あなたの人生お買い上げいたします (トマト大帝)
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1話:あなたのレベルお買い上げいたします

 レベル、それは人生の証といっても過言ではない。

 

 必死にモンスターを倒して経験値を貯めて自らを高める。

 結果だけ言ってしまえば単純だが、その裏にある過程は単純なものではない。

 100人いれば100人が全く違った過程を語ってくれるだろう。

 

 血と涙の結晶か、はたまたかけがえのない思い出か。

 いずれにしても、レベルを上げる過程とはその人にとっての人生に他ならない。

 しかし、だからこそ。人は―――楽をしてレベルを上げたいと考える。

 

 故に、レベルを売り買いを行う―――レベル屋なるものが存在する。

 

 

 

 

 

「うーん……何かいいバイトないかなぁ」

 

 魔法文明が発達した国、『シグマ王国』。

 ここは、その中でも学問の都市と名高い都市『スタディ』。

 そんな『スタディ』には大学等の学校が多くあり、それに従い多くの学生が都市の内外から学校に通っている。

 

 今、バイト募集の掲示板の前で頭を捻っている少女も、そんな学生の一人だ。

 

「大学に通いながらやれるバイトで、学費の足しにもしたいから、なるべく給料が高いやつ。……流石にないかなぁ」

 

 彼女の名前は、エイミィ・クラット。

 茶色いショートの髪に、クルリとした丸い目。

 顔はどこか幼げで人懐っこそうな空気を漂わせている。

 そして、背丈は女性の平均身長より少し低い程度で、全体的に大学生というよりも高校生に見えるが、れっきとした大学生だ。

 

 といっても、今年の4月から大学生になったばかりなので間違えても仕方がない。

 因みに都市外の村から、大学への進学に伴い引っ越してきたのでこの都市においても新入生でもある。

 

「あ、このバイト意外と条件が良いかも。ええと……レベル屋?」

 

 そんな彼女が大量の応募用紙の中から見つけたのは、少し古ぼけた紙。

 聞いたこともない業種に、『あなたのレベルお買い上げします』というフレーズ。

 正直に言って、エイミィは若干の不信さを感じていた。

 

「見た感じ、名前の通りにレベルを売り買いするお店みたいだけど……聞いたことない。そもそもレベルを売り買いするってどういうこと? 仕事は内容は接客と事務処理等らしいけど」

 

 レベルとは自分で鍛えて上げるのが大前提ものだ。

 そもそも必死に上げたレベルを売りたいと誰が思うのだろうか。

 いや、お金に困れば確かにあり得るかもしれないが、どうやって非物質を売り買いするのか。

 

 そんな様々な疑問が頭の中を過るが、エイミィの目は時給の欄に釘付けになっていた。

 

「2000ゴールド……平均の倍はあるよね、これ」

 

 時給2000ゴールドは、この都市の平均時給1000ゴールドの倍である。

 業種にもよるが、家庭教師などでもなければこの額は出ない。

 金額面ではこのバイトはかなりの好条件である。

 しかし、そのせいか余計に怪しく感じてしまう。

 

「でも、今月は教科書とか参考集を買ったせいで結構ピンチだし……」

 

 だが、今のエイミィにとっては高い時給というものは何よりも魅力的だった。

 彼女は大学で魔法の勉強をして、故郷に恩返しをしたいと思っていた。

 そのため、勉強熱心なのだが、家自体は裕福な方ではないので勉強に伴う出費が地味に痛かったりする。

 

「『待遇は相談可』か……と、取り合えず話を聞くだけ聞きに行ってみようかな」

 

 話を聞くだけなら、一回だけなら、大丈夫といった考えで頷くエイミィ。

 何々だけというのは、もう取り返しがつかなくなるフラグなのだが彼女の場合はどうなるか。

 とにもかくにも、彼女は店の場所を確認し、訪ねに行ってみるのだった。

 

 

 

 

 

「ここがお店か……」

 

 エイミィがたどり着いたのは、どこか古風な印象を抱かせる石造りの店だった。

 特に汚らしいということもなく、店と言われれば普通に納得ができる外観に、一先ず胸を撫で下ろし、店の中に入っていく。

 

「こ、こんにちはー……」

 

 カランカランと鳴り物が響く中、店内をおっかなびっくり見渡してみる。

 作業用の机に、客の相手をするのであろうソファー。

 他にも様々な小物が並んでいるが、全てがゴシックな雰囲気を醸し出している。

 

「えっと、お店の人はいないのかな…?」

「む、客か?」

「あ、私、エイミィ・クラットと言いまして、バイトの募集を見て……あれ?」

 

 声のした方を見てエイミィは首を傾げる。

 確かにこちらから声がしたはずと思って周りを見渡すがやはり人は居ない。

 まさか空耳かと疑っていると、今度は足元から声をかけられる。

 

「こっちだ、こっちだ。足元を見るがいいぞ」

「足元って……え? 黒猫…?」

「いかにも、吾輩は猫である。名前はクロ。いかにもな安直なネーミングだ」

 

 足元から声をかけてきていたのは黒猫だった。

 そう、猫が喋っているのだ。

 エイミィは混乱のあまりにポカンと口を開けたまま放心している。

 その様子に、このままでは埒が明かないと考えたクロが説明を始める。

 

「吾輩は使い魔という者なのだな。聞いたことぐらいあろう?」

「あ、使い魔の方でしたか。すみません、初めて見たもので……」

 

 使い魔とは、動物や悪魔などの存在と契約をして使役する存在だ。

 使い魔というと何やら凄そうなイメージがあるが、基本的に元となった動物にできることぐらいしかできない。 そのため、使役する人間は意外と少ないのだ。

 

「構わん。吾輩も慣れておる。して、バイトの話だったな」

「は、はい。あなたが店主さんなんですか…?」

「勿論違うぞ。店主は吾輩のご主人だ。ご主人は猫の手も借りたいという、しょうもない理由から吾輩と契約を交わしたアホだが、流石に猫に店を任せる程酔狂ではない」

「あ、あはは……」

 

 笑っていい冗談なのか、それとも本気なのか区別のつかない言葉に、苦笑いをするエイミィ。しかし、そんなことなど気にも留めずに、クロは店の奥に消えていく。

 

「ご主人、来客が来たぞ」

「なんだって? 分かった、すぐに行くよ」

 

 どたばたと急いで準備をする音がしたかと思うと、すぐに店の奥から男性が出てくる。

 細い体形に黒い髪に黒い瞳に、若干頼りなさげな印象を抱かせる顔つきだ。

 しかし、人を落ち着かせる柔和な笑顔を自然に浮かべており、商売人としては優秀そうな印象を抱かせる。

 

 

「待たせてすまないね。レベルの販売から、買取まで何でもござれ。

 レベル屋、『ライフイーター』の店主。ジャン・ジャッジマンだ。

 さて、君のレベル(人生)はいくらになるかな?」

 

 

 そう微笑んで、ジャンはエイミィに手を差し出すのだった。

 

 



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2話:レベル屋

「すまないね、まさかバイトの件で来た子だったとは思わなかったよ」

「い、いえ。先に言わなかった私が悪いだけです」

「いやぁ、最近の子はしっかりしているね。それで、仕事内容を詳しく知りたいんだっけ?」

「はい。私つい最近この街に来たばかりなので、レベル屋のことを知らなくて」

 

 来客用のソファーに座らされ、紅茶とお菓子までご馳走になるエイミィ。

 本人は慣れない場所でまだ固くなっているが、ジャンの方はニコニコと笑って話を続けていく。

 

「レベル屋っていうのはその名の通り、レベルの売り買いをする場所のことさ。でも、厳密には売り買いするのは経験値なんだよ」

「経験値ですか…?」

「そう。レベルを上げるためには魔物を倒して経験値を貯める。これは知っているよね?」

「はい、勿論です」

 

 コクリと頷くエイミィ。経験値の売り買い。

 この言葉だけなら正直そこまで違和感はない、

 しかし、ただ単に敵を倒してレベルを上げてきただけなので、経験値という物質は見たことが無いのだ。存在しないものを売り買いするというのはやはり違和感しかない。

 

「でも、魔物を倒す暇がない人。もしくは面倒な人は一定数いる。そんな人達の中でお金がある人は経験値をお金で買いたいと思ったわけさ。逆にレベルはあるけどお金がない人は経験値を売ってお金が欲しい。こうした人達の仲介役として生まれたのが、レベル屋なんだ」

「なるほど…でも、経験値を売るってどうやって?」

「うん。経験値は物質じゃない。だから僕達レベル屋は特殊なスキルを持っているんだ。詳しく説明すると難しいから、実際に見てもらいたいんだけど……先に話をしてからでいいかな?」

「はい、わかりました」

 

 レベルを上げることによって、スキルを覚えることが出来るのはエイミィも知っている。

 しかし、ジャンの言うようなスキルは知らなかった。

 勉強熱心な彼女は正直かなり興味を持ったが、我が儘を言う程ではなかった。

 

「簡潔に言うと、そのスキルで経験値を物質化させることができる。そして、物質化させたそれを売りに出すのさ。実物を見てみるのが一番だね」

 

 そう言って、ジャンは自分のポケットから小石程の虹色の結晶を取り出して見せる。

 

「うわぁ……綺麗ですね。これが経験値なんですか?」

「うん。これを数字に直すと経験値100ぐらいだね。スライムが1匹で経験値10だから、ちょうど10匹分だね」

「へぇー、因みにこれでいくらになるんですか?」

「売値は1万ゴールドさ」

「え、高くないですか?」

 

 エイミィが驚くのも無理はない。

 スライムは一般人であれば殺されてもおかしくないが、魔法などが使えれば簡単に倒せる。

 それを10匹倒しただけで1万も貰えるというようなものだ。

 少し高くはないかと感じるのも無理はない。

 

「そう、諸々の事情で経験値は高めの値段にされているんだ。ただ、考え方を変えてみると悪くない。レベル10になるには経験値が1万程必要だ。そうなるとスライムを1000匹倒さないといけない。でも、100万ゴールドを払えば一瞬でレベル10だ」

「な、なるほど、確かに時間的な問題で言えば納得できなくもないです」

「まあ、お客のメイン層はお金持ちだからね。普通の人はレベルを上げるためにお金を使おうとはあまり考えない。別にレベル1でも普通に生きていけるからね」

 

 この世界にはレベルという概念があるが、それが全てであるわけでもない。

 レベル1の成人男性でも普通の成人男性と同じ身体能力がある。

 レベルとは基礎能力から付加する形で能力が上がっていくものなのだ。

 

「まあ、これで基本的な考え方は分かってくれたかな?」

「はい。大まかには」

「じゃあ、他に質問はないかい?」

「えっと、お仕事っていうのは経験値の売り買いをするだけなんですか?」

「メインはそれだけど他にもあるよ」

 

 そう言ってジャンは経験値の結晶をポケットにしまい込む。

 

「街の外に出て、魔物から経験値を直接取ってきたりもするんだ」

「え? 売りたい人と買いたい人の仲介をするのが仕事じゃないんですか」

「ごもっともだけど、レベルが下がるのを嫌がる人が多いんだよ。だから、需要と供給を成り立たせるために直接取ることもあるんだ。……ああ、安心して。バイトに戦闘を行わせるなんてことはしないから」

 

 そう言って溜息を吐くジャンに、エイミィは何故バイトを募集していたのか理由を悟る。

 店に人が居ない状態では当然のことながら店は開けない。

 それを防いで、業務時間中でも外に出られるように人手が欲しいのだ。

 

「買いたい人が多くいても、売る人が居ないんじゃどうしようもない。まあ、買う人も表立って買いには来ないんだけどね」

「どうしてですか?」

「金で買った力って言われたら、誰だって胸を張れないだろう?」

 

 余りにもストレートな言葉に、エイミィは黙り込むしかなかった。

 確かにズルい気がする。お金だって楽して稼いだわけではないだろう。

 ひょっとするとレベルを上げる以上に努力しているのかもしれない。

 

 だとしても金で買った力や名誉と言われれば、胸を張れない。

 自分でも心の中ではそんな相手のことを見下してしまう可能性はある。

 なるほど、通りで客で賑わっている店では無いわけだ。

 

「と、ちょっと嫌な話になったかな。とにかく、僕の仕事は経験値の売り買いと魔物との戦闘。そして、もう1つあって―――」

 

 ジャンがそこまで言ったところで、カランカランとベルが鳴り、ドアが開かれる。

 お客だろうかと気になり、エイミィがそちらを眺めてみるとそこには女騎士が居た。

 

 キリッとした風貌に、赤い髪をポニーテールにまとめた青い目の女性であり。

 派手さは無いものの、丁寧に手入れされた質のいい鎧を身にまとい、警備隊の証である獅子の紋章を胸につけている。

 明らかに、客としてここに来るような人物ではない。

 どちらかというと、違法などを犯した店などを取り締まる人間だ。

 

 まさか、この店が何かをしたのかとエイミィはジャンを見るが、彼は彼女がここに来るのは当たり前だと言わんばかりの顔で迎え入れていた。

 

「やあ、いらっしゃい、アイナ隊長」

「アイナで良いと言っているだろう。それと分かっていると思うがこちらの仕事を……む、すまない接客中だったか」

「いや、彼女はバイトの募集で来てくれたエイミィ君だよ」

「え、えっと…エイミィ・クラットです」

「アイナ・ホークだ。警備隊で部隊長を務めさせてもらっている」

 

 警備隊とはそれぞれの都市に在中する警察のようなものだ。

 そのため、エイミィは緊張してしまい硬い表情で挨拶をしてしまう。

 しかし、アイナの方は慣れているのか表情すら変えない。

 人によってはそれが余計にとっつきづらく見せるのだが、彼女は気づかない。

 

「それで仕事の手伝いだね。いいよ、今すぐ行こう」

「助かる。だが、いいのか? 彼女と話しているのでは無かったのか」

「ちょうど僕の仕事について教えていたところだからね。実際に見てもらうのが一番だろう。彼女も連れて行っていいかい?」

「……まあ、こちらが頼んでいる身だ。文句はない」

 

 表情は変えないものの、渋るような仕草を見せるアイナにエイミィは縮こまる。

 そして、一体これからどんな所に連れていかれるのだろうと不安から顔を強張らせる。

 そんな彼女の様子を見て取ったのか、ジャンが落ち着かせるように笑いかける。

 

「大丈夫だよ。アイナが居る限り危険はゼロと言っても過言じゃないよ」

「自慢できる程のものではないが、市民を守るために腕は磨いてある」

「あ、あの……結局危険な所に行くってことじゃないんですか、それって?」

「まあ……犯罪者に会いに行くしね」

「え?」

 

 一体これから何をするつもりだと、今度こそエイミィの表情が凍り付く。

 その顔にジャンは笑い、アイナは無表情ながらも若干すまなそうな空気を漂わせる。

 

 

「僕のスキルの実践には相手が必要だからね。その相手が犯罪者ってわけさ」

 

 

 やっぱりこの仕事はヤバい仕事なのかもしれないと、エイミィは心の中で嘆くのだった。

 



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3話:How much is your life?

 エイミィが連れられてやってきたのは刑務所であった。

 

「こ、こんなところで一体何をするんですか?」

「だから僕のスキルを見せるためだよ」

「そういうことじゃなくて、もっと具体例に教えてくださいよ……」

 

 慣れた様子で刑務所の中に入っていくジャンについて行きながら、今にも泣き出しそうな顔をするエイミィ。そんな光景にアイナがジャンを咎めるように見つめてくる。その視線に観念したのかジャンは軽く喉を鳴らして語り始める。

 

「スキルを使うには、当然のことながらレベルを提供してくれる人が必要だ」

「それってここに収容されている人ですか…?」

「話が早くて助かるよ」

「で、でも無理矢理はいくらなんでもダメなんじゃ」

「その点の話はアイナから詳しく聞くといいよ」

 

 いくら犯罪者だといっても、モルモットのように扱うのはどうなのかと、抗議の声を上げるエイミィにアイナがジャンを引き継いで語りだす。

 

「普通の囚人にはもちろんやらない。ただ、いつまでも更正しようとしない囚人は別だ」

「それってどんな人達なんですか?」

「高いレベルにものを言わせて、他の囚人や警備隊の者に危害を加えるような者達だ」

「つまり、そうした人からレベルを取ることで無害化するってことですか?」

「大まかに言うとそうなるな」

 

 そう、レベルという他者との実力差を明確するものがあるため、高レベルの人間が犯罪者になってしまうと牢の中に閉じ込めておくのも一苦労なのだ。

 

「勿論、私達も鍛えている以上生半可な囚人なら簡単に押さえられる。だが、30レベル以上の人間となると、こちらもそれなりに強い人間を常に傍で見張らせなければならない。そうなると有事の際に使える戦力が減ってしまう」

 

「だから僕みたいなレベル屋が、経験値をもらう代わりに囚人の無力化に協力してるのさ」

 

 簡単に言えば、ちょっとした裏取引のようなものだが、結果的に治安維持に貢献しているので多目に見られているのだ。

 

「でも、それって人権的に大丈夫何ですか?」

「問題ないよ。レベルが下がったことで健康に害が及ぶなんてこともないしね」

「勿論、レベルは下がるが服役中にも関わらず、暴力行為を働いた罰金のようなものだ。文句を言うのならば日頃の行いを恨めということだ」

 

 二人があっけからんに言うのでエイミィも、なんとなしに納得する。実際問題、レベルが下がると傷害等の再犯率も自然と下がるので、レベル屋はこういった方面からは重宝されている。

 

「なるほど、よくわかりました」

「理解してもらえてよかったよ」

「さて、話している間に着いたぞ」

 

 アイナの言葉に二人は足を止める。

 そこにあったのは頑丈そうな扉で、奥からは何やら怒声が聞こえてきている。

 

「何かがあっても、私が責任を持って守るから安心してくれ」

「あの……そう言われると逆に心配になるんですが」

「大丈夫だよ、アイナの腕は本物だから。それで、今回のお客さんはどんな人なのかな?」

「強盗殺人未遂で投獄されたバロンという男だ。レベルは35。因みに以前は窃盗罪でここに入っていたから2回目だな」

「35って、私より20以上高い……」

 

 やれやれといった顔で肩を落とすアイナ。

 中々表情変えない彼女がここまで感情を露にするというのは、余程腹を据えかねているということなのだろう。

 

「35レベルか、大分稼げそうだね」

「ほ、本当にそんな人と会って大丈夫なんですか? 35ってかなり高い人ですよ?」

「エイミィ君は心配し過ぎだよ。会ってみないことには何も始まらないよ」

 

 そう苦笑しながらエイミィに告げ、ジャンは扉をノックする。

 

「誰ですか?」

「レベル屋のジャンだよ」

「ああ、ジャンさんでしたか。早く来てください。取り押さえるのも疲れました」

「だったら、とっとと俺を離せやカス共が!」

「それをいうなら、君が大人しく罪を償ってくれれば丸く収まるんだけどね」

 

 中から聞こえる穏やかならざる声に、少しだけ表情を引き締め、ジャンは部屋に入っていく。そして、その後ろからエイミィと彼女を守るようにぴったりと隣に寄り添ったアイナが続いていく。

 

 三人が部屋に入って目にしたものは、二人の警備隊の男性に両脇を押さえられた、頬がこけ目も血走った如何にも危険といった風貌の男だった。

 

「君がバロン君だね」

「ああん? 誰だ、てめえ」

「僕はジャン・ジャッジマン。しがないレベル屋さ」

 

 バロンの人を殺すような視線にも怯むことなく自己紹介を終え、ジャンはチラリと警備隊の男性達に目をやる。すると、とっとと終わらせてくれと言わんばかりに、頷いてくるのでジャンは一つ苦笑いをしてバロンに向き直る。

 

「さて、自己紹介も済んだことだし、さっさと終わらせてしまおうか」

「てめえ、何するつもりだ?」

「安心してくれ。君を傷つけるしとはしない。ただ、君のレベルをもらうだけだから」

 

 その宣告と同時に、ジャンは右手の裾を捲し上げ、胴体の方から黒く染まっていく腕を露にする。

 

「え!? あの手何ですか!?」

「心配するな。あれがジャンのスキル『Level eater(レベルイーター)』だ」

 

 驚くエイミィへ説明する、アイナの声に呼応するように、ジャンは指の先までどす黒く染まった軽く腕を振り、バロンの心臓に狙いをすます。

 

「な、なんだよ、それ!?」

「さあ、よく見ておくといい。これが僕のスキルさ」

 

 精神を集中させるように息を大きく吐き、ゆっくりと狙い定める。

 そして、一息にその右腕でバロンの心臓を――貫く。

 

 

「―――How much is your life?」

 

 

 その言葉と共に、突き刺していた腕をゆっくりと引き抜くジャン。

 突き刺されたバロンは、慌てて自分の胸を確認するが、そこに傷はなく血の一滴も流れていなかった。しかし、確かにジャンは腕を突き刺していたらしく、掌の中にはゴルフボール程の結晶が握られていた。

 

「お、おい、お前…俺に何を…?」

「毎度あり、確かに君の経験値は頂いたよ」

「わけわかんねえこと言ってんじゃねえ……あ? なん…だ。体に力が入らねえ…?」

 

 何が起きたのか理解できずに、ジャンに殴りかかろうと暴れるバロン。

 しかし、先程までは警備隊の拘束も破りそうだった剛力も影を潜めている。

 今では暴れる子どもを抑えるような目で、警備隊に見つめられるだけだ。

 

「慣れるまで時間がかかるけど、害はないから安心していいよ」

「慣れるだと?」

「そう―――レベル1の人生にね」

 

 その言葉でバロンは全てを理解する。

 自分はこの男に自らのレベルを、人生(・・)を奪われてしまったのだと。

 その余りの衝撃に叫び事も出来ずに呆然としたまま、彼は警備隊に引きずられ、再び牢の中に連れていかれる。

 

「これで今日は終わりかい、アイナ?」

「ああ、毎度悪いな。経験値はいつものように持って帰ってくれ」

「助かるよ。さて、エイミィ君、一度店に戻るとしようか。詳しい話は歩きながらするとしよう」

「あ、はい」

 

 アイナに軽く会釈を済ませると、ポカンと口を開けていたエイミィを呼んで帰り道を歩き出す。

 

「えっと…今のがスキルなんですか?」

「そう。あれが僕のスキル『Level eater(レベルイーター)』だ。能力としては相手の経験値を吸収・固形化するもので、相手の心臓を貫くことで発動する」

「心臓を貫くってなんだか物騒ですね。ビックリしちゃいました」

「あはは、よく言われるよ。まあ、普通のお客さんにはもっと穏便なやり方があるから安心して」

 

 それを言われると困るといった風に、頬を掻きながら笑うジャンに、エイミィは見た目はともかく便利なスキルだなと思う。レベルを奪えるのだから、モンスターなども強制的にレベルを下げて戦えば簡単に倒せるのだから。

 

「私も取得した方が良いんでしょうか?」

「それはお勧めしないね。このスキルはこれ1つ以外覚えられなくなるから」

「ええッ! 他のも全部消えちゃうんですか!?」

「残念なことにね。ま、人のレベル(人生)を奪うんだから軽くはないってことかな」

 

 あっけからんと告げるジャンとは反対に、エイミィは飛び上がらんばかりに驚く。

 レベルが上がればスキルポイントが溜まり、それを使用することで魔法や攻撃技などのスキルを覚えることが出来るのだが、ジャンはそれを全て捨てているというのだ。

 

 確かに、無くても生きてはいけるものだが、全てを捨てるというのは生半可な覚悟ではできないはずだ。一体、何を思ってこのスキルを取ったのかと聞いてみたくなったが、喉元まで出かかった言葉を飲み込む。人の過去を詮索するものではない。

 

「さて、これでスキルと仕事内容の説明は大体終わったかな。初めに説明したように、君には接客や店番、後は事務処理の手伝いをしてもらうことになる。そこまで責任がかかるような仕事はないから、その点は安心していいよ」

「あ……はい」

 

 言われて初めて、自分がバイトの件で来たことを思い出すエイミィ。

 そこで改めて考える。

 今までの見たものは驚くようなことばかりだったが、特におかしな内容は無かった。

 

「時給は募集用紙にも書いていた通りに2000ゴールドだ。さて、受けてくれるかな?」

 

 そして、何より給料が高いのは魅力的だ。

 上司のジャンも特に危ない人間という印象は無い。

 故に彼女は決断した。

 

「はい、これからよろしくお願いします―――店長!」

「ああ、よろしく頼むよ、エイミィ君」

 

 ぱあっと、顔を輝かせて笑うジャンにエイミィも笑い返し、握手を交わす。

 この瞬間が、彼女が様々な人生と出会う物語の幕開けであった。

 



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