本業は研究者なんだけど (NANSAN)
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GE編
EP1 神崎シスイ


 フェンリル極東支部。

 かつては日本と呼ばれた地に残る人類の砦だ。

 突如として現れたアラガミと呼ばれる災害により、人類は滅亡の淵まで追い込まれ、現代では毎日のように人が喰われている。

 そう、喰われているのだ。

 アラガミはあらゆるモノを食べてしまう。オラクル細胞という食べることで学習する細胞が、アラガミを構成しているからだ。アラガミに対抗するべく生み出された神機と呼ばれる兵器を以てしても、オラクル細胞を完全に消滅させることは出来ない。

 神機に出来ることは、ただオラクル細胞を霧散させて、アラガミを一時的に消すだけだった。

 それでも人類は足掻き続ける。

 オラクル細胞を体内に取り込み、神機を操ってアラガミを倒すゴッドイーターたちは、毎日のように戦死者を出しながらも、人類とアラガミの境界を守り続けていた。彼らは生化学企業フェンリルが生み出した、世の救世主なのである。

 極東支部は世界最大の激戦区と呼ばれるだけあって、ゴッドイーターの質も良く、更に強いゴッドイーターが常に求められていた。

 だからこそ、新型と呼ばれる神機使いが配属されたのは当然のことである。

 刀剣型、銃型という一つの武装タイプしか操れなかった旧型神機とは異なり、新型は二つの形態を自在に操ることが出来る。それに伴って、刀剣形態によるオラクル細胞の吸収、銃形態による放出、捕食形態によるアラガミバレット生成、アラガミバレット受け渡しによるリンクバーストなど、より強力なシステムが搭載されていた。

 たった一人で攻撃からサポートまでをこなす、期待の新兵。

 神薙ユウがフェンリル極東支部第一部隊へと配属されたのだった。

 

 

「例の新型はどうだペイラー?」

「まだ訓練の結果しか出ていないが、良好だと言っておこう。君が無理にでも本部から新型の権利を奪ってきただけはあるねヨハン」

「言いがかりはよせ。ちゃんとした話し合いで権利を譲って貰ったのだよ」

「話し合い……ね」

 

 

 執務机の上で腕を組み、新型神機使い神薙ユウのレポートを聞いているのは、極東支部の支部長ヨハネス・フォン・シックザールだ。そして、彼に報告を行っているのが、ヨハネスの友人であり、科学者でもあるペイラー榊博士。

 二人はかつて生化学企業フェンリルに技術者として勤め、オラクル細胞の第一発見者にもなった言わずと知れた有名人である。特に、ヨハネスは神機使いの雛形を作り出したことで、フェンリルに大きな発言権を有している。それだけでなく、アラガミという脅威から人々を守る対アラガミ装甲壁も、彼が中心となって開発したものだ。尤も、アラガミ装甲壁の根幹をなす偏食因子は、ペイラーが発明したものだったが。

 とは言え、ペイラーも別にそのことで研究を奪われたとは思っていない。

 偏食因子は、友人であるヨハネスの命を救うために託したものだったのだから。

 それ故、二人の仲は今でも概ね良好である。

 

 

「ではヨハン、報告の続きをするよ。新型神機使い神薙ユウ君だけど、適合率は予想以上だった。これは検査の時に君も隣にいたから知っているね? それで、戦闘中の適合率も測定してみたのだけど、驚くべきことに、戦闘中の方が適合率が高かったんだ。それも僕が興味を抱く程の差だったよ。詳しいデータは後で纏めてから送るけど……」

「ああ、それでいい」

「分かった。それで具体的な話だけど、訓練で戦ってもらったダミーアラガミでは、ユウ君の相手にならなかった。初めて神機を使ってこの結果だ。ポテンシャルはあのリンドウ君すらも上回るかもしれないね」

「それほどか」

 

 

 ヨハネスはペイラーの報告に驚く。語調にはそれほど驚きが見えなかったが、友人であるペイラーにはヨハネスの驚きがハッキリと分かった。

 

 

「そうだよ。あの第一部隊の隊長リンドウ少尉を越えるかもしれない。尤も、新型と旧型というくくりで考えれば、ポテンシャル的に上回っていても当然かな?」

「それもあるかもしれない。だが、逸材には違いない」

「ああ、それは僕も断言しよう。滅多にしない僕の断言だ。勘、なんてものに頼るつもりはないけど、なんだか彼には期待してしまう。ああいうのを英雄の素質とでも言うのかもしれないね」

「ふ……相変わらずのロマンチストだ」

「僕は星の観測者……スターゲイザーだよ。ロマンを追い求めるのが僕の主義だ」

 

 

 科学者として非常に優秀なペイラーだが、彼の思考は現実よりも理想寄りだ。それこそ、大を救うために小を切り捨てるようなことはせず、全てが幸せになれる可能性を追い求めてしまうほどに。

 だからこそ、彼は嘗て友人を止めきれなかったのかもしれない。

 失敗すると予想できても、友人の願いを強引に止めたりせず、ただ保険を渡すだけに留めたのだ。

 その時、友人ヨハネスが引き起こした実験事故によって、ヨハネスの妻アイーシャは死亡し、アラガミを宿した息子ソーマが生まれた。

 この実験失敗から神機とアラガミ装甲壁は生まれたのだが、ヨハネスにとっては永遠の重荷でしかない。

 現実と確実を追い求めるヨハネス。

 理想を追い続けるペイラー。

 友人でありながら対立したのは、この時なのかもしれない。

 

 

「さて、僕はそろそろ研究室に戻るよ。新型君は今頃、リンドウ君に連れられて実地演習をしている頃だろうからね。そのデータも纏めなきゃいけない。新型神機使いが来てくれたのは嬉しいけど、忙しくて僕のしている研究も一時ストップ状態さ」

「ああ、そのことだがペイラー」

「なんだいヨハネス」

「本部議会で新型をもぎ取ってきたとき―――」

「もぎ取ったことは否定しないんだね」

「――茶化すなペイラー。それで、そのときに研究者の人材を引き入れることに成功した」

「本部からの研究者……ね。大丈夫かい?」

「ああ、問題ない。いや、問題はあるが……まぁそれはいい。彼は神崎サクマ博士の一人息子だそうだ。神崎博士は偏食因子の研究をしていたから、ペイラーも知っているだろう?」

「勿論だとも。そうか、彼の息子も研究者になったんだね」

「まだ、十五歳だが天才的な片鱗を見せているという話でな。神崎シスイというらしい」

 

 

 確かに天才だ、とペイラーは内心で考えた。

 フェンリル本部は金の亡者とも言うべき老害が潜む魔窟だが、研究内容は一流である。極東の最前線にはない実験器具を揃え、潤沢な資金を以て多くの研究を行っている。派閥などの煩わしさに目を瞑れば、理想的な職場だと言えた。

 そんな中で、僅か十五歳の研究者がいるというのは驚くべきことだ。

 天才、鬼才と呼ぶに相応しいだろう。

 だが、驚嘆と同時に、ペイラーには疑惑もあった。

 

 

(ヨハンが呼んだ研究者……ね。どうもキナ臭いかもしれない。エイジス計画の裏でアーク計画なんてものを本部に提案しているぐらいだからね)

 

 

 あらゆるアラガミから人類を守る盾を建設する。

 絶海の孤島に強力な対アラガミ装甲壁を建設し、人類すべてを収容するエイジス計画。現在、極東支部で大体的に発表されているプロジェクトだ。建設に使用される資材を確保するため、ゴッドイーターたちは毎日のように駆り出されている。

 だが、これはあくまでも隠れ蓑に過ぎない。

 ノヴァと呼ばれる世界最大アラガミを人工的に作りだして制御し、意図的に地球を喰らわせ、一度世界をリセットする。そして選ばれた千人のみを宇宙へ逃がし、全ての環境が再生した地球でやり直すというアーク計画こそが真実である。

 ペイラーは既にヨハネスからアーク計画を持ち掛けられており、協力も要請された。だが、理想主義者であるペイラーはそれを拒否し、今は中立を保っている。

 そんな中で本部から新しい技術者を呼んだのだ。

 これは疑わない方がおかしい。

 

 

(神崎シスイ君か。僕も調べてみよう)

 

 

 ペイラーは残りの報告を済ませ、支部長室を後にする。

 そして自分の研究室に設置してあるコンピュータを立ち上げ、データベースにアクセスしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆ 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい。新入り。中々筋が良かったぞー」

「そうですか? ありがとうございますリンドウさん」

「おうおう。俺が初めて実戦に出たときと比べりゃぁ大したもんだ。流石は新型ってことか?」

「ま、まぁ。二形態を使えるということは戦術の幅も広がるということですからね。でも、時々どっちを使えば良いのか迷ってしまうのが難点ですね」

「それは俺にも分からねぇ悩みだな。まぁ、しばらくは俺がフォローしてやる。しっかりと実戦でモノにしてくれたまえ」

「了解です隊長殿」

「はは、よせって。隊長なんて柄じゃねぇ」

「確かにそうですね」

「そこは否定してくれよ」

 

 

 夕陽が照らすビル群の中で二人の神機使い、雨宮リンドウと神薙ユウが会話を交わす。現在は任務だったオウガテイル討伐を終え、帰投準備に入っているところだった。

 煙草を咥えたリンドウは、苦笑いしている新入りを眺めつつ思考に耽る。

 

 

(全く……新入りの動きじゃねぇな。あっという間に抜かれちまいそうだ)

 

 

 大抵の場合、新人ゴッドイーターは初めての実戦で腰が引けてしまう。小型アラガミであるオウガテイルですら、人間よりも大きなサイズなのだ。やはり、自分よりも大きな生物に対しては、本能的に恐怖を覚えてしまうのである。

 たかだかナイフをもったぐらいで熊に挑む者はいないだろう。

 それと同様に、神機を持ったからと言って、アラガミに挑むことが出来るかと言えば難しい。

 そんな中で、神薙ユウは新人らしからぬ動きをしていた。どこで覚えたのか、ロングブレードを振った時の慣性力で高速移動し、オウガテイルを捕喰。そしてバースト化したユウは、一瞬にしてオウガテイルを斬り刻んでしまったのである。遠くから近寄ってきた二体目には、銃形態のスナイパーでスムーズに攻撃。一発ほど外れていたが、残り五発は着弾し、二体目のオウガテイルも難なく仕留めた。

 

 

「さてと、そろそろヘリを呼ぶぞ新入り」

「分かりましたリンドウさん」

「よーし。俺がパイロットに連絡するからお前は周囲の警戒を……ん?」

 

 

 通信機を取り出したリンドウは、違和感に気付く。

 自分から繋いだ覚えがないにもかかわらず、通信機が音を拾い始めたのだ。一応、任務中の神機使いは常に救援チャンネル用の回線を繋いでいる。つまり、急に繋がった通信はアラガミに襲われている民間人などからの救援なのだ。

 

 

『誰か……A-18地点に救援を頼む。ヘリがザイゴートに囲まれた! 助けてくれ!』

 

 

 リンドウは舌打ちした。

 ザイゴートは空中を浮遊する小型のアラガミだ。弱いが、群れで行動する厄介さを秘めており、航空機などはザイゴートに落とされる被害が後を絶たない。

 そして、ヘリほどの高度で飛ぶザイゴートを仕留めるには銃タイプの神機使いが必要になる。残念ながらリンドウは旧型刀剣タイプであり、救援に向かったところで役には立てないだろう。戦力になるとすれば、新型であるユウだけである。

 救援ポイントはリンドウとユウの近くだ。

 助けに行かないという選択肢はないし、他の神機使いが助けに行ってくれるとも思えない。基本的に同じ作戦地区に二チーム以上は配置されないからである。

 

 

「仕方ねぇ! 行くぞ新入り。お前が頼りだ!」

「ま、マジっすか?」

「人命優先だ。極東ではこういうことも多々あると覚えておけ!」

 

 

 人手不足の極東では、任務中に別の仕事が入ることも珍しくない。酷い時は、討伐対象外の大型アラガミが乱入してくることもあるのだ。今でこそオペレーターがいるから一分前には察知できるが、一昔前までは不意打ちも珍しくなかった。常在戦場という四字熟語を彷彿とさせる修羅場だったのである。

 そしてアラガミの乱入ならば逃げることも選択肢として上げられるが、救援ではそうもいかない。

 リンドウとユウは走ってポイントまで移動し始めた。

 そして、その途中でリンドウはオペレーターのヒバリに連絡する。

 

 

「これから民間人の救援に向かう」

『分かりました。どうやら例のヘリにはフェンリル本部からの研究者も搭乗しているそうです。絶対に守り切れと支部長から言伝を預かっています』

「へいへい。りょーかいですよっと」

 

 

 神機使いの並外れた身体能力で移動するリンドウとユウは、すぐに救助対象のヘリを発見する。だが、ザイゴートに囲まれ、既に墜落寸前だった。

 

 

「ちょっとリンドウさん! あれって拙いですよね!」

「ありゃ拙いな。ザイゴートのせいで緊急脱出も出来ねぇみたいだ。さっさと片付けろ新入り」

「オラクル足りるかなぁ……」

 

 

 ユウは神機を銃形態にして構える。銃身をスナイパーにしているユウは遠距離攻撃でも充分な能力を発揮することが出来る。神機に残っているオラクル量も限られているので、焦らずゆっくりと照準を合わせていった。

 

 

「動きが早い……先読みが必要か」

 

 

 素早く移動し続けるザイゴートに銃弾を当てるのは意外と難しい。ユウは先読みと偏差射撃を行うことで一匹ずつザイゴートに風穴を開けていった。

 しかし、いくらユウが優秀でも新入りには変わりない。

 大量のアラガミを一度に相手にするのは難しく、遂にザイゴートの一体がヘリのローターを破壊する。

 

 

「しまっ―――」

「拙いぞ新入り! ヘリが墜落する。ここに居たら巻き込まれる!」

「でもリンドウさん!」

「追加任務は失敗だ。お前まで死ぬ気か!?」

「く……分かりました」

 

 

 神機使いは軍の指揮系統をそのまま採用している。つまり上官命令は絶対なのだ。新入りであるユウに拒否権などないし、どうにか出来る手段もない。

 そして、リンドウとしては無理矢理にでもユウを逃がすつもりだった。極東支部にやってきた唯一の新型神機使いをこのようなところで死なすのは拙いからだ。

 重力に従って落下するヘリから目を逸らし、二人は全力で離れていく。その間にヘリはどんどん食い破られていき、見るも無残な状態になっていた。

 だが、ヘリを背に離れていくリンドウとユウは気付かなかった。

 ヘリの搭乗口を蹴破り、飛び降りていく少年の姿に。

 

 

「父さんの故郷じゃザイゴートがお出迎えなのか。僕も嫌われたものだね」

 

 

 そんな呟きを残しながら少年はヘリから離れていく。搭乗口を蹴った時の初速度に従い、ゴッドイーターにも匹敵するような身体能力で見事に着地を決めてしまった。空中でザイゴートに襲われなかったのは幸運だったということだろう。

 

 

「とりあえず……あっちにゴッドイーターらしき人もいたよね。そっちに行って助けて貰おう。助けてくれるよね?」

 

 

 ザイゴートがヘリの残骸に夢中である内にこの場を離れることを決意する。ヘリの上からでもザイゴートを始末しようとしていた二人のゴッドイーターは見えていたので、合流することにした。

 極東人らしい黒髪黒目の少年が白衣を纏い、夕陽が照らすビル群を歩いていく。

 フェンリルマークの入った黒い手袋を装着した両腕には包帯が巻かれ、その右腕には、大きくて赤い腕輪が付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 安全地帯まで逃げ切ったリンドウとユウは一息ついていた。

 ただ、追加任務を失敗してしまい、二人の間に流れる空気は良くない。特に、ユウは初めての実地演習だったのである。演習と言えど任務は任務だ。初任務失敗という事実は重い。

 流石にリンドウも煙草を捨てて、真面目な様子を見せていた。

 

 

「あー……気にすんな新入り。ゴッドイーターになれば良くあることだからな」

「でも……」

「言い方は悪いが運が悪かった。それだけのことだ。このご時世、生きているだけで幸運だからなぁ。だが、生きていればどうにかできる。だから、お前は必ず生き残れ」

 

 

 ユウはそれを聞いてリンドウに出されていた命令を思い出す。

 『死ぬな』『死にそうになったら逃げろ』『そんで隠れろ』『運が良ければ不意を突いてぶっ殺せ』の四つである。本人は三つだと言っていたが、四つである。その時は肩に力が入っていたユウを笑わすための冗談だったのだろう。

 しかし、今のユウにはその命令がどれほど難しいか理解し始めていた。

 気落ちするユウの肩に、リンドウはポンと手を置く。

 

 

「帰投するぞ新入り」

「……はい」

 

 

 リンドウは改めて通信機をパイロットに繋げようとする。二人を任務地まで送ってくれたヘリのパイロットだ。日も沈みそうなので、急いだほうが良い。

 だが、それよりも先に、耳に付けたインカムからヒバリの声が聞こえてきた。

 

 

『リンドウさん、ユウさん! 近くにゴッドイーターの反応があります。お二人に近づいています。極東支部に所属しているゴッドイーターの反応ではありません!』

「何? 照合できるか?」

『やっていますが間に合いそうにありません。先程のヘリが墜落した方向です! もしかしたら護衛で乗っていた本部ゴッドイーターかもしれません!』

「了解だ。合流する」

 

 

 二人の通信はユウにも聞こえていた。それでヘリが墜落した方向へと目を向けると、遠くに人影が見える。神機は見えないが、ヒバリからの通信によるゴッドイーターの反応らしい。ゴッドイーターは神機を制御する腕輪から、特殊は波長を出している。これを観測することで、ゴッドイーターの反応を得ることが出来るという仕組みだ。

 リンドウとユウは警戒をしつつ、走って近づいてくる人影を待っていた。

 夕陽が逆光となって姿が見えなかったが、話せる距離にまで近づくと姿が確認できる。

 研究者が身に着ける白衣を羽織った少年。年齢はユウと同じぐらいだろう。黒髪黒目で極東人風の顔つきをしている。フェンリルロゴ入りの皮手袋を両手に付け、腕には包帯が巻かれていた。右手首に注目すれば、神機使いの腕輪が装着されていると分かる。

 少年と目が合う。

 彼は少し安堵しているように見えた。

 そこでリンドウが先に口を開く。

 

 

「フェンリル極東支部第一部隊隊長の雨宮リンドウ少尉だ」

「同じく第一部隊の神薙ユウです」

 

 

 普段のリンドウからは想像もできない敬礼付きの挨拶に続き、ユウもたどたどしく名乗る。そしてそれを見た少年は微笑みつつ、名乗り返した。

 

 

「僕は本日より本部から極東支部に転属することになりました。神崎シスイです。神機使いの仕事も出来ますが、本職は研究ですね。よろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

(これは拙いことになったかもしれないね)

 

 

 自身の研究室でデータベースを開いていたペイラー榊は珍しく眉を顰める。彼の権力が許す限り、神崎シスイに関するデータを漁り、さらに権限以上のデータもハッキングして調べた。

 彼の視界には、その結果が映されていたのである。

 

 

(M2プロジェクト被験者、新型神機システム一部のオリジナル、そして厳重観察対象ね……そして本人は新型神機の研究者ということか。本部も厄介者を押し付けてくれたようだね)

 

 

 ここまでだけの情報なら、ペイラーも興味が湧くだけで済んだだろう。

 しかし、権限以上の情報閲覧によって得た神崎シスイのプロフィールが彼を悩ませていた。

 

 

(神機使い殺し……元フェンリル情報管理局特務部隊所属か。確かアラガミ化した神機使いを介錯することが仕事だったか。ヨハンが彼を呼んだということは……リンドウ君が調べ回っていることに気付いたということかな?)

 

 

 リンドウがエイジス計画に疑問を持ち、ヨハネス支部長の周辺を調べ回っていることはよく知っている。ペイラーもそれとなくリンドウの手伝いをしているからだ。

 そんな時にやってきた神機使い殺し。

 色々と疑念が溢れてくる。

 

 

(だが僕はそれでもスターゲイザーであり続けるよ。君がどんなことをしてくれるのか楽しみだ。そして神薙ユウ君もきっと―――)

 

 

 フェンリル極東支部。

 ここで新たな人類への試練が始まろうとしていたことに、まだ誰も気づいていない。

 

 

 

 

 

 

 

 



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EP2 極東支部

 

「本日付けで極東支部所属となりました。神崎シスイです。これからよろしくお願いいたしますヨハネス・フォン・シックザール支部長」

「うむ。トラブルもあったようだが、よく来てくれた。歓迎しよう」

「はい、ありがとうございます」

「君の所属は第一部隊だ。ゴッドイーターとして仕事すると共に、新型神機についても自由に研究してくれて構わない。謂わば専属の研究者と言えるだろう。第一部隊には極東支部唯一の新型神機使い神薙ユウがいるからね。君も彼に色々と協力してくれたまえ神薙ユウ」

「わ、分かりましたシックザール支部長」

 

 

 シスイを連れて帰投したリンドウとユウは、すぐに支部長室へと呼ばれることになった。そこで改めて神崎シスイの紹介がされ、第一部隊へと所属することが決定したのである。

 

 

「では下がって構わない。あと雨宮少尉はあとで書類を提出するように。かなり溜まっているぞ」

「いやぁ、書類仕事は苦手でしてね」

「何なら雨宮ツバキ三佐に言付けても――」

「すぐに提出させていただきます!」

「よろしい」

 

 

 ユウとシスイが驚くほどの掌返しである。

 神機使い教官のツバキを知っているユウは納得できる部分もあったが、シスイは目を白黒させていた。

 

 

(雨宮ツバキ……リンドウさんと同じ雨宮か。母親、姉ってところかな?)

 

 

 余程ツバキが怖いのだろう。

 それがよく理解できた。

 退出許可が下りたので、シスイ、リンドウ、ユウは支部長室を後にする。そして、支部長室の扉の前でリンドウは二人に話しかけた。

 

 

「よし、新入りと……シスイだったな。俺はこれから榊博士のところに用事があるから、あとは二人で適当にしていてくれ。ああ、何なら新入りはシスイを案内してくれるか? シスイも今日来たばかりで何がどこにあるのか分からないだろう?」

「そうですね。僕としても助かります」

「え? リンドウさん、俺もそんなに知らな―――」

「じゃあ頼んだぞ新入りー」

 

 

 ユウが神機使いとなってアナグラにやってきたのは三日前である。

 食堂、トイレ、神機保管庫、訓練室、寝室などの基本的な設備しか利用したことが無く、あまり知らない。もっと言えば、ユウの権限では入ることも出来ない区画すらあるのだ。案内には不適切と言える。

 だが、リンドウに託された以上、無理とは言えない。

 

 

「あー、取りあえず食堂に案内するよ」

「頼むよ。僕は神崎シスイだ。よろしくね新型君」

「神薙ユウだ。こちらこそよろしく」

「じゃあ行こうかユウ君」

「ああ、こっちだよ」

 

 

 二人はエレベーターに乗り、食堂のあるフロアへと移動していったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「入るぜ榊博士ー」

 

 

 そう言いながらリンドウはペイラー榊の研究室に入る。そして部屋の左にあるソファへと腰を下ろし、寛ぎ始めた。

 

 

「予想より1893秒も遅かったね」

「救援任務が入っちまったからなぁ。まぁ、救援なんて必要なかったけど」

「神崎シスイ君だね」

「知っているのか博士?」

「本部からの転属はヨハンから聞いていたからね。僕なりに調べているよ」

「流石は榊博士だ。スターゲイザーの前にはプライバシーも何もないと」

「ははは、言いがかりはよしてくれ」

 

 

 カタカタとキーボードに何かを打ち込みながらペイラー榊は答える。

 そして少ししてエンターキーを押し、リンドウのデバイスにデータを送信した。

 

 

「これを見てくれリンドウ君。君のデバイスにデータを送ったよ」

「ん? これは……シスイのプロフィールか。……おやまぁ物騒なことだ」

「フェンリル本部情報管理局は裏の仕事も司っている。『元』とは言え、シスイ君はそこに所属していたらしいね」

「つまり榊博士は『気を付けろ』と警告してくれている訳か」

「どうとでも取ってくれ。君の部下になるのだろう? 知っていて損はないハズさ」

「それもそーかねぇ」

 

 

 リンドウは煙草を吸いたくなったが、研究室であることを思い出して諦める。基本的に研究施設では禁煙が絶対だ。煙草好きのリンドウでもそれぐらいは弁えている。

 ストレスが溜まっている様子のリンドウを見て、ペイラーは本題に移ることにした。

 

 

「さてリンドウ君。例の新型君はどうだい?」

「あー、ありゃ逸材だな。一か月もしたら化ける」

「君の目から見てもそう思えるんだね。ならば順調だ。観測データでも、神薙ユウ君の戦闘記録はすさまじいの一言だ。神機適合率は高い状態を維持しているし、彼の偏食因子も安定したまま活発になっている。言い換えてしまえば、理想的なゴッドイーターだ。僕が観察できなくなるのが残念だよ」

「新型は榊博士が直々にデータ収集するんじゃなかったのか?」

「シスイ君が引き継ぐことになっているのさ」

「ああ、なるほど」

 

 

 先程送られてきたデータを読んだことで、シスイが新型神機に関する研究者であることは分かっている。それでありながら第一部隊へと所属になったということは、そういうことなのだろう。

 ヨハネスもシスイを第一部隊専属の研究者と言っていたことを思い出す。

 

 

(監視が必要かねぇ。まぁ、知らないところで暗躍されるより、懐で暴れられる方がマシか)

 

 

 第一部隊にはユウの他に、コウタという新入りがいる。彼は旧型銃タイプの神機使いで、主に第一部隊副隊長のサクヤが担当することになるだろう。

 それでもシスイ、ユウ、コウタと一気に三人もメンバーが増えた。

 賑やかになりそうである。

 

 

(取りあえず、サクヤの所に配給ビールを貰いに行くか)

 

 

 提出書類のことなど既に忘れているリンドウ。

 数時間後、姉である雨宮ツバキの雷が落ちることを、まだ彼は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「―――で、ここが訓練所だ。ダミーアラガミを使って戦闘訓練が出来る。神機を新調したときにも、使い勝手を確かめるために利用する人がいるみたいだね」

「ふーん。あ、誰か使っているみたいだね」

「本当だ……ってコウタじゃないか」

「知り合い?」

「第一部隊の同期だよ。シスイも第一部隊なわけだし、挨拶しておこうか」

「そうだね。それは大事だ」

 

 

 

 二人は強化樹脂による窓から訓練室の様子を眺め、訓練プログラムが終了するのを待つ。コウタは銃タイプの旧型神機を操り、移動しながらダミーアラガミを撃ち抜いていた。オウガテイル数体とはいえ、新人にしては手際が良い。

 コウタも、ユウほどではないが才能に溢れた少年なのである。

 汗を拭き、訓練室から出たコウタを待ち構えていたのはシスイとユウだった。

 

 

「お疲れコウタ」

「あ、ユウじゃん。お疲れー。それでそっちの人は?」

「新しく第一部隊のメンバーになった神崎シスイ15歳です。本部からの転属ですよ」

「マジで? 本部から? うわ、エリートじゃん」

 

 

 シスイの自己紹介に大袈裟な驚きを見せるコウタ。

 素でやっているのだから実に彼らしい。

 そんなコウタにシスイは苦笑しながら答える。

 

 

「エリートってほどでもないさ。僕の本職は新型神機の研究だよ。つまりユウ君に付きっきりで色々とするのが仕事さ」

「いや、その歳で研究って時点でエリートだよ。まぁいいや。俺はコウタだ。第一部隊じゃユウと同期なんだよ。よろしくな!」

 

 

 

 シスイとコウタは握手をして自己紹介を終える。

 三人はほぼ同じ年齢であり、打ち解けるのはすぐだった。

 この日は、コウタも交えてシスイを案内する日となり、極東支部の施設を回ることになった。途中、極東支部が誇る技術者リッカと遭遇し、シスイと共に話し込むというアクシデントもあったが、今日一日だけで大体の施設を回ることが出来た。

 夜、シスイは与えられた私室のベッドに寝ころびながら思考を巡らせる。

 

 

(父さんの故郷か……本部に比べれば随分と楽しい場所みたいだね)

 

 

 嫌味でも何でもなく、純粋に楽しいと思う。

 今日はユウ、コウタとも仲良くなり、久しぶりに年相応になれた気がした。

 シスイは何となく私室の机に立てている写真へと目を向ける。父と母、そして自分が写った写真だ。随分と年相応に笑えている。今とは大違いだった。

 

 

(ようやくあの無表情女のいる本部から逃げ出せたんだ。せいぜい、楽しくやらせてもらうさ)

 

 

 喪服のような黒を纏った金髪の女博士が頭に浮かぶが、シスイはそれを振り払う。

 不気味で、自分の体を今のようにしてしまったシスイの最も嫌う女性である。正直、思い出したくもない。

 

 

(僕たちのような被害者は二度と出させない。ラケル・クラウディウス!)

 

 

 シスイはベッドに寝ころびながら両手を天井に延ばす。

 暗くなった部屋で、自分の両腕を覆う鱗状に重なったオラクル細胞が鈍く光っていた。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 翌日、ユウとコウタは第一部隊副隊長と共に実地訓練へと向かっていった。新人が二人も増えたので、連携を確認するのである。遠距離、近接を分け、有機的にアラガミを討伐する訓練だった。

 一方で、シスイは早朝からヨハネスに呼び出され、支部長室へと来ていた。

 シスイが支部長室に入ると、昨日会ったリンドウもいる。

 

 

「シスイか……」

「リンドウさんも呼ばれたんですか?」

 

 

 二人が少し驚いていると、ヨハネスが口を挟む。

 

 

「リンドウ。今日はシスイをパートナーに連れていけ」

「だが支部長!」

「これは命令だ。シスイの実力が不安だというなら私が保障しよう」

 

 

 何の話か理解できないシスイは恐る恐るといった様子でヨハネスに尋ねることにする。あまり二人の間に踏み込みたい雰囲気ではなかったが、今は仕方なかった。

 

 

「シックザール支部長。僕はどういった理由で呼ばれたのでしょうか?」

「ああ、済まないね。メールでは少し問題のある機密的な内容だったので、概要は省かせて貰っていた。だから今から説明しよう」

 

 

 リンドウは納得していないようだったが、上司であるヨハネスに口答えは出来ない。いや、出来ないことはないが、しても意味がない。今は少し黙っていることにした。

 そしてシスイは姿勢を正し、ヨハネスの言葉に耳を傾ける。

 

 

「君の任務は特務と呼ばれるものだ。支部長である私が直々に降す任務だよ。君なら本部で聞いたこともあるだろう?」

「僕が特務ですか?」

「接触禁忌種、堕天種と呼ばれる強力なアラガミを狩って欲しい。そこにいるリンドウと共にね」

「しかし支部長。僕の本来の仕事は新型神機使いのサポートでは?」

「例の新型はまだ研修期間中だ。本格的なサポートは研修が終わってからで構わない」

 

 

 その言葉にシスイは眉を顰める。

 新型のサポートがメインの仕事だと言われて極東に来たが、本当の意味で期待されているのは自分の戦闘能力だと理解したからだ。かつての実験でシスイの体は普通と異なっており、アラガミとの戦闘については世界でも上位のものになる。

 本部でも秘匿されている事項のはずだが、ヨハネスはそれを知っていた。

 

 

「シックザール支部長。僕の神機は本部から輸送中のはずです。つまり、あの力を使えということですか?」

「そうだ。リンドウには見せておけ。君の所属する部隊の隊長だ」

「……分かりました」

 

 

 今度はリンドウが話に付いていけずに首をかしげる。

 会話の流れから、シスイに特殊な能力があることは理解できた。ただ、それが接触禁忌種にも通用しうるものであるとは素直に思えなかったのである。

 

 

(マグマ適応型ボルグ・カムランだったっけ? 面倒な仕事になりそうだ)

 

 

 今日はいつも以上に気を引き締めていかないと。

 珍しく、リンドウがやる気を出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 煉獄の地下街と呼ばれる場所がある。

 かつては多くの店が並んで賑わっていたのだが、今ではマグマが溢れる危険地帯と化している。ここに出現するアラガミは熱に適応したタイプが多く、多くのゴッドイーターたちが嫌っていた。

 やはり、熱いのは嫌なのである。

 

 

「シスイ止まれ。ターゲットが居た」

「あれですか……デカくないですか?」

「通常のマグマ適応型ボルグ・カムランよりでかい。だから俺たちに回されたのさ」

 

 

 ボルグ・カムランというアラガミは蠍のような姿をしている大型種だ。特徴的なのは巨大な盾のような腕と、剣のような尾である。全身が固く、ベテランでも倒すのは難しい。

 ちなみに、極東以外でボルグ・カムランが出現すると、決死の大作戦が行われる。だが、この極東地区ではベテランたち数人が頑張るだけで片付いてしまうのだ。最前線というだけはある。

 そしてこのマグマ適応型ボルグ・カムランは、厄介なことに熱を操る。

 攻撃時にオラクルの爆発を使用してくるのだ。

 このアラガミは攻撃範囲が広いため、気を付けなくてならない。

 

 

「お前はここで待っていろ。神機ないんだろ?」

「まぁ、そうですね。でも大丈夫です。あれは僕が一人で討伐して見せますよ」

「おい待て!」

 

 

 止めるリンドウの横をスルリと通り抜け、シスイはマグマ適応型ボルグ・カムランの前に出ていく。獲物に気付いたマグマ適応型ボルグ・カムランは、金切り声を上げて迫ってきた。

 だが、シスイは落ち着いたまま手を翳す。

 

 

「負荷最大。貫け」

 

 

 空気中のオラクルが収束し、シスイの左手に集まる。そしてサリエル種のレーザーのように飛翔し、迫りくるマグマ適応型ボルグ・カムランを貫いたのだった。盾を構えていなかったマグマ適応型ボルグ・カムランは口を破壊され、大きく仰け反る。

 

 

「はぁっ!?」

 

 

 神機もなくオラクルを操り発射して見せたシスイに驚き、リンドウは思わず固まってしまう。しかし、シスイはそんなリンドウを置いてマグマ適応型ボルグ・カムランへと飛び移った。

 

 

「これで終わり!」

 

 

 ビリビリと破けてシスイの左腕の包帯が解ける。リンドウが見たのは、黒い鱗状の何かが肘まで覆っているシスイの腕だった。その左腕には三本の爪のようなオラクルの刃が追随しており、シスイは一気に振りぬいてマグマ適応型ボルグ・カムランの胴体を引き裂く。

 

 

「ギイィィィィィイイッ!?」

 

 

 巨大なマグマ適応型ボルグ・カムランは今の一撃で絶命した。背中に大きな裂傷が走り、赤い液体が噴水のように溢れだす。

 流石のリンドウも、咥えていた煙草をポトリと落としてしまった。

 

 

「な、なんだありゃ……」

 

 

 神機もなくアラガミを仕留めるなど聞いたこともない。

 まるで常識を覆されたかのような光景だった。ペイラーから貰ったデータにもあんな戦闘力があるなど書いてなかった。ペイラーでも調べることが出来なかったのか、意図的にリンドウに隠したのか。恐らく後者だと思うが、今のリンドウにはどうでも良いことだった。

 

 

「なぁシスイ。その左腕……」

「これですか?」

 

 

 シスイは死体となったマグマ適応型ボルグ・カムランの上から飛び降りつつ、左腕をリンドウに見せる。手は黒く染まり、腕は肘まで黒い鱗に覆われていた。とても人間の腕ではない。

 

 

「アラガミ化……しているのか?」

「そうですよ。それに左だけじゃなく右腕も同じです」

 

 

 皮手袋を付け、包帯に覆われている右腕を見せながらシスイはそう語る。そして右手の手袋を外すと、左手と同様に黒く染まっていた。

 完全にアラガミ化し、それが腕だけで止まっている。

 経験豊富なつもりのリンドウも、こればかりは言葉を失った。

 

 

「M2プロジェクトという実験の失敗です。12歳の時、こうなりました。この腕は空気中のオラクルを従えることが出来るんです。他にも、腕でアラガミに触れると捕喰できます」

「あー、なんつーか……無茶苦茶だな」

「そうですね。腕から奪い取ったアラガミのオラクル細胞で固有のバレットを生成することも可能ですから。一応、新型神機のアラガミバレットは僕の能力を参考に搭載されているんですよ? というか、僕が開発したシステムですよ?」

「ああ、そう言えばシスイは新型神機の研究者だったな」

「いや、そちらが本業です」

 

 

 それを聞いてリンドウは苦笑する。

 なんだか気が抜けた気分だった。

 ペイラーから貰ったデータによれば、シスイはアラガミ化した神機使いを処分する特務部隊に居た経験もあるとされている。警戒していたが自分が馬鹿らしくなったのだ。

 シスイはゴッドイーターというより、やはり研究者なのである。

 少しだけ打ち解けた気分になれたリンドウは、少し踏み込んでみることにした。

 

 

「ところでシスイ君よ」

「なんです上官殿?」

「M2プロジェクトってのは本部の実験なのか?」

「ああ、気になりますよね。まぁ調べればすぐに分かりますから、教えますよ。この実験は、二刀流神機使いを作り出す実験です。相反性のある二つの偏食因子を腕輪と共に撃ち込み、二種類の神機を扱えるようにするというプロジェクトです。まだ新型神機が構想段階だった時代ですよ。遠距離か近距離のどちらかしかない旧型の弱点を補うために、当時は二種類の案があったんです」

 

 

 アラガミに対抗するべく生み出された神機だが、一人ではできることに限界があった。神機使いが不足している時代において、一人で何役もこなせる神機使いは必須となる。そこで、遠近両用を可能とする神機使いを作り出す計画が持ち上がった。

 一つは新型神機を制作する計画である。刀剣形態と銃形態の二種類を操ることで、あらゆる状況に一人でも適応できる神機使いを生み出そうとした。

 そしてもう一つはM2プロジェクト。極東で伝説の二刀流剣士、宮本武蔵のイニシャルを取って構想段階ではMM計画と呼ばれていたが、正式段階に移行するとM2プロジェクトという名称に決まった。両腕に別種類の偏食因子を同時に打ち込み、片手に剣、片手に銃の神機を持たせるという計画である。理論では可能とされていたが、幾つかの壁があった。

 まず、二種類の偏食因子に耐えられる体質の持ち主が必要になる。一つの偏食因子に耐えられる人を見つけることすら難しい段階で、これは大きな壁となった。これは、相反する偏食場の因子を撃ち込み、相殺させることで解決することにした。

 そしてもう一つは神機制御の問題である。二つの偏食因子を撃ち込まれていることで、神機の操作に不具合が出るのではないかと言われていた。これについては実験してみなければ検証できず、検体として九人の孤児が利用されることになった。

 

 

「お前孤児だったのか?」

「ええ、僕が10歳の時に両親がアラガミに。研究者で対アラガミ装甲壁に関する研究をしていました。その関係で、小さい頃から論文も読んでいましたよ」

「いや、その……すまん」

「いえいえ。悲しいことには悲しいですが、僕だけが不幸なわけではありません。すでに納得していますよ」

「シスイは強いな」

「メンタルには自信があります。続きを話しますね」

「ああ」

 

 

 

 実験に選ばれた九名の孤児は二つの偏食因子に対する平均適合率が半分以上という理由で選ばれた生贄のようなものだった。つまり研究者側も失敗前提だったのである。

 M2プロジェクトの初期段階はデータを取ることだけを目的に実験が行われた。孤児はマグノリア・コンパスという本部も絡んだ孤児院から選出されているので、死んだところで文句を言う者はいない。マグノリア・コンパスの管理者であるラケル・クラウディウスもこの実験に孤児を使うことを了承した。M2プロジェクトの実験データ提供を対価として。

 

 

「それでどうなったんだ?」

「言ったでしょう? 失敗だったと。僕以外の子供たちは適合実験失敗と同じく肉体が破裂。そして僕は両腕がアラガミ化した。まぁ、僕の場合は半分失敗というところですか。何かの力が働いて、二つの偏食因子による相殺が働いてくれたようです。結果として安定したアラガミ化となりました。それがこの両腕です」

「両腕がアラガミ化しているのは神機の適合試験を両腕で同時に行ったから……か?」

「理解が早くて助かります」

 

 

 シスイはそう言うと、腰に付けたバッグから包帯を取り出し、左腕に巻き付け始めた。そして作業をしつつ話を続ける。

 

 

「ちなみに僕の右腕に付いている腕輪はダミーですよ。神機使いっぽい波長を出すだけの発信機みたいなものですね。僕の取り込んだ偏食因子は相殺されてしまっているので、レーダーでは感知できないんです」

「ならどうやって神機を扱うんだ?」

「え? 普通に使えますよ? 偏食因子が相殺されているということは、因子の持つ偏食場によって左右されないということです。それは言い換えれば、僕の願うままにオラクル細胞を活動させることが出来るということなんですよ。さっきも空気中のオラクルを操れるといったでしょう? それの応用で神機を操ることが出来るんです」

「便利なもんだねぇ」

「どんな神機でも操れるということは便利なだけではありませんよ」

 

 

 包帯を巻き終えたシスイは暗い表情を浮かべながら自嘲する。

 それを見て、リンドウは事情を察することが出来た。

 

 

(アラガミ化した神機使いの介錯……それが理由でさせられていたか)

 

 

 アラガミ化した神機使いを始末するとき、普通の神機では攻撃が通らない。有効な手段は本人が使っていた神機で攻撃することだ。だが、神機には適合率というものがあり、本人以外が使用すると反発によって浸食をうける。

 つまり、アラガミ化してしまったゴッドイーターを殺す方法は無に等しいのだ。

 あらゆる偏食因子に耐性を持つ特異体質か、シスイのように特異能力を持っていなければ、他人の神機を扱うことなど不可能なのである。

 

 

「帰りましょうリンドウさん。今、僕には神機がありませんから、コアの捕喰はお願いします」

「あ、ああ。了解だ」

 

 

 考え事をしていたリンドウは生返事を返しながらマグマ適応型ボルグ・カムランに神機を向ける。そして目的のコアを捕喰し帰投するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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EP3 二人目の新型

 シスイが初めての特務を終わらせた数日後、アナグラのロビーで気を落とした神薙ユウを発見した。任務を失敗でもしたのかと思い、声をかけることにする。

 

 

「ユウ君。どうかした?」

「ああ、シスイか。ちょっとね……」

 

 

 話を聞くと、目の前で先輩のゴッドイーターが喰われたということだった。エリック・デア=フォーゲルヴァイデという人が、オウガテイルの不意打ちでやられたのだという。

 先輩が死んだこともそうだが、不意打ちに気付けなかったことでユウは悩んでいたのだった。

 

 

「君……意外と傲慢なんだな」

「なんだよそれ」

「いやだって、ユウ君はまだ新人だろう? 期待の新型だからと言って何でもできる訳じゃない。それにエリックという人が死んだのも個人の責任だろう? 話を聞く限りだと油断していたのが悪いと思う」

「俺はそんな風に割り切れないよ」

 

 

 シスイにとって人の死は割と経験のあることだ。アラガミ化した神機使いを人と定義するなら、殺人をしたこともある。

 今のユウは人の死を初めて見た者のようだった。

 

 

「人が目の前で死ぬのは初めて見た?」

「……うん、まぁ」

「忘れろとは言わないけど、引きずるなよ。次は自分が死ぬことになる」

「分かった」

 

 

 正直、シスイは人を励ますのが得意ではない。ただ、経験は積んでいるのでアドバイスは可能だった。慰めるのは隊長であるリンドウの役目だろう。普段サボっているのだから、これぐらいはするべきだ。

 シスイはそう判断し、受付のところにいるヒバリの元へと近づいていった。

 すると、小さな女の子がヒバリに何かを言っている光景に出くわす。

 

 

「ねぇ! エリックは? なんで帰ってこないの?」

「あの、その、えっと……」

「帰ったら私とお出かけしてくれるって、服を買ってくれるって言っていたの! ねぇどこなの?」

「ご、ごめんなさい……」

 

 

 それを見てシスイは状況を察する。

 先程聞いたユウの話を統合すると、ヒバリに話しかけている少女はエリックというゴッドイーターの親族ということだろう。年齢を考えれば妹といったところか。

 ヒバリはとても悲しそうに、どうすれば良いか模索していた。

 小さな子にエリックが死んだことを告げて良いものか、悩んでいたのである。すぐに知られることになるだろうが、どうしても伝えることが出来なかった。

 仕方ない、と溜息を吐きつつシスイが近寄る。

 

 

「あ、シスイさん」

「どうもヒバリさん。今朝、僕の神機が届いたのでリッカさんと調整していたのですが、試運転したいので手頃な任務はありませんか?」

「わかりました。嘆きの平原にヴァジュラがいるようですので、それでどうでしょう」

「ヴァジュラを手頃とか言っちゃうのはどうかと思います」

「え? 違うんですか?」

「欧州ではヴァジュラ討伐に大隊が組まれますよ」

「す、すみません。なら愚者の空母付近にコンゴウが六体ほど居るので―――」

「欧州ではコンゴウ一体を一人で討伐出来て一人前だそうですが?」

「え、ええっ!?」

 

 

 シスイは少し面白いと思ってしまった。

 極東と欧州でのギャップが激しすぎて、オペレーターの感覚も狂っている。そもそもヴァジュラを一人で討伐出来て一人前という時点で色々おかしいのだ。

 電撃を操り、縦横無尽に動き回る巨体を猫と表現する極東人は感性が狂っている。

 

 

(ああ、でも血筋的には僕も極東人だったか)

 

 

 それに、シスイも本気を出せば極東人もビックリな戦闘能力を発揮できる。こうしてヒバリを弄っているシスイこそ極東人らしいビックリ人間なのだ。

 そして一通り弄り終えたシスイは依頼を受けることにする……が、その前にヒバリに言い寄っていた少女に向かって口を開いた。

 

 

「極東はね。世界でも一番アラガミが強い最前線だよ。そんなところでゴッドイーターをしていたエリックさんはとても凄いということさ」

「っ! そうよ! エリックが凄いのは当たり前なんだから!」

「そういうわけで、僕もエリックさんのようになるべく、頑張って(ヴァジュラ)を討伐してくるよ」

「ふん! 精々エリックの足を引っ張らないように頑張りなさい!」

「そうだね。僕も頑張るよ。じゃあ、ヒバリさん」

「はい。シスイさんはヴァジュラ討伐をお願いします」

 

 

 シスイは少女――エリナ――に手を振って出撃ゲートから出ていく。

 神機の調子を確かめつつ、一人でヴァジュラを始末したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「新しい新型?」

「ああ、シスイは聞いていないのか?」

 

 

 シスイに与えられた研究室でユウのデータを測定していると、暇を持て余したユウが話を振ってきた。今のユウは測定器を接続されて寝ているだけなので、非常に暇なのである。

 だが、シスイとしては思わず作業を止めてしまうほどに衝撃的な話題だった。

 

 

「聞いてないんだけど」

「俺もリンドウさんからちょっと聞いただけなんだよね。シスイなら詳しく知っていると思ったんだけど」

「シックザール支部長曰く新型の研究は僕に回すそうだけど……なんで知らされてないんだ?」

「さあ?」

 

 

 シスイはまだ若いが、新型神機の研究に関しては世界的に注目されている分野もある。それはシスイの能力が元になったアラガミバレットの研究だ。更に元を辿り、バレットエディットの研究についても有名である。

 つまり、シスイに連絡が行っていないのは研究者としての実力が問題ではなく、別の理由が働いていると考えた方が妥当だ。

 もしくは、リンドウがサボっているというのが一番しっくりくる。

 

 

「あとでリンドウさんに聞いておくよ」

「そうしたらいいんじゃない? 多分、隊長だしパーソナルデータの書類ぐらいは持っているでしょ」

「あの人のサボりは本当に……」

「まぁ仕事するときはしているからいいんじゃない?」

「実務はね。書類は溜めっぱなし。そして何故か僕の所に持ってこられる」

「おい隊長」

 

 

 本人のいない場所でツッコミを入れるユウはかなりノリがいい方なのかもしれない。

 ただ、リンドウがいない場所でそれを言っても虚しいだけだ。

 故にシスイは話題を変えることにする。

 

 

「それにしてもユウ君は適合率が色々おかしい。戦闘中に適合率が上がるってどういうことよ」

「えぇ……俺も必死でやっているだけだし」

「普通はこんなハッキリ上がったりしない。多少の変動はあるけどね。これが才能か」

「いやいや。そんなまさか」

「才能……神機に好かれているという言い方も出来るね。新型は今までとは違う偏食因子も使っているし、感応波と呼ばれる波長を有している。それが関係しているのかもしれない」

「感応波?」

「偏食因子の持つ波長の一種だよ。他の偏食因子に干渉できることがあるとされている。まだ研究段階だから詳しいことは分かっていないけどね。君も持っているよ」

「自覚ないけどなぁ」

「そもそも神機自体もよく分からないまま使っている部分がある。よく分かってなくてもいいさ。取りあえず、君たちは難しいことを考えなくてもいいよ。考えるのは僕たちの仕事だ」

「そうするよ」

 

 

 シスイはデータ収集を終えてユウを解放する。起き上がったユウは眠そうにしながら部屋を出ていった。新型は謎に包まれた部分が多く、研究課題は無数にあるのだ。こうしてデータ収集するだけでも意義が見いだせるほどに。

 そしてデータを眺めながらシスイは呟く。

 

 

「やっぱりユウ君だけではサンプルとして不足が過ぎる。新しい新型に期待するしかないね」

 

 

 比較対象が無いデータ解析ほど面倒なものは無い。

 今できることは、精々ユウのデータを多角的に集め、ノウハウを蓄積することだろう。そして、あとは新型と仲良くしてデータ収集に協力してもらうことだ。

 

 

「さーてと。リンドウさんに二人目の新型のデータを貰いに行きますか」

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 そして更に数日後、シスイは極東支部二人目の新型神機使いアリサと出会うことになる。

 が、第一部隊と新型神機使いアリサ・イリ―ニチナ・アミエーラの出会いは最悪だった。

 

 

「そんな浮ついた考えでよく今まで生きてこれましたね? これが極東支部の第一部隊? たるんでいるんじゃないですか?」

 

 

 それが一言目である。

 だが、そのセリフにも理由はあった。

 コウタである。

 このお調子者は、あろうことか『可愛い子なら大歓迎』などと言い張ったのだ。完全なセクハラである。この場合はコウタが絶対的に悪い。

 確かにアリサに言い過ぎな部分はあるのだが、シスイはコウタに非難の視線を送りながら呟いた。

 

 

「セクハラで査問会行きだな」

「ひでぇ!」

「いや、シスイ。これはコウタだから仕方ないよ」

「ああ、そう言えばバカラリーだったな。なら仕方ない」

「それはそれで失礼だなユウにシスイも!」

 

 

 そんな風にじゃれ合う三人を見て、アリサは呟く。

 

 

「ホントたるんでいる……」

 

 

 これ以上は険悪になりそうだと判断したリンドウは、パンパンと手を叩いて注目を集める。これからアリサを加えたメンバーで任務に行くのだ。遊んでいるわけにはいかない。

 

 

「んじゃ、任務を振り分けるぞ。俺とユウ、アリサ、シスイはシユウ二体の討伐だ。で、サクヤとソーマとコウタはグボログボロの討伐だな。今日も生き残れよ?」

『了解』

 

 

 声をそろえて返事をするシスイ、ユウ、コウタ、サクヤ、ソーマの後に、アリサは遅れて小さく答える。

 

 

「了解……」

 

 

 新生第一部隊は纏まり切らないままスタートしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 シユウ二体の討伐は贖罪の街が任務地となる。だが、リンドウとシスイには支部長から下された特務をこなすために、鎮魂の廃寺にいた。今回は接触禁忌種アイテールのコアを入手することだ。強毒性サリエルを従えているという情報があり、二人は注意しつつ進んでいた。 

 

 

「リンドウさん」

「どうしたシスイ?」

「アリサってロシア支部から来たんですよね。ロシア支部って殺伐としているんですか?」

「んー。軍規は厳しいが、殺伐としているってほどでもないな」

「じゃあ、アリサが特別あんなんだってことですかね。精神的に不安定だと資料にもありましたし」

「その辺はユウの奴に任せる。新型同士、上手くやるさ」

「投げ槍ですね隊長殿」

 

 

 しかし手に負えない感じがしたのも確かだ。周囲を見下す態度が強く、協調性で言えばソーマ以下だといえるだろう。ソーマも単独プレイが目立つ問題児だが、やる時はしっかりやっている。シスイはまだソーマと任務に行ったことがないため、これはユウからの伝聞だった。

 

 

「メンタルケアは僕の専門外ですからね。隊長がしっかりしてくださいよ?」

「まぁまぁ。俺もやれることはやるさ。それに、アリサには専属の精神科医が付いているそうだからな。取りあえずはそちらに任せよう」

「ああ、大車ダイゴでしたっけ?」

「おう。確かそんな名前だったな」

 

 

 今の時代、親族がアラガミに殺されて精神不安定な子供は珍しくない。フェンリルが早急に保護することである程度の治療は可能だが、トラウマがこびり付いている子供も多い。そんな中、割とあっさり納得できたシスイは幸運だったのだろう。

 冷たいようだが、死者にしがみ付いていては生きていけない時代なのである。

 もう少しリンドウと会話していたいシスイだったが、ここでターゲットを視認する。浮遊するアラガミとしては最大の大きさと言われるサリエル種だ。アイテールと強毒性サリエルは並んで何かを捕食しているらしく、こちらに背中を向けている。

 つまりチャンスだった。

 

 

「さて、お仕事だシスイ君」

「了解です。取りあえず頭狙いますね」

 

 

 シスイは左手にオラクルを集め、圧縮して回転をかける。更に射出方向へと負荷を掛けながら、アイテールと強毒性サリエルの頭部に狙いを定めた。

 弾丸となるオラクルの塊は二つ。

 その分だけ制御は難しくなるが、この程度なら慣れている。そしてそのまま、狙撃弾として二つのオラクルを発射したのだった。

 真っすぐに空気を裂いて飛んでいくオラクル弾がアイテールと強毒性サリエルの頭部を破壊する。強毒性サリエルの頭部は吹き飛んだが、アイテールの方は結合崩壊で終わってしまった。

 

 

「すみません。破壊しきれませんでした」

「いや、上等だ。行くぞ」

「分かりました」

 

 

 流石に今の一撃でアイテールにも気づかれている。

 シスイとリンドウは物陰から飛び出し、一気に負傷したアイテールへと接近した。チェーンソーのようなリンドウの神機が唸りを上げ、アイテールのスカートに叩き付けられる。そしてギリギリと嫌な音がして、アイテールは地面に叩き落された。

 アイテールは急いで飛び上がろうとするが、それよりも先に影が差す。

 崩壊した頭部で上を見つめると、開咬状態のヴァリアントサイズが振り下ろされてきた。アイテールはそのままヴァリアントサイズに叩き付けられ、行動不能になる。

 そしてそれをやったシスイは、容赦なくヴァリアントサイズを引き寄せた。これによってアイテールの体はズタボロになるまで削り取られる。バーティカルファングからクリーブファングへと繋げるヴァリアントサイズの基本技だった。

 

 

「えげつないねぇ」

「まだ試作段階の刀身ですけどね」

 

 

 シスイが使用しているのは旧型神機刀剣タイプであり、本部で余っていたものだ。どんな神機でも扱うことが出来るシスイは大抵の場合、余り物を使用していたのである。本当は新型を使いたいのだが、流石に新型神機の余りはない。

 従って、戦死したゴッドイーターが使っていた神機を適当に貰っていたのである。

 尤も、オラクル弾を自在に操れるシスイに銃形態は不必要で、旧型神機刀剣タイプがあれば新型に近い戦闘を行うことも可能である。

 そしてシスイが使用している刀身は、現在試作段階のヴァリアントサイズというものだ。今までのショート、ロング、バスターから追加され、現在はスピア、ハンマー、ヴァリアントサイズの研究が行われている。シスイはその中でもヴァリアントサイズに可能性を見出し、自分で使っていたのである。

 やはり研究者と使用者の感覚は異なるので、開発した者は実際に使ってみなければ分からない。そういう点で、シスイは少しだけ有利なのだ。

 

 

「まだアイテールは活動停止していませんよ。リンドウさんお願いします」

「おう、任せな!」

 

 

 満身創痍なアイテールは、逃走を図ろうとする。だが、その前にリンドウが追い付き、背後の尾状器官を破壊してしまった。これによってアイテールは力尽き、オラクルの活動も停止する。

 

 

『リンドウさん、シスイさんお疲れ様です。このまま贖罪の街に移動になりますが、よろしいですか?』

「おう、問題ないぜヒバリ」

「僕も大丈夫ですよ」

『分かりました。すぐに迎えを送りますね』

 

 

 迎えを待つ間に倒したアイテールと強毒性サリエルのコアを回収し、次に任務に備える。新型二人と共に行くシユウ二体の討伐任務だ。アリサの実力を測る意味も含まれているので、中型種二体というのは中々に良いチョイスだといえるだろう。

 勿論、極東基準の話だが。

 

 

「それにしてもシスイがいると特務が楽だねぇ。デートも早く終わっちまう」

「いいじゃないですか。本命(サクヤさん)のために時間を割いてあげてください」

「言うじゃねぇのシスイ君。そういうシスイは誰かいないのか?」

「好きな人って意味ですか?」

「そうそう。で、実際どうなのよ?」

「好きな女性はいませんかね。嫌いな女性ならいますけど」

「ちなみに誰?」

「金髪黒服無表情女です」

「なるほどなるほど。極東じゃ見かけないから、本部の奴ってところか?」

「そういうことですよ。彼女のプライバシーのために名前は伏せさせて頂きますが」

 

 

 迎えのヘリがくるポイントまで歩きながら、二人は会話を続ける。シスイは秘密の多い出自をしているが、絶対的な秘密主義ではないのでそれなりに会話が弾む。リンドウも過去話を交えながら、人生の先輩として色々と話すので、二人の相性はかなり良かった。

 そしてヘリが来たら二人とも乗り込み、贖罪の街へと移動する。

 少しばかり遅刻しそうなので、アリサが面倒臭そうだと二人で話し合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 思った通り、遅刻したシスイとリンドウはアリサの怒りに触れていた。

 

 

「隊長が遅れてくるってどういうことですか? それに旧型の平隊員が遅刻なんてあり得ないと思います。二人とも神機使いとしての自覚が足りないのではないですか?」

「ははは、すまんすまん。ちょっとばかりデートしていてな」

「ドン引きです」

 

 

 リンドウがアリサに弁明している間、シスイはユウへと近づいて小声で話しかける。

 

 

「アリサってユウと二人きりのときもあんな感じだったの?」

「いや、遅れているリンドウさんとシスイに悪態ついていたけど、俺には別に。ただ、同意を求められた時はどうしようかと思った」

「じゃあ、僕も嫌われちゃったかな? データ収集は難しそうだね」

「うん。そうかもね。ほら、今も『旧型は旧型なりの仕事をして下さい』とか言っちゃってるし」

「ああ、これは手厳しい」

 

 

 実際、遅刻に関しては言い訳出来ないので文句を言われても仕方ない。重役であるリンドウが重役出勤だといえば筋が通らなくもないが、シスイは残念ながら平隊員だ。墓穴を掘るだけである。

 それでもアリサが言い過ぎな部分もあるので、肩の力を抜けと、リンドウがアリサの肩に触れたところで事件は起こった。

 

 

「きゃああっ!?」

 

 

 突然、触れられたアリサが悲鳴を上げながら大きく飛び下がったのである。どう見てもセクハラだった。シスイとユウはジト目をリンドウに送りつつ呟く。

 

 

「ギルティ」

「サクヤさんに報告ですね」

「ちょっと待て二人とも」

 

 

 これは拙いとリンドウが焦る。

 ジト目故に本気さを感じてしまったからだ。

 だが、仮にも上官に対してオーバーリアクションだったと反省したアリサが意外にも謝罪する。

 

 

「いえ、あの……すみません」

 

 

 結局、そのまま任務開始時間となり、リンドウはアリサに落ち着いてから来るように告げる。空を眺めて動物の形でも見つけていろと上官命令を下したのだった。

 無理やり感も否めないが、上官命令では仕方ない。

 アリサは渋々といった様子で空を見上げ始める。案外、真面目なようだった。

 

 

「じゃあ、シスイはアリサに付いていろ。アリサが落ち着いたら二人でペアになって探索だ。目的を発見したら通信で情報共有すること。いいな?」

「わかりましたリンドウさん」

「じゃあ、ユウは俺と一緒に行くぞ」

「はい!」

 

 

 リンドウとユウが探索を始めるのを横目に、シスイは溜息を吐く。確かに、こんな場所でアリサを一人残しておくのは拙いし、肩に力が入ったまま任務を受けさせるのも良くない。

 だが、嫌われた感のある自分を置いていかなくてもと内心で文句を言っていた。

 会話のない微妙な空気を破るべく、シスイは適当に話題を振る。

 

 

「アリサが神機使いになったのは最近なのか?」

「話しかけないでくれますか旧型?」

「あ、はい」

 

 

 取り付く島もないとはこのことである。

 アリサは動物の形をした雲を見つけようと躍起になっており、全く力が抜けていなかった。変に真面目なせいでリンドウからの課題をサボるという選択肢はないらしい。

 

 

「ああ、もう! 動物の形をした雲なんて見つかる訳ないじゃないですか!」

「そうかな? 羊だと思えば全部動物でしょ」

「黙っていて下さい!」

「お、おう」

 

 

 仕方なく黙ってシスイも動物型の雲を探すことにする。このままだとリンドウとユウだけで任務が終わってしまいそうな気もしたが、アリサに付いていろと言われているので動くことは出来ない。

 

 

(動物の雲……動物の雲……動物の雲……動物の雲……)

(お、あれなんか猫っぽい。あっちは馬だな)

 

 

 結局、十分後にアリサがコクーンメイデン型の雲を見つけ、二人は任務に入る。

 よりにもよってアラガミ型の雲だったことで、かなり機嫌が悪かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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EP4 崩壊の始まり

 

 本来の任務、シユウ討伐へと戻ったシスイとアリサは、周囲を警戒しつつ探索していた。アラガミは常に移動しているので、観測班がアラガミを発見してから、討伐部隊が出動するまでにどうしても場所を変えてしまう。

 こうした索敵スキルも第一部隊には必須だった。

 しばらく歩くと、足音が聞こえて二人は歩みを止める。ゴッドイーターとしての鋭敏な感覚が何かを捉えたのだ。足音の重さを考えれば、リンドウとユウではないだろう。恐らくは小型のアラガミだ。

 シスイとアリサは目を合わせて頷き合い、足音が聞こえた方へと近づいていく。物陰を移動しながら、先手を取るべく発見を急いだ。

 

 

「居ました。オウガテイルですね」

「五体か……周囲に他のアラガミは居そうかなヒバリさん?」

『レーダーには特に。中型種も大型種も反応ありません』

「了解。なら、片付けておこう。僕が飛び出るから援護宜しく」

「ふん。旧型に期待なんてしていませんよ」

「わぁ辛辣」

 

 

 そう言いつつ、シスイは物陰から飛び出してヴァリアントサイズを構える。そして開咬して横向きに薙ぎ払い、オウガテイルを三体同時に両断した。シスイに気付いた残り二体が針を飛ばそうとするが、アリサが銃形態にしてオラクル弾を発射し、牽制する。

 そしてオウガテイルが怯んだ隙に、もう一度ヴァリアントサイズを開咬して薙ぎ払った。

 このラウンドファングと呼ばれる技によって、オウガテイル二体は絶命する。

 シスイが始末したオウガテイルのコアを捕喰していると、アリサが近寄ってきた。

 

 

「旧型なりの仕事は出来るようですね」

「まぁ、第一部隊だからね。それに僕は元々、本部の特殊部隊に所属していたし」

「なるほど。それなら納得ですね」

「少しは見直してくれた?」

「私の足は引っ張らないとだけ理解しました」

 

 

 相変わらず見下した口調だが、少しでも仲良くなれたことでシスイはホッとする。彼の本職はゴッドイーターではなく研究なので、データ収集元となる新型神機使いとは仲良くしたいのだ。

 折角なので、ここでもう少し踏み込むことにする。

 

 

「ところでアリサ」

「何です?」

「僕の本業は新型神機の研究なんだ。今度でいいからデータ取らせてくれない? ユウ君は既に何度か協力して貰っているんだけど」

「それで私に何のメリットが?」

「メリットしかないと思うよ? 新型神機のメンテナンスは確立されているとは言い切れないし、形態切り替え機能なんかのチューニングにも役立つはずだよ。つまり、純粋な戦力アップが望めるってことさ」

「ふん。それならいいですよ。精々、役に立ててください」

 

 

 流石のアリサも神機に整備が必要なことぐらいは理解している。神機使いがこうして戦えるのは、整備班がキッチリと仕事しているからだ。そして極東に二人しかいない新型神機使いには楠リッカという整備士が当てられている。

 シスイはリッカと何度か打ち合わせをしつつ、新型神機の整備方法、改良方法を模索している途中だった。今いるユウの神機も二人のお陰で整備できているのである。

 

 

「というか、神機使いの癖に研究もやっているんですか?」

「いや、だから研究が本業だって。元々研究者だったんだけど、神機使いにさせられた。ちなみに、僕が開発した技術も新型神機に使われているんだよ? アラガミバレットの生みの親は僕だからね。リンクバーストもアラガミバレットの応用だし」

「……意外ですね。あなた名前は何て言うんですか?」

「今更……まぁいいや。神崎シスイだよ」

「シスイですか。まぁ、あなたのことは認めてあげましょう」

 

 

 実際に話してみると打ち解けることが出来たので、シスイとアリサも案外相性が良いのかもしれない。基本的に、シスイは理詰めで話すタイプなので、上手く相手に合わせるのは得意だった。

 相手が求める話題を与えれば、相手は納得する。

 アリサの場合、シスイに価値があると認めさせるだけの話を提供すれば良かった。

 

 

「それじゃ、認めてもらったところでシユウの捜索を再開しますか」

「ええ、そうですね」

 

 

 そうしてしばらく歩き回っていると、二人は遂にシユウを発見した。目標である二体のシユウが並んで屋根の上に立っていたのである。周囲を警戒するようにしているため、近づくことは難しいだろう。

 

 

「居ましたよシスイ」

「取りあえずリンドウさんに連絡しますか。おーいリンドウさん」

『……ん。どうしたシスイか?』

「シユウ二体を発見しましたよ。F地区です」

『了解だ。ユウと一緒に向かうから待っていろ』

「早めに来てくださいね」

 

 

 通信を終えたシスイがアリサの方を向くと嫌そうな顔をしていた。どうやら、リンドウを待っているのが気に入らないらしい。そして案の定、アリサは文句を言い始めた。

 

 

「あんな適当な隊長を待っている意味なんてありませんよ。シユウなら私と貴方で一匹ずつで倒せます」

「いや、出来るだろうけど、このミッションは連携の練習も含まれているからね? アリサと同じ新型のユウ君もいる訳だし、待っていようよ」

「……仕方ないですね。貴方が言うなら待っていますよ」

 

 

 傲慢な態度を見せるアリサだが、認めた相手の言うことは聞くらしい。ただ、素直じゃないだけだ。あとは人付き合い自体も苦手なのかもしれない。

 リンドウたちが来るまで待つと決定すれば、彼女は勝手に行動したりしなかった。

 やはり真面目ということだろう。

 リンドウたちはすぐにやってきた。

 

 

「いやー。スマンね遅れて」

「本当です。私たちより先に出撃しておきながらシユウの発見も出来ないなんて、ハッキリ言って無能なんじゃありませんか?」

「おお、こりゃ手厳しい。ところで雲は見つかったか?」

「っ!? ええ見つかりましたよ! 腹の立つことにコクーンメイデン型の雲が!」

「なんかスマン」

「本当ですよ!」

「まぁまぁ二人とも」

 

 

 流石にこれ以上騒ぐとシユウに見つかる恐れがあるので、シスイが間に入って止める。その間にユウはシユウを監視していたので、シスイとユウも相性がピッタリなのかもしれない。

 というか、シスイと相性が良くない人を見つけることの方が難しいかもしれない。

 基本的にシスイは人当たりが良いので、大抵の人に好かれるのだ。

 

 

「仕方ありませんね。シスイが言うなら」

「おおう。上官の俺よりもシスイが敬われていると若干傷つくな」

「リンドウさんに傷つくだけの脆弱さがあったなんて驚きですが」

「いつになくシスイが辛辣だ。隊長は悲しいよ」

 

 

 一通り冗談を言い合ったところで、本来の目的に入る。シユウ二体の討伐ということは、一体に付き二人で当たれるということである。余裕は充分だった。

 

 

「んじゃ行くぞ。俺とユウで一匹、シスイとアリサでもう一匹だ。分断してそれぞれ討伐すること。無理そうなら逃げること。いいな?」

『了解』

 

 

 四人は建物の陰から飛び出し、先程分けた二人チームでシユウを一体ずつ担当する。旧型であるシスイとリンドウは前に飛び出し、新型の二人は銃形態で援護だ。

 まずはシスイがヴァリアントサイズを開咬状態にしてシユウ一体を巻き込み、大きく振るって遠くに弾き飛ばす。そしてすぐに吹き飛ばしたシユウを追いかけた。

 背中を見せたシスイにもう一体のシユウが飛びかかろうとするが、そこをユウの狙撃弾が狙い撃つ。そして怯んだすきにリンドウが接近し、神機を頭部に叩き込んだ。

 

 

「アリサ追撃!」

「任せてください!」

 

 

 シスイの言葉に応えてアリサはアサルト弾を放つ。連射が強みのアサルト弾によって吹き飛ばされたシユウはその場から動けず、シスイの接近を許してしまった。

 

 

「よっと」

 

 

 ヴァリアントサイズが閃き、シユウの翼が引き裂かれる。両断するまでは至らなかったが、これでは滑空も出来ないだろう。さらにシスイは怯んだシユウを飛び越えつつ頭部を切りつけ、更に着地時には重力を乗せた振り下ろしの二撃目をお見舞いした。

 その間、オラクルが切れたアリサは剣形態にして接近する。

 シスイがシユウを引き付けている内にアリサが背後へと回り込み、千切れかかっていたシユウの片翼を完全に両断したのだった。

 

 

「グオオオオオッ!?」

 

 

 叫び声を上げてシユウは光弾をを作り出すが、それよりもシスイとアリサの方が速い。前後からタイミングを合わせて順番に残りの翼を切りつけ、両断してしまった。二つの翼を失ったシユウはバランスを崩して倒れてしまう。

 それと同時にシスイがシユウの胸を切り裂き、アリサが捕食形態でコアを奪い取って勝負は決まった。

 やはり、事前に打ち解けておいたのが功を奏したのだろう。

 二人の連携は初めてとは思えないほど有機的に機能していた。

 

 

「やりましたねシスイ」

「うん。リンドウさんとユウの方も終わったみたいだ」

 

 

 見れば丁度リンドウがシユウの首を吹き飛ばして戦いを終わらせたところだった。ユウの方はずっと銃形態で援護に徹していたらしく、スナイパーを構えたまま遠くで立っている。

 それを見たアリサは小さく呟いた。

 

 

「旧型の割に……やるみたいですね」

 

 

 その言葉はシスイにも聞こえないまま、贖罪の街の空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 非常に上手くいった連携訓練だったが、アリサは様々な部隊と問題を起こしていた。交流を深めるために第一部隊意外との任務がアサインされていたのだが、その度に問題を起こしていたのである。

 そして今日もシスイとユウとコウタで任務を終えてアナグラへと戻ると、アリサと防衛班のシュンが口論を繰り広げていたのである。

 

 

「おいテメェ! 何回も誤射してんじゃねぇ!」

「ふん。貴方が無駄に射線上に入ったんじゃないですか。せめてシスイのように動けるようになってから私と任務に挑んでください」

「んだとコラ!」

「邪魔になる内は旧型同士で遊んでいてください」

「ぶっ飛ばす!」

 

 

 流石にこれ以上は拙いと判断した周囲がシュンを止めに入ったが、アリサは意も介さずに自室へ戻ろうとしていた。その際、目が合ったシスイにアリサは話しかける。

 

 

「任務終わりですかシスイ?」

「ああ、ユウとコウタと一緒にコンゴウを四体ほどね」

「まぁ、貴方のことですからユウの足は引っ張らなかったでしょう。コウタはともかく」

「なんだよ俺はともかくって!」

「あなたは前も接近しすぎてユウに助けられていたでしょう」

「うっ……」

 

 

 少し前にグボログボロを討伐したとき、コウタは前に出過ぎてターゲットされてしまったことがあった。狙われたコウタを庇ってユウが怪我をしたので、強くは言い返せないのである。

 そしてシスイが新型神機使いのデータと取っている関係で、ユウとアリサは一緒にシスイの研究室に来ることが多くなった。シスイという仲介もあって、ユウとアリサの仲は割と良好なのである。

 元々、ユウは新型神機使いなのでアリサ自身もユウについてはそれほど見下していなかったということもあった。

 最後に鼻で笑って去っていくアリサに何も言い返せず肩を落とすコウタ。

 流石にユウが慰める。

 

 

「まぁ気にするなって。いずれはサクヤさんみたいな銃使いになれるさ」

「そう思うかユウ?」

「大丈夫大丈夫。なぁシスイ」

「まぁユウ君が言うなら大丈夫でしょ。というか、バカラリーの癖に落ち込むとか何様」

「シスイが辛辣!?」

「それはいつも通りだな。諦めろコウタ」

 

 

 コウタは慰めるより弄ってやる方が元気になる。

 基本的にはお調子者キャラなので、そこを立ててやればいつも通りだ。

 それよりも、やはり問題はアリサである。

 

 

「一応フォローはしておくか。僕がアリサにちょっと文句言ってくるよ。ユウ君はシュンさんたちにフォローよろしくね。無理そうならリンドウさんを適当に引っ張って行けば大丈夫でしょ」

「分かった。コウタはさっきのミッションを後処理しておいて」

「いいぜ。それぐらいはやっておくよ」

「前みたいな報告書はダメだよ? 『ヴァジュラが乱入して来てマジやばかった』とか今どきの小学生の作文でも見かけない酷さだったし」

「ぜ、善処します」

 

 

 アリサのせいで険悪になるアナグラをシスイとユウでフォローする構図が出来上がり、リンドウからは隊長よりも隊長らしいことをしているなどという言葉を頂くことになる。

 それを聞いたシスイとユウは無言で腹パンを叩き込み、リンドウは五分ほど悶絶するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリサのフォローを続けたり、新型神機使いのデータ収集をしたり、榊博士と相談したり、リッカとヴァリアントサイズの改良をしたりと、アナグラでの生活を続けていたある日。

 シスイはヨハネスに呼び出され、支部長室に来ていた。

 

 

「神崎シスイ。久しぶりの特務だよ」

「久しぶりと言っても一週間前に受けたばかりですけどね」

「それもそうか。今回の相手は第一種接触禁忌種スサノオだ。奴のコアを採取して欲しい。観測班によると愚者の空母で二体も見かけたらしくてね。可能なら二つとも欲しいが、最低でも片方は確実に回収して欲しい。やってくれるね?」

「僕だけですか?」

「ああ、特務の間、リンドウは別任務だ。ソーマも同様だね」

 

 

 神機使いの天敵とも呼ばれるスサノオは、気性の荒さと攻撃の凄まじさから第一種接触禁忌種として指定されている。極東で知られた百田ゲンという神機使いも、スサノオとの戦いによって負傷し、神機使いを引退することになったのだ。

 それが同時に二体である。

 通常なら一人で達成など不可能な任務だ。

 しかし、シスイは頷きながら答える。

 

 

「分かりました。やります」

「そうか。では頼む」

 

 

 シスイは支部長室を出て区画移動エレベーターに乗り、エントランスへと移動する。そしてオペレーターのヒバリの元へと行き、特務を受注した。

 

 

「シスイさん。スサノオ二体の討伐です。気を付けてくださいね」

「分かった。ちなみにリンドウさんやソーマは?」

「リンドウさんはアリサさんとの任務がアサインされていますね。ソーマさんはユウさん、サクヤさん、コウタさんと共にヴァジュラ討伐です……ってあれ? 二チームとも贖罪の街……同じ場所での任務がアサインされているみたいですね。普通は一チームにつき一地区なんですが……」

「みんな第一部隊だし、いいんじゃないかな?」

「そういうわけでもないんですが。一応、後で確認してみましょう。既に皆さん出撃していますから」

「そうだね。まぁあの人たちに限って何かあるとは思えないし心配しても無駄かな」

「そうですよ。それよりシスイさんこそ気を付けてくださいね」

「うん。行ってくる」

 

 

 シスイはそう言って出撃ゲートへと向かい、途中で神機を受け取って愚者の空母へと向かう。遠くにはエイジス島が見えることで有名だ。中がどうなっているのかまでは見えないが、着々と建設が進んでいるということは知らされている。

 この特務も、エイジス計画に利用されるコアということでヨハネスから依頼されていた。

 ヘリに乗って移動し、シスイは愚者の空母へと降り立つ。

 見晴らしの良いこのフィールドではアラガミも発見しやすく、少し離れた場所でスサノオ二体が何かを捕食しているのが見えた。

 

 

(んじゃ。久しぶりに本気で戦おうかな)

 

 

 シスイは両腕の包帯を外し、皮手袋を取って腰のバッグに仕舞う。両腕には黒い鱗のようなオラクル細胞がびっしりと張り付いており、日光に照らされて不気味に輝いていた。

 足音を消してスサノオに近づいていき、軽く飛んで片方のスサノオの背へと着地する。

 

 

「ウオオオオッ!」

 

 

 背中に異物が乗ったことでスサノオはシスイに気付き、振り落とそうとした。だが、それよりも先にシスイが左手をスサノオの背中に当てる。

 

 

「喰らえ」

 

 

 安定していた左腕のオラクル細胞がシスイの命令によって励起し、スサノオのオラクル細胞をゴッソリと捕喰する。背中に大穴を開けられたスサノオはビクンと震えたが、まだ死んではいなかった。

 スサノオは激しく暴れてシスイを振り落とそうとし、もう一体のスサノオもシスイに光弾を飛ばそうとして神機を構える。ボルグ・カムランの盾に当たる部分が、スサノオでは神機になっており、そこからオラクル弾を発射することが出来るのだ。銃形態の神機と同じ能力である。さらに尻尾は剣形態の神機と同じで、尾による攻撃を喰らえば、かなりの大ダメージなること間違いなかった。

 シスイは偏食因子によって強化されている肉体を使い、大きく跳びあがる。

 そしてもう一体の放った光弾を回避した上で、左腕を二体のスサノオに向けた。

 

 

「アラガミバレット射出」

 

 

 左腕から無数のオラクル弾が発射され、雨のように降り注ぐ。神属性のオラクルエネルギーが空母と二体のスサノオを蹂躙し尽くした。

 そしてシスイが着地するころには、結合崩壊を起こしたスサノオが二体、横たわっているだけとなる。ダウンしている今がトドメのチャンスだ。

 

 

「こ・れ・で……どうだっ!」

 

 

 シスイはヴァリアントサイズを最大まで伸ばし、バーティカルファングによって上から下へと咬刃を叩き付ける。そしてそのまま力の限り引き寄せ、クリーブファングによってスサノオ二体を同時に両断した。

 アラガミバレットが無ければここまで簡単ではなかっただろうが、シスイにはそれがある。

 対象を捕食することで、逆算から抗体を作り出し、捕喰時のオラクルをエネルギーとして発射するアラガミバレットは、あらゆるアラガミに対して有効となり得る攻撃だ。例え接触禁忌種が相手でも同様である。

 力尽きたスサノオ二体からコアを回収し、シスイはヒバリに連絡を入れる。

 

 

「ヒバリさん。こっちは終わったよ」

『……』

「ヒバリさん?」

『…………』

「ヒバリさん! どうかしたの? 何があった!」

『……すみませんシスイさん。トラブルがあり、他の地区からの通信に出られませんでした』

「どうかした? 取りあえず任務は完了したけど」

『お疲れ様です。それで問題ですが……』

 

 

 ヒバリはどこか言いにくそうに、間を開ける。シスイとしては何があったのかすぐにでも聞きたかったが、それを我慢して次の言葉を待った。

 

 

『…………第一部隊の皆さんが大怪我をして帰還しました。そして隊長であるリンドウさんは行方不明となっています』

「………………は?」

 

 

 

 それは余りにも衝撃的な内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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EP5 シスイの全力

バトル回


 シスイがアナグラへと帰投すると、慌ただしく働いている職員が目に留まった。どうやら各地でアラガミが活性化しており、その対応で追われているらしい。アラートとアナウンスが次々と鳴っているので、シスイもすぐに状況把握が出来た。

 活性化したアラガミに対する全体指揮を執っていた雨宮ツバキは、帰投したシスイを見つけて呼び寄せる。

 

 

「神崎シスイ! こっちに来い!」

「はい!」

 

 

 駆け足でツバキの元へと近づき、次の言葉を待つ。恐らくは出撃要請だろうと予想していたが、まさにその通りだった。

 

 

「帰投直後で済まないが、貴様にも出撃して貰う。南居住区の対アラガミ装甲壁外周付近だ。あの辺りにアラガミが密集しているそうだが、防衛班の手は既に埋まっている。シックザール支部長からの推薦もあり、貴様の戦力を鑑みて、一人で対処して貰いたい」

「支部長の推薦ですか……それより質問宜しいですか?」

「手短に言え」

「リンドウさんは? 捜索はどうなっていますか?」

「依然、行方不明だ。だが捜索は後回しにする」

「第一部隊の皆は?」

「橘サクヤは動揺して戦場に立てる心理状態ではない。神薙ユウと藤木コウタは負傷しており、出撃は認められない状況だ。ソーマ・シックザールは既に出撃している。アリサ・イリーニチナ・アミエーラは錯乱状態にあり、現在は病室で鎮静剤が施されているところだ。質問は以上か?」

「はい。では僕も出ます」

「頼んだ」

 

 

 本当はもう少し聞きたいことがあった。

 しかし、ツバキの目を見れば『早く行け』と言っているのが分かる。なので諦めて出撃することにしたのだった。オペレーターのヒバリから正式に任務を受注し、シスイは出撃ゲートから飛び出していく。

 そして居住区へと出てから南に向かって全力で走り抜けた。

 爆発音から察するに、アラガミはまだ壁の向こう側らしい。急げば、被害を出さずに済む。

 

 

「間に合ってくれよ!」

 

 

 シスイは一段階ギアを上げて、突風のように走っていく。途中で不安な表情の住民と擦れ違ったが、あまり気にかけている余裕もない。ゴッドイーターの身体能力でも、対アラガミ装甲壁まで数分は走る必要があるのだ。今は一分一秒が惜しい。

 その努力と願いがあったからか、どうにか対アラガミ装甲壁が破られる前に、南の端まで辿り着いた。シスイは装甲壁に取り付けられた梯子を伝って昇って行き、あっという間に装甲壁の上に立つ。

 そこから外を眺めるとかなり悍ましい光景が広がっていた。

 

 

「これは……カオスだね」

 

 

 ヴァジュラが数十体、サリエルが数体、クアドリガ数体、ボルグ・カムランも数体。コンゴウとグボログボロは堕天種を含めて合計三桁近く確認でき、ヤクシャも同様の数だった。さらに、ヤクシャ上位種であるヤクシャ・ラージャの姿も数体ほど見える。小型アラガミに関しては数えるのも面倒だ。

 

 

「僕が一人だけで派遣されてよかったよ。流石にあの力を軽々しく見せたくはないからね」

 

 

 この数をヴァリアントサイズだけで対処するのは難しい。

 シスイは両腕の手袋と包帯を取り去り、本気で戦うことにした。まずは左手を天に突きあげ、空気中のオラクルを収束させていく。アラガミが多数確認できるので、かなりのオラクルを集めることが出来た。

 バレットエディットで言う充填弾と呼ばれるもので、長時間溜めるほど威力を発揮する。

 

 

「空中固定、分裂、下方向射出、ゼロコンマ五秒単位、順次解放」

 

 

 集めたオラクルに命令を与え、それを空中に放り投げる。直径数メートルはあるオラクルの塊が、シスイの手を離れて飛んでいき、アラガミ集団の中心付近上空で停止した。

 そしてオラクル塊は高速分裂を繰り返しながら、下方向へと放射状に射出される。無数のレーザーが雨のように降り注ぐという効果となって、アラガミに全体攻撃を与えた。これによって小型アラガミの殆どが消滅し、中型は結合崩壊を起こす。大型種に関しては少しばかり足止めできた程度だった。

 

 

「流石にもう充填するだけのオラクル濃度がなさそうだね。あとはアラガミバレット頼みかな?」

 

 

 小型を殲滅したことで、眼下のアラガミ集団に付け入る隙が出来た。シスイは装甲壁の上から飛び降りて、近場のクアドリガの上へと着地する。そして即座にミサイルポッドを左手で掴み、捕喰によって一気に抉り取った。

 それによって暴れ始めたクアドリガから飛び降りつつ、シスイは逆演算で抗体を生成し、アラガミバレットに込める。そのアラガミバレットを着地と同時にクアドリガへと放った。

 

 

「行け!」

「クオオオオオオオオオオオッ!」

 

 

 シスイの左手の前にミサイルの形をしたオラクルが収束され、それがクアドリガ頭部に着弾する。排熱器官が結合崩壊したことで、クアドリガが叫び声を上げていた。

 ここでヴァリアントサイズの咬刃を伸ばし、ラウンドファングによって薙ぎ払う。シスイの周囲に居たアラガミは全て吹き飛ばされ、スペースに余裕が出来た。

 

 

「最大負荷、射出」

 

 

 この余裕を有効活用して、シスイは左手に三つのオラクル弾を生成する。それを最大速度で飛ばし、レーザーのようにコンゴウ三体の頭部を穿った。そして流れるように次の三発も生成し、射出して別のアラガミを穿っていく。

 現在、シスイの能力生み出せる最大負荷のオラクル弾は同時に三発が限界だ。この最大負荷オラクル弾ならば、大抵のアラガミを一撃で結合崩壊させられるので、三発しか同時発動できなくとも十分に使える。

 

 

「数が多いね。こういう時はヴァリアントサイズで良かったと思うよ!」

 

 

 ヴァリアントサイズは攻撃範囲が広いことが強みであり、一対多の戦闘で真価を発揮する。咬刃を伸ばした状態で薙ぎ払えば、遠心力も合わさって周囲を一掃できる威力を発揮する。

 シスイはオラクル弾を生成発射しつつ、ヴァリアントサイズを振るって次々と中型種を仕留めていた。途中で捕喰することでバースト状態を維持することも忘れない。両腕がアラガミ化しているシスイの身体能力はかなり高いので、バースト状態では最早手が付けられなくなる。スタミナ回復速度が上昇しているお陰で、体力の消費が激しい開咬状態を長時間維持できるのだ。

 凄まじい力で振り回される死神の刃が、周囲のアラガミを叩き潰し、削り取り、真っ二つに引き裂く。

 アラガミから吹き出る赤い体液がシスイの白衣を染め上げ、かなり恐怖を煽る姿に変えていた。

 

 

「はぁ……く……」

 

 

 段々と口数が減っていき、それに反比例して思考速度は上がっていく。ヤクシャの放つ光線を神機で切り裂き、左手で捕喰してアラガミバレットとして返す。ヴァジュラから奪ったアラガミバレットで広範囲に電撃を浴びせたり、サリエルから奪ったアラガミバレットで強力な貫通性レーザーを放ったりと、多彩な攻撃で無双を繰り広げていた。

 更に、ボルグ・カムランを刺激して尾の回転攻撃を誘発し、アラガミに同士討ちさせるなど、戦術的な立ち回りも忘れない。

 

 

(そろそろオラクルが空気中に溜まってきたかな?)

 

 

 かなりの数を倒したことで、空気中のオラクル濃度が上昇していた。ここまで溜まれば、もう一度大技を使うことが出来る。

 充填する隙を作るために、シスイはスタングレネードを投げた。

 激しい閃光が周囲を包み込み、アラガミたちは一時的に行動不能となる。

 そしてその間にシスイは左手を天に突きあげ、オラクルを充填し始めた。溜まり切るまでの凡そ十秒は充填に集中しつつ、アラガミからの攻撃を避けるしかない。大抵の場合、アラガミがスタングレネードで停止しているのは五秒から八秒だ。残り数秒は隙を晒すことになる。

 

 

「キアアアアアアアアアッ!」

 

 

 ボルグ・カムランが奇声を上げながら迫ってくるのをジャンプで回避し、背中へと着地する。そこへボルグ・カムランを巻き込む電撃の嵐がヴァジュラより放たれた。仕方なくボルグ・カムランを盾にする方向へと逃げ、電撃を回避する。そこへコンゴウ堕天種が容赦なく転がり攻撃を仕掛けて来たのをステップで避けた。更に先のボルグ・カムランが尾の回転攻撃をしてきたので、タイミングを合わせて跳ぶ。

 

 

(溜まり切った)

 

 

 今度は充填オラクル弾を雨のように分裂させるのではなく、大型種を殲滅する破壊力優先で使用する。

 

 

(位置エネルギー変換、着弾と同時に起爆)

 

 

 バレットエディットでは抗重力弾とも呼ばれる特殊な性質を与え、最後に爆発の命令を組み込む。位置エネルギーを別エネルギーに変える抗重力充填破砕弾として、大型種が密集している方向に投げつけた。

 位置エネルギーが速度に変換され、更に速度はオラクルエネルギーに変換される。結果として充填弾は更に膨れながら速度一定で飛んでいき、クアドリガに着弾すると同時に大爆発を起こした。

 

 

「く……っ!」

 

 

 想定以上の爆風のせいで、シスイ本人も軽く吹き飛ばされる。ジャンプ中だったので、踏ん張ることが出来なかったのだ。

 だが、叩きだした結果は凄まじい。

 直撃したクアドリガは半分以上消し飛び、周囲に固まっていたヴァジュラ数匹も瀕死となった。少し離れた場所に居た中型種は軒並み結合崩壊を起こし、小型種に至っては範囲内では全て消滅している。

 安易に使うと自爆の危険すらある威力だ。

 

 

(改良が必要かな。神機使いの偏食因子を判別して、仲間や自分にだけ被害が及ばないように出来ないだろうか? まぁ、後で考えてみよう)

 

 

 シスイの研究分野は新型神機だけでなく、バレットに関するものもある。それゆえ、バレットエディットに造詣が深く、新しい性質のバレット開発にも明るかった。

 だが、ここは戦場である。

 余計なことは考えていられない。

 高速で迫る二体のヴァジュラに狙撃弾をぶつけ、牙を結合崩壊させる。怯んだすきに片方のヴァジュラへと迫り、背後に回り込んで尻尾を切断した。更に追撃を掛けようとするが、ここでヴァジュラが帯電していることに気付き、すぐに飛び下がる。

 そして放電しているヴァジュラは無視して、飛び下がった先に居たヤクシャ・ラージャの砲身を切り捨てつつ、飛び上がって両肩を攻撃し、最後に重力を乗せた振り下ろしを頭に叩き込んだ。合計して三か所を一瞬にして結合崩壊させられ、ヤクシャ・ラージャは呻く。その隙に捕喰形態にして背後からコアを抜き取り、倒すことに成功した。

 丁度ヤクシャ・ラージャを倒した時に、先ほど無視したヴァジュラの放電が終了する。ステップを交えて急接近し、バーティカルファングで二体とも地面に叩きつけた。そのままクリーブファングでヴァジュラのマントを削り取りつつコアを露出させる。そして捕喰によってコアを抜き取り、二体同時討伐を成功させた。

 

 

(次はグボログボロ堕天種!)

 

 

 恐らく煉獄の地下街から出て来たのだろう。

 マグマ適応型グボログボロがシスイに突進をしてきた。それを背面跳びで避けつつ背中に着地し、左手でマグマ適応型グボログボロを喰らう。背中のヒレを食い千切られたことでビクンと震えるマグマ適応型グボログボロから飛び去り、空中で左手を翳しつつアラガミバレットを放った。

 巨大な火球がマグマ適応型グボログボロに直撃して大爆発を引き起こし、全身がボロボロになる。属性的には効果薄めなはずだが、アラガミバレットには抗体が組み込まれている。それによって結合崩壊させやすくするため、これほどの大ダメージを与えることが出来たのである。

 満身創痍なマグマ適応型グボログボロに向かって、咬刃を伸ばしたヴァリアントサイズを振り下ろし、とどめを刺した。

 

 

「はぁ……はぁ……あと何体?」

 

 

 まだ動ける。

 だが一人では限界もある。

 派手に動き回ることで注目を集め、対アラガミ装甲壁に攻撃していたアラガミたちを引き付けることには成功した。だが、これだけ倒しても、まるで倒した気がしない。

 数百体もいたアラガミに一人で挑む時点で、こうなるのは当たり前だった。

 一応、減ってはいるのだが、多過ぎて減った気がしないのである。

 そう考えると一気に疲れが押し寄せた。肉体ではなく精神的な疲れである。神機の方も長時間稼働させ続けたせいで限界が近づきつつある。状況的には意外と拙かった。

 立ち止まるシスイをヴァジュラ、ボルグ・カムランが囲んでいき、上空にはサリエルが二体ほど滞空している。少し離れたところには遠距離攻撃が出来るクアドリガがこちらを狙っていた。コンゴウやグボログボロ、ヤクシャも徐々に集合しており、既にシスイは完全に包囲されている。

 

 

『シスイさん! シスイさん! 大丈夫ですか? 返事をして下さい』

「ヒバリさん? どうかしました?」

『良かった。ようやく繋がりました。先程から何度呼びかけても返事が無かったので』

 

 

 戦闘に集中するあまり、シスイはヒバリの呼びかけにも気付かなかったらしい。冷静になって考えてみると、自分が追い詰められていると分かった。

 白衣も真っ赤に染まっているし、顔にもベタベタした液体が付着している。

 やはり激戦だったということだ。

 

 

「すみません。戦いが激しすぎて連絡どころじゃなかったので」

『大丈夫ですか? 突然シスイさんの腕輪反応が消えたので、ビックリしましたよ。でも生きていてよかったです……』

「……腕輪?」

『はい。アラガミが多過ぎてレーダーで感知しきれないのでしょうか? 理由は不明ですが、こちらにはシスイさんの反応が表示されていないんですよ』

「……」

 

 

 まさかと思い、シスイは自分の右腕を見る。

 すると、ゴッドイーターっぽい信号を発するだけのダミー腕輪がなくなっていた。どうやら戦いの最中に壊れて落としてしまったらしい。

 

 

(あ…………)

 

 

 基本的に自分のアラガミ化は秘密にしている。極東支部で明かしているのは支部長とリンドウだけ――実はペイラー榊も知っているが――であるため、このままでは色々と拙い。

 どうしても隠したい訳ではないが、アラガミ化した人間など早々受け入れられないだろう。実際、フェンリル本部でもそうだったのだから。

 

 

(ダミー腕輪は僕の部屋に予備がある。早くそれを取りに行かないと……)

 

 

 腕輪はダミーであるため、本物に比べると実は壊れやすい。そのため、シスイはちゃんと予備を用意しているのだが、アラガミに囲まれている状況では取りに行くことも出来ない。無理に脱出したとして、ここに自分が居なくなれば、大量のアラガミが野放しとなる。

 このままでは色々と拙い。

 解決策としては、このアラガミ全てを速攻で倒し、自室に駆け込むことだろう。

 そんなことを考えていた時、ズズンと大地が揺れて周囲のアラガミすらよろめく。まるで巨体を引きずるような地響きは徐々に近づいており、シスイはその音の方向に目を向けて溜息を吐いた。

 

 

『あと三十分あれば援軍があると思います。それまで耐えてください!』

「……えーとヒバリさん?」

『はい、何ですか?』

「リッカさんに伝言をお願いできますか?」

『え……? 構いませんが』

「僕の神機、たぶん壊れます。ごめんなさいと伝えてください」

『それはどういう―――』

「ちょっとシャレにならない奴が来ているんですよね」

 

 

 シスイが視線を向けた先に居たのは、世界最大級と言われるのアラガミ。

 無数の触手と高出力のエネルギー砲を武器とするウロヴォロスだった。一般には平原の覇者とも呼ばれ、公式に討伐された記録は非常に少ない。個体数も少なく、生息地もある程度決まっているアラガミだ。

 つまり、普通はこんなところに出現する相手ではない。

 

 

『この反応は……まさかウロヴォロス!? なんでこんなっ!』

 

 

 アナグラのレーダーでも捕捉できたのだろう。ヒバリが悲痛な声を上げる。通信を通して、幾人ものフェンリル職員が騒いでいるのがシスイにも聞こえた。

 更にヒバリの通信は続く。

 

 

『レーダーの索敵範囲を拡大。各地でアラガミの大移動が確認されました。その内の数十体がフェンリル極東支部へと向かっています! 偏食場の照合……完了しました。接触禁忌種テスカトリポカ及び、同系統クアドリガまた堕天種の群れです。凡そ十五分後に極東支部の対アラガミ装甲壁東側エリアに侵入します。タツミさんたちは気を付けてください』

『はは、なら無事に帰投したらデートしてくれないかいヒバリちゃん』

『デートでも何でもしてあげます! どうかご無事で!』

『なら俺も頑張るしかねぇなっと!』

『北部エリア担当の神機使いは駆除が終わり次第、東側エリアへ援護。西部エリア担当の神機使いは駆除が終わり次第、南部エリアの援護に行ってください』

 

 

 状況はかなり悪い。

 特にウロヴォロスが出現した南エリアはシスイが一人で担当しており、クアドリガ系列アラガミの群れが向かっている東部エリアは防衛班が総員で対処に当たってもギリギリの状況だ。

 ちなみに西部エリアではソーマが単体で対処しており、北部には偵察班が駆り出されて対処している。

 まさにアナグラの総戦力が投入されている状況なのだ。

 そして南部エリアと東部エリアへの援護要請も当てにできない。西部エリア担当のソーマは一人戦っているので、どうしても駆除に時間がかかる。そして北部エリア担当の偵察班は、ゴッドイーターとしての戦力を期待できないと考えた方が良い。基本的に、彼らは討伐犯や防衛班よりも実力が一段下なのだ。

 そう考えれば、より戦力が整っている東部エリアにクアドリガ系列の群れが集まっているのは運が良かった方なのかもしれない。

 

 

「ともかく、僕もウロヴォロスをどうにかしないとね」

 

 

 ウロヴォロスの放つ大口径ビームが対アラガミ装甲壁に直撃でもしたら一溜まりもない。一撃ならば耐えきれるだろうが、ウロヴォロスのビームは必殺技ではなく常用技なのだ。何度も撃たれ続ければ、頑丈な対アラガミ装甲壁でも耐えきれない。

 アラガミでも上位に属するウロヴォロスが出現したせいか、周囲のアラガミは少し大人しい。下位のアラガミが上位のアラガミに獲物を譲るような行動を見せることがあるというのは、以前から偶に確認されている現象だ。今も、ウロヴォロスが出現したことでその現象が起こっていたのである。

 図らずとも、ウロヴォロスとの一騎打ちに近い状況となったのは幸運だった。

 

 

「神機のリミッター解除。暴走開始」

 

 

 シスイは自分のオラクル細胞を操ることで神機に施されているリミッターを外し、普段は抑えられている神機の捕喰本能を暴走させた。この状態になると神機が神機使いを侵食し始めるのだが、既に腕がアラガミ化しているシスイならば侵食を無効化できる。

 暴走することでオラクルが異常活性を始め、金色に輝きながら漏れ出し渦を巻く。だが、漏れ出すだけでなく、暴走した捕喰本能で周囲のオラクルを喰らい、回復もしていた。

 このようなオラクルの噴出と回復を高速で繰り返せば、神機はすぐに壊れてしまう。制限時間は長く見積もっても一分だろう。その後、神機は確実に壊れる。

 しかし、メリットもある。

 オラクル細胞が異常活性しているということは、神機の使用者に凄まじい身体能力を授けるということに等しい。更に捕喰性能がアップしているので、神機の攻撃力も急増している。

 つまり、一分限定で超強化が出来るということだった。

 

 

「一分以内にウロヴォロスと他のアラガミ全てを倒す!」

 

 

 シスイは黄金に輝くオラクルが纏わりついた神機を構え、一気に踏み込んだ。

 その瞬間、地面が陥没し、突風が吹く。

 通常の神機使いがバースト状態になっても遥かに及ばない圧倒的な身体能力で移動しているのだ。僅か数秒で遥か遠くにいたウロヴォロスの元へと辿り着き、慣性力を加えたバーティカルファングをお見舞いする。咬刃が通常の何倍も伸ばされたヴァリアントサイズを、ウロヴォロスの正面から振り下ろしたのだ。超強化されている攻撃力によって、ウロヴォロスの右肩から咬刃が食い込み、巨体の半分まで刃が通る。

 

 

「外れた」

 

 

 本当は頭部にバーティカルファングを叩き込むつもりだったが、身体能力に振り回されて外してしまった。しかし、止まっているわけにはいかない。このままヴァリアントサイズを力の限り引っ張り、クリーブファングによってウロヴォロスの体を削り取る。

 

 

「ヴォオォォォオオォオォッ!?」

「はああああああああああっ!」

 

 

 耳を塞ぎたくなるようなウロヴォロスの絶叫を無視して、シスイは引き戻したヴァリアントサイズをもう一度伸ばす。そして咬刃で横向きに薙ぎ払うラウンドファングを使い、ウロヴォロスの右側から攻撃を叩き込んだ。

 先の一撃でウロヴォロスの右肩から身体の中心部までは大きな切込みが入っており、そこに右側から横向きの切込みを追加されたらどうなるかは簡単に予想できる。

 縦、横向きからそれぞれ切り裂かれたことで、ウロヴォロスの右半分は綺麗に抉り取られた。

 大ダメージを負ってダウンするウロヴォロスの下敷きにならないように、シスイは今いる場所から離れつつ神機を捕喰形態に変える。そして一瞬でウロヴォロスの右側に回り込み、抉り取られた部分から捕喰形態を侵入させてコアを喰い千切ったのだった。

 十三秒でウロヴォロスの討伐完了である。

 

 

(まだ行ける!)

 

 

 神機の暴走は、引き起こせても止めることは出来ない。

 少なくとも、今のシスイには暴走神機を停止させる方法がない。つまり、このまま神機が壊れるまで戦い続けなければならないのだ。

 長くても残り四十七秒である。

 今の内に、大型種だけでも片付けておかなければならない。

 シスイは再び加速してアラガミの大軍へと飛び込んでいき、黄金のオラクルを放出しながら、次々と大型種をメインに屠り始めた。ラウンドファングの一振りでヴァジュラは上下真っ二つになり、左手から放つオラクル弾がクアドリガを吹き飛ばす。サリエルを左手で捕喰し、アラガミバレットとして放つ無数のレーザーが中型種を殲滅していた。

 そしてシスイは暴走するオラクル細胞に任せた圧倒的身体能力で全ての攻撃を置き去りにし、アラガミたちは反応すら出来ずに活動を停止する。

 

 

「ここ……までみたいだね」

 

 

 神機の暴走開始から四十八秒経って、遂にシスイのヴァリアントサイズが砕けた。それに伴って神機本体にも亀裂が走り、内部のオラクル細胞が変質してボコボコと黒い塊になる。

 神機の専門家であるシスイには分かる。

 既にこの神機は修復不可能なほどのダメージが入っていると。

 

 

「ぜぇ……ごふっ!」

 

 

 そして傷ついていたのは神機だけではない。あれ程の運動能力を発揮した以上、シスイ自身にもダメージが入ることになるのだ。血を吐き、片膝をついて蹲る。

 残っているアラガミは中型種が十六体。コンゴウ、グボログボロ、ヤクシャと各堕天種である。まだ倒れるには早すぎる。

 シスイはポーチから回復錠を取り出して口に含み無理やり回復させた。

 

 

「はぁ……全く。僕の本業は研究だっていうのに」

 

 

 部分的にアラガミ化しているお陰で、シスイの回復力は通常よりも高い。内臓にまで致命的なダメージが入っていたにもかかわらず、既に動ける程度までは回復していた。回復錠の効果があったからとは言え、かなり異常な事である。

 立ち上がったシスイは、両腕にオラクルの刃を出現させた。

 神機が無くなった以上、アラガミ化の力を使うしかない。この力を使うのも限界に近いのだが、生き残るためにシスイは無茶を通した。

 最後の力を振り絞って、シスイはオラクルの刃を振るう。三本の爪のような刃がシスイの腕に追随し、その腕が振るわれるたびにアラガミが切り裂かれた。また手から捕喰してアラガミバレットを作り出し、残る中型種を殲滅していく。

 危険な大型種が消え去った以上、この程度の中型種ではシスイを止めることなど出来なかった。

 こうして更に五分後。

 フェンリル極東支部、対アラガミ装甲壁南部エリアのアラガミは完全に掃討されることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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EP6 洗脳

 依然、緊迫した状態が続いているアナグラでは、多数のフェンリル職員が様々な機械をフル稼働させつつ働いていた。オペレーターのヒバリが負担する労力も既に限界近く、ツバキが補佐に入っているほどである。

 それだけでなく、現在のアナグラ内はある理由で言い争いも起きていた。

 

 

「俺も出撃させてくださいツバキ教官!」

「ダメだといっているだろう神薙ユウ。貴様は傷が深すぎる。行っても邪魔にしかならん」

「く……シスイの安否も不明なのにっ!」

 

 

 右腕を骨折し、身体に凍傷を負った神薙ユウは自分の不甲斐なさに苛立っていた。

 先のミッション中にトラブルが発生し、アリサが錯乱。そしてリンドウをアラガミと共に閉じ込めてしまうという事件が起こった。同時にプリティヴィ・マータと命名されたアラガミに囲まれ、撤退するも大怪我を負ってしまったのである。ソーマが殿を務め、ユウが錯乱するアリサを、コウタがリンドウを助けようとするサクヤを連れて帰投する際中、二人はアリサとサクヤを庇ってプリティヴィ・マータの攻撃を受けることになった。

 結局、軽症で帰投できたのはソーマだけだったのである。

 さらに、すぐにリンドウを救出するために神機使いを派遣するつもりが、今のように活性化した多数のアラガミによって極東支部が襲われる事態が発生したのである。

 神機使いが不足している中、極東支部全てを守り切るのは難しい。

 結局は個人の才に頼ることになってしまい、南部はシスイを、西部はソーマ一人を派遣することで現状維持している状態だった。シスイとソーマに関してはヨハネス・フォン・シックザール支部長の推薦という名の命令で決まったことであり、ツバキにはどうしようもなかった。出来るとすれば、他のエリアでの戦いをすぐに終わらせて援軍を送るぐらいである。

 だが、その前に南部エリアでは異常が発生していた。

 見たこともないほどにオラクルが活性化し、レーダーが正常な反応を示さなくなったのである。南部エリアでは超弩級アラガミ、ウロヴォロスが確認されたばかりだった。レーダーに異常が発生して以降、通信障害によってシスイとも連絡を取ることが出来ず、ヒバリは他エリアのオペレートをこなしつつも涙目でシスイに呼びかけ続けていた。

 

 

「レーダー班! まだ異常は直らんのか!」

「申し訳ありません雨宮三佐。これはレーダーの異常ではなく、現地の異常です。徐々に活性化オラクルは減っていますが、こちらからではどうしようもありません!」

「東部エリア担当の防衛班から確認に回せるか?」

「無理です。テスカトリポカを中心としたクアドリガ系列アラガミとの戦闘が始まりました」

「ダメかっ!」

 

 

 バンッと拳を机に叩き付けるツバキ。

 悔しさで噛んだ唇から血が流れる。

 

 

「ツバキ教官。やはり俺が」

「ダメだと言っているっ! 神薙ユウ、貴様は極東支部で唯一の新型神機使いだ。ここで死ぬのは許さん」

「死にません!」

「その傷で何が出来る! 役に立ちたいなら、今は少しでも休んで傷を癒せ!」

「シスイの様子を確認しに行くだけです!」

「どうせ貴様はシスイの戦闘を見れば飛び出すことになる。認められん」

「ぐ……」

 

 

 ユウは全く言い返せずに黙り込む。例え傷だらけの体だったとしても、シスイがピンチならば助けに飛び出してしまうだろう。その光景が自分でも容易に想像できた。

 シスイが強いのは知っているが、数百体のアラガミとウロヴォロスが相手ではどうなるか予想できない。年も近く、仲が良かったシスイを助けることが出来ないことにユウは悔しさを感じた。

 

 

(肝心な時に動けなかったら、新型だったとしても意味がないじゃないか!)

 

 

 ある種の絶望がアナグラ内に漂い始めていた。

 誰も諦めることなく抗ってはいるが、極東支部史上初とも言えるほどのアラガミに、皆が心を疲弊させていたのである。また、極東支部最強だった雨宮リンドウの行方不明も重くのしかかっていた。

 今日でアナグラは滅びるかもしれない。

 そんな思いすら過り始めたとき、レーダーに変化が起きた。

 

 

「これは……極東支部に集結していたアラガミが次々と撤退していきます」

 

 

 そう言ったヒバリが各エリアの神機使いに確認を取ると、激しい猛攻を仕掛けて来たアラガミが、急に何処かへと逃げて行ったという。

 

 

『こちらタツミ。テスカトリポカはどこかに行っちまったぜ。クアドリガも一緒に消えちまった。どうなってんだヒバリちゃん?』

『こちらソーマ。西エリアのアラガミもどこかに逃げやがった。まるで新しい別の獲物でも見つけたかのような動きだったぜ』

『こちらユウキ。北部のアラガミも逃げたみたいです。助かりました。流石に僕ら偵察班には荷が重いですって』

『こちらシスイ。南部のアラガミは殲滅しました』

「はぁぁ……皆さん無事で良かっ――え?」

 

 

 ヒバリが安堵しかけた時、この場に居た皆が違和感を覚えた。

 通信の最後に何か色々おかしい報告が聞こえた気がしたのである。

 

 

「シ、シスイさん!? 無事だったんですか!」

『僕自身は無事ですよ。ただ、神機が完全に破損しました』

「あと殲滅したとか聞こえましたけど……」

『はい。ウロヴォロスを含めた全てのアラガミを殲滅ました』

 

 

 とても信じられない報告に皆が唖然としていると、ここで異常をきたしていた南部のレーダーが元に戻った。レーダー班がすぐに解析し、巨大ディスプレイに映し出す。

 

 

「南部エリアの半径数キロにはアラガミ反応がありません。全滅しているものと思われます」

 

 

 その結果を聞き、アナグラに居たフェンリル職員は誰もが安堵した。人当たりの良いシスイは、ゴッドイーター以外のフェンリル職員とも比較的交流があり、心配している者が多かったのだ。

 だが、まだ作戦は終わったわけではない。

 一番に気を引き締めたツバキを声を張り上げる。

 

 

「まだ油断するな! 神機が破損したシスイは引き上げろ。東の防衛班から数人ほど南に回し、後一日は警戒を怠るなよ」

『了解』

 

 

 この場だけでなく、通信の向こう側からも返事が聞こえる。

 だが、ツバキは安堵する一方で別のことも考えていた。

 

 

(リンドウ……)

 

 

 この騒ぎで捜索を断念せざるを得なかった弟リンドウである。公私は弁えているが、それはイコール感情が無いわけではないのだ。ツバキは表情を崩さないまま指揮を取りつつも、人知れず拳を握り締めていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 帰投した血濡れのシスイを見て、アナグラに居た誰もが驚いた。殆どが返り血なのだが、何も知らずに見れば驚愕ものである。シスイは腕輪が消えた右腕を背中に隠しつつ、困ったような表情で説明した。

 

 

「返り血ですよ。取りあえず部屋に戻ってシャワーを浴びても良いですか?」

 

 

 まだ警戒が続いている中で褒められた行動とは思えないが、流石に全身が血塗れではダメだと言いにくい。また、南部エリアのアラガミを殲滅したことも確かなのだ。それぐらいは許されるだろう。

 破損した神機も向こうに置いたままということもあり、これ以上はシスイを戦力として数えることは出来ないと判断され、ツバキから特別に休憩が許可されたのである。

 シスイは右腕を真っ赤になった白衣の中に隠しつつ小走りで部屋に戻り、全身の血を洗い流してから予備のダミー腕輪を装着する。

 すると、そのタイミングで扉がノックされた。

 

 

「シスイ、居るか?」

「ユウ君?」

 

 

 声から扉の向こうにいるのはユウだと判断して、シスイは鍵を開ける。そして扉を開くと、暗い表情を浮かべたユウが立っていた。骨折した右腕を吊り、身体の所々に包帯が巻かれている。かなりの重傷だった。

 

 

「どうかしたの?」

「いや、その……役に立てなくて済まなかった」

「……」

「新型だって言われて、みんなより強い神機を与えられて……でも肝心な時に動けなくて」

「それは怪我だよね? なら仕方ないでしょ。幾らフェンリルでも怪我人に働かせるはずないよ。それにエリックさんの時も言ったよね? 君は手を広げ過ぎているよ。自分の手で守れるのは届く範囲だけ。欲を出してしまえば、守れるものすら零れ落ちる」

 

 

 新型でも旧型でも、人間に届く範囲は決まっている。個人差はあれど、全てに届き得る手を持った人間など絶対に居ない。フェンリル本部で厳しい世界を生きてきた経験のあるシスイには、それが身の底まで染みついていた。

 

 

「ユウ君。今の君は一番近い範囲になる自分すらも守れない怪我人だよ。他人に手を伸ばす余裕は無かったってことさ」

「けど俺はそれでも多くを守りたいんだ。そのために神機使いになった!」

「僕にも目標はあるよ。そのために研究者をしているし、ゴッドイーターとしても働いている。けど、目標を達成するためには絶対的に力が足りないと感じている」

「シスイでも……なのか?」

「焦らなくていいさ。僕たちには頼りになる先輩もいる。忘れているかもしれないけど、君はまだ就任して一か月も経っていない新人なんだよ? 僕もメンテナンスでは君を助けるよ。本来はそちらが僕の仕事なんだけどね」

 

 

 ユウとて聖人ではないし、アラガミが蔓延る世界の厳しさは理解している。助からない人もいれば助かる人がいることも知っている。頭では自分の器を理解しているのだ。所詮、自分ではこの程度のことしか出来ないのだと分かっている。

 しかし感情が許せない。

 新型として期待されているということもあり、ユウには納得できなかった。

 それを理解しているシスイは、更に言葉を続ける。

 

 

「今回の迎撃作戦でかなりのゴッドイーターが負傷しただろうね。死んだ人もいると思う。少なくとも、命を張って守ってくれたわけだ」

「それは……俺が弱かったからなのか?」

「そうだよ。先輩たちは弱い人を守るために命を張った。でも、僕たちだっていずれは後輩が出来るだろう? その時はきっと、僕たちが弱い後輩のために命を張るんだろうさ。リンドウさんのようにね」

「……そうか」

「まぁ、今回は僕も死ぬかと思ったけどね」

 

 

 実際、数百体のアラガミと戦闘してきたのだ。

 珍しくシスイにも疲労は溜まっている。

 だが、休むよりも先に第一部隊に何があったのか、それを確認しておきたかった。

 

 

「ユウ君。病室に行って皆のお見舞いに行こう。僕もリンドウさんに何があったのか、詳しく聞きたい」

「分かった」

 

 

 二人は居住区画から移動して病室へと向かう。今は外も落ち着いて、怪我をしたゴッドイーターたちが運び込まれているところだった。シスイとユウは邪魔にならないように通路の端を通り、コウタやアリサやサクヤが寝かされている病室に向かったのだった。

 

 

「ここだよ」

 

 

 ユウはそう言ってから数回ノックする。すると向こうからサクヤと思しき声が帰ってきたので、扉を開けて二人は病室に入った。

 

 

「あら? ユウにシスイ」

「サクヤさん……落ち着きましたか?」

「ええ。正直整理しきれないけど、少しは落ち着いたわ。ユウも怪我はいいの?」

「良くはないですね」

 

 

 今回のトラブルで、実際に怪我をしたのはユウ、コウタ、ソーマの三人だった。その中で重傷だったユウとコウタは強制入院させらえている状況である。ユウは動けるようになって無理やり飛び出したが、本来はまだ病室で寝ていなければならない立場だった。ちなみにコウタはまだ眠っている。

 一方で取り乱していただけのサクヤは、身体的な不調はない。

 ただ、心理的な要素を鑑みて出撃を停止させられていたのである。

 同じく錯乱していたアリサは重症で、鎮静剤が無ければ常に泣いたりうわ言が止まらなかったりする。現在は主治医の大車ダイゴによって、眠らされている状況だった。

 一通り、現在の状況を確認したシスイは、改めて本題に入る。

 

 

「サクヤさん。それで一体何があったんですか?」

「あの時シスイだけは居なかったものね。まず、私たちは同じ地区で別任務を受けていたの。どんな任務だったかは割愛するけど、それで私、ソーマ、ユウ、コウタのチームとリンドウ、アリサのチームが鉢合わせたのが始まりだったわ」

「ああ、そう言えばヒバリさんも変だといっていましたね。僕が任務を受けるときに他の第一部隊のメンバーがどんな任務を受けたのか聞いたのですが、贖罪の街でブッキングしているという話でした」

「それを知っているなら話は早いわね。それで―――」

 

 

 シスイはサクヤの言葉に耳を傾け、何が起こったのかを詳しく聞く。

 教会を探索していたアリサがいきなり錯乱し、アサルトを乱射してリンドウを閉じ込めた話を聞いた時は、流石のシスイも声を上げて驚いた。アリサの態度が悪いのは事実だったが、上司を閉じ込めるような暴挙に出るとは考えられなかったのである。

 更に悪いことに、リンドウが閉じ込められた場所にはあるアラガミが居た。ヴァジュラの近親種でプリティヴィ・マータと名付けられた白いアラガミは、教会の外にも大量に出現したのだという。

 実を言えば、サクヤたちも外を警戒していたので詳しいことは分かっていない。

 だが、その時は大量のプリティヴィ・マータに囲まれ、それどころではなかったという理由もある。リンドウを閉じ込めた瓦礫から離れようとしないサクヤと、へたり込んだアリサをコウタとユウが連れて行き、ソーマが道を開きつつ殿も務めることで撤退できた。

 その時、ユウとコウタはそれぞれアリサとサクヤを庇い、アラガミの攻撃を受けて大怪我を負ったということである。

 

 

「それで、アリサも今は鎮静剤のお陰で眠っているけど、運び込まれてすぐは大変だったのよ? 凄い力で暴れ出すし、うわ言も止まらないし、突然泣き出すし」

「なるほど。アリサは元々、精神的な疾患にかかっていたそうです。その関係かもしれませんね。今の時代にはトラウマになる奴が無数にいますから」

「アラガミね」

「親兄弟を喰われたってところでしょう。良くある話です。ゴッドイーターの中にもトラウマを持ったまま戦場に立たされ、錯乱して戦死した話は珍しくありませんよ。本部ではよくあることでした。あそこは孤児を無理やりゴッドイーターにして次々と戦場に送っていますからね。適切な精神治療など施されません」

「あなたもそうだったのシスイ?」

「……いえ、僕の本業は研究ですから。それなりに優秀だったので」

「あなたそう言えば新型神機の研究員だったわね」

「だからそっちが本業ですよ。おまけみたいに言わないでくださいって」

 

 

 実を言えば、シスイは本部でもかなり前線に送られていた。極東に比べればイージーすぎる前線だったが、毎日のように誰かが死ぬ戦場だったのは覚えている。アラガミ化したシスイを合法的に処分する意図が透けて見えるようだった。

 その後、相殺された偏食因子を操作することであらゆる神機を扱えるという異能を見込まれ、フェンリル情報管理局の特務部隊に配属されることになるのだが、今はどうでも良いことだ。

 ともかく、精神的に不安定なゴッドイーターが戦場に立った時の問題が今の論点である。

 

 

「ともかく、アリサは目覚めても戦場には戻れないかもしれませんね。戻れたとしても、間接的にリンドウさんが行方不明となっている現状を作り出したわけですから、完全に針の筵ですよ。すぐに異動が命じられるでしょうね」

「そうね。それが私たちにとっても、アリサにとっても一番だと上は判断するわ」

 

 

 アリサに精神疾患があるとすれば、今回の件も責めにくい。内心ではアリサを責める気持ちが燻っているのも確かな事実だが、それと同時に理性が歯止めをかけるのだ。

 話を聞いていたユウも苦々しい表情を浮かべているし、サクヤも煮え切らない様子を見せていることから明らかだった。

 

 

「少なくとも、アリサが目覚めるまでは進展しそうにありませんね」

「けどシスイ。今のアリサはかなり不安定なんだろ? 鎮静剤なしでも大丈夫なのか? 俺も錯乱しているアリサを見たけど、かなりヤバかったと思う」

「こういうのは気持ちが大事だ。こちらは焦らず、じっくりと対応しなければ始まらない。アリサには余裕がない状況だからね。僕たちが合わせてあげないと。差し当たって、手でも握って気持ちを送ってあげるのはどうかなユウ君?」

「……何で俺?」

「君が新型だから」

「あら、面白そうね」

「サクヤさんまで……」

 

 

 何故か悪ノリし始めたサクヤの押しもあり、ユウは逃げ道を塞がれる。眠っている女性の手を勝手に握るといわれると犯罪臭が漂ってくるが、今のユウに選択権などなかった。

 とは言え、シスイの言葉にも一理ある。

 手を握って思いが伝わるというのは、昔から偶に囁かれている現象だ。もしかしたらという思いがユウの中にもあったのである。

 ユウは座っていた椅子から立ち上がり、足音を立てずにそっとアリサのベッドまで近寄った。右腕は骨折しているので、左腕を伸ばし、アリサの手に触れる。

 

 

『もういいかい』

『まーだだよ』

『もういいかい』

『まーだだよ』

『アラガミだ! 早く逃げろ!』

『いやぁっ!』

『パパ……ママ……っ!』

 

『いいかい? これが君のパパとママを殺したアラガミだよ?』

『アラ……ガミ』

『悪ーいアラガミはやっつけなきゃいけない』

『アラガミ……倒す』

『そう、簡単だよ。銃口を向けてこう言うんだ。アジン・ドゥバ・トゥリー』

『アジン・ドゥバ・トゥリー……』

『そうだ。そう言って引き金を引くだけで君は強くなれるんだよ』

『アジン・ドゥバ・トゥリー……』

 

 

 追体験するような映像がユウに流れ込む。だがそれは一瞬の出来事であり、すぐに現実へと戻された。茫然としたユウは思わず呟く。

 そして更に驚くべきことが起こった。

 

 

「ユウ……ですか?」

 

 

 鎮静剤と睡眠薬で眠らされていたばかりだったアリサが目を覚ましたのである。一瞬だけユウの方を見た後に目を閉じたが、確かに目を覚ましていた。

 再び静かな寝息を立て始めたアリサに目を遣りつつ、ユウは言葉を漏らす。

 

 

「今のは……?」

「感応現象だね? 何か見たんだろう?」

「知っているのかシスイ!?」

 

 

 ユウの疑問に答えたのはシスイだった。

 食いつくように聞き返すユウに、シスイは落ち着いた様子で答える。

 

 

「新型同士で偶に起こるとされている現象だよ。特有の感応波が影響し合い、昔の記憶や現在の気持ちを言葉なく伝えることが出来るそうだ。取りあえず何を見たのか言ってくれる? サクヤさんも訳が分からなそうな顔をしているし」

「え、ええそうね。お願いするわ」

「分かりました。俺が見たのはアリサの記憶と思しき映像です」

 

 

 ユウは今見た光景を出来るだけ詳しく語る。

 かくれんぼをしていた時に両親が目の前でアラガミに喰われた光景。そしてその時に見た黒いヴァジュラ。更に洗脳によって、親の仇である黒いヴァジュラがリンドウにすり替えられていた光景まで、ユウは全てを語った。

 

 

「なるほどね。大方予想通りだったけど、そんなことまでしていたとは」

「洗脳……まさかそんな……」

「サクヤさんがそう思う気持ちは分かります。ただ、映像がぼやけて分かりにくかったんですけど、洗脳していた奴にどうも見覚えが――」

 

 

 するとここで病室の扉が開き、同時に煙草の異臭が漂ってくる。目を遣ると、白衣を着て煙草を咥えた怪しすぎる中年の男が立っていたのだった。

 ユウはその男を見た瞬間、大声で叫ぶ。

 

 

「コイツだっ!」

『え?』

「こいつです! アリサを洗脳していた男だ!」

 

 

 『アリサを洗脳』の部分を聞いて明らかに動揺する中年の男。シスイはすぐに動いた。連戦の後で疲労が溜まっていても、ただの中年男が偏食因子を取りこんだシスイの身体能力に対抗できるはずがない。

 怪しい男は一瞬で取り押さえられ、床に叩き付けられた。

 

 

「ぐあっ!?」

「お前は確か……大車ダイゴだったか。アリサの主治医だっけ?」

「ぐ……そうだ! いきなり何をする」

「まぁ、病室でタバコを吸っているような医者なんて信じられないけどね。アリサを洗脳し、黒いヴァジュラとリンドウさんを記憶からすり替えたのは何故かな?」

「……何の話だ?」

「大車ダイゴさん。極東のアラガミは世界最強ということで有名なのは知っていますか? ところで、今の時代には絶対に証拠が残らない処分方法というのがあってですね―――」

「何でも聞いてくれたまえ!」

 

 

 呆れるほどの掌返しである。

 どうしようもないほどの小者臭すら漂っていた。

 ともかく、シスイはダイゴを押さえつけながら問いただす。

 

 

「さっき、そこにいる神薙ユウ君が感応現象でアリサの記憶を読み取った。その時に君がアリサを洗脳している映像が見えたらしくてね。これは事実かな?」

「そ、そうだ」

「誰からの命令だった?」

「……」

「答えられないかな?」

「そ、それは……」

 

 

 口籠るダイゴはかなり悩んでいるように見えた。このまま何も言わなければ、人知れずアラガミの餌にされるかもしれない。だが、言ってしまえば自分が処分されるのは確定的である。

 必死に思考を巡らせるが、所詮は小者でしかないダイゴにはこれが限界だった。

 だが、そんな風に悩むダイゴを見て、シスイは拘束を解いた。手を放してダイゴから離れたことにユウとサクヤは驚いたが、この中で誰よりも驚いているのはダイゴ自身だった。

 茫然としつつも起き上がるダイゴにシスイは冷たく告げる。

 

 

「答えられないならどこへでもどうぞ。僕が聞きたいことはもうありませんよ」

「何……?」

「シスイ!」

「ちょっとシスイ!」

 

 

 これにはユウとサクヤが反論するが、シスイは手で制する。有無を言わせない雰囲気を発するシスイに、二人は黙るしかなかった。

 ダイゴもシスイに言われたことを理解し、逃げるようにして病室から出ていったのだった。

 そしてダイゴが出ていったあとの自動ドアが閉まると、改めてサクヤが問い詰める。

 

 

「どういうことシスイ? 説明してくれるんでしょうね?」

「勿論ですよサクヤさん」

「なら、何故あの男を逃がしたの?」

「黒幕が分かったからです」

 

 

 何でもない風に重要なことを述べるシスイにサクヤは言葉を詰まらせる。あの質問だけで黒幕が分かったなどと言われても理解不能だ。それはユウも同意だったのか、再びアリサの手を握りつつシスイに問いかける。

 

 

「どういうこと?」

「ダイゴは僕が『誰からの命令だった?』と聞いた時、口を閉ざしましたね?」

「そうだな」

「そうね」

「ということは、少なくともダイゴの独断専行ではなく、確実に黒幕がいるということになります。そしてアリサの洗脳を鑑みれば、ロシア支部に居た時からダイゴの手が及んでいたと推察できます?」

「なるほど」

「理屈は通っているわね」

「それで、アリサをロシア支部から連れてくる前から、リンドウさんをアリサで始末しようとする計画は始まっていたわけだと分かる。更に、ロシア支部からアリサを連れて来たのは誰でしたか?」

「誰って……神機使いの異動は支部長しか――」

 

 

 サクヤはそこまで言ってシスイの言いたいことを理解する。

 フェンリルの各支部において、神機使いの異動は支部長に権限があるのだ。これだけの情報を与えて貰えたなら、誰だって黒幕を推察できる。

 

 

「そういうことですよサクヤさん。もっと言えば、今回アリサを連れてくるのに結構な無理をしているとリンドウさんが言っていました。エイジス計画を盾にして強引に引き込んだという話です」

「まさか……そんな……リンドウが支部長に?」

「絶対ではないですが、十中八九アタリでしょうね」

「それが分かったからシスイはあの医者を逃がしたのか。いやでもシスイ、だからと言って大車ダイゴって医者を逃がしていい理由にはならないだろ? なんで逃がしたんだよ。シスイがあいつを尋問したって証言されたら不利になるのは俺たちだぞ?」

 

 

 ユウの言葉は尤もである。

 だが、シスイはそれにも冷静な口調で答えた。

 

 

「あのまま取り押さえていても、僕たちにはどうしようもないよ。脅してみたけど、実際にそんなことを実行できるわけないだろう? 人の目を掻い潜ってアラガミに食わせるとか無理だって。でも、こうして逃がしておけば勝手に始末されるよ。不当に尋問されたと証言されても、僕たちが本当のことを言えば困るのは向こう側だ。揉み消そうにもアナグラの皆が知っている状況証拠が揃いすぎているし、支部長も大車を見限るはずだよ。トカゲの尻尾切りって奴だね」

「あなたそんなことまでよく頭が回るわね……」

「伊達に本部の魔窟を生き残ってきた訳ではないので」

「察したわ」

「ともかく、大車は勝手に始末される。だから僕たちは気にしなくてもいいよ。それよりも問題は現在進行形で行方不明なリンドウさんだね」

 

 

 現在、アラガミから大規模攻撃を受けて極東支部全体が警戒態勢を取っている。とてもリンドウを捜索できる雰囲気ではないので、探せるとしても早くて明日からだろう。腕輪に偏食因子を供給するタイムリミットを考えれば、急がなくてはならない状況だ。

 ユウ、コウタ、アリサはすぐに復帰できない状況なので、動くとすればシスイとサクヤになる。

 その日は看護師のヤエに追い出されるまで、リンドウ救出のために話し合いを続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




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EP7 大侵攻の裏

 

「集合フェロモンの実験は半分成功、半分失敗といったところだ。あれは現状で使えば、余りにも効果が高すぎる。呼び寄せるアラガミも強力なものばかりだ。また、この辺りには生息していないはずのヤクシャ、ヤクシャ・ラージャ、さらにウロヴォロスまで呼び寄せてしまっている」

『ふむ。それは問題だ。だが今はどうでもいい。雨宮リンドウと神崎シスイは始末できたのか?』

「雨宮リンドウは恐らく。死体の確認が出来ない以上、絶対ではないがね。ただし、神崎シスイは怪我もなく帰ってきたよ」

『ちっ……化け物め』

「一人でアラガミの群れに放り込んだのが悪かったのかもしれないな。どうやら力を使ったらしい。奴はアラガミ化の力を隠すつもりはないようだが、誰彼構わず見せたりもしない」

 

 

 支部長室にて、ヨハネス・フォン・シックザールは誰かと通信をしていた。テレビ電話の画面には『unkown』と表示されており、声だけが聞こえている。

 だが、その内容は実に怪しいものだった。

 

 

「それと大車ダイゴは失敗したようだ。ボロを出す前にこちらで始末する」

『構わん。あの程度の奴なら幾らでも替えは効く』

「近いうちにアーク計画も暴かれる可能性がある。ノヴァの完成は急いでいるが、脱出用ロケットの方はどうなっている?」

『千人分の箱舟は既に準備完了している。各地のロケット基地ではいつでも発射できる体制が整っている状況だ』

「ならば、本部でも特異点の捜索を急いで欲しい。私も独自の情報網で探しているが、依然として手掛かりすらない状況だ」

『本当に特異点などいるのか? そもそもが仮説だろう』

「それについては間違いない。ペイラー榊博士も同意見だ」

『それならば信用できるか』

「ノヴァの完成も、今回のアラガミ大侵攻でかなり近づいた。皮肉なことに神崎シスイが活躍してくれたおかげだよ。多数の大型種コアだけでなく、ウロヴォロスのコアも手に入れてくれた」

『ふん、忌々しい!』

 

 

 地球を捕食すると言われるノヴァを人工的に作りだし、終末捕食を制御するアーク計画。ノヴァ完成には大量のコアが必要であり、今回の大侵攻ではかなりの数を確保できた。

 だが、この大侵攻自体が人為的に引き起こされたことだったのである。

 ノヴァの研究をしている内に、ヨハネスは集合フェロモンというものを発見するに至った。これはノヴァが自身を完成させるために、周囲のアラガミを呼び寄せる時に発せられる。ノヴァを制御しているといっても完璧ではないので、偶に漏れ出すのだ。

 このアラガミを呼び寄せる集合フェロモンを調査する意味も込めて、今回の計画は実行されたのである。

 まず、リンドウを殺害するために作戦区域で集合フェロモンの試作品を使用し、特定のアラガミを呼び寄せることに成功した。ただ、予定外の近親種ディアウス・ピターも確認されている事から、完成品には程遠い。更にフェロモンの効果時間も短く、本当に実験品としての意味しかなかった。リンドウ殺害には充分だったが。

 そしてもう一つ、接触禁忌種スサノオの体内に集合フェロモンが撃ち込まれた。それを特務としてシスイに討伐させ、濃密な集合フェロモンをシスイの体に付着させる。大量のアラガミを呼び寄せれば、いくらシスイでも生き残れないと思われたのだ。

 だが、想定外だったのはリンドウの行方不明を受けたシスイがすぐに極東支部へと戻ったことである。

 大量のアラガミが極東支部へと侵攻し、大変な危機に見舞われた。

 シスイに付着させられた集合フェロモンはリンドウに使ったものとは別種で、広範囲に長時間の誘因を可能としていたのである。

 ヨハネスはエリア一つをシスイ一人で担当させるように命令し、戦死させようと図った。シスイが想定以上の力を発揮したせいで、失敗に終わったが。

 

 

『あの化け物はフェンリルの汚点だ。どうにかして始末しろ。だが暗殺はダメだ』

「分かっている。あくまでも事故に見せかける必要があるのだろう?」

『腹立たしいことに、奴は優秀すぎる学者だ。暗殺ではフェンリルが殺害に関与していると公言しているようなものだからな』

 

 

 現代では、社会の基盤はフェンリルが全て担っている。製品の殆どがフェンリル製であり、人員も優秀な者は全てフェンリル職員だ。

 それは裏関係も含まれている。

 シスイを暗殺できるような者がいるとすれば、それは確実にフェンリルの関係者だ。暗殺をする意味が全くない。

 それに、研究者の中で有名な神崎シスイが暗殺されたとなれば、フェンリルに所属している全ての学者に不信を与えることにもなりかねないのだ。シスイの研究が知られ過ぎているからである。

 アラガミバレットをメインとした神機システムの研究では、第一級の名声を持っている。そんなシスイが殺されれば隠し切れないので、握りつぶしも無理だ。

 結局のところ、シスイを殺害するにはアラガミに殺されたというシチュエーションが一番なのである。

 

 

『常に前線に出し続けることを条件に奴を極東に連れていく許可を出したのだ。分かっているなシックザール支部長?』

「勿論だ。だが、奴は先の戦いで神機を破損させたらしい。神機によるコアの採取が出来ない以上、一人で特務に出すことも出来ない」

『貴様の息子がいただろう。奴もアラガミの一種なのだ。一緒に始末してしまえ』

「……いいだろう」

 

 

 ヨハネスは表情を歪めつつ同意する。

 だがそんなことを露と知らない通信相手は、その返事に満足したのか機嫌良さそうに言葉を続けた。

 

 

『次の世界に化け物共は必要ない。我ら人間こそが栄えるのだ。期待しているよヨハネス・フォン・シックザール』

「ああ、ではそろそろ通信を切らせてもらう」

『そうだな。秘匿回戦は長く使うものではない』

 

 

 最後にそう言って通信は切れた。

 その瞬間、ヨハネスは拳を机に叩き付ける。

 ガンッ! と大きな音がして、幾つかの書類がデスクから落ちた。

 

 

「老害どもめ……お前たちこそ次の世界には必要ない。精々、ダミーの搭乗者リストを眺めながら喜んでいるといい。アイーシャが残してくれた宝を失って溜まるか……っ!」

 

 

 誰もいない支部長室で、ヨハネスは何かを決意したかのような表情を浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 神機保管庫に隣接している技術室。

 ゴッドイーターたちが使用する神機をメンテナンスしたり、強化したりするこの場所には、多くの工具が揃っている。他にも大量の部品やオラクルのサンプルが置かれ、まさに作業部屋といった風景だった。

 そんな技術室のある作業台の上には、酷く壊れた神機が置かれていた。

 刀身が砕け、制御コアも割れて全体的に罅が走っている。

 素人が見ても修復不可能だと理解できた。

 

 

「それでシスイ君。どうしてこんなに壊れちゃったのかな? 君は神機の学者だよね? 本業はゴッドイーターじゃなくて研究だっていつも言っているよね?」

「はい、その通りでございます」

「そんな君が神機を完全破壊ってどういうことなのかな?」

「いや、これには深い訳が……」

 

 

 そして作業台の側で正座させられたシスイは楠リッカに激怒されていた。神機については妥協しない彼女に完全破壊してしまったシスイのヴァリアントサイズを見られ、こうして呼び出されて怒られていたのである。

 メールでリッカに呼び出された時点で、シスイは何となく予測していた。

 そのため、理由をレポートに纏めて持ってきたのである。

 

 

「こ、これをお納めください」

「何? これは論文……というよりもメモ書きに近いね。レイジバーストシステム? 直訳すると『暴威のバースト機能』かな?」

「捕喰によって神機のオラクルを活性化させるバーストの更に上を目指すシステムなんだ。まだ殆ど構想段階だけど、理論上は可能だと思う」

「なるほどね。神機に掛けられているリミッターを外し、暴走状態にしてオラクルを異常活性させる。それによって神機使用者に凄まじい身体能力を与えるばかりか、神機の攻撃力も比べ物にならないほど上昇するってことだよね?」

「大まかにはそういうこと」

「ただ問題もあるね。リミッターを掛け直すことが出来ない。神機が暴走状態になると、一分も経たないうちに壊れちゃうだろうから、リミッターは必須だよ。君のメモ書きでは、新型神機使いの感応波を利用して再封印するってなっているけど、これ無理だよね?」

「計算上、新型神機使いの感応波では暴走神機に封印を施せるほどの力はないみたいなんだ。補助システムを組み込めば可能性はあるけど、淡い希望なんだよね」

「ふーん。ちょっと興味深いね……で、これと壊れた神機に何の関係が?」

「すみません。意図的に神機を暴走させました」

 

 

 そう言い切ったシスイを見て、リッカはポカンと口を開けたまま驚く。

 言葉を失っているリッカを見て、シスイはそのまま続ける。

 

 

「大型種含む数百体のアラガミに囲まれ、ウロヴォロスまで出て来たもので……研究中ですけどレイジバーストシステムを使えば何とかなると思って使いました。一応、ヒバリさんを通して神機壊れるって伝えましたよね? 取りあえずごめんなさい」

「ちょ、ちょっとシスイ君! 意図的に暴走させたってことは、神機からの侵食も受けたってことだよね? 大丈夫なの!?」

「あ、それは大丈夫」

「一応、メディカルチェックをしておく?」

「大丈夫です! ホントに問題ないですから!」

 

 

 メディカルチェックなどされたら、両腕のアラガミ化は一発で知られることになる。進んで知らせたいことではないので、シスイは全力で遠慮したのだった。

 恐ろしいまでの剣幕で遠慮するシスイに、流石のリッカも少し引く。

 

 

「あ、うん。そうだね。こうして無事に生きている時点で大丈夫だったってことだよね?」

「そうそう! この通り大丈夫だよ」

「本当に気を付けてね? 君が使った力は本当に危険なんだから。といっても、世界に名を馳せる神崎シスイ博士には釈迦に説法ってところかな?」

「勿論、危険なのは分かっている。でも命を天秤にかけるなら危険なこともせざるを得ないさ」

「分かった。今回は不可抗力。だから大目に見てあげるよ」

「ありがとうリッカ」

 

 

 シスイはホッと胸をなでおろし、正座を解いて立ち上がった。足が痺れて一瞬ふら付くが、偏食因子のお陰ですぐに回復する。

 神機完全破壊の件は決着したので、リッカも特に文句は言わなかった。その代わり、作業台に置かれている破損した神機に目を移しつつ口を開く。

 

 

「それにしても派手に壊れたね。私も暴走した神機が壊れるなんて初めて遭遇したよ。ポテンシャルを一瞬で燃やし尽くしたって感じだね」

「レイジバーストシステムの発動時間は五十秒もなかった。でも、たったその程度の時間でウロヴォロス、大型種十体以上、中型種に関しては数十体を倒し切ったからね。神機を代償にした効果と考えれば大した戦果だよ」

「うーん。確かに実用化できれば大きな戦力になるね。神機は安定させてこそだから、意図的に暴走させるなんて思いつきもしなかったよ」

「まぁ、使用法は間違っているからね。安全装置のない神機なんて、野良のアラガミと一緒だよ」

「確かにそうだね。でも、このシステムは私としても興味が沸いたよ。私が個人的に研究しているプロジェクトもあるんだけど、こっちも興味深いね」

「ちなみにリッカは何を研究しているの?」

「リンクサポートデバイスって知っている?」

「聞いたことはあるね。神機を基点として特殊な効果を発動させるシステムだったかな。大きなキャパシティを食うから、余っている神機でしか使えないんだっけ?」

「よく知っているね。私の研究は、リンクサポートデバイスの効果を戦闘中の神機にも発揮させることだよ。元は私のお父さんが研究していたことなんだけどね」

「リンクサポート自体、まだマイナーな分野だよね。ってことは、殆ど独自の研究になるんじゃない?」

「まあね。マイナー過ぎて本部からも研究費が下りないほどだよ。理論上では可能なはずだけど、本部は無理だって判断降しちゃってね。だから私が完成させて見返してやるんだ」

 

 

 同じ技術屋であるシスイとリッカは、専門的な内容すら話が合う。気付けば深く話し込んでいることも珍しくないほどだった。

 レイジバーストシステムとリンクサポートデバイス。

 お互いにマイナーな研究をしている者同士として、親近感すら湧く。

 

 

「リンクサポートデバイスってのも奥が深いね。僕はあまり興味が無かったから詳しく調べたことはなかったけど、神機に新たな可能性が見えた気分だよ」

「それは私もだよ。流石にレイジバーストシステムはぶっ飛び過ぎだけど、感応波による神機制御は私も興味があるかな? これから新型も増えていくだろうし、研究し甲斐があるね!」

「折角なら一緒に研究しない? どうせ、僕は神機が壊れている。やることも研究しかないだろうから、リッカのリンクサポートデバイス開発も手伝えると思うよ?」

「本当に? 正直、一人では限界があるから嬉しいよ。それなら、私もシスイ君の研究を手伝うよ。交換条件だね」

「助かるよ。現場知識が豊富なリッカがいると頼もしいからね」

「あはは。嬉しいこと言ってくれるね」

 

 

 こうして、シスイはしばらくリッカと共に研究することになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 シスイがリッカと研究を始めて数日が立った頃、リンクサポートデバイスについてリッカの技術室で色々と議論を重ねていると、そこへユウがアリサと共にやってきた。もうすぐアリサが復帰する話はシスイも聞いていたので、特に驚かない。

 

 

「二人とも良く来たね。アリサはそろそろ復帰するのか?」

「えっと……はい。その、色々とご迷惑をおかけしました」

「……え? アリサが謝った……!?」

 

 

 随分と失礼な物言いのシスイだが、思うところのあるアリサは胸を抑えてよろめく。どうやら言葉の刃が胸を抉ったらしい。あの高慢な態度は、彼女の中でも完全に黒歴史と化していた。

 そんなアリサの様子に苦笑しつつ、ユウが捕捉する。

 

 

「色々あってね。感応現象のお陰もあって、随分と落ち着いたみたいだ」

「はい……ユウのお陰で何だが目を覚ますことが出来ました。シスイも私が倒れている間に神機を失うほどの戦いがあったそうですね。役に立てなくてすみません」

「アリサがしおらしく見えると何だか新鮮だ……」

 

 

 この変化にはリッカも驚いているらしく、先程から一言も喋らない。それほどにアリサの変化は衝撃的だったのだ。

 まだ少し戸惑っているシスイとリッカにユウがここにやってきた訳を語りだした。

 

 

「シスイ。明日からアリサが復帰することになるからメディカルチェックをお願い。先にシスイの研究室に行ったんだけど居なかったみたいだから」

「ああ、最近はリッカと色々してたからね。分かった。今日の夕方四時からでどうかな?」

「なら、それまではロビーで暇つぶしでもしようか。アリサはその時間で良い?」

「あ、はい……大丈夫です。よろしくお願いします」

「ホントに同一人物だよねユウ君?」

「それは俺が保証する」

 

 

 本当に疑っているわけではないが、以前とのギャップが激しすぎて違和感が凄い。

 何だか調子が狂う。

 まさにそんな状況だった。

 ただ、いつまで茫然としているわけにはいかない。新たな仕事を得たシスイは、メディカルチェックの準備をするために研究室に戻ることにする。

 

 

「悪いけど今日はここまでだねリッカ」

「いいよ。どうせ、私も仕事の合間にしているだけだから。それに、私もアリサさんの神機を調整しないといけないからね。シスイ君も仕事頑張ってね」

「リッカこそ」

 

 

 シスイはそう言って広げていた資料などをまとめ、一通りの片づけをしてから技術室を出る。その際にユウとアリサも伴い、帰り道を歩いていた。途中までは帰り路が一緒なので、暫くは三人であることになる。

 そんな中、ユウがふとシスイに尋ねた。

 

 

「前から思っていたけど、シスイってリッカさんと仲いいよね」

「まぁ、ちょっと約束事をしてね。お互いの研究を助け合うことになったんだよ」

「ああ、本業は研究だもんな」

「その通り」

 

 

 大侵攻で血塗れとなったシスイの白衣は、既に新調されている。やはり白衣があると研究者っぽい見た目になるのは固定観念の一つだろう。逆に、その姿で戦場に出ると違和感が凄いのだが。

 

 

「早く僕が戦場に出なくてもいい世の中にしてくれ」

「いや、俺よりもシスイの方が強いだろ」

「今は神機が無いからユウ君の方が強いでしょ」

「いや、神機ない状態で比べてどうするんだよ。ウロヴォロスを含めたアラガミの大軍を殲滅してしまうシスイは色々おかしい。その強さで何で研究者なんだ……?」

「そっちの方が好きだから。それに父さんが学者だったからね」

「ふーん?」

 

 

 そんなことを話している内に、区画移動エレベータに到達する。ユウとアリサはロビーへと向かい、シスイはこのまま廊下を歩いて自分の研究室へと向かう。

 つまりここでお別れだった。

 

 

「じゃあ後でね。四時に僕の研究室だよアリサ?」

「あ……はい」

「ユウ君もアリサの側についてやってね」

「分かっている。じゃあ」

 

 

 そう言ってユウとアリサは区画移動エレベータに乗って移動していく。

 それを見送った後、シスイは自分の研究室に足を向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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EP8 復活・第一部隊

 アナグラのロビー。多くのフェンリル職員が慌ただしく働いている中、その一角に数人の神機使いが集まり、ある人物を取り囲んでいた。重い雰囲気を醸し出しており、とても関わりたくはない状況だ。

 そこに任務を終えた神薙ユウ、藤木コウタ、復帰したアリサ・イリーニチナ・アミエーラが帰投し、その現場を目にすることになった。

 

 

「アレって防衛班のタツミさんだよな?」

「後はシュンさん、カレルさん、ジーナさん、カノンさんだっけ」

「う……顔を合わせ辛い人たちが固まっています……」

「というか、囲まれているのってシスイじゃない?」

「ホントだ。なんかやらかしたのか」

「まさか……私じゃあるまいし、シスイに限って」

 

 

 第一部隊のような積極的アラガミ討伐を任務とは違い、主に極東支部の防衛と人命救助を目的とする防衛班が一か所に塊り、何か険悪な空気を見せていたのである。

 その中心にいるのが第一部隊のサポート要員シスイであることに、ユウ、コウタ、アリサは強い驚きを感じていた。オペレーターのヒバリがオロオロとしてしているにも関わらず、ヒバリさん大好きで有名なタツミがシスイを真っすぐに見つめて静かな怒りを見せているのだ。

 これが異常でないはずがない。

 

 

「俺たちが言いたいことは分かっているなシスイ?」

「……はい」

「何であんなことをしたっ! こうなるのは誰だって予想できたはずだ!」

「すみません。言い訳にしかなりませんが、僕には予想できなかったんです。まさか……まさかあんなことになるなんて知らなかったんです!」

「テメェ知らなかったで済むかよ」

「ああそうだ。お前のせいで酷い目に遭った。見損なったぞ」

 

 

 タツミだけでなく、シュンとカレルも怒りをあらわにしてシスイを責めたてる。ジーナは腕を組んで厳しい目を向けており、カノンは動揺しながら行方を見守っていた。

 ロビーに響き渡ったこのやり取りで誰もが驚いた。

 様子を見ていたユウたちも同様である。

 

 

「やっぱりシスイが何かしたのか? それも深刻な何かを」

「嘘だろ? あのシスイがそんなことするわけ……」

「コウタの言う通りですよ!」

「でも何かあったのは確かだ。あのタツミさんがこんなに怒っているなんて、余程のことが無いと有り得ないよ」

 

 

 三人がこうして話し合っている間にも、防衛班とシスイのやりとりは続いていく。

 

 

「いいかシスイ。あんなモノがあったら俺たちの命が幾つあっても足りない。君はゴッドイーターとしても科学者としても優秀だし、人としても良い奴だと思う。だから……アレは永久に封印するんだ!」

「待って下さいタツミさん! シスイさんを責めるのは間違っています! それにシスイさんのお陰で助かった部分があるのも確かです!」

「カノン……でもこれだけは認められないんだ」

「でも……」

「良いんですカノンさん。あれは僕の認識不足が招いた結果ですから」

「そんな……ジーナさんも何か言ってください!」

「ソウネ。理不尽だってわかっている。でも私だって彼を弁護できないわ」

 

 

 カノンはその場で崩れ落ちた。

 そして顔を覆い、涙を流して嗚咽を漏らしている。

 タツミはそんなカノンを横目に、左手でシスイの胸倉をつかみつつ口を開いた。

 

 

「これはケジメだ。受けてくれるよな?」

「覚悟は出来ています……」

 

 

 その言葉と同時にタツミの右拳が空を切り、シスイの頬を捉えた。ゴッドイーターとしての身体能力から繰り出される一撃は凄まじく、シスイは大きく吹き飛んで壁に激突する。その光景を見ていたヒバリは悲鳴を上げ、ロビー中に響き渡った。

 様子を見守っていたユウたちも流石に傍観できない。

 シスイが殴られた瞬間に走り出し、ユウはタツミたちの前に立った。その間にアリサとコウタはシスイを抱え起こし、肩をまわして支える。

 

 

「タツミさん。シスイが何をしたって言うんですか!」

「新型の……神薙ユウか。そこにいるシスイはな、とんでもないことをしてしまったんだ。それも俺たちの命に関わるほどのな」

「シスイが……? きっと何かの間違いです!」

「庇わなくていいよユウ君。タツミさんの言っていることは事実だから」

「何……?」

「嘘だろシスイ!」

「嘘ですよねシスイ! 貴方がそんなことをするはずがっ!」

 

 

 ユウだけでなく、シスイを支えるコウタとアリサも信じられないと言い張る。これだけで、普段のシスイがどれだけ信頼されているのかがよく分かる光景だった。

 そしてこの三人がシスイを庇うのを見て、傍観するだけだったヒバリもタツミの前に立つ。

 

 

「タツミさん。確かにシスイさんはとんでもないことをしました。ですが彼には悪気があったわけではなく、皆さんのためになると思ってやったことです。それはタツミさんも分かっているでしょう? シュンさんもカレルさんもこれは八つ当たりに過ぎないと分かっているハズです!」

「……そうかもしれない。でもヒバリちゃん、これは死活問題なんだ」

「そうだそうだ」

「同意見だね。これについては甘い顔を出来ない」

 

 

 あのタツミがヒバリの言葉でも引かない。

 これにはユウたちも驚きを隠せなかった。毎日のようにヒバリを口説いているタツミを思えば、ヒバリの言葉には全てイエスで返事をすると予想できる。しかし、今回に限ってはそうではなかった。

 何が何だか分からないコウタは遂に声を張り上げる。

 

 

「タツミさん! 一体シスイは何をしたんですか!? こんな顔が腫れるほど殴られる程の事をしたって言うんですか!?」

 

 

 確かに、ユウ、コウタ、アリサの三人は状況をよく理解していない。あのシスイが問題を起こしたとは到底信じられないが、まずは起こったことを聞くのが先だった。突然シスイが殴られたことで、今の今まで忘れていたのである。

 そしてタツミは、コウタの言葉を聞いて静かに語り始めた。

 

 

「シスイはな……とんでもない発明をしてしまったんだ」

「とんでもない発明?」

「その名も……『オラクルリザーブ』!」

 

 

 なんだそれ?

 ユウたち三人は首をかしげる。シスイが発明したという時点で、神機関連の何かだろう。そこまでは言われなくとも予想できる。あとは名前からオラクルを貯蓄する系統だと考えられるぐらいか。

 要領を得ないユウたちにタツミは説明を続ける。

 

 

「ブラストの新機能でな。オラクルをこれまでの十倍溜めることが出来るようになるシステムなんだ。それでいて神機の重量はほとんど変わらない。そんな発明をしてしまったんだよ」

「……良いじゃないですか」

「というか大発明だよな」

「寧ろ褒められるべきでは?」

「馬鹿野郎! シスイはあろうことか、このオラクルリザーブをカノンの神機に搭載しちまったんだ! ご丁寧に、オラクルリザーブを有効活用できる高威力バレットまで同封してな! お陰でアラガミからのダメージよりも味方からのダメージの方が多かったぐらいだ! というか死にかけた!」

 

 

 その言葉で誰もが察した。

 また誤射姫か、と。

 

 

「はうぅ。ごめんなさい!」

 

 

 タツミが発した魂からの叫びに対してカノンは必死に頭を下げる。

 この人は本当に先輩なのだろうかという情けなさである。流石のユウたちも憐れみの目を向けていた。それと同時にタツミたちには同情の目を向ける。そして最後にシスイへと非難の目を向けた。

 

 

「すみません。カノンさんの誤射伝説を知らず、とんでもないことをしてしまって……」

「マジで止めてくれ! お願いだから! お陰でブレンダンが入院しているんだぞ!」

「そうだそうだ!」

「こっちは死活問題なんだ。稼ぎが減ったらどうしてくれる!」

 

 

 普段はほんわかしたキャラのカノンだが、戦闘中に限り人が変わる。アラガミに向かって高威力のバレットを叩き込むまでは良いが、味方への誤射率が凄まじいのが問題なのだ。

 その上『射線上に入るなって、私言わなかったっけ?』などと言いだすのである。その度に『言ってねぇよ』とか『今のは射線上じゃなかったよね?』とか『こいつわざと当ててんじゃないだろうか』とかの言葉を全力で飲み込むのだ。

 戦闘が終了するとひたすら謝ってくるので怒るに怒れない。

 そんな所以からカノンは誤射姫という不名誉な二つ名を頂いていたのである。

 

 

「なんだか」

「気が抜けたな」

「そうですね」

 

 

 ユウ、コウタ、アリサも溜息を吐きつつ顔を見合わせる。

 ともかく、シスイが大きな失敗をした訳ではなくてよかった。

 誤射姫にオラクルリザーブを与えてしまったことは大きな失敗だが、神機の機能を向上させる上では悪くない。今回は相手が悪かったのだ。

 つまるところ、今日も極東は平和だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「いやぁ。酷い目に遭ったよ痛い!」

「はいはい喋らない」

 

 

 シスイは腫れた頬をリッカに手当して貰っていた。

 医務室へと行かずに、わざわざ技術室のリッカに手当てして貰っていることから、密かに二人は付き合っているのではないかと噂されているのだが、当人たちは全く知らない。

 単純にシスイは偏食因子を取り込んでいるので回復力が高く、医務室の世話になるほどではないと判断しただけだった。それを聞いたリッカが自主的に世話を焼いているだけなので、二人の間には特に恋愛がらみのアレコレはない。現段階は……

 

 

「カノンちゃんのオラクルリザーブはやっぱり不評だったかー」

「やっぱりって……リッカは誤射姫のこと知ってたの?」

「そりゃね。有名だもん」

「そうだったのか……タツミさんたちには悪いことしたな。入院しているブレンダンさんには後で差し入れでも持って行こう」

「そうしたらいいよ」

 

 

 発明としては素晴らしいオラクルリザーブだが、搭載させた人物が悪かった。偵察班にもブラスト使いがいるので、そちらのゴッドイーターにもオラクルリザーブを搭載させたのだが、概ね好評である。やはり不評だったのはカノンだったからなのだろう。

 そんな会話をしていたところで技術室の扉がノックされ、二人の人物が入ってくる。

 ユウとアリサだった。

 

 

「あれ? お邪魔しちゃった?」

「ちょっとユウ。下品ですよ」

 

 

 付き合っている云々の小話を耳に挟んでいたユウが冗談っぽくそう言う。アリサはユウと一緒にゴッドイーターとして鍛え直しているらしく、復帰直後のようなオドオドした様子が無くなっていた。二人はすっかりチームメイトらしくなっている。

 

 

「ユウ君にアリサか。別に邪魔ではないよ。そもそも僕たちが呼んだわけだしね」

「今日は測定に私も付き合うよ。今シスイ君と取り掛かっている研究は感応波が鍵みたいでね。新型の二人には協力して欲しいんだ」

「どんな研究なんです?」

「お、興味があるかいアリサちゃん? なら少しだけ教えてあげるよ。シスイ君はその間に測定器の準備をお願いできるかな?」

「了解」

 

 

 シスイがガーゼを張り付けた頬を撫でつつ立ち上がり、謎の機械を操作し始める。そしてリッカは改めてユウとアリサに向き直り、説明を始めた。

 

 

「今やっている研究はかなり先進的でね。新型の能力をフル活用できるようにするためのものだよ。私とシスイ君では研究の方向性が違うんだけど……そうだね。例えば私の研究は、神機に広範囲に及ぶ補助システムを搭載するって感じかな? 例えば戦闘中にアラガミを結合崩壊させやすくなったり、神機の攻撃力が上昇したり、アラガミに捕捉されにくくなったりってね。リンクサポートって聞いたことないかな?」

「ああ、大きなミッションで偶に使われる奴ですよね。接触禁忌種が相手の時とかじゃないと使用コストに見合わないって聞きました」

「それなら私も聞いたことがあります」

「そう、それだよ。今はコストが高いし、リンクサポートと戦闘を両立できない欠点がある。でも、理論上ではリンクサポートと戦闘は同時に出来るはずだし、研究を進めればコストも下げれるはずだよ。そうなればゴッドイーターの生存率も高まる。私はそれを目指しているんだ。元はお父さんの夢だったんだけどね」

 

 

 専門的な話ではユウもアリサもついていけないので、リッカは概要を掻い摘んで話す。二人もリッカの説明はよく理解できたのか、感心したように頷いていた。

 

 

「次にシスイ君の研究だね。彼はバースト状態の更に上を目指しているんだよ。詳しい話は難しいから省略するけど……例えば、三十秒だけ十倍の身体能力と神機攻撃力になるとすれば、それは凄いことだと思わない? シスイ君の研究はそれを可能にするんだよ」

「十倍……」

「想像も出来ませんね」

 

 

 ゴッドイーターは素の身体能力もかなり高い。また、神機と接続すれば、送られてくる偏食因子の効果で更に強くなれる。各種耐性や、力の増加も望めるのだ。

 その状態から更に十倍ともなれば、三十秒という限定的な時間でも大きな力となる。

 戦場に出ている二人は、その凄さがより理解できた。

 

 

「で、そんな凄い力を制御できる可能性が高いと思われるのが、新型の感応波だよ。ちょっとだけシスイ君から聞いたけど、二人は既に感応現象を体験しているんだよね?」

「ああ」

「はい」

「感応現象はオラクル細胞を影響させ合うと捉えることも出来る。それを神機に応用して、感応波の力で神機の力を極限まで引き出すんだ。勿論、引き出すだけじゃなく安全に制御もしなくちゃね」

 

 

 まぁ、まだまだ構想段階なんだけど……と締め括り、リッカの話は終わる。そのタイミングでシスイの方も用意できたらしく、測定器が全て起動させられていた。

 

 

「さてと。今日はどちらから測定する?」

 

 

 椅子に座ったシスイがそう問いかける。

 今日もシスイとリッカは新型のデータを集めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「やっぱりおかしい」

 

 

 サクヤは支部長が黒幕である可能性が浮上して以降、一人でリンドウの行方不明について追っていた。それは実際の捜索だけでなく、フェンリル内部の調査も含まれる。暇を見つけてはノルンを操作し、様々なデータバンクへと侵入して情報を得る。

 そんな毎日だった。

 

 

「あの日のミッションが無かったことになっているわ。どういうことかしら?」

 

 

 リンドウが行方不明となったミッションは、記録上なかったことになっている。極東支部へのアラガミ大侵攻に上書きされ、綺麗に消え去っているのだ。

 同地区でのブッキング。

 突然現れた白いアラガミの群れ。

 タイミングの良すぎる大侵攻。

 どれを取ってもリンドウを始末するために図られていたとしか思えなくなる。

 

 

「シスイの推理……まさか本当に支部長が?」

 

 

 ここまでくると、相当な上層部が関わっているとしか思えない。これだけの大事件を引き起こすとすればフェンリルでも上位の権力が必要だ。あれ以来、大車ダイゴの姿も見かけなくなり、ますます信憑性が上がってくる。

 そんなことをブツブツと呟きながらノルンを操作していると、不意に扉がノックされた。

 やましいことをしている自覚のあるサクヤは、肩を飛び跳ねさせつつ声を上げる。

 

 

「誰っ!?」

「俺だ」

 

 

 部屋の扉の向こうから聞こえて来たのはソーマの声だった。

 何故ソーマが、と疑問を浮かべていると、聞かずともその答えが返ってくる。

 

 

「そろそろミッションの時間だ。メールで呼んでも来ないからわざわざ来てやった」

「そ、そうなの? 気づかなくてごめんなさい。すぐに出るわ」

「ふん。早くしろよ」

 

 

 その言葉を最後にソーマの気配が消える。

 本当に呼びに来ただけだったのだ。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 サクヤは大きく息を吐いてノルンを閉じ、ミッションに行く準備を整えた。時間を見れば、遅刻は確定的である。ツバキに変わってブリーフィングを担当するシスイに怒られてしまうだろう。

 そう思って覚悟しつつロビーに向かったのだが、シスイは特に何も言わなかった。

 サクヤの遅刻に触れることなく、ただ真剣な表情で資料を手にしていたのである。

 

 

「来ましたね。ブリーフィングを始めますよ」

「え、ええ」

 

 

 普段から真面目だが、今日のシスイはいつもに増して真面目な様子である。

 だが、それもミッションの内容を聞かされて理由を理解した。

 

 

「鎮魂の廃寺にてリンドウさんの腕輪反応を検知しました」

「え?」

「何?」

「リンドウさんの?」

「マジか!」

「……」

 

 

 サクヤ、ソーマ、ユウ、コウタ、アリサがそれぞれ反応を示す。未だに行方不明だったリンドウの手がかりとなる情報なのだから当然だろう。そして空気が一気に引き締まり、次の言葉を待つ。

 

 

「近くにはプリティヴィ・マータの反応もあります。注意して捜索してください。また、このアラガミがリンドウさんを捕喰したために腕輪反応を発していると考えることも出来ます。言いたくはありませんが覚悟はしておいてください」

 

 

 それを聞いてサクヤは苦々しい表情を浮かべる。

 正直、既にリンドウの生存は期待していない。ゴッドイーターに不可欠な偏食因子の投与期間は既に過ぎているので、生きていたとしてもアラガミ化が始まっているハズなのだ。少なくとも人間としては生きていないだろうと思われる。

 だが、腕輪さえ見つかれば、リンドウの遺志を引き継ぐことは可能だ。

 

 

(リンドウの腕輪があれば……あの記録ディスクを開くことが出来る)

 

 

 冷蔵庫の配給ビールと一緒に隠されていた記録ディスクを発見したのは偶然だった。何となく、リンドウを思い出すように飲んだことのない配給ビールに手を付けようとして見つけたのである。

 ディスクにはロックが掛かっており、リンドウの腕輪が鍵となっていた。

 支部長黒幕説も浮上している以上、リンドウが消されたとすれば、その理由はディスクを見れば分かるはずだとサクヤは考えているのである。

 

 

「――というわけで作戦は……ってサクヤさん聞いてます?」

「え? ああ、ごめんさない」

「リンドウさんの手掛かりが見つかって動揺するのは分かりますけど、話は聞いてくださいね。サクヤさんだけでなく第一部隊の命に関わるので」

「本当にごめんなさい」

「では、すみませんが初めから話しますね―――」

 

 

 リンドウ捜索と同時に接触禁忌種プリティヴィ・マータの討伐。

 力を付けた第一部隊のメンバーならば十分に可能な任務だった。より洗練された神薙ユウを始め、ベテランの力を見せつけたサクヤとソーマ、さらに復帰したアリサや実力を伸ばしているコウタが力を合わせれば、接触禁忌種すらも討伐できる。

 さらに、シスイの仲介もあって、アリサが起こした事件は水に流されている。禍根はなく、第一部隊のメンバーは一丸となっていた。

 その結果、第一部隊は危ない部分を見せながらもプリティヴィ・マータの討伐に成功した。

 だが、プリティヴィ・マータの死体からはリンドウの腕輪を見つけることは出来なかった。

 リンドウは生きているのか?

 それとも別のアラガミに喰われたのか?

 サクヤの苦悩はまだまだ続くことになる。

 

 

 

 

 

 

 




誤射姫ェ

原作から解離しつつ、大まかには沿っていきます。
バタフライ効果めんどい。


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EP9 悪意の特務

 プリティヴィ・マータの討伐から数日後、第一部隊全体に招集が掛けられた。指定の時間にユウ、コウタ、アリサ、サクヤ、ソーマがロビーへと集まり、ソファに腰かけている。そして最後に資料を抱えたシスイが登場し、既定の時間通りにブリーフィングが始まった。

 

 

「さて、今日は第一部隊全員に集まって貰いましたが、重大な発表があります」

「なになに? 重大な発表って?」

 

 

 コウタが手を上げて質問したので、シスイは勿体ぶらずに本題を述べる。

 

 

「今日の任務が終わり次第、神薙ユウを第一部隊の隊長に据えることになりました。なお、副隊長は橘サクヤ衛生兵となります。おめでとうユウ君」

「俺が隊長に?」

「おお、すげぇ。大出世じゃん。何て言うんだっけ? 下剋上?」

「それ、裏切りですよ」

「ふふ、頼もしいわね」

「……ふん」

 

 

 接触禁忌種プリティヴィ・マータを討伐したことから、第一部隊の戦力は戻ったと判断された。そしていつまでも隊長不在というのは拙いので、少し前から選出が行われていたのである。他の隊から指揮官として優秀な人材を引き入れることも考えたが、今の第一部隊のチームワークを考えると、余計な要素を入れるのは良くない。そこで副隊長だったサクヤを隊長にする方向で進められていた。

 ところが、最近になって神薙ユウが頭角を現し、隊長としての実力とカリスマを見せ始めたのである。シスイは報告書にこれを記し、報告書を見た支部長は正式にユウを隊長に据えることにしたのだった。

 

 

「まぁ、落ち着いて。ユウの隊長就任も任務後の話だよ。じゃあ、発表も終わったし、次は任務についてのブリーフィングを始めます」

 

 

 騒いでいた第一部隊の面子もシスイの言葉を聞いて静かになる。ここからの話は聞き逃すと命にもかかわることがあるのだ。浮かれてはいられない。

 

 

「今日は黎明の亡都でコンゴウとコンゴウ堕天種を討伐します。聴覚が鋭いアラガミなので、上手く分断して対処に当たって下さい。ユウ、コウタ、アリサの新人三人でコンゴウ堕天種。サクヤさんとソーマでコンゴウを討伐するように。ただ、状況に応じてターゲットは逆転することもあるから注意して欲しいですね。コンゴウの堕天種は氷系統の属性だから、バレットは炎をメインにすること」

『了解』

「では〇九〇〇に出撃ゲート集合。それまでは解散」

 

 

 シスイがそう言うと、ソーマが真っ先に立ち上がって何処かへ行ってしまう。それに続いてサクヤも立ち上がり、バレット変更のためにターミナルの操作をし始めた。

 そして残ってソファに座っている新人三人の内、コウタが口を開く。

 

 

「それにしても、シスイはすっかりサポート要員になっちまったよな。結局、俺たちと任務に出た回数って数える程度だし」

「仕方ないだろう? 僕の神機は完全に破損。修復の見込み無しだからね」

「勿体ねぇよなぁ。シスイもユウ並みに強いのに」

「僕をあの変態的機動と一緒にしないで欲しいな」

「誰が変態的機動だ!」

 

 

 ロングブレードを振った遠心力で加速したり、空中でアラガミを捕食しながら軌道変更したり、大型アラガミの体に登って背中を滅多切りにしたりと、とにかくユウの動きは滅茶苦茶である。適合率が高く、神機とも馴染んだおかげで凄まじい身体能力を発揮しているのだ。

 同じ新型であるアリサが『ドン引きです』と言ったほどである。

 ちなみにスナイパーの腕は極東で一番のスナイパー使いことジーナ・ディキンソンに教わり、恐ろしいまでの精度になっている。また、ユウの使用するバレットはシスイが作成した特別製だ。空気中のオラクルを吸収しながら強化されるので、遠距離であるほど威力が増すという物理法則に喧嘩を売っている仕様となっている。

 ともかく、アラガミ化もしていない普通の神機使いとしては破格の戦闘能力だった。隊長に選ばれるのも当然と言えば当然である。

 

 

「ああ、そうだ。コウタとアリサにもアサルト弾の試作品を渡してたけど、そっちの具合はどう?」

「おお、凄かったぜ。オラクルが回復する弾丸なんて初めてだよ!」

「とても便利ですよ。オラクル回収弾のお陰で、遠距離支援に徹することも出来るようになりました。コストの低いアサルトだからこそと聞きましたが、スナイパーやブラストでもあると便利そうですね」

「んー。ちょっと無理かな」

 

 

 シスイという天才的科学者のお陰で、第一部隊には最先端の技術が詰め込まれている。試験運用の意味も強いのだが、他部隊からすれば羨ましい限りだろう。だが、討伐隊である第一部隊だからこそ、新装備なども試し甲斐があるのだ。様々なアラガミに対して性能が測れるので、シスイとしても万々歳である。

 こうして、日々リッカと共に新しい機能を開発しているのだ。

 そんな風に四人で談笑していると、不意にヒバリが現れてシスイに声をかける。

 

 

「シスイさん。支部長が呼んでいました。すぐに支部長室に来て欲しいそうです」

「僕が? 何かしたっけ?」

「詳しい話は向こうでするとのことですから、私には何とも……」

「分かりました。ありがとうございますヒバリさん」

 

 

 シスイは軽く頭を下げ、ユウたちにも一言別れを告げてから区画移動エレベーターに乗る。そして役員区画まで赴き、一番奥の支部長室の扉をノックした。奥から入る許可をする返事が返ってきたので、シスイは扉を開けて中へと入る。

 

 

「失礼します」

「よく来てくれた神崎シスイ」

 

 

 デスクの上で手を組んだヨハネス・フォン・シックザールの前まで歩き、シスイは次の言葉を待つ。ここに呼ばれると碌なことが無いので、シスイとしてはあまり楽しそうではなかったが。

 そんなシスイの様子など関係なく、ヨハネスは用件を語りだす。

 

 

「君を呼んだのは他でもない。また特務をこなしてもらうためだ」

「お言葉ですが支部長。僕には神機がありませんよ。その気になれば有り合わせの神機を使えますが、そんなことをすれば技術スタッフにバレますし」

「問題ない。本部から未使用の神機を拝借した」

「拝借……ですか?」

「勿論、違法ではない。正式な書類で取引されたものだ。君の事情を知る本部の人間が手回ししたのだよ」

 

 

 それを聞いてシスイは胡散臭げな視線を送る。

 アラガミ化しているシスイは、本部で散々化け物扱いされたのだ。やさしさなどで神機を手配されるとは到底思えない。あるとすれば、何かしらの裏事情によるものだろう。

 

 

(単純に僕を戦場に出す口実かな? どうしても僕をアラガミに喰わせたいってことか)

 

 

 本部にいた時代も、露骨な前線への単騎出撃は多かった。欧州は極東ほどアラガミが強くないので、まだ新人だった時代でも生き残ることは出来た。しかし極東でそれをされるとシャレにならない。少し前の大侵攻のように、未完成のレイジバーストシステムを使ってギリギリだろう。現段階では使用するたびに神機が修復不可能なまで壊れるので、実質使えないと考えた方が良い。

 神機は無限にある訳ではないのだ。大切に使わなくてはならない。

 新しく支給された神機も、簡単に壊すわけにはいかないだろう。

 

 

「この神機の存在は秘匿されなくてはならない。君が回収したコアは、この極東支部ではなくエイジス島へと直接持っていてもらう。非常用地下通路の場所を知らせるので、そこからエイジス島地下物資倉庫へと向かい、コアを提出して欲しい。また、この神機はエイジス島地下にて保管するので、これからは特務の度に島に向かってもらうことになる」

「ざっくりまとめると、バレないように働けってことですね」

「そういうことだ。これが非常通路の認証キーだ。失くしてくれるなよ?」

「了解です」

 

 

 シスイはヨハネスからカードキーを受け取り、白衣の内ポケットに入れる。

 それを見たヨハネスは最後に特務の内容を伝えた。

 

 

「早速君に特務がある。東の海岸線にて第一種接触禁忌種アマテラスを確認した。エイジス島にも近い位置での観測だ。討伐して危機を排除すると同時に、奴のコアを摘出して欲しい。この特務は秘匿性が非常に高いため、オペレーターによる援助は無いと思ってくれ。まずはアナグラの地下にあるエイジス島との直通通路を通って物資倉庫へと向かい、そこに置いてある神機を回収しろ。その後、別の非常用通路を通って海岸線近くに向かってもらう」

「分かりました。ちなみに周囲に極東支部のゴッドイーターは?」

「勿論いない。君が特務をしている間は、離れた作戦地区での任務のみアサインされることになっている」

「つまり、危機に陥っても救援は望めないと」

「そうだ」

 

 

 もしかしなくても殺しにかかっている。

 シスイはそう感じた。

 

 

(やっぱりレイジバーストシステムを早く完成させないとな)

 

 

 そんなことを考えつつ、シスイは支部長室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下通路を通り、エイジス島の物資保管庫で神機を受け取ったシスイは海岸線へと来ていた。ついでにエイジス島の完成具合でも見学したかったところだが、地上部は関係者以外立ち入り禁止らしく、仕方なくそのまま任務地へと赴いたのである。

 ターゲットは接触禁忌種の中でも危険なアマテラス。スサノオとも並ぶ第一種接触禁忌種であり、発生地は不明だが、今のところは極東でしか発見されてないので極東発祥だろうと言われている。大火力のレーザー砲であらゆるものを焼き尽くす太陽の化身であり、単騎での討伐は無謀と言わざるを得ない。

 ウロヴォロスの亜種だけあって山のような大きさを誇る。

 ただ移動するだけで攻撃になる巨体なのだ。

 そんな相手を発見するべく、シスイは周囲を見渡す。

 

 

「最後に確認されたのはこの辺りだっけ?」

 

 

 オペレーターがいないというのは非常に不便だ。レーダーを利用できないし、危険があったとしても知らせて貰えない。作戦エリアに侵入しようとしているアラガミを検知することも不可能だ。

 ひと昔前まではこれが普通だったのだが、現代のゴッドイーターであるシスイには新鮮である。

 

 

「グルルルル……」

「早速ヴァジュラか。極東ではコイツを猫扱い出来て一人前だっけ?」

 

 

 広い海岸線なので遮蔽物もなく、歩いていると簡単に見つかってしまう。唸り声を上げて飛びかかってきたヴァジュラを躱し、胴体に一撃を入れた。

 シスイが今使っている神機は旧型ショートブレードだ。それも初期クロガネ刀身であるため、攻撃力は期待できない。本当はヴァリアントサイズが良かったのだが、本部から送られてきた神機に期待するのが間違っているだろうと諦めた。

 

 

「ま、僕にはこれがあるけどね」

 

 

 シスイはアラガミ化している左手をヴァジュラへと翳し、最大負荷オラクル狙撃弾で牙、前足、尾を同時に結合崩壊させる。三か所を同時に結合崩壊させられたヴァジュラは一気にダウンしてしまった。その間にシスイはヴァジュラへと迫り、左手にオラクルの爪を出現させて引き裂く。下手な神機よりも攻撃力が高いので、この一撃によってコアが大きく露出した。

 

 

「喰らえ」

 

 

 右手に持っていた神機を捕食形態にしてコアを抜き取る。

 僅か十秒ほどでヴァジュラは沈黙したのだった。

 

 

「はぁ……昔を思い出すね」

 

 

 誰かに語る訳でもなくシスイは呟く。アラガミ化した直後は、合法的に処理するべく色々な戦場に送られていたのものだ。最弱の神機を渡され、頼れるのは己の牙のみ。アラガミバレットやオラクル弾、オラクルの爪はそんな中で生まれた産物だった。

 シスイは崩れていくヴァジュラを横目に、再びアマテラスの捜索を再開する。

 海だけあってグボログボロとの遭遇率が高く、途中で何度も交戦を繰り返した。やはり神機は役に立たないので、アラガミの能力を使っている。

 

 

(それにしてもやけに遭遇率が高いね。普段の作戦ではこんなことないのに)

 

 

 既にヴァジュラを五匹、サリエルを二匹、グボログボロを十三匹、シユウを堕天種含めて八匹、コンゴウを堕天種含めて六匹も倒している。これだけで極東以外の支部は窮地に陥るアラガミだ。

 大抵の支部にはエースと呼ばれる強いゴッドイーターが一人はいるのだが、流石に大型種や中型種を一人で捌き続けるのは無理がある。能力的には防衛班の大森タツミと同レベルといったところだ。

 つまり、この時点でシスイは他支部のエース級を遥かに凌駕しているのである。場合によっては、シスイ一人で支部一つ分の戦力になるだろう。

 そんなシスイでも、これだけのアラガミは少し面倒だった。

 

 

「アマテラスはどこかな? 接触禁忌種に早く出てきて欲しいと思う日が来るとは思わなかったけど」

 

 

 不謹慎だが、そんな願いが天に通じたのだろう。

 海岸線からも見える沿岸海域で爆発が起きた。すぐにシスイが目を向けると、海の中から女神像を携えた巨体が姿を覗かせる。目的のアラガミ、アマテラスだった。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 

 絶叫を上げたアマテラスが熱線を放つ。海は蒸発し、周囲は霧に包まれた。

 

 

「拙いね」

 

 

 視界が消え、レーダーも使えない。

 仕方なくシスイは近くの岩陰に隠れる。

 だが、次の瞬間には隠れていた岩が爆散してしまった。

 

 

「がはっ……!」

 

 

 岩の破片がシスイの体を傷つけ、更に落下時に背中を強く打って息が止まる。それでも気力を振り絞って立ち上がり、回復錠を口に含みつつその場から離れた。その数秒後、シスイが居た場所を熱線が焼く。

 

 

「僕の居場所が分かっているのか……?」

 

 

 視界が封じられた濃霧で正確にシスイの居場所を狙っていることから、そんな予想が出来てしまう。アマテラス自体、それほど研究が進んでいるわけではないので、シスイが知らないだけで元から探知能力を持っている可能性はあった。

 

 

(サーモグラフィみたいな目を持っているとか? だとしたら厄介だね)

 

 

 熱線の咆哮からアマテラスの位置を逆算し、最大負荷のオラクル狙撃弾を撃つ。直撃したかの確認は不可能だが、あの巨体なら外れることは無いだろう。シスイは移動をしつつオラクル狙撃弾を放ち、霧が晴れるまで走り続ける。

 アマテラスが発する熱のお陰で、霧はすぐに収束したのだった。

 だが、霧が晴れた瞬間、シスイは驚愕することになる。

 

 

「な……っ! いつの間に囲まれた!?」

 

 

 影も形もなかったアラガミの群れが海岸線を埋め尽くしていたのである。本来は生息地から外れているボルグ・カムランの堕天種や、プリティヴィ・マータまでいる。アラガミの殆どが中型種とは言え、状況としてはかなり拙かった。

 実はシスイに与えられた神機には、集合フェロモンを発する機構が搭載されており、一定時間のみアラガミを呼び寄せ続けることが出来る。広範囲無差別にアラガミを呼び寄せる失敗作だが、こうして事故死を演出するにはピッタリだった。

 実を言えば、アマテラスがシスイの場所を感知できたのはこれのお陰である。

 何もなく本部が神機を寄越すはずがないと予想していたが、まさにその通りだったのである。

 

 

「アマテラスだけでもキツイってのに」

 

 

 そう呟きつつも、シスイは近場のコンゴウを左手で捕喰し、アラガミバレットとして放つ。巨大な気弾が炸裂し、コンゴウは大きく吹き飛んだ。ボルグ・カムランの回転攻撃を跳んでギリギリ躱し、ショートブレードを突き立てながら背中に着地する。そして左手でゴッソリと捕喰し、そのままアラガミバレットを撃ち込んでダウンさせた。大穴が開いたボルグ・カムランを神機の捕食形態で喰らい、コアを摘出する。

 嫌な気配がして飛びのくと、遠くから飛んできたアマテラスの熱線がボルグ・カムランの残骸を消し飛ばしたのだった。

 アマテラスは徐々に海岸へと移動しているが、まだ海中である。

 こちらからは直接攻撃できない。

 

 

「ならまずは周囲の掃討かな」

 

 

 シスイはそう呟くと、左手でシユウを捕食した。そしてアラガミバレットとして爆裂弾を放ち、頭部を吹き飛ばす。流れるような動きでコアを摘出し、次はシユウ堕天種を同様に始末した。基本的にシユウは基本種も堕天種も強さに差がない。シスイにとってはどちらも雑魚だ。

 更に転がりを仕掛けてくるコンゴウだが、起伏の大きな海岸線の岩場では狙いが定まらない。シスイは避けるまでもなかった。擦れ違いざまに最大負荷弾を撃ち込み、終了である。

 大量のザイゴートが突進してきたので、それをオラクル弾で迎撃。正確に目を撃ち抜き、一撃でザイゴートを仕留めていった。そこへサリエルがやって来て毒鱗粉を散布するのだが、シスイは予備動作からそれを見抜いて大きく回避し、狙撃弾で頭、スカート、足を破壊する。ダウンしたサリエルに再び接近し、左手のオラクル爪で引き裂いた。神機でコアを摘出して完全に倒す。

 

 

(アマテラスはまだ上陸していない……か)

 

 

 一瞬だけ確認をした後、目の前に迫っていたシユウをオラクル爪で切り裂き、捕喰してアラガミバレットとして撃ちだす。氷柱を大量に発射してきたプリティヴィ・マータの攻撃を避け、最大負荷弾を三連射で顔に当てた。プリティヴィ・マータが怯んだ隙に接近し、前足を神機で縫い留めつつ左手のオラクル爪で顔を完全破壊する。後はむき出しとなったコアを神機で捕喰し、接触禁忌種も十秒と経たずに始末した。

 だが、次の瞬間、シスイは悪寒を感じて力の限り跳び上がる。

 凡そ十メートルは跳び上がったあたりで、熱線が地面を横なぎにした。勿論、アマテラスの攻撃である。これによって小型種は殆ど消滅し、中型種もかなり減った。大型種も結合崩壊が見られる。

 呆れるほどの火力だった。

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 

 絶叫を上げたアマテラスが熱線を乱射し、海岸線に集まっていたアラガミが次々と消滅する。シスイは僅かな予備動作から熱線の軌道を読み切り、先んじて移動することで躱していた。

 この程度なら極東ゴッドイーターの基本技である。シスイでなくとも出来ることだ。

 だがここからはシスイでなくては不可能な領域となる。

 熱線を回避しながらアマテラスへと接近し、浅瀬の辺りまで走ってから大きく跳んだ。偏食因子のお陰で強化された肉体は、まるで空を飛ぶかのようにアマテラスの元まで辿り着く。そして現実離れしたバランス感覚を以てして着地を決め、アマテラスの体をよじ登った。

 

 

「巨体だから喰らいやすいなっと!」

 

 

 シスイは左手でアマテラスの触手を一部捕喰し、アラガミバレットを生成した。まるでビームのような極太熱線がアマテラスの女神像へと直撃する。流石のアマテラスもよろめいた。

 

 

「まだまだ!」

 

 

 移動を繰り返しながら左手と神機で捕喰し、アラガミバレット生成とバースト化を行う。超弩級アラガミのアマテラスも、こうして極端に接近すれば脅威は下がる。

 アマテラスもシスイを振り落とそうとして暴れまわるが、左手と神機で文字通り喰らいついていた。

 

 

「く……」

 

 

 凄まじい遠心力でシスイは身体が引きちぎられるような痛みを覚える。だが、それでも振り落とされないようにしがみ付き、アマテラスが止まるのを待った。

 浅瀬とは言え巨体が暴れたことで海岸線は津波が発生したかのようになり、大型のアラガミさえも海へと流される。第一種接触禁忌種と呼ばれるだけあって、まさに災害のような強さだった。

 一通り暴れまわり、一瞬だけ動きを止めたと同時にシスイは動き出す。

 

 

「ふっ!」

 

 

 力を込めて足場にしていた触手を蹴り、一直線に女神像へと跳ぶ。そして左手のオラクル爪で、女神像を引き裂いたのだった。三条の斬撃が女神像を傷つけ、アマテラスは大きく震える。

 そしてシスイは女神像を蹴りつつ再び空中へと戻り、先の一撃のついでに捕喰したオラクル細胞をアラガミバレットとして射出したのだった。

 熱線が女神像に直撃し、結合崩壊を引き起こす。

 そしてシスイは熱線の噴射によって距離を稼ぎ、海岸線まで戻った。

 

 

「ウロヴォロスよりタフみたいだね、アレ」

 

 

 間髪入れずに最大負荷オラクル狙撃弾を発射し、結合崩壊を起こした女神像を集中的に狙う。流石のアマテラスも、この連撃には耐え切れなかったのだろう。遂にダウンしたのだった。

 大きく水飛沫が上がり、シスイは海水で濡れる。

 しかし、そんなものは関係ないとばかりにアマテラスへと近寄って再び左手と神機で捕喰したのだった。バースト化によって力がみなぎり、更に生成したアラガミバレットで女神像を焼き尽くす。

 立て続けにアラガミバレットの抗体を浴びたせいだろう。アマテラスの反応は一気に弱まり始めていた。

 ところが、とどめを刺そうともう一度捕喰を仕掛けたシスイを邪魔するように、サリエルがレーザーを放ってくる。どうやら、空中を飛んでいるサリエルは海に流されなかったらしい。

 

 

「ちっ……」

 

 

 仕方なくシスイは回避を選択し、先にサリエルを仕留める。左手のオラクル爪で引き裂くついでに捕喰し、アラガミバレットで完膚なきまでに破壊した。

 当然、その間にアマテラスは復帰する。

 再び熱線の嵐を回避する戦いになった。

 既に神機に仕込まれた集合フェロモンの効果は切れている。後は目の前のアマテラスを討伐すれば任務は完了だ。

 地形が変わるほどの戦いはこの後も三十分以上続き、最後にシスイが女神像と角を完全破壊してアマテラスの討伐に成功したのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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EP10 シスイの仕事

 神薙ユウが隊長となり、ヨハネスから特務を言い渡されるようになった。ユウの実力はシスイの報告書を通して上層部に知られており、特務を与えるに十分な実力だと判断されたのである。また、ユウは行方不明となっているリンドウの代わりでもあった。

 そして特務に関する説明を受けた後、支部長室を出たユウはペイラー榊と擦れ違う。『君は好奇心が旺盛な方かな?』という意味深長な言葉に加え、拾えとばかりに落とされている二枚の記録ディスク。

 暗にディスクを見ろと言われていると確信したユウは、自室のターミナルにて確認した。

 

 

「……これって」

 

 

 ディスクの一つはソーマ・シックザールの関わるマーナガルム計画の概要である。ヨハネス・フォン・シックザールとペイラー榊の若き時代が映され、その中には見知らぬ女性も映っている。この女性こそがソーマの母親であることも、ディスクを確認する内に理解できた。

 ソーマは生まれながらにして偏食因子を宿した現代神機使いの雛形である。体には通常の神機使いを遥かに凌ぐ量の偏食因子が存在しており、圧倒的な身体能力はここから生まれていた。まだまだ潜在能力を使いこなせていない様子はあるが、人類としては最強の部類だと言って間違いない。

 そしてもう一枚のディスクはM2プロジェクトの概要とシスイの経歴だった。シスイの両腕がアラガミ化するきっかけとなった実験であり、新型神機計画にも並ぶもう一つの案だったという内容、そして本部でシスイが行っていた特務の内容だった。

 これによって、ユウはシスイとソーマの真実を知ることになる。

 

 

「シスイがいつも手袋をして両腕に包帯を巻いているのはこのため……?」

 

 

 食事時すらも手袋を外さないシスイに疑問を持ったことは多々あるが、わざわざ聞いたことはなかった。もしも聞いていれば盛大な地雷となっていたのは間違いないだろう。ユウはそう考えて少し安堵する。

 しかし、なぜこれをペイラーが渡してきたのか。それは疑問だった。

 

 

「直接確かめてみるか。ディスクを返すついでに……ん?」

 

 

 画面をスクロールさせて記事を最後まで見ると、一番最後の部分に添付ファイルが置かれていた。ここまで来たら見るしかないだろうと考え、ユウはファイルを開く。

 

 

「―――っ!?」

 

 

 それを見たユウは部屋を飛び出した。

 ユウは研究区画へと赴き、ペイラー榊の研究室に向かう。極東、いや世界に誇れる研究者の部屋だけあって、他の研究員に与えられている部屋とは比べ物にならないほど大きい。普通は六畳ほどの一室にコンピューターが一台程度なのだが、ペイラーに部屋はソファも置かれた大部屋で、奥には小部屋が二つもある。更に据え置かれているコンピューターも高性能なものだった。

 ユウはノックをしてから入室し、キーボードに何かを打ち込むペイラーの前まで歩く。ペイラーは画面を見つつ、寄ってきたユウに話しかけた。

 

 

「私に何か用かな? 君が来るなんて珍しいね」

「あの、これを」

「ん? ああ、これは誤って落としてしまったディスクじゃないか。わざわざここまで持ってきてくれたのかい?」

「ええ、そうですよ」

「ははは。それはありがとう……ところで中身は見ていないよね?」

 

 

 目を細めながらそんなことを言うペイラーに、流石のユウも白々しいと感じる。駆け引きが得意とは言えないユウは、単刀直入に尋ねることにした。

 

 

「暗に見ろと言ったのは博士でしょう?」

「さあ、どうだろうね」

「で、ソーマとシスイなんですが……」

「おっと。私の口からは何も言えないよ。強いて言うなら、ディスクの通りさ」

 

 

 あくまでも黙秘を貫くペイラーにユウは眉を顰める。

 だが、ここでの黙秘は肯定を意味していると言っても良い。聞き返す必要はなかった。

 

 

「なら、博士。最後に一つだけ聞かせてください」

「なんだね? 聞くだけなら構わないよ」

「シスイのディスク……その一番最後に添付されていたファイルの内容は事実ですか?」

「勿論だ。冗談であんなものを添付したりはしない」

「そうですか。失礼しました」

 

 

 ユウはそう言って部屋を出る。

 一人残されたペイラーは、誰かに聞かせるように独り言を呟いた。

 

 

「普段のシスイ君からは想像もできないだろう。彼がどれほどの戦場を駆け抜けて来たか。神喰らいになって僅か三年だというのにね。そうは思わないか?」

 

 

 思い出すだけでも身震いが起きる。

 極東という世界最悪の前線で研究をするペイラーをして、そう思わせるデータだった。

 

 

 

―――――――――――――――

記録:神崎シスイの討伐履歴

 

オウガテイル:2893体

ヴァジュラテイル:155体

ヴァジュラテイル堕天:47体

コクーンメイデン:2581体

コクーンメイデン堕天:713体

ザイゴート:2465体

ザイゴート堕天:482体

コンゴウ:1402体

コンゴウ堕天:699体

ハガンコンゴウ:31体

グボログボロ:1377体

グボログボロ堕天(炎):213体

グボログボロ堕天(氷):128体

シユウ:953体

シユウ堕天:341体

セクメト:12体

ヤクシャ:142体

ヤクシャ・ラージャ:24体

クアドリガ:159体

クアドリガ堕天:14体

テスカトリポカ:3体

ヴァジュラ:982体

プリティヴィ・マータ:14体

サリエル:317体

サリエル堕天(強毒):81体

アイテール:2体

ボルグ・カムラン:771体

ボルグ・カムラン堕天(炎):13体

ボルグ・カムラン堕天(雷):6体

スサノオ:7体

ウロヴォロス:1体

ウロヴォロス堕天:1体

アマテラス:1体

 

アラガミ化ゴッドイーター:19名

 

合計:17049体

―――――――――――――

 

 

 ちなみに、これはコアを回収できたアラガミの数だ。

 倒したアラガミの数とは一致しない。

 この数値でも、三年間で平均すれば、一日当たり15体以上もアラガミを倒していることになる。だが、シスイが今までに倒したアラガミの内、凡そ7000体は極東に来てからの記録である。まだ一か月も経っていないにもかかわらず、これだけの数なのだ。

 更に、アラガミ化したゴッドイーターの討伐数は19名。アラガミ化など滅多に起こることではないので、かなり多いと言える。

 流石のペイラーも驚嘆するしかなかった。

 

 

(尤も、今日の特務で更に増えているだろうけどね)

 

 

 コアを回収出来たアラガミの数は腕輪に記録される。

 そのため、秘匿された特務であっても討伐数だけは隠すことが出来ない。シスイの腕輪はダミーだが、この機能はしっかりと備え付けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。今日も多かった」

 

 

 嘆きの平原にある高台で、リッカお勧め『冷やしカレードリンク』を飲みながら呟やいたのはシスイである。極東支部の地下物資搬入路を通ってエイジス島まで行き、そこから伸びている緊急用通路から外に出ることで、誰にもバレることなく特務に出動していた。

 今日の特務は接触禁忌種セクメトのコアを回収すること。シユウ種から進化して、攻撃力が異常に高まった個体である。相変わらず耐久力は低いが、油断して一撃でも貰うと即死もあり得る。

 勿論、支給神機に仕込まれた集合フェロモンのせいで、討伐対象以外のアラガミも多数現れた。

 高台に腰かけるシスイの眼下では、コアを抜き取られた無数のアラガミがオラクル細胞を霧散させている。三桁ものアラガミが死に絶えている光景は、中々に壮観だった。

 

 

「冷やしカレードリンクは余計に喉が渇くね。今度は『へいッお茶ァ!』にしよう」

 

 

 シスイは立ちあがると、神機を肩に担いでエイジスに向かう。ヘリなどによる輸送もないので、緊急用外部出入り口までは歩かなくてはならない。アラガミに破壊されないよう、巧妙に隠されたその場所から地下に降りれば、エイジスまで一直線に繋がっているトロッコのような乗り物がある。

 破格の身体能力をフル活用してエイジスまで向かい、地下の資材保管庫に神機ごとコアを提出して、そのままアナグラへと帰投する。

 非常に疲れたので眠りたいところだが、まだ今日はリッカとの話し合いと実験も残っているのだ。疲れた体に鞭を打って、シスイはいつもの技術開発室に向かう。

 扉を開けると、いつも通りリッカが神機の調整をしていた。

 

 

「あ、シスイ君。もうすぐ終わるから、ちょっとだけ待ってね」

「分かった」

 

 

 今日の予定はリンクサポートデバイスの試作をチェックすることだ。戦闘とリンクサポートを並列起動するためのプログラムをデバッグしつつ、出力データを観測していく。設計自体はリッカの父親が殆ど完成させていたので、二人がやっているのは実用化に向けた研究だ。

 意外に早く終わるかと思いきや、ここからが進まない。

 理論から実践までに長く時間がかかることは良くあることだが、リンクサポートデバイスも同様だった。何より、リンクサポートデバイスは現段階でコストが高い。広域に特定効果を発揮させるので、どうしてもコストが上がってしまうのだ。

 問題はまだまだ多い。

 

 

(起動準備完了、プログラムセット、オラクル供給開始)

 

 

 リッカが神機の調整を終えるまでに、シスイが実験の準備を始めておく。細かい実験装置は昨日の段階でくみ上げているので、今日は起動準備だけで大丈夫だ。それゆえ、一人でも問題なく出来る。

 そうしている間にリッカの方も終わったのか、油で汚れた頬を擦りながらシスイの方へとやってきた。

 

 

「準備は終わっちゃった?」

「もう少し。何なら、手や顔を洗ってきてもいいよ」

「あはは。それならお言葉に甘えさせてもらうよ」

 

 

 彼女も18歳の乙女だ。汚れやすい整備士という仕事をしているが、多少は身嗜みにも注意する。尤も、これはシスイが助手となったからこその余裕だろう。これまでは一人で研究していたことも、シスイという助手が出来るだけで全く違ってくる。

 一言で言えば楽なのだ。

 研究者ゆえにデータ整理は早いし、学会から仕入れて来た最新の論文知識もある。フェンリルでも最高クラスの神機研究者というのは伊達ではない。

 またそれは逆もしかりだ。

 シスイの研究しているレイジバーストシステムも、リッカという優秀な技術者のお陰で形になりつつある。まだ設計段階だが、暴走神機を制御する感応制御システムもリッカのお陰で構想が出来上がったものだ。完成まではまだまだ遠いが。

 

 

(よし、出来た)

 

 

 エンターキーを押して全ての準備を整える。

 すると、丁度そこへリッカも戻ってきた。

 

 

「もう準備できたかな?」

「丁度今ね。じゃあ、実験を開始するよ」

「分かった。私は起動中の神機に異常がないか確かめるから、シスイ君はデータ観測をお願いね。数値に異常があったらすぐに報告して」

「分かった。そっちも異常があったら同様に」

「うん。じゃあ、始めようか」

 

 

 シスイがコンピューターを操作してプログラムを走らせ、接続中の神機を動かす。オラクルが溜められたタンクからエネルギーを供給し、リンクサポートを発動させた。更に神機の方も起動状態にして、戦闘可能になるまでオラクル活性化率を引き上げ始めた。

 

 

「現在、オラクルの活性化率9%」

「まだまだみたいだね。リンクサポートは?」

「既に動いている。ただ、出力が弱いかな?」

「オラクルの供給はどう?」

「そちらは問題ないね。予定よりもエネルギー効率が悪いみたいだけど」

「うーん。おかしいなぁ」

「理論はあっているハズなんだけどね」

「何が足りないんだろ?」

「取りあえず、失敗データも貴重なサンプルだし、今日はこれで満足しよう」

「仕方ないね」

 

 

 道はまだまだ遠い。

 今日も二人は夜遅くまで技術室に籠っているのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 三日後、観測班の様子が慌ただしかった。

 再びリンドウの腕輪反応がレーダーで検知されたからだ。第一部隊のサポート要員として、シスイもデータの処理を手伝い、移動ルートを予測演算する。

 

 

(動きが早すぎる……やはりアラガミ化しているみたいだ)

 

 

 ゴッドイーターは普通の人間に比べて身体能力が高い。だが、それを含めても腕輪反応の移動速度は異常なほど早かった。リンドウがアラガミ化している可能性は高い。

 もしくは、腕輪がアラガミに喰われている可能性だろう。

 どちらにせよ、リンドウの生存は絶望的だった。

 シスイが提出したデータを見た雨宮ツバキは、瞳を閉じて言い渡す。

 

 

「第一部隊に任務を発行する。リンドウの腕輪を取り戻せ。すぐに招集をかけろ」

「了解しました雨宮三佐」

「それと現地にはシスイも行け」

「はい……はい?」

「リンドウがアラガミ化している可能性に備える。貴様は最悪の場合はあいつを始末して貰う」

 

 

 それを聞いてシスイは言葉を失う。

 支部長と榊博士に知られていることは織り込み済みだったが、まさかツバキにまで知られているとは思わなかったからだ。驚いた表情を浮かべるシスイに対して、ツバキは淡々と事実を告げる。

 

 

「リンドウがアラガミ化している可能性について、シスイは報告書を上げていたな? それを私が支部長に提出した際、貴様のことを聞いた。本部で所属していた部隊、仕事をな」

「そうでしたか」

「本来ならば部隊長である神薙ユウの仕事だが、奴は経験が浅すぎる。実力、隊長としての器は私も認めているが、汚れ仕事をするには早い」

「分かりました。慣れていますし、僕がやります」

「愚弟が迷惑をかける。すまない」

 

 

 頭を下げて謝罪の言葉を述べるツバキを見て、シスイは少しだけ思考を巡らせる。

 

 

(僕が以前にしていた仕事は知っていても、僕のアラガミ化は知らないのかな? そうじゃないと頭を下げるなんて有り得ないし)

 

 

 本部でシスイのアラガミ化を知る者は、会うたびに嫌悪の目を向けていた。時には直接『化け物』と罵られることもあった故に、シスイはアラガミ化を隠すことにしている。今更、罵倒されたところで傷つくほど弱くないつもりだが、わざわざ嫌われるよりは好かれた方が良い。

 そのため、ツバキがアラガミ化を知らないならば好都合だった。

 

 

(リンドウさんに見せろって言われたのは特務のせいだからね。支部長も、そのあたりは考えているってことかな? 無闇に混乱を招きたくないのは向こうも同じだろうから)

 

 

 実際は、ツバキも半アラガミとも呼べるソーマの事例を知っているので、シスイに対して嫌悪を抱くことは無いだろう。そのことについて、シスイは知る由も無かったのだが……

 ともかく、リンドウがアラガミ化しているならば自分がやるべきだ。

 アラガミ化してもリンドウの戦闘術が記憶にあるならば、それは非常に厄介な存在となる。普通の神機でも倒せなくはないが、やはり有効なのは本人が使っていた神機だ。ただ、未だにリンドウの神機は見つかっていないので、適当なものを見繕うことになる。

 また、第一部隊のメンバーでは、アラガミ化したリンドウを見て戦意喪失してしまう可能性が高い。最悪の事態が起これば、第一部隊を撤退させて、シスイが単騎討伐に移る手筈となった。

 

 

「雨宮三佐。それで僕はどうしましょうか? 第一部隊と共に行くなら、僕が神機を持っていく理由も説明しないといけませんが」

「貴様が余っている神機に適合できたことにする。データの改竄は済んでいるし、支部長にも許可は取った。それに、貴様には悪いが技術主任のリッカにも話は通してある」

「……分かりました。これからは僕も戦線復帰するんですね?」

「そういうことだ。分かったら早く第一部隊を集めろ。時間は有限だ」

「了解です三佐」

 

 

 シスイはタブレット端末を操作して第一部隊にメールを一斉送信する。すぐにロビーへと集合するように呼び掛けた。

 ついでにリッカへと通話をかける。

 数回のコールの後、リッカが電話に出た。

 

 

『もしもし? シスイ君?』

「ああ、リッカ? 僕の神機だけど、話は聞いてる?」

『あははは……ツバキさんに聞いた時は驚いたけどね。まさか君がそんな特異体質だなんて知らなかったよ。勿論、神機は用意してあるよ。君が好んでいるヴァリアントサイズを用意しておいた。旧型だけど大丈夫だよね?』

「ありがとう。助かる」

『きっちり整備してあるからね。いつでも使えるよ』

「分かった。それだけ聞きたかったから、もう切るね」

『うん。ちゃんと生きて帰って来てね? 君がいないと研究が捗らないから!』

「勿論」

 

 

 通話を切ったシスイはロビーへと向かい、第一部隊がいつもブリーフィングをしているソファに腰かける。十分後にソーマが到着し、その後すぐにユウ、コウタがやってきた。更に五分後、アリサとサクヤが共に到着して第一部隊が完全に揃う。

 集まったメンバーの中で、一番に口を開いたのはサクヤだった。

 

 

「今日はどうしたの? 急に招集なんかして」

「リンドウさんの腕輪反応を検知しました」

 

 

 それを聞いてサクヤは目を見開く。

 ユウとコウタ、そしてアリサは身を乗り出すようにして口々に言葉を発した。

 

 

「本当かシスイ!?」

「どこどこ? 早く行こうぜ!」

「すぐに教えてくださいシスイ!」

 

 

 これがリンドウの人望ということだろう。不愛想なソーマですら、ピクリと反応したのだ。時間がある訳ではないので、シスイも勿体ぶらずに内容へと移る。

 

 

「極東支部が各地に置いているレーダーが検知したリンドウさんの腕輪反応を解析し、その移動ルートを調べ上げました。その結果、数時間後に贖罪の街にやってくる可能性が高いということです」

「なら、急がないとね。出撃準備を含めればギリギリよ」

「お待ちを。ちゃんと作戦の説明をするので」

「なら早くしなさい」

 

 

 焦るような態度を見せるサクヤをどうにか止めて説明を始める。

 詳しい話はヘリでする予定なので、簡単な内容だけだ。

 

 

「今回、観測された腕輪反応から予測した移動速度はゴッドイーターでも有り得ない速度です。つまり、リンドウさんのアラガミ化も視野に入れて欲しいということですよ。既に行方不明になってから一週間経っていますし、偏食因子投与の期限は過ぎています。あれは運が良くても一週間が限度ですから。仮にリンドウさんがアラガミ化していた場合は即時撤退してください」

 

 

 それを聞いた全員が一斉に表情を暗くする。基本的に、ゴッドイーターの偏食因子投与は三日に一度だ。どんなに遅くても五日以内には投与することになっている。それを過ぎればアラガミ化しないと言い切れなくなるし、一週間を過ぎればもはや絶望的となる。

 これはゴッドイーターになった誰もが知る基礎知識だ。

 つまり、リンドウがアラガミ化していた場合、自分たちで殺さなければならなくなる。その事実を皆が悟ったのだ。

 シスイは暗くなりかけた雰囲気の中で、更に言葉を続ける。

 

 

「もう一つ可能性はあります。リンドウさんの腕輪がアラガミに喰われている場合です。つまり、移動速度の速いアラガミが体内に腕輪を持っている可能性ですよ。恐らくはプリティヴィ・マータだと思うのですが、それにしても移動速度が速すぎますからね。その時は変異種の可能性を考慮してください。そして全力でリンドウさんの仇を討ち取りましょう」

 

 

 分かってはいたが、リンドウの死は確定的だ。アラガミ化を考慮しても人間としては死んでいる。未だにリンドウの扱いが作戦中死亡(KIA)ではなく作戦中行方不明(MIA)認定なのは、第一部隊の心情を考慮している部分が大きいからだ。

 認めたくなくとも、皆がリンドウの死を確信しているのである。

 それでも僅かな希望に縋るため、今回の作戦は行われるのだ。

 

 

「僕も出ます」

「シスイも? 神機は?」

「大丈夫だよユウ君。ちゃんと新しいのがある」

 

 

 最悪の事態が起こればシスイが処理をする。

 それは言わなくても良いことだろう。ただ、今回はシスイも出撃するという事実だけを言えば良い。アラガミ化したリンドウを殺させるには、ユウは経験不足過ぎるからだ。

 ゴッドイーターとなって一か月もない内に隊長というだけで酷な部分もあるのだ。それ以上を負わせる訳にはいかない。ユウの友人として、シスイはそう考えていた。

 

 

「最近は出撃していなかったので、僕との連携は難しいでしょう。基本的に、僕はターゲット以外の露払いを担当します。一対多は僕の得意分野なので。ではブリーフィングを終了します。時間がないので詳しい話はヘリの中で行いますね」

『了解』

 

 

 久しくシスイも参加する作戦。

 隊長となったユウは静かに拳を握り締める。ペイラー経由でシスイの秘密を知ったユウは、アラガミ化したゴッドイーターの処理を任務としていたことも分かっている。

 

 

(もしかしてシスイは……)

 

 

 リンドウがアラガミ化していた場合、シスイがそれを殺すつもりなのだろう。

 図らずとも、ユウはその真実に辿り着いてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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EP11 黒き帝王

 贖罪の街へと辿り着いた第一部隊のメンバーは、教会の隣にある広場で待機していた。シスイがコンピューターを利用して予測演算した結果、ターゲットはこの場所に現れることになっている。現在もリンドウの腕輪反応はレーダーで検知しており、今のところは予測通りに移動していた。

 

 

「なぁなぁユウ。本当にここに来るのか?」

「シスイの計算ではそうらしいね」

 

 

 コウタが暇を持て余してユウへと尋ねる。

 この辺りに居た小型アラガミは、既に掃討済みだ。満を持して待ち構えることが出来ている。静かに待つことが苦手なコウタは、この沈黙に耐え切れずにいたのだ。

 シスイは侵入予測地点をジッと眺め、サクヤはどこか上の空となっている。ソーマはいつも通り目を閉じて時が来るのを待っているし、アリサはリンドウを閉じ込めてしまった教会の方を眺めていた。

 そんな時、インカムが繋がり、ヒバリの声が聞こえてくる。

 

 

『気を付けてください。まもなく、目的のアラガミが侵入します。侵入予測地点に変わりはありません。これは……速い!』

 

 

 オペレーターが『間もなく』と言ったとき、基本的には十秒から三十秒ほどの余裕があると考えて良い。だが、そのアラガミは早すぎた。

 

 

「皆! 来たよ!」

「え? もう!?」

「早すぎます……」

 

 

 ユウがそう叫ぶと、コウタは驚き、アリサも目を見開いた。ベテランであるサクヤとソーマはすぐに迎え撃つ陣形を整え、目的のアラガミを見据える。

 ビルの合間を縫って広場へと現れたそれは、黒く、大きかった。

 

 

「そんな……まさかっ!」

 

 

 アリサが動揺して一歩後ろへと下がる。

 ヴァジュラに近い四足歩行、人間にも似た顔……自分の両親を喰らったアラガミだった。感応現象によってそれを知っているユウは、咄嗟にアリサをかばうようにして立ち位置を変える。そして真っすぐにそのアラガミを睨みつつ、声を張り上げた。

 

 

「落ち着いてアリサ!」

「で、でも……っ!」

 

 

 動揺するアリサを見て、サクヤも思い出す。目の前の黒いアラガミは、病室でユウに教えてもらったアリサの両親の仇と特徴が一致していたのだ。

 更に追い打ちをかけるようにヒバリからの通信が入る。

 

 

『リンドウさんの腕輪反応はそのアラガミから出ています。データベースを参照……接触禁忌種ディアウス・ピターです。強力なオラクル反応を放っています。気を付けてください!』

 

 

 流石にこの短期間で完全なアラガミ化までは進行しない。

 つまり、このアラガミはリンドウを喰らったということになる。

 

 

「アレがリンドウの仇……」

 

 

 サクヤは身を固くして銃を構える。

 かつて一度、ロシアで街を壊滅させた第一種接触禁忌種ディアウス・ピター。

 新しい獲物を見つけたピターは凄まじい咆哮を上げた。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 

 通常のアラガミとは一線を画す接触禁忌種に、ユウ、サクヤ、コウタ、アリサは動けない。特務で接触禁忌種にも慣れているシスイとソーマだけは、すぐに動くことが出来た。

 

 

「アイツの仇だ!」

「僕も行く!」

 

 

 空気を裂くようにしてバスターブレードを薙ぎ、身を低くしてピターへと走り寄るソーマ。シスイも同様にヴァリアントサイズを構えつつ、ソーマと挟撃できるように近寄り始めた。

 それを見てユウもワンテンポ遅れつつ走り出し、サクヤとコウタは銃を構える。アリサは初めこそ動揺していたが、既にトラウマは乗り越えている。いや、心の傷はそのままだが、今は共に戦える仲間もいるのだ。それ故に落ち着きを取り戻し、アサルトを構えた。

 

 

「死ね」

 

 

 ソーマが大きく振りかぶったバスターを振り下ろす。中型種なら一撃で真っ二つになる威力だが、ピターは余裕の表情でそれを受け止めた。

 高い金属音がしてソーマの攻撃が弾かれる。

 驚愕の表情を浮かべつつ体勢を崩したソーマに、ピターの爪が凶刃となって振り下ろされた。

 

 

「ごはっ……」

 

 

 咄嗟に背後へ跳ぼうとしたが、体勢を崩した状態では少し足りない。ソーマの体は切り裂かれ、血を撒き散らしながら大きく吹き飛ばされた。

 神機こそ手放さなかったが、地面を大きく転がってようやく止まる。

 

 

「ソーマ!」

「余所見しないでコウタ!」

 

 

 焦るコウタにサクヤは冷静なまま答える。ゴッドイーターの中でも破格の回復力を持つソーマならば、あの程度の傷で倒れたりはしないと分かっているからだ。

 それよりも、今はピターと正面から戦っている残り二人を援護しなければならない。

 ソーマを吹き飛ばしたことでシスイに背後を取られたピターは、バーティカルファングによって伸ばした咬刃を叩き付けられた。

 だが、やはり高い金属音がして弾かれる。

 

 

「硬すぎる。ユウ君も気を付けて!」

「分かった」

 

 

 シスイとソーマの攻撃で、ディアウス・ピターは背中が堅いと分かった。ならばと考え、多くのアラガミで共通の弱点である顔を狙う。

 

 

「はあああああっ!」

 

 

 振るわれたユウのロングブレードがピターの顔を切り裂くと思われたが、ピターは素早い動作で後ろへと跳び下がり、見事回避する。実力を付けたユウの速度を上まわって回避したことに、誰もが頬を引き攣らせた。

 それでもとサクヤは援護射撃をするが、そのどれもがピターに回避される。

 ヴァジュラと比べて格段に上の機動力を持つが、何よりもその反応速度が厄介だった。バレットを見てから避けるなど、信じられない動きをしているのである。

 

 

「くそぉっ!」

「やあああああ!」

 

 

 コウタとアリサもアサルトによる連射を行うが、威力が足りずに全て弾かれる。

 ディアウス・ピターは速さも恐ろしいが、その堅さも異常だった。

 

 

「皆落ち着いて。前衛で足止めをするからサクヤさんはスナイパーの用意を。ソーマも動ける?」

「問題ねぇよ!」

「なら、俺とシスイで足止めする。サクヤさんの狙撃後にソーマがトドメを! コウタとアリサは適宜牽制して注意を分散させてくれ!」

『了解』

 

 

 第一部隊の隊長らしく、ユウが作戦指示を出す。ディアウス・ピターの強烈な反応のせいか、周囲に別のアラガミがいないことは救いだった。

 

 

「行くぞシスイ」

「ヴァジュラ近親種なら雷に注意だね」

「分かっているよ」

 

 

 コウタとアリサのアサルト弾を鬱陶しそうにしているピターの前に、ユウが立ち塞がる。そして神機を小さく振りながら防御に徹するようにしてピターの攻撃を受け始めた。勿論、シスイはその間にピターを横から攻めていく。背中は堅いと分かっているので、後ろ脚を大きく切り裂いた。

 

 

「グオオッ!?」

 

 

 足を切り裂かれてバランスを崩したピターは的でしかない。サクヤはその一瞬を見逃すことなく、シスイが作り出した超長距離狙撃弾を使って顔を穿った。空気中のオラクルを吸収しながら飛ぶので、距離が離れるほどに威力を増すという物理法則を無視した弾丸である。それを弱点の顔に打ち込まれたのだから、流石のピターも仰け反ってしまった。

 それをソーマは見逃さない。

 

 

「終わりだ!」

 

 

 既にチャージを終えたバスターを振りかぶって空中から現れる。ユウはソーマの邪魔にならないようにと跳び下がっており、連携は完璧だ。黒いオラクルを纏った一撃がディアウス・ピターの頭部に振り下ろされ、その巨体が吹き飛んだのだった。

 

 

「気を抜くんじゃねぇっ! 奴はまだ生きているぞ!」

 

 

 バスターを肩に担いでソーマは声を張り上げる。

 一瞬気を抜きかけた全員は、それを聞いて再び気を引き締め直していた。

 ソーマの言った通り、ピターは吹き飛ばされつつも綺麗に着地して咆哮を上げる。アレだけの一撃だったにもかかわらず、ピターの顔には小さな傷しかついていなかった。

 

 

「嘘だろ!? ソーマの全力だぞ!? 普通のヴァジュラなら真っ二つなのに!」

「煩いですコウタ。叫んでいる暇があったら集中してください」

「わ、分かったよ」

 

 

 いちいちリアクションが大きいのは変わらないが、コウタも第一部隊として成長している。特に遠距離支援という分野においては、コウタはかなりの腕を持っていた。偶に防衛班の任務にも参加しているので、その際に身に付けられたスキルを存分に発揮していたのである。

 つまり、コウタはいちいち叫びつつもアサルトによる援護は欠かしていなかった。

 ピターは的確に顔や前足を撃たれることを鬱陶しいと感じたのか、標的をコウタに変える。だが、シスイとユウがそれを許さなかった。

 

 

「お前の相手は」

「俺たちだ!」

 

 

 コウタに目が向いている隙に、シスイとユウは左右からピターの前足を狙う。擦れ違うように二人は走り抜け、ピターの両前足を綺麗に切り裂いたのだった。

 再びバランスを崩したピターにサクヤが無言で超長距離弾を放つ。

 熟練の腕によって弾丸は顔に直撃した。

 

 

「もう一度喰らえ!」

 

 

 ステップで素早く近寄ったソーマが、再びチャージクラッシュを叩き込む。ピターはまた吹き飛ばされ、シスイとユウが追撃に走った。

 だが、ピターもやられるだけではない。

 遂に、ヴァジュラ種としての力を使い始める。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 活性化したピターは激しい電撃を纏い、広範囲に放電した。ヴァジュラとは比べ物にならない範囲であり、走り寄っていたシスイとユウは吹き飛ばされる。

 

 

「ユウ! シスイ! くそ!」

 

 

 コウタが援護のために弾丸を放つが、活性化によって更に早くなったピターはそれすらも避ける。コウタの射線からあっという間に逃れ、二度も大きなダメージを与えて来たソーマへと突進した。

 白い電撃を纏った突進を避けることが出来ず、ソーマは装甲を展開して受け止める。

 しかし、幾ら強いゴッドイーターであるソーマでも、質量の差が大きすぎた。

 

 

「ぐ、おおおおおっ!」

 

 

 一瞬だけ耐えたが、ソーマも遠くまで吹き飛ばされる。

 そしてピターは次に遠距離組を標的とした。睨まれたコウタ、アリサ、サクヤは身を固くして構える。そしてこの中で唯一、近接戦闘も可能なアリサは咄嗟に刀剣形態へと変えた。

 ユウ、ソーマという強力な前衛がいるお陰で、アリサはあまり近接戦闘をしたことがない。シスイが開発したオラクル回収弾のお陰で、恒久的にアサルトで攻撃できるようになったから余計にだ。だから、剣を構えたアリサはこれ以上に無いくらい緊張していた。

 両親の、そしてリンドウの仇だからということもあるだろう。

 だが、アリサはそれを振り切って飛び出した。

 

 

「アリサ!」

「コウタとサクヤさんは援護を!」

 

 

 コウタは止めようとするが、それでもアリサは飛び出していく。

 仕方なくサクヤがピターに狙いをつけ、コウタはアサルト弾で牽制を始めた。雷による麻痺でシスイ、ユウ、ソーマは動けない。いや、装甲でガードしていたソーマなら少し早く復帰できる程度か。

 

 

「やああああ!」

 

 

 ピターはアリサの攻撃を軽く避け、雷球を幾つも作って放つ。咄嗟に回避したアリサだが、雷球はそれだけで終わらなかった。次々と雷が放たれ、回避一択を迫られる。

 コウタとサクヤも援護するが、ピターは片手間で回避していた。

 焦れるアリサは遂にミスを犯す。強引に近寄ったアリサに対し、ピターは身体を横回転させて迎撃した。装甲を展開する暇もなくアリサは直撃を受け、コウタとサクヤの近くまで吹き飛ばされた。

 

 

「う……」

「アリサ、大丈夫か!?」

「コウタ集中して! 奴が来るわ!」

「く、くっそおおおおおおおっ!」

 

 

 強すぎる。

 それがサクヤのディアウス・ピターに対する感想だった。

 コウタの放つアサルト弾を意にも介さず弾き返し、悠々と歩み寄っているのだ。

 まさに帝王。

 そう呼ぶのに相応しい。

 だが、その余裕がピターにとっては油断だった。

 

 

「余所見してんじゃねぇぞ黒猫がァッ!」

 

 

 復帰したソーマがバスターを横向きに薙ぎ払い。ピターを吹き飛ばした。流石の身体能力である。

 

 

「手間かけたな。アリサにはこれを使え!」

「ちょ、ソーマ!」

 

 

 ソーマは自分の回復錠を投げ渡し、すぐにピターへと向かって行く。仕方なくサクヤは回復錠をアリサに飲ませ、回復させたのだった。

 そしてその間にシスイとユウも復活し、果敢にピターを攻め始める。

 

 

「削れろ!」

 

 

 シスイはクリーヴファングによってピターの背中を削り取る。ダメージとしては薄いが、押さえつけることによってピターの動きを遅くすることは出来ていた。その間にユウは正面からロングブレードを振るい、時折ソーマが入れ替わってチャージクラッシュを叩き込む。

 ディアウス・ピターも、慣れてしまえば少し速いヴァジュラだ。パターンは読めている。

 

 

「ユウ君。前足を集中して壊すよ」

「オーケー!」

 

 

 シスイはここで結合崩壊を優先させることにする。堅い奴ほど、結合崩壊させたときは柔らかい。その経験則から来る判断だ。隊長であるユウもその案には賛成で、二人はピターの前足を狙うことにした。

 

 

「所詮は黒猫だね」

「極東を舐めるなよ!」

「グオオオオッ!」

 

 

 ピターも必至に前足を振るい、牙を使って二人を攻撃しようとする。だが、シスイとユウはそれを綺麗に躱しつつ、流れるような動作で前足を攻撃し続けた。更に隙を突いて捕喰し、バースト化までする。

 ユウは一旦下がってソーマと入れ替わり、アラガミバレットをリンクバーストとして射出した。これによってシスイとソーマはバーストレベル3になり、更に強くなる。

 極東最強部隊は伊達ではないのだ。

 

 

「猫は大人しくねっ!」

「左足は貰っていく!」

「終わりだ!」

 

 

 シスイ、ユウ、ソーマの連撃によって、ディアウス・ピターの両前足と顔が結合崩壊する。流石に三か所同時に結合崩壊したことで、ピターはダウンしてしまった。

 

 

「チャンスだ!」

 

 

 アリサもユウの言葉を逃さず、刀剣形態にして捕食をする。さらにリンクバーストでユウのバースト状態をレベル3に引き上げ、再び後退して銃形態に戻した。

 

 

「助かるアリサ!」

「これぐらいは問題ありません。それよりもピターはもうすぐ起き上がります!」

 

 

 ダウンしている隙にこれでもかというほど攻撃を浴びせ、可能な限りダメージを与える。シスイ、ユウ、ソーマだけでなく、コウタ、アリサ、サクヤも高威力のバレットを叩き込んでいた。そして三人が再び距離を取る頃には、ディアウス・ピターにかなりのダメージを与えることが出来ていた。

 もうすぐ勝てる。

 そんな思いが第一部隊の中に現れるが、それは幻想だったと知ることになる。

 

 

『っ!? 皆さん気を付けてください! ディアウス・ピターのオラクル反応が変質しています!』

 

 

 インカムからヒバリの声が聞こえると同時に、ディアウス・ピターが変化を起こした。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」

「くっ」

「うわっ」

「ちっ……」

「おわぁっ!?」

「きゃあっ!」

「何よこれっ!?」

 

 

 これまでにない、空気を震わすような咆哮が贖罪の街で響き渡る。

 それと同時にディアウス・ピターが深紅の雷を纏い、さらに背中から黒い翼が生えた。それは鳥のような羽毛ではなく、骨格だけの硬い翼だ。

 

 

『ディアウス・ピター活性化! これまでと比べ物になりません!』

 

 

 ヒバリの悲鳴すらも翼を生やしたピターの威容のせいで耳に入らない。これまでとはまるで違う、恐ろしいほどの攻撃性をビシビシと放っていた。

 

 

「ちっ! そんな程度で調子に乗ってんじゃねぇっ!」

 

 

 一番に動き出したソーマがバスターを構えつつ突っ込み、それに続いてシスイとユウも距離を詰める。

 だが、赤い雷を纏ったピターはこれまで以上に早かった。

 ピターはその場で旋回しつつ、背中の翼を横薙ぎに振るう。

 

 

「ちょ……」

「うわっ!?」

「なっ……」

 

 

 翼が出来たことで範囲が上がり、三人は大きく吹き飛ばされた。咄嗟に装甲を展開しなければ、今頃は上下真っ二つになっていたかもしれない。

 

 

「攻撃力と速度、範囲も上がっているわ! 三人とも気を付けて!」

 

 

 サクヤはそう叫びつつ援護射撃を放ち、三人が復帰する時間を稼ぐ。活性化が進んだことでコウタとアリサのアサルト弾は通じにくくなり、本当に気を散らす程度しか意味が無くなってしまった。

 この先、更に隙は少なくなることだろう。

 ユウはそれを承知で叫んだ。

 

 

「作戦に変更はなしだ。俺とシスイで奴を止める。ソーマはデカい一撃を用意してくれ! 翼が生えたところで、飛べない猫はただの猫だ!」

『了解』

 

 

 ピターが咆哮と共に深紅の雷を放つが、シスイはそれを回避しながら接近する。ユウに至っては神機で雷を弾きながら迫っていた。ピターの雷はオラクルによるものなので、理論上は神機でも弾くことが出来る。だが、実際にそれを出来るかと言えば怪しいだろう。いつの間にか人外じみた戦闘技能を身に着けていたようである。

 

 

「グオオオオ!」

「甘いよ!」

「その程度では止められるものか!」

 

 

 ピターが放った翼による突き。

 鋭い骨のような形状であるため、直撃すれば一溜まりも無いだろう。だが、それは直撃すればの話だ。シスイはヴァリアントサイズの曲面を使って器用に受け流し、ユウはスライディングしながらインパルスエッジを放って翼を弾き返した。

 翼の片方が受け流され、片方は弾かれる。

 真逆の運動方向を与えられたことでピターは大きくバランスを崩してしまった。

 

 

「食事だよ!」

「喰らえ!」

 

 

 二人はピターと擦れ違うようにして捕喰し、後ろまで走り抜けて二人同時に尻尾を切りつけた。一歩速かったシスイの攻撃で結合崩壊を引き起こし、二度目になるユウの攻撃で完全に切断する。

 これによってピターは絶叫を上げ、呻きながら大きな隙を晒した。

 ソーマはそれを逃さない。

 

 

「……消えろ!」

 

 

 大きく跳び上がり、重力を乗せたチャージクラッシュを叩き込む。元から結合崩壊している顔が更にグチャリと変形し、ピターは視界を大きく削られた。

 

 

「ギガアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 

 のたうち回るピターは無差別に深紅の雷撃を放つ。

 雷球が四方八方に撃ちだされ、放電によって空気が震える。さらに赤い雷が天地を結びながらピターの周囲を走り回った。

 シスイ、ユウ、ソーマはこれに当たらないよう回避を続け、遠距離組はチャンスとばかりにバレットをこれでもかと撃ち込んでいく。

 そして活性化したオラクルを使い切ったのか、途端に雷が止んで大人しくなった。

 シスイはこれを逃さない。

 

 

「捕えた!」

 

 

 咬刃を伸ばし、バーティカルファングでサイズを上から叩き付ける。弱ったピターは遠心力と重力が乗ったバーティカルファングの威力に耐え切れず、地面へと倒れ伏した。

 それと同時にシスイはユウに向かって叫ぶ。

 

 

「ユウ君!」

「分かってる!」

 

 

 シスイが押さえつけている間にユウがピターへと接近し、かなり潰れた顔にインパルスエッジをオラクルの続く限り撃ち込んだ。至近距離からの爆撃でピターは呻くが、アラガミ化した両腕を持つシスイが押さえつけている以上、動くことが出来ない。

 

 

「チェンジだソーマ」

「任せろ!」

 

 

 ユウの言葉を待っていたソーマは、渾身の力を込めてチャージクラッシュを叩き込んだ。ユウのインパルスエッジで顔の結合が緩くなっていたのか、このソーマの一撃によって遂に吹き飛ぶ。

 流石のディアウス・ピターも頭が消し飛ばされれば生きていられない。

 押さえつけていたシスイも手応えの消失を感じ取り、伸ばした咬刃を元に戻した。

 ズンッと音がして、ディアウス・ピターが倒れこむ。

 少しの沈黙の後、ユウが口を開いた。

 

 

「倒した……のか?」

『こちらでもディアウス・ピターの沈黙を確認。討伐しました!』

「や、やったーっ!」

「やりましたよ……パパ、ママ」

「仇は取ったわリンドウ」

「……ふん」

 

 

 コウタはその場で跳ねて喜び、アリサは座り込んで胸に手を当てる。サクヤは構えた神機を降ろしながら愛する人の名前を呼んだ。ソーマも神機を肩に担いて鼻を鳴らす。

 そんな中、シスイはディアウス・ピターの死体へと近寄り、ヒバリに連絡を取り始めた。

 

 

「ヒバリさん。リンドウさんの腕輪反応はあるかな?」

『はい……確かに検知されていますね』

「ありがとう。……ユウ」

「分かった」

 

 

 シスイとユウは神機を捕食形態に変え、ピターの体内を探る。

 二人が神機を引き抜くと、シスイの神機はリンドウの腕輪を、そしてユウの神機はリンドウの神機を咥えていたのだった。

 

 

「当たりだね」

「嫌な当たりだ」

 

 

 シスイは捕喰形態の神機が咥える腕輪を手に取り、サクヤへと見せた。

 それを見たサクヤは急いで駆け寄り、恐る恐ると言った様子でシスイから受け取る。そしてただ胸に抱えてその場で崩れ、静かに涙を流した。

 第一部隊元隊長、雨宮リンドウ。

 ディアウス・ピターの討伐、そして腕輪発見によりKIA認定される。

 第一部隊の悲しみは、ただ青い空に溶けていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




黒猫さんはリザレクションverです。

取りあえずシスイ、ユウ、ソーマが強すぎてディアウス・ピターも黒猫扱い。

あとバタフライエフェクトにより時系列が変化しています。本来はシオを発見してからディアウス・ピター戦ですが、シスイの解析能力が高いためにさっさとディアウス・ピターを発見しました。
こんな感じでちょいちょい原作解離します。


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EP12 アラガミの少女

 支部長室にて、ヨハネス・フォン・シックザールは本部の人間とテレビ電話をしていた。相変わらず画面にはunknownと表示されており、顔が分からないようになっている。後ろめたいことを話すための秘匿回線だからだ。

 

 

『首尾はどうだシックザール支部長?』

「順調だ。神崎シスイのお陰で大量のコアが集まっている。この調子なら必要以上にコアを集めることも出来るだろう。そうなればノヴァシリーズを予定以上に生産することも出来る」

『ふん。全ては化け物のお陰ということか。気に喰わん。なぜ奴に新しい神機を与えた?』

「このままアラガミにぶつけるだけでは神崎シスイを殺すことは出来ない。私がそう判断を下した」

『ならばどうするのだ?』

「ノヴァシリーズをぶつける。アルダ、メビウスは既に形成段階だ。上手くいけばステラも完成できるだろうと予想している」

『なるほど、急ぎノヴァシリーズを完成させるためにコアを集めるのだな。そのために神機を……』

「そういうことだ。どうせノヴァシリーズをぶつけるなら、今は神機を与えた方が効率が良い」

『ならば良い』

 

 

 電話の相手は満足そうにそう答えた。

 自分は箱舟に選ばれた人間だと思ってるからだろう。

 優越感が透けて見えるようだった。

 

 

『既に我らは箱舟へ搭乗を始めている。ノヴァの完成を急ぐことだ』

「分かっている。だが特異点が見つからない」

『はははは。心配ないとも。君が言っていた特異点だが、それらしきものがあるという情報が上がってきたのだよ』

「……なんだと? 何故それを先に言わない」

『元々、君に連絡したのはこれが理由だよ。化け物のことを言って話を逸らしたのは君だ』

「そうだったか。それで特異点は?」

『まぁ、落ち着け。ちょっと散らかっていてな。探すから少し待ってくれ』

 

 

 すると電話の向こうでガサガサと何かを探している音が聞こえる。報告書などを無造作に置いている弊害なのだろう。碌に仕事もしないせいで資料が溜まっていくのだ。

 自分たちに直結する話や、金の絡む話には敏感なくせに、他支部からの支援要請や外部居住区からの要求などは一切目を通さない。まさに老害である。

 

 

『おお、あったあった。これだよ』

「それで特異点はどこに?」

『何やら普通のアラガミと異なる……ようだな。本部のゴッドイーターの報告書だ。専門家ではないので私もよく分からないが、ともかく普通のアラガミとは違うらしい。君の言う特異点は、普通とは違うアラガミなのだろう?』

 

 

 まるで要領を得ない答えにヨハネスは目頭を押さえる。

 所詮は金漁りに全力を尽くす老害ということだろう。少なくともヨハネス自身で赴かないことには始まらなさそうだった。

 無駄になるかもしれないが、僅かな可能性でもある。

 

 

「分かった。私が本部に出頭して確かめる。エイジス島の完成度合を報告することも含めて、そろそろ本部に顔を見せるべきだろう」

『ああ、そうしてくれたまえ』

 

 

 その言葉を最後に回線は途切れる。

 静かになった支部長室でヨハネスは一人呟くのだった。

 

 

「ふっ……馬鹿め。掻き集めた本物のロケットは全て極東に置いてある。最期まで精々贅肉を溜めることだ。それに……リンドウの遺志を継ごうとしている者もいるようだからな。時間はない」

 

 

 ヨハネスが別の画面を開くと、そこには橘サクヤの部屋が写っていた。ターミナルの前にサクヤが立ち、部屋には神薙ユウとアリサ・イリ―ニチナ・アミエーラもいる。そしてリンドウの腕輪をキーとして開く記録ディスクを開き、アーク計画について調べていた。

 この部屋を監視してる者がいる可能性を述べ、サクヤは『このことを忘れる』と言っているが、それはユウとアリサを巻き込まないようにするために方便だろうと予想できる。

 

 

「せめて神薙ユウには正しい選択をして欲しいものだ。次世代の英雄たる素質の彼には」

 

 

 そしてヨハネスは出張準備を始める。出張中の支部長業務を別の者に引き継ぐ準備や、その他エイジスの工事責任者への連絡も忘れない。

 最後にペイラー榊を含めた上層部に、自分が本部に出頭することをメールで一斉送信した。

 その日の内に、ヨハネスはフェンリルの高速ヘリで本部へと向かうことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ヨハネスが本部へ出張して数日後、シスイはソーマと共にペイラー榊のラボへと呼び出された。どうせ面倒な内容だろうな、などと話しながら部屋に入ると、案の定、ペイラーは二人に無茶を要求してきたのである。

 

 

「やぁ二人とも。すまないが私を鎮魂の廃寺に連れて行ってくれないかね?」

「寝言は寝ていえおっさん」

「寝ているかと勘違いするほどの糸目ですから寝言なんじゃない?」

「酷いなソーマ君。それと辛辣だねシスイ君」

 

 

 とは言えペイラーは極東支部の技術開発局責任者だ。一応は上司なのである。やれと言われればやるしかないのだ。

 仕方なく、二人はペイラーを護衛して鎮魂の廃寺へと赴くことになる。

 そこには丁度アラガミを討伐した第一部隊のメンバーが揃っており、今まさにコアを摘出しようとしてるところだった。それを見たペイラーは慌てて待ったをかける。

 

 

「ちょっと待ってくれないか?」

「……なぜ博士が?」

「え? 榊博士?」

「どうして博士が……それにシスイとソーマも」

「どういうことかしら? 説明してくださる博士?」

「まぁ待ちたまえ。四人ともちょっと離れて、こっちに来て姿を隠してくれないか?」

 

 

 ユウ、コウタ、アリサ、サクヤは幾つも疑問符を浮かべるが、ペイラーは有無を言わさずに四人を物陰へと連れていく。倒したアラガミが丁度見える場所で待機し、これから起こることを待っていた。

 そんな中でコウタだけが口を開く。

 

 

「で、博士。なんでコアを回収せずに放置するの?」

「まぁ見ていたまえコウタ君。……ほら来たよ」

「何が……っ!?」

 

 

 アラガミの死体の前に姿を顕したのは人。

 フェンリルの旗を身体に巻き付けた肌の白い少女である。こんなところに一般人がやってきたのかと皆が考えたが、ペイラーは間髪入れずに声を上げた。

 

 

「あの子を確保してくれ! 早く!」

 

 

 その言葉に反応し、全員が物陰を飛び出して少女を囲む。

 そして囲まれた少女は首を傾げつつ口を開いた。

 

 

「オナカ……スイタヨ?」

『はぁっ!?』

 

 

 その少女は秘密裏にペイラー榊のラボへと連れていかれることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「この子の正体はアラガミだよ。人型のアラガミ」

『えぇっ!?』

 

 

 シスイ、ソーマを除いた四人が驚く。

 コロコロと表情を変えながら首をかしげる姿を見れば、とてもアラガミには見えない。確かに肌の白さなどは異常だが、姿形はどう見ても人だった。

 ちなみに、シスイとソーマは既に気付いていたので特に驚かなかった。

 この二人はともかく、他の四人のリアクションに満足したのだろう、ペイラーは満足気に語り始めた。

 

 

「この子はね。人という形に進化したアラガミだ。つまり、我々と同じく進化の袋小路に入ってしまった存在だろうね。ある種、進化の到達点、つまり完成品とも言える」

「この子が……」

「アラガミ……」

 

 

 アリサとサクヤは茫然としつつ眺めており、コウタは顎が外れたかのようなリアクションを見せている。本当に驚いているらしい。ユウですら言葉を失っていたのだから。

 そしてようやく現実を受け入れたサクヤは途端に言葉を捲し立てる。

 

 

「って駄目じゃないですか博士! アラガミをアナグラに連れてきちゃ。それにアラガミってことは人も捕喰するんでしょ?」

「え、ええっ!? ヤバいって! 神機、神機は……」

「落ち着きたまえサクヤ君にコウタ君。この子は人を食べたりしないよ」

 

 

 一瞬身構えた皆を諭すようにしてペイラーは再び語り始める。

 

 

「アラガミは同種の生命を捕食対象から外しているのは知っているかな? 偏食というものだよ。この子は人と同じ形に進化した訳だから、我々のことは仲間と認識して捕食対象から外しているハズだ。この子の捕食対象は、どうやら自分以外のアラガミみたいだからね。君達には、この子をおびき寄せるために辺り一帯のアラガミを掃討して貰ったんだ」

「最近の任務がやけにキツイと思ったら……そういうことですか」

「悪かったよユウ君。だが、君たちのお陰で彼女をおびき出すことが出来た。お腹を空かせれば姿を見せてくれると確信していたからね」

「オナカヘッタナッ!」

 

 

 ペイラーに同意するかのようにアラガミの少女も声を上げる。

 そこへアリサがふと疑問を投げかけた。

 

 

「そう言えば言葉も話すんですね。どこで覚えたんでしょう?」

「ふむ。確かに疑問だが、僕の推察では任務に出かけているゴッドイーターの話し声からだと考えているよ。アラガミの学習能力は皆も知る通りだからね」

「その割にはピンポイントな言葉ですね」

 

 

 確かにその通りだ。

 だが、ペイラーの仮説以外に説明のしようもないのでここは納得するしかなかった。

 

 

「そういうわけだ。このことは秘密だよ?」

「えーと……支部長には報告した方がいいんじゃ……」

「ははは、サクヤ君。君はこう報告するつもりかね? 『人類の砦であるアナグラにアラガミを持ち込みました』と。こうなった時点で皆が共犯なんだよ」

「あ! 博士きったねー!」

「何とでも言ってくれたまえコウタ君」

 

 

 つまり、第一部隊のメンバーはアラガミの少女を隠し続けなければならない。

 見事なまでに嵌められたのである。

 

 

「人型のアラガミね」

「……ふん。所詮は化け物だ」

 

 

 シスイとソーマはそれぞれ、あまり興味がなさそうに、だが内心では興味津々にアラガミの少女を見る。アラガミ化しているシスイと、身体の半分ほどがアラガミであるソーマにとって、見ていて気持ちの良い存在ではない。

 二人とも『化け物』と呼ばれて育った人間だ。

 どうしても自分を重ねてしまう。

 そんな二人の内心などよそに、コウタはただ面白そうにアラガミの少女へと近寄っていた。

 

 

「ホントにアラガミなのかぁ。これで人は食べないんだよな博士?」

「勿論だよ。こうして私たちが襲われていないのが証拠さ。ただ……あまりにもお腹がすいていたら、人も食べてしまうかもしれないね」

「えっ!?」

「イタダキマス!」

「止めろ! お前が言うとシャレにならないから!」

「はははははは」

「博士も笑ってないで!」

 

 

 今はペイラーが用意したアラガミ素材の破片を食べているので、人を襲うことは無いだろう。だが、確かに空腹ならば人でも襲うに違いない。危険だが、餌さえ与えておけば爆発しない爆弾といったところか。

 そんなコウタをよそに、ユウはふとペイラーに尋ねる。

 

 

「博士」

「何だいユウ君」

「この子がアラガミってことは、他にもこの子みたいなアラガミがいるってことですよね? アラガミって同じ種類の奴が一杯いますし」

「なるほど。確かにそれは興味深いが……流石にそれは私も分からないね。何なら、この子に聞いてみるのが一番なんじゃないかな?」

 

 

 確かに、とユウは考え、前に進み出てアラガミの少女に問いかける。

 

 

「ねぇ、君の仲間はいるの?」

「ナカマ?」

「君と同じ姿をしたアラガミだよ」

「ンー? ンー?」

 

 

 どうやら言葉の意味が理解できないらしく、少女は首を傾げるだけだった。

 それを見たペイラーは困ったような顔をしつつ口を開く。

 

 

「どうやら彼女にも勉強が必要みたいだ。これからも、君たちには彼女と出来るだけ交流を図ってもらいたいと思っているんだが……構わないね」

「いや、イエス以外の返事をしようがないでしょ。俺たちは共犯なんですよね」

「分かっているじゃないかユウ君」

「うわぁ……」

「私たちに拒否権ないんですね」

「諦めなさいアリサ。ああいう時の博士は止めようがないわ」

 

 

 そんな会話に、アラガミの少女はただ首をかしげるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 第一部隊はアラガミの少女を見つけてから忙しくなった。

 通常の任務を受け、そのあとは彼女との交流を図る。場合によっては、彼女の食事となるアラガミのコアを入手するためにアナグラの外に出なければならない。シスイが部隊に復帰したことで負担は減っているが、仕事が増えたのは間違いなかった。

 この日、シスイはソーマと共にシユウ六体討伐の任務を達成し、帰投してペイラーのラボにやってきた。

 扉を開けると、既にユウ、アリサ、コウタ、サクヤは揃っており、アラガミの少女は丁度食事をしている最中だった。

 

 

「あ、シスイにソーマ。おかえり」

「お疲れ様です」

「おかえりー」

「二人ともお疲れ様」

「お疲れ様~?」

 

 

 アラガミの少女も真似しているのを聞いて微笑ましい雰囲気となる。

 シスイは軽く手を振りながらコウタの隣に座り、ソーマは鼻を鳴らしつつ壁に背中を預けた。

 そして第一部隊が全員揃ったところで、ペイラーは今日の本題を語りだす。

 

 

「さて、諸君」

「どうしたの博士? 急に改まっちゃって」

 

 

 訝しげに尋ねるコウタに対し、ペイラーは深く頷いて答える。

 

 

「実はね。君達にはこの子の名前を考えて欲しいんだ。いつまでも『この子』や『アラガミの少女』では不便だからね。ちゃんと名前を付けてあげよう」

「ふーん。いいね」

 

 

 隊長のユウが同意したところで、コウタが元気よく手を上げる。

 

 

「はいはいはいはいはーい! 俺そういうの得意なんだ!」

「へぇ? 自信あり気ねコウタ?」

「勿論っすよサクヤさん。ズバリ……ノラミ!」

 

 

 その瞬間、空気が凍り付いた。

 あまりにも酷いセンスに誰もがフリーズしてしまったのだ。唯一、アラガミの少女だけは首を傾げつつ食事を頬張っている。

 その中で、最も先に復帰したユウを筆頭に次々とダメ出しをする。

 

 

「いや……それはないよ」

「ドン引きです」

「うーん。ちょっとないわねぇ」

「……ふん」

「え? ダメなの?」

 

 

 誰一人として同意を得られず、コウタは動揺する。

 そしてまだコメントしていないシスイに助けを求めるべく視線を向けたが、無駄だった。

 

 

「バカラリーには荷が重かったようだね」

「シスイが辛辣!? ならユウはどんな名前つけるんだよ! 一番初めに反対したなら言えよ!」

「え? 急に振るの? うーん……アリサは何かある?」

「私ですか? ちょっといきなりは思いつかないですね」

「ほら見ろ! ノラミでいいじゃん!」

『だからそれはない!』

 

 

 多数決によってノラミは惨敗。

 それでも諦めきれないコウタは、隣に座るシスイにもう一度問いかける。

 

 

「なあ、シスイも思いつかないならノラミで良いだろ?」

「えぇ……そうだなぁ。名前ねぇ」

「頑張れシスイ」

「そうですよシスイ。この子の運命は貴方にかかっています!」

「そこまで言うかユウにアリサ」

 

 

 ともかく、シスイとしてはノラミ以上の名前を考えなくてはならない。

 こういう時は下手に考えると碌なことがないので、直感に任せて案を出すのだった。

 

 

「子猫を育てているみたいだし……キティとか?」

「……まぁ、ノラミよりはいいな」

「ノラミに比べれば遥かにマシですね」

「お前らノラミを馬鹿にし過ぎだろ!」

 

 

 シスイも案を出したが、結局はコウタよりマシという評価。

 他には誰も案を出せないので、ここでペイラーが話をまとめる。

 

 

「まぁ、待ちたまえ。折角二つも意見が出たのだから、この子の意見も聞いてみよう」

「なるほど。博士の言う通りかもしれませんね」

「よっしゃ。ノラミを推すぜ! なぁなぁ、ノラミがいいよな!」

「ちょっとコウタ! ダメですよ。せめてキティにしてください!」

 

 

 コウタとアリサが必死に少女へと語り掛ける。

 だが、一心不乱に食事をしていた少女は、顔を上げて一言大きく叫んだ。

 

 

「シオ!」

 

 

 彼女の言葉に一瞬、ソーマ以外の誰もが首を傾げた。

 だが、すぐにペイラーが意図に気付き、口を開く。

 

 

「もしかして君の名前かい?」

「シオ! ソーマが付けてくれた!」

「っ! てめぇ余計なことを言うんじゃねぇ」

「あらあらあら? ソーマがねぇ」

「面白がるなサクヤ」

 

 

 意外にもソーマが彼女に名前を付けていたらしい。

 シスイはシオという名前から『塩』を連想したが、本部に居たことで欧州言語も達者な彼は、すぐに名前の由来に気付いた。

 

 

「chiot……フランス語で子犬だね。洒落た名前じゃないかな?」

「なるほどね。発想としてはシスイのキティと同じか。この子も認めているみたいだし、シオで決定だね」

「……ちっ」

 

 

 ソーマは照れ隠しなのかソッポを向き、コウタは諦めきれないのか最後までノラミを推す。しかし、彼女がシオだと言い張ったので、決着はついた。

 そして名前が決まったところで、再びペイラーが口を開く。

 

 

「さて、この子の名前も無事に決まったことだし、もう一つの問題について議論しよう」

「もう一つの問題?」

「そうだよユウ君。これは非常に深刻な問題……シオの食糧問題だよ。今はどうにか物資倉庫から拝借したり、君たちの頑張りによって賄えている。だが、シオの食欲がこのままなら、貯蔵してある彼女の食事は三日と持たないだろう」

「つまり?」

「彼女を外に連れて行って欲しい。アラガミを丸ごと食べさせれば、彼女も満足してくれるだろう」

 

 

 ペイラーの言ったことは、かなり危険な側面もある。

 ゴッドイーターが外に行く場合、それは任務として出ていくことになる。だが、シオに食べさせるとなると、回収するハズだったアラガミがシオのお腹の中に消えてしまう。

 シオの食事を考えるなら、秘密裏に行く必要があるだろう。

 当然、ペイラーもそれを理解している。

 

 

「私がどうにか手配しよう。君たちはコッソリとシオを連れて食事に行って欲しい」

「まぁ、そういうことなら」

 

 

 隊長のユウがそう言ったことで、皆が頷く。

 第一部隊はペイラーが用意したルートを使い、アナグラの外に出る。神機を持ちだせる時点で、既にリッカはペイラーの側についているのだろう。神機を受け取る際に苦笑していたのが証拠だった。

 ヨハネスも大概だが、ペイラーも様々な方向に根を張っているらしい。

 ジープを使い、鎮魂の廃寺までやってきた第一部隊は、早速アラガミを狩っていた。シオは器用にも神機を真似て右腕を変形させ、共に戦っている。

 

 

「そっちに行ったよシオ!」

「イタダキマス!」

「反対側は僕がする」

 

 

 シオとシスイの一撃で寒冷地適応したクアドリガ堕天種のミサイルポッドが壊れる。

 クアドリガ堕天は呻くが、第一部隊のメンバーがその隙を逃すはずがない。ユウは全面装甲にインパルスエッジを撃ち込んで破壊し、サクヤとコウタは顔にバレットを撃ち込んで追加ダメージを与える。そしてアリサは跳び上がってロングブレードを振るい、顔を結合崩壊させた。最後にソーマがチャージクラッシュを放ち、クアドリガ堕天にトドメを刺す。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 最後にクアドリガ堕天はそう呻いて倒れた。

 ディアウス・ピターすら倒した第一部隊にとってクアドリガ堕天など大した敵ではない。

 

 

「こんなもんかな?」

「やったね」

「流石です皆さん」

「俺たちにかかればこんなもんだぜ!」

「……ふん」

「皆強くなったわねぇ」

「イタダキマス! だな!」

 

 

 倒れたクアドリガ堕天をシオが食べ始める。

 その間にシスイとソーマ、サクヤは周囲を警戒し、ユウ、コウタ、アリサはシオが食事する様子を眺めていた。こうしてアラガミを食べる姿を見ると、やはりシオもアラガミなのだと思わされる。

 見た目は人だが、中身はアラガミなのだ。

 この光景を見ていたコウタはふと呟いた。

 

 

「やっぱシオもアラガミなんだなぁ」

「ん? コウタもイタダキマス! するか?」

「しねぇよ! でも……ちょっと興味あるかも」

「止めとけ」

「ソーマ?」

「とんでもなく不味いに決まっている」

 

 

 素っ気なく答えるソーマにコウタは首をかしげる。

 そしてそれを見たシオもコウタを真似つつ首を傾げ、口を開いた。

 

 

「でも、ソーマのアラガミはタベタイ! って言っているよ?」

「っ!?」

「シスイのアラガミはイッパイ食べて満足! って聞こえる」

「……」

 

 

 シオの爆弾発言とも言える言葉にソーマは沸騰しそうになるが、続いて聞こえた言葉によって冷静になる。そして信じられないと言った目でシスイの方を見つめた。同様にソーマがマーナガルム計画で半分近くアラガミとなっている事情を知るサクヤも、シスイに驚きの目を向ける。

 ペイラーのお陰で事情を知っているユウだけは何かを察したように表情を暗くしているが、コウタとアリサはよく分かっていないようだった。

 そんな注目を浴びたシスイは神機を肩に担ぎつつ、ポリポリと頬を掻く。

 

 

「あー。そうか。満足しているのか。僕には自覚ないけど」

 

 

 唐突なことで、シスイはどうするべきか迷う。

 反応を観察する限り、ユウ、ソーマ、サクヤは気付いたのだろう。シスイとしては何故ユウが知っているのか謎だったが、今はそれよりも切り抜ける方法を考える方が先だ。

 だが、その心配は無用だった。

 

 

「そうか……」

 

 

 ソーマはそれだけ言って再び周囲の警戒を始める。

 そんな様子を見た他のメンバーも、ソーマに続いて戻っていく。

 

 

(ソーマの気遣い……かな?)

(まさか……シスイも)

 

 

 シスイとソーマはこの日から距離が近くなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




シスイ×ソーマはありません。

ちゃんと男女の恋愛に落ち着けます。


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EP13 アーク計画

 

 シオを食事に連れ出すようになってから数日後、シスイがリッカと研究室で仕事していると、突然ペイラーに呼び出された。しかもアナウンスではなくプライベートナンバーで呼び出したのである。取りあえず面倒が絡んでいるのは間違いない。

 だが、ペイラーの口調から早く来いという意図が伝わってきたので、仕方なくペイラーのラボへと行くことにしたのだった。

 そして適当にノックしてから入ると、いつものコンピューターを挟んでペイラーが出迎える。食事にでも連れだしているのか、シオの気配はなかった。

 

 

「どうしたんです博士?」

「じ、実はだね―――」

 

 

 話を聞けば、シオに服を着せようとして逃げ出したのだという。どうやら天然繊維が肌に合わなかったらしく、無理やり着せようとしたら部屋を突き破って逃げてしまったのだとか。

 今は第一部隊のメンバーで捜索しているらしく、すぐに見つかるだろうと思われる。

 

 

「それで僕は何を?」

「シオの服を作って欲しいんだ。アラガミ素材を使ってね」

「僕に出来るのはデザインと偏食因子の組み合わせ計算だけですよ? それにデザインも技術室の人には敵いませんし。どちらにせよ、実際に作ろうと思ったら、技術室の手を借りないと……」

「うむ。リッカ君にも協力して欲しい。何、彼女は既に私の側だよ」

「セリフが完璧に悪役ですね」

「し、辛辣だね。ともかく頼んだよ」

 

 

 やはり面倒事ではあったが、一理ある。

 シオの服装はフェンリルの旗を巻いただけという、女子にあるまじき姿なのだ。彼女を人として育てることを考えるなら、人と同じようにオシャレさせるべきだろう。僅かな期間で言語を習得しつつあるので、そろそろ文化的なことを教えていくべきだ。

 シスイは再び研究室に戻り、リッカに事情を説明する。

 

 

「―――というわけで協力頼むよ」

「面白そうだね。いいんじゃないかな? 丁度息抜きにもなるしね」

「じゃあ、デザインと素材の組み合わせから始めようか。取りあえず、僕が持っている素材を適当に持ってくるから、リッカはデザインをお願いできる?」

「いいよ。とびっきり可愛いのを用意しておくね」

 

 

 シスイがターミナルを操作して素材を引き出している間、リッカは雑誌などを参考にしながら服のデザインを決めていく。サッと書けるあたり、リッカの技術者としての才能が窺えた。

 技術開発室ではデザイン、設計、組み立てを全て行う。

 ゴッドイーターが着る服も技術開発局で制作しているので、彼女にとってはお手の物なのだ。

 

 

「うん。こんな感じかな?」

 

 

 ペンと紙を持って五分もすれば、デザインの二つや三つは描ける。下書きのラフなものだが、どれも女の子らしいデザインだった。

 素材をいくつか持ってきたシスイは、リッカの描いたデザインを見て感想を述べた。

 

 

「カッコイイ系、可愛い系、綺麗系ってところかな? どれも似合いそうだけど……」

「シスイ君はどれがいいと思う?」

「んー。三つめのドレスにしよう。折角だから偏食因子による汚れ防止を組み込んでみたい。あとは形状記憶系の要素も入れて皺にならないように作ってみよう」

「いいね。面白そう」

「取りあえず、偏食因子の配列をコンピューターで計算させて……」

 

 

 シスイは計算ソフトに偏食因子の組み合わせをプログラムし、計算を実行する。偏食因子の作用によってさまざまな効果が得られるので、それを予測するためのソフトがあるのだ。これを使うと開発が楽になる。あくまでも理論なので、新種の偏食因子が見つかると、その度にソフトを更新しなくてはならない。最先端の研究では役に立たないソフトだった。

 だが、服を作る程度なら問題ない。

 

 

「リッカ、こんな感じで成型機にかけて。細かいところは手作業で偏食因子を織り込もう。α相とβ相が干渉しないように気を付けて。γ相は安定しているからΔ相からθ相までを平衡させて」

「わかった。すぐに出来るよ」

 

 

 シスイとリッカは若くてもプロだ。

 この程度ならあっという間に完成させてしまう。

 一時間ほどで粗方の形成を完了し、残りをリッカが織り込んでいく。この辺りが技術者の腕の見せ所だ。極東支部の開発主任を任されているだけあって、手際よくシオの服を完成させた。

 

 

「うん。出来た」

「おー。いい感じだね」

「当然。自信作だよ。早速マネキンに着せてみるね」

 

 

 リッカは部屋の端に置いてあるマネキンを持ってこようとするが、シスイは待ったをかける。

 

 

「どうせならリッカが着てみたら?」

「へ? 私?」

「いつも作業着だし、偶にはどう?」

「え……でも」

「動きやすさとかも確認した方がいいし、マネキンに着せるだけでは分からないこともあるでしょ?」

「そうかもしれないけど……」

「じゃあ、僕は部屋を出るよ。着替えたら声かけて」

「あ、ちょっとシスイ君!?」

 

 

 問答無用で部屋を出るシスイ。

 終始、悪い笑顔を浮かべていたことから、リッカを揶揄っているのは間違いない。

 

 

「……これ、着るの?」

 

 

 リッカは作った服を手に取って呟く。

 作る分には楽しかったが、自分が着るとなると恥ずかしい。

 神機一筋、毎日作業着で生きて来たリッカにはハードルが高すぎた。

 

 

「着るしかないよね……シスイ君の意見も一理あるし」

 

 

 これは試験。

 適切な服が完成しているかの試験。

 リッカはそう考えて完成した服を着てみることにした。

 この後、顔を真っ赤にするリッカと、面白がって写真を撮るシスイが居たとか居なかったとか……

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「きゃー。可愛いーっ!」

「似合ってますよシオちゃん!」

 

 

 連れ戻したシオに早速服を着せると、サクヤとアリサが嬉しそうに声を上げていた。作った側のシスイも満足そうにその光景を眺める。

 ペイラーを含めたユウたち男性陣もそれぞれ感想を述べていた。

 

 

「うむ。シオも喜んでくれているようだね」

「確かに似合うな」

「うんうん。すっげー似合ってるぜ! なぁソーマ!」

「なんで俺に振る……」

「またまたぁ……正直に言ってみろよ」

「ふん……まぁ、似合ってんじゃねぇか?」

 

 

 ソーマは顔を背けながら褒める。

 それを聞いたシオは嬉しそうに口を開いた。

 

 

「おお? 似合うか? なんか、気分いいな!」

 

 

 ここまで喜ばれるとシスイとしても嬉しい限りだ。

 ついでとばかりにリッカの貴重な写真もゲットしたので、今日はきっと良き日である。

 そんなことを考えていると、急にシオが歌い始めた。

 歌詞はなく、メロディーを口ずさむだけだが、ちゃんと歌になっている。これには皆が口を閉じて聞き入った。そして一通り歌い終わると、シオは改めて口を開く。

 

 

「これ、知ってるか? 歌、っていうんだぞ」

「まぁ……」

「シオちゃん……凄いです」

 

 

 サクヤとアリサは手を口に当てて驚く。

 そんな中で、ユウはふと疑問を口にした。

 

 

「シオ、歌なんてどこで覚えたんだ?」

「んー? ソーマと聞いたっ!」

『えっ?』

「……ちっ!」

 

 

 皆が呆気にとられた顔でソーマを見ると、本人は舌打ちして顔を逸らす。そんなソーマを揶揄い甲斐があると思ったのか、サクヤはニヤニヤしつつ口を開いた。

 

 

「あらあらあら? いつの間に仲良くなっちゃったのかしら?」

「うるせぇ……ったく。一人が一番だぜ……」

 

 

 顔を赤くしているので全く説得力がない。

 そんなソーマをシスイはタブレット端末の撮影機能で写真に収めた。

 カシャリとシャッター音がしたことで、ソーマは撮られたことに気付く。

 

 

「テメェ! シスイ!」

「赤面するソーマの写真。レアだね」

「今すぐ消しやがれ!」

「残念。僕の持つ全てのデバイスでストレージ共有したから」

「~っ!? クソッ!」

 

 

 シオが来たことで一番変わったのはソーマかもしれない。

 第一部隊の心は一つになったのだった。

 長きを経て、またシオのお陰もあってようやく一つになれたのかもしれない。隊長であるユウはそんなことも考えていた。

 だが数日後、再び第一部隊はバラバラになる。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 アーク計画の暴露。

 それによって極東支部はどこもかしこも荒れていた。

 人類すべてを収容することの出来る楽園を創るエイジス計画を隠れ蓑として、選ばれた千人だけを救いだすアーク計画が進められていた事実をリークされたのだ。

 犯人は第一部隊副隊長の橘サクヤ、そして同部隊員のアリサ・イリ―ニチナ・アミエーラである。

 シスイ、コウタ、ソーマはユウの部屋に集まり、テレビ電話で二人と連絡を取っていた。

 

 

『ごめんなさいね。支部長がいない今が最大のチャンスだったの』

『エイジス島を私とサクヤさんで確認してきました。これは事実です』

 

 

 部屋に設置されているターミナルの画面に二人の顔が映っており、背後には逆さになった女性の顔のようなものがある。世界最大のアラガミ、ノヴァだ。

 その事実を知り、コウタは力なく呟いた。

 

 

「そんな……みんなが救われる楽園だって聞いてたのに……」

『選ばれた千人の中にはコウタも入っているわ。そして二親等までの親族も箱舟に乗ることが出来る。リンドウが調べたリストに載っていたわ』

「極東の職員は全員リストに載っているのかな?」

『そうみたいね……シスイ君の名前だけは無かったけど』

「シスイのが無い……?」

 

 

 ユウはそう言ってシスイの方を向く。

 だが、シスイは肩をすくめるだけだった。

 それで仕方なくユウは画面に目を戻すと、サクヤは言葉を続ける。

 

 

『私たちはエイジス島の端末にアクセスして情報を抜き取ったわ。そしてリンドウの調べた分を含めて、アナグラの回線に流した。それが今回の騒動よ』

『既に分かっていると思いますが、私たちはアーク計画を止めるつもりです。リンドウさんが残してくれた……遺志を引き継ぎますから。だからもしも敵対するなら容赦しませんよ』

『ちょっとアリサ!』

『冗談です……ですが、そうならないように祈ってますよ』

 

 

 アリサの言葉を最後に通信は切れる。

 偏食因子と簡易投与機を持ち出しているとのことなので、アナグラへと帰るつもりはないのだろう。例え犯罪者と呼ばれることになったとしても止まるつもりはないようだ。

 静かになったユウの部屋は沈黙に包まれる。

 それを先に破ったのはコウタだった。

 

 

「俺は……俺はアーク計画に乗る。何をしてでも家族を守るって決めたんだ。だから……ごめん。特にシスイ」

「別に構わないよ。家族は大事だからね。ユウ君とソーマはどうするんだい?」

「俺は……正直反対だ。たったの千人救ってどうするんだよ。それに今日を頑張って生きている人だって沢山いる」

「ふん。あの野郎の計画に乗るつもりはねぇよ。俺の体は半分ほどアラガミだ。次の世界とやらに行っても意味がねぇ」

「ソーマもリストには含まれているみたいだけどね」

「うるせぇよシスイ」

 

 

 シスイが揶揄うとソーマは視線を強めて睨み返す。

 だが、ここでコウタがふと疑問を口にした。

 

 

「てか、極東の皆はリストに入っているんだよな? なんでシスイだけ外されているんだ?」

 

 

 純粋な疑問。

 アラガミ化を知っているユウと、察しているソーマは強くコウタを睨みつけた。知らないこととは言え、明らかに地雷を踏んでいるからだ。

 そんなユウとソーマに気付いて『ヤベェ』と顔を引きつらせるコウタ。

 だが、シスイはそんな三人の間に割って入った。

 

 

「まぁまぁ。僕がリストから外されている理由ぐらいなら言っても大丈夫だよ。フェンリルでも最重要機密の類だから、聞いたら戻れなくなるけどね」

「え? いやいやいやいやいやっ! それならいいよ!」

「遠慮しなくてもいいのに」

「要らないって! てか絶対話すよシスイ! 嫌な予感しかしねぇよ!」

「実は僕ってフェンリルで暗殺リストの最上位に入れられているんだよね」

「言っちゃったよっ! 嘘だよね!? 嘘だと言ってくれ!」

「いや、ホントだよ? 僕が極東に異動した本当の理由は、最前線でアラガミと戦わせて、あわよくば戦死させようっていう本部の魂胆があったからだし」

「ぎゃーっ!」

 

 

 コウタが魂からの叫び声を上げる。

 それを見てシスイは腹を抱えながら笑っていた。

 しかし、ソーマは茶化した空気を破って静かに問いただした。

 

 

「どういうことだシスイ? それはお前の中にいる(アラガミ)と関係があるのか?」

「正解だよソーマ。それに表情を見る限り、ユウも知っているみたいだね」

「……」

「ん? え? どゆこと?」

 

 

 真剣な様子のユウとソーマに対して、コウタだけは訳が分からないと言った顔をする。

 

 

「シオのこともあるし、君たちなら見せてもいいかな?」

 

 

 そしてシスイはそう言いながら両手の手袋を外した。

 現れたのは鱗のように張り付いたオラクル細胞が鈍く輝く両手である。さらに包帯を解いていくと、肘の辺りまでそれはビッシリと生えていた。

 

 

「な……なんだよそれ……」

「驚いたコウタ? これはアラガミ化だよ。僕は……まぁ神機適合試験で失敗してこうなった。かなり特殊な試験……というか実験だったからね。それでアラガミ化した以上、本部の奴らは僕を疎んだ。ちゃんと測定で安定していることは証明されているけど、偉い人にはそれが分からなかったんだろうね。いつ暴走するかもわからない爆弾だと思われているのさ。それに人体実験を失敗したから、僕は本来処分される人間だ。学者としての立場がなかったら、秘密裏に消されていただろうね」

 

 

 アーク計画にはフェンリル本部が絡んでいる。故にシスイの席はない。

 つまりはそういうことだった。

 

 

「僕は死にたくないんでね。それなりに足掻くつもりだよ」

 

 

 そう言いながら腕に包帯を巻き、フェンリルロゴ入りの手袋をつける。そしてそのままユウの部屋を出ていったのだった。

 残されたユウ、コウタ、ソーマは沈黙を保ったまま目を合わせる。

 再びバラバラになろうとしている第一部隊に、ユウは不安を感じるのだった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 極東の騒ぎを受けて戻ってきたヨハネス・フォン・シックザールは、頭を抱えたくなるほどの事態に直面していた。秘密にしてたアーク計画が漏れることは予想していたが、サクヤとアリサがエイジス島にまで侵入するとは思わなかったのである。

 その際にノヴァを育てている配線を幾らか破壊され、その他の設備にも損傷が見られた。

 せめて留守にしてなければ対応できたのだろうが、ヨハネスは本部に出頭していた。さらに特異点と思われるアラガミが発見されたという情報を追って本部に赴けば、それがダミーだと分かり、まさに骨折り損という状態なのである。

 ともかく、極東支部全体にリークされてしまったアーク計画は素直に話すしかない。ヨハネスはそう考えてゴッドイーターたちと面会を行い、説明を行うことにした。

 結果として意見は半々に分かれ、賛同派と反対派で支部内が割れることになる。

 任務には支障が無いようだが、アナグラではかなりの頻度で討論が行われていた。

 そして、箱舟への乗船権利を持たないシスイは、一人で阻止の方法を考えていた。

 

 

(ハッキングを仕掛けてシオの持つ偏食場が特異点らしいということが分かった。榊博士……このこと知ってたみたいだね。僕が取れるのは、シオを支部長に渡さないようにすること。そしてシオに捕喰本能をコントロールさせ、終末捕喰を制止すること。もしくは……シオのコアを僕が喰らうことか)

 

 

 シスイとしても、後者の選択肢を取るつもりはない。

 実験の一環として、シオに簡単な教育を受けさせたのだが、その教師役をしたのはシスイなのだ。四則計算や文字などを教える中で、人に近づいていく彼女の姿を見て来た。ペイラーではないが、共存する可能性を追ってみたいと思うほどに愛着はある。

 

 

(あとはノヴァを喰らう……か。素体を滅ぼせば、少なくともアーク計画は阻止できる)

 

 

 サクヤとアリサのテレビ電話で見た巨大アラガミ。

 ウロヴォロスなど比ではない大きさだった。自分の能力を使っても、喰いきるのは難しいだろう。自分の両腕は無限に喰えるわけではないのだ。ある程度の限界が存在する。ご都合主義の小説のように、都合よく限界を超えられるなどという期待はしない方がいいだろう。

 正直、一人で出来ることには限りがある。

 

 

(ノヴァの素体を解析できれば、アラガミバレットの要領で抗体も作れると思うんだけどね……)

 

 

 やはり自分もエイジスに行ってみるべきか。

 行動を起こすにしても、まずはノヴァの素体を確認した方が良いだろう。既に極東から離反したサクヤとアリサにコンタクトを取るべきかもしれない。

 シスイはそう考え、ヒバリの下へと行くことにした。

 任務のついでにエイジスへと侵入するのである。シスイの腕輪はダミーであるため、適当な場所に置いておけば、エイジスへと侵入したとしてもバレることはない。

 意外と良い案である。

 

 

「ヒバリさん。今日は任務ないかな? というかあるよね?」

「あ、シスイさん。任務は普段より多いくらいですよ。エイジス計画……いえ、アーク計画の完成を急ぐとのことらしく、オラクルリソースの殆どをエイジス島に持っていかれていますからね。おかげで極東支部の対アラガミ装甲壁に使える偏食因子が不足しています。これは前々から不足していたのですが、このままでは一週間と持たずに全装甲が破られる可能性が高いとのことです」

 

 

 極東支部のアラガミは世界最強と言われている。進化の速度も凄まじく、対アラガミ装甲壁もハイペースで更新しなければ、すぐに破られてしまうのだ。ただでさえ、今までもエイジス島に資源を送っていたのだ。そして現在、サクヤとアリサがエイジス島で暴れたので、その修復のためにかなりのオラクルリソースが搾取されているのである。

 これはシスイも知らない事実だった。

 

 

「そうなの?」

「はい。現在も何度か破られていますからね。防衛班の方たちは常時警戒態勢で待機しています。出動回数も増えていますね」

「じゃあ、第一部隊の仕事は偏食因子を持ち帰ること?」

「はい。サクヤさんとアリサさんが居なくなってしまったことは知っていますが……どうかお願いします。ユウさんとソーマさんはエイジス関係、シスイさんとコウタさんは対アラガミ装甲壁関係のコア回収が主な任務です。コウタさんは偵察班の方と協力して、中型以下のアラガミを担当しています。シスイさんは大型種を一人で討伐することになっているみたいですね」

「ハードだね」

「すみません……ですが戦力的には仕方ないんです。第一部隊の主戦力、ユウさん、シスイさん、ソーマさんは個人で大型アラガミを狩れるので、どうしても難易度の高い仕事になってしまうんです」

 

 

 ヒバリは申し訳なさそうに謝るが、これはヒバリのせいではない。

 任務を組んでいる上層部の責任だろう。

 シスイには少し前の大侵攻で、南方に集まってきたアラガミの群れを一人で一掃した実績がある。そういったことを鑑みれば、このような任務を組まれても仕方ないだろう。

 

 

「それで僕にアサインされている任務は?」

「はい、今日は鎮魂の廃寺ですね。ターゲットはプリティヴィ・マータ二体です。周囲にはコンゴウも観測されているので、注意してください」

「なにそれ凄くハード」

「正直、私も一人でこなす任務ではないと思います。無理だと思ったら、撤退してください」

「わかった。今日もオペレート頼むね」

「はい。任せてください」

 

 

 任務としてはキツイが、これはシスイにとって好都合な部分もある。時間がかかりそうな任務であるため、エイジス島に侵入したとしてもバレにくい。そして鎮魂の廃寺は海が近く、エイジス島への緊急用隠し通路の出入り口もこの辺りにあるのだ。

 

 

「じゃあ、行きますか……」

 

 

 シスイは出撃ゲートへと向かって行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 支部長室にて、ヨハネスは誰かと通信をする。

 

 

「そうか。神崎シスイは鎮魂の廃寺に……予定どおり出せ。……そうだ、二つともだ」

 

 

 通信の相手はエイジス島で仕事をする本部の人間である。完全にヨハネスの手駒であり、裏の仕事にも精通している相手だった。

 そんな相手にヨハネスは言葉を続ける。

 

 

「緊急用の通路を使え。扱いには注意しろ。特にメビウスノーヴァにはな。ステラノーヴァも攻撃力に特化している。解き放つのは神崎シスイが現地に入り、プリティヴィ・マータと交戦し始めてからだ。アルダノーヴァはエイジスに置いておけ。あれは少し特殊だ」

 

 

 ノヴァの制作ノウハウから生まれた人工アラガミ、ノヴァシリーズ。

 その内の二体であるメビウスノーヴァとステラノーヴァが放たれたのだった。

 

 

 

 

 




原作乖離要素の一つです。

シスイが集合フェロモンで大量のアラガミを狩ったので、アルダノーヴァ以外にノヴァシリーズと呼ばれる人工アラガミが作られました。

アルダノーヴァ
メビウスノーヴァ
ステラノーヴァ

の三体ですね。
アルダノーヴァは原作通り、エイジスでのボスとします。


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EP14 ノヴァシリーズ

 

 チラチラと雪が降る中、灰色の斬撃が閃いた。

 それが青と白を基調としたプリティヴィ・マータの体を引き裂き、オラクルが飛び散る。プリティヴィ・マータは数回呻いた後、力なく倒れた。

 

 

「ふぅ。どうにか二体目に見つかる前に倒せたかな」

 

 

 シスイは鎮魂の廃寺でプリティヴィ・マータ二体を狩るミッションを受注している。これは極東の対アラガミ装甲壁を強化するための素材であるため、早く持ち帰らなければならない。こうしている間にも、装甲壁が破られる可能性だってあるのだ。

 だが、慌てて戦うのも下策だ。

 ただでさえ、相手は大型の危険種プリティヴィ・マータ。例え複数相手に討伐出来るとしても、一対一で戦う方が安全に違いない。

 

 

「さーてと。二体目を探しますか」

 

 

 コアを回収したシスイは神機を肩に担ぎ、移動を開始する。そしてインカムからオペレーターのヒバリへと連絡を入れた。

 

 

「こちらシスイ。プリティヴィ・マータを一体討伐完了した。二体目は?」

『流石ですシスイさん。二体目のプリティヴィ・マータは北のエリアに留まっています。今のところ、中型種以下は確認できません』

「わかった。ありがとう」

 

 

 北には寺院の本殿がある。その辺りにアラガミが集まりやすいエリアがあるので、プリティヴィ・マータはそこにいるのだろう。回収素材が落ちていることもあるので、討伐ついでに拾っておくのもいい。

 シスイはそう考えながら、音を立てることなく北に移動した。

 だが、移動している最中で再びヒバリから通信が入る。

 

 

『シスイさん気を付けてください。想定外の大型種が二体も接近しています。これまでにないアラガミの反応です。新種かもしれません』

「侵入エリアは?」

『北の……プリティヴィ・マータがいるあたりになります』

「気付かれないように目標だけ狩るのは無理かな……」

『今日はシスイさん一人だけですので分断も難しいかと』

「わかった。何とかしてみるよ」

『危なくなったら逃げてくださいね……』

「大丈夫。これでもリンドウさんの教えを受けているからね」

『あはは。そうでしたね。ではご武運を』

 

 

 シスイは手袋を外し、腕の包帯を取ってポーチに仕舞う。相手が仮に新種ならば、手加減なく本気で挑む必要があるだろう。大型二体で新種なら当然の措置だ。

 

 

(まずはプリティヴィ・マータを瞬殺する)

 

 

 音を消したまま走っていき、シスイはあっという間に捕食中のプリティヴィ・マータを発見する。そして背後から左腕による捕食で後ろ脚を奪い取った。

 全てが一瞬のことであったため、プリティヴィ・マータは悲鳴すら上げずにキョトンとした様子で振り返る。こんなところは変に生物らしい。

 だが、シスイは振り返った瞬間に左腕からアラガミバレットを発射した。抗体によってプリティヴィ・マータの顔に大きな損傷を与える。そこでようやく(シスイ)の存在に気付いたらしい。

 しかし遅すぎた。

 

 

「ガアアアッ!」

「叫ぶ暇があったら反撃しろって」

 

 

 シスイは容赦なくヴァリアントサイズで首を切り裂き、とどめを刺す。二体の新種が接近していると分かっているので、無駄な動きは必要ない。プリティヴィ・マータはそのまま地に伏した。

 そして手早くコアを摘出する。

 

 

「ヒバリさん。二体目を討伐した。新種と思しき個体は?」

『はい、既に侵入しています。シスイさんのいる場所から二つ離れたエリアです』

「思ったよりは遠い場所みたいだね。分かった。取りあえず確認してみる」

 

 

 そう言ったシスイは陰に隠れながら移動し、新種と思われるアラガミを探す。場所はレーダーで分かっているので、慎重になりつつも手早く移動した。

 侵入してきたアラガミはすぐに見つかった。

 シスイは寺院の屋根に跳び上がり、音を立てないように気を付けながら近寄る。コンゴウのような聴力の良いアラガミは近づくだけで気付かれるので、このような技術も必須なのだ。ザイゴートのように視力の良いアラガミ対策として、少し高い屋根から観察することにしたのである。

 目的の二体はすぐに見つかった。

 

 

「なんだ……あれ?」

 

 

 そこに居たのは赤いアラガミである。

 これまでに見たこともないほど、全身が紅く染まっていた。二体は別々の姿をしているが、こうして並んでいると同種の個体のようにすら感じる。

 一体は重戦車のように大きなアラガミだった。既存のアラガミで言えばクアドリガに近い。キャタピラのようなものが人型の上半身を支えていた。上半身の部分は鍛えられた男性の体に見える。そして頭部には王冠のようなものが被せられており、アンテナのような突起が五本も生えていた。

 もう一体はサリエルのように浮いているアラガミだった。だが、サリエルと違って着物に近い和服を纏っている。さらに周囲には衛星のような球体が六つほど浮かんでおり、その個体の周囲をクルクルと回っていた。

 

 

「クアドリガとサリエルの変異種? 全身が真っ赤で気持ち悪いな」

 

 

 実際、かなり気持ち悪い。

 特にクアドリガ変異種にも見えるアラガミは、キャタピラの下半身と筋骨隆々の人型上半身を持っている。さらに顔の部分は髭の生えた壮年の男だ。それの頭部にアンテナが五本もあり、全身真っ赤なのである。

 これこそがヨハネスの指示のもと、ノヴァシリーズとして作り上げた人工アラガミ、メビウスノーヴァだった。

 そしてもう一体は平安貴族にもいそうな和風の女性。もしくは和風のサリエルと言ったところか。こちらも全身が真っ赤であるため、かなり気持ち悪いのだが、メビウスノーヴァほどではない。これもノヴァシリーズの一つで、ステラノーヴァという個体だった。

 もちろん、シスイには個体名など知る由もない。

 

 

「ヒバリさん。発見した。かなり奇妙だね」

『奇妙……ですか?』

「二体は別種にも見えるけど、同種にも見える」

『はい……?』

「例えるなら、猫と虎みたいな違いかな……根本的には同じように見えるけど、姿形には違いがある。カメラを持っているからすぐに送るよ」

『分かりました。お願いします』

 

 

 シスイはポーチから小型のカメラを取り出し、無音モードでシャッターを押す。研究者であるシスイは、気になるものが見つかった時に、いつでも画像として残せるようカメラを常備している。今回はそれが役に立った形だった。

 写真はすぐにデータ保存してタブレットに送り、それを無線電波に乗せて送る。ハッキングを応用した力技だったが、これでヒバリの下にも写真が届いたことだろう。

 

 

『これは……確かに、シスイさんの例えも分かりますね』

「仲良く並んでいるから、二体が喧嘩している内に漁夫の利を……ってのは無理そうだね。それに戦闘データを取るにしても、僕がやるしかなさそうだ」

『すみません……単騎出撃の時に限ってこんな役をさせてしまって』

「ヒバリさんのせいじゃないよ。まぁ、拙そうなら全力で逃げさせて貰うことにする」

『はい。気を付けてくださいね』

 

 

 その言葉を最後にシスイは飛び出した。

 二体の内、ターゲットにしたのはステラノーヴァだ。サリエルに近い見た目であるため、先に始末した方が良いと判断したのだ。サリエル系はレーザーによる遠距離攻撃が鬱陶しいからである。

 シスイは左手でステラノーヴァを捕食しようとしていた。

 だが、悪寒を感じて咄嗟に装甲を展開する。

 

 

「ぐ……っ!」

 

 

 凄まじい光と圧が装甲に直撃し、シスイは大きく吹き飛ばされた。これでシスイ本人に直撃していたら、かなりの大ダメージを負っていたことだろう。

 

 

(まだ、気付かれていなかったはず……なぜだ?)

 

 

 背後から音もない完全な奇襲だった。

 それにもかかわらず、ステラノーヴァは反撃して見せたのである。ステラノーヴァを周回している六つの球状パーツが激しく動き、オラクルの光を帯び始めた。どうやら完全にシスイを標的と判断したようである。

 当然、隣にいたメビウスノーヴァもシスイに気付いた。

 

 

「グオオオオオオオオンッ!」

「キイィィィィッ!」

 

 

 メビウスノーヴァとステラノーヴァがシスイへと迫る。

 それと同時にインカムから雑音の混じった通信が入った。

 

 

『ガガッ――活性化!? 通信にも―――ングが発生。周囲の―――が集まっています!』

「え? 何て?」

『―――』

 

 

 壊れたラジオのような雑音が流れ始め、完全に通信が止まった。

 ヒバリの言葉を掻い摘むと、ジャミングが発生しているらしい。あとは周囲からアラガミが集まっているということだった。

 

 

(拙いけど……こいつらの対処もしないと)

 

 

 ステラノーヴァの突進を躱すと、躱した方向に衛星から大口径レーザーが飛ぶ。シスイがそれを装甲でガードすると、今度はメビウスノーヴァが空中に跳び上がってプレス攻撃を仕掛けて来た。やはりクアドリガに行動パターンが似ている。

 シスイは衝撃から逃れるために急いで離れ、大きく跳んで屋根に着地する。

 メビウスノーヴァが着地した瞬間に大きな衝撃が走り、積もっていたい雪が舞い散った。視界が悪くなったところへステラノーヴァの真っ赤なレーザー攻撃が放たれ、シスイは回避を迫られる。六つの衛星から順次連続して放たれているため、通常のサリエルではありえない連射性を持っていた。

 

 

「クソ! 強すぎるだろ!」

 

 

 やはりサリエル系の能力だったということは間違いない。

 だが、強化され過ぎだった。レーザーは連射性だけでなく威力も底上げされている。ウロヴォロスのビームほどではないが、その半分ほどまでは到達しているように思えた。連射性を考慮すれば、明らかに超えているだろう。

 シスイは動き続けることでレーザーを避け続け、連射が止まる瞬間を待った。どんなアラガミでも、連続して攻撃できる個体は存在しない。必ず、どこかに隙が生じるのだ。あのディアウス・ピターですら、電撃を放った直後に僅かな隙がある。シスイはそれを狙っていた。

 そしてレーザー攻撃が二十を超えたあたりで、遂にステラノーヴァの隙が見える。

 

 

(ここだ――っ!)

 

 

 シスイは一気に加速してステラノーヴァへと接近した。そしてヴァリアントサイズの咬刃を伸ばし、薙ぎ払うようにして攻撃を仕掛ける。

 だが、ステラノーヴァはそれを器用に回避した。

 どうやら反応速度も通常のサリエルとは違うらしい。

 仕方なくシスイは接近し、左手による捕喰を行うことにした。

 

 

(あと数メートル)

 

 

 そこまで接近して左手を構えたところで、再びシスイは悪寒に襲われ、その場を飛びのいた。すると先程までシスイが居た場所を深紅のレーザーが貫き、着弾点では雪が蒸発していた。

 

 

「これは拙いね」

 

 

 全く近寄れない。

 それはステラノーヴァに自動迎撃能力が備わっていたからだ。一定距離に近寄った相手に対し、反射的に攻撃を放ってくる。ステラノーヴァの周囲を回っている六つの衛星は、レーザーを放つ発射台であると同時に、周囲を警戒するレーダーでもあるらしい。

 シスイは今の攻防でそこまで理解できた。

 そしてその間にメビウスノーヴァは近くの岩山の上へと移動し、咆哮を上げた。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオン!」

 

 

 それを見たシスイはどこか目を引き付けられる。

 だが、すぐに頭を振って警戒をステラノーヴァに戻した。

 ところが、見てみるとステラノーヴァもメビウスノーヴァに目を奪われているようである。これはどういうことかと思案していると、その答えは周囲からやってきた。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 

 大量のアラガミによる咆哮が混じりあい、不協和音となって響き渡る。

 メビウスノーヴァは特殊攻撃が全て削り取られた代わりに、防御とアラガミ誘因に傾倒している。つまり、このアラガミは周囲からアラガミを呼び寄せるための能力と、耐久力を与えられているのだ。

 無尽蔵にアラガミを操る王とも言えるだろう。

 逆にステラノーヴァは個の戦闘力に特化した将である。

 この二体が揃っていれば、大抵の相手は敵わない。

 

 

「これは……撤退も無理かな?」

 

 

 見渡せば、既に大型種すらも三桁近く集まっている。メビウスノーヴァの誘因能力がそれほどまでに強かった。ノヴァが持つ集合フェロモンの原型とも呼べる、最も強力なものが搭載されているので当然だろう。

 ヴァジュラ、サリエル、クアドリガ、ボルグ・カムラン、プリティヴィ・マータ、更にはディアウス・ピター、スサノオなど、知る限りの大型種が堕天種も含めて勢揃いしている。コンゴウ、シユウ、グボログボロのような中型種も続々と集まり続けており、小型種に至っては埋め尽くすほどだった。

 そして集まってきた大型種の中でシスイが注目したのは一体の白いアラガミ。

 竜を彷彿とさせるその姿は、明らかに新種だった。

 後にフェンリル本部によりハンニバルと名付けられるこのアラガミも、集合フェロモンによって十体ほど姿を見せたのである。

 さらに絶望は止まることを知らない。

 

 

『オオオオオオォォォォォォオン……』

 

 

 一際大きな唸り声が重なって聞こえ、同時に地響きを感じる。シスイがその方向へと目を向ければ、超弩級アラガミとして有名なウロヴォロスが堕天種とセットでこちらへと向かってるのが見えた。

 本来はここから離れた嘆きの平原と呼ばれる場所を縄張りとしているアラガミが、ここまで来ている。

 これは集合フェロモンの強力さを端的に示していると言えた。

 

 

「死ぬのも覚悟した方がいいかな?」

 

 

 恐らくメビウスノーヴァが生きている限り、集合フェロモンは散布され続ける。通信ジャミングから異変を感じた極東支部が援軍を送ってきたとしても、これだけのアラガミが囲っていれば容易に突破できないし、援軍に大量の死傷者が出る。

 つまり、シスイは見捨てられる可能性の方が高い。

 

 

「まぁいい。まずは厄介なサリエル変異種を潰す!」

 

 

 シスイはそう言って駆け出した。周囲から集まってきたアラガミが壁のように立ち塞がるが、それをヴァリアントサイズで薙ぎ払い、左手で捕喰して突破する。ステラノーヴァから放たれる大量のレーザー攻撃は他のアラガミを盾にすることで回避し、効率的に接近していた。

 残り十メートル。

 その位置に達したところで、シスイは左手の上に三つのオラクル弾を生成した。最大負荷の狙撃弾である。三つ同時に当てれば、どんな硬いアラガミでも大ダメージを受ける。通常種なら、結合崩壊に持ち込めるだろう。

 シスイはそれをステラノーヴァへと放った。

 目で追うことすら難しい弾丸はステラノーヴァへと直撃する。

 

 

「キアアアアアアアッ!?」

 

 

 そんな叫び声を上げたステラノーヴァは、六つの衛星を周囲で回転させ、大出力のレーザーを同時に発射する。つまり、薙ぎ払うようなレーザー攻撃が周囲に飛び散ったのだ。回転する刃が対象を切り刻むように、回転するレーザー攻撃がアラガミを刻みながらシスイをも切り裂こうとする。

 だが、シスイは脚を止めることなく、身を低くすることで攻撃から逃れた。

 こうして攻撃に移っている以上、自動迎撃は発動しない。

 つまり、このピンチはチャンスでもあるのだ。

 

 

「はああああああああああっ!」

 

 

 白衣の端が回転するレーザー攻撃に切り裂かれても速度を緩めず、シスイは遂に攻撃範囲まで辿り着くことが出来た。既にヴァリアントサイズを下から構えており、あと一歩踏み込めば切り上げを放つことになる。

 シスイは強く一歩を踏み込み、渾身の力で飛び上がるように切り上げを放った。

 アラガミ化している両腕の力は凄まじく、ステラノーヴァを縦に切り裂く。流石に両断は出来なかったようだが、かなりのダメージを与えた感触だった。

 シスイがいるのは回転する衛星の内側であり、つまりはステラノーヴァの攻撃範囲外。ついでとばかりに左腕でステラノーヴァのスカート部分――和服風なのでスカートと呼んでよいかは微妙だが――を捕喰する。

 そしてジャンプしながらヴァリアントサイズを振り下ろし、ステラノーヴァの体に引っ掛けて、腕力を使いながら上空へと跳び上がった。ステラノーヴァの頭部を越えたあたりで、シスイは左手を真下……つまりステラノーヴァへと向け、アラガミバレットを放つ。

 深紅の大口径レーザーがステラノーヴァの頭部に直撃した。

 

 

「よし……って拙い!」

 

 

 ステラノーヴァに集中しすぎたせいか、周囲への注意が散漫になっていた。それでディアウス・ピターの雷撃に気付くことが出来なかったのである。それ以外のアラガミはステラノーヴァの回転レーザーで焼き切られていたが、防御力の高いディアウス・ピターだけは別だったらしい。

 シスイは麻痺を避けるため、咄嗟に装甲で防いだ。

 

 

「ぐっ」

「グオオオオオオオオオオ!」

 

 

 激しい雷鳴が周囲を蹂躙する。

 ここまでアラガミが集まれば同士討ちによるアラガミの消滅も少なくない。これによって小型種は殆どが消滅してしまった。

 しかしディアウス・ピターは止まらず追撃を仕掛ける。シスイがどうにか回避すると、新型アラガミであるハンニバルが炎の剣を両手に出して連続攻撃を仕掛けて来た。何とかして回避するも、再びディアウス・ピターの攻撃を許してしまう。更に悪いことに、先の攻撃でダウンしていたステラノーヴァも復活していた。

 激しいレーザーの雨が降り注ぎ、クアドリガによるミサイルも雨のように降ってくる。ヴァジュラ種の雷撃が隙間なく空間を埋め尽くし、その中を強行突破してディアウス・ピターはシスイに接近戦を仕掛けて来た。

 まさに紙一重の戦い。

 たった一ミリの回避ミスで命が失われる戦場。

 シスイはこれまでになく追い詰められていた。

 

 

「ちっ! 使いたくなったけど仕方ない! 神機暴走開始!」

 

 

 シスイは右腕のオラクル細胞を操作して神機へと干渉する。そして神機にかけられているリミッターを強制的に解除し、意図的に暴走させた。

 神機は限界を超えて活性化へと至り、黄金のオラクルが渦を巻いて飛び散る。大量の活性化偏食因子がシスイへと流れ込み、およそ十倍の身体強化を実現した。神機自体の攻撃力も、通常の十倍であり、並みのアラガミなら一撃で両断できる。

 僅か一分にも満たない最強モード。

 

 

(これで逆転する)

 

 

 シスイは普段の何倍も咬刃を伸ばし、ヴァリアントサイズを振り回した。

 その一撃でディアウス・ピターは上下真っ二つとなり、他のアラガミも同様の結末を迎える。反射速度を底上げされているステラノーヴァだけは、上空に大きく浮遊することで回避したようだが、シスイはそれを見逃さない。

 

 

「はああっ!」

 

 

 軽く左腕を振ると、そこから超高速のオラクル弾が放たれ、ステラノーヴァの顔面を粉砕した。爆散できなかったことから、かなりの耐久力があると思われる。結合崩壊した醜い顔のステラノーヴァは怒り、活性化してシスイを射抜こうとする。

 衛星が移動し、ステラノーヴァの頭上で天使の輪でも再現するかのように高速回転を始めた。そして衛星は細いレーザーを無数に放ち、周囲一帯に深紅の雨を降らせる。細くなったことで威力は減少しているが、代わりに貫通力が上昇している。これによって幾らかのアラガミは身体を貫かれ、コアを破壊されていた。

 この攻撃でハンニバルは総じて逆鱗を破壊され、炎のように揺らめくオラクルの翼が飛び出る。そしてこれまでにない激しさで暴れまわり、炎の熱量も極限まで上昇していた。

 一方のシスイはレーザーの雨に対して、ヴァリアントサイズを高速回転させることで弾き返し、そのまま跳び上がってステラノーヴァの衛星を二個同時に切り裂いた。

 落下中に最大負荷オラクル弾を暴れまわるハンニバルの頭部に直撃させ、一瞬だけ仰け反らせる。十倍にまで能力上昇しているシスイにとって、それだけの隙があれば十分だ。そのまま一気に接近し、ハンニバルを二体刈り取った。

 さらにもう一度、威力重視でオラクル弾を発射し、重なった位置にいたクアドリガ二体に風穴を開ける。的確にコアを破壊されたので、クアドリガはそのまま地に伏したのだった。

 

 

「今度こそ!」

 

 

 シスイは再び咬刃を伸ばしてヴァリアントサイズを一気に振りぬく。少し離れたところに居たサリエル種数体を両断しつつ、ステラノーヴァを切り裂こうとした。

 しかし、やはりステラノーヴァは回避する。

 隙を突くか、高速の狙撃弾でしかダメージを与えることが出来ないらしい。

 ここでスサノオが接近し、尾の神機でシスイを貫こうとする。それを回避してスサノオを両断すれば、今度はステラノーヴァが四つに減った衛星で猛攻を仕掛けて来た。衛星の数が減ったことで出力が集中したのか、一つ一つの攻撃力が上がっている。地面の雪は消失し、鎮魂の廃寺にある建造物は大きく破損した。

 圧倒的な身体能力で連射されるレーザーを回避し、シスイはステラノーヴァへと近寄る。暴走神機が壊れるまで、あと十秒ほどしか残っていないのだ。時間以内に、最低でもステラノーヴァは倒しておきたかった。

 

 

(コイツだけは―――っ!)

 

 

 強い思いでヴァリアントサイズを構える。あと一歩踏み込めば、ヴァリアントサイズの攻撃範囲だ。そのままステラノーヴァを両断するため、シスイは全力で神機を振り下ろした。

 だが、ここで不運が訪れる。

 今にもヴァリアントサイズの刃がステラノーヴァへと当たりそうな時になって、シスイは激しい光に包まれた。それと同時に全身を焼かれるような激痛が走り、衝撃で大きく吹き飛ばされる。

 遠距離から放たれたウロヴォロスのビームが直撃したのだ。

 

 

「ゲホッ……プハッ!」

 

 

 身体を纏う活性化したオラクルのお陰で、ダメージは抑えられた。

 しかし、あのウロヴォロスのビームが直撃してしまったのだ。体中に火傷が残り、白衣もボロボロになる。そして吹き飛ばされた衝撃で内臓にダメージが入ったのか、シスイは血を吐き出した。

 更にこれがタイムロスとなり、暴走状態は解除される。負荷をかけ続けられた神機は完全に破損し、全く反応しなくなった。こうなれば、もはや鈍器としてしか役に立たない。また、強烈なオラクルを近距離で浴びたせいか、偽装腕輪も壊れていた。この腕輪もオラクルを動力としているので、強いオラクルエネルギーを受けると壊れてしまう。

 邪魔なので、シスイは神機と腕輪を捨てた。

 

 

「もう武器になるのは僕の両腕だけか」

 

 

 シスイはポーチから回復錠を取り出して口に放り込み、一気に噛み砕く。それで幾らか回復できたが、万全には程遠いだろう。もっと摂取すれば完全回復も望めるが、今は節約しておきたい。そのため、最低限の回復で済ませたのである。

 

 

「さて、行くか」

 

 

 シスイは打ち付けられた壁から立ち上がり、しっかりと前を見据える。注意するのは遠距離攻撃を得意とするステラノーヴァだ。近接攻撃のオラクル爪、遠距離攻撃のオラクル弾がシスイに出来る攻撃なので、接近して引き裂くか、この位置から狙撃するかしかない。

 しかし、シスイの頭に浮かんだこの選択が、一瞬だけ隙を生んだ。

 また、前に集中しすぎたせいで、背後への注意が疎かになっていたこともある。

 シスイが打ち付けられた壁を飛び越えて、背後からプリティヴィ・マータが迫っていることに気付けていなかった。

 

 

「グアアアアアアッ!」

「っ! しまっ―――」

 

 

 もう回避は間に合わない。

 せめてダメージを抑えるべく、シスイは左腕を犠牲にするつもりで防御態勢を取った。思考がスローになっていく中、迫るプリティヴィ・マータの動きが良く見える。だが、それを躱すだけの肉体がない。神機暴走によって得た一時の強化の反動もあって、回避はもう無理なのだ。

 シスイは腕一本の消失を覚悟した。

 しかし、その覚悟は裏切られることになる。

 

 

「ウラアアアアアアアアァッ!」

「グギッ!?」

 

 

 咆哮にも近い叫び声と共に凄まじい衝撃がプリティヴィ・マータの横から襲いかかり、それを喰らったプリティヴィ・マータは大きく吹き飛ばされてしまった。

 

 

(何が……っ!?)

 

 

 言葉を失うシスイも、プリティヴィ・マータを吹き飛ばした存在の正体を見て更に驚いた。シスイの目はこれ以上ないほどまで開かれ、口をパクパクとさせながら指をさす。

 そして掠れそうな細い声でその名を呟いた。

 

 

「リン……ドウさん―――」

 

 

 死んだはずの上司。

 ディアウス・ピターに喰われたはずの元隊長。

 右腕をアラガミ化させた雨宮リンドウがそこにいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




リンドウさん参戦!


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EP15 進化

 

 極東支部では鎮魂の廃寺で起こっている異常を察知出来ていた。突如としてレーダーに大量のアラガミが映り、それとほぼ同時にジャミングが発生。鎮魂の廃寺を中心とした広範囲が観測、通信不能となった。ジャミングのせいでシスイとの連絡は途絶え、今もヒバリが呼びかけ続けている。

 

 

「シスイさん! シスイさん! どうか返事を!」

「すぐに第一部隊を向かわせろ! 偵察班を呼んで現場の確認を!」

 

 

 ヒバリの呼びかけに重なってツバキの怒号も響き渡る。シスイのことも心配だが、アラガミが鎮魂の廃寺へと集結していることも大問題だ。何が原因なのかを早急に調べる必要がある。特に、今は極東支部の対アラガミ装甲壁が間に合っていない状況なのだ。このタイミングで大量のアラガミが極東支部まで押し寄せてきた場合、大変なことになる。レーダーが使えないだけに不安が大きかった。

 任務中だったユウとソーマも討伐対象を速攻で倒し、ヘリに乗り込んで鎮魂の廃寺に向かっていた。

 

 

『こちらユウ。どうにか任務は遂行した。これから鎮魂の廃寺へと向かう』

『ソーマだ。俺もこれから向かう。追加で指示はあるか?』

「なら死ぬな! 危険と判断したら必ず帰投しろ。お前たちを失う訳にはいかんからな」

『ですがツバキ教官。それではシスイが……』

「黙れ! これは上官命令だ!」

 

 

 無線の向こう側で歯軋りするユウと舌打ちするソーマが容易に想像できる。

 しかし、ツバキも好きでこのような命令を下したわけではない。

 この異常事態を一人で対処しているシスイの存命は絶望的と言って良い。とても一人では対処できない数のアラガミが集まっている中、あのユウとソーマを送っても焼け石に水なのだ。余計な犠牲は出せない。

 それ故に出した苦渋の決断なのだ。

 

 

「無線とレーダーはまだ直らんのか!?」

「ダメです。強力な偏食場のせいで正確な観測は不可能。直す直さないの問題ではありません!」

「く……ユウとソーマもジャミング範囲では通信できないか。パイロットに伝えてジャミング範囲に入らないように警告を出せ!」

「了解です。こちら極東支部、ポイント89から143までを禁止区域とします。侵入しないように気を付けてください。こちら――」

 

 

 任務に出ているゴッドイーターを出来るだけ呼び戻し、支部の守りを固めていく。問題となる鎮魂の廃寺については、向かっているユウとソーマに任せるしかなかった。

 

 

「必ず戻れよ……神崎シスイ」

 

 

 ツバキの呟きは支部の喧騒の中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆ 

 

 

 

 

 

 

 背後から奇襲を受けたシスイを救ったのはリンドウだった。

 ディアウス・ピターに殺されたはずのリンドウを見て、シスイは一瞬だけ幻覚を疑う。だが、何度目を擦ってもそれは確かにリンドウだった。

 

 

「リンドウさん!」

「ウラアアアアアアアア!」

 

 

 シスイは大声で呼びかけるが、リンドウは聞き留めずにアラガミへと向かって行く。そしてプリティヴィ・マータへと襲いかかり、右手に持つ神機のような何かで攻撃していた。接触禁忌種のプリティヴィ・マータを簡単に引き裂き、人とは思えない身体能力で次々と傷を増やしてく。

 たったの数秒でプリティヴィ・マータは沈黙した。

 

 

「……アラガミ化の影響か」

 

 

 苦々しい声でシスイは呟くが、いつまでもリンドウを見ている暇はない。周囲には大量のアラガミが残っているのだ。それは当然のようにシスイにも襲い掛かる。

 

 

「邪魔だ!」

 

 

 オラクルの爪を両手に出し、竜のような白いアラガミ――ハンニバル――を切り裂く。そしてコアを露出させると同時にオラクル弾で狙撃した。

 コアが破壊されてハンニバルは沈黙する。

 そして流れるような動作で次々とオラクル弾を生成発射していき、ザイゴートの大軍を撃ち落とした。リンドウが縦横無尽に暴れまわっているので、シスイは狙撃で援護するだけでも充分である。殆どの大型種がリンドウを狙っていた。

 だが、ステラノーヴァだけは相も変わらずシスイを攻撃する。

 

 

「キュオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 

 サリエルの使うエネルギー障壁が展開され、それがステラノーヴァを中心として広がった。深紅のエネルギー自体に攻撃力があるため、障壁に触れるとダメージを受ける。障壁の範囲は通常のサリエルが使う障壁の十倍を優に超える。

 避けきれないと判断したシスイは、先程倒したハンニバルの死体を盾にした。

 

 

「ぐっ……」

 

 

 高密度のエネルギーがハンニバルの死体を削り取り、シスイにも若干のダメージを与える。まともに受ければかなりの重傷を負っていた可能性が高い。

 幸いにも障壁は一瞬通り過ぎただけで終わったので、ハンニバルの死体も原型を留めていた。広範囲攻撃を繰り出したことで隙を見せたステラノーヴァに攻撃するべく、シスイはハンニバルの死体の下から這い出る。

 そしてオラクルの爪を出し、ステラノーヴァに攻撃を咥えようとして―――

 

 

「ぐあっ!」

 

 

 ―――吹き飛ばされた。

 それもステラノーヴァにではなく、死んだはずのハンニバルに吹き飛ばされたのである。

 今のシスイは知らないが、ハンニバルは後に不死のアラガミと呼ばれる個体だ。原型を留める限り、コアを無限に再生させて復活することの出来る厄介なアラガミなのだ。倒すには、原型を留めないほど徹底的に攻撃する必要がある。

 最低限、首を落とすことが出来れば倒せるのだ。

 しかし、シスイはそれを知らなかった。

 

 

「く……確かにコアは破壊したはず。どーなってんだよっと!」

 

 

 吹き飛ばされた先をステラノーヴァが大口径レーザーで焼き尽くそうとしたので、シスイは咄嗟に避けた。少し回避が遅れて服が焦げたが、ダメージはない。

 リンドウが参戦したおかげで負担は減ったが、根本的な解決にはならなかった。

 

 

「まったく……リンドウさんもアラガミ化のせいで正気じゃないみたいだし、面倒なアラガミが僕にしつこく付き待ってくるし、とんだ災難だよ」

 

 

 本業は学者だっていうのに、と最後に小さく口にする。

 上空から叩き付けるような一撃を繰り出してきたハンニバルを避け、攻撃直後の隙を突いてその頭部へと両手で触れる。アラガミ化した両腕がハンニバルの頭部を一瞬で捕喰し、沈黙させた。

 その捕喰で得たアラガミバレットを別のハンニバルへと撃つ。

 螺旋状の炎が両腕から飛び出し、ハンニバルは大きく仰け反った。シスイはその間に高速移動でハンニバルへと近づき、再び頭部を捕喰する。

 そして一番目に頭部を捕喰した方のハンニバルへと目を向けた。

 

 

(生き返っていないね。再生には条件があるのかな?)

 

 

 一度殺したアラガミが復活するなど面倒極まりない。ただでさえステラノーヴァが厄介なのに、生き返り続けるアラガミがいるとなると無限に戦い続けることになる。

 法則性を探す必要があった。

 

 

(アラガミはオラクル細胞の塊だから、再生は本来不可能じゃない。生物の形をしていても、本質はオラクル細胞にあるから……何かをキーにしてオラクルを収束し、再生する進化を遂げたのか?)

 

 

 そう仮定すれば、解決の糸口は見えてくる。

 アラガミの性質を司っているのはコアだ。つまり、再生能力もコアにあると考えられる。コアをオラクル狙撃弾で破壊したハンニバルが生き返っていたので、辻褄はあっているだろう。

 そしてコアだけが再生されるのだとすれば、コア以外を潰してしまえば解決する。

 

 

「つまりこうだね!」

 

 

 シスイはオラクル爪を振るい、ハンニバルの尻尾と右腕を斬り落とした。バランスを崩したところを狙い、さらに頭部と左足も切断する。アラガミも生物の形をしているので、生物の急所となる場所を破壊すれば行動不能に出来ることが多い。その状態でコアを抜き取る、もしくは破壊すると完全に倒すことが出来る。

 数秒経っても再生される兆しは見えなかった。

 

 

「やはりコアが重要か」

 

 

 そう言って、動けなくなったハンニバルにとどめを刺す。コアを破壊されたことで、ハンニバルはオラクル細胞を霧散させ始めた。

 これで動きの素早いハンニバルはほぼ仕留めた。勿論、まだ残ってはいるが、その残りはリンドウの方へと目移りしている。ステラノーヴァに攻撃するチャンスである。

 

 

「次こそ仕留める!」

 

 

 シスイは雪の大地を蹴ってステラノーヴァへと急襲した。四つの衛星を持つステラノーヴァは連射レーザーで迎撃するが、シスイはそれを弾くか回避しながら走り続ける。リンドウのお陰でステラノーヴァの周囲にいたアラガミの数が減っているので、今がチャンスなのだ。多少のダメージを受けたとしても、それを無視して近づかなければならない。

 

 

(小型種は無視、中型種は狙撃でコアを撃ち抜く!)

 

 

 残り五十メートル。

 オウガテイルの突進を躱し、コンゴウをオラクル狙撃弾で撃ち抜き、グボログボロは伸ばしたオラクル爪でバッサリ切り裂く。

 ステラノーヴァの大口径レーザーを跳んで回避した。

 

 

(行ける!)

 

 

 残り三十メートル。

 ウロヴォロスの放つビームが周囲を焼き焦がすが、シスイを狙っている攻撃ではない。ヒヤリとさせられるも、足は止めずにただ走り続ける。

 

 

(何で攻撃する? どの攻撃なら倒せる? オラクル弾……いや爪か……?)

 

 

 残り十メートル。

 リンドウが遠くでウロヴォロスの顔を破壊した。複眼が飛び散り、深く大きな傷跡を残している。アラガミ化したリンドウの右腕から作り出されている神機のような何かの力だった。

 それを見たシスイはふと思う。

 

 

(僕にも出来るんじゃないか―――?)

 

 

 シスイのアラガミ化は安定しており、意思のままにオラクル細胞を操ることが出来る。これまでは爪としてオラクルを伸ばしたり、弾丸にして発射したりしていたが、オラクル細胞を神機の形に変異させれば、わざわざ本物の神機を使わなくても良い。

 残り五メートル。

 シスイは右手に黒い鎌を創り出した。

 

 

「キュアアアアアアアアアアアアアアッ!」

「そいつを喰らえ!」

 

 

 振り下ろされた神機のような何かは、ステラノーヴァの衛星を切り裂き、そのまま体まで真っ二つにした。

 本来、神機とはオラクル細胞の塊で、アラガミの一種も言える。神機がアラガミを攻撃できるのは、神機がアラガミを喰らっているからだ。この喰らう能力が、そのまま攻撃力になると言える。

 そして、シスイが創り出した黒い鎌は、シスイの捕喰の意思が乗ったオラクル細胞だ。本物の神機が持つ偏食なども無視して、シスイが喰らえと命じれば何でも喰らう。

 ステラノーヴァは黒い鎌に喰われ、真っ二つに裂けたのだった。

 

 

「それがコアか。喰らえ」

 

 

 どうやらコアに攻撃は当たらなかったらしい。体が裂けたステラノーヴァは白い大地に転がって行動不能になっているが、本当の意味で倒すためにはコアを潰すか喰らう必要がある。

 シスイは神機の形をした黒い鎌を捕食形態に変形し、ステラノーヴァのコアを喰らった。

 その瞬間、神機のような何かに変異が起こる。

 

 ―――ピキリ

 

 何かが割れるような鋭い音が聞こえ、鎌が黒から赤黒い色へと変色した。さらに刃の部分が水晶のように透き通り、赤色透明な色合いとなっている。

 同時に、シスイの両腕にも赤いラインが走り、変異した。

 黒い鱗のようなオラクル細胞に混じって深紅のラインが雷のように入り、以前にも増して不気味な色合いへと変化している。

 ノヴァの因子を喰らったことで、シスイのオラクル細胞が進化したのだ。

 これまで大量のアラガミを喰らってきたシスイのオラクル細胞は、ポテンシャルとして十分な領域へと達していた。そこに、あらゆるアラガミの集合体であり、世界全てを喰らうと言われるノヴァの因子を取り込んだことで、ポテンシャルが励起され、進化へと至ったのである。

 だが、それは良いことだけではない。

 

 

「ぐ、くぅ……」

 

 

 シスイは両腕に激しい痛みを覚えていた。

 アラガミ化しているとは言え、細胞が変質して組織が組み変わっているのだ。当然、代償として激痛に苛まれることになる。

 それでも残りのアラガミは待ってくれない。

 メビウスノーヴァが呼び出した数えきれない量のアラガミが残っている。

 

 

「く……あああああああああっ!」

 

 

 痛みに耐えながら変異した鎌で薙ぎ払った。ヴァリアントサイズと同じように咬刃が伸び、刃に触れたアラガミは真っ二つに切り裂かれる。クアドリガやボルグ・カムランのような防御力の高いアラガミすら豆腐のように抵抗なく切断されていた。

 更にシスイが左腕を掲げると、パキパキと音がしてオラクルが半透明な水晶の槍を生成する。色は不気味な赤黒の混合色で、見るからに毒々しい。

 それをシスイが放つと、高速で飛んでヴァジュラに突き刺さり、まるで木の枝が成長するかのように水晶が成長してヴァジュラを内部から食い破った。まさに喰らうバレットである。

 

 

「腕と……頭痛が痛い。あ、文法ミス」

 

 

 少し余裕が出来て来たのか、無駄口を叩けるようになった。

 相変わらずアラガミ化している両腕と頭に痛みが残っている。それでも、最初よりはましになりつつあったので、シスイは気合を入れ直してメビウスノーヴァへと目を向けた。

 

 

「折角だ。変異した僕の能力を試させてもらうよ」

 

 

 シスイは右手に赤黒く変色したヴァリアントサイズを構えつつ走り出す。大量のアラガミを誘因するメビウスノーヴァは、個体性能より特殊能力に傾倒している。岩山の上で大将のように佇み、能力でアラガミの大軍を呼び寄せ、一つの陣形を築いていた。

 近付くには、それを切り崩さなければならない。

 幸いにも背後ではリンドウが暴れまわっている。シスイは前にだけ集中すれば良い。

 まず、シスイが右腕から作り出した神機がコンゴウ堕天を切り裂いた。

 

 

「グゴオオオオッ!?」

「いい切れ味だね」

 

 

 自分の制御するオラクル細胞で創られているだけあって、喰らう能力が桁違いだった。斬撃が通りにくいコンゴウの体を一撃で両断したことから窺える。

 そして飛びかかってきた数体のヴァジュラに、半透明な結晶槍を放った。神機の形にオラクルを成型する術を見つけたおかげか、造形という新しい使い方が出来るようになった。これまでのオラクルを固めた弾丸よりも殺傷力が高い槍の形状であり、刺さった瞬間、内側から食い破るようにしてオラクル結晶が成長する。

 数体のヴァジュラは全て、内部から大量の結晶が突き出て沈黙してしまった。

 

 

「成型には少し時間がかかるね。ということは、乱戦中は使いどころを考えないとダメか」

 

 

 性能が更新されているので、確認をしつつ能力を行使する。

 次にいつもの最大負荷オラクル狙撃弾を使用すると、色が赤っぽく変色していた。それをサリエルに向かって放つと、当たった箇所が結合崩壊する。どうやら威力は変わっていないらしい。変異したの色だけのようだった。

 シスイは実験を繰り返しつつ、ヴァリアントサイズにも似た神機モドキを振り回して、次々とアラガミを両断していく。一撃必殺で大型種すらも引き裂き、踏み台にしてメビウスノーヴァに迫った。

 

 

「グガアアアアアアアア!」

「はあああああっ!」

 

 

 クアドリガに似たキャタピラの下半身と、人型の上半身を持つ奇妙なアラガミ。色はステラノーヴァと同じ深紅である。

 シスイは偏食因子を取り込んだが故の身体能力で岩山を駆けあがって大きく跳び上がり、咬刃を伸ばしてメビウスノーヴァへと振り下ろした。

 しかし、右方向から突撃してきたザイゴートの大軍に押し流される。空中では流石に回避できず、そもそも数百体のザイゴートによる面制圧では避けようがない。シスイは吹き飛ばされ、雪煙を散らしながら地面に激突したのだった。

 

 

「痛っ……」

 

 

 ポーチから回復錠を取り出して口に含み、すぐにダメージを修復する。

 見れば、メビウスノーヴァの周囲には大量のアラガミが取り囲んでおり、分厚い壁となっていた。サリエル種やザイゴート種のような空中を浮遊できるアラガミがメビウスノーヴァの周囲を守り、ヴァジュラ、プリティヴィ・マータ、ディアウス・ピターのように機動力の高いアラガミが尖兵として向けられる。

 他にもシユウ、コンゴウ、グボログボロのような中型種も数えきれないほどいるので、このままではメビウスノーヴァまで辿り着くことが出来ない。メビウスノーヴァがずっとアラガミを呼び寄せ続けているので、倒しても倒しても減らないのだ。

 

 

(ここはリンドウさんと協力して逃げた方がいいね。一体は倒したわけだし、僕も両腕がまだ本調子じゃないみたいだから)

 

 

 突然変異したシスイの両腕は、未だに安定化に向かって変質し続けている。アラガミの大軍を相手にする余裕はあまりない。

 また、リンドウも右腕がアラガミ化しており、様子を見る限り一刻の猶予もない。

 一度、落ち着ける場所まで撤退するのが吉だろう。

 シスイはそう判断を下した。

 

 

「ウラアアアアアアアア!」

「くっ、リンドウさん! 僕の声が聞こえますか?」

「オラアアアアアア!」

「リンドウさん!」

 

 

 呼びかけるだけではリンドウを気付かせることも出来ない。

 仕方なく、シスイは周囲のアラガミを蹴散らしながらリンドウへの接近を試みた。流石に極東支部で第一部隊の隊長をしていただけあって、ユウに勝るとも劣らない理不尽な動きをしている。背後に目があるのではないかと思うほどだった。

 シスイはヴァリアントサイズでアラガミを切りつつ、オラクル弾でリンドウの援護をして徐々に距離を詰めていく。

 

 

(アラガミ化が酷く進行している……間に合うか?)

 

 

 まだリンドウは完全なアラガミ化へと至っていない。

 運よく制御に至れば、シスイと同じくオラクル細胞をコントロール下に置くことも不可能ではないだろう。シスイと異なり、強い意思を以てオラクル細胞の捕食本能に打ち勝たなければならないが。

 リンドウはハンニバルを両断し、そのコアを喰いちぎる。本来なら有り得ない、アラガミを人が捕食するという行為。アラガミ化が進行している証だった。

 アラガミ化すると、本人は酷い矛盾に苛まれることになる。

 捕食しなければオラクル細胞の捕食本能に潰される。

 捕食してオラクル細胞を取り込めば、アラガミ化が進行してしまう。

 今のリンドウはまさに後者の状況だった。

 シスイのように制御できなければ、どちらにせよ完全なアラガミ化を果たしてしまうのである。人として生きるなら、その前に制御させなければならない。

 

 

「リンドウさん! 聞こえてる!?」

「アァ? シスイ……カ? ウラァッ!」

「よかった。まだ意識はあるみたいですねっ!」

 

 

 二人は会話をしつつ、周囲のアラガミを掃討する。

 片手間で倒せてしまうあたり、やはり極東の人間ということだろう。普通のフェンリル支部なら軽く十回は壊滅しているアラガミを、たった二人で捌き切っているのだから。

 

 

「リンドウさん。取りあえず逃げましょう。数が多すぎます」

「悪ィナ。腹ァ減ッテンダ」

「後でどうにかしてあげますから逃げましょうよ!?」

「仕方ネェ」

 

 

 幸いにも理性は残っているらしい。

 シスイの呼びかけにも応じてくれた。

 しかし、やはりアラガミの飲まれかけているらしく、コアを喰らいながら腹が減ったと主張している。これだけアラガミがいる場所で喰らい続ければ、一時的に満たされるだろう。しかし、急速に進むアラガミ化のせいで再び酷い空腹に悩まされるだけだ。

 麻薬と同じである。

 

 

「スタングレネードを投げるので、その隙に逃げますよ」

「ワカッタ」

 

 

 シスイはポーチからスタングレネードを二つ取り出し、安全ピンを抜いて同時に投げる。すると凄まじい光が周囲を照らし、アラガミが嫌う特殊な周波数の音が鳴り響いた。これによってアラガミは一時的に行動不能となり、シスイとリンドウはその隙に逃走する。

 ヤバそうなら逃げるのが信条の第一部隊。

 逃げ足も一流だった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 シスイとリンドウが鎮魂の廃寺を去って三十分後。

 ヘリに乗った神薙ユウはジャミング外までやってきていた。アナグラからの指示で、広域ジャミングが発動している鎮魂の廃寺まで近寄ることが出来ない。こうして遠目に確認するのが限界だった。

 

 

「こちらユウ。限界位置まで到達した。ここからでも大量のアラガミが確認できる」

『こちらソーマだ。かなりの大型種もいやがるな。こいつは厄介だぜ』

『ユウさん、ソーマさん。具体的な数は分かりますか?』

「俺から見えるアラガミだけでも千はいるかもしれない。小型種が多すぎる」

『ザイゴートが多すぎてヘリで近づくのも無理だな。地上には大型種も馬鹿みてぇにいやがるぜ』

 

 

 アナグラのレーダーでは鎮魂の廃寺を確認できないので、現場に向かっているゴッドイーターの目視が頼りになる。既に任務に出ていたユウとソーマは既に到着しているようだが、偵察班はまだ向かっている最中でしかない。

 討伐が主な任務の第一部隊では気付けないこともあるだろう。

 あまり期待は出来ない。

 それでもヒバリは何度も通信のやり取りを行い、出来るだけ情報を引き出していた。同じく通信を聞いている他の職員が可能な限りデータ整理を行い、ツバキがそれを元にして作戦を立てている。

 

 

「ヒバリさん、あと何分で偵察班が到着する予定だ?」

『少し待って下さいユウさん……何もなければ十分程ですね。偵察班が着き次第、ユウさんとソーマさんには帰投することになります』

「シスイはどうなっているんだ? 無事なのか?」

『すみません。いまだ不明です』

 

 

 何となく、シスイがリンドウと重なる。

 まだ死んだと決まったわけではないが、嫌な予感はひしひしと感じていた。

 このあと偵察班と入れ替わり、第一部隊は極東支部で待機を命じられることになる。シスイ捜索のために出撃すると主張するも、ツバキは認めなかった。

 鎮魂の廃寺で発生している広範囲ジャミングは途切れることがなく、偵察班による決死の探索でのみ調査が進められることになる。

 その数日後、この極東支部に訪れた危機を脱するべく、ヨハネス・フォン・シックザール支部長が主導する大掃討作戦が決行されることになった。

 

 オペレーション・メテオライト。

 

 アーク計画完成と、対アラガミ装甲壁のために、極東のゴッドイーターを全て投入した大作戦が行われる。

 

 

 

 

 

 




God Eater2のリンドウさんエピソード、アニメ版エピソードを絡めます。

シスイ君はここで戦線離脱ですね。
バースト編、リザレクション編を原作に近いまま進めるために、シスイだけ別行動になっていく予定です。


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EP16 メテオライト

 

 川が近くにある廃れた町には人一人残っていないことが多い。物資がなくなるか、アラガミに襲われるかで人が消えるからだ。食料がなければ動物も寄ってこないので、基本的に生物の気配がない。

 だが、その寂れた町には二人の人物が身を隠していた。

 神崎シスイと雨宮リンドウである。

 

 

「グ、グアアアアアアッ!」

「また発作ですか!? くそっ! 間隔が短くなってきた」

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 右手のアラガミ化によって浸食を受け、リンドウは痛みに悶える。これ以上のアラガミ化進行を避けるためにオラクル細胞の捕食を止めさせているのだが、それによって生じる捕食本能がこれ以上に無い苦痛を生み出すのだ。

 喰えという本能がリンドウの右腕を痛めつけ、更に精神的にも汚染していく。

 

 

「頑張ってアラガミに勝って下さい。本当に取り込まれてしまう前に」

「グアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

 正直、リンドウは限界に近い。

 侵食は右腕で止まっているが、何かのきっかけで完全アラガミ化を果たしてしまう。ここから先は根性がものを言う精神論の世界だ。

 シスイもノヴァの因子を取り込んだことで進化した両腕を使い、リンドウの右腕に干渉して安定化を図っていく。あらゆる偏食因子を持ったノヴァの力があるからこそ出来るようになった芸当だ。僅かな効力しかないし、シスイも完全に扱えるわけではない。それでも、少しの可能性を信じてシスイは能力を行使する。

 

 

(捕食本能が強すぎて僕の干渉が通じにくくなっているね……そろそろ限界か)

 

 

 状況としてはかなり分が悪い。

 測定機械がないので正確な判断は出来ないが、早ければ今日にでも完全アラガミ化する勢いだ。リンドウは辛うじて意思を保っている。アーク計画を止めなければならないという意思によってどうにか耐えられている状況だ。

 メキメキと嫌な音がしてオラクル細胞の塊がリンドウの右腕から針のように飛び出す。それが苦痛だったのか、リンドウは更に叫び声を高めた。

 

 

「グアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

「気合入れてくださいよリンドウさん!」

 

 

 シスイとリンドウの戦いは続く。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 メビウスノーヴァが呼び寄せた無数のアラガミは鎮魂の廃寺に留まり続け、それを処理するために極東支部はヘリや車を総動員してゴッドイーターを送っていた。

 オペレーション・メテオライト。

 ヘリから特殊バレット『メテオライト』を使ってアラガミを殲滅し、地上部隊が生き残りのトドメとコア回収を一気に済ませる電撃作戦だ。

 そして当然の如く地上部隊に選ばれた神薙ユウとソーマ・シックザールは神機を肩に担ぎつつ、表情を暗くして話し合っていた。

 

 

「シスイ……生きているかな?」

「期待はするなよ。それが大きければ大きいほど――」

「分かっているさソーマ」

「ならいい」

 

 

 フードを深く被り皺を寄せているソーマも、本心ではシスイを心配している。

 これはアーク計画と対アラガミ装甲強化のためだけの作戦ではなく、シスイの安否を確認することも密かに含まれているのだ。勿論、ついでの意味合いの方が強い。しかし、ユウとソーマはそちらにこそ重きを置いていた。

 

 

「それにしても、結局アーク計画は継続されそうだよね」

「ふん。あの野郎が各所に手をまわしているらしいからな。そう簡単には崩れねぇよ。生き残りたい奴は多いからな。確実で楽な道があるなら、人間ってのはそっちに逃げる」

「サクヤさんとアリサも無事だと良いけどね」

「……」

 

 

 サクヤとアリサからの連絡は一度もない。

 消息も全くの不明である。生きているのか死んでいるのかもわからない状態だ。かなり深いところまでアーク計画を暴き、邪魔をしたことでヨハネスに消されたという線すらあり得る。

 情報が無いということは必要以上に不安を煽ることだ。

 ユウとソーマはそう感じていた。

 

 

「なんでこんなことになったのかな……」

 

 

 ユウの呟きは雪の降る空へと消える。

 激変した環境のせいで一年中積雪が止まない鎮魂の廃寺は、今日も灰色の空をしていた。

 雪が降るこの空も、数時間後には特殊バレット『メテオライト』によるオラクルの雨に変わることだろう。

 溜息を吐くユウにソーマは鼻を鳴らしながら口を開く。

 

 

「死ぬんじゃねぇぞ」

「ソーマこそ。愛しのシオが待っているからね」

「ちっ……黙れ」

 

 

 シオについても不安がある。

 最近、エイジス島に呼ばれていると言い始めたのだ。特異点である彼女はノヴァに誘引され、操られるようにしてエイジスに向かおうとすることもしばしばあった。

 ペイラー榊が言うには、かなり危ない状態ということである。

 どうにか人に近づいてきたシオだったが、この土壇場で急に不安定になり始めたのだ。ユウとソーマの周りには面倒しか転がっていない。

 

 

(アーク計画……俺は止めるべきなのか……?)

 

 

 ユウは自分の神機を握りつつ、作戦開始まで自問するのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 どうにか発作の収まったリンドウは街の中に会った廃家で眠り、シスイは食料を探すために辺りを散策していた。緊急時用のレーションは一週間分だけ保持しているが、それもかなり切り詰めた計算上での話だ。可能な限り、現地調達をしておきたい。自分とリンドウが食べる分を確保するため、街に残された保存食を探していたのである。

 缶詰が残っていれば上等、最低でも飴玉のようなものがあればギリギリでカロリーを確保できる。

 流石にアラガミを食べる訳にはいかないので、食料確保にも一苦労だ。

 

 

「結構遠くまで来たけど……何も残ってないね」

 

 

 このご時世だ。

 あらゆるものがアラガミの腹へと消えてしまい、食料などほとんど残っていない。畑など作れば一夜にして喰らいつくされ、残しておいた保存食も軒並み消える。例外となるのは対アラガミ装甲壁の内部だけだ。

 まだ形の残っている家を探し、中に入って物色。

 かつては犯罪だった行為も、ここでは誰も咎めない。

 それが何となく寂しい気分だった。

 

 

「リンドウさんも心配だし早く戻らないと」

 

 

 シスイだからこそわかるが、リンドウの容体は非常に悪い。それこそ癌の末期症状にも比肩できるほど最悪だ。

 一歩踏み外せば死の谷へと落ちる綱渡り。

 それが今のリンドウである。一瞬でも目を離した隙に奈落へと落ちるかもしれない。

 仮にアラガミ化してしまえば、シスイが殺すしかないのだ。

 リンドウの戦闘術を持ったまま完全アラガミ化など、最悪の展開である。

 

 

「極東が誇る超人ことリンドウさんならきっと何とかなる―――」

 

 

 そんな理屈もつけられない曖昧な感情論すら呟いてしまう。

 だが、まだ全てを言い終わらない内に、遠くで爆発が起こった。

 方向的にはリンドウを休ませている小さな家と一致している。それを見て楽観視する程シスイはボケていないつもりだ。

 

 

「―――なんて都合が良すぎたね!」

 

 

 単なるアラガミの襲撃なら、手負いのリンドウでも対処できるだろう。

 しかし、これは恐らくリンドウのアラガミ化に伴った爆発だ。近くにアラガミがいないのは確認済みだったので、間違いではないはずである。

 シスイはすぐに右腕のオラクル細胞を操作して神機を創り出す。刃がクリスタルのように透けた赤黒いヴァリアントサイズが形成され、綺麗に右手へと収まった。左手はいつでもオラクル弾が撃てるようにして戦闘態勢を整える。

 家の屋根を駆け抜け、ビルの壁を蹴り、可能な限り一直線で爆発の音源を目指す。

 まだ遠くで黒い影が家々を破壊し、土煙を上げていた。

 そしてかなりの速度で移動している。

 

 

「よりにもよって離れる方向に移動しなくてもいいのに……」

 

 

 どんなに頑張っても、人間よりアラガミの方が身体能力的に優れている。小型種や中型種でも、ゴッドイーターを一撃で殺すことの出来る肉体があるのだ。大型種ならなおさらである。

 遠くに見える影は明らかに大型種だ。

 それにヴァジュラ並みの身体能力を持っているらしいと分かる。

 あれが普通のヴァジュラなら極東人にとって猫と一緒だ。しかし、黒い影として見えるあの大型アラガミは人に近い姿を持っている。また格闘に近い動作と身のこなしすらしていた。

 邪魔となる障害物を破壊し、破壊するよりも避けた方が速いと判断すれば迂回。

 明らかに知性を持って走っていた。

 

 

「リンドウさんの意識が……いや記憶が残っているのか? とあるゴッドイーターみたいな変態的機動をアラガミが習得しているとか拙すぎでしょ」

 

 

 冗談どころではなく拙いだろう。

 そしてリンドウが向かっている方向には心当たりがある。

 アラガミを広範囲に誘因する能力を持ったメビウスノーヴァの下へ行くのだ。つまり、鎮魂の廃寺へと向かっているのである。

 

 

「早く追いついて―――」

 

 

 追いついて?

 

 

「リンドウさんを――」

 

 

 リンドウを……

 

 

「――――」

 

 

 殺す?

 

 

「出来るのか……今の僕に……?」

 

 

 これでもフェンリル本部情報管理局特務隊に所属し、アラガミ化したゴッドイーターを狩ってきた経験がある。中には知り合いもいたが、任務だと割り切って、アラガミ化した本人のためにもなると思って介錯してきた。

 

 

「はは、化け物の癖に何を今さら人間ぶっているんだ。仕方ないんだ……アラガミ化してしまったら殺すしかないんだから……」

 

 

 そうは言いつつも、次第にシスイの足は止まっていく。

 追いかけなければならないという意思に反して、身体は言うことを聞かなかった。

 

 

「ぐ……」

 

 

 シスイは鋭い頭痛を覚えてその場に膝をつく。

 思い出すのは自分を化け物と罵るフェンリル本部の職員たちだ。

 M2プロジェクト失敗によって両腕がアラガミ化し、その力を使えるようになった。故に化け物。まだ12歳だったシスイに対してあまりにも酷い仕打ちである。

 それでも人間でありたいと願ったシスイは、天才的な知能で示すことにする。

 自分は化け物ではなく人間だと言いたかった。

 しかし、余りにも天才過ぎた故に送られた言葉は、やはり化け物。役に立つので直接的な処分こそされなかったが、何か人間ではないものを見る目は無くならなかった。

 この時期は周囲の環境によって性格が形成されていく時期である。感情的で不安定な子供らしい部分に理性が構築されていき、その個人たりうるアイデンティティを形成する。

 そしてシスイが築き上げた理性は『傍観』。

 あるいは達観や諦観とも言えるかもしれない。

 理性という自分をもう一人創り上げ、まるで画面の外から世界を眺めているような、傍観者としての視点を創り出すことだった。小説やドラマの登場人物を見るようにすることで、化け物と呼ばれる自分を世界の中に確立させた。

 シスイ自身すらも広い世界に登場する人物の一人としか認識しない理性が、壊れそうになる前に感情を制御した。この場面ではこうした方がいい、そういう時はこうするべきだ、という第三者視点を以て振り切れそうになる感情を抑制してきた。

 ノベルゲームと同じである。

 第三者視点を持つ理性が、各種場面でいくつかの選択肢を提示する。シスイはそれを選んでいるに過ぎなかった。

 

 

「そうだよ……ここは僕が殺さないといけないんだ。仲間なんて所詮は表面上の協力に過ぎないハズだろ!」

 

 

 シスイは自身にそう言い聞かせる。

 しかしそれは大きな矛盾を孕んだ言葉だった。

 いつものシスイなら、リンドウの右腕がアラガミ化しているのを確認した時点で即座に介錯していた。わざわざ制御できるように協力などしなかったはずだった。

 仲間など表面上の付き合いだと考えつつ、リンドウのことは本気で助けようと考えていた。

 それは、シスイにとって極東支部の面々が初めてとも呼べる仲間だったからだろう。本部でシスイの仲間といえば、いつ背中から斬られてもおかしくない任務上の協力者でしかなかった。

 アラガミ化したゴッドイーターを殺す時も、そう考えることで任務を遂行していた。

 それ故にリンドウを殺していいのかと迷ってしまう。

 シスイにとってこの困惑は初めてのことだった。

 まともな善意に触れることなく、研究とアラガミ討伐に明け暮れていたのがシスイだ。表面上はごく普通の少年に見えても、中身はまともではいられない。

 しかし、極東支部ではその価値観を正面から崩された。

 知らなかったとは言え、シスイを普通に仲間として受け入れ、挙句の果てにはアラガミの少女シオを保護してしまったほどだ。

 

 

「くそ……」

 

 

 シスイは神機を消し、アラガミ化した両腕を隠すように包帯を巻く。最後に黒い手袋をつけて、戦闘状態を解除した。

 そしてボロボロになった白衣を風に靡かせつつ、廃れた町を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 オペレーション・メテオライトが実行され、鎮魂の廃寺に無数のオラクル弾が降り注いだ。流星の如きオラクルの光が次々とアラガミを貫き、戦闘不能にしていく。銃タイプの神機使いがヘリから一斉発射した特性バレットの力だった。

 このバレットのためだけに相当なオラクルリソースを消費しているのだが、今回の作戦で倍以上は取り返せる算段である。回収担当の地上部隊は責任重大だ。

 

 

「いくよソーマ」

「テメェこそ遅れるんじゃねぇぞ」

 

 

 ユウとソーマは真っ先に飛び出して息のある大型種にトドメを刺していく。そして流れるように神機の捕食を行い、次々とコアを回収していた。第一部隊のツートップであるユウとソーマに刺激され、他の刀剣タイプ神機使いも後に続く。

 普段なら討伐に数十秒かかる大型種も、手負いの状態なら数秒で足りる。尤も、これはユウとソーマだからこその話だが。

 穴だらけとなったクアドリガの頭部を叩き潰し、プリティヴィ・マータを両断し、サリエルを叩き落す。苦労して倒したディアウス・ピターも二人の一撃で翼を切り落とし、あっという間にトドメを刺す。堕天種や接触禁忌種もメテオライトによって弱っているため、殆ど苦労なくアラガミを薙ぎ倒していた。

 

 

「く……多すぎる!」

 

 

 ユウは縦横無尽に暴れまわるが、数百ものアラガミが壁のように立ち塞がる。アラガミの死体のせいで足場も悪く、体力も余計に消耗してしまう。目に見える範囲だけで数えきれないほどのアラガミがいるので、作戦区域全体で見れば軽く千体は越えているだろう。

 これほどの数を一つの支部で対処できるのは極東ならではである。

 普通の支部なら、メテオライトによって傷を負わせたとしても、これだけのアラガミを相手にすることは出来ない。複数の支部が合同で、さらに本部の支援を受けて初めて成立する作戦レベルだ。極東のレベルがいかに高いかがよく分かる。

 

 

「邪魔だ」

 

 

 ソーマは重いバスターブレードをショートブレードでも扱っているかのように振るい、大型アラガミを簡単に吹き飛ばしてしまう。チャージクラッシュも普通とは桁外れに威力が高いので、余程硬いアラガミでなければ一撃で両断出来てしまっていた。

 そんなソーマでも、この数は対処に苦労する。

 独楽のように回転しつつ、大量のアラガミを薙ぎ払いながらユウと共に眼に映るアラガミを討伐していた。これだけ暴れても被っているフードが外れないのは流石である。

 

 

「おいリーダー。テメェは東から回れ!」

「分かった。じゃあ本堂付近で落ち合おう」

 

 

 鎮魂の廃寺は本堂へ行くために二つのルートが存在している。それぞれのルートにアラガミがいるので、二手に分かれて進むことにしたのだ。相手は手負いなので、極東支部が誇る二人の最強ゴッドイーターならば単独でも充分に突破できる。早くシスイを探すために、効率重視で進むことにしたのだ。

 ソーマと分かれたユウは東ルートの階段を駆け上がりつつ、コアの回収と大型種へのトドメを平衡して行っていく。

 だが、ユウはその途中で奇妙なものを見つけることになった。

 それは東ルートの右手にそびえる岩山の頂上で佇む一体のアラガミである。一見するとクアドリガにも似ているが、よく見れば相違点はかなりある。

 赤い見た目、鍛えられた人型の上半身。

 率直な感想を言えば、かなり気持ち悪い。

 辺り一帯のアラガミを呼び寄せ、広範囲にジャミングを展開しているメビウスノーヴァだった。

 

 

「新種……?」

 

 

 これだけアラガミが集まっていれば、一体ぐらい新種が紛れていてもおかしくはない。だが、残念なことにここは通信ジャミングが発生している地域なのだ。連絡も出来ないので援軍は望めない。倒すならば一人で相手することになってしまう。

 岩山の周囲には大量のアラガミがいるのだが、メテオライトのお陰で手傷を追っている。メビウスノーヴァ自体も少しだけダメージを負っているので、一人でもなんとかなる可能性は高い。

 そう考えたユウの行動は早かった。

 

 

「先手は貰う」

 

 

 銃形態に神機を変えたユウは、スナイパーでメビウスノーヴァを狙う。距離があるほど威力が上がる超長距離弾を使い、メビウスノーヴァの頭部を狙撃した。メビウスノーヴァは司令塔として一か所から動かないアラガミなので、遠距離であっても外したりはしない。この距離で動き回るアラガミを撃ち抜けるとすれば、世界有数の狙撃手であるジーナ・ディキンソンだけだろう。

 弾丸は見事にメビウスノーヴァの頭部へと着弾し、大きくよろめく。

 その隙にユウは周囲のアラガミを薙ぎ倒しつつ、一気に接近を試みた。

 

 

「はああああああああああああ!」

 

 

 手負いのヴァジュラやサリエルが立ち塞がるが、ユウはそれを一撃で切り裂いて道を開く。メテオライトのお陰で中型種以下を殲滅できているため、接近は容易かった。足場の悪い岩山でサリエルを相手にするのは骨が折れるはずだが、常時変態的機動をしているユウには関係ない。アクロバティックな動きでサリエルのレーザー攻撃を躱し、次々と切り裂いてメビウスノーヴァへと迫った。

 メビウスノーヴァはアラガミを誘引して操る能力には長けているが、直接戦闘能力は皆無にも等しい。強いて言えば、質量を利用した突進やプレスが脅威となる程度である。接近さえしてしまえば、ユウの敵ではないのだ。

 

 

「これでどうだぁっ!」

 

 

 ユウは跳び上がりつつ強烈な切り上げでメビウスノーヴァの前面装甲を破壊し、さらに落下時の重力と合わせて頭部に振り下ろしを喰らわせた。ロングブレードがメビウスノーヴァの頭部にめり込んで、そのまま上半身を切り裂いていく。

 メビウスノーヴァはそれで瀕死となったが、ユウはそのまま更に追撃をかけた。不安定な岩山で器用に立ち回り、メビウスノーヴァの両腕を斬り落とす。そして最後に捕食形態でメビウスノーヴァからコアを抜き取り、勝利した。

 崩れたメビウスノーヴァはそのまま岩山を落ちていき、雪煙を上げて地面と激突する。

 途端にジャミングが消失し、通信とレーダーが復帰した。

 

 

『こちらヒバリです。通信とレーダーが復帰しました。これより通常通りのオペレートを開始します』

 

 

 それを聞いてユウはメビウスノーヴァが全ての元凶だったことを悟った。それを伝えるために、ユウはすぐに通信をオンへと変える。

 

 

「こちら神薙ユウ。新種と思しきアラガミを倒したところだ。多分、そいつがジャミングの原因だったんだと思う」

『分かりました。コアは回収済みですか?』

「ああ、大丈夫」

『では、コアを持って一時帰還してください。ここからはレーダーが使えますので、作戦区域を包囲して一気に回収を進めます。ですからユウさんが抜ける負担は考えなくても大丈夫です』

「了解」

 

 

 どちらにせよ、回収した量が量だ。

 そろそろ戻って神機から吐き出させないと、限界になる。神機も無限に捕食できるわけではないので、ヒバリからの提案は丁度良かった。

 ユウが神機を担いで戻ろうとすると、ここで新たな通信が入る。

 

 

『こちらソーマだ。新種の黒いアラガミと交戦中。悪いが援軍を頼む』

 

 

 それは珍しいソーマからの援軍要請だった。

 

 

 

 

 

 



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EP17 シオ誘拐

 

 ソーマが黒いアラガミを発見したのは、アラガミ同士の戦闘音を察知したからだった。多数の唸り声と何かを潰す音が強化された聴覚に届いたので、気配を消しつつ様子を見に行ったのである。

 そして建物の陰から見たのが竜のような見た目をした黒いアラガミだった。右腕に装甲を持ち、紫の炎を纏って中型のアラガミを相手に無双している。新種であることはすぐに分かった。

 

 

(なんだあのアラガミは!)

 

 

 表情を険しくしたソーマは、神機を強く握り直して様子を窺い続ける。

 後にハンニバル侵食種と名付けられるこの個体は、リンドウがアラガミ化した姿なのだが、今のソーマにそのことを知る由はない。ただ分かったのは、通常のアラガミから逸脱した戦闘力だけだった。

 

 

(格闘の心得があるのか? いや、剣術に近い動きもある。まさかゴッドイーターから学び取ったとでも言うのか?)

 

 

 大型種であれだけの戦闘力を持つとなると、下手をすれば接触禁忌種に指定されるレベルだ。防御力は測れていないので断定できないが、紙装甲でもない限りは間違いないだろう。一見すると防御が薄そうでも、実は滅茶苦茶硬いということもあり得る。油断は出来ない。

 ソーマは念のため、通信を入れることにした。先程から通信が復帰したことは分かっているので、連絡だけでもしておくべきと判断したのである。

 

 

「こちらソーマだ。新種の黒いアラガミと交戦中。悪いが援軍を頼む」

 

 

 そう言ってから建物の陰を飛び出し、ハンニバル侵食種へと神機を振り下ろす。どうせ避けられるだろうと考えての軽い一撃だったが、案の定ハンニバル侵食種は余裕で回避した。一応は不意打ちだったはずだ。しかし、その凄まじい反射神経の前にはまるで意味がない。

 ハンニバル侵食種は尻尾を振り回してソーマを攻撃しようとして、ソーマはそれを装甲で防ぐ。ジャストガードによる完全防御のお陰でダメージはない。

 ジャストガードとは、上級ゴッドイーターが良く使うテクニックで、受けるダメージをゼロにすることが出来るというものだ。神機の装甲は展開時に一瞬だけ高いエネルギー反応を示し、その一瞬の間に受けた攻撃は衝撃が完全に相殺されてダメージを打ち消すことが出来る。本来は幾らかの貫通ダメージを受けてしまうため、攻撃力の高いアラガミを相手にする時には重宝する技術だった。

 ちなみに、極東でもこの技術が実用レベルで使えるのは各部隊の隊長格ぐらいである。一般隊員ではよくても半分しか成功しない。

 

 

「ちっ! 潰れろ」

 

 

 ソーマはバスターブレードを振り下ろすが、ハンニバル侵食種は右手の装甲で綺麗に受け流す。そして隙を晒したソーマに紫の炎によるブレスを吐いた。半分近くがアラガミのソーマは、無茶な体勢からでも回避できる。褒められた行動ではないが、命には代えられない。負担が足腰にかかっているのを感じつつ、大きく跳び下がってブレスを避けた。

 

 

「厄介な奴だぜ……」

 

 

 アラガミが人の戦闘術を持っているだけで非常に厄介になる。元々、アラガミは人間よりも身体能力が高いのだ。その上で技術を身に付けられたら面倒極まりない。ソーマはそれを実感していた。

 そして更に言えば、ハンニバル侵食種だけに構っているわけにもいかない。他の中型種もまだ近くに残っているのだ。

 ソーマは滑空してきたシユウを一撃で切り裂き、グボログボロの砲撃を装甲でジャストガードする。そして反撃とばかりに跳び上がってからチャージクラッシュを叩き込み、重力と一緒にグボログボロを叩き潰した。

 その後すぐにハンニバル侵食種へと向き直ると、ハンニバル侵食種も別の中型種を相手に暴れまわっている。てっきり隙を突かれて襲われると思っていたので、ソーマとしても意外だった。

 

 

(偏食傾向ってやつか? シオみてぇに人を食わないのかもしれねぇな)

 

 

 ソーマは改めて神機を構えつつハンニバル侵食種を睨みつける。近くの中型種を掃討したハンニバル侵食種は小さく吼えた後、ソーマへと向き直った。

 再び戦いが始まるかと思われたが、ハンニバル侵食種は背を向けてどこかへと逃げ出す。あれだけの戦闘力を持っておきながら、ソーマに畏怖したということはないだろう。余りのことで、流石のソーマも追いかける精神的余裕は無かった。

 反射的に左手を伸ばし引き留めようとする間抜けな構図だけが残り、黒い影が遠くへと離れていく。

 そこへ神薙ユウが到着した。

 

 

「何やってんのソーマ?」

「あ、ああ。例の黒いアラガミに逃げられてな……」

「ソーマから逃げるなんて……機動力特化っぽい?」

「そうかもしれねぇな。俺の攻撃は一度も当たらなかった」

「厄介だ」

「ああ、だが……」

「どうかしたの?」

「いや、何でもねぇ。コアの回収を続けるぞ」

 

 

 ソーマは通信を入れて新種のアラガミが逃亡したことをヒバリに伝える。

 そして二人は元の任務であるコアの回収へと戻るのだった。

 オペレーション・メテオライトはほぼ予定通りに遂行され、僅か一日で一か月分を優に超えるだけのコアを回収することに成功。極東支部の対アラガミ装甲壁は無事にアップデートされ、エイジス島で育成されているノヴァの素体もほぼ完成することになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 神崎シスイは一人で荒野を彷徨っていた。

 衝動に任せて適当に走ったせいで、既にフェンリル極東支部がどこにあるのかもわからない。コンパスがあればどうにかなったかもしれないが、流石にそんなサバイバル道具を持ち合わせてはいなかった。本来ならばゴッドイーター全員が緊急用に所持しておくべきものである。だが、残念ながらコンパスはステラノーヴァとメビウスノーヴァの戦闘時に壊れてしまっていた。特殊な偏食場を放つメビウスノーヴァのせいで、磁力が狂ってしまったのである。今の時代、乱れた磁場のある地域でもコンパスが利用できるように、オラクル細胞が利用されている。つまり、強力な偏食場を浴びるとコンパスの機能を失ってしまうのだ。

 まとめると、今のシスイは迷子だった。

 

 

「お腹すいた」

 

 

 そして迷子であると同時に、食糧難という重大な危機もある。流石にアラガミを食べる訳にはいかないので、こればかりはどうにかして用意するしかなかった。一応、シスイはアラガミ化しているので、腕から捕食すればエネルギーは補給できる。しかし、腹が減ることには違いないのだ。

 動けるには動けるが、空腹で精神的に参っている状態なのである。

 

 

「はぁ……今ならシオやリンドウさんの気持ちが分かる気がする」

 

 

 アラガミ化のお陰で生きていられるとも言えるが、逆に言えばアラガミ化のせいで苦しんでいる。何とも形容しがたい現状だ。

 また、こうして荒野を彷徨っているだけでは食料など見当たるはずがない。アラガミによって食い尽くされた場所が荒野なのだから、まともな食料が残っているとは思えないのだ。

 一応、アラガミにも移動ルートが存在している。

 アラガミも定義としては生物なので、縄張りのようなものがあるのだ。そして幾つものアラガミが徘徊するルートが綺麗に隙間を作ると、捕食されない領域が現れる。絶対にアラガミが出現しないとまでは言いきれないが、被害が大きく減っている領域は確かに存在しているのだ。

 これはシスイが敵認定しているラケル・クラウディウスの研究の一つであり、本部のサーバーから論文を読んだこともある。あまり興味がなかったので軽く目を通しただけだったが、シスイはそれを覚えていた。

 現状として、シスイが探しているのはこのような地帯なのである。

 そこまで行けば食料にありつけると考えたのだ。

 空腹のせいで一周回って冷静になっていたのが幸いした。

 そうして半日ほど歩き、目的の領域を探す。残念ながらヒントなどないので、適当に歩き回る以外に探す方法はない。それでも、シスイは運よく森を発見することが出来た。

 

 

「木が生えている……ってことはアレが安全地帯か」

 

 

 大きめの川を挟んだ向こう側に、そこそこ大きな森が見えた。木々が生い茂っているということは、アラガミの被害を免れているということである。つまり、目的の安全地帯であることを示していた。

 シスイは濡れることを気にせず川に足を踏み入れ、ザブザブと波を立てながら歩いていく。それなりの流れがあるので、気を付けなければ流されてしまうだろう。だがシスイはトップレベルのゴッドイーターなのだ。腹をすかしていても、気を付ければ普通に渡り切ることが出来る。

 特に問題もなく対岸へと渡り切り、森の前に立った。

 

 

「流石に鳥の鳴き声はしないね。まぁ、僕も機械の記録でしか聞いたことないけど」

 

 

 この時代に野生の動物は殆どいない。要るのは各フェンリル支部で食用に育てられている動物ぐらいだ。鳥のような観賞用動物は優先度が低いので、奇跡と偶然に恵まれなければ目にかかることすらないだろう。

 また、鳥や虫がいなければ木々は果実をつけることが難しくなる。

 生物の気配がしないなら、野生の果物類は期待しない方が賢明だ。

 

 

「となると、イモ類かキノコ類か山菜類か。あると良いけど」

 

 

 シスイはそう言いつつ森の中へと足を踏み入れた。ボロボロの白衣が草に引っかかるが、シスイは気にすることなく無理やり進んで行く。余り手入れされていないので、人がいる可能性は低かった。

 このような偶然出来上がった安全地帯では、フェンリルに受け入れ拒否された人々が身を寄せ合って暮らしていることがある。彼らは細々と畑を耕し、危険を冒して資源を手に入れ、毎日を必死に生きている。

 もしもそういった人たちが暮らしてた場合、フェンリル所属のシスイはどのように扱われるか不明である。勿論、戦えば銃を使われてもシスイの勝ちだ。しかし、アラガミの力は人に使うべきではない。最低限、逃走に使用するだけだろう。

 

 

(まぁ、今の僕は元フェンリルだけどね)

 

 

 流石にそんな理屈は相手に通じないはずだ。シスイの手袋と白衣にはフェンリルマークが入っているのであった瞬間にフェンリル関係者だとバレる。今は所属していないといったところで説得力がなさすぎるだろう。

 あまり期待はしない方が良い。

 シスイはそういったもしもの事態について考えつつ、食料を求めて歩き続ける。すると生い茂っていた森の中に手入れされた形跡のある場所が見つかり、ますます人が住んでいる可能性が見えていた。

 気配を感じ取れるように警戒を強め、ゆっくりと前に進む。

 

 

「―――――」

「なんだ?」

 

 

 かすかに聞こえる声。

 気のせいかもしれないが、シスイは念のために立ち止まって耳を澄ませた。

 

 

「―――――――」

 

 

 確かに聞こえる。

 メロディの雰囲気があるので、恐らくは歌だろう。この安全地帯ではアラガミの数は少ないが、絶対にいないわけではないのだ。そんなところで歌うなど自殺行為に等しい。一瞬だけラジオや録音の音を疑ったが、独特の雑音がないので確実に歌っている人物がいることになる。

 距離はそれほどではない。

 会って注意ぐらいはするべきだろう。

 

 

「歌が聞こえるのは……こっちか」

 

 

 草を掻き分け、シスイは道なき道を進み続ける。ある程度の手入れがされているといえど、それは道があるという意味ではないからである。

 ガサガサと音を立てながら歩いていくと、徐々に歌声は強くなってきた。

 シスイがそのまま進んで行くと、唐突に開けた場所に出る。どうやら木を切り倒した結果できた場所らしく、切り株が幾つもあった。

 そしてその切り株の一つに座り、歌っている少女を発見する。

 

 

「誰っ!?」

 

 

 シスイが出て来たことで少女は歌を止め、振り返った。

 そこにいたのがアラガミではなく人だったことに安堵したのか、胸を撫で下ろしている。そんな彼女にシスイは優しく語り掛けた。

 

 

「こんな場所で歌うなんて自殺行為だよ。アラガミに気付かれる」

「ご、ごめんなさい」

「君はこの森に住んでいるのかな?」

「はい。女神の森(ネモス・ディアナ)というところに住んでいます」

「それはこの近くに?」

「はい」

 

 

 間違いなく、フェンリルに拒否された人々が暮らすコミュニティの一つだ。聞いたことのないコミュニティではあるが、少なくともフェンリルは女神の森(ネモス・ディアナ)というような場所を保有していないので、消去法的に明らかだ。

 そして、そこに住む大人が子供を一人で外部に連れ出すとは思えない。

 勝手に抜け出してきたのだろう。

 

 

「送っていこう」

「あ、その……結構です」

「いや、危ないよ?」

「ホントに大丈夫ですから!」

 

 

 少女が大きめの声でそう叫ぶと、遠くから別の声が響いてきた。

 

 

「ちょっとユノ~。そこにいるんですか~?」

「サツキ?」

 

 

 ガサガサと音がして、シスイとは反対側から一人の女性が現れる。眼鏡を掛けた彼女の第一印象として、かなりキツそうなイメージをシスイは覚えた。

 そして、今のやり取りで少女がユノ、女性がサツキだと判明した。

 

 

「全く。勝手に出ていっちゃダメ……というか、そこの不審者は誰ですか?」

「いきなり不審者扱いか。酷いね」

「ボロボロの服を着た顔色悪い人が可憐な美少女の前にいる。絵面的には危ないでしょ?」

「……そんなに顔色悪いかな?」

「とっても」

 

 

 やはり精神負荷のせいだろう。アラガミを喰らってエネルギー補給はしているが、食事や睡眠は殆ど取ることが出来なかった。食べ物を探すためにここに来たわけであるし、アラガミが闊歩する場所で十分な睡眠など取れない。

 顔色が悪くなるのも当然だった。

 ユノが逃げようとするわけである。

 シスイは鏡を持っていないので、ペタペタと顔を触りながら違和感がないか確かめてみる。確かに、肌の艶が減っているような気がした。

 そしてサツキはシスイの付けている手袋を見て、表情を険しくしながら口を開く。

 

 

「貴方はフェンリルの人間なんですか?」

「フェンリルの『人間』ではないかもね」

「どういう意味です? 貴方の手袋にはフェンリルマークが入っています。これでフェンリル所属ではないと言い張るのは無理がありますよ?」

「分かりやすく言えば、僕は元フェンリル所属の実験動物ってところかな。少なくとも人間扱いされたことは殆どないね」

「なるほどなるほど。ちょっと詳しい話を聞いてみたいですね」

 

 

 ジャーナリストであるサツキの仕事魂に火が付く。

 元フェンリル広報部所属で、現在はフェンリルの抱える闇について独自に調査しているのだが、これは大きなスクープになると確信していた。咄嗟の言い訳にしては実感が籠っているので、嘘ではないだろう。サツキはこれでも優秀な広報員だったのだ。

 優秀過ぎるゆえにフェンリルをクビになったのだが。

 

 

「話を聞かせてもいいから食料をくれないか? 空腹で死にそうなんだよ」

「……まぁいいでしょう。こっちに来てください。ユノもこっちに」

「うん」

 

 

 ユノはパタパタと走っていき、サツキの手を握る。そしてそのままサツキは向こう側へと歩き始めたので、シスイもそれに従ってついていった。

 鬱蒼とした森も徐々に開け始め、所々に伐採した跡が見えてくる。そして十五分ほど歩くと、大きな壁に囲まれたコロニーが見えて来た。

 

 

「あれは……もしかして対アラガミ装甲壁?」

「ええ、そうですよ。尤も、一部分だけですし強度も気休め程度ですけどね」

「もしかして自分たちで組み上げたのかな?」

「フェンリルから拝借した資材と情報を基に、苦労して組み上げたんですよー。フェンリルに捨てられた人たちで集まり、この子の……ユノのお父さんを中心にして皆で立ち上がったんです」

「その子の?」

「はいー。みんなは葦原総統って呼んでますね。この子は私と幼馴染みたいなものなんですよ。まぁ、私からすれば手のかかる妹って感じですけどね」

「もう、サツキったら。私はそんなにお転婆じゃない」

「ネモス・ディアナから勝手に出ていってるお嬢様は充分お転婆よユノ」

「う……」

 

 

 随分と仲がいいらしい。二人の雰囲気を見るだけでそれがよく分かった。

 そうして談笑しながら歩き続け、ネモス・ディアナの入口へと到着する。そこには門番のように二人の男が立ち、見張りをしていた。

 

 

「ユノを連れ戻してきましたよー」

「おぉ、サツキ嬢ちゃん。ありがとよ」

「ユノちゃんが無事で安心したぜ」

「ほらユノ。心配かけたんだから謝りなさい」

「ごめんなさい」

「いいってことよ。サツキ嬢ちゃんに心配かけるじゃねぇぜ?」

 

 

 そう言って二人はネモス・ディアナの門を通る。それに続いてシスイも通ろうとしたが、二人の門番に止められてしまった。

 

 

「ちょっとお前さんは待て。あんたは何者だ?」

「あ、大丈夫ですよー。その人は私のお客さんです」

「サツキ嬢ちゃんが言うならいいが……余計なことはするんじゃねぇぜ」

「はいはい」

 

 

 シスイは適当に返事をしつつサツキについていく。正直、空腹のせいでかなり辛いのだ。

 そんなシスイにサツキは相変わらずの毒舌で語り掛けた。

 

 

「今にも死にそうですねー。感謝してくださいよー?」

「その嫌味な顔で言われると感謝したくなくなってくるよ……」

「ほー。つまり食事はいらないと」

「すみませんでした超感謝してます」

「素直に初めからそう言えばいいんですよ。さ、ユノはお父さんの所に行って。心配してたから」

「う、うん」

 

 

 ユノは手を振ってからパタパタと走っていく。

 そしてユノを見送ったサツキはシスイの方へと向き、改めて口を開いた。

 

 

「さてと、詳しく聞かせて貰いますよ。私の家に案内します。少ないですけど食事も出してあげますよ。超感謝してくださいね」

「頼みます。ホントに」

「うむうむ。殊勝な返事ですねー。あ、そういえば貴方の名前は?」

「神崎シスイ」

「ほうほう。どこかで聞いたことあるような……まぁいいか」

 

 

 サツキはどこかでシスイの名を聞いたことがあると感じつつ、それを脇に置いて自分の家へと案内をし始める。

 だが、その途中で突然地面が揺れた。

 揺れはそれなりに大きく、色々な場所から悲鳴が聞こえる。

 そして倒れそうになったサツキをシスイが支えた。

 

 

「大丈夫ですかサツキさん」

「あ……どうも。ってそれよりユノ!」

 

 

 揺れはすぐに収まったが、先程別れたユノが心配だ。サツキはすぐに立ち上がり、ユノが走っていった方へと向かう。

 運よくユノに怪我はなかったが、ネモス・ディアナでは幾つかの家や設備が被害を受けた。それによってシスイは何故か一緒に働かされ、食事にありつけたのはその日の夕方になったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 極東支部では神崎シスイが正式にKIA(作戦中死亡)と決定された。決め手となったのは鎮魂の廃寺に落ちていたシスイの神機と腕輪である。

 ユウたち第一部隊のメンバーはシスイが腕輪無しでも活動できることを知っているので信じなかったが、だからと言って捜索する余裕は生まれなかった。

 何故なら、オペレーション・メテオライト完遂に伴ってアーク計画はほぼ完成し、あとは特異点を手に入れるだけになったからだ。ユウとソーマは特異点を捜索する特務に駆り出され、シスイを探すことが出来なかったのである。

 そしてペイラー榊が匿う特異点ことシオは、徐々にエイジス島にあるノヴァ素体へと引かれるようになっていった。不安定さが増していき、脱走しては連れ戻してを何度か繰り返している。

 ユウとソーマは特務の間に余分なコアを採取し、シオのために持ち帰っていた。

 

 

「博士、シオはどうなるんです?」

「難しい質問だね」

 

 

 ペイラーもユウの質問に明確な答えを出すことは出来ない。シオは定期的にノヴァ素体に呼ばれるらしく、そればかりはペイラーでも止めることが難しいのだ。偏食場を遮断する特別な部屋を用意してみたが、いつまでもそこに閉じ込める訳にはいかない。

 だが、少なくともミッションに連れ出してシオに食事させることはもう不可能だった。

 

 

「現状は私の部屋が彼女の行動範囲の限界値だよ。こればかりは時間を掛けて精査するしかないからね。だけどアーク計画のこともある。ヨハンの目を気にしておかないといけないね。どうやら私は疑われているようだ」

「アーク計画を阻止するためにもシオは渡せませんね」

「当然だ。あの野郎にシオは渡さねぇ」

 

 

 アラガミのコアを食べているシオを見つつ、ユウとソーマは決心を強める。極東ではアーク計画に賛同する者と反対する者が二分しているのだが、ユウとソーマは当然ながら反対派だった。意外にも反対派は多く、ロケットへの搭乗券を持つ者の中にもアーク計画を拒否する者もいた。

 どうするべきか。

 そんなことを考えていると、極東支部はいきなり地震に襲われる。元から地震が珍しくない地域だが、今回の地震はかなりの揺れだった。それによって電気系統に不具合が生じ、停電になる。

 

 

「地震!?」

「なんだ!」

「落ち着き給え。すぐに復旧する」

 

 

 研究室が真っ暗になったことで驚くユウとソーマ。一方でペイラーは落ち着いた様子だった。極東支部には常に電気を供給する必要がある設備もあるため、こういう時のために予備電源を備えているのである。

 だからペイラーは余裕だったのだ。

 しかし、そのことでペイラーは拙いことに気付く。

 

 

「あああああああ! し、しまったぁっ!」

「どうした博士!」

 

 

 ソーマは声を荒るが、ペイラーが答えるより先に研究室にヨハネス支部長の声が響いた。

 

 

『そこにいたか。やはり君が隠していたんだなペイラー』

 

 

 それを聞いてユウとソーマは表情を固める。

 どういうわけかヨハネスにシオのことがばれていたのだ。ペイラーは苦々しい口調で二人に説明する。

 

 

「すまない。予備電源は極東の中央管理システムが担っているんだ。だから、復旧の際に各場所の情報をゴッソリと持って行ってしまう。当然、僕の部屋のセキュリティでも意味をなさないんだ」

「なんだって!」

「クソ! シオを連れて逃げるぞ!」

 

 

 ソーマが動こうとしたが、それよりも先に研究室の扉が開け放たれ、黒服に包まれた部隊が乱入する。そしてスタンガンでユウとソーマを一瞬で無力化し、シオを連れ去っていったのだった。

 アーク計画は遂に始動する。

 

 

 

 

 

 




主人公は原作から外れます。
しばらくはネモス・ディアナの生活ですかね。シスイが極東にいたらリンドウさん討伐をしなくてはならなくなるので。


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クレイドル編?
EP18 ネモス・ディアナ


 ネモス・ディアナでシスイは思いのほか簡単に受け入れられることになった。元フェンリル所属の研究員ということで毛嫌いする者もいたが、決め手となったのは『フェンリルに捨てられた』という事実。このネモス・ディアナに住む者たちは、皆がフェンリルから見捨てられた人々だ。

 共通の被害意識があれば、意外と受け入れることが出来るのである。

 総統である葦原那智もフェンリル研究者の知恵と知識が得られるということで、働くことを条件に神崎シスイの居住を認めた。

 

 

「偏食因子の組み立てはこうです……え? この手法ですか? それは数年前に効率が悪いからと使用されなくなった手法ですね」

「なるほど。勉強になります」

「あ、ここの計算式が間違っていますよ。前提条件と誤差計算に誤りがあります」

「何っ!? しまった……」

 

 

 シスイはネモス・ディアナを守る対アラガミ装甲壁の補修や強化を手伝っている。専門ではないが、シスイの父親はこの手の研究をしていたので、知識は充分にある。最新の知識を披露しつつ、可能な限り装甲壁を強化していた。

 ただ、ネモス・ディアナ全てを守れる程の資源はないので、対アラガミ装甲壁は一部分にしか適応されていない。資源が無いことには限界があるので、これだけはシスイでも対応できなかった。

 

 

(僕がアラガミを狩って、オラクルリソースを確保するべきか……)

 

 

 実は、まだ両腕のアラガミ化については何も言っていない。フェンリルの闇ついて調べているサツキには事情を説明したが、葦原那智総統には黙ったままだった。

 正直に言って受け入れられるかどうか分からないからである。

 

 

「取りあえず、今のところはこれが限界でしょう。新たなオラクルリソースが入手出来たら呼んでください」

「どうも助かりました。いや、専門家の方がいるだけで全然違いますな!」

「それはどーも。僕はこれから畑の方に行くので」

「ええ、では私もそうします。では」

「はい。さようなら八塚さん」

 

 

 シスイは共に作業していた八塚という男と分かれ、毎日作業している畑へと向かう。このネモス・ディアナは自給自足が基本であり、品種改良した作物を育てて生計を立てている。フェンリルでもよく見たジャイアント野菜が主な作物であり、これらもフェンリルから苗を拝借したのだろうと予想できた。

 このジャイアント野菜はコストパフォーマンスこそ最高だが、味は微妙だ。ただ、栄養価は基準以上なので文句は言えない。

 不味いレーションにも慣れているシスイとしては、別に気にすることでもなかったが。

 しばらく歩いて畑へと辿り着くと、何人かの人が既に作業していた。ジャイアントトウモロコシ、ジャイアントナスを収穫しているらしく、シスイもすぐに監督者の所へと向かう。

 

 

「こんにちは西郷さん。手伝いに来ました」

「おお、神崎君か。とりあえず今日は収穫後に雑草の除去だ。手伝ってくれ」

「はい」

 

 

 かなり重たいジャイアントトウモロコシやジャイアントナスを軽々と持ち上げ、収穫物を乗せるトラックへと積み込んでいく。これは一か所に集積されたのち、各家庭に配布されるのだ。このご時世なので、食べ物を含めた生活物資は全て配給が頼りである。

 配給を貰いたければ働くべし。

 大人も子供も、食べるために必死に働いている。

 一応、一部の知識人は暇を見つけて子供たちに教育を施している。知識人も人なので寿命という時間制限に縛られている。後継となる人材を育成しなければネモス・ディアナも立ち行かなくなるからだ。

 シスイは元フェンリルの学者ということもあって、この教育にも参加していた。

 朝は対アラガミ装甲壁を弄り、昼からは畑、夕方から夜にかけて子供たちを教育する。フェンリルに努めていた時よりも遥かにブラックな匂いのする毎日だった。

 

 

「よし。今日はここまでだ! みんな帰っていいぞ!」

 

 

 夕方まで働き、監督の西郷が号令をかける。

 すると疲れ切った表情で皆がそれぞれの家へと戻っていった。あまり十分に食べることが出来ない環境で働いているので、大人であっても体力が尽きてしまっている。流石に子供をここまで働かせる訳にはいかないので、子供の労働時間は大人の半分以下だ。

 それに、子供たちはこれから勉強の時間でもある。

 疲れて授業を眠ってしまっては元も子もないので、当然の措置だった。

 ただ、教える側はそうもいかない。朝から夕方まで働いた上に、夕方からは授業も担当する。シスイもオラクル細胞を取り込んでいなければ過労死していたかもしれない。

 シスイは帰路へ着く代わりに子供たちに勉強を教える集会所へと向かう。ネモス・ディアナの住民が話し合いに利用する場所で、普段は学校のように扱われている。

 

 

「どうもこんばんわー」

「あら? 来たのね神崎君」

「ええ、今日も宜しくお願いします木崎さん」

「こちらこそよろしくね」

 

 

 シスイは木崎を始めとした勉強を教える大人たちに挨拶しつつ、集会所へと上がり込む。日によって差はあるが、基本的に百近い子供が集まってくる。当然、教える側も人数が必要だ。

 大抵、ここでは基礎を教え、見込みがあれば対アラガミ装甲についての研究など、専門的な仕事をしている大人たちと一緒に働くことになる。教える内容は四則計算と文字、そしてアラガミに関する基本的な知識といった初等部分から、微分積分外国語といった高等部分まで幅広い。フェンリル本部にいた経験のあるシスイは四か国語以上をマスターしているので、主に言語を教えていた。

 論文などは基本的に外国語なので、最先端知識を得るためには外国語も必須なのである。

 

 

「言語は会話しなくては身につきません。一日机に向かっているより、一時間会話する方がためになります。文法など気にせず、伝えるということを意識すれば上達しますよ。Are you ready?」

『Yes!』

 

 

 シスイが担当しているのは十二歳以上の子供たちだ。その中には当然、ユノも含まれている。外国語は普段の生活で必要ないので、真面目に取り組む子供は少ない。だが、専門的な知識を身に着ける上では必須の学問だ。

 以外にもユノはかなり真面目に取り組んでいるようだった。

 どうやら海外の歌について興味があるらしい。

 こうして二時間ほど勉強を教えた後、ようやくシスイは住居へと戻っていったのだった。家は既に明かりが付けられており、同居人は帰宅済みだと分かる。鍵は開いているだろうと判断して、シスイはそのまま扉を開けた。

 

 

「戻りましたよサツキさん」

「あら、おかえりなさいシスイ君。ご飯が出来ているわよ」

「頂きますよ」

 

 

 シスイは現在、高峰サツキと同居している。元はサツキに割り振られた住居だったのだが、今はシスイが居候する形で一緒に暮らしていた。シスイはサツキが連れてきた人物であるため、責任もって住居を提供するようにと葦原総統から言われたからである。

 サツキとしてもシスイの話をじっくり聞けるので、願ったり叶ったりだった。

 シスイがネモス・ディアナで働く一方、サツキはフェンリルの闇を調べつつ、資源を横流しするために裏仕事をこなしている。シスイもサツキからフェンリルに関する新しい情報を聞けるので、丁度良かった。

 

 

「……サツキさん。塩と砂糖を間違えてますよ」

「あれ? やっちゃった?」

「こっちは半生なんですが……」

「あららー。ごめんね? でもシスイ君なら大丈夫よね!」

「何を根拠に……」

 

 

 今日もシスイの一日は平和だった。

 この数日後、世界中が大騒ぎとなる月の緑化現象が発生することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェンリル極東支部では大きな転換期が迎えられようとしていた。

 エイジス計画……改めアーク計画は第一部隊によって阻止され、これによってヨハネス・フォン・シックザール支部長は死亡した。シオはノヴァを連れ去って月へと向かい、再生によって月の緑化現象が引き起こされたのである。

 尤も、真実を知るのは極東支部の一部のみだ。

 公にはエイジス計画は事故で失敗し、ヨハネス支部長も事故に巻き込まれて死亡したことになっている。アーク計画で自分たちだけ生き残ろうとしたフェンリル上層部は、面子を守るために真実を必死で隠したのである。

 それと引き換えに、極東支部はとある部隊を設立することにした。

 フェンリル極東支部所属独立支援部隊クレイドル。

 独立部隊など、本来は反逆を恐れられて許可されない部隊だ。しかし、上層部は極東支部に大きな借りを作ってしまったので、この独立支援部隊クレイドルの設立に関する初期支援を行うと同時に、設立を大々的に許可することを発表させられた。

 

 

「―――ということで纏まったみたいだよユウ君」

「ありがとうございます榊博士」

 

 

 極東支部の新たな支部長となったペイラー榊は頑張った。それはもう頑張ったのだ。

 裏から手をまわしつつフェンリル上層部に脅しをかけ、様々な利権を奪い取ってようやくクレイドル設立へと至った。さらにクレイドルに移籍することで減ってしまう人員を確保するため、人事異動までやってのけたのだ。

 ユウとしては頭が上がらない思いである。

 

 

「で、クレイドルの部隊長はユウ君で問題ないね?」

「はい、しばらくは第一部隊と兼任しますけど、リンドウさんもサポートしてくれますし」

「おう、おっさんに任せてくれたまえー」

 

 

 そう言って胸を張るリンドウ。

 右腕にはゴテゴテとした籠手が嵌められているが、寸分たがわず行方不明となっていたリンドウだ。完全なアラガミ化へと至ったリンドウだったが、ユウの尽力によって人へと戻ることが出来た。

 その際にリンドウの神機が意思を持ったレンという存在も関わっているのだが、これも一部の人々の間だけに知られる極秘事項となっている。

 ちなみに、復帰したリンドウはサクヤと結婚した。

 クレイドル設立もあって忙しく、なかなか二人の時間が取れない中でも幸せそうにしているのを頻繁に目撃されている。それを見た大森タツミがヒバリにアタックを仕掛けたのだが、見事に玉砕していた。

 

 

「しかし寂しくなるね。君たち第一部隊には退屈しなかったんだけど、半年もしない内に飛び立とうとしている。いやー、若者のパワーには恐れ入るよ」

「そういう博士も大概フリーダムですよね」

「それは言わない約束だぜユウ。博士は研究員だからな」

「うむ、リンドウ君の言う通りだよ」

 

 

 つい先日には初恋ジュースなるものを開発した博士だ。

 そこそこの歳にもかかわらず、フリーダム過ぎである。

 凄まじく不評だったが、神機の意思レンいわく、アラガミよりは美味しいとのことだった。勿論、食べ比べたいなどとは微塵にも思わないが。

 

 

「さて、真面目な話に戻そうか。ようやく設立に至ったクレイドルだけど、その目標を明確にしておきたい。活動内容は大まかに決まっているけど、それを端的に表すスローガンが欲しいね」

「そうですね……俺たちは全ての人が安心して暮らせる揺り籠を目指しています。それはフェンリルから拒否されてしまった人にも手を差し伸べて、活動を広げることも視野に入れています。独自にサテライト拠点を作る試みもそこからきていますからね」

「だが俺たちが掲げる目標はもっとシンプルだ。この絶望の世界でも、誰もが希望を持てるように……俺たちはそんな手助けをしたい」

 

 

 フェンリルに受け入れられず、捨てられてしまった人々がいることは分かっている。そう言った人々が身を寄せ合ってコミュニティを形成しているという報告書もあるからだ。

 だが、彼らは対アラガミ装甲壁に守られているわけではないので、いつアラガミに殺されるかもわからない日々を送っている。

 救われなかった人に手を差し伸べる。

 明日を生きる可能性と希望を差し出す。

 全ての人が安心して暮らせるようにと考え出された、エイジス計画を転用した計画だった。アーク計画の隠れ蓑として扱われていたエイジス計画だが、骨組みは意外としっかりされている。それを転用してサテライト拠点を創り出す計画を立ち上げたのだ。

 

 

「『生きることを諦めるな』。俺たちの行動理念はこの一言で済みますよ」

 

 

 この日から独立支援部隊クレイドルは始動したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 シスイがネモス・ディアナへと住み始めて半年がたった。

 彼はすっかりなくてはならない人材となっていた。

 知識があり、体力も大人以上、礼儀もあり、更にはアラガミが出現したときに戦ってくれる。出ていこうとすれば逆に止められるほどにその地位を確立させていた。

 少し前に大型種が偶然にもネモス・ディアナへと接近し、シスイは仕方なく応戦した。その際にアラガミ化した両腕を公開することになり、葦原那智総統にも知られることになったのだ。

 だが、意外にも咎められることはなかった。

 フェンリルによる実験体だったという事実があったからだろう。危険視もされたが、被害者だから仕方ないということで落ち着いたのだった。そこでシスイはアラガミの力を存分に使い、各地でオラクルリソースをかき集めて対アラガミ装甲壁を強化するに至った。

 結果としてネモス・ディアナは少しはましな装甲壁に囲まれることになり、偶に接近してくる小型アラガミ程度なら問題にならなくなったのだ。

 そんなネモス・ディアナに三人の人物が訪れて来た。

 

 

「ここがネモス・ディアナ……」

「装甲壁があんなに。これは凄いです」

「確かに、民間で組み立てたって考えりゃすげぇな」

 

 

 フェンリル極東支部所属独立支援部隊クレイドル隊長、神薙ユウ。そしてアリサ・イリ―ニチナ・アミエーラ、ソーマ・シックザールの三人だ。外部に住む人々のコロニーでもネモス・ディアナは最も大きく、勢力が強い。

 そのため、クレイドルの活動として一番初めにここへと赴いたのだった。

 

 

「どうです? なかなかのものでしょう?」

 

 

 そして三人をここまで案内したサツキは胸を張りつつ自慢する。

 フェンリルのゴッドイーターであるこの三人をサツキが案内しているのは、ある種の裏取引があったからだった。フェンリルの外に住む人々の実態を見せる代わりに、資材を融通する。そのためにコッソリと三人をネモス・ディアナへと連れ込んだのである。

 もちろん、これは葦原総統にも内緒の取引だった。

 

 

「あの対アラガミ装甲壁は自分たちで組み上げたのか?」

「そうですよソーマさん。元フェンリルの方が協力してくれましてね。流石に知識もなくあんなものは組み立てられないですよ」

「資材はどうした?」

「そこは……ちょこちょこっと……ね?」

「ふん……バレねぇように気を付けろよ」

「お気遣いなく。充分に留意していますよ」

 

 

 民間で対アラガミ装甲壁を組み上げていることに驚いたソーマの質問に、サツキは可能な限りぼかしながら答えていく。サツキにとってこの三人は絶対的な味方ではないため、与える情報にも気を使っているのだ。

 サツキは人の少ない場所を通りつつ、自宅を目指す。

 いつもなら同居しているシスイもいるのだが、今日は対アラガミ装甲壁用のコアを回収するために少し遠くまで出かけている。そのため、三人を泊めたとしても問題ない。

 そういうわけで、ユウたちとシスイは擦れ違ったままになったのだった。

 

 

「ここが私の家です。どうぞ遠慮なく入ってください。普段は同居人がいるんですけど、明後日辺りまでは出かけているので大丈夫ですよ」

「どうもすみません」

「いえいえ~。あ、その辺の椅子にでも座ってください」

 

 

 ユウたちはサツキの言葉に従い、持ってきた神機を壁に立てかけてから椅子に腰を下ろす。

 サツキは戸棚から四つのコップを取り出し、水を注いでからテーブルに置いた。

 

 

「すみませんねー。ここにはフェンリル内部と違って嗜好品なんてものは無いですから、水で勘弁してくださいねー」

「い、いえ、お気遣いなく……」

 

 

 笑顔で嫌味を吐くサツキに、頬を引き攣らせながらアリサが答える。友好的にことを進めるのは難しそうだと悟った瞬間だった。

 しかし、だからと言って諦める訳にはいかない。

 そのために設立したクレイドルであり、こういったことも想定している。フェンリルから来た者を、フェンリルに捨てられた者たちが歓迎できるはずないのだから。

 まずは挨拶からと考え、ユウが口を開く。

 

 

「改めて。俺はフェンリル極東支部所属独立支援部隊クレイドルの部隊長、神薙ユウです」

「アリサ・イリ―ニチナ・アミエーラです」

「……ソーマだ」

「ご丁寧にどうも。私は高峰サツキといいます。元はフェンリル広報部にいたんですけど、クビになったのでここで働いているんですよー」

 

 

 お大概に挨拶を終え、本題へと入る。

 ユウたちがここに来たのは、クレイドルの活動にあたっての調査だ。フェンリルの外部に住む人々の実態をその目で確認し、本当にするべきことが何なのかをハッキリさせることが目的だ。サテライト拠点を作るにしても、勝手に作成して住人を募集する訳ではない。現地人との折衝が必要なのは当然だ。

 

 

「まず差し当たって、ここでの生活について教えてくださいますか?」

「そうですねー。基本的には自給自足ですが、物資は皆で共有していますね。食料でも日常品でも、まずは中央に集約して、各家に配分しています。この辺りはフェンリルでも同じじゃないですか?」

「フェンリルの各支部は地下の工場で何でも生産している。それこそ……食料から日用品までな。生産性の違いを除けば確かに大体同じだ」

「ソーマの言った通り、俺たちフェンリルは本部からの支援の他に、自足も行っています。基本的には各支部で生産から消費までを完結できるアーコロジーを確立させたいのですが、極東は色々と厳しいですからね。支援なしには立ち行かないです」

「フェンリルも意外と世知辛いですねー」

 

 

 などとサツキは言っているが、ジャーナリストである彼女はそれぐらい把握している。それに、彼女も元フェンリル職員なのだ。今更過ぎる情報だった。

 話しが逸れかけたので、ユウが再び質問をする。

 

 

「ここでの生活で困ったことはありますか?」

「困ったことがないと思っているですかー?」

「で、ですよね……」

「ふふ。すみませんねー。ちょっと言い方が意地悪でした。まぁ、目下困った事態ならありますよ」

「何ですか?」

「『赤い雨』です」

 

 

 それを聞いたユウたち三人は首をかしげる。

 字面はかなり物騒だが何のことかはわからない。比喩的な表現なのかとも考えたが、そうだとすればなお分からない。

 そんな三人に対して、サツキは丁寧に説明を始めた。

 

 

「二か月ぐらい前のことですかねー。真っ赤な色の雲が現れたんですよ。まぁ、このご時世ですから変な気象は慣れっこです。警戒しつつも楽観視していたんですよね。でも、それが間違いだった」

 

 

 サツキはスッと立ち上がり、引き出しから何かのレポートを取り出す。

 そしてそれをユウに渡した。

 

 

「これは私の同居人が纏めてくれたレポートですよ。赤い雨に関する大まかな調査結果が記されていますから読んでみてください」

 

 

 アリサとソーマも席を立ってユウの後ろに立ち、レポートを読み始めた。

 

 

 

 

 

 

『赤い雨に関する調査レポート①』

 〇月〇日

 血のように真っ赤な雨が降り始めた。明らかに危険なものだと判断し、すぐに屋内へと非難するように命じられたが、八人が雨を浴びたようである。その結果、恐ろしい事態が起こった。

 翌日、六人が体の痛みを訴え始める。体の一部に黒い模様が現れ、主にそこが痛むようだ。

 二日目、更にもう一人にも模様が現れた。

 雨を浴びた最後の一人も経過観察を行ったが、黒い模様は発生しなかった。どうやら赤い雨に触れると絶対に発症する訳ではないらしい。

 新種のウイルスであることを想定し、幾つかの検査を行った。

 結果、体液からは病原菌と特定できるものは見つからなかった。

 更に詳しい調査が必要だろう。

 

 

 

『赤い雨に関する調査レポート②』

 〇月〇日

 黒い斑点の出るこの症状を、暫定的に黒珠病と命名。

 幾つかの法則性を得た。

 ・赤い雨に触れると高確率で発生(絶対ではないが少なくとも九割以上)

 ・酷い痛みがある。

 ・接触感染する。

 ・空気感染はしない。

 ・時間と共に黒い痣は広がっていく。

 ・病原菌は見つからない(少なくともネモス・ディアナの装置では判別不能)

 

 

 

『赤い雨に関する調査レポート③』

 〇月〇日

 感染者の調査は難航。治療法も確立できないため、逆の発想を試みた。

 赤い雨に触れても発症しなかった人物を対象に調査を行った。以下、対象Aと記す。

 ・血液検査

 ・体力測定

 ・皮膚検査

 ・毛髪検査

 ・尿検査

 ・ゴッドイーター適性検査

 これらの結果、対象Aは一般的な体質の人物と分かったが、一点だけ奇妙な結果が現れた。ゴッドイーター適性試験で適正ありという判断になったのだ。

 以前に調べた時は不適合とのことであり、これは非常に奇妙なことである。

 ゴッドイーター適正は生まれながらの体質であり、後天的に会得できるものではない。

 これが赤い雨による結果だとすれば、赤い雨には偏食因子に作用するものだと予想できる。予防接種のように、赤い雨に含まれる偏食因子が対象Aに耐性を与えたとすれば辻褄は合う。

 調査の方針はできた。

 

 

 

 

『赤い雨に関する調査レポート④』

 〇月〇日

 調査は難航。

 やはりネモス・ディアナでは偏食因子を調べることは難しい。フェンリルにある専用の機器が必要になる可能性が高い。

 治療も困難で、延命措置すら難しい。

 しかし、判明した部分もある。

 『赤乱雲』(赤い雨を降らせる雲)は一種のアラガミだと考えると分かりやすい。赤い雨という攻撃によって触れた人類を捕食している。ただ、それが病のように現れているだけだ。偏食特性として生物にのみ作用するらしく、無機物を盾にすれば防ぐことは可能。

 また、偏食因子を自在にコントロールできる存在ならば赤い雨も無効化できる。(つまり、基本的にアラガミには無効)

 

 

 

 

 四つのレポートを読み終えたユウたちは顔を見合わせる。

 この赤い雨は相当な危険現象だ。まだフェンリルは把握していないが、添付されていた赤い雨の発生ポイントを参考にすると、徐々に極東支部にも接近している。他人事ではない。

 三人の中で研究者を目指しているソーマはサツキへと問いかけた。

 

 

「このレポートを書いた奴に会うことは出来るか?」

「同居人は明後日までいませんからねー。それまで待って貰えるなら会えるんじゃないですかね?」

 

 

 ソーマはユウへと視線を向ける。そしてユウはソーマの言いたいことを理解し、サツキへと頭を下げながら口を開いた。

 

 

「数日で良いので、ここにいさせてください」

「まぁ、構いませんよ。相応の対価は頂きますけどねー」

 

 

 まさかここに死んだはずのシスイがいるとは予想もしていないユウたち三人。

 再会は近い。

 

 

 

 

 

 

 




エイジスの決戦
リンドウさん救出
アリウスノーヴァ討伐

 バッサリカット


 一応補足しておくと、この小説はGE2からがメインです。そっちではガンガン原作にかかわらせていきますので。
 (だってラスボスがラケル博士だし)


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EP19 未知のアラガミ

 

 サツキの家で眠っていたアリサは、ふとした拍子に目が覚めた。隣を見ればユウとソーマはぐっすりと眠っており、窓の外は真っ暗で、まだ夜中だと分かる。

 しかし、それでも目が覚めたのはちょっとした気配を感じたからだった。

 

 

(誰かがいるのでしょうか?)

 

 

 アリサは体を起こし、リビングへと行く。

 すると、そこには出かける準備をしたサツキがいたのだった。

 

 

「サツキさん?」

「あちゃー。見つかっちゃいましたね」

「何処かに行くんですか?」

「まぁ、少し用事があるんですよ」

 

 

 サツキはそう言って手に持った機材を見せる。小型だが、それは業務用の録音機だった。アリサはサツキがジャーナリスだと聞いているので、それが仕事用のモノだと理解できる。

 夜中にそれを持ち出すとするということは、何か怪しい現場に向かうのだと言っているようなものだ。

 アリサは怪訝な表情を浮かべて尋ねる。

 

 

「一体何を……」

「そうですねー。まぁ、折角なので付いて来てください。興味深いものが見れると思いますよ」

 

 

 そう言ったサツキは音を立てないように扉を開けて外へと出ていく。一瞬だけ躊躇ったが、アリサもそれに続いて扉を出たのだった。

 寝静まったネモス・ディアナを歩いていき、少し離れた林へと向かう。腐葉土を得るためにネモス・ディアナの内部で林を管理しているのだが、サツキとアリサが向かっているのはその一つだった。

 サツキは林に入る前に一度振り返り、人差し指を唇に当てながら囁くように注意する。

 

 

「ここからはより静かにお願いしますねー」

「は、はぁ……」

 

 

 困惑するアリサをよそに、サツキは慣れた様子で林へと入っていく。まるで本当に怪しい取引をする密会所にでも向かっているかのような警戒度だ。

 気を引き締めたアリサは、集中して気配を探り、ミッションで鍛えられた隠密術を行使してサツキについていく。

 しかし、遠くから聞こえて来たのは怪しい取引の声でもなく、争いの音でもなく、空気が透き通るような歌声だった。

 

 

(これって……)

 

 

 アリサは思わず声を上げそうになったが、寸前のところで飲み込んだ。チラリとサツキの方を見ると、彼女は特に驚いた様子もない。つまり、サツキはこの歌が目的でここへやってきたということだ。

 全く意味が分からなかった。

 

 

(録音機は歌を記録するため……ですかね?)

 

 

 何のために? などと考えても答えは出ない。

 アラガミによって人類が危機に立たされている時代だ。歌のような娯楽は一部の富裕層にしか浸透していないと言っても過言ではない。勿論、フェンリル公式放送では、フェンリルが選んだ宣伝用のアイドルが歌って踊ってをしていることもある。

 しかし、表現の自由はない。

 フェンリルを否定する発言、意図した芸術作品、レポートは全て揉み消される。

 一般人の歌を録音したところで得なことなど一つもない。

 強いて言えば、個人的な満足が得られるだけだろう。

 

 

「よし、この辺りならいけますかねー。セットして……」

 

 

 サツキはブツブツと何かを呟きながら録音機をセットし始め、アリサはそれを眺める。ふと視線を上げると、ゴッドイーターとしての視力が、闇の中に一人の少女を捉えた。

 薄い茶色の髪が風に揺れ、胸に手を当てながら歌う少女。

 まだアリサは知らないが、後に極東の歌姫と呼ばれる葦原ユノだった。

 ここまで来た目的は、ユノの歌を録音することである。サツキは彼女の歌をフェンリル公式ラジオをジャックすることで流す計画をしていた。歌によって多くの人を引き付け、それと同時にフェンリルの闇を語ることで味方を増やしていく。

 同情でも構わない。

 ともかく、フェンリル内部に外部への支援をする流れを創り出すのだ。明確な流れでなくとも、一定の賛同を得ることが出来ればサツキの仕事はもっと楽になる。裏から手をまわして資材を確保するにも、協力者がいるのといないのとでは難易度が大違いだからだ。

 

 

「く……録音機が良くてもマイクの調子が最悪ですね。もっと近寄らないと」

 

 

 サツキは慎重に、慎重にユノが歌っている場所まで距離を詰めていく。

 だが、素人が暗闇で動くには無理があったのだろう。足元の根に躓いて大きな音を立ててしまった。ガサリと草が揺れる音を聞いたユノは、咄嗟に歌うのをやめて振り返る。

 

 

「誰っ!? ……ってサツキ?」

「あちゃー。見つかっちゃいましたか」

「もう! 何しているの? まさかまた録音?」

「驚きなさいユノ。今日はプロも使う高品質品を持って来たわよ。さぁ歌いなさい。そして録音させなさい!」

「ちょっとサツキ!?」

 

 

 小型録音機を片手にマイクを差し向けるサツキと、後ずさるユノ。

 傍から見れば危ない絵面である。

 アリサも出ていこうかと悩んだが、生憎ここには密かに入らせて貰っている身だ。ユノは子供だが、安易に姿を見せて良い相手でもない。一通りのことが終わるまで、隠れていることに決めたのだった。

 

 

「ちょっとだけ! 一曲だけでいいから!」

「ダメよ。サツキに録音させたら何に利用されるか分かったものじゃないわ」

「えー? いいじゃない。恥ずかしがる必要なんかないわよ?」

「それでもダメ!」

「ケチー」

 

 

 そうは言いつつも、サツキは諦めてマイクを降ろす。無理やり録音させても意味がないものなので、今日のところは諦めることにしたのだ。

 

 

「まぁ、録音はまた今度にして……」

「しないよ!?」

「夜中に抜け出してるんじゃいわよ不良娘が!」

「う……」

 

 

 現在、時刻は午前零時を過ぎている。ネモス・ディアナでは余計な電力消費を抑えるために、この時間帯は全ての電気がカットされている。そのため、周囲は真っ暗であり、星や月明かりが頼りだ。

 子供が外に出て良い時間ではない。

 ユノはそれを無視して家を抜け出し、こんな林の中で歌っていたのである。

 これに関しては言い訳のしようがない。

 

 

「ごめんなさい……」

「気をつけなさいよ? 何かあったら皆が悲しむんだからね」

「はーい」

「というわけで、今度は白昼堂々と歌ってくれない? 録音するから」

「結局そこなの!?」

 

 

 ユノは確かに歌が好きだが、人前でとなると恥ずかしい年頃だ。将来的に自分の歌を何かに役立ててみたいという志はあるものの、具体的なことは考え中である。

 サツキとしてはその一環として録音をしているのだが、ユノは気恥ずかしさゆえに拒否していた。

 ただ、サツキとしては時間の問題だと考えていたが。

 

 

「とりあえず今日は帰りなさいユノ」

「わかった。サツキをも気を付けてね」

「はいはい。バレないように帰んなさいよー?」

「うん」

 

 

 ユノはそのまま走って消えてしまった。

 普段から抜け出しているからか、慣れた様子である。

 アリサはユノの気配がなくなったのを見計らってサツキの所へと出てきた。

 

 

「サツキさん。彼女は?」

「葦原ユノ。私の幼馴染みたいなもんですよ。まぁ、年齢差は姉と妹ぐらいありますけどねー。あれでもネモス・ディアナをまとめる葦原総統の娘なんですよ」

「歌っていたのは?」

「あれは彼女の趣味ですねー。でも捨てたもんじゃないでしょう?」

「ええ。とても心に染みる歌声でした」

「うむうむ。あの子の良さが分かるなら良し!」

 

 

 サツキはそういって満足気に頷く。

 だが、そんな身内贔屓なしにしても、ユノの歌はかなりのものだった。出る所に出れば十分に業界で通用することだろう。

 

 

「フェンリル広報部のオーディションなら通りそうですね」

「ダーメ。あの子をフェンリルの駒になんかさせませんよ。広報部に所属したらフェンリルに都合のいいことしか公表しない客寄せパンダと同じだもの。あの子には別の方法で世界に出て貰いたいですねー」

 

 

 頭が痛いとしか言いようがない。

 事実、フェンリルは都合の悪いことをひた隠しにしている。

 それは極東支部も例外ではない。

 アーク計画は、その内容の汚さから存在自体がなかったものとされ、表向きはエイジス計画失敗として闇の中へと葬られた。公表してよい内容ではないし、これを秘匿することを条件にクレイドル設立を本部に認めさせたという経緯もある。

 サツキの言葉に心当たりがあり過ぎた。

 

 

「……すみません」

「いいんですよー。アリサさんは戦闘員みたいですから、そう言ったことには無縁でしょうしねー」

「はい。ですが、これからはそうもいきません」

「ほう。といいますと?」

「私たちクレイドルはフェンリルに所属していながら、フェンリルから独立した部隊です。第一目標はこうして各地を調査しつつ、フェンリルの外で暮らす人々を受け入れるサテライト拠点を建設すること。そして第二目標として、保有戦力の高さを利用し、各地でアラガミの調査を行います。新種の討伐、また新技術の開発でフェンリル本部にも発言力を得ることを目指します。そして第三の目標として、このサテライト拠点を世界に増やすことです。現在は極東支部所属クレイドルですが、いずれば独立部隊として世界で活躍して見せます。本部への発言力を得ることが出来れば、極東以外でもサテライト拠点を設立することも可能ですから」

 

 

 クレイドルの目標は人類の揺り籠。

 誰もが幸せになれる世界だ。

 サテライト拠点を作ることで、より多くの人が対アラガミ装甲壁の中で過ごせるようにする。また、サテライト拠点で食料や日用品を生産し、それを流通されることで生活の質を向上させる。サテライト拠点が食料や日用品の生産を担うことで、フェンリルが担う負担も減る。

 ただでさえ、フェンリルという職場は常にオーバーワークなのだ。

 ゴッドイーターは基本的に休日などないし、技術班も毎日のように研究して新技術を開発している。これは人類が生き残るために必要だからだ。

 サテライト拠点はその負担を減らす可能性を秘めている。

 皆が活躍し、皆の幸せのために生きていける世界。

 それがクレイドルの目指す場所である。

 

 

「極東はサテライト拠点を建設するモデルケースとなるでしょう。良い言い方をすれば最先端の試みですが、悪い言い方をすれば実験台です。どちらにせよ、良い方向へと進めるためには現地の人たちと良い関係を結ばなくてはならない」

「なるほど。話が読めてきましたよ。ユノですね?」

「はい。彼女はフェンリルの外で暮らす人の代表とも言えるでしょう。彼女が歌の力で世界へと出れば、それはフェンリルに捨てられてしまった人々の希望にもなります。是非とも活躍して欲しいものです」

「ほほー。これは良いことが聞けましたねー。良い交渉が出来そうです」

「私もですよ」

 

 

 クレイドルはユノを影から支援する。

 ユノの活動によってクレイドルは目標へつ近づく。

 彼女の歌がどこまで通用するか不明な以上、捕らぬ狸の皮算用だ。しかし、アリサはユノの歌にそれだけの可能性を感じていた。この絶望の世界に光を齎す。そんな可能性を感じたのだ。

 忘れがちだが、アリサは高度な教育を受けたエリートである。

 この手の政治的取引や、バランス感覚にも優れている優秀な人物だ。

 二人の交渉はサツキの家に戻ってから行われ、外が明るくなるまで続けられるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 翌日、寝不足気味のアリサとサツキに首をかしげていたユウとソーマだったが、特に何かを言うこともなく朝食を食べていた。

 本来ならば今日の時点で帰ることも考えていたのだが、例の赤い雨に関するレポートについて聞かなければならないことがある。著者がシスイであることは三人とも知らないのだが、そのシスイを待つために今日もネモス・ディアナに留まることにしていた。

 

 

「アリサ、ソーマ。今日はどうする?」

「どうする……とはどういうことですか?」

「今日の行動ってことだろ? 俺たちは一応、ネモス・ディアナに侵入している状態だ。安易に外を歩くわけにはいかねぇ。それを踏まえてどうするかってことだろ?」

「うん。ソーマの言った通り、俺たちはここでは部外者だ。かといって、一日を無駄に過ごすのもアレだからね」

 

 

 ネモス・ディアナの外に出ているシスイが帰還するのは明日の予定になっている。そのため、三人は今日一日をどうにかして過ごさなければならないのだ。

 可能ならば総統である葦原那智とも会談したかったのだが、サツキの話を聞いたところによると、葦原那智はフェンリルを極端なまでに毛嫌いしているという話である。いきなり押しかけても門前払い、最悪は武器を向けられることになるだろう。

 

 

「今日は大人しくしていましょう」

「それがいい」

 

 

 アリサとソーマは問題を起こさないようにすることを優先する。クレイドルは設立したばかりであり、信用などまるでない状態だ。余計な軋轢は避けたい。

 

 

「そう言えばサツキさんは?」

「サツキさんなら仕事みたいです。ジャーナリストを名乗ってますけど、普段は資源の調達や、外部との交渉を担当しているみたいですから」

「なら、なおさら俺たちは大人しくしていた方がいいね。彼女に迷惑はかけられないし」

「だな」

 

 

 ユウ、アリサ、ソーマは朝食を片付け、これからの活動についてゆっくりと話し合うことにする。今はクレイドル設立に伴う忙しさで、ゆっくりと話し合う時間が中々とれない。そのため、こうして暇な時間が出来るのは悪くなかった。

 改めて計画を確認し、必要なこと、必要な物を協議する。

 他にも第一部隊を抜けたことによる人員の補強も必要だ。今はコウタ、リンドウ、サクヤがメインで第一部隊を回しているが、いずれはちゃんとした再編をしなくてはならない。勿論、現在の訓練生にも候補はいる。しかし、第一部隊という精鋭の中に入れられるかと言えば微妙な者たちばかりだった。

 第一部隊が求めるのは即戦力よりも才能だ。

 伸びしろがあるならば、入隊後に実戦の中で強くしていく。ユウとコウタもこのタイプだった。そうでなければユウが実戦投入から一か月もしない内にエース級になるなど有り得ない。ゴッドイーターは神機との適合率がものをいう世界なので、才能は残酷なまでに実力と比例する。

 ただ、努力が実らないわけではない。

 防衛班の大森タツミは適合率が低いながらも、その研鑽によって実力者となった者の一人だ。努力が全くの無駄になることはない。尤も、ゴッドイーターは命懸けの仕事なので、努力を怠るの死に直結するのだが。

 

 

(やっぱりエース級が一人欲しいね。コウタは第一部隊に残るって言っているけど、遠距離神機だし、切り込み隊長がやっぱり必要か)

 

 

 ユウは難しい表情を浮かべながらそう考える。

 クレイドルの主要メンバーは元第一部隊ばかりである。特に三強とも呼ばれるユウ、リンドウ、ソーマが第一部隊から抜けるのは結構な痛手だ。最終的には世界中で活躍するビジョンもあるクレイドルだが、第一部隊の問題を解決しないことには遠征も出来ない。

 結局、極東のアラガミは世界最強だ。

 いざという時に強力なアラガミに対抗できる戦力がなければ危ない。

 三人で幾ら話し合っても明確な答えは出なかった。

 だが、昼を過ぎたあたりで、話し合いは中断せざるを得なくなる。外で激しく鐘が鳴らされ、雰囲気が重くなったからだ。

 

 

「何この鐘……?」

「外が騒がしいですね。もしや警報でしょうか?」

「アラガミが出やがったってことだろ。行くぞ」

 

 

 ソーマはオラクル細胞を大量に保有しているせいか、何となくアラガミを感知できる。ソーマが言うのなら間違いないと判断したユウとアリサも、ソーマに続いて神機を手に取り、家を飛び出した。

 カンカンカンカンと鐘の音が響き、住民の叫び声も聞こえる。

 神機を持った三人は、すぐに走り出した。

 

 

「こっちだ!」

 

 

 ソーマの案内に従い、ユウとアリサは後に続く。途中で住民と擦れ違った際、怪訝な顔をされたが、緊急事態ゆえに気に留められることもなかった。

 ゴッドイーターとしての身体能力を存分に使い、三人は一分もせずにアラガミと遭遇する。

 青いシユウの亜種にも見えるアラガミがまさに人を襲おうとしているところだった。

 

 

「させるか! アリサは援護を! ソーマはトドメ!」

「はい!」

「分かっている!」

 

 

 ユウは飛び出し、アリサは銃形態にしてアサルト弾を発射する。大量の弾丸が青いシユウへと突き刺さり、少しだけよろめいた。その隙にユウが襲われていた人の前に立ち、切り上げて隙を作る。

 そしてソーマが空中から重力と共にチャージクラッシュを叩き込んだ。

 ズガン、と地面が揺れて青いシユウが吹き飛ぶ。

 

 

「新種かな? 油断せずに行くよ!」

「はい」

「ああ」

 

 

 青いシユウは羽毛のような柔らかい翼を有しており、一見すると防御が薄そうに見える。だが、防御が薄いアラガミは高確率で攻撃力が高い。スサノオなどが良い例だ。油断すると死に繋がりかねない。

 

 

「キイィィィィィッ!」

 

 

 吹き飛ばされた青いシユウは、強く鳴いて羽ばたき、空中へと移動する。

 すると、ユウたちの神機に変化が起こった。

 

 

「あれ?」

「神機が……」

「何だと……」

 

 

 青いシユウの鳴き声と同時に、神機が停止したのだ。神機から送られてくる偏食因子が消失し、全身をみなぎる力が消えていく。

 ユウとアリサは神機を変形できず、ソーマも装甲展開すら出来ない。

 神機がただの鈍器と化した瞬間だった。

 

 

「拙い!」

「キギャアアアアアアアッ!」

 

 

 空中からの急襲。

 普通のシユウにはない攻撃である。

 神機に停止により動揺したユウたちは回避が遅れ、その余波を喰らって吹き飛ばされてしまった。

 

 

「クソが!」

 

 

 ソーマはすぐに起き上がり、元から有している腕力で無理やり神機を振るう。頑丈な鈍器でしかない今の神機では攻撃力に期待できないが、吹き飛ばす程度なら余裕だ。青いシユウはソーマの攻撃を受けて吹き飛び、近くにあった家屋へとぶつかる。

 だが、これでは倒せない。

 

 

「キイィィィィィッ!」

 

 

 青いシユウが再び鳴くと、今度は地面から湧き出るように青いオウガテイルが現れた。その数は三体だが、この特殊能力にはユウたちも驚く。状況を見れば青いシユウが作り出したのは明白で、アラガミを創り出す能力など初めて見た。

 余程特殊な進化を遂げたということだろう。

 

 

「厄介な奴だ……」

 

 

 ソーマは苦々しい表情で呟く。

 神機の無効化に加え、下位のアラガミ創造。

 個体の強さは大したことないが、特殊能力が異常である。特に、神機を停止させられるとアラガミを倒す方法が皆無となる。これは痛い。

 そして崩れた家屋から青いシユウも現れ、三体の青いオウガテイルと合わさって一つのチームとなった。

 ユウはクレイドルの隊長としてアリサとソーマに指令を出す。

 

 

「ネモス・ディアナの外へと誘導する。俺が引き付けるから、アリサが援護。ソーマは隙を見て吹き飛ばしつつ、俺の負担を減らしてくれ」

「任せてください!」

「ふん。やってやろうじゃねぇか」

 

 

 クレイドル精鋭部隊と未知のアラガミとが戦闘を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 



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EP20 再会

 

 神機が動かない。

 これはゴッドイーターにとって致命的な出来事だ。神機が停止すると、流れ込んでくる偏食因子も抑制されて、身体能力が低下する。また、各特殊技能も機能しなくなるので、実質的に戦闘不可能となるのだ。

 だが、対アラガミ最前線と呼ばれる極東でエース級の強さを持つユウにはその常識も通用しない。確かに神機が停止したことで攻撃力はゼロになっているが、アラガミと戦えないわけではないのだ。鈍器と化した神機を操り、青いシユウを翻弄していた。

 

 

「ソーマ!」

「任せろ」

 

 

 ユウが隙を作り、入れ替わったソーマが青いシユウを吹き飛ばす。アリサは援護しつつ、変異シユウが創造した青いオウガテイルと戦っていた。

 これでもアラガミ動物園と名高い極東のゴッドイーターである。

 多少の不利どころか、かなりの不利であっても問題なく戦える。これこそが極東のゴッドイーター伝説を生み出す土壌となっているのだが、生憎、極東内部ではこれが普通だ。極東人は自分たちがヤバい民族だと恐れられていることなど知らない。

 

 

「吹き飛べ!」

 

 

 ソーマの重い一撃が青いシユウに直撃した。元から半分近くがアラガミのソーマは、神機からの偏食因子注入がなくとも高い身体能力を発揮できる。青いシユウにダメージはないものの、吹き飛ばして人里から離れさせるぐらいならば余裕だ。

 次いでユウは再び青いシユウに迫り、ロングブレードの神機を振り下ろした。ガキリと嫌な音を立てつつも打ち合い続けることが出来るのは流石だ。青いシユウが空中へと跳び上がらないように的確な攻撃をし続けるので、一見すると追い詰めているようにすら思える。

 尤も、全く攻撃が通じていないので追い詰められているのはユウたちのほうだ。

 

 

(神機が使えないだけでこんなに厳しいなんてね……)

 

 

 ゴッドイーターにとって神機は生命線そのものだ。神機を上手く扱えなければ、戦場で死が訪れる。だからこそゴッドイーターは訓練を怠らない。例え義務ではなくとも、その訓練によって明日の生死が決まるからだ。

 だからこそ、こうして神機が停止するという事態は想像の埒外であり、そんな事態を想定した訓練などもしたことがない。取りあえずネモス・ディアナからは遠ざけたが、ここからどうするのかは全くの未定だった。

 

 

「アリサ! 近くに崖か何かはあるか!?」

「少し待って下さいソーマ……数キロ先東にダムがあるようです。旧世代のものですが、現存しているみたいですよ」

「聞こえたかユウ! そこまで誘導して突き落とすぞ!」

「分かったソーマ!」

 

 

 倒すことは出来ないが戦闘不能状態にすることは出来なくもない。青いシユウもダムに突き落とせば簡単には復帰できないだろう。その間に姿をくらませれば、取りあえずは撃退である。

 そうと決まれば三人の行動は早い。

 数キロ先というかなり厳しい条件があり、更にその道中は山あり川ありと楽でもない。しかし、三人は無事にミッションをやりとげ、ネモス・ディアナの危機を救ったのだった。

 そうして三人は息を顰めつつネモス・ディアナへと戻る。

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 ネモス・ディアナが未知のアラガミに襲撃された。

 その事実を無線で聞いたシスイは全速力で帰投した。元々、対アラガミ装甲壁のためにオラクルリソースを手に入れようとして遠征していたのだ。こういう事態も予測して、いつでも連絡できる無線を所持している。

 まぁ、大丈夫だろうと高をくくっていたが、今回は最悪の事態が訪れたようだった。

 そしてネモス・ディアナに帰ってきたシスイは、被害の少なさに驚く。

 全力で帰投したとはいえ、ここまで来るのに五時間もかかっているのだ。かなり壊滅的な被害も覚悟していたのだが、事情を聞けば怪我人が少数出た程度であり、死者はいないという。アラガミ被害としては不幸中の幸いとも言える結果だった。

 

 

「戻りました葦原総統」

「神崎シスイか。良く戻ってきた」

「いえ、未知のアラガミに襲撃されたって聞きましたけど……」

「ああ、その通りだ。撃退に成功したがね」

「は? 撃退?」

 

 

 葦原那智の言葉にシスイは呆けた顔をする。ここにはアラガミに対抗できる兵器もないし、神機使いもいないのだ。それにもかからわず撃退したという。

 意味が分からないとはこのことだろう。

 そんなシスイのために葦原総統は説明を続けた。

 

 

「どうやら極東のゴッドイーターが無断でネモス・ディアナへと入ってきていたようでね。偶然、その時にアラガミが襲ってきた。撃退は彼らがしてくれたというわけだよ」

「ああ、なるほど。それにしても極東支部が……」

「彼らはフェンリルから独立した部隊クレイドルを名乗っているが、こちらとしては信用できない。現在は拘束して牢に閉じ込めている」

「……はい? いや、閉じ込めた?」

「うむ」

「いや、でも一応は恩人でしょう?」

「無断でここへ侵入したのだ。甘い顔は出来ん」

「んー。まぁ、ここの人たちの心象のためにも仕方ないか」

 

 

 ネモス・ディアナはフェンリルに捨てられた人たちが寄り添って出来た場所だ。そこにフェンリルの者が無断で入ってきたとなれば、悪いイメージしか持てない。

 未知のアラガミを撃退してくれたという点に関しても、ゴッドイーターはそもそもアラガミを狩るのが仕事なのだ。フェンリルの犬が仕事した結果、偶然自分たちが助かったと解釈したのだろう。

 自分たちはフェンリルが捨てた存在だ。今更助けられたところで……という皮肉を含んだ措置である。

 

 

「まぁ、総統がそう言うなら僕は文句言いませんけど、早めに解放してくださいよ? ゴッドイーターは活動するために偏食因子を打たないといけませんから。それが切れるとアラガミ化してしまうので」

「……そうなのか? 期限はどれぐらいになる?」

「基本は一週間から二週間ですかね。尤も、個人差がありますから二週間も経てば高確率でアラガミ化してしまいます」

「それは困るな。その辺りの事情は聞いておくか」

「ネモス・ディアナの安全にもかかわるので」

「分かっている」

 

 

 正直、葦原総統も捕らえたゴッドイーターをどうするべきか悩んでいる部分があった。これまでのフェンリルに対する恨みをぶつけるのも少し違うだろう。彼らは実働部隊であり、自分たちを捨ててしまったフェンリル上層部とは関係のない人間だ。寧ろ、上層部からの命令によって毎日のように命を削っている立場である。

 だが、このまま放免するというのも違う気がするのだ。

 

 

(サツキを通してフェンリルと交渉するか……)

 

 

 人質、と言えば聞こえが悪い。

 だが、その言い方が的確だろう。

 この時代を生きる上で、フェンリルと関わらないようにするのは難しい。どうしてもフェンリルから仕入れなければならない資材も存在するのだ。そんな資材を手に入れるために、捕らえたゴッドイーターは良い手札となる。

 

 

「神崎。君はしばらくネモス・ディアナに留まって貰う。ここでアラガミと戦えるのは君一人だ。落ち着くまでは外に出したくない」

「分かりました。オラクルリソースもある程度は確保したので、しばらくは大丈夫でしょう。他には何かありますか?」

「赤い雨による死者が出た。そちらを早急に調べて欲しい」

「……それに関しては正直限界ですかね。ネモス・ディアナの装置ではこれ以上の解析は無理です。フェンリルの支部にある機材ならもう少しいけると思いますけどね」

「そうか……」

「僕の専門分野なら今の機材でもどうにかなったかもしれません。でも僕って神機学者ですからね」

「ふん。役に立たんな」

「わお。辛辣です」

 

 

 そう言ってシスイは肩をすくめるが、ここで神機学者など役に立たないのは百も承知の事実だ。葦原総統も半分冗談で言っているだけなので、シスイも軽く流す。

 

 

「それでゴッドイーターはどうします?」

「極東に連絡する。それで何かしらの資材と取引するつもりだ」

「分かりました。僕も彼らに会いに行っていいですか? 知り合いかもしれないので」

「構わんが……余計な情は抱くなよ?」

「情ぐらいは抱きますよ……でもネモス・ディアナには恩がありますから、余計なことはしません」

「ならいい。さっさと出ていけ」

「りょーかいです」

 

 

 報告と情報交換を終えたシスイは一礼して部屋から出ていく。そして早速とばかりに三人のゴッドイーターが閉じ込められている牢へと向かった。

 ゴッドイーターならばネモス・ディアナの牢屋程度、ぶち破ることも容易いだろう。劣化した鉄の牢だからである。扉の蝶番も錆びているので、本気で体当たりでもすれば簡単に脱出可能だ。

 それをしないということは、穏便に済ませたいという事情があるからだ。

 となれば、ロマンチスト博士ことペイラー榊の手先だと分かる。本部の手先ならともかく、ペイラーの手先ならシスイを見ても余計な騒ぎは起こさないだろうと考えた。

 なお、シスイはサツキ経由でエイジス計画――本当はアーク計画だ――が失敗し、ペイラー榊が極東支部長になったことを知っている。

 

 

(極東ってことは、高確率で知り合いだろうね。もしかしたら第一部隊のメンバーかも)

 

 

 シスイにもちょっとした期待はある。

 第一部隊のメンバーは、自分がアラガミの特徴を得た化け物であることを知りながら、人間として接してくれた貴重な人たちだからだ。

 自分が化け物なのか人間なのか。

 それは一生使って示していく命題である。

 ベースが人間だとか、化け物が混じっているとかの物理的な問題では無い。自身の行動によって、どれだけ人間になれるかという話だ。だからこそ、シスイは人の役に立つ研究という分野に重きを置いているし、その忙しさの中でもゴッドイーターという職業をこなしていた。

 このように過ごしてきた四年間の中で、極東にいた間だけは人間になれた。

 少しは気の許せる相手である。

 そんなことを考えながら牢へと歩いていくと、ゴッドイーターを押し込めている牢の前に先客がいることに気付いた。葦原総統の一人娘こと葦原ユノである。

 

 

「――すみません。ネモス・ディアナを助けてもらったのに」

「いや、仕方ないよ。これは俺たちも覚悟していたことだから」

「ですが……」

 

 

 そしてユノと鉄の扉越しに話しているのは聞き覚えのある声である。牢の中は扉についている小さな鉄格子からしか見えないので確信は持てないが、誰が牢に捕えらえているのかすぐに分かった。

 

 

(ユウ君かな?)

 

 

 思い出すのはハイスペック第一部隊隊長の神薙ユウだ。意味不明な軌道を描いて空中を飛び回り、理解不能な反射神経でアラガミの攻撃を回避し、目を離した瞬間にはアラガミの首が飛んでいる。極東の最強隊長は伊達ではない。

 前隊長のリンドウや強襲兵のソーマも実力としてはユウに匹敵するので、この三人が極東の誇る最強と言えるのだが、第一部隊着任から一か月で隊長になったユウの方が目立つことが多い。

 

 

「しかし救ってくれたユウさんたちへの仕打ちがこれだなんて……あんまりです!」

「ははは。まぁ、そんなこともあるさ。こういうことだって覚悟した活動だから」

「……私、お父さんに言ってきます。幾ら何でもこれは――」

「大丈夫だよ」

 

 

 会話の中でユウという言葉が聞こえた。

 牢の中にあの最強隊長がいることは確定である。

 シスイは足音を強めて牢に近づいた。ユノはそれに気付いたのか、シスイの方を振り返って驚いたような表情を見せる。

 

 

「シスイさん!? 帰りは明日だったのでは?」

「襲撃を受けたって連絡貰ったからね。飛んで帰ってきたんだよ。ユノも無事でよかった」

「そうですか。ありがとうございます」

 

 

 だが、この会話は牢の中にも聞こえていた。ユノが叫んだ『シスイ』という名前にソーマが強く反応したのだ。

 

 

「シスイだと!? 神崎シスイか?」

「え?」

「シスイですか? まさか生きて……」

 

 

 ソーマに続き、ユウとアリサもすぐに反応する。

 一応、神崎シスイは戦死という扱いになっているのだ。まさか生きていて、こんな場所で再会するなど想像も出来ないだろう。

 隠すことでもないので、シスイは扉の向こう側に話しかけた。

 

 

「久しぶり。ユウ君にアリサにソーマ」

「何が久しぶり、だ! 俺たちはお前が死んだかと思ったんだぞ!」

「いやー。ヨハネス支部長に本気で命狙われてたから、もう逃げようかと思って」

『あっ……』

 

 

 ユウ、アリサ、ソーマは理解する。

 最後の戦いのとき、エイジス島でヨハネス支部長と相対してシスイのことも聞いたからだ。計画の邪魔になる要素であり、本部が絶対に消せと命じた対象だからという理由で死に追いやった。そう聞いていたのである。

 

 

「うん、ごめんシスイ。元支部長の話を聞いて、ようやく君がどれだけ狙われているのか理解したよ。力になれなくてごめん」

「まぁ、過ぎたことだし、一人のゴッドイーターが出来ることなんてたかが知れているからね。ユウ君たちを責める気なんてないよ。責めるとすれば、僕をこんな体にした黒服無表情女だけさ」

 

 

 シスイは周囲がどれだけ自分を蔑んでも、殺意を向けて来ても恨まないようにしている。勿論、そんな感情を向けてくる相手に好意を抱くようなマゾではないが、基本的には放置するようにしている。

 何故なら、自分が化け物と思われるのは、その行動にあると考えているからだ。

 まだ人間にはなれない。

 まだ怪物のままだ。

 そう考えることにしていた。

 シスイが恨むのは、ただ一人ラケル・クラウディウスのみである。

 

 

「それよりも、何で君たちがネモス・ディアナまで来たのか。そっちの方が気になるかな。ここってフェンリル嫌いの人が多いのに、よくぞまぁ来る気になったよね」

「それを言うならシスイも元フェンリルじゃないのか……?」

「僕もフェンリルに捨てられたって共通点があるからねー」

「っ! そうか。うんそうだね」

 

 

 一瞬、ユウは動揺したかのように声が揺らいだ。

 しかし、すぐに持ち直してネモス・ディアナまで来た理由を告げる。

 

 

「俺たちは極東支部で新しい部隊を設立したんだ。独立支援部隊クレイドル。フェンリルの助けを出来るだけ借りず、フェンリルから捨てられてしまった人たちにも手を差し伸べる。いや、手を差し伸べるなんて言い方は傲慢かな。まぁ、そんな人たちが暮らせるように支援する部隊だよ」

「へぇ。面白そうなチャレンジだね」

「ま、出鼻からこれだけどね」

「見事にくじかれたわけだ」

 

 

 ユウたちもアラガミさえ現れなければ穏便に済ませる予定だった。ネモス・ディアナについてある程度調査した後、そのまま帰る予定だったのだ。

 しかし、アラガミが現れてしまったために、戦いに出て目立ってしまった。

 その結果が今である。

 

 

「でもクレイドルか……面白そうな試みだね」

「ああ。まだ、第一部隊のメンバーにツバキさん、あとは少数の技術スタッフしかいないけどね。人手不足はどこも同じさ。それに、俺たちがクレイドルとして抜けた分、第一部隊としての活動に支障が出ている。今はリンドウさんとサクヤさんがコウタと一緒に捌いているけど―――」

「ちょっと待って。リンドウさん? 生きてるの? アラガミ化したんじゃないの?」

「え? ああ、そうだった」

 

 

 シスイはリンドウが復帰したことを知らない。最後に見たのは、完全にアラガミ化した後だった。そこから生きて帰れるなど前代未聞である。

 ユウは何があったのかを軽く説明し、シスイは神妙な顔つきでそれを聞いていた。

 特に神機にレンという意思が芽生えていたという話は興味深かったのだが、リンドウが生きているという事実はかなり嬉しかった。流石は慕われる元隊長である。

 ちなみに、シスイがアラガミ化直前のリンドウを世話していた話をすると……

 

 

「え? そんなの聞いたことない」

「私も初耳ですね」

「リンドウの奴……記憶が飛んでやがるな」

 

 

 と言っていたので、リンドウは覚えていなかった。

 もしもリンドウがそのことを覚えてれば、シスイが生きていることも早めに分かったことだろう。しかし、偶然にもネモス・ディアナで再会し、お互いに生存確認が出来たのだ。

 結果的には良かったということだろう。

 その後はエイジス計画もといアーク計画の顛末を聞き、シオの最後、月の緑化に関する真相、ノヴァの残滓から生まれたアリウスノーヴァの話など、シスイが極東支部を離れて以降の話を聞いた。

 

 

「僕がいない間にそんな壮大な事件があったなんてね……極東、呪われているじゃない?」

「あー……うん」

「否定できないところが怖いですね」

「元から強力なアラガミが闊歩する碌な所じゃねぇからな」

 

 

 極東呪われている説。

 かなりの部分で否定できない。

 

 

「極東って恐ろしい場所だったんですね……」

 

 

 そして聞きに徹していたユノも震える声でそんな言葉を吐く。掻い摘んでの話だったので機密事項までは触れていないが、極東で起こった大まかな事件は理解できたことだろう。まだ十三歳のユノには刺激が強すぎる話である。

 まさかそんな身近で世界の危機が訪れていたなど信じられないことだろう。

 

 

「そうだシスイ。お前に聞きたいことがあった」

「なにかなソーマ?」

「赤い雨についてだ。ここにいるってことは多少は知っていることもあるだろ?」

「あー。あれね。正直、僕もよく分からないんだよね。分かったことの幾つかはレポートに纏めてサツキさん……って人に渡したんだけど」

「あのレポートはシスイの書いたものだったのか」

「もしかして読んだ?」

「ああ、詳しい話を聞きたくて、レポートの著者を探していた。まさかお前だとは思わなかったがな」

 

 

 サツキの家に滞在していた時、三人は赤い雨に関するレポートを読ませて貰った。そのレポートの著者と会ってから極東に帰投する予定だったのだが、アラガミの襲撃によって予定が変化してしまった。結果としてその著者であるシスイに会うことが出来たので、問題では無いのだが。

 そしてソーマは現在、牢に閉じ込められて暇である。

 出来るだけ情報を得ようと、問いかけたのだった。

 

 

「アレを読んだのなら話は早いね。まぁ、取りあえず触れたら死ぬ雨って認識で良いと思う。ただ、アラガミには効かないけど」

「極東支部ではまだ観測されたことがないみてぇだが、この辺りにはよく降るのか?」

「一月の間に数回……ってところかな。ただ、アラガミとの戦闘中でこの雨が降ったら絶望的だね。雨にぬれずに戦闘とか出来る訳ないし」

「厄介だな。いや、ユウなら出来そうか。たしか無機物で普通に防げるんだったな? ユウが雨具を着て戦えば何とかなりそうだ」

「いや無理だよ!?」

「あ、僕は普通に濡れても大丈夫だった。どうやら赤い雨は僕をアラガミに括っているみたいだね」

「サラッと衝撃発言を落とすねシスイ!?」

「ソーマも僕みたいに赤い雨を無効化できる可能性はあるけど、体内のオラクル細胞を操れるわけじゃないんだよね。それなら難しいかもしれない」

「そうか……」

「え? スルー?」

「諦めましょうユウ。お二人は学者の世界に入っています」

 

 

 ユウとアリサは諦めた表情で鉄扉越しに語り合うシスイとソーマを放置する。ユノも話に付いていけなくなって困惑しているのだが、隣にいるシスイは気付かない。

 基本的にシスイは学者で、ソーマもその道に進もうとしている。そんな二人が議論し始めたら止まるはずがないのだ。

 しかし、偶然にもそれを止めることの出来る人物が近づいていた。

 

 

「寛げているようだなゴッドイーター諸君」

 

 

 そんな皮肉を言いながらやってきたのは、ネモス・ディアナを率いる葦原那智総統だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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EP21 変化

 

「ユノか」

「お父さん……」

 

 

 葦原那智は娘の姿を見て渋い顔をする。フェンリルを嫌う彼としては、娘がゴッドイーターと会話するのは気に入らないことなのだろう。

 

 

「これから私は彼らと話すことがある、ユノは帰りなさい」

 

「……はい」

 

 

 父親の機嫌が悪いことが分かったのか、ユノは大人しく従った。小走りで去っていくユノを見て那智は溜息を吐く。

 そして彼女の姿が見えなくなったところで、牢の向こう側へと話しかけた。

 

 

「居心地はどうかねゴッドイーター」

「クソみてぇに最高だ」

「それは良かった。この程度で最高の居心地なら、フェンリルで使用されている資源を分けて欲しいものだがね」

 

 

 ソーマの皮肉に対しても嫌味で返す辺り、那智のフェンリル嫌いが良く分かる。ただ、このままでは話にならないので、ソーマに変わってユウが答えることにした。

 

 

「始めまして、ネモス・ディアナの長」

「貴様がクレイドルとやらの代表か?」

「ええ、俺が隊長です。神薙ユウといいます」

「神薙ユウ……世界最強格と言われるゴッドイーターか」

「恥ずかしながらそう呼ばれていますね」

 

 

 ユウは極東のエースであるため、世界的に有名だ。フェンリルは不足しているゴッドイーターを募集するために、最前線で活躍する極東のゴッドイーターを取り上げることも珍しくない。ユウはフェンリルの広報部から取材を受けたこともあるので、かなり有名なのだ。

 それはネモス・ディアナにも伝わるほどである。

 

 

「それで、貴様らはここに何のようだ? まさか道に迷ったなどとは言うまい」

「勿論です。俺たちは目的を持ってネモス・ディアナに来ました」

「ならばその目的は?」

「支援がしたい」

 

 

 それを聞いた那智は酷く表情を歪める。

 その中には様々な心情が読み取れた。

 憎きフェンリルから支援の打診をされたことの屈辱、そして何を今さらという恨めしさ。他にも多くの感情が浮かんだものの、それらは全て悪感情と呼ばれるモノだった。

 ギリリと歯軋りした那智は心から叫ぶ。

 

 

「ふざけるなぁっ!」

 

 

 近くにいたシスイは咄嗟に耳を塞いだが、室内を反響した那智の声が酷く頭に残る。そしてそれが消えない内に那智は更なる言葉を続けた。

 

 

「貴様らフェンリルが捨てた私たちを再び拾うだと? どこまで馬鹿にする気だ! 以前にもフェンリル私たちを騙し、支援すると言って集落を実験場にした! その結果はどうなったと思う? 奴らはアラガミに作用するフェロモンの実験をしたのだ! 無差別にアラガミが集まり、私のいた集落は滅びた……」

「ミスト実験と呼ばれる実験だよ。フェンリルの公式記録にはないものだね。アラガミの嫌がるフェロモンを散布することで、対アラガミ装甲壁がなくとも安全地帯を作れるようにするというものさ。実験の主導はカール・フェルメール博士、そして補佐にラケル・クラウディウス。実験は葦原総統が言った通り、失敗に終わったんだ。責任を取ってフェルメール博士は辞任し、研究は補佐だったラケル・クラウディウスが引き継いだ」

「フェンリルは信用ならん。支援など受け付けん」

 

 

 シスイが補足説明として語った言葉で、ユウたちはフェンリルの闇を知る。実験の内容を聞く限り、かなりの犠牲者が出たのだろう、都合が悪くなり、フェンリルは秘匿したのだ。

 そして実験の生き残りである那智は、同じ生き残りを集めて新たにネモス・ディアナを築いた。

 那智のフェンリル嫌いはここから始まっている。

 

 

「フェンリルは所詮、捨てた人々を人として見ておらんのだ! 我らは実験動物ではない!」

「俺たちはそんなことをするつもりはありません!」

「信用ならんと言っている!」

 

 

 那智はそれだけ言って答えも聞かずに去って行った。

 シスイには、牢の扉の向こうで悔しそうにしているユウが手に取るようにわかる。ソーマやアリサも同様の表情を浮かべているのだろう。

 慰める、というわけではないが、シスイは出来るだけ易しくユウたちに語り掛けた。

 

 

「葦原総統も君たちが悪いとは思っていないよ。ただ、フェンリルが嫌いなだけさ。そう落ち込む必要はないと思うよ」

「……シスイもフェンリルは嫌い?」

「まぁ、好ましいと思わない部分があることは認めるよ。けど、フェンリルのお陰で助かっている人がいることも事実だ。全てが嫌いなわけじゃない。敢えて言うなら、フェンリルに所属する特定の人物は嫌いだけどね」

 

 

 ユウは期待の新型ゴッドイーターとして持てはやされ、フェンリルの光の部分を見て育ってきた。こうして一つの部隊を預かる隊長となり、闇を見る機会が増えてからは落ち込むことも多い。

 一番初めに見た闇はアーク計画だ。ヨハネスなりに人類を救おうとした結果ではあるが、必要でないモノを切り捨てて人類を救うというフェンリルの闇が滲み出ていた。

 アラガミによって世界が壊れて以来、人類すらも必要か必要でないかで分けられてしまったのだ。人類全体のために必要な人は救われ、そうでない者は切り捨てられる。

 葦原那智はその被害者なのである。

 勿論、シスイも同様だ。

 

 

「シスイは極東に戻る気はないのか?」

「……いずれは戻ろうと思っているよ。ユウ君たちがここに来なくても、いつかは戻ろうと思っていたから」

「つまり、今は戻るつもりがないんだね」

「まぁね。赤い雨や新種のアラガミのこともある。ここの対アラガミ装甲壁が完成するまでは戻ろうとは思っていない」

「そうか……」

 

 

 ユウはそれっきり黙りこくってしまった。それにつられたのか、ソーマやアリサまで口を閉ざす。初めからクレイドルの活動が上手くいくとは思っていなかったが、ここまで明確に拒絶されるとは思わなかったのだろう。目に見えて――扉を挟んでいるのでシスイからは見えないが――落ち込んでいた。

 これはしばらく考えさせた方が良いと判断したシスイは牢から立ち去ることにする。

 そして、出ていく前に一言だけアドバイスをした。

 

 

「ユウ君、ソーマ、アリサ……君たちのクレイドルは多くの人を救う可能性を秘めている。だから自信を持って欲しいね。だけど焦り過ぎだよ。君たちは実績や計画よりも先に、誠意を見せるべきだったんだ。一言でも葦原総統に謝罪があれば、あの人も違った反応を見せたかもしれないね。特にユウ君は世界で知られているゴッドイーターだ。君の言葉なら、フェンリルを代表しての言葉だと受け取ってもらえるはずさ。今回のところは極東に戻って、一度頭を冷やすといいよ。少なくとも僕は応援している」

 

 

 シスイは返事も聞かずにそのまま立ち去った。

 その後はネモス・ディアナの対アラガミ装甲壁を組み立てる作業を手伝い、一度も牢を訪れることはなかった。そして葦原那智が資材と引き換えにユウたちを極東支部へと引き渡す日にも、シスイは姿を見せることがなかった。

 しかし、最後にシスイが語った言葉は確かにユウたちの心に刺さっていた。

 極東に戻った三人は、改めてクレイドルの計画を精査することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二年後、クレイドルはネモス・ディアナと完全に協力関係となった。

 何があったのかといえば、単純に時間が解決したとしか言いようがない。クレイドルはフェンリルに所属していながら、フェンリルから独立した部隊だ。その活動は多岐にわたり、主にフェンリルから不要と判断された外部の人間へと助けの手を差し出し続けた。

 勿論、タダではない。

 サテライト拠点と呼ばれる対アラガミ装甲壁に覆われた居住区を提供する代わりに、日用品や食料品などの生産を請け負うことでクレイドルは労働力を確保したのだ。

 物資が不足しているのは勿論だが、労働人口も不足している。仕事がない人々はこの世にごまんといるのだ。クレイドルは仕事のない人々に仕事を与え、居住区を与えた。その対価として、物資生産する労働力を得たのだ。

 この活動は極東から始まり、今は海外にも伸びている。

 当初の計画通り、事を運び始めていた。

 こういった活躍もあって、葦原那智もクレイドルを受け入れることにする。勿論、多くの葛藤や議論があった末での結論だ。

 ただ、クレイドルは自分たちを捨てたフェンリルとは違う。

 最終的にそう判断しただけの話である。

 そしてこの活動はフェンリル極東支部にも大きな利を齎した。生産される物資が増えたことで、極東支部にも余裕が生まれたのである。ジャイアントトウモロコシが一週間連続で食卓に並んだ二年前に比べれば、食糧事情が大きく改善されていた。加えて服などの生活物資も充実し、生活レベルが二段階は向上したのである。

 このことに誰よりも驚いたのはゴッドイーターたちだった。

 毎日、命懸けでアラガミと戦う以上、生活環境の向上は諸手を挙げて喜ぶべき事案である。ストレスの元になっていた不便な生活と最悪の食生活から解き放たれた彼らは、これまでの三割増しで成果を上げるようになった。

 クレイドルは見事にその意義を達成したのである。

 

 

「いやぁ、ここまで長かったよ。そうは思わないかシスイ君?」

「そうですね。僕も同意しますよ榊博士」

 

 

 ネモス・ディアナで世話になっていたシスイは、今回の協力関係締結を機に極東へと戻ることになったのだ。ただし、記録上は死んだことになっているので、そこはペイラー榊が色々と細工したのだ。

 現在、とある理由によって神崎シスイと今のシスイは別人ということになっている。

 

 

「さてと、シスイ君にはこれから第一部隊の隊長として就任してもらうよ。副隊長はコウタ君だ。他にも新しく配属された子が二人ほど居るんだけどね……まぁ、後でデータを渡そう。会ったときにでも交友を深めてくれたまえ」

「分かりましたよ。コウタが副隊長なら交友で悩むことはなさそうですし」

「うむ。それもそうだね。中々クセの強い新人のようだけど、コウタ君はどうにかまとめているみたいだ。リンドウ君やサクヤ君が本格的にクレイドルの方へと移籍してから、彼なりに頑張ったみたいだね」

「成長に期待ってとこですね」

 

 

 事実、シスイの知るコウタはお調子者のギャグキャラだ。それが副隊長というのは違和感がある。ただ、昔から人望はあったので、ある意味では適切な場所に落ち着いたということだろう。

 コウタは元からサポートが上手い。

 そう言う意味でも副隊長はピッタリだ。

 

 

「さて、簡単な状況説明と思い出話も済んだことだし、ここからは真面目に行こうか」

 

 

 ペイラーはそう言って一枚の紙を手に取る。

 そしてそれを読み上げた。

 

 

「本日の一二〇〇をもって、(くすのき)シスイを第一部隊隊長に任命する」

「はっ!」

 

 

 シスイは敬礼をもって答えた。

 簡易的だが、これで完了である。シスイはすぐに姿勢を崩して愚痴をこぼした。

 

 

「……まだ慣れませんね。その苗字」

「それは私も同じだよ。しかしまぁ、本当に君とリッカ君が結婚(・・)するとはねぇ。不思議なものだよ」

「いやいやいや!? 結婚させたのはあなたでしょう!?」

「人聞きの悪いことを言うね。僕はただ仲介しただけさ」

 

 

 そう言って博士は誤魔化しているが、シスイはハッキリと覚えている。

 これは一週間ほど前のことだ。

 シスイが極東に戻った時、出迎えたリッカに飛びつかれたのだ。

 

 

『お帰りシスイ君! とりあえず結婚して!』

『ちょっと待とうかリッカさんよ!?』

『ん? 丁度いい。二人とも結婚しなさい』

『博士ぇっ!?』

 

 

 リンドウが帰還したときにサクヤが似たようなことをしたらしく、リッカもそれに倣ったという話だった。なお、彼女はシスイが消えてしまってから自分の気持ちを理解したらしく、こうして無事に戻ってきたことで今回のような暴挙に至ったという。

 そして神崎シスイという人物を抹消し、あらたなプロフィールを作るのに都合が良かったので、ペイラーは二人の結婚を推し進めることになった。自分は一部がアラガミ化していることを理由に宥めようとしたが、そこでもリンドウ・サクヤ夫婦の例を出されて撃沈した。

 結局、シスイも彼女が嫌いなわけではないし、likeの意味では好きだ。何度か共同で実験したりしている中でそれは自覚している。

 そんなこともあってシスイは(くすのき)を名乗ることになったのだった。

 

 

「まだ僕は十七歳なんですけどねぇ」

「十八歳から結婚と決まっていたのは昔の話だよ。現代ではあってないような不文律だ。寧ろ男性の早期結婚はフェンリルから推奨されているほどだから問題ないと思うがね」

「そんなものですか?」

「そもそも、女性が十六歳から結婚できるというのは肉体的な成熟度からくるものだよ。そして男性の場合は結婚した場合、伴侶とその子供を養えるかどうかだ。その点、君は問題ないだろう?」

「まぁ、そこそこ稼がせて貰っていましたからね。これから復帰しても稼げる自信はありますし、研究分野でも色々と特許があるので通帳の中身は何もしなくても増えますね。まぁ、神崎シスイとしての特許は僕が死亡判定された時点から切れてますけど、これから取得すれば問題ないですし」

 

 

 この二年間の間で色々と研究を進めたこともあるので、それを論文にして提出すれば一つぐらいは特許をとることが出来るだろう。中でも長物神機の重心を調整する技術に関する論文が有望だ。

 お金に関しては問題ない。

 シスイにとって問題なのは気持ちの部分だ。

 

 

「ホントに僕なんかで良いんですかね?」

「そうは言っているけど、シスイ君は中々に優良物件だと思うよ。ゴッドイーターとして腕は一流、科学者としては若くして超一流、顔も良くて性格も穏やかだ。まぁ、子作りの上で腕のアラガミ化は少し問題かもしれないけど、サクヤ君は無事に元気な子を出産したみたいだし、大丈夫だろうね」

「こ、子作りって……」

「昨日は楽しんだかい?」

「まだ手は出していませんよ!?」

「つまりいずれは手を出すつもりなんだね?」

「くっ! 重箱の隅をつつくような指摘を……見た目の胡散臭さ通り、相変わらず性格悪いですね榊博士」

「そ、そういうシスイ君も相変わらず辛辣だね」

 

 

 書類上は結婚しているので、夜の営みも合法的なものだ。ただ、シスイとしては自分のアラガミ化した部分が怖いので、取りあえずは保留である。

 サクヤは無事にリンドウとの子供を出産したが、それは偶然かもしれない。また、ゴッドイーターとして偏食因子を持つサクヤだからこそ無事だったのかもしれない。アラガミ化の割合はリンドウよりシスイの方が多いうえに、リッカは普通の人間だ。

 あの二人と同じように考えるのは早計である。

 

 

「まぁ、その辺りの話は追々……ということにしましょう。こんな僕を選んでくれたわけですし、利用する形にもなってしまいましたから責任は取ります」

「うむ。男らしくて結構だよ」

「で、本題に行きましょうか。赤い雨と感応種……やはりダメですか?」

「残念ながらね」

 

 

 ペイラーは本当に残念そうな口調でそう告げる。

 赤い雨は二年ほど前、月が緑化してすぐ辺りから降り始めた特異現象であり、人間にとっては毒にも等しい雨だ。赤い雨に濡れると、皮膚に黒い模様が浮かび上がり、激しい痛みに襲われる。黒珠病と呼ばれ、接触感染するため、発病したら隔離が決定されるものだ。

 現在の発病者は千人を超えており、毎月にように数人が無くなっている。

 今のところ、致死率は百パーセント。

 症状を緩和する程度の治療しか施すことが出来ない現状だ。

 赤い雨が降る直前には赤乱雲という赤い雲が現れるのだが、これを見たらゴッドイーターですら任務放棄が認められる。それほど危険視されているのだ。

 そしてもう一つの脅威が感応種と呼ばれるアラガミである。これまでのアラガミとは違った進化を遂げ、他のアラガミを統率する能力を身に着けた。この能力は神機にも作用するので、ゴッドイーターは自分たちの武器を封じられてしまう。

 辛うじて、神機を鈍器のように振り回し、撃退することは可能だ。

 しかし討伐は不可能である。

 そもそも、撃退できること自体普通なら不可能なので、そこは流石極東と言うべきところだ。

 

 

「今のところ、赤い雨の中で活動できるのはシスイ君だけだ。感応種に対抗できるのも同じく君だけだね」

「ユウはどうです? 彼ならどうにでも出来る気がするんですが」

「うん……まぁ……否定できないね」

 

 

 実際は無理なのだが、何となく彼なら出来る気がする。

 そんな思いが二人の中にあった。

 現在、神薙ユウはヨーロッパ方面へと赴いて活動しており、現地のゴッドイーターに指導したり、危険なアラガミを単独討伐したりしている。他にも新種の調査がユウの仕事だ。

 最近はシスイもユウと会うことがなく、以前に会ったのはシスイがクレイドルの活動を手伝ったときだ。ちなみに、その時からシスイは『ユウ君』ではなく『ユウ』と呼ぶようになった。いい加減、君付けは止めて欲しいとユウが言ったからである。

 今更、敬称をつけるような仲でもないのだ。

 シスイはそれ以来、ユウを呼び捨てにしている。

 

 

「どちらにせよ、彼をヨーロッパから呼び戻すわけにはいかない。彼は彼なりに忙しいからね。極東は私たちに託されているんだ。私たちなりに努力しようじゃないか」

「といっても、主に僕が頑張るんですけどね」

「構わないだろう? 感応種と言っても、君にとっては普通のアラガミと大差ない。この前もイェン・ツィーを三体同時に狩ってきたじゃないか」

「あの程度なら何とか。でもマルドゥークみたいにアラガミの群れを率いてくる奴はキツイですよ? 出来ないとは言いませんが」

「結構だよ。本部も本格的に感応種を討伐出来るように考えているみたいでね。幾つか計画が持ち上がっていると聞いているよ」

「どんな計画ですか?」

「フライヤ計画。豊穣の女神フレイヤから名を取った計画でね。神機兵というゴッドイーターに代わる対アラガミ兵器の生産をするらしい。その中の研究の一つで、感応種に対抗できる新しい偏食因子を持ったゴッドイーターをテスト的に運用するという話だよ」

 

 

 シスイも神機兵は聞いたことがある。

 クラウディウス博士と呼ばれる本部の有名な科学者がいたからだ。貴族の出である彼は、ノブリス・オブリージュを信条として、世界のために尽くしてきた。孤児院に投資した話は有名である。

 アラガミに襲われて亡くなり、現在は娘であるレア・クラウディウスとラケル・クラウディウスが研究を引き継いでいた。シスイはラケルについて調べているので、その程度の事前知識は持っている。

 

 

(あの女……また何かを企んでいるに違いない)

 

 

 そんなシスイの内心に気付かないペイラーは、そのまま話を続けていた。

 

 

「フライヤと呼ばれる巨大な移動要塞を建設していると聞いたよ。完成はもうすぐだそうだ。そして完成と同時に神機兵に関する研究室は全て移設され、生産工場も兼ねるという話だよ。感応種に対抗できる例の部隊もここに所属し、必要に応じて世界中を移動するそうだ。いずれは極東にも来るかもしれないね」

「なるほど……」

「まぁ、その部隊が極東に来るにしても来ないにしても、今現在では感応種を倒せるのは君だけだ。暫くは忙しいだろうけど、今の第一部隊になれつつ頑張ってくれ」

「分かりましたよ。取りあえずは隊長を謹んで務めさせていただきます」

「うむ。私からは以上だ。君の方から他に何かるかね?」

「いえ特に」

「なら下がり給え。これでも支部長は多忙でね」

 

 

 シスイは一礼してから支部長室を出る。

 すると端末にコウタからメールが来ていることに気付いた。

 

 

『第一部隊のメンバーでエントランスにいるぜ! 隊員の二人に紹介するから早く来いよ』

 

 

 そしてそれを読み終えた途端、今度はペイラーからのメールを受信する。中身は先程約束した第一部隊の新メンバーに関する資料だった。

 軽く目を通しつつ、シスイは区画移動エレベーターに乗る。

 

 

「エリナ・デア・フォーゲルヴァイデ、エミール・フォン・シュトラスブルクね。資料を見る限りだと確かに癖が強そうだ」

 

 

 ともかくまずは顔合わせ。

 シスイはエントランスへと急いだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 





どうしてこうなった。

書いてた自分でも分からないけど、シスイとリッカは結婚しました。
そして隊長就任。
コウタは副隊長ですね。

そろそろGE2へと移っていきます


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EP22 隊長就任

 アナグラのロビーでは新生第一部隊のメンバー三人がソファで待っていた。誰を待っているのかといえば、新しく隊長となる人物である。副隊長に任命された藤木コウタは既に知っているが、研修が終わったばかりでこれから実地演習となる新人のエリナ・デア・フォーゲルヴァイデとエミール・フォン・シュトラスブルクはまだ隊長を知らない。

 痺れを切らしたエリナはタブレット端末を操作するコウタに尋ねた。

 

 

「コウタ副隊長。私たちの隊長さんってまだなんですか?」

「もうちょっとだよ。丁度、榊博士から辞表を貰ったらしい。すぐにこっちに来るってさ!」

「ふーん。どんな人なんですか? 前隊長の神薙ユウさんは有名ですけど、極東にユウさん以外で隊長を務まる人っているんですか?」

「いるぜ?」

 

 

 自信満々で答えるコウタに対して、エリナは懐疑的な視線を向ける。

 それだけユウの名声は凄いのだ。

 ただ、シスイの実力を知っているコウタは、下手すればユウよりもヤバいと分かっていたので、こうも自信をもって言い切ったのである。

 

 

「ふむ。僕も新隊長は気になるところだが、やはり前隊長の神薙ユウ殿に勝るとは思えない。彼はこの暗黒の時代に光をもたらす騎士だ。彼以上の光などいないと……僕は思うよ」

「……こればっかりはエミールに同意」

 

 

 普段は喧嘩ばかりのエミールとエリナだが、今日は意見があったようだ。相変わらず微妙に腹の立つ話し方をするエミールに苦笑を禁じ得ないコウタだが、次の瞬間には真面目な顔に戻って口を開く。

 

 

「……ここだけの話、ユウが世界最強なことは認めるよ。リンドウさんやソーマもいるけど、やっぱりユウは別格だって思わされる。でも……これからお前たちの隊長になる奴は本当にユウ並みだ。というか、一対多の戦闘においてはユウよりも遥かに上手い」

「冗談ではないのか副隊長?」

「正気ですか?」

「マジだ。そして俺は至って正気だよエリナ」

 

 

 地味に傷ついたコウタは、それでも持ち前のポジティブさで堪えた。そして遠い目をしながら二年前の出来事を少しだけ話す。

 

 

「そうだな……これは特に防衛班の奴らの中では有名な話なんだけど、二年前に極東支部をアラガミの大軍が襲ったことがあったんだ」

「聞いたことがある。確か接触禁忌種すら現れる大災害だったと……恐怖に覆われた極東は誰もが嘆き、死を感じたと! そして僕はその時思ったんだ。どうして僕に力がないの―――」

「はいはいエミールうるさい! それがどうしたんですかコウタ副隊長?」

「ああ、俺たちは東西南北に分かれてアラガミを撃退した。当時のユウは任務で大怪我を負っていてな。戦力も大幅に低下していたんだ。東部は防衛班が全員で迎撃した。北部は偵察班すら出撃して食い止めた。そして西部はソーマが一人で時間を稼いだ。で、南はどうなったと思う?」

『……』

 

 

 話しの流れからして例の新しい隊長が対応したのだと分かる。それならユウに並んで三強と呼ばれるソーマが一人で食い止めたという話から、凄さが伝わってくる。

 しかし、コウタからはそんなチャチな話では済まないという凄みが伝わってきた。

 ゴクリと唾をのんだ二人にコウタは答えようとして―――

 

 

「何を話しているのかなコウタ?」

『おわあっ!?』

 

 

 やってきたシスイが声をかけたことで三人とも跳び上がった。話に集中し過ぎてシスイが近づいていることに気付かなかったのだ。

 コウタは話しかけてきたのがシスイだと気付いて、すぐに紹介を始める。

 

 

「あ、コイツだよコイツ! 第一部隊の隊長はこの神z……じゃなくて楠シスイだ!」

「君たちがエミールとエリナだね? よろしく」

「宜しくお願いする」

「お、お願いします……」

 

 

 

 驚いたがエミールとエリナもすぐに持ち直して改めて自己紹介をする。

 

 

「僕は栄えあるフェンリル極東支部でゴッドイーターとなったエミール・フォン・シュトラスブルクだ! この世に蔓延る闇の眷属共を打ち滅ぼし、民たちの笑顔を取り戻す騎士として――」

「エリナ・デア・フォーゲルヴァイデです。エミールがウザかったら無視してくださって結構ですので」

「酷いじゃないかエリナ! 僕の自己紹介を遮るなんて!」

「煩いエミール!」

「く……これが反抗期……だが僕は君の兄として――」

「誰があんたの妹よ!? 私のお兄ちゃんはエリックだけよ!」

 

 

 そして言い争い始める二人にシスイは唖然とする。ペイラーから渡された資料にも、二人は良く言い争っていると書いてあった。しかし、そんな些細なことで発展するレベルだとは思わなかったのだ。

 コウタはシスイの様子を見て苦笑しつつ小さな声で話しかける。

 

 

「どんまい」

「コウタに隊長を押し付けてクレイドルに行こうかな……」

「止めて!?」

 

 

 ユウたちが抜けた今、極東の戦力はガタ落ちだ。個にして大軍を相手にできるシスイがいなくては窮地に陥ってしまうことになる。

 コウタも半分はクレイドルに所属しているので、ユウが抜けると第一部隊が穴だらけとなる。エース部隊がこれでは示しがつかないだろう。特に新人二人はこれから実地演習なのだから。

 

 

「はぁ……分かったよ。ほら二人とも落ち着いて」

「だってエミールが悪いんだもん!」

「む? 僕がどうしたというのだ? 改善点があるなら是非とも言ってくれたまえ」

「あーもー。静かに。ここはゴッドイーター以外のお客さんも来る場所だから静かにしてくれ」

 

 

 そこまで言ってようやく黙った二人にシスイは溜息を吐く。隊長就任初日から前途多難な空気が流れ始めていた。

 ともかくこの二人に喋らせてはいけないと思い、シスイは会話の主導権を握ることにする。

 

 

「はい、最後にコウタも自己紹介」

「俺も? 二人には済ませたんだけど?」

「ならいいか。じゃあ、早速だけどこれからの第一部隊がどう動くかを軽く説明するよ。資料を配るから無くさないように」

 

 

 シスイは持ってきていた資料を三人に配る。そして資料が行渡ったところで説明を始めた。

 

 

「まず、僕とコウタは実地演習で新人二人の教育をする。二人とも模擬演習では高い評価を出しているから、落ち着いていけばすぐに終わると思うよ。初めはオウガテイルとかコクーンメイデン、それに最近発見された新種ドレッドパイクとかの小型種だから戦場の空気を確かめる感じで。たまにヴァジュラとかが乱入してくるけど、それは僕かコウタが潰しておくから安心してほしい」

「なんと! 乱入!?」

「しかも大型種!?」

「大丈夫だよ。極東じゃよくあることだから」

 

 

 全く大丈夫じゃないことをサラリと言い切るシスイにエリナどころかエミールすら戦慄する。ヴァジュラは一人前なら一人で倒せるというのが極東の一般常識だが、他の支部では複数部隊による大規模作戦が展開されるような相手だ。幾ら何でも新人にはキツイ。

 不安な表情を見せる。

 しかし副隊長となったコウタは流石と言うべきか、しっかりとフォローして見せた。

 

 

「心配すんなって。シスイは足止めと一対多のスペシャリストだからな。アラガミの大軍が乱入して来てもお前らが逃げるだけの時間は稼いでくれるさ! 新人のお前たちは自分のターゲットだけに集中していれば問題なし! 俺が保証するぜ」

「まぁ働くのは僕だけどね」

「ちょっ!? 俺が役立たずみたいに言うのは止めてくれないシスイ!?」

「別にそんなことは行っていないよ。そう聞こえたのなら少なからず自覚があるんじゃない?」

「辛辣!?」

 

 

 そんな二人のやり取りを見たからか、エミールとエリナの表情も幾分か柔らかくなる。どうやら緊張もほぐれて来たらしく、エリナはシスイに質問を投げかけた。

 

 

「えっと(くすのき)隊長」

「何かなエリナ。あとシスイでいいよ」

「はい。シスイ隊長は今まで何してたんですか? 私たちが研修中も隊長の名前は全然聞いたことがないんですけど」

 

 

 その質問にはシスイも少しだけどう答えるべきか考える。

 一応、嘘のプロフィール上は支部長が拾ってきた人材で、特務のようなあまり表に出ない仕事をしていたが、リッカと結婚したことを機に部隊に組み込まれるようになったということになっている。そしてペイラー榊博士の影響を受け、研究分野にも造詣が深いという設定だ。

 一応、嘘は言っていない。

 シスイは(ヨハネス前)支部長が本部から拾ってきた人材であり、(クレイドル計画のためにネモス・ディアナの人たちと仲良くなる……という後付け設定された)特務をしていたが、リッカと結婚したことで戻ってきた。

 昔から極東にいるメンバーはシスイの事情も知っているが、新人たちはこの真実を微妙に隠した嘘で誤魔化していくことになる。一応、神崎シスイは死んだことになっているからだ。

 ちなみに、本部にバレないように、論文も『S・Kusunoki』で掲載している。

 

 

「ちょっと支部長の特務をこなしていてね。元々、僕はそういうのを担当してフラフラと色んな所に行っていたんだけど、所帯を持ったから極東に留まることにしたんだ。それで第一部隊の隊長って役職が回ってきた訳さ」

「所……帯?」

 

 

 首をかしげるエリナにコウタは小さく囁く。

 

 

「神機の整備員に楠リッカっているだろ? あれ、シスイの嫁さん」

「え……?」

「ちなみにシスイは俺と同い年なんだぜ? いいよなぁ。俺なんて恋人もいねぇのに」

「えぇっ…………?」

 

 

 エリナはチラリとシスイの左手を見る。薬指にはキラリと光る何かが嵌っていた。

 つまり、コウタの言ったことは冗談でも何でもないということになる。

 そしてコウタと同い年ということは、シスイも十七歳だ。

 混乱しかけていた頭の中を整理できたところで、エリナは改めて驚く。

 

 

「えええええええええええええええええええええええっ!?」

 

 

 新隊長、楠シスイ。

 極東に置いて一対多のスペシャリストであり、研究分野でも一流である。ゴッドイーターと研究員という二足わらじを履いているが、本業は研究だ。最近はゴッドイーターとしての仕事が増えつつあるとはいえ、何と言おうと本業は研究だ。

 そして彼は既婚者である。

 

 

「女性、いや妻のために戦う……まさに騎士道ぉぉぉぉっ!」

 

 

 と叫ぶ人物がいたとか居なかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 新生第一部隊の顔合わせが済んだ翌日、早速とばかりにエミールとエリナの実地演習を行っていた。今回の目標はオウガテイルを一匹ずつ狩ること。シスイとコウタはその露払いである。

 任務地である贖罪の街へと辿り着いた四人は、現地でのブリーフィングを開始していた。

 

 

「そろそろ時間なので確認しておくよ。今日の目標はオウガテイルを各一匹。つまり新人が二人いるから二匹を狩る。僕とコウタで回りのアラガミを掃除するから、出来るだけ一対一で戦うように。取りあえず、今日はオウガテイルを援護無しで倒すことが目標だから」

『了解』

 

 

 そう返事しつつも、エミールとエリナの二人は物足りなさそうな表情をしている。二人は演習場での成績が良かったので第一部隊への配属となったのだ。ダミーアラガミのオウガテイルなら何度も倒している。

 初めは簡単な所からと分かっているが、これは簡単すぎるだろうと思っているのだ。

 隠しつつも溜息を吐き、通信のスイッチを入れた。

 

 

「ヒバリさん。こちら第一部隊。これより任務に入ります。周囲の状況は?」

『はい。贖罪の街ですね? 今のところ大型種は確認されていません。少し離れたところに中型種がいるようなので注意してください』

「了解。今日も頼みます」

『はい。気を付けてくださいね』

 

 

 そこでコウタ、エミール、エリナの方へと向き直り、改めて告げた。

 

 

「では任務開始だ。いくよ」

「おう」

「騎士道おおおおおおっ!」

「はい」

 

 

 若干一名ほど気合が入り過ぎているようだが、油断しているよりは良い。ただ、アラガミは音に反応するので余計な雑音を立てるなと注意するべきだろう。シスイがアイアンクローでエミールを締めながら静かに注意すると、以降大人しくなった。

 

 

「エ、エミールがまともになった……ですって?」

 

 

 と戦慄するエリナを笑うことは出来ないだろう。

 何故なら、エミールは『そこかっ!(バレットを何もないところに撃つ)』『ふっ……ネズミか』を素でやる男なのだ。歩くだけで騒がしい上、寧ろ邪魔になる。

 室内演習でも良くあった言動なので、エリナはそれを不安に思っていた。教官――ツバキの後釜――に何を言われても『騎士たる者、いつ何時も油断してはならないのです!』と謎の熱弁をする始末。最後には教官にも呆れられていた。これで成績が良くなければ本気でキレられていたことだろう。

 

 

「索敵時の注意だけど、決して音は立てないこと。コンゴウやヤクシャみたいな音に敏感なアラガミがいるからね。アラガミは不意打ちで倒すのがベストなんだ。そこは覚えておいて。僕が前方、エミールが右方、エリナは左方、そしてコウタが後方警戒。いいね?」

 

 

 三人は声を出さずに頷き、シスイの指示通りに警戒しつつ移動する。

 この隠密移動というのは意外にストレスが溜まるもので、新人の二人は十分程で集中が切れ始めていた。初めての実戦ということもあり、やはり緊張しているのだろう。自分の担当を忘れ、キョロキョロと周囲を見渡している。

 仕方ない部分もあるので、シスイは優しく注意した。

 

 

「集中が切れているよ。仲間を信頼して任された方向に注意をするんだ」

「り、了解だ」

「ごめんなさい……」

「まぁ、討伐任務は防衛任務と違って逃げてもいいからね。まずは気楽に」

 

 

 そう聞くと、二人とも気を引き締めたようだった。

 逃げても良いから気を楽にしてくれと言ったつもりだったのだが、騎士道大好きエミールとプライドの高いエリナは試されていると思ったらしい。絶対に撤退は有り得ないとばかりに集中し始めた。

 本当は気を抜きつつも注意するという絶妙なところがベストなのだが、やはり新人ということもあってその辺は難しいようだ。このままではアラガミと戦闘が始まることには精神的に疲れてしまっているだろう。

 ただ、今回はそれも勉強なので、シスイとコウタは敢えて言わないことにした。フォローしやすい簡単な任務の内に失敗した経験を積んでおくべきだと思ったのだ。若いうちは失敗しないとなかなか理解できないからである。これが大人ならば危険予測も充分になってくるのだが……

 

 

(コウタ……)

(オーケー、シスイ。任せろ)

 

 

 シスイとコウタはアイコンタクトで互いの意思を伝えあい、新人二人の様子に注意する。

 そうして次のエリアへと移動していると、不意に鳴き声が聞こえた。シスイはすぐに立ち止まり、ハンドサインで停止の合図を送る。だが、集中し過ぎていた二人はシスイのハンドサインに気付いていなかった。

 後ろからそれを見ていたコウタは咄嗟に小さく声を上げる。

 

 

「おい! エミールにエリナ! 停止のハンドサインだ!」

「しまった!」

「あ……ごめんなさい」

「全く……ちゃんと隊長の命令には気付けよ?」

 

 

 早速固くなりすぎている弊害が浮き出て来た。今日は初めての実戦なので強くは言わないが、戦闘中に隊長の命令を聞き逃すことがあれば命に関わりかねない。

 ここはしっかりと直すべきところだ。

 

 

「まぁ反省点は後でしっかり見直そう。それより鳴き声は聞こえたね? この先にアラガミがいる。まずはそこの物陰まで移動して様子を確認するよ。僕のハンドサインには注意してね?」

 

 

 三人が頷いたのを見てシスイは前へと進んで行く。そしてシスイとエミール、コウタとエリナで別れて二つの物陰から覗き込んだ。

 すると、オウガテイルが六匹も広場に集まっているのが見える。

 予定通りなら、シスイとコウタで四匹を始末し、エミールとエリナは一匹ずつ相手にする。シスイにとって、オウガテイルなら十匹でもニ十匹でも大差ないので、このまま突撃することにした。

 

 

(三、二、一……GO!)

 

 

 ハンドサインでカウントしてから突撃の合図を出す。間髪入れずに自分も飛び出し、黒を基調として赤い刃を持つ不気味なヴァリアントサイズを構えた。

 

 

(コウタも援護にいるからアラガミの力は必要ないか)

 

 

 そう考えたシスイは速度を上げて一番近いオウガテイルを擦れ違いざまに両断する。赤い飛沫を挙げて倒れたオウガテイルには見向きもせず、二体目を咬刃を伸ばすことで撃破した。そしてコウタが足止めしている三体目と四体目も流れるように伸ばした咬刃で同時に斬る。

 これで新人二人はオウガテイルを一対一で相手に出来るだろう。

 シスイとコウタの役目は見守るだけとなった。

 

 

「流石だなシスイ隊長!」

「茶化すなよコウタ……」

「いやー。相変わらずの手際だからな! 俺の援護なんかいらないんじゃないか?」

「まぁ、確かに援護がなくても倒せる程度の相手だったのは確かだよ。結局はオウガテイルだし。でも、大型のアラガミが……まぁざっと百体ぐらい来たら援護も欲しいかな?」

「何その状況恐い」

 

 

 二年前は偶にあったことだ。

 命を狙われていたシスイは、アラガミを呼び寄せる集合フェロモンを利用した暗殺を仕掛けられたこともあるのだ。それによって百体近い大型アラガミを相手にしたこともある。

 その時は本気で援護が欲しいと願ったものだ。

 しかし、最近はマルドゥークと呼ばれるアラガミの感応種が、大型のアラガミを率いることが分かっているので、感応種と戦えるのがシスイだけという現状では一対百の大型種祭りも絶対にないとは言えない。

 そのことをコウタに話すと頬を引き攣らせていた。

 

 

「お前……やっぱすげぇわ……」

「本業は研究者なんだけどねぇ。もうちょっと僕の仕事を減らして欲しいよ」

「いやもう本業はゴッドイーターだろ」

「でも研究で稼いだお金の方が多いんだよね……」

「マジで?」

「うん」

 

 

 シスイの研究は神機に関することが多いので、必然的に特許も増える。そのため、研究によって稼いだお金はかなり多いのだ。

 また、シスイは神機を自分のオラクル細胞で形成しているため、メンテナンス費も強化費用も掛からない。ゴッドイーターとしても普通の人より稼いでいた。

 

 

「なんだよそれ。すげぇ羨ましいな……」

「そんなにお金をもらっても使い道がないんだけどね」

 

 

 二人が警戒しつつもそんなことを話していると、無事にエミールとエリナはオウガテイルを狩り終えたようだった。

 エミールはブーストハンマーという火力と速度重視の武装を使い、オウガテイルを翻弄しつつも重い一撃を与えて倒していた。ただ、スタミナ管理に慣れていないのか、倒した瞬間に息切れを起こしてしまう。ここに二体目がいたら間違いなく喰われていただろう。ここだけは今後に期待だ。

 エリナはチャージスピアという長物装備だ。中距離から安全に堅実に攻め、最後にはチャージグライドという切り札でオウガテイルを仕留めた。しかし、最後に焦ったのか、チャージグライドの制御に失敗して槍に振り回されているようにも見えた。相手がオウガテイルだから良かったが、俊敏なヴァジュラなら回避されていたかもしれない。

 改善点もあるが、実戦での初戦であることを考慮すれば及第点だろう。

 シスイとコウタは二人に近寄った。

 

 

「お疲れ」

「良かったぜ二人とも」

 

 

 隊長と副隊長にそう言われたからか、エリナはホッとして胸を撫で下ろす。年少のゴッドイーターであることもあり、なんだかんだで自信が無かったのだろう。逆にエミールは深く頷いて語り始めた。

 

 

「当然だ。我が神機は僕の思いに答えてくれたのだから。恐らく僕一人ならあの卑怯な闇の眷属を葬ることなど出来なかったことだろう。しかし、僕の神機は応えてくれた! そしてその瞬間、僕の頭の中に相棒に相応しい名が浮かんできたのだ! 彼の名はポラーシュターン! 天より僕たちを見守るポラーシュターンの如く、人々を守って欲しい。そんなポラーシュターンは―――」

『緊急通信です。想定外の大型種がそちらのエリアに向かっています。戦闘区域に侵入するまで十秒です。この速さ……恐らくはヴァジュラです!』

 

 

 エミールの演説を見事にぶった切ってきたヒバリの通信でシスイは動き出す。侵入まで十秒しかないのなら迎え撃つしかない。幸いにも相手は極東の猫ことヴァジュラだ。シスイならば時間を掛けずとも勝てる相手である。

 すぐに命令を下した。

 

 

「僕が倒すから、エミールとエリナは見学だよ。コウタは二人を頼む」

「オーケー隊長。さぁ行くぞお前ら」

「でもコウタ副隊長……」

「大丈夫だ。シスイならヴァジュラ十体でも余裕だからな! 任せたぜ!」

「我が相棒ポラーシュターンで―――」

「エミール、お前もだ」

 

 

 シスイと一緒に迎撃しようとする二人を抑え、コウタは下がった。それと同時にヴァジュラがエリアへと侵入する。

 

 

「ガアアアアアアアアアアッ!」

「さぁ、じゃれようか猫さん?」

 

 

 そう言ってシスイとヴァジュラはぶつかり合う。

 しかし、その戦いは呆気ないモノだった。

 シスイが即座にヴァジュラの首を撥ね、コアを回収して終了である。五秒もかからなかった。これにはエミール、エリナも唖然とする。

 そんな二人にコウタは自慢げな様子で話しかけた。

 

 

「二年前、極東がアラガミの大軍に囲まれた話はしたよな? あの時、四方から来るアラガミをどうにか足止めするのが精一杯だったんだ。でも、シスイだけは違った。南方を一人で担当したシスイは、全てのアラガミを殲滅したんだ。ヴァジュラ一体如きじゃ相手にならないぜ」

 

 

 だがしかし、コウタは言い忘れていたことがあった。

 シスイの本業は研究者。

 ゴッドイーターの仕事はついでなのである。

 

 

 

 

 

 



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EP23 護衛任務

遂にあの男か……(テーンッ!!


 

 第一部隊に配属されたエリナとエミールは流石に優秀だった。問題は起こすが、新人としては実力に申し分ない。シスイとコウタというサポートもあり、新人の越えるべき壁の一つであるコンゴウ討伐も実戦二週間目で成し遂げたのである。

 帰投後神機を預けるために四人は神機保管庫へと戻ってきていた。

 

 

「やぁ、お帰り。今日もお疲れ様」

「それほどでもないよリッカ」

 

 

 出迎えたのは整備において右に出る者がいない楠リッカである。基本的に彼女は神機保管庫でゴッドイーターたちを出迎え、帰ってきた神機をメンテナンスしている。任務ごとにする簡易チェックから、定期的になオーバーホールまで、毎日が忙しい。

 基本的に、シスイは任務後に彼女を手伝っている。

 

 

「今日も手伝うよ。コウタたちは先に戻っておいて」

「オーケー。じゃ、あとは二人でごゆっくり~!」

「いや、仕事だから」

 

 

 冗談を言う余裕のあるコウタに対してエリナとエミールはすっかり疲れ果てていた。所詮はコンゴウだが、新人にとっては強敵である。疲労が溜まるのも仕方ない。

 今は新人の現地実習期間なので、第一部隊は任務も少なく、シスイはリッカを手伝い、コウタは防衛班を手伝うことが多いのだ。

 手を振って去って行くコウタと疲労困憊な様子で彼に付いていく新人二人に溜息を吐きつつ、シスイはリッカへと話しかけた。

 

 

「今日はどんな作業が残っている?」

「う~んとね~。今日は新しく極東配属になった人の神機を整備するんだ。シンガポール支部から来た人なんだけど、出身は極東みたいだよ。私は全然知らない人だったけどね」

「あー。転属してきた人の神機は早めに調べておきたいから、ついでに整備ってことね」

「そういうこと! ちなみに彼は第一世代神機から第二世代神機に乗り換えたみたいだから、その影響がないかも調べたいかな?」

「わかった。そっちの調査は僕がやっておくよ。リッカは整備をしておいてくれ。機材を繋いでおけば同時並行で作業できるしね」

「お願い。えへへ、これが夫婦の共同作業って奴かな?」

「う……ぐ……そ、そうなんじゃないか?」

「照れなくていいのに」

 

 

 シスイもリッカを嫌ってるわけではない。寧ろ好きな方だ。

 結婚の経緯がアレなので微妙な感じもあるのだが、仲良くやれているという自認している。ただ、その負い目もあり、さらにリッカが年上ということもあって接し方に悩んでいる部分もあった。

 つまり、いちいち照れるのである。

 

 

「ほ、ほら! 速く作業に移るよ。夜は別の研究もあるし!」

「そうだね。私もシスイ君の子供が欲しいし」

「あー、うん、まぁ」

 

 

 二人が最近になって調べているのは、ゴッドイーターチルドレンについてである。ゴッドイーターチルドレンとは、そのままゴッドイーターの子供のことで、生まれながらにして親が持っていた偏食因子を受け継いでいることが知られている。しっかりと制御する必要があるとされているので、かなり重要な課題の一つだ。

 ゴッドイーターも結婚する。

 そうなれば子供が出来ることになる。

 それで制御できませんでは話にならない。

 シスイはアラガミ化しているということもあり、その辺りを詳しく調べなければならない。またリッカは偏食因子を持たない普通の人間なので、夜の行為が悪影響を及ぼすことも考えられる。厳密に、詳しい調査は絶対必要だ。

 

 

「仮説は立ったから、すぐに証明してみせるさ」

 

 

 一応、これまでのデータからある程度の予測は出来ている。

 ゴッドイーターと一般人が結婚した例はかなり確認されており、そのどれもが三年以上子供が出来なかったとされている。つまり、ゴッドイーターは一部人間から外れたことで通常の生殖が出来なくなっていると予想される。これは統計データから提唱された論文があったので、割と有名な話だ。

 しかし、出来にくいだけで出来ないわけではない。

 何度も行為を繰り返すことで母体に耐性が生じ、それで妊娠するという仮説が考えられるのだ。それを裏付ける証拠もある。ゴッドイーターの男性と一般女性の組み合わせより、一般男性とゴッドイーター女性の組み合わせの方が妊娠が早かったのだ。母体である女性側がオラクル細胞を摂取しているとマシになるのである。

 ともあれ、ゴッドイーターと一般人の結婚も害はないのだ。

 ただ、シスイはゴッドイーターのように調整されたオラクル細胞を打ち込まれているのではなく、腕自体がオラクル細胞に置き換わっている。事情が異なるため、一括りには出来ない。

 現在は自分の細胞とリッカの細胞を利用した実験を繰り返し、データ収集しているところだ。

 

 

「取りあえずは実験室で検証するからね」

「私は臨床実験でも良いんだよ?」

「……本気でやめてください。それでリッカに何かあったら嫌だから」

「………そうだね、ごめん」

 

 

 シスイは自分の中にあるアラガミを嫌っている。自分が化け物であることを嫌っている。

 だから人間であろうとしているのだ。

 もしも自分の中にあるアラガミが他者を傷つけたなら、それはシスイにとって大きな心の傷となるだろう。リッカはそれを察してすぐに謝った。

 少し雰囲気が悪くなったので、シスイは気を使って話題を変える。

 

 

「さて、じゃあ仕事に入ろうか」

「うん! そうだね! すぐに準備するよ」

「わかった。あ、その前に……」

 

 

 シスイはハンカチを取り出してリッカの頬を優しく拭った。作業に集中していたのか、黒い油汚れがついていたのである。

 

 

「よし……これで綺麗になったよ」

「あ、ありがとう……」

 

 

 リッカもこういった不意打ちには弱いのか恥ずかしそうにお礼を言った。好きな相手だからこその反応というやつである。こういうのを見ると、シスイは自分が愛されていると実感する。

 こんな化け物でもいいのかと思いつつ、リッカが自分を人間にしてくれたことに感謝しているのだ。

 そしてようやく二人が仕事へと取り掛かろうとした時、不意に横から声をかけられた。

 

 

「ひゅ~。昼間から熱いねぇ~」

 

 

 軽薄そうではあるが成熟された声が神機保管庫に響く。

 二人が驚いてそちらを向くと、黒いジャケットを羽織った男が近寄ってきた。如何にも軽い感じの男、と言った見た目であり、浮かべている表情も微妙に腹が立つ。それがシスイの第一印象だった。

 しかし、リッカは彼を知っていたのか、普通に返事を返す。

 

 

「あ、ハルさん」

「よぉ~、リッカ。俺の神機の調子はどうだ?」

「丁度今から整備するところ。シスイ君に手伝ってもらってね」

「そうかい。ってことはそっちにいる少年が噂の第一部隊で隊長張っている奴だな? それに極東の凄腕美人整備士リッカちゃんの旦那だって聞いたぜ? 想像以上に若くてビックリだ」

 

 

 その会話からシスイも彼が誰なのかを知る。

 先程、リッカは新しく極東配属になった人の神機を見ると言っていた。そしてその神機は目の前の軽薄そうな人物のものである。つまり、この人物こそが新しく配属されるゴッドイーターということだ。

 

 

「どうも、楠シスイです。役職は第一部隊隊長ですね」

「もっと砕けた感じで構わないぜ。俺たちゃこれから一緒に戦場を駆ける仲だ。ましてシスイ君は隊長さんだからな~。おっと自己紹介が遅れたぜ。俺は真壁ハルオミだ。出身は極東だが、その後グラスゴー支部に転属してな。他にも色々と支部を回ったんだが、遂に極東へ帰ってきたって訳だ。これでも神機使い歴は十年ぐらいあるから隊長に抜擢されちまって……第四部隊の隊長をさせて貰うことになった。ま、気軽にハルさんとでも呼んでくれ」

「わかりましたハルさん。よろしく」

「おーおー。いいね。若者は柔軟だ。俺こそよろしくな」

 

 

 そう言ってシスイとハルオミは握手を交わす。

 すると唐突にハルオミは真面目な顔になり、一言尋ねた。

 

 

「それでシスイ。カリギュラって知っているか?」

「まぁ一応は。ハンニバル変異種ですよね。僕も何度か倒したことがあるので」

「知っているなら話は早い。カリギュラは普通、青い体表をしているんだが、俺は赤いカリギュラを追っている。ちょっとそいつには因縁があってな。どうしても倒したいんだ」

 

 

 ハルオミの目からは強い意思が感じられた。絶対に赤いカリギュラを逃さない、確実に仕留めるという思いが伝わってきたのである。

 恐らくはそのアラガミに親しい人物を殺されたのだろうとシスイは予測した。

 よくあることなので、別に止めはしない。

 相手はアラガミだ。

 どうせ倒すべき相手なので、復讐でも何でもアリだと思っている。

 ただ、無茶をして返り討ちになるケースも多いため、周りが気を使ってやる必要があるだろう。シスイはそんなことを考えていた。

 

 

「ルフス・カリギュラ。それが奴の固有名だ。どうやら極東で目撃されたらしくてな。お前さんもそいつを見つけたら俺に知らせてくれ」

「了解です。何ならクレイドルの方にも通達しておきますよ?」

「お、噂の独立部隊か? 助かる」

「どうせ極東とクレイドルは情報共有しているので、そのついでみたいなものですよ。一応、特に注意して貰えるように言っておきます」

「恩に着る。今度一杯驕るぜ。おれが極東にいた頃にはなかったラウンジなんてものが出来てみたいだからな。また男同士の積もる話でもしよう」

「はい。ならお言葉に甘えて」

 

 

 ルフス・カリギュラに並みならぬ思いを抱いているようだが、それ以外は気さくで話しやすい人物のようだ。シスイはハルオミの評価を上方修正した。

 しかし、その数秒後には大きく下方修正することになる。

 

 

「んじゃ、俺の神機はこれから整備みたいだし、今日はゆっくりさせて貰うぜ。第四部隊唯一の隊員になった台場カノンちゃんとじっくり親交を深めてくるさ。いや~、資料を見る限りだと美人、優しい、巨乳と三拍子揃っていたからなぁ。いや、今の極東は基本的に美人が多い。はっはっは、帰ってきてよかったぜ」

「ハルさん……セクハラで訴えられますよ?」

「おっといけない。今のは聞かなかったことにしてくれたまえ」

 

 

 片目をつぶり、人差し指を唇に当てながらそういったハルオミにシスイとリッカは溜息を吐く。初めはかなりいい人と判定されていたはずだが、今はマイナスに差し掛かろうとしていた。どうやら見た目通りの男だったらしい。

 ハルオミはその言葉を最後に神機保管庫を去って行ったのだった。

 そして彼が去って行ったあと、ふとシスイは気付く。

 

 

「第四部隊にカノンが入るってことは……」

「あ、ご愁傷さまって奴だね?」

「うん。ハルさんもきっとすぐに誤射姫の洗礼を受けることになるよ。僕が開発したオラクルリザーブのせいで凶悪化しているし、良く被害に遭っていたブレンダンさんは安堵しているかもね。新しい生贄が出来たって」

「カノンちゃん、もしかして実質左遷」

「うん。実情としては防衛班クビだよ。ハルさんを中軸にした二人だけの部隊ってことは、遊撃担当なんだろうね。空を飛ぶハルさんが今からでも見えるようだよ」

「あはははは……」

 

 

 全く笑い事ではないのだが、シスイには関係ないので静かに合掌しつつ冥福を祈ることにした。ハルオミも極東人なので、ちょっとことでは死なないだろう。ましてや十年近くゴッドイーターをしているベテランだ。もしかしたらカノンを上手く矯正させることも出来るかもしれない。

 期待はしていないが、今後が楽しみである。

 そして翌日。

 新生第四部隊が初任務に出かけたとき、ハルオミはカノンの本性を知ることになる。そしてボロボロになって帰ってきた彼は、被害者仲間であるブレンダンと夜まで酒を飲みかわしていたのだとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シスイが隊長となってから九か月ほど経った頃、ようやく極東は落ち着きを取り戻し始めていた。やはり元第一部隊のメンバーや、教官のツバキ、その他にも技術スタッフがクレイドルとして抜けた穴は大きく、各部隊が再編成されてゴタゴタとしていたのだ。

 第一部隊もエリナとエミールが大型種相手でも立ち回れるようになり、本来のエース部隊としての運用が復活しつつあった。元々、シスイは第一部隊としての仕事の他に、特務として接触禁忌種を単体討伐しているので、エリナとエミールが強くなってれれば負担が減る。それにコウタもクレイドルの方を手伝うことが出来るようになる。

 そしてシスイは何より、本業の研究に勤しむことが出来るのだ。

 

 

「……んー?」

 

 

 カーテンの隙間から入り込んだ日差しでシスイは目を覚ます。寝惚けたまま周囲を見渡すと、隣には嫁であるリッカが眠っていた。二人とも一糸まとわぬ姿である。

 実は一か月ほど前に例の実験を完了し、おおよそ安全であると証明した。

 そこで初めて二人は床を共にしたのである。いや、元から部屋も寝台も一緒だったが、ようやく夫婦としての契りを交わしたのだった。

 そうして一か月を過ごし、リッカは少しずつオラクル細胞への耐性が付けられていることを確認している。念のためリッカの毎日のバイタルをデータ化してまとめているので、一目瞭然だ。

 ただ、シスイは今日から少し極東を離れることになっている。

 それはゴッドイーターとしての仕事であるため、リッカとも必然的に離れることになるのだ。それを知った昨晩にリッカは中々に情熱的だったのだが、それは敢えてここで述べないことにする。

 ともかく今日からシスイは出張なのだ。

 

 

「リッカ、朝だよ」

「あふぅ……」

 

 

 シスイの声を聞いてリッカも目を開け、シーツで身体を隠しつつ起き上がる。そして既に着替えているシスイへと声をかけた。

 

 

「おはようシスイ君」

「うん、おはようリッカ」

「今日から出張なんだよね?」

「そうだよ」

 

 

 アラガミ化した腕を隠すために包帯を巻きつつシスイは答える。今日からの出張はある人物と共にサテライト拠点を訪問するというものだ。その後、フェンリル極致化技術開発局フライアにも赴く予定となっている。

 そしてある人物とは葦原ユノのことだ。

 かつてシスイがネモス・ディアナにいた頃、彼女とはよく話す仲だった。ユノの幼馴染であるサツキと同じ家に住んでいたので、必然的に話す機会が多かったのである。結果として、シスイは頼れるお兄さんといった認識をされていた。

 そしてユノは現在、歌姫として世界的に知られている。

 元はサツキがユノの歌をフェンリル公式ラジオ放送に流したのがきっかけだが、結果として多くの人に愛される歌手となっていた。主な活動は様々な支部を慰問することで寄付金を集め、サテライト拠点への資金にすることである。

 今ではフェンリル内部でも支持者が多いので、本部慰問も要請されているのだが、本人の意向によって今はまだ実現していない。

 シスイはそんな彼女の護衛だった。

 

 

「ユノちゃん、久しぶりなんだよね? 楽しみだったりする?」

「そうだね。それは否定しないよ。何だかんだで有名人になっちゃったし、サインの一つでも貰って来ようかな?」

「あははは。それは職権乱用じゃないの?」

「それぐらいならセーフだと思うけどなぁ」

 

 

 そうは言いつつも、シスイはサインよりも彼女に会うことを楽しみとしている。本当に久しぶりなので、色々と話したいこともあるのだ。あくまでもシスイは護衛であるため、あまり長くは話せないだろうが、それでも楽しみなのだ。

 手のかかる妹のように扱っていた子が大きく成長している。

 そんな嬉しさもある。

 シスイは最後にいつもの白衣を纏い、ベットから出ようとしているリッカへと近寄った。

 

 

「じゃあ、僕は出るよ。いってきます」

「行ってらっしゃいシスイ君」

 

 

 そう言って二人は軽くキスをした。

 そしてシスイはすぐに荷物を持ち、部屋を出てヘリポートへと向かう。途中、誰もいない場所で右腕から神機を形成しておいた。このアラガミ化のことは極東でも一部の人しか知らないので、シスイも不用意には見せないのだ。

 ヘリへと乗り込み、ユノたちとの合流場所であるサテライト拠点の一つに向かう。

 昨晩、ユノはそのサテライト拠点で宿泊したので、そこで落ち合うことになっているのだ。集合の時刻は午前九時となっている。そのため、シスイは早く極東支部を出たのだった。

 ヘリが上空まで浮かび上がったところで、パイロットがシスイに話しかける。

 

 

「おはよう隊長さんよ」

「はい。おはようございます」

「今日は葦原ユノさんの護衛だってな? かーっ! 羨ましいぜ。極東の歌姫を間近で見られるんだろう?」

「と言っても仕事ですよ」

「仕事だろうがプライベートだろうが関係ないさ。俺たちからすれば羨ましい限りだね」

 

 

 歌姫の威光は庶民にも知れ渡っており、彼女に生で会いたいと思う人は多い。基本的にユノはサテライト拠点の訪問をメインにしているので、フェンリルの支部に顔を出す頻度は少ないのだ。

 ただ、移動が多いので必然的にアラガミへの対策も必要になる。

 普段は安全ルートをヘリで移動するので大丈夫だが、今回は最後にフライアへと向かうことになっている。そのため、普段は利用しない危険な場所も道中にあり、ヘリがアラガミに襲われないとは言い切れない。そこで、神薙ユウにも並ぶ実力者シスイが護衛となったのである。

 勿論、元から知り合いなので気を張らなくても良いからという理由もある。

 有名人となってしまって弊害からか、ユノは普段から気の抜けない生活をしている。責任感の強い彼女は、希望を与える歌姫に相応しい言動を常に心がけているのだ。

 

 

(そう考えれば役得なのかな……?)

 

 

 パイロットの男の言った通り、ユノの護衛というのはかなり良いポジションである。今や誰もが知る世界の歌姫の側に仕えることが出来るのだから、役得という他ないだろう。

 ただ、注意するべきなのは遊びではないということだ。

 護衛という仕事である以上、迫るアラガミの脅威からユノを守らなくてはならない。浮ついた気持で仕事されても困るのだ。そういった点でもシスイが選ばれたのである。

 シスイにとってユノは手のかかる妹のようなものなので、有名になったからと言って特に気負うものは無い。

 

 

(ま、何にしても久しぶりにユノと会えるわけだし、土産話でも考えておこうかな?)

 

 

 そうやって集合場所のサテライト拠点まで移動すること一時間。

 シスイを運ぶヘリはようやく着陸したのだった。

 

 

「着いたぜ隊長さん。何やら美人さんがお出迎えだ」

「美人さん?」

 

 

 パイロットの声で体を起こし、扉を開けて外に出る。そこで待っていたのはジャーナリスト兼ユノのマネージャーである高峰サツキだった。彼女ともかなり久しぶりの再開である。

 サツキはシスイの姿を見ると、手を振りながら叫んだ。

 

 

「シスイくーん。久しぶりですねー!」

「サツキさんも久しぶり!」

 

 

 ヘリのローター音で聞き取りにくいが、まずは挨拶を交わす。

 そしてシスイはヘリから飛び降りてサツキへと駆け寄った。形式的だが、まずは敬礼をして護衛任務の着任を宣言する。

 

 

「フェンリル極東支部第一部隊隊長、楠シスイ。護衛任務に着任します」

「はい、よろしくお願いします」

 

 

 本当に形式だけのものだが、一応は仕事なのでしっかりとやる。

 そしてすぐに敬礼を解き、普通に会話し始めた。

 

 

「改めて久しぶりサツキさん。以前にサテライト拠点をお邪魔したとき以来ですかね?」

「そうですね~。ま、積もる話もあると思いますけど、まずはユノに会ってあげてください。あの子もシスイ君と会うのを楽しみにしていたのでね」

「おやおや。歌姫様にそこまで言われると光栄ですね」

 

 

 そんなことを話しながら、サツキの案内でユノが止まっている家屋へと移動する。

 ここのサテライト拠点は建設が始まったばかりで、内部の居住区はテントの割合の方が大きい。それでも対アラガミ装甲壁に囲まれているので、いきなりアラガミの襲撃を受けることはない。多くの人が自分たちの住むサテライト拠点を良くしようと働いていた。

 まだ朝早いにもかかわらず実に精力的である。

 シスイはサツキの案内に従って移動し、一つの扉の前に来た。そしてサツキは軽くノックをしながら奥にいるユノへと声をかける。

 

 

「ユノ―! シスイ君が到着したわよー!」

「え? ホントにサツキ!?」

 

 

 中で少しパタパタとした音が聞こえ、すぐにドアが開けられた。中からいつものワンピースをきたユノが現れる。化粧こそしていないが、まだ若々しい彼女は充分美しかった。

 数年前の少女っぽさは消えて、今では大人の雰囲気が出ている。

 

 

「おはようユノ。そして久しぶり」

「シスイさんも久しぶり! いつぶりになるかな?」

「こうやって話すのは一年ぶりかもしれないね。ユノも最近は忙しくしていたから」

「そうよね……取りあえず中に入って。色々話しましょう? まだ時間もあるし。そうでしょサツキ?」

「まぁ少しなら大丈夫ね。さ、シスイ君も中に」

「じゃあ、お邪魔します」

 

 

 三人は部屋の中へと入り、シスイとユノは近くに椅子へ、そしてサツキは飲み物を用意しに行った。サツキが戻ってくる間に二人は話し始める。

 

 

「調子はどうユノ? 体調崩したりしてない?」

「大丈夫よ。サツキも気を使ってくれるし、これは私がやりたいことだから」

「そっか。それならいいけどね。それに今日からしばらくの護衛は僕だから、気を使わなくてもいい。最後に本部直轄のフライア訪問もあるから、それまでは楽にしてて」

「うん。ありがとう」

 

 

 フライアのトップであるグレムリー・グレムスロワ局長は本部の人間で、金勘定に煩いことで有名だ。何かにつけてユノを金儲けに利用しようとするだろう。ユノにもユノのやりたいことがあるので、注意しておかなければうっかり言質を取られかねない。

 

 

「そうよユノ。ちょっと私も別件でフライアに用があるからついていけないし、気を付けなさい?」

 

 

 そこへ飲み物をお盆に乗せたサツキが戻ってきた。

 

 

「一緒に来れないのサツキ?」

「ちょっとね。ジャーナリストとしてのお仕事をしたいから、私は勝手に動くわ。ユノのことはシスイ君に任せることにしたから」

「もう……サツキは……」

 

 

 サツキはフリージャーナリストでもあるので、ユノと共に行動しつつ、様々な場所に潜り込んで調査をしている。今回は本部肝いりの施設であるフェンリル極致化技術開発局フライアへ堂々と入ることが出来る機会なのだ。ジャーナリストとしての血が騒ぐのである。

 シスイも彼女のことはよく知っているので、仕方ないといったふうに答えた。

 

 

「僕は構わないよ。ユノの護衛なわけだし」

「頼むわよー、シスイ君」

 

 

 今回の護衛日程は一週間に及ぶ。

 初めの数日はサテライト拠点を巡り、慰問しつつ様子を確かめる。そして最後にフライアへと赴き視察と共に本部からの要望を聞くことになっているのだ。問題はフライアの場所で、途中アラガミが出現する可能性があるので、護衛であるシスイはここで活躍することになる。

 そしてシスイとユノは、フライアである出会いを果たすことになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回から本当にGE2編へと移行します。


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GE2編
EP24 フライア


 

「あれがフライア……」

 

 

 ヘリに乗るシスイ達は遠くに見える巨大要塞を見て複雑な表情を浮かべる。正直なことを言えば、気に入らない。あんな動く要塞を作れる予算があるなら、もっと他に出来ることがあるだろうと言いたい。

 しかし、それは言っても仕方のないことだ。

 すでにフライアは完成されているし、本部に陳情しても意味はない。

 だからこそクレイドルが活動しているのだから。

 

 

「もうすぐ着くわよユノ。起きなさい」

「ん……サツキ?」

「ほら目を覚まして」

 

 

 疲れたのか、ユノはサツキの膝の上で眠っていた。世界で知られる歌姫とはいえ、まだ十六歳の少女である。各地を飛び回り、狸のようなフェンリルの人間を相手にすれば身体的にも精神的にも疲れる。

 本当はヘリの中でもシスイと話したがっていたのだが、シスイは無理矢理眠らせた。

 しかしそれで正解だったのだろう。

 少しだけ顔色も良くなっていた。

 

 

「ユノ、あれがフライアだよ。恐らくはグレムスロワ局長とも話すことになる。しっかりと目を覚まして、あとはお化粧のチェックでもしておくといいよ」

「うん。分かったわ」

 

 

 ユノはサツキから水入りのペットボトルを受け取り、口をゆすいで目を覚ます。そして手鏡を開き、簡単に化粧のチェックをしていた。

 そうしている間にヘリはフライア上空まで移動し、ヘリポートへと着陸準備に入る。

 ヘリが着陸することには、ユノもすっかり準備を整えていた。

 

 

「さ、行こうか」

 

 

 シスイは先に降りてユノへと手を差し出す。ユノはシスイの手を取って、綺麗に飛び降りた。次にサツキにも手を差し出そうとしたが、彼女は普通に飛び降りる。

 

 

「私は気を使わなくても大丈夫ですよー。ヘリは慣れてるのでねー」

「それもそうだね。サツキさんもジャーナリストなわけだし、色んなところに飛び回っているってことかな」

「そゆこと」

 

 

 そうして三人がフライアへと降りると、出迎えに来たのは一人の女性だった。遠くからでも目立つような深紅の髪が特徴的で、白衣を着ていることから研究員だと分かる。出迎えに来るような上位の人物で研究員とくれば、フライアでは二人しかいない。

 そしてシスイは例の無表情女を調べている一環でこの女性のことも知っていた。

 

 

「初めまして葦原ユノ様。ようこそフライアへ。私はこのフライアで神機兵の研究開発を行っています、レア・クラウディウスと申します」

「ご丁寧に。葦原ユノです。私のような者に様付けは不要です」

「いえいえ。そういう訳にもいきません……さて、ここで立ち話もなんですし、ロビーに向かいましょう。そこで責任者のグレムリー・グレムスロワ局長がお待ちです」

「分かりました」

「それでそちらの方々は……」

 

 

 そう言ってレアが目を向けたのはシスイとサツキだった。

 この質問にはユノが答える。

 

 

「えっと……私のマネージャーをしてくれているサツキ、そして今回の護衛を担当してくださってる極東支部のゴッドイーター、シスイさんです」

 

 

 それを聞いたレアは一瞬だけピクリと反応し、シスイの方へと目を向ける。そしてまじまじと顔を眺めた後、恐る恐ると言った様子で訪ねた。

 

 

「あの、失礼ですがフルネームをお伺いしても?」

「構いませんよ。楠シスイです」

「そうですか。失礼しました」

 

 

 今のやり取りでレアが何を聞きたかったのか理解していた。神崎シスイはラケル・クラウディウスのせいで今のようにアラガミ化してしまった訳で、レアもその被害者を認知している。流石に顔は知らなかったが、シスイと聞いてそれを思い浮かべたのは確かだった。

 ただ、名前が変わっていたお陰で気付かれなかったようだが。

 そしてようやくロビーへと行くことになったが、ここでサツキがストップをかける。

 

 

「あのー、すこーし宜しいですかね?」

「あら? どうかしましたかサツキ様?」

「いえ、ちょっとフライアに興味がありましてですね。私は個人的に見学させていただいて宜しいですか?」

「……まぁ、構わないでしょう。案内人を付けますが宜しいですか?」

「ええ、お願いしますね」

 

 

 レアは少し考えたようだが、案内人をつけるということで妥協した。研究棟などの秘匿されるべき施設もあるので、あまり見学者を入れる訳にはいかない。しかし、案内人がいれば問題ないだろうと判断したのだ。

 サツキには別のスタッフを付けて案内させ、レアはユノとシスイを案内してロビーへと向かう。

 巨大なエレベータで中へと入っていくと、最新鋭の設備をそろえたロビーに繋がっていた。フライアに所属するゴッドイーターもここを利用するらしく、依頼受注用の受付すら存在している。

 その近くにでっぷりと太ったグレムリー・グレムスロワ局長が待っていた。

 

 

「いやぁ、ようこそユノさん! 私がフェンリル極致化技術開発局の責任者、グレムリー・グレムスロワと申します。親しみを込めてグレム局長とでも呼んでください」

「初めまして葦原ユノです。そしてこちらが護衛のシスイさんです」

「どうも」

 

 

 レアがグレム局長の背後へと移動している間に三人で挨拶をする。今回はユノがメインなので、護衛のシスイは軽く一礼するだけだ。

 グレム局長もそれを分かっているのか、シスイのことは無視してユノと話し始める。

 

 

「いやー、私の娘も貴方のファンでして」

「ありがとうございます。拙い歌で恐縮です」

「いえいえ、そんなご謙遜を……」

 

 

 思ってもいないことを笑顔で述べるグレム局長にシスイは内心で呆れる。この男がそんな殊勝なことを考えていないことなど明らかだ。これでもシスイは人の心理を読むことに長けている。そうしなければ生きて来れなかったというのもあるが、このグレム局長は殊更分かりやすかった。

 なにか大きな失敗をすれば、責任を押し付けられて落ちぶれることだろう。有能なのだろうが、本部にいる本物の化け物には敵わない。

 そんなグレム局長に追随するようにしてレアも口を開く。

 

 

「フェンリルの広報活動にも協力してくださり、感謝しています」

「いえ、周辺地域への物資供給はフェンリルの力を借りて辛うじて維持できている状況です。私に出来ることがあれば是非……」

 

 

 この辺りの話も軽い皮肉を含んだものだ。

 フェンリルの力を借りていると言ったが、その殆どはクレイドルと極東支部である。本部からの支援はあることにはあるが、最前線に送るべき量からすれば少なすぎる。ただでさえ、人員不足でありながら強力なアラガミが多数出現する地域なのだ。

 それをやり繰りできているのは、この戦力が高いこと、そしてクレイドルの活動によって自給自足が成り立ちつつあるからだ。各サテライト拠点はまだ建設中のところも多く、生産性は完全とは言えない。物資配給も稀に止まるので、不満を持つ人々だっているのだ。

 それを見ても特に改善しない本部への当てつけである。

 ただ、グレム局長はそれに気付かなかったようだ。歌姫と称されるユノにフェンリルを評価されたとしか考えていない。どうやら調子に乗りやすい性格らしい。

 

 

「もし、よろしければなんですけどね、本部のほうで慰問コンサートなんかは……」

「いえ、申し訳ありません。もう少しサテライト拠点の食糧事情が改善されるまでは離れたくなくて……それが解決できればお伺いしたいと思います」

「なるほど……そのことも含めて本部に掛け合ってみましょう」

 

 

 どうせ無駄だろうけどな、とシスイは思うが口には出さない。

 ユノも表情には出さずに一礼した。

 

 

「助かります。ありがとうございます!」

 

 

 これで大方の挨拶は終わりだ。

 今回はフライアを視察し、その内情を知ることでフェンリルのアピールに役立てるというのがメインの仕事である。これから研究室などを簡単に見学し、軽く話をして終わりとなる。

 そしてフライア側は『極東の歌姫、葦原ユノもフライアを見学。非常に有意義な時を過ごされた』とでも発表するのだろう。やり口が目に見えている。

 

 

「ところで立ち話もなんですから……早速参りましょうか。ユノ様も忙しいでしょうし」

「ええ、お願いします」

 

 

 レアの言葉に従い、ようやく見学へと向かうことになる。そしてロビーの階段を降りると、そこでは談話用エリアで三人の少年少女が何か騒いでいた。

 ニット帽を被った少年が大声で話す。

 

 

「だいたいお前らさー、前に突っ込みすぎなんだよー。敵に動きをちゃんを見極めてさー」

「えー? ロミオ先輩がビビり過ぎなだけなんじゃなぁいー?」

 

 

 それに答えたのはもはや痴女とでも称すべき服装の少女だった。ネコミミのような髪型が特徴的であり、頭にはヘアピンを幾つも付けている。

 そんな露出の多い彼女迫られながら言い返されたからだろう。ロミオは後ずさりながら慌てた。

 

 

「ちょっ! な、ナナ! 近い、近いって!?」

「わっ、ロミオ先輩押さないで!」

 

 

 後ずさったロミオはすぐ側にいた別の少年にぶつかる。それを避けようとしたのか、少年も後ろに下がり、丁度通りかかったユノにぶつかりそうになった。

 当然、護衛のシスイは見逃さない。

 

 

「おっと危ない」

 

 

 さっとユノの肩を引き寄せて回避させる。

 後ろに下がってきた少年は代わりにグレム局長へとぶつかり、ロミオは尻もちをついていた。そして明らかに『やべっ詰んだ!』という世の終わりのような表情を浮かべる。

 

 

「ユノ、大丈夫だったかな?」

「ええ、ありがとうシスイさん」

 

 

 一方、ぶつかられたグレム局長は怒り心頭で怒鳴り散らす。

 

 

「貴様らぁっ! ここで何を騒いでおる!」

「わ、あっ……すみません」

「す、すみません……って、あっ!」

 

 

 頭を下げつつ、ロミオは側にいたユノに気付いた。超有名人と言っても過言ではないので、ロミオは彼女が何者かに気付いたらしい。

 もはや怒るグレム局長など頭から抜けていた。

 そしてユノという大事な客の前で無様を晒すのは良くないの感じたのか、レアが前に出て諫める。

 

 

「ふふ、ロビーではあまりはしゃがないようにね? ここには大事なお客様も来るわけだから」

「ホントにすみません」

「すみませーん」

「次からは気を付けてね」

 

 

 素直に謝る少年とナナを見て微笑みながら話を終わらせるレア。ロミオはユノに見とれて言葉すら出ない。しかし、グレム局長は怒りが収まらなかったのか、最後に嫌味を吐いていた。

 

 

「全く貴様らは……ユノさんすみませんねぇ。戦うことしか能のない連中で」

 

 

 そう言って多少は腹が収まったのか、グレム局長は再び案内を始める。区画移動用エレベータに向かいつつ、これからの予定を簡単に説明し始めた。

 そして残された三人は去って行く彼らを見て深く反省していた。

 一名を除いて。

 

 

「あれ? ロミオ先輩どうしたの?」

 

 

 ボーっとするロミオにナナが尋ねる。

 するとロミオはユノを指さし、興奮した様子で口を開いた。

 

 

「何ってお前馬鹿か! あれ! ユノ!」

「ユノ? ヒカルは知ってる?」

「いや、知らないな……」

「お前らマジかよ!?」

 

 

 ユノを知らないと言った二人にロミオは驚いた。全世界で全ての人がユノを知っているわけではないのは当然だが、彼女を知らない人の方が少ないのも事実だ。

 そんな二人にロミオは言葉足らずに説明を始める。

 

 

「葦原ユノ! ユノ・アシハラだって! 超歌うまいの! 有名人だよ!? あー、カメラ持ってくればよかった! くっそー! てか、さっきユノさんの肩掴んでた奴は何者だよ! 羨ましいなぁくっそー!」

 

 

 何か罵倒された気がして振り返ったシスイは、ヒカルと呼ばれた少年がこちらを見ていることに気付く。長い黒髪をポニーテールにした少年で、黒い制服を着ている。

 ユノもヒカルが見ていることに気付いたのか、振り返って密かに頭を下げた。

 それに倣ってシスイも軽く手を振る。

 これが楠シスイ、葦原ユノと神威ヒカルの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ユノの護衛が終わってから二週間ほど経った頃、その日も第一部隊は大型種を三体ほど撃破して帰還したのだが、エントランスの情報モニターを見たエミールがいきなり叫んだ。

 

 

「なんと!」

 

 

 なんだなんだ? と注目を集める中、同じ第一部隊の同期であるエリナがエミールへと詰めよる。そして思いっきり眉を顰めて怒鳴った。

 

 

「エミール煩い! いきなりどうしたっていうのよ!」

「エリナか……いや、少し気になる情報を見てしまってね」

「気になる情報? サテライト拠点にアラガミでも出たの?」

「いや、そちらは今日も防衛班がしっかりと守ってくれたようだ。そうではなく、どうやらフライアという本部肝いりの移動要塞が極東付近まで来ているらしい。それを見て気になったのだよエリナ」

「フライアって……確かこの前シスイ隊長が行ってきたってアレのこと?」

「そうだとも」

 

 

 極東でもフライアのことはよく知られている。新たに出現した脅威、感応種を討伐出来るというブラッド隊と呼ばれる部隊を保有しており、フライア自体も神機兵という新しい兵器を開発している。

 まさに次世代を担う可能性を秘めた大施設だ。

 また、それと同時に批判も多い。

 フライア内部は贅をつくした構造となっており、そんなところに資金と資材を割く余裕があるなら、もっとサテライト拠点に支援をして欲しいという声だ。

 良い意味でも悪い意味でも知られているのである。

 

 

「それでフライアがどうしたっていうのよ?」

「いや、僕は思ったのだ。フライア……人々の希望が詰まったあの船にはきっと、怒涛を思わせるアラガミの大軍が待っているのだろう。そして彼らは夜も眠れぬ日々を送っているのだろう……と」

「そう……なのかな?」

「そして僕は思ったのだ! こうしてはいられない! 彼らの助けにならなくては!」

「いや、それは余計なお世話でしょ!」

「止めても無駄だエリナ……僕は行くぞ!」

「あ、ちょっと待ちなさいエミール!」

 

 

 去って行くエミールを見て茫然とするエリナ。

 そこへ一通りの事務作業を終えたシスイとコウタが戻ってきた。そしてエミールが走り去っていくことに疑問を感じつつ、シスイはエリナに話しかける。

 

 

「どうしたのエリナ?」

「あ、シスイ隊長にコウタ隊長! 聞いてください! エミールがフライアに行くって言いだして!」

 

 

 それを聞いたシスイとコウタは首をかしげる。どうしてそうなったのかサッパリ理解できないからだ。かくかくしかじかとエリナが説明すると、二人は納得する。

 

 

「なるほどね。どう思うコウタ?」

「どうって……エミールが本当にフライアに行けるのかってことか?」

「うん」

「行けそうだよな」

「そうなんだよね」

「え? 何でですか!? あのエミールですよ!?」

 

 

 無謀にも思えるエミールの行動だが、援軍としてフライアに赴くことは十分に可能だ。このご時世、どこも戦力不足なのは変わらない。援軍は喜んで受け入れる所ばかりだ。まして、最前線で世界最強が集まると言われる極東支部からの援軍となれば、それもエース部隊である第一部隊からの援軍となれば確実に受け入れられることだろう。

 つまり、申請さえすればいつでも行けてしまうのである。

 それをシスイは懇切丁寧にエリナへと説明した。

 

 

「それじゃあ……」

「うん、まぁ、行けちゃうね」

「あ、ああ……どうしよう……絶対に極東は変な場所だって思われる!」

「心配するのそこなんだ」

「エミールなら大丈夫ですよ隊長。あんなの殺しても死にませんから。絶対に最後まで死なないのは主人公キャラとギャグキャラと相場決まっています!」

「君はそんな情報を何処で仕入れたんだエリナ……」

「え? コウタ副隊長ですよ。この前バガラリーを見せてもらったときに教わりました」

「またお前かバカラリー!」

「シスイはいつでも辛辣だな!?」

 

 

 そうは言うものの、シスイとコウタも大して心配はしていない。ブラッド隊というのは特殊な技能を持つエリート部隊という話を聞いているので、寧ろエミールの方が助けられ、何かを教わって来るに違いないという確信があった。

 今するべきなのはフライアへと連絡してエミールが迷惑をかけるだろうということを先に謝罪しておくことである。

 

 

「エミールはどうせ止まらないよ。もう放っておこう」

「そうだな」

「そうですね」

 

 

 満場一致で放置を決定されたエミールは、シスイの予測通り援軍の申請を出していた。そしてすぐに受諾されて、その日から少しばかり第一部隊は三人だけとなる。

 その間、エリナには隊長と副隊長によるレッスンが行われ、それなりに腕を伸ばしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

『第八サテライト拠点に大型種デミウルゴスが進行中。近くにいるゴッドイーターは応答をお願いします』

「こちら第一部隊、丁度ミッションを終えたところです。向かいましょうか?」

『お願いします』

 

 

 アレから暫くしてエミールが帰って来ると連絡があった日、三人での第一部隊はエミール抜きでミッションに出ていた。任務から帰った頃にはエミールも帰って来るだろうと話していたところで、ヒバリから緊急通信が入ったのである。

 サテライト拠点に大型種が向かっているとなると無視できない。

 近くにいる第一部隊は予定外だが仕事をすることになった。

 

 

「行くよコウタ、エリナ」

「おう!」

「了解ですシスイ隊長!」

 

 

 先程サリエルを倒したばかりでエリナは疲れが見えていたが、シスイとコウタはまだ余裕である。エリナだけを帰すのもアリだ。しかし、それは彼女のプライドが許さないだろう。

 デミウルゴスは堅いだけで動きが遅いので、大丈夫だろうと判断した。

 三人は迎えの輸送ヘリに乗って第八サテライト拠点へと向かい、目標のデミウルゴスを探す。デミウルゴスは鈍いので、サテライト拠点が襲われる前に辿り着くことが出来た。

 その姿を確認したシスイは二人に声をかける。

 

 

「このまま飛び降りるよ。僕が頭部に奇襲をかけ、その後スタングレネードで隙を作る。コウタは直後に顔を狙ってオラクル弾を当てて欲しい。エリナはそれでよろめいたデミウルゴスにチャージグライドをよろしく」

『了解!』

「三、二、一、行くよ!」

 

 

 シスイから順番に飛び降りてそれぞれ神機を構える。不気味な赤い刃のヴァリアントサイズを振りかざしたシスイは、そのまま重力と共にデミウルゴスの頭部を削り取った。神機を当てると同時に開咬状態にして、着地後もガリガリと削り取る。さらにポーチからスタングレネードを取り出して投げた。

 ピカッと光ってデミウルゴスは動きを止める。

 

 

「そこだぁっ!」

 

 

 コウタは旧型の銃神機を構えて、空中でも姿勢を崩さず正確に狙撃する。かれこれ三年近くゴッドイーターをしているコウタは、もう腕前ならトップクラスだ。長く第一部隊に所属しているだけはある。

 デミウルゴスは顔面を結合崩壊させられ、呻いて倒れた。

 四肢の関節部が開き、外殻の下に隠れた柔らかい弱点が露出する。

 そこへエリナが攻撃を仕掛けた。

 

 

「いっけええええ!」

 

 

 強いオラクルを纏ったスピアが放たれ、デミウルゴスに大ダメージを与えた。

 初手から上手くいったことで三人とも笑みを浮かべる。

 

 

「グガアアアアアアアアアア!」

 

 

 空気を震わせるほどの咆哮を放ってデミウルゴスが起き上がった。四肢にある弱点は隠れてしまったので、ここからは上手くダウンさせるか、カウンターを狙うかでしか弱点に攻撃できない。このデミウルゴスは討伐に時間がかかることで有名なので、初手の大ダメージは本当に嬉しい。

 

 

「さ、気を引き締めていくよ。コウタは援護、エリナは一緒に前に出ようか。装甲とカウンターの練習だよ」

「いいぜ。任せろ」

「行きます隊長!」

 

 

 エリナにとってデミウルゴスは初めての相手だが、その動きは資料で勉強している。初見ではあると言っても情報がないわけではないのだ。

 シスイとエリナは神機を構えつつ前に出た。

 

 

「装甲は展開の瞬間にエネルギーが一瞬だけ強くなる。その瞬間にガードすると、アラガミの攻撃を完全に防ぐことが出来るんだ。こんな感じだね」

 

 

 シスイはそう説明してから装甲を展開する。丁度そこへデミウルゴスが前足を振り下ろしてきたので、ジャストガードのタイミングで防いだ。

 一瞬だけ活性化された装甲のオラクル細胞がデミウルゴスの攻撃威力を完全に分散し、本来なら吹き飛ばされてしまうような攻撃を逆に弾き返す。そこを狙ってシスイはヴァリアントサイズの伸ばし、弱点部分を切り裂いた。

 

 

「ガアアアアアッ!?」

「分かったかいエリナ?」

「やってみます!」

 

 

 怖いハズだが、デミウルゴスの巨体へとエリナは向かって行く。そして神機を前に出し、いつでも装甲を使えるように用意した。

 デミウルゴスは前足を伸ばして横なぎに質量攻撃を繰り出す。直撃すれば一撃で致命傷となるほどの威力だが、エリナは逃げなかった。

 

 

「エリナ今だよ!」

「はい!」

 

 

 シスイの掛け声に合わせて装甲を開き、ジャストガードを成功させる。デミウルゴスは腕を弾かれたことで関節が伸びきり、弱点を晒してしまった。エリナはそこを逃さない。

 

 

「やああああっ!」

 

 

 スピアを突き出して弱点部分を貫き、結合崩壊させる。更にコウタがアサルト弾を叩き込み、大きなダメージを与えた。

 このまま行ける。

 そう思ったとき、エリナは空の向こうに異常事態を発見した。

 

 

「そんな! 赤乱雲!?」

「何? 本当かエリナ!」

 

 

 コウタも慌てて確認するが、確かに赤乱雲が確認できた。つまり赤い雨が降る予兆である。これを発見した場合、ゴッドイーターですら逃げることが許される。濡れれば死ぬ雨の中で任務をしろという無茶はない。

 だが、逃げればデミウルゴスはサテライト拠点を襲うだろう。

 しかし、赤い雨が降る前にデミウルゴスを倒して自分たちが逃げ切れる保証はない。

 こうなれば選択肢は一つだった。

 

 

「コウタ、エリナは先にサテライト拠点まで避難してくれ。デミウルゴスは僕が倒しておく」

 

 

 それを聞いたエリナは反論しかけるが、それよりも先にコウタが返事をする。

 

 

「分かった。頼んだぜ!」

「コウタ副隊長!? どうして―――」

「いいから行くぞエリナ。シスイは大丈夫だ!」

 

 

 コウタはエリナの腕を掴んで少し遠くに見えるサテライト拠点の方へと走り始める。それと同時にシスイは手袋を外し、腕に巻き付けていた包帯を外し始めた。

 

 

「本気を出すからね。エリナにはあまり見て欲しくないかな」

 

 

 ボソリと呟いた声はエリナに届かない。

 コウタが全力で離れていったので、二人の姿はもう見えない。

 自分がアラガミ化している事について知っているのは極東でも一部であり、まだエリナやエミールには言ったことがないのだ。

 パキパキと音がしてオラクルが結晶を創り出す。半透明な赤い結晶の槍が形成され、シスイはそれをデミウルゴスへと放った。この槍はノヴァの因子を取り込んだことで作れるようになったものであり、あらゆるものを喰らい貫く性質を受け継いでいる。

 つまり、デミウルゴスのような堅いアラガミでも簡単に貫くことが出来るのだ。

 赤い槍はデミウルゴスの体の中心へと突き刺さり、食い荒らして一気に成長する。そして赤い結晶がデミウルゴスを内部から突き破り、動きを止めた。

 

 

「まったく、この槍は本当にズルいよね」

 

 

 シスイはそう言いつつ左手にオラクルの爪を創り出し、デミウルゴスの首元を切り裂く。そしてコアを露出させ、神機を一気に食い千切った。

 コアを奪われたデミウルゴスは力を失って倒れる。

 濡れても意味はなかったが、赤い雨が降る前に完了させたようだ。

 シスイは通信を入れてヒバリに繋ぐ。

 

 

「デミウルゴスは討伐完了しましたよ。他に反応はありませんか?」

『問題ありません。ありがとうございましたシスイさん』

「分かりました。僕は赤い雨の中でも動けるので、何かあれば遠慮なく言ってくださいね」

『はい。申し訳ありませんが、非常に助かります』

 

 

 そこで通信を切り、シスイも第八サテライト拠点まで歩いていく。そして戻った時にエリナが心配だったと泣きだし、シスイが実は赤い雨の効かない特異体質だと知って『心配して損した』と怒るのは別の話。

 今日もサテライト拠点は守られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、第一部隊はサテライト拠点で雨宿りしていたので、戻ってきたエミールには一人寂しく極東支部で待っていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ユノさんとのぶつかるフラグは圧し折りました。
代わりにグレム局長とぶつかった2の主人公乙。
2の主人公の名前は神威ヒカルとしました。特に意味はありません。

あとはエミールがフライアに援軍として登場した辺りの話ですね。極東支部目線での話なので、2の序盤はバッサリとカットします。ジュリウス、ギル、シエルとかの登場は次回ですね。初感応種討伐の話でシスイと絡ませます。

後半のデミウルゴス討伐も特に意味はありません。尺が余ったのと、久しぶりに戦闘描写を入れること、エリナ強化、それとエミールを最後で残念にさせるためだけのものです。
エリナは2の主人公と会うまでに強化させます。
エミールは……まぁいいでしょう。彼は殴られて強くなるドMですから。ウコンバサラにボコボコにされて騎士道を覚醒させ、そのご主人公に殴られてブラッドアーツを覚醒させます。考えれば考えるほど残念キャラですよねエミールって


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EP25 感応種

 何もない平凡な日常。

 いや、アラガミが出現してから平凡と言える日はなかったが、概ね平凡な日の昼頃。アナグラのラウンジで昼食をとっていた第一部隊は緊急アラートと共に慌ただしい放送を聞くことになった。

 

 

『オープンチャンネルで救援要請がありました。サテライト拠点にて感応種を発見。第一部隊、楠シスイ隊長はすぐに受付まで来てください。繰り返します―――』

「呼び出しみたいだね」

 

 

 シスイは食べかけの昼食を残して立ち上がる。

 ラウンジで美味しい昼食を作ってくれているムツミには悪いが、これは仕方ない。

 

 

「コウタ、このオムライスはあげるよ」

「お、そうか。頑張れよー」

「頑張ってください隊長」

「く……僕にも力があれば共に行けるというのに……っ! いや、ここは僕の騎士道で―――」

「感応種は気合でどうにかなる相手じゃないからエミールは大人しくね。じゃあ、ムツミちゃんごめんね」

「はい、気を付けてくださいね」

 

 

 まだ九歳にも関わらずムツミはしっかりしている。

 シスイは残してしまうことを謝罪して受付へと向かった。一応、コウタが代わりに食べてくれるのでムツミも特に言わない。それにどちらにせよ緊急案件なのだから、昼食如きに構ってられない。

 シスイとしても腹半分目ぐらいしか膨れていないので不満は残る。

 しかし感応種が出て来たのなら仕方ないのだ。今のところ、極東支部ではシスイしか感応種と戦うことが出来ないのだから。

 感応種は他のアラガミに干渉することが出来るので、アラガミの一種である神機は機能を停止してしまう。自身でオラクル細胞を操っているシスイにしか相手にできない。

 受付に辿り着いたシスイはすぐにヒバリへと話しかけた。

 

 

「感応種ですよね。どこですか?」

「はい、詳しいデータは端末に送信しておきます。すぐに出撃してください。ヘリの用意も出来ているので出撃ゲートから出ればすぐに向かえるはずです」

「了解。では行くよ」

「はい、気を付けてくださいね」

 

 

 緊急の救援要請なので情報共有も殆どできないままだ。

 ヘリの中で端末を眺めながら状況把握することになるのは仕方ない。感応種が出現したときにはよくあることなので、シスイも慣れて来た。

 すぐに出撃ゲートを出たシスイはヘリに乗り込み、全速力で目的地のサテライト拠点へと向かう。その途中で情報端末を眺めていると、救援を出したのがアリサだと分かった。

 アリサ・イリ―ニチナ・アミエーラ。

 元第一部隊で現在はクレイドル所属となっている。サテライト拠点建設のために各地を飛び回り、勉強を繰り返しながら、さらに現地の人と折衝しながら仕事に励んでいる。この前はオーバーワークで倒れたとも聞いているので、少し心配だった。

 そして感応種はおそらくイェン・ツィー。更にオウガテイルと思わしきアラガミも多数みられるという。サテライト拠点の対アラガミ装甲壁はオウガテイルならどうにかなるだろう。しかし、イェン・ツィーは難しいかもしれない。

 そうなると、先に倒すべきはイェン・ツィーで、残りをアリサと共に殲滅することになるだろう。

 

 

「あとは救援にブラッド隊が駆け付けるって点か……」

 

 

 追加情報でフライア所属の特殊部隊ブラッドがやって来るという項目があった。ユノとともに訪れた際には三人ほど隊員と思われる少年少女にあったが、情報では六人で駆けつけるとなっている。残り三人はまだシスイも知らないメンバーなのだろう。

 顔ぐらいは見ておきたい。

 

 

「隊長さん、そろそろ到着だ! とりあえず近くのサテライト拠点に着陸するぜ!」

「あ、僕はここで降ります。帰りもヘリを利用しますので、サテライト拠点で待っていてください」

「そうか! 頑張りな!」

 

 

 シスイの言葉でこのまま飛び降りると分かったのだろう。パイロットは出来るだけ感応種反応の近くまでヘリを寄せて、ホバリングした。下を見れば、既に戦闘中の者たちが六人。あれがブラッドだろう。

 

 

「到着だ隊長さんよ!」

「ありがとうございます。気を付けてくださいねー!」

「おう!」

 

 

 シスイはそんなことを言いつつヘリから飛び降りていく。極東ではゴッドイーターがヘリから飛び降りることはよくあるので、パイロットも特に気にせず送り出した。極東ではこれぐらいのことが出来なければやってけないのはゴッドイーターだけではない。あらゆるスタッフが常軌を逸しているのである。

 シスイが飛び降りた時、丁度イェン・ツィーは上空へと跳び上がっているところだった。そこでシスイはヴァリアントサイズの咬刃を伸ばし、重力と共に攻撃を叩き付ける。不意打ちを喰らったイェン・ツィーは驚くような速度で地面へと叩き付けられ、視界を塞ぐ程の土煙を上げた。

 

 

『はっ……?』

 

 

 ブラッド隊が間抜けな声を上げているのが聞こえたが、シスイは気にせず着地して土煙へと突っ込む。視界が悪くても、風の流れや気配、音を利用すれば十分に戦える。流石にこれは極東でも隊長や副隊長クラスでしか出来ない離れ業だ。

 シスイはクルリとヴァリアントサイズを回し、一瞬でイェン・ツィーの片翼を斬り飛ばす。そのまま追撃しても良かったが、ここは一度引き下がることにした。先に戦っていたブラッド隊に一言あった方が良いと思ったからである。

 イェン・ツィーを挟んで対峙したシスイとブラッド隊。向こう側はかなり驚いていたので、シスイが声を張り上げつつ簡単に自己紹介する。

 

 

「僕はフェンリル極東支部所属のゴッドイーターだから怪しい者じゃないよ! 救援チャンネルを見てここに来たんだけど?」

「フェンリル極致化技術開発局所属ブラッド隊隊長ジュリウス・ヴィスコンティだ! ここは我々に任せて下がってくれ! 感応種相手では普通のゴッドイーターは……って普通に切り裂いているだと!?」

「生憎、僕は普通のゴッドイーターじゃなくてね。まぁ、それならここは任せるよ」

 

 

 片翼を潰したのでブラッド隊だけで余裕だろう。シスイはそう考えて別の場所へと向かうことにした。ヒバリの指示に従ってアリサのもとへと急ぐ。どうやら一人でオウガテイルの大軍を始末しているらしい。そちらも彼女一人で問題ないだろうが、大軍が相手ならこちらも多い方が良い。

 風のように走るシスイはすぐにオウガテイルを発見した。

 

 

「邪魔」

 

 

 ヴァリアントサイズで軽く切ってそのまま去る。オウガテイルはそのまま真っ二つになって崩れた。真っ白な白衣だけが薄っすらと見え、白い閃光となってオウガテイルを蹂躙していく。

 そのままシスイは走り抜け、アリサと合流することに成功した。

 高台でアサルトを撃っているアリサに下から声をかける。

 

 

「救援に来たよアリサ」

「シスイ! 久しぶりですね。では前衛を頼みます」

「勿論そのつもりだよ」

 

 

 足に力を込めて思いっきり踏み込む。

 すると、シスイはその場から消えるようにして移動し始めた。高台にいるアリサにオウガテイルを近寄らせないよう、近場の数体を一瞬で葬る。そして流れるように咬刃を伸ばし、少し離れたところで固まっているオウガテイル数匹を同時に引き裂いた。

 咬刃を伸ばしたことで隙が出来たと思ったのか、別のオウガテイルがシスイを狙う。しかし、アリサがそれを逃さず、アサルト弾で穴だらけにしてしまった。

 ここに集まって来ていたオウガテイルは六十八匹。

 しかし、シスイが参戦したことであっという間に数を減らし、残りは十体もいない。

 

 

「アリサは奥の六体を足止めお願い!」

「任せてください!」

 

 

 二年半ほど前にシスイが開発したオラクル回収弾が放たれ、オウガテイル六匹が足止めされる。難しい複数相手の足止めをアサルトだけでこなしてしまうあたり、アリサもかなりの腕だ。クレイドルの中でも実戦に出ることが少ないアリサでさえ、このレベルである。ユウやソーマ、リンドウはどれほど強くなっているのだろうとシスイは想像するだけで苦笑いが出そうだった。

 しかし、そうやってアリサに見とれているわけにはいかない。

 シスイはサクサクと三体のオウガテイルを倒し、アリサが足止めしてくれていた残りも倒す。

 やはり二人で分担すると楽だった。

 

 

「ふぅ、終わったね」

「ええ、助かりましたよシスイ。救援要請に来てくれたのはやはりシスイでしたか。いつもありがとうございます」

「いや、構わないよ。ただ今回は僕の他にもブラッド隊が来てた」

「ブラッド……例の特殊部隊ですか?」

「うん。イェン・ツィーをボッコボコにしていたよ。あれって神機さえ使えれば柔らかい雑魚だからね。ああなるのも仕方ない」

「そ、そうですか……ともかく救援に来てくれたようですし、お礼ぐらいは行きましょう」

「分かった。僕も行こう。さっき一度挨拶だけしたんだけど、改めてね」

 

 

 二人は走ってブラッドのもとへと行く。

 シスイはイェン・ツィーにかなりのダメージを負わせていたので、今頃は倒せていると予想した。そして予想通り、到着したころにはイェン・ツィーの死体からコアを抜き取るブラッドの姿があった。

 シスイとアリサは近寄っていく。

 先に声をかけたのはアリサだった。

 

 

「貴方たちがブラッド隊ですか?」

 

 

 抑揚に頷いたジュリウスが返答する。

 

 

「自分はフェンリル極致化技術開発局ブラッド隊隊長、ジュリウス・ヴィスコンティです。救援要請があったので参りました」

「フェンリル極東支部所属のアリサ・イリ―ニチナ・アミエーラです。救援要請への御対応、ありがとうございました」

「改めて、僕はフェンリル極東支部第一部隊隊長、楠シスイ。よろしく。そっちの三人は前にフライアで会ったことがあるよね?」

 

 

 そう言ってシスイはヒカル、ナナ、ロミオへと目を向ける。三人はシスイの顔を見ると、驚いて口々に答えた。

 

 

「ユノさんと一緒にいた……覚えてる覚えてる」

「凄いよねー。まさか隊長さんだったなんて驚きだよー」

「そうか……隊長にもなればユノさんと一緒にいられるんだ……」

『ロミオ先輩?』

「あ、いや、何でもない」

 

 

 そんなロミオに苦笑しつつ、ジュリウスはシスイとアリサに向き直る。そして首を振りながら申し訳なさそうに口を開いた。

 

 

「部下が済まない」

 

 

 軽く頭を下げて謝った。

 そうして頭をあげると、シスイは首を振って問題ないと言い、アリサはナナと共にロミオをジト目で睨んでいるヒカルへと目を向けていた。そんなアリサにジュリウスは尋ねる。

 

 

「……うちの副隊長が何か?」

「いえ、少し知り合いに似ている気がしただけです。その……なんというか気配? オーラ? みたいな漠然としたものですけど」

「もしかしてユウのこと?」

「はい。そうですシスイ」

 

 

 シスイの言葉にアリサは頷いた。

 しかしジュリウスはそれを聞いて少し驚く。

 

 

「ユウ……と言えば神薙ユウ殿のことですか?」

「ええ、そのユウです」

「世界最強とも言われる彼と雰囲気が……確かにヒカルは不思議な奴です。神薙ユウ殿を知る貴方たちのお墨付きとなれば期待できますね」

 

 

 ぽつりと名前が聞こえたからか、ヒカルはこちらを見て首をかしげる。黒髪を後ろで縛っていることもあり、中性的な雰囲気がある。見た目はユウと全く違うが、確かにユウに似たオーラを感じることは出来た。

 ブラッド隊は期待できるとシスイも考える。

 それはそうと、シスイはエミールのことでジュリアスに話しかけた。

 

 

「そういえばウチのエミールが世話になったよね。ヒカルに騎士道の片鱗を見た! なんて言って喜んでいたよ。何か迷惑をかけたりしなかったかな? というか迷惑かけたはず」

「いえ、我々も彼から学ぶところはありました。隊員たちにも良い刺激となったようです」

「ははは……ありがとね」

 

 

 エミールから学べることは少ないだろう。ジュリウスは気を使ってくれたようだった。

 そうしたところで、少し離れたところに居た銀髪の少女がジュリウスに話しかける。

 

 

「隊長、帰投準備が整いました」

「ご苦労シエル。今行く」

 

 

 シエルと呼ばれた少女は一瞬だけシスイの方を見て表情を変えたが、すぐに戻してジュリウスと共に行ってしまった。

 その瞬間を見ていたアリサはシスイに話しかける。

 

 

「あの子、シエルという子はシスイの知り合いですか? 貴方を見て表情を変えていましたよ?」

「……さぁ、どうだろうね」

「その間はなんですか。絶対知り合いですよね?」

「まぁ、顔を合わせたことはある」

「それだけですか?」

「話したことがある」

「それだけですか?」

「ご、ご飯を一緒に食べたことがある」

「それだけですか?」

「……わかったよ。昔に少しだけ一緒に暮らしていた時期がある。彼女の名前を聞いて本人だと確信したよ」

 

 

 徐々に視線が冷たくなるアリサに耐えかねたシスイは遂に白状する。

 シエルはマグノリア・コンパスにいた頃、少しだけ一緒に暮らしたことがある仲だ。しかし、それは彼女に勉強を教えるためだった。

 父親の影響もあり、幼いころから勉強に意欲的だったシスイは、多くの知識を吸収して天才とまで呼ばれるほどだった。そして、アラガミに襲われて両親が死んだ後、マグノリア・コンパスでもシスイに勉強を教えられるような者はいなかったのである。自分で勉強した方が良いと考えたシスイは書物を読み漁り、論文を自分で理解して更に知識を深めていく。

 そんな時期に、シスイはラケルから一人の少女を教育して欲しいと言われた。その少女を教える代わりに秘匿級の論文も用意するとラケルに言われたのである。勿論、シスイは了承した。

 それがシエルである。

 下手な大人よりも賢かったことからシスイが抜擢されたのだった。シエルは元々軍派閥の子で、様々な英才教育が施されており、多くの教養が求められた。質の良い教師を探した結果、シスイが選ばれたのである。

 教育者の腕と賢いことは別物だが、幸いにもシスイには教える才能すらあった。

 結果として数か月ほどシエルに勉強を教え、都合上、共に住むことになったのである。厳しい訓練と勉強で表情の乏しくなったシエルと、本の虫だったシスイの間に会話もなく、二人は知り合い程度の関係で終わってしまったが、まだ七年ほど前のことなので覚えていた。

 サテライト拠点へと帰投しながらアリサにそれを説明すると納得したように答える。

 

 

「そういうことでしたか。幼馴染と思わぬ形で再会し、リッカさんと修羅場……なんてものを想像したのですけど……」

「ちょっ!? 冗談でもやめてくれ」

「ふふ、すみません」

 

 

 したり顔でそんなことを言うアリサに溜息を吐く。

 そこで、シスイは仕返しとばかりに口を開いた。

 

 

「それよりもユウとは進展したの?」

「な、なななななんでここでユウの話が出てくるんですかぁ!?」

「その慌て方で全てを察したよ」

「誤解です! 絶対に誤解です!」

「はいはい」

 

 

 そんな会話をしながら二人はサテライト拠点へと入っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

「シエル、最後にシスイという隊長を見ていたようだが、どうかしたのか?」

 

 

 帰投用ヘリの中で不意にジュリウスが尋ねる。

 それを聞いたヒカル、ナナ、ロミオ、ギルバートは興味深げにシエルへと目を向けた。ちなみに、ギルバートは紫のジャケットと帽子を被った男で、背が高く、一見すると怖い。しかし内面は情に厚く、他人に優しい性格の持ち主だ。通称ギルである。

 ジュリウスから質問を受けたシエルは皆から見つめられている事で緊張したのか、言葉を失う。その隙にロミオがニヤニヤとしながら口を開いた。

 

 

「もしかして一目惚れとか?」

「ロミオ、テメーとシエルを一緒にすんな」

「なんだとギルーっ!」

 

 

 いつも仲の悪い二人が喧嘩を始める。

 その一方でナナとヒカルも興味深げな様子だった。

 

 

「やっぱりシエルちゃんも女の子なんだねー」

「確かに、颯爽と登場してイェン・ツィーに致命的な一撃を喰らわしていたし、凄い動きも良かったよな。下手すればジュリウス隊長より凄かったかも。あんなの見せられたら惚れても仕方ない」

「い、いえ違います!」

 

 

 流石にこのままでは拙いと判断したシエルはすぐに否定する。

 そして間髪入れずに説明した。

 

 

「彼とは七年ほど前に会ったことがあります。マグノリア・コンパスで色々な勉強を教えていただきました。数学、物理学、オラクル基礎学、機械工学、塑性力学……他にも語学ですね。数か月程度のことでしたが、幅広く多くの基礎を教わりました」

「それは本当かシエル? 彼はかなり若く見えたが……?」

「ええ、隊長の言う通り、恐らく彼はまだ十代でしょう。私が勉強を教わった時、彼は十歳か十一歳だったはずですから」

「なるほど……天才というやつか」

「はい、当時のマグノリア・コンパスでは彼以上の知識を持つ先生はいませんでした。それで彼に教わることになったのです」

 

 

 思わぬ繋がりにジュリウスだけでなくヒカルやナナも驚く。いつの間にか喧嘩をやめていたロミオとギルバートもシエルの話に聞き入っていた。

 しかし、シエルは急に困ったような表情を浮かべる。

 

 

「ですが彼……シスイは死んだはずなのです。私に勉強を教えた後、しばらくしてマグノリア・コンパスからもいなくなってしまい、いつの間にか学者としての地位を得ていました。神崎シスイ博士と言えば第二世代神機開発において大きな貢献をした博士として知られていますよね? 一時とはいえ、私も彼に勉学を教わっていたわけですし、彼の出す論文には注意していました。それに彼の動向もある程度は掴んでいました。どうやらラケル先生も興味があったようなので、情報は簡単に仕入れられましたから」

 

 

 シエルはタブレット端末を取り出し、操作して幾つかの記事を出す。

 そこにはシスイが極東へと行ったこと、そこで殉職したことが記されていた。

 

 

「これです。極東へ行ったあとも彼はバレットに関する大きな開発を見せたりと活躍していました。しかし、見ての通り二年半ほど前に殉職したとされています」

「確かに……では人違いではないのか? それに彼は楠シスイと名乗っていたぞ?」

「でもジュリウス隊長、この神崎シスイさんの写真とさっき会ったシスイさんってソックリじゃない?」

「それはヒカルの言う通りだが……まさか死が偽装とでもいうのか?」

「はい、恐らくは」

 

 

 ここにある情報だけでは真相に辿り着くことなど出来ない。頭の悪いナナやロミオはともかく、賢い部類に入るシエルやジュリウスでも、ここまで情報不足では流石に何も分からなかった。どうして死の偽装が行われたのかなど、分かるはずがない。

 一通り話を聞いていたギルバートは投げやりな様子で口を開く。

 

 

「考えたって分かる訳ねぇよ。ラケル博士にでも聞いてみたらどうだ? 昔マグノリア・コンパスにいたなら知っているだろ」

「それもそうですね。ギルの言う通りかもしれません」

 

 

 シエルはギルバートの言葉に頷き、帰投してからラケルに話を聞くことを決める。ジュリウス、ヒカル、ナナ、ロミオ、そしてギルバートも気になったので、今回の報告は全員で向かうことにする。

 初の感応種討伐でもあったので、不思議ではないだろう。

 ここで、ヒカルは不意にシスイが登場したときのことを思い出した。

 

 

「そう言えばシスイさんって感応種に攻撃してたよな。神機が停止した様子もなかったし」

 

 

 その一言でシスイの謎が追加される。

 本来はブラッド隊のように特別な偏食因子を持つ者たちでしか対応できない感応種。通常は神機が停止してしまうので、感応種を倒すことは出来ないのだ。極東では神機を鈍器として振り回し、撃退するという手法が取られているが、これは中型以下の感応種にしか通じない。マルドゥークと呼ばれる大型感応種はシスイにしか倒せないアラガミだった。

 それはともかく、何も知らないブラッドからすればシスイは特異に映ることだろう。

 しかしやはり情報がない。

 もはや考えても仕方ないと悟ったジュリウスは首を振ってヒカルに答えた。

 

 

「それもラケル先生に聞いてみることにしよう。俺たちの持つP66偏食因子を開発したのは先生だ。何か知っているかもしれない」

「そうですね。ジュリウスの言う通りです」

「あー、仕方ないか」

 

 

 シエルも同意したことでヒカルは納得する。

 そうこうしている内にフライアも見えて来た。

 感応種初討伐の報告を兼ねて、六人はラケルへと会いに行く。

 

 

 

 

 

 

 




 シスイとシエルを過去で絡ませました。マグノリア・コンパス出身ですから、ブラッドの誰かと過去で絡ませようと考えていました。
 小説開始当初はリヴィのつもりだったのですが、彼女はロミオがいるので無し。ナナは現在での絡ませ方が難しいので無し。ジュリウスでも良かったんですけど、ブラッドバレットのところでシエルが出てくるので、研究が本業のシスイを絡ませるならシエルだと判断した次第です。
 当初の予定とずれたのですが、過去の話も出来るだけ違和感がないように調整しました。間違いがあったらすみません、ということで。


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EP26 歓迎会

 

 フライアへと帰投したブラッド隊はラケル・クラウディウスへと報告を済ませた。初めての感応種討伐は無事に成功し、心なしかラケルも嬉しそうに見える。

 このブラッド隊は感応種への対抗が出来る唯一の部隊とされているので、その役目を果たせたことに隊員たちも誇らしくなっていた。

 しかし、今回の報告はこれだけではない。

 救援に駆けつけて来たシスイのことを聞くのも目的の一つである。

 

 

「ところで先生」

「あら、どうしたのジュリウス?」

「実は少し聞きたいことが」

「ふふ……貴方が質問なんて久しぶりね。いいわ、何でも聞きなさい」

 

 

 ジュリウスにとってラケルは親のようなものであり、同時に先生でもある。どちらかと言えば『先生』の方が強いが、確かにこうして質問を投げかけるのは久しぶりだ。

 そんなことを考えつつ、ジュリウスは口を開く。

 

 

「先ほど言った極東支部からの救援だが、名前を楠シスイというらしい。そしてシエルが昔に彼と会ったことがあるそうだ。神崎シスイという名前でな。調べてみたが、神崎シスイという男は既に死んでいることになっている。どういうことか知っているか?」

「ふふふ……懐かしい名前ね。そう言えば一時はシエルの教育係にしたのだったかしら? フェンリルでも秘匿されている論文を報酬にしたらすぐに頷いてくれたわね」

 

 

 遠くを見るような目でそんなことを言うラケルに、ブラッド隊は『やはり』と考える。予想通り、楠シスイは神崎シスイと同一人物らしい。

 ラケルは続けて答えた。

 

 

「そうですね……彼はまさに天才でした。この荒ぶる神々の時代に現れた選ばれし人の子。私はそう思って彼を観察していました。ですから良く知っています」

「ではなぜ神崎シスイは死んだことになっている?」

「そう焦らないでジュリウス。彼は少し異端な部分がありました。それによって本部からは常に命を狙われていたのです。しかし、彼は天才……本部も彼のような、人類に貢献しうる人材を表立って殺害することは出来ません。そこで、彼を戦場に出したのです。普通ならだれも生きて帰れないような、そんな激しい戦場に」

 

 

 異端……などと誤魔化しているが、その原因となったのはラケルだ。しかし彼女はそのことを露ほども表情に出すことなく、言葉を選んで説明する。

 まだブラッドには自分を信頼できる人物と思わせておくべき。

 そういう判断からの誤魔化しだった。

 

 

「そして彼は極東へと移動になります。世界有数の最前線へと送り込まれ、最後は千を越えるアラガミに囲まれて殉職した……とされています」

「つまりそうではないと?」

「ええ、そうよジュリウス。神崎シスイはその任務以降、二年ほど姿をくらましました。そして名前を変えて戻ってきたのです。全ては本部の目を逸らすためでしょう」

「そんなことが……」

 

 

 だがここで聞きに徹していたヒカルは疑問を覚えた。

 本部の目を誤魔化すためとラケルは言っている。しかし、本部の研究員であるラケルはその事実を知っているのだ。どうにも矛盾している。

 

 

「なぁ博士」

「どうしましたヒカル?」

「なんでラケル博士はそれを知ってるの?」

 

 

 ヒカルの質問を聞いて他の隊員も『確かに!』と考えた。

 まさか先の説明は嘘だったのかと疑惑の目を向ける中、ラケルはクスリと笑いつつ答えた。

 

 

「いい質問ですヒカル。ええその通り。神崎シスイは死にました。そう本部は認知しています。より正確に言えば、そういうことにしているのですよ」

「そういうことか」

「分かったのジュリウス!?」

「え? 俺わかんないよ」

「分かってねぇのはナナとテメェだけだロミオ」

「な!? そういうギルは分かってんのかよ!」

「あたりめぇだ」

 

 

 ギルは溜息を吐き、愛用の帽子を弄りながら答える。

 

 

「つまり本部の連中はわざと見逃してんだよ。何の目的かは知らねぇが、大方、プライドとかのしょうもない理由に決まってるさ。一度出した命令を覆すのが癪なんだろ」

「ギル」

「っと、言いすぎたな」

 

 

 穿った言い方のギルバートをシエルが窘める。その本部の人間であるラケルが目の前にいるからだ。

 しかし、ラケルは特に気にした様子もなくギルに同意した。

 

 

「ギルの言った通りです。本部は神崎シスイの有能さを認めてしまったのですよ。彼には十二の時から秘密裏の殺害命令が降りています。しかし、彼は研究者としてフェンリルに多くの貢献をしました。それで殺すよりも生かした方が良いと判断を覆されたのです。とは言え、一度裏で殺すことを決定した以上、簡単に命令を翻すわけにはいきませんでした。その理由がギルの述べた通り、プライドです」

「害があるから殺そうとした。だが逆に神崎シスイは利益をもたらした。それで殺害命令を翻せば、まるで蝙蝠のようだと言われるだろう。上層部はそれを恐れた。これは逆に言えば、役に立たない奴を切り捨ているというこれまでの暗黙の了解を公然としたものにしてしまう恐れもある。例え裏での命令だとしても、一定以上の権力者には分かることだ。求心力の低下も考えられる。そういうことだな先生?」

「ええ。それが上層部の考えでした。いえ、今もそう考えています。だからこそ、神崎シスイが自ら失踪し、死んだことにして名前を変えたというのは一つの落としどころとなったのです」

 

 

 実のところ、シスイの殺害に対する意思は殆どなかった。

 一部の上層部にはしつこく殺そうと考えていたようだが、基本的な全体意思は生かす方向となっていたのである。新型神機の開発に大きく貢献し、バレット開発、整備方法の技術的改善、さらに神機に新機構を与えるなど、貢献があまりにも多かった。

 ここで殺すのは惜しすぎる。

 しかし、ここまで大体的に――と言っても裏での話――殺害を命令していた状態で、『やっぱなしで』等と言えば、全世界からのフェンリルへの求心力低下につながる。それだけシスイの功績は大きかったのだ。

 それこそ、アラガミ化の件がなければ、超好待遇で研究を続けられたことだろう。

 紆余曲折あって極東で働いているが、隙さえあれば本部に再招致する案すらある。

 これらの勧誘は全て断っているし、策略もペイラー榊が止めているが。

 

 

「すげぇ奴だったんだな~」

「ホントだねぇ~」

 

 

 呑気に返事するロミオとナナはあまり良く分かっていないのだろう。雑な感想である。

 しかし、ここでもう一つの疑問が残っている事をシエル以外は忘れていた。

 

 

「先生」

「どうしたのシエル?」

「実は先の感応種ですが、神崎……いえ楠シスイも感応種へダメージを与えることに成功していました。本来は私たちブラッドのみが対処できるはずです。どういうことなのでしょう?」

「彼は本当に神機で攻撃していたの?」

「? はい、そうです。刀身はヴァリアントサイズでした」

「そう……」

 

 

 ラケルはそれを聞いて考え込むような表情を見せる。ブラッドはラケルですら分からないことなのかと思うだけだったが、彼女は内心で別のことを思っていた。

 

 

(ああ……ついにそこまで進化したのですねシスイ。リヴィにも及ばない失敗作だと思っていたけど、もしかしたら……)

 

 

 結局、シスイが感応種へ攻撃できたことには答えることなくブラッドは解散する。

 しかし、ラケルは彼らから聞いた情報に表情を変えることなく心を躍らせていた。近いうちに極東に赴く予定なのだ。ならば、その時にシスイを見ておこうと考えたのである。

 そして数週間後、フライアは極東へと向かい始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 フライアが極東支部へと到着した。

 しばらくはここに留まって研究を行うらしく、極東支部はフライアに協力するよう、本部からも通達が入っている。事前にペイラー榊から知らされていたが、実はそれほど気にしている者はいなかった。

 到着して初めて『ああ、そういえば……』と思い出した者の方が多いくらいである。それほど極東は忙しい場所なのだ。

 

 

「おーい、シスイー!」

 

 

 コウタの呼び声にシスイは振り返る。

 任務が終わり、丁度自分の研究室に向かおうとしていたところを呼び止められた。今日はリンクサポートデバイスの試作品を最終調整しようとしていたのだが、ブラッド隊の歓迎会をすることになり、リンクサポートデバイスの件は中止にするとリッカに伝えた後だった。シスイもフライア到着は忘れていたのである。

 そして暇を持て余し、自分の研究室に戻って整理でもしようとしていたのだ。

 

 

「どうかしたコウタ?」

「丁度良かった。今は暇か?」

「まぁ、そうだね」

「実は俺がブラッドの歓迎会を企画担当していてさ、その調整で忙しいから、午後の防衛任務を俺と変わってくれないか?」

「ああ、アレね。いつも防衛班と一緒にやっているやつ」

「そうそう。なぁ、頼むよ」

「別に構わないよ。任務は?」

「ウロヴォロス。サテライト拠点の近くで発見されたから、早めに討伐だって」

 

 

 ウロヴォロスが相手なら勝手に抜ける訳にはいかないだろう。あのアラガミは巨体で耐久力が高いので、討伐には人数が必要になる。シスイはその気になれば一人でも討伐可能だが、普通は四人以上で討伐する相手だ。

 

 

「それにしても最近はウロヴォロスもよく出るようになったよね」

「ああ、そうだよな。昔は特務クラスだったのに」

「アラガミの進化は凄まじいってことさ。ともかく、それなら僕が代わるよ」

「助かる! サンキューシスイ。それじゃ、俺は用事が残っているから!」

 

 

 そう言って去って行くコウタに手を振り、シスイは進路を変えてエントランスに向かう。区画移動用エレベーターでエントランスに出ると、そこではエリナとエミールがいつものように言い争っているところだった。

 よく見ると、ブラッド隊の神威ヒカルもいる。

 どうやら挨拶をしているところだったらしく、その途中で二人がいつもの喧嘩を始めたらしい。

 ヒバリの所に行って任務を受注するつもりだったが、隊長として止めに入る。

 

 

「ハイ、ストップ。二人とも落ち着いて」

「た、隊長! だってエミールが!」

「む? なんだ? 直すべきところがあるなら言ってくれたまえ」

「取りあえず中二病は卒業してねエミール」

「なん……だと……っ!?」

 

 

 シスイの言葉に衝撃を受けたのか、完全に固まってしまう。そしてブツブツと何かを言い始めたので、放っておいてヒカルの方へと向いた。

 

 

「久しぶりブラッドの……ヒカル君だっけ? 改めて自己紹介するよ。僕は極東支部第一部隊隊長の楠シスイだよ」

「どうも。俺はブラッド隊副隊長の神威ヒカルだ。敬称は不要。よろしく」

「うん。よろしくヒカル」

 

 

 二人は握手を交わす。

 前は隊長のジュリウスとだけ挨拶したので、こうしてヒカルと話すのは初めてだ。改めてみると、やはり雰囲気がユウに似ている。

 しかしそのことは顔に出すことなく、シスイは部下の紹介を始めた。

 

 

「もう二人の名前は聞いたかな? こっちがエリナで、あっちはエミール。あ、エミールはブラッドに世話になったんだよね。隊長として礼を言うよ」

「いえ、そんな別に」

「エミールはあんなんだけど、真面目な奴だ。出来れば良くしてやってくれ」

「あ、ああ……分かった」

「しばらくブラッドも極東に留まるみたいだし、任務で一緒になることがあれば宜しく。じゃあ、僕は任務があるから。エリナも彼と仲良くなっておきなよー」

 

 

 シスイはそう言って別れ、受付に向かう。

 すると既に大森タツミとジーナ・ディキンソンが待っており、シスイを見て手を振ってきた。どうやらコウタの方から既に連絡が行っているらしく、シスイが来ることも分かっていたようだ。

 到着したシスイにタツミが話しかける。

 

 

「待ってたぜシスイ。今日はよろしくな」

「よろしくタツミさん、それにジーナさんも」

「ええ、よろしくね」

 

 

 相手は大物だが、シスイとタツミという隊長二人の戦力に加えて、世界的にも上から数えた方が速い狙撃の腕を持つジーナがいるのだ。戦力的に余裕である。

 早速、タツミがヒバリへと話しかけた。

 

 

「ヒバリちゃん。シスイも来たことだし、受注宜しく!」

「はい。では今日の防衛任務も怪我の無いようにお願いしますね」

「勿論さ。それで帰ったら一緒に晩御飯でも―――」

「さっさと行きますよタツミさん?」

「早くいくわよタツミ?」

「ヒバリちゃーんっ!? へ、返事はーっ!?」

 

 

 こうなると長いので、シスイとジーナは無理矢理タツミを引っ張っていく。

 ヒバリは待ってくれるかもしれないが、ウロヴォロスは待ってくれないのだ。サテライト拠点の安全を考えるならば時間が惜しい。

 

 

「ウロヴォロスか……そう言えば複眼の研究資材が足りなかったっけ? ついでに採取しよ」

「早く撃ちたいわ……」

「帰ってヒバリちゃんとご飯をーっ!」

 

 

 その割には不純な動機の三人なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっさりとウロヴォロスを討伐し、帰還したシスイはラウンジへと赴いた。今日はブラッド隊の歓迎会をするので、コウタが色々と準備をしているのである。会が始まるのはもう少し後だが、部屋に戻っても仕方ない時間なので先にラウンジへと来たのである。

 すると、ラウンジの奥でユノとヒカルが話しているのを発見した。

 他にもジュリウスやシエル、ナナ、ギルバートは既に誰かと話しており、ブラッドの中で来ていないのはロミオだけとなっている。

 シスイは取りあえずユノの所へと行くことにした。

 

 

「や! ユノ」

「シスイさん任務お疲れ様!」

「なに、大したことないよ。ユノも歓迎会に出れたんだね。いつまで休暇?」

「休暇自体はあと三日ほど。でもしばらくは極東を中心に活動するから、ここに居られるの」

 

 

 今のユノはゴッドイーター並みに休暇が少なく、こうして休みが取れたのも二か月ぶりである。これを機にゆっくり休んで欲しいとシスイは密かに思っていた。

 そしてシスイはヒカルの方へと向き、そちらにも挨拶する。

 

 

「ヒカルはさっきぶりだね。極東も少しは慣れたかな?」

「いや、まだよくわからない。道は複雑だし……」

「まぁ、増築改築を繰り返している支部だからね。それも仕方ないよ。それはそうと、ユノとも仲良くしてくれているようで何より。これからも話し相手になってあげて欲しい」

「ああ。勿論だ」

 

 

 フライアは気に喰わない部分も多いが、ブラッド自体はそうでもない。どこの支部でも言えることだが、末端のゴッドイーターであるほど人が良かったりする。逆に上層部に近い人間はどこか暗い部分を持っていることも多い。

 尤も、ゴッドイーターは命懸けの仕事だ。

 日常的にギスギスしていると戦場で酷い目にあう。こうして友好関係を築き、仲を深めるのは仕事の一部とも言えるので、自然と良い人が集まってくるものだ。

 そうして雑談を繰り広げていると、ラウンジのドアが空いてロミオが入ってきた。

 

 

「うわー! すげー! 極東ってこんなに人がいるんだー!」

 

 

 それを聞いてシスイが軽く見回すと、いつの間にか結構なメンバーが揃い始めていた。任務が終わり、順に集まってきたのだろう。いつもは広いラウンジも、こうして見ると少し狭く感じる。

 支部長のペイラー榊、各部隊の隊長、それにユノやサツキといった外部の人間、普段は滅多に顔を合わさないゴッドイーターなど、これだけのメンツが一堂に集まるのも珍しい光景である。

 そしてロミオを最後にブラッドが全員集合したからか、コウタが前に立ってマイクの電源を入れた。

 

 

「あー、あー、てす、てす……うっし、オッケー!」

 

 

 簡単にマイクテストをしてから、コウタは声を張り上げる。

 

 

「はい、皆さん注目!」

 

 

 雑談していた殆どのメンバーが一斉にコウタの方を向いた。そしてコウタはグルリとラウンジを見渡し、皆が注目していることを確認して話を続ける。

 

 

「本日は足元のお悪い中、極東支部にお越しくださいまして誠にありがとうございます! まずはブラッドの皆さん! 改めて極東にようこそ! これから一緒に戦う仲間として、隊長のジュリウスさんに一言お願いしたいと思う次第です」

 

 

 そう言ってコウタはジュリウスの方を見るが、当の本人は戸惑いの表情を浮かべている。どうやら完全にアポなしだったようで、ジュリウスはヒカルとシエルにアイコンタクトを向けていた。

 

 

(どうしたらいい副隊長、シエル?)

(やればいいんじゃない? 隊長なら何とかできるさ!)

(大丈夫です。ジュリウスなら問題ありません)

(その信頼はどこからやって来るんだ……まぁいい)

 

 

 無言でそのような会話をした後、仕方ないといった様子でジュリウスが前に出る。

 コウタはそそくさとマイクを代わり、横に避けた。

 

 

「ご紹介にあずかりました。極致化技術開発局所属、ブラッド隊長ジュリウス・ヴィスコンティです。極東支部を守り抜いてこられた先輩方に恥じぬよう、懸命に任務を務めさせていただきます。ご指導、ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願いします」

 

 

 定型文の組み合わせとはいえ、その場で考えたとは思えない挨拶だ。これでもジュリウスは高度な教育を受けているので、こういったこともソツなく出来る。

 感心したようにエリナが呟いた。

 

 

「すごーい、隊長っぽーい……コウタ副隊長の方が年上なのにアホっぽく見えるなー」

「うるさいよエリナ! というかシスイの辛辣さがうつってない!?」

 

 

 静かにツッコミを入れたコウタは、すぐにマイクを代わってジュリウスに礼を言う。

 

 

「はーいっ、ありがとうございましたー!」

 

 

 そしてジュリウスが元の位置に戻っていく中、今度はユノの方をみてコウタは口を開く。この歓迎会はブラッド隊のこともそうだが、ユノも一緒に歓迎している会なのだ。

 

 

「えーと……続きまして、ユノさんお帰りなさい! どうぞユノさんも一言!」

「わ、私?」

 

 

 ジュリウスどころか、ユノにもアポなしで挨拶させているらしい。歓迎会を準備している割には随分と杜撰な部分があるとシスイはコウタに対して溜息を吐いた。

 しかし、呼ばれてしまったものは仕方ない。

 シスイは適当にアドバイスする。

 

 

「取りあえず歌っておけば? どうせコウタのことだから準備してるよ」

「う、うん。そうするね」

 

 

 小さく言葉を交わし、ユノは前に出る。

 これだけ極東支部の人員が集まっているのだから、ユノでも緊張してしまうだろう。

 そしてマイクの前に立ち、恐る恐ると言った様子で口を開いた。

 

 

「あの……私、こういう挨拶とか慣れてなくて……もしよかったら歓迎会のお礼に―――」

「はいはいごめんねー! ぶっちゃけそれ待ってたんだーっ! って訳で既に準備済み! さぁ、ユノさんどうぞどうぞ!」

「ほ、ホントにシスイさんの言った通りだった……」

「さぁさぁ、お待ちかね! 極東の歌姫、葦原ユノさんのソロコンサートです!」

 

 

 シスイはコウタとそれなりの付き合いだというので、予想も容易かったのかもしれない。そんなことを考えつつ、ユノはピアノの前に座る。マイクもセット済みであり、弾きながら歌えるようになっていた。

 ユノは一度目を閉じて落ち着き、静かに歌い始める。

 

 

「窓を……開けて―――」

 

 

 メロディーに乗せて言葉が紡がれる。

 ユノ自身の歌である『光のアリア』が流れ、誰もが聞き入っていた。ラジオや録音は誰も聞いたことがあるのだろう。しかし、こうして生で聞く機会など滅多にない。

 ファンであるロミオなど、目を輝かせていた。

 ユノを知らなかったヒカルやナナも目を閉じて聞き入る。

 いつもは無表情のシエルすら顔をほころばせる。

 ギルバートはロックのウイスキーを片手に歌の世界に入る。

 ジュリウスは壁にもたれかかり、ひっそりと聞き入る。

 

 

(歌の力……か)

 

 

 歌は物理現象で言えば、空気の振動だ。

 振動数を連続的に変化させただけの物理現象に過ぎない。

 ジュリウスは歌から感じられるユノの思いを確かに心で感じていた。

 そしてそれはジュリウスだけではない。

 誰もがユノに聞きほれていた。これが歌姫と称されるユノである。このような歌だからこそ、世界中で愛されるのである。

 彼女の歌が終わった時、会場は大きな拍手で包まれた。

 

 

「ありがとうございました」

「はいはいユノさんありがとうございましたー! 皆さん、歓迎会を楽しんで行ってください!」

 

 

 一礼するユノの前に出てコウタが歓迎会の始まりを告げる。

 それを聞いて各々近くの人と話し始め、歓迎会の様相を見せた。やはり話題はユノの歌で、生演奏生歌を聞けた興奮が収まらない様子。

 ただ、割と聞きなれているシスイは一人ボソリと呟いた。

 

 

「コウタのやつ……ちょいちょい出てくるね。全く……ユノが来たからって興奮し過ぎ」

 

 

 コウタもまたユノのファンなので、その気持ちは分からなくもない。

 ただ、アホっぽく見えるので控えて欲しかったというのが本音だ。

 そんな風にシスイが今日何度目かもわからない溜息を吐いていると、不意にシエルが近寄ってシスイに話しかけて来た。

 

 

「久しぶりですねシスイ。六年ぶりですか」

「あ……もしかしてバレてる?」

「はい、ラケル先生に教えていただきました。貴方の事情も少しは」

「ラケル・クラウディウスが……?」

 

 

 あの女が不用意に話すとは思えない。恐らく重要な部分は隠しているのだろうと判断した。シエルが知っているのは神崎シスイ=楠シスイということだけだろう。シスイはそう考えて言葉を選びながら話すことにする。

 

 

「まさかシエルがブラッド隊にいるとはね。世間は狭い」

「私の方こそ驚きです。前からシスイの論文は読ませて頂いていました。私もバレットに関しては興味があるので、また直接話したいと思っていたところです」

「それは光栄だよ。あの頃みたいに勉強会でもするかい?」

「……良いのですか?」

「僕らは研究者であると同時に、伝道者でもある。自分の研究に興味を持ってくれる人は大歓迎なのさ」

「なるほど。ではお願いしたいと思います」

 

 

 昔は基礎分野を簡単に教えていただけだったが、こうして久しぶりにあったシエルはバレットという分野に深い興味を示しているようだった。シスイの専門ではないが、色々と開発しているのも事実。折角なのでシエルの談議に付き合うことにする。

 ブラッドでもシエルの話に付いていける者は少ないらしく、どことなく嬉しそうにしていた。

 

 

「副隊長は幾らかバレットエディットもしているようなのですが、他のメンバーはデフォルトのバレットをそのまま利用しているようです。勿論、デフォルトの物も扱いやすくて良いのですが、エディットを極めればもっと効率よくアラガミを狩ることが出来ると思うんです」

「それは確かにそうだね。でも、第二世代以降の神機使いは基本的に剣と銃をどちらも使いこなさなければならない立場にある。だから練習時間も増えるし、バレットはそのままで良いって人も多くなるんだ。第一世代の銃型神機使いはかなりエディットを利用しているみたいだけどね。僕も偶に相談を受けるし」

「なるほど……確かにそうかもしれません。エディットは時間もかかりますし、試作品を幾つも作ったうえでようやく実用に耐えられるものとなります。コンピューターシミュレーションでも限界はありますし、そんな時間があれば神機を扱う練習割いた方が効率的ということですか……」

「一応、僕の部隊では試作で作ったバレットを部下に使わせているよ。それで使い勝手をテストして、最適化を繰り返している。やっぱりエディットはセンスも問われるし、僕たちのような研究者側が作った方が効率良さそうだね。エディット自体を無理に布教するよりも良いかもしれない」

「なるほど……私も今度、誰かに手伝ってもらうことにします」

 

 

 飲み物を片手に意見を交換し合っていると、シスイは不意に肩を叩かれる。

 反射的に振り返ると、そこにはリッカが立っていた。

 それも中々に笑顔が怖い感じである。

 

 

「あ……リッカ」

「楽しそうだねシスイ君?」

「いや別に―――」

「ところで彼女は誰かな?」

 

 

 確実に誤解だ。

 そう思ったシスイは懇切丁寧に、一字一句に気を使いながら答える。シエルが元教え子である事、そしてバレットに興味を持っているらしいので意見を交換したこと。

 つまりあくまで研究者としての立場で話していたことを強調したのだ。

 

 

「―――というわけなんだ」

「ならいいけどね。嘘だったら初恋ジュースver4.2を飲ませるから」

「天に誓って嘘ではないよ!」

 

 

 初恋ジュースver4.2とはペイラー榊が趣味で作った初恋ジュースの強化版である。元の初恋ジュースならばシスイも普通に飲めたのだが、このver4.2は無理だった。もはや飲み物とかの領域ではない。ちなみにこのve4.2は自動販売機で初恋ジュースを買うと、低確率で当たる……いや寧ろ外れるという代物である。

 シスイがそんな反応をしても仕方なかった。

 そんなやり取りをする二人を見たシエルは、首を傾げながら訪ねる。

 

 

「あのシスイ。そちらの方は?」

「ん? まだ自己紹介してなかったっけ? 私は楠リッカ。シスイ君の奥さんだよ」

「そういうこと。要はシエルと仲良くしてたから嫉妬してたんだよ。普段は研究一筋なのに可愛らしいでしょ?」

「もう……シスイ君……」

 

 

 やれやれといった様子のシスイと頬を赤く染めるリッカを交互に見て、シエルは入ってきた情報を整理する。しかしあまりにも衝撃的だったからか、暫くの間シエルは固まってしまったのだった。

 ちなみにシエルが動き出したのはヒカルがやって来てシエルの肩を叩いてからであり、そこからはシスイ、リッカ、ヒカル、シエルのメンバーで歓迎会を過ごすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




修羅場回避ぃっ!

リッカさんが先手を打ちました。

ま、今となってはシスイとリッカは相思相愛なのです。シエルさんに入る隙はありません。
……多分


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EP27 喚起の力

 

「バレットがおかしい?」

「はい、そうなんです」

 

 

 ブラッドが極東にもなじんできたある日、シスイは唐突にシエル・アランソンから相談を受けた。なんでもバレットがいつもと異なる挙動を起こしたらしく、調べて欲しいということである。

 エディットのミスではないかとシスイは疑ったが、シエルにそれはないだろう。少なくとも、彼女が考えらえれる原因ではなかった故にシスイの元まで持ってきたのだから。

 

 

「分かった。調べよう」

「お願いします」

 

 

 シエルから受け取ったバレットを解析器にかけてデータを参照していく。構成としてはよくあるスナイパー弾なのだが、確かに通常とは異なる波長も検出された。

 それを見てシスイは眉を顰める。

 

 

「確かに異常が起きている……」

「やはりそうでしたか」

「ただ、この波形……どこかで見た覚えがあるね」

 

 

 これと似たものを見たのは割と最近である。

 そう思ったシスイはコンピュータの履歴からデータを引っ張り、最近見たデータを比べ始めた。そうして三十分ほど経った頃、ようやく正解を引き当てる。

 

 

「なるほど。これか」

「シスイ、これは?」

「ブラッドの偏食因子に関するデータ。特にブラッドアーツ発動時のものだね」

「ブラッドアーツの? それはつまり……?」

「元々、ブラッドアーツは神機の刀剣形態で使える専用技みたいなものだ。でも神機には銃形態もあるよね。要するに、新しいブラッドアーツだよ」

「そんなことが!?」

 

 

 しかし有り得ないことではない。

 剣の形態でブラッドアーツが使えるなら、銃形態専用のブラッドアーツがあってもおかしくはないのだ。寧ろ、これまで判明しなかった方が不思議なくらいである。理由は不明だが、何かの要因があって新しいブラッドアーツが目覚めたらしいとだけ分かった。

 

 

「理解はしました。では便宜上、銃形態のブラッドアーツをブラッドバレットと呼ぶことにします」

「いいんじゃない?」

「それでこのブラッドバレットにはどのような特徴が?」

「それはこれからだね。バレットのモジュールを分解して解析するから、すぐには終わらないよ。明日には纏めておくからその時に待て来てくれるかな?」

「分かりました。ありがとうございます博士」

「やめてくれ。シスイでいい」

「ふふ。ではありがとうございますシスイ」

 

 

 シエルはそう言って研究室を後にする。シスイは早速このブラッドバレットを解析したいところだが、残念ながら今日は別の予定が入っているのだ。

 いや、正確にはシエルよりも僅かに早く予定が入ってしまったのである。

 

 

「さてと、リンクサポートデバイスの試作品実験……いきますか」

 

 

 シスイは白衣を翻し、部屋を出たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 黎明の亡都。

 泉が近くにある古い町であり、巨大な教会も近くにある。そんな場所に楠シスイと神威ヒカルは二人でやって来ていた。目的はリンクサポートデバイスの試作品を実験するためである。

 

 

『感度も良好、リンクサポートも上手く働いている。神機も機能を失っていないみたいだね!』

「今のところはね」

『もう……分かっているよシスイ君。ちゃんと観測しておくから、危なくなったら助けてあげてね』

「分かっているさリッカ」

 

 

 リンクサポートとは、使用されていない神機を利用し、作戦区域全体に追加効果をもたらすというシステムなのだが、使用中は神機としての機能が無くなることが問題だった。

 三年前と異なり、リンクサポートは安価に運用できるまで実用化されている。

 しかし、それでもリンクサポートと神機運用の平行は未だに実験段階だった。

 今回は一応の試作品が出来たので、こうして運用しているのである。新型リンクサポートデバイスをあげる代わりに実験を手伝う……そんなこんなで釣れたのがヒカルだったのだ。

 

 

「ホントに大丈夫だよな?」

「大丈夫じゃなかったら僕がどうにかするよ」

「不安だ……」

「ま、今のところは動いているし、大丈夫じゃないかな?」

 

 

 実のところを言えば、シスイすら新型リンクサポートデバイスが動いたことに驚いている。他の神機使いに試してみた時は機能しなかったので諦めていたのだ。偏食因子が異なるブラッドならどうかと思ってダメ元の実験をしてみたのだが、予想を裏切られて見事に機能したのである。

 シスイはそんなことを億尾も出さず、隠れて目標を捉えた。

 

 

「さてヒカル。あれが今回のターゲット、コンゴウ堕天種だよ」

「実験の割には結構なとこ突いてきましたね」

「……? 何言ってんの? 実験用だからちゃんと雑魚を選んだじゃないか?」

「何言ってんだこの人!?」

 

 

 極東では勘違いされているが、コンゴウは決して雑魚ではない。

 他の支部では、一人の時にコンゴウが現れると死を覚悟することも考えなくてはならないのだ。まして大型種など出現すれば、逃げの一手に限る。

 しかし、極東では違う。

 中型種以下は基本的に雑魚扱い。ヴァジュラは一人で狩れて当たり前だし、大型種が乱入してくるなど日常茶飯事なのである。極東で一年生き残れば、他の支部では隊長を張れると言われる程、ここは過酷なのだ。

 これが極東か……と戦慄するヒカルをよそに、シスイはどこ吹く風でいつでも奇襲できる位置に移動する。

 

 

「じゃ、行こうか。リッカはデータ観測宜しくね」

『任せてシスイ君』

「はぁ……わかったよ」

 

 

 ヒカルはショートブレードを構えて飛び出す。黒い服装と黒い神機、そして彼の長い黒髪のせいで、影が動いているようにも見える。黒い閃光となったヒカルは一瞬でコンゴウへと近寄り、捕食によってバースト状態へと移行した。

 

 

「グゴオオオオオ!」

「はっ! 遅い!」

 

 

 ショート・ブラストの組み合わせであるヒカルはとにかくスピードを重視する。攻撃は回避、隙を突いて反撃……という動きを繰り返し、余裕があればオラクルリザーブでバレット用のオラクルを貯蓄する。

 ショートブレードは軽い代わりに攻撃力が低いという欠点を持っているが、それを補うようにブラスト弾を活用しているのだ。

 

 

「ぶっ飛べ!」

 

 

 変形した神機を構え、ヒカルはブラスト弾を撃つ。多少はバレットエディットを利用しているらしく、デフォルトのものよりも高威力弾になっていた。大爆発を引き起こし、コンゴウは背中を結合崩壊してしまう。

 そんな彼をシスイは陰で見守るだけだった。

 今回、シスイが出て来たのは保険のため。

 仮にヒカルの神機が止まってしまった場合、すぐにシスイが助けるのだ。

 しかし杞憂だったようで、ヒカルは十分もすればコンゴウ堕天種を討伐してしまった。いろいろ言っていた割にはしっかり一人で討伐している。

 

 

「グゥゥゥ……」

 

 

 最後に呻いて倒れたコンゴウ堕天をヒカルは捕食する。そして無事にコアを抜き取り、ミッションを達成したのだった。

 死体となったのを見計らってシスイはヒカルのもとに出てくる。

 

 

「どうだった? 違和感とかは感じてないかな?」

「いや、問題なかったな。神機の感覚もいつも通りだった。あ、でもリンクサポートのお陰で攻撃力は上がってたけど!」

「それなら大成功って頃かな? いやー、動いて良かったよ」

 

 

 そう言って笑うシスイを見て、ヒカルはふと気づく。

 

 

「もしかして……ホントは動かないものだったとか……?」

「おっと口が滑ったね。まぁ言ってしまえばその通り。何故か君は動かせたみたいだけど」

「おいコラ!?」

「大丈夫さ。そのために僕が居たんだから。まぁ、極東にいればこんなことも良くあるし、神機が動かない程度で死ぬようだと感応種も相手に出来ないからね。極東の隊長クラスは神機が停止状態でもアラガミを追い返すぐらいは出来るよ」

「何その化け物!?」

 

 

 極東は末恐ろしい場所である。

 ヒカルはそう感じていた。

 慣れてしまえばこれが普通なのだが……

 ちなみに、人外を育てる魔境とも評される極東は、他の支部から研修として神機使いが送られてくることも珍しくない。かつてはアネット、フェデリコという第二世代神機使いが神薙ユウの下に就いて研修していたのだが、今では彼らの支部で無類の強さを誇っているという。元は当時珍しかった第二世代神機使いがユウに色々と教えてもらうための研修だったのだが、それ以上に極東流の規格外戦闘術を身に着けて帰ったのが何よりの収穫だろう。

 

 

(極東じゃジュリウス隊長も霞んで見えるな……)

 

 

 ジュリウスは強い。

 エリート部隊ブラッドで隊長となるほどには強いのだが、極東基準では一般レベルである。ジュリウスも一人で大型種を撃破できるはずなのだが、それは他の地域での話であり、極東に来ると一人で大型種討伐は難しくなっていた。

 極東のアラガミは他の地域と比べて強い。

 それは同じ種でも(レベル)が違うということだ。

 

 

「さて、迎えも来たみたいだし、帰投しようか」

「りょーかーい」

 

 

 なんだか諦めた表情のヒカルは投げやりな返事を返す。

 極東は魔境。

 想像の斜め上を宙返りする勢いにこれから慣れなくてはならない。

 二人は帰還したのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 戻ったシスイとヒカルは、早速リッカの研究室に向かった。そこで今回のデータ採取をするのである。戦闘中のデータは採取済みなので、戦闘後の影響をこれから調査するのだ。

 診察用のベッドに転がったヒカルの横にリッカが座り、逆側にシスイが立つ。

 

 

「これから最終チェックをするよ。ヒカル君はそのままね」

「ま、睡眠薬で眠らせてあげるから、気付いた時には終わっているよ。だからゆっくり休んでくれ」

「といっても二時間ぐらいだけどね」

 

 

 息ピッタリで説明するシスイとリッカの言葉を聞きながらヒカルは意識を落としていく。すぐに睡眠薬が効いたのか、データ上のグラフでも眠っていることを示していた。

 これからしばらくデータを取ることになる。

 

 

「じゃあ、シスイ君も帰っていいよ。データ採取は一人で十分だから」

「わかったよ。解析は手伝うから、あとで僕の研究室に持ってきて。たぶん、そっちの方が機材が揃っていると思うし」

「そうだね……やっぱり解析はシスイ君の研究室が一番かな? 頼むよ」

「うん。僕も用事があるからそちらをやっておく」

 

 

 シスイはそう言って部屋を出る。

 そして長い廊下を歩き、リッカの研究室からほど近い自分の研究室へと入った。認証カードで鍵を開き、中に入るとブラッドバレットを解析するための装置が中途半端にセットされている。

 シエルに頼まれた解析をこれからするつもりなのだ。

 

 

「まずはモジュールの分解かな。それをコンピュータ解析にかけて変異した部分を検出、その後は変異部分にブラッドの偏食因子がどう関わっているかを調べる。まずはここか」

 

 

 シスイはバレットの研究も行うので、専用装置もいくつか持っている。半分以上は自作の機械だが、性能はそこらのものよりも上だ。バレットの解析など一時間もあれば終わる。

 

 

「データ検証開始。その間にブラッドバレットに変異した状況の確認をしますかね」

 

 

 メールボックスを見ると、シエルから状況報告書が届いていた。真面目な彼女らしい、実に丁寧で細かい報告書である。

 

 

(場所は嘆きの平原か……あそこは磁場が変質して天候に影響を与え、常に竜巻が発生している。ウロヴォロスを引き寄せやすい場所としても有名だね。となると、ブラッドの力がそれに影響された? ブラッドの偏食因子はそんな簡単に影響されるのか……? となると、はやり注目するべきなのは『血の力』の相互作用の方か)

 

 

 ブラッドはそれぞれ『血の力』と呼ばれる特殊能力を有している。どれも感応現象を応用したもので、第二世代神機使いでは起こりあえなかった出力を叩きだすことを可能としている。

 ジュリウス・ヴィスコンティの『統制』。

 神威ヒカルの『喚起』。

 シエル・アランソンの『直覚』。

 まだ他の三人は目覚めていないが、どれも戦場で大きな効果を発揮する。そしてシエルがバレットに変異を感じたのは、神威ヒカルと二人で任務に出かけた時だった。

 歓迎会の時にシスイが話したように、作成した試作品バレットの運用を手伝ってもらっていたという話である。そういう繋がりもあって、シエルはシスイに相談したのだが。

 

 

(『喚起』か『直覚』か……考えられるとすれば『喚起』かな。あれは直接的な感応現象というよりも、感応現象に作用する感応現象とも言える。つまり、感応現象を増幅することも可能なわけだ。それはつまり、ブラッドの力の可能性を広げるということを意味する)

 

 

 ブラッドアーツはブラッドの力だが、正確には感応現象で神機の力を引き上げることが本質である。出力さえあれば、誰でも出来ることだ。理論上は……

 それはともかく、ブラッドバレットとは神機の可能性を『喚起』の力で広げたものだと推測できる。ここで問題なのは、可能性が広がったのはヒカルの神機ではなくシエルの神機ということだ。本人を置いて、他人の神機に作用している点である。

 

 

「あるいは、二人の間に特別な感情があれば別か……」

 

 

 感応現象は穿った言い方をすれば『滅茶苦茶強い感情』である。あまりに強すぎるので、他の人にまで記憶や感情が伝わったりするし、神機にも思いは伝わる。

 そして人と人との間に強い思いがあれば、それを介することで他人の神機に作用することも理論上は不可能ではない。あくまで理論上は。

 以前はこの作用を逆向きに利用してユウはリンドウをアラガミ化から救出した。あの時はシスイもいなかったので、仕組みもよく分からない賭けのようなものだったが。

 

 

「となると、ヒカルとシエルのデータが必要だな。榊博士から貰ったデータを参照して……」

 

 

 シスイは方針が出来たことでコンピュータを操作し始める。バレット解析とは別の画面を立ち上げ、そこにヒカルとシエルのデータを映して比較していく。

 通常時と戦闘時のデータをそれぞれ検証した結果、特に関係はなさそうだという結論に至った。

 

 

「そう簡単じゃないか。確かに、常時リンクしているのもおかしな話。ヒカルの『喚起』が発動した瞬間のデータがあれば別かもしれないけど……」

 

 

 ジュリウスやシエルと異なり、ヒカルの『喚起』は自在に発動できるというものでもないらしい。思いが強くなった時に自動で発動するものとなっている。

 勿論、今のところは……という注釈がつく。これから練習すれば、意図して『喚起』を引き起こすことも不可能ではない。ただ、ブラッドバレットを目覚めさせるには他者との繋がりが必要になる。『喚起』を意図的に発動させたとしても、相手に受け入れる意思がなければ意味がない。

 相手の意思に関係なく作用する力があるとすれば、それはもっと異質で別の力だろう。そんな能力があればアラガミを不活性に追い込むことも可能かもしれないので、使い道としては充分だが。

 

 

「っと……こっちの解析は終わったみたいだね」

 

 

 ヒカルとシエルのデータを並べて四苦八苦していると、いつの間にか一時間経っていたらしい。バレットのモジュール解析が終了していた。

 とりあえずの優先はこちらなので、画面を切り替えて結果を眺める。

 

 

(このモジュール……ブラッド特有の波形が混じっているね)

 

 

 やはりブラッドアーツの亜種という考え方は間違っていなかったらしい。バレットを構成するモジュールの一つが変異していると判明した。

 

 

(オラクルの収束率が十倍以上になっている。これならバレットがアラガミに直撃した後も、霧散せずに『残留』するってこと。つまりはレーザー系のバレットと同じく貫通効果があるってことだね!)

 

 

 これが意志の力かとシスイは驚く。

 今までの技術ではやりたくても出来なかったバレットが可能となるのである。願いの数だけ可能性が増えるのがブラッドバレットの特徴だ。今回はシエルのスナイパーバレットで調査したが、アサルト、ブラスト、ショットガンでも別のブラッドバレットを発現する可能性は高い。

 シスイは分かったことをすぐにレポートにしてまとめる。

 あとはブラッドバレットの発現に関する条件だろう。これについては別の検証が必要だ。

 

 

「仮説検証のためにまた二人でミッションに出て貰うか……」

 

 

 そう呟いた時、不意に研究室の扉がノックされた。

 どうぞ、と言って鍵を開けるとリッカが入ってくる。時間を見ると、いつの間にか二時間半ほど経っていることが分かった。

 

 

「データを持ってきたよシスイ君」

「ありがとうリッカ。早速解析を始めようか」

 

 

 ブラッドバレットに関するレポートは一通り纏まったので、片付けてリンクサポートデバイスを解析する準備を始める。するとそれを見たリッカがシスイに尋ねた。

 

 

「何の解析をしていたの?」

「ちょっとブラッドについてね。バレットが変異したから調べて欲しいって依頼を受けたんだよ。ブラッドアーツみたいに、特別な変化を遂げているみたいなんだ」

「ふーん。で、誰の依頼?」

「だからブラッドからの―――」

「誰の依頼?」

 

 

 鋭い。

 シスイは何故か背中に冷たいものを感じた。これ以上言ってはいけないが、言わなければならない。そんな矛盾を抱えた感情が駆け抜ける。

 最終的には……言うことにした。

 

 

「シエル・アランソン……だよ?」

「へー、あの子のねー?」

「あの、リッカさん? ちょっと笑顔が怖いですよ?」

「何言っているの? 私の笑顔はいつも素敵だよ?」

「あ、はい」

 

 

 椅子の上で固まっているシスイに、リッカは後ろから手を回す。そして背後から抱き着くような姿勢になって耳元で囁いた。

 

 

「別に私は怒ってなんかいないよ? 私に黙ってあの子の依頼を受けた上に、面白そうなことを独占していたことに怒ってなんかいないよ?」

「えっと、はい」

「でも、今夜は色々とお話ししようね……?」

 

 

 どうやら機嫌は最悪らしい。

 可愛らしい嫉妬である。それにブラッドバレットについて黙っていたのも悪かった。話すつもりではあったのだが、リンクサポートデバイスの件で忙しくしていたことから、後で話そうと思っていたのだ。そんな言い訳をしたところで意味はなさそうだが。

 それにリッカが不安がっているのも理解できる。

 元々、シスイとリッカの結婚は策略に近い部分があった。シスイが名前を変えて偽の経歴を作り、それによって神崎シスイとは別人であるということにしたのだ。本部もこれを落としどころとしてシスイを狙うことを止めたのである。

 そして告白したのはリッカの方であり、シスイは戸惑いが強かった。

 今でこそシスイもリッカを妻として愛しているが、リッカには不安が残っていたのである。本当に自分で良かったのか。シスイは仕方なく結婚したのではないのか……と。

 いい加減、ハッキリさせた方がいい。

 向こうがこれだけ思っているのなら、シスイとしても応えないわけにはいかない。アラガミ化した自分が怖いというのは言い訳にしかならないのだから。

 

 

「そうだね……今夜色々と話そうか」

「へ?」

「昔サクヤさんが言ってたんだよね。困った時は取りあえずベッドの中でって。リンドウさんの本音を聞きだしたいときには有効だったらしいよ?」

「シ、シスイ君……」

 

 

 現在、リッカはシスイの背後から抱き着いている状態だ。直に体温が伝わってくる。

 シスイはリッカが真っ赤に染まっているのを容易に想像できた。

 

 

「ま、それはともかくリンクサポートデバイスの件を調べようか」

「そそそそうだね!」

 

 

 リッカはシスイから離れてポケットに手を入れ、データディスクを取り出す。それを受け取ったシスイはコンピュータにセットして早速解析を始めたのだった。

 

 

「おー。実際に目で見てたから知っているけど、ホントに動いてたんだね」

「うん。私もびっくりしたよ」

「ま、ヒカルには悪かったけど」

 

 

 まさか動くとは思わなかったというのが正直なところである。

 しかし、何かが作用して新型リンクサポートデバイスは機能したのだ。神機とリンクサポートを両立した状態で。

 

 

「データを見る限りだと『血の力』が作用しているね」

「うん。それは私も思ったんだ」

「ここだね。以前のリンクサポートは発動すると神機としての機能が消えていた。そうならないようにブラッドの偏食場で補完している。これは……面白い」

「うーん。これって他のブラッドにも出来るのかな?」

「少なくとも『血の力』を覚醒させている必要はあると思うよ。でも……これはヒカルだからこそ出来たことじゃないかな?」

「『喚起』の力だね?」

「恐らくは」

 

 

 リッカとも意見が一致したところで、改良点を洗い出していく。

 特殊条件下とは言え、実際に機能したというデータが手に入ったのだ。この意味は大きい。

 

 

「幾つかの仮説は立つね……となると実証データが欲しい」

「もう一度ヒカル君には協力してもらった方が良さそうだね」

「彼には色々と驚かされる。『喚起』の力……期待できそうだよ」

 

 

 本人の知らぬところで期待されるヒカルだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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EP28 ルフス・カリギュラ

 感応種をブラッド隊に任せるようになってから、シスイは余計な労働をしなくても良くなった。これまではシスイしか感応種を相手に出来なかったので、急に呼び出されて出撃命令が下ることも珍しくなかったのである。

 今日も、エイジス島でクアドリガ二体を討伐すれば仕事が終わる予定だった。

 

 

「エリナ、エミール!」

「はい!」

「うおおおおおおお! 騎士道おおおおおおお!」

 

 

 シスイが作った隙を突いて、新人のエリナとエミールが攻撃を加える。コウタは遠距離からクアドリガのミサイルを撃ち落とすことに専念しており、二人は安全に戦うことが出来ていた。

 エリナとエミールがクアドリガを一体ずつ相手にしている一方、隊長シスイと副隊長コウタは一人で二体を相手に立ちまわっている。それもエリナとエミールの邪魔になることなく、ベストのタイミングで追撃できるように配慮していた。

 これが経験の差、というやつである。

 戦闘が始まってから十五分で、クアドリガ二体は討伐寸前となっていた。

 

 

「もう少しだよ!」

 

 

 それぞれ一撃を与えたエリナとエミールが下がり、代わりにシスイが前に出る。そして攻撃モーションに移っていたクアドリガの前面装甲を切り裂き、ダウンさせた。二体は全身からオラクルを噴き出して倒れる。かなり弱っている証だった。

 第一部隊も前線部隊として様になってきた。

 こうして大型種を複数体同時に相手取っても余裕が生まれるようになったし、エリナとエミールも個人で大型種を倒せるようになりつつある。もう少し実力をつけたら接触禁忌種を討伐する任務に連れていくことも出来るだろう。現在はシスイが一人で討伐しているので、これで仕事に余裕が出来る。

 本業である研究も捗るというものだ。

 

 

「とどめ!」

「エミールスペシャルウルトラああああ!」

 

 

 これで終わり。

 シスイとコウタもそう思った。

 しかし次の瞬間、遥か上空から深紅の流星が落ち、大きな音を立ててクアドリガ二体を粉砕する。その衝撃でエリナとエミールはおろか、シスイとコウタまでも吹き飛ばされた。

 

 

「くっ……皆は大丈夫!?」

 

 

 シスイがすぐに確認すると、エリナが神機を杖のようにして立ち上がりながら頷いているのが見えた。別の場所では気絶したエミールをコウタが助けている。

 

 

「エリナはコウタとエミールの所に行って護衛を。その間に僕が前に出る」

「わかりました隊長!」

 

 

 回復錠を噛み砕いたエリナは、駆け足でコウタとエミールのもとに向かう。どうやらエミールは本格的に気を失っているらしく、コウタに肩を貸されている状態だった。このままではコウタもエミールも戦闘には参加できないだろう。

 そしてシスイは赤い水晶のような刃を持つヴァリアントサイズを構え、クアドリガ二体を粉砕した流星の正体へと目を向ける。

 その姿には心当たりがあった。

 

 

「ルフス・カリギュラ……」

 

 

 以前に第四部隊長、真壁ハルオミが言っていた復讐相手。

 深紅の体表を持つ変異種のカリギュラだった。背中にはロングブレードの神機が突き刺さっており、所々に傷も見える。正確には、修復した傷跡と言った方が正しい。恐らくは回復のためにアラガミを喰らい、今回はクアドリガ二体を捕食するために現れたのだろう。

 現に、今も第一部隊を無視してクアドリガだった残骸を貪っている。

 

 

(ハルさんにも知らせた方がいいよね……僕だけでも倒せると思うけど、約束もあるし)

 

 

 ルフス・カリギュラに遭遇したらハルオミに知らせるという約束をしている。こちらも命が掛かっているので必ず守れるとは思っていなかったが、可能な限りは守るべき約束だ。

 それに、現在はエミールも気絶しているので、撤退が作戦として正しい。

 ここは引き下がり、ついでにハルオミにも情報を伝えるべきだろう。

 シスイはヒバリに通信を入れた。

 

 

「こちらシスイ。想定外のアラガミに遭遇しました。僕の記憶が正しければこいつはルフス・カリギュラという変異個体です。第一部隊はエミールが気を失い、エリナも負傷しています。撤退するので、コイツを追撃するための援軍を出してください」

『わかりました。ヘリを使ってすぐに帰投してください。援軍にはブラッド隊を―――』

「いや、ハルさんに頼めますか?」

『―――分かりました』

 

 

 一瞬、ヒバリが息を飲んだことが通信機越しでも分かった。先程は動揺してブラッド隊に援軍を任せようとしていたが、ヒバリもハルオミからの頼みごとを思い出したのである。

 ハルオミは隊長格やオペレーターにはルフス・カリギュラを見かけたら教えるようにと頼んでいた。だからこそ、ヒバリもシスイの提案をすぐに飲み込んだのである。

 

 

「僕が押さえておきます。その間にハルさんと……プラスして二人か三人ほど呼んでください」

『分かりました。決して無茶はしないでくださいね』

「勿論」

 

 

 折角見つけたルフス・カリギュラを逃すことはない。

 背中のブースターで高い機動力を持つカリギュラは、目を離した隙に何処かへと消えてしまう可能性すらあるのだ。ここで足止めする人員も必要となる。

 コウタたちは撤退させるので、必然的に残るのはシスイだ。

 

 

「コウタ! 二人を連れてアナグラに戻ってくれ!」

「分かった。絶対に死ぬなよ!」

 

 

 エリナは何か言いたそうだったが、コウタはシスイの実力を熟知しているので問題ないと結論付けた。そして有無を言わさず、エミールを抱えて走り出す。ルフス・カリギュラがクアドリガを捕食している今が逃げるチャンスである。

 

 

(絶対に死ぬんじゃねぇぞ!)

 

 

 コウタは内心でそう思いながら撤退するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

「なんだと!?」

 

 

 ヒバリから連絡を受けた任務中のハルオミは思わずその場で叫んだ。

 しかし、ここはアラガミと命を奪い合う戦場である。そんな隙をアラガミが逃したりはしない。

 

 

「グオオオオオオ!」

「ちっ!」

 

 

 ラーヴァナというアラガミが炎を吐き出した。ハルオミはギリギリで反応して避けるも、その熱で少しばかり顔を顰める。本当ならこのまま反撃に移りたいところだが、ルフス・カリギュラが現れたという事実から行動できずにいた。

 代わりに唯一の隊員である台場カノンがラーヴァナを爆破する。

 

 

「あははははは! 死んじゃえ!」

 

 

 相変わらずのバーサーカーっぷりだが、今のハルオミにはどうでも良かった。思考が冴えわたり、今するべきことが自然と溢れ出る。そしてそれは一瞬のうちに行動として現れた。

 

 

「すぐに帰るぜカノンちゃん」

 

 

 そう言ったハルオミは神機を水平に構えて、その場から消えた。一切の無駄をなくし、遊びの要素を取り除いたハルオミの本気。ベテランの彼だからこそ出来る熟練の狩り技だ。

 一瞬にしてラーヴァナの首が飛び、コアがむき出しとなる。ハルオミはそれを捕食形態(プレデターフォーム)で食い千切り、任務を終わらせた。

 

 

「急ぐぞカノンちゃん!」

「はわわわ!? 待って下さいハルさ~ん!」

 

 

 バーサーカーモードの切れたカノンは、珍しく真剣な眼差しのハルオミを慌てて追いかけた。一方のハルオミは無言で帰投用ヘリに乗り込み、カノンが搭乗するのを待ってパイロットに急かす。

 

 

「急いで戻ってくれ! 大至急に!」

「あ、ああ。任せな」

 

 

 パイロットもハルオミの剣幕に驚いたが、それでも淀みなく操縦してヘリは浮かび上がる。そして三十分と経たずにアナグラへと帰投したのだった。その間に機嫌の悪くなるハルオミは徐々に空気を重くしていったので、一緒に乗っていたカノンは顔を青しくていたのだった。

 そしてようやく帰投したハルオミは急いでエントランスへと向かい、ヒバリからミッションを受注しようとする。如何に復讐とはいえ、ここは職場なのだ。勝手にルフス・カリギュラの元へと向かうことは出来ない。支部長命令によって任務中に更新があれば別だが、残念なことに今回はそれがなかった。

 

 

(一秒でも惜しい……アイツをこの手で始末する絶好のチャンスなんだ!)

 

 

 そんな感情を抱きながらハルオミは疾走していた。

 しかし、エントランスに到着すると、そこには言い争う神威ヒカルとギルバート・マクレインがいた。ハルオミとギルバートは以前にグラスゴー支部で一緒だった時期があり、ルフス・カリギュラは二人にとっての仇である。

 ギルバートの尊敬する上司、そしてハルオミの妻だったケイト・ロウリーを死に至らしめたアラガミこそがルフス・カリギュラなのである。情報を得て動き出すのはハルオミだけではなかったのだ。

 

 

「これは俺の問題だ。副隊長は手を出すな」

「けど……」

 

 

 ああ、お節介な野郎だ。

 ハルオミはギルバートと共にルフス・カリギュラ討伐へと向かおうとしているヒカルにそんな思いを抱く。以前に酒のツマミとしてギルバートの過去についてヒカルに語ったことがあった。

 フラッギング・ギル。

 上官殺しとしての異名を持っていたギルバートだが、真相としてはルフス・カリギュラの攻撃によって腕輪機能を壊されたケイトをアラガミ化から守るために介錯しただけである。

 しかし、それは本来ギルバートがすることではなかった。

 アラガミ化したゴッドイーターへの対処は、そのゴッドイーターに思い入れのない特殊部隊の者がすることである。もしくは部隊の隊長の仕事だ。ギルバートは断っても良かった。

 だが、上司ケイトの尊厳を守るために、完全なアラガミ化を待たずして始末をつけたのである。

 その時から、ギルバートの心はその場所に縫いつけられていた。

 ルフス・カリギュラを倒すまでは決して進めない。

 それが今のギルバートだった。

 

 

「止めても無駄だ。俺は行くぜ」

 

 

 そんなギルバートを見たハルオミは逆に冷静になれた。燃え上がるような感情も鎮まり、いつもの自分に戻る。そして二人の間に割って入った。

 

 

「お前一人で行かせるつもりはねぇぜ?」

「……ハルさん」

「言っておくが、俺だって当事者だ。文句は言わせねぇよ。そしてコイツは俺たちの手伝いをしたいと言ってるんだろ? 別に邪魔しようって訳じゃねぇ。どちらにせよ、放っておいてもついてくる。コイツはそんな奴さ」

 

 

 それを聞いてギルバートも冷静になれたのだろう。

 ギルバートにとってハルオミも尊敬する先輩にあたるので、その言葉には素直に従った。

 

 

「……分かった。頼む副隊長」

「勿論だ。それがブラッドだからな」

「ふん。違いない」

 

 

 ヒカル、ギルバート、ハルオミの三人が追撃部隊として送られることになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ひたすらルフス・カリギュラを相手に時間を稼いでいたシスイは、体中に多くの傷を負っていた。大きな怪我こそないが、小さな切り傷は数えきれないほどになっている。

 そこまでシスイを追い詰めている理由は、ルフス・カリギュラの速さにあった。

 変異種であるルフス・カリギュラは、通常のカリギュラと比べて二倍速い。攻撃力も二倍はあるので、直接攻撃を喰らわなくても、余波でダメージを受けるほどだった。ブースターの出力も凄まじいので、これまでのカリギュラと同じ意識では一瞬で殺される。

 正直、手加減しながら相手にするアラガミではなかった。

 

 

「まだですかねヒバリさん?」

『もう少しだけ持ちこたえてください。あと五分で援軍が到着します!』

 

 

 倒すだけなら、シスイが本気を出せば足りる。しかし、ハルオミのために時間を稼ぐだけで、出来るだけ殺さないように相手していた。結果として傷が増えたのである。

 

 

「グオオオオオオオオオオ!」

「おっと……また来るね」

 

 

 ブースターで大きく跳び上がったルフス・カリギュラは、急降下によってシスイへと迫る。両腕のブレードが閃き、空間を引き裂くような斬撃が地面を抉った。

 ギリギリで避けたシスイはカウンターとしてルフス・カリギュラの右ブレードにヴァリアントサイズを叩き付ける。急降下中だったルフス・カリギュラはそれによって体勢を崩し、着地に失敗して地面を転がった。

 本来ならここで追撃するべきだが、シスイは敢えて下がる。

 目的はあくまでも時間稼ぎだ。

 追い詰めて逃げられては本末転倒だし、間違って倒してしまったらハルオミに申し訳ない。だからこそ、シスイは進んで愚かな行動をとっていたのだ。

 

 

「ガアアアアアア!」

 

 

 ルフス・カリギュラは深紅の炎を吐き出し、シスイを焼き尽くそうとする。素早い分、予備動作も小さいので範囲攻撃は回避が難しい。しかし、シスイは問題なく回避して見せた。

 そして炎によってルフス・カリギュラの視界が潰れたことを利用し、死角から近寄ってヴァリアントサイズを叩き付けた。

 

 

「はぁっ!」

「ゴアッ!?」

 

 

 そしてシスイはルフス・カリギュラへと再び接近し、背中に乗って突き刺さっている神機を手に取る。腕がアラガミ化しているお陰で、どんな神機でも扱うことが出来るのだ。普通ならば侵食が始まるのだが、シスイは問題なく神機を引き抜こうとした。

 しかし、それよりも先にルフス・カリギュラが復帰する。

 背中に刺さっている神機に触れられたことで、ダメージを感じたのだ。ルフス・カリギュラはシスイを振り落とそうとして大きく暴れる。

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「おわっ……く……」

「グルアアアアアアアアアアアアア!」

 

 

 シスイは更に右手のヴァリアントサイズも突き刺して振り落とされないようにした。すると痺れを切らしたルフス・カリギュラは、ブースターを全開にして一気に空中まで飛び上がる。

 これにはシスイも驚いた。

 

 

「うわ……マジ?」

 

 

 眼下にはエイジスの全貌が見えるほど、空高く舞い上がっている。落とされでもしたら大怪我では済まないかもしれない。

 そう思ったシスイはケイトの神機と自分の神機をより深く突き刺し、落とされないようにした。

 だが、それで怒ったルフス・カリギュラはブースターから大量のオラクルを噴射して高速移動する。そして風を切り、海を越えて、最高速度のまま愚者の空母と呼ばれる区域に突っ込んだのだった。

 流石にその衝撃でシスイは神機から手を離してしまい、地面に転がる。

 そして瓦礫の山に激突してようやく止まったのだった。

 

 

「ぐはっ!?」

 

 

 内臓がかき回されるような衝撃を感じて、胃から何かが込み上がってくる。そして吐き出した液体がシスイの白衣を赤く染めた。

 

 

「くっ……内臓をやられたね。油断し過ぎた」

 

 

 震える手でポーチから回復錠を取り出し、急いで口に入れた。これで応急処置は完了である。自然回復によって徐々に傷も治っていくだろうが、しばらくは痛みに耐えながら戦う必要があるだろう。

 そして、残念なことに神機はルフス・カリギュラの背に突き刺さったままだ。

 

 

「ま、いいか」

 

 

 しかしシスイは特に動揺もしなかった。

 そもそも、神機はシスイが自分のオラクルを操って創り出しているので、新しく作れば問題ない。かなりオラクル不足になるだろうが、動けないほどでもないからだ。それにいざとなれば、オラクルの爪を使って戦ったり、オラクル弾、オラクル槍という戦法も残っている。

 そして何より、丁度援軍が到着したので、無理をする必要もなかった。

 

 

「援軍に来たぜシスイさん」

「アイツ……間違いねぇ。奴がケイトさんを……」

「ははっ! 随分と威勢のいい仇だ。やるぜヒカル、ギル!」

 

 

 やってきたのはヒカル、ギルバート、そしてハルオミ。

 新たに現れた援軍を見たルフス・カリギュラは大きく吼えた。

 

 

「グルオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 しかし、ギルバートとハルオミは怯むことなくルフス・カリギュラへと挑む。

 

 

「はああああああああ!」

「うおおおおおおおお!」

 

 

 ギルバートのスピアがルフス・カリギュラの片足を抉り、ハルオミのバスターが巨体を吹き飛ばした。通常種の倍速を誇るルフス・カリギュラはすぐに持ち直し、怒って突進攻撃を仕掛ける。ブースターによる加速もあって、攻撃直後のギルバートとハルオミは装甲展開すらギリギリだった。

 しかし、それをヒカルが援護する。

 

 

「シエル直伝! ブラッドバレット!」

 

 

 開発したてのブラッドバレットが火を噴き、ギルバートとハルオミすらも巻き込んだ大爆発を引き起こす。しかし味方を識別する効果によって、それほどの爆発でもギルバートとハルオミにはダメージがない。ルフス・カリギュラだけが吹き飛ばされたのだった。

 そこへシスイが近寄り、背後から神機を抜き取る。

 

 

「返してもらうよ?」

「グオッ!?」

 

 

 神機を抜かれたときの痛みでルフス・カリギュラは悶える。そしてシスイは背中を蹴り、大きく跳んでヒカル達の近くで着地した。

 

 

「足止め助かったぜシスイ!」

「いえいえ。約束ですからねハルさん」

「まだいけるか?」

「問題なく」

 

 

 ハルオミは簡単にシスイの状態を確認すると、すぐに戦力として組み込む。ルフス・カリギュラはディアウス・ピターよりも速いのだ。こちらは人数で対抗しなければならない。

 復讐の相手であっても、自分が死んでは意味がないのだ。

 

 

「俺とギルが出る。シスイは援護、ヒカルは遊撃だ」

 

 

 だが、そう言って神機を構えたハルオミに対してシスイはストップをかけた。

 

 

「待って下さい。僕が出るので、ハルさんとギルは追撃を。長くルフス・カリギュラと戦っているので大体の動きは把握していますし」

 

 

 そして返事を待つことなく、シスイは前に飛び出た。止める前にシスイが行動に移ったことで、ハルオミとギルバートは慌てながら追いかける。

 

 

「おい! ちっ、行くぞギル」

「分かりました!」

「ヒカルは上手いこと奴の気を逸らせ!」

「ああ」

 

 

 吼えたルフス・カリギュラはブレードを展開し、凄まじい速度で薙ぎ払う。それをシスイは背面跳びで回避し、勢いを殺さずに懐まで潜り込んだ。そしてヴァリアントサイズを振り上げ、ルフス・カリギュラの腹を大きく切り裂く。

 そして生じた隙をハルオミとギルバートが突いた。

 

 

「喰らいやがれ!」

「おらぁ!」

 

 

 チャージクラッシュとチャージグライドがルフス・カリギュラに大きなダメージを与え、よろめく。その隙にヒカルが背後へと回り込み、目にも留まらぬ速さでショートブレードを振り回した。

 ブラッドアーツ『風斬りの陣』が発動し、オラクルの刃がルフス・カリギュラに追加ダメージを与える。そしてオラクルが溜まれば一旦引いて、リザーブを行った。ヒカルのブラスト弾は消費が大きい代わりに高威力なので、オラクルリザーブは必須なのである。

 

 

「ハルさんも来たから、僕も遠慮なく行こうか!」

 

 

 これまでは時間稼ぎのために手加減していたが、ここからは本気で倒しに行く。ヴァリアントサイズを振り上げたシスイはルフス・カリギュラのブレードを左右交互に弾きながら引き付ける。そして隙あらば強い攻撃を与えて結合崩壊を促した。

 一方、追撃組のハルオミとギルバートは、シスイの作った隙を存分に利用してルフス・カリギュラへのダメージを蓄積していく。あっと言う間に頭部とブースター、ブレードを結合崩壊させて、徐々に傷を増やしていた。

 

 

「グルルル……」

「弱ってきたぜ! 行けるかヒカル?」

「ああ、丁度溜まった」

 

 

 ハルオミの問いかけに答えたヒカルは、神機を銃形態にして三発ほどブラスト弾を撃った。そして即座に三人に向かって叫ぶ。

 

 

「十秒経ったら退いてください!」

 

 

 ヒカルの撃った弾は正面に飛ぶのではなく、上空へと行って滞空した。抗重力弾、及び充填弾という変異チップが組み込まれたブラッドバレットであり、十秒後にアラガミへと向かって落ちてくる。

 高低差があるほど威力を増す抗重力弾。

 時間の限り空気中のオラクルを吸収する充填弾。

 どちらもシスイが開発したことのある弾丸だが、ブラッドバレットの変異チップのような自由度はなく、こうやって高威力の隕石弾として活用できるのはブラッドバレットだからこそだった。

 通常弾の抗重力弾と充填弾で似たようなバレットを組み上げると、オラクル同士の干渉が発生し、威力が極端に下がってしまう。そこで強い波長をもつブラッドバレットを使うと、互いの干渉を撥ね退け、高威力のままバレット生成できるのだ。

 

 

「足を狙え!」

 

 

 ハルオミの言葉を聞いたシスイとギルバートは、すぐに行動へと移る。互いに目を合わせ、シスイが左足を、そしてギルバートは右足を同時に攻撃した。体を支える部位にダメージを受けたことで、ルフス・カリギュラは地面に倒れる。

 そしてその間に全員がルフス・カリギュラから離れた。

 

 

「来るぞ! 衝撃に備えろ!」

 

 

 ヒカルが忠告して二秒後、周囲は青い爆炎に包まれた。氷属性の隕石弾が落下し、大爆発を引き起こしたのである。これがブラッドバレットの威力かとシスイですら戦慄した。

 シスイの白衣がバサバサと揺れ、ヒカルのポニーテールも激しく乱れる。

 かなりの爆風なのは視覚的に十分理解できた。

 そして爆風が晴れた後に残っていたのは、地に倒れ伏したルフス・カリギュラ。

 

 

「やったか……?」

 

 

 ギルバートの呟きを聞き流しつつ、ルフス・カリギュラへと慎重に寄る。あれだけの大ダメージがあって生きていれば相当な化け物だ。

 しかし、深紅のカリギュラはやはり化け物だったらしい。

 

 

「マジか……こいつぁ、しつこい奴だぜ」

 

 

 ハルオミの言葉と同時にルフス・カリギュラは動き出す。

 ゆっくりと起き上がり、鼓膜が破けそうな程の咆哮を上げた。

 

 

「ギオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 思わず全員が耳を塞ぐ。

 そしてその隙を突かれ、ヒカルはルフス・カリギュラに神機を弾き飛ばされた。

 

 

「ヒカル!」

「副隊長!」

 

 

 咄嗟にハルオミとギルバートがルフス・カリギュラへと攻撃を仕掛けるが、結合崩壊したブレードで二人を吹き飛ばした。もしもブレードが結合崩壊していなければ、今の一撃で死んでいた可能性もある。そういう点では運が良かった。

 しかし、ダメージが少ないわけではない。

 ハルオミは地面に転がってダメージを抑えたが、ギルバートは近くの瓦礫に打ち付けられ、背中を強打して動けなくなった。

 そしてルフス・カリギュラの凶刃がヒカルを襲う。

 

 

「く! 副隊長ーーー!」

 

 

 ギルバートは三年前の記憶を重ねる。

 何も出来ずに見殺しにしてしまったケイト・ロウリー。あの時と比べて実力も付け、更にブラッド隊にも入った。だが、何も変わっていないではないか。

 そう思って自分を責める。

 

 

(いや……そうじゃねぇだろ!)

 

 

 だが、それでは成長しない。

 ギルバートは痛む体に鞭を打ち、気力の限りを尽くして叫んだ。

 

 

「ここで諦める訳には……いかねぇんだよーーーっ!」

 

 

 振り下ろされるルフス・カリギュラの紅いブレードがヒカルを襲う。しかし、それはシスイのヴァリアントサイズによって受け止められた。

 さらにハルオミがスナイパー弾を放ち、ルフス・カリギュラの気を引く。

 

 

「その通り」

「そうだよ、ギル。それでいい!」

「シスイさんにハルさん!」

「ボサッとすんな! やれヒカル!」

 

 

 ハルオミに発破をかけられ、ヒカルは反射的に跳ぶ。そして本能のままにルフス・カリギュラの背に刺さる神機へと向かって行った。

 神機使いは自分専用の神機しか扱えない。

 それは神機が一種のアラガミであり、適合した神機以外を触ると喰われるからだ。しかし、一瞬だけ触れる程度なら問題にならない。

 

 

「そらぁっ!」

 

 

 黒い閃光と化したヒカルはルフス・カリギュラの背に刺さるケイトの神機を蹴り、より深く突き刺した。血のようにオラクルが噴き出て、流石のルフス・カリギュラも痛みに呻く。

 そしてシスイがヴァリアントサイズでブレードを斬り飛ばし、完全な隙を作り上げた。

 あとはギルバートの出番である。

 静かにスピアを構えたギルバートは、思いを込めて走り出した。

 

 

(ケイトさん……)

 

 

 思い浮かべるのは嘗ての上司。

 そしてブラッド隊の副隊長。

 

 

(ケイトさんの言っていたこと、少しだけ……分かった気がします)

 

 

 仲間ということ。

 託すということ。

 どうして自分だけ生き残ってしまったのかと後悔した自分。

 生きてさえいれば良いことがある。

 これがケイトの口癖だった。

 

 

(副隊長は……俺を支えてくれました)

 

 

 やさぐれる自分にお節介を焼き、こうして仇を撃つ手伝いまでしてくれた。いろんな場所から集まってきたブラッド隊を繋ぎ留め、不和を起こすだけだった自分を仲間にしてくれた。

 だからこそ、ギルバートはヒカルの力になりたいと願う。

 

 

(だから俺は……こいつを支えたい!)

 

 

 思いは力となり、意思は神機へと伝わる。

 感応現象を通してヒカルがギルバートの神機を『喚起』した瞬間だった。

 

 

「だから……届けえええええええええええええ!」

 

 

 神機から赤い閃光が走り、ブラッドアーツが発動する。

 ルフス・カリギュラもギルバートに気付いたが、既に時は遅い。

 その一撃は確かに届いたのだった。

 

 

「グルルル……グオオ……」

 

 

 最後に呻いてルフス・カリギュラは倒れる。その衝撃でケイトの神機も外れ、クルクルと宙を舞ってギルバートの近くへと落ちたのだった。

 緊張が解けたのか、ギルバートはその場で座り込む。

 少し離れたところで眺めていたハルオミは微笑みながら感傷に浸っていた。

 

 

「お疲れ様ですハルさん」

「シスイか……お前こそお疲れ様だな。俺たちよりもずっと長く戦っていたわけだし」

「約束なので」

 

 

 二人が再びギルバートの方へと目を向けると、ヒカルが手を伸ばして起こそうとしていた。ギルバートも一皮むけたのか、晴れ晴れとした顔でヒカルの手に応じている。

 それを見てハルオミは独り言のように呟いた。

 

 

「俺も聖人君子じゃないから……今でもギルに対して割り切れない思いはあるんだよ」

「ハルさん……」

「だから……らしくない敵討ちなんか考えて色んな支部を渡り歩いてきたけどさ……ギルに偉そうに言った割には、俺もあの時から……ケイトを失ったときから止まってたんだ」

「それはそうですよ……僕たちだって人ですからね」

「ふ……ありがとよ。でも、ああやって若い奴らのお陰でギルは再び前に進めた。俺も止まっているわけにはいかないさ」

 

 

 憑き物が落ちたような目で語るハルオミは、本当に吹っ切れたようだった。別にケイトのことを忘れてしまった訳ではない。ただ、前に進もうと決意したのだ。

 世界は毎日のように不幸が起こっている。

 自分だけが止まっているわけにはいかない。

 ハルオミは覚醒した『血の力』について話し合っているヒカルとギルバートに近づいていき、ガバリと勢いよく肩を組んで口を開いた。

 

 

「よーし。帰って討伐祝いだ! 飲むぞ二人とも! シスイも一緒にな!」

 

 

 

 

 

 

 

 




一万字超えた……

どうも久しぶりです。夏休みですがずっと働いていました。休ませろよ畜生。


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EP29 災いの種子

「へ? ナナが『血の力』に覚醒した?」

「そうなんっすよシスイさーん!」

「珍しくロミオが話しかけて来たと思ったら……」

 

 

 シスイは接触禁忌種討伐のために単独で長期任務へと出ていたのだが、その間にブラッドの香月ナナが『血の力』に覚醒したらしい。『誘引』というアラガミを引き付ける能力であり、タフさが売りのナナにピッタリと言える能力だった。

 ブラッドアーツも威力優先で、攻撃力にも磨きがかかっている。

 これでブラッド隊の中ではロミオだけが覚醒していないことになった。

 

 

「ラケル……博士には相談したの? あの人が専門でしょうよ」

「いや、その……『貴方には貴方の時があるのです。慌てず、待ちなさい』って言われて……」

 

 

 シスイもブラッドに関する研究資料は貰っている上に、ある程度の解析もしている。しかし、『血の力』を覚醒させるというのは無理な話だ。そういうのは『喚起』の力を持つ神威ヒカルに言うべき相談である。

 

 

「ヒカルに言った?」

「言える訳ないじゃないですか! 『血の力』に目覚めないのは俺が悪いんだ! ヒカルの責任じゃない」

「それもそうか。確かに、ヒカルの能力はあくまでも覚醒を促すものだからね。結局は本人にかかっているといっても過言じゃない」

 

 

 そう言いつつも、シスイは手持ちのタブレット端末からデータベースを広げて、ブラッド隊に関する資料を開く。そしてそこから解析した結果や、ヒカルの持つ『喚起』について軽く説明を始めた。

 

 

「いいかい? ブラッドの偏食因子は、通常よりも強力なんだ。正確には人間の意思を受け付けやすく、増幅しやすくなっている。だからこそ、人の意思を受けてオラクルが反応し、感応現象を通して特殊な力を発することが出来るってわけ。ここまではいい?」

「お、おう。ジュリウスより分かりやすいぜ」

「そうかい? まぁ、それはいいとして、このブラッドの力は覚醒しなければ発動しない。そして覚醒とは偏食因子が神機使いの意思に馴染んだ状態を意味する。これは何度も神機を握り、戦場に出ていれば自然と馴染むだろうね。普通の覚醒はこういう過程を踏むから、時間がかかる。才能のあるジュリウスでも一年以上かかったらしいよ」

「マジかよ……」

「で、それを解決するのが『喚起』ってわけ。ヒカルの『喚起』は覚醒に至るまでの壁を一気に飛び越えるだけの力を持っている。馴染み切るまでの過程をすっ飛ばして一気に覚醒するんだ。ただし、『喚起』はあくまでも覚醒を助けるものだからね。何と言うかな……そう、感情が爆発するような、そんな強い意志が起爆剤となって初めて発動する」

「感情の爆発……かぁ」

 

 

 ロミオはそう言って溜息を吐く。

 シエル、ギルバート、ナナのように、ロミオ自身が過去に何か抱えているなんてことはない。マグノリア・コンパス出身の孤児ではあるが、持ち前の明るさで常に前を見て来た。

 今のブラッドも幸せだし、ブラッドのために役立ちたいとさえ思う。

 だからこそ、自分だけが『血の力』に目覚めないのは心が痛かった。後輩であるヒカルやナナにまで置いていかれては面目すらない。ロミオは焦っているのだ。

 

 

「俺にそんなことが出来るかな……」

「他にも要因は考えられるよ。もしかしたらロミオだけが原因じゃない可能性もある」

「……それは?」

「単純に、秘めている力が強力だって可能性だよ」

 

 

 シスイはそう言ってブラッド各員のデータをタブレットに映した。そして偏食因子と感応波のグラフを並べて見せながら説明を続ける。

 

 

「まず、ヒカルの『喚起』は自分自身にも働く。どうやら潜在的にそういう可能性を秘めていたから、彼は早期に覚醒したらしいね。それで、彼の感応現象としての力はそれほど強い訳じゃない。何故なら、『喚起』は感応現象の相互作用によって力を増幅する能力だからね。対象の力を存分に利用するから、ヒカル自身の感応波の強度はそれほど高い訳じゃない」

「マジかよ……」

「逆にナナの感応波は強力すぎだね。アラガミを広範囲に引き付ける能力……『誘引』は強制力のある力なんだよ。だから、強い感応波で相手を操る必要がある。だから出力は高いね。こういったタイプは覚醒までの壁が高いから、『喚起』がなければ数年以上も覚醒しないままだったかもしれない。彼女の場合はゴッドイーターチルドレンだし、適応力が高いからもう少し短くなるとは思うけどね」

「そうか……つまり俺もナナみたいに覚醒しにくい『血の力』を秘めているってことか!」

「ま、その可能性は高いだろうね」

 

 

 今は覚醒していないが、覚醒さえすれば大きな戦力となる。それを聞いてロミオはニヤケ顔を隠せなかった。

 事実、ロミオはこれでも一年以上もゴッドイーターをしている。そろそろ感応波に影響が出始めてもおかしくないレベルだ。それで何も変化なしということは、やはり相応の力を秘めているからだろう。

 少し気が晴れたロミオはスッと立ち上がり、一礼した。

 

 

「シスイさん相談に乗ってくれてありがとう! 俺、頑張るよ!」

「うん、まぁ、死なないようにね」

「はは、勿論だぜ!」

 

 

 ありきたりだが、ゴッドイーターも死んではどうにもならない。力を求め、強さを求めるのは道理。しかし死んでしまっては意味がないのである。

 かつては常に死線と共にあったシスイとしては、絶対に伝えておきたいアドバイスだった。

 ロミオは笑顔で頷き、どこかへと去って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ロミオから相談を受けた一週間後。

 シスイは久しぶりに暇を持て余してミッションへと出かけた。いつもは忙しく研究しているのだが、現在は大方のテーマが片付き、かなり余裕が出来たのである。

 メインでやっていたリンクサポートデバイス、またブラッドバレットに関しては目途がつき、特にリンクサポートデバイスはリッカが論文をまとめたので後は結果待ちという状態である。ブラッドバレットはブラッドの研究に対しても一役買うことになり、かなり良いデータが集まった。取りあえずは完成なので、これ以上は特にすることもない。

 残っている大きなテーマとして、かねてから開発していたレイジバーストシステムがある。神機の力を瞬間的に開放することで、本来は制限している分まで引き出す。およそ十倍にもなる強化を得られるという破格のブースト機能だ。

 解放はまだしも、再封印に問題があったので研究していたのだが、これも目途が立ち始めている。

 神威ヒカルの『喚起』だ。

 感応現象によって神機と使用者の間に契約を創り出す。それを誓約として制限解放の時間を決めるのだ。例えば誓約一つに付き十秒の解放……のように定めておくと、時間経過によって自動的に再封印がされる。

 問題はこの契約なのだが、それは『喚起』の力によって神機との繋がりを強化し、感応現象を楔として作用させれば理論上は可能である。

 ブラッドのお陰で止まっていた研究もかなり進んだ。

 まさにブラッド様様である。

 

 

「さてと、これでテスカトリポカも討伐完了か……」

 

 

 感応種はブラッドが討伐してくれているので、シスイは接触禁忌種を狩ることが多い。偶に中型感応種を相手にすることもあるが、それはブラッドが別任務で出ている時だけだ。

 そろそろ大型感応種の研究資材も減ってきたので、今度にでもブラッドと一緒に狩りに出かけようかと画策する。

 シスイは倒れたテスカトリポカの上に座りながらそんなことを考えていた。

 するとそこへ、ヒバリから通信が入る。

 

 

『シスイさん。今大丈夫ですか?』

「どうしました? アラガミが乱入してきた感じですかね?」

『いえ、ロミオさんがアナグラを飛び出してしまって……それでシスイさんに探して欲しいんです。実は赤い雨が降りそうなので、こちらからは人が出せず……』

「了解。腕輪反応は?」

『北の地区ですね。詳細はシスイさんの端末に送ります』

「すぐに向かいますね」

『ホントにすみません。ブラッドの方々もそう言っています』

「気にしなくてもいいと伝えておいてください」

 

 

 そう言ってシスイは通信を切る。

 少し上を見上げると、遠くに赤い雲が見えた。一時間もしない内に赤い雨が降り出すだろう。あの赤乱雲は移動速度が速く、遠くに見えたからと言って油断してはいけない。だからこそ、ゴッドイーターは赤乱雲の発見と同時に撤退が許されるのだ。

 シスイは赤い雨の中でも動けることが知られているので、その辺りは適応されない。いや、撤退しても良いことにはなっているが、撤退することはない。

 今回もその体質を利用してロミオを迎えに行くという話だった。

 

 

「まったく……ロミオもなにやってんだか」

 

 

 シスイはロミオがアナグラから飛び出した経緯を知らないので、どうしてこうなったのかと首を傾げる。心当たりがあるとすれば、『血の力』が目覚めないことでグレたという線だろう。この前も相談に来たぐらいなので、結構気にしているはずだ。

 テスカトリポカの上から飛び降りたシスイはタブレットを開き、ロミオの座標を確認する。ここからだとシスイが走っても三十分は掛かるだろう。距離にすれば十キロぐらいか。

 車やヘリで移動する程でもないのでそのまま動くことにした。

 

 

 

「それにしても、この辺りは意外とアラガミが少ない」

 

 

 最近はアラガミにも分布があると分かってきたので、こういったこともシスイは気になる。あのラケル・クラウディウスの研究結果という点だけは素直に喜べないものの、役に立つことは確かだった。

 この付近は対アラガミ装甲壁の外部に住む人たちが集まっている。サテライト拠点も現状では不足しているので、あぶれてしまう人がいるのは仕方ない。しかし、こういった場所で不安になりながら過ごすのは気持ちの良いものではないだろう。

 クレイドルの活動が一刻も早く届くことを願うばかりである。

 そうして偶に見かけるアラガミを瞬殺しながら移動すること四十分。余計な寄り道をしたので想定よりも時間がかかってしまったが、ようやくロミオを見つけることが出来た。

 

 

(ロミオと……一般人かな?)

 

 

 遠くから見ると、ロミオは一般の老人と話しているらしい。そして空を見上げながら少し会話した後、二人はすぐそこにある古い建物へと入っていった。

 赤乱雲が見えるので、建物内部に避難したのだろう。

 避難させて貰えて何よりである。外壁の外に住む者たちは、内部に住む者たちを良く思っていないことが多い。中にはゴッドイーターをフェンリルの狗といって蔑む人々だっているのだ。逆恨みで赤い雨の中に放り出す者がいても不思議ではない。

 勿論、殺すつもりで放り出す者はいないだろう。だが、『自分じゃなくても誰かがやってくれる。家にゴッドイーターをいれるなんてまっぴらだ』という考えで拒否する者は必ずいるのだ。そういう者たちばかりしかいないと、結果的に誰の家にも入れて貰えなくなる。

 ロミオは運が良かった。

 尤も、その場合はシスイが助けに入ったが。

 

 

「まぁ、何にしてもロミオにも事情があるんだろうね。神機も持たずに飛び出すぐらいだし。頭を冷やすためにも僕は顔を見せないでおこうか」

 

 

 偏食因子の投与期限も迫っているらしいが、明日までならば安全圏だ。雨が止まなかった場合はシスイが走って往復しようと決意する。

 ロミオが安全であることを確認したシスイはそのまま極東支部に戻っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 クジョウ博士は無人神機兵の開発責任者である。彼は気が弱く、コミュニケーション能力が低い。そのため他の科学者との連携が下手であり、どうにも出世できない人物だった。何を開発するにしても自分一人の力でやってしまおうとするのだ。それだけの地力があるのは確かだが、やはり科学者としては限界が訪れる。

 

 

――やはり上手くいかない。

 

 

 以前に無人神機兵のテストをした際、無人制御が上手く働かずにテスト機が故障してしまった。その時はブラッド隊のフォローがあったので助かったが、次も同じようでは無人神機兵への予算も降りなくなる。

 ただでさえ、有人神機兵の研究に一歩先を行かれているのだ。さらに人脈の広いレア・クラウディウスが開発責任者と来た。これでは置いていかれる一方である。

 そんな時、クジョウはメールで呼び出しを受けた。

 それがラケル・クラウディウスである。一応は対立しているレア・クラウディウスの妹であり、多くの研究成果を残す有名な博士だ。そんな彼女が自分を呼び出した理由を考えてクジョウは首を傾げた。

 しかし、無人制御のアイデアが纏まらないのも事実。

 気分転換も兼ねて呼び出しに応じようと決意した。

 ただ、彼の決意はラケル・クラウディウスの研究室の前で折れようとしていた。

 

 

(わ、私のような者が入ってよいのだろうか……)

 

 

 実はあのメールは間違いだったのでは……

 そう思い直してタブレット端末から自分のメールボックスを開く。やはり自分宛にと名前が入っているのでアドレスを間違えたわけではないだろう。

 しかし不安だ。

 だが、ラケルの部屋の前でウロウロしているのも怪しい。ただでさえ、自分の挙動が不審者っぽいことは自覚しているのだ。

 

 

(ええい! ここは度胸!)

 

 

 心の内で一括入れてからノックする。

 すると、中から声もなく鍵が開いた音がした。これは入れということだと判断して、クジョウは扉を開ける。するとラケルは薄い笑顔で迎えた。

 

 

「あら、わざわざお呼び立てして申し訳ありませんね……クジョウさん?」

 

 

 良かった。

 間違いではなかった。

 そんな思いでクジョウは部屋の中を進んでいく。

 

 

「いえ、あの……恐縮です! むしろ私なんぞに、何か用事が……?」

 

 

 問題はそこである。

 呼び出された理由はさっぱりわからない。通常、研究についての話がある時は、話がある方から部屋に赴くのが礼儀だ。ただ、ラケルは脚が悪く、さらに研究者としての立場もクジョウより上である。

 一方的な呼び出しは多少失礼ではあるが、許される範囲だ。

 ただ、緊張しているクジョウはそんなことを考える余裕などなかったが。

 頭を掻きながら不安げに言葉を漏らすクジョウに対し、ラケルはクスリと笑みを浮かべながら答えた。

 

 

「ご謙遜を……クジョウさんはフェンリルでも指折りの神機兵開発者じゃないですか。むしろ、姉や私がご迷惑をかけていないか……」

「いえいえ! 滅相もございません!」

 

 

 クジョウは慌てて否定する。

 そして必死になって身振り手振りを加えながら言葉を続けた。

 

 

「貴女がたとは良き……そのライバルで……いや! その、そんな烏滸がましいものでもなく……」

 

 

 どうにも緊張しすぎているのか、しどろもどろになっている。考えがまとまらず、額からは幾つもの汗が浮かんでいた。焦って意味もなく眼鏡を直したりと、挙動不審過ぎである。

 しかしラケルはそんな彼を見なかったことにしたようだ。

 不敵な笑みで本題へと入る。

 

 

「ふふ……光栄ですわ。今日はお見せしたいモノがあるので、出来ればこちらの方にいらしてください」

「え? は、はぁ……」

 

 

 ラケルは操作している端末の画面を見せたいらしい。

 クジョウは素直に応じて、ラケルの側に寄り、画面の内容を見た。それは専門的なグラフやプログラム群に加え、理解不能な設計図……普通なら意味不明だが、クジョウはそれが何かすぐに理解できた。

 

 

「これは……! まさか神機兵の生体制御装置!?」

「さすがはクジョウさんですわ! 貴方が進めている自律制御技術のお役に立てればと思いまして……これも……」

「まさに私が追い求めていた答えそのもの! これは、ブラッドに偏食因子に関係が……!?」

「ええ、感応現象による教導効果と、極東で得た研究成果の二つを組み合わせた結果、辿り着いたものです。細かい点は後でドキュメントを見て頂きますが―――」

 

 

 これはクジョウの固定観念を引っ繰り返す成果だった。

 初めから完璧なAIを作ったりする必要はないのである。学習するプログラムを作り上げ、感応現象による共鳴で全ての神機兵をリンクさせる。すると神機兵は加速度的に強化されるという仕組みだ。

 さらに、このシステムには更なる利点がある。

 それはブラッドの戦闘術をそのままインプットできるという点である。神機兵もオラクルの制御装置を使っているので、感応現象の影響を受ける。ブラッドの持つ強力な感応波を受信し、その戦闘術をコピーしてアルゴリズムに取り入れるのだ。

 計算上、最短で一か月もかからずにブラッドを越えることになる。

 クジョウは思わず画面を見入ってしまった。

 そんなとき、不意打ちでラケルはクジョウの手に触れる。

 

 

「クジョウさん。これらの研究を引き継いでくださいませんか?」

 

 

 まさに渡りに船。

 喉から手が出るほど欲しいデータだ。

 

 

「引き継ぐも何も……こちらとしては願ったり叶ったりで……いや、しかし……」

 

 

 そう、しかしクジョウには同時に疑問でもあった。

 一応、ラケルの姉は有人制御の神機兵開発に力を入れており、クジョウとは対立する立場である。その妹であるラケルがクジョウに加担してよいのか……

 そんな思いが心に渦巻く。

 しかし、そう問いかけると、ラケルは視線を落として儚げに口を開いた。

 

 

「そんな野暮を……答えなくてはならないのですか……?」

 

 

 思わせぶりな発言にクジョウはドキリとする。もはや心の内はオーバーヒート寸前であり、殆ど思考が回らなくなっていた。もはや口から出る言葉は意味のない単語の羅列であり、クジョウ自身ですら何を言っているのか、何を言いたいのかも分からない。

 そんなクジョウに追い打ちをかけるようにしてラケルは続ける。

 

 

「……ならば一つだけ条件があります。私ではなく、貴方が開発したということにして下さい。優れた技術は必ず世に出るべきです。でも……姉はたった一人残された肉親。出来ることなら嫌われたくありません」

 

 

 俯きながらそんなことを述べるラケルに、クジョウも動揺してしまう。その条件は科学者として致命的な不正だが、相手が良いと言っているなら……そんな欲望すら沸き上がる。

 だが、ラケルがレアのことを出した時点でクジョウは心を決めた。

 

 

「俗物的で申し訳ありませんが―――」

「いえ、よくわかりました! あなたの研究に対する真摯な態度、お姉様に対する愛情、どちらも感服いたしました!」

「クジョウさん……ありがとうございます。データはここで出力してお渡しいたしますね!」

 

 

 表情を明るくしたラケルは、早速とばかりにデータを記録デバイスへと移していく。笑顔を浮かべたラケルを見て、クジョウは良い選択をしたと自己満足していた。

 それと同時に、すこし別の欲望も沸き上がる。

 

 

「お約束は必ず守ります……ラケル博士、それでですね、あの……もしよろしければ、これを機にお近づきになれればと……」

 

 

 クジョウはその笑顔に惚れてしまった。

 分不相応なのは理解しているが、それはどうしようもない感情だった。故に自分を抑えきれず、いつもの淀んだ空気を踏み越えてみたのだ。

 だが、ラケルはクジョウの言葉を無視して端末を操作し続ける。

 全く反応がなかったので、クジョウは改めて声をかけた。

 

 

「あの、ラケル博士?」

「……はい? 何かおっしゃいましたか?」

 

 

 ラケルはさも聞こえなかったかのように振る舞う。そして何事もなかったかのように、データをコピーした記録デバイスを差し出した。

 酷い悪女である。

 しかし、気の弱いクジョウはこれで一気にフェードアウトしてしまった。

 

 

「いえ……あの……なんでも……」

 

 

 クジョウは記録デバイスを受け取り、そのまま研究室へと戻っていったのだった。

 そして残念そうにクジョウが部屋を出ていった後、ラケルは怪しい笑みを浮かべながら呟く。

 

 

「さぁ、種は蒔きました……あとは芽吹きを待つだけです。王に奉げられる贄の舞台まで……ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ナナのストーリーは全飛ばしです。原作知識ない人はごめんなさい。シスイと絡ませるのが難しかったんです……


そして安定のラケル博士。
クジョウ博士を掌コロコロします。


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EP30 歯車は動き出す

 勝手にアナグラを飛び出してしまったロミオは、休暇だったという扱いになった。ゴッドイーターは軍に近い組織なので、不用意に姿をくらますと脱走兵として処理されることもある。この辺りは柔軟な極東の対応に感謝だ。これが本部なら問答無用で銃殺も有り得ただろう。

 後でそれを聞いたロミオは顔を青ざめさせていた。

 ロミオは極東の外で住む老夫婦と話すことで悩みも解決したらしく、既に戻ってブラッド隊も問題なく運用している。アレだけ問題を抱えた個性的とも言える隊員が一つに纏まっているのは一種の奇跡だ。そしてその裏で副隊長こと神威ヒカルが尽力していたことは誰もが知る事実である。

 そんなブラッドだが、現在はフライアへと戻っていた。

 

 

「ここも静かになったね~」

「なにオッサンみたいなこと言っているですかハルさん」

「ハハッ。俺は充分オッサンだよシスイ君。いやいや、若さが羨ましいねぇ」

「それはそれで爺臭ぇセリフだ」

「ソーマも辛辣だねぇ」

 

 

 久しぶりにソーマが極東へと帰ってきたので、シスイはハルオミを交えてラウンジにいた。三人とも酒の入ったグラスを片手に、最近のことを語り合う。

 

 

「そう言えばソーマ。ユウは元気にしてる?」

「ん? ああ。あの野郎が元気じゃ無いところなんて見たことねぇよ」

「ユウっつったら神薙ユウか? 俺は別の支部にいた時に少し話したことがある程度だなぁ。今はクレイドルの隊長さんだっけ?」

「ああ、あいつは主に危険なアラガミの駆除を担当している。他にも危険区の調査、若手ゴッドイーターの指導を各地を回りながらこなしているな」

「相変わらず忙しそうだ。偶には戻ってくればいいのに」

「無茶言うな。クレイドルはこれでギリギリだ。動ける奴は存分に働かねぇとやっていけねぇよ」

 

 

 ソーマはそう言ってグラスを傾ける。

 この三年で随分と気性も落ち着き、大人の貫禄が出始めた。父であり、極東の前支部長であるヨハネス・フォン・シックザールと同じく、研究者の道を進もうとしている。そのため、ソーマはシスイやペイラー榊の意見を聞くために極東へは定期的に戻っていた。今回の帰還もその一環である。

 一方でユウは常に実働部隊だ。接触禁忌種と呼ばれるアラガミばかりを狩り、大量のアラガミが巣食う危険地区を単独で調査するという超人的な働きを見せている。

 ちなみにリンドウはとあるアラガミを追って各地を回っており、ユウとは別の意味で忙しい。娘のレンに会えないとボヤいていたそうだ。

 

 

「しかしクレイドルも大きくなったよね。まだ設立して三年なのに」

「その辺りはサクヤがやってくれている。あとはツバキもな。あの二人は既に一線を引いているゴッドイーターだが、元は極東を生きてきたプロだ。今は教官役になってクレイドルを切り盛りしている。他にもオペレーター指導なんかもしているな」

「縁の下の力持ちって奴かぁ? いい女じゃねぇか」

「あの二人も義理とは言え姉妹だもんね。すごいスパルタなんじゃない?」

「……ノーコメント」

 

 

 若干目を逸らしたソーマを見て、シスイは苦笑いを浮かべた。リンドウの姉である雨宮ツバキは極東の鬼教官として有名だった。それはクレイドルに移ってからも顕在らしい。そしてリンドウの結婚したサクヤは、娘を生んだ後からゴッドイーターとしての仕事を止めてサポートに回っている。ツバキと同じく教官役をしたり、オペレーターとして働いているようだ。他にも事務作業などを担当しているらしい。サボり癖のあったリンドウに変わって事務作業をしていた経験が生きているということである。

 ソーマはそれについて話したくないのか、無理やり話を変えた。

 

 

「……ゴホン! それよりも少し前にブラッドの副隊長に会ったぞ」

「ヒカルに?」

「ああ、何と言うか……アレは良いゴッドイーターになるな」

「そりゃ俺も同感だぜ~。アイツには何かを引き付ける力がある。俺はそう思うな」

 

 

 ハルオミが強く同意したのでシスイも頷く。

 シエル、ギルバート、ナナ、そしてロミオ……問題だらけだったブラッド隊を繋ぎ留め、一つの部隊として成立させているのはヒカルの働きが大きい。隊長のジュリウスは実力を以て部隊を率いているが、対する副隊長ヒカルは人望を以て部隊を纏めている。

 あのブラッド隊の強さはそこから来ているのだろう。

 ソーマは資料でしかブラッドを知らないが、シスイとハルオミは実際に見て来たのでよく分かっていた。ソーマは一口分だけグラスを傾けてから、言葉を続ける。

 

 

「アイツはユウに似ている。見た目じゃなく、雰囲気がな」

「うん。僕もそう思うよ」

「ああ、そんな感じがするよなぁ」

 

 

 ヒカルの評価は極東でも高い。

 御人好しなのか、色んな人の悩みを聞いているし、手伝いも進んで行っている。リンクサポートデバイスの件がその例だ。嫌なミッションも進んでクリアしているし、偶に防衛任務に出ている姿も見える。クレイドルでサテライト拠点を担当しているアリサも彼の助けに感謝していた。

 

 

「『喚起』の力ね。人と絆を深めれば、感応現象を通して他者の力を開花させることが出来る。ヒカルだからこそ手に入れた血の力ってわけだね」

 

 

 ヒカルの能力は非常に興味深い。

 しかも『喚起』の応用性はオラクル技術においても多くの可能性を見出すだろう。そもそも、血の力と言う現象自体がイレギュラーだ。ブラッド隊を生み出すP66偏食因子を生み出したラケル・クラウディウスも一種の天才ということである。

 そんなことを考えていたソーマは、ふと思い出したかのように言葉を漏らした。

 

 

「そう言えばラケル・クラウディウスに出会ったな……」

「……どこで?」

「ちょっと榊のおっさんに資材を貰おうと思ったんだが、その時丁度いたってわけだ」

 

 

 ソーマが今回戻ってくるよりも前にも極東へと立ち寄ったことがある。その時にヒカルと出会い、同時にラケルにも出会ったのだ。その時ラケルから感じた悪寒は今でも忘れられない。

 

 

「あの女……俺と同じだな」

「ソーマと同じ? じゃあ体内に偏食因子を?」

「いや、もっとアラガミに近いものだ。性格もアラガミのせいで変質しているかもな。どう考えても馴染んでなかった。ゴッドイーターでもねぇ奴が何で偏食因子なんか宿しているのかは知らねぇが」

「確かに……変だね」

 

 

 そして二人が専門用語のオンパレードによる学者会話を始めたので、ハルオミは理解不能ながらもグラスを片手に聞き入る。なにやら不穏な単語が偶に聞こえたりもしたが、正直言って彼には理解できなかった。

 

 

「オラクル細胞で脳を強化しているとか?」

「いや、それは有り得ねぇな。流石に脳細胞への転化は危険すぎる。意識を侵食されかねない」

「実際に侵食されている可能性はあるんじゃない? 本部の人間なんてどんな黒い実験をしているか分かったものじゃない」

「断定は出来ねぇな。だが、確かに本部の奴らはやりかねないか……シスイはラケルにあったことがあるのか?」

「生憎、僕の両腕はあの女の実験の産物なんだよ」

「な……に……っ!? おい、それは初耳だぞ!」

「初めて言ったからね」

「あの女……裏でそんなことをしてやがったのか。胡散臭さは榊のおっさん以上だな」

「うん。榊博士に狂気を加えたら丁度ラケルになるんじゃないかな?」

「クク……違いねぇ」

 

 

 途中からペイラー弄りに変わっていたが、新たな事実に二人とも驚いていた。まさかラケルが体内に偏食因子を宿していると思わなかったシスイは、頭の隅で不安な思考を繰り返す。

 

 

(まさか……ね)

 

 

 それは可能性でしかない。

 オラクル細胞が人に乗り移り、操っている。ただ捕食することしか考えないオラクル細胞が科学と言う叡智を得た時、どんなことが起こるのかは予想するに難くない。

 だが、シスイはすぐにその考えを霧散させたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 そのころ、ブラッド隊はフライアロビーで寛いでいた。仕事がようやく終わり、今は極東に戻るための手続きをしているところなのである。

 今回のブラッドの仕事は二つ。

 まずは黒珠病患者の受け入れ手続き、及び医療体制の充実化である。これはラケルとジュリウスが色々と仕事をしていた。以前にサテライト拠点を訪れた際、ブラッド隊は黒珠病患者の実態を知ることになった。ユノとサツキに案内され、自分たちが何も知らなかったと思わされたのだ。特にジュリウスはそれが顕著で、フライアで黒珠病患者を受け入れられないかと提案していたのである。そして今回はその提案者として色々と働いていたのだ。

 もう一つの仕事は神機兵開発である。無人型の開発責任者であるクジョウが制御技術を確立したことで、実際のテスト機生産に向けて資材を集めることになったのだ。ジュリウスが抜けていたことで暫定的にヒカルがブラッドを率い、一週間ほどかけて資材を集めきったのである。

 

 

「ようやく極東に帰れるね!」

「おいおいナナ……すっかり極東が故郷みたいじゃん」

「アレ? あはは、そうだね~。でも、極東っていい人ばかりだし。ロミオ先輩もそう思うでしょ?」

「ま、まぁ?」

「確かにな。そこはナナに同意だ。それに実力者ぞろいで勉強にもなる」

「ほらぁ。ギルも言っているよ?」

 

 

 ブラッドもいつの間にか極東に馴染んでいたらしい。そうでなければ『極東に帰る』等という言葉は出て来ないだろう。

 それはヒカルとシエルも同様である。

 

 

「極東はホントに勉強になったな。グレム局長がアラガミ動物園っていうのも頷けるヤバさだった」

「はい、極東は世界有数の前線地域として有名です。どういうわけか、極東では強力なアラガミが多数出現するということですから」

「まぁ、ヴァジュラを一人で狩れて一人前とかふざけすぎだよな」

「初めて聞いた時は驚愕しましたね」

 

 

 ブラッドはこれでも特殊部隊なので、一人一人が極東基準で一人前だ。極東支部の荒波に揉まれ、更に実力も伸ばした。

 しかし実力としてはまだまだ先がある。

 極東の隊長クラスになると、接触禁忌種を相手にすることもあるのだ。特に第一部隊のシスイは同時に複数の接触禁忌種を一人で討伐することだってある。ブラッドアーツや血の力もなくあれほどのポテンシャルを発揮する極東人は、ブラッドからすれば脅威的なのだ。

 

 

「極東支部の第一部隊……か。あれが俺たちの目指すものなんだろうな」

「副隊長……」

「特に隊長のシスイさんと副隊長のコウタさんは別格だ。サリエルのレーザーを切ったり撃ち落としたりとか意味わかんねぇし」

「ああ、あれは酷かったな……」

「ギルもそう思うか?」

 

 

 ヒカルが思い出すのはシスイ、コウタ、ヒカル、ギルバートの四人でサリエル種三体の同時討伐へと出かけた時の話である。サリエル二体に強毒性サリエルという面倒極まりない組み合わせだったが、シスイは飛び交う無数のレーザーを全て斬り伏せ、コウタは援護としてレーザーを撃ち落としつつ完璧なバックアップを果たしていた。

 もうこの二人だけでいいんじゃないかと思うほど酷い戦闘だったのである。

 開始数秒で始まる弾幕ゲームを潜り抜け、シスイがサリエル一体を真っ二つにする。そして弾幕が減った隙を突いたコウタが残るサリエルと強毒性サリエルの顔面に爆発弾を撃ち込んで視界を封じ込め、シスイが咬刃を伸ばしたヴァリアントサイズで地面に叩きつけた後、クリーヴファングで二体同時に両断した。

 ヒカルとギルバートは近くにいたコクーンメイデンとオウガテイルを相手していただけである。

 何のことかと首を傾げるシエル、ナナ、ロミオにこのことを話すと、三人もかなり引いていた。

 

 

「それは……酷いですね……」

「なんかアラガミが可哀想……」

「マジで人だよな? 人型のアラガミとかじゃないよなあの二人……」

 

 

 サリエル種が三体……しかも一体は堕天種であるにもかかわらず、一分もかからずに討伐したというのだ。驚き呆れるを越えて体が震えてしまうレベルである。大型種の中でもサリエル種は確かに弱い部類だ。しかしトリッキーな遠距離攻撃と毒攻撃が厄介であり、決して簡単に倒せる相手ではない。それを正面から突破したのだから実力の高さが窺える。

 極東の隊長格はもはや理解不能な領域なのだ。

 

 

「それに極東は研究分野でも独自の力を持っていますね。榊博士、シスイは特に世界的にも有名な科学者ですから。更に他の技術者たちも非常に優秀です。極東は百年以上前から技術力の高い人材を生み出す魔境と呼ばれていたそうですから」

「やっぱ極東人はすげー……」

「でもロミオ先輩? 私もヒカルも極東人だよ?」

「まぁ、そうだな」

「あ、そう言えば……ってことはナナもヒカルもあんな感じになるのかよ!?」

「ねぇよ」

「それはないかな~」

 

 

 極東人かどうかというよりも、極東という環境が恐ろしい。人外を容赦なく生み出す魔境の中の魔境というのが総合的な評価だろう。

 そんな話をしていると、エレベーターからジュリウスが降りて来た。そしてロビーに集まるブラッドを見つけて歩み寄る。

 

 

「こちらは終わったぞヒカル……何か話をしていたのか?」

「まぁ、ちょっとね。極東の恐ろしさについて」

「は?」

 

 

 この数時間後、ブラッドは極東へと戻ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 その日、シスイはアリサと共にサテライト拠点の一つへと来ていた。サテライト拠点を運営するために経済の中心となる工場を建設終了し、徐々に家屋の建設も進んでいる。だが、サテライト拠点において最も重要なのは対アラガミ装甲壁だ。シスイは補充材料の入手と、装甲壁の調整も兼ねてアリサと共にやってきたのである。

 ウコンバサラ、ヤクシャ・ラージャ、ボルグ・カムラン、そしてクアドリガ堕天種からオラクルリソースを回収し、今は対アラガミ装甲壁に組み込むための準備をしている。

 

 

「どうですかシスイ?」

「大丈夫。数時間以内には終わるよ」

「良かった……これで被害なく更新も済みそうですね」

 

 

 対アラガミ装甲壁はアラガミの攻撃を防いでくれるものではない。アラガミの嫌う因子を組み込むことで、食べたくないと思わせるだけのものだ。つまり、アラガミが嫌う因子を更新し続けなければすぐに破られてしまうのである。

 常にアラガミは進化しているので、更新頻度もかなりのものだ。正直言って人手が足りない。専門家でないシスイが駆り出される程だから相当である。

 

 

「……よし、計算開始。あとは待つだけだね」

「その計算ソフト……民間でも使えるようになればいいんですけどね」

「それは難しいかな。ある程度の知識は必要だし、計算ソフトも万能じゃない。状況に応じてプログラムを打ち直すこともあるから」

「む……どうにかなりませんか?」

「そうだね……例のアラガミから採取できるレトロオラクル細胞があれば……」

「ああ、確かキュウビですね」

 

 

 クレイドルは活動の一環として、とあるアラガミを追っている。

 それがキュウビだ。

 プロジェクトリーダーはリンドウで、補佐としてソーマもいる。何度も調査を繰り返しながらキュウビの移動ルートを確かめ、討伐に向けて準備中だ。

 そしてそのキュウビから採取できるのがレトロオラクル細胞である。これは極めて純度の高い、原型に近いオラクル細胞であり、通常のオラクル細胞とは異なる挙動を見せる。マルチコアプロセッサのように並列処理が可能で、オラクル技術に多くの恩恵をもたらすとされているのだ。

 例えば、レトロオラクル細胞を複数連結してパターン演算が可能なように調整する。すると与えたオラクルリソースを自動で吸収して組み合わせ、最適な対アラガミ装甲壁が成長するようになるのだ。いちいち計算ソフトで組み合わせを演算しなくても、自動で組み合わせを選択してくれるのである。これなら、民間人でも扱える対アラガミ装甲壁となるだろう。

 これを応用してスタングレネードと同じく携帯できる即席対アラガミシェルターなども作れるようになる。

 サテライト拠点のためにも必要な技術だった。

 

 

「ま、無いものを強請っても仕方ないからね。取りあえずは僕たちが働くしかないよ」

「そうですね。一番苦しいのは壁の中に入れない人たちです。私たちクレイドルの意義は、そんな人たちを救うことにありますから……休んでいる暇はありません」

「いや、休もうよ。この前も倒れたって聞いたよ?」

「勿論です。それぐらいは気を付けます! ヒカルにも注意されましたから」

「ブラッドの副隊長君にね……もしかしユウから乗り換えた?」

「ち、違います! 私にとっての一番はユウです! ……あっ」

 

 

 ハッキリと宣言したアリサに対してシスイは笑いを堪える。普段は素直じゃないアリサだが、こうして弄ると幾らでもボロが出てくるのだ。それが面白くて仕方ない。

 顔を真っ赤にしたアリサは必至に言い訳する。

 

 

「ち、違いますよ!? その、一番というのは最も尊敬しているという意味で……」

「うん、そうだね。わかったわかった」

「絶対分かっていません! ほら、その優しい目を止めてください!?」

 

 

 アリサがユウに恋心を抱いているのは周知の事実である。もはや極東のメンバーでは知らない者の方が少ないぐらいだ。あの天然カノンですら知っているほどである。

 残念なことに当のユウは気付いていないので、優しい目をされても仕方なかった。極東に来た当初は自信家のイメージが強かったアリサも、今ではすっかり年頃の乙女である。

 そのギャップを知る者たちは陰で爆笑しているのだが、それは知らぬが花だろう。

 

 

「ま、いいさ。一応これは独り言だけど、ユウって女性スタッフから人気らしいよ? イケメン、世界最強、そして優しいときた。これで人気が出ないわけがない。もしかしたらどこかに支部で美人さんと劇的な出会いを果たしゴールインするかも―――ね?」

「…………それ、ホントですか?」

「さぁ? コウタが血の涙を流しながら言ってたよ」

「フ……フフフフフ。帰ったらコウタに問い詰めます……フフ」

「ほどほどにね?」

 

 

 アナグラに帰ったらコウタは犠牲になるのだろう。冥福を祈るばかりである。

 冗談は良いとして、ユウとアリサの件は割と真面目に心配されている事案だ。いつになったらくっ付くのかと皆がドキドキワクワクしている。これも殺伐とした極東の戦場における息抜きなのだ。

 しかし、既に結婚しているシスイはともかく、ゴッドイーターの婚姻事情というのは結構深刻だ。いつ死ぬかも分からない相手を恋人にするような人は少なく、結局はゴッドイーター同士が一番多くなる。だが、多忙なゴッドイーターは恋愛にかまけている暇もないので、いつまでも同僚止まりなのだ。

 

 

(ま、クレイドルはフェンリル内でも特に忙しい部隊だからね。今はユウと会うだけでも難しいみたいだし、恋人になるのはずっと後かもね)

 

 

 ハイライトを消してブツブツと呟くアリサを見ながらシスイはそんなことを考える。早く平和になって自由に恋の出来る世界が来て欲しいものだ。

 だが、世界は人に厳しい。

 そして運命は世界に厳しい。

 雑談を繰り広げていたシスイとアリサを遮るように、緊急通信が入る。

 

 

『緊急事態です! 広域に強力な感応波を確認! 大量のアラガミがサテライト拠点に向かっています!』

 

 

 ここを含め、まだ幾つかのサテライト拠点は対アラガミ装甲壁のアップデートを終えていない。その状態で多数のアラガミが来るとなると、確実に破られるだろう。シェルターは優先してアップデートされているので大丈夫だと思われるが、早く避難しなければ拙い。

 

 

「僕は出るよアリサ。避難誘導をよろしく」

「分かりました。気を付けて!」

 

 

 二人の行動は早い。

 そして極東支部もすぐに動き始める。

 運命の歯車は着実に、そしてシナリオ通りに進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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EP31 運命の歯車

 シスイはサテライト拠点を飛び出し、アラガミの群れに向かって走っていた。既に両腕の封印は解いており、黒い鱗状のオラクル細胞が見えている。ノヴァの因子を取り込んで以来、赤っぽい色も混じっているのだが、遠目にはやはり黒だ。

 

 

『第一部隊が出る! シスイは何処だ!?』

「コウタかい? 悪いけど僕は一人でやらせて貰うよ。だから第一部隊はコウタを中心にして頑張ってくれ」

『シスイ隊長!? でも合流した方が――』

『ちょっとエリナ黙って。分かったシスイ……本気を出すってことだよな?』

「そういうこと。だからエリナとエミールは頼んだよ」

『任せろ。絶対に死なせないからよ!』

「頼もしいね。もう、コウタが隊長でいいんじゃない?」

『止めろ!? これ以上仕事を増やさないでくれ!?』

 

 

 あまり軽口を叩く余裕はないのだが、これがいつもの第一部隊だ。それにシスイという隊長がいない以上、エリナやエミールは不安に感じるかもしれない。だからこそ、シスイはそんな発言をしたのだった。

 今回、シスイはアラガミの力を使うつもりである。

 まだエリナとエミールにはその力のことを言っていないので、単独行動に出たのだ。

 

 

「エリナ、エミールも一人前だ。隊長からの命令は一つだけ。死ぬなよ?」

『了解です!』

『騎士道にかけてエリナは守ってみせるぞおおおおおおおおお!』

『うるさいエミール! 私は自分の身ぐらい守れるわよ!』

 

 

 どうやら平常運転らしい。

 シスイは安心して通信をフリーに変えた。するとオペレーターのヒバリから多くの情報が寄せられる。

 

 

『ブラッド隊出撃しました。続いて防衛班も出撃します。現状、第三サテライト拠点のみ避難が完了。アラガミの群れは依然として進行中です!』

『こちらフライア、無人制御型神機兵を投入します。これで手の空いていない部分を埋めるとのことです』

 

 

 極東の各部隊に加え、フライアのオペレーターであるフランから神機兵の出陣も告げられた。これで各サテライト拠点に十分な戦力を送ることが出来るだろう。

 広範囲に感応波が出現したことによるアラガミの襲撃。これは恐らく感応種が関わっている。これだけの範囲でアラガミを操るとなると、大型の感応種が挙げられる。そして、中でもアラガミを操ることに長けたマルドゥークが最も可能性の高い候補だろう。

 もしもマルドゥークに遭遇してしまったら、シスイかブラッド隊しか戦えない。

 

 

「急がないとね」

 

 

 シスイは左手を高く掲げ、大量のオラクル弾を形成する。そして眼前にあるアラガミの大軍に向けて一斉掃射した。深紅の弾丸が無数に飛翔し、中型種以下を殲滅していく。流石に今のオラクル弾では大型種にまでダメージを与えることは出来なかったらしく、数十体ほど強敵が残る。

 

 

「ヴァジュラ、クアドリガ、ボルグ・カムラン、ハンニバル……まさかツクヨミもいるとはね」

 

 

 残った敵を確認したシスイは、右手に深紅の刃を持つヴァリアントサイズを形成する。そして足に力を込めて一気に前進し、強敵であるツクヨミに迫った。

 

 

「まずはコイツから!」

 

 

 そしてツクヨミを飛び越えつつ、頭の天輪を破壊する。綺麗に背後を取ったシスイは、そのままツクヨミの両足を切断して機動力を奪い、オラクル爪を伸ばした左手で胴を貫きつつコアを抜き取った。

 

 

「次」

 

 

 シスイはヴァリアントサイズの咬刃を伸ばして迫るヴァジュラを両断する。そしてハンニバルの放ってきた炎を回避しつつ、オラクルの槍を形成して飛ばした。オラクル槍が直撃したハンニバルは、内部から枝のように伸びて成長するオラクル槍の効果で即死する。

 更にシスイはオラクル弾を高密度に溜めて、ボルグ・カムランへと発射した。巨大な硬い盾を持つボルグ・カムランだが、爆砕攻撃には弱い。高密度オラクル弾の爆発を喰らって盾が結合崩壊する。その隙にシスイが接近し、ヴァリアントサイズでトドメを刺した。

 そしてすぐにその場を飛びのいた。

 次の瞬間にはクアドリガのミサイルが大量に爆発する。

 

 

「遠距離攻撃で火力が高いってのは面倒だね」

 

 

 そう言いつつ、シスイも火力の高いオラクル槍を飛ばしてクアドリガを仕留めた。まだまだ大型種は残っているので油断できない。

 ヴァジュラの電撃を躱し、両断する。

 ハンニバルの火炎を躱し、両断する。

 クアドリガの突進を躱し、両断する。

 ボルグ・カムランの尻尾攻撃を躱し、両断する。

 攻撃範囲の広いヴァリアントサイズを最大限に利用して無双の強さを見せつけていた。そして戦闘が始まってから十五分ほどで完全に殲滅を完了する。

 

 

「よし……ヒバリさん、こちらシスイです。増援ポイントは?」

『はい、第六サテライト拠点付近で第四部隊が苦戦中です。どうやらサリエル種とザイゴート種が群れを成しているようですね。ハルさんとカノンさんが頑張っていますが、やはり数が多いようです』

「……それって単純にカノンちゃんが暴走して、ハルさんが上手く動けないだけじゃなくて?」

『……………………数が多くて苦戦しているそうです』

「あ、はい」

 

 

 若干の間が気になるところだが、もはや聞かぬ方が良いのだろう。シスイはすぐに第六サテライト拠点へと向かって走り出した。全身の偏食因子を集めて身体を強化し、砂煙が立ち昇るほどの速度で駆け抜ける。このまま行くとハルオミとカノンにも両腕のことを知られるだろうが、あの二人ならば大丈夫だろうと判断してそのまま行くことにしたのだった。

 既に遠くですさまじい爆発音が響いていた。

 これはアラガミではなくカノンのせいだろう。心なしかハルオミの叫び声も聞こえる気がする。

 

 

「アハハハハ! 食べることしか能がない獣の分際で人間様に盾突く? 百万光年早いのよ! 大人しく粉砕されなさい!」

「うおおおおおおおおおおお! ストップ! ストップだカノンちゃん!?」

「ちっ……射線上に入るなって、言わなかったっけ?」

「言ってない言ってない!」

 

 

 今日も誤射姫は健在である。

 シスイはそれを見て回れ右をしようかとも考えたほどだ。オラクルリザーブという誤射姫伝説加速に責任の一端を持つシスイだが、まさかあれ程酷いとは知らなかった。これまで運よくカノンと任務を共にすることがなかったからである。

 この地雷原も真っ青な戦場に飛び込む?

 シスイはそんなアホではない。これでも天才と呼ばれる研究者なのだ。知識だけでなく知恵も豊富であり、戦況把握もお手の物である。

 つまり……

 

 

「ハルさーん。援軍に来ましたよ」

「助かったシスイ! そこの狂気誤射姫(クレイジープリンセス)を止めてくれ!」

「いえ、僕も爆撃するので頑張って避けてくださいねー!」

「この人でなし―っ!?」

 

 

 ハルオミの悲痛な声が戦場で響いた。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ブラッドは担当する第九サテライト拠点のアラガミを殲滅し、死者なく守り切ることに成功した。流石に怪我人まで防ぐことは出来なかったが戦果としては上々である。

 しかし、ロミオは燃えるサテライト拠点を茫然と眺めながら呟く。

 

 

「ひどいね……」

 

 

 確かに酷い状況だ。

 流石にブラッド隊だけでは数が足りず、サテライト拠点の対アラガミ装甲壁も破られてしまった。シスイとアリサがこれからアップデートする予定だったので、まだ装甲壁が古いままだったのだ。それで内部にもアラガミが侵入し、多くの家屋が崩れて燃えてしまったのである。

 しかし、ロミオの言葉に首を振りながら答えたのはユノだった。彼女は元からこの第九サテライト拠点に訪問していたので、こうしてブラッド隊と合流したのである。

 

 

「いいえ、生きている限り、また何度でもやり直せます……今までだって、ずっとそうでしたから」

 

 

 それは女神の森(ネモス・ディアナ)で幼少を過ごしたユノだからこその言葉だった。何度もアラガミに襲われ、それでも生き残って足掻き続ける。そして何度でもやり直すのだ。

 それを知るユノだからこそ、言葉に重みがある。

 しかし、それを嘲笑うかのように次の危機が迫っていた。

 

 

――やがて、雨が降る。

 

 

 フライアの研究室にて端末を操作するラケル・クラウディウスは怪しい笑みを浮かべていた。画面に移される光学観測映像には赤乱雲が映されており、別画面のデータでは赤い雨の降水予測マップが記されている。そのマップでは、広域感応波が観測されている場所と重なっていた。

 つまり現在、アラガミと戦うゴッドイーターたちの所へ死の雨が降ろうとしていたのである。もうすぐ赤い雨が降るとなると、当然のようにゴッドイーターたちは気付く。

 それはブラッド隊のロミオも同じだった。

 

 

「あれ……赤い雲?」

「赤い雨だと!? 全員、シェルターに戻れ! 急げ!」

 

 

 ロミオの言葉で赤乱雲に気付いたジュリウスはすぐに撤退命令を出した。そして避難誘導を最優先に行い、まだ何体か残っている小型アラガミは神機兵に任せる。

 赤い雨という災害に慣れているお陰か、避難はすぐに完了した。

 そして避難民の名簿確認を副隊長ヒカルに任せ、ジュリウスが現場を走りつつ残った人がいないかを確認する。そして戻ってきた時には既に上空にまで赤乱雲が迫っていた。ギリギリである。

 

 

「ジュリウスで最後?」

「ああ、最後だ」

 

 

 このシェルターはジュリウスで最後になる。心配そうなロミオに対し、力強く頷いた。

 そしてジュリウスは次に通信を繋ぎ、シエルへと連絡を取る

 

 

「ブラッドβ、聞こえるか? 状況を報告しろ」

 

 

 ブラッドβはギルバート、シエル、ナナによって構成されたブラッド分隊であり、神機兵がカバーしきれないところでアラガミを駆除している。

 つまり、まだシェルターに戻っていなかった。

 ジュリウスの通信に出たシエルが簡単に報告をする。

 

 

『こちらブラッドβ。敵残数一体です』

「中央部シェルターまで撤退しろ! 赤い雨が来るぞ! 敵は神機兵に任せてしまえ!」

『了解、シェルターまで撤退します!』

 

 

 もう十五分もしない内に雨が降り始めるだろう。

 ブラッドβが撤退するには充分な時間である。どうにか間に合いそうだとジュリウスは安堵した。そしてすぐに無線をフリーに変えると、様々な通信が飛び交う。

 

 

『こちら第一部隊。すぐに撤退する!』

『第二部隊も殲滅完了。すぐに逃げるぞ』

『第四部隊はシスイと合流に成功。何とか生き残ったぜ。赤い雨から逃げるなんて楽勝さ、ハハッ』

『ハルさんしっかり!?』

 

 

 

―――雨は降りやまず……

 

 

 

『第六部隊は撤退完了! 住民の避難も完了した!』

『さぁこっちだ! シェルターに入れ!』

『ブラッドは誘導を行いつつ、警戒態勢をとれ! いいな?』

 

 

――時計仕掛けの傀儡は、来るべき時まで……

 

 

『やっとブラッドに繋がった! 混線し過ぎだろ畜生』

『コウタさん?』

『こちらコウタ。周辺住民の護送は終わりそうだ。あとは神機兵に任せて退却する』

 

 

 

―――眠り続ける。

 

 

 そしてラケルは一つのプログラムを画面に起こし、躊躇なく起動する。クジョウへと渡した無人制御プログラムに潜ませたラケルの罠。舞台装置となった神機兵に潜む見えないウイルス。

 それが解き放たれたのである。

 途端に、全ての活動中だった神機兵が一斉に停止した。

 最後の見回りをしていたロミオは茫然としながら呟く。

 

 

「神機兵が……止まった……?」

 

 

 しかもそれは一か所ではなかった。

 各地から神機兵が止まったという報告が飛び交い始める。

 

 

『こっちも動かなくなったぞ。どうなっている?』

『くそ、ダメだ』

『もういい! 放っておけ!』

『馬鹿言うな。まだアラガミが残っている』

『こっちは赤い雨が降り始めた。悪いが逃げさせてもらう』

 

 

 更にフライアからも情報がもたらされる。

 

 

『フライアから緊急連絡、全ての神機兵が停止していきます。現時点で原因は不明……』

 

 

 

――人も自然な循環の一部なら……

 

―――人の作為もまたその一部、そして……

 

 

『副隊長! まだ一般市民の避難が……』

『分かった。一般市民を連れて近くのシェルターに避難しろ!』

 

 

 まだ第一部隊の担当する第五サテライト拠点はまだ避難が完全ではなく、神機兵が停止してしまったことで混乱に陥っている。コウタ、エリナ、エミールが分かれて対応していても限界があった。

 コウタは仕方なく避難を優先にして、残っているアラガミは放置することに決める。このままではサテライト拠点の内部を食いつくされてしまう可能性も残っているが、赤い雨ではやりようがない。

 そして遂にブラッドの担当する第九サテライト拠点にも血のような雫が地面を濡らし始めた。外回りをしていたロミオもすぐにシェルターへと戻る。

 すると隊長のジュリウスが出迎えた。

 

 

「全員避難したか? ヒカルは名簿の照合を急げ!」

「もう九割以上終わっている。もう少し待ってくれ」

 

 

 ヒカルはブラッドの副隊長として住民を宥めつつ名簿称号を続けており、額からも冷や汗が流れている。名簿を見ているからこそ避難状況が理解できるので、ヒカルの表情からは焦燥も見えた。それを見たロミオはヒカルに声をかける。

 

 

「俺も手伝うぜ」

「頼むロミオ先輩」

 

 

 ロミオも加わり、更に照合の速度を加速させる。数分もすれば全ての照合が終わった。そしてロミオは十三人分の名前が足りないことに気付く。

 

 

「あれ……北の集落の人たち……爺ちゃんたちがいない?」

 

 

 少し前にロミオがアナグラを飛び出した時、北の集落に住む二人の老人に世話になった。その二人を含めた十三人分がまだ避難できていなかったのである。

 そのとき、追い打ちをかけるようにして通信が入った。

 

 

『誰か……聞こえるか……頼む…………』

 

 

 それを聞いてジュリウスがすぐに通信を取る。

 

 

「聞こえるぞ! どうした!」

『ああ、助けてくれ……ノースゲート付近に白いアラガミが……ぐあああっ!?』

「どうした!? くそっ!」

 

 

――ああ、やはり……貴方が『王のための贄』だったのね……

 

―――ロミオ……

 

 

 通信で聞こえて来た白いアラガミ。白色のアラガミと言えば幾つか思い浮かぶものがある。ハンニバル、デミウルゴス、そしてマルドゥーク……

 ロミオがふとヒカルの方を見ると、そちらは名簿に問題なかったのかギルバートに報告している。

 

 

「爺ちゃん……婆ちゃん……」

 

 

 ノースゲート付近ということは、北居住区の人たちが避難する際に通る門の近くだ。白いアラガミがどんな相手にしろ、一般人がアラガミに遭遇したらどうなるのかは目に見えている。

 そしてジュリウスが通信にあった白いアラガミに対応するゴッドイーターたちのことを極東支部に伝えていた。

 

 

「こちらは既に赤い雨が降り始めている。極東支部まで撤退させるか、無理せず適当な場所で雨宿りさせた方が……」

『わかりました。そのように誘導します! 白いアラガミについてはお任せください。対応できる人物に心当たりがありますので』

 

 

 この雨の中、白いアラガミを倒しに行こうとは言えない……

 ロミオは水を弾く特別製のレインコートを手に取り、赤い雨の中へと飛び出した。

 

 

「ジュリウス、ごめん……俺、ちょっと出てくる!」

「ロミオ!? ……何してんだ馬鹿!」

 

 

 ヒカルと話していたギルバートだが、ロミオの暴挙に気付いて飛び出そうとする。しかし、ジュリウスがそれを制止した。

 

 

「待て、俺が連れ戻す。ヒカルとギルはここでアラガミの侵入を食い止めてくれ」

 

 

 ジュリウスはレインコートを手に取ってロミオを追いかける。余程急いでいるのか、既にロミオは見えないほど遠くまで行ってしまっていた。

 

 

――ロミオ……貴方はこの世界に新しい秩序をもたらすための礎

 

 

 走るロミオの前に大型種ガルムが現れる。ヴァジュラにも劣らない俊敏さと大火力を誇るアラガミであり、簡単には倒せない。

 しかし、ロミオは勇敢に立ち向かう。

 

 

―――貴方のおかげで……

 

 

 やはりロミオ一人でではガルムに敵わない。

 回避直後で硬直したロミオへとガルムが突進を仕掛けた。赤い雨の降る中でそんな攻撃を喰らえば、間違いなく雨に濡れることになる。高確率で黒珠病を発症する赤い雨に濡れてしまえば、たとえガルムに勝利したとしても意味がないだろう。

 拙い……とロミオは冷や汗を流した。

 しかし、そこへジュリウスが飛び出し、ガルムのコアを的確に切り裂く。

 

 

―もう一つの歯車が回り始める

 

 

「ジュリウス!」

「気を抜くな! まだガルムが……そしてマルドゥークが残っている!」

 

 

 見れば、二十を超えるガルムを率いる白いアラガミ……マルドゥークがいた。感応種の中でもアラガミを統率することに長けたマルドゥークは大型種すらも従える。特に下位種であるガルムは相性が良く、二十体以上も同時に率いていた。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 マルドゥークが大きく吼えて、ガルムがそれに続く。

 広範囲に感応波を発生させていたのも、このマルドゥークなのだろう。恐らく、感応波の範囲が異常に発達した種なのだ。

 しかし、そんなことを考察する余裕はない。

 ロミオとジュリウスは神機を構える。

 

 

―――ああ、ロミオ……

 

 

 だが、多勢の無勢。

 ロミオだけでなく、ジュリウスまでもマルドゥークとガルムに吹き飛ばされる。折角被っていたフードもとれて二人は赤い雨に濡れた地面に放り出されてしまった。

 

 

――貴方の犠牲は

 

―――世界を統べる王の名のもとに……

 

 

 そして倒れるジュリウスの元へとマルドゥークが飛びかかる。先の戦闘でジュリウスの方が手ごわいと判断したからだろう。学習する生き物、アラガミは先にジュリウスを倒すべきだと判断したのだ。

 ジュリウスが気付いて起き上がろうとするも、間に合わない。

 

 

―――きっと未来永劫

 

――語り継がれていくことでしょう。

 

 

 ジュリウスはマルドゥークの爪に吹き飛ばされ、気を失う。

 フライアで端末を操作するラケルは最後に一言だけ呟いた。

 

 

――おやすみ、ロミオ。『新しい秩序』の中で、また会いましょう……

 

 

 再びジュリウスへとマルドゥークが迫る。

 今度は本気でトドメを刺すのか、十三体のガルムも一緒だった。二人でかなり倒したつもりだったが、相手が多すぎる。

 肋骨が折れ、内臓も損傷して口から血を流すロミオは、気力のみで立ち上がり、気絶しているジュリウスの前に立った。そして残るすべての力を振り絞り、いつもより重く感じるバスターブレードを構える。

 

 

(守らないと……)

 

 

 ジュリウスが倒れているのは自分の責任だ。

 説明もなく勝手に飛び出し、ジュリウスを巻き込んでしまったのである。感応種マルドゥークに加えてガルムが十三体。赤い雨が降っている以上は救援なんて期待できるはずもない。頼れるものは自分と手に握る神機のみである。

 

 

(守る……ための力を!)

 

 

 だからロミオは願う。

 今だけでもいい。

 いや、全ては今のために。

 力を貸して欲しいと神機に願った!

 

 

「う……うおおおおおっ!」

 

 

 バスターブレードが紅く染まり、ブラッド特有の強力な感応波が神機と共鳴する。ロミオの願い……つまりは意思に応えた神機は、その力を解放してアラガミを倒す力を発揮した。

 高密度オラクルによる深紅の一撃が地面を走り、マルドゥークへと迫る。

 しかし、マルドゥークはその俊敏さによって回避し、後ろのガルムを代わりに倒した。

 

 

(ちく……しょう……)

 

 

 初めてのブラッドアーツ発動で、ロミオは大きく消耗している。マルドゥークの狙いをジュリウスからロミオに変えることは出来たようだが、ロミオ自身が回避できない。大質量を有するマルドゥークが、その俊敏さを生かした突進を仕掛けようとしていたにもかかわらず、装甲を展開することすら敵わない。

 ロミオはなす術もなく吹き飛ばされる―――

 

 

「頑張ったねロミオ」

「……え?」

 

 

 ―――ことはなかった。

 運命の歯車を狂わす最強の研究者がマルドゥークの突進を片手で受け止めていたのだ。ラケル・クラウディウスに運命を狂わされたシスイが、奇しくもラケル・クラウディウスの定めた運命を狂わせる。

 シスイは過剰にオラクル細胞を活性化させた左手一本でマルドゥークの頭を掴んでいた。突進で加えられた全ての運動エネルギーは腕に集約されたオラクルの噴出によって相殺されたのだ。

 

 

「さて……雑魚(ガルム)を従えた程度で調子に乗っている狗が――」

 

 

 シスイは左腕に力を込めてマルドゥークを浮かせる。そして同時に右手に持つヴァリアントサイズに含まれるノヴァの因子を活性化させた。

 

 

「――調子に乗らないでくれるかな?」

 

 

 そして無造作にヴァリアントサイズを振るう。マルドゥークは真っ二つに裂けると思われた。

 

 

「グガッ!」

 

 

 しかし、横槍にガルムが二体飛び込み、マルドゥークを吹き飛ばす。それによってガルム二体がヴァリアントサイズの餌食となった。

 

 

「小賢しいね。死ねよ」

 

 

 シスイは左手でオラクル狙撃弾を作り出し、発射する。避けきれないと悟ったマルドゥークはそれを右のガントレットで受けた。当然のようにガントレットは結合崩壊する。

 そしてマルドゥークは恐怖に突き動かされるようにして強力な感応波を放ち始めた。

 

 

「グ……グオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 

 残っている十体のガルムが一斉にシスイ、そして背後のロミオへと襲いかかる。だが、シスイは冷たい視線を向けながら左手を差し向けた。

 最も攻撃力の高いオラクル槍を発射し、三体のガルムが紅い結晶のような槍に貫かれる。そして内部から成長した結晶槍に喰い荒らされ、一瞬でコアごと破壊された。そして右手のヴァリアントサイズを咬刃を伸ばしながら地面と水平に振るい、ガルム五体を上下真っ二つに変える。

 それを見た残り二体は、急制動でシスイから離れた。

 

 

「スゲェ……」

 

 

 ロミオは赤い雨に濡れながら呟いた。

 感応種マルドゥークを難なく退け、大型種のガルムをあっという間に十体も討伐してしまったのだ。そんな言葉が漏れてしまっても仕方ない。

 ロミオは手に持った神機をさらに固く握った。

 しかし、マルドゥークはまだ諦めない。脅威となるシスイを始末するために、何よりロミオを殺すという地球の意思を体現するために逃げることなく感応波を増大させる。

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ」

 

 

 ガルム、ヴァジュラ、ボルグ・カムラン、サリエル、クアドリガ、ハンニバルの大型種を始め、コンゴウ、グボログボロ、ウコンバサラ、ヤクシャ、ヤクシャ・ラージャ、シユウといった中型種、更に小型種は数えきれないほど。

 これだけでなく、各種堕天種、ディアウス・ピター、プリティヴィ・マータ、テスカトリポカ、アイテール、スサノオ、ツクヨミ、カリギュラ、ハガンコンゴウ、セクメト、ラーヴァナといった接触禁忌種までも呼び寄せたのである。

 そのことはシスイが繋いでいた通信によってもたらされた。

 

 

『大変ですシスイさん! 接触禁忌種を含めた大量のアラガミが接近しています』

「数は?」

『数えきれません!』

「じゃあ、質問を変えます。百体は越えてますか」

『越えています。いえ、下手すれば五百体を越えているかもしれません』

「そうですか。となると、ロミオやジュリウスを守りながら戦うのは難しいね……」

『あはは……勝てないとは言わないところがシスイさんらしいですね』

 

 

 僅かに聞こえたその通信を聞いてロミオは頭が真っ白になる。

 自分たちがシスイの邪魔になっていることを悟ったからだ。ジュリウスを巻き込んだ上にこうして助けてもらい、更に邪魔にすらなっている。

 そのことはロミオ再び願いを燃え上がらせた。

 

 

(俺にも……力を!)

 

 

 そして願いは神機と共鳴し、先のブラッドアーツを思い起こさせる。

 既に力の解放は出来ているのだ。

 あとは思い出すだけである。

 

 

「俺に守る力を寄越せ! うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 途端に、ロミオから強力な感応波が放たれる。それもマルドゥークの感応波を塗りつぶすほどの圧倒的な出力で。

 以前にシスイが推測していた通り、元からロミオに秘められた力は膨大だった。その力を馴染ませるためにずっとロミオの中で眠っていた『血の力』は、今ロミオの意思を受けて芽吹いたのである。

 ヒカルの『喚起』と異なり、圧倒的な出力によって強制的にオラクル細胞へと干渉する力。その力を受けたシスイすらも両腕のオラクル細胞が沈静していくのを感じたほどである。

 

 

「ロミオ……?」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 マルドゥークを含めた全てのアラガミはロミオの『圧殺』を身に受けて鎮静化される。そしてその干渉範囲から逃げるかのように、全てのアラガミが逃げ始めたのだ。

 そんなロミオの放つ魂の叫びを聞いたジュリウスも目を覚まし、凄まじい『血の力』を発するロミオを見て絶句する。これまでにない強烈な力を目の当たりにして目を覚ましても尚、立ち上がれずにいた。

 

 

「おおおおおおおおおおおぉぉ……ぉぉ……ごはっ……」

 

 

 そして無理をして力を出し切ったからだろう。

 元から内臓を損傷していたロミオは血を吐いて倒れた。

 

 

「ロミオ……ロミオ!」

「く……流石に応急セットしかもっていないぞ!」

 

 

 倒れるロミオをシスイは慌てて抱き留める。そして白衣を脱いで地面に敷き、そこに寝かせた。右腕の折れているジュリウスもどうにか立ち上がり、痛む体を無理やり動かしてロミオに近づく。

 

 

「とにかく傷を塞ぐよ。回復錠は飲めるかい?」

「……うっ……ごふっ」

「しっかりしろ……ロミオ!」

 

 

 再び血を吐いたロミオを見てジュリウスは慌てて側まで寄った。そしてロミオの左手を取って必死に声をかけ続ける。

 

 

「頼む、目を開けてくれ!」

「ジュリウス……ごめん」

「何を言っているんだ!」

「なぁ……ジュリウス……爺ちゃんたちは……?」

 

 

 これだけ傷ついても尚、ロミオは他者の心配をする。

 それを聞いたジュリウスは泣きそうになりながらシスイの方を見た。ずっと無線で状況を聞いていたシスイは頷きながらロミオに答える。

 

 

「無事にシェルターへと避難したよ。君のお陰だロミオ」

「へへっ……そっか……よかった……」

「くそ! 脈が低下している」

「どうにかならないかシスイさん!?」

「僕は医術の心得も多少しかないし、ここには設備もない。もう、ゴッドイーターとしての生命力にかけるしかない!」

 

 

 シスイは研究者であり、ある程度は人体についても詳しい。新型神機の研究でも、人体については一通りのことを修めた。しかし、それは医療に応用できる知識ではなく、更に施術できる設備も道具もない。

 今のシスイが持っているのは消毒薬、縫い針、痛み止め、そして包帯ぐらいなのだ。

 どう考えても重症者を治療する道具ではない。

 精々、痛み止めでロミオの苦しさを軽減させる程度が限界だろう。

 

 

「ジュリ……ウス………ごめんな」

「もういいんだロミオ! もう喋らなくていい!」

「勝手に飛び出して……みんなに迷惑をかけて……」

「いいんだ……! それ以上、喋らないでくれ……」

 

 

 ジュリウスが必死に手を握って呼び止めるも、ロミオの脈は低下していく。遂にシスイは自身のオラクル細胞を利用してロミオの内側にある偏食因子を活性化させ始めた。これは研究中の技術『リンクエイド』であり、使用するシスイすらも大きく消耗する。自らの偏食因子を変換しつつ与えることで相手の偏食因子を活性化させ、回復を促すのだが、自身の偏食因子を与えるということは自分の身を削ることに等しい。

 だからこそ未発表の欠陥技能なのだ。

 しかし、今はそうも言ってられない。研究中で危険性のある技術だったとしても、今のロミオに出来るのは『リンクエイド』しかなかった。

 

 

「く……ぐぅ……耐えてくれよロミオ……」

「はぁ……げほっ……」

「戻ってこいロミオ! お前は……まだ……」

「ごめんなジュリウス……俺、弱くてごめんな……」

「ダメだロミオ! 君は強い! あれほどのアラガミを追い払っただろう! まだ君には生きて貰わなければ困る」

「そうだロミオ……頼むから逝かないでくれ……」

 

 

 だが、無情にもロミオの体から力が抜けていく。

 リンクエイドを駆使しても、ロミオを回復させることは敵わなかった。身体へのダメージ、ブラッドアーツの発動、更には広範囲に及ぶ『血の力』の発動もあって、ロミオの体は転がり落ちるように死へと向かっていた。

 幾らシスイが偏食因子を活性化させても、元の出力が足りずに回復が望めない。

 そして遂にロミオは意識も消え始めた。

 

 

「ロミオ……」

「こんなところで終わらせないぞロミオ! 帰って来るんだ!」

「頼む……逝くな……目を開けてくれ」

「折角ブラッドアーツを使えたんだろう! 『血の力』も使えるようになったんだろう! ここでお前は死ぬような奴じゃないはずだ!」

 

 

 それでもロミオは力なく目を閉じていく。

 もうだめかともシスイは感じていた。だが、一方でそれでもこの運命を覆すだけの策を考える。自分の知識を総動員し、全ての知恵を働かせてロミオを助けるために考える。

 

 

(都合のいい薬なんてない……何が出来る? 僕が出来るのはリンクエイドだけだ。それもロミオの偏食因子が上手く回復方向にまとまらないと―――)

 

 

 そこまで考えてシスイはふと思いつく。

 偏食因子を効率的に操り、強制的に活性化させる手法を思い出したのだ。

 

 

「ジュリウス! ロミオに対して『統制』を使ってくれ!」

「何……?」

「早く! 時間がない」

「っ! 分かった!」

 

 

 ジュリウスはすぐにロミオへと手を翳し、『統制』を発動した。味方の偏食因子を効率的に操り、波長を合わせることで強制的に覚醒させる能力。これによってロミオの体内でバラバラになっていた未活性の偏食因子も『バースト化』によって強制活性させた。

 こうなればシスイのリンクエイドも効果を発揮する。

 ジュリウスが纏め上げ、シスイが回復方向に指向性を与える。次第にロミオの傷口が塞がり始めた。

 

 

「諦めるのは早いよロミオ!」

「俺たちブラッドは家族なんだ……一人でも欠けたら意味がないんだ……だからロミオ」

『帰ってこい!』

 

 

 シスイとジュリウスの声は重なり、その行使する力も重なる。

 ただ、ロミオを助けるために二人は全力で残る力を使い続けた。削り取られる偏食因子と体力で疲労するシスイ、そして傷つきながらも最後の力で『統制』を発動させる。

 そして―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ふふふ、貴方は私に逆らうのですね……シスイ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ごめんなさいぃっ! 頑張り過ぎて一万字を越えてしまいました。


取りあえずこんな感じです。
ハルさんは……まぁ頑張れってことで


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EP32 教導

 極東に甚大な被害をもたらしたアラガミ災害は収束し、後始末が始まって二週間が経過した。破壊されたサテライト拠点は再建設され、ゴッドイーターたちの奮闘によって最新の対アラガミ装甲壁へと補強されている。

 しかし、大量のアラガミ出現に加えて赤い雨という災害も重なり、怪我人だけでなく死者も防ぐことは出来なかった。ゴッドイーターの死者は十四名、一般人も六名が死亡し、怪我人は数えきれない。

 これについて、フライアにも責任追及が行われた。理由としては無人制御の神機兵が途中で停止してしまったことが挙げられる。神機兵に防衛を任せていた部分が穴となり、アラガミの被害を甚大化させたことが死者の発生につながっているからだ。開発責任者である九条ソウヘイことクジョウ博士は本部へと招致され、現在は詳細に審議されている。最低でも開発責任者を降ろされ、最悪は研究者としての立場すら失うことになるだろう。

 それほど、今回の失態はフェンリルにとって汚点となった。

 これによって神機兵開発を進めるフライアは大きな打撃を受けることになる。失態を侵したとはいえ、クジョウも優秀な技術者だったのだ。それを失うのは非常に痛い。

 何より、ブラッド隊の隊長ジュリウス・ヴィスコンティと隊員ロミオ・レオーニが黒蛛病に罹ってしまったことが最大の被害と言えるだろう。現在は極東で働いているとは言え、所属としてはフェンリル極致化技術開発局フライアなのだ。

 ジュリウスもロミオも現在は黒蛛病患者としてアナグラの病室で隔離されており、一部の人しか面会を許可されない状態となっていた。そして黒蛛病に対して耐性のあるシスイは、その面会を許されている数少ない人物の人であり、その日も病室へと訪れていた。

 

 

「見舞いに来たよジュリウス」

「シスイか。済まないな」

「あはは……今は物資不足で見舞いの品もなくてね。こうやって定期的に顔を出すのが精一杯なんだ」

「いや、偶に来てくれるだけでも感謝しているさ」

 

 

 今ではお互いに呼び捨てする仲になり、ジュリウスの会話相手として一週間に三回以上は面会している。復旧用のオラクルリソースを集めるために忙しいハズのシスイだが、こうして時間を見つけては病室を訪れていたのだ。

 隔離病室に入ったシスイは、ジュリウスの隣で眠るロミオへと目を向ける。

 

 

「まだロミオは目を覚まさないみたいだね」

「ああ、黒蛛病に侵されている以外は安定しているそうだが……意識はまだ……」

 

 

 シスイのリンクエイドとジュリウスの『統制』によってロミオは瀕死の状態から蘇った。そして体内に宿す偏食因子の力で急速に回復し、無事に肉体は安定へと至ったのだ。しかし、依然として意識だけは回復せず、昏睡状態のまま眠っている。

 黒蛛病にかかっているので世話をするスタッフも大変だ。直接触れないように、常に防護服を着用しなければならないからである。

 ギルバートは『昏睡しても苦労掛けやがって』などと言っていたが、心配しているのは明らかだった。

 

 

「ロミオも……折角『血の力』に目覚めたのにね」

「ああ、確か『圧殺』だったか? 広範囲にオラクル細胞を不活性に追い込むと聞いた時は目玉が飛び出るかと思ったぞ」

「名称は暫定だけどね。ロミオが昏睡状態にあるから、『血の力』の解析はまだ終わっていない。もしかすると、興奮状態が作用して半分暴走していた可能性もあるからね。ただ、強い力には変わりない。戦力として組み込むなら、たった一人で戦況を変え得る素質を持っている。他にも、ロミオの『血の力』を応用すれば、広範囲にアラガミを弱体化させる対アラガミ兵器が出来上がるかもしれない。僕としても夢の広がる能力だよ」

「まさか最後に覚醒したロミオがこんな力を秘めていたとは……まるで物語の主人公だな」

 

 

 どちらかというと悲劇の主人公だが……と口に出しそうになり、ジュリウスは言葉を飲み込む。それは言っても仕方のないことだからだ。

 あの時、自分たちにできる全てを出し切った。最善を出し尽くした。それでもロミオが昏睡状態から回復しないとなれば、もはや自分たちにはどうしようもない。ロミオ自身の強さに賭けるしかないだろう。

 そもそも、ジュリウスとて黒蛛病患者なのだ。人の心配ばかりしていられない。

 

 

「治療法の方はどうなっている?」

「榊博士が独自に解析しているね。あとは……ほら、フライアも以前に黒蛛病患者を受け入れたよね。そちらも独自で研究しているみたいだよ。内容は公開されていないけど」

「ああ、俺が提言したやつだな?」

「それだよそれ。ただ、黒蛛病の研究なんて公開した方が効率的なのに、なんでラケル・クラウディウスは秘匿しているんだか……」

「ラケル先生が……? どうして……」

 

 

 ラケル嫌いなシスイは表情を隠して憤慨しているが、先生でもあり育ての親でもあるジュリウスの立場からすれば信じられないといった様子だった。

 

 

「ともかく、治療に関してはまだ何とも言えない。気合で耐えてくれたまえ」

「科学者の癖になんとも抽象的な答えだな」

「いやいや、気合を馬鹿にしてはいけないよ。それこそ、『血の力』だって広義的には気合の一種だし」

「…………言われてみればそうだな」

 

 

 ブラッドとして長く『血の力』と付き合っているジュリウスは、自身の力の仕組みについてもある程度の理解がある。気合の一種だと言われても納得できるのが事実だった。

 

 

「まぁ、そういうこと。さて、僕はまだやることがあるから出ていくよ。丁度、ヒカルの『喚起』を利用した強化案があってね。ブラッドの戦力も減ってしまったし、そちらにも手を貸しているんだ」

「そうか……ヒカルには宜しく言っておいてくれ」

「分かった」

 

 

 シスイはそれだけのやり取りをして病室を出る。

 やはりジュリウスもブラッドのことが心配なのか、最後には憂いの目をしていた。隊長が抜けたことで副隊長のヒカルが中心となり、シエル、ナナ、ギルバートと共に忙しく過ごしているのが今のブラッドだ。以前のようにα隊とβ隊に分けることも出来ず、仕事量は単純に二倍となっている。

 そこで、シスイは以前から開発していたレイジバーストシステムを本格的に完成へと近づけ始めたのだ。ヒカルの『喚起』を利用した感応制御によって安全な神機暴走を誘発し、一時的だがバースト状態を越えるバーストへと至ることが出来る。理論上は十倍まで強化できるが、安全を考慮すれば五倍が限界だろう。それ以上はアラガミ化の可能性が出てくる。

 いずれにせよ、僅かな時間とは言え凄まじい力が得られるシステムだ。極東の戦力低下を考えれば、早めの投入が望ましい。

 

 

(全く……俺も隊長らしいことは結局できなかったな……)

 

 

 病室に残されたジュリウスは眠り続けるロミオを眺めながら自嘲する。

 元々、ジュリウスは人付き合いが苦手だった。大手財閥の跡取りとして生まれたジュリウスは、両親がアラガミ被害によって事故死したことで天涯孤独となる。引き取り先となるはずの親戚も財産だけ分けて、ジュリウスは放り出したのだ。

 それを拾ったのがラケルだったというわけである。

 しかし、ジュリウスは極度の人間不信に陥り、ひたすら自分を高めることだけに時間を費やす。必要以上に人間関係を築かず、いつの間にかブラッド隊の隊長となっていた。その頃には人間不信も軽減され、人付き合いが苦手という程度になっていたが、隊長としては色々失格である。

 ロミオが部隊を明るくする。

 ヒカルが癖のある隊員を繋げる。

 シエルが戦術眼を以て支援する。

 ナナが場を和ませる。

 ギルバートが培った経験で実戦を教える。

 だが、自分は何をしてきただろうか。ただ、部隊最強の力を振るって隊長という立場に収まっていただけのようにしか思えない。単純な力量で言えばヒカルにも追いつかれているので、既に部隊最強とは言えないかもしれないが。

 

 

(ふっ……柄にもなく落ち込んでいるな)

 

 

 そんなことを自覚してジュリウスは溜息を吐いた。

 黒蛛病に罹り、部下のロミオも未だに目を覚まさないことで精神的に弱っている部分があるのだろう。このままでは『気合が足りない』状態となる。気合を入れろと言われたばかりだったにもかかわらず、落ち込んでいた自分に気付いて苦笑した。

 そしてジクジクと痛む左腕の黒い痣に目を向けつつ、気持ちを落ち着ける。

 三十分ほど目を閉じつつ精神統一を図っていると、再び病室がノックされた。今度はロミオの世話役かと思い、ジュリウスは許可を出す。

 だが、入ってきたのは予想外の人物だった。

 

 

「こんにちはジュリウス。まだ元気そうで何よりだわ」

「ラケル先生……」

 

 

 黒い服で身を包み、車椅子に乗って移動するラケル・クラウディウスがそこにいた。付き添いでヒカルもいたようだが、彼は扉の隙間から軽く手を振った後、病室の外で待機する。

 どうやら、ラケル個人がジュリウスに対して話があるらしいと分かった。

 

 

「貴方が黒蛛病にかかってしまったと聞いて心配していたのよ?」

「それは済まない」

「ふふ……必ず死ぬ病と言われているのに、思ったより冷静なのね」

「不安になる時もある。だが、治療法が確立されると信じて待っているだけだ。俺もこのまま終わるつもりはないからな。先程もシスイに気合で耐えろと言われた」

「あら、シスイも来たのね? 黒蛛病の効かない特殊体質を持つあの子を調べたいのだけど、血液サンプルすら貰えなかったわ」

 

 

 何とも残念そうな表情を浮かべるラケルを見て、ジュリウスは首を傾げる。何故なら、ジュリウスはシスイが自身を黒蛛病研究に役立てない理由をぼかしつつ伝えていたからだ。

 

 

「シスイを調べることに意味がないのはラケル先生も良く知っていると彼に聞いたが?」

「……ええ、確かに、彼を調べたところで意味はないわ。彼が黒蛛病にかからないのは、一重に荒ぶる神々の力を強く宿しているから。治療法には応用できそうにないわね」

 

 

 ラケルの言葉に何かを誤魔化すような意図を感じたジュリウスだったが、すぐにその考えを霧散させる。長年にわたって積み上げられたラケルへの信用が勝った形だった。

 そんな風に一瞬だけ別のことを考えていたジュリウスに対して、ラケルは笑みを浮かべながら言葉を続ける。

 

 

「ジュリウス。私が研究している黒蛛病の治療法に協力してくれないかしら?」

「何?」

「これは貴方にしか出来ないこと。もしも協力してくれれば、黒蛛病の治療法を確立できるかもしれないわ。それに、ロミオのような被害者を出さなくて済むようになる……」

「……」

 

 

 そんな都合の良い話があるのだろうか、とジュリウスは思案する。

 だが、ラケルの言葉が気になるのも確かだった。

 黒蛛病を治療できるようになる、ロミオのようなアラガミや赤い雨の被害者もなくなる、そして何より、これはジュリウスにしか出来ないことだという。

 

 

「詳しく聞かせてくれ」

 

 

 ラケルは抑揚に頷き、自身の計画を話し始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 悲しい事件の後、極東支部には大きな変化があった。

 まず、大被害をもたらした変異マルドゥークを捜索するためにチームが組まれ、クレイドルと共に共同の調査作戦が発布されたのだ。これによって観測班も外出が多くなり、討伐班への負担も増している。理由としては観測不足からくる乱入アラガミの多発だった。

 あのマルドゥークはそこまでして捕捉したい相手だったのである。特徴としては目に傷を持ち、更に右のガントレットが破壊されてる。目の傷はかつてヒカルが付けたものであり、その時に『血の力』を発現した。右のガントレットにある傷はシスイが結合崩壊させたものである。

 あれほど広範囲に感応波を届かせるマルドゥークは是が非でも討伐しなければならない。その一心で皆が頑張っているのである。

 二つ目の変化はジュリウスとロミオがフライアに移されたことだ。極東支部でも黒蛛病の研究はしているのだが、ラケル・クラウディウスが強制的にフライアへと戻したのだった。言い分としては、所属がブラッド隊からということである。

 その一方でブラッド隊は神威ヒカルを新隊長として極東所属になった。ジュリウスとロミオを回収してからブラッドを手放したという順序を見ると、欲しいモノだけ手に入れて邪魔者を捨てたようにも見える。ヒカルたちも戸惑いが大きかった。

 極東支部としては戦力が増えるので願ったり叶ったりだったが。

 しかし、やはりブラッド隊からしてみれば納得できることではなかった。特に、ジュリウスがラケルの神機兵開発を手伝っていると聞かされれば。

 

 

「あの野郎……なんでブラッドを抜けやがった……」

 

 

 ギルバートが機嫌悪そうに呟く。

 フライアから正式に極東へと移ってきた後、荷物を整理してから再びブラッド隊でロビーに集まった。理由は、極東に移籍となった理由やジュリウスとロミオが抜けた理由である。

 確かに、黒蛛病に罹っていることを考えれば部隊からの除名も頷ける。だが、二人をフライアに収容する一方、ブラッド隊を追い出した理由が分からない。

 何より、ジュリウスは一言も説明なしに消えてしまったのだ。

 それも含めてジュリウスへの不満となっていた。

 

 

「変だよな。ラケル博士がブラッドを手放すなんて。一応、俺たちの『血の力』ってあの人の発明なんだろ? 普通は手放さないよな」

「はい、私も君と同じことを考えていました。結局、先生から一言もありませんでしたから……」

 

 

 ヒカルとシエルはラケルの行動について首を傾げる。

 ブラッドの移籍と同時に、極東へ研究データも送られてきたらしい。つまり、ブラッドの研究をするなら好きにどうぞ、というスタンスなのだ。逆に言えば、ラケルはこれ以上ブラッドに関わらないという意味でもある。

 何かが気に入らなかったのか、それとも必要なものが手に入ったからか。

 どちらかといえば後者だろう。

 

 

「ジュリウスの『統制』にロミオの『圧殺』……これが欲しかっただけなのか?」

「それは……」

 

 

 勿論、賢いシエルは同じ答えに辿り着いていた。しかし、それを肯定したくない自分がいたことも確かである。もはや親がいないシエルにとって捨てられるという感覚は耐えがたいものがあるのだ。

 

 

「納得できねぇな」

「せめてラケル先生とお話ししたいよね~」

 

 

 モヤモヤとしたものが取れないブラッドの四人は、ロビーの片隅で同時に溜息を吐く。そんな様子を見かねたのか、受付のヒバリが恐る恐ると言った様子で声をかけた。

 

 

「あの~。少しだけでしたらフライアと連絡が取れると思います。フランさんという方に交渉して頂き、どうにか時間を取ることが出来ましたから」

 

 

 ヒバリも暗い表情をしたブラッドを見かねていたのだ。仕事柄、仲間に死にゆかれたゴッドイーターを慰めたりする機会も多く、そういったメンタルケアの面でもヒバリは活躍している。その結果、彼女のファンが増えているのは余談だ。

 今回も、ブラッドのメンバーのためにコッソリと働いていたのである。

 これにはヒカルを始めとして皆が驚いた。

 

 

「本当か!?」

「是非ともお願いします」

「ふん。あの野郎を問い詰めることが出来るんだ。感謝するぜ」

「ヒバリちゃん、ありがとね~」

 

 

 四人から礼を受け取ったヒバリは、電子掲示板を利用してテレビ電話を繋げる。交渉の結果、通信可能となったのは数分のみだ。ヒカルたちは緊張した面持ちで繋がるのを待つ。

 その結果、画面に出て来たのはジュリウスだった。

 何かの椅子に座り、背後では用途不明な機械が大量に並んでいる。

 

 

「こっちみえてる~? 聞こえてる~? 久しぶり~」

 

 

 まずはナナが手を振って呼びかける。

 しかし、ジュリウスは表情一つ変えずに返答するだけだった。

 

 

「これでも忙しい身でな。手短に済ませてくれ」

 

 

 あまりにも冷たい反応に、イラっとしたギルバートが前に進み出た。

 

 

「尋ねたいことは一つだ。何でブラッドを抜けた」

 

 

 その質問は予想していたのだろう。ジュリウスは表情を変えることなく答えていく。

 

 

「俺は黒蛛病に侵されている。限りある少ない時を効率的に使おうとしているだけだ。大量生産することができ、壊れたらパーツ交換が可能な無人神機兵の開発にな」

「ブリキの兵隊の王様気取りか?」

「もはや俺は戦場に出ることも叶わぬ身だ。たとえお前たちが玩具と蔑もうとも、俺はこの新しい武器でアラガミを倒す。エリート部隊の隊長も、こうなってしまっては役立たずということだ。だからこそ、神機兵の開発を手伝っている」

 

 

 既に自分が戦えないことを悲観した様子もなく告げるジュリウス。

 ヒカルはジュリウスが何かを隠しているように思えた。

 

 

「なぁ、ジュリウス」

「どうしたヒカル?」

「本当にそれだけか? それが理由なら、なんでロミオを連れていく?」

「……ロミオはブラッドだ。だからラケル先生もフライアに戻しただけだろう」

「その割には俺たち、追い出されたけどな」

「…………」

 

 

 やはり何かを隠しているらしい。ジュリウスはヒカルの指摘に答えることが出来なかった。正確には、答えたくとも言えない何かがあるということだろう。少しばかりジュリウスの表情が曇ったのが見えた。

 しかし、それでも答える気はないのだろう。

 

 

「時間だ。切るぞ」

 

 

 そう言ってジュリウスは通信を遮断する。元から数分だけの予定だったとはいえ、一分も経たずに切ってしまったことに多少の罪悪感は感じていた。

 そしてジュリウスは咳込み、苦しそうに胸を抑える。黒蛛病の進行によって全身が痛み、遂には内臓にまで症状が及んでいた。通信中は何とか耐えていたが、実際はかなり辛い状態である。

 

 

「ゴホッ……ゲホッ……ぐ……っ!?」

「ジュリウス、大丈夫ですか?」

 

 

 少しは慣れていたところで作業をしていたラケルが話しかける。自分の体を心配してのことだろう。だが、ジュリウスは敢えて別の答えを口に出した。

 

 

「問題ない。ブラッドとの縁は切っている。だからこそ、何も言わずに出て来た」

「いえ、そうではなく、貴方の体は……」

「……それよりも神機兵の教導を急ぎたい。黒蛛病の治療法開発のためにもな」

 

 

 神機兵の教導はジュリウスが黒珠病に罹ったことで可能になった手法だ。感応現象による『統制』を使って自らの実戦経験を伝え、神機兵に効率的なAIを組み込む。そのためのマーカーとなるのが黒蛛病の偏食因子である。

 教導をするにしても、感応現象を引き起こすためのマーカーが必要になる。フライアに収容した黒蛛病患者から偏食因子を抜き取り、それを神機兵に与えることでマーカーにしているのだ。ジュリウスが黒蛛病に罹ったことで共鳴しやすくなり、更に全ての神機兵の戦闘データも共有することで戦闘技術を集約し、凄まじい成長を促すことも出来る。

 ジュリウスは神機兵の司令塔になることで感応波を送受信、そして自身の戦闘法を伝授しているのである。また、黒蛛病の偏食因子を抜き取る技術が進めば、治療にも役立つ。同じく黒蛛病に侵されているロミオを救うためにも、ここで倒れる訳にはいかなかった。

 

 

「神機兵の『エメス装置』は着実に貴方の戦闘スキルを学習しています。この調子なら、すぐにでも一般の神機兵を凌駕するでしょうね」

「悪いが一刻も早くブラッドを越えて貰わなければ困る」

「そうですね……あの子たちを戦場に立たせない、貴方の願いのためにも……」

 

 

 ジュリウスの黒蛛病は何故か早い。

 恐らく、神機兵が完成するころには死ぬ寸前となっているだろう。寧ろ、完成を間に合わすことが出来るかも怪しい。だから、たとえ黒蛛病の治療法が完成したとしてもジュリウスには意味がないのだ。更に、黒蛛病の偏食因子を利用するということは、黒蛛病を活性化させることを意味している。

 神機兵の教導は寿命を縮める行為に等しいのだ。

 それでもジュリウスが神機兵開発に協力しているのは、ロミオを救うためである。ロミオは昏睡状態が続いているからか、黒蛛病の進行が遅い。治療法さえ開発すれば間に合うはずだ。

 

 

「必ず……間に合わせてくれ」

「ええ、必ず。貴方の死が追い付いてしまう前に……」

 

 

 再び教導へと集中するジュリウスにラケルは怪しく嗤いかけたのだった。

 

 

 

 

 



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EP33 誤射姫

 

 ある日、特に任務もなく寛いでいたシスイは、背後からヒカルに肩を叩かれた。見ると、隣には誤射姫こと台場カノンもいる。

 嫌な予感がしたシスイは即座に逃げ出そうとした。

 しかしヒカルはシスイを掴んで逃さない。

 

 

「逃がさん」

「やめて。逃げさせてホントに」

 

 

 しかしよっぽどヒカルも必死なのだろう。凄まじい力でシスイを離さない。

 これ以上は無駄だと悟ったのか、シスイは仕方なく抵抗を止めた。そしてラウンジの椅子に座って事情を聴くことにする。

 

 

「実はハルさんからカノンの教育を頼まれた」

「はい! 教官先生の下に就けば、立派なゴッドイーターになれると聞きました!」

「ちなみに、困ったらシスイさんを頼れと言ったのもハルさんだ」

 

 

 それを聞いたシスイは大きく溜息を吐く。間違いなく、以前の仕返しだろう。先のアラガミ災害では、カノンと共に爆撃をしたのだ。その被害を受けたのがハルオミなのである。

 恐らくはその時のことを根に持ったからこその助言だろう。

 全くもって迷惑な助言である。

 

 

「あの……ダメでしょうか……?」

 

 

 しかしカノンに言われると弱い。

 戦場では誤射姫などと揶揄される彼女だが、可愛らしい見た目や天然の抜けない性格から人気も高い。涙目に加えて上目遣いをされたら謎の罪悪感で断れなくなる。

 シスイは折れるしかなかった。

 

 

「まぁ……手伝うよ。最近は第一部隊も安定してきたしね。エリナもヒカルに色々と教えてくれたって言ってたから、そのお礼も兼ねて一肌脱ごう」

「助かる。割と切実に」

「うん、一緒に頑張ろうね」

 

 

 これから起こる誤射姫の悲劇を思い浮かべながら二人は手を取り合う。恐らく、今までにないほど精神力を消耗する任務になるだろう。何せ、味方から攻撃が飛んでくるのだから。

 まるでわざとではないかと疑うレベルで誤射をするカノンの噂は極東中で轟いている。そこに誇張など一切なく、全て事実ということが一番恐ろしい。

 首を傾げるカノンの目の前で同盟が組まれた瞬間だった。

 

 

「それで……カノンは具体的に何を目指しているのかな?」

 

 

 一通り話が終わったので、今度はカノンに質問する。補佐とは言え教官役をする以上、目指すべき場所はしっかりと把握しておくべきだ。

 すると、カノンは両手を胸の前で握りしめ、どこか決意した目で口を開いた。

 

 

「勿論、誤射をなくすことです!」

 

 

 何とも情けない目標だが、シスイとヒカルは無理だろうと内心で思っていた。一応記しておくが、カノンは二人の先輩である。歳もゴッドイーター歴も共に先輩である。それにもかかわらず年下の後輩のようなイメージが湧いてしまうのは、どうにも仕方のないことかもしれない。

 これがカノンのクオリティだと諦めるのが一番だ。

 

 

「まぁ、そうだろうね……とりあえず、僕とヒカルで考えておくから、今日は普通に過ごして。案が挙がったらまた連絡するよ」

「はい! ありがとうございますシスイさん、教官先生!」

 

 

 そしてカノンは何故か敬礼して去って行く。

 色々と謎な子である。

 カノンがラウンジを出た後、シスイはヒカルの方に向き直った。

 

 

「で、どうするの?」

「うーん。取りあえずカノンがどれだけ誤射するのか確かめるために、適当なミッションに出かけようと思っているかな。俺は噂でしか誤射を知らないし」

「止めるんだ。興味本位で挑むと死ぬよ!?」

「そこまで!?」

 

 

 冗談ではないところが恐ろしい。

 ゴッドイーターの銃撃はオラクルを利用したものだ。属性変化させたオラクルを射出することで、特有の現象を引き起こすのがバレットである。当然、人には効かないなどという都合の良い話はないので、誤射によって大怪我を負うこともあり得る話だ。一応はゴッドイーターに当たっても威力が軽減されるように調整はされているものの、あまり期待できる機能ではない。

 そしてカノンの使うバレットは範囲と威力重視の爆砕弾、もしくは威力重視の放射弾であり、間違っても当たると大怪我は免れない。防衛班のブレンダン・バーデルはカノンの誤射によって何度も入院をしている被害者筆頭である。

 

 

「一緒にミッション行くなら対策しないとね」

「と言っても、俺たちが避けるしかないんじゃ……」

「一番の手は回復弾だけを持たせることだね。あの子、実は衛生兵だし」

「……………………え、衛生兵?」

 

 

 ヒカルは余りの事実に衝撃を受ける。

 

 

「どっちかと言えば強襲兵だろ!?」

「実は衛生兵なんだよねー。ははは……」

「嘘だろ……」

 

 

 寧ろ怪我を増やしている気がするが、彼女は衛生兵である。

 だが、あの誤射率の高さを利用して回復弾を使わせれば、非常に優秀なヒーラーになることは間違いない。二人はその方針で計画を進めることにする。

 そうして打ち合わせが終わった頃、ふと思い出したかのようにシスイは口を開いた。

 

 

「ああ、そう言えばヒカル。あのシステムもそろそろ改良が終わるよ」

「本当か!? この短期間で凄いな!」

「君が精力的に実験を手伝ってくれたからだよ。リンクサポートデバイスの件でもリッカを手伝ってくれたわけだし、その分は応えないとね」

「そうか! アレが遂に実戦投入になるのか!」

 

 

 ヒカルが嬉しそうにしているのは、少し前に行った試験が起因している。シスイが以前から研究しているレイジバーストシステムだが、ヒカルの『喚起』を利用した制御方法をある程度確立したので、一度実験を行ったのだ。

 結果としては成功。

 大きな不具合もなく、微調整すればすぐにでも実戦で使えるほど上手く出来ていた。シスイは効率性に改良を加え、使用者にヒカルに対する負担を減らすなどの最終調整をするだけでよかった。

 

 

「『ブラッドレイジ』……実戦で使うにもいい機会だ」

「そういうこと。カノン衛生兵計画と融合すれば、たとえヒカルが負傷してもすぐに対処できる。まさに丁度いい機会ってわけだよ」

「よし! ブラッドレイジはいつから導入できる?」

「僕が開発したシステムデバイスをリッカに頼んで組み込んでもらっている。そればかりは専門家に任せた方がいいからね。一応、デバイスは神機に組み込めるように設計したから、そんなに時間はかからないかな? 多分、明日には出来ているよ。リッカもノリノリだったし」

 

 

 シスイが今日、任務を入れていなかったのは、このブラッドレイジデバイスを完成させるためだった。そして一段落したので、ラウンジにて休憩していたのである。

 ちなみに元はレイジバーストシステムと仮称していたが、ブラッドの力があってこそのシステムであることから、正式名称をブラッドレイジシステムに変えた。ヒカルのお陰で研究が進んだことへの感謝も込めている。

 

 

「じゃあ、早速だけど明日はどうだ?」

「まぁ、いいんじゃないかな? 僕も明日は接触禁忌種を第一部隊で狩るだけだし、午後からは暇になっているハズだよ」

「分かった。ブラッドも大型種を数体だったからすぐに終わる。カノンには俺から連絡しておく」

「宜しくねー」

 

 

 それを聞くとヒカルはラウンジを出ていく。

 シスイはラウンジに残ってコーヒーのお代わりを飲むことにしたのだった。

 ちなみに、後で来たハルオミを締めあげたのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 翌日、シスイとヒカルとカノンの三人でコンゴウ六体の討伐に向かっていた。どうやら愚者の空母に巣食っているらしく、場合によっては他のコンゴウも寄ってくるという話だ。

 だが、一対多を得意とするシスイは元より、ヒカルもカノンも実力的には問題ない。三人は愚者の空母へと続く壊れかけの橋に到着し、簡単にブリーフィングを行っていた。

 

 

「カノン、先に言ったけど、今日は回復弾だけを使うように。衛生兵なんだから」

「わ、わかりました!」

「隙だらけになるカノンは僕が護衛するからね。あと、ヒカルは前に出てコンゴウの相手をして欲しい。戦闘音を聞きつけてコンゴウが寄ってくると思うけど、六体程度なら余裕だよね?」

「おう」

 

 

 すっかり極東に毒されたヒカル。

 今ではコンゴウを雑魚、ヴァジュラを猫と呼ぶ程度には極東慣れしていた。勿論、実力も充分であり、ブラッドアーツ『風斬り陣Ⅳ』で無数の斬撃を残しつつ、ショートブレード特有の高速移動でアラガミを翻弄する戦法を取っている。

 最近では『黒風』などという二つ名も出回っているらしい。ヒカルに近しい人物は余り呼ばない名前だが。

 

 

「じゃ、作戦開始。カノンはくれぐれも回復弾以外を使わないようにね!」

「頑張れ衛生兵!」

「は、はいぃっ!」

 

 

 シスイは白衣を翻し、ヒカルは縛った髪を揺らし、カノンは無駄に気合を入れつつ愚者の空母へと目を向ける。情報通り、遠目でもコンゴウが巣食っているとすぐに分かった。

 食事中なのか、空母に残っている資材を捕食している。これらの資材は希少なので、喰い尽くされる前にアラガミを始末しなければならない。

 一番初めに仕掛けたのはヒカルだった。

 

 

「そら、喰らえ!」

 

 

 背後から捕食を決めてバースト化する。そこでようやくゴッドイーターの存在に気付いたコンゴウは、咆哮を上げて拳を振り上げた。

 

 

「遅せぇよ!」

 

 

 しかし遅すぎる。スピードに特化したヒカルの戦闘スタイルからすれば、コンゴウなど的でしかない。流石にディアウス・ピターほどになると多少は苦戦するが、ただの中型種に後れを取るほどヒカルは弱くないのだ。

 地面を叩き付けて衝撃波を出す攻撃を軽く避け、背後に回って背中を切りつける。かと思えば、次の瞬間にはサイドに回り込み、ライジングエッジで顔を切り裂いていた。

 一撃ごとに青白いオラクルの刃が発生し、コンゴウに追加ダメージを与える。

 

 

「ゴアアアアアアアアア!」

 

 

 だが、そこへ戦闘音を聞きつけた別のコンゴウがやってきた。コンゴウで最も注意するべき転がり攻撃を仕掛けたので、ヒカルは大きく跳び下がる。

 

 

「ガアアアアアアア!」

「グオオオオオオオオオオオオオオ!」

「ゴアアアアアアア!」

 

 

 更に三体のコンゴウが乱入し、今度はシスイとカノンを狙い始めた。援護のためにジッと止まっていたからか、良い餌だと判断されたのである。

 しかし、シスイは転がるコンゴウを無理やり切り捨てる。

 

 

「邪魔だよ」

 

 

 ノヴァの因子を取り込んでいるお陰で、あらゆるアラガミに対して最大ダメージを与えることが出来る。つまり、シスイのヴァリアントサイズは切れ味が途轍もなく高いということだ。転がってくるコンゴウを一撃で両断してしまうほどに。

 だが、その一秒後に背後から殺気を感じて飛びのいた。

 すると、さっきまでシスイがいた場所を炎属性の放射弾が通り過ぎる。

 

 

「アハハハハハハハハハハ! 猿が人間様に盾突くんじゃなわよ!」

「ちょっと! なんで普通のバレットを使ってんの!?」

「ぶっ壊れちゃいなさい!」

「危なぁっ!?」

 

 

 あれ程念を押したにもかかわらず、カノンは高威力バレットを使い始めた。どうやらコンゴウが転がって来たことで興奮したらしく、無意識で使ってしまったのだろう。

 しかもわざとではないかと思うほど、正確にシスイを狙ってくる。ここまでくれば、もはや才能である。仮に攻撃バレットではなく回復バレットだったならば、優秀な衛生兵になれることだろう。

 

 

「作戦変更! ヒカルはブラッドレイジを使って! 手早く戦闘を終わらせるよ!」

「了解、もうすぐ神機暴走率が百を超える!」

 

 

 新しく改良したブラッドレイジシステムは、『喚起』の力で徐々に暴走率を高めていくことが重要だ。これによって神機を慣れさせ、安定した制限解放を行えるようになるのである。便宜的に暴走率と呼んでいるが、実際に暴走しているわけではないので安全だ。暴走というよりも、ポテンシャルを解放していく作業と言った方が正しい。

 勿論、百パーセントになっても大丈夫なように、暴走を抑える拘束用フレームが取り付けられている。

 

 

「よし、百パーセントを越えた!」

 

 

 暴走率は神機を使い続けることで溜まっていく。

 そして誓約と呼ばれる制限用モジュールを展開し、それを履行することでブラッドレイジの発動時間を決めるのだ。誓約一つにつき十秒の解放と定められており、感応波制御によって時間経過と共に神機が自動的に再封印される仕組みだ。

 

 

「誓約の選択、『追撃の誓い』『破壊への衝動』『解き放つ本能』」

 

 

 ヒカルの放つ感応波によって誓約が結ばれ、神機との繋がりも強化される。

 選択した『追撃の誓い』はアラガミから一定量のオラクルを吸収することにある。つまり、神機である程度のダメージを与えれば良いのだ。バレットで攻撃した場合も、オラクル回収弾の要領でダメージを算出してくれる仕組みになっている。『破壊への衝動』はアラガミを結合崩壊さえること、そして『解き放つ本能』はアラガミを一度だけ捕食すればクリアとなる。

 

 

「行くぜ!」

 

 

 誓約履行の制限時間は三十秒だ。その間に三つの誓約をクリアしなければならない。

 まず、ヒカルは目にも留まらぬ速さで移動し、コンゴウ一体から捕食した。これで『解き放つ本能』はクリアとなる。次に、同じコンゴウの尻尾を連続で攻撃する。ここがショートブレードで最も結合崩壊させやすい場所だからだ。ダメージ効率が高いので、『追撃の誓い』もすぐに達成できる。

 シスイがカノンを全力で捌きながらコンゴウを相手に遊んでいるので、今がチャンスだろう。

 

 

「そろそろ溜まったか? 潰れろ!」

 

 

 流れるような動きで神機を変形させたヒカルは、ブラスト形態で破砕弾を発射する。残像が残るような速度で移動しているお陰か、自分が爆発に巻き込まれない距離まで下がるのは一瞬だ。まるで暗殺者のように立ち回るかと思えば、大胆な爆弾魔のように激しい攻撃もする。

 実に緩急の上手い戦い方だ。

 ヒカルのブラスト弾がコンゴウに大ダメージを与え、背中を結合崩壊させる。本当は尻尾を狙っていたのだが、先に背中が壊れたらしい。

 ただ、これで『追撃の誓い』と『破壊への衝動』は満たされた。

 モニターしていたヒバリから通信が入る。

 

 

『誓約の履行を確認。拘束フレームパージ。ブラッドレイジ、来ます!』

 

 

 獲得した開放時間は三十秒。

 その間は神機から漏れ出す大量の暴走オラクルによって守られ、凄まじい肉体能力と無敵状態を得る。神機自体の攻撃力も五倍に跳ね上がるので、最強モードと言っても過言ではなかった。

 

 

「うおおおおおおおおおおおお!」

 

 

 ヒカルの右腕から肩にかけて黄金のオラクルが奔流となって流れ、右肩からは翼のようなものまで発生する。過剰なオラクルが一時的に侵食している証だが、これは表面的なものなのでブラッドレイジ解除と同時に元に戻るから問題ない。

 そしてバースト状態を越えるブラッドレイジとなったヒカルは、分身すら作る勢いで高速移動を始めた。

 

 

「はあああああああああああああああああああ!」

 

 

 コンゴウの顔面を砕いたかと思えば、少し離れた場所にいる別の一体の尻尾を千切り、更には溜まっていたオラクルを使ってメテオ弾を大量に発射する。過剰活性オラクルのお陰で、通常よりも大幅に少ないオラクル量でバレットを撃つことが出来るのもブラッドレイジの強みだ。

 メテオ弾は落ちてくるまでに時間がかかるので、その間にヒカルはショートブレードを振るう。攻撃力五倍の力はすさまじく、殆ど一撃で結合崩壊させていた。僅か数秒でコンゴウ一体を刈り取り、更に十秒も経てば三体がダウンしていた。ブラッドレイジの残り時間は半分を切っている。

 

 

「遅いっ!」

 

 

 黄金の軌跡を残しながら移動するヒカルをコンゴウ如きが捉えられるはずもなく、腕を切り裂かれたり、胸部を十字に傷付けられたリと無茶苦茶である。他の支部ならば一体出現するだけで無傷での帰還を諦めなければならないと言われるコンゴウが、六体同時相手でも雑魚扱い。シスイが一体は倒したので五体同時と考えてもすさまじい戦闘力だった。

 あのカノンですら……カノンですら茫然と眺めるほどの恐ろしい速さである。

 

 

『まもなく、ブラッドレイジが終了します』

「ならこれで最後!」

 

 

 オペレーターのヒバリがブラッドレイジの発動管理もしているので、ヒカルは戦闘にだけ集中することが出来る。そしてもうすぐブラッドレイジが解除されることを聞き、最後に渾身の一撃を叩き込んだ。

 コンゴウは呻きながら力尽きる。

 ブラッドレイジ中に討伐出来たコンゴウは三体であり、残り三体もかなりの重傷だ。

 さらに、ここでヒカルが設置していた複数のメテオ弾が降り注ぐ。

 

 

『ゴアアアアアアアッ!?』

 

 

 爆発音に紛れてコンゴウの断末魔が響き渡り、全てのアラガミを討伐することに成功した。

 そしてヒカルの神機は誓約に従って再封印が実行され、過剰活性によって黄金に輝いていたオラクルも無事に鎮静化する。右腕から肩にかけて覆っていたオラクルの塊も綺麗に消え失せた。

 

 

「ヒバリさん。ヒカルのバイタルは?」

『正常です。ブラッドレイジ封印も無事に機能しています』

「よかった。データ観察ありがとう」

『いえ、しかし凄まじいですね。こちらの計器が振り切れそうになっていましたよ』

「あー、すみません。帰ったら再調整してブラッドレイジに対応できるように改造しておきます」

『フフ、お願いしますね』

 

 

 シスイがヒバリと通信する一方、ヒカルは初めてのブラッドレイジで疲れたのか、地面に座り込んで自分の作り出した惨状を眺めている。実戦に投入したのは今日が初めてなので、その威力を思い知って茫然としているのだろう。

 やはり訓練室で一度やった実験とは異なる感想があるらしい。

 カノンだけは興奮した様子だった。

 

 

「さすが教官先生です! これはつまり……私も更に強いバレットを作って、やられる前に()れってことですね! 勉強になります!」

((お願いだからそれは学習しないでくれ!))

 

 

 シスイとヒカルの思いが一つになった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、アナグラのラウンジでシスイとヒカルはハルオミに報告会を行っていた。ソファに対面しながら座りつつ、軽いお酒を口にする。ちなみにシスイもヒカルも未成年だが、今の時代はそれを気にする者は殆どいなかった。精々、暗黙の了解といった程度のものである。

 しかしながら、シスイとヒカルはあまり強い酒を好まないので、アルコール度数の低いものだけを口にしていたのだった。

 

 

「取りあえず、カノンに出来ることはやったぜ?」

「お~。そりゃあ良かった。つまり期待していいんだよな?」

「勿論だ」

 

 

 ヒカルの言葉を聞いてハルオミは上機嫌に口笛を鳴らす。ミッションごとの悩みの種である誤射がこれで解消されると思ったのだから当然だろう。

 ここでヒカルはシスイへとバトンタッチして、詳しい報告を任せた。

 

 

「じゃあ、僕から説明を。まず、カノンと何度かミッションに出かけたんだけど、あの誤射率を逆に利用して回復弾を持たせることにしました。あれでも彼女は衛生兵なので」

「なるほどな~。そりゃ盲点だったぜ」

「ですが、戦場に出るとカノンは狂化(バーサーク)します。すると、彼女は回復弾を忘れて攻撃バレットで爆撃を開始するのです。流石に攻撃バレットを持たせずミッションに連れていくことは出来ないので、何度もミッションに連れて回復弾を使う癖をつけさせようとしました」

「ほうほう」

「結果は失敗。そこで僕たちは考えたのです。『もう、カノンの誤射はアイデンティティだし、これはこれでいんじゃないか』と」

「おいっ!?」

 

 

 全然解決していなかったのでハルオミは思わず立ち上がる。先程の上機嫌は吹き飛び、額からは冷や汗が流れ始めた。

 しかし、シスイはどこか悟ったような目で言葉を続ける。

 

 

「僕はカノンのアイデンティティを生かすために、技術を結晶して高威力バレットを作成。安心してください。カノンには全属性分を渡しておきましたよ」

「止めろ!? 全然安心できねぇ!」

「試しにカノンが撃ってみたら、一撃でヴァジュラが吹き飛びました。いやー、適合率が高いとあんなことも出来るんですね」

「ああ、凄かったよな」

「何を他人ごとのように言ってんだよ!? え? 嘘だよな!? 嘘だと言ってくれシスイ博士ェ!」

「いや、他人事ですし」

「まぁ、被害を受けるのはハルさんだからいいかなぁって」

 

 

 何を言ってるんだコイツ、という目でハルオミを見るシスイとヒカル。二人の瞳からはどこか光が消えていた。それを感じたハルオミは悟る。

 

 

(ま、拙い……カノンに毒されて現実から乖離してやがる……っ!?)

 

 

 シスイとヒカルはカノンと何度もミッションをこなし、数えきれないほど誤射被害を受けた。直撃は回避したが、爆風の余波を受けたり、緊急回避を強いられたリと散々だったのである。

 一周回っておかしな答えに辿り着いたといってもいい。

 ハルオミはゆっくりと立ち上がり、一歩後ずさった。

 だが、そこで背後から声をかけられる。

 

 

「ハルさーん!」

 

 

 それはまるで悪魔の呼び声。

 ハルオミも良く知る可愛い部下の声に間違いなかった。

 錆びた機械のように震えながら振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた第四部隊の隊員こと台場カノンがいる。片手にはミッションが登録されたデバイスを持っていた。

 

 

「シスイさんが素晴らしいバレットを作ってくれたんです! これを見ればきっとハルさんも驚きますよ! さぁ、ミッションに行きましょう! 今日はちょっと背伸びしてサリエル二体の討伐です!」

 

 

 よりにもよってサリエル種。

 前方からの弾幕に気を付けつつ、背後から迫る爆撃に注意しなくてはならないという地獄だ。ハルオミの目の前は真っ暗になった。

 

 

 

「行きますよハルさん!」

「……ああ」

 

 

 傍から見ても真っ白になったと分かるハルオミを連れて出撃ゲートへと向かって行くカノン。シスイとヒカルはグラスを片手に手を振るのだった。

 そしてハルオミが見えなくなった辺りで、シスイは再び口を開く。

 

 

「うん。ハルさんの反応は最高だったね」

「ドッキリ大成功って奴だな」

「新作バレット、識別弾を組み込んだから味方への被害は心配ないからね」

 

 

 全てはハルオミを陥れるために仕組んだ演技である。カノンの矯正役を押し付けられた恨みを込めて、今日のことを計画したのだ。事前にカノンを唆してミッションを受注するように仕向けたのだが、タイミングもバッチリである。

 ちなみに、『誤射姫アイデンティティを守る』という境地に至ったのは本当の話だ。シスイは思考がおかしくなった状態で威力重視の化け物バレットを作り上げてしまったのである。だが、完成と同時に正気へと返り、折角なので新作の識別弾を組み込んだのだ。

 識別弾は、味方への被弾が無くなるという効果である。味方に当たった場合は透過し、アラガミにのみ直撃するよう、オラクル細胞にプログラムした弾丸だ。元から構想はあったのだが、ブラッドバレットに似たような効果があると知り、それを解析して通常のバレットでも識別効果を生み出したのである。

 

 

「じゃ、僕たちは僕たちでブラッドレイジについて話を詰めようか」

「分かった。まず、発動時の反動だけど―――」

 

 

 ヒカルはブラッドレイジという新たな力を得た。

 広範囲に感応波を放つ特殊なマルドゥークがいると分かった以上、非常に有用な能力である。二人はしばらくの間、ラウンジで改良点を話し合うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ブラッドレイジはこの段階で実用化です。

ちなみに原作とは仕様を変えています。本来、ブラッドレイジは誓約の選択によって攻撃力を上げるのですが、この作品では誓約一つに付き稼働時間が伸びるという風に扱っています。


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EP34 マルドゥーク討伐作戦

 

 レイジバーストシステムもブラッドレイジとして確立し、シスイの研究は一旦の収束を見せた。他にも幾つかのテーマを持ってはいるが、あまり積極的ではなく、他の研究チームの解析を手伝ったり、リッカの手伝いをしたりと支援に回ることが多い。

 今日も頼まれていたデータ解析を終了してデバイスに保存すると、丁度ユノから連絡が入ってきた。メールボックスを見ると、会って相談したいことがあると書いてある。

 大抵のことはサツキに相談するユノがシスイに話を持ち掛けるのは珍しい。これでも彼女のことは女神の森(ネモス・ディアナ)時代から気にかけているので、すぐにゲストルームへと向かうことにした。

 研究棟を出て区画移動エレベーターに乗り、ゲスト用の区画へと向かう。今はブラッドが使っているのでブラッド区画とも呼ばれているが、まだゲスト用としての機能も残っているので、ユノもアナグラではここに滞在しているのだ。

 ノックをすると、すぐに返事が入ってきた。

 シスイは扉を開けて中に入る。

 

 

「呼び出してごめんなさいシスイさん」

「いいよ。僕に相談何て珍しいね」

「うん。ちょっと困っていることがあって……サツキにも言ったんだけど、やっぱり不安だったの」

「何があった?」

 

 

 普段は凛としているユノが弱っている姿を見るのは珍しい。本当に何か拙いことがあったのだろうと考えて真剣な表情になる。

 

 

「実はね、アスナちゃん……えっとサテライト拠点で黒蛛病に罹っていた子なんだけど、その子と連絡が取れなくなったの。ジュリウスさんの提案でフライアに黒蛛病患者を収容できるようになったのは覚えているかな?」

「うん。ただ、黒蛛病の研究成果は全く公表してくれないけどね」

「それでね、私もアスナちゃんとはメールで連絡を取る仲だったんだけど、最近になって急に途絶えちゃって。フライアに問い合わせても、全く取り合ってくれないの。もしかしたら……」

 

 

 アスナが既に黒蛛病によって亡くなっている可能性を考えていたのだろう。ユノは悲痛な目をシスイに向けた。

 しかし、シスイは首を横に振って否定する。

 

 

「いや、死亡者情報は秘匿されることがないよ。そういう風にフェンリルの法で決められているからね。フライアは本部との繋がりも強いし、そこは徹底していると思う。もしも死亡者情報を隠すとすれば、まず生まれすらなかったという風に根本から情報改竄してくるよ。少なくとも、アスナちゃんの戸籍記録は残っているんでしょ?」

「うん、一応。生存って書いてあるけど……」

「戸籍情報が残っているなら大丈夫だよ。もしも消されていたら拙いだろうけどね」

 

 

 シスイはフェンリルの闇の部分を多く見て来たが、目に当たる光の部分も良く知っている。基本的には公正を意識する組織なので、表立った不正や裏切りは許さない。

 だからこそ、フライアが不正をしているという可能性は限りなく低かった。

 特に、グレムスロワ局長はそういうものに敏感な人物だ。色ボケな部分はあれど、アレはアレで優秀な人物である。管理するフライアにはしっかりと情報網を張り巡らせているだろう。逆に、その網目を掻い潜って不正をしている人物がいるとすれば、相当なやり手である。

 

 

「一応、確かめてみようか。僕の研究室に来てくれ。少しフライアを覗く」

「え? それって……」

「まぁ、いわゆるハッキングだね。でも不安なんだろう? なに、心配しなくてもこれぐらいは普通さ。それにバレるようなヘマも有り得ない」

 

 

 ユノは少し悩んでいたようだったが、シスイの提案を受けることにする。二人は部屋を出て区画移動エレベーターに乗り、研究棟へと移動してシスイの部屋に向かった。

 カードキーと暗証番号で研究室を開き、ユノを招き入れる。

 内部に揃った解析機や並列接続で処理を高めている専用コンピューターを見てユノも言葉を失っていた。

 

 

「……凄い」

「色んな解析をするからね。僕の研究はシミュレーションが殆どだし、そうなると処理能力の高いコンピューターが必要になるんだ。必然的に他の研究チームからも解析の協力を頼まれたりしてね。それで余計に能力を強化しているって訳だよ。ごちゃごちゃしているけど、適当な場所に座ってくれ」

「うん。わかった」

 

 

 シスイも自分の椅子に座り、コンピューターを立ち上げる。そして慣れた手つきでキーボードを操作し、大量のプログラムを並列で立ち上げて複雑な操作をし始めた。

 高速で流れる文字列にシスイが修正を加えていき、まずは逆探知や反撃に備えた防壁を構築する。そして多くの中継地点を迂回して、ようやくフライアのシステムに侵入した。

 何が起こっているか分からないユノは目を白黒させている。

 

 

「す、すごい……」

「このぐらいなら榊博士でもやるよ。それに僕のハッキングスキルは榊博士に少しだけ伝授してもらっているからね」

「あの人、やっぱり凄いんだ」

「どうみても胡散臭いおっさんだけどね。実力は本物だよ」

 

 

 シスイとしても色々と便宜を図って貰っているので、頭が上がらない思いだ。ただ、厄介な特務を押し付けたりしてくるので完全に相殺されているが。

 なんとも飴と鞭の使い方が上手い人物である。前支部長だったヨハネスとは別の意味でやり手だった。

 

 

「さてと……色んなファイルがデータベースで混在しているね。アナグラのデータベースは僕が整理している上に強烈なプロテクトをかけているけど、フライアにはその人員が少ないのかな?」

「つまりどういうこと?」

「探すのは面倒だけど、割と簡単に見つかりそうだってこと」

「ごめんね。面倒なことを頼んで」

「いいよ。ユノの頼みだ」

 

 

 シスイは条件検索によって黒蛛病のファイルを拾っていき、特に患者名簿を探す。名簿については意外と早く見つかったので、シスイはそれを開いた。

 何人かはフライアの中で亡くなっており、ファイルには『Dead』と記されている。しかし、何枚目かのファイルで見つけた名簿の中にアスナの名が記されていた。無事に生存しているらしい。

 

 

「生きてはいるみたいだね」

「良かった……でも、どうして連絡も取れなくなったのかな?」

「患者のカルテはないみたいだね。もしかして紙の資料で保存しているのか? 今どき珍しい。重要書類ならまだしも、カルテぐらいなら電子保存が一般的だろうに」

 

 

 ピックアップしたファイルを次々と調べるも、やはり患者のカルテは見つからない。試しに黒蛛病以外のデータ群からカルテを探したが、そのどれもがフライア職員のものだった。

 そんなとき、シスイは厳重にプロテクトされたファイルを見つける。他のデータに比べるとガードが異様に堅く、フライアのデータベースを管理している人物とは別の誰かが個別に組んだ防壁のようだ。反撃プログラムこそ見当たらないが、攻撃を仕掛ければあっという間に探知されてしまうだろう。あまり触れたくないと思わせてくる。

 シスイの手が止まったのを疑問に感じたのか、ユノが問いかけた。

 

 

「どうかしたの?」

「いや、無駄に高度な防壁を組んでいるファイルがあってね。どうしたものかと思って」

「それは重要なものだからかな?」

「そりゃそうだろうね。でも、これぐらい厄介な仕組みだと、アナグラからの遠隔操作では解除できないかもしれない。直接フライアでやれば別だろうけど」

 

 

 これだけ厳重なファイルだとすれば、それは神機兵関連のデータだろう。フライアは神機兵を生産するファクトリーでもあるので、この手のデータは流出を絶対に防ぐはずだ。専門家によって別システムのロックが掛けられていても不思議ではない。

 黒蛛病とは関係ないだろうと考えて無視することにした。

 

 

「……一通りは漁ってみたけど、戦果はゼロってところか。カルテが見つからないのだけは気になるけど」

「そっか。でもアスナちゃんが生きているって分かって良かったわ。ありがとう」

「いや、あまり役に立てなくて悪いね。電子的な手法では調べきれないとなると、サツキさんみたいな現地調査が必要になるかな。取りあえずはサツキさんの情報を待ってみるといいよ。それでもダメなら、もう一度相談してくれないか?」

「うん、ありがとね」

 

 

 ユノは笑顔でお礼を言うが、不安が除けたわけではない。

 この時から、シスイもフライアの動向を注意するようになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 ユノに頼みごとをされてから数日後、極東支部の調査隊から大きな報告がもたらされた。広範囲に感応波を展開した例のマルドゥークが見つかったのである。大量のアラガミを従えており、実際に観測できたのは一瞬だけだったが、解析された映像には確かに傷のあるマルドゥークが映っていた。

 極東支部に所属する各部隊の隊長は会議室へと集められ、討伐に向けたミーティングが行われている。

 資料となる映像が終了すると、ペイラー榊は真剣な面持ちで口を開いた。

 

 

「以上が観測班の持ち帰ったデータだよ。現在は極東支部の遥か北西にある山岳地帯にいるらしい。勿論、感応波の影響で周囲には無数のアラガミが集まっている状況だね。中には感応種もいるときた。マルドゥーク討伐はブラッド隊に担当して貰うとして、他の感応種についても対策を取らなければならない」

 

 

 ペイラーが映像を切り替えて幾つかの画像データを映す。

 

 

「シユウ神属イェン・ツィー、ハンニバル神属スパルタカス、サリエル神属ニュクス・アルヴァ。この三体が確認されており、特にニュクス・アルヴァは五体もいるようだ。ザイゴートとサリエル種を率いているらしい。マルドゥークの支配能力は範囲だけじゃなく質もあるということだね。まさか感応種まで従えているとは予想外だったよ」

 

 

 この三体はブラッド隊なら戦ったことのあるアラガミなので倒すこと自体は難しくない。しかし、距離が離れすぎているため、ブラッドの負担が途轍もなく大きなものとなるのだ。

 普通の神機使いは感応種を相手に戦うことが出来ないというのは痛い。

 その事実はペイラーだけでなく各部隊の隊長も認識しており、今回の作戦におけるブラッドの重要性が濃密に漂い始めていた。神機が動かない以上、サポートすることすら不可能となる。感応種本体から遠く離れた場所なら、感応波の範囲でも神機を動かせる者は何人かいるだろう。しかし、殆どは感応波の範囲で神機の機能を奪い取られてしまう。感応波の範囲が広いマルドゥークがいる以上、極東に所属する殆どのゴッドイーターは今回の作戦で使えないのは明白だ。

 そこでペイラーは苦い表情を浮かべつつ、一つの作戦を提示した。

 

 

「極東支部で感応種と戦えるのはブラッド隊、そして楠シスイ君だけ……感応種は彼らに任せるとしても、周囲にいる他のアラガミをどうにかして対処しなければ、マルドゥークの元まで辿り着けないだろう。感応種から離れた位置なら感応波の範囲内でも神機を動かせるのは、恐らく第一部隊のメンバーのみ。それを加味しても戦力不足過ぎるのは明白だ。だから私はフライアに神機兵の出動を要請した」

 

 

 それを聞いた隊長たちは誰もが嫌な表情を浮かべる。そのことは予想していたので、ペイラーは彼らを納得させるべく、スクリーンに幾つかの資料を提示した。

 

 

「君たちの気持ちも分かる。あの事件があった以上、信用は出来ないだろう。だが、あの事件以降に神機兵が改良されたのも事実だよ。皆知っていると思うけど、最近は中型種以下のアラガミは神機兵が狩るようになってきた。防衛班も出動回数が減り、第一部隊も大型種や接触禁忌種を相手にするだけになってきたと感じているハズだ。それはラケル・クラウディウス博士が受け継いだ神機兵計画が順調に進んでいることを意味している。成長するAIによって徐々に戦闘が効率化され、今では破損なくコンゴウ程度なら狩れるほどにまでなったそうだ。何より、ブラッドの偏食因子を組み込むことで感応種相手でも戦闘可能というのが一番の目玉だろう。強力な能力を持つ感応種を直接倒すことは出来ずとも、感応波の範囲内で他のアラガミを倒せるという事実が意味することは大きい」

 

 

 スクリーンが示す神機兵の討伐実績では、かなりの中型種以下が三桁の数字を示している。大型種も数体ほど狩った実績があるらしく、数字としてそれをみた隊長たちの方から関心の声が薄っすらと上がっていた。

 ペイラーは良い空気になり始めたと内心で安堵しつつ、説明を続ける。

 

 

「現在、神機兵の教導をしているジュリウス・ヴィスコンティ大尉も今回の作戦に前向きで、現開発責任者のラケル・クラウディウス博士からも了承の返事を頂いたところだ。極東からは第一部隊とブラッド隊を出動させ、防衛班はアナグラやサテライト拠点で待機して欲しい。また、シスイ君は一時的に第一部隊とは別行動をして貰う。その間、第一部隊の指揮を執るのは藤木コウタ君だ。ここまでに異論はあるかね?」

 

 

 ペイラーが会議室を見渡すと、隊長たちは顔を見合わせて小声で議論している。戦力が少なすぎる、本当に神機兵は信用できるのか、長期任務のせいで偏食因子の投与限界が来てしまうのではないか、などの声が多数挙がっていた。

 マルドゥークの従えるアラガミは尋常ではない数で、一気に突破しなければ次々とアラガミが集まってしまう。何度も極東支部と現地を行き来するわけにはいかないので、戦場でのキャンプを強いられることになるだろう。

 如何に神機兵を多数導入しようとも、アラガミの数が多すぎるのである。

 万全を期すペイラーにしては個の力に頼り過ぎな作戦だと言えた。

 やはりというべきか、第八部隊の隊長が手を挙げる。

 

 

「千堂マサト君だね。発言を許そう」

「博士、流石に無茶が過ぎるんじゃないですかね? 第一部隊とブラッド、あとは役に立たねぇ神機兵だけで千体以上のアラガミを相手にするのは無茶だ」

「分かっているよ。だから、侵入ルートもしっかりと考えてあるさ。可能な限りアラガミが少ないルートを割り出している。シスイ君を除いた第一部隊と神機兵で露払いし、シスイ君は一人で壁となって引き寄せられるアラガミを食い止めて貰う。そしてブラッドが先に進み、マルドゥークを討伐するんだ。そのルート上で避けられないのがさっき示した感応種というわけさ。あまり時間を掛けると割り出したルートも意味がなくなってしまうものでね。他の支部から援軍を待てない状況でもあるのさ」

「俺たちの中からも数人は弱い感応波の中で活動できる奴はいるはずだ。流石に感応種相手は出来ねぇだろうが、そいつらを連れて行くだけで十分に戦えるぜ。例えば第四部隊のカノンは適合率が高いから、行けるんじゃねぇか?」

「ちょっと待って貰おうか、マサト。お前はカノンちゃんを一人で戦場に送る気か? 俺たち遊撃班の仕事からすりゃアリかもしれねぇが、隊長の俺が行けない以上は一人で向かわせるのは許可できないな」

「例えばの話だハル。別にカノンを名指ししてるわけじゃねぇよ」

 

 

 マサトはそういうが、今の意見が通れば必然的にカノンは出撃することになるだろう。ゴッドイーターの中でも第一部隊並みに適合率が高い者はやはり少なく、一度候補になれば間違いなくそれで決定となる。

 流石にカノンをこのレベルの戦場へと送り出すのは気が引けた。

 第四部隊としてハルオミも共に行くのならまだしも、他部隊の人間と組まされて行くのでは連携にも差が生じる上、カノンの性質を考えれば適当な人とは組ませられない。

 諸々の事情もあり、ペイラーも乗り気ではなかった。

 

 

「それについては今回は辞めておこうと思っているよ。マサト君の言い分も確かな所はある。しかし、連携の準備をする間もなくアラガミの群れに飛び込ませるのは無闇に死亡率を挙げるだけになってしまうと、私は思うね」

 

 

 ペイラーの言葉に納得したのか、マサトも引き下がった。

 それ見て他の隊長たちも納得する。第一部隊にブラッド隊と極東を代表する強力な部隊が抜ける以上、防衛の方にも力を注がなくてはならない。普段はどちらかの部隊がアナグラに留まっていることが多いので、緊急で接触禁忌種が迫ってきた場合でも対処できるのだ。

 しかし、今回は最低二週間にも及ぶ長期ミッションだ。その間に接触禁忌種が現れたとしても防衛班だけで対処しなくてはならない。これもこれで大変なことである。

 負担がかかるのは第一部隊とブラッド隊だけではないのだ。

 

 

「さて、納得してくれたようだね。では具体的な作戦を詰めよう。まず、現地では戦闘続きで、大量の偏食因子を消費してしまうと思われる。だから、簡易投与キットによる偏食因子投与を行いつつ、作戦をして貰うことになるだろう。勿論、向こうではキャンプ生活だよ。さらに遠距離での任務だから極東からの電波も通じにくい。そこでヒバリ君にも同行して貰い、現地で働いて貰うことになるね。その間の極東は育成中の見習いオペレーターが担当してくれる。普段よりも辛いのはアナグラも同じというわけさ」

「嘘……だろ……」

 

 

 ヒバリに毎日アタックを仕掛けている第二部隊隊長の大森タツミはショックを受ける。しかしペイラーはそれを無視して話を続けた。

 

 

「ルートはこれだ。輸送ヘリ三台で兵站、人員、更には車も送る。この平原になっているポイントで簡易基地を建設する予定だね。フライアは移動要塞だから、現地まで赴いて神機兵を解放するそうだ。だから私たちは私たちのことだけを考えておけばいい。そしてこの基地から車でマルドゥークの所まで移動していくという寸法さ。キャンプを繰り返しながら――」

 

 

 ペイラーはスクリーンに映る地図に赤いラインのルートを指で示す。

 

 

「――このルートで進んでいく。ブラッドが先端を開き、シスイ君は感応波に釣られてやって来るアラガミを押さえつける。コウタ君が率いる第一部隊は背後から残りを掃討しつつ援護だ。マルドゥークに近づけばコウタ君たちも動けなくなるだろうし、この第三中継地点までが限界だろうね。残りの第四から第八まではブラッドとシスイ君、そして神機兵だけで行って貰うことになる。その間、残りの第一部隊は戻って基地の防衛に努めて欲しい。あと、相性を考えてニュクス・アルヴァ五体だけはシスイ君が担当して欲しいね。構わないかな?」

「僕は問題ありませんよ。ニュクス・アルヴァは斬撃が効かないだけの雑魚ですから、五体同時でも全く支障はありません」

 

 

 いや、シスイはブレードタイプの神機使いだろ……

 そんな言葉が込められた視線が一斉に集まった。しかし実情を知るペイラーは満足気に頷いて更に話を進めようとする。だが、それを止めたのはブラッド隊長ヒカルだった。

 

 

「ちょっと待ってくれ博士」

「なんだいヒカル君」

「シスイが感応種相手でも戦えるのは知っているけど、ニュクス・アルヴァは拙いだろ。ブレードタイプの神機を操るシスイじゃ勝てない」

「いや、問題ないよ。シスイ君がブレードタイプの神機を使っているのは、彼に銃型神機が必要ないからなのさ。疑うなら、実際に彼が戦う姿を見せてもらうといい。シスイ君もアレを見せても構わないね? どちらにせよ、そろそろ極東の隊長クラスには公開しようと思っていたぐらいだよ」

「……まぁ、博士がそういうのなら」

 

 

 シスイは溜息を吐きながら了承する。

 基本的にペイラーは胡散臭い。しかし、決して悪いようにしないのも事実だ。シスイもそこは信用しているので、両腕のことはブラッドにも公開することに決める。ラケルの下で育った以上、シスイのこともある程度は知っているのかもしれないが、本来の戦い方を知らせる良い機会だ。

 感応種を狩れる貴重なメンバーとして、最低でもブラッドにはそのことを共有しておく方が都合も良いと、ペイラーは考えたのである。

 

 

「さて、では今回のサバイバル特殊ミッション『朧月の咆哮』をこれにて可決。各部隊長は準備に入ってくれ」

 

 

 極東支部に甚大な被害を与え、ジュリウスやロミオを黒蛛病で侵す原因となったマルドゥーク。その討伐のために極東全体が動き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




タイトル通り、作戦だけです。
実行するとはだれも言っていない。


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EP35 朧月の咆哮①

 

 サバイバル特殊ミッション『朧月の咆哮』。

 極東を苦しませた特殊マルドゥークを討伐する大作戦が発動され、作戦遂行に当たって簡易的な前線基地が築かれた。技術員と資金を大量に投入した簡易基地であるため、かなりの設備が揃っている。ここを基点として前線を押し上げていき、キャンプを繰り返しながらマルドゥークへと迫っていくのだ。

 想定している作戦日数は最低でも二週間となる。長引けば三週間はかかると予想されているので、初めての大作戦に誰もが緊張していた。

 特に戦闘力を持たない技術員は不安を隠せない。ブラッド隊や第一部隊の神機を簡易メンテナンスするため、共に前線を上がらなければならないからだ。

 

 

「なぁ、俺たち生きて帰れるかなぁ?」

「縁起でもないこと言うなよ。一応、第一部隊が守ってくれるんだから」

「でもよ、第一部隊だってシスイ隊長が前に出るから実質三人だぞ? この基地全体を守り切れるのかよ?」

「極東支部みたいに広い訳じゃないし、大丈夫……多分」

『はぁ~』

 

 

 アラガミ動物園と揶揄されるこの極東において、対アラガミ装甲壁の外に出るということは死を意味しているといっても過言ではない。前線基地もアラガミの少ない場所を選んで建設されたとはいえ、不安がぬぐえないのは確かだ。

 戦闘力のない技術員は特にそうなる。

 しかし、負担がかかるのはゴッドイーターも同じだった。別の場所で、ブラッド隊長ヒカルはナナを伴いつつ周囲のアラガミを狩っていた。

 

 

「ナナ! そっちにヴァジュラテイルが行ったぞ!」

「りょ~かい!」

 

 

 ヒカルはショートブレードの身軽さで風のように動き回り、撹乱を繰り返しつつ小型アラガミのヘイトをかき集めていく。その間にナナが高威力の攻撃でプチプチとアラガミを潰していた。

 流石の連携であるが、やはりこの人数ではいつもより仕事量も多くなる。特にスタミナ管理が重要なブーストハンマー使いのナナは、息を切らさないように慎重な立ち回りを求められた。

 

 

「よし、そいつで最後だ。やれナナ!」

「任されました隊長――とりゃっ!」

 

 

 上から下へと叩き付ける一撃。ブラッドアーツ『ナナプレッシャー』によって最後に残っていたドレッドパイクが沈黙した。

 そこでオペレーターとして同行しているヒバリから通信が入る。

 

 

『ヒカルさん、ナナさん、お疲れ様です。次のポイントに向かってください』

「分かった。行くぞナナ」

「りょーかーい。も~疲れちゃったよ~」

『もう少しですから頑張ってください。第一部隊βもブラッドβも順調ですから、そろそろ終わると思います。それに、これでも第一部隊α……つまりシスイさんが大部分のアラガミを一人で引き受けていますから、楽になっている方ですよ?』

「あの人、マジでバケモンかよ」

「凄いよね~」

 

 

 殆どのアラガミを一撃で倒し、流れるように次々と戦場をかけてアラガミを始末しているのがデータ端末でも確認できる。たった一人で次々と端末に表示されたアラガミ反応を消しているのだ。現在も目で分かるスピードで周囲を掃討している。

 

 

「本気出すって言ってたけど、ここまで凄いなんてな」

「どうやって戦っているんだろうねー」

「謎だよなぁ」

 

 

 そんな会話を繰り返しつつ二人は息を整える。まだアラガミのいるポイントは残っているので、早く次に向かわなければならない。やはり少人数で広大な場所のアラガミを全滅させるのは骨が折れる作業だ。もう少し休んだ後、ヒカルとナナは次の場所へと向かったのだった。

 一方、ブラッドβことシエルとギルバートも丁度小型アラガミの群れを討伐したころだった。

 

 

「これで最後ですね」

「ああ、そうみたいだな」

『シエルさん、ギルさんもお疲れ様です。ブラッドαは次のポイントに向かっています。第一部隊αは後数分で指定ポイントのアラガミを全滅させると思われます。第一部隊βは先ほど最終ポイントで戦闘を開始しました』

「私たちが一番遅れているようですね。急ぎましょうギル」

「分かった」

 

 

 頭脳派のシエルとベテランのギルのチームは安定志向であり、ペースを保ちつつ順調にアラガミを減らしていた。そのため体力的にも問題なく、次のポイントへと直ぐ向かうことに決める。

 流石の二人と言うべきだ。

 更に別もポイントでは、第一部隊β……コウタ、エリナ、エミールが奮闘していた。副隊長コウタの銃撃は相変わらず正確であり、エリナとエミールが好きに動いても問題ないほど的確にフォローしている。あまり目立たないが、コウタも非常に優秀なゴッドイーターなのだ。

 

 

「エミールは一旦下がれ! エリナもバイタル大丈夫か?」

「引き際を弁えるのも騎士。了解だ!」

「バイタル大丈夫です! もう少し行けます!」

 

 

 最近はブラッド隊長ヒカルに指導して貰い、エリナはメキメキと上達した。あまり他部隊と関わりを持たないエリナにとって、ブラッドとの共同作戦は新鮮だったらしい。色んな動きを取り入れ、以前とは比べ物にならないほど強くなっている。

 第一部隊に配属される程には適合率も高いので、今ではアナグラの中でも屈指の実力者だと誰もが認めていた。まだ感情的で子供っぽいところは残っているものの、実力としては充分である。

 

 

「やぁっ!」

 

 

 エリナはチャージグライドでオラクルを纏った一撃を繰り出す。数匹の小型アラガミが巻き込まれ、赤い体液を撒き散らしながら地面に倒れた。そしてスタミナ回復のために一旦下がると、迫るアラガミを抑えるためにコウタが弾幕を張る。

 その直後、エリナと入れ替わるようにしてエミールが飛び出し、ブーストハンマーの一撃でアラガミを一気に薙ぎ払ったのだった。やはりエミールも第一部隊に選ばれるだけあってオラクルの出力はすさまじく、中型種程度なら一撃で葬れる程の威力を放てる。

 特に危ない場面もなく、あっという間に最後のポイントを全滅させたのだった。

 

 

『アラガミ反応が消失しました。第一部隊βは帰投してください』

「よーし、帰るぞお前ら!」

「はーい」

「うむ」

 

 

 コウタ、エリナ、エミールは帰投するのだった。

 そして第一部隊の隊長であるシスイも、殆ど同じ時間にアラガミを全滅させていた。左手で捕食したアラガミをアラガミバレットに変えて放ち、空気中のオラクルを凝縮させて弾丸の雨を降らせる。ノヴァの因子を宿したヴァリアントサイズは一撃でアラガミを引き裂き、無双という言葉相応しい戦場を創り上げていた。

 もはや『狩り』ではなく『刈り』である。

 

 

「ふぅ……終わりましたよヒバリさん」

『あ、相変わらず凄いですね……』

「引かないでください。傷つきますよ」

『あはは……すみません』

 

 

 しかし、シスイの周囲には無数のアラガミが死体となって飛び散っている。その中心で大鎌を持った男が立っていたら、間違いなく引いていただろう。レーダーの様子で戦況を把握していたヒバリでさえ引いたのだから、無理もない光景である。

 そしてシスイはそのまま帰投したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 周囲のアラガミも掃討が終わり、前線基地は二日で建設を終えた。粗方のアラガミは狩り尽くしたので、しばらくは基地にアラガミが近づくこともないだろう。

 善は急げとばかりに作戦が実行されることになった。ブラッド隊は前線を開き、シスイが単騎で周囲のアラガミを抑える。残りの第一部隊は後方でアラガミを駆除しつつ、前線基地を守護するのだ。また、撤退ルートの確保もシスイを含めた第一部隊の担当となっている。

 神機を持った八人のゴッドイーターたちが遠くで待つマルドゥークを目指して進み始めた。

 第一フェイズの開始である。

 

 

『ブラッド隊は常に前線を開き、前に進んでもらいます。その時、背後を固められると撤退ルートがなくなってしまうので、第一部隊で抑えてください。シスイさんが粗方のアラガミを掃討し、後に続くコウタさん、エリナさん、エミールさんで残りを始末してください。神機兵は作戦前の大規模メンテナンスを行うために今日は投入されません。気を付けてください』

『ブラッド了解』

「分かりました。僕も可能な限りは掃討しよう」

『はは、シスイも俺たちに任せてくれたっていいんだぜ? 俺たちだって第一部隊だからな』

 

 

 ブラッド、シスイ、第一部隊は互いに一キロほど離れつつ既定ルートを進んでいく。ブラッド隊が道を開き、シスイが掃除して残りの第一部隊が仕上げをする。まさに三枚刃の構えだ。

 ここで重要なのはブラッドであり、手早く道を開く必要がある。そうすれば、ある程度のアラガミが残っていてもシスイたちが確実に始末するからだ。ちなみに、そうして確保したルートを輸送車が通り、キャンプに必要な資材を運ぶことになっている。

 

 

『では第一フェイズを開始してください。目標は最終到達点にいるセクメト二体とハガンコンゴウ四体、そしてウコンバサラ三体です』

 

 

 作戦が実行され、シスイは軽い駆け足でルートを進んでいく。腕輪から発信される位置情報を元にして、端末に表示されたマップを進んでいく。

 注意するべきは、戦いに熱中してルートを外れないようにすることだ。ただでさえ、シスイは大きく立ち回って一対多の戦闘をする。そこだけは常にチェックしなければならない。

 昨日の時点で周囲は掃討しているので、一時間はアラガミに出くわすこともないだろう。体力的にも余裕があるのか、デバイスではブラッド隊が速度を上げているのを感知していた。ブラッドを示すアイコンがかなりの速度で移動しているので、シスイも引き離されないように足を速める。

 

 

「まったく……僕って研究員なハズなのに、なんで前線に出ているんだろうね……」

 

 

 とても今更なことだ。

 極東ではゴッドイーターと研究員という二つの立場を有しているので、色々な場所で引っ張りだこになるのが日常。接触禁忌種の討伐を頼まれたり、データ解析を依頼されたり、他のゴッドイーターからバレット調整を依頼されたりとかなり忙しい。

 オラクル細胞による身体能力強化がなければ疲労で倒れていたことだろう。

 

 

「ん……? さっそく猫か」

 

 

 極東の猫ことヴァジュラがやってきたので、シスイはオラクル槍を放って倒す。突き刺さったヴァジュラは体内から槍に食い破られ、一撃で絶命していた。

 するとヴァジュラの死体を飛び越えて中型種コンゴウが現れたので、シスイはヴァリアントサイズで薙ぎ払った。続く小型種の群れにはオラクル弾の雨を浴びせ、遅れて到達したボルグ・カムランについては背中に乗って左手による捕食を行う。

 生成したアラガミバレットは別の大型種に射出することで、巨大な穴をあける。ボルグ・カムランのアラガミバレットは貫通力が売りなので、直線上に誘い込めば一網打尽だ。

 シスイは自分の生まれ持った才能と言える計算能力によって上手に立ち回り、大量のアラガミを相手に無双の強さを繰り広げていた。

 時にアラガミの攻撃を利用し、その巨体を盾として活用し、オラクルの弾丸と槍が反撃となって降り注ぐ。接近すれば広範囲攻撃ラウンドファングによってアラガミは上下真っ二つになった。

 

 

(サリエルの状態異常攻撃が三秒後、二歩だけ右にずれて槍を射出)

 

 

 攻撃の予備動作を検知して、回避に移る。ただ、それだけでは鱗粉攻撃の範囲から逃れられないので、同時に槍を放った。するとサリエルは鱗粉を放出すると同時に槍の直撃を受け、範囲が微妙にずれる。これによってシスイは毒鱗粉の散布範囲から逃れた。

 そしてその場で回転しつつヴァリアントサイズを振り回し、ハガンコンゴウが率いるコンゴウの群れを一掃する。

 遠距離から飛んできたクアドリガのミサイルは左手で捕食して無効化し、逆にアラガミバレットに変えて投げ返してやった。同時にシスイの周囲が巨大な影に覆われる。即座に回避すると、一秒後にラーヴァナが飛び降りて周囲の地面を融解させる。

 

 

「あっつー……」

 

 

 マグマが煮えたぎり、周囲の空気を温めた。そこでシスイはヴァリアントサイズを捕食形態に変えてクアドリガ堕天種に咬みつき、力づくでラーヴァナへと投げ飛ばす。家ほどもある巨大なクアドリガを投げ飛ばしてしまうあたり、シスイも人間やめていた。

 

 

(今度はシユウか)

 

 

 滑空しつつ上空から突撃を仕掛けて来た数体のシユウ。その質量と速度を直接受ければ、ゴッドイーターであってもただでは済まない。だが、シスイはオラクル狙撃弾を左手から放ち、難なく撃ち落とした。頭部を結合崩壊させられたシユウは落下し、大型種に踏みつぶされる。

 そんなアラガミ同士の潰し合いもあり、かなり数は減ってきた。

 

 

「あとは十体ほどか。それぐらいならコウタたちに任せても大丈夫かな?」

 

 

 アラガミの群れを始末している間にブラッドはかなり先まで進んでいる。少し急がなければブラッド隊が孤立してしまうだろう。丁度ヒバリからも連絡が入ってきた。

 

 

『シスイさん。そろそろ先へと行ってください』

「分かりました」

 

 

 残りのアラガミは無視してシスイは先へと急ぐ。かなりの数を倒したので暫くはアラガミを見かけることもなかったが、次第に小型種が集まり始めていた。

 相手にするのも面倒なので、走りながらオラクル弾を飛ばして始末する。十分ほど走ると、ブラッド隊の開けた戦端を閉ざそうとしえて左右から迫るアラガミの群れを発見した。これを始末して安全を確保するのが第一部隊の役目である。

 今度は小型種が多く、特にドレッドパイクは緑色の波となって押し寄せて来た。ドレッドパイクというアラガミは蟲の形状をしているので、これだけの数が集まると気持ち悪い。

 シスイは即座に薙ぎ払った。

 

 

「気持ち悪!? オラクル充填収束、高速分裂、下方向に順次射出!」

 

 

 大量のオラクルを集めて巨大な球体を作り、それをドレッドパイクの群れの中央付近へと放った。巨大オラクル球は高速分裂して大量のオラクル弾となり、雨のようにドレッドパイクへと降り注ぐ。雑魚のアラガミは一撃で仕留める威力であるため、あっという間に勝負はついた。

 すると地面まで抉られたからか、潜っていたコクーンメイデンまで息絶えてぐったりしていた。棚から牡丹餅である。

 ブラッド隊が先にアラガミを幾らか倒していったので、空気中には大量のオラクルが漂っている。シスイにとっては武器がその辺に転がっているようなものだった。

 

 

「さて、これでドレッドパイクも打ち止めかな? ちらほらとオウガテイルもいるみたいだし、後は走りながらでいいか」

 

 

 そう言って再び小走りになり、オラクル弾を撃ちながら戦場を駆けていく。途中で何度もアラガミの群れを倒すことになったが、三時間後にはキャンプ予定となる第二ポイントへと辿り着いた。第一ポイントである簡易基地からは直線距離で四キロほど。ただ、途中のルートは地形などの関係で曲がりくねっているので、実際の移動距離は六キロほどだろう。

 ともかく、その日の進行は終了したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 キャンプ地では、輸送車が来る前にアラガミの掃除が行われていた。一定範囲のアラガミを殲滅しなければ満足に眠ることも出来ないので、当然の措置である。

 ブラッドは第一部隊と合流した後も二時間はキャンプ地の整備に追われ、クタクタになりながらその日を終えることになった。

 これが後七日は続くので、帰りを含めれば二週間。

 初日からかなりハードなスケジュールである。

 流石のブラッド隊も神機を握ったまま地面に寝転がっていた。シエルとギルバートは神機を支えにして座った状態を保っているが、ベッドがあればすぐにでも眠れるほど疲れていた。

 

 

「くっそー。多すぎだろ。今日だけで百はいったぞ」

「事前情報では最低でも千体以上いるという話でしたからね。これでもアラガミが少ないルートなのだそうですよ」

「嘘でしょー……私、疲れちゃったよ。おでんパンは輸送車に積んじゃったからまだこないし……」

「明日からは神機兵も来るから少しは楽になるだろうさ」

 

 

 ヒカル、シエル、ナナ、ギルバートは順に愚痴を漏らしていく。本当ならば神機兵による戦力の補助をするはずだったのだが、二週間にも及ぶ連続稼働に備えてメンテナンスを行うことになったのだ。以前のように急に停止されても困るので、文句は言えない。

 また、作戦自体も迅速さが求められている。事前に割り出したマルドゥークまでの最短ルートも、アラガミが移動することによって変更することになりかねないからだ。綿密な作戦を立てた以上、状況が変わる前に遂行しなければならない。

 その結果がこれだった。

 

 

「輸送車が来るのはいつだよ……」

「予定では二十分後ですね」

「まだ休めそうにねぇなぁ」

 

 

 ヒカルは動き回る戦闘をするので、体力的にはかなりキツイ。連戦だったので体力配分には気を付けていたが、それでも流石に限界だった。

 そこへ同じく周囲のアラガミを始末していたシスイ以外の第一部隊も合流する。

 

 

「お、ブラッドは先に終わったみたいだな」

「コウタさんか。流石にバテバテだけどな」

「ははは。すっかりくたばっちまったなヒカル」

 

 

 コウタはまだ余裕だったが、エリナとエミールは限界だったのか、その場で倒れて大の字になる。後方支援がメインのコウタと異なり、二人は常に前に出ているのだ。疲労度合いが高くなるのは当然である。

 ヒカルはそう言えば……と言いながらコウタに向かって尋ねた。

 

 

「シスイさんは?」

「アイツならまだアラガミと戦っているぞ。実は輸送車のルート上にハグレの大型種が出て来たらしくて、そっちに行ったんだ」

「うわ……よく体力が続くな……ここまで来るときも一人で戦っていたのに」

「アイツは特別だよ。ユウの奴と同じタイプだ」

「あー、なるほど」

 

 

 世界に名を馳せる神薙ユウと比較できるのがシスイである。そう言われれば納得だった。また、シスイのもつヴァリアントサイズという刀身は味方を巻き込みやすい武器でもある。だからこそ、一対多という状況は強い。

 下手に味方と組ませる方が効率も悪くなるほどだった。

 七人が休憩しながら輸送車を待っていると、大型のトラックがやってきた。すぐに皆もアレが輸送車だと気付く。

 

 

「ようやくかよ……」

 

 

 ヒカルは溜息を吐きながら立ち上がり、到着を待つ。

 悪路で土煙を上げながら輸送車は到着し、中からスタッフが現れた。各スタッフはヒカルたちに敬礼してから作業へと移っていく。

 そしてシスイも輸送車に乗っていたらしく、一緒に出て来たのだった。

 

 

「お疲れ……なんか疲れ果てているみたいだね」

「いや、何で一番働いているシスイが元気なんだよ」

「そういうコウタも元気じゃないか」

「俺は後方からバレット撃つだけだからな。他の奴よりは元気なんだよ。それに対してシスイは一人でアラガミの群れを倒した上に、輸送車の護送もやったんだろ? 有り得ねぇって」

「まぁ、輸送車の護送は成り行きだったんだけどね。ヒバリさんにルート上に現れたデミウルゴスを始末して欲しいって言われたからだよ。やっぱ防御力が高いと中々倒せなくてね。倒した頃に輸送車が来たから、折角なんで乗せて来てもらったって訳さ」

 

 

 いかにも大したことのないように語るシスイだが、その仕事量は想像を絶する。一般的なゴッドイーターでは到底不可能なほど働いていた。

 勿論、シスイにも疲労はある。

 しかし、倒れるほどでもないのだ。これがオラクル細胞含有量の違いである。オラクル細胞の保有率や適合率が高いほど、人間離れした能力を得ていく。こうして疲れも見せずにいるのはある意味、化け物である証拠だった。

 だが、それは肉体の話。

 シスイは心まで化け物になったつもりなどない。自分を化け物だと認めていたソーマと異なり、シスイは常に人間であろうとした。その力が無暗に振るわれることはない。

 何故なら、本業は研究者だからである。

 

 

「じゃあ、僕が神機のメンテナンスをしておくよ。本職ほどじゃないけど、それなりの心得はあるからね」

 

 

 今回の作戦では人員削減のために神機のメンテナンス要員を数人しか連れて来ていない。理由はシスイもメンテナンスを担当するからだった。

 これでもリッカの作業を手伝うことがあるので、意外と手際が良いのである。

 そこにギルバートも手を挙げた。

 

 

「俺も手伝わせて貰う。リッカから幾らか教わってな。助手ぐらいなら出来るぞ」

「体力的に大丈夫?」

「それぐらいなら問題ねぇよ。戦闘ならともかくな」

「分かった頼むよ。じゃあ、神機調整は早めにしておきたいし、提出しておいてくれ。僕とギルは先に行っておくから」

 

 

 作戦の一日目。

 第一フェイズは無事に終了したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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EP36 朧月の咆哮②

 作戦は第四フェイズまで無事に終了した。昨日は感応種イェン・ツィーをブラッド隊が倒して道を開き、キャンプ地である第五ポイントを片付け、今日は作戦の第五フェイズへと突入しようとしていた。

 予定ではサリエル神属ニュクス・アルヴァが五体もいるため、厄介なことになると予想されている。ブレードによる攻撃が通用せず、更には回復弾によって他のアラガミを回復してしまうのだ。当然のようにニュクス・アルヴァの周囲には他のアラガミがいるので、非常に面倒な戦いになるのは間違いない。

 既にシスイを除いた第一部隊は下がって簡易基地のある第一ポイントの守護をしている。戦力としてはブラッド隊の四人に加えて、シスイしかいないのだ。強いて言うなら神機兵もいるが、今回は進路の左右から押し寄せるアラガミの対処に回ることになっている。

 

 

「今日は厳しい戦いになるかもな」

「はい。ニュクス・アルヴァは一度討伐していますが、非常に厄介でした。同時に五体となると、かなり難しいのではないかと思います」

 

 

 ヒカルの呟きにシエルが答える。

 ニュクス・アルヴァは身体を構成するオラクルの結合率が低い代わりに、引力のようなもので互いに引き付け合っている。結果としてブレードで攻撃した場合、雲や霧を切り裂くような手応えとなってしまうのだ。バレットならばニュクス・アルヴァのオラクル細胞と反応して破壊を誘導することが出来るので、近接攻撃を得意とするヒカル、ナナ、ギルバートとしては戦いにくい相手となる。シエルも銃身はスナイパーなので、一人でニュクス・アルヴァ五体を相手にするのは難しい。

 そんなことを思ってヒカルとシエルは難しい表情を浮かべていたのである。

 

 

「シスイは楽勝だって言ってたけど、あの人の神機は第一世代ブレードタイプだよな。どうやって倒すつもりなんだ?」

「彼のことですから、強がっているわけではないでしょう。ですが不安ですね」

「神機兵が感応種クラス相手でも問題なく戦える実力があれば良かったんだけどな……」

「難しいでしょう。感応種単体ならともかく、感応種は他のアラガミを呼び寄せて統率します。どうしても神機兵では対応できません」

 

 

 今の神機兵は他の支部なら十分な戦力となる。しかし、極東で戦うには少し足りない。極東地域での戦果は神機兵の数で押したからこそ、という側面もあるのだ。同じく数を当ててくる感応種相手では討伐も不安定になる。流石に任せられない。

 二人がそうやって話していると、シスイ、ナナ、ギルバートが同時にやってきた。集合時間は十分後なので遅刻した訳ではない。しかし、ヒカルとシエルを待たせていたのは事実なので、軽く謝罪する。

 

 

「待たせたね二人とも」

「ごめんね隊長にシエルちゃんも」

「二人とも早いな」

 

 

 あくまでヒカルとシエルが早く来ていただけの話だ。気を悪くしたわけでもないので、大丈夫だと言いつつ首を振る。

 そしてヒカルは、先程からシエルと話していた内容をシスイにぶつけてみることした。

 

 

「なぁ、シスイさん」

「ん? どうしたのかなヒカル?」

「今日の作戦なんだけど、本当にニュクス・アルヴァを一人で担当するのか?」

「まぁね。流石に感応種五体だと、周囲のアラガミも多いと思う。だから、ブラッドにはそっちを担当して貰いたいんだ。ニュクス・アルヴァは防御力と耐久は低いからね。一人でもなんとかなるよ」

「いや、あいつはブレードが効かないの知ってるだろ? シスイさんは第一世代神機のヴァリアントサイズなのに大丈夫か?」

 

 

 ヒカルの心配に尤もだという表情を向ける他のブラッドたち。

 しかしシスイは自身あり気な雰囲気を出すだけだった。

 

 

「ここは僕に任せるといいよ。まぁ、ビックリするかもしれないけど、あまり驚かないで欲しいかな。ともかく危険なことはないし、ニュクス・アルヴァは五体いても一分かからずに倒せるから」

 

 

 シスイの言葉にますます疑問符を浮かべるヒカルたち。正直、どうしてそこまで自信たっぷりでいられるのか理解できないだろう。

 しかし、ヒカルたちが問い詰めようとしたところで、ヒバリからの通信が入った。

 

 

『まもなく作戦開始時間となります。『朧月の咆哮』第五フェイズ。本日はニュクス・アルヴァ五体を討伐することになっていますので、シスイさんは用意をお願いします。目標はおよそ三キロ先で、キャンプ地予定の第六ポイントもそこになります。今日も予定コースから外れないように戦ってください』

「こちら第一部隊シスイ。了解しました」

「ブラッド隊も了解」

 

 

 作戦開始が近づいていることを知らせるヒバリの通信で、五人は意識を切り替える。まだ若い彼らもゴッドイーターとしてはプロだ。意識の切り替えは上手い。

 命をかけて戦う以上、余計な思考は除かないと、あっという間に命を落としてしまう。特に今回のような乱戦が想定されている場合はそれが顕著だ。

 

 

『各員、バイタル安定。偏食因子も正常です。ミッションをスタートしてください』

 

 

 時間が来ると同時にシスイとブラッド隊は駆けだす。

 サバイバル特殊ミッション第五フェイズがスタートしたのだった。

 キャンプ地から一キロまではアラガミに遭遇することもなかったのだが、すぐに大量のアラガミが目の前に出現する。かなりマルドゥークに近付いているので、それだけアラガミの出現密度が高まっていたのだ。

 コンゴウ、シユウ、グボログボロは堕天種を含めて大量、ヤクシャ、ヤクシャ・ラージャ、ウコンバサラのせいで紫に染まっている場所すらある。そして小型種に関しては数えきれないほどだった。

 

 

「散開!」

 

 

 ヒカルの叫び声と同時に五人は飛び散り、各自でアラガミを討伐し始める。流石に中型種以下ならば一人で十分撃退できる実力者たちだ。この程度ならば散らばった方が効率も良い。

 シスイとしても攻撃範囲の広いヴァリアントサイズを生かすために、一人で戦う方が楽だった。

 

 

「それ!」

 

 

 咬刃を伸ばして横向きに薙ぎ払う。

 円運動を描く刀身が周囲のアラガミを真っ二つに切り裂いた。ノヴァの因子が込められたシスイの神機はあらゆるアラガミに対して特効である。中型種以下など雑魚でしかない。

 更にシスイはヴァリアントサイズを縦横無尽に振り回し、一秒に一体以上という討伐速度を維持しながら周囲を殲滅していく。

 

 

「ガアアア!」

「邪魔だよ」

 

 

 立ち塞がるコンゴウに対して、シスイは無慈悲な一撃を繰り出す。縦に切り裂かれたコンゴウは深紅の液体を飛び散らせながら倒れた。続いて空中から特効を仕掛けるシユウ堕天もヴァリアントサイズで叩き落し、咬刃を伸ばしてガリガリと削り取る。

 ヤクシャの放つオラクル弾すら切り裂き、無数のオウガテイルは一薙ぎで両断する。

 扱いが難しいハズのヴァリアントサイズを自在に操り、間合いを常に操作しながら立ち回る姿は惚れ惚れする程である。まさかインドア派の研究者だとは誰も思うまい。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオ!」

 

 

 そして遂に大型種すらも乱入する。

 しかも接触禁忌種ディアウス・ピター。ヴァジュラに似た能力でありながら、その戦闘能力は遥かに上を行く。雷撃の威力、速度はヴァジュラの倍とも言われ、怒り状態では背中から翼のようなものまで生えるのだ。硬質で骨格だけの翼は攻撃にも利用され、喰らえば一溜まりもない。

 そんなディアウス・ピターが小型アラガミを吹き飛ばしながらナナへと迫っていた。理由は特になく、単に一番近かったからである。

 拙いと思ったナナは咄嗟に装甲を展開した。

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

「きゃあっ!?」

 

 

 白い雷を纏った一撃は広範囲に影響を与えながらナナを吹き飛ばす。凄まじい質量と速度から繰り出される突進だったので、パワータイプのナナでも踏ん張ることが出来なかった。

 

 

「ナナ! クソ!」

 

 

 ナナにいち早く気付いたヒカルは持ち味の速度を生かしてディアウス・ピターに斬りかかる。少しでも気を引いてナナの復帰を助けようと考えたのだ。

 しかし、ディアウス・ピターはヒカルとも正面から渡り合えるほど速い。ショートブレードという攻撃力の低い武器では打ち合うだけでも弾かれる程の防御力も持っている。

 そこで、ヒカルはブラスト弾をぶつけることにした。

 

 

「飛べ!」

 

 

 二連射されたバレットは遥か上空へと飛んでいく。そしてヒカルはすぐにブレードへと切り替えてディアウス・ピターへと斬りかかった。そこへ復帰したナナも参戦し、パワーのある一撃が加えられる。ブーストハンマーによる攻撃が叩き込まれ、流石のディアウス・ピターも呻いた。

 そこにシエルがスナイパー弾を撃ち込む。

 怯んだところをギルバートが突いた。

 

 

「ぶっ飛びやがれ!」

 

 

 ブラッドアーツ『バンガードグライド』による一撃がディアウス・ピターの後ろ脚を抉った。体重を支え切れずに崩れるディアウス・ピター。それと同時にヒカルが叫ぶ。

 

 

「全員下がれ!」

 

 

 一斉攻撃のチャンスだったはずだ。

 しかし、誰も疑うことなくディアウス・ピターから離れるようにして飛びのく。すると、上空から高速で巨大なオラクルの弾丸が落下し、ディアウス・ピターに直撃した。同時に大爆発を引き起こし、周囲のアラガミを巻き込みつつディアウス・ピターに大ダメージを与える。

 

 

「グゥゥ……」

 

 

 倒れ伏す黒いアラガミ。

 しかし、すぐに起き上がって凄まじい咆哮を上げた。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオッ!」

 

 

 ヒカルを始めとしてナナ、シエル、ギルバートは耳を塞いで衝撃に耐える。

 ディアウス・ピターは体内のオラクル細胞を活性化させ、本気の状態になった。背中からは不気味な骨格を思わせる翼が生えて、纏う雷は深紅に染まる。ここからが本番とばかりに威圧を放っていた。

 

 

「油断するなよ! コイツは厄介だ!」

 

 

 かつてはロシアで猛威を振るい、コロニーを幾つも壊滅させたアラガミとして知られている。討伐出来るゴッドイーターは非常に少なく、一体出現すれば複数の支部が協力体制を敷くほどである。一つの部隊で討伐出来るのは極東ぐらいなものだった。

 しかし、更に言えば極東にはディアウス・ピターを一人で討伐出来る存在もいる。

 

 

「ディアウス・ピターはね。覚醒中に最も隙が大きくなるんだよ」

 

 

 そんな声が上空から聞こえたかと思うと、轟音と共に咬刃を伸ばしたヴァリアントサイズが上から叩き付けられる。そしてガリガリと削りながらクリーヴファングが放たれ、そのままディアウス・ピターを真っ二つに引き裂いてしまった。

 ノヴァの因子を持つシスイにかかれば、ディアウス・ピターですらこのザマである。

 

 

「だから隙を突けば覚醒した瞬間に討伐出来る。覚えておくといいよブラッドの諸君」

 

 

 そう言いつつ神機に付着した赤い液体を振り払うシスイ。

 それを見たブラッドは心を揃えて叫んだ。

 

 

『いや、それが出来るのはあんたぐらいだ(です)(だよ)(だろ)』

「……? 何を言ってるんだい? 僕は研究員だよ。本職の君たちに出来ないはずないだろう? 現にリンドウさんやユウ、ソーマは出来るし」

「世界最強のゴッドイーターと比べられても……」

「比較対象がおかしいですね。流石はシスイです」

「リンドウって誰ー?」

「知っとけナナ。極東が誇るヤバいゴッドイーターの一人だ。雨宮リンドウ、ソーマ・シックザール、そして神薙ユウは有名だぞ」

「へぇ~。ギルは物知りだねぇ~」

「これぐらい常識だ……」

 

 

 酷い言われようである。

 しかし、これぐらい出来なければ世界最強は張れない。その事実を思い知らされたブラッドだった。

 

 

「じゃ、次に行こうか」

 

 

 一方のシスイは全く気にした様子もなくディアウス・ピターの屍を越えていく。そして迫る小型アラガミを薙ぎ払いながら前に進んでいた。

 今日はまだ一キロも進んでいないのだ。最終目標地点にいるニュクス・アルヴァ五体までまだまだ距離がある。

 

 

「気を引き締めるぞ」

「ええ」

「うん」

「当然だ」

 

 

 ヒカルは改めて気合を入れた。

 ブラッドの皆もシスイが実力者であることは知っていたが、ここまで圧倒的であるとは知らなかった。普段の研究員としての働きに加え、これほどゴッドイーターとしても実力を有しているとなると、エリート部隊としてやってきた自分たちが恥ずかしくなる思いである。

 しかし、そこでフェードアウトするほど弱くはない。

 アレこそが目指すべきものだと再確認したのだった。

 

 

「俺に続け」

『了解』

 

 

 ヒカルはショートブレードを振るいつつ、ブラッドアーツ『風斬り陣』でアラガミを切り刻む。大型種に備えてオラクルリザーブを繰り返し、高火力ブラスト弾をいつでも撃てるように準備した。

 シエルはヒカルと同じくショートブレードを振り回し、偶にスナイパー弾で狙撃する。ナナは火力の高さで中型種を吹き飛ばし、ギルバートも自在に槍を振るってアラガミを駆逐していた。

 

 

『ここから大型種の反応が増え始めます。皆さん、気を付けてください!』

 

 

 ヒバリからの通信で、ここからが正念場だと皆が悟る。

 現に、視界には大型アラガミが何体が映っており、こちらへと向かって来ていた。流石に一部隊で捌く数のアラガミではない。ヒカルたちも厳しい表情を浮かべる。

 しかし、シスイだけは冷静なまま標的(アラガミ)を見定めていた。

 

 

「そろそろ手加減抜きじゃないと無理みたいだね……」

 

 

 偏食因子を投与されたゴッドイーターは五感が鋭くなる。

 よって少し離れた位置にいたブラッドにもシスイの呟きは聞こえていた。

 

 

(あ、あれで手加減していただと……!?)

 

 

 ヒカルは混乱する。

 圧倒的な実力だと思っていたシスイは、あれでも手を抜いていたという。ならば本気はどうなってしまうのだろうか。答えはすぐに示された。

 シスイの周囲に幾つもの槍が浮かぶ。

 オラクルを収束させてノヴァの因子を込めた槍であり、赤い水晶のような見た目だった。

 

 

「行け」

 

 

 オラクル槍は飛翔して正確に大型種を貫く。そして同時に貫かれたアラガミの体内でオラクル槍が成長した。枝のように伸びて体内からアラガミを突き破り、一撃で死に至らせる。

 それを見たヒカル、シエル、ナナ、ギルバートは目を疑った。

 

 

「あ、あれは一体……」

「シエルちゃんでも分からないの?」

「はい。私も色々な論文を読んでいますが、あのような技術は初めて見ました。新しい神機の機能だとでもいうのでしょうか?」

 

 

 唖然とするブラッドをよそに、シスイは次々とオラクル槍を撃ち込んで大型種を殲滅していく。近づくアラガミはヴァリアントサイズで一刀両断され、遠くのアラガミは槍の脅威にさらされる。

 一方的な蹂躙とはこのことだった。

 もはや理解不能な領域の戦いではあるが。

 

 

「中型種以下も多いね。それならこっちの方が効率的かな?」

 

 

 シスイはそう言って左手を無造作に振るう。

 すると、大量のオラクル弾が生成され、雨の如く降り注いだ。貫通力重視のオラクル弾はアラガミの大軍を穴だらけにして殲滅していく。他の支部では苦戦を強いられるアラガミであるはずの中型種ですら、雑魚同様と言った様子だった。

 そしてシスイが本気を出した瞬間に進行ペースは一気に上がる。一時間かけても数百メートルしか進めなかったところを、僅か三十分で目標地点手前まで到達したのだ。

 

 

「ヒカル、シエル、ナナ、ギル。そろそろ目標のニュクス・アルヴァだよ。気を引き締めて」

「いや、これって引き締める必要あるのか……?」

 

 

 ヒカルのそんな疑問はスルーして、シスイは殲滅に専念する。大量のアラガミがいるお陰で空気中のオラクル濃度は高く、オラクル弾生成にも困らない。集中力が保てるうちは幾らでも倒せる状態だった。

 ブラッドとしては拍子抜けするほど楽な戦闘になり、困惑していたほどである。

 

 

『間もなくニュクス・アルヴァの感応波領域です。注意してください!』

 

 

 だが、ヒバリの通信もあってやはり気を引き締める。

 感応種は簡単な相手ではないのだ。遠くにニュクス・アルヴァ特有の目立つ色が見え始め、周囲のアラガミはニュクス・アルヴァを守るようにして周囲を固め始めた。

 

 

「ここは俺がやる。ぶっ飛べ!」

 

 

 ブラッドバレット抗重力弾を付与したバレットが放たれ、重力による位置エネルギーを蓄えながらアラガミの中心へと落ちていく。そして地面に触れた瞬間、炸裂して放射弾が高速回転した。

 制御・高速回転に放射(LL)を組み合わせたバレットであり、まるで刃が回転するかのようにしてアラガミを刈り取る。抗重力弾のお陰で効果射程は数倍に伸び、威力も同様に上がっている。これによってかなりのアラガミが倒れた。

 

 

「まだまだ!」

 

 

 溜めていたオラクルを消費しきる勢いでヒカルは特殊バレット『ウェルテクス』を放つ。ラテン語で渦の名を冠するバレットだけあって、巻き込むようにして多数のアラガミを倒していた。

 勿論、シスイ監修のバレットである。

 

 

「使いこなしてるみたいだね。作った甲斐があったよ」

「『メテオ』もだったけど、シスイさんのバレットは使い勝手が良いからな」

「それは僥倖だね。さて、道は開けた。行こうか」

 

 

 シスイはヴァリアントサイズを片手に走り出し、ヒカルのバレットで開けられた道を進んでいく。途中で寄って来るアラガミも一撃で倒し、五体の聖母(ニュクス・アルヴァ)へと迫る。

 ブレードタイプの神機を使うシスイでは絶対に勝てないアラガミ。

 ブラッドも初めはそう考えていた。

 しかし、本気のシスイを見た今はそんなことを露ほども思わない。寧ろ『ニュクス・アルヴァ、ご愁傷様』とでも考えていることだろう。

 

 

「これで終わりだね」

 

 

 現に、シスイが降らせたオラクル弾の雨によって五体のニュクス・アルヴァはあっという間に穴だらけとなっていく。見る見るうちに結合崩壊も進み、無残な姿へと変えられていく。元が美しいアラガミだけにかなり残酷な光景を見せられているようだった。

 無論、そこに容赦がないのは当たり前だが。

 とは言えブラッドとしてもドン引きだった。

 

 

「うわぁ……」

「酷いと言いますか、凄いと言いますか……コメントに困る光景ですね」

「あ、ダウンしちゃった」

「終わったな」

 

 

 周囲のアラガミを軽く相手しながらシスイの所業に感想を述べる四人。

 今日はこのポイントでキャンプをするので、周囲一帯のアラガミは殲滅しなければならない。神機兵も手伝ってくれているが、余裕がないのは確かだ。しかし、シスイの行う光景を見ていると、何故か余裕があるように思えてしまう。

 それほど圧倒的だった。

 ニュクス・アルヴァは回復弾を使用する暇もなく倒される。耐久力の低さから、他のアラガミよりも早く倒れてしまったのだ。そして中核を担っていたニュクス・アルヴァが消えたことで、他のアラガミにも影響が出始める。

 シスイとブラッドにかかれば問題ない相手となっていた。

 

 

『残り大型種が二体、中型種が六体、小型種が六十六体です。既にキャンプ地周辺は神機兵が安全を確保しています。残りを殲滅すれば第五フェイズは完了です』

 

 

 終わりが見えたことで五人の動きはより鋭くなる。隠し事が一つ亡くなったシスイは、ヴァリアントサイズを振るいつつもオラクル弾を放ってアラガミを仕留めていく。ブラッドもブラッドアーツの力で大型種すらも簡単に倒し、中型以下も順調に狩っていた。

 アラガミの数が多いので捕食によるバーストも長時間持続可能であり、スタミナ管理も楽になる。ここまで来れば勝ち戦同然だった。

 

 

「コイツで最後だ」

 

 

 ヒカルは最後に残ったザイゴートを真っ二つに引き裂き、戦いを終結させる。

 

 

『周囲のアラガミ反応が全て消失しました。第五フェイズ終了です。直に輸送車が来るので、それまで周囲を警戒しつつ休んでください』

 

 

 そして無事に第六ポイントを確保する。

 後はスパルタカスが陣取る第七ポイントで最後の中継を取り、第八ポイントでマルドゥークと戦う。総勢七フェイズにも及ぶ大規模ミッションも終わりが見え始めていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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EP37 朧月の咆哮③

 

 サバイバル特殊ミッション第七ポイント。

 ブラッド隊はこの場所で待ち構えるハンニバル神属感応種スパルタカスと戦っていた。周囲のオラクルを吸引することで一時的に超強化するのが特徴的なアラガミだが、逆に言えば強化さえさせなければハンニバルと大差ない。

 スパルタカスが吸引を開始するごとにスタングレネードを投げることで、ブラッド隊は戦いを有利に進めていた。

 

 

「誓約の選択! 『追撃の誓い』『破壊への衝動』『解き放つ本能』!」

 

 

 ヒカルはブラッドレイジの解放準備をする。スパルタカスの周囲にいるアラガミが鬱陶しいので、一気に殲滅することにしたのだ。幸いにもこれまでのサバイバルミッションで暴走率は充分高まっており、マルドゥーク戦を考えてもここで使用して問題にはならない。

 

 

『誓約の選択を確認しました。履行を開始してください』

「うおおおおおお!」

 

 

 ヒカルはスパルタカスに捕食を実行し、バースト状態の時間を延長化させる。そしてすぐに懐へと飛び込んでいき、無数の連撃を浴びせ始めた。

 それに倣ってシエルがスパルタカスの頭部を撃ち抜いて気を引き、火力担当であるギルバートとナナが一気に左右から頭部を殴り、結合崩壊を引き起こす。

 

 

「やっちまえ隊長!」

「いっけー!」

 

 

 見事な連携で誓約を全て履行し、ブラッドレイジの発動条件が満たされる。

 

 

『誓約の履行を確認。感応制御システムを起動。拘束フレームをパージします。ブラッドレイジ、始動!』

 

 

 ガチャン……とヒカルの神機から封印用フレームが外れ、神機の暴走が開始する。安定した暴走という矛盾を抱えた状態だが、その矛盾を成し得るのが血の力『喚起』だ。

 オラクルの異常活性によって一時的な侵食が進み、ヒカルの右腕から肩にかけて暴力的なオラクルが奔流を見せる。その本流は片翼の翼となり、安定した。

 

 

「行くぜ!」

 

 

 ヒカルがそういった瞬間、スパルタカスはその姿を見失う。そして次の瞬間には、全身を切り刻まれていた。速度が売りのヒカルがブラッドレイジという強化を受けた以上、その速度はあらゆるアラガミを凌駕してしまう。

 僅か十秒でスパルタカスを完全に仕留め、残り二十秒で周囲のアラガミを殆ど倒して見せた。オリジナルであるレイジバーストシステムよりは強化率が低いとは言え、やはりその力は凄まじい。

 

 

『ブラッドレイジ、終了しました。神機を再封印します!』

「これで残りは雑魚だけだ! さっさと終わらせるぞ」

 

 

 ヒカルの言葉は他の三人にも届いたのか、シエル、ナナ、ギルバートも討伐速度を速める。残る中型種以下に後れを取るブラッドではないので、そこから先は一時間と経たずに終わった。

 そしてそれと同時に、少し離れた場所で深紅のオラクルによる流星群が発生する。これはシスイが放った広範囲殲滅用のオラクル攻撃だ。離れた場所にいるアラガミを殲滅したのだろうと誰もが予想する。

 それを補完するようにヒバリの通信も入った。

 

 

『ブラッド隊、及びシスイさんは目標のアラガミを討伐完了しました。これより輸送班によるキャンプ地の組み立てを行います。ブラッド隊とシスイさんは既定の位置にて待機してください』

「こちらブラッド。了解だ」

『シスイです。了解』

 

 

 今回は感応種の割に対したことがないと定評のあるスパルタカスの討伐だったので、ブラッドにもあまり疲労はない。勿論、スパルタカスもアラガミとしては強力な部類だ。しかし、感応種というくくりで見れば大した能力もなく、ただ周囲を弱体化させながら自信を強化する程度のもの。更に、強化中にスタングレネードを使えば中止に追い込むことも出来る。

 正直に言えば隙だらけのハンニバルだ。

 

 

「行くぞ皆」

「了解です隊長」

「今日は楽だったね~」

「思ったより簡単に終わって助かったぜ」

 

 

 ヒカルがブラッドレイジを使ったからというのもあるが、今日はいつもよりミッション終了が早い。明日にマルドゥーク戦を控えているので、早めにキャンプ地を作ることが優先されるからだ。

 今日は早めに休んで英気を養い、明日に全てを出し尽くす。

 極東地域に甚大な被害をもたらし、ジュリウスとロミオが黒蛛病になる原因となったマルドゥーク。超広範囲に感応波を及ぼす得意種と思われ、今回も辿り着くまでに七つの中継地点を経由することになった。

 ヒカルもこの日のためにシスイとブラッドレイジの調整を重ね、シエルは専用のバレットを制作し、ナナはおでんパンを量産し、ギルバートは神機をフルチューンナップしている。

 全てはマルドゥークを倒すためだった。

 目前へと迫った宿敵。最後の夜は刃を研ぎ澄ませながら過ごすことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 

 

 夜、シスイは一人でキャンプを抜け出し、岩場を登って月を眺めていた。アナグラでは滅多に見られない星空が広がっていたので、天体観測ついでに月見をしていたのである。

 少し離れた場所では神機兵がずらりと並んでおり、アラガミが侵入してこないか見張っている。神機兵は自動で防御してくれるので、寝ずの見張にはピッタリだ。たとえ神機兵で倒せないアラガミで出現したとしても、ゴッドイーターが出撃するまでの時間稼ぎにはなる。

 将来的には人手が不足しているサテライト拠点の防衛にと期待されているだけあって、今回のサバイバルミッションでも利点が生かされていた。

 

 

「あの神機兵……作るのに何人が犠牲になってるのかね……?」

 

 

 ふとシスイはそんなことを口にする。

 ラケル・クラウディウスの持つ技術は多くの人体実験から生み出されている。シスイも実験体の一人だった過去があるので、そこから生み出された技術もあるのだろう。

 なお、シスイは自身で自身を研究し、アラガミバレットなどを開発したが。

 ともかく、あの神機兵もラケルが手を加えている以上、人体実験から得たデータも使用されているのだろう。そう思うと、途端に神機兵が憎くなる。

 だがシスイはその思想を振り払って別のことを考えることにした。

 

 

「ラケルの目的か……」

 

 

 それはずっとシスイが考えてきたことである。ラケルは非道な実験こそしているが、その分だけ結果も残している。フェンリルも役に立つ結果を提出するラケルを追及できず、人体実験がのさばっているのだ。

 勿論、表には人体実験のことなど出ていない。フェンリルは裏でラケルを容認しているのである。

 そしてラケルも科学者である以上、目的があるはずだ。シスイも最終的な目的はあるし、多くの科学者はそれを持っている。しかし、ラケルの研究データを見てもそれが見えてこない。

 ブラッドの偏食因子、アラガミの行動データ、神機兵、最近は黒蛛病とバラバラなのである。ラケルの父であるジェフサが神機兵研究の第一人者だったので、最終目的が神機兵である可能性は高い。しかし、あの不気味な女がそんな殊勝ことをするようには思えなかった。

 

 

「またハッキングでもしてフライアを覗いてみるか? あの厳重なプロテクトを解除したら何か出てくるかもしれないし……」

 

 

 少し前にユノの頼みでフライアのネットワークへと侵入した際、ラケルの者と思われるデータボックスが不審なほど厳重になっていた。研究データが詰まっているとすれば厳重になるのも当然となる。しかし、そのプロテクトの異常さから、疚しいものでも隠されているのではないかと思えるのだ。

 特に人体実験をしていた過去がある以上、その疑いは拭えない。

 そんなことで頭を悩ましていると、不意に誰かが咳込む音が聞こえた。

 岩の上から見下ろすと、見覚えのある影が見える。

 

 

「ジュリウス」

 

 

 シスイは飛び降りて駆け寄った。

 久しぶりに見る元ブラッド隊長。今回はフライアと共にこのミッションに参加しているので、顔を出すこと自体はおかしくない。だが、黒蛛病は前より酷くなっているらしく、腕に広がる痣を抑えながら苦悶の表情を浮かべていた。

 

 

「大丈夫かい?」

「シスイ……俺の後を着けてきたのか?」

「いや、先に僕がここに居たんだよ。そこの岩の上で月を眺めていた」

 

 

 ジュリウスはそれを聞いて安堵したかのように座り込む。

 そんなジュリウスを見てシスイは首を傾げながら訪ねた。

 

 

「それにしてもフライアから出てくるなんてね。かなり体調も悪いんだろう?」

「ああ、だが決戦前にブラッドに会っておきたくてな。特に思い詰めていないようで安心した」

「なるほど。ジュリウスは体調の悪さがバレないようにコソッと逃げてきた訳だ」

「……言い方に悪意を感じるが、大まかにはその通りだ」

 

 

 ジュリウスはこれでも周囲に気を配りながらキャンプ地を離れてきた。黒蛛病は接触感染なので、あまり人の中にいるわけにもいかない。こうして目立たない場所に来るのがジュリウスとしても落ち着く。

 しかし、想定外なことにシスイに見つかってしまった。幸いにも着けられていたのではなく、単に初めからそこにいただけだったが。

 

 

「痛むんだね?」

「ああ、隠しても仕方ないから言うが、俺は進行が早いらしい」

「フライアの黒蛛病研究でも治療の目途が立っていないのか……」

「いや、かなり良いところまでは終わっている。まぁ、俺は間に合いそうにないがな」

「そうだったの? 思ったより進んでいるみたいだね」

 

 

 極東支部での黒蛛病研究は停滞しているのが現状だ。接触感染を恐れて手術による治療は諦め、薬物治療に重きを置いて研究が続けられている。しかし、目立った成果は出ていない。

 その一方でフライアの研究予想以上に進んでいることに驚いた。

 

 

「ぐっ……」

「おいジュリウス!」

 

 

 しかし、その驚きもジュリウスが苦しみだしたことで打ち消される。シスイは急いで駆け寄り、倒れそうになるジュリウスを支えようとした。

 だが、ジュリウスはそれを拒絶する。

 

 

「来るな! 黒蛛病に感染する!」

「いや、僕は大丈夫だよ。黒蛛病に耐性があるからね」

 

 

 シスイは拒絶するジュリウスを無視して黒い痣に触れた。この痣は肉体を侵食するオラクル細胞であり、その際に痛みが生じる。だから、シスイはそれを多少でも取り除くことで痛みを和らげることにした。

 オラクル細胞を自在に操れるシスイにとって多少ならば黒蛛病を除去することも不可能ではない。黒蛛病のオラクル細胞は人体に強く癒着しているので、完全な除去は出来ない。しかし、痛みを和らげる程度なら問題なく可能なのだ。

 触れた指先からジュリウスを蝕むオラクル細胞を吸い出し、幾らか除去する。

 するとジュリウスは徐々に痛みが消えたからか、安堵の表情に変わっていく。

 

 

「これは……どういうことだ?」

「黒蛛病はオラクルの一種。僕の能力で操れば多少は取り除ける。精々、進行を遅らせる程度だよ。これでジュリウスが生き残る可能性も上がったかな?」

「…………まさかこんなことまで出来るとはな」

「完全じゃない。それに黒蛛病治療にも応用できないと既に分かっている。その程度のものさ」

 

 

 簡易的な治療を終えたシスイはジュリウスの隣に座り、再び口を開いた。

 

 

「ブラッドに会った感想はどうだった?」

「ああ……もう、俺は必要なかったよ。ヒカルは隊長として皆を纏めていた。単純な隊長としての技量はアイツの方が上だよ」

「『統制』なんて血の力を持っている割には弱気だね」

「ふ……確かにそうかもしれん」

 

 

 ジュリウスは自重するようにして呟き、空を見上げた。雲一つない夜空には無数の星が煌めいており、緑色の月がより大きく見える。

 そしてその月に向かって手を伸ばすように言葉を続けた。

 

 

「俺の『統制』はもっと大きな軍団に向いている能力だ。だが、ヒカルの『喚起』は少数精鋭の部隊長に向いている。……勿論、性格もな」

「だから神機兵を?」

「ああ、俺に出来ることをする……替えの効く神機兵なら誰も死なない。例え孤独な王になったとしても、俺はこの道を諦めない」

 

 

 ギュッと握りしめた拳からジュリウスの覚悟が窺える。本当なら、命をかけて神機兵開発を完成に導くつもりだったのだろう。シスイの治療で多少は負担も軽減されたので、マシになったと思うが。

 

 

「明日は遂にマルドゥークだ……油断はするなよシスイ」

「それはこちらのセリフ……と言いたいところだけど、ジュリウスは神機兵だからね。言っても無駄かな。有り難く忠告を受け取ることにするよ」

 

 

 シスイとジュリウスはその言葉を最後に分かれる。

 決戦前夜の夜は粛々と明けていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、作戦開始時間となり、高台の上から五人のゴッドイーターがマルドゥークを見下ろしていた。変異マルドゥークは周囲に三十を超えるガルムを従えており、前回から下僕を補充したのだと分かる。

 マルドゥークはブラッドの四名、そして残りのガルムはシスイと神機兵で担当することになっていた。

 

 

「遂にこの時が来たな」

 

 

 ヒカルの呟きに皆が頷く。

 そしてヒカルは神機の切先をマルドゥークに向けて叫んだ。

 

 

「行くぞブラッド!」

『了解』

 

 

 そしてブラッド隊はマルドゥークへと飛び出していく。いち早く気付いたマルドゥークは咆哮を上げつつ強力な感応波を放ち、周囲のガルムに命令を下す。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオ!」

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

『マルドゥークの感応波が上昇! シスイさんはガルムの対処をお願いします』

「任された」

 

 

 そしてシスイも飛び出し、水晶のように半透明な赤いヴァリアントサイズを投げる。回転する凶刃はガルムの一体を両断し、地面に突き刺さった。そして高台から飛び降りたシスイは、地面に突き刺さったヴァリアントサイズを抜きつつ、咬刃を展開する。

 

 

「邪魔」

 

 

 シスイの薙ぎ払いによって三体のガルムが同時に息絶えた。密集状態でいる場所に奇襲を仕掛けたので、速さが売りのガルムも上手く動けない。シスイはその隙を上手に使って次々とガルムを仕留める。

 

 

『シスイさんが六体目のガルムを仕留めました。神機兵の展開が終了、戦場を囲うようにして包囲網を構築しています。これで逃す心配はありませんよ!』

「だったら早速やってやるぜ! 誓約の選択、『追撃の誓い』『解き放つ本能』」

 

 

 ヒカルは早くもブラッドレイジの使用を決意した。そして誓約履行のためにマルドゥークへと果敢な攻めを見せる。それと同意にシエル、ナナ、ギルバートもヒカルの補佐に走り始めた。

 

 

「そこです」

 

 

 シエルのスナイパーがマルドゥークの右ガントレットを穿つ。ここは以前にシスイが結合崩壊させているので、ダメージが大きい。そしてマルドゥークの動きが一瞬止まった隙に、ナナがブラッドアーツで大ダメージを与えた。

 

 

「グゥゥゥ……」

「はっ! 隙だらけだぜ」

 

 

 ギルバートはスピアでマルドゥークの左目を突く。ここは昔にヒカルがつけた傷であり、マルドゥークは大きく仰け反った。動きが止まったので、ヒカルが捕食する。

 バースト状態になり、同時に誓約の履行も完了した。

 

 

『誓約の履行を確認。拘束フレームをパージします。ブラッドレイジ、来ます!』

「はあああああああああああああ!」

 

 

 通常の五倍にもなる力を得たヒカルが縦横無尽にマルドゥークへと斬りかかる。マルドゥークはガントレットから大爆発を引き起こしてヒカルを吹き飛ばそうとするが、そうはさせまいとシエルが特殊バレットを撃ち込んだ。

 

 

「グガッ!?」

「炸裂弾です。撃ち込まれたスナイパー弾が体内で炸裂し、大ダメージを与えますよ」

 

 

 更にこの炸裂弾は封神の効果が込められている。マルドゥークは弱体化を余儀なくされた。これがシスイと協力して実験を重ねつつ生み出した新型バレットである。スナイパーの正確さと威力の高さを生かしつつ、状態異常による補助効果までつけた一つの完成形だ。

 

 

「今日は朝からおでんパンを食べてきたもんね! 元気百倍!」

「俺だって今日のために神機の重心調整を完璧にしたんだ。負けられねぇ!」

 

 

 火力担当のナナとギルバートはマルドゥークの気を引くようにして重い一撃を加えていく。マルドゥークは徐々に動きを鈍くしていた。

 どうにかしようとガルムを呼び寄せても先にシスイが片付けてしまう。近くのガルムを切り刻み、遠くのガルムは的確に撃ち抜くので、ガルムたちはブラッドに近づくことも出来なかった。マルドゥークは感応波を広げて大量のアラガミを呼び寄せようとするが、神機兵が壁となって意味をなさない。

 

 

「この数はそろそろ面倒になってきたね」

 

 

 ガルムを始末していたシスイは、そんなことを言いながら加速してガルムを踏み台にする。そして勢いよく空中に飛び上がり、連続でオラクル槍を形成した。赤い水晶のような槍が次々とガルムに降り注ぎ、一発で一体を仕留めていく。

 動きの速いガルムの行動予測をした上で連射できる辺り、シスイの計算能力の凄まじさが浮き出ていた。

 この完璧なサポートによってブラッドはマルドゥークとの戦闘に集中できるので、流石のマルドゥークも追い詰められる。変異マルドゥークといっても、感応波が強大である以外は大したことないのだ。

 精々、少し強化されたガルムである。

 たった一体ならブラッドの敵ではない。ブラッドレイジによって追い詰められたマルドゥークは、ブラッドレイジ終了後も一方的な防戦を強いられることになる。

 

 

「誓約の選択! 『追撃の誓い』『破壊への衝動』『解き放つ本能』!」

 

 

 そして二度目となるブラッドレイジ。

 勢いに乗ったヒカルは一瞬で誓約を完了させ、活性化オラクルを纏った。黄金に輝くオラクルの奔流が軌跡として残り、マルドゥークを切り刻む。ブラッドアーツ『風斬り陣』が結界のようにマルドゥークを覆っているので、シエル、ナナ、ギルバートも遠距離からの銃撃で援護した。

 

 

「これで最後のガルムだね!」

「くたばれマルドゥーク!」

 

 

 シスイが最後のガルムを両断すると同時に、ヒカルはマルドゥークの胸を十字に斬り割いた。

 マルドゥークは呻きながら倒れる。

 

 

「倒したか……?」

「そのようですね」

「おわったぁ~」

「ったく、面倒な奴だったぜ」

 

 

 ブラッドの四人は神機を降ろして構えを解く。

 だが、それは油断だった。

 

 

『気を付けてください! マルドゥークの反応は止まっていません!』

「なんだって!?」

 

 

 ヒカルたちは慌てて神機をマルドゥークに向ける。すると、マルドゥークは力を振り絞るようにして立ち上がり、不意打ちに突進を仕掛けて来た。速度のあるマルドゥークの突進を避けきれるとは思えず、四人はダメージ覚悟で装甲を展開する。

 だが、突如としてマルドゥークに爆発が襲い、動きを止めた。

 

 

「グルル……グオオ!」

 

 

 連続してマルドゥークに爆発が襲いかかる。

 それは周囲に展開していた神機兵だった。大量の神機兵が物量の力でマルドゥークを抑え込む。その隙にブラッドは立て直し、今度こそトドメをさすために四方から襲いかかった。

 

 

「これでトドメだ!」

 

 

 ヒカルが空中からショートブレードを突き立てるのと同時に、シエルはショートブレードを振りかぶり、ナナはハンマーを叩き付け、ギルバートは槍で貫く。

 今度こそマルドゥークは倒れ、ヒカルたちも神機を降ろした。

 そしてシエルが呟く。

 

 

「やっと……仇を取れました」

 

 

 マルドゥークのせいで傷つくサテライト拠点の住民、ゴッドイーター、そしてロミオ。全ての思いを乗せた刃は遂にマルドゥークに届いた。

 

 

「まったくだぜ」

 

 

 ギルバートは地面に腰を下ろし、息を吐く。

 そこへシスイも近づいていた。

 

 

「お疲れ様、ブラッド」

「シスイさんか。そちらもお疲れ。流石は多対一において世界一と呼ばれる人だな。あの量のガルムを捌き切るなんて」

「神機兵のサポートもあったからね。まだ楽だったよ」

 

 

 シスイが神機兵の方を見ると、そちらも武装解除していた。

 恐らくフライアの中でジュリウスも安堵していることだろう。

 

 

「帰ったら、フライアに行けるように申請してみようぜ。ロミオ先輩のお見舞いに行きたいからな」

「そうですね。賛成です」

「うん。ちゃんと報告はしないとね」

「はっ……仕方ねぇな」

 

 

 こうしてサバイバル特殊ミッション『朧月の咆哮』は終結したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




面倒になって戦闘描写が雑に……
すみません


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EP38 狂気

 

 マルドゥーク討伐後、ブラッド隊は一度フライアへと戻った。黒蛛病で昏睡状態に陥っているロミオ、ジュリウスを見舞いに行ったのだ。

 極東支部に甚大な被害をもたらしたアラガミが討伐されたということもあり、アナグラも一時的に平和なムードが漂う。毎日のアラガミ討伐が無くなるわけではないが、皆が胸を撫で下ろしているのは確かだった。

 しかし、その一方、サツキは別の危機感を覚えていた。

 

 

「悪いわねシスイ君。急に呼び出したりしちゃって」

「いえ、他ならぬサツキさんのお願いですからね。それで、今日は何を?」

「ちょっとこれを見て欲しいのよ」

 

 

 シスイは話があるということでサツキに呼び出されていた。いつになく真剣な様子のサツキを見て、重大なことなのだろうと悟る。

 受け取った資料は、手早く隅々まで把握した。

 

 

「フライアのデータですか。良く調べましたね」

「いやー。ヒカル君にちょっとお願いしてね。フランさんっていうオペレーターを紹介して貰ったのよ。その伝手で色々調べることが出来たってわけ」

「黒蛛病対策で、患者への慰問、電話、メールすら規制されているのは知っていますよ。ブラッド隊がロミオやジュリウスのお見舞いに行けたのは本当に特例だってことも」

 

 

 資料にかかれていたのはフライアにおける黒蛛病に治療記録。

 だが、そこには薬の納入、治療機器の納入、医師の雇用が全く記されていなかった。資料に不備があるのではなく、データが初めから存在しないのである。

 このことから導き出される結論は一つだけだ。

 

 

「フライアで黒蛛病の治療が行われていない……ということですか、これは?」

「ええ、ジャーナリストとしてのアンテナがスキャンダルの予感を受信したわ。これは大事件だってね」

「アンテナ云々はともかく、誰の目から見ても怪しいですよこれ」

「そうなのよね。情報を教えてくれたフランさんも、フライアがキナ臭いからって極東に移ってきたみたい。榊博士が手配したそうよ。これはよっぽどね」

「僕もユノに頼まれてフライアをハッキングしたのですが、その時も治療記録は見つかりませんでした。サツキさんのお蔭で裏付けも取れましたね」

「何してるのよシスイ君……」

 

 

 サツキは呆れた目で見てくるが、これぐらいは普通だ。むしろ、この程度が出来なければ裏の世界は生きていけない。

 これでもシスイはフェンリル情報管理局の出身なのだ。

 汚い仕事もこなしてきた経験がある。

 

 

「フライアのこと、もう一度調べた方がいいかもしれませんね。サツキさんは無理をしないでください。余計なことをしていたら消されますよ?」

「あら、心配してくれるの?」

「それはそうですよ。一時期はサツキさんの家でお世話になっていましたし」

「ほうほう。恩は売っておくものね」

 

 

 サツキはそうやって冗談のように済ませているが、シスイが感謝しているのは事実だ。ネモス・ディアナに滞在していた時は、何度も彼女の世話になった。

 

 

「まぁ、そういうシスイ君も無茶したらダメよ?」

「分かっていますよ。これでも過去には命を狙われたことだってあるんですから、そういうことには敏感なつもりです。

 それに、リッカを悲しませたくはありませんので」

「相変わらず熱いわねぇ。私にもいい人がいないかしら?」

 

 

 最後はそんな冗談を交わしつつ、小さな会談を終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 一週間後、今日も第一部隊としての仕事をこなし帰投したシスイたちはアナグラのロビーへと戻ってきた。討伐対象はコンゴウ種が数体程度だったので、軽めである。最近は神機兵が活躍を見せているので、ゴッドイーターが大型種を討伐することも少なくなり始めていた。

 特務で行っている接触禁忌種討伐が重いぐらいである。

 

 

「ねぇ、シスイ隊長」

「どうしたのエリナ?」

「今日の任務はこれだけ?」

「うん。そうだね。コウタは後で実家に戻るみたいだし、エリナも好きに過ごしたらいいよ。エミールもこの後はフリーだから自由にしてもいいよ」

「はい、分かりました」

「うむ。では僕は新しい紅茶を試してみることにしよう。隊長もどうかな?」

「あー、悪いねエミール。僕は報告書を書かないといけないのと、研究の方もあるから。というか、研究が本職だし」

 

 

 最近は忘れがちだが、シスイの本業は研究だ。

 主に神機、バレットに関する研究では世界で知られるレベルであり、対アラガミ装甲壁についても深い知識を有している。これでも、シスイの父親は対アラガミ装甲壁の研究をしていたのだ。

 

 

「それでは仕方がない。今度ご馳走することにしよう」

「うん。またの機会に頼むよ。じゃあ、コウタもまたね」

「おう! 報告書頼むぜシスイ!」

 

 

 シスイは区画移動エレベータで研究棟へと向かい、自分の研究室に入る。そして大量のデバイスを立ち上げて、データ解析を始めた。

 それはペイラー榊博士から回されたデータである。

 黒蛛病に関するものであり、極東で集めるだけ集めたものだった。この手の作業が得意なシスイは、データ解析を頼まれることが多い。しかし、今回に限ってはシスイがペイラーに頼んで回して貰ったものだった。

 黒蛛病のデータを元にして、シスイが自分自身の持つ両腕の力との相互作用を計算する。

 これによって治療法を解析的に予測しようとしたのだ。

 結局のところ、黒蛛病はオラクル細胞による侵食である。赤い雨に含まれる暴走オラクルが人体へと侵入することで、あのような症状が出るのだ。

 つまり、解決策もオラクル的なものになる、と予想していた。

 

 

(フライアで黒蛛病治療が行われていない以上、僕たちで見つけないといけない。極東支部にも黒蛛病患者はまだ収容されているし、データに困ることはない。けど、やっぱり治療は難しいね)

 

 

 天才科学者と名高いペイラーですらお手上げなのが黒蛛病だ。勿論、同じく天才と呼ばれるシスイにも簡単とは思えない研究だった。

 神機研究をしているだけあって、オラクル細胞が人体に及ぼす影響についての知識はある。それを動員することで黒蛛病のプロセスを予測することは可能だ。しかし、対策となると急に難しくなる。

 そもそも、ゴッドイーターから偏食因子を取り除き、一般人へと戻すことは不可能とされている。一度定着したオラクル細胞を引き剥がすことは本当に難しいことなのだ。例え、適合していない黒蛛病のオラクル細胞であったとしても。

 

 

(ゴッドイーターみたいに偏食因子を投与したとして……いや、これでは先延ばしにしかならないね。それに制御されていない黒蛛病のオラクル細胞を偏食因子でコントロールするのはほぼ不可能だ。

 そうなると、僕が直接吸い出せるかどうか……)

 

 

 根本的な解決策にはならないが、最悪はそうするしかない。シスイが赤い雨に触れても大丈夫な理由は、オラクル細胞を意思一つで操れることに起因している。上手く利用すれば、他人の黒蛛病オラクル細胞も取り除けるかもしれない。

 しかし、現状では難しい。

 サツキから嫌な情報を聞いた以上、悠長にしているつもりはない。

 シスイはその日も遅くまで研究室に籠っていたのだった。

 決して、ラケルの好きにはさせまいと誓って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、民間チャンネルによって救援信号が出された。

 この場合の救助もゴッドイーターの仕事である。丁度空いていたブラッド隊が駆け付け、救援を出した民間人を保護した。

 だが、その保護した人物が問題だった。

 レア・クラウディウス。

 フライアで有人制御神機兵を研究している科学者であり、ラケルの姉である。

 保護されたレアは、極東支部の病室で事情聴取を受けていた。話を聞いているのはシエルとヒカル。彼女は怪我もしていたので、余り大人数で押し寄せるのは良くないという判断だった。

 

 

「一体どうしたというのですかレア先生」

「シエルはまだ私を先生と呼んでくれるのね……」

 

 

 病室のベッドに腰を下ろし、目を伏せたレアが自嘲する。

 それは、嘗てレアがシエルに対してしてしまった負い目から来るものだった。シエルがいた児童養護施設マグノリア=コンパスで、彼女は拷問にも似た英才教育を受けさせられていた。だが、レアはそれを知りつつも止めなかった。

 しかし、シエルはそのことでレアを責めようとはしない。

 

 

「いえ、先生は先生ですから」

「そう……」

「それで先生。今のフライアは一体……?」

 

 

 その問いに対して、レアは今にも泣きそうな表情で答えた。

 

 

「フライアはすっかりラケルに掌握されてしまったわ……私は研究データにもアクセスできなくなった上に、自分の管理している神機兵の権限も奪われてしまった」

「ラケル先生が……っ!?」

「私は研究者としてもパージされ、姉としても見捨てられてしまったのよ……」

 

 

 だからこそ、レアはフライアから逃げ出した。フィールドワークと偽ってフライアを抜け出し、極東支部へと逃れようとしたのである。結果としてアラガミに襲われてしまったのだが、フライアで職員から渡されたスタングレネードのお蔭で何とか生き延びることは出来た。

 恐らく、その職員もレアのやろうとしていることを見抜いていたのだろう。

 それほど、今のフライアは異常性が高かった。

 

 

「心当たりはないのかレア博士? 俺には仲の良い姉妹に見えていたんだけど」

「……ないことはないわ。でも、まさか……本当に……?」

「出来るなら教えて欲しい。何が起こっているんだ?」

「私からもお願いしますレア先生」

「…………そうね。分かったわ。少し長くなるから、ゆっくり聞いてちょうだい」

 

 

 ヒカルとシエルに言われたことで覚悟を決めたのか、決意に満ちた表情でレアは語りだす。

 それは彼女の後悔であり、贖罪だった。

 

 

「私たち姉妹はね、子供の時はあまり仲が良くなかったの。お父様似の私と、お母様似のラケル。性格もまるで対極だったわ」

 

 

 基本的に寡黙なラケルは、幼い頃から殆ど喋らなかった。逆に活発なレアは、全く喋らないラケルに対して苛立つこともしばしば。幼いが故に自分と違う部分を認めることが出来ず、よくケンカになっていた。

 その日も些細なことでレアはラケルを問い詰めていた。

 理由はレアの人形をラケルが勝手に持ち出したこと。

 だが、やはりラケルは何も話さず、レアは怒ってラケルを突き飛ばす。しかし、その場所が問題だった。階段の上で突き飛ばしてしまったので、ラケルはそのまま下まで落下したのだ。

 すぐに病院へと運び込まれたが、脊髄損傷による植物状態となる。

 

 

「お父様は何とかしてラケルを救おうとしたわ。それで昔の伝手を頼り、ラケルにある処置を施したの」

 

 

 それは偏食因子の投与だ。

 ゴッドイーターに投与されるような綺麗なものではなく、もっとアラガミに近いもの。ソーマ・シックザールへと投与されたP73偏食因子と呼ばれるモノである。

 原初の偏食因子であり、危険度は高い。

 しかし、適合すれば凄まじい代謝と治癒能力を得ることができる。それはソーマの例があるので、当時の時点で実証された事実だった。これによってラケルに治癒能力を底上げしようとしたのだ。

 

 

「事実、お蔭でラケルは意識を取り戻したわ」

 

 

 レアは目を覚ましたラケルの元へと飛んでいき、階段から突き落としてしまったとを謝った。故意ではなかったとは言え、レアも本当に悪いと思っていたからだ。

 罪悪感というより、失いかけたからこそラケルの大切さに気付いたのだろう。

 

『ラケル……ごめんなさい。私のもの……お母様から頂いた瑪瑙のカメオも、ヌガーグラッセも、あのお人形も全部上げるから……っ!』

 

 目を覚ましたラケルにそんなことを言った記憶がある。

 自分のモノを全て上げると約束した。所詮は子供時代の口約束だが、心当たりがあるとすればこれだ。

 

 

「私たちは姉妹で研究者になったわ。お父様の伝手もあったし、勉強できる環境もあった。神機兵はお父様から受け継いだ、私たち家族の結晶なの。だからこそ、ラケルと一緒に神機兵の研究に勤しんだの。

 フェンリルで働いて、研究して……泣いて笑って過ごした日々はラケルのためだったわ。

 でも、あの子にとって価値あるものは、人の営みの中に無かったのよ……」

 

 

 偏食因子を取り込んだラケルの異常性は徐々に表れ始めた。

 初めは少しおかしな子供、程度だった。

 だが、大人となり、行動範囲や出来ることが増えるとそれが目立ち始める。

 その一つがマグノリア=コンパスである。

 

 

「あなた達は楠シスイ博士を知っているかしら?」

「知っている。多対一において世界最強と言われている極東エースの一人だ」

「それに世界最高峰の科学者でもあります。私は嘗て先生役もして頂きました」

「シエルはそうだったわね」

 

 

 ヒカルもシエルもある程度は知っている。ラケルから聞いたことがあるからである。

 かつてフェンリルの実験に被験者となり、身体の一部がアラガミになっている。それ故にフェンリル本部から命を狙われた時期もあったと。

 旧姓、神崎シスイ。

 隠されたその人生はヒカルとシエルが想像した以上に壮絶だった。

 

 

「シスイ博士はお父上も研究者でね。幼い頃から才能を発揮しておられたわ。けど、事故で両親を失い、孤児になってしまった。その引き取られた先が……」

「マグノリア=コンパス、ということですね」

「その通りよ。彼はあまりに優秀だったわ。だから私たちですら教えることが殆どなかったの。シエルの教師役に任命したのも、彼の優秀さがあってこそよ」

 

 

 そこまではヒカルとシエルも知っている。

 だが、次の言葉は二人を凍り付かせた。

 

 

「そしてラケルは彼を人体実験に利用したの。プロジェクトM2と呼ばれる実験が行われ、シスイ博士はそれが原因で両腕がアラガミ化してしまったわ。

 そしてシスイ博士以外の被験者は全員が死亡。

 マグノリア=コンパスはラケルにとって、実験場でしかなかったのよ」

 

 

 M2計画によってラケルの人体実験はレアも知るところとなった。更に父親であるジェフサ・クラウディウスもラケルの所業を知ったのである。

 ラケルの児童養護施設に投資してきたジェフサは激怒した。

 彼は娘を甘やかしているから大金を投じた訳ではないのだ。富める者として、人類の未来に投資していたに過ぎない。だからこそ、ラケルの行いは許されるモノではないと考えた。

 実を言えば、両腕がアラガミ化したシスイが多少なりとも温情を与えられたのも、ジェフサが手を回したからだった。これはシスイも知らないことだが。

 

 

「この時から私はラケルのおかしさに気付き始めたわ。二種類の偏食因子を強制同時投与する人体実験に激怒したお父様は、ラケルに対して『これが人のすることか』と問い詰めたの。

 このときラケルは何て答えたと思う?」

 

 

 その問いかけにヒカルとシエルは息を呑む。

 

 

「『全ては来るべき晩餐の下ごしらえ』……と言ったのよ」

 

 

 狂っている。

 そう評するに値していた。

 

 

「お父様はラケルをフェンリルの査問会に報告しようとしたの。これは流石に見過ごせない、娘だからと甘い顔は出来ないと言っておられたわ。

 けど―――」

 

 

 その日、ジェフサはアラガミに襲われて死んでしまった……ということになっている。

 しかし、実態は違った。

 

 

「お父様を殺害したのはGod Ark Soldier tipe Zero。零號神機兵と呼んでいる試作品だったわ。あれは私とお父様で作った神機兵のプロトタイプ。まだ制御システムが未成熟だったから、巨大で獣に近い姿をしていたわ。けど、単純な戦闘能力は今の神機兵を遥かに凌ぐ……

 ラケルはいつの間にか制御を私たちから奪い取っていたのよ」

 

 

 いや、ラケルには奪い取ったという認識はないのだろう。

 結局のところ、レアの神機兵=人形を貰っただけなのだから。子供の時に約束した、『私のモノは全部上げる』という言葉通り、ラケルは神機兵(にんぎょう)を貰っただけなのだ。

 

 

「私はラケルが恐ろしい……あの子が何を考えているのかまるで分らない。何故なら―――」

 

 

 ――何故なら、既にあの子は……

 レアはその言葉を呑み込む。

 正直、信じたくはないし信じられない。垣間見えた人ならざる狂気が事実を物語っているとは言え、ラケルはレアにとって唯一の家族なのだから。

 既に、ラケルの意思がアラガミに喰われているなど……考えたくもない。

 

 

「ラケル博士は一体……」

「まさか先生が……」

 

 

 ヒカルとシエルも絶句する。

 非道な人体実験、そして父親すら躊躇いなく殺す異常性を聞いて動揺しないはずがなかった。

 しかし、ヒカルはまだショックが少なかったのか、持ち直して質問する。

 

 

「レア博士。一つだけ聞きたいことがある」

「ええ、いいわ」

「フライアでは……黒蛛病の治療と研究は行われているのか?」

 

 

 しかし、レアはその問いに対して首を横に振った。

 

 

「既に分かっているとは思うけど……フライアは神機兵を開発生産する施設よ。黒蛛病患者はその開発のために、なんらかに形で利用されているに過ぎないわ。

 ラケルと……ジュリウスによってね」

「まさかジュリウスが!」

「そんな……」

「何をしているのかは私も知らない。でも、これだけは確実よ」

 

 

 シスイ同様、ヒカルもユノから相談を受けていた。黒蛛病患者がフライアに収容されているということもあり、伝手を頼る形でブラッド隊長ヒカルにも事情を説明していたのだ。

 ある程度は予想していたとはいえ、まさか本当に治療が行われていないとは思わなかった。それどころか、神機兵の実験に利用されている可能性すらある。

 また、このことにジュリウスが加担していることも信じられない。

 何故なら、ジュリウスとロミオも黒蛛病患者なのだから。

 

 

「……分かりました。ありがとうございますレア博士」

「ああ、情報提供感謝する」

「感謝する必要はないわ。私は何もできなかったの」

 

 

 レアは唇を噛んで言葉を絞り出す。

 そしてこのことは支部長であるペイラーを始め、上層部にのみ伝えられることになった。

 勿論、すぐにユノにも知らされ、シスイも事実を確認することになるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 二日後、急なことではあったが、極秘でフライア突入作戦が組まれることになった。

 メンバーはブラッド隊及び第一部隊である。

 基本的に突入はブラッドが行い、第一部隊は撤退ルートの確保、及び護送車の護衛である。今回はフライアに収容されている黒蛛病患者の救助も含まれているので、護送車の護衛は重要だった。

 

 

「これが主な作戦だよ」

 

 

 一通りの説明を終えたペイラー榊が会議室の全員に向かって目を向ける。既にフライア内部の構造はハッキング済みであり、マップも手に入っている。黒蛛病患者が収容されている場所も分かっているので、作戦自体に穴はない。

 しかし、問題はこれが不法侵入であることだ。

 証拠の無いまま行われる作戦であるため、後付けとは言え根拠が必要になる。

 そのための別動隊も組織する予定だった。

 

 

「恐らくはジュリウス君の神機兵が邪魔をしてくるだろう。フライアには現在ゴッドイーターがいないからね。いや、正確にはジュリウス君やロミオ君はゴッドイーターなんだけど、戦線には出て来ないだろう。

 君たちは襲ってくる無数の神機兵を薙ぎ倒し、作戦を実行しなければならない。

 建前……と言うには弱いけど、葦原ユノ君を同行させることによって、抗議という形にする。仮に作戦が失敗しても、彼女がいることによってこちらのダメージを少なくする予定だ。勿論、ユノ君の強い要望があって、作戦参加となったわけだけどね。

 よって突入するブラッド諸君にはユノ君とサツキ君を護衛して貰わなければならない。

 覚悟は良いね」

 

 

 ペイラーは全員が頷いたのを見て、シスイに目を向ける。

 

 

「そしてシスイ君。君はブラッドと別に動いて貰うよ。そしてフライア内部で証拠なる情報を手に入れて欲しいんだ。一対多戦闘においては世界最強と言われる君にしか頼めない。それに、解析も得意だからね。電子的な情報も手持ちのスキルで手に入れることが出来る。

 君が適任なんだ」

「分かっていますよ博士」

「負担をかけるのは分かっている。第一部隊もコウタ君を中心に頑張って欲しい。今回の作戦は極秘に行われなければならないものだ。故にこちらも数を用意できない。これは理解してくれ」

 

 

 今回の作戦を知っているのは、ペイラーを始めとした上層部、実働部隊のブラッドと第一部隊、そしてオペレーターのヒバリとフラン、あとはユノとサツキだけである。

 神機兵という大戦力を保有するフライアを攻略するには心許ない。

 しかし、戦力の質で考えれば可能な範囲だった。

 

 

「作戦は明日、〇九〇〇より開始する。心して準備してくれたまえ」

『はい!』

 

 

 ラケルの思惑を測るためにも、作戦が実行されることになるのだった。

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。
ちょっとずつ書き進めていたんですけど、こんなに時間がかかるとは思いませんでした。

そう言えばゴッドイーター3が出るみたいですね。
ちょっと楽しみです


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EP39 フライア潜入

 

 その日、フライアでは緊急迎撃態勢が発動された。

 

 

『神機兵、自動迎撃モード起動』

 

 

 フライアに収容されている神機兵が解き放たれ、侵入者を迎撃するべく動き出す。

 

 

『防衛シークエンスに移行』

 

 

 通常はアラガミを倒すために動かされる神機兵だが、こういった拠点防衛にも利用できる。自律制御型神機兵は、対アラガミ兵器でありながら、対人兵器でもあった。

 

 

『関係者以外の立ち入りは禁止されています』

 

 

 しかし、ブラッド隊はそれでも侵入を止めない。神機で無理やりフライアの扉を破壊し、内部へと侵入した。加えて、ペイラー榊が渡したハッキングツールで扉のパスワードを強制突破し、破壊が難しい大扉も抜けていく。

 

 

『直ちに、当施設から三百メートル以上離れてください。繰り返します――』

 

 

 そしてアナウンスも虚しく、ヒカル、シエル、ナナ、ギルバート、そしてユノとサツキは黒蛛病患者が収容されている施設へと難なく乗り込んだ。

 六人は黒蛛病患者が収容されている部屋を見て言葉を失う。

 そこには、用途不明の機器に繋がれ、実験用のケースに入れられた患者が数えきれないほどいたからだ。

 

 

「ヒデェな」

 

 

 ヒカルの呟きが聞こえたのか、シエルも頷いて答える。

 

 

「はい。予想はしていましたが……まさか……」

 

 

 まるで実験動物のような扱いだと六人は感じていた。

 神機兵の輝かしい実績の裏に、このようなものが潜んでいたとなると、許せることではない。ヒカルは患者たちをすぐに開放しようとしてケースに手を触れた。

 しかし、それと同時に聞きなれた声が響く。

 

 

『待て。勝手なことは許さん』

 

 

 艦内放送で聞こえたその声に、ブラッドだけでなくユノすら反応した。

 

 

「ジュリウス……!」

 

 

 そしてギルバートの言葉に、やはりと皆が確信する。

 こちらの声も届いているのだろうと考えたシエルは、ジュリウスに問いただした。

 

 

「ジュリウス、状況の説明を求めます」

『お前たちに話すことはない。極東支部に戻れ』

 

 

 想像以上に冷たい反応だった。

 しかし、ユノは強く言い返す。

 

 

「いいえ、帰りません。このような非道は……全て明るみに出します! 極東支部、それに本部にも通告し、正式な抗議として――」

 

 

 そこまで言って、ユノは言葉に詰まる。

 彼女も思い出したのだ。ジュリウスがサテライト拠点を気にかけて、フライアに黒蛛病患者を受け入れるように計らってくれたことを。それにもかかわらず、このような事態となっていることに、悲しみを覚えたのだ。

 ユノは改めてジュリウスに問いかける。

 

 

「……サテライト拠点の人たちに一生懸命だった貴方の姿は……嘘だったんですか? ブラッドの皆や極東の人たちと一緒に頑張っていたのも嘘だったんですか?」

『……』

 

 

 泣きそうな声で言われるとジュリウスも言葉に詰まる。

 ジュリウスも理性では何が正しいか理解しているのだ。

 しかし目的のためには止まれない。既に走り出した決意は振り返ることを知らない。

 

 

『もう一度だけ警告する―――』

 

 

 だからジュリウスは敢えて非情な判断をとった。例えブラッドやユノ、極東支部と敵対することになったとしても、最後に残る楽園のために今を切り捨てると。

 

 

「ジュリウス! どうして貴方は何も言ってくれないんですか!」

 

 

 ユノの叫びに再びジュリウスは言葉を失った。

 

 

「どうして……一人で抱え込もうとするんですか……」

 

 

 それを聞いてジュリウスは観念しそうになった。ロミオのため、後の世界のために一人で何かを抱え込んでいることはバレていたらしい。

 不器用で隠し事の出来ない性格は治っていなかったようだ。

 とある部屋で画面を眺めながら、ジュリウスは天を仰いでいた。

 しかし、妥協はしない。

 ジュリウスは力強く……突き放した。

 

 

『……好きにするがいい。どうせ止められはしない。フェンリルの全戦力を使ってもな。

 警告はここまでだ。そこから先に侵入するならば、たとえ元部下であっても容赦なく打ち払う。お前たちでも命の保証はしない。以上だ』

 

 

 そこまで言い切り、ジュリウスはアナウンスを切った。

 画面には、涙を流すユノと、それを気遣うブラッド、サツキの姿が映し出されている。ジュリウスは、もう二度とあの中に戻れないだろうと悟り、少しの後悔を感じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じくフライアに単独潜入したシスイは、研究棟で資料を探っていた。

 データの資料だけでなく、紙の資料も一つずつ確認していくのは結構大変だ。しかし、ブラッド隊が陽動として暴れている間に、シスイは任務をこなさなければならない。そうでないと、避難した研究員が戻ってきてしまうからだ。

 時間は無駄に出来ない。

 

 

「今頃、ユノとサツキさんも黒蛛病患者を救出しているかな……」

 

 

 研究棟と神機兵保管庫は近いので、偶に轟音が聞こえる。ブラッド隊が神機兵を相手に戦っているのだろうと予想できた。

 

 

「しかし予想以上にデータが少ないね」

 

 

 神機兵について基本的なデータは幾らかある。しかし、コアとなる部分や、ラケルの計画に関するものと思しき資料は一つも見つからなかった。

 

 

「となると、やっぱりラケルの研究室か実験室になるか」

 

 

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。

 そんな言葉もある。ラケルに見つからないようコソコソと動くだけでは欲しいデータも集まらない。そう考えたシスイは、移動を開始した。

 目的はラケルに会うこと。

 あの気味悪い女ならば、シスイを待ち構えているぐらいやりそうなので緊張する。

 シスイは予め頭に入れておいた研究棟マップを参考に歩いていき、まずはラケルの研究室へと向かうことにした。道中は誰にも会うことなく進んでいき、目的地へと到着する。

 

 

「ここか……」

 

 

 シスイはノックをしそうになったが、踏みとどまってそのまま扉を開けた。中を覗いてみると、誰もいないことに気付く。

 

 

「まぁ、都合は良いかな」

 

 

 シスイは研究室に入り、画面や紙の資料を漁り始めた。

 

 

(ジュリウスの『統制』を利用した神機兵制御、加えて黒蛛病因子の利用法ね。それで黒蛛病患者をフライアに受け入れていたってわけか)

 

 

 資料を探れば、すぐに状況は把握できた。

 つまり、黒蛛病因子を利用して感応現象を引き起こし、ジュリウスの『統制』による制御で神機兵を操る計画だ。ジュリウスが黒蛛病に感染したことで可能となった試みである。

 そして黒蛛病因子を安定的に抽出するため、黒蛛病患者は利用されているのだ。

 

 

(黒蛛病因子の抽出か……上手くやれば治療も可能できる……?)

 

 

 だが、シスイはすぐに首を振った。

 

 

(いや、あの女がそんな目的を持っているとは思えないね)

 

 

 ラケル・クラウディウスの本質を知っているが故に、シスイはそう考えた。そして再びモニターへと視線を移し、調べ物を続ける。

 しかし、唐突に背後から声を掛けられた。

 

 

『あら? 懐かしい顔ね』

「っ!」

 

 

 驚いてシスイが振り返ると、そこには車椅子に乗ったラケルがいた。いや、その身体は半透明に透けているので、ホログラムによる投影なのだろう。

 

 

「久しぶりですね。ラケル・クラウディウス」

『ええ、久しぶりですシスイ』

「何か用ですか?」

『うふふ……女性の部屋を探っておいて、それはないでしょう』

 

 

 一理ある……が、ラケルにそんなことを気にする感性があるとは思えない。

 シスイは無視して問いただした。

 

 

「神機兵制御に黒蛛病患者の利用……ジュリウスまで使って何が目的ですか?」

『やがて来る、晩餐の日の下拵えです』

「晩餐の日というのは?」

 

 

 シスイがそう聞き返すと、ラケルは笑みを深めて嬉しそうに答えた。

 

 

『運命によって決められた終末。人というバグが外した歯車を嵌め直すのが私の役目』

「……終末捕食」

『よく知っていますね。ペイラー榊博士が提唱し、三年前には実際に起こった終焉。しかし、それは月へと行ってしまいました』

「そうらしいですね」

 

 

 その時はシスイも極東から離れていたので、詳細は知らない。あらましをコウタなどから聞いているだけだ。

 しかし、三年前に終末捕食の特異点……シオは月へと行ってしまった。

 地球は特異点を失っており、終末捕食が完成する条件は満たせない。

 

 

「ラケル・クラウディウス……お前は特異点を人工的に完成させるつもりか?」

『ええ、そうですよ』

「……」

 

 

 半分冗談のつもりで聞いたのだが、事実のようだ。

 ラケルは意味深なことを口にする一方、嘘や冗談は全くと言ってよいほど言わない。これも事実なのだろうと確信していた。

 そんな衝撃を受けるシスイをよそに、ラケルは更に爆弾とも言える事情を投下する。

 

 

『そんなに驚くこともないでしょう? なぜならシスイ、貴方も特異点候補だったのですから』

「何……?」

 

 

 耳を疑うシスイに対して、ラケルはそのまま言葉を続けた。

 

 

『全ての偏食因子を受け入れる神に選ばれた子、ジュリウスが第一候補。そして実験により全ての偏食因子に耐性を得たリヴィが第二候補。シスイ、貴方は人工的に特異点を作り出す実験のプロトタイプ。複数の偏食因子を宿すことを目的としてM2プロジェクトは実行された』

「あれは二種類の神機を同時に操ることを目的とした実験だったのでは?」

『表向きは……ね。真の狙いは別にあるということよ』

「……つまり、M2プロジェクトで得たデータをもとにリヴィを作ったと?」

『ええ、その通り。でも――』

 

 

 ラケルはここの底から笑みを浮かべて告げた。

 

 

『――貴方とリヴィは保険ね』

 

 

 そう、ラケルにとってシスイとリヴィはジュリウスが順調に育たなかった時の保険だった。本命であるジュリウスが特異点になり得ると確信した時点で、すでにシスイとリヴィは用済み。

 だから廃棄した。

 

 

『でも、保険の貴方たちが本命(ジュリウス)に牙を剥くなら、容赦しないわ』

「……それはこちらのセリフですね」

『ふふ……勇ましいわ』

 

 

 その言葉と同時に、ピコンッという音がモニターからした。シスイがモニターに目を向けると、神機兵専用実験室までのルートが立体図で表されている。

 

 

『そこまで来なさい。歓迎してあげましょう』

「なら、是非とも歓迎にあずかりましょう」

 

 

 シスイの返事に満足したのか、ラケルのホログラムが消失する。

 再びモニターでルートを確認した後、シスイは動き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神機兵保管庫の近くで、ブラッド隊は周囲を警戒していた。

 

 

「終わったか?」

「そのようだな」

 

 

 ヒカルの言葉にギルバートが答える。

 ジュリウスの命令で襲いかかってきた神機兵は全て撃退に成功した。中型種を狩れる実力がある神機兵を何体も相手にするのは骨だったが、ブラッドは問題なく生き残った。

 そこでシエルが代表して通信する。

 

 

「ブラッド、神機兵を撃破しました。黒蛛病患者の収容所に戻り、保護部隊の援護に回ります」

『了解です。黒蛛病の運び出しも間もなく終了します。ブラッドの皆さんも急いで向かってください』

 

 

 ヒバリからの指示は皆聞こえたのだろう。ヒカルが頷き、他の三人も無言で応える。四人は元来た道を戻って、ユノとサツキが動いている収容所に向かった。

 その道中で、ふとギルバートが声を漏らす。

 

 

「ジュリウスの奴……本気で殺しに来てたな」

 

 

 それは神機兵の動きを見れば明らかだった。確実に人間の急所を狙い、殺害の意思を持って神機兵を動かしていた。それが分からない彼らではない。

 もう、ブラッド隊長のジュリウスはいないのだと言われているような気がした。

 

 

「関係ないな」

 

 

 しかし、ヒカルは力強くそう告げる。

 

 

「ジュリウスは間違っている。だったら俺たちが正してやるまでだ。それに、ロミオだって取り戻さないといけない。嘆いている暇なんてない」

「隊長……」

「俺たちブラッドの絆はこんなことで消えたりしない。ジュリウスは連れ戻すし、ロミオも絶対助け出してやる」

 

 

 皆も無言で頷き、ヒカルに同意する。

 シエルも、ナナも、ギルバートも、皆ヒカルに助けられたものばかりだ。だからこそ、ヒカルの言葉は信用できる。

 壊れた神機兵の部品が散らばる通路を駆け抜け、四人は収容所へと戻った。

 そこでは、ユノとサツキ、そして保護部隊が次々と黒蛛病患者を運び出しているのが見える。感染しないように保護部隊は専用の全身装備を使っていた。

 

 

「ユノ! ブラッドの皆さんが戻って来たみたいよ」

「あ、ヒカルさん! 無事だったんですね」

「なんとか。そっちも順調みたいだな」

 

 

 合流したヒカルたちは周囲を警戒することに決める。フライア内部アラガミの心配をする必要はないだろうが、神機兵がまた襲ってくるかもしれないのだ。

 あれからジュリウスは何も語って来ないので、その不気味さもある。

 

 

『こちら保護部隊。退避は完了した。患者はいつでも連れ出せる』

「よし、ならとっとと逃げますよー」

 

 

 収容所から連れ出した患者は車へと運び込まれ、第一部隊に警護されている。サツキはその連絡を聞いてすぐに脱出しようとした。

 

 

「逃げるわよユノ! ブラッドの皆さんも早く」

「待ってサツキ! まだ一人いる!」

 

 

 しかし、念のために一つ一つの収容ケースを確認しているユノが残された患者を見つけてしまった。慌てて駆け寄り確かめると、それはアスナという少女であることが分かった。

 

 

「アスナちゃん!?」

「くっ……なんでこの子だけ残されているのよ! 誰か一人だけ戻ってきて!」

 

 

 サツキが慌てて通信で保護部隊のを一人呼び戻す。黒蛛病は接触感染するので、ユノやサツキ、ブラッド隊メンバーが運ぶわけにはいかない。

 この時間がもどかしかった。

 そして、この隙を狙っていたかのように神機兵が現れる。

 

 

『グオオオオオオオオ……』

 

 

 唸り声を上げて出現した神機兵は六体。

 慌ててヒカルが命令を下した。

 

 

「二人を守るぞ! 最低でも時間稼ぎだ!」

 

 

 ブラッドが四人に対して神機兵は六体。

 これでは一人が一体より多く相手にしなければならない。

 

 

「うおおおおおおお!」

 

 

 素早いヒカルがスタミナの限り動き回って神機兵を切りつける。出来るだけヘイトを集め、ユノとサツキの方へと向かないようにしたのだ。

 だが、所詮はショートブレードによる攻撃。

 大剣型神機兵の一体が、ヒカルを無視してアスナの側に立つユノに迫ろうとする。シエル、ナナ、ギルバートは別の神機兵を相手にして気づいておらず、気付いたとしても間に合いそうにない。

 

 

「させるかあああああああ!」

 

 

 唯一気付いたヒカルは、手に持った神機を投げた。

 バスターブレードを振り上げた神機兵の腰にヒカルの神機が突き刺さり、一瞬だけ止まる。その間に、ユノはアスナを抱えて避けた。

 

 

「グオオオオオオオオ!」

 

 

 その直後、再び動き出した神機兵がバスターブレードを振り下ろす。アスナが眠っていたケースはバラバラに砕かれた。後一瞬でも遅ければ、手遅れになっていたことだろう。

 いや、ユノが素手のままアスナに触れてしまった時点で手遅れだが。

 

 

「ユノ!」

「だめサツキ! 黒蛛病が感染しているかもしれないから触らないで!」

 

 

 サツキは伸ばした手を引き戻す。

 それに、まだ神機兵は止まったわけではないのだ。とにかく逃げなければならない。

 

 

「このまま脱出しますよ! ブラッドの皆さんは殿(しんがり)をお願いします!」

 

 

 ユノがアスナに触れてしまったのなら、もう保護部隊を待つ必要はない。このまま脱出する方が速いので、神機兵はヒカルたちに任せることにした。

 更にサツキはシスイへと通信を繋ぐ。

 

 

「シスイ君! 今出られる!?」

『どうかしましたかサツキさん』

「ユノが黒蛛病に感染したかもしれない! 耐性のあるシスイ君に来て欲しいの!」

 

 

 黒蛛病患者に触れても感染しないシスイならば、ユノの助けになる。そう考えて呼び出した。

 しかし、シスイからの返答は否定の言葉だった。

 

 

『すみませんが今は無理です』

「ちょっと! もうすぐ脱出よ! どちらにしろ戻ってきなさい!」

『すぐに戻るので先に行ってください』

 

 

 その言葉を最後に通信が切れる。

 サツキは苛立ちを感じたが、シスイは無駄なことをしない性格だと理解していたので、踏みとどまった。戻ってくるのが難しいほどの重要なことがあるのだろうと考えたからだ。

 

 

「ったく……仕方ないわね! 行くわよユノ!」

「うん。ブラッドの皆もお願い」

「任せろユノ!」

「こっちは心配しないでください」

「ユノちゃんたちは早く脱出してね~」

「さっさとぶちのめして追いつく」

 

 

 ブラッドが神機兵六体を押さえつけている間に、二人は脱出を図ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サツキさんには悪いことをしたね。それにしても……ユノも感染か……」

 

 

 通信を切ったシスイは、既に神機兵専用実験室の前までやってきていた。電子ロックで閉じられているハズの実験室は、丁寧にも開錠されている。

 まるでシスイを誘っているかのようだった。

 

 

「急がないとね」

 

 

 シスイは扉の前に立つ。すると自動で開かれたので、躊躇いなく中へと入った。

 実験室の内部は神機兵専用だけあって非常に広い。シスイでもよく分からない機械が配置され、神機兵のパーツも転がっている。

 そして黒蛛病患者を利用した実験にでも使ったのだろう。ベッドも幾らかあった。

 周囲を見渡しつつ実験室の中央まで来ると、その奥に一つのケースがあることを確認する。それは黒蛛病患者を収容する専用のものであり、収容所では大量に並んでいた。

 

 

「あれは……」

 

 

 シスイが目を凝らすと、中にはロミオが眠っていた。

 なぜ、実験室にロミオがいるのか疑問に感じるものの、その思考を遮るかのようにラケルの声が聞こえ始める。

 

 

『ようこそシスイ』

「ここはなんですか?」

『黒蛛病を研究する場所。正確には、黒蛛病因子と神機兵、そしてブラッドの因子を総合的に実験する専用の実験場よ』

「ロミオも利用していた、ということですか」

『いいえ。ロミオはジュリウスを完成させるための舞台装置、そして枷』

 

 

 本来なら、ロミオの役目は終わっているハズだった。

 ラケルはそのつもりで計画していたのだから。しかし、シスイの活躍によってロミオは一命をとりとめてしまう。計画に修正を加え、ジュリウスを次のステージへと進める上に、その枷として活用することに決めた。

 

 

「ジュリウスの特異点化……そのためにロミオが必要だった?」

『ええ。彼の役目は王に奉げられる贄。そしてジュリウスが完成しようとしている今、もはや不要ね』

 

 

 ラケルがそう言った瞬間、実験室の奥にある大扉が開く。

 そこから、赤い装甲を持つ神機兵が出現した。

 

 

『よくできているでしょう? 神機兵にノヴァの因子を注入してみたの』

「ノヴァ……そんなもの一体どこで。ノヴァの素材は極東支部が厳重に管理しているハズ……」

『フェンリルの闇を甘く見過ぎよシスイ』

 

 

 まるで子供を諭すようにラケルが告げる。

 かつて極東を襲ったアリウス・ノーヴァの脅威を二度と再現しないため、極東ではノヴァの因子を厳重に管理していた。決して外部に漏れださないよう、廃棄核燃料よりも厳重な処理が行われていたハズである。

 それが持ちだされ、あまつさえラケルに利用されているというのはシスイにとって見逃せるものではなかった。

 

 

『ふふふ。ノヴァ因子の処理、そしてロミオ……どちらも見逃せないでしょう?』

 

 

 これがラケルの狙い。

 シスイを始末するために、二つの枷を用意した。

 ノヴァ神機兵はロミオを始末するために襲ってくる。そしてシスイはロミオを守りながら、ノヴァ神機兵を処理しなければならない。

 最悪の状況で戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです
最近寒いですね。皆さんも体調には気を付けてください。


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