グッドモーニング,オーバーロード (びこーず)
しおりを挟む

第一章 ナザリックの王 ナザリックへの招待状

初投稿にて失礼します。


以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・さーくるぷりんと 様

ご報告いただきありがとうございます。

◆突然ですがこの度42話以降の更新を物語の完成まで非公開とさせていただきたく存じます。
更新を楽しみにして下さっている皆様におかれましては大変ご迷惑をおかけいたしますが、自身で現状の執筆に納得がいっておらず、よりよい作品としてお見せするための処置でありましてなにとぞご理解をお願い申し上げます。詳しい理由や今後に関しては私の活動報告をご覧下さい。


<ようこそユグドラシルへ>

久しぶりのログイン画面を見ながら、感覚を取り戻すために辺りを見渡すように首を回す。
質素なレンガ造りの室内に暖炉が一つ。現実の時節が冬なのでタイマーに連動した暖炉からは炎のエフェクトが見える。
目の前にはマホガニーの事務机に整理された紙束。羽ペンに黒インク。部屋の反対側には地下倉庫へ続く扉がある。
彼が事務所として設定した殺風景な部屋は一年の経過を思わせること無くひっそりと佇んでいた。
「ただいま戻ったぞ、仮初の我が家よー!」
椅子に座ったまま伸びを一つ。思いっきり体をそらして背もたれを軋ませる。自分の腕と天井を経由して世界が反転する。
その時世界の上方から黒髪の頭があらわれる。
主人の背後に佇む黒髪の少女は逆さまの主人と目が合うと定型文と笑顔のモーションを返した。
「おかえりなさいませ。ゼッド様。」
ゼッドは驚いて目を丸くするが、声の主を思い出す。
「おぅ。ただいま、花子。」
椅子から仰向けのままゼッドはにこやかに挨拶を返す。
黒髪のお団子が二つ、茶色の瞳をしたメイド服NPC、花子は動かない。微笑をたたえたまま固定されている。
ユグドラシルのNPCはこだわればある程度の返答やモーションを追加できる。しかしゼッドこと秋山昇はプログラムに関する知識が薄く、作り込むことに興味がなかった。
「あの変態集団なら喜々として色々作ってくれるんだろうが・・・却下。どんな置き土産があるかわかったもんじゃないしな。」
そう独白してゼッドは悪役ロールに徹する盟友(愛すべき馬鹿)たちを思い出した。
「最後くらい誰か来てると良いんだがな。」

ユグドラシル最終日を秋山はモモンガからのメールで知ることになった。
その文面からは彼の控えめで、かつユグドラシルへの拘りを感じさせるものであった。ナザリックに来ませんか。と。
彼はまだあの巨大な本拠地を維持するためにユグドラシルに入り浸っている。かつてのメンバーが集まる事を信じて。
同じギルド長としてその気持は理解できるが、自身の夢はゲームにはない。彼はそこが違ったのだろう。
ゼッドは頭を軽く振ると出席の準備のため、机の引き出しから一本のマイクを取り出す。
それは本来短杖という武器であるが、サイズや外装をいじった結果限りなくマイクに近い形状に仕立てたギルド武器。
ギルド“ジェットストリーム”の証である“グッドモーニング,ユグドラシル”
金色のマイクの持ち手にはジェットストリームのギルドサインである、交差するマイクの紋章と、同盟ギルド“アインズ・ウール・ゴウン”の紋章が刻まれており、ジェットストリームとアインズ・ウール・ゴウンの関係を唯一証明するものであった。
そのマイクを懐に入れ、ジャケットやスラックスを確認すると蝶ネクタイを装備する。鏡を見ればモノトーンのジャケット、スラックスに身を包んだ中年の紳士が、愛嬌のある笑みを浮かべていた。
彼がアバターのモデルとしたのは昔の映画俳優。美形と言うには丸顔で、鼻も若干大きい。しかし優しげな目元と少し膨らんだ頬には老若男女問わず好印象を持たせる穏やかな雰囲気があった。
「さて、最終回に付き合いますか。」
ギルド武器によって転移可能になった“ナザリック”にカーソルを合わせると視界が一瞬暗転する。

「ようこそゼッドさん。こんな時間に来ていただいてありがとうございます。」
視界がクリアになる前にゼッドに話しかける声がする。
ゼッドが見渡すと空席ばかりの巨大な円卓に一人だけ腰掛けている存在に気づく。漆黒のローブに包まれた骸骨であるモモンガだ。
「お邪魔しますモモンガさん。円卓の間に来るのも密約以来ですね。」
ゼッドは広く豪奢な部屋を見渡し、改めて彼らの尋常でない作り込みに感嘆するとともに少し呆れる。
「ええ、ゼッドさんとは表面上関われませんでしたしね。」
モモンガは円卓の一席をすすめる。席を覚えていないだろうゼッドへの配慮だ。ゼッドは相変わらず気配りの行き届く彼に感謝のアイコンを浮かべながら着席する。それはナンバリングされていない彼専用の席であった。
「まぁ俺のギルドはナザリックの秘密諜報機関ですからね。」
ゼッドはそう言いながら。昔を振り返る。モモンガもその話題を望んでいるように思えた。
「最後までバレなかったのはやっぱりゼッドさんの手腕のおかげです。色々助かりましたよ、情報はもちろん偶には敵性ギルドの同士討ちを誘発したり・・・大侵攻の時もゼッドさんの情報で細かい対策を作らなかったらどうなっていたか。」
「いや、連合を許した時点で私のミスでした。7階層まで抜かれたと聞いたときは流石にビビりましたよ。」
彼らの話す大侵攻はアインズ・ウール・ゴウン結成以来の危機であり、ユグドラシルでも前代未聞の大騒動であった。ゼッドは分断工作を進めたがあまりに数が多く、侵攻側の勝算が高いと噂されたため、予定の三割ほどしか相手兵力を削ることはできなかった。
その結果1500人ものプレイヤーがナザリックへ侵攻。サーバーが悲鳴を上げる中、侵攻勢力は8階層で全滅。アインズ・ウール・ゴウンの悪名と伝説が全ユーザーに再び轟く事件となった。
「思えばあの時が最盛期だったかもしれませんね。」
モモンガは声のトーンを落とし、今日が終了日であることを思い出していた。
「・・・あー!ダメだ!俺は湿っぽいのがニガテなの、モモンガさん知ってるでしょ?こんな終わり方じゃ悪の結社アインズ・ウール・ゴウンの名が泣きますよ。・・・そこで!」
ゼッドは円卓に片足をかけて立ち上がり、壁に収まった見事な杖を指差す。
「アレを持って玉座に行きましょう!NPCも全部集めて大演説をするんです。俺、ムービーにとって流しますから。」
呆気にとられたモモンガだったが、有終の美を飾るという意味でもそういった馬鹿騒ぎは嫌いではなかったし、アインズ・ウール・ゴウンらしいとも思えた。
「えぇ~、アドリブですか?恥ずかしいな・・・でもオラわくわくしてきたぞ!」
「よし!時間もないですし、すぐやろうそうしよう!」
二人は笑いながら準備を始める。モモンガは主だったNPCを玉座の間に整列させ、ギルド武器“スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン”を取り出した。ゼッドは不可知化のマントを羽織ると撮影用のメガネ型アイテムをチェックする。
このメガネ型のアイテムは着用者の視界を録画し、スクロールに記録するアイテムで、ゼッドのギルドオリジナルの装備である。
大まかな打ち合わせを済ませるとゼッドは玉座の間に侵入し、扉側の天井近くに架かっている梁に腰掛けて全体を確認した。ナザリックのNPCが整列する様は壮観の一言であり、異業種動物園とも言えるバリエーションの豊富さであった。そのどれもが跪き、忠誠の姿勢を取っている。
モモンガとゼッドは声を出さないようにチャットでタイミングを図る
『いや、まさに壮観。魔王のラストシーンはやはりこうじゃないと。』
『勝手なこと言って、結構緊張してるんですよ?』
『まぁまぁ、有終の美を飾ると思って。』
『なんか上手く乗せられたような・・・まぁいいや、行きますね。』

ゼッドが録画を始めると間もなく転移魔法で魔王モモンガが姿をあらわす。
玉座を背にして全てのNPCを見つめると、鈴木悟のできる一番貫禄があるだろう声を張った。
「面をあげよ。」
このコマンドでNPCの顔が一斉に上がる。モモンガは内心動揺し、スタッフのエフェクトを間違えて発動させたりしていた。
「ナザリックの精鋭たちよ、間もなくユグドラシルの崩壊が始まる。それに伴い我々もどうなるかわからない。」
言葉を切って支配者の貫禄を表現するとともにスタッフで床を突く。
「しかし!我々、アインズ・ウール・ゴウンは不滅であり、何があろうとアインズ・ウール・ゴウンに敗北は無い!周りに伝説があればそれを塗り替え、英雄がいればそれを超える英雄になる。全ての世界に、アインズ・ウール・ゴウンこそが至高であると刻みつけるのだ!」
言い切ったモモンガは即興で考えた渾身の支配者ポーズ(ただ両手を広げるだけ)をした上で宣言する。

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」

当然のように下僕たちが唱和した。
「「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」」

「ん?」
「ん?」
二人はそのまま固まった。

目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

この素晴らしき世界

・前回のあらすじ
アインズ・ウール・ゴウンと秘密の同盟関係にあったジェットストリームのゼッドは最終日にナザリックを訪れて、最後のイタズラを持ちかける。
玉座の間で演説をした瞬間、動くはずのないNPCから歓声が上がる。

以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・yajiro 様
・さーくるぷりんと 様

ご報告いただきありがとうございます。


「ん?」

ゼッドの不幸は立ち位置にあった。
彼から見た下僕は後ろ姿であり、表情までは確認できなかったのだ。
つまり大勢の唱和もNPCの音声を追加したモモンガのアドリブであると解釈した。
もともとこういうギルドだったのだ。どんなに作り込まれていても驚きはない。
彼はモモンガにこう話しかけるつもりで口を開こうとした。
『お見事!素晴らしいアドリブでしたが、すいません。知らなかったんで録画してなかったです。』と。

「ん?」
モモンガの困惑はより大きかった。
正面から捉えたモモンガはNPCが口を動かして声を出しているところを目撃していた。
そんなギミックはナザリックはおろかユグドラシルに存在しない。
さらに彼らの目に驚愕した。こちらに熱い視線を向け、目に涙すら浮かべている下僕もいる。
涙を流すギミックはあるがこんなに“リアル”ではない。
モモンガはとっさに言葉を出すことができなかった。

結果としてゼッドが先に立ち上がり不可知化を解いてしまった。

解除の瞬間に気が付いたのはアルベド、シャルティア、アウラであったが、至高の御方に見とれて数瞬遅れた。一番最初に行動したのはコキュートスとセバスであった。
コキュートスは即座に跳躍すると侵入者とモモンガの射線上に躍り出てモモンガを庇う姿勢を取る。式典に武器を持って入るべきではないと判断した為丸腰のコキュートスは攻撃をセバスに任せて主人の盾になることを選択した。
一方セバスはモンクであり、素手でも十分に対応可能と判断。一直線に走り侵入者の方へ飛び込んでいった。
遅れてアルベドがモモンガの前に走りスキルによる防御を用意。
シャルティア、アウラ、マーレ、デミウルゴスはセバスに続いて追撃の体制を整えた。
この間僅か数ミリ秒。

「お見ごギャン!!」
予想もしていなかったセバスのタックルを受け、ゼッドは扉上の壁面に背中から激突した。
強烈な痛みが背中を走る。何が起きているのかを確認するために目を見開くと、髭を生やした屈強な執事が両拳を併せてゼッドの頭上に振り下ろす瞬間が見えた。
とっさに首を右に振ったが、拳はそのまま左肩に直撃し床へ吹き飛ばされた。
受け身も取れず、仰向けで床にぶつかったゼッドだったが不思議と意識ははっきりとしている。更に思っていたより痛くない。何か肉体がうねって衝撃を吸収しているように感じられた。
倒れたまま目だけを横にやると、赤い瞳を血走らせた少女が突っ込んでくるのが見えた。
シャルティアは焦りと怒りでどうにかなりそうだった。この玉座の間に現れたのであれば間違いなく自分の守護領域を突破しているということ。感知に重点を置いた自分の守護領域を通過されたとあれば間違いなく主人に失望される焦り。さらに緊急事態において最初に前に出るべき前衛がセバスに遅れを取ったという自分への怒り。
せめて自分の手で元凶を取り除くしか方法は無いと悟り、爪を振りかぶる。
その瞬間、背後から死の突風が吹き荒れた。ゾクリとシャルティアの動くはずのない心臓が締め付けられる。他の下僕もとっさに動くことができなくなる程の質量を伴っているような濃厚な気配。
「皆動くな!止まれ!」
放たれた言葉は死の気配と共に臣下達の全身を貫いた。

一瞬の静寂、誰も動くことができない。シャルティアの爪はゼッドの首筋でピタリと止まる。
アルベドはその気配の至近にあって膝をつくことはなかったが、全身は震え振り返ることさえできない。
「その男に触れるな。全員武装と戦闘態勢解除。」
そう言われた瞬間、全ての下僕は即座に膝をつき、頭を垂れた。
それを確認したのか、恐ろしい気配は鳴りを潜めた。
気配が遠のいてなお、生きている実感を得るにはしばらくの時間がかかるのだった。

『っっっぶねぇー!!』
しかし一番生きている心地がしなかったのはモモンガであった。
『え、何?警備のコマンドは解いて従属のポーズ固定だったはずなのになんで動いてんの?』
率直な疑問が口をついて出る。
「何故動いた。」

その瞬間デミウルゴスやアルベドは言葉の意味が理解できなかったが、主人の意向に背いたことだけは理解していた。
「お許し下さいモモンガ様!突然の侵入者に我々はモモンガ様をお守りしようと動いたのでございます!私の至らぬ点があったものと存じますが・・・申し訳ございません!」
「モモンガ様!防衛指揮官はこの私でございます。守備等に問題がありましたら私を罰してください!」
「デミウルゴス、おだまりなさい!下僕の不祥事は守護者統括たる私にこそ罪がございます!」


『NPCが会話してるぅー!』
絶叫を上げそうになるモモンガだが、次の瞬間に激情はなくなり冷淡に分析する気持ちになる。
『待て、まずは僕とゼッドさんの安全の確保だ。会話ができる以上確認しながらゼッドさんを助ける。』
「まず聞こう。私を知らない者はこの場にいるか。」
アルベドは顔を伏せたまま答える。
「ここに集いしはナザリックでも精兵、主人たるモモンガ様を見間違える者等ございません。」
「では皆、私を信頼しているのだな?」
信頼という言葉に反応したアルベドは即答する。
「当然でございます。ここに忠誠心の欠如したものはおりません。」
モモンガは一旦溜めを作り、言葉を慎重に紡ぐ。
「では私はお前たちを信じよう。お前たちも私を信じた上で聞いてくれ。まずは咄嗟の判断で私を護衛しようとした守護者各位、非の打ち所のない対処。見事であった。」
周囲から安堵の声が聴こえる。
『<伝達> ゼッドさん!聞こえてますか!?』
『うー、頭痛いし腰痛い。』
『すみません。起き上がれますか?』
『大丈夫、なんでか案外痛くない。』
モモンガは確認した後、倒れている男を指差す。
「次に、心配するな。彼は敵ではない、私の仲間だ。」
その瞬間に下僕の緊張はピークに達した。至高の御方の仲間を攻撃した自分たちが無罪であるはずはないと確信したからである。
デミウルゴスもこの時ばかりは冷静でいられず、あえぐように言葉を吐いた。
「我々は至高の御方に・・・攻撃してしまった・・・と?」
全員の思い詰めた雰囲気にモモンガは即座に答える。
「仲間と言ってもお前たちが知らないのは当然で、所属もアインズ・ウール・ゴウンではない。彼の紹介を先にしておこう。ゼッドさん、こちらへ。」
声をかけられてゼッドは起き上がると、困惑の目線を受けながらモモンガの横にならぶ。
「彼はゼッド。ギルド“ジェットストリーム”のギルド長である。彼らはアインズ・ウール・ゴウンと密約を交わした秘密の同盟ギルドであり、対情報戦と錬金、及びエンチャントのスペシャリスト集団だ。」
守護者統括のアルベドすら聞いたことがなかったため、咄嗟に顔を上げてゼッドを注視する。
「彼らは高品質な武具等を売り歩きながら各ギルドの情報を集め、アインズ・ウール・ゴウンへ流していた。アインズ・ウール・ゴウンは周りからひどく敵視されていたため、情報も限られていたのだ。ギルド“ジェットストリーム”との関係は古く、アインズ・ウール・ゴウン結成直後から密約はかわされていた。」
自分たちよりも以前からアインズ・ウール・ゴウンと関係があったと知り守護者達は驚愕する。この者はそんなに有能なのか。その疑問が頭をめぐる。
「ゼッドさんの活躍は数多あるが、お前たちも記憶しているかもしれないあの大侵攻に先立って侵攻側の勢力を分断し続け、侵攻に参加するプレイヤーを減らしたのがゼッドさんだ。
彼の協力がなければあれに加えて強力なギルドが参加し、おそらくナザリック崩壊には至らずとも玉座の間での戦闘になったかもしれないのだ。」
デミウルゴスはその時話の流れから数手先を考え、一つの結論に至った。
「恐れながらモモンガ様。つまりモモンガ様は今回のユグドラシル崩壊に先立ってゼッド様を安全なナザリックに呼び寄せつつ、ゼッド様に協力いただき我々の警備体制と忠誠を変化直後にテストなさった、というわけですね?」

『うむ、本当はただおふざけの映像が撮りたかっただけだけどな!!』
モモンガの中の鈴木悟は絶叫しつつ当たり障りのない返答を探す。
「概ね正解だ、デミウルゴス。試したようで悪いが、これも必要なことだと理解してくれ。」
デミウルゴスは“概ね”の中にどれだけの智謀があるのかと畏怖しながら、危険を犯してまでモモンガのために忠誠を試すゼッドに尊敬の念を抱いた。
しかし、守護者統括であるアルベドにとってはどうしても質問しなければならない項目があった。
「私からもご質問よろしいでしょうか?」
「アルベド、許可しよう。」
「ゼッド様はナザリックにおいてどのようなお立場と考えればよろしいでしょうか。また、モモンガ様は警備体制にご満足とのことでしたが、各階層守護者から侵入者の報告は入っておりません。警備体制強化のため、差し支えなければどのような手段をおとりになったのでしょうか。」

『ここまでの会話において他はともかく守護者に敵意は見られないし、会話の意味を理解しているように見える。ゼッドさんの立場か~相談相手として常にいてもらいたいしなー』
モモンガは隣のゼッドを少し伺うとゼッドも何かしら考え込んでいる様子だった。
「うむ、ゼッドさんは私と同じギルド長である。私と彼の関係は対等なものと考えよ。また、ゼッドさんはこちらが込めたギルド武器の効果で直接9階層に転移可能となっている。なので各階層で感知できなかったことに関しては当然であり責めるつもりはない。」
ここまでモモンガの話を横で聞いていたゼッドだったが、アルベドの目を見ると明らかにこちらを睨んでいる。つまりモモンガと同格ということに不満があるのだろう。
「モモンガ殿、私の扱いについてだが、アインズ・ウール・ゴウンに新規加入のプレイヤーとしてモモンガ殿の下ということにして頂きたい。」
「・・・突然どうされたのです?ゼッドさん。」
「モモンガ殿、地上の状況が変わったのです。部下の話ではナザリックの表層一キロ四方が草原になっており、私のギルド近くにあった別のギルド拠点も、私の拠点自体も消失している、とのことです。」
「なに?」
下僕達は混乱するばかりだが、デミウルゴスとアルベドはゼッドにこそ驚愕した。
周囲の変化が不明で危険な偵察任務にいち早く下僕を使い、更に短時間で結果を残していく。
まさに情報戦に特化したスペシャリストであり、下僕を失うリスクを考えてもナザリックに情報をもたらす方を優先した彼を、もはや至高の御方々と同列に考えるしか無いと確信していた。

『どうしたんです?』
『いや、私のNPCが急に<伝達>で喚くものだから事情を聞いたらこういうことになってました。』
『えっと、私よりも立場を下にと言うのは?』
『拠点がない以上私もナザリックに住み着くと思うので、できれば楽なポジションがいいなー、とか。後アルベドの目が怖いので。』
『一人楽しようとしないで!助けて!もう魔王ロール無理!』
『あー、了解、後は私が話しますよ。』
心のなかで悶絶しているモモンガを尻目に、ゼッドは優しく切り出す。
「皆も聞いてのとおりです。私の拠点は崩壊に耐えられなかった。もはや独自に行動できなくなった以上本来の目的も達成できないので、一旦ギルドを解散しアインズ・ウール・ゴウンに新参として加入させていただきたい。その際にはかつての密約通りモモンガ殿に忠誠を尽くすことをここにいる皆にお約束する。いかがだろうか、モモンガ殿」
「彼の忠義を私は疑わないし、彼がそう望むなら今までの功績によって応えたい。守護者統括としてはどうか。」
いつの間にか守護者は階下で整列しており、戦闘があったことなど微塵も感じさせない。
アルベドは代表して前に出ると微笑みをたたえながら告げた。
「はい、これまでの事とモモンガ様のお言葉を考えますに、守護者一同新たな忠誠をゼッド様に捧げます。」
「「「「捧げます」」」」
各自の目をゼッドは観察する。守護者に嘘は感じられず、程度の差はあれ信用してくれている用に思われた。
ゼッドは<伝達>でこれからのことを話し合う
『とりあえずナザリックにいれば安全なようですが、どうしましょう?』
『まずは情報ですね、色々と我々自身の体も確認したいことがあります。』
『それは同感です。とりあえず周辺の探索は俺のNPCにさせて、警備と警戒網や隠蔽に守護者。我々は独自に魔法やスキルなど自分たちの確認をしましょうか。』
『それでいいと思いますが、探索はペアを組んでさせたいのでこちらからもアウラを出しましょう。』
『了解しました。とりあえず・・・』
『『一旦休みたい!』』

「守護者各位の気持ちは理解した。早速だがアルベドはナザリック内の警備体制担当。デミウルゴスは防衛責任者兼警戒網の担当としてナザリック周辺の索敵網の作成、マーレとシャルティア、コキュートスはナザリック表層の隠蔽を担当、セバスはプレアデスを始めとしたメイドたちを監督して動揺が広がらないように。そしてアウラ。」
「はっ!」
「お前にはゼッドのメイドである花子とナザリック表層で合流してそのまま探索に協力。知的生物がいた場合は気づかれないように我々まで報告すること。敵の場合はナザリックと別方向に遅滞戦闘。シャルティアとコキュートスは現場に急行せよ。対処が不可能な場合はなんとしてもナザリックまで撤退せよ。ナザリックを知られるのは避けたいが、優秀なお前たちの命には変えられない。」
そう言ってアウラの頭を少し撫でると守護者全員が感動したように顔を伏せた。
そこまで良いこと言ってないけどな~と思うモモンガとゼッドであった。
対してアウラは特に感動したらしく、頬を赤らめさっきよりも大きな声で返事をした。
「了解しました!確実に情報を持って帰還いたします!」
「うむ、それでは私とゼッドさんは今後の方針を考える為円卓の間にいる。何かあれば即座に呼ぶように。以上だ、行動を開始せよ。」
そう言いつつモモンガとゼッドは転移門で円卓の間に姿を消した。

「限界だぁ~。忠誠が重い。体力の、限界!」
そう言ってモモンガはローブを放り投げるとただの骸骨になって床に突っ伏す。
「モモンガさんやめてください。モモンガさんのモモンガ棒が丸出しですよ。」
「やめて、無いから!人を変態みたいに言わないで!」
「あー無いんですか、完全に魔法使いですね・・・心中お察しします。」
「どどどど、童貞ちゃうわ!」
「ちょっと疲れたんで休みますね。」
「投げっぱなしかーい!」
二人は床に寝転がると目を閉じた。
・・・
『『あれ?なんか眠れない・・・』』

目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

石橋を叩きつつ・・・

・前回のあらすじ
ナザリック勢の手荒な歓迎を受けながらも、モモンガによって協力者として紹介されるゼッドに跪く守護者達。
とりあえず周囲の探索などを命令した後に逃げるように玉座の間を撤退したモモンガとゼッドだった。


以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・さーくるぷりんと 様
・トマス二世 様
・三輪車 様

ご報告いただきありがとうございます。


アウラは探索任務の勅命を受けて上機嫌にナザリック表層まで走り抜けた。
自身の任務は守護者内で最も危険度の高い任務である事が彼女の心を燃え上がらせ、更に加速させる。
正門を通過したところで一人のメイドを確認したので両足で急ブレーキをかける。草原なので土煙こそ上がらなかったが距離にして10mほど一直線に地面が抉れてしまう。
それを近くにいたマーレは姉に抗議の目線を送る。マーレにとってこの程度は苦でもないのだが、より積極的な任務を受けている姉に嫉妬しているのもあった。
その視線をアウラは軽くスルーすると目の前のメイドを確認する。
ハナコと呼ばれたメイドは黒い髪の前を揃え頭の上に結ったお団子を二つのせた、細い黒縁丸メガネがとても清楚なイメージを持つ少女であった。
瞳は茶色で、そばかすに少し丸めの輪郭が幼さを感じさせる。全体として確かに可愛らしい少女ではあるが、絶世の美人というわけでもなければ特別醜いパーツもない。アウラの印象は“普通の女の子”であった。
黒を基調としたメイド服はプレアデスのそれに似ていたが、装飾も少なく露出も殆ど無い、とても一見しては目立たないものであった。しかし細部にはとても細かい刺繍が織り込まれており、近づいて心得のある人間であれば誰もが感心する細かさである。
総じて“地味なメイド”というのがアウラの第一印象として記憶された。

「お待ちしておりました、アウラ様。私はゼッド様の“試作メイド”花子と申します。」
花子は緊張気味にロングスカートを摘んでお辞儀をする。
「よろしく~。私は守護者のアウラ・ベラ・フィオーラ。今回はモモンガ様の勅命によりあなたと同行するから。えっと、私のスキルは話しておいたほうが良いよね?」
どこから話そうかとアウラが考えると、花子は跪いて「お手を失礼致します。」と声をかけてアウラの手に触れた。
「・・・何してんの?」
別に手を触られる事自体は仲間であるし問題は無いが、意図がわからず尋ねると花子は手を離し跪いたまま口を開く。
「アウラ様はレンジャー・テイマー・シューターを修めておいでなのですね!探索にはまさに適切。このような方とご一緒できるとは光栄でございます!」
嬉しそうに目を輝かせながらこちらを見てくる花子の言葉にアウラは焦りつつ少し身構える。彼女は知るはずのない情報を知っている。なんとなく自分を丸裸にされたようで警戒しながら不機嫌に問いかける。
「どこから聞いたの?もしかしてモモンガ様とお会いしたことがあるの?」
明らかに機嫌を損ねてしまったと悟った花子はより姿勢を低くして慌てて弁明する。
「も、申し訳ございません!えー・・・こ、これは私のスキルでして・・・接触した対象のステータスやスキル等を読み取るというものでございます。久しぶりに強大な方にお会いしたので、つい夢中になってしまって・・・不躾でしたよね。申し訳ございません!」
急にペコペコし始めた花子を見ながら、アウラは“大丈夫か?コイツ。”と思わざる負えない。しかし同時にとても有能なスキルであることは間違いなかった。
「あー、良いから良いから。じゃあ私も知りたいんだけど、試作メイドって言ったよね?あなたって作りかけなの?」
アウラは実際のところ、ゼッドを含め“ジェットストリーム”の実力が“アインズ・ウール・ゴウン”の協力者として相応しいとは思えなかった。
一番格上のギルド長ですらセバスの攻撃に全く対応できていなかった。受け身すら取れていない有様で、更にメイドは中途半端な試作品ではとても対等な仲間とは思えない。
「その件でしたら少し長い話になりますので、探索開始地点に飛びつつ<伝達>でよろしいでしょうか?」
彼女の言うことも最もだ。最優先するべきは主の命令であって、その他は取るに足らない事でしか無い。アウラは頷くとモモンガから借りているマント型のマジックアイテムで不可知化しつつ夜空へ舞い上がった。続いて花子が不可視状態で飛び立つと先導し始めた。
『<伝達>先程のご質問ですが、私は当初アインズ・ウール・ゴウンで作成予定とされていたプレアデスの皆様の容姿や服装を創造される過程で生み出された、初めての戦闘メイドでございます。』
『!?つまりプレアデスのお姉さんってこと?』
『アインズ・ウール・ゴウンに所属していればそうなったかもしれません。私はホワイトブリム様の服装モデル等をさせていただきましたが、プレアデスの皆様が創造されるにつれて私は地味な印象が強く至高の御方々も今後の処遇を考慮されていた時、同盟関係にありましたゼッド様の要請によってギルド“ジェットストリーム”に転属となったわけでございます。』
『そこでもモデルをしてたの?』
『いえ、ゼッド様は私を“地味な方がいい”とのことで、容姿はそのままに様々な錬金・エンチャントスキルと先程のような特殊な情報系スキルを授けてくださいました。つまり生みの親がアインズ・ウール・ゴウンの至高の御方々であり、育ての親がゼッド様ということでございます。』
『ふーん。』
後ろを飛びながらアウラは花子が微笑んだような気がして、少しうらやましくなった。
その原因をアウラはわからなかったが、漠然と沢山の親に囲まれる彼女の姿を思い浮かべると胸のあたりがチクリと痛むのだ。
『私が“試作メイド”を名乗れることはアインズ・ウール・ゴウンで生まれたという唯一の証であり、私の誇りなんです。ゼッド様はそれをわかってそのままにしてくださるお優しい方です。』
アインズ・ウール・ゴウンを誇る彼女の気持ちは<伝達>に乗ってアウラに届き、実力はともかく気持ちは自分たちと同じなのだと言うことを知って、彼女に少し好感が持てた。
前方を飛ぶ彼女に数メートルほど近づくと、間もなく二人は花子が最後に探索した地点に到着する。
主の勅命を受けたのはアウラであり、ここからは自分が主導で進める必要があると考えたアウラは周囲を見渡す。
周囲は深い森に入り始めており、後ろには木々の間から僅かに草原が覗くのみとなっていた。
森は彼女のホームグラウンドであり、少し息を吸って気合を入れると主からの勅命を思い出す。
一つ、知的生物を見つけたら報告する
一つ、敵には悟られてはいけない
一つ、撤退優先で、命を落としてはいけない
当然場所を報告するためにもこれからの詳細な地形は頭に叩き込む必要があるだろう。
「じゃあ私は地上を進んで索敵するから花子は私の上空から警戒をよろしくね。」
「了解しました。あっ!こちらをどうぞ。」
花子は何かを思い出したようで、腰のポーチを探り一つのポーションを差し出す。
「索敵などのレンジャースキルを上昇させるポーションです。副作用は無く、効果は一日です。」
副作用は無いと言われても普通であれば見たこともないポーションに警戒するのだが、不思議と花子に対して警戒心が湧いてこない。アウラはポーションを飲み干して瞬きをする。
途端に周囲の空間がグッと圧縮されて近づいたような感覚が五感を刺激し、はるか遠くで動く虫一匹ですらはっきりと知覚できる。
「すごい!範囲がグッと上がった気がする。ありがとっ。」
心なしか体も軽くなった気がするアウラは男の子のように肩をブンブンと回した後、レンジャー特有の低い姿勢で森を滑るように走り始めた。
花子は慌てて飛び上がるとアウラの微かな気配を追って上空を警戒する。
「分かってたけど速いなー、頑張らなくちゃ!」
花子自身も暗視能力を向上させるポーションを口に含みつつ夜空の闇に姿を消した。

守護者達の張り切り様を知る由もない主人達はようやく現実逃避から帰還して様々な実験を開始した。
小一時間で彼らが導き出した大きな成果は“同士討ちの解禁”と“精神の異形種化”、“一部のアイテム、魔法などの変質”であった。
スキルや魔法などはユグドラシルと同じように使用可能でシステムはほぼ変わっていない。
しかし同士討ちが解禁されているので範囲魔法等は注意して使わなければならず、一部の魔法やアイテムの挙動が若干違うので初めて使う魔法は特に気をつけなければならない。
何より彼らが恐れたのが精神の変化であった。

「うーん、心までアンデッドになるのは勘弁して欲しいなー。本当にダンジョンのラスボスみたいになってしまう。」
深刻な事ばかり目の当たりにしすぎたため、再び現実から飛翔しようとするモモンガを尻目にゼッドは魔法やアイテムのフレーバーテキストを読みながら応える。
「まぁこればかりは解決策が見当たらないので定期的にお互いに状態を確認するしか無いでしょうね。まぁでも悪いことばかりではないですよ。」
「と言うと?」
モモンガは寝ていたソファーから身を起こす。ゼッドは本を片手でたたむと先程見た守護者の華麗なポーズを再現しながら
「もし人間のままパンドラズアクターと対面していたら・・・」
「ギャアアァ!それだけはやめて!」
「Wenn es meines Gottes Wille!」
「ぐっふぅ!」
モモンガはソファーに再び突っ伏して悶絶し始めた。まるでクリスマスツリーのように発光するモモンガを眺めながらゼッドは花子の設定の大筋を思い出して安堵する。
『<伝達>モモンガ様』
『どうした、花子』
さっきまでのたうち回っていたクリスマスツリーが突然ソファーに深く腰掛け低い声で応答していた。この立ち直りと切り替えの早さに“実はパンドラズアクター気に入ってるんじゃ・・・”と思うゼッド。
『はい、アウラ様が人間と思われる種族の気配を二方向に感知なさいました。一つは上空から観察するに煙が上がっているように見受けられます。』
モモンガは即座に思考する。仮に何か拠点か集落だと仮定した場合、夜に立つ煙はつまり大きな火事か戦闘が行われていると思われる。両方にアウラのようなレンジャーがいると仮定した場合どちらが発見されづらいか。
ゼッドを見ると全く同じ思考だったのか頷いて同意を返してくる。
『わかった。ここはアウラを先行させる。花子はアウラの気配がわかる範囲で後方に控えよ。<伝達>アウラ。』
『はい、モモンガ様』
『煙の上がっている方の気配を辿り肉眼で何が起こっているのか確認せよ。魔術師が居らず、他にも高位のマジックアイテムが無いと感じたら渡している探知阻害スクロールを使用した後、映像を私に送れ。』
程なくアウラが集落を視認したということでモモンガは<水晶の画面>を発動して映像を見る。
まず家屋が炎上している事が確認できる。粗末な木製の柵に囲まれている規模を見るに小さな村であるが、まだ燃えていない家屋を見ると全て平屋であり、建築技術が高くない事がわかる。更にその外周に馬に乗った人影が点々と見られる。観察するにフルプレートで剣を持った騎士という印象を受ける。
この時点で現代兵器まで想定していた二人は安堵する。世界観は中世程度を考えれば良いらしい。
最初は大火事の村を救援に騎士が来ているのかと思った二人であったが、次の瞬間にその想定は裏切られる。
火の海から転げるように走り出てきた男を、馬で走ってきた騎士が斬り殺したのである。
つまりこれは騎士の側による村の殲滅であると判断がついた。騎士の背中に紋章があることから騎士が何らかの国家に所属していてそれを識別する必要がある、つまり別の国家もあることが伺える。
ゼッドは紙とペンを取り出すと速筆で紋章をデッサンする。
「どうします、記録して引き上げさせますか?」
モモンガは慎重だった。国家のような集団がある以上ナザリックが数で上回る事は難しい。
仮に一兵卒でレベル80相当だったとすれば絶対に関わり合いになりたくない。
人間がいるとわかった以上、できれば規模が小さい野盗等を対象に強さの実験をしてからこの団体を考えたほうが良いかもしれない。
ゼッドは少し考えると手でモモンガを止めるとアウラに<伝達>を飛ばした。
『<伝達>すまないアウラ。近くに君がテイム、もしくはスキルで操れそうな野生の獣が複数いないかな?』
アウラは周囲を確認すると丁度森のなかに狼の群れが確認できた。
『狼が12匹、群れで行動しています。私のスキルで全員操れると思います。』
『よし、その狼を使って村の騎士にけしかけてほしい、そしてその群れが森から出る前に強そうな二匹を眠らせて捕獲してくれないかな。』
内容をあえてモモンガに分かるように声に出しながら続けると、モモンガも真意を理解する。
「要は我々が直接手を下さないで相手の力量が見れれば良いわけで、こちらにリスクは無い。どうでしょう?」
モモンガは頷いて返答するとアウラに指示を出す。
『<伝達>アウラよ、ゼッドさんの作戦を採用する。捕獲後は再び今いる地点に戻って経過をこちらに見せてくれ。その戦闘が終わり次第捕まえた二匹を持って速やかに帰還だ。できるな?』
『はい!お任せください、モモンガ様!』

命令を受けたアウラは即座に行動を開始する、吐息を使って狼の群れを狂騒状態にして扇動すると、群れから少し離れた雄二匹を眠らせてその場に捕獲、花子にその場の警戒を任せて自分は観測地点に戻る。レンジャーでありビーストテイマーであるアウラにとっては造作も無いことで、二分とかからず狼の群れは騎士の一人に殺到する。
映像を見ていたモモンガは狼の姿からユグドラシルでは最高レベル15くらいの一般的な狼であると判断、これを何匹同時に相手にできるかでおおよその見当をつけようかと考えた。
ユグドラシルのレベルはあくまでユグドラシルのものであり、花子にレベルを確認させても基準が狂っている可能性があるのだ。
すると騎士は予想外の行動を取った。中途半端に狼から逃げながら角笛を吹いたのだ。
かすかながらアウラのところにまで角笛の低い音が響く。騎士はやっと剣を抜いて狼を振り払うように動かした。
これには二人も目を丸くした。レベル15に怯えるプレイヤーは滅多にいない。馬に乗ってフルプレートを着こなすようになれば少なくともレベルは25を超えており、狼相手に敗北はありえない。
二人がそう考える間にも先頭の狼が馬の喉に食らいつく、馬が振り払うために暴れて騎士が剣を手放しながら落馬する。そこを三匹の狼が飛びかかって牙をむく。流石にフルプレートに歯が立たないようだが騎士も騎士で剣を探してもがいている。
そこに他の騎士が馬を飛ばして駆けつけ、背中を向けている狼に向かってすれ違いざまに剣を振り抜く。
切られた狼は深手を負ってしばらく吠えていたが、やがて絶命したのか動かなくなった。
この瞬間に“この世界の一兵卒は一撃でギリギリ狼を倒す程度の力”という事が理解できた。
そしてその騎士の剣によって村人が斬り殺されたところから“生身の人間の防御力は狼と同程度かそれ以下”つまり騎士のレベルと狼のレベルは大差ないという仮設が成り立った。
後は狼の一撃を受けて、第一位階魔法で殺し、仮にユグドラシルと変わらない強度であるならばこのレベルの考えは正しいことが立証される。

“この世界の人間は想定よりもかなり弱い可能性がある”

もちろん人間以外の種族がある可能性や他にこの世界にレベル100のプレイヤーがいたり、そもそも魔法が効かないと言ったことも考えられるが、少なくともレベル1000みたいなふざけた軍勢を相手にする可能性がほとんどなくなったのだ。
そう考えるうちに続々と騎士たちが駆けつけ、狼達は全て殺された。
それを確認したアウラは帰還する旨をモモンガに告げると狼を抱える花子とともに現場から離れた。

「なんというか、拍子抜けでしたね。」
モモンガはソファーに背中をあずけてさっきまでの緊張を解していた。
「ええ、後はアウラが操れる狼が出鱈目に強くないことを願うのみです。」
可能性を挙げるがゼッド自身もそれは低い可能性であるとわかっている。
「もう一つの集落はどうしますか?」
モモンガは既にレベルの概念が通用するという前提で次の策を考える。
「それを考えていたんですが、相手は一兵卒が弱小と仮定しても国家です。攻める方と守る方の国家があったとして、守る方の国家に助力すれば少なくとも村からは好意が得られるでしょうし、あの騎士たちから情報を得ることもできるのでは無いかと思います。なので騎士たちがもう一つの村も攻撃するようならそれを撃退して守った村を中心に情報を集めたいと思いますが。」
案の一つという意味で指を立てながらゼッドはモモンガに考えを示す。
モモンガもせっかく得た騎士達の強さという情報を最大限に活かす事ができるだろうと頷いた。
「もし騎士たちが村を襲わずに帰還するようなら人気のないところで全員捕縛する、と言った具合でしょうか・・・そうですね、それが良いでしょう。」
ゼッドはそこで二本目の指を立てる
「どちらにせよ騎士たちを攻撃する以上、この紋章の国家とは敵対します。そこで敵国に強者やプレイヤーがいることも考えて、アインズ・ウール・ゴウンが表に出るべきではない。
どうでしょう?ここは“ジェットストリーム”が転移してきたということにして友好的に人間種プレイヤーを誘い出す仕掛けをしたいと思いますが。」
そう言って如何にも神妙な顔つきでゼッドはモモンガにお伺いを立てる。
対するモモンガは横目でそれを見ると正面に戻してため息をつく。
「・・・そんなこと言って、単に外の世界にウキウキしてるんでしょう?」
「わかります?」
「わかりますよ。頭でろくでもないことを考えてるのも。」
するとゼッドはビシっと立ち上がり敬礼する。
「流石!至高のぅぉおーんかたっ!」
「ひでぶっ!」
不意打ちをまともに食らったモモンガはアウラが帰還を報告するまで床を転がりつつ光り続けた。



色々と都合よく魔法を改変していますが、ご容赦ください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

顔を合わせず声を交わして

ちょっとギスギスするけどご勘弁下さい。

・前回のあらすじ
勅命を受けたアウラはジェットストリームのNPC“試作メイドの花子”と共に周囲の探索を開始。
その先で確認した村では騎士による虐殺が行われていた。
慎重に情報を集めるモモンガ達はこの世界のレベル水準を確認する。
その上で強者の人間種プレイヤーを警戒してジェットストリームが表に出る事を決める。


以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・大冒険伝説 様
・yaku 様
・琳璋 様
・一字九 様

ご報告いただきありがとうございます。


「なりません!」

アルベドはキッパリと却下した。
「お二人は最後に残りし至高の御方々。特にモモンガ様はその頂点にあらせられます。
相手の主戦力がわかったとはいえ情報の少ない現状では危険すぎます。」
デミウルゴスも跪いたまま意見する。
「ギルド“ジェットストリーム”として表に出る作戦に異存はございませんが、やはりモモンガ様はお残りください。正体を隠蔽するのであれば代わりにエイトエッジアサシン辺りを送り込めばよろしいかと。」
他の守護者も大きく頷いている。

『こう言われると思ったよー。』
モモンガは内心で頭を抱える。モモンガ自身も未知の世界を見てみたい欲求があり、ゼッドに付いていきたいと相談したのだが、彼は少し考えると守護者達を呼び寄せて作戦を話し始めたのだ。

今回は村を救うに当たって転移してきた“ジェットストリーム”が向かう、しかしゼッド達は戦闘に向かない。そこで戦闘員として上位道具創造によって戦士に化けたモモンガが向かうと提案したのだ。
守護者達の反応はもちろんであり、ゼッドもそれを予定していたかのように口を開く。
「確かに危険ですが、今回の戦闘員にはこの場での勝利以外にも目的があります。
それはこの戦闘員を村の英雄として祭り上げ、ゆくゆくは国の英雄に仕立て上げます。
こうすれば強者、つまりプレイヤーの情報が集まりやすくなるでしょう。
そして英雄になるに当たっての条件は対人関係を友好的に構築できるコミュニケーション力とカリスマです。さて、これらを兼ね備える戦士がこのナザリックにいるでしょうか?」
デミウルゴスとアルベドは眉をしかめる。
確かにゼッド達が商人として情報を集めるのであればもう一本の柱として英雄の戦士と言うのは悪くない。しかしナザリックの殆どは人間に対して敵意があり、友好的な関係構築は難しい。セバスという手段もよぎるが彼は一歩退く性格のため豪傑というイメージからは程遠い。

そこまで考えが至る事を表情で確認しながらゼッドは先に助け舟を出す。
「しかし今回の出撃に関して情報不足という指摘はもっともです。そこで今回はモモンガ殿の代役を立てようと思います。」
嫌な予感がする、モモンガは確信していた。ゼッドの口調が優しい、こんなときは大体碌でもないことを口にするぞと本能が告げている。
「パンドラズアクター!」
そう言うと執務室入り口のドアが開き、漆黒のフルプレートに二本の大剣をさした大男が現れて守護者達の後方で傅いた。すると途端に戦士の形態が崩れはじめ、ドロドロとうごめいた後に軍服姿のパンドラズアクターに戻った。
「彼はパンドラズアクター。モモンガ殿が創造された宝物殿の領域守護者にして至高の御方々に変怪することができる。今回は彼を代役に立てて、今後ある程度知名度が上がり危険度が下がった段階でモモンガ殿と入れ替わる。こういった算段ですがいかがでしょう?」
彼が用意した一手はデミウルゴスをして意外としか言いようがなかった。
彼らもパンドラズアクターを目にしたのは初めてなので当たり前なのだが、目の前のゼッドが二手も三手も先を読んでいる気がする。
「パンドラズアクター。試しに代役の設定を名乗ってみてくれないか?」
パンドラズアクターの喉元がブルっと震えると、モモンガより若干低い声が響いた。
「私の名はタリズマン。異国の地より雇われた傭兵として、ゼッド様に同行している者だ。」
よどみ無く受け答える様はまさにアクターの名に恥じない。
それまで人知れず光り続けていたモモンガもその演技に、パンドラズアクターの評価を改めようと思った。
「声色が違うのは今後モモンガ殿が正体を表すような事態になった際に連想されるのを防ぐためだ。モモンガ殿がタリズマンに化ける際は口唇虫を使っていただく。」
アルベドもこの案には特に反対ではない。何よりこの危険な出撃からモモンガを遠ざける一点においてのみ賛成である。

全員が同意の空気を持ち始めた辺りでゼッドはポツリと呟く。
「まぁ、英雄を仕立て上げることにはもう一手狙いがあるのですが。」
こう弛緩した空気に爆弾を投げ込まれては聞き返さざる負えない。デミウルゴスが代表して尋ねる。
「もう一手とは?」
「仮にアインズ・ウール・ゴウンが表沙汰になった時にタリズマンにはクッションとして動いてもらおうと思います。異形種が動けば誰かが討伐に動くでしょうが、そこを先んじてタリズマンが討ち取ったようにすれば事件のもみ消しが可能になります。さらに飛躍して人間の国家を征服した場合、タリズマンをクッションにすることで人心を安定させる効果も期待できるでしょう。」

『ふむ、よくわからん。』
現実逃避をしながらモモンガは守護者達を見る。熱い、視線が熱すぎる。
何より“征服”と聞いた瞬間からのデミウルゴスが宝石のような目を向けてニヤついている。
なんだか余計な燃料を注いだような気がしてゼッドを見ると、彼はいけしゃあしゃあと征服の理由なんかを述べていた。
「この世界ではモンスターを倒しても何もドロップしない。つまりユグドラシルの資源は有限となる可能性が高い。この巨大なナザリックを運営していくためにも物資は必要ですが、一介の商人と英雄一人では立ち行かなくなる可能性も大いに考えられます。大量の物資確保やユグドラシル金貨の代替品発見のためにはあらゆる手段を講じる必要があるとモモンガ殿は考えて居られます。」
守護者達はモモンガが鷹揚に頷く姿を見て、完全に同意した。
「承知いたしました。我々守護者はパンドラズアクターを用いる計画に賛成でございます。」
モモンガは予想外の早期決着に内心喜びつつ、今まで避けていたパンドラズアクターに少し申し訳ない気持ちになった。
「うむ、パンドラズアクターよ。今回はお前が矢面に立つことになる。初めての戦闘でもあるし十分に備えてから出立するように。期待しているぞ。」
その言葉を受けたパンドラズアクターは身震いした後、厳かに応えた。

「Herr Gott, wir danken Ihenen!(感謝いたします、我らが神よ!)」

「おーいちょっとコッチこーい!」
すかさずモモンガはパンドラズアクターを引き摺って退出していった。
その後メイドたちはモモンガの私室から壁を殴りつけるような轟音を聞き駆けつけるも、人払いを任されたユリの必死な努力によって誰も二人の会話は知らない。


モモンガが執務室を後にすると各守護者は立ち上がり、それぞれの持ち場に向かうため歩き出した。
ゼッドはその光景に頼もしさと危うさが同居していることを知っている。そのままの微笑を絶やさず彼らに問いかける。
「守護者のみなさんにとってこの守るべきナザリックとはどういった存在でしょう。」
それに全員が足を止める。誰も振り向くことはなかった。アルベドがそのままの姿勢で応える。
「このナザリック地下大墳墓は41人の至高の御方々の帰る場所。しかしそこに人間であるあなた方の席はありません。」
きっぱりと、そして厳しい口調で断言する。どの守護者も少しも動かない。
「わかるよ。私は異形種ギルド“アインズ・ウール・ゴウン”に忠誠を誓う協力者の一人であって居候だと思っている。」
「付け加えれば私達のあなたへの忠誠もまた、モモンガ様からの間借りであることをよくご理解下さい。同じように花子とかいうあなたのシモベも我々は居候の片割れと理解致します。」
脅しであった。少しでもナザリックやモモンガを脅かせば即座に花子共々処分するというそれはもはや協力者というよりもモモンガの慈悲にすがる下僕という考えたほうが自然であった。
「あぁ、そうだね。いずれそのことについては話し合いたい。“今は”この場に居られるだけで満足だよ。」
「あなたはモモンガ様の目的に適切な手段と情報を提案する。モモンガ様が決定され、それに応じて我々が動く。今もこれからも変わりません。こちらにはあなたと話し合うことは御座いません。」
そう告げると反応をまたず彼らは部屋を去った。

残されたゼッドはシニカルな笑みを浮かべながら首を振る。
「さて大変だ。世界征服よりもずっと難しいだろうな。」
とりあえず花子にナザリック表層で待機するように伝えると自分も表層へ向かって歩きだす。


廊下に出ると向こうから来たパンドラズアクターとすれ違う。直後に二人は足を止めて振り返らずに言葉をかわす。
「よろしく頼むよ。パンドラズアクター。」
「こちらこそ、しかしものすごい剣幕の統括殿とすれ違いました。我々は長いお付き合いになりそうですな。」
「全くだよ。いや、困った困った。何かあったら私と花子で宝物殿に逃げ込むから。」
「ご冗談を、私が統括殿にミンチにされてしまいます。」
二人は声を抑えて笑い合い、そのまま別れた。


廊下を歩きながらアルベドとデミウルゴスは言葉をかわす。
「彼らを追い出すことはできたけど、モモンガ様は慈悲深きお方。ピンチになれば自ら出ようとされるでしょうね・・・パンドラズアクターを引き込めないかしら。」
「今はまだ厳しいでしょう。彼は私が見るに相当な役者です。安易に事を運べば足元をすくわれると思いますよ。」
アルベドは舌打ちしながら、異変直前のモモンガに“そうあれ”と命令された事を思い出す。
「私はモモンガ様のためにこの“愛するナザリック”を清潔に保つ使命があるわ・・・ナザリック地下大墳墓には至高の御方と我々シモベがいればそれで良いのよ。」
恍惚な表情を浮かべて去っていく守護者統括を眺めながら、デミウルゴスは佇むだけであった。


「な、何をしてるんですか?」
マーレは花子に全く関心がないが、自分の仕事場である表層にずっとうずくまっているので段々気が散ってきたのだ。
花子が立ち上がって振り向くと手を土で汚しながら花や草を数本持っている。それはマーレが知る限りその辺に群生している植物であり、特に珍しいものではない。
「これはマーレ様。お仕事のお邪魔だったでしょうか。私は錬金術から薬学の知識がありまして、面白い効能のものをちょっと採集していたんです!こちらは耐性の強化で、こちらは鎮静効果が御座います!」
満面の笑みで語りかけてくる花子を見ているとマーレは不思議な気分になる。“邪魔なので離れてくれ”と言いたかったのだが。
「あのっ、不自然に採りすぎないようにし、して下さいね!」
そう言ってマーレは持ち場に戻っていく。
「畏まりました。マーレ様!」
元気に手を振る花子の姿が横目にちらつくが、何故か今度は目障りだと思わなかった。



次回、やっとカルネ村となりそうです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの村

ついにカルネ村までたどり着いた・・・長すぎぃ!

・前回のあらすじ
ゼッドに付いて外に出ようとしたモモンガの案は守護者達に却下される。
ゼッドはモモンガの代わりにパンドラズアクターをモモンガに化けさせて当分連れていくことで守護者達を説得する。
しかしゼッド自身に対する守護者達の評価は危険なものだった。


以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・どてら 様
・トマス二世 様

ご報告いただきありがとうございます。


朝日がベッドを照らし、心地よい暖かさがじわじわと意識を覚醒させる。
耳をすませば鳥の鳴き声とともに瓶に水を移している音が聞こえてくる。

今日も時間ピッタリ、ネムの目覚めである。
どうせ姉に起こされるのだ。それまではまだ少しかかるだろうと思うと、起きていることがバレないように毛布を少し引き寄せる。
「こら、ネムー。寝たふりしないで起きなさい。」
姉にはお見通しのようだ。このまま寝ていると次は毛布を剥がされるので潔く起きて瓶までトボトボ歩く。
瓶の水を汚さないように別に汲むと顔を洗う。朝の水はとても冷たく、一気に目が覚める。
「おとーさんは?」
エモット家に限らず、農村の朝が早い事はネムもよくわかっているので姿がないことはいつも通りだが、農作業用の道具一式がまだ家にあるから聞いたのだ。
「見張り台に上がってるわ。もう少し帰ってこないから畑は私がするんだけど、手伝ってくれる?」
「うん!お姉ちゃんといく!」
ネムは姉であるエンリに付いていくのが好きだったし、どうも家での仕事で糸紡ぎは苦手だったので元気良く答える。
「糸紡ぎも覚えないとダメよ。しばらくしたらお母さんを手伝うの、いい?」
姉にはお見通しのようである。少し頬をふくらませるが、母の隣にいることは姉と同じくらいに好きだから嫌とは言わない。
着替えを済ませる頃には道具を肩に担いだエンリが戸口に立っていた。
ネムは空の桶を両手で抱えてついていく。
「いってきまーす。」
「行ってらっしゃい。」
家の中からいつも通り大好きな母が声をかけてくれる。優しくて穏やかでキレイな自慢の母である。
「いってきまーす!」
ネムは畑に向かって走り出す。走ると行っても桶を抱えているので“テッテッテ”というような間抜けな走り方になってしまう。
「ネム!走らないの!」
エンリはネムを早い歩調で追う。


エモット家の畑は村の最も東端にあって、見張り台のすぐそばである。
村の見張り台は北の森へ向かって一つ、東の帝国側に向かって一つあり、父が立っているのは帝国側の見張り台であった。
エンリは歩きながら見張り台に手を振る。
いつもの父はエンリ達に気づくと手を振り返してくれるのだが、今日は違った。よく見れば見張り当番ではない男たちもちらほらいる。
これが意味するところは何者かが村に近づいているということ。
見張り台の人数からしてモンスターや帝国兵のような明確な脅威ではないと思われるが、エンリは念の為にネムの頭を撫でながら言葉をかける。
「ネム。桶を置いてちょっとお母さんのところに行ってきて。」
ネムは首を傾げながらも少し強張った声に、そうした方が良いのだろうと思い、家に向かって歩き出した。

エンリの父は東を注視する。道の先からは大きな幌馬車が向かってくるのが見える。
この時期に商人は珍しく、そもそも帝国側から来ることは滅多にない。方角からすれば竜王国とも考えられるが、アンデッドが湧くカッツェ平野をわざわざ通ってくる商人などありえない。
近づいてくるにつれて来訪者の姿がはっきりしてくる。御者台には二人の男女が並んでいる。
男は薄いピンクのシャツに明るいグレーのネクタイ、同色のサスペンダーに艶のある黒のパンツに白のブーツ。ベージュのハット下には人の良さそうな笑顔を浮かべて馬を操っている。
女は少し胸元を開いた真っ白のシャツに丈の短いブラウンのジャケット、同色のミドルスカートにより深い色のロングブーツ。白のカウボーイハットを被った表情は明るく、隣の男に話しかけているのか横を向いている。
派手ではあるが、リアルで言うところのウェスタンスタイルに身を包んだ二人は警戒する村人をよそに呑気な会話をしていた。

「てんちょー!村の人達が見えるんですが、なんか私達の服装浮いてませんか?」
「良いの良いの!とにかくまずは適度なインパクト。これで最初の会話がぜんぜん違うんだから。」
「そんなもんですかね―。」
ゼッドのアイテムで作り出した幌馬車は元来、8位階の攻撃魔法を乱射しても耐えるだけの大型戦車だったが外装データの変更によりアメリカの開拓時代を模したシンプルなものになっている。これは相手の警戒心を削ぐために彼が常日頃している努力であり、馬も同様に見た目とは全く異なるステータスである。
そんなゼッドは馬を操るふりをしながらゆったりと答える。
「俺の言うことを信じなさいって。大体警戒している人間の声掛けは“貴様”か“お前”。これ以外になってたらこっちのもんだよ。ただ高級すぎると“あなた様方”になる。これはこれで困るので、“あんた”とか・・・そこら辺がベストだね。今回は“あんたら”位に調整したから賭けてもいいよ。」
「賭けは結構です。」
「欲がないね―、もうちょっと頑張ってもいいのに。」
「仮に勝ってもその分私の経費を削るくせに・・・」
「あらら、バレました?」
「もー、馬鹿なこと言ってないでそろそろ近づきますよ。笑ってれば良いんですっけ?」
「ニッコリじゃなくて微笑むくらいで。対応はこっちでするから騎士が来る方に馬車を止めて、A2バッグを最終点検。パンドラ・・・じゃなかった、タリズマンは私と降りるから後はよろしくー。」
幌馬車の後に座ったタリズマンはノリノリで、二人の方を向いてサムズアップをしてくる。
フルフェイスで見えないが、幻術の顔は見事な“したり顔”である事は想像できる。
「派手に登場したらダメですからね。戦いだしたらOKですからそれまでは静かにしてて下さい。」


声の届く範囲まで近づいてきた一行に向かって村人は声をかける。
「“あんたら!”何の用かねー!」
ゼッドは対人心理戦の感覚にギャップがないことを確認し、一層笑みを深くする。
警戒させないように速度を緩めてから、手を振る。
「俺達はポーションなんかを売ってる“ジェットストリーム商会”ってもんだ!重病や大怪我なら一本ずつ無料で試してもらって構わない!村に寄らせてくれないか!」

法的に商売ができるかどうかをわざと聞かず、先に大きなメリットをちらつかせて断りにくくさせる。目端の利く商売人であれば彼の言葉に“お人好し”以上の“したたかさ”を感じたであろうが、村人にそのような者はおらず、不思議な来訪者に対して先程までの疑問は吹き飛んでいた。
「わかった!村長を呼んでくるから見張り台よりもすこし手前で待っていてくれ!」


結果的に村長との挨拶は“概ね”上手く行った。“概ね”の部分はパンドラズアクターことタリズマンであった。彼は確かに“静かに”登場した。村長の近づくタイミングで重いフルプレートを音も立てずに、幌馬車の影からうつむき加減でゆっくりと現れたのだ。夜であれば正にパニックホラー映画の登場シーンそのものであった。
その後商談のために感じの良い商人と不審な戦士は村長宅に、馬を休めるために花子と呼ばれた女性は村外れに馬を引いて歩いていった。

「お姉ちゃん、だれ?」
花子が声の方を振り向くとまだ10歳位の少女が自分を見上げていた。
「花子って言うの。あなたの名前は何ていうのかな?」
「ネム!ネム・エモット!」
ネムは姉とも母とも違うとても優しい声に即答した。村に知らない人が来たときは“です、ます”をつけて失礼のないように喋りなさいと姉に言い聞かされてきたが、どうもこの人にはこんな喋り方をして良いような気がしていた。
「ネムちゃんか―。可愛い名前ね。元気なネムちゃんにはこれをプレゼント!」
そう言って花子はポケットから飴玉を一つ取り出すとネムに渡す。
なんだろう、そんな表情で首を傾げるネムに花子は同じものを取り出して説明する。
「ここを引っ張ると中からこんな、アメっていうお菓子が出てくるの。アメは堅いから噛まずに口の中で舐めるのよ。とっても甘いお菓子だし、お姉ちゃんが“おまじない”をしておいたから美味しいよ。」
そう言って花子はしゃがんで一つ頬張りつつ危険がないことをアピールする。
ネムはそのアメを同じように口に入れた。舐めてみると濃厚な甘さが口に広がって思わず顔が緩んでしまう。
「あまーい!ありがとう、花子お姉ちゃん!」
可愛らしい返事に花子は微笑みながらも、人差し指を口に当てて少し小さい声で話しかける。
「どういたしまして。でもこのことを皆に話しちゃダメだからね。これはそんなに持ってないから、ネムちゃんにだけ特別。わかった?」
ネムはアメの甘さを堪能しながら頷いた。
「うん!わかった!」


花子はネムと一緒に村の外れまで着くと、ネムに見られないようにアイテムと装備を点検する。
中々無くならないアメを頬張り続けるネムを横目に、アメに施した“おまじない”が何だったかを思い出そうとしていた。
『無効化か耐性のエンチャントだったと思うんだけど、何だったかな・・・』
「ネムー!あなた何してるの!」
突然の声に思考を中断すると、村から少女が一人走って来る。
「お姉ちゃ~ん!甘いの!甘いお菓子!」
早速秘密を破るネムにあらら、と苦笑いをしつつも、姉の方を見る。
顔は整っているしスタイルも良い。若干腕が太い気がするが別に悪い意味ではない。

エンリはネムを連れて花子の前まで来ると頭を下げた。
「ごめんなさい!ネムがご迷惑を掛けなかったでしょうか?」
「いえいえ全く。それどころか話し相手になってくれて楽しかったですよ。
と言うかこちらこそ謝らないと・・・実は勝手にお菓子をあげちゃったんです。」
花子が頭を下げるとエンリは慌てて言葉を探す。
「え!?そんな・・・。ネム!他所の人から勝手に貰い物しちゃダメって言ってるでしょ!」
叱られたネムも、これが花子ではなかったら受け取らなかった、と反論したかったがエンリの剣幕に黙ってしまう。
「あぁ、良いんですよ。ほら、ネムちゃんも泣かないで。全く無害なただのお菓子ですので。良ければ差し上げますが・・・えーと。」
「すいません、申し遅れました。私はエンリ。エンリ・エモットです。」
「エンリさん。良ければ一ついかがですか?お詫びということで。」
そう言って花子はエンリの手を取ると飴玉を一つ渡す。
エンリは手を取られたまま遠慮しようとするが、花子はどうしてもと言いもう片方の手でエンリの手を握らせた。
エンリは少しドキドキしながら飴を頬張る。すると味わったことのない甘さに顔が緩む。
「反応は同じ姉妹ね~。ネムちゃんにそっくり。」
花子が嬉しそうに言うとエンリは顔を赤くした。
「あ、いえ、本当に美味しくてびっくりしてしまって。」
その後花子はエンリにも口止めを頼むと快く了承してくれた。ついでにネムにも言って聞かせると、今度はよく分かってくれたようだ。

それにしても、と花子は思う。
『このエンリさん。どうして指揮官系の職業があるのかしら?』
花子は村人のサンプルに、飴をあげた手からエンリのステータスをチェックしたのだ。
どう見ても村娘のエンリに必要な職業とは思えない。
『才能、みたいなもの?だとすれば優秀な人材になるかもしれないわ。あと変化後にこのスキルで見ると少し欄が増えてるのよね。名前がわからないことにははっきりしないけど。』

三人で話しながら花子は時間を確認する。馬の移動速度ではそろそろのはずだ。
そう思っていると見張り台の鐘が鳴り響く。
村の皆が口々に“帝国の騎士だ”とか“なんでこの時期に!”と叫びながら走り回っている。
帝国の騎士と聞いては明らかに戦闘になる。エンリとネムは即座に家に戻ろうと走り出す。
「すみません!母が心配なので失礼します!」
花子は手を振りながら微笑で応える。
「えぇ、でもあなた達は大丈夫ですよ。」
エンリはそれが落ち着かせる意味だと解釈したが、本人としてはそのままの意味だった。


森へ逃げようとした村人も、その先に騎士を見つけて慌てて村中央の広場に戻る。
他の方向も全く一緒であり自分たちは包囲されたのだと気づいた。
このカルネ村は大勢の外敵に襲われるという経験がない。その為避難対策や指示も無く皆が皆慌てるだけで、すでに見張り台さえ誰もいない状況である。
そんな混乱の中、包囲の一部から多数の騎兵が現れた。流石に誰でも分かる、これからこの騎士達が突入して我々は蹂躙される。
村人は皆怯え、ある者はへたり込み、あるものは必死に逃げ道を探ろうと首を動かす。


そんな中、家族と一緒に走っていたエンリとネムは同じように視界の先に騎士を捉える。
両親は引き返そうとネムを抱えて振り返るが、その横をエンリは走り去った。
戻るように叫ぶ両親を振り切ってエンリは騎士に向かって走る。

<<恐怖無効化>>

二人はなぜか恐怖しなかった、それどころか怒りが湧いてきた。
ふざけている。なぜ平和にやってきた私達を脅かすのか。戦いたいのであれば兵士と戦い、征服したいなら貴族の首を獲ればいい。私達の平穏を乱したあいつらが許せない。
エンリは武器も何もない。ただ、許せなかったのだ。
それを見た騎士は首を左右に振ると馬から降りて剣を鞘に戻した。
男は性格に難があった。この部隊に志願したのも沢山人を痛めつけることができるからに他ならない。彼はこの整った顔の姉妹を拳で乱打する想像をして嗤った。
そうこうしている内に距離は縮まり、エンリはがむしゃらに拳を繰り出した。

<<下位防御突破>>

拳がヘルムに当たり指が骨折する。そう確信していた男は次の瞬間ありえない衝撃を顔面に受けて後ろにのけぞった。遠くなる意識を手繰り寄せると口や鼻の中に血の感触が流れた。
『馬鹿な!ヘルムが壊れたのか!?』
手でヘルムを探ると穴どころかへこみすら確認できなかった。
信じられないことだが相手の女もまた意外な表情をしていた。

<<下位ダメージ軽減>>

エンリは拳がヘルムに当たる瞬間、自分の手が粉々になる事を覚悟した。
しかしそんな衝撃は訪れず、当てたはずのヘルムにもへこみすらつかない。
自分では相手にトンっと軽く触れただけ、そんな感触だったが次の瞬間に騎士が大きくのけぞってヘルムを抑えている。
呆然としていると右から声がした。

「良いパンチだ。」


これがエンリにとって初めて聞く救世主の言葉であり、騎士にとっては最後に聞いた声になった。



というわけでこの物語の初陣はジェネラル・エンリによるスライディング、もといストレートで御座いました。(どうしてこうなったし。)

ちょっと錬金術やエンチャントがチート性能ですが大目に見てクレマンティーヌ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

[番外]骨との遭遇

今回は番外編です。
えー、すいません。本編もちゃんと書きますからお許し下さい!

以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・どてら 様

ご報告いただきありがとうございます。


ゼッド店長こと秋山昇は今日の徹夜を覚悟していた。
0:00時からスタートする中級者向けダンジョンイベント“灼熱迷宮”に参加するため、エリア前にはスタートダッシュを狙うプレイヤーで溢れていて、その少し外れに販売所を構えた“ジェットストリーム移動商店”にもアイテム準備に間に合わなかった客が殺到していた。
運営が“灼熱迷宮”を公式に通知したのは半日前。イメージ画像から炎の地形ダメージが予想され、プレイヤーはいきなり対策に追われることになった。

この迷宮シリーズは不定期にこれまでも開催されており、その底意地の悪いトラップ群は名物とも言われていた。かつて“鉄の迷宮”では往路にアイテム破壊や装備品ダメージトラップが敷き詰められ、道中で見つかるレアアイテムに誘われつつ最奥まで行くとそこには初期値の鉄製鎧があるだけであった。
引き際を見誤ったパーティーは装備が枯渇する中泣く泣く鉄の鎧を装備して絶望の復路がスタートするという悪趣味っぷりであった。
欲を出さなければ十分なリターンを得て生還できる迷宮シリーズなのだが、運営は“あと少しだけ”を引き出す悪魔のようで、多くのプレイヤーを絶叫させてきた。


スタート30分前ということもあり、店に集まった行列はピリピリしだしている。
もしアイテムを準備できないで突入すればまず間違いなく大苦戦する。しかし出遅れれば迷宮にあるレアアイテムがどんどん減っていく。
数人の非常識なプレイヤーは焦って行列に割り込んだ挙句、周りから武器を突きつけられて逆ギレをはじめたりする始末だった。
「糞運営が!通知が遅いんだよクソっ!」
「いいから俺にも早く売ってくれよ!金ならあるんだぜ!」
一人のプレイヤーが列の横から店長に詰め寄る。人間種のアバターで装備は見た目重視の厳ついフルプレート、アイテムどころか装備がこのダンジョンに適応していない事をゼッドは素早く見定めると“やれやれ”のモーションを選びつつお気楽な口調で語りかける。
「金はあっても常識がなければどうしようもないな。百歩譲ってアイテムがあってもその装備じゃすぐ死ぬだろ。悪いことは言わないから、おとなしく別の狩場で頑張りな。」
その言葉を聞くや、相手は即座に沸騰した。背中の大剣を引き抜くと何を思ったか名乗り始めた。
「俺にはギルド“ラウド”がついてる!お前ら確実に潰すから覚悟しやがれ!」
これでここにいるプレイヤーからすれば“ラウド”の信用は地に落ちる。ギルドを巻き込んだ自殺とは恐れ入った。

“ラウド” ゼッドの知識では構成人員が最近倍増している新興ギルドの一つで、ギルド長とは昔からの馴染みであった。ギルド自体とはよく取引をしていて、そこの息巻いている奴が持ってる大剣もこちらがエンチャントしたものであろう。
『自分の武器にすら知識がないとは・・・救いがたいな。』
ゼッドはため息を吐くと切り替えて、最前列に並んでいたプレイヤーと取引を開始する。

並んでいたプレイヤーは取引先ギルドの新人で、才能を感じさせる魔術師だとギルド長から聞いていた。
「いらっしゃい、この前の狩りは仲間から聞いたよ、いやー残念だったね。あぁ、今回の迷宮セットはコレ。君は追加で火耐性をいくらか持っておくとイイぞぉ。」
「店長耳早すぎ・・・昨日のことですよ?怖いわぁ。怖いから追加もお願いします。」
「毎度~。」
手早くアイテムを渡すと金貨袋を受け取る。こういった小さなアドバイスをゼッドは欠かさない。周りの友好と信頼関係こそ彼の最大の武器であり防具である。

それがわからない新参者はもはや我慢できなかった。大剣に覚えたてのスキルをありったけ叩き込む。それを確認したゼッドは今度こそ語気を強く宣告した。
「おい、小学生。お前のギルド長は俺もよく知ってる。お前の後ろにいるのがそうだろう?」
それを聞いて驚く暇もなく彼のヘッドアップディスプレイからギルド所属のサインが消え、背後から刀の一撃で切り捨てられた。
消滅するアバターの背後から鎧武者姿のプレイヤーが現れる。“ラウド”のギルド長“まるもち”さんだった。
まるもちは武器を仕舞うと行列に対して頭を下げた。
「この度は俺の監督不行き届きでご迷惑をおかけした。お詫びにもならないがこのドロップは皆さんでとっていただいて構わないし、この件に立ち会われた方にはウチに“ジェットストリーム”経由で依頼をしてもらいたい。出来る限り協力する。」
そしてゼッドに向き直ると再び頭を下げた。
「店長、今回の件は俺の責任だ。迷惑料は後で支払わせてもらう。」
まるもちは有名な上級プレイヤーであり、中級プレイヤーが普段依頼できるような相手ではない。まるもちの器を実感したプレイヤー達は、彼が頭を下げたゼッドに対しても同じように考えるのだった。
「わかりました、まるもちさん。それとこれは好意でアドバイスするのですが、突然巨大化したギルドは運営しづらい。早く良い副官を探されることです。」
ゼッドは笑顔のアイコンを出しながら取引を続ける。
まるもちはしばらく考えていたが、やがてため息をつくと身を翻した。
「俺はゼッドさんをスカウトしたいですよ。」
これはまるもちの本音だったが、知ってか知らずかゼッドの口調は変わらない。
「無茶言わんで下さい。こっちはフリーで呑気な商売人がしたいだけですから。」


去っていくまるもちを少し目で追うと、その近くにプレイヤーの影を確認する。
木に隠れているが、ボロボロのローブが覗いており、結構前から時折こちらを伺って何かを思案しているようだ。その光景を横目で観察していると<伝達>で声を掛けられる。
『あなた、気になってるんでしょ?行ってきたら良いと思うわ。彼はアンデッドだけどおそらく“良いお客さん”だわ。あなたもそう思ってるの分かってるんだから。』
ゼッドの隣で目の前の顧客と取引をしている“彼女”からの<伝達>であった。
『お前な・・・まぁいいか。じゃあしばらく任せるぜ。』
そう伝えるとゼッドは一旦馬車の影に隠れると転移魔法を起動した。


モモンガは迷っていた。“灼熱迷宮”に挑戦してみたいがアイテムが枯渇している。
準備を怠るモモンガではなかったが、1時間前にプレイヤーに襲われてそれを撃退。その際にポーションを使いすぎたのだ。
先程の襲撃もあって人間種プレイヤーの集まっている場所には近づきたくない。しかしアイテムを買える場所はもうこの場位しかない。
何より困っているのは。
「金が無い・・・」
モモンガは周到な準備を怠らないし、そのために使う金は必要なものだと割り切っていた。
そのせいでお金が減りすぎていた。今回の“灼熱迷宮”での収穫で黒字に持っていく計画だったのだ。
「ん~、やっぱり狩場に戻ってちまちまやるか。」
モモンガにとって危ない橋は渡らないことが当然であって、いくら餌がちらついてもそこは変わらなかった。

「どのようなアイテムをお探しですか?」
突然声を掛けられたモモンガは素早く振り返り、虎の子の不可知ポーションを用意する。
また<飛行>が発動ショートカットに入っていることを確認してから、改めて相手を見据える。
一連の流れるような撤退準備を眺めながらゼッドは“良い客”であると確信する。
「あぁ、敵じゃないです。店の方を眺めている様だったから、異形種では並びにくいでしょうし、こちらから<転移>で伺いました。」
モモンガは思考する。自分のレベルではまだ<転移>は使えない。確実に相手の方が強者であり、怒らせたら殺される。しかし自分は取引するだけの金はない。
先程の一悶着を眺めていたモモンガは、相手が“良い人”であることを祈りながら正直に話す。
「え、えーと、あの・・・実はアイテムを買いたいのですがお金がないのです。すいません。」
「先程から見る限りではあなたはかなり慎重なタイプ。そんな人がアイテム不足で金不足とは・・・何かあったんですか?」
「はぁ、先程危うくPKされかけましてね、なんとか凌いだんですが今回のイベントに用意したポーションをあらかた使ってしまいました。」
なるほど、と相槌をうちながらゼッドは良いチャンスであると捉える。
<伝達>で彼女にポーションの数と“とっておき”を使うことを伝えるとすかさず返事が返ってくる。
『あなた余程気に入ったのね、そのガイコツさん。』
『俺の勘だが、こいつはでかくなる。今から手を繋いでおくべきさ。お前もそう思ってるだろ?』
『ふふふ、もちろん!品物はあなたのバッグに送っといたから。逃しちゃダメよ。』
そう言って彼女はたまたま見つけた“とっておき”を転送する。

「モモンガさん。良ければ私と取引をしませんか?申し遅れましたが、私は店長のゼッドと言います。モモンガさんの予算で一式ご用意する方法があります。」
事情を大体把握したゼッドは明るくモモンガに問いかける。
モモンガは首を傾げる。
ユグドラシルにおけるプレイヤー間の売買は運営によって価格が設定されている。
その基本価格に交渉術などの補正がかかる仕組みになっていて、ゼッドが好意で基本価格を弄ることはできないのだ。
「・・・どういった取引でしょうか?運営からBANされるような類はお断りしたいのですが。」
「いえいえ、ただこのアイテムを買ってもらうだけです。」
ゼッドはモモンガとの取引ウィンドウに一つのポーションを加える。
「交渉術のポーション?・・・こ、これは!」
効果を見てモモンガは驚いた。地味な書き方ではあったが壊れ性能のポーションだ。
つまり、一度このポーションを買って使い、補充のポーションを買う。交渉術の上昇によって補充のポーションは破格の値段で手に入り、結局交渉術のポーションを買った分を加えても普通に買うより安いのだ。

こういった性能のアンバランスなアイテムは時々存在する。それは運営の確認から漏れたものなのだが、履歴を運営が確認している以上使えば発覚し、即座に修正されてしまうので“とっておき”なのだ。
モモンガはより一層相手の意図が読めない。格下の異形種に、この世界で数回しか使えない手段を使ってまで恩を売る理由がわからなかった。
「あの、確認なのですが・・・俺はゼッドさんのリアルな友達でもなければ気前のいいプレイヤーでも有りません。ただの格下異形種です。なぜここまでしていただけるのですか?」
ゼッドはクスクスと笑いながら正直なところを口にする。
「あなたを観察して将来有望と判断したからです。ある程度堅実にプレイすれば誰でも上級プレイヤーになれます。しかしここで驕るプレイヤーは長く持ちません。巨大なギルドを率いるプレイヤーはどんなに強くても慎重で油断せず思考を回す。モモンガさんにはそういった資質があるし、現在異形種で主だったギルドがない以上いずれはそういったギルドが出てくるでしょう。私はそういったときに上にいるだろうモモンガさんと今のうちにコネを作っておきたたいんですよ。」
ゆっくりと答えながらもその声は確信を強くにじませていた。
対するモモンガは呆気にとられていたが、指で頬骨をカリカリと掻く動作をする。
「なんとまぁ、買い被られたものですね。俺はそういう自覚はありませんが・・・」
「そう言いますがね、私の相棒も同じ考えですよ。彼女の予言は滅茶苦茶当たるんです。逆らわないほうが良いですよ。」
「うへぇ、それはどうも。ではご厚意に甘えるとしましょう。偉くなったら搾り取られるんでしょうね。」
「骨の身で搾られようがないでしょうに。」
「ぶち殺すぞヒューマン。」
そう言うと二人は笑って契約を交わした。


その後、アインズ・ウール・ゴウンのギルド長となった時、彼女はよく言ったものだ。

「私の予言は当たるのよ。ゼッドとは仲良くやりなさい。きっと色々うまくいくわ。」

漠然とした予言を聞きながら、モモンガは明るく頷いた。
その声は今もモモンガとゼッドの頭で響いている。



ゼッドさんの過去話でした。
今後も本編10話以内に番外編1話位のペースで執筆したいと思ってます。

本編も合わせてお楽しみいただければと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勧善懲悪、英雄誕生

やっとのことで漆黒のターン。

・前回のあらすじ
カルネ村に訪れるジェットストリーム一行。
村長やネム、エンリと交流を深める中、先日の騎士たちが襲来。
理不尽な状況に怒るエンリに救世主が現れる。

以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・トマス二世 様

ご報告いただきありがとうございます。


襲撃部隊の隊長であるベリュースは焦っていた。
今回の任務には自分の栄達がかかっている。かの王国戦士長ガゼフを殺す大舞台であるからして成功すれば直接戦闘を行う部隊程は無くとも査定資料に大きくプラスであろう。
ベリュースはこの任務の成功とともに部隊を辞めるつもりでいた。訓練を受けたとは言え資産家の家系である自分が連日連夜の野営ではこの身が哀れすぎる。頭脳労働こそ自分の得意分野であって、人を従える側なのだと自負していた。

彼の焦りは2つあり、一つはスケジュールの遅れだ。村々をなぎ倒しながら後ろから追跡する王国の部隊を誘導する作戦だが、王国側の進行速度が予定よりも早い。まだ余裕はあるがこの村で時間を食えば捕捉されてしまうかもしれない。餌が本当に食いちぎられるなど笑い事ではない。
もう一つは部隊の士気だ。先日村を襲った夜に狼に襲われ落馬した挙句、部下のロンデスに救助された。それ以来どうも隊員がロンデスの指示に従っている傾向がある。このままでは功績の一部をロンデスに横取りされるのではないかと思うと苛立ってしまう。

「スケジュールが遅延している!早く村の包囲を完了せよ!」
ベリュースは部下を叱咤するが全く効果がない。
「デズン、お前の馬は少し疲れているようだ。包囲の位置をモーレットと代わり、あまり動かず馬を休ませたほうが良い。」
その隣でロンデスは仲間に指示を飛ばす。
ロンデスは冷静な表情の下でべリューズと比べ物にならない程苛立っていた。
隊長は戦術や相手との間合いなどをまるで分かっていない。
さっきからスケジュールと大声で喚いているが、実戦でスケジュールの遅延など日常茶飯事であるし部隊の速力を考えればまだ余裕がある。万が一捕捉されたとしても王国側が追いつけるわけがないし、村人を放おって追撃してくるわけもない。

『あの狼達に食わせといた方が良かったかもな。』
ロンデスは普段の温厚な性格とは真逆の想像をしていた。
どうもあれ以来べリューズが俺を目の敵にしている。八つ当たりも甚だしいしあの無様な光景を目にすれば笑って見捨てても仲間は何も言わなかっただろう。
包囲陣を完成させるために先行するモーレットも、ロンデスとすれ違う際にヘルムをあげて笑いつつロンデスに合掌した。
「お守りご苦労様・・・か」
ロンデスは呟くと気持ちを切り替える。これから仕事が始まるのであり、仲間のためにも自分が頑張るしか無いと腹をくくる。
「これが最後の村だ!ようやく国に帰れるぞ!」
「「応!!」」
ロンデスは突撃陣の先頭に立って仲間を励ます。それをべリューズは安全な中央から睨んでくる。ロンデスは後を振り返らなかった。


「異国の商人さん方!帝国だ!帝国の騎士がすごい数でこっちに向かってる。すぐ逃げた方がいい!」
お人好しの村長はあって間もない商人の避難を促す。
「まぁまぁ村長殿、落ち着いて下さい。」
一方のゼッドは余裕綽々で白湯を啜る。タリズマンはと言うと戸口近くの壁にもたれかかりながら腕を組んでいる。村長はそんな光景に鼻白むが、うかうかしていては逃げ遅れる。
「帝国は容赦がない!本当に殺される!」
しかし村長としてもどこへ逃げたら良いかなんてわからなかった。彼らはなぜか王国方面から来ており、逆に逃げれば敵国の帝国か、あのカッツェ平野方面しか無い。
「村長殿。私の勘ではありますが、すでに村は包囲されています。もう逃げ場は有りませんよ。」
ゼッドは落ち着きつつとんでもないことを口にする。慌てて村長が広場を見やると、たしかに逃げたはずの村人達が戻ってきている。村長は絶望し、顔をひきつらせた。
もしかしたら傭兵のタリズマンは強いかもしれない。しかし帝国の騎士は専業職業であり、王国の兵士とは比べ物にならない位強いと聞く。それにたった1人ではたちまち殺されてしまう。
村長はヘナヘナとその場に座り込む。今までの平穏にあぐらをかいて防衛を考えてこなかった自分が情けないとともに、村人に申し訳なかった。

「良ければ私達が撃滅しましょう。」
村長は耳を疑った。何を言っているのかわからず呆然と相手の方を見る。
ゼッドは湯呑を机に置くと座ったまま村長の方に振り返る。
「私としましても異国で初の取引先が潰れては寝覚めが悪い。タダ働きは性に合いませんがこれはサービスさせていただきますよ。」
そう言ってゼッドは立ち上がり、まだ呆然としている村長にお辞儀をするとタリズマンを伴って外へ出ていった。
村長は思考を引き戻してさっきの言葉を反芻する。
「撃滅・・・と言ったか?」
商人が口にする言葉ではない。どんなに腕が立つ冒険者でも“追い返す”が精一杯だろう。
なにせ相手は軍隊だ。個人が戦ってどうにかなるものではない。
しかし例外はあった。例えば吟遊詩人が酒場で謳うような・・・
「英雄?」

外に出たゼッドは一直線に花子の下まで歩きながら確認する。
『<伝達>花子~、準備は?』
『できてますよ、店長。でもなんでコレなんですか?派手なだけですよ?』
『いいの、今回は派手にやるんだから。大立ち回りは全部タリズマンの役割。』
そう言ってゼッドは古めかしい短弓を取り出す。漆を塗ったように艶のある黒で、中央部分には何故か3つ窪みが彫られている。
「タリズマンは先行して包囲している騎士を殺して下さい。こっちの用意ができたら作戦通りの突撃で。」
「隊長格と数人は生け捕り、了解した。」
そう言うとタリズマンは人間離れした速さで後方に消えた。
ゼッドは花子と合流すると用意されていた矢を手に取る。
その矢は不思議な形状をしていた。鏃の手前にある金具に3つの黒い玉がついている。
その鏃は丸く、相手にあたっても跳ね返ってしまうように見える。
「さて、ヒーローショーの開幕だ。悶絶するモモンガさんが目に浮かぶぜ。」
そう言ってゼッドは矢を同時に三本つがえると空に向かって放った。


突撃準備は完了し、後はべリューズの命令のみとなっていた。
べリューズはこの瞬間が任務中一番好きであった。自分は相手を上から見下し、相手は絶望の表情を浮かべている。正に愉悦である。
村人たちの目が自分の振り上げた右手に注がれるのを感じながら、蹂躙の号令を発する。
「突げ・・・」

口を開いた瞬間、目の前が爆発した。

ロンデスは素早く意識を取り戻すと自分の状況から確認する。
軽い耳鳴りがする。プレートは溶けていない。吹き飛ばされた証拠に目の前に倒れている自分の馬が見える。頭を振って耳鳴りを抑えると今度は周りに目をやる。
突撃陣の鏃である前衛は吹き飛ばされ、いたるところで自分と同じように立ち上がろうとしている。特に焼き尽くされて死んでいるような者は見当たらない。前方には複数の焼け跡が見える。
『しかし今のは何だったのだ。』
突然目の前が発光したと思ったら強い衝撃とともに地面に叩きつけられた。
<火球>による爆撃だろうか。だとしても1人で同時に複数を打ち出すことなど、かの帝国魔術師フールーダでさえ不可能だろう。さらに<火球>であれば自分はとうに焼き尽くされて死んでいるはずである。
しかしロンデスには一つ取っ掛かりがあった。それは直前に聞いた風切り音である。
聞いたことがある。六色聖典の中には武器に魔法を込めて攻撃に使う者がいた。
この風切り音が魔法を込めた矢であるならば納得がいく。ロンデスはそう判断して舌打ちした。密集した状態で遠方からこんな爆撃を受けては一方的に嬲られる。
とにかく散開させて爆撃を回避するべきだと考えたロンデスは振り返って指示を出そうとする。
その時爆煙の向こうから恐ろしい声がした。

「待たせたな、悪党ども。」


べリューズは突然の爆発に思考が停止していた。前方のロンデスがこちらを振り返り何かを言おうとしているところにそれは現れた。
ロンデスの後方、煙の中から人影が現れる。
「罪もない村人を嬲り、あまつさえ女子供まで命を奪うその所業、異国の事とは言え看過できぬ。」
地の底から這い登ってくるような声とともに煙が晴れると、漆黒のフルプレートに紅いマントを羽織ったそれは二本の大剣を背負って立っていた。
一人、たった一人である。しかし40人の突撃隊は誰も動けない。その巨躯から発せられる物理的と言っていい威圧感は戦場を駆けた者にとって相手の力量を如実に表すものであり、戦士としての勘が警鐘を鳴らし続ける。
ここで幸か不幸かべリューズだけが口を動かすことができた。彼は相手の力量が分かっていなかった。
「きっさまぁ、何奴!」
「悪にくれる名など無い!!成敗!!」
裂帛の気合とともに発せられた言葉は先程の爆発より威力を感じさせた。
タリズマンはその声よりも速いと錯覚するような速度で、べリューズの隣りにいた騎士に迫る。同時に二本の大剣を引き抜くとすれ違いざまに首をはね、部隊の後方に着地する。その身には返り血一つついていない。
まるで剃刀のような切れ味で切断された為、胴体はしばらく馬の上から落ちない。
全く反応できなかったべリューズはゆっくりと隣を見ると、首から上がなくなった部下がべリューズの方向に倒れてきていた。
「ひひゃあぁ!!」
情けない声をあげてべリューズは馬から転げ落ち、距離を取ろうとするが腰が抜けて哀れにもがくだけであった。

一連の惨劇に最初に動いたのはロンデスだった。
「散開!包囲して攻撃!」
短く有効だと思われる指示を飛ばすと自分は警笛を鳴らした。
これで包囲に向かった人員が戻る。これで1対49、爆撃も考慮すればすぐにでも散開するべきだ。包囲に向かったモーレットやデズンは共に死線をくぐり抜けた猛者であり、彼らが戻るまでに状況を優位にする、それがロンデスの選んだ最適解であった。
彼は知らない。その二人もすでに知覚すらできない死の暴風によって刈り取られた後であることを。

弾かれたように部隊は散開を開始する。しかしそこに爆撃が降り注いだ。
陣の中央に生まれた爆風は騎士を吹き飛ばし、馬を気絶させた。
そしてその混乱に割り込むように紅いマントが閃くと騎士たちの首が面白いように飛んでいく。
一つの完成された舞踊のようにタリズマンは前後左右の敵を流れながら切断していく。
逃げようとする騎士も爆撃の壁に阻まれ、渦中に吹き飛ばされる。
『まだか!まだなのか!』
ロンデスは吹き飛ばされて両断される仲間を見ながら祈るような気持ちで増援を待った。
しかし彼らは来ず、その間にも殺戮は続いている。
よく見ると時折タリズマンは大剣の腹で殺さない程度に叩き伏せるという器用な事をしている。彼我の差は歴然であり、更に相手には手加減をする余裕があるということだ。
十数人が同時に襲っているにも関わらず彼の鎧どころかマントにすらかすりもしない。
「き、切り捨てろ!殺せぇ!!」
べリューズが喚いている。彼が生きているのは相手の戦士の意志だろう。ロンデスとしては余裕があればべリューズをこそ切り捨ててやりたいが、あの戦士のことだから自分が殺すよりも酷いやり方で殺すのだろうと考えて見捨てることにした。
その考えが漆黒の戦士に届いたのか、彼はおもむろに地面の小石をべリューズ向かって蹴り飛ばす。
「げぇ!」
放物線を描くべき小石はほぼ直線にべリューズの額に直撃し、べリューズは動かなくなった。
ロンデスが見渡せばもはや戦闘可能なのは自分だけで、漆黒の戦士がこちらにゆっくりと歩いてきていた。自分の身長ほどもある大剣を軽々と肩に乗せ、マントをはためかせる姿にロンデスは己の死を実感した。それを感じる時間があるのは幸せなのかは今の彼にとってはどうでも良かった。

「その剣では傷すら付かん。」
漆黒の戦士はそう言って優しく大剣を放おって来た。これを使えということらしい。
受け止めようとするとあまりの重さに剣を抱きながら後ろに倒れる。
『なるほど、俺は最後の見世物らしい。』
いっそ清々しくもあった。これほどの戦士に殺されるなら文句は言えないと。
ロンデスは立ち上がり、大剣を引き摺りながら構える。
<能力向上>
万感の思いを込めて武技を発動する。これでなんとかこの大剣を振れるはずだ。
「いくぞぉ!!」
ロンデスは疾走し、後に流れる大剣に力を込めて大上段に振り上げる。大剣の重さを利用した叩きつける一閃、これに全てをかける。
スローになる世界で相手が身をかがめ、大剣を刀のように腰に回している様子が見える。
一度見たことがある。居合という姿勢に似ているが大剣で抜刀術を使うような馬鹿は見たことがない。
つくづく規格外の戦士であり、これと戦っている自分は武人の本懐を遂げようとしている。
『剣に生き、剣に死ぬ。自分にはもったいない最期だな。』
声にならない絶叫とともにロンデスは最後の剣を振る。しかし相手の方が遥かに速く、大剣が閃いたように感じた次の瞬間には自分の視界は地上の首のない胴体を眺めていた。


未だ倒れない死体から大剣を受け取り、漆黒の戦士はその胴体を優しく支えると地に横たえた。
村人は誰も声を上げない。騎士が殺されたときには歓声でもあげたかったが、漆黒の戦士の相手を見下さない高潔な振る舞いにただただ心を持っていかれていたのだ。
「せめて痛みを知らず、安らかに死ぬがよい。」
そうつぶやいた声が聞こえたのは村人のほんの数人であった。
漆黒の戦士は立ち上がって村人の方を見ると静かに告げた。
「もう安全だ。この者たちは君らを殺そうとした。事情を知るためにも何人かは気絶させているので、彼らを拘束してほしい。恨みを持って殺すことは簡単であるが、将来に備えて彼らから情報を聞き出すまでは控えてくれ。」
しばしの静寂の後、村長が皆の気持ちを代弁するように両膝をついて応えた。
「村を救っていただきありがとうございます!是非、お名前を!お名前を教えていただけないでしょうか!」

朝日を受けて漆黒の戦士は立ち、マントを大仰にはためかせると厳かに、しかし村人たちに響く声で名乗る。
「私はタリズマン。遠くの地より来た、勧善懲悪の戦士だ。」


『私はタリズマン。遠くの地よりきた、勧善懲悪の戦士だ。』
円卓の間、モモンガは水晶鏡とゼッドのスキルによって戦闘の一部始終を音声つきで眺めていた。
魔法を解除して椅子に軽く持たれつつ天上を眺める。
「勧善懲悪の・・・戦士・・・」
5秒ほど停止したところで突然勢い良く大理石の円卓にヘッドバットをかます。
「は、恥ずかしいィィィ!!」
発光しつつそのまま反動をつけて椅子から落ちると床を転がりまわる。
「なに!?将軍!?暴れん坊なの!?、最後あれト○じゃん!!」
すかさずゼッドから<伝達>が飛んでくる。
『ねぇねぇ、今どんな気持ち?アレをいずれやると思うとどんな気持ち?』
『お前が吹き込んだなあぁぁ!あqsうぇdfrgtyふじこlp;!!』
意味不明な絶叫を上げつつ、死の支配者は悶絶し1時間ほど円卓の間から出られなかった。



とりあえず初戦が終了。
べリューズのタレント<命乞い>は次回炸裂予定。お楽しみに!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

お話し合い

全てのバッドエンドを背負って、ヤツは星になったよ。

ところでこれって何時までカルネ村やるつもりなんでしょうね(他人事)


・前回のあらすじ
襲撃部隊は予期せぬ反撃を受ける。
迎撃を請け負ったゼッドは彼らなりの戦い方と、タリズマンの圧倒的な武力によって部隊を撃滅する。
カルネ村に英雄が誕生した瞬間だった。

以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・どてら 様

ご報告いただきありがとうございます。


村に来た時もそれなりに丁寧に迎え入れられたが、今は全く異なる。
いきなり英雄になったタリズマンを村人はもはや崇拝していると言ってよかった。
挨拶の途中だったので、ゼッドとタリズマン、花子は村長の家に戻っていく。
その道中でもタリズマンは村人に感謝されまくっていた。
『<伝達>ゼッド様、人間相手ではありますが自分の演技がこうも評価されるとちょっとは嬉しくなるものですね。』
『演技を評価してるのかといえば、うーん。まぁ良いか。それに口上とか振りは俺が考えたしな。』
『あのセリフは私も結構気に入りました。モモンガ様も気に入ってくださると嬉しいのですが。』
『あの方は恥ずかしがり屋でね。内心では結構喜んでるはずだよ。』
『真ですか!いや、それは良かった!』
遠くで悶絶しているだろう友を思いながら、心のなかで合掌するゼッドであった。
「大体お前のせいだけどね!!」
幻聴を無視すると商人二人は席につき、タリズマンは前と同じく戸口の近くで待機する。
村長の重ね重ねのお礼を華麗にさばきつつ、ゼッドは本題を進める。
「村長殿は報酬をお気になされているようだが、あの時も申し上げたようにそれは結構です。」
「いえそんな!村を救っていただいて何もできないでは私どもの立つ瀬がございません。」
村長は即座に応えるが少し目が泳いでいる。確かに正当な報酬額など払えるはずもないし、収穫期前で村は決して裕福な状態ではないのだ。
「分かっております。ですので報酬代わりに3つお願いしたい事がございます。」
村長はゴクリと喉を鳴らす。何があっても受け入れる覚悟を決めた表情だった。
それを確認するとゼッドは穏やかに頷いて条件を提示した。
「まず物価やこの周辺の勢力、地理や文化などの基本的な情報をいただきたい。私たちは異国から来たので、商売をするにもまず物の価値がわからないことには話にならないのです。
次に村を防衛するための施策を進めていただきたい。これは余裕のある範囲で構いません。
この村とはいずれちゃんと取引がしたい。そのためには村の安全を確保していただきたいのです。ここまではよろしいですか?」
村長は肩透かしを食らったように意外な顔をしていた。情報は特別に価値のあるものはないし、防衛だって言われずともこれから考える予定であった。
「もちろんです。この2つはお約束できます。」
次が肝心だ。ゼッドはいつの間に持っていたのか、あるアイテムを取り出して机の上においた。
「付け加えますが、この2つに関して口外無用です。商人がろくな知識もないと知れては商売に差し支えますので。では3つめなのですが・・・」


ゼッドは粗方情報を聞き終えると花子にまとめさせてスクロールをナザリックへ送った。
外へ出ると既に日は傾きつつあり、結構な時間を情報収集に使ったが、そのリターンは少なくなかった。
「完全に新世界かー。まいったね、こりゃ。」
「店長も知らない世界なんですか?」
花子は意外という表情だった。ゼッドは呆れたように真顔で花子の方を向く。
「君ね、俺を何だと思ってるんだい?」
「地獄耳の店長、壁に耳あり障子に目ありの店長のことだから異世界くらい色々覗いたことがあるものだと思ってますけど。」
「あー、俺は妖怪か何かかね。」
ちょっとショックを隠せないゼッドに向かって花子は真面目に、少し期待しているように頷いた。
「少なくとも片足は突っ込んでるかと。」
同僚の心無い一言にゼッドが落ち込んでいると、後方のタリズマンに声をかけてくる姿があった。

「あの、私も連れていってください!」

タリズマンに弟子入り希望者が出たのだ。しかも女の子。これはゼッドも予想外で思わず隣の花子に問いかける。
「どしたの?あれ。」
花子は問題の女の子を確認してゼッドに小声で応える。
「あの子はエンリっていう村娘ですが、ちょっと興味深い子です。私が確認した時、指揮官系の職業を二つ位持っていました。さらに何か特殊なスキルがあるようなんですが、開放されてないのかよくわかりませんでした。」
「つまり将来有望?」
「私はそう思います。ちゃんと育てれば未来の英雄かも。」
「成る程、それなら先行投資しないといけないな。」
ゼッドはタリズマンを呼ぶと少し相談してエンリに向き直った。
タリズマンが喋りすぎると入れ替わりに気づかれる可能性もあるのでゼッドが前に出る。
「えっと、助手から聞いたんだけど、エンリ・エモット君で良いかな?」
「はい!」
エンリは元気よく返事をする。ゼッドは優しい表情で深く頷く。
「どうして私たちに付いていきたいのかな?」
「それは、私も強くなってこの村と家族を守りたいからです!」
女性にしては驚くべき発言だがゼッドは表情を崩さない。
「大切なものを守るのは良いことだ。でもそうなるとやっぱり君を連れては行けないね。」
エンリは何か言いたそうにしたが、ゼッドは先を続ける。
「君は守るために強くなりたいと思った。それならまずこの村で基本的な強さを身に着けたら良い。私たちは遠くまで旅をするし、危険も多い。村娘の君を庇いきれないかもしれない。まずは自分の身を守れるように強くなりなさい。そういうことであればまず協力しよう。」
諭されたエンリは僅かに残念そうな顔をするが、縦に頷く。
ゼッドは満足そうに二度頷くと、懐から手のひらほどの土色の玉を幾つか取り出す。
「見たところ君には他に命令を出したり管理する才能がある。それを伸ばすためにこれをあげよう。この玉を地面に埋めなさい。するとゴーレムが出てきて君の指示に従うから、まずはそれらを使って村の周りに柵と堀を作りなさい。見張り台ももう一つ程建てること。それが終わったら村の畑仕事を手伝わせなさい。野盗なんかが来たときはこれで戦闘しても良い。しばらくしたら私達が君の成長を確認して新たに課題を出すことにしよう。どうかな?」

エンリはゴーレムを知らない。しかし何かを召喚できるアイテムというものが目が飛び出るほど高価であろうことは理解していた。そんなものをゴロゴロと並べられるとめまいがしてくる。
「あの、言い出しておいてあれなのですが・・・そんな高価なものを頂いてよろしいのですか?」
もし目の前の商人が悪者であったら詐欺だと思う。しかし彼らは村を救ってくれたし、どうもそういうことではないとエンリは考えて言葉を選んだ。
ゼッドはここが肝心だと、契約書を持ち出して少し真剣に話す。
「これはね、先行投資と言うんだ。小麦だって実って収穫するまでには手をかけるだろう?そういうことでね。幾つか条件をつけるよ。
一つ、今回君が騎士を殴り飛ばした事と飴をもらったことは内緒にすること。
一つ、このゴーレム達は村を守るために使って外に出さないこと。
一つ、村人以外にゴーレムを知られないこと。
一つ、ゴーレムを知られたり、君の能力などについて誰かに尋ねられたら私たちにすぐ報告すること。
一つ、私達以外の組織や勢力に絶対に加担しないこと、脅されたら同じく報告。
連絡の手段はこれからピアスを渡すから、使い方は花子から聞いてほしい。これで以上だけど、君は守れるかな?」
条件が書かれた羊皮紙をじっくり読んで、エンリは応えた。
「私、この条件を守ります。私が強くなっても皆さんの許可なしには王国にさえ加担しません。」
「うん、よくわかったよ。その羊皮紙はもらって構わない。本当は約束を破らないように色々するんだけど、君の言葉を信用しよう。あと、ゴーレムの件は村長に話を通してから使ってね。」

村長宅を辞して三人は村はずれの納屋へ向かう。拘束した捕虜たちが放り込まれているはずで、これからの“お話合い”を考えながら歩くゼッドに花子が疑問を口にする。
「あんなに渡してよかったんですか?ゴーレムの種。」
「使役数ギリギリだから問題ないでしょ?」
ゼッドは手を頭の後ろで組みながら興味なさげに答える。
「そうじゃなくって、アレを4分の1も使役すれば今日の騎士団位すぐやっつけちゃいますよ?」
「まぁ良いんじゃない?強くて困ることは無いだろうし。」
「うーん、なんだか嫌な予感がします。」
彼女の予感は将来的中するのだが、誰が嫌な思いをするのかはまた別の話である。
ゼッドとしてはせいぜいレベルアップをしつつ、囮になってくれればそれでよかった。
タリズマンとエンリを目立たせて敵を引き付ける。
敵とはこちらの強さを知りたがる組織やプレイヤーであり、それらが味方同士とは限らないだろう。
そこで鉢合わせて共倒れを狙う。

ゼッドは決して直接人を殺さない。


ベリューズは捕虜の中で一番最後に目が覚めた。
あたりには部下の苦痛にうめく声が複数聞こえる。鎧は剥がされてロープで腕、手首、膝、足首としっかりと拘束されている。視界を頼れば、ここは倉庫のような場所なのだろう。高い位置に窓が見えるほかは何も見当たらないし、拘束を解く手助けになりそうな道具は外に出されているようだ。
部下たちは全く動かない。戦意が完全にそがれたのかおとなしく座るもの、すすり泣くもの。それぞれが一様に抵抗しようと思っていなかった。
しかしベリューズは違う。彼はあの一方的な戦闘を見てなお希望があった。お金だ。世の中大体お金で片付くはずだ。幸いベリューズには喋れる口があり、あの恐ろしい戦士が来る前にそのあたりの村人に金と資産家である自分の地位の空手形を使って逃がしてもらおうと考えた。
いざとなれば法国の名前を出して脅せばいい。偽装任務は大失敗だが命と金があれば取り戻せると自分に言い聞かせる。
そうとなればこんなところに居られない。とにかく村人と接触を図るべくベリューズは芋虫のように体を動かしながら戸口まで移動した。
何とかたどり着くと幸運にも戸口に小さな穴が開いていた。ベリューズは体を捩って穴から外に目を凝らす。

「ここですか。警護ご苦労様です。これから彼らとお話合いをするので少し外していただけますか?」

最悪だった。聞いたことのない声がしたと思ったら目の前に“あの足”が見えたのだ。
悪魔のような戦士。その漆黒のフルプレートは見間違いようもない。

これはまずい。相手はこちらを一方的に蹂躙した野蛮人であり、交渉などする前に首をはねられる。
聞き耳をたてれば村人が戦士にお礼を述べているのが聞こえる。
--あなたのおかげであの蛮族から救われた
--すごい立ち回りで尊敬する
--特にあの捕虜の腰抜けぶりには後で笑いがこみあげてくる
ベリューズは歯ぎしりした。許せない、地位の高い自分を嘲笑ったうえでこのような仕打ち。この借りは何倍にもして返してやる。傭兵や盗賊を雇って村を襲わせ、何度でも絶望させてやる。
声にならない呪詛を頭の中で吐きながらも状況は変わらない。

戸口が開いて漆黒の戦士が姿を現す。ただ立っているだけなのに先ほどのトラウマで捕虜たちは全く動くことができず震え上がっている。そしてその後ろから明るい服を着た人の良さそうな男が出てきた。
「これから私とあなたたちでお話合いをしましょう。まずはみなさん話し合いがしやすいようにその辺りに固まってください。」
とてもにこやかに、これからお茶を囲んで談笑でもするかのような口調ではあるが、捕虜たちはこれが尋問であることはよくわかっている。なので即座に従って体を捩って身を寄せ合う。
ただ一人、ベリューズは違った。
「お、お前は商人か貴族だろ!?だったら・・」
「まずは移動しましょうね、手伝ってあげてください。」
ベリューズは話を遮られた次の瞬間に空中に浮かんでいた。腹がへこみ、ものすごい嘔吐感が体を駆け巡る。
そして衝撃。肉がぶつかる嫌な音を立てて捕虜たちの隣にベリューズは転がった。
漆黒の戦士は足を手前に引くと籠手で足先を払う動作をした。蹴ったものが汚らわしいという仕草だ。
捕虜たちは恐怖と同時にどこか痛快な気もしていた。ここまで来て往生際の悪いベリューズに心底呆れていたのだ。

気絶するベリューズを余所に“お話合い”は比較的スムーズに進んだ。
所属に関して多少の嘘が見られたが、「どうせこの隊長から聞いて答え合わせをします。」という男の言葉で捕虜たちはあきらめたようだ。
男の尋問はスムーズで、彼らは自分たちの所属から作戦の目的、部隊の配置やガゼフの装備に関する裏事情。
果ては行動経過や法国自体の概要、組織まで洗いざらい喋った。
はっきり言って抵抗するのもばかばかしいし、ガゼフが到着すれば王国に引き渡されて同じことを聞かれるのだ。優しく聞かれている今のうちに喋ってしまったほうが楽であった。
この後ガゼフ暗殺の本隊が来るが、全く希望が持てない。あんな戦士を相手に誰が勝てるだろうか。

「成程。帝国のせいにしながらガゼフを暗殺。面白い計画でしたね。」
「我々はこれからどうなるのだろうか。王国に囚われるくらいならいっそのこと首をはねていただきたい。」
捕虜の一人は麻薬などの王国の暗部を告発したうえでそう言った。
それに対してゼッドは少し悲しそうな、それでいて穏やかな表情で話を続ける。
「そう悲観しないでください。あなた方は理性的で正直だ。なので生きる道を提案しましょう。」
「・・・どういうことだろうか?」
すでに情報は喋っており、これからどこに行こうと自分たちは蛮族、裏切者、犯罪者として追われる身になることはわかりきっており、そんな恥辱にまみれた逃亡生活など願い下げだった。
しかしゼッドは意外な提案をする。
「我々としては適度に名が売れて、ガゼフ戦士長にも恩を売りたい。そして二度とこの村が襲われないようにしたい。そこであなた方には警告の文言をもって法国に帰ってもらいたいのです。」
「国へ帰るですと?我々があなた方の情報を話すことは考えないのですか?」
ゼッドとしてはそれこそお願いしたいくらいだった。我々の本質や戦力はほんの一部しか公開していない。それが誇張されるのはとてもありがたいと思いつつもそんなことはおくびにも出さず、おどけた仕草で捕虜に答えた。

「まぁそのくらいは有名税ですよ。文言の内容はこうです。

一つ、我々は法国のガゼフに対する陰謀を知っている。公開されたくなければカルネ村および我々に手出しや詮索は無用。
一つ、我々はガゼフと結託してこの陰謀を秘匿する。これで王国貴族の一部をけん制するので彼らと関係を断絶すること。
一つ、我々は慈悲深く、いまだ貴国との友好関係構築は可能と認識している。その際には“ジェットストリーム”という名で使者を送るので先にそちらから接触しようとは考えないこと。
一つ、このメッセンジャーは我々の協力者と認識しており、これに対する手出しや詮索は我々の報復を呼ぶだろう。
一つ、我々は十三英雄等と同様の存在であり、上記の内容を破ったと思われる場合や我々のことを漏らした場合は証拠一切に関わらず先手を取って全力で貴国に報復する。
最後に、我々は積極的な流血を好まない。そして常に貴国の一挙手一投足を監視するだろう。

まあこんなところですかね。」

捕虜は納得する、こんな文言を突きつけられれば法国は慎重にならざる負えない。
しかしこれは法国を監視しているという部分を相手に見せつけなければ効果的ではない。
それに気づくことを待っていたようにゼッドは一つの指輪を取り出して、まだ眠っているべリューズの額に当てる。ほのかな光を発してすぐ消えたそれを捕虜の前に置く。
「これには高位の探知魔法が込められていて、身につけるとべリューズ君の場所が分かるようにしておきました。この魔法自体おそらく法国では解析不能でしょう。これで我々の実力と監視能力についてはよく理解できると思いますが、いかがでしょう。」
「確かに国を超えるほどの探知魔法など想像もつきません。間違いなく恐怖するでしょう。」
捕虜たちはいつの間にかとても協力的になっていた。
自分たちの命もそうだが、この集団を法国の敵に回しては絶対にいけないと悟ったからだ。
「これは最後ですが、べリューズ君はガゼフ戦士長に引渡して、王国への土産としてもらいます。こうしないと説得力にかけるので。同僚を見捨てることになりますが、良心の呵責はございませんか?」
それを聞いて思わず捕虜たちは噴き出した。ここへ来て一番の冗談である。この男もすでに気づいているだろうに。
「ははは!!・・・いえ、いえいえ。全く御座いません。この男は部下の忠誠を引き寄せるような者ではございませんでした。王国に対する法国の品位が下がることが残念ではありますが、王国にも似たようなのがいるでしょうからな!」
「フフ・・・。では満場一致ということで。とても公平にべリューズ君の判決は決まりましたね。」

その後、事情を村長に話すと、村人を集めて兵士に謝罪させるという条件付きで同意を得たので謝罪の後に捕虜の一人を解放した。


「・・・ューズ君、べリューズ君。」
べリューズは再び覚醒する。ロープを解かれて何者かに羽交い締めされている。いつの間にか隣に並んでいた部下はいなくなっていた。薄暗い部屋に死の気配が漂う。
助かったのか。いや、殺されたに違いない。すでにべリューズの精神は疲弊し、脱出する力が湧いてこない。足はだらんと空中に垂れ下がるのみである。

そう言えば誰に拘束されているのだろうか。

そう思って彼は恐る恐る首を回していく。本能が見てはならないと告げている。
しかし自分の意志とは裏腹に視界が自分の背後に回っていく。
自分の肩を視線が通過し、フルプレートの胴体を経由して

彼は男の正体を確認してしまう。

それは髑髏であった。人に似ていて人のものにあらず。長年をかけて変化したのだろうか、その髑髏の目の辺りには紅い光が灯っていた。
生者を憎むアンデッド、死の支配者の眼光を受けたべリューズは発狂した。

「ひぃ・・・・お、おおおおがね!おがねあげばじゅ!おがね!おがねぇえぇえええ!」

意味不明の絶叫を上げていると前から声がした。
「さて、べリューズ君。私は直接人は殺さない主義でね。生かしてあげようと思うよ。」
「ひぃひひひひ・・・ひへ・・・がね・・・おかね・・・」
「しかし何かショックな事があったらしい。精神的にお疲れのご様子。そこで気のいい商人の私はタダでこの薬をあげようと思うのさ。」
ゼッドが取り出したのは灰色の発行する液体が入った小瓶であった。量は少なく一口で飲み干せるだろう。少ない量で効果は最大、劇薬の類だ。
もはやべリューズにはその危険にさえ気付けない。夢見心地で瞳孔は開きっぱなしである。
その開いた口にゼッドは優しく流し込む。10秒後べリューズはなにも知覚しない、何も思考しない存在になった。
「ふむ、回るまで10秒。狼よりも時間はかかったが当然かな。支配の薬の出来損ないだが、十分この世界では使えそうだ。」
タリズマンは幻術とヘルムをかけなおすとべリューズ“だったもの”を床に下ろす。
丁寧に鎧を着せて座らせてると、二人は部屋を後にする。
「さて、これで大分時間が稼げるな。」
ゼッドは明るい空を見上げるのだった。


モモンガは執務室で様々な報告を確認していた。ナザリックの現状はほぼ把握し、マスターソースの確認も終わった頃、プレアデスのソリュシャンが決済後の書類を回収しに来た。
「失礼致します。書類の回収にまいりました。」
「うむ、ご苦労。」
モモンガは鷹揚に労いの言葉をかける。
「恐縮でございます。では失礼致します。」
プレアデスとして恥じることのない完璧な所作は彼女の誇りであり、流れるように書類を各担当別に割り振っていく。
モモンガは報告書を読みながら時々独り言を呟く。
それを聞けることもソリュシャンにとっては約得であり、あとで姉妹達に自慢する予定で聞き耳を立てる。
「・・・成る程・・・新世界か・・・ふむ。流石ゼッドさんだな。花子のレポートもまとまっているし、十分すぎる成果だな。今後の展開も楽しみだ。」
ソリュシャンにとってモモンガの言葉は至宝であり聞き惚れる声であるが、この言葉だけは聞きたくなかった。めくるページの端に皺ができるほど力が入ってしまう。
「そうだった、ソリュシャン。」
モモンガは思い出したように声をかける。ソリュシャンは努めていつもの声を出そうとする。
「はい、モモンガ様。」
「おそらく今夜には村に出ている三人が帰還するだろう。パンドラズアクターは宝物殿だが、花子の部屋は用意できているのか?」
ナザリックで部屋といえば第9階層の事を指す。ソリュシャンはもはや限界であった。
慈悲深い御方とは言え、これから口にすることは場合によっては重罪になるだろう。
しかしこの考えは程度の差があってもプレアデスの総意であり、自分が死んでも至高の御方に進言しなければならないことであるはずだ。
ソリュシャンは手を握りしめると感情を口にした。
「モモンガ様。恐れながら、我々プレアデスは花子の存在を認められません!」

「・・・何だと?」

ソリュシャンは死を覚悟してモモンガを見据えた。



以上。SANチェックに耐えられなかった隊長でした。
次回はシリアスなナザリック編になると思います。
モモンガ様は激おこなのか、乞うご期待!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

命の故郷

今回はシリアス展開のナザリックです。

・前回のあらすじ
カルネ村を守った報酬としてゼッドは村長から3つの取引をする。
世界の情報を集めたところに、エンリが弟子になりたいという。
将来有望と判断したゼッドはエンリにゴーレムを渡す。
更に法国の兵士から得た情報も含めて確認していたモモンガにソリュシャンが“花子を認めない”と言い放つ。


「モモンガ様。恐れながら、我々プレアデスは花子の存在を認められません!」

「・・・何だと?」
ソリュシャンの言葉にモモンガは無自覚な怒りに襲われた。肘掛けを握る手がミシミシと音を立てて沈み込んでいく。そして彼女を睨みつけた段階で沈静化が起きた。
燻る不快感は消せないが、ともかく事情を知りたいモモンガは深く息を吐き出して怒りを外に出すと、全身がこわばって震えているソリュシャンのために穏やかな声を作った。
「ソリュシャン・・・ソリュシャン。お前は花子の存在を認めないと言ったな。それがプレアデスの総意なのだな?」
ソリュシャンは先程の怒りの衝撃波をまともに受けて喉が引きつって声が出ない。
死を覚悟していたはずなのに、創造主達に歯向かう事がこんなに恐ろしいことだとは思わなかったのだ。
ガチガチと歯を鳴らしてしばらく格闘しているソリュシャンに対してモモンガは確認を諦めて原因を探る。
「なぁソリュシャン。理由を聞かせてくれ。どうしてお前達は花子を憎むのだ?彼女は人間種ではあるが協力者のシモベである。それとも人間種という時点でゼッドを含めて許せないのか?」
こういったときは二択を作って片方を否定させる方法が良いだろうと考えて提示した。
ソリュシャンは自分を奮い立たせて直立のまま応える。
「不敬ながら発言すれば、理由は彼女の生まれにあります。人間種を嫌う者が大半のナザリック内で、プレアデスのモデルである存在が人間などということは私達プレアデスにとって耐え難いことなのです。まるで、今までの我々に“そうあれ”と命ぜられた至高の御方々を侮辱されたような気持ちになるのです。」
モモンガはこの回答でおおよその問題を見つけた。
鈴木悟は迷った。ゼッドの意思と真実の間で何が一番両者のためになるか考えた。
しばらくの沈黙の後、モモンガは最後の確認をする。
「聞こう、ソリュシャン。彼女の生まれに関する説明は誰から受けたものか?」
ソリュシャンとしては階層守護者まで巻き込むつもりはなかったが、正直に答えるしかなかった。
「アウラ様から任務の後にお聞きしました。花子自身から聞いた情報だと仰っていました。」
予想された答えにモモンガは決心するしかなかった。
「成る程。花子がそう言ったのか・・・。ソリュシャン!」
「はっ!」
厳罰が言い渡される瞬間であると覚悟してソリュシャンは跪く。
「これから大至急、プレアデス全員とペストーニャ、セバス、アウラをここへ呼べ。最優先だ。」
「畏まりました、モモンガ様。」
ソリュシャンは所作を崩すこと無く退室した。
「こんな役を俺に押し付けるなんて、酷いじゃないですか。」
そう一人ごちると、モモンガは宝物殿に転移した。


「なんてことをしたの!ソリュシャン!」
最後のアウラを連れてきたソリュシャンはまずユリに怒られていた。
「じゃあどうすれば良かったのよ!このまま話が広がればプレアデスは笑いものになってしまう。そんなの許せないじゃない!」
二人が睨み合う中。セバスが穏やかに割って入る。
「ユリ、ソリュシャン。早合点してはいけません。とにかくモモンガ様のお言葉を聞き、それからです。モモンガ様は慈悲深きお方。そして我々を集められたということは少なくともソリュシャンの無礼をお怒りになってのことではないはずです。」
「ごめん。こんなことになるなんて・・・。」
アウラは珍しくしおらしい。彼女たちとは別の意味で今回のことを反省したのだ。
マーレとも話したが、アウラたちにとって花子は軽蔑すべき人間種とは何処か違うと思っていた。その矢先に花子に迷惑がかかるであろう状況を作ってしまって少し申し訳ない気持ちになっているのだ。
「アウラ様も気を落とさず。全てモモンガ様が正しい方向へ導いてくれるはずです。」
セバスはそう言って執務室の扉をノックする。
「セバス他、全員揃ってございます。」
「入れ。」
扉を開けると広い執務室の最奥にモモンガはただ一人座っていた。手前には人数分の椅子が揃えてあり、人払いがされているのかメイドもいない。
重要な話の雰囲気に緊張しながら全員は扉の前に並ぶ。
「まず座りなさい。」
意外にも柔らかい声で促され、アウラ、セバスを最前にして全員は着席する。
「皆に先に告げておく。ソリュシャンの件はきっかけに過ぎず、かえってある決断を私に促してくれた。ソリュシャンの先程の発言は私が全て許す。」
ソリュシャンは深々と頭を下げ、モモンガは手を軽く上げて応える。
「次に確認だ。アウラよ、今回花子が話した生まれについての事を他に知っている者はいるか。」
アウラは先程のセバスの言葉を思い出し、正直に答える。
「いえ、私が話したのはプレアデスのみです。」
モモンガは軽く頷くと席を立って全員に背を向ける。
「これから話すことは今のナザリックでは私とゼッドさんしか知らない。とてもデリケートな話なので内密にすること。特に花子には気づかれてはならん。」
至高の御方しか知らな事など機密中の機密であり、全員が息をのむ。
「畏まりました。我々は今回のお話を口外いたしません。」
代表してセバスが答えるとモモンガは語り始めた。
「まず、“花子がプレアデスのモデルである”という話は間違いだ。ゼッドさんの作り出した“そうあれ”という命令によって花子の中の事実が書き変えられている。」
アウラは驚愕した。あれほど誇らしげに語る花子の記憶は紛い物だったと知るとますます花子が哀れに見えて仕方がない。膝においた手を握りしめる。
「どこから話そうか・・・そもそも私の仲間たちはお前たちのような戦闘メイドを作ろうとは思っていた。しかしプレアデスという構想は全く無かった。そこには姉妹、プレアデスとして作る別の経緯があったのだ。」
プレアデス達は皆が不安に襲われる。先を聞きたくないが、ここまで聞いては戻れない。


「少し昔話になるが、ゼッドさんには妻がいた。彼女とゼッドさんは二人で商売をしながら世界を巡って旅をしていた。」
「彼女はとても明るく気立ての良い性格で、私を含めて仲間とも大変仲が良かった。彼女はナザリックにこそ来なかったが、我々の方から遊びに行っていたくらいに我々は親密な関係だった。」

「しかし彼女は突然事故で亡くなる。遺体は損傷が激しくて顔もわからない程でな。ゼッドさんはもちろん、私も、仲間たちもひどく悲しんだ。その時になって思えば彼女こそ二つのギルドを照らす太陽のような存在だったのだと実感したよ。」

「ゼッドさんは一週間塞ぎ込んで一切の交流を絶った。我々のギルドも何かをする気になれなかったが、私は彼女のユグドラシルにおける遺品整理を提案した。」
「私はまだ実感が持てなかったのだ。それを察したギルドメンバーはそれを了承して彼女の遺品整理をはじめた。」

「いろんなものが見つかったよ。ゼッドさんや我々の写真にふざけあった日々の記録・・・
それらを整理する中でこれが見つかった。」
そう言ってモモンガは全員の前にある大きな机に一つの赤い本をそっと置いた。
「これは彼女の日記だ。今は宝物殿のワールドアイテムと同じ箇所に保管されている。」
全員が注目するそれは赤地に金の線で花が描かれた小さな日記帳で、とあるページに付箋が一つ付いている。
「内容はゼッドさんとの旅と我々アインズ・ウール・ゴウンとの交流を楽しげに書いているものだ。そんな日記の後半で私と仲間はある記録を見つけるのだ・・・。ソリュシャンよ、付箋がある箇所を開いて皆に見せなさい。」
ソリュシャンは震える手で慎重に日記をめくり、驚愕して口を手で覆った。
他もそれぞれ天啓を見たように驚きを隠せなかった。
そこには可愛い文字でこう記されていた。

“私は沢山の子どもたちがほしい。優しいお姉さんに個性豊かな妹達。みんなで騒ぎながら、みんなで支え合って生きていくの。プレアデス 素敵な名前。今度あの人達に相談してみよう。”

「後でわかったことだが、彼女は後天性の病で子を産めない体になっていた。そんな彼女が叶わない願いを努めて明るく書き残したのだ。」
「私達もお前たちと同じように驚愕して、同時に全員、何も確かめること無く作業に入った。・・・一週間、私たちは寝食を忘れてプレアデスの創造に没頭した。万が一私達の作ったプレアデスが笑われでもしたら彼女に合わせる顔がない。そして同じくらいの情熱でゼッドさんのため、もう一体の子供が創造される。」

セバスは話の先が見えてしまった瞬間、目を見開いてモモンガを見つめた。
「もしや・・・」
モモンガは背を向けたままうつむいて続ける。
ありえない光景だった。死の支配者が、全てを支配する至高の御方が肩を落としている。その場の全員が初めて見るモモンガの悲しい姿だった。
「そう・・・亡くなった彼女の名前は“華子”、薬草採集が趣味の、丸メガネをかけて、そばかすが可愛らしい女性だった。・・・花子は彼女の写し身として創造されたのだ。」

「本当は服まで再現したのだが、ゼッドさんはその後、理由などを隠すためなのか彼女の設定を書き変えて、当時プレアデスのために作っていた試作品のメイド服を着せた。それが今の花子なのだ。」
集まった全員が一言も発せない。つまり花子はプレアデスの母の写し身でありゼッドの妻の写し身であり、彼女はそのことを知らない。
「長い話になったが理解してほしい。お前たちが人間種を嫌うことは“そうあれ”とされているのだから私が咎めるようなものでもない。しかし花子の境遇を理解した上で、彼女は除外してやってくれないだろうか。」

プレアデス達が泣いている。涙を流せない者も嗚咽して俯くままだ。
ペストーニャが泣いている。会ったこともない存在に涙している。
アウラが泣いている。彼女をどうすればいいかわからず泣いている。
セバスが泣いている。俯き顔を隠しているが、肩の震えは隠せない。
死も恐れないシモベ達の高みにある彼ら、彼女らが一人の人間に涙するのだ。

ソリュシャンは立ち上がると泣き叫ぶ一歩手前の声でモモンガに告げる。
「はい、・・・はい!モモンガ様!真実を教えていただきありがとうございます!私たちはあと少しで取り返しの付かないことを・・・」
「良いのだ。この問題を最終的に解決できるのはゼッドさんと花子だけだ。私たちは見守ることしかできない。情けない話だがせめて彼女が健やかに生きられるように配慮してやってくれ。」
皆が頷いて返答するのを見ながらモモンガは迷いを打ち明ける。

「私は迷っている。お前たちが仲間たちに“そうあれ”と創造されたのは事実だし、尊重したい。しかしこの世界ではお前たち自身が考え、変わる可能性を秘めている。

創造主の設定通りに生きるのが是なのか、

変化を受け入れて変わっていくお前たちを見守ることが是なのか。

どちらがお前たちとそれを創造した仲間たちにとって良いことなのか。私は未だに迷うのだ。お前たちに今すぐ答えは求めない。しかしこの問題が解決しない限りお前たちをナザリック外に出すことは躊躇われるので、真剣に考えてみてくれ。」


モモンガは全員が退室した部屋で、一人日記を手に取った。
表紙の花はモモンガも知っている。かつて彼女に教えられた花の名前。
「忘れな草・・・でしたか。」

花言葉は「真実の愛」そして

「忘れるわけ、無いじゃないですか。華子さん。」

彼女が死ぬ間際に投げた花達は、優しいギルド長の下で今日もナザリックを彩り続ける。



いかがでしたでしょうか。
ちょっと重たげな話でしたが、次回からはカルネ村に戻ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

常在戦場

ガゼフ登場回。
ニグンはまだない。



・前回のあらすじ
モモンガによって明かされる花子誕生の秘密。
プレアデス達に優しく語りかけるモモンガは、一つの日記を取り出す。
日記の内容に真実を知ったプレアデス達は花子を大切に見守ることを誓うのだった。



「ガゼフ戦士長!」
王国を出立して国境周辺の村を回っていたガゼフの指揮する騎馬隊。その一団から先行して偵察をしていた騎士が速度を落として戻ってくる。
「カルネ村は無事です!村周辺に敵の姿なし。」
「ついに捉えたか!」
出発してからと言うもの行く先々の村は焼き払われており、斬り殺された村人の遺体が襲撃時間からそう経っていないと告げていた。
なんとしてもこの襲撃犯を撃滅して村人達の無念を晴らす。
そして追い求めた襲撃犯が手を付けていない村が発見できたのだ。
うまくすれば準備中の部隊を背後から奇襲できるかもしれない。

そうではないだろう。

ガゼフは周りの部下を鼓舞するために努めて明るい声を出していたが、内心は冷ややかだった。
襲撃された村には生き残りがおり、それを護送するために人員を割かれ続けた。
間違いなく襲撃側の意図である。目の前の村が未だ手付かずなのはもう戦力を分断する必要がなくなったということ。
つまりこの村が致死の罠の終点であろう事は予測できた。
副長も同じことを思っていたのか、手綱を握る手に力が入っている。
「落ち着け副長。大丈夫だ。」
何が大丈夫なのだろうか。ガゼフも自分の不器用さに辟易する。
ここまで準備のかかる面倒な方法で罠に誘ったのだ。狙っているのはガゼフ自身の首に間違いない。
つまりガゼフを誘い出すためだけにあれだけの人々は殺された、“たられば”は自身が嫌いな言葉であったが、どうすれば誰も死なずに済んだのだろう。そう考えずにはいられないガゼフであった。


「手はず通りにお願い致します。村長殿は簡単な経緯と、戦士長殿に我々を紹介してくださるだけでよろしい。後は彼らが何を言おうと私が全て対応いたします。」
広場に出ながらゼッドは村長を安心させるためにもう一度説明する。
村人たちは捕虜から事の顛末を聞いて苛立っていた。もちろん戦士長に否があるわけではない。しかし理不尽な恐怖に苛まれた後では八つ当たりの一つでもしたくなってしまう。
それを察してか、救世主達が進言してきたのだ。我々に任せてくれと。
村人たちは矢面に立つ彼らを見ながら、もし彼らの事を戦士長が悪く言った場合、自分たちはもはや耐えられる気がしないと思っていた。

『ただ自分で交渉するのが一番楽なだけなんだけどね。』
ゼッドは村長から礼を受けながら心のなかで口笛を吹いていた。
『<伝達>店長、もう来ますから、そのニヤけそうになってる顔をもとに戻して下さい。』
村人たちを広場後方に並べて、ネムに手を振りつつ戻ってくる花子はジト目で<伝達>を飛ばす。
『あいあい、でもそんなに崩れてるか?』
『第一印象が大事って言ってたのは店長でしょう。はい前向いて背筋伸ばす!』
『お前ねぇ・・・』
そんな軽口を交わしながら、広場近くまで来た一団を迎えるためにゼッドはネクタイを締め直してシャツの裾を直しつつ姿勢を整える。

ガゼフは広場途中で馬から降りると村人たちへ歩きながら、やや大きく太い声で名乗る。
「私は王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。村々を荒らす帝国の一団を討伐するよう王の勅命を受けて参った。」
広場には村人達の前に四人の人物が立っていた。
村人と似た服装の初老の男性。この国にはない明るい服装をした人の良さそうな紳士。その紳士の服装と何処か通じるところがあるメガネを掛けた女性。そして漆黒のフルプレートに二本の見事な大剣を背負った巨躯の戦士。
ガゼフはまず戦士を警戒しつつそれを悟られないように四人の手前で止まった。
「ようこそお出でくださりました、私はこの村の村長でございます。」
初老の男性からその声を聞くと、ガゼフは村長の手を握って心から声を掛けた。
「村長殿、あなた達が無事で何よりだ。我々はすぐにでも防衛に当たるつもりでいる。どうか安心してほしい。」
ガゼフの真摯な態度に村長はお辞儀をして応える。
「ありがとうございます。しかし心配御座いません。実は戦士長殿が追われている一団は此方の方々が撃退してくださいました。」
「なんと・・・」
三人を見ればこの国の者ではないだろうことは想像がつく。彼らは関係もないだろう異国の村人を助けたのだ。どのような思惑であれこの国の戦士としてすべきことは一つであった。
「総員、最敬礼!」
広場手前の戦士団は列を整え最敬礼で敬意と感謝を表す。
ガゼフは三人の前に出て深く頭を下げた。
「この村を救っていただき、感謝の言葉もない。お名前を伺ってもよろしいだろうか。」
ゼッドは間を置かずガゼフに声をかける。
「頭をお上げ下さい。ガゼフ戦士長殿。我々は異国から参りました商人とその傭兵で御座います。私はゼッド、彼女は花子、そして戦士のタリズマンと申します。
この村へは新たな商売をするために参りまして、そこに襲撃隊と鉢合わせして交戦したという次第でございます。よって降りかかる火の粉を払っただけでして、御礼の言葉など過分でございます。」
軽くお辞儀をして話す内容には嘘はない。“計画通り”鉢合わせて、“相手を待って”火の粉を払ったのである。ものは言いようだ。
村人が頷くのを横目で確認してガゼフはこの話を信じることにした。
「それでも御礼を言わせて欲しい。私達の仕事を肩代わりしていただいてそのままでは此方も立つ瀬がない。そしてご迷惑だろうがその襲撃者について詳しい事情をお聞かせ願えないだろうか。もちろんこの件をまとめて王にご報告した暁には相応の謝礼が支払われることは私が請け負おう。」
ゼッドは手はず通り村長に目配せをすると、村長と村人はそれぞれ帰っていった。
「これから商売をしようという国に対して礼を尽くすのは当然のことです。では詳細をお話するためにまずは証拠と会っていただきたいと思います。あちらの納屋までご足労願えますか。」
ガゼフは後方の部隊に休むように指示を出すとゼッドの後を歩く。さらにその後ろからタリズマンが続き、花子はエモット家に向かった。
ガゼフはゼッドの言動を振り返る。全く不自然なところはなく、とても優しい口調だった。しかし彼はこの感覚を知っていた。二つに割れた貴族派閥を蝙蝠のように振る舞う狡猾な男。レエブン候が自分に話しかけてくる時の感覚だ。
恩人を疑うなど、しかも邪推をするなど言語道断であると言い聞かせつつも慎重な姿勢は崩さないように心がける。
「ただ歩くのも何なので、気分転換に一つ占いをして差し上げたいのですが、いかがですか。」
唐突に振り返ったゼッドに少し驚きつつも努めて冷静に返す。
「ほぅ、占いとは珍しい。しかし失礼ながら魔術師のようには思えませんが。」
「ははは、その通りです。私の国では魔力に寄らず、人の手の平を見ることでその方の様々な事を占う文化がありましてな。手相と言いまして経験が物を言う技能ですから、私としては経験の一つとして戦士長の手にも興味津々でございます。」
ガゼフは元々占いだの予言だのは酒場での戯言位にしか思っていなかった。しかし相手が手を見るだけで喜ぶのであれば若くはない。
ガゼフはガントレットを外すと手の平を見せる。
「いかがかな。後の御仁に叩き切られる。とかでなければ良いのだが。」
「戦士長殿も口がお上手だ。では失礼しまして。」
ゼッドはガゼフの手をとって特殊技能を発動する。それは花子のスキルの強化版で、見えるのはステータスやスキルだけではない。アイテムの所持状況、使用履歴、装備履歴 等々。
ユグドラシルにおいてプレイヤー個人が確認するウィンドウをそのまま見るような感覚である。
情報を整理しながらゼッドは彼の今後を“占う”味方にすべきか敵とするべきか、その際の交渉材料である強みや弱み。
総合した結果ゼッドの判決は“ナザリックを知らない協力者”であった。

「とても珍しい。数奇な運命としか言いようが御座いません。」
手を解放されたガゼフは歩きながらガントレットを装着し直す。
「まず一つ。あなたは今様々な板挟みを受けておられる。」
占い師がよく言いそうな内容だ。誰にでもそういったことは大なり小なりあるだろう。
ガゼフは相槌をうちながら相手に合わせる。
「特に今あなたは自慢の牙を抜かれ、弱らされた上で魔術を使う猛禽の群れに放り出されつつある。牙を抜いたのはあなたの側の人間であり、猛禽の群れは予想もしなかった所から現れるでしょう。」
ガゼフの足が止まった。牙を抜かれる、とは今回“自分の側”である貴族の捻じ曲げで装備を許されなかった王国の至宝のことではないだろうか。魔術を使う予想もしない猛禽とは、法国だ。
「あなたの目の前には転機が訪れている。今までの考えに加えて別の方向でこの猛禽たちや牙を抜こうとする有象無象と戦わねばならないことに気づくでしょう。」
ゼッドは昼から夕方に流れる太陽の方向を向きながら優しく語る。
「あなたは・・・何者だ。」
ガゼフは場合によっては武技を使用しての戦闘も考えたが、背後をものすごい威圧感を放つ戦士に取られている。もしや自分は勘違いで致死の罠に自ら飛び込んでしまったのではないか。
ゼッドは冷や汗を流すガゼフを見ながら笑顔で告げる。
「私たちは味方です。今まであなたが持てなかったタイプの味方です。
先に一つ種明かしをすれば前半の情報は今回捕虜にした兵士から尋問して確認した情報なので占いでも何でもない真実でございます。脅かしたようですが、我々の話を真剣に聞いていただくための演出と思ってご勘弁下さい。」
いつの間にかフルプレートの戦士がゼッドの隣りにいる。話に意識を持っていかれていたとは言え、警戒している自分の傍を気づかれずに通過したというのか。
しかし背後を取らないということは相手が言う“味方”というアピールなのだろうか。
ガゼフはゼッドを見据えると口を開く。
「あなた方の目的はなんだろうか。その私に訪れるという“転機”とやらに関係しているようだが。私は王国の剣。それ以外に加担するつもりはない。」
ゼッドは少し眉を下げると再び納屋の方向へ踵を返した。
「今はそれで結構。まずは捕虜に会っていただきましょう。」

通された先には二名の捕虜がいた。一人は部屋の隅で膝を抱えて揺れ続ける、帝国の鎧をつけた男。もう一人は同じ鎧を前において正座をして此方を見据えている男。
どちらも拘束されておらず、武器はないもののいつでも逃げ出せる状態だ。
「彼らは別々の理由で拘束する必要がございません。片方は戦闘中に精神が壊れてしまい再起不能なので必要がなく、もう片方とはある契約を交わしたので必要が無いのです。」
ガゼフの困惑を言い当てるようにゼッドが補足する。
確かに正座をしている男の目は捕虜のそれでなく、使命感に燃えているように感じる。
「では二度手間ですいませんが、ご自分の事と、ここに至るまでの経過を戦士長殿に話して下さい。」
男はゼッドに軽くお辞儀をして応えると流暢に語りだした。
曰く、

自分は法国の陽光聖典である。
今回はガゼフ戦士長を暗殺する任務のため、二部隊に編成されて王国領に侵入した。
我々の隊50人が村を襲い、戦士団の戦力を削ぎながら引きつける段取りで、
最終的に村に誘い込んだ後、本隊20名が包囲して村ごと戦士長を殺害する予定であった。
厄介な装備に関しては王国の一部貴族を操って対策した。

今回のガゼフ戦士長暗殺は法国が王国の崩壊を狙った一手であり、麻薬などで腐敗した王国はもはや人類に害をなす存在であると考えられている。

しかし我々はカルネ村でこの戦士にかすり傷一つ与えることができずに撃滅された。

「なんということだ・・・貴族が法国と結託していた上、法国がそこまで狙っていたとは。」
ガゼフは驚愕を隠しきれない。一番驚いたのは捕虜の挙げた貴族の名前に心当たりが有ったからである。
ゼッドは頷きながら間に入る。
「いかがです、戦士長殿。あなたが想像する以上に王国は危機を迎えている。内外に明らかな敵がいて、様々な謀略が渦巻く中で王の剣、つまり武力だけで王を守り、国を守ることができるとまだお考えですか?」
ガゼフはぐうの音も出ない。これまでで自分の力で救えなかった村人たちを嫌というほど見てきたのだ。
「あなたは王宮のゴタゴタには首を突っ込みたくない様子。しかしこれからの王国のためにはそうも言っていられないでしょう。そこで私はあなたに提案したいのです。」
ゼッドは捕虜から一枚の羊皮紙を受け取るとガゼフに渡した。
「この文言をこれから彼に持たせて法国に戻って貰う予定です。もちろんガゼフ殿も協力していただかなければならないので最終確認という意味で御一読下さい。」
そう聞きながらガゼフは羊皮紙に目を落とした。

一つ、我々は法国のガゼフに対する陰謀を知っている。公開されたくなければカルネ村および我々に手出しや詮索は無用。
一つ、我々はガゼフと結託してこの陰謀を秘匿する。これで王国貴族の一部をけん制するので彼らと関係を断絶すること。
一つ、このメッセンジャーは我々の協力者と認識しており、これに対する手出しや詮索は我々とガゼフ戦士長による報復を招くだろう
一つ、上記の内容を破ったと思われる場合や我々のことを漏らした場合は証拠一切に関わらず先手を取って全力で貴国に報復する。
最後に、我々は積極的な流血を好まない。そして常に貴国の一挙手一投足を監視するだろう。

つまり先行した騎士の文言から“ジェットストリーム”の存在をより薄めた内容だった。
もちろんこれはガゼフに決断を促すための工夫である。

ガゼフは当初、捕虜の証言をそのまま王に報告するつもりであった。
しかしこの文言は法国だけでなく王国内部にも牽制ができ、戦略的に理にかなっている。
問題は二点、王に虚偽を伝えなければならないことと、情報で貴族を脅すという嫌らしい手段をとらなければならないことだ。
「成る程。転機とは、王に忠誠を尽くすだけの戦士から、あらゆる手段で王を守る修羅になれ。そういうことですな。」
ガゼフの中で答えは出ていた。結果的に王を、国を救えるのであれば自分がどんなに汚れても構わない。もはや方法の良し悪しを選ぶ段階は過ぎてしまっている事がよくわかった。
こういった謀略を気づいて未然に防げれば、今回の村人たちは犠牲にならずに済んだのだ。
「まぁそういうことです。もちろん我々が謀略に関しては組み立てましょう。しかしそれを表で行使するのは戦士長殿です。我々を協力者として一蓮托生となること、汚いことにも手を染めることになるだろうこと。これらの覚悟がありますか?」
「私は王国戦士長。王をお守りし、民を守護するものだ。その責務が果たせるのであれば悪魔とでも契約しよう。卑劣漢と罵られても文句は言うまい。」
ガゼフの返事は即答だった。リスクは計算していない。ただ希望を信じて突き進むのみだった。
「よろしい、ガゼフ殿。あなたを協力者として我々は全力での支援をお約束します。
そしてこれは大前提ですが・・・。」
「この密約やこの捕虜の話を私は他言しない。私は捕虜を連れ帰るが、もはや再起不能の帝国の騎士だけだったと報告する。これからの戦闘相手も帝国の人間だったと報告する。」
ガゼフが笑いながら答えると、ゼッドも優しく頷いた。

「結構でございます。ではこれよりガゼフ殿とタリズマンの二人で敵本隊と交戦していただきます。ここで目的は二つ。本隊の存在を戦士長の隊員に見られないため。もう一つは脅しにリアルさを持たせるための武力アピールです。」
ゼッドの目的は理にかなっており、必要なものであることは分かる。しかしガゼフは手を顎に当てて考える仕草をする。
「了解した。しかし情報では相手は20名の魔術師、しかも3位階の天使を召喚するという。この装備では少々心もとない。」
「理解しております。そこで我々の本業が役に立つわけです。」
ゼッドがそう言うと、戸口から花子が顔を覗かせて元気に声を掛けてきた。
「おまたせしました~。戦士長様装備、地味に対魔術師・耐天使ぶっちぎり仕様でございま~す。」
どこから持ってきたのか銀色の盆を片手で持つと装備を机に並べ始めた。
「・・・見たところ私の装備によく似ているようだが。大丈夫なのか?」
それは普通の馬上弓に矢が20本、鉄の大剣一本に細いネックレスとブレスレッドであった。
「ふふん。それでは試しにそちらの大剣を持ち上げてみて下さい。」
花子に言われるままガゼフは大剣を握ると落とさないように力を込めて持ち上げようとした。
「ん? うぉ!軽い!・・・魔化か!」
本来両手で持つ大剣は二本指で摘まれている。
「それだけでは有りません。切れ味は魔法の効果を受けて上昇しており、その剣で魔法を弾くこともできます。ネックレスは疲れを無効化して、ブレスレッドは防具の能力を向上させます。」
上を向いた刃にコインを落とすと2つに分かれて地面に落ちた。王国の至宝、レイザーエッジに勝るとも劣らない切れ味である。
「他にも様々な加工をしておりますが、矢に関しては時間がないので敵の人数分しか用意できませんでした一撃必殺は保証しますので外さないで下さい。あと、この技術は相手に解析されたくないので目立たないように加工してあります。派手な効果は一切ありませんので期待しないで下さい。」
期待するなと言うがこの大剣一つでも至宝の価値があるのだ。派手だの何だのは関係ない。
「あなた方は本当に・・・いや、無用な詮索はするまい。ありがたく使わせていただく。」
「言うまでもありませんが、この技術は王国に対しても極秘ですので、終わったら返却していただきます。その間に戦士長の武器には使用の痕跡を残しておきます。」
「無論承知した。使った矢も回収してこよう。」

ガゼフは手早く装備を換装すると戸口に向かう足を止めて尋ねる。
「最後に聞かせてほしい。あなた方はなぜ私を協力者にしたのだろうか。」
ゼッドは緩く首を左右に振ると当たり前のように答えた。
「私たちは商人です。名誉などは要りません、利益を求める為に。それだけです。」
ガゼフは声を出して笑うと3人を見渡した。
「本当に不思議な方々だ。この剣一つを売れば事は済むでしょうに。」
そう言ってガゼフは戦士団への指示の為に戻っていった。

ゼッドが考える利益のスケールはこの世界にはまだ理解されていない。



ガゼフZZ爆誕。
ニグンの明日はどっちだ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

The pretender

前回ハイ・メガ・キャノンを装備したガゼフZZに対するニグンの運命やいかに!
嘘です。

タイトルは曲名そのままです。今回執筆する中での脳内BGMでした。


・前回のあらすじ
カルネ村に到着したガゼフ率いる王国戦士達は村が無事なことに安堵する。
そして村を救ったゼッドの占いに導かれ、ガゼフは事の真相を聞かされる。
王国の危機を実感したガゼフは即座にジェットストリームと契約を交わして彼らの装備を受け入れるのだった。


以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・Yohane 様

ご報告いただきありがとうございます。


空の色が変わり始める頃、ニグンは村から1km程の地点で地平から現れる二つの影を捉えた。
片方は大剣を担いだ戦士。そしてもう片方は馬に乗り、王国の鎧をまとった戦士。
ニグンは副長とも確認して騎乗しているのがガゼフ・ストロノーフであることを確信する。
「なんと、二人だけでお出ましとは・・・しかしあいつは何者だ?」
今回の敵は王国戦士だけのはずだ。ニグンの記憶の中にはあのような漆黒の戦士はいない。
副長も同じようで首を傾げる。
「これだけの数の魔術師を見て此方に来るとは、ガゼフの協力者でしょうか。」
計算外の戦力は警戒すべきだが、相手は重装の歩兵であり、飛び込む手段がない以上射程にさえ入れなければ戦力ではない。
「とりあえずあいつは歩兵だ。四人預けるから近づくようなら軽く揉んでおけ。」
副長に対応を任せるとニグンは部隊に半包囲を指示して間合いを詰めていく。矢が届く射程の僅かに前で、腕をあげて停止させると全員が天使を召喚し始めた。
自身も監視の権天使を召喚しながら横目で闖入者を確認する。
フルプレートの戦士は天使の射程よりも遙か後方で大地に剣を突き立てて直立していた。
ニグンは嗤う。確かに賢明な判断だ。これだけの天使を前に歩兵は蹂躙されるだけであり、戦闘に参加するべきではない。しかし一番賢い対応はこの場から一目散に逃げ出すことだ。
ニグンとしては闖入者が参戦しないのであれば生かしてやるつもりだった。
この戦士がガゼフの死を王国に触れ回れば、より今後の作戦が容易になると考えていたのだ。

全ての天使が上空に舞い上がると、ガゼフはその中心に佇んでいた。
ニグンは将としてガゼフの最期の言葉を聞くべく口を開いた。

「ガゼフ・ストロノーフさい・・・」
「御託は沢山だ。」

ガゼフは突然馬に拍車をかける。
愛馬は一気に駆け出す。周りの視界がどんどん狭くなる。
すでに取り巻き連中は目に入らない。彼らが何やらしているようだが関係ない。
昔ならば相手の言い分も聞いてやったかもしれない。此方も名乗りをあげたかもしれない。
今のガゼフは話を聞く耳も喋る口も、剣を振ることに余計なものは体から剥がれ落ちている。
その中には良心や騎士道精神と言ったものも含まれていた。
これからガゼフが行う戦闘は彼にとって初めての純粋な殺し合いに感じられた。
殺す。口上など述べさせずに、敵と先に判断した以上躊躇いなく殺す。相手の力量など関係なく全力でぶち当たる。

<可能性知覚><急所感知>

ギリギリと歯が嫌な音を立てる。速度が上がる毎に皮膚がめくれ上がり、神経がむき出しになっていくような感覚。冴え渡って痛いくらいだ。
天使の間合いに突入しながら、握っている短弓を構えて素早く矢を引き絞る。
目標は最奥。ガゼフの手から矢は離れて唸りをあげる。
ニグンは相手の鬼気迫る様に驚きながらも冷静に射撃武器に対する防御魔法を展開する。
無駄なあがきだ。相手は包囲の真ん中に飛び込んだ。ニグンはすでにその次の行動について考えていた。
矢は狂いなくニグンの眉間めがけて飛来する。

「!!」

声もなくニグンが真後ろに倒れる様を見て副長は愕然としたが即座に指揮を引き継ぐ。
「魔化だ!撃たせるな!」
理解した隊員は情報と違うことに苛立ちながらも天使達に速攻を命令する。
一番近かったのは包囲陣両端の天使であり、ガゼフの真横から突撃する。
高速で迫る天使に対してガゼフは剣を抜き放ち、右手側の天使を振り抜きざまに切り捨てる。
まるで天使の体を滑るように剣閃が走る。
両断された天使が消える様を確認すること無く、左手で矢筒から一本の矢を取り出して逆手に握るともう片方の天使に向ける。天使の剣が先にガゼフを捉えるが、ガゼフは左手を少し曲げてガントレットの表面を剣先と滑らせる。すかさず剣の軌道を変えられた天使の頭に左手を伸ばして矢をえぐりこむと素早く手を離す。

<即応反射>

あまりの攻防に隊員たちの目には天使が同時に消失したようにしか見えない。
更に天使たちが襲い掛かってくる中をガゼフは剣で両断し、矢を突き刺して捨てる。
<即応反射>を連発しており、まるで微動だにしない上半身から複数の腕が伸びているように見える。
全く速度を緩めないガゼフに恐怖しながら、副長は最適解を即座に実行した。
副長が<恐怖>を馬にめがけて放つと馬が嘶いてガゼフは空中に放り出される。
ここしか無い。落下するガゼフの先を包むように天使たちが殺到する。

<六光連斬>

空中から大地に向かって6つの巨大な爪痕が形成される。
凄まじい攻撃は天使を切り裂き、地面を大きく抉る。
その傷跡の間に膝をつく姿勢で着地するとガゼフは地面に置いた剣を拾わずに弓を取り出す。
素早く、しかし冷静に弓を連続で引き絞る。一人また一人対応できずに射殺されていく。
残った隊員も攻撃魔法を乱発するのだが、ガゼフは苦しむ素振りも見せず弓を引き続ける。
しかし天使たちに消費した矢は多く、8人を射殺した段階で矢がつきてしまう。
ガゼフは弓を左手で仕舞いながらゆらり、と大剣を持って立ち上がる。

隊員は感じていた。恐ろしい、最強の戦士ではない。もっとおぞましい存在にガゼフが変怪している事を。

恐怖の上限を振り切った隊員の一人はとっさにスリングを構える。
しかし狙いを定めるために見開いた彼の目の前に影がさした。
サクリ、と投げ飛ばされた剣が男の頭を上下に分断する。何の抵抗もなく大剣は背後の大地に突き刺ささり、男の一部が地面に転がった。

もはや隊員の戦意は底をついた。相手が武器を持っていまいと関係ない、陽光聖典の生き残りは我先にと散り散りに逃げ出した。
しかし彼らの傍を突風が吹き抜ける。その風には大きな刃が突き出ており、次々と轢き殺されていく。

風が止むと、その先に漆黒の戦士が立っていた。

「ふむ、此方で記録した映像を送る必要はなくなりましたか。この辺でショーは終了かな。」
不可知で殺戮現場に佇むゼッドは指を鳴らして魔法を展開する。
<探知対策>

探知対策が反応した事を確認するとゼッドは姿をあらわす。

「ガゼフ殿、お見事でした。」
拍手をしながらゼッドは肩で息をしている戦士長を褒め称えた。
「いや、お借りした矢を全て消費した上、半分はスティレットのように使ってしまった。花子殿に申し訳ないな。」
ガゼフが自嘲するとゼッドはゆっくり首を振る。
「要は結果であり、目的は達せられました、全く問題ありませんよ。それどころか手段を選ばない様に相手はより報復を恐れるはずで、むしろ喜ばしい結果です。」
ゼッドはガゼフにサムズアップする。
ガゼフは照れたように軽く手を横に振って応えた。



ナザリック地下大墳墓、9階層の執務室でモモンガは時計に目をやる。
「そろそろ帰還する、か。アルベド。」
「はい、モモンガ様。」
時計からアルベドに目を移す。彼女は微笑みを絶やさずに起立したまま答える。
「彼らは花子を伴っているため直接この階層へ来れないだろう。ユリを表層まで迎えに行かせる。また、帰還後の報告は明日に行う。それまで部屋で十分休むように伝えさせよ。」
「畏まりました。」
その返事を聞いてモモンガはわざとらしく目の前の書類を束ねて整える。
「アルベド、我々の執務もちょうど終わりだ。ユリに伝えたあとはお前も休め。」
そこでアルベドの微笑は少しの困惑を持ったものに変わる。しかしこの表情も一枚の絵画のようだ。モモンガは正直にそう思う。
「しかし、私は休息は不要でございます。決済頂きました書類に関して各部署に伝達してまいりましょう。」
こういったやり取りが今日の昼間から時折有ったため、モモンガはすでに言い訳を考えていた。
「ふむ、アルベドの忠勤は私も高く評価している。だからこそお前が働いている時に私が休むというのは辛いものがある。私を休めるための任務の一つとでも思ってくれ。」
「・・・承知致しました。」
少し無理に微笑んだような儚い仕草。“ずるい”と言われているようではあるが、モモンガはそれを努めて無視すると、アルベドに問いかける。

「アルベドよ。これは雑談だから答えなくとも良い。何か“変わりたい”と思ったことはあるか?」
「変わりたい・・・ですか?それはどういった部分でしょうか。」
「そうだな、アルベド自身に関するところであればなんでも良い。背丈等の外見から性格を含めた内面、もしくは自分を取り巻く環境などだ。」
それを聞いた瞬間。アルベドは血が引いたように青い顔になり、震え出す。
「そ、それはモモンガ様が私の設定にご不満ということでしょうか!?」
突然の食い入るような視線にモモンガは危うくのけぞるところだった。
「そうではない。私はお前の一切に不満など覚えたことはない。」
その言葉でアルベドは表情を取り戻しつつにこやかに答えた。
「でしたら私も不満は御座いません。至高の御方々の思われる通りのアルベドでいたいと思っておりますから。」
モモンガはその回答を胸の内で反芻しながら支配者としての仮面をかぶり直す。
「よくわかった、しかし詮無いことを聞いた。許せ。」
「とんでも御座いません。モモンガ様のお言葉はナザリックの方針の全てであり、そのお言葉を理解することこそ私の職務であると考えております。」
そこには執務中と全く同じ表情が浮かんでいる。
「そうか、そういうことであればお前の職務には一切落ち度はないぞ。今日はご苦労だった。下がって休め。」
「それでは、失礼致します。」
一礼をして退室するアルベドの後ろ姿を見ながら、モモンガは苦悩する。

「俺はどうすれば良い・・・。くそっ、あのときの自分を殴りつけてやりたい。」
モモンガは確信していた。あのアルベドにとって“ジェットストリーム”は体内に発生した癌のように見えているはずだ。設定に従えばアルベドは必ず“摘出手術”を行うはずだ。
それを食い止める事自体はできるだろう。
その後だ。その後を丸く収める方法が果たしてあるのだろうか。

そもそも俺はどうしてアルベドの設定だけを書き換えたのだろう。

モモンガは記憶と感情、そして現状を整理しながら眠らない夜を過ごす。



カルネ村で仕事を終えた三人はパンドラズアクターによる<集団転移>で夜のナザリック表層に転移した。
陽光聖典の死体の処理。村長やガゼフ。戦士団の副長との挨拶や打ち合わせで大分時間を食ってしまった。ゼッドと花子は人間種であるが、睡眠・食事・疲労無効の指輪を装備している為疲れてはいないものの、ベッドで休みたいという欲求は存在する。
「お二方、お疲れ様でございました。私が先導いたしますので、9階層まで向かいましょう。プレアデスに掛け合ってどこか部屋を用意してもらおうと思います。」
パンドラズアクターは先日のアルベドの表情を思い出して、悟られないように護衛を買って出る。
ゼッドの考えではアルベド側が体制を整えるまでまだ時間があると判断しているのでそこまで心配はしていないが、突発的な事態を考えれば人間種の二人はとても脆弱な存在なのでパンドラズアクターの護衛はありがたい。
「お願いするよ。花子もナザリックの広大な地理は覚えるのに時間がかかるだろうしね。」
「ついにナザリック地下大墳墓に入れるんですね!」
パンドラズアクターとゼッドの心配を他所に、花子はワクワクであった。自分の生みの親の建てた家である。当然の反応ではあった。
「あまりはしゃぎ過ぎるなよ。騒がしいのを好まない方もいるだろうしな・・・っと、あれは、ユリ?」
入り口の手前に人影が見える。ゼッドは両手の棘付きガントレットからユリと判断した。
「え、ユリ・アルファ様!?」
聞くが早いか花子はユリに向かって走り出した。ゼッドは止めようとするが間に合わず。
パンドラは緊急事態に備えてぶくぶく茶釜への変怪を用意する。
花子はユリのもとにたどり着くと、せわしなくお辞儀をした。
「初めてお目にかかります。私は花子、ゼッド様の“試作メイド”で御座います。プレアデスの皆様にはずっとお会いしたいと思っておりました!」
鼻息荒く自己紹介する花子に対してユリは優雅に一礼を返した。
「此方こそ初めまして。私はプレアデスの副リーダー、ユリ・アルファで御座います。気軽にユリとお呼び下さい。今日は花子様を部屋にご案内するために使わされています。こちらへどうぞ。」
ユリは入り口を開いて中へ案内する。
ひとまずの危機は去った。ゼッドとパンドラズアクターはユリに同行して下層へと下りていく。

前を歩くユリからしばらくすると声がかかる。
「花子様、先程から私を見つめておいでのようですが、いかがされましたか?」
花子はバツの悪いという顔をして慌てて頭を下げる。
「すみません!こぅ、なんというか、綺麗だなぁと見とれてしまって。あぁ、変な意味ではないんです。ただ、容姿といいお洋服といい・・・至高の御方々が私を地味と仰られたことを実感いたします。」
言葉が後ろに行くに連れて小声になっていく。
それを聞いたユリは立ち止まって振り返り、花子に向かって微笑む。
「花子様は私が見るに綺麗な女性です。そして笑顔のほうが魅力的な女性だと思いますよ。」
花子は羨望の対象であるユリからまっすぐに言葉をかけられ、満開の笑顔になると心の底から嬉しいことをそのまま表現する。
「ありがとうございます!ユリ・アルファ様。とてもうれしいです!」
ユリは花子の笑顔につられて笑顔になる。
「私にはユリ、ですからね。花子。」
「はい!ユリ様!」
その後の二人の足取りは心なしか前より軽くなっているようにゼッドには見えた。
ユリは驚きつつも納得していた。この魅力は正に太陽だ、思わずその優しさや素直さに包まれたいと思ってしまう。
恐らく妹たちも同じ感情を抱くのだろう。そう考えると姉としては複雑であったが、仕方がない。
だから彼女には気づかれないようにしないといけない。アルベドとのやり取りを思い出していた。


「ユリ、モモンガ様より、表層へ行って花子を部屋まで案内するようにとのことです。」
「畏まりました。その後はどのように致しましょうか。」
「報告は明日。なので今日は休むように、とのことでした。」
「ではそのようにお伝えいたします。失礼致します。」
仕事のやり取りを済ませると、ユリは嬉しい気持ちを抑えて歩き始めた。
「ユリ、一つだけ良いかしら。」
少し歩いて距離があるはずなのに、耳元でささやかれているような声がする。
振り返るといつもの微笑を湛えながらアルベドが立っている。
「はい。アルベド様。」
「人間がこの階層に来ることに関してあなたはどう思うの?」
この一言に抑えきれない殺意が滲んでいるようにユリには感じられた。
なんとか逸らそうと言葉を紡ぐ。
「は、私の記憶では前例が御座いませんが、モモンガ様がお決めになられたこと。問題は無いのではないかと愚考いたします。」
「そう、分かったわ。ありがとう。」
満足そうに頷くアルベドに頭を下げて歩き出そうとすると、また声がする。
「今度は“あなたの考え”を聞かせてちょうだいね。」
やはりそういうことか!とユリは戦慄する。先程のは踏み絵だ。
こんなことをする目的はもはや明らかだ。アルベドはそれを隠そうともしなかった。


「ユリ様?」
花子の声で現実に引き戻されると、悟られないように顔を戻して振り返る。
「どうしました?花子。」
「いえ、ユリ様の手が震えてらっしゃるので、何か私が失礼なことをしてしまったのではないか・・・と。」
自分の手を見ればかすかに震えている。それを両手で握り合うようにして抑えると、少ししゃがんで花子と目線を合わせる。
「花子、大丈夫です。あなたはモモンガ様の協力者。失礼だなんで誰も思いませんよ。」

ユリは初めて自分の護衛対象を増やす決意をした。



殺意の波動に目覚めたガゼフ。
中間管理職のような魔王様。
着実に広がる花子親衛隊。

大丈夫です。作者が一番「どうしてこうなった」って思ってます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの昼下がり

いつもより更新遅れてすいません。
ちょっと暑すぎてへばり気味なのです。
あと書籍で本編を確認しているので、未だに神官長の性格がわからにぃ。



・前回のあらすじ
ガゼフを抹殺するべく必殺の陣を敷いていたニグン率いる陽光聖典だったが、ガゼフの装備と怒りは彼らの想像を超えていた。
もはや騎士道を進む戦士ではなくなったガゼフは口上すら述べさせずにニグンを殺す。
ゼッドはそれを二つの勢力にわざと監視させて嗤う。
一方ナザリックではアルベドの様子に危機感を募らせるユリが花子を迎えていた。



昨日の雨が嘘のように、今日の法国は晴れていた。昼過ぎの太陽は燦々と照りつけ、主婦は洗濯だの掃除だのと忙しくしつつ、明日はこのまま晴れるか、それとも曇りになるか。そう言った他愛のない会話を隣近所としている。
この晴天の後に突然の嵐など考えもしない。しかし真面目に嵐について考える機関もまた存在した。
法国の最奥にある円卓を十二人の影が囲んでいる。
この十二人こそ人類の守護者を自称する法国の最高責任者達である。
緊急の会合ということもありそれぞれが緊張した面持ちであった。特に魔法に関する研究機関長は蒼白な顔を隠そうともせず、これから渡す資料を睨んでいた。
最初に口火をきったのは元漆黒聖典という経歴を持つ、六色聖典の責任者であるレイモンからだった。
「今日お集まりいただいた理由と概要に目を通していただけましたでしょうか。」
レイモン提出の資料に目を通すのであればもうすでに3分ほど前に全員終わっていた。レイモンが言いたいのはこの重苦しい雰囲気から誰が発言するのか、ということだった。
それに対して元陽光聖典のドミニクは苦々しく口を開いた。
「虎退治に向かったらたまたま居合わせた竜の尾を踏んでしまい、2頭に蹂躙された、か・・・結果としてガゼフ・ストロノーフは生存。なにより神らしき“ジェットストリーム”なる組織を敵に回しかけている。ご丁寧に捕虜を返しつつ警告の文言と指輪まで・・・。まさに踏んだり蹴ったりだな。」
自嘲気味に苦笑いをしているが心の中はそれどころではない。それは周りも一緒だった。
「資料を提出する過程で警告文は確認しましたが指輪の方は解析できましたか?」
レイモンは少しの期待も込めず確認した。研究機関長の顔を見れば悪いニュースなのはわかりきっているからだ。
「この資料を見てほしい。結果から言えば兵士の証言と全く一致する効果を持っていながら全く解析できなかった。不明な以上ここには持ち込んでいないが、私も確認した。装備した瞬間に頭の中に捕虜の位置が浮かび、移動していた。速度や位置からいっても矛盾は見つからなかった。」
光の神官長であるイヴォンはため息混じりに目を通しつつ呟いた。
「未知の指輪に、ガゼフの装備に強力な魔化をした存在。そしてあの謎の戦士・・・もはや彼らが百年を超えた周期で降臨した神であることはほぼ間違いないでしょう。」
この中では唯一の女性神官長であるベレニスは腕を組んで話を聞いていたが、手を円卓に置くと周りを制して問題を提示する。
「その考えに依存はないが、問題は今後我々がどうするかだ。それを踏まえた上でこの警告をどう捉えるか・・・」
今まで警告文を繰り返し読んでいた枯れ木のような老人、ジネディーヌが指を二本立てて答える。
「精一杯好意的にとらえるなら、我々が彼らを侮って更なる関係悪化につながるような手段を取らないように配慮しているようにも見える。」
「悪意としてとらえると?」
「我々を警告によって縛ったうえで時間を稼ぎ、その間にガゼフとのパイプで王国に何か手を打つ算段だろう。この警告の一番悪辣なのは、我々を好意と悪意の両方で縛ることで拒否できないことだ。」
そういってジネディーヌは低く嗤う。
その声に今まで苛立ちを抑えていた闇の神官長、マクシミリアンは立ち上がる。
「座して待つしかない、と。しかしそれは愚策だ。監視の報告を聞いただろう、ただの矢が防御魔法を貫通したのだ。明らかに警告の言う“我々”の中には強力な魔化を施せる者がいるはずだ。これを野放しにしたうえで彼らが王国に魔化の装備を与えれば、農民の兵士とて脅威だ。」
全員が常に最悪を考える慎重な人間であった。しかし今回は最悪の底が見えない。マクシミリアンの想定は現時点で考えられる一つの可能性でしか無い。
ほぼ全員が言葉を交わした時点でレイモンはここに来るまでに考えていた方法を提案する。
「然り。そこで考えたのですが、警告文は法国の直接介入を封じているに過ぎない。我々は彼らの言う通りに隠蔽すればよい。それも少々派手に・・・こうすれば鮮血帝が興味を示すはず。」
それに一番反応したのは当然マクシミリアンであった。彼としては情報が欲しくて仕方がないのだ。
「なるほど。ガゼフ抹殺の失敗原因を探らせて“ジェットストリーム”にぶつからせてリアクションを確認するということですな。」
「帝国としては王国が増強されることなど認めないはず、王国と“ジェットストリーム”の分断を仕掛けつつ自分たちの陣営に招き入れようとするでしょう。その上で“ジェットストリーム”と我が国の友好関係が結ばれれば法国と帝国を中心とした人類の生存権はより安定する・・・。まぁ机上の空論ですが、こちらのリスクは最小限だと思われます。」
「あとは“ジェットストリーム”が人間の守護者かどうかだろうが、彼らは人間だ。言葉を尽くせば理解してくれるだろう。」
優しいイヴォンは彼らに期待する所大であった。彼らは人間なのだから同種族を助けてくれるはずだ。しかしベレニスやジネディーヌは懐疑的だった。彼らとて目的なくこんなことはしないはずだ。彼らのスタンスが分かるまでは最悪を想定して動くべきだ。

その言葉にならない空気によるせめぎあいは最高神官長の言葉で遮られる。
「他に案もない。決を採り、否決された場合は静観とする。」
静かな円卓の中、半数以上の手が挙がる。
「決まりだな。我々は警告通りに行動しつつ、鮮血帝を誘導しながら今後を見守る。」
「お待ちください。」
いつもであればゆっくりとした口調のジネディーヌが鋭い声をかけて場が沈黙する。
「儂からは一つだけ。彼らのことを間接的とはいえ刺激するべきではない。彼らの一人はこちらの作戦を聞いた瞬間にこの文言を考えた謀略の天才。行動を監視しているのは我々ではなく彼らの方であろう。」

「ジネディーヌ老、そのお考えもよくわかります。しかし我々は人類を守護するためにこの強者を見極める必要があります。おそらくこの脅威に備えられるのは、数々の遺産と神人。番外席次を擁する我々以外にないのですから。」
実はこの発言をしたレイモン自身が一番その可能性を考えていたのだが、嵐に備えたい気持ちが勝っていた。この考えが杞憂であることを願いつつ。



ナザリック9階層の一室でゼッドはソファに寝転びつつ呟く。
「ふーん、そういうことをするのか。周期という言葉と神人、遺産に番外席次。これは調べる必要があるだろうな。とりあえず成り行きで王国に潜ったけど、鮮血帝とやらも少し興味がわく・・・これは“もう片方”にも覗かせて正解だったな。」
盗聴の内容をアイテムボックスにしまい込むと、帰還して早々のモモンガからの<伝達>を思い返していた。
「ゼッド様。モモンガ様がお呼びです。執務室へお越し下さい。」
一般メイドの声がかかり、その思考を中断しつつ優しい声で答える。
「わかった、すぐ行くよ。」
よいしょ、と言いながら立ち上がると伸びを一つ。彼はモモンガの相談に休む暇を奪われたのだ。
「時間は稼いだし、動くなら今だろうな。モモンガさんはちゃんと腹を決めたかな。」
ジャケットを羽織るとゼッドは執務室を目指してゆったりと歩く。



ゼッドの言う“もう片方”であるところの帝国では、最高の魔術師とされているフールーダ・パラダインがいつもより大股に皇帝の執務室に入ってきた。
帝国最強の戦力であるフールーダがこういった態度をとることはとても珍しい。
まるで珍獣でも見るような目で執務室の主であるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは目の前の老人を一瞥したが、即座に目の前の執務に戻る。
「陛下、大変なことになりましたぞ。」
「どうした爺。いつもにもまして元気じゃないか、新しい魔法でも見つけたか?」
ジルクニフは鮮血帝などと呼ばれるが、認めた人材に関してはとても寛容であり、フールーダに関しては大抵の事は許している。しかし魔法の話は長くなるので遠慮したいところだった。
今日の予定を頭のなかで組み替えつつフールーダの発言を待つ。
「それもありますが、ご報告があります。法国がガゼフ抹殺に失敗しました。」
それを聞いたジルクニフは走らせていたペンを止めるとフールーダへ顔をあげて少し考える。
「・・・珍しいな、確か情報では結構なハンデを負わせて、六色聖典まで使ったんだろう?原因がわからん。ガゼフが引き返したのか?」
フールーダは静かに首を振るとその可能性を否定した。
「いえ、実はガゼフを監視していたところ何者かに妨害されて探知不能になっておりました。しかし一時的にその妨害が消えたかと思うと、ガゼフと謎の戦士が陽光聖典らしき部隊を蹂躙している場面を発見。戦闘が終了するとまた妨害されてしまいました。」
「ますますわからんが、此方か法国の監視に気づいた何者かが故意に見せたということだな。ではその戦闘から聞こう。」
ジルクニフは最近当たる嫌な予感が頭のなかで大合唱しており、無意識に眉をしかめながらフールーダの報告を待つ。
「はい、注目すべきは2点。ガゼフの装備が何らかの強力な魔化をされていたようであり、陽光聖典の半数を瞬く間に殺害したこと。もう一つは謎の戦士の戦闘力が飛びぬけており、至宝を装備したガゼフすら上回る強さであることです。」
予感が的中したものの、遥かに想像の上をいっていたため少し現実から飛翔してしまう。
「なんだそいつは、カッツェ平野はそういう戦士も発生するようになったのか?」
「冗談ではありませんぞ陛下。王国の兵士でこれほどの者は確認できておりませんでした。隠し玉だとすれば厄介です。」
フールーダの危惧は最もであった。しかしジルクニフは納得行かない点に気づく。
ペンを置いて左右の手の指を合わせると、その空間を眺めて思考に集中する。
「それはわかるが、隠し玉ならこんなタイミングで晒すまい。それより気になるのはガゼフの装備だ。王国の至宝でないならどうやってガゼフは手に入れたのだ?彼の性格からして王国の至宝まで使って隠していたとも思えん。」
そこに至ってフールーダの目に輝きが増したように思える。彼にとっては戦士の脅威よりも正体不明の魔法にこそ興味があったのだ。魔法防御をたやすく貫く魔化等聞いたことが無い。
「左様です。仮に凄腕の魔化職人がいたとすれば謎の戦士と無関係ではないでしょう。そんな者はこれまで確認されていませんからな。限られた情報から一番悪い仮説は、王国は凄腕の一団を味方に引き入れており、これまで秘匿してきていた。というところでしょうか。」
「うむ、タイミングがひっかかるが、例えば王国ではなくガゼフ直下の一団と考えればわからなくはない。」
しばらくの沈黙の後、フールーダは我が子を試すような気持ちで言葉を落とす。
「どうされますか?」
思考を終えた皇帝は数段威圧感を増して目を光らせた。
「・・・爺はもうわかっているだろう。」
「では早速、この村を友好的に調査。帰還したガゼフの内偵、そして謎の戦士たちと接触できれば引き入れ交渉に入ります。」
「概ね正解だ。付け加えるならその一団かガゼフ、どちらかの弱みや欲望を先に確認するように。相手がガゼフを助けるならガゼフの弱みの方が効きそうだ。あとロウネ・ヴァミリネンに伝えてこの戦士の風貌をすべての高官に周知しろ、見つけたらこちらに知らせて、できるだけもてなしつつ時間を稼げ。仮に敵だとしてもこの戦士達は労をして引き入れるだけの価値があるとみた。」
「かしこまりました。」
フールーダはゆっくりとお辞儀をして退室しようとする。その背中にジルクニフは釘をさしておく。これから執務そっちのけで魔法談義をはじめないように。
「あぁそうだ、爺。この件に関する法国の対応にも目を配れ、引き抜き合戦になったときに遅れをとりたくはない。こんなところかな。」
「十分でございましょう。あとはもう少し情報が入ってからですな。」
一人になったジルクニフは深呼吸のようなため息を吐き出して再びペンを取っていた。



「ご苦労だった、ゼッドさん。これである程度時間が稼げたということだな。」
ここまでの全ての報告を受けたモモンガは満足に頷いた。
この報告には守護者も招集されていた。カルネ村の保護を全員に知らせるためだろうとデミウルゴスは解釈していた。
ゼッドは報告に一区切りつけて一瞬だけ守護者各位を見渡す。
たった一日で周辺国家を縛り付けた手腕に守護者達は感心しており、その他の感情は二人の悪魔からしか感じられない。
「はい。さらにいくつか気になるキーワードもありました。まだ推測の段階ですが、過去にもプレイヤーがいたようで、それがある周期で現れるのではないか。と思われます。この件に関しては法国を叩けば判明するでしょう。」
「プレイヤー関係の情報は優先したいな。もし身近に脅威がないならアインズ・ウール・ゴウンを表に出す計画を早められよう。」
モモンガは頷きつつ答えたが、それを聞いたデミウルゴスが素早く質問する。
「失礼致します。モモンガ様がおっしゃる計画とは何でしょうか。我々は何も伺っておりませんが。」
計画が知らされないことは出番が無いことを意味する。そう考えたデミウルゴスは活躍のチャンスを伺っていたのだ。それにモモンガは鷹揚に手を上げて応える。
「うむ、皆にもその内容を説明したいが、まだその計画を整える準備段階なのでもう少し待て。とりあえずは私とゼッドさんの準備が完了すれば明らかにする予定だ。そこで準備のために私はこれから一日ほど宝物殿で作業を行う。パンドラズアクターは私と来るように。“ジェットストリーム”は村から一番近いエ・ランテルという街に向かってくれ。」
ゼッドは突然のエ・ランテル行きにも全く逡巡すること無く快諾する。
「了解しました。こちらの準備も明日の朝、エ・ランテル到着までには終わっているでしょう。」
この会話を聞きつつ、デミウルゴスは体よくあしらわれた感覚を覚え、疑問について考える。
『おかしい。先ほどの計画に対する返答は明らかにぼやかしたものだ。目的の一端すら語られないのは前例に・・・いや、転移直後の騒動とほぼ同じ・・・だとすれば今回も我々は試されているのか!?』
デミウルゴスは素早く周りを一瞥するが気づいている様子は見られない。
彼はより一層注意してモモンガの真意を見抜こうと身構えた。
そのデミウルゴスの隣で先程から別の考えを巡らせていた者が声を上げる。
「恐れながら、モモンガ様。」
「どうした、パンドラズアクター。」
「道中御二方のみでは万が一という事態も考えられる・・・かと。」
パンドラズアクターは言葉を切り出した時、明確な脅威を想定して口を開いた。しかしその一方でその脅威を知らない御方々とは思えなかった。言葉が途切れたのはゼッドがこちらに見せた表情と、手で作った小さいバツ印でおおよそ察した瞬間だったからだ。
それをフォローするようにゼッドが口を開く。
「こちらの安全を考えてくれてありがとう。しかしそれは大丈夫でしょう。すでに村長の話から街道沿いに行けば大丈夫と聞いていますし、オオカミ程度なら問題ありません。」
ここに来てデミウルゴスの疑問は膨れ上がるばかりであった。
『ここもおかしい。ゼッド様は深慮遠謀の方、話程度で安全を確認されるはずが・・・もしや。』
もしやこの話の内容を聞かせるために守護者を呼んだのだとしたら・・・。
思考を遮るようにモモンガが全員に声をかける。
「以上だな。この準備が終わればお前たちも忙しくなるだろう。明日まではよく休んでおくように。」
「「「「はっ!」」」」

全員が解散する中、デミウルゴスはこの場で一言も発さなかった一人を注視していた。
『成る程、そういうことですか。』
デミウルゴスは眼鏡を整えると手始めにコキュートスに話しかけるのだった。



以上、いろんな嵐の前触れでした。
いつナザリックは動くんだよ!いつタイトルやタグの伏線は回収されるんだよ!
ごもっともです!五体投地しますからしばらく、しばらくお待ち下さい!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

始まりの終わり

このタイトルは“ラジヲの時間”を観てみると良いかも。


・前回のあらすじ
陽光聖典壊滅の知らせは即座に法国首脳部に知れ渡り、彼らは警戒を保ちつつ、自然な形で帝国をジェットストリームに接触させるべく動き出す。
しかし帝国は法国の介入を受ける前に同様の戦闘を分析しており、大魔術師フールーダが行動を開始する。
それらを眺めるモモンガとゼッドは、先に済ませておくべきある作戦を実行に移す。



夜の街道を進む馬車が一台。ゼッドは先程から馬を操作しており、花子は月明かりを頼りに薬草をすり潰したりしている。時折フヒヒ、という気味の悪い笑い声が聞こえるがゼッドはだいぶ前から気にしないことにした。
「おぉ!ちょっと綺麗な花がありました。止めて下さい!」
「だめ。」
「えぇえ!良いじゃないですか、ほんのちょっとですよぉ。」
「だめ。」
花子が言うほんのちょっとはアレから見れば十分な時間だ。この馬車にいる限りは魔法の守りで2,3分は持つだろうが、それすら保障の限りではない。ゼッドは短く拒否すると馬を進める。
花子は膨れているが、出立してからやけに口数が少ないゼッドに、何か理由があるのだろうと考えて、今度は本を読み始める。

ナザリックから出立して二時間ほど経った頃、森に近い位置でゼッドは馬を止めた。
なんの前触れもない停車に花子は不思議に思うと、ゼッドが馬を繋いでいるところだった。
「さて、ここら辺でいいだろう。」
「どうしたんです?まだ先だと思いますけど。」
目的地、エ・ランテルという街はまだ数時間かかり、この当たりは狼が出る森しか無いはずだ。しかしゼッドは気にせず、馬車に幾つかの魔法を施しながら顔を向けること無く花子に話しかける。
「ここでいいんだ。花子は幌馬車の中で待機。何があっても絶対に出てこないこと。」
「・・・何かあるんですね?」
花子があまり見せない険しい顔をすると、ゼッドはおどけて答えた。
「まぁちょっとしたお話し合い。とにかく俺が戻るまで出てくるなよー。ってなにしてるんだ?」
魔法をかけ終わり、森へ向かおうとするゼッドの手を花子が片手で掴んで何やら念じているのか、目を閉じてブツブツと呟いている。やがて花子はいつもの表情でゼッドに笑いかける。
「おまじないです。きっとうまくいきますよ。」
拍子抜けしたゼッドは苦笑して手を振りながら森へ消えた。
花子は“ちょっとしたおまじない”が彼の右ポケットに入ったことを確認すると馬車へ戻って、ありったけの防御ステータス向上のポーションを服用し始めたのだった。



街道から一つ離れた森は別世界であった。月明かりすら遮られ、暗視のポーションなしでは木の根に躓いてしまう程だ。<生命感知>によれば近くに獣はいない。遠くで徘徊するゴブリンや狼を感知するが、彼らは近寄ってこない。時折上空から刺すような殺気を受けて怯えているのだ。
それを背中に受けながら、ゼッドは歩く。やがて少し開けた場所に出ると、やっと月が見えて辺りに光が注ぐ。
その中心に彼女は立っていた。
「良い夜ね。ゼッド様。」
どす黒いフルプレートに禍々しいバルディッシュを掴んだ狂気の存在。
その佇まいは美しく、ヘルムの角がなければ見とれて声をかけてしまうかもしれない。
放たれた殺気は致死の暴風で、荒れ狂っているのが肌を伝わって感じられる。
10メートル。この距離をあと一歩でも詰めれば暴風の圏内に入り、自分はズタズタに切り裂かれるだろう確信。
しかしゼッドは臆すること無く歩を進める。ゆっくりと、死に近づいていく。
「言葉遣いが壊れてきてるぞ、アルベド。何をしに来たのかな?」
「ちょっとゴミ掃除。メイドにでも任せられればいいのだけれど。」
その発言に花子を案内したユリの笑顔が重なる。ゼッドは人の良い笑顔を一段階深くしながら、数段低い声でアルベドに聞く。
「・・・プレアデスには言ってないよな。」
「くふ、冗談よ。ちょっと素が垣間見えてうれしいわ。」
アルベドは空いた片手を口元に持ってきて嗤う。
「そりゃどうも。ところで・・・」
ゼッドは周囲を見渡してから言葉を切る。アルベドはゼッドを捉えたまま目を離さない。
「何?忙しいから手短にお願いしたいわ。」
「オーディエンスを呼んでよかったのかい?それとも人間ごときを相手に全員で来るのかな。」
「・・・どういうこと?」
バルディッシュを持つ片手がギシリと軋む。
それを合図にしたように邪悪な気配があちこちから発せられ、暗闇が揺れる。


「こちらこそ聞きたいですね。アルベド。」
「ちぃっ!」
森の影からデミウルゴスが現れ、周囲には他の守護者達の影もある。
このことを察知したデミウルゴスが全員を連れてきたのだ。
「協力者に刃を向けるほど狭量な君ではないと思っていたがね、最近の君はどこかおかしい。」
デミウルゴスは眼鏡を直しながら宝石のような、美しくも絶対零度の目でアルベドを見やる。
「ソノ者ヲ殺シテ至高ノ御方ガ喜バレルトハ到底思エン。不満ガアレバ下ガッテ御方ニ陳情スベキダロウ。」
コキュートスは皮肉や回りくどい言い回しをしない。アルベドの行為が理解できないものの、止めに入るためにすでに武器を装備している。
「私はこの人間がどうなろうと知ったことではないのでありんすが、命令がないのに殺す理由もありんせん。」
どちらかと言えば興味のないシャルティアだが、力を使う機会に飢えており、右手のスポイトランスは唸りを上げる直前を思わせる。
「二人を殺したら私はケイベツするからね。」
「ぼ、僕もケイベツ・・・します。」
アウラとマーレは他の守護者よりも二人を守ることに積極的だ。支援魔法も唱え終わっており、アウラはアルベドを睨みつける。

ゼッドにとってはとてもまずい状況だった。この中の誰が誰を傷つけようと将来に禍根が残る。特にアウラがすぐにでも飛び込みそうな状況に焦っていた。
「みんなは手を出すな!何があってもそこを動いてはいけない。」
アルベドを見据えながらも守護者達に命令する。自分にそんな権限がないことは承知だが、躊躇させる事はできるはずだ。
アウラの殺気が少し遠のいたことを感じると、アルベドを見ながら穏やかに話しかける。
「最期に聞かせてほしい。君はどうして私達を殺すのかな?」
アルベドは固まったまま答えないが、不意に左手でヘルムを掻きむしり始めた。
ギィイ、という音を立てながら低いアルベドの声も響く。
「私の、私の愛するナザリックに不純物が混じっている・・・もう許せないわ。本当ならコキュートスの言う通りなのでしょうけど、もう、待てないの。」

やはりそうだ。やっぱりアイツのせいだった。ゼッドはため息しか出てこない。
なんでアイツの尻拭いで命を張らないといけないのか。後で専用のイタズラを考えなければ。
ゼッドは悲しげな表情で首を振った。
「成る程。自分でも制御できない感情に囚われているわけだ。そのケアはモモンガ殿に任せよう。」

辺りを沈黙が包む。アルベドとゼッドの距離はあまりにも近く、アウラ達が飛びかかっても、すでに首が両断された後に違いない。
アルベドがゆっくりとバルディッシュをゼッドに突きつける。
“最期に言いたいことがあれば聞いてやる”との仕草に対してゼッドは肩をすくめる。
“無いからとっととかかって来い”
アルベドが突きつけたバルディッシュをやや落として踏み込む体制を取る。
周りの守護者もそれぞれのスキルを用意する。

「ゼッド!」

突然ゼッドの隣が輝くとその中から影が飛び出してアルベドとの間に割って入る。
少し高い声に黒髪の、花子が両腕を広げて立っていた。

ゼッドは想定外の事態に全く対処できない。事実を問いただすのが精一杯だった。
「な、花子!どうやっ・・・て。」
花子はゼッドに横顔を向けるとウィンクして答える。
「私がスリ得意なの忘れてない?」
「そのスキルは・・・もしかしてお前。」

「私の予言は当たるのよ。あのガイコツさんとは仲良くしなさい。きっと色々うまくいくわ。」

信じられない事の連続だった。そのスキルに口調。思い出のセリフ。ゼッドは転移直後よりも混乱して上手く声が出ない。かろうじて出たのはどちらとも取れるつぶやきだった。
「・・・はなこ?」

アルベドの怒りは頂点に達しようとしていた。余計な闖入者かと思えば脆弱な下等生物一匹で自分の前に立っているのだ。その怒りを懸命に耐えると、少しでもこの怒りを黒字にするために弄ぶように女に問いかける。
「別れの挨拶は終わったかしら。」
女はアルベドの方に向き直るとスカートの裾を摘んで一礼した。
「えぇ、ありがとうございます。それでは私からお願い致しますわ。一瞬で、綺麗にお願いしたいのですが。」
変に明るい声に毒気を抜かれたアルベドはため息とともにバルディッシュを振りかぶる。
全力だ。全力の一撃で切り落とされたことさえ気づかない内に絶命させてやる。
「わかったわ、一瞬だから空の星でも数えてなさい。」

全身に力をみなぎらせて、硬質なバルディッシュがたわむような力を開放する。
相手の左側から首に届いて即座に切り捨てる。
返す刃で奥の男も一閃する。そう言い聞かせると、アルベドのバルディッシュが唸りをあげて女の左肩を過ぎて・・・

肉に到達する前に骨の砕ける感触があった。やけに固く、長い手応えにアルベドは視線を僅かに右に向ける。

そこには主が立っていた。

「あ?」
アルベドは理解できない光景に肺からそのまま空気が出て声になってしまった。
自分が振ったバルディッシュが、あの全軍を指揮する指を砕き、肘を砕き、肩まで破砕していた。

そこには自分の主が立っていた。
『モ も ん ガ、様?』
思考が急に冴え渡り、周りの時間がゆっくりと流れる。とっさに止めたつもりが今やっと肩口から刃が退こうとしている。
周りの殺気が一気に爆発する。アルベドはもはや死を受け入れつつあった。
この状況を正視するくらいならこの瞬間に殺してほしい。
「お前たち、全員動くな。」
死の支配者は右手を掲げると守護者達を止める。
モモンガと人間二人を除いた全てが沸騰した精神を落ち着ける頃、現実を直視したアルベドが佇んでいた。

私の主人が立っている。私の刃を受けて左腕を粉々にされて。
アルベドは呆然としたままバルディッシュを手から落としてヘルムを脱ぎ去る。
呼吸が荒い、必要な酸素が手に入らない。しかし肺に空気が充填されようと、出すべき言葉が見つからない。アルベドは発狂する手前であった。
「あ、わ・・・うぁ・・・ひうぅぐぅうううううう!!」
「アルベド!」
モモンガは咄嗟にアルベドを右手で強く掻き抱くと大声をあげる。
「落ち着いて聞いてくれ!お前に罪はない!」
モモンガに抱かれてアルベドは頭が真っ白になっている。しかしその空白に、アルベドの右耳に、優しくモモンガは語りかける。
「済まなかった。お前を苦しめる命令を与えたのは私だ。言葉の意味がすれ違ってしまったのだな・・・お前を苛んだ私を許してほしい。」
駆け寄ってアルベドを拘束しようとする守護者達をゼッドは手で制して、ただ聞くように促した。
アルベドは全身から力が抜けていく。まるで自分が創造されている時のように、モモンガの一言一言が刻み込まれていくように感じていた。
モモンガは抱きしめている力を少し緩めながらもアルベドの右肩から顔を離さず続ける。
「もう少し黙って聞いてくれ。実は不思議だったんだ。ユグドラシルがなくなるあの日、お前たちの設定を読みながら、どうしてお前の設定だけを変えたのかを。」
“ナザリックを愛している”こう書き換えたときの自分の深層をモモンガは自分なりに精一杯言葉にした。しかしそれでも他に聞かせるには恥ずかしく、小声でアルベドに囁くのみとなった。
「私も今のお前と同じだった。ナザリックが忘れられること、変化することを恐れて必死に取り繕ってきた。それが無駄になりつつある時に、せめて同じ気持ちの存在が欲しかったんだ。玉座の傍に佇むお前の姿を見て・・・そう、思ったんだよ。」

モモンガはゆっくりとアルベドを開放する。アルベドは聞いた言葉を頭で反芻しながら、何をすれば良いのかわからなかった。その場に座り込むと、目の前にはモモンガがこちらを見つめていた。
この場の全員が、これから起こることを全く予測できずに固まっている。
その中で彼女だけは満足そうな笑みを浮かべていたが、この時は誰も気づかなかった。
モモンガは全員に聞こえるように、いつもの支配者としての声で告げる。
「アルベド、守護者統括の任を解き・・・」
アルベドの肩がビクリと震える。しかし次の瞬間に降ってきたのは優しい一言だった。
「・・・お前を后として迎えたい。」
「え、え?」
「アルベド。お前はこれからも常に私の傍らにいて、私とナザリックの全てを見守ってほしい。」
誰も声を出せない。満月は二人を照らして、風は答えを待つように静まり返っている。
「・・・」
「さあアルベド、答えを聞かせてくれ。」
モモンガは少し姿勢を下げると、右手を差し出した。アルベドは花も溢れるような微笑に涙を浮かべながらゆっくりと主の手に手を添えた。彼の苦悩や努力の片鱗があちこちに見られる言葉を全て胸に焼き付けると、万感の思いを告げる。
「喜んで・・・喜んで后となります!決してお側を離れません!」
モモンガはアルベドを隣に立たせると、整列して跪く守護者達に宣言する。
「皆の者、聞け。これはナザリックに対して、アインズ・ウール・ゴウンに対しての誓いである。私はいつまでも我が妻アルベドと、お前たちと共にあるだろう。この誓いを聞いた人間の二人もまた、アインズ・ウール・ゴウンに祝福され、お前たちの同僚になる。これらの誓いに異のあるものはこれを示せ。」

守護者達は涙が止まらない。主の慈悲は身にする度に感動したが、彼自身の優しさや自分たちへの愛情が守護者達の胸に刺さって中々抜けないのだ。
デミウルゴスは頭を下げたまま、主の言葉に答える。
「モモンガ様の誓いに異を唱えるものなど居りません。我らが永遠の支配者たるモモンガ様、万歳!后妃アルベド様、万歳!新たな同胞に、万歳!アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」

「「「「我らが永遠の支配者たるモモンガ様、万歳!后妃アルベド様、万歳!新たな同胞に、万歳!アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!」」」」

守護者達が感極まっている外で、別のことに呆気にとられたままのゼッドの肩を叩く者がいる。
「ほら、呆けてないで。<探知阻害>と<沈黙>はかけておいたから、そろそろ皆を家に帰さないとね。」
ハナコ、ゼッドはほぼ確信していた。彼女は華子しか知らないことを知っている。
しかし死体がユグドラシルにログインできるわけがない。
ゼッドは立ち直ると、ゲートの準備をしながら彼女に聞いてみる。
「お前は結局どっちなんだ、それとももっと別なのか。」
彼女はモモンガの方へ歩きながら肩をすくめて答える。
「難しい話はモモンガさんと一緒にするから。それまでは我慢して。」

「モモンガ様。アルベド様。」
ハナコは跪くと手を上げて一つの骨を捧げ持った。
「こちらはモモンガ様の負傷された左手の一部より錬金術で作成した指輪でございます。数多の宝石あれど、お二人の絆を象徴する唯一無二のお品でございます。」
モモンガはそれを右手で受け取って少し眺めた後、アルベドに手を出すよう促す。
そっと出された白く細い手を見ながら、左手の薬指にゆっくりとそれを通す。
手を離れた指輪は持ち主の指のサイズに変化すると純白の輝きを放っていた。
「ありがとう・・・。ありがとう。」
未だ涙が止まらないアルベドは先程まで殺そうとしていた人間に感謝した。
本当であれば謝罪が先なのだが、ハナコの笑顔を見ているとそれは場違いのように思われたからだ。

モモンガは守護者たちにも声をかけて労をねぎらうと、傾きかかった月を見ながら、今までよりも明るく言った。
「帰るか、我が家へ。」
「はい、モモンガ様!」



あまーい!!
書いとる方が悶絶するわ!

オイラも原作の鈴木悟系男子ですから!モモンガが多少言葉少ななのは放っといてちょーだいっ!

次回からはやっとエ・ランテル編を予定。一気に場面が多くなるので更新が遅くなるでしょうが、どうかお付き合いください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Moon River

前回、エ・ランテル編だと予告したな。

あれは嘘だ。

すいません、初っ端から間違えてました。
怒らないで、死ぬほど疲れてる。


・前回のあらすじ
ゼッドと花子は夜の街道をエ・ランテルに向け進む。しかし途中でゼッドは花子を待機させて森に向かう。
その先でゼッドを待っていたのは、狂気とも言える気配を撒き散らすアルベドだった。
このことを予測したデミウルゴスはアルベドを拘束するべく守護者を引き連れあらわれる。
緊迫する空気の中、ゼッドはアルベドを挑発する。
バルディッシュがうなりをあげる先に突如現れたのは、ナザリックの支配者たるモモンガだった。



「昨夜はお楽しみでしたね。」
宿屋の主みたいなセリフをかけながら、ゼッドはモモンガの執務室で待っていた。
姿を見せたモモンガはやつれていた。正確には骨に皺が増えて艶が消えている。若干眼光も衰えている。こうなってしまえば疲れた中年である。
ふらふらと席まで歩くと普段はしない、どっかりと体を投げ出すような座り方をして天井を仰いでいた。
「あぁ、アルベドはまさに悪魔だったよ。なんか生命力とかいろんなものを吸い取られた気がする。骨だけど。」
多分いま体力を確認すれば相当すり減っているだろう。ゼッドは昨夜のアルベドの顔を思い出していた。
以前とは別の意味で鬼気迫るものがあり、一般メイドは恐ろしすぎて近寄れないくらいだ。
「部屋に向かうアルベドとすれ違ったんですが、“サキュバスの血が滾るぅ!”って燃えてましたからね。」
「止めて!その時止めといてよ!」
「ご冗談を、今度こそ俺がミンチになりますわ。」
「ワイが今してやっても、ええんやで?」
「せやかてモモンガはん・・・っと冗談はこの辺で、来たようです。」
二人は漫才をやめると、支配者と協力者の姿勢を作り直す。扉が開いてから閉まるまでの一瞬とはいえ、今の光景を見られるのはまずい。
彼らが座った三秒後に扉がノックされる。

「失礼いたします。ハナコでございます。」
「うむ、入れ。」

アルベドに人払いを頼んでいたこともあり、ハナコが扉を開ける。
中には多少緊張した男が二人。
「さて、ゼッドさん。防音は・・・。」
「今施しました。大丈夫。」
モモンガはハナコに席を勧めてゼッドの向かいのソファに腰掛けさせる。
花子が華子でしか知らない事を言ったという報告をゼッドから受けて、モモンガが至った結論は“本人に聞くしか無い”だった。これがどんな結果を招くのかは全く想定していない。
「うん、では聞かせてほしい。君は今どういった存在なのかを。」
ハナコは予想していたのか、一瞬だけゼッドを横目で伺うと話しだした。
「えぇ、結論から申し上げますと私は“花子の設定”と“華子への思いや記憶”が合わさったようでございます。」
部屋に思い沈黙が流れる。モモンガは言葉の解釈を探して、ゼッドは不安で。
「・・・」
喋りださないゼッドを見届けるとモモンガが確認する。
「その“思いや記憶”とは華子自身の記憶ではないのか。」
「いいえ。この思いや記憶の断片はすべてゼッドさんや創造主の方々から流れてきております。」

ゼッドは今度こそ深く落ち込む。花子に自分の妻を知られてしまったのだ。
妻に似たNPCを侍らせていた自分。仲間からの気遣いに感謝したのは本当だが、これ以上妻との思い出を変化させたくなかったゼッドは花子を別人と捉えていた。
もし妻に瓜二つで、自分の記憶を覗いた彼女から軽蔑されれば・・・耐えられそうになかった。
モモンガは別の方向で考えを進めていた。プレイヤーの記憶を覗いたNPCはユグドラシルやリアルをどう捉えているのか。捉えようによっては今までモモンガが積み上げてきた支配者としての仮面を剥がされることになる。自分にとってとても危険な存在であることを認識しながら、もし、あの時の華子が振る舞いだけでも帰ってきてくれると考えた時の複雑な喜びもあった。
しかし支配者の仮面を今手放す訳には行かず、少し丁寧に尋ねる。
「私の正体やユグドラシルについてはどこまで理解しているのかな。」
僅かにハナコに困惑の色が見える。モモンガは急かさずに待つ。
「その点なのですが、私の理解が及ばずいまだに整理できておりません。お二人は別の世界に別の姿を持っていたことは確信していますが、その別世界のについては知らないのか、未だに理解していないかのどちらかだと思います。」
少なくともハッキリと、彼らが只の人間でありユグドラシルはゲームだという認識は無いようだ。今後に注意しなければならないが、ひとまずは大丈夫だとモモンガは言い聞かせる。
仮に危険だと判断しても、モモンガは処断できる気がしないからだ。
その部分の追求は諦めて、他の情報を確認する。
「きっかけはやはり転移か。」
「そうだと思います。突然私の設定に色々な感情や記憶が流れてきたように感じられて、その光景には私にそっくりの女性がいました。笑ったり怒ったり・・・この方が私の真のモデルなのだと思ったとき、花子の設定と流れてくるものを隔てる境がなくなって混ざってしまいました。私は今、どこからが花子の設定でどこからがゼッドさんの記憶なのかわかりません。」
彼女は体験したことをそのまま語る。それをモモンガは頭で整理する。
つまりNPCの設定とゼッド達の記憶で投影された華子の設定が融合している状態。
モモンガは多数の疑問を順に並べた。

一つ、NPCの設定と華子の設定が相反している場合どうなるのか
二つ、合わさって一つの人格になっているのか、それとも二重人格のように入れ替わるのか
三つ、これはプレイヤーそっくりに作られた花子だけに起こる現象なのか

どれも現時点では判断しかねる問題であり、花子は自分が完全に華子であるとは主張しない。
この三つに留意しながら経過を見るしか無い。そして見守るのは、彼女への影響が大きいゼッドがするべきことだと思った。
「ふむ、とりあえず今まで通り“花子”と呼ぶことにするが、君の知っていることはこのナザリックにおいて危険だろうから伏せておく。そこは協力してもらえるだろう?」
「もちろんです。私はもともと花子ですし、このことはお二人以外にはご相談できないことです。」
モモンガは現状の話し合いで成果は十分だと考えた。とにかく今後の事を考えなければ。
会話が途切れたタイミングに少し遅れて、ゼッドが焦燥気味に重く口を開く。
「・・・一ついいか。」
「どうぞ、ゼッドさん。」
ゼッドは向かいに座ったハナコを見据えると、一番聞きたいことを聞くことにした。

「お前は俺をどう思っている。」
ハナコはゼッドを見つめたまま、瞬きもせずにゆっくり考えた今の結論を出す。
「難しい質問です。記憶からは華子への愛情がとても強く感じられました。ですから愛しい感情もありはします。しかし設定と記憶が混ざった今、これが正しい感情なのか自信がありません。何より、私は“貴方が想う華子”になれるかも知れませんが、“完全な華子”にはなれません。その上で申し上げれば、とても親しみを持っています。不敬ですが、モモンガ様も同様に、昔から会っていたような気持ちがいたします。」
「そう、か。」
ゼッドは花子から“華子になる気はない”という意思を感じて少し安堵する。

ゼッドの中で“死んだ”妻との記憶は“一生そのままにしておきたい”思い出であり、それを支えに生きてきた人生が彼女が蘇るような事を許さない。たとえ妻本人であったとしても、思い出を書き換えられたくないのだ。この意思が彼女の死をゼッドが受け入れる唯一の方法だったのだ。

『モモンガさんの背中を押しながら・・・かっこ悪いな。』

モモンガは沈黙に何かを感じたのか、ゼッドを労るように声をかける。
「ゼッドさん、あなたの気持ちは想像できるものではありません。解決にはかなりの時間がかかるでしょう。なのでそれまでの表面上の措置は私に一任してもらえませんか。」
確かにゼッドには花子をどうするということは全く考えられなかった。
「わかった。それでいい。」
「では花子、よく聞いてほしい。お前は今まで通りの花子として、彼のメイドとしてこれからも彼を支えるように。あくまで公の場ではメイドとしての花子を通してくれ。しかし我々だけの場ではどのような態度でも構わない。」
「承知いたしました。」
花子は立ち上がってお辞儀をすると部屋を出て行く。
ゼッドは少しソファで固まっていたが、ゆっくり立ち上がると部屋を後にする。
モモンガは赤い表紙の日記を引き出しから取り出して、再び宝物殿に戻しに向かうのだった。
彼女は花子であろうとしている。これからどんなに華子に近づこうともこれを見せるべきではないだろう。


ゼッドは花子を探して9階層をウロウロしていた。他から見れば呑気な散歩にしか見えない。
途中、エントマに声をかけて花子の事を尋ねると、どうやら表層に向かったらしい。
「エントマは花子といて楽しいか?」
「はぃ!なんだか一緒にいるとぉ落ち着きますぅ、私の声も褒めてくれましたぁ。」
「そうか、これからも花子と仲良くしてくれ。」
「あの人を嫌う者はぁいないと思いますぅ。メイドたちにも人気ですよぉ。」
この後挨拶を交わしてエントマと別れる。
人間を食料と思うエントマからも好かれる花子
『嫌う人はいない、か。そういうとこまでそっくりなんだな。』
そう思って直後、自分の考えを振り払う。違う。自分は彼女と華子を重ね合わせては行けない。それは彼女の意志に反するし自分の過去を否定することだ。


表層に上がれば空は曇っており、風は雨の前触れか、少し吹き始めている。
その中で花子は鼻歌交じりに馬車の中を整理している。
『ハナコ』と声をかけようとするが、未だに躊躇する。
やっと言葉を出せたと思ったら自分が思ったよりも真剣な声になってしまった。
「なぁ、お前は創造された経緯を知って怒らないのか?」
「全く?あなたが自分を慰めるために作ったなら軽蔑するかもしれないけど、そうじゃない。この体はあなたを思うみんなの気持ちが詰まっているし、誇りに思うくらい。こんなにたくさんの親に囲まれてるのなんて私だけだわ。」
そう言いながら花子は袋を馬車に詰め込んでいく。
答えを聞きながら、ゼッドは今まで疑問に思っていたことが全く小さいことのように感じ始めていた。
「何よりあなたは一度も私を華子だと思わなかった。素性を隠したし、拠点でも軽い挨拶をくれた。花子としてもあなたの気遣いはうれしかったの。」
そう言って振り返ると花子は笑顔だった。

『良いじゃないか、今はこれでも。』ゼッドも笑った。

「はは、そうか。俺って意外と精神イケメンだったんだな。」
「そうそう、顔はそうじゃないですからね。せめて精神くらいはイケメンであってほしいわ。」
「俺だってへこむんだぜ?」
「殴られてもへこむような面の皮じゃないでしょう。あっ、でも腹はへこませたまんまでお願いします。」
「じゃあナザリックからは早く出ないとな。ここは飯がうますぎる。準備は?」
聞けば跳ね返るように言葉が帰ってくる。
「もうできてますよ“店長”。」
「おう、じゃあ行こうか“花子”。」

『今は良いんだ。変わるにしたって、大切な気持ちさえ忘れなければ・・・』
ゼッドは花子が歌っていた曲を思い出す。
“Moon River”前向きで、それでいて明るすぎない穏やかな曲。
ゼッドはこれからの世界に思いを馳せて馬車を操る。
とりあえずはエ・ランテルへ。



お読み頂きありがとうございます。

Moon River大好きな曲です。この曲が出てくる古い映画ですが、「ティファニーで朝食を」というタイトルも合わせてお勧めいたします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

[番外]異形の交わり

注意!!ともすれば15禁くらいかもしれない!

今回はモモンガ様のプロポーズの後でございます。
性的な表現は避けたつもりですが、題材が題材なので察しておくれ!


ついに来てしまった。

モモンガは後悔する暇もないほどに焦っていた。
これから赴くのは古より伝え聞いたことしか無い寝室と言う名の戦場であり、ベッドという名のリングである。
これからの戦いはモモンガにとって苛烈を極めるに違いない。モモンガに策は無く、装備もない。もはや荒れる大海に漕ぎ出した小舟のように心細い。

しかし戦わねばならない。自分で投げた手袋であり、相手はそれを受け取った。決闘の契はかわされているのだ。たとえ小舟だとしても自分はそれに乗るエイハブ船長のように雄々しく白鯨に挑むしか無い。

『まぁ、銛すら無いけどな!!』

これからの自分を鼓舞しながら、脳内で大好きだったロマサガ3のバトル曲をガンガンに流しつつ寝室の扉の前に来たものの、モモンガはその扉を開けることができない。

どんなゲームだってそうだ。レベルを上げずに最終ダンジョンに潜る馬鹿はいない。
何にだって順序というか段階があるはずだ。
泳ぐことが苦手ならまず水に慣れて、息継ぎを覚えて、次に泳ぎを覚え始める。
異性と面と向かって離すのが苦手なら・・・たぶん何かしら段階が有るはずだ。
その間に数多あるであろう遙かなる“段階”をすっ飛ばしてモモンガは立っている。

『異性とまともに会話したことすら無い俺が突然“結婚初夜”・・・何を言っているのか自分でも分からないが(以下略)』

そんな<時間停止>を初めて食らったプレイヤーのテンプレートを改造していると少しずつ冷静さが戻ってくる。

『今更どうにもならない。そうだ、営業の基礎“御用聞き”と一緒だ。あいての要望を聞いてそれに答えればいいだけだ。』
必死に自分の少ないテリトリーである“営業”と“結婚初夜”を結びつけながら、血路を開くべく扉に手をかけた。



ついに言ってしまった。

アルベドは焦っていた。
自分がこれから相手を誘うのはサキュバスとしてのホームグラウンドである。
そしてサキュバスならではの手練手管を持ってモモンガの寵愛を受ける存在として不動の地位を確立する。
これからの戦いは今後を左右する大事な戦いであり、負けることは許されない。敗北条件はモモンガが満足しないこと、である。
装備はある、策もある。通常の生物や魔族であれば全く問題はない。

しかしアルベドには経験がなかった。

その時になればサキュバスの本能により、知識を実践できる自信はある。
しかしアルベドの勝利は先にある。今まで支配者とシモベであった関係を手繰り寄せて、心通い合う妻にならなければならない。
自分の技能が通じれば相手は満足するだろう。しかしそれでは足りない。心を交わらせるにはそれ以上の何かが必要なはずだ。
それを可能にするスキルに心当たりはある。しかし使ったことがない。
もしモモンガが肉欲のみを貪るようであればこのスキルは使えない。
でも自分はまだ“妻”に成りきれていない以上モモンガの望みとあれば相手に合わせるしか無いだろう。

『大丈夫。きっと上手くいく。モモンガ様はお優しい方だ。』

そう自分に言い聞かせながら扉越しの気配に期待を込める。


モモンガが扉を開けると、照明を全て落とした寝室が広がっていた。
人間であればなにも見えないだろうが、アルベドとモモンガにはほの暗い程度である。
何か香が焚いてあるのだろう。薔薇のような、バニラのような、華やかで少し濃厚な薫りが嗅覚を甘く刺激する。
正面のベッドから視線を落とせば、正座をして伏したアルベドが目に入った。
素肌が透けて見える美しい羽衣に身を包んだアルベドの背中にモモンガは言葉を失う。
その姿は淫靡でもあったが、それ以上に美しかった。羽衣は床にしなだれながら神々しい印象を与え、アルベドが聖母のように見える。

ややあって、回復したモモンガは声をかける。
「アルベド・・・」
モモンガからの呼びかけに対してゆっくりと上体を起こして、アルベドはモモンガの目を見る。
「モモンガ様・・・」

しばらくの沈黙はアルベドにとってのスパイスであったが、モモンガには辛すぎるものだ。
『・・・どうする!どうすれば!・・・こっこの手しか!』
モモンガにはもはや余裕はない。手札は即座に切る一枚しか持っていないのだ。
「綺麗だ、アルベド。しかし私はこの姿になってからそういったことには疎い。お前に任せよう。」

しょうじきにいいましょう。 小学生の標語のような作戦である。
本当に正直に言うならば“やり方すら知らない童貞です勘弁してください”であるが・・・

アルベドは嬉しかった。やはりこの方はお優しい。自分の思いを汲んで、自身が素人のような振りまでされて主導権を譲られたのだ。
こうなれば全力でお相手するのみ。アルベドは顔が崩れないように気をつけながら笑顔で立ち上がる。
「ありがとうございます。では、こちらに。」

手を引かれてモモンガはベッドのそばに立つ。
そこには向かい合う二つの異形。
モモンガはアルベドの肢体のほぼすべてを直視してしまい混乱の極みにあった。
しかし性欲と無縁な生活が幸いしたのか、みだらな欲望に直結しない。現実感が湧かないのだ。それよりもその肢体に目が行ってしまう自分が恥ずかしい気持ちが先行し、理性を失うようなことはなかった。
アルベドは少し背中を丸めてそんなモモンガの胸に身を寄せる。
もはや未知の領域であるモモンガは認識することを半ばあきらめていたが、背中に回された手がやけに熱く感じた。
「その前に、感謝を。私は幸せです。こんな日がくるなんて・・・。」
ふとモモンガは思い出す。来る日も来る日も狩りをしてナザリックに帰る日々に、いつもアルベドは玉座の間に佇んでいた。それにもし感情があればとても不安で押しつぶされそうな日々だったに違いない。
そう思うとモモンガは自然に手が動いて、気付けば抱き返していた。サラサラとした髪を撫でて言葉を紡ぐ。
「良い、良いのだアルベド。お前は十分に苦しんだ。これからはお前が幸せになる番だ。」
アルベドが顔をあげるとモモンガと目が合う。

『キスなんだろうなぁあぁああ!』
モモンガは次の一手がわかっているが、ステータスをカンストしている童貞力により動けない。
そんなモモンガにアルベドは微笑むと背中から手をおろし、首に抱きつくと少し跳ねるようにしてモモンガに口付けた。
触覚が鈍っているモモンガにもその感触が伝わり、頭が真っ白になる。
生まれてから経験したことがない、しかし頭のなかで妄想し倒して“恐ろしく重大な儀式”と化しているソレを経験して、自分が何か別の聖域に踏み込んだような気がする。
アルベドにとっては一瞬で、モモンガにとっては恐ろしく長い時間をかけてアルベドの顔が離れる。
アルベドはモモンガの目を、モモンガはアルベドの額あたりを見つめ合いながら、言葉もなくお互いの服を脱がせ合う。
実情は慌てたモモンガが羽衣を少し摘んだ程度だが、そこはお互いの捉えようだ。
言葉通り一糸まとわぬ姿になったアルベドの肢体はモモンガにとってあまりにも刺激が強すぎる。リアルなのだ。
現実の肉体にはどんなに理想的なプロポーションであろうと美醜が同居している。
それに対して二次元におけるキャラクターはその“美しさ”のみを切り取っている。
絵で見る料理は整っていて、“美味しそう”にみえるが、実際目の前に料理が出てくればそれはより複雑な色や光沢であり整っているという印象はない。“美味しそう”と思う前に口の中に唾液がたまる。

つまり情報量とそのギャップが桁違いであり、美しさの基準が若干異次元に傾いているモモンガにはとてつもなく生々しく、自分の判断できる範囲を振り切っているのだ。

「モモンガ様は横になって、楽になさって下さい。」
言われたとおり、只のスケルトンになったモモンガはベッドに寝転ぶ。
『ついにこの時が来た。本当に未知の領域だ。』
なにせモモンガは只のスケルトンなのだ。ナニをしようにもナニもない。
それは当初からの疑問だった。これからどうなるのだろう。
しかし相手はサキュバス、何でもありなのだろう。もしかしたら魔法でナニが作られるのかもしれない。もしくは二次元で観たようなトンでもない状況になるのか。
『もう知らん! まな板の上の鯉だ!』
鯉と言いつつ堂々とマグロ宣言をしながらモモンガは開きなおる。
そんな魚類にたいして、その腰辺りにのしかかるように体を跨いだアルベドは他では聞いたこともない艶やかな声でモモンガに話しかける。
「今宵は大切な日。私はモモンガ様と身も心も交わりたく思います。ですから、このスキルを使用いたしますね。」

<夢の交わり>

スキルを発動した途端。モモンガは自身の膨大な魔力が少しずつ流れ出ているのを感じた。
ドライアイスの煙のように地面を這って広がる魔力。それにつれて段々と体が気だるくなり、ベッドに吸い込まれているような、下降していくような感覚を覚える。
「アルベド・・・これは?」
「これから私たちはお互いの魔力や思念を直接共有して交換していきます。私に身を委ねながら、私の力を受け入れて下さいませ。」
その言葉を聞きながら、人間のときにしか感じなかった“疲労”と“眠気”を感じながら目を閉じる。アルベドも自分を支えきれずモモンガの胸に顔を埋めて目を閉じた。


視覚はまったくない。夢の中にいるようでありながら、覚醒している実感はある。
近くにアルベドの温もりを感じながら、自分の意識を少し手放すとそれに応じて膨大な力が相手に流れていくのが分かる。とても気持ちのいい倦怠感であり、それがずっと続く。
さらにアルベドからもモモンガに様々な力が流れ込んでくる。その中にアルベドの感情や思念が含まれていて、段々とモモンガとアルベドの境が曖昧になっていく。
それを崩さないように自我を保ちながら交わりを続けると、次第に幸福感に包まれていく。
お互いがより近くにいるように感じ、とても温かい。相手の幸せが自分の幸せのように感じられて相互に高まっていく。
アルベドから流れてくる感情や思念は甘くてとても優しい。完全に身を任せたら甘えてしまいそうなので触れすぎないように気をつけながらもその力を味わう。
<<流石モモンガ様、素晴らしい思念ですわ。どこまで行ってもたどり着けません。>>

『たどり着く?』

モモンガはそのキーワードを踏まえて自身が味わっている思念を確認すれば、過去の感情や認識が含まれていることが分かる。
いつも玉座に佇んでモモンガを待ち望む心。その玉座についた瞬間の至福。
そこまで確認した時にモモンガは戦慄した。

『まずい!!鈴木悟の思念が読まれるのはヤバイ!!』

必死に繋がりを解く方法を探すが思い当たらない。こちらから切ればアルベドは悲しむだろう。そう考えた時モモンガにはそんな手段は取れなかった。アルベドを幸せにしたい。それは自分の真意であり揺らがない。
咄嗟にモモンガはその気持だけを乗せて、自身の半分を超える膨大な魔力を手放す。
光の矢のようであった。それはモモンガから飛び出すとアルベドの意識に突き刺さる。

「くふー!!!!」
アルベドが歓喜の奇声を上げてモモンガの隣に転がり落ち、<夢の交わり>が解かれる。その瞬間に共有していた思念や感情は元の持ち主へ帰っていった。しかし抜け落ちた魔力は戻ってこない。
モモンガは目を開けて隣を見やると、自分に背を向けて肩を抱きつつピクピクと痙攣しているアルベドがいた。心配してモモンガは肩を掴んでいる手にそっと手を重ねる。
ややあってアルベドのすねたような声が聞こえる。
「・・・ずるいですわ。」
モモンガは少し安心して、重ねた手で相手を擦りながら照れ隠しをする。
「許せ。お互いの何もかもが分かってもつまらんだろう。」
まだ背中を向けたままのアルベドに小さく声をかける。
「ありがとう。お前の気持ちが分かって嬉しかった。」
アルベドは小さく息をつくと、身を返してモモンガに抱きつく。
「ずるいですわ!私が貴方を満足させるつもりでしたのに。」
咲き乱れる笑顔が真意を語っている。モモンガはそれに応えて頭を撫でながら時間を過ごした。



翌朝、アルベドは自身の部屋に向かって歩いていると、向かいからシャルティアがやってきた。
「ご機嫌麗しゅう、アルベド様。」
シャルティアは皮肉たっぷりに、不機嫌に挨拶した。
彼女の気持ちがわかるアルベドは少し笑うと答える。
「様はやめてちょうだい。今まで通りアルベドが良いわ。それに貴方の気持ちも分かるのよ。でもこれだけは譲れないわ。」
「むうぅ・・・」
頬を膨らませて拗ねるシャルティアの為に、アルベドは“おすそ分け”を思いついた。
「でもね、シャルティア。あの方は私だけでは収まらない程の“凄さ”だったわ。ちょっと覗いてみる?」
「え?」
キョトンとするシャルティアにアルベドは姿勢を下げて顔を近づける。
「ほら、ちょっと額を貸してね。」
シャルティアの額と自分の額を合わせると、そこから<夢の交わり>で感じた“ほんの一部”を流し込んでやる。
「くひぃ!!」
素っ頓狂な声をあげたシャルティアは額を離して飛び上がる。顔が真っ赤になって、足が内股気味に震えている。
アルベドはそれを見てクスクス笑いながら声をかける。
「大丈夫?シャルティア。」
「あ・・・ぅ、おぼえておきなんし・・・」
なんとか捨て台詞を残すと、シャルティアは震える足取りでその場を後にした。


その後会議に集まったシャルティアは終始うつむいて、時折濡れた視線をモモンガに送るのだった。



というわけで、13話と14話の間の話でした。

ローカルルールですが、精神抑制で光るのはそれとわかっている人にしか認識されないということにさせて下さい。
そうじゃないとこのシーン終始発光しちゃうので。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二章 協力者達 午後のパレード

やっとエ・ランテルに入ります。

至高の先達様方の小説を拝見しながら、「ヤダッ、私のペース遅すぎ?」となってしまいました。



・前回のあらすじ
無事に儀式を済ませたモモンガ、それをおちょくるゼッドの二人が心配していたのは花子の変化だった。
花子は転移したときから“周囲が記憶している華子”が混ざっているという。
華子自身ではないが外面は全て華子そのものである彼女に対する術をゼッドは知らない。
妻が死んだ事を思い出として受け入れた以上、生き返るような事はもはや受け入れがたいのだ。
そんな心情を何気なく吹き飛ばすところに、ゼッドは肩をすくめて彼女を連れ出すのだった。


以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・三輪車 様

ご報告いただきありがとうございます。


三重の城壁が国家の威厳と市民への安全を謳うエ・ランテル。
ここは三国の境界に近い交易の要所でもあった。
朝早くから門の前には様々な人々が列を作っている。
帰還した冒険者。買い出しに来た村人。そしてなにより商人達である。
王国に生まれた商人たちにとってエ・ランテルは王都よりも軍備に関して需要が多様な、正に巨大な市場であった。誰もがこのエ・ランテルで店を開き成功することを夢見ている。
ゼッド達が並んだ列の前にも四人の商人たちがいた。彼らは武器などに必要な鉄を売るために、馬車に大量の精錬した後の鉄塊を乗せていた。二人は交渉を担当する商人で、残りの二人はその護衛に雇われた冒険者だ。
その中で馬車を操る商人が長い行列を見て天を仰ぐ。
「参ったな、朝から来てこれじゃ入れるのは昼になっちまう。」
馬車の後方に寝転がった初老の商人は笑いながら商売相手を思い出す。
「あのオヤジはせっかちだからな。どやされるぞ。」
馬車の後方で並ぶ二人の護衛はこの商人たちの依頼を何度か受けており、オヤジの顔も知っていた。
「ありゃ俺たちでも護衛しきれないからな。平気で人の頭にハンマー投げてくるような奴だ。」
「まぁ仕事の腕は良いし払いも良いからいいんだろうけどな。」

彼らがため息をついた頃、後ろから声を掛けてくる人影があった。
「すまない、この行列は長いのかな?」
薄いピンクと白のストライプシャツが清潔な印象を与える男が、人の良い笑顔で尋ねてくる。
「おぅ、お前さんはここのもんじゃないな。ここの検問は時間がかかるし意地が悪い。袖の下は準備してあるよな?少なかったら搾られるぜ。先に多めに用意しとくこった。」
初老の男は見慣れない服装から判断して老婆心から忠告する。
王国の腐敗は末端まで届いており、検問に賄賂を要求されるなど日常茶飯事である。
結果商人は払った一部を代金に転嫁する。それによって少なからず循環に悪影響が出ているのだ。
全く碌なもんじゃねぇ。そうつぶやきながら御者台の商人は相槌を打つ。
「ありがとう、全く。体を触って金がもらえるとは良い御身分だ。妙齢な女性だったら代わってやりたいね。」
その冗談に商人達は笑い合う。後ろから突き刺さる視線をゼッドは華麗に無視する。
「ところでこれだけ時間がかかるならそちらも損だろう?だからちょっとした取引をしないか?」
取引という言葉に今まで寝転んでいた商人が起き上がる。彼らにとって取引は立派な戦いであり、銅貨一枚からでも利益を作り出すのが商人である。
「ほぅ、なんだぃ。これから売る相手の倍額でコイツを買い取ってくれるってのかい?」
「値段は?」
商人はギョッとする。何の交渉もなく突然値段を聞くなど素人としか思えない。しかし表情から察すればそんなお人好しではない。長く生きた直感だがこの男は切れ者。
動揺を気取られないようにしながら倍額から少し下げたところで価格を提示する。
「全部で60金貨だ。」
その言葉を聞きながらゼッドはさり気なく鉄塊の一つを手に取る。
商人は土俵に上がり、自分は鉄塊をスキルで眺める。全体で40金貨と言う売価が確認された。
あの商人は自分に対して警戒して倍額の80金貨から60にまで下げたのだ。
彼我の優位を確信して今回ばらまく“とっておき”を用意する。
「もう一つ、この国の金貨とやらを見せてくれないか?なに、ちょっと見たらすぐ返すよ。信用の証にコイツをその間渡しとこう。」
そう言ってゼッドは懐から一枚の板を商人の一人に渡す。それは目もくらむような輝きを放つ金塊だった。
今度は商人だけではなく冒険者二人も驚きを隠せない。金の塊など見たことがないからだ。
すかさず御者台にいた商人はゼッドに金貨を渡しつつ金塊を睨む。その心を読んだようにゼッドは声をかける。
「あぁ、削って確かめても良い。重さとしては・・・この金貨の50枚分だ。ありがとう、この金貨は返すよ。」
金貨の重量や組成を確かめたゼッドは満足して10gの金貨を返す。間違いなく自分の金塊の方が純度が高い。
金塊を名残惜しそうに差し出す商人を見ながらゼッドは笑った。

ゼッドはこの日のために手持ちのユグドラシル金貨から一部を金塊に変えていたのだ。
ジェットストリームの全財産は常にゼッドが持ち歩いており、膨大な金貨がアイテムボックスに唸っている。
これからの交渉の為に、実弾は持っておいて損はない。
「今回はこの鉄を全て買い取って代わりに私が売却する形にしよう。私は検問をパスする方法を知っているから、これでスムーズに街に入れるし、君たちは昼前にノルマ達成。お互い悪い取引じゃないし、おたくらは賄賂や諸々の経費が浮く。どうだい?」
商人は金塊を差し出したまま固まる。確かに都合のいい話だ。しかし問題はあくまでも金。この鉄をいくらで売るか。これが旅の目的なのだから譲れない。
「鉄の代金は・・・」
「支払代金はその金塊だ。おっと、60枚じゃあちょっと足りないか。しかし元々40位で売ろうとしてたんだろう?10枚位の上乗せで勘弁してくれ。」

参った。商人は心のなかで白旗を揚げる。
相手は相場を見きったうえで倍額と言った自分の提示額を観察していたのだ。正確な原価を握られていては主導権は自ずと向こうに移る。倍額と言いながら情けないが、今のうちに10枚の利益で撤退するべきだ。
何より10枚の利益はとても大きい。オヤジに何と言うかが気がかりだが、彼は商人だ。変に恨みを買うような真似はしないはず。
そこまで考えると初老の商人は大笑いをしてゼッドの手をしっかりと握る。
「参った!どうも勘が鈍ったな。お前さんを甘く見てたわい。成立だ!」
隣の商人も同じ考えだったようで、肩をすくめて首を振っていた。
ゼッドはその商人とも握手をしながら初老の商人に話しかける。
「ありがとう。でも勘は鋭いほうだと思うよ。倍額以上を提示したらそれこそむしり取るつもりだったさ。」
つくづく怖い相手だ。そう思いながらも二人は感心していた。この商人相手なら負けてもしょうがないと思ったのだ。
「あんただけは相手にしたくないね。よかったら名前を教えといてくれ、仲間にも言っておこう。」
ゼッドは振り返ると白い歯を見せて笑顔のまま名乗る。
「俺の名前はゼッド。異国から来た商人だ。んで、店の名前がこれ。」
そう言ってゼッドは金塊の中央に彫られた文字と紋章を指差す。
“ジェットストリーム”
今まで金塊の輝きに見とれていて、文字があったことさえも気づかなかった。
最後の最後まで手玉に取ってくれるな、商人の二人はこの名前を仲間たちに好意を混ぜて警告しておく必要があると確信した。


商人と護衛がゼッドの後列に加わると、ゼッドはそのままどんどん前の商人達と取引をしていく。あるものは利益を得て、あるものは2割ほど損をして。それぞれの表情をしながら、手には大小の金塊を持っていた。彼らは“ジェットストリーム”の名前を忘れないし、仲間に広めるだろう“話のわかるがとてもやり手の商人”というレッテルにそれぞれ尾ひれをつけて。
商売において利益は信用から生まれる。ゼッドの信条であった。
信用の形は色々ある。人となりもあるだろう。財力や規模もあるし武力もある。
それが現実にあろうとなかろうと、とにかく相手をにそれを信じさせる。
ハッキリ言えば今回のばら撒きは信用を集める広告費用とでも言ってよかった。そこまでストイックに取引をしなくてもよかったが、商人としての手腕というのも信用させる一手段であるから彼は手を抜かない。手にとって原価や売価が分かるのだから自ずと相手がこちらを値踏みするセンスも差額に現れる。
こちらを認める商人には友好的に、侮る輩には実力を教える。
ゼッドと花子の馬車の後にできる馬車の大行列はこの日エ・ランテルに起こる騒動の序曲でしかなかった。


「次の者。武器を持たず前に・・・」
武器の携行を確認する役割の門番は絶句する。
次と言われて目の前の30人を超える商人達が一歩前に出たのだ。
問いただす暇もなく、その中心人物がさらに一歩前に出る。
「私はゼッドと申しまして、この国で商売を始めたい。後の方々42名と買い取った荷物を含め、通していただきたい。」
とんでもない話だ。商人達はともかく、見るからに素性の知れない異国の人間と大量の荷物。それらをいきなり通せるわけがない。
言い返そうとする門番を遮るようにゼッドは一つの書状を前に出す。
「私達はこの書状の通り、王国戦士長ガゼフストロノーフ殿の名によって身分を保証されています。そちらの職権で通せない事はわかりましたので責任者の方とお話がしたい。」
兵士は書状を見るなり血相を変えて警備隊長を呼びにかけていく。
それを見送った商人達からは驚きとともに笑い声が上がる。
「お前さん戦士長と知り合いだったのか!そう言ってくれればオマケしたぜ。」
「いや、俺はあくまで商人、こういう手はああいう手合に使うのが一番面白いだろ?」
それを聞いて商人達は笑い声を大きくする。

この後駆けつけた警備隊長に話をつけると全員で門をくぐった。
曰く、ガゼフの書状には“ゼッド達一行”とある。荷物は全て私が買い取っており、彼ら商人は私に雇われこれらを売りさばく。つまりは我々一行だ。
ひどい屁理屈だが、書状の上に置かれた小さな金塊に隊長は一も二もなく快諾した。
全く検査を受けずに街に入れた商人達は改めてゼッドの辣腕ぶりに舌を巻く。
「さて、皆はこれからそれぞれノルマをこなして、夕方までには稼ぎを私に持ってきてくれ。場所はそうだな、この街で一番大きい酒場だ!遅れたら酒がなくなるからな!」
「「おう!!」」
商人達はそれぞれの届け先に急いで散っていく。
「さてと。じゃあ本番いってみよー。」
緊張感無く伸びを一つすると、この都市の責任者へ会いに行く。
話をつけるなら直接トップに掛け合うのが一番で、王の直轄領であれば王が最高責任者だろうが、実質的に都市を管理しているパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア都市長の方が話が早い。
「ところで、なんで金塊なんです?私が金貨を作っても良かったんですけど。」
花子は商人に紹介してもらった宿屋に馬をつなぎながら疑問を口にする。
今回の金塊も花子の錬金術で成形したものだった。ジェットストリームの評判を広めるための工夫だとも思ったが、それだけではないようなきがする。
「それはこれから分かるよ。戦争するにも爆弾にはいろんな形があるってこと。花子とタリズマンは宿屋で待機。花子は後で酒場に呼んでやるよ。」
花子の頭の上にクエスチョンマークが踊っているのを尻目に笑顔のままゼッドは屋敷へ向かう。


都市長のパナソレイは門番から話を聞いてすぐさま部下にゼッドを屋敷に迎えるよう命じた。
ガゼフ・ストロノーフが書状を書いて商人に持たせるだけでも珍しい事だ、恐らく只の商人ではない。パナソレイからすればガゼフは“王宮で少ない良識ある人物”であり、友好的な関係を持ちたいと思っていた。しかしガゼフ自身がお手本のような武人であり、パナソレイに頼み事などをしてこなかったことからあまり関係がなかったのだ。
しかし部下が退室して一分立たない内に戻ってきた。お使いの内容を忘れた子どものように言葉に詰まっている。
「ぷひー。どうしたのかね、そのとしでものわすれでもないだろう。」
「いえ、実は問題のゼッドなる人物が今屋敷に来ております。」
パナソレイとしては追い返す理由もない。すぐ通すように伝える。
しばらくして足音が近づき、部屋の戸がノックされる。
「はいりたまえ。」
入ってきた男は一礼して名乗った。
「私は商人のゼッドと申します。この度は面識の機会をいただき光栄でございます。」
「ぷひー。うむ、わたしがパナソレイだ。ところでがぜふどののしょじょうをもっているそうだね。」
そのでゼッドはこれまでのガゼフとの経緯を語り始める。
一つ、ガゼフは貴族の陰謀で満足な装備無く帝国兵の撃滅を命じられたこと
一つ、最後のカルネ村にて帝国兵士と衝突、そこに居合わせた我々が加勢して事なきを得たこと。
一つ、今回の貴族の陰謀を知ったガゼフは激怒して、死んだ村人たちに報いるためにも内外の政敵と戦う覚悟を示して私に書状を与えたこと。
様々な誇張や嘘があるが、大筋では間違っていない内容をつらつらと述べるゼッドの言葉を聞きながらパナソレイは確信していた。
『コイツは私と同じタイプの曲者だ。』
ガゼフや捕虜に確認できるのだから大筋で嘘はついていないだろう。しかしこの男の表情から虚実が全く読めないのだ。この男は笑顔の下で碌でもない事を考えている。
パナソレイは演技をやめて素の猛禽のような眼光を宿して尋ねる。
「君が戦士長にけしかけたのだろう?」
お前がガゼフを操っているのではないか、そんな意味を含んだ言葉を受けて、ゼッドはしれっと答える。
「判断の難しいところです。確かに私どもは戦士長殿に事実をお伝えしました。しかし決断なさったのは戦士長殿で御座います。」
「・・・まぁいい、ガゼフ殿があの無能どもと戦ってくれるのであればありがたいことだ。私からもできる範囲で協力すると伝えてくれ。」
ゼッドは優雅に一礼して答える。
「パナソレイ様のご厚意謹んでガゼフ殿にお伝えいたします。」
「ふん、その件はいいとして・・・君の用件は何かね。」
「はい、単刀直入に申し上げますと、この街で商売をする権利と、我々の商売に関して一切の干渉をしないという誓約書をお願いしに参りました。」
「商売の権利は考えるが、誓約書とはどういうことだ。違法な商売であれば止めるのは当然だ。そんな要望には応じられんぞ。」
「もちろんです、現在の法において違法な商売は致しません。これは誓約書にも明記しております。こちらを御覧ください。」
そう言ってゼッドは一枚の羊皮紙を机上に提出する。

--誓約書

都市長パナソレイの名において“ジェットストリーム”に対して誓約する。
以下の条件を除く場合において“ジェットストリーム”が行う商業への干渉をしない。
・誓約時の法律によって規制されている商売をしていると認められる場合
・代表者であるゼッドが死亡した場合
・この商業行為に対して成人市民の半数以上が撤廃を要求した場合
干渉とは次の項目である。
・業務停止命令等の業務を止める命令
・税率を突然20%を超えて上昇させる行為
・誓約時の範囲を越えた課税
・押収、接収行為
・許可された商業地に対する立ち退き命令

尚この誓約書は二枚複写によって互いに保管され、効力はお互いの地位の続く限りとする。

パナソレイは一読したがどうにも情報が不足している、相手の目的が読めないのだ。
誓約時の法律と限定していることから何か法律にない商業形態なのは分かる。
それに干渉の定義も徹底している。しかし禁止項目に査察、視察が見当たらない。
「それで、君は一体この街で何をしたいのだ。違法でないし、査察が可能なら私に言ってもかまわないだろう。」
「そうですね、ではパナソレイ様。その前に少し占いをしてもよろしいですか?」


パナソレイは机上のゼッドと自身のサインが入った羊皮紙を一瞥した。
結果としてパナソレイは誓約書にサインした上、都市長を引退した後に“ジェットストリーム”に幹部として雇用されるという口約束まで交わした。
ゼッドの語ったプランを思い出す。
このプランが成功するならばゼッドは王国一の資産家になるはずであり、気づいた頃にはどんな貴族でも彼に手出しできなくなるだろう。
ただの馬鹿であればパナソレイは妄言として一蹴しただろうが、その直前の警告はあまりにも強烈だった。

「ところで、私は今日多数の商人の荷物を金塊で購入しました。更に私はまだ沢山の金塊を所有しております。」
「・・・それがどうかしたのかね。」
「いえ、ご説明しましたプランとも絡みますが、商人は本日夕方には金塊を換金に訪れるでしょう。金貨にして数百枚。そして私はより沢山の金塊を先に換金要求しても良い。」
パナソレイはすでに心臓を掴まれていた事を悟った。この街に入る前から爆弾がばらまかれていた。
エ・ランテルが交易の要所であることから換金所の金貨の備蓄も国内では王都に次ぐ規模だ。
しかしそんな出鱈目な換金をしてしまっては倉庫の交金貨は一枚も残るまい。
そこに今日の商人達が殺到すればどうなるか。暴動にならずとも信用失墜は避けられない。
下手に金塊のかけらで売買などされては言語道断だ。
更にこんな資産の持ち主が大量の金貨を市場に流すだけでも現状の経済相場が崩壊してしまう。


「ゼッド。恐ろしい男だが、味方にすれば頼もしい。」
パナソレイは初めて都市長という肩書に感謝した。
今まで無能な貴族に対する配慮や帝国との合戦に際しての諸々の事務処理。
街の大小様々なトラブルの解決。必死の努力に見合わない自身の報酬。
しかし今日ゼッドと交渉できたのは都市長という肩書あってこそだった。
プラン通りいけば彼の将来は明るい。膨大な財力を背景に今まで頭を下げるしかなかった上の貴族連中を見下ろす立場になれるかもしれないのだ。


実際の所ゼッドは交金貨を一枚も持っていなかった。金塊だってそんなに用意していない。
ただ単に羽振りの良いふりをして仕掛けたブラフだったのだ。
「核爆弾は抑止にのみその効果を発揮する・・・だったっけ?」
独り言をつぶやきながら彼は合流した花子、タリズマンとともに酒場を目指していた。
時間は正午を回ったくらいであったが、酒場には商人達が揃っていて貸切状態だった。
「よし、全員いるみたいだな。マスター!この酒場を夜まで貸し切る。代金はコイツだ。」
そう言ってゼッドはカウンターから金塊を滑らせる。商人達から歓声が上がる。
店主は目の前に止まった金塊を凝視して、戸口の看板を変えに立ち去った。
ゼッドは辺りを見渡すと声を上げる。
「とりあえず酔っ払う前に仕事をすまそう。代金をこっちの戦士に渡してくれ。」
商人達は入ってきた戦士に始めこそ驚いたが、次々と硬貨の入った袋を渡していく。
全て受け取った戦士はそれを大きな袋に入れて立ち去った。終始無言で不気味だったが、あれだけの金を守れるだけの戦士であることは理解した。
「OK,OK。それじゃ今日は俺の奢りだ!昼間っから贅沢しようぜ!!」
「「うぉぉー!!」」
乾杯の音頭とともに商人達は一斉にジョッキを掲げてどんどん飲んでいく。
今日のノルマを達成している安心感で酒は進み、腕相撲を始めるもの、歌い始めるもの、酔いつぶれて寝るもの。昼間ではありえない光景が夜まで続いた。
ゼッドが驚いたのは花子が参戦したことだ。周りの男達に勝るスピードでかぱかぱと空けていく。
「嬢ちゃん!良い飲みっぷりだぁ、気に入ったぜ!」
「おーぅ!まだまだ行くよぉ!」
ゼッドがカウンターでそれを眺めている間にも花子はヒートアップしていく。
ジョッキ空けてダンッと机に置いた後に立ち上がり、腕相撲の連中に混ざっていく。
「んー!腕相撲ですかぁ?」
「嬢ちゃんもやるかい!?俺は小指で良いぜ!」
「お!上等ですぅ、やってやるです!」
樽の上で肘をつく大男に対して花子も腕をまくって肘をつくと小指を一本出した。
驚く男を前に小指をクイッと曲げて誘う。
「いいねぇ、泣いても知らねぇぞ。」
男は肩を回して再び肘をつけて小指を絡める。
審判役の男が二人の手を包んだ後、開始の合図で手を離す。
すぐに決着がつくかと思われたが全く両者が動かない。
「おいおい、もう始まってるぜ?」
審判役が大男に話しかけるが、彼は沈黙の後やっと答える。
「・・・うるせぇ、分かってる・・・けどよぉ。」
次第に男の腕が震え始める。対して花子は酔ってニヘラとした笑顔のままである。
「フヒヒ、行きますよ―・・・ドゥエ!」
謎の掛け声とともに男の手は樽の上に叩きつけられていた。
即座に花子は立ち上がり人差し指を天井に突き上げて勝利宣言した。
周りからは拍手喝采の嵐である。
「どもどもぉ~。」
ヘラヘラ笑いながら花子は手を振って応える。
この後花子は男の再戦を見事に跳ね除け、挑戦者をねじ伏せ。いつしか商人達から“姐さん”と呼ばれることになった。
『花子に酒飲みの設定はしていないし、華子は酒を飲まないし・・・どうなってんだ?』
場がお開きになるとゼッドは応援に来たタリズマンと共に上機嫌な花子を羽交い締めにして宿まで引き摺ることになるのだった。



花子はジャンプ後のキック繰り返しで高速移動するスキルがあります。(嘘)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

On The Sunny Side Of The Street

投稿が遅れて申し訳ありません。
この辺りからちょっと手探りなんです。おもにエピソードの順序とか。

今回は彼女も出てくるので許してクレマンティーヌ



・前回のあらすじ
エ・ランテル前に到着したゼッドは城門前で行列を作る商人たちの荷物を全て金塊で買い上げるという方法で周囲に驚かれる。
商人たちの信用を買い付けながら、この街を管理する都市長と対峙するゼッド。
彼は街で行う事業を都市長に説明し、それに対する不干渉を取り付けた。
ゼッドはダメ押しに商人達と飲み会を開くのだが、そこで花子の設定と華子の記憶とも異なる彼女を目にしてしまい、頭を抱えるゼッドだった。



花子はいつもより少し早い時間に階段を下りる。
階下を見渡せばいくつかのテーブルのうちの一つでゼッドが地図を眺めつつ朝食をとっていた。
右手にサンドイッチを持ちつつ、その薬指と小指で器用にメモをめくっている。
左手はペンを持ち、地図に印をつけて行く傍らで別の紙に何かを書いている。
朝食を取っているというよりも仕事ついでに軽食をしているというような有様だ。
これはゼッドこと秋山のリアルスキルである。他にも風呂に入りながら動画を見たり、とにかく“ながら”が染み付いているのだ。
花子は起きて早々頬を膨らませてゼッドのテーブルに歩いて行く。
「あ、行儀悪い~。作ってくれた人にもサンドイッチにも悪いですよ。」
「おぅ、そっちに座ってこの印をよく覚えといてくれ。」
聞いちゃいない。花子は諦めて座りつつ自分も朝食を頼む。
「すいません。パン3つにスープとオムレツ2つ、お願いします。」
その注文を聞きながらゼッドも呆れて、かじりついていたサンドイッチから口を離す。
「お前よく食うねぇ。昨日あれだけ飲んだのに・・・。」
「ほが?」
書類から顔をあげると花子は皿にあったゼッドのサンドイッチを咀嚼していた。
「お前ね。それが上司に取る態度かい?」
ゼッドは少しムッとして自分のサンドイッチを口に放り込む。
「だって、サンドイッチがかわいそうじゃないですか。」
「一口で平らげられるのもかわいそうだと俺は思うよ。」
「ところで店長、昨日の酒場ってどうなったんですっけ?全然覚えてないんですけど。」
ゼッドは今度こそ信じられないという顔で花子を見る。
「どこまで覚えてるの。」
「えー、席に座ってお酒を飲んだところまでです。」
「腕相撲は?」
「腕相撲?店長がしたんですか?」
椅子に背をあずけて天を仰ぎながら、謎が遠のいたことを確認する。
まぁいいか、ゼッドは最近棚上げの回数が多くなっていることも含めて棚に上げることにして花子に向き直る。
「昨日のお前は酒を飲んで皆と楽しくやってたよ。それでなんだが、お前にはこれから指定する店を回って俺達の商売に協力するように取り付けてこい。」
そう言いながら書き溜めていたメモと立派な羊皮紙を花子の前に積み上げだす。
メモには頭に記号が書いてあり、その記号が地図上にも配置されている。つまり店の個別情報をまとめたものである。内容は開店時間から店主の好きな食べ物まで網羅してある。
これらの情報はゼッドが昨日の飲み会で商人たちから聞いたもので、飛び込み営業に必要な武器だった。
「へ? えーと、協力って具体的に何をさせるんですか。」
「それはこれから渡す契約書に全部書いてある。お前は楽しく話して契約書にサインを貰ってこい。」
いまいち具体的な内容がわからない花子は首を傾げつつも、地図とメモを照らし合わせながらおつかい経路を考える。
「なんか雑な感じが、大丈夫なんですか?」
「大丈夫、宣伝は昨日したし契約書の内容は相手にとっても悪い話じゃない。お前が行く理由は俺達を“気に入ってもらう”ためだ。」
相手がジェットストリームと契約をする時、もちろん契約書の内容は大事だ。しかしそれだけではより好条件の競合が現れた時に譲歩するしか無い。最悪競合と共食いの挙句どちらも利益がなくなってしまう。
相手に“この人を自分から信頼して契約した”と思わせることは数字を取る営業にとって必要な技術であり、個人事業主相手であればビジネスライクな男よりも感情に訴え、庇護欲を掻き立てる女のほうが良いとゼッドは判断したのだ。
「店長は今日何するんです?まさか乙女を働かせて自分は寝てるわけじゃないですよね。」
一通りメモを読み終えた花子は地図を畳んでバッグに詰めながら時折厨房の方を見ている。
その心を読んだゼッドはサンドイッチの皿を自分に引き寄せつつスープを口にする。
「俺はこれでも働き者なの。今日は事務所の建物を用意する。土地はパナソレイに、建物はタリズマンに協力してもらえば今日中に片がつくさ。」
ゼッドの言葉をなんとなく聞いていた花子は厨房の戸が開いて料理が運ばれてくるところを見ると即座に残りの書類をバッグに詰め込んだ。順序などお構いなしに文字通り“詰め込まれ”てしまった自分の1時間を思うとゼッドは悲しくなり、涙ながらにスープを啜るのだった。


「えーっと・・・鍛冶屋アノール、アノール・・・」
花子は目的の店の前で屈んでバッグをあさっていた。メモはあったが契約書が見つからない。
契約書は先に相手の名前が書いてある為に間違える訳にはいかない。
初老を迎えた鍛冶師のアノール・ロンドは朝から店の前でしゃがんでいる女性を見ながら頭のなかで首を傾げる。どうも武装しているようには見えないしこの店に来る理由がわからない。しかし目の前にいるから何かしら用があるのだとは思うのだが。
「おぅ、嬢ちゃん。オレっちの店に何か用か?用ならとりあえず中に入んな。」
「ありがとうございます!ちょっと書類が見つからなくって。私、花子って言います。」
花子はお辞儀をすると大きなバッグを持って店内に入る。
鍛冶師アノール・ロンドの店は工房と切り離されており、商品が陳列されているだけである。
木製のカウンター越しにアノールは座るとパイプを燻らせて素材となる金属の選定を始めた。
花子は店内の小さな椅子に腰掛けてテーブルの上で書類の束を整理し始める。
アノール・ロンドは無駄口が嫌いな男である。何か聞かれない限り自分から世間話などは絶対にしない。女もそれがわかっているのか無駄口を叩かずに黙々と書類を整理していく。

二分ほどの沈黙の末花子はお目当ての書類を見つけたようで、羊皮紙を抱えながらカウンターに近づく。
「先程はありがとうございます。今日伺ったのは私達のお店と取引をしてほしいからです。」
「成る程、嬢ちゃんは商人だったか。まぁ店に入れたもんをいきなり追い返すのも何だから内容だけ話してみな。」
「えぇ、内容はこちらです。」
花子は羊皮紙をカウンターに広げる。アノールはその冒頭、相手の名前を読んで一つ合点がいった。
「ははぁ、“ジェットストリーム”っていったら昨日の騒ぎの奴だな、この名前の金塊を握りしめてあいつらが語ってたっけな。成る程、それじゃあ読んだほうが良さそうだ。」
アノールが羊皮紙を熟読する間、手持ち無沙汰な花子はアノールの横に置かれた小さな鉄塊を手にとってそれを眺めつつそれをカウンターに並べていく。
「おいおい、商売道具を勝手に触らんでくれ。」
アノールに注意されて花子は素直に頭を下げる。
「あ、すいません。品質の選定かと思いまして、並べていたんですが。」
よく見ればカウンターから一直線に鉄塊が並んでいた。アノールは羊皮紙から顔を上げて険しい顔をしながら一番手近な鉄塊を観察して立ち上がり、最後尾の鉄塊を手に取る。

アノールのような鍛冶師は純度や組成、気泡等の欠陥具合によって使い方や製造過程に工夫を加えている。こういった細かな配慮が良い製品を作る秘訣だと考えているのだ。
良い金属で良い剣ができるのは当たり前。問題は悪い金属をいかに無駄なく使いつつ品質を保つかということで、金属を見分ける目は弟子から一人前への第一歩でもある。
そしてアノールが採点した結果は満点であった。気泡など目に見える欠陥だけでなく、見分けにくい組成の問題も考慮してアノールが並べるであろう通りに並んでいる。
「・・・嬢ちゃん、いや花子ちゃんだったか。あんたどこで修行したね、商人にしとくにゃ惜しい目をしてる。」
「うーん、修行とかはしたことないです。とりあえず価値の有りそうな順に並べましたよ?」
花子は顎に指を当てながら考えるととんでもない事を口にする。
つまり目の前の商人は重さに対して価値を決めるような馬鹿ではなく、“本当の価値”を見分ける目と勘をもっている達人ということだ。
花子からすれば手にとって分かる金額順に並べただけなのだが。
「鍛冶師の目じゃなく商売人の目で並べたってのか。ガハハッハハ!“気に入ったぜ”嬢ちゃん!お前さんが失業したら真っ先にうちで雇ってやるよ。」
嫌な将来を想像させられ、ムッとして花子は言い返す。
「そうなりたくないので契約していただきたいんですけど。」
「そうだったな!いやいやすげぇ嬢ちゃんだ。」
アノールは首を左右に振って改めて契約書を確認する。

一つ、直売を除く“ジェットストリーム”以外への卸販売は“ジェットストリーム”への売価の3割増とすること
一つ、“ジェットストリーム”側は注文に際して素材を現状よりも2割安く提供する
一つ、素材の価格については競合の価格表を見せる条件で更に交渉可能とする
一つ、“ジェットストリーム”から提供される素材に関して部外秘とする
一つ、王国や冒険者組合等の公的機関に対する交渉は“ジェットストリーム”が行う
一つ、鍛冶屋アノールの直売所はエ・ランテルのみとする。

ほぼ“ジェットストリーム”専属の製造会社になれ、という内容であった。
しかし現在アノールにとって卸先などカッツェ平野での合戦が近づいたときに王国からくる位で、デメリットは殆ど無い。それどころか素材が安くなるのは強力なメリットであった。
弟子も抱えていない現在ではエ・ランテルを離れるつもりなどもとよりないのだ。
「おぅ、大体わかった。とにかく俺は今まで通り剣を作れば良い、何かあったら全部お前さんのとこにお伺いを立てろ。そういうことだろ?」
「大体そのとおりです。アノール様のような方と取引できて嬉しいですわ。」
アノールは上機嫌に笑うと2通の契約書にサインをして片方を渡す。
花子はそれを受け取ってバッグに仕舞うとアノールと握手をして店を出た。
「なんだかすんなりいったなー・・・さて、次は・・・。」


日が傾き夕方になった頃、バレアレ薬品店が佇む通りの横道に影がさした。
フード付きのマントにすっぽりと覆われた影は終始上機嫌だった。
法国の追っても撒いて、ズーラーノーンとも取引が終わった。
自分が持っている叡者の額冠と、後は視線の先に居るであろう少年一人だけだ。
彼女はこの一連の幸運に笑いが止まらない。
なぜか突然法国内部が騒がしくなり、その混乱にまぎれて脱出できたこと。
想定していた追手がなぜか現われないこと。
この街に入る時も前の行列の騒ぎで侵入が容易かったこと。
彼女は神を信じない。しかしこれが神を自称する誰かの仕業なら感謝くらいはしてやってもいいと思った。
そうやって突入の機会をうかがっていると、店に入る人影があった。
お淑やかそうな黒髪の若い女性。悲鳴を聞きたくなる朗らかな高い声。
嬲り甲斐のあるおもちゃの追加に彼女は笑みを深くする。
なんて自分はラッキーなのか。


「わぁお!」
いきなり扉を開けた花子は店内を見渡して歓喜する。
自分の好きな薬草たちがきれいに保管され、高い棚に所狭しと並べられている。
売り物ではないためカウンターの後ろに並んでいる薬草たちに目を輝かせながら、花子はひとっ飛びでカウンターを乗り越える。
「え、あの・・・お客様?」
ちょうど奥から出てきたンフィーレア・バレアレは困惑する。
突然女性がカウンターを飛び越えて薬草たちを食いつかんばかりに観察しているのだ。
「なるほど、なにか魔法をかけて保っているものとわざと乾燥させているものがあるわけね、それでもってこれは見たことのない薬草・・・れっどうぉーと?聞いたことないけどどんな効果が・・・フヒヒヒヒ」
もはや女性“だった”花子は這いつくばり、一番下の薬草瓶などに飛びかからんばかりだった。
魔法によらず天然の“恐怖”に苛まれたンフィーレアはたまらず奥へ駆けだす。
「お婆ちゃん!なんか怖い人が店に来てて・・・!」
「なんだい。こっちはもう少しで・・・って何なんだい?この娘は。」
店主であるリイジー・バレアレは目の前で薬草のデッサンをしている女性を指さしてンフィーレアに尋ねるがンフィーレアも困惑して首をかしげるばかりだ。
ため息をついて謎の女性に声をかける。
「あんた、客ならカウンターの中には入らんでくれるかい?それとも弟子にでもなりたいのかい?」
その声に花子はやっと我に返って再度素早くカウンターを飛び越えて着地とともに頭を下げる。
「す、すいません!私薬学が趣味でして・・・見たことのない薬草につい。」
リイジーは余計に困惑する。薬学が趣味の人間なんぞ見たことがない。しかし地面に落ちたデッサンを見ればとても精巧に描かれており、情熱を感じさせるに十分だった。
リイジーは屈んで紙を拾うと花子に差し出しながら用件を尋ねる。
「まぁいいよ。ところで何の用で来たんだい?どうもただの買い物ということでもなさそうだ。」
花子は思い出したように大きなバッグを漁って羊皮紙を取り出す。
「失礼しました。私はジェットストリームの花子と申します。バレアレ薬品店の噂を聞き、お取引できればと思い参りました。」
「ジェットストリーム?店の名前かい?」
「お婆ちゃん、たぶんあれだよ。昨日の。」
ンフィーレアの耳打ちでリイジーも思い出す。金塊をばらまいた大商人との噂はすでに街を席巻していた。
「あぁ、うちに来たもんが言ってたね。それで、そんな大商人がウチとどんな取引がしたいんだい?」
リイジーの質問に悪意は感じられないが好意的でもないと感じられた。
花子は事前に書かれていたメモ、“ちょっとだけお前の腕をみせろ”を思い出して羊皮紙をいったんテーブルに置く。
「取引のお話の前に少し見ていただけますか?」
そういってバッグから一つの小瓶を取り出す。エ・ランテルに向かう道すがら暇つぶしに作ったポーションだ。
薄い赤の液体の底には非常に細かい沈殿物が見られ、これが薬草を用いたポーションであるとリイジーは判断したが、赤いポーションなどおとぎ話の領域。
ポーションに注目する二人をよそに花子は短剣を取り出すとおもむろに手のひらに走らせる。
つぅっと血が滴りそれをハンカチで受け止めている花子に気付いたリイジーは正気を疑う。
「えー、こちらはマイナーヒーリングポーションです。今から実践しますね。」
短剣をしまうとポーションを手にとって栓をあける。そのまま手のひらにたらせば赤い筋は即座に消えてしまった。
リイジーは瞠目する。もしこれがペテンでないとすれば伝説に語られる“神の血”という完成されたポーションである可能性が。
そこまで考えたリイジーは即座に駆け寄るとポーションの残りを奪い取って魔法をかける。
「<道具鑑定・付与魔法探知>!」
ンフィーレアも事の重大さに気付いて固唾をのんで見守る。
やがて効果を確認したリイジーの肩が震えだす。
「ヒヒヒヒ・・・ンフィーレアや、よく見ておくんだよ。伝説とは違って劣化はするが今までのポーションの10倍は軽く持つ。これを作った薬師がおそらく今の世界で最高の職人さ。」
言い終わると今度は花子のほうに修羅のような形相で向き直る。
「お前さんとの取引は承諾しよう。そのかわりこの薬師と会わせとくれ!」
花子は気迫に気圧されることもなく、にこやかに返事をする。
「今目の前にいますよ?」
「はぁ?」
「ですから、私がそのポーションを作りました。」
腰に手を当てながら渾身のドヤ顔を披露するがリイジーはより表情を厳しくする。
「お前さんは商人だろう!?冗談は良いからその薬師の居場所を教えるんだよ!」
リイジーが信じないのも当然で、もしもこのポーションを作れるなら商人である必要がない上に知らない薬草があるような土地にまで来るわけがない。
花子はやれやれとため息をつくとバッグからまた別の小瓶を取り出す。
今度の小瓶はポーションと同じ形をしているが、中身は緑の液体だった。
「これは薬草をすりつぶしてろ過等を施した液体です。調べますか?」
「いや、その程度見ればわかる。」
「ポーションの作製法の一つは薬草と魔法媒介の混合液に魔法をかけるものであってますか?」
「魔法のみでも作れるがそれが一般的だね。」
「では今から同じポーションを作りますから見ててください。」
そう言うと机の上に置かれた小瓶に向かって花子が魔法をかけ始める。
液体が反応して鈍く発光すると次第に色が変わっていく。
ンフィーレアは驚愕の表情でそれを見つめる。自分やリイジーが作るよりも遥かに速い。
出来上がったポーションは先ほどのポーションと瓜二つの液体になっていた。
「では痛いのは嫌なのでそちらで鑑定してください。」
恐る恐るリイジーは同じ魔法をかけて、戦慄する。
あの若さにして自分よりも遥か高みにある薬師に出会ってしまった。
今までの研究は正に暗中模索だった。孫のために可能な限り道を示そうと必死に実験を重ねた。
しかしこれからは変わる。この薬師を師とすれば一本の道を突き進むだけで良いのだ。

「失礼しました。花子さま。薬師としての格を知りました。あなたこそ王国、いや大陸一の薬師に違いありません。どうか我々を弟子にしていただけないでしょうか。」
薬師としての上下を実感したリイジーは言葉を正して姿勢を低くする。
ンフィーレアも困惑しているが同じく頭を下げる。
花子はきょとんとしたまましばらく考えると笑顔で声をかける。
「畏まらないでください。私はあくまで商人でバレアレ薬品店はお客様です。弟子に関してはやはり商人ですのでお受け致しかねます。ですが・・・」
リイジー達が顔をあげると優しい笑みを浮かべた花子がたたずんでいる。
花子はできたばかりのポーションをリイジーへ差し出しながら声をかける。
「同じポーションを作る友人として、私の知っていることをお教えしたいです。いかがですか?」
信じられない言葉ではあったが、リイジーの胸には不思議と違和感がなかった。
同じ趣味を持った人間がいて心底嬉しそうな表情を見ては、疑う気が起こらないのだ。
「感謝する。確か取引と言っていたが、もちろん同意するよ。」
「まだ内容を言ってませんが?」
花子のきょとんとした表情にリイジーは首を左右に振る。
「なに、最高の薬師からの頼みを断るわけがないだろう。」
その答えに花子は苦笑いを浮かべながら契約書の羊皮紙を手渡す。
「それでも私は商人ですから、ちゃんと納得して契約したいんです。」
「商人としての矜持かい。わかった、しっかり確認させてもらうよ。」
リイジーとンフィーレアは契約内容を確認する。それは鍛冶屋のものと大まかには同じだった。直売以外はジェットストリームが独占して、店はエ・ランテルでのみ認めるというものだ。
「ふむ、内容に異存は無いが目的が分からないねぇ。利益がほしいならエ・ランテルをあきらめるのは大きすぎないかい?」
その問いに花子はにこやかなままゼッドが言っていたことを思い出す。
「店長が言うにはそれでいいそうです。エ・ランテルが発展しないといけないって言ってました。」
「ふーん、まぁこちらとして十分メリットがあるから良いけどね。ンフィーレアや、サインをするからペンを探してきてくれないかい?」
ンフィーレアは突然声を掛けられてあわててカウンターの下を探し出す。
それを見やってリイジーは小声で頼みごとをする。
「ただね、一か所だけ行商を許してほしい。カルネ村という小さな村だ。」
カルネ村という単語に花子の笑顔が固まる。
「・・・あの村がなにか?」
花子の警戒に対してリイジーはため息をついて真意を話す。
「いやいや、大したことじゃないんだよ。ウチの孫が惚れてる娘が居るようなんだ。」
「成る程、そういうことでしたらそれは別の契約書で取り交わしましょう。後日お持ちします。」
若い恋心に少し眩しいような気がして目を細めてペンを持ってきたンフィーレアを見やる。


本日最後の契約を終えた花子はリイジー達に質問攻めを受けていた。
しかし花子としても元からできるものなので明確な回答ができる問いは少なかった。
生まれつきだと答えたときにリイジー達からタレントの存在を聞けたことは花子にとって収穫だった。試しにンフィーレアを覗いた時は新たにタレントの項目が増えており、どんなマジックアイテムでも使用可能という恐ろしい内容を確認した。
このことはゼッドに至急報告するべきだろうと思い<伝達>を使おうとすると、店の扉が開かれた。
マントで体を隠しているが、金髪が目立つ女性で愛嬌のある笑いを浮かべながら店内を見渡している。リイジーはポーション談義を遮られて少し不機嫌に声をかける。
「すまないね。今日はもう閉店なんだ、また明日きとくれ。」
「ん?全然いいよー。私はンフィーレア・バレアレに用があるだけだからー。」
間延びした声とともに彼女はマントを肌蹴る。
手にスティレットを持ち、露出の高い防具の表面には冒険者プレートが反射してそれぞれの色を放っていた。異質で異様な存在感は相手の狂気を反映しているようだ。
一瞬にして室温が下がったような感覚にンフィーレアは身震いする。
その様子が楽しいのか、金髪の女はスティレットを舌なめずりする。
リイジーとしては彼女が只者ではないことは分かっているが、この二人を傷つけるわけにはいかない。二人の前に出ると警告を発する。
「あんたがだれか知らないけどね、この店でトラブルはごめんだよ。帰っとくれ。」
「こわーい。でも自己紹介がまだだったね。」
女は顔を向けたまま嫌みたっぷりに軽くお辞儀をする。

「私はクレマンティーヌ。元法国の漆黒聖典って言えば驚いてくれるかなー?」



みんな大好き“さば折られちゃん”の登場です。
今回はへし折られずに済むのか!
ちなみに漆黒の剣の皆さんは今回冒険者と距離があるせいで登場しないかも知れません。皆様のご要望があれば考えさせていただきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

爆発ダイヤモンド

みんなだいすきクレマンティーヌ。

ちなみに今回のタイトルはSAKANAMONというアーティストの一曲です。
ジョジョの吉良吉影がテーマだと思うんですが、ところどころ自分のクレマンティーヌ設定に近いところがあって、個人的には彼女のイメージ曲になってます。


・前回のあらすじ
花子はゼッドの指示で街の主な商店と契約を結ぶべく街を歩く。
思っていたよりもスムーズに進む交渉に驚きながらバレアレ薬品店を目指す彼女とは別の目的で同じ店を狙っている女がいた。
花子の薬師としての腕前に感服したリイジー達がポーション談義に熱中する店内、彼女はさっそうと現れて自分の古巣を宣言する。




「私はクレマンティーヌ。元法国の漆黒聖典って言えば驚いてくれるかなー?」

そう言って彼女は得意の表情で辺りを睥睨する。この瞬間が殺す瞬間と拷問をしている最中の次に好きだ。特にこの街に来てからの準備運動で殺した奴らは全員その期待に答えてくれた。
“なんで俺がこんな目に”という表情をしている彼らを見るのは心が躍る。
今まで自分が受けてきた屈辱や不条理を、この時だけはひっくり返してやれるからだ。
そう、誰にだって不条理は訪れるのだ。私だけじゃない、おまえにも、アイツにも、皆に均等に配ってやる。そんな“不条理な運命を与える側”それはクレマンティーヌが思い描く神様の正体そのもので、それになることはクレマンティーヌ自身を保つための栄養のようなものだった。

しかし今回は裏切られる。正確には一人だけなのだが、それだけで彼女はショートケーキのいちごを食べ損なったような気持ちになる。
意味がわかっていないならそれでも良い。それなら恐怖の後払いだ、殺す瞬間に全て払ってもらう。

目の前の女は悲しそうな顔をしていた。女神とでも言うのだろうか、慈悲とでも言うのだろうか。そう言った劇薬を彼女は発している。クレマンティーヌの顔と脳内がギシリと歪む。
これが大嫌いだ。こういう奴は私を絶望させるためにこんな顔をするのだ。
女神様とやらがそんなに慈悲を与えたいなら私が“こんなに”なる前にさっさと天国に連れて行くべきなのだ。生まれた幸せ、友ができた幸せ、そういったものを積み上げさせて崩す。そんな事を端から見てそんな顔をするだけならそもそも存在しないでくれ。
この女だけは最初に足を潰して、順繰りに、じっくりと殺す。そんな決意をしてクレマンティーヌは武器をモーニングスターに変える。

「あらァ?何、あたしの顔になんかついてるゥ?」
クレマンティーヌのワントーン上がった声に花子は浮かない顔のまま答える。
「あなたをどうするかが決まったの。できるだけ悪いようにしないから暴れないで、我慢してね。」

花子は“元法国”という少女の登場を即座にゼッドに伝えており、すでに指示を確認していた。
恐らくこの少女は通告の内容も、私がジェットストリームの人間であることも知らない。
これから降りかかるだろう不条理はもしかすると彼女を徹底的に不幸にするだろう。
そんな心を見通せるわけもなく、言葉だけを解釈したクレマンティーヌは激怒する。

「おい、英雄の領域に足を踏み込んだクレマンティーヌ様をどうにかする?むかつくにも程があんぞ?」

ゆらりとクレマンティーヌの傍の大気が揺れる。片足を後に突き出し、そのかわりもう片足に曲げを凝縮する。低い姿勢をとり、メイスを持っていない左手は大地に突き立っている。
もしスティレットを持っていたならばこれは必殺の構え。しかしモーニングスターの場合は少々異なり、足を砕き飛ばすだけの構えである。
その構えを見ながら前に出ようとするリイジーを手で止めて花子が前に出る。
リイジーとしてはこの場で最も価値のある花子にこそ逃げてほしかったが花子は二人に振り向かずに声をかける。
「すぐに目を閉じて耳をふさぎ、一分間は絶対に何があってもその場を動かないで。大丈夫、友達としてあなた達の安全は保証するわ。」
そう言い終わると花子はクレマンティーヌに気づかれずに袖から手の平に一つの小瓶を滑らせる。

ジェットストリームは直接相手を殺さない。

殺す必要が無いので戦闘スキルは捨てる。その理念を徹底した結果、ゼッドや花子はLv100でありながらステータスの異形とも言える存在となっている。
商売や情報戦に関するステータスを大きく上げる一方で攻撃・防御ステータスを弱体化するようなピーキーなアイテムを幾つも積極的に装備しており、“拘束して一方的に攻撃が必中する状況を作れば”Lv40程度の戦士にすら殺されてしまうような二人だった。
もちろん物理無効化のようなパッシブスキルも一切無い。武技で強化されたクレマンティーヌの一撃が弾かれることはなく、確実にダメージを負わせることができる。
あくまで当たればの話だが。

「そーれっ!」
明るい掛け声とともにクレマンティーヌは疾走する。爆発するような加速は獲物の三人に止めようがない。女の片足一点に集中した彼女の視界の間に小瓶が叩きつけられ砕け散る。
ガラスと一緒にキラキラとした銀の粒子が散らばる。
『ガラスで遮って回避するぅ?残念!』
クレマンティーヌは次の一歩で低空に飛び上がる。そのまま体操選手の伸身宙返りのように胸を中心に全身を回転させてガラスの破片を飛び越えつつ女の足めがけてモーニングスターを振り抜く。
足を砕いた衝撃は、来なかった。
クレマンティーヌの視界にはモーニングスターが足の一部をすり抜けたようにみえる。
しかしそれはクレマンティーヌの思い描いた幻影に過ぎなかった。
咄嗟に気配を探れば自分の4時方向に三つ。
『<集団転移>か!?あのクソッタレは超級の魔術師だったか!』
しかしそれでは説明がつかない。あの小瓶は一体何だったのか、幻かと考えるがそれは違った。その破片は今でも“斜め後ろの女の足元”にある。

おかしい、何かがおかしい。

クレマンティーヌは思考しながらもバク転して斜め後ろの気配に向かって方向を変えながら迫る。足が地面についた段階でも3人の位置は変わらない。今度は正面に捉えたはずだ。
このまま飛び込んでも集団転移で逃げられる、となれば意表をつくことだ。
彼女はためらうこと無くモーニングスターを投擲する。
完璧な不意打ちであり、女の顔に直撃するはずのモーニングスターはそのまま女を通過していき・・・クレマンティーヌの“後ろから”落下音が聞こえた。

「嘘でしょ?」

振り返れば確かにモーニングスターが落ちている。
クレマンティーヌは一流の戦士であり、パニックに陥るような無様はとらない。しかし状況を整理すればするほど意味がわからなかった。
正面にいたはずの3人が斜め後ろに立っていて、それに投げたモーニングスターが再び自分の斜め後ろに転がっている。
頭から火花が出るほど考えるクレマンティーヌの背後から突然声がかかる。
「捕まえ~たっ!」
その瞬間にクレマンティーヌは今まで経験したことのない怪力で羽交い締めにされて地面に叩きつけられた。


もし一連の戦闘を見ている第三者がいれば不可解極まりない光景だったはずだ。
3人に向かって迫る少女は突然“明後日の方向に”宙返りをしてモーニングスターを振るう。
更に少女はそこから“出口の方向に”向かってモーニングスターを投擲する。
第三者からすればクレマンティーヌが幽霊とでも戦っているように見えるのだ。
不可思議な動きの正体は錬金術で作られる情報系の毒、“冬蝶鱗粉”の効果だった。
この鱗粉を使用者以外が吸い込むと、短時間視覚が幻惑されるとともに操作系統が全てあべこべになる。つまりクレマンティーヌの脳内では“前に”攻撃しているつもりでも実際は“前以外”に攻撃してしまう。視覚や気配で敵の方向が正確に把握できるがゆえにその攻撃は当たらない。


「やめっ・・・て、フヒャヒャヒャハハヒィ、ヒィ・・ゲッホ!ゲホ!」
リイジーとンフィーレアが恐る恐る目を開けると衝撃的な光景が展開されていた。
恐るべき襲撃者は“くすぐられ”ていた。
「おらおらー、露出の高い鎧をしおって。けしからんなー、ほれほれー。」
どこかの悪代官のような声をかけながら片手で背中にまとめた手首を拘束しつつ空いた片手で脇腹をくすぐる世界最高の薬師。
涙目になりながら抱腹絶倒する襲撃者。
「なんじゃ?これは。」
リイジーが目を点にしている間にも花子のテンションは上り、ついにアイテムボックスから羽ペンを取り出した段階で救いの手は現れた。手というよりは拳骨だったが。
「やめろ馬鹿。だれがセクハラしろって言ったよ。」
ゴン!という鈍い音とともにクレマンティーヌは一時的に解放される。
しかし失った酸素を取り戻すため立ち上がることすらできない。
すかさずタリズマンが手首と足首をロープで拘束して椅子に座らせる。
声も出ないリイジー達にゼッドは振り返ってお辞儀をする。
「失礼致しました。私はジェットストリームの店長、ゼッドと申します。今回は危ないところでしたね。」
手を差し出して握手を求められたところで二人も立ち直り、リイジーがそれに応える。
「私らを守ってくれて感謝する。花子さんから貰った契約書にはもうサインしてあるよ。」
「それは光栄です。バレアレ薬品店の発展に全力でお手伝いさせていただきます。」
すでに貢献どころか命の恩人であるゼッド達が全く偉ぶらないところに商人の強かさをみたリイジーは苦笑いを浮かべる。
「こっちも協力は惜しまないよ。ところで今回の襲撃者をどうするかね、わざわざ生け捕りということは何かしら考えがあるんじゃろ?」
「鋭いご指摘です、私はゴミ溜めにも価値を見つける商人でございます。今回の件もエ・ランテルのためにできることがあると考えた上で生け捕りを指示しました。内容は申し上げられませんが、どうかこの襲撃者をこちらで内密に引き取る事をお許し願えないでしょうか。」
初めて会ったのにぬけぬけと言いたいことを言う。しかしリイジーとしては花子という人生の指標を手放すわけに行かない。
「私らは命を救われた身、頼まれれば是非はないさ。しかしこの女が二度と孫を襲わないようにしとくれ。もし背後に何者かいるならそれも配慮してほしい。」
「もちろんです。こちらとしてもお客様に危害を加える輩を野放しにするつもりは御座いません。この一件に対してはジェットストリームの名に掛けて対処いたします。」


息を整えたクレマンティーヌは気付けば見知らぬ部屋の一室にいた。
屋敷と言って良い高そうな調度品に囲まれた一室が見渡せ、自分は腕と足を椅子に固定されて座っている事がわかる。そして誰もいない部屋でしばらく脱出を試みているとおもむろに正面の扉が開く。
「サルー、クレマンティーヌちゃん。コマンタレブ?」
「誰がサルだ、失せろ筋肉ゴリラ。」
意味不明な挨拶の花子に対してクレマンティーヌは殺意の目で相手を焼こうとする。しかしそれすらスパイスなのか、軽い足取りで近くのソファーに座って相変わらず見つめてくる。
「つれないなー、もっとお話しましょ。」
「誰が話すかよ。」
尋問であることは明らかであり、恐らく今は飴の時間なのだろう。とにかく平常心を保って時間を稼ぎ、脱出のチャンスを増やすのだ。そう考えていた彼女に花子はそれとなく呟く。
「元漆黒聖典第九席次クレマンティーヌ。元っていうのは多分叡者の額冠を盗んじゃったからかな?そんでもって武技は不落要塞・流水加速・疾風走破・超回避・能力向上・能力超向上。スティレットには色々魔法が込められているみたいね。あの時はズーラーノーンのカジットっていう人との約束かな。」
つらつらと述べる事はクレマンティーヌの近況と能力の全てだった。
ここまで来るともう平常心どころの騒ぎではなく呆れてしまう。
「えー、全部知ってんの?じゃあ良いじゃん。殺しなよ。それとも拷問がお好きかな?私と同じ趣味だよ~?」
「そんな無益なことはしないよ。クレマンティーヌ君。」
いつの間にか部屋の中には男が立っていた。愛嬌のある丸い顔で、声はとても穏やか。
「あんた誰?」
「あぁ申し遅れたね、私はゼッド。君が言う筋肉ゴリラの上司だよ。」
睨みつける花子の視線を片手でさばきつつそう告げるとクレマンティーヌは天井を仰いで呟くように悪態をつく。
「ボス猿かー。」
「今はその認識でOKだ。さて、クレマンティーヌ君。私たちは商人でね、これから早速君と商談がしたい。」
クレマンティーヌの正面に椅子を持ってくるとゼッドは腰を下ろす。
「まずは君が一番望むものを言ってくれ。そんでもって我々は君から生まれるだろう利益がそれに見合うかどうか判断しよう。」
滅茶苦茶な話だ。まるでクレマンティーヌ自身の能力を相手の方が理解しているような口ぶりに不快感が募るが、巻き返すために本心を口にする。
「漆黒聖典第五席次をできるだけ惨たらしく殺したい。」
「漆黒の第五・・・あぁクアイエッセか。確か君の兄じゃなかったかな?」
「あのクソ野郎が兄だと!!アイツは只のクソ野郎だ、あんなヤツ兄じゃない!」
突如激高したクレマンティーヌは椅子をガタガタと揺らして吠え立てる。
ゼッドはそこに彼女の大きな原動力があることを確信して花子とともになだめつつ話を聞く。

クレマンティーヌの話によれば、クアイエッセという男はクソ野郎の名にふさわしい外道だった。表は理想的な兄であり、裏は陰湿に妹をいじめ抜く天才。妹の絶望に欲情するという異常な性癖の持ち主だった。
花子は話半ばからすでに怒っており、クレマンティーヌの頭を優しく撫で続ける。
ゼッドは黙って聞きながら時折相槌をうつ。
怒りのままに全てを話したクレマンティーヌは力なく項垂れる。
「あのクソ野郎を殺すために私はずーっと鍛えてきたの。でもまだアレは殺せない。ムカつくクソ野郎だわ。」
「成る程、大体見えてきたよ。そのクソ野郎はギガントバジリスクを複数召喚できるんだね?」
「アレを殺せるのは神人か先祖返りのアンチクショウくらいかな。どっちも法国だから敵対することなんてないけどね。あー、アレを殺してくれるならあたしどうなってもいいなー。」
ゼッドは全ての情報を総合してクレマンティーヌと取引が可能である事を確信する。
「クレマンティーヌ。君はそのクソ野郎が他人に殺されて良いのかい?」
「あ?」
途端にクレマンティーヌは殺気を漂わせる。それを笑顔で受け止めたまま真剣な口調で語りかける。
「君が圧倒的な力で嬲り殺してこそ復讐も達成できると私は思うがね。」
「当たり前じゃん・・・!」
「そうだろう、でもその力が今の君にはない。最強装備も法国に置きっぱなし。だったら我々が君を強くしよう。今まで手にしたこともない強力な装備を与えよう。そのクソ野郎を10回殺してお釣りが来るような力を我々は用意できる。例えばコイツを見てくれ。」
そう言って<水晶鏡>に録画したガゼフの戦いを見せる。
情報とは違う戦い方に驚きつつも、クレマンティーヌはガゼフの装備に仰天した。
いかにもみすぼらしい王国の装備だが、魔法を弾き防御魔法を貫通し、天使を両断している。
「この装備はそこの花子が魔化を施した普通の装備だ。これはまだ序の口、装備自体からこだわればこの何倍もの強さを手に入れられるだろう。」
クレマンティーヌは考える。このまま脱出できたとしてこの目的を達成できる日が来るだろうか。ズーラーノーンの手を借りたとしてこれだけの装備が手に入るだろうか。
無理だ。今考えられる最適解はもうすでに相手から提示されてしまっていた。
「・・・いいよ、取引してあげる。でも私は何すればいいの?」
「うん、いい返事だね。君にしてほしいことはいくつかあるけど、それをこなす度に君にはポイントをあげよう。基準は暗殺依頼を一人こなす度に500ポイント。1000ポイントで一つ強大な装備をあげよう。他にも色々な仕事をする度にポイントが貯まるし君は強くなる。どうかな?」
彼女にとっては願ったり叶ったりだ。暗殺を基準にする辺り自分の使い方をよくわかっているようにも思えるし、何故かポイントという言葉にワクワクしてしまう。
「いいじゃん、やったげるよー。でもさぁ・・・まずはこう、実感がほしいというか、ねぇ?」
クレマンティーヌの言わんとすることが分かるゼッドは苦笑いをして一つのネックレスを取り出す。
「これを装備すると疲労しなくなり、<飛行>が使えるようになる。」
花子が拘束を解き、クレマンティーヌはネックレスを装備する。その途端力が湧き上がるような感覚があり、ネックレスに意識を向ければ魔法が発動した。
クレマンティーヌは天井近くまで飛び上がって滞空する。
「すごっ!すごいじゃん!」
はしゃぐクレマンティーヌを見ながらゼッドは遅めの注意をする。
「あ、でも魔力は本人依存だから切れたら落ちる・・・」
バフッという音がして逆さまのクレマンティーヌはソファーに収まっていた。
「・・・早く言ってほしかったな。」
「大丈夫?クレマンティーヌちゃん!」
花子はクレマンティーヌを抱き上げてソファに座らせて頭やら肩を撫でている。
完全に花子のペットと化してしまったふくれっ面のクレマンティーヌを見ながらゼッドは咳払いをして話題を変える。
「とりあえずアイテムの実力は分かってもらえたかな?ところでこれから早速一仕事お願いしたい。」
「何?暗殺?」
ウキウキするクレマンティーヌに対してゼッドはニヤリと笑うとおどけて口を開く。
「いやいや、ちょっと演技をして貰うだけだよ。初仕事だし1000ポイントあげちゃおう。」

ゼッドはクレマンティーヌの性格の歪を矯正しない。それはゼッドにとって利益にならないからだ。その上でゼッドはクレマンティーヌの考える“ハッピーエンド”を確約する。
クレマンティーヌは思う。
私はなんてラッキーなんだ、と。



今回もお読み頂きありがとうございます。

運が良いとか悪いとかって結果論だと思うんです。
それは正しいと思う一方で、それでも「ラッキー」と言ってポジティブに考えられる人は素敵だなとも思うんです。
今作に置いてクレマンティーヌは正にそう言ったキャラになる予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大いなる冬

今回はナザリックパートでございます。
久しぶりのモモンガ様は元気です。



・前回のあらすじ
ンフィーレア誘拐のついでにリイジーと花子を殺すことにしたクレマンティーヌは、獲物である花子の態度に激怒する。
飛びかかるクレマンティーヌだったが、全ての攻撃が彼女に届かない。
まるで集団転移を繰り返しているような挙動に混乱する彼女はいとも簡単に花子に捕縛される。
半ば生還を諦めていたクレマンティーヌに、ゼッドは一つの契約を持ちかけて彼女はそれを快諾する。



「やっぱり壮観だな。」
ゼッドは玉座より少し前の階段から世界を眺める。
ありとあらゆる強大な異形が跪き、己が主の命令を待ち望んでいる。
一度出撃の号令あらば、この世の有象無象をすべて駆逐して諸々の神々を打倒する。そのためであればいくらでも戦い、消滅しようとも後悔はない。
天井知らずの士気の高まりにゼッドは呆れながらも頼もしく思っていた。


数日間エ・ランテルやカルネ村を花子に任せてモモンガとゼッドは今後の方向性を話し合っていた。
ゼッドはあえてこれまでの情報を抑えて、モモンガの自由な理想を語らせた。
このナザリックは世界に対して強大すぎる。しかもその柱は今やモモンガ一人を基礎としている。
今後の方針でモモンガの考えがぶれることがあってはならない。時間をかけてモモンガと細部を詰めていく必要があったのだ。

ゼッドが驚いたのはアルベドの参加であった。
今まではモモンガの精神的な負担を軽減するために、こういった話し合いはもっぱら二人だけで行われていた。
「アルベド。少し気長な話になるが、この方向性をシモベはどう思う?」
ソファにくつろぎながらモモンガは大まかな説明をしつつアルベドに問いかける。
隣に座ったアルベドは微笑を絶やさず真剣に話を聞いて、熟慮しながら答える。
「そうですわね、これであれば人間に対して真逆の意見を持つセバスとデミウルゴスでも納得すると思います。微妙であれば熟した果実の方がより美味であろうというようなおっしゃり方が有効ですわ。ただ戦闘に特化したシャルティアやコキュートスは理解しながらも残念には思うでしょう。」
「成る程、では二人には別に何か任務なり息抜きの機会を与えよう。」
「それがよろしいと思います。」
モモンガは以前よりも明らかに余裕ができていた。アルベドがいることによって生じるロールプレイよりも守護者をはじめとしたシモベたちの感情の機微が把握できることの方がよほど大きいのだ。
隣り合って座る二人を見ながら多少イラッとするものの、ゼッドもそれを受け入れた。
アルベドのアドバイスによって“ナザリックの求めるモモンガ”と“鈴木悟が残っているモモンガ”の折り合いがついていく。最近ではアルベドの前でも大分くつろげるようになったらしい。
ゼッドは安堵しながらも心のどこかで“見せつけんな”とつぶやいていた。


そんなことを考えていると階下のデミウルゴスがシモベたちに声をかける。
「これより、我等が主。モモンガ様よりお言葉を賜ります。」
静かな声だったが百を超える異形が気配を含めて静まりかえる。
それを合図に後方の扉が開かれ、主とその妃が姿を現す。二人はゆっくりと前を向いて歩き、シモベは二人が通り過ぎる瞬間に皆身を固くした。
玉座へ上がる階段の途中でゼッドは深くお辞儀をして二人を迎える。それにアルベドだけが目礼で答える。
巨大な水晶でできた玉座の前に主が立つ。
「皆、面を上げよ。」
威厳のある声に呼応して音もなく一斉に頭が上がる。
「まずは本題の前にいくつか報告しておく。皆も知っているだろうが私、モモンガはアルベドを妃に迎えることを正式に宣言する。私はこれからもアルベドとともにナザリックに君臨し続けるだろう。アルベドは守護者統括を辞し、后妃としての責務に専念してもらうことになる。アルベド。」
モモンガに手を取られたアルベドは深くお辞儀をしてシモベたちに向き直る。
「私、アルベドはモモンガ様の傍らにあってその全てを支え続けることを誓います。后妃という立場ですが気持ちは皆と一緒。至らぬ点はご指導ご鞭撻賜って成長してまいりますれば、どうぞよろしくお願いいたします。」
その言葉にシモベたちから祝福の歓声が沸き起こるが、その声をモモンガは制する。
「皆の祝福嬉しく思う、アルベドも同じ気持ちだろう。そして空席になった守護者統括の職を私とアルベドの同意の元に任命する。デミウルゴス!前へ。」
呼ばれた瞬間、デミウルゴスは全身の震えを一喝して立ち上がる。
そしてモモンガの数段下で再び跪く。
「デミウルゴス。お前を第七階層守護者兼守護者統括に任ずる。」
「はっ!大命慎んでお受けいたします。」
「お前は今回の事態に対して全守護者を影ながら見守り、支える存在であった。お前の知略のみならずナザリックへの忠義と仲間への献身をこそ私は評価する。私から信頼の証を送ろう。立って私の前へ。」
そう言ってモモンガはリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを取り出してデミウルゴスに手渡す。
「お前には様々な仕事をしてもらう。ナザリックはもとより世界中を駆け回ってもらう予定だ。なのでお前の考えで宝物殿の一部使用を許可する。存分に腕を振るうが良い、期待しているぞ。」
宝物殿にある物は全て至高の御方々が集められたものであり、シモベにとっては価値以上の思い入れがある。デミウルゴスは歓喜と巨大なプレッシャーによって少し震えながら宣言する。
「感謝いたします。私の全てを持ってご期待に応えることを誓います!」
最後にモモンガはデミウルゴスだけに聞こえるように声をかける。
「お前はナザリックの要だ。任務もそうだが自身も大切にせよ。失敗は取り返せるがお前は一人しかいないのだ。」
それを聞いたデミウルゴスは薄く笑って返答する。
「私が要であればモモンガ様は我々の存在意義そのものであります。御身こそご自愛ください。」
そう言って華麗に一礼して守護者の列に戻り跪く。
『やはり役者が違うな。』
一本取られた様な気分で微笑むモモンガだったが、跪いた悪魔が涙を流していたことは見えていなかった。

「さて、報告はここまでだ、これからは現状を把握してもらう。ゼッドからの説明を理解せよ。」
ゼッドは玉座に座ったモモンガにお辞儀をした後に皆に振り返ってこれまでの情報を大まかに説明した。
一つ、この世界の生き物は総じて脆弱である。
一つ、ナザリックの周囲は人間の国家3つに囲まれている。
一つ、王国は政治経済からの浸透を開始しており、法国は弱みを握った上で行動を封じている。
一つ、武技やタレント、そしてプレイヤーの残したアイテムの存在。
一つ、別のプレイヤーが降臨する可能性。

説明が終わるとモモンガは杖を打ち付けて注目を集める。
「以上を踏まえて、これより方針を言明する。ナザリックをより強大にせよ。」
シモベ達はこれからの一言一句を聞き逃すまいと集中する。
「この世界において最大の脅威はプレイヤーしか居ないだろう。そのプレイヤーが今現在周囲に存在しない理由は寿命か殺されたと考えられる。つまりこの先降臨するプレイヤーと衝突する可能性は非常に高いだろう。それに対処するための強大化だ。」
シモベが記憶するのを待つように少し間を開けて続ける。
「強大化の道は二つ。我々の成長と他国を併合して規模を大きくすることだが、共通の問題がある。この世界の生き物が弱すぎるのだ。今の世界を殺し尽くしたとしてもそこまで成長が見込めない。規模を大きくしても弱兵では使い物にならない。」

「そこで成長と拡大の効率化のために、彼らには適度に強くなってもらう。それも全体に渡って早急にだ。」
モモンガは立ち上がって前に出るとコキュートスへ向き直った。
「さて、コキュートスに問う。効率的に、かつ全員が強くなるに当たってその者達に必要なものは何だ。全員とは老若男女問わず、強くなるとは戦闘スキル以外の習得も含む。」
コキュートスは熟考する。自分が強くなるために必要と思うもの、武人であるコキュートスは厳かに回答する。
「覚悟デアリマス、求メル物ノタメニ妥協シナイ覚悟ガ厳シイ試練ニ際シテ必要トナリマス。」
モモンガは満足して頷くとデミウルゴスへ視線を移す。
「そのとおりだ、人間には強くなるための覚悟をさせたい。次にデミウルゴスに問う。人間が覚悟するにはどうすればいいと思うか。」
デミウルゴスは確信したように即答する。
「危機です。命の危機に際してやっと人間は必死になるでしょう。」
それにもモモンガは頷いて最後にプレアデスの先頭で跪くセバスの方へ歩み寄る。
「それでは同じ問をセバスにもしよう。どうだ。」
セバスはデミウルゴスを横目で一瞥すると目を閉じて答える。
「希望です。守りたいものの為に人間は真価を発揮します。」
モモンガはセバスの創造主であるたっち・みーの面影に微笑んで二度頷くと玉座の前に戻って答え合わせをする。
「この二つの回答は真逆のようで本質は同じコインの表裏に過ぎない。私が行いたいのは両方だ。絶体絶命の危機に一筋の希望を流してやる。そのための作戦を私とゼッドで考案した。具体的な作戦内容を今から語ろう。」



説明が終わり、シモベ達の目には情熱の火が燃えている。モモンガは玉座に座って最後の演説を開始する。
「私はお前たちが成長すること、私と仲間たちが作ったお前たちが変化することを喜んで受け入れよう。そして期待している、仲間たちが想像もつかなかったお前たちに会えることを。ナザリックの精鋭たちよ。変化を恐れるな。変化の過程で失敗を犯したとしてもそれは許される失敗だ。それに怖気づいて成長や変化を止めるな。私とアルベドが常にお前たちを見守っている。仲間たちとともに作り上げたナザリック、そしてお前たちは私の大切な宝だ。」
モモンガは少し恥ずかしくなり、アルベドを見る。彼女は微笑んでしっかりと頷いた。
「最後になったが、今回の作戦名を発表する。作戦名“ラグナロック”。お前たちの奮闘に期待する。」
ラグナロック、神々の黄昏や終末の日を意味する単語を聞いた瞬間、玉座の間の士気は頂点に達する。万歳を叫ぶもの、歓喜の叫びを上げるもの。誰もがこの作戦に名誉ある任務を求めている。
コキュートスは顎を打ち合わせて興奮し、シャルティアは作戦名の響きにうっとりとする。
アウラやマーレは手を握りしめ、セバスは高揚する気分を抑えられず、普段はしないような獰猛な笑みを浮かべている。
デミウルゴスは至高の御方の手の平で踊る人間たちを想像して笑みを深めて、アルベドは照れているモモンガをみながらゼッドとともに笑うのだった。


この日よりナザリックから誰にも知られることもなく幾つもの影が四方へ散る。
王国へ、帝国へ、法国へ、竜王国へ。厳しく長い冬の訪れを告げる為に。



ついに化物集団が動き出します。
これから一気に書く範囲が増えるので、更新が遅くなるかもしれません。
予防線?そのくらい張らせて下さい。お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

決意の求道者

今回はエンリ編です。3話くらいの構成を予定しています。



・前回のあらすじ
ナザリックの精鋭を再び招集したモモンガは今後の行動を演説する。
まずアルベドが后になるにあたり、空席になる守護者統括をデミウルゴスに任命する。
そしてゼッドの報告を踏まえた上で、ナザリック強化を宣言。
強化に伴う心情等の変化も許容すると宣言したモモンガは作戦名を告げる。
作戦名ラグナロック この神々しい名前にナザリックの全てが熱狂した。


以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・どてら 様

ご報告いただきありがとうございます。


「レベルの上がりすぎ?」
ゼッドはエ・ランテルに戻り、留守中の花子の報告を聞いてはたと記憶をたどる。そもそも誰だったかが思い出せない。
その表情を読んだ花子は眉を跳ね上げる。
「エ・ン・リです。カルネ村で種をあげたじゃないですか!村を見に行ったときに確認してみたんですが、指揮官係の主要な職業がカンストしかかってます。」
そう言ってエンリのステータスメモをゼッドに渡す。確かに指揮官系だけが見事に飛び出しており、近接戦闘のステータスもやや上昇している。職業はレベル25、いつの間にかこの世界で結構な強さになってしまっている。
「どうやらゴーレムでの農作業でも経験値が入るらしく、四六時中沢山のゴーレムに指示を出しているので成長が早いみたいです。こうなると次の方向性を決めて育てたほうが無駄がないでしょう。」
ううむ、とゼッドは唸る。自分が非戦闘員であるため、こういったビルドは考えたことがないのだ。こういったときは専門家に聞くのが一番だ。
『<伝達>モモンガさん、チョットご相談が。』
『ええ、OKです。どうしたんですか突然。』
ゼッドはエンリのステータスを説明しつつ、駒としてのエンリを考える。
ここまでレベリングが上手く行っているならカルネ村の防衛だけでは勿体無い。
ジェットストリームが武力を持つ必要は無い。となればアインズ・ウール・ゴウンのシモベとして人間に対する尖兵とするのが良いかもしれない。そうなるとメンバーと真逆の善の属性のほうが相手の対策を惑わすことができる。
そんなことを考えつつ一通りの説明を済ませたモモンガがまとめる。
『近接が無駄になるのは勿体無いので戦士の方向として、ベターなのは悪魔か天使の召喚スキル持ちの職業じゃないでしょうか。悪魔は数。天使は質で優秀ですし。ただイメージも大切です。ゼッドさんとしてはエンリがどういう戦士になればいいと思います?』
『うーん、聖戦士・・・みたいな?』
『くっころ。』
『口に気をつけろよ、エロゲ脳。』
『冗談は置いといて、あぁナザリック勢の主要な属性と逆を作ろうということですね。そういうことなら・・・あ!ナイト派生のクルセイダーとかどうです?』
『ん?クルセイダー?あぁあの柔らか軍団。たしかスキルは・・・』
『十字軍戦士達を召喚するレコンキスタ、立ち上がれ同胞、そびえ立つ盾、信仰による団結、そして最後の“神の鉄槌”だったと思います。レベルも50位で軌道に乗りますし、この世界ならえげつないと思いますよ。』

ユグドラシル初期、クルセイダーがプレイヤーに知られた直後は名前も相まって人気が高かった。
しかし召喚された十字軍戦士は取得レベルに比して防御や魔法耐性が低く、とても脆弱な存在だった。その為切り札であるはずの“神の鉄槌”が格上に全く通用しない。それが判明した時のスレッドでは“殉教マゾヒスト”だの“柔らか軍団”だの散々な名前がついてしまった不遇の職業である。
しかしこの世界では召喚されたモンスターが残る例外がある。
そしてレコンキスタはフレーバーとして“戦死した英霊を蘇らせて”という一文がある。
つまり十字軍が死体から生成できる場合、指揮能力上限まで十字軍を増やすことができる。
さらに死体のレベルによっては本来よりも強い十字軍が組織できる可能性がある。

『確かに指揮のメリットは高い上に本人の生存率も上がるでしょうし・・・目論見が上手く行けばこれって大分ガチビルドじゃないですか?』
『えぇ、今の世界なら神の鉄槌使うまでもないと思いますよ。しかし前提としてナイトを経由しますから、そのためのレベリングが必要でしょうね。』
今のままゴーレムを指揮してレベリングも可能かもしれないがエンリ自身が戦士になる以上は戦闘の経験も必要になる。エンリをまだ表に出したくない以上はナザリックで用意する方が無難で効率的だ、とゼッドは考えつつ話を続ける。
『そちらのPOPを使えば・・・いや、経費がかかるのは不味いか。』
『それより今のエンリで苦もなく殺し続ける事ができるモンスターが思い当たりませんね。』
『エンリでも殺せて数が多くてコストが低いモンスター、できれば経験値多め、か。』
二人はしばらく唸っていた。そもそもナザリックにおいてPOPするモンスターはユグドラシル金貨がかかるので論外。そうなれば召喚スキルしかないのだが。
『あー・・・あることはあります。』
『ん?どんなモンスターですか?』
『えーと、アレです。アレ。』
『・・・女の子をそんなところに放り込むなんて、正気ですか?ちょっとカルマに引っ張られてますよ。』
『いえいえ、私の力で狂戦士のような状態にすれば多分記憶も残らないだろうなー、と。もちろん事前に実験して確認はしますよ。』
ゼッドは始めこそモモンガの非常識を罵ったが、深く考えれば悪い手ではない。
必要な条件は満たせるが、良心が“やめてさしあげろ”と悲鳴を上げている。
このレベリングを他人が見れば精神的な拷問にかけているとしか思われないはずだ。
『うー・・・。このことは周りには内緒でしましょう。我々の正気が疑われそうです。』
『とりあえず実験しつつ、他の方法も探して検証してみます。』
誰の不幸か知らないが、この実験は後日大成功してしまう。


「あ、ゼッド様!タリズマン様!」
カルネ村についたゼッドへパタパタとエンリが駆けてくる。後からは更にゴーレム達がついてきている。
エンリが召喚したゴーレムは石の巨人というよりも女型の泥人形という方が近い。
表情は変わらないがエンリの命令によって髪型と服を泥で再現していることもあり、村人は比較的早くゴーレム達を受け入れた。何よりゴーレムの労働力は村にとってとても有用であったのだ。
“彼女ら”のお陰で村の外周には木の柵ができ、さらに小さな堀まで完成している。
今は畑仕事を手伝いながら見張り台の補強等を行う活躍ぶりで、村人も勤勉に働いたためにすでに冬に対する備えが整いつつあった。

それを指揮する働き者のエンリは笑顔で二人を迎える。
「花子から聞いているよ、頑張っているそうだね。」
「はい、ゼッド様!この子たちも素直でとても助かっています。」
笑顔が眩しい。モモンガことタリズマンは直視できない。初めてエンリに会ったのだが、こんな少女にこれから地獄を見せるのだ。しかしゼッドはやると決めたら躊躇しない性格であり、笑い返す余裕すらあった。
「今回は働き者のエンリを私の協力者に紹介したい。君をもっと強くしてくれると思うよ。」
「会います!」
「即答かね。しかしご両親には話しておいたほうが良い。恐らく二日位はかかるからね。」
エンリの世界は数日前を境に爆発的に広くなった。家事と畑仕事こそ人生の全てだと疑わなかった若い心にはそのどれもが新鮮すぎて逸早く見てみたいという欲求が止められないのだ。
自分の努力でそれら全てをつかめると疑わないエンリは早速親を説得してしまう。
両親にとってもゼッドは恩人であるし善良な人間であると思っているので真っ向から否定できない。
父は危うさを感じていた。広い世界で自分の実力を知ったならまた村に戻ればいい。
しかし今のままの直向きさで夢を追い続けた結果、自壊してしまう様な気がしていたのだ。
そんな父に母は「子離れの時期かもしれないわね。」と寂しくもにこやかに語りかけるのだった。


村からエンリを連れ出してしばらくするとタリズマンが転移門を開く。
「エンリ、この先にいけば協力者に会えるだろう。覚悟はできているか?」
「もちろんです。私は強くなって村の皆を守るんです。」
目の前の得体の知れない黒い空間に恐怖しながらも、エンリは手を握りしめる。
突然目の前が暗転したと思ったら想像を絶する世界が広がっていた。

まさに神の世界だ。
大きな部屋の床はフカフカで、寝床よりも柔らかく感じる。
目を上げれば様々な調度品が数多く、且つ邪魔にならないように配置されている。
どれもエンリには素材すら想像がつかない。
言葉が出ない。というよりもこれを形容する言葉をエンリは知らない。
モモンガの執務室はエンリにとって刺激が強すぎた。
くらくらする頭を抱えながらぼんやりとエンリは呟く。
「ゼッド様は神様なのですか?」
「いや、ここの主という意味では彼が神様だよ。」
肩をすくめてゼッドはタリズマンを見やる。おかしな話だ、それであればゼッドは神様の雇い主になってしまう。しかしエンリはこの部屋に圧倒されてそのことまで考えられない。
立ち尽くすエンリに目線を合わせるようにタリズマンがしゃがんで話しかける。
「エンリよ、これから話すことをちゃんと理解してほしい。私の正体についてだ。」
ようやく周りの言葉が聞こえ始めたエンリは期待と不安が合わさった顔でタリズマンを見つめる。少しの間を空けてタリズマンがヘルム越しに真実を明かす。
「私は傭兵ではない。このナザリックという地の支配者で、モモンガという。」
理解が追いつかないエンリは聞き慣れない単語を反芻するしかない。
「ナザリック・・・モモンガ、様・・・」

「そうだ、ここはナザリックという巨大な城であり、私の部屋だ。ここまでは良いかな?」
ゆっくりとモモンガが話しかけることでエンリは確かに頷いた。
「そしてもう一つ、気をたしかに持って聞いてくれ。私はアンデッドだ。恐ろしいだろうが私は危害を加えるつもりはない事を信じてほしい。」
静かに告げるとヘルムを外す。そこに人の顔はなかった。紅い眼光の恐ろしさにエンリは意識を手放しかける。咄嗟に後のゼッドがエンリを抱きかかえる形になる。
「大丈夫かい?」
恐怖を時間を掛けて少しずつほぐしながら整理する。
アンデッドという存在はカッツェ平野に発生して生者を憎む。この原則は平野に近いカルネ村では子供の頃からよく聞かされる話であり、恐怖の対象として教育されてきた。
だが目の前のアンデッドは自分を襲わない。それどころか憔悴する私を落ち着けるために水を注いで渡してきたのだ。安心させるためにゼッドも同じものを飲んでいる。
一口飲んだ水は冬の井戸水のように冷たく、美味しかった。
冷えた頭でこれまでを思い返して、エンリはモモンガを直視する。
「私はモモンガ様を信じます。それにこんなに凄いお城の支配者様なら私が考えるようなアンデッドではないことはわかります。」
「お前の言うとおりだ。私はアンデッドだがちゃんと話ができるし、無闇に襲いかかるようなものでもない。この秘密を教えたのは外の世界ではお前が初めてになる。特別になにか質問があれば答えよう。」

エンリは席を勧められ、生まれて初めて柔らかいソファに座る。干し草に座るよりも遥かに柔らかくて温かい。モモンガはデスク越しに座って、ゼッドは向かいに座っている。
少し時間を掛けたエンリはやがて立ち上がり、モモンガを再び直視する。
「・・・では3つお聞きいたします。まず、なぜ私にお教えくださったのでしょうか。私はただの村娘です。」
「それは簡単だ。お前がもう一介の村娘ではないからだ。
正確に言えば君はゼッド達からの試練で成長し、兵士を率いる指揮官としての才能が確認されている。正体を教えたのはそんな将来有望なお前を我が軍に招きたいためだ。」
予測ができなかったから質問したのだが、返ってきた答えが理解できない。
「私が、指揮官?」
「そう、普通の村人にあれだけの数のゴーレムを指揮することはできないんだ。勝手に暴れだすか召喚すらできないだろう。」
確かにゴーレムをある程度以上呼び出そうとすると何かに拒絶されたような感覚とともに何も起きなかったことがあった。しかしゴーレムに手伝ってもらう中でいつの間にかその数が増えていた事を思い出す。最初は不可能だった畑仕事も細かく指示を出し続けると見事な畑を作るまでに成長した。これはゴーレムが成長したと思っていたが、エンリ自身が成長したものだったのだ。

「では次の質問です。なぜ私達の村を救ってくださったのでしょうか。」
モモンガはエンリを見据えたまま骨の指を二本前に出す。
「それは人間から信頼を得ることと、自分たちのこの世界での強さを確かめること、この二つが大きい。正直に言えば村が特別とか、正義感にかられてということではない。しかし救った以上私は村の保護を部下に徹底している。今も何匹かのシモベが村の周りを気づかれずに巡回している。今後もこの村は守っていくし、発展させて行くつもりだ。」
村に特別な思い入れが無かったという事はこの部屋を見て納得する。更に薬草採取などで森に行っても最近モンスターに襲われることがない。ここまで聞いてモモンガという存在は貴族などとは桁の違う世界の主であり、あの時戦ってくれた頼もしい姿もまた真実なのだと納得した。

「ありがとうございます。では3つ目に、よろしければモモンガ様がこの世界で何を為さりたいかをお聞かせください。」
こんな質問を村に時々来る偉い人に言えばバカにされたに違いない。しかしモモンガは小さく驚いた後に背もたれにもたれかかりながら答える。
「私は沢山の部下を擁している。彼らが考え、成長していくことが私の喜びだ。そのために私はこの世界に彼らを派遣して様々な事をさせてみたい。ときには人を殺すことにもなるし、国を滅ぼすこともあるだろう。しかし私にとっての優先順位は外の全ての生き物を合わせても一人のシモベが勝る。だからこのナザリックがどこかの国の下につくような事は無い。しかし今のシモベ達から見てこの世界の住人はあまりに弱すぎて刺激が少ない。なので当面は彼らを強くさせる。その上でこの世界を征服するかどうかを考えるつもりだ。」
世界征服を口にするよりも、部下の話をするモモンガは楽しそうで、とても大切にしていることがにじみ出るような口調だった。

「さて、答え終わったわけだが。お前の私に対する感想を聞かせてくれ。どんなものでも私は罰したりしない。」
エンリは逡巡してゼッドの顔を伺うと、ゼッドはにこやかな表情のまま頷いて優しく促してきた。漠然とした不安はあるものの、嘘を言う方ではないという勘を信じて口を開く。
「正直に申し上げれば王国の人達にとっては敵だと思います。だけど・・・。」
座った自分の膝を眺めながら慎重に言葉を紡ぐ。
「私は王国が嫌いです。村の人をこき使った上に何も私達を考えてくれなかった。この後も帝国との戦争でがまた人が死ぬでしょう。そう考えた時、モモンガ様のような方が支配してくれたらそんなことも起こらないんだろうな、と思いました。」
「そうか?繰り返すようだが私は場合によって人を殺すことはためらわないぞ?」
モモンガの試すような問にエンリは微笑してモモンガを見据える。
「でも、今の王国のように自分が贅沢な暮らしをするために殺す様なことはされないと感じました。」

ゼッドはゆっくり拍手をしながらエンリを褒め称える。
「すごい。あの顔を見てよく話せたね。やはり君には指揮官に必要な度胸がある。私は合格だと思うよ。」
モモンガはそれに頷くと立ち上がり、座ったエンリの隣に立つ。
「では最後に私からの提案だ。我が軍門に下ってナザリックのために忠義を尽くせ。もし拒絶するなら、この場で見た記憶を消してやるからカルネ村で村人として暮らすが良い。どちらでも私はカルネ村を保護する事を約束しよう。いかに。」
村の生活しか知らないエンリであれば即座に拒絶しただろう。モモンガ様は優しい、多分殺されることはないはずだ。しかし今のエンリは違う。自分がつかめるものを夢見ながらどこまでも高みを目指すエンリには覚悟がある。不条理をはねのける強さをエンリは欲した。
エンリは席を立ってモモンガの前に跪く。作法などわからなかったため、両手両膝を床につけて宣言した。

「私エンリ・エモットはモモンガ様の下僕として、ナザリックのために戦う事を誓います。お優しいモモンガ様へ忠義を尽くします。」
モモンガは頷くとスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンをエンリの肩に突きつけて宣告する。
「良かろう。お前をナザリック、アインズ・ウール・ゴウンの下僕となる事を許そう。
そしてお前にはナイトの称号を与える。」
「ありがとうございます。モモンガ様。」
密室で契約はかわされた。もうエンリは可愛がられる少女ではない。自身の足で道を極める修羅になったのだ。



クルセイダーの職業はユグドラシルには無いと思いますが、今作でのエンリにふさわしいと思って考えました。
スキルの詳細はまた今度紹介したいと思います。(考えてないわけじゃないですからね!)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Chop Suey!

更新遅くなってすいません。
皆さん連休をいかがお過ごしになられやがりましたか?
私はお仕事を満喫しておりましたとも。

すいません、言い訳じゃないんです!ただちょっときつかったって言いたいだけなんです!



・前回のあらすじ
エンリのレベリングに関して相談したモモンガとゼッドは一つの方向性を決定する。
エンリをナザリックに招いたゼッドはモモンガという正体をエンリに明かす。
驚愕すると共に、今までの貴族と目の前の支配者を冷静に比べた結果、エンリは広い世界を知り、カルネ村を守るためにモモンガに忠誠を誓うのだった。




アインズ・ウール・ゴウンのナイト、エンリ・エモットはゆっくりと息を吐きながら周囲を見渡す。
モモンガ達に連れてこられたのはあの豪華絢爛な部屋とは異なり、石造りの地下室の様な場所だった。自分の頭上では小さな照明の魔法が周囲を照らしているが、照らされる範囲に壁どころか柱もない。ひんやりとしているが地下のような湿気は無い。
手元を見れば片手で扱えるメイスと変わった形のヘルムがあり、足元には各部の鎧が転がっている。
ヘルムは下からかぶるものではなく、左右に別れたパーツを結合して装着するものであると教わった。鎧もそれぞれが左右のパーツに別れている。その漆黒のヘルムには頭頂部から後頭部にかけて細かい穴が開いているだけで、正面には無い。
視界のない状態で自分は武器を構えるだけで良いと言われているが、この広く不気味な空間ではそれすら恐ろしい試練であった。
エンリは優しい君主とその協力者を思い出して決意を固めるとメイスを地面において足先から鎧を装着する。左右の手に案外軽いパーツを掴んであてがうとカシュッという音とともに結合され、鎧の内側から柔らかい素材が膨らんで固定される。鎧に知識のないエンリだが、思ったよりも快適に動けそうで安心した。さらに軽く叩くと全く衝撃を感じない。
「これなら怪我をしないで済みそう。」
命を預ける鎧に感謝しながら次々と装着していく。そして最後にヘルムの左右を掴んで耳元に当てる。するとカシュッっという音とともに視界が真っ暗になり、首元が苦しくない程度に固定される。更にヘルムの内側から何かが膨らみ、衝撃からエンリを守るように展開される。
緩衝材のお陰で怪我はしないだろうが、音がほとんど聞こえなくなった。

無音無明の世界でエンリは自分の決意と地面のメイスを握りしめて未知の敵に身構えるのだった。


「よし、始めてくれ。」
「畏まりました。」
モモンガは訓練兼実験を開始する命令を彼に下す。彼を納得させるのには骨が折れた。
彼にとっては可愛い部下たちを訓練の犠牲にするのだ。しかも外界の人間相手に、面白いはずがない。
しかし君主の“お前しか頼めるものがいないのだ、上手くいけばお前も外界での任務を与えよう。”という配慮の言葉に感動して協力することにした。
彼は“同胞”に行軍の命令を下す。


メイスを構えてから一分間、エンリは必死に気配を探る。鎧の僅かな隙間やヘルムの穴から空気を感じ、踏みしめた地面の振動などに神経を研ぎ澄ます。
普通の人間であれば極度の精神的な疲労に耐えられないが、貸し与えられた指輪が疲れを拒絶する。
段々と、目が暗闇に慣れるように自分の周囲が大まかながら把握できるようになる。
足もまるで素足のように地面の感覚を捉えて、そこから根を張るように意識が広がっていく。

すると突然背筋がゾクリと痙攣する、激しい悪寒に吐き気を覚えながら理解する。
自分の領域に何かが入ってきたのだ。荒れる呼吸を必死に整えつつ足の感覚をたどる。
足からは振動を感じない。しかし前方の空気が圧縮されたように何かが近づいてくる。
振動がないということは小柄なモンスターだろうか。相手が未知という恐怖がより相手を確かめようという渇望を後押しする。
更に神経を張り詰めて領域を広げると、切れ目のない気配が周囲を囲んでいることに気づく。
まるで大蛇が自分の周りを徘徊しているように感じられるが足の方には何も振動が来ない。

取り囲んだ気配は一定の距離を置いて停止した。相手がこちらを捉えた合図だろう。
エンリは絶叫しながら正面に殴りかかろうかとも考えたが動かなかった。
正確には動けなかった、足から張った神経の根が実在するかのように足が離れない。
それはエンリの勘がそうさせていた。動けばヤツを刺激する事がわかっているのだ。
激しい息遣いの中でエンリははたと考える。自分の予感では相手の正体を見抜いている確信があるが、何かがそれをエンリに教えない。何か気づいてはいけないことが目の前にある。
そうエンリが感じた時にドーナツ状の気配が膨れ上がったような気がした。
強い気配ではない、密度が薄くなった。つまり相手は巨大スライムの様な変幻自在の存在かもしくは、群れだ。振動も感じないくらいに小さな群れが自分を取り囲んでいる。

そしてエンリの中で聞いてはいけない本能が解答を囁いてくる。この気配から感じる嫌悪感、そして自分の中で沸き起こる衝動、恐怖と殺意が同居したような感情には覚えがあった。
知っているのだ、この正体は・・・

ゴキブリの群れだ

その瞬間にエンリは全てのコントロールを手放した。恐怖と怒りが全てを塗りつぶし、弾かれたように目の前の気配にメイスを振り下ろす。
硬い地面に当たった振動は返ってこなかった、何か薄い物を潰した感触だ。
「うぇ・・・ぁあアアアアアア!!」
絶叫とともにエンリは考えることをやめた。

殺す、殺す。殺し尽くして絶滅させる。自分の<領域>に一匹も残さない。
肉体のリミッターは弾け飛び、疲労回復と自動回復の指輪は絶えることなくエンリに無限の活力を与える。
四方八方から飛びかかり、這い寄ってくるそれらをエンリは殺し続けた。
背後に飛びかかろうとする一匹に体を捻って裏拳の要領で全力で殴り飛ばし、側面の一匹をメイスで叩き潰す。跳躍して体勢を立て直すと一匹を蹴り飛ばす。しかし群れは途切れること無く襲いかかる。一気になだれ込むことはせずに減らされては補充する。

間断のない攻めが1時間以上続いた頃、エンリの攻撃は様変わりしていた。
最初は相手に飛びかかって全力で振るっていたメイスだが、その軌道が次第にコンパクトになる。
さらに飛び跳ねていた足も殆ど動かなくなる。その場で最小限の動きで捌いていく。
もうあまりの精神疲労にエンリは半ば気絶している。しかし生存本能が無限の活力を背景に動けと命じている。
もはや彼女の<領域>で二秒と生きている者はいなくなった。


更に途方もない時間が経過した頃、エンリの精神と肉体は完全に分離されていた。
殺そうと思わずとも領域に入った一匹を肉体が処理していく。
精神のエンリは自動的に動く体を眺めながら思考を手放そうとしてた、その時心の内側から声がする。
『・・き官殿!指揮官殿!我々をお呼び下さい!』
その声に反応してエンリは無意識にスキルを発動させる。

レコンキスタ。
それは召喚主のレベルに応じた数の十字軍戦士を呼び出すスキルだった。
求めに応じて鎧をまとった幽体が続々と地面から姿を現す。鎧はくすんだ銀のプレートで、中央にアインズ・ウール・ゴウンの紋章が深紅の地に金で装飾されている。
片手にはそれぞれ別の武器が装備されているが、巨大な盾は統一されており、同じ紋章が刻まれていた。
鎧の隙間からは青白い炎が揺らめいており、時折隙間から漏れ出した炎が鎧を輝かせる。
エンリの周囲から現れた戦士たちは即座に敵を打ち倒し、切り捨てながら指揮官の安全を確保する。
数は時間とともに膨れ上がり、最終的に50人以上の部隊になった一団は輪形陣を構成すると周囲を警戒する。一様に盾を揃えた姿は正に銀に輝く城塞であった。
その隙間から武器を構えた戦士がしゃがんでおり、その上を更に守るように後の戦士の盾がかざされる。その中にはエンリと周囲を守る近衛が数人、虫一匹通ることはできない。
それに気圧されたように群れが暗闇の中に退いていく。
緊張の糸が切れたエンリはその場に倒れ伏すと深い眠りについたのだった。


駆けつけたゼッドは見事訓練を完遂したエンリにその場で<清潔>をかけると、モモンガの執務室へ運び込んだ。
「誰にも気づかれてないですよね。」
モモンガは扉の外を慎重に伺いながら確認する。
「大丈夫、アイテムも使いましたから。」
ゼッドはエンリをソファに横たえると、手を取ってスキルを発動する。
映像でクルセイダーのスキルを確認できたとは言っても細かなステータスはこうやって確認するしか無い。
ゼッドは脳内に出てきたステータスを眺めながら満足に頷く。
「凄い、レベル45です。低レベルとは言ってもここまで上がりが速いと羨ましいですね。ステータスも良い伸び方してます。スキルは“神の鉄槌”以外は揃ってますし、完璧ですね。」
そう言いながらゼッドは花子から“タレント”の報告を受けた後から増えている項目があるのを思い出してそちらも確認する。
その瞬間にゼッドは目を見開いて驚愕する。
「え、これは。」
「どうしたんです!?」
モモンガとしてはここまでして失敗というのは勘弁願いたかった。何より上司としてエンリに合わせる顔がない。
「・・・タレントの話はしましたよね。」
「えぇ、強力なものからよくわからないものまでピンきりの生まれつきスキルでしたっけ。」
それを聞いてからモモンガはゼッドと“ンフィーレア勧誘作戦”を考える程に警戒している。
まさかユグドラシルの法則を飛び抜ける可能性があるとは思っていなかったのだ。
「エンリのタレントがわかりました。誰かに仕えるナイトになることで発現するようです。」
モモンガはいつもらしく無く、結論を遠回しにするゼッドに嫌な予感を覚える。
場合によっては脅威として即座にエンリを殺害することも考えながらゼッドの答えを待つ。
「えー、内容は“指揮できる支配数の上限を取り去る”です。」
モモンガは戦慄する。こんなにビルドと噛み合う能力とは思わなかった。もしかすると自分たちはとんでもない手駒を手に入れてしまったのではないか。



「・・・ん。」
「気がついたかい?痛みとか気分が悪いとかは無いかな?」
気付けば最初の執務室のソファにエンリは横たわっていた。
やけに世界が眩しい。手で覆いたいがだるくてとても動る状態ではない。
向かいのソファに座るゼッドの問いかけに答える為になんとか口を開く。
「大丈夫、です。でもなんだか怖くて、とても疲れました。」
エンリとしては不思議だった。思い出そうとしてもヘルムをかぶった直後までしか思い出せない。しかし漠然とした恐怖の残骸と、生まれ変わったような体の感覚に戸惑っていた。
それを察するようにゼッドは水と小瓶を差し出す。
「よくがんばったね、これを飲むと良い。花子の作ったポーションだ。」
精神鎮静と疲労回復のポーションを受け取ったエンリは座りなおすとそれらを口に含む。
すると恐怖が霧散して、やけに感覚が鋭くなった自分が認識できる。
「すごい、体が軽い。」
その言葉を合図にしたように扉が開いて部屋の主が現れる。
「終わったようだな。」
「モモンガ様!」
「うむ、元気そうで何よりだ。では成果を見てみよう。隊長格を一人召喚させてみなさい。」
突然の言葉にエンリは困惑する、意味がわからないのではない。理解できている自分に理解ができないのだ。まるでそばにいる友人に声をかけるような気軽さで言われたことを実行する。

「隊長、来てください。」
そう言うと地面から再び十字軍戦士が姿を現す。
彼はエンリの前に跪くと一つの短い杖を捧げ持って言葉を発する。
「エンリ様、お呼びにより参上致しました。我ら十字軍全軍はあなた様の指揮下に入りましたことを申告致します。指揮官殿と同じくモモンガ様への忠誠を誓い、信仰のために再び命を捧げる事を誓います。この誓と指揮杖をお受け取り下さい。」
そう言って隊長が捧げ持つ指揮杖を、エンリは立ち上がって両手で受け取った。
「わかりました。あなた方の忠誠を嬉しく思います。モモンガ様のために最後まで戦い抜きましょう。」
それを聞いた十字軍戦士は霧のように消えてしまった。
しかしエンリには常に身近にいることがわかっている。この指揮杖と共に彼らの魂は無数に存在してエンリの号令を待っている。

「素晴らしい。エンリよ、今のお前はナイトとして相応しい技量を持っただけでなく、十字軍の指揮官としての資格を手にした。お前一人でも外の兵士に負けることは無い。おそらく王国戦士長でも今の防御を抜くことは難しいだろう。」
これはモモンガの正直な感想だった。気絶している時にゼッドが調べたステータスであればこの世界では一騎当千の存在である。さらに“強力なタレント”も開花しており、もはやナザリックでも彼女を殺し切るには領域守護者以上が掛からなければ手こずるだろう。
恐縮して跪くエンリに対してモモンガはアイテムボックスから幾つかのアイテムを取り出してそれらを無限の背負い袋に入れるとエンリの前に差し出した。
「その成長と素晴らしい技量に対して褒美を贈ろう。この袋は大量の荷物をいれてもかさばらないし軽いままだ。そして中にはお前の装備一式とアイテムが少々入っている。これはナザリックの鍛冶師と花子の協力の下に作成されたものだ。」
モモンガとしてはあんな場所に放り込んだ謝罪の意味もあったが、エンリは笑顔でそれを受け取る。
「ありがとうございます!」
「この中身はアイテム1つに至るまで王国の至宝を超える価値がある。大切にして奪われないように。奪われたり奪われそうなときはイヤリングでゼッドに助けを求めよ。」
「はい。大切にします!」
エンリは言葉通り無限の背負い袋を胸の前で大切に抱きかかえた。
そんな彼女を送り返すためにモモンガはエンリの手を取ると村の近くまで転移した。
ゼッドもそれについてきており、村へ一緒に歩いて行く。
「さて、村に戻ったらしばらくは村人として暮らしていてくれ。数日後に初めての任務があるからね。」
任務と聞いてエンリは顔を上げてゼッドに注目する。ついに人を殺すのだろうか、彼女は抱えている袋を握る手に少し力が入る。
「任務の内容は、村に向かってくる一人の帝国魔術師を捕縛してほしい。相手は帝国で名の知れた魔術師らしいが今の君の敵ではないだろう。詳しい迎撃地点はもう少ししたらはっきりするから、その時はイヤリングで伝えるよ。」


「準備はできておるか?」
「は、問題なく。」
そんなことを言う高弟を一瞥するとフールーダは厳しい顔をする。
問題は幾つもある。
一つは時間が経ちすぎている。目的の魔術師がかなり遠くまで行っていることを覚悟しなければならない。
もう一つは時間がない。この時期はカッツェ平野合戦の時期であり、あまり長く帝都を離れるわけに行かないのだ。
短時間で行方の知れない魔術師を見つけて勧誘する。しかも敵国の領地に侵入してだ。
この部下はそう言った事が分かっていないのだろうか、フールーダは詮無いことを考えても仕方ないと首を振ると帝都から飛び立つ。
高弟達に交代でフローティング・ボードを操作させて目的地まで飛び続けるという方法は王国では冒険者に頼らなければ不可能な芸当だろう。フールーダから見れば未熟でも、彼らはこの世界では上級の魔術師である。
これだけの集団であれば暗殺でも受けない限りはほぼ対処可能だ。おまけに高高度を飛んでいる一行を狙い撃つことができる暗殺者もいるわけがない。
「まずは村について、それからじゃな。」

長く時を生きたフールーダでさえ運命は予測できない。
まさか帝国最強と言われた自分に真っ向から立ち向かってくる戦士がいるなど、考えもしなかったのだ。



というわけで、エンリの初陣はフールーダ、君に決めたっ!
・・・この話って“残酷な表現”タグを付けるべきなのかな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

By My Side

さて、古田登場回です。
と言ってもあんまり喋れませんし発狂しません。
その分エンリは原作のいろんなキャラのセリフを取り入れてハッスルしてます。



・前回のあらすじ
訓練と言われたエンリは視界すら無い世界で敵と対峙する。
敵の正体を感じたエンリは発狂寸前の精神でひたすら殺戮を続ける。
その精神が摩耗しきる寸前、彼女のスキルが発動する。
彼女は十字軍戦士を召喚して従える、クルセイダーの職業を習得していた。
レベリングに成功したエンリを確認したゼッドは驚愕のタレントが発言していたことをついでに知ることになる。




カルネ村を目指すフールーダと高弟12人は一直線に帝都アーウェンタールからの飛行を続けていた。3,4,3人のグループそれぞれにローテーションを組んでの長駆飛行は山脈を越えての王国領偵察等に使用される作戦で、彼らとしては慣れたものである。
トブの大森林も飛行するモンスターが殆どいないこともあり、難なく通過しようとする。
地平線の先に森の切れ目が見えた頃、飛行を担当していた高弟が腕を振って指を下に向ける“下方注意”の動作をする。
すでに魔化職人の事しか考えていなかったフールーダも慌てた弟子の動作に下を確認する。

彼らが見たものは木々が存在しない巨大なクレーターだった。
球状に抉れたものではなく、縁が急な斜面で底面は平坦な大地である。まるで巨人が踏んだ足跡のようであるそれは木々はおろか上空からは緑が確認できない。
こんな整地は大森林に生息するモンスターはもちろん不可能であり、人間にしても余程年月を掛けた大工事が必要である。そしてそんな報告は冒険者から上がっていない。

フールーダは何でも魔法中心に考える癖がある。このクレーターを魔法で作ったとすればドルイド系の大魔術師か恐ろしい破壊魔法の使い手であろう。フールーダの知識でこの様な跡を作るには英雄級の力を使わなければ困難だ。
更にフールーダはそのクレーターの中心に輝きを見つける。
即座に弟子に下降するように命じて目を凝らせばその正体が見えてきた。
「あれは・・・もしや、魔封じの水晶!?」
自分の限界を超える強力な魔法を閉じ込めることができる魔封じの水晶。フールーダは戦闘や謀略において冷静であり、忍耐力のいる作戦も苦もなくこなしてきた。しかし魔法に関しての遠慮や忍耐は持ち合わせていない。即座に飛び降りると自ら<飛行>を発動させて地面に降り立って駆け寄る。
高弟たちも彼ほどではないが貴重な宝を目の前にフールーダを追って着地する。

「フールーダ・パラダインさんですね?」
突然水晶から声がしたかと思うと砕け散る。高弟達は恐ろしい破壊魔法を想定して身を伏せて防御魔法を唱える。フールーダはそれよりも早く転移魔法を唱えて空中に逃れようとする。
しかしフールーダの転移は失敗し、高弟達が警戒した衝撃も来ない。

彼らが状況を確認できるようになると、クレーターの中央に少女が立っていた。
栗毛色の三つ編みを伸ばした髪に、貴婦人と言うには少し丸みのある輪郭。首から上は顔立ちの整った少女である。
しかし首から下は全く異なる、一言で表せば“黄金の聖戦士”である。
帝国のフルプレートよりも遥かに細かく別れたパーツは互いに重なって隙間をカバーしつつ機動性を損なわない。更に細く整った鎧のラインはこれが専用に作られた一点物であることを主張している。腰に純白の指揮杖を装備して右手にはメイス、左手には身長の半分以上はある巨大な金色の盾を持って佇む姿は神々しく、昼間の太陽を受けて眩いほどである。

「フールーダ・パラダインさんですね?」
聖戦士が口を開いたことで、先程の声が彼女のものであることが分かる。しかしいつの間に現れたのかすら理解できない。こんなに目立つ装備はたとえ遥か上空からでも見逃しようがない。高弟達の困惑をよそにフールーダは険しい顔で聖戦士に向き直る。
自分の転移が失敗した理由は明らかに魔封じの水晶の魔法によるものだ。この女が邪魔をしなければ未知の魔法を解析できたはずなのだ。
「聞くのであればまずそちらが名乗るべきだと思うが?」
「私はエンリ・エモット。貴方はフールーダ・パラダインさんですか?」
即答したエンリに対してフールーダは一拍余裕を置いて答える。
「いかにも、私がフールーダだ。」
そしてその一拍で一人の高弟が声を上げる。
「師よ、カルネ村のリストにエンリ・エモットなる女の名前があったと記憶しています。」
今度はエンリが険しい顔をする。この一言は高弟がカマを掛けたに過ぎない。そんなに詳細なリストなど帝国が持ち合わせているはずはない。しかし方角や装備から言って求めている一行と無関係ではないだろうという推理から揺さぶりをかけたのだ。
フールーダはニヤリと笑うと穏やかに交渉を開始する。
「それではお互いの正体もわかったことで、こちらの用件を伝えよう。儂らはカルネ村に訪れた強大な戦士と、君に装備を与えただろう魔化職人と会いたいと思っている。教えてくれれば危害は加えない。どうかな、エンリ君。」
「お断りします。」

エンリは考えが甘かったことを悟る。
強くなれば村を守れると単純に考えていた。恐るべき強さの我が主に誰もが即座にひれ伏すと考えていた。
しかしそうではなかった。強い者は強い者に追われ、真の強さを理解できずにちょっかいを出す存在が人間にはいるのだ。自分が“カルネ村のエンリ”であるだけで故郷に迷惑がかかってしまう。
我らが君主とその盟友はこの事態を予期していたに違いない。これは試練だ、村を守りモモンガに仇なす者を撃滅するために“カルネ村のエンリ”を捨てろという試練だ。
強いだけではダメだ。他の全てを捨てる覚悟をしなければ。

「私は主の名によりフールーダ・パラダインを生きて捕縛するように命じられています。抵抗せずにその場に横になりなさい。断れば苦痛を伴うだけです。」
今までとは変わって硬質な声とすさまじい要求に高弟の一人は眉を跳ね上げる。
「貴様!至高の魔術師である師ゔぉ!」
突然言葉を失った同僚を見やれば、銀の戦士が槍を持って高弟の心臓を抉る瞬間だった。
エンリは純白の指揮杖を突きつけて絶対零度の言葉を言い放つ。
「あなた方は捕縛の対象外です。それと軽々しく至高などという言葉を使わないでください。失礼です。」
その言葉に振り返ればすでに銀の戦士はエンリの傍らにあって盾を構えている。
人間離れした機動力と攻撃力。フールーダ達は銀の戦士が人間でないと確信する。
その確信を裏打ちするように銀の戦士のヘルムから青い光が彼らを捉える。

フールーダは迷っていた。ピンチでもありチャンスでもあるこの状況を高速で分析する。
転移阻害の罠まで仕掛けたのだから目の前の女には勝算があるはず。となれば<飛行>で即座に逃げるべきだ。
しかし女は“主”という言葉を使った。先程の魔法が“主”の込めた魔法であるなら会って魔法のことを聞きたい。もし自分を超える魔術師であれば即座に跪こう。
しかしこの女の言う通りになれば自分は捕虜であり対等な会話など望めないだろう。
“主”に認めてもらうにはこの女に対してある程度の勝利が必要だ。そこに魔術師が現れれば対等に近い状況で交渉や降伏もできるはずだ。
フールーダは決断すると即座に指示を下す。
「爆撃!<飛行>」
高弟達は動揺から立ち直ると<飛行>を発動して距離をとりつつ上昇した。
相手を斜めに見下ろす最適な角度で高弟とフールーダは横列を組む。
これから始まるのは一方的な魔法の連打であり、地上を這いつくばる戦士では太刀打ちできない戦法である。たとえ矢を放っても<火球>がそれごと地上を焼き尽くす。

それに対してエンリは指揮杖を振り上げて<レコンキスタ>を発動する。
周りの地面から、森の中から、次々と十字軍戦士が出現して隊列を整える。
完成した陣は鏃の様な形をしており、前後に戦士が並ぶことで厚みを増した突撃陣形である。
その中心にいるエンリは総勢30名の十字軍戦士に号令をかける。
「信仰によって団結した同胞たちよ!異教徒を“押し潰せ”!」
同時に<立ち上がれ同胞>によって能力を向上された十字軍は突撃を開始する。
巨大な盾を正面に構えない速力重視の突撃はこちらを攻撃してこいと言わんばかりであった。

しかしその挑発をフールーダは冷静に躱す。見たところこの部隊は召喚されたゴーストのようなもの、召喚主を殺せば即座に消える。
「爆撃開始!エンリに集中砲火。下の連中は無視せよ。」
直後に連携を取って少しタイミングをずらした魔術師部隊による<火球>の嵐がエンリに降り注ぐ。
エンリは<火球>の一つを魔化されたメイスで弾き、直後の追撃を盾で凌ぐ。
周りの大地は焼け焦げ、爆裂の嵐で土埃がる。その中でエンリは盾一枚とメイスで凌いでいく。
いくら魔化された装備でも破壊魔法を防ぐような効果は込められた魔力が尽きるまでだ。自分の召喚主を守らずに突撃する戦士たちを嗤ったフールーダはエンリに叫ぶ。
「一つ教訓を授けよう!魔術師に距離を取らせては行けない。特に<飛行>を許せばこうなる。降参するならば今のうちだろう!」
それに対してエンリは涼しい顔で答える。
すでに突撃隊はフールーダの真下を通過しようとしていた。
「私は二度同じ警告はしません。押し潰れなさい。」

<そびえ立つ盾>“陣形の上空通過を阻害し、破れば墜落する”

直後にフールーダと高弟達は落下に伴う浮遊感の変化に仰天する。
何が起こったのか理解できず、<飛行>を再度発動しようとするが全く機能しない。
せめて空中にとどまろうと<フローティングボード>を作ろうとするがそれも敵わない。
真下には肉食獣の口のように2列の突撃陣が別れてそれぞれの下で菱形の口を開いている。
戦士たちは盾を上空に構えて彼らを迎えてくる。
リアルで言うなれば3階建てのビルから車のボンネットに落下するようなものだ。
彼らは咄嗟に防御魔法をありったけ唱える。
<刺突軽減><殴打軽減><斬撃軽減>
中には属性耐性強化等の出鱈目な魔法を乱発するものもいるなか、彼らは重厚な盾の上に背中を打ち付ける。
「!!」
全員あまりの激痛に言葉が出ない、さらに受け止めた戦士たちは彼らの首をつかむと盾に固定して地上に立たせるように盾を垂直に構え直す。
その目の前にはもう一人の戦士が同様の盾を持ってゆっくりと迫ってくる。
何か魔法を唱えようにも首と顎を掴まれて声が出せない。その間にも横隊を乱すこと無くジリジリと戦士が近づいてくる。
そして盾はフールーダ達の胴体に押し付けられ、そのまま万力のように前後から押し続けられる。
「っ・・・ぅ!!・・・!!」
肺から強制的に空気が押し出される、更に戦士は押しつぶす。
<殴打軽減>や<殴打無効>など問題にならない。なぜならこれは只“押している”だけなのだ。
<拘束無効>を持ってしても手足が動かせるために拘束とはならない。
フールーダはエンリの言っていた意味を悟るとともに完敗を認めて意識を手放す。



「クハハハハ、素晴らしい!この発想は無かった。」
エンリの戦いをモモンガは守護者達と<水晶鏡>で観戦していた。
この世界の人間がどんな発想で戦うのかを理解するため、と守護者に説明したが本音は“どう!俺のビルド!凄いっしょ!”という只の自慢であった。
しかし終わってみればモモンガは素直にエンリのプレイスキルの高さに感心せざる負えない。
守備に使うべき<そびえ立つ盾>を攻勢に用いた上に、自分を囮にする勇気と正確な判断力。ユグドラシル時代でさえ見たことがない戦法に舌を巻くばかりだ。
「さて、守護者達よ。私が感心した理由が分かるか?」
「確かにこの世界の人間よりは強いと思いますが、私達のほうが強いですよ?」
アウラは首を傾げる。確かに人間が盾で押しつぶされる様は滑稽だったが、素晴らしいとは思えなかった。
「確かにお前なら数秒で決着がつく。しかしそれはあくまでもステータスやスキル・魔法の力のみを頼ったやり方だろう。それだけでは“捕縛する”事はできても満点はあげられないな。今回の戦闘について“生かして捕縛する”という命令から私とゼッドが何を求めているかを考えるのだ。」
デミウルゴスはあえて発言せずに守護者達を見守っている。彼もまた満点だな、とモモンガは評価する。
「そ、それは・・・この戦いが後で、や、役に立つということですか?」
具体的な考えは出ないが、直感でマーレは回答を口にする。
「うむ、鋭いぞマーレ。正解だ。デミウルゴス、そろそろ答え合わせをしても良いぞ。」
デミウルゴスは笑みを浮かべて頭を下げた後に自分の考えを開陳する。
「はい、ゼッド様は情報戦の達人。恐らくフールーダなる帝国の重鎮から祖国へ脅威を声高に叫ばせる道具として使われるでしょう。その際に我々が蹂躙した場合皇帝はどう考えると思う?」
「正確ニ把握スレバ心ガ折レテ抵抗スル気力スラナクナルダロウ。」
「そのとおりだコキュートス。ではエンリが30名の手勢で捕縛した場合はどうかな。間違いなく彼らは抵抗を諦めない。神聖属性のエンリに対する対策を立てたり、戦力を増強しようとするだろう。どちらも“適度に強くする”という我々の目標にかなっているだろう?」
「だけど押しつぶしを食らった本人は屈服するだろうね。成る程~ちょうどよかったんだ。」
コキュートスとアウラが共に納得する。モモンガは満足して頷きながら補足する。
「付け加えれば“本気を出さない”ことも良かった。今のエンリならこの10倍は召喚できるはずだ。まだ秘匿しているスキルもある。つまり未だに相手はエンリの実力をつかめないまま過小評価して再び挑むだろう。守護者達よ、頭を使って戦うのだ。その時に取る勝利が次の勝利を呼び込むように工夫を凝らすのだ。」
モモンガが<水晶鏡>を見ればシャルティアがフールーダの回収に向かうところだった。


「私はシャルティア・ブラッドフォールン。ゼッド様の名によりこれの回収に来ぃんした。」
漆黒のポールガウンを着た美少女が突然現れてエンリは一瞬言葉を失うが、ゼッドから聞いていたためすぐさま跪く。
「お待ちしておりましたシャルティア様。こちらに並べております。」
シャルティアはエンリを横切ってフールーダ達を吸血鬼の花嫁に運ばせる。
「今回はよくやったでありんす。これからもシモベとして必死に働きなんし。」
横を向いたまま話すシャルティアに対してエンリは純朴な村娘の顔に戻って笑う。
「はい!頑張ります!」
シャルティアは内心で沸き起こる感情に驚いていた。
純真で戦いでは凛々しい聖戦士・・・この響きがシャルティアの理解され難い設定(性癖)にクリーンヒットしているのだ。更に女性にしてはややたくましい鎖骨周りの骨格などもおまけでヒットしている。吸血鬼の花嫁とはまた違った闊達なおもちゃをみて妄想は止まらない。
『あぁ手懐けたい!そんでもって滅茶苦茶にしたい!』
「エンリだったかしら、今度私の部屋に来るといいでありんす。」
美少女の上司からのお誘いにエンリは顔を真赤にして答える。
「ありがとうございます!機会があれば是非お邪魔したいと思います。」


「うんうん、仲良くやってるじゃないか。」
モモンガは満足に頷いてアルベドを見やれば、アルベドは微妙な笑顔で答えるのだった。
「えぇ、今後はもっと仲良くなると思いますわ。」
アルベドとしてはシャルティアの気持ちなどわかっているが、正妻の座を勝ち取った事による情けだろうか、モモンガにそのことを直接言うことはしなかった。



誰も知らない知られちゃいけない~
というわけでダークヒロインお約束の展開でした。
昔学校で壁に押し付けて気絶という肝試し的な遊びがありました。
絶対やっちゃダメだぞ!いいか、絶対だぞ!・・・振りじゃないからね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

The Entertainer

かなり遅れてしまいました。
散らかった展開をどの順番で処理するか悩みましたが、今回は法国編です。



・前回のあらすじ
ジェットストリームを追うべく帝都を出撃したフールーダはトブの大森林にできたクレーターとその中央にある魔封じの水晶を発見する。
即座に駆け寄る一行にエンリが立ちはだかる。
見る限り戦士のエンリを侮ったフールーダは距離を取って空中からの爆撃を開始する。
しかしエンリは自身のスキルを使用してそれを打ち破り、フールーダを捕縛する。
その後エンリは回収に現れたシャルティアと初めて会うのだった。

以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・らいちたろう 様

ご報告いただきありがとうございます。


スレイン法国の神都は落ち着いた朝を迎えていた。
法国の民は王国や帝国の首都に住む人間と比べると質素な身なりをしている。
それを蔑むものはこの街にはいない。教義に従った立派な行動の一つなのだから。
そういった地味な生活が嫌いな者はこの国を出て行く。しかし街の人間はそれを咎めない。
おなじ教義に従って団結することこそが自らの為と信じる彼らはむしろ異端者を哀れんでいるのだ。
その姿勢は門番においても徹底されている。他国において門番は国力の第一印象になる。そのために意匠を凝らした防具や数を揃えたがるのだが、法国においては実践的な軽鎧を着た戦士と紺のローブを羽織った魔術師が数名しかいない。
彼ら自身も門番としての教育を受けており、慌てず騒がずを旨として友好的に接すること、敵であれば伝令と遅滞戦闘を第一にするように言い聞かせられている。
「そこで一旦止まってください。まずお名前をお聞かせ願います。また、法国の神都にどのようなご用向きでしょうか?」
今日も門番は営業スマイルで来訪者を出迎える。
目の前の男は襟から胸元にかけて精巧な紋様を編み込まれた少し大きめのローブに身を包み、フードをあげた顔は善行を積んだ神官のように優しい。衣服から見ても相当に徳の高い人間であると門番は判断する。
しかし門番としてはもう片方が気がかりだ。
漆黒のフルプレート、二本の大剣。何より厳ついヘルムからは喜怒哀楽は疎か相手が人間であるかも判別できないのだ。
法国の礼儀作法は“相手が人間であること”を前提にしている。その他は礼を尽くすに及ばない連中なのだ。門番の後ろで同僚の魔術師が立ち上がり距離を取る。
「我々は“ジェットストリーム”です。この名前を上司にお伝えなさい。こちらの用件に心当たりがあるでしょう。」
穏やかに告げた男と戦士はそれ以上動こうとしない。
魔術師はそれを聞くと直属の上司に確認を取ろうとその場を後にする。

その10分後、門番は仰天する。組織の長たる大元帥が慌てて走ってくるのだ。
「お待たせ致しました“ジェットストリーム”のお二方。私は警備の責任者でございます。早速ご案内致しますが、その前に敵意でのご来訪でないことを確認させていただけないでしょうか。」
事情を知っている大元帥としては祈るような気持ちであった。使者とはいえ、強大な力を持つことは明らかで、彼らが力を振るう目的であれば間違いなく大惨事になる。聞いたところで結果は変わらないだろうが希望をつなぎたい一心での問いかけに男は笑いかける。
「それは今後の話し合いと対応次第です。しかし私は戦いを好む者ではありません。」
そう言って男は跪いた大元帥に握手の手を伸ばしてくる。
敵意の有無には一切触れないが、話し合いを前提としていることが分かると大元帥は胸をなでおろして立ち上がり“握手を返す。”
「ありがとうございます。それではご案内いたします。」
その後ろでタリズマン事パンドラズアクターはこっそり「チェック」と呟いた。


大元帥からの伝令を受けた面々は緊張した面持ちで応接室に集まっていた。
応接室には最奥のような円卓が手配され、扉から見て下手に全員が座った。
この時のために議論を重ねて質問事項を絞ってきた、相手の質問にどの程度まで答えるかも決まっている。対応は決しているのに彼らの不安は拭えない。
進行役に抜擢されたレイモンは表情にこそ出さないものの、合戦に赴くような緊張感が背中をジリジリと焼く。
事前の対策に従って、聖域から一番遠い部屋を応接室とした。六色聖典はカイレを除き、全て聖域の守護につかせている。法国にとっては首脳部の命よりも一番が聖域の至宝と番外席次、次に戦力たる六色聖典である。首脳陣が全滅しても教義がある限り彼らは使命を全うするだろうし、首脳部の代えは育つ可能性があるが至宝は一つしか無いのだ。
隣室にカイレを控えさせているのは決裂した場合に即座に支配をかけて対策の幅を増やすためである。
レイモンが段取りを脳内で確認し終わる頃、十二人目の首脳陣である大元帥が入室する。
「“ジェットストリーム”の使者殿がいらっしゃいました。」

扉が開くとジェットストリームの二人が入室する。よどみ無く歩を進めて上座に向かうと、部屋の奥にある神の像に軽くお辞儀をする。
ほぅ、と全員が感心する。彼らはこちらの教義を事前に勉強して来ているのだ。一筋縄では行きそうにない事は分かるが、教義を知った上で敵対しないことは吉兆と思われた。
そして戦士だけが着席し、穏やかな顔の男は全員に向かって一礼する。
「お初にお目にかかります。私は“ジェットストリーム”の代表でゼッドと申します。」
その一言で十二人は後頭部を殴りつけられたような衝撃を受けた。
「代表・・・するとあなたは神と同等の存在なのですか!?」
マクシミリアンは衝撃が抑えられず上ずった口調で興奮気味に質問する。
レイモンは心のなかで舌打ちする。このままでは相手のペースに飲まれてしまう。
「そうですね、あなた方の教義における神がプレイヤーを指すのであればその通りです。」
その声を受けてマクシミリアンやイヴォンは手を合わせて祈り始める。
「あぁ、感謝いたします。我々はついに神にお会いすることができたのですね。」
それをゼッドは優しく手をあげて抑えると話を続ける。
「自己紹介が逸れてしまいました。隣の者はタリズマン。彼もまた同等の存在であり、戦闘においては私を遥かに超える戦士でございます。大元帥殿にはここに来るまで身分を隠していたことをお許し頂きたい。我々はここで目立つわけには行かなかったのです。」
また祈りだしそうな大元帥に割って入るようにレイモンが咳払いをすると席を立って礼をする。
「ようこそお越しくださいました、ゼッド様そしてタリズマン様。私はこの場での進行を務めさせていただきますレイモンと申します。そして私の左隣から順に・・・」
首脳陣の紹介をしようとしたレイモンをまたもやゼッドは手で抑える。
「いえ、レイモン殿には悪いですがご紹介は不要です。お隣はドミニク殿でしょう。あなたの所属していた陽光聖典を攻撃したことに関しては不運な事故だと考えております。ご不快かもしれませんがこちらもやってきたばかりの世界で選択肢がございませんでした。この事情をご理解いただければ幸いです。」
軽く頭を下げるゼッドに全員が抱いた二つ名は“全知”であった。もしかするとこの存在はずっと前から我々を見ていたのではないか。そう思わずにはいられない。
レイモンとしては出鼻を大きく挫かれて交渉へ向かうことができないでいた。このままでは八方塞がりになりかねない。
「いえ、とんでもございません。私共も同様に事故と考えております。それとともにこのような事態をお許しくださるゼッド様には感謝の言葉もございません。」
「では陽光聖典に関しては事故という共通の見解でよろしいですね?」
不自然な言い回しに気付いたのはマクシミリアンとレイモンだった。この口調はまるで言質を取る論客のようではないか。
二人の不安を知るはずもないドミニクは即答する。
「そのとおりでございます。」
そこでゼッドは笑みを深くすると満足げに頷く。
「わかりました。では今回私自らが赴いた理由の一つをお出ししましょう。こちらに見覚えはありませんか?」
そう言ってゼッドは円卓の上に二本のスティレットと細かい装飾のサークレットを置く。

全員が凍りついて言葉も出せない。
「こ・・・これは。」
あえぐように言葉を吐いたレイモンに対してゼッドの口調は穏やかでありながら限りなく平坦であった。
「お察しの通り、これは貴国の秘宝である叡者の額冠であり、こちらはそれを所持していた者が振りかざしていたスティレットです。」
十二人は瞬時に思い出す。額冠が盗まれた事件とその犯人の愛用していた武器を。
レイモンはその話の先を読んで絶叫する。
「ご、誤解です!我々は警告どおりにゼッド様方を詮索したり、ましてや攻撃命令など下してはおりません!」
ゼッドは表情を変えずに聞いている。隣のタリズマンはその姿が滑稽だったのか、肩を僅かに震わせている。笑っているのだろう。
「成る程、この世界では命の危険が迫るような事故がよく発生するのですね。彼女は我々に取り押さえられた時に叫んでいましたよ“お前だけは絶対にぶっ殺す”とね。そういうわけで使者が殺される危険を考慮して最大戦力である私と彼でここへ来たわけですよ。」

場の空気が氷点下になりつつある中で、枯れ木のような老人、ジネディーヌが頭を下げた。
「どうか、どうか我々の語る事実を、その全知とも言えるお考えの片隅に添えていただけないだろうか、その女の名はクレマンティーヌ。確かに元漆黒聖典の戦士であったが、そこにある至宝を強奪して出奔、我々も至宝奪還のために捜索を開始したのだが、警告の内容もあり魔法での探索を国外まで向けられなかったのだ。どうか理解していただきたい。この件は逃走を許した我々の失態ではあるが、決してゼッド様を標的にした計画ではござらん。」
勇気ある発言に動揺を抑えたレイモンも重ねて頭を下げる。
「ジネディーヌ老の仰ることは事実でございます。このことはクレマンティーヌを復活させて事情を聞き出せば証明されるでしょう。重ねてお詫びいたしますとともに贖罪の道が死であれば即座にこの場の全員が自決する覚悟でございます。」
その言葉に同意するように全員が頭を下げる。それを見渡したゼッドは微笑を浮かべると拍手を送る。
「いや、贖罪など結構でございます。クレマンティーヌの事情は全て理解しておりましたし、私はあなた方の覚悟を知る事ができました。実はこの反応こそ私自身が確かめたかったことなのです。」
困惑する十二人をよそにゼッドは続ける。
「私の目的には強い覚悟を持った協力者が必要不可欠です。生半可な覚悟であれば私はあなた方を見捨てたでしょう。試すような真似をして申し訳ない。」
目的という言葉を聞いてレイモンは来るべき時が来たと確信する。これこそが相手の本題であり、それに対する答えが人類の命運を左右するだろう。恐れる心を必死に押さえつけながら先を求める。
「ゼッド様は目的と仰られた。その目的とは一体何なのでしょうか。」
ゼッドは一拍の間を取った後に指を一つ立ててあまり見せない真剣な表情で答える。
「この世界の危機に対応するためです。」


「危機の説明に際して先に必要な知識を固めましょう。まず、あなた方が神という者の正体はプレイヤーと呼ばれており、私がいた世界は数多のプレイヤーが群雄割拠している世界です。そして彼らの殆どはギルドと呼ばれる国をつくり、その強さを競っていました。」
いきなり始まる講義にのっけからついていけない。一国を余裕で消し飛ばすことができるような存在がこの世界の生物のようにあふれている等考えたくもない。
全員の考えをよそにゼッドは講義を続ける。
「そしてつい最近私がこの世界に転移したとき、同時に転移するギルドの存在を感じたのです。」
世界の危機とゼッド以外のプレイヤーが即座に結びついた火の神官長ベレニスは恐る恐る質問する。
「ゼッド様はそのギルドにお心当たりがあるのですか?」
「無論です。ギルド名“アインズ・ウール・ゴウン”。人間以外の異形種だけで構成された彼らは、全てのプレイヤーから最も恐れられたギルドです。彼らを本気にさせて無事だったプレイヤーはいないでしょう。」
彼らはゼッドの言った危機を理解する、人類を守る法国とは真逆の組織であるアインズ・ウール・ゴウンとの衝突は必至であろう。しかし神や悪魔の軍団を前に抵抗すら許されるかわからない。

円卓が再び重い空気に支配されると、今まで座ったまま一言も発しなかった最高神官長が席をたつ。
「ずいぶんと期待されているのですね。」
行政官たちは最高神官長の言葉の意味をゼッドの法国に対する評価が過剰という意味でとらえた。
他の神官長たちはいつもの口調と違う最高神官長に違和感を感じる。
さらにその動きに反応してタリズマンが立ち上がると共に場が震えるような気迫が走る。
「ここまで高評価をいただいてはそれに応えないわけにはいきません。」
タリズマンの気迫に臆することなく最高神官長はゆっくりと窓際まで歩くと、カーテンに遮られた外に向かってたたずむ。
「レイモン殿、最高神官長はここに来る直前に外出しましたか?」
顔を向けないゼッドの問いかけにレイモンは記憶を辿ると思い当たる点があった、この部屋までは最高神官長の方が近いのに自分の方が先に到着していた。
驚愕の色に染まるレイモンの顔色を確認したゼッドはタリズマンに小さくうなずいた。
その刹那、窓際の男が反転して跳躍する。重く運動に適さないローブを着た人間の身体能力ではない。
ゼッドに向かって飛びかかる最高神官長を敵と認識したレイモンは席を蹴ると隣室に叫ぶ。
「カイレ!」
しかしその声よりも早くタリズマンは抜刀に繋げて上段から男を切り捨てる。円卓で男は弾けて大輪の華を咲かせた。
つぶれた男の目は血のように赤く、大きく成長した犬歯が彼の正体を物語っている。
「吸血鬼!」
イヴォンは絶叫と共に信仰魔法を用意する。最高神官長ですら吸血鬼なのだから周りが安全とはとても思えない。
それに吸血鬼になっていたとしても最高神官長の発言は妙だ、まるで誰かに喋らされているように感じる。
全員が円卓にぶちまけられた吸血鬼から距離をとる頃、隣室のカイレも駆けつける。
レイモンはカイレの前に手をかざして警戒を命じる。この吸血鬼には親玉がいるはずだ、連発できない力を無闇に使う余裕はない。
ゼッドは横目でカイレの装備を確認する。大元帥からの情報通り、偽物ではない本物のワールドアイテム。今のナザリックに対しては有効な切り札になりうる。
『大元帥の知りうる情報が全てではないだろう、リスクはあるがこのアイテムだけは何とかしなくては。』

全員が一呼吸置く瞬間に言葉が心に滑り込んできた。
「平伏し抵抗するな。口を開くことは許さないが顔を上げることは許可する。」


この作戦をモモンガは当初先延ばしにしようと考えていた。
ゼッドの想定するリスクは普段よりも高い。複数のワールドアイテムが飛び出してくる事も十分考えられる。以前の会話に至宝という単語があったので出陣している守護者にはワールドアイテムを所持させる事を考えるが、ユグドラシルのルールがここのルールとは限らない。
モモンガは迷ったが、アルベドはこちらが知られていない段階で厄介な敵を強襲するべきであると主張した。
「いずれかち合う敵でありますし、言いにくいことですが万が一守護者が死亡した場合の復活に関してもいずれは調べなければなりません。」
守護者死亡という単語にモモンガはピクリと肩を震わせる。
アルベドとしてはモモンガが参戦する前にすべてのカードを引き出すことをデミウルゴスやゼッドに相談していた。
それを聞いたデミウルゴスは今回、強行偵察の実行と先陣をモモンガに直談判した。
「我々はモモンガ様をお守りする者、そのために一番先に危険に飛び込むのはシモベとして最大の名誉。死ぬつもりは御座いませんが、掃除の終わっていない道をモモンガ様に歩んでいただく訳にはいきません。どうかご安心ください。ゼッド様の知謀には及ばずともこのデミウルゴス。ウルベルト様に誓って守護者全員の生還をお約束いたします。」
しばらく考え込むモモンガはため息をつくとデミウルゴスへ向き直る。
「・・・わかった、許可しよう。しかし私は約束破りを許さない、作戦は失敗しても構わないからその約束だけは守れ。守護者には自衛のためにワールドアイテムと私のコレクションから神器級の装備を所持させる。身の危険に対して有効であればそれらの使用も許可する。」
「多大なご配慮をいただき感謝の極み。必ずやご期待に答えましょう。」
「忘れるなデミウルゴス。私の期待はお前達が成長することで、これはその準備だ。その前にお前たちがひとりでも死亡すれば私は即座にナザリックを封印して、単騎でこの世界を滅ぼし尽くさなければならない。そうしなければ私の怒りは収まらないし、仲間にも顔向けできない。」
モモンガは一息ついて想像上の怒りを霧散させる。そしてデミウルゴスの背後に写る仲間の幻影を感じながら少し小さい声で伝える。
「お前達の命は自身だけのものではないのだ。それを忘れるな。」


『さて、悪の権化など恐れ多いですが今はお許し下さい。ウルベルド様。』
デミウルゴスに油断はない。しかし悪魔である彼が人間を前に真剣な顔など晒さない。
薄い笑いとともに指揮者のように指をついっと動かして魔法を使う。
<獄炎>
部屋のカーテンが瞬時に灰になって消える。
そして幕が上がり、観客と役者は対面を果たすのだ。



法国に関しては私の知識が薄いので捏造だらけになるかもしれません。
お許し下さい!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

The Show Must Go On

最近遅れ気味です。
やはり設定が積み重なると稚拙な文章が故に先の組み立てが難しくなりますね。



・前回のあらすじ
ゼッドはスレイン法国を訪れて神官長達を始めとする首脳陣と対話を持つ。
交渉は終始ゼッドのペースで進み、本当の脅威を明かす段階で最高神官長の様子が一変する。
最高神官長は何者かにバンパイアの眷属となっていた。
タリズマンが切り伏せたタイミングで呪言が滑り込み、首脳陣は残らず平服してしまう。
法国に対するデミウルゴスとゼッド達の作戦が開始された。




デミウルゴスは窓から室内に降り立ち観客席を見渡す。
客は少ないが目の肥えたVIPばかりだ、これから共演者とともに感動を届けなければならない。
その共演者を見れば殺気とは違った気迫を飛ばしてくる。やる気は十分、何より相手こそアクターであり正に役者が違う。
「おやおやゼッドさんでしたか、再びお会い出来て嬉しい限りです。」
他の神官長達は床についた手足が動かずそれどころではない。
精神を支配する魔法は最終的に相手の精神を乗っ取るために、意識が残っていても虚ろで自分の思考が著しく低下する。これが常識的な魔法だ。
しかしこれは常識で言う魔法ではない。言葉を聞いた瞬間、まるで机から落ちそうなペンを慌てて取るようにごく自然に体が動き、平伏している状況を認識して初めて支配を掛けられている事を悟ったのだ。
それに対してゼッドやタリズマンは立っている。ゼッドの顔は微笑を浮かべているが先程の余裕は感じられない。タリズマンは抜刀した大剣を構えなおしている。
「クレマンティーヌの時以来かな。よくここがわかったね、情報阻害は得意分野なんだが。」
おどけた様子のゼッドだが、背後で小さい袋を袖から手の中に落としている。
「なに単純なことです。あの時に捕えた娘が法国の人間だったので、何かあるかと網を張ったまでですよ。」

するとデミウルゴスの影から忍者装束を着たモンスターが少女を抱えて現れる。
クレマンティーヌを抱えているのでそこに存在していることは分かるが、全体が霞むようにしか見えないので正体がわからない。
ゼッドは苦々しげに口を開く。
「そこまでして会いに来てくれたのかい?私はしがない商人だよっ!」
そう言ってゼッドは袋をデミウルゴスに向かって素早く投擲する。
中に入っているのは花子がクレマンティーヌ回避に使った冬蝶鱗粉である。
すでに袋の帯を取っている状態であり、つかむだけでも鱗粉が空中に漂うはずだ。
それに対してデミウルゴスは周囲に炎をまとって袋ごと焼き尽くす。
<煉獄の衣>
熱によって空気にのった鱗粉は天井に巻き上げられる。さらに超高温に晒された鱗粉は色を失って灰になってしまう。熱波が部屋を渦巻く中、炎の中からデミウルゴスが顔を出す。
「この世界を概ね調べたのですが、もはや脅威はあなた方だけのようです。前回のようには逃しません。確実に屠らせていただきます。」
すると熱波に加えて凄まじい殺気が放たれる。すでに意識を保つことさえ厳しい状況で高齢のジネディーヌなどはすでに気絶してしまった。
残りの人間は確信する、あの悪魔が“アインズ・ウール・ゴウン”の者であり、何らかの経緯でクレマンティーヌがゼッドを襲ったところに出くわしている。そして何より自分たちの味方であるゼッドの方が極めて劣勢という事だ。

「調子にのるなよ、悪魔め。」
突如周囲に撒き散らされていた殺気が一点に収束する、神官長達はそのおかげでやっと呼吸ができるようになる。
ゼッドの前にタリズマンが進み出るとおもむろに腕を振るう。
いつの間にか手にしていた短剣が瞬時にデミウルゴスの直前に迫る。
<触腕の翼>
キンッという鋭い音がして短剣がデミウルゴスの足元に突き刺さり、天井にはデミウルゴスが射出した翼の一本が刺さっている。
「ふむ、氷の魔化で炎を貫通する奇襲ですか。用心して正解でしたね。」
短剣を観察しながらデミウルゴスは煉獄の衣を解除して、手に長い爪を伸ばす。それに対してタリズマンは二本目の大剣を抜いて構える。
「見たところ相当な戦士でしょうが、初手から搦手ということは正攻法での勝機が見いだせなかったからではないですか?」
デミウルゴスは周囲の人間が動けないながらも気配で分かる希望や絶望の波を楽しみながら声をかける。

「よく喋る悪魔だ、貴様を成敗する。覚悟しろ。」

その言葉が終わる瞬間に金属音とは思えない程大きな音がして、気付けば二本の大剣と悪魔の爪がぶつかり合っていた。5メートル以上の間合いを詰めたのだが、神官長達に理解できる速度ではない。
ギリギリと不快な音を立てながら互いの両腕の中間で武器がせめぎ合う。
「ほぅ、これは素晴らしい。これでは彼の相手ができませんね。」
それを聞くとデミウルゴスの後に控えていた謎のモンスターは気絶しているクレマンティーヌを地面に置いてゼッドの前に滑るように移動する。
「ゼッドさんは後でお相手致しますのでしばらくお待ち下さい。」
動けば切り捨てるという単純な脅迫だがゼッドには為す術がない。
ゼッドは舌打ちするとカイレに向かってポーションを投擲するが謎のモンスターが即座に反応し、手元で砕かれてしまう。
瓶に入っていた液体がゼッドの後方に飛び散り、その数滴がイヴォンの手に当たった。
<中位スキル効果解除>
その瞬間にイヴォンの手がピクリと反応する。
『<伝達>イヴォン殿、動かないで。もう少しで貴方は完全に動ける。私が合図したら全力で走り、カイレさんを連れてお逃げなさい。支配は声の届かなくなる範囲で解除されるはずです。』
イヴォンは驚きとともに冷静に事態を把握する。
確かにこの悪魔に対抗するにはカイレには生きてもらわねばならない。しかし自分は飛行以外の移動に関する魔法を覚えていない。この場合はゼッドを足止めしているモンスターにイヴォンが囮となって、ゼッドが救出するほうが上策のように思える。
それを察してかゼッドが続ける。
『私でも奴から逃げ切れる可能性は低いですので、私はこの隙に殺しきる可能性とイヴォン殿が生存できる可能性にかけます。』

タリズマン達二人の鍔迫り合いも長くは続かない。
体勢が押し込まれ始めたデミウルゴスは素早く身を沈めると足払いを仕掛ける。
それに対してタリズマンも深追いはせずに飛び退いて距離を取る。
しかしデミウルゴスは翼を射出して追撃し、相手に再び飛び込む隙きを与えない。
さらに魔法による攻撃のために指をタリズマンに向ける瞬間、ゼッドは叫んだ。
「今!」
弾かれたようにイヴォンがカイレに走り寄る。
それに驚いた忍者装束のモンスターの脇を走り抜けてゼッドはタリズマンにポーションを投げる。
<全能力強化>
イヴォンに驚いて迎撃し損なったポーションがタリズマンに降りかかるとタリズマンは滑るように前に出る。
「なに!?」
デミウルゴスの翼を全く問題なく軽々と弾きながら間合いに飛び込み、剣を振るう。
咄嗟に両爪で受け止めたがあまりの剣圧に体一つ分横にそらすのが限界だった。
凄まじい轟音とともに剣が床を切り裂く。更にもう一本の剣が横薙ぎに迫ったため、デミウルゴスは一番奥の窓際まで跳躍して逃げざる負えない。
「ちぃ!人間ごときがやってくれますね!」
二人はお互いに牽制しあいながら円を描くように位置を変えていく。
これはゼッドがタリズマンへ伝えた指示である。ゆっくりと動きながらタリズマンの背後にイヴォン達が出ていった扉が来るようにする。
「追撃はさせないよ。」
この言葉でデミウルゴスは相手の真意を悟る。
『<伝達>部屋から出た二人。老婆は捕縛して連れ帰ってください。男は殺しても構いません。』


イヴォンはカイレを抱えて廊下を走っていた。自分にもこんな体力があったのかと驚くが今はそれどころではない。
室内の脅威から脱出できたが異変は外も変わらなかった、人影がない。
この建物内には文官や武官に衛兵まで含めて百名以上が勤めており、定期的に巡回する兵士が多数配置されている。その誰にも出くわさないのはどう考えてもおかしい。
「誰かいないのか!」
叫んでみると廊下の突き当りにある部屋の扉から兵士の一人が顔を出した。
彼は二人を見ると静かに走り寄ってくる。イヴォンの記憶では衛兵として長い経験のある真面目な男だったため、安堵とともに忘れていた汗が吹き出す。
「イヴォン様、静かにこちらへ。」
イヴォンよりも屈強な兵士はカイレを肩に担いで部屋に戻っていく。
「状況はどうなっているんだ、お前だけか。」
兵士の後を部屋に向かいながらイヴォンは考えるが情報が不足しすぎて把握できない。
とにかくあの悪魔を神が打ち破ってくれることだけを祈りながらカイレを見やる。
支配は距離で解除されるということだが、まだその兆候は見えない。
「いえ、部屋に信頼できる仲間がいます。」
そう言って兵士は突き当りの部屋に入っていく。その姿にイヴォンは違和感を覚えた。
『どうして巡回の兵士が部屋に入っていたんだ?』
ふっと湧き出た疑問のピースが突然幾つもの断片を揃えていく
最高神官長を吸血鬼にした存在、誰もいない廊下、追ってこない敵。
そこまで考えた時、暗い部屋に入っていく兵士が担いでいるカイレに考えが至り、思わず兵士を追って部屋に入る。途端に扉が勢い良く閉まった。
「ターゲットの運搬、ご苦労でありんした。」
イヴォンが聞いた声はそれが最後だった。


タリズマンとデミウルゴスの攻防は最終局面に入っていた。
急に動きが良くなったタリズマンに対してデミウルゴスは防戦一方になりつつある。
時折周りの人間に羽を射出するが、それすらタリズマンがはたき落としている。
人間の目には早すぎて追いきれない光景を眺めながら動けない神官長達の心に希望が灯る。
その中でゼッドは地面に水晶をいくつか配置していく。
それを見たデミウルゴスはタリズマンに蹴りを放って無理やり距離を取ると即座に窓の外に飛び退った。
「やれやれ、これほどの戦士に加えて拘束魔法ですか。これは私だけでは些か荷が重いですね。一時退かせて頂きます。」
「それを許すと思うか?」
タリズマンが一歩前に出て威圧するがゼッドが手で止める。
「待て、安い挑発に乗ってはいけない。」
ゼッドは落ちているガラスを一つ窓に向かって投げる。開け放たれた空間にガラスは跳ね返って部屋に戻る。
「目的は半分達成しましたし、まぁ及第点という所でしょうか。」
部屋の扉に視線を向けたデミウルゴスの真意を見抜いたゼッドは歯噛みする。
「アレは君たちには使えないものだよ。」
ゼッドの言葉に周りの神官長達も理解が及ぶ、カイレの装備している至宝は誰もが使用できる装備ではない。
「ご心配いただき恐縮ですが、この世界には便利な能力を持った人間がいるようですよ。少年に女性の服を着せるのは少し気が引けますが、仕方がありませんね。」
いくつか次へつながるヒントを観客へ落としていくデミウルゴスに対して諦めたように肩の力を抜いたゼッドは最後のセリフを吐く。
「最後に一つ、君はまだ名乗っていないよ。」
その言葉にデミウルゴスは優雅な一礼をして応える。
「これは失礼。申し遅れました、私デミウルゴスと申します。またお会い出来る時を楽しみにしておりますよ。」
デミウルゴスの隣に転移門が開き、そこへ入る直前こちらを笑顔で振り向いて呪言を解除する。
「自由にして良い。ごきげんよう、皆様方。」


法国首脳陣はへたり込んだまま動くことができない。
「非常にまずいですね。」
その中でゼッドは冷静に考え込んでいる。
マクシミリアンはやっとの思いで全員の疑問のうち一つを尋ねる。
「デミウルゴスとは、やはりゼッド様の仰っていた・・・」
「はい、彼はアインズ・ウール・ゴウンの一人で間違いありません。本拠地の一部を防衛している指揮官と言われており、危険な悪魔です。」
神官長達は聞きたいことが山ほどあった。それに先回りするようにゼッドが説明する。
「彼の目的は私を強化しうる至宝を渡さないことで、殺し切るつもりでは無かったのでしょう。恐らく私やタリズマンについて全てを知っているわけではなさそうだ。レイモン殿、至急六色聖典が警護している至宝が無事かどうかを確認されるべきでしょう。」
それを聞いてレイモンは弾かれたように駆け出していく。
「彼は二つの手がかりを残していきました。一つは最後に言っていたタレントを持つ少年のことで、もう一つはクレマンティーヌです。」
タリズマンがすでにクレマンティーヌを抱えている。
「彼女はこちらで預かります。情報を引き出したいですし、“置き土産”を考慮すれば法国に置くのは危険でしょう。それとこの中でデミウルゴスの言う少年に心当たりはありませんか。」
全員がゆっくりと立ち上がるとドミニクが代表して発言する。
「恐らく王国領エ・ランテルにいる者の事と思われます。どんなアイテムでも使用できるタレントを持った少年がいたはずです。」
王国を切り崩すにあたって優秀な人員は引き抜いておきたかったドミニク達は並行して調査をしていたのだ。その中に特殊なタレントを持つ者の存在は優先してリストアップされていた。
「わかりました。アインズ・ウール・ゴウンも早急に動くでしょうから私達が対処します。皆さんは今回の件での人心の動揺を抑えつつ、新体制を整えて下さい。」
頼もしい神の存在に安堵しつつも不甲斐ない自分たちに気分が沈む。
人類の守り手とは言え、人類である以上限界がある。今回の脅威はその限界を遥かに超えた事態だ。

穏やかな表情に戻ったゼッドは一つの袋を床において、中から宝石の付いた紐を取り出す。
「それとこれを管理している至宝につけて頂きたい。これは位置を知らせるアイテムです、今後の襲撃に備えて奪還の想定はしておくべきでしょう。」
ベレニスにそれを手渡しつつゼッド達は扉の方に歩きだす。
「我々は急がなければなりません。詳しい話は後日しますが、彼らはとても強大で数多のモンスターを抱えています。私とタリズマンだけではどうしようも有りません。」
そして扉の前で向き直ると真剣な顔で彼らに告げた。
「私達人類はより強くならなければなりません。限られた寿命の中で今の10倍は成長できる仕組みを作るのです。それでやっと彼らと対峙できるでしょう。」
それを聞いた首脳陣は決意を新たにする。もはや至宝に頼るだけでは防げない脅威を前に形振り構ってはいられない。
「承知致しました。しかし時間がかかることでしょう、どうかそれまで我らをお守り下さい。」
マクシミリアンは深く頭を下げて彼らを見送る。他も同じ姿勢だ。
ゼッドは深く頷いて答える。
「奇跡は起こります、諦めない限り何度でも。」


ゼッドとタリズマンは神都が見えなくなると荷馬車から酒を出して祝杯を交わしていた。
「二人とも完璧な演技だったよ。」
そう言って荷馬車の中にグラスを差し出すと見えない手がそれを受け取る。
その隣でクレマンティーヌはまだ気絶している。
「恐縮です。ところで回収した人間はどういたしますか?相手から見れば殺されただろう存在です。使い手が無いように思われますが。」
そう言ってグラスが中に浮かび、デミウルゴスの声がそこから発せられている。
「もちろん殺さなければならない。しかし情報を抜き取った後でだ、まだ法国の情報は少ない。ワールドアイテムの所在が分かるとは言え、詳細を固めるべきだ。」
不可視のデミウルゴスが頷くと、ヘルムを脱いで幻影の顔から酒を呑んでいたパンドラズアクターも同意して頷く。
「正に。ところで最後のセリフは流石ゼッド様です。彼らの心を完全に掌握されましたな。」
それを言われたゼッドは酒のせいか顔を少し赤くして曖昧に頷く。

言えない、ちょっと言ってみたかった古典漫画のセリフなどとは。

今回の記録をモモンガに見せる時にはそこだけ編集しておこうと心に決めたゼッドだった。



というわけで法国は一旦ここまで、続いてはエ・ランテルに戻ります。
このままでは純朴な少年がチャイナドレスを着てしまう!一体何フィーレアなんだ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

[番外]新しい玩具1

わずかな隙間を見つけて番外を書きます。
番外のくせに1話に収まらないとは・・・未熟!


「エンリを自室に呼びたい?」
ゼッドは報告でナザリックに戻っていた時にシャルティアから声をかけられた。
「はい、聞けばあの人間はナザリックのシモベになり、将来的にこちらに住まうことも考えられるでありんしょう?であれば私の階層に住まわせて尖兵として使いたいのでありんす。そのためにちょっとした面接をしたいと思いんす。」
シャルティアが人間に興味を示すとは全く思っていなかったが、ゼッドとしては嬉しい誤算だった。
ゼッド自身もどのようにエンリを生活させるかを考えた時、エンリの強さが表沙汰になった後ではカルネ村に住み続ける事は難しくなる。ナザリックが安全だが、どのように受け入れさせるかは難題であった。
それをシャルティアから解決してくれるのだ。エンリの方も今後ナザリックに順応する必要がある。
「いい考えだけど、間違っても殺したり傷つけたりしてはいけないよ。彼女の忠誠はすでにモモンガ殿が受け取っているからね。」
「もちろんでありんす。そこでエンリに伝えていただくとともに、こちらの服を渡してほしいでありんす。流石に村娘の格好でナザリックに呼ぶわけにもいきんせん。」
彼女が渡してきた服は黒のドレスだった。少し露出が大きいような気がするが品よくまとまったそれは特に快適に過ごすための魔化が施されている。
ここまでの配慮を考えてゼッドは驚いていた。別に脳筋とは思っていないが、創造主であるペペロンチーノを思い出すと今ひとつ、賢さという単語から遠いイメージだったシャルティアだったが、評価を見直す必要がある。これも成長かもしれない。
「わかった。エンリに伝えておくよ。時間や場所が決まったら連絡しよう。」
ゼッドはシャルティアの性癖を知らなかった。大まかな性格はモモンガからレクチャーされていたがそこまで聞いてはいなかったのだ。

「シャルティアがエンリを?」
モモンガは目の前に座るゼッドからの報告を聞いて首をかしげる。自身もアンデッドになっている身だからわかるのだが、ほとんど人間に興味がわかない。例えて言うのであれば面識のない別クラスの同級生のように、接点を作れる距離でありながらその必要を全く感じないのだ。
別にプレアデス達と花子のような特別なつながりも全くないシャルティアが興味を持つ理由。それに考えが至った時に鈴木悟の人格が警鐘を鳴らした。
シャルティアがエンリのような少女を呼ぶ理由は嬲るか可愛がるかのどちらかだろう、相手にとっては大きな違いでもシャルティアからすれば快楽を求める行動でありほぼ同一のものだ。
「大丈夫なんですか?」
モモンガのニュアンスは“たぶんシャルティアからひどいことをされて精神が壊れるようなことになりますよ。”
しかし問題個所が見当たらないゼッドは軽く答える。
「まぁ大丈夫でしょう。シャルティアも色々考えているようですし、案外仲良くなるかもしれませんよ。」
楽観的な考えにますますモモンガは首をかしげる。もしモモンガが考える最悪のコースを辿れば、時間をかけて育てた有望な人材を捨てなければならない。
『そりゃ“仲良し”するだろうけど、結果はおそらく・・・いや、シャルティア“も”ということはゼッドさんが何かしら対策をエンリに与えるのだろう。ゼッドさんに限って育てた駒をみすみす捨てるなんてしないだろうし。』
互いを信頼している二人の言葉は少ない。ここにアルベドがいればシャルティアの危険性について語っただろうが、アルベドは同じく報告に戻ったデミウルゴスと引き継ぎ業務の相談中だ。
「わかりました、許可しますが下の階層への立ち入りや二泊以上の宿泊は禁じます。また、転移門に入る姿を見られないように注意してください。」

エンリは突然の呼び出しにドギマギしながらゼッドのもとに走る。村を離れてからの速度は一流のアスリートが真っ青になるような快速である。
もはや彼女のステータスはこの世界で一級の戦士に勝るため、普段は手加減をして生活している。最近はこの演技が面倒に感じるようになってきた。
なぜ悪いことをしていない自分がこそこそ生きなければならないのか、それは村を興味本位の馬鹿につつかれないためである。であればいっそのこと、そんな愚か者が全滅すれば自分は伸び伸びと生活できるのではないだろうか。
そこまで考えてゾッとしたエンリはゼッドの言葉を思い出す。
『その力は守るために使うこと』
「そう、この力は自分が楽をするための力じゃない。」
そう呟くころには前方にゼッドの姿を確認していた。
「お待たせいたしました!」
村からだいぶ離れたところまで走ってきたにもかかわらず、少し温まった程度のエンリはキラキラとした笑顔でゼッドの前に膝をつく。
「いやいや、突然呼んですまなかったね。村の様子や君自身の調子はどうかな、最近行けてなくて心配だったんだ。」
「はい、おかげさまで村も私も快調そのものです!村の周囲は煉瓦壁にしましたし、その前にも堀を用意しました。」
エンリは感動していた、いつ会ってもゼッドは穏やかで自分の力を誇るようなまねは絶対にしない。
直前に思っていた自分の感情を思い出すと恥ずかしい。やはり自分はまだまだ未熟者だと素直に思う。
「それはよかった。ところで今日は君をナザリックに招待したいという守護者がいてね、表だって動けない彼女の代わりに私が予定を確認しに来たというわけなんだ。シャルティアは覚えているかい?」
あまりに光栄なことにエンリは身震いする。ゼッドのレクチャーによれば守護者はシモベの頂点にある存在であり、シャルティアは初仕事でお褒めの言葉をいただいた美しい少女である。
「もちろんです。シャルティア様にお褒めいただいてとても嬉しかったです!もしかして、あの時のお言葉を・・・。」
強者という意味でも、ナザリックの地位にしても憧れの存在である彼女が口にした“今度私の部屋に来るといいでありんす。”という言葉をさっそく実行に移してくれているのだ。エンリのシャルティアに対する評価は守護者が至高の御方々に向ける評価に勝るとも劣らないレベルまで上昇している。
「そう、招待主はシャルティアで、今回は彼女が親睦を深めたいという希望で私とモモンガ殿が許可している。都合がよければ今日の夕方に指定の場所まで来てほしい。これを着てね。」
そう言ってゼッドはシャルティアから預かったドレスを手渡す。
恐る恐る開いたエンリは息をのんだ。襟から胸元までチャイナボタンで留めるようになっており、腕は生地で覆われるのではなく、細かな薄いレースがつつんでいて肩口の輪郭を和らげている。
腰まではチャイナドレス特有のぴったりとしたラインだが、それが腿まで続いており普通のドレスよりはやや下でスカート部分の広がりが現れる。その広がりはあくまで歩く程度の幅までであり、全体のスリムな印象を崩さないどころか膝上から広がるために腰回りのラインをより強調している。
この世界ではあるはずもないロングのマーメイドラインドレスとチャイナドレスの融合であるそれは黒一色でありながらも見るものに強烈な印象を残すだろう。
『この時点ですでに試されているんだ!』
エンリに戦慄走る。男にはわかるまいが、このような“攻めた”ドレスを渡されることの真意がエンリには理解できた。このドレスを着て、美しさにおいて正に神の世界であるナザリックの土俵まで上がってこいという、女性にしかわからない挑戦状であり試練に違いない。

ゼッドは知らないが、このドレスはシャルティアが各部寸法に至るまでの詳細なオーダーによって急遽作成された一点ものである。
吸血鬼の花嫁の衣装をそのまま渡せば解決するのだが、シャルティアのゴーストが囁く“エロスに手抜きは許されない”と。
彼女は“えろげーマスター”と呼ばれた創造主のありとあらゆる性癖を受け継いだ存在であり、それは彼女にとって誇らしい創造主の生き様そのものである。
そんな彼女はこれから遊ぶ玩具であっても同等の覚悟を要求する。戦士であれば戦う覚悟のある相手を切り伏せてこそ本懐であり、シャルティアもまた性戦士である以上戦う相手がみすぼらしい小娘などであってはならないのだ。

若干認識のずれた挑戦状を受け取ったエンリは早速自室で戦いを開始する。
このドレスが着れなければシャルティアに会えない。もっと言えば初めて着るドレスを着こなさなければならない。
着方すらわからない彼女はくるくると服を眺めてチャイナボタンの仕組みを確かめて片っ端から外してみる。
するとスカート部分から腿にかけてチャイナボタンによるスリットがあることに気づく。
さらに着ていけばボタン一つに至るまで彼女のしっくりくる位置にあってどれもがきつくもなくゆるくもない。
仮にエンリ自身がこのドレスをオーダーしてもここまで詳細な寸法は指示できない。シャルティアはたった一目でエンリの採寸を完了していたのだ。
『すごい、シャルティア様は戦士としてだけでなく女性としてもはるか高みにいらっしゃるのだわ。』
一人感心しながらドレスと一緒に渡された小箱を開ける。するとたちまち目の前に霧が現れて自分の姿が鮮明に映し出された。
おとぎ話のお姫様になったエンリは感動のあまりしばらく目が離せなかった。

「ちょっと行ってきます。」
そういった娘を見た瞬間に母は目を細める。
これだけのドレスをエンリにあげる相手はあの救世主一行しか考えられない。
そして目的も散歩のようなものではないだろう。娘の顔に書いてある不退転の覚悟を見てしまったから。
母は微笑むと街へ向かう際に使う大きめのローブを持ってきた。
「その恰好じゃ目立ちすぎるわ。これを上から羽織っていきなさい。」
エンリはあまりの感動にそれまでの行程を考えていなかった。このまま外に出れば悪い意味でも注目されてしまう。
「ありがとう。」
そう言ってローブを羽織ったエンリの後ろから母は優しく髪を梳いた。
「あと、これだけきれいなドレスなんだから、髪もちゃんと整えなさい。」
そう言って母は時間をかけてエンリの髪を後ろでまとめていく。
細い編みを束ね上げて丸くまとめる。普段の快活な少女から清楚な女性に生まれ変わるわが子を感じながら最後に一本のかんざしを通す。銀のシンプルな直線に一つのほの赤い水晶が飾られたそれは神秘的な光を放っている。
「このかんざしは私がおばあちゃんから受け継いだ大切なものなの。いろんなことからあなたを守ってくれるはずよ。」
そう言って振り返らせて視線を合わせた母は娘を見送る。
「何が起きても大丈夫。辛くなったらいつでも母さんがいるからね。」

今までの舞い上がった気持ちはすっと地面に戻り、そう遠くないだろう母との別れを感じつつエンリは涙をこらえる。
「大丈夫よ、今回はちょっとお呼ばれしただけだから。すぐ戻ってくる。」
そう言っているが母の傍から離れない娘に、母は少し肩を押す。
「いってらっしゃい。」
「・・・行ってきます。」
エンリは外の世界に消えていった。
残された母は独りつぶやく。
「そう遠くないわね。」



次回は性戦士VS聖戦士です。
己のコスモを燃やせ!(意味深)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

[番外]新しい玩具2~Tender Surrender~

かなり遅れましたが更新です。
今月は少し忙しくなりそうで、このペースが続きそうです。
タイトルの英語はとある変態ギタリストの曲名です。あれくらいの雰囲気を文章で醸し出せれば良いんですが・・・難しいですね。


シャルティアとの待ち合わせ場所は以前フールーダを捕縛したクレーターと指定された。
人目を避けて捕縛する目的で空からのみ目立つように作られた場所なので道などもちろん無い。
その場へ行くこと自体はエンリにとって苦ではないが、問題はドレスである。
草木の生い茂る深い森を抜けなければならないがドレスを傷つけるわけにも行かない。
『困ったなぁ、いっその事一旦着替えてから待ち合わせ場所で着なおそうかしら。』
大自然のど真ん中で着替え中の自分をシャルティアに見られるという最悪の事態を想定して首を振る。その時唐突にエンリの頭に名案が浮かぶ。
「使い方が間違ってるけど、シャルティア様のご期待に答えるため!」

<レコンキスタ>
英霊たちに意識を向けて念じると、周囲の地面から次々と十字軍戦士が現れてエンリの前に膝をつく。50名を越えた辺りで中断して戦闘の隊長に声をかける。
「隊長さん。これから私は大切な方にお会いするために森を抜けなければなりません。その際にドレスを汚したくないのですが、方法はありますか?」
すると予め想定していたかのように即答が返ってくる。
「問題ございません。乗り物をご用意いたしますのでしばしお待ちを。」
言うが早いか周りの十字軍戦士たちは陣形を整える。
5人×5人の方陣を組み、さらに前に5人が少し離れて整列。すると方陣を組んだ25人が盾を真上に上げて鱗のように揃えだす。
完成した方陣の盾に更に5人が手をかけて上り、盾を正面に構える。そして方陣の左右を7人ずつがハの字に広く展開。最後に隊長が方陣の後方につくと方陣後方の5人が膝をついて一段下がる。
「どうぞ、指揮官殿。お乗り下さい。」
完成したのは戦車であった。全面の10人が木々をなぎ倒し、左右の14名が警戒に当たる。隊長は後方からの敵襲に対応。そして25人の作る盾の車体である。
呆然とするエンリであったが、25人の上に乗るということは理解して隊長に尋ねる。
「よろしいのでしょうか・・・その、私は指揮官ですがあなた方と同胞であると思っています・・・それなのに・・・」
「指揮官殿。いえ、エンリ様。これは必要なことであります。エンリ様はお会いすることが使命であり、私どもは無事にお送りすることが使命。使命に完璧に答えてこそ臣下であります。」
そう言って隊長はエンリの手を取って方陣の後方にエンリを歩ませる。すると盾がせり上がって他と同じ高さになる。中央に座ったエンリを確認して隊長が号令をかける。
「全軍前進!」
「「「応!!」」」
戦士たちは一斉に同じ速度で歩み始める。頼りになる仲間の助けになろうとエンリもスキルを使用する。
<立ち上がれ同胞>によって能力が向上した戦士たちは一直線に目的地へ前進する。
目の前の大木を前衛の戦士が切り飛ばし、エンリと同じ高さの戦士が降ってくる枝や幹を払っていく。
この戦車が通った後は森の外まで一直線に道が切り開かれていた。
更に乗り物である方陣を形成する戦士たちは凹凸に対して器用に姿勢を変えつつ歩くので盾から上は揺れることもなく滑るように進んでいる。

「何アレ!あははははは!」
遙か上空から戦車の行進を眺めていたシャルティアは爆笑していた。
まさかただ森を通過するためだけに自分の最大スキルを発動する等思ってもいなかったのだ。
しかしこれで確信する。彼女は自分に対して全く警戒していない。
本当であれば森のなかで武装を解除させて連れていく算段だったが変更を決める。
ひとしきり笑い終えると、下界のエンリはクレーターにたどり着いて戦士たちを解散させているところだった。
エンリが一人になったところでシャルティアは優雅に空から舞い降りる。
エンリはその神々しさに自然と膝をつく。憧れの上司が直ぐ側にいるのだ、自然とため息が漏れる。
「あぁ、シャルティア様・・・」
シャルティアはと言うとこういった反応には慣れているので特段感情の変化はない。
「御機嫌ようエンリ。随分面白い行進でありんした。」
見られていたことにエンリは恥じらう、つまりシャルティアのほうが先についていたということだろうか。
「申し訳ありません。お貸し頂きましたドレスを傷つけないようにと思いまして。」
ドレスのために切り札を使った事がわかり、シャルティアはエンリの忠誠を確認する。
ナザリックでは外界の生き物の忠誠は移ろいやすく信用ならない、という共通認識である。なのでデミウルゴスであれば先に弱みを握った上で飴と鞭で縛り、アウラは殺気による恐怖で支配する。
しかしシャルティアは違う、即座に支配しては面白くない。快楽に使うおもちゃに絶対の忠誠などいらない。むしろ調子に乗って反発するくらいが可愛いのだ。反逆に達する前に処分すればいいのだから、彼女はあえて支配を徹底しない。
「そのドレスはぬしに合わせたドレスでありんすから、ぬしがそのままもらっておきなんし。」
シャルティアの本音は“どうせすぐに破くのだからどうでもいい”のだが、泣きっ面は喜ばせたあとのほうがより愉しいものだ。そんな気持ちを欠片も知らないエンリは素直に喜びを表す。
「ありがとうございます!」
今にも泣き出しそうだがそういう顔はシャルティアの好みではない。何よりこんな殺風景な場所でコトに至るのも風情がない。
「ほら、早う付いてきなんし。」
そう言ってシャルティアは早速転移門を発動してくぐっていき、エンリも慌てて後を追う。

シャルティアはナザリック表層に到着すると、仕掛けを開けてどんどん下層へ歩を進める。石造りの迷路にエンリは初めて来るはずなのになぜか背筋が寒くなる。曲がり角の端、天井に何かがいるような気がしてメイスを入れている袋を抱きしめる。
その様子を見たシャルティアは嗤う。実はエンリの事を心配したモモンガから恐怖公による特訓の内容を聞いたのだ。そのあまりの素晴らしいプレイにシャルティアはますますモモンガを崇拝した。
『この顔、まさにこれでありんす!あぁモモンガ様はわたしの性癖を完璧にご理解くださっている!』
モモンガからの贈り物にゾクゾクしながら、ここまでお膳立てをしていただいたのだ。完璧に味わいつくさなければ失礼に当たる。
「どうしんした?人間には流石に怖いかえ。」
エンリは即座に自分を叱咤して奮い立たせる。
「いえ、広大なナザリックを実感して感動していました。」
「その調子じゃ全階層を見る前にショック死するでありんしょうから、早く慣れなんし。」
エンリは耳を疑い言葉の真意を推し量る。
『もしかして今回以外でもナザリックに来れるのかしら。だとすれば・・・!』
興奮するエンリを横目に、計画通りのシャルティアは先を歩きながら薄く笑った。
「さてと、ここがわたしの部屋。第ニ階層死蝋玄室でありんす。」
見えた入り口は木の色が深まったアンティークの扉があり、緻密な金の装飾が施されているが木の存在感を薄めるような豪華絢爛なものではない。
シャルティアが立つと、即座に扉が開かれて二体の吸血鬼の花嫁が跪いて迎える。
「おかえりなさいませ、シャルティア様。」
エンリとは違う色白の美人にシャルティアは一瞥もせずにロココ調の部屋に溶け込んでいる大きめの椅子に腰掛けた。
「お前たちは寝室と浴室の用意。ぬしも呆けてないで部屋にはいりなんし。」
吸血鬼の花嫁はいささか慌てて隣室へ下がっていく。吸血鬼の花嫁は忠誠心こそ高いが頭が悪い、正確には気が利かないのだ。デミウルゴスが従えるようなある程度の知性があるシモベがほしい。あればもっと自分の仕事が楽になると言うのに。シャルティアは隣室への扉を見ながらため息をついた。
エンリは感動とためらいの狭間でなんとか歩を進めて部屋に入るが、自分が上司と同じ高さの椅子に座るわけには行かないと思い、柔らかい絨毯の敷かれた地面に膝をつく。
シャルティアはそれに満足するとプレイの前の挨拶をさせることにした。
「エンリ、わたしの靴と靴下を脱がせなさい。」
ここから先は真剣なプレイ。適当な廓言葉も封印する。
エンリはその言葉に真顔で頷くとシャルティアの細い足に近寄っていき、そしてゆっくりと足首を左手で包み、右手でかかとの低いかわいいパンプスや靴下を脱がせていく。
その様子は覚悟を決めた生贄というよりも奉仕者に近い。服従ではありながら屈服ではない態度にシャルティアは満足してもう片足も任せる。
「タオルを失礼致します。」
エンリは自分の袋から清潔なタオルを取り出すと脱がせたばかりの素足を包み込む。
そしてもう片足を脱がせ終わると、エンリはおもむろにタオルを取って両足先を胸元に抱きしめた。
シャルティアは少し驚く、足に口づけさせる等のプレイはよく知っているが、足を抱き抱えるという行為の意味がわからない。その困惑の先手を取ってエンリが話しかける。
「すぐに致しますので、もうしばらくお待ち下さい。」
この言葉を受けてシャルティアは何をするつもりなのか聞くタイミングを逃してしまった。
「かまいんせん。」
短く応えたシャルティアに感謝を示すとエンリは持ち物から小瓶を取り出して手に広げてこすり合わせ始めた。
その段階でもどのようなプレイなのかシャルティアにはわからない。しかし相手が真っ向から挑戦してくるということがわかる。遊び心からそれを受け入れたい気持ちになり、そのまま様子を見守ることにしたが一応釘を刺す。
「ただしわたしが満足しなかったら・・・後が酷いから。」
これを吸血鬼の花嫁が聞けば震え上がるのだが、エンリは笑顔で頷く。
「よく母にしていましたから、自信はあります。お任せください。」
『親子で!?なんと業の深い・・・。』
仰天しつつも、生みの親であるペペロンチーノとのプレイを想像して体が熱くなったような気がするシャルティアだった。
エンリは温めた足の裏を合わせて左右の足の甲を両手で包み込んで少し揺さぶる。
足の甲に当たる感触から先程手に垂らしたものは油のようなものであることが分かる。
そして両足があたたまると右足をタオルで包んで左足を片手で支える。
「では初めます。痛かったら仰ってください。」
シャルティアとしては屈辱的な言葉であり、モモンガが庇護を宣言していなければ細切れにするとこであった。シャルティアの防御力であれば天と地の差があるエンリの力など痛いはずがない。

ズクリ

シャルティアの体内で血流が反対に動いたような、異物がうごめいているような感覚が走る。
浮遊感が足から全身に伝わり、その後に鈍い痛みがさざなみのように寄せてくる。
「!!」
驚いてエンリを見れば右手でシャルティアの足の裏を押している。何か魔力が動いているわけでも特殊な装備も見られない。ただ単に左手で甲を包み、人差し指を曲げて第二関節で押し込んでいるだけだ。
グイッグイッとリズムよく位置をずらしながら指圧されていくと、全身に走る甘い痺れが微妙に変化していき足先の痛みが蓄積されていく。
『ありえない!わたしが痛がるなんて。下等生物なんかに!』
そう言い聞かせる脳内には痛気持良いという感覚も否定できないでいる。
「お腹ではないようですね。では頭の方に移ります。」
そう言うとエンリは両手で足の親指を刺激し始める。途端に鈍い痛みから刺すような痛みに変わる。強いものではないがそれよりも全身の反応が理解できずそれどころではない。
シャルティアは必死に余裕のある顔を取り繕う。吸血鬼の頂点である自分が玩具であり餌である人間などに動じるわけには行かない。
それを見るエンリは小さく頷きながら別の指へ刺激を移していく。
痛みにもこんなに種類があるのかとシャルティアは愕然とする。サディストでもマゾヒストでもあるシャルティアは全ての痛みを理解しているつもりであったが、その考えが甘かったのだと悟る。
「では続いて・・・」
そう言いながらエンリの指は流れるように足先からかかとへ向かっていき、ついにかかと周りに指圧が及ぶ。
グッグッ
「ぉぅ・・・ぅ・・・!」
咄嗟に漏れた声にシャルティアは歯を食いしばる。しかしそれはエンリに聞こえていた。
「よほどお疲れだったのですね、もうしばらくの辛抱でございます。」
言葉を返そうにも口を開けば嬌声が出てしまいそうでこらえる。
その間にもかかとから後ろ足首を指圧され続ける、そのうちにシャルティアの体が変化し始める。

シャルティアはアンデッドの吸血鬼であり本来であれば臓器の一部は不要であるが、ペペロンチーノの意志を受けたシャルティアは“その為”だけに涙腺などの器官が備わっている。
普段は全く動かないリンパなどもエンリの指圧によって循環し始めるので、シャルティアからすれば未知の快感が全身を駆け巡るようになってしまうのだ。
動かない心臓の代わりにエンリの指圧が血流を促し、血管を温めた血が駆け巡る。
段々と未知の痛みが快感に変わる中、シャルティアの全身が時折痙攣する。

エンリは入室してからのシャルティアのため息、そして足を差し出した動作から彼女の意図をエンリなりに解釈していた。
『やはりシャルティア様はお疲れでいらっしゃるのだわ。』
村で畑仕事が忙しくなる時期では母も鍬を振るっており、それを癒やすすべを祖母から教わっていた。それが指圧である。
『良いかいエンリ。足の裏を合わせた形で、座っている人の後ろ姿を思い出すんだよ。親指は頭、足裏の指側が上半身。かかとにかけて下半身とつながってるからね。指圧をしながら何処が疲れているのかを確かめて行くんだよ。』
祖母の言葉を思い出しながらシャルティアを見る。よほど疲れているのか下半身にかけて大きく反応している。
『指圧の心は母心。あたしもお母さんやおばあちゃんから習ったもんだよ。』
強くなったからエンリも分かる。力を持つと悩みも増えてしまう。シャルティアほどの力があれば悩みもそれだけ多いのだろう。
そうまでして自分のために時間を割いてくれたシャルティアのために、エンリは指圧に力を込める。

なかなか隣室に姿を表さない主人に吸血鬼の花嫁達は不思議だった。
いつもは服従の儀式を済ませると即座に隣室でプレイの開始のはずだ。
そう思っていると扉の向こうから小さいが確かに主の声が聞こえる。
「ぁっ・・・やっ・・・ひぅっ!!」
隣室にも響くシャルティアの嬌声に吸血鬼の花嫁は戦慄する。
彼女たちからすればシャルティアのプレイは蹂躙そのものであった。しかしどうだ、その主の嬌声が聞こえて玩具からは何も声が上がらない。
何が起こっているのか確認したいが誰もできない。そんな恐ろしいことをすれば確実になます切りだろうからだ。
あの人間は何者だろうか、どのような秘術を用いればシャルティアからあのような声が聞けるのだろうか。吸血鬼の花嫁達の頭のなかではエンリが超絶テクニシャンとして出来上がってしまった。

もはや声すら上がらなくなり痙攣するシャルティアを、集中していたエンリはやっと気づく。
血行が促進されて大量の汗を流したシャルティアは気絶するように眠っていた。
起こさないように抱きかかえて、小さな声で隣室の吸血鬼の花嫁に声をかける。
「すみません。開けていただけますか?」
扉を開けて仰天する吸血鬼の花嫁に静かにするようにジェスチャーで促しながら、一旦ソファーにシャルティアを横たえて振り返る。
「すみません、温めた濡れタオルと乾いたタオル。そして寝間着をご用意いただけませんか?」
汗だくの主を見た吸血鬼の花嫁達は慌ててシャルティアの体を拭くと寝間着に着せ替える。
その手際に感心したエンリは再びシャルティアを抱えてベッドに横たえる。
そして傍の床に座るとシャルティアの片手を両手で包みながらシャルティアを見守るのだった。
「シャルティア様・・・」

その後朝食を運んできたユリが眠っている二人を見つけると、エンリだけを起こして丁寧に送り返した。


その日、別の報告でモモンガの執務室を訪れたシャルティアはとても上機嫌であった。
「ところでシャルティア、エンリはどうだったかな?」
ゼッドの真意は“エンリと面接をしてどういう評価をしたか”であった。
それを聞いたシャルティアは少し頬を赤らめると笑顔を浮かべる。
「とっても良かったでありんす。」
『成る程、面接は合格か。良かったよかった。』
ゼッドは一安心して頷くが、その濡れた瞳をみたモモンガは少し不安になる。
しかし後日エンリに確認を取れば、逆にシャルティアの事を心配された。
「モモンガ様。シャルティア様は素晴らしい方でございます。私でできることがございましたらいつでもお申し付けください。」
意外な返事に、気のせいだったかと思い直したモモンガは頷いた。
「うむ、シャルティアもお前の事を気に入っているようだった。また会う機会も設けよう。」
「はい!ありがとうございます。」

「シャルティアも成長したな。」
しみじみと、大きな思い違いをしながら走り去るエンリの後ろ姿に満足そうな頷きをするモモンガであった。



というわけでシャルティア番外編終了です。
えぇ、R-18は回避しました。チキンですいません。
次回はどうしようかな~。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Material Girl

本編を書くのが久しぶりな気がします。
もう少し更新スピードを上げたいのですが、先達の御方々はどうやって文章を打っているのでしょうね。
負荷がかかってもいいから流水加速とか使いたいです。



・前回のあらすじ
デミウルゴスとタリズマンが激突する。
人間の常識を遥かに超える戦闘の中、ゼッド達は苦戦を強いられる。
その時ゼッドの機転によって自由を取り戻したイヴォンはカイレを抱えて脱出する。
しかしそれすらも全て脚本の内であった。
至宝をあろうことか悪魔に奪われた神官長達は覚悟を決めてゼッドと共に戦い抜くことを誓う。



以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・黒帽子 様

ご報告いただきありがとうございます。


前線都市エ・ランテルの一角、あふれる人々を遠ざける場所がある。
その広大な墓地はいくつもの細かい区画に分けられており、多数の死体が密集しないように設計されている。
アンデッドの媒介になる死体を密集させると一度アンデッドが発生した場合に連鎖反応が起きる可能性が高く、それを避けるための配慮であったのだが、最近はそれぞれの区画でも飽和状態になり始めていた。
「カジット様。」
霊廟の地下で死体に囲まれながら狂喜している存在が数人。しかしそれに対峙する老人の顔はすぐれない。
「落ち着け。我らの力のみでは完遂は難しい。」
「しかし!こうしている間にも冒険者共が嗅ぎつけるかもしれません。クレマンティーヌが戻らぬ以上、捕縛されたと考えて強行するべきです。」
沈んだ声で応えていたカジットだったが、もはや限界だった。クレマンティーヌに追いつめられたのは何も弟子達だけではない。一番の被害者は自分のはずだ。
「馬鹿者!ならばクレマンティーヌを倒せる相手を敵に回して当初の見積もりが有効だと思っているのか。それにアヤツの駒が無ければその見積もりすら崩壊するのだ!」
本当であれば叡者の額冠だけでも回収し、ンフィーレア誘拐は弟子に任せる予定だった。しかしそんな取引に応じるクレマンティーヌではない。確実に用済みになる真似をする馬鹿ではなかった。そのやり取りを知っているが故に弟子の口調も普段より荒い。要はカジットの手落ちだと思っているのだ。
「ふん。八つ当たりはそのあたりにして、今はアンデッドの隠蔽を優先しておれ。アレは性格破綻者だが我々を敵に回すようなバカではない。居場所が分かり次第わしが直々に叡者の額冠を回収する。その後にお前たちはンフィーレアをさらえ。」
カジットとしては自分で許せるギリギリのラインで妥協案を提示する。
すると弟子達はお辞儀をして持ち場に戻っていった。
「バカ者共が。」
言葉を吐き捨てて懐から死の宝珠を取り出す。未だに力が足りない、実験では強い個体をアンデッド化すればより大きな負のエネルギーが蓄積されていた。
「ヤツを殺すか・・・」
クレマンティーヌであれば適材であろう。何者かに捕らえられているならば助けるふりをして殺す。死んでいればアンデッドにして使役する。
失敗に対する代償が重いのは当然のことだ。特にズーラーノーンにおいては死とその後の隷属化が待っている。
本来であれば生かして使いたい駒であったが仕方がない。
その時、秘密の入り口から声がした。
「はろ~。みんないるかなー?」

クレマンティーヌは敵地に乗り込むというのに、一人暮らしの部屋に戻ったような安心感に包まれていた。ニヤケ顔も演技だけではない。
今までが恐ろしすぎたのだ。いきなり初仕事でパートナーと言われる“悪魔”や“吸血鬼”と対面した瞬間に吐き気と頭痛が全身を襲い、あまりの恐怖にへたり込んで失禁してしまったところまでで一旦記憶が途切れる。そして目を覚ませば法国の見慣れた面々が同じくへたり込んでいたので少し気分が良くなったのだが、そこにあの悪魔が再び現れてしまい気絶。
ようやくゼッド達の屋敷で平静を取り戻したと思ったら吸血鬼が自分を覗き込んで“特殊なプレイ”を要求してきた。死の恐怖と心身が蹂躙される恐怖に苛まれたところで“ダークエルフ”が吸血鬼を殴りつけて引き摺って行った。
この一連のアトラクションを体験してしまった今ではそれ以外の世界が愛おしくてしょうがない。うざったい花子にすらじゃれつく始末だ。
花子がする満面の笑顔を思い出して頭を振る。
「さて、お仕事お仕事。・・・ヒヒ!」

「クレマンティーヌ!貴様何をしておった!」
カジットの怒号で周りの弟子達も集まってくる。
それを気配で確認したクレマンティーヌはウンウンと頷くと身にまとっていたローブを脱ぎ捨てる。
「じゃーん!」
そこには不可思議な装備を纏うクレマンティーヌが立っていた。
柔らかい毛糸で編んだような、黒いセーターの形をした服は鎖骨より下から胸元にかけて大きく開かれており、そこから縦長にへそまで開いた服はみぞおち辺りで留め具がついている。右肩も大きく露出しており、肩から先がどうつながっているのかひと目ではわからない位だ。
肘からは黒いガントレットを装備している。これは以前のものと似ているが地面を捉える目的の爪がついておらず、そのかわりに手首周りにかけて若干外側に膨らんだデザインになっている。
露出は彼女のポリシーなのか、ホットパンツにひざ上まである軽鎧を穿いているので細い腿があらわになっており、軽鎧も膝裏は覆われておらず守ることよりも大事なことがあるといわんばかりだ。
全体としてみれば腕と足以外どこも守られていない。趣味のファッションにしてもかなり過激で、カジットの常識からは外れていた。

「クレマンティーヌよ、ンフィーレアはどうしたのだ。」
こめかみを押さえながらカジットはクレマンティーヌの服装を無視することにした。
それに少しがっかりしたのか、うつむいて少ししおらしく答える。
「ねぇカジッちゃん、残念だけどわたし、お別れに来たの。」
「ならば叡者の額冠を寄越せ。」
わざとらしい演技をすっぱりと無視してカジットは杖を構える。そもそも叡者の額冠さえ受け取ればクレマンティーヌに用はない。弟子達もそれぞれに武器を持ち出している。
全く警戒しないクレマンティーヌはため息をついてつぶやく。
「カジッちゃんはさぁ、いきなり願いを叶えてくれるやつが現れたらどうする?」
いきなり訳の分からない問に誰も答えない。
「それが、ズーラーノーンでも法国でもない。人間でもなかったらどうする?」
「意味のない仮定は沢山だ。叡者の額冠が無いのであれば場所を言え。」
苛立ちがピークに達しているカジットを宥めているのか焚き付けているのか、クレマンティーヌの口調は哀愁すら漂う。
「私達ってさ、努力の方向を間違ってたのかなーって。」
その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで地面が割れて、クレマンティーヌの顎先に骨の柱が突き立つ。攻防一体で使用できるカジットの得意魔法だ。
「最後の警告だ・・・在り処を言え。」
距離は魔術師を極端に有利にする。相手は未だ一本道の階段に立っていて、自分は弟子達に守られている。5メートル以内に近寄られていれば危なかったが、10メートル離れればもはや敵ではない。“同じ条件なら勝てる”などとは戦を知らない子供の考えることだ。
「だからね、これからは目的のために最短で進もうと思うんだー・・・というわけでさぁ・・・」
周囲の空気が一変する。周囲は石と土の空間であるはずなのに木がたわむようなギィイイィという音が聞こえるようだ。暗殺者・殺人鬼・狂人・戦士、どれとも違う殺気はもはや人のものではない。
弟子達はもちろんカジットでさえ反応が遅れる。
「私のポイントになってよ。」
その言葉とともに薄暗い階段からクレマンティーヌの姿が音もなく消える。
弟子の一人が驚きの声をあげようとして口を開ける刹那、その口から刃物が姿を見せた。
貫かれた弟子は目を動かして心のなかで絶叫する。しかし脊髄を貫通した刃物によって肉体と脳が分離されているので何もできない。
急速に途切れる意識の中で貫通した刃先が溶け出すのが見えた。
その直後にジュウゥゥという音がして全身から煙が発生し、体内から融解が始まる。
カジットが貫かれた弟子に視線を移す瞬間。再び階段から声がした。
「大丈夫。何も感じさせないし痕跡も残らないから安心してほしいなぁ。」
カジットは必死に分析する。今の攻撃が近接武器だとすれば移動方法は転移魔法以外に考えられない。速度もそうだが、なによりクレマンティーヌの前には太い骨の柱がある。一直線に走れないのだから転移でほぼ間違いない。
攻撃は酸の魔法を付加したものだ。すでに弟子の体は跡形もなく銀色の水たまりに溶け切っている。しかし銀色の酸など見たことがない。
「転移魔法を使える戦士だとぉ!?」
カジットは吠えながら死の宝珠をかざす。意味を理解した弟子は転移の隙間を作らないようにカジットに背を向けて密集し、その周りをさらにゾンビで囲う。
初手をゾンビで受けてカウンターを狙う構えであり、且つカジットの召喚を護衛するという意味もある。

昔のクレマンティーヌが今の力を手に入れたならカジットの召喚を見送ってじわじわとなぶり殺すだろうが、今は違う。拷問と殺人が好きなのは変わらないが、もっと大きな目標への道が開かれているのだからそれどころではない。彼女の心はすでにウキウキしている。
そのウキウキはアレを殺す事ができるのが半分で、もう半分はポイントを貯めることから来る期待感だ。
「今度は見えるかな?そーれっ!」
再びクレマンティーヌの姿が消える。転移による奇襲を警戒しているカジットは僅かな残像が上方に消えた瞬間を見逃さなかった。視線を上げて、天井を見る頃にその姿を捉える。
「なっ・・・」
<飛行>
クレマンティーヌは“天井に着地”していた。両足と左手は天井について、姿勢を天井に押し付けるように低く構えている。
それは疾風走破の彼女が攻撃する姿を天地逆にしたようだった。
<疾風走破>
他の弟子が見上げるタイミングでクレマンティーヌは動く。天井を蹴って爆発的な加速を得ながら“空中を駆けて”向かってくる。
カジットは咄嗟に<骸骨の柱>を発動し、自分の前に割り込ませるように地面から召喚する。
更に弟子たちがそれぞれの魔法で弾幕を張る。死霊術に長けている彼らだが、初歩の破壊魔法なら身につけている。
立ちはだかる弾幕と柱にクレマンティーヌは何食わぬ顔で武技を発動する。
<超回避>
空中にいながら彼女の動きは直線や放物線ではない。武器で払うこと無く左右上下に慣性を無視した軌道を描いて稲妻のように迫る。
『スッと行って・・・』
カジットの目の前でクレマンティーヌは体を屈めて縦に半回転すると、カジットの顔が足の間に吸い込まれる瞬間、両腿で相手の顔を挟んで体を大きくひねる。
バキリとカジットの首が180度程ねじ切られると、ひねった体勢のままクレマンティーヌはバク転のように手を地面について、足と腰だけでカジットを投げる。
リアルの世界で言うフランケンシュタイナーの変則版であるが、叩きつけられた首と上半身はあまりの衝撃に血の華を地面に咲かせ、周りの弟子を吹き飛ばした。
<流水加速>
呆気にとられた弟子たちは我に返ると慌てて逃げようとするが、輪の中心から発生する凄まじい連続突きに次々と頭を削り取られていく。
その突きは正確無比に心臓を貫いている上に、その箇所から全身がみるみる溶けていく。
数瞬で全滅したカジット達は十秒程度で銀色の水たまりになってしまった。

事が終わったクレマンティーヌは太いガントレットの先の手を内側に曲げる。
するとガントレットから細長い剣が飛び出した。
ヌラヌラと銀色に光る短剣の先を水たまりに浸せば、水たまりがその剣に吸い込まれる。
彼女が暗殺装備として借りている武器はガントレットから飛び出す酸と水銀でできた剣であり、対象を溶かして同じ流体にできる。
地面に染み込まないそれは吸い取ってしまえば一切の証拠が残らない暗器であり、固体と流体を自在に変化できるので、ただ単に毒薬としても使用可能という変わった代物である。
ユグドラシルにおいては装備の関係上腕から先に一切の装飾品がつけられないという大きすぎるデメリットから敬遠されている装備だったが、武器の試験も兼ねてゼッドが渡したのだ。


全ての証拠を隠滅し終えるとクレマンティーヌは階段を上がりながら呟く。
「カジッちゃんで500ポイント。弟子が一人50ポイントだから・・・ンフフ!」
これでまた人生の目標に近づく、これまでにないほど大きく。



ちょっと短いですが、クレマンティーヌのお使いでした。
いやー、クレマンティーヌのイメージを見た瞬間から「コイツには幸せ投げをさせよう」と思っておりました。
もはや“これが書きたかっただけだろ!”と言われても仕方がありません。
だが私は謝らない。

すいませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラヂオの時間1

注意! 飲食描写があります。
筆者が空腹の中で書き始めたため相当メチャクチャですが、ご勘弁ください。



・前回のあらすじ
エ・ランテルでクレマンティーヌと取引をしたズーラーノーンのカジットは、中々戻らないクレマンティーヌに苛立ちをつのらせていた。
そこに現れたクレマンティーヌの装いは全く異なっていた。
意味不明な文言に続いて全く予想していなかった攻撃に動揺するカジット達。
クレマンティーヌは心のなかで舌なめずりをしながら、ポイントを数えるのだった。


以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・ブルーフレーム 様

ご報告いただきありがとうございます。


エ・ランテルが夕日でオレンジに染まるころ、冒険者宿に帰り着く一団があった。
片手剣を腰に下げた精悍な男はやや疲れた顔でフロアの一角に腰を落ち着ける。
その丸テーブルを囲むように他の面々も腰かけ、最後に大柄な男が銀貨の入った袋をテーブルの真ん中に置く。
「あー、今日はちっとハードだったな。」
全員の飲み物をカウンターに注文してから、“漆黒の剣”のルクルットは椅子を前後反転させて座り、背もたれに両腕を預ける。いつもであればニニャが窘めるのだが、ニニャ自身も疲れてため息をつくのがやっとだ。

「森のモンスターが外側に集中し始めたという噂は事実のようであるな。」
ドルイドであるダインは森の空気が一変していたことに腕を組んで考え込んでいる。
「噂?」
チームリーダーであるぺテルは初耳であった。ダインも当初はそこまで気にしていなかったらしい。
「イグヴァルジ殿から聞いた話では森の奥で何かあったらしく、モンスターが住処を追われて外へ避難しているということである。」
普段のダインであれば情報を伝え忘れるようなことはない。しかし情報源の名前を聞いてルクルットは嫌な顔をする。
「あぁ、あのイグヴァルジの情報じゃぁな。」
“天狼”のリーダーであるイグヴァルジは優秀な冒険者であり、ランク下の冒険者に対して少々口やかましいが為になるアドバイスをかけたりもする。
しかし上昇株に対する嫌がらせが見え透いており、“漆黒の剣”はその上昇株にそろそろ入ろうかというレベルのチームであったためにダインも警戒していたのだ。

「しかし彼もミスリル級のレンジャーだし、今後は森の依頼に気を付けた方がよさそうだな。」
イグヴァルジのブラックリストに載っていないことが間接的にわかってホッとしたぺテルだったが、森の依頼を中心にこなしてきた“漆黒の剣”にとっては悪いニュースであった。
レンジャーやドルイドを擁する彼らにとって森は得意なフィールドであり、この辺りではトブの大森林しかない。
カッツェ平野のアンデッド狩りに赴いた際はルクルットの索敵があまり役に立たず、ほかのチームと共に向かったから助かったようなものだった。


命を預けあったような良いチームであればあるほど、リーダーの雰囲気は伝播する。
今日の稼ぎは上々であったにもかかわらず静まり返る空気から最初に飛び出したのはルクルットだった。
「明日のことは明日考えようぜ!ほらほら、今は飲む!」
宿屋の店主が持ってきた飲み物をまわしながら彼自身もエールをあおる。
ルクルットの飄々とした感じは時に緊張感に欠けるとも言われるが、チームはわかっている。それが彼なりの配慮であり、優しさなのだ。

「かーっ!それにしてもオヤジ、最近エールがうますぎじゃない?種類を変えたとは思ったんだけどさぁ。」
雰囲気を変えるために店主にも話題を振っていく。カウンターでコップを磨いていた店主は見事に話に乗ってくる。
「エール自体は同じ銘柄だぜ。そいつが見違えたのは鮮度が段違いなわけよ。」
腕に刺青のはいった大柄な店主は白い歯を見せて笑った。ぺテルやダインも飲むが、とても数週間前のエールと同じとは思えない。ニニャが頼んだ果実水も最近になって増えたメニューで、疲れが吹き飛ぶようでニニャも好んで飲んでいる。満足げにカウンターから見ていた店主は種明かしをする。
「実は最近、仕入れ先を変えたんだ。そしたらそこから出来たてのエールがこまめに届くようになってな。ほかの材料も一括でそこに任せてるんで管理も楽で助かるぜ。」
「ふーん。」

冒険者である彼らは店主の言うことが理解できない。買うところを変えただけで作るところが同じでは品質は変わるわけがないと思うのだが、薄い反応にムッとした店主は「ちょっと待ってろ」と言い残し、しばらく厨房へ引っ込んだ。
しばらくすると店内に香ばしい香りが充満する。焼きたてのパンのようでありながら甘くないそれは、嗅いでいるだけで食欲をそそられる。香りが店を抜けて路地に出る頃、さらに別の香りが加わる。
美味しそうな匂いに鼻をひくつかせていたルクルットはわずかに顔をしかめる。嗅覚に認識した途端、軽く鼻を刺されたような痛みが走ったのだ。もしダンジョンに潜っていたときであれば即座に息を止めて後退するところだが、口の中に唾液が分泌されて止まらない。
レンジャーのルクルット程嗅覚が鋭くない他の面々は一様につばを飲み込んで厨房を見つめている。
しばしの沈黙の後、奥から店主が湯気を立てた深めの皿をもって現れ、四人のテーブルにその料理を置いた。


全員の第一印象としては“血のスープ”もしくは“溶岩スープ”だった。

食べ物とは思えない、オレンジとも茶色とも赤とも取れない刺激的なスープの色。その表面には真紅の油が斑に浮かんでいる。
その中央に岩石の島のように細切れの焼かれた肉が盛り付けられ、それに不釣り合いな緑の野菜が添えられている。
細切れの肉がなぜスープに浮いているのかと思えば縮れたパスタ麺のようなものが沈んでいる。そして一面に植物の実のような細かい粒がまぶされている。
「これは・・・食べ物なんですかねえ」
ペテルが代表して困惑を口にする。魔法の儀式に使う溶媒と言われたほうが納得する。
しかしこの料理から発せられる刺激的で香ばしい香りが『食え』と囁いている悪魔のように四人を虜にして視線を外すことを許さない。
「コイツはまだメニューに無い料理で、その商人から買っている“タンタンメン”というらしい。カルネ村で取れる材料だけでできる逸品だ。俺も2日に一度は食べてる。」

ダインは警戒する。薬草などにおける常識の一つとして、原色のような派手な色は毒性を含んでいる場合が多いのだ。もしかすれば王都に蔓延する“ライラの粉末”のような麻薬成分を含んでいて、既に店主も依存している可能性がある。まず食べるべきではない。
しかしながら目が離せないし口の中の唾液がとめどなく分泌される。
店主はニヤニヤと笑いながら取り皿、深めのスプーンとフォーク、謎の二本の棒をそれぞれの前に置く。その様子を視界の端に捉えながら四人の背後には食欲という悪魔がガッチリと彼らを縛り付けている。


ルクルットとダインはお互いの感じている危険性をアイコンタクトで確認していた時、隣のニニャがおもむろに動く。
手にしたスプーンが吸い込まれるようにスープに入り、その溶岩のような液体をすくい上げる。滴る雫は赤く、まるでニニャが吸血鬼になってしまったようだ。
「お、おい!ニニャ!」
ペテルは慌てて静止しようとするが、その声よりも早くニニャはスープに口を付けていた。
そしてニニャは目を見開く。


『うそ、バリうまか・・・旨味と辛味の宝箱ばい。』


驚愕に固まって動けないニニャを見たダインは慌ててスープを取り皿に注ぐ。
もしかすれば味から毒性に見当がつくかもしれない。バレアレ薬品店を頼るにしても手がかりは多い方がいい。何より女性だけを危険にさらす訳にはいかない。
スープを啜った瞬間に感じたのは熱さと感じたことのない濃厚な味わい。
その味を品評する間もなく後ろから襲ってくる辛味が口内から鼻へ抜けていく。
もしこの辛味単体であれば舌がしびれて咳き込んでしまっただろうが、スープの香ばしさと辛味を迎え入れる深い度量が舌との衝突を和らげる。
それらを飲み込んだ時口内にはスープの衝撃的な味が残りながらもそれを勝る辛味が『もっと食え!』と脳に訴えてくる。
美味いと感じる瞬間に胃が強烈に空腹を訴え、唾液が無尽蔵に湧いてくる。
もはや背後に立つ辛味の悪魔に逆らうことができない。この辛味をいい塩梅に収めるにはあのスープを口にしなければならず、それがさらに次の一口の呼び水になっている。


「美味い!」


普段穏やかな口調のダインが豹変し、ペテルとルクルットは椅子から転げ落ちるほど仰天する。すでにダインやニニャは猛禽のような鋭い瞳でスープや麺をよそっている。
「お前たちも食べないとなくなっちまうぜ。」
ペテルやルクルットは慌ててスープを啜り、たちまち他の二人と同じ目になって一心不乱にタンタンメンを貪った。

甘辛い細切れ肉はスープと油を吸って恐ろしい味覚の爆弾と化しており、清涼感を求めて野菜に手を出せばそれまでの濃厚な味わいがより際立ってしまう。
スープに良く絡む縮れ麺をフォークでまとめること無く下品にすする。
赤い水滴がはねて服につく染みを気にすることすらできない。
麺はパスタよりも太く、もちもちとして周りのスープのギャップから甘さすら感じる。
そして噛めば噛むほど麺から旨味が出てくる。

店主は彼らの痴態をウンウンと頷きながら冷えた水を彼らの隣に置いていく。
完食した彼らは熱くなった頭を冷やすためにその水を口にする。
水とはこんなに美味かったのだろうか。ここまで美味しい水は二日ぶりにダンジョンから生還した時に久しぶりに飲んだ水以来だ。今まで食欲を駆り立て続けた辛味と熱が水によって浄化されていく。
タンタンメンが悪魔であるならば、この水こそが慈しみの天使だ。全身の汗がすっと引いて体がポカポカと温かい。今まで重かった体から活力が湧き出てくる。


ほぅ、とため息を漏らしながら口元を赤くした四人は思う。このような麻薬の如き料理を“淡々面”とはなんという皮肉だろうか。こんなにホットな料理を淡々と食べられる訳がない。しかしこれを食べてしまった後に普通の食事をしては“淡々面”という表情になっているだろう。
ネーミングを含めてこの料理を考案した人間は味覚の悪魔と契約でもしているに違いない。


「うめぇ。」
一言感想を漏らしたルクルットが周囲を見渡せば後から入ってきた冒険者たちが最初の四人のように怪訝な、それでいて興味津々の表情をしてこちらを見ている。
確かに席から立ったままで貪り食う彼らを見れば興味も湧くだろう。
ペテルは一つ咳払いをして席に座る。
「凄いですね、こんなに刺激的な料理は食べたことがありません。その仕入先の方に興味が出てきましたね。」
三人も席に座り直して感想に花を咲かせる。もはや直前の不安は頭から落っこちている。
「カルネ村にも行ってみたいであるな。明日にでも護衛依頼がないか調べてみるのである。」
「多分相当レアなモンスターが材料に違いないぜ。」
ルクルットもダインも全く材料に見当がつかないが、赤いスープからモンスターの血ではないかと考えていた。
店主は食器を片付けながら、商会の女から聞いた情報を開陳する。
「いや、細切れの肉以外は全部植物らしい。」
信じられない事に驚きが隠せない。野菜に何をすればここまで濃厚な味になるというのか。
ニニャは店主の言い方に違和感を覚えて聞き返す。
「ん?店長さんが作られているのではないんですか?」
「あぁ、これは秘密にしてくれよ。実は既に出来上がった濃縮スープや材料が運ばれてくるんで、製法はわからない。でも姐さんは嘘をつかねぇし、俺も数日食べてるが健康そのものだ。ただあまり連続で食べ過ぎると胃が疲れるから良くないとも聞いてる。」


香りに食欲をそそられた他の冒険者が店主に詰め寄り、材料がもう無いと言う店主との攻防を眺めながらニニャがポツリとつぶやく。
「カルネ村、行ってみたいです。」
滅多に主張しないニニャの意外な発言に三人は驚くが、嬉しくもあった。
彼女の生い立ちや、男装している事情も大体把握しているが故に彼らは協力を惜しまないつもりではあった。しかしニニャは内気な性格で中々打ち明けてくれない。
彼らは頼りになるメンバーが心を開いてくれる日を待つことにしていた。その兆候が現れた事に、ルクルットは二人に目配せをする。
「そうだな、明日冒険者組合で聞いてみよう。丁度森での依頼が難しくなってきたし、護衛であればバランスの取れた私達の得意分野です。その後にカルネ村で数日過ごせないか掛け合ってみましょう。」
「たまには休暇も必要なのである。」
「純朴な村娘か・・・。ある!」
ペテルにゲンコツを食らうルクルットを見ながらニニャは笑った。
それを見て三人も笑う。やはり彼女は笑顔こそ似合っている。



漆黒の剣がカルネ村行きを話し合っていると入り口の扉が開き、一人の女性があらわれる。
ロングスカートから覗くブーツ。真っ白で細かい刺繍の入ったシャツ。丈が短い革のジャケットを着こなし、カウボーイハットを背中に下げた出で立ちは見たことがない。
鼻歌を歌いながら歩いてくるその女性はそばかすと眼鏡がチャーミングな美少女だった。
ルクルットはもちろん他の三人も吸い込まれるように凝視してしまう。

「姐さん。いらっしゃい、今日は食事に?」
「ごめんなさい、仕事なんです。ご相談が一つと、お渡しするものがありまして。」
そう言って花子は手に乗るくらいの小箱を取り出してカウンターに置く。
「これをそこの棚においていただけませんか?これは売り物ではなくて、とても便利なアイテムです。効果は店長が直接説明したいということで、今はお代はいりませんから秘密にさせてください。」
店主は謎の箱をじっと観察する。木でできた箱で少し縦に長く、正面に穴が開いているが黒い布で塞がれていて中を見ることはできない。開く場所もない。
普通であれば怪しい物を受け取るわけがないが、この女性との取引で損をしたことがない上にこちらの相談を親身になって聞いてくれ、先日も助けてもらったばかりだ。

「分かった、このあたりに置いとくよ。それでもう一つの相談は?」
そう言いながら店主は果実水を注いで花子に手渡す。
「ありがとうございます。えーと、冒険者を長期に雇いたいんですが、マスターがご存知の冒険者の中で一番信頼ができて魔術師がいるチームを教えていただきたいんです。」
珍しい注文だったが、冒険者であれば先に聞かなければならない情報がある。
「どの位の強さが必要なんだ?」
大体の依頼はまず冒険者のランクを決めるところから始まる。そもそもなぜ冒険者組合に相談に行かないのかが気になっていた。その行間を読んだ花子は果実水を飲みながら答える。
「ちょっと商売に係ることで詳しくは話せませんが、長期間カルネ村に雇いたくて。個人の強さは鉄以上であれば十分ですが、それよりも口が固く人当たりの良い方達が適任なんですよ。午前中冒険者組合に行ったのですが、いまいちそのあたりが伝わらなくて困っていたんです。こういった依頼を掲示板に載せるのも難なので。」


店主は二杯目の果実水に酒を少し足してカウンターに置くとそれを見ていた花子が笑顔でそれを受け取る。花子が酒を禁じられているという話は取引仲間では有名な話だが、息抜きは必要だろうと店主は思っている。
店主はそれを上機嫌にあおる花子の隅で手を合わせて目配せをするペテルを見つけるとやれやれとため息をつく。
彼らが冒険者として歩み始めたときから見てきた店主はいささか彼らに甘い。ニニャの事情もなんとなく察しているのもあるだろうが、決して驕らず周りに優しい彼らが放っておけないのだ。
「成る程、そういった事なら丁度いい。あそこのテーブルに居る四人は“漆黒の剣”というチームだ。ランクは銀だが人当たりはミスリルだと思うぜ。一人有望な魔術師もいるし、ひよっこの頃から見てきたから信頼もできる。最近どうも森が物騒で仕事も空いてるはずだ。」
何時になく流暢に喋る店主に花子は微笑むと感謝を告げて、四人のテーブルに向かう。


「少しお時間よろしいですか?」
雇い主の中には高圧的な者もいるのだが、とても謙虚な挨拶にペテルは恐縮して頭を下げる。
「すみません、会話は聞こえておりました。私はリーダーのペテル・モークと申します。」
握手を交わす中、ダインが別の椅子を用意する。それにお辞儀をして花子はニニャの隣りに座る。
ダインはルクルットの発作を警戒して反対側に席を用意したのだが、意外にもルクルットは一言も発さない。


「私は“ジェットストリーム商会”の花子です。ここのマスターとは取引を通じて仲良くさせていただいております。今回は長期に渡るカルネ村での警備依頼を考えておりまして、詳細は契約の後に説明させていただきますが、モンスターとの戦闘ではなく盗賊や不審人物に対する取り締まりや警戒が主な仕事になります。ここまではよろしいですか?」
漆黒の剣の四人は真剣に内容を聞きながらペテルは頷いて同意を表す。
先程までの穏やかな空気から、命をかける冒険者としての顔に変わった様子を花子は見ながら先を続ける。

「期間は一年程で、報酬は白金級の護衛任務程度で換算し、週給で支払います。待遇や冒険者としての別の活動は相談いただければ考慮しますし、成果は冒険者組合にも確実に報告いたします。」
破格の内容にきな臭さを感じてペテルは即答を避ける。リーダーに変わってニニャが切り込む、この交渉における呼吸も花子の確認事項であった。
「花子様、とてもいい条件に驚いたのですが、この報酬は秘密保持という契約も含んでいるという考えでよろしいですか?」
「はい、秘密に関しては犯罪に係るものではないと保証いたしますし、村長様にも話を通してご理解いただいております。秘密に関しては依頼が終了した以後も見聞きしたこと一切を口外しない、記録しない事を約束していただきます。」
花子はそう言いながらテーブルに二通の書状を広げる。
どちらもジェットストリームが信頼できる組織であるとの趣旨で書かれているが、最後の署名に四人は驚愕する。

『王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ・・・エ・ランテル都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア!』

周りの冒険者に目立つことを恐れて声を殺しながらかすれた声で名前を読み上げる。
王国において武の頂点に立つ王国戦士長、そしてこの都市を運営している都市長が信頼を寄せる商会となれば只者ではない。むしろ国営の巨大商会と言われたほうが自然だ。
一際ニニャの驚きは大きく、また憎しみの炎が燻る感覚を感じていた。


「失礼ですが、ジェットストリームの御方は貴族様なのでしょうか。」
ペテルがしまった、という顔をする。秘密を守るという話の流れで相手の詮索をしては印象が悪くなるに違いない。
ニニャも仲間の変化に気づいて即座に謝ろうとするが、それよりも先に花子が優しくニニャの手を両手で包む。
「私たちは貴族ではありません。・・・私は占いの心得があるのですが、よほど苦労されたのですね。でも安心してください、あなたからは才能を感じます。きっと目的は叶うでしょう。」
ニニャが驚いて周囲の注目を集めないようにダインがフォローに入る。
「花子殿は不思議な方である。会って間もないのに人徳を感じさせるのである。」
ペテルも頷きながら全員の目を見てリーダーとして結論を出す。
「実は先程この宿の店主からカルネ村からの料理を試食させていただき、あまりの美味しさにカルネ村への依頼を探そうという話をしていたところなのです。ですので今回のご依頼は我々としても渡りに船であり、喜んでお受けしたいと思います。」

その答えで満足した花子はペテルと再び握手をすると感謝を述べる。
「ありがとうございます。早速決まってこちらもありがたいことです。では二日後に私達の事務所にいらしてください。その間に冒険者組合には話を通しておきますので、長期間滞在する準備と装備の点検をお願いします。武器や防具に関してはアノールさんの鍛冶屋をおすすめします。こちらの書面を見せれば特別価格で提供してくれますから、ご利用ください。」
そう言って渡された書面にはジェットストリームのサインが入っており、料金の半分をジェットストリームが支払うという旨が記載されている。
「驚きました。鍛冶屋アノールとも取引がお有りなのですね。」
「はい。全ての材料はこちらから提供させていただいております。頑固な見た目ですが面倒見の良い素敵なおじさまですわ。」



目的を終えて鼻歌を歌いながら帰っていく後ろ姿を見ながらダインがつぶやく。
「あのような御仁と早い段階で関係が持てたのは幸運なのである。」
ペテルもニニャも笑顔で同意するが、先程からルクルットは俯いたまま一言も発さない。
「どうしたんだ、ルクルット。お前らしくないな。まぁ上手く行ったから助かったんだけど。」
するとルクルットは何も言わず、真剣な表情で顔をあげると花子の後ろ姿を焼き付けるように見つめ続ける。
「マジだ・・・」
ポツリと呟くと踵を返して宿に戻っていく。その足取りはやけにしっかりしていて逆に不安になる。彼は数多の女性と肉体を含め関係を持っていた事をペテルは知っていたが、長く続いた例は聞いたことが無い。
「マジなんだ。」
そう言って階段を上がっていったルクルットを呆然と見送った三人はやがてひとつの結論に達する。


「「「まさかの、初恋?」」」



ニニャは外面を取り繕っているために内面では素が出てしまいます。
頭のなかで特殊な方言を使っていますが、一切フィクションですので修羅の国にお住まいのネイティブ様からのクレームは受け付けません。
・・・手榴弾は勘弁な。豚骨でもなくて、勘弁な。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ラヂオの時間2

ついにタイトルの半分とタグの意味を回収に入れる。
長かった・・・


・前回のあらすじ
夕方に宿に戻った漆黒の剣は森の異変を受けて今後の方針を考えていた。
重くなる雰囲気を打破するべく飲み食いを始めるルクルットに応じて店主が新しい料理を振る舞う。
それはジェットストリームが配っている担々麺であった。
全く新しい味に舌鼓を打つ一行の宿に噂の一人である花子が訪れた。
彼女は店主と相談した後、漆黒の剣に一つの依頼を持ちかける。


以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・ウキヨライフ 様

ご報告いただきありがとうございます。


「うめぇ!!」

漆黒の剣と同じ感想を、王都の酒場でガガーランが宣っていた。
「美味しい。けど、うるさい。」
「私はまだ行ける」
順応力の高い忍者二人は早くも辛み料理の楽しみ方を会得したようで、店主からラーユなる調味料を取り上げてドバドバとふりかけていく。
「ちょっと、勝手にかけないでよ!」
未だによそった分を行儀よく食べようと奮闘するラキュースだったが、汗が止まらず真っ赤になっている。
「ボスはもうギブアップ?」
「無理しない方がいい。調理人の話では食べ過ぎると翌日痛むらしい。」
涼しい顔をしながら食べ続けるティアとティナに恨めしい目線を向けるラキュース。
対象的にガガーランは清々しい程汗をかきながら二人に対抗してスープをよそいつつ尋ねる。
「痛むって、どこが?」
「そら見たことか、こんな刺激物が無害なはずがない。」
一瞬赤いスープに己の本能を刺激されたイビルアイは四人を遠ざけようと口を挟む。
「「・・・秘密。でもその痛みすら快感に・・・」」
「何よそれ。」


呆れたラキュースは取り皿の分を完食すると何気なく扉の入り口を眺めていた。
するとおもむろにイビルアイが立ち上がる。とらえどころのないものを見たような、怪訝な顔で同じく扉を見ている。
「どうしたの?」
「いや、今魔法の気配がしたんだがいつもと感覚が違う。」
イビルアイが警戒するのであれば六腕のような強敵かもしれない。しかしラキュースは全く殺意を感じないし、こういったことに敏感なティアやティナがまだ食べ続けているので問題はないと判断する。
「あの二人が反応しないんだから大丈夫でしょ。」
イビルアイが何か返答しようとした時、酒場の扉が開かれて女性が入ってくる。
整った顔立ちに対して眼鏡とそばかすが良いバランスを取っており、ラキュースのような高貴な美貌ではなく、品がありながらも声をかけやすい愛嬌のある美人だった。
ティアは即座に麺とスープをかっこむと水を飲んで口の周りを拭き、戦闘態勢に入って野獣の眼光を向けている。
イビルアイはティアとは違う臨戦態勢で女性を睨みつけている。
ティアは恒例としてイビルアイの過剰な警戒に対してガガーランは理解できずに問いかける。
「イビルアイよ、お前好み変わったか?」
「冗談は程々にしろ脳筋。あれからただならない雰囲気がする。警戒しろ。」
イビルアイ自身も何故こんなに警戒するのかわからない。しかし確信がある、あれに心を許してはいけない。


花子は情報にあった蒼の薔薇を視界の端に確認してカウンターに座る。
それを見た店員は慌てて厨房に引っ込み、しばらくして店主があらわれる。
「これは姐さん。この前の試食品は大好評ですよ。今日はどのようなご用向きでしょうか。」
手もみでもしようかという位に姿勢の低い店主に微笑みながら、花子は黒い布が貼られた木箱を取り出す。
「今日はこれを店においてほしくて来ました。正体は後でゼッドが説明しますのでとりあえずその棚においていただけませんか?あと売り物にはしないでくださいね。」
店主は木箱を受け取って観察する。しかしジェットストリームのことだから自分にわかるはずがないと考えて、棚に置いて隣の酒を手に取る。
「畏まりました。ところでお時間があれば一杯いかがですか?」
頭のなかで全て配り終えたことを確認すると数杯分の銀貨を取り出してカウンターに置く。
その意図を察した店主は淡白だが度の強い白ワインを目の前のグラスに注いでいく。


イビルアイはそのやり取りを聞きながら棚に置かれた箱を注視する。
常人より鋭い視覚は黒い布の隙間から覗く青い光を見逃さなかった。
自然界には無い不気味な青を彼女は知っている。もしそれが中に入っているのであれば。
即座にあるき出したイビルアイを四人は咄嗟に止めるとができなかった。


「おい、お前。」
好物のワインに口を付ける寸前に呼び止められて花子は若干残念そうな顔をイビルアイに向ける。向けながらも未練がましくワインをチラチラ見つめている様子がさらにイビルアイを不快にする。
「あれは魔封じの水晶だな。」
そう言われた花子はキョトンとして仮面の少女を見つめる。蒼の薔薇はアイテムの名前に驚愕し、席を蹴って立ち上がる。突然の険悪な雰囲気に店主は困惑しつつも仲裁に入る。
「この方はウチの仕入先で怪しい方ではございません。どうか・・・」
「黙れ。場合によってはあの箱でこの一角が消し飛ぶぞ。」
それでようやく花子は合点が行ったようで、店主を手で抑えると座ったまま口を開く。
「えぇ、たしかに魔封じの水晶を組み込んだ装置ですが、全く無害ですからご安心ください。」
そう言うとワインを一口飲みながらイビルアイと視線を合わせる。
魔封じの水晶は強大な魔法を封じ込めることができる、一部の人間しか知らない至宝である。
そんなものが無害である等考えられないイビルアイは両手に魔力を溜めながら口調を一段階低くする。
「そんなことが信じられると思うのか?次に変なことを言えば拘束する。」
「それに対する答えは三つです。一つ、何の権利があって仰るのか理解しかねます。王国きっての冒険者チームである蒼の薔薇とは商人を不当に拘束する権限をお持ちなのですか?二つ、取引先を消し飛ばす商人が居りますでしょうか。三つ、そんな物の傍でこれから飲み明かそうとするような犯人が居りますでしょうか。」
即座に畳み掛ける花子の正論にイビルアイは鼻白んで一歩論戦から後退する。それを見たラキュースはイビルアイの隣に歩きながら援護に入る。


「失礼しました。しかし私共の実力を考慮いただいた上で、仲間が警戒するほどの品であることもご理解ください。それの分析ができれば私共も事を荒立てるつもりはございません。」
それを聞いた花子はゆっくりとカウンターから離れるとイビルアイとラキュースの正面に立ち、不気味なほど優しい口調で喋り始める。
「蒼の薔薇リーダーであり、アインドラ家ご令嬢のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ様ですね。このような形で初対面を迎えるのはいささか残念です。私は異国から参りました、花子と申します。」
そう言うと花子が腕を少し前に出して手のひらを回す。すると手のひらには先程まで無かった一枚の紙があった。即座にガガーラン達が飛びかかろうとするが、花子が先に跪いたので逡巡する。
「失礼。我が国では初対面の方に名前を覚えていただくためにこのような紙を渡しております。どうかお受け取りください。」
捧げ持つ紙を注視したあと、イビルアイを覗うと手を少し広げて首を振るジェスチャーで安全を告げてきた。既に彼女の後ろにはティアとティナが待機しており、物理攻撃も不可能なはずだ。
ラキュースは丁寧にその名刺を受け取る瞬間、花子は悟られること無く自然に相手に触れてスキルを発動する。


「ジェットストリーム商会・・・ん?ジェットストリーム!?」
その名前をラキュースは王城で聞いた。ガゼフが生還した際の報告にあったカルネ村での命の恩人という協力者だ。
「えぇと。カルネ村でガゼフ様を助けたと言うのは・・・。」
「はい、私共でございます。」
即答する花子にラキュースは戦慄する。
他の四人は報告を聞いておらず、ラキュースに説明を求める視線を送る。
咳払いをしたラキュースは両手で花子を立たせると頭を下げた。
「誤解とは言えこの度の非礼をお許し下さい。みんな、彼女はカルネ村まで警備に出たガゼフ様を帝国兵の襲撃から守った人物よ。信用して問題ないとガゼフ様から伺っているわ。」
その言葉にガガーランが警戒を解き、ティアとティナはそれに続いて気配を戻す。
イビルアイはそれでも信用できない。詳細は分からないが、ガゼフは下級装備で出撃したことは知っている。であれば協力者が強者という可能性もある。


「こちらこそ失礼致しました。先程はああ申し上げましたが、民の安全のために活動されていることはとても素晴らしいことだと思いますわ。私共商人も平和が一番でございます。」
そう言いながら花子はもう一つのグラスを取り寄せると同じワインを注いで差し出す。
ラキュースは笑顔で受け取りながら、鋭い目つきのイビルアイをみてため息を漏らす。
「イビルアイ、いい加減にしたら。彼女の言うことに矛盾は無いわ。」
「あの箱についてまだ納得行く説明がない。」
つっけんどんに言い放つイビルアイに流石にラキュースも眉を顰める。
しかし花子は笑顔でイビルアイに向き直る。
「申し訳ございませんが、サプライズですので申し上げることができません。その代わりティア様に私を拘束させてください。何か起これば即座に首をはねていただいて結構です。」
ティア、ティナは得体の知れない不安が背筋を走る。
なぜ不動金縛りの術を知っているのか、それとも忍者という見た目だけで判断したのか。
「そんな、ガゼフ様救援に功のあるあなたを拘束するなど・・・」
「いや、そうさせてもらおう。ラキュース、魔封じの水晶には第七位階魔法が閉じ込められている場合すらある。そんな価値の物を酒場に置くことの意図が読めない。」
そんな二人の会話を聞きながら花子は元のカウンターに腰掛けるとティアに小さくウインクした。
「私は構いませんから、痛くしないでくださいね。」
ティアは見事に心臓を撃ち抜かれる。先程までの不安は何処へやら、コクコクと頷いて術を発動させる。

<不動金縛りの術>

「おお!力を抜いても崩れないのですね。結構楽だわー。」
そう言ってカウンターを見つめて動かない花子は表情も微笑のままはしゃいだ声を出す。
呆れるガガーランにラキュース。警戒を緩めないイビルアイ。ティアは荒い息で花子のうなじを凝視して、ティナは双子を羽交い締めにする。
それぞれの反応の中、木箱が淡く光り始める。
イビルアイは理解している。これは魔封じの水晶が発動する時の光だ。術者が持っていない状態で発動する等見たことがない。咄嗟に水晶盾を発動して四人を庇うように前に出る。
確認した魔力量はそこまで大きくないので盾で防ぎきれると考えたのだ。
店主はそれに驚いてその場にしゃがみ、店員もそれに習う。
「あー、皆さん。どうかご心配なく。」
緊張感のない声で花子が宣言する。
『この様子じゃ他も全部こんな感じなんだろうなー。』



「おい何だありゃ!」
エ・ランテルの宿屋では、ルクルットが最初に声を上げた。
それを聞いたフロアの全員がルクルットの先にある光る木箱を見つける。
「ちぃ!」
イグヴァルジはレンジャーであり、危険に対する嗅覚はエ・ランテル一だと思っている。
その光を彼は見たことがあるのだ。トブの大森林から一瞬ドーム状に広がった波動。一瞬見えたその色も青だった。
即座に彼は宿屋を飛び出して一目散に逃げていく。
それをしばらく見送っていた面々だったが、店主は動揺しながらも声を上げる。
「みんな!これはジェットストリームの姐さんから貰った物だ。何かのサプライズらしい。」
不気味な青い光を見ながら不安はあるが、今までの彼らを思い出せば破壊魔法とも思えない。


そして王国にいる多くの人間が不安に見守る中、王国中を仰天させる現象が始まる。


女性のコーラス、弦楽器の美しい調べ。それらが王国中の宿屋や酒場の夜を包んだ。
「これは、音楽?」
ラキュースは宮廷の音楽というものを聞いたことがあるが、それでもこんなに優しい旋律は聞いたことが無い。
イビルアイは舌打ちする。精神支配系の魔法と判断して木箱を攻撃しようとすると、横から強めの声がかかる。
「やめてください。これは店長の夢なんですから。」
優しい声のはずが、イビルアイは途端に動けなくなる。おぞましい感覚が脊髄を掴んで、動かないはずの心臓が大きくはねたような気がした。


その間にも音楽は続き、そこから男性の穏やかな声が響いてくる。


『遠い地平線が消えて、
 深々とした夜の闇に心を休める時、
 満点の星空に 心を開けば、
 風が運ぶ夜の静寂の、
 なんと饒舌なことでしょうか。
 煌めく星座の物語も
 瞼に浮かんでまいります。
 
 これからひと時、
 私が、あなたにお届けする。
 音楽の定期便。“ジェットストリーム”
 今宵お供いたします語り部は
 わたくし、ゼッドでございます。』


この日の酒場や宿屋は静寂に包まれ、ゼッドの声に引き込まれる。
今日の仕事がうまく行かなかったやけ酒の冒険者、上々の成果で飲んでいた商人。
子供を寝かしつけて働きに来た女性。様々な人々が皆一様に声すら出ない。

音楽が続く中、再び声がする。


『突然のサプライズ、気に入ってもらえたかな?
 この声や音楽は光っている木箱から出ていて、
 遠くで喋っている俺の声を拾ってくれるマジックアイテムだ。
 これからこの箱、“ラヂオ”を使っていろんな情報、音楽、娯楽を伝えていくぜ。
 まずは一曲流しながら、明日の天気予報を聞いてくれ。』

<Scott Joplin / PINEAPPLE RAG>


美しい旋律から一変して陽気な音楽が若干小さめの音量で流れ始める。


『まず言っとくが、あくまで予報だからな。おたくの坊っちゃんがずぶ濡れで帰ってきても文句言わないでくれよ。』


そう言ってゼッドは各地の明日の天気を予報する。


『明日は王国どこも大体晴れだが、リ・ブルムラシュールやリ・ウロヴァールでは夕方以降ににわか雨が降るかもしれない。
それでも短時間しか降らないから一旦凌げば雨具がなくても大丈夫。一方で王都はカラッと晴れるから洗濯日和だ。
んでもって明後日なんだが・・・』


ラキュースは驚愕していた。
王国において天気を予測できるのはタレントを持った気象観測師ただ一人であり、その情報は王宮内や軍部でのみ共有されているいわば機密情報だ。
行事や軍事において天気は重要であり、重大な式典は晴れに行うように調整する事が当たり前であった。それは国民に王の権威が天気にすら及んでいる事を演出するためである。
農民は風向きや雲、暦から天気を予測するが、広域には不可能だし数日先は極めて的中率が悪い。

しかし“ラヂオ”からは三日先の天気まで予測しており、さらに毎日発表するという。
酒場にいた商人や飲食店の人間は歓喜した。彼らの収支は天気で大きく変動する。
対人商売の彼らは人が来なければ物も売れない。そして雨の日にわざわざ買いに来る人間は少ない。雨が続く日に仕入れをし過ぎたりすれば商品が損なわれて収支が悪化する。
しかし予報が当たるなら仕入れの調整が可能になり、より無駄のない経営が可能になる。


ラキュースは商人たちの喜びようを横目にイビルアイを見る。
イビルアイはじっと花子を睨みつけている。
「花子といったか。お前はもしかして・・・」
「イビルアイさん。その話をここでするのは不味いでしょう。後でそちらの宿か、こちらの支店にいらっしゃいませんか。」
イビルアイが何を言いかけたのかわからないが、花子には心当たりがあるらしい。
ラキュースはティアに合図して金縛りを解かせる。
「あわわ!」
花子は突然重力を感じて椅子から転げ落ちる。
ドテ、というマヌケな音とともに頭を打ち付けた花子は後頭部をさすりながら立ち上がる。
「合図位くださいよ~。」
「ごめんなさい。ところでお話ということでしたら私達の宿屋では不味いわ。アイツらが偵察に来るかもしれない。」


最近八本指の麻薬農場を襲撃したばかりで、派手な行動を取るジェットストリームと密談しているところを目撃されれば彼らを巻き込む可能性がある。正体不明の場所に連れて行かれるリスクを省みないラキュースらしい態度にガガーランは同意と頷く。
「危険だ。花子が味方と決まったわけじゃない。」
ラキュースから見れば、八本指よりも脅威と考えるイビルアイの警戒は度を越えているように思うが、イビルアイからすればどんなに警戒しても足りない。
自分が言いかけた存在であるならば、十三英雄か八欲王という極端すぎる二択が待っているのだ。最悪の場合は自分を犠牲にしてでも彼女らに撤退の時間を稼がなければ。
そんな悲壮な覚悟に花子は笑いかける。
「それではこちらを使いましょう。」
そう言ってバッグから金属の輪と指輪を取り出す。
「こちらは腕から指先までを動かなくさせる手錠と、魔法を一切行使できない様になる指輪です。手錠の鍵はこちらにおいておきます。試されても構いませんよ。」


ティナが手錠を受け取って手首にはめると、途端に肩から先の感覚が消えて全く動かなくなる。慌てて頷くティナを開放した後、同じく指輪を試していたラキュースも驚きながら頷く。
それらを装備しつつ荷物をガガーランに預けると彼女たちは酒場を後にする。


『さて、曲は楽しんでくれたかい?今日は初めましてでここまでだ。また明日会おうぜ。』


陽気な音楽からゆっくりとした穏やかな曲へと変わっていく。


『お送りしておりますこの放送が、
 美しくあなたの夢に
 溶け込んでいきますように。

 ジェットストリーム
 今宵のお供を致しましたのは
 わたくし、ゼッドでした。』


どこからともなく拍手が送られる。大半が呆然とする中に起こったそれを花子は背中で聞くと優しく笑った。
「良かったですね。店長。でも一人だけで楽しみすぎですよ。」
これから面倒なショーを控えて花子は王都にある屋敷を目指して歩き出した。


『さて、あたし達の出番だね。』
『は、花子さんを拘束するなんて・・・。』
『それだけあたし達の演技を信頼してるってこと。頑張るよ!』
王都の夜は始まったばかり。



さて、ついにやりたいことの一つが始まります。

私事ですが、昔から大勢が喋るテレビバラエティーよりも、一人が延々語ってくれるラジオが大好きでした。
最近は誰でもパーソナリティになれますが、リスナーあってのラジオです。
リスナーの面白い投稿がラジオの命だと思いますし、それはこの小説でも同じです。
私だって褒められれば嬉しいし、アクセス数が上がれば舞い上がります。
でもあくまでこの作品は自分と読者様の共同作業でできている事を忘れないようにしたいと思っています。

というわけで今後もゆる~くお付き合いいただければ幸いです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Fear of the Dark

もうすぐお盆休みですね、色々私事がありまして逆に更新が遅れそうです。
なんとか書き溜めますので、気長にお待ち下さい。


・前回のあらすじ
漆黒の剣と同じように担々麺に唸る蒼の薔薇の面々。
呆れていたイビルアイは突然ただならぬ気配を察知し、それを伴って現れた花子を警戒する。
花子が取り出した商品に魔封じの水晶が組み込まれている事を確認するとイビルアイは彼女を拘束しようとする。
一旦は正論で弾いた花子だったが、アイテムの秘密を守るために自身を拘束するように進言する。
その時、光りだしたアイテムから穏やかな音楽とともに男の声が王国中を席巻する。
この日を境に王国におけるラジオ放送が開始されたのだった。



支店という名の屋敷へ向かって一行は夜の帳をひたすら歩く。
途中から人気のない道に曲がった辺りで先行する花子が口を開く。
「歩きながらですが、最低限の情報をお教えしましょう。」
人通りのない路地を選んだ理由がわかったところでイビルアイがアイテムを使う。
すると周囲に薄い膜が張られ、一行を包む。
「これで盗聴の危険はない。さぁ話してもらうぞ。お前はぷれいやーだな。」
聞きなれない単語に他が心のなかで首をかしげる中、花子は微笑を絶やさず頷く。
「はい、正確にはプレイヤーに作られたNPCです。しかし水準で言えばプレイヤーと同等でしょう。」
それを聞いたイビルアイはジェットストリームという組織の長であるゼッドがプレイヤーであり、どうやら花子はゼッドによって作られた存在というところまで仮説を立てる。
わからない仲間たちがじれる前に、イビルアイは簡単にプレイヤーを説明する。
「プレイヤーとはかの十三英雄の一部や八欲王と同じ存在だ。どこからか100年以上の周期であらわれて、強大な力を持っていること以外は特に共通点がない。問題は世界にとって悪か善かもそれぞれ異なっているということだ。」
すかさずガガーランが質問する。
「しっかしよぉ。言いたかないが、この嬢ちゃんがそんなに強そうには見えないぜ。」
「確かにプレイヤーやNPCは強大な力を持つ場合が多いですが、特化する方向が様々なんです。私は戦闘能力を捨てて錬金や魔化、薬学等に特化したため生身で殴り合えばあなた方でも殺せるでしょう。」


知識を小出しにしながらイビルアイの反応を見る。彼女がどの程度の知識を持っているかで今後の対応が大きく変わると確信したからだ。
まずはイビルアイからの信頼を得る。そのためには今質問するのは不味い。
「単刀直入に聞こう。お前達は何が目的だ。」
予定されていた質問に対して花子は大真面目に答える。
「この世界の危機に対処するためです。」



世界の危機。この言葉にラキュースは危機感と同時に何かがうずくのを感じた。
これは間違いなく自分の持病であり、理解されない趣味の領域である。
『やっべ、世界の危機とか!やっべ!』
妙なテンションを悟られないように努めて冷静に尋ねる。
「危機とはどういったものかしら。」
「我々と同時にこちらに来たプレイヤー集団です。彼らを転移前から知っていますが、人間以外で構成された超強大な組織です。人から見れば正に闇の権化と言ったところでしょうか。」
最悪の展開についていけるのはイビルアイだけで、他は現実味が湧かないという三人と己の邪気眼を鎮めている一人という具合だった。
「整理させてくれ。つまりジェットストリームと同じタイミングで降臨した闇の権化とやらに対処するために商人をやっているのか?」
「今はその通りです。」
簡潔な返事にイビルアイは首をひねる。
「意味がわからないな。人間側であれば法国に赴いて戦力をまとめて戦えばいいじゃないか。金を儲けてどうする。」
花子は周囲をそれとなく確認すると回答する。
「私達は自分の戦力とこの世界の戦力を確認したのですが、今全面的に戦えばこの世界の生き物全てが殺されても彼らの幹部クラスに死者は一体も出ないという結論に達しました。」
やっと理解ができてきたラキュースは顔を青くする。イビルアイも半ば予測を超える回答に聞き返さざる負えない。
「・・・どういうことだ?」
「そうですね、ではこの戦いを御覧ください。くれぐれも内容は他言無用でお願いします。」
そう言うと花子は記録したスクロールを全員に見せる。
映像は先日法国でデミウルゴスとタリズマンが戦った一部始終であり、音声はカットされている。それに対して花子が適宜解説を入れて行った。


映像を見終えた後にガガーランは脱力する。
「なんじゃありゃ、喋っただけで動けなくなるわ、爪の軌道は見えないわ、よくわからん炎を纏えるわ、滅茶苦茶だろ。」
他も同様で、一切反撃の要素が見当たらなかった。
花子の味方というタリズマンを含めて常識外の強さであることは認識できたらしい。
「さて、現状で勝ち目がないことは分かっていただけたと思いますが、私達はこれに対処しなければなりません。」
「さっきから“倒す”とか“滅ぼす”ではなく“対処する”と言っているのは殺せないからということだな。」
イビルアイの鋭い観察に花子も頷く。
「そうです、私達の戦略は・・・」


言いかけた花子の前にティアが手をかざして抑え、ティナがラキュースの前に出る。
それに気付いた蒼の薔薇も咄嗟に戦闘態勢を整える。
ティアはラキュースに対して素早いハンドサインを送る。もちろん花子に知るすべはないが、どういう内容かは予測できる。
『前方に複数の気配、目の前の角。音はしない。』
蒼の薔薇の面々からすればそこまでティアやティナが気づかなかった事は無い。
ガガーランも殺気には敏感だが殺気とは又違う、生暖かい空気が前方から流れてくるように感じる。

ボンッ!

臨戦態勢に合わせたかのようにくぐもった破裂音が右手の路地奥からする。
右手に折れる路地の先に灯りがあるのか、蒼の薔薇が立っている路地に切り取られた光が差し込んでいるが、その光に黒い人影の頭が二つ伸びてくる。
その影は上下しながらもどんどん伸びて反対側の壁にまでかかり、体や足の影まで見えてくる。肩幅と頭の比率から子供のように思われる。

トン、トン、トン、トン

足音は聞こえないのに、一定の周期で何か小さい音が繰り返される。
影を見れば一人の足近くをボールのような影が跳ねている。
何も知らない住人からすれば子供が二人、街灯の明かりの下で球蹴りをしているように思うかもしれないが、修羅場で鍛えた彼女たちの勘はそんな生易しいものではないと警鐘を鳴らす。

「ねぇ、いい加減喋ってよ。あたしもそんなに暇じゃないんだよ?」

トン、トン、トン、トン

影の声があまりに幼いために男女の判別が難しいが、一人称からして女の子だろう。
状況から察すればもう一人の子供に語りかけていると思われるが、先程から収まらないトン、トン、トン、トンという音が言いようのない不安を増幅させる。
そしてついに角から子供の軽く蹴り上げた足が覗く。

トン

足とともに路地に跳ねてきたのは、血が滴る生首だった。

「!!」

生首は顔をこちらに向けて転がっており、滴る血の赤に対して青い顔色に目を開いて驚愕と苦悶の表情を浮かべたそれは恐ろしい化物に出会ったようであり、それが蹴り上げた子供であることは容易に想像がつく。

生首に気を取られている間に角から一人が歩み出てくる。
つま先にかけて光沢のある靴、白地の長ズボン、同色のベストに赤い鱗を貼り合わせたジャケット。何より横顔の段階で、褐色の肌に尖った耳を見ればこの子供がダークエルフであると推測できる。
しかし服の見事さから、奴隷のようなエルフではない。短く揃えた金髪に似合う笑顔だったが、無邪気を通り越した邪悪がにじみ出ているようなおぞましい笑みだ。

ダークエルフは睨みつけてくる蒼の薔薇の面々に全く気付いていないように、落ちた首まで歩くと左足を若干後ろに引き上げて止める。
「最後に聞くよ、仲間の六腕は何処に集まるの?」
首が喋るわけがない。恐ろしく常識が欠落した空間に暗殺者の双子ですら背筋が凍る。

そのとき、蒼の薔薇は生首に“見つめられた”。
「逃げろ!!何なんだ貴様はぁ!!」
イビルアイは絶叫する。いきなり生首に“生者の気配”を感じたのだ。
しかも死にかけのような弱々しいものではなく、自分を遥かに超える絶対強者からのすさまじい殺気。叫ばなければ即座に逃げ出してしまう。
しかし他のメンバーも同じ気配に当てられて正常な判断どころか思考が停止してしまっている。

ダークエルフはイビルアイに目を向けることもなく、“ため息”をつくと感情が全くない表情を浮かべるとぶっきらぼうに言い放つ。
「もう、いいや。」

ボンッ!という音が再び響くとダークエルフの前方に赤い霧が広がった。
蹴ったのであろう左足は既に地面についており、どのような脚力で蹴れば肉片すら残さず頭を破壊できるのか全く理解できない。
パニックになって逃げ出したい面々だったが、なぜか後ろを振り返ることができない。
そう、路地の影は“二つ”あったはずだ。
背後から吹き流れる圧倒的な気配は間違いなくもう片方の存在。



「お姉ちゃん。こ、今度はこの人達に聞いてみようぅよ。」
恐ろしい提案に蒼の薔薇が一歩後ずさる。
目の前のダークエルフはゆっくりと彼女らに振り向く。
姉と呼ばれたダークエルフの目は緑と青の美しいオッドアイであり、ダークエルフで間違いない。しかしダークエルフとはいえ、こんな身体能力をもつものなど聞いたことが無い。
「ふーん・・・あたしアウラ。八本指の偉い人を探してるんだけど、何か知らない?」

ラキュースは意を決して柔らかい声で語りかける。
「ある程度知ってるわ、私はラキュース。この地図に印がついてる何処かで会合を開いているみたいよ。」
そういってラキュースはラナーからもらったばかりの情報を差し出す。
驚いて振り返るティア、ティナに目で合図を送って下がらせて自分は一歩前に出る。
ラキュースの目的はただ一つ、花子とイビルアイを生還させることだ。
これまでの話が本当であれば目の前のアウラが組織の側であろうと推測される。
先程の記録を確認する限り勝ち目はない。おそらくこのメンバーで役に立つのは花子とイビルアイだ。幸い相手は花子に気づいていない。今のうちに話をおさめて脱出のチャンスを作る。
イビルアイであれば転移で逃げられるだろうし、なんとか指輪を外せば花子にも手があるに違いない。

アウラは地図を受け取るとよく確認して、どこから取り出したのか背負袋の中に仕舞う。
「ありがとう、お姉さん。もし違ったら・・・ね?」
アウラはニタリと笑い、ラキュースの表情が引きつる。
そして踵を返したアウラは三歩進むとその笑顔のまま頭だけ振り返る。

「ところで、二つ聞いてもいい?」

急に辺りの空気が濃くなったような、粘りつくような気がして不快感が背筋に走る。
「・・・どうぞ?」
ティナがちらりと後ろを伺えば、もう片方のダークエルフはニコニコと笑いながら他の誰にも目を向けないで姉を見ている。
「その手錠をはめたお姉さんは何?」
ラキュースは怪しまれないように適切な間を取ってさり気なく答える。
「彼女は違法な商売をしていたので捕まえてこれから衛兵に突き出すところなの。」
ふーん、とアウラは興味なさげに相槌を打つ。彼女が商人である事は嘘でないし、外見や手錠に関しても矛盾しない。
「じゃあもう一つ。そこの仮面のおばさんは吸血鬼だよね、なんで人間と一緒にいるのかな。」


一番不味いところを突かれてしまい、全員が緊張する。
それを見逃さずアウラは畳み掛ける。
「ねぇ、仮面を取って見せてよ。ちょっと気になるんだよね。」
友好的な声色で要求を上乗せしていく。明らかに嫌味だ。
「何故わかった。」
つい思ったままを口にしたイビルアイの視界に瞬時にアウラの顔が一杯になる。
「あたしが先に質問してるんだよ。・・・失礼じゃない?」
そう言って抉りこむような視線を仮面越しのイビルアイに向ける。
一触即発の雰囲気にイビルアイは心のなかで舌打ちをする。ラキュースの作戦を台無しにしただけでなく、魔術師が接近を許してしまっては戦力にならない。


「うおぉあ!!」
三人が一斉に動く、ガガーランはアウラめがけてウォーピックを振り下ろす。
ティアはラキュースを、ティナがイビルアイに転移術をかける。二人の転移はそこまで距離を稼げないが、アウラの背後を取るように転移すれば挟撃を避けられる。
さらにティアは素早く花子の手錠を外す。なんとか花子は自衛してもらうしか無い。
この作戦においてガガーランは極めて危険な状況になる、一人だけで挟撃のさなかに残るのだ。


作戦が無いわけでない。とにかくアウラの攻撃を一秒でも長く封じることだ。
ウォーピックを防御すれば連続攻撃で釘付けにし、回避すれば地震で足を止める。
これだけ余裕なのだ、飛び退いての回避はしないはず。
ウォーピックの軌道にあるアウラの顔がニヤけると、左肩から先が霞む。
次の瞬間にウォーピックが地面に当たるよりも激しい衝撃音が響き、振り下ろしたはずのガガーランの腕が跳ね上がる。手を放す暇もなく背後へ回った自分の腕から激痛が走り、体も後方へ倒れる。
見ればアウラが左腕を掲げている。正面からウォーピックを殴り返したのだ。
間抜けな姿勢で倒れているガガーランは起き上がろうとするが、両肩を壊された状態で腕が動かない。

「返すね。」

見れば左手にはウォーピックのピック部分が握られている。
「畜生が・・・」
横を見れば残りの四人の前にもう一人のダークエルフが立ちはだかっている。端から挟撃する必要すらなかったのだ。
おもむろにアウラは左腕を鞭のように振り下ろす。


目を閉じたガガーランに衝撃は訪れなかった。その代わりに雨のように液体が降り注ぐ。
「花子!」
ラキュースが叫び、ガガーランが目を開ければ隣に花子が立っていた。
「・・・花子?」
アウラは記憶を辿る素振りを見せ、ラキュースは己のミスに下唇を噛んだ。
ガガーランは降り掛かった液体がポーションであることに気づく。
「いいの、ラキュース様。私はジェットストリームの花子。今は退きなさい、さもないと痛い目見るわよ。」
その声にアウラともう一人のダークエルフは花子に向き直る。
「二対一で逃がすと思う?」
即座にアウラは正拳突きを放つ。それに対して花子はかろうじて避ける。
しかし後ろに回り込んだもう一人がスカート姿や口調から想像できない速度の叩きつけを振り下ろす。
「あぅ!」
咄嗟に片手で庇うが衝撃が全身を貫いて足元の地面にヒビが入る。
マーレは一瞬苦い顔をしそうになるが、即座に感情のない表情に戻す。

『いいですかアウラ様・マーレ様。私の安全よりも目的の達成を考えてください。大筋は説明した通りですが、色々判断しなければならない瞬間があると思います。
ためらってはいけません。目的のために演じきるのです。』

二人の間を抜けて距離を取る花子に追撃する二人。


イビルアイは焦っていた。どうすれば全員が生還してこの場を切り抜けられるだろうか。
やはり花子が捌いている間に逃走するしかない。他のメンバーでは片手間に殺されてしまう。
しかしこれでは花子に申し訳がない。他のメンバーを逃がす代わりに自身が加わって戦うべきだ。
そう判断したイビルアイはありったけの魔力で二人を攻撃する。

<魔法最強化><水晶散弾>

「皆逃げろ!花子と私で・・・」
「うるさいなぁ。」
前に出るイビルアイを横目で見ながらもう一人のダークエルフが杖を構える。
するとたちまちイビルアイと花子の間に巨大な蔦の壁がそびえ立ち、水晶を全て弾いてしまう。
「馬鹿な!」
さらに大地が振動したと思うと舗装された道が砕けて空中に大小幾百の石が浮かび上がった。
つまり正面からの意趣返しだ。水晶に対して石で十分ということだろう。
いつの間にか蔦の壁は消えており、ひどく感情のない目で少女が睨みつけてくる。
「うるさいので死んでください。」
自身の魔法を遥かに凌駕する速度で石が降り注ぐ。<水晶防壁>すら発動する間がない。
両腕で顔を庇ったイビルアイの直前で、石が弾かれる。
「イビルアイさん!早く逃げて!!」
正面にある見たこともない魔法の防壁に驚いていると、ローブのポケットに魔法の反応がある。それは防壁のマジックアイテムであり、魔力がなくなるまでの使い切り品だ。
しかし防壁は嵐のような攻撃に瞬く間に削られていく。
面倒に感じたダークエルフは空中の石をまとめて一つの岩に成形する。
逃げようにもラキュースを連れて転移する必要があるが、若干距離が足りない。
迫りくる大岩が視界いっぱいに広がる光景を見ながら、無駄とわかっても<水晶防壁>を発動する。


「間に合ったな。」

イビルアイの引き伸ばされた時間に上から低く冷静な声が割って入る。
次の瞬間は音を感じなかった。
大岩に光の筋が幾本も走り、バラバラになった岩が崩れ落ちる。
それが地面に付く前に目の前に漆黒の鎧がそびえ立つ。
唖然とする他のメンバーと同じ顔をしていると、巨大な大剣を二刀流に構えた英雄が裂帛の気合とともにダークエルフ達に告げる。

「さぁ本気の時間だ。二人まとめてかかってこい。」



なんといいますが、夏ですしホラーっぽいアウラが書きたかったので作りました。
マーレが一切名乗れていません。考えがあってのことですが、ちょっと可愛そうかなー。

次回はイビルアイ好き1億人に聞いたイビルアイ名台詞第一位(当社調べ)が炸裂する予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三章 悪の八本指 友情・努力

前は王都の話でしたが、その先は冗長なので別の回につなげます。
今回はエ・ランテルに戻ろうと思います。
ややこしくてごめんなさい。

・前回のあらすじ
蒼の薔薇と一緒に酒場を出た花子は自分たちの事や、世界の危機について説明する。
そしてその対処法を教えようとした時、生首を蹴るダークエルフと遭遇する。
二人のダークエルフに圧倒される中、絶体絶命の瞬間に英雄が降り立った。
タリズマンは二人に対峙しながら大剣を抜き放つ。



この世界における人々の朝は早い。街の鐘によって時間の概念はあるものの結局太陽が基準になる。
そのため日の出前から市場に商品が並びはじめ、日の出から数時間が午前中最も混雑する時間帯となる。
「大体揃ったぜ。」
ルクルットは雑踏の中を慣れた体捌きでスイスイとペテルのもとに戻る。
「予備の道具は揃ったな。後は小物くらいか。」
「一応見てみたけど、やっぱりコッチ側じゃ高すぎる。一本外れたとこの方がいいな。」
明日の出発に向けて漆黒の剣は先日にチェックした不足分を購入していた。
よく確認すれば様々な装備がボロボロで、長期に街を離れるには不安が残ると判断したのだ。
さらに冒険者組合に依頼を確認しに行くと、意外な臨時収入があった。



「・・・あの、これは?」
ペテルが指をさす先には銀貨が詰まった袋。奥から取り出した受付嬢はニッコリと笑って答える。
「こちらは花子様よりお預かりしました準備金でございます。同じくこちらの手紙をお渡しするように伺っております。」
手紙にはジェットストリームの印で封がしてあり、丸っこい文字で“漆黒の剣 御中”と書いてある。
ニニャがゆっくりと開けて中身を取り出すと、封筒が一つと一枚の紙があった。


『漆黒の剣の皆様
先日ご依頼した件で準備金をお渡しする事を失念しておりました。
こちらのお金は装備やアイテムにお使いください。残金の返却は不要です。
また同封している書状にはこちらの代表者であるゼッドのサインが入っており、購入店でお見せください。以下の商店であれば安く提供してもらえるでしょう。
特に薬品はバレアレ店で購入をおすすめします。こちらには既に話を通してありますので、書状を見せる必要はございません。
仕事には夜の警備も含まれますので、暗視の薬ないし松明などの準備を特にお願い致します。
それでは当日昼前の鐘の時、正門前の広場でお待ちしております。

ジェットストリーム 花子』


書面の中には有名な市場や商店の名前が書き連ねてあり、封筒の中にはきれいな字でジェットストリームとゼッドのサインが確認できた。
すごすぎて逆に不安になる位の高待遇に驚く面々の後ろから声がかかる。
「ちょっと良いかね。」
ペテルが振り返ると、この街の実力者が立っていた。
「アインザック組合長!」
年齢に対してシャキッと伸びた背筋に若干鋭い眼光。冒険者であれば誰もが憧れる老い方をしているアインザックは四人を連れて書斎に入り、自分は大きめの椅子に腰を下ろす。
「今回君たちへの依頼はジェットストリームからの初めての依頼になる。」
手を顎の前で組んで隙のない視線を強調し、口をさり気なく隠す。


「率直に言おう。君たちとジェットストリームとの関係、今回聞いた依頼内容を正直に全て話してほしい。」
疑っているニュアンスを感じ取ったルクルットは、アインザックの姿勢が感情を読まれないようにする為であると理解する。
冒険者として生活する以上、組合長は雇用主ではないがほとんど絶対的な上司のようなものである。組合長の不興を買えばその場はもちろん別の組合でもまともに活動できなくなる事は明らかだ。ペテルは慌てて弁解する。
「ジェットストリームという商会のことは全く知りませんでした。私たちは昨日宿屋で花子という方と出会い、長期間カルネ村での警備を依頼されて承諾した次第です。組合に提出された依頼書以上の詳細は伺っておりません。」
予想された答えを聞きながらアインザックは頷くこともなく口を開く。
「今回の依頼はおかしな点が多い。まず村を本当に警備するのであれば交代も考えて20名程度用意するのが普通だろう。ところがこちらには君たち四人の話しか聞いていない。」
他にも依頼していたと思っていたペテルは目を丸くする。確かに四人で一日中村を警備するなどもはやする意味がない。


「そもそも村の警備等は傭兵などを雇ってするべきものであり、冒険者の通常の仕事ではないし、提示された金額であればどう見積もっても10名程の傭兵が雇える。商人でありながらそれを知らないはずがない。」
組合長の疑問を解決する言葉を漆黒の剣は持ち合わせていない。アインザックはため息をつくと口調を柔らかいものに変える。
「私は心配しているのだよ。少人数に大金を払って機密保持まで必要な仕事が果たしてまともな警備だろうか。昔、警備という名目で奴隷売買の片棒を担ぐことになって捕まった冒険者を知っている。彼らが噂通りならそのような外道を働くとも思えないが、君たちにまで説明が無いのであれば私としても看過できない。」
そう言ってアインザックは一枚の紙を取り出す。書状の宛名はジェットストリーム、サインはアインザックとなっている。
「これから私はジェットストリームに依頼の詳細を聞きに行く。その内容によっては私の権限でこの依頼を拒否するつもりだ。そこで君たちにも納得してもらうために、ニニャ君に同行してほしい。あと、取り消された場合はこちらの都合なので準備金は組合が負担するので、使ってもらって結構だ。」


アインザックの対応は組合長として模範的であり、冒険者を考えた行動である。
ペテルとしてもそういった状況であれば花子の印象だけで命をかける訳にはいかない。
同意の言葉を述べようとしたペテルやニニャを抑えてルクルットが少し強めに声を上げる。
「俺に行かせてください。」
ダインとペテルは同時に彼の表情から真意を読み取るが、事情を知らないアインザックは即座に拒否する。
「もしかすれば鑑定などの魔法が必要になる可能性がある。私用に近いので魔術師組合にわざわざ依頼するわけにも行かない。何より警戒されたくないのだ。」
アインザックの正論に食い下がろうとするルクルットの肩をダインが掴み、ニニャが頷く事を確認してペテルが前に出る。
「了解しました。こちらは問題ありませんが、依頼が取り消された場合でも一度、ジェットストリームの花子さんにお会いする機会をいただけないでしょうか。私達が組合に働きかけた等の誤解を与えないように直接お話させていただきたいのです。」
ペテルとしては最大限ルクルットの感情に配慮したものであるが、彼の目は笑っていない。
ペテルとダインは細かく頷きあう。まさかあのルクルットが“恋は盲目”などという初な状況に陥っているとは考えても見なかった。今後は彼を監視する必要があると考えつつ、頷いた組合長に礼をしてニニャを除いた三人は退出した。



「まだ怒ってるのか?」
ペテルは先を歩くルクルットに尋ねる。彼は振り返らずに右手で頭をかく。
「いや、あれは俺がわりぃ。」
普段であればもう一言二言軽口を加えてくるだろうから、ペテルに怒ってはいないだろうが行き場のないイライラはあるようだ。
ペテルとしてはこういった時にかける言葉がわからないし、むしろ深く掘り下げないほうが良い気がした。彼自身ですらイライラの原因が分かっていないのだから解決しようもない。
そうやって歩いていると折しも左手の路地の先はジェットストリームの事務所ということに気づく。
ルクルットは努力して頭に浮かぶ花子の笑顔を振り払っていると、彼らの後ろを二つの影が横切る。通りをまたいだとは言え賑やかな時間帯でもあるし、殺気などを感じなかったのでそのまま過ぎ去ろうとすると彼らの小さい声がレンジャーとして鍛えた聴覚に届く。
「・・・トで、次は花子っていう女。戦士は避ける・・・」
ルクルットには不思議にも花子という固有名詞だけが強調されて聞こえる。
こわばりながら全神経を後ろに集中すれば、殺気こそないが気配自体がほとんど感じられないし、足音も距離に対して小さい。もし後ろに付いてきていたとしてもしばらくは気づけない位だ。
その証拠にちらりと見たペテルは全く気付いていない。
謎の二人が路地の角に消えた事を確認すると小声でペテルに呼びかける。
「おい、振り向くな。怪しい二人、ジェットストリームの事務所に向かってる。」
ペテルはそれを聞いて流石に呆れ始める。いくら意識が向いているとは言え、ただ方向が同じと言うだけで怪しいとは考えすぎだ。
「考えすぎだよ。取引先も多いみたいだし、商人じゃないのか?」
「稼ぎ時に出歩く商人がいるか?それに花子という名前と“戦士は避ける”という会話が聞こえた。戦士を避けないといけない用事って何だ。」
ルクルットはその二人をならず者と考えているようで、ペテルも同じ情報であれば同じ結論に行き着いたと思う。しかしそれは聞こえた会話が間違いない場合のみだ。
「ルクルット、いくら彼女が美人でもこの街のみんなが狙ってる訳じゃない。」
「そういうこと言ってんじゃねぇ!」
振り返ったルクルットは自分でも驚くほど苛ついていた。ペテルも流石に言い過ぎたと思ったのか、立ち止まって謝る。
「すまない、ちょっと言い過ぎた。」
「俺こそすまん。確かに本調子じゃないが、会話の内容は幻聴じゃない。レンジャーとして賭けても良い。」
そういったルクルットは銀貨を一枚ペテルに弾く。それを片手で受け取ったペテルは笑いながら弾き返す。
「それは降りておいた方が良さそうだ。とにかく確認するだけだからな。」
放物線を描く銀貨は開かれた袋に再び収まる。二人は頷き合うと路地を引き返した。



「嗅がせるのは第一に代表のゼッドで、次は花子っていう女。戦士は避けるわ。」
八本指における六腕の一人、エドストレームは同僚のマルムヴィストに確認する。
「了解、それにしたって面倒なことだ。どうして私達がお使いのような事をしないといけないのか。事情は理解してるけど、どうせ尾ひれのついた噂だろうし・・・。」
武闘派の二人が最初の交渉役に選ばれたのは、ガゼフの報告書を見た上層部の意向だ。
ガゼフを支援できる強さか装備を持っている上に異国の商人。八本指の力を理解していないだろうから、教える意味を込めて六腕が適任だろうと言う話になったようだ。

エドストレームは鼻を鳴らして優男を一瞥する。
「私は期待してるわ、帰還したガゼフの鎧を確認したけどちょっとおかしかったのよね。目的を達成すれば移動の駄賃位もらってもいいと思わない?」
「・・・成る程。それは楽しみだね、個人的に弱みを握っておこう。」
二人は盲従するだけの小間使いではない。ゼロもそのくらいは目を瞑ってくれるはずだ。

「おい、お二人さんもジェットストリームに用事があるのかい?」

前から声がかかり、二人は心の中で舌打ちするとフードをあげないで路地の先を見る。
首元に銀のプレートを下げた冒険者が一人。装備は悪くないが、分相応という程度だ。
「あらお兄さんはどなたかしら?こちらも急いでるのだけど。」
質問には答えないで相手を覗うが、処分はほぼ決まっている。おあつらえ向きに人通りの少ない路地で、巡回兵も通り過ぎた事を確認している。
マルムヴィストは手を下すまでもないとばかりに肩をすくめて一歩下がる。
「あんた、アサシンだろ?」

突然の一言に反応しないのは二人が一流の暗殺者だからだ。
「何?私たちはちょっとした商談に行くだけなの。物語の見すぎよ。」
その言葉を確認してルクルットは会心の笑みを浮かべる。
「“踊り子”が商談に行くのかい?あいにくジェットストリームはそういう商売はしてないぜ。」
歩き出そうとした二人の足が止まる。
「・・・教えてくれるかしら。探偵さん。」
ルクルットは肩をすくめると彼女の足元を指差す。
「足音からして踊り子がよく使う靴なんだが、その割には踊り子みたいな見せびらかす足運びじゃない。おまけに香水の匂いがしない。後は勘だね。」
マルムヴィストは肩を震わせて笑っている。エドストレームはローブを脱ぎ落として口の隠れた表情を覗かせつつ鋭くルクルットを睨みつける。
露出の多い踊り子の衣装に、透ける薄布。ルクルットは口笛を吹いてさらに煽る。
「女好き名探偵のご褒美は何が良いかしら。一曲踊ってもいいわよ。」
「あいにく熟女は間に合ってるぜ。あと五歳若返ったら頼むわ。」
エドストレームの殺気が爆発的に広がる。氷のように冷たい殺気がルクルットに突き刺さり、背中に冷や汗がつうっと流れるのを止められない。
必死に自分を奮い立たせながら、風向きを確認しつつ腰に用意していた口の開いた袋を手に取る。
その様子を見守っていたマルムヴィストは一歩踏み出す。
「じゃあ目の前の男は任せるよ。私は走っているもう一人を片付ける。」
今度はルクルットの表情が変わる番だ。マルムヴィストは薄く笑うともう一歩踏み出す。
「やはりあれは仲間だね、多分例の戦士を呼びに行ったな。」
ルクルットはたまらず袋の中身を前方にぶちまける。白く細かい粉が空中に撒かれて拡散する。そして風に乗ってマルムヴィストの方向に流れていく。

それを合図にマルムヴィストは常人離れした速度で走り出し、あっという間にルクルットの間合いに迫る。
前方に振りまかれた粉が気になるが、上を飛び越えれば問題ない。
ルクルットは剣を抜かずに、棒状のアイテムを取り出す。暗殺者の二人は知らないが、これは調理で火をおこすためのマジックアイテムだ。
マルムヴィストが粉の前で跳躍する。その瞬間にルクルットは身を低くしてマジックアイテムを使用する。


視界が一瞬光り、次の瞬間に熱波が全身を襲い、続いて爆音。
小麦粉と砂糖で作り出した粉塵爆発はものの見事にマルムヴィストを捉えて大きく吹き飛ばす。

見るからにレンジャーの男が魔法のような爆発を起こした事にエドストレームは驚愕して攻撃をためらい、マルムヴィストは二人の間になんとか着地する。
「クソがぁ・・・」
顔を起こした暗殺者の顔は火傷でただれ始めている。
「どうしたよ、あんたは走ってこないのかい?」
自身も軽度の火傷をしている片腕を気づかせないように、ルクルットはエドストレームに見え見えの挑発をする。爆発の原理がわからない彼女だが、棒状のアイテムで爆発が起こせるのであれば近寄るべきではないと判断する。

ルクルットは冷静に手札を確認する。もちろん粉塵爆発は連発できるようなものではない。武器はショートソード一本に小細工をしたナイフが一本で弓は番える暇すら無いだろう。
そう考えていたルクルットにエドストレームは笑う。
「要は近寄らなきゃいいんでしょ。」
すると彼女の腰に装備していたシミターが空中に浮かび上がる。
「刀とダンスねぇ、やっぱりお相手がいないと寂しいな。」
どうやら魔法で浮いている刀で攻撃するようだし、近づかないという宣言どおりならこの刀を飛ばして来るだろう。
ルクルットは腰からナイフを取り出す。既にナイフには対吸血鬼用の銀が塗布されている。
そんなことはお構いなしに六本のシミターがルクルットめがけて飛んでくる。
「せいぜい踊ってちょうだい!アハハハハ!」

それに対してルクルットはナイフを持っている手をひねる。

シミターは独立して動くのではなく、術者の制御下にある。つまり術者から見えない場所には正確な攻撃ができない。
視界に眩しい光が飛び込んできて目がくらむ瞬間、ルクルットは斜め後ろに飛び退ってシミターを躱す。
「小細工を!!」
回復したエドストレームが見たのは一目散に逃げるルクルットだった。
「逃がすかよ。」
一部始終を見ていたマルムヴィストは即座に走り出す。ここまで面倒をかけたあの男は殺すに値する存在だ、そもそも許せるわけがない。
左手の積み上げられた袋を通り過ぎ、右手の木箱を倒しながらルクルットはただ逃げる。
しかし速度の差は歴然で、マルムヴィストは軽く木箱を飛び越えようとする。

その時マルムヴィストの視界左端が僅かに動いた。

ペテルは袋の影から飛び出すと刺突攻撃を仕掛ける。
いくら空中で不意を突かれたとは言えマルムヴィストがその程度の突きに遅れを取ることはない。難なく左腕の防具に滑らせて回避するが、ペテルはそこを狙って武技を発動する。

<要塞>

触れた箇所を跳ね返す要塞の発動箇所に制限は無い。それを利用しての強引なシールドバッシュもどきは、武技の覚えが悪いペテルが必死に編み出した工夫の一つだ。
「うぉお!」
派手に弾かれたマルムヴィストは空中で大の字に大きく広がる。後方からルクルットを狙っていたエドストレームのシミターはその体躯に遮られてしまう。直前まで迫ったシミターをすぐに止められるのは彼女の能力の高さを証明している。
「邪魔よ!」
そう言いながら目標を飛び出してきた冒険者に定めてシミターを打ち出そうとした瞬間、眼前に矢が迫っていた。既に数十センチ程しか無い距離で回避できたのは幸運としか言いようがない。
マルムヴィストが着地する奥でルクルットが矢を番え、ペテルはその前に立ちはだかる。
「確認だって言っただろ!」
当然ペテルは怒っていた。
「わりぃ、しかし俺達じゃ歯がたたないぜ。ちゃんと呼んだのか?」
あまり反省していないルクルットの言葉が終わらない内に、二人の前方に音もなく少女が舞い降りた。

「この二人で良いのかな~?ニシシシ!」

クレマンティーヌは敵を一瞥する。短い刺突武器は自分の好みど真ん中だが、使用者の顔は論外だ。これで500ポイント。
奥の女はシミターを飛ばすようだがシミター自体はそう強力でもなさそうだし、年のいった女は趣味の外。これで500ポイント。
つまりこの二人で何かしらの装備一個分になるのだ。
「おじさんは刺突使いでしょ?おいでおいで。」
正体不明の篭手が付いた手で挑発するクレマンティーヌに対してもはやマルムヴィストの怒りは頂点に達した。即座に地面を蹴ると間合いを詰める。
クレマンティーヌと違ってマルムヴィストの刺突は助走を必要としない。全身の回転でその場から最速の突きを放つのだ。
間合いに入った瞬間、両足を大地に据えて腰の回転と腕でもって放たれる本来のリーチを超える突きは不意打ちに近い。しかしその突きが届く前にマルムヴィストの意識は途絶える。
瞬時に背後に回ったクレマンティーヌが放つ腕だけの突きは彼の速度を遥かに凌ぐ。
手を甲側に反らせた篭手の内側からは水銀の短剣ではなく、釘のような棒状のものが飛び出してマルムヴィストの後頭部から前頭葉にかけて硬貨一枚程の穴を開けている。

「はい500ポイントー。ちょろいもんだねぇ。」

エドストレームはその戦闘を見ること無く逃走を初めていた。彼女はクレマンティーヌが現れた瞬間を見ていたのだ。上空から飛行して現れた時点で第三位階魔法を使えることは明らかであり、その上前衛の戦士のような装備をしているのだから恐ろしい強者である事はほぼ間違いない。
シミターを自分の後方で出鱈目に振り回して防御代わりにしつつ走る暗殺者の前にクレマンティーヌは立っていた。
「ざんねーん。世の中うまくいかないね。」
視界からクレマンティーヌが消えたと思った瞬間にエドストレームの意識は刈り取られた。


呆然とする冒険者二人をよそにクレマンティーヌはエドストレームを引きずりながらやってきた。
「ほい、この女を屋敷に運んで。私は任務かんりょーだから帰るねぇ。」
ひらひらと手を振りながら屋敷に戻っていくクレマンティーヌを追うように二人は気絶した女を引きずりながら屋敷を目指した。
まだ呆然としているペテルにルクルットはつぶやく。
「コイツやっぱ踊り子じゃねぇな。」
意味の分からない言葉にペテルが顔を向ければルクルットはニヤけながらエドストレームの二の腕の下をつまんでいる。
「太りすぎだ、道理で重いわけだぜ。」

この日までに六腕の内三人が姿を消し、次の日にぐちゃぐちゃで“首のない”サキュロントの死体が王都で見つかったことで八本指は騒然となる。



というわけで漆黒の剣の二人でした。

ナザリックが係ると基本的に全て計画の内みたいになっちゃうので、こういう現地人同士の戦いも妄想していたんですよね。

ラジオ始まったのに中々出てこれない件は本当にすいません。
まだ上手い方法が見当たらんとです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帰れない二人

今回から前書きを色々変えてみます。
※このフォーマットを遡って全話に適用中です。あらすじって難しい!

・前回のあらすじ
ジェットストリームの依頼に疑問を抱いたアインザックはニニャと共に彼らの屋敷に向かう。
其の頃、別行動のペテルとルクルットは偶然屋敷に向かう怪しい二人を発見する。
その二人は八本指が向かわせた脅し兼交渉役の六腕だった。
ルクルット達はなんとか時間を稼ぎ、駆けつけたクレマンティーヌはマルムヴィストを殺害、エドストレームを生け捕りにした。



エ・ランテルにおけるジェットストリームの社屋は市場から繋がる街一番の大通りを一つ避けたところにあり、大通り側には馬車などが乗り入れ可能な倉庫を購入してある。
元々その一帯はカッツエ平野での合戦時に貴族が泊まる“軍事施設”という名の別荘地であった。無論管理は軍部という事になっており、購入は疎か貸借すら言語道断という聖域である。
都市長や街の開発に携わる文官としては街の一等地がほぼ機能しない死に地となる事を嘆いていたが表に出すものは居ない。

その状況に風穴を開けたのがジェットストリームだった。
ゼッドは“自分が矢面に立つ”という条件でパナソレイや文官達からこの地区に別荘を構える貴族派の一部に関する弱みを購入。それをゼッドが調べた情報と組み合わせ、ガゼフを通して圧力をかけたのだ。
結果、王国の会議において過半数の賛成のもと“エ・ランテルの一部軍事施設に関する転用の許可”が採択された。
貴族たちからすれば屈辱的ではあったが、どうせ戦時徴用で回収すれば良いと考えていた。
しかし新たな許可の条文にはしっかりと“都市長の同意が必要”という文言があり、パナソレイとジェットストリームの共闘関係に気づけたのは出席した貴族においてはレエブン侯だけであった。

レエブン侯は部下を用いて即座にエ・ランテルを中心とした徹底的な商業に関する調査を命じるが、恐ろしい現実を目の当たりにするには今しばらくの時間を要する。


時代が動いている。そんな状況を感じながらもアインザックは複雑な思いで目の前の屋敷を見る。
購入当時は屋敷がもう一棟建つ程の巨大な庭があったが、既にレンガが敷き詰められて左右に巨大かつ堅牢な倉庫が建てられており、様々な商人が行き来している。
奥の屋敷も当時の装飾や像が撤去されており、王国の旗すら無い。
屋敷自体は再建築等は行っていないが、随所に補強が施されている。
施工に携わったアインザックの知り合いから聞いた話ではエ・ランテル一堅牢な建物、とのこと。隣のニニャはこの区域に来てから心なしか機嫌が悪かったが、この屋敷を見て好感を持ったようだ。


「失礼、冒険者組合長プルトン・アインザック様、お隣は漆黒の剣の方ですね。」
アインザックが正面に視線を戻せば、白のシャツにグレーのジレを羽織った男がお辞儀をしている。
姿勢を戻した男の顔はアインザックと同世代でありながらあまり威厳を感じさせない。
キザでも野暮でもない、温和で人の心に滑り込んでくるような印象はアインザックが想像するものと合致する。
「すまないが、君がジェットストリームのゼッド殿かな?」
ニニャは面識がないので二人を交互に見ていたが、ゼッドは笑顔で応対する。
「流石アインザック様、人を見抜く目がお有りのようですね。私がゼッドでございます。」
「そちらこそ。ニニャ君を知っているのであれば話も早くて助かりますな。」
「えぇ承知しております。こちらへどうぞ、殺風景な事務所ですが良い飲み物が手に入っておりますよ。」
ニニャからすれば一連の会話は行間が多すぎてついていけない。
なぜゼッドが自分を知っているのか、用件を一切話していないのになぜ迎え入れられるのか。
アインザックに並んで歩きつつ考えていると横から解答が降ってくる。
「君たちに依頼した時点で私が来ることも承知して待っていたのだろう、そういうことであれば宿屋や組合では話せないような事があるということだ。ニニャ君、注意しておくことだ。」


殺風景と評された応接室はまるで小さな博物館だった。
調度品等は少ないが、品のある家具の上には様々な物が置かれている。
見たことのない形の筆記用具や染みや汚れがない羊皮紙。採集仕事もこなしてきたニニャですら見たことのない乾燥した薬草、ケースに入った黒い豆等々。
座ったソファですら体験したことのない柔らかさに驚きを隠せない。
それらにニニャが見とれてキョロキョロしていると扉が開いてトレーを片手にゼッドが入ってきた。
「お待たせ致しました。未だ社員がおりませんで、男の給仕で失礼致します。」
そう言いながらゼッドは二人分の果実水を配り終えて、テキパキと彼らの前に別の器具を広げだした。
「この部屋に置かれた物は各地で仕入れた珍しいもののサンプルです。今後我が商会の花形商品になるかもしれません。」
そう言いながら取り出す器具は三角錐を途中で輪切りにしたようなガラス製の器に、陶器でできた漏斗のような台形型の器具。それに合う形の紙に、取っ手の付いた謎の筒。口の細いポットからは湯気が立っている。

「それでは一応ご用件を伺いましょう。」
ゼッドはガラス製の器に湯を通して温めてから別のカップに捨てる。
本来であれば無作法であるが、アインザックは気にせず用件を告げる。
「今回依頼頂いた内容に関してだが、村の警備に冒険者を使うのは前代未聞でね。さらに銀の冒険者たった四人に過大な報酬・・・ここではっきりと真意を説明をいただきたい。」
アインザックはいささか短兵急に問いかけて相手の感情を読もうと考えたが、ゼッドの手はよどみ無く動いている。
謎の筒の上部をひねると取っ手の付いた部分は分かれて、中から苦くて香ばしい、芳醇な香りが部屋へ漂い始める。

「何から話しましょうか、まず四人に依頼した警備の真意は囮です。」
アインザックは理解して眉根を寄せる。ニニャも同じく緊張を隠せない。
警備が薄いというのは警備が見当たらない以上に油断を誘う。
「どうかご安心ください。囮とは言っても食いつかせるつもりはありません。誘い出すのは麻薬に関与する全ての敵です。」

瞬間、部屋の空気が張り詰める。二人の驚愕をよそにゼッドはコーヒーサーバーにドリッパーをセットしてペーパーフィルターの中にミルで用意した粉を入れる。
均した粉の大地の中心を少し凹ませつつお湯の大体の温度を湯気で確認する。
粉は中深煎りの豆を標準より少しあら目に挽いた。甘く作るためにあえて温度は低めが良い。
絶句するアインザックにゼッドは語りかける。

「実はガゼフ殿とお会いした際に王国の現状を(法国の兵士から)詳しく伺うことができまして、その際に麻薬や八本指の事を知りました。」
ポットから粉に湯を落としていく、細く細く中心に3秒ほど注いで泡立った部分と粉の境界線に沿うように楕円形に広げて行く。フィルターの紙にかからないように注意しつつ手前で止めて中心に少し注ぎ足すとドリッパーの下から黒い宝石が滴り落ちる。
そこで手を止めて蒸らし始めれば、粉から発生した茶色の泡はゆっくりと膨らんでいき、その湯気からは濃密で刺激的な薫りが鼻孔を刺激しつつ広がっていく。

「私共商人にとって、人とは大切なお客様であり優秀な仲間になるかもしれない存在。それが損なわれることは王国はもちろん、私も困ります。
そこで私は麻薬等の闇商売を徹底的に駆逐する事にしました。それは加担する貴族と事を構えることも含めて、そちらのほうが現状にすがるよりもメリットが大きいからです。」
ポタポタと落ちる茶や赤を濃縮したような黒の液体が時間の経過を告げる中、アインザックは集中していた。話の内容もそうだが、この刺激的な薫りが気付けのようになっている。
ゼッドはポットのお湯でカップを温めながら話を続ける。

「その計画の第一手がカルネ村の発展に目を向けさせることです。
具体的にはカルネ村において私は対外的に秘密の工場を作っており、その警備に漆黒の剣を迎えます。」
段々意味が分かってきたアインザックやニニャは想像を遥かに越えた危険な仕事に冷や汗を流す。この時点でアインザックは依頼の却下をほぼ確定していた。
麻薬撲滅のためとは言っても勝算の全く見えない戦いに係る訳にはいかない。

ゼッドは再びポットから萎んだ粉に湯を落とす。今度は中心から花びらを描くように小さな丸を繋いで全体に注いでいく。すると先程よりも白い泡が再び膨らんで、ドリッパーから抽出が始まる。
始めのときとは変わって流れ続ける液体の色は漆黒からべっ甲のような茶色に変わっていく。
「恐らく不審に思う八本指は偵察ないし強襲を行うでしょうから、カルネ村に入る前に叩いて尻尾どころか首根っこを掴みます。これが今回ご依頼した内容の真意になります。」
言葉と同時に抽出も完了する。サーバーを少し揺すって混ぜた後、深めのカップ半分以下に液体を注いで二人の前に出す。

「どうぞ、こちらはコーヒーという異国の飲み物です。とても苦い飲み物なので初めての方はまず香りをお楽しみ下さい。その後でこちらのミルクを加えてお飲み下さい。
あぁ、ニニャさんは角砂糖を一つ入れたほうが良いでしょう。」
ほぼ答えの固まったアインザックはカップを手にとってゆっくりと鼻に近づける。
ニニャもおっかなびっくりと言った手つきでアインザックに倣う。

予測していたツンとした香りはなく、香ばしさで麻痺したのか甘いように感じるくらいだ。
濃厚でありながら輪郭のハッキリとした香り、部屋を包む香ばしく苦い香りの二つを感じながら温かいミルクを注ぎ足す。
まるで深淵を覗いたような漆黒の液体にミルクの白が落ちると、まるで一つの絵画のように茶色の輪郭が広がり、混ざり始める。それをティースプーンで回すと上品な菓子のような茶色に変わる。モノトーンの世界に色が加わると香りの主張がぐっと落ち着いて温度も飲みやすいところまで下がる。

「ではいただこう。」
これを飲み終わればアインザックはこのコーヒーのように苦い決断をしなければならない。
八本指の様な組織は強大であり、もはやそう言った悪は王国とコインの表裏のように一体化してしまっている。
世の中そう上手くは行かない。王国は表面の白と裏面の黒が混ざりあった灰色の国。生まれ故郷でなければアインザックでも救いたいとは思わない。
次の言葉を探しながらコーヒーをすすり、ゆっくりと口を離す。

「・・・ほ。」

心地よい苦味と言うものをアインザックは初めて体験した。
舌先が苦味を感じた途端、ミルクがそれを包み込んで“旨味”に変えていく。
そして泡立つように次々と濃厚な旨味が口内に広がり、フルーツの様な酸味すら感じる。
旨味に昇華した香りは口内から鼻を抜けて直接脳に染み込むようだ。
飲み終えて見れば口内に残る香りは確かに苦い。しかしその捉え方は180度変わっていた。
この歳で価値観が変わることなどありえないと思っていた彼にとってそれは感動であった。

「アインザック組合長。」
二人の表情を見ながらゼッドはにこやかに言葉を紡ぐ。
「この作戦には私の協力者全てに参加をお願いし、このコーヒーを淹れる以上の慎重さで取り組むことをお約束します。何より八本指という“組織は悪”ですが、それを構成する人間全てが生まれながらの悪ではないと信じています。」
ニニャはゼッドという人物が全く違う価値観や捉え方を提供しようとしている事を理解した。
それに耳を塞ぎたいような気がするのは、過去の自分が否定されないようにと願う心だろう。

「コーヒーと一緒です。黒と白、合わせて灰色という様な単純な世界では無いのですよ。
もう間もなくその証明が可能になりましょう。」

意味深な言葉とともに扉が勢い良く開かれる。ニニャは見知った闖入者に驚くが、ゼッドはにこやかに迎え入れる。
「助けてください!仲間が襲われています!」



エドストレームが視界を取り戻すと白い天井が広がっていた。
即座に周囲に気取られない最小限の動きで全身と周囲を確認する。
武装は全て奪われており、手と胴体、両足がそれぞれ繋がっている拘束衣を着せられている。
首から上は動くが、それ以外は芋虫のようにうねることしかできない。
拘束されているのは貴族御用達の宿にあるような上品な一室で、縦に長い窓が一つに隣室への扉が一つ。両開きの扉は恐らくクローゼットだろう。
窓から推測するに数時間眠っていたようだ。

次に思考を回転させる。
もしこの建物が目標であれば状況は悪くない。相手はたかが商人だ、ちょっと八本指の名前を出して飴と鞭を間違えなければ生還できる。
そもそも今回の目的が交渉なのだから上手くまとめれば六腕としても仕事は果たしたことになる。
そう思っていると扉が開いて老人が一人入ってきた。
なんとか首を上げて確認すれば、見事な白ひげの老人に何処か見覚えがある。
「気がついたかね、六腕のエドストレームよ。」
彼女は裏の人間だが表の世界に無知ということではない。むしろ有名人に関しては勧誘の可能性も考慮して一通り記憶している。
合致した記録の絵を思い出して彼女は驚愕する。

「三重魔法詠唱者フールーダ・パラダイン!?」
「ほぉ、君のような人間でも私の名前で驚いてくれるのだな。久しぶりで少し嬉しいくらいだ。」
予想外の人物に混乱する、もしかしたら自分は何日も昏睡しておりその間に帝国にまで運ばれたのだろうか。
「ここはエ・ランテル、ジェットストリーム商会の屋敷だ。」
よく観察すればフールーダは落ち込んでいるような喜んでいるような、自嘲気味な口調も合わせて想像の英雄とは全く異なる。
「帝国最強のあんたがどうしてこんなところにいるのよ。」
「ふむ、目的は異なるが大筋では君と同じ。同じ竜の尾を踏んだ馬鹿者同士というわけだ。」
ため息とともに近くの席に座るフールーダの言葉を反芻するが全く答えが見つからない。

「全然わかんない。もうちょっと噛み砕いてちょうだい。」
「あぁ、私は巨大な魔法の技術があると予測してジェットストリームに接触するべく動いていたのだが、彼らの仲間を怒らせてしまって捕縛された。そして私は彼らの協力者になるように“説得”されて今に至るというわけだ。」
フールーダが魔法を研究している事はエドストレームも知っていたが、同時に三国一の実力者であることも知っていた。
「三重魔法詠唱者のあんたが知らない魔法を商人が知ってるわけないじゃない。」
バカバカしいというニュアンスにフールーダは笑う。
「いやいや、結果として彼らは私の知らない魔法を知っていたよ。おまけに私はその魔法を一つも理解できなかった。三重魔法詠唱者という二つ名を今すぐ返上したいくらいだ。」

エドストレームは焦りつつも考える。フールーダが手に負えない魔法を使えて、六腕の二人が手も足も出ない戦士がいて、巨大な資産を持った大商人。
それを相手にどうすれば交渉が可能だろうか、当初の最終手段は麻薬を嗅がせて首輪をつける予定だったが当然手元にない。
後は八本指を恐れてくれる事を祈るしかないが、フールーダという一軍に匹敵する人物が“説得”されたような相手を“説得”できるかと言われれば難しい。

「よく眠れたかな?六腕のエドストレーム君。」
考え事で注意が逸れたタイミングを見計らったかのように一人の男が立っていた。
お辞儀をするフールーダを見れば人物に想像はつく。
「良いベッドね、流石金持ちゼッド様は違うわ。」
これを世辞と取るならば相手は相当の馬鹿者だ。ゼッドは肩をすくめるとベッドの横にある椅子に腰掛けた。
「これは君のベッドになる予定で二日前にオーダーしたものだ。気に入ってくれたなら嬉しいよ。」
「へぇ、私を勧誘しようってわけ。そこのお爺さんと同じ“説得”をするの?」
それを聞いたゼッドは首を傾げてフールーダを見れば、今度は彼が肩をすくめている。
「違うね、私は暴力事は避ける主義だ。君ともう一人の来歴は王都を出た段階から調べさせてもらったよ。その上で君を悪党にして置くには惜しいと思ったから“お話し合い”をするために来てもらった訳だ。」

どうやら全て筒抜けだったらしい、エドストレームは半ば生存を諦める。
この場で寝返る事は楽だ。しかし八本指から逃げ切れるわけがない。
自分は超級の戦士という自負はあるが常時警戒しながら生き続ける事は不可能だ。
「貴方が思うほど八本指は甘くないわ。六腕の一人を殺した時点でこの先一生暗殺の危険に怯えながら生きることになるでしょうよ。そんな傍らに居れるわけないじゃない。」
きっぱりと言いながらここから口調を優しく変える。
「そこで提案なんだけど、私を逃してくれたら今回の件を有耶無耶にしてあげる。商売人が八本指を敵に回して得なんてないわ。それどころか今よりもっと裕福になれる方法を紹介してくれるかもよ。」


「エドストレーム、いや。アニタ・エドストレーム。私は君の才能を認めた上でもう一つの道を示すよ。八本指が壊滅した後の王国で活躍する会社の責任者という未来だ。」


エドストレームは頭を殴られた様な衝撃を感じた。封印した名前と同時に碌でもない記憶が飛び出してくる。
親も知らないスラムでの子供時代、娼婦を経て踊り子として努力する少女時代。パートナーの性的虐待を受け続けていたある日、謎の老人から貰ったシミターが殺意に感応して動き出した瞬間。
その次の記憶は背中を滅多刺しにされたパートナーの亡骸と驚愕するオーナー。そしてその後に静かに立つ老人の姿だった。
その全てを封じ込めていたアニタという名前を知っている人間はもう生きていないはずだ。

「おまえ・・・オマエェエェェェ!!!」

絶叫とともに混乱と恐怖、絶望、怒り、あらゆる負の感情を爆発させる。
数分間泣きわめく中、ゼッドは穏やかに彼女を見つめ続ける。
フールーダはそれを見届けると踵を返して退室し、扉の傍で様子を伺っている“二人”に会釈をして出ていった。
激情の傍らに寄り添い続けたゼッドは泣きつかれたアニタの拘束衣を外していく。
そして起き上がらせてベッドの縁に座らせるとハンカチで涙を拭いながら頭をなでる。
「信じてくれとは虫の良い話だが、まずは君の話を聞こう。その前に食事をしないか?」
見れば傍のテーブルにサンドイッチとコーヒーが置かれていた。
ゆっくりと座った彼女はサンドイッチを食べ始める。そしてコーヒーを飲んで一言。
「苦いわ。」
「そうだね。」
ゼッドはそれ以上なにも言わずに彼女の食事に付き合う。
時間が立って少し酸化を始めたブラックコーヒーは普通に飲むには苦すぎる。
しかし久しぶりに感情を全て吐き出した後はその苦味が優しく感じる。
ゼッドは無言で別のカップにカフェラテを作ると彼女に渡す。
「これは優しすぎ。」
「素材は一緒、後は工夫次第。」
そう言って突き返されたカフェラテにブラックを追加して戻す。
「気に入ったわ。」

カップと皿が空になる頃、彼女は生まれ変わる決心をした。



いかがだったでしょうか。

エドストレームに関して捏造全開です。本当の設定にアニタという名前はありません。
説得回というかコーヒー回でした。
皆さんはコーヒーお嫌いですか?今はコンビニでも美味しいコーヒーあるから便利ですよね。「コンビニコーヒーww」と笑う人もいますが、アイスコーヒーに関しては引けを取らないクオリティだと思いますよ。

私は大好きで、毎晩ドリップして飲む一杯が癒やしの時です。
ただガチ勢ではないので牛乳入れるのがいちばん好きですけど。

そんなことよりラジオはよ というテレパシーをビンビンに感じながら、もうちょっとお待ち下さいぃ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ボイスレター

・前回のあらすじ
ゼッドのもとを訪れたアインザックとニニャは、八本指壊滅の作戦に係る真意を伝えられる。
戸惑う二人が様子を伺う中で襲撃者のエドストレームは目を覚ます。
ゼッドはエドストレームに第三の選択肢を提示するのだった。

以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・ふまる 様

ご報告いただきありがとうございます。


「騒々しい、静かにせよ。」
バハルス帝国皇帝の執務室に招集された面々は入室する度に室内のメンバーに驚き、ヒソヒソと周囲の人間と確認を取る。
その誰もが同じセリフをこぼす。「まさか」「信じられん」その度に皇帝は同じセリフを繰り返した。

主席宮廷魔術師フールーダ・パラダイン 離反の疑いあり

室内には帝国四騎士やロウネ・ヴァミリネンを始めとする秘書官達。ジルクニフが信頼を置く魔術師二人。そして近衛兵が数人。
軍の指揮官や文官が少ないことからもその意図は“フールーダの拘束”が含まれている事は明らかだ。これらは事態を知ったジルクニフが即座に招集した最大戦力だ。


「まさか」という言葉はジルクニフにこそ叫ぶ権利がある。少なくとも本人はそう思っている。
思っているが言葉にする訳にはいかない。この場を始めとした帝国の臣民全てがこれを許さない。

『ありえない。作戦の途中から姿を消した事も、その後エ・ランテルに滞在していた事も、転移を禁じている魔法省に直接転移して現れた事も・・・きっとフールーダなりに帝国を考えての行動に違いない。』



帝都の朝、フールーダの不可解な行動に頭を悩ませていたジルクニフの執務室に魔法省の職員が飛び込んできた辺りで嫌な予感はしていた。
職員が言うには、フールーダと商人のゼッドなる謎の人物が突然転移して来たというのだ。
フールーダは報告のためにゼッドと共に執務室に向かっている。
本来であれば魔法を阻害している魔法省に転移など不可能であるし、謎の人物を皇城に侵入させた行為は反逆ととられても仕方ない。
ジルクニフは部屋を見渡して居並ぶ家臣を見据える。

「全員揃ったところで任務を伝える。全員、私が羽ペンで机を二回叩いたら、フールーダ及びゼッドなる商人を捕縛せよ。不可能な場合は殺害を許可する。」
「陛下!」

真っ先に声をあげたのはロウネ・ヴァミリネンだった。周りの人間も顔色が悪い。
特に四騎士の一人であるレイナースは視線でしきりに脱出経路を確認している。
これをあからさまにするのは周りの同調者を探るためだが、誰も乗ってこない。
「心配するな、これは最悪の場合だ。おそらく使うことはない、だが最悪の事態を想定しなければ皇帝として生きていけないだろうよ。」
この軽口に笑顔を見せたのは四騎士の“雷光”バジウッドだけであった。
「お前たちは彼らが入室してから一切の発言を禁じる。冷静に考えてどうしても発言する必要があるならば目線で確認を取れ。顔色や眉一つ動じることは許さん、今のうちに顔を動かしておいたり質問があれば言ってみるが良い。」

静まり返る室内。今回の事態はあまりに急で、皇帝に説明を求めても意味がない。
そんな中でバジウッドが声を上げる。
「では陛下が考える最良の事態を教えていただけないですか。」
砕けた口調にロウネは眉を動かす。それを笑いながらジルクニフは答えた。
「そうだな、地面に巨大なクレーターを作ったりフールーダをねじ伏せるような大商人が今の王国を見限って、全ての財を持ってこちらに忠誠を誓ってくれる。といったところだろう。
ついでにその一行に絶世の美女がいれば最高だな。」
複数から笑い声が上がる。そうだ、我らが皇帝はこうでなければ。
「最後の部分に関しては同意いたしますな。では静かにそうなることを祈っておきましょう。」
空気を幾分緩和したバジウッドは役目を果たしたとばかりに列に戻る。


「パラダイン様とお連れの方がお見えになりました。」
少し震えた声でメイドが告げるとジルクニフは一瞬の間を作って不敵に笑う。
「良いか諸君、微笑と真顔の間をキープする我慢比べだ。一位には一週間の休暇を贈ろう。」
そう言って見渡せば全員が既にその顔になっている。ジルクニフは自身の顔を整えてメイドにハンドサインを送る。

「遅くなりました、陛下。」
そう言って入室したフールーダは跪き、ゼッドは立ったままお辞儀をする。ジルクニフは鷹揚に手をあげて答えつつ、軽くロウネに視線を送る。
「陛下の前で無礼ではありませんか。」
視線を受けたロウネはゼッドをたしなめる。この時にやんわりとした声音を出せるのは秘書官としてのスキルである。
「ご無礼を承知で申し上げます。私は遥か遠くの地で洗礼を受けた身であり、その他で膝を折ることを許されておりません。私事で大変恐縮ですが、どうかご理解頂ますよう。」
「よい、フールーダの招いた人物であるならば我が国にとっての客人。客人に配慮を示すのは当然であろう。それより私としてはゼッド殿の略歴や訪問の目的をこそ聞きたいものだ。」
言葉を一旦切ったジルクニフは一言も発さないフールーダに視線を落とした後に言葉を続ける。
「客人をもてなすにあたって食事の好みは当然確認するべきだろうし、案内する場所だって見当をつけるのがホストの役目だと理解しているが?」
暗に突然の転移を非難する意味を込めている言葉を、ゼッドは適切に捉える。

「いきなり玄関先へ上がり込んだ者に対して寛大なお言葉、感謝に耐えません。
名乗りが遅れましてお詫びいたします。私はジェットストリーム商会の代表、ゼッドと申します。この度は緊急性の高い情報を、特に秘匿して陛下にお持ちするため、このような手段を取らせていただきました。」
「成る程、その情報とやらにゼッド殿のプロフィールは含まれるのかな?」
ジルクニフとしては適度に相手を焦らせていきつつ、自分が上手であることを相手に理解させる必要がある。先程からの疑問形口調も、相手が喋ろうとする内容を先に誘導したように感じさせるテクニックの一つだ。
だがジルクニフの見る限り相手に焦りは感じられないし、変に下手に出る様子も見られない。
『小手先ではびくともしないか・・・あながち商人というのも遠からずというところだろうか。』

「私の来歴に関してはエ・ランテルから二日前に到着した貴国の伝令二名が報告したであろう通りでございますが、誤解無きようにかいつまんで説明させていただきます。」

そういったゼッドは“とてもわかり易く”カルネ村での衝突からエ・ランテルで都市長を巻き込んだ商業の展開、さらに王国に配置し終えたラヂオなるアイテムを現物を持って紹介した。

「カルネ村に於いて衝突した法国の兵士は王国においては貴国の兵士ということにしております。」

『“している”だと?気安く言うな悪魔め、法国の感情や王国が被る不利益を考えればこの役を買って出ざる負えない立場ということを分かって言ってるな!』

「私共の社屋がある土地はエ・ランテルの貴族別荘地区をパナソレイ都市長にお願いして購入させていただきました。」

『一介の商人が都市長に“お願い”して話が通るものか、貴族や行政官についてもかなり浸透していると考えるべきか。』

「現在200を超える生産者と独占販売の契約を取り交わしており・・・」

『・・・』

「このラヂオは“私の声”を王国中に伝える事ができるアイテムで、これで天気予報や音楽等を流しております。」

ジルクニフが驚愕したのはラヂオというシステムだ。
仮にゼッドが突然“明日雨が降る”という内容を喋って、半分が信用するとすれば400万を超える王国民が雨具を用意するだろう。400万に突然の行動を促すなど皇帝であっても不可能だ。
もし同じ様に“国王は悪魔と契約した人類の敵”などと言い放ったらどうなる。
信じないにしてもその誤解を消すには多大な時間と労力を必要とする上に、言った本人を捕縛することは愚策だ。それでは事実と認めてしまうようなもの。

ジルクニフの結論は“すでに王国は彼の手中にある”という簡潔な内容だった。
国の中枢以外のあらゆる部分が彼の手の中にあり、中枢を破壊する方法はいくらでもある。
それを敵国の皇帝に教える理由。
「つまりゼッド殿はこう言いたいのだな?“同じような事を貴国でも行いたい”と。」
「まさか、これは王国の体制が当てにならない為にとった方法で、対する陛下は聡明であられる。私共は陛下の治世に協力しながら、帝国の発展に尽くしたいと考える純粋な商人で御座います。」

利益のためにはなんでもするという意味では彼は純粋な商人かもしれない。
美辞麗句を取り除けば、帝国との取引で利益を得たいということだ。
「評価されていることは素直に喜んでおこう。それで?どういう取引なのかな。」
もはや相手は王国の経済そのものだ。この会談は二国の未来を確定しかねないという全く考えていたなかったプレッシャーがのしかかる。
ジルクニフは羽ペンを自然に掴めるように机に両肘をつけて机の上で手を組む。
「先に言っておくが、ラヂオなるアイテムは認められないし王国の商人である君を帝国で商売させるわけにも行かない。」
正直に言えば帝国での商売は認める方法がある。ジルクニフとしては最大限の譲歩という形でカードを切りつつ、ラヂオを牽制する狙いだ。


「私が近日中に開始する事業に投資していただきたい。陛下の利益はその事業に参加する権利です。」
ゼッドはそう言って事業の内容を説明する書類とその予算額を記した書面をロウネに手渡し、ジルクニフはそれを受け取る。


部屋中に流れる沈黙を破ったのはジルクニフの笑い声だった。
バハルス帝国皇帝は床に笑い転げる勢いで笑い続け、周囲が心配する頃に真顔を取り戻して席を立った。
「素晴らしい。君は確かに純粋な商人だが、金に関する大魔術師でもあるようだ。」
そう言って手を伸ばすジルクニフの手をゼッドは握り返す。
「ありがとうございます。陛下の利益が確実になるよう尽力いたします。」
机に戻って再び書類を確認したジルクニフが思い出し笑いのように笑顔になりながら二つの書面にサインをして国璽を押す予定の書類束に重ねる。


「陛下、本日参りました目的の一つは完了致しました。もう一つはお願いでございます。」
「構わないとも、聞こうじゃないか。」
すると先程のラヂオとよく似た箱を取り出して手のひらに置く。
「お願いですが、帝国でも脅威になりつつある黒粉を撲滅するためにご協力をお願いしたいのです。」
そう言って箱の前面にある羊皮紙の札を取ると、箱から声が響きだした。


『・・・私は八本指の警備部門、六腕のエドストレーム。
 私は今ジェットストリームに倒され、どこかの村で拘束され、彼らの命令で話しています。
 八本指は黒粉や人身売買その他非合法な商売を支配する組織で、
 ・・・もうこれ以上は!・・・わかりました。
 王都に8つの本拠地があります。六腕のボスはゼロ、麻薬部門は・・・』


周囲の驚愕をよそに、エドストレームなる人物は時折怯えながら震える声で八本指の全容を告白する。
これらの情報は帝国はもちろん、王国でも掴んでいない事ばかりだった。
帝国にとっての八本指は隣人がゴミを燃やす時の煙のように厄介な存在だった。
王国で活動しているため摘発などできるわけがなく、流れ込んでくる犯罪者や黒粉を水際で防ぐことしかできない。


『同じ六腕のサキュロントとマルムヴィストは既に殺されました。ジェットストリームは一週間後にこの声を王国中にばらまくと言っています。
ねぇ、全部喋ったわ!お願いだから・・・もう許してぇ!!』



同時刻の王都地下。

再生が終わると、周囲から焦りと怒りが噴出する。
「我々を脅迫だとぉ、ふざけやがって!!」
賭博部門の長が円卓を叩く。
「いや、要求がないから脅迫ではないな。」
別の長が間抜けな揚げ足を取ると、賭博部門の長は椅子を蹴って立ち上がる。

「うるさい!たかが商人にうろたえるんじゃねぇ!」
ゼロの一括でその場は静まり返り、賭博部門の長も席に座りなおす。
「そうよぉ、相手の要求は明らかじゃない。」
奴隷部門を仕切るコッコドールは口調に反して獰猛な眼光を周囲に向ける。
「裏切り者は何処かの村にいるって言ってたわよね、そんでもって最近ジェットストリームはカルネ村での警備依頼を出している。間違いなく私達を誘い出す腹だわ。」
麻薬部門のヒルマも、この時ばかりはコッコドールに同調する。
「この箱を持ってきた私の部下は見事に麻薬にやられてたわ、しかもウチの商品じゃない。あいつらは最近カルネ村に何か工場を建てているらしいし、放っておけばこっちの被害もばかにならない。王国に最初に告発しないのは、秘密裏に葬りたいんでしょう。」
二人の分析にゼロは頷いて低い声を出す。

「もはや考える余地はない、相手が決戦を挑むなら踏み砕くだけだ。各部門の兵隊を俺に寄越せ。傭兵たちにも声をかけろ。八本指のプライドにかけてあいつらは簡単には殺さん。」



「というわけで彼らをカルネ村手前で迎撃して壊滅させます。王国兵は王都やエ・ランテルでの一斉摘発をしてもらい、冒険者などを雇って迎撃戦力とします。そこに陛下の軍隊で包囲すれば確実でしょう。成功すれば黒粉の脅威が取り除かれ、間接的に先程の事業にもプラスの影響を与えるでしょう。」
迎撃点の詳細な地形図等を確認しながらジルクニフは検討する。
八本指の壊滅は王国のほうに利益が大きい、さらに今まで良いように操ってきた愚かな貴族共が八本指とつながっているという罪で粛清される可能性がある。
対する帝国は王国領を侵犯する事になり、相手の様々な口実に使われるかもしれない。
帝国のメリットはひとえにゼッドの言う事業にかかっている。

『いや、違うな。もはや王国の将来が誰の手に落ちるか、という問題だ。』
このままでは戦争による併合以外に手に入れる方法はない。しかし彼のプランであれば損失の大きい戦争を避けて王国の経済が手に入る。

「よろしい。黒粉は我が国にも重要な問題だ。ニンブル・アーク・デイル・アノック!レイナース・ロックブルズ! 二人に命じる。ゼッド殿の作戦に共同して八本指を壊滅させよ。」
「畏まりました。」
「・・・畏まりました。」
皇帝の決断に対する家臣の反応は様々だが、レイナースが明らかに嫌そうな顔をしている。
それに眉を顰めるロウネだったが、ゼッドは微笑を浮かべたまま口を開く。
「陛下のご英断に感謝いたします。帝国四騎士のご協力をいただけるとは光栄の至りでございます。」
ゼッドの深い礼に頷いたジルクニフは、イレギュラーだらけの交渉が終わったことにやや安心する。そこを捉えたゼッドは笑みを深くする。
「陛下、今後私共と作戦や事業に関する窓口が必要だと愚考いたしますが。」
「そうだな、ロウネ・ヴァミリネン。事業の目的を含めて詳細を理解して協力せよ。」
ロウネは了解とばかりに深々と礼をしてゼッドに向き直る。
「秘書のロウネ・ヴァミリネンと申します。」
ゼッドは礼を返しつつおもむろに魔法を発動する。

<転移門>

驚く面々を手で制してゼッドは何事もないように口を開く。
「私も表向きはエ・ランテルで活動する身でありますので、ここでジェットストリームとの窓口を紹介いたします。今回の作戦では先陣を切って戦ってもらう存在です。協力者のエドストレームです。」
魔法の扉から姿を表したのは、グレーのスーツに身を包み黒縁メガネをかけた女性だった。
名前と先程の自白音声が繋がったジルクニフは目を見開く。

「ご紹介頂きました、元八本指のアニタ・エドストレームと申します。今はゼッド様の厚意によりまして事業における窓口兼責任者を任されております。今回の戦闘をきっかけに皆様からの信頼を取り戻す覚悟でございますれば、どうかよろしくお願いいたします。」


ゼッド達が転移して去り、ジルクニフとフールーダはそれぞれ座って別の方向を見ている。
「爺、弁解と意見を聞こうか。」
「ジェットストリームは我々の手に負える存在では無いでしょう。私としても屈服する以外に道がございませんでした。」
苦い顔をする面々に、ジルクニフは自嘲気味に笑うとフールーダを見据える。
「無条件降伏でも勧めるのか?」
「いえ、私が聞く限りでは彼らは支配を目的としていません。資産家になることも、王国をコントロールすることも手段の一つでしか無いような印象でした。おそらく帝国を支配するような事はしないと思われます。」
確かに王国を支配することと、帝国を支配することでは難易度に雲泥の差がある。帝国において皇帝の求心力は健在であり、それをすげ替える事は非常に困難だ。
「日頃の行いに救われたというところか。」
指を組んで、今後を考えるジルクニフにロウネが声をかける。
「恐れながら陛下、フールーダ様の処分は如何なさいますか。緊急とは言えあのような危険人物を招き入れた事は善悪を問わず規則違反です。」
その声にジルクニフは不敵な笑みを取り戻す。
「そうだな、爺。一週間の謹慎を命じる。ゆっくり休んでこい。」
全く罰になっていないような口調にフールーダも笑う。
「陛下、一週間とは長うございますな。」
一週間という長さにバジウッドは思い至って笑いをこらえる。
「気にするな、結局この部屋で一位はお前だからな。」



ちょっと帝国編でした。今回ではあんまりジルクニフがすり減りません。
もうちょっと色々したいのですが、優先順位をつけるのって難しいですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Blues Runner vs Spy

さぁ楽しいパロディーごった煮の時間です。
何回ニヤるかな。

・前回のあらすじ
突然帰還したフールーダを迎えるジルクニフ。しかしフールーダはゼッドという意外な客人を連れていた。
ゼッドはある事業への参画と六本指の壊滅に協力してほしいと持ちかけ、おもむろに“ボイスレター”を流す。
それはエドストレームの協力で録音した六本指の暴露だった。
同時に聞いていた六本指は即座に戦力を集結するべく動き出す。
協力を確約するジルクニフの前にゼッドは自身の先陣を任せる人物を呼び出す。
その女性は裏切り者のエドストレーム自身だった。



朝のエ・ランテル、日の出前から市場を準備する往来に二人のスパイが立っている。
店の手伝いに来た少年は手を止めて、大人はチラチラと横目で二人を注視している。
「なぁおい、俺の顔にキスマークでもついてるか?」
視線を受けて満更でもない黒スーツにサングラス、黒ネクタイ、黒ハットで若干背の低い男。
彼はボウロロープ侯爵配下の財務官で名前をジャッケルという。
「・・・ない。私達の服が原因。」
こちらは視線を完全に無視した、白スーツにサングラス、白ネクタイ、白ハットでやたら背の高い男。
彼はレエブン侯爵配下の財務官で名前をヘッケルという。


手を前で組み肩幅に広げた仁王立ち。微動だにしない厳つい二人は虚空の一角を見つめたまま懐に手を入れる。
ザワッと群衆が少しざわめくが、気にもせずにそれぞれ羊皮紙を取り出す。
手早く交換すると細かい文字と数字の塊に高速で目を通す。
「お前もか。」
何事もないような素振りで二人は羊皮紙に火をつけて傍の用水路に投げ込む。
彼らが目を通した資料はそれぞれの領地における税収の詳細だった。
財務官とは言え他の貴族の情報を見るなどあってはならない。しかし確認するのはお互いがエ・ランテルにいる理由を確かめるためだ。
「税収が安定しすぎている。生産者や商人達の羽振りが明らかに上向いた。」


税収が安定することは良いことだが、そのタイミングとスピードがおかしかった。
この時期は戦争に向かって税収が厳しくなる。商人達の心理としては戦争を理由にした徴収等を警戒しているのが半分。万が一領主が死亡した場合のいざこざに備えている心理が半分だ。
とにかく消極的になりがちな商業や製造業が沸騰している。
さらに彼らの収める税額から逆算した利益は爆発的に増えている。


問題はこの利益がどのようにもたらされているかだ。
経済はヒト・モノ・カネ。この全体量が流動する事で成り立っている。
領地に金が流れ込んできて、人は動いていない。となればモノが流出しているのだ。
そしてモノがどうもことごとくエ・ランテルに行き着いている。
突然エ・ランテルに大貴族が現れて周囲を買い占めているような現象。
それを察知したジャッケルは独断で、ヘッケルはレエブン候に命じられてエ・ランテルの経済を調査しに来たのだ。


二人は同じ釜の飯を食った良きライバルである。
財務官になる人間は王都における専門の機関で養成される。そこに蓄積された情報で勉強するため、出て来る財務官は皆判を押したように同じ知識とハウツーを持っている。
そのなかで二人は見た目や性格からして真反対の型破りな人物であり、それぞれ独自のハウツーを適用しながらより良い成果を出してきた。


「市場の果物がどれも新鮮で価格も高めだ。」
「服も斬新なデザインで高めの店が多い。」
彼らが行っているのは領民の懐事情を探る基本、市場調査だ。
向こうからは見えないが、サングラス越しで目まぐるしく視線を動かして市場の価格帯と品質を確認していく。
無口で並びながら、どこを見ているかわからない二人が全く同じ歩調で市場を横断していく。
早起きの子供が面白がって後を真似て歩こうとして親に止められる。
「ガキも季節の中盤で新しい服を着てやがる。」
「中級の市民、やはり好景気。」


市場を見た限り彼らの想像は当たっている。何某か大量の金がエ・ランテルに溢れていて、その一部が周囲の買い占めを行っている。
恐らく王都の硬貨鋳造所ではエ・ランテルから大量の発行依頼が来ているのだろう。
直轄領でありながら最前線の街であるエ・ランテルは硬貨発行の権利がない。
そして王国最大の欠陥は硬貨の発行量を全体で管理していないということだ。
「硬貨局、無能。」
「フン、そろそろ朝飯時だ。冒険者を見に行くぞ。」
一歩踏み出すジャッケルの肩をヘッケルが掴みつつ、親指で自分の肩の背後を指し示す。
この街に入ってから十回は繰り返したやり取りに無表情のヘッケルが呟く。
「宿はこっちだ。」



この街において主な消費者は戦時の駐屯兵と平時の冒険者である。
冒険者は装備も買えば日用品も買うし飲み食いもするから、彼らの宿を覗けばそのまま消費意欲が観察できる。
市場を抜けた先の路地を曲がったあたりから耳の良いヘッケルがジャッケルの肩を掴む。
「音楽。」
ジャッケルが耳をすませば確かに何かしらの拍子に乗った音が聞こえる。しかも音色の種類が半端ではない。
「楽隊?予定は無いはずだし。そもそも宿場通りに貴族は来ない・・・か。」
楽隊は王国において貴族や王族の持つ部隊であり、式典などで出動する特別な部隊だ。
彼らは隊列の制御だけでなく街の隅々までやんごとなき身分の来訪を伝えるメッセンジャーでもある。
「パナソレイは楽隊を持たない。となれば。」
「待ち人現る。こりゃ文字通り朝飯前だな。」
二人はハットのつばを摘んで目深に被り直すとそれぞれ逆方向に歩き出した。
即座にジャッケルの肩を掴んだヘッケルは親指で自分の方向を示す。
「こっちだ。」



音が大きくなるに連れて二人の戸惑いは大きくなる。
この街一番の宿“黄金の輝き亭”は過ぎて、もはや中級以下の宿が並ぶばかりだ。
居並ぶ宿の一角、人だかりができている宿から音は漏れていた。
外見は銀の冒険者までが使うような宿であり、10人泊まれば満杯といった様子。
左右を別の宿に挟まれておりとても狭く感じるが一階部分は広めの食堂になっており、朝飯目当てで冒険者や遠出する商人達が集まっていた。
遠目から確認した二人は顔を見合わせる。
「地下?」
「ビンゴ。楽隊が入るには地下しか無いだろうし、それなら確実に違法建築だ。」


犯罪や家主の隠し金による徴税逃れを防止するために一般的な店は倉庫以外の地下を作ってはならないとしている。
倉庫以外の用途が発覚した場合は即座に銀貨10枚の罰金を受けると同時に手入れにより発覚した罪も加算される。
エ・ランテルの法を予習してきた二人は黒幕を引きずり下ろす手段を見つけて歩きだす。
不審がられないようにさり気なく入店すると全員の視線が二人の身なりに突き刺さる。
「おい、やっぱりキスマークついてるだろ。」
戯言をのたまいながらカウンターへ向かったジャッケルはふと、そばの商人がかっ込んでいる料理に目が行く。


灰色の糸がバスケットの様な網の上に置いてあり、その下に皿が敷いてある。
隣には手頃な大きさの器に黒い液体が注がれており、その中に鳥の肉と謎の野菜が沈んでいる。
商人は二本の棒で器用に糸を手繰ると迷うこと無く液体の器へ二度三度くぐらせ、リズムを止めずに絡めた糸を音を立てて啜る。
ズゾゾゾ、ゾゾ。
決して上品とは思えない音があちこちで上がる。
肉を確認していなければこれが食べ物だとは思わなかった二人はサングラスの奥で目を見開いたままゆっくりと顔を合わせると沈黙する。
その様子に焦れた店主が声をかける。
「空きました、空きました。いらっしゃいいらっしゃい。」
何故か二回繰り返す店主にも沈黙した二人は促されるままカウンターに腰掛ける。


「何にしましょうか。」
間髪入れない店主の問。ジャッケルは高速で脳を回転させる。
とにかく尻尾を掴むまでは客を演じなければならない。
そして何にするもなにも、店内では皆同じ灰色の何かを食べている。美味しそうに食べている。
『店主の問は種類ではなく量ではないか?あの灰色の糸の量を聞いているのか。』
ジャッケルは閃く。確かに注意して観察すれば食べ始めた客の前にある糸の量がまちまちだ。
ということは何かしらの単位があるだろうがそれはわからない。
『1・・・いや、少なすぎる可能性が・・・しかし10や20と細分化されているようにも見えない。』
ここで同じ思考を巡らせていたヘッケルが手を開き、親指を折るサインを送る。
こういう土壇場でヘッケルは強い事を思い出したジャッケルは1秒フラットの思考を終えて落ち着いた低い声を出す。


「Give me four.」(4つくれ)


店主は目を見開くとわずかに厨房の方向へ視線を動かしかける。これをジャッケルは見逃さない。
うろたえた店主は指を二本突き立てて懇願する。
「二つで十分ですよ!」
「No, four. Two, two, four.」 (いや、4つだ。)
ヘッケルは見ていたのだ、店主の前にある灰色の糸の山が残り4つということに。
ここでジャッケルが4つ頼めば補充のために店主が厨房へ下がるだろう。
それを見越してのオーダーだ。ジャッケルは下がらない。
「二つで十分ですよ!」
少し言葉に訛りのある店主はもはや平謝りしている様に二人の目に映る。ジャッケルは下がらない。
「分かってくださいよ。」


お手上げとばかりに店主は残りの4つを釜に放り込んで茹でだした。
そして奥の厨房へ消えた店主の後にヘッケルが滑り込む。
「私は財務官のヘッケル。楽隊の居場所か雇い主の居場所を教えろ。」
呆気にとられて返事が遅れる店主の前にもう一人が迫っていた。
「俺はジャッケルだ、隠せば地下の違法建築で手入れしてもいい。」
突然のことに動転する店主だが、助けを呼ぼうにも前後を挟まれたここは狭い厨房だ。
「お、お役人さん・・・楽隊ってのは、この音楽の事で?」
「ああ。」
冷静沈着なヘッケルの声は懐柔のトーンも含んで店主を落ち着ける。
「この音楽はマジックアイテムでさぁ。カウンター後の棚の上に木の箱があってアレから鳴ってるんで。」
ヘッケルが厨房からカウンターへ首だけ出せば確かに木の箱があり、音の方向としては合っている。
「じゃあこの箱を渡した奴を教えてくれよ。」
店主の肩に手を置くジャッケルは蛇のように執拗に店主を追い詰める。
「この箱は・・・」
いいかけた店主の声は王国中をつんざく“オープニング”でかき消された。



『グーーーーーッモーニン!!』



これまでのピアノ主体の軽快なジャズから一転、けたたましく泥臭いギターに野性味あふれるドラム。清涼剤のようなタンバリンが刻む中、ワイルドで低いボーカルが登場する。血が煮えたぎるような熱いワンコーラスがガンガンにかかり、タフなボーカルを押しのけて、真打ちが登場する。


『Yeehaa!こちらは国中の何でも屋、ジェットストリームのゼッド店長だ!
今日も一日中このうるせぇ声と最高な音楽に付き合ってくれ!
まず朝っぱらからムサい曲をプレゼント、Rare Earth のGet Ready!』



二人はサングラスがずれ落ちた格好で仰天していた。
突然箱が喋りだしたかと思うと自己紹介もそこそこに息をも付かせぬ嵐のようなトーク。
周りも固まっているかと思いきやノリノリで蕎麦をすすり、頭を揺らしながら仕事に出て行く人々。
丸々一曲分放心した二人の前に店主がざる蕎麦を出す。
「このハシって奴はコツが要りましてね。」
未だ心が戻ってこない二人は店主に掴まされるままハシを握ると不器用に蕎麦を引っ掛けてつゆに浸す。
放すと再びすくい出すことはできそうにないのでそのまま引き上げて口に持っていく。


ズゾゾゾゾ。


蕎麦を啜る間にもゼッドのトークは収まらない。曲を変えながら間に合わないと言った具合にアーティストのエピソードや歌詞の内容をざっくりと説明する。
放送をはじめてわかったのだが、彼がためていた音楽のデータは“翻訳こんにゃく”を通らない。そのことに気づいたゼッドは「別にフィーリングだけわかればいい。」と問題にしなかったが、それでも曲に対するリスペクトがついつい要らない知識をリスナーに植え込んでいく。



『今日はソウルとロック特集だ!何言ってるかわかんないって?こまけぇこたぁいいんだよ。後一週間でお前達を音楽無しじゃ物足りない耳にしてやるぜ。
さてソウルと言えばこの御方、“レディ・ソウル”Aretha Franklin 、I Say a Little Prayer。』



ジャズよりも更に跳ねるピアノ、それを影から後押しするたくましいベース。
そして二人は天啓を受けることになる。


空気を包み込むほど濃密なコーラスにつづいて、雲間から光がさすように強烈な声が脳内と心臓を鷲掴みにする。
寄せては返す激しいアップダウンのテンポや広がるコーラスを物ともしない強く美しい声。
楽隊の音楽とは根本的に異なる、魂から直接声が出ている様な叫び。
言葉の意味は分からないがとても頼りになる女房が背中を押すような、頼もしさと共に活力が湧き上がってくる感覚。


もはや想像以上に美味しかった蕎麦の味すらわからない。
完食した二人は曲とともに両手を合わせて感謝する。
「おい、俺は行くぜ。」
ジャッケルは銀貨をカウンターに置くとスーツを整えながら立ち上がる。
ヘッケルは一瞬迷ったものの、同じく銀貨を置いて店主からジェットストリームの屋敷の場所を聞くとサングラスを整えて席を立つ。
二人に会話はない。来たときと同じように堂々と立ち去り、外に出た二人は真逆の方向に歩く。
「こっちだ。」
ヘッケルが肩を掴んでジャッケルが向きを変える。
彼らの後ろ姿にラヂオから同じくAretha Franklinの“Think”(考え直せ!)が流れていた。



その後、ゼッドが必要と考えていた優秀な文官が二人加入することになる。
対面したゼッドは爆笑しながら
「お前たちはレジェンドになる。」
と請け負って彼らを雇った。

ヘッケルだけはレエブン候にエ・ランテル及びジェットストリームに関する詳細な報告書を届けさせるのだが、これを読んだレエブン侯は
「人選が当たりすぎた。」
と肩を落とすのだった。



いかがだったでしょうか、いやーフリーダムだと筆がノリますね。
そして今さら気づきます。
「ラジオのトークって活字にしたらだいぶ寒くない・・・?」

実はめっちゃ難しいタイトルだったって気づいた、今!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

It's A Small World

今回は王都へ、東奔西走するゼッドさん。
日々のハードワークや両親の介護に体調を崩した彼が選んだのは

緑効青汁でした。

この後モモンガ様も一気飲みします。(嘘)

・前回のあらすじ
ゼッドの買い占めに気づいた財務官のヘッケルとジャッケルは調査のためにエ・ランテルを訪れる。
活気あふれる街に元凶の存在を確信した彼らは音楽に導かれ一軒の宿を訪れる。
そこで彼らは天啓を受けることになる。

『グーーーーーッモーニン!!』

未来の雇い主は面白おかしく朝のエ・ランテルを塗り替えていく。


白い柱に豪華な調度品が居並ぶ長い通路。
王宮の廊下を歩きながらレエブン候は報告書の一文を思い返していた。


『彼のエ・ランテルでの行動を整理すると平民に対する“効率化”と“幸福感の提供”の二種類に分かれる。
 ただ利益を優先する商人であれば後者の行動はそこまで必要ではない。
 ただ名誉が欲しければ前者の行動は迂遠と言わざる負えない。
 つまりこの二つが必要な“何か”が彼の思惑にあることは明らかである。』


この結論にある“何か”を見極めるために謁見の間へ歩を進めるが、その足取りは重い。
謁見の間で展開されるであろうこちら側の醜態を想像して吐き気がこみ上げる。
他の貴族達にゼッドを攻撃することは自分たちの首をしめ、血を流すことだと理解させることは不可能に近い。
しかし理解は無理でも止めなければならない。これまで繕ってきた自分の立場を犠牲にしても息子に明るい将来を引き渡す。
悲壮な覚悟を胸にため息を一つ吐いて、レエブン侯は戦場への扉を開いた。



リ・エスティーゼ王国、王宮内謁見の間は異様な雰囲気に包まれていた。
これまで謁見を許された人物のリストに異国の商人という項目はなかった。それが過去になるのだ。
出席する貴族たちは揃って不機嫌を露わにしていた。
「まったく、陛下の気まぐれにも呆れ返るわ。帝国との合戦も遠くないというのにこのようなことで我々を呼び出すとは。」
口火をきったのは貴族派の盟主たるボウロロープ侯爵であった。
然り!と周りの腰巾着も揃って不満を口にする。
「この者は何処とも知れぬ異国の商人という。もしや帝国の工作員では無いのか?」
「その通り、むしろこの場で正体を暴き、生奴めの財産を王国に取り戻すべきだ!」
『どこまで楽観的で愚かな連中だ。天井知らずのバカ者どもだ。』
その中でレエブン侯は一人浮かない顔をしている。彼は知っている。今まで宮廷側の再三の呼び出しをこの商人は断り続けていた。
それが今日現れる理由はただ一つ。王国首脳部を全て敵に回しても構わない状況が完成したからに他ならない。

『主要な生産者と商人達が全て彼の商会経由で回っている事を知らせれば、少しは頭も冷えるか。いや、王国にある以上自分たちの所有物に違いないと考えるような奴らではわかるまいよ。』

鉄を生産してもそれで金が増えるわけではない。その鉄を欲している先に売ってこそ収入が生まれる。そこでジェットストリームは鉄を安く仕入れ、少々の利益を乗せて売り払う。
生産側としては安定して大量に買ってくれる為、単価が減少しても目を瞑る。
加工側としては材料費が安くなるので満足する。
ジェットストリームは今までの商売に“まとめる”という新風を吹き込んだのだ。個々で輸送していたコストやリスクもまとめて護衛を集中させることで減少させた。それによって生じる利益は彼らのものだ。

しかしレエブン侯が問題にしているのはそこではない。

仮に生産者が独自の販売ルートを探すとして彼らよりも安く提供できるだろうか、仮に実現できたとして周りがジェットストリームとしか取引をしないのでは売り手自体が存在しない。
法ではなく金で彼らはジェットストリームに従わざる負えない。
この悪辣なところは実際に利益が出るから誰もやめようと思わない事だ。
彼らは手を取り合い喜んで輪に入るが、それが金でできた数珠つなぎの首輪であることを知らない。ジェットストリームは王国を発展させる事ができると同時に一撃で王国全土を心不全にもできるのだ。

レエブン侯は祈るような気持ちで周辺の領地を調べさせたがどこも同じ報告だった。
それどころか領主たる貴族達の大半は税収が増えて喜んでいるありさまだ。
それぞれの貴族が思い思いに統治をする為に現状の把握が遅れてしまったレエブン侯はもはやジェットストリームの代表が聖人君子である事を祈るしか無かったのだ。


「皆の者、楽にせよ。」
レエブン侯の思考は国王の登場で現実に引き戻される。
王は玉座に腰を下ろすと頷いて進行役に合図する。
「ジェットストリーム商会代表、ゼッド!」
進行役の文官は大きな声で扉の向こうの衛兵に合図を出し、衛兵たちは扉を静かに開く。
貴族たちが不愉快な視線を集中させる扉から現れたのは、立派な黒の燕尾服を着こなした男で、穏やかで丸い顔立ちはとてもガゼフ生還の功労者とは思え無い。
ゼッドはしっかりとした歩調で国王と家臣を隔てる階段の1.5メートル手前に止まり、流れるような動作で立ったままお辞儀をした。
あまりに自信たっぷりの所作に一瞬だけ空白が生まれるが、そこに滑り込んだ一言が着火剤になる。

「ジェットストリーム代表のゼッド。お召により参上致しました、私のような一商人をお招きいただき恐縮にございます。しかしながら別の国で洗礼を受けた身であるため、膝を折っての挨拶はどうかご容赦下さい。」
「商人風情が偉そうな口を叩くな!!」
最初に激昂したのはリットン伯爵であった。しかし涼しそうな顔を崩さないゼッドに全員の怒りが沸騰する。
罵詈雑言の嵐からスタートするかと思われたが、王の咳払いでそれは抑えられた。
「良い。招いた我が許す。幸い今日の謁見は公式なものではないのでな。」
枯れ木のような老人の口調には隠しきれない申し訳無さが滲んでいた。

当初ガゼフを救った人物に謁見を許すと言い放った王であったが、貴族は前例のない事と身分の不詳を理由に頑として再考を願い出てきた。
そこでレエブン候が出した折衷案が“記録に残さないし何も授与しない謁見”であった。
爵位授与等を警戒していた貴族はこれで矛を収め、王も渋々それを採用した。
これはガゼフ生還に対して不自然なリアクションを取る貴族の事情を知っていたレエブン侯として、あまり大事にせず相手の正体を確かめるために取った行動であった。


「陛下のご厚意に感謝いたします。」
「面をあげよ」
ゼッドは謝意を表しながら国王ランポッサⅢ世に向けた表情はあくまで穏やかであり、朝の湖のように感情の波一つ立たない。
対する国王も老人特有の棘のない表情をしている。
「異国の商人ゼッドよ、此度は我が最良の忠臣を窮地から救ってくれたこと。感謝する。」
この発言は事情を知るレエブン侯の驚きと、他貴族の怒りを招いた。

国王とは言え、実権は良く言って貴族達と同等でそれ以上ではない。
王族派の人間と言われているガゼフを最良と評する事は貴族派の怒りを買い、平民への感謝は王族派、貴族派両方の怒りを買う。
貴族達のバランスを考えれば失言だろう。しかし国王はそれに背くだけの価値があると考えている。
『もしや王はゼッドの実力を正当に評価しているのではないか。それともガゼフ戦士長が王に・・・。』

見ればガゼフの表情は変わらない。彼が入れ知恵したとすれば王にとっては幸運だろう。
「感謝などもったいない。私はただ降りかかる火の粉を払ったのみで、むしろ王国最強であり人格者であられる戦士長殿に協力できたことは光栄至極でございます。」
ゼッドは貴族派の怒りを見透かして火を煽る。同じレッテルでも時と場合で与える効果は段違いだ。もはや貴族派で眉間に皺を寄せていない貴族は皆無だ。

「しかし私は疑問でございます。商人の私から見まして戦士長殿の武具は失礼ながら、あまり価値のあるものとは思えませんでした。」

続ける一言が一部貴族の鼓動を跳ね上がらせる。
そのタイミングを見透かしたようにゼッドはそれらに一瞥を送る。
「お望みとあらば友人の為に商会の名を賭けまして最高の武具一式をお送りさせていただきます。」
「早速商談とは、商人はこれだから礼儀を知らんのだ。」
ボウロロープ侯爵が窘めるような、なじるようなトーンで割り込んでくる。
このもっともらしい言い方は言葉の意味以外に説得力を増す効果を含んでいる。
貴族派閥における盟主の言葉に対抗する王族派はいない。
「侯爵様、私はただ友人の命を案じているだけでございます。この度“背後の守りが特に厚い鎧”が手に入りまして、素晴らしい逸品である“諸刃の剣”と共にガゼフ殿にこそ相応しい物と判断致しました。」

打ち込まれる皮肉が刺さるのは今回の顛末を知っているこの場の全員であり、ガゼフはその驚愕ぶりに小さく鼻で笑った。
「ふむ、不思議なことを言う口だ。私は商品の内容など聞いてはおらんぞ。不思議を通り越して不審な男だとの噂もあるが、まんざら只の噂とも思えなくなってきたな?」
ボウロロープ侯爵は動じない。この言葉を合図に同じ貴族派のリットン伯爵が糾弾を開始する。

「その噂であれば私も聞き及んでおります。珍妙なアイテムで人心を惑わし、王国に対して良からぬ企てをしている。そのためにエ・ランテルの屋敷はまるでもう一つの城塞のような堅牢さであるとか。」

順番を逆さにすれば単なる下衆の勘繰りだが、希望的観測に小さな証拠らしきものを並べるとその希望が共有されている空間ではもっともらしい言葉に聞こえてくる。
レエブン候は慌てて止めようとするが、王が珍しく鋭い視線でこれを制する。
ガゼフを見れば特に弁護をするわけでもなく、静観している。

「一商人である私などの屋敷をご存知いただけるとは光栄でございます。最も、堅牢さは確かにこれから始める事業のためであり、美味しい料理や音楽が人心を惑わしているかと言われれば見方によるところでございましょう。ご希望であれば料理だけでもお持ち致しますが。」

真っ向からの否定を予想していたリットン伯は会心の笑みを見せ、ボウロロープ侯は表情を硬くする。
「ほぉ、疑いを認めると。」
「私の商売はあくまで平民と私が気に入った人物のみに行っておりますれば、大貴族の皆様からすればそういった思いも抱きたいところでありましょう。」
リットン伯は高らかに室外の衛兵を呼ぶ。
「衛兵!あろうことかこの商人から反逆の言質があった。拘束しろ!」
しかしその扉は開かない。

「反逆とは国民を代表する国王の意向や理想に背くこと、あなた方ではないでしょう。少なくとも私はランポッサ王に対して背いた覚えは御座いません。」

燃え上がる炎にガソリンがぶち巻かれ、謁見の間はもはや目に見えない修羅場と化している。
「貴様、今何と言った。」
リットン伯の軽妙だった口調は一気に氷点下まで下がる。


「言い方を変えればあなたは何かを生み出すこともなく、王のように重圧を担っている意識もない。ましてや王国の宝である戦士長や国民を貶めている。商人としては値のつけようが無いということです。」


「戦士長!この男の首を刎ねろ!!」
リットン伯の怒りは逆に周囲の温度を下げていく。勢いに対して戦士長が静観を貫いているからだ。
「我が友人は王の剣であり貴方のものではない。領地以外で貴方が手にしているのは法国から随分前にもらった金と八本指から入る上納金、そして上司からのお駄賃のみです。」

いつの間にか謁見の間はゼッド弾劾の見世物に変わり、再び攻守が入れ替わろうとしている。
貴族派の一翼をかばうためにボウロロープ候が前にでる。
「貴様はこの場を何と心得ている。王の前でこのような根拠のない恥知らずな言動は反逆以前に不敬の極み。私としては我らが王への不敬に対して看過できんが?」
そしてさり気なく王族派のブラムラシュー侯へ視線を動かす。
ブラムラシュー候は咄嗟の計算でゼッドを助ければ王に対して恩が売れると考えた。
「ゼッドよ、それ以上口を開くべきではないぞ。今であれば戦士長に対する功で死刑は免れるかもしれん。何よりこれ以上の暴言は王が喜ばれない。」

両派閥に挟まれたゼッドは笑いをこらえながら表情を険しく作り直す。
「控えろ!!今、お前たちは王の力を弄んだ!」
威圧感たっぷりの声に全員が静まり返る。
「この場だけでも王の直属である戦士長に命令し、あまつさえ自分たちの行動の理由付けを王になすりつけた。これ以上の不敬があろうか、反逆があろうか!」
そう言ってゼッドは少しだけレエブン侯へ視線を送る。
「今日この場に馳せ参じました真の目的は、国賊たるブラムラシュー侯及びリットン伯に対する告発を直に行うためでございます。」


『何がどうなっているんだ?』
レエブン候は必死に頭を回して状況を整理する。

ゼッドが両派閥の一部大貴族と敵対した。

これに対するメリットを想像するならば二人が失脚した後釜として彼自身が爵位を受け取って手にする領地が増える事くらいだが、リスクに見合っていない。
今後彼が爵位を与えられて貴族になったとして、汚れた貴族達が味方につくわけがない。貴族を弾劾した事で自身が貴族になるメリットを自ら潰してしまっている。
となれば別の目的があるはずだ。
慎重に彼の言葉や元部下の報告書を脳内に並べていく。

『・・・王国の宝である戦士長や国民・・・』
『・・・反逆とは国民を代表する国王の意向や理想に背くこと・・・』
『・・・私の商売はあくまで平民と私が気に入った人物のみに行っております・・・』
『・・・平民に対する“効率化”と“幸福感の提供”・・・』

『・・・あなた方ではないでしょう・・・』

並べれば並べるほどレエブン候は寒気を感じずにはいられない。
彼は王を国民の代表と思っており、更に領民という言葉を用いない。
確実に“貴族という階級が無いもの”として喋っているのだ。

『貴族が解体される!』

直感だが彼の目的を悟ったレエブン候は咄嗟にガゼフを睨みつけた。
ガゼフはこの空気の中、満足そうに直立して王に表情を見せていない。
さらに王を見れば最初から変わらず穏やかに静観している。

レエブン候は“見捨てられる”という気持ちが今になって痛いほどわかった。
これまで王国の影の柱として国体を支えてきたのは自分のはずだ。
それが正当に評価されないことは覚悟していたが、これまでの王に対する献身は何だったのか。
卑怯者というレッテルはいくらでも甘受するが、反逆者などと罵られてはこれまで王に仕えてきた意味がなくなる。歯噛みするレエブン候に向かって仕掛け人から声が飛んできた。

「これから明かす内容はガゼフ戦士長及びレエブン候を始めとする勇気ある貴族の方々のご協力により判明しました、王国に巣食う膿の正体であります。」

ゼッドは話し始める。目の前とそれ以外の“リスナー”に向かって。



いかがだったでしょうか、青汁の素晴らしさを理解していただければ幸いです。
CM撮り終わったのでモモンガ様がこぼしまくった大量の青汁を処分する作業に入ります。

あっ、スタッフがおいしくいただきましたから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

The Long and Winding Road

遅くなりました。ちょっとここ最近は忙しくなってきまして、さらに更新が遅れるかもしれません。
あと様々なご指摘を頂き、考えた末に小説の説明に追記をすることにしました。
違和感があればご報告いただけると幸いです。

・前回のあらすじ
ゼッドは再三の招待についに答えて謁見の間に姿をあらわす。
しかし貴族が用意していたのは弾劾の場であった。
それを逆手に取るべく、ゼッドは攻勢を開始する。




ゼッドは驚愕と怒りに彩られた周囲を睥睨して、ブルムラシュー候爵から狙いをつける。
「侯爵様の部下は有能ですな、ちゃんと収支を計算して不明な収入をまとめておいでだった。」
そう言ってゼッドは懐から日記帳を取り出す。
「これは“事故死”した財務官の日記帳で、最後の記録は“不明の収入金貨30枚に関してお伺いに行く”と書いてあります。ブラムラシュー侯、この不明な収入に関してはご存知でしたか?」
「知らんな、大方その財務官が受けた賄賂を私のせいにしようと言う所だろう。」
即座に尻尾を切り落とすブラムラシュー侯に対してゼッドは余裕がある。
「他に言っておくことはございますか?」
「これで潔白が証明されればお前は私が直々に首をはねてやろう。」
息巻くブラムラシュー侯に苦笑いのゼッドは、手を叩いて二回音を鳴らす。
すると今まで開かなかった扉が開き、一人の太った男が戦士に捕縛され引きずられてきた。
その男を見るなりブラムラシュー侯の顔色は一気に悪くなる。

「王都で挙動不審だった彼に声を掛けたのですが、逃げ出されたので拘束した次第です。」
連れてこられた男はブラムラシュー侯爵を見るなり声を荒げた。
「違うんだ!アイツが俺を脅してこの書類を運ぶように言ったん だ!」
男が床にぶち撒けた紙の一枚は王国の地図、他は名前が列挙してあるリストらしい書類。
とっさに手を伸ばしかけるブラムラシュー侯の動きをあざ笑うように、ゼッドは地図を拾い上げる。
「この王国の地図には各所に印がありますが、これは後日ラナー王女の指揮の下、青の薔薇が襲撃する予定の八本指の拠点です。そうですな、侯爵様?」
これはガゼフも驚いた。ラナーと青の薔薇が懇意なのは周知の事実だが、あの華奢な美少女がここまで命を張った作戦を立案していたとは
意外としか言い様がなかった。
「私は知らん!すべてこの男の茶番だ!」
もはやブラムラシュー侯としては全てを否定するしかない。
将棋やチェスにおける勝利はこういった場面とよく似ている。
つまりは相手の選択肢を狭めていき、身動きできない状態にすれば勝ちなのだ。
「ではこの仕掛け人に登場していただきましょう。」
そう言うと扉が開き、男は兵士に連れられて退場する。
変わって現れたのは、黄金の輝きを宿した少女だった。

「ラナー。」

叫びとも、ため息ともとれる声が弱々しく国王の口から漏れる。
「お父様、ゼッド様の仰るとおりこの地図は私が作成して、ブラムラシュー様のみにお渡しした偽の地図ですわ。」
透明な声は場に似つかわしくない朗らかな口調で放たれ、ブラムラシュー侯吹き飛ばされんばかりだ。
「偽物とは?」
ガゼフの問いにラナーはうなずく。
「まずこの印は半分がデタラメです。さらにこれはブラムラシュー様と密会をした際に二人で書き込んだ部分があります。これらの筆跡を確認すればブラムラシュー様の書いた文字であることがはっきりしますわ。」
そう言いながらラナーはブラムラシュー侯から受け取ったことのある手紙の署名と書き込まれた地名を並べる。払いの癖がそっくりな対の文字が次々と見つかる。
「男の話では一通が八本指に、もう一通が帝国に送られる手はずだったようです。」
補足するゼッドの言葉はもはやブラムラシュー侯の耳には届いていない。


「さて、侯爵の罪は明らかになりました。覚悟は終わりましたかな?伯爵様。」
「誤解をせんで欲しいな商人。彼はそこの裏切り者とは違う。リットン伯は自身の危険を顧みず、八本指なる組織に潜入していたのだ。」
機転の利くボウロロープ侯は今の詰め将棋から脱出可能な経路を見いだしていた。
この言い方であれば大概のことは潜入をカバーするための嘘と言えば済み、麻薬でもしていない限り彼の罪を立証することは困難だ。
しかし。
「ボウロロープ侯、それはあなたのご指示ですか?」
「・・・いや、彼の勇気ある作戦だ。」
ゼッドの表情を見ていて確信する。何かリットン伯はミスを犯している、このカバーでさえ覆えないような間違いをしている。
リットン伯は信じられないという顔でボウロロープ侯を見る。
結局派閥とは利害が一致する存在同士に過ぎない。害多ければ見限るのは必然。ボウロロープ侯は賢明で、リットン伯は保身のためにそのことを見逃していた。

「では彼の勇気ある行動の一部を見てみましょう。」

ゼッドは全員の前に一つの紙束を出して、その上に水晶を置いた。
周囲が問いただすよりも早く光りだした水晶はやつれた、細い女性の声を流す。

『-〇〇日目-
 今日私は買い取られた。
 馬車の中で書いている私の上に幌からこぼれた雫が垂れてくる。
 これからどれだけ叩かれるのだろう、ひどい目に遭うのだろう。
 早く慣れればいいな。
 』

『-〇〇日目-
 お屋敷についた夜に早速ご主人様に呼ばれる。
 連れて行かれた地下室はこれから何度も来るのだろう。
 痛いのでもう休む。』

『-○○日目-
 ご主人様は“豚に名は要らん”と言って私に番号をつけた。
 13番、お屋敷に私のような人は2人しか見たことがない。
 背中に押された焼印とともに、一生私は13番。』

『-○○日目-
 日中は地下室の掃除だ。
 自分の撒いた汚物を自分で片付ける。
 吐いてしまってはまた叩かれるので頑張って片付ける。
 もう夜のことは書かない。』

『-○○日目-
 ご主人様の名前がわかった。リットン伯爵と言うらしい。
 この名前は死んでから神様に教えることにする。』


声は途切れ途切れで、時に泣き出しながら必死に語られる。
ガゼフは声の途中から鬼の形相で剣を構えんとしていたが、ラナーに窘められる。
「ゼッド様を信じてください。きっとガゼフ様に両断されるよりひどい運命が待っています。」
ラナーの声は相変わらずの透明。口調こそ落ち込んでいるが芯の強さは変わらない。それは何から来るのか、ガゼフには知りようもなかった。

「彼女の名誉と尊厳のために名前はお教えできませんが、彼女を救出したリットン伯所有の屋敷にある地下室の調べは終わっております。・・・残念ながら被害者のうち救えたのは彼女だけでした。」
言葉を切ったゼッドは努めて明るい声を作る。
「しかし彼女の親戚を偶々知っておりましたので今は家族の下で魂の救済があらんことを祈るばかりで御座います。」


「リットン伯!!」


空気を震わせるような気配。彼らの前には別人の王がいた。
枯れ木の小枝のごとき老人から絞り出される威圧感にゼッド以外が全て跪く。

「我は悲しい。卿の先祖は王族を代々支え、平民のために戦の先陣を切る勇敢な家系であった。卿はもはやリットン伯を名乗るべきではない。卿こそ名は不要。」

そう言い放った王の横顔は若干哀しみを帯びていた。

「ゼッドよ。」
王は続けて今回の功労者を呼ぶ。
「卿は王国の救世主である。もはや当初の取り決めは撤回して、卿に爵位を与えて少しでもその功に報いたいが、いかに。」
王もゼッドが爵位に魅力を感じていないことは知っていたが、彼の願いがどこにあるかはまだ分からない。
「過分なお言葉。私が王国の水を飲んで育っていたのであれば陛下に一生の忠誠を誓ったでしょう。しかし私は別の水を飲んで育ちました。どうか私の爵位に変わりまして一つお許しいただきたい事業が御座います。」

「よかろう。そなたの行う事業は必ずや王国をよい方向へ導くと信じて許す。」

王は即答した。内容も分からないはずだが、王は穏やかにしかししっかりと確約した。
ここに来て初めてゼッドは驚く顔を見せた。
「なに、そなたもするという占いのまねをしてみただけのことだ。」
王は初めて声を上げて笑った。

「ゼッド殿、今回はお見事だった。私も信じたくはないが事実は受け止めるべきだろう。」
初対面の時とは一転変わってボウロロープ侯は手を差し出してきた。
それを会釈で躱したゼッドに対してしか聞こえないほど小さな声で。
「八本指だったか、今後は卿も気をつけるべきだろうな。」
「気をつけるのはあなたですよ。」
即答するゼッドに顔をしかめるボウロロープ侯。
そのにらみ合いに割って入ってきたのは王城を警護する兵士だった。
扉がけたたましく開かれ、走り込んできた兵士は息を切らせている。

「戦士長!!」
最初に戦士長を呼ぶということは高い確率で戦闘を意味する。
王は手をあげて兵士に先を促す。

「王城下の広場に市民が殺到しています!!」


数分前、王都の宿。

『この名前は死んでから神様に教えることにする。』

湖面のような静寂はジョッキを叩きつける音で破られた。
「ほんっとに飯がまずくなるぜ!」
衝撃で粉々になったグラスの破片を踏み砕いてガガーランは席を立った。
その勢いのまま近場の冒険者の胸ぐらをつかむと一言。
「行くぞ。」
「行くって、何処へだよ!」
パニックになった冒険者は次の瞬間扉に投げ飛ばされた。

「王城に決まってんだろが!!」

既に巨大な武器を担いだガガーランは踏み出していた。
「しかし、事件ならゼッドの旦那が・・・」
別の冒険者の声にガガーランは背中を向けたままだ。
「・・・悔しくねぇのか。何もかも他人に解決されて!鼻タレ坊主みたいにママの出す料理に喜ぶだけで良いってか!!」
啖呵を切るガガーランの肩は悔しさで震えていた。

戦うことを避けた覚えはない。しかしそれは間違いだった。自分の作った柵で挑戦を諦めていた相手がいたのだ。

「そいつはゴメンだ。あたしは知った以上戦いからは逃げない。」

そう言って外へ消えたガガーランの一拍後、慌ただしく装備を整えた冒険者たちが続いた。


王城前の広場へ行く道は民衆で埋め尽くされ、それが合流して巨大な濁流となっていた。
「ガガーラン、ムサい男ばっかり。」
横を見ればティアやティナがいつの間にか並んで歩いている。
「お前らも来たか。」
「当然。乙女を泣かせた豚殺すべし。慈悲はない。」
よく見ればその後ろをイビルアイが飛行しながら付いてきている。
「全く、これで冒険者証が剥奪されるかもしれないんだ。もう少し危機感を持て。」
「そう言いながら付いてくるイビルアイ。お人好し。」
「・・・乗りかかった船だ。それに花子やタリズマン様の雇い主の危機でもある。」
一人敬称がついていることに関して無自覚なイビルアイを笑いながらガガーラン達は歩を進める。

群衆は誰も何をすればいいか分かっていない。ただ理不尽なものに対する怒りが彼らを突き動かす。
広場へ付いた群衆は一言も発さずにただただ集まり続ける。
その様子におののいた兵士が駆け込んできたのだ。

「どういうことかな、ゼッドよ。」
既に犯人が確定しているような王の口調に苦笑いを浮かべたゼッドは懐から短杖を取り出す。
「今回の女性の声を流したのと同様に、謁見での会話は王国中に同じタイミングで流していました。別に記録に残さないだけで非公開とは聞いていなかったもので。」

その言葉に貴族たちは口を抑えて戦慄する。特にダメージが大きいのはボウロロープ侯だ。
彼はリットン伯に度々助け舟を出している。ギリギリのところで共犯は免れたが信頼の失墜は間違いない。

「貴様ぁ・・・!」
「気をつけてくださいね、侯爵様?」




同時刻、カルネ村

漆黒の剣がカルネ村を一目見た印象は“堅固な都市”だった。
レンガ造りの立派な壁に堀。物見も多く建てられ、巨大なボウガンが備え付けられている。
壁にも四角い穴がいくつか開いており、ただ防ぐだけでない意志が見て取れる。
門の前まで来れば花子が迎えてくれた。
「長旅お疲れ様でした。カルネ村へようこそ。」
分厚い木と鋳鉄で組まれた重い扉をゴーレムが開ける。


都市の中は実りの宝庫だった。多種多様な植物が栽培され、村人たちは葉や幹の様子を観察しては記録している。
「これは・・・」
自分も知らない植物に驚いたダインが感嘆すると花子は説明する。
「ここは実験所です。様々な植物を改良して食用や肥料、油や繊維などいろんなことを試してます。」
それが本当ならば素晴らしいことだとダインは思うが、一方で村の生活というものも知っている。税を納めるために一年中働き続ける村人を何人も見てきた。
「あぁ、税なら問題ありません。もう税額にして数年分の蓄えができました。」
ペテル達は驚愕しながらも納得する。それだけの金があれば壁や堀も要るだろう。
「とりあえず案内は翌日ということで、今日は皆さんの宿にお連れします。」

古ぼけた馬屋のような宿を想像していた四人は腰を抜かす羽目になる。
辺境の村においては規格外の2階建て、しかも窓までちゃんとついている。
言葉も出ない四人は花子に腕を引かれて中に入ると、内装も行き届いていて木のぬくもりが感じられる。エ・ランテルとはまた違った上品さだ。
「皆さん座ってください。これからこの宿で一緒に過ごすパートナーを紹介するわ。」
そう言われて四人がテーブルに付いたことを確認すると、花子は扉の向こうへ消えて何か話し合っているようだ。
「ほら、勇気を出して。」
「あ、あの・・・」
「あぁもうじれったい・・・ほら歩く!」

靴音が廊下から扉に迫ってくる。そして全貌が見えた時、一人が固まった。
「・・・皆さん・・・はじめ、まして。ツアレニーニャ・ベイロ・・・」

「姉さん!!」

声が聞こえた頃に四人が見たのは姉に抱きつく妹の姿だった。
「姉さん!!姉さん!!」
ニニャはもうそれしか叫べない。
ツアレも苦労を聞いた妹になんと言っていいかわからず頭を撫でることしかできない。
「お、おい。」
信じられないものを見ているペテルがルクルットを小突くが、反応がない。
ダインは滝のような涙を流している。
収集のつきそうにない五人を見た花子は手を叩く。

「はいはい、まずは美味しいものを食べて喜ぶ元気をつけるの。いい?」




如何だったでしょうか、もう一話だけ続くんじゃ。
小説の説明についてですが、希望が多ければ番外に先に時間を使おうかと考えております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Player Prayer

大変遅れて申し訳ないです。謁見編最後です。
ちょっと病院送りになっておりまして、ネットすら見れない有様でした。
また、ちょっと頭痛が激しく執筆に向かない状況ですが頑張って投稿を続けます。

・前回のあらすじ
ゼッドは次々と貴族の不正を暴いていく、その中でニニャの姉であるツアレの日記を使い、王は完全に腐敗した貴族との決別を宣言する。

以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・唐揚げ が 大爆発 様

ご報告いただきありがとうございます。


「我が赴こう。」
家臣の制止を無視して、ランポッサ三世は広場を望むバルコニーへ歩く。
それに付き従うガゼフは何も言わない。そしてその後ろからもう一人。
集まっていた貴族たちは王城の裏から既に脱出している。
レエブン侯は王の勅命により宮廷内と兵舎を走り回り、事態の収拾を行っている。
さっさと逃げ帰った貴族たちに、ガゼフは今までを振り返って驚きと呆れを同時に感じていた。
彼が現れるまで貴族という牙城は堅固であり王を凌ぐ実力を持っていた。
しかしたった一ヶ月で事態は逆転する。しかもその中心人物は元々超級の戦士でもなければ魔術師でも無かった。彼は商売と情報のみで状況を覆したのだ。
『自分は今まで何に怯えていたのか。それは小さい頃から植え付けられた固定観念だけだったのだろうな。』

しかしその固定観念が今日の王を支えてきた柱の一つでもあるのは皮肉なことだ。
ガゼフは忠義を捧げる王の後ろ姿を見る。
その出で立ちはいつもより神々しく、そして儚く見えた。
『鋭利な刃物は切れ味に対して脆さが増す。もしや陛下は・・・。』
そこまで考えてなお己の道は違わない。彼は既にカルネ村で決心していた。



広場の群衆は真剣な熱気で包まれていた。
言い争うわけでも、暴力でもない。ただの沈黙は周囲を圧して行動を躊躇させるものがあった。この均衡が崩れた先に何があるのか皆が不安なのだ。

その視線の先にあるバルコニーの扉が開く。いつもであれば歓声によって迎えられるべきところ、今日は無言の視線がランポッサ三世の体を貫く。
しかし王は動じない。動じるわけに行かない。
この老いさらばえた体はまさに貴族と王による統治構造の現状を表しており、貴族という支柱を自ら崩した王はもはや一人で国体を背負わねばならない。
王は薄い笑みをたたえながら目を閉じ、不思議とよく通る声で民に語りかける。

「故郷。」
一単語で口を閉じる。周囲が怪訝に思う寸前に見計らったかのように言葉が滑り込んだ。

「両親、子供。」

「妻、恋人。」

ここまで聞いた人々は、自分の愛するものがそのまま国を形作っている事を悟る。
長い戦争と不景気で忘れ去られていた愛国心が燃え上がる。
国を愛すると言うよりは国を構成している者たちが愛おしいという強い気持ち。
それは国の形が少し変わる瞬間だった。

「皆の描く国を作る。これが我の願い。」
「災いから国を守る。これが我の使命。」

民の変化を王は否定しない。しかし国を守る矜持も捨てない。
これが王の出した結論であり、理想と現実を彼なりに折り合わせた姿だった。

「なればこそ宣言する。この国から奴隷や麻薬、汚職を一掃することを。」
「そして願う。命を奪い合う戦争の話し合いによる終結を。」
「最後に祈る。子々孫々まで王国が受け継がれることを。」

ここまで簡潔な方針を今まで王は示さなかった。おそらく皇帝であるジルクニフですら臣民に直接宣言する事は無かっただろう。
しかし王からすれば好機であった。国の暗部に刃を立てる事は見せかけの国力を大きく削ぎ、一時的に国力が衰退する手術である。そこに国の体力を供給してくれるゼッド自ら提案してきたのだ。膿を出し切るにはこのタイミングしかない。

目を閉じたままの王に聞こえてきたのは祝福であった。

「「ランポッサ王万歳!王国万歳!」」

王は手を少しあげて応えるとともに、斜め後ろに控えさせたゼッドへ手を伸ばす。
国王が握手など今までは常識外のことで、国が傾くような事態である。
しかし王は未来を考えていた。

『王族、貴族は長くない。息子に席を残せなんだ。』

民に隠れて切ない表情を見せる王にゼッドは深く礼をして握手をやんわりと断る。
それを見た王は伸ばした手をそのままゼッドの肩においた。
次の瞬間、驚愕したゼッドを知るのは王のみだった。

「な・・・!」

ゼッドは驚きのあまり小さな声を漏らしてしまう。
これまでの微笑は消え去り、真剣な表情で王を見据える。


少し先の未来を予知できる。


これが王、もしくは王族に受け継がれるタレントの正体だ。
それを読み取ったゼッドは自身が謀られたのではないかという不安を初めて感じた。
そして高速で過去を振り返り、全く落ち度がないことを確信して答えにたどり着く。
王はあえてこのタレントを使っていない。という回答に。

「へ、陛下。このようなタレントがありながら!」

ゼッドからすれば信じられない事だった。
周りを超えた能力があればそれを駆使して立ち回る。これは当然だと考えていた。
タレントという単語に王は反応して小さくうなずいた。
そして未だ喝采を送り続ける民に振り返りながらぽつりとこぼす。


「未来が見えるというのは死ぬことと同じくらいつまらぬ事。
未知の可能性を探るから人の世は楽しい。その末に滅びるのなら、いっそ派手に滅びるべきなのだ。」


王は人間としてよい人物でありながら、国王としては極めて不適合な性格なのだとゼッドは解釈する。
今の言葉を信じるが故に何人が死んだのか、そこを考えてなお信じているのか。
ゼッドには理解できなかった。しかし計画上この男を今追い落とす訳にはいかない。


「市民の皆さん!」
澄んだ竪琴のように響く声が広場の王城側から響いた。
一段高い壇上にまばゆい王女がいつの間にか立っている。
ラナーは一呼吸置いて全員の視線を集めつつ、やや緊張の面持ちを作って続ける。
「王の宣言を受けて私と友人たちは行動を開始します。すなわち、この街から八本指を追放します!」

彼女の宣言と同時に壇上の周りに次々と戦士や魔術師が現れる。
ラナーの隣にはラキュースを始めとする蒼の薔薇、続いてレエブン侯配下の冒険者達、逆側にはガゼフ戦士長を始めとする王国戦士団とクライムが直立して武器を捧げている。
そしてその端にゆっくりと姿を表したのは伝説に成りつつある傭兵、タリズマンだった。

「蒼の薔薇のラキュース様。ガゼフ戦士長、レエブン侯そしてゼッド様。力を貸してくださる皆様には感謝の言葉もございません。」
そう言って頭を下げた王女は続ける。
「皆さん!八本指に奪われたものを全て取り返すのです。大切な物、愛する人、国の誇り、尊厳。全てを奪い返す時です!」
スッと細い腕を振り上げたラナー王女の意図を全員が察して身構える。
この号令は今までの王国の戦争の中で一番輝かしい号令として後世の歴史家が伝えることになる。

「総員、進め!!」

ザッザッザッザ・・・

戦士団を先頭に部隊が進行する。その後ろを市民たちがついていく。
怒りと今までの自分に対する恥ずかしさが混ざりあった真剣な表情。
これ以上自分たちを貶めるものの言いなりになってはいけない。
その一団はゆっくりと、着実に人数を増しながら遂には市民の大半が参加する大隊になった。
「どうして今までこうできなかったんだろうな。」
ガガーランは後ろを見ながら素朴な疑問を漏らす。
「未知が減ったこと、既知が増えたこと。だろう。」
意味深な言葉をつぶやくイビルアイはガガーランに答える。
「八本指なり貴族なりは未知の部分を有することで本来より大きな虚像を人の心に植え付け、反抗心を奪ってきた。その未知が暴かれるごとにその落差の倍、彼らの力は衰える。後はそれと自分たちの勇気やきっかけとの天秤だろう。」
いまいち合点がいかないガガーランだったが分かる範囲で相槌を打つ。
「確かに。伏兵が無いとわかれば単純な計算だもんな。」

問題はこのきっかけを全てゼッドが作っている点だ。イビルアイは考える。
ゼッドがこの状況を作った真の目的がわからない。
確かに八本指を駆逐する事は経済を回す上で良いことかもしれないが少々迂遠な気もする。
花子やタリズマンの正義感あふれる行動を見てなお、ゼッドの笑顔はイビルアイの心の奥で信用できない何かを確信させている。
これはバンパイアである自分だけが感じられる何か化物じみた感覚。人には理解されないだろう。
この感覚が事実でないことを願いながら、イビルアイは行進を上空から眺めるのだった。



足取りの整った行進が手近な八本指の拠点に迫る。
慌てたのは八本指の幹部たちであった。
彼らは丁度軍備を整えている最中で物資を集積しており、それをいきなり運び出す手段がない。
手近な拠点に移そうにも彼らの歩みはまっすぐに拠点を目指しており、全ての拠点の場所がばれている可能性が高い。
彼らは手下にありったけの物資を持たせて、夜逃げ同然に駆け出した。
「ちぃ!全てお見通しだったみたいね。」
コッコドールは舌打ちしながら馬車の外を見る。
「今更降参も認めてくれないでしょうね、彼にとっては私たちは格好の餌だもの。」
よく釣り上げたものだとヒルマは自嘲する。

六腕を除けば八本指の武力はそれほどでもない。
王国戦士団だけでも動けば時間はかかるものの八本指が撤退する位の傷は作れる。
ゼッドは巧妙に脅威のかさ増しをして八本指を大きくすることで打倒した側の勝利をより大きくしようという算段なのだ。
「まぁこうなったら仕方ないわね、帝国で様子を見るしか無いわ。」
ヒルマはそう言いながら同席するコッコドールを見やる。
自分の拠点に置いてきた奴隷によほど未練があるのか、ものすごい形相で煙の上がる拠点の方向を見つめている。
「でも帝国に行くにはあそこを通るわね。」
ヒルマの指摘するところはコッコドールも承知している。

「どうせゼロは戦うでしょう。もう止められないわ。それに私達も物資が必要。村の一つは軽く略奪でもしないと帝国までたどり着けない。賽は投げられたのよ。」
随分達観した物言いに不自然な感じを受けたヒルマはコッコドールを見る。
彼の瞳は未だギラギラと、病的に光っているのだ。ヒルマはそれとなく尋ねる。
「随分余裕じゃない。秘密の逃げ道なら私にも教えてほしいわね。」
「そんなものないわよ、ただ私は生き残る。そのためなら悪魔の誘いでも乗ってやるわ。」
そう言って再び窓の外を眺めるコッコドール達の乗る馬車は王都から脱出する。



「俺は負け戦は大嫌いだ。」
当然のことを重々しく放つゼロの真意を察したのはデイバーノックだけだった。
「成る程、金貨が減っていたのはそういうことか。」
「どういうことだ。」
神経質なペシュリアンが緊張して尋ねる。
ゼロはペシュリアンを一瞥すると策を告げる。
「ここいらの野盗全てに前金と懸賞金を掛けた。一部の使える野盗には合戦に加わるように金を積んだ。それだけだ。」
「それだけで勝てるのか?このままだとガゼフや蒼の薔薇の追撃を受けることになるぞ。」
デイバーノックの指摘はもっともだが、ゼロは意味ありげに笑って答える。
「蒼の薔薇は俺達だけで十分だ。そしてガゼフは今回雇う剣士に止めてもらう。」
ガゼフと渡りあえる剣士など大陸に数人だ。そのなかで二人が思い至った人物は一人だった。


「そうだ、ブレイン・アングラウスを引き入れる。やつにとっても復讐戦のいい機会だろう。」



如何でしたでしょうか、ちょっと駆け足になってしまいました。

次回は爪切りさんが登場予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

[番外]カルマの坂

超短編です。
37話の皆様の感想に触発されて書きました。
短いって難しいですね~。


「お父様、あの人に花をあげても良い?」
「あぁ、ラナーの好きなようにするがよい。」
私はわかっている、彼女が花をあげる者の未来はすべからく明るい。天性の目というやつだろうか。
未来を見通す光景には彼らが皆傅いて彼女を助けている。
私はそうやって彼女と周りの未来を見据えて言葉を返す。



そうやって私は。何もわかってこなかった。



「お前に秘伝の力を授ける。これは腹心であろうと親友であろうと、妻であろうと語ってはならん。」
「はい、父上。」
父から授かった力は未来予知。多少の”ぶれ”は存在するものの、先を見通す力。
儀式を行った後、父は注意深く告げるのだ。
「この予知は王家の血筋を引く者に対しては意味をなさない。したがってお前がこれからこの力をどう使うか、私は心配だ。」
「ご安心ください、父上。息子達と共に、きっとこの国を大陸一の国家にして見せます。」


なぜだ。



私は子供たちの周りに起こるあらゆる悪い未来を避けて歩いてきたつもりだ。
没落する未来の貴族から距離をとり、栄光が約束された貴族と親密に。
馬が暴れる未来なら、無理を言って引き留めた。
嵐が来るなら家から出さなかった。

そして未来を見るまでもなく、人を見る目がついてしまった私は息子達の成長をある程度予見してしまったのだ。

そんな私にとってラナーこそが希望だった。彼女はまさに王家の手本のような少女だった。
他人に感情を隠す癖があるようだが、そこも含めて彼女は有能に育つだろう。
息子達が継いでも彼女が支えれば国家は安泰だ。
私は父に誓った程ではないにしてもこの難局を何とか乗り越えてきたつもりだったのだ。


「お父様、この子。」
そう言ってラナーが連れてきた少年は死にかけていた。
この少年すら有望なのだとしたら彼女の才能は本物だろう。
そう思って少年の未来を覗いた瞬間
「ら・・・なー・・・?」


彼の首にはお似合いの鉄輪が巻き付き、それを手繰る女こそ・・・。
あぁ、私はなんと愚かな。いや、ボタンの掛け違いなのだろうか。



「わかっているよ、ラナーの好きなようにするがよい。」

そして私は目を閉じることにしよう。
50年先を見通す目が数日先も見えなくなるまで時間はかからなかった。


「未来が見えるというのは死ぬことと同じくらいつまらぬ事。
未知の可能性を探るから人の世は楽しい。その末に滅びるのなら、いっそ派手に滅びるべきなのだ。」


その数日しか見えない目で十分だった。この男は国を変えてしまう。
「好きなようにするがよい。私は喜んで操り人形になろう。」

私の幸福は彼女自身の末路を見通す前に死ねることなのだから。



私の妄想する王様がねじれた訳でした。

ちょっと前から息子たちの成長で肩を落としていた分、彼女が希望に見えたとしてもおかしくないのかなー。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奪う男達

おまたせ致しました、今回から死を撒く剣団です。
例のごとく捏造設定だらけですがご勘弁ください。

・前回のあらすじ
王は民衆の前で八本指や汚職など、この国の暗部と戦うことを宣言する。
その場でゼッドは封印した王のタレントが未来予知である事を知る。
同時にラナーの号令一下王国の精鋭たちが八本指の拠点に進撃する。
八本指は王都から脱出し、捲土重来を図り帝国を目指すのだった。
その中で報復に執念を燃やすゼロはブレインを引き入れるべく死を撒く剣団に使いを出していた。

以下に今回のエピソードに誤字報告を下さった方々を紹介いたします。

・ブルーフレーム 様

ご報告いただきありがとうございます。


「おい、団長は居るか!!」
夜の森は獣の時間。しかしその中で誰も寄りつかない洞穴がある。
大声を出した男はその洞穴に立つ門番を刺激しない距離から声をかける。
男の体は深緑のコートに包まれていても2メートルに達しようかという身長は隠しようもない。フードに隠れた厳つい顔は隠れているが、割れた顎に走る傷は見える。


門番達は剣を抜き放ちながらも相手の言葉を思い出す。
団長という単語を知っている以上彼らは取引に来た手合いだろうと判断する。
門番の一人が威勢の良い声を上げる。
「何だてめぇ、死を撒く剣団の団長に用があるにしちゃ礼がなってないぜ。」
交渉事における門番の役割はなめられないこと、そのために精一杯の虚勢を張る男の後ろに突然陰が現れる。
それは先ほどの巨漢が転移でもしたように背後に立っていたのだ。
「俺達は八本指だ。いい話を持ってきた、突っ張るのは良いから早く案内しろ。」
よく見れば周囲に同じコートを纏った5人が立っている。そして一人に捕まっている赤鼻の男に門番は見覚えがあった。
死を撒く剣団の門番は早々に観念して一人が案内役になるのだった。


洞窟の中間地点、応接室という名の絨毯が敷かれた部屋に通された7人の来訪者はそれぞれの地位にふさわしく待機する。
巨漢の男はソファいっぱいに座り、残りの5人は部屋の隅に影と同化するように佇んでいる。そして拘束されている男はソファの傍らに転がされている。
男の顔は複数のあざや火傷の後があり、目にはあからさまな怯えの色が浮かんでいる。
巨漢の男はそれを一瞥して鼻を鳴らすとコートを脱いでソファにかける。
野党兼傭兵の本拠地に対して不釣り合いな上から下まで真っ白なフォーマル姿で統一した厳つい男はどこから取り出したのかこれまた白いハットをかぶる。

それが終わるのを見計らったかのように戸が開かれる。
「これはこれは、ホワイトの旦那。」
現れた男は武闘組織にしてはやや細い体躯。白いシャツにワーカーサスペンダー。顔は切れ長の目に細い眉。猛禽のようにつり上がる口元。
場所によってはケチで抜け目のない商人の用にも見える男は恭しくお辞儀をして下座のソファに座る。

ホワイトは相手をにらみつけながら話を進める。
「団長のラック・イシュマールだな、探したぜ。コソ泥のコイツが喋らなかったら本当に分からなかったところだ。」
ラックと呼ばれた男はやっと転がる男に気づいたようで、キョトンとしながらも首を伸ばして横に倒れている男を確認する。
団長は彼を知っている。最近加わったザックというケチな男だ。
団長は気軽な口調でザックに問いかける。
「赤鼻よぅ、おまえペラペラ喋ったのか?」
「すまねぇ!でもあいつら・・・」
必死に弁解しようとするがホワイトがそれをさせてくれない。
強烈な板挟みの中でザックの口調はしぼんでいく。それを団長は子供をたしなめるように遮る。
「いや、俺は喋ったことをとやかく言うつもりはねぇ。それよりもだ。」
そう言ってザックを見つめる団長の目が光ったような、燃えさかったような感じがしてザックの心臓がいったん止まりかける。
「ヒィぃ!」


ラックは首を振りながらゆっくりと、不気味なくらいゆっくりと確認するように語りかける。
「俺はいつも言ってるよな、奪うときは奪われる覚悟をするもんだってな。」
まるで先生とできの悪い生徒のようで見ているホワイトはにやにやとそれを眺める。
「お前がどんな小さい盗みでやらかしたのかは知らねぇ。ただ、それに命を賭けなかったのは相手さんとブツに失礼ってもんだ。」
そこまで言った団長は素早くザックの胸ぐらをつかむと細い体で拘束されたザックを持ち上げる。
烈火のような視線に打ち抜かれたザックは息が詰まることすら意識できない。

「俺達は無い無い無いの吹きだまりよ、だから奪うために賭けなきゃなんねぇ。だったら賭けるのは命だけだろうが!」


部下を一喝する団長にしびれを切らしたホワイトは面倒くさそうに手を振る。
「おい、内輪もめはその辺にしとけ。仕事だ。カルネ村襲撃に手を貸せ、状況はわかってるだろう。」
座り直したラックには改めてホワイトに向かう。取り出した煙草を吹かしながら笑いかけるラックはいつも辛辣なことを言う。
「状況ねぇ、旦那の上が虫の息。用心棒がもう大半やられたって事は知ってますがね。」
「ここに100金貨ある。断ってもブレインを貸せば半額はやろう。」

やっぱりか、とラックは少し顔をしかめる。彼らはここにブレインを匿っていることを知っているのだ。その上でガゼフにぶつけるための駒として彼を”使う”つもりだろう。
「旦那、そいつは受けられねぇ。」
神妙な顔で首を振るラックにホワイトは鼻を鳴らす。
「どうした、ラックは強運のラックじゃなくて度胸が欠けてるラックの方か?」

「そりゃ欠けてるところがなきゃ野盗なんてなりゃしませんぜ、旦那。それに。」
肩をすくめて応えるラックだが、言葉尻で細い目をわずかに開く。
「運に賭けた仕事は一度もないんでね、今回の戦いは十中八九おたくの負けだ。」
二本目の煙草に火をつける仕草で言葉が切られ、部屋の緊張が一段階上がる。
「・・・どういう意味だ。」
後ろに控えている部下の手前、肯定はできない。しかし真っ向から否定もできないのだ。
それを承知のラックは面白そうにクスクスと笑いながら煙草を燻らす。
「旦那もわかってるくせに、どうしてあのスットコドッコイが今行動したのか。そりゃ勝つ算段ができたからだ。」


今回の中心であるゼッドに対してラックも団長として恨みがないわけではない。
彼が実施する物資運搬と護衛をまとめる”コンボイ”という取り組みは非常にやっかいで、失敗が増えつつあったのだ。
一応敵が共通である事を確認したホワイトは最大限の譲歩をすることに決める。
「成る程分かった。ではブレインを貸せ、それで100金貨としよう。」
「そいつもできねぇ。奴はダチになったんだ。」
「お前そういう趣味か?」

話が変な方向へ転びそうなところに戸を開けて不作法に入ってくる無精ひげの男が声を上げる。
「ラック、変な言い方はやめるんだな。お前のダチになった記憶はないぜ。」
入ってきたのは鍛え上げられた体躯に一本の刀という珍しい武器を下げた青髪の男。
ホワイトは立ち上がると男に声をかける。
「ブレイン!聞いてたんなら話は早い。ウチに雇われてくれ、相手はガゼフだ。またとないチャンスだろう?」

共通の敵が二人いて主な戦闘は八本指が行う。普通に考えれば乗らない手はない。ガゼフを殺すのであれば今の立場において最高の状況ともいえる。
「確かにチャンスではある。」
顎をさすりながらブレインはあたりを確認しつつ応える。
「じゃあ早速・・・」

「だが、断る。」

とっさに部屋の隅の一人が声を荒げる。
「貴様!」
それに素早く反応したブレインは手を上げて制止する。
「勘違いするなよ、俺はガゼフを倒すがそれが襲撃の“ついで”なんてまっぴらゴメンだ。それにここには少しばかり借りがある。」
「やっぱりお前らそういう趣味が・・・」
あるのか、と言いかけたホワイトの眼前に刀の切っ先が突きつけられていた。
ホワイトは感心する。噂に違わない居合いの使い手だ。
「次は切るぜ?」
まぁまぁと割って入ったラックは咳払いをすると結論を返す。
「まあそんなわけでお前さん達とは売り買いはしても協力はしない。旦那には悪いが・・・」

そう言いかけた瞬間部屋にいた5人のコートが落ちる。
現れたのは短刀やスティレットを構えた黒い軽鎧を装備する一団。
ホワイトは手を上げた状態で攻撃の待機を命じる。
「そんな不細工な話持って帰れるとでも思ってるのか?」

周囲を確認してやれやれと刀を仕舞い居合いの構えをとるブレイン。
それに対してラックは三本目の煙草に火をつける。
「おお怖い、旦那仕込みの暗殺集団かい。怖いからさぁ・・・」

そこまで言った瞬間、陶器の割れる音とともに天井からいくつもの瓶が落ちては割れて絨毯の上に液体をばらまく。
ホワイトは飛び散った液体を確認して眉を寄せる。 油だ。
部屋一面にぶちまけられた油を確認して火のついた煙草を指に挟んだラックは両腕を広げる。
「赤鼻ぁ!よく見とけ、これが奪う時の礼儀ってもんだ!」
そう言ったものの、赤鼻ことザックはすでに瓶が頭にぶつかって気絶していた。


部屋を支配しているのは煙草のジリジリという焼ける音だけ。
煙草の火がラックの指まで近づいた時、ホワイトが咳払いをして部下を下げる。
恨めしそうにラックを人にらみするとコートを着なおして背を向ける。
「次はお前達だからな。覚悟しとけ。」
ラックは見送りとばかりに部屋を後にするホワイト達に続きながら煙草を指で弾く。
放物線を描いた火種は奥の机にある灰皿に落ちた。
「旦那、悪いことは言わないから今からでも俺たちんとこに来ないかぃ?」
後ろから未練がましく声を掛けてくる不思議な男を煙たそうに手を振ってホワイトは答える。
「なめるなよ、このホワイト様はかれこれ20年世話になった組織を裏切るほど落ちぶれちゃいねぇ。」
「プライドよりも命だぜ。わかるだろ?あいつらの中には六腕を倒せるだけの隠しネタが少なくとも二つはあるんだ。ゼロだって押されるのは目に見えてる、そこにガゼフだ。」
ラックの分析はホワイトも同意せざる負えない。ここでブレインが入らない以上は六腕だけで全てを捌かなければならず、それは至難の業だろう。

「お前はできるか?」

立ち止まったホワイトは背を向けたままラックに語りかける。
「お前は仲間を見捨てて逃げられるか?」
その声にラックはため息を漏らすと首を振る。
「仲間ごと逃げるって手はないのかい?仲間ごと死んだら同じ事よ、生きてこその人生だ。」
仲間といった部下たちを見れば全員が覚悟の顔でホワイトに付き従う。
「へ、お前は楽でいいよな。」
洞穴の出口まで来たホワイトは背を向けたまま金貨を一枚弾いてラックに渡す。
受け取ったラックは笑顔で見送る。
「おかげさんで。いつでも来なよ、歓迎するぜ。」


遠くへ歩いて行く六人の姿を見送った後、戻りながら応接室の後片付けをしている仲間を眺めつつブレインが切り出す。
「よかったのか?もらってトンズラだってできたろう。」
「おいおい、俺は奪う事に命かけてんだ。金貨を奪うならちゃんとその分ベットしなきゃなんねぇ。何より・・・」
「何より?」
聞かれたラックは頭を掻いてポツリと呟く。
「ホワイトは良い奴だ。」
仕事ぶりは噂で聞いていたし、会ってみてそれは確信していた。部下の信頼も厚く、国に仕えていれば中隊長位の器かも知れなかった。
それを知ってか知らずかブレインは苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
「お前はほんとお人好しだぜ。」
「よせやい、何も出ねぇぜ。」
「悪口だよ、この世界じゃな。」



後片付けを終えた団員たちは最奥の広場に集められた。
出撃を拒否したはずだが、全員が戦闘の準備を整えている。
最後に現れたラックとブレインは準備が終わって整列する仲間達の真ん中を歩いて広場の真ん中まで行く。
「さて諸君、準備は万全かな?」
ヘンテコな口調でラックは部下の装備を見渡す。
全員が機動力のある革の軽鎧に幾つかのアイテムを身に着けている。
そして奥には幾つもの謎の木箱。
「団長、本当に殴り込むんですかい?」
団員の一人から笑い混じりの質問が飛ぶ。それを笑った隣もわざとらしく木箱を一瞥する。
「この中から一つでも使えば大赤字も良いところだ。」
それを猛禽のような嗤いでかわしたラックは壇上に上がる。
「よぅお前ら、ダチの大事なケジメだ。いっちょパーッとやったろかい!」
「「応!!」」

雄叫びを上げて盛り上がる野盗達にブレインは軽く頭を下げた。



剣の修業を初めて盗賊や野盗相手に腕試しをし続け、ついに捕まったこの組織は仲間を殺した自分を厚遇した。
『あいつらもお前の命を奪う気持ちだった。それに負けたんだから仕方ねぇ。』
それだけ言ってラックは本拠地外れの即席墓地に埋葬される仲間たちに金貨を放って行く。
『コイツであの世でも楽しくやんな。』


そして今彼らはブレインの賭けに全面的に乗った。
分の悪い賭けだ。王国戦士団は数少ない王国における戦闘のプロ。対して彼らの武器はだまし討ばかり。長く妨害はできない。
そんな彼らが引き付ける間にブレインがガゼフと決着をつける。
ブレインは今まで感じたことのない使命感の様なものを感じていた。
負ければ勝つまで続けるだけ、そう思っていたが今は違う。
命を賭けて相手の命を奪う。負ければ死ぬ。



「団長!!」
いきなり駆け込んできた見張りの一人が現実に引き戻す。
ベテランの彼が慌てる事は一大事を示す。
「どうした、ホワイトが戻ってきたか?」

「よくわからない青い虫の化物が木をなぎ倒しながらこっちに来る!!」

事の深刻さを理解している者は未だこの場にはいない。



いかがだったでしょうか、一体木を切り倒して迫る青い化物は何ートスなんだ!?
やっぱり剣と剣、刀と刀って燃えますよね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

憑物

お待たせしました。今回はコキューなんとかさんが頑張ります。


・前回のあらすじ
死を撒く剣団の団長であるラックは協力を要請してきた八本指の提案を断わり、単独でガゼフ達戦士団を叩くべく準備を整えていた。
しかしそこに急を知らせる見張りが転がり込んでくる。



「以上がエ・ランテルの詳細と三国の兵力の詳細です。」
「ふむ。悩ましいな。」
ナザリック第九階層の会議室に集まったプレアデス以上のシモベとモモンガ達はゼッドの報告を確認していた。
「まとめると三国の精鋭を皆殺しにしても当初の想定を下回る可能性があるのか。」
彼らが討議しているのはナザリック強化の作戦"ラグナロック"の詳細だった。
当初の計画では三国の精鋭をある程度殺すことで経験値を確保する予定だったが、プレアデスや守護者の持ち帰ったデータでは圧倒的に基準を満たす人物が足りなかった。
「やはりビーストマンを襲撃した方が簡単なのではありんせんか?」
シャルティアはエントマが持ち帰ったビーストマンの情報を重視していた。
人間よりも遙かに個として強く数もいるビーストマンは格好の食材とプレアデス達もうなずく。
モモンガは机の上で指を動かしながら考えをまとめる。
「確かにビーストマンは経験値としておいしい。であればこそこの世界のレベリングシステムが明らかになってからにしたいのだ。それに人間を押さえる事は経験値とは別に情報網強化としても必要になるだろう。早期の警戒網と強化は並行して進める方が良い。」



モモンガ達が調べた範囲でもこの世界のレベリングはまだ解明されていない点が多々ある。
同じレベルのゴブリン二匹を撲殺した際は最初に殺した方が経験値が高く、逃げるもう一匹を殺した際は経験値が若干目減りしていた。
さらにある程度レベルが近くなると取得できる経験値が割り増しされている。
逆に開きがありすぎると経験値が入らない。

特に問題なのは魔法で殺す場合だ。
完全不可知で接近して、即死魔法を使った場合に経験値がほとんど得られなかったのだ。

これらを総合してデミウルゴス達が出した仮説は"敵意"のような意思が経験値の量に関係しているという説だ。
デミウルゴスはあえて"生への渇望"という言い方をしているが、つまり両者の感情が激しくぶつかり合うほど殺した際の見返りが大きいということだ。
エンリのレベルが急激に上昇したのはまさにこの点にあるとモモンガたちは考えた。


これに頭を抱えたのはモモンガやコキュートス、シズといった感情があまり変動しない面々だ。両者の感情がキーになる以上は彼らの経験値効率は低くなってしまう。
ましてや即死攻撃や召還した下僕に攻撃させるモモンガはそれらを封印する必要がある。


「そのレベリングシステムの解明と経験値量確保のために一つ提案があります。」
ゼッドはコキュートスを見据えて話を始めた。



『"感情ヲ煽レ"、私ニハ難シイ試練ダ。』
当初この作戦を説明された際、コキュートスは困惑した。
煽るような挑発行為は武人として設定されたコキュートスにとっては相手を侮辱する行為であり、褒められたものではない。
だからという訳ではないが、感情を操作する意味ではデミウルゴスのような存在が適任ではないかと考えたのだ。
それを説明役だったデミウルゴスに相談した所、彼は少し驚くと予測していた様な返事をする。

「コキュートス、これは御方の勅命です。更にその質問も予測されていたように、この相手はコキュートスにこそ相応しいともおっしゃいました。すべて御方はお見通しなのです。」
コキュートスは驚き、自らの浅慮を恥じた。自分は剣でありただ御方の敵を切り捨てれば良い。
自分の考えの遙か先を見通して御方は考えておられる以上、苦手とする分野で指名した理由は以前から掲げている“変化”を期待しての試練なのだと考えれば全て辻褄が合う。
「スマナカッタ、勅命トアラバ全力デ答エルノミデアルトコロ。」
「構わないさ。さっきも言ったとおり、こうなることを御方は予測しておいでだ。多分これから私が君を一杯誘うこともお見通しだろう。今回の任務で役に立つかわからないが一案を説明させてくれ。」
そういってナザリックに唯一のバーへ向かうデミウルゴスに表情のないコキュートスが付き従うのだった。


任務:野盗の塒に襲撃を仕掛け、伝言を伝えよ
付随:彼らの戦闘意欲を折らないように交戦すること


コキュートスにとって最難関は付随の項目である。
もし自分の手で人間の首を握ればたやすく首の骨が折れてしまう、それを締め上げろと言うのは案外むずかしいものである。
さらに彼はこの作戦においてナザリックの威信を一身に背負っている。格下相手に一傷でも許す訳にはいかない。

『デハ行クゾ。』
『お任せを。コキュートス様。』



「ん?」
最初に異変を感じたのは森を出ようとしているホワイトだった。
見上げれば上空を飛ぶ鳥の気配がかろうじて確認できる。
夜に飛ぶ鳥は不吉の証。何かから逃げる以外は寝ているはずだからだ。

咄嗟にレンジャーの心得がある部下の一人が地面に耳をつけ静かに報告する。
「随分先から木の倒れる音。複数向かってきます、トロールの群れ?」
木の倒れる音は矢継ぎ早に上がっており、それに遮られて足音は聞こえないが一体ではないしゴブリンなどでは木を倒す程の力はない。それを総じての判断であった。
ホワイトは部下の指し示す方向に死を撒く剣団の塒がある事に気づくと部下の一人を手で呼ぶ。
「剣団のアジトを確認に行け、状況を持ち帰って接触はするな。」
頷いた部下はスッと木陰に消えるといつの間にか木の上に登ってアジトの方向へと消えていった。さらに一人に向かったホワイトは淡々と告げる。
「お前も向かい、ブレインが負傷しそうなら助太刀に入れ。それ以外では手出しするな。」
消えた二人を目で追った後、巡ってきた幸運にニヤつきながらホワイトは近くの岩にどっかりと腰を下ろす。

「俺達はここで待機だ、あいつらに被害があれば再交渉のしようがある。」



剣団の緊張はホワイトの想像よりも大きかった。
準備を終えたラックが外に出て見渡すと、森の動物やモンスターが我先にと逃げていく洪水が確認できる。
「おいおい、トロールの大移動か?」
偵察の怯えようからしてできる最大の対策を施したつもりだが、この光景を見ると冷や汗が流れる。
それを悟られないように煙草に火をつけながら木より僅かに高い見張り台への梯子に足をかける。
「団長!危険です!」
慌てる手下にいつもの笑顔を見せながらラックは煙草をふかす。
「まずは相手の姿を拝見しないと始まらねぇ。」
そう言ってさっさと登る団長を見た手下は落ち着きを取り戻して周りに喝を入れていく。
こういった好循環を無意識にもやってのけるところが団長の団長たる所以でもある。
ブレインは頬をかきながら眼前の闇に目を凝らす

一分も立たない内に団長から声が上がる。
「おいでなすった!赤の目印、速いぞ!」
目印は塒からの距離を示すために立てている棒である。
赤ということはかなり接近している事を示している。
ブレインは入り口を塞ぐように立ち、軽く腰を落とす。
短い呼吸で精神を整えリラックスすると徐々に自身の周囲が昼間よりも明るくなるように感じる。<領域>が発動したのだ。
たとえ騎兵のランス突撃ですら見切ることが可能な領域を無事に抜けた者は未だない。

剣団の手下はそれぞれの持ち場に付いて息を潜め、団長はブレインの領域を避けて後ろに立つ。
地響きと木々の擦れる音が近づくと、突然森の奥から声がした。

「にんげん~!ヘルプでござる~!!」

次の瞬間森影から飛ぶように現れたのは巨体に蛇の様な鱗の生えた尻尾。頑丈そうな体毛に覆われた魔獣だった。


「某は森の賢王。とにかく手を貸すでござる!」


手下の緊張はピークに達していた。こんなにも強さがにじみ出ている魔獣は見たことがない。
しかし噂には聞いていたので、森の賢王という魔獣のテリトリーを避けてこの塒を構えたはずだった。
あの鋭利な爪にかかれば自分たちの剣すら容易に両断されてしまうだろう。

団長は相手を刺激しないようにゆっくりと、丸腰を示すために手を上げながら賢王に近づく。
「待ってくれ森の賢王殿!争うつもりはない。俺はここの代表でラックという。手を貸すにしてもまず説明をしてくれ。賢王ならわかるだろう?」

森の賢王は何かに怯えているのか、必死に顔を上げて鼻をひく付かせている。
「そんなに時間は無いでござる。恐ろしい化物が近づいて来るから迎撃に手を貸すのでござる。」
「相手は何だ?トロールか?」
ブレインが刀の近くに手を浮かせたまま問いかける。
賢王は首を振ると森の奥を見据える。
「知らない化物でござった。某よりも大きい、青い甲羅と刀を装備した虫のような化物でござる。」

偵察と情報が一致した事で、利害が一致していると考えた団長は頷きながら答える。
「わかった。森の賢王殿、加勢しよう。」
「正気か?こんな化物に。」
小声で警戒するブレインだったが、たしかに殺気を感じない。
「コイツが恐れる化物が来たとして、援軍無しで戦えると思うか?」
同じく小声で返した団長は再び森の賢王に向かう。

「森の賢王殿、ここは俺達の塒で罠も充実してる。ここに誘い込んで迎撃するので賢王殿はそこの剣士と一緒に相手の攻撃を防ぎながら後退してほしい。」
いくら強大な力でも作戦がなければ協力する意味がない。
それを理解したのか、森の賢王も頷いて答える。
「了解したでござるよ。某はハムスケと呼ぶでござる。」
「感謝するハムスケ殿。ところでその名前は?」
妙に気の抜ける名前にハムスケは自慢げに鼻を鳴らすとブレインの隣に並びながら答える。
「某の殿に頂いた名でござる。」
「良い名付け親がいたのだな。」
にこやかな会話は近づく地響きと木のしなる音でかき消される。

「ハムスケ、俺の周りには立たないようにしてくれ、気が散る。」
ぶっきらぼうに告げるブレインだったが、ハムスケは距離を取って並ぶ。
「そなたはどこか懐かしい感じがするでござる。某の尻尾に巻き込まれない様に気をつけるでござるよ。」



木の倒れる音が近づき、目の前の枝が揺れている。
ゴクリと息を呑む全員の前に最後の木が倒されて、相手の姿が月明かりに照らされる。

人の倍近くある身長、二足で歩き、四本の腕がある青い虫の化物。
その一本の腕には骨が蔦のように絡みつき、二の腕の辺りに紫の宝石が見て取れる。その先には人間の背丈ほどの大太刀が握られていた。
ブレインはその刀の美しさに一瞬呼吸を忘れる。

その長さでは考えられない細身に波状の文様が浮かんでおり、その境目は月明かりを紫色に反射して、金属だと言うのにヌラヌラと光って見える。
恐らくこれで木を切り倒してきたのだろうが、刃こぼれの一つもない。
その素晴らしい曲線は抜き放ち、相手を両断するまでを考え尽くされた芸術であり、月明かりを受けて煌めく刃は吸い込まれる様だ。

「おいブレイン、物欲しそうなところ悪いが、アレを奪うことが目的じゃないからな?」
ラックが冗談交じりにブレインを現実に引き戻す。
「わかって・・・」

「森ニ巣食ウ有象無象共ヨ。」

ラックは頭をかきむしりたくなるような不快な音が声であると認識するまでに一瞬かかかった。
目の前の怪物は二本の腕で大太刀を構えると名乗りを上げる。
「我ガ名ハコキュートス。コノ名ヲ忘レズ、我ガ刀ノ糧トナルガイイ。」
厳かにそう言い放つと上段に構えた刀を一振りする。
上から下へ、一筋の残光が走り、紫の直線が空間にひかれた様に見えた次の瞬間。

ピィッ

一瞬の疾風は入り口を固める全員を通り抜け、まるで刃が飛んてきた様な鋭さに全員の呼吸が止まる。
もし間合いにいたとしてあの振りを受けられただろうか、否。盾を持ってしても盾ごと真っ二つに切り裂かれるイメージが強く焼き付く。

ブレインは相手の技術が自分と同等であると悟り、驚愕する。刀だけでなく全身の動きが対象を切り裂くべく無駄のない動きを連動させている上に力強い。
周りの手下とは違って受けられない剣ではなかったが、まともに受ければこちらの刀が粉々になるだろうとは思った。


微動だにしない周囲を睥睨したコキュートスは落胆する。
聞いた話では目の前の剣士が居合を使うそうだが、今の“他人任せ”の振りで驚くようではたかが知れている。

「滾ランナ・・・」

その一言がブレインの頭を激しく打ち据える。
『ヤツの目と同じだ。』
同情のような、哀れみのような。
御前試合の直後にかけられた言葉。“幼い頃から正当な剣の指導を受けていれば”
これはガゼフが対戦相手の剣があまりに我流であり、癖がある事を指摘したものだったが、ブレインにとってはこの上ない屈辱であった。
その時の彼の目を思い出せばこそ、命を晒した特訓の日々さえ可愛いもののように思えた。

「思い知らせてやる。」

そうつぶやいたブレインは領域を発動させたまま一歩前に出る。
篝火と月明かりの中、倒れた木から飛ばされた木の葉がその前にゆらゆらと落ちてくる。
それが領域に触れた瞬間。一枚の葉は4つに分かれて散った。
いつの間にか抜き放たれていた刀を再び回して鞘に戻しつつブレインはジリジリと間合いを詰めていく。

「フム。」
コキュートスはそれに応じるように大太刀を大上段に振りかざしながら同じく間合いを詰めていく。
この構えは横に薙ぐ居合を得意とするブレインに有利な構えである。
胴体を晒したコキュートスは先程の居合でブレインの剣をある程度見切ったうえであえて攻撃させようと誘っている。

「ブレイン!作戦を忘れるな!」
焦ったのはラックだ。当初の後退しながら罠にかけて疲弊させる作戦が台無しになる。
相手の歩みを遅滞させるブレインやハムスケがいなければすぐに突破されて全滅だ。
「わかってる。一振りだ。」
そう返したブレインの目には相手しか写っていない。ラックは舌打ちすると手を挙げる
「用意しろ!ブレインには当てるなよ。」


お互いに近づく中、会話はない。
ブレインは頭のなかで戦闘を組み立てる。
相手の大太刀は懐に飛び込まれると弱い。そのために間合いギリギリで一太刀目が来る、そして避けられた際にはもう一太刀の返しがある。
この二つを攻略さえすればブレインに勝機が巡ってくる。
彼の刀と相手の足の太さから考えればコキュートスに肉薄して一閃を見舞わなければ切り落とせない。
『大上段から言って一太刀目はそのままの振り下ろし。』
ブレインは迷うこと無く振り下ろしにベットする。そして命を賭けてにじり寄る。

ガチッ

コキュートスはそれをあざ笑うかのように、顎を鳴らす。
それが合図に鋭い振り下ろしがブレインを襲う。

刃が領域に入る瞬間、ブレインは想定通りに刀を一閃。一の太刀を防ぎ切る。
しかし相手の剣圧が予想以上に重く、手に電流のような痛みが走る。
『本気で受け止めるのは10回が限度だな。』
そう考えつつブレインは流れる水のように素早く間合いを詰める。

横に打ち払われた刀を返したコキュートスは二の太刀を袈裟斬りとして放つ。
その動きも読んでいたブレインは早めに抜刀して相手の剣を後に流すように頭から腰の後へと構える。
これを流せば相手の腕は自分の後へ流れて足はがら空きになるはず。

そう思った瞬間、目の前の大太刀が不思議な軌道を描く。
まるで腕が伸びたかのように刀の中ほどを中心に回転し、斜め上からの突きとして襲い掛かってきたのだ。

懐に飛び込んだブレインからは見えなかったが、ラック達には見えた。
腕に絡んだ骨が繋がったまま手の先へ伸び出し、結果として刀の方向が変わったのだ。
ブレインの構えは相手の剣閃をそらすための構えで、刺突に関しては無防備であった。
意外なところで賭けに負けたブレインは死を覚悟する。

ギイィン

「惜しかったでござるな!」
激しい金属音とともにコキュートスの刺突が弾かれる、それは蛇のような尻尾の突きであった。
助かったブレインは即座に身を引くと、コキュートスも追撃を諦める。
距離を取るブレインを見たラックは手を振り下ろす。
「撃て!」
入り口に備えられた巨大なボウガンから唸りを上げてボルトが空中を疾走する。
一直線にコキュートスを捉えたボルトの先は不自然に丸い形状をしていた。
「フン。」
同時に迫るボルトをコキュートスは横薙ぎ一閃で全て両断する。
しかしそのボルトが地面に落ちると大量の煙を吐き出したのだ。
更に入り口にいためいめいが袋を投げ込み、入り口を煙で包む。
「よし、移動だ!ブレイン!」
そう言ってラックはブレインの襟を掴んで走る。
それを振り払ってブレインとハムスケも後退する。
「・・・助かった。」
ブレインはそれだけ呟くと洞穴の中へ走り込んだ。
ハムスケはそれを聞いて少し首を振ると同じく駆け出す。
「人間というのも様々でござるなー。」


「退イタカ。イヤ、罠ニ誘イ込ム手ハズカ。」
コキュートスは先程の戦闘を思い返してブレインの思い切りだけは評価していた。
この振り下ろしは最初からそれに備えなければ受けきることはできない。
「フム、人間ノ評価ヲ少シバカリ改メル必要ガアル。シカシ・・・」
コキュートスは右腕に目をやる。二の腕に装備された宝珠が紫の光を返していた。
デミウルゴスの提案にのって特別に魔化されたこの武器を使ってみたが、刀が不自然に動くのはあまり良い気分ではない。
「所詮ハ死ノ宝珠ヲ使ッタ戯レニスギヌカ。」
彼は自身の腕で剣を振るえない事を少しばかり後悔していたが、それを表には出さなかった。



経験値システムに関して色々捏造してますが、細かいツッコミは許してください、おねげぇしますだ。

今回はミギーこと死の宝珠さんが登場です。
ブレインはご機嫌斜めなコキュートスに一矢報いることはできるのか!
次回をお楽しみに。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

SAMURAI SHODOWN

今回は戦闘シーン中心!いつもより書くの辛い。楽しいですけどね。

・前回のあらすじ
二つの任務を与えられたコキュートスはデミウルゴスの助力によって作られた、死の宝珠を使った武器で襲撃をかける。
死を撒く剣団は闖入してきたハムスケの助力を得て迎撃しようとするが、圧倒的な差の前に撤退戦を開始する。
ブレインは格上の剣士の登場に一人闘志を燃やしていた。

◆突然ですがこの度42話以降の更新を物語の完成まで非公開とさせていただきたく存じます。
更新を楽しみにして下さっている皆様におかれましては大変ご迷惑をおかけいたしますが、自身で現状の執筆に納得がいっておらず、よりよい作品としてお見せするための処置でありましてなにとぞご理解をお願い申し上げます。詳しい理由や今後に関しては私の活動報告をご覧下さい。


「第二、放て!!」
狭い洞窟に響く声とともに風切り音が四つ、同時に金属音が四つ。その後に激しい金属音が一つ。
指揮する野盗の副官は必死に自分を落ち着かせる。
この六列隊形によるクロスボウの連射はリズムが要で、早すぎれば隊列が崩れたりクロスボウが撃てなかったりする。
それを指揮する副官の忍耐は最早限界に達しようとしていた。
『なんで。』

前衛で刀を振るうブレインも同様の事を思っていた。
「第三、放て!」
また金属音が四つ、足取りは少しも変わらない。
避けるでもなく防ぐでもなく、的確に弾いては隊列より少しだけ早い速度で接近してくる。
そこにブレインが居合を仕掛けるも敵の刀がそれを同様に弾いてくる。

『『なんで止まらない!!』』

洞窟における防衛は正面に展開できる人数の少なさからまともに当たれば非常に有利である。
水攻めや別の迂回路からの奇襲でもない限りは遅滞戦闘さえできれば良いのだ。
そこで傭兵でもある彼らは一つの陣形を用意している。
それはすなわち一人ないし二人の前衛に防備を固めさせて、左右の隙間からそれぞれ二人六列のクロスボウ隊を撃っては交代させて絶え間なく連射させつつ後退する。

『合理的ナ連携デ参考ニハナル。ガ。』

コキュートスはただ前進するだけである。弾いているのは死の宝珠だ。
『タダ進ムノモ興ガナイ。少シ余興ヲ披露シヨウ。』

「第四、放て!!」
二度目の第四波に対してコキュートスは刀から手を放す。
そして四つの手で同時に迫るボルトを摘むとそのまま直線に放る。
咄嗟に危機を感じたブレインは攻撃を諦めて即座に抜刀しつつボルトの一つを叩き落とす。
「うぁ!!」
投擲されたボルトは過たず射撃した三人の眉間に刺さり、ブレインに助けられた一人はたまらず逃げ出した。

「くそ!撤退!!」
副官は即決で指示を出す。正面から戦えない以上罠を利用しての戦術に切り替えるしか無い。
全員は踵を返して一目散に奥へ消えていくが、そこに留まる男が一人いた。
「ブレイン!無茶するなよ!!」
副官も闇へ消えた後、殿を務めるブレインは刀を鞘に収める。
一旦飛び退って距離を取り、呼吸を整え腰を落とす。
渾身の一撃を練るために集中するブレインを見ながらコキュートスは余興の続きを思いつく。

「ソノ無謀ナル勇気ニ対シテ、面白イ体験ヲアタエヨウ。」
そういったコキュートスは三人の死体からボルト、短剣、サーベルをそれぞれ取り上げると全ての手に武器を持って構える。
ボルトは人間の肘から手首程の長さで、大太刀は人間の身長ほどもある。
そしてボルトを体の後ろに引き絞り、大太刀を牽制するように前に突き出す。
リーチの違う四種の武器の切っ先が斜めに並んだところで、コキュートスは一歩前に出る。

目の前の大太刀を警戒すれば上からボルトの刺突が襲いかかる、遠目にあるボルトを警戒すれば目の前の大太刀が逆袈裟に体を両断する。

距離感の違いすぎる武器を同時に操られ、ブレインは困惑する。
こうなっては自分の領域に引きこもって防御に徹するしか方策が思いつかない。
防御に意識を動かしたブレインの僅かな筋肉の動きをコキュートスは見逃さなかった。

伸ばしきっていたはずの大太刀が骨の力でさらに伸びてきた刺突を領域で感知したブレインは、次の武器に備えてギリギリで躱す。
抜刀術の弱点である剣士右側へ跳んだコキュートスは流れるようにサーベルと短剣を繰り出す。
たまらず抜刀して弾いたブレインの力を受けてひねりを加えたコキュートスのボルトがブレインの後頭部めがけて襲いかかる。

ここからの動きは命を張って修羅場をくぐり抜けてきたブレインの生存本能だった。
弾いて伸び切った自分の手首と肘を無理に返して刀身を後頭部に当てるように振るう。
あたかも自分で峰打ちをするように、背中に背負った鞘に刀を戻すような動きで返した刀身の腹でなんとかボルトを受け止めたブレインは、後頭部に走る衝撃そのままに前のめりに転がって洞窟の入り口側に移動する。
跳んだコキュートスは洞窟の奥側に着地し、位置が入れ替わった形になる。

「成ル程、初メテ見ル動キダ。少シ楽シメタゾ。」
大太刀以外を捨てたコキュートスは洞窟の奥へ歩きながら顎を一つ鳴らす。
「そりゃ、どうも。」
対するブレインは手刀を食らったような激しい痛みと目眩を気合で押さえ込んでいた。
耳鳴りのする頭を振りながら立ち上がったブレインが顔をあげた頃にはコキュートスが洞窟の奥に消えていた。
「・・・チッ。」

逃げるべきだ、はっきり言って敵う相手じゃない。
冷静な判断だとブレイン自身も思うし正解に一番近いだろうとも思う。
しかし。

「こんなド畜生はアイツ以来だぜ。」
メラメラと燃える心の炎を前に冷静な判断は野暮というものだった。
『一太刀は防げた。次は・・・。』
「コッチの番、だよなぁ。」
僅かな、そしてあまりに過大に見積もった希望的観測と負けん気を支えにブレインはフラフラと奥を目指す。


「すまねぇ団長!もう来ちまう!」
最奥の広場に立てこもり、クロスボウを構える面々の前に副官が駆け込んでくる。
あまりにも早い到着に、ラックは思わず大声を出す。
「罠はどうした!」
「だめだ、狙い澄ましたように潰されちまって使うどころじゃない。」
油や毒ガスなどを落とそうとした野盗はその前に伸びる太刀の攻撃を受けて腕なり足なりを負傷。落とし穴や吊した丸太、虎挟みなどは凍らされて機能しなかったという。
「それとおかしいんだが、あいつは入り口に逃げる奴だけを殺して、こっちに逃げる仲間はそのまま行かせている。こいつはきっと。」
言いかけた副官が隣に戻るタイミングでラックも気づく。

「おい野郎ども、アレは使うな!脱出路に隠しとけ!!どうも奴さん、俺たちを殺す前になにかしたいらしい。」



『最奥・・・。』
コキュートスが辺りを見渡せば、そこは薄暗い円形の広場だった。
その周囲をクロスボウを構えた野盗に囲まれながらコキュートスは悠々と中心へ歩く。
中央にはハムスケが陣取り毛を逆立てて威嚇している。
「お主は某にとって最大で最後の強敵でござろう。我が名はハムスケ。主の名にかけていざ、命の奪い合いでござる。」
ハムスケに躊躇はない。弱肉強食の獣の世界においては命の奪い合いこそ最も尊い争いであり、これを避けることはできない。
「承ッタ。我ガ名ハコキュートス。至高ノ御方ガタメ、勝利ヲ献上セン。」
名乗りあった両名はそのまま十メートルほどの間隔をもって対峙する。

「勇敢ナ名乗リニ対シテ相応ノ態度デ迎エヨウ。」
そう言ったコキュートスは刀を地面に置き、背後のものですら気づかないほど自然に二本の剣を取り出す。
その剣は短剣よりは多少長い程度の両刃の刀身、柄の下部には輪がついておりそこから紅い布が垂れている。
コキュートスは柄を左右で握ると同時に下の手で布をつかむ。

その場でコキュートスが剣を振るう。それはその場の誰も見たことがない軌道だった。
上から下に振り下ろして剣の握りを放せば布の掴みを中心に剣が回転し、さらに途中で柄を掴み布を回せば柄を中心に剣が回転する。
二つの軸を器用に操ることでゆらゆらと相手を幻惑する剣閃は第三者から見れば魅惑的ですらある。
一頻り演舞をすることでこちらの手の内を見せたコキュートスに対してハムスケは首をかしげる。
「素晴らしい武器でござるが、某に対するには太刀の方が良いのではござらぬか?」
確かにリーチが短い上に切れ味であれば明らかに刀が上であろう。コキュートスは剣を構えつつ端的に応える。
「コノ太刀ヲ使エバ一閃ニシテ決着スルガ、コレデアレバ数合打チ合エルトイウモノ。決シテ侮辱スル意図ハナイ。」
ハムスケは納得すると二度うなずき、前足を地に着けて攻撃態勢をとる。


先に動いたのはハムスケであった。
腰を横に振りながら蛇のような尻尾で高速のなぎ払い攻撃、これまでの戦闘から弾かれるのは承知の上で、そのまま巻き付かせようという意図がある。
コキュートスは片方の剣でそれを受け止めつつ布を引いて自分の頭上を尻尾が通過するように捌きつつ流れるように前に出る。
もくろみが外れたハムスケは即座に近接戦に考えを切り替えつつ尻尾もろとも回転しながら爪を構える。

ハムスケが向き直るのとコキュートスが間合いに入るタイミングは一緒であった。
二本の剣と両前足の爪がぶつかり、ガギッという金属と石をぶつけたような濁った音が響く。
「む!」
その音でハムスケが察したとおりコキュートスの剣の切れ味はかなり低い。
もし同じ事を死の宝珠に任せれば今の衝突で爪は切り裂かれ、返す刀で両断されていたはずである。

技量も力も上であるが、肉体を切り裂けない剣でどう勝利するつもりなのか。
ハムスケは考える前に爪を矢継ぎ早に繰り出す。
その攻撃方向は流れに沿ったものというよりは野性的ななりふり構わないがむしゃらなものに見える。しかしその狙いはコキュートスの青い外殻の間にある関節を狙ったものであることをコキュートスは見抜く。
剣を回転させながらその連撃を捌きつつコキュートスは前へ踏み出す。
攻勢をかけているはずのハムスケは自然と一歩二歩と下がりだし、広場の中心はコキュートスが陣取る。

「今だ!」
ここに来てラックは躊躇することなく罠の発動を命じる。
それは四方から檻がせり上がる罠だ。コキュートスがその檻を切り飛ばすにしても後方は遮断でき、ハムスケによって前もふさがれている。
この瞬間に左右からクロスボウを斉射すれば少なくとも当たるはずだと考えていた。

しかし罠は発動しなかった。
よく見れば地面に霜が降りていて、コキュートスの四方が凍り付けになっている。
「決闘ニ無粋ナマネヲ。」
コキュートスはきしんだ声を上げるが、ハムスケは動じていない。
「命の奪い合いでござれば何でもするのが普通でござろう。」
「ソウイウモノカ。」
だんだんコキュートスとハムスケは意気投合し始めていた。
しかしながら名乗りを上げた手前止めるわけにはいかない。

ハムスケは片方の爪を全力で横薙ぎに払う。コキュートスがそれを先ほどと同じように回転して捌くと、右後方からハムスケの尻尾が迫っていた。
爪をダミーにした騙し討ちだったが、コキュートスの眼はそれを正確に捉えていた。

「う!!」
尻尾から昇る激痛に目をこらせば、ハムスケの尻尾はそれより遙かに頑丈なコキュートスの尻尾でたたき伏せられている。
もはや体勢を入れ替える暇も無いハムスケは両足の爪を振り下ろす。
それをコキュートスはそれぞれの剣で受け流しつつ縦に一回転させる。
その剣がコキュートスに再び握られるとき、その切っ先はハムスケの両目の前にあった。

「ま、負けでござる。」
尻尾を押さえられて仰向けに転がされたハムスケはそのまま抵抗をやめる。
ラックは祈っていた。自分の読みが正しければここから殺戮は始まらない。

「聞ケ、オ前達ハココデ死ヌ定メデアッタ。シカシ慈悲深イ至高ノ御方ハオ前達ニ情ケヲオ与エニナル。」

仁王立ちになったコキュートスは顎を一つ打ち鳴らして言葉を続ける。

「八本指ノ最期ヲ見届ケヨ。ソノ時コソオ前達ニトッテ最高ノ死ニ場所ガ与エラレル。オ前達ハ至高ノ御方ガ照覧下サル戦場ニオイテ戦士トシテ死ヲ賜ルダロウ。」
この宣言を命じられたとき、コキュートスは御方が誇らしくてたまらない気持ちになった。
コキュートスにとって一番理想的な最期を人間に与える主はまさに慈悲深い神であった。
「コノ名誉アル機会ヲ無視スレバ、地獄ノ苦シミノ末ニ死スラ与エラレルコトモナイ。」
拒否などあり得ないことと端から思っているコキュートスではあったが、命じられたとおり念を押しておく。

沈黙を了承と受け取ったコキュートスは天井に向かって氷柱を打ち出す。
轟音とともにぽっかりと地上までの穴が開いた広場は月明かりをわずかに受けて、コキュートスの青い外殻がよりきらめく。
「コノ刀ハ青イ剣士ニ与エル死ヘノ餞別デアル。確カニ言イ渡シタゾ。再ビ戦場ニテ会ワン。」

その宣言を通路の曲がり角で聞いていたブレインは走り出して吠える。
「待て!」
しかしその言葉は届かず、コキュートスは跳躍して穴から地上に消えてしまった。



「ふぅ、とりあえずなんとかなったが・・・。あの妖刀、勝手に暴れ出したりしないだろうな。」
おっかなびっくりと言った感じでラックは手元の石を放るが、当たっても反応はない。
「おい、餞別らしいから受け取ったら・・・。」
「ちっくしょうがぁ!!!」
ブレインは肩を揺らしながら地団駄を踏んでいる。
クールな伊達男がまるで子供のように悔しがる様に誰も言葉が出ない。
「くそ、くそ!!あと一合!」
そう言いながらブレインはラックの方を向く。
「後一合あればあいつの剣が・・・」
「見切れたのか?」
ラックはいつになく冷淡な口調でブレインに冷や水を浴びせる。
「・・・かもしれない。」

「無理だ。俺の見た感じじゃあいつはどんな武器でも使いこなす達人だ。そんなに柔軟な奴の剣が数合で見切れるわけがない。落ち着けブレイン。」
肩をたたきながらラックは落ちている妖刀を拾い上げる。
「こいつはお前への餞別であり挑戦状だ。こんな刀をお前に預けるって事は期待してるって事だろうよ。」
受け取ったブレインは改めて刀を見る。
骨が握っていた柄の全体を見れば、丁寧に編み込まれた逸品である。鍔も細かい細工によって竜の文様が彫られている。
握れば大きさに対して手にしっくりとくる感触と適度な重さのバランス。
柄がとても重い金属でできている事で保たれている均衡は素晴らしく、長さに対して振りずらいといったことはまるで無い。

ゆっくりと中段に構えれば切っ先から一直線に手まで一体化したような感覚が走り、まるで十年来手放したことのないような愛着すら芽生える。
「シッ!」
一歩前に出ながら振り抜けば洞窟の湿った空気すら両断されたかのように清々しく、空気の手応えすら実感できるようだ。
「まさに名刀、か。」
再びブレインの胸中にわき起こる屈辱感を遮るようにあさっての方向から声がかかる。



「ニイハオー。はいちょっと失礼するよ-。」
全く緊張感のない声とは対照的に全員が武器を構えて声の方向を振り返る。
その先は野盗達しか知らない秘密の脱出通路で、出口も巧妙に隠されているはずだった。
声の女性はフードで口元しか見えないが、その下のビキニアーマーからは顔も絶世の美人だろうと思わせるほど自信が伝わってくる。
両手には何も持っていないが、妙なガントレットが武器であろう事は想像がつく。
「おいおい、さっきは許してくれてたんだぜ?」
ラックは手近な槍を取って構えつつ、全員に警戒を促す。
それを見て団長の顔見知りでない事を確信した全員に再びの緊張が走る。


「お嬢!お嬢ではござらぬか!」
全員が動く前に素っ頓狂な声とともにハムスケが走り寄った。
「ちーっす、ハムちゃん。元気してた?」
擦り寄ってくる金属ほど硬い毛を躱しながら口元はつり上がっている。
全員の白けた空気に反応した女は、ラックに向き直って手を振る。
「あたしはとりあえず“お嬢”って呼んでね。」
弛緩した空気が中々戻ってこない中、ラックは一番大事なことを聞くことにする。
「俺らの味方ってことで良いんだよ・・・な?」
それに対して女はもったいぶって顎に指を当てて考える素振りをしてみせるが、口元が緩んでいる状態では悪戯だとすぐに分かる。
「ん~、あの化物と敵対してるのは確かだよ。後はそっちの出方次第かな。」
値踏みするようにつま先から頭までの視線を受けたラックは笑った表情を変えないで交渉を進める。
「なら大方の利害は一致してるんだ、正体と目的を教えてほしいね。別にこの魔獣が心配になって来ただけじゃないんだろう?」
踏み込んだラックに対して度胸を褒めるように手を合わせた女は明るい口調のまま答える。
「私の組織はまだ紹介できないけどね、私自身は元法国の漆黒聖典って言えば驚いてくれるかな。」

いきなりの爆弾が投下されて全員の顔が蒼白になったり引きつるのを睥睨した女はたまらないようにお腹を抱えるとフードの下の涙を拭う。
「その反応・・・久しぶりで嬉しいな。もう一回お願いできない?あと死んだことになってるからあたしの事は内緒ね。」
「生憎とさっきものすごい体験をしたせいで、一回が限度かな。」
本気の女に対してジョークで返したラックは相手の腹を探ることを諦める。
この女が首領で無い以上どんな約束も切り捨てられる可能性はある。ボスの顔を拝むまでは相手の正体は探るべきではないと判断した。
「目的だったっけ、これを渡しに来たの。」
そう言って女は一つの小さな箱を取り出した。
「これは大事なものだから無くさないように。いきなり派手な音がなるから八本指のところへは持っていかないほうが良いかもね。」
それだけ言うと女は踵を返して隠し通路にさっさと消えていく。



「全く、なんだってんだ今日は。」
虚しいラックのつぶやきが、ぶち抜かれた天井から夜空に消えていった。



如何だったでしょうか。
謎の組織からの使いは花子でも良かったんですが・・・
やっぱクレマンすっきゃねん。ということです。ハイ。
あ、このフレーズはオリジナルですから。
それとタイトルのshodownと言うのは英語的には間違いですが間違いじゃないんです。SNK、好きかい?


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。