ファイナルファンタジーXV ―真の王の簒奪者― (右に倣え)
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チャプター1 ―旅立ち―
父と子、そして兄弟の語らい


 雲一つない透き通った空の晴天だった。

 首都を覆う魔法障壁によって生み出される波のような揺らぎもよく見え、日々これによって自分たちの生活が守られているのだと感じ取ることができる。

 

 波のように見えるが、これはこれまで戦争状態にあったニフルハイム帝国の誇る魔導機械兵団を退け続け、今日に至るまで突破させなかった正しく鉄壁の守りである。

 

 そしてその魔法障壁をたった一人で維持し、庇護下にある臣民らを守る役目を持つものが――ルシス王家だ。

 

 最先端技術と芸術の粋を結集させて作られたそれは、見るものを圧倒させる荘厳な空気を持つ。

 その中の最奥こそ、ルシス王家の座す謁見の間が存在する。

 僅かな装飾一つに至るまで徹底的に磨き抜かれ、ルシスの歴史と威厳を象徴するように作られた巨大な玉座が頂点に座す。

 後ろに付けられた窓から差し込む太陽の輝きが王の威光を強め、謁見するものはさながら神と相対するような気分にさせられるだろう。

 

 そんな場所において、父と子の会話は存在していた。

 

「――旅の行程と日取りは了承した」

 

 玉座に座る王レギス・ルシス・チェラム113世から階下の息子――ノクティス・ルシス・チェラム王子にかけられる声に暖かな感情は込められておらず、淡々と事実を確認するもの。

 玉座に座る壮年の男性は、この場においてはルシスの歴史を背負う王であり、眼下に存在する少年たちがどれほど親しいものであろうと、感情を排して向き合わなければならない。

 

「ノクティス王子の出発を認める」

 

 横から聞いていれば普通に聞こえるであろう声も、文字通り上からかけられると叩きつけられるような威容を覚えてしまう。

 昔っから好きになれないな、と王子ノクティスは内心で思いながらも教えられた通りの礼をする。

 

「ありがとうございます、陛下」

「旅の無事を祈る。下がって良い」

 

 まるでこれからの旅が厳しいものであるような言い分だ。

 子供の頃から苦手な空間から一秒でも早く出るべく、ノクティスは言葉少なにうなずいて後ろに控えている友人らを押しのけるように外に向かう。

 

 驚いたようにその場を退く巨躯の男と、ノクティスをたしなめるように見る落ち着いた佇まいの男は玉座の間を出ようとしている王子の後を追うべく、堂に入った臣下の礼を取って部屋を出て行く。

 彼らの側にいたもう一人――ノクティスの友人であるプロンプト・アージェンタムはやや不慣れな動作でレギスに一礼をして、その後に続いていった。

 

 彼らを見送ったレギスは王としての瞳に、僅かに憐憫の感情を乗せて静かに息を吐くのであった。

 

 

 

 城の外では彼らが旅に使う骨董品の愛車――レガリアが主を待つように鎮座していた。

 黒く光る車体は太陽の光を存分に吸い込み、漆のような深い輝きを宿している。

 

 これから旅が始まるのだ。王子としての煩わしい視線や期待にさらされることもなく、気の置けない友人たちと婚約者を迎えに行く旅が。

 

 日程そのものは大したものではない。ルシス首都であるインソムニアを出発後、ハンマーヘッドという場所で休憩と補給。その後はガーディナ渡船場までほぼノンストップ。

 そこから船でアコルド自治政府の首都オルティシエに向かい、婚約者であるルナフレーナとめでたく結婚。

 長年戦争状態にあったルシス王国とニフルハイム帝国の講和条約の旗印であり、長きに渡る戦争に疲弊した民たちの慰撫も兼ねたそれが今回の旅の目的だ。

 

 ルナフレーナと結婚した後のことはさすがにまだわからないが、彼女とともにいられるのなら悪いことにはならないだろう。

 旅の護衛役である王の盾グラディオラス・アミティシアと軍師イグニス・スキエンティアの小言を聞き流しつつ、ノクティスはこれから先の未来に思いを馳せる。

 

「ん――」

 

 ふと城の方を見ると、父王レギスがドラットー将軍を伴に見送りに来ているのがわかった。

 すでに動かすこともままならない両足を杖と補助具でどうにか動かし、老人のような足取りで一歩一歩近づいてくる父にノクティスは自ら駆け寄っていく。

 

「親父、どうしたんだよ」

「色々と、言い忘れてな」

 

 そっと肩を支えようと手を伸ばすが先んじてレギスに止められてしまい、伸ばしたノクティスの手は行き場を失う。

 そのままレギスはノクティス――ではなく、彼の選んだ旅の仲間に視線を向ける。

 

「知っての通り頼りない息子だが、よろしく頼む」

「おまかせください」

「必ず無事に、王子をオルティシエまでお連れします」

「あ、ボクもです」

 

 真っ先に答えたのはイグニスとグラディオラスだ。続いてプロンプトも応える。

 そんなに自分は頼りなく見られているのか、というかプロンプトまで頼りないと思ってんのか、とノクティスはふてくされた顔になってしまう。

 そうしたところが未だ頼りないと見られていることに、彼はまだ気づいていない。

 

「さっさと行くぞ。コルが車で待ってる。待たせるのもアレだろ」

 

 レギスの側に控えているドラットー将軍に後を任せると手を上げると、彼は静かにうなずいてくれた。

 自分が頼むまでもないかと思い、ノクティスは車に向かおうとする。

 

「くれぐれも、未来の奥方に失礼のないようにな」

 

 ルナフレーナに失礼な真似などするはずもない。茶化すような心配するようなレギスの言葉に、ノクティスはおどけて臣下の礼を取る。

 

「そちらこそ、ニフルハイム帝国様に失礼のないようにな」

「心配などいるものか」

 

 お互いに視線を合わせて、小さく笑う。

 玉座の間では王と王子としての姿でしか話せなかったが、ここでは父と子として話すことができた。

 

「決して、途中で投げ出してはならんぞ」

「投げ出すかよ」

 

 この旅の果てに待っている結婚式のことだろう、とノクティスはあたりをつけて話す。

 結婚は人生の墓場とも言うし、ルシス王子と神凪という役目を持つもの同士、通常の人より苦難の多い道のりになることはノクティスにもわかる。

 だが、それもまた王家の使命。明文化できるほどではなく、また実感として持っているものでもないが、ノクティスは大きくうなずいた。

 

「すぐに戻ってこられないことだけは覚悟しておきなさい」

「そんな簡単に戻らねーよ。ご安心を」

「気をつけて行くんだぞ」

 

 レギスはノクティスに近寄り、まだ王家の責任を背負ったことのない細い肩に手を置く。

 何事かと驚くノクティスだが、レギスの目を見ると何か大きなものを見ているような気になってしまい、圧倒されて何も言えなかった。

 

「ルシス王家の人間として、このレギスの息子として――常に、胸を張れ」

 

 そんな言葉を受けて、ノクティスは前途洋々たる旅へ赴くので――

 

 

 

「おーい、待てよ!!」

 

 

 

「んぁ?」

 

 さあ旅に出よう、とレギスからの言葉を受け取ったノクティスらが車に戻ろうとすると、今度は城門の方面から人が駆け寄ってきていることに気づく。

 

 ノクティスとよく似た顔立ちであり、彼の方が快活な印象を与えるそれを苦しそうに歪めて、その青年はノクティスらに近づく。

 目の前までやってくると、青年は膝に手をついてぜはぜはと荒くなった呼吸を整える。

 

「まったく……もうちょっと待てよ……こちとら強行軍でガーディナから戻ってんだぞ……」

「いや――兄貴が戻ってんのとか知らなかったし」

 

 ノクティスより兄貴と呼ばれた青年は息を整え、彼らと相対する。

 

「まずは――陛下、ただいまアコルド政府より帰還いたしました。ノクティス王子とルナフレーナ様の式典についての具体的な話などを詰めてまいりました」

「うむ、ご苦労――アクトゥス」

 

 兄貴と呼ばれ、レギスより息子へ向ける暖かな視線を受け、アクトゥスと呼ばれた青年は詳細な報告は後ほどと話して再び快活な雰囲気に戻る。

 

「で、兄貴。何しに戻ってきたんだよ」

「弟の旅立ちを見送りにな。オレも調印式には列席するよう言われてるし」

「外交官でもそういうのってあるんだな」

「向こうのお偉いさんと話すのは昔っから気苦労が多いんだ」

 

 アクトゥスと呼ばれた青年はノクティスの実兄であり、彼との年も五年ほど離れている。

 通常ならば彼が王位を継ぐのが筋だとは思うのだが、彼はノクティスが物心ついた時にはすでに王位継承権を放棄していた。

 ノクティスがハイスクールに通っている頃から、彼は外交官という役職についてルシス国内のみならず世界中を飛び回り、様々な方面での調整に勤しんでいたらしい。

 

 いかにニフルハイムと戦争状態にあり、ルシスが魔法障壁による籠城作戦を取っていても外交を怠ってはならない。平和の切っ掛けはまず対話にこそあるのだ。

 

「ま、これから旅立つ奴らにオレなりの餞別をくれてやろう」

「お、兄貴の外の知識か?」

「そっちはイグニスに聞いてくれ。ほら、ギル」

 

 アクトゥスのポケットから出てくる硬貨を受け取り、ノクティスは光にかざしながら不思議そうにそれを見る。

 

「ギル?」

「ここで流通してる金とルシスの内部に流通してる金は違うんだよ。覚えとかないと生活費も稼ぐことになるぞ、なった」

「実体験かよ」

「ここからの援助なんて望めるはずもなし。外の世界での窮地は自力でどうにかするのが基本だ」

「わかった、覚えとく」

「おう、なら良し。お前は王都から出るの初めてだよな? だったら思いっきり楽しんでこい。外の世界は不便で汚いところもあるが――そんなのが気にならないくらい美しい景色もある」

 

 言いたかったのはそれだけだ、と言ってアクトゥスは自分を誇るように外の世界の美しさを説く。

 こんなことを言うためにわざわざ強行軍で戻ってきたのか、とノクティスは兄へ呆れ半分、感謝半分で笑って、兄の肩を叩く。

 

「ま、楽しんでくるよ。戻ってきたら兄貴にも土産話、聞かせてやるからさ」

 

 

 

 

 

 ノクティスたちを乗せたレガリアが遠ざかるのを見送り、アクトゥスとレギスは顔を見合わせる。

 レギスの顔には気遣いの色があるのをアクトゥスは見抜く。

 

「……アクト、今からでも遅くはない。お前も外に出れば――」

「その話はもう終わっていますよ。ニフルハイム帝国との和平条約の調印式をここルシスの首都で行う。――どう考えても罠です」

 

 敵兵力をインソムニア内に招き入れるも同然。彼らの手こずっていた魔法障壁も和平条約に出席するためとあれば容易に通り抜けられてしまう。

 国力で勝るニフルハイムが手を緩める理由などない。これを機にルシスを落としてしまおう、という魂胆は隠す気がないと思えるほどに透けていた。

 

 ノクティスらには何も知らせず、外の世界に送ることにした。ルシスの側にとって勝ち目の薄い戦いになることは目に見えている。まだ未熟な王子がいたところで何もできることはない。

 対しアクトゥスは――次善のためにこの場にいた。

 

「調印式には私も列席します。何かあった場合の戦闘もおまかせを。――万に一つ、陛下の御身に何かがあった場合の指輪についてもご心配なく」

「……そうか、そうだな。負けるつもりなど毛頭ないが、最悪は考えねばならない」

「我々も控えております。陛下がご心配なさることは何もございません」

 

 側に控えていたドラットー将軍もアクトゥスの言葉に追従するように声をかけてくる。

 レギスはそれを聞いて肩の力を抜き、朗らかに笑う。

 

「もちろん、お前たちのことは信頼している。……そろそろ戻ろう。ノクトも旅立った今、ここにいる必要はない。――アクト、肩に埃がついている。こちらに」

「――はい」

 

 アクトゥスがレギスの側に寄ると、レギスの年齢以上にしわがれた手がそっとアクトゥスの肩を払う。

 感謝の礼をするため、アクトゥスは頭を下げ――肩に触れた時に渡された紙片を懐にしまう。

 

「お前もノクトも、私の大切な息子だ。それだけは、覚えておいてくれ」

「……はい、父上」

 

 レギスの息子を見る目は父としての愛情に満ちたものと、それと同じくらい大きな――憐憫が含まれていた。

 ノクティスが五歳の時、歴代王よりクリスタルより選ばれた世界の闇を祓う真の王であるという啓示が下されると同時――アクトゥスにもある役目が課せられている。

 

 レギスの視線の意味を察したのだろう。アクトゥスは淡く微笑み、無言で首を横に振る。

 とうの昔にその問答をするべき時間は過ぎている。そしてアクトゥスは彼なりの答えをすでに出していた。

 

「私は私なりにこの運命に殉じるだけです。たとえそれが――弟の死であっても」

 

 

 

 

 

 旅に出る前、ノクティスは太陽がオレたちの旅立ちを祝福しているようだと感じられた。

 燦々と降り注ぐ日光、レガリアに当たる風全てが自分たちを暖かく迎えているとすら思えた。

 

 ――前言を撤回しよう。今はこの太陽も風も全てが敵だ。

 

「暑い……」

「外の世界の厳しさだな」

 

 休憩予定のハンマーヘッドは未だ遠く。だというのに自分たちはなぜこんな場所で車を押しているのだろうか。

 ちょっとした哲学の領域まで踏み込みそうな難題にノクティスは頭を抱える。

 一縷の望みに懸けたヒッチハイクも期待薄。自分たちの準備不足と言ってしまえばそれまでだが、もう少し人情というのはあっても良いのではないかと切に思う。

 

「車って、乗るもんだよね」

「乗るもんだろ」

「言っても仕方ねえだろ。おら準備」

 

 プロンプトの愚痴に適当に答えつつ、グラディオラス――愛称グラディオの発破に押されてノクティスは車を再び転がし始める。

 ノクティスにプロンプト、グラディオラスの三人が全力を込めて押すことでようやくレガリアがノロノロと動き出す。

 クソ燃費過ぎるだろ、と内心で父の使っていたというレガリアに毒を吐きつつ、ノクティスたちは幸先の悪い旅の始まりを嘆く。

 

「ない。ホントない」

「ホントになぁ、キツイ旅の始まりもあったもんだぜ」

「てかさ、ハンマーヘッドってかなり近くなかった? インソムニアからノンストップとは言えさあ、遠すぎない?」

「確かに近かった」

「世界地図の上ではな」

 

 はぁ、と誰からでもなくため息がこぼれる。

 この場にいる誰もが外の世界は初めてになるのだ。多少の失敗には文句が言えない。

 もっと兄貴の話聞いときゃ良かった、とか旅の行程を話してアドバイスもらっときゃ良かった、とか色々と思うところはあれど、全ては後の祭り。

 

「ノクト、お兄さんの話とか聞いてないの?」

「ちゃんと日が暮れる前には街についとけ、とかそんな感じのやつばっかりだった」

 

 兄貴はこんな失敗をしなかったのだろうか、とノクティスは思う。

 少し年の離れた兄は自分より明るく、なんでもできて、けれどそれを鼻にかけず自分にも王子としてではなく一人の人間として接してくれて――

 

「ノクト、手ェ止まってんぞ」

「っと、悪い」

 

 グラディオラスの注意が飛んだため、慌てて意識を今に戻す。

 戻すと言っても、レガリアを延々とハンマーヘッドまで押していくしかないという過酷な現実しか待っていないのだが。

 

「電話は?」

「ダメだな。ずっと話し中だ」

「んな混んでるのかよ」

「どうだろうな。つながるまでは押していくしかあるまい」

 

 今は運転席で休憩しているイグニスの声にもいつもの張りがなく、疲れた様子だ。というかこの面子で疲れていない者は皆無だ。

 うんざりした顔でノクティスが顔を上げても、広がる光景は荒野ばかり。ハンマーヘッドらしきものは影も形もない。

 世界地図で見た時は本当に近所だと思ったのに、実際に行ってみるとこれだ。

 

「はぁ、世界って広いわ」

「こんな形で実感したくはなかったけどねー」

 

 できればもっと雄大な景色とか大自然の織りなす自然の芸術とかを前に言ってみたかったものである。

 プロンプトの同意に深くうなずき、ノクティスたちは再び車を押す作業に戻るのであった。

 

 最初の旅の目的地であるハンマーヘッド整備場まで、あと二時間弱この車を押していく羽目になるのだが――そんな険しい未来、彼らは知らない方が幸せだろう。




初めましての方は初めまして。前作などを見ていただいた方にはお久しぶりです。
活動報告まで見ている方々にはお話したかもしれませんが、以前より考えていたFF15のお話になります。

さっそくオリキャラぶっ込んでますが、主人公はノクティスです。基本的にストーリーはノクティスの目線で動いていきます。キングスグレイブの話もほぼ省略です。たまにアクトゥス目線の話になるくらいで。

私の妄想やこの時このキャラはこんなこと考えていたんじゃないかなー、というのを文章で表せたら良いな、と思ってます。
ちなみに設定の方はアルティマニアの方を持ってますが、何か違っていたら教えてください。ぶっちゃけ名字の間違いとかが一番ありそうで怖い(小並感)

ストーリーとしては概ね原作沿いですが、細部がちょこちょこ変わっていく感じです。ルナフレーナがノクトと合流して一緒に旅するシーンがあるとかそんなぐらいで。
あとはある目的のため、サブクエストの方もやっていく予定になります。チョコボの話とかドッグタグの話とか釣り師匠とか。
ストーリーのノリと違う? こまけぇこたぁ良いんだよ! の精神で押し流してください(真顔)

最後に現時点で出せるアクトゥスの情報を乗せておきます。

アクトゥス・ルシス・チェラム

25歳

レギスの実子であり、ノクティスの実兄。王族に連なる者としてシフト魔法や武器召喚も使用可能。
しかし彼は幼少の折にレギスと話し合った結果として王位継承権を放棄。それ以降は外交官としてルシス国内のみならずニフルハイム、アコルド政府との対話などを行ってきた。
今回の調印式に先立ちルシスに帰還。ノクティスたちに激励の言葉をかけて、旅立ちを見送った。



――彼もまた、とある役目をクリスタルより課せられた者である。


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貧乏王子の生活費稼ぎ

初速は大事。これで読者を掴む(真顔)


 ハンマーヘッド。

 それは三十年前、父王レギスがレガリアで旅をした時の仲間であるシド・ソフィアという技師が作り上げた小さな整備工場を指す。

 

 小さな整備工場と言えど侮るなかれ。ルシスでも魔法障壁の中にある首都インソムニアと、その他の街では文明自体に大きな差がある。

 そんな文明格差がある中でもハンマーヘッドには貴重なガレージがある自動車整備工場として、世界地図にも乗るほどの知名度を誇っているのだ。

 無論、シド・ソフィア技師の卓越した技術もその一因であることは疑う余地もない。

 

 そのハンマーヘッドにようやくたどり着いたノクティス一行は、疲労困憊と言った様子で一息入れていた。

 グラディオラスとイグニスは疲労している様子こそあるものの、動けないというほどではない。

 だがプロンプトはもう一歩も動けないと、痛そうに脇腹を擦っていた。

 

「おーい、待ってたよ」

 

 そんな彼らの元に、朗らかな明るい声が届く。

 涼しい地面と同化していたプロンプトがゆっくりと身体を起こし、相手を確かめるといそいそと起き上がる。

 それもそのはず。やってきたのは健康的な色気を持った妙齢の女性だったのだ。

 

 ホットパンツからのぞく日焼けした足は艶めかしさを微塵も感じさせない、気力に満ち満ちている。

 整備用ジャケットも大きく胸元まで開いており、思わず視線がそちらに行ってしまいそうだ。

 そんな色気のある格好ではあるものの、女性の雰囲気にそういったものは僅かも感じられず、あくまで朗らかでハツラツとしたもののみ。

 

「えっと、どれが王子?」

 

 女性は視界に入っている三人を見回すが、三人とも首を横に振る。

 では誰が、という顔で見ると三人の視線が一点に集中した。

 車の死角。女性の方からは見えない場所から王子――ノクティスが起き上がって女性の方を見る。

 

「オレだけど」

「初めまして、王子。結婚おめでとう」

「いや、まだだから」

 

 女性に結婚を祝う言葉を受けて、ノクティスは照れたようにあいまいな返事をしてしまう。

 実際のところ、彼にもまだ結婚をするという意識はないため、すでに確定したことのように言われてしまうと戸惑いが先立ってしまうのだ。

 

「ふーん、君がアクトの弟かー」

「兄貴のこと、知ってんのか?」

「そりゃぁね。君のお兄さんも昔はエンストした車をここまで引っ張ってもらってきてたんだよ」

「とすると、アクトゥス様はオレたちがこうなるのも予見していたのか」

「あンのクソ兄貴……!」

 

 イグニスの冷静な指摘にノクティスは苛立ったため息を吐く。

 帰ったら一発ぶん殴る、と心に決めて意識を切り替える。

 

「あんたは?」

「シドニー。シド・ソフィアの孫娘で、ここの整備士。このコ、あっちに連れて行こう。じいじも待ちくたびれてるよ」

「オーケー。おら、最後のひと押しだ」

 

 グラディオラスと再び気合を入れ直そうとしたところで、しわがれた老人の声が遮る。

 

「慎重に扱わんか。そいつは繊細なんだ」

 

 声こそ老いているものの、足取りに揺らぎはない。

 一歩一歩がその歴史を感じさせるようなゆっくりとした足取りで、老人はレガリアを愛おしげに一撫でする。

 そしてその後にノクティスを見る。

 

「ノクティス王子、か」

「あ、ああ、まあ……」

 

 老人とは思えない力強い瞳に睨まれ、ノクティスは怯んだようにうなずく。

 その様子に老人――シド・ソフィアは呆れたようにため息を吐く。

 

「レギスから威厳を拭き取ったような顔だな。色々と控えた大事な旅なんだろ。もっと引き締まった顔はできねえもんか」

「お、おう」

「まあ、アクトの野郎も似たようなもんだった。若い頃は頼りなさそうなのも血筋かね」

 

 ノクティスから見ればアクトゥスはなんでもできる頼れる兄なのだが、シドにかかれば形無しらしい。

 シドはレガリアを一瞥し、それで状態を判別したのだろう。ガレージの方に向かっていく。

 

「時間がかかるな。中に入れたら適当に遊んどけ」

「了解! それじゃこのコ、中に入れようか」

 

 シドとシドニー。二人の整備士の診断を受けて、ノクティスたちはハンマーヘッドの逗留を余儀なくされるのであった。

 

 

 

「しばらくはここに滞在だな」

 

 イグニスは宿泊できそうなモービル・キャビンを横目に確認しつつ、全員の認識を合わせるようにつぶやく。

 

「まあ、のんびり行けば良いだろ。具体的な日時が決まってるわけでもなし」

「車での移動だとどうしてもな」

 

 地上にはモンスターが闊歩しており、夜にはシガイも出る。

 文明が進んだと言えど、食料や素材として役立つモンスターを飼い慣らすことは未だ難しく、シガイに至っては出現原理すらわかっていない。

 ニフルハイムと長い戦争が始まる前、交流があった頃に伝わった自動車が独自の進歩を遂げて、ルシスの主要な移動手段となっている現代であっても、安定して安全な旅路というのは難しかった。

 

「ノクトのお兄さんもこういう苦労してたのかなあ」

「ああ、聞いたことあるな。野営する時は絶対に標を見つけろ、とかシガイは倒しても倒しても湧いてくるから逃げた方が良いとか」

「倒すんだ、シガイ」

 

 ノクティスの口から語られる兄貴像にプロンプトは慄いたような顔になる。

 インソムニアに戻るのは僅かな時間だったことが多いらしく、グラディオラスやイグニスと違ってプロンプトはアクトゥスとあまり顔を合わせていない。

 数少ない顔を合わせた時には、気さくで優しく、気前の良いノクティスのお兄さんという雰囲気だった。

 

「意外と武闘派なんだね」

「外交官っつっても、外の世界との雑用係みたいなモンだったらしいしな。偉い人と話すことより、ルシスの中で話を聞くことの方が多いとかなんとか」

「へえぇ……」

 

 興味深そうにうなずくプロンプトと歩き、降って湧いた自由時間を謳歌する。

 二人はぶらぶらと店の中に入ると、整備用油の強い匂いが漂ってくる。

 自動車の整備工場だけあって、やはり店の中にもそういったものが多く置かれているようだ。

 

「おお! いいね、こういうの」

「お前機械とか好きだもんな」

「まあね。カメラのフィルムとかもあると良いけど……あ、エボニーコーヒーがある」

「マジか」

 

 エボニー社という会社のロゴが特徴的なコーヒーで、インソムニアにも流通しているコーヒーだ。

 ……これだけ見ると超大手のコーヒーを連想するかもしれないが、実態は好きな人はとことん好きだが、嫌いな人は匂いすらダメという好き嫌いの激しく別れるものだったりする。

 イグニスはこれを好んで飲んでおり、ノクティスたち三人は彼の味の嗜好に首を傾げることがしばしば存在していた。

 

「レガリアにも積んであったけどさ、これで補給ができそうだね。……あれ、ギル?」

「兄貴の言ってた金のことだろ。イグニスが持ってる」

「そっかぁ、本当に王都の金は使えないんだ」

 

 なんか外の世界だって実感するなあ、と言うプロンプトを伴ってイグニスの元に戻る。

 イグニスは何やら深刻そうな顔で佇んでおり、ノクティスを見つけると彼の側に寄ってきた。

 

「ノクト、悪い知らせがある」

「聞きたくない」

「いいや聞いてもらう。整備代で路銀が消えた」

「ウソ!? 結構持ってたよね!?」

「幸いというべきか、アクトゥス様からもらったギルだけは手元に残った。とはいえ、これだけでガーディナまでは無理だ」

「兄貴からもらったのってどんくらいだ?」

「その辺りでおみやげが買える程度だ。節約すれば一泊も不可能ではない」

 

 大した額でないことはハッキリした。

 もっと気前よくくれよ、とこの場にいない兄に毒づいてノクティスは今後を考える。

 

「んで、どうするよ」

「シドニーに相談して安くしてもらうか、仕事をもらうかだな」

「だがよお、整備代にしちゃ高すぎんだろ。あれ、この旅の資金大半だぞ?」

 

 グラディオラスの言い分に誰もがうなずくが、どうしようもない。

 車の整備は彼らに任せねばできることではなく、ノクティスたちだけでどうにかなるものでもないのだ。

 まさかの一文無しにノクティスは空を仰ぎ、つぶやく。

 

「まったく、楽しい旅になりそうだな――」

 

 

 

 

 

 その後、値下げ交渉を試みたところめでたく仕事を申し付けられ、外の世界の厳しさを実感することになっていたノクティスら一行は、ハンマーヘッドからほど近い場所でモンスター狩りに勤しんでいた。

 

「オレらが戦えなかったらどうすんだろうなこれ」

「ルシスの王族ならそれなりに戦えなければ話にならないということだろう。それにさほど恐ろしい相手ではない」

 

 言いながらイグニスは巨大なサソリ――アラクランと呼ばれている――のハサミを避けて、柔らかい関節部分に短剣を突き立てる。

 痛みに悶え、尾の毒針をイグニスに突き立てる――前にノクティスの父から貰ったエンジンブレードが閃き、その尻尾を切り落とす。

 ほぼ無力化されたところをイグニスが慣れたように脳天に短剣を突き刺し、駆除が完了する。

 

 ノクティスとイグニスは軽く拳をぶつけて互いを労うと、離れた場所で戦っているグラディオラスとプロンプトを探す。

 グラディオラスの方は大剣を軽々と操り、すでに三体近く屠っている。サソリの硬い甲殻も彼の膂力にかかればもろともに粉砕できるもののようだ。

 

「無事か、プロンプト?」

「な、なんとか! で、でもグラディオとイグニスはともかくとしてどうしてノクトまで落ち着いてるのさ!?」

「ビビってちゃ勝てるもんも勝てねーだろ」

 

 初陣ということもあって最初はやや緊張していたのは否定しないが、案外なんとかなるというのがノクティスの感想だった。

 小さな頃から散々鍛えられ、シフトの訓練もやっておいた甲斐があるというものである。アクトゥスのシフト超便利という言葉を覚えておいて良かった。

 

 グラディオラスが大剣を振るい、最後の一体を倒したところで四人が集まる。

 

「案外なんとかなるもんだな」

「だな。鍛えた技の振るい甲斐があるぜ」

「とはいえ油断は禁物だ。向こうもオレたちを殺したいわけじゃない。依頼は簡単なもののはずだ」

「簡単なものでこれとか、ちょっと怖いんですけど」

 

 アラクランのハサミも尾の針も、直撃したら人間などひとたまりもないものだ。

 当たらなければどうということはなくても、万一を考えるとすくんでしまうのが人間である。

 そんなものを相手に物怖じせずに戦える辺り、やっぱり王族や警護隊の人は違うのだとプロンプトは実感してしまう。

 

「とにかくこれで仕事は終わりだ。戻ってメシでも――あれ、電話」

 

 ノクティスの上着のポケットからヴァイブレーション音が響く。

 誰かと思いながら取り出すと、液晶画面には先ほど交換したシドニーの番号が表示されていた。

 

「はい」

「シドニーだけど、退治は順調?」

「いま終わった」

「よかった。アクトとほとんど同じ仕事だけど、やっぱり四人だと早いね」

「兄貴もやったのか?」

「そうそう。シフトのありがたみが身に沁みたって言ってたけど、なんだろうね」

 

 わかるわ、とノクティスはシフト魔法が使える身として実感する。

 武器の召喚もそうだが、自身の魔力さえ通してあればその武器の元に瞬時に移動できるというのは、日常生活では全く役に立たないがこういう時に恐ろしく便利だ。

 

「それで悪いんだけどさ、人探しも頼まれてくれない?」

「人探し?」

「デイヴってハンターなんだけど、連絡が取れなくなったの。本当についさっきだから万一はないと思うけど」

「この辺なのか?」

「近くにいると思う。お願いしても良いかな?」

 

 万一、と話すということは人命に関わる可能性もあるということ。

 つい先ほどモンスターの脅威も目の当たりにした以上、断るという選択肢はなかった。

 了承の返事をして電話を切り、ノクティスは辺りを見回す。

 

 見渡してもあるのは乾いた荒野ばかり。緑も少なく、黄土色の砂が巻き上げられて砂埃を立てる。

 かろうじて家と呼べなくもない廃屋が数軒並び、一台だけなら駐車も可能そうなパーキングがある。

 総じて言ってしまえば、寂れた通り道以上のものではなかった。

 

「シドニーから? なんだって?」

「デイヴってハンターを探してくれって頼まれた。この辺らしい」

「探す、ということは連絡が取れなくなったのか。……ハンターであり、何かしらの怪我を負っているのなら無闇に動くことはないはず」

 

 プロンプトたちに事情を話すと、一行の参謀役であるイグニスが得られた情報からの考察を皆に伝える。

 それを聞いたグラディオラスが辺りを見て、一軒の小屋を指差した。

 

「だったら屋内だな。あれなんか結構しっかりしてそうだし、オレだったらあそこで隠れる」

「行ってみるか」

 

 ノクティスの一声で全員の意向が決まる。

 小屋の方に向かってみると、すでにそこには先客があった。

 トウテツと呼ばれる鋭い爪と牙を持つ野獣が何匹も群れをなして小屋の周りをうろついており、低く唸って威嚇していたのだ。

 いくら周囲の廃屋と比べれば頑丈そうと言っても、所詮は木造の小屋。野獣の飛びかかりが続けばあっけなく壊れてしまう。

 

「ノクト、あれ!」

 

 その事実に真っ先に気づいたプロンプトが声を上げて、横にいるノクティスを見る。

 すでにノクティスの姿はそこになく、投げつけた剣にシフトで追いつき攻撃を行う――シフトブレイクをトウテツの頭部に突き刺していた。

 

「このっ!」

 

 瞬く間に一体を無力化し、ノクティスは油断なく前を見て次の獲物を見定める。

 突き刺し、頭部に半ばまで埋まったエンジンブレードを一瞬だけ送還の後、すぐに召喚することで引き抜くタイムラグを極限まで削り、近くにいたトウテツめがけて振り下ろす。

 しかしそこは獣の反応速度。ノクティスを敵と見定めたトウテツの動きは素早く、俊敏に身を翻してその攻撃を避ける。

 

 空を切った一撃に僅かに怯むノクティスの後ろから別のトウテツが飛びかかり――

 

「させねえよ!!」

 

 追いついてきたグラディオラスの大剣が飛び上がっていたトウテツを切り飛ばす。

 一撃で絶命したそれに構うことなくグラディオラスはノクティスの後ろを守るように位置取り、守るべき王子に叱責を飛ばす。

 

「先走んな! 獣が行儀よく正面から来ると思うなよ!」

「ワリぃ」

「けどまあ――真っ先に動いたのは見直したぜ」

「だろ?」

「調子に乗んなきゃ満点だ」

 

 軽口を叩き合いながら二人は油断なく獣を見やり、同時に笑う。

 

「一分でイケるな?」

「一分もいらねーよ」

「言うじゃねえか。じゃあ早速、王子のお手並み拝見と行きますか!!」

 

 追いついてきたイグニス、プロンプトも戦いに加わり、戦闘はノクティスの言ったように一分もかからず終了するのであった。

 

 

 

 戦いが終わり、ノクティスたちが砂埃を払っていると家の扉がゆっくりと周囲を伺うように開く。

 出てきたのは治療痕の残る片足を痛そうに引きずり、苦痛に顔を歪めて身体を壁にもたれかけながらも、二本の足で立っている中年の男性だった。

 丈夫そうな身を守るジャケットにサバイバルナイフ。そして一目でわかる鍛えられ日焼けした肉体。ハンターであることは間違いない。

 

「あんた、ハンターのデイヴだよな? 捜したぜ、大丈夫か?」

「ああ、オレを捜しに来たのか。ケガは大したものじゃないが、さっきのは危なかった。恩に着るよ」

 

 グラディオラスの言葉にもデイヴと呼ばれた男性はしっかりとした口調で答える。

 骨が折れているようでもなく、熱が出ているわけでもない。軽傷とは言い切れないが、重傷でもない。そんな印象の傷だった。

 痛いことには変わんねえだろ、とノクティスは後ろにいるイグニスに回復薬を出すよう頼む。

 

「イグニス、ポーション頼む」

「わかった。こちらを使ってください。傷の治療が早まります」

「助かるよ」

 

 ノクティスの魔力が与えられたそれはただの健康飲料ではなく、即席の回復薬になる。

 飲んでよし、砕いても中の魔力が飛沫とともに舞うため効果を得られるという、ありがたいものだ。閑話休題。

 

 デイヴは先ほどの外の野獣の死体を見て、彼らの腕が相応に立つことを確信する。

 そしてそっけない素振りではあるが、リーダーと思われる少年はこちらを案じてくれているのがわかる。

 密漁、盗掘などを狙った集団ではないだろう。そうあたりをつけて、デイヴは口を開いた。

 

「なあ――この近辺に様子のおかしい野獣がいるんだ。ほとんど倒したが、最後の一体にやられた」

 

 かすっただけでこれだ、とデイヴは足元の傷を見せる。止血が施されてなおジクジクと血が広がる様は、見ていて気持ちの良いものではない。

 

「あれがハンマーヘッドに向かう可能性もある。できればここで仕留めたい。君はハンターではなさそうだが、そこのトウテツを見る限り腕は立つのだろう。頼めないだろうか」

 

 無論、報酬は支払う。そういって頭を下げるデイヴに、ノクティスはうなずいて了承する。

 

「わかった。オレたちに任せとけ」

「助かる。では詳細な位置を教えよう」

「ああ。おっさんはどうすんだ? もうすぐ夜だぞ」

 

 夜になったら暗闇からシガイが溢れてくる。

 そのため夜になったら結界の施された標で野営するか、十分な光量の確保された街にいるのが鉄則となる。

 デイヴの足の調子は決して良いものではない。万に一つシガイに襲われでもしたら、寝覚めが悪いどころの話ではなかった。

 

「この足でも夜までにハンマーヘッドにはたどり着ける。そこで治療を受けるよ」

「無茶はすんなよ」

「これでもハンターだ。このぐらいの傷、日常茶飯事さ」

 

 

 

 

 

 

「この辺りじゃハンターが活躍してるみたいだな」

「ハンター?」

 

 デイヴと別れてからしばらくの後。日の落ちる兆候が見えてきたため、ノクティスたちも今日のキャンプ場所を探している時の言葉だった。

 グラディオラスの呟いた言葉にノクティスが首をかしげる。

 ルシスの王都インソムニアでは王都警護隊が街の警備、並びに王都外苑に出て来るシガイ退治などを行っていたため、ハンターという響きに馴染みが薄いのだ。

 

「王都以外のルシスで活躍している民間の組織だ。治安の維持、モンスターの退治、シガイの駆除。こういった場所では輸送の警護もありそうだな」

 

 魔法障壁などない以上、自分の身は自分で守るしかないということだ、と言ってイグニスが解説をする。

 

「オレらなんかよりよっぽど実戦経験はあるんだろうな」

「スゴイな。……オレのこれ、見劣りしちゃうな」

 

 プロンプトは自分の着ている警護隊の制服をつまみながら、自嘲するように笑う。

 彼は王都警護隊に属しているわけではなく、ノクティスの旅に同行することが決まってから王宮の側から支給されたものになる。

 当然、正規の訓練など受けてもいない。ノクティスのように子供の頃から武器の使い方を学んできたわけでもない正真正銘の一般人だった。

 

「気にすんなよ。特別に作ってもらったんだ、見劣りなんてしねえって」

「警護隊の服は身分証明にもなる。大切に着てくれ」

 

 黒が基調となった服は特殊な繊維と編み方で作られており、それ自体が一つの防具としても成立するほどの頑丈さを持つ。

 同時にルシスの紋章も随所にあしらわれているため、これを着ているだけでもルシス所属の人間であると一目で判断ができるのだ。閑話休題。

 

 そのような話をしている間も足は進み、今日の疲れを癒せる場所を探していた。

 一直線に動いているイグニスの後ろをついて歩き、ノクティスは彼に行き先を尋ねてみる。

 

「んで、どこでキャンプするよ」

「標のある場所だ。……ほら、あれだ」

 

 淡い青に輝く小さなストーンサークルと、その周囲を張り巡らされた白い刻印。

 歴代の神凪が祈りを捧げて作られた結界であり、この場所であれば一夜を安全に過ごすことができる。

 

「ここで一泊だな。よし、テント張るぞ」

 

 サバイバルが趣味であるグラディオラスが張り切って肩を回す。

 テントなどのサバイバル道具もノクティスが魔力を通しておけば召喚も送還もできるため、手ぶらでもその場でキャンプができる便利な能力である。

 

 そうしてグラディオラス主導のもとノクティスとプロンプトがキャンプ用品を並べる中、一行の胃袋を握っているイグニスは本日の献立を考える。

 手元にある食材はそう多くはない。しかし何もないならないなりに工夫をするのが腕の見せ所である。

 幸い、道中で拾った根菜――リード芋がある。後は手持ちの食材で日持ちのしないものを組み合わせれば問題ない。

 

 まずは王都インソムニアでもよく食べられているリード芋の皮をむき、水に浸しておく。

 次に歯応えの良いキノコであるフンゴオンゴ茸をザクザクと厚めに切り、火を通しても歯応えを楽しめるようにする。

 他にも人参などの野菜を大きく――切ると偏食の気があるノクティスが嫌がるので、薄く切って色付け程度にしておく。

 

 そして鍋にバターを溶かし、同量の小麦粉を炒める。ダマにならないよう気をつけながら丁寧に火を通すと、火の通った小麦とバターの食欲をそそる香りが漂ってくる。

 ここでのポイントは焦げ付く寸前まで火を通すこと。その方が香ばしい匂いが強まり、味が良くなるのだ。

 そこに毛長羊の乳を慎重に入れていき、バターと小麦粉でできたそれを伸ばしていく。後は塩で味を整えればホワイトソースの完成である。

 

 水を切って大きめに切ったリード芋を入れ、火が通ってホクホクしてきたところで人参やその他の野菜を投入する。

 最後にフンゴオンゴ茸を入れて生っぽい感触が残らず、さりとて火が通り過ぎてシャキシャキとした歯応えも失われないよう慎重に暖め――野菜たっぷりシチューの完成となる。

 

 これからしばらくは旅の日々になるのだ。栄養価の高いシチューを食べ、今後の旅を楽しく過ごそうというイグニスの心遣いが光る一品だ。

 直火でこんがり炙ったパンも添えて、シチューの伴にして食べれば夜も暖かく眠れること間違い無しである。

 

「よし、完成だ。みんな、皿を用意してくれ」

 

 待ってましたとばかりに歓声をあげる三人に小さく笑い、イグニスはできたシチューを皆の元へ運ぶのであった。




FF15の見どころはキャンプにもあります。イグニスの飯テロにプロンプトの写真、チョコボがいればチョコボの可愛らしさにイグニスの飯テロ。

今のところはのんびり進めてますが、ゲーム的に言えばチュートリアルです。一回描写したら後は以下略も普通にあります。それでもイグニスの飯テロは練習にもなるので続けますが。

なるべくゲーム的な一章は早めに終わらせたい所存です。アクトの話が出てくるのもそこからになりますから。
なのでしばらくはある程度更新ペースは早くなると思います。最初にある程度文量を書いて固定客を掴む(真顔)


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一路、ガーディナへ

あれ、もしかして今作、サブクエ回含めるとかなり長くなるんじゃ……?(戦慄)


「実際、レガリアの修理ってどんくらいかかるんだろうな」

「三十年前の旅の時はシドが一手に引き受けてたって話だぜ。レガリアに関しちゃ第一人者だろ」

 

 そうなのか、とノクティスはグラディオラスの豆知識に相槌を打つ。

 父が三十年前に旅をした時に使ったレガリアは、機構部分はすでに骨董品の領域に入りつつある。

 乗り心地は最高なのだが、中身についてはちょっとした故障でもこの状態になる。

 ましてや代えの聞かない部品などが壊れた日には――冗談抜きにシドに殺される未来が待っているだろう。

 

「非常に複雑な機構らしい。その分拡張性もあるらしいが、オレたちでそういった整備は無理だろうな」

「何かあったらハンマーヘッドか」

「そういうことになる。遠い場所で壊してもしたら、昨日以上の距離を押して歩く羽目になるかもしれないな」

「絶対壊さねえわ」

 

 終わりの見えない車押しはもう懲り懲りである。

 四人は何を言わずともお互いの意思を確認し、昇り始めた朝日を見ながら一日を始めていく。

 

「日が出てきたな。もうシガイも出ないだろう。デイヴの話していたブラッドホーンの退治に行くか?」

「おう。初めての大物だな、腕が鳴るぜ」

 

 総身に力がみなぎるとばかりにグラディオラスが腕を回し、調子を確かめる。

 それを横目にノクティスも寝袋で凝り固まってしまった身体をほぐし、出発の合図を出す。

 

「行くぞ。デイヴの仕事を終らせる」

 

 イグニスの先導によってノクティスたちは特に問題もなく問題の野獣のいる場所に到着する。

 ブラッドホーン――二本の大きなツノが特徴的なデュアルホーンと呼ばれるモンスターの変種である。

 巨体のモンスターではあるが本来の気質は温厚な草食動物であり、こちらから仕掛けない限り襲い掛かってくることもない。

 

 草食性だからかその肉は脂肪が非常に少ないタンパク質の豊富な赤身肉で、煮ても焼いても出汁を取っても美味いという優秀な食材になる。

 リード地方で採取できるリードペッパーを使うことでピリ辛に味付けし、骨付き肉を豪快にかぶりつくもよし、パイ生地に包んで肉の旨味を閉じ込めるもよし、あるいは贅沢に出汁を取って黄金色のスープを作るにもよし、という食材だ。

 

 そんな食材の持ち主であるデュアルホーンの変種、ブラッドホーンは通常のデュアルホーンより一回り以上大きい肉体を持っていた。

 しかし吐息に黒い霧状の何かが漏れ、何かに悶え苦しむように暴れまわるその姿からは温厚な気性などとても想像できない。

 

「どう見ても様子がおかしいな」

「だね。というかデイヴさん、よくあんなのを倒せるなあ。ハンターってスゴイや」

 

 岩場に隠れて様子を伺う四人はブラッドホーンが苛立たしげに身体を震わせる光景を眺め、軽く作戦会議をしていた。

 

「で、どうする軍師様?」

「茶化すな。――プロンプト、写真を一枚撮ってくれ。明らかに様子がおかしい」

「オッケー。これどうするの?」

「変種が出るということは、原因を解明する専門家が来る可能性もある。その人に渡せば無駄にならないだろう。後は……グラディオ、陽動を頼めるか」

「陽動ってことはアレの正面か。おもしれえ」

 

 突進を喰らえば人間などぺしゃんこになるであろう巨体を前に、グラディオラスはむしろ燃えるとばかりに奮い立つ。

 

「できれば足を狙ってくれ。グラディオが注意を引いたところでオレとノクトが側面、ないし背後から仕掛ける。プロンプトは援護しつつ全体の警戒。外から余計なのが来ないとも限らない。頼むぞ」

「わかった。正面から一対一、ってわけにはいかないもんね」

 

 荒野で生きる生物にとって弱っている存在は格好の獲物だ。

 そういう状況を見計らってくる賢い野獣がいてもおかしくない。

 全員が自らの役割を理解しうなずいたところでグラディオラスが立ち上がり、その肩に大剣を担ぐ。

 

「決まりだな。んじゃぁ――始めるぞ!!」

 

 グラディオラスが先んじて岩場から身を晒し、ブラッドホーンの注意を引く。

 大剣を担いで向かってくるグラディオラスの姿を確認したブラッドホーンは狂乱のままに彼に狙いを定め、二本の巨大なツノで押し潰そうと突進を開始する。

 

 自分以上に大きな巨体が、自分めがけて突進してくる。

 常人なら怯むそれにしかしグラディオラスは獰猛に笑い、迎撃の姿勢を取った。

 

「獣の突進で――オレが殺せるかぁ!!」

 

 四足歩行を行う獣の体重移動。ならびに足を動かすタイミング。全てを完璧に見抜き、わずかに生まれる力の空白にグラディオラスは自身の大剣を差し込む。

 そして勢いのままに大剣を振り上げることで、ブラッドホーンの巨体はいともたやすく横に転がされる。

 

「っし!」

 

 確かな結果にグラディオラスは快哉を挙げ――る前に痛みの走った左手を冷やすように振る。

 どうやら完璧な形にはならなかったようで、自身の力でブラッドホーンの巨体を転がしてしまったようだ。

 いくら筋骨隆々と言っても野生の獣を無条件に転がせる力はない。上手くやったつもりであっても、気づかないうちに身体が無茶をしていたらしい。

 

 まだまだ未熟、とグラディオラスが今の結果に内心で舌打ちをしつつ、背後から近づいているノクティスたちに声を上げる。

 

「こっからどうする!?」

「グラディオはツノの破壊を頼む! 一気に決めるぞ!!」

「おう! バッチリだったぜグラディオ!」

「お褒めの言葉どーも」

 

 自分としては失敗しているのだから褒められてもあまり嬉しくないグラディオラスだった。

 ともあれ結果は上々。イグニスとノクティスが飛び出して背面から攻撃を仕掛け始めるのを確認して、グラディオラスは改めて戦線に加わっていくのであった。

 

 当たれば痛いどころの話ではなく、相手は巨体。

 しかし出をしっかり見て攻撃と防御、回避のタイミングを合わせればそう難しい相手ではない。

 一度転がしてアドバンテージを握ったのも大きいだろう。四方八方から飛ぶ斬撃の嵐にブラッドホーンは始終痛そうに身を捩りながら、がむしゃらに身体を振り回すことしかできなかった。

 

「終わりっ!!」

 

 やがてノクティスの渾身の一撃が決まると、ブラッドホーンは弱々しく声を上げて地面に横たわった。

 その身体から力が失われ、黒い霧と化して消える様を眺めて一行は依頼の終了を確信する。

 心地良い満足感に浸りながら、四人で仕事達成を祝って拳を合わせる。

 

「っし、退治終了。ツノもあるし、証明にもなるか」

「もともとそのつもりだ。しかし……」

「どしたの、イグニス?」

 

 イグニスはブラッドホーンが先ほどまでその身体を横たえていた場所を睨むように観察を始め、ノクティスとプロンプトは不思議そうな顔になる。

 グラディオラスは思い当たるフシがあったらしく、イグニスと同じく難しい顔でイグニスの反応を伺う。

 

「やっぱおかしいか」

「ああ。――死体が残らなかった。昨日倒したアラクランやトウテツならば残っていたのに」

「そいつが特別なんじゃねえの?」

「変種と言っていたことも気になる。……それにこれは感覚だが、シガイが消える時のそれに近い」

 

 黒い霧が噴き出すとともに出現し、力尽きると黒い霧となって霧散する。

 それが夜に出現するシガイの特徴であり、今なおその生態が解明できていない原因でもある。

 グラディオラスとイグニスは王都警護隊として、王都外苑に出現したシガイとの戦闘経験がある。その時に見たものと先ほど見たものが酷似していたのだ。

 

「じゃあシガイってことか?」

「シガイは夜にしか出ない。……あるいは昼にも出て来る新種のシガイがこいつと見ることもできるが」

「ま、考えたところで答えが出る問題じゃねえのは確かだ。あんま難しく考えすぎんなよ」

 

 難しい顔で考察にふけるイグニスの肩をグラディオラスがポンと叩き、そこでイグニスも考えすぎていたことを自覚したのか頭を振って思考を切り替える。

 

「すまない、気になることがあるとつい考えてしまう」

「ま、いいんじゃね? 頭使う役も一人はいねーと」

「――ノクトにも頭を使って欲しいがな」

 

 気楽な王子の言葉にイグニスが先ほどとは別の意味で難しい顔になり、眼鏡の位置を直すのであった。

 

 余談だが――ここでのイグニスの思考は極めて正鵠を射るものだったことに疑いの余地はない。

 近年増加傾向にあるシガイの被害。それらが意味するのはシガイの増加。

 原因も不明で、闇から生まれ闇に消える人類の敵性生物。

 世界を覆う闇は本当にすぐ近くまで迫っていることに、人類は今なお気づいていない。

 

 

 

 

 

「おつかれー! デイヴはちゃんと戻ってきたよ、ありがとう!」

「おう、こんぐらい楽勝だ」

 

 戻ってきた王子一行を迎えたのは快活な笑みを浮かべるシドニーだった。

 なんてことはないようにノクティスも答え、シドニーより報酬を受け取る。

 

「修理も無事終わったよ。ほら、ご覧の通り」

 

 誇らしげに見せられたレガリアは出発する前と同じか、それ以上の光沢を宿して主人を待っていた。

 黒曜石に類似した光を放ち、心なしか気持ちよさそうにすら見えるその姿にノクティスたちは快哉を上げる。

 

「こりゃもう汚せないな」

「いいね! じゃあこのピカピカのレガリアを背景に写真撮ろう!」

 

 返事を聞くことなく意気揚々とカメラを取り出し、シドニーに撮影役を頼むプロンプト。

 仕方ねえな、と口では言うもののどこか楽しそうなノクティスらが思い思いにポーズを取ってレガリアと一緒に写真を撮る。

 

「ん、キレイに撮れた! すぐ出発するのかな?」

「あー、そうだな」

 

 ブラッドホーン退治のおかげで思わぬ収入があった。

 モンスターを退治し、平和を守るという役目柄か結構なギルが稼げたのだ。これなら道中での路銀稼ぎには良いかもしれない。

 つまりこれ以上ここに逗留する意味はない。強いて言えばダイナーでの食事をイグニスが気にしていたが、それはまた別の機会で良いだろう。

 

「行き先はガーディナだよね? 一つ届け物を頼まれてくれない?」

「いいけど」

「ありがとう! 実はもう積んであるけどね!!」

「ちゃっかりしてんな」

 

 とはいえノクティスたちの道程に極端な変更があるわけでもない。この程度、可愛い強かさである。

 ノクティスは力の抜けた笑いをこぼしながらシドニーからの依頼を引き受ける。

 

「場所はガーディナに行く途中のモーテル。そこの店主に届けてほしいんだ。報酬は向こうの人からもらって」

「了解。揺らすとマズイものとかか?」

「マズくはないけど、そんな運転したらじいじに殺されるよ?」

「そりゃそうだ」

 

 今にも殺意のたぎりそうな目で見ているのだから間違いない。

 馬鹿なことを言ったとノクティスは肩をすくめ、軽く手を上げる。

 

「じゃあまたな。レガリアの修理、サンキュー」

「今後ともハンマーヘッドをご贔屓に! ――っと、一つ言い忘れ!」

 

 次の運転手を誰にしようか四人で集まろうとしていたら、シドニーが再びノクティスらを呼び止める。

 

「さっきラジオでこの近辺にズーの目撃情報があったんだって」

「ズー?」

「すっごい大きい鳥のモンスター。羽を広げたらハンマーヘッドぐらいになるんじゃないかな」

「すげえなオイ。危なくねえのか?」

 

 グラディオラスが弾んだ声で聞いてくる。デカイ生き物は男子の憧れである以上、一度は拝んでみたい存在だ。

 その気持は当然、ノクティスにも存在した。心なしかその目に少年の如き輝きが宿っている。

 

「肉食ってわけじゃないから危なくはないかな。でも本当に大きいから、羽ばたきだけで人が吹き飛ばされそうになったとか聞くよ」

「想像もつかないスケールだな」

「写真に収まり切らなそうだね。ハンマーヘッドと同じ大きさとか」

 

 四者四様の巨大鳥のイメージが浮かぶが、どれもハッキリしたものではなく全ては実際に拝んでみてのお楽しみとなる。

 

「話はそれだけ。君たちは外から来たんだろうし、そういうのって見たことないと思ってさ」

「忠告感謝する。そう長くもない道程だ。会うこともないだろう」

「あ、今なんかフラグが立った気がする」

「ゲームじゃないんだ。そうそう直面するものではない」

 

 プロンプトの軽口をイグニスが注意するが、この言葉はすぐ後に撤回されることに相成るのは誰も知らなかった。

 

「では出発しよう。運転手は誰にする?」

「エンジン切らしたら冗談抜きに死活問題だぞ」

「やっぱイグニスじゃね?」

 

 グラディオラスとノクティスの言葉にうんうんとうなずくプロンプト。どうやら三人の間では運転手は決定しているらしい。

 ちなみに車が故障するまでの運転手はプロンプトだったりする。

 ここで反対意見を出す意味もない。ないが、せめてもう少し考えて欲しいという無言の抗議も込めてため息をつくイグニス。

 

「……わかった。引き受けよう」

「おっし、じゃあ出発だな」

 

 レガリアに乗り込み、体重を心地よく受け止めてくれる椅子にもたれかかって四人はようやくハンマーヘッドを出発する。

 思わぬ足止めを受けてしまったが、全てはノクティスたちがオルティシエに到着してからの話。多少の遅刻は頭を下げて許してもらえば良い。

 プロンプトは名残惜しげに遠ざかっていくハンマーヘッドを見て、つぶやく。

 

「ハンマーヘッド、良いお店だったよね」

「整備の腕は陛下のお墨付きだ。王都の車も整備できるとなると、他にいくつあるか」

「旅が終わったらもう行けないよね」

 

 しんみりした顔で語るプロンプト。全てが終わったら自分たちは再び王都での生活が待っている。

 ニフルハイムとの和平が結ばれたところで王都と外との技術格差は簡単に埋まらないだろうし、そもそも王都とハンマーヘッドまでは相当な距離がある。

 

「ん? 別に行きゃ良いだろ」

「シドニーも良い腕してるらしいしな。機械の話で盛り上がれるんじゃないか?」

 

 シドニーに熱っぽい視線をプロンプトが向けていたことに気づいたのだろう。グラディオラスが話しやすい話題とともに彼女の名を挙げてくる。

 

「なんだ、彼女に会いたいのか」

「ま、まあね」

「んじゃ、行くときはレガリア貸してやるよ」

 

 どうやら学生時代からの友人に春がきたようだ。見た目も振る舞いも明るいプロンプトだが、それがたゆまぬ努力によって身につけたものであることをノクティスは知っている。

 だから彼の力になれることであれば、できる限りで力になってやりたかった。

 プロンプトはノクティスの申し出に顔を明るくするものの、すぐに思い直したように首を振る。

 

「おお! ……あ、いや、それダメだ。それじゃオレがオマケになっちゃうし、王都戻ったら車考えるよ」

「それもそうか。ま、頑張れよ」

 

 よしんば恋愛関係になったとしても、ハンマーヘッドと王都では結構な遠距離恋愛になりそうだ。

 とはいえ上手くいくに越したことはない。ノクティスはプロンプトの明るい先行きを思ってほんの少しだけ、口角を上げるのであった。

 

 

 

 

 

 レストストップ・ランガウィータ。

 ルシス国内に点在するモーテルの一つで、用途は旅行者やハンターが一時の休息所に使うものだ。

 またレストストップではルシス大人気ファストフードチェーンのクロウズ・ネストがセットになっていることが多い。

 ここで一息入れて、大きく切られたサーモンの切り身に溶けた熱々のチーズをこれでもかと言うほどたっぷりかけたケニーズ・サーモンを食べ、力を付けてから再び旅を再開するのが旅行者の基本である。

 ただ話すだけなら油を吸ってしんなりしている、だけど程よい塩味で手が止まらなくなるポテトと清涼飲料水のジェッティーズを片手にいつまでも話し込める気安い場所だ。

 旅行者御用達なクロウズ・ネストはマスコットキャラであるケニーが入り口で君たちを待っている。訪れた際は是非彼と一緒に写真を撮ると良いだろう。

 

 そんなレストストップに到着したノクティスたちは届け物を届けるべく、一旦休憩を入れることにする。

 モーテルの主人に荷物を届け、ついでにクロウズ・ネストで休むかと一行が踵を返したときだった。

 さっきまでいなかったはずの後ろから犬の鳴き声が届き、振り返ると黒毛の小さな犬が背中に小さな手帳を付けられて佇んでいた。

 

 ノクティスにとっては何度も見た顔であり、ルシスとテネブラエで住まう国そのものが違うルナフレーナとの唯一の交流の架け橋であるその犬――アンブラの登場にノクティスは顔をほころばせる。

 膝をついて優しく頭を撫でてやると、アンブラは嬉しそうに尻尾を振ってワンと一声鳴いた。

 そして届け物ですよ、とノクティスに教えるように頭を下げて背中にある手帳を見えるようにする。

 

「相変わらず賢いねえ」

「有能な伝達役だからな。なにせ二十四使の使い魔だ」

「やっぱ神様ってスゴイんだね」

 

 六神二十四使。世界を守護すると言われている六柱の神と、その神に仕える二十四柱の忠実な下僕。

 ルシス王家に由来する歴代王の魂が眠るとされる光耀の指輪。並びに王家の力である魔法や武器召喚などといったものは全て六神より賜ったものであるという言い伝えが存在する。

 そしてノクティスの婚約相手であるルナフレーナはその六神と対話が行える神凪の一族。

 

 科学の発達した現代においても六神は依然として実在し、彼らに仕える二十四使もまた実在する。

 上述したようにルシス王家と神凪一族との関わりも深く、神凪一族の故郷であるテネブラエでは一人の二十四使が滞在しているとすら言われている。

 アンブラはその二十四使が使役している使い魔の一人なのだ。

 

「ちょっと待ってな」

 

 ノクティスはアンブラの背中に付けられた手帳を外し、中身を改める。

 十二年前に見た青い花――ジールの花の押し花がちゃんと残っていることにノクティスは微笑んで昔のことを思い出していくのであった。

 

 今から十二年前。ノクティスは八歳の頃、テネブラエ近くでシガイに襲われて大怪我をしたことがある。

 歩くようになることすらしばらく時間が必要なほどの重傷で、とてもではないがルシスまでの長旅ができる容態ではなかった。

 そのため彼はしばらく神凪一族の住まうテネブラエ領のフェネスタラ宮殿で療養生活を送っていたのだ。

 この手帳はほとんど怪我も治りかけ、もうすぐルシスに戻るという時にルナフレーナより受け取ったものになる。

 

 青く美しい花弁のジーナの花を押し花にして、手帳につけたルナフレーナの言葉とともに。

 

「もしよければ、ノクティス様にも何かを貼ってほしいのです。これを交換すれば、私たちの繋がりは消えませんから」

 

 それ以来、ノクティスとルナフレーナはアンブラを介して手帳のやり取りを続け、そこに何かを貼って一言を添えて交流するのが続いていた。

 たまにしかできないやり取りだが、あの時にしか顔を合わせていないルナフレーナと交流するにはこれが唯一の手段であり、何よりノクティスは少しでもルナフレーナの心が垣間見られるこのやり取りが好きだった。

 

 もうすぐテネブラエを発ちます、という一言が彼女の神凪就任記念ステッカーとともに貼られている最新のページを見て、ノクティスはどう返事をしたものかとステッカーを用意しながら考える。

 

 ここはルシスにあるものより旅の道中で見つけたものの方が良いだろうと考え、ノクティスはハンマーヘッドのステッカーを次のページに貼り付けて一言添える。

 

『こっちもルシスを出た。久しぶりに会えるな』

 

 ルナフレーナはすでに神凪に就任し人々の心を慰撫し、旅の標などを作っていると聞く。

 彼女の前に立てるだけの男になれているか。それには少々不安があったが、今は何より彼女に会えることの嬉しさが勝っていた。

 ノクティスは一言を添えてステッカーを貼り付けた手帳を閉じると、アンブラの背中に再びくくりつけてやる。

 

「いいぞ、気をつけて戻れよ」

 

 労うように頭を撫でてやるとアンブラはありがとうと言うように鳴いて、その小さな足で再び旅立っていった。

 それを見送り、車に戻ろうとするとプロンプトが胡散臭そうな顔でノクティスを見ていた。

 

「なんだよ」

「答えないだろうけどさ、聞いていい?」

「じゃあ聞くな」

「それ、何やってるの?」

 

 ノクティスとルナフレーナの交流はノクティスが照れくさいのもあって、仲間に詳細は教えていなかった。

 ただアンブラが来るとノクティスは実に嬉しそうに手帳を受け取り、彼も何かを書いて手帳をアンブラに返すことだけを知っているのだ。

 

 当然、ここで言うのも照れくさいため、ノクティスは何も言わずにレガリアに戻る。

 だよね、とプロンプトたちは機嫌良さそうなノクティスの背中を見て肩をすくめるのであった。

 

「そんじゃ、こっからはガーディナまでノンストップだな」

「着いたら相応の時間になるだろう。そこで一泊してオルティシエ行きの船に乗ろう」

 

 まだ日は高いが、ガーディナまではそれなりに距離がある。到着は夕方頃になるはずだ。

 そこからの行動は下手をすればシガイと遭遇する危険性も生まれてくる。大人しく朝を待つのが賢明だった。

 

「ガーディナって言えばリゾート地でしょ。シーサイド・クレイドルっていう高級ホテルがあるんだって!」

 

 レガリアに乗り込むとプロンプトが楽しそうにノクティスたちに話し始める。

 清潔で柔らかいベッド。旅の疲れを癒やすマッサージ。海の幸をふんだんに使ったディナーなどが持ち味のホテルであると興奮した口調で語っていた。

 

「よく知ってるな」

「旅立つ前に調べといたんだ。綺麗な夜の海が見えてロマンチックな光景なんだってさ」

「男四人だけどな」

「それ言っちゃダメでしょグラディオ」

 

 身も蓋もないグラディオラスの言葉で一行の中に笑いが生まれる。

 そして笑いに呼応するようにノクティスは何かを思い出したように口を開く。

 

「そう言えば兄貴から聞いた覚えがあるな。あそこのマッサージを受けると男前が上がるとかなんとか」

「え、そんなのあるの!? ノクトはこれから結婚式なんだから、受けてみてもいいんじゃない?」

「もう男前だろ。行ってみたら考えるわ」

 

 プロンプトの言葉に軽口を返しながらも、密かにノクティスはマッサージを受ける決意を固めるのであった。

 

 

 

 ……但しこのマッサージ、ものすごく痛いという重要な情報をアクトゥスは意図して伝えていなかったため、ノクティスは死ぬ思いをすることになるのだが――まあ、些細なことだろう。




次の一話でゲーム的な一章は終わりになると思います(願望)。そこまでは素早く投稿したい所存。
そしてそこからはオリキャラであるアクトゥスの話も出てきますし、本格的に物語が動いていきます。

また本作では随所に歴代FFのワードを入れたりすることを考えています。探してみると楽しいかもしれません(但し基準は作者の印象に残っているやつ)
ちなみに作者のFF歴はナンバリングタイトルは全制覇しています。FF15も旅してる感あるし、神話と現代の混ざった世界観はワクワクするから興味を持った方は是非買ってプレイしてね……(小声)


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楽しい旅行の終わり

メインの合間にサブクエ入れると空気変わるものもあるので、サブクエ回はチャプターごとにまとめて入れる予定です。
実際ゲーム中の全部のサブクエやってたら時間がないどころじゃないので、連続クエの類は大筋っぽいやつをいくつかやるだけだしな……!


 ガーディナ渡船場。

 ルシス国内にある唯一の港であり、アコルド政府自治体へ向かうための便が出ているルシス国内でも屈指のリゾート地である。

 青い海、白い砂浜、小洒落たレストラン、素晴らしい夜景のリゾートホテル。

 意中の相手を落とすならこの場所に旅行に来て攻めるのが一番! とプロンプトが王都で読んだ旅行雑誌には書かれていた。

 

 だから楽しみにしていたのだ。たとえ男四人組で女っ気などこれっぽっちもない旅であっても、高級ホテルに泊まれば楽しいのは変わらない。

 海を見るのが初めてなノクティスは普段の素直じゃない性格がウソのようにはしゃいでいたし、釣りが趣味でもある彼は初めての海釣りにも心躍らせていた。

 だというのに――

 

「ギルがなくてホテルの近くでキャンプしてる王子一行とか、オレらだけだろうね」

「なんだよ、良いじゃねえかキャンプ。海が綺麗だぞ」

「男四人で見てもなあ」

 

 海を見ると海に面したホテルも否応なしに見えるため、楽しさより先に虚しさが来る。

 グラディオラスは楽しそうだが、プロンプトは遠い目でホテルの方を眺めていた。

 

「あそこが高すぎんだよ。ハンターの賞金じゃ足りないとかないわ」

「それだけのサービスは保証されるのだろう。食事の準備ができたから運んでくれ」

 

 本日の献立はリード地方に出没するモンスターであるアナクの肉を使った荒野のハンター流串焼きだ。

 複雑な模様にも見える独特なツノと、荒野の高い木にある葉を食べるために伸びた首が特徴的なモンスター。

 この地方に生息するモンスターで積極的に人間を襲うモンスターはさほど多くなく、例によってこのアナクも群れを成して生活する普通の草食獣だ。

 その肉はややきめが粗く、脂身が多いのが特徴的なもの。消化に良いという肉らしからぬ利点を持つのだが、誰もが飛びつく高級肉というわけではない。

 

 しかしそんな固めの肉を豪快にかぶりつく楽しみもまた確かに存在する。

 顎の限界など知らぬとばかりに大きく口を開け、こってりしたソースの絡んだ肉をブチリと噛み切り、口全体で咀嚼し味わう。

 口周りがソースで汚れても気にせず、後で豪快に手の甲で拭う。そうした男らしい味わい方がこの肉にはピッタリなのだ。

 細かな肉の味や脂の味などどうでも良い。ただ肉を食っているという強烈な実感をこれでもかとぶつけてくる濃厚な味わい。

 それにご飯があれば後は何も要らない。肉と米。これこそが若い男のメシである。

 

 手間暇かけた料理ももちろん美味しいが、逆に手間暇かけないことが美味しさにつながることもある。食事当番であるイグニスはその辺りがよくわかっていた。

 

 本日の献立はグラディオラスがいたく気に入り、また作って欲しいと絶賛するものであったことをここに記しておく。

 

 翌日、ノクティスたちは改めてガーディナ渡船場に入ることになった。

 

「夕焼けの海もキレイだったけど、昼の海もいいね!」

「まさにリゾート地って感じだな。用がなけりゃ泳ぎたくなる」

「お、釣具屋もあるじゃん。後で寄ってこうぜ」

「船の時間を確認してからだ」

 

 三人が好き勝手なことを言っている中、イグニスは眼鏡の位置を直しながら港の方に向かっていく。

 すると港の方から出てきた一人の男性がノクティスたちに声をかける。

 

 

 

「ああ――そりゃダメだ。船、出てないってさ」

 

 

 

 不思議な魅力のある、低い声にノクティスたちの視線が集まる。

 そこに立っていたのはいかにも伊達男な洒落た装いをしたくすんだ赤毛の男性だった。

 

「そうなのか?」

「うん。停戦協定の調印式でしょ? その影響かな」

 

 おどけた言い回しだが、言葉には確信が込められている。

 そして何より――ノクティスらを見る視線には怪しい侮蔑の色があった。

 うさんくさい男は手元の何かを弄びながらノクティスらの横を通っていく。

 その際に持っていた何かをノクティスに向けて弾き、グラディオラスが横からキャッチする。

 

「停戦記念のコインか?」

「え、そんなのあったの?」

「出ねえよ」

「お小遣い。君たち、暇でしょ? 自由に使っちゃっていいよ」

 

 王都で使われている貨幣とも、ルシス国内に流通しているギルとも違う銀の硬貨を指差し、男は嗤う。

 さすがに通りすがりの人間が振る舞う態度ではない。グラディオラスはさり気なくノクティスを庇える立ち位置に場所を変えると、その大柄な身体を活かした威圧をする。

 

「おいあんた、なんなんだ」

「見ての通り、ただの一般人」

 

 グラディオラスの迫力ある姿も飄々と受け流し、男性は悠々と立ち去っていく。

 その後ろ姿を四人は見送り、それぞれが頭の中で彼の一般人だとうそぶく姿にあり得ないと思うのであった。

 

「あれが一般人とかねーわ」

「だが、怪しいだけだ。怪しいだけで人間を捕まえることはできない」

「気にしてもしょうがねえ。船が出てるかどうか確認しようぜ」

 

 楽しい旅なのだ。途中でちょっと水を差されたくらいで全てを台無しにしてしまうのも馬鹿馬鹿しい。

 思考を切り替えてノクティスたちは改めて港の方へ向かうのだが――

 

「あれ? 船、ホントにない」

「一隻もないか。どうやら本当に出ていないようだな」

「マジかよ、オルティシエまでどうやって行きゃ良いんだ」

 

 港で立ちすくむ一行だが、こうしていても船が来るわけじゃない。

 張り紙にもガーディナから出る船がなく、しばらく待つようにしか書かれていない。しかも具体的な航行再開予定は不明と来た。

 

 どうしたものかと途方に暮れていると、休憩用のベンチに座っていた若い男性が馴れ馴れしく話しかけてきた。

 

「なんでもオルティシエの方で船が止まっちゃってるみたいだよ。同業者の話だと急に規制されたんだって」

「あんたは?」

「ディーノって言うんだ。この辺りを拠点に新聞記者してる。よろしく!」

「お、おう」

 

 軽薄で馴れ馴れしい言葉遣いのまま、ノクティスの手を取ってブンブンと振ってくる。

 しかし先ほどのうさんくさい男とは違って、こちらの方がまだ信用できそうな態度のようにノクティスには思えた。

 

「んで、君たちはノクティス王子御一行だよね。仕事柄色々と知っててさあ。君たちが高級車でハンター始めたっていうのも知ってるし」

「マジかよ」

 

 耳が早いにも程がある。多少の足止めがあったとはいえ、ほぼ最短でガーディナまで来ているというのに、情報はそれ以上の速度で伝達していたようだ。

 

「あんま隠してないみたいだけど、お忍びだよね? 記事にされたくないよねえ? ちょっと話を聞いてもらいたいんだけど」

「ああ……はいはいわかった、聞いてやるよ」

 

 途中で話の流れが読めたノクティスはやれやれと肩をすくめながらも、話を聞く姿勢になる。

 外の世界の人間が色々としたたかでちゃっかりしているのは、ハンマーヘッドで学んでいた。

 

「ノリが良くて助かるよ! じゃあ地図出して!」

「ほら、これでいいのか」

 

 旅に出るにあたって用意した世界地図を差し出すと、ディーノは慣れた手つきでペンを取り出し、ある一点に印を付けて返してくる。

 

「そこに宝石の原石があるって情報でさ。確かな筋だから間違いないけど、正直危ない」

「だから行ってこいってことか」

「そういうこと。上手く行ったらちょっと非合法かもしれないけど船出せるよう話つけるからさ。ダメだったらこのこと記事にするけど」

「ま、いいけど」

 

 記事にされたところで困ることがあるわけでもない。断っても良いが、船に乗せてくれる一縷の可能性を自分から断つ必要もなかった。

 地図に印の付けられた、ガーディナとレストストップ・ランガウィータを結ぶ中間ぐらいの場所を目指してノクティスたちはレガリアを運転する。

 

「しかし王子の威厳もなんもねえな」

「軽くお使い頼まれちゃってたもんね」

「あんぐらいの方が気楽でいいわ」

 

 王都で暮らしていた頃は学校では何かと遠巻きにされることが多く、城では大勢の召使などに傅かれていた。

 正直、息の詰まる時間だった。だからこそなんてことのない話ができる友人は彼にとって非常に大切なのだ。

 

 そしてディーノと名乗った男も王子という色眼鏡で見てこなかった。

 ……あれはただ単に彼が軽薄なだけの可能性が高いが、それでも傅かれて丁寧に礼を尽くされて頼み事をされるよりは数倍マシである。

 

「で、場所ってのはこの辺か?」

「そうだな。少し探してみるか」

 

 レガリアを道の端に寄せ、ノクティスたちはそれらしきものを探していく。

 宝石の原石と言っていたが、具体的にどんな宝石かまでは聞いていなかったため面倒な作業になりそうだと思いながら作業していると、プロンプトが雑談を振ってくる。

 

「ノクトはさ、ルナフレーナ様と結婚したら王都にお連れするの?」

「そのつもり。すぐってわけじゃねえけど」

「おお、攻めるねえ。結婚するってどんな心境?」

「さあ?」

「お、照れてんの?」

「ちげーよ」

 

 実感がまだ湧いていないのだ。結婚することに対する嬉しさを聞かれても困るのがノクティスの本音だった。

 嬉しいのはルナフレーナにまた会えることであり、結婚することではない。

 会えればまた違った感想も出るのかもしれないが、それは今ではなく未来の話だ。

 などと考えながら地図を頼りに原石のある場所を探して――家より大きい鳥に出くわす。

 

「――っ!!?」

 

 プロンプトは咄嗟に自分の口を押さえて漏れそうになる悲鳴を飲み込む。

 イグニスとグラディオラスは声こそ出していないものの、その口はあんぐりと開いており驚愕が隠せない様子だった。

 しかし落ち着いてみれば件の相手はお休み中の模様。空を存分に飛んだ後に悠々と戻って休んでいた。

 

 これほどの巨体になれば天敵などいるはずもない。食物連鎖においてほぼ頂点に立つであろうその巨鳥――ズーをノクティスたちは呆然と見上げる。

 

「で――っけぇ」

「圧巻の一言だな」

「これが翼を動かす光景とか、見れたらシビレるな」

「起こさないでよ? 絶対起こさないでよ!? フリじゃないからね!?」

「へいへい」

 

 なんか不穏な気配を出したグラディオラスを察したのか、根が小市民なプロンプトが必死に小声で叫んで静止を試みる。

 さすがにグラディオラスも守るべきノクティスが側にいる状態でそんなことをやるつもりはなかったため、プロンプトの言葉に軽く肩をすくめて了承する。

 

 しかし原石を取りに行くにはズーの足元を通る必要がある。

 眠っているだけなのだからいずれ飛び立つとは思うが、それがいつになるかなどノクティスたちにはわからない。

 ひょっとしたら巨鳥なだけあって眠る時間も通常の鳥とは桁が違うかもしれないのだ。

 

 起こして敵と認識されたら一巻の終わり。その事実は四人の共通認識としてあったため、一行は身を低くしてこっそりと動く。

 これだけの巨体になると寝息も竜の唸り声に聞こえてしまう。頭上から微かに来る風はただの風であり、決してズーの寝息などではないと自分たちに言い聞かせながら、ノクティスたちは身振り手振りでそれらしき鉱石がある場所を見つける。

 

 あそこまで行ったら後は戻るだけ。四人は意識せずとも全く同じことを考えて慎重に息を潜め、衣擦れの音にすら気をつけながらどうにかそこにたどり着く。

 

「――よし、取れた」

「戻り道でも油断するな」

 

 行きは誰もが危険だと考えて注意するが、戻り道はもう終わりだと思って油断することが多い。

 そんな諺にちなんだイグニスの言葉だったが、この場の誰もが戻り道でも全く安全でないことぐらいわかっていた。

 身体が大きければ尾羽根も大きい。一本だけ尻尾のように伸びた羽が寝返りでも打つように原石のあった付近を動くのは見ていて心臓に悪い。

 

 どうにかズーの正面付近である崖の近くまで来たときだった。ノクティスはズーの様子を見ようと顔を上げて――うっすらと目を開くズーに気づく。

 

「ヤバっ――」

 

 注意の声を上げる間もない。ズーが一歩動くだけで砂埃を孕んだ風がノクティスたちに叩きつけられ、吹き飛ばされまいと身体に力を込めながら呆然と見上げるしかなかった。

 

 足元をうろちょろする矮小な存在など歯牙にもかけないとばかりに、ズーは寝起きの一声を上げる。

 その声だけでもノクティスたちは耳を押さえていなければ鼓膜が破れそうな音量であり、余計に身動きが取れなくなってしまう。

 そんな彼らを気にすることなくズーは悠然とその翼を広げ、ハンマーヘッドより大きいかもと称しただけの迫力ある姿を見せる。

 

 そしてそのまま飛翔のための勢いをつけるべく足を前に踏み出し、崖に――すなわちノクティスたちのいる方向に向かってくる。

 

「っ――!?」

 

 もはや声も出ない。グラディオラスが咄嗟にノクティスを庇い、大剣を構えてズーの爪を受け流そうとする。

 

「オオォ――!」

 

 ギャリギャリとおよそ生物の爪と金属が奏でるものとは思えない音を発し、押されまいとグラディオラスは風に負けない雄叫びを上げた。

 だがズーの巨体の方向を変えるには至らず、本当にどうにか自分とノクティスを守るだけの安全地帯の確保が精一杯だった。

 

 ノクティスたちの文字通り死線をくぐり抜ける必死の奮闘とは裏腹に、ズーはあくまでゆったりとした仕草で崖から飛び、その羽根を大きく羽ばたかせて空を飛ぶ。

 旋回して戻ってくるとかしないでくれと心から祈りながら、ノクティスは仲間の無事を確認する。

 

「二人とも無事か!?」

「九死に一生を得た気分だ」

 

 ノクティスの声にすぐに反応したのはイグニスだ。

 彼は咄嗟に尾羽根付近の鉱石まで戻ることによって、安全を確保していた。

 足に当たることなく、しかし羽ばたきに吹き飛ばされることもない良い位置をすぐに見抜いて利用した辺り、彼も知恵者である。

 

 プロンプトは三人とは離れた崖の側で立ちすくみ、どうにか五体満足そうだった。

 足がすくんで動けなかったことが逆に命拾いに繋がったようだ。迂闊に動いたら崖が崩れていた可能性もある。

 

「旅もここまでかと思った。てか走馬灯見えました」

「大迫力だったもんな――おい、足元!!」

 

 喉元過ぎればなんとやら。のんきにズーを見た感想を言って笑っていると、ノクティスの視界にプロンプトの足元が映る。

 それは今にも崩れそうなほどにもろかった場所が人間一人の体重と、ズーの風によって今にも崩れそうで――

 

「へ? うわぁっ!?」

 

 案の定足を滑らせ、崖下の固いコンクリートの道路にプロンプトの身体が投げ出される――前に上から伸びた手が彼の手を掴む。

 

「ったく、危なっかしいんだよお前は!」

 

 手を掴んだのはノクティスだった。足元が危険だと察した瞬間に武器を投げてシフト移動し、瞬時にプロンプトの側まで来ていたのだ。

 そしてノクティスが掴むのはほとんど一瞬だけで良い。横合いから伸びる二つの腕がそれを支えるからだ。

 

「大丈夫か、プロンプト」

「まったく、頼りになる王様だな!」

 

 イグニス、グラディオラス二人の力が加わることによりプロンプトの身体はあっという間に引き上げられ、安全な場所で一息入れる。

 

「……もう一回走馬灯が見えました」

「高所恐怖症になっていないことを祈ろう」

「本当に冒険してるみたいだな、オレたち」

「ピンチになるのがオレばっかりって結構きつくない!?」

 

 若干涙目なプロンプトの言葉に三人とも笑ってしまう。笑って流せる辺り、彼らの築いたものがいかに強固かが伺える。

 

「まあ戻ろうぜ。んで船でオルティシエだ」

「あ、ノクト! さっき助けてくれてありがとね!」

「いいって」

 

 こんぐらい当たり前だ、という言葉は照れくさくて繋げられなかった。

 ノクティスはプロンプトの感謝に軽く手を振って答え、レガリアに戻っていくのであった。

 

 

 

「おお! ルビーの鉱石かぁ! いやぁ、本当ありがとう!!」

 

 持ってきた鉱石を渡すと、ディーノは石に頬ずりせんばかりの喜びようだった。

 

「オレ、新聞記者兼アクセサリー職人なんだ! これでまた良いの作れちゃうじゃん!」

「アクセサリーか。希少なものだと聞くが」

 

 ディーノの言葉に反応を示したのはイグニスだった。

 宝石には魔法の力が宿りやすい。それらを利用して身につけるアクセサリーに加工し、旅する人間の無事を祈る風習というのは今なお続いている。

 事実、アクセサリーには所持者に良い効果をもたらすことも証明されている。

 そして当然のようにアクセサリー職人というのは類まれな才能を要求される難しいものになる。

 目の前の軽薄という言葉を人形にしたような青年にできるとは到底思えない。

 

「まあね。でもアクセサリー屋も肝心の素材がなくっちゃ始まらないんだこれが。カンジ悪かったっしょ? ゴメン! 王子を脅してでもこれが欲しかった!!」

 

 本当に悪いと思っているのか甚だ疑問な謝罪だったが、この喜びようを見ると怒る気も起きない。

 ノリは軽いし性格も軽いが、悪い人間ではないのだろう。コロコロと変わる顔はどこか人懐っこささえ覚える。

 

「難癖つけたお詫びってわけじゃないけど情報。君らがさっき変な男の人にもらった銀貨。あれ神凪就任記念硬貨ってやつで、限られた数しか出回ってない貴重なやつだよ」

 

 結構ばら撒いてたし帝国関係者かもね、とディーノが告げる情報にイグニスの顔が一瞬だけしかめっ面になる。何か思い当たる人物でもいたのかもしれない。

 だがそれはここで考えて確証の得られるものではない。イグニスは頭を振って思考を切り替える。

 ディーノはそんなイグニスの懊悩など知らんと自分のポケットからアクセサリーを取り出す。

 

「んでハイこれ、宣伝。キミたち強いし、今後ともオレの素材集めとかお願いしちゃうかも!」

「ったく、調子の良いやつだな」

「ちゃんとアクセサリーあげるからさ、頼むよ!」

「気が向いたらな」

 

 受け取ったアクセサリーを懐にしまい、なんだか親近感の湧いてきた新聞記者にノクティスは苦笑する。

 よもやこれから長い付き合いになることなど、夢にも思っていない顔だった。

 

「ああ、そうそう! 乗船手続きはちゃんとやってるよ。明日には問題なく取れそう」

「おう、サンキュな」

「原石がホント嬉しかったからさ、そのお礼。あと宿も取ってあげたから、そこで休んでいきなよ」

「マジか」

「マジマジ! オレ、これでも結構高給取りなんだよね」

 

 新聞記者とアクセサリー職人の二足のわらじだ。もしかしなくても今のノクティスよりギルはあるだろう。

 そもそも本当に乗船手続きしていたのか、とかノクティスたちだけのために船が動かせるのか、とか諸々疑問はあるものの、全てはディーノという青年の能力で済ませられる……のかもしれない。

 

「明日になったら来てよ。んじゃ、今日はホントにありがとう!」

 

 ニコニコと心から嬉しそうなディーノに手まで振られての見送りを受け、ノクティスたちはガーディナの高級ホテルの清潔で柔らかいベッドと邂逅するのであった。

 

「なんかこの旅に出てから初めてな気ィするわ、ベッド」

「オレもうベッドと結婚する。このまま離さないで」

 

 プロンプトがいつになく真面目な声でベッドに飛び込んだままつぶやき、仲間たちは同意の意味も込めて笑う。

 キャンプを悪く言うつもりはないが、どうしても固い地面に寝袋だと疲労が溜まってしまう。

 そんな疲れきった身体を優しく包み込む清潔なシーツとベッドに出会ってしまうと、なんかもう全部どうでも良いという気持ちになるのもわかる。

 

「ディナーは魚料理のようだ。後はマッサージが見どころらしい」

「おっと、兄貴が言ってたやつか」

「そうそう、男前があがるってやつね。お兄さんは受けたのかな?」

「受けた口ぶりだと思うぞ、あれ」

 

 たいてい外を車で旅しているアクトゥスだが、たまに仕事の報告などでルシスに戻ってきた時にはよくノクティスのところに顔を出していたのだ。

 旅の話を聞かされたり、職業柄一所に留まらないため、なかなか彼女ができないと愚痴をこぼすのを聞いたりとなんだかんだで普通の兄弟のように接してきたとノクティスは記憶している。

 

「じゃあノクトも受けてきなよ。写真に撮ってあげるからさ!」

「マッサージ写真とかいらねーだろ」

 

 いそいそとマッサージ師の元に向かうノクティスと、どんなマッサージが行われるのかという興味が先行してついてくる残りの三人。

 マッサージをして鍛えられたのだろう、隆々とした腕を持つマッサージ師の前に立ってノクティスは軽く手を上げる。

 

「マッサージしたいんだけど、いいか?」

「かしこまりました。こちらに横になってください」

「おう、服とか良いのか?」

「大丈夫ですよ。ゆっくりおくつろぎください」

 

 にこやかに微笑むマッサージ師に促されてうつ伏せになるノクティス。

 そんな彼の背中を、筋肉の形を確かめるように手が這い回り――

 

「っ! があああぁぁぁっ!?」

 

 メッチャ痛い。二十歳になった青年が余裕もなしに叫ぶほど痛かった。

 全身の骨がばらっばらになったような激痛が走るが、なぜか身体は五体満足。

 なにこれ超イテェ、というかクソ兄貴騙しやがったな……!? とノクティスは脳裏で騙されてやんのと指差して笑ってくるアクトゥスの顔面にシフトブレイクを叩き込みながら必死に耐え忍ぶ。

 涙だけは男の意地で流さないように歯を食いしばり、地獄としか思えない時間が過ぎるのを待つ。

 

「お疲れ様でした。これにてマッサージは終了になります」

 

 ノクティスは無言で立ち上がり、ウソのように軽くなった身体に内心で驚きながらも仲間のもとに戻る。

 仲間たちは戻ってきたノクティスの顔を見て、声を上げて笑い始めてしまう。

 なにせ今の彼の表情はこれから大いなる使命を果たしに行くのではないかと錯覚してしまうような、苦み走ったものになっていたからだ。

 

「あは、あはははは! の、ノクト、確かに男前が上がってるよ!!」

「確かに、痛みで顔がしかめられているから……くくっ」

「これでルナフレーナ様もお喜びになるな」

「オメーらも受けろや!! マジ痛えんだよあれ!」

 

 戻ったら兄貴を殴る理由が増えていく。

 ノクティスはまだ笑っている仲間たちをマッサージ師の方に誘導しながら、そんなことを思うのであった。

 

 大変なこともあれど、概ね楽しい時間。

 怒ることも笑うことも全てが輝かしい未来の一ページとなる、そんな冒険。

 これから何十年か先。未来で集まった時にもこの旅に思いを馳せて、長い間語らえるような、そんな時間。

 

 

 

 

 

「ノクト、王都が――インソムニアが陥落した」

「――はぁ?」

 

 輝かしい時間の終わりは、本当に呆気なかった。




次回でチャプター1は終了です。影がめっきり薄いオリキャラも次回から出てきて動き始めます。
ズーの巨体ぶりは実際見るとビビりますので一見の価値有りです。なお中盤あたりで普通に倒すクエストがある模様。

ちなみに今回のFFネタは全身の骨がばらっばらになった(FF8)です。前話はデカイ生き物は男のあこがれ(FF10)でした。

全フレーズを出すわけでもないこんな感じの微妙なFFオマージュが入るかもしれませんが知らない人は普通に流してください(土下座)。でも知っている人がいたらニヤリとしてください(平伏)


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未だ希望は潰えることなく

本話でチャプター1は終了になります。
後は私の体力が続く限り素早い更新を心がけていく形です。10日以上伸びる場合は活動報告に入れるよう心がけます。


 足元がおぼつかない。頭がグラグラする。思考などまとまるはずもない。

 ノクティスたちはおよそ最悪の精神状態のまま、王都インソムニアへの道を取って返していた。

 

「何があったんだよ、一体……!」

「わからないから確かめに行くんだ。……焦るなと言えなくて済まない」

 

 運転席のイグニスが申し訳なさそうに謝り、ノクティスはこれ以上の言葉が継げなくなる。

 助手席にいるプロンプトも窓に叩きつけられる雨を不安そうに眺めていて、平時の明るさは面影すら見えない。

 隣りにいるグラディオラスは落ち着こうと深呼吸を先ほどから繰り返しているものの、さしたる効果がないことに苛立っている様子だ。

 

 そして父と兄、自分さえも死んだと報じられたノクティスの心境など語るまでもない。

 怒りなのか、悲しみなのか、名前をつけることもできないほどグチャグチャに入り混じり、千々に乱れた心のままノクティスは徐々に王都への橋に近づくのを待つしかなかった。

 

 そもそもの発端はガーディナで受けたインソムニア陥落の知らせだ。

 講和条約の調印式が行われた場で騒ぎが起こり、ルシス国王陛下であるレギスとアクトゥス、ノクティス、ルナフレーナの死亡が確認。

 これと同時に講和条約の締結は無期限で延期という知らせも続いていたが――そちらはどうでも良かった。

 

「オレは生きてる。どうなってんだよこれは!」

「新聞に出ている情報はこれだけだ。これにしたって襲われているルシスが取材して得たものとは考えにくい」

「予め帝国が情報を操作している可能性もあるってことか」

 

 父と兄は無事なのか。そもそも同じオルティシエに向かっていたはずのルナフレーナはどうして王都にいたのか。わからないことだらけで何も思考がまとまらない。

 頭がこんがらがりすぎて、逆に何も考えていないような顔でノクティスはホテルの椅子に座る。

 

「冗談だろ……」

「だったら、良かったのに」

 

 呆然としたノクティスの言葉にプロンプトもまた本心をつぶやく。

 そして家族をいっぺんに失った可能性のあるノクティスの側に立つと、そっと椅子の縁に手を置いて顔を上げた。

 

「――確かめに戻ろう。こんなんじゃ結婚式どころじゃないよ」

「……オレたちが旅に出されたのは安全を確保するためかもしれない。戻るのは相応の危険が伴うぞ」

「ここにいたって変わらないよ!! それにイグニスとグラディオの話が本当なら帝国はノクトが生きてるって知ってるんだ! どこにいても危ないのは同じだよ!!」

 

 プロンプトの言葉にも確かな理があった。

 どのみちここにいたところで情報が入ってくるわけでも、事態が好転するわけでもなく、まして安全が保証されるわけでもない。

 しかし、旅の道を決めるのはイグニスではない。イグニスはあくまで参謀役。彼らに道は提示できるが、決める権利は持っていない。

 

「ああ……王都に戻ろう」

 

 三人の視線が集まり、ノクティスは頭痛を覚える頭を押さえながら決定を下すのであった。

 そして場面はインソムニアへ向かうレガリアの中に戻る。

 

「騙されてたのかよ、親父も兄貴も……!」

「ノクト、陛下もアクトゥス様もそんな人じゃないってわかってんだろ」

「わかってるよ、クソッ!!」

 

 グラディオラスの注意にノクティスは苛立つしかない。

 彼らはそんな愚鈍ではない。ルシスを支えてきたレギスは言うまでもなく、アクトゥスだって自分よりもよっぽど目端が利くはずだ。

 そもそも彼は国外情勢については実際に目にしている分、レギスより詳しい。その彼が騙されるなんてどうしても思えない。

 

 そう、彼らがただで転ぶはずがないのだ。だというのに新聞では両者の死が報じられ、ノクティスは自らの不安を解消できないストレスがあった。

 そして一行の中で彼の怒りを受け止められるものはいない。ノクティスと同じ感情を皆が多かれ少なかれ共有しているのだ。情報がわからなくて混乱しているのは同じである。

 徐々にインソムニアへつながる橋が見えてきたところで、イグニスはレガリアを止める。

 

「――ダメだ。王都への橋が封鎖されている」

「準備が良すぎる。もともと調印式で襲う気満々だったのかよ」

 

 ニフルハイム帝国の主戦力である魔導兵と魔導アーマーの大群がずらりと並んで、橋への道を封鎖している。

 この数を四人で切り抜けるのは不可能に近く、また切り抜けたところで王都への道は未だ遠い。

 

「脇に高台があったはずだ。そこからなら王都の様子ぐらいは確認できる」

「ならそっち行くぞ」

 

 高台にはレガリアでは向かえないため、徒歩で行くことになる。

 レガリアを降りると冷たい雨がノクティスたちの頬を叩き、今の状況を表しているようだと誰もが口に出さずに思う。

 急かされる気持ちに突き動かされ、彼らは泥で服が汚れるのも構わず高台を目指す。

 

「ここにも魔導兵がいるか……」

「もう和平なんて関係ねえ。ぶっ潰す」

 

 レガリアでは溜め込むしかなかった鬱屈をぶつける絶好の相手だ。

 ノクティスはイグニスたちが援護に回るのを待たず、その剣を苛立ちとともに投げつけ、戦いの狼煙を上げるのであった。

 

 

 

 魔導兵とはニフルハイム帝国が研究を進め、大量生産を可能にしているニフルハイム帝国軍の主力兵器である。

 人形をした自立駆動のロボットと言っても良い。ある程度の判断能力を有し、食事も補給もほぼ不要で物理的に破壊されない限りは半永久的に動き続ける機械の集団。

 

 これ自体は確かに常人より大きな出力があるものの、ルシス王国の精鋭に敵うようなものではない。

 前述した通り、彼らの強みは半永久的に動けることとその物量にある。たとえ相手が一騎当千の猛者だとしても、万で襲いかかれば蹂躙できるのだ。

 だがそれは言い換えれば、彼らの強みを十全に発揮するには数を揃える必要がある。

 そしてそれができない場合、鍛え抜かれたルシスの精鋭には為す術もなく蹂躙されてしまう程度の存在でしかない。

 

「砕けちまいなぁ!!」

 

 グラディオラスの大剣が魔導兵の持つ武器ごと、その機械の身体を叩き切る。

 後ろではイグニスが双短剣を振るって魔導兵の首を落とし、プロンプトが手足を撃って他の魔導兵の動きを止めている。

 そして前を行くノクティスはシフト魔法を駆使し、グラディオラスたちでは攻撃の届かない場所にいる魔導兵を叩き壊しては次の魔導兵に剣を投げてシフトブレイクを仕掛けるなど、さながら鬼神の如き戦いぶりを見せていた。

 

 あまり先走るなと注意したいが、グラディオラスも魔導兵を相手に苛立ちをぶつけたのは事実。諌めるような言葉を言える立場ではなかった。

 本当に未熟だ、とグラディオラスは状況がわからないこととは別の怒りを自覚する。

 

 もしも、あくまで仮に。レギス陛下の死が確かなものであるならば。

 身体だけでなく王の心も守ると謳われる王の盾――自分の父親はどうなるのだ。

 この推測を考えるなら、もうすでに父はこの世におらず――自分がノクティスを守り抜く王の盾になる。

 

 ノクティスが家族の安否を心配する傍ら、グラディオラスもまた家族への不安とこれから自分とノクティスにかかるであろう責任に、雨の冷たさとは違う震えを覚えるのであった。

 

 

 

 王都が見える丘に到着した時、状況は火を見るより明らかだった。

 王城は見えずとも、立ち上る黒煙とそれに群がるように集まる飛空艇に機動要塞の数がルシスの状況を何よりも物語っている。

 

 プロンプトは手元のスマートフォンを弄り、ラジオに接続して最新の情報を収集しようとする。

 しかし流れてくるのは新聞で得られた情報と大差はない。

 誰もが自分の知り合いと連絡を取ろうと電話をかけ始める。つながらないことは死に等しいなどということは、認めたいことではなかった。

 

 そんな中、ノクティスの電話がある人物に通じる。

 コル・レオニス。ルシス王国の王都警護隊の将軍を務める男で、その卓越した戦闘能力から不死将軍の異名を王国、帝国双方から戴いている正しく一騎当千の猛者だ。

 王子であるノクティスが小さい頃からレギスに仕えており、ノクティスも知己の人物だった。

 

「もしもし、コルか?」

「……ノクティス王子か」

 

 電話越しの声は常と同じ寡黙な声であり、同時に隠しきれない疲労の漂うもの。

 だがノクティスはようやく情報を知っていそうな相手と話せることもあり、余裕なく迫っていく。

 

「どうなってんだよ、一体!」

「いま、どこにいる」

「外だよ。そっちに戻れない」

「ああ――なら、意味はあったのか」

「何言ってんだよ、意味わかんねえ!!」

 

 肩の荷が一つ降りたと言うようなため息が電話越しに聞こえ、彼らの事情から蚊帳の外に置かれているノクティスは苛立つより他ない。

 

「何もかもわかんねえ、これはどうなってんだよ親父と兄貴、ルーナはどうなってんだよ全部説明しろ!!」

「――オレの知りうる情報は全て話す。だから王子、一度ハンマーヘッドに向かって欲しい」

「はぁ? 何言って――」

「陛下は、亡くなられた」

 

 無力感と後悔。そして疲労に塗れた声だった。

 ノクティスは実感など沸かぬままに、王都を睨みつける。

 帰ることの叶わなくなった故郷を見つめ、やがてポツリとつぶやく。

 

「兄貴は」

「わからない。オレの知っている情報含め、わからないことも必ず全て教える。だから王子、一度安全な場所に来て欲しい」

「……おう」

「どうか無事で。――また会おう」

 

 電話が切られ、ノクティスは何もかも失って途方に暮れた顔で、王都を見るしかなかった。

 状況がわからない苛立ちと怒りが解消されたが、次にやってきたのはどうしようもない状況に対するやるせなさと家族を喪った悲しみだけだ。

 

 足を動かす気力すらない。身も心も冷え切り、全て放り投げて殻にこもりたい衝動すら湧いてくる。

 誰もこの状況から前を向く気力はなかった。そんな時、ノクティスのスマートフォンがヴァイブレーション音を発する。

 誰だと思って首を動かすと、そこに映っていたのは兄アクトゥスの電話番号だった。

 

「兄貴!?」

 

 激変に次ぐ激変で止まりかけていた頭が動き始める。

 ノクティスの声に三人も何事かと近づき、その電話の話し声に耳をそばだたせる。

 

「もしもし、兄貴か!?」

「……おう、そっちは無事みたいだな」

 

 聞こえてくる声は寸分違わずノクティスの知る兄のものであり、ノクティスは胸に暖かな安堵が広がるのを感じる。

 

「無事みたいだな、じゃねえよ! 何やってんだよクソ兄貴!」

「あんま大声出すな。隠れて電話してんだ、魔導兵に見つかる」

 

 アクトゥスの口から語られる情報にノクティスは息を呑む。

 兄はまだあの危険極まりない王都にいるのか。

 

「……無事、なんだよな?」

「どうにか五体満足だ」

「じゃあオヤジも……!」

「それはない。レギス陛下は――父上は帝国との激戦に敗北し、身罷られた」

 

 兄が無事なら父親も。当然の帰結であり、ノクティスの希望であったそれをアクトゥスは無情にも否定する。

 完膚なきまでに否定された父親の死にノクティスは言葉がなくなるが、そんな彼にアクトゥスの落ち着いた声が届く。

 

「今、どんな状況か聞いてもいいか? いつまでこの電話も続けられるかわからん」

「……さっきコルと連絡がついた。知ってることを全部話すからハンマーヘッドに来いって」

「もう王都を脱出できたのか、さすがだな」

「兄貴はどうしてんだ?」

「インソムニアの廃屋に潜伏中。どうにかして脱出はしたいがね」

「だったら待ってろ、オレたちがすぐに――」

「やめとけ。ロクな策もなしに助けに来たって犬死するだけだぞ」

「だけど!!」

「……言い方が悪かったな。オレもここで死ぬつもりはサラサラない」

 

 もうたった一人の家族なのだ。助けたいと思うことの何が悪い。

 ノクティスの叫びにアクトゥスは優しげな声になってノクティスを慰めるように、そしてこれからの未来を見据えた声で話し始める。

 

「いいか、ノクト。まずはコルの言葉に従え。んでオレの無事を伝えるんだ。そうすりゃあいつは必ず救出を考える。それに乗じてオレも王都を脱出する」

「大丈夫、なんだよな」

「デク人形にオレが捕まるわけないっての。とびっきりの美女なら考えるけど」

「おい」

「冗談だ。……とにかくオレたちのことは心配するな。なるべく連絡は入れるようにするし、どうにか脱出できたら合流も目指す。そっちはそっちでコルの話を聞いてこい」

「わかった。……勝手にくたばるんじゃねえぞ、バカ兄貴」

「ガーディナのマッサージの感想を聞くまでは死ねないね」

 

 アクトゥスの軽口にノクティスは朝から浮かべた覚えのない笑みが浮かぶ。

 誰も彼も沈んだ面持ちで状況に翻弄されるしかなかった。その中でアクトゥスの冗談が聞けるのは思いの外彼らの心を軽くした。

 

「会えたらぶん殴ってやる。だから死ぬんじゃねえぞ、兄貴!」

「へいへい。――ああ、待て待て、まだ切るな」

「は? どうかしたのか――」

 

 

 

「――ノクティス様、ですか?」

 

 

 

 耳に届くその声に、ノクティスの思考はピタリと停止する。

 鈴を転がすような美しく、芯の強さを秘めた女性の声。

 聞き間違えるはずもない。最近ラジオでも聞いた声だ。

 

「ルー、ナ?」

「はい! お久しぶりです、ノクティス様!」

 

 電話越しに聞こえる声はノクティスに会えたことへの喜びに満ちあふれており、混乱の極みにあるノクティスにもそれはわかった。

 

「え、あ、ど、どうして」

「アクトゥス様に助けて頂きました。わたしたちもこれから王都を脱出して、ノクティス様に会いに行きます」

 

 喜びもあるが、何より混乱が大きい。

 なんて言えば良いのかわからない。そんなノクティスは二の句が継げないまま、電話を聞くしかなかった。

 だが次に聞こえてきたのは、今はある意味聞きたくない兄の声だった。

 

「――悪い、魔導兵が近づいてる。切るぞ」

「え? あ、お、おい兄貴、なんでルーナがそっちに――」

「帝国にハメられた、以上。悪い、マジで時間がない」

 

 一方的に電話が切られてしまい、ノクティスたちは怒涛の情報に混乱するしかなかった。

 かけ直そうにも電話越しの情報が決して良いものではないことがわかった。迂闊なことをすれば今も王都で奮闘しているアクトゥスの足を引っ張る結果になりかねない。

 

 しかしこれからどうしたものか、と皆が一歩を踏み出せずにいたところプロンプトがノクティスの肩を叩く。

 

「お兄さんは無事だったんだよ、ノクト! それでルナフレーナ様も連れてる!! これは絶対に良いことだよ!!」

「お、おう」

「何も状況なんてわからないけどさ、とにかく動こうよ! ノクトのお兄さんも、ルナフレーナ様も、コル将軍も! みんな動いてるんだ!」

 

 国に仕える者と、国を背負う者。なまじ多くの責任が伴うがゆえに状況の深刻さに動けなかったノクティスたちにプロンプトが声をかける。

 状況は絶望的かもしれない。だが自分たちが絶望してしまったら本当に終わりだ。

 だから前を向いて進もう。そんな意思のこもった言葉を受けて、仲間たちの声にも徐々に熱が宿っていく。

 

「……だな。まずは事情を知らねえと何もできねえよな」

「プロンプトの言うとおりだ。今後の方針を決める意味でも、まずはコル将軍の話を聞こう」

「ああ、ハンマーヘッドに戻るぞ」

 

 普段通りの調子、とまではいかずともある程度調子を取り戻したグラディオラスとイグニスの言葉に押され、ノクティスは決断を下す。

 希望が見えるとは言えない状況だが、絶望に膝を折ることもない。一人では立ち上がることも難しい状況であっても、仲間の声があれば立ち上がれる。

 

 三人はこの旅に来てくれたプロンプトへの感謝を内心で行いながら、レガリアに戻るのであった。

 

 

 

 

 

 電話を切ったアクトゥスは近づく足音に耳をそばだて、動くべきか否か考える。

 

「数そのものは多くない。単なる哨戒か」

「ではここまで探すことは」

「ないはずだ。廃屋の中まで探せる数じゃない」

 

 ルナフレーナの言葉にアクトゥスは安心させるように話し、再び床に腰を下ろす。

 今、彼らがいる場所は爆撃と戦闘で激しく損壊した廃ビルの一角だった。

 雨風はしのげる上、インソムニアの技術力で作られたおかげか倒壊する様子もない。

 長居は難しくても一時しのぎの拠点には十分な代物だ。

 

「さて、ノクトとも連絡が取れたしこっからどうするかな」

「脱出するのではないのですか?」

「ルナフレーナ様を連れてとなると機を伺わないと難しい」

 

 アクトゥス一人ならシフト魔法の駆使でどうとでもなる。

 レギスは魔法障壁の維持でまともに動くこともままならない身体だったが、アクトゥスは違う。

 五体満足に動けるルシスの王族の力は万夫不当と言っても過言ではない。あらゆる武器を使いこなし、魔力を通した武器に瞬間移動するシフトを使いこなす王族の力は、ニフルハイム帝国をして手を焼くものである。

 

 とはいえシフトで動けるのはアクトゥスのみ。現在の同行者であるルナフレーナも一緒にというのはできない。

 それを聞くとルナフレーナは申し訳なさそうに目を伏せる。

 

「すみません、わたしが足を引っ張ってばかりで……」

「ああ、いやいや、済まない。もうルナフレーナ様の髪飾りは壊した以上、場所を知られる危険はない。それに――」

「それに?」

 

 

 

「――弟の未来の花嫁なんだ。見捨てるなんて冗談じゃない」

 

 

 

 かぁ、とルナフレーナの顔に朱が指すのを見て、意外と初心なんだと内心で微笑むアクトゥス。

 ノクティスも照れ屋な部分があるし、意外とお似合いなのかもしれない。

 

「それに光耀の指輪もオレたちが持ってるんだ。帝国に捕まるのは絶対に避けたい」

 

 父王レギスは死に、戦闘にも勝利したとは言えない。

 だが、希望はまだ潰えていない。王族しか扱えない光耀の指輪を使い、帝国軍を退けてくれた王の剣がいなければこの希望すら潰えていた。

 

「……王の力も使えない落伍者、か」

 

 アクトゥスは己の手に託された光耀の指輪を見て、自嘲の笑みを浮かべる。

 預けてくれた男は王族であるアクトゥスに恨み言を言わなかった。ただ、後は頼んだと告げるだけ。

 うんざりする、とアクトゥスは己に課せられた役割を思ってため息をつく。

 

「アクトゥス様?」

「……ルナフレーナ様は聞かないんだな。オレが光耀の指輪を付けない理由を」

「ノクティス様のお兄様ですから、何か理由があると思います」

「理由になってないだろ、それ」

 

 ルナフレーナの言葉につい笑ってしまう。

 そしてアクトゥスはなんてことのないように光耀の指輪を――資格なき者がつけるとその身を焼かれる――指にはめる。

 王家の者が装備すれば莫大な魔力とクリスタルを操る力を手にし、ルシスを守ることができるようになる。

 だが――アクトゥスがはめた光耀の指輪からは何の反応もない。空気を震わせる膨大な魔力も、指輪に眠る歴代王の魂も感じない。

 

 王と認めないのではない。だったらアクトゥスの身が焼かれている。

 彼はまだ王になる時ではない。これはそれだけの話。

 

「――とまあ、オレに歴代王の力は使えないんだ。彼には本当に感謝してもしきれない」

「――はい。わたしも彼に深く感謝しております」

 

 華々しくルシスを救ったわけではない。だが、ルシスの滅亡からすくい上げたという意味であれば間違いなく彼がそれだ。

 アクトゥスは生涯忘れないと彼の名を心に刻み、立ち上がる。

 

「だからこそ、まずは何が何でも生きて脱出する。使命も約束も、全てはそれからだ」

「はい。及ばずながらサポートいたします」

 

 ルナフレーナより差し出された手をアクトゥスは迷いなく握り返し、ここに一つのパーティーが誕生する。

 

「オレのことは好きに呼んでくれ。呼び捨てでもいいし、アクトでも良い。オレもあんたに様付けはしない」

「……やはりアクトゥス様と呼ばせていただきます。男性を呼び捨てにするのは不慣れで」

「未来の義妹に他人行儀にされるとは、ちょっと悲しいぞ?」

「そ、そのようなことは!」

 

 生真面目な性格のルナフレーナはアクトゥスの軽口にも真面目に対応してしまう。

 それがおかしくて、アクトゥスは小さく声を上げて笑う。

 からかわれているとわかったのか、ルナフレーナの顔が僅かに不満そうなそれに変わる。

 

「ハハッ、冗談だよ。覚悟ある顔をしたって、暗い顔をしたって状況が変わるわけじゃない。どうせなら笑っていこう」

「……アクトゥス様は少し意地が悪いです」

「おっと、ノクトには言わないでくれよ? あいつに怒られる」

「さあ、どうでしょう?」

 

 生真面目かと思いきや、意外と言う時は言うらしい。

 まいったと言うように両手を上げると、ルナフレーナはクスリと上品に笑ってくれた。

 わざわざ道化になった甲斐があるものだ。軽口を叩くのは昔からの癖だが、こういう時には清涼剤になってありがたい。

 笑えば活力が生まれる。活力が生まれれば希望も芽生える。希望があればいつか必ず勝利できる。

 

「――よし、動くか。まずは橋の付近に潜伏する。そんで状況が動き次第脱出だ」

「はい!」

 

 王都に残されたアクトゥスとルナフレーナ。

 周りの手助けも少ないであろう二人の、孤軍奮闘もまたノクティスたちの冒険の始まりと同時に始まっていくのであった。




オレたちの戦いはこれからだ――!(なお次回サブクエ回の予定)

サブクエ回をどう入れたものか、今でも悩んでいます。なんか良い案があれば教えてください(平伏)

そしてここからはちょいちょい視点が変わり、ノクトとアクトの視点が交互に動く予定です。
アクト・ルーナ組の行動の際にレストランやダイナーの飯テロは入る予定です。ノクト側はもっぱらキャンプ。

ノクトたちの心理描写をガッツリ入れてあわよくば原作のFF15をプレイしてもらいたい!(欲望)
そんな感じで始まった拙作ですが、お付き合いいただければ幸いです。


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サブクエストその一

いくつかのサブクエストが入っています。今後もこんな形で複数のサブクエをまとめたものをちょくちょくチャプターの合間合間に出す予定です。


「シドニーってさ、良いよね……」

 

 それはキャンプでの夕食中、プロンプトが唐突に呟いた言葉だった。

 いきなりどうしたのだと三人の視線が集まると、プロンプトは自身の発言に気づいたのか慌てて夕食の大粒豆の旅立ちスープを口に運ぶ。

 

 ルシストマトをベースにした甘酸っぱい濃厚なトマトスープに、はるか昔から食べられていると伝わっているクエクエ豆という大粒の豆をふんだんに入れ、ハンマーヘッドなどがあるリード地方に生えるリードペッパーで全体の味を引き締める辛味を追加する。

 野菜と豆がこれでもかと言うほど入った暖かなスープを口に運ぶ。ともすれば具材が多すぎてとっちらかった味になりかねないところを、トマトスープの優しい味わいが包み込むように受け止め、よく煮えた野菜が口の中で崩れてほろほろと柔らかい食感と旨味を与えてくれる。

 他にも多くの野菜が入り、旅立ちの日にはピッタリの暖かくて栄養の豊富なプロンプトの大好物である。

 

「なんだ、シドニーに惚れたのか?」

 

 ノクティスとイグニス、グラディオラスの三人はプロンプトの言葉に誰がツッコむかをアイコンタクトで話し合い、代表となったグラディオラスが話しかける。

 指摘されたプロンプトは勢い良く立ち上がってそれを否定する。

 

「ち、違うって! ただ、こう……なんていうの? リスペクト?」

「あの若さでハンマーヘッドの経営はほとんど一手に任されていると聞く。確かな手腕はあるのだろうな」

「そうそう、それ! イグニス良いこと言った! ほら、オレらとあんまり歳も変わらないのに、すごいなあって」

「ん? 彼女の年齢は確か――」

「あんまり変わらないなあって!!」

 

 イグニスが言ってはならないことを言おうとしたため、プロンプトがゴリ押しで話を進める。

 言ってはいけない空気を察したイグニスもこれ以上何かを言うことなく、彼の話は進んでいった。

 

「オレも趣味で機械いじりとかやるけどさ、やっぱああいう風に仕事にするってなると色々と大変だと思うんだよ」

「まあ、趣味は仕事にするな、とはよく聞くよな」

 

 ノクティスもプロンプトの話に入っていく。すくったスープの中に人参が入っていることに気づき、嫌そうに口に運びながらではあるが。

 

「機械いじりの仲間としてもさ、立派に仕事してるって点も含めてさ、ホントリスペクト! 彼女を育ててくれたハンマーヘッドを拝んじゃう勢いだね!」

「相当な入れ込みようだな」

「惚れた云々ってより、人として上に見てる感じだな」

「……や、でも仲良くなれるならなりたいです」

「やっぱ下心あるんじゃねーか!」

 

 本当に尊敬しているんだな、とイグニスとグラディオラスが感心したらこれである。

 人間として敬意を持っているのも確かだろうし、先達として敬っているのも本当だろう。

 ただそれはそれとして魅力的な女性であるとも思っているだけで。

 

「ま、いーんじゃね? プロンプトにも春が来たってことだろ」

「冬になるかもしれねえけどな」

「ちょっとグラディオ!?」

「そうならねえよう気をつけろってことだ」

 

 ハハッ、とグラディオラスは笑うと食事を終えてテントの方に戻っていく。

 

「おら、食ったら休もうぜ。明日も早い」

「そうだな。プロンプトもあまり興奮すると眠れなくなるぞ」

「そんな子供じゃないから!?」

 

 プロンプトは否定するものの、ノクティス含めて誰も反応はしなかった。

 イグニスとグラディオラスはテントに戻り、未だに食事を続けているのは嫌いなものがちょっと、いやかなり多いノクティスと喋っていて食べるのが遅くなったプロンプトの二人だけになる。

 冷めないうちに、とプロンプトは急いで好物のスープを食べ終わると、まだ悪戦苦闘しているノクティスに生暖かい視線を送る。

 

「……好き嫌い、今のうちに直しておかないと結婚してから後悔するんじゃない?」

「余計なお世話だ。ったく、イグニスのやつ……」

「……食べてあげよっか?」

「マジか、助かる」

「おっと、交換条件」

 

 早速プロンプトに押し付けようとしてくるノクティスを制止し、プロンプトは条件を突きつけてくる。

 

「明日の朝さ、ちょっと付き合ってよ」

「朝ぁ? 早起きか……」

 

 嫌いなものを食べるか、早く起きるか。どちらもノクティスの苦手分野である。

 しかしプロンプトの頼み事というのも気になったため、ノクティスは無言でスープをプロンプトに渡すことにしたのであった。

 

 

 

「で、何すりゃいいんだよ」

 

 翌朝、ノクティスとプロンプトは日が昇り始めた早朝にテントを抜け出していた。

 まだ眠気が残っているのかノクティスはしきりにあくびをしていたが、プロンプトは朝から元気なようだ。

 

「ちょっと写真が撮りたくてさ」

「何の」

「オレの超尊敬するメカニック」

「……昨日話してたシドニーか?」

「そう! シドニーに関するものが撮りたい! ――あ、違うよ? ストーカーとかじゃないよ?」

 

 率直に言ってストーカーでは? というノクティスの疑問が顔に出ていたのだろう。プロンプトが慌てて訂正を求めてくる。

 しかしいくら尊敬する人だからと言って、彼女の周りの写真を撮りたいというのは控えめに言って変態の所業ではないだろうか。

 

「まずはハンマーヘッドに行って、シドニーを育んでくれたハンマーヘッドに一礼」

 

 ちなみにこの標、ハンマーヘッドからそこまで離れた場所ではない。ないが、ハンマーヘッドに行くのであればレガリアを使った方が良い場所である。

 しかもシドニーに関する写真であるのに、まずそこから行くことにノクティスは驚愕が隠せない。これは昨日、我慢して嫌いなものでも食べておけばよかったかもしれない。

 

「遠っ!? ってか直接シドニーに言えば良いだろ。断るようには見えねえし」

「こんなキモいこと本人に言えるわけないでしょうが!」

 

 自覚はあったんだな、とノクティスは朝からドッと疲れた気分になりながら肩を落とす。

 後悔の念がふつふつと湧いてくるが、今さらどうしようもない。ノクティスは半ば諦めた心境で空を仰ぐのであった。

 

「もういい、好きにしてくれ」

「んじゃ遠慮なく。ということでノクト、ハンマーヘッドが見える丘に行くよ!」

「はいはい」

 

 急かしてくるプロンプトに押され、ノクティスたちはハンマーヘッドが一望できる小高い丘に行く。

 ハンマーヘッドという名前の由来はとあるサメにあるらしく、サメの看板が特徴として挙げられる。

 長年の風雨に晒され、黄ばんだサメの看板がなんとも古めかしく趣がある。

 

「着いたぞ。……さすがにハンマーヘッドに興奮し始めたら殴ってでも止めるからな?」

「しないってば!? どんだけ人を変態扱いしてんのさ!?」

 

 昨日から今日にかけての態度を見ていて、警戒するなという方が難しい。

 とはいえプロンプトの方は本当に純粋な尊敬があるらしい。ここまで行くと一種の信仰にすら見えるが、本人は幸せで彼女に迷惑も行ってないのなら良いのだろう、多分。

 

「と、とにかく……シドニーを育んでくれたハンマーヘッドよ、ありがと――」

「あれ、王子? こんな早朝から何してるの?」

「シッ、シドニー!?」

 

 いきなり後ろから話しかけてきたのは先ほどまで話題の中心だったシドニーだ。

 プロンプトの声が芸術的に裏返るが、シドニーは気にせずノクティスに話しかけてくる。

 

「そっちこそどうして」

「徹夜明けの朝とかに、この辺りを散歩して気分転換してるの。ここは眺めもいいしね、お気に入り。王子たちはお目が高いよ」

「ふーん」

 

 なんだかんだプロンプトの見立ては確かなもののようだ。今現在のテンパりまくっている彼に言っても意味はないが。

 

「そっちはどうしてここに?」

「え? あ、えーっと……」

 

 そして想定外の事態に焦っているプロンプトと、ここに来た目的を率直に行ったら笑われること間違いなしである。

 プロンプトの未来もそうだが、一緒にいる自分まで同じ目で見られたらたまらない。

 上手く耳打ちしてやって、彼を誘導してやる必要がある。当然ながら、素直に来た目的は話せないのでそれ以外を――

 

「オレたちも散歩に来たんだ!」

「へえ、朝早いんだ」

「ま、まあね! あっ、オレ写真撮るのが好きでさ! 色んなとこ散歩してよく撮影とかしてるんだよね!」

「そうなんだ。じゃあ今日は何を撮りに来たの?」

 

 上手い対応だとプロンプトを内心で褒めたのも一瞬、言葉に詰まる二人。

 今回はシドニーに関わるものを撮りに来ました、とは言えない二人だった。

 ノクティスはなんでこんなことしてるんだろう、という疑問を心の奥底に封じ込めて頭を回転させる。

 

 君の寝顔を撮りに来た――変態確定である。ボツ。

 ハンマーヘッドを撮りに来た――無難だが、プロンプトの本心であるシドニーとの写真は難しくなるだろう。

 他にノクティスが知りうる情報でシドニーが面白がりそうなものは――一つしかない。

 

「キミのお爺さんの、滅多に見れない寝顔――なんてね」

「じいじの? あはは、面白い! うん、それ確かにみたいかも!」

 

 よし大絶賛、とノクティスは自分の言葉選びに自画自賛しつつ内心でガッツポーズする。

 仕掛けるならここしかない、とノクティスは自らの勘を信じて口を開く。

 

「ここで会ったのも何かの縁だ。記念にハンマーヘッドをバックに写真でも撮ったらどうだ?」

「へっ?」

「お、いいね。誰が撮るの?」

「オレがやるわ」

 

 すかさずプロンプトのカメラを取って、二人がハンマーヘッドを背景に並ぶのを待つ。

 肝心のプロンプトがこれ現実? 夢じゃない? みたいな顔で反応が悪かったので少々時間がかかったが、上手く写真を撮ることができた。

 ハンマーヘッドに戻っていくシドニーに手を振り、プロンプトはしみじみとつぶやいた。

 

「シドニーってさ。ホント、尊いよね」

「よくわからんけど、お前がそれでいいならいいや」

 

 きっと悪い方向にはいかないだろう、多分。

 ノクティスは朝からドッと疲れが溜まるのを感じて、プロンプトの将来について考えることは放棄するのであった。

 

 

 

 

 

「くぁ、ねむ……」

「早朝から付き合わせて悪いな」

 

 ある日、ノクティスはイグニスの朝食作りに誘われていた。

 たまたま気が向いたというのもあるし、何より運転手やら食事係やらで旅の負担でも結構大きい部分をイグニスが担っているのだ。

 その彼がしてくる頼みごとぐらい、聞いてもバチは当たらない。

 

「で、何を手伝ってほしいって?」

「鍋のスープをかき混ぜて欲しい。焦がさないようにな」

「了解」

 

 朝食用の皿をイグニスが並べていくのを横目に、ノクティスはお玉で鍋をかき混ぜていく。

 仕込みは昨日の時点でしてあったのだろう。野菜と肉がふんだんに使われた、すでに美味しそうな匂いを発しているスープだ。

 

「料理をするのは何年ぶりだ?」

「んー? 高校の頃にやったきりだし……二年ぶりくらいか?」

「バイトもしていたからな。喫茶店のバイトなんかもあったか」

「あったあった。兄貴がしょっちゅう来てたな」

 

 場末の小さな喫茶店で、仏頂面でバイトしている弟の顔を見るために、アクトゥスは王都にいる時はその店でコーヒーを飲むのが習慣になっていた。

 

「アクトゥス様か。あの人はお前のことを可愛がっていたな」

「オレにコーヒー淹れてくれって言うくせ、淹れると口うるせーんだけどな」

 

 香りが立ってないだの淹れ方がなってないだの、文句ばかりでうるさかった記憶しかない。

 じゃあ飲むなと取り上げようとすると全部飲み干すのだから、彼もよくわからない。

 

「そうだったのか。それは知らなかった」

「猫被ってんだよ兄貴は。まあ、外の土産とかは嬉しかったけど」

 

 外の世界で用いられている釣具などを買ってきてくれるのは素直に嬉しかった。

 他にも珍妙な置物などもあったのが疵だが、概ねアクトゥスはノクティスを弟として面倒を見ていたのだ。

 

「で、なんで急に手伝ってくれなんて言ったんだよ」

「なに、こうやって面と向かって話す機会が減ったと思ってな」

 

 高校の頃はノクティスが一人暮らしをしているマンションを訪ねて、散らかり放題の部屋を片付けたり食事の世話をしていたものだ。

 こうして旅に出てからは四人で行動することがほとんどで、二人というのは意識しなければ難しい。

 

「何か抱え込んではいないか?」

「お前、昔っからオレのことばっか気にすんのな」

 

 笑ってしまう。過保護なのはずっと変わらない。

 ああしろこうしろと口うるさい時もあるが、イグニスはずっとノクティスのことを気にかけているのだと思うと鬱陶しく感じることはあっても、嫌いにはなれなかった。

 

「陛下に任されているからな」

「兄貴にはないのにな」

「アクトゥス様は……そうだな、どうしてなんだ?」

「あれ、イグニスも知らねーのか」

 

 ちょっとした軽口のつもりだったのだが、意外なことにイグニスも知らなかったらしい。

 ノクティスには幼少の頃からグラディオラスやイグニスがついていたが、アクトゥスにはそれがない。

 

「単に王位継承権がないから、ではないだろう」

「そりゃないだろ。国のためってんなら、オレより兄貴の方がよっぽど頑張ってる。オヤジもその辺で区別はしなかったはずだぜ」

「外交官という役職上、外に出ることも増えるから護衛がいてもおかしくはないはずだが……」

「ま、いいや。それよりスープ、もう良いんじゃねえの?」

「ああ――よし、よく煮えているな。少し味見をしても良いぞ」

 

 んじゃ遠慮なく、とノクティスは小皿にスープを少しだけすくって飲んでみる。

 焦がさずじっくりと煮込むことで野菜と肉の旨味がスープに溶け出し、なんとも言えないホッとする美味しさを生み出していた。

 

「ん、美味い」

「自分で作るとひとしおだろう。たまには自分で作る気になったか?」

「いや? お前の作ったメシが一番美味いし」

 

 何を言っているんだ、という顔でノクティスに見られてしまい、イグニスは苦笑するしかなかった。

 ここまで無邪気な信頼を寄せてもらえるのであれば、自分が頑張るしかないではないか。

 

「全く、これで少しは楽ができると思ったが――」

「まだまだ働いてもらうぜ、軍師殿」

「――期待には応えるとしよう」

 

 

 

 

 

 それはガーディナ渡船場近くの標で、今日も今日とて貧乏王子一行がホテルを眺めながらキャンプをしている時のこと。

 グラディオラスが夜間の自主トレを行い、汗を拭いてからテントに戻ろうとした時だった。

 ノクティスがぶすっとした仏頂面でテントから逃げるように出てきたのだ。

 

「っと、ノクトか。どうした、不機嫌そうな顔で」

「ったく、イグニスがうるせえんだよいちいち……」

「はは、また早起きしろって怒られたか」

「うっせえ」

 

 ふてくされるノクティスに困ったものだと眉を寄せるイグニスの顔が目に浮かぶようだ。

 しかしノクティスに非があるのは確かだが、小言ばかり言われ続けるのも良くないだろう。

 

「よし、明日の朝、オレにちょっと付き合えよ」

「はぁ? なんで朝」

「早朝トレーニングってやつだ。ここはちょうど海辺だし、朝やるにはもってこいのやつがある」

「……まあ良いけど」

 

 決まりだな、とグラディオラスがノクティスの肩を叩くとノクティスは鬱陶しそうに振り払うが、その顔にはどこか楽しそうな色が含まれているのであった。

 

 そして翌朝。

 水平線の彼方から朝日が水面を照り返して昇り始める頃合いに、二人は砂浜に立っていた。

 

「で、トレーニングってなにやんだよ」

「せっかくの砂浜だ。――走る!」

 

 そう言ってグラディオラスはガーディナ渡船場近くまで広がる砂浜を指差す。

 しかし距離そのものはさほど長いわけではない。普通に走っても大きな消耗はないはずだ。

 そんなノクティスの視線に気づいたのだろう。グラディオラスはイタズラを仕掛ける子供のような笑みを浮かべる。

 

「そんだけ、って顔だな。走ってみたらそうも言ってられないぜ。コンクリや地面と違って踏ん張りも利かない砂浜で走るからこそ、いいトレーニングになるんだ」

「そんなもんか」

「おう、キツくなきゃ鍛えられないしな。早朝にやるには丁度いいだろ。……今回は相手もいるんだ、どうせなら勝負にしてみねえか?」

「勝負?」

「何か懸かってた方が燃えるだろ。そうだな……」

 

 グラディオラスは砂浜の先に視線をやり、手頃な岩を一つ指差した。

 

「あそこがゴールで、どっちが早くあそこまで行くか。簡単だろ?」

「良いけど、何賭けるんだよ」

「オレが勝ったら、しばらくオレのトレーニングに付き合うってのはどうだ?」

「そりゃ負けらんねーわ。良いぜ、受けて立とうじゃねーか」

「決まりだな。そんじゃ――スタート!!」

 

 グラディオラスの合図とともに二人は同時に砂浜の上を走り出す。

 ゴールまでの距離は、全力で走り抜けるのが不可能な程度には長い。なのでお互いにペース配分を行い、ここぞというところで相手を追い抜かす読み合いも必要になってくる。

 

「くっ!? 走りにくいなこれ!」

「砂浜の恐ろしさがわかったか」

 

 だが、ノクティスはそれ以前の部分で苦戦していた。

 それもそのはず。彼には砂浜を走るようなトレーニングを経験した覚えはない。

 ルシスの王族として武器召喚とそれに連なる訓練は受けていても、あらゆる環境に適応するような軍人の受ける訓練は受けていないのだ。

 

「シフト使っちゃダメか!?」

「ダメに決まってんだろ。トレーニングにならねえよ」

「ぐっ、ぉぉぉぉおおおお!!」

 

 前に進むために足にかけている力を、砂浜はほとんど吸収して分散してしまう。

 横を走るグラディオラスにはまだ余裕がありそうで、必死になって走っている自分とは大違いだ。

 もうノクティスには相手の調子を見る余力など残っていない。とにかく全力で、何としてでもゴールにたどり着くことだけを考えていた。

 

「おお、やるじゃねえか。よっし、オレも本気出すかな!」

「っ、グラディオのやつ、速え!!」

 

 軽快に速度を上げ、自分の先を走り始めるグラディオラスに食いつくのはもはや意地の領域だった。

 向こうの方がトレーニングしている、とかこっちはルシスの王族だ、とかそんな小難しい理屈は頭にも浮かばない。

 ただの友人で――友人だからこそ、負けたくないという至極当たり前の男の子の意地。

 ノクティスは感覚が消えそうな足にさらに力を込め、力の入らない腿を全力で上げる。

 そして――

 

「――だぁ! 勝ったぁ!!」

「やるじゃねえか、初めての砂走りにしちゃ根性見せたな」

 

 ギリギリ。本当にギリギリでグラディオラスを追い抜き、ゴールすることができた。

 ぜえぜえと必死に息を整えるノクティスと、まだ余裕のありそうなグラディオラスの様子を見れば手加減されていたことは明白だが、それでもわざと負けてくれるほどサービス精神には溢れていないだろう。

 適度に手加減してノクティスのやる気がなくならないよう発破をかけつつ、最後は自分が勝つ。そのつもりでいたに違いない。

 それを覆したのだ。十二分にノクティスの勝ちと言えよう。

 

「マジでキツイのな。砂浜ナメてたわ」

「トレーニングになるって言った意味がわかっただろ? まあ、そんだけ砂まみれになって帰りゃあ、イグニスも何も言わねえさ」

 

 すげえ特訓しましたって顔しとけよ、とグラディオラスに言われてノクティスは彼の真意に気づく。

 

「なんで早朝にって思ったら、そういうことかよ。おかげで朝からクタクタだ。――でもまあ、早朝の景色ってのも良いもんだな」

 

 朝焼けに照らされたガーディナと水面がキラキラと輝き、蒼天と薄明の朝焼けが溶け合うように混ざり合い、夕焼けが見せる一日の終わりの切なさとは違う、これから一日が始まるという希望を抱かせる光景だった。

 

 目を細めてそれを見るノクティスを見て、グラディオラスはそれがわかれば十分だと言うようにうなずく。

 

「たまには早起きも悪くないだろ。じゃ、帰ってメシにしようぜ」

「たまには、な」

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 それはガーディナでモブハントをしていた時のこと。

 高級ホテルとか泊まれなくても死ぬわけじゃないし、と半ば諦め気味だったノクティス一行だったが、やはり一度くらいは柔らかいベッドに包まれて寝てみたい、という全員の暗黙の希望を汲み取り、四人は文句も言わずモブハントに励んでいた。

 

 海岸付近に出て来るモンスターを狩った戻り道のことだった。

 ノクティスの足元でみゃぁ、という小さな鳴き声が聞こえたのだ。

 見ると、白い猫が桟橋に佇んでいるのがわかった。

 膝を折り、猫と視線を合わせるようにするノクティス。

 

「ん、散歩中か?」

 

 首が振られる。違うらしい。

 

「仲間とはぐれた――じゃないか。腹が減った、とか?」

 

 腹が減ったのか、という問いかけに猫はその通りだというように鳴き声を上げる。非常に賢い猫のようだ。

 立ち上がり、一行の食糧事情を把握しているイグニスの方を見る。

 

「なんかないか、イグニス?」

「保存食や道中で狩った肉ならあるが、新鮮とは言い難い」

「海辺なんだし、魚でも釣る?」

 

 それだ、とノクティスはプロンプトの何気ない言葉に反応し、手を叩く。

 

「今良いこと言ったプロンプト。そうだよ、釣ってくればいいじゃねえか」

「お、なになに、やる気?」

「ちょっと待ってろよ。オレがとびっきりの魚釣ってきてやるからな」

 

 何を隠そう。ノクティス・ルシス・チェラム王子は釣りが大好きなのだ。

 釣りは良い。水面に釣り竿を垂らし、水と魚と対話をするのに身分の差などない。

 老若男女全てが平等。問われるのは自ら会得した魚の知識と積み上げ続けた経験によるロッド捌きのみ。

 

 ノクティスは釣り場として機能している桟橋の前にいそいそとやってくると、武器召喚と同じ要領で愛用のロッドを召喚する。

 ルシスの王族にのみ許された力をそんなことに使って良いのかと思うかもしれないが、ノクティスの兄であるアクトゥスも似たようなことに使っているため、この王族は使える力は容赦なく有効活用する方針らしい。

 

「王都の外での釣りは初めてか」

「てか海釣り自体が初めてだわ。よっし、待ってろよ」

 

 後ろで仲間が見守る中、ノクティスは意気揚々とロッドを振り、ルアーを水の中に投げ入れる。

 ポチャン、と水の上を叩くルアーの音が良い。ノクティスは王都にいた頃にそう熱く語ったことがあるのだが、誰の賛同も得られなかったのが不満だった。

 

「やはり王都の釣り場とは違うものか?」

「ああ、ロッド越しの波の間隔とか全然違う。この辺は結構簡単なんだろうな。目視でも魚が見えるし、逃げる様子もない……っと、来たっ!!」

 

 海水浴場としても機能している場所だ。魚も人間慣れしてしまっているのかもしれない、とノクティスはイグニスの質問に答えながら慣れた手つきでロッドを操り、釣り針に魚を引っ掛ける。

 ここからは格闘戦だ。針を外そうともがく魚の体力を奪い、ラインがちぎれぬよう慎重に魚の動きに合わせてやる必要がある。

 ここでの鉄則は焦らないこと。焦って体力を奪いに行こうとするとラインに不要な力がかかり、ちぎれてしまう可能性が高まる。

 すでに釣り針に引っかかっている時点で魚との勝負は半分以上勝っているも同然なのだ。最後の詰めを誤ることなく、慎重に詰めていけば――

 

「っし、余裕!!」

 

 見事、ノクティスはジャイアントトレバリーと呼ばれている食用の魚を釣り上げることに成功する。

 王都で鍛えた釣りの腕は外の世界でも通用するらしい。これは旅の楽しみが俄然増えるというものだ。

 

「食用のトレバリーだな。もっと釣ってくれれば、キャンプの食事にも使えそうだ」

「へへっ、魚は任せとけって。今は猫の方が優先だけどな」

「ああ、持っていこう」

 

 本当なら時間の許す限り釣りに没頭したいが、今回はお腹をすかせた猫がいる。

 涙をのんでロッドをしまい、ノクティスは猫の元に行く。

 

「ほら、これでどうだ」

 

 ニャッ、と猫は置かれたトレバリーを見ると驚いた様子で身を跳ねさせる。

 そして警戒した様子で魚を睨んでおり、とても食べる空気には見えない。

 

「魚、嫌いなのか?」

 

 ノクティスの言葉に猫はチラチラとレストランの方を見る。

 普段はレストランの方からもらっているのだろうか、などと思って魚を置く方向を変えてみても反応は同じ。

 

「……調理されてないから食べるに値しない、とかか?」

 

 イグニスのつぶやきに猫は機敏に反応し、レストランの方を見て再び座り込む。

 どうやらこの猫にとって生のお魚は食べる価値がないものらしい。

 

「贅沢な猫だな」

「どうする、ノクト?」

「ここまで来たんだ。厨房の人に頼んでみようぜ」

 

 せっかく釣った魚なのだ。どうせなら美味しく食べてもらいたい。

 ノクティスたちはガーディナのレストラン、コーラルワールで働いている女性シェフのもとへ向かう。

 カクトーラという名札の貼られた人にノクティスは声をかける。

 

「あら、いらっしゃい。ご注文は?」

「あー、ここってさ、猫のメシとか作れるか?」

「……それ、新手の冷やかし?」

「えっ!? あ、いや、そうじゃなくてあっちの猫が生の魚食べなくてさ」

 

 しどろもどろにノクティスが答えると、カクトーラは朗らかに笑って冗談であることを教える。

 

「ふふっ、冗談よ。あなたたちのやり取りは遠目だけど見えていたわ。その魚を調理すれば良いんでしょ?」

「おう、頼む」

「ちょっと待ってて。すぐ作っちゃうから」

 

 カクトーラは熟練の手つきで手際よく魚を捌き、熱したフライパンに切り身を投入して猫の食事を作っていく。

 味が濃くならないよう調味料などは使わず、素材の味を十分に活かしたものが作られていく。

 それを見ているとノクティスたちも唾液が溜まるのを自覚する。魚と野菜が焼ける匂いというのはどうしてこうも食欲を刺激するのか。

 

「猫のご飯だけどさ、美味しそうだよね」

「だな。オレらもメシにしたいわ」

 

 グラディオラスとイグニスも同じ気持ちだったのだろう。四人の視線がメニュー表――の隣の値段に吸い寄せられる。

 そしてそこに書いてある値段を見て、ノクティスたちは何も見なかったことにしてカクトーラを見ることにした。

 

「貧乏ってさ、つらいね」

「言うな、プロンプト」

 

 イグニスの作るメニューに文句などあるはずはないが、食べたいものが食べられない辛さというのは存在する。

 プロンプトのつぶやきにグラディオラスも同意を示していると、カクトーラが出来上がったねこまんまを持って戻ってきた。

 

「はい、これ。冷ましてから猫にあげてちょうだい」

「サンキュ」

 

 ノクティスがお礼を言うと、カクトーラは優しい笑みになってノクティスたちの行いに声をかける。

 

「あなたたち、いい人ね。今までは私がご飯を上げてたけど、あなたたちのような人はいなかったもの」

「そんなもんか」

「でも、気をつけなさいよ? 猫って懐いた相手には執着するし、何より美食家よ?」

「それは実感したわ」

 

 というか多分、自分たちより金のかかっているものを食べている。

 

「とにかく、ありがとう」

「なんで礼なんて言うんだよ」

「あなたたちみたいな人が見れて、嬉しかっただけ。今度はちゃんとしたご飯も食べてくれると嬉しいわ」

「……もうちょい金が溜まったらで」

「モブハントの情報もお待ちしてます」

「ったく、商売上手だな」

 

 外の世界の女性は皆たくましい。ノクティスは降参だと肩をすくめ、猫の元に戻るのであった。

 

「ほら、持ってきたぞ」

 

 みゃぁ、と猫は十分に冷まされたねこまんまに夢中でかぶりついていく。

 その様子は先ほど生の魚に驚いていた猫とはまるで別物である。

 

「この贅沢猫。多分、オレらより良いもの食ってんだぞ?」

 

 ノクティスは優しそうに目を細め、猫が食事をする様子を眺める。

 やがて食事がすっかりなくなってしまうと、猫はにゃぁ、とノクティスに甘えるように一声鳴く。

 

「懐かれたかな?」

「どーだろ」

「執着されてしまうかもな」

「猫だぜ? そんな遠くまでこねーだろ」

「わからんぜ? どこかで意外な再会をするかもな」

「ま、そんときゃそんときだ」

 

 ノクティスは三人の言葉に軽く笑い、再び旅を始めていく。

 

 

 

「ほほう、あの小僧……なかなかのロッド捌きだ」

 

 

 

 彼の釣りの一部始終を見ていた、ある人物の独り言をその背に受けて。




サブキャラの名前とか結構意図して出しているんで、覚えていただけるとありがたいです。オープンワールド系でされると嬉しい演出のためにやっているので。

次回からは普通にチャプター2が始まります。このストーリー、サブクエやらキャラクエやらオリキャラ混ぜたオリクエとか入れると結構長くなる……?


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チャプター2 ―再起―
王家の力の継承


書けるうちに書いていくスタイル! ちなみにチャプター2はメッチャ短いです。


 レガリアの中でノクティスたちはこれからのこと。王都の中で起こっていたことについて言葉を交わす。

 

「兄貴とルーナは一緒に王都の中だ。早いとこ助けに行きてえ」

「同感だが、あの警戒網をオレたちだけでは無理だ」

「うん、でもコルはそれを把握していないみたいだよね」

 

 プロンプトの言葉に全員がうなずく。

 ノクティスの兄、アクトゥスが存命でルナフレーナと行動をともにしていることは、ノクティスたちしか知らない情報だ。

 今はこれを早くコルに伝える。それがノクティスたちの目的となっていた。

 

「王都で一緒にいたんじゃないんだね」

「兄貴も戦ってたんだと思う。兄貴はオレより強い」

「外の世界で動き回っていた人だからな。下手をすると警護隊のオレたちより戦闘経験は豊富だろう」

 

 イグニスの予想を裏付けるようにノクティスも同意する。

 ノクティスがシフトの訓練を始めた時、アクトゥスにも見てもらっていたがあのシフト捌きはとても真似できそうになかった。

 双短剣を同時に別方向に投げ、ほとんどタイムラグなしに二方向へのシフトブレイクを行うのだ。

 そして一撃離脱を行うべく常にどこかに魔力を通した武器を置いておく。正面から戦った場合、ノクティスがアクトゥスに勝てる絵面は描けない。

 

 彼ほどシフトに長けた王族はいないだろう。父王レギスは足腰の衰えがひどく、まともに動けなかったのだから彼が足となって戦っていたに違いない。

 

「もう警護隊は機能していない。王都の中はどうなってんだろうな……」

「その辺りもいずれ報道されるはずだ。これだけの騒動を隠し通すなんて真似はしないだろう」

 

 それだけ言うと、話題が途切れてしまう。

 ノクティスの兄が生きていたことは間違いなく吉報だが、それもまだ喜ぶには早い状況。

 このまま自分たちの手が届かない場所で兄が死んでしまったら、ノクティスは本当に一人になってしまう。

 

 重苦しい沈黙がレガリアを包んでいると、自身のスマートフォンを睨んでいたグラディオラスが顔を上げる。

 

「妹と連絡がついた。何人かと一緒にレスタルムに向かっているらしい」

「妹さん、無事だったんだ」

「オヤジと陛下。アクトゥス様たちが先んじて逃がしていたみたいだ。じゃなきゃもうクレイン地方まで行ってねえ」

 

 クレイン地方。今現在ノクティスたちがいるリード地方から西――ダスカ地方をさらに西に進んだ先にある地方である。

 はるか昔、地上に振ってきたと言われる超巨大隕石メテオが今なお燃え盛り、巨神タイタンがそれを支え続けているという神話が色濃く残る、巨神信仰の盛んな地方だ。

 

「先んじてってことは……」

「本格的に、向こうは迎撃のつもりだったんだろうな」

「どうしてオレたちだけ……!」

 

 レギスとアクトゥスは知っていた。ノクティスは何も知らされなかった。

 自分は王族として民を護るという使命を果たすに値しないと思われたのか。そんな苛立ちが胸に浮かんでくる。

 胸の奥にある気持ちが晴れぬまま、一行はハンマーヘッドに到着する。

 ハンマーヘッドではシドニーが心配そうに立っており、ノクティスたちの姿を見つけたことで安堵の息を漏らす。

 

「ラジオを聞いてから、ずっと待ってたんだ。無事でよかったよ」

「ああ、兄貴からも連絡がついた。少なくともオレと兄貴は無事だ」

「そっか。うん、上手く言えないけどさ。顔、上げていこう?」

 

 オヤジにも似たようなこと言われたな、とノクティスはシドニーの言葉に目を細める。

 だが、事実だ。肩を落とし、頭を下げていても状況は好転しない。

 何より自分は王族なのだ。せめて胸を張ってしゃんとした姿を見せなければ。

 

「将軍は?」

「もう出てった。用事があるって」

「マジか。コルは兄貴の無事をまだ知らねえんだ。連絡が来たら教えてやってくれ。兄貴はまだ王都にいる」

「わかった。お兄さんなら大丈夫だよ。あの人、そんじょそこらのハンターが目じゃないくらい、腕が立つんだからさ」

「……知ってるよ」

 

 拙いシドニーの励ましにノクティスは小さく笑う。

 その顔を見たシドニーも安心したように笑い、シドのいるガレージを指差す。

 

「コルさん、じいじに色々と伝えてたから、まずはそっちの話を聞いて」

「わかった」

 

 ガレージにノクティスたちが足を運ぶと、そこにはシドが憔悴した様子で座り込んでいた。

 それでもノクティスの姿を見ると、彼の眼光に力が宿っていく。

 

「おう、来たか」

「……話は」

「コルから聞かされたのは襲撃の目的だけだ。それ以外は聞かされちゃいねえ」

 

 目的とは、という視線が四人から集まり、シドはその重い口を開いていく。

 

「目的は王家の指輪とクリスタルの奪取。和平なんて最初っから王都に入るための方便だ」

「停戦の意思は、初めからなかった」

 

 あの惨状を見れば嫌でも理解させられるが、こうして言葉にされたことでより実感も深まる。

 

「……なんでそんなもん受けてんだよ」

「騙された、とは言わねえのか」

「兄貴もいたんだぞ! 外の世界で色々見てたはずの兄貴も、オヤジも! 騙されるわけねえだろ!!」

「そうだな、その通りだ」

 

 激高するノクティスをシドはかえって眩しいものを見るような優しい目で見る。

 初めて会った時は覇気のない内気な少年だと思ったが、何のことはない。

 仲間を大切にし、家族を大切にする、レギスやアクトゥスと同じ気質を彼も秘めているのだ。

 

「お前さんの言う通りだ。連中、城で戦争するつもりだったのさ。あいつらはあいつらで迎え撃ったんだ」

「…………」

「だが……結果はご覧の通り、届かなかった。アクトの坊主も、それが見えていたんだろう」

 

 外の世界を見て回り、ルシス国内にいくつも帝国の基地が建造される様を見てきた。

 籠城し、魔法障壁の中で栄えてきたルシスと外の世界の覇権を握っていると言っても良いニフルハイム。

 

 勝ち目が薄いのは誰の目にも明らかだった。誰の目にも。

 ――閉じこもっていれば、誰もわからないそれを、アクトゥスは認識していた。

 

「じゃあ、どうして兄貴は戻って……」

「それはわからねえ。細けえことはアクトとコルに直接聞きな。……少し疲れた」

 

 シドはそう言って、作業机に置かれている古ぼけた写真立てを撫でる。

 その手に釣られて視線を動かしたノクティスたちにもそれが映る。

 

 三十年前、彼らが帝国と戦いながら旅をしたというメンバーの写真だ。

 グラディオラスの父、クレイラス。目の前にいるシド。弱冠十五歳で旅に同行したコル将軍。そして――ノクティスと同じ面影を宿す父王レギス。

 

「オレはもう、レギスとは何年も顔を合わせちゃいねえんだ。昔の仲違いが原因でな」

「…………」

「もう和解はしたが……それでも会っておきたかったぜ、バカヤロウが」

 

 シドの言葉には、誰も答えることのできない後悔が滲んでいた。

 

 

 

 コルは王の墓所と呼ばれる場所にいる。

 そんな言葉をシドより言葉少なに伝えられ、その場所を目指そうとした時だ。

 ノクティスのスマートフォンが再び振動し、着信を知らせる。

 

「――兄貴だ」

「え、さっきぶりじゃない!?」

「こまめな連絡が入れられるというのは、悪い状況ではないということだ」

 

 イグニスの推測とプロンプトのにわかに明るくなった顔に励まされつつ、ノクティスは電話に出る。

 

「兄貴か?」

「すぐで悪いな。いつ連絡できるかわからねえから、連絡できるうちにしておきたかった」

「いや、兄貴が気にすることじゃねえよ」

 

 一番危ない状況にいるのはアクトゥスなのだ。彼の事情で電話をかけてくることくらい、いくらでも受け入れられる。

 

「で、あん時は急いでいたから話せなかったが、そっちから連絡するのはやめて欲しい。オレの状況とかもあるからな」

「わかった。兄貴から来る形か?」

「そうなるな。なるべくこまめに連絡は入れるつもりだ」

「了解。ルーナも?」

「二人で何とか脱出の算段を立ててるところだ。弟の嫁さん守れるとか兄貴冥利に尽きるね」

「な、バッ!?」

 

 電話越しにも変な声が聞こえて、次いでアクトゥスの笑い声が響く。

 

「案外似たもの夫婦だな、……いや、わかったからそんな怒らんでくれ。悪かったよ」

「ルーナに何かしたらぶっ殺す」

「やめろよ本気で怒るなよ冗談だよ!? どうせ辛気臭そうな顔してるだろうな、と思って冗談を飛ばしたってのに!」

 

 やれやれ、とアクトゥスのため息が電話越しに聞こえてくると、ノクティスも肩の力が抜けるのを感じる。

 なんだかんだ、彼の軽口を聞けるのは思いの外嬉しいようだ。彼に言うと調子に乗るだろうから、絶対に言わないが。

 

「で、そっちはどうなってる?」

「さっきシドから襲撃の話を聞かされた。……兄貴はどうして残ったんだ。わかってたんだろ」

「まあな」

「っ、じゃあどうして!」

 

 サラリと認めたアクトゥスにノクティスは電話越しに詰め寄る。

 しかし彼の声は先ほどまで軽口を飛ばしていたそれとは別人のように、冷静なものだった。

 

「最悪の場合のためだ。あの場面での最悪は戦争に負けることじゃない。指輪もクリスタルも奪われることだ」

「どういう意味だよ」

「それが奪われたら本当にルシスの再建は不可能になる。それだけは避けねばならなかった」

 

 本当はもう一つ狙いはあるが、そちらはアクトゥスが意図して教えなかった。

 今はまだ、真の王とかそういった使命を伝えるには早いだろう。

 

「父上は死んだし、王都は落ちた。……けど、希望は途絶えちゃいない」

「……兄貴」

「お前と、オレが希望だ。わかるな?」

 

 ルシスの王族はノクティスとアクトゥスの二人だけ。そして王とは権威の象徴ではなく、魔法を操り民を護る血の証明。

 指輪がなければ魔法障壁は発動できず、クリスタルがなければシガイを祓うこともできない。

 

「……わかった」

「なら良い。で、続きは?」

「コルが王の墓所にいるって言うから、そっちに向かう」

「王の墓所……ハンマーヘッドからだと北西だな。わかった、まずはそっちに行ってくれ」

「兄貴の救出は後で良いのか?」

「今はそっちが先だ。今の状況じゃ目先の目的しかないだろ?」

 

 アクトゥスの言葉がその通りだったことに気づき、ノクティスは沈黙する。

 確かに今は誰が無事かどうかを確認するので精一杯だが、これからはそうも言っていられなくなる。

 王家の人間である以上、国がなくなってもやるべきことはあるのだ。

 

「……やるしかねえんだよな」

「やるしかない。諦めたら何もかも終わりだ」

「……わかった」

「よし、また後で連絡する。じゃあな」

 

 それだけ言ってアクトゥスからの連絡は終了する。

 ちょっとぐらいルナフレーナの声を聞いておきたかったが、彼に伝える暇がなかったので仕方がない。

 ノクティスは兄から聞いた話を仲間にも伝えていく。

 

「兄貴はまだ無事だ。救出についてはコルに伝えてから考える。オレたちは墓所に向かうぞ」

「わかった。では今は動こう」

「だな、兵は拙速を尊ぶ、だ」

 

 今はまだやるべきことがあって、それは時間が過ぎると取り返しがつかなくなるものだ。

 ノクティスたちは落ち込む余裕すら考えず、レガリアに乗り込むのであった。

 

 

 

 

 

 荒野の野営地と呼ばれている、ハンターたちが一時的に休む文字通りの野営地にほど近い場所に、王の墓所と呼ばれるものは存在する。

 特殊な鍵が必要なのかどんな手を持ってしても開けることができず、王家の限られた人間以外には入ることすら許されない場所だ。

 

 ノクティスたちが到着した時、扉はすでに開いていた。

 中に入ると暗く冷たい墓所特有の空気とともに、不死将軍の異名で知られるコル・リオニスが佇んでいた。

 コルはノクティスたちが来たことに気づくと、ゆっくりと振り返ってこちらを見る。

 

「ようやく来たか、王子」

「オレにやらせたいことがあるんだろ。早く教えてくれ」

「……何か焦っているのか」

「兄貴の無事がわかったけど、まずはこっちを優先しろって言われたんだ」

「アクトゥス様が? 無事なのか?」

 

 ノクティスの言葉にコルは目を見開き、それが事実か確認を行う。

 

「事実だよ。オレに直接電話が来た。んで、まずはこっちの目的を見つけろってさ」

「……わかった。アクトゥス様がそういうのならしばらくは安全が確保されているのだろう。今は――新王の使命が先だ」

 

 コルは一振りの剣を抱えた造形の棺の前に立ち、ノクティスに語り始める。

 

「亡き王の魂に触れることで、ルシスの歴代王の力の一端が新王に与えられる。ここには屍などなく、王の魂が眠る墓所となっている」

「……オヤジが使っていた力か?」

 

 ずいぶんと昔。テネブラエを訪れた時にシガイに襲われた事件をノクティスは思い出す。

 怪我で朦朧とした意識の中、透明に輝く武器を操ってシガイを撃退し、自分を見るレギスの姿が――

 

「そうだ。歴代王の力を集め、王として民を守って欲しい」

「王として民を守って欲しい、ね……だからオレらを外に出して、兄貴は王都にいたと」

「……アクトゥス様の事情は後で話そう。だが、一つ確かなことがある」

「なんだよ」

「陛下も、アクトゥス様も。お前になら後を任せられると信じていた」

「っ、ざけんな!!」

 

 コルの言葉を聞いた瞬間、ノクティスは弾かれたように顔を上げて激高する。

 

「なんでオレなんだよ!! 兄貴の方が頭も良くて、戦いだってやれて、ずっとルシスのために頑張ってたじゃねえか!! 王位継承権なんてもうどうでも良いだろ!! なのになんで兄貴は今もやべえ王都にいて、オレらはこんなところにいるんだよ!!」

 

 後を任せる? 冗談ではない。父に言われるならまだしも、兄にまでそう言われるのはおかしいではないか。

 彼は王位継承権がないだけで、王族としての力は振るえるし王家の人間としての自覚だって自分などよりよっぽどある。

 それにコルの言い分も気に入らなかった。まるでノクティスだけが重要で、アクトゥスはそうでないみたいな言い方ではないか。

 彼だって王家の人間だ。それも普通に生活していたノクティスと違い、ルシスの国内外で活躍してきたのだ。

 

「王子、落ち着け」

「落ち着いてる!! オレは――」

 

 ノクティスの脳裏に浮かぶのは、旅立ちの朝。

 家族として朗らかに微笑み、王家の責務を背負い続けた重い手でノクティスの肩を叩いたレギス。

 これから激しい戦闘になることなど微塵も感じさせず、いつも通りの見慣れた兄の笑顔でノクティスを送り出したアクトゥス。

 両名とも、わかっていたのだろう。ノクティスが旅立った後、生き残れるともわからない戦いに身を投じることを。

 ならばせめて一言――

 

「――言って、欲しかった」

 

 全て吐き出したようにうなだれ、つぶやかれたノクティスの言葉に三人はかける言葉がなかった。

 旅に同行した面々も多かれ少なかれ思っていたことなのだ。

 

「オレたちだけ、蚊帳の外だったじゃねえか……」

「――すまない、王子」

 

 ノクティスの言葉を聞いて、コルは彼の前まで来るとほぼ直角に頭を下げる。

 

「なんで謝るんだよ」

「あの日、陛下とアクトゥス様は家族としてお前を送り出したかった。結局、こんな形で告げることになったのはオレや王の剣が陛下を守りきれなかったことが原因だ。――すまない、王子。オレたちの力が足りないばかりに、陛下を死なせてしまった」

 

 いかに勝ち目が薄くとも、彼らは勝つつもりで戦った。アクトゥスも最悪の事態に備えるためと言っていたが、彼とて戦闘では全力を尽くしていたのだ。

 それに勝てばノクティスたちはちょっと想定外のことに驚きながらも、そのままオルティシエに行けたのだ。

 負けてしまったのが全ての原因だと言えよう。そして王の敗北はいかなる理由があろうとも、仕える者たちはそれに責任を感じなければならない。でなければ従者とは言えないだろう。

 

「その上でもう一度言おう。陛下とアクトゥス様はお前になら国を、民を託せると信じたのだ」

 

 勝手な思いやりで何も知らせなかったと思ったら、今度は勝手な期待が背負わされていた。

 どいつもこいつも勝手なことやりやがって、という悪態がノクティスの口からこぼれる。

 振り回されるばかりではないか。国の都合や王の都合、家族の都合に自分は流されてばかり。

 ――力が欲しい。状況に流されず、自分のやりたいことを選べるだけの意思と力が欲しい。

 

 そしてその上で――レギスやアクトゥスが守ろうとしたものを自分もまた、守りたい。

 

 ノクティスが王家の棺に手を伸ばすと、棺が抱えていた剣がふわりと空中に浮かび上がり、レギスの操っていた透明な剣と同じ輝きを宿す。

 やがてそれは主を見定めるように切っ先をノクティスに向けると、その刃をノクティスに突き刺す。

 一瞬のことで驚愕する間もない。しかも刃はノクティスに刺さった瞬間に弾け、ノクティスを守護するように彼の周りを回るのだ。

 

「ノクト、大丈夫!?」

「あ、ああ……これが王家の力……」

 

 いきなりの出来事に驚いたのはノクティスも同じだが、それ以上に力が得られたという実感の方が大きかった。

 一つ、力を得た。その確信が自身の裡から滾々と湧き上がる力によって証明されていた。

 

「これからお前たちは王家の力を集める旅に出るんだ。帝国に勝つには、それしかない」

「……わかった」

「まずはすぐ側の塹壕跡にあるキカトリーク塹壕跡を目指すと良い。そこで王の墓所が確認されている」

「んな場所にあるのか?」

「これらの力を得る王家の人間を試す意味合いも含まれているようでな。大半が危険な場所にあるようだ」

「盗掘防止も兼ねているのだろう。万一盗まれてしまったら、足取りを追うのが困難になる」

 

 イグニスの補足を受けつつ、ノクティスはこれからの旅の目的を獲得したこと、そして確かな力を得たことに拳を握る。

 

「王家の力は全部でいくつあるんだ?」

「アクトゥス様が確認している限りではルシス国内に十あると言われている」

「兄貴が確認?」

「あの方が外の世界にいたのは、外交官という役職につけることで王の墓所の位置を探らせる意味も含まれている」

「じゃあ兄貴も王家の力を持てばいいじゃねえか、二度手間だろ」

「できなかった」

「は?」

 

 コルの言葉にノクティスは不思議そうに眉を寄せる。

 王家の力を得るのに難しいことがあったわけじゃない。墓所に手をかざす。それだけだ。

 

「先ほどのアクトゥス様の事情にもつながる話だ。オレも全てを知っているわけじゃない」

「教えてくれ。もう知らないのはゴメンだ」

 

 ノクティスにそう言われ、コルはどこまで話したものかと思案と逡巡を混ぜて――やがて、絞り出すようにそれを告げた。

 

 

 

「アクトゥス様は――歴代王の力をどれも継承することができない。それが彼の王位継承権がない理由だ」

 

 

 

 

 

「ノクティス様は大丈夫でしょうか……」

「まあ、すぐに追手は来ないだろう。オレもノクトも死亡説が流れている以上、大っぴらに兵を動かしたらルシスの民を活気づけるだけだ」

 

 自惚れるわけではないが、自分はそこそこ王都以外で顔が知られている。

 アクトゥスの死亡説まで流したのだ。これで自分が生きていると知れ渡らせ、演説の一つも行えば民の気力を一気に盛り上げることができる。

 

「それより問題はこっちだ。さすがに出入りの橋が一つしかない以上、警戒が厳重なのは承知していたが……」

「補給を必要としない魔導兵の本領ですね」

 

 現在の拠点としている幽霊マンションの一室から、王都の外に通じる橋を睨む。

 橋の上にずらりと並べられた魔導兵を見て、アクトゥスとルナフレーナは同時にため息をつく。

 彼らには睡眠も食事も必要ない。だから数を並べておけばそれだけで鼠一匹逃がさない警備の完成となる。

 ルナフレーナはそこそこ、アクトゥスはかなり戦える側の人間だが、それでも無策であの数を相手にすることは難しい。不可能とは言わないが、増援も横槍も何も入らないなら可能というレベル。

 

「いつまでインソムニアの電力が生きているかもわからん。電力が消えたらシガイも相手にする羽目になる」

「シガイであれば、わたしも少しはお役に立てます」

「頼もしいが、そこまで追い詰められたら本当に破れかぶれだろうな……」

 

 アクトゥスもルナフレーナも人間なので、食事も必要だし睡眠も必要なのだ。

 食事は今のところアクトゥスが廃屋からかき集めた缶詰やら携帯食料やらでどうにかなる。睡眠も……ルナフレーナには意地でもベッドを使ってもらう程度の余裕はある。

 だが、長くは続かない。四六時中動ける魔導兵の警戒のために常に片方は起きている必要がある上、食料調達はアクトゥスがシフトを使って行っている。

 

 機を伺う必要がある。それは確かだ。

 だがこのままでは好機が訪れてもそれを掴むだけの体力が失われかねない。

 

「今頃ノクトはコルと合流してる頃だろう。できれば一週間以内にケリは付けたいところだ」

 

 それが自分たちが十全に動ける限界だろう。それを過ぎた場合、降伏も視野に入れなければならない。

 

「何にしても今はまだ余裕がある。焦らず機を待つのが良いだろう……そっちにゃ迷惑かけるが」

「いえ、わたし一人でしたら帝国に捕まっていたでしょう。この状況が最善です。それに……」

「それに、なんだ?」

「……やはり、ノクティス様にお会いしたいですから」

 

 仄かに顔を赤くして私情を語るルナフレーナに、アクトゥスは逆に照れてしまう。

 ここまで甘酸っぱい感情を見せられるとは、ノクティスに合流できたらしばらくはからかい倒さねば気が済まない。

 だが口には出さない。あまりからかうとこの神凪は恐ろしいのだ。

 

「……ま、神凪として、とかの使命感で動かれるよりはよほど信用できる」

「か、神凪の使命を忘れるなんてことは!」

「そこは疑っちゃいねえよ。だけど、やるべきこととやりたいことが一致していた方が気分良く動ける。本心を押し殺したって良いことなんてないしな」

「……アクトゥス様も、今の状況はやるべきこととやりたいことが一致しているのですか?」

「ああ、もちろん」

 

 彼の目的はだいぶ前から一貫している。

 王家の力を継承できない理由も彼とレギスは知っている。そしてその上で、六神に課せられた使命も把握している。

 ただ、その内容はレギスが絶句するような残酷なもので――

 

「……アクトゥス様の使命とは一体――」

「しっ!」

 

 ルナフレーナも自分とノクティスの使命は把握しているが、アクトゥスのまでは知らない。

 聞いてみようとしたところ、アクトゥスが緊迫した顔になって静かにするようジェスチャーし、すっかり窓の役目を果たさなくなった窓枠から外を見る。

 魔導エンジンの音が唸り、橋の前に滞空しているのが見える。

 

「新たな増員でしょうか」

「さすがにこの数を配備してまだ増やすってのは非効率だと思うが……」

 

 これ以上の増員は魔導兵同士の動きを阻害するだけだ。同士討ち上等の思考回路なのかもしれないが、それならアクトゥスがちまちまと集めたエレメントによる魔法が効果を発揮しやすくなるだけだ。

 だがアクトゥスとルナフレーナ。双方の予想を裏切る人物がそこに降り立つ。

 ルシスの黒い戦闘装束とは対照的な白い戦闘装束。ニフルハイム帝国の軍服に身を包んだ男だ。

 左腕は手甲のようなもので覆われ、機械音を発する爪がキチキチと音を立てる。

 腰には二振りの剣を差し、一つは彼自身が。もう一つは――レギスの使っていたもの。

 

 ルナフレーナとよく似た髪色で、しかし彼の方がややくすんだ色合いの灰色にも見えるその男性。

 

「レイヴス……!」

「お兄様……」

 

 レイヴス・ノックス・フルーレ。ルナフレーナの兄であり、ニフルハイム帝国の軍をまとめる将軍位についている人間が橋のたもとに降り立つのであった。




ということで次回でチャプター2は終わりそうな勢いです。ノクト組がキカトリーク攻略してダスカ地方に向かいつつ、アクト組がレイヴスと王都脱出戦を繰り広げる予定ぐらいです。

オリキャラをノクトの家族という形でいれた以上、ノクトが一番影響を受けていると言っても過言ではありません。ここから上手く成長という形を書いていければと思っています。

そしてレイヴスです。レイヴス。このキャラかなり長い付き合いになります。覚えておきましょう。戦闘シーンも見せ場も死に場所も設定してあるお気に入りのキャラです。


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新王の旅立ちと王都脱出戦

タイトル、あらすじを変更しました。内容自体に変更はありませんのでご安心ください。

そして全国五百万人のロキファンの皆様申し訳ありません(土下座)


「では王子、オレはアクトゥス様の救出に向かう」

 

 王の墓所を出てすぐに、コルはルシスへ戻る姿勢を示した。

 

「目的の場所は近くだ。迷うことはないだろう。本来なら同行してお前たちの力を見ておきたかったが、アクトゥス様を放っておくことはできない」

「それは良いけど、一人で何とかなんのか?」

 

 リード地方からルシス王都に向かう橋はすでに魔導兵が数多く配備され、猫の子一匹入る隙間もない。

 その包囲網を抜けてコルはここまで来たのだから、何か算段はあるのだろうが危険であることは事実だ。

 

「警護隊の生き残りも集めて仕掛ける。陛下を守れず、アクトゥス様も守れなかったら、本当にオレたちの意味がない」

 

 そう語るコルの目にはノクティスにもわかるほどの強い自責の念が込められており、下手をすると自殺に近い特攻ですらやりかねない空気があった。

 確かにアクトゥスのことは大事だ。だが彼だってコルが死んでまで助けに来たとなれば、助かっても気に病むに違いない。

 

「……死ぬなよ、コル。今、誰か欠けたらルシス復興なんて不可能だからな」

 

 ノクティスなりに考えた言葉だった。死んで欲しくないから無理はするな、というのは照れくさくて言えなかったが、それでも言葉を選んだつもりだ。

 それを聞いたコルはかすかに目を見開き、次いで小さく笑う。

 

「……ふっ、早速部下の身を案じるとはなかなかの王様ぶりだな」

「茶化すな。オレたちも力を手に入れたら兄貴の救出に向かう」

「いや、その必要はない。アクトゥス様の実力はオレも知っている。十全に動けるなら魔導兵程度、邪魔にもならないだろう」

 

 それよりお前たちは力を得ることを優先するんだ、と言われてしまうとノクティスたちも引き下がるしかなかった。

 アクトゥスはどういった事情があるのかわからないが、王家の力を継承できない。それはつまり、指輪をはめることもできないということ。

 

 魔法障壁の発動ができない王族と、できる王族。どちらを優先すべきかなど決まっていた。

 

「いや、だけど――」

「新王よ、優先順位を間違えてはならない。そして臣下を信じて任せることも重要だ。――オレが信用できないか、ノクティス」

「……わかった。兄貴のことはコルに任せる」

「任された。ではオレはルシスへ向かう橋に行っている。作戦の決行時には連絡を入れよう」

 

 そう言ってコルは野営地の方へ戻っていく。その足で生き残りを集め、すぐにでも救出作戦は行われるのだろう。

 本心を言えばそちらに行きたい。だがそれで作戦が失敗し、ノクティスとアクトゥスが両方死んだら目も当てられない。指輪やクリスタルどうこう以前の問題だ。

 

「ノクト、オレたちはオレたちでできることをやろう。今は進むしかない」

 

 懊悩するノクティスにイグニスが落ち着いた声をかける。

 こういった時に重要なのは友の励ましでも発破でもなく、冷静に先を見据える声だ。

 

「……おう」

 

 言葉少なに答え、ノクティスたちは話にもあったキカトリーク塹壕跡を目指すのであった。

 

 

 

 三十年前、ニフルハイムとルシスの戦争が激化していた頃の話だ。

 帝国軍は王都を眼下に収められる場所まで侵攻しており、それはリード地方も例外ではなかった。

 

 そんな中、民間人が隠れる場所として掘ったのがキカトリーク塹壕跡になる。

 ある程度の長期使用も視野に入っているためシャワー室や井戸も備えられた、地下の居住空間だ。

 尤も、暗い場所ではシガイの恐怖が付きまとう。常に灯りを絶やさない必要があるが、それをすれば地上の侵攻部隊に発見されかねない。

 

 それに戦争も冷戦状態となっていた昨今、この場所は使われることもなくシガイたちの巣窟になっているのが現実だった。

 その場所に王家の墓が見つかったというのは皮肉と言うべきか、運命と言うべきか。

 

「ここで亡くなった人の幽霊がいる、とかないよね?」

「いてもリッチ系かマインドフレア系のシガイだろう」

「あ、そっちも勘弁な方向で」

 

 電気などとうに消え失せ、敵兵を迷わせるために複雑な構造となっている塹壕内を進んでいく。

 かなり規模の大きいものだったようで、十分な食料さえあれば百人だろうと収容ができそうな規模の塹壕を歩いていると、当然ながらシガイも出くわす。

 

「うわ、シガイ!?」

「ゴブリン系のシガイか。小柄な身体と爪が特徴のシガイだ」

「で、強さは?」

「シガイの中でも最弱の部類になる。気をつけて戦えば怪我もないだろう」

 

 イグニスの語るように、目の前でうろちょろとしているシガイは脅威とは言い難い。

 しかしそれは戦える力があればの話であり、一般人には十分な脅威だ。

 そしてこの場所は塹壕内。敵が戦いにくいよう粋を凝らした戦いにくい場所でもある。

 

「チッ、狭えな! オレの剣がほとんど振れねえ」

「殴りかかったらどうだ?」

「シガイの爪と殴り合えってか、冗談キツイぜ!」

 

 大剣を得物とするグラディオラスはひどく苦心した様子だったが、それでも剣の柄を利用して殴り、大剣を肩に担ぐことで一振りを小さくするなど、器用に立ち回る。

 ノクティスも先ほど得た王の力を振るい、レギスと同じような透明な剣――ファントムソードによる追撃を交えた攻撃を行っている。

 

「やはり王家の力を得ると違うか」

「意外とコントロールが難しいけどな」

 

 イグニスと背中合わせになりつつ、ノクティスはゴブリンの爪を弾いて賢王の剣をその腹部に叩き込む。

 バック転で距離を取り、ノクティスが手をかざすと腹部に突き刺さった賢王の剣が勝手に抜けて、透明な刃となってゴブリンを無尽に切り刻んでいく。

 

「これが後九本か。ルシス国内のみでそれだけあれば、相当な力になるだろう」

「だな。コルがこれを集めろって言う理由がわかるわ」

「それだけ王族の力というのは凄まじい。使い所は慎重にな」

「わかってるっての!」

 

 プロンプトが危なそうになっていたので、ノクティスはエンジンブレードを投げてシフトブレイクを行い、プロンプトの前に立つ。

 

「あんな無茶すんなよ、プロンプト」

「ゴメン。でもオレだってやられっぱなしじゃないところ、見せるからさ!」

 

 両手に持った拳銃で狙いを定め、引き金を引く。

 銃とは誰にでも扱える武器であり、同時にモンスターやシガイを相手にするには向かない武器だ。

 どちらも皮膚の硬さは人間の比ではない。拳銃でモンスターに有効打を与えるなら、よほど精妙に弱点を狙い撃つ必要がある。

 運か、才能か、努力か。どれでもあり、どれでもないプロンプトの銃弾はゴブリンの爪を見事に弾き、ノクティスの死角から迫っていた凶刃を防ぐ。

 

「頼もしいな」

「オレだってやる時はやるよ!」

 

 このようにやり取りしつつ、先に進む程度の余裕はあった。

 それは道中にでてきたアルケニーという上半身が女性の蜘蛛型シガイが相手でも変わらない。

 場所も適度に広かったため、全員が攻撃を受けないよう分散しつつ各々が役目を果たせば容易に退治可能な相手だった。

 

「終わりっ!!」

 

 ノクティスが上半身に槍を突き入れ、両手で持って強引に切り下ろす。

 致命傷を受けたアルケニーはゆっくりとその場に倒れ、黒い霧と消えていく。

 

「上手く行ったな。理想的な流れだ」

「グラディオが陽動。イグニスとノクトが後ろ。オレが応援。バッチリだね!」

「いや、戦えよ」

「冗談冗談! バッチリやるからさ、任せてよ!」

 

 明るいプロンプトの声を聞くと、暗い塹壕内でも気分が明るくなる。

 グラディオラスもイグニスもこういった場所では、ノクティスを守るために気を張らざるを得ない。

 しかし気持ちというのも戦闘には大きく関わってくる重要な要素だ。後ろ向きな気持ちで戦うことと、前向きな気持で戦うこと。どちらが良い結果をもたらしやすいかなど明白だろう。

 

「ここが墓所か」

「みたいだな。鍵、使うぞ」

 

 コルから渡された鍵を使い、墓所の中に入っていく。

 中は先ほどの墓所と同じ冷たい空気が流れており、嫌でも墓であることを連想させる死の気配がした。

 棺は立派な斧を抱えており、これが新たなノクティスの力となることが伺えた。

 

「斧か。全部が剣ってわけじゃねえんだな」

「歴代王の得意とする武器も違うのだろう。当然といえば当然だ」

 

 イグニスの言葉に同意しつつ、ノクティスは再び手をかざす。

 賢王の剣の時と同じく、ファントムソードがノクティスの中に入り、新王への新たな力を変わる。

 

 修羅王の刃。かつてルシスの領土を拡げ、多くの民とともに戦い武勲を挙げたと伝えられる王の持つ武器。

 手にかかる重さはノクティスがこれまで握ってきたどの武器よりも重く、王に課せられる役目と責任を嫌でも意識させる。

 

「――オレが背負わなきゃいけねえんだよな」

「そうだな。アクトゥス様に継承ができない以上、お前以外に王の力を受け取れるものはいない」

「ああ。兄貴にはできない、オレにしかできないこと」

 

 武器を消し、新たに獲得した力に確かな実感を得るノクティス。

 こうして力を得ていけば、いつかは兄のことを追い抜いて――

 

「だったらそろそろ出ようぜ。もうすぐ夜になる」

「っと、ああ」

 

 自分は今、何を考えたのだろう。ノクティスはそれについて思いを巡らせる前に、グラディオラスの言葉で我に返る。

 早いところ脱出しなければ外でシガイに襲われることになる。それは勘弁願いたいため、ノクティスたちは外に出る道を急ぐ。

 その道中、ノクティスがふと抱いた疑問などすっかり消えてしまっているのであった。

 

 

 

 外に出ると、アンテナのついたノクティスのスマートフォンが着信音を鳴らす。

 誰かと思って見てみるとコルの番号が表示されていた。

 これが表示されているということは、兄の救出作戦がこれより行われるということ。

 ノクティスは意図せず胸が緊張に高鳴るのを自覚しながら、震える指で電話に出る。

 

「ノクティスか」

「ああ。力は得た」

「そうか、まずは上手く行ったようで何よりだ」

「お世辞は良い。そっちは……」

「これよりアクトゥス様の救出作戦を開始する。リード封鎖線を突破し、橋の中頃でアクトゥス様と合流する手はずだ」

「手はずってことは、兄貴と連絡取れたのか?」

「ああ、状況は把握している。楽観視はできないが、決して悲観的になる必要はない」

 

 オレとアクトゥス様で突破可能だ。そう言い切るコルの言葉にノクティスは頼もしさと安堵を覚える。

 

「……いや待て、兄貴にはルーナも連れて――」

「それも聞いた。向こうには策があるようだ。今はそれを信じるしかない。王都の方で戦うアクトゥス様の手助けは難しい」

 

 双方が同時に仕掛けて合流し、脱出。その手はずである以上、リード封鎖線側をアクトゥスが援護することはできず、王都インソムニア側をコルが援護することはできない。

 難しい状況であることはノクティスにもわかる。納得はできないが、これ以上の方法がないこともわかってしまう。

 

「……わかった、オレたちはどうすればいい?」

「アクトゥス様からの伝言だ。――脱出できたらレスタルムを目指す。そこで会おう、とのことだ」

「了解。オレたちもレスタルムを目指せば良いってわけか」

「合流までどの程度時間がかかるかはわからない。お前たちはその間に力を付けておくと良い。では――」

 

 電話が切れる。今からコルたちは死地に飛び込み、決死の救助作戦を開始するのだろう。

 不安はある。心配もある。だが同時に彼らなら大丈夫という信頼もある。

 プラスとマイナス。色々な要素と感情が混ざり合い、ノクティスの顔がゆがむ。

 

「ノクト、キツイようなら言えよ。力になれるかはわかんねえけど、吐き出すだけでもだいぶ違うぞ」

 

 ノクティスの感情を察したのだろう。グラディオラスが声をかけてくる。

 幼い頃から兄貴分として色々と愚痴を吐き出したこともある。

 しかし、それは今言うべきことではない。何せ自分は――ルシスの王なのだから。

 

「……こんぐらい平気だっての。今はレスタルムを目指すぞ」

「わかった。西のダスカ地方を抜けて、クレイン地方まで足を運ぶことになる。長旅になることは覚悟してくれ」

「帰れない時点で今さらだっての」

「どうせなら楽しんでいこうよ! お兄さんたちだって脱出すれば連絡来るだろうし!」

「おわっ!?」

 

 旅の目的地が決まったところでプロンプトがノクティスに肩を回して大げさなほど明るく話す。

 いきなり何するんだ、とノクティスが抗議の視線をプロンプトに向けると、彼は真剣な顔で三人を見た。

 

「目的は大きいし、正直怖いとも思うけどさ。だからこそ明るく行きたい。俯いて旅してたら、心が先に負ける気がするんだ」

「……そうだな、プロンプトの言う通りだ。よっし、景気づけに今日はキャンプにするか!」

「なんでキャンプ」

 

 プロンプトの言葉に呼応するようにグラディオラスも調子を上げ、楽しむ気概を取り戻す。

 ノクティスの肩に手を置いたグラディオラスの言葉に、ノクティスはジトッとした目でツッコミを入れた。

 

「オレのテンションが上がる」

「……だったら、今日は腕によりをかけて食事を作ろう。暖かい食事が士気を上げるのはいつの時代も同じだ」

「イグニスもかよ」

「じゃあオレ記念撮影する! ノクトもたまには写ってよね」

「あーもー、わかったからオレに体重かけんのやめろ!!」

 

 近寄ってきて鬱陶しい三人をノクティスは強引に振り払う。

 距離は開くものの、三人の顔にはこの旅を始めた時と同じ笑みが浮かんでいた。

 それを見て、ノクティスもまた口角が上がるのを自覚する。

 本当に、自分は良い仲間に恵まれた――

 

「じゃあ今日はオレの好物な」

「お前の好物だと野菜が減るだろう」

「ま、良いんじゃねえかたまには」

「これからって時にはやっぱり肉だよね!」

 

 イグニスが苦言を呈するものの、グラディオラスもプロンプトもノクティスに賛同していた。

 

「……全く、虎の子の肉を出すしかないか」

 

 仕方がないとイグニスはため息をつきながら、とっておきの肉を使うことを宣言するのであった。

 

 

 

 その日の夕食はノクティスの好物を、というのが満場一致で決定したため、クイーンガルラサンドに決定した。

 ガルラと呼ばれるダスカ地方に生息する草食野獣――の母親個体であると言われる大型のガルラの肉だ。

 子供を産むために栄養や脂肪を貯め込む性質なのだろう。赤身の肉に美しい霜が網目状に走っており、見るだけで高級肉であるとわかる。

 その肉に小麦粉、卵、パン粉を順につけて油でカラッと揚げる。

 

「食材が油に入る音ってさ、すげー腹減るよね」

「わかる」

「腹の虫が鳴りそうだぜ」

 

 食事ができるのを待つ三人がフォークとナイフでテーブルを叩きそうな勢いで空腹を訴えているのを尻目に、イグニスはクイーンガルラの肉を大きなカツレツに調理する。

 完全に火が通る――手前で油からカツを取り出し、素材に残った温度で丁度良く揚がるようにタイミングを測る。

 そして肉が熱いうちにこれでもかと言うほど分厚く切っていき、バターとソースを予め塗ってあるパンに挟む。これでクイーンガルラサンドの完成である。

 

「うわ、肉デカっ!」

「パンの方が薄く見えるな!」

「こりゃ食いでがありそうだ!」

 

 待ってましたとばかりに三人はパンが挟まれている具ではないかと錯覚してしまうほど大きなカツサンドにかぶりついていく。

 衣に包まれたカツは歯を立てるとさっくりと、しかし肉の歯応えを損なわず噛み切れる。

 途端、口の中に脂の甘みと肉の甘み、ソースの甘辛い味がいっぱいに広がっていく。

 揚げたてのカツから溢れ出る肉汁をパンが吸い取り、バターの香りとクイーンガルラの肉の特徴である甘い香りが鼻孔をくすぐる。

 

「冷めたカツサンドとぜんぜん違う! 超うまい!」

「やべーなこれ。もう普通のカツサンドとか戻れねーわ」

「こんだけいい肉だと、ステーキにしても美味そうだな」

「好評なようで何よりだ」

 

 三人の絶賛を受けて、イグニスも嬉しそうに自分の分を食べながらこの日の夕食は和やかに過ぎていくのであった。

 色々と苦しいことはあったが、それでも腹は減る。

 ならば腹が減った時に美味いものを食べたいと思うのは当然の理屈であり、そして美味いものを食べれば笑顔になるのも当然の理屈である。

 ノクティスは良い仲間に恵まれたことに内心で感謝しながら、大好物のクイーンガルラサンドを頬張っていくのであった。

 

 

 

 

 

 レイヴスが橋のたもとに降り立つと同時、アクトゥスはコルから連絡を受けていた。

 

「状況は?」

「帝国の将軍サマが橋の前に陣取ってる。ルナフレーナが目的だろうし、引くことはないと見ていい」

「なるほど、魔導兵だけならまだしも、レイヴス将軍が来たか……」

 

 彼の超人的な身体能力による活躍は王都にいたコルの耳にも届いているし、外に出ていたアクトゥスも知っている。

 神凪としての力なのか真偽は定かではないが、いずれにせよ彼が正しく一騎当千の力の持ち主であることは確かだ。

 

「オレが全力で戦って……まあ、五分だと嬉しいな」

「橋の付近までオレが接近するか?」

「……それで戻り道に魔導兵が配備されたら仲良くお陀仏だ。こっちはオレとルナフレーナでどうにかする」

「……説得を試みるのか?」

「兄と会話もせずに、というのも問題あるだろ」

 

 アクトゥスはルナフレーナに視線で確認を取ると、彼女は決意を込めた瞳で首肯を返してくれる。

 彼女の方も自分の力で未来を切り開く覚悟は十分なようだ。

 後は未来を閉ざそうとする輩を全力で押しのけるだけである。

 

「――これから作戦を開始する。どうにかレイヴスを退けて橋の方に向かうから、迎えを頼む」

「わかった。武運を祈る」

「そちらも」

 

 アクトゥスは電話を切ると、これまでルナフレーナに軽口を叩いていたときとは違う、王族としての顔で彼女に話しかける。

 

「一応説得は試みる。だがダメな時は戦うってことを理解して欲しい」

「わかっています。わたしは、わたしの道を選べるならノクティス様のお側にいたい」

「その意気だ」

 

 本当に愛されている。アクトゥスは仲間に恵まれているノクティスのことをほんの少しだけ羨み、その感情を自嘲の笑いに変えながら立ち上がる。

 

「ちょっと準備してくる。それが終わったらレイヴスに会いに行く」

「お気をつけて――」

 

 数分後、アクトゥスとルナフレーナは揃って廃ビルから出てきて、レイヴスの前に姿を現す。

 瞬間、彼らの姿を視認した魔導兵が銃口を向けるがレイヴスが手で制する。

 

「お久しぶりです、お兄様」

「オレはさっきぶり、とでも言えば良いか?」

「ルナフレーナ、アクトゥス……!」

 

 憎々しい、と語る瞳がアクトゥスを射抜く。

 その憎悪を彼は軽く肩をすくめるだけでいなすと、彼に向かって口を開く。

 

「一応聞くだけ聞くぞ。――オレたちが目的だな?」

「当然だ。真の王足り得ぬルシスの王族であるお前を殺し、ルナフレーナをテネブラエに戻す。それが私の役目だ」

 

 取り付く島もない。最悪でもアクトゥスが死ぬだけでルナフレーナは生きて戻れそうなのは良いが、アクトゥスでは話にならない。

 レイヴスの瞳にはかつて彼の故郷であるテネブラエがニフルハイムの侵略を受けた際、ほとんど目前まで救助に来ながら見捨てたルシス王家への恨みが今なお残っているのだろう。

 

 侵略してきた敵国より、見捨てた同盟国。それまで信じていたのなら、なおさらひっくり返った時の憎悪も大きい。

 アクトゥスが黙り込むと、レイヴスは次にルナフレーナへ声をかける。

 

「ルナフレーナ、私とともにテネブラエに戻るんだ。誓約を行うことがどういうことか、お前はわかっているだろう!」

「わかっています。ですがその上で、わたしはノクティス様のお力になりたいのです!」

「王たる自覚もない無力な男にか!」

 

 苛立ったようにレイヴスが義手となった左腕を蠢かせる。

 視線が一瞬だけアクトゥスの指につけられている光耀の指輪に向かい、すぐにルナフレーナの元に戻る。

 

「はい!! 世界の闇を祓うのはノクティス様以外におりません!」

「選ばれた。ただそれだけの男のために命を懸けるか……」

 

 決意の変わらないルナフレーナに、レイヴスは一瞬だけ哀しげな顔になる。

 なぜ理解してくれないのだ。なぜ――自分たちで闇を祓おうとすることができないのか。

 

「……気が合うかもな、オレとお前は」

「なに?」

 

 哀しげなレイヴスの顔を見て、何を思ったのかアクトゥスが声をかける。

 ルシスの王族に向ける憎しみは並々ならぬというのに、それでも声をかけた彼の心にはいかなるものが渦巻いていたのか。

 

「お互い、厄介極まりない使命を背負わされた家族がいるって点で、だよ」

「……お前はノクティスの使命を聞かされても何も思わなかったのか」

「思ったさ。その上でオレはあいつが王になる手伝いをすると決めた」

「使命の果てに家族が死ぬとわかっていてもか!!」

 

 アクトゥスの言葉にレイヴスの琴線が刺激されたのか、彼の激高が今までにない勢いになる。

 その怒りはアクトゥスの隣に立っていたルナフレーナをひるませるほど。

 

「お前たちは本当に変わらない! 古ぼけた使命とやらのためにテネブラエを見捨て、我が母を見捨てた! そして今度は使命の名の下に私から妹まで奪うか!!」

「自由意思ぐらい尊重してやれよ、ルナフレーナはもう決めたんだぜ!」

「家族を見殺しにすることを選んだお前にはわからない!!」

 

 レイヴスの身体から神凪の魔力が吹き出す。

 白く輝くそれは彼の身体を霧のように覆い、抜剣したレイヴスがアクトゥスを睨む。

 

「……ま、わかっちゃいたが交渉は決裂だ。ルナフレーナ、手はず通りに頼む」

「はい。……ここまで怒った兄を見るのは初めてです。どうかお気をつけて」

「身から出た錆だ。どうにかするさ」

 

 前線での戦闘に向かないルナフレーナが下がっていくのを見届け、アクトゥスは小さく自嘲の息を吐く。

 彼の境遇と自分の境遇を重ねてしまい、迂闊な言葉をかけてしまった。

 お互いに選ばれなかった身なのだから場所と状況さえ違えば、良い関係になれたと思ってしまったのだ。

 

 とはいえ過ぎたことを言っても仕方がない。もはや激突は不可避である以上、アクトゥスも自らの生存を懸けて戦うしかない。

 双短剣ではなく片手剣を召喚し、握る。

 それをレイヴスに向けた瞬間――戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 驚異的な速度で突っ込んできたレイヴスの斬撃をアクトゥスは受けなかった。

 手に持つ片手剣を真横に投げて、シフト移動で回避しつつ短剣を投げつける。

 過つことなく額を狙って放たれたそれをレイヴスは避けない。

 

「冗談だろ」

「こんなものか、ルシスの王族」

 

 首を傾ける。義手で防ぐ。剣で切り払う。レイヴスの行った行動はどれでもない。

 ただ、額で受け止める。神凪の力によって強化された彼の身体能力は、短剣の一撃など物の数にもしていないのだ。

 

「チィッ!!」

「逃がさんっ!」

 

 正面からの戦闘は不利どころの話ではない。もはやあれは人の形をしたモンスターだと思った方がマシだ。

 片手剣で追撃しようと思っていた気持ちはすっかり消えており、なんとか気を伺おうとしていたアクトゥスにレイヴスの振るった斬撃――の衝撃波が迫る。

 

「人間業じゃねえ!?」

 

 不可視の斬撃であるそれに対し、アクトゥスは慌ててシフトを起動。あらかじめ廃ビルの一角に用意しておいた武器に退避する。

 

「む」

「ルシスの王族相手に迎撃戦なんて仕掛けたこと、後悔させてやるよ!!」

 

 シフト魔法の発動に必要な条件はたった一つ。自身の魔力を通した武器を用意すること。

 外で旅をしており、どこで戦うかわからないノクティスに使う機会はないだろうが、これらは自分たちが待ち伏せする際に絶大な効果を発揮する。

 

「高所を取ったか、小賢しい」

「その小賢しさにお前は一杯食わされるのさ!」

 

 廃ビルのむき出しになった鉄骨の上。そこに用意した双短剣を持ち、アクトゥスは不敵に笑う。

 シフトブレイクは投げた距離が長ければ長いほど威力が上がる。まして高所からの重力も味方につければレイヴスとてダメージはあるだろう。

 というかこれでノーダメージだったら打つ手がなくなるので、通って欲しいというアクトゥスの願望もこもっているが。

 そしてアクトゥスは同時に双短剣を投げつけ、その身体をシフトさせる。

 

 狙いはレイヴス――の後ろに控えていた魔導兵。

 

「なに!?」

 

 投げつけた短剣によるシフトブレイクをほぼ同時に成立させ、一瞬で二体の魔導兵を片付けるアクトゥス。

 自分を狙ってくると身構えていたレイヴスは予想外のアクトゥスの行動に驚くが、それは失望の意味合い。

 魔導兵を叩くのなら高所である必要などない。どこからでもシフトブレイクを行えばあっという間に無力化されるような存在だ。

 

 アクトゥスはレイヴスの失望など知らぬと魔導兵の首を飛ばすと、その首と身体をレイヴス目がけて蹴りつける。

 

「この程度!」

 

 目くらましにもならない。レイヴスが一太刀でそれを吹き散らすが、アクトゥスの姿はそこにはない。

 足元にできた影でレイヴスはアクトゥスが自分の真上にいることを察し、顔を上げる。

 そこには槍を召喚し、レイヴスを突き刺そうとするアクトゥスの姿があり――レイヴスは迎撃を選ぶ。

 

「貫け!!」

「見くびられたものだな!!」

 

 上空から距離を取り、槍を使ったシフトブレイク。

 アクトゥスの渾身の力が込められたそれを、レイヴスは右手に持つ剣だけで受け止め切る。

 左の義手が追撃となってアクトゥスを襲い――アクトゥスは再びシフトで逃げる。

 逃げた先は橋の端。そこにいた魔導兵を片手剣で薙ぎ払うと、アクトゥスはレイヴスと対峙する。

 

「ちょこまかと鬱陶しいネズミだ」

「もう逃げないさ。――仕込みは終わった」

 

 なに、とレイヴスが訝しむ余裕を与えずアクトゥスの策は成立し、彼の眼前にマジックボトルが――

 

「っ!!」

 

 咄嗟に顔を防ぐレイヴスの前でマジックボトルが破裂し、中に込められた魔法――ファイガが炸裂する。

 爆炎が広がり、周囲にいた魔導兵をもろともに巻き込んで連鎖的な爆発を引き起こす。

 

 これが最初から狙いだった。

 最初の攻防でアクトゥスは自分のシフトを使った攻撃での有効打は早々に諦めていた。

 だから後は徹底して切り札である魔法を悟られぬよう、逃げ回りつつ注意を引いていたのである。

 そして上空からのシフトブレイクを仕掛ける直前、マジックボトルを上空に投げておいた。それがレイヴスの前で爆発した魔法の正体。

 

「もう一発!」

 

 追撃の手は緩めない。もう一つのマジックボトルに入れてあるサンダガも起動。爆炎と雷撃が広がり、並のモンスターなら踏み入るだけで死んでしまうような空間が出来上がる。

 アクトゥスは守りの指輪で防いであるが、レイヴスは直撃。これで多少はダメージを与えられているはず。

 しかし――

 

「――斬鉄剣」

「っ、ぐっ!?」

 

 不可視の斬撃が爆炎を切り裂いて出てきた時、アクトゥスの望みは儚く散る。

 出てきたのは多少の焦げはあるものの、健在なレイヴスの姿だった。

 彼こそ帝国将軍レイヴス。並大抵の攻撃では揺らぎもせず、振るう斬撃は鉄をも両断する。

 彼との正面戦闘はルシスの王族であろうと、極めて厳しいものになる。その現実がアクトゥスを無情にも打ちのめす。

 

「いまのを防ぐか。生き残ることに関しては大したものだ」

「……あんたに言われちゃ嫌味にしか聞こえないぜ」

 

 万策尽きた。斬鉄剣こそ防いだものの、すぐには動けそうにないアクトゥスにレイヴスは近寄り、トドメを刺そうとする。

 

「言い残すことはあるか。似た境遇のよしみだ、聞くだけは聞いてやる」

「……だったら一つ」

「なんだ」

 

 

 

 ――妹さんを甘く見すぎだ。

 

 

 

 レイヴスは疑問が浮かぶ前に視線をアクトゥスから切り、別の方向に――エンジン音の聞こえる方に向ける。

 そこにはハンドルを握り、アクセルを全開にした車を運転してこちらに突っ込んでくるルナフレーナの姿があったのだ。

 

「っ!?」

 

 本来のレイヴスなら受け止めることも迎撃することもできた。

 だが相手がルナフレーナであること。そしていまは視線を外しているものの、アクトゥスが側にいることがレイヴスにそれらの行動を取らせなかった。

 横に飛び退いたレイヴスをルナフレーナの車は追わず、ただ橋を目指すばかり。

 そう――アクトゥスの放った二発の魔法によって魔導兵が一掃され、がら空きとなったルシスから脱出する橋に。

 

「しまった、魔法の狙いは――!」

「目的は間違えないように、って教訓だな」

「貴様!」

 

 騙された。レイヴスは怒りのままにアクトゥスを切り捨てようと剣を振るうが、シフトで容易く避けられてしまう。

 そしてあらかじめ車内に用意しておいた短剣にシフトし、アクトゥスは友人に別れの挨拶でもするように軽く手を振って橋の向こうへ消えていくのであった。

 

 一人残されたレイヴスはそれを見送ると、やがて誰にでもなく優しい声でつぶやく。

 

 

 

「――全く、一度決めたことにはてこでも変えない頑固な妹だ」




はい、チャプター2終了です。この時点で受けられるサブクエ回は入れるかどうかちょっと悩み中です。

ノクトが原作より王としての自覚があるように見えるじゃろ? 彼は彼でこじらせてるんじゃ(真顔)
あとダスカ地方への基地解放戦は無くてもいいかなって。ロキファンの皆様申し訳ありません(土下座)

そしてレイヴス戦。彼は神凪パワーを自己強化に使う戦闘スタイルです。
Q.つまりどんな戦い方?
A.超強いバフを自分にかけて殴る。相手は死ぬ、以上

ちなみにノクトたちとも戦う予定があります。グラディオとの因縁もできるため、本当に長い付き合いになります。


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チャプター3 ―それぞれの旅―
二人の旅の始まり


 ダスカ地方。広大な湿地帯とそこに住む多くの野獣が特徴的な地方である。

 人間が開拓するには向かないが、ここで取れる豊富な自然の恵みと野獣の肉は人々の生活に大きく貢献している。

 

「ここまで来る予定とかなかったから、雑誌とか見てなかったなあ。何か有名なのとかあるの、イグニス?」

 

 そのダスカ地方をレガリアで旅していたノクティス一行。

 この地方の情報は皆無に等しかったため、何か知ってそうなイグニスにプロンプトが質問する。

 

「そうだな……まずは、あれを見てみろ」

「へ? うわっ! なにあのでっかいの!?」

 

 イグニスが運転しながら指差した方向に三人の視線が寄せられると、そこに映る超巨大なモンスターに驚愕する。

 かなり距離があるのは湖の小ささでわかるのに、そこから見てもどんな姿なのかわかるほど大きいのだ。

 ひょっとすると旅の途中で見た巨鳥ズーよりも大きいかもしれない。

 

「でっけえ……」

「昔の神話に出てきた巨獣の名前から取って、カトブレパスと言うらしい」

「それってどんな神話?」

「一つ目の野獣で、その瞳に睨まれたものは石像になってしまうという話だ」

 

 実際にはそんなことはなく、刺激しなければ温厚な野獣なのだが造形が似通っていたのが運の尽きだ。

 とはいえあの目に睨まれるほど近くまで来たら、本当に石化ぐらいはしてしまうかもしれないと思わせるほどの巨体である。

 

「養殖もあのサイズでは難しいそうでな。あれの肉は高級肉になる」

「ていうか食べるんだ、あれ!?」

「ああ。風味が良くて、焼くのに適しているらしい。ステーキや串焼きが美味いそうだ」

「おいおい、やめろよイグニス。食いたくなってくる」

 

 グラディオラスの言葉に全員が笑う。料理をするからか彼の話は具体的で味も想像できてしまい、ついつい腹が減るのだ。

 では、とイグニスは再び違う知識を披露し始める。

 

「他にもカーテスの大皿と呼ばれる場所が特徴だな。メテオは知っているか?」

「大昔にこの星に落ちてきた巨大隕石だよね。学校で習った」

「ああ。そしてそれを支える巨神タイタンがいる場所がある。」

 

 今もなお青白い炎が立ち上り、絶えぬことのない炎を燃やし続ける隕石。

 その隕石が地上に落ちぬよう支えているのが、今なお眠ることなく活動を続ける巨神タイタンだ。

 故にこの場所では巨神信仰が盛んで、頻発する小規模な地震などは巨神の寝返りとも言われている。

 

「巨神信仰の聖地としてカーテスの大皿は有名だ。今は帝国軍が基地を作っているそうだが、一度は見てみたいものだな」

「へえ、イグニスって宗教とか興味あるの?」

「人間が拠り所にするというのは、信仰だけでなく他にも暮らしに密接した関係があったりするものだ。それらに思いを巡らせるのも楽しいものだぞ」

「オレにはわかんねーわ」

 

 ノクティスの言葉にイグニスは顔をしかめるが、プロンプトもグラディオラスも似たような反応だったのでこの話題はやめることにする。続けても自分が悲しい思いをするだけだ。

 

「では別の話題に変えよう。先ほど話したカトブレパスのいる湖。あれはニグリス湖という名前でな、ノクトは何か知っているんじゃないか?」

「ニグリス湖……? ニグリス湖って、あの!?」

「なんだ、妙に食いつくな」

「当たり前だろ! 釣り人なら知らない人はいねえっていう超有名な釣り場だ!!」

 

 王都の釣り雑誌でも有名で、幾度となく特集の組まれる場所だ。

 湖ではあるものの、湿地帯の影響か様々な場所で釣れる魚が異なり、その場所の魚を全て釣ることは釣り人として一つのステータスでもある。

 

「マジか、あれが有名なニグリス湖なのか! なあ、寄ってくくらいならできんじゃねえか!?」

「ノクトってさ、釣りの話になると目の色変わるよね」

「それだけ本気で好きなんだろ。ああまで目を輝かせるノクトは久しぶりに見るけどな」

 

 プロンプトとグラディオラスがひそひそと話しているが、ノクティスは気にも留めない。

 イグニスはレガリアを運転しながら思案し、小さなため息とともにそれを認める。

 

「……食料調達の範疇で頼む」

「任せとけって! くぅー! 超楽しみ!!」

「ノクト、キャラ壊れてない? 大丈夫?」

 

 何やら失礼なことをプロンプトが言っている気がするが、上機嫌なノクティスは華麗にそれを無視する。

 この釣り場でノクティスは運命の師匠とも呼べる人と出会うことになるのだが――それはまた別の話だ。

 

「あともう一つ、この地方には特色と呼べるものがある」

「詳しいな、イグニス」

「ルシス国内であれば、一通りのことは勉強した」

 

 軍師に必要なのは策を練る思考と、思考を十全に活かせる知識だ。

 どちらも学び続けることによって磨くことができる。考え方の幅というのも、多くの人や先人らが遺したものを知ることである程度は学べるのだ。

 

「勉強家だなあ、イグニスは。で、特色ってなに?」

「チョコボだ。ここから南に行くと有名なチョコボの牧場がある」

 

 ルシスでは車が移動手段として発達しているが、道の整備がされていない場所などの移動手段として重宝している動物だ。

 温厚で人懐っこく、特徴的な鳴き声をあげながらじゃれついてくる様子は動物好きにはたまらないらしい。

 極稀にチョコボの森にはやたらと太ったデブチョコボがいて、チョコボ臭い場所にギサールの野菜を置くと現れると聞くが――まあ、これは噂話の域を出ないものだ。

 

「チョコボかぁ! 時間あったら寄ってこうよ!」

「時間があればな。車の使えない時には便利だろう」

 

 などと話しているとガソリンスタンドが見えてくる。

 ルシス国内で大きなシェアを誇るコルニクス鉱油が経営しているガソリンスタンドに降り、レガリアに補給をしていると電話が鳴る。

 

「ん、電話――兄貴!」

「お兄さん、無事だったんだ!」

「ったく、コルたちも連絡寄越せってんだよ!」

 

 大喜びしながらノクティスが電話に出ると、聞き慣れた兄の言葉が耳に入ってくる。

 

「兄貴、脱出は成功したんだな!」

「まーな。ちょっと修羅場くぐったが、なんとか生きて脱出できた」

「じゃあルーナも……」

「無事だ。今はハンマーヘッドで休んでいる」

 

 久しぶりのシャワーだ、とアクトゥスは実に上機嫌な声で話す。

 

「……オイ待て。てことは兄貴、ルーナのシャワーとか……」

「旅の同行者なんだから不可抗力だろ」

「はぁ!?」

「そんな小学生みたいな独占欲発揮するなよ。一応気は遣って外で話してるから安心しろ」

「安心できる要素何一つねえよ!?」

 

 あーうるさい、とアクトゥスがうんざりしたように話すが、これぐらいは抗議として正しいはずだと思うノクティスだった。

 

「ま、その辺は合流できた時に話すとして、そっちは今どんな状況だ?」

「イリスたちと合流しようとレスタルムに向かってる。ただプロンプトがチョコボ見たいって言ってるから寄り道するかも」

「わかった。オレたちはオレたちで動きつつレスタルムを目指す」

「一直線に向かうんだったらオレらも急ぐぞ?」

「いや、帝国軍の追手が怖いから多少寄り道しながらになる。すぐに合流できるかはわからん」

「ん」

 

 どちらにせよ無事なら言うことはない。

 と、そこでノクティスは彼を救助に向かったコルのことを思い出す。

 

「そういえばコルは? 一緒じゃないのか?」

「追手の目をくらますために囮を頼んだ。建造中の基地とかで大暴れしてるだろうさ」

「そっか、無事なんだな」

「ああ、誰一人欠けちゃいない。じゃあまた電話する」

「おう、またな――」

「悪い、ノクト。ちょっと電話貸してくれ」

 

 電話を切ろうとしたところ、横からグラディオラスが何やら真剣味を帯びた顔でノクティスの電話を求めてくる。

 

「ノクト?」

「あ、ああ。悪い、なんかグラディオが兄貴に話があるって」

「――ん、そうか。替わってくれ」

 

 一瞬、電話越しのアクトゥスの声が頼れる兄としてのそれではなく、王族としてのそれに変わったことにノクティスは気づかなかった。

 電話をグラディオラスに渡すと、彼は手で軽く感謝を表してからノクティスたちから離れて電話に出る。

 

「――もしもし」

「グラディオラスだな。元気そうで何よりだ」

「すみません、いきなり電話に出てもらって」

「良い。――いつか来ることだと確信があった」

「……用件は、わかりますか」

「親父さんのことだろ?」

「はい」

 

 レギスの死はすでにルシスのみならず世界中に広まった。

 ――では彼を守護する者たちは? 王の盾に王の剣。王が振るう武器の安否は何も知らされていない。

 だがグラディオラス――王の盾を冠する一族の結末は目に見えている。王が死した以上、王を守る盾もまた同じ道をたどるが道理。

 

「……オヤジは」

「ああ、どんな言葉が聞きたい?」

 

 アクトゥスの言葉にグラディオラスは一瞬だけ動揺するが、すぐに理由を理解する。

 これは彼なりの気遣いだ。グラディオラスの父親である彼の安否を問うたなら、アクトゥスは彼を危険に巻き込んだ王族として謝罪する。

 しかし王の盾としての在り方を問うならば、彼は決して謝罪などせず最期まで盾として在り続けた彼を称えるのだろう。

 

「……オヤジは、王の盾として誇り高く戦いましたか」

「――ああ。クレイラスは戦いにおいて、王より先にその身を砕いて王を守った」

 

 守れなかったから意味がない、とは言わない。

 結末が変わらないとしても、それでも彼が王の盾としての使命を果たしたことに変わりはないのだ。

 

「では、アミシティアの人間はオレとイリスだけですか」

「そうなるな。もうお前も悟っちゃいたんだろうが、改めて言ってやろう」

 

 その方が気合も入るだろう、とアクトゥスに言われてグラディオラスも己に喝を入れるため、それを受け入れる。

 アクトゥスの言葉を聞かずともグラディオラスは自分の父が死んだことを理解していたし、自分こそが王の盾になったこともわかっていた。

 だが、こうして王族から言葉にされることでまた違った重みが彼の背に乗るのだ。

 

「……お願いします」

「――グラディオラス・アミシティア。今よりお前が新王ノクティスを守る王の盾だ。身命を尽くし、ルシスの希望を守り抜け」

「拝命します。命に代えても、あいつを守ります」

「頼んだ」

 

 アクトゥスの言葉を受けて、グラディオラスはこれからの旅において迎えるであろう危機を、必ずノクティスを守り抜くという覚悟を持つのであった。

 そんな彼の表情が想像できたのか、電話越しのアクトゥスの声が王族としてのそれから弟を思う優しい声に変わる。

 

「……ノクトはオヤジの意向で今まで政治やら外交の難しい場所には触れさせなかった。お前から見れば苛立つこともあるだろう」

「……はい」

 

 素直だな、とアクトゥスはグラディオラスの返事に笑ってしまう。

 とはいえ仕方がないだろう。グラディオラスが王に求めるような覇気を、ノクティスはまだ表に出せていない。

 彼が心優しく、皆を守ろうとする意思の強さの持ち主であることはアクトゥス含め皆が知っているが、どうにも照れ屋な気質のノクティスはそれをなかなか表に出さないのだ。

 

「立場が人を成長させることもあるし、何よりこんな旅だ。成長の一つもしなけりゃウソってもんだ。……怒るのは良い、苛立つのも良い。だが、王の盾であることだけは忘れないでくれ」

「……アクトゥス様にそう言われて、オレもハッキリ怒ることができそうです」

「そりゃ頼もしい。オレもオヤジも、あんまノクトを叱ったことはないからなあ」

 

 レギスはノクティスの使命を思うと言葉が出ず、アクトゥスはそもそも王都にほとんどいなかった。

 無論、ノクティスはレギスもアクトゥスも家族として強く尊敬しているだろうが、彼を思って叱ってくれる声というのはあまり経験していないはずだ。

 

「じゃ、それはオレの役目ってことで」

「頼らせてもらおうか。じゃあそろそろ切るな」

「はい。お時間取らせて申し訳ありません」

「良いさ。ノクトは仲間に恵まれてるってよくわかった」

 

 本当にできた兄である。外交官として早くから外を旅していると、こうも変わるのかと思うくらいに。

 

「……うっし! 気合入れるか!」

「お、電話終わったのか」

「おう、悪いなノクト」

「いいけど、何話してたんだ?」

「大したことじゃねえよ。イリスを逃がした時の話とか聞いてただけだ」

「そっか。んじゃそろそろ出発するか」

 

 レガリアに向かって歩き出すノクティスの背中は未だ頼りなく、細いものだ。

 これの双肩にルシスの未来がかかっていると思うと、不安に思うことも確かにある。

 だが彼は歩みをやめることはないだろう。足を止める時も、道を間違える時もあるかもしれないが、その時は自分が止めてやれば良い。

 

 そも、間違いも迷いもない王などいないのだ。王とは――歩みを止めぬ者の総称なのだから。

 

「――ノクト」

「あん?」

「旅、頑張ろうぜ」

「――当たり前だっての」

 

 

 

 

 

「アクトゥス様、お待たせしました」

 

 ハンマーヘッドのダイナーにて。アクトゥスがテーブル席で電話の終わったスマートフォンを弄んでいると、入り口からルナフレーナの影が見えた。

 

「ん? もっとゆっくりしてても良かったんだぞ?」

「いえ、もう十分休めました」

「まあ本人がそう言うなら良いが……とりあえずメシにするか」

 

 ようやくまともな場所に到着したのだ。身体の汚れを落とした後は美味い食事をたらふく食って心の英気を養うに限る。

 アクトゥスがメニュー表に目を落とすと、見慣れないものがいくつか見えたため目を瞬かせる。

 

「なんか新しいメニュー増えてるけど、食材が増えたのか?」

 

 アクトゥスの声にダイナーの店主である大柄な黒人の男性――タッカがやや焦り気味に答える。

 

「あ、ああ。アクトの弟がオレの頼みを引き受けてくれてな。感謝してる」

「ふうん、あいつも結構やるじゃないか」

「ルシスがあのような状況でも人助けをされるのですね。素晴らしいことです」

「ま、情けは人のためならずとも言うからな」

 

 極論、ルシスの復興そのものが壮大な人助けとも言えるのだ。

 大義のために瑣末事と切り捨てる王様より、自分たちが大変な状況にあってもなお誰かを助ける優しさを失わない王の方が、民衆からの人気も得られるというものだ。

 

「んじゃ弟の頑張りとタッカの新メニューを試すとしますか。オレはジャンボステーキで」

「わたしはハンマーヘッドサンドをお願いします」

「わ、わかった。少し待っていろ」

 

 タッカが料理を始めるのを横目に、アクトゥスとルナフレーナは今後のことを話し始める。

 

「さて、一息つけたしシドさんから車も借りられた。そろそろ先のことを考えようと思うが、良いか?」

「はい。お兄様のことも気になりますが、今は何より自由になれた。わたしたちのやるべきことを考えましょう」

「そうだな。……真の王の使命について、オレは結構詳しい方であると自負しているが、確認も行いたい」

 

 ノクティスが真の王であるという使命を受けたのは彼が五歳の時。

 同時期にアクトゥスもまた歴代王と神々より使命を課せられていた。

 

「世界を覆う闇を祓う聖なる石――クリスタルに選ばれし真の王。彼の者は世界を守護する神々――六神の力を束ねて闇を祓う」

 

 これらの話の中で、ルシスの歴代王は出てこない。

 彼らが重要なのはルシスを守る際の話であって、アクトゥスが今語っている世界を覆う闇に対抗する存在という意味ではないのだ。

 とはいえ彼らの力が無意味になることもない。六神の力を束ねるのがメイン火力なら、歴代王の魂はそれを補助するブースターの役割を果たすはずだ。

 

「今のところノクトはファントムソード集めの旅をしているはずだ。帝国との戦いには不可欠だし、いつか闇と戦う時が来ても無駄になることはないだろう」

「はい。わたしの持つこの神凪の逆鉾も、時が来ればノクティス様にお渡しするものとなります」

「ん、そうなのか」

 

 ファントムソードは王の力の宿ったものであるという認識だったが、若干の違いがあるようだ。

 ――いいや、そもそも王の力とは魔法を操る力のこと。ルシス王族のそれとは毛色が違うだけで、神凪の一族もまた魔法を扱える一族。

 ファントムソードとは、魔法を使える人間がその生涯を費やして使い続けた武器の総称ではないだろうか。

 アクトゥスは未だにわからないことの多いルシスと神凪の関係に考察を深めつつ、旅の大目的を再確認する。

 

「ファントムソード集めはノクトに任せればいい。ルシス国内の王の墓所はオレが一通り見つけてある。となればオレたちがルシスでやるべきは――」

「――六神の誓約」

「そうなるな」

 

 真の王は六神の力を束ね、闇を祓う。

 では――その六神の力はどこで受け取れば良いのか。

 簡単だ。彼らと直接会話し、認めてもらえば良い。

 

 しかし彼ら神々の言葉は人間にわかるものではない。放つ言葉そのものが神威となり、それは神々の言葉を解することに特化した能力の持ち主でなければ、頭を蝕む毒にしかならない。

 それを可能にする一族が神凪。神々と対話し、またその力の一端を振るい、闇に蝕まれる人々をほんの僅かに救うことのできる癒やしの魔法の能力者。

 

 故に真の王が六神と契約を結ぶにはまず眠りについた六神を神凪が起こして対話し、その後真の王が訪ねて神々に認められる必要があるのだ。

 そして神々にも個性があるため、認められる方法は穏便なものになるとは限らない。時に真の王は闇を祓うに足る力を身に着けているか、神々の暴威に耐えることで証明しなければならないのだ。

 

 それ自体に文句はない。ノクティスにそれが越えられないとは思っていないし、自分たちも力の及ぶ限りで精一杯サポートする。

 ……だが、アクトゥスには一つだけ別の懸念があった。

 

「ルナフレーナ。オレは今後の旅の目的をルシスにいる六神と接触し、誓約を行って神々を目覚めさせることに設定したい」

「はい、異論はありません」

「そしてオレとお前は旅の仲間だ」

「……? はい」

 

 話が予想と違う方向に動いたため、ルナフレーナは小さく首をかしげる。

 サラリと金糸の髪が動くのをアクトゥスは目で追い、未来の義妹は本当に身も心も美人だと内心で息を呑む。

 これからこの女性の顔を緊張に強張らせることを考えると憂鬱だ。

 

「これに関して嘘偽りなく答えて欲しい。――誓約とは神凪に多大な消耗を強いるものではないか?」

「……っ!」

「図星、か……」

 

 身を固くしたルナフレーナの動揺でわかってしまった。

 もっと上手く己の感情を隠す政治家ともやり取りをしていたのだ。世慣れていない小娘一人の隠し事を暴くことなど造作もない。

 

 だが当たって欲しい予想ではなかった。アクトゥスは彼らに残酷な運命を強いた神々を内心で毒づきながら、なるべく優しい声を出して話を続ける。

 

「……勘違いしないで欲しい。オレはそれがどんな代償を支払うものであっても、お前が決めたことに口を出すつもりはない。ただ、知っておきたいだけなんだ」

「……どこでそれを知ったのですか?」

「推測と考察。続けていけばそれなりに的を射た結論になるものだ」

 

 神々の言葉は真の王にすら毒となるのなら――その毒を言葉に変換できる人間の身にかかる負担はどれほどのものか。

 そう考えれば神凪にかかる負担の重さも想像ができる。

 

「体力の消耗や魔力の消耗だけ、なんて都合の良いもんじゃないだろう。神々と人間をつなぐ役割が、そんな簡単にできるものか。――生命を削るものだな?」

「…………」

 

 ルナフレーナは同行者であるアクトゥスの頭脳に舌を巻くしかない。これが味方で良かったと心底思ってしまうほどだ。

 ここまで正確に見抜かれ、しかも彼には確信があるようだ。誤魔化そうとしても無駄だろう。

 ならばやるべきは彼がそれを周囲に広めない――特にノクティスに教えないこと。

 

「あの、ノクティス様にはこのことを――」

「お前が言わないのならオレも言わない。これは本当にただの確認なんだ」

「……ありがとうございます」

 

 かろうじてそれだけ言うと、ルナフレーナは俯いてしまう。

 飯時に言う話じゃなかったな、とアクトゥスもそれを見てやらかしてしまったと顔を手で覆う。

 

 タッカが調理された料理を運んできてくれたのは、実に良いタイミングだった。

 

「待たせたな。ジャンボステーキとサンドイッチだ」

「……ああ、ありがとう」

「……腹、減ってたら良いアイデアなんて浮かばねえ。深刻な話なら、なおさらだ」

「悪い、聞こえてたか?」

「雰囲気でわかる」

 

 言葉少なに厨房に戻っていくタッカを見送り、アクトゥスは改めて対面のルナフレーナを見る。

 誰が見てもわかるほどに落ち込み、憔悴した様子の彼女を見て、アクトゥスはつくづく自分は度し難い愚か者だとため息をつく。

 この光景をシドニーが見ていたらスパナが自分の頭に飛んでいただろう。

 

「とにかく食おうぜ。誓っても良いが、オレはあんたに余計な心労を背負わせるつもりはない」

「では、どうして?」

「認識のすり合わせをしておきたかったってのと――その生命を削る誓約の負担、減らせる可能性がある」

 

 ルナフレーナは目を見開いてアクトゥスを見る。

 だがアクトゥスは話はメシの後、とでも言わんばかりに文字通りジャンボなステーキ肉にナイフを入れており、話を聞ける様子ではなかった。

 

 分厚く大きなカトブレパスの肉にナイフを入れると、手に伝わってくる確かな肉を切る手応え。

 スッと入ってスッと切れる、なんてお上品なものではない。ナイフを握る手に肉を切る抵抗と、それを噛み切る快感の予感が存分に与えられる。

 

 中は程よいミディアムレアでほんのり赤い、しかし確かに火が通っているのが流れる肉汁と血の少なさでわかる。これは完璧な焼き加減で肉汁も旨味も全部肉に閉じ込めてあるに違いない。

 

 辛抱たまらんと肉を口に放り込む。

 鉄板の上でジュウジュウと油を跳ねて踊る肉が口の中に入ると、痺れるような熱さと口の中いっぱいに肉の風味が広がる。

 上品で繊細な風味など程遠い。ただただ肉、という一文字を叩きつけてくる野性味に溢れ、しかしくどさを感じないギリギリのラインを攻める。

 肉の味もまた素晴らしい。噛めば噛むほど肉に閉じ込められた肉汁が旨味とともに溢れ出し、アクトゥスの口内にまた違う熱さをもたらしてくれる。

 

「美味っ! カトブレパスの肉とか初めて食うけど美味いぞこれ!」

「お、弟さんに感謝しろよ」

「ノクト、ありがとう……!」

 

 何やらエライ感謝を弟に向けているアクトゥスに圧倒されながらも、ルナフレーナは自身の手元にあるハンマーヘッドサンドイッチを見る。

 ここの料理は肉料理が多く、ボリュームも満点なのが多い。

 それだとルナフレーナには少々辛いため、このサンドイッチを選んでいた。

 

「こちらのお肉も、ノクティス様が?」

「あ、ああ。ソードテイルって言う、有翼の野獣の肉だ。女性受けも考えて、ヘルシーな味付けにしてある」

「お気遣いいただきありがとうございます」

 

 説明してくれたタッカにルナフレーナが丁寧な礼をすると、タッカは目を瞬かせる。

 

「……食って美味いと言ってくれれば、それで十分だ」

「はい、ではいただきます」

 

 赤みの強いソースのかかった、ソードテイルの肉のカツが挟まったパンを持つと、ルナフレーナは小さく口を開けて一口かじる。

 神凪として民を慰撫することもあり、外の世界に出ることはあってもこうした場所で食事をすることは初めてのため、彼女にはイマイチ勝手がわからなかった。

 

 しかしそれと味は別。

 焼きたてのパンのふんわり甘い小麦の香りとソースに使われたトマトの香りが鼻孔をくすぐる。

 ソードテイルの肉はタッカの言葉通り淡白なもの。淡白であるため、どんな調味料にも合わせられる柔軟性のある味だ。

 故にこの料理のキモは肉ではなくソース。トマトを主軸にし、ソードテイルの肉の味を完全に殺すことなく引き立て合い、それでいて後味にはトマトの爽やかな風味しか残らない絶妙な加減。

 

 神凪になる前。フェネスタラ宮殿に軟禁されていた頃に食べた、粋を凝らした料理とはまた別。客を喜ばせようという主人の思いが形になったような料理にルナフレーナは思わず目を見開く。

 

「……美味しい!」

「――それは良かった。メシを美味いと言ってくれるんなら、誰だって客だ」

「んぐ、やっぱ腹減ってちゃダメだな。人間まずは食わないと!」

 

 腹が減っては戦はできぬ。大昔から言われている言葉の重さをしみじみ感じながら、二人は食事を終える。

 

「とても美味しかったです。ここは良いお店なのですね」

「旅をすることの醍醐味の一つだな。何にしてもまずはメシだ」

 

 アクトゥスは料理のできる方ではないため、標などに野宿する時は大体カンヅメかカップヌードルである。

 外でもイグニスの食事が食べられるのだからノクティスは恵まれているのだ。食事事情は旅をする人間が真っ先に頭を悩ませるものの一つであるというのに。

 

「一旦外で話すか。さっき話したことも詳しく話したいし」

「……わたしの負担の軽減と仰ってましたが、そのようなことが本当にできるのですか?」

「試したわけじゃないから確証はないけど、十中八九成功すると睨んでる。さっきの神凪の逆鉾の話でほぼ確信になった」

 

 神凪の逆鉾もルシスの王族が扱うファントムソードとしての資格があると聞いた時点で、アクトゥスの考えている策は成功を収めると考えていた。

 但し、これは負担の軽減などという生易しいものではない。

 

 外に出た二人を待っていたのは、黒い小さな犬――アンブラとその後ろに佇む黒髪の女性だった。

 

「アンブラ! ゲンティアナ!」

 

 ルナフレーナが喜んでアンブラの背中にくくりつけられた小さな手帳を取り出し、ハンマーヘッドで入手したステッカーを貼って再びアンブラの背中に載せる。

 そういえばノクトが王都にいた頃にこんなやり取りしているの見たことがあるな、とアクトゥスは昔を思い出しながらゲンティアナに視線を向ける。

 

 閉じられた瞳に何が見えているのか、ゲンティアナとルナフレーナに呼ばれた女性は目を閉じたままアクトゥスを見る。

 

「…………」

「――聖石に選ばれし者よ」

「なんだい、綺麗なお姉さん」

「あなたの役目は王が斃れた時にある。王より先に果てるなどせぬよう」

「わかってるよ。オレは、オレの使命を果たすさ」

 

 アクトゥスの言葉に満足がいったのか、ゲンティアナの姿が空間に溶けていく。

 アンブラを送り出したルナフレーナとともにそれを見送り、アクトゥスは肩をすくめながら口を開いた。

 

「――これから旅の仲間になるんだ。ルナフレーナの役目ばかり聞くのはフェアじゃない」

「…………」

「オレがクリスタルと歴代王より課せられた役目を話そうと思う」

「それはわたしが伺って良いものですか?」

「オレだってそっちの言いたくない情報を根掘り葉掘り聞いたんだ。お互い様だろ」

 

 最悪でもノクトが知らなければ良い。ルナフレーナの持つ使命と同じく、アクトゥスの使命もまた彼が知ったら衝撃を受けるものだ。

 

 

 

 

 

「オレが背負った役目。それは――」

 

 

 

 

 

 ――かくして、アクトゥスとルナフレーナの旅が始まっていく。

 六神に会い、誓約を行うことでノクティスのサポートをする。

 その果てに待つ結末も互いに理解して、それでもなお彼らの歩みに迷いはなかった。




チョコボファームに寄るのはサブクエ回になるため、チャプターごとのストーリーを先に書く感じになると思います。
ちなみにサブクエは時系列的にチャプター開始後に全て終わらせてる感じを想像してください。メインそっちのけでサブひたすら進めるのはオープンワールドあるあるだよね?(真顔)

大体メンタルや何かに一物抱えている主要キャラ勢。ノクトも抱えてる。グラディオも抱えてる。イグニスは二人が抱えてるから冷静にならないとと言い聞かせる。多分このメンバーで一番メンタル強いのはプロンプトです。なお彼の出自。

そしてアクトとルーナは面倒な方向で覚悟完了済みな二人です。アクトに課せられた使命が物語中で明言されるのは後半も後半というかラストまで出さない予定です。

この物語で一番ワリを食っているのは誰か? 息子二人にクッソ重い使命背負わされたレギスだと思います(真顔)


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隕石の街レスタルム

「シェフ、本日のメニューは?」

「ここ最近肉が続いたからな。魚か野菜にしようと思っている」

「じゃ魚で」

「ノクトの希望通り、野菜にしよう」

「聞けよ」

 

 こいつの頭の中では全部決まっていたな、とノクティスはじっとりとした目でイグニスを見るが、イグニスは素知らぬ顔で食材の確認をしていた。

 

 エピオルニスの卵とルシストマトがそろそろ危ない。新鮮な野菜や卵はすぐに腐った野菜と卵にジョブチェンジしてしまう。

 旅をしているということを考えればなるべく日持ちのするカップヌードルや乾物、缶詰類が一番なのだが、それでは食卓に彩りがなくなる。

 美味いメシがあるというのはいつの時代も士気を向上させるこの上ない要素なのだ。

 

「ふむ……これで行くか」

「お、決まったか」

「ああ、大王トマトの卵炒めだ」

 

 ルシストマトの皮を向き、完熟で甘い香りが漂うトマトを薄く切っていく。

 野菜嫌いなノクティスの顔が歪むが気にしない。好き嫌いを直す良い機会だと思ってもらおう。

 

 エピオルニスの卵は殻が頑丈だが大きく味も良い。

 濃厚な黄身と白身を混ぜて、塩コショウで味を整える。

 中にトマトを混ぜてトマトの果汁と馴染ませても良いのだが、今回はやめておく。

 卵は火の通りが早く、一緒に炒めるとトマトより先に卵に火が通ってしまう。

 

 この料理のキモは火を通して一味も二味も違うトマトを堪能してもらうこと。

 火が通ることによって、人によっては苦手なグチュグチュとした種子の部分が食べやすくなる。

 普段はメインの付け合せに使ったり、サラダの一部にしか使わないトマトだが、こうしてメインに据えるだけの底力も持っていることを知ってもらいたいのだ。

 先にフライパンに油を引き、トマトを焦がさないよう炒めていく。

 

「トマトの香りがしてきたね。なんだかミネストローネみたい」

「そうだな。トマトに火の通った料理は意外と少ない」

 

 プロンプトのつぶやきに答えながら、イグニスは火の通ったトマトに卵を絡めていく。

 すでに加熱されたフライパンの上だ。取り出すタイミングに注意しなければ卵の美味しい半熟を過ぎてしまう。

 

「大体生だもんな」

「食感が苦手という人もケチャップなら食べることができたりするだろう。火を通せば果物のような甘みも香りも強くなるし、食感は気にならなくなる。これなら――」

 

 その先の言葉は言わず、イグニスはできた料理を皿に移しながらノクティスを見る。

 自分の偏食のことを言っているのだと察し、ノクティスはふてくされたように視線をそらすことしかできないのであった。

 

「さて、完成だ。食べてくれ」

「待ってました! いただきまーす!」

「……いただきまーす」

 

 元気の良いプロンプトの声と、気乗りのしなさそうなノクティスの声が特徴的な食事の合図だった。

 

 ちょうどよい半熟でトロッとした卵とトマトを一緒にスプーンですくって食べると、トマトの風味が染み込んだ卵の優しい味が広がる。

 種子の感触も卵と混ざりほとんど気にならない。ただトマトの甘い香りと優しい味わいだけを感じることができる。

 

「ん、美味い! イグニス、これ美味しい!」

「それは良かった。ノクトはどうだ?」

「まあまあ」

 

 明らかに鈍いスプーンの動きを見れば苦手意識があるのは手に取るようにわかるが、イグニスは手心は加えなかった。

 この旅が終わった暁にはルナフレーナとの結婚が待っているのだ。その時にまで野菜全般が嫌いなどでは話にならない。

 

 多少の好き嫌いがあるのは良い。人間誰しもどうしたって食べられないものの一つや二つ存在する。

 だがそれが野菜という一つのカテゴリ全般を覆うのは問題だ。アレルギーなら仕方ないが、ただ単にノクティスの好き嫌いは食わず嫌いの気が強いのだ。

 

 これまではどうしても強気に出られず結果的に甘い顔になっていたが、ここからは鬼になろう。

 

「もうじきレスタルムに到着するが、そこまでの間に野菜を消費しきってしまいたい。しばらくは野菜尽くしで生活してもらうぞ」

「うへ」

「ま、これもノクトの好き嫌いを直す試練だな」

「くっそ、覚えてろよ……!」

 

 味方がいない。ノクティスは苦手なものが続く食生活にうんざりしながらも、食事事情を握っているイグニスに逆らえないまま旅は続くのであった。

 

 

 

 レスタルム。

 はるか昔に飛来した超大型隕石メテオの恩恵を最も強く受けている、王都を除いたルシス最大の街。

 今なお燃え盛り続ける隕石の熱を利用した火力発電により、常に強い明かりを提供できるという強みがある。

 

 強い明かりが出せるというのは大きなメリットだ。なにせこの世界、暗がりではシガイを警戒しなければならない。

 王都では野球場で使うような大きなスタンドライトも、ここでは安全な場所を得るためにモーテルなどで使われることの方が多い。

 そのスタンドも野鳥系のモンスターに壊されることがあり、いかにモーテルなどがある場所が標であったとしても、警戒は怠れないのだ。

 

 そんな危険性をこの街は無視できる。それだけでもレスタルムに住もうと思う人が増えるのは自明の理と言えよう。

 

「あっつい街だな」

「隕石の熱で火力発電をしているそうだ。風もあるが、それでも暑いな」

 

 レスタルムについたノクティス一行は、まず最初に発電所の側から吹いてくる熱風に目を細める。

 鉄と住民の熱気がほのかに漂うそれを受けながら、ノクティスたちはようやくたどり着いたレスタルムで感慨に浸る。

 

「ここまで長かったねえ。同じルシスだけどさ、もうなんか異国って感じ」

「王都とはまるで違えからな。鎖国してたから当然といえば当然だが」

「良いから行こうぜ。リウエイホテルにイリスたちはいるんだろ?」

「そう聞いてる。他にも何人かグラディオの使用人と一緒らしい」

 

 レギスやアクトゥスといった戦闘を予見していた者たちが予め逃したにしては少ないと言うべきか、それとも彼らにとって怪しまれずに逃がせるのはそれが限界だったのか。

 真偽は定かではないが、どちらにせよ今はグラディオラスの歳の離れた妹であるイリスに会いに行くことが重要だ。

 

 ノクティスたちは店が立ち並び、店員が声を張り上げて客引きをしている熱気あふれるそこを通り抜けていく。

 

「すげー熱気」

「暑さに負けない熱さって感じだね」

「ここでの主産業である発電所はほとんど女性の仕事だそうだ。それ以外の部分は男が担うらしい」

「なるほど、道理で店にいるのが男性ばかりなわけだ」

 

 逆に男の負担が大きくないかと思うが、それで街が回っている以上とやかく言うこともないだろう。

 そんな喧騒から少し離れた場所にリウエイホテルは建っており、この街で唯一とも言えるまともな宿泊施設だ。

 環境を無視すれば他にも泊まれるところはあるが、四人が広々と眠れる空間が提供できるのはリウエイホテルぐらいだろう。

 

「もう良い時間だ。今日はこのままリウエイホテルに泊まって今後のことを話そう」

「だな。イリスの話も聞いておきたい」

 

 ホテルの中は涼しく、クレイン地方で暑い思いをしていたのが嘘のようだった。

 待ち合わせをしているとホテルの受付に告げて待っていると、階段を降りる軽快な足音が聞こえてくる。

 

「兄さん!」

「イリス!」

 

 家族の無事を聞いてはいたが、実際に目で見て実感したのだろう。グラディオラスの声がいつになく安堵したものになっていた。

 

「みんな生きてる! ちゃんと足、あるね!」

「バッチリついてるよ! 元気そうでよかった!」

「おかげさまでね。今日はここに泊まるんでしょ?」

「ああ。時間取ってくれ。色々聞きたい」

 

 任せて、と元気よく笑うイリスにノクティスたちもようやく警護隊以外のルシスの人間に会えたことへの安堵が広がるのであった。

 

 

 

 ノクティスたちが部屋で一息入れると、イリスが二人の人間を伴ってやってくる。

 一人は杖をついた老人。もう一人はまだ幼い少年だ。

 

「ジャレッドにタルコット。二人も無事だったか」

「アクトゥス様に先んじて逃がされまして。本当に王家の方々には頭が上がりません」

 

 杖をついた老人――ジャレッドがそう答えると、タルコットの方が目を輝かせてノクティスの前に出る。

 

「ノクティス様! イリスたちは俺が守ってます!!」

「――そっか、これからも頑張ってくれよ」

「はい!」

 

 なんだか弟を可愛がる兄の気持ちがわかったノクティスは、タルコットの頭を撫でてやりながら笑う。

 憧れる王子にそんな風に接してもらい嬉しかったのだろう。林檎のように頬を赤くしてタルコットはジャレッドとともに部屋を出て行く。

 

 微笑ましい子供の姿がなくなったところで、場にいる五人の空気が重いものに変わる。

 なにせここからは――王都襲撃時の状況を聞くことになるからだ。

 椅子に腰掛け、ノクティスはためらいがちに口を開く。

 

「……王都、どんな感じだった」

「ごめん、私もアクトゥス様に連れ出してもらったから、そこまで詳しくはないの」

「良い。兄貴も全然話してくれねえし」

「アクトゥス様、無事だったの!?」

「ああ、もう王都も脱出してこっちに向かってるらしい」

 

 帝国の追手の目をくらませながらになるため、多少遅れるとのことだがここで待っていればいずれ来るだろう。

 

「で、王都はどんな感じだったんだ?」

「あ、うん。……お城の辺りとか、その近くはひどかった。なんかものすごい大きなモンスターみたいなのまでやってきてた」

 

 どんなものかは知らないが、それはきっとさぞ我が物顔で王都を蹂躙したのだろう。

 それを思うとノクティスの胸に苛立ちが混じる。

 父も兄もそれらに奮戦したのだろう。しかし、敵わなかった。

 

「お城のところ以外はあんまり襲われなかったみたい。逃げる時にチラッと見たけど、そんなに壊れている様子じゃなかった」

「……目的は王族の殺害と光耀の指輪、クリスタルの奪取か」

「――ふざけやがって」

 

 わざわざ和平条約まで持ちかけてやるのか。

 多くの民に犠牲が出た。多くの者が傷ついた。家族を喪ったものも多くいる。

 だというのに――まだ、帝国はルシスから奪おうとしているのだ。

 

 絶対させねえ。その意志を強く持ち、ノクティスは己の拳を握る。

 必ず生き延びてアクトゥスと合流し、王家の力を全て集めて反旗を翻す。

 このままで終われない。それが今の彼らの原動力だった。

 

「なあ、イリス。この辺に王家の墓があるって噂、聞いたことないか?」

「王家のお墓? ……あ! レスタルムから西に行った滝の裏側に洞窟があるって話は聞いたことある!」

「塹壕跡のように王族の力を試すという意味合いなら、そういった場所にあると考えるのが自然か」

 

 イリスの言葉もあまりハッキリしたものではないが、イグニスが納得すると不思議と説得力を感じるから不思議である。

 これも彼の人徳か、と思いながらノクティスは今後の予定を決定する。

 

「レスタルムを拠点に王家の力集めだ。後で兄貴に連絡して具体的な場所も聞いておく」

「わかった。では今日のところは休もう。しばらくはキャンプで疲れが溜まっているはずだ」

「キャンプの素晴らしさがわからないとは……」

「グラディオに街は狭すぎるんだね」

「棘を感じるなぁ、プロンプト?」

「あ、痛っ!? ちょ、ちょっとギブ! ギブアップ!!」

 

 迂闊なことを言ったプロンプトにグラディオラスがヘッドロックをかける。

 プロンプトも戦闘はできるとはいえ王都警護隊で鍛えたグラディオラスには敵わない。バシバシと彼の腕をタップして必死に降参を訴えていた。

 

「……ふふっ、あははははっ!」

 

 その光景を見ていたイリスはおかしそうに、そして安心したように笑う。

 あんな事件が起こり、ノクティスは王子ではなく王となり、故郷には帰れなくなった。

 しかし四人は変わっていない。いいや、根幹の部分は変わらないまま成長していた。

 

「なんか安心した。みんな変わってないね」

「顔を上げていけ、ってみんなに言われてるからな」

 

 状況が深刻であることは変わらない。だが、その状況に合わせて深刻な心持ちのまま旅をしていたら精神が参ってしまう。

 無論、時が来れば彼らはルシスの王とその仲間として確固たる姿を見せるのだろう。

 だが時が来るまで――彼らは旅立った時と変わらない姿で旅を楽しむのだ。

 

「レスタルムは遠かったでしょ。今日はゆっくり休んで」

「おう、久しぶりのベッドでぐっすり寝かせてもらうわ」

 

 イリスが出ていくのを見送り、ノクティスたちは改めて一息を入れる。

 

「ふぅ……」

「やっぱ慣れねえか。王様らしい振る舞いってのは」

 

 先程のノクティスは珍しく主体性に溢れ、リーダーシップを発揮していた。

 内向的で照れ屋な気質のある普段のノクティスなら、周りが決めたことにやや受動的に従う、といった感じになるはずである。

 性格というのは一朝一夕には変わらない。それでも違う振る舞いを心がけていたのだ。相応に無理もしていただろう。

 

「慣れねえ、ってか全然しっくり来ねえ。オヤジみてーなのが理想なんだろうけど、オレにゃ合わねえだろ」

「あれはそもそも在位期間が違うからな。オレたちだっていきなりお前に陛下と同じになれとは言えねえよ」

 

 愚痴をこぼすノクティスにグラディオラスも慰めるように笑う。今回の彼は普段よりも良く頑張っていたのがわかったので、グラディオラスも上機嫌だった。

 威厳溢れる偉大なルシスの王として、レギスの姿は四人の中に焼き付いている。

 彼がノクティスに託した以上、ノクティスもいずれは彼を越える王としての姿を持つ必要があるのは確か。

 しかし今の彼にそれを求めるのが酷というのも理解してほしい。レギスとて若い頃から往年の威厳を持っていたはずなどないのだから。

 

「けど意外。ノクト、王様になること結構前向きだよね」

「確かにそうだな。学生時代のお前は王を継ぐことを嫌がっていたように見えたが」

「オレもまだ来ないと思ってたし、いざって時は王様権利振りかざして兄貴を据えようとか考えたこともあったわ」

 

 すなわちちょっとだけ王位を継いで、その期間中にアクトゥスの王位継承権を復活させて彼に押し付けてしまう戦法。

 そんな考えがノクティスの中になかったと言えば嘘になる。

 

「だけど兄貴の事情知っちまった以上、やりたくありませんとか言えねえだろ」

 

 本当はオレより兄貴の方が、という言葉はさすがに飲み込む。

 他者に比較されたことがなくとも、彼の姿を見ていれば察せられることもある。

 子供の頃からずっと彼は自分の前を走ってきた。そしてそれをおくびにも出さず、飄々と軽口を言いながらノクティスを可愛がってくるのだ。

 そして今も――

 

「ん、電話――兄貴か」

「よう、そっちはどんな調子だ?」

「さっきレスタルムに着いたところ。イリスとも合流できた」

「そいつは良かった。オレたちはチョコボストップの方に来てる」

「南に行ったのか?」

「同じルートだと見張られる可能性もあるしな。ここで少しコルたちと連携取りながらレスタルムに向かうタイミングを図る」

 

 アクトゥスがそういうのなら間違いはないのだろう。いつだって彼は自分よりよほど多くのことを深く考えている。

 彼の今後の動向は把握した。次にノクティスが聞くべきは彼の同行者であるルナフレーナの状態だ。

 

「ルーナは大丈夫なのか?」

「今はスムージーを面白そうに飲んでるよ。……え? 替わりたい? ああ、良いぜ」

「は? え、ちょ、待っ――」

 

 彼の口から聞ければ十分だったのだが、予期せぬ出来事によりいきなりルナフレーナと話すことになる。

 

「……ノクティス様、でしょうか?」

「え、あ、ああ。おう」

「ああ、お声を聞けて嬉しいです。アクトゥス様から無事であることは伺っていましたが」

「――そっちこそ無事で良かった。兄貴との旅は大丈夫か?」

「はい。こちらが申し訳なく感じるぐらいに良くしてくれます。あ、でも――事あるごとにわたしをからかってくることが玉に瑕ですが」

 

 イタズラっぽいルナフレーナの声と同時に、あ、ずりぃ!? というアクトゥスの声が電話越しに聞こえてくる。

 どうやら二人の関係は良好らしい。ただそれはそれとしてアクトゥスのからかいの内容は聞いておくことにするノクティスだった。

 

「兄貴にはオレから言っておくよ。どんな内容でからかわれたんだ?」

「いえ、その……未来の義妹に無理はさせられない、とかそういった類のからかいを……」

「ええ!? あー……」

 

 聞くんじゃなかった、とルナフレーナの話を聞いてノクティスまで照れてしまう。

 そのまま電話越しに無言になる二人。

 双方の状況がわかっているアクトゥスが電話に割り込んでくるまで、その時間は続くのであった。

 

「はいはい、オレが悪うございました。話が進まないから替わるぞ」

「……兄貴、ルーナに何言ってんだよ」

「間違ったことじゃねえだろ」

「……あんまりルーナが嫌がるようならやめろよ」

「その辺は気をつけるさ。まあこっちは概ねこんな感じだ」

「わかった。兄貴たちが来るまでこっちは王の力集めしてる。明日は滝の裏側にある洞窟に行ってみる予定だ」

「あー……」

 

 電話越しの兄の声が明らかに嫌そうなものに変わる。

 外交官として働く、というのを隠れ蓑にルシス国内で王家の墓を探していた彼のことだ。ノクティスたちが向かう予定の洞窟の情報も持っているに違いない。

 

「……なんかキツイ場所なのか?」

「レスタルムじゃあれの用意は難しいだろうしなー……まあ、あれだ。長居はしないようにな?」

「なんだよその極力優しい言葉選びました的なのは!?」

 

 明らかに苦難が待ち受けている未来しか想像できないのだが、アクトゥスはそれ以上何も言わなかった。

 

「これも試練だと思って頑張れ。あ、洞窟前の湿地にバカでかいヘビがいるけどそいつに喧嘩は売らない方が良いぞ。死ねる」

「すっげえ気になるけどヘビの情報はありがたくもらっとくわ」

「ちなみに肉はかなりの高級肉だ」

「戦いたくない理由と戦いたくなる理由を両方並べるのやめろよ!?」

 

 まあ頑張ってくれ、という実に適当な励ましの言葉をもらってその電話は終わる。

 自分とはまるで違う存在なのは承知の上で言わせてほしい。この兄、結構適当ではないだろうか。

 

「ったく、兄貴のヤツ……!」

「なんだって?」

「兄貴たちはチョコボストップにいる。レスタルムにはもうちょい時間がかかるっぽい」

「んじゃ、その間に力をつけることに専念だな。アクトゥス様が驚くぐらいの力を身に着けてやろうぜ」

「ああ、任せとけ」

 

 力強い笑みを意識して浮かべ、ノクティスは王の力を集めることを改めて意識するのであった。

 ……そして滝の洞窟――グレイシャー洞窟の中でその決意はとりあえず兄をぶん殴る意識に変わるのであった。

 

 

 

 

 

「プラトニックな恋愛だな」

「も、もう! 意地悪ですよアクトゥス様!」

「ずっと文通してただけだし、当然と言えば当然か……」

 

 チョコボポスト・ウィズ。ルシス国内で最も大きいチョコボ牧場の一角で、アクトゥスたちは休憩を入れていた。

 ギサールの野菜に他の緑野菜を凍らせたものを砕き、グリーンスムージーにしたものを飲みながら二人は今後の予定を話す。

 

「ルナフレーナの話を総合すると六神の一柱、ラムウの眠る場所がフォッシオ洞窟か。カーテスの大皿とも遠くないし行きやすい場所ではあるな」

「ルシスの国内についてはアクトゥス様の方がご存知でしょうから、順番はおまかせします。ですが誓約を行うということは眠りについた六神を起こすことです。相応の騒ぎが起こることは考えられます」

「やるとしたら一気にやった方がいいな……」

 

 下手に一柱だけ目覚めさせ、帝国軍に感知されてもう一柱にたどり着けない、なんてことになったら本末転倒である。

 片方を目覚めさせたら、そのまま返す刀でもう片方も目覚めさせる。そんな電撃作戦が要求されていた。

 

「ふむ……カーテスの大皿に帝国軍が基地を作っていたのはなんでか気になっていたが、誓約のことを考えると合点がいく」

「帝国が基地を? ……わたしの誓約を知っていたのでしょうか?」

「それしか考えられない。レイヴスから情報が行っていれば納得はできる」

 

 今更情報の出どころを探っても意味はない。それに明らかに怪しかったため、アクトゥスも探りは入れていた。

 ルシスという国の観点で見ればあの場所に基地を作る理由などない。巨神信仰の聖地でもある以上、意味もなく基地を作ったのでは民の反感を買うだけなのだ。

 理由がある、と断定して次に繋げるよう布石を打っておいたのが役立つ時が来た、とアクトゥスは自分の判断が間違ってなかったことを確信して口を開く。

 

「――カーテスの大皿方面は問題ない。以前近くに寄った時に抜け道を作っておいた。二人分ならなんとかなる」

「ではフォッシオ洞窟の方は……」

「シガイの被害を防ぐために天井をわざと崩落させている。……それも魔法でふっ飛ばせば入る分には問題ない」

 

 つまりなんの問題もない。立て続けに誓約を行うルナフレーナの負担だけが心配だが、そこはアクトゥスの語る負担の軽減方法がある。

 

「誓約は行なえますね。それで、アクトゥス様の語る負担の軽減とは……」

「ん、言ってなかったか。それは――」

 

 とある特殊な魔法を用いる必要がある、ということと他にも肝心な内容がある。

 それらを全て告げたところルナフレーナの強烈な反対を受けることになるが――チョコボポスト・ウィズを出発した彼らの間には同意が結ばれていたのであった。




アクト側の情報がなかなか出せないのがもどかしい今日このごろ。
とはいえこの情報は割りとすぐに出てくるものです。そこまで難しいものでもないので。

ノクト一行は王の力集め続行。王らしく振る舞ってる? 兄貴にできないことを自分がやれるって張り切ってるからね、仕方ないね。
全体的に上手く回ってるように見えるけど、その実原作以上に細い綱渡りをしています。諸々の起点がアクトであることを考えればわかっていただけるかと。

そしてアーデンをどう動かすかで悩むなど。私はキャラの所持する情報で行動を決定することが多いのですが、こいつは未だにどこまでわかってるのか謎すぎるという。
それも私だ、という感じではなくあくまで同じ盤面で動くキャラという感じにはしていきたいかな、とぼんやり思っている途中です。

ちなみに次回でチャプター3のメインクエは終わりそうです。つまりここからが本当のFF15だ……!(チャプター3でメインそっちのけでサブクエひたすらやってた人)


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神々の誘い

 グレイシャー洞窟。

 滝の裏側に広がる洞窟であり、氷のエレメントが強いのか温暖なルシス国内とは思えない寒さを常に振りまいている場所だ。

 当然ながら整備などされておらず、明かりがないためシガイも出る。道中には超危険なモンスターであるミドガルズオルムも出没する。

 

 好き好んで行くような奇特な連中などいるはずもない。そのためグレイシャー洞窟へ通じる道は簡単な封鎖だけが施され、その気になれば誰だって行ける場所に存在した。

 

「で、あのヘビどうするの?」

「迂回するに決まってんだろ。行きであんなのと戦ったら体力持たねえよ」

「同感だ。とはいえ視界に入るのは避けられないな」

 

 一行はミドガルズオルムが這い回る湿地帯の手前で隠れ、いかにこの場所を切り抜けるかを話していた。

 真っ先に意見が一致したのは戦わずに逃げること。洞窟の探索もある状況で明らかに今の自分たちより強いモンスターなど相手にしていられない。

 

 では次の問題はどのようにして逃げるかということ。

 残念ながらミドガルズオルムの視界に一度は入らなければ、グレイシャー洞窟への侵入は難しいのだ。

 見上げるほどの巨体をうねらせながら迫ってくれば人間の歩幅など一瞬で詰められる。そして身体に見合った巨大な口で一呑みにされる未来が待っていることだろう。

 

「ちなみにヘビは体内で獲物を圧殺して消化するらしい」

「それ今言う必要あった!?」

「一人が陽動、ってのはリスクがデカイか」

「そういうことだ。失敗した時の安全策もなしに即死では策とは言えん」

 

 本当に切羽詰まっていたら一考する価値はあるかもしれないが、今はそんな状況ではない。

 あまり時間をかけて夜になったらそれこそ最悪。シガイを警戒しながらレスタルムに帰るなど考えたくもなかった。

 

「全員で一気に走り抜ける。プロンプト、お前が一番前だ」

「え、なんでオレ!?」

「襲われるとしたらオレたちが背中を向けている時だ。その時に一番危ないのは殿になる。……グラディオ、頼めるか」

「ま、図体のデカイやつが影を作った方が気休めにはなるか」

 

 イグニスの話を聞いた三人がうなずき、それぞれの役目を把握する。

 本当ならシフトで瞬時に離脱できるノクティスを一番後ろとするのが適切なのだが、万一を考えるとできない選択肢だった。

 

「ノクト、合図を頼む」

「オッケー。……行け、プロンプト!!」

「う、うわわわわ!!」

 

 草むらから思いっきり背中を押されて飛び出したプロンプトが、こちらを発見したミドガルズオルムと視線を合わせてしまう。

 

「ヘビに睨まれたカエルの気分がわかりましたぁぁ!!」

「んなこと言ってないで走れ!!」

 

 動く小さな生き物、ということでミドガルズオルムの目に止まったのだろう。

 身の毛のよだつ不気味なヘビ独自の尾のこすれる音が耳に届き、その音が近くなっていることで接近が嫌でもわかってしまう。

 

「追いつかれるだろこれ!?」

「湿地を抜けるまでだ! 縄張りから出てしまえば……!」

 

 生暖かい風のような何かが当たってもひたすら走る。滝壺付近にいた大きなカニのモンスターなど見向きもせず走っていると、やがてミドガルズオルムの気配が消えていく。

 それでも不安に駆られて滝の裏側まで足を緩めず走っていたノクティスたちは、洞窟の入口が見えると同時に足を止める。

 

「お、追ってきてない……?」

「モンスターとは言っているが、生態系の一つだ。縄張りを侵したものに容赦はしないが、わざわざ深追いをするほど食べがいのある獲物でもないということだろう」

「眼中にないってことか。ちっとむかつくな」

「え? 今の安心するところじゃない? 怒るところあった?」

 

 この面子の中では最もバトルが好きなグラディオラスが不機嫌そうな顔になるが、プロンプトは訳がわからないという顔をするばかり。

 それに彼も王の盾としての役割を疎かにするつもりはない。一息で意識を切り替えると、彼らを洞窟の暗闇から守るように再び先頭に立った。

 

「じゃ、王の力集めと行きますか! ノクト、アクトゥス様から聞いてないのか?」

「長居しない方がいいってことくらいしか」

「……あー、なるほど、言葉の意味がよくわかるぜ。来てみな」

 

 洞窟に一歩踏み込んだグラディオラスが全てを悟った苦々しい顔でノクティスたちを招く。

 何かあったのかとノクティスたちも洞窟内に入り――漂う冷気に身体を震わせる。

 

「寒っ!?」

「長居したら凍死の危険もあるぞ、こりゃぁ」

「レスタルムで用意が難しいというのは防寒具だな。火力発電の影響であそこは常に暑い」

「というかなんでルシスでこんな寒い場所あるの!?」

 

 悲鳴のようなプロンプトの声にノクティスは目を閉じて、感じたところを答える。

 

「氷のエレメントが強い。理由はわかんねえけど、極端に偏ってる」

「エレメントって、魔法で使うやつ?」

「ああ。上手く説明できねえけど、兄貴もわかる感覚だ」

 

 魔法を操るルシスの王族以外にはわからないだろう。

 事実、ノクティス以外の三人はそういうこともあるのかとうなずいており、彼らに実感として伝えるのは不可能に近いはずだ。

 

「とにかく行くぞ。兄貴は一人で踏破してるはずだ。オレたちにできない理由はねえ」

「そうだな。とりあえず動いていれば身体も温まるだろ」

「道が凍っている可能性もある。ゆっくり動けとは言わないが、慎重にな」

「へ? うわぁっ!?」

 

 イグニスが注意した直後にプロンプトが足を滑らせ、一行はこの洞窟大丈夫なのかという仄かな心配を抱くのであった。

 

 

 

「クソッ、まじで寒い!!」

「ま、まだ口が回るだけ良いんじゃない?」

 

 こんなところに一人でいたら気が滅入って死にそうだ、とノクティスは寒さで白くなった息を吐き出しながら進む。

 明かりがないからシガイがうじゃうじゃ出てくる。寒いから道が凍っていて滑らざるをえない場所がある。

 極めつけにとにかく寒い。手がかじかんで感覚がなくなり、これ以上留まっていると武器を持つこともおぼつかなくなりそうな寒さが常にノクティスたちを襲っていた。

 

「お兄さん、どうやって突破したのかとか聞いてないの?」

「言ってねえけど、なんとなくわかる」

「その方法は?」

「魔法」

 

 別に一度の探検で踏破しなければならないわけではないのだ。アクトゥスは単独で探索していた関係上、非常に慎重な姿勢を取っていた。

 なのでこの洞窟では予めファイア系の魔法を用意して、それを使って暖を取るのとシガイを蹴散らすのを両方行っていたのだろう。

 

「まんべんなく用意していたのが裏目に出たな。もうファイアはない」

「言っても仕方ないだろ。さっさと行って終わらせることだけ考えるぞ」

 

 イグニスとプロンプトのぼやきに同意したくはあるが、彼らの目的は自分のファントムソード集め。

 付き合わせている立場で文句は言いにくい。いや、彼らは王の臣下とも言えるのだから自分に付き合うのは当然でもあるのだが。

 ともあれ一行が奥に進んでいくと、不意に明るく開けた場所に出る。

 

「まぶしっ!」

「氷に照り返してんのか。雪焼けとかも聞いたことあるが、この光だと納得だな」

 

 目がくらみそうな光の中、ノクティスたちが歩を進めると見慣れた黒く発光する粒子が地面より噴出する。

 それがシガイの出現する合図であると、この旅を始めて学んでいた一行は即座に臨戦態勢に移る。

 

「ほんっと、どこでも出んのなシガイ!」

「氷で反射した日光ではシガイを抑える効果もないらしいな。幸い広い場所だ。ノクトも動きやすいだろう」

 

 それに、とイグニスがグラディオラスの方を見ると彼はようやく存分に振るえる大剣を肩に担ぎ、ノクティスの隣に立っていた。

 

「ようやく暴れられるってもんだ。それに向こうに扉が見えた。王の力があるとしたらそこだろうぜ」

「長くて寒いこの洞窟ともさよならか。んじゃぁ、気合い入れないとね!」

 

 プロンプトが銃を構えると同時、黒い粒子の向こうから不吉な暗黒術師を連想させるシガイ――マインドフレア系のシガイが出現する。

 

「マインドフレアか。やつの周囲に浮かぶものが三角形を作ったら射線から離れろ。浴びると石化する」

「石化……石化ぁ!? 石になるの!?」

「そうだ。金の針なら治療できるが、石になる体験をしたい者はいないだろう」

 

 ブンブンと首を振るプロンプトを横目に見つつ、他にもインプといった小型のシガイが湧いてくるのを見てイグニスは舌打ちをする。

 

「他にも詠唱を始めたら何が何でも中止させろ。こいつは小型のシガイを産む力がある」

「はいよ!」

 

 イグニスのアドバイスを背中に受けながら、ノクティスは賢王の剣でシフトブレイクを仕掛ける。

 突き刺さった感触は確かにあるというのに、まるで布のカーテンかなにかを切っている気分だ。

 普通のモンスターを相手にするのとはまるで違う感触に顔をしかめながらも、素早く下がって追撃を避ける。

 

「ふわふわして狙いづれえぞこいつ!」

「だったら縫い止めちまえば良いんだ、よっ!!」

 

 攻撃をした以上、必然的に生まれるノクティスの隙をグラディオラスが埋める。

 彼を守るように前に出たグラディオラスが大剣を振り下ろし、マインドフレアの身体の中心――ではなく、ローブ状に伸びた触手の一部を地面に剣ごと突き刺す。

 するとマインドフレアは逃げようとしても触手に突き刺さった剣が邪魔で動けなくなる。

 

「ほら、今だ!」

「ナイス!!」

 

 動けないマインドフレアに修羅王の刃を思いっきり振りかぶって、叩きつける。

 かつてルシスの王が振るった斧が、シガイを頭蓋から地面まで重い衝撃を手に伝えてきた。

 もとより斧は剣のような斬る武器ではなく、その重量で押し切る武器だ。

 十全に体重と勢いが乗ったそれは、地面にヒビすら入れるほどの威力でシガイに襲いかかる。

 王の力が宿った一撃はシガイを容易に切り裂き、その肉体を再び黒い粒子へと返す。

 

「――ハッ、楽勝!!」

「いい感じに使いこなしてんな、ノクト!!」

「任せろっての!」

 

 グラディオラスの快哉に答えながら、ノクティスは召喚した短剣をもう一体いるマインドフレアの真上に投げる。

 そして頭上にシフトで移動すると、再び修羅王の刃を振り下ろす。重力の力を借りたそれは通常の生物が意識しない真上からの攻撃として、頭から股下までを強引に叩き潰す。

 兄、アクトゥスの得意とするシフトを用いた頭上からの急降下攻撃。

 生物の視点は基本的に平行かやや下を向いていることを利用し、注意のそれやすい上からの攻撃は大きな効果をもたらしてくれる。

 

「王の力も順調に使いこなしているな」

「疲れるけどな。でもまあ、確かにしっくり来る」

 

 賢王の剣も修羅王の刃も、どちらもノクティスの手に恐ろしく馴染む。

 斧を使ったことなどシフトの訓練を行っていた時に数えるほどだったというのに、使い方が手に取るようにわかる。

 この使い方の理解まで含めて王の力と呼ぶのかもしれなかった。

 

 ともあれシガイを片付けた一行は王の墓所への扉を開き、中に収められた王の魂と対面する。

 

「……剣? それにしては変な形だけど」

「特殊な形だが、双剣の一種だろう。一刀と二刀に分けて使うものを聞いたことがある」

「今じゃほとんど見ないし、使い手をとにかく選ぶんだろうな」

 

 一昔前には銃の機構と剣を組み合わせたガンブレードなるものも研究されていたようだが、それも扱いの難しさに断念したらしい。

 

「ま、なんとかなるだろ」

「うわ、軽い」

 

 実際、持ってみれば使いこなせるのだからなんとかなるとしか言いようがない。

 とはいえプロンプトにその辺りの意図は通じなかったようで、大して気負ってもいないノクティスを呆れた目で見ていた。

 気にせずノクティスが手を伸ばすと、一刀の形で収まっていたそれが浮かび上がり、ノクティスの中に入ってくる。

 

 獅子王の双剣。ルシスに点在する秘境をいくつも開拓し、ルシスの可能性を切り拓いた疾風王の愛用した二刀と一刀。

 変幻自在の武器が長い時を経て、真の王の手に収まった。

 

 また一歩、打倒ニフルハイムとルシス復興に近づいた。体内に収まった力を感じ取り、一旦戻ろうとしたところでそれは起こった。

 

「よし、戻ろう――」

 

 視界が切り替わる。

 青白く空に立ち上る炎。星の核にすら達してしまうと思える大穴。そしてその中に眠る巨神の姿。

 巨神は目を閉じ、炎を発して燃え続ける巨岩――メテオを背負って眠っていた。

 だが、生きている。微かに動く身体は彼の肉体が今も呼吸していることを示している。

 

 そんな彼の眼が開き――この場所にいないノクティスを確かに認識した。

 

「――つぅっ!!」

 

 脳を刺されるような頭痛が起こり、視界が寒々しい氷の風景――現在地のグレイシャー洞窟に戻る。

 ズキズキと痛む頭を押さえ、片膝をつく。

 

「ノクト!?」

「頭、いてぇ……! なんか変な景色も見えるし、なんだよこれ……!」

「何か見えたのか?」

「青白く燃えてる大岩を巨人が支えている光景……あれ、メテオか?」

「その二つとなればほぼ確定だ。――カーテスの大皿が見えたのか」

 

 なぜ、という疑問は誰も口にしない。ルシスの王族であるノクティスは魔法を扱うことができる以上、何らかの超常現象に出くわす可能性だって否定はできないのだ。

 

「オレを呼んでる、のか……?」

「難しいぞそいつは。カーテスの大皿は確か帝国軍が基地を作ってる」

 

 グラディオラスが難しい顔でうなる。

 コルに連絡をつけて陽動を頼むなり方法は複数浮かぶが、どちらにしてもノクティスたちが正面から向かうのは確定になる以上、厳しい戦いになる。

 と、イグニスとグラディオラスが考え込んでいるとプロンプトが疲れた声を出す。

 

「とにかく一旦戻らない? 今はみんな疲れてるし、こんな場所だから気も張ってる。一休みしてから考えようよ」

「……そうだな。ノクトもそれでいいか?」

「ああ。ホテルのベッドにダイブしてぇ」

 

 休んで回復する類かどうかは不明だが、休まなければ洞窟での消耗すら取り戻せない。

 王の力の入手という目的も果たせた以上、この場に留まる理由もなかった。

 

 一行は帰り道のミドガルズオルムにも目もくれず、レスタルムへの帰路につくのであった。

 

 

 

 

 

 カーテスの大皿。その中でもそれなりに奥深い場所。

 巨神タイタンの顔が見られる位置まで近づいて、アクトゥスとルナフレーナは双方が手を巨神にかざした状態で佇んでいた。

 

 すでにこの状態を維持して三十分ほどが経過している。

 いくら一人二人なら見つからない場所を予め作っておいたとは言え、ここは帝国軍基地の中。いつ見つかるかと考えるとアクトゥスは気が気でない。

 しかし誓約の終了はルナフレーナにしかわからない。ルナフレーナの負担を軽減させる方法もそうだが、何より彼女の護衛のためにもこの場を離れるわけにはいかなかった。

 

 アクトゥスとしては一秒でも早く終わってほしい時間だったが、それもルナフレーナがゆっくりと目を開いたことで終わりを告げる。

 

「……巨神は目覚めました。真の王が来れば、彼に試練を与えることでしょう」

「穏やかに、とはいかないわけか」

「はい。本当ならわたしも残ってノクティス様のお力になりたいのですが……」

「……気持ちは痛いほどわかる。オレもそろそろ弟の顔が見たい」

 

 旅に出てから色々なことがあった。頼りなかった弟も多少は引き締まった顔になっているはずだ。

 何より家族を喪った悲しみは同じなのだ。ノクティスが兄のことを心配するのと同じくらい、アクトゥスもノクティスを心配していた。

 とはいえ彼の安全を思えばこそ、神凪であるルナフレーナを擁している自分は別行動を取ることが望ましい。

 

 最悪なのは神凪と真の王。両方がいるところを一網打尽にされること。

 それを避けるためにもノクティスには力をつけてもらう必要がある。それこそアクトゥスの予想を超えるような、神々の力の一端すら操るものを。

 と、そこでアクトゥスは思考を現実に引き戻して状況の確認を行う。まずはルナフレーナの体調である。

 

「まあノクトに会うのはもう少しの辛抱だ。それはそうと身体は大丈夫か?」

「あ、はい。アクトゥス様が予め使って下さった魔法のおかげで、予想よりも小さな負担で済みました」

「よし、推測が上手く行ったか」

「アクトゥス様のお体は、その……」

「大丈夫だ。オレの方も多少の疲労だけで済んでいる」

 

 自らの肉体が快調であることがわかるほど、ルナフレーナはアクトゥスに対して罪悪感を覚えたような顔になってしまう。

 そんな彼女にアクトゥスはおどけるように肩をすくめるしかない。

 

「おいおい、言い出しっぺはオレだぜ? 気にする必要なんてこれっぽっちもない」

「ですが、この方法ではアクトゥス様のお体が……!」

「大丈夫だよ。オレの方にもそんなに負担は来ていない」

 

 アクトゥスの語った負担の分散方法。

 

 

 

 それは――ある特殊な魔法を使用することによる負担の分配である。

 

 

 

 ルシスの王族が使える魔法はエレメントから精製するファイア、ブリザド、サンダー以外にも数多く存在する。

 その大半は日常生活はおろかモンスターとの戦闘でも特異な状況でない限り使われないものになるが、言い換えれば特異な状況下であれば用途が見出だせるものもある。

 

 アクトゥスの使ったバランスがその一つであり、これは自身の傷と同じだけのダメージを相手に与えるという性質を持つ。

 しかしこれは相手が複数いた場合は相手を選べず、またそんな相手に与えたいほどの傷を負っているなら素直に回復した方が良いという当たり前の理由で使われてこなかった。

 

 だが魔法の効果はマジックボトルで精製する際に素材を入れることで、ある程度の変更ができる。

 これもその一つであり、効果は使用者と対象の負担を分配する。

 ルナフレーナが誓約で百の負担を負う場合、アクトゥスが半分の五十を請け負うことでルナフレーナの負担を減らしているのだ。

 

「それなりにキツイがな。まだなんとかなる範疇だ」

「……本当ですね?」

「オレと同じ負担をルナフレーナも背負ってる。そこで疑われるのは心外だ」

 

 ルナフレーナの目はアクトゥスが少しでも辛そうな仕草をしたら、すぐにでもこの方法をやめるよう言うつもりだったが――アクトゥスは弱みを見せなかった。

 

「お前は使命を果たすことに集中しろ。オレはそれを全力でサポートする」

「……アクトゥス様」

「どうした?」

「方法についての是非はもう問いません。それはわたしがタイタンを目覚めさせた時点で言う資格を失っている」

「……ああ」

 

 ですが、とルナフレーナは顔を上げて――今にも消えそうな笑みを浮かべている未来の義兄を見据えた。

 

 

 

「ですがあなたが――義兄が傷つく姿を見るのは悲しいのです」

 

 

 

「……それは神凪としての言葉か?」

「ルナフレーナという、一人の人間としての言葉です」

 

 睨むような目で射竦められ、しかしその瞳の奥に揺れる悲しみを見出したアクトゥスは負けたとばかりにため息を吐く。

 

「……参ったよ。本当にマズイ時は言うから、その時に対策を考えよう。だが今回の負担が少ないのは本当だ」

「本当ですか?」

「そこは信じてほしいとしか言いようがない」

「……わかりました」

「よし、じゃあさっさとこの場所から離れてフォッシオ洞窟に向かおう。そこで誓約が終わればレスタルムまで一直線だ」

 

 あまりこの場所に長居するわけにもいかない。アクトゥスは話を切り上げて車を停めてある場所への道を歩き始める。

 その背中を見ていたルナフレーナも、彼の足取りが普段と変わらないことを確かめてから彼の後を追う。

 

 かくして、二人の目的である二柱の神の誓約を果たすことは、幸先の良いスタートを切れたのである。

 

 

 

 

 

「――へぇ。タイタン、目覚めたんだ」

 

 しかし忘れるなかれ。闇に挑む彼らの輝きは尊いものなれど、闇はそれらを覆い隠してしまうほどに強大であることを。




最後のキャラ……一体何ーデンなんだ……。

ちなみにノクトとアクトの話は少し時間軸がずれていることもあります。全く同じ時間で進めているわけではないのでご了承ください。

そして次回はサブクエスト回の予定です。次回というか結構サブクエ回になりそうですが。三章から行ける場所が広がるためサブクエも増えます。
メインっぽいやつをいくつかというものになると思いますが、お付き合いいただけると幸いです。ある展開に必要なものなので。


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サブクエストその二

ちょっと仕事がバタバタしていて遅れました。申し訳ありません


「やあ、君たち。元気そうで何よりだよ」

 

 レストストップ・ランガウィータ。孤峰ランガウィータを拝みながら食べるケニーズ・サーモンは最高であると宣伝されているリード地方唯一のレストストップ。

 旅の途中で立ち寄ったところ、日焼けした色黒の肌をした壮年の男性が声をかけてきたのだ。

 

 誰かと振り返ると、それは旅の最初の頃に助けたハンター――デイヴと特徴が一致した。

 しかし彼を助けてから大きな出来事が多すぎて、ノクティスたちは咄嗟に名前が出てこなかったのだがプロンプトが先んじて声をかけた。

 

「あれ、デイヴさん。ケガはもう大丈夫なんですか?」

「ああ、おかげさまでね。ケガも治って、またハンター業を再開しているんだ」

「無茶はすんなよ。最近、モンスターも凶暴化してるって話だぜ」

 

 最近王都の外に出た自分たちにはこれが当然だと思ってしまうのであまり実感できていないことだが、モンスターの凶暴化はそこかしこで起きているとハンター業界でもっぱらの噂だった。

 実際、新米ハンターがケガをするケースも増加傾向にあるため、あながち間違った噂でもないのだろう。

 

「ハハ、何も野獣と戦うことだけがハンターの仕事じゃないさ。物資の護衛や運搬も立派な仕事だよ」

「ではデイヴ殿はそういった仕事を?」

「いいや。オレが行っているのは、こいつを集める仕事だ」

 

 そう言ってデイヴが懐からキラキラと太陽を反射して輝く銀の板をつけたネックレス――ドッグタグと呼ばれるものを取り出す。

 これを集める? とノクティスとプロンプトは不思議そうな顔をするが、それが何に使われるものなのかを察したイグニスとグラディオラスは真面目な顔になる。

 

「これ、何に使うんだ?」

「ハンターの認識票さ。中には名前も彫り込んである。正式に活動するハンターに支給されるものだ」

「オレたちみたいに腕に覚えのある奴らが受けるのには必要ないのか」

「君たちはモブハントを中心に行っているだろう? あれはいわば指名手配モンスターの退治だ。モンスターの退治という結果さえ証明してもらえれば、誰がやっても構わない」

「……あ、じゃあモンスターを倒したところを狙われるって事件もあったり?」

「皆無ではないけど、たいていは返り討ちに遭っておしまいだ。モブハントができるような人がそんな小悪党には負けないさ」

 

 それもそうだとプロンプトは納得した顔でうなずく。

 ゴブリンや野獣程度ならまだしも、ハンターの仕事にはカトブレパスの退治すら含まれているのだ。あんな巨大生物を倒せるような人間に喧嘩を売るとか、マシンガンがあっても御免被りたい。

 

「少し話がそれたな。で、こいつはハンター個人を識別するものになる。そして――何かが起こったときの身分証明にもなる」

「何かって……」

「残念ながら、依頼は常に成功するわけではないということだ」

 

 そこまで言われてノクティスたちも理解する。

 デイヴの手に光っているドッグタグはつまり、彼の同業者が何らかの要素で命を落とし、骨すらも見つからなくなった場合の最後の認識手段なのだ。

 

「ハンターである以上、この結末は誰もが予想し受け入れなければならない。……だが、それでも慰めの一つはあるべきだろう。このドッグタグも、遺族に渡すものだ」

「そっか……その人たちにも、家族がいるんだよね」

 

 プロンプトがしんみりした顔でドッグタグの持ち主の家族に思いを馳せる。

 ハンターという仕事を選んだ相手を家族にした以上、不意の死という結末は予想しているのだろう。

 だが、予想していれば悲しみが減るというわけではない。

 

「ここにもいくつかドッグタグがあることが確認されている。良ければ君たちもいくつか手伝ってくれないかい? もちろん、報酬は出そう」

「ノクト」

「これで受けねえとかオレたちが悪人みてえだろ。オッサン、任せとけよ」

「ハハ、少し意地悪だったか。ではこの場所のものを頼む」

 

 地図に印をつけてもらい、ノクティスたちはレガリアに戻っていく。

 座席に座ったところでグラディオラスがノクティスの意向を確認するよう声をかける。

 

「本当にやるのか?」

「あん? 別にいーだろ」

「普通ならオレも賛成したけどな。あんま良い言い方じゃねえが、ニフルハイムとの戦いやお前の王の力とは何の関係もねえぞ」

「それだけあれば勝てるってもんでもねーだろ。急いでるわけでもねえしな」

 

 それに遺品だけでも欲しいという気持ちがノクティスにはわかってしまう。

 レギスの死に目を見ることも、遺品を見ることも叶わなかった彼にとって遺品だけでも、と願う言葉は無視のできないものだった。

 

「グラディオの言い分も尤もだが、これをやることによる不利益があるわけではない。ルシスで困っている人々を助けるのも王の使命だ」

「ま、オレも言ってみただけだ。それに人助けを率先してやるとは、ノクトも良いとこあるじゃねえか」

「うっせ。オレには良いところしかねえよ」

「ハハハハハッ!!」

「オイなんだよその笑い方!?」

 

 国は失い、親も失い、旅は苦難が待ち構えている。

 それでも優しさを失わないのは紛うことなき美徳だ。

 グラディオラスはかつてノクティスに見出した王の片鱗を、今もなお持ち続けていることが確信できて気分良く笑うのであった。

 ……その笑いがノクティスを笑っていると思ったのか、当の本人が機嫌を損ねてしまったのはご愛嬌である。

 

 

 

 だだっ広い荒野の一角。あらかじめそこにあると教えてもらわなければまず素通りするであろう場所に、それはあった。

 太陽の光を反射し、歪に曲がった銀板が鈍い光を放つ。

 目ざとく見つけたプロンプトが拾い上げると、そこに付着した血を見て痛ましい顔になる。

 

「あった。……ひどいな、血で汚れてる」

「歪んじまってるな。これがハンターの最期の身分証明か……」

 

 モンスターと戦う以上、この結末は誰にだって平等に訪れる。

 今回はたまたま自分たちでなかっただけで、いつか自分たちがこうなる可能性もあるのだ。

 もっと強くならなければ、とノクティスが心構えを新たにしたところでイグニスとグラディオラスが無言で武器を抜く。

 

「ノクト、プロンプト。構えろ」

「え? どうしたのさ、イグニス」

「ドッグタグはハンターが最期を迎えた場所に残るはずだ。となれば……」

「その最期を与えた相手が近くにいる、ってことだ!」

 

 慌てて周囲を見回すと、すでにノクティスたちの周りを野獣が取り囲んでいた。

 

「いつの間に!?」

「さすがは野生の獣ってことか。多分、オレらにはわからない隠れ方だ」

「言っている場合か、来るぞ!!」

 

 イグニスの言葉と同時に近くにいたトウテツが地を蹴り、飛びかかってくる。

 獣の本能だろう。最も弱いもの――プロンプトめがけて一直線に飛んだそれは、彼の身体を押し倒して喉笛に牙を突き立てようとする。

 

「うわぁっ!?」

「プロンプト!!」

 

 ノクティスが咄嗟にトウテツの横っ腹を蹴飛ばし、倒れているプロンプトに手を伸ばす。

 

「ったく、ビビらせんなよ」

「ごめん。でも、ここから反撃だ!!」

 

 それなりにモブハントをして外のモンスターにも慣れた一行。

 そして相手は奇襲さえ対処できれば今更脅威にはなりえないもの。

 ――殲滅には一分もかからなかった。

 

 

 

「戻ってきたか。君たちなら無事にこなせると思っていたよ」

「ってことは知ってたのか」

「少し考えればわかることだからね。二次被害を起こさないためにも、ドッグタグ回収はハンターでも腕の立つ者が行う仕事だ」

「オレたちはハンターとして優秀ってことか?」

 

 グラディオラスが聞いてみると、デイヴはもちろんだと言うようにうなずいた。

 

「モブハント中心とはいえ、君たちの強さは聞いているよ。……そして彼の使う尋常でない力のことも」

「……おい、あんた」

「おっと、誤解はしないでほしい。オレたちはオレたちを助ける者の味方だ。君たちの素性がどんなものであれ、ハンターの仕事を手伝ってくれる以上頼もしい味方として扱わせてもらうよ」

 

 隠しているわけでもないが、ノクティスの力は見るものが見ればすぐに王族のそれとわかってしまう。

 グラディオラスが剣呑な声を出すと、デイヴは落ち着いた所作で彼に冷静になるように告げて懐から報酬を取り出す。

 

「前回も君たちに助けられて、今回も君たちに助けられた。君たちが困っている時はオレたちが助けよう」

「……悪い、ちっと神経質になっちまった」

「いや、言い方が悪かったのはこちらの方だ。君たちの旅の成功を祈っているよ」

 

 誰が味方かもわからない状況だ。疑うのは至極当然のことだが、そればかりではいつまで経っても味方が増えない。

 頼れると判断した相手には素直に謝罪することも重要である。グラディオラスは自身が少々過敏になっていたことを認めて頭を下げる。

 デイヴはそんな若者の謝罪に対し、自らもまた謝罪をして報酬を渡す。

 

「オレはこの辺りで活動しているから、また何かあったら手伝ってほしい。逆に君たちが困っていても声をかけてくれ。可能な限り力になろう」

「ああ、サンキュな」

 

 受け取ったドッグタグと自身が集めたドッグタグを片手に、デイヴはノクティスたちから離れていく。

 それを見送った四人は今回の仕事について思いを馳せる。

 

「外の世界というのは、やはりこういった話も日常茶飯事なのだろうな」

「モンスターも多いし、夜にはシガイも出るんだしね」

「やっぱ王都はすごかったんだな」

 

 そしてその王都の恩恵に与ることができたのはほんの一部のルシスの民だけだった。

 当たり前の事実を見せつけられ、ノクティスは何か思うところがあるような顔で荒野を見る。

 

「どした、ノクト?」

「……いや、なんでも。そろそろ出発しようぜ」

「おう。にしても人の情けってのは大切だな。ハンターが味方になるのは頼もしい話だ」

「ま、これもオレの人徳ってことだな」

「ハハハハハッ!」

「笑うなっての!」

 

 グラディオラスが笑うと、ノクティスはどこか機嫌良さそうに彼を肘で突くのであった。

 

 

 

 

 

「チョコボに乗れない!?」

「ああ、悪いなあ」

 

 チョコボポスト・ウイズ。

 ルシス国内でも最大規模の大きさを誇るチョコボ牧場にプロンプトの悲しみの声が響く。

 牧場主であるウイズは申し訳無さそうな顔で事情を説明する。

 

「この辺りに凶暴なベヒーモス――通称スモークアイが出没するようになってな。いつチョコボたちに被害が出るかもわからない状態だ」

 

 ベヒーモス。野生の王者とも呼ばれる野獣の中でも最上位に位置する種族だ。

 トラックよりも大きい巨体と、その肉体で暴れ回れる筋肉。そして極めつけに頭には鋭利な角まで生えていて、気性は荒いという三拍子揃った凶悪なモンスターである。

 

「ハンターの人は?」

「もちろん頼んでいる。だがベヒーモスを倒せるような熟練ハンターとなると、数が少なくてどうにもね……」

「ふーん、だったらオレらが倒してきてやろうか?」

 

 いつ来るかわからないハンターを待つくらいなら、自分たちで倒す可能性を考えた方がマシだ。

 そんな何気ないノクティスの提案だったが、後ろのプロンプトが何を言ってるんだこいつは、という目で見ていたことは知らない。

 

「ああ、君たちが最近評判のハンターか。見合った報酬は支払うから、ぜひお願いするよ」

「わかった。任せとけ」

 

 ノクティスの協力に顔をほころばせたウイズにスモークアイの居場所を聞き、早速向かおうとするとプロンプトが制止の声をあげた。

 

「ちょっと待った! なに? 話の流れ的になんか行く雰囲気っぽいけど――まじでいくの?」

「当然だろ」

「ベヒーモスってヤバイんじゃないの!?」

「倒さなきゃチョコボ乗れねえだろ。ヤバけりゃ逃げりゃ良いんだよ」

 

 王の力を集める以外にも、個々人の持つ力を高めておいて損はない。

 その点で見ればベヒーモスほどの強さなら腕試しには最適だろう。

 

「特徴もウイズ殿から聞いておいた。この先にある薄霧の森に生息するはぐれベヒーモスで、隻眼が目印らしい。はぐれと言う以上、通常個体よりは弱いのだろう」

「じゃあオレたちでもなんとかなる?」

「そもそもモブハントで受けられるランクが決まってるだろ。受けられるってことは倒せる見込みがあるってことだ」

 

 依頼の中には今の自分達では逆立ちしても不可能に見えるものもあるのだ。それに比べれば有情だろう。

 

「チョコボ乗りたいって言ったのはプロンプトだろ。ここで気合い入れないでどうすんだ」

「気合い入れるような場面じゃないと思うけど……まあ、そうだね。言い出しっぺがビビってちゃダメか」

 

 自分の頬を叩き、チョコボのためにと奮起したプロンプトが歩き始めるのを見て、一行は薄霧の森へ歩みを進めるのであった。

 

 

 

「ごめん、帰っても良い?」

 

 そして真っ先にヘタれるのもプロンプトだった。

 薄霧の森を進み、草食の野獣を貪るスモークアイを発見した時の言葉に、ノクティスたちは呆れた顔を隠せない。

 

「お前な」

「いやだってあれ人間が勝てる生物じゃないでしょ!? デカイにも限度があるって!」

「カトブレパスに比べれば小せえだろ」

「ツノ! あの立派なツノで突かれたら死ぬよ!?」

 

 鋭い牙の並んだ口を動かし、獲物の肉を夢中で貪るスモークアイを観察すると話に聞いていた野生の王者という言葉の意味が実感できる。

 あんなのが王都に出たら一大事件である。つくづく王都は守られていたのだと実感しながら、ノクティスとグラディオラスはイグニスに作戦を求める視線を送った。

 

「……食事を終えた動物は巣に戻るはずだ。そして狩りの疲れを癒そうと休息を取るはず」

「じゃあそこまで追いかけて休み始めたところを狙う寸法か」

「上手く行けばな。難しいようなら最悪でも霧の晴れた場所で仕掛ける」

 

 スモークアイという名前は単に彼が隻眼のベヒーモスであるというだけでなく、この四六時中霧のかかった森をテリトリーとしていることも由来である。

 隻眼であることから優位に立ち回れるかもしれないが、それは彼の住処であるこの森で相殺される。

 そしてこちらは霧の影響を受けて視界が悪い悪条件を受けている。

 相手は有利で、こちらが不利。おまけに生物としての強度は比べ物にならない。

 そんな条件で戦ってもスモークアイのおやつになるだけだろう。

 

「ノクト、先頭を頼めるか。いざとなったらシフトで離脱できるお前が最適だ」

「わかった。んじゃちょいと行ってくる」

「あんまり近づきすぎるなよ。獣の一歩は人間とはまるで違えからな」

 

 グラディオラスの警告を肝に銘じつつ、ノクティスは三人から離れて行動を開始する。

 食事を終えたスモークアイが唸り声を上げながらゆったりと巣に戻るのを、霧で見えなくなる手前で追いかけ続ける。

 

(こうして見ると大迫力なんてもんじゃねえな)

 

 プロンプトが怖がるのも無理はない巨体と、人間など丸呑みできそうな牙の並んだ口。

 あれに放り込まれたら上半身と下半身が一瞬で泣き別れすることになるだろう。

 

 ノクティスの冷静な思考の部分が引き返すべきだと提言してくる。これは確かに彼の言うとおり、ヤバい相手だ。

 だが、とノクティスは腹にグッと力を入れて堪える。

 

 自分たちには力がある。少なくともチョコボ牧場の主より。

 そして彼は自分たちに助けを求めてきた。困っている人がいるのなら力になってやりたいと思うのは当然のことではないか。

 

 普段は口に出さない、しかし仲間は誰もが知っているノクティスの優しさが彼をこの場に押し留める。

 ここは踏ん張りどころである。自分がしゃんとしなければあのウイズと名乗った壮年の牧場主は誰に頼れば良いのだ。

 

(――うしっ!)

 

 自身の頬を叩き、気合を入れ直して再びノクティスは霧の中でスモークアイとのかくれんぼを再開するのであった。

 ――無性に兄の声が聞きたいという衝動は、最後まで消えなかった。

 

 

 

「ここが巣か」

「だと思う」

 

 スモークアイの巣と思しき場所に到着したノクティスは後ろからついてきていた三人を呼び、高台からスモークアイを見下ろしながら再び作戦会議を始める。

 

「こんなところに廃屋があったとはな。雨風を避けるためか?」

「あるいは巨体を活かせる広い場所を求めたか、だな」

「で、どうする?」

「まあ待て。まだ全容を把握していな――あれは何だ?」

 

 グラディオラスの声にイグニスが答えていると、不意に彼が疑問の声を上げる。

 なんだなんだと全員がイグニスの見ているものに視線を合わせる。

 

「赤いドラム缶?」

「爆発物でも入ってんのか」

「……ノクト、一番近くのもので構わない。中身があるか確かめてもらえるか?」

「はいよ」

 

 イグニスの要請通り、ノクティスはシフトで近くのドラム缶に接近すると中身を確かめるべく軽く叩いてみる。

 返ってくる音は重く、反響音のないもの。見たところしっかり封もされており、野ざらしになっていた間に入った雨水というわけでもなさそうだ。

 

「中身はちゃんとある。密閉もされてた」

「となると相応の危険物が入っていたと考えるべきだろう。……熱を加えてやれば一気に爆発するかもしれない」

 

 イグニスの言葉が何を意味しているのか察したノクティスとグラディオラスはにやりと悪そうな笑みを浮かべる。

 

「誰がやる?」

「――プロンプト、頼んでも良いか?」

「オレ!?」

「ああ。三人でこの場所まで誘導したところをファイアの魔法で起爆する。それができるのは拳銃を使うお前が適任だ」

 

 イグニスより手渡されたファイアの魔法が込められたマジックボトルを見て、プロンプトは難しそうな顔で悩んでいたが――一番危ない役目は彼らが担っているのだと奮起する。

 

「……わかった! メチャクチャ怖いけど、誰かがやらなきゃいけないことだよね!」

「よし、任せるぞ」

「気楽にやれよ。失敗したらオレが倒してやる」

「ミスったら今日の晩メシはプロンプトの奢りな」

「気楽にやるのかプレッシャー感じてやるのかどっち!?」

 

 グラディオラスとノクティスの励ましに微妙な顔になり、それでも嬉しそうに笑ってプロンプトは前を向いた。

 

「じゃあ――行って! 投げる時は指示出すから!」

「了解!!」

 

 プロンプトの声を背中に受けながら、三人は高台を降りてスモークアイの前に身体を晒しに行く。

 休息を取っていたスモークアイだが、侵入者の臭いを感じ取ったのだろう。彼らが近づくとその隻眼を開き、王の威厳を示すかのようにゆっくりとその巨体を起こす。

 

「やっべ、間近で見ると大迫力だわ」

「敵意が自分たちに向いてなければ楽しめたがな」

「お前ら、ヤバくなったらオレの後ろに隠れろ。一撃なら食い止める」

 

 圧倒的生物を前に怯えそうになってしまう心を仲間の軽口で叱咤する。

 すくんでしまわぬようゆっくりと円を描くように動きながら、三人はスモークアイの動向を注視する。

 

「動く時は同じ方向に動け。バラバラになると誘導が難しい」

「了解。んで一番近いのは……あれだな」

 

 ノクティスが確認したドラム缶に三人の視線が一瞬だけ向かう――スモークアイへの注意がそれる。

 野生の本能でそれを見抜いたのだろう。スモークアイは大きな唸り声の後、そのトラックよりも大きいとされる巨体を疾駆させてノクティスたちに襲いかかる。

 

「避けろ!!」

 

 イグニスの注意が飛ぶ前にすでに身体は動いている。

 だが咄嗟のことで逃げる方向までは選ぶことができず、イグニスとグラディオラスの二人組とノクティスに分断されてしまう。

 

「ノクト!」

「大丈夫だ! けどどうする!」

「少々強引だが――オレたちで押し込む!!」

 

 そもそもの話として。爪で一薙ぎされただけでも上半身が消し飛びそうな巨獣を相手にするのだ。

 イグニスも自分の計算が最初から上手く行くとは思っていなかった。

 思っていない以上、想定外の事態が起きた場合の次善の策も考えておくべきであり――それは仲間の力を大前提にしたものだった。

 

「グラディオとノクトで無理やりこいつを誘導する。攻撃の処理はオレに任せろ!」

「信じるぞ!!」

 

 手早く策を説明すると、イグニスはスモークアイの眼前に飛び出す。

 獣が狙うのは弱っている獲物と視界にいる獲物。当然、横で何やらチョロチョロしている小動物など気にも留めない。

 同じ小動物なら――近い方から狙うのが鉄則である。

 

 身の毛のよだつ咆哮とともにコンクリートを軽々と抉る爪がイグニスに向かって繰り出される。

 

「――っ!!」

 

 イグニスはそれを一つ一つ丁寧に避けていく。時に大きく跳び、時に爪の下をかいくぐるように地を滑り、時に手に持つ短剣で爪を受け流す。

 決して爪の範囲からは出ない。出たらスモークアイはその巨体を活かして噛み付いてくるだろう。

 さすがにトラック並みの巨体を一瞬で回避はできない。身を投げ出す勢いでジャンプすれば一度はできるだろうが、その後が続かない。

 

 しかしこれはスモークアイにとって本気の攻撃ではない。小動物を相手に爪だけで戦っているのだ。彼にとってこれはじゃれ合いの延長線上に過ぎない。

 そのじゃれ合いでもかすったら死が見えるため、イグニスは背中を流れる汗が止まらなかった。

 が、足と腕は動かし続ける。これは決して不毛なその場しのぎではないのだから。

 

「グラディオ!」

「はいよ!!」

 

 ノクティスの声に応え、グラディオラスが大剣を両手に持ち、大きく跳躍する。

 ひねりと回転、それに重力。諸々の要素を混ぜ合わせた空中からの一撃。

 ドーンブレイカーと本人が呼んでいる一撃がスモークアイの脇腹部分に直撃し、その巨体をひるませる。

 そして動きの止まったスモークアイの側頭部を狙って、ノクティスが修羅王の刃を大きく振りかぶり、全力のシフトブレイクを行う。

 

「ォラァッ!!」

 

 修羅王の刃越しに伝わる感触はひたすらに重い肉の感触。

 本当に鉄の塊でも殴ったのではないかと錯覚してしまうほど重たいが――手応えはあった。

 わずか、本当に僅かながらスモークアイの巨体の半身が浮かぶ。追撃を一手加えれば間違いなく転ばせて、目的の場所まで叩き込むことができる。

 グラディオラスとノクティスはすでに攻撃しているため、これ以上の追撃は不可能。遠くで俯瞰しているプロンプトはマジックボトルを投げそうになる手を必死に押さえて我慢している。

 

 ならばトドメの一手は――作戦を立てた者が担うのが必定。

 

「虎の子だ――」

 

 イグニスの手に持っているブリザドの魔法が体勢を崩しているスモークアイに直撃し、冷気をまとった業風がその巨体のバランスを完全に崩す。

 横から地面に倒れ、地震と錯覚するほどの地響きが起こる。

 しかしここまでやってようやく転倒。しかもスモークアイが体力を使い果たして、というものではない人為的なもの。

 当然ながらすぐに起き上がろうとする。矮小な動物が自分を転がしたのだ。多大な怒りを持ってスモークアイは獲物たちを絶対に逃がさないだろう。

 

「今だっ!!」

「任せて!!」

 

 そうして起き上がり、爛々と輝く赤い瞳に――揺らめく炎を閉じ込めた球体が映ったのが、スモークアイの最後に見た光景だった。

 

 

 

「いやあありがとう! 君たちに頼んで正解だったよ!」

「そりゃどーも」

「お礼といってはあれだが、君たちにチョコボを貸し出そう! 必要になったらいつでもこの笛を吹いてくれ!」

「わ、やった!! ありがとう、ウイズさん!」

 

 チョコボを呼び出すホイッスルを受け取り、今にも飛び跳ねるように喜びを表すプロンプト。

 

「これで旅も少しは楽できるんじゃない? ほら、レガリアじゃ行けない場所だってあるんだし」

「ま、歩いて行くよりは早いか」

「そうそう! それにまた前みたいにレガリアが故障する可能性だってあるんだしさ、オレに感謝する時が来るかもよ?」

「その時になったら感謝してやるよ」

 

 この時はまだ笑い話だったが――そんなに遠くない未来でこの言葉が現実になるとは誰も思っていなかったノクティス一行であった。




デイヴのドッグタグクエストとウイズのチョコボクエスト。今回は割りとシリアスめに話が進むサブクエストを選んであります。なおクエストの選定は割りと適当かつ次のサブクエストはさくっと終わるものもあるかもしれないのであしからず。

次回もサブクエスト回。多分今度はゆるいお話のやつになると思います。釣りとか鉱石とかカエルとか。


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サブクエストその三

サブクエストはだいたい3つを目安に書いてます。
ちなみにキャラが関わるクエストは最初と真ん中と最後ぐらいでほかはごっそり端折る予定です。


「やあやあ! またオレに会いに来てくれるなんて、ひょっとして王子って暇なの?」

「暇じゃねーよ、大忙しだよ」

 

 アクセサリーを作るための素材集めを前にさせてきた新聞記者兼、アクセサリ職人のディーノはノクティスたちの来訪を笑って歓迎した。

 

「で、ここに来るってことはオレの話を聞いてくれるってことでいいのかな?」

「ま、アクセサリの力は大きいからな」

 

 しょっちゅう上から魔導エンジンの音とともに降ってくる魔導兵や、路銀稼ぎのためのモブハントなどでアクセサリのありがたみは身にしみていた。

 状態異常を防いだり、身体能力を向上させたり。これらがなければノクティスたちの旅はもっと辛いものになっていただろう。

 

「うんうん! 王子もアクセサリの魅力がわかったみたいで嬉しいよ! んじゃ、これよろしく!」

 

 ディーノはまるでノクティスが来ることをわかっていたように、手際よくノクティスから地図を受け取ると印をつける。

 

「ここにあるのか」

「そう! でも例によって危ない。だから新進気鋭のハンターとして有名な王子一行に頼もうってわけ!」

「お前王子って言葉の意味知ってっか?」

 

 顎で使っていい人間という意味では断じてない。

 しかしディーノは怯んだ様子もなく人懐っこい笑みを絶やさなかった。

 

「まあまあ、持ってきてくれたら試作品をあげるからさ! アクセサリ、結構いい値段でしょ?」

 

 魔法の力がこもっているからか、材料そのものはどこにでも手に入るものであっても値が張ることが多い。

 ましてや良い効果を発揮するものであれば、値段は倍以上に跳ね上がることもザラにある。

 それが多少の苦労をすればタダで手に入るのだ。メリットデメリットで見れば、明らかにメリットの方が大きかった。

 

「……わかったよ。持ってくれば良いんだろ」

「助かるよ! ついでに他のハンターとかにも宣伝してもらえるとなおありがたい!」

「気が向いたらな。ていうか新聞記者が本業じゃねえのかよ」

「んー……その辺りの疑問も鉱石を取ってきてくれたら答えちゃおう! ほら、王子とオレってもう一蓮托生的な関係じゃん?」

「ねーよ」

「じゃ、そういうことで!」

 

 ノクティスのツッコミを物ともせず、ディーノは話を切り上げてしまった。

 一行は顔を見合わせると、仕方がないとばかりに肩をすくめ合う。

 

「ま、戦力の拡充は大事だ。アクセサリの効果はノクトもわかってんだろ」

「それに彼の情報網は有益だ。受けても損はないだろう」

「あの人がなんでここまでアクセサリ作ってるのか、ってのも気になるしね」

 

 グラディオラス、イグニス、プロンプトの三者三様の見解を聞きながら、ノクティスたちはレガリアに乗り込んで目当てのものを探しに行くのであった。

 

 

 

「こいつか」

「今度はすんなり手に入ったな」

「多少襲われはしたが、まあ許容の範囲内だろう」

 

 初めて鉱石を採取しに来た時に見た、あのズーの巨体は彼らの目に焼き付いて離れない。

 いつかあれにもリベンジをする時が来るのだろうか。そんな力が得られるのを楽しみに思うべきか、そんな危ないモンスターと戦う未来を憂うべきか。

 

 ノクティスは手元の原石を弄びながら、不意につぶやく。

 

「これ、ヘリオドールか」

「ん、ノクト知ってるの?」

 

 普通の人間として扱われることを好むノクティスが珍しい雑学を披露したため、耳ざとく聞きつけたプロンプトが反応する。

 

「前に城で見たことがある」

「意外に博識だな。興味ねえかと思ったぜ」

「うっせ。家庭教師に覚えさせられたんだよ。王子たるもの、審美眼も重要だってな」

 

 嫌で嫌で仕方なかったが、いざ外に出てみると意外な場所で役に立つものである。

 

「宝石には魔力が宿る。ルシスの王族として魔法に連なるものは知っておくべき、という考えだろう」

「ま、こうして役に立ってんだし文句はねえよ。さっさと戻って渡そうぜ」

「そうだな。ガーディナに戻ろう」

 

 イグニスの運転でガーディナに向かい、ディーノが待っている桟橋に行くと彼は待っていたとばかりに笑顔を見せる。

 

「待ってました! オレの宝石ちゃん!」

「宝石が先かよ」

「王子たちならなんとかなるって信じてたからね! それよりほら、早く頂戴!」

 

 調子の良さもここまで来ると一種の特技である。

 ノクティスはツッコむ気力も沸かないと疲れた様子で原石を放る。

 

「ヘリオドールかあ! よっし、これでまた良いアクセサリ作っちゃうよ!」

「オレらの分も忘れんなよ」

「ああ、もちろん! それじゃ、はいこれ」

 

 約束通りアクセサリを受け取る。

 アクセサリとしては最低限魔力のこもった宝石があしらってあれば良いので、装飾にこだわる必要はないのだがディーノは別らしい。

 

「随分凝ってんな」

「オレ、こう見えて凝り性なの」

「みたいだな。で、なんで新聞記者がアクセサリ職人なんてしてんのか、聞かせてくれよ」

「お、気になっちゃう? 王子ってば、オレに興味津々?」

「ちげーよ。話したくて仕方ないって顔してんだよ」

「あはは、バレた? まあ良いや。んでオレの理由だけど――最初はそんな大層なもんじゃなかったよ。たまたまオレにそんな才能があって、小金稼ぎに丁度いいじゃん! ぐらいの気持ち」

 

 だろうな、というのが一行の感想だった。この男が崇高な使命とかを持ってアクセサリ制作に臨んでいるとか話したら偽物を疑っていた。

 

「だけどこれで命拾いした人も多いって話聞いてるとさ。やっぱちょっと嬉しいわけよ。新聞はあって当たり前で、あんま感謝とかされないからさ」

「で、アクセサリ職人に力を入れているわけか」

「そういうこと! まだまだ新米だからこれ一本ってわけには行かないけどね」

「良いんじゃね? ってか思いの外真面目な理由で驚いたわ」

 

 見た目も性格も軽いが、そんな彼に届けられる感謝の言葉が嬉しかったのだろう。

 それに作られたアクセサリの効果もノクティスたちは知っている。彼なりに真剣になる部分は表に出ないだけで、確かに存在するのだ。

 

「おっと、王子にそこまで言われちゃうとはオレって見どころある?」

「さあな」

「この調子で王子とルナフレーナ様の結婚指輪も作っちゃうからさ、バシッと帝国ぶっ倒してよ!」

「――任せとけ」

 

 

 

 

 

「じゃあはいこのカエル! 集めてきて!」

「は? え、あ、あぁ、おう」

 

 とあるレストストップで休憩していた時のこと。

 消耗品の補充をイグニスに任せ、ノクティスが外をうろついているとある女性と目が合った。

 動きやすい服装に大きな眼鏡の奥には好奇心の塊とも言える光が宿る。

 旅行客かなにかだろ、と思ってノクティスは軽く頭を下げる。目が合っているのに何もしないのはなんとなく悪い気がしてしまう。

 

 しかしそれが悪い方向に働いた。女性はずんずんとノクティスの方に近寄ってくると、一枚の紙を手渡してきたのだ。

 

「ん、んん? 君、助手希望?」

「は?」

「いや、そうだね、助手希望以外にあり得ないよね! じゃあはいこのカエル、数匹集めてきて!!」

「は? え、あ、あぁ、おう」

「頼んだ! 持ってきたらバッチリお礼するから!」

 

 あまりの剣幕に思わず受け取ってしまうノクティス。

 それを満足そうに見て、女性は頑張れとばかりに敬礼をして離れていく。

 

「……なんだありゃ」

「押しの強い人だねえ。どうする?」

 

 いつの間にかやってきていたプロンプトがノクティスの手元の紙を見ながら聞いてくる。

 見ず知らずの人間にいきなり押し付けられたのだから、やる義理はこれっぽっちもない。

 だがあの女性に悪意があるようにも見えなかった。はた迷惑ではあるが、純粋な善意のようにも見える。

 どうしたものかと困っていると、消耗品の調達を終えたイグニスがやってきた。

 

「ノクト、店の中からやり取りは見えていた。――行った方が良い」

「んだよ、イグニス」

「オレもまだ確証があるわけじゃないが、あの人は著名な人かもしれない」

「なにそれ、有名人ってこと?」

「ああ。知り合いになって損はないはずだ」

「お前の考えが当たってたら、か。――んじゃあ行ってみるか」

 

 イグニスの言葉であれば信じる価値はある。

 ノクティスたちはレガリア――を使わず徒歩でダスカ地方の湿地帯に足を踏み入れ、カエルの生息地を目指していくのであった。

 

「カエル」

「カエルだねえ」

「カエルだな」

 

 ただし大きい。牛ぐらいなら丸呑みできそうなぐらいに大きなカエルがノクティスたちの先に存在していた。

 

「ギガントードだ。湿地帯の中でも雨の時にしか姿を表さない性質があって、性格は温厚。あまり刺激しなければ襲ってくることはない」

「へぇ、襲ってきたら?」

「長い舌を使って獲物を飲み込むそうだ。ちなみにギガントードの肉は高タンパク低脂質であっさりしている」

「いや、食わねえだろ」

「? 前に出したぞ」

「マジか!?」

「冗談だ」

 

 一行の胃袋事情を握っているイグニスが言うとシャレにならない、とノクティスとプロンプトはゾッと昨日の食事を思い出す。

 ……ディーノが原石を届けてくれたお礼と言ってガーディナでの食事をおごってくれたのだった。

 

 エビや貝の出汁がこれでもかと利かされたリゾットに白身魚のトマトソース煮込み。

 さすがに海に面しているだけあって、海鮮食材の味が段違いだった。普段から食べていた魚の本来の味はあんなに濃厚だったのかと目を見開いたほど。

 あの濃厚な味わいを活かすには相方にも相応の力強さが求められる。

 完熟トマトの優しく深い味わいこそ、あの魚の素質を最大限に引き出すのだ。

 

「……魚食いてえわ」

「いきなりどうした」

「昨日の夕飯思い出してた」

「ガーディナでの食事か。魚さえあればリゾットぐらいなら作れるぞ」

「マジか。釣るわ」

 

 湿地帯に集まるカエルだけあって、この辺りはニグリス湖の一部でもある。

 釣り場も多いのだから、帰りに釣ってパーティの食糧事情に貢献するのも悪くないだろう。

 

「じゃあさっさとカエル集めて釣ろうぜ。夜になる前に戻れば文句もねえだろ」

「だな。特徴は赤い色らしい。分かれて探すか」

「了解。ちゃちゃっと終わらそ!」

 

 それぞれがカエルを探しに散らばり、程なくして赤いカエルを抱えて戻ってきた。

 

「結構大きいのな」

「これだけあれば十分だろ。うへ、ぶよぶよしてる」

「自然界でこういった目立つ色をしている生物は珍しい。やはり彼女は――」

「イグニス、カエル持ったまま考えても格好つかねえぞ」

 

 何やら意味深なことを言い始めたイグニスにグラディオラスが仕方ないと苦笑する。

 そしてカエルを嫌そうな顔で持っていたノクティスとプロンプトからカエルを受け取って、全てをグラディオラスが持つ。

 

「カエルはオレが持っておいてやるよ。ついでに釣りもしてくんだろ?」

「お、良いのか?」

「ちょっとぐらい大丈夫だろ。あんま長くはできねえからな」

「サンキュ! よーっし……」

 

 ノクティスはいそいそと釣りに適した場所を探し始める。

 ニグリス湖は釣り場として有名な場所だ。故に釣り場として最低限の整備がされている。

 そういった場所を探していたところ、先客がすでにいたのか一人の釣り人が佇んでいた。

 

 声をかける前に彼の握る釣り竿の先にある、ルアーが水面にないことを確認する。

 ルアーが浮いていたら釣りをしている証拠。そんな集中している人物にいきなり声をかけるなどマナー違反である。

 ノクティスはイグニスが聞いたらその気遣いを常にやれと小言が飛ぶようなことを考え、ルアーの有無を確認した。

 

「――おっさん、ここって釣りしても大丈夫か?」

「うん? おお、ガーディナの少年じゃないか!」

 

 壮年の男性はノクティスの声に振り返ると、まるで見知った顔に声をかけられたように喜びを露わにした。

 しかし彼と顔を合わせた覚えのないノクティスは首を傾げる。

 

「へ? オレとおっさん、ガーディナで会ってたか?」

「おっと、すまない。こっちの話だ! それより釣りをしに来たのか?」

「ああ。だけど先客がいるみたいだし、声かけておこうと思って」

「うむ、良い心がけだ! ワシが釣りをしていない時も見計らっておったな?」

「まあ、最低限のマナーだろ」

 

 自分だって集中している時に声をかけられたら気分が悪い。少なくとも穏やかな声は出ないだろう。

 そのことを素直に言うと男性は楽しそうに笑う。

 

「ハッハッハ! よし、気に入った! 少年さえ良ければ、ワシの出す課題に挑戦してみないか?」

「課題?」

「身構えるようなものではないさ。ただワシの指定する魚を釣って、お前さんの実力を見せて欲しいのだ。まずは、そうだな――クラッグ・バラマンディと行こう」

 

 食用の白身魚であり、グリルにして中まで火を通すと味わいが濃縮され、淡白なのに旨味は強いというノクティスの大好物に変貌を遂げる食材だ。

 他にもバターをたっぷり溶かした衣につけて揚げると、油の風味を吸収してこってりとした味わいになる。これにフライドポテトもつけて食べると、身体には悪いが若者にはたまらない。

 

「釣ったら教えてくれ。景品をやろう」

「景品付きか。けどなんでこんなこと?」

「なに、年若い同好の士に会えて喜んでいるジジイの道楽だ! お前さんの力、存分に見せてくれ!」

 

 ニヤリ、とノクティスも面白そうに笑う。

 ここまで言われて挑戦もせずに引き下がるなど釣り人の恥。

 

「いいぜ、おっさん。オレの腕前に腰抜かすなよ?」

 

 意気揚々と釣り竿を召喚して向かうノクティスを見て、後ろで彼らのやり取りを見ていた三人は呆れた目を王子に向ける。

 

「――ノクトってさ、釣りのことになるとキャラ変わるよね」

「それだけ好きってことだろ。ま、人助けも良いがたまには自分の好きなこともやんねえとな」

「食料事情にも貢献している。本筋を見失うことさえなければ良い息抜きだ」

 

 世の中にはいるのだ。シガイが出るという夜であろうと、その時にしか釣れない魚を狙って釣りをするという猛者が。

 そういった人たちが今の時代を切り拓いていると言えば聞こえは良いが、そういった無謀さと紙一重の開拓魂をノクティスが持つ必要はこれっぽっちもない。

 

「釣れるまでキングスナイトやってていい?」

「王子が拗ねんぞ」

「……そういえばアクトゥス様もキングスナイトをやっているという話を以前に聞いたな」

「へ? あの人もそういうゲームやるんだ、なんか意外」

 

 イグニスからもたらされた意外な情報に驚くプロンプト。

 外交官として忙しく働いていると聞いていたので、ゲームなどはやらないと勝手に思っていたのだ。

 

「ルシス国内でかなり流行っていたゲームだからな。ノクトとの話題作りも兼ねていたのかもしれない」

「あ、そういう感じか。弟想いの良いお兄さんだよね」

「だな。あれでだいぶノクトも救われてるはずだ」

 

 普通に扱って欲しい王子と、その意図を汲んで普通の兄貴として接してくれる実兄。

 顔を合わせる回数こそ少なかったかもしれないが、あの照れ屋なノクティスが兄に関しては素直に慕っているのだ。

 

「顔を合わせたら対戦誘ってみよっと。どのくらいやってるんだろ」

「あまりルシスにいなかった以上、それほどやっているとも思えないな。対戦するとしたら手加減してやれよ」

「わかってるって」

 

 この時の彼らは軽い気持ちで話していた。

 だが後日、この誘いをかけたことを心底後悔するハメになるのはまた別の話である。

 

 

 

「よっしゃ、釣れた!」

 

 一方、ノクティスはようやく釣れたクラッグ・バラマンディに快哉をあげる。

 湖での釣りも海や王都の釣り場とは違った趣がある。

 生息する魚の種類も多く、狙った魚を釣るのに少々苦戦したが、ちゃんと魚の好むルアーを覚えていけばこんなものである。

 

 横で見ていた男性も拍手しながら一緒に喜んでくれていた。

 

「お見事! クラッグ・バラマンディ以外にも釣りまくっていたし、これは本格的に将来有望だな!」

「そんな褒めたって何も出ねえぜ、おっさん」

「なんのなんの。ワシは褒めて伸ばすスタイルなんだ。ほら、話した通り景品をやろう」

 

 そう言うと男性は懐から一つのルアーを取り出し、ノクティスに手渡す。

 

「これでまたバンバン釣りまくってくれ! 期待してるぞ、少年!」

「おう!」

「ワシはデイヴィスというしがない釣り人だ。今はルシス国内の釣り場を中心に活動している。また見かけたら声をかけてくれ! 課題と景品を用意して待ってるぞ!」

「ああ、またなおっさん!」

 

 釣具を片付けて歩いて行く男性――デイヴィスと別れたノクティスは後ろで待っていた仲間たちに声をかける。

 

「待たせた――って、なんだよその顔は」

「いやあ、ノクトがあんな風に明るく人と話してる姿が嬉しくて」

「オカンかお前は」

 

 くぅ、とハンカチで目元を拭う仕草をするプロンプトにツッコミを入れる。

 確かに友人らしい友人はこの三人以外にいないが、それでもコミュ力は人並み以上……いや人並み……いや、そこそこぐらいはあると自負しているのだ。

 

「では戻るとしよう。彼女も待ちくたびれているはずだ」

 

 イグニスの号令とともにレストストップに戻り、ノクティスは集めてきたカエルを女性に渡す。

 

「ほら、これでいいのか?」

「おお、レッドフロッグ! これで研究が捗るよ!」

「研究?」

「そ、これ最近発見されたカエルなの」

 

 すでに興味は手元のカエル――レッドフロッグに移行している様子だが、ノクティスの疑問にはきちんと答えてくれていた。

 

「へぇ」

「最近、色々とおかしいじゃない? 夜が長くなったり、地面が揺れたり、ハンターの話じゃモンスターも凶暴化したり」

「夜が長くなる?」

「そ、まだ目に見えてってレベルじゃないけど着実に伸びてる。このままいったら数年後とかには一日夜になってるかもね」

 

 それがヤバいことはノクティスにもわかった。

 なにせ夜はシガイの活動時間。強烈な明かり、ないし標の確保ができなければこの世界の夜は人間の生存できる領域ではなくなるのだ。

 しかし、それとカエルがどう結びつくのかはわからない。

 

「で、カエル?」

「わかんないことだらけだから、身近なものから一個ずつ解明していきましょってこと。案外、このカエルが世界の変化の秘密を握ってるかもよ?」

「あー……まあ、頑張ってください」

 

 敬語だった。彼女の研究が人々のためを思って行われていることはものすごく伝わってくるのだが、いかんせん押しが強くてノクティスは苦手だった。

 

「んむ! 君も立派な私の助手だから、次に見かけたらバッチリ課題用意して待ってるからね!!」

「へ? いや、え、お、あぁ」

 

 断りたいのだが、一応人助けであるのと彼女の押しの強さについ頷いてしまうノクティス。

 それを了承と受け取り、女性は手を振ってモーテルに戻っていく。

 

「んじゃ、そういうことで! 私はサニア・エイゲル! これでもそこそこ有名な生物学者だから、自慢していいぞー?」

「遠慮しとく。まあ、見かけたらな」

 

 サニアの姿が見えなくなるのを待って、ノクティス以外の仲間が彼のもとにやってくる。

 どうやら彼女の相手をするのが面倒で他の面子は逃げていたらしい。

 

「やはりエイゲル博士か」

「イグニス、知ってるの?」

「彼女も言っていただろう。生物学の権威で、彼女の本は王都にも何冊か出ている」

「なるほど、道理で聞き覚えのある名前だったわけだ」

 

 グラディオラスも納得したようにうなずいている。

 キャンプが趣味の彼はサバイバルのためにも生物学の知識には堪能なのだ。それ以外にも文武両道を掲げているため、日々勉強に余念がないというのもあるが。

 

「有名なのか?」

「ノクトよりはずっとな。……あの性格というのもあるだろうが」

「ああ……」

 

 破天荒というか、型破りというか、マイペースというか。

 あれに付き合わされる学会の人間も大変である。

 

「ともあれ、彼女の知識は有用だ。オレたちではわからない事象も彼女なら答えを出せるかもしれない。知り合って損はないはずだ」

「あんま話したくねえんだけど」

 

 さっきみたいにカエルだけなら可愛いが、今度はモンスターを倒してこいとか命令されそうで怖い。

 

「そこは頑張ってくれ」

「オレに任せる気マンマンだなお前ら!」

「良いじゃねえか、生物学者の助手。有名になれるぞ?」

「絶対良い方向じゃねえよそれ!!」

 

 しれっと関わる気ゼロのイグニスとグラディオラスに怒りながら、彼らは自分たちの旅を再開すべくレガリアに乗り込んでいくのであった。




再びサブクエ回。そして次回で三章のサブクエ回は一通り終了の予定です。
これが終わったら4章行って、再びサブクエ――は挟まずそのまま5章に飛んで、そこからまたサブクエを予定してます。

カエル集めはFF9の頃を思い出します。後先考えず全部捕まえてオタマジャクシしかいなくなった光景を見るのは誰もが一度は通る道だと信じたい。

釣りをしていて本編そっちのけになった? よくあるよくある(真顔)


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サブクエスト レスタルム

レスタルムでのサブクエ二つになります。そして更新間隔が空いて申し訳ありません。


 レスタルムを拠点に王の力集めを始めたノクティス一行。

 しかしそればかりをしているというわけではない。むしろ洞窟やダンジョンの探索はひどく心身を消耗する過酷な道程だ。

 王の力を試す意味合いも含まれた洞窟を一日にいくつも挑み、失敗して屍を晒すなど笑い話にもならない。

 

 臆病にならず、さりとて勇み足にもならず。適切な休息と挑戦を以て初めて彼らの旅は成功に導かれるのだ。

 そして今日は休日。ノクティスはゆっくり朝寝坊をして気持ちよくホテルを出る。

 

「ふぁ……」

 

 仲間は誰もいない。皆それぞれの時間を満喫しに行っているのだろう。

 今日はどうすっかな、とノクティスは頭のなかで今日の予定を考える。

 

 一日ホテルで寝て過ごすのはさすがに味気ない。イグニスに小言を山のように言われる未来が目に見えている。

 人懐っこいプロンプトはナンパなども得意だと本人談で語っていたが、婚約者を待つ身でそれは人として問題だ。

 

「イグニス誘って釣りでも行くか、グラディオ誘ってバトルでもやるか……」

 

 思いっきり身体を動かすのは嫌いではない。王の力集めもそうだが、肉体面の鍛錬や武術の練達も重要なことだ。

 魔法の力がいかに優れていても、扱うのは人間なのだ。人間の地力が低ければ魔法の恩恵も少なくなってしまう。

 ここいらでバシッとトレーニングして、兄アクトゥスと合流できた時に驚かせるのも悪くない。これでも王都を旅立つ前とは格段の進歩を遂げているのだ。

 

「よっし、そうと決まれば――」

「ノークト!」

 

 一日の予定が決まったところで後ろから明るい声がノクティスの背中を叩く。

 なんだと思って振り返ると、グラディオラスの妹のイリスが太陽のような笑顔を浮かべてノクティスの隣に来ていた。

 

「朝寝坊。イグニスに怒られるよ?」

「今日は休みなんだから良いだろ」

「王子なんだから休みの日もしっかりしろ、って言われそう」

 

 その通りの注意を受けた覚えが何度もあるので黙っておく。

 しかしイリスはノクティスの無言を肯定と受け取ったようで、笑みを深めながらノクティスの手を引く。

 

「ね、やることないんなら散歩に付き合ってよ。レスタルムの街をじっくり見たことってないでしょ?」

「あー……」

 

 トレーニングをやろうと思っていたのだが、考えてみればグラディオラスがどこにいるかわからない。

 それに散歩と言っても一日やるようなものでもないだろう。

 イリスは自分にとっても妹のような存在なのだ。王都が陥落し、家族を喪い、彼女も辛い思いをしたはず。

 少しぐらい彼女の希望に応えてもバチは当たらないはずだ。

 

「いいぜ。あの発電所とか結構気になってたし」

「お、ノクト、お目が高い! じゃあそっち目指しながら色々と見ていく方向で良いかな?」

「任せる」

 

 楽しそうに隣を歩くイリスを連れて、ノクティスはレスタルムの散歩を始めていく。

 

「この街では肉体労働はほとんど女の人がやるんだって! すごいよね!」

「イグニスも言ってたな。なんか理由とかあるのか?」

「この街を興した人が女性だったみたい。それにあやかってるんだと思う」

「へえ、イリスは気に入ったのか?」

「こういう熱気のある場所、私は大好き!」

「ま、オレも嫌いじゃねえな」

 

 辛気臭いくらいに静かな場所よりはマシである。

 

「ホテルのある場所はちょっと市場とは離れてるけど、夜になるとキレイなんだよ!」

「それは見たな。こんだけ家が密集してるからか、確かにすげーきれいだった」

 

 仕事の癒やしを求めてさまよう女性なども多く、彼女らを対象とした店も活気づいていた。

 要するにここは昼でも夜でも活気のある街なのだ。

 

 イリスに先導されて向かった先は市場だ。

 イグニスが食材の調達にも使う場所で、初めて訪れた時はノクティスもテンションが上がったのを覚えている。

 

「ここ、パーテラ市場って言うんだって。なんでもあるんだよ!」

「お前の好きそうな店もあるしな」

 

 どこで生産されているのか聞きたくなるような調味料から、女の子の好きそうな小物。目の飛び出そうな値段のアクセサリ。

 確かにここで見つからなければルシスのどこにもないのではないかと思わせる品揃えだ。

 

「お、わかっちゃう?」

「そんぐらいはな。オレも初めてきた時はすげえって思ったし」

「あれ、もう来たことあるの?」

「イグニスに物資の調達を頼まれてな。あとモブハント」

 

 食事をするためには食材が必要で、バトルをするには武器が必要。バトルの補助にアクセサリは欠かせない上、怪我した時のためのポーションも必要と来た。

 そしてギルは有限。どんな事態で突発的な出費が生まれないとも限らない、というイグニスの方針に従って一行は常にギルにはある程度の余裕を作っている。

 

 そのギルに余裕をもたせ、なおかつノクティスたちの力を高める手っ取り早い方法として、モブハントは結構な頻度で行われているのだ。

 

「モブハントかあ……今度私も連れてってよ!」

「やめとけ、プロンプトとかいつも半泣きだぞ」

「大丈夫だって! 私だって兄さんほどじゃないけど訓練受けてるんだし!」

「気が向いたらな」

 

 グラディオラスと同じく、彼女も王の盾に連なるもの。

 小さな頃からノクティスやグラディオラスのように戦闘訓練は受けているらしい。

 とはいえ親友の妹を危険な戦場に連れ出すわけにも行かない。グラディオラスは必要なら理解を示しそうだが、ノクティスは心情的に嫌だった。

 

「じゃあちょっと見てこうか! 今日はノクトもいるし、おごってもらおうかな?」

「アホ、自分で買え」

「あはは、わかってるって!」

 

 すでに目星はつけていたのだろう。イリスはとある布屋へ一直線に向かっていく。

 元気があって微笑ましい、とノクティスはさほど歳も変わっていないイリスに対して父親のような感想を抱く。

 イリスは自分にとって兄のような気持ちが味わえる存在なのだ。あんな妹がいたらきっと可愛がっていただろう。

 

「おまたせ! じゃあ次はレスタルムの要! 工場を見に行こうか!」

「隕石で発電してるってやつか。まだ実際には見てなかったな」

「一度は見ないと損だよ! じゃあ行こ!」

「あ、おい、手ぇ引っ張んなよ!」

 

 はしゃぐイリスに引っ張られて二人はレスタルムの命とも言える工場に足を向ける。

 ルシスでも屈指のシェアを誇る企業――イチネリス鉱業が所持している最大の工場であり、燃え続ける隕石から火力を集めて作られる電気はルシスの至る箇所に点在するモーテルにも明かりを供給している、まさしく命の灯火である。

 

 光の一切ない空間ではシガイが出る危険がつきまとうこの世界において、常時生み出せる光の価値というのは非常に高い。

 もしも世界から光が消え失せたとしても、この場所に来れば明かりが確保できるのだ。きっと世界中からこの場所に人が集まることだろう。閑話休題。

 

「ここでも女の人ばっかりなのか?」

「そうだね。ホリーさんって人とよく話すよ」

「へぇ、やっぱり発電所の中とかあちーんだろうな」

 

 女の人ばかり働いているとも言うし自分には縁のない場所だろう、とノクティスは他人事のように思う。

 ……よもや近い未来において実際に足を踏み入れるハメになるとは思いもしなかった。

 

「こっから見ててもわかるくらい入り組んでんな。パイプやら何やら、ごちゃごちゃしてる」

「でもノクト、こういうの嫌いじゃないでしょ? 兄貴もこれ見たらテンション上がってたし」

「デカイ生き物と複雑な機械にはロマンがあるからな」

 

 なんか意味もなく憧れてしまうのだ。というかノクティス一行でテンションの上がらない者はいない。

 

「じゃあ最後は展望公園に行こうか! メテオがよく見える絶好のデートスポットなんだって!」

「……へえ」

 

 興味ないように返事をするものの、ノクティスの関心がそちらに向いているのは明らかだった。

 おそらくルナフレーナと合流できた時のことを考えているのだろう。

 幼いころ、迷子になっていた自分を己を顧みず助けてくれたノクティスを憎からず思うイリスは、彼の心が別のところに向いていることに一瞬だけ切なげな顔を見せる。

 

 しかしそれも一瞬で、次の瞬間には再び元気よくノクティスを引っ張っていくのであった。

 

「ほら行こっ!」

「だから引っ張んなよ!?」

 

 展望公園に到着した二人は、眼下に広がる雄大な風景に目を奪われる。

 レスタルムはクレイン地方でも高い場所に位置している。そのため展望公園からはルシスが一望できると思えるほど、大きな景色が見えるのだ。

 

「やっぱりすごいね! よくお散歩する時はここが一番のお気に入り!」

「気持ちはわかるな。ここは気分いいわ」

 

 眼下に広がる風景の一部でも、自分たちが旅をしていたのだと思うとなんだか胸が熱くなる。

 あの下には多くの自然があって、多くのモンスターが生きていて、多くの営みが存在しているのだ。

 

「……気合、入れてかねえと」

 

 ルシスの国民にとってもニフルハイムは目につく脅威だ。

 すでに基地がいくつも建造され、物言わぬ魔導兵に怯える人々もいる。

 それでも人々はたくましく生きているが――やはり、脅威は少ないに越したことはない。

 

「ノクト?」

「――いや、なんでもねえ。ぼちぼち戻るか。イグニスたちも待ってる」

「そうだね。あ、あと私が買ったものってノクトのためなんだよ?」

 

 イリスは得意気に先程の市場で買ったものが入っている紙袋を掲げる。

 

「オレの?」

「そ。できるまでのお楽しみ!」

「なんか作んのか。サンキュな」

「旅の安全を祈って、ね。お兄さんたちとも合流できること、祈ってるから」

「兄貴なら大丈夫だろ。なんだかんだ要領いいし」

 

 ルナフレーナもいるため彼は戦闘を避けつつ動いているらしい。

 コルに囮をしてもらいつつ、可能な限り移動も最小限にしてこまめな休息を入れながらレスタルムに向かっている。

 そのためレスタルムに来るのが多少遅れているが、彼なりに考えて安全策を取っているのだ。ノクティスはその言葉を信じて自分の旅を進める以外にない。

 

「アクトゥス様と合流できたらどうするの?」

「とりあえず王の力集めだな。終わったらその時考える」

 

 その時には状況も動いているだろうし、それから考えれば良い。

 なんだったら王都奪還に動いてもよいのだ。王の力を全て集めれば、ノクティスにはそれが不可能と言えないだけの力を得られる。

 

 未だ王として見るには頼りなく――それでも彼が自分なりに王として在ろうとしている姿をイリスは眩しそうに見て、精一杯の言葉を投げかけるのであった。

 

「――頑張ってね、王様! 応援してる!」

「――任せろっての」

 

 

 

 

 

「やあ、君! ちょっといいかな? あ、待って無視しないでそこだよそこのチョコボみたいな髪の色した君!」

「プロンプト、呼ばれてるぞ」

「チョコボみたいな髪の色ってオレだったの!?」

 

 レスタルムを歩いていた時のこと。

 いきなり声をかけられたので、なんだと思って振り返るとそこには太った男性が暑そうに顔の汗を拭いながら、人懐っこそうな笑顔を浮かべていた。

 

「オレがどうかしました?」

「さっきの記念撮影を見ていたんだけど、良い腕してるね!」

「あ、わかります? こういうの結構好きで、色々と凝ってるんですよ」

 

 同好の士であることがわかったため、すぐに二人は意気投合して会話し始める。

 カメラについて全く詳しくない三人には輪に入れない話は数分ほど続き、やがて男性が本題を切り出す。

 

「実は僕、ちょっとした雑誌を出版してるんだ。今度、それにカーテスの大皿についての特集を組むんだけどね、その写真を撮る人を探していたんだよ! そこで目をつけたのが君だ!」

「へ?」

「君にはセンスがある! どうだい? ちゃんと仕事に見合った報酬も出すからこの写真撮影、引き受けてくれないかい?」

 

 咄嗟にプロンプトは後ろのノクティスたちを見る。

 個人的な意見を言えばもちろん受けたい。しかし今は大事な旅の途中。

 さすがに王の力も人助けもあまり関係しない頼み事を引き受けて良いのか――

 

「別に良いだろ。お前の写真が有名になるチャンスだぜ?」

「え、良いの?」

「写真撮ってくるだけでどうこう言わねえよ」

 

 それぐらいで失敗するような旅なら、最初から見込みなどなかったのだ。

 親友のやりたいことの一つや二つ、叶えてもバチは当たらない。

 

「そこのプロンプトがバッチリ撮ってきてやるから、待ってろよ」

「君はノリが良いね! じゃあカーテスの大皿のベストショットをお願いするよ! 撮ってきたら僕のところに持ってきて!」

「わかった! 期待して待ってて!」

 

 そして一行はカーテスの大皿の周辺をレガリアでぐるぐると回っていた。

 

「こうして見ると結構角度で違って見えるな」

「だな。チラッと見ることはあっても、こうしてまじまじ見ることはなかったぜ」

 

 幻想的な青白い炎を常に立ち上らせており、未だ熱の尽きることのない隕石が二千年前から今も変わらず残っていると思うと、なんだか壮大な気持ちになってくる。

 おまけにその隕石を食い止める巨神が今なお現存しているのだ。

 帝国軍が基地を作る前は、さぞかし巨神信仰が盛んだったのだろう。なにせ本尊に実物がいるのだから。

 

「で、どうするプロンプト? 今回はカメラマンのお前に従うぞ」

「んー……」

 

 プロンプトは難しい顔で地図と現地をにらめっこして、彼の琴線に触れる位置を探っていく。

 

「やっぱこの位置かな。でも正直ここも捨てがたい」

「二枚撮って選んでもらえば良いんじゃね?」

「ノクト良いこと言った! オレたちの記念撮影も兼ねてさ、二箇所回ろうよ!」

「んじゃ、決まりだな。のんびりカーテスの大皿を見ながら行くか」

 

 そして指定したポイントに向かうと、プロンプトはいそいそと三脚を用意して大真面目な顔で遠くで燃え続ける炎を見据えた。

 

「真剣だな」

「お前の釣りみたいなもんだろ」

「やべーわ、そりゃ邪魔できねえわ」

「好きこそものの上手なれ、だな」

「ちょっとそこ、静かに!」

 

 イグニスたちと話していたノクティスに注意を飛ばし、やがてちょうどよい位置が見つかったのだろう。銃の引き金を引くような面持ちでシャッターを切る。

 

「…………」

「……で、どうなんだ? カメラマン」

「……バッチリ! 会心の出来だよ! 会心ついでに記念撮影もしちゃおう!」

 

 本当に良い出来の写真が撮れたのだろう。いつも以上に明るいプロンプトがカメラを三脚から取り外しながら、三人を招く。

 

「オレはいいよ」

「本当に? ルナフレーナ様に見せるんだけどなあ。ノクトが写真嫌いだからって残念だなあ」

「てっめ……! 格好良く撮れよ!」

「大丈夫大丈夫! バッチリイケメンに取るからさ!」

「オレはいつでもイケメンだっての!」

「ノクトさ、ルナフレーナ様と釣りが関わると面倒くさくなるよね」

 

 売り言葉に買い言葉の煽りを受けたのだが、煽った本人であるプロンプトはなんだか呆れた目になっていた。

 ともあれ四人での記念撮影を行った一行はもう一箇所でも同じようにカーテスの大皿を撮り、レスタルムに戻るのであった。

 

「待ってたよ! ささ、僕に自信作を見せておくれ!」

「はい! これとこれです!」

 

 プロンプトがカメラを操作し、中に入っているフィルムを渡す。

 それを男性は手慣れた手つきで自身のカメラに移し、中身を見ていく。

 

「……うんうん! 素晴らしい写真だ! 雑誌に載ることも考慮して光の反射も考えたね?」

「やっぱプロにはわかっちゃいます?」

「写真にかける情熱にプロもアマチュアもないよ。僕が保証する。これは雑誌に載せる価値のある写真だ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 褒められて嬉しそうなプロンプトの様子を、ノクティスたちは遠巻きに眺める。

 

「絶賛だな、プロンプトの写真」

「実際、よく撮れてるしな。オレらもキャンプの時とか見せてもらってるだろ」

 

 グラディオラスの言葉に応じてノクティスもプロンプトの撮った写真を思い出す。

 たまにいつ撮ったのかわからないものが混ざっていたり、バトル中の写真もあるので普段の戦闘をきちんとしているのか疑問なものもいくつかあるが、概ねキレイに撮れているものばかりだった。

 

「……何事もなく旅が終わってたらさ、あいつはカメラマンにでもなってたのかね」

「それも一つの道だな。……別にルシスを取り戻してからでも遅くはないさ。プロンプトも変に気を遣われたら困るだろう」

「というか、ノクトにそんな難しいことできねえだろ」

 

 イグニスとグラディオラスは良い。二人ともルシスでは王都警護隊に属し、有事の際にはその生命を王家のために捧げる義務がある。

 しかしプロンプトは違う。ただノクティスの親友であるだけで、彼自身は正真正銘ルシスの一般人だ。

 こんな状況になっている以上、彼が逃げ出しても誰もその選択を責めることはできない。

 

 それでも彼はノクティスたちの旅に同行している。

 言葉にはしていないが、三人とも感謝しているのだ。

 

「……これからはあいつの写真にも付き合ってやるか」

「そうしてやれ」

「おっと、戻ってきたぞ」

 

 プロンプトは手元に雑誌のようなものを持って、何やら慄いた様子でこちらに戻ってきた。

 

「た、ただいま……」

「おう。……どした?」

「あの……これが今後オレの写真が載るやつです」

 

 何やら声が震えているプロンプトが、声と同じく震えた手で雑誌を差し出す。

 そこにはメテオ・パブリッシングという会社名が刷られており、それが何を意味するのかわかったイグニスの顔が引きつる。

 

「プロンプト。オレの記憶違いなら悪いが、確かこの会社はルシス国内でも相当な大手の出版社では……」

「はい……取締役社長みたいです」

「なんでこんなところにいんだよ」

「ノクト、オレらにそれ言う資格はねえぞ」

 

 こんなところを死んだはずの王子がうろついているのだ。別に出版社の社長ぐらい、いてもおかしくはない。

 

「けどすげえじゃねえか! 大出世だろ!?」

「もっと小さな雑誌とかだと思ってたんだよ!? うわ、手が震えてる!」

「これでルシスに平和が戻った後の就職先が見つかりそうだな」

「なに冷静なこと言ってんのさイグニス!? というか次の写真も頼まれちゃったし! どうしよノクト!?」

「旅してんだし、寄った時に撮ればいいだろ」

 

 緊張する理由はわからなくもないが、ノクティスに話しかける時は自然体なのになぜ出版社の社長にはガチガチになっているのだ。

 それが少しだけ不満なノクティスは話を切り上げ、レガリアに戻っていく。

 

「いいから出発しようぜ。あのおっさんもオレらのこと見てるぞ」

「うわ、ホントだ! ……うん、そうだね! 今、一番大事なのはノクトの旅だ」

「……ヤバい時だってあるんだし、嫌ならやめても良いんだぜ」

「冗談! オレ、途中下車できる列車に乗った覚えはないよ」

 

 ノクティスの言葉に、プロンプトは迷う素振りも見せずに首を横に振った。

 そしてノクティスを追い越してレガリアの方に向かっていく。

 

「ほら、旅を再開しよう! まだ結末はわからないけどさ、オレは最後までノクトと一緒にこの旅に挑むって決めてあるんだから」

 

 プロンプトの言葉に応じるように、ノクティスの横をイグニスとグラディオラスが通り抜けて振り返ってくる。

 その顔には来ないのか? とでも言うように挑発的で――ノクティスの言葉を待っているように見えた。

 

「……へ、たっぷりこき使ってやるから覚悟しろよお前ら!」

「こっちも、お前が腑抜けたこと言い始めたら容赦なくドつくからな、覚悟しろよ!」

 

 これは旅の一幕。

 長い長い旅の一時。彼らは困っている人に手を差し伸べたり、あるいは路銀を稼ぎにモンスターを狩っている。

 

 ニフルハイム帝国との戦いでは関係がないかもしれない。大きな使命を前にしてこのような些事に心を傾けるなと言うかもしれない。

 しかし、彼らの行いは決して無意味ではない。

 

 それが正しく機能するのは――まだ、先の話である。




次回からチャプター4に入ります。アクトとの合流はチャプター5を予定しているので、もう間もなくです。


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チャプター4 ―神話の再来―
カーテスの大皿――メテオの眠る地――


 滝の洞窟――グレイシャー洞窟にて王の力を得たノクティス一行は、レスタルムでの休憩もそこそこにすぐにカーテスの大皿へ出発していた。

 

「良いの、もっと休まないで」

「魔法の補充は道中の標でもできる。アイテムも補充を済ませた。レスタルムで休んで良くなる保証もない以上、とにかく動かなければ状況は改善しない」

「ああ……さっきからカーテスの大皿が見える。オレもそっちに行きたい」

 

 王の墓所で見た景色ほどハッキリしたものではないが、それでも断続的にノクティスの視界には巨神タイタンの姿が頭痛とともに映し出されていた。

 一枚絵のような絵はまるで連続性がなく、巨神を見ているものもあればカーテスの大皿のくぼみを見ている時もあり、またノクティスにそっくりな顔立ちの青年の姿も映っており――

 

「兄、貴?」

「え? お兄さんがどうしたの?」

「今、見えたものに兄貴がいた」

 

 なぜ、という思考が一行に流れる。

 彼はルナフレーナを伴ってレスタルムに向かっているはずで、カーテスの大皿になど行く理由がないのだ。

 なのにどうして。声に出さずとも共通した疑問が脳裏に浮かび――イグニスが断ち切る。

 

「当人に直接聞けば良い。向こうも全く何の理由もなくカーテスの大皿に行ったわけではないだろう」

「あ、うん……でもさ、イグニスは気にならないの?」

「気にならないと言えば嘘になるが、アクトゥス様にはアクトゥス様なりの考えがあるはずだ。そしてそれは必ずノクトに利を与えるものだ」

 

 迷うことなく言い切ったイグニスに納得の姿勢を示したのは、実弟であるノクティスだった。

 

「そうだな。あのバカ兄貴は……言いたいことも聞きたいことも山ほどあるけど、それでも味方だ」

「……兄弟の絆ってやつか。妹を持つ身としては、そりゃ賛成するしかねえな」

 

 ノクティス、イグニス、グラディオラスがそれぞれの理由で動きの読めないアクトゥスを信じようとしている。

 まだ彼の人となりをよく知らないプロンプトだけが未だ信じ切れないでいるが――それはそれで良いのだと受け入れることにした。

 

「――ごめん、オレはちょっと疑ってる」

「プロンプト」

「でも信じたいんだ! そして信じるにはカーテスの大皿に行くしかない! だから行こう、オレたちが巻き込まれているのはきっとルシスとニフルハイムの戦争よりもっと大きなものだ!」

 

 決意を固めたプロンプトを見て、ノクティスたちも改めて自分たちが巻き込まれている旅は、ひょっとしたら国と国の戦いなどという枠組みを超えたものであるかもしれないという予感を抱くのであった。

 

 

 

「カーテスの大皿は帝国軍が基地を作っている。ノクト、方針を」

「どうせ魔導兵だろ? 邪魔なやつだけ片付けて奥に行きゃ良い」

「その方針は概ね賛同するが、帰り道はどうする?」

「任せた、軍師サマ」

 

 頭痛に波があるのか、少し楽になったノクティスが体重を柔らかく受け止める椅子に背中を預けると、運転手のイグニスが怪訝そうな声を上げた。

 

「ん?」

「どうした?」

「あ、大皿前に誰かいるよ」

 

 ほら、と助手席で指差すプロンプトに釣られて視線を向けると、そこには一人の大柄な男性が立っていた。

 伊達男のようなコートに洒落た帽子。友好的にも、皮肉げにも――嘲笑っているようにも見える薄笑い。

 間違いない――ガーディナでノクティスたちに絡んできた妙な男である。

 こちらに手を振っていたため、ノクティスたちは警戒心を隠さないまま近づいていく。

 

「や、久しぶり。ガーディナ以来かな?」

「そーだな。あんた、帰ったんじゃないのか?」

 

 彼は不思議と他人の気がしない。ノクティスは警戒しつつ、意識して言葉を選びながら会話を始める。

 

「帰ったよ? でもそこから仕事押し付けられちゃってさ。またルシスに戻ってきたの」

「ふうん。で、なんでこんなとこにいんだよ?」

「調査ってやつ。最近、地震多いでしょ? この辺りじゃ巨神の寝返りって言うんだっけ?」

「ああ」

「最近、頻度が多くてさ。調べてこいって言われたわけ」

 

 嘘くせえ、というのがノクティス含む全員の総意だった。

 この男の話す内容に真実など一欠片もない。あるのはノクティスたちを翻弄させたいという稚気のみ。

 

「君たちもカーテスの大皿に興味があるんでしょ? 話は通してあるからさ、一緒に来ない?」

「はぁ? 見ず知らずの人にはついていかねえってガキでも知ってるだろ」

「アーデン。本名が長いからあだ名みたいなものだけど、これで知り合いだ」

 

 どうやらこの怪しい男改めアーデンは、ノクティスをカーテスの大皿に連れていきたいようだ。

 真意はまるで見えない。だが、ノクティスたちはカーテスの大皿にいる巨神タイタンに用があるため、退く道はなかった。

 

「……良いぜ。あんたと一緒ってのは気に入らねえけど」

「わお、嫌われた。オレ、嫌われるようなことやった?」

「ワリィけど、全っ然信用できねえわ」

 

 ふぅん、とアーデンはノクティスをその瞳で射抜く。

 何もかもを見透かすような深い知性と同時、仄暗い悪意の混ざったそれをノクティスは正面から受け止める。

 しかし、それはまだ彼の悪意に気づけていないからこそ取れる態度であり――アーデンはそれを見抜いて小さな失望のため息をついた。

 

「ま、良いや。それじゃあこっち、ついてきて」

 

 アーデンが歩き出すと同時、カーテスの大皿の入り口を塞いでいた門が開いていく。

 ノクティスは後ろにいたイグニスに目配せをして、アーデンの背中を追う。

 プロンプトもノクティスの後を追いかけて走り、残されたグラディオラスとイグニスは互いに視線を交わす。

 

「――イグニス」

「ああ、対策は取っておく。だがここは帝国軍の腹の中と言っても良い。彼がオレたちの予想通りの人物なら、どう転ぶかわからん」

「良いさ。打てる手は打っとけ。何かあったら――オレの出番だ」

 

 王の身に何かあったら、その身命を盾とする。

 それこそが王の盾であると――グラディオラスは己に言い聞かせるのであった。

 

 

 

 当然のように内部にも帝国軍の基地が建造されており、ここを見つからずに通り抜けるのは不可能とも言えるものだった。

 癪な話だが、アーデンが口利きしてくれなければ激戦は避けられなかっただろう。

 

「んじゃ、一旦お別れだ」

「あれ、帰るんですか?」

 

 アーデンにそこまで悪感情を抱いていないプロンプトが不思議そうな声を出すが、ノクティスたちは離れてくれてありがたいと心底から思っていた。

 

「ちょっと帝国軍の人とお話があるの。ほら、この辺はモンスターも出るしオレ一人じゃ危ないから」

「そうですか。調査、がんばってくださいね」

「ありがと。君たちも神様、会えると良いね」

 

 そう言ってアーデンは悠々と帝国軍の建物に入っていく。

 それを見送り、ノクティスは何を言うでもなくプロンプトの頭を軽く叩く。

 

「おまえな」

「いたっ、どうしたのさ」

「オレたちはタイタンに用があるなど一言も言ってない。つまりあの男はオレたちがここに来た目的など最初から知っていたわけだ」

「その上であの態度だからな。完全におちょくられてやがる」

 

 真意が読めないのが気に入らないが、間違いなく彼は味方ではないだろう。こちらに利する行動の裏に、確実と言っていいほど悪意が介在している。

 

「……行くぞ。とっとと神様会いに行って、この頭痛をなんとかしてもらわねえと」

「まだ痛むか?」

「かなり。脳に針が刺さってるみてえ」

「うわ重症。じゃあ早く終わらせないとね」

 

 頭痛がひどいのか、時折足がふらつくノクティスを皆が心配そうに見るが、ノクティスがこういった状況で心配されるのを嫌うことは知っていたため、あえていつも通りの態度で先に進んでいく。

 

「にしてもオレたち、かなり貴重な体験してるよね。カーテスの大皿を見られるなんて、なんか感動する」

「気楽なこと言ってんな。敵地なんだから警戒は忘れんなよ」

「わかってるって! ――あ、あれは何?」

 

 プロンプトが指差した先にはノクティスたちが何度も見たもの――王家の墓があった。

 手には大太刀のようなファントムソードが握られており、なぜここにあったのかという理由も含めて、一行の頭に疑問が浮かぶ。

 

「なんでこんな場所に? ってか野ざらしじゃん」

「帝国軍が何の手出しもしていなかった理由も気になる。ノクト、力を得るのは良いが、慎重に行くんだ」

「わかってる」

 

 頭痛がひどいのだろう。苛立った声をあげるノクティスに一行は肩をすくめ、彼がファントムソードに近づくのを見届ける。

 彼が手をかざすと王の一族を象った像に握られている大太刀が浮かび上がり、ノクティスに吸い込まれる。

 

 夜叉王の刀剣。はるか昔、神凪とともに星を護ったと言い伝えられる王の証。

 永い永い時を経て王の力がまた一つ、真の王の元に集った。

 

「どんな感じだ、ノクト?」

「ああ……また新しい力を――なんだ!?」

 

 地面の奥で何かが胎動しているような揺れが響く。

 

「地震か!?」

「大きいぞ、足元に気をつけろ!」

「気をつけろったって無理!?」

 

 プロンプトの悲鳴の通り、立っているのも難しいほどの揺れが一行を襲う。

 

「……がァッ!?」

 

 三人が動けずにいると、ノクティスが両手で頭を抱えてその場にうずくまる。

 脳に針が刺される痛みとは違う。内側から割り開かれるような痛み。もしこの痛みが物理的なものだったら、頭が裂けていると思ってしまうほどの激痛。

 

 目を開け、呼吸をすることすら苦痛となり、とても周囲の状況を把握するどころではなかった。

 しかし地震は未だに続いており、おまけにそれはノクティスにとって悪い方向に進み始める。

 

「おい、ノクト!?」

「待てイグニス、足場がやべぇ!!」

 

 グラディオラスが咄嗟に言った通り、ノクティスの立っている場所に地割れと思しきヒビが入っていく。

 どうやら彼が立っていた場所は崖の突き出した場所のようなものであり、今のような大きな地震に耐えられるものでは到底なかったのだ。

 

「ノクト、キツイだろうが立って戻ってこい! 足場が崩れるぞ!!」

「へ? ああ、クソッ!」

 

 痛みで霞む視界を上げ、のろのろと今いる場所から離れようと動き出す。

 無論、シフトを使う余力すら残っていない動きでは到底間に合わず――伸びたグラディオラスの手も虚しく空を切る。

 

「やばっ――」

「ノクト!!」

 

 足元が崩れ、斜面に身を投げ出す。

 崖でなかったのは幸いだ。ノクティスは頭痛と身体の痛みに耐えながらなんとかバランスを立て直し、斜面の先にある断崖から身を投げ出さないよう、武器を召喚して地面に突き刺そうとして――

 

「また地震!」

 

 身体が浮き上がる。立ち上がれなかった横の揺れではなく、縦の揺れだ。

 地面に突き刺そうとした武器は虚しく空を切り、ノクティスの身体は底の見えない暗闇に放り出され――

 

「ノクト!」

 

 空中に投げ出された腕が、力強い誰かの腕に掴まれる。

 振り返るとノクティスの落ちた斜面を追いかけてきたのだろう。グラディオラスが必死の形相でノクティスの腕を掴んでいた。

 

「しっかり力入れろよ! 今引っ張り上げる!」

 

 宣言通りグラディオラスは常に大剣を軽々と振るう腕力を存分に活かし、ノクティスの身体を楽々と崖から持ち上げる。

 どうにか五体が地面に触れ合う状況になったところで、ノクティスは改めて感じる頭痛にこらえて仰向けに転がる。

 

「死ぬかと思ったわ」

「こっちもキモ冷やしたぜ。って、おい! あれ見ろ!!」

 

 目をつむり、意識を整えていたノクティスをグラディオラスが焦った様子で揺らす。

 何事かと目を開けると、そこには――神話が存在していた。

 

 滑ってだいぶ近づいたのだろう。はるか昔より燃え続けるメテオの熱と威容がここからでも確認できる。

 ――そしてそれを持ち上げるナニかがいる。

 

「神話の――巨神」

 

 半ば鉱石と一体化した灰色の肉体。比喩などではなく山の如き巨体。

 そして眼には確かな意思の光が宿っており、ノクティスを睨みつけていた。

 

「まさか……神話の存在をお目にかかれる時が来るなんてな」

 

 平静を装っているようにしながらも、グラディオラスの声は震えている。

 無理もない。神話の時代が実在したのは今より二千年近く昔。人間などには想像もつかない時間を生きてきたもの。

 古来より神々の御業とされてきた現象の多くは科学によって解明され、魔法の力は未だ強大であれど機械もそれに勝るとも劣らない力をつけている。

 

 だが――神々の圧倒的な姿の前にそれらなど塵芥でしかないと叩きつけられてしまう。

 

「巨神タイタン。神話から今に至るまでメテオを支え続けてきた――本物の神」

「んで、今はあいつがオレを呼んだってことか……痛っ!」

 

 タイタンの口が何かを発する度にノクティスの頭痛はズキズキと強くなっていく。

 

「何か言ってんのか?」

「何言ってっかわかんねえよ、クソッ!」

 

 せめて意味さえわかればこの痛みにも理解が示せるが、それもわからない現状ではただ理不尽なだけだ。

 帝国の都合に振り回されて、それをどうにかする道筋が見えたと思ったら今度はもっと大きな何かに振り回されている。

 

「おい、会いに来てやったぞ!! オレを呼んだのはテメーだろ!」

 

 苛立ち混じりのノクティスの叫びに、しかしタイタンからの返答はなかった。

 ただ視線を下に向け、話がしたければここまで来いと言っているようにしか見えない。

 

「無視かよ」

「――ノクト、プロンプトたちと連絡がついた。合流するか?」

「――いや、まだタイタンの話聞けてねえんだ。このまま進む。進んだ先で合流にしてくれ」

「わかった。じゃあ先導はオレがやるからちっと息整えろ。このままじゃ持たねえだろ」

「言われなくてもわかってる」

 

 頭痛がひどい。タイタンに睨まれてから痛みは収まるどころかひどくなるばかりだ。

 苛立った様子のノクティスにグラディオラスは何か言いたげな顔になるものの、何も言うことなくどうにか通れそうなルートを探し始める。

 

「こっちから行けそうだ」

「おう」

「モンスターもいる。巨神が目覚めて驚いてるのはオレらだけじゃねえってことだ」

「めんどくせーな」

「おまけに暑い」

「さっさと行ってさっさと終わらそうぜ」

 

 頭は痛いわ、モンスターはいるわ、極めつけはここからでも感じるメテオの熱気。

 およそ人間が長居したくない三拍子が揃っており、ノクティスはうんざりしながらグラディオラスの見つけた道を進む。

 

「なるべくモンスターの刺激はするなよ。足場が脆い箇所があるかもしんねえ」

「あんま待つのはゴメンだぞ。こっちは早く終わらせてえんだ」

「急がば回れ。余計なバトルで消耗すんのは嫌だろ」

 

 多少待たなければタイタンのもとに行くこともままならないらしい。

 ノクティスは多少落ち着いたものの、消えることのない頭痛に舌打ちを隠さず先に進んでいく。

 普段の彼は文句こそ人並みに言うが、それでも気配りはしていたし誰かが危ない時には真っ先に動ける優しさを持っている。

 今は頭痛でそれが隠れているのだろう。グラディオラスは気を紛らわせようと口を開く。

 

「ノクト、ちっと顔上げて見てみろよ。すげえ景色だぞ」

「あぁ? 何がすげえって――」

 

 断崖と断崖の間を鳥の魔獣が飛び交い、長い年月を経て自然が作り出した巨岩のアーチをくぐっていく。

 外の世界でもこんな場所でなければ見られないであろう光景に、ノクティスは一瞬だけ頭痛も忘れて見とれる。

 

「巨神に呼ばれてなければ、もうちょい気楽に見て回れたんだがな」

「ったく、頭痛がマジで鬱陶しいわ」

「さっさと終わらせるか。こっち、行けそうだぞ」

 

 グラディオラスが指し示した道は非常に細く、とても普通に歩いて渡れる幅ではなかった。

 壁に背をつけて、脆く今にも崩れそうな足場を二人は進んでいく。

 

「崩れるかもしれねえし、オレが先に行く。良いな?」

「わかった……痛ぅっ!」

 

 タイタンが見えなくなって少し落ち着いたように見えた痛みがまたぶり返してきた。

 

「また頭痛か。ここだと洒落になんねえぞ」

「わかってる! だから早く行け!」

「落ち着け。落ちたら一巻の終わりだ」

 

 先行して足場の確認をしてくれるグラディオラスの後を、いよいよ強まってきた頭痛とそれに伴う視界の明滅に耐えながらノクティスは進んでいく。

 そうして道半ばまで来た頃だろうか。再び地面が揺れ始める。

 

「地震だ! ノクト、落ちるなよ!」

「くっそ……!」

 

 動こうにも下手に動くと足場の崩落の危険があった。

 落ちないよう必死に体重を後ろにかけていると、ふと視界の先にあった岩肌が崩れ始める。

 否、崩れているというのは正確ではない。

 

 

 

 正しくは――巨神の腕の通り道にあったゴミを払っていただけだ。

 

 

 

 タイタンの腕がこちらに伸びてきて、指が触れそうな部分まで近づく。

 

「っ!?」

「壁に身体くっつけろ! まだ届いてねえ!」

 

 グラディオラスとノクティスは先程以上に壁に体重を預け、ノクティスの身体を掴もうともがく巨神の豪腕を見ながら歩みを再開する。

 あの腕に掴まれたら、人間の体などすっぽり手のひらに収まってしまう。

 手加減して運んでくれる、と思うのは今までの態度から見て厳しいと言わざるをえなかった。タイタンのもとに行く前に真っ赤なジュースになっているだろう。

 

「グラディオ、早く!」

「わかってる! あと少しだ!」

 

 遅々として進まない動きに苛立ちが募るものの、彼の言うとおり焦って落ちたら元も子もない。

 しかし痛みというのは往々にしてそういった道理を無視してしまう。

 焦りはあっただろう。気が急いて普段の注意力など微塵も発揮できていなかったこともあるだろう。

 結局のところ――彼は足を踏み外したのだ。

 

「うわっ――」

「ノクト!!」

 

 だが、王を守るのが王の盾の役目。

 グラディオラスがノクティスの腕を掴むと、そのまま力の限り投げ飛ばして安全な場所に放る。

 そして自身も飛び移ると、起き上がろうとしているノクティスに手を貸す。

 

「大丈夫か!?」

「……生きてる」

 

 ふてくされたように起き上がりながら、ノクティスは今なお自分に向かって伸ばされているであろう巨神の手を見る。

 

「指にもかすったら大怪我だぞ」

「向こうさんもお前に会いたがってるみたいだな」

「だったら道ぐらい用意しとけってんだ」

 

 今にも溶岩の吹き出しそうな悪路を頭痛に苛まれながら歩いて、おまけにタイタンは話がしたいのか試したいのかわからずとにかく邪魔ばかりしてくる。

 

「ここなら手は届かねえんだ。ちっと休むか?」

「いらねえよ、行くぞ。ああクソッ、頭痛ぇ……!」

「…………」

 

 グラディオラスは何かを言う前に自分の身体が動くのを、どこか他人事のように感じていた。

 腕がノクティスの肩を掴み、強引に振り向かせる。

 振り返ったノクティスの顔はグラディオラスの行動を全く予期していなかったもので驚愕に歪み――同時に、なぜ止めるという怒りも混ざったものだった。

 その顔を見て、グラディオラスはもう我慢しなくていいっすよね、と彼に叱り役を頼んだ存在に内心で確認しながら口を開いた。

 

「ちったぁ落ち着け!! オレに当たんな!!」

「なんだよ!」

 

 ノクティスが腕を振り払うのは止めない。

 彼もグラディオラスが怒る理由に思い当たるところはあったのだろう。罰が悪そうに視線をそらす彼にグラディオラスは言葉を続ける。

 

「こんな状況で、頭痛もひどいんだろ。それはわかってるつもりだ。けどな、オレだって気を張ってる。あの巨神にお前が襲われないよう、一瞬だって気を緩めちゃいねえ」

「…………」

 

 答えないノクティスに、ちょうどいい機会だから思っていることを全部ぶちまけてやろうという気持ちになっていく。

 今後の旅でこんな風に感情をぶつけられる機会があるとも思えないし、何より今はグラディオラスがノクティスに見出した王の資質に陰りが見えていた。

 

「オレは王の盾だ。身命を捧げて、ルシスの王を守れとガキの頃から教えられてきた」

 

 武門の家でもあるアミティシア家は、代々王の盾と呼ばれる役職を拝命した一族だ。

 国という重責を担う王の力になれるよう、肉体は言うに及ばずその心に至るまで、全てを守り抜く盾となる。

 王家の一族とも縁が深く、グラディオラスの父親であるクレイラスは先代ルシス王レギスの親友であるとも聞いていた。

 

「ガキの頃はなんだこの甘ったれたガキは、って思ったさ。レギス陛下にゃ似ても似つかねえお前に仕えたくなんかないって思ってた」

「……おい、今その話が何の関係――」

「けど、違った。イリスを助けてくれた時、お前はイリスをかばってくれただろ」

「はぁ? なんで知ってんだよ!?」

「んなこたぁどうだって良い。オレはそん時決めたんだ。お前があの時のまま成長したんなら――この命をお前のために使ってやるってな」

 

 あの日、グラディオラスは確かに見たのだ。

 今はまだ未熟で幼い少年であっても――ルシスの民を導くに相応しいのは彼しかいないと思ったのだ。

 そして今なお、グラディオラスは自分の選択が間違っているとは一切感じていなかった。

 

「グラディオ……」

「盾として王を守れ――この言葉だって、今はオレの誇りだ」

「…………」

「今のお前はどうだ、ノクト。オレらに胸張れってんじゃねえ。――ルシスの王として、レギス陛下に胸を張れるか?」

「……っ!」

 

 違う、とノクティスの内心に言葉が浮かぶ。

 レギスも、実兄アクトゥスも、痛み程度で歩みを止めることはないと断言できる存在だ。

 いかなる時でも頑然と前を見据え、民を照らし続けたレギスの存在がノクティスには王の姿として色濃く映っていた。

 

 今は無理であっても、いつかはあの場所にたどり着く――否、超えなければならない偉大な存在だ。

 

 今は無理――だから今の姿も甘んじるべき?

 

 

 

 ――それは違うだろう。

 

 

 

 ここでふてくされて、甘えていたらいけない。

 何がいけないのかはノクティスにもわからないが、ここでそれをやったら永遠にレギスと同じ場所には至れないという確信があった。

 

「…………」

「おい、ノクト?」

 

 ノクティスは無言でグラディオラスに背を向けると、つかつかと手頃な岩場に一直線に向かっていく。

 そして岩の目の前まで来ると、彼は大きく上体をそらして――

 

「――アアアアァァァァッ!!」

 

 岩に自らの頭を思いっきりぶつけたのだ。

 ガン! とグラディオラスにもハッキリ聞こえる大きな音を発し、ノクティスは動かなくなる。

 何事かとグラディオラスが駆け寄るとノクティスの小さな、しかし強い意志のこもった声が耳に届く。

 

「……ダセェとこ見せちまったな、グラディオ」

 

 その声を聞いて、グラディオラスは自身の口が笑みを作っていくのを止められなかった。

 やはり自分の勘は間違ってなどいない。この人間こそ、自分が盾として、親友として誇るべき我らの王だ。

 

「……もう大丈夫か?」

「ああ。頭痛なんて綺麗サッパリ消えちまった」

 

 額から血が流れているが、振り返ったノクティスの目は苛立ちや怒りのこもったそれではない。

 前を見据え、なすべきことをなさんとする瞳だ。

 

「サンキュな。目ぇ覚めたわ」

「気にすんなよ。それにお前がルシスの王として新米なら、オレも王の盾として新米だからな。お互い、親父の背中ってやつを追いかけてみようぜ」

「……ああ!」

 

 再び歩みを再開した彼らの足取りは、先ほどまでのそれとは確かに違うものになっているのであった。




次回はタイタン戦でチャプター4が終了です。アクト組の描写も少しは出したい(願望)
そして次回はもっと早く更新したい……仕事が忙しくなりつつあるけどネ!


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巨神の啓示

社会人の一日ってものすごく早い(小並感)
なんでもう10月も終わりなの……?


 頭から血を流しながらも、ノクティスはこれまでとは見違えるようにしっかりとした足取りで歩み始めた。

 少しずつ王としての階段を登りつつある王子を守るべく、グラディオラスは彼を守るように先導し、タイタンの元へ向かっていく。

 

 そしてタイタンの足元まで来た時、彼らは岩場に隠れて様子を伺っていた。

 

「で、どうするよ。あんなバカでかい手を伸ばしてきたんだ。友好的、って考えるのはちと苦しいぞ」

「わかってっけど、どのみち話を聞かなきゃ何もわからねえだろ」

「それも疑問だ。呼んでるっていうのはもう聞かねえが、お前はあいつの言葉がわからねえんだろ? どうやって話を聞くんだ?」

「それは……」

 

 言葉に詰まる。

 確かにこれまでは呼ばれているから会いに来たという目的だったが、実際はどのようにすれば良いのだろうか。

 タイタンが声らしきものを口から発する度、ノクティスは異常な頭痛に苛まれるということしかわかっていない。少なくとも頭痛以外の何かを感じたことはなかった。

 ではなぜ話を聞きに行くという発想が出てきたのか。頭痛を与えて呼んでいるだけなら、相手が神であろうと退治するという発想に至っても不思議ではないのに。

 

 疑問に思っていると、ノクティスは最初にタイタンの姿が映った視界の時に別の存在が映ったのを思い出す。

 ノクティスそっくりの人相で、内気なノクティスよりも明るく社交的な面立ち――兄の顔だ。

 では兄のすぐ近くにいて彼の顔を見られる人物は一体誰か、となれば答えは一つしかない。

 

「……ルーナだ」

「なに?」

「神凪の役目、思い出してみろ」

「人々の慰撫や、標の構築だろ? それ以外に何が――」

「違う。もっと前、神凪の役目の意味だ。あのおとぎ話みたいなもの」

「神々の言葉を人々に伝える役目――なるほどな」

 

 話を聞いていたのはルナフレーナ以外にありえない。

 六神が実在する以上、神凪の役目である神々と人々をつなぐ役割というのは誇張でもなんでもない。ただの事実なのだ。

 

「神々と人々をつなぐ存在が神凪。で、神々があいつでルーナが神凪」

「とくれば、オレらは人間代表としてあのご機嫌斜めな神サマから何かを受け取れば良いわけか」

「そういうことだ。なんだ、オレらも頭の良いことできるじゃねえか」

「珍しく冴えてたな、ノクト」

「ま、イグニス抜きでもやれるってところ見せておかねえとな」

 

 楽しげに肩を叩くグラディオラスに応え、次の瞬間には表情を引き締めてうなずき合う。

 もうあの巨神の前に姿を晒すことは決定事項だ。そして考えたくはないが、戦闘も視野に入れなければならない。

 

「なんかあったら頼む」

「任せろ」

 

 言葉少なにそれだけ交わし、ノクティスは巨神の前に姿を表す。

 ノクティスから見て空を覆い隠すほどの威容を誇るメテオをその右腕と肩で支え、半ば鉱石と一体化した巨神がノクティスを睨む。

 

「ここまで来てやったぞ! いい加減なんか言えよ!!」

「■■■■■■■■■――――」

 

 タイタンの口が開くと、再びノクティスの頭をかち割るような頭痛が響く。

 が、ノクティスはひるまない。先ほど自身でつけた傷に爪を立て、その痛みでタイタンのもたらす痛みを相殺する。

 

「こっちだって遊びじゃねえんだ!! わかる言葉で喋れ!!」

「■■■■――」

 

 タイタンはノクティスを睥睨する瞳に僅かに感心の色を乗せ、しかし次の瞬間には左の拳を握っていた。

 ゆっくりと、しかし触れれば大怪我では済まない質量が岩を砕きながらノクティスに迫る。

 

「――グラディオ!!」

「任、せろォ!!」

 

 先ほど手を伸ばしてきた時点で攻撃されることも視野に入れていた。

 下手の考え休むに似たり。しかし考えることをやめてはいけない。考えられる人間が常に一緒にいられるとは限らないのだから。

 イグニスの言葉であり、ノクティスとグラディオラスは彼らなりに思考を重ねた。

 それが――グラディオラスの大剣が巨神の拳を防ぐ結果に繋がる。

 

「オオオォォォ、ラァッ!!」

 

 大剣を地面に斜めに突き刺し、巨神の腕と重なったタイミングで全力で跳ね上げる。

 テコの原理を用いて渾身の力のこもったそれは、見事に巨神の腕を人間一人分だけ浮かせることに成功する。

 浮いた隙間に身を滑り込ませ、二人は巨神の一撃をしのいで見せた。

 

「っしゃ!」

「喜ぶヒマねえぞグラディオ! 足が上がってる!!」

「ったく、神サマの一撃を防いだってのに王の盾は忙しねえな!!」

 

 二人はすぐさま身体を起こし、アリを踏み潰すような無造作な動きで迫りくる巨神の足から一目散に逃げ出す。

 

「とりあえず逃げんぞ! 戦うにしてもせめて腕だけにしたい!」

「遅れるなよグラディオ!」

 

 腕と足。両方に警戒しながら戦うとなると危険度は跳ね上がる。

 それに足に踏み潰されたらどう頑張っても助からないが、腕であれば当たりどころ次第では助かる可能性が生まれる。

 無論、当たりどころが悪ければトラックに跳ねられる以上の惨状になることは想像に難くない。人間が人間だったミンチ肉になってしまう。

 

 とにかく移動――理想は足を上げられない適度に高い場所。そこを目指して二人はとりあえず足の届かない坂道に走り込む。

 無論、常に横目でタイタンの挙動は確認しながら動く。と言っても見上げるほどの巨体が攻撃モーションに入れば、嫌でも目に入るのだが。

 

 横目に入る大きな手が握り拳の形を作ったのを見て、ノクティスは咄嗟にダガーを真上に放る。

 直後、ノクティスのいた場所を岩もろともに破壊する拳が去来した。

 砂糖菓子の如く崩れる岩の破片をグラディオラスは召喚した盾で防ぎながらノクティスを探す。

 

「ノクト!」

「こっちだ!」

 

 グラディオラスの声に応える声は上空から届く。

 全てを破壊する拳を、ノクティスは上にシフトすることで避けていたのだ。

 そして眼下には伸ばしきった灰色の巨腕が存在する。

 

「いい加減、頭に来てんだ。一発もらっとけ!!」

 

 実兄アクトゥスが得意とする戦法。人間の身ではほぼ不可能な自力での空中戦。

 戦闘は基本的に高所を押さえておけば負けはない。こちらの攻撃は勢いを乗せやすく、相手の攻撃は勢いを乗せづらい。

 とはいえいきなりあの腕に槍を突き刺す気はない。

 そんなことをして腕に振り回されたら攻撃を避けた意味がなくなってしまう。

 故にこれはちょっとした意趣返し。今まで頭痛を堪えて来たのにあんな対応を取られたノクティスの――言うなれば憂さ晴らしのようなものである。

 

 懐から取り出したマジックボトルに込められた魔法はサンダラ。

 局地的な雷を引き起こすサンダー系の魔法の中位。タダのモンスターであれば雷の嵐に引き裂かれ、焼き焦げて息絶えるだけのそれをタイタンの腕に叩きつける。

 手首の辺りにぶつかり、意図した通りの雷が起こるとタイタンは驚いたように手を引いていく。

 

「よっしゃ!」

「油断すんな! あれじゃ静電気が通ったようなもんだ!」

「どんな身体してんだよ神サマってのは!」

 

 着地したノクティスが快哉を上げるが、後ろから追いついてきたグラディオラスに背中を叩かれて再び走らざるを得なかった。

 とはいえ時間を稼げたのは事実。今のうちにノクティスたちは身を隠せる岩場に走り込む。

 

「どうする、ノクト!? 戦うにも逃げるにもヤバい状況だ!」

「戦うに決まってんだろ! 勝てる気なんてマジでしねーけど、イグニスもプロンプトもいるんだぞ!」

 

 彼らもノクティスと合流すべく動いているのであれば、この状況は把握しているはずだ。

 イグニスなら退路の確保も、という淡い希望があるが、神が目覚めてノクティスを戦おうとしているなんて状況は予想していないだろう。

 

 この場所に来ることになったのもノクティスがタイタンの姿を幻視したため。

 そしてタイタンが攻撃してくるのも――正確なところはわからないが、ノクティスに何かをさせるため。

 

 ――ならば何とかしなければならない。具体的な方法などこれっぽっちもわからないが、この状況を根本的に解決するには自分が前に進むしかないのだ。

 

「わかった、だったら――飛べ!!」

 

 王の選択を支え、王の歩みを守るものが王の盾。

 グラディオラスはノクティスの選択を全面支持することを表明しようとして――頭上にできた影に中断する。

 頭の上にはタイタンの手が地面と垂直に、わかりやすく言えばチョップの形で振り下ろされていたのだ。

 

 人間にされるならちょっと痛いで済むものも、タイタンがやればギロチンに早変わりである。

 ノクティスとグラディオラスは目の前の地面に飛びつくようにダイブし、すぐさま起き上がる。

 

「まだ来るぞ、走れ!!」

「うわっ!?」

 

 後ろを振り返ると、地面を砕いたタイタンの手が開かれ、まるで埃を払うようにノクティスたちのいる場所をなぞり始める。

 当然、岩はタイタンの手にぶつかってたやすく砕け散る。あれに人間が巻き込まれたら――原型は確実に留めないだろう。

 

 なりふり構わず前に走り続ける。頭痛がしようと構っていられない。

 後ろから迫る砂埃が否応なしに後ろの手を意識させる。

 一瞬でも足を止めた時が死ぬ時だ。そんな絶対的な死の壁から逃れるように走り続け――行き止まりになる。

 

 より正確に言えば崖のようなせり立った場所で、ノクティスだけならばシフトを使えば容易に逃げられる場所だ。

 しかしそれではグラディオラスは――

 

「行け!!」

 

 ノクティスの逡巡を見抜いたのか、グラディオラスは大剣を召喚してタイタンの腕を押しとどめ始める。

 手と鋼の刃がぶつかり、あろうことか火花が散る。これが押し切られたらグラディオラスの身体は肉片になるだろう。

 

「グラディオ、オレも――」

「良いから行け! 狙いはお前なんだ! 早くしろ、長くは持たねえぞ!!」

 

 ここで残っても役には立てない。仲良く死ぬだけだ。

 ならばとノクティスは愛用の武器であるエンジンブレードを投げ、視界の先にある広い場所にシフトする。

 グラディオラスの予想通りタイタンの関心はノクティスにあるらしく、彼が移動すると何のこだわりも見せずに腕を振り上げた。

 その余波で岩が巻き上がり、グラディオラスが非常に危険な目に遭っていそうだったが彼なら切り抜けてくれるともはや信じるしかない。

 

 今は自分だ、とノクティスは覚悟を決めて拳を作るタイタンの左腕を睨みつける。

 とてもではないが武器一つで受け流せるものではない。ルシス王都で作られたエンジンブレードの強度は信頼しているが、神話の存在と正面から打ち合って持ちこたえられるものではないだろう。

 

 神話の存在が相手ならば――こちらは伝承の力で対抗するしかない。

 

 今現在、所持しているファントムソードは四つ。一つ一つであれば手に持つことなく自在に操ることができる王の力の一端。

 それを――レギスの行っていたように全てを同時に操る。

 

「オヤジにできて――オレに出来ないわけねえ!!」

 

 手持ちのファントムソードを全て召喚。

 それらは持ち主であるノクティスを守るように周囲を浮かび、彼の意思一つで刃先をタイタンに向ける。

 一秒にも満たない間隙の後、ノクティスの操るファントムソードとタイタンの拳がぶつかり合う。

 

「――っ!」

 

 重いなんてものではない。落下する隕石を防ぐようなものだ。

 ファントムソードから響く音も鍔迫り合いのそれではなく、悲鳴のように聞こえる。

 ガリガリガリ、と聞こえる音はファントムソードから出ているのか、それとも過負荷に耐えるノクティスの脳裏から響くのか。

 

「――ァァァァアアアアア!!」

 

 だが、退かない。ファントムソードの召喚で燃えるような熱を持ったノクティスの脳は、複数の画像が断片的に浮かんでは消えるを繰り返していた。

 

 一つ。シガイに対し、自分と同じくファントムソードを召喚して立ち向かう父の姿。

 一つ。この強大な相手に対し、怯むことなく毅然と立ち向かった婚約者の姿。

 一つ。いつも自分の前を歩き、それを誇らずいつだって自分を待ってくれた兄の姿。

 一つ。不甲斐ない自分を叱咤し、お前ならできると期待してくれる親友の姿。

 

 

 

 ――一つ。無明の闇の中で己を嘲笑うダレか。

 

 

 

 思考が現実に戻る。すでにタイタンの拳は振り抜かれ、未だ自分の命は残っている。

 すなわち、ファントムソードはその役目を十全に果たし、ノクティスを守り抜いたということ。

 

 見えた光景について思いを巡らせる暇などない。

 ノクティスは腹の底から溢れる熱を咆哮に変換し、雄叫びとともにファントムソードを飛ばして自身もそれにシフトする。

 

「散々好き勝手しやがって――今度はこっちの番だ!!」

 

 たどり着いたのは十分に広い足場。タイタンの足を警戒しないで良い適度な高さ。

 そして自身のコンディションも良い。ファントムソードの維持ももう少しは可能だ。

 ――ここでタイタンを倒す。それが今やるべきこと。

 

「ノクト!!」

「お待たせ! 随分怒らせたみたいだね、ノクト!」

 

 タイミング良くイグニスとプロンプトも合流し、それぞれの手に武器を持って戦意をみなぎらせている。

 

「お前ら! 無事だったか!!」

「まあね! 途中で帝国軍が来たり色々あったけど、なんとか追いついた!」

「今さら経緯を聞く意味もないだろう。――アレを倒せば良いんだな」

 

 逃げ出したところで誰も責められない戦いであるのに、それでも来てくれた。本当に自分は仲間に恵まれた。

 腹の底に己の意地とは違う活力が生まれるのを感じ、ノクティスは力強い笑みを浮かべながら前を見る。

 隣を見れば、頼れる軍師がその怜悧な頭脳をフル回転させようと鋭い目でタイタンを睨んでいる。

 

「情報が欲しい。ノクト、知る限りを」

「サンダー系は静電気が通ったぐらい。あとメチャクチャ硬え」

「わかった。それとノクト、その剣は?」

「今持ってる王の力を全部召喚した。メチャクチャ疲れるから長くは持たねえ」

「あとどの程度使える?」

「一分は持たせる」

「わかった。――勝てる戦いだ。やれるな?」

「当然!!」

 

 ノクティスとグラディオラスだけではどう勝てば良いのか皆目見当もつかなかったが、イグニスが入るだけで一気に希望が見えてきた。

 振り下ろされるタイタンの手を後ろに下がって避けながら、イグニスが二人に手早く指示を飛ばしていく。

 

「――オレとプロンプトではあの身体に有効打は与えられない。ここはノクトの援護に徹する」

「わかった! 帝国軍とかが来たら教えるよ! あと目を狙ってみる!」

「オレはシフトの道筋を作ろう。ノクトは暴れるだけ暴れろ」

「わかりやすくてサイコー。で、そっからどうすんだよ」

 

 ファントムソードを召喚した状態を五分維持できるなら、タイタンが相手でもそれなりに押せるとノクティスは睨んでいた。

 なにせ今の自分はファントムソードのある場所ならどこでもシフトできるのだ。タイタンの攻撃など当たる方が難しい。

 

 しかし、ただ剣で斬り続けるだけで山を崩せるか、と言われれば否である。

 こちらを睨みつける灰色の巨神の皮膚は岩をビスケットのように砕き、メテオの熱をものともしないほどなのだ。

 ダメージが皆無ということはないはずだが、決定打にもならないだろう。擦り傷だけで殺せるなら苦労はない。

 

「勝てる戦いだと言っただろう。とにかく動きを止めろ。その時に話す」

「ま、信じたぞ! 軍師サマ!!」

 

 さっきはグラディオラスとちょっと考えて頭が良くなった気がしていたが、やはりこういうのはイグニスに任せた方が良さそうだ。

 ノクティスは難しいことを考えるのは一旦後回しにして、自身を守るように侍る王の力に再び魔力を込める。

 

「じゃあ――行くぞ!!」

 

 振り下ろされ、まだ持ち上げられていないタイタンの腕を起点にノクティスがファントムソードの猛攻を開始する。

 賢王の剣を振り下ろしたと思えば、次の瞬間には修羅王の刃の重い斧刃が迫り、また次の瞬間には獅子王の双剣による連撃が抉る。

 そしてそれに追従するように他のファントムソードが次々とタイタンの身体に刺さっては消えていく。

 

「オオオオオオオオオォォォォッ!!」

 

 もはやまっとうなことを考える余裕はない。反射神経の閃くままに刃を振るい、シナプスの弾けるままにファントムソードを直感で操っていく。

 実を言うと――一分は維持するというのもだいぶ見栄を張った内容だ。頭だけを酷使するなら一分でも何とかなるが、同時に身体も動かしてさらには相手の攻撃も避けなければならないとなると、三十秒も持たせれば十二分な気すらしている。

 

 だが、ああ言った手前最後まで見栄は張り通さねば。どんな時でもなんてことないように、二本の足で立ち続ける。

 それが王に必要なことであることぐらい、父と兄の姿を見てきて知っているのだ。

 

 思考が白熱し、武器を振るう腕は感覚が喪失する。何もかも白く染まり、半ば本能のままに空中で剣を振るい続け――気付けばタイタンの目の前まで来ていた。

 

「――」

 

 視線が合う。瞳のサイズだけでもノクティスがすっぽり入ってしまいそうなほど大きく、光を吸い込む黄金の眼がノクティスを捉える。

 何かを伝えたいのか、それとも力を図っているだけなのか、あるいはノクティスをここで殺そうとしているのか。

 真意はここまで来てもまだわからない。だが、敵意があることだけは振るわれる拳の勢いで嫌というほど思い知らされる。

 

「っと!」

 

 振るわれる豪腕をイグニスの突き刺した短剣へのシフトで回避し、一度イグニスたちの元へ戻る。

 

「――ぶはぁ!」

 

 そこが限界だった。召喚していたファントムソードが全て消え、ノクティスは半ば無視できていた消耗を今になって反動という形で受け取ることになる。

 

「ノクト、大丈夫!?」

「こんぐらい、どうってこと、ない!」

「バレバレだからね!? ほら、ポーション!」

 

 駆け寄ってきたプロンプトが使ったポーションで息を整える。

 今すぐ地面に倒れたい衝動を押さえ、顔を上げてイグニスを見るとノクティスを労うようにうなずいた。

 

「予想以上だ。王の力が凄まじいものだとは理解していたが、お前も成長していたんだな、ノクト」

「――へっ、当然だっての」

「次に腕が来た時がチャンスだ。一斉に攻撃して一気に決める」

 

 そう言ってイグニスは懐からブリザド系魔法が込められて青白く光るマジックボトルを取り出す。

 

「あの巨神が攻撃に使うのは左腕一つだ。凍らせて砕けば無力化できる」

「だから動きを止めろってことか」

「そういうことだ。その動きを止める方法がネックだったが……ノクトのお陰で現実味を帯びてきた」

 

 イグニスの視線がタイタンに向かったため、ノクティスたちの視線もそちらに釣られる。

 手のひらを開き、三人を押しつぶすように上に向かうそれから逃げるように退避し、攻撃を誘う。

 そして手のひらが地面に叩きつけられた瞬間、イグニスが声を上げようとして――プロンプトに遮られる。

 

「待って、帝国軍が来てる! ――何あの武器!?」

 

 困惑の色が強い声に振り返ると、うんざりするほど見飽きた帝国軍の魔導兵が揚陸艇からガチャガチャと音を立てて降りる姿が見えた。

 ただ一つ違う点があるとすれば、彼らは皆一様に同じ武器を持っていることだ。

 

 赤熱した槍のようにも見える兵器を携え、一斉にそれらをタイタン向けて発射していく。

 人間に突き刺したら槍であっても、見上げる山に刺したら針と何ら変わらない。

 だがそれを受けたタイタンは苦しみ悶えるように身を振り、その腕で槍を発射し続ける魔導兵をなぎ払い始める。

 

「なにあれ!?」

「わからない。だが、人間に向ける武器じゃない。モンスターか、シガイか、あるいは――神に向ける武器だ」

 

 恐れ知らずなんてものではない。もし仮にあれが神々に向ける想定で作られたとしたら、文字通り神をも恐れぬ所業である。

 と、そこでイグニスは自分の推測に疑問を覚える。

 

 神々に向けることを想定して作られた――なら神々が実在していることを彼らは知っている?

 

「おい、大丈夫か!?」

「グラディオ、無事だったか!!」

「あんぐらいで死ぬわけないだろ。とにかく戦えば良いんだろ?」

「あ、ああ。左腕を破壊する。帝国軍の行動に疑問はあるが、今は後回しで利用させてもらう」

 

 グラディオラスが合流したことにより、イグニスは疑問を棚に上げることにして目の前のことに集中していく。

 折よくタイタンが痛みに悶え、身体を支えるように左手を地面についた。絶好の好機が巡ってきていた。

 この好機を活かせないようではそれこそ軍師失格だ。イグニスは素早く懐からブリザラの入ったマジックボトルを全員に渡していく。

 

「遅れるな!」

 

 イグニスが投げるのに続いてプロンプト、グラディオラス、ノクティスの三人が続いてブリザラをぶつけていく。

 局所的に吹き荒れる極寒の吹雪――四つ重ねられた発生点では絶対零度にすら匹敵する程の冷気が巨神の腕を芯から凍らせていく。

 

「今だ!!」

「ノクト、乗れ!!」

 

 グラディオラスが自らの大剣を斜めに地面に置いて、王のためのジャンプ台を作り上げる。

 

「――上手く飛ばせよ!!」

 

 意図を理解したノクティスが走り、大剣の腹に足を乗せて駆け上がっていく。

 

「ぶっ込め!!」

 

 グラディオラスが渾身の力を込めて剣を振り上げ、ノクティスの身体は大きく弧を描いて空に浮かび――

 

「終わり、だぁっ!!」

 

 召喚した夜叉王の刀剣による一撃が見事、タイタンの左腕を粉々に粉砕するのであった。

 

 

 

「決まった!! これで終わり……?」

 

 プロンプトが快哉を上げる中、一行は冷気の残った場所に立って様子を見る。

 腕を破壊されたタイタンは肘から先のなくなった腕で身体を支えていたが、その目がノクティスと合うと再び彼の口が動いた。

 

 彼の口から溢れる言葉は理解できない。だが、敵意のなくなった瞳から伺えるのはノクティスへの敬意のみ。

 いつか来る真の王。彼こそ相応しいと巨神タイタンは確かに認めたのだ。

 試練を乗り越えた者に授けるものなど、大いなる神の力以外にありえない。

 

 タイタンはどこか満足したような安らかな吐息を漏らしながら、その巨体を金色の粒子に変えていく。

 

「何が起きて――」

「――還るのか」

 

 ノクティス以外の三人は事態が飲み込めないと困惑していたが、ノクティスだけはその意味が理解できるのか慌てた様子がなかった。

 そしてノクティスの言葉にタイタンは僅かに首肯する様子を見せ、唇をほんの僅か動かしてノクティスに最後の声を届ける。

 

「■■――」

「――わかった。だから安心して休め」

 

 何を言っていたのか、具体的なところはわからない。

 しかしタイタンが何かをノクティスに託そうとしていたのはわかった。

 ルシス王家の力なのか、それとも試練を乗り越えたからか、どちらにせよノクティスの身体には新たな力がみなぎるのが実感できた。

 

 ならば背負うべきだ。彼が自分に何をさせたいのかはまだ不明だが、託されたからには応えたい。

 ノクティスが意思を込めてうなずくと、タイタンは最期までノクティスを見たままその山にも見紛う巨体を全て金色の粒子へと変えていくのであった。

 

「……ノクト、戻ろう」

「ああ。訳わかんねえことばっかだけど……多分、これで良いんだよな」

 

 ノクティスの言葉を肯定できる者は誰もいない。

 だが、タイタンは最期の瞬間を満足していた。それは全員に共通している感想だ。

 ならばそれ以上は不要なのだろう。おそらく多くの事情を知っている人物に心当たりもあるのだ。後で改めて聞けば――

 

「おい、待て!」

 

 戻ろうとした一行の足をグラディオラスが止める。

 それと同時、目の前の地面から火が噴き出す。

 

「うわっ!?」

「ヤベェ、メテオの熱だ!!」

「巨神がいなくなり、支えがなくなったのか!」

 

 周囲を見回すと、そこかしこからドロリとした溶岩とともに地面が火を噴いており、あっという間に尋常でない熱気に包まれる。

 

「ど、どうしよう!?」

「イグニス、脱出ルートは!?」

「六神と戦う事態など想定していない! 無茶を言うな!」

 

 万事休すか、と全員の顔に悲痛なものが浮かぶ。

 かくなる上はノクティスだけでも生かすべく、彼にはシフトで脱出をしてもらおうかとイグニスとグラディオラスが最悪の事態を覚悟した時だった。

 

「あ、あれ見て!」

「帝国軍――」

 

 帝国軍の揚陸艇が一隻、ノクティスたちの前で悠然と滞空する。

 そして勿体つけるようにゆっくりと開き――先ほど出会った人物が顔を出した。

 

「やっほ、無事?」

「あんた……」

「あれ、あんまり驚いてないね。そこの軍師クン、意外と頭回る?」

「――バカにするな。いくら情報が少ないと言っても、あれだけこれ見よがしに言われれば気づく」

「そっか。じゃあもうオレの仕事、わかってるよね」

 

 先ほど会った人物――アーデンが小馬鹿にするようにイグニスに問いかけると、彼は忌々しい感情を隠さず、その名を吐き捨てるように叫んだ。

 

「アーデン・イズニア。――ニフルハイム帝国宰相」

「ご名答」

 

 胡散臭い男アーデン、ではなく帝国宰相であることを指摘されてもアーデンの顔に焦りはない。

 むしろ絶対的優位にあることを見せるように彼らへ手を伸ばした。

 

「で、どうする? 今回は君たちを助けに来たんだ」

「…………」

「別に嫌なら良いよ? ここで捕まえたりせず、どこか適当なところで解放するのも約束しよう」

「……何が目的だ」

「それ、言う義理ってある?」

 

 アーデンの言葉にイグニスは舌打ちをする。

 ここまで悪感情を彼が露わにすることは珍しい。そして同時に自らの無力さに苛立っているようにも、彼の仲間には感じられた。

 

「どのみち選択肢は二つに一つだ。生きるか――死ぬか」

「……ノクト」

「選択の余地なんてねえだろ。お前のせいじゃねえよ」

 

 ノクティスはイグニスを責めず、ただその肩に手を置くだけだった。

 

「オッサン、乗せてくれ」

「オッサンって、ひどいなあ。本名言ったじゃん」

「うっせ、三十代以上は全員オッサンなんだよ」

「――じゃあオレはおジイチャンだ」

「なんか言ったか?」

「なんでも。さ、四名様ご案内」

 

 かくして、神話の再来はひとまずの終結を見ることになる。

 いずれ来る未来に選ばれし王は、試練を乗り越えて神々の力を手にした。

 けれど忘れるなかれ。未来の王は未だ王にあらず――闇はそれを嘲笑っているのだと。




やっぱり神様の啓示で力を得ているので、結構直接的な力になります。具体的に言うと召喚以外でもノクトがタイタンの力を振るう感じに。アイテムだけとか味気ないからね!

じ、次回こそ早く投稿したい(震え声)


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チャプター5 ―暗雲―
雷神に誘われて


なんとか一ヶ月投稿状態にはならないようにしたい(願望)


 モーテルの機能を果たすキャビンの中で、ラジオから聞こえる声が空々しく響く。

 ノクティスは二段ベッドの上であぐらをかきながら、仲間たちも思い思いの場所でくつろぎながらラジオに耳を傾けている。

 

『――ダスカ地方の封鎖は、調印式の襲撃事件に関与していると見られる人間を捜索するために行っている。影響が大きいことは承知しているが、市民の安全のためであると理解願いたい』

 

 心に秘めた信念を形にしたようなレイヴス将軍の声は、どこか彼の実妹であるルナフレーナを思い起こさせる。

 ノクティスたちはうんざりした様子でラジオを聞いていたが、やがて声明が巨神の話になるとノクティスが苛立ったようにラジオを消す。

 

「ったく、他に話すことねーのかよ」

「うわ、不機嫌」

「もう何日身動き取れてねえと思ってんだよ。誰だって嫌になるわ」

「まーねー」

 

 やってられないとばかりにベッドに寝転がる。

 巨神との激戦を乗り越えてから数日。万事休すと思われた窮地をニフルハイム帝国の宰相であるアーデンに助けられた彼らは、その代償を支払う羽目になっていた。

 

 レガリアの紛失と、全く同時期に行われた帝国軍によるダスカ地方の封鎖。

 二つが重なり、ノクティス一行はチョコボポスト・ウイズでの足止めを余儀なくされていた。

 

「まさかレガリアがなくなっちゃうなんてねー」

「当然と言えば当然だがな。帝国軍のド真ん中で見張りもなしに停車だ」

「んだよ、オレが悪いってのかよ」

 

 ふてくされるノクティスをグラディオラスが軽く笑い、あれは仕方がないと説明する。

 

「んなこたぁ言ってねえよ。誰か一人でも欠けてたらタイタンを倒すことなんてできなかっただろうしな」

「それに王の足元を固めるのが軍師の役目だ。こうなることを防げなかったオレの力不足でもある」

「防げなかったって、予想はしてたの?」

「当然だろう。オレは最初からあの男を全く信用していなかった」

 

 眼鏡の光に反射されて見えない目の奥には、自分の無力感への怒りが渦巻いているのだろう。

 苛立ちを吐息でごまかし、イグニスはあの場で打っておいた策を話していく。

 

「発信機と盗聴器をつけておいたんだがな。さすがに魔導兵の目はごまかせなかった」

「あれ、今なんかすごい単語が出た気がするんだけど」

「お前もあんま期待していたわけじゃないだろ?」

「持ち去られた場合の手がかりになれば御の字と言った程度だ」

 

 発信機と盗聴器という日常生活ではまず耳にしない単語が出てきたことにプロンプトが思わず、といった様子で会話を続けるイグニスとグラディオラスを見るが、二人は気にせず話を続けていた。

 

「誰かが見つけて運んでくれた、とかないの?」

「その誰か、は誰になる。カーテスの大皿の、帝国軍が検閲をしている場所のさらに奥だぞ」

「あー……それじゃあ帝国軍以外にないのか」

「そういうことだ。シドニーはどこか工場に運ばれた可能性を指摘したが、十中八九帝国軍の基地だろうな」

「マジかよ。ニフルハイムに持ってかれたら取り戻せねえじゃねえか。なんで言わねえんだよ!?」

 

 移動の足がなくなる以上に、あの車はもうこの世にいない実父レギスとの唯一の絆とも言えるものなのだ。

 それが手の届かない場所にいって、壊されるなど冗談ではない。

 ノクティスはベッドから勢い良く身体を起こし――キャビンの低い天井に頭をぶつけて痛い思いをしながら降りてくる。

 

「オレも確証があったわけじゃない。それに帝国軍の基地にあったとしたら、オレたちだけでは荷が勝つ」

「じゃあ諦めんのかよ!?」

「諦めるなどいつ言った。――足並みを揃えるのに時間がかかっただけだ」

 

 どういう意味だ、と言い募ろうとしたところで、ノクティスとイグニスのスマートフォンが同時に鳴る。

 何事か、とお互いに顔を合わせるものの、どちらにも心当たりはない。

 とりあえず話の続きは電話に出てから、と視線で交わし、それぞれが電話に出る。

 

 イグニスは電話越しの相手を確認すると、ひと目を避けるように外へ出ていった。

 対しノクティスは電話の相手が兄であることを確かめると、その場で電話に出る。

 

「もしもし」

「久しぶりだな、ノクト」

「おう。――兄貴にはすげー聞きたいことあるんだけど」

「だよなぁ、オレがお前の立場だったら問答無用でぶん殴ってる」

 

 わけも分からず他人の事情に振り回されるなど、誰だってゴメンである。

 

「じゃあオレの言いたいこともわかるよな?」

「ああ。――だがもう少しだけ待って欲しい」

「おい、兄貴!」

 

 電話越しのアクトゥスの声はノクティス以外の誰が聞いてもわかるくらい、心苦しそうなそれだった。

 本心は彼だってノクティスと一緒に戦いたいのだ。いくら弟を信じていると言っても、危険な旅をさせて心配しない兄はいない。

 だが相手はニフルハイム帝国に留まらない。ノクティスも薄々と感じているが、六神が絡み始めたこの旅は国家間の戦争などという枠組みでは測れないものだ。

 

 本当の敵はニフルハイム帝国だけではない。そしてそれがどんな悪辣な手を使ってくるのか、ノクティスにもアクトゥスにも予想ができなかった。

 脅威がわからない以上、リスクを分散させるのは当然の帰結とも言える。――当人らの心情を無視すれば、の話だが。

 

「合流したら必ず話す。オレが知っていることも、ルナフレーナが知っていることも全部だ。本当に悪いと思っているが、電話越しで話すには話が荒唐無稽過ぎる」

「……信じて良いんだよな」

「信じてくれ。……頼む」

 

 普段のおちゃらけた様子など微塵も感じられない、血を吐くような懇願だった。

 それを聞かされてはノクティスに強く出られるはずもない。むしろ彼にここまでの苦しみを持たせることに心苦しさすら覚えるほどだ。

 

「……そんなに凹まなくてもいいだろ。合流できたら話は聞かせてもらえるんだし、もう良いよ」

「そうか。すまん」

「良いって。で、お互いの近況報告だよな?」

「ああ。こっちはダスカ地方の封鎖に巻き込まれることは免れた。今は適当な場所で停めて封鎖線を見張ってる」

「レスタルムに行けばいいだろ」

「お前は封鎖のド真ん中だろ? 突破するんだったら援護ぐらいするさ」

「いや、ルーナが――」

「ルナフレーナ発案だ。文句はないな?」

 

 ぐ、とノクティスは息に詰まる。よもや彼女がこんな危険な役目を言い出すとは思っていなかった。

 ルナフレーナが危ないとか、兄貴たちの消耗が心配だ、とか色々と言い訳の言葉は思いついたが、どれを言っても効果がないことはノクティスにも予想できた。

 

「……無理はすんなよ」

「そのつもりだ。そっちは? タイタンには会えたのか?」

「会ったよ。襲われて殺されかけた。返り討ちにしたけどな」

「素晴らしい。――じゃあ、次だ」

「次?」

「ああ。今から場所を送るから、その洞窟に向かって欲しい」

「……また、六神の一人と会うのか?」

 

 カーテスの大皿に導いたのもアクトゥスだ。そこでタイタンと会ったことを考えれば、次にアクトゥスが提示している場所がそういった関係であることはわかる。

 

「そうなる」

「戦うのはもうゴメンだぞ」

「次の神さまは優しかったから安心しろ。会うだけで認めてもらえる」

「マジかよ」

 

 タイタンとの戦いであれだけの死線をくぐったというのに、次の神は会うだけで良いらしい。

 会うだけで加護がもらえるんなら他の神も全部そうしてくれ、と思いながら両者は話を続ける。

 啓示を受けるノクティスはもちろんのこと、誓約を行うルナフレーナに同行するアクトゥスも相応の危険に見舞われているのだ。

 

「マジだ。ただ道中にはシガイが出る。そこだけは気をつけろ」

「わかった。チョコボポストから近いのか?」

「そこからならそう遠くない。走っても十分だ」

「ん、了解。会えたら神の力の一端ってやつを見せてやるから覚悟しろよ?」

「そうなったらこっちも、兄の威厳ってやつを思い出させてやるよ。――レスタルムで会おう」

 

 兄の声を耳にしながら電話を切る。

 そして自分たちがレガリアを盗まれたことを伝え忘れていた、ということに気づいて再度電話をかけようとしたらイグニスが戻ってきたため、一度中断する。

 

「ノクト、朗報だ。レガリアの場所がわかった」

「ホントか!?」

「ああ。コル将軍に頼んで位置の確認をしてもらった。確かな情報だと信じて良い」

「ってことは、イグニスが今まで電話してたのはコルだったのか」

 

 足並みを揃えるとはそういうことだったか、とノクティスは常に先を見据えて二手三手と打っているイグニスに感嘆の息を漏らす。

 イグニスはそんなノクティスを見て、何を思ったのか柔らかく口元を笑みの形に変える。

 

「だけでもない。……お前がこれを知ったら驚くぞ」

「なんだよ、もったいぶるなよ」

「この封鎖に不満を持っている人々が結構いたようでな。表立っての支援という形ではないが、いくらか援助があった」

「へえ、やるじゃん」

「お前の手柄だ」

「へっ?」

「――旅の道中で助けた人たちからの援助だ。ここの主人のウイズ。ハンター協会のデイヴ。新聞記者のディーノ。彼らがお前の力になると表明してくれた」

 

 言いながらイグニスは嬉しそうに手元にある物資を見る。

 ポーション類の回復アイテムにハンター協会の使用する武器。優秀な効果を持つアクセサリ。それらが詰まっていた。

 彼らは顔も知らぬルシスの王ではなく、困っているところを助けてくれたノクティスの味方になると表明してくれたのだ。

 

「……そか」

「ああ。思わぬ補給ができたから、こちらはすぐにでも行動可能だ」

「わかった。けど少し待ってくれねえか? こっちはさっき兄貴から電話があった」

「アクトゥス様から? タイミングが良いな」

「この封鎖からは逃げたけど、こっちが抜けるタイミングに合わせて援護するって話。――んで、もう一人の神に会えって言われた」

「六神か。確かなのか?」

「ああ。多分、オレが行かなきゃダメなやつだ」

「わかった。お前の希望を叶えるのがオレの役目だ。少し待て」

 

 そう言うとイグニスはまたも電話をかけ始めるが、すぐに電話を終えて戻って来る。

 

「コル将軍に連絡して、レガリアを運んだ基地の見張りをお願いした。危急の時はレガリアを優先する、良いか?」

「サンキュ。考えるのが少なくて楽だわ」

「軍師の務めは、王の選択を整えることだ」

 

 王が全てをやる必要などない。極論、やるかやらないかの選択だけすれば良いのだ。

 道筋は他者がつける。グラディオラスのように切り拓くでも、イグニスのように指し示すでも、どちらでも良い。

 ノクティスに必要なのは決断だけで良い。それを実現するのが自分たちの役目である、とイグニスは自戒するように内心に刻み込む。

 

「それでどうすれば?」

「フォッシオ洞窟に行けって。そこで会えるらしい」

「なるほど、次の神は――」

 

 ノクティスの示したフォッシオ洞窟への方角に、雷が落ちる。

 紫電の輝きが彼らの視界を焼き、轟音とともにこの上ない神威を彼らに見せつけてきた。

 それを見たイグニスは肩をすくめながら、ノクティスに雷の落ちた方角を指差す。

 

「……早く来い、だそうだ」

「らしいな。――雷神に会いに行くか」

 

 

 

 雷神からの要請も受けたため、早速出発――ではなく、ノクティスたちは一度揃って腹ごしらえをしていた。

 

「雷神に会えたらそのままレガリアの奪還だ。ハードな一日になりそうだし、飯はきちっと食わねえとな」

「だね。あ、イグニス、肉でお願い!」

「では最近食べたあのデブチョコボバーガーに着想を得たものを作ろう」

 

 チョコボポスト・ウイズで足止めを受けている間にあそこのメニューは制覇してしまった。

 ギサールの野菜が使われたグリーン・スムージーに同じくギサールの野菜が使われたギサール・チップス。

 グリーン・スムージーを飲んだ時のノクティスの苦みばしった顔はプロンプトが写真に残してルナフレーナに見せる気マンマンである。

 ハムと野菜の挟まれたチョコボクラブサンドも食べたが、味については観光地特有の名前だけが入って割高だが、普通のクラブサンドだった。

 

 とまあ、総じて見ればまあよくある観光地の飯だよね、ぐらいの感想なのだが、一つだけ違うものがある。

 パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン。

 これでもか、どころではない。もはやバーガーとしての形を保っているのが奇跡だと思えるくらいに具材が挟まれたそれは、ただ食べるだけでも恐ろしく神経を使う一品。

 しかし同時に具材の量は食べ盛りの若者の胃を完璧に満足させるものであり、ノクティス一行の記憶に強く残ったものであった。

 

 名前をデブチョコボバーガーという。一度食べたらしばらく食べたくないが、たまに食べたくなる強烈な味だとは全員の一致した感想である。

 

 今回はそれを基にイグニスが独自のアレンジを加えたものになる。

 パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン、パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン、野菜、ハム、パン。

 

「え、ちょっ!? 多すぎない!? ここからでも見えるんですけど!?」

「まだまだ乗せるぞ。限界までやってみるのがコンセプトだからな」

「料理に出てくるセリフとは思えねえな」

「ま、うまけりゃなんだって良いわ」

 

 悲鳴を上げるプロンプトと呆れた声を出すグラディオラスとは違い、ノクティスは落ち着いていた。

 イグニスに任せておけば食べられないものは出ないのだ。出されたものを野菜を除けて食べれば問題は何もない。

 

「さあ、完成だ。名付けてハムサンド・メテオ盛。味わって食べてくれ」

「前言撤回するわ。どう食べろって言うんだよ!?」

 

 出されたものを見て手のひらを返したのもノクティスだった。

 デブチョコボバーガーの時も大概なサイズだったが、これは半ば別格だ。

 もはや直立していることに世界の神秘を感じてしまいそうなほどの巨大なバーガーである。

 挟んで食べるというより、上から少しずつ取って食べなければならない。下手に倒したら大半が皿の外にぶちまけられることになるだろう。

 

「一人でこれを食えとは言わないさ。少しずつ手で取って分ければいい」

「あー……まあ、やるだけやってみるか」

 

 今さら他の食事に変えろなんて言える立場でもないのだ。ノクティスは覚悟を決めてそのバーガーを睨みつけ――

 

「――いややっぱ多いってこれ」

 

 普通にツッコミを入れるのであった。

 余談だが、味そのものは高級ジギィハムを贅沢に使って、味にも飽きが来ないようイグニスが工夫を凝らしたようで非常に美味しく食べられた。

 その労力で別のものを作れなかったのか、というのはイグニスを除く三人の感想だった。

 

 

 

 

 

 フォッシオ洞窟。

 数年前よりシガイの出現被害が深刻化しており、爆薬で岩を発破して塞いでしまったという経緯を持つ洞窟である。

 そんな中に雷神の石碑があったことなどアクトゥスも知らなかった。ルナフレーナがこの場所を教えた時は内心で仰天していた。

 

 チョコボポスト・ウイズからは多少離れているため、ウイズから借り受けたチョコボに乗って移動していた。

 鮮やかな黄色の体毛はよく手入れされており、滑らかで優しい手触りだ。クエェ、と鳴く声はプロンプトが愛好するのもわかる愛くるしさだ。

 

「巨神の次は雷神かあ。神話みたい、というか神話そのものだよね」

「これに歴代王の力も集めていると来た。この科学全盛の時代に古臭いって言うこともできんな」

 

 原理すらわからない神々の力と、強大な魔法の力の塊である歴代王の力。

 これを使って機械仕掛けの兵を操るニフルハイムと戦おうというのだから、不思議なものである。

 

「……昔話を思い出すな」

「六神に選ばれた王が星を覆う闇を祓うおとぎ話か」

 

 ノクティスがポツリと呟いた言葉に、イグニスが耳ざとく答える。

 いくら有名な絵本とは言え、この状況から全く同じ本を思い出すとは思わなかったノクティスがイグニスの方を見る。

 

「ルーナに読んでもらっただけなのによくわかんな」

「おとぎ話として有名な本だ。だがそれがどうした?」

「いや、神さまから力を授かるってのを聞いて思い出したってだけ」

 

 ルナフレーナに読んでもらった話では聖石――クリスタルに選ばれた真の王が星を脅かす闇を倒すことができる、というものだった。

 そして神凪はそんな王を支えるものであるとも話していた。

 彼女は今、ノクティスたちと別行動を取りながらもノクティスのサポートを一貫して行っている。

 これらの意味するところは――

 

「…………」

「ノクト、そろそろ到着する。……ノクト?」

「……ああ」

 

 雷鳴の轟く直下に、洞窟の入り口は存在した。

 ここに来るまでに雷雨でずいぶんと濡れてしまった服と髪を鬱陶しそうにしながら、ノクティスは洞窟の入口に立つ。

 

「この奥か」

「ああ。ここまで来ればわかる。――奥に神がいる」

 

 正しくノクティスにしかわからない感覚だろう。

 タイタンと出会い啓示を受けて、神の力の一端をその身に宿すからこそわかるものである。

 

「んじゃあ、行くしかないわけだ」

「そうだね、行こう!」

 

 洞窟の中に足を踏み入れ、すぐに一行は不思議なものを見つけて足を止める。

 

「これは――」

「矢印、のように見えるな」

「ノクトのお兄さん?」

「かもな。前に考えた神凪が六神と話して、王が力を授かるって流れならルナフレーナ様とアクトゥス様はすでにここに来ていたってことだ」

 

 グラディオラスの言葉に全員が納得してうなずく。

 下手をして帝国軍に出し抜かれていたら、この矢印が敵に利する可能性もあったが――アクトゥスはそれを考えず、ここには必ず弟が来ると信じていたようだ。

 

「……んじゃあ、さくっと攻略しようぜ。兄貴とルーナは二人で抜けたんだ。四人で突破できないわけがねえ」

「おうよ! 結構深い洞窟っぽいし、気合い入れてこうぜ!」

 

 ノクティスの声に応じ、グラディオラスが彼を守るように先行してフォッシオ洞窟の攻略は始まった。

 

 

 

 道中に見るべきものはなかった。

 出て来るシガイもさほど強いものではなく、巨神タイタンという全員の力を振り絞ってようやく勝ちを拾える死闘を乗り越えた一行の敵ではない。

 

 特にノクティスの成長が著しかった。

 前回のファントムソード召喚で王の力のコツを掴んだのか、普通に剣を振るいながらもファントムソードによる追撃を行うなど、攻撃の手数が非常に増えていた。

 

「上手いものじゃないか」

「まーな。全部召喚すんのは疲れっけど、一本二本を攻撃の合間合間なら、そんなに意識しなくていいし……なっ!!」

 

 インプと呼ばれる、鋭い爪と背中に背負う三日月を連想させる器官が特徴のシガイからの攻撃をバックステップで回避し、槍による突きを反撃に叩き込む。

 腹部に突き刺したそれを持ち上げて放り投げ、追撃のファントムソードがインプの身体に更に突き刺さる。

 召喚した武器がノクティスの手元に全て戻って来た時、インプの姿はすでに黒い霧と霧散していた。

 

「見事だ。陛下もお若い頃はこうして戦っていたのだろうな」

「だな。すげーやりやすい」

 

 シガイの全滅を確認し呼吸を整えていると、後ろで銃撃による援護を行っていたプロンプトがノクトの肩を叩く。

 

「よっし、じゃあここから先のシガイはノクトに全部任せちゃおう!」

「働けよ」

「バッチリ写真撮るから安心してって!」

「いや、働けって」

「冗談冗談! ノクトみたいにズバーン! っていうのは無理だけど、オレはオレでできることをやってるよ」

「本当かよ?」

 

 軽く笑いながらプロンプトの腕を払い、洞窟の先を見据える。

 先行して危険がないか調べる役目のグラディオラスが戻ってきて、分かれ道となっている道の片方を指差す。

 

「こっちの道が通れそうだ。向こうも通れなくはないが、立って通れる高さがねえ。バトルを考えると行くのはやめた方が良いぜ」

「んじゃそっちに行くか」

「はいはーい。……って、あれ?」

 

 不意に声を上げたプロンプトに何事かと全員の視線が集まる。

 

「いや、なんか足元に触った気がしてさ。一体、何、が……」

 

 暗がりの中で何かが足に絡んでいるのだ。大方、木の根か何かがあったのだろうと楽観してプロンプトは自身の足首にライトを当てる。

 

 照らされたのは、ライトの光を受けてヌメヌメとした光を反射する爬虫類の尻尾のようなものだった。

 無論、そんな大きな爬虫類は見ていないし、いたとしても常に光沢を帯びるような湿気を保てる種など聞いたこともない。

 つまりこれはシガイの身体であると考えるのが正確であり――

 

「う、うわぁぁっ!?」

「プロンプト!!」

 

 尋常ならざる力で引きずられ、先ほどグラディオラスが話していた高さの足りない道にプロンプトが吸い込まれるように消えていく。

 イグニスもグラディオラスも咄嗟の事態に動けない。いや、仮に動けたとしても大したことはできないだろう。

 

 だが、ノクティスは動いた。

 

「受け取れ!」

 

 半ば反射で召喚した短剣を、刃の方を掴んでプロンプトに投げる。

 プロンプトはそれを引きずられながらも受け取ると、そのまま闇に消えていってしまう。

 

「え、うわぁっ!?」

「ナイスキャッチ!! 今行くぞ!!」

 

 プロンプトを追いかける――のではなく、彼に渡した武器を頼りにシフト移動をする。

 後ろでイグニスとグラディオラスが何か言おうとしていたが、聞いている時間はない。相手がシガイである以上、戦闘能力の低いプロンプトが単独行動などしたら死の危険が大きいのだ。

 

 そうしてたどり着いたシガイの住処と思しき広い空間に出ると、そこには下半身がヘビで上半身が人間の女性らしく見えることが特徴のシガイ――ナーガが尻尾でプロンプトを逆さ吊りにしていた。

 プロンプトはノクトが追いかけてきたと見るや、一瞬の迷いも持たずに両手を合わせてノクティスを拝む。

 

「助けてくださいノクト様!!」

「お前余裕ないのかあるのかどっちなんだよ?」

 

 ノクティスが助けに来なかったらかなり絶望的な状況になっていたことは間違いなく、プロンプトもそれがわかったのか顔面が蒼白だった。

 そんな彼を吊り上げているナーガは尻尾を自分の顔の前に持っていくと、ヘビのように二つに別れた舌で目の前に来たプロンプトの顔を舐める。

 

「ヒィッ! 気持ち悪い!?」

『ねえ、私の子供、知らない?」

 

 ひどく聞き取りづらい濁った声が、生臭い吐息とともにプロンプトに届く。

 もう声も出せないのか、プロンプトは無言で首をブンブンと横に振る。

 

『そう……じゃあ、あなたを私の子供にしてあげる!!』

「シガイがボクのお母さんになるー!? 助けてノクトー!!」

 

 なんだか単純にシガイに喰われる以上のひどい目にプロンプトが遭いそうなので、可及的速やかに救出することにする。

 イグニスとグラディオラスの援護も期待できない以上、一人で人間よりも大きなシガイを倒さなければならない。

 

 ――今の自分なら問題ない。ノクティスはそう自己分析を下す。

 

「……ま、ホントはもうちょい後で使う予定だったんだがな。よく見とけよ、プロンプト」

「へ?」

 

 ナーガと対峙するノクティスが選んだ武器は大剣。

 グラディオラスが使っているものと同じだが、彼なら片手で振るえるそれをノクティスは両手で振るう必要がある。

 自身の身体を隠してしまいそうなほどに大きな刀身を構え、ノクティスは不敵に笑う。

 

「おい、こっち見ろよヘビのバケモン!」

『――』

「そいつはお前の子供になんかなりたくないって――よ!」

 

 注意がそれている今こそ不意打ちのチャンスである。

 ノクティスはナーガの肉体を構成する人間とヘビの境目を狙って大剣の一撃を振り下ろす。

 手に伝わる感触は肉を切り裂くそれではなく、鉄の塊を殴りつけたような硬質なもの。

 見た目が人間らしいからといって侮るなかれ。この肉体はシガイである以上、強度が人間の皮膚と同じであるなどあり得ないのだ。

 

 しかし重量のある鋼の刃を思いっきり受ければダメージはある。

 ナーガは苦しそうな金切り声を上げるとプロンプトをどこかへ放り、ノクティスを憎々しげに睨んだ。

 そして息をつく間も与えない尻尾による猛攻がノクティスを襲う。

 焦ることなく大剣で受け止めながら、ノクティスはプロンプトに声を投げる。

 

「プロンプト、無事か?」

「思いっきり地面に身体ぶつけたけどなんとか! いま援護するね!」

「いらねーからしっかり見てろ」

「え?」

「一応お前が離れてないと危なかったからな。これが――巨神の力だ!!」

 

 猛攻の隙を縫い、ノクティスは短剣を天井に投げてそれにシフト移動を行う。

 軽く天井に刺さっただけの短剣はノクティスが掴むとすぐに抜けてしまうが、ここで必要なのはナーガにシフトブレイクを当てるための距離だけだった。

 

 一瞬だけノクティスを見失ったナーガは、しかしシガイとしての嗅覚かすぐにノクティスを見つける。

 空中で身動きの取れない哀れな人間を丸呑みにしてしまおうと、落下地点で口を構えていた。

 そんな彼女を前にノクティスは再び大剣を手元に召喚。

 そして大剣を全力で投げて、シフトブレイクをナーガの顔にぶち当てる。

 この時、プロンプトの目には確かな物が見えた。

 

 

 

 それはノクティスの攻撃に追従するように現れた巨神の拳で――

 

 

 

 次の瞬間、ノクティスの大剣を中心に凄まじい衝撃と力が吹き荒れた。

 

「――ッ! ノクト!!」

 

 咄嗟に声も出せないほどの衝撃。距離のあったプロンプトでさえこれなのだ。爆心地とも言える場所にいたノクティスはどうなっているのか。

 だが、ノクティスの姿はそこにあった。大剣によるシフトブレイクを行い、跡形もなく消し飛んだナーガがさっきまでいた場所に佇み、剣を振り下ろした自身の手を見つめていた。

 

「……ハハッ」

 

 もともと、この力はチョコボポスト・ウイズで足止めを受けていた時から自覚はあった。

 より正確に言うなら、カーテスの大皿でタイタンの加護を受けた時点になる。

 その時点ではどういった規模の力なのか正確に把握しきれてはいなかったが――まさに神威と呼ぶに相応しいだけの力だった。

 

 もはや笑うしかない。こんな凄まじい力を自分は与えられていたのだ。

 ……言い換えるなら、この力を使って戦う相手がいるとも言えるため、ノクティスの高揚はすぐに別の違和感にかき消されてしまうのだが。

 

「ノクト、大丈夫!?」

「おう。てか見ただろ、オレの力」

「見たけど明らかになんかおかしいでしょ!? 疲れてるとか、身体が痛むとかない?」

「大丈夫だっての。それより自分の心配しろよ。オレが武器渡してなかったら、今頃あいつがお前の母ちゃんだぞ」

「うっ、嫌なこと思い出させないでよ」

 

 つい先程まで自分の身に起こっていたことを思い出したのだろう。プロンプトの顔が再び青ざめてしまう。

 そんな彼の様子を見たノクティスは軽く笑って肩を叩く。

 

「ま、もう大丈夫だ。こんな気味悪いところ、さっさと終わらせちまおうぜ」

「そう、だね。イグニスたちも追いかけてきたみたいだし、早く行こう」

「おう。でもノクト、本当に気をつけてよ? その力も無敵ってわけじゃないんでしょ?」

「むしろ取り回しが悪いくらいだっての。あんなのポンポン使ってたら洞窟が崩れるわ」

 

 薄々としかわかっていないものをぶっつけ本番で使うのはマズイと身にしみた。うっかり天井に使っていたら、今頃ノクティスもプロンプトも崩落に巻き込まれていたかもしれない。

 

「そっか、やっぱり神サマの力って強いものなんだね」

「だな。普段使う分にも気をつけねえと」

 

 ノクティスは自分の中にある力を確かめるように拳を作って、そして歩き出す。

 

「行くぞ。イグニスたちももうすぐ来るだろ」

「うん。あ、ノクト! 助けてくれてありがとね!!」

「こんぐらい普通だろ。気にすんなよ」

「――うん、そうだね」

 

 気負ったところなど何もなく、誰かのために危険へ飛び込むことが選べるノクティスだからこそ、イグニスやグラディオラスが王の気質を見出しているのだろう。

 

 そして自分もまた、彼がどこまで行くのかを見届けたい。

 プロンプトは胸に決意を秘めて、先を歩き始めたノクティスの背中を追いかけるのであった。




私の他の作品を見ている方は知っているかもしれませんが、私は割りと主人公の強さは盛る方です。
なので六神パワーも召喚オンリーではなく、通常時にも一部だけ扱えるように。ストーリー進めていくとできることが増えて飛躍的に強くなるとか大好きです(個人的な好み)
大剣使用時にシフトブレイクの威力が向上してダメージ判定ありの衝撃波が出で範囲攻撃ができるとかどうとか(適当)

それとこれも個人的な好みですが、サブクエストで助けた人がメインクエストの助けになってくれる展開、というのはオープンワールドゲーム内でされて嬉しいことベスト3位内に入ってます。だから盛り込みました(欲望の塊)


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裁きの雷

どこで切るか悩んだので、チャプター5はまだ続きます。


「ここが最深部か?」

「おそらく。あの木を見ろ」

「うわ、バリバリ言ってる。ノクトのことが待ちきれなかったみたい」

 

 ナーガを退けた一行は最深部と思われる場所で紫電をまとう石造りの木を眼前にしていた。

 雷が輝くそれは、暗い洞窟の中を通ってきた彼らには目に痛いぐらいだ。

 

「これが雷神の依代か」

「多分、てか状況的にこれ以外ないだろ」

 

 他に道もなく、そして目の前の石碑はこれでもかと言わんばかりに自己主張が激しい。

 

「ではノクト、雷神の啓示を受けてくれ」

「おう」

 

 イグニスの言葉を受けて、ノクティスはその手を石碑にかざす。

 手を近づけることでわかったこととして、この石碑から感じられる力は雷だけのものではないということ。

 タイタンと対峙した時と同じ、ノクティス以外にはわからないであろう神々の気配である。

 

 そっと紫電をまとうそれに触れると、天からけたたましい轟雷が降り注ぐ。

 ノクティスの周りを威嚇するように、あるいは祝福するように雷鳴が霞のようにノクティスの周囲を焦がす。

 

「うわっ!?」

「やべえ、近づけねえ!」

「――だが、ノクトは無事だ。これが六神と神々に選ばれた王の姿か……」

 

 後ろから届く仲間たちの声は、すでにノクティスの耳に聞こえていなかった。

 ノクティスの触れている石碑から紫電がノクティスに吸い込まれていき、彼の脳裏にいくつかの絵が映し出される。

 

 一つ、神々の誓約を果たすルナフレーナとそれに寄り添う実兄アクトゥスの姿。

 一つ、彼女らを見下ろす天地裂く雷鳴の主である老爺の姿。

 一つ、彼らに手を差し伸べる老爺の優しい眼差し。

 

 

 

 ――一つ、その手が伸びる先にいる、己の姿。

 

 

 

「――っ!!」

 

 体内に宿る紫電の力、というものをノクティスはハッキリと感じ取る。

 巨神の力が自身の身体に宿ったときと同じ、自身で操ることのできる新たな力を獲得したのだ。

 

「雷神の、力――」

「おつかれ、ノクト。大丈夫だった?」

「ああ。神さまにも性格あるらしいぜ。今回はすんなりいった」

 

 駆け寄ってきたプロンプトに答えつつ、ノクティスは雷神ラムウと交わした啓示について思いを馳せる。

 かの老爺は声なき声で確かにルナフレーナとノクティスに伝えたのだ。

 

 ――すなわち世界を頼む、と。

 

 世界というのが何のことか、ノクティスにはわからない。

 だがルシスのことではないだろう。神々にとって国家間の争いなどどうでも良いはず。

 

 やはりというべきか、自分たちが巻き込まれているのは国家同士の争いの枠組みにとどまらず、もっと大きなものなのだろう。

 仲間たちも言葉にはしないだけで薄々理解しているはずだ。

 

「これでまた新たな力をゲットか。よしっ、それじゃあ脱出してレガリア奪還に向かうか!」

「だな。この封鎖を抜ければルーナにも会える」

「あと少しの辛抱といったところか」

 

 先行きが見えてきた。そのことに一行の表情も明るくなる。

 

「でもさ、ルナフレーナ様と合流できたらどうするの?」

「帝国との本格的な戦争、と言うべきところだと思うが……おそらくルナフレーナ様とアクトゥス様はオレたちが見えていない情報を基に動いている」

 

 彼らの不可解な行動をイグニスはそう結論づけていた。

 そしてその事実に二人は罪悪感も覚えており、レスタルムで合流したら全て話すと言っていた。

 

「まずは合流が最優先だ。そしてお二人の話を聞いて改めて今後の動向を考えよう。……当て推量だが、単に帝国との戦いには留まらない気もするからな」

「巨神にも襲われたわけだしな。あそこだって打倒帝国だけなら必要ない場所のはずだ」

「とにかくいこーぜ。ここで話しても答えは出ねえだろ」

 

 小難しいことを考え始めたグラディオラスとイグニスの話を遮り、ノクティスが歩き出す。

 どのみち答えはルナフレーナとアクトゥスが握っていて、彼らは話す意思を見せているのだ。

 今はまだ言われるがままで良いだろう。それがルシス奪還への最短であると確信があるのだから。

 

 

 

 ノクティスたちがフォッシオ洞窟を抜けると、吸い込まれるような青空が彼らを出迎える。

 入る時に降り続いていた雷雨はすっかり晴れており、柔らかな太陽の日差しがノクティスたちを包み込んでくれた。

 

「太陽って良いねえ」

「雨より百倍マシだな」

 

 とりあえずどうしたものか、と当座の行き先だけでも考えようとした一行の頭上に大きな影ができる。

 何事かと上を見ると、明らかにルシスのものではない巨大な戦闘機が一直線に飛んで行くのが見えた。

 

「なんだありゃあ?」

「帝国軍のものだろう。……レガリアの状況といい、あまり良い予感はしないな」

 

 グラディオラスの声にイグニスが眼鏡の位置を修正しながら答える。

 その緊張した声に応えるようにノクティスのスマートフォンが鳴り、見るとコル将軍の名前が表示されていた。

 

「はい」

「王子か。イグニスからオレたちの状況は聞かされているか?」

「ああ、レガリアの見張りをしてもらってるって。面倒かけて悪いな」

「いや、構わない。それで悪い知らせだ」

「……今、帝国軍の戦闘機っぽいのが見えた。それ関係か?」

「ご明察だ。十中八九レガリアを運ぶためのものだろう。それともう一つ」

「まだ何かあるのかよ」

「レイヴス将軍が到着した。奴の目をかいくぐってレガリアを奪還するのは至難の業だと言わざるをえない」

 

 レイヴス、という名前が出た瞬間、ノクティスの目が細く鋭くなる。

 かつてテネブラエで療養していた時に顔を合わせたきりだが、今の彼とは敵同士なのだ。

 まして彼の所属する帝国軍はルナフレーナを危険な目にも遭わせている。

 到底許せることではない。何より兄妹なのだ。助け合わないでどうするのだ。

 

 自分にも兄がいるからだろう。アクトゥスが敵に回った未来など考えたくもない、と想像するだけでも指先が凍えるこの気持ちを、ルナフレーナが味わっていると思うと怒りがこみ上げてくる。

 

「――わかった、そっちはオレがなんとかする」

「勝算があるのか」

「巨神と雷神の力を使えば勝てるはずだ。ってか、そんなに強いのか?」

「生き残るだけならまだしも、奴を倒せと言われたらオレでも困難だと言っておく。王都を脱出する際にアクトゥス様も交戦して、辛くも生き延びたという程だ」

「兄貴も戦ってんのか!?」

「ああ、本人曰く、人間業じゃないとのことだ。戦うのならシガイかモンスターを相手にする想定の方が良い」

「……わかった、気をつける」

「では今後の話をしよう。一度合流して作戦会議をしたい。今から指定する場所に向かってくれ」

 

 そう言ってコルは電話越しにある一つの標の名を告げる。

 イグニスの方を見ると取り出した地図に印をつけていた。これですぐにでも動けるようになった。

 

「すぐ向かう。コル以外にも誰かいるのか?」

「何名かいるが、別の場所で斥候を務めてもらっている。王子の合流地点ではオレが出迎える」

「わかった。……あー、コルが今まで何やってたかは兄貴から聞いてる。サンキュな、オレたちに力を貸してくれて」

 

 ノクティスとアクトゥスが自由に動くため、彼が危険な陽動を行っているのは知っていた。

 彼は父王レギスの部下であり、ノクティスの部下ではないことはわかっていたが、それでも彼を労いたかった。

 なので慣れない言葉を使って感謝してみたところ、電話越しから微かに笑い声が届く。

 

「……フ、今までなら考えられないセリフだな、ノクティス王子」

「うっせ、オレなりにやってみたんだよ」

「そのようだ。まだまだ未熟だが、その気概は買ってやる」

「ったく、じゃあ向かうからな」

「ああ、また会おう」

 

 電話が切れたのでノクティスは仲間たちにも同じ内容を伝えていく。

 そして同意が得られたため、一行は指定された標――これから攻めるアラケオル基地にほど近い場所にあるストマキーの標に向かうのであった。

 

 

 

「久しぶりだな。……フ、随分と成長したようだ」

「そりゃどーも。あんたこそ元気そうで良かったよ」

「派手に暴れれば良いだけだからな。意外と気楽にやれている」

 

 とりあえず座れ、とコルに促されてノクティスたちは椅子に腰掛けると、早速話が始まった。

 

「あそこにある基地にレガリアが運ばれたのを確認した。そして戦闘機が着陸したのも確認した」

 

 コルが指差す先にあるのは、昔の戦争時代に用いられた城壁をそのまま基地に流用したと言われている、アラケオル基地がさながら要塞のようにそびえ立っていた。

 バカ正直に正面から攻めようとしたところで、無数の魔導兵にすり潰されて終わる未来しか見えない。

 

「てことは……」

「あまり猶予はない。次に戦闘機が飛ぶのが見えたら、レガリアは取り戻せないだろう」

 

 今ならチャンスはあるということだ。そう言うとコルはイグニスの方を見る。

 

「お前の活躍も聞いている。旅で随分と頭を使う機会が得られたようだな」

「恐縮です」

「今回の作戦はお前に一任する。王子たちの力量を正確に把握しているお前が立案するんだ」

「わかりました。――夜襲を仕掛けようと思います」

「王道だな。魔導兵のセンサーと言えど、夜は多少精度も落ちる」

 

 それにルシスの黒い戦闘装束は闇によく紛れる。

 そして昔の戦争の名残を用いている以上、内部の見取り図も多少は入手できた。

 

「斥候をしてもらったモニカらの情報と、過去の城塞の見取り図を照らし合わせて作成した地図だ。確実と呼べる精度は保証しないが、ないよりマシだろう」

「ありがとうございます。これを使ってレガリアの位置をいくつかに予想しておく。作戦はこの場所を速やかに見ていく形に」

 

 そう言うとイグニスは真剣な表情で地図に目を落とし、やがていくつかの点をつけていく。

 

「その場所を見ていけば良いのか?」

「そうだ。目的はレガリアの奪還になる。万一オレたちが見つかって、騒ぎが本格的になったら速やかに撤退する形にする。ノクト、悪いがその時はレガリアを諦めてくれ」

「失敗しなきゃ良いんだろ。続き、話してくれよ」

「……わかった。コル将軍には陽動をお願いします。オレたちはこちらより潜入しますので、反対側でなるべく派手に」

「了解した。適度に目を引きつけて退却しよう。一時間は稼いでやる」

 

 一時間。それがノクティスたちに許された基地内で行動できる時間。

 それが過ぎたらたとえレガリアの奪還ができずとも、脱出をしなければならない。

 一通り作戦を話し終えたイグニスは再びアラケオル基地に目を向け、見るからに人体に影響のありそうな赤い電波を等間隔にばら撒いている電波塔を見る。

 

「それと将軍。あの電波塔は一体?」

「詳しいところは不明だが、魔導兵のみに機能するフィールドと推測される。あれがある限り、魔導兵の動きは通常より早いと考えて良い」

「わかりました。できるならあれも破壊しましょう。あとは……ノクト、レガリアを奪還するということは、どうやっても最後の最後は魔導兵と戦うことが予測される」

「速やかにぶっ倒して脱出、だろ? 上等」

 

 最低でもレガリアが通れるだけの道がなければ脱出もままならないのだ。

 レガリアのある場所まで潜伏し、見つかったら敵兵を排除して増援が来る前に脱出。

 言葉にすればそれだけだが、全て実行して成功させるのは至難の業。

 その難しさをノクティスはしっかり理解した上で、前に進むことを選ぶ。

 

「どのみち他に選択肢はねえんだ。できるかどうかなんて考えても仕方ねえだろ」

「だな。やってやろうじゃねえか」

「ここから反撃しよう! まだまだルシスは終わってないってこと、見せてやらないと!」

 

 ノクティス、グラディオラス、プロンプトの士気も十分だ。

 それを見たコルは満足げにイグニスの肩を叩く。

 

「……イグニス、オレは配置につく。お前の合図で始めよう」

「……わかりました」

「それと、良く考えられた作戦だ。お前の案で失敗するようなら元より成功の目などなかったと諦めもつく」

「おいコル、変なこと言うなよ」

 

 コルの言葉を耳ざとく聞いていたノクティスがふてくされたように言ってきて、コルは小さく笑う。

 

「フ、そうだな、弱気になっていた。では――また会おう」

 

 それだけ言って、コルは標を去っていく。

 彼はこれより手勢を率いて、イグニスの合図と同時に攻撃を開始するのだろう。

 

「……オレたちも動く。――作戦開始だ」

 

 

 

 

 

 潜入そのものは容易だった。

 元より命のない魔導兵が相手。一体一体が相手ならさほど苦戦もしないそれを、闇に紛れて排除するのは難しくない。

 

「ノクト、前方に一体。その右手に一体。順序よくやれ」

「了解」

 

 イグニスが周囲を俯瞰し、排除すべき敵を見出してノクティスがシフトで音もなく刺し倒す。

 暖かさの宿らぬ機械の命。奪ったところでモンスターを倒すのと何ら変わらない。

 

「眠れ、安らかに」

「あ、ノクトそれゲームのセリフ」

「ちょっと言ってみたかったんだよ」

「少しは緊張感持てよお前ら。敵地だぞ敵地」

 

 基地内部に潜入した彼らのやり取りにイグニスがため息をつくが、ガチガチに緊張されては上手くいくものもいかなくなってしまう。

 危機感がないと言えばそれまでだが、いつも通りの力を発揮するのであればある意味一番良い状態かもしれないのだ。

 

 姿勢を低くして、騒ぎにならぬよう最小限の障害だけをイグニスの指示のもと、ノクティスが片付けていく。

 そんな中、警備の目を避けるようにして入った屋内でイグニスが辺りを見回す。

 

「魔導アーマーの格納庫か」

「こいつらもある程度自動で動くんだったか。中には人力で動かすやつもあるらしいぜ」

「今は動力も入っていない状態だ。見つからない限り動くこともないだろう。……ノクト、マジックボトルをいくつか預けてくれ」

「良いけど、どうすんだ?」

「布石は打っておくに越したことはない」

 

 言いながらイグニスはノクティスから受け取った三つのマジックボトルを持って、闇夜に紛れていく。

 どういう意味だ、と残された三人は顔を見合わせるが、すぐに肩をすくめるに留める。

 我らが軍師の考えはいつだって二手三手先を見据えており、同時に必ず彼らに利するものに決まっているのだ。

 

「待たせた。行こう」

「おう」

 

 だからイグニスがマジックボトルを一つも持たずに戻ってきた時も、何も言わずに迎え入れたのであった。

 そうして彼らは基地内を探索していると、基地の一角で爆発が起こる。

 

「イグニスか!?」

「いや、コル将軍だ。先ほど合図を送った」

「そういえば、入る時には送ってなかったよね」

「当然だろう。警戒の度合いが引き上がった状態で中に入ろうなど愚策だ。やるなら内部に潜入してからと決めていた」

 

 にわかに騒がしくなり、サーチライトの明かりが煌々と地面を照らし始めた基地の中で、ノクティスたちは物陰に身を潜めて魔導兵の動きを見守っていく。

 

「ノクト、奴らが移動したら建物の上からレガリアを探してみてくれ。今なら明るいから見つけやすいはずだ」

「なるほど、了解」

 

 魔導兵の気配が少なくなるのを見計らって、ノクティスは適当な建物の屋根にシフトで移動する。

 そして目当てのものを見つけると同時、面倒だと言うように顔をしかめる。

 

「レガリアは見つけた。けど警備されてるぞ」

「想定内だ。数は?」

「四体で囲んでる感じ」

 

 ノクティスの報告を聞いたイグニスは眼鏡の位置を直しながら、怜悧な目で電波塔を見据える。

 今のところ作戦は上手く働いている。欲をかいて失敗はしたくないが、傾いている流れに乗らない手もない。

 状況など常にうつろう流れのようなもの。波に乗れている間は波に乗るのが正解だろう。

 

 それにレガリアに乗って逃げるタイミングで一度は見つかることが確定しているのだ。その時に殺到するであろう魔導兵の排除を考えると、やはり電波塔は破壊したい。

 

「――電波塔を破壊する。レガリアに乗って逃げる以上、魔導兵を強化する要素は潰しておきたい」

「そいつはわかったが、正面から行くか? 今なら数も少ないから、オレたちだけでもやれると思うが……」

「いや、オレがやる」

 

 グラディオラスの懸念に答えたのはノクティスだった。

 その目には何らかの確信が秘められており、自分ならばできるという彼なりの根拠に基づいた自信があった。

 それを見抜いたイグニスは詳細な方法を問う。

 

「……方法は?」

「六神の力を使う。雷神――ラムウなら力を貸してくれる」

 

 己の中に宿る一端などではない。正真正銘、神々が振るう力がノクティスの意思に応じて振るわれる。

 

「電波塔の破壊ぐらいなら絶対に何とかなる。ただ、規模がマジで読めねえ」

「六神と言うくらいだし、毛色は違えどタイタンと同等程度と考えるべきだろうな」

「それ、地形が変わっちゃわない?」

 

 地形が変わるどころか、この基地が原型を留めるかも怪しそうである。

 タイタンの力と言ってもカーテスの大皿で見たのは彼がメテオを支えながら、自由な片腕と足で暴れていただけに過ぎない。

 もし彼が五体満足で十全に四肢を操れたとしたら、間違いなく自分たちはカーテスの大皿の赤い染みになっていただろう。

 

「……なんとか加減して電波塔だけに押さえるよう言うだけ言ってみるわ。ラムウなら話を聞いてくれそうだし」

「個人的にはあまり不確定な要素に頼るのは好みではないが……わかった。念のためコル将軍に撤退の指示を出してから行おう」

 

 電波塔への道は一本道で、魔導アーマーに魔導兵がうようよと配備されている。

 陽動でコルに起こしてもらった爆発にも動かないのだから、おそらく電波塔の警備が最優先であると命令されているのだ。

 他の手段を模索しようにも、レガリアを奪取して脱出する方法と噛み合わない。

 こちらの被害を減らそうと迂遠な手段に出れば時間が足りなくなる。かと言って正面突破をするのなら一行にかかる負担が大きい。

 

 いっそ電波塔を無視することも選択肢にはあるが、魔導兵が最優先で守っているものを放置して逃してくれるのかという疑念は消えない。

 

「――ノクト、頼む。今ある手札で電波塔を安全かつ迅速に破壊する道筋が、オレにはつけられない」

「ま、もともと無理言ってたしな。ここはオレに任せろって」

 

 この少人数でここまで帝国軍の奥深くに潜り込めた。それだけでイグニスは己の仕事を十全に果たしている。

 ならばいい加減、自分たちもただついてきているだけではないところを見せてやらねば。

 

「んじゃ、始めるぜ。動けなくなるから見つかったら頼む」

「了解した。全員、ノクトを守るぞ」

 

 うなずき、三人がノクティスをかばうように立ったところでノクティスは準備を始める。

 己の内側に眠る雷神の力を媒介に、すでにここではないどこかへ還っていったラムウに呼びかける。

 

 その瞬間、ノクティスを除く三人は魔力に疎い身であっても感じられる凄まじい魔力の奔流に総毛立つ。

 

「――っ、これは!?」

「ノクトの力!? オレたちでもわかるぐらいビリビリ来てる!」

「よそ見すんな、魔導兵が気づいたぞ!!」

 

 人間にも気づくほどの魔力。帝国軍が気づかないはずもなく、数こそ多くないが魔導兵が向かってくる。

 先制攻撃とばかりに発泡したプロンプトの一撃を機に、敵の攻撃も始まっていく。

 イグニスとプロンプトが応戦し、グラディオラスはノクティスの守護に専念することで時間を稼ぐ。

 

「おいノクト、長時間はやべえぞ!!」

「――――」

 

 グラディオラスの警告もノクティスには届いていない。それほどの深い集中に入っているのだ。

 ただ総身から魔力を漲らせ、その場に佇むばかり。

 

 グラディオラスは何かを言おうとして、やめる。

 ノクティスは何らかの確信を持ってこの方法を選んだ。

 それが王にしかわからないものであっても、彼が決断したもの。ならばその決断を守らずして何が王の盾か。

 そうして彼らが奮戦し――王はその期待に応える。

 

「――来い!!」

 

 ノクティスが叫ぶと同時、いつの間にか空を覆っていた曇天から巨大な手が伸ばされる。

 タイタンのそれに勝るとも劣らない大きさの手が、綿菓子を包むようにノクティスたちをひとまとめに掴む。

 

「なんか最近大きなものに掴まれることが増えてるんですけど!?」

「今度は味方らしい。良かったな」

「シガイよりはマシだけどさあ!?」

 

 何やら賑やかなプロンプトはさておき、手の主を探して振り返ると、そこには空から地に届きそうな程の長い髭を蓄えた老爺がいた。

 老爺――ラムウはノクティスたちを慈しむような目で一瞥した後、彼らを守る手とは別の手に持つ杖を振りかぶる。

 

 鋭く、細い杖。何かを突き刺すためにも見えるその杖に、雷雲から複数の紫電が奔る。

 それは杖から放電されることなく全てが蓄えられ、まばゆい雷光が天を焦がす。

 ラムウはゆっくりと雷鳴を貯めたそれを振りかぶり――王の道を阻む不届き者へ裁きの雷を見舞った。

 

 瞬間、およそ人の身には理解できぬほどの電流が地面を真っ赤に溶かし、小規模のフレアすら発生させる程の熱を生み出す。

 尋常の生物なら――いいや、強力なシガイであっても何が起こったかわからず絶命する雷は、恐ろしいことに一瞬で終わらなかった。

 

 一つの城であろうと神の暴威の前に意味などない。むしろそれは振るわれた暴威を閉じ込める結果になり、いたずらに被害を増やすだけになる。

 当然、彼らが破壊しようと考えていた電波塔など物の数にも入らない。裁きの雷の前にその鋼鉄の体をドロリと溶かし、屈服するように折れ曲がっていた。

 

 そして雷が消えると同時に彼らは地面に下ろされ、基地の一角を文字通り蒸発せしめた神の雷霆に驚愕するのであった。

 

「すっごい……これが、神さまの力……」

「……あの電波塔だけ壊したいって言ったから、力をセーブしてたのか」

「え、ウソ!? あれで!?」

「本気だったら基地ごと吹っ飛んでる」

「レガリアも吹っ飛ぶじゃん!」

「だから手加減しろって願ったんだよ。まあ良いや、ほら行くぞ」

 

 さっさと歩き始めたノクティスを追いかけ、イグニスがその隣に並ぶ。

 

「ノクト、消耗は?」

「全然、って言いたいけどしばらくやりたくねーわ」

 

 肉体や魔力の消耗ではなく、恐ろしい集中に入ることによる精神の消耗だ。

 あれほどの集中、狙ってやろうとすればひどく消耗するのは間違いない。軽い気持ちで召喚という選択をしたことを後悔しているくらいである。

 

 だがこれで全ての障害は排除できた。あとはレガリアを回収するだけ――

 

 

 

「――久しぶりだな、ノクティス」

「……レイヴス」

 

 レガリアの前に来たノクティスたちを迎えるように、ニフルハイム帝国の戦闘装束である白い服に身を包んだ青年――レイヴスが姿を現す。

 

 その瞳に宿る感情は紛れもない怒り。剣呑な気配を隠そうともしない彼を前に、ノクティスたちは無言で警戒の姿勢を取るのであった。

 

 戦いはまだ、終わらない――




ラムウの啓示を受けたことによる詳しいメリットはまた次回。
そしてエピソードイグニスのトレーラーを見てアクトの戦闘方法が潰されてしまったのが悲しくも嬉しい。
魔法剣士スタイルにするか考えていたのにどう見てもイグニスの方が格好良く魔法剣使ってるじゃないですかヒャッホイ!

まあアクトの戦闘方法は一つしか考えてなかったわけじゃないので、別に問題ないと言えば問題ありませんけど。


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レイヴスとの邂逅

あけましておめでとうございます。なんとか続けていこうと思っていますので、今年もよろしくお願いいたします。


 こちらに歩み寄ってくるレイヴスを前に、ノクティスは一歩を踏み出そうとして踏みとどまる。

 今の彼に詰め寄るのは簡単だが、それを許さない怒気がレイヴスの総身から溢れていた。

 仲間たちが静かに戦闘態勢を取る中で、ノクティスは前に出る。

 

「雷神の啓示――それに巨神の啓示も受けたか」

「だからなんだよ」

 

 応えたノクティスの喉元に剣が突きつけられる。

 およそ目に見えない速度での抜刀。誰も目で追うことすらできなかったそれを、レイヴスは怒りのままに突き出す。

 

「それが何を意味するかもわからない。……いや、お前の兄はあえて黙っているのだろうな」

「……兄貴のこと、知ってんのか」

「同情の一つもするとも。――どれほど切望しても手に入らないものが身近にあるどころか、そのための礎になれと古き神々に課せられているなど」

「どういう意味だ」

「言ったところで何も変わらん」

 

 自分の知らない兄のことを知っている。その事実にノクティスは苛立った声を出すが、レイヴスは取り合わない。

 

「それに――あの程度の力で満足するような男に未来など必要ないだろう」

「な――」

 

 あの程度。そう言ったのか、この男は。

 雷神の力は正しく地を割り天を裂き、星を揺るがす大いなる神威であったというのに、それすらも彼のお眼鏡に適うものではないのか。

 

「おい、誰が無力だって?」

 

 ノクティスを庇うようにグラディオラスが立つ。

 レイヴスの言っていることは半分も理解できないが、彼がノクティスをあざ笑っているのはわかった。

 ならばそれに怒らずして王の盾は名乗れまい。彼が守るのは身体だけでなく心も含まれるのだから。

 

「盾のつもりか」

「ウチらの大将をバカにされて黙っちゃいられねえってな」

「ハッ――脆い盾にそれができると?」

 

 剣を振りかぶり、振り下ろす。

 剣に何か特殊な力が秘められているわけではない、むしろ質としてはハンターの使う数打ちのそれより劣るもの。

 だが、ニフルハイム帝国将軍の手にあるだけで――それはいかなる障害も粉砕する利剣と化す。

 

「このっ! ……っ!?」

「それで防いでいるつもりか?」

 

 当然、受け止めることなど能うはずもなく。

 体格も良く、膂力だって一行の中では間違いなく一番。ノクティスが両手で扱う剣を片手で軽々と扱えるほどだ。

 しかし、その彼が両手で踏ん張っても、レイヴスの片手すら受け止められない。

 

「ぐ、お……っ!?」

「無力とは憐れなものだ。私も――お前も」

 

 剣を横に動かすと、グラディオラスの身体も容易に傾ぐ。

 全力で耐えようとしていた彼の身体を、苦もなく動かしたレイヴスは肘鉄をグラディオラスの腹部に見舞う。

 

「がっ!?」

「グラディオ!!」

 

 面白いようにグラディオラスの巨体が飛び、受け身すら取れず地面に叩きつけられる。

 あれはマズイ落ち方だ、とプロンプトでも察せられたそれを見て、ノクティスの顔が怒りにゆがむ。

 

「ッ、テメェ何やってんだ!!」

「なに、とは。――敵国の旗印である王子を倒そうとするのが不思議だと?」

「兄貴が妹に剣を向けてんだぞ!! その意味わかってんのか!!」

 

 レイヴスの妹であるルナフレーナはルシスの側について、アクトゥスと行動をともにしている。

 だというのにこの男は未だニフルハイム帝国にいて、ルナフレーナに剣を向けているのだ。

 到底許せることではなかった。同じ兄を持つ身として、彼の行動はノクティスの許容を超えていた。

 

 その言葉を聞いて、初めてレイヴスの剣が揺れる。

 だが、それも一瞬。次の瞬間には再び敵意に満ちた瞳でノクティスを見据える。

 

「王族において、兄弟同士の骨肉の争いなど珍しくもない。だが、そうだな――」

 

 

 

 ――お前が死んだら、全て丸く収まるやもしれぬ。

 

 

 

「……ッ!」

「試してみるか。ここで死ぬようなら、それが世界の運命だ」

「――上等だ。テメェの面殴り倒して、ルーナの前に連れて行ってやるよ!!」

 

 ファントムソードを全て召喚し、ノクティスはレイヴスと相対する。

 王を守るように付き従う四つのファントムソードと、ノクティス自身の持つ槍。計五つの武器を構え、ノクティスはレイヴスに攻撃を仕掛けるのであった。

 

 

 

 

 

「――プロンプトはグラディオの回復を! ノクト、奴の挑発に乗るな! 目的はレガリアの奪還だ!」

「どのみちコイツ倒さねえと無理だろうが!!」

 

 ノクティスの魔力が込められることで賦活剤としての効果を発揮するフェニックスの尾を片手に、プロンプトがグラディオラスに近寄るのを横目にイグニスはノクティスを見る。

 ルナフレーナのこともあり、完全にキレている。今の彼に自分の声は届かないだろう。

 ならばそれも踏まえて現状での最善は何か、とイグニスは戦い始めたノクティスとレイヴスの戦況を見ながらひたすら頭を回転させる。

 

「――プロンプト、グラディオを起こしたら後ろから援護を。グラディオ、厳しい役目を頼む」

「――いや、いいさ。だいたい何やれば良いってのはわかってる」

 

 活力を取り戻したグラディオラスが再び大剣と盾を持ち、立ち上がる。

 そしてイグニスもまた自らの武器である短剣を二振り構え、レイヴスを睨む。

 

「戦況は――ノクトが不利。行くぞ!!」

 

 イグニスたちの声が後ろに聞こえる中で、ノクティスは自身の衝動の赴くままにファントムソードを操り、槍を振るう。

 

 ――届かない。

 

 信じがたいことに、レイヴスはその超人的な体捌きでノクティスの持つ槍はおろか、四方八方から乱れ飛ぶファントムソードすら全て叩き落としていた。

 

「この程度か、神々に選ばれし王の力は?」

「まだ、まだぁっ!!」

 

 意識を加速させる。タイタンの時と同等、ないしそれ以上に思考が白熱し、余計なことを考える力が消えていく。

 だが、当たらない。ファントムソードの切っ先が全てわかっているようにレイヴスが身を翻すと、さっきまでいた場所にファントムソードが虚しく地面に刺さっていく。

 

 信じられない、という驚愕がノクティスの脳によぎる。ファントムソードをいくらか集め、六神の加護も二柱まで受け取った。そして己の戦闘経験も積んだ。

 ルシスを出発した時点とは比べ物にならないだけの実力が身についたと自負しているし、それは間違いないはずだ。

 

 だというのに、かすりもしない。もはや常人どころかノクティスの戦い方を知っている仲間ですら迂闊に踏み入れない程の速度になっているというのに、レイヴスは全て見切っていた。

 やや失望の色をにじませるレイヴスは軽くため息混じりに剣を振るい、打ち合ったノクティスを大きく吹き飛ばす。

 

「これならまだお前の兄の方が脅威だった。あれはこと手札の数という意味では驚異的だった」

「だったら――これならどうだ!!」

 

 修羅王の刃を大きく振りかぶり、裡に宿る巨神の力とともにシフトブレイクを発動する。

 巨神の腕がノクティスの武器の軌跡に沿って薙ぎ払われ、軌道上にいたレイヴスを殴り飛ばす。

 しかし驚くべきことに、レイヴスはその腕を正面から受け止めた。

 

 一瞬だけ義手となっている機械腕から光が発せられると、レイヴスの力が増幅したのか巨神の腕を剣一本で払い除けたのだ。

 

「なっ――」

「……さすがに、巨神の力は少々厄介か。だが見る限り連発はできまい」

 

 巨神の加護も載せた一撃を防がれたノクティスは、無防備な姿をレイヴスの前に晒すしかない。

 当然、その隙を逃す理由もなく、レイヴスは剣を構え――

 

 

 

「させるか、よぉっ!!」

 

 

 

 横合いから飛び出してきたグラディオラスの渾身の一撃により、僅かにその軌道をそらされた。

 大の男が全力を込めた一撃でも、ほんの僅か。それがグラディオラスとレイヴスの力量の差を如実に物語っている。

 

 だがグラディオラスの闘志に衰えはない。守るべき王を後ろに隠し、盾と剣を構えて王を害そうとする敵の前に立つ。

 

「脆き盾がまだ立つか。力の差も理解できぬと見える」

「んなこたぁ身に染みてるよ。――それでも退けない時があるってだけだ」

「グラディオ! 大丈夫なのか!?」

「身体に問題はねえ。だからお前もちっと落ち着け。レガリアの奪還が最優先、だろ?」

 

 グラディオラスの言葉にノクティスはハッと目を見開き、思考を冷やすようにかぶりを振る。

 

「……そうだったな。けど、お前だけに良いカッコはさせらんねえ」

「言うじゃねえか。じゃあこうすっか――お前は右腕を、オレは左腕を抑える。やれるか?」

「オレ一人で十分――って言えりゃ格好つけられたんだけどな」

 

 ファントムソードを扱い、六神の力を振るい、それでも決定打を与えられていないのだ。

 悔しいが自分とレイヴスにはそれだけの差があると認めざるをえない。

 その事実は歯噛みするほどに苛立つが、苛立たて力量差が埋められるなら苦労はない。

 

 まず、イグニスとプロンプトは前に出せない。正規の戦闘訓練を受けていないプロンプトではレイヴスの足止めもできないだろうし、頭脳の要であるイグニスが倒れたらそれこそ最悪。脱出のタイミングも指示も何もできない彼らなど烏合の衆とさほど変わらなくなる。

 

 やるべきは王の力と六神の力を振るうことができ、最大戦力であることが疑いようのないノクティスと彼を守ることが役目であるグラディオラスの二人だけだ。

 そしてなすべきことはレガリア奪還の時間を稼ぐこと。イグニスは時間を稼げと言ったのだ、ならばそこに理由があると信じて戦うよりほかない。

 

「遺言は終わったか?」

「ああ、時間稼ぎに付き合ってもらって悪いな」

「気にするものか。――羽虫の悪あがきなど、何の意味もない!!」

 

 レイヴスの右手にある剣が振るわれ、グラディオラスに迫る。

 グラディオラスはそれを受けず、大きく横に飛んでその刃の範囲から逃れた。

 

「臆したか!」

「バカ言うんじゃねえ! そっちは対応が違うってだけだ!!」

「剣を持つ腕はオレが止めるってな!!」

 

 レイヴスの剣に合わせるようにノクティスが大剣と豪腕をまとったシフトブレイクがぶつかり、レイヴスが弾かれたように吹き飛ばされる。

 十全な姿勢で迎撃されたのならともかく、誰かを攻撃しようとしているところに巨神の豪腕を当てれば後退させることはできるらしい。

 

 盛大な舌打ちとともに体勢を整えたレイヴスが再び突っ込んでくると、ノクティスとグラディオラスはそれぞれが左右に分かれて片方の腕を担当する。

 義手に力を込めると、グラディオラスが邪魔をしてくる。

 今はまだ脆い彼の力程度、義手であっても受け止めて薙ぎ払うことは容易だが、それをしている間にノクティスが六神の力を込めた攻撃をしてくるだろう。

 彼ら一人一人より力量が優れている事実はあっても、六神の力が直撃して無事でいられると思うのは自信を通り越した自惚れだ。

 

 そして剣を振るおうとすると、ノクティスが空中に待機させ続けているファントムソードの連撃と巨神の豪腕を伴ったシフトブレイクが襲いかかる。

 ノクティスもグラディオラスも一人ずつ相手になるならばレイヴスは苦もなく突破する。ただの二人がかりでも各個撃破は容易だ。

 だが、完全に息の合った連携を見せる二人が相手だと、多少は手こずることを認めざるを得なかった。

 

「――チィッ、厄介な……!」

「おっと、多少は意趣返しできたかね。じゃあ――」

 

 グラディオラスは後方で睨みつけるように状況の推移を見守っているイグニスに目配せを送る。

 彼からの返答は――首肯。つまり脱出の準備が整ったということ。

 

「ノクト!!」

「はいよ!」

 

 グラディオラスとイグニスのやり取りを見ていたノクティスも反応し、追撃を避けるべく槍を手元に用意する。

 

「ついでに拝んどけ――雷神の力だ!!」

 

 槍の先端よりほんの僅か、紫電が迸ったのをレイヴスは見逃さなかった。

 迎撃するか、先んじて出を潰すか、様々な方法が瞬時にレイヴスの脳裏をめぐり、最適と思われる行動を取る。

 すなわち――機械仕掛けの義手を前に出して防ぐ姿勢だ。

 

 防御の姿勢を取ったレイヴスめがけて、ノクティスは槍を振りかぶってシフトブレイクを行う。

 彼我の距離を一瞬で詰めて行われる攻撃を前に、レイヴスは義手を前に突き出し――

 

 

 

 槍から放射状に放たれた雷を前に、義手を破壊されながらも前進してきた。

 

 

 

「な――!」

「防御に回る、などと思っていたか?」

 

 レイヴスの考えていることなど、最初からノクティスを倒す、あるいは殺すことだけだ。

 故に今回の行動も相手に防御をする、と誤認させるために過ぎない。

 避けるか、迎撃ならば可能だったが、それをすればノクティスたちも警戒する。ファントムソードを従えたノクティスを正面から打倒するのは――一騎打ちなら可能だろうが、仲間もいるこの状況は少々厳しい。

 

 ならば多少の傷を負ってでも不意を突ける方がレイヴスにとって都合が良い。

 そして今、レイヴスの策は成り、無防備に驚愕の顔を晒しているノクティスに剣を突き立てようと――

 

 

 

「後ろにシフト。武器は用意してある」

 

 

 

 ノクティスの身体は後方に飛び、レイヴスの剣は空を切った。

 

「なにっ――!?」

 

 完全に殺せるタイミングの一撃が避けられたことと、その方法にすぐ思い至ったレイヴスの顔が屈辱と驚愕に歪む。

 そして顔をあげると、レイヴスの予想通りの人間がノクティスの前に現れていた。

 

 ノクティスも聞こえた声から反射的にシフトしたためか、体勢を崩して尻もちをつきながら呆然と顔を上げる。

 

「兄、貴?」

「よう、久しぶりだな」

 

 どちらも父親似なのだろう。ノクティスがもう少し明るい性格になり、笑みを絶やさないようになればこんな顔になる、と思う容姿の青年。

 ノクティスの実兄――アクトゥスがそこにいた。

 

「兄貴……ルーナは!?」

「真っ先に聞くことがそれかよ。ここにはオレ一人で来た。ルナフレーナは離れた場所でモニカたちに警護させてる」

 

 アラケオル基地攻略に際し、アクトゥスはノクティスに連絡した後でコルと連絡を取り、援護の手はずを練っていたのだ。

 結論として、シフトの扱いに熟練している彼が単騎でアラケオル基地に潜入し、ノクティスの援護を行った後に離脱するという流れになっていた。

 そしてやってきたアクトゥスはレイヴスと相対し、その手に双剣を握る。

 

「アクトゥス……! 貴様、我が妹に何をしたかわかっているのか!!」

 

 レイヴスはアクトゥスを睨みつけると、ノクティスに向けていた時以上の憎悪を込めて剣を構える。

 

「――当然。オレが神凪と真の王の使命を知らないとでも?」

「貴ッ様ァァァァァァァァ!!」

 

 もはやレイヴスの激昂は言葉を交わせる状態にない。今の彼は痛みも覚えず怨敵を殺すためだけのバーサーカーに等しい。

 アクトゥスはそんなレイヴスを見て――迎撃の姿勢を取った。以前の戦いで力量差を嫌というほど思い知らされているにも関わらず、だ。

 

「ノクトは下がれ。ここはオレが引き受ける」

「兄貴!!」

「これはオレの問題だ! グラディオラスを連れてイグニスの元に行け!!」

 

 ノクティスが答えるのを待たず、アクトゥスは双剣を振るってレイヴスの剣を受け止める。

 グラディオラスですら軽々と片手で吹き飛ばす剣を、アクトゥスはありったけの魔力を込めた腕で押さえ込む。

 当然、代償は軽いものではなくアクトゥスの顔は途端に苦しげなものになる。

 

「ぐ……っ!」

「お前が……!! お前さえいなければ妹が余計に傷つくことなどなかった!!」

「がっ!?」

 

 剣を防ぐだけで手一杯となり、がら空きだった腹部にレイヴスの蹴りが容赦なく叩き込まれる。

 骨だけでなく内臓にもダメージを負ったのか、口から血を吐きながらアクトゥスの身体が宙を浮く。

 

「こ、のっ!!」

 

 アクトゥスは痛みなどまるで感じていないような動きで身を翻し、空中で片手剣を握る。

 そして短距離の瞬間移動でレイヴスに距離を詰めると、空中に留まったまま斬りかかっていく。

 

「ハッ!」

「ヌルい!」

 

 上段からの攻撃をレイヴスは苦もなく避けると、反撃の刃がアクトゥスの首を狙う。

 アクトゥスも空中で身を翻してそれを回避し、レイヴスの眼前に懐から取り出したマジックボトルを投げる。

 

「同じ手は二度食わん!!」

「お前人間か本当に!?」

 

 魔法が炸裂する前にマジックボトルを切断する――のではなく、手首を柔らかくしならせて手に持つ剣でボトルの勢いを絡め取ると、アクトゥスに向けて放り返したのだ。

 守りの指輪を装備しているアクトゥスに魔法そのものは効かない。しかし、魔法の爆炎はアクトゥスの視界を塞ぐのに十分な役割を果たす。

 

 アクトゥスの眼前でマジックボトルが炸裂し、込めておいたブリザガの魔法が吹き荒れる。

 局地的なブリザードすら作り上げる大型魔法はノクティスたちにも影響を与えるが、彼らは速やかにイグニスたちのいる場所まで下がることで魔法の範囲から逃れていた。

 だが、ブリザードの中心にいるアクトゥスはどうしようもなかった。

 

「……っ!」

「――終わりだ」

 

 重力に従い落ちるばかりのアクトゥスの身体を、レイヴスが追いすがって切り捨てようとする。

 しかし己が危機に陥ることも予測していたのだろう。アクトゥスは後ろ手に隠した短剣を適当な方向に投げてシフトで難を逃れる。

 とはいえ大きく消耗したのは確からしく、ロクに着地もできず無様に地面を転がって体勢を立て直していた。

 

「兄貴!!」

「ったく、少しは弟に良い格好しておきたかったんだけどな」

 

 弟の心配する声になんとか平常通りの返事をしながら、アクトゥスは口から血を吐いて息を整える。

 そんな彼の頭上に一つの影が迫り、彼を見下ろして言葉を発した。

 

「よく言う。貴様、これは贖罪のつもりか?」

「――――」

 

 その時、アクトゥスが呟いた言葉は余人に聞こえるものではなかった。

 単なる痛みに喘ぐ声だった? いいや、それは明確に動揺を露わにしたレイヴスの表情が全て語っている。

 

「待て。貴様、それはどういう――」

「知りたきゃ、オルティシエに来い」

 

 その言葉を最後に、アクトゥスは再びシフトで距離を取る。

 内臓を傷つけた苦痛は今なお鮮明だろうにおくびにも出さず、彼はイグニスの方を見る。

 

「時間稼ぎはまだなのか!! いい加減オレも脱出したいんだが!!」

「もう少し待ってください! そうすれば――」

 

 

 

「――そうすれば、なに?」

 

 

 

 戦場におよそ似つかわしくない、穏やかにすら聞こえる声が響く。

 声量は決して大きくなかった。にも関わらず、誰もがそちらに視線を向けてしまう何かがあった。

 彼らの視線の先には――一人の伊達男がマジックボトルを片手で弄びながらやってきていた。

 

「アーデン……!」

「これ、君たちのでしょ? まず見つけにくい場所に一つ。それを発見させて安堵すると気づけないものが一つ。よく考えられてると思うよ? ――初めてにしちゃ上出来だ」

 

 そう言ってアーデンはイグニスに向かって、解除済みのマジックボトルを二つ投げ渡す。

 イグニスは苦々しい顔でそれを受け取り、アーデンを見る。

 

「……やはりお前が裏にいたか」

「まあね。そこの軍師クンとかは抜け目なさそうだし、軍の指揮も将軍任せじゃ彼の負担が大きいでしょ?」

「フン、そのよく回る口をカリゴやロキに向けたらどうだ」

「それ君の部下じゃん。だったら君を直接口説くって。それと――そこのお兄さん、殺してもいいよ」

「テメ――ッ」

 

 あまりにもあっさりと告げられたアクトゥスの殺害命令に、ノクティスが制止の声を上げようとする。

 しかしアクトゥスはすでに後方へシフトを行い距離を離しており、潜入する際に使用した武器を残しておいたのだろう。武器を投げる動作を廃した連続シフトで瞬く間に基地から脱出していた。

 

「ホント、厄介だよねシフトの使い手は。ああ、将軍。別に追いかけなくてもいいよ、無駄だろうし」

「わかっている。ルシスではそれで煮え湯を飲まされた」

「一応立てておいた対策も無駄になった感じ? ま、次頑張ってよ」

 

 あくまでも飄々とした態度を崩さないアーデンにレイヴスは盛大に舌打ちをすると、武器を収める。

 

「将軍は一度本国に戻りなよ。その義手、すぐには直せないでしょ?」

「オルティシエに行くまでには間に合わせる」

「泣くのは技師なのに。わお、ひどい上司」

 

 アーデンの揶揄に答えることなく、レイヴスは背中を向ける。

 彼の姿を気にした様子もなくアーデンはノクティスたちを見ると、微笑んで話しかけてきた。

 

「ああ、君たちも行っていいよ。オレ、今の君たちに興味はないんだ」

「何を企んでいる」

「別に何も? 言ったじゃない――今の君たちに興味はないって」

 

 お前たちは未だ掌で踊っているに過ぎない。そんな言葉にノクティスは激昂しかけるが、不意に浮かんだ疑問がそれをかき消す。

 

 

 

 そもそも――イグニスが最初に持っていったマジックボトルはいくつだ?

 

 

 

「腹立たしいが、認めざるを得ないだろう。アーデン、お前は知略という点で明確にオレより上だ」

「ま、年の功ってやつさ」

「それもあるだろうし、場数もある。あるいは単純に才能の違いかもしれない」

 

 作戦を練るには膨大な知識と、その時々で違うであろう条件を全て活用する知恵の両方が必要になる。

 イグニスから見て、帝国宰相であるアーデンは双方で自分を上回っていると認識していた。それはカーテスの大皿の時からである。

 

 そう、イグニスは知恵比べという分野でアーデンに勝てないと誰よりも早く認めていた。

 

 

 

 ――だから彼を出し抜く対策を講じていないはずがなかったのだ。

 

 

 

 突如、魔導アーマーの格納庫から爆炎が巻き起こる。

 レイヴスとアーデン、双方の視線が動いた瞬間、イグニスが叫ぶ。

 

「今だ!! レガリアに乗り込め!!」

「――ッ!!」

 

 ノクティスとグラディオラスは脳裏によぎる疑問を一端横に置いて、プロンプトと一緒にレガリアに飛び乗る。

 そしてすでにエンジンを動かしていたイグニスが全力でアクセルを踏み、レイヴスとアーデンを横目に基地からの脱出を果たすのであった。

 

 

 

 

 

「……なるほど。結構良い思い切りしてんだ、あの軍師クン」

「どういうことだ、アーデン」

 

 格納庫の消火を魔導兵に任せ、レイヴスとアーデンは逃走したレガリアを見送りながら言葉を交わす。

 追いかけるつもりはない。アーデンは彼らを見逃すために来たのだし、レイヴスはアーデンの前で力を振るうつもりはなかった。

 

「言ってたでしょ、オレと彼じゃ参謀としてのレベルが違う。そういう教育を受けてきただけの子供と、帝国宰相のオレじゃ天地の差だ」

「だが、現にお前は一杯食わされた」

「向こうも正しく認識してたのさ。実力差は明白。けどやらなければならない。じゃあ取れる手は決まっている――」

 

 

 

 

 

「運任せぇ!?」

 

 青空の下をレガリアで気持ちよく走っている中、プロンプトの素っ頓狂な声が響く。

 どのような手品でアーデンを出し抜いたのか聞いてみたところ、イグニスはしれっとそのようなことを言い放ったのだ。

 ノクティスらももっと論理的な理由だと思っていたのか、驚いた顔でイグニスを見ていた。

 

「言っただろう。アーデンとオレでは格が違う、と。そして格の低い側がオレになる」

「ま、まあそりゃ帝国宰相とお前じゃ仕方ねえよ」

「策謀での勝負はどうあがいても知識と知恵の比べ合いだ。まともに勝負する限り、オレに勝ち目はない」

「じゃあ、まともに勝負しないってこと?」

「そういうことだ。オレが知略の限りを尽くしてマジックボトルを二個隠す。もう一つは――適当に転がしておいた」

 

 物を隠すということは、人間の意思が介在するということ。意思が介在する以上、隠し場所にも一定の法則が生まれてくる。

 そしてイグニスの方法ではおそらく発見されるだろう、と彼は分析していた。そしてそれは正しく、アーデンが持っていた二個のマジックボトルで証明された。

 

 だからこそ奇手を打つ。ただ単に魔導兵に見つかって終わるかもしれない。普通に探せば見つかってしまうかもしれない。

 しかし――運が良ければアーデンにも気づかれることはない。

 

「知識で上回る必要も、知恵で上回る必要もない。――ただ運で上回っていれば良いんだ。オレは賭けに勝った、ということだ」

「何もかも計算済みだ、みたいな顔してしれっと伸るか反るかの大博打してたわけかよ」

「そうとも言うな」

 

 心臓に悪い、というのがイグニスを除いた面々の感想だった。

 イグニスは特に悪びれることもせずに眼鏡の位置を直すと、再びレガリアの運転に集中する。

 

「危地を逃れたのだから良いだろう。それよりレスタルムに行くぞ。――そこでアクトゥス様と合流だ」

「さっきも顔を合わせたけど、いよいよだね」

 

 プロンプトの言葉を聞いて、ノクティスの脳裏に色々な言葉が生まれては消えていく。

 兄に会えることへの喜び。ルナフレーナと会える喜び。今、自分が置かれている状況の答え。

 

 大半の事実がハッキリするのだろう。そしてその上で何をすれば良いのか、再び考える必要がある。

 

 ここからは自分たちの手で状況を動かすのだ。その決意を込めて、ノクティスは拳を握るのであった。




レイヴス戦再び。一騎打ちなら今のノクティスだろうとぶっ飛ばせる人として設定しています。

他の将軍みたいに魔導アーマーに乗らない理由? 自分の手でぶん殴った方が早いし強いという身も蓋もない理由。

次回からチャプター6に入ります。ここからアクトゥスルナフレーナ組と合流して、サブクエストも一杯こなす流れになります。
……長くなりそうだあ(震え声)


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チャプター6 ―奮起と合流―
合流


 アラケオル基地から脱出したノクティス一行は憂いなく兄たちと合流すべくレスタルムに向かい――その途中の標で休息を取っていた。

 

 なにせ今日の彼らは午前に雷神の啓示を受け、その足でアラケオル基地の強襲、レガリアの奪還まで行ったのだ。

 しかもレガリアの奪還ではレイヴスとの戦闘という修羅場もくぐっている。脱出した当初は作戦が上手くいった高揚感で疲労を無視できていたが、すぐにそれは噴出した。

 

「悪いなノクト。早く合流したかっただろう」

「いーって。オレも疲れたし」

「ほとんど徹夜で動いていたからな。作戦前に仮眠は取ったが、そんだけだ」

 

 ファントムソードを駆使してレイヴスとの戦闘を見事生き抜いたノクティスも、そんな彼を守り抜いたグラディオラスも、一行の生き残る道を常に考え続けたイグニスも、彼らに遅れを取るまいと必死に走っていたプロンプトも、全員が疲労困憊の状態だった。

 

 このままではレスタルムに着く前に事故を起こしかねないということになり、標で重い身体を引きずってキャンプをしている次第である。

 

「メシはどうする? レトルトでもいいぞ」

「おっと、オレのカップヌードルの出番がきたか?」

「……いや、気遣いはありがたいが、作らせてくれ。無性にエボニーコーヒーと合うケーキが食べたいんだ」

 

 そう言ってイグニスは小麦粉に卵、甘リード芋というデザート用の非常に甘い芋を取り出すと調理を開始する。

 

 まず卵の卵黄と卵白を分け、卵黄の中に小麦粉と砂糖代わりにおろした甘リード芋、水を入れて混ぜていく。

 本当なら牛乳が使いたかったが、旅で保存のきかないものを持ち歩くのは難しいため、今回は甘リード芋の底力に期待して諦める。

 

 均一になるように混ぜた後、卵白を手早く混ぜてメレンゲを作る。ここのメレンゲ作りをいかに妥協せずに作るかが今回の目的――ほっこりシフォンケーキのほっこり加減に関わってくるのだ。

 故に妥協はしない。今作っているのは自分の好物でもあるのだ。材料で妥協せざるを得ない事情がある以上、他の部分では徹底的にこだわり抜く。

 

「もうここで燃え尽きても良い……!」

「ねえ、なんかイグニスが変なこと言い出してるんだけど」

「あいつも疲れてんだろ」

「昔っからたまーに、妙な方向に執着燃やす時があるからな」

「そっかー……」

 

 そしてその時のイグニスは大体押しが強いので、言うとおりにしておくのが吉である。

 幼い頃からの付き合いであるノクティスとグラディオラスはうんうんと訳知り顔でうなずき合い、手を触れない方向で結論付ける。

 これは深入りしない方が良さそうだ、と察したプロンプトもこれ以上の追求はやめておくことにした。美味しい食事が出る分には構わないのだ。

 ……それはそれとして珍しい姿なので写真には収めておいたが。

 

「さあ完成だ。名付けてほっこりシフォンケーキ。生クリームを添えて食べてくれ」

 

 固くなりすぎない程度にホイップした生クリームが添えられた、ふんわりと目に優しい卵色のシフォンケーキ。見た目だけでもう仄かな甘さが漂ってきそうだ。

 

「待ってました! へへ、たまにはこういうのも良いよね!」

「甘いものは活力にもつながるしな。さすがに今日こってりしたのはオレでもキツイ」

「そういやグラディオ、怪我とか大丈夫なのか?」

 

 シフォンケーキにかじりつこうとしたノクティスが、ふと思い出したようにグラディオラスに聞いてくる。

 思えば彼はこのメンバーの中でただ一人、レイヴスの攻撃が直撃していた。

 彼の巨体がおもちゃか何かのように軽々と吹き飛び、コンクリートの地面に背中から叩きつけられたのはたった数時間前の出来事だ。

 

 フェニックスの尾による賦活作用ですぐに戦線に復帰していたが、あれはノクティスの魔力が含まれていると言っても死者を生者に復活させるような奇跡の道具ではない。

 

「ああ、ちょっとした打ち身程度だ。とはいえ不甲斐ねえところを見せちまったな」

「いいって、そんぐらい。オレが強くなりゃいいだけだ」

 

 レイヴスとの戦いで力不足を痛感したのはグラディオラスだけではない。

 二柱の神の力を振るい、ファントムソードを駆使したノクティスですら彼には有効打を入れられなかったのだ。

 あの場所での戦闘が時間稼ぎであることと、実兄アクトゥスの助けが優位に働いてくれただけで、その二つがなければ一行は全滅の可能性すらあった。

 

 あいつ本当に人間かよ、とアクトゥスも思った愚痴をノクティスもこぼす。どんな鍛え方をすれば四方八方から飛んでくるファントムソード全てに対応した上で、ノクティスとグラディオラスの二人がかりをいなせる力量を得られるのか。

 

「難しいことを考えるのはレスタルムでアクトゥス様と合流してからでも良いだろう。あの方なら今のオレたちよりも多くの情報を持っているはずだ。それよりケーキは暖かいうちに食べてくれ」

「っと、悪い」

 

 イグニスに促されてノクティスはフォークをケーキに刺す。

 ほとんど抵抗感がなくスッと生地にフォークが入り、軽やかな感触を伝えてくる。

 付け合せのやや柔らかめに作られた生クリームを絡めて口に運ぶと、想像通りの優しい甘さが、想像以上のふんわりした舌触りを伴ってやってくる。

 ケーキの食感は軽く、しかし歯を立てると微かにしっとりとした歯ごたえを返してくる。そしてちゃんと噛むことによって卵と牛乳、そして甘リード芋の味がしっかりと伝わってきた。

 

「ん、うまい」

「そう言ってくれるとありがたい」

 

 舌から広がる甘みが全身の疲労に染み込み、溶けていくような錯覚すら覚えてしまう。やはり疲れた時は甘いものに限る。

 こうして、激戦を繰り広げたノクティスたちは甘味を片手に戦いの疲労を癒すのであった。

 

 

 

 

 

 現在のノクティスたちの活動拠点であり、イリスたちの潜伏場所でもあるリウエイホテル。

 そこに到着した時、グラディオラスの実妹イリスは重苦しい顔で一行を出迎えた。

 

「戻った。……どうした、イリス?」

「あ、皆……帝国軍が、さっき来たの。ほとんど入れ違い」

「な――」

 

 驚愕の声を上げる前に、イグニスとグラディオラスが動いた。

 イグニスは無言で上を指差し、ここからは聞かれない場所で話すべきだと言葉にせず伝え、グラディオラスは二人を気遣うように上へと誘導する。

 

「話は上で聞こう。いいか?」

「う、うん」

 

 場所を変え、ホテルの個室に入るとイリスは沈痛な顔のまま椅子に腰掛け、ポツポツと話し始める。

 

「金色の鎧を着た人が、魔導兵を伴ってやってきて……私たちは避難しただけだって言ったのに、いきなりジャレッドを斬りつけたの……」

 

 全員の顔に浮かぶのは、グラディオラスの一族に仕える老執事の姿。

 孫のタルコットと一緒にここに隠れていた人間だ。

 それを聞いて、長い付き合いがあるのだろう。グラディオラスがやや慌てた様子で先を促す。

 

「バカな。じゃあジャレッドは――」

 

 

 

「――治療はした。死ぬことはない」

 

 

 

 グラディオラスの声に応えたのは、部屋にいなかった第三者の声だった。

 全員が振り返ると、そこにはルシスの黒い戦闘装束をまとい、右肩から下を隠すように外套を羽織った青年――ノクティスの実兄アクトゥスが、疲労の色濃い様相で佇んでいた。

 

「兄貴――」

「アクトゥス様! ジャレッドは! ジャレッドは大丈夫なんですか!?」

「オレとルナフレーナで施せるだけの治療は施した。絶対安静にしてもらう必要はあるが、山は越えた」

 

 ノクティスより早くアクトゥスに掴みかかったイリスだが、アクトゥスの報告を聞くと力が抜けたようにへなへなと崩れ落ちる。

 

「ああ……良かった……」

「全く、オレたちが来なかったら本当に危なかった。……ともあれ、力になれてよかった」

 

 床に崩れ落ちたイリスを立ち上がらせると、優しくベッドに座らせてアクトゥスは改めてノクティスたちと相対する。

 

「感動の再会、と行ければよかったんだけどな。無事で何よりだ」

「兄貴こそ、レイヴスにやられたケガは大丈夫なのか?」

「ルシスの王族なら、致命傷でなきゃ大体なんとかなる」

「そか。――あ、ルーナは」

「ついさっきまでけが人の治療を全力でやってた。ノクティスに会うまでって頑張っていたが、寝かせておいた」

 

 ちなみに決定打はクマの出来た顔で婚約者に会うのはどうかと思う、だった。

 それを聞いたルナフレーナは恥ずかしそうに頬を染めたが、同時に抗議したそうな目でアクトゥスを睨んでもいた。起きた時が怖いので真っ先にノクティスを行かせようと心に決めている。

 

「んで、タルコットはジャレッドに付いてる。悪いがイリスも向こうに行ってやってくれないか?」

「あ、はい。えと、ありがとうございます!」

「こんぐらいお安い御用だ」

 

 イリスが部屋を出ていくのを気安い笑顔で見送ると、アクトゥスは真面目な顔になって一行と相対する。

 

「本当なら色々と苦労してきた弟を労ったり、その婚約者との感動の再会をデバガメしたりしたかったんだが、そうも言ってられなくなった」

「ああ――ってなんだよそれ」

「とにもかくにもイリスたちの安全確保が急務だ。それだけは素早く終わらせたい」

 

 アクトゥスの言葉に混ざっていた不穏な内容にノクティスが声を発するが、アクトゥスは無視して話を進めた。

 その内容が深刻で早急に対処せねば人命にも関わる以上、ノクティスも不本意ながらそちらに集中するしかなかった。

 イグニスに意見を求めるように視線を送ると、一行の参謀役が代表して口を開く。

 

「アクトゥス様はどのようにお考えですか?」

「――カエムの隠し港に行かせようと考えている」

 

 三十年前。まだルシスとニフルハイムが激しい戦闘を繰り広げていた頃に旅をしていた先王レギスたちがオルティシエに行く際に使った港である。

 港、と呼べるほど大きなものではなく、あくまで個人が船を使って行くことができる程度の場所でしかないが、この面子を海の向こうに運ぶなら十分な役目を果たす。

 

「オレたちの今後の目標はオルティシエに行って、水神の啓示をノクティスに行ってもらうことだ。だからどこかでカエムに行く必要がある」

「それでイリスたちを向かわせると?」

「ああ。あそこは三十年前も無事に使えた場所だ。あれっきりほとんど放置されていたし、帝国軍も無視している可能性が高い」

 

 それに酷な話だが、一般人に手を挙げる帝国軍人がいた以上、彼女らの安全はどこにいても確約はされないだろう。

 であればいっそのこと、自分たちの作戦に同道させることで警護隊の生き残りをつけた方が安全性も高くなる。

 

 アクトゥスはその提案をすると、是非を問うようにノクティスを見る。

 ノクティスは慣れない兄の視線に戸惑うが、同時に言い知れない高揚感があった。

 

「――ん、それで行こう。なんでオルティシエ、とかなんで啓示、とか聞きたいことは色々あるけど、イリスを安全な場所に送るのは賛成だ」

「わかった。警護隊の連中を動かして速やかに実行する。ジャレッドとタルコットについては容態が落ち着き次第移動で良いな?」

「ああ、頼む」

 

 アクトゥスは手早く端末を操作すると、端末越しに何事かを告げて電源を切る。

 そしてようやく、ノクティスの見慣れた空気に戻ってベッドに寝転がるのであった。

 

「――よしっ、今やるべきことは終わり! 後のことはルナフレーナが起きてからで良いよな?」

「ったく、あんまだらけ過ぎんなよ兄貴。オレが一人暮らししてた時もたまに来てはだらけまくってたよな」

「いーのいーの、外で一生懸命働いてんだから」

 

 気を抜けない状況や命がけの修羅場が連続した上、アクトゥスはルナフレーナと行動をともにしていたため、なかなか肩の力が抜けなかった。あれでも弟嫁の前なのでそれなりに格好はつけていたのだ。

 

「まったく、緊張の連続だったよ。ルナフレーナもあれで結構自己主張強いからな……」

「なんかあったのか?」

「困ってる人を見ると動かずにはいられない性分なんだろうな。何度か足を止めて人助けしてた」

 

 自由な身であるのだから多少は良いかとアクトゥスも快く助けていたが、それでも疲れるものは疲れる。

 

「あとはまあ、メシと寝床だな。オレ一人なら適当に野宿と缶詰で問題ないが――」

「ルーナにそんな生活させてねえだろな」

「気を遣わせていただきましたよ、婚約者さんを怒らせないためにな」

 

 極力休む時はモーテル。最低でもモーテルキャビンで休むように気をつけていたし、食事もクロウズネストで取るようにしていた。

 栄養については多少は薬剤でどうにかできるものの、気休めにしかならないので割り切ることにした。ノクティスと合流さえできれば美味い飯が食えると期待して。

 

「さすがに王都からここまでの旅は強行軍だったし、オレも疲れた。一眠りしてもいいか?」

「ダメっつっても聞かねえだろ」

 

 ノクティスの言葉にアクトゥスは軽く笑うと、すぐに寝息が聞こえてくる。どうやら本当に疲れていたらしい。

 

「お兄さん、疲れてたんだね」

「考えてみれば、王都で戦い、王都脱出で戦い、そこからルナフレーナ様を守りながらオレたちの援護と、六神の誓約を行っていたんだ」

「それも実質一人だ。ルナフレーナ様を戦わせるわけにもいかねえだろうしな」

 

 つまり、ノクティスたちが四人で分担しながらやっていたことをアクトゥスはずっと一人でやっていたのだ。

 モンスターやシガイ、帝国軍との戦闘。神々の誓約を行うルナフレーナの警護。そして随時王族の生き残りとして警護隊に指示を出していた。

 自分たちのことだけ考えて進んでいたノクティスたちに比べれば、負担は非常に重かった。

 

「……やっぱ兄貴はすげーわ。こんな状況だってのに、いっつも先を見据えてる」

「お前も捨てたものではない。ここまでの旅で、お前が成長したと感じた箇所はいくつもあった」

 

 イグニスが柔らかい口調でそう言ってくることに、逆にノクティスはふてくされたような顔になる。

 

「褒めてんのか、それ?」

「もちろんだ」

「前まではダメだったってことじゃねえか」

「王としての役目を真剣に考えるようになった。それだけでも立派な成長だ」

「ん……まーな」

 

 ノクティスはなんとも言えない瞳で安らかに眠る兄を見る。

 本当なら自分より頭も腕も立つ兄の方が王に向いているはずだ。その気持ちは今も変わっていない。

 だが、王位を継げない事情があることも知ってしまった。

 歴代王の力は自分しか受け継ぐことができず、神の力もアクトゥスは扱えない。

 

 能力云々の問題ではないのだ。資格があるかないか。

 ノクティスは資格があって、アクトゥスにはなかった。だから資格を持つノクティスがやらなければならない。

 

「…………」

「ノクト? なんか笑ってる?」

「……そんなわけねえだろ。兄貴も寝ちまったし、少し外に出ようぜ。今ぐらいゆっくり寝かせてやりたい」

 

 プロンプトの質問に答えず、ノクティスは立ち上がる。

 アクトゥスを休ませようという方針には誰も異議を唱えなかったため、そのまま四人は外に出ていく。

 そして出ていった先で――

 

 

 

「――ノクティス、様?」

 

 

 

 運命の人と、邂逅する。

 

 絹のようにサラリと流れる金糸の髪。ここに来るまでそれなりに修羅場をくぐっていただろうに、傷もシミも一つとしてない白磁の肌。

 強い意志によって磨かれた宝玉の如き瞳は、今は驚愕に見開かれてノクティスを映していた。

 

「ルー、ナ?」

 

 驚いたのはノクティスも同じだ。

 アンブラを通じたささやかな文通を行ってはいたが、こうして顔を合わせるのはテネブラエで療養生活を送っていた時以来。

 テレビなどの文化も王都の中でのみ。美しいという話を聞いてはいても、実際に見るのは本当に久しぶりだ。

 

「あ、えと、その……!」

 

 そういえばここに来るまでで見栄えを気にしたことなどまるでなかった。

 おまけに一度キャンプをしたとはいえ、激しい戦闘の後。最低限身体を拭きはしたが、見栄えについては……彼の名誉のために明言は避けよう。

 

 さっきの部屋でシャワー浴びておけばよかった、と心底から嘆くも後悔先に立たず。とりあえず兄貴のせいだということにしておく。

 

 そんなノクティスの咄嗟の懊悩などルナフレーナには知ったことではない。彼女にとっても長年想い焦がれてきた相手とようやく巡り会えたのだ。

 

「ああ、ノクティス様! お会いできて嬉しいです!!」

 

 無邪気に笑い、駆け寄ってきたルナフレーナはノクティスの手を取って愛しげに頬を擦り寄せる。

 おお、という後ろの声も気にならなくなった。ノクティスはバクバクうるさい心臓の音をなんとか落ち着くよう祈りながら、彼女に微笑みを見せる。

 

「――ああ、ルーナも無事でよかった。すっげー、会いたかった」

「私もです。使命を果たすなら、己の願いに従えと言って連れ出してくれたアクトゥス様には感謝しきれません」

「兄貴に変なこととかされなかったか?」

「時折からかわれたりしましたが、とても良くしてくれました。ノクティス様はどのような旅を?」

「皆、色々と思惑があるんだなって思いながらの旅だった。――でも、こっからは違うんだろ?」

 

 

 

 

 

「――はい、私とアクトゥス様。ここからはノクティス様のお側でお力になります」

 

 

 

 

 

「……まあ、オレも疲れてたんだよ。感動の再開をセッティングしようとしていたことを忘れていたわけじゃないんだよ本当に」

 

 仮眠を取って体力を回復させたアクトゥスは、自分の寝ている間にノクティスとルナフレーナが再会したと聞いて済まなそうな顔を作る。

 

「もう良いって。会えただけで十分だ」

「おっと、ノクトからそんな言葉が聞けるとは。恋は人を変えるねえ……って危ねえ!?」

 

 情けも遠慮もないノクティスの拳が飛んできたため、慌てて避ける。

 外の世界のことを誤解含めて教えてきたことや、ガーディナでのマッサージなど、アクトゥスへの恨みを忘れたわけではなかったノクティスだった。

 

 しかしこれが彼らなりのじゃれ合いであることがわかるルナフレーナは微笑ましそうに二人を見るばかり。

 ノクティスの仲間も、彼が自分たち以外にも明るい顔を見せる人物がいることに頬を緩ませる。

 それを察したのか、ノクティスは照れくさそうにベッドに座り直してアクトゥスを見る。

 

「話、進めようぜ」

「ん、そうだな。そろそろ先のことを考えるか」

 

 言いながらアクトゥスは地図を取り出し、ペンとともにテーブルの上に広げる。

 まず青いペンを取ったアクトゥスは南の方にある一点に印をつけた。

 

「まずはここがカエムの隠し港になる。非戦闘員をここに連れて行くのが一つ」

「非戦闘員だけか? あ、いや、ですか?」

「タメ口で良いって。ここからは同じ旅をする仲間だ」

 

 咄嗟に敬語にすべきか迷うグラディオラスに笑った後、彼の疑問に答えていく。

 

「何人か警護隊の人間も回す。ジャレッドも本来なら入院させておきたいんだが、ホテルで人を斬りつける人物がいるんだ。多少の危険は覚悟で護送したい」

「護送の護衛は誰が行うつもりですか?」

「オレたちでやる――と言いたいが、コルに頼む」

「――では、オレたちには別の役目があると考えても?」

 

 眼鏡の位置を直しながら聞いてきたイグニスにアクトゥスもうなずく。

 

「ここからカエムに向かう途中に、帝国軍基地がある。そこを叩く」

「ジャレッドを斬りつけた相手がいるから?」

「そうだな。ニフルハイムの情報が入手できるチャンスだ」

「あ、なるほど。じゃあ潜入作戦?」

「シフトが使える王族が二人いるんだ。潜入して爆弾仕掛けて悠々脱出ぐらいわけないさ」

 

 プロンプトの質問にそう答え、アクトゥスはノクティスを見る。

 個人の機動力はシフトを使える二人が群を抜いている。この力を駆使すれば魔導兵の闊歩する基地内部への潜入など、ほとんど散歩と変わらない。

 

「で、目的を達成したらとっとと脱出してカエムで合流。その後改めてオルティシエに、だ。何か質問は?」

「ない。とっととやろうぜ」

「待ってください、一つあります。王の力集めがまだ終わっていませんが、そちらはどのように?」

 

 イグニスの質問にアクトゥスは待ってましたと頬を緩ませながら答えていく。

 

「カエムに到着してから……と言いたいが、場所の関係上レスタルムから動くのも好ましくない。ということで――拠点をカエムとレスタルムの二つに持とうと思う」

「足を止められる場所は多いに越したことはないからな。だがどこに拠点を? さすがにこのホテルをこのまま使うわけにはいかないだろ」

 

 グラディオラスの指摘も尤もだ。というか刃傷沙汰があったホテルなど風評被害以外の何物でもないので、アクトゥスたちはなるべく早く退去しなければならない立場だ。

 

「当てはあるんですか?」

「ある。宿とは違い、なおかつ大人数でも入れる場所に心当たりがある」

「なんだよ、もったいぶらずに言えって」

「オレの家」

「……は?」

「レスタルムに家持ってるんだよ、オレ。そこを使ってくれ」

 

 アクトゥスは一年の大半を王都の外で過ごすのだ。外で活動するための拠点を持つことにも何ら不思議はない。

 

「兄貴、家なんて持ってたのか!?」

「王都にいる日数の方が少なかったんだぞ? その間ホテル暮らしじゃギルがいくらあっても足りんわ」

「へええ、やっぱり外交官って儲かるんです?」

「仕事の合間にハンターやって稼いだ。外交官の給料は王都の通貨だからな……」

 

 ぶっちゃけ外では使えなかったりする。ギルにしてくれと再三頼んでいたのだが、そもそも鎖国をしている国でギルの安定供給など望むべくもなし。

 物品支給などという、いつの時代の給料だと言いたくなるような状況すらあった。

 

「まあオレの苦労話はどうだっていいんだよ。話をまとめるぞ。――まずオレとノクトたちで帝国軍基地を襲撃し、その後カエムに向かう。カエムに着いたら船でオルティシエだ」

 

 ルナフレーナ含めた全員がうなずくのを見て、アクトゥスは話を締めくくりに入る。

 

「王の力集めや、協力者集めは止めない。合間を見てやっていく形にしよう。あと、レガリアに乗れるのは多くても五人が限界だろうからその辺りはノクトに任せる」

「ん、了解。そんじゃあ……帝国軍に一泡吹かせに行くか!!」

 

 神々の力と歴代王の力を振るうノクティスに、彼と同じ力の一端を操るアクトゥス。

 そして神凪としてシガイを祓う力を所持するルナフレーナ。

 全て個人の所持する力ではあるが――それらは間違いなく軍隊、ないしそれ以上に脅威となる力だ。

 

 ここからが反撃だ。

 

 全員がその意思を胸に宿し、その場は解散となるのであった。




ここでようやくアクトとルーナが合流。仲間になります。ゲーム的にはパーティ編成ができる感じをイメージしてもらえれば。

アクトはシフト、魔法を中心にしたノクトに近いバランスの良い戦い方を。
ルーナは回復、補助が中心の後方支援型みたいな感じをイメージしています。

ストーリーを進めてからサブクエに入りますので、次のお話はまたもや基地攻略戦です。お前ら短い間にいくつの基地を潰すつもりだ(困惑)


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ヴォラレ基地攻略戦

ロイヤルパックが発売されましたね。色々と設定が各所に置かれているとか。上手く取り入れられる物を取り入れていきたい(願望)


 ヴォラレ基地。

 基地としての規模そのものは、先日に破壊したアラケオル基地と比較すれば小規模だが、それでも十二分に揚陸艇や魔導兵を収容できる規模を持つ基地。

 

 付近にはクロウズ・ネストの本店であるオールド・レスタという店がある。そこでしか食べられないスペシャルメニューもあるが――今回は作戦後の祝杯という形で堪能することにした。

 

 コルたちと一度合流し、イリスとルナフレーナには念のため別ルートを使った上で、カエムに向かってもらっている。この場にいるのはノクティス一行とアクトゥスのみだ。

 

「あまり数は見えねえな」

「魔導兵の特徴は、事前のデータさえあればどこに置いても一定の効果が見込めるってことだ。要するにデータを別の場所で記憶させて運んでくれば兵士の出来上がりだ」

「以前から倒しても倒しても湧いてくると思っていたが、そういう理屈か。本土で作成し、持ってくるだけ、と」

「おそらくな」

 

 ノクティスたちが持つ疑問のほとんどに、アクトゥスは淀みなく答えていく。

 その予め答えを知っていたとしか思えない情報量に、イグニスは何かを察して口を開いた。

 

「……アクトゥス様。やはり外交官というのは……」

「いや、それもオレの仕事だ。ただそれとは別に諜報員じみたこともやっていた」

 

 要するに、そういうことである。こんな状況を想定していたのかは不明だが、彼と彼に命令を出したであろうレギスはニフルハイムとの戦争において、ただ守るだけではなかったのだ。

 

「とりあえず全貌を把握できる場所に行こう。どのくらいの兵員が詰めているのか確認したい」

「異議なーし。ルナフレーナ様とイリスに早く明るい報告を持っていこうよ」

 

 プロンプトの言葉にうなずき、一行はある程度の高さを持つ見張り塔に立つ。

 無論、そこにも魔導兵は詰めていたが――シフトを使える王族二人がいる時点で、物の数にもならなかった。

 

 一行は基地を見下ろし、先日見た覚えのある毒々しい電波を放つ塔を見つける。

 

「電波塔が見えるな。あれは破壊しておきたい」

「魔導兵の能力が強化されるんだったか。コルたちには今後も陽動を頼んでいる。楽をさせるためにも、破壊には賛成だ」

「その上で、ジャレッドを斬りつけたという帝国軍を捕らえたい」

「ずっと魔導兵の相手じゃキリがねえし、向こうのことは何もわかってねえしな」

 

 グラディオラスの言葉に全員が賛同の意思を示す。

 アーデンやレイヴス。帝国の要人と思われる人物は何名かノクティスの前に姿を表しているが、帝国軍としての動向は未だ不明な点が多い。

 

 人数も揃い、やっとルシス側は本当の意味で足並みが揃えられそうなのだ。ここらで一手、反撃の妙手というのを打っておきたかった。

 

「じゃあ目的をまとめるか。ノクト、頼む」

「え、そこだけオレかよ? ……まあ良いか。やんなきゃならねーのは電波塔の破壊と帝国軍人とやらをとっ捕まえること。二手に行くしかないだろ」

「アクトゥス様。ノクトとともに捕縛側をお願いします」

「分散させないのか?」

 

 自分の魔力を込めた武器さえあればどこであろうと瞬間移動ができるシフト魔法は、こと戦争において絶大な力を発揮する。

 魔導兵と魔導アーマーしかいない基地程度なら、アクトゥス一人でも壊滅させるのは余裕であると断言できるほどにその効果は大きい。

 潜入、逃走、暗殺。魔導兵で数こそ多いものの、指揮を取れる人間が非常に少ないニフルハイムにとって脅威としか言えない能力なのだ。

 

「考えましたが、電波塔の破壊はどうしても大きな音が伴います。そのまま離脱する破壊工作ならまだしも、今回は基地の機能そのものに打撃を与えたい。スムーズに戦闘に移行するのであれば私たちが向かった方が良いかと」

「いや、考えがあるなら文句はない。……あと、別にタメ口で構わないぞ?」

「申し訳ありません、意識はしているのですが……」

「無理強いするつもりはない。無理だと思ったら今まで通りで構わんよ」

「イグニスたちもアクトさんとはあまり会ってないの?」

 

 要領が良いグラディオラスはその辺りを割り切ったらしく、アクトゥスとも対等の立場として話しているが、イグニスには難しいようだ。

 それを不思議に思ったプロンプトが口を開き、アクトゥスがそれに答える。

 

「あまり王都に戻ってないからな。キツイ時は一年のうち数日戻れれば良い方ぐらいだった時もある」

「そりゃキツイっすね。やっぱりお仕事って大変だったんですか?」

「やることも多かったし、ルシス中を駈けずり回ったからな……」

 

 歴代王の墓所を探し、ニフルハイムの動向を探り、それとは別に外交官としての仕事も行い、お金は出ないので自力で稼ぐ。道中もモンスターやらシガイやらで危険が満載だが、危険手当も残業手当も出ないと来た。

 振り返ってみるとブラックどころではない労働環境である。我ながらよく完遂できたものだとアクトゥスは自画自賛する。

 

「まあそこはさておき、我らが王様に一声かけてもらおうじゃないの」

「は? そんな流れだったか、いま?」

「そういう流れだよ。ようやく合流も果たせて、旅の目的も定まって、その矢先の作戦なんだ。景気良く行こうぜ」

「ったく、兄貴がやりたいだけだろ。――行くぞ! こっから反撃だ!!」

 

 鬨の声、というにはやや控えめなものだったが、それがルシスにとっての反撃の狼煙となるのであった。

 

 

 

 

 

 作戦は夜に行われる。

 ルシスの戦闘装束は闇に紛れるのに適しており、基本的に少数である彼らは夜討ち朝駆けといったゲリラ戦法において力を発揮しやすかった。

 

 イグニス、グラディオラス、プロンプトの三人は別口から潜入し、電波塔の破壊を狙ってもらう。

 そしてノクティスとアクトゥスの二人は――

 

「外壁だろうと、オレたちなら何の意味もない」

「つくづく、シフトってこういう時に強いよな」

 

 通常なら上空から降下艇でも使わなければ難しい場所――ヴォラレ基地の外壁部分に立って、下を見下ろしていた。

 

「中に入り、人間を探す。見つけたら捕まえたいところだが、人手が足りない」

「コルたちはルーナの護衛だからな」

 

 メルダシオのハンターに頼む手もあるが、ハンターは玉石混交な部分がある。

 強いハンターはカトブレパスだろうとミドガルズオルムだろうと狩ってしまう凄腕だが、弱いハンターはゴブリン相手でもケガをするほどだ。

 ……まあこの場合は後者が普通の人間であって、前者は明らかに人間をやめた類の存在なのだが。アクトゥスは前者のハンターを何度か見たことがあるが、その度にあいつら人間かよ、と内心で慄いていた。

 

「適当な倉庫か物陰に引きずって、その場で尋問する。まあ、今後ルシスに送られてくる魔導兵の規模でもわかれば御の字だな」

「あんま期待してないのか?」

「もっと突っ込んだ情報となると難しいだろうな。ドンパチやってりゃ良い軍人が知ってる情報で、オレらが欲しい情報なんてそうそうあるもんじゃない」

 

 そこまで重視もしていない。ついでだついで、とアクトゥスは気楽な調子で口ずさむ。

 しかし、それも次の瞬間には消えている。

 

「とはいえ、情報はあるに越したことはない。――始めるぞ」

「おう。遅れるなよ?」

「色々と使えるようになったみたいだが、シフトの使い方でオレに勝てると思うなよ?」

 

 動き出したのは同時だった。

 それぞれが手に持つ武器を建物の屋根に投げつけ、シフトで着地。

 ノクティスとアクトゥスは互いの位置を確認した上で、すぐに次の行動に移っていく。

 

 すなわち、シフトを使って音もなく魔導兵を消す作業だ。

 数がいればそれなりに厄介だが、数のない魔導兵など雑兵にも劣る。背後からのシフトブレイクで一撃で崩壊していく。

 

 やがて二人が合流した時、すでに周囲の魔導兵は最低限の数に減っていた。

 

「全部片付けなくて良いのか?」

「そしたら逆にバレるだろ。オレは八体片付けた」

「オレは六体。くっそ、やっぱ兄貴はえーな」

 

 アクトゥスの動きを横目で見る機会があったのだが、何度見てもアクトゥスのシフトブレイクは挙動がわからない。

 なにせ一体に刺したと思ったらすでに次の魔導兵に移っているのだ。おそらくそれぞれ距離の違う相手に対して武器を投げることで到達時間を遅らせ、それでシフトブレイクを同時に行う余地を生み出しているのだろう。

 理屈はわかるが真似はできそうにない曲芸だ。シフトからシフトへのタイムラグもほとんどない。

 

「ま、これだけはな。こいつがオレの王族たる証明みたいなもんだ」

「……そか」

 

 これまでのノクティスであれば単純に凄まじいの一言で終わらせていただろう。

 だが、彼の抱える事情を多少なりとも知った今ならわかる。

 これは彼の執念だ。ノクティスの実兄であるのにファントムソードを使えず、神の力も使えない。

 ならばこれだけは。魔法の扱いだけはノクティス以上でありたい、という彼の意地だ。

 意地は意志となり、意志は執念となり、執念は彼の技巧をここまで高めた。

 

 こと戦闘力という点で見ればノクティスはアクトゥスを既に超えているだろうし、レイヴスには勝てないだろう。

 しかし小器用な立ち回りを求められたら、間違いなくアクトゥスがトップに立つ。それがノクティスには確信できた。

 

「いたぞ。派手な金色の鎧で目立つなオイ」

「うわ、マジだ。あんなん着て恥ずかしくねーのか」

 

 帝国軍人と思しき人間に対して言いたい放題に言いながら、一人になる瞬間を見計らう。

 魔導兵が一体、彼を護衛するように付き従っているが、ノクティスとアクトゥスの二人がいる状況なら障害にならない。

 そのため彼らの行動は人間が魔導兵とともにやや暗く、他から見えない場所に行ったと同時に始まった。

 

「――今」

「――っ!!」

 

 アクトゥスの合図と同時に二人は剣を投げてシフトを行う。

 ノクティスは横に魔導兵を音もなく破壊し、アクトゥスは男の後頭部を短剣の柄で強打して気絶させていた。

 

「よし、上手く行った」

「こっからどうする?」

「ノクトはイグニスたちと合流して電波塔を破壊してこい。終わったら合流とか考えないで脱出して良い。その場合の合流地点は近くの標にしよう」

「わかった、兄貴は?」

 

 アクトゥスは気絶している男を足で小突きながら答える。

 その顔は夜闇で見えにくいが、確かに酷薄な寒気を漂わせており、これから彼が行うであろうことが後ろ暗い内容であることを推察するに十分なものだった。

 

「こいつから聞けるだけ聞き出す。終わったら電波塔を目指すが、破壊されてたらオレも脱出する」

「わかった。……兄貴、無理すんなよ。そっちは一人なんだから、何かあったら合流しろよ」

「ま、なんとかするさ。実戦経験でノクトにはまだまだ負けてられん」

 

 軽く手を振るアクトゥスにノクティスは心配そうに何度か振り返りながらも、イグニスたちの方へ向かっていく。

 アクトゥスはそれを見送り、これで電波塔は問題ないことを確信しながら思考を回転させる。

 

(ノクトがいる以上、レイヴスでも来ない限り電波塔はなんとかなる。神々の力まで使えるあいつの力は間違いなくレイヴスを上回っている)

 

 直撃さえさせることができれば、ノクティスは既にレイヴスを倒す刃は持っているのだ。その直撃までのハードルが異様に高いだけで。

 ホント何なんだあいつは、とアクトゥスも愚痴をこぼす。神凪の力もあるだろうが、あそこまでの技量を持っているなど反則も良いところだ。

 

「それはさておき――」

 

 アクトゥスはいくつかの武器を召喚すると、建物の角に投げたり、適当な場所に隠して緊急時の逃げ場所を作っていく。

 それらが終わってから、アクトゥスは両手足を縛り上げた帝国軍人の顔を思い切り殴り飛ばす。

 手頃な屋内があればそちらに移していたのだが、今回はその時間も惜しかったため暗がりに連れ込んでの尋問となる。

 

「ぐっ!? こ、ここは!?」

「やあおはよう。レスタルムではウチの非戦闘員が世話になったね」

「お前は――ルシスの王子!」

「今からお前に許すのはオレの質問に正確に答えることだけだ。お前の名前は?」

「誰が答え――がぁぁっ!?」

 

 口答えする前に召喚したナイフを腕に突き刺す。

 ズブリと肉に刺さる感触と噴き出る鉄の臭いに顔をしかめるものの、アクトゥスはそれ以外の感情を押さえ込んで尋問を続ける。

 

「通りの悪い耳に慈悲深いオレはもう一度言ってやる。質問に対する答えは正確に、だ。改めて聞くぞ。お前の名は?」

「か、カリゴ! カリゴ・オドーだ! 帝国准将だ!!」

「へえ、こりゃ意外と大物だ」

「そ、そうだ!! 私にこのような仕打ちをしたとあっては本国が黙って――あああぁぁっ!!」

「口答えする権利なんざ与えてないって言ってんだろ。ガタガタ騒ぐんならその喉を噴水に変えるぞ?」

 

 ドスの利いた声を出しながら帝国軍人――カリゴの足にナイフを突き刺す。

 尋問のコツは話が通じない人間であると思わせることと、お前の命に価値はないと骨身に染み渡らせることの二つだ。

 無論、この場で殺すつもりなどアクトゥスにはない。捕虜にしておけば後々役に立つ場面も来るはずだ。帝国准将なんて大物の命、ここで潰すには惜しい。

 

「さて、次の質問だ。ここにある魔導兵の規模は?」

「こ、ここは中継基地だ! ここで揚陸艇の補給をして各地に出すまでの場所でしかない。規模など流動的すぎて把握できん!!」

「ほいほい、ご協力ありがとうございますっと。となると次に聞くべきは直近の魔導兵の送り先を――」

 

 酷薄な笑みを浮かべて次の質問をしようとしたアクトゥスだが、次の瞬間にはその場から消えてカリゴの後ろに回り込んでいた。

 するとつい一瞬前までアクトゥスのいた場所を鋭利な槍が貫いていく。槍はカリゴの前に来るとピタリと静止した。

 

「――おっかないね。警告もなしに攻撃か」

 

 片手でカリゴを肉の盾にしながら、アクトゥスは槍の使い手を見る。

 すでに誰なのかはわかっている。竜騎士の異名を持ち、さんざんルシスを苦しめてきた帝国将軍の一人だ。

 傭兵として身を立て雇われという身ではあるが、帝国軍の将軍にまで上り詰め、その武芸を存分にルシスへと振るう女将軍。

 その竜騎士――アラネア・ハイウィンドは小型の魔導ブースターをつけた特注の魔導槍を振るうと、アクトゥスを睨む。

 

「そりゃお互い様さ。戦争やってる以上あんたのやり方を咎める気はないけど、一応同僚なんだ。――手、放してもらおうか」

「ああ、別に構わない……ぜっ!!」

 

 アクトゥスはカリゴの背中を思い切り蹴飛ばし、その勢いを利用して距離を取る。

 アラネアは追いかけずにカリゴを受け止め、地面に横たえる。

 苦痛に脂汗を流しているカリゴの傷を確認し、アラネアは軽くうなずいて立ち上がった。

 

「――見た感じ急いで尋問してたみたいだし、傷は後遺症の残るようなもんじゃないよ。安心しな」

「……あの男を」

「うん?」

 

 カリゴの口から出た言葉は自身の安全を確保するものではなく、強い憎しみに彩られた別のものだった。

 

「あの男を、殺せ……!! 奴は必ずや帝国に仇なす怨敵!!」

 

 血を吐くような言葉にアラネアは感心したように口笛を吹く。

 見た目ばかり取り繕う慇懃無礼な男だとばかり思っていたが、なかなかどうして気骨がある。

 あるいはそれが彼の帝国軍人としての矜持かもしれないが――こういった土壇場で見せる根性というのは嫌いじゃなかった。

 

「良いけど、あたしが殺して良いのかい? あんたの手で恨みは晴らせなくなるよ」

「お前が殺せないなら私が直々に殺すだけだ!! さっさと行け傭兵崩れが!!」

「ハハハッ、怒鳴る元気があるなら大丈夫そうだね! んじゃ、ちょっくら試してみようか!!」

 

 アラネアはその卓越した脚力で跳躍すると、アクトゥスを追いかけ始める。

 一人残されたカリゴは腕と足に刺さっていたナイフを抜くと、己の血で光を反射するその刀身に、憤怒と憎悪を滾らせた顔を覗かせるのであった。

 

「この恨み……必ず晴らさせてもらいますよ……!!」

 

 

 

 

 

「こいつで、終わりだ!!」

 

 遠心力を味方に付け、巨神の拳を伴った大剣によるシフトブレイクが電波塔をひしゃげさせる。

 さらに槍を上空に投げ、空高くから雷神の雷を纏った槍のジャンプ攻撃が電波塔を見る影もないまでに破壊する。

 

「うわ、すっごい破壊力。ノクト人間やめてない?」

「神々の力が凄まじいだけだろう。あまり褒めると調子に乗る」

「使いこなしてんのオレだぞ、ちったぁ褒めろよ」

「ま、全員無事だったんだから良いじゃねえか」

 

 魔導アーマーも魔導兵ももはや彼らの敵ではない。

 ノクティスが武器を振るえばどんな敵であろうと一撃で薙ぎ払われ、神々の力を行使する関係でどうしても大振りになりがちな攻撃の隙をグラディオラスとイグニスが埋めていく。

 プロンプトは銃による足止めに徹し、彼らが武器を振るいやすい状況を作れば良いのだ。ある意味理想的な役割分担と言える。

 

「兄貴は……まだ来てねえか。脱出するぞ」

「わかった。早々に撤収を――プロンプト、どうした?」

 

 魔導兵の増援も来ていないうちに脱出しようとイグニスが口を動かしていると、プロンプトが不意に空の一点を見つめ始める。

 目を凝らし、宵闇しかない暗闇に何かを見つけようとしているように感じられた。

 

「……気のせいじゃない! 皆、あれ見て!!」

 

 切羽詰まった様子のプロンプトが空の一点を指差し、全員の視線がそちらに誘導される。

 

「んだよ、何も見えねえぞ?」

「さっき赤い光が見えたんだ! それにノクトのお兄さんが見えた!!」

「は、兄貴が? ――ってことは」

 

 もう一度、今度は全員が真剣な表情で空を睨みつけ――空中で交差する魔導ブースターの赤い光とシフトの青い光を見出す。

 光は交錯し、激しい火花を何度か散らした後、アクトゥスの身体がノクティスたちの方へ向かって蹴り飛ばされた。

 吹き飛ばされたアクトゥスだが、空中で体勢を立て直すとノクティスたちのそばにシフトで移動し、彼らと合流する。

 

「兄貴!!」

「悪い、厄介なのに絡まれた」

「相手は一体?」

「アラネア・ハイウィンド。小型魔導ブースターの取り付けられた槍を操って戦う帝国将軍。クソ強い」

 

 情報を求めたイグニスにアクトゥスが先ほどの戦闘含めてわかったことを伝える。

 

「わかりました。では――」

「こっちに来てる!! ノクト、アクトさん危ない!!」

 

 作戦を伝える前に、プロンプトの危機を伝える声が彼らを動かした。

 すでに戦っていてアラネアの武器がわかるアクトゥスと、咄嗟に身体の動いたノクティスがそれぞれ片手剣を持って空中から迫る槍を受け止める。

 

 二人の剣と槍が交錯し、互いの顔が見えるほどに接近する。

 アラネアは己の槍を止める二人の顔を見て、面白そうに口笛を吹いた。

 

「へえ、弟の方も可愛らしい顔してんじゃない」

「――っせ!!」

 

 ノクティスを守るように振るわれたグラディオラスの大剣を、アラネアは軽やかに後ろに跳ぶことで避ける。

 そしてそのまま槍を構え、一行と相対した。

 

「おたくらにはおたくらの事情があるんでしょうけど、こっちにもこっちの事情があるんでね。さあ、やり合おうか!!」

 

 その言葉と同時にアラネアは空高く、あっという間に夜の闇に溶けてしまうくらい高く跳躍する。

 それを見たアクトゥスはすぐに妨害に移れなかったことに舌打ちし、全員に注意を促す。

 

「あのジャンプ攻撃は食らうな!! あんな高高度から魔導ブースターの加速込みの威力なんて――」

 

 最後まで言葉は続かず、アクトゥスはシフトを使ってその場から離れる。

 その直後、アクトゥスのいた場所を魔導ブースターの発する赤い光が貫く。

 貫く、というのはやや語弊がある。正しくは――彼の立っていたコンクリートの地面深くまで槍が穴を穿っていた。

 衝撃で近くにあった物見塔が支えを失って倒れるが、気にも留めない。

 

 その光景を見たアクトゥス以外の全員が息を呑む。

 あれが直撃したら良くて戦闘不能。悪ければ即死の未来しか見えない代物だ。

 生身の人間で、神々の力を持つでもなくこれほどの破壊力を生み出す人間を彼らは知らなかった。

 

「あらら、最近の建物って根性ないんじゃない?」

「根性の問題じゃ――ないっての!!」

 

 間一髪難を逃れたアクトゥスがその手に槍を握ってシフトブレイクからの急襲を仕掛ける。

 アラネアは獰猛な笑みを浮かべ、急接近してきたアクトゥスと何度か武器を合わせていく。

 突き、払い、石突での刺突。槍を用いた技が瞬時に繰り出され、双方の武器が火花を散らす。

 

「へぇ、槍の扱いも上手いもんじゃない。ルシスの王族ってみんなこうなの?」

「武器が使えなきゃ、とても名乗れない、ねっ!!」

 

 互いに振るった武器が交差し、その衝撃で吹き飛ばされる。

 アクトゥスは豹を連想させるしなやかな動きで衝撃を殺すと、再度シフトブレイクを試みる。

 しかしすでにアラネアは地上におらず、再び天高く舞い上がっていた。

 

 再び地上を攻撃するまで僅かな時間ができた。彼女のジャンプ攻撃は脅威的の一言だが、空中から地上への攻撃である関係上、連発できないのが救いである。

 なんとか打開策を練らなければと、ノクティスたちはいつでも離脱できる程度の距離を維持しながら集まる。

 

「あれが竜騎士の由来だ。ああやってジャンプ攻撃を繰り返すだけで敵は死ぬ」

「おまけに地上から空中への攻撃手段に乏しければ、彼女には誰も手出しができなくなる」

 

 イグニスのまとめた内容に皆は肩をすくめ、ノクティスとアクトゥスに視線が集まった。

 地上での白兵戦に勝ち目がないのなら――こちらも空中戦を仕掛ければ良い。

 幸い、この場には彼女以上に個人で空中戦を行える人間が二人もいる。

 

「そういうことだ。まあ――だとすればやることは決まってる」

「だな。売られた喧嘩、買ってやろうじゃねえか」

 

 ノクティスとアクトゥスは互いの拳をぶつけ合い、前に立つ。

 

「空中で戦う人間とか初めて見たわ。世界って広いな」

「オレやお前みたいにシフトを使うわけでもないとは脱帽だ。けど、勝てない相手じゃない」

「まーな。あん時に比べりゃ余裕あるわ」

 

 両者が思い起こすのは機械腕と細身のサーベルを振るい、あろうことかルシスの王族二人を圧倒した将軍の姿。

 使用している武器が白兵戦に用いるものである以上、ファントムソードを操るノクティスもシフトに長けたアクトゥスも攻撃チャンスが皆無とは言えない。

 だがその少ないチャンスを物にして、完璧に圧倒できるような技量の持ち主など世界を見渡しても彼ぐらいしかいないだろう。

 

「じゃあ――やるか!」

「おう! チャンス頼むぞ、兄貴!!」

 

 二人は同時に武器を召喚し、上空にいるアラネア目掛けて投げつけ――前代未聞の三人での空中戦が幕を開けるのであった。

 

 

 

「グラディオ、退路を頼む。あの様子では戦った後に余力は残らないだろう」

「わかった。……ったく、王の盾が聞いて呆れる」

「その愚痴は生き残ってからにしてくれ。……プロンプト?」

 

 空中戦に移行した彼らの援護は難しいと早々に割り切り、戦いの後を考え始めたイグニスが矢継ぎ早に指示を出していると、不意にプロンプトに視線が止まる。

 すでに戦いは人知の及ぶ領域を超えつつあり、時折明滅する赤い光と青い光だけが彼らの戦闘を証明している状態だった。

 

「どうかしたのか?」

「いや、あの女の人すごいよ。ノクトとアクトさん、二人がかりで戦ってるのに上手くさばいてる」

「帝国の将軍は伊達ではないのだろう。――待て、今なんと言った?」

「え? あの女の人すごいなーって」

「そうじゃない。――お前にはあの戦いが光以外に見えているのか?」

 

 戸惑いながらもしっかりとうなずくプロンプトにイグニスは思案の顔を作る。

 思い返してみても、先ほどのアラネアの攻撃を最初に気づいたのはプロンプトだった。

 今もイグニスには見えていない光景を彼はハッキリと認識している。

 

「……グラディオの援護を頼もうと思っていたが、作戦変更だ。プロンプト、お前にしかできない仕事がある」

「オレにしか、できない?」

「ああ、頼めるか」

「――任せて。イグニスの指示なら、無条件で信じるよ」

 

 空中での戦いがあれば、地上での戦いもまた存在する。

 彼らの戦いはより苛烈さを増していき――やがて収束していくのであった。




アクトゥス は へんなフラグを 立てた! 悪いことはするもんじゃありませんね。

そしてアラネアさんも大概ヤバい人です。大体ジャンプしてれば攻撃は受けないし、落下攻撃で敵は死ぬ。なお今回は素で空中戦やれる人類の例外が二人いた模様。
ちなみにレイヴス将軍はジャンプ攻撃の瞬間、槍の着地点を剣でずらしてカウンター可能です。この人が一番ヤバい。


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女傭兵アラネア

「は、ハハハハハッ! 空中で人間と戦うなんて初めてだよ! お二人さん、面白い術持ってるじゃないの!!」

「笑ってられるのも今のうちだ!!」

 

 上空。人間が何の装備もなしに滞在することなど不可能なその領域で、女一人と男二人の勝負は始まっていた。

 一度超高度まで自力で跳ぶことで、あとは槍に備え付けられた魔導ブースターを使い自在に空中を移動できるアラネアと、己の魔力を通した武器があればどこであろうと瞬時に移動ができるシフト魔法の使い手が二人。

 

 ノクティスとアクトゥスは空中で目配せすると、アクトゥスの方が双剣で攻撃を仕掛けていく。

 

「おや、弟くんは見てるだけ?」

「さて、どうだろう、なっ!!」

 

 アクトゥスの振るう双剣とアラネアの操る槍がぶつかり合い、暗闇の中にいくつかの仄かな光を生み出す。

 どちらも決定打には至らない。そも、勢いのほとんど乗らない空中での攻撃に致命打を期待する方がおかしい。

 だからこれは相手の体勢をいかに上手く崩すか、という点に焦点が当たっている。

 そしてその点をより深く理解していたのは――手数の多い双剣でダメージを最初から切り捨てていた、アクトゥスだった。

 振るわれる槍を払い除け、懐に接近したアクトゥスが地面へと叩きつけるように双剣を振り下ろす。

 

「さっすが、空中での戦いはお手の物ってやつ?」

「そっちこそ冗談キツイぜ。空で白兵戦なんて初めてだろうに、すぐ対応しやがる」

「お褒めの言葉どうも。じゃあ――ここからが腕の見せ所だ!!」

 

 驚くべきことにアラネアは空中で体勢を立て直すと槍を空に向けて構え、魔導ブースターで高度を上げていく。

 当然、軌道にはアクトゥスがいるが――彼は乾坤一擲の勝負でない限り余計なリスクを背負うことを厭うタイプであることは、先の攻防で見抜いていた。

 

「チィッ!!」

「あはははは!! ほらほら、こんな戦い滅多にないんだ! 楽しまなきゃ損だよ!!」

 

 再びアクトゥスが片手剣を投げてシフトで接近し――軽い牽制だけですぐにその場を離脱する。

 何事かと視界を動かすと、アラネアより更に上空に大剣を振りかぶったノクティスの姿があったのだ。

 

「ノクト!!」

「はいよっ!」

 

 振るわれる一撃は大ぶりで鈍重ながら、巨神の拳を伴った広範囲に影響を及ぼすもの。

 これを受けたらレイヴスとて無事ではすまない。アラネアもそれを察したのか表情を変えて槍を操り、素早く距離を取ろうとする。

 だがその瞬間こそ二人の狙ったものであり――

 

「――マズっ!」

「空中戦はより素早く三次元に動ける奴が勝つ。覚えておけ」

 

 シフトを連続で行い、アラネアの後ろに回り込んでいたアクトゥスが無防備な背中に一撃を加えるのであった。

 しかし相手もさるもの。咄嗟に身をひねり魔導ブースターを全力で吹かすことで身体を動かし、ほぼ完璧なバックアタックからの攻撃をかすり傷に抑える。

 

「さすが、ルシスの王子二人は分が悪いかな?」

「二人相手取るだけでも大したものだっての。けどまあ――終いだ!!」

 

 至近距離に潜り込めば、手数を稼げる双剣の優位は揺るがなくなる。

 先ほどまではアラネアが上手く槍で牽制していたが、手傷を負った今なら動きも鈍い。

 ノクティスの一撃を当てるべく援護に徹していたアクトゥスもここからの加減はしなかった。

 先ほどとは打って変わった急所狙いの鋭い斬撃が、アラネアの命を絶つべく閃く。

 

「っとと! 良い殺気だ!! さっきまでは手加減してたね!!」

「無策で敵に手札を晒せるかよ。あんたはここで倒す」

「こりゃさすがに旗色が悪いか。あいつへの義理も果たしたことだし撤退でも――」

「やらせるか!!」

 

 制止の声は切り合うアラネアとアクトゥスの頭上から。

 下手に彼らの白兵戦に突っ込んで三つ巴になることを避けたノクティスは、自身に扱える六神の力を十全に振るえる状況を待っていた。

 そして今好機は来た。彼の手に握られているのは――アラネアと同じ槍だ。

 

 咄嗟にアラネアの脳裏によぎったのは疑問。

 先ほど使った大剣の一撃は間違いなく脅威となる。直撃したら戦闘不能は免れない。

 ケガを負って動きも鈍った今であればアクトゥスは退避し、自分だけに当てることも可能だろう。

 しかし槍を選んだ。ならばそれには彼なりの意味があると考えるべきで――

 

「――ッ、ヤバっ!!」

「落ちろッ!!」

 

 なりふり構わない移動ができたのは彼女が間違いなく戦士として優秀だからだ。

 論理と経験、そして直感。全てに優れ、どの場面でどれを優先すべきか、野性的とも言えるセンスが彼女を今日まで生き永らえさせてきた。

 

 それこそ――ノクティスの投げた槍の軌道を雷が迸ったとしても、その直撃を避けることができるほどに。

 当たっていれば黒焦げか、骨も残らないか――雷神の力の一端を身に受けて生き残れると断言できるほど、アラネアは自分の肉体に自信はなかった。

 本当に人間離れしてる、とアラネアは内心で冷や汗を流す。

 アクトゥスはルシスの王族であることを考えれば常識的な範疇だが、ノクティスの振るう力はすでに人間に許されたそれではない。

 徐々に力を使いこなしつつあることも加味して、彼は遠からず自分を越えるだろう。

 

 アラネアは体勢を崩しながらも建物の一角に着地し、ノクティスとアクトゥスもすぐに動ける場所に武器を投げてシフトで移動する。

 

「本当におっかない力だよ。さすが、としか言いようがない」

「避けたあんたもバケモンだ。レイヴスかっての」

「冗談! あれが正真正銘のバケモンでしょ。あれに比べればあたしはまだまだ人間だよ!」

 

 どんだけやべーんだよあいつは、とノクティスは心の中でルナフレーナの兄を思う。

 確かに超人的な身体能力と技巧の持ち主であることは知っているが、あれが彼の底ではないということだろうか。

 

「さて、もうそろそろ潮時だとは思うんだけどね。ここ、残業しても残業代出ないのよ。とんだブラック」

「だったら退けよ。見逃してやる」

「そりゃどうも……って言いたいけど、もうちょっと義理は果たさせてもらおうか。あのいけ好かない准将サマ、意外と根性見せたわけだし、何もしないってのは女が廃る!!」

 

 その言葉と同時、アラネアの身体が再び宙を舞う。

 しかし今度は天高く舞うのではなく、低く鋭い――アクトゥスを狙ったもの。

 

「ったく、悪いことはするもんじゃないな本当に!!」

「兄貴!!」

 

 繰り出される刺突を片手剣で防ぎ、制止に駆け寄ろうとするノクティスを空いた手で制する。

 

「力を貯めとけ!! コイツの相手はオレがやる!!」

「言うじゃない。けど、そう上手く行くかな!」

 

 超高高度からのジャンプ攻撃がアラネアの最大の攻撃だ。

 だがそれは彼女が白兵戦を行えないこととイコールにはならない。

 むしろ次のジャンプに移行する前に地上で戦うこともあるのだ。白兵戦もできなければ話にならなかった。

 

 空中とは違い踏みしめられる地面があるからこそ、その一撃は重く致命傷に成りうる。

 彼女の手元から放たれる刺突は全てが急所狙い。受けたら戦闘不能、ないし死は免れないそれをアクトゥスは完全に見切って受け流す。

 その所作は熟達した戦士にも通じるものであり、間違いなく一流の技量の持ち主であることがわかるだけの動きだった。

 

「へぇ、意外とガチンコもできるんだ」

「何分、一人旅が長くてね」

 

 被害を減らすためであればいくらでも知恵を巡らせる。だがそれはアクトゥスの戦闘能力の低さを露呈するものではない。

 とはいえ、幼い頃から傭兵として生きてきたアラネアとは比べられない。

 彼が一人旅で磨いた技量を誇るならば、彼女は文字通り力のみを頼りに生き抜いてきた矜持があるのだ。

 

「ま、勝つのはあたしだ!!」

「っ!!」

 

 振るわれた槍がアクトゥスの片手剣を弾き飛ばし、追撃の刺突がアクトゥスの手首を狙う。

 それをすかさず召喚したアクトゥスの短剣が防ぐが――

 

「槍は突くだけの武器だと思った?」

「っ、チィッ!!」

 

 手首の返しを利用し、槍の穂先で短剣を絡め取るように動かして短剣も弾く。

 これは想定外だったのか、アクトゥスは顔を歪めてさらに召喚した短剣で槍の追撃を防いだ。

 アラネアの猛攻は止むことなく続き、次々と召喚するアクトゥスの武器を見事に飛ばしていく。

 

「ほらほら!! その手品はもう見飽きたよ!!」

「こ、の……っ!」

 

 アクトゥスは苦し紛れに召喚した盾でアラネアの視界を塞ごうとする。

 しかしそれも彼女の超人的な反射神経により避けられ、無防備な彼の懐に槍が届く――前にアクトゥスが後ろに下がることでなんとか一命を取り留める。

 ヒュウ、と軽く口笛を吹いてアラネアは息を整えるアクトゥスに声を掛ける。

 

「その生き汚さだけは大したもんだ。あんた、傭兵でもやっていけるよ」

「どうにも会う人会う人オレが王子だって誰も思っちゃいねえな。王位継承権を破棄したとは言え、一応王族だぞ?」

「で、手品はもうおしまい? だったらそろそろケリにしようか。それなりに義理も果たしたし、あんたの後ろの弟クンは正直倒せる気がしない」

「……良いぜ。ノクト!!」

「ああ、いつでもイケる」

「いいや、よく見とけ。これが――シフトでできることだ!!」

 

 力を溜めていたノクティスに対し、アクトゥスは不敵に笑う。

 先ほどまでの追い詰められていた顔とは似ても似つかない。まるで自分の勝ちを確信したかのような表情。

 そしてアクトゥスが一歩を踏み出した瞬間、彼の姿はいくつにも増えていく。

 

「っ!」

 

 アラネアの取った行動は咄嗟の後退。しかしそれはこの場において最適解であり――周りにアクトゥスの武器がばら撒かれたこの状況からの脱出が何をおいても優先すべきことだった。

 そう――先ほどまで追いつめられたように見せていたのは全てアクトゥスの仕込みである。

 

 今やアクトゥスとアラネアの間にあるものは無数に散らばるアクトゥスの武器。――つまり、彼は好きなタイミングで好きな場所にシフトし、どんな方向からでもアラネアを攻撃することができる。

 窮地であったのは確かだが、同時に彼は勝利への布石を抜け目なく置き続けていたのだ。

 そして今それは開花し、彼はアラネアに対して絶対の優位を獲得してみせた。

 

「一手」

 

 瞬時にアラネアの後ろに回った短剣の一撃が背中を狙う。

 

「二手」

 

 振り返り槍で払うと、次の瞬間には横合いから脇腹を狙った片手剣の突きが繰り出される。

 

「三手」

 

 篭手で受け流すと、今度は正面にシフトしたアクトゥスが槍による払いを放っていた。

 

「四手!」

「こ、のっ!!」

 

 一つを防いだ時点で次の攻撃が行われる。次の攻撃を防いでもまた次の攻撃が待っている。

 シフトとシフトの時間を極限まで短くすることで発動可能になる全方位多重攻撃。

 アクトゥスが発動させるには予め武器を敵の近くに用意しておくなど、発動させるにはいささか条件が厳しいが――発動さえすればほとんどの敵を反撃すら許さないまま倒すことができる。

 

 事実、白兵戦において明確にアクトゥスの上を行っていたアラネアであっても、対処に手一杯になっていた。

 

 全方位から、ほぼ同時に、まるでアクトゥスが複数いるかのように錯覚すら起こさせる速度での攻撃にアラネアもこれはマズイと足に力を込める。

 

 確かにアクトゥスの攻撃は脅威的だが、同時にこの攻撃の欠点――と言えるかはわからないが、対処法も見えていた。

 

「大したもんだけど、上空なら追撃はできないだろ!」

「正解だ。――だからノクトを待たせておいたんだよ」

 

 サァ、とアラネアは自身の血の気が引く音を確かに聞いた。

 アクトゥスの攻撃は厄介ではあるものの、対応が不可能というわけではなかった。ジリ貧になるのが目に見えていたとしても、ジリ貧になるまでは持ちこたえられたのだ。

 

 しかしノクティスの攻撃は違う。あれは直撃を許したが最後、問答無用に戦闘不能まで持っていかれる凶悪な威力だ。

 

「よく狙えよ、ノクト」

「わかってる。――この一撃で終わりだ!!」

 

 裂帛の気合とともに放たれたのは巨神の拳。力を使いこなしつつあるのか、今の彼はもう大剣を振るうという工程を経ずに拳を召喚することができていた。

 王の振るう腕に付き従うように召喚された巨神の腕が無造作に空をなぎ払い、その途中にあった矮小な虫――アラネアを吹き飛ばさんと迫る。

 

「な、めんな!!」

「マジか、避けた!?」

 

 気合、根性、幸運、奇跡。ここまで来るとそうとしか表現のできない動きでアラネアは致命傷を避ける。

 これにはアクトゥスもノクティスも舌を巻くしかなかった。絶対に倒せると確信のあった攻撃だったのだ、彼らのショックは大きい。

 

「ふぅ、寿命が縮んだよ全く――」

 

 

 

 ――今だ!!

 

 

 

 ほんの一瞬の気の緩み。そして彼女の相手は何も王族ふたりだけではなかったこと。

 ノクティスたちも失念していた仲間の援護。魔導兵から奪ったスナイパーライフルによる一撃。

 通常なら何の苦もなく避けられるそれが、必殺の弾丸となってアラネアの兜を弾く。

 

「っ! きゃぁっ!!」

 

 勇ましい彼女の口からは意外なほど女らしい悲鳴が上がり、体勢を崩して地面になんとか着地する。

 

「ゴメン、弾かれた!!」

「いや、助かった。――これ以上やるんなら、こっちも本気で殺しに行くぞ」

「ったたた……死ぬかと思ったわよ。さすがに潮時か」

 

 兜がひび割れ、破片がかすったのか頭から血を流しながらアラネアは立ち上がり、槍をしまう。

 

「今日の残業はここまで。サービス残業は頼まれない限りしない主義だけど、無茶はもっとしない主義なの。正直、そっちとは何回も戦いたくないわ」

「お褒めの言葉、どーも」

「んじゃ、そこのボーヤ!」

「へ、お、オレ?」

「そう。――良い目してるじゃない。あんたの顔、覚えたからね」

「は、はぁ……はあぁ!?」

 

 アラネアの言葉に呆けた様子のプロンプトだったが、言葉の意味を正しく理解すると、驚愕の声に変わっていく。

 なにせ彼女の言葉はノクティスとアクトゥスが二人がかりで苦戦した傭兵が、何の後ろ盾もない一般市民である自分に目をつけたというのと同義なのだから。

 

「いやいやいや! ボクなんかよりそっちの王子たちを見てくださいよ!?」

「バカだね、恐ろしいってわかってる相手は最初っから警戒するもんだよ。けどダークホースってのは厄介だ。なにせその時になるまで脅威がわからない」

「オレらもプロンプトがここまでやるとは思わなかったわ」

「だろう? 思いもよらない一矢、ってのは厄介なんだよ。どんなベテランだろうと撃ち抜く銀の弾丸になりかねない。――ま、次はないけど」

 

 そう言ってアラネアはプロンプトにウインクを一つくれてやる。

 もっとも、プロンプトにはそれが死神の笑いと同義に見えただろうが。

 

「じゃあさよならだ! 次は敵じゃないことを祈りたいね!!」

 

 話すことも終わったのかアラネアはさっきまでと同じ、脅威的な跳躍であっさりノクティスたちの戦域から離れていく。

 彼女のジャンプは攻撃だけに役立つのではない。逃走にも同じだけの効果を発揮するのだ。

 

 アラネアの姿が見えなくなってから、アクトゥスは大きく息を吐き、近くにいたノクティスの肩を叩く。

 

「とんでもない力を使いこなすようになったな、おつかれさん」

「兄貴も相変わらずすげー動きだったぜ」

 

 腕をぶつけ合い、健闘を称え合う。

 そして仲間たちの元に駆け寄り、真っ先にプロンプトの方へ向かう。

 

「さっきの一撃、すげーじゃねえか! よく当てたなあんな暗闇で!!」

「ああ、見直したわ」

「へへ、まあね……って見直したってどういう意味さ!? 今まではダメだと思われてたの!?」

「んなこと思ってねーけど、意外な力発揮したなって」

「ま、オレもいつまでも足を引っ張るわけにはいかないってね」

 

 自分でも知らなかった力だった。プロンプトは妙に馴染むスナイパーライフルを手に、ノクティスとアクトゥスの賞賛を受け取る。

 とはいえ良い気分に浸っていられるのもわずか。やってきたイグニスが弛緩している全員の空気を再び引き締める。

 

「難敵を退けたところに悪いが、早々に脱出するぞ。目的は果たせている以上、長居は無用だ」

「っと、そうだった。グラディオは?」

「退路の確保を任せている。レガリアに戻ろう」

 

 なぎ倒された魔導兵を目印にレガリアへ戻ると、グラディオラスが肩慣らしにもならないとばかりに肩を回して待っていた。

 

「よう、そっちは問題なかったみたいだな」

「まーな。プロンプトが意外な才能発揮したわ」

「……そか。まあ事が済んだならとっとと脱出しようぜ。んで、カエムからオルティシエだ」

「そうだな。そんで水神の啓示を受けて、ニフルハイムをぶっ飛ばす!」

「旅の終わりも見えてきたな。当初はどうなるかと思ったが、希望は絶えないものだ」

 

 イグニスの言葉にプロンプトがハッとした顔になる。

 これまでは必死に目の前のことに集中していたが、こうして旅の仲間も増えて目的も明確化した今、旅の終わりも見え始めているのだ。

 いつになるかはまだわからないが、必ずやってくる。それが今さらながらに実感できてしまい、少しだけ寂しい気持ちが出てしまう。

 

「……もうすぐ終わりなんだね」

「そうとは限らんよ」

「え?」

 

 プロンプトのつぶやきを否定したのはアクトゥスだった。

 耳ざとく聞きつけたアクトゥスは一つ一つ指を立てて現状の問題点を挙げていく。

 

「まだノクトのファントムソードが全部集まってない。ルシスの協力者もまだまだ集まりそうだし、カエムに着いても船が首尾良く使えるかはわからない。なにせ三十年前の骨董品だしな」

「は、はぁ」

「オルティシエに着いても水神の啓示と、それを邪魔しに来るであろう帝国との決戦もある。旅はここからが本番だぜ?」

「……そうやって聞くと苦しいことばっかりに見えますけど、アクトさんは違うって思ってるんですよね?」

「当然。オレだって少しぐらいはバカやりたいし、ノクトとルナフレーナがぎこちなくイチャつくのも眺めたい」

 

 外の世界を知っていると言っても、遊び呆けていたわけじゃない。むしろアクトゥスはずっと何かに追われるように生き続けてきた自信がある。

 こうして肩の力を抜いていられる仲間もいる今だからこそ、楽しんでおきたいのは彼も同じだった。

 

「おい兄貴何いってんだ」

「こっちだって苦労してルナフレーナの護衛したんだからそれぐらいの役得良いだろ!!」

「逆ギレすんなよ!? ってかルーナとはそういう……」

「婚約者だろうがヘタレ!!」

「うっせぇ!! オレにはオレのペースがあるんだよ!!」

「……ちなみにルナフレーナはグイグイ行くタイプだと思うぞ」

「…………へ、へぇ」

 

 ぎゃーぎゃー騒がしくなった兄弟のやり取りだったが、アクトゥスがボソッと呟いた一言にノクティスは興味なさそうな顔を装いながら、興味津々な目で兄を見る。

 

「……どんな感じだ?」

「は? 教えると思ったのか身をもって知ってこいって意味だよ」

 

 そして好奇心に負けた弟の言葉に対し、嬉々としてハシゴを外しにかかるのがアクトゥスだった。

 本当に不味ければ助言はするが、そうでない限り基本的にこの兄は弟をからかうタイプである。

 

「ああそうだな兄貴はそういう奴だよな!!」

「危なっ!? 言葉に詰まったら殴ってくるのやめろよお前!」

 

 にわかに騒がしさを増す二人をノクティスの仲間は困ったように笑いながら見ていた。

 

「ノクトも肩の力が抜けたみたいだね」

「そうだな。王として頑張ろうとしていたのは知っているが、今ぐらいはな」

「王サマが楽しんじゃいけねえって決まりもないんだ。楽しめるもんは楽しんだもん勝ちだ」

 

 おまけに会いたかった婚約者にも再会できて、心配していた兄とも合流できたのだ。

 越えるべき山は多いが、思い悩んだり心配することは全て解消されている。

 

「――さて、今日も遅い。どこかで休憩したらカエムに向かうか。ベッドはそこまで我慢してくれ」

「はーいっと。んじゃ出発しようか。……グラディオ?」

「……ちっとキャンプできそうな機会が減りそうだなと思っただけだ。ちょっとゆっくり行かねえか?」

「グラディオには家が小さいもんね」

「褒めてねえだろそれ」

 

 笑い合いながら一行はレガリアに乗り込んでいく。

 その際、プロンプトは一瞬だけグラディオラスが見せた表情が気になっていたが――彼なら大丈夫だろうと考えないことにした。

 

 

 

 

 

「アクトゥス様、少しいいですか?」

「うん? ――グラディオラス、どうした?」

 

 グラディオラスがアクトゥスに話しかけると、彼は何かを察したのか仲間ではなく王族の人間としての顔でグラディオラスと向き合う。

 

「――少し、旅に出ようと思っています。オルティシエに行くまで時間がない」

「……王の盾が力を得る場所、とやらに行くつもりか?」

「知ってたんですか?」

「チラッと小耳に挟んだ程度だ。とはいえ、当たりだったようだが」

「……はい。これから先、戦いは激しくなっていく。ノクトももっと力を付けていく」

「そうだな。単純な力って意味ならもうずいぶんと離されてる」

「――だったらオレも。あいつの王の盾を名乗るなら、得られる力は全部欲しい」

「ノクトには言わないのか?」

「すんません。一応、あいつらの前では兄貴分らしくしていたいんです」

 

 グラディオラスの言葉にアクトゥスは小さく笑ってしまう。

 ノクティスたちの面々の中では彼が精神的に自立していると思っていたが、何のことはない。彼は自分をそうあるべきだと律していただけなのだ。

 本当のところはアクトゥスより歳下のまだまだ未熟な一人の人間である。

 とはいえ、そんな彼の願いを聞き届けてやらないほどアクトゥスは無粋ではなかった。

 

「――わかった。お前が旅に出る理由は適当にごまかしてやる。なるべく早く戻ってこいよ?」

「ありがとうございます、アクトゥス様!!」

「あんまり頼るなよ? 必要ならいくらでも王様の真似事ぐらいやるけど、オレだって普通に接してくれるのが一番ありがたいんだ」

「はい。次に会う時はちゃんと仲間として振る舞いますよ」

 

 なら良い、とアクトゥスは笑ってグラディオラスを送り出す。

 先ほどカエムに来ていたシドたちから船を出すのに時間がかかると聞いていたのだ。

 どうせ修理やら何やらで動くのは目に見えている。ならばその間ぐらいグラディオラスの代わりを務めようではないか。

 

「オレもノクトの旅にどこまで同行できるかはわからんが、やるだけやってみる。――頑張れよ」

「はい!」

 

 

 

 どれだけ身体ができて、精神的に安定しているように見せたところで、彼もノクティスやアクトゥスと同じでいきなり故郷を奪われ、父親を喪った境遇に変わりはない。

 その中で彼は彼なりに兄貴分としてノクティスたちの精神的支柱を果たしてきた。

 ならばそれに報いよう。どうにも自分は彼らの中で見れば最も年長者のようだ。

 

 ノクティスたちに旅立つことを告げに行くグラディオラスを見送りながら、アクトゥスは喉奥でくぐもった笑い声を零すのであった。




大体苦戦ばっかりだけどアクトはアクトでかなり強い部類です。モブ相手なら無双可能だし、モンスター相手でもよっぽどじゃない限り封殺可能。ただ相手してるのが人外連中ばっかりなだけで。
なお弟はその人外連中からもヤバい存在だと思われつつある模様。直撃さえすれば大体どんな相手も問答無用でぶっ飛ばせる六神パワーを使いこなしつつあるからね、仕方ないね。

次回からサブクエの予定。ルーナはシガイ相手に有利なアビリティを持っている(と考えている)のでファントムソード集めは大体同行するから一杯動かせるよ! 七章も同行する予定だけど!!


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サブクエストその一

たいへん、たいへん、ひっじょーにたいへんおまたせいたしました(土下座)


「ということで、ここがオレの家だ」

 

 レスタルムの一角。ホテルのあった場所から少し離れ、街の外角ギリギリに位置する場所にその家は存在した。

 レスタルムでは完全な一軒家というのはほとんど見受けられないのだが、贅沢にもその家は二階建ての一軒家となっている。

 

 外観は石造りの二階建て。隕石からの熱を利用する関係上、常に暑いレスタルムならではと言える風通しの良い造りだ。

 

「おおー。立派な家ですね」

「ま、外で十年働いていればな。中に入ってくれ。ルシスに戻る前までここを使ってたから、食料とかは問題ないはずだ」

 

 アクトゥスが扉を開けてノクティスたちとルナフレーナを案内する。

 中に入って飛び込んでくるのは広い空間を持つリビングであり、オープンタイプのキッチンも備え付けられている。

 ラジオにソファー、観葉植物など、一人暮らしをしていたと思える様子の室内が彼らの前に広がっていた。

 

「上が寝室と書斎。んで、風呂もある。拠点にするには十分だろう」

「しかし……キッチンは使っていないようだな」

「どうせだからと付けたが、オレは料理やらないからな」

「一人で活動していたと言っていたが、普段は何を?」

「野宿の時は缶詰かカップヌードル。レスタルムにいる時は外食」

 

 あんまりにもあんまりなアクトゥスの返答にイグニスはダメだこの人、とでも言うようなため息をつく。

 とはいえルシス国内にある王の墓の調査に外交官としての仕事、さらにはニフルハイムに対する諜報員としても活動していたアクトゥスは多忙を極めている。

 人に任せられることは全て人に任せなければ到底こなせなかった仕事量であったと、今更ながらにアクトゥスは振り返る。

 

「今はイグニスがメシを作ってくれるからありがたい。美味い飯は心の活力だ」

「それがわかるのでしたら日々ちゃんとしたものをですね――」

「おっと、オレまで説教されるのは敵わん。話を真面目なものに変えるか」

 

 アクトゥスはおどけたように笑うと、懐から地図を取り出してテーブルの上に広げる。

 他の部屋を見ていた一行も集まってきて、地図に視界が集中していく。

 

「まず――ルシス国内で確認できたファントムソードは十本。場所は全部把握している」

「今、オレが持ってるのは四本だから……残り六つか。なんだ、すぐ集まりそうだな」

「そうだな。うち一つは特に試練もなく入手ができる」

「じゃあ実質五本か。案外サクッと手に入りそうだ」

「……そう簡単に行かないのが王の試練ってやつだ」

 

 楽観視するノクティスを生暖かい目で見ながら、アクトゥスは自分の知る王の墓所に印をつけていく。

 中にはルシス唯一の火山として有名なラバティオ火山も含まれており、他にも全てが森の中や洞窟の中、使われなくなった採掘場などが点在した。

 

「――これらがオレの把握したファントムソードの所在だ。このコースタルマークタワー以外は奥に王の墓所があることも確認してある」

「その一つだけ確認できなかった理由は?」

「付近に王の墓所があったんだが、そこから盗まれていた。シガイの仕業だと思って近くにあったそこに行ってみたが、最奥まで行けなかった」

 

 というより、一応の奥までは到達したものの、待ち構えるように立ちふさがるシガイの群れを倒す手間を厭ったのが大きい。

 一人で探索をしていた関係上、手持ちの魔法や体力が心もとない状況での無理は死に直結していた。

 

「アクトゥス様でも無理だったのですか?」

「出てくるシガイがボム系やらヨウジンボウ系ばかりで事故が怖かった。あと、かなり深い。無理をすれば行けなくもなかっただろうけど、帰りも考えるとどうしてもな」

 

 尤もなルナフレーナの疑問に答え、ここに行くなら最後がいいと付け加えてアクトゥスが話す。

 

「他の場所はこれに比べりゃそんなにキツくもない。屋外ならオレの案内、洞窟内部ならルナフレーナの補助があれば大体なんとかなる」

「は? ちょっと待て、ルーナも来るのか!?」

 

 さも当然のようにルナフレーナの同行を視野に入れた行動計画をアクトゥスが立てていることに、ノクティスは驚いて聞き返す。

 ノクティスはアクトゥスがここまでルナフレーナを守っていたという言葉から、てっきりルナフレーナはここに残って皆を待つのではないかと思っていたのだ。

 サポートすると言ってもモンスターと殴り合うことだけではない。ノクティスとしては拠点に戻った時に出迎えてくれるだけでも非常に嬉しかったりする。

 

 しかしそれを聞いたアクトゥスとルナフレーナはお互いに顔を見合わせ、不思議そうに首をかしげるばかり。

 

「あの、ノクティス様。確かに私はアクトゥス様のように戦うことはできませんが――」

「ことシガイ相手のサポートならオレ以上だよ。聖なる力ってのはお前の予想以上にシガイに対してよく効く」

 

 アクトゥスとルナフレーナが旅していた当初、どうしてもシガイとの戦闘が避けられない時が何度かあった。

 その時はアクトゥスが前に出て、彼の武器にルナフレーナが聖なる加護を付けて戦っていたことがある。

 鉄巨人系の動きこそ鈍重だが固いシガイが相手でも、ルナフレーナの加護があるだけでまるで薄紙のようにシガイの装甲を断つことができるのだ。

 

「いや、けど――」

「疑うようなら一度連れていけば良い。それとも――彼女に危ない場所に来てほしくないか?」

「……っ、悪いかよ」

 

 さて、どうしたものかとアクトゥスは頭を悩ませる。

 弟の悩みは感情に起因するもの。それに切った張ったの類をルナフレーナが行えないのも事実。

 万一を考えて連れて行かない、という選択肢もなくはない。シガイを相手にする効率が多少落ちても、彼女が不可欠というわけではないのだ。

 

 そんなことを考えていると、ルナフレーナが隣に座るノクティスの手を取る。

 

「へ、る、ルーナ?」

「私はノクティス様のサポートをするためにここに来ました。ノクティス様の過酷な旅のお力に少しでもなれれば、と」

「…………」

 

 ルナフレーナの静謐な表情に秘められた決意の固さに、ノクティスは二の句が継げない。

 ここまで強い意志を持って話す人間など、彼はレイヴスと会うまで見たことがなかった。

 仲違いしていようと、やはり兄妹である以上消えない共通点は生まれるのだろう。ノクティスは頭の片隅でそんなことを考えながら彼女の言葉を聞く。

 

「心配していただけるのは嬉しいです。ありがとうございます」

「あ、ああ」

「……ですが私も力になりたいのです。どうか、同行を認めてもらえないでしょうか」

 

 そう言ってルナフレーナはじっとノクティスの目を見る。

 仲間に助けを求めることもできず、ノクティスはどう答えたものか必死に頭を回転させ――

 

「――ルナフレーナ、少し焦りすぎだ」

 

 アクトゥスの声によって、助け舟が出されることになる。

 

「アクトゥス様?」

「お互い十年ぶりに顔を合わせたんだろ? ノクトにしてみりゃ婚約者を戦わせたくないってのも当然だし、ルナフレーナにしてみればずっとノクトの力になるために生きてきたんだから、力になりたいってのも当然だ」

 

 そう言ってアクトゥスは手を叩き、視線を自分の方に集中させる。

 

「折衷案で行こう。王の墓所で比較的楽な場所を教えるから、そこにルナフレーナと行って来い。楽と言ってもシガイがうじゃうじゃ出るし、道中も結構長い」

「……そこで私が力に成りうることを示せ、と」

 

 戸惑うノクティスを横目に覚悟を決めた表情でルナフレーナがアクトゥスを見るが、アクトゥスは否定するように手を振る。

 

「違う違う。お互いをよく知る時間を作ろうぜってことだ。ずっと会ってなかったんだろ? 相手のことを知る良い機会じゃないか」

「相手を、知る……」

「ルナフレーナの覚悟の程は理解しているつもりだ。けど、それはノクティスに押し付けるものじゃあない」

「……っ!」

 

 ルナフレーナは弾かれたようにノクティスを見る。

 ノクティスは急に話を振られて困りながらも、兄と婚約者の顔を見て口を開く。

 

「あー……ルーナの覚悟とか、まだオレにはよくわかんねえ。――けど、それって兄貴や親父が意図して遠ざけてきたんだろ?」

 

 自分が何も知らないまま、ただの人間として生きる時間を与えてやりたいと。

 ルシスが陥落し、父の訃報を聞き、歴代王やら六神の話を聞かされて振り回されて――その役目が自分にしか果たせないことも聞かされて。

 そして兄がなぜ王位継承権を放棄して外を飛び回っていたのかも聞かされて――ここまで情報を与えられて何もわからないほどバカではないつもりだった。

 

「……ま、さすがにわかるか」

「さすがにな。で、ルーナ」

「は、はいっ」

「さっき言った通り、オレは全然何も知らない。ルーナや兄貴は違うんだと思うけど、まだハッキリと言葉にしてもらったわけじゃない」

 

 だから、と言葉を続けてノクティスは照れたように後頭部をかきながら手を伸ばす。

 

「ルーナのこと、オレに教えてくれ。オレもルーナに知ってもらいたいこととか、あるからさ」

 

 おお、とノクティスの仲間たちが感嘆の声を上げる。どちらかと言えば内気で照れ屋な気質の強いノクティスがここまでハッキリと意思を表明するのは珍しい。イグニスなど無言で目頭に手を当てるほどだ。

 それを聞いたルナフレーナは呆けた顔をしていたと思うと、徐々にその顔が赤みを帯びていく。

 

「る、ルーナ?」

「あ、い、いえ……! ノクティス様にそう言ってもらえて、すごく嬉しいというか胸が一杯になったというか……」

「えっと……」

 

 今度こそ言葉に窮し、ノクティスが助けを求める用に周りに目を向けるとアクトゥスと目が合った。

 アクトゥスは弟の懇願の視線を読み取り、穏やかな表情で笑みを浮かべる。

 

「――全部終わったら式は盛大にやるか」

「今言うことかよそれ!?」

「暑いわー、この部屋暑くてたまらんわー。プロンプト君、窓開けてくれる?」

「うっす、アクトさん」

「あ、おまっ!」

 

 無情なことに兄は助けてくれなかった。むしろ率先して煽り始めていた。

 結局、二人の仲の良さが盛大に茶化される形でこの場での話は終わるのであった。

 

 

 

 

 

「んじゃ行って来い」

 

 とりあえずルナフレーナを連れて試練が特にない王の墓と、距離はあるがリード地方まで戻ったところにあるバルーバ採掘場を目指すことにする。

 目的地も決まったので早速行動開始――となったところ、アクトゥスは家で見送る体勢だった。

 

「兄貴は来ねーのか?」

「レガリアに六人も乗れないだろ。それにコルたちに指示も出さないとならん」

「コルに指示?」

「大雑把な方針だけでも誰かが決めないと組織ってのは効率的に動けないんだよ」

 

 個々人が最大能力を発揮したところで、方向性がバラバラならそれを人は烏合の衆と呼ぶのだ。

 そうならないためにも力の方向性だけは決めておく必要があった。

 

「へー」

「なに他人事みたいに言ってんだよ。戻ってきたら覚えてもらうからな」

「うっへ」

「そんな難しいことじゃない。基地をぶっ叩くか、物資集めに集中してもらうか、協力者集めを行ってもらうか、そのぐらいで良いんだ」

 

 元より人数も少なく、できることも限られているのだ。ならば彼らだけに戦闘を任せるのではなく、いっそノクティスたちが十全に動けるようにサポートしてもらう形の方が機能する。

 

「まあ後でも良いさ。そんじゃデート、楽しんでこいよ」

「王家の力を集めるって立派な目的があるっての!」

 

 ムキになるノクティスにアクトゥスはハッハッハ、と朗らかに笑いながら扉を閉める。

 もう見えなくなってしまった兄を考え、ノクティスはいっつもからかわれっぱなしだと顔をしかめるのであった。

 

 

 

「本当にあっけなく見つかるもんだな」

 

 アクトゥスの示した場所に向かうと、そこには何の試練があるわけでもなく王の墓所が鎮座していた。

 見つけにくい場所にあり、知らずに探したとなれば苦労しそうな場所だったが知ってさえいれば大した苦労もない。

 

「とはいえ、オレたちだけが独力で探すとなると骨の折れる場所だ」

「だな。で、中には何があるんだ?」

「そこまでは知らないってさ。鍵、持ってなかったんだろ」

 

 行ってみればわかること、と結論づけてノクティスたちは王の墓所に向かう。

 中に入ると静謐で陰鬱な墓所特有の冷やりとした空気が流れ込み、一行の顔が否が応でも引き締まる。

 

「ここが王の墓所……ルシスの歴代王の魂が眠る場所、ですか」

「ああ、ルーナは初めてか」

「はい。ここで試練が?」

「いや、ここまで来たらもう力をもらうだけ。見てな」

 

 ノクティスが手をかざすと、王を模した石像が抱いていた武器――慈王の盾が浮かび上がり、透き通った輝きを放ちながらノクティスの中に入っていく。

 

 慈王の盾。内政を重視し、民に繁栄と安寧をもたらした女王の盾。

 永い永い時を経て、また一つ新たな力が真なる王の元に集う。

 

「……うしっ」

 

 ファントムソードとしてノクティスの力となったことにより、ノクティスは自らの武器の使い方を完璧に理解することができる。

 

「おめでとうございます、ノクティス様。また一つ、強くなりましたね」

「ん、サンキュ」

 

 ルナフレーナの言葉にノクティスは言葉少なに感謝を返す。

 本当ならこの盾でルナフレーナも守る、と言いたいのだが――さすがにまだ難しかった。

 

「では次の場所に行こう。ここからリード地方まで一日で戻るのは難しいため、一度キャンプを挟むが……」

 

 イグニスはどう言ったものか、という顔でルナフレーナの方を一瞬だけ盗み見る。

 それに目ざとく気づいたルナフレーナは微笑みながらうなずき、この場にいる自分は仲間であることを伝えていく。

 

「今、ここにいるのは神凪ではなく、一人の人間としてのルナフレーナです。私も他の方のように扱ってください」

「……すぐにと言うのは難しいですが、努力しま――しよう」

「だな。ルーナも遠慮とかしなくて良いんだぜ。ここからは同じ道なんだ」

 

 ノクティスがそう言うと、ルナフレーナは華やいだ笑みを浮かべるのであった。

 

 ……余談だが、ノクティスたちが戻ってきた時に話を聞いたアクトゥスが馴染むの早くない? と内心で戦慄していたのはここだけの話である。

 

 

 

「さて、夕食を作らねばならないが――体質などで食べられないものはありませんか?」

「はい。特にそういったものはありません」

「良かった。では今日はバレッテの肉を使ったスープにしましょう」

「楽しみにしています。なにか手伝えることはありますか?」

 

 ふむ、とイグニスはルナフレーナの申し出に対し思案する素振りを見せる。

 ちらりとノクティスたちの方を伺うと、彼はプロンプトにグラディオラスとの歓談に興じている。

 ――これなら内緒話もやりやすい。

 

 イグニスは無言でルナフレーナを手招きすると、ノクティスを見ながら彼の秘密を教えることにした。

 

「ここだけの話ですが、ノクトは偏食の傾向があって野菜を食べたがりません。全く食べないわけではないので単なる食わず嫌いなのですが、これが意外と尾を引いている」

「まあ。ですが私の前ではそのようなお姿を――」

「見せたがりません。なので、これはちょっとした荒療治も兼ねています」

 

 そう言って、イグニスは小さく笑う。

 意図するところを正しく読み取ったルナフレーナも同じような笑みを浮かべる。見る人を安心させるような包容力のある笑みではなく、年頃の少女らしい悪戯っぽい笑みだ。

 

「婚約者の前ではいい格好を見せたいでしょうから、ルナフレーナ様は何食わぬ顔をしていただければと」

「ふふっ……イグニス様はノクティス様の母親みたいですね」

「小さい頃から面倒を見ているだけですよ。では――」

 

 小さな秘密を交わし、微笑み合うとイグニスは本格的に調理に取り掛かる。

 真っ赤な実を覗かせるテーブルビートを具として使うものと汁に使うもので、大振りに切ったのを細かく刻んだものを分けていく。

 火を通すことで甘味が増し、美味しいスープになるのだ。

 

 具はバレッテという亀のような甲羅を持ったモンスターの肉。

 どちらかと言えば癖が強く、好き嫌いの分かれる味なのだがそれを万人受けするよう調理するのも料理人の腕の見せ所。テーブルビートのスープとはよく合うのだ。

 今回は歯ごたえを楽しめるようにそのままの肉と、リード芋と混ぜ合わせて主食としての色合いを強めた肉団子を入れることにする。

 

 予め炒めて火を通した肉と、肉団子をスープの中に入れ、リード芋が仄かに赤く色づいてスープを吸い込んだ辺りが食べごろである。

 ゴロゴロとスープの海を転がる肉と芋の具材がスプーンを持つ者の手に嬉しい重みを伝え、口に運べばテーブルビートの甘味とそれを存分に吸い込み、しかし食材本来の主張を損なうことのないバレッテの肉が存分に旨味を伝えてくれることだろう。

 

「さて、完成だ。明日は王の試練になる。英気を養ってくれ」

 

 イグニスの手から配られたそれを見て、ノクティス以外の面々は顔を輝かせた。特にプロンプトは自身の好物でもあるそれを見て一際喜んでいた。

 だがノクティスの顔が一瞬だけうんざりするようなそれになったのを、イグニスは見逃さなかった。

 素早くルナフレーナに目配せすると、彼女も心得たのかすかさずノクティスに声を掛ける。

 

「美味しいですね、ノクティス様!」

「へ? ――あ、ああ、おう。美味いよな!」

 

 もともと食わず嫌いなだけなのだ。全く食べられないというわけではない。

 それに今はルナフレーナもいるのでノクティスも見栄を張ろうとする。

 この機にノクティスの好き嫌いを全てなくしてしまおう、とイグニスは壮大な野望を燃やすのであった。

 

 

 

「――さて、明日は王の試練に挑むことになる。あらかじめアクトゥス様から情報は得ているので、共有させてもらおう」

「長くなりそう?」

「手早く済ませるつもりだ。アクトゥス様も特筆したところはないと話していた」

「じゃあ楽勝ってこと?」

「このメンバーなら心配はないとも言っていたな。だが、相手がシガイとなる以上、情報はもらっている」

 

 そう言ってイグニスはレスタルムを出発する前に聞いていた情報を開示するが、彼の言葉通り死活問題に直結するような情報はなかった。

 出てくるシガイにしてもゴブリン種とヨウジンボウ種が多少いる程度と、ヨウジンボウ種以外に恐れるような相手はいない。

 

「ヨウジンボウ種は気をつけた方が良いな。あいつの居合は一撃で戦闘不能にしてくる」

「その辺りは私が請け負います。イグニス様、良い機会ですので私の力についてお話しても?」

「私も聞きたいと思っていたところでした。アクトゥス様から聞いた限りだと、シガイに対して強い力を発揮すると」

 

 うなずく。イグニスもあらかじめ聞いておいた内容を紙にまとめてあるため、取り出して読み上げる。

 

「実戦でいきなり目にする、というのも怖い話なので効果だけは聞いてあります。確認しても?」

「はい、お願いします」

「ではまず――モンスターからの攻撃をある程度肩代わりしてくれる防壁を張る魔法、プロテス」

「私の力量次第、という注釈がつきますが……極端に強い一撃を受けても必ず一度は耐えられます。ですが連続で使用できるようなものではないので、過信はしないでください」

「不慮の事故を防げる可能性が上がるってことか。前で戦う側からすれば十分すぎますよ」

 

 グラディオラスの言葉にルナフレーナははにかんだ笑みを浮かべる。

 アクトゥスも戦闘時はこれの恩恵を受けていたが、それでも慎重に立ち回ることを心がけていた。

 なにせ彼は自分が倒れたらそのままルナフレーナも終わりなのだ。戦闘になること自体を極力避けていた。

 

「そしてもう一つ。――シガイに対して強い効果を見込める付与を行う、とありますがこれは……」

「ホーリーウェポン。アクトゥス様の言葉を借りることになりますが、鉄巨人やウルフマライターが紙のように切り裂ける、と仰っておりました」

 

 そりゃすごい、というような感嘆の吐息が一行から漏れる。シガイの頑丈さは皆が知っているが、その中でもルナフレーナが今挙げたものの頑丈さは群を抜いているのだ。

 そもそも通常攻撃や魔法の効果が全体的に薄い。しかも本当に鉄の塊を殴っているのではないかと思わせる硬さもあって、本当に相手をするのが面倒なのだ。

 

「あとは戦えなくなった方の回復と、一人だけではありますが、速度の上昇。私に扱える魔法は以上となります」

「補助、回復に特化したものと考えて良さそうだ。――本当に助かります。我々だけでは回復を専門に行える者はいなかった」

 

 内容を確かめたイグニスは相貌を緩めてルナフレーナを見る。

 バトルというのは攻撃するだけで全て勝てるものではない。前線で戦うものが十全に動けるように援護する役目も外せないものだ。

 

「では今日のところは休み、明日に備えましょう。ルナフレーナ様のお力もある以上、不甲斐ない姿は見せられないな、ノクト」

「言われなくてもわかってるっての。ルーナ。力、貸してくれてサンキュな」

「そう言っていただけるなら、私も嬉しいです」

 

 ノクティスの言葉に微笑みながら、ルナフレーナは自分の選んだ道が間違いでないことを実感する。

 ルシスが陥落したあの日、ダイヤウェポンと呼ばれる超大型シガイすら退け、激戦を生き延びたアクトゥスの伸ばした手を掴んで良かった。

 その結果が今、王の使命と彼なりに向き合い、試練の中で一歩一歩進もうとしているノクティスの隣にいられるのだ。

 愛する者の隣に立てる幸福を噛み締めながら、ルナフレーナはそっと笑みを零すのであった。

 

 

 

 

 

 バルーバ採掘跡。

 かつてはここでルシス国内の主要産業である車の製造に用いる鉄などを掘り出していたのだが、今となっては鉱脈も枯れ果て、シガイの住処となってしまっている場所だ。

 

「エレベーターがある。しかもこれ電気もあって使えそうだ。結構最近まで動いてたのかな」

「かもしれないな。ゴブリン系のシガイが多くいるため、ルートは確実に近づける方で行こう」

「先導するぜ。何が出てくるかわかんねえから、全方向に注意を向けろよ」

 

 グラディオラスが先行し、イグニスがアクトゥスより確認した地図を持ち、ノクティスとプロンプトが周辺を警戒する。

 シガイが出てもノクティスが雷を纏った槍を一薙ぎするだけで、ゴブリンはあっさり四散する。

 神々二柱を宿した彼の力もまた、シガイに対して大きな威力を有するようになっていた。

 

「どんどんノクトも強くなってくよね。向かうところ敵なしって感じ?」

「だといーけどな。大物相手にこう行くとは限らねえ」

 

 王の力を得て、神々の力を得て、ノクティス自身の力も磨いて――それで本当に帝国軍に勝てるのか。

 魔導兵による数の力は脅威的で、個の力も決してあなどれない者がいくらか存在する。

 それらを相手に守りたいものを守るのであれば――きっと、数の多寡も個々の質をも歯牙にかけない力量が必要になる。

 

 ノクティスが顔を上げると、トロッコの線路を通すためだけに作られた細い橋の上に、着流しと刀を携えた侍風のシガイ――アラムシャが佇んでいるのが見えた。

 先頭を歩いていたグラディオラスが大剣を構え、鋭い目でにらみつける。

 

「っと、ちと大物だ。足場が悪い、戦うぞ」

「……強くなんねーとな」

 

 握る拳に力が灯る。気合の入った瞳でノクティスは前に進み、アラムシャと相対していたグラディオラスの前に出る。

 

「あ、おい!」

「悪ぃ、ちょっと自分の力を試してみてーんだ」

 

 グラディオラスの制止も聞かず、ノクティスは自身の武器であるエンジンブレードを手にアラムシャの前に立つ。

 それを一騎打ちの申込みと受け取ったのだろう。アラムシャの顔らしき部位に確かな笑みが浮かんだように見え――次の瞬間には神速の抜き打ちがノクティスのいた場所を薙ぎ払う。

 

「――ふっ!」

 

 軽い呼気と共にそれを見切って回避し、懐に飛び込む。

 エンジンブレードを振るうと、アラムシャは素早く後ろに飛び、懐から何かを取り出して弾いてくる。

 それが弾丸に等しい威力を持つ硬いなにかであることを見抜いたノクティスは、素早く盾を構えて防御の姿勢を取る。

 

 軽い衝撃を何度か盾越しに感じ――直後、頭上にできた影にエンジンブレードを合わせた。

 火花が散り、ノクティスの手に刀を弾いた硬質な感触が伝わる。

 

「ォラァッ!!」

 

 しびれにも似たそれを振り払い、強引に一撃を放つ。

 今度は直撃したが、シガイを一撃で葬るには至らないのか反撃の刃が彼の首を取ろうと迫る。

 ――そこにノクティスは好機を見出した。

 

「っと!」

 

 後ろ手に回した左手から短剣を召喚し、真上の岩盤めがけて突き刺す。

 自分の力とはアクトゥスと同じ、シフトを駆使した力のことだ。ならば狭い足場に固執する理由などなく、存分に空中だろうと壁だろうと使えば良いのだ。

 

 シフトからシフト、攻撃から回避、回避から攻撃。一瞬たりとも足を止めず、三次元に動いてあらゆる方向から攻め立てる。

 無論、アラムシャもただではやられない。攻撃の瞬間には近づく以上、斬撃を当てる瞬間はやってくる。

 刀を振るい、シフトとシフトの一瞬を狙った刃が何度もノクティスの身体を捉えるが――

 

「たゆとう光よ、見えざる鎧となりて小さき命を守れ――プロテス!」

 

 その都度、ルナフレーナの魔法によって生み出された光の障壁が彼を守っていた。

 そうして何度かの交錯の後、やがてアラムシャの身体が膝を折るのであった。

 粒子となって溶けていくシガイを見て、ノクティスは確かな手応えを感じて拳を握る。

 

 今のシガイ――神々の力と王の力を振るっていれば、容易に片付けられる存在でもあった。

 だが、王の力も使わないノクティスの力のみでは強敵だった。

 受け取った力の強大さ。そしてそれらに頼らない自身の力の立ち位置、というものを定めるのに良い敵だった、と思い返していると肩を力強く叩かれる。

 振り返るとグラディオラスが勝利の快哉を上げながらノクティスに肩を回していた。

 

「ったく、ヒヤヒヤさせんなよ。もう少し危なかったらオレが飛び出してたぜ」

「うっせ。オレ一人の力ってのを確認したかったんだよ」

「ルナフレーナ様にも手伝ってもらったけどな」

「っぐ……。ま、まあそうだな。ルーナがいなきゃ危ないところがあった」

「おっと、ルナフレーナ様がいるから素直だな。普段からそうなら良いんだが」

「普段が素直じゃねえみたいなこと言うなよ」

 

 その態度が素直じゃないのだ、とグラディオラスは笑いを噛み殺しながら思う。口に出すと間違いなく拗ねるので、今回は頑張った王子に花を持たせようと黙っておく。

 グラディオラスから身体を離したノクティスはルナフレーナの方に近づくと、照れくさそうに頬をかきながら言葉を選んでいく。

 

「あー、その……すげえ助かった。オレ一人じゃ勝てなかったかもしれない」

「いえ。ノクティス様のお力になれたなら嬉しいです。余計なお世話ではありませんでしたか?」

「そんなことねえって! オレも自分がまだまだだって思ったし――強くなりたいって思った」

 

 これ以上の言葉を重ねるのは恥ずかしさが勝ったのか、ノクティスは後ろを向いて続きを話す。

 

「絶対、強くなるから。……ルーナを守れるくらい」

 

 最後の言葉は掠れるような声量で、それっきりノクティスは前に進み始めてしまう。

 残されたルナフレーナはぽかんと驚いたように口を開けていたが、後ろからイグニスとプロンプトが声をかけてきて正気に戻る。

 

「あのー……ノクト、すごい照れ屋なんですよ。だからあれでもすごい頑張ってた方って言うか」

「思ってもないことを言う時もあります。あまり気になさらないでください」

「いえ――いいえ。ノクティス様の言葉、嬉しく思っていますから」

 

 言葉が足りない王子のフォローをしようと思ったのだが、返ってきたルナフレーナの言葉は喜色満面とも言うべきそれで、逆に言葉がなくなる二人。

 そんな二人を尻目にルナフレーナはノクティスを追いかけて先に進んでしまったため、イグニスとプロンプトは顔を見合わせるのであった。

 

「……案外、割れ蓋に綴じ鍋?」

「あばたもえくぼかもしれんぞ」

「イグニス、結構ひどいこと言ったりするよね」

 

 仮にも自分が仕えている王子にひどい言い草である、とプロンプトは呆れた目でイグニスを見てしまうのであった。

 

 

 

 その後、何事もなく一行は新たなる王の力――飛王の弓を手に入れてアクトゥスの待つレスタルムに戻るのであった。




腱鞘炎やったり仕事の配属が変わったりで色々大変でしたが、なんとか続けていきたいと思いますのでよろしくおねがいします(土下座)

あとサブクエはガリッと端折る部分は端折ります。具体的には王の力集めやら何やら。その分アクトゥスやルナフレーナを混ぜたオリジナルクエストはいくつか入れる予定なので許してください(五体投地)


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