収集癖ヲ級 (モンペ忍者。)
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1.彼女は

初投稿です。
テストがてらに不定期でやっていきます。
暇なときにでもどうぞ。


 

 

 

彼女は満足していた。

 

 

 

特別裕福だったわけではない。

交友関係に富んでいたわけでもない。

まして地位や名誉に恵まれたわけでもない。

 

 

 

彼女は無一文で、孤独で、無名だった。

それでも彼女は幸福だった。

 

 

 

彼女は最初から何も持っていなかった。

あるのは帽子のような何かと黒く不気味な杖。

しかしそれは彼女の一部であり、所有物ではなく己の手足そのものだった。

だからそれらが自身の持ち得るものとは思わなかった。

何も持たず、何も知らず、何も分からぬままに。

ただ自身だけがそこにいると、そう思っただけだった。

 

彼女は運が良かった。

 

彼女が世に産み落とされ、今いる場所にたどり着くまでに一度として誰かに出会うことはなかった。

揺蕩う海で永い時を漠然と漂い続け、ようやくたどり着いた場所で初めて自身から望みが生まれるのを知った。

それは手に入れることが容易く、失う可能性も限りなく低く、そしてなにより尽きるということがなかった。

永住を決意するのに時間はかからなかった。

 

彼女は幸せだった。

 

彼女はその生まれにしては珍しく悪意とは無縁だった。

生まれてから孤独で、敵も味方も知らず、本来知るべき『(ことわり)』を知らなかった。

だからこそ彼女は自分の望むままに生きてこれた。

誰にも知られることもなく、ただ自由に。

 

故に彼女は幸運だった。

 

 

 

白い素肌に白黒基調の衣服。

たなびく暗黒色のマントは威厳を感じさせる。

歪な杖を片手に海を駈け、異形であることを表す巨大な怪物の口をあしらった帽子。

整った顔立ちは魔性の美女そのもの。

 

彼女に名前はない。

だが彼女の姿を知るものならば総称にして通称であるこの名で呼ぶだろう。

 

深海棲艦"空母ヲ級"と。

 

 

 

 

 

彼女の朝は早い。

朝の四時に起床し、まだ外が暗いにも関わらず散策を開始する。

彼女の寝床は森の奥にひっそりと建てられている廃屋だ。

生い茂る草や木々に隠されパッと見ただけでは誰も気づかない。

現に彼女も偶然が味方しなければ見つけることは叶わなかっただろう。

しかし知った今ではどこよりも安全な秘密基地である。

 

話を戻して彼女が散策を始め、森を抜けた先。

船を停められるような場所はなく、せいぜいボートやヨットを打ち上げて置いておくくらいしかできないような一見して何もない砂浜。

 

だがそここそ彼女が日課としている場所。

よくよく見てみれば砂浜のあちこちに鈍く光るものが埋まって顔を出している。

それを確認した彼女は無表情ながら満足そうに頷き、早速いつもの作業に取りかかる。

 

手にはめられた漆黒の手袋を外し、透き通るような白く美しい指で無遠慮に砂を掘る。

さくさくと音を立てて砂が容易く抉れ、埋まっていたそれが姿を現す。

 

それは決して小さくはない薬莢。

未使用のまま、いつでも凶弾として襲いかかることを誇示する鈍色の牙。

通称"弾薬"と呼ばれるそれが、砂浜のあちこちに埋まっていた。

 

彼女は戦ったことがない。

集めることだけを目的とし、それに自分の生涯を懸けている。

本来弾薬は戦争の道具であり手段の一つだ。

手段が目的となる失敗談はよくあるが、しかし彼女にとってはそれ自体が最初から目的だった。

 

故に彼女の生涯は失敗談になり得なかった。

 

一つ、また一つと砂を掘り返し、弾薬を拾い、眺め、そして帽子の大きな口に押し込む。

彼女の日課は、ただただそれだけだった。

 

稀に変わった形の弾薬が埋まっていることもある。

彼女はその変わった形の弾薬を見つけると目を輝かせて喜んだ。

本人は気づいてないが、それらは人から言わせれば三式弾や、九一式徹甲弾と呼ばれる強力な武器である。

もちろんそんなことを知らない彼女にとっては、ガチャでSレアを引くのと何ら変わらないただの収集アイテムにすぎないのだが。

そうして砂浜に埋まっている弾薬を隅から隅まで掘り返した彼女は、今日は豊作だったな、と、ほくほくした無表情で元来た道を帰ってゆく。

時間は五時半を回っており、すっかり明るくなった空が何もない殺風景な砂浜を照らしていた。

 

 

 

森の中に戻った彼女は迷うことなく足を進め、あっさりと廃屋までたどり着く。

 

ボロ小屋は半ば崩れているものの、雨風をしのぐための屋根は機能している。

加えて鬱蒼と繁る森は光だけでなく風を遮る役割も果たしているようだ。

成る程、湿気の強さはともかく吹き飛ばされる心配はなかった。

 

部屋の中へと入り、早速彼女は慣れた手つきで薄暗い部屋の隅から木箱を引きずり出してくる。

これも年期の入ったくたびれっぷりだった。

蓋を開ければ中には山ほどの弾薬、弾薬、弾薬。

彼女の今まで集めてきた努力と愛の結晶。

そこに今日、また新しい仲間が加わる。

 

帽子の中から取り出した弾薬一つ一つを丁寧に納めていき、その全てが収まりきると、彼女は満足そうに鼻息をふんすと鳴らした。

 

その後、彼女は眠るまで山積みの弾薬を眺め続けるのである。

嬉しそうに、楽しそうに。表情一つ変えずに。

ずっと。ずっと。

 

それが彼女の日課だった。

 

 

 

彼女の住む島は誰も知らない小さな無人島。

弾薬が砂浜から生まれる不思議な不思議な宝島。

ただ一人だけの楽園。

ただ一人だけの箱庭。

 

 

 

彼女は無一文で、孤独で、無名で、幸せ者だった。

 

 

 




【理】ことわり
道理。この世の自然な在り方。
曲げたり引っ込んだりできる柔らかいもの。
諦めた者がたまに使う言い訳の言葉。


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2.木箱を

改めまして。
お目を留めていただきありがとうございます。
ごゆっくりどうぞ。


 

日の差さない曇り空。

今にも雨が降りそうなじめっとした空気。

 

その日、砂浜にはある異変が起きていた。

 

 

 

彼女がいつもの日課をこなすために砂浜へと赴くと、そこには大きな異物が一つ、堂々と置かれていた。

 

近づけばそれが何かはすぐに分かった。

彼女の腰ほどもある大きめの木箱。

しかもそれほど古くはないようで、波打ち際で波に曝されながらもしっかりと形を留めている。

 

昨日はそれほど海が荒れていたのだろうか。

 

だがそこは収集癖に生きてきた彼女。

そんなことを考えながらあろうことかその不自然な箱を横目に砂に埋まる弾薬を拾い集めていた。

全てにおいて優先されるは己が生き甲斐ということか。

 

 

 

一通り弾薬を集め終えた彼女はようやく箱に手をかけた。

周りは綺麗に砂だけになった。

ならば後は、と持ち上げてみることにした。

 

ずしりと両腕に掛かる負荷に内心彼女は驚いた。

──予想以上に重い。

 

深海棲艦である彼女は世間一般で言う『異形(いぎょう)』に該当する。

怪物、人外などと呼ばれるように、彼女もまた人ならざる身体能力を持つ。

 

例えば鋼材がみっちり詰まったドラム缶程度なら難なく運べるほどに。

 

そんな彼女が驚き、あまつさえ重いと腕に力を込めること事態がその木箱の異常性を物語っていた。

 

いくらなんでもおかしい。

ようやく木箱に興味を抱き、その蓋に手をかけ力を込めて遠慮なくひっぺがす。

ばきりと蓋がひしゃげる音がした。

 

そうして過剰な重量の正体を知るべく箱の中へと顔を覗き込み。

 

 

 

「びゃっ」

 

彼女の口から引きつった悲鳴が漏れた。

 

この時ヲ級、初めての発声である。

 

 

 

記念すべき奇声を発した木箱の中身。

 

それはうずくまって動かない、小さな女の子だった。

 

 

 

 

 

彼女は誰にも会ったことがない。

たった一人で永い時を生きてきた。

何年にも渡り孤独の中に囚われていた彼女は、自らがなんなのかを終ぞ知ることが叶わなかった。

 

知るはずがないのに。

 

彼女はそれがなんなのかすぐに理解できた。

いや、名前は分からない。

分からないが少女がどんな存在かは分かってしまった。

 

これは『私を殺す存在』なのだ。

 

嗚呼、そうか。

道理で悲鳴が出るはずだ。

 

 

 

危機感よりも、何故か悲しみの感情が前に出た。

 

もしかすれば彼女とて生まれた頃は、有象無象と同じ憎しみと敵意に身を染めていたのかもしれない。

もしかすればかつて彷徨っていた理由は悪意をぶつける為だったのかもしれない。

 

だがそれも、孤独と時間が解決してしまったのだろうか。

 

今となっては分かることはなにもないけれど。

 

その小さな女の子を見た彼女の心の中に湧いて生まれたものは。

 

深い憐れみと、僅かな感謝だった。

 

 

 

今日まで出会わないでいてくれて、ありがとう、と。

 

 

 

もしもっと早く怨敵(あなた)に出会っていたら。

 

彼女(わたし)は今、この場には立っていないのだから。

 

 

 

 

 

さて、彼女の膝ほどある大きな箱と言えど、人が一人入るとなると相当狭い。

さらにいえば少女は背中にその身には不釣り合いな大きな機械を背負っていた。

必然的に箱の中で膝を抱えるように身を縮こまらせていた。

だが相当乱暴に蓋を開けたにも関わらずぐったりとしており動かない。

 

早くも彼女は箱の中身の対処に困り始めていた。

弾薬集め以外の知識が皆無では無理もないだろう。

 

砂浜に置かれた異物が箱だと分かったが、その中には機械と少女。

彼女にとっては酷く出来の悪いマトリョーシカなのだ。

とてもじゃないがまともな思考は追い付いてこない。

 

しかしそこで彼女は一つの可能性に行き着く。

 

─もしかしたら。

 

 

 

 

 

慎重に、ゆっくりと箱を持ち上げ、ずらすように動かしてゆく。

ざりざりと音を立てるそれに内心冷や汗をかきながらも、少しずつ、少しずつ。

ちょうど一箱分ずらしきったところで、ようやく彼女はその手を止めた。

 

そして。

彼女の思惑通り。

先程まで箱が置いてあった場所には。

弾薬が一つ埋まっていた。

 

 

ヲ級、これにはガッツポーズ。

 

 

ご機嫌に拾い上げ、帽子の中に仕舞う。

これで今日の分は全て回収できたと満足げだ。

 

箱入り娘問題は棚上げしていることにも気づかずに。

 

いい汗をかいたことがきっかけなのか、再び彼女の中で一つの考えが浮かんだ。

直後、その何気ない思考は電流となって名案をもたらした。

 

 

 

 

 

そういえば最近入りきらなくなってきたなぁ。

 

 

 

 

 

箱、入れ物にちょうどよくない?

 

 

 

 

 

そう、彼女は木箱の中身ではなく、箱そのものに注目したのだ。

こうしている間にも中にいる少女は顔色の悪いまま、下手をすれば生命に関わる状況なのかもしれないというのに。

 

あろうことか、そう、あろうことかこの弾薬収集中毒者ヲ級は。

新たな弾薬の保管方法を思案していたのだ。

 

しかしそれも無理のないこと。

彼女は知らないのだ。

命とは危機に陥ることがあることを。

生命が失われる可能性があることを。

 

 

 

そうと決まれば彼女の行動は早かった。

 

動かないちびっこなど恐るるに足らず。

やる気に満ちた無表情は止まることを知らず。

 

彼女は少女の脇を抱えて箱から持ち上げた。

 

ずしり。

箱を抱えたときと同じ重さが腕に掛かった。

成る程、と改めて納得する。

原理は分からないが箱の異様な重さはこの少女が原因らしい。

 

ならば箱自体は何ら重くはないはずだ。

内心小躍りしそうなのを押さえながら、少女を引きずるように箱から引っ張り出す。

 

本当に幼い少女だ。

まだ15も迎えていないであろう童顔は、見目麗しくとも愛らしい。

 

どうやら、流石に放り出してそのまま捨て置くのは、彼女と言えど気が引けたようだ。

 

とはいえ戻すわけにもいかないので、一番近場の木陰に寝かせることにした。

 

木箱を貰うお礼に、空が曇っていることも考慮して雨に濡れにくい場所を選んだ。

 

このあと少女が目覚めたとして、この島でどうしていくかは分からないが、少なくともこれ以上のことは彼女には出来そうになかった。

 

眠る少女の前髪を優しく撫でたあと、箱を抱きかかえる。

 

今度は羽のように軽かった。

 

 

 

 

 

帰り道。

空は相変わらず灰色で、彼女は相変わらず無表情のままだったが。

その足取りは軽く、後悔や憂いといったものは感じられない。

むしろとても軽やかでリズミカルだ。

 

 

例えるならば。

 

どれくらい集まったのかな。

どれくらい入るかな。

 

 

 

なんて気持ちが込められていそうなくらいには。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……ぅ……」

 

 

 




【異形】いぎょう
まともな姿をしていないもの。
貧しく卑しいもの。
人の心。


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3.地獄で

お久しぶりです。
今回は流されてきた彼女の話になります。
また、今回のお話は少しばかりお辛い気持ちにさせてしまうやもしれません。
それでもよろしければ、どうぞごゆっくりと。


 

 

「ここ……どこ……。」

 

一人の少女が目を覚ます。

誰もいない砂浜でたった一人。

機械を背負ってただ独り。

いったい彼女はなんなのか。

どこからやってきたのか。

 

それは少し前に遡る。

 

 

 

 

 

「やばいな……。」

 

火が燃え上がり、暗い空を赤く染める。

彼女の目の前には軽巡洋艦『天龍』の名を持った少女の背中。

お互いに艤装と呼ばれる武器を背負い、たった二人で海の上にいた。

 

「天龍、このままじゃ!」

「分かってる!」

 

粗暴な見た目に反して普段の天龍は滅多に怒らず、少々乱暴ではあるもののいつも優しく褒めてくれた。

そんな彼女が今までになく苛立たしげに放つ返事がどれほど深刻な状況かを教えてくれていた。

 

 

 

 

 

あの日、彼女の暮らす鎮守府は襲撃を受けた。

 

 

 

彼女の生まれは小さな鎮守府だった。

なんてことない安っぽい場所だった。

少ない仲間と頼りない上司に囲まれて。

出撃も遠征も碌にやらせてもらえなくて。

 

それがとても幸せで。

心を開くのに時間はかからなかった。

皆を守るために一生懸命頑張った。

家事もたくさん覚えた。

好きな人だってできた。

 

 

 

だからこそ全てが地獄に変わった光景がどこか絵空事のようで。

 

きっと何かの間違いだと言い聞かせたくても、周りの景色は悪夢から変わらない。

 

夢が、醒めてくれない。

 

 

 

彼女は遠征任務の帰りだった。

天龍の他、あと4隻の仲間がいた。

彼女たちの担当する海域は敵のほとんどいない海域で、所謂前線とは違って功績なんてまともに残せた試しがない。

それでも年月を重ねて前線にも劣らない実力を身につけたつもりだった。

 

その日だってみんなでいつも通り馬鹿なことを言い合いながら護衛任務に就いていた帰りで。

夜も更けていたが輸送船を引き連れて帰るだけの慣れた仕事の筈だった。

 

「ねぇ、あれ……。」

 

遠目でも分かる、焼け落ちていく鎮守府が目に入るまでは。

 

 

 

 

 

「何で……どうして……。」

 

鎮守府から離れた位置で、彼女と天龍は輸送船を守っていた。

他の4隻は現状の把握と鎮守府の救援のために急行した。

 

砲撃と爆発の轟音が響いてくる。

その度に足が何度動きそうになっただろう。

 

本当はすぐにでも向かいたかった。

輸送船なんか放っておいて提督の安否を確かめたかった。

 

許されるわけがなかった。

 

輸送船に人が乗っていることを知っていたから。

守らなければならないのは人だったから。

 

「とにかく移動を開始するぞ。敵襲なら近くに敵がいてもおかしくない。物影でも何でもいい、乗組員を避難させるんだ。」

 

どこまでも険しい顔の天龍の言うことは正しくて、彼女はただそれに従うしかなかった。

 

幸か不幸か、海の上には彼女達に以外には誰もいない。

可笑しな話だ。いつもならば警戒一つせずふざけ合いながら通っていた海路だというのに。

今では何もかもが心細いのだから。

 

 

 

 

 

「やばい、燃料が残り少ない。」

 

それは遠征帰り故の必然。

補給などできるはずもない。

このままでは戦闘にも支障が出てもおかしくなかった。

 

「クソッ!このままじゃいずれ立ち往生かよ……しゃーない、お前は輸送船に乗れ。ちゃんと挨拶忘れんなよ。」

 

「あんたはどうするのよ。」

 

「幸いにも少しはもつ、遠征の報酬には燃料がないし、流石に輸送船の燃料を抜き取るのもダメだろ。」

 

「……燃料、尽きたらどうするの?」

 

「そん時ゃ全力で暴れるまでだ、腕がなるってもんだな。」

 

天龍は笑っていた。

それがやせ我慢の空元気なのはすぐに分かった。

あまりに辛そうな笑顔が見ていられなくて顔を反らした。

大人しく輸送船に乗り込むことしか、彼女に出来ることはなかった。

 

 

 

 

 

乗組員の人達は、彼女を励ましてくれた。

彼らもまた、海の上で共に修羅場を潜り抜けてきた戦友だ。

しばらくして、彼らが気を遣ってくれたのか一人になっていた。

そして甲板の上で、ちょうどよく海を走る天龍を見た彼女は無線で話しかけることにした。

どうしても、聞きたいことがあったのだ。

 

「……ねぇ、天龍。」

 

「あん?」

 

「どうしてあんたは向かわなかったの?」

 

天龍は遠征艦隊の旗艦だった。

責任感が強いのはよく分かっている。

でもだからこそ真っ先に駆けつけたかったはずだ。

自身を救援艦隊の方に分けることもできた。

だがそれをしなかった。

 

「……大人ってのは引き受けた仕事を最後までこなすもんなんだよ、俺みたいにな。」

 

天龍は背中を向けてそう語る。

彼女はそれ以上言及はしなかった。

ただ小さく、そう、と呟いただけ。

 

「お前にもいつか分かるさ。」

 

天龍はそれを少し違う意味に捉えたようだった。

分からない訳じゃなかった。

ただ受け入れきれなかっただけで。

 

「だからな」

 

直後の爆音。

揺れ。

水柱。

それに飲まれる天龍を見て。

 

「天龍ッ!!」

 

彼女が叫ぶのは必然だった。

 

 

 

(どこからッ!?艦影が確認できない!!)

 

そう、唐突。

あまりに唐突だった。

砲撃音も敵影もなかった。

艦載機の音だってしなかった。

 

(まさか潜水艦!?今までこの海域にはいなかったのに!)

 

あまりにも最悪なタイミングだった。

 

2度目の爆音。

船体が大きく揺れる。

先程の比ではない衝撃。

体を支えきれず海に投げ出されて初めて理解する。

 

輸送船への魚雷直撃。

瞬時に理解した。

 

敵に、捉えられた。

 

「ゲホッ!ぐ……無事か!」

 

「天龍!?だめ!輸送船がやられる!」

 

天龍の姿は満身創痍で、どうやら運悪く大破まで持ち込まれてしまったようだ。

唯一無事なのは燃料が切れかけの自身のみ。相手の姿は見えず、打開する武器もない。

 

「まずいな……。」

 

現状を表すのなら、その一言がすべてだった。

 

「天龍、このままじゃ!」

「分かってる!」

 

悲鳴にも似た怒号が響く。

逃げ切れるわけがない。

そんなことは天龍にも分かっているはずなのに。

 

それでも尚その目は燃えていた。

憎悪に。闘志に。

 

 

 

それは、彼女が動くには十分な理由だった。

 

 

 

「……天龍は下がってて。」

「なっ!待てっ!ぐぁ……くっ」

 

守るもののために前に出る。

傷付いた天龍には彼女を止める力はなかった。

 

これでいい。

少しでも狙いをこっちに向けられれば。

勝機は生まれるはずだ。

 

「さぁ、来なさい、深海棲艦共(ばけものども)。」

 

 

 

彼女は覚悟を決めた。

命を賭けることを。

生き抜くことを。

 

死に逝くことを。

 

「朝潮型10番艦、『(かすみ)』はここよッ!!」

 

泣くような大きな声を張り上げて。

 

 

 

 

 

途端、頭に何かが当たって、爆発した。

 

 

 

 

激痛。

世界が揺らぎ、歪む。

一瞬にして全身から力が抜け、感覚が消える。

 

 

「あ、え……え?」

 

「霞ッ!!」

 

誰かが叫んだ。天龍?体の自由は、効かない?

動かせないほどのダメージを、どこから?

 

仰向けに倒れようとする体は、視界を空に向ける。

 

そこでようやく。

天龍を大破させ、輸送船に穴を開け、自身の頭を吹き飛ばした相手の正体に気付く。

 

 

 

夜の闇に紛れ空を飛ぶ、無音の艦載機。

 

僅かに見える黒い影。

 

 

 

「く、うぼ…………」

「霞しっかりしろ!霞!!」

 

海へと倒れる前に天龍が体を支える。

 

「てん、りゅ……そ、ら……」

「分かってるから喋んな!!」

 

天龍は残った僅かな副砲を空に向け、ばらまくように撃ち始める。

どれほどの効果があったかは分からないが、すぐさま第2波がやってくることはなかった。

 

「こいつを引き上げてくれ!!頼む!!」

 

いつの間にか輸送船のすぐ隣まで移動していたようだ。

艦上から分かったと乗組員の声が聞こえる。

そのままするすると下ろされてきた担架か何かに寝かせつけられた。

 

「まっ、て……てん……」

 

視界がぼやけ、体は動かせない。

それでもこのまま自分だけ戻れば、天龍がどんな行動に出るかは分かった。

 

「大人しくしとけ、艦載機は俺が片付ける。」

 

やっぱり。

それだけはだめだ。

このままでは天龍も。

 

「だめ、わた、しも」

 

「お前は休め、頭への直撃だ、指も動かせないんだろ。」

 

「や、だ」

 

「我が儘言うんじゃねぇ、旗艦命令だ。」

 

「て、ん」

 

「頼んだぞ!!」

 

その一言を最後に、会話は打ち切られた。

自身の体は引き上げられ、天龍は背を向ける。

 

あんまりじゃないか、天龍。

あんたがやろうとしてることは。

 

 

 

「船長!」

「もうだめだ……」

「いやだ、いやだ!」

船内に運ばれれば、乗組員たちの声が聞こえた。

恐怖と混乱が渦巻いている。

 

「船長!この船はもうダメです!脱出を……船長?」

 

船員の一人が必死に一人の男性に訴えかける。

船長、と呼ばれた中年男性はそれを無視して大きな木箱を開けようとしていた。

 

「何やってんですか!早く脱出を」

 

「どうやってだ。」

 

静かな、それでいて力強い声が返ってくる。

 

「深海棲艦相手に、どうやってだ。」

 

もう一度、静かな声が返ってくる。

 

「でもこのままじゃ……それじゃあ俺達はどうすればいいんですか!!」

 

「この子を逃がす。」

 

 

 

この子とは、彼女、霞のことだった。

 

この言葉を聞いた誰もが絶句した。

問いかけた船員も、霞自身さえ。

 

「何言ってんですか!?逃がすって……そんなことしてる暇があったら早く逃げ」

 

「逃げられるわけがねぇだろ!!」

 

怒号。

混沌と絶望が騒がしくする中での絶叫。

辺りが静寂に包まれる。

 

「あいつらは何であろうと人間を殺そうとしてくる、この状況じゃどうあがいたって俺達は助からないんだよ……っ」

 

「そんな……そんなことまだ」

 

「死ぬんだよッ!!俺達はッ!ここでッ!!」

 

それは悲痛な叫びだった。

 

「なら託すしかねぇだろ、人類の未来をッ」

 

希望を打ち砕かれた兵士の。

 

「俺達の無念をッ!」

 

それでもなお絶望に落ちない戦士の。

 

「『復讐(ふくしゅう)』をッ!!」

 

最期の咆哮だった。

 

 

 

 

待ってくれ、と。

霞は止めたかった。

 

「俺達は助からねぇ、だがこの子だけは、人間じゃねぇこの子だけは、もしかしたら助かるかもしれねぇ。」

 

あなた達を守るために生まれてきたのに。

あなた達の未来を守るためなのに。

 

「この箱の中なら、もしかしたら、もしかしたらあいつらの目を欺けるかもしれねぇ。」

 

何故あなた達が犠牲にならなければなれないの。

どうか、どうか逃げて。

 

「確証なんてねぇ、根拠だってねぇよッ」

 

お願いだから。

 

「でもやるしかねぇんだ、これしかねぇんだよッ!」

 

死なないで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、みんなは…………。」

 

途切れゆく意識の中で覚えているのはそこまでだった。

そして、こうして生きているということは。

 

 

 

「そんな、そんなの、嘘よ……。」

 

 

 

砂浜にはたった一人の少女。

帰る場所は無くなった。

大切な仲間は囮になった。

守るべき人達は犠牲になった。

 

 

 

そうして彼女(わたし)は、生かされてしまった。

 

 

 




【復讐】ふくしゅう
憎悪をもって仕返しすること。
罪と見なされるもの。
否定するくせに無くしきれないもの。


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4.思案し

お久しぶりです。
今回も閲覧してくださりありがとうございます。
相も変わらず拙い文ではありますが楽しんでいただければ幸いです。



 

 

 

少女、霞が目を覚ます少し前。

新しい入れ物を手に入れ上機嫌の彼女は廃屋に戻ってきていた。

どこに置こうか、あの辺りがいいだろうか、なんて新品のインテリアを買ってきた奥様よろしく、配置する場所に迷ってせわしなくうろつく様は非常に楽しそうだ。

尤もワンルームは屋根が崩れ落ちたボロ小屋で、インテリアは海に流され野晒しにされた木箱で、彼女は相も変わらず無表情ではあるのだが。

 

少しのにわかデザイナーごっこの後、どうやら配置する場所は決まったようで、うんうんと満足そうに頷いていた。

 

早速新しい木箱に今朝拾ってきたばかりの弾薬を詰め込んでいく。

一本一本を丁寧に並べて隙間なく置き無駄な空間を作らないようにしている。

 

それだけで既に本来の深海棲艦から逸脱した『こだわり』を感じさせる。

時に弾薬の先端を指でなぞり、手触りを確かめ、手の上で転がし、優しく握りしめる。

手のひらから伝わる冷たく硬い感触に少しの幸福感が沸き上がり、それに満足するとそっと箱の中へと詰めていく。

生き甲斐と言うだけあって愛情はとても強いようだ。

 

こうして彼女の日課は時間をかけて消化された。

 

 

 

ふと、砂浜に置いてきた少女のことを思い出す。

見た目に派手な怪我などは無かったが無事起きられただろうか。

そも何故寝ていたのだろうか。

箱の中には少女と背中に背負われた鉄塊以外に何もなかった。

それはきっと、とてもサミシイことなのではないか。

……はて、サミシイというのがどういうものかは分からないが、少女が起きたときにあの殺風景な砂浜しか目に入らないのは、ちょっと可哀想な気もする。

そう考えて、彼女は思案する。

この島は、言わば彼女に生き甲斐と幸福を与えてくれた深い恩のある島だ。

今でもこうして集めて、しまって、眺める毎日を気に入っている。

だからこそ、彼女はこう考える。

 

 

何か自分に、出来ることはないだろうか。

 

 

特別仲良くなりたいわけではない。

過大な評価を受けたいわけではない。

ただ、気に入ってほしいだけだ。

 

自分の気に入っているこの島を、気に入ってほしい。

それに、無承諾ではあるが箱を貰った件もある。

 

あの少女もこの島で何かを見つけられたら、きっとサミシイは無くなる。

それはとても『素敵(すてき)』なことだ。

 

なればこそ、彼女は自分に出来ることを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戻らなきゃ、早く、早くしないと、みんなが」

 

少女、霞は気が狂うほどの焦燥感と恐怖に見舞われていた。

いつから自分はこうしているのか。

あの襲撃からどれくらいの時が流れたのか。

仲間は、守るべき人達は無事なのか。

 

 

もし全てが手遅れだったとしたら。

 

 

それはまだ心の幼い彼女には受け止めきれない恐怖だった。

自分の支えの全てが、あの一夜だけであっさり崩れ去ったなんて悪夢、認められるわけがない。

 

体の震えも、思考の整理も、落ち着かない。

 

「戻らなきゃ……戻らなきゃ……!」

 

その小さな口からは同じ言葉しか紡がれない。

現状を受け入れきれない少女の精一杯の現実への抵抗。

どれほど酷い結末が待っていようと、今こうして動かなければ本当に心が壊れてしまいそうで。

 

だからこそ少女は、海に出ようと足を進めようとしていた。

だがどれほど急ごうとしても、走ることはおろか歩くのがやっとだった。

 

それに。

 

「あ、れ……ぎ、艤装が……」

 

海に立てども前には進めない。

彼女の背負う鉄の塊、駆逐艦「霞」の艤装は動くことなく沈黙していた。

 

「そんな、もう燃料が」

 

そう、もう艤装の中にはそれを動かすだけの燃料が残っていなかった。

本来は遠征での不測の事態を考慮して必要な分に少しばかり上乗せした量の燃料が積まれている。

だがそれすらも、あの襲撃の際に使いきってしまった。

つまり今の彼女には帰る手段がない。

 

 

 

少女、霞は閉じ込められたのだ。

 

 

 

「うそ、うそよ、なんで、どうしろってのよ!」

 

目に涙を溜めながら、半狂乱に叫ぶ。

あまりにも残酷な真実は、彼女から希望を奪い去っていく。

 

「どうして……どうしてこんなことに……」

 

本当に。

彼女が何をしたというのか。

生まれ故郷を焼かれ、かけがえのない仲間たちは苦しめられ、守るべき人類を守ることが出来なかった。

これが悪い夢なら、醒めてほしいほどに。

 

 

 

 

 

失意の中、少女はふらつきながら自分が元いた木の影に戻ってきていた。

海にも出れず、帰る力のない彼女が出来ることは何もない。

諦めてここで暮らすにしても、生きていく理由がない。

 

もう、考えるのも止めようかと思った時。

何気なく向けた視線の先に割れた木の板を見つけた。

流れ着いたものだろうかとぼうっと考えていたがよくよく見れば随分と真新しい。

それに流れ着いたにしては打ち捨てられている所の砂浜は濡れていない。

見れば見るほど妙な違和感がある。

 

その板には見覚えがあった。

あの夜、襲撃を受け全てを失ったあの夜に、輸送船内で見た、船長と呼ばれた男が開けようとしていた箱とよく似ている。

 

その板を手に取りまじまじと観察すれば、見間違うこともなく確信できた。

 

「でもこれって、箱の蓋じゃない」

 

そう、記憶違いでなければその板は『板ではなく蓋』なのだ。

 

(…………ちがう、これ、経年劣化じゃない。明らかにここ最近で壊された形跡がある)

 

霞は自身の表情が険しくなるのを自覚した。

同時に乱れていた思考がすっと冷めていく。

この板は流れ着くまでに壊れたものではなく、流れ着いてから壊されたものだということに気づいたからだ。

 

それは、暗にこの島に何者かがいることを示していた。

 

(人間?艦娘?分からないけど蓋が壊される理由なんてそう多くない。)

 

それは『木箱そのものが流れ着いていた場合』。

箱の中身を取り出すために無理矢理蓋を外そうとしたなら。

 

(そうすれば納得がいく。人がいて、中身を持っていったとしたら、この不自然な位置にも…………あれ?)

 

不自然な位置。

その言葉に新たな引っ掛かりを覚える。

 

木の蓋は、人為的に砂浜に放置されていた。

本来であれば、波打ち際で打ち上げられているのが普通。

 

(そうだ、普通は流れ着いたものっていうのは波打ち際にあるものなんだ、どんなものでも、どんな、ものでも……)

 

そこで気付く。

ようやっと気付く。

明らかな不自然。

ショックが強すぎて今まで気にもしていなかった。

 

 

 

(私は起きたとき、どこにいた?)

 

 

 

自分が最初に目覚めた場所に目を向ける。

波打ち際から離れた木の影。

そこは流れ着いただけではあり得ない不自然な場所。

 

(ここに住んでいる何者かは私に気づいている、気づいた上で木陰に移動させたんだ)

 

それが気遣いなのは分からない。

だがどのような理由であれその人物は『木箱の中身を持っていった可能性』がある。

 

(遠征の内容からして燃料は積まれてなかった、でも船長は私を逃がすためにあの箱を開けようとしていた。なら私がやるべきことは。)

 

箱およびその中身を取り返すこと。

 

そうすれば、もしかしたら帰る手段があるかもしれない。

 

(……諦めたくない、まだ私はここにいるんだ、泣いてる場合じゃないんだから!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの子はまだ浜辺にいるだろうか。

喜んでくれるといいのだけれど。

 

 

 




【素敵】すてき
誰もが羨み、憧れるさま。
女性がよく使う皮肉の言葉。
一説では女の子を構成する一部だとか。


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