かんぴょう戦記 ~地球防衛艦隊2200~ (EF12 1)
しおりを挟む

序.「貴様ら、腰を据えて撃たんか!」

書く書くと言いながら動かないという、現政権のような体たらくになりかけておりましたが、ようやく漕ぎ着けましたm(__)m


      ―― 西暦2200年5月 ――

 

 

    ‥‥無限に広がる大宇宙‥‥。

 

その広がりからすれば、我々人類が活動している太陽系など、ウィルスほどの存在でしかない。

その太陽系の惑星で、2番目に大きな存在である土星圏の最外縁、北欧群――フェーべを除き、北欧神話に基づく名を持つ衛星群――宙域で、約20隻の艦船が敵味方に分かれて砲火を交えていた。

 

オレンジ色の砲火を放つ艦艇群は、艦首部に巨大な眼を思わせる構造物を1対ないし2対有しており、単艦・部隊単位の機動に無駄がなく、練度の高さが窺えた。

 

もう一団は紡錘形のフォルムを有する同形艦4隻からなっていたが、驚くべきは細い艦首から放たれる青白いエネルギー弾で、艦のサイズからは不釣り合いな程太かった。

それは、明らかに対峙する艦船が放つオレンジ色のそれより強力かつ長射程だったが、その威力とは裏腹に、まだ一発も命中しておらず、部隊機動も僅かだがぎこちなかった。

 

前者の艦船から放たれるオレンジの光弾は、射程と威力こそ下回っていたが、手数が多い上に照準も正確で、彼我の距離が縮まるにつれ、有効打を与えるのも時間の問題になっていた。

 

一方、太く長いビーム弾を放つ艦の艦体中央部には国際連合のマークが描かれ、この艦が地球所属の艦である事を主張していた。

4隻中3隻の艦体前半部には、国連マークと共に伝説の鳥獣や刀剣・盾等を模した、いかにも凛々しいエンブレムが描かれていたのだが、右翼外側に陣取る1隻は些か様相が異なっており、描かれていたそれは、輪切りにされた黒い筒状のものだった。

その“筒”の内側は白っぽく、中心部だけが茶色に塗られており、凛々しさどころか身体から力が抜けそうな絵面だ。

 

敢えて言えば“ビネガーの匂いがしてきそう”なマークで、それは地球のとある国を発祥とした『かんぴょう巻き』と呼ばれている料理(?)の絵に他ならず、艦腹の国連マークの横に、小さく『ゆうがお/YUHGAO』と、日章旗が描き込まれていた。

 

 

   ―― 艦種??・『ユウガオ』艦橋 ――

 

「敵重巡洋艦1・軽巡洋艦1・駆逐艦2、尚も接近中。

相対速力57宇宙ノット、20秒後には敵軽巡洋艦、35秒後には敵重巡洋艦の有効射程に入ります!」

 

最少限の照明のみがともる狭く暗い艦橋に、ブリッジクルーの緊迫した声が響く。

 

「‥‥慌てるな、弾道は目標に近づいている。落ち着いて狙えば必ず仕留められるぞ」

 

クルーに応えて発せられた声は落ち着いていたが、その声音は明らかにアルト―女性―で、なおかつ、艦長しか着席を許されていない席にいる人物から発せられた事が場違いに思えた。

 

「軸線2番砲、装填よし!」

「てえっ!!」

 

閃光と軽い衝撃とともに、艦首から放たれた太い光弾が虚空を穿つように伸びていった次の瞬間、閃光と火球が発生した。

 

 

「え‥‥‥」

「────!」

「‥‥‥‥」

 

――刹那、『ユウガオ』艦橋は文字通り静まりかえった。

 

「敵軽巡洋艦、反応消滅‥‥。本艦の砲撃によるものです‥‥」

「‥‥‥‥」

「撃沈‥‥。砲撃で‥‥?」

 

戦果報告する観測士の声音もどこか上の空で、今起きた事を把握できていないような響きだ。

 

ブリッジクルーは皆が皆、複数回の実戦経験者であり、自分達の挙げた戦果を把握しているはずなのだが、そんな歴戦の彼らですら、目の前で起きた事を把握しきれずにいた。

 

何しろ、彼らが敵を“砲撃のみ”で沈めたのは数年ぶりだったから――。

 

「目標を敵重巡に変更。‥‥次弾まだか?」

 

そのような硬直した空気を切り裂いたのは、先ほどと同じ鋭いアルトだったが、声の主は艦長席から立ち上がっていた。

その声はブリッジクルーを呪縛から解き放つ効果があったらしく、彼らはすぐ本来の動きに戻るのだった。

 

艦長は、腰に手を当てたまま前方を見据えていたが、艦長のみが被る制帽の下の顔は、美貌という表現が難なく当てはまる妙齢女性のそれだった。

その表情は厳しさを保っていたが、唇の端は僅かに持ち上がり、美貌と相まって一種の凄味すら感じさせていた。

 

「旗艦より入電。‥‥『戦隊砲撃目標ヲ敵重巡ニ変更。全艦腰ヲ据エテ撃テ』です!」

「―――!」

「‥‥‥‥」

 

通信士が読み上げた電文に、乗組員は表情に緊張を走らせ、艦長は僅かに肩を竦める。

 

電文は、前半こそ攻撃目標変更の命令だが、後半は、戦闘中の電文には本来不要なものだ。

それを敢えて付け加えてきたのは、発信を命じた者から自分達への叱責と怒号であると、ブリッジクルー一同は正確に理解した。

 

「敵重巡に照準固定!」

「軸線砲、交互撃ち方始め!」

 

砲雷長からの報告に、艦長は頷くや砲撃を命じる。

 

「てぇっ!!」

 

砲雷長がトリガーを引くや、再び足元から衝撃が走り、『ユウガオ』と僚艦の艦首から、先程と同じ太い光弾が放たれ始めた。

 

彼ら彼女らの戦いは、まだ中盤なのだ。




『ユウガオ』乗組員は、艦長以外決まっておりません。
副長以下のクルーで、こんなキャラはどうだ?のご提案がありましたら、ぜひ感想欄にお書き込み下さい。

条件は、男性が多数派で、
① 19歳~64歳(実戦経験者)
②日本国籍者(人種不問)メインだが、在日外国人も一部可。
③役職
④プロフィール等人物設定
をお忘れなく。

必ずしもご提案どおりといかない事がありますが、その場合でも、他の役職や僚艦乗組員等に活かします。


6/28
これは一旦停止させていただきます。
ユウガオ登場まで間がありますので、間近になりましたら、改めてお知らせします。
朝令暮改で申し訳ありませんでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤマト発進支援編
1.二重の無念


時間軸は約10ヶ月遡っています。


     

 

       ―― 西暦2199年7月 ――

 

火星軌道と地球軌道のほぼ中間付近。

この宙域に、大小各1隻の宇宙艦が、地球に向けて航行していた。

近づいてみると、2隻とも艦体に破口や欠損が目立ち、素人目でも深傷を負っている事は一目瞭然だろう。

大型艦の艦側に描かれた『きりしま』、小型艦艦側の『ひびき』。この文字が、この2隻の所属先を示していた。

 

 

    ―― 駆逐艦『ヒビキ』艦橋 ――

 

「嶋津艦長」

「何だ?」

 

インカムを左耳に付けたブリッジクルーから嶋津艦長と呼ばれて振り向いたのは、一見すると、この場には似つかわしくない妙齢の、それも20代と思しき女性だった。

 

『私はカモメ』

 

人類初の女性宇宙飛行士、ワレンチナ・テレシコワの地球周回から236年。

人類の版図は太陽系の外惑星圏に及び、宇宙船に女性が乗り組む事は珍しくなくなっていたが、宇宙軍艦、それも第一線の戦闘艦に乗り組む女性はまだ少数派と言ってよかった。

ましてや戦闘艦の艦長ともなれば、文字通りの極少数派。

彼女はその極少数の内の1人だったが、端整なその表情は厳しかった。

 

「‥‥司令からか」

「はい。『重ネテ命ズ。艦ヲ放棄シ、速ヤカニ《キリシマ》二移乗セヨ』です」

「そうか‥‥」

 

嶋津―― 日本国宇宙自衛隊三等宙佐(国連宇宙軍少佐)・嶋津冴子 ――は、帽子の鍔を摘んでしばし俯いていたが、左の拳をギュッと握ると顔を上げ、静かに告げた。

 

「――総員退艦。『キリシマ』に移乗する」

 

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

西暦2191年、太陽系の外からやってきた『大ガミラス帝国』と名乗る侵略軍との開戦から8年。

地球は文字通り滅亡の瀬戸際に追い詰められていた。

 

戦争勃発時、地球はアメリカ・中国・ロシアを始めとする各国が一国、あるいは各国連合による宇宙軍を組織しており、さらに国連安全保障会議の決議により、統合軍としての国連宇宙軍を組織していた。

しかし、特に大規模な宇宙軍を保有していたアメリカと中華連邦(中国+台湾+朝鮮半島北部)は政治・軍事ともに反目し合っており、それゆえに軍事活動もそれぞれが独自で行う有り様だった。

 

米中両国の宇宙軍が国連宇宙軍戦力の約6割近くを占めていたから、統一された指揮で運用されていれば、ガミラス相手に多少はましな戦いができたとも言われたが、両国首脳は、ガミラス戦終結後を睨んだ主導権掌握という、20世紀の発想しかできていなかった。

ガミラスがそれに付き合うわけもなく、指揮系統を乱した国連宇宙軍は、ガミラス軍の前にあえなく敗走、否、潰滅を続けた。

 

さらにガミラスは、並行して強い放射能を帯びた小惑星―― 遊星爆弾 ――による地球への直接攻撃を開始。

真っ先に標的にされたワシントンと北京は、国家首脳やニューヨークや天津等の周辺都市、それぞれ1000万を超える市民を巻き添えにし、文字通り地上から消滅した。

 

中華連邦は、地方の離反を恐れていたが故に極端な中央集権体制を敷いていたが、これが災いし、一時は無政府状態に陥った。

開戦前に失脚していた穏健派前主席を臨時代表に据えた『復華統一政府』が重慶に樹立されたのは2194年だったが、この混乱に乗じた台湾は2193年に独立。

新中華連邦に台湾を再び“解放”する力はなく、国連における新中華連邦の発言力は後退した。

 

一方、アメリカはコロラド州デンバーに疎開していた副大統領が大統領に昇任して臨時政府を立ち上げ、連邦再建プロジェクトを実施したため、中華連邦の二の舞は回避したが、やはり国連における発言力は低下した。

 

良くも悪くも国連を主導してきた両超大国の弱体化によって、皮肉にも国連宇宙軍は曲がりなりにも統合軍として機能する事になったが、ガミラスの遊星爆弾と艦隊による内惑星系侵攻で、国連宇宙軍は善戦するも消耗し続けた。

 

特に大規模だったのは、2195年7月の第四次火星沖会戦で、日本宇宙自衛隊出身の沖田十三中将(宙将)が指揮した国連宇宙軍第二・第三艦隊は、空間戦闘攻撃機CF-3スペースタイガーと、戦艦・巡洋艦の艦首軸線に固定した陽電子衝撃砲の一斉射撃でガミラス艦隊を痛打し、撃退に成功した。

以後、火星軌道以内にガミラスが艦隊規模で侵攻する事はなくなったが、代償も大きく、第二・第三艦隊はスペースタイガーの8割と艦船の7割を失って壊滅。

以後、国連宇宙軍の艦隊戦力は第二艦隊のみになり、国連は地球脱出計画に傾注していく。

 

ガミラス艦隊による内惑星系への侵攻が絶えたため、国連軍はガミラス太陽系侵攻軍の戦力が予想より小規模であると判断して地球脱出船計画を正式に発動。

日本・アメリカ・ヨーロッパ・ロシアと新中華連邦は、戦闘艦兼用の地球脱出船建造に着手した。

これらの船は2199年4~7月に竣工→進宙が見込まれたが、建造がガミラスに露見したため、遊星爆弾の飽和落下や高速空母による執拗な攻撃にさらされ、日本以外の船は建造中に船体や資材・設備が破壊されたり要員が全滅したため、沈没戦艦に偽装して建造を進めていた日本の脱出船1号 『ヤマト』を除いて頓挫してしまった。

 

国連宇宙軍は『ヤマト』も早晩ガミラスに攻撃されると判断。出発までの時間を稼ぐべく、ガミラス艦隊を引きずり出し、数ヵ月間作戦行動させない程度の打撃を与えるのを目的に、2199年6月、唯一残存していた第二艦隊を敵の基地がある冥王星に差し向けたのだが‥‥。

 

 

    ―― 旗艦『キリシマ』艦橋 ――

 

「《ヒビキ》乗組員31名中、戦死・行方不明9名を除く生存者22名、《キリシマ》への移乗を完了しました」

「ご苦労。別命あるまで待機せよ」

「はっ」

 

嶋津の移乗の報告に、『キリシマ』副長の橋本二等宙佐は頷きつつ告げる。

橋本の後ろには、第二艦隊司令を兼ねる艦長の沖田十三が、背中を向けたまま、微動だにせず立っていた。

沖田がどんな表情なのか、嶋津の位置からは窺えない。

 

第二艦隊は名実ともに全滅した。

地球を発った時、28隻(戦艦1・巡洋艦5・駆逐艦22)を数えていた艦隊は、往路で駆逐艦3隻が機関不調のため離脱。

冥王星宙域に到達した25隻はガミラス艦隊との戦闘で『キリシマ』『ヒビキ』を除いて撃沈された。

そして帰路で『ヒビキ』も機関等の故障が直らず、艦体放棄やむなきに至った。

『キリシマ』もまた、艦は中破、武装の過半は残弾ゼロ。

 

戦果は、ガミラスの巡洋艦1~2、駆逐艦艦3~5隻を撃沈破したが、逆立ちしても負けは負けだ。

 

(この敗け戦に何の意味があるのか‥‥)

 

死んだ者の分まで戦う。

聞こえはいいが、絶望が長引くだけではないのか。

そんな思いさえ込み上げてくるが、嶋津は顔を振り、己を叱咤する。

上官の相次ぐ戦死でお鉢が回ってきただけかも知れないが、自分は艦長だ。部下の前で弱気を表に出すことは許されない。

 

「副長、連絡機からのシグナルを受信しました!」

「着艦誘導シグナルを送れ、受け入れ準備」

 

どうやら火星からの便乗者がいるようだ。

 

「嶋津」

(!)

 

踵を返しかけた嶋津は、聞き慣れた声に呼び止められる。

嶋津はこの声の主、沖田に何度となく叱咤され、時には怒鳴り付けられた。

反射的(?)に振り向いた嶋津を直視しながら、沖田は告げた。

 

「‥‥希望を捨てるな」

「‥‥‥‥」

 

嶋津は一言も発さず、挙手礼で応えた。

 

        

          ――30分後――

 

「‥‥‥‥」

 

嶋津は、込み上げる憤怒を抑えつけながら『ヒビキ』乗組員に宛がわれた部屋に向かっていた。

 

――つい10分前、部下の一人を看取った。

昨日18歳になったばかりの少年戦士だった。

プロフィールでは、父も宇宙戦士だったが、既に戦死しており、母一人子一人だという。

 

親を残して子が戦没するのは軍人にありがちな事だ。

ましてや、自分は一艦を預かる身だ。このような事態にいちいち動揺していたら身が持たない。割り切れと上官や先輩艦長から忠告されてはいたが、いざ部下の無惨な最期を目の当たりにすると、自責の念と、腑甲斐ない己への怒りが沸き上がり、叫びたい思いに囚われかかる。

 

――いかんいかん。私が自棄になったとて、解決できる事は何一つないし、生者・死者を問わず、部下達に顔向けできない。

頭を横に振り、拳を強く握って邪念を振り切り、数歩歩いた時、反対側から歩いてくる二人組と目が合った。

嶋津を見るや敬礼したその二人組は、先程看取った部下と同年代位に見えた。

 

――と、その内の一人が、嶋津を見るや表情を変えた。

 

「‥‥嶋津三佐でいらっしゃいますか?」

(ん?)

 

声をかけてきた少年隊員に面識はないはずだ。

 

「‥‥そうだが、君は?」

「古代 進三尉候補生であります。‥‥『ユキカゼ』艦長の古代 守は私の兄です」

 

――胸に強い痛みが走った。

 

古代 守の弟。

 

10歳違いの弟がいる。自分と同じ道に入ったとアイツから聞いていたが、よもやこんな所で会うとは。

わざわざ兄弟である事を強調した上で名乗ってきたのだから、彼の言いたい事は一つしかあるまい。

 

「〈ユキカゼ〉の安否をこ存じありませんか?」

「‥‥‥‥」

「〈ヒビキ〉が放棄されたのは先程知りましたが、〈ユキカゼ〉や他の艦の姿が見当たりません。

第二艦隊は、〈ユキカゼ〉はどうなったのですか!?」

「おい、古代‥‥」

 

感情が昂ってきたのか、古代進の声が大きく強くなってきた。

それを嗜めようと、古代と一緒にいる少年隊員―― 島 大介 ――が声をかけている。

 

‥‥隠したところで、いずれ判る。

ましてや、自分達〈ヒビキ〉は〈ユキカゼ〉と共に先鋒としてガミラス艦隊に突撃し、僚艦の最期を見届けたのだ。

 

「〈ヒビキ〉の艦長は私だ。‥‥聞け、古代候補生」

 

なおも言い募りかけた進にかぶせるように声をかけると、彼は弾かれたように踵を揃える。

 

「第二艦隊は、往路で引き返した駆逐艦3隻とこの〈キリシマ〉を除いて、全て失われた」

「―――」

 

顔を歪める進を見据えながら、嶋津は続けて核心を口にした。

眼を逸らしてはアイツに申し訳が立たない。

一言一言、噛み締めるように告げる。

 

「‥‥〈ユキカゼ〉は、敵中深く突撃して数隻の敵艦を撃破した後、集中砲火を浴びて炎上し、シグナルロストした」




本日、ヤマト2202の第ニ章を観ました。
旧シリーズ世代の私も概ね満足しました。

‥‥特に、加藤一家にホロリとしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2.親父´s

“鬼竜”登場です。


    ―― 横須賀市、自衛隊関東中央病院 ――

 

「はい、終わりですよ、嶋津三佐」

「ありがとう。そこそこ昼寝できたよ~‥‥」

 

処置室で、女性看護師が無針点滴器のリストバンドを外すと、嶋津冴子は大欠伸しながら伸びをする。

女の癖に行儀悪いという陰口が聞こえてきそうだし、事実そういう陰口もあるのだが、当の嶋津に改める気配はない。

 

駆逐艦は装甲が皆無に等しく、艦の損耗率や乗組員の戦死傷率も、戦艦や巡洋艦と比べて高い。

ゆえに、駆逐艦乗りはバンカラを以て尊しとする気風があり、嶋津もその例に漏れなかった。

もっとも、嶋津の“前職”は、戦没率では一時期駆逐艦をも上回った戦闘機パイロットで、彼らは

 

『行儀良くする暇があるなら、1機でも多くガミ公を墜とす!』

 

というのが共通認識で、駆逐艦乗りも大同小異だったから、行儀悪いと言われた位では、彼らは痒み程度のダメージも受けなかった。

 

因みに、パイロット嶋津冴子最後(?)の出撃はかの第二次火星沖会戦で、ガミラス機7機を単独撃墜したが、これは生還したパイロットでは最多撃墜数だった。

彼女は一連の戦闘で3機の戦闘機を駆って無傷で生還した一方、機体は3機とも全壊した。

直後、嶋津は駆逐艦に転じたため、この一件が彼女を戦闘機から降ろしたと言われている。

 

もっとも、当の本人は

 

「ん?今も現役だよ。私は」

 

と言い続けているが。

 

 

 

艦長ジャケットを着て腰を上げようとした時、カーテンの向こうで男女が揉める声がする。

 

「治療中は入室禁止です!」

「沖田司令!‥‥司令に伺いたい事があります!」

 

 

女性の方はここの看護師だとわかったが、男の声にも聞き覚えがあった。

 

「オヤジ(沖田)に食い付きに来たのかよ、あいつ(進)は‥‥」

 

思わずあちゃー、と頭を抱える。

心情は理解するが、ヤツも今は“こちら側”の人間だ。

暴走する前に止めなくては。

 

古代進の“熱弁”は続く。

 

「今回の作戦が、地球脱出船出発のための時間稼ぎと言うのは本当なんですか!!?」

(あ~‥‥)

 

そういう噂は嶋津も聞き及んでいたが、それを理由に出撃を忌避する気は毛頭ない。

しかし、彼をあそこまで熱くした原因の一端は自分にもある。

ともあれ、古代を止めようと、処置室のカーテンを勢いよくシャーと開き、やめないか、と口を開きかけた刹那、

 

「やめないか、古代!」

 

沖田とは別の壮年男性の叱声が響いた。

 

(うあちゃ~‥‥)

 

思わず頭を抱えそうになるが、寸前で思い留まった。

何しろ、この声の主もよーーーーーーーく知っている。というより、沖田共々、嶋津にとっては数少ない頭が上がらない男だから。

 

(よりによって鬼竜が付き添いかよ!)

 

鬼竜。

 

本名を土方 竜といい、沖田とは同期で親友同士。

ひと月前に宇宙戦士訓練校の校長から空間護衛総隊司令官に転じたばかりだが、嶋津や古代 守が訓練生時代は担任教官兼寮長だった。

 

出身が東京の多摩地区ゆえ、一族にはあの“鬼の副長”がいたとの噂だが、その噂に違わず、彼も厳格かつ手加減無用の鬼教官という雷名を馳せ、嶋津や古代守は彼の苛烈な教練を受けてきたのだ。

ゆえに、鬼の竜こと鬼竜という渾名がつけられたのだが、最初に呼び始めたのは当の嶋津だ。

 

その土方が、腕を組んで古代を睨みつけていたが、ついでに『何をやっとるんだお前は』と言わんばかりの冷たい一瞥を嶋津にくれた。

 

「土方校長‥‥」

 

古代も頭が冷えたようだ。後ろで島が頭を抱えている。

 

(そうか、こいつらも鬼竜の教え子か‥‥)

「すまん、この古代は俺の教え子だ」

「古代?‥‥では、君が‥‥?」

「古代 進。〈ユキカゼ〉艦長の古代 守は自分の兄です」

 

土方の謝罪を受け、驚きの表情を浮かべる沖田に、古代は改めて名乗る。

 

「そうだったか‥‥」

 

呻くように呟いた沖田はしばし瞑目していたが、改めて古代を見ると口を開いた。

 

「‥‥お兄さんは漢だった。そんな彼を死なせてしまった全責任は私にある」

 

そこまで言うや沖田は立ち上がり、古代に向かって頭を垂れた。

 

「すまない‥‥」

「‥‥‥‥」

「沖田‥‥」

(‥‥‥‥)

 

将官である沖田が頭を下げた事に、古代もすっかり毒気が抜かれた様子だ。

それで話はおしまい‥‥になるわけがなかった。

 

黙って様子を見守っていた土方は古代の制服の襟を掴むや、島と嶋津にも鋭い視線を向け、

 

「嶋津と島、お前達も来い」

 

ニヤリとするや、有無を言わさぬ口調で言い渡す。

 

‥‥この先の展開が完璧に読めてしまった。

 

(理不尽だーーーーーーーー!!(×2))

 

完全にとばっちりを食った2人には、死刑宣告以外の何物でもなかった――。




こちらでの土方さんの声は、旧シリーズの故・木村 幌氏です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3.落魄の艦隊

近親者の不幸やらデータうっかり消失やらで延び延びになっていました。申し訳ありません。


 ――2199年9月 宇宙自衛隊 横須賀地方本部――

 

 

“カチャ‥‥”

 

壮年の男性士官が入室するなり、嶋津冴子は立ち上がって敬礼し、男も答礼する。

 

「怪我はもういいのか?嶋津三佐」

「はい‥‥悪運だけはいいようで」

「そうか」

 

嶋津の返事に、士官は苦笑を浮かべた。

 

怪我。

 

――ガミラスの遊星爆弾から逃れた人類は各地に地下都市を築いたが、悪化する戦況への苛立ちと地下にも浸透しつつあった放射能への恐怖は住民の心を蝕み、各都市でテロや暴動が頻発。治安機関との衝突や内ゲバ等で死者が出る事も珍しくなくなっていた。

 

それは横須賀も例外ではなく、同様の事件は何度か起きていたが、8月10~12日に起きた暴動は過去にない大規模なもので、暴徒と警察・陸自双方に複数の死者が出たが、たまたま地方本部から呼び出されて向かっていた嶋津は、巻き込まれかけた子供をかばう形で爆発に遭い、全治3週間の怪我を負った。

 

幸い、嶋津に後遺症は残らず、子供も軽傷で済んだのだが、当然地方本部には出頭できず、用件は沙汰止みになってしまった。

一説には、嶋津には新たな転属が内定していたとも言われたが、当の嶋津が真相を知ったのは後年の事だった。

 

閑話休題(それはよだん)

ともあれ、退院した嶋津は改めて命令を受け、地方本部に出頭したのだが――。

 

「《カミカゼ》ですか?」

「そうだ。ようやく復旧のメドが立ったんだが、乗組員がいなくてな」

 

『カミカゼ』は『ヒビキ』『ユキカゼ』と同形の突撃駆逐艦で、機関不調のため長期係留されていたのだが、ストックされていた予備部品等を引っ張り出し、ようやっとの思いで復旧できるというのだ。

 

(ま、同形艦があらかた失われて、部材に余裕ができた事もあるんだろうが)

 

等と皮肉めいた感想も浮かんだが、フネあっての艦乗りだ。

 

「了解しました。《カミカゼ》艦長の任、拝命します」

 

居住まいを正し、手持ちの端末に辞令のデータを受信した。

 

      

 

 

  ―― 横浜市・南部重工鶴見第1造船所 ――

 

翌日、嶋津の姿は造船所にあった。

指定されたバースでエレカーを降りる。

バースの左には2隻の戦艦が繋がれているのが見えた。

手前にいるのは『キリシマ』。

舷側には作業員とロボットが取りついているが、先の会戦での傷跡がここかしこに残っており、さほど進捗していないのは明らかだ。

奥にいるもう1隻に向けてハンディスコープを向ける。

 

「‥‥《フソウ》か」

 

もう1隻の『フソウ(扶桑)』は、前年の“天二号作戦”(第二次天王星沖会戦)で中破し、戦線離脱したままになっていたが、少なくとも外側はようやく修復なったようだ。

 

『カミカゼ』を探そうとハンディスコープをバースの右側に移そうとした時、

 

「おーい、嶋津!」

 

さんざん聞き慣れた特徴あるダミ声で呼び止められた。

 

「‥‥おう」

 

振り向いて見た顔と声が一致したので、おうの一言で応える。

小柄な身体にガニ股、ボサボサ髪に瓶底眼鏡の青年がゆっくりと歩いてくる。

普通の女性なら顔をしかめる容姿だが、良くも悪くも普通じゃない女の嶋津は普通に相対した。

 

「珍しいな、風呂に入ったのか?大山」

 

嶋津が大山― 技術一尉・大山敏郎 ―に軽いジャブを放った。

 

大山は、専攻こそ違え、嶋津や古代 守と同年代で、学生時代から何かとウマが合った。

天才肌の技術者ではあるが、研究や製作に没頭する余り、睡眠や食事はもとより、風呂すら惜しむ有り様で、彼が近づくと露骨に嫌な顔をする者も少なくなかった。

もっとも、女の身で駆逐艦乗りの嶋津も、数日間風呂なしで過ごす事も日常茶飯事なので、大山の身体が臭かろうとさしたる問題ではなかった。

 

そんな大山が、全く臭くない。

ある意味、驚くに足る事態だ。

 

「風呂なんか入らなくてもそうそう死にはしないけどよ、些か事情が変わってな」

「‥‥何があった?」

「坊の岬の特別工廠に呼ばれた。明後日までに来いとさ」

「‥‥は?」

 

嶋津は一瞬絶句した。

大山は天才であるが、見た目の通りの人物なので、どちらかといえば閑職あるいは現場仕事が多かった。

それが、噂は耳にしている坊の岬の特別工廠に彼が呼ばれたという事実に、嶋津は二重の驚きを示した。

特別工廠が本当に存在していた事と、そこに大山が呼ばれた事に。

 

「‥‥ここだけの話だがな」

「何だ?」

 

大山が声を潜める。

 

「この前の戦闘で、お前たちが目撃した船があるだろう」

「ああ」

 

その船ならば、嶋津や沖田が冥王星宙域で目撃していた。

あの速度は明らかに亜光速。恒星系間航行能力を持つ船だろうと思った。

 

「あの船、火星に落ちたんだ」

「本当か?」

「ああ。乗船者は死んでいたんだが、地球人によく似た女だったらしい」

「‥‥マジか」

 

大山の内緒話に驚きを隠せない嶋津だが、脳裏に閃くものがあった。

 

「ひょっとして、火星から(《キリシマ》に)乗ってきた(古代の)弟たちは‥‥」

「‥‥詳しくはわからんが、あいつら、ドえらい物を拾ったようだ。

あの後から、造船会社や各地の造船所から坊の岬に人員がかき集められているのと、既存艦の修理がここにいる3隻だけで打ち切られたのが何よりの証拠さ」

「‥‥‥‥」

 

言われてみれば、随分と人も機械も少ない。

そこまで根こそぎ動員して、一体何をしようと言うのか?

 

「‥‥坊の岬といえば、確か戦艦《大和》の墓場だったな。そんな所で何をするつもりなんだ?」

「さあな。案外《大和》に化けて、内部で何かやっていたりしてな」

「ガの蛹(さなぎ)かよ」

「せめてクワガタと言ってくれ」

 

‥‥その時点では二人とも冗談のつもりだった。

 

「おっと、お前に《カミカゼ》を見せるんだった」

 

大山が話題を変える。

 

「お前が監督してたのかよ!?」

「ああ」

「‥‥大丈夫か、マジで」

 

嶋津は内心で頭を抱える。

大山は、技術者としての手腕は確かなのだが、手掛けた艦は性能特性がピーキーに調整されている事が多かった。

もっとも、大山が手掛けた艦で何度か死線を潜り抜けた嶋津としては痛し痒しなのだが‥‥。

 

5分ほど歩いた先に、見慣れたM21881式突撃駆逐艦が繋がれていた。

濃紺と薄青のツートンに塗られた艦の側面には、小さく『かみかぜ』と描かれている。

 

銃を持つ衛士に敬礼して艦内に入る。

 

 

難燃塗料の匂いがする艦内を一通り眺め、艦橋に来たところで仕上がりについて一言だけ口にする。

 

「まあ‥‥よくここまで仕上げたな」

「当然さ」

 

嶋津の仕上がり評に、大山はドヤ顔で応じた。

戦時下で人手も資材も乏しく、細かな仕上げが省略されている箇所も少なくはないが、要所要所は丁寧に出来ている。

しかし‥‥。

 

(まるで、巣を追われた女王蜂に寄り添う働き蜂だな)

 

『カミカゼ』は動けるが、ガミラスのヒトデもどき空母が大気圏まで出没する現状では、僚艦なしでは出撃など夢物語。

月や水星・金星方面への連絡に出るのがせいぜいだろう。

向かいのバースに繋留されている『キリシマ』『ヤマシロ』と自艦の艦橋を交互に見ながら、嶋津は慨嘆した。

 

 

 

 




自衛隊の天敵が自国の防衛大臣だったとはorz


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.ネズミ輸送は日本人の十八番

またもや遅くなりました。申し訳ありません。



    ――旧北太平洋上空 約500キロ――

 

赤茶けた大地を見下ろす宇宙空間を、青主体に塗られた1隻の小型艦が飛んでいる。

その小型艦の艦腹には平仮名で『かみかぜ』と描かれていた。

その艦――突撃宇宙駆逐艦『カミカゼ』――は、秒速15キロで周回軌道に乗っている。

 

「1時の方向に目標捕捉。“米俵”です‥‥最接近まで100秒!」

「ん」

 

狭苦しい艦橋の最前列、操舵席に陣取る男性が報告する。

 

「並走しつつ“俵”の前に出る。牽引作業用意だ」

 

その後ろに立つ女性士官――艦長・嶋津冴子――が頷き、更に指示を出していく。

 

 

「了解。針路そのまま、俵の前に出ます」

 

操舵士――航海長・大村耕作――は、復唱しながら操舵捍とスロットルレバーを細かく操作しながら、『カミカゼ』を“米俵”ことコンテナに近づけ、追い越していく。

 

――と。

 

「‥‥何だあれ」

「おいおい‥‥」

 

艦がコンテナを追い越していく時、ブリッジクルーはコンテナの胴体に描き込まれたイラストを見、苦笑混じりに嘆息する。

コンテナに描かれていたのは、服を着たデフォルメされたネズミだった。

 

「‥‥そういう事かね」

 

嶋津も苦笑を禁じ得なかった。

あのキャラクターは幼い時分に見たアニメの主役だったか。

 

(‥‥“あれ”じゃなくて、“ガ○バ”なのが、せめてもの矜持か)

 

‥‥駆逐艦による輸送に、ネズミにまつわる何かを繋げてしまうのが、日本人の救われ難い(サガ)だ。

 

名実共に艦長に復帰した嶋津と、修復なった駆逐艦『カミカゼ』にとって最初の仕事は、地中格納式マスドライバーで別途打ち上げられた物資コンテナを牽引し、月にいる友軍に届ける事だった。

それはまさしく、かの“鼠輸送”の宇宙版なのだが、物資はコンテナだけでなく、『カミカゼ』艦内にも積み込まれていた。

何せ短期の行動ゆえ、乗組員は必要最小限しか乗せておらず、空いた居住スペースにも月向けの物資を詰めた折り畳みコンテナを詰め込んでいたのだ。

 

戦闘艦とはいえ、このような任務につく事にひっかかりを覚える者もいないわけではないが、地球には、まともに動ける宇宙艦船はひと桁しかおらず、日本に限れば、稼動艦は『カミカゼ』しかなかった。

 

約10分後、

 

「トーイングワイヤー、接続完了しました!」

「よし!」

 

僅かに安堵を含んだ大村の声が響き、嶋津も頷きながら指示を出す。

 

「微速前進、月に向かう。‥‥ネズミの如く、ソロソロサッサとな」

 

余計な一言をつけ加えた嶋津の声に続き、『カミカゼ』とコンテナは次第に速度を上げて月に向かった。

 

 

 

      ――約5時間後、月――

 

月面をならしただけの急ごしらえな艦船発着場に着陸した『カミカゼ』とコンテナから、支援物資がカートや人の手で基地建物に運び込まれている。

その作業を見ながら、『カミカゼ』の前脚付近に宇宙服姿の2人の士官がいた。

 

「色んな意味で助かったよ。嶋津艦長」

「いえ。運び込めたのは要請分の7割強でした。桐生連隊長」

「それだってないよりは遥かにましだ。‥‥正直、要請した分の6割が届けば上出来だと思ってたからな」

「‥‥‥‥」

 

笑う桐生連隊長に、嶋津は複雑な思いを禁じ得ない。

物資の受け渡しは本部から派遣された専門の士官が行うのだが、基地の長たる連隊長がわざわざ出向いてきたので、艦長たる嶋津が応対しているのだ。

 

この基地――空間騎兵隊・月面第75駐屯基地――も何度かガミラスの爆撃にさらされており、人員補充がままならない今、実質的な戦力は連隊どころか大隊規模にも満たない。

もちろん、それは地球のどこでもそうなのだが。

 

「地下都市(あっち)の状況はどうなってるんだ?」

「日本に限れば、極度に悪くなってはいませんが、それもいつまでもちますか‥‥」

「そうか‥‥」

 

つまり、少しずつ悪化しているという事で、人心荒廃が進んで破滅的な巨大暴動が起きる可能性もあるのだ。

事実、幾つかの都市はそれらが原因で無秩序状態になり、潰滅していた。

と、桐生が話題を変える。

 

「時に嶋津艦長、お前さんのご家族は?」

「亡き幼馴染みの母親と末娘が、私にとっての家族みたいなものです」

「‥‥そうか」

 

一息ついて、桐生がポツリと口にした。

 

「宇宙戦士訓練生の一人娘がいてな、そろそろ卒業なんだが‥‥そもそも配属先があるのかどうか」

「‥‥‥‥」

 

桐生の娘が何を専攻しているのかはわからないが、確かに今の国連宇宙艦隊は艦隊の体をなしていない。

生き残りの乗組員はいれど、艦船がないし、今や地球より内側の水星・金星方面しか行動できないのだ。

折角特別な教育を受けても、乗るべき艦や赴任すべき基地がなければ宝の持ち腐れというものだ。

 

そこに、輸送担当士官からの通信が入る。

 

「嶋津艦長、傷病者の収容終わりました!」

「了解。すぐ戻る!」

 

嶋津は返答し、桐生に向き直って敬礼する。

 

「では、重傷者8名と遺髪67名分を預かります」

「ん、頼んだぞ」

 

『カミカゼ』が帰りに運ぶのは、重傷を負って送還対象になった空間騎兵隊員8名と、明言されていないが、戦没者67名分の遺髪だ。

遺体を持ち帰れるほどの余裕はないのだ。

 

嶋津が艦内に戻るや、主機関が再起動する。

そして数分後、『カミカゼ』は砂煙を立てながら月面を離れた。

 

「‥‥鼠小僧参上!とはいかなかったか‥‥」

 

遠ざかる月面を見ながら嶋津はぼやいた。

戦おうにも、今満足に動く艦をかき集めたとて半個艦隊に満たない。

失意を押し殺しながら、嶋津は艦を地球に向けた。

 

―― 恒星系間航行が可能な宇宙戦艦の完成と、汚染され尽くした地球を浄化できる『放射能除去装置』獲得のため、大マゼラン銀河内にある惑星イスカンダルへの一大宇宙航海計画が発表されたのは、『カミカゼ』が地球に戻った10日後の事。

さらにその翌々日、空間騎兵隊の月面第75駐屯基地は、遊星爆弾に見舞われた。




次回、ヤマト発進支援です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4.5 出航前夜

予定を変更し、幕間です。



土方 竜は、コールを鳴らす事すら省き、その部屋のドアノブに手をかけた。

 

施錠されていない事は手に伝わる感触でわかった。

 

(相変わらず不用心なやつだ‥‥)

「入るぞ」

 

部屋の内心で嘆息しつつ、そのままドアを開く。

その先、土方に背を向ける形で、部屋の主たる沖田十三は、スーツケースに私物を入れていた。

土方のぞんざい極まる来訪にも関わらず、沖田が咎めもしないのは、互いへの信頼のさせる業だろうか。

 

「‥‥用件は察しがついている」

「ならば(説明の)手間が省けていい」

 

沖田は土方を一瞥することなく、来意を推察し、土方もまた好都合と返して来訪の理由を口にする。

 

「どうしても行くのか?」

「‥‥‥‥」

「そんな(ボロボロの)身体でか?」

「‥‥‥‥」

 

自分の身体の事に土方が触れた時、一瞬だけ沖田の手が止まったが、すぐ何事もなかったかのように荷支度を続ける。

 

(‥‥まったく、こいつは!)

 

沖田が翻意しないだろうとわかってはいても、割り切れない思いはある。

だから、ついつい語気が強くなってしまう。

 

「俺の目は節穴じゃないぞ。‥‥一体何年の付き合いだ!?」

 

――沖田と土方は、自衛隊の宇宙戦士訓練生から、かれこれ30余年続く。

 

「‥‥だから俺に任せろ。退くのも勇気だ」

 

あの艦に課された任務は、人類存亡に直結する前代未聞・空前絶後の壮挙だから、艦長に課された責任の重さは正に無限大。

そんな重圧に耐えて任務を遂行できるのは、沖田と自分しかいない。

自分は健康に大きな問題は抱えていないが、沖田の身体は悲鳴を上げ始めており、このままでは長くても余命5年がいいところ。

 

ましてや、あの星へは片道14万8000光年・往復29万6000光年で、かつ1年以内に戻らなければならない。

そんな長丁場、かつ無限大な重圧のかかる航海では、5年どころか1年で沖田の命は尽きてしまうだろう。

軍人である以上は仕方ないかも知れないが、それでも死んでもやれ、とは言えない。

ましてや沖田は、部下に『死に急ぐな』と強く言ってきた。

なのにお前自身は死に急ぐのか?

口にこそ出さなかったが、土方が沖田に向ける視線にはそんな問いかけも含んでいた。

 

「‥‥イスカンダルへの旅は、俺の命を奪うかも知れん。

だが、俺は必ず帰る。放射能を除去する術を携えてな。途中でくたばるようなヘマはせんよ」

「‥‥そうか」

 

自分をしっかり見据えて言う沖田に、土方は、もはやこれ以上の引き留めは無駄だと悟った。

 

「留守を頼む。土方」

「‥‥ああ」

 

やはり沖田の意思は揺らがない。

土方も腹をくくった。

 

沖田の部屋を後にした土方は、振り返らず歩いていく。

友の覚悟を確認した以上、自分にできるのは『ヤマト』の出航を見届ける以外になかった。

 

――それと、

 

「‥‥佐渡先生に念押ししておくか」

 

独り言と共に、土方は歩を速めた。




こちらでは、沖田は自分を『わし』ではなく『俺』と言うようにしました。
同期の僚友なら、互いに『俺』『お前』でしょうから。

次回、惑星間弾道ミサイルに土方と嶋津が立ち向かいます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5.やれる事は全てやる

     ――『ヤマト』発進直前――

 

金剛級宇宙戦艦の数少ない残存艦である『フソウ』は、地球から2万キロの宙域で、人類の希望を打ち砕く脅威と相対しようとしていた。

 

「惑星間弾道弾との接触まで残り10分!」

「ん」

 

艦橋の中央で腕組みしながら仁王立ちする男、土方 竜は観測士の報告に頷き、指示を下す。

 

「近藤、第3戦速で(ふね)を弾道ミサイルの正面に出せ」

「了解。面舵30、第3戦速!」

「嶋津、艦首砲発射準備だ」

「了解、艦首砲発射準備!」

 

近藤と呼ばれた壮年の男は、スロットルを開きながら舵を右に切り、嶋津と呼ばれた妙齢の女性は、目の前のコンソールを操作し、艦首軸線に装備されている35.6センチ陽電子衝撃砲(ショックカノン)の発射準備作業に入る。

他の艦橋クルーも各々の作業に取りかかっているが、その表情は一様に緊張が走っていた。

 

戦闘指揮席で嶋津――嶋津冴子――は、本来この『フソウ』の乗り組みではなく、駆逐艦『カミカゼ』の艦長だ。

否、『フソウ』の正規乗組員よりも『カミカゼ』等の他の艦や、乗るべき艦がなく、地上勤務だった者等の“部外者”乗組員の方が多かった。

寄り合い所帯もいいところだが、これには、文字通り崖っぷちに立たされた国連宇宙軍と極東軍管区の切迫した事情があった。

 

 

‥‥事の始めは半日前。

 

月面基地への補給を終えて新横須賀基地に帰還した駆逐艦『カミカゼ』は、再び月面の友軍――イギリス王立宇宙陸軍の駐屯地――への補給と負傷者の後送任務に備えて整備と補給を受けていた。

 

当然ながら、イギリス基地への補給はヨーロッパ管区の役割だが、その時点で極東管区以外での残存艦が全て稼働不可能だったので、『カミカゼ』にお鉢が回ってきた。

 

だが、その直後に行われた月面に対するガミラスの遊星爆撃で、目的地のイギリス基地との交信が途絶した事に加え、前日にその存在と任務が公表された宇宙戦艦『ヤマト』の出撃が優先されたため、『カミカゼ』の出撃は延期され、そのまま待機状態になっていた。

 

特に『ヤマト』は、艦の規模・能力だけでも前代未聞なのに加え、その任務が他の銀河にある惑星まで赴いて放射能除去システムを持ち帰るという、ある意味狂気の沙汰だったので、日本を含む各国で大規模な暴動が発生した。

それやこれやで『カミカゼ』は新横須賀基地に繋がれ、乗組員は別命あるまで待機を命じられていたのだが、この日の朝、嶋津冴子に緊急呼集がかけられた。

『空間護衛総隊司令官・土方 竜』の名で。

 

「‥‥ったく!発令から期限まで3時間て、どんだけせっかちだあのオヤジ!!」

 

アラームで叩き起こされた彼女は、無人タクシーを呼ぶ時間も惜しみ、まる12年ぶりにパンをくわえ、紙パック入りの豆乳を手に早朝の道を疾走する羽目になったが、よく見ると嶋津と同様、切羽詰まった表情で同じ方向に走る者がここかしこにいた。

思わず苦笑してしまう。

 

「‥‥おたくも呼ばれた口かね!?」

「‥‥のようですな!」

 

そんな会話を交わしながら駈けに駈け、息急き切って辿り着いた集合場所では、10人ばかりの同行者とともに待機していたトラックの荷台に乗せられ、連れていかれたのは、地下港の一角に繋がれた金剛級戦艦『フソウ』の前だった。

急ごしらえの『本部』での点呼が終わる頃、乗用車がやってきた。

降り立ったのは、案の定鬼竜(土方)本人だ。

 

「総員、気ヲー付ケー!」

 

号令が響くや、ざわついていた一同は静まり、土方はいつの間にか設置されていた、いかにも急ごしらえの演壇の上に立つ。

 

「皆、よく集まってくれた」

 

皆を見回してから、土方はおもむろに口を開く。

 

「『ヤマト』の事は知っていよう」

 

土方の表情はいつにもまして緊張しており、居並ぶ者達も表情を引き締めた。

 

「『ヤマト』は本日1225、イスカンダルに向けて発進するが、それに合わせたかのように、冥王星方面からかなり大型の物体、惑星間弾道弾が遊星爆弾の約5倍の速度で地球に接近しつつある。

地球への落着予想時刻は本日1224頃。落着予想地点は徳之島近海。

そこで『ヤマト』は発進準備の最終段階にある。

先日、『ヤマト』はガミラス空母を砲撃で葬り去った。存在は既に露見している」

 

ここまで聞けば、皆状況を理解する。

ガミラスの意図は『ヤマト』の破壊以外にあり得ない。

厳しい表情のまま土方は続ける。

 

「『ヤマト』は人類最後の希望だ。いかなる手段を用いても発進させなければならない。

『ヤマト』を除けば、稼働状態にある艦で最大の攻撃力があるのはこの『フソウ』しかないが、正規の乗組員が決まる前にこのような事態が起きた。

こうなった以上、所属に束縛されていては対処できない。

なればこそ、金剛級戦艦の乗り組み経験がある諸君を選出した。

今日一日、諸君らの命は私が預かる。人類の未来のため、諸君の頑張りに期待する!‥‥以上だ」

「敬礼!」

 

寄せ集めの『フソウ』乗組員ではあるが、自分たちのやるべき事は理解している。

仮に個人的に反目し合っている者がいたとしても、そんな事にこだわってはいられない。

よし、やってやろうじゃないかという気運が高まっていった。

 

土方が降壇すると、同行してきた本部付士官から各セクションの責任者が発表された。

 

フソウ1隻しかいないので、艦長は土方が兼任。副長は坂 勝一二佐。

航海長は近藤清一三佐、機関長はボー・ザップ大尉(東南アジア連合軍)が指名され、嶋津(三佐)は砲雷長に指名された。

因みに、嶋津と近藤は同じ三佐だが、嶋津の方が先に昇進したため、艦のナンバー3は彼女だ。

 

(こりゃ責任重大だな‥‥)

 

指示は土方か坂が出すにせよ、実際に照準して引き金を引くのは嶋津だ。

肩を竦めた時、

 

「乗艦!」

 

号令がかかり、特別編成の乗組員たちはすぐさま『フソウ』のタラップを駈け上がり始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.やれる事をやっている

    ―― 戦艦『フソウ』艦橋 ――

 

 

「敵ミサイルとの接触まであと3分!」

「『ヤマト』の状況は!?」

「日本政府から全世界に電力供給要請を出した結果、供給電力が増大しつつあるとの事ですが、それでも予定時刻に発進できるかは微妙のようです」

「ん‥‥」

 

通信長からの報告に、土方は渋面を作った。

『ヤマト』発進に際しての最大の懸念事項は波動エンジンの起動だ。

莫大なエネルギーを生み出し、かつ燃料貯蔵スペースも僅かな波動エンジンだが、最初の始動にはこれまた莫大な電力が必要なのだ。

それでも、平時の地球ならば何て事はないのだが、滅亡に瀕し、計画停電が恒常的に行われていた地球ではそうもいかず、日本地区の総電力を振り向けても始動できなかった。

 

そのため、日本政府は国連本部や各国に頭を下げまくって電力供給を請願しているのだろう。

だが、予定どおり発進できても、敵惑星間弾道ミサイルをかい潜れるかは微妙だ。

弾道ミサイルを破壊できればいいのだが、残念ながらそれが可能なのは恐らく『ヤマト』のショックカノンだけだろう。

それゆえ土方は割り切った。

破壊できずとも、軌道を反らして『ヤマト』に近づけなければ良いと。

 

『フソウ』を含めた戦艦と巡洋艦には艦首中央軸線に大口径固定砲が装備されており、これが最強の火器だ。

艦橋砲等のフェザー砲は初めから戦力外だ。

艦首砲は、原設計では劣化ウラン弾等を撃ち出す電磁砲(レールカノン)だったが、ガミラスとの戦争が始まった直後に実用に耐える陽電子衝撃砲(ショックカノン)が完成し、改造あるいは新造時に取り付けられた。

このショックカノンは、命中すればガミラス艦も撃破できたが、固定砲ゆえ艦首を向けねばならず、既存の地球艦のレーザー核融合機関では砲撃エネルギーを充填するのに若干のタイムラグを要した。

 

火星沖会戦で痛い目を見たガミラスもすぐこれらの問題を見抜き、以後の艦隊戦では並走する形での戦闘に徹し、地球側に艦首砲を使わせなかった。

だが、今回は邪魔なガミラス艦はおらず、艦首砲を使う事への障害はない。

 

だが、地球よりガミラスの方が科学力は上。ミサイルに軌道を戻す機能くらいは当然備えていよう。

ならば、なるべく地球の近くで迎撃すれば、軌道を補正しても『ヤマト』には届かないだろう。

かと言って、万が一爆発して、その影響が地球や『ヤマト』に及ぶのも避けなければならなかった。

『フソウ』が今いる位置は、国連軍極東管区が必死になって割り出した最善の座標なのだ。

 

「敵弾道弾の回転軸をずらして軌道を変える!

目標は所定の座標AB2215。

近藤、艦首砲の有効射程に近づいたら舵を嶋津に渡せ」

「了解しました」

「嶋津、エネルギーが続く限り艦首砲を撃ち込め。魚雷も全弾使うつもりで行け!」

「わかりました」

 

嶋津は土方に応えながらターゲットスコープを立ち上げる。

 

「機関長、発射態勢に入ったら、生命維持と艦位維持に必要な分以外のエネルギーを艦首砲に回せ」

「了解、しかし3連射が限界です。司令」

「ん」

 

メインモニターに大映しにされた惑星間弾道弾は、正面から見て時計回りに回転しながら、『フソウ』を踏み潰さんとばかり接近してくる。

 

「操舵を砲雷長に移行します」

「砲雷長、いただきました」

 

近藤と嶋津がアイコンタクトを交わし、頷き合った。

これからしばしの間、嶋津が操舵も受け持つ。

 

「まだまだ‥‥」

 

電影クロスゲージ内の惑星間弾道弾が徐々に大きくなっていく。

既に艦首砲の射程に入っているが、大型空間魚雷の有効射程までは今少し間がある。

やがて、土方が下令する。

 

「攻撃始め。大型魚雷1番から8番、発射!」

()っ!」

 

ズズズンと軽い衝撃が連続し、艦首と艦尾の大型魚雷発射管から核融合弾頭を付けた空間魚雷が射出され、煙の尾を引きながら惑星間弾頭弾に向かう。

命中までのカウントダウンが続く中、土方と嶋津は“真打ち”の札を切った。

「艦首砲3連射、撃ち方始め!」

「‥‥発射っ!」

 

乾坤一擲、一か八かの光の矢が放たれた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6.5.やれる事はやった。結果は‥‥

『フソウ』が放った陽電子ビームは、照準どおり――惑星間弾道弾の先端中央よりやや右側――に命中。その直後、命中点付近に空間魚雷8発が命中し、爆炎が広がる。

 

「艦首砲、第2弾発射よしっ!」

「撃て!」

()っ!!」

「‥‥魚雷第2射、装填急げ!」

 

艦首砲のトリガーを引いた嶋津は、ミサイル制御室への伝声管に向けて怒鳴る。

その直後、観測士から戦果報告が入る。

 

「目標、僅かですが『ヤマト』への命中コースから東北東にずれ‥‥いや、コース修正、進路戻ります、進路戻りますっ!!」

「――!」

 

報告に艦橋の空気が凍り付く。

が、

 

「うろたえるな!」

 

土方の大喝が飛ぶ。

 

「ギリギリまで攻撃を続行!魚雷発射に続いて艦首砲を撃ち込め!!」

「距離12000。再接近まで30秒!!」

「了解。艦首砲発射後、舵を航海長に戻します」

 

艦橋の空気が限界まで張り詰める中、嶋津は艦首を僅かに左に向けるや、まず空間魚雷を放った。

 

「魚雷、1番から6番まで発射!」

 

横須賀で搭載した核融合魚雷の残弾全てが、煙の尾を引きながら、全長数百メートルに及ぶ巨大ミサイルに向かう。

 

そして――。

 

「撃て!」

「撃っ!!」

 

軽い衝撃とともに、陽電子ビームの矢が放たれた。

もう惑星間弾道弾は間近――といっても数千キロはあるが――まで迫っていた。

 

「航海長に舵戻します!」

「了解‥‥舵頂きました!」

「距離、3400!」

「面舵いっぱい!」

「おーもかーじ!」

 

嶋津から舵を返された近藤は操舵捍を右に切り、『フソウ』は艦首左舷と艦尾右舷のバーニアを吹かして右に回頭するが、『フソウ』に数倍する規模のミサイルは押し潰さんばかりに接近する。

 

「衝撃波、来ます!」

「うわぁ、ぶつかる!」

「うろたえるな!総員、対ショック防御!!」

 

『フソウ』乗組員がそれぞれの場所で防御体勢をとった刹那、艦が激しく揺さぶられる。

 

「うわぁっ!」

「ぐおっ!」

 

艦橋も激しく揺さぶられ、数秒間照明が落ちた。

嶋津は振り返り、観測士に質す。

 

「ミサイルはどうなった!?」

「‥‥一時は軌道からずれましたが、やはり自動修正し、また元の軌道に戻りました」

「――くっ!」

“バァン!!”

 

ダメだったのか――。

嶋津は拳をコンソールに叩き付けた。

そこに、通信長が口を開く。

 

「司令、本部より入電です」

「‥‥読め」

「はい。

『貴艦ノ攻撃デ敵ミサイルノ落着ハ1分25秒遅延。『ヤマト』ハ波動エンジン始動二成功。ミサイル落着ノ20秒前二発進予定。貴艦の奮闘二感謝ス』

‥‥以上です」

「‥‥そうか」

 

電文内容を聞いた土方はふう、と一息つき、 遠ざかるミサイルを睨み付ける。

火力不足とはいえ、少なくとも、地面から離れる時間は稼いだという事か。

せめてあと2分稼げれば良かったが。

 

(沖田、すまん。今の俺たちにはここまでが精一杯だ‥‥)

 

 

 




ヤマト2202第三章の予告PV見ましたが、大帝怖い((( ;゚Д゚)))


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

残兵たちの再始動編
7.歓喜と新たな役目


体調を崩しました。
間を開けてしまいました事、申し訳ありません。


     ――ヤマト出撃から10日後――

 

 

新横須賀軍基地の宇宙艦バースにぽつんと突撃駆逐艦が繋がれ、その周囲を数十人と車両が行き来している。

 

その駆逐艦――『カミカゼ』――は、現時点で国連宇宙軍が動かし得る極少数の宇宙艦の1隻だった。

前年の戦闘で被った損傷の修復が済み、新艦長の嶋津冴子以下、新たな乗組員による最初の任務は月面基地への補給任務で、それは成功したのだが、第2次補給任務の前に、ガミラスの攻撃と、極秘で建造と準備が進められていた超弩級宇宙戦艦『ヤマト』の出撃が行われたため『カミカゼ』の出撃は延期され、再度整備と補給を受けていた。

 

その『カミカゼ』の狭い艦橋――。

 

「艦長、管区本部より緊急報です!」

「「「!!!!????」」」

 

通信長の報告に、艦橋に詰めていた艦長以下の表情が引き締まった。

というもの、『ヤマト』が出撃してからこの方、“緊急報”は全て『ヤマト』が関わったもので、かつ人類史上初の物事ばかりだったから。

例えば

 

①人類初の超光速航行を実施。

 

②艦首波動砲の試射を兼ねて波動砲を浮遊大陸上のガミラス基地に向けて撃ったら、基地どころか浮遊大陸、それもオーストラリア大陸大のそれまで破壊してしまった。

この一報は、軍の幹部たちは皆頭を抱えたという。

 

そして極めつけが、冥王星本星にあるガミラス軍基地攻略――実態は殲滅――作戦の実施だった。

 

国連軍本部サイドは、『ヤマト』に冥王星基地攻略は命じていなかった。

『ヤマト』の任務はイスカンダル星に赴き、『放射能除去システム』本体と稼働・メンテナンス技術を受領・習熟し、1年以内に持ち帰る事で、戦闘はそれを妨げる者を排除するための必要最小限に限ると、本部・『ヤマト』艦長ともに同意していた。

 

しかし『ヤマト』艦長の沖田十三は、このまま遊星爆弾攻撃が続けば、地下都市における放射能の侵食が予想以上に進み、人種単位の絶滅(部族単位の絶滅は発生していた)や、再びガミラスの艦隊規模戦力による地球への直接攻撃が行われる事を危惧し、ガミラスの太陽系攻略拠点たる冥王星基地を叩き、少なくとも遊星爆弾攻撃は停止させなければならないと判断。その旨を連絡してきた。

これには賛否ともに強く、あちこちで激しい議論になった。

 

さらに輪をかけたのが、作戦開始後、『ヤマト』からの連絡が30時間以上絶えた事だった。

国連本部や各国政府は、原則として『ヤマト』の動向を公開していたが、冥王星に対する作戦については全く触れなかった。

成功すればいいが、失敗し、かつ『ヤマト』が失われれば、それはチェックメイト(人類滅亡)と直結するからだ。

 

だからこそ、この緊急報告は、冥王星と『ヤマト』に関する事以外にあり得ないと、その場にいた者は解釈した。

だから、『カミカゼ』艦長・嶋津冴子の指示は簡潔だった。

 

「――読め」

「はいっ!」

 

通信長は立ち上がり、深呼吸すると、プリントアウトした紙を見ながら読み上げた。

 

「日本時間0725、『ヤマト』は冥王星のガミラス基地の殲滅に成功しましたっ!!」

“うおおおおおっ!!”

 

瞬間、艦橋が野太い声でドッと沸いた。

 

本部から送られてきた画像・動画データも開封され、モニターに映し出される。

そこには、崩壊し、津波に飲み込まれていくガミラス基地や、『ヤマト』の砲撃で爆沈していくデストロイヤー艦があった。

 

「艦長、他のクルーにも知らせていいですか!?」

「ああ」

 

副長・大村耕作の問いに嶋津は頷き、駆け出していく大村の背に被せるように言う。

 

「外の作業員にも伝えてやれ。どのみちわかる事だからな!」

「はいっ!!!」

 

果たせるかな、数分の後に『カミカゼ』とその周囲で歓声や万歳が何度も響いた。

 

(――さてと、忙しくなるな)

 

その声を耳にしながら、嶋津は次に起きるであろう事を予想した。

冥王星基地の壊滅で、太陽系内におけるガミラスの活動は一時的かも知れないが、かなり鈍化するだろう。

国連軍としてもこの機を逃す事はすまい。

これまでは月や水星・金星にある基地との連絡を細々と行ってきたが、今後は地球の外側の惑星圏へのルートは確保しなければならない。

特に火星には、技術士官の大山敏郎が言うところの“宝”があるという。

 

“宝”とは、波動機関等のデータを携えて地球に来る途中、力尽きて不時着大破したイスカンダルの宇宙船だ。

 

データの提供主――『スターシャ』というイスカンダル人女性(?)――の言うとおりならば、件の宇宙船は『カミカゼ』とさほど変わらぬサイズで大マゼラン銀河から天の川銀河までの約15万光年を、地球時間で半年以内で航行できる能力を有する、まさに異次元の船だ。

 

そして我々は、設計データをもとに波動機関を造って実際に動かしたが、できればもっと造って艦船の動力や発電用等に使いたい。

火星に落ちたあの船には、我々が造ったものよりも小型かつ精巧な波動機関が搭載されているはずだ。

それを解析できれば、我々もより小型の波動機関を開発できるはずだ。

大山はそう力説していた。

 

嶋津でなくとも、宇宙艦乗りとしては波動機関の小型化・量産化は望むところだ。

実現すれば、地球の艦もガミラス艦相手にだいぶましな戦いができるし、電力事情も今よりは改善し、市民生活も少しは良くなるだろう。

嶋津の脳裏には、自分の官舎に同居してもらっている亡き幼馴染みの母親と末の妹の顔が浮かんでいた。

 

いずれにせよ、国連宇宙軍が活動を再開するのならば、我々(カミカゼ)が先陣を切る可能性が高い。

 

果たせるかな。再び通信長から声がかかった。

 

「艦長、土方司令のお呼びです。3時間以内に第2艦隊臨時司令部に出頭せよとの事です」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8.告げられた任務

    ――新横須賀基地・第2艦隊臨時司令部――

 

「3日後、火星に向かえ」

 

かつての担任教官でもある土方からの命令は、やはり無茶ぶりもいいところだ。

駆逐艦『カミカゼ』艦長・嶋津冴子は、敬礼しながら内心で大いにぼやいた。

 

嶋津が予想したとおり、『ヤマト』がガミラス冥王星基地を潰した後の国連宇宙軍は素早い動きを見せた。

『ヤマト』用波動推進機関の製造と並行し、より簡易化した発電用波動機関の基本設計をまとめたのだが、宇宙軍は当然ながら舶(艦船)用波動機関を要求した。

というのも、宇宙軍艦政本部は、既存艦の修復を進める一方、当初から波動機関を搭載し、かつ現在の地球で建造可能な小型戦闘艦の設計に着手していたからだ。

 

さらに、『ヤマト』で波動機関と陽電子衝撃砲(ショックカノン)が予想以上に良好な適合性を見せていた。

在来艦が傷ひとつ付けられなかったガミラス艦をただの一射で屠った事実に、国連宇宙軍はショックカノンに対する自信を強め、今後新たに設計する宇宙艦は、フェザー砲を廃してショックカノンを搭載する方針に変わったのだ。

だが、そのためには波動機関自体を小型化

しないと話にならない。

そのための検討材料として、火星に不時着したイスカンダルからの宇宙船の残骸から重要部品や部材を回収し、持ち帰る任務が発生したのだ。

 

「回収は工作艦『ナルト(鳴門)』が行う」

 

『ナルト』は日本宇宙自衛隊所属の工作艦で、現在残存する国連宇宙軍の正規工作艦では健在な3隻中の一翼を担う。

当然、艦内工場のレベルはソフト・ハードともに随一で、今や虎の子の1隻だ。

 

「それはわかりましたが、護衛は『カミカゼ』のみですか?」

 

嶋津の懸念はそこにあった。

ガミラスの冥王星基地と駐留艦隊が壊滅したとはいえ、単艦や少数のガミラス艦が太陽系内に潜伏している可能性はある。

そして彼我の戦力差は未だ圧倒的だ。

『ナルト』も武装はしているが、単艦では到底ガミラス艦には勝てない。

臆病風に吹かれてなどいないが、精神論に頼るのは単なる愚か者だ。

 

「無論、念には念を入れる。巡洋艦『トンブリ』と駆逐艦『ハツユキ』だ。

直接指揮は『トンブリ』艦長のタナリット大佐が執る」

 

巡洋艦『トンブリ』は東南アジア連合宇宙軍唯一の生き残りで、2年前からは日本ベースで運用されており、艦長のタナリットはタイ王族の一員でもある。

 

一方、駆逐艦『ハツユキ』の艦長・水谷 脩三佐(少佐)は宇宙商船大学卒で、航海畑を歩んでいたが、人材払底のあおりを受けて、ふた、航海長から艦長に昇任した経歴の持ち主だ。

 

以上3隻が『ナルト』とともに火星に赴き、イスカンダル船の残骸回収と、火星との航路再開のデータ取りを行う。

 

「――以上だ。何か質問は?」

「ありません。直ちに出撃準備にかかります」

 

敬礼して退出しようとした時、嶋津は土方に呼び止められた。

 

「‥‥翠屋の女将(おかみ)の様子はどうだ?」

 

土方が声を低めて尋ねてきたのは、土方・嶋津共通の知人である、『翠屋』という名の店を営んでいた女性の事だ。

嶋津は表情を曇らせ、その表情のまま答える。

 

「‥‥3ヶ月前、余命半年と宣告されました」

「そうか‥‥」

 

それきり腕組みして沈黙した土方に再度敬礼し、嶋津は司令部を退出した。

 

 

(さて、どうしたものかな‥‥)

 

臨時庁舎を後にした嶋津は、一瞬考え込む。

ここからなら、先程土方と話した『翠屋』の女将こと高町桃香が入院している病院まで数分で行ける。

しかも、嶋津と高町桃香は家族同然の付き合いなので、見舞人登録もしており、行こうと思えば行けるのだが、

 

(いや。任務を片付けてからにしよう)

 

嶋津は顔を横に振った。

出立は3日後。艦長としてやるべき事が山積しているのだ。

そんな状態で見舞ったところで、彼女が喜ばない事を、四半世紀に及ぶ付き合いで嶋津はよく知っていた。

嶋津はエレカーに乗るや、目的地を乗艦が待つ横須賀宇宙軍港に定めた。

 

 

 

      ―― 新横須賀宇宙軍港 ――

 

 

 

「お帰りなさい、艦長」

「ああ、ただいま。‥‥話は確認したな?」

 

帰艦した嶋津をブリッジクルー一同が迎え、副長の大村が艦の整備状況を報告する。

 

「はい‥‥整備進捗は、主砲と発射管が95%、アビオニクスは97%、機関は87%です‥‥推進剤以外の物資搬入は明日から可能です」

「うん‥‥機関はどうだ?」

 

嶋津は軽く首を捻った。機関の整備進捗が幾らか遅れていたからだ。

 

「尻を叩けば明朝一番で仕上がるようですが‥‥」

「それはダメだ。機関科も造船所員もちゃんと休憩と睡眠を取らせるんだ‥‥急かしたあげくエンストじゃ、目も当てられんさ」

「わかりました。機関長にはそのように伝えます」

 

大村が機関室に走っていった。

それを見送り、タブレットに視線を下ろした嶋津に、通信長から声がかかる。

 

「『トンブリ』のタナリット艦長から通信です。『ハツユキ』の水谷艦長、『ナルト』の藤田艦長と四者協議をしたいとの事です」

「わかった、繋いでくれ」

(そうか、『ナルト』の艦長は藤田という人か‥‥)

 

嶋津は立ち上がり、モニターに向き直った――。




『ハツユキ』艦長の水谷氏は、『完結編』の『冬月』艦長と同一と設定しています。(名はオリジナル)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9.任務遂行

かなーり間を開けた上に駈け足展開になります。
申し訳ありません。


   ――駆逐艦『カミカゼ』艦橋――

 

 

「『ナルト』から、目標地点の画像データが届きました。映します!」

 

通信士の声とともに、メインモニターに火星の表面が映し出された。

 

「ん‥‥」

「‥‥‥‥」

 

荒涼とした火星の大地に、地球・ガミラスいずれの意匠でもない宇宙船が、突き刺さるような姿勢で擱座している。

 

「原型を保ってますね」

「そうだな‥‥銀河間航行をこなすならば、あの位の強度があって当然なんだろうなぁ」

 

大村の感想に嶋津が返す。

 

「技術本部が目の色を変えるのもわかりますね」

「ん‥‥」

 

イスカンダルが地球に提供した波動機関=タキオン推進機関は、恐らくは地球の技術レベルに合わせた、イスカンダルでは熟成どころか枯れたレベルのものだろう。

しかし、あの船の主“サーシャ”は、イスカンダルの元首であろうスターシャの妹だという。

それだけのVIPならば、座乗船は船体・機関・居住性等、極めて優秀なはずだ。

 

「手を差しのべてくれたとこの技術を覗くのは気が咎めるがね。我々は悪魔と契ってでも生き延びにゃいかんのだ。

‥‥当座の詫びは“彼女”の遺髪と爪で勘弁してもらうしかないな」

「そうですね‥‥」

 

“彼女”――サーシャ・イスカンダル――の遺体は、あの時現場に急行した古代弟と島大介が仮埋葬したが、その際に遺髪と手指の爪が切り取られた。

それらは波動機関のデータと共に地球に持ち帰られ、今は彼らと共にイスカンダルに向かっている。

『ヤマト』の航海が終わり、地球が復興すれば、遺体を返還する事もできるだろう。

そのサーシャの仮墓は不時着現場から南東約20キロの所にある。

 

「‥‥‥‥」

 

遠き異郷の星で果てた救いの使者に、嶋津はそっと瞑目した。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「『ナルト』降下開始!」

「ん‥‥」

 

低軌道で待機していた工作艦『ナルト』が不時着地点への降下を開始した。

『ナルト』はこれより不時着宇宙船『仮称・サーシャシップ』の船体と脱出カプセルを回収するのだ。

 

「今回はサーシャ氏の遺体は収容しないんですか?」

「収容したいのはやまやまだけど、今回はそこまでのスタッフが集められなかった‥‥今は生きてる人間が優先さ」

「ですよね‥‥」

「それに、今の地球に彼女を連れていったら、“行方不明”にされかねんよ」

 

 

『ヤマト』発進後の地球は、比較的政情が安定している日本ですら、各地で治安部隊と市民の衝突が起き、死傷者が出ている有り様だ。

そんな所に異星人の遺体を持ち帰ったら、最悪、混乱に巻き込まれて所在不明になりかねない。

それはサーシャを冒涜する事とイコールである。

 

「残念ながら、そうなるでしょうね」

「‥‥‥‥」

 

二人の会話はそこで終わり、『カミカゼ』は宙域警戒を続けた。

 

ガミラス残党の襲撃が予想されたため、『ナルト』は調査後直ちにサーシャシップを吊り上げて艦体に固定。到着から35時間後には火星を離れた。

サーシャシップを艦外に固定した『ナルト』だが、そのままでは地球の大気圏に入れないため、月軌道上でドック艦『シリヤ(尻屋)』にサーシャシップを移し、新横須賀基地に到着した時、火星出発から4日が経過していた。

 

また、『カミカゼ』を含む護衛艦も任務を終え、帰還。

嶋津冴子は僚艦艦長と共に艦隊司令部に出頭し、土方に任務報告を行った。

 

「――嶋津」

「はい」

 

嶋津が司令官執務室を退出した時、土方に呼び止められた。

怪訝な表情で振り返った嶋津に、土方が続ける。

 

「“翠屋”の女将が亡くなった。‥‥詳しくは中島から聞け」

「‥‥わかりました」

 

即答する嶋津にしては珍しく、返答まで一呼吸を要した。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10.葬列の後

  ―― 新横須賀市、自衛隊士官家族官舎 ――

 

「‥‥‥‥」

 

嶋津家の居間に設(しつら)えられた、にわか仕立ての祭壇にの中央に白い布で包まれた人の頭大の箱と位牌、それに成年女性の顔写真が収められたフォトスタンドが立てられていた。

その前で、家主たる嶋津冴子は無煙線香を立てて瞑目し、合掌。

日頃は強気な言動が目立つ嶋津だが、心なしか肩を落としているように見えた。

 

その後ろで、セーラー服姿の少女と黒スーツの男が正座し、向き直った嶋津と礼を交わした。

嶋津は、まず少女に顔を向けた。

 

「お疲れさん、雪菜」

「‥‥いえ、私は何も‥‥」

「何もしていないわけないさ。ちゃんと喪主していたぞ」

 

少女――雪菜――は、労う嶋津に、自分は何もしていないと答えるが、その横から

男が改めて雪菜を労う。

 

「‥‥‥‥」

 

嶋津は改めて祭壇の写真を見る。

写真の中の女性の顔は、ところどころに雪菜と共通する面影があった。

しばらく写真を見てから、嶋津は男に向き直り、頭を下げる。

 

「すみません、中島さん。全部お任せしてしまって‥‥」

「お前さんには重要任務があった。謝られる筋合いのものじゃないさ‥‥それに、俺たちは故人の遺志どおりにやっただけさ」

 

中島さん―― 国連宇宙軍極東管区主計局第一課長代理・中島龍平一佐 ―は手を振って謝辞した。

 

写真の女性『翠屋の女将』こと高町桃香が、長患いの末息を引き取ったのは、嶋津が駆逐艦『カミカゼ』を率いて火星に発った翌日の事だった。

嶋津にとって桃香は、家族同然に付き合った『ご近所のおばさん』であると共に、色々な意味で頭が上がらない数少ない一人だった。

 

桃香は21世紀初めから続いたカフェ『翠屋』の7代目オーナーパティシエールで、婿入りした夫との間に一男二女をもうけていた。

長女の若菜は嶋津冴子と同い年の幼馴染み、長男の恭一は若菜の7つ下、次女の雪菜は16歳下だったが、ガミラスとの戦争は高町家にも容赦なく襲いかかった。

若菜は7年前の2192年、神奈川県に着弾した遊星爆弾の炸裂に遭い、父や祖父母と共に死亡。

当時3歳だった次女の雪菜はインフルエンザをこじらせて東京都内の病院に入院しており、たまたま見舞いに訪れていた桃香と長男の恭一は難を逃れた。

これが契機となって、恭一は宇宙戦士を志し、それを実現させたが、2198年の天王星軌道上会戦で乗り組んでいた巡洋艦『ミクマ(三隈)』と運命を共にした。19歳だった。

 

一方、桃香は雪菜を連れて新横須賀市に引っ越し、2193年に改めてカフェ『翠屋』を店開きした。

新『翠屋』には国連宇宙軍の士卒~将官の常連もつき、沖田十三や土方 竜、古代 守や真田志郎らも顔を見せたが、犬猿の間柄と言われる土方と芹沢虎鉄が同じテーブルでコーヒーを飲む姿も複数回あった。

しかし、桃香が病を得たため、翠屋は2198年に休業→閉店。

そして桃香の死で、高町家は末娘の雪菜以外の全員が鬼籍入りしてしまった。

 

桃香の葬儀は、喪主たる雪菜が11歳のため、かつて翠屋のスタッフだった中島真理亜と夫・龍平が中心になり、桃香の遺言に沿って執り行ったが、雪菜は通夜と告別式で、自ら希望して喪主挨拶を行った――。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

‥‥所変わって、同じフロアの中島家‥‥。

 

「雪菜ちゃんは休めた?」

「強めに『寝ろ』と言ったら、素直に」

 

中島真理亜の問いに、嶋津は苦笑交じりに応え、ややあって付け足した。

 

「‥‥それに、私たちがいては思い切り泣けないでしょう?」

「‥‥そうね‥‥」

 

母の容態急変から告別式終了までの5日間、ほぼ眠らずにいた高町雪菜を半ば強制的に寝かせた後、嶋津は中島家を訪れていた。

母親が病に臥した後、雪菜は嶋津の官舎で寝起きし、通学と母の見舞いに通っていた。

これは治安が今一つの市内に娘を残す事に不安感を抱いた桃香と、後輩(嶋津)の家事能力が小学生レベルである事を案じていた中島の思惑が一致したためで、官舎に雪菜を住まわせる事で住まいの治安が確保され、小学生にしては家事能力が必要以上に高い雪菜は、半ば汚部屋化していた嶋津家の片付けを一人でやってのけた。

その雪菜の今後は‥‥。

母の見舞いと家事をこなし、ここにきて母を看取ったのに加え、葬儀の喪主で、雪菜は悲しみを露わにする暇がなかった。

 

「そうでなくても彼女はしっかりしているわ、過剰なまでにね。ママ(桃香さん)もそれを案じていたわ。

‥‥さすがに、母親が骨になる頃にはいっぱいいっぱいだったけど」

「‥‥‥‥」

 

頃合いだったのだろう。感情を抑え続けたら、今後の雪菜のためにならない。

皆が座を移したのは、まさにこのためだった。

 

「‥‥早速だが、雪菜(あの子)はどうするんだ?」

 

中島が雪菜の今後について口火を切った。

 

「雪菜次第ですが、引き続き住まわせるつもりですよ‥‥母親が亡くなったのを理由に放り出すわけにはいかないでしょ」

「俺としてもその方がありがたい」

 

引き続き自宅に住まわせると答えた嶋津に中島も賛同したが、続けて追い打ちをかける。

 

「お前さんは、戦闘じゃなくてゴミで圧死しそうだからな」

「そうねぇ」

「‥‥‥‥」

 

中島夫妻のツッコミに、嶋津は肩を竦めるしかなかった。

 

「‥‥しばらくは『カミカゼ』の出番もなさそうだし、公的手続きに駆け回りますよ。桃香さんの頼みですからね」

「ああ。後見する以上はくたばるヒマなんかないぞ」

 

2199年末、嶋津冴子三等宙佐は高町雪菜の法定後見人に選任された。




こちらの世界も、魔法少女リリカルなのはシリーズの原形『とらいあんぐるハート3/リリカルおもちゃ箱』の後の世としていますので、高町雪菜は高町なのはとクロノ・ハーヴェイの6代後の子孫にあたり、母親共々魔法を使えます。

次回からは波動機関搭載艦が順次登場。留守番たちの反攻が始まる‥‥はず。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

古い器に新しい○○編
11.スターシャの配慮‥‥?


      ―― 南部重工呉造船所 ――

 

「こいつが最高級品なら、我々が作ったのは、工学科の卒業課題みたいなもんだな」

「‥‥‥‥」

 

回収・搬入されたサーシャシップの波動機関をひと通り見た大山敏郎一等宙尉は自嘲気味に呟き、周りの者たちも苦い薬を飲んだ直後のような表情で首肯した。

 

イスカンダルから提供されたデータに沿って、地球が持てる力の全てを注いで製造した『ヤマト』用波動機関は、試運転すら省略したぶっつけ本番にも関わらず正常に動作し、『ヤマト』を外宇宙に旅立たせた。ガミラスの太陽系侵略部隊の主力と冥王星にあった根拠地を潰し、遊星爆弾の発射継続を阻止するというおまけつきで。

 

とはいえ、地球自体の窮状はより悪化する事こそあれ、改善されたわけではない。

『ヤマト』の活躍で遊星爆弾の飛来はなくなったが、それまでの弾着で撒き散らされた放射能は確実に地下へと浸透しつつあり、『ヤマト』が1年以内にイスカンダルから放射能除去装置を持ち帰る事以外、人類を確実に救う事は不可能だった。

 

また、現実的な課題はもう一つ存在していた。

散発的ではあるが、外惑星圏で蠢動するガミラス残党だ。

『ヤマト』は木星圏→土星圏→冥王星圏と“転戦”し、そこに駐留するガミラス軍を撃滅し、冥王星にあった根拠地を破壊したが、少しでも旅程を稼ぐため、天王星・海王星圏は始めから無視していた。

そして、ガミラス冥王星基地が陥落した後、この両惑星圏付近でガミラス残党の蠢動が確認された。

ガミラスは戦力の大半を冥王星に展開していたため『ヤマト』によってほぼ撃滅されたが、それによって、天王星・海王星に展開していたらしい少数の艦船が炙り出された。

同時に、短期日で本隊が潰滅し、現地指揮官も斃(たお)れたため(『ヤマト』に体当たりを仕掛けてきた大型戦艦が旗艦と断定された)か、指揮系統が瓦解したガミラス残党はすぐには系統だった活動再開はできないと判断されたため、国連宇宙軍は直ちに火星に工作艦『ナルト』らを派遣した。

 

というのも、国連本部と宇宙軍はガミラス軍の活動が逼息状態になったのを契機に、戦力の再建に乗り出したからだ。

ガミラスの太陽系侵略部隊は潰滅したが、国連宇宙軍もまた潰滅しており、早期に再建しないとガミラスの太陽系侵略部隊が再建された場合、『ヤマト』不在の地球は再び攻撃される恐れがあったからだ。

 

国連宇宙軍の再建 ―― 艦隊戦力再編方針 ―― は、

 

①残存艦艇の速やかなる復旧と再配備

 

②波動機関への換装を含む既存艦艇に対する大規模改装

 

③波動機関を搭載した新型艦艇の迅速なる建造と早期の戦力化

 

④地上軍(陸・海・空軍)から宇宙軍への人材移動促進。

 

等がそれだ。

 

このうち、①は戦艦『フソウ』や駆逐艦『カミカゼ』等、冥王星会戦に参加しておらず、修復が済んでいた艦の復帰によって実現していた。

 

②については、大・中・小型艦用機関と発電用機関の設計が『ヤマト』用機関に続いて進められ、大型艦(戦艦)用はヨーロッパ、中型艦(巡洋艦)用はアメリカ、小型艦用は日本でそれぞれ1号機の製造に着手。2199年末までに改装1番艦を竣工させる予定になっていた。

 

一方、発電用波動機関は艦船用機関に先駆けて日本とアメリカで地中深くに設置され、11月中には稼働することになっていた。

地中に設置した波動機関は、真空中で運転する時よりタキオン粒子収集効率はかなり悪く、起動時に大電力を要する(これは艦船用も同じ)という欠点を抱えていたが、一度起動すれば理論上は半永久的に稼働するのと、得られる電力量の多さはデメリットを補って余りあり、最初に1基起動できれば、以後は容易に起動できるため、艦船に先行して稼働する事になったのだ。

 

一方、③こそがこの計画の本題とも言うべき計画で、新設計の量産を前提とした小型艦――といっても既存の駆逐艦より大型――とし、1番艦は年内起工を目指していた。

 

それらの計画立ち上げに合わせ、火星に墜落(?)したサーシャシップがサルベージされ、地球に運ばれてきた。

 

サーシャシップは、イスカンダルから地球までの約15万光年を一気に航行してのける性能を持った、極めて優れた恒星間航行宇宙船だ。機関はもちろん、居住設備等の艤装も十分参考になるはずだった。

 

しかし、現品を目の当たりにした技術者たちは、イスカンダルの凄まじい技術力と彼我の格差に言葉を失った。

元の技術差が呆れるほど違うのだから、解析には月どころか年単位が必要。全てをフィードバックするまでには数十年ないし1世紀を要するとまで言われた。

 

『‥‥考えてみれば、イスカンダルと地球の技術格差は、比較する事すらおこがましい程だった。それこそ、第一次大戦当時のデ・ハビランドやフォッカーに、F35を作れという要求に等しいもんさ。

スターシャが、イスカンダルではアンティークレベルであろう波動エンジンのデータを選んだのは、技術後進国への最大の配慮だったんだろうさ。

いくら高性能でも、1年間オーバーホールなしで武人の蛮用に耐えなければ意味ないもんな』

 

後日、大山敏郎は取材の記者にこう答えている。

 

とはいえ、ガミラス艦や航空機の残骸解析や、『ヤマト』用機関で波動技術の基本を学んだ軍民の技術者や各国の重工業グループは、この数ヵ月間で初歩的なコンセプトの模倣や簡易なコピーならば可能な技術水準に達しており、波動エネルギー増幅装置等、新型艦に導入するに相応しい技術を得、その成果はまず波動機関による既存艦の大幅強化として具体化しようとしていた。

 

 

2199年11月某日、『カミカゼ』艦長の嶋津冴子と副長の大村耕作、機関長の長岡 隆は土方 竜に呼び出され、こう告げられた。

 

「『カミカゼ』は明後日から波動機関への換装を兼ねた改装工事に入り、済み次第試験航海につく。

‥‥ついては、機関科はもちろん、嶋津と大村も波動理論を一から学んでもらうぞ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12.カミカゼ新装発進

大っ変遅くなってしまいました。申し訳ありません(平伏)


      ―― 南部重工川崎造船所 ――

 

「今さらだけどもよ、だいぶ尻(ケツ)デカになったな。我らがフネは」

 

新調された乗艦『カミカゼ』を目にした嶋津冴子は、大きく息をついてからポツリと呟いた。

 

「‥‥‥‥」

 

嶋津と共にこの場に来た大村耕作以下の『カミカゼ』クルーは言葉こそ発しなかったが、内心の感想は大同小異なのか、艦長(リーダー)の言葉にツッコむ者はいなかった。

 

目の前に鎮座する『カミカゼ』は、艦体の前端から中央部より少し後ろまでは入渠(ドック入り)前と大差ない姿 ――アンテナ、センサーや姿勢制御用スラスターノズルは変更されていた―― だが、機関部が収まっているはずの艦体後部は見たことがない紡錘形状に変わっており、かつ直径は元の艦体より僅かに太くなっていた。

 

(波動)エンジンの小型化と安定化は、現時点ではこれが精一杯だ」

 

嶋津の隣から聞きなれた男の声が聞こえる。

 

「大山‥‥」

 

大山こと、大山敏郎技術一尉は『カミカゼ』を見上げながら、徹夜続きとは思えない張りのある声で説明を始めた。

 

「ワープ機能の省略など、可能な限り簡易化したとはいえ、これ以上小型化すると整備性が悪くなっちまうんだ」

「やはりな」

 

嶋津たちは頷く。

小型化は確かに重要だが、それ以上に肝心なのは、武人の蛮用に耐えうる頑丈さと保守(メンテナンス)の容易さだ。

 

「とはいえ、波動エンジンの効用は大きい。余剰エネルギーを間接防御やフェザー砲の火力向上に振り向けられるようになるし、推進剤タンクが不要になったから、空いたスペースを防御区画や居住性改善に振り向けられる。

今回の改装は時間がなかったので、主に防御区画と食糧庫・清水槽にした」

「‥‥という事は、飯と水は前よりは良くなると思っていいのか?」

「ああ。どのみちいずれは外惑星圏まで()るからな。飲み食い事情の改善は不可欠だろ?」

「今より良くなる分には大歓迎さ」

 

軽口を叩き合いながら、嶋津たち『カミカゼ』クルーは面目一新した乗艦に乗り込んでいった。

 

       ―― 艦橋 ――

 

艦橋の配置に大きな違いはないが、機器・計器はかなり更新されていた。

特に機関部関係は、波動機関への換装によってほぼ一新されていた。

長岡機関長は機関員を引き連れて機関室に向かう。

 

「艦長、自分らは機関室に行きます」

「発進は予定どおりだ。頼むよ」

 

『ヤマト』同様、『カミカゼ』ら改装艦も即日同然の戦力化を求められていた。

しかも、全くの新型艦で実戦経験ゼロの者も少なからず乗っている『ヤマト』が、ぶっつけ本番で波動機関起動から出撃まで一気にこなしたため、後に続く『カミカゼ』ら改装艦も、竣工即進宙はもはや既定路線だった。

故に、

 

「波動エンジン始動後、『カミカゼ』は直ちに発進、試運転を兼ねて訓練宙域に向かう。総員、船外服着用後配置につけ!」

「はっ!!」

 

嶋津は艦長席につくや開口一番で告げ、乗組員は各々の配置につき、『カミカゼ』は波動機関起動シークエンスに入った。

船外服着用は不測の事態への保険だ。

 

造船所の照明が次々と落とされていく。

波動機関起動までは造船所から供給される電力で『カミカゼ』の機能は維持される。

問題は波動機関自体が動き出す時の事だ。

波動機関は始動する時に大量の電力が要る。『ヤマト』の時は日本全域を停電にさせてまで確保した電力でも到底足らず、文字通り全世界を停電させて電力を工面し、ようやく起動→発進にこぎ着けた。

その後、発電用波動機関が設置され始め、電力事情は改善されつつあるが、それでもまだまだ十分とは言えない。

『カミカゼ』等、波動機関搭載の艦船第2陣が竣工したのはその時だ。

これらの艦船は『ヤマト』よりかなり小型なので、始動に要する電力はだいぶ少なくて済むのだが‥‥。

 

「造船所側の停電準備完了!」

「川崎市全域停電準備完了!」

 

小型艦用波動機関の始動すら、一般市民を巻き込まないと電力を確保できない状態だった。

何としても一発で始動させなければならない。

 

「協力停電開始1分前!」

「波動エンジン始動1分前!」

「艦内各部異状なし!」

「艦外各部異状なし!」

 

 

カウントダウンが進むにつれ、造船所構内の照明が次々と落とされていく。

 

「艦外作業員待避完了!」

 

造船所側の作業員も詰所へ一時待避した。

そして

 

「市全域の停電開始!」

「ん!‥‥機関長!」

 

造船所のみならず、川崎市全域の協力停電が始まった。

 

嶋津は頷き、機関長を見る。

 

「波動エンジン始動!」

「了解、波動エンジン始動!‥‥フライホイール接続!‥‥室圧70‥‥90‥‥100‥‥エネルギーレベル120%!」

 

ブリッジクルーは足元から小刻みな振動を感じ取る。

 

「波動エンジン回転数良好。発進準備完了!」

「よし、離昇場まで移動」

 

大村からの報告に、嶋津は頷きながら艦の前身を命じた。

『カミカゼ』を含む突撃駆逐艦は、艦底格納式の降着車輪(ランディングギア)を持つため、自艦のみでの地上移動が可能だ。

 

『カミカゼ』はゆっくりと離昇場へと移動していく。

地上が汚染されているため、地下基地発着になった地球の艦船は離昇場へ移動してから浮上し発進していく。

 

「離昇場に到着しました」

「全システム異状なし!」

「地上への扉、全て開放!」

 

準備は整った。嶋津は艦長席から立ち上がるや号令した。

 

「離昇‥‥『カミカゼ』発進!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

土星圏ルート再開編
13.ネズミ? ガンバ??


       

『我らが愛すべき農耕馬が、駿馬に生まれ変わったぞ‥‥!』

 

“改”21881式突撃駆逐艦『バシリスク』の公試運転を終えた、イギリス宇宙軍所属のマルセフという駆逐艦長が、帰還後言葉を震わせながら語った一言こそが全てを物語った。

 

日頃はあまり感情を表に出さない彼だからこそ、その一言が重みを持ったのだ。

ちなみに、数時間前に同じ改装を施された同型艦『カミカゼ』を指揮した、日本宇宙自衛隊所属の若き女性駆逐艦長は

 

『タマゴタケ、変じてタマゴテングタケ』

 

とのたまった。

苦笑しつつ、その心は?と問い返した副長に、件の艦長 ――嶋津冴子―― は、

 

『見た目はよーく似ているが、片や旨い、片や猛毒』

 

と応じたという。

 

‥‥両者のコメントの差異はさておき、生まれ変わった乗艦に満足し、期待を持った事には変わりなかった。

機関出力の大幅アップは加速力と最大速力を向上させ、余剰エネルギーによる波動防壁も使えるようになった。

また、従来なら牽制にすらならなかったフェザー砲が、残骸とはいえガミラス艦の外部装甲を切り刻む事も確認された。

これで、雷撃のみならず砲撃でもガミラス艦に脅威になり得る事を示し、関係者は愁眉を開く事ができた。

 

ともあれ、強化改装艦は、戦艦1・巡洋艦1・駆逐艦6の8隻で、この8隻で国連宇宙軍は第2艦隊を再編した。

 

戦艦『フソウ』(2200年1月以降竣工予定)

 

巡洋艦『スラヴァ』

 

駆逐艦『カミカゼ』『J・G・エバーツ』『ニウエ』『バシリスク』『スルタン・イスカンダル・ムダ』『シロッコ』

 

ちなみに艦の所属は以下のとおり。

 

北米:『J・G・エバーツ』

 

欧州:『Z86』『バシリスク』『シロッコ』

 

ロシア:『スラヴァ』

 

極東:『フソウ』『カミカゼ』『スルタン・I・ムダ』

 

オセアニア:『ニウエ』

 

但し、2199年中に波動推進化された艦は『フソウ』を除く7隻に留まった。

というのも、残る資材は最初から波動推進を前提とした新型戦闘艦の第1次建造に充当されたからで、それ以上の資材、特に波動エンジンに不可欠なコスモナイトは、土星圏~海王星圏の衛星でないと入手できなかったからだが、そのためには土星圏の制宙権を奪回しなければならなかった。

しかし、それには障害となる存在、太陽系外惑星系に約10隻程度残存していると推定される残存ガミラス艦船があった。

『ヤマト』との戦闘で一大根拠地の冥王星基地が失われ、旗艦爆沈で派遣部隊司令部も壊滅したと推定され、統一した指揮系統は失われたようだったが、“本国”からの増援がいつ行われるかわからないため、速やかに土星圏までのルートは確保しておかなけばならず、新生第2艦隊は1日も早い戦力化が期待された。

 

そのため第2艦隊は、司令官に留任した鬼竜こと土方 竜の元、ガミラスの侵入が確認されていない水星~金星圏で、12月から翌2200年1月上旬まで、断続的だが厳しい訓練を行った。

 

全てはささやかなる反攻のために――。

 

 

 

  ――2200年1月、新横須賀市、国連宇宙軍・宇宙自衛隊横須賀基地――

 

 

「艦長、作戦の名称が決まりました」

「そうかい」

 

乗艦『カミカゼ』整備の打ち合わせを行っている嶋津に、副長兼航海長の大村耕作が歩み寄ってきた。

 

「‥‥で、何と?」

 

本来、作戦名自体に関心を持たない嶋津があえて聞き返したのには訳があった。

今次作戦は『ヤマト』によるガミラス冥王星基地殲滅に続く、国連宇宙軍による反攻の鍵を握るものだった。

年明けと同時に、波動機関搭載を前提とした小型戦闘艦の建造が始まっていたのだが、地球に残された資材では4隻分がやっとで、以降の事を考えると、他の惑星系の鉱物資源の確保が不可欠になっていた。

特に波動機関の本体や配管に適している『コスモナイト』系金属鉱物は、土星圏の一部衛星に埋蔵されているものが最高品質とみなされており、艦船や発電プラント用波動機関の増備には、土星圏のコスモナイト採掘と還送が絶対条件だった。

それほどに重要な作戦ゆえ、これまでと同じような作戦名では気運が盛り上がらないと判断した国連宇宙軍は、内部で作戦コードネームを“公募”したが、嶋津はそれに応じていたのだ。

 

『走れ!ガンバ作戦』

 

で‥‥。

 

艦長の問いに対し、副長は至って事務的に

 

「ミッキーマ○ス作戦です」

 

とだけ答えた。

 

「‥‥あ、そ‥‥」

 

嶋津は作戦名に対する論評はしなかったが、軽い溜め息と共に肩を竦め、空間魚雷を搭載定数以上確保するよう大村に告げ、さらに呟いた。

 

「‥‥知名度は問題ないだろうけど、著作権者がうるせーだろうなぁ‥‥」

 

“ガンバ”は、著作権者が日本国内に存在するからすぐ交渉できるだろうが、ミッキー○ウスは著作権に対する認識が厳格なアメリカのキャラクターだ。事前にちゃんと話がつけられればいいがと嶋津は懸念したのだ。

 

ちなみに、ミ○キーマウスを提案したのは極東軍管区司令部(東京市ヶ谷)勤務の女性下士官で、ネーングの理由を訊かれた時、

 

『太平洋戦争当時の“トーキョー・エクスプレス”にちなみました。鼠輸送ではセンスが化石じみていると思いまして』

 

と答えた。

一方、嶋津も鼠輸送ではセンス皆無と考えたらしく、

 

『ガンバなら前向きだと思って』

 

と答えたという。

この時点では、“ミッキーマウ○作戦”のネーミングについて、アメリカの著作権者との調整が全くできていなかった事実に気づいていたのは極少数で、これがほどなく市民を巻き込む騒動につながった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14.牛歩船団

本作戦の、嶋津が提案した名称を『ガンバ作戦』に変更·訂正します。


『牛歩』 

 

暗黒の虚空を行く一団の移動速度は、まさにその表現以外に考えられなかった。

一団は2隻の特設輸送艦(徴用された民間籍ばら積み貨物船)と1隻の宇宙巡洋艦、6隻の宇宙駆逐艦からなる小船団で、内訳は以下のとおりだ。

 

特設輸送艦『オーテアロア』『キヨカワマル(清川丸)』

 

巡洋艦『スラヴァ』

 

駆逐艦『カミカゼ』『J・G・エバーツ』『ニウエ』『バシリスク』『スルタン・イスカンダル・ムダ』『シロッコ』 

 

船団のうち、戦闘艦は全て艦体後部の形状が変わり、メインノズルや各部のバーニアが大型化されていた。

また、輸送艦『オーテアロア』には大型のレーダーアンテナや各種アンテナが増設され、もう1隻の『キヨカワマル』にも大型レーダーアンテナが付いていた。

これらは全て後付け。特に戦闘艦は主機関を在来のレーザー核融合系機関からイスカンダルからの技術供与によるタキオン推進(波動)機関に換装する等の強化改造工事を受け、性能を大幅に向上させていた。

一方、輸送艦は在来型機関だが、2隻ともレーダー·センサーを強化されていた。

 

これは今回の作戦に際し、『オーテアロア』を臨時旗艦にしたためだ。

本来ならば戦艦『フソウ』あたりが旗艦を担うのだが、同艦の在来機関は不調で、波動機関も資材不足で改装工事がストップ。

さりとて『フソウ』を不調な在来機関のまま出撃させるわけにもいかず、思い切って『オーテアロア』を臨時旗艦とし、必要な設備を取り付けた次第。

しかも、本作戦は第二艦隊司令官たる土方 竜直率のため、土方は『オーテアロア』から指揮をとる事になったが、問題は、巡洋艦·駆逐艦と輸送艦の速度差があり過ぎる事だった。

 

当然ながら、輸送船団は船脚を一番遅い船に合わせなければならず、今回の船団中で最も低速の『キヨカワマル』に合わせざるを得なかった。

『オーテアロア』は、ガミラスとの戦争が始まる直前に竣工した平時仕様の高速貨物船だが、『キヨカワマル』は3年前に竣工した第二次戦時標準型船で、資材·工数を節約した結果、低出力の機関を載せざるを得なかったため速力が低く、船団はこの船の巡航速力に合わせた10宇宙ノット(『アオテア·ロア』は巡航17宇宙ノット)を標準速度とせざるを得なかった。

本来なら、少しでも早く目的地に着きたいが故にか、乗組員に焦慮や苛立ちが生じるものだが、意外にも各艦乗組員は緊張こそすれ、焦りの色は薄かった。

 

特に船団の先頭を進む駆逐艦『カミカゼ(神風)』の艦橋には、焦りや不安·悲嘆とは凡そ対象的な空気が漂っていた。

 

「~····~♪」

 

駆逐艦の狭い艦橋に、ソプラノのハミングが流れる。

 

「········」

「········」

 

それは音程、リズムもしっかりしており、本来なら良きBGMになり得るものなのだが、本人を除くその場にいる者は、一様に微妙な表情を浮かべていた。

ハミングの主はブルネットの髪に透き通るような白い肌の女性で、左腕は義手·義腕だった。

その女性はハミングしながら、自席──砲雷撃指揮官席──のコンソールを磨いている。

その手に握られているのは拭き取りシートではなく、カメラのレンズ清掃用のシート。

それで、既に延べ4時間、断続的ではあるが、女性は砲雷撃指揮席のコンソールを磨き続けており、その様を、一緒に当直についている航海士と観測士が呆れた表情で見ていた。

そこへ

 

「交替時間です」

 

次の当直担当者たちが艦橋に入ってきた。

それぞれ引き継ぎを済ませ、当直明けの者は引き上げていく。

最後に引き継ぐのが最先任の士官だが、当直明けになるのが件の女性なら、引き継ぎを受ける側も女性。しかも艦長制帽を被っていた。

 

「はい、艦長」

「OK」

 

引き継ぎ事項を入力したタブレットを引き継ぎ者に手渡して、先任士官の引き継ぎは終わる。

件の女性士官が艦橋から退出するのを確認し、女性艦長──国連宇宙軍少佐·嶋津冴子──は、一堂を見渡し、告げる。

 

「じゃ、二直よろしく!」

「「はいっ!」」

 

艦長席に座りかけた嶋津だが、先ほどまで一直の女性士官がいた砲雷長席にしばし目をやり、軽く溜め息をついた。

そこは、他の席に比べ、心なしかテカテカしているように見える。

 

(あの砲撃魔(トリガーハッピー)め····)

 

嶋津が砲撃魔と言ったのは、先ほど当直の引き継ぎ相手だった砲雷長のフランベルク·シルヴィア夏美·国連宇宙軍大尉の事だ。

 

彼女は砲雷撃指揮、特に砲術においては天才というより鬼才的な冴えを見せ、同航するガミラス巡洋艦の艦橋窓にピンポイントで光線砲を命中させて艦列から離脱させた実績を持つが、前年の冥王星沖会戦で乗艦『キリシマ』が被弾した際に左腕に重傷を負い、結局切断→義手義腕化となった。

(そのため、内定していた『ヤマト』砲雷長のポストを棒に振った)

退院し復帰するや、艦隊勤務復帰を猛烈アピールしたが、乗り組める艦がなくむくれていた。

しかし、駆逐艦『カミカゼ』の砲雷長が市民の暴動に巻き込まれて重傷を負ったのを知るや、極東管区の人事部に自分を乗せろとねじ込んだ。

当然人事部は渋い顔をしたが、彼女の手腕は超がつく一流。遊ばせておくには惜しい人材だ。

やむなく『カミカゼ』艦長の嶋津に諮ったところ、臨時扱いで『カミカゼ』乗り組みが決まった次第。

 

アルビノ特有の透き通るような白い肌に少女のような容貌ゆえ、妖精(エルフ)と呼ばれる事もあるが、

 

『人類が二足歩行を始めてから進歩と言えるのは、大砲の発明と実用化に他ならない!』

 

と公言してはばからないなど、日頃の言動と性格に難ありとみなされ、部内では

 

『残念エルフ』

 

と評されていた。

もっとも、当の本人には蚊に刺された痒みほどのダメージもなかったのだが。

 

(ありゃ、相当撃ちたい欲求が溜まってるな····)

 

嶋津は内心で苦笑しながら、出撃直前に交わした会話を思い出した。

 

『お前さん、ショックカノンをぶっ放したいんじゃないのか?シルヴィア』

 

嶋津の問いに、撃ちたいオーラを纏うシルヴィアは、いつもののんびりした口調で返す。

 

『無い物ねだりをしても仕方ありませんよ~。

それに駆逐艦のフェザー砲も、目眩ましから目潰しくらいにはなったんですよね~?』

『ああ、そうだが····』

 

彼女の言った事は事実だ。

超大出力の波動機関を採用した事で、豊富なエネルギー供給を連続して受けられることになった地球艦のフェザー砲は射程·連射速度·貫徹力が大幅に増し、命中すればガミラス艦の装甲を穿つか傷を負わせるだけの威力を持っていたし、戦艦·巡洋艦の艦首軸線に固定装備された陽電子衝撃砲(ショックカノン)は連射が可能になり、やはり射程·貫徹力が向上。ガミラスの旗艦級戦艦にもかなりのダメージを与えられると期待されていた。

もっとも、今次作戦の参加艦でショックカノンを持つのは巡洋艦『スラヴァ』だけだが──。

 

『ご心配なく。ちゃんと敵ちゃんの艦橋窓に当ててみせますから~♪』

 

のんびりした口調で自信過剰と受け取られかねない事をさらりと宣(のたま)った2歳下の臨時砲雷長に苦笑した時、

 

「お待たせしました、昼食です!」

 

まだ十代とおぼしき船務部員が、ボックスランチと人数分の水筒を持って艦橋に入ってきた。

 

「お、ありがとう」

 

嶋津は礼を言ってボックスと水筒を受け取る。

他のクルーも同様に受け取った。

 

(波動エンジン様々····か)

 

波動機関導入により、旧来の核融合機関に必要な艦内燃料(ヘリウム)タンクは補機用のみに縮小された。

このため、空いたスペースは糧食庫や清水·汚水タンク等に転用され、各艦の行動可能期間が生若干改善されたが、目に見えた改善としては、糧食(レーション)のサンドイッチが加温されて供するようになったのと、シャワーの1人あたり使用時間が30秒ないし1分加算された事か。

嶋津は配食の船務員に尋ねる。

 

「お前さんは食べたか?」

「これを配り終えたらいただきます」

「そうか····。明日の今頃は戦闘配備になるだろうから、ちゃんと食べておけよ」

「はい」

 

──1週間かけてきた行路もいよいよクライマックス。早ければ明日にはガミラスとの接触→衝突が予想される。

留守番たちの力量が試される時が近づきつつあった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15.激突!残党艦 VS 再生艦

また間を開けてしまいました。申し訳ございません。

特設輸送艦『オーテアロア』の名は、1970年1月に房総半島野島崎沖で発生した『かりふぉるにあ丸遭難事故』の際、二次遭難の危険を冒して乗組員の救出活動にあたってくれた、ニュージーランド船籍の同名の貨物船からとりました。



土星圏、フェーべ軌道付近、国連宇宙軍·第2艦隊特務第11戦隊臨時旗艦『オーテアロア』

 

「········」

 

本来民間船籍である特設艦船は戦時任官した船員が主体になって動かしているが、今次作戦で臨時旗艦に指名された『オーテアロア』には、作戦を指揮する第2艦隊司令の土方 竜と参謀、増設されたレーダーを扱う人員ら15名が加わっており、ブリッジは手狭になっていた。

 

「········」

 

土方は、先ほどからブリッジで腕を組んだまま立っている。

土方自ら指揮する、巡洋艦と駆逐艦からなる第11戦隊(TF11)と特設輸送艦『オーテアロア』『キヨカワマル』からなる《仮称·ミッ○ーマウス船団》は既に土星圏に進入し、ガミラス残存艦艇のお出迎え(来襲)に備えていた。

 

『ヤマト』による冥王星基地攻略と駐留ガミラス艦隊殲滅で、遊星爆弾等による地球への攻撃は止まり、太陽系内でのガミラスは息を潜めたが、国連軍は今なお数隻ないし10隻程度のガミラス艦が外惑星圏(土星圏以遠)で活動していると予想していた。

このため、ガミラスが新たな侵略部隊を派遣してくる前に戦力を再建するべく、波動機関の製造に必要不可欠なコスモナイトの採掘と還送を目的とした特務船団を土星圏に派遣。

その作戦名は密かに(仮)ミッキーマウ○作戦とされたが、著作権への懸念が拭い切れないことから、『ガンバ』等、複数の名が予備として挙がっていた。

果たせるかな──。

 

 

 ──日本、国連宇宙軍極東管区司令部──

 

「あの、参謀長····」

「何だ?」

 

若い女性部員が、極東管区参謀長·芹沢虎鉄のデスクの前に立った。

本来なら、彼女の上官たる広報部長が来るところだが、その部長は過労でダウン。

他の者も手が離せる状態ではなかったため、本作戦の名称『ミ○キーマウス』を提案した本人が貧乏くじを引いたのだ。

その表情には、明らかに落胆の二文字が浮かんでいる。

 

「申し訳ありません、先方の態度は変わりませんでした」

「····けんもほろろか?」

「はい····」

 

芹沢はふんと鼻を鳴らすと、引き出しから封筒を取り出し、女性部員に手渡しながら告げた。

 

「····あの連中とこれ以上の交渉は時間のムダだ。こちらの案でいく。私の方で著作権者とは話をつけてあるから問題はない。(藤堂)長官には私が話しておくから、これで進めるように」

「········は?」

 

怒鳴り付けられるどころか、著作権すら既にクリアしたという新案を、そういう事柄からは縁遠いと思われている芹沢が用意していたという予想外の事態に、女性部員は固まる。

が、しかし、

 

「何を呆けている!? 直ちに進めろ!」

「は、はい!」

 

参謀長の叱声に我に帰り、女性部員は文字通り広報部にすっ飛んでいった。

芹沢が面白くもなさそうな表情のまま、再びふんと鼻を鳴らした時だ。

 

「『オーテアロア』より入電!《敵艦見ユ》!!」

 

通信オペレーターの声が響き、司令部の空気は極限まで張り詰めた。

 

 

  ──『オーテアロア』ブリッジ──

 

元が商船である『オーテアロア』に軍用の高性能レーダー·センサーや解析·通信用機器を半ば無理矢理載せたため、ブリッジは手狭になっていた。

さらにそれらの機器をフルスペックで稼働させる電力を得るため、船倉の一部を仕切って発電専用補機まで載せていた。

その手狭になったブリッジは、敵発見の報にまさに戦場と化している。

 

「敵艦····軽巡洋艦1、駆逐艦2。速力27宇宙ノット。こちらの有効射程まであと350秒です!」

「TF11に通達しろ。『予定の接敵機動を続行。別命あるまで第3戦速を厳守』とな」

「了解しました」

 

観測員の報告を受け、土方はTF11各艦の手綱を締め直す。

ここで言う“第3戦速”は従来の最大戦速にあたる。

今ここにいる巡洋艦·駆逐艦は全て波動推進化されているため、最大速度はさほど変わらないが、そこまでの加速力と機動力は大幅に向上していた。

それをガミラス側にギリギリまで悟らせないために、あえて従来の機動数値でガミラス艦に相対しつつあった。

 

(····それにしても、レーダー妨害なしに中途半端な速度とは、相変わらずの七面鳥(ターキー)扱いだな。あるいは機関不調なのか?)

 

敵艦が3隻なのが、こちらを侮っているのか、今動かせる精一杯の数なのかはわからないが、レーダー妨害もせず、少なくとも35宇宙ノットは出せるはずなのに、27宇宙ノットしか出していないのは解せない。

単に侮られているのか、基地壊滅で早くも機関不調になったのか····?

とはいえ、あの3隻にはこちらを壊滅させられるだけの戦力がある。

まるきり油断していると判断するのは早計だ。

 

「あと20秒で敵の有効射程に入ります!」

「敵の別動隊は確認できるか?」

 

観測員の報告に、土方は最後の確認を行う。

 

「反応ありません!」

「うむ」

 

土方は頷き、簡潔に下令した。

 

「全艦、突撃せよ!」

 

 

 

      ──『カミカゼ』──

 

「最大戦速、敵3番艦を()るぞ!」

「「「「了解っ!!」」」」

 

嶋津の号令に、ブリッジが沸く。

1隻の巡洋艦と6隻の駆逐艦は、旗艦『オーテアロア』から指示された目標(ガミラス艦)に向け、波動機関を全開にして突進した。

敵駆逐艦2隻にはこちらの駆逐艦2隻ずつが、軽巡洋艦には巡洋艦『スラヴァ』と駆逐艦2隻であたり、敵を第一撃で一掃するのが作戦の肝で、敵3番艦には『カミカゼ』と『J·G·エバーツ』があたる。

 

戦艦『フソウ』が旗艦であれば、かなり統制された攻撃管制ができたのだが、今回はこちらも少数であり、そこまでの統制は必要なかった。

何より、各艦の乗組員は皆、何度も死神の魔手を振り払ってきた猛者揃い。

さらに改めて“鬼竜”こと土方が課した猛訓練で、練度は最高に近い。

7隻の地球艦は、飢えた猛禽のごとく、思い思いの航跡を引きながら、3隻のガミラス艦に迫った。

 

当然、ガミラス艦も阻止砲火を放つ。

しかし、既存の地球艦の性能データを元に砲撃しているため、そのエネルギービームは地球艦のかなり後方の空間を空しく切り裂き、2射目、3射目も命中どころか至近弾にすらならない。

 

首尾は上々。敵が照準を補正する前に雷撃すればこちらの勝ちだ。

 

「(J·G·)エバーツは生きてるか!」

「やや先行して並走しています」

「そりゃ重畳。····僚艦はどうだ!?」

「全艦健在。損傷なし!」

「よし!」

 

嶋津は頷き、この攻撃の要である砲雷長·フランベルク·シルヴィア夏美と、舵を握る航海長·大村耕作に指示を下す。

 

全火器自由(オールウェポンズフリー)! 大村、進路そのまま!····シルヴィア、主砲発射用意!敵のブリッジを潰す。一撃で当てろ!!」

「りょうか~い。大村君、進路そのままね~」

「了解!」

 

軽口を叩きつつ、シルヴィアは素早く照準を固定する。

 

「照準、来た!!」

「撃ち方、始めっ!」

()ーっ!」

 

艦体上下に1基ずつある無砲身2連装フェザー砲から、僅かな時差を挟んで薄緑色のビームが4本放たれ、少し離れて並走する『J·G·エバーツ』も主砲を放った。

数秒後、ビームが向かった先で爆炎らしき煌めきが走った。

手応えありかも知れないが、確認している暇はない。

続いて、

 

「魚雷、全門発射!」

「撃ーっ!」

 

ズンズンズン!と3度の軽い衝撃と共に、大型空間魚雷が3本、炎と煙の尾を引きながらガミラス艦目掛けて走っていった。

 

「艦首下げ30、反転取り舵210!」

「艦首下げ30、反転取り舵210、よーそろー!」

 

『カミカゼ』は姿勢制御スラスタをふかして艦首を下げつつ反転。本隊である『オーテアロア』『キヨカワマル』を目指す。

と、その時、敵艦隊──3隻だが──のあたりで大きめの火球が続け様に2つ煌めき、その一瞬後には更に大きな火球が1つ煌めき、そして消えた。

 

「戦果確認と被害確認、どうだ!?」

 

嶋津の問いに、観測士は初めて聞く上ずった声で応える。

 

「せ、戦果、敵艦3隻とも反応消失。轟沈!敵艦全て撃沈ですっっ!!!」  

「本艦被害なし!」

 

艦橋がドッと沸いた。

続いて、

 

「旗艦より入電。『我ガ隊全艦健在、敵艦ハ全テ撃沈ヲ確認。全艦直チニ合流セヨ』です!」

 

久しぶりというか、局地戦とはいえガミラス戦役では初めての完全勝利に、艦橋は再び沸く。

嶋津は頷くや、マイクを艦内一斉放送に切り替えた。

 

「艦長だ。我が隊はたった今の戦闘でガミラス艦3隻を撃沈。味方の損害はない」

 

艦内への出入口から歓声が漏れ聞こえてきたが、嶋津は言葉を続ける。

 

「しかし、あくまで第1ピリオドを無失点で取ったに過ぎない。資源を無事地球に荷下ろししてこそ成功だ。兜の緒を締め直し、引き続き警戒に当たってもらいたい」 

 

『カミカゼ』ら7隻の護衛艦は槍騎兵から護衛《エスコート》に戻るべく、『オーテアロア』『キヨカワマル』に近づいていった。

 

 

   ──『オーテアロア』船橋──

 

「敵軽巡から、沈没直前に大出力での通信波発信を確認しました」

「うむ」

 

通信士からの報告に、ブリッジクルーは一様に渋面になった。

 

「····敵もさる者だな」

 

土方は内心、たった今(たお)した敵艦の乗組員を称賛した。

敵艦はこちらの艦が波動推進に変わった事を知らなかったのだろう。突撃していく艦への阻止砲火は空しく空を斬るだけだった。

しかし、放たれた魚雷22発に対する迎撃は正確で、少なくとも5発は阻止されたようだ。

敵が3隻しか出してこなかったのと、序盤の油断(?)が致命的になったがためにこちらの一方的勝利になったものの、あと2隻多かったらどうだったか。

そして、旗艦であろう敵軽巡が断末魔に放った通信は、我々(残存地球艦)が『ヤマト』と同じ心臓を得た事を、太陽系内に潜む味方に知らしめたと断じるべきだろう。

 

だが、ともあれ、第1セットを奪取した事には変わりない。

土方は極東管区本部への報告を指示した。

 

──戦闘結果を打電して数分後、土方宛に電文が送られてきた。

なぜか件名が真っ白で、発信者名は極東管区参謀長·芹沢虎鉄。

 

「······~~~~·······」

 

その電文を目にした土方は、数十秒沈黙した後、珍しく溜め息をついて、数時間ぶりに指揮官席に腰を下ろした。

 

「····司令?」

 

“鬼竜”らしからぬ挙動を案じた司令部員が声をかけると、土方は、

 

「問題ない。それより、この内容を各艦に通知してくれ」

 

と告げ、電文が載ったタブレットに閲覧済タップをすると、幕僚に返して瞑目し、しばらく一言も発しなかった。

 

 

      ──『カミカゼ』──

 

「艦長、旗艦から各艦宛電文です」

「ハイな」

 

通信士から電文データが表示されたタブレットを受け取った嶋津は、しばらく無言で見入っていたが、閲覧済のタップをして通信士に返した。

そして一人ごちる。

 

「作戦名、(仮)『トムと○ェリー』で著作権もクリアとは。····芹沢参謀長(あのおっさん)、どんな魔法(力技)を使ったのやら····」




あと1~2話で第1次輸送作戦が終わります。
その後、新型艦登場編になります。

なまこみたいな更新で申し訳ありませんm(__)m


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16.凱旋したジェリーたち

お待たせしました。



·······いや、待っている人いたかな?


『ニュース速報』

 

チャイム音とともに、テレビ画面上部に現れたそのテロップに続いて現れたその内容は、遊星爆弾の放射能と闘う地球各地の地下都市を文字通り沸騰させるのに十分な口火だった。

そして、すぐ後のニュース番組はほぼこの報せ一色に染まった。

 

画面の中で、国連宇宙軍極東管区の広報官が発表する。

曰く、3週間前に地球を発った輸送船団が、土星の衛星から希少鉱物資源還送に成功した事と、阻止に現れたガミラス艦3隻を護衛艦が迎撃し、こちらの損失なく全て撃沈した。

この事実はイスカンダルに向かっている『ヤマト』が、冥王星のガミラス基地と太陽系侵略部隊を撃滅して遊星爆弾の落着が解消された事に続く、国連宇宙軍のクリーンヒットになった。

 

軍の報道官は告げる。

 

『今回、輸送船の護衛についた艦は、イスカンダルに赴いた宇宙戦艦『ヤマト』とほぼ同じ構造の波動エンジンを搭載する等の性能強化改造を施しており、既存の艦でもガミラス艦に劣らぬ性能と戦闘力を持つ事が実証されました。

今回持ち帰られた資源は波動エンジンなどに姿を変え、国連軍艦船の改修と追加建造、そして各都市の電力事情改善に振り向けられます········』

 

この作戦で得られた資源の大半は軍に振り向けられるが、一部は民需用発電装置の増強増設にあてる事で、国連は市民生活を蔑ろにはしないとアピールした。

 

このプレスリリースを、高町雪菜は中島家で、真理亜夫人と年少の二人の娘たちと共に見た。

テレビには、地球艦の雷撃で火球と化したガミラス艦と、エンケラドゥスでコスモナイトを積み込む特設輸送艦『オーテアロア』、エンケラドゥスを離れる船団、輸送用コンテナを曳航する駆逐艦たちが映り、最後は新横須賀基地に降下してくる『オーテアロア』と『カミカゼ』が映っていた。

2隻とも損傷した様子はなく、真理亜、雪菜ともに胸を撫で下ろす。

 

「冴子さんたち、これに行ってたのね」

「何はともあれ、成功してよかったです」

 

夕食を作る真理亜の代わりに、雪菜は彼女の娘たちの遊び相手をしていた。

先祖代々親交があり、かつ亡き姉の幼なじみだった嶋津冴子の被保護者になった雪菜だが、冴子は小型とはいえ一艦の艦長。

家を空ける事が多いため、その都度、同じフロアの中島家で食事を共にしたり、週末には泊まっていた。

 

画面は変わって『オーテアロア』の前で自らインタビューを受ける土方 竜が映っている。

ガミラスとの戦争では初めて損失ゼロで敵を撃滅し、資源も全量還送という“完全勝利”を収めたにも関わらず、土方はニコリともせずインタビューに応じていた。

今回はあくまで局地戦での勝利。根本的な問題は『ヤマト』が任務を果たして帰還しない限り解決しないのだから、表情が厳しいのも当然だ。

 

土方と一緒にいた司令部員らしき士官がインタビューの終了を告げ、土方たちがその場を離れようとした時、艦船乗組員らしき一団がすぐ後ろを歩いて通り過ぎようとした。

彼らは土方に向かって次々と旧海上自衛隊式の敬礼をしたが、その一番後ろにいる人物を、テレビカメラはクローズアップする。

その人物は艦長制帽を被った妙齢の女性で、しかも女性としてはかなり長身なのか、周囲の男たちの中に埋没している様子もない。

その女性が一瞬だけカメラの方に顔を向けた。

テレビに映ったその容貌は、男ならば10人中8~9人は

 

『スッゴい美人』

 

と評するであろうほど端整で、その所作も颯爽としていたので、カメラマンも思わず彼女を追いかけてしまったのだろう。

それはまさに、掃き溜めに(サギ)という表現がピッタリだったが、画面の彼女をみた真理亜は、

 

「ああしてる分には、なまじな女優さんそこのけなんだけどねぇ、冴子さんは」

「はい········」

 

と苦笑し、隣の雪菜も微苦笑で応じる。

確かに、ああしている彼女·嶋津冴子は、TK塚歌劇団の男役トップスターのような存在感があるのだが、軍服を着ていない時のマダオ(マジでダメなおねいさん)っぷりを目の当たりにしている2人は、画面の向こうの本人にツッコみたい気分だった。

その直後、ニュースの最後にアナウンサーは告げる。

 

「国連宇宙軍本部並びに極東管区は、今回の作戦名及び船団の公式名称を『トムとジェ○ー』とする事を発表しました」

「········」

「········」

 

発表に、二人はしばらく無言でいたが、真理亜は苦笑して

 

「発想が完全に20世紀よねぇ」

 

と言い、雪菜は

 

「前向きでいいんじゃないですか?········センスが微妙なのは確かですけど」

 

と返した。

どちらがトムでジ○リーなのかは聞くだけ野暮だろう。

 

 

       ──翌日朝──

 

『ボヤボヤするな、急げ!!!!』

 

家主で雪菜の保護者である嶋津冴子の寝室から、野太い男の怒号が洩れ聞こえてきた。

 

『ボヤボヤするな、急げ!!!!』

『ボヤボヤするな、急げ!!!!』

『ボヤボヤするな、いs‘’バン‘’!!!』

 

それはさらに2度繰り返し、3度目の途中で止まった。

朝食を並べながらその様を聞いていた雪菜は、やれやれと肩をすくめる。

怒号の主は雪菜も知っていた。宇宙戦艦『ヤマト』艦長の沖田十三だ。

まだ母が元気で、極東管区司令部近くで『翠屋』を営んでいた頃の常連客でもあり、サンタクロースみたいな風貌が印象深かったが、よく一緒に、昨夜テレビで視た土方や山南という提督服姿のおじさんも来ていたものだ。

 

沖田はともかく、日本刀のような土方や岩石を思わせる山南は、明らかに強面な軍人だったが、雪菜には優しいおじさんという記憶しかない。

もっとも、嶋津にとっては厳しくおっかない教官あるいは上官で、特に沖田と土方から猛烈にしごかれていたようだが、それにしても、

 

「あの声、どこでどうやって録音したのやら····」

 

胸元に下がる蒼い宝玉に手をやりながら、感心と呆れを交えて呟く。

今は慣れたものの、あの怒号を初めて聞いた時は耳どころか頭の中まで響いたと思った。

しかし同時に、これを録音し、更に目覚ましアラームに使っている保護者の面の皮の厚みと神経の直径を、真面目に計りたいとすら思ったものだ。

当の保護者は、アラームが途絶えてから3分後、朝食の席に現れた。

昨夜シャワーを浴びたのと、節水のため、朝シャワーはかなり前からしていない。

 

「おあよ~····」

「おはようございます」

 

嶋津はジャケット以外は士官の地上用制服姿だ。

 

「今日も出仕(勤)なんですか?」

「艦長と副長は9時から報告会と反省(ダメ出し)会さ。それでようやく終わりだ」

 

次はガミラスも背水の陣だろうな、と心の中で独語しながらトーストを頬張っていた嶋津だが、ふと思い出して口を開く。

 

「····小遣いとか足りてるか?」

 

保護者とはいえ、任務で不在の事が多く、コミュニケーション不足なのではないかと思ってしまいがちなのは無理からぬ事。

そうでなくても雪菜はわがままを言わない。

いい子と言えばそれまでだが、精神衛生上それはどうなのかと思わずにはいられない。

そんな、自称マダオ保護者に対し、雪菜は

 

「足りてるも何も、私にカード預けっばなしなの忘れてるでしょう、艦長」

「········今思い出した」

「お忙しいのはわかりますけど、利用明細のチェックはして下さいね」

「········(*´・ω・)ショボーン」

 

(お説教の言い回しが、早くも母親(桃香さん)譲りだよ····)

 

慨嘆する嶋津だが、雪菜から更なる追い撃ち(ツッコミ)はなかった。

 

「それはそうと、担任の先生が、早いうちに一度艦長とお会いしたいと言ってました」

「········今日のダメ出し(反省)会が終わったら、何日かは空くと思う。今夜改めて話すよ」

「わかりました。早ければ明後日でもいいですね?」

「りょーかい」

 

言わずもがなだが、保護者になったからには、私生活では被保護者第一でなければならない。

 

嶋津が翠屋の忘れ形見を引き取った(?)と聞いた土方は、

 

「軍務以外でも悩ませろ。それがあいつのためだ」

 

──と言ったとか言わなかったとか。

 

 

“凱旋”した嶋津たちだが、鬼竜(土方)は全くもって甘くなかった。

帰還の翌日、土方はTF11の艦長と副長全員を朝9時に召集して、『トムと○ェリー 作戦』の報告及び反省会議を開いた。

土方があの強面で『トムとジェリ○』と口にする様はある意味見物だったが、会議自体は真剣に行われ、各艦長には土方の注意と指導(ダメ出し)が飛んだ。

ことに、艦長連では若年である嶋津と『J·G·エバーツ』のワイルド·ウィル·ケルソーに対するそれがやや多く、散会後の2人はげっそりしていた

 

『トムと○ェリー作戦』は残存ガミラス軍の掃討も兼ねて今後も実施される。

鉄は熱いうちに打たねばならないのだ。

 

──嶋津冴子に新たな人事内示が下されたのは、およそ2週間後だった。




①目覚ましの音声データは、完結編で喝を入れるサンタクロース艦長をイメージして下さい。

②一人、スピルバーグ映画キャラに因んだ人物がいます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新型艦就役編
17.形になるかんぴょう


 

      ──新横須賀地下軍港──

 

ようやく強化改装なった戦艦『フソウ』の通路を、嶋津冴子と大村耕作は司令官室へ歩く。

 

「何なのでしょうね?」

「第二次トムジェリ(トムとジェリー)作戦か、それに類する作戦に関する事じゃないか?」

「まあ、(フネ)の強化改装も進んでますし、噂の新型艦も一番艦が完成間近ですからね········」

 

先日、土星圏からの資源鉱石還送の結果、艦船·発電用波動機関の生産が軌道に乗り、既存艦の強化改装と計画停電の緩和が進んだのに加え、初めから波動機関搭載で設計された新型戦闘艦((仮称·2200型汎用戦闘艦)ともいう)は、牽牛(ケンギュウ)と命名された1番艦は間もなく公試運転。2~4番艦も建造が進んでいるという。

当然、これらの艦を運用した新たな作戦も練られているはずだ。

 

「ま、ガミ公もいい加減、諦めてくれればいいんだが」

「案外、『ガミラスに敗北という文字はない。勝利か、しからずば死だ』なのかも知れませんね」

「そのガミラスに土俵際まで追い詰められても、いまだうっちゃり狙いな我々は、(やっこ)さん達を笑えないがね」

「まったくです」

 

等と軽口を叩きながら艦長室に向かった嶋津と大村を待ち構えていたのは───。

 

晴天の霹靂以外に他ならなかった。

 

「····」

「····」

 

土方から返されたタブレットに目を通した嶋津と大村は、文字通り数十秒間呼吸を忘れた。

それぞれのタブレットに表示されていたのは人事。

それも、要約すると、明日付で

 

『2200型汎用戦闘艦4番艦《仮称·ユウガオ》艤装員長/副員長を命ず』

 

同時に、大村は一等宙尉(国連宇宙軍大尉)への昇格が発令された。

 

艤装員長とは、建造中の艦艇がある程度形になってきた頃合いで発令され、細部の作り込みの段階で造船所側とやり取りして、船を仕上げていく船主····この場合は宙自側要員(艤装員)のまとめ役を指し、基本的には、竣工したらそのまま初代艦長に就任する事が多い。

 

艦艇は単なる装備品ではない。

乗組員にとっては“家”であり、ひょっとしたら“棺桶”になるかも知れないのだから、設計図では決めきれないような細部の作りこみが必要になる。

自動車等のように、完成品を渡されてすぐに動かせるというものでもないので、事前に慣れておく必要などもあるので、こういうやり方になる。

もちろん艤装員はこれから増え、竣工時までに揃った艤装員が、基本的にはそのまま就役と同時に乗組員に移行する。

 

····しばらく内容を確認するかのごとくタブレットを見ていた二人を、土方が現実に引き戻す。

 

「復唱はどうした!?」

 

····反問する権利はなかった····。

 

 

二人はその足で『カミカゼ』に戻り、転任する旨の通達と最終訓示。そして私物の整理に引き継ぎの準備を始めた。

翌日には『カミカゼ』に後任の艦長と副長が着任し、嶋津と大村は『ユウガオ(仮)』艤装員長として、建造所たる南部重工鶴見造船所に毎日通うのだ。

 

──で、翌日。

嶋津と大村の姿は南部重工·鶴見造船所の一角にあった。

 

「どうよ、これが『ユウガオ(仮)』だ」

「····」

「これが····」

 

案内役である大山敏郎が、ニッと歯を見せた会心の笑みを浮かべた。

 

確かに、在来の艦とはかなり異なるフォルムだ。

艦体は現行艦同様の紡錘形のようだが、艦首部は取り付け工事中らしく、輪切り状の断面が露わだ。

艦体中央上部には小型ながらもタワー状の艦橋構造物がそそり立ち、主機関区画にしか見えない艦体後部は主艦体よりわずかに直径が大きくなっていた。

 

主砲塔等の砲熕兵装はまだで、基部が剥き出しだ。

 

予定では、12.7サンチ陽電子衝撃砲が2連装3基6門、40ミリパルスレーザー砲が2連装4基8門。

実弾兵装は艦首大型空間魚雷発射管が2基、3連装小型魚雷発射管が2基6門、3連装20.3サンチ対艦電磁砲(レールカノン)が2基6門、艦橋基部に4連装対艦グレネード投射機と4連装SAM(艦対空ミサイル発射装置)がそれぞれ2基8門になっていた。

そして、一同の関心時である未完の艦首部を嶋津は指差して尋ねる。

 

「あれは結局どうなるんだ?波動砲なのか?」

 

大山答えて曰く。

 

「波動砲を造ると、民需用発電機関が造れなくなっちまう。それに、仮に造れてもこの4隻の完成が遅れちまう。

てな理由(わけ)で····」

「「理由で?」」

「波動砲は5番艦からにして、4番艦まではヤマトの主砲と同じヤツを2門、固定装備する事になった。来週中には取り付く予定だ」

「ほお」

「そうなんですか?」

 

大山はまたも歯を剥き出しにしてニヤリとする。

 

「砲身基部は《ヤマト級》2番艦用に計画していたものを流用し、砲身自体は《ヤマト》より長くなるから、有効射程と貫徹力は上回る。それに····」

「····それに?」

「波動砲用の重力アンカーは既に付いているから、条件次第で超遠距離砲撃や狙撃も可能だ」

「「なるほど(な)」」

 

····大山の言うとおり、波動砲は確かに絶大な破壊力を有するから、ガミラスに対する戦闘には有効だが、その製造には波動機関1基分に等しい量のコスモナイトが必要だ。

それでも製造しようとすれば製造できるが、小型化した設計に手間取ったのと、そちらにコスモナイトを充てると民需発電所用波動機関の増設が遅れ、市民生活に悪影響を及ぼす等の理由で、国連の民生部門や各国の為政者が軍需利用の増加に難色を示し、それは日本政府も同じだった。

 

一方、『ヤマト』級用46サンチショックカノンの応用ならば、コスモナイトの使用量は波動砲の100分の1程度で済む。

しかも砲身が長い分、エネルギー集束率が高くなるから、本家『ヤマト』の主砲より長射程·高貫徹力を得られる。

 

「そりゃ戦力化は早い方がいい。今我々が欲しいのは····」

 

大山から話を聞いた嶋津は、船台上の『ユウガオ(仮)』を見て言葉を接ぐ。

 

「“大トロ”一貫じゃなくて“かんぴょう巻き”10本だからな」

「····そうですね。波動砲をチャージしている間に接近される事もあり得ますから」

 

大村のコメントは、上官よりよほど現実的だった。             

 

 

 

      ──食堂『臨港線』──  

 

250年以上前、鶴見地区を走っていたという鉄道に因んだ名前を持つ大衆食堂は、昼食をとる南部造船所の従業員で満席になっている。

そんな中、大村、大山は他の客同様に食券自販機に外食券を提示し、少ないメニューの中から焼飯を注文した。

 

5分足らずで出てきた焼飯を口にしつつ、3人は話を再開する。

 

「木星の件で波動砲万歳な風潮の中、よくショックカノンで落ち着いたもんだな」

「結構すったもんだがあったんだぜ。アメリカがねじ込んでくるわ、極東管区(こっち)では幕僚長に直訴する奴らが出るわ」

 

大山の答のとおり、『ヤマト』が波動砲の試射で、ガミラス基地もろともオーストラリア大陸並みの規模があった浮遊大陸を破壊した事実は、国連宇宙軍に波動砲絶対思想を植え付けるに十分過ぎる根拠を与えた。

それは、初の本格的な波動機関搭載艦になったプランツ級フリゲートの建造にも少なからぬ影響をもたらし、アメリカやロシアは1番艦から波動砲を搭載せよと主張したのだ。

 

しかし、何分にも初めて尽くしの艦に対する各国の目は半信半疑で、予算確保は思うように進まず、建造第1グループは当初計画の8隻から4隻に削減されただけでなく、市民生活を圧迫し、かつ竣工·就役が遅れるという二重マイナスを回避するため、建造第1グループは、ヤマト級の46サンチショックカノン2基を、艦首波動砲の予定スペースに並列配置する案を採用した。

これは至って現実的なプランだったが、反発は強かった。

1番艦建造に名乗りを上げると思われていたアメリカがこれを辞退。アメリカと共に波動砲搭載を主張していたロシアも第1グループを辞退し、第1グループは中華連邦、日本を中心とした極東、ヨーロッパ連合(イギリス中心)、インドを中心とした南アジア連合が引き受けた。

 

だが、まだ丸く収まったわけではなかった。

極東管区本部、つまり日本で第二の騒動が起きたのだ。

 

「これは幕僚長秘書に入ってる高橋(嶋津·大山の同期生)から聞いたんだが····」

 

『トムとジ○リー』船団が帰路を急いでいる頃に、南部鶴見造船所で『ユウガオ』になる4番艦が起工されたが、時を同じくして、極東管区本部で宇宙自衛隊の一部中堅士官が、4番艦への波動砲搭載を藤堂幕僚長に直接訴えようとした。

 

「土方さんは直接指揮に出ていたし、芹沢さんは他の管区との調整にかかりきりと、うるさ方二大巨頭が共に不在だったから、藤堂さんさえ首を縦に振れば、2人も黙ると踏んだんだろうな」

「我々の留守中にそんな事があったんですか····」

「····やれやれだな」

 

執務室に半ば強引に入ってきた彼らを咎めようとした参謀を藤堂は制し、彼らに着席を促し、発言を許した。

水を得た魚の如く、4番艦への波動砲搭載を主張する少壮士官達の発言に、藤堂は反論する事なく、じっと耳を傾けていた。

このまま幕僚長は彼らに抱き込められてしまうのではないかと、参謀や高橋秘書官が危惧を抱き始めた時、ある少壮士官が発した一言が、部屋の雰囲気を一変させた。

 

『資材が足りないと言うのならば、民用資材を削ってでも確保すべきです』

 

····その一言を耳にするや否や、藤堂は椅子から立ち上がり、鬼の形相で彼らを睨み据え、一刀両断に斬り捨てた。

 

『貴官らは自らの地位と職責を何と心得るか。

守るべき市井の糧を横取りして持論を押し通そうとするなど言語道断。

それすら理解できぬのなら、今すぐ退官願を書け!』

 

全く予想していなかったであろう藤堂の怒気と迫力に、彼らの勢いは完全に打ち砕かれた。

結局、彼らは非礼の謝罪もそこそこに、まるで蜘蛛の子を散らすように退散していったという。

 

「発想が“無敵皇軍”そのまんまじゃんかよ········」

 

先人(大日本帝國)の大失敗を忘れたのか。

ぼやいた嶋津はそこではたと気づく。

 

「ひょっとして、私が4番艦(あれ)の艦長になったのは、その一件の産物か····?」

「さあな。····ただ、押しかけた連中の中には艦長経験者もいたのは確かだとさ」

 

····当たらずとも遠からずらしい。

 

 

 

   ──中華連邦、西安──

 

 

かつて東アジアの中心だった都市の郊外地下に造られた地下基地の船台に、プランツ級1番艦『牽牛』が据えられている。

その狭い艦橋で、艦長の(テイ)大洋は副長らブリッジクルーと握手しながら(ねぎら)っていた。

 

──と、艦内への出入口ドアが開き、数人の男達が入ってきた。

さらに狭くなった艦橋の空気は急転直下、緊張する。

なぜなら、突然の来訪者は、中華連邦のリーダーたる、連邦主席その人だったから。

 

「鄭艦長、公試運転の成功おめでとう」

「ありがとうございます。これも我が同胞の尽力と主席の御指導の賜物です」

 

敬礼しつつ答える鄭に、主席は言葉を続ける。

 

「艦の出来栄えも、戦時急造艦とは思えぬほど良く仕上がっている。造船所の諸君も良い仕事をしてくれた」

 

労う主席に同行する監督官が頭を下げた。

主席は続ける。

 

「艦長。次期作戦において我が『牽牛』は司令官が座乗する事になった」

「はっ」

「····君も十分わかっている事だが、この戦争の緒戦で、我が国はアメリカと覇を争ったあげく共倒れするという醜態を演じた」

「·····」

 

主席の言うとおり、中華連邦はこの戦争の序盤で、ガミラスよりアメリカとの主導権争いを演じ、自前の宇宙軍は壊滅。多数の遊星爆弾によって北京を始めとする都市という都市と国家指導部は壊滅。

統治機能の混乱に乗じた台湾が分離独立する等のアクシデントが発生し、中華連邦の発言力はアメリカ共々後退。国連と軍の主導権はヨーロッパと日本に握られた。

 

また、自前の地球脱出船も2隻のうち1番艦『長征』は遊星爆弾で大破放棄、2番艦『長江』は戦災こそ受けなかったが、イスカンダルからの技術が伝えられた時点で工程進捗率は48%。波動機関は進捗率76%の『ヤマト』に託された。

中華連邦にとっては屈辱の上塗り続きだったが、そこは長い歴史の超大国、転んでもただでは起きない。

 

「しかし、我々はいつまでも屈辱にまみれるつもりはない。····かの『ヤマト』には、10人の在日同胞が乗り組んでいる。

つまり、人類史上最大の壮挙には、我が中華連邦も助力している事になるのだ。

小さな事だが、この積み重ねが、いずれは我が連邦を国際社会の中心に返り咲かせるのだ。

この『牽牛』もその一翼を担う。諸君の精励と奮闘に期待する」

 

各国の思惑を乗せ、新型艦は飛び立つ。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18.かんぴょうが飛んだ日(非公式)

仮称・プランツ(植物)級フリゲート 極初期建造グループ

 

試作艦(1番艦)

FGP-01 ケンギュウ(牽牛:アサガオの中国語表記)

 鄭 大洋(中佐・36歳)

 中華連邦宇宙軍/中華管区

 

増加試作艦(2~4番艦)

FGP-02 コンパス·ローズ 

 シェルビー·スミス(大佐・57歳)

 イギリス王立宇宙軍/ヨーロッパ管区

 

FGP-03 ジャスミン 

 サワイ·ジャイ·シン(中佐・44歳)

 インド宇宙軍/南アジア管区

 

FGP-04 ユウガオ(夕顔)

 嶋津 冴子(少佐・28歳)

 日本国宇宙自衛隊/極東管区

 

 

 

──国連宇宙軍が部内発表した新型艦の1隻の艦長に、20代の女性が任じられた事は少なからず波紋を呼んだ。

他の3隻の艦長が皆30代以上で男である中、異例の人事ではあるが、表立って異論を唱える者はいなかった。

なぜなら、嶋津が指揮した艦『ヒビキ』『カミカゼ』は2隻合わせてガミラス艦10隻以上を撃沈破し、『ヒビキ』は冥王星会戦で損傷放棄されたが乗組員の8割強、『カミカゼ』では全乗組員が生還しているのだ。

ガミラスが、敵艦の艦長が何者だろうと容赦するはずがなく、そんな最中(さなか)でも出撃すれば必ず戦果を挙げ、乗組員の大多数を生還させ続けた実績は、たとえ彼女を快く思わない者も、渋々だろうが認めざるを得なかったのだ。

 

········因みに、地球より遥かに大国のガミラス軍でも、軍艦の女性艦長は少ない上、域内警備任務等に就く事が多かったため、地球防衛軍が女性艦長を、命のやり取りをする最前線任務にも就かせている事に、後年、ガルマン·ガミラス側は少なからず驚いたという──。

 

 

 

       ──南部鶴見造船所──

 

 

(かしこ)み~、恐み~····」

 

船台に据えられた『ユウガオ(仮)』の前に数十人の男女──大半は男だが──が4列縦隊で並び、皆一様に(こうべ)を垂れており、列の先頭には嶋津冴子が頭を垂れていた。

嶋津以下の彼/彼女らはこの『ユウガオ(仮)』の艤装員と造船所、宇宙自衛隊関係者で、艤装員は『ユウガオ』の竣工と同時に乗組員を拝命する予定で、艤装員長である嶋津は初代艦長に就任する。

 

神妙な面持ちの彼·彼女らの前には神式の祭壇が(しつら)えられ、神官が祝詞をあげていた。

これは日本特有の『船魂』(船霊ともいう)入魂の儀式で、今祝詞をあげている神官は、夕顔(→干瓢《かんぴょう》)の一大産地だった栃木県の某有名神社から派遣された禰宜(ねぎ)だった。

 

入魂式が終わると、祭壇の神棚は艦橋に移されていったが、艤装員はその場に残り、艤装員長たる嶋津が彼らの前に立った。

 

「工事はひとまず完了し、試運転を迎えた。我々の目標は遥か遠くにあるが、『ヤマト』と我々なら必ずたどり着けると確信している。まずはこの試運転で艦の出来栄えを確認する事が我々に課された責務だ。気がついた事、特に不具合や不備な点は、ためらわずかつ遅滞なく報告する事····一同よろしいか?」

 

はいっ!と大村耕作以下の艤装員たちが応じる。

それを受け、嶋津は頷き下令した。

 

「本艦はこれより試運転のため月に向かう。発進予定は2時間後の1130。総員乗艦、配置につけ!」

 

 

    ──『ユウガオ(仮)』艦橋──

 

 

「造船所内、協力停電開始!」

主機(メインエンジン)異状なし、補機正常作動中」

「生命維持システム正常」

「艦内·艦外とも異状なし」

「全兵装異状なし」

「通信異状なし」

「全レーダー·センサー異状なし」

「よし····」

 

ブリッジクルーからの確認完了報告を受け、指揮官席に座する嶋津冴子が顔を上げる。

造船所は電源が落とされて非常灯だけが点々とついていた。

発電用波動機関の増設で電力事情は改善されつつあるが、それでも、艦船用波動機関の起動には、小型艦でも造船所一帯の電力を振り向ける必要があるのだ。

なお、乗組員は全員が船外作業服を着用し、不測の事態に備えている。

 

「機関長、主機(メインエンジン)起動!」

「了解。始動電力接続····主機起動!」

 

正確には、嶋津以下の乗組員はその時点では『艤装員』なのだが、円滑な意思疎通維持のため、予定された職名で呼ぶ事が許されている。

 

機関長──副艤装員長──・河井信之助が起動スイッチを押すと、数秒してヒューンという音と共に、床から軽い振動が伝わってきた。

しばらくそのままにして、アイドル回転数の変動や異常振動の有無を確認。安定動作と判断し、発電機に接続。地上電力から艦内電力に切り換え、改めて各部の通電状態を確認する。

 

「艦内外、正常に艦内電力通電を確認しました」

「地上電力カット、造船所に協力停電解除を要請。謝意も宜しく」

「了解」

 

主機の回転が安定したのを確認し、電源を艦内発電に切り換えると共に、造船所に協力停電の解除と謝意を伝えると、すぐに新たな態勢に移る。     

 

「これより発進シークエンスに入る。船台移動、隔壁開放を要請」

「了解。船台前進」

「主機始動3分前」

「エアロック最終確認····異状なし」

 

艦を載せた船台が前進し、浮上発進エリアに前進するが、放射能に汚染された外気に触れるので、幾つもの放射能防御エリアを通らなければならず、その度に隔壁を開閉しなければならない。

やがて──。

 

「発進位置に着きました」

「ん····ガントリーロック解除。重量制御および離昇開始」

「始動2分前」

 

艦体を固定していたガントリーロックが外れ、重力制御で艦を浮上させると離昇用バーニアをふかし、艦を地表までゆっくり上昇させていく。 

 

「地表(元·三浦半島沖海底)基準高0メートル!」

「フライホイール始動·······主機全力始動10秒前····8、7、6、5、4、3、2····」

「接続、点火!」

「主機、全力始動!」

 

波動機関の唸りが極限まで高まり、カウントダウンの最後、嶋津が下令する。

 

「『ユウガオ』発進!」

 

 

    ──8時間後、南部造船所──

 

「船台、定置位置です」

「主機アイドル状態」

「タラップ固定。舷門開く」

 

まだ電力事情が不安定なので、主機は完全には停止せず、再始動が容易なアイドルモードだ。

すぐに造船所側の地上要員が乗り込んできて、艤装員長の嶋津と副艤装員長(機関長予定)の河井は対応に忙殺されたため、乗組員への指示は大村が行っている。

不具合がなければ、翌日以降も朝から試運転が行われるので、乗組員はそのまま当直体制に移行し、艦内に留まる。

これは新型艦の居住性テストも兼ねるからで、試運転が進めば宇宙空間でもテストが行われる。

 

艦内食堂では、当直外の乗組員が夕食をとりながら乗艦の感想を口にしていた。 

 

磁石(ドタ)靴を履かずに済む」 

「お茶も普通に飲める」

「トイレがかなり簡単になった」

 

波動機関技術とともにもたらされた艦内重力システムによって、乗組員は水上艦船と変わらず職務にあたれるようになった。

殊に生活面、特に排泄シークエンスがかなり楽になった事は乗組員の体調と士気(モチベーション)維持にも好影響が期待され、戦闘力の向上と同じかそれ以上に高評価を得た。

 

ともあれ、プランツ級(仮)フリゲートの第1建造グループは、大トラブル(小さなすったもんだはあった)なく試運転を重ねていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

間話 各艦長のプロフィール+α

艦名・艦長名を提案いただいた皆様に改めて御礼申し上げます。



FGP-01 ケンギュウ(牽牛)

鄭 大洋(中佐・36歳)

八路軍以来の軍人家系出身。

ガミラス戦役初期、中華連邦政府と軍指導部が壊滅していた時期は極東管区の指揮下で戦っていた。

中華連邦政府再建後は本国に戻り、中華連邦軍主体で再編された第4艦隊に属したが、2199年始めの天王星軌道会戦で、自ら指揮する巡洋艦『海拉爾(ハイラル)』を除いて艦隊は全滅。

帰還した『海拉爾』も全損判定されたため、地上勤務に転じていたが、今般の新型艦建造に際し1番艦艦長に指名された。

(有部理生様ご提案:プロフィールは作者によるもの)

 

FGP-02 コンパス·ローズ 

シェルビー·スミス(大佐・57歳)

4艦艦長の中では最年長で、内惑星戦争時は沖田・土方と共に艦を率いて戦った。

ガミラス戦役前に予備役になり、しばらく民間宇宙船の船長をしていたが、重度の人材不足と陥り始めた国連軍に召集され現役復帰した。

生まれる時代を2~3世紀誤ったと言われる折り目正しき英国紳士(ジョンブル)で、塩ココアを嗜み、ラム酒を愛する『ロイヤル・ネイビー』の精神も受け継いでいる。

(モントゴメリー様ご提案)

 

 

FGP-03 ジャスミン 

サワイ·ジャイ·シン(中佐・44歳)

インドのマハラジャ(旧藩王)の末裔で大金持ちの一族。14人兄弟姉妹の3男坊でシーク教徒

髪をオレンジ色に染めている洒落者。

軽めな見た目に似合わず堅実な指揮をするが、ゆえに地獄そのものの艦隊戦を部下共々生き延びてきた。

(黒鷹商業組合様ご提案)

 

 

FGP-04 ユウガオ(夕顔)

嶋津 冴子(少佐・28歳)

主人公。

ガミラス戦役前期は戦闘機パイロット(後に飛行隊長)、中期以降は艦船砲雷士官→駆逐艦長として第一線で戦い続ける女性士官で、宇宙戦闘艦の艦長としては、ほぼ女性初の任官。

同期生には古代 守、真田 志郎、大山 歳郎らがいる。

戦闘機パイロットとしての実績は‘’上の下‘’だが、駆逐艦長としてはひと月早く『ユキカゼ』艦長になった古代 守に次ぐ敵艦撃沈破実績を挙げた。

見た目‘’だけ‘’なら女優並みで、極東管区の女性軍人中五指に数えられるほどの美貌だが、言動がオヤジ臭く、セクハラしてきた上官らをボコボコにした行動が問題視され、すっかり残念キャラ化している。

それでも左遷されずにいるのは、国連軍の人材欠乏と戦果、部下の生還率の高さゆえである。

※容貌イメージは、背を高く(約165cm前後→178cm)して髪と瞳を黒くしたフェイト·テスタロッサ·ハラオウン(25歳時、魔法戦記リリカルなのはForce)

 

 

おまけ

 

大村 耕作(大尉・25歳)

『ユウガオ』副長兼航海長

宇宙商船学校から任官した航海士官。

商船学校出身者は軽視されがちだったが、同じ艦に乗り合わせた嶋津からは高く評価され、彼女が駆逐艦『ヒビキ』艦長に就任すると航海長兼任の副長に抜擢された。

艦長がアレな分、至って常識人(に映る)。

 

 

土方 竜(中将・56歳)

第2艦隊司令官

歴戦の指揮官であると同時に厳格な教官としても知られ、教え子の一人だった嶋津冴子が密かに付けた『鬼竜』の渾名が、宙自のみならず国連宇宙軍全体に拡散した。

『ヤマト』艦長になった沖田十三に代わって第2艦隊を預かり、太陽系再掌握の直接指揮を執っている。

 

 

沖田 十三(大将・57歳)

独立第01戦隊司令官兼宇宙戦艦『ヤマト』艦長

内惑星戦争時から最前線で指揮をとり続けている歴戦の指揮官。土方とは無二の親友。

ガミラス戦役時は既に艦隊指揮をとっており、第二次火星沖会戦では多大な犠牲を払いつつもガミラス艦隊の内惑星圏直接侵攻を頓挫させた実績で、自身は不本意ながらも名将と評価された。

長年の最前線勤務と度重なる負傷で身体はボロボロ。治療と年単位の静養をしないと数年の命と宣告されているが、それを押して『ヤマト』と若い乗組員を率い、イスカンダルへの航海に発った。




第5~8番艦の艦長については、もう少し話が進んだ時点で発表します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19.やるべき事

毎度遅ろ····遅筆で申し訳ありません。
今話はいわば幕間です。


         ── 朝6時 ──

 

「はぁ········」

 

起床した高町雪菜は、居間に足を踏み入れるや、ソファを見て軽い溜め息を漏らした。

背もたれが倒れてソファベッドに変形したそれに横たわっているのは妙齢の女性。

寝顔だけならばかなりの美貌の持ち主だが、雪菜は再び小さく嘆息した。

 

「········」

 

ソファの傍らには『角瓶』と言われる銘柄のウィスキー瓶が転がっている。

手に取ってみるとかなり軽い。

朝日に透かしながら振ってみると、残りは1割にも満たない。

 

(こんなの大して美味しくないだろうに····。付き合いかな?)

 

一般に流通する酒が合成酒になり、かつ配給制になって久しいが、ソファにいるこの女性── 家主兼雪菜の保護者·嶋津冴子 ──は、ガミラス戦初期以前に製造された酒を備蓄(あるいは隠匿)しており、わざわざまずい酒を飲む必要はないのだが、部下あるいは艦長仲間との付き合いで口にせざるを得ない事はあろう。

彼女が帰宅したのは1週間ぶりだが、理由は訓練か軍務以外にあり得ないので、雪菜はいちいち問い質さない。

 

それに嘘偽りはなかろう。嶋津は駆逐艦の艦長であり、ふた月前に実施された資源還送作戦『トムとジ○リー』に参加した。

国連発表や嶋津自身からの話によれば、作戦は大成功。地球側は1隻も欠ける事なく来襲したガミラス艦全てを沈め、輸送艦は満載、護衛艦もコンテナを牽いて帰ってきた。

おかげで電力事情は改善され、国連艦隊の艦船の強化も進んでいるが、全体的にはまだまだだ。

当然第二次の作戦が実施されるだろう事は雪菜にも理解できるし、嶋津は現役の駆逐艦乗りだ。再び参加する可能性は高い。

目の前で沈没している嶋津も、恐らく連日訓練に参加しているだろう事も容易に想像がつく。

今日は公休日だとカレンダーに記録されていたから、昨夜“一席”あったのだろう。

 

(それにしても····)

 

嶋津が酒豪(ザル)であるとは雪菜も聞いていたし、たまに独酌している時も顔色一つ変えない事からして、酒豪なのは間違いないのだろうが、それでも一晩でボトルを1人で空にするのは無理だ。

 

「大山さん?····ううん、それはないか」

 

古代 守は行方不明、真田志郎は下戸に加えて、どうやら『ヤマト』に乗っているらしい今、彼女の身近にいる呑み仲間の筆頭にあがるのが“トチロー”こと技術士官の大山敏郎だが、彼は呑んべなのに下戸というややこしい性質(たち)なので、すぐさま除外した。

 

(とにかく、朝ごはん作るか)

 

どのみち、この保護者は家庭ではほぼマダオ(“おねいさん“だよ♪by本人)なのだ。軽く溜め息をついた雪菜は、保護者を起こす事を早々に放棄し、朝食づくりに取りかかった。

もちろん、仕込み(目覚ましセット)を済ませた上でだ。

 

──およそ40分後。

 

昨夜(ゆうべ)はかなり飲んだんですか?」

「ああ」

 

朝粥入りの飯碗を手にツッコむ雪菜に、保護者はしれっと応じる。

 

「久しぶりに飲み仲間(ダチ)と再会してな。盃が重なっちまった。····相変わらず強えわ、あのおっさん」

一対一(サシ)で?」

「んにゃ。艦長仲間やら6人。ま、最後まで飲んだのはあのおっさんと私だけど」

「····おっさん?」

「····とある駆逐艦の艦長(ボス)なんだけど、60過ぎなのに元気あり過ぎさ」

「········」

 

その還暦過ぎた呑み助なおじさんと呑み明かしたんですね。他の4人の屍を横に、と、雪菜は口に出さずに突っ込んだ。

 

「それで、今日は完全オフなんですか?」

「ああ。(フネ)の調整だから、乗組員は出番なしさ」

「····では」

 

いささか気まずそうな雪菜は嶋津の前にタブレットを差し出した。

 

「授業参観に三者面談ね····了解」

「すみません····」

「雪菜が謝る理由はないさ」

 

今日の今日知ったのは軍人の宿命だが、だからといって雪菜の事を疎かにするという選択肢はない。

日頃の事は中島家に任せっぱなしにしているため、出来る事は自分自身でやることにしている。

片付けや炊事を除いて、だが。

 

小学校に登校する雪菜を見送った嶋津は、一旦中島家に足を運んだ。

ここの家長、龍平は軍務局の課長職にあり、孤児になった雪菜を嶋津の元に“送り込んだ”張本人であるとともに、雪菜の後見人でもある。

とはいえ、家長はもちろん勤務中なので、応対したのは真理亜夫人だ。

彼女は独身時代に、雪菜の亡き両親が営んでいた『翠屋』で働いていたため、末娘の雪菜の事も赤子の頃から知っているし、しょっちゅう出入りしていた少女時代の嶋津冴子も見知っているから、嶋津にとっては昔も今も全く頭が上がらない存在なのだ。

 

「どうです?あの娘(雪菜)は」

 

居間に通され、代用コーヒーを飲みなが

ら、自分が不在の時の雪菜の様子を尋ねる嶋津に、真理亜が応える。

 

「ウチの子と昼寝している時、眠りながら涙する事が何度かあったけど、このひと月余りはそういう事もないわね」

「そうですか····」

 

自分に見せる表情と差はないようだ。

 

(ちゃんと、軍人じゃない年齢相応の顔になるのね····)

 

安堵の表情になった嶋津を見、真理亜は内心で苦笑する。

夫によれば、目の前の彼女は、戦いの場では実に勇猛果敢だという。

なればこそ、戦いに魅入られて常人の感性を損なう懸念もあったのだが、今の様子ではその心配はないようだ。

あるいは予防措置として、夫は高町雪菜を彼女に預けたのかも知れない。

 

中島家を辞した嶋津は、一度自宅に戻って身嗜みを整え、雪菜が通う横須賀第三小·中学校に向かった。

人生初、参観する側での授業参観&三者面談に。

 

嶋津冴子は初の授業参観と三者面談を無事乗り切った。

 

──乗り切ったのだが、約15年ぶりに胃薬を口にしたのだった。




次回からは第二次“ネズミ”輸送作戦になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20.第2次トムと○ェリー作戦①

お待たせしました。第2次作戦です。

とある方の趣味をでっち上げております。ご注意下さい。


     ──2200年5月●日── 

 

小惑星帯を抜けて木星軌道に向かう宇宙船団。

先頭を行く小型艦、少し後に中型艦1隻と数隻の小型艦に守られている非武装に近い大型船が5隻の一団が進んでいたが、さらにその後方、少し間をおいて同じ方向に向かう4隻は様相が異なっていた。

紡錘形をした“やや中型”の艦体に塔状の艦橋構造物が付き、艦体には砲身がついた2連装砲塔が前部に3基。小型の2連装砲塔が尾部に4基付いていた。

特に砲身(バレル)形砲塔はこの4隻しかなく、見る者が見れば、この一隊が切り札に近い存在であるがわかるだろう。

この4隻に限らず、各艦の前部両舷には様々なイラストやマークが描かれており、中にはサメの口と歯を描き込まれているものもあったが、このうちの1隻、艦首に“11-04”と識別番号が書かれた1隻は、すぐ後に“巻き寿司”、それも太い“かんぴょう巻き”と言われているイラストが描かれていた。

他の艦が鷲等の猛禽類や猛獣、(ドラゴン)あるいは刀剣等、“強さ”を前面に出したイラストやエンブレムなのに対し、『ユウガオ』のそれからは、全くそんな意識が伝わってこなかった。

まあ、絵画で殺し合いに勝てる、あるいはしないで済むならば、それに越した事はないのだが。

 

──イスカンダルに向かった戦艦『ヤマト』ほどのスケールはないが、任務の重要さは変わらない“第2次トムとジェ○ー”船団は地球を離れ、一路土星圏へと向かっていた。

1隻も欠けず資源還送に成功し、立ちはだかったガミラスの小艦隊を殲滅したため、事後ながら“第1次”がついた先の船団に続く、2匹目のドジョウならぬウナギを狙った船団には、前回にも増した数の特設輸送艦が用意されたが、当然ガミラスの報復妨害があるのも明らかだったので、護衛艦も増強された。

 

前回参加した突撃駆逐艦『カミカゼ』『J・G・エバーツ』『ニウエ』『バシリスク』『スルタン・イスカンダル・ムダ』『シロッコ』と巡洋艦『スラヴァ』は整備を受けて引き続き参加。

さらに突撃駆逐艦『ホワイト·ジンジャー·リリィ』と、まっさらの新型フリゲート『ケンギュウ』『コンパス·ローズ』『ジャスミン』『ユウガオ』が加わり、護衛艦は都合12隻になった。

しかし、全てがうまく進んだわけではない。

第2艦隊旗艦『フソウ(扶桑)』は波動機関への換装がなったばかりで各部の調整が間に合わず、今回も出撃は見送られた。

 

第2次土星圏資源還送隊(通称:第2次○ム&ジェリー船団)

 

特設輸送艦『オーテアロア』『キヨカワマル(清川丸)』『ヤオファ(輝華)』『フランコニア』『プレジデント·トランプ』

 

直接護衛隊(第7戦隊/TF07)

巡洋艦『スラヴァ』

駆逐艦『カミカゼ』『J・G・エバーツ』『ニウエ』『バシリスク』『スルタン・イスカンダル・ムダ』『シロッコ』『ホワイト·ジンジャー·リリィ』

※『ホワイト·ジンジャー·リリィ』はピケット担当

 

間接護衛隊(第11戦隊/TF11)

『ケンギュウ』『コンパス·ローズ』『ジャスミン』『ユウガオ』

 

総指揮は前回に続いて土方がとり、今回は新鋭TF11の『ケンギュウ』に座乗している。

船団は『ホワイト·ジンジャー·リリィ』を先頭に、輸送隊とTF07が中央、後衛にTF11という1隻+2集団という態勢だったが──。

 

      ──『ユウガオ』──

 

「····ちょいと開いてきたかな?」

「そうですね····」

 

ぼやくように呟く艦長·嶋津冴子に副長·大村耕作が相槌を打つ。

先ほど定時報告がもたらされたが、先導艦+本隊とTF11の距離が開きつつあった。

 

(とはいえ、オヤジ(土方司令)からは音沙汰なし。予想の範囲内か····)

 

機関等のトラブルは報告されていない。

なれば、本隊を餌にガミラスの残党をおびき寄せる肚(はら)づもりなのは明らかだ。

根拠地と艦船の殆ど、恐らくは総指揮官も失ったであろうガミラスの侵攻部隊残党が今だ太陽系に留まり続け、かつ補給や増援がなされた形跡もないのは、『ヤマト』がガミラス軍に出血を強い続けているだろう事と、ガミラス軍自体が『勝利か、然らずば死』という体質だろうという認識が国連軍に定着し、殲滅やむなしという気運が強まっていた。

 

中には投降勧告を検討してはとの意見もあったが、遊星爆撃による凄まじい人命損失等、ガミラスへの憎悪が強い現状では、各国国民感情が瞬時に沸騰し、抑制不可能な事態になりかねないとの反対·消極的意見が強かった。

だが、極東管区司令長官である藤堂平九郎は、

 

「少なくとも、向こうから投降を申し出てきた場合は受け入れねばならない。そういった者まで殺しては、我々はガミラス同様の無差別殺戮者に身を落としたも同然だ」

 

と主張した。

藤堂のそれは明らかに理想論ではあったが筋の通った意見でもあり、表立った反対意見も出なかった(出せば殺戮者宣言したとみなされかねない)ため、今後は、“状況が許せば敵の投降を受け入れる”事とした。

もちろん人道上の措置だけではない。ガミラス人という高等生命体に対する研究欲や、地球のだいぶ先をいく技術への興味と羨望、吸収欲という下地があっての事だ。

 

とはいえ、現時点でガミラス残党が投降する可能性は極めて低く、逆に捨て身で襲いかかって来る可能性が高い以上、こちらもより鋭い刃を研いでおかねばならなかった。

TF11はそのための戦力であり、嶋津率いる『ユウガオ』らプランツ級フリゲートは、カタログデータなら単艦でガミラス駆逐艦を上回り、4隻なら艦首軸線砲の砲撃力は『ヤマト』が前方に指向できる主砲をも3割方上回っている。

そのデータ自体に疑念はない。

イスカンダル形波動機関とショックカノン(陽電子衝撃砲)の組み合わせは予想を上回る破壊力を『ヤマト』に与えた。

46サンチ主砲はおろか、15サンチ副砲でもガミラス軽巡洋艦をアウトレンジし一撃で撃沈してのけたのだから。

だが、決定的なものがない。

 

(無い物ねだりだが、出()前に、艦首砲は全力発射しておきたかったな)

 

嶋津のみならず、TF11クルー全員共通の思いだった。

プランツ級フリゲートは、全性能をガミラスに把握されるまでの時間を稼ぐため、試運転はともかく、艦首砲を含む砲熕兵装の試射は大気圏内で地表に向けて行い、かつ威力も最小限に絞らざるを得なかった。

ゆえに、戦闘に必要な射撃データが不足というか、皆無に近い。

 

(要はイチかバチか、出たとこ勝負の行き当たりばったりか)

 

嶋津は肩を竦めてみせたが、それ以上ぼやいても仕方ない事もわかっていた。

『ヤマト』の新人(ヒヨコ)達はぶっつけ本番で惑星間ミサイルを撃破してみせた。

彼らの多くはガミラス空母の直接砲撃で戦死した第1次選抜クルーに代わって急遽召集された者だ。

経験はともかく、皆大した資質の持ち主だ。かの艦を率いる沖田十三の眼鏡に叶っただけの事はある。

なればこそ、くぐった死線の数で上回る自分達が弱音を吐くわけにはいかないのだった。

 

「昼食です!」

 

船務科員の声が狭い艦橋に響いた。

 

「お、ありがとう」

 

礼を言ってランチボックス形式の戦闘糧食(レーション)を受け取る。

これも、波動機関化による艦内スペース拡大の恩恵を受けて、おかずが一品増えていた。

 

「一品増えたのは率直にありがたいです」

「そうだな」

 

やはりイスカンダルからの技術を元にし、『ヤマト』に搭載されている循環式糧食供給(知らない方が幸せな)装置こと“O·M·S·I·S(オムシス)”は小型化が間に合わない事と、それが必要なほど長期間の行動ではないため、地上据置形のO·M·S·I·S設置が進められ、プランツ級には軽量高性能化された食料保管庫が搭載されており、毎食のおかずも一品増えていた。

栄養面はさておき、彩りが増すという視覚効果による士気の向上には十分役立つ。

波動機関に換装した在来形艦船も同仕様に変更されており、ささやかながら居住性は改善されていた。

当然、各国宇宙軍からは1日も早い自国籍のプランツ級フリゲートの建造·就役や既存艦の強化改装が“強く、強く”要望されており、今回の作戦も完全成功は必須条件だった。

 

「····そういや、今日は金曜日だったか」

 

金曜日といえば、日本籍艦の昼食か夕食はカレーライスと20世紀から決まっている。

ご時世ゆえレトルトタイプなのは仕方ないが、それでも艦内で隠し味を加える程度のアレンジは許されていたし、こういう状況でも日本艦の炊事スタッフはオリジナリティを出そうとしている。

『ユウガオ』もそこは変わらないが、この艦の炊事責任者は元々寿司職人。

ゆえに、昼食は巻き寿司だった。

 

(ま、贅沢は言えないな)

 

時節柄、ほとんどが代用品だが、巻きと“シャリ”はしっかりしている。

寿司の基本は巻き寿司。

自艦の炊事責任者が、包丁人としては平均を上回っている事に、嶋津以下の乗組員は満足していた。

 

「あの、艦長?」

「················何だ?」

 

模造かっぱ巻きを手にした大村が訊ねる。

嶋津は模造かんぴょう巻きが口に入っていたので、ん?と答えて飲み込んだ。

 

「例のイラストですけど、あれで良かったんですか?」

「クルーの総意で決まったし、オヤジども(お偉方)も何も言ってこないんだ。何ら問題はないさ」

「はあ····(言う気も失せたというのが真相ではないだろうか?)」

 

大村が答えに窮したのには理由がある。

出撃3日前、視察に来た芹沢虎鉄は、『ユウガオ』の舷側に描かれたかんぴょう巻きをしばし凝視し、額を押さえつつ立ち去った。

2日前に訪れた土方(鬼竜)からは

 

「····旨そうに描けてるな」

 

驚愕の一言があったが、艦長は

 

「····お言葉、発案者と看板屋に伝えます」

 

と答えていた。

あの後、艦長から

 

「····オヤジ(鬼竜)は画家志望でね。内輪の品評会では何度も入選してるんだ」

 

と、更なる驚きの話があり、だから科学者でもある沖田提督と親友なのかと妙に納得した。

そして出撃前日には、よりによって藤堂平九郎幕僚長がお忍びで来たが、舷側のかんぴょう巻きを凝視していた自分達の大親分に対し、目の前の艦長は

 

「食欲をそそられたのなら御の字です」

 

と、いつもと変わらぬ口調で説明した。

藤堂は一瞬虚を衝かれた表情になったが、すぐ苦笑の表情になった。

お偉方3人から表立ったクレームがなかった以上、舷側のかんぴょう巻きを消したり描き直せと要求されても応じる義務はない。

 

「戦意高揚にならないイラストはいかがなものか」

 

という声もあったが、

 

「気に入らないならそうと正式ルートで言えばいいだけさ。無視だ無視」

 

と言って一顧だにしなかった。

 

····出撃間近で描き直す暇などなかったのが事実だが、このかんぴょう巻きマークは、護衛艦になった『ユウガオ』が除籍されるまで残され、複数メーカーで模型化されたり、擬人化ゲームのキャラクターモデルになったりもしたのだが、それはまた別の話。




次回、ガミラス残留艦と激凸!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21.第2次トムとジェ○ー作戦②

半年も開けてしまい、申し訳ございません。
ようやくの投稿です。



  ──駆逐艦『ホワイトジンジャー·リリィ』──

 

キャップ(艦長)

「ん?」

 

艦長席の前で腕組みして立つ体格よい初老の男に、壮年のクルーが近寄る。

 

「総員、アーマー(船外作業服)着用完了しましたぜ。あとはアンタだけだ」

「····やっぱ着けなきゃダメか」

「決まってるでしょうが」

 

ざっくばらんな口調で船外作業服の着用を促す部下に、艦長── レオ・ロペス・ファルコン中佐(中米連合宇宙軍所属) ──は肩を竦める。

身長は170cmとやや小柄ながら、日焼けした風貌に錨のタトゥーを入れた丸太のような両腕から、『マイティ·ポパイ』や『仔牛(カーフ)』と渾名されており、実際に腕っぷしも強く、勇猛果敢な指揮でこれまで乗艦と乗組員を何度も生還させてきた。

 

「艦長が真っ先にぶっ倒れちゃ、戦闘(お祭り)にならんでしょう?駄々こねてないでさっさと着て下さい」

「わかったわかった」

 

ファルコン艦長率いる『ホワイト·ジンジャー·リリィ』の任務は、船団に先行して敵情を探る「ピケット」だ。

真っ先に会敵して攻撃される可能性が高く、それでいて敵をいなしつつ矛先を本隊から逸らさなければならない。

危険度は極めて大。乗組員のスキルと艦の調子。この両方が最高レベルでなければ務まらない。

故にこの任務は、駆逐艦乗りにとっては最高の名誉であり、『ホワイト·ジンジャー·リリィ』が護衛艦群の中で最も高技量である何よりの証だ。

それだけではない。ファルコンはこの任務に際し、乗組員の一部入れ替えを行った。

新婚者や幼い子持ち者を下艦させ、過去に自分の部下だった経験があり、かつ“後顧の憂い”がない者を乗艦させた。

下艦を命じられた者は当然反発したが、どうにか聞き入れさせた。

一方、代わりに乗り込んだ者は、経験豊かなのに乗る艦がなくて歯軋りしていたこともあって、また腕が振るえると腕まくりしながら勇躍、艦のラッタルを登ってきた。

彼らは慣れない波動機関に目を丸くしたが、

 

『こいつがサラブレッドなら、これまでのフネはロバだ』

 

と、生まれ変わった突撃駆逐艦に快哉の声を上げつつ、勘を取り戻していった。

 

「そうだ、キャップ」

「ん?」

「“お嬢”との勝負、ついたんですか?」

「いや」

 

ファルコンは副長からの質問に肩を竦めて応える。

 

「あの娘っ子、ますます強くなってやがる。帰ったら決着(けり)つけてやるさ」

「呑み比べで勝ってどうするんですか····」

 

副長はあからさまに嘆息し、艦長の呑み友達(?)である“お嬢”を思い浮かべた。

彼女は何かと人目を引く。まだ20代で国連宇宙軍でも十指に入る美貌の持ち主。入隊者勧誘にも駆り出されたという。

それだけならば、前線勤めの宇宙戦士にとっては無縁の存在だったろうが、現在唯一の女性の戦闘艦艦長、それも複数の生還歴持ちというのが、ある意味彼女の本質である。

しかも、呆れた事に艦長に劣らぬ····否、恐らくは上回る酒豪。

艦長が彼女と呑み友になった経緯は知らないが、どう見ても同性の悪友同士といった感じで、男女関係という匂いはない。

共通事項があるとすれば、多くの仲間の死を目の当たりにし、敵と自分への憤怒に身を震わせたことか。

 

「そのお嬢も出てきてるんですよね」

「ああ。多分初めての“本隊”詰めでな」

 

突撃駆逐艦による雷撃戦を主体にして戦ってきた彼女にとっては、恐らく初めて巨砲主体の戦闘になる。

ある意味、我慢を強いられよう。

 

レーダーがホワイトアウトしたのはその直後だった。

 

  ──フリゲート『ユウガオ』──

 

「──えくしっ!」

「噂されてますね」

 

艦橋にアルトのくしゃみが響き、即座に副長·大村耕作が反応した。

自分の上官が良し悪し双方で目立っているからこそか。

案の定、それに対する嶋津の答えに大村は苦笑せざるを得ない。

 

「きっと“ショウガ”のオヤジさ」

「ああ····(笑)」

 

“ショウガ”とは、この船団の先鋒(ピケット)を務める『ホワイト·ジンジャー·リリィ』のことだ。

艦名にユリ(リリィ)が入っているのに生姜を引き合いに出したのは、その艦の艦長があまりにユリと真逆のイメージだからだが、大村が苦笑したのは、以前この2人に付き合わされて潰された経験があるからで、

 

「また引き分けたんですか?呑み比べ」

「還暦過ぎてんのに元気な事で」

(いや、2人とも元気過ぎだよ····)

 

内心で長い長い溜め息をついた。

 

──と、

 

「旗艦(牽牛)より隊列修正指示が出ました」

 

通信士が報告する。艦列が伸び過ぎたようだ。

輸送艦を中心に各隊·各艦の間隔を詰めようと艦長たちが指示を出そうとした時、レーダースクリーンがホワイトアウトした。

 

「合戦用意。艦内隔壁全閉鎖!」

「ECCMは効きそうか?」

 

艦橋の空気が凍りついたが、そこは皆修羅場を切り抜け生き延びてきた者。それぞれの持ち場ですぐに戦闘体制に入る。

通信士は恐らく無駄だろうなと思いつつもECCMによる対抗措置をとり、案の定徒労に終わった。

自艦が合戦態勢に入ったのを確認した嶋津は通信士にピケット艦の安否を質す。

 

「“生姜”の状況はわかるか?」

「『HGL(ホワイト·ジンジャー·リリィ)』は敵駆逐艦1と接触。砲撃を回避し、そのままドッグファイトに入りました····えっ!?」

「どうした?」

「本隊に複数の敵艦が接近中。駆逐艦2、軽巡洋艦2····それに重巡洋艦1です!」

 

艦橋の気温が一気に5度以上下がった──ような気がした。

ガミラスの重巡洋艦──実質は巡洋戦艦──は、『ヤマト』が討ち取った太陽系侵攻軍団の旗艦らしき超弩級戦艦を除けば、地球艦隊にとっては最大級、否、絶望級の戦闘艦だった。

超弩級戦艦が最前線に出てきたのは、文字通り最期の戦闘になったエッジワース·カイパーベルトでの戦闘くらいで、それ以前の戦闘では出てこないか後方にいるくらいだったのに対し、こちらは敵が10隻いれば必ず1隻は含まれており、かつ前衛に出てきて突撃してきた。

そして攻撃力·防御力とも駆逐艦や軽巡洋艦とは段違いで、『ヤマト』以前の地球艦隊がガミラス軍に唯一“負けなかった”第2次火星沖会戦において地球艦が初めて用いた陽電子衝撃砲(ショックカノン)の直撃を受けた駆逐艦や軽巡洋艦が瞬時に爆沈したのに対し、爆発炎上しながらもしばらくは航行していた艦が複数存在していた。

その絶望が、艦の形になってやってきたのだ。

 

(やってくれる····)

 

嶋津冴子は一瞬だが誤ってカメムシを噛み潰したような表情になった。

船団隊列が伸び切った瞬間を狙い澄ましたような奇襲、電子戦による目潰し、ピケット艦の排除、そして間髪入れぬ本隊への強襲。

腹立たしいほど堅実で、かつ隙のない戦術構成。

間違いなく、目前のガミラスは自分たちの運命をかけてこちらを殺しに来たのだろう。

だが、それはこちらも同じ事。

 

「旗艦より発光信号。『我二続ケ』」

「了解。最大戦速、面舵35。最後尾(ケツ)を持つぞ」

 

土方が座乗する『牽牛』を先頭に、第11戦隊(TF11)は本隊たる輸送船団の壁になるべく前進した。

 

地球連邦防衛軍の公式戦史には、この時を『第2次ト○とジェリー』作戦における地球側最大の危機と記してある。

前衛の『ホワイト·ジンジャー·リリィ』は敵駆逐艦1と文字通りのドッグファイトに入らざるを得ず、序盤から戦力外にされた。

また、船団を直衛する駆逐隊は敵巡洋艦による遠距離からの牽制射撃で突撃に入れない。

そして、この作戦の要であるTF11は、船団後方からようやく速度を上げ始めたところだった。

 

──ガミラス側から見れば、突然現れ圧倒的な暴力で自軍主力を殺戮していった謎の戦闘艦『ヤマト』以外の地球艦艇が、唯一自軍艦に致命傷を与え得る空間魚雷の射程を考えれば、距離を取りさえすれば地球の輸送船団と護衛部隊を分断し、各個撃破は十分可能と踏んでいたようだ。

ガミラス残存艦隊は軽巡洋艦主砲の有効射程に地球船団を捉えたところで、速度を20~22宇宙ノットまで減速した。

地球駆逐艦の頭を押さえながら腰を据えた砲撃戦を行うには最適な速力だろう。

一方、この時点でまだ地球船団を艦砲の有効射程に捉えていなかった2隻の駆逐艦はこの時点では一見遊兵に見えたが、唯一の脅威である敵駆逐艦隊の突撃に対する備えと見て当然だった。

 

この時、地球船団の後方からTF11がガミラス艦隊との距離を詰めつつあったが、その距離は未だ船団本隊からかなり離れており、ガミラス重巡·軽巡の主砲もまだまだ届かなかった。

それこそ、彼らの本拠地と本隊を殲滅した『ヤマト』に比べれば遥かに小型な艦だったから、何ほどの脅威にもならないはずの距離だった。

更にこの時点では最大出力でジャミングを実施中。地球艦が精密射撃を行うには必須な射撃管制レーダーは完全に押さえ込み、地球側は戦いの目と耳を奪われていた、と思い込んでいても仕方なかった。

 

また、接近しつつある4艦がデータベースにない新型艦という事実は、地球船団が木星圏に至るまでの偵察活動とその後の分析で判明していたが、この艦の規模は既存の突撃駆逐艦と巡洋艦の中間といった程度であり、あの『ヤマト』の如き悪夢のような火力を有しているとはとても考えられなかった。

加えて、この新型艦群の挙動がどうみても訓練不足か何らかの不具合を思わせるほどグダグダだったこともTF11の戦力評価を著しく低く見積もらせる一因になったのだが、TF11はガミラス側にとんでもない高値をふっかけた。

 

 

      ──『ユウガオ』艦橋──

 

「主機出力安定!波動防壁正常展開!!」

「タキオンレーダー、動作正常!」

「砲雷長、射撃データ入力。慌てず急いで、な」

「了解」

 

横一列の遠距離砲撃戦配置についたTF11のフリゲート4隻(ケンギュウ(牽牛)、コンパス·ローズ、ジャスミン、ユウガオ(夕顔))は前進を止めて姿勢制御用バーニアによる微調整に移行。波動機関のエネルギーは艦前方への波動防壁と、艦首に内装された2連装46サンチ陽電子衝撃砲(ショックカノン)の全力砲撃に充当される。

 

陽電子衝撃砲自体は数年前の第2次火星沖会戦で実用化されており、威力は十分だったが、地球艦の主機自体が出力不足で、発射に要するエネルギー充填に1分以上を要するのが大きな欠点であり、それを看破したガミラス艦隊は、以後の艦隊戦では地球艦隊との並航戦に徹する事で二匹目のドジョウを許さなかった。

 

波動機関搭載に加え、今回はジャミングが効かないタキオンレーダーを使い始めたことも含め、ガミラス側もこれまでにない最大限の警戒はしているだろうが、向こうが持っているのはあくまで既存の戦艦と巡洋艦の艦首砲のデータ。

まさか巡洋艦より小さい艦に『ヤマト(殺戮者)』主砲と同じ飛び道具を仕込んだと予想しているだろうか。

 

(とはいえ、アウトレンジできている間に当てないことにはな····)

 

キャプテンズシートの嶋津のこめかみから汗の滴が一筋流れ下る。

 

艦首ショックカノンはガミラス艦の艦砲より長射程·大威力だろうが、当て損じて中·近距離戦になると、艦体が小さい分こちらがやや不利だ。

特に重巡洋艦は、この艦の艦首砲でなければ短時間で無力化する事は不可能に近い。

さらにこちらのアキレス腱は、ガミラスに察知させないためとはいえ、艦首砲の全力射撃試験と砲撃演習ができていない事。

要するにぶっつけ本番でここに来ているという事だが、『ヤマト』もまた、ぶっつけ本番の主砲射撃でガミラスの手裏剣型(高速)空母と惑星間弾道ミサイルを一撃で仕留めた。

ましてや後者を直接指揮したのは初陣同然のヒヨッコ(古代 進)だ。

あれをやってのけられた以上、経験ある我々が愚痴る事はできない。

 

「狙点固定!」

「艦首砲、準備完了!」

「砲身冷却装置、正常作動確認!」

「よし、交互射撃でいく」

 

プランツ級フリゲートの2連装艦首砲は斉射と交互射撃の双方で使用可能で、TF11では『ジャスミン』が斉射、他の3艦が交互射撃をする事になっている。

当然、『ユウガオ』は交互射撃だ。

そして──。

 

旗艦(ケンギュウ)、砲撃開始!」

 

通信士の報告と同時に、艦橋窓の向こうで閃光が煌めく。

間髪入れず嶋津の号令が飛んだ。

 

「──撃てっ!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22.第2次ト○とジェリー作戦③

残党と留守番の殴り合いの結果は──。


   

        ──『ユウガオ』──

 

「く····」

 

『ユウガオ』のブリッジクルーの表情に焦りの色が浮かび始めていた。

否、僚艦も同じだろう。

艦首内2連装46サンチショックカノンによるアウトレンジ砲撃は既に10射を数えていたが、未だ敵艦を捉えるどころか至近弾すら与えていない。

しかも、隣に位置する3番艦『ジャスミン』は艦首砲を2門斉射で放っていたため、10斉射目で砲基部の熱放射が限界に達し、一足先に砲撃を中止して冷却作業にかかっていたが、再砲撃が可能になるまでは多少の時間を要した。

これでガミラス艦に向けられた46サンチショックカノンは4隻8門から3隻6門に減ってしまった。

一方でガミラス軽巡洋艦からの光弾が届き始め、第13~14射目あたりでこちらも有効射程内に捉えられるのは確実だった。

 

「11射目急げ!焦るな。各艦とも弾道は確実に近づいてるぞ」

 

焦燥は艦長の嶋津とて例外ではなかったが、仮にも艦を預かる者、クルーの前で動揺を表に出してはいけない。

自分はここのクルーの腕を信じるのみ。

大丈夫。彼らならできる。

 

「照準よし!」

「撃て!!」

 

左舷側艦首砲から放たれた陽電子ビームは真っ直ぐ伸びていき──。

 

敵軽巡の艦首にクリーンヒットした陽電子ビームは、薄い正面装甲を紙のように食い破って艦内に浸透。そのまま一気に艦尾まで貫通。要するにビームで串刺しにしたのだ。

次の瞬間、内部で続け様に誘爆·崩壊を引き起こした敵軽巡洋艦──ガミラス側呼称:ケルカピア級──は、原型を留めず弾け飛んでいた。文字通りの爆沈。凄惨な最期だった。

 

「········」

「········」

「········」

 

正に剛槍一閃の撃沈劇だったが、快挙を成し遂げた『ユウガオ』の艦橋に歓声は響かず、それどころか、半ば呆然と自らが達成した眼前の光景に魅入られていた。

その光景は、宇宙戦士にとって悲願であり、胸を、身を削られるような切望であり、血を吐くような渇望。

否、いや、“半ば以上諦めていた”という点においては、もはや夢や幻という次元にまで至っていたかもしれない。

特に、この甘美極まりない光景を遂に目にすることなく、無念の内に斃れたあまりにも多くの戦友たちのことを思えば──。

 

「次、右の軽巡だ。照準急げ!」

 

半ば放心しかかっていたブリッジクルーたちを我に返らせたのは、艦長·嶋津冴子が発した、低くも鋭い声だった。

それは彼女一流のプロフェッショナリズムが発露したものだったが、当の嶋津自身も、その美しい唇の端を実に魅力的に歪めていた。

それは実に絵になる光景だった。船外活動用ヘルメットとバイザーをかぶっていなければ──。

 

一瞬の後、『ユウガオ』艦橋にまた鮮やかな閃光が飛び込んできた。

 

「敵軽巡撃沈!『コンパス·ローズ』の砲撃です!」

「ん」

 

もう1隻の敵軽巡も『コンパス·ローズ』が討ち取った。

こちらは右舷側を抉り取られ、1~2秒ほど断末魔の痙攣の如くフラついた後爆散した。

僚艦の快挙に艦橋の気勢が上がるが、プロ意識という点で、彼らを上回る人物がいたのもまた事実だった。

旗艦たる『ケンギュウ』から戦隊砲撃目標の変更を告げる命令が発せられていたからだ。

 

『戦隊砲撃目標ヲ敵重巡ニ変更。各艦腰ヲ据エテ撃テ』

 

電文形式とはいえ、命令の後半部分は明らかに土方からの叱責あるいはダメ出しだった。

そして“鬼竜”のダメ出しに冷や汗を流さない者は、TF11には只の1人も存在しないのだった。

 

「「「撃て!」」」

 

まさに人馬一体の如く、3隻の艦首ショックカノンが吼える。

仕切り直しの第1射はまたしても全弾空振りだったが、目標変更直後の1射目にしては測的は悪くなかった。

しかも、この砲撃は敵重巡の突撃速度を低下させるという結果をももたらした。

これまでは砲撃を受けていなかった気楽さで最短コースを直進していられたものが、続け様に、それも軽巡が一撃で屠られたのを見て、ランダム回避を行う必要が生じたからだろう。

 

鬼竜(オヤジ)め、腹(くく)ったな)

 

土方は重巡の陰に隠れる形になった駆逐艦2隻を敢えて無視する事にしたようだ。

重巡は何としてもアウトレンジで叩きのめさなくてはならない。

重巡洋艦の大口径フェーザー砲の砲撃は、元々の防御力が高くないプランツ級フリゲートにとっては十分以上の脅威だ。 

一方、その重巡を楯にするように続航してくる駆逐艦も決して油断ならない存在だ。

選択を誤れば一兎も得られず突破を許し、輸送船に被害が出る。

ここが我慢のしどころというのが土方の判断だった。駆逐艦の無力化にこだわっている間に重巡の大口径フェーザー砲に捉えられてしまうと、お世辞にも防御力が高いとは言えないプランツ級にも確実に喪失艦が出てしまう。

ならば、重巡はアウトレンジで確実に仕留め、駆逐艦相手ならば1対1でもこちらの砲力の方が強く、こちらは4隻いるから、敵1に対し当方2で圧倒できる。

 

「──撃て!!」

 

そして遂に、TF11の第16射が敵重巡洋艦を捉える。

 命中弾は土方が座乗する旗艦『ケンギュウ』が与えた。

僚艦『ユウガオ』と『コンパス·ローズ』が相次いで軽巡洋艦を仕留めるのを目の当たりにして歯軋りしていた同艦乗組員は、ようやく溜飲を下げた。

だが、重巡はショックカノンを1発被弾した程度では突撃を止めなかった。

大きく抉られた左舷が炎上し、速力も25宇宙ノットまで落とした上、未だ有効射程外と理解しつつも、大型フェーザー砲を一斉射撃したほどだ。

だが、それに対するTF11からの第18射目は勇敢なる敵重巡への介錯になった。

『ケンギュウ』『コンパス·ローズ』『ユウガオ』から放たれた陽電子ビームは全弾が命中。

1門あたりの装甲貫徹力では『ヤマト』主砲と同等以上の陽電子の凶槍を延べ4発被弾した敵重巡は轟沈。かつての地球防衛艦隊にとって恐怖以外の何物でもなかったガミラス重巡洋艦──ガミラス側呼称:デストリア級──も遂に(たお)れた。

 

だが──。

 

「敵駆逐艦2接近!速力31宇宙ノット!」

「面舵15!砲戦用意!」

「ダメコン班スタンバイ!波動防壁正常展開!」

「魚雷全弾発射!狙いが甘くてもいい。急げ!!」

「敵艦魚雷発射!数7!!」

 

TF11に歓喜する暇は与えられなかった。放置せざるを得なかった敵駆逐艦2隻は既に至近にまで迫り、地球のそれより大型の空間魚雷計7本が発射されたからだ。

更に、魚雷を放った敵駆逐艦もTF11の右舷に斜行突進を継続。近接砲戦を挑んできた。

迎え撃つTF11は艦首ショックカノンによる砲撃を中止し、通常砲戦態勢に移行する。

艦首を敵の宇宙魚雷に正対させつつ、本来の主砲である12.7サンチショックカノンを敵駆逐艦に向ける。

主砲基部過熱で戦線離脱せざるを得なかった3番艦『ジャスミン』も戦列に復帰した。

 

「対空防御。撃ち方始め!!」

 

主砲より先に、艦後部に設置された2連装7.6サンチショックカノン4基8門、戦隊全体で実に32門に達する対空兼用小口径ショックカノン群が一斉に火蓋を切った。

その威力は艦首の46サンチショックカノンに比べれば非力極まりないものだが、それでも従来の地球艦のフェーザー砲よりは格段に強力であり、何より発射速度が機関砲並みと尋常ではなかった。

各砲が毎秒1発以上のペースで極小サイズの陽電子の矢を吐き出し続け、弾幕となって魚雷に立ちはだかった。

一歩遅れて艦体前部の2連装12.7サンチショックカノン3基6門、全24門も射撃を開始。

果たせるかな、7本の宇宙魚雷はTF11に届くことなく砕け散った。

 

だが、2隻の駆逐艦──ガミラス側呼称:クリピテラ級──は実にしぶとかった。

TF11から雨霰と浴びせられる陽電子ビームを巧みにかわしつつ、ムカつくほど的確にフェーザー砲を撃ち込んできた。

 

「波動防壁損耗率28%····37%!」

「各部異常なし!」

 

TF11各艦には次々とフェーザービームが命中したが、爆炎を発することはなかった。

プランツ級フリゲートはそのサイズに似合わぬほどの頑強さを見せ、従来の地球艦のように一撃で爆沈するどころか、ダメージらしいダメージを受けた様子もなく砲火を放ち続ける。

これにはもちろん理由がある。

TF11は艦体姿勢制御用バーニアによる回避運動以外の機動を停止しており、全力運転中の波動機関が絞り出すエネルギーは、全てショックカノンへの供給と波動防壁展開に振り向けられていた。

未だTF11に目立った損傷が生じていないのは、最大出力で展開した波動防壁の効果と、開隊以来、砲術訓練以上にみっちり錬成が急がれたダメージコントロールの賜物だった。

さらに、TF11各艦は艦首発射管内にあった宇宙魚雷を、敵駆逐艦からの初弾飛来と同時に、半ば投棄同然に発射。

これも被弾時の被害極限対策の一つだった。

プランツ級フリゲートの設計時点における能力目標は、ガミラス駆逐艦はおろか、軽巡洋艦をも単独砲撃戦で撃破可能というものであったから、より戦闘能力に劣る駆逐艦、しかも数においても2対1の優勢であれば、決して撃ち負けない筈であった。

それを操る者達が、艦のスペックを十全に発揮しさえすればという条件つきだったが、TF11の乗組員はそれをやってのけた。

そして、自艦の砲撃を波動防壁によって減殺され、宇宙魚雷も全弾撃ち尽くし、かつ戦果なしという手詰り状況の中で、冴えに冴えていたガミラス駆逐艦も遂に息切れした。

それには、冥王星基地の壊滅で艦の整備がままならなくなり、乗組員の心身疲労も重なって操艦精度に狂いが生じていた可能性もある。

ほんの僅かな間生じた直線機動。その瞬間をTF11は見逃さなかった。

 

「敵艦、艦首軸線上に来ます!」

レールカノン(電磁砲)も撃ち方始め、3連射!!」

「擊(て)ーっ!!」

 

ショックカノンに加え、各艦の艦体前部上側に片舷3門ずつ固定装備した20.3サンチレールカノンから劣化ウラン弾が撃ち出された。

それらは46サンチショックカノンによるものとはまた異なる殺戮劇だった。

46サンチショックカノンによる砲撃が、大型肉食獣による豪快な捕食行為であったとすれば、12.7サンチと7.6サンチのショックカノン、更に20.3サンチ劣化ウラン弾まで加わったそれは、大小のピラニアの群れに身体を食い荒らされる大型魚のような無残ささえ垣間見えた。

 

2隻の駆逐艦は、先に逝った重·軽巡洋艦のように爆沈こそしなかったが、艦首から艦尾まで廃船そのものの姿にさせられ、推進力を失って虚空を空しく漂うことになった。喰い散らかされた無残な屍として。

 

「·······」

「·······」

 

数多の戦友(とも)の無念を(すす)いだTF11だが、各艦のブリッジクルーは粛然としていた。

理由は2つ。 

1つは今討ち取った敵艦と散華した乗組員に対する賞賛だ。

彼らは実に勇敢かつ巧妙な操艦で突撃してきた。

こちらと刺し違えるのではなく、突破して輸送船を沈めるために。

その敢闘ぶりは、敵ながら天晴れと言う以外ない。

そしてもう1つは、自分たちの先鋒だった駆逐艦『ホワイト·ジンジャー·リリィ』の喪失だった。

 

駆逐艦1と激しい追跡劇を演じた『HGL』(ホワイト·ジンジャー·リリィ)だったが、度重なる被弾で船脚が落ち、艦体後部への被弾で炎上し、主機が停止した。

しかし、土方の命で急行してきた駆逐艦4隻がようやく追い付き、敵駆逐艦は空間魚雷で仕留められた。

ところが、救援準備に入った僚艦の目の前で『HGL』は爆沈。本作戦における唯一の喪失艦になった。

 

「········」

 

その報を聞いた嶋津は一言も発さず、両の拳を握り締めるだけだった。

 

──中米ならではのラテン的陽気さでガミラス戦役をしぶとく生き抜き、本作戦における最も危険なポジションであるピケット艦任務にも自ら志願したベテラン艦長とクルー(手下)たちの死は、勝者である筈の地球艦隊に暗い影を落とした。

だが、彼らがその場に立ち止まって(こうべ)を垂れることはなかった。彼らの使命完遂、即ち“第2次トムとジェ○ー船団”が地球に帰還するまで、それは絶対に封印されなければならないのだ。

 

なぜなら、それは船団·艦隊の全乗組員が固く心に誓っていたから──仮に自らが愛すべき『HGL』と同じ運命を辿ったとしても、生き残った僚艦乗組員たちに同じ振る舞いを求める──と。

 

 “()たちの時もそうしろ(そうして)よ!”

 

その想いは、当事者から実の言葉として発せられた事はなかったが、その誓いの存在を疑う者は、地球防衛艦隊という組織に名を連ねた者の中には1人として存在しなかった。

 

──後年、それも23世紀も8割方経過し、あの時代が歴史と認識された頃、この時代の宇宙戦士たちの気概を評し、

 

『····長く続いた苛酷な戦役の中、兵士たちは自暴的狂気に魅入られていた』

『そうした狂気に陶酔することで、辛うじて自身を律していた』

 

と評した若き軍事評論家がいた。

確かに、それは一面においては事実だったかも知れなかった。

だが──。

 

『あの頃あの場にいなければ、決して到達·共有し得ない境地が存在します。

たったそれだけの事を認める謙虚さがない人に、彼らを批評する資格はありません』

 

──という、簡潔かつ痛烈な反論文を寄せて物議を醸したのは、ガミラス戦役時に肉親を失い、ある女性軍人の保護下で少女期を送ったという100歳間近の老女だった。




次回はエピローグと帰還です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23.第2次○ムとジェリー作戦④

    ──エンケラドゥス上空──

 

採掘と船積作業の間、護衛艦群は艦の修理と並行して警戒体制についていたが、『ユウガオ』はコスモナイト第2採掘場の上空警戒にあたった。

 

「········」

 

大村から休息をとるよう意見具申された嶋津はしばし艦長室にこもり、個人端末の画面に、ここから100キロほど西に不時着している『ユキカゼ』の画像を映し出していた。

 

「········」

 

──嶋津が最後に見た『ユキカゼ』は、十字砲火を浴びて炎上し、コントロールを失って虚空に消えていく姿だった。

あの後爆沈するどころか土星圏まで飛んで行き、エンケラドゥスに不時着擱座するとは予想外だった。

それも原型を留めた姿で。

 

M21881式突撃駆逐艦は操縦安定性が良い艦型だからそれも頷けるが、艦橋が文字通りもぬけの殻だったというのは首を捻らざるを得なかった。

ひょっとしたら、ガミラスは古代らブリッジクルーを、捕虜として連れ出したのではあるまいか、とまで思ってしまう。

 

「····古代、ホントはどっかの星か船で生きてんじゃないのか?

“昔のアニメみたいに、宇宙海賊になって太陽系に舞い戻ったりしてな。

····そしたら私がとっ捕まえてやるよ」

 

益体もない空想に失笑してしまったが、悲哀の成分は含まれなかった。

──その空想が空想でなかったと知るのは、約4ヶ月の後だった。

 

     ──約55時間後──

 

「発進、微速前進。取り舵25!」

「微速前進、取り舵25、宜候!」

 

懸念されていた敵残党による報復襲撃もなく、到着から75時間後、第2次トムとジェリ○船団は地球に向けて発進した。

輸送船の船倉はもとより、駆逐艦に牽引させたコンテナにもコスモナイト等の資源鉱物を満載していた。

『ケンギュウ』以下のTF11は2隻ずつ船団の上下に分かれて護衛につく。

駆逐艦の半数もコンテナを牽いているため、護衛の主力はTF11だ。

往路とは違い、タキオンレーダーは最大化出力で作動させていたが、安全圏である小惑星帯を越えるまでガミラス艦は感知されなかった。

やがて、船団は先日の戦闘宙域にさしかかる。

 

      ──『ユウガオ』── 

 

「艦長、土方司令名で通達が来ました!」

「内容は?」  

「10分後に砲撃訓練を行うので準備せよとの事です」

「了解した。全員に通達」

「はいっ!」

 

各艦とも戦闘態勢を維持しているため、改めて総員配置を指示する必要はない。

 

       

      ──きっかり10分後──

 

「訓練開始。撃ち方始め!」

「擊(て)ーっ!!」

 

土方が乗る『ケンギュウ』を皮切りに、TF11のフリゲートはもとより、コンテナを牽く駆逐艦からも火線が放たれたが、少し遅れて輸送船からも火線が放たれる。

気休めとはいえ、輸送船にも20~40ミリ各輸送船にもフェーザー砲とパルスレーザー砲が各1~2門搭載されており、それらの運用と整備のため、各船の所属国または運航管理会社がある国の宇宙軍が、下士官又は准士官を長とする人員を派遣し乗り組んでいたが、それらの特設砲も同様に火線を放っていた。

その宙域はつい数日前、土星圏に向かう地球の船団とそれを阻まんと立ちはだかったガミラスの小艦隊が正面からぶつかった、後に第四次木星沖会戦と称されることになる戦闘が起きた宙域だった。

 

これまでの会戦ならばガミラスの勝利に終わるケースが多かったが、『ヤマト』の就役以降は地球側の勝利が続き、『ヤマト』以外の地球艦も大幅に強化されたため、今回も地球側の勝利に終わった。

ただ、今回は地球側にも喪失艦が出ており、完全勝利とはいかなかったが──。

 

船団全ての艦船から次々と放たれる艦砲の眩い煌めき。戦闘艦艇だけでなく、守られるべき存在である輸送船もですら特設のパルスレーザー砲を撃ち放った。

場所が場所ゆえ、戦い斃れた敵味方を弔うための礼砲──要は弔砲──にも思えたが、土方からの命令はあくまでも“訓練”であった。

だが──。

 

「········」

「········」

 

『ユウガオ』では艦長の嶋津が挙手礼をし、それ以外のブリッジクルーも粛然としていたが、それは船団全艦船に共通しており、ブリッジクルーの中には起立·敬礼する者が1~2名いた。

敬礼の対象は二つ。

一つは当然ながら駆逐艦『ホワイト·ジンジャー·リリィ』。

剛毅を以て尊しとする駆逐艦乗りの中でも、ファルコン艦長以下の乗組員は「一味」等と海賊めいた別称を奉られたほど連携力が高く、絶望的な戦闘にも全く怯んだ様子を見せず、生還を重ねてきた。

今回は遂に乗組員ともども失われてしまったが、それを悼むのは船団が無事帰還してからだ。

この時点で追悼しても彼らは喜ばないし、仮に自分達が斃れたとしても同じ。

これはその場にいた宇宙戦士全てに共通する思いだった。

 

二つ目の対象は、もちろんここで全艦が沈んだガミラスの残存艦隊6隻と勇敢なる乗組員に。

諦めの悪さにおいては、ガミラスの太陽系残存艦隊は地球防衛艦隊に何ら劣るところはなかった。

増援や補給が絶望的な状況だったにも関わらず、彼らは最後の1隻が撃沈されるその瞬間まで、決して自棄(やけ)になったと感じさせるような振る舞いを見せなかったのだ。

1発でも喰らえば轟沈必至と理解しながらも突撃の先頭に立った軽巡洋艦。

46サンチショックカノンの青い業火に砕かれ、抉られ、焼かれながらも主砲を放った重巡洋艦。

自艦に残された火器では有効打足りえないことを既に理解しつつ、それでも絶妙かつ執拗な襲撃運動を繰り返し続けた2隻の駆逐艦。

特に、駆逐艦には撤退するという選択肢もあった。

しかし、TF11から距離を取れば、あの強烈極まりない太い(46サンチ)ショックカノンで背後から狙い撃ちされるのが解っている以上、現実的選択としてはあり得なかっただろう。

(実際は、TF11による艦首46サンチショックカノンによるこれ以上の砲撃は蓄熱容量的に困難だったのだが)

むしろ、自らの生存確率を上げるためには、目前の敵を殲滅する方が高い。

たとえそれがどれほど困難で、数パーセントに過ぎぬ低確率であったとしても、だ。

 

そうしたガミラス艦隊の姿から汲み取れるのは、どこまでも高く熱く純粋な戦意と、緻密で冷徹な戦術判断だけ。

所属本隊も根拠地を失い、敵勢力内に孤立した彼らに恐怖や絶望がないわけがなかっただろう。

あるいは狂気すら忍ばせていたかも知れないが、ガミラス将兵たちは最後の最後まで、決してそれを地球人たちに窺わせなかった。

侵略者にかける情けは一片たりともない。

それは確かだが、それでも土方以下の護衛艦隊の乗組員たちは、自ら斃したガミラス艦隊にも敬意を払った。

喪われた『ホワイト·ジンジャー·リリィ』乗組員たちに手向けたものと同等の敬意を。

後年、太陽系に派遣されたガミラス軍将兵の主力が、ガミラスでは二等国民としてランキングされ、かつ容姿が地球人と酷似したザルツ人と知った時、当時を知る宇宙戦士たちは、皆無言で深く頷いたという。

 

隊列を組み直した“第2次トムとジ○リー”船団が船脚を上げた。目指すはエンケラドゥス。そして母なる地球に戻るため。

先を急ぎながらも、船団の全艦船から次々に放たれる艦砲の眩い煌めき。

それも戦闘艦艇に留まらず、守られるべき存在であるはずの輸送船も急誂えの特設砲を撃ち放つ。

しかし、それは決して弔砲ではない。あくまでも訓練射であった。

 

この訓練に際し、『ユウガオ』から“艦内持込禁品”の艦外廃棄が艦長命令で実行されていた。

『ああ、もったいない····』と、一部の乗組員から向けられた、あからさまに残念だという視線を受けながら。

 

その禁制品とは、

 

【ガミラス艦を沈めるよりこいつを入手する方が困難】

 

──と、地球防衛艦隊内の愛飲家(呑兵衛)に言わせた、2170年物の“ゴローズモルト・ミツミネ(三峯)7”。

世界中で五指に数えられる名醸造所の傑作と称賛されたが、直後の内惑星戦争でスタッフもろとも醸造元が失われたのに加え、ガミラス戦役で残存個体がほぼ失われるか行方不明になったため、幻の逸品と化しているこのウィスキーを艦内に持ち込んでいたのは、言うまでもなく嶋津だった。

 

戦没した駆逐艦『ホワイト·ジンジャー·リリィ』以外の輸送船と護衛艦は無事地球に帰還を果たした。

船団の帰還に合わせて、国連宇宙軍は『ケンギュウ』ら新型フリゲート4隻の実戦投入と戦果を公表。

新型艦が期待どおりの実力を発揮し、砲撃戦においてガミラス艦を圧倒したと宣言した。(実際には必ずしもワンサイドではなかったのだが)

 

同時に同型艦4隻が建造中である事も公表したのに加え、大幅な拡大強化型である“戦闘巡洋艦”の1番艦『インディアナポリス』と2番艦『開聞』が、アメリカと日本で建造が始まった事も発表された。

特に戦闘巡洋艦は、巡洋艦という種別とは裏腹に、総合的な戦闘力は既存の巡洋艦はおろかM21741式戦艦をも凌ぐという触れ込みだった。

もちろん、既存の艦船に対する強化改装も並行して進められるが、各国の宇宙軍はより戦闘力が高いフリゲートの早期配備を望み、主要国の宇宙軍は新型巡洋艦に着目するのは当然の流れだった。

 

なお、波動砲の存在は、核兵器をも軽く凌ぐ大規模殲滅兵器である事が実証されたため、この時点での発表は見送られていた。

ちなみに『ヤマト』の波動砲“試射”の結果生じた木星表面の雲層の乱れは、ガミラス浮遊大陸基地のエネルギープラントが『ヤマト』からの攻撃で制御不能→臨界→崩壊に至ったためとした──。(事実発表は2201年4月)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ヤマト帰還作戦 前夜譚

またもや間を空けてしまいましてごめんなさいm(__)m



──2200年5月の『第二次トムとジェ○ー作戦』で実戦に初投入されたプランツ(植物)級フリゲートは、参加した第1次竣工艦4隻がガミラス残党艦隊の中核戦力を殲滅させる事に成功。その後も3度出撃し、一連の戦果は駆逐艦10、軽巡6、重巡1、輸送艦1、補給母艦1の撃沈で、かつ喪失(全損)艦なしという好戦績を収めていた。

 

第1次竣工艦は、建造資材の都合で、計画されていた艦首波動砲ではなく、『ヤマト』の主砲と同型の陽電子衝撃砲を艦首軸線上に並列2門搭載して竣工したが、資源還送が進んで波動エネルギー伝導に不可欠なコスモナイト99が必要量確保できた事で、第2次建造の5~8番艦は計画どおり艦首波動砲を搭載し、7~8月に竣工した。

 

5番艦:ダンデライオン(北米管区)

6番艦:コイブ(欧州管区)

7番艦:カトレア(南米管区)

8番艦:マツ(極東管区)

 

また、既存艦の主機換装(波動機関化)と武装整備をセットにした改装のピッチも上がり、巡洋艦2、駆逐艦10隻が再就役。資源還送船団(○ム&ジェリー船団)の護衛についていた。

 

········だが、いいことばかりではない。

遊星爆弾による地中の放射能汚染はより進行。住民の人心荒廃もまた進んでいた。

特に北米内陸~東部沿岸や朝鮮半島、アフリカでは顕著で、通信途絶→全滅/絶滅と判定された地下都市も増え、『ヤマト』の出発から帰還までの間に“絶滅”した部族は10や20ではなかった。

そこまで悪化していない地区でも、人心の不安定に起因した治安の悪化は著しく、日本の各地下都市では一般人の夜間外出を制限しなければならかった。

当然、市民と警察や国連軍との衝突は日常茶飯事。少なくない数の逮捕者や負傷者はもとより、死者も出ていた。

かくのごとき事態に、市民はもちろん、鎮圧にあたる側も疲弊。自ら肉親や家族を拘束したり、遺体を見たらそうだったりで、錯乱したりその場で命を絶ったという悲劇もあちこちであった。

 

そして、ここにも疲弊した者が──。

 

「········」

 

国連軍極東管区日本地区の中央司令部には、今日も沈鬱な空気が漂っていた。

毎日どこかで暴動や小競り合い等の暴力沙汰が起き、死傷者が出ている。

「ヤマト」の出発から8ヶ月余り経つが、イスカンダルから帰還の発表はいまだなされず、絶望のあまり一家無理心中したという報せも散見され始めていたのだ。

そんな空気の中でも、国連宇宙軍唯一の艦隊戦力ともいうべき第二艦隊を預かる土方 竜は、次の出撃に向けた準備に余念がなく、この日も本部に出仕していた。

 

     のだが。

 

「何だお前は!?」

「ここをどこだと─」

「どけ!偉いさんに話があんだよ!!」

「おい、つまみ出せ!」

「やれるもんならやってみやがれ!」

 

出入口の方から数人の怒声が上がった。

司令部要員は眉を潜めるが、土方はなぜか軽く肩を竦めるのみで、その表情は僅かながら緩んでいた。

やんちゃくれが来たか、と言わんばかりに。

そして、

 

「いた····土方さん!」

 

先ほどの男の声──怒号以外の何ものでもないのだが──が真後ろで響いた。

 

「貴様、ここをどこだと思──」

「その男は私に用事があるのだ····聞こう!」

 

つまみ出せとの声に被せるように、土方が門戸を開いた。

傍らの藤堂司令長官も、離してやれと手を振る。

この場のツートップが認めた以上、この男を止める理由はない。無作法な闖入者達は正式な入室者になった。

オリーブドラブを基調とした陸戦服姿の彼らはその場で居住まいを正して一斉に敬礼するや、直後に、ボロボロのぬいぐるみを抱えたリーダー格らしき巨漢が一歩進み出、君は?と問う藤堂に大音声で応える。

 

「第207区警備担当、空間騎兵隊・斎藤 始!!」

 

207区と聞いたその場の要員達の間に、重苦しい沈黙が漂った。

その一帯は昨日、暴徒化した一部市民と斎藤らを含む治安部隊が衝突し、市民側に複数の死者が出た他、双方に100名以上の負傷者が出た。

特に、犠牲者の中に10歳に満たない子供が3名含まれていた事実が一層皆を滅入らせていた。

斎藤は姿勢を正したまま、叫ぶように意見具申!と切り出し、言葉を継ぐ。

 

「同胞に銃を向けるのは、もう真っ平御免であります!!」

「俺達の銃は、同胞を守るためにあるんだ!!」

「子供まで巻き込んで!····こんな地獄みたいな事、いつまで続ければいいんですか!?」

 

小脇に抱えていたぬいぐるみを土方に突きつけた斎藤の声には震えが含まれていた。

司令室を重苦しい沈黙が支配し始めた時、土方は斎藤に向き直り、

 

「私の友は必ずここに還ってくると言った····必ずだ!」

 

迷いや疑いを一片も含んでいない声で言いきり、斎藤は気圧される。

と、その時だ。

 

「長官!」

 

長距離通信担当の女性オペレーターが上ずった声を上げた。

 

「イスカンダル方面からのタキオン通信を受信しました!」

 

総員に緊張が走る。

 

「発信元は『ヤマト』か!?」

「確認しま····っ、ま、間違いありません、『ヤマト』です。『ヤマト』真田副長名で発信されています!」

 

その瞬間、どっと歓声が沸いた。斎藤も含めて。

 

「出よう、映してくれ」

 

土方と、国連軍極東管区司令長官たる藤堂平九郎がスクリーン前に立った。

一瞬の砂嵐の後、ノイズ混じりながら画面に『ヤマト』第1艦橋が映し出され、中央に白を基調とした制服姿の青年2人が立ち、挙手した。

 

『《ヤマト》副長、真田志郎です』

『同じく戦術長兼艦長代理、古代進です』

「ん····」

 

喜びに湧く一同の中、藤堂と土方は微妙な表情になっていた。

何故なら──。

これは太陽系帰還の第一声という重要極まる通信だ。当然、艦長自ら報告するのが当然だ。

にも関わらず、画面には艦長たる沖田十三がいない。

2人とも沖田の人となりは知り抜いている。多少の体調不良で引っ込むような男ではない。

だが、今はもっと大事な確認事項がある。

内心の動揺をおくびにも出さず、藤堂は尋ねる。

 

「早速だが、首尾はどうだね?」

 

一瞬おいて、真田が答えた。

 

『本艦はイスカンダルに到着し、スターシャ女王陛下より半完成状態のコスモクリーナーを受領。昨日、艦内工場で組み立てを終了し、試運転の準備中です』

「そうか····皆、よくやってくれた。ありがとう········疲れがたまっているだろうが、今しばらく頑張ってくれたまえ。地球は君たちの帰りを待っているのだ」

『はっ』

 

次いで──。

 

「········沖田はどうしている?」

『········』

 

画面の中の2人の表情が曇る。

 

『沖田艦長は、往路航海中に体調を崩され、治療を受けながら指揮を執っておられましたが、イスカンダル到着直前に体調が更に悪化され、現在は艦長室にて療養されております』

『コスモクリーナーの組み立てと調整の総指揮を私が執る事になりましたので、艦長と相談の上、古代戦術長を艦長代理に指名。復路における艦の指揮を委任しました』

 

古代と真田の答に藤堂と土方は頷いた。

その後は前回通信から後の出来事がデータと共にもたらされ、一同は驚きの声を上げるばかりだったが、通信の最後に、また驚きの声が上がった。

それは──。

駆逐艦《ユキカゼ》艦長、古代守の生存とイスカンダル残留、並びに石津副長ら、同艦の一部乗組員がイスカンダルに埋葬された事、彼らの遺髪を引き取った事だ。

 

「長官····」

 

通信を終えた後、土方は藤堂に向き直る。

 

「『ヤマト』帰還の支援のため、第2艦隊の出動許可と、全宇宙戦闘部隊の出動待機を発令していただきたい」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。