宇宙旋のワーグナー (Takayuki Amatu)
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1話
この世には、様々な『天才』が存在する。神が、そのような天才を死ぬままにしておくことは、勿論なかった。
天界の戦争が激化してしばらくが立った頃、神はある部隊を組織した。戦争も特殊部隊も、初めてではなかった。天使も神も、全能ではない。集まれば、何かしらのいざこざは起きるものだ。しかし、このように、人材を集めるための物は、これまで全くなかったに違いない。その名も「エンジェル・ヘッドハンターズ」。下界に降り、人間の天才たちと契約し、次の輪廻転生を天界に固定する。こうすることで、天界はあふれるほどの人材を手にすることができる。一時的でしかないが、まさしく、天界に必要不可欠な部隊と言えよう。そして、当然といえば当然だが、『エンジェル・ヘッドハンターズ』の中で最も優秀なメンバーは、私の直属の上司であり、天使序列1位であるディージェだった。
ディージェは、天才の中の天才、天使の中の天使だった。地方神を自在に操り、時空の彼方へ飛んでいくディージェは、市民の憧れの象徴だった。部下の私から見ても、なかなか魅力的な上司だったかもしれない。
私が彼についての記録を作ろうと決心したのは、『図書館』の司書になって、少し立った時だった。その日は、美しい、とは言えない曇りの日だったが、雲の間から、ちょうど滝のように光が差し込み、美しい「天使のはしご」を構成していた。重厚でありながら、時に優しい印象を見せる『図書館』は、珍しく私への来客を招いていた。来たのは、モーツァルトだった。彼もまた、私達に引き抜かれたものだった。彼は私に言った。「アイツ」達が、どこかに消えてしまったと。そして、私の上司が、それを追って行ったこと。そういえば、彼はこんなことも言っていた。また、何かのトラブル-天界を揺るがすほどの、大事件が起こるかもしれない、と。
最初は、私も、「ディージェ記」の製作に、あまり乗り気ではなかった。私の意思を決定したのは、ディージェが私に持ち帰ったある記録だった。そして、私は思ったのだ。このくらいなら、私にも書ける、と。自惚れていたわけではない。自分の実力と、記録を書き残すための文章力とを分析し、あの結論にたどり着いたのだ。しかし、あの文章に敬意を払い、一章は加筆だけにとどめることにする。
-そろそろ、物語を始めよう。導入はまだ続くことだし、これ以上ダラダラと伸ばしたところで、百害あって一利なし、だ。
次元は「3」。物語の始動。
正直、ここに戻ってくるのは相当後になるでしょう。次から本番です。
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音合わせ-前奏曲も、ついでに済ませておこう
率直に言おう。僕は、歴史書を書くつもりはない。したがって、USRFOM(Universal Space Robot Fight Of Music:ウサーフォム)の歴史について、ほとんど語るつもりはない。そのことについて知りたい者がいた場合は、宇宙ウサーフォム協会から発売されている公式ファンブックを購入してもらいたい。しかし、もしこの世界的に有名なスポーツを知らない読者がいた場合のために、少しばかりウサーフォムの概要を話そうと思う。
ウサーフォムが、全世界宇宙音楽ロボットファイトの略称だということは、前述したとおりである。簡潔に言えば、音楽の振動エネルギーで動くロボットを戦わせるーそんな競技だが、普通のロボット空手と違うところは、その動力源となる音楽も採点されるところと、ー名前に「宇宙」と付いている時点で、競技の行われる場所は察せるだろう。
選手は、大きく分けて三種類だ。指揮者、演奏者、パイロット。僕の先祖は作曲家だったが、僕は指揮者だった。パイロットは、残念ながら、もう取られていた。僕の人生で、最も忘れがたい「親友」に。
さて、どうやら音合わせが終わったようなので、そろそろ前奏曲に入ろう。ワーグナーの第二の伝説を始めるのも、そろそろ頃合いだ。君たちも、もうそろそろ飽きてきただろう?
話は、20年前のドイツまでさかのぼる。2057年。
僕が、最初に指輪を目指した年だ。
かわいそう。
鏡に写った自分の顔を見たときに、そう思った。どんなに目を凝らしても、その像は、まるで陽炎のように、揺らいで見えた。ちょうど、絶滅した動物の図鑑を見ているかのような感覚だった。16歳のはずだったが、僕の顔は、30歳まで老け込んで見えた。疲れているのだろう、と自分に言い聞かせないと、疲れを実感できなかった。
終わりのない自分とのにらめっこを打ち切りにし、僕は現実に目を向けた。さながら疲れに向かって撃ち込まれる弾丸のように、2通のメールが目に飛び込んできた。
―メール壱―
セザールからの遊びの誘いだった。僕の人生の中で、メールを見ないで消したのは、その時が最初で最後だった。あいつも、悪いやつではなかったが、いかんせん間が悪かった。
―メール弐―
二通目のメールが届いたときほど、僕が喜んだこともなかっただろう。ラーズからの、新入りについての報告だった。ドイツの新生チームに入ろうという音楽家も、そのときは少なかったのだ。ドイツ語は話せないが、英語はわかるらしい。指揮者との面会を期待しているとのことだったので、午後からと言っておいた。
天才だそうだ、その新入りは。
天才。いい言葉だ。大抵の場合、あって困るという言葉ではない。しかし、何が「天才」を定義するのだろう?一般人からすれば、僕も十分天才なはずだ。少なくとも、僕の知り合いに、ウサーフォムの指揮者は数えるほどしかいない。だが、もっと上にいる人からすれば、僕は十分天才ではないかもしれない。天才に「十分」なんてものがあるかどうかはわからないが。
閑話休題。
まだ,午後まで少し時間があった。何をしようか?寝ようにも、今寝れば、明日まで寝過ごすことは必然だった。僕の寝起きは、絶望的に悪い。趣味でもして気を紛らわせようとしたが、そもそも僕には趣味がなかった。こういうとき、セザールがいれば、少なくとも暇は潰せただろうが、いたところで、今の百倍は疲れそうだった。
「運命」という言葉を使うことがある。逃げられないこと、巡り合わせ、通り道。彼女にとってのそれは、 長いこと訪れなかったが、とあるウサーフォムの新人指揮者と出会ったときに、まるで堤防に抑えられていた水がどっと流れ落ちるように、突然やってきた。
この人はいい―見た瞬間に、そう思った。流れるような金色の髪は、丹念に切られ、美しくまとまっていた。端正な顔に開いた蒼い目は、まるで魔法の大釜のように、彼女の心を吸い込んでいった。アーリア人なことに間違いはなかったが、体は細く、可憐な印象すら感じられた。
「 Wer ist dieser kleine Schaum, Lars? 」
その言葉は、突如としてその指揮者の口から発せられた。彼女は、ドイツ語はまるでわからなかった。ドイツ語というものは、スペイン語などと違い、英語とほとんどアクセントを共有しない。初見でドイツ語のニュアンスを理解するのは、ほとんど不可能に近かった。
「で、この糞みたいにすまして座っているおチビちゃんはどこのどいつだ?」
ラーズが青い顔をしたが、僕は無視した。目の前のチビがドイツ語を理解できないのは、僕にしてみたら、一目瞭然だった。ラーズも、僕の精神病のことはわかっているはずなのに、一見平静を保っているように見えるが、その顔は快晴の空に黒の絵の具をぶちまけたような色をしていた。
小さい、アジア系の女だった。日本人だろうか?まだ小学生のようだった。セザールに見せたら、狂喜乱舞して、三週回って僕に土下座し、なんでも言うことを聞くだろう。天才とは思えなかった。
「英語は話せるか?」僕は少しばかり驚いた。この問いに、女が反応したからだ。考えたら、わざわざドイツまで来ているのだ。英語くらい、できないはずがない。
「はい!でもドイツ語はまだまだなんです。今習っているんですが...」
「何歳だ?」有無を言わさぬビジネス面接。これを破ったのは、それこそセザールくらいだ。
「えーと...十三、です」
十三!?僕は十六だ。これでも、一部には「超新星」と呼ばれていたのだが。
「昨日誕生日だったんですがね、ウサーフォムは十二歳以下はできないので...」
「専門の楽器は?」僕の背中を、冷や汗が伝って行った。放っておくと、またたく間に女のペースに巻き込まれる。十三歳に。
「はい!ピアノでーす!」
でーす!だと?この女は、いつも僕の精神を逆撫でしてくる。初対面の相手にもこう感じさせられるのだから、確かに天才なんだろう。
僕は、ラーズを見た。顔の青みが消えたラーズは、粛々と部屋を退出し、グランドピアノを押して戻ってきた。どうやら、ラーズは、僕の視線の、都合の良い部分だけを受け取ったらしい。得意顔の秘書官殿に、僕はなんと言えばよかったのか?
とにかく、グランドピアノを持ってきたのは、お手柄の言う他ない。この女を切るか引き込むかが、一瞬にしてわかる。僕の心の中の天秤は、若干「さようなら」の方向に傾いているが。お手並み拝見といこうじゃないか。
「『ラ・カンパネラ』、行きます!」
―セザールによると、その時の僕は「フラグ」というものを立てていたらしい。それも、死亡フラグという、フラグとやらの中でも最上級のやつをだ。
「む...」
最初にピアノの前に立ったときから、彼女は「化けた」。全人類老若男女、楽器を演奏する時に、独特のオーラを放出する。彼女のオーラは、巨大な宝石の原石、といったところだった。
オーケストラと違い、1楽器につき一人しか演奏できないウサーフォムは、個人個人の才能が結果に強く影響を及ぼす。オーケストラをアイドルグループと例えるならば、ウサーフォムはさしずめミス・ユニバースとなる。彼女は、以外にも、十分「優勝」を狙える選手だった。
彼女のピアノソロ「ラ・カンパネラ」は、粗削りな面もあったが、僕を心地よい音楽の世界に取り込んでくれた。いや、粗削りなところがいい。僕の職人的な気質が、この天才を完成させることを嘆願し始めた。
「 schön...」
美しい、と思わず呟いてしまった。この女を引き込めば、人生丸ごと振り回されるぞ―理性のそんな助言を聞き入れる気は、とてもじゃないが、なかった。僕のチームは、人材がいる。一人でも無駄にできない。
「Danke.―ハンス・ヴォルフガング・ワーグナーだ。僕のチーム『ヴァーグナースフェストゥング』に歓迎しよう。名は?」
「一念咲です!よろしくお願いします!」
日本人か―
恐らく、革命となる。
投稿は、相当不定期になりそうです。次はいつになるかな?
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