛なら嫌そうな顔するだろうけど、料理はきちんと作ってくれるだろうし。と言うことで、早速椛を捕まえてくるとしましょうか」

 

 そう言って、文はもうスピードで飛びたっていった。

 

 椛には、心の中で合掌するしか出来なかった私である。

 

 



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第十一話 さくら、さくら。花ざかり

「春だねぇ」

 

 縁側に腰掛け、綺麗なピンクに染まった花を見ながら、私はポツリと呟いた。

 

「ええ。もうすっかり春ね」

 

 私のなんとなくの呟きに対して、隣に座っていた白玉桜の主――西行寺幽々子(さいぎょうじゆゆこ)は、同じくピンク花を見ながら、そんなことを言った。

 

 花びらが一枚。ゆっくり、ひらひら、落ちた。

 

 

 桜。

 春になるとピンク色の花を咲かせる。

 色々な種類があるが、その中でも特にソメイヨシノが有名。

 桜には穀物の神が宿るとも、稲作神事に関連していたともされ、農業にとり昔から非常に大切なものだった。また、桜の開花は、他の自然現象と並び、農業開始の指標とされた場合もあり、各地に「田植え桜」や「種まき桜」とよばれる木があった。

 

 桜の果実は、サクランボとして、各地で食べられている。美味しいよね、サクランボ。

 

 花言葉は『純潔』『優れた美人』。

 

 桜は日本にとって特別な花となっている。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、幽々子って、春は好き?」

「好きよ? こうやって見る桜はとても綺麗に思えるし、桜を見ながら呑むお酒も美味しいもの」

 

 随分と幽々子らしい答えだなぁ。

 君は美味しいものがあれば、時期なんて何でも良いんでしょ?

 食べるのが大好きなこいつのことだ。その内神社で開かれるらしい花見には必ず行くだろうし、其処に出る料理の大半は食べ尽くしてしまうだろうなぁ。

 その体の何処にあんなに大量の食べ物が入っているのか、とても気になるところではある。

 

「お団子とお酒をご用意致しました」

 

 そんなところに、お盆の上に沢山のお団子とお酒を乗せて持って来た、此処、白玉桜の庭師――魂魄妖夢(こんぱくようむ)が現れる。

 

「あら、丁度良いところにお酒が来たわね」

 

 うん、丁度お酒の話をしていたところだったからね。

 

 そして、妖夢はお酒とお団子を私と幽々子の間に置く。

 うん、とっても美味しそうだ。お酒もお団子も。量がおかしいと言う点にはもう触れないでおこう。

 

「では、私はこれで……」

「あら、貴方も一緒に呑んでいきなさいな。桜を見ながらのお酒、美味しいわよ?」

 

 私達から離れようとした妖夢を、幽々子が呼び止める。

 うんうん。私もそれには賛成だ。妖夢も、私達と一緒に花見をするべきだと思う。出来るだけ多い人数で呑んだほうが、お酒も美味しくなるってものだからね。

 

「わ、私は今、仕事中で……」

「良いじゃない、別に。仕事なんて後回しにしても大丈夫でしょう?」

「そ、そういう訳には……」

 

 幽々子の提案に、未だ乗り気ではない妖夢。

 

 こうなれば仕方がない。私の力で妖夢をその気にさせてあげようじゃないか。

 

「あーあー、どーしよっかなー。折角出してもらって悪いけど、二人だけじゃこんなに沢山のお団子食べられないしなー。うん、無理無理。絶対にこれは食べられないよ。幾ら幽々子がいても流石にこれはなー。三人いれば食べれるだろうけど……」

 

 言ってからチラッチラッと、妖夢の様子を伺う。

「……そう言うことなら……う~ん……でも」とかなんとか言っているのが聞こえた。

 

「まあ私なら、このお団子も一人で食べられると思うけれど」

「黙れ!」

 

 折角の私の演技とお誘いが無駄になるでしょうが。

 

 え、嘘。これ全部食べられるの? 山みたいになってるんだよ? ホントどうなってんのこいつの胃袋。

 

 私が真剣に幽々子の胃袋は何処か別の場所に繋がっているのではと疑い始めた頃、未だ悩んでいる様子の妖夢に幽々子からの必殺の一撃が。

 

「命令よ。私達と一緒にお酒を呑んでいきなさい」

「そ、それはズルじゃありませんか……? はぁ、……分かりました。御一緒させていただきます」

 

 どう頑張っても、主の命令は絶対なのだ。

 

 真面目なのも良いけれど、やっぱり偶には……ね。

 

 と、まあ、そんなことがあり、妖夢は私の隣に座った。

 

 

 

 

 

「それにしても」

 

 お酒を呑み始めて暫く。幽々子がポツリと、

 

「今年もあの桜は咲かないままだったわねぇ」

 

 そんなことを言った。

 幽々子の視線の先には、美しく咲いている周りの桜とは反対に、未だ枯れたままの、一本の桜が。

 

 ……西行妖(さいぎょうあやかし)、か。

 

「……幽々子、まだあの桜を咲かせようとしてるの?」

「いいえ。この前の私が起こした異変が終わった後、紫にひどく怒られてしまったから」

 

 ――あの下には誰かが眠っているらしいけれどねぇ……

 

 私は、其処に眠っている人のことを知っている。知っている……けれど。だからと言って、教えなきゃいけないなんてことはない。それにそもそも、私に教える気はない。

 

「ねぇ、千九咲なら、あの桜を咲かせてあげることが出来るんじゃない?」

 

 ……やっばりまだ諦めてないじゃん。

 

「いや、出来ないよ。私じゃ力がたりないし。それに、仮に出来たとしても、私は咲かせようとは思わない」

 

 今あるものは、今の姿のままで。

 

 何かを無理矢理に変えてしまったとき、きっと、別の何かが壊れてしまうものだと思う。だから、無理に何かをしてあげることはない筈なんだ。

 

 西行妖だって、何時までも咲かないのだったら、多分、ずっとそのままでいい筈。

 少なくとも私は……いや、みんなはきっと、幽々子に消えて欲しくなんかないから。

 

「そう? 残念ねぇ……あの桜の下にいる人とも、一緒にお酒を呑んでみたいと思っていたのだけど」

 

 そんな理由で、この前幻想郷が滅びかけたんだなぁ……

 幻想郷の脆さと言うものを感じる。安定しているように見えて、その実、案外ギリギリの状態で維持できているものなんだ。

 

「何を笑っているの?」

「いや、なんでもないよ。幽々子は幽々子だなぁって」

「? ……そう?」

 

 そうなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――

 

 

「ああっ! それ私が食べようと思っていた奴!」

「ええっ!? そ、そうだったのですか? すみません……」

「まあまあ、お代わりなら沢山あるし、良いじゃない」

「君が馬鹿みたいに食べるせいで私達の分が無くなるんだよ!」

 

 




 春と言えばやっぱり桜だと、僕は思います。
 みなさんはどうでしょうか?



 さて。そんなこんなで十一話目の日妖精ですが、諸事情により、一旦ここで完結とさせていただきます。
 詳しい話は活動報告にて。
 今まで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。

 とは言っても、不定期にまた書きたくなったら書くかも知れません。
 そのときは軽い気持ちで目を通していただけると、とてもありがたいです。
 では、この辺で。


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